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字面こそ怪しいが、ニセ薬は侮りがたい。処方する医師への信頼があれば、患者の苦痛は和らぎ、時には軽快する。薬に守られている安心感が心身を強くするらしい。プラセボ(偽薬)効果というそうだ▼『心の潜在力・プラシーボ効果』(広瀬弘忠著、朝日選書)は、偽薬を〈プラス思考を心の奥底に届ける配達人〉と例える。病は気からだ。治るという「約束」が期待を生み、期待を実現すべく心理と生理のメカニズムが動きだす。無論、本物あっての偽薬で、治療の主役にはなり得ない▼民間療法のホメオパシーについて、日本学術会議が「荒唐無稽(こうとうむけい)で効果なし」と断じた。信奉するあまり、通常の治療を拒む「主客転倒」の例があるためだ。医師会や薬剤師会も同調した▼ホメオパシーは、病気と似た症状を起こす毒草などの成分を限りなく薄め、砂糖玉に染ませて与える。普及団体は、成分が消えても水に「記憶」が残り、自然治癒力を引き出すと説く。がんや心の病まで治ると聞き、自然志向の女性らが利用している▼体の神秘には現代医学が及ばない領域もあろう。だが妄信は怖い。山口では、新生児に必要なビタミンの代わりに砂糖玉を与え、死なせたとして、信奉者の助産師が賠償を求められている▼プラセボの語源は、喜ばせるというラテン語だ。どう転んでも毒にはならない。砂糖玉に偽薬以上を期待するのはいいが、治療の場で演じるのは名脇役までと心得たい。主役を気取り、一人芝居で手遅れを招く。そんな「副作用」が潜むのでは、毒と呼ぶほかない。