Fate/extra hollow 1
いつもと変わらない日常のはずだった。
学校へ行って、アルバイトをして、家に帰ったら魔術の鍛錬をして。休日には藤ねえの相手をしたり、慎二と遊びに行ったりと、代わり映えのしない毎日が続く。
少し変わったことと言えば、今年は空梅雨だったようであんまり雨が降らなかったことくらいか。
────空を見上げれば、何処までも続く青い空。
見方を変えれば退屈だともいえる日々。それでも俺は、そんな平凡な時間がどんなに大切な存在かを知っている。
掛け替えの無い、輝く時間なのだと知っている。
だから俺は、衛宮家の居間で鎮座なされている“彼女”を見たとき、思わず驚愕の声を上げてしまっていた。
「朝っぱらから騒々しい。何を大声で喚いているのだ、奏者よ?」
真っ赤なドレスを身に纏った金髪の少女が、テーブルに付いて紅茶を飲んでいた。
それは良い。それは良いんだ。
今の衛宮家では、俺とセイバーと呼ばれる少女が暮らしている。だから彼女が居間で紅茶を飲んでいても何も驚くことはない。
驚くことはないんだが……。
「えっと、セイバーだよ……な……?」
翡翠を思わせる緑色の瞳。金砂を集めて作ったような綺麗な金髪。
華奢な身体は抱きしめたら折れてしまいそうなほど儚いが、瞳には何者にも負けない意思の強さが宿っている。
間違いなく、セイバーだ。
……けど、何か違う。
ぶっちゃけると、あのセイバーが、下半身前開きで恥ずかしげなドレスを着て、朝っぱらから優雅に茶なんぞ飲んでるのがおかしい。しかも自己主張の激しい真っ赤なドレスでですよ?
何か悪いもんでも食べて体調でも崩したんだろうか。
そうだとしたら一大事である。
「セイバー」
まず彼女の前に膝をついて同じ目線まで腰を屈めた。それから、真剣な面持ちでセイバーを見つめる。
柳眉というのだろうか。整った眉根が僅かに寄っていた。俺の行動を把握しかねているのだろうが、心なしか彼女の顔も赤い気がする。 やはり、確認しなければならない。
「なあセイバー。もしかしてお前熱でもあるんじゃないのか? ちょっと見せてみろ」
「────え?」
心配になった俺はセイバーの体温を確認しようと、ゆっくりと彼女の顔に頭を近づけていく。
「な……なにをするつもりだ、奏者よ? まだ日は高いぞ? というか、か、顔がちか────」
俺の行動が予想外だったのか何か勘違いしているのか。若干慌てるセイバー。けど、熱は測らないといけない。
俺は問答無用に顔を近づけて──────ぴとっ!
セイバーの額と俺の額がくっついた。
「──────!!」
声にならない声をあげて目を見開く彼女。その間に額を通して彼女の体温を確認する。
う~ん、熱はないみたいだが顔の赤みが増している気がする。これはいわゆる風邪の引き始めかもしれない。ならば薬が必要だろう。
そう思って腰を浮かしかけた時、何故だかセイバーに突き飛ばされた。
「……いてて。って、いきなり何するんだよセイバー。痛いじゃないか」
「それはこちらの台詞だ奏者よ! そなたこそいきなり何をする!? 余に断りも無く身体に触れるでないっ! いや……その、勘違いはするでないぞ。触られるのが嫌だと言っている訳ではなく、余にも心の準備というものがだな……」
ゴニョゴニョと言葉尻を小さくするセイバー。
なんか余とか言ってるし、やっぱり今日のセイバーは変だ。ドレス赤いし。
「セイバー、やっぱり変だぞお前。どうしたんだ? もしかしてからかってるのか?」
「おかしいのはそなたの方だ。そなたこそ──────そうか、ははーん!」
そこまで言ってから、セイバーがピーンときたという得意気な顔をする。
「分かったぞ、奏者よ。余が昨晩そなたにあまり構ってやらなかったことを怒っておるのだな? 確かに余も大人気が無かった。しかしそなたも魔術の鍛錬があるからと土蔵に篭ったではないか。そこら辺りはお互い様で……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、セイバー!」
彼女の言葉を止めて暫し考える。
何と言うか究極的に話が噛み合っていない気がするのは気のせいだろうか。
確かに俺は魔術の鍛錬を日課にしているし、昨夜も鍛錬に勤しんだと思う。ちょっと頑張りすぎたのか、珍しく寝坊してしまったが──────
「……あれ?」
思い出そうとして、昨夜の記憶が曖昧なことに気付く。
確かに鍛錬はした。したのだが……その後がうまく思い出せない。何時ごろ終えたのか、そもそも部屋に戻って寝たのかすら怪しい。
いや、起きた時は部屋にいたんだから戻ったのは間違いない。
ないはずなんだが……。
「どうしたのだ?」
う~んと唸る俺を見てセイバーが心配そうに覗き込んできた。
彼女に軽く事情を説明すると「記憶が混乱しているのか。投影魔術の弊害かもしれぬ」と眉根を寄せる。
「身体に負担のかかる鍛錬ばかりしておるからな、そなたは。無理を重ねればそういうこともあろう。よもや余と駆け抜けた聖杯戦争まで忘れたとは言わぬであろう?」
「聖杯────戦争?」
セイバーに言われてフラッシュバックのように様々な光景が蘇る。
青い電脳の世界。
幾人ものマスターとサーヴァント。そして光り輝く黄金色の劇場。
それは素晴らしく色のある──────そう。まるで“夢”のような軌跡だった。
「……覚えてる。っていうか、何だ、これ?」
未だ思考は定まらず、不思議な違和感はある。
だけど
「そうか。覚えているのか。なら問題はない。────余はそなたと会えて嬉しい」
俺をまっすぐ見据えて嬉しそうに微笑むセイバーを見ていたら、些細な違和感なんて吹き飛んでしまった。
少なくともセイバーは俺を知っている。
なら、それで良いじゃないか。そう思わせるほど彼女の笑顔は眩しかった。
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ちょっと短いですが、物語としてはプロローグ的なお話。目指すは、ほんわかコメディ。
冬木市におけるEXTRAキャラの絡み、hollow的な日常を描いていきたいなぁと思っております。