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[21624] 時間を売る洋菓子店 『コサージュ』
Name: ゆ~じん◆06e098cf ID:c167db0f
Date: 2010/09/01 12:51




「どうだ、お前やってみるか」

その言葉を受けたのはただ憧れたからじゃなくて、ずっと守っていきたいと思ったから。
ここにしかないものがきっとある、それを信じてこの店を守っていくと決めた。

長閑に、時に騒がしく、それでも変わらない日常を刻んでいく。
洋菓子店『コサージュ』、今日も営業中です。






[21624] 登場人物
Name: ゆ~じん◆06e098cf ID:c167db0f
Date: 2010/09/01 12:52

   登場人物


     柏木 雄二

      本編の主人公。洋菓子店『コサージュ』のマスター。今のところ威厳なし。バドミントン部に所属。腕はなかなかのもの。
      趣味は読書、好きなものは長閑な時間。

     岩崎 茜
 
      『コサージュ』唯一のウエイトレス。店をもっと多くの人に知ってもらいたいと願っている。あっけらかんとした性格をしている。
      趣味は洋菓子店巡り、好きなものは甘味類

     古賀 静音

      『コサージュ』のパティシエ。腕はあるのだが経歴が不明。自分のことをあまり他人に話したがらない。クールな性格。
      趣味はぬいぐるみ集め、好きなものはふわふわなもの

     城山 大寒

      雄二の同期生で同じバドミントン部。雄二には勝てないものの、腕はなかなかのもの。力押しのプレースタイルを貫くことに拘る。
      趣味は昼寝、好きなものは熱血漫画。

     村越 希

      大寒の幼馴染にして同じバドミントン部。かなりの美人でスタイルも良い。女子の部では全国へと駒を進めたこともある。
      趣味は音楽鑑賞、好きなものは映画(特に邦画)

     青木 勝正

      バドミントン部No.1の実力を誇るが、部内ではそれほど注目されていない可哀想な男。クラスでも影が薄く、主張しないと存在を認知されない。
      趣味は釣り、好きなものはスポーツ鑑賞




[21624] -Prologue-
Name: ゆ~じん◆06e098cf ID:c167db0f
Date: 2010/09/01 12:53


「なかなかうまくいかないもんだね」

売り上げが記録されたレシートをぼんやりと眺めながら岩崎が呟く。
小さな声だけに静まり返った店内では耳に届かざるを得なかった。いつものように苦笑を返しながらショーウインドウを丹念に拭く。

「常連もいることだし、売り上げに拘ることもねぇだろ」
「でもやるからにはやっぱり繁盛させたいじゃないっ」
「気持ちは分かるけど、ここはそういう店じゃないだろ?静かな時間の中で食うケーキもきっとうまいもんさ」

岩崎はそれでも納得がいかないというように頬を膨らませていたが、渋々と閉店作業に戻った。
繁華街からは離れた住宅街に紛れた場所に位置する洋菓子店『コサージュ』。それがこの店の名前だ。
高校生ながら店長を勤めるのが俺、柏木雄二。唯一のウエイトレスがブツブツと小言の多い岩崎茜。そしてもう一人が、

「閉店作業終わった?明日のテイクアウトの分手伝って欲しいんだけど」

キッチンから姿を見せた古賀静音。この三人で店を回している。とは言っても言うほど忙しくは無く、十分楽しめてやっていけているのが実情だ。

「あぁ、悪い悪い。すぐ行くよ」
「静ちゃん明日は何出すの?」
「シフォンにしようかと思ってるわ。時間帯からして売れ行きがどうかは見えないけど」

それぞれ高校が違うが、平日にこの店を開ける時間は五時と一定だ。そこから九時までの営業。土曜、日曜、祝日は朝の十時から九時まで開けている。
とは言っても、今のこの店は古賀中心に回っていると言っても過言ではない。
洋菓子店というからには洋菓子を売らなければ売り上げは無い。古賀がいないことにはケーキを作れないのだから当然と言えば当然なのだが。
高校生だけで回すことをモットーにしているのだが、やはりパティシエはそうそう見つからない。古賀だって偶然見つけた職人に過ぎないぐらいなのだ。

「異論は無いかしら?マスター」
「いつも言ってるだろ?俺に確認をとる必要は無いさ。お前のやりたいようにやればいい」
「でもさ、いい加減静ちゃん頼りっきりってのも抜け出さないとねぇ。静ちゃん、誰か心当たりないの?」
「あっても話すわけないでしょう?ここは私の城なの。貴方達二人以外に入れるつもりはないわ。下手に動き回られても面倒なだけだもの」

これなのである。
古賀は腕は確かなのだがいささか協調性に欠ける。新しい人材を放り込んだところでマイナスになるようでは意味が無い。
新たにパティシエを加えるにはこの二つの関門を潜り抜けないことには不可能なのだ。今のところ古賀が急に来れなくなった、などの話は無いからいいのだが。

「なら雄二、終わったら手を貸して。先に始めてるわ」
「あぁ。分かった。岩崎はもう終わりそうか?」
「うん。後は金庫にしまうだけだから。それとごめんね、今日私先に帰っててもいい?」
「夜道は危ないだろ。送ってくよ。仕込みは帰ってから手伝えばいいし」
「いいよそこまでしてくんなくても。静ちゃん手伝ってあげて」

そう言われては無理強いもできず、気をつけて帰るようにと念押ししてキッチンへと入った。仕込みの量はそれほど多くも無く、二人でこなせば三十分そこそこで終わった。
古賀と連れ立って店を出たのはおおよそ十時過ぎ。大体家に戻るのはこの時間帯になる。

「茜は本当に熱心よね」
「お前も満更でもないんだろ?自分が作ったケーキがあれほど評価されてるんだ。冥利に尽きるってやつだろ」
「そうね。嬉しくないって言ったら嘘になるわね。けど、私は茜にはあまり乗り気じゃないの。あの店を有名にするのはどこか躊躇いがあるのよね」
「簡単にできるもんでもないしなぁ。ウチで出すケーキよりも美味いケーキなんて星の数ほどある」
「そうね、本当にそう。私の腕もたいしたことない。私がやってるのは結局父さんの真似事だから」

古賀の父親は有名なパティシエで度々雑誌なんかに載ったりする。幼い頃からそういう父親の元で育った古賀は飽きるほどにスイーツを口にしてきたらしい。
子供の頃はまだしも、中学生くらいになると体重計と戦う日々だったと言う。今の見事なプロポーションも努力の賜物というわけだ。

「あの店はね、あのままでいいと思うのよ」

過去を思い返すように呟く古賀。
穏やかな時間が流れるあの場所に必要なものは何なのか。かつて客としてあの店に通っていた古賀だからこそ分かるものがあるんだろう。

「今日はここまででいいわ。待ち合わせがあるのよ」
「また男が変わったのか?昨日まで駅だったろう」
「やっぱり近場がいいわね。離れた場所も悪いもんじゃないけど」
「ほんっとにお前は。いつか刺されても知らないからな」
「ご心配無く。別れの手際には定評がありますから。雄二も悪い女には気をつけなさいよ?」

クスッと妖艶な微笑を向ける古賀に通学鞄で攻撃するが難なく交わされてしまう。男の扱いに長けるコイツにはいかなる攻撃も通用しないのだろうか。

「まぁ、何だ。大丈夫だとは思うけど気をつけてな」
「ありがと。じゃね」

古賀を見送って一人駅までの道を歩く。そういえば姉貴からネギを買って来いとのお達しがあったのを思い出し、帰り道のスーパーで買い物を済ませた。










「フッ!」

スパンと小気味いい音を鳴らして打ったスパイクは見事相手の陣地に着弾。
それが決勝点となり、試合は終了。息を吐いて少し前かがみになった後、顔を上げて相手を見やった。

「クソッ、また負けたか」
「修行が足りないな。後三日は鍛えろ」
「何だその半端な日数。しかし悔しいな。何でお前に勝てないんだろ」
「クールさが無いねお前には。いついかなる時も冷静に。熱くなると元来とのズレが生じる。そこが格好の的になる。力で押し込むスタイルは嫌いじゃないけどな」

熱気のこもった体育館の中でのバトミントン。
全ての授業は三時に終わり、そこからは部活動の時間。
進学に重点を置いている我が学園はクラブ活動は二時間キッカリと決まっている。五時にはいかなる理由があろうと強制的に下校させられてしまう恐ろしい校風がある。
しかしその少ない時間を有効に活用し、全国大会へと駒を進めるクラブも中には存在する。
俺が所属しているバドミントン部は四時半には片づけを含めて終了する。そこから店に向かうのが俺の日課だ。
部員は総じて二十名ほど。春は全国まで後一歩というところで負けてしまった為、今はリベンジに燃えている。

「あ~あ、もっと部活やってたいよなぁ」
「そこに突っ込んでも仕方ないだろ。分かった上で入学したんだから」
「そうだけどよぉ、俺はどっちかって~と頭使うよりも体使う方が好きなんだよ」
「まぁそうだろうな」

とは言ってもこいつは授業中に眠ることもないし、文武両道に重きを置いている。ただ勉に偏りすぎな校風に不満を持っているのも確かだ。

「お前はこの後もバイトだろ?一体いつ勉強してんだよ」
「効率よくやれば問題ない。それよりホラ、時間がもったいないだろ。もう1セット」
「ちょっとは休ませろっ」

グッタリと床に寝そべる城山はもう今日はダメだな。時間は四時を過ぎている。今から始めないことには終わらないのだが動かないともなると試合ができない。
諦めて時間を潰すか他に相手を探すかだが、

「柏木、相手探してるの?」

顔を向けると背中の真ん中辺りまで伸びた髪が特徴的な村越がラケットを持って立っていた。
バドミントン部は男女混合の部活で女子がいるのは当然なのだが、健全な男子にとって肌の露出が多い体操着にはやはり見る場所に困る。
仕方なく顔を見るしかないのだが村越は有名な美人であるからしてロクに顔をまともに見れない。

「あ、いや、今日はこれで」
「相手してもらえよ雄二。村越相手ならお前も楽しめるだろ」
「別にお前で満足していないことはないぞ」
「……お前、何か、その台詞を男に言われると泣きたくなるんだけど」
「くたばれっ」

城山にシャトルを打ち出すと見事に顔面にHIT。相当痛かったようでゴロゴロと床を転がりまわった。

「あっはは。容赦ないね、柏木は」
「これが普通なんだよ。俺とコイツじゃね」
「それよりさ、どう?1セットやってみない?前から一度やってみたかったんだ、柏木とは。全国の力を肌で体感したかったんだよね」
「出てないからね、全国。……っと、正真正銘全国に駒を進めた男がこっちを気にしてるみたい」

丁度いい具合に青木がこっちに向かってきた。多少強引なところがあるものの腕は間違いなくこのバドミントン部No.1。村越もいい経験になるだろう。

「何だ村越、強い奴とやりたいのか?まぁ女子部門ではお前も全国区だからなぁ。相手がいないことには腕を磨けないってわけだ。仕方ない、ここは俺が一肌脱いで」
「頼んでないってば青木。私は柏木に言ったの。アンタなんて呼んでないよ。ホラ、早く戻ったら?」

おぉっ、辛辣。

「……おぉい雄二、何か扱いに差を感じるんだが」
「いやまぁ、俺に振られたって困るっつ~か」
「私さ、城山とスタイル同じなんだよね。熱くなるって言うか何て言うか。その城山が柏木には一度も勝ててないでしょ?だからどうしても知りたいのよ」

その目はどこまでも真剣で、半端な覚悟で試合を申し込みに来たわけではないようだ。

「前からずっと言ってたんだよソイツ。柏木と試合できるように便宜図ってくれないかって」
「アンタは何もしてくれなかったけどね」
「メンドクセーことはしない主義なんだよ。でもほら、そういう第一歩が大切だってことをお前に分かって欲しかったんだよ」
「アンタに教わることなんて何も無いわよ。男のクセにスタミナが保たないなんて恥の極みね。そのままヘバって終わるまで時間潰してなさいよ」
「……んだとコラ」

城山がムクリと起き上がって村越を睨み付ける。その視線を真っ向から受け止める村越。視線を外すことなもなく、威嚇に引くこともなくただ純粋にその目は。

「何よ、やるって言うの?」
「やってやるよ。ブチ殺すっ!」

ブンブンとラケットを振り回す城山に続いて村越もコートに入っていく。

「何か、俺たち置いてけぼり?ってか話途中でネジ曲がってない?」
「いや、曲がってなんかねぇよ。村越、最初っから城山とやりたかったんじゃねぇのかな。あの二人はあれでなかなか似合いの二人なのかもしれないな」

首をひねる青木をよそに、今日は二人の試合を見て時間を潰そう。青木と一戦やるのもおもしろいと思ったけど、それよりも二人の試合の方が俺の興味を引いた。
力を軸に据えた二人の試合は圧巻だろう。確かに城山は全国まで駒を進めたことはないものの、資質は十分に備えている。多分、村越は城山を引き上げたいのだ。
ダシに使われたとしても悪い気分じゃない。
ハネが舞う。
二人の激動が幕を開けた。










「シフォンの売れ行きどうだ?」
「思ってたよりも出てるわね。まだ追加分は用意できるけど、どうする?」
「う~ん……、まだ七時か。八時でこれなら焼かないんだけどなぁ」
「悩みどころね。客足も悪いことはないし、期待してみたいのが私の意見ね」
「少し待ってくれ。岩崎にも少し話を聞いてみるよ」
「なるべく早くしてね。遅くなればそれだけ売り上げに響くことになるし、無駄にするのも勿体無いしね」

キッチンから出て岩崎のところへ。
テーブルは二つ埋まっている。一つはサラリーマン風の男が一人のところと、もう一つは女子高生の二人組み。最近よく見かける二人だ。気に入ってくれたのだろうか。

「岩崎、今大丈夫か?」
「ん、どしたの?」
「シフォンを今から追加しようかどうか迷ってるんだけど、客足はどうかなって」
「そうだね、いつもより少し多いって感じかな。まだ七時だし、作ってみればいいんじゃない?それにシフォンなら日にち持つでしょ」

確かにそうなのだがやはり出来立てのものを味わってもらいたいのが本音でもある。ショーウインドウに並べても問題はないのだが、古賀にもその辺りプライドがあるしなぁ。
もちろん捨てるわけにもいかない。その辺はやはり材料費云々があるため、作った分は元をとって欲しい。しばらく葛藤を続けたが、結局追加する方針で決まった。
ホールからキッチンにいる古賀にジェスチャーでGOサイン。古賀は一度頷くとテキパキと作業に入った。

「……何かね、時々矛盾したこと考えるんだよね」
「矛盾?」
「私ね、やっぱりこの店を多くの人に知ってもらいたいっていうのがあるの。でもね、今のこういう雰囲気も大好きなの」

岩崎はぼんやりとお客さんを見やる。

「確かにお客さん少ないけど、何だか安心しきってる顔するよね。この店に入った途端に肩の荷が下りるって言うか。あのサラリーマンみたいな人もそうだったの」
「肩の荷を下ろしてた?」
「うん。そんでね、コーヒーを飲んだ後にホッと息をつくのね。そうすると、あぁ、あの人にとってはここは楽にいられる場所なんだなって、そんなことさっき考えてたの」
「それはとても嬉しいことだな」
「うん。ホントにそう思うよ」

岩崎は尚も店内をぼんやりと見回していた。
元来ならマスターの俺が小言の一つでも入れなきゃいけないところなんだろうけど、どうしてかそういう気分にはなれなかった。
洋菓子店『コサージュ』。
今日も、まったりとした空気の中で営業が続いていく。







[21624] Manual 01 -慌てること莫れ-
Name: ゆ~じん◆06e098cf ID:c167db0f
Date: 2010/09/02 14:44



「ゆ、ゆ~じゆ~じゆ~じぃっ!!」
「人の名前を連呼するな」

キッチンで静音と一緒に明日のテイクアウト分を考えていたところにホールから岩崎が弾丸のように飛んできた。

「た、たたた大変っ!」
「何だ、どうしたんだ」
「と、とにかくちょっと来てってばっ!」

わけがわからないままに岩崎に腕を引っ張られてホールに連行される。
そこで目にしたのは優雅な雰囲気を持った……、いや、困った顔でおろおろと辺りを見渡すだけのフランス人形のような少女だった。





 Manual 01 慌てること莫れ





小柄な体を更に縮こませて捨てられた子犬のようにこちらを見つめる青い瞳。
柔らかそうなフワフワのウェーブがかかったブロンドヘアーはどこぞの貴族の娘ではないかと疑うほど。
服装はここいらではよく見かける高校の制服。改めて見れば岩崎の高校のものだ。だが袖を通しているのがここいらでは見ない人間だという話。

「えっ……と?」
「ダメ!私英語ダメなのよっ!こう見えても私英語だけは嫌いなのっ!時代はインターナショナルだって言っても使う機会なんて数えるほどしかないじゃないっ!」
「その誤魔化しで通してきたが、今正にこの瞬間、その数えるほどしかない機会にブチ当たったわけだ」
「分かったっ!分かったってば!帰ったら明日の英語の予習やるから今は助けてっ!」

危機を乗り越えても絶対にそれだけはやらないことは分かってはいたが、さりとてこのまま放っておくわけにはいかない。お客さんがあまりにも不憫だ。
折角この店に入ってきたのだからゆっくりとした時間を味わってもらいたいのだ。幸運なことに他にお客さんはいない。
俺は席まで近づき、知っている英語の知識を総動員させてとりあえずオーダーを聞くことにした。

「あ~……May I help you? (いらっしゃいませ)」
「Year, thank you. (どうもありがとう)」

こ、これはっ……!
通じたっ。

「え~……っと、 This shop has mainly drinks and cakes. (当店では飲み物とケーキを中心に販売を行っております)」
「I did. I want to eat delicious cake. Ah~, What you recommend? (知っているわ。私、ケーキが食べたいのよ。何かお勧めはあるのかしら?)」

早い。向こうは普通に喋っているつもりなのだろうがこちらとしてはもはや英語の領域を超えている。適当に単語を繋げるだけではやはり無理があるのか。
いや待て、まずは何が分からないのかを理解しろ。今彼女は何と言ったのか。……、リコメンド、確か最後にそう言った気がする。
リコメンドの意味は、勧める、だったな。ワッチューリコメンド。貴方は何を勧めるのですか、つまりお勧めを聞いているのではあるまいか。

「あ~……っと、What jenres of recommend do you want? (何のお勧めでしょう)」
「Cakes naturally. (当然ケーキのことよ)」

ケイク、今ケイクと言ったか。つまりケーキのお勧めを知りたいということだろう。構えからして紅茶にも精通していそうなもんだからそっちを気にしているのかとも思ったが、
どうやら取り越し苦労のようだ。考えてみれば女の子なのだ。やはり目当ては甘いスイーツに決まっている。
自分の無力さに苦笑しながら岩崎に手で合図してメニューを持ってこさせる。
じっとこちらの様子を見ていた岩崎は弾かれたように動き出し、メニューを俺に渡すとまた疾風のように定位置に戻っていった。話しかけられては困る、そういうことらしい。

「あぁ~……っと、 This is the menue we have. Today's recommendation is chiffon cakes included a bit soar.(本日は少し酸味のきいたシフォンケーキがお勧めです)」
「Oh……、That is nice. OK, I will take it and have coffee? (まぁそうなの?それならそれを頂くわ。それとコーヒーはあるのかしら)」

コッフィー。コーヒーのことだろう。

「っと、Of course.(もちろんご用意できますよ)」
「Good, one shiffon cake and coffee please, OK? (あぁ良かった。シフォンケーキとコーヒーを一つずつ頂くわ。いいかしら?)」
「Yes, thanks a lot. (かしこまりました)」

頭を下げてホールからキッチンに戻る。古賀にオーダーを伝えると何故かドッと疲れが来た。しばらく休んでいると、古賀が俺をニヤニヤしながら見つめているのに気が付いた。

「何だよ」
「別に?ただ必死に片言の英語を話してる雄二があまりにも可愛いもんだから」
「よく言う。お前、喋れるクセにわざと出てこなかったろ」
「慣れよ慣れ。私だって最初から話せたわけじゃないもの。期間は別にしても、確かにさっきの雄二のような時期は私にもあったわ」

期間は別にしても。
その辺りに嫌味を含んでいるのだろうが、滅多と見ない古賀の嬉しそうな表情を見ていると水を差すのも無粋かと黙っていた。
普段あまり笑ったりしないやつだけに、その時間を目にするとどうしても邪魔したくなくなってしまう。増えることはないけれど、無理に切ることもない。

「オーダー挙がったわ。どうする?持っていく?」
「散々陰で笑ってたんだ。お手本を見せてくださいよセンセイ」
「あら残念。もう一笑いしたかったんだけどマスターの命令じゃ従わないわけにはいかないわね。それじゃ私の英語でも聞いて勉強しておきなさいな」

悠々とホールに出てオーダーを持っていく古賀。ケーキをテーブルに置く時に何事か喋っているようだった。スラスラと流れるように出る英語は流石にここからじゃ聞き取れない。
でもあのお客さんは古賀と話していると笑顔が綻んでいた。何か、悔しい気持ちが沸き起こるのは気のせいだろうか。
万能にこなす古賀に嫉妬しているんだろうか。確実なのは俺じゃあのお客さんを喜ばせることができなかったということ。

「岩崎に言えた義理じゃないか、俺も」

一つため息をついた後、沈んだ気持ちを振り払って業務に戻った。










「あの子ね、留学生なんだって」
「いや、そりゃそうだろ」
「何よそりゃそうだろうって!」
「あの年頃で高校の制服着てれば普通そうだと思うんじゃないのか?」

仮に日本に長いこと住んでいたとするなら日本語はペラペラのはずだし。
俺の反応がおもしろくなかったのか頬を膨らませて抗議してくる。右手に持っているのは岩崎曰く秘密ノート。ポケットサイズのノートながら、記載されている情報は濃いらしい。

「あらそう、雄二はあの子のこと聞きたくないんだ」
「それって俺に了承とるの間違ってないか?あの子が承認しなきゃいけない問題だろ」
「ハンッ、そんなこと言ってるからコールドケースが山積みになってくのよ。ある程度の覚悟を持って法廷に出なきゃ何も変わんないのよっ」
「いや、法廷とは無縁だし」

話したくて仕方が無いらしい。しかし個人情報を重んじる今の世の中ではそう簡単に聞いていいものでもないような気がする。岩崎にかかれば法の網目をくぐっているらしいのだが。
見方を変えれば完全にアウトだ。岩崎は勝手に網目を変えてしまうから自分が網にかかっているとは思っていないだけである。捻じ曲げれば網も何も関係ないのである。
その片棒を担いでしまえばいつか白黒の車に乗らなければならない日が来てしまうに違いない。そうなっては姉貴にも母親にも死んだ親父にも顔向けできないではないか。

「……客の実態を知ることを放棄するわけですか、マスター」
「っ」

手痛いところをついてくる。
岩崎にかかればもう俺の情報など無いに等しいのだろう。的確に急所をついてくる物言いには俺は反抗する術を失ってしまう。

「たおやかな、まったりした時間をお客様に提供するが我らの役目なれば、お客様を知ることこそ、達成する為の最もの近道。それを雄二は見過ごすと言うのか」
「お前、その性格止めた方がいいぞ」

とは言うものの、ここは聞くしかないだろう。何より俺が聞かないことには岩崎は業務に戻ってくれないだろう。オーダーをとらないウエイトエスなど立たせていても無駄なだけ。
加えて岩崎の言うことにも確かに一理ある。客を知ることこそ時間を提供するこちらとしては最も知っておきたいことに偽りは無い。触りだけでも聞いておくべきか。

「あの子ね、クラスじゃ浮いてるみたいなのよ」
「そうか?あの容姿なら逆に惹きつけるもんだとばかり思ってたが」
「日本語もほとんど分からないらしくて、逆に容姿が足を引っ張ってるみたい。残念なことにフォローしてくれる子もいなくて困ってるらしいのよね。だから肩肘張ってたんじゃないかな」

言葉が通じないということだけでかなりの負担がかかっているんだろう。増して状況を理解してくれる人が傍にいないとなると余計だろう。

「お前学校一緒なんだろう?助けてやればいいじゃないか」
「そりゃ私だって英語話せればそうしてるわよ。でもね、私は母国を愛する穢れない女子高生だから多分あの子のことは分かってあげられないのよ。心が痛むのだけれど」
「誰が母国を愛してるって?堅苦しい日本の文化は開放的なアメリカンの空気をもっと取り入れるべきだとか散々主張してたクセに」
「時代は変わる。もちろん人も変わるのよ。私だっていつまでも逃げているわけにはいかない。欧米に飲み込まれる日本をそのままにしておける年頃はもう過ぎたの」

うまいこと言葉を?いではどうにか英語を学ぶことから離れる。この言い回しこそ岩崎の特技の一つと言えるかもしれない。

「昨日話したけど、言葉が通じてえらく喜んでたわ。雄二のこと、とても良く思ってた」
「そっか。何とか努力してよかった」

いつの間にかキッチンから出てきていた静音を交えて三人で話す。今はお客さんがいないから別段構わないだろう。俺がマスターということもあり規則は結構緩いのである。
とは言っても最低限のことは守ってもらっているのでガミガミ言うこともない、というのが一番の本音ではあるのだが。

「いや、もちろんそれもあるんだけどね」
「……?」
「まぁそれはいいとして。茜、雄二の言うとおりアンタちょっとはフォローしてあげなさい。同じ学校にいるんだから見過ごしてるだけじゃアンタの心が痛むでしょうよ」
「何、静ちゃんもインターナショナルなの」
「あのねぇ」

岩崎のガードは頑なだ。岩崎にとって勉強ほど嫌いなものは無いのである。

「……茜、英語話せるとモテるのよ?」

その瞬間、岩崎の中で何かが変わった。










「何て浅ましいヤツだ」
「やる気になってくれて何よりじゃない。学んでマイナスになることは無いんだしいいんじゃない?」
「お前も適当に言いつくろいやがって。これで彼氏の一人もできなかったらどうするんだよ」
「努力が足りなかったって言えばいいのよ。それに、知的な女性には男性は憧れるものよ。雄二はそうじゃないの?」
「いや、俺は別に」

古賀の言葉を真に受けた岩崎は翌日から人が変わったかのように英語漬けになった。それはもう言葉のとおりに英語漬け。インテリ眼鏡が似合わないったらない。
言葉と人の壁に苦しんでいたあの子もそれから毎日のように顔を出していた。というより岩崎が無理やり引きずり込んでいるようだ。
まぁあの子も嫌がってはいないようだからいいんだけれども、来る度に業務放り出して英語を教わる姿勢はどうかと思う。お客さんが一気に来たりしたらどうなるんだ。
岩崎が留学生に英語を請う姿は今となってはこの店の風物詩にすらなった。
常連さんが多いために必然とその現場を目撃される機会が多い。暖かい目線を送るお客さんもいれば、同じ女子高生からは苦笑を送られていた。
残念ながらその視線の中には同じ年頃のハンサムイケメンボーイのものは含まれてはいない点が何よりも哀れではあった。

「Do you love me!? But I saw that you had gone to the hotel cat she stayed!! (私を愛してるですって!?でも貴方あの泥棒猫がいるホテルに行ったじゃない!!) 」
「Cat she? What's that? (猫女?それって何なの?)」

隣の席に座っていたカップルから笑いがこぼれる。

「何を教わってるんだ何を」
「いいんじゃない?興味がわくところから学べばいいのよ。それに文法は合ってるじゃない不思議と。……泥棒猫はともかく」
「あぁ、キャットシーってそういうことか。お前よく分かったな」
「茜の頭の中のことならいくらでも理解できるわ。あの子ま特殊な能力を持っていてね、頭の中で考えていることがそのまま言葉にも表れるのよ」

それは俗に言う単細胞というものなのでは。
岩崎には聞こえないにしろ、何かあった時の為に口にするのは止めておこう。

「Cat she means a woman like a cat. It robs other woman of boyfriend. (泥棒猫ってのはね、猫みたいな女の人のことよ。他人の彼氏を奪うっちゃうの) 」
「Oh...that's too bad. The same things cat robs other's of fish. (それは……何だか悪いことね。猫が他人のおかずをとっちゃうことと同じってことなのね) 」

会話の内容に問題を残してはいるものの、うまくやっていけているようで何よりだ。あの子も良く笑うようになったし、いいことだな。
フッと視線が合った。岩崎をよろしくって意味で微笑を返すと顔を赤くしてサッと背けられてしまった。

「う~む、やはり岩崎とはうまくやっていけないということなのか」
「むしろ今のでそう解釈できる雄二ってかなりのものよね。毅然としてればそれなりのものを持ってるのに」
「何だぁ?」
「別に。それよりマスター、二人のオーダー分があがったから運んであげて頂戴。私は明日の分の仕込があるから動けませんので」
「何もこんな早い時間からやらなくたっていいだろ。閉めてから手伝うからその時にやればいい。ウエイトレスがいないんだからお前が代わりをこなすのが筋ってもんだろ」

その言葉に、静音はクスッと笑って。

「面白いものがあれば見たいじゃない。雄二だってそうでしょう?」

わけのわからないままに徹底抗戦を張る古賀にもはや適う術は無い。腑に落ちないままにオーダーを持ってホールに出る。
席に近づけば近づくほどにフランス人形の女の子はそわそわと居心地が悪そうに体を揺らす。それを見た岩崎が俺を振り返って、

バギンッ! っとシャーペンを折る。

「……何さ、ちょっと英語ができるぐらいで」
「何、何でスネてんのお前」
「ハンッ、結局そういうことですか。付け焼刃じゃ振り向かないってことですか。私がやってきたことはみんな無駄だったってことですか。彼氏はできないってことですかっ!?」

泣きながら必死に訴える岩崎と、チラチラと赤い顔をしながら俺を盗み見る少女。
笑いをこらえかねた隣の席に座るカップルが盛大に笑い声を上げる。
一部を除き、和やかな空気の中で、今日も洋菓子店『コサージュ』、営業中です。




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