September 03, 2010
家内、そしてファミリー
テキサスの自宅での2日間はあっというまに終わり
仕事は明日午後からなのに
今日は午後便が直行、乗り継ぎ便も含めて満席もしくは
残席が5席以下ということで
朝の飛行機で単身赴任先である某都市に戻った。
本当は明日の朝一番の飛行機で戻ってそのまま仕事というのが
ベストなのだが、24時間前に残席が10席以下というのは
かなりリスキーなので、避けなければならない。
今日は来週の韓国行きに向けての準備。
着ていくスーツやシャツを選び、
ドライクリーニングに持っていく。
ネクタイはルイヴィトンを2本と
予備でエルメスを1本持っていこう。
いや、ブルガリのほうがいいかな?
靴は新しいのを買おうかな。
コールハンにするか、フェラガモにするか。
そう言えばここ10年近くグッチの靴を買っていないな。
昨年、息子が大手コンピューター会社に就職。
サンクスギビング明けに他州に引越し、
また娘のほうも8月末に大学に入学したため
車で3時間半ぐらいの距離にある街に引っ越した。
子供たちの旅立ちは親の喜びでもあるが、
家内はここ数ヶ月かなり落ち込んでいた。
家内は大家族の出なので孤独に弱いのである。
ここ数ヶ月かなり怒りっぽくなっていた。
家内の実家はメキシコのソノラという州にある大家族。
家内は10人兄弟の9番目。
家業は牧場経営が中心。
長男と次男、10番目となる弟(四男)はそれぞれ牧場を持っている牧場主。
長男はハンティングのビジネスやカウボーイ体験の出来るデュードランチのビジネス、
さらにホテルも経営している。
次男はソノラの他にアメリカのモンタナ州にも牧場を持っている。
その人はモンタナの銀行の頭取の娘と結婚していたが、
いまは別の人と再婚。蜂蜜のビジネスも順調のようだ。
三男は次男と双子。三男はアメリカのウイスコンシンのビール会社のオーナーの娘と結婚。
もともとは内科のお医者だったが「俺はヤブ医者だ」と言ってたかと思ったら、
さっさとリタイアしてしまった。このビール会社、バドワイザーなどのメジャーではないが、
それでも親子4代ぐらいはまったく働くことなく配当のみで億万長者の生活をしてきたという。
で、我々の甥の世代からは「そんなのつまんない」と言って、甥にあたる3兄弟はそれぞれ働いている。
長女にあたる姉さんは輸入物の洋服屋をやっているが旦那はアル中気味で、ほとんど姉さんの稼ぎで食べている。
次女の姉さんは旦那とサボテンから出る「不思議な液体」でビジネスをやっていた、
若くして未亡人となってしまった。
三女は獣医と結婚し離婚。その後カリフォルニアのワインセラーのオーナーの子供たちの
高賃金のベビーシッターとして働き、いまは隠居。大きな家や車などすべて買ってあたえられ、
ひと財産貯めたあとのリタイアである。子供たちはオーナーに学費の全面支援を受けて
一流大学に行き、いまは一流企業のサラリーマン。
ベビーシッターに早期退職が出来るほどの高賃金を払うのだからビリオネアーと呼ばれる人たちは
スケールが大きい。
四女はメキシコ第二の都市であるグァダラハラにある大学の医学部を出て小児科のお医者になった。
そして同じ大学で知り合ったコスタリカ人の医学生と国際結婚。コスタリカに移住した。
旦那の方は小さな小児科病院の開業医。姉さんは首都サンノゼのメジャーな病院で院長先生をやっている。
で、彼らには4人の子供たちがいるが、一番上の娘は既にお医者さんとしてスタートしている。
五女は、家内のすぐ上の姉さんも獣医と結婚したが、離婚。
一時はコスタリカに住んでスパを経営したりしていたが売却し、
昨年からメキシコに戻って美容関係の仕事をしている。
というのが家内のファミリー。
亡くなったお祖父さんはアラモスという町の市長までやっていた土地の名士だったという。
我々は1983年に結婚してまもなく27年。
今回帰って不思議な気がしたのは、
子供たちがいなくなり、我々2人になってしまったのに
まったくネガティブな部分が感じられないこと。
なんか新婚時代に戻ったような雰囲気が出てきたし、
ある意味で、大仕事をやり遂げたような充実感もある。
子供たちがいる頃は夫婦喧嘩もよくしたが、
子供たちが出て行って、昔のナイスな頃のカミさんが戻ってきたような気もする。
結婚する前から息子が小学校に行き始める前まで
私は家内のことを「ベベちゃん」と呼んでいたが
それから「マミちゃん」に変わった。
47歳の家内は、もうさすがに「ベベちゃん」といった感じじゃないけど
我々夫婦は昔に戻ったような、とってもナイスな関係に戻りつつあるような気がする。
世の中、人生、とっても不思議なものだ。
仕事は明日午後からなのに
今日は午後便が直行、乗り継ぎ便も含めて満席もしくは
残席が5席以下ということで
朝の飛行機で単身赴任先である某都市に戻った。
本当は明日の朝一番の飛行機で戻ってそのまま仕事というのが
ベストなのだが、24時間前に残席が10席以下というのは
かなりリスキーなので、避けなければならない。
今日は来週の韓国行きに向けての準備。
着ていくスーツやシャツを選び、
ドライクリーニングに持っていく。
ネクタイはルイヴィトンを2本と
予備でエルメスを1本持っていこう。
いや、ブルガリのほうがいいかな?
靴は新しいのを買おうかな。
コールハンにするか、フェラガモにするか。
そう言えばここ10年近くグッチの靴を買っていないな。
昨年、息子が大手コンピューター会社に就職。
サンクスギビング明けに他州に引越し、
また娘のほうも8月末に大学に入学したため
車で3時間半ぐらいの距離にある街に引っ越した。
子供たちの旅立ちは親の喜びでもあるが、
家内はここ数ヶ月かなり落ち込んでいた。
家内は大家族の出なので孤独に弱いのである。
ここ数ヶ月かなり怒りっぽくなっていた。
家内の実家はメキシコのソノラという州にある大家族。
家内は10人兄弟の9番目。
家業は牧場経営が中心。
長男と次男、10番目となる弟(四男)はそれぞれ牧場を持っている牧場主。
長男はハンティングのビジネスやカウボーイ体験の出来るデュードランチのビジネス、
さらにホテルも経営している。
次男はソノラの他にアメリカのモンタナ州にも牧場を持っている。
その人はモンタナの銀行の頭取の娘と結婚していたが、
いまは別の人と再婚。蜂蜜のビジネスも順調のようだ。
三男は次男と双子。三男はアメリカのウイスコンシンのビール会社のオーナーの娘と結婚。
もともとは内科のお医者だったが「俺はヤブ医者だ」と言ってたかと思ったら、
さっさとリタイアしてしまった。このビール会社、バドワイザーなどのメジャーではないが、
それでも親子4代ぐらいはまったく働くことなく配当のみで億万長者の生活をしてきたという。
で、我々の甥の世代からは「そんなのつまんない」と言って、甥にあたる3兄弟はそれぞれ働いている。
長女にあたる姉さんは輸入物の洋服屋をやっているが旦那はアル中気味で、ほとんど姉さんの稼ぎで食べている。
次女の姉さんは旦那とサボテンから出る「不思議な液体」でビジネスをやっていた、
若くして未亡人となってしまった。
三女は獣医と結婚し離婚。その後カリフォルニアのワインセラーのオーナーの子供たちの
高賃金のベビーシッターとして働き、いまは隠居。大きな家や車などすべて買ってあたえられ、
ひと財産貯めたあとのリタイアである。子供たちはオーナーに学費の全面支援を受けて
一流大学に行き、いまは一流企業のサラリーマン。
ベビーシッターに早期退職が出来るほどの高賃金を払うのだからビリオネアーと呼ばれる人たちは
スケールが大きい。
四女はメキシコ第二の都市であるグァダラハラにある大学の医学部を出て小児科のお医者になった。
そして同じ大学で知り合ったコスタリカ人の医学生と国際結婚。コスタリカに移住した。
旦那の方は小さな小児科病院の開業医。姉さんは首都サンノゼのメジャーな病院で院長先生をやっている。
で、彼らには4人の子供たちがいるが、一番上の娘は既にお医者さんとしてスタートしている。
五女は、家内のすぐ上の姉さんも獣医と結婚したが、離婚。
一時はコスタリカに住んでスパを経営したりしていたが売却し、
昨年からメキシコに戻って美容関係の仕事をしている。
というのが家内のファミリー。
亡くなったお祖父さんはアラモスという町の市長までやっていた土地の名士だったという。
我々は1983年に結婚してまもなく27年。
今回帰って不思議な気がしたのは、
子供たちがいなくなり、我々2人になってしまったのに
まったくネガティブな部分が感じられないこと。
なんか新婚時代に戻ったような雰囲気が出てきたし、
ある意味で、大仕事をやり遂げたような充実感もある。
子供たちがいる頃は夫婦喧嘩もよくしたが、
子供たちが出て行って、昔のナイスな頃のカミさんが戻ってきたような気もする。
結婚する前から息子が小学校に行き始める前まで
私は家内のことを「ベベちゃん」と呼んでいたが
それから「マミちゃん」に変わった。
47歳の家内は、もうさすがに「ベベちゃん」といった感じじゃないけど
我々夫婦は昔に戻ったような、とってもナイスな関係に戻りつつあるような気がする。
世の中、人生、とっても不思議なものだ。
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