還故郷の摂理は、1991年12月5日に、文鮮明師がご自身の故郷である定州に帰られたことを受けて始まった摂理で、14章の「氏族教会」運動と共に活動が進められました。それでは、この「還故郷」とは如何なる意味を持った言葉でしょうか。
統一教会では、「還故郷」の意味を、「自分の生まれた故郷へ帰る事」と受け止め、多くの献身者、祝福家庭が、両親の住む故郷へ引越しをし、そこで、自分の氏族(親戚縁者)の伝道を始めました。「還故郷」運動と「氏族教会」運動は基本的に同じ目的を持った摂理であると受け取ったからです。即ち、故郷の160軒の氏族伝道を勝利して、自分たち祝福家庭が氏族のメシヤとなって「氏族メシヤ宣言」を成すことを最終目標としたものでした。
しかし、この運動においても御言に対する大きな捉え違いがありました。文鮮明師は、人間の故郷には、二種類の故郷があると説明されています。一つは自分を生んでくれた両親が住んでいるところ(肉的故郷)、もう一つは神様の心情があるところ(霊的故郷)で、人間が行かなければならない縦的な故郷です。そして、ここで重要なことは、「霊的故郷を投げ打って、肉的故郷に行こう」とは言わないと注意されています。
霊的故郷とはどこでしょうか? そこは、サタンの血統を完全に転換し、神の絶対的血統を中心として帰るべき故郷であり、「故郷の家」とは、「アダムが暮らす家」(家庭教会)のことだと説明されています。そして、12使徒、72門徒を中心として、人間が必ず「入籍」しなければならないところです。(第79条) このような場所は、現在の社会にはありません。この「故郷」は、明らかに、神の愛に満たされた地上、天上「天国」のことです。
「入籍」は、神の国を中心とした入籍のことです。故に、12支派編成、144000のホームチャーチを中心として氏族的に入籍するのです。(宗族的メシヤ 354頁 入籍時代到来)
神の国への入籍は、空間的移動によって実現されるものではなく、心情的に成長し、堕落圏を越えて神の血統へ連結され、心身統一、人格完成を果たした第一祝福完成者において初めて可能になることです。
そのための運動が、「還故郷」「氏族教会」運動であり、「統班撃破」運動です。従って、還故郷とは自分たち祝福家庭が集まって、家庭的、氏族的基台を組んで、メシヤ(アダム)を迎え、「サタン的家庭」から「神の家庭」へと転換して行く運動のことなのです。(第80条)