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[20988] Fate/EXTRA Hollow ~衛宮家な人々~
Name: 石・丸◆054f9cea ID:8782b1c8
Date: 2010/08/08 23:39
 
 Fate/extra hollow 1 
 
 いつもと変わらない日常のはずだった。
 学校へ行って、アルバイトをして、家に帰ったら魔術の鍛錬をして。休日には藤ねえの相手をしたり、慎二と遊びに行ったりと、代わり映えのしない毎日が続く。
 少し変わったことと言えば、今年は空梅雨だったようであんまり雨が降らなかったことくらいか。

 ────空を見上げれば、何処までも続く青い空。
 
 見方を変えれば退屈だともいえる日々。それでも俺は、そんな平凡な時間がどんなに大切な存在かを知っている。
 掛け替えの無い、輝く時間なのだと知っている。
 
 だから俺は、衛宮家の居間で鎮座なされている“彼女”を見たとき、思わず驚愕の声を上げてしまっていた。
 
 
「朝っぱらから騒々しい。何を大声で喚いているのだ、奏者よ?」
 
 真っ赤なドレスを身に纏った金髪の少女が、テーブルに付いて紅茶を飲んでいた。
 それは良い。それは良いんだ。
 今の衛宮家では、俺とセイバーと呼ばれる少女が暮らしている。だから彼女が居間で紅茶を飲んでいても何も驚くことはない。
 驚くことはないんだが……。
 
「えっと、セイバーだよ……な……?」 
 
 翡翠を思わせる緑色の瞳。金砂を集めて作ったような綺麗な金髪。
 華奢な身体は抱きしめたら折れてしまいそうなほど儚いが、瞳には何者にも負けない意思の強さが宿っている。
 間違いなく、セイバーだ。
 
 ……けど、何か違う。
 
 ぶっちゃけると、あのセイバーが、下半身前開きで恥ずかしげなドレスを着て、朝っぱらから優雅に茶なんぞ飲んでるのがおかしい。しかも自己主張の激しい真っ赤なドレスでですよ?
 何か悪いもんでも食べて体調でも崩したんだろうか。
 そうだとしたら一大事である。
  
「セイバー」
 
 まず彼女の前に膝をついて同じ目線まで腰を屈めた。それから、真剣な面持ちでセイバーを見つめる。
 柳眉というのだろうか。整った眉根が僅かに寄っていた。俺の行動を把握しかねているのだろうが、心なしか彼女の顔も赤い気がする。 やはり、確認しなければならない。
 
「なあセイバー。もしかしてお前熱でもあるんじゃないのか? ちょっと見せてみろ」
「────え?」 
 
 心配になった俺はセイバーの体温を確認しようと、ゆっくりと彼女の顔に頭を近づけていく。
 
「な……なにをするつもりだ、奏者よ? まだ日は高いぞ? というか、か、顔がちか────」
 
 俺の行動が予想外だったのか何か勘違いしているのか。若干慌てるセイバー。けど、熱は測らないといけない。
 
 俺は問答無用に顔を近づけて──────ぴとっ!
 
 セイバーの額と俺の額がくっついた。
 
「──────!!」 
 
 声にならない声をあげて目を見開く彼女。その間に額を通して彼女の体温を確認する。
 
 う~ん、熱はないみたいだが顔の赤みが増している気がする。これはいわゆる風邪の引き始めかもしれない。ならば薬が必要だろう。
 そう思って腰を浮かしかけた時、何故だかセイバーに突き飛ばされた。
 
「……いてて。って、いきなり何するんだよセイバー。痛いじゃないか」
「それはこちらの台詞だ奏者よ! そなたこそいきなり何をする!? 余に断りも無く身体に触れるでないっ! いや……その、勘違いはするでないぞ。触られるのが嫌だと言っている訳ではなく、余にも心の準備というものがだな……」
 
 ゴニョゴニョと言葉尻を小さくするセイバー。
 なんか余とか言ってるし、やっぱり今日のセイバーは変だ。ドレス赤いし。
 
「セイバー、やっぱり変だぞお前。どうしたんだ? もしかしてからかってるのか?」
「おかしいのはそなたの方だ。そなたこそ──────そうか、ははーん!」
 
 そこまで言ってから、セイバーがピーンときたという得意気な顔をする。
 
「分かったぞ、奏者よ。余が昨晩そなたにあまり構ってやらなかったことを怒っておるのだな? 確かに余も大人気が無かった。しかしそなたも魔術の鍛錬があるからと土蔵に篭ったではないか。そこら辺りはお互い様で……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、セイバー!」
 
 彼女の言葉を止めて暫し考える。
 何と言うか究極的に話が噛み合っていない気がするのは気のせいだろうか。
 確かに俺は魔術の鍛錬を日課にしているし、昨夜も鍛錬に勤しんだと思う。ちょっと頑張りすぎたのか、珍しく寝坊してしまったが──────
 
「……あれ?」
 
 思い出そうとして、昨夜の記憶が曖昧なことに気付く。
 確かに鍛錬はした。したのだが……その後がうまく思い出せない。何時ごろ終えたのか、そもそも部屋に戻って寝たのかすら怪しい。
 いや、起きた時は部屋にいたんだから戻ったのは間違いない。
 ないはずなんだが……。
 
「どうしたのだ?」
 
 う~んと唸る俺を見てセイバーが心配そうに覗き込んできた。
 彼女に軽く事情を説明すると「記憶が混乱しているのか。投影魔術の弊害かもしれぬ」と眉根を寄せる。
 
「身体に負担のかかる鍛錬ばかりしておるからな、そなたは。無理を重ねればそういうこともあろう。よもや余と駆け抜けた聖杯戦争まで忘れたとは言わぬであろう?」
「聖杯────戦争?」
 
 セイバーに言われてフラッシュバックのように様々な光景が蘇る。
 青い電脳の世界。
 幾人ものマスターとサーヴァント。そして光り輝く黄金色の劇場。
 
 それは素晴らしく色のある──────そう。まるで“夢”のような軌跡だった。
 
「……覚えてる。っていうか、何だ、これ?」
 
 未だ思考は定まらず、不思議な違和感はある。
 だけど
 
「そうか。覚えているのか。なら問題はない。────余はそなたと会えて嬉しい」
 
 俺をまっすぐ見据えて嬉しそうに微笑むセイバーを見ていたら、些細な違和感なんて吹き飛んでしまった。
 少なくともセイバーは俺を知っている。
 なら、それで良いじゃないか。そう思わせるほど彼女の笑顔は眩しかった。
 
  
 
 
 
 
  
  
 ☆★☆★☆★☆★
 
 ちょっと短いですが、物語としてはプロローグ的なお話。目指すは、ほんわかコメディ。
 冬木市におけるEXTRAキャラの絡み、hollow的な日常を描いていきたいなぁと思っております。
  
    



[20988] Fate/extra hollow 2 
Name: 石・丸◆054f9cea ID:8782b1c8
Date: 2010/08/13 00:28
  
 Fate/extra hollow 2 
 
「奏者よ、余はお腹が減ったぞ」
 
 セイバーに言われて時計を確認してみれば、もうすぐお昼という時間帯だった。
 俺が寝坊したせいでセイバーは朝食抜きになっているだろうし、ちょっとドタバタしたせいで俺も腹が減っている。
 
「よし、なら何かぱっと作るか!」
 
 そうと決まれば後は行動するのみ。
 俺は居間から台所へと歩みを進め、料理を作るべく冷蔵庫を開けた。
 
 ────しかし
 
「……あれ? おかしいな。からっぽじゃないか」 
  
 冷蔵庫の中は大宴会を開いた後のように空っぽで、料理を作れるような状態じゃなかった。衛宮家ではインスタント系の食品は置かないことにしているから、買い物に行かないと飯が作れないことになる。
 
「……困ったな」 
 
 買い物に行くのはやぶさかではない。が、朝食抜きのセイバーをこれ以上待たせるのは忍びない。
 何せ原因は俺の寝坊にあるのだ。
 
 チラリと財布の中身を確認する。
 
 アルバイトが主な収入源の俺にとって無駄遣いはなるべく避けたい事柄だ。切嗣が残してくれた遺産もあるが、アレは雷画爺さんに管理を頼んであるし、切り崩すつもりもない。
 
 チラリと、今度は居間にいるセイバーを確認する。
 
 彼女は“でん”と両手をテーブルの上に乗せて、王様よろしく出来上がる料理を楽しみに待っている様子だ。
 
「……仕方ない。たまには良いだろう」
 
 無駄遣いは避けたいが、まったく余裕が無いわけじゃない。俺はセイバーにご飯が作れなくなった事実を話して、出前でも取ろうと話を振った。
 しかし、意外にもセイバーは首を振る。
 
「材料が無いなら買ってくるがよい。そなたが買い物から戻ってくる時間くらいならば、余も我慢しよう」
「良いのか? 結構時間がかかると思うぞ」
 
 商店街で買い物して戻って来るだけだが、冷蔵庫が空っぽなのだ。道行く時間を含めるとすぐには帰ってこれない。
 それでもセイバーは首を振った。
 
「よい。そなたが戻ってくるまで道場で思索でもしておこうと思う。あの場所は静かなので、余の芸術家魂が騒ぐのだ」
 
 そう言って拳を握るセイバーは、何処と無くたくましく見える。
 そう。女の子なのに、まるで威厳を纏った皇帝みたいな────
 
「わかった。なら、なるべく早く戻って来る。────そうだ。セイバーは何か食いたい物とかあるか?」
 
 せめて彼女の食べたいものを作ってやろう。そう思って訊いたら
 
「ある」
 
 と大きく頷いてから彼女は
 
「────そなたの作る手料理だ」
 
 なんて、冗談みたいな答えを返してきやがった。
 
 
 
 
 マウント深山商店街。
 
 家から坂道を下ること十分ほどで、深山の台所事情を担う商店街に出ることができる。最近では新都のデパートに客を取られたりもしているが、まだまだ商店街は盛況で、夕方なんか学校帰りに大勢の学生やらが立ち寄ったりしている。
 かくいう俺も、もっぱら買い物は商店街を利用しているし、遠坂や桜なんかも利用しているようだ。
 だから品揃えも豊富で買い物するには事欠かない。
  
 しかし、ここで一つの問題が発生していた。
 
 どうも商店街に入ったあたりから鋭い視線を感じるのだ。
 視線の主は後方から、付かず離れず一定の距離を保ったまま付いて来ている気がする。
 足音を立てず、獲物に狙いを定める狼のように。
 
「く────ッ!!」
 
 思い切って振り返って見る。
 っと、誰かが慌てた様子で電柱の後ろに隠れた。隠れたのだが……纏っている着物の袖らしきものが電柱からはみ出ていた。明るい桃色の髪の毛も見えているので、隠れているのは女の子なのかもしれない。
 
 さてさて、どうする衛宮士郎。
 
 ここは、声をかけるべきか──────無視するべきか。
 
 俺を付けていた視線の主は十中八九彼女だろう。
 常識的に考えればそんな怪しい人物は無視してしかるべきだが、もしかしたら、何か俺に特別な用件があるのかもしれない。
 
「う~ん……」 
 
 しばし、逡巡する。
 すると、突然電柱の影から「こ…こーん!」なんて狐みたいな鳴き声が聞こえてきた。
 
「……………………え」 
「……………………うぅ!!」
 
 一瞬にして辺りに静寂が満ちた。
 
 って、狐っ!? 狐の鳴きまねですか? 
 ここは普通“猫”な場面じゃないか!?
 
 じーっと冷たい目で電柱を注視する。なんとなく「失敗したなぁ……」という雰囲気が電柱の影から伝わってくるが、突っ込む程の余裕がない。
 
 じっと電柱を見つめる俺と、延々電柱の影に隠れ続ける彼女。
 もう見つかっているのだから隠れているというのは語弊があるかもしれないが、動かないのだから隠れているのだろう。そしてここで、一種の閉鎖空間が形成された。よくある“先に動いた方が負け”というアレである。
 
 ────もしかして、俺が声をかけない限りずっとこのままなのか?
 
 事態を打開するには俺が動くしかないのか。
 
 そう思った時、第三者の闖入──────商店街に並ぶ店の一つから威勢良く俺を呼ぶ声が響いてきた。
 
 
 
「よう! 坊主! 道路の真ん中で何を立ち止まってんだ? 買い物か?」
 
 声をかけてきたのは、豆腐屋の前で元気良く水を撒いている男────ランサーだった。
 彼はいつもの青い槍兵姿ではなく、手には柄杓。そして長靴に白エプロンという姿で仁王立ちしている。たぶん仕事着なのだろうが、実に似合っていない。
  
「ランサーこそ何してるんだ? その格好、なんかの罰ゲームか?」
「馬鹿言うな。見ての通りバイトだよ、バイト!」
 
 ピッ! っと手にした柄杓を構えるランサー。どうやら決めポーズのようである。
 だが、かすかな違和感。
 
「あれ? 確か喫茶店でバイトしてなかったか?」
「……ああ。ありゃ首になった。誰かさんの所為でな……」
 
 決めポーズから一転、哀愁漂う背中を隠そうともせず遠くを見つめるランサー。
 確か以前そんなことを言っていたような気もする。が……ここは深く問うまい。誰しも触れられたくない過去というものがある。
 俺は一つだけ咳払いして、改めて店構えを見た。
 
「……で、今は豆腐屋でバイトしてるのか」
「まあな。けど、働いてみりゃここも案外悪くねえ。朝は早いし仕事はキツイが────何より飯がうまい」
 
 ニヤリと笑って店内にある商品を指差す槍兵。
 俺も良く利用しているから知っているが、ここの豆腐は確かに絶品だ。
 
「ほれ、特に今日の厚揚げ、油揚げなんか至高の出来で──────」
 
 
『あ……油揚げですと────っっっ!!!!』
 
  
 その時、ランサーの声を掻き消すような絶叫が、先程の電柱の影から響き渡った。
 
 

「……知り合いか、坊主?」
「いや……」 

 俺とランサーが揃って見つめる先にあるのは一つの電柱。
 正確に言うならば、電柱から身を乗り出した姿勢のまま“しまった”という風に顔をしかめる女の子だ。
 
 そう、女の子なのである。
 
 身に纏っているのは青を基調とした着物で、いかにも和を思わせるいでたちだが、その髪の色は綺麗なピンクで遠目にも日本人には見えなかった。
 もちろん知り合いにあんな女の子はいない。
 頭に動物の耳を模したカチューシャを付けている辺り、もしかしたら噂のこすぷれいやーというやつだろうか。
 
「えっと……えへへ~」
 
 罰が悪そうに頭をかきながら、ぴょこぴょこと歩いてくる女の子。それに合わせて耳の髪飾りも動いていた。
 実に不思議な仕組みである。
 
「本当はもっと劇的な出会いを演出したかったんですけど……はぁ。仕方ないですねぇ」
 
 鈴を転がすような可愛い声と喋り方。案外見た目よりも若いのかもしれない。そして、俺と同じ感想を持っただろうランサーが、女の子をじろじろ眺めながら前に出た。
 
「何だ? 服装からもっと年寄りかと思ったが……意外に若いじゃねえか。女は若いに限るが────」
 
 目を細めて女の子を凝視するランサー。 
 そして
  
「テメエ、もしかしてキツ……」
  
 ガンッ!!
 瞬間、激しい衝撃音が鳴り響くと共にランサーが大地に突っ伏していた。
 良く見れば、何処から現れたのか女の子の周りを重厚な鏡が回っている。よく歴史の資料とかで見るような重そうな銅鏡に似ていた。
 アレで殴られたのだとしたら相当痛いだろう。もちろん、自分で確かめようとは思わないので、ここは大人しく黙っておくことにした。
 
「……痛ぇ。おい、テメエ、いきなり何しやがる!?」
「乙女に向かって年寄りとは失礼極まります。自業自得です。天罰です」
 
 流石はランサー。常人なら即死してもおかしくない一撃を頭部に受けながら即座に復活するあたり、アイルランドの光の御子の名は伊達じゃないらしい
 しかし、女の子はランサーの威圧感など何処吹く風と軽くいなしている。ある意味凄い胆力である。
 その女の子が、改めて俺の前まで歩いてきた。
 ちょっと……怖い。
  
「……な、何か俺に用があるの……か?」
「ん~、用件があるといいますか、主様の魂の色に惹かれたといいますか、要はアレです。運命の出会いというやつなのです!」
「運命の……出会いだって?」
「はい!」
 
 きっぱり、はっきり、即座に大声で。
 女の子は満面の笑みを湛えながら頷いた。
 しかし、いきなり初対面で運命と言われても困る。それにどう返答したものか迷っていると、辺りにくるる~という可愛い音が鳴り響いた。
 
「え……と、えへへ~。お腹鳴っちゃいましたね」
 
 少し顔を赤らめながら舌を出す女の子。
 
「もしかして腹減ってるのか?」
「……はい。実はここ数日何も食べていないものでして。ですから、私としたことが“油揚げ”という単語に反応してしまってですね……別に食いしん坊という訳ではないのです」
「お金も持ってない……?」 
「ええ。まだ“ここ”のものは手に入れてなくって。────ああ、いえいえ、別に私は家出少女という訳ではないのですよ。ですから怪しい者ではないのです。……宗教の勧誘でもないですよ?」 
 
 身振り手振りで自分は怪しい者じゃないと説明する女の子。
 見た目は────凄く怪しい。すこぶる怪しい。けど、俺には“悪い子”には見えなかった。
 それにお腹を空かしている。
 
「────悪い、ランサー。これでこの子に……」
「何か食べさせてやれってんだろ?」
 
 財布から札を取り出した俺を見て、ランサーは“分かってるって”と言わんばかりに親指を立てていた。
 
「ちょうど“がんも”が揚がる頃合だ。とりあえず食う分にはソレで十分だろ?」
「が……が・ん・も・ど・きっ!」
 
 がんもと聞いて目を輝かせる女の子。
 喜びを表現するように、頭の耳がピクピクと動いている。しかし、ふと動きを止めると、上目遣いに俺を見つめてきた。
 
「……けど、良いんですか? 私のような見ず知らずの子を助けてしまって。ただのたかりかもしれませんよ?」
「ああ。困ってる奴は放っておけない」
 
 それに────関わってしまった。
 俺が意図したことじゃないけど、こうやって言葉を交わして関わったのなら、せめて話くらいは聞いてやるべきだろう。
 その結果、俺に出きることがあるなら助けてやりたい。
 
 そう思いながら、俺はランサーにがんもの代金を手渡していた。
 
 
 
 



[20988] Fate/extra hollow 3
Name: 石・丸◆054f9cea ID:8782b1c8
Date: 2010/08/13 00:28
 
 Fate/extra hollow 3
 
 衛宮士郎がランサーや謎の少女と戯れている頃、同じ商店街にある喫茶店にて“闇の世界”に属する一つの会合が行われていた。
  
 ────出席者は四名。
 
 店内の一番奥まった場所にあるテーブルに、二人ずつ対面になるようにして腰を落ち着けている。
 
 瀟洒な雰囲気の漂う落ち着いた店内はシックな感じに統一されていて、優しいBGMとコーヒーの鮮やかな香りが、訪れるものをリラックスさせていた。
 また、商店街の表通りには面していないため、周囲の雑音も遠く話をするには最適な場所に思える。
 
 そう。
 人には訊かせられない“秘密の話”をするにはうってつけの場所なのだ。
 
 
「はい。これで結構よ。後はこちらの用紙にサインを頂ければ手続きは終わり。冬木の管理者としてあなた達の滞在を許可するわ」
 
 そう言って微笑んでいるのは、黒髪が似合う一人の少女。
 彼女は優雅な仕草で自身の前に置いてある一枚の紙を、ペンと一緒に対面にいる人物に手渡している。この場にいる人物の中では一番若いが、彼女が中心となって話が進められているようだ。
 
 能動的で明朗快活。赤を基調とした服を纏い、艶やかな黒髪を頭の横でツインテールに纏めている。
 彼女の名前は遠坂 凛。
 この冬木市における裏の世界の管理者である。
 
「これで万一の事態にもこちらで対処、バックアップが可能となります。問題を起こしてもらわないのが一番ですが……最近は正規の手続きを踏まない奴も多くて、困っていたところなの」
「物騒な世の中ですからな。保険をかけておくに越したことはない」
「あら? それはお互いの安全の為と受け取ってもいいのかしら、ダン・ブラックモアさん?」
 
 凛がブラックモアと呼んだ人物は初老の男性だった。
 例えるなら樹齢千年を超える大木だろうか。年齢────年輪を重ね大きく成長した樹木のように揺ぎ無く、凛を見つめる視線に一切の衰えは見えない。
 老境に達した戦士。
 それがダン・ブラックモアという人物に対しての凛の感想だった。
 
 そんな二人の隣には、それぞれ“主を守る護衛”が座っている。
 言い換えるならば騎士。
 
 凛の隣にいるのは赤い外套を纏った白髪の青年だ。
 長身ながら無駄なく鍛えられた身体は精強で、褐色の肌と相まって見る者に精悍さを感じさせる。また短く刈り込まれた白髪も若さを損なうものでは無かった。
 
 ダンの隣にいるのは金髪を湛えた青年である。
 整った顔立ちに長身痩躯と、女性に人気がありそうな風貌だ。彼は緑を基調とした服を着ているが、その上から羽織っているマントも緑色なので、何処か森の狩人を連想させる。
 
 彼らは共に“アーチャー”と呼ばれる者達なので、便宜上ここでは“赤いのをアーチャー”“緑ぃのをロビンフッド”と呼称することにする。
 
 
「しかし日本は良いですな。実に平和だ」
 
 ダンが窓の外から風景を眺めながら嘆息し、自身の前にあるカップを手に取った。
 彼とロビンフッドの前には緑茶を湛えたカップと大きめの苺大福が置いてあり、その取り合わせが実に和を思わせる。
 
 対する凛とアーチャーの前には紅茶とショートケーキが置かれていた。
 その光景だけ見れば、どちらが日本人か分からないくらいである。
 
「旦那の言う通りだ。日本は良い。特に“緑茶”がうまい。ある意味でお茶の究極かもしれない」
 
 ロビンもダンに習いカップを手に取る。
 しかし、その行為を目にした対面のアーチャーが、彼の物言いに難癖をつけてきた。
 
「────緑茶が究極だと? 何もわかっていないのだな君は」
「あん? 何だとテメエ? 俺の趣向に文句でもあるのか?」
「フッ。文句をつけるつもりはないがね。あまりにも事実とかけ離れた物言いに呆れてしまっただけだ」
 
 やれやれとアーチャーが肩を竦める。
 
「良いか、世界で流通する茶のほとんどが紅茶なのだ。これが意味するものが何か? もっとも人々に親しまれているということだ。香りが良く種類も多い。また砂糖、ミルク、レモンにジャムなどをプラスすることにより味わいが増す。これの何処に緑茶が勝る要素があると言うのかな? 言うなれば至高のお茶。────何より、赤いしな」
「紅茶が至高? ハッ! それこそお笑い種だ。茶の歴史を知って言ってるのかテメエは?」
 
 ロビンがカップの中身を煽り、挑戦的な目でアーチャーを睨みつける。
 
「馬鹿なテメエにも分かるように説明してやる。茶の歴史は古く紀元前まで遡るが紅茶が広く普及したのは18世紀中頃だ。歴史が違うんだよ歴史が」
「歴史だと? そんなものがなんの足しになるというのだ。積み重ねたものの偉大さは理解するが────そんな論法では私を納得させることは出来ないぞ」
「ふっざけんな。いいか、緑茶が不発酵茶だと知っているな? だから熱を加えない紅茶より栄養分を多く含んでいる。カロチンに至っては紅茶の七倍だ七倍! 更にビタミンCを多く含んでいるから身体に良い。紅茶なんて殆どビタミンCは失われているんだぜ」
「何だ? 身体に良いから美味しいとでも言うつもりか。それこそ馬鹿な話だ。身体に良いと主張するだけなら薬にでも分類するのだな」
「なんだとッ!? もう一片言ってみやがれッ!」
 
 テーブルを挟んで睨みあう二人のアーチャー。
 どちらも自分の主張を曲げず今にも掴みかからん勢いだ。しかし、そんな二人をそれぞれのマスターが諌める。
 
「いい加減にしろアーチャー。緑茶がうまいのには同意するが、場を弁えろ」
「アナタもよ、アーチャー。紅茶が至高なのに異論はないけれど、場を弁えてね」
 
 一瞬、マスター同士にも火花が散ったが、そこはマスターたる者。ダンは老練に、凛は優雅に矛を収める。マスターが収めたのだから、従者もそれに従った。
 お互い、渋々ではあるが。
 
 
「コホン」
 
 咳払い一つ。凛が場を落ち着かせる。それから改めてダンに笑みを向けた。
 
「……それで、ダン卿。今回の訪問の目的を教えてもらえるかしら? わざわざ冬木まで何をしにきたの?」
「書類に明記した通り観光だよ。儂もいささか年だ。激務に疲れてね、休暇を平和な日本で過ごしたいと思っただけだ」
「本当に? 失礼ながらアナタのことは調べたわ。ダン・ブラックモアといえば“その筋”じゃ有名よね。ただのお爺さんみたいに暢気に観光するなんて思えないのよ」
「さすがに五大元素使い────アベレージ・ワンのお嬢さんだ。実に聡い。けれど本当に観光に来ただけだよ。心配は無用だ」
「……すっとぼける気?」
「そんなつもりは毛頭ないが────今の段階ではどうにも出来ぬだろう。云わば押し問答になるだけだ。違うかな、お嬢さん?」
「ふ~ん。お互いの立場を良く理解してるわね。こりゃ食えない爺さんだわ……」
 
 はぁと溜息を吐く凛。
 無用な争いを避けたいのはもちろんだが、争いの火種も持ち込みたくない。
 冬木の管理者として彼女にはこの土地を守る義務があるのだが、手続きが正式なものなら無視できない。なら後は禍根を残さず別れるだけ。
 そう思って場を纏めようとした時、隣の“アーチャーズ”が再びヒートアップし始めていた。
 二人は密かに“お茶”談義を重ねていたようである。
 
「おいおいおいおい、アンタ日本人だろう? 何で緑茶を否定するんだよ? 緑色なんて最高じゃないか」
「馬鹿か君は。いつ私が緑茶を否定した? 私はただ紅茶の方がより優れていると言っただけだ」
 
 困ったものだ、とアーチャーが肩を竦める。
 それからロビンを見やり 
 
「そういう君こそ英国人だろう。イギリスこそ紅茶の本場。茶葉の栽培から始まり、萎凋、揉捻、玉解、篩分、揉捻、発酵、乾燥、抽出と工程を八節に分けて作り出される至高の赤。物事の本質を理解出きるのなら自ずと悟れそうなものだが……」  
「────チッ! テメエこそ理解してねえ。確かに紅茶も素晴らしい飲み物だ。それは認める。だが緑茶は単純に呑むだけじゃなく茶道に通じる“様式”と“芸道”が和を感じさせる一品なんだ。いわば“心”だよ」
「心だと?」
「ああ。例えば────」
 
 そう言うなりロビンは、目の前にあった苺大福を頬張ってから、緑茶を口に含んだ。
 
「あぁ! うめえ! 茶菓子に緑茶。まさしくお茶請け最高だろうが!」
「ぬ……。しかし紅茶とて洋菓子との相性は抜群。お茶請けとしてその存在は負けてはいない」
 
 アーチャーも対抗するべく目の前のシュートケーキにかぶりつくと、後から紅茶をゴクゴクと流し込んだ。
 
「────フッ。うまい。ケーキと紅茶こそティータイムを彩る正しい風景だな」
「テメエ……!」 

 テーブルを挟んで睨みあう二人の弓兵。互いが相手を射抜くべく、視線に力を込める。
 引けない戦い。何故なら、魂の尊厳がかかっているから。
 
「ここまで言って分からねえとは、相当な頑固者だな。だから赤は嫌いなんだ」
「そういう君こそ引くことを知らないな。弓兵は引き際が肝心だぞ」
「……俺に弓兵の道を説くとは良い度胸だ。よし、決めたぞ。テメエには何が何でも緑茶の素晴らしさを叩き込んでやる!」
「ほう。実力行使か。面白い。君程度の力で私を納得させられるはずもないが、出きるならば見せてもらおう」
「その言葉、後悔させてやる! 和の究極、よく味わいやがれ────ッッ!!」 
 
 何を思ったのか、ロビンは隣にあった“ダンの苺大福”をいきなり鷲掴むと、祈りの弓と呼ばれる自身の宝具に乗せて撃ち放ったのだ。 自身の前から忽然と姿を消した苺大福。その行為を呆然と眺めるダン・ブラックモア。 
 
 奇襲とも取れるロビンの襲撃。だがアーチャーとて錬鉄の英霊。弓兵のサーヴァントである。
 彼はロビンが苺大福を投げるのにあわせて絶対的な防壁を構築していた。
 
 
『――――“熾天覆う七つの円環”――――!!』
 
 
 誰が知ろう。アーチャーが生み出したもの、それは、かのトロイア戦争において使用された英雄アイアスの盾。“投擲”に対しては無敵を誇る最強の守りである。
 
 そして、祈りの弓によって放たれた苺大福をアイアスが受け止めた。その背後に隠れていた第二の矢である緑茶のカップさえも。
 激しい轟音と爆風。
 散々に乱れた店内。
 宝具と宝具のぶつかり合いは嵐を生み、その後には打ち砕かれた店内だけが残った。 
 
「……馬鹿な。俺の二連撃を防いだ……だと?」
 
 呆然と佇むロビンの口から苦々しい呟きが漏れる。
 足元の木屑を踏み潰し苛立ちを紛らわせようとするが、うまくいかない。そんな彼の方に手を置く者がいた。
 
「旦那……?」
 
 そう。彼のマスターたるダン・ブラックモアである。
 
「すまねえ、旦那。ついカっとなっちまった。惨状の責任は取る。それに、もう一度やりゃあんな奴――――」 
「苺大福……」
「……は?」
 
 ロビンを遮るようにして、ダンの重々しい言葉が場に満ちた。
 
「儂の苺大福……。最後まで楽しみに取っておいた……儂の……」
 
 ロビンの肩に置かれているダンの手に力が篭っているように見えるのは気のせいだろうか。
 
「痛っ! 痛えですって、旦那! 暴れたのは謝りますから、手を離して……く…れ…!」
「そんな瑣末事で怒る儂ではない!」
 
 バンッ!
 とロビンを突き飛ばし、ダンが右手を突き出す。
 
「潰れた家屋は修理すれば直る。テーブルも椅子もだ。しかし、至高の苺大福には二度と会えぬやもしれぬ!」
 
 怒り心頭。
 ダン・ブラックモアはもう止まらない。 
 
「アーチャーよ、お前にはほとほと愛想が尽きた。やはりお前には令呪による縛りが必要なようだな」
「は? よしてくれ旦那! 令呪なんて……冗談だろ?」
 
 じりじりと後ずさるロビン。
 そんな彼にマスターの非常なる宣言が突き刺さる。
 
「儂は冗談は嫌いだ」
 
 その言葉を受けて脱兎のごとく走り去るロビン。だが彼が店を出るよりも早くダンの令呪が炸裂した。
 
「聖杯の盟約に従いアーチャーのマスターが命じる。アーチャーよ、これより先、生ある限り儂よりより先に甘味を食べること禁ずるっ!!」
 
 
『ぎゃああああああああああああああっっっ!!!』
 
 
 令呪の裁きがロビンを討つ。
 サーヴァントは令呪には逆らえない。哀れロビンフッドは、ダン・ブラックモアの許しなしに甘味を取ることが出来なくなってしまった。
 
 そんな一連の光景を眺めながら凛は思った。
 
 もしかしたらこの爺ぃ、本当に観光に来ただけなのかもしれないと。
 
  



[20988] Fate/extra hollow 4
Name: 石・丸◆054f9cea ID:8782b1c8
Date: 2010/08/17 00:07
 
 Fate/extra hollow 4 
 
 夕日が地平に落ちて、深山にも夜の帳が下りてくる。
 この時間帯はいわゆる夕飯時であり、衛宮家でもちょうど夕飯が開始されようとしていた。
 
 今日のメニューは魚やてんぷらを中心とした“和”を重視した作りになっている。
 良質の豆腐が手に入ったこともあり、彼女の好みに合わせて油揚げを使った味噌汁を作りたいと思ったからだ。もちろん栄養バランスも十分に考えてあるし、副菜も気合を入れて作った。
 その甲斐あって、テーブルの上にはとてもうまそうな料理が所狭しと並んでいる。
 
 うまい料理は家族団欒の中心であり、話を彩る脇役だ。新しい同居人を歓迎する意味でのご馳走────は言いすぎかもしれないが、俺的には会心の出来であるといっても良いだろう。 
 これだけの料理を揃えたのだから、きっと“二人とも”喜んでくれる……そう思っていたのに、どうしてだろうか。セイバーの様子がおかしいのだ。
 ありていに言ってしまえば不機嫌なのである。
 
 セイバーは唇を真一文字に結んだままテーブルの端に陣取り、料理を並べる俺をじーと睨んでいた。
 
 
「えっと……セイバー? もしかして体調でも悪いのか?」
 
 と、心配して声をかけてみるが
 
「……悪くない。むしろ良い」
 
 と言ってそっぽを向いてしまうのだ。
 
 まあ、昼食の買出しに出て夕方まで待たせてしまったのだから、セイバーが怒るのも無理はない。きっと腹が減って気が立っているんだろう。だから飯を食えばセイバーの機嫌も直るはずだ。
 そう思って、場の主役である“彼女”を紹介することにした。
 
「今日からここで暮らすことになったタマモ……さんだ。ひょんなことから知り合ったんだが、聞けば色々と困っているようなんで、一人で生活できる目処が立つまでは面倒を見ようと思う。仲良くしてやってくれ」
 
 ピンク色の髪に青の和服姿。
 商店街で出会った彼女は部屋の隅で猫みたいにちょこんと座っていた。その彼女をテーブルまで連れてきてセイバーの対面に座らせる。
 だけどその際……
 
「もう、ご主人様ったら。タマモさんだなんて他人行儀な。────どうぞタマモと呼び捨ててくださいな。その方が私も嬉しいですし!」
  
 なんて黄色い声で懐かれてしまった。
 まあ、他人を“さん付け”で呼ぶのには慣れてないから、呼び捨てで構わないというのは助かる。助かるが、俺に対しての呼称はどうにかならないものか。
 
「────タマモ」
「はい! ご主人様!」
 
 何が嬉しいのか、彼女は目をキラキラさせている。なんと言うか、俺に命令されるのを待っているかのような……タマモって従属属性でもあるのだろうか。 
 
「……あのさ、そのご主人様っての何とかならないか?」
「何とかとは、一体どのような意味でですか?」
「だから、他の呼び方に出来ないかってことだよ。俺はご主人様って呼ばれるような大層な人間じゃないし、衛宮士郎って名前もある」
「……そんな! あなたは間違いなく私のご主人様ですよ。何より私がそう呼びたいのです。だからそう呼ぶんです。もう決めちゃいました」
 
 えへ!
 なんて笑顔を振りまきながら、うんうんと頷くタマモ。
 
「ご主人様はタマモの命の恩人です。ですから────一生お使えすると心に決めたのです! もう決定事項ですから、ご主人様といえど変更は受け付けません」 
 
 そう言いながら俺を見つめ、そっと腕を伸ばしてくる。
 
「タマモ……?」
「まったくの他人である私を拾ってくださった優しいご主人様。その魂の色はとても輝いて見えます」 
 
 しなだれかかるというか、擦り寄ってくるというか。タマモが近づくにつれて彼女の甘い香りが、その吐息が、はっきりと感じ取れるようになり、何故だろうか俺の心拍数も増してくる。
  
「ご主人様────私は」
 
 タマモの腕が俺の首筋を通り抜け、ゆっくりと背中に廻されてくる。そして彼女が俺を抱きしめようとした瞬間、ふっとタマモの存在が目の前から消えた。
 
「ふぎゃっ!」
 
 尻尾を踏まれた猫のような声は頭上から。
 どうしたんだろうと良く見れば、セイバーがタマモの首根っこを掴み上げたまま持ち上げていた。
 
「な、な、何をするんですか、あなたは! いきなり人を掴み上げるなんて!! 失礼極まりないです!」
 
 喚くタマモも何のその。
 セイバーはタマモを掴んだまま俺を見下ろして────そのあまりにも冷たい視線に、一瞬にして心臓が凍り付いた。
 
「────奏者よ。前口上はそれくらいにして、そろそろ食事を始めよう。余の我慢にも限界というものがある。そう、限界がな」
「……あ、ああ。悪い。そうだよな…腹減ってるよなセイバー。……うん。すぐに用意を終わらせるからさ、もうちょっとだけ待ってくれ…」
 
 今のセイバーに逆らうのは命に関わる。何故だか確信にも似た直感が俺の身体を突き動かした。
 そこからの俺の行動は迅速だった。一切の無駄なく行動し、ランサーもかくやという神速でご飯をよそってはテーブルに並べ、各自の前にお茶と味噌汁を用意する。
 その間のセイバーはといえば、タマモを叩きつけるように戻してから、拗ねたように唇を尖らせつつも、俺の行動を監視?して下さっていた。
 かなりご立腹の様子なので、俺は上官に睨まれた兵士よろしく、一切の文句も言わず働くしかなかったものだ。
 
 
 
 こうして三人で卓を囲んでの食事が始まった。
 セイバーにもタマモにも料理の受けは上々で、若干セイバーの機嫌も和らいだ気がする。タマモはタマモで料理の味に感激して飛び跳ねそうな勢いだ。
 和食ということで箸が使えるのか心配だったが────ピンクの髪だし日本人じゃない可能性が高い────問題なく使えている。セイバーも器用なのだろう。箸の扱いは俺より上手いくらいだ。
 
 さて、この間にタマモが家に来ることになった経緯を簡単に説明しよう。
 
 商店街で“がんも”を購入し、話を聞きがてら食べようと近くの公園に立ち寄った。
 その途中、令呪の光らしきものを目撃したが気にしないことにした。もう聖杯戦争は終わったんだから、仮に令呪の光だとしても俺には関係ない。そう言い聞かせて彼女の話に耳を傾けた。
 
 よくよく聞けば身寄りは無く頼る人も居ない。かといって目的がある訳でもなく、放っておいたら行き倒れ確定コースに思えた。
 少女の身で寒空は堪えるだろう。
 幸いというか、衛宮の家は無駄に広いので空いている部屋には事欠かない。一人分の食費程度なら幾らでもやり繰りできるし、倹約は得意分野だ。
 ようするに、俺には彼女を助けることが出来たのだ。
 だから俺は
 
「良かったら、しばらく家に来ないか?」
 
 そう彼女に伝えたんだ。
 
 それを聞いた彼女は、何か不思議なものを見るような目で俺を見つめ、しばらくぽか~んとしていた。 
 可愛い女の子だ。身の危険を考慮してるのかもしれないし、言葉の裏を考えていたのかもしれない。俺にしても見ず知らずの他人を世話するのにリスクがないわけじゃない。
 
 ────話を聞いただけじゃ真実かは分からない。
 ────嘘を吐いているのかもしれないし、良い娘に見えるのよう演技しているのかもしれない。
 ────それに、彼女を助けて何の得がある?
 
 けど、損得じゃないんだ。
 かつて他人に拾われたおかげで、命を助けられた男がいた。放っていけばそのまま消え去るだけの人間を、救ってくれた人がいたんだ。
 
 だから俺は彼女に手を差し伸べる。
 理由はいらない。ただ、困っている奴は放っておけないから。それだけが、彼女を助けた動機だった。
 
 
 
「……様っ!!」
 
 ふと気付いて見れば食事の手が止まっていた。
 
「……主人様っ!!」
 
 考え事をしていると、周りの情景が入ってこなくなることがあるのが悪い癖だ。
 
「ご主人様っ! もう、食事中にぼーとして、どうなさったんですか?」
 
 今もタマモに呼ばれていたようだったけど、気付かなかったようで……って、あれ? 何故だろう。いつの間にかタマモが俺の真横に座り込んでいる。
 確かセイバーと俺とタマモは三角になるように座っていたはずなんだが……。
 
「悪い。考え事をしていたんだ。それよりタマモ。何で俺の横に座ってるんだ?」
「え? 何故ってここが私の定位置ですから」
 
 何を当たり前のことをと、首をかしげるタマモ。
 この場所がタマモの定位置だとは知らなかった。仕方ないので少し座る位置をずらす。すると、何故だかタマモが付いてくる。またちょっと移動すると、タマモも付いてくる。
 
 ────なんでさ?
 
「もう! 定位置ってそういう意味じゃないですから。私の定位置はご主人様の隣です。そんなことより────」
 
 何をしているのだろう。タマモがてんぷらを一口大に切っている。
 そして、切ったてんぷらを箸で掴むとゆっくりと俺の前まで持ってきた。
 
「はい、あ~んしてくださいね、ご主人様」
「……………………は?」
「は? じゃないです。ささ、お口を開いて。私が食べさせてあげますから」
 
 理解不能。思考停止。まさに謎の行動である。
 しかし、何故だか心は右肩上がりの有頂天。
 
「あ~ん、なんて男の夢……じゃなくてっ! め、飯くらい一人で食えるっ!」
「ご遠慮なさらずに。私達の間に“遠慮”なんて文字は不必要ですから」
「いや必要だろっ!?」
 
 ちょっと迷ったが即答する。 
 
「照れてるんですか? そんなご主人様もステキです! けどここは……バーンと私に任せちゃってください。万事全てよろしく運んであげます」
「て、照れてないし、遠慮もしてない! タマモに任せる気もない……ぞ!!」
 
 言葉ではああ言ったが、実際は恥ずかしいし照れてしまう。だから逃げた。
 けど、逃げても逃げても、てんぷら────もとい、タマモは迫ってくる。落ちないように手を添えて、てんぷらを俺に「あーん」させる為に迫ってくるのだ。  
 
「さあさ、観念してくださいね、ご主人様」
 
 壁際まで追い詰められた俺に、容赦なく覆いかぶさるタマモ。
 その手にはてんぷら。背後は壁。逃げ場は────ない。
 
「はい、あ~ん!」
 
 もはやここまで。観念して口を開きかけたその時、俺とタマモを別つように白刃が煌いた。
 
「ぎゃ!!」 
「…………なっ!?」
 
 瞬間、はらはらと舞い落ちるピンクの髪のひとふさ。そして壁に突き刺さった包丁。
 もう少しタマモが俺に近づいていたら────串刺しだった。
 
「えっと……セ、セイバー?」
 
 恐る恐る振り返れば、絶対零度の視線を叩きつけていらっしゃるセイバーさんがいた。
 
「今の……」 
「すまない──────手が滑った」
 
 はい?
 手が滑った?
 どうしたら手が滑った程度で包丁が飛んでくるのでしょう?
 
 タマモもそう思ったのか、セイバーに詰め寄って行く。
 
「ちょっとそこの赤いあなた! さっきから何で私とご主人様の邪魔をするんですか!? もう少しで串刺しになるところだったじゃないですかっ!」
「────うむ。実に惜しかった」
「はぁ!?」
「いや、だから手が滑ったと言っている。誰しも間違いはあろう」
「間違いで包丁は飛んできません! っていうか、故意以外で包丁が飛んでくるものか!」
「サーベルを投げなかっただけありがたいと思え、駄狐」
「駄狐ですってぇぇ……ッッ!? 開き直りやがったな、この女ぁ」
 
 ピリピリとした緊張感が部屋を包み込む。 
 
 ……えっと、何でこんなことになったんだろう? 俺はただみんなで仲良く飯を食いたかっただけなのに。
 
 今やセイバーとタマモは一触触発の態勢で睨み合っている。間に割って入ろうかとも思ったが、矛先が一斉にこっちに向いてくる光景が見えたので止めて置いた。
 でも、放っておいたら大惨事になる予感もする。
 
 ────どうする衛宮士郎?
 
 放置か自己犠牲か。ある意味究極の選択である。
  
「……くっ!」  
 
 心の中でもう一度自問した時「ピンポーン」と来訪者を継げる鐘の音が居間に鳴り響いた。
 現れたのは救世主か地獄の使者か。
 どちらにせよ状況打開のきっかけにはなるだろう。
 
 救世主であってくれ。そう願いながら俺は玄関に向かって走り出した。
 
    



[20988] Fate/extra hollow 5
Name: 石・丸◆054f9cea ID:8782b1c8
Date: 2010/08/23 00:18
 
 Fate/extra hollow 5 
 
「よう、衛宮。約束通り遊びに来たぜ」
 
 玄関先に立っていたのは、同級生で友人でもある間桐 慎二だった。
 予想外……という人物でもないが、どうして尋ねてきたのかは分からない。分からないので聞いてみることにした。
 
「こんな時間にどうしたんだ慎二? 何か用か?」
「用かって、あのな衛宮。お前が折を見て遊びに来いって言うから態々来てやったんだ。ありがたく思っても罰は当たらないぜ」
「そ、そうだったか?」
「ああ」 

 間髪いれずに断言する慎二。
 言われてみれば、学校でそんなことを話した気もする。けど、今日は慎二と暢気に遊んでいる暇はない。────というか、そんな場合じゃない。
 
 チラっと居間の方向を確認する。幸いというか“まだ”大事は起きていない様子だった。けど、いつまでもあの二人を放って置く訳にもいかないだろう。
 そんなことを考えていたら、慎二が盛大に溜息を吐いた。
 
「……衛宮。僕だって暇じゃないんだ。そんな中、お前の為を思って足を運んでやったのに、その態度はどうかと思うね」
 
 そこんとこ分かってる? と両手を広げる慎二。
 そんな風に斜に構える慎二の肩を、バンバンと勢い良く叩く人物が現れた。
 
「アッハッハ! 何言ってるんだい? 取っておきのアイテムを手に入れたから早く衛宮に見せに行こうって、アタシをはやし立てたのは誰だったっけ? アンタじゃなかったかいシンジ~?」
「ば、馬鹿! そんな訳ないだろう! 僕はただ……そ、そう! お前が手に入れたアイテムの効果を一刻も早く確かめたかっただけで、衛宮と遊びたいとか…そんな他意はないぞ!」
「まったく、素直じゃないねぇこの子は。まあ、この場はそういうことにしといてやるさ」 
「しといてやるじゃなくって、そういうこと。って、おい! 頭を撫でるんじゃない! 恥ずかしいじゃないかっ!」 
「アッハッハッハ!」
 
 豪快に笑いながら慎二の頭を撫でているのは長身の女性だった。
 
 赤みがかった長めの髪に抜群のプロポーション。ぱっと見はモデルのようにも見えるが、その顔には大きな傷跡が一つ残されていた。
 それでも女性としての魅力はまったく損なわれておらず、毛先がカールした赤い髪なんか触り心地が良さそうだ。また着込んでいる服の胸元が大きくはだけていて、何と言うか目のやり場に困る人でもある。
 
 その女性が俺を見下ろしながら声をかけてきた。
 
「という訳でさ、悪いけど上がらせてもらうよ、少年」
「……あ、ああ。それは構わないけど────シンジ、この人誰だ?」
 
 俺の当然の質問に、何故か目を丸くする二人。
 
「誰って、僕のサーヴァント・ライダーじゃないか。まあ普段はエル・ドラゴって呼んでるけどね」
「エル・ドラゴ……? えっとライダーってもっとこう……髪が長くなかったか?」
「アタシの髪は長くないかい?」
 
 長めの髪をアピールするライダー。
 うん、確かに長い……って、そうじゃなくて!
 
「なんていうか、こう女性らしい凄いプロポーションしてたり────」
「アタシのスタイルは好みじゃないのかい、少年」
 
 ぐっと胸の谷間を強調するライダー。
 もちろん、好みです……って、そうじゃなくってっ!! 
 
「だから、顔に特徴のある女性で一目で分かる感じの────」
「確かにこの傷痕は見てて気持ちの良いもんじゃないだろうけど、いきなりそこに突っ込むとは良い度胸してるじゃないか! 普通は話題を避けるもんだけど気に入ったよ!」
 
 何故かぐしゃぐしゃと頭を撫でられてしまった。
 
「まあ、アタシのことはライダーでも、フランシスでも、ドレイクでも────エル・ドラゴでも好きなように呼ぶといいさ。それとも────」
 
 若干声音を落とし、俺の耳元まで唇を持ってくるライダー。
 そして
 
「ベッドの中で囁いてくれるかい? 勿論二人きりでさ」
「────なっ!?」
 
 アルトな大人の女性の声。甘い囁きが脳に木霊する。
 思考が一瞬にしてスパークし、考えが纏まらない。
 ベッドで二人きり? 何を言ってるんだこの人は?
 だが、俺の反応など予想済みだったのか、彼女は豪快に笑い上げながら背中をバンッ! と一回叩いた。
 
「冗談、冗談さ。そうマジになるなよ少年。────まあ、アンタが良い男になったら考えないでもないけどねぇ」
 
 くつくつと笑う彼女はどうやら俺よりも何枚も上手のようだ。
 だからこれから彼女のことは、畏怖の意味も込めて“フランシス姐さん”と呼ぶことにした。
 
 
 
 そんなこんなでシンジとフランシスを連れて居間へと戻って来る。
 するとそこには、当然如く修羅場が待っていた。
 
「ほう。これはこれは……」
 
 ニヤニヤと場を推移するフランシスの視線。
 セイバーとタマモは、テーブルを挟んで睨みあうように立っていた。二人とも腕をガッチリ組んで、怒れる大魔神のように。
 
「あ、あのさ……セイバー?」
「────なんだ奏者よ。私は今とっても忙しい。用はあるなら後で声をかけてくれ」
 
 セイバーに声をかけたら、問答無用でギロリと睨まれた。
 更に 
 
「ああ、そうだ。その時には狐皮のコートでも進呈してやろう。楽しみに待っておれ」
 
 なんて付け加える辺り、とても怒っていらっしゃった。
 タマモはというと 
 
「えと、タマモ……?」 
「何ですかご主人様? 私は今とても忙しいのです。御用があるのなら後ほど伺いますから暫しお待ちください。────え~と、生きたまま苦しんで苦しんで、苦しみぬいた末に呪い殺す印の結び方は……」
 
 こちらもご立腹の様子で、怪しげな印を組もうとしていた。誰に願掛けするのか分からないが、勘弁願いたいものである。 
 そんなやり取りと見ていたフランシスは、一人満足そうに頷いていた。 
 
「いやいや、果報者だねぇ少年。夫婦喧嘩は犬も喰わないって言うけど、美女二人に囲まれるとは墨に置けない」
「滅茶苦茶困ってるんだけど……」
「────ハンッ! 焼き餅。嫉妬。ジェラシー。言葉は違えどどれも男の勲章さ。嘆くな少年。誇れ誇れ」 
「何言ってるんだ、エル・ドラゴ。関心してないで何とかしろよ。これじゃ“ゲーム”を始められないじゃないか」
「────ゲーム」 
 
 慎二の言葉を受けてフランシスの目が輝く。何かよからぬことを思いついたという風に。
 
「そうだったシンジ。ゲームだよ。アタシ達はアレを試しに来たんじゃないか」
「だからさっきからそう言ってるだろ。これだからお前はガサツだって言うんだ」
「あいあい。愚痴なら後で訊いたげるよ。というかアレがあればもっと面白い────じゃなかった。何とかこの場を穏便に収めることができるかもしれない」
 
 そう言って、フランシスが胸元から五枚のカードを取り出した。
 
「……なにさ、そのカード?」
「まあまあ。アタシに任せときなって。────はい、注目!」
 
 パンパンと手を叩く。その音を受けて、セイバーとタマモがこっちを見てくれた。
 
「……どちら様ですかその二人は? 敵ですか? 呪っちゃってもいいですか?」
「駄目だ」
 
 とりあえずタマモには即答しておいて、二人に慎二達の事を説明する。それから場をテーブルの上に移すことにした。
 
  
   
 
「……今から何が始まるのだ、奏者よ」
「いや、俺にも分からない。ただ“ゲーム”だとしか……」
 
 テーブルを囲むように五人が席に付いている。
 並びを説明すると、俺を基点に時計回りにセイバー、エル・ドラゴ、慎二、タマモの順に座っていて、みんなテーブル上を注視していた。その上に並べられているのは五枚のカード。どれもが漆黒に塗られている。
 
「これって呪いのアイテムですね」
 
 そのうち一枚を手に取ったタマモが、繁々と眺めながら呟く。
 彼女の横から見てみたら、裏面は白紙だった。
 
「良く気付いたね。狐さんの言うとおりこのカードには一種の呪い────ギアスが込められている。それもそこいらにある紛い物じゃなく、本物の……ね」
「ギアス────制約か。なら、このゲームに参加した者は否応なく“制約”による拘束力を受けることになるのだろう。違うか、海賊娘?」
 
 セイバーの物言いにフランシスが頷く。
 
「それがこのゲームの面白いところさ。まあ、説明するより身体で慣れろってね。まずは一回やってみようか」
 
 そう宣言したフランシスが、並べられたカードから一枚手に取った。
 
「狐さんは手に持ってるカードで良いとして、残りは三枚だ。さあ、アンタ達もカードを選びな」
 
 言われてセイバーと慎二がカードを手に取る。仕方ないので俺も最後の一枚を手に取った。
 
「全員選んだね? さあ、楽しいゲームの始まりだよ!」
 
 瞬間、それぞれの手にあるカードが眩い輝きを放ちだした。そして、その中からフランシスのカードだけが黄金色の輝きに包まれる。やがてその光は収束し、彼女の手の中に金色の王を描いたカードが出現した。
 
「おや、アタシが“王様”のようだ」
 
 カードを掲げ、フランシスが宣下する。
 
「────王の名において命ずる! 1を持つ者は4を持つものに“全力で拳を打ち当てろ”!!」
 
『なッ────!?』
 
 驚愕の声はみんなから。
 王の宣下を受け、二枚のカードが輝きを放つ。
 
 ────1番を持つものはセイバー。
 ────そして4番を持っていたのは間桐 慎二。
 
「……か、身体が勝手に!?」
「え? 全力で打ち込まれる? じょ、冗談だ…………ぐああっぁぁ!!」 

 そしてフランシスの言葉通り、セイバーの腰の入ったコークスクリューブローが慎二の顔面を捉えた。
 セイバーの拳を受けた慎二は障子を突き破り、縁側を越えて、庭の片隅まで吹っ飛んで行く。
 アレは痛い。というかヤバイ。そんな光景を呆然と眺めるタマモ。
 
「ご覧の通り王の命令は絶対だ。参加者に拒否権は発生しない」
「────フム。五枚のカードのうち“当たり”を引いた者が王となる仕組みか。中々に面白そうな趣向だな」
「飲み込みが良いね、セイバー。まあ一種の王様ゲームと思ってもらって構わない。けど、ちょっとしたスリリングだろ?」
「ポジションが皇帝ではなく王だというのが不満だが、気にはすまい。余は受けてたつぞ」
 
 何故かノリノリのセイバーさん。
 
「ところで海賊娘よ。その制約だが、どの程度の強制力があるのだ? 余の意思を無視して拳を放たせる力は流石だが……」
「ああ。さすがに令呪ほどの強制力はないから、命や魂に関わる命令は出来ない。逆に言えば、それ以外だったら“大抵のこと”は可能さ」
「────ホウ。それは良いことを聞いた」
 
 ニヤリと、魂が凍えるほど冷たい笑みを浮かべたセイバーは、そのままタマモを睨み据える。
 
「このゲームを使ってあの駄狐に思い知らせてやるとしよう。誰に対して喧嘩を売ったのかをな」
 
 フフフと笑って拳を握り込むセイバー。そこに泥だらけになった慎二が戻ってきた。
 
「おい、エル・ドラゴ! いきなり僕を実験代に────」 
「さて、役者も揃ったことだしゲームを始めようか! 制約はカードの枚数分働く。後四回、死ぬ気でかかってきなっ!」
 
 己がマスターを無視して話を進めるフランシス。
 果たして、この地獄のようなゲームを俺は生きて終えることができるのだろうか? 期待と不安が入り混じる中で次のゲームが開始された。
 
 
 
 
 カードがテーブルに配られ、みんなが一枚ずつ選んでいく。
 セイバーは意気揚々に。タマモは慎重に。フランシスは豪快に。そして慎二はヤケクソ気味に。俺は必然的に残った一枚を手に取った。
 そして、二回戦のキングを引き当てたのは────なんとタマモ。
 
「おおうっ!? 当たりを引いちゃいましたね! 私が王様ですっ!」 
「────チッ!」  
 
 黄金色に輝くカードを見つめるタマモ。その横でセイバーが舌打ちなんかしてる。
 きっと自分で引きたかったんだろうなぁ。
 
「運が良いね狐さん。さあ、何でも命令しな」
「……ふむ。命令するのはやぶさかではないんですけどぉ、コレって誰が何番かは分からないんですよね?」
「ああ。分かっちまったらつまらないだろ? そこがゲームの醍醐味でもあるしね」
「そっかぁ。そうですよねぇ。う~ん、これは困ったなぁ」
 
 何故か腕を組んで考え込むタマモ。その際に俺のことをチラチラ見ていた。
 その仕草を見ていたら、何だが不安感が込み上げてくる。
 
「……どうしたんだタマモ? 何か悩んでるようだけどさ?」
「それがですねぇ。楽しいこともヤバイことも思い浮かぶんですけど、相手を間違ったらちょっとマズイことになりそうで。ご主人様はまだ死にたくないですよね?」
 
 もちろん死にたくない。即答である。
 
 命に関わることは命令出来ないが────結果死んだとしたら「ありゃりゃ、死んじゃったよ。まあ、これも結果さ。しゃあないさね」なんて簡単に片付けられそうで怖い。
 タマモはその辺りを計りにかけているのだろう。
 
「う~ん、う~ん。楽しいことを選んだとしても“アレ”を引いた日にゃあ私が最悪だし、これって結構悩みますねえ」
 
 時間だけが過ぎていく。
 そして一同が固唾を呑んで見守る中、タマモの握っているカードから黄金色の輝きが消え失せた。
 
「ありゃ? 消えちゃいましたぁ……」
「時間切れってヤツさ。王には決断力が求められる。願い事を逡巡しすぎるのも考え物だね」
「が、が~ん!」
 
 しゅんと項垂れるタマモ。そして何故かガッツポーズのセイバー。
 そして続いて三回戦。
 キングを引き当てたのは────何と俺。
 
 
「……引いちまった」
 
 出来れば引きたくなかった黄金色。
 俺の目的は穏便にゲームを終わらせることで、このゲームに関しては傍観者でいたかったのだ。だって何を願ったって角が立つ。相手のナンバーが分からないのも問題だ。
 しかし、タマモが良い解決策を与えてくれた。
 即ち、時間切れ作戦である。
 
「少年────時間切れで逃げようたってそうはいかないよ」
「えっ?」
「連続で時間切れなんて興醒めも良いところさ。そんなのアタシは許さない。それにアンタ男だろ? 三人の美女を前にして色事の一つも願えないのかい? ほら、アタシはどんな願いでも受けてたつよ」
 
 しなを作って色っぽい視線を送ってくるフランシス。
 その仕草を見ているだけで、何と言うか情熱を持て余してしまう。
 
「わ、私もご主人様になら何をされてもオッケーですよ! 準備万端、いつでも来いです!」
 
 負けてなるものかとタマモ。 
 
「そ、奏者よ。色事を願うのは許さぬぞ! ……許さぬが、万一願った場合は仕方がない。制約の効果と諦めよう。そ、そう。余も制約には逆らえぬ身だしな……」
 
 若干視線を逸らしながら、何やらぶつぶつと呟いているセイバー。
 何と言うか、場の雰囲気が変な方向────ピンク色?────へ移動している気がするのは気のせいだろうか。
 
「…………」
「少年、男を見せな!」 
 
 みんな魅力的な女の子だ。俺だって願えるものなら願いたい。そう考えそうになる瞬間もあった。けど、こういう呪いみたいな力を受けての命令なんてフェアじゃないし、何よりこの場には慎二もいるのだ。
 そう、男が混ざっている。さっきタマモが悩んだ理由も分かるってもんだ。
 
 けど、確かに時間切れは男らしくない。それに俺なりの目的もあった。この機会を活かさない手はないと思う。  
 
「……しゃあない。じゃあ命令するぞ」 
 
 俺は覚悟を決めて場に宣下することにした。
 
「────王の名において命ずる! 1番、2番、3番、4番は夕食の後片付けと洗い物を“仲良く”共同作業でこなすこと!」
 
 慎二が夕食の途中で尋ねてきたからまだ後片付けが終わっていない。ので、台所には洗い物を含めての事後処理がそのまんま残っている。
  
「そ、奏者よ! これは一体────!?」
「ああ。仲良くみんなで片付けてくれ」
「ご、ご主人様ー!?」
 
 ぞろぞろと四人が台所へと向かっていく。
 共同作業をこなせば、少なからず協調性が生まれるだろうし、みんな熱くなりすぎている。冷たい水に触れればその心も収まるってもんだ。
 そして、制約の効果なのか本質的な部分なのか。場をセイバーが仕切りながら着々と後片付けが進んでいく。タマモも文句を言いながらも家事は得意なのか、てきぱきと動いているし慎二達もうまく手伝っていた。
 俺はその間にお湯を沸かして、人数分のお茶の用意をしておく。
 
 結果、お茶請けを用意し終える頃には、場の雰囲気は和らいだものに変わっていた。
 
 
 
「……何かしらけちまったねぇ。あと二回分残ってるけどどうする?」
 
 お茶請けの煎餅をかじりながら、フランシスが場を見渡す。
 
「そうですねぇ。今宵はもうお開きでも良いかもしれませんね~」
 
 これは煎餅を咥えながら湯呑みを抱えるタマモさん。
 
「これが東洋の家族団欒のパワーなのか。荒れていた気持ちが落ち着いていくのが分かる。ふむ────悪くはない」
 
 ズズズとお茶をすするセイバー。
 彼女の言うとおり、一仕事終えた後の茶は格別だ。
 
「じゃあ、今夜はお開きにするか。正直、色々あって俺も疲れた」 
 
 ここまでは全て俺の目論見通りに進んでいる。しかし、ただ一人だけ、諦めていない人物がいた。
 そう、間桐 慎二である。
 
「お前等なに和んでんだよ! 僕は意味もなく庭の隅っこまで吹っ飛ばされたんだぞ! 簡単に諦められるか! さあ、ゲームを続けるぞ!」
「おい、慎二!」
 
 止める間もなく、慎二がテーブルに放置していたカードをひったくる。
 
「ほら、引けよ。僕が引いてゲームが始まったんだ。もう王様を決めないとゲームは終わらない。最後に運試しといこうじゃないか」
「お前……!?」 
「……残念だけど、シンジの言う通りゲームが始まった以上引かなきゃ終わらない。制約があるからね。けど、諦めが悪いねぇシンジ。ちょっと悪党っぽいよ」
「煩いぞ、さっさと引けよ!」
「あいあい」
 
 しぶしぶといった感じでフランシスがカードを引く。彼女が引いたのならと、後の三人も引くことした。
 そして────慎二のカードが輝きだす。
 
「あっはっはっ! 僕が“王様”だ!」
 
 勝ち誇ったように笑う王は、俺を見て両手を広げた。
 
「衛宮。お前って勇気がないよね。場を見てみろよ。四分の三だ」
「……何が言いたいんだ、お前は?」
「アッハッハ! 単純計算で75%は当たりなんだ。こういう機会、願わないと損じゃないか?」
 
 舐め回すような感じで女性陣に視線を這わす慎二。その視線を受けて、タマモなんか俺の背中に隠れてしまった。
 
「おい、まさか……!?」 
「損というより失礼に当たるよね。願わなきゃさあ!」
 
 慎二がカードを掲げる。
 
「────やめろッ!!」
 
 俺の叫びも空しく、王が場に宣下した。
 
「王である僕が命令する! 2番のカードを持つ者は────王様と熱いベーゼを交わせ! キスをしろ! 心を込めて────嘗め回せ!」
 
 果たして、2番のカードを持っていたのは
 
「…………俺ッ!?」
 
 そう。あろうことか、俺の手にもっていたカードが輝きだしたのだ。
 
「冗談だろぉ!?」 
 
 これが制約の影響力か。
 カラダガカッテニシンジノホウヘ。
 
「ば、馬鹿! 何で衛宮が2番なんだ!? 四分の三なんだぞ! 75%だぞ!?」
「そんなの知るかっ!? 早く解除しろ慎二!」
「解除って……できる訳ないだろ! 呪いのアイテムなんだぞ!」
「だったら何で願うんだよ!」
「お前に当たるとは思わないだろ、普通!」
「ふざけんな……って、あー! あー! 近づいて来るな慎二! っていうか逃げろ!」
「……駄目だ! 身体が固定されて……動けない! え、衛宮、何とかしろよお前。魔術師だろうーが!」
「そんな便利な魔術知るかっ!?」
 
 必死で抵抗するが、二人の距離がどんどんと縮まっていく。
 この距離がゼロになった時────俺は死ぬ。
 
「セ……セイバー! タマモ! タスケテクレ!!」
 
 こうなったらもう恥も外聞もない。
 俺は必死に腕を伸ばして助けを求める。
 
「……く! 奏者よ。余も必死に助けようとしているのだが、身体が動かぬのだ!」
「ご主人様! ご主人様────ッ!!」
 
 王の命令を守る為にギアスが作動しているのか。セイバーもタマモを動けずにいる。
 
「ええ=い、こうなったら覚悟を決めよう衛宮! そら、ジュテ~ム!」
「ジュテームじゃねぇっ!!」
 
 魔術回路の全てを駆使して制約に抗う。
 だが、俺の抵抗などまったく意味ないように身体は進んでいく。
 
「……そこの赤いの」
「何だ駄狐! 今は話してる暇などない! 奏者の危機なのだ!」
「分かってる! 黙って聞け!」
 
 タマモのあまりの剣幕に、セイバーも落ち着きを取り戻す。
 それほどにタマモの声音は鬼気迫っていた。
 
「私は呪術に関しての心得がある。この制約は呪いの類よ。だから何とかできるかもしれない」
「ほ、本当か!?」
「……けど、かなり強力な呪いだから解除出きるのは一瞬だと思う。だから────あなたに賭ける」
 
 タマモが瞳に力を込めて、真摯に願う。
 
「私ではご主人様を取り巻く制約の壁を貫けない。あなたでは制約を壊すことが出来ない」
「狐……」
「機会は一瞬。私があなたの制約を解除するから、ご主人様を救い出して」
 
 もはや語る時間も惜しいと、タマモが呪術を汲み上げていく。セイバーもまた自身の役目を悟り、魔力を体内で練り上げていった。
 
「────今よ!!」
「赦せ、奏者よ────ッッ!!」 

 タマモがセイバーの制約の壁を打ち砕き、瞬間、セイバーが弾丸となって駆けた。
 その手に赤色に輝く長剣を携えて。
 
『────“喝采は”……』
 
 振り上げられた剣。
 その切っ先は俺に向いて────
 
「え……?」
 
 助けて欲しいって言ったけど、もしかして?
 
『……“万雷の如く”────!!!』
 
 ────パリテーヌ・ブラウセルン。
 
 セイバーの誇る究極の斬撃が俺と慎二の間に炸裂した。
 その衝撃は屋敷全体を揺るがし、屋根さえ吹き飛ばして────結果として呪いの壁をも打ち破り、俺と慎二を文字通りコマのように吹き飛ばした。
 
「うわあああああぁぁぁ──────ッッッ!!!」
 
 くるくると回りながら空を舞う俺と慎二。夜風が身体に冷たく、自分が飛んでいるのが実感できた。
 
 ────ああ、星が……星が見えたスター。
 
 意識を手放す寸前、俺は夜空に綺麗な星空を見た気がした。
 
 
     



[20988] Fate/extra hollow 6
Name: 石・丸◆054f9cea ID:8782b1c8
Date: 2010/08/28 00:25
 
 Fate/extra hollow 6 
 
 冬木市は風光明媚な地方都市であると同時に、中央を流れる川を隔てて様相が二分されていた。
 主に東側が近代的に整備された街並みが揃う新都と呼ばれ、西側が住宅街である深山町と呼ばれている。その深山町には、衛宮邸や遠坂凛の住む屋敷などの他に、商店街や柳洞寺、また彼等の通う穂群原学園などが存在していて人口も多い。
  
 けれど、休日など多くの人で賑わうのは断然東側にある新都だ。
 様々な施設が乱立し、総合レジャー施設わくわくざぶーんやショッピングモールなどは、家族連れからお年寄りまで多種多様な人々が集まる人気スポットと化している。
 
 そしてショッピングモール・ヴェルデにも、休日を利用して深山から買い物に来た主従が存在していた。
 
 
 
「はい、アーチャー。これもお願いね」
 
 さも当然のように、大きな紙袋をアーチャーに手渡す一人の少女。中身が何だか分からないが結構な重量があって、少女の細腕で持つには重く感じられる。
 男手が受け取るのが当然なのだろうが、アーチャーの手には既に幾つもの紙袋が握られていた。
 
「……些か重いな。さすがに買いすぎじゃないか、凛?」
「なに言ってるのよアーチャー。あなた男の子でしょ。それくらい我慢しなさい」
 
 ピシャリと言い放ったのは、彼のマスターたる遠坂凛である。彼女はまだ文句を言いたそうなアーチャーに背を向けると、そのままスタスタと歩き出した。 
 
「じゃあ、次の店に行きましょうか。時は金なり。時間は限られてるんだし無駄にはしてられないもの」
「ほう。これだけ買ってまだ何か買うというのか。節約志向の君にしては大盤振る舞いだな。どういう心境の変化だ?」
 
 凛の扱う魔術にはお金がかかる。ので、普段の彼女は結構お金には細かい。そのことを知っているアーチャーは、少し凛をからかってみた。
 決して、荷物持ちにされた腹いせではない。
 
「……あのねアーチャー。変な勘違いしてるみたいだから言っとくけど、私は別にお金に執着してる訳じゃないの。そりゃあるに越したことはないけど、使う時は使わないと逆に損だわ」
「────ふむ。機会は心得ていると?」
「もちろん。だからこその纏め買いよ。交通費も馬鹿になんないし、抑えるとこは抑えないとね。買い物に出るとついつい無駄な物も買っちゃうし」
 
 凛とて年頃の女の子だ。
 街に出れば欲しい物の一つや二つすぐに見つけられる。だから極力目に触れないようにしているのだ。 
 
「分かってるじゃないか。浪費と消費は違うし、投資できるなら尚良い。同じ金額を使うならより効率的に。……とは言っても、人間には欲望があるから簡単にはいかんがね」
「そうね。ショッピング自体楽しい行為だし、無駄使いも時には必要なのかもしれない。────だからこそ、ここもこれだけ大勢の人で賑わってるのよね」
 
 ショッピングモールを繋ぐ広々としたロビーには、今も大勢の客達が行き来していた。その中に佇む凛とアーチャーも、そんな客達の一人に過ぎない。
 雑踏と人いきれ。闇の世界では特別な彼等もここでは一般人なのだ。 
 
「アンタとじゃあ風情のカケラもないけどね」
「その点は同意する。凛と風情という言葉自体が合わない存在だ」
「なんですって~!?」
 
 むっとして唇を尖らす主に、従者が冗談だと付け足した。
  
「まあ、言葉のあやというやつだ。だが凛、次の店に行くのは良いが私の積載量にも限界はある。そこは考慮してくれ」
「……分かってるわよ。アンタでもあと紙袋八つが限界だろうし、そのあたりに収まるようには計算してるわ」
「な────八つだと!?」
 
 既にアーチャーの両手は“幾つもの紙袋”に占領されている。しかも、どれもがギッシリ詰まっているのだ。
 単純な重さからみても常人なら限界を超えている。
 
「……凛。如何にサーヴァントといえど不可能なことはある。私はどこぞの英雄王のような四次元ポケットは持っていないんだぞ」
「なによ。両手が駄目なら背中があるじゃない。何事も気合よ、アーチャー」
 
 ほら、無駄口叩いてないでさっさと行く! そんな掛け声と共に凛がズンズンと歩き出す。
 揺れる黒い髪。アーチャーは前を行く彼女を見つめながら、やれやれと肩を竦めるのだった。
 
 
 
 
 
「────あら?」
「────おや?」
 
 ふと、ロビーのど真ん中で凛とアーチャーが立ち止まった。彼等の前方には、鏡に映したみたいな感じの二人組みが佇んでいる。
 
 一人は美少女と見紛う程に線の細い少年だった。
 肩で切りそろえられた金髪は女性が羨むほどに滑らかで、面差しはとても優美だ。それでいて見る者を圧倒するようなカリスマさえ感じさせる。
 優しさと激しさ。相反するような二つを兼ね備えた少年は、場にあって抜きん出た魅力を溢れさせている。
 彼の名前はレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。
 世界に冠たる西欧財閥の御曹司である。
 
 そんなレオの後ろに控えるのは、彼のサーヴァントたるガウェインである。
 アーサー王の円卓の騎士として誉れ高い人物であり、セイバーの名に恥じぬ実力を兼ね備えているが……今はアーチャーと同じように両手に大量の紙袋を抱えた状態で、若干疲れた表情を晒していた。
 
「誰かと思えばハーウェイの御曹司じゃない。まさかこんな場所で会うなんて────酷い必然ね」
「必然? 本当にそうでしょうか。ここは多くの人が行き交う場所だ。僕とあなたが“偶然”出会ったとしても不思議ではないでしょう」
「不思議よ! あなたの立場なら人を使えば良いだけだし、何よりこの場に居る理由がないじゃない。仮に“偶然”なのだとしても悪意を感じるわ」
 
 敵と出会ってしまった。そんな感じで鼻を鳴らす凛を見て、何故かレオが微笑んだ。
 
「……なによ。何が可笑しいのよ?」
「いえ、失礼。笑うつもりは無かったのですが自然と笑みが浮かんでしまいました」
「はぁ!? 馬鹿にしてんのアンタ?」
 
 レオが落ち着いてくださいと凛を制する。
 
「遠坂 凛。五大元素使いにして冬木の管理を任されている遠坂家の当主。かの時計塔も感心を示している優秀な魔術師でもある。────ですが同時に、西欧財閥に対してはあまり良い感情を持っていない。違いますか?」
「フンッ。理解してるなら確認する必要ないじゃない。わざわざ本人を前にして────何が言いたいのよアンタ?」     
「ええ。────実に頑なだと思いまして」
 
 カチンときたという風に凛が眉根を吊り上げる。 
 
「頑なって、頑固ってことかしら?」 
「そう取ってもらっても構いません」 
 
 何故か腕まくりする凛。
 こう見えて彼女は中国拳法を嗜んでいる。何処かの奥様はそれで痛い目を見たりした。 
 
「……へえ、あっそう。分かったわ。アンタ私に喧嘩売ってるんだ? いいわよ。その喧嘩、捨て値でも買ってやろうじゃないのっ!」
「ですから、落ち着いてください。確かにあたなの言う通り買い物などの些事は家の者を使っていました。欲しい物、必要な物はハーウェイが用意してくれましたし、それが僕にとって当然だった。疑問を挟む余地などないほどに“必然”だったのです」
「それはアンタがお坊ちゃんだったってことでしょう?」
「ええ、そうです」
 
 クスクスとレオが笑う。本当に可笑しいと。
 
「環境が変わった訳でもなく、理想が変化した訳でもない。けれど、ある出来事がきっかけで少しは視野が広がった。以前の僕は全てが見えているつもりで────見えていなかった。頑なだったのです」
「……む」
「僕の目指すものは変わらない。ですが考え方は変化した……いえ、軟化したと言う方が正しいでしょうか。眼に映る物も手に取ってみれば違った側面が見えてくる。ですから────」
 
 レオが僅かに振り返り、控えているガウェインを見た。
 
「こうしてガウェインに付き添ってもらって、買い物にも出てきたのです」
「へえ~。それで実際に買い物した感想は? 参考までに聞いておきたいわ」
「中々に貴重な体験でした。────悪くない、といったところです。ねえ、ガウェイン?」
「────御意。ですが王よ。些か買いすぎでは……?」
 
 ガウェインはアーチャーに負けず劣らず荷物に塗れている。ありていに言えば重そうだ。
 その光景を見て凛も目を丸くする。
 
「……本当に買い物してたのねえ。それで一体何を買ったのかし……ら?」
 
 ガウェインの持ち物は多種多様だった。
 それこそ食料品から衣装まで。中には○らのあなと書かれた紙袋まであった。
 
「ええ。────貴重な体験でした」
 
 何故かうっとりするレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ西欧財閥次期当主。
 その表情に若干の……本当に若干の不安を覚えるガウェイン。だが彼は出来た騎士なので感情には出さないでおいた。
 
「────凛。いつまで無駄話をしているつもりだ? 買い物を進めるなり昼食を取るなり色々やることはあるだろう。時間は有限では無かったか?」 
    
 雑談に嫌気が差したのか荷物が重いのか。アーチャーが凛を促す。
 そんな彼の言葉にレオが反応した。名案を思いついたとういう風に目を輝かせて。
 
「そういえばもうすぐ昼食の時間ですね。そうだ。お二人さえよろしければランチをご一緒しませんか?」
「…………は?」
 
 レオの誘いに目を白黒させる凛。
 雑談を交わしていたが、仲良く昼食を取る間柄ではない。
 
「昼食だと? 何を考えている? 私と凛を篭絡するつもりか?」
「裏などありません。単に昼食を取るならご一緒したいと思っただけです。興が乗ったというやつですよ」
「興が乗ったって言われてもねぇ……なんか釈然としないわ」
 
 金持ちは何を考えてるか分からないとも思う。 
 
「凛さん。僕はこの辺りには不慣れですし、美味しい店を紹介してもらいたいという思いもあります。その代わり代金は僕が持ちます。魔術師らしく等価交換と考えれば良いのでは?」
「……う~ん、等価交換……」
 
 考え込む凛。
 凛にとって西欧財閥のやり方は好きではないし認められるものではない。でも、この場は戦場ではないし“現在のレオ”は敵ではない。またレオの性格からいって凛をデートに誘っている訳でもないだろう。
 本当に雑談の続きがしたいだけ。そういう風に凛には見えた。
 
「攻撃なんて仕掛けません。僕のサーヴァント────ガウェインは騎士ですから主の命に逆らうこともありません。安全は保障します」
 
 何よりレオの奢りだというのは嬉しい誤算だった。
 出費は少ないほど良い。
 
 そんなことを考えていた時、綺麗な女性の声で場内アナウンスが流れてきた。
 
『────ご来店のお客様に迷子のお知らせをご案内します。十字架と数珠のネックレスをお召しになられた“神よぉ!”と連呼する男性をお見かけになった方は、至急一階サービスカウンターまでご連絡ください。お連れ様が大変ご立腹です。繰り返しご案内を────』  
 
 一瞬の沈黙が四人の間に下りる。
 何故か目を合わせるレオとガウェイン。思い出したくない人物でも思い出しているのか。 
 
「夏だからな……」
 
 ふうっと溜息を吐くアーチャー。
 公共の場で“神”を連呼するなど正気の沙汰ではない。そんな馬鹿な話に感化された訳ではないだろうが、凛も喉の渇きを覚えていたのを思い出す。
 
「……まあ、いいわ。喉も渇いたし何処かの店に入りましょう。そっちの騎士さんとも話してみたいしね」
 
 こうして凛とアーチャー。レオとガウェインの四人は昼食を取るべく並んで歩き出したのだった。
 
   
 



[20988] Fate/extra hollow 7
Name: 石・丸◆054f9cea ID:8782b1c8
Date: 2010/09/01 22:45
 
 Fate/extra hollow 7 
 
「ご苦労様ぁ、エミヤん。いや、本当助かったわ」
 
 居酒屋コペンハーゲンの店内は閑散としていた。それもそのはずで、店は既に営業時間を終えている。
 現在店内に残っているのは俺とマスター、そしてマスターの娘さんである蛍塚音子────通称ネコさんの三人だけだった。
 
 ネコさんは見た目おっとりとした細目の美人だが、こう見えて藤ねえの同級生であり、俺にとっては穂群原学園の先輩に当たる。学生の頃は色々と無茶もしたらしいが、今は立派にコペンハーゲンの看板娘として店を切り盛りしていた。
 そのネコさんが、カウンターに付いている俺に向かってポカリを投げてくる。
 
「サンキュー」
「いやぁ、急な棚卸しだったけどみんなサボるんだもの。本当エミヤんが居なかったらどうなってたことか。感謝してる」
 
 言いながら、ネコさんが俺の隣に腰を下ろす。そして、目の前に真っ白い封筒を差し出してきた。
 
「ほい、エミヤんの分」
「え────?」
 
 手にとって見ると、中には一万円札が一枚入っていた。
 
「これって……?」
「頑張ってくれたお礼。────ああ、正規のバイト料はきちんと振り込んどくから心配しないで」
「嬉しいけど……特別なことをした訳じゃないし、これは受け取れない」
 
 中身を戻してネコさんに返す。けど、すぐに突っ返された。
 
「そう言うと思った。けどね、エミヤんに感謝してるのは本当だよ。今日だけのことじゃなくてね。だからお礼したいのよ」
「だけど……」
「いいから受け取りなさいって。それで美味しい物でも食べて、元気つけて────またバリバリ働いて。ね?」
 
 笑顔で封筒をポケットに捻じ込むネコさん。その向こうでマスターも頷いている。
 ここまでされて断ったら角が立つし、正直助かるのも事実だ。
 
「────ありがたく頂戴します」
 
 マスターにも頭を下げる。それを受けて、ネコさんも満足そうに頷いた。
 
「うんうん。若いうちは素直が一番。さあ、後片付けは私がやっとくからエミヤんはもう帰んな」 
「じゃあ、お言葉に甘えて。最近食い扶持も増えたんで、コレでお土産でも買って帰ることにします」
「それが良いね」
 
 もう一度頭を下げてから、俺はコペンハーゲンを後にした。
 
 
 
 
 さて、お土産を買って帰ろうと思ったものの、もう遅い時間帯だしほとんどの店が閉まっている。開いている店といったらコンビニくらいのものか。
 
 帰りを待っているだろう二人────セイバーとタマモを思う。
 
 趣味趣向は違うだろうがそこは女の子。なら甘いものが鉄板になる。最近のコンビニはデザートに力を入れているし、品質の良い品もあるだろう。そう思って、記憶を頼りにコンビニを目指して歩き出した。
 
 新都と深山を繋ぐ大橋を越えてコンビニを目指す。なるべく家に近い店で買いたかったので深山の店を選んだんだけど、深夜ともなると一切の人気が無くなる。
 夜道を一人で歩くというのは不安なものだ。外灯は疎らで遠くまで見通せないし、犬の遠吠えなんかが不気味な雰囲気を醸し出すのに一役買っていたりする。
 俺は暴漢に襲われたって対処できるが、こういう雰囲気の中にいると家に残した二人が心配になってくる。仲良く留守番しているだろうか。邪な人物が尋ねて来てはいないだろうか、と。
 そう考えたら自然と早足になっていた。
 そんな時である。前方の暗がりに何やら不審な人物を発見したのは。
 
「……あれ? 誰だろ? 女の子……?」 
 
 その人物は青みがかった長い髪と華奢な体躯から女の子に見えた。眼鏡をかけているように見えるが、肌の色が褐色なので日本人じゃないのかもしれない。
 その女の子は外灯の下に陣取りながら、場に机の椅子を用意して誰かが通りかかるのを待っている風に見えた。
 
「こんな時間に何やってんだ?」
 
 不審に思いつつも声をかける勇気はないし、本能が彼女に関わるなと告げている。
 ここは知らないふりして通り過ぎるのが無難だろう。そう結論付けた俺は、なるべく彼女から離れて道の端っこを歩くことにした。
 
 
 
「そこな御仁。お待ちください」
 
 お土産はどんなデザートが良いだろうか。
 セイバーは洋菓子の方が似合ってるし、タマモはやっぱり和菓子だろう。
 
「そこの人。聞こえてますか?」
 
 けど、敢えて逆の取り合わせも面白いかもしれない。セイバーには和の素晴らしさを伝えて、タマモに洋菓子の甘さを教える。
  
「あのー! そこの赤毛の人!? 待ってください!」
 
 和菓子といえば栗饅頭に桜餅。おしるこやドラ焼きなんかも良いだろう。もちろん洋菓子のプリンやケーキ、シュークリームにワッフル、パイなんかも忘れてはいけない。
 たかだがコンビニのスイーツと侮れないし、二人の笑顔を想像しながら選ぶ楽しみもある。幸いネコさんから貰った潤沢な資金もあるし心が逸ってきた。
 
「………………」
 
 よし! そうと決まればダッシュで向かうだけ。
 俺は一気に場を走り去ろうと足に力を込めて────
 
『コード・キャスト────“call-fartune”────』 

 突然激しい殺気を背後から受けて、否応なく振り返ることになった。
 
 
 
「ようこそ、ラニの占星術屋さんへ!」
 
 視線に先にはニッコリと微笑む女の子。何と言うか、無理して笑ってる感120%の営業スマイルである。
 
「せ、占星術……?」
「はい。ここで私達が出会ったのも何かの運命。アトラス院が誇る秘奥の占星術で私が貴方の運勢を占って差し上げましょう────ええ。格安で」
「悪い、間に合ってるっ!」
 
 怪しげな占い師とは関わるなって爺ちゃんも言ってた。俺は切嗣の遺言を守るべく全力でその場から駆け出すが────暗闇に現れた大きな壁にぶつかって盛大に尻餅を付いてしまう。
 
「いってぇっ……」
 
 痛みを堪えて見上げてみれば、大きな壁だと思ったものは筋骨隆々の大男だった。
 何と言うか、全身大仰な鎧を纏っていて古代中国の武将のようないでたちをしている。また頭から大きな触覚風の飾りが二本垂れていて暗闇の中で不気味に揺れていた。
 中国武将は誰も通さないぞ! との意思を全身から発揮したまま俺を見下ろすように睨んでいた。
 
「……えっと」 
 
 頭上から威圧するように見据える偉丈夫。身長差もあるし正直かなり怖い。しかも一向に退いてくれそうにないので、仕方なく俺は彼の横をすり抜けることにした。
 
「えっ!?」
 
 だが、俺が右からすり抜けようとした瞬間、偉丈夫が身体を水平に移動させて俺の進路を塞いだのだ。
 その行為は明らかに通せんぼ!
 
「なんでさッ!?」
 
 悪態を吐きながらも今度は左へ移動する。しかし偉丈夫に阻まれた。
 
「馬鹿な!? 何で邪魔を……!?」 
 
 俺にも魔術師としての意地がある。
 偉丈夫を抜こうと数多のフェイントを行使し、魔力を限界まで編み上げ速力を上げた。自身の持てる技術の全てを結集して何とか武将を抜こうと試みる。
 
 しかし────それら全ての技が奴の体躯に阻まれたのだ。
  
 その後、どれくらい攻防が続いただろう。結局俺は、精魂尽き果てぐったりと道路に身体を横たえるまで、走り続けることになってしまった。
 
「……はあ、はあ、はあ。アイツ化け物かよ……?」 
 
 大の字になって寝そべる俺。そこに少女の落ち着いた声が降り注いできた。 
 
「ようこそ、ラニの占星術屋さんへ!」
 
 首だけ動かして振り仰げば、女の子が机の前の椅子を指差しながらニッコリと微笑んでいた。
 
 
 
 
「自由意志で席に着いたのですから、最初に見料として五千円頂きます」
「だ、誰の自由意志?」
「見料は五千円です」
 
 差し出した手は引っ込めず、営業スマイルで微笑む少女。ラニの占い屋さんという名前から想像して、これから彼女のことはラニと呼ぶことにする。
 そのラニは目鼻立ちのスッキリした美少女だが、占い師という肩書きから胡散臭い感じは拭えない。こういう場で出会わなければもっと違った感情を抱けたのだろうが……。
 
「聞こえませんか? 五千円」
 
 待てど暮らせど彼女の手は引っ込まない。仕方ないので頂いた一万円を渡してお釣りを貰う。デザートを買ったお釣りで、セイバーとタマモ、そして俺の三人でメシでも食いに行こうと思っていたんだけど、そのプランはたった今潰えてしまった。 
 
「では、占います」
 
 ぐすんと涙ぐむ俺を尻目に、ラニが机に乗っかった水晶玉に手をかざす。すると、不思議なことに水晶玉が淡い輝きを放ちだした。
 
「────見えます」
 
 瞳を閉じて意識を集中するラニ。
 ちなみにさっきの偉丈夫はラニの隣で俺を威圧するように佇んでいる。ご褒美なのか肉まんを貰ったりしていたが────彼女に餌付けでもされているのかもしれない。
 
「これは……」
 
 水晶が一際明るく輝いていく。 
 
「……貴方の周りにいる複数の女の子。赤いドレスの少女……と、これは和服でしょうか。ピンクの髪の女の子。他にも黒髪ツインテールやら何やらいますが……」
 
 ラニが占う表情は真剣そのもので、ある種の迫力さえ感じられた。どうせ適当なことを言われて終わるのだろうと思っていたが、彼女の額には玉の汗が浮かんでいる。
 アトラス院の秘奥と言ってたが、まんざら嘘じゃないのかもしれない。
 その後もしばらく水晶玉と睨めっこしていたラニだったが、やおら、ふうっと溜息を吐くと改めて俺に向き直った。
 そして開口一番
 
「みなさん────怒っていますね……。有体に言えば貴方には酷い女難の相が出ています」 
「じ、女難の相だって!?」
「はい。それもかなり危険な。剣で切り刻まれたり呪われたり。はたまた魔術で撃たれたり、黒いタコさんに噛まれちゃったり。最後には石にまでされちゃうかもしれません」
 
 それって危険というより致死なんじゃ?
 
「そんなこと言われても一切身に覚えがないんだが……というより、その未来が本当ならどうしたら回避できるんだ!? 俺はまだ死にたくない!」
「あくまでこれは占いです。私が見たのは貴方に起こりえる未来の一つ。可能性にすぎません。ですが────」
「な、なにさ……?」
 
 脅かすように声音を落としながら、ラニが人差し指でクイっと眼鏡をあげる。
 
「かなり可能性の高い未来だといえます。最初に伝えた通りこれはアトラス院に伝わる秘奥ですから回避は困難でしょう」
「冗談だろ!?」
 
 赤いのってセイバーだろ。
 ────うん。彼女を怒らせるようなことはしてないぞ。
 
 和服の少女って……タマモか。
 ────これも大丈夫だ。タマモに恨まれるようなことはしてない。
 
 黒髪ツインテールは遠坂だな。
 ────あいつは怒りっぽいけど根は良い奴だ。俺が死ぬような真似はしないと断言できる。
 
 他にもよく分からない例えがあったが、殺されるくらい相手を怒らせた覚えはない。……って、待てよ。これって未来の話だから俺がこれから何かするのか?
 いや。行動に十分注意すれば大丈夫のはずだ。けど、万一の場合は……。
 
 うんうん唸りながら色々考える。だが、様々な思考が頭を巡るだけで一向に纏まる気配がない。
 そんな俺の様子を見かねたのか、ラニが大丈夫です! と太鼓判を押してくれた。
 そして取り出される一つの────つぼ!?
 
「そんな貴方にアトラス院印の開運のつぼをオススメしましょう。これを買えばたちまち運気が開眼して暗い未来も何のその! 本来ならかなり高価な品ですが、ここまで関わったのも何かの縁です。特別に五千円でお譲りしましょう」
 
 やっぱり営業スマイル120%の笑顔。
 途端に胡散臭くなってきた。
 
「五千円ですよ! 五千円! きゃー、お買い得! 具体的に言って今夜の寝床が確保できるくらいのお買い得です! さあ、買っちゃいましょう! 買いましょう!」
 
 ぐぐっと身を乗り出すラニ。
 たぶん本来の彼女はこんなキャラじゃないのだろうが、切羽詰った状況が彼女をこうさせているのだろう。それほど張り詰めた緊張感が彼女にはあった。
 
「さあさ、ご決断を!」
「────断る!」
 
 脱兎の如く駆け出した。
 だってもう所持金は残り少ない。俺にはデザートを買って帰るという使命があるのだ。
 
「チッ! 逃がさないわ。バーサーカー!! 彼を捕まえて!」 
「うわっ!? なんて速さ────!?」 
 
 しかし、やはりというか何と言うか。
 俺の逃亡は巨漢の壁に阻まれて────結局強引にラニの前まで引き戻された。
 そして意思とは関係なしに行われる金銭授受。
 
「……はい。確かに五千円頂きました。ではこの“つぼ”を差し上げましょう。きっと貴方の未来を明るく照らしてくれるはずです」
 
 はいと、五千円の代わりに手渡されるつぼ。
 正直、両手にあまるほど大きいつぼなど要らないし、かなり邪魔である。
 
「それではまた“縁”がありましたらお会いしましょう。────行きますよ、バーサーカー」
 
 偉丈夫と共に暗闇に消えていく一人の少女。
 後には所持金を奪われた俺と、あまりにも大きなつぼだけが残されていた。
 後悔先に立たずとは正にこのこと。新都でコンビニに寄っていればと悔やまずにはいられない俺であった。
 
 
 ちなみに余談だが、予定していたデザートは一個たりとも買えなかったと報告しておこう。
 ……ああ、無情。
 
  


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