拝啓
お母さんお父さん
突然ですがあなたの息子は余命半年だそうです。
定期健康診断で引っかかって精密検査したら末期がんだそうです。
タバコは一日半箱に抑えていたのにあんまりです。
勉強しまくりの灰色青春と引き換えにいい大学に入っていい会社に入って即効で出世コース入りしてそれなりのサクセスストーリーが今始まろうとしていたのにあんまりです。
あんまりです。
…ちくしょう!
なんで!?
どうして!
まだ童貞なのに!!
何で俺なんだ!!
やっと金持ちルートに入って失われた青春を満喫しようとしてたのに畜生!
畜生…
そんなことを考えていたのも半年前のこと。
会社をやめ延命も断り、実家に戻ってからはただのんびりとすごしていた。
両親には申し訳ないが、入社直後に買ったマンションのローンが保険でチャラになったので、それでもとはとったと思ってほしい。
たぶん4000万くらいにはなったと思う。
そして、全部終わらせた今、つい1ヶ月前に全て処分した黒歴史データのことを思い出している。
黒歴史といっても邪気眼やらではなく、厨二病を潜伏させた患者がひっそりとデータに残してた妄想だ。
もし過去に戻れたらどうするか?
そういう類のものだ。
株価、円相場、シリコンバレーの新興企業の詳細等々…。
ここでこの株を売って買ってこうしたらこれだけ稼げてうっはウメエ。
とか言うのを無趣味な俺は休日にそれをぽつぽつと書きながら、悦に浸っていたというわけだ。
…こういう無駄知識に限ってなかなか忘れないなあ。
心地よい風が頬をなでる。昼下がりなので家族もいない。
もう目も開けられない。
身体も動かない。
全身がしびれたかのように感覚を失っていく。
いよいよ今際の際ということか。
でもその今際の際で走馬灯じゃなくて黒歴史ノート回想ってのはどうなんだろう?
そんなことを考えながら、俺の意識は落ちた。
子供のころ、注射というものが嫌いだった。
というか、最後の最後まで嫌いだった。
お母さんに病院に連れられ、注射をするのだとわかった途端に心臓が跳ね上がる。
バクバクと暴走する心臓とともにすごーく嫌な気分で診察室で待つ。
そして、順番待ちの時間でようやく落ち着いてきたころに自分の番が来て呼ばれるのだ。
そこでは落ち着いた気分とこれから待つ痛さを拒否する身体とで妙な気分になる。
しかし、いざ注射をした瞬間、それらはただの痛みとして身体が感じるだけで、怖さやら不快感やらは抜け落ちてしまうのだ。
昔の人も同じ事を思ったんだろう。喉元すぎればなんとやら、ということわざがあるくらいに。
まあなんというか、何を言いたいかというと。
死んだ後、転生しました。
…オンナノコニ
今、四歳です。超絶美幼女!
「おりべあや、よんしゃい!」
…黒歴史を大人になってから思い出したような不快感が襲ってきました。
女に転生しました。織部彩四歳です。
死んだと思ったら赤ん坊になってました。
幸い現代に生まれ変わったようです。
戦国とか異世界とかじゃなくてよかったです。
赤ん坊のときって風景とかが変だからすごく不快でした。
ようやく物心(?)がつくころに両親を見たら超美人。
パツキン美形のお母さん。アメリカ人だそうです。
やっぱりイケメンのお父さん。将来渋いオジサマになるでしょう。
スペック高すぎです。
前世だったら妬みで心が狂いそうになるんですが、身内だととても誇らしく思えるから不思議です。
抱きついたときに有名な商社のバッチが見えました。すごいエリート。
この高スペックの両親の娘として生まれて、転生して知識がそのまま、しかも知識は大卒社会人クラスの私。
えぇ、神童扱いされてます。大学レベルの知識を維持するために少し勉強もしてます。
子供だから覚えやすいのか、それともこの身体が両親に似てハイスペッグなのか、どんどん知識が入ってきます。
超覚えやすい。
前世の受験のころに苦労したのはなんだったのだろうかと思えて少し複雑なのです。
数学とかガリガリとける。
頭の回転超早い。
お母さんがアメリカ人のせいで英語とか超ペラペラ!
バイリンガル!バイリンガル!
前世では3年間血の滲むような思いでやっと偏差値60レベルだったのに…。
お父さんのほうのお爺ちゃんがたびたび飛び級でアメリカの大学に入れようとしますが
「この子は普通に育ってほしい」
とかいってお父さんが止めてくれます。
すごい頼もしいです。
まあそんなこんなで今日は四歳の誕生日なのです。
そして前世の今際の際に思ってたことをちょうど思い出したのです。
―あぁ、もし過去に戻れたら…―
思い出したが吉日、新聞の株式欄を見てみたら前世と同じ企業がわんさか。
そして改めて思い出そうとしてみると、意外にほとんど覚えてました。
無駄知識、すごい。
まさか死んだ後にあのろくでもない妄想が役に立つ日が来るなんて…。
これで私のサクセスストーリーは始まるのです!
いやいや落ち着け、今の私だと両親からねだるしかありません。
しかし、いきなり株とかをやりたいとかいってお金をくれるでしょうか?
…えぇい!こういうのは度胸なのです。今までわがままらしいわがままを言ったことがないからもしかしたら!
「ねえ彩。お誕生日にはなにがほしいかな?また本かな?」
そんなことを考えているとタイミングよくお父さんが私に誕生日プレゼントについて聞いてきました。
「えっと…ちょっと高いものなの」
「おやめずらしい。彩ちゃんが高いものをほしがるなんて」
私の誕生日で家に来ていたお爺ちゃんお婆ちゃんたちが話しに入ってきます。
「私、株をやってみたいの」
「株?」
「勉強も面白けど、さいきん株に興味が出てきたのです」
きょとんとした表情のお父さん。
そりゃあ4歳の女の子が株をやりたいといえばそうなるでしょう。
誰だってそうなる。私だってそうなる。
やっぱりだめかなー…。
「いいよ。いくらほしいんだい?」
「やっぱりだめ――え?」
「いい、の?」
思わず私がきょとんとします。
その表情がつぼに入ったのか後ろでお爺ちゃんお婆ちゃん’sが破顔してます。
「珍しく彩がほしいって言ってきたものだからね」
「じゃあ、10万円くらい」
「わかった。じゃあ口座とかは用意するから、彩のやりたいようにやってごらん」
「ありがとうお父さん!」
思わず抱きつく私。
破顔するお父さん。駆け寄ってくるお母さん&お爺ちゃんお婆ちゃん’s
「彩、じゃあお母さんも10万円だしてあげる」
「20万円!」
「300,000!!」
何故かオークション状態になりました。
「ありがとう!きっとたくさんふやすのです!」
思ったより初期資金が集まったのです。
とりあえずお母さんには頬ずりをして、お爺ちゃんお婆ちゃん’sにはキスをしておきました。