ムネオ日記
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2010年7月31日(土)

鈴 木 宗 男

 北海道のメーカー技術者らがロシアの査証(ビザ)を取って択捉島に入り、仕事をしていたことが明らかになった。
 岡田外相は昨日の記者会見で、「事実関係を調査中だ」とした上で、「ロシアの管轄権を前提にしたとすれば、北方領土に関する我が国の立場と相いれないと」と指摘した。その上で「当該企業に厳重抗議し、事業への関与の即刻中止を求める」と述べた。(7月31日付北海道新聞2面より)
 この考えでは、旧ソ連時代、「領土問題はなし」と言われていた時の頭づくりではないか。
 ソ連が崩壊し、自由と民主のロシアになり、ロシアは「領土問題がある」と、四島の名前を挙げ、第二次世界大戦の残滓(ざんし)と言った。そして、過去の全ての諸文書、声明、会談、合意に基づき、話し合いで解決すると日ロ両国の最高首脳は約束している。
 時代が変わったのにもかかわらず、ソ連時代と同じ対応で良いのか。日本の技術力、ノウハウを北方四島でも活用し、生かすことで、島民の理解も得られるのではないか。
 ロシアは南クリル開発計画で年間100億円近くの資金を投入し、インフラ整備を進めている。日本がただ指をくわえて黙っていて、将来に繋がるのか。
 岡田外相も、空想的な頭づくりではなく、現実的な頭づくりをすべきである。
 今世界は、国境を越えて活動している。未解決の地域だからこそ、時には柔軟に、そして主張すべきは主張し、信頼関係に基づいて時代に合った対応をしなくては、日本だけが取り残されてしまう。
 改めて、外務官僚の(てのひら)に乗った外交では、明日の日本はないと考える。政治主導というのなら、何が国益か、何が日本の名誉と尊厳か、何が将来に繋がるのか、しっかり考えて的確な判断をしてほしいものである。
 朝一便で帯広に向かい、帯広市内挨拶回り。

2010年7月30日(金)

鈴 木 宗 男

 臨時国会がスタート。会期は8日間である。
 衆参両院で、菅内閣になって初めての予算委員会が来週月曜日から衆参2日間ずつ行われる予定だ。与野党どちらにとっても大事な論戦の場となる。
 参院選後初の国会であり、国民も注目していることだろう。
 参議院では、新議長に西岡武夫先生が選出された。西岡先生は昭和38年、衆議院に初当選されている。私の師匠の中川一郎先生、渡辺美智雄先生や田中六助先生、小渕恵三元総理、橋本龍太郎元総理も皆、同期である。
 この中で中川一郎先生が一番先に派閥を構え、総裁選に立候補したが、一番先に旅立たれてしまった。
 次に渡辺先生が一派を作り、総裁選にも出たが、健康を害し、亡くなられた。田中六助先生も体調不良で世を去っていった。
 橋本先生、小渕先生は、天下人にはなったが、これまた突然の病気で亡くなられてしまった。
 今健在なのは、西岡先生ただ一人である。かつて竹下登先生は、「最後まで生き残った者が勝利者だ」とよく言われていたが、西岡先生も自民党から新自由クラブ、そして自民党に戻り、また出て新進党、自由党、そして民主党と歩まれた。しかし、しっかりと政治の世界に残ってきた。
 継続は「力」を思い知らせる西岡先生の議長就任である。心からお祝い申し上げたい。
 生きていれば良いことがある、生きていれば逆転もあると、つくづく教えられる今回の参議院議長人事である。
 16時から千葉市において、日本会議千葉総会で「北方領土問題」について講演。
 19時から神奈川県横須賀市で「可視化法実現横須賀市民の会」で同じく講演。
 両会場とも、気持ちよい雰囲気で話させて戴いた。
 時の移り変わりを感じながら、政治家の歩みは人それぞれであり、重いものであるということを、改めて教えられる一日でもあった。



本日提出した質問主意書4件
bP 政府による元北朝鮮工作員の招請に関する質問主意書
bQ 千葉景子法務大臣による死刑執行に関する質問主意書
bR 首相官邸を訪れた北方領土元居住者3世らに対する菅直人内閣総理大臣の対応に関する質問主意書
bS 内閣官房機密費に係る情報の開示等についての菅直人内閣の姿勢等に関する質問主意書

※ 質問主意書の内容は下記の衆議院HPでご覧頂けます。

  衆議院ホームページ

2010年7月29日(木)

鈴 木 宗 男

 16時半から民主党両院議員総会に出席。約2時間にわたり、参議院選挙の結果について意見交換がなされた。
 総括案が示されたが、発言者の多くは否定的な考えであった。執行部擁護の意見もあったが、少なかった。
 今夜の報道番組、明日の新聞にどう扱われるか。それによって世論もまた動くことだろう。
 菅代表は続投の決意を改めて披瀝し、9月の代表選挙に臨むことを示唆された。
 政権与党として初めての国政選挙。党執行部の心の準備、心構えは十分であったかどうか。残念ながら、基礎体力不足の部分があったことは否めない。
 民主党が政権党としてどう対処するのか。予算の概算要求一つ見ても、政治主導と言いながら一律一割カット等、官僚主導で、財務官僚の(てのひら)にのったやり方である。これでは国民の理解は得られない。
 本当の意味での政治主導をしなければ、政権は離れていくことになる。
 与党の一員として、今までの経験等を少しでも活かして、国民生活を守るため、汗をかいていきたい。

2010年7月28日(水)

鈴 木 宗 男

 千葉法務大臣が二人の死刑執行に立ち会ったと発表している。
 死刑廃止論者の千葉大臣は、法務大臣就任以来、死刑執行を頑なに拒んできた。それにも関わらず、突然の死刑執行判断。この経緯を国民に是非とも説明して戴きたいものだ。いや、説明責任を果たす義務があるのではないか。

 千葉法相は執行後の会見で、死刑制度存廃を含めて議論する勉強会を設置し、東京拘置所の刑場を報道機関に公開するよう省内に指示したことを明らかにした。指揮命令を確認するためとして、東京拘置所で自ら執行に立ち会ったという。法相が立ち会ったのは初めてとみられる。

(7月28日毎日新聞夕刊1面)


 千葉大臣は、一体どういう考えで死刑執行に立ち会ったのだろうか。
 ただ指揮命令、確認をするために立ち会ったとするのなら、いかほどの意味があるというのか。この点もしっかり国民に説明して戴きたいものである。
 千葉大臣は参議院議員として、二度も取調べの可視化法案を参議院に提出し、可決させている。しかし法務大臣になったら、検察、官僚の掌に乗せられ、可視化に向けた動きは極めて遅く、鈍いものとなってしまった。
 この点でも、政治家としての信念、志に、首をかしげたものである。
 政治家が信念や勇気を失い、心がなくなったのなら、辞めるべきだというのが私の考えである。民主主義の一番大事な選挙という手続きで、国会議員から民間人になり、千葉大臣に大きな心境の変化があったのだろうか。
 是非とも説明責任を果たして戴きたい。

2010年7月27日(火)

鈴 木 宗 男

 社民党の辻元清美議員が離党し、記者会見を行っている。
 昨年政権交代し、辻元議員は連立与党の一員として内閣に入ったが、今年5月、普天間基地移設問題で社民党が連立を離脱し、国土交通副大臣を心ならずも辞めざるを得なかった。こうした事態の中で、含むことが多かったのだろう。
 8年前、辻元議員は国会で「疑惑のデパート、疑惑の総合商社」と私を批判した。しかし昨年11月18日、衆議院外務委員会で辻元議員は「私が指摘した点は裁判で出ておらず、確証がなかった点は認めざるを得ない。その様な言葉遣いをしたことを今では反省している」、「国会論戦では熱くなったり、言い過ぎたりすることがある。それが自分自身に跳ね返ってくることも理解している」と反省し、謝罪してくれた。
 また国会等でお会いしても、辻元議員は「先生にはもっと謝らなくてはいけない」と度々言ってくれた。
 今回の辻元議員の決断を私は評価したい。自分の信念に基づき、行動したのだから。
 無所属議員として活動していくとのことだが、私なりにできることがあれば協力していきたい。一皮も二皮もむけ、責任ある政治家として成長された辻元議員の今後の活躍を期待したい。
 政治の世界、色々あるものだ。政治家が信念や勇気、誇りを失ったら、政治家を辞めるべきである。
 私はいつも自分自身にこのことを言い聞かせてきた。辻元さんもそんな気持ちでの、今回の決断だったのだろう。
 一緒にやれることがあれば、やっていきたいものである。

2010年7月26日(月)

鈴 木 宗 男

 大相撲名古屋場所は、横綱白鵬関の3場所連続全勝優勝で幕を閉じた。
 優勝旗と表彰状を受け取る白鵬関は、目に涙を浮かべていた。天皇賜杯を抱けなかった悔しさが伝わってくる。
 名古屋場所を開催するのなら、表彰式は通常通り行っても国民は納得したことだろう。日本の文化、歴史の詰まった国技大相撲を軽く扱った、素人と言っても良い相撲協会の村山理事長代行はじめ関係者は、国民に対し明確な説明をしてほしいものだ。白鵬関の涙に応えるためにも。
 大相撲を支えているのは、村山理事長代行ではない。幅広い国民の声援、支持があってのものと考えるのは、一人私だけではないだろう。
 2011年度予算編成で、政府は2兆円の特別枠を設けているが、枠を作るだけでは何にもならない。効果を上げるには、全国の雇用、景気を良く把握して、生きたお金として予算付けをすることである。菅政権の真価が問われるところだ。
 17時から中曽根康弘元総理の誕生祝いに出席。5月27日が誕生日なので、少し遅いお祝いだが、中曽根先生にゆかりのある人が集まっていた。
 92歳、大勲位の威厳はいささかも衰えていない。傾聴に値する話ばかりで、歴史の数少ない生き証人の一言一言に、ただただうなずくだけであった。
 中曽根先生が最後に「今日は鈴木君が来ている。鈴木君を見ていると、活力がある。日本も捨てたものではないと感じながら、今日は私も鈴木君から活力をもらった思いだ」と話して下さる。
 昭和45年3月、拓大の卒業式で当時の中曽根総長から卒業証書を戴いたことを想い出しながら、巡り合わせ、人生の出会いに感謝するものである。

2010年7月25日(日)

鈴 木 宗 男

 金賢姫元北朝鮮工作員が23日帰国したが、その後一部メディアからは、チャーター機を使ったり、ヘリコプターで東京遊覧したり、警察車輌を使いノンストップでVIP待遇した事に批判、疑問の声が出ている。
 自民党の谷垣総裁、安倍元首相も、「金元工作員は大韓航空機爆破事件の実行犯であり、いかがなものか」旨批判している。さて国民の皆さんは、どう受け止めたであろうか。
 金工作員が日本に来たのは、やはり政治的働きがけがあって実現に至ったものだろう。中井大臣は今回の事に関し、「批判していたら日本に情報提供は誰もしてくれない」という主旨の話を記者会見で述べている。
 本当に情報、インテリジェンスの世界について分かっているかどうか、疑わしい表現である。情報の世界は極めて機微(きび)なものである。時には、静かに外に出さず粛々とやるべきもので、仰々(ぎょうぎょう)しくオープンにしてやることではない。
 (ファン)(ジャン)Y(ヨプ)氏が4月に来日された時も、いずれ金元工作員が日本に来るぞと受け止められる様な発信したこともあった。本当に拉致問題を解決することが一番の目的なら、さまざまな事に配慮してやる事が本当のインテリジェンスである。
 今回はパフォーマンスで、何か得られたものはあったのか、来てはくれたが、話題にはなったが、一番願っていた拉致問題について、全く新しい話はなかった。国民の税金を使った以上、しっかり説明責任を果たすべきでないか。
 昨日の読売新聞一面トップに「ひきこもり70万人 予備軍も155万人」と出ている。民間の調査かと思ったら、なんと内閣府の実態調査の数字である。大きな社会問題であり、政治の責任がある。
 モノ・カネ優先で心を無くし、更に自分だけ良ければという身勝手な生き方をしてきた、俺が俺がの「()」の世界で生き、お陰お陰の「()」の世界を忘れた政治家の責任を、私は何度も指摘してきた。
 この内閣府の調査を重く受け止め、対策を考えるのが国会の果たす役割である。駆け引きや人事で余計なエネルギーを使うより、与野党がともに、国民の目線、想いをしっかり受け止めて、やっていこうではないか。その姿に初めて国民は政治と向かい合ってくれるのだ。
 札幌も暑い1日だった。
 夏は暑いほうが夏らしくて良い。冬は寒くて冬なのである。自然の摂理を有難いと思って今日も汗を拭いた。

2010年7月24日(土)

鈴 木 宗 男

 朝6時55分(日本時間7時55分)ウランバートル発で帰国。
 帰ってきたら、野中広務先生から留守番電話が入っていた。私がモンゴルに行っていた21日に、TBS(東京放送)の番組で放送された官房機密費に関わる私の発言についてであった。
 早速夕刻、野中先生にお電話をする。野中先生は、私のインタビュー中に野中先生の写真が背後に写されたことについて、「自分が指示している様な印象を持たれた」と、気になされていた。私は映像をまだ観ていないので、確認してみたい。
 私は根も葉もない話をした訳ではない。関係者から直接聞いた話をしただけである。
 私の思いは、国民の税金である官房機密費の使われ方について、これで良いのかどうか、国民に判断してもらえればという点にある。
 民主主義を守るためにも、私は国民に対する情報の開示、情報の透明性確保をこれからもしっかり図って参りたい。
 権力側にいた時、間違った判断があったとするなら、国民に反省とお詫びの気持ちで接していく。謝ることは何も恥ずかしくない。ウソをつき、ごまかしをする方が恥ずかしいと私は考える。
 政治家には色んな巡り合わせがあるが、私は国民の目線、思いを大事にしていく。いずれ時間が解決することだろう。
 あらためて、正直者が馬鹿を見ない世の中、社会にしなくてはいけないと考える。
 ウランバートルでタイのタクシン元首相と会ったことが一部で報道されたことを、昨日23日のムネオ日記で触れたが、会ったことは事実である。私の宿泊するホテルにタクシン元首相がおられた。
 モンゴル政府はタクシン元首相の入国を認めており、車も出し、警察車輌もついていた。タクシン元首相からは、タイの現状、ご自身の考えを披瀝(ひれき)された。
 政治家というのは、時に権力闘争に巻き込まれる。私も国策捜査に()った者として、権力の怖さは良く知っているので、様々な意見、声に耳を傾けることは当然である。私なりにタイの動きをよく見ていきたい。
 何よりも、日本人の尊い命がタイで奪われている。政権側の武装警官が撃ったと報道もされている。
 私は質問主意書で、一日も早い原因究明について2回ほど質しているが、「まだ調査中である」との回答で、明確な答えは得られていない。
 この様なタイ政府の姿勢に、私は憤りを感じている。亡くなられた村本博之さんのためにも、私は私なりの動きをしていきたい。

2010年7月23日(金)

鈴 木 宗 男

 8時から、モンゴルで頑張っている北海道出身の方々と懇談。JICA(国際協力機構)の皆さんや、旭川市役所からお見えになっている方、或いは日本語教育専門家、JOCB(青年海外協力隊)隊員の皆さんと、朝食を摂りながら懇談する。
 モンゴルと日本のために、こういった方々が大きな役割を果たしていることを忘れてはいけない。
 9時にホテルをスタートし、午前中ウランバートル近郊の文化施設を視察する。今モンゴルは観光振興に力を入れており、13世紀の村、チンギスハーン記念館、13世紀のゲル等の文化施設を視察する。チンギスハーンのすごさやモンゴルの歴史を学ぶことができた。
 午後からモンゴル北海道交流支援協会の会合に出席。
 16時半からモンゴル国会のデンベレル議長と会談。日本とモンゴルの関係が、創造的パートナーシップの下に順調に発展していることを確認し合いながら、更に議員交流等を深めていくことを約束する。
 夜は19時から外交・貿易省主催の夕食会に出席する。
 一部報道に、私とタクシン・タイ国元首相がウランバートルで会談したことがニュースになっているが、偶然の遭遇である。推測、憶測を呼ぶ様な話ではない。この点、また改めて説明したいと考えている。

2010年7月22日(木)

鈴 木 宗 男

 朝8時過ぎにホテルを出発し、9時日本人抑留中死亡者慰霊碑に献花する。
 10時半からZ・エンフボルド安全保障・外交政策委員長と会談し、11時半バトボルド首相を表敬訪問する。
 12時から、元大相撲小結、現在はモンゴルの国会議員として活躍されている旭鷲山さんとお会いする。
 13時から国民勇気党党首のオヨーン議員主催の昼食会。
 14時半からガンホヤグ・モンゴル日本議連会長と会談。16時からモンゴル民主化20周年記念式典コンサートに出席。
 夜は19時からZ・エンフボルド安全保障・外交政策委員長主催の夕食会に出席。
 首相とお会いした際も各会合でも、「モンゴルの民主化、市場経済化に鈴木先生は大きな尽力をして戴いた」と皆さんが言って下さる。地方では、「かつては電気を見れば『鈴木の電気』と言われていた」とも話してくれた。ありがたい限りで、モンゴルの人情を感じたものである。
 モンゴルとのご縁は、振り返れば平成2年12月、外務政務次官に就任してからとなる。「これも巡り合わせ」と、心から感謝するものである。

2010年7月21日(水)

鈴 木 宗 男

 金賢姫元北朝鮮工作員が昨日来日して以来、テレビのワイドショーはじめメディアは大きな扱いをしている。拉致被害者家族の皆さんとも面会しているが、新情報はなしとの報道である。
 機微な問題であり、金賢姫さんの立場も考える時、もっと静かな環境にしてあげるのが人の道ではないかと思いながらも、過熱な報道をする熱心なテレビリポーターにただただ脱帽(だつぼう)である。
 興味本位ではなく、真に拉致問題解決に向けて何が最善の方策かを考えて報道して戴きたいものである。何も「我先に」と急ぐ話ではないと思うのだが。冷静に正しい報道をして戴きたいと、心から願ってやまない。
 今日から新議員会館で本格的に仕事がスタートする。私の部屋は最上階の一番端で見晴らしが良く、事務室も広く、もったいない限りだ。
 「この部屋に合った仕事をしないと国民に申し訳ない」と、自分に言い聞かせるものである。
 松山千春さんが、「宗男さんぐらい全ての国会議員が働いたら、日本はもっと良くなった」とコンサートでも色々な会合の場でもよく言ってくれたが、この言葉を私は肝に銘じ、頑張っていく。
 新議員会館で心機一転の気持ちで、民主的手続きにより国民から選ばれた国会議員として、私は人一倍汗をかいていく所存である。
 13時30分成田発でウランバートルに向かい、18時40分予定どおり到着。
 11年ぶりのウランバートルは、車の渋滞で歓迎してくれた。

2010年7月20日(火)

鈴 木 宗 男

 札幌市内挨拶まわり。
 16時から新党大地副代表町川順子さんが役員を務めている北海道倫理法人会設立25周年記念式典に出席し挨拶の機会を得る。
 朝6時、6時半からのモーニングセミナーで会員相互の人間関係の輪を拡げているが、私も全国何ケ所か講師として招かれたが今、日本人に欠けている道義、節度、心を訴える。教えられる事多い組織である。益々のご発展を祈念してやまない。
 18時半から大地塾7月例会。参議院選挙の総括と現下の政治状況について私の考えを話す。
 今でこそ各党、衆・参国会議員の定数削減を言っているが、新党大地鈴木宗男はいち早く国会議員や国家公務員の特権・優遇措置の廃止を訴えて来た。
 平成16年の参議院選挙では議員年金の廃止を訴え、平成18年1月には廃止法案が成立した。
 平成17年の新党大地立ち上げでは、政党助成金の廃止を公約にした。平成19年の参議院選挙では、参議院を定数242人から人口100万人で1人の125人に削減すべきと訴えた。
 昨年の総選挙では、定数300の小選挙区を200にし、衆議院議員100人削減を訴えてきた。
 財政再建の目途がつくまで、国会議員のボーナス全額返上、国家公務員のボーナス4.5ヶ月を半分の2.25ヶ月にカットも言ってきた。
 今年選挙の直前になり、特にみんなの党が国会議員の定数、公務員の特権廃止に注文をつけているが、そもそもの元祖は新党大地鈴木宗男だと時系列的に話させて戴く。関係者納得である。
 明日から、モンゴル国を訪問することになった。複数政党制自由選挙実施20周年記念式典に招かれ、22日、バトボルド首相、23日にはエルベグドルジ大統領を表敬、会談する予定である。
 モンゴルは、副官房長官として小渕首相に同行して以来11年振りの訪問になる。
 ベルリンの壁がなくなり、冷戦構造が崩れ、ソ連邦から一番先に民主化の道を歩んだのがモンゴルである。ソ連から離れたモンゴルは大変厳しい経済社会状況にあった。
 その時私は平成2年12月に外務政務次官に就任した。私はそのモンゴルに小麦、米、でんぷん、粉ミルク,砂糖、各5トンを4年にわたり計5回、人道支援した。多くの政治家がモンゴルとの関係を築いてきたが、私はそのファーストランナーだと自負している。
 1991年の海部首相のモンゴル訪問、そして1999年の小渕首相の訪問等、私なりの役割を果たしたものである。11年振り変化した、発展したモンゴルを見ることを楽しみにしたい。

2010年7月19日(月)

鈴 木 宗 男

 朝日新聞が昨日の一面トップで「4生保、政界62人接待 不払い問題発覚後」と大きく出ていたが、今日も朝日新聞は一面トップで「7公益法人が政治活動 政治団体に自動入会 会費一体化し献金に」と大きく報じている。一部記事を掲載させて戴く。

 厚生労働省所管の7公益法人やその地方組織の会員が、本人の意思のあいまいなまま系列の政治団体に入会させられ、納めた会費の一部が特定の政党や政治家に献金などとして流れていたことが朝日新聞の調べで分かった。公共の利益のための活動を目的とする公益法人が実質、政治活動をしていたことになり、厚労省は「公益法人としては不適切な行為だ」と指摘、政治団体と明確に区別するよう改善を求めている。

(7月19日付朝日新聞朝刊1面)


公益法人と政治活動

 公益法人は税法上の優遇を受けており、後援会など特定個人の支援を目的とするような活動は不適当とされている。04年の日本歯科医師連盟のヤミ献金事件などを受け、厚生労働省は「政治団体と峻別(しゅんべつ)しなければならない」との見解を示した。最高裁は96年、強制加入の税理士会による政治献金をめぐって争われた「南九州税理士会政治献金訴訟」で献金のための会費徴収は会員の思想信条を害するとの判断を示した。

(7月19日付朝日新聞朝刊1面)


■ 7公益法人の系列政治団体と資金提供額
(08年の判明分、政治資金収支報告書から)
公益法人  (系列の政治団体)政治団体の会員数政党・政治家側への提供額
(上が自民、下が民主)
日本薬剤師会
(日本薬剤師連盟)
99770人 2億4873万円
   746万円
日本栄養士会
(日本栄養士連盟)
59867人    50万円
日本柔道整復師会
(日本柔道整復師連盟)
16372人    944万円
日本歯科衛生士会
(日本歯科衛生士連盟)
15096人
全日本鍼灸マッサージ師会
(全日本鍼灸マッサージ師政治連盟)
12636人     50万円
全日本医薬品登録販売者協会
(全日本薬種商政治連盟)
9627人    596万円
    10万円
日本鍼灸師会
(日本鍼灸師連盟)
6172人    170万円

(7月19日付朝日新聞朝刊1面)


 これら団体だけでなく、農業協同組合、漁業協同組合は組合法で、商工会議所、商工会は公益法人、建設協会は社団法人で本来政治活動は出来ない事になっているが、政治連盟を作りそれを隠れ蓑(かくれみの)に政治活動している。
 自民党政権時代の負の遺産である。こうした如何(いかが)わしいやり方にきちんとメスを入れるのも政権与党の役割であり、政権交代した(あかし)につながる。
 朝日新聞さんの貴重な指摘に政権与党はしっかり取り組み、国民の前に明らかにする必要があるのではないか。
 一日中札幌事務所、札幌市内で仕事。
 参議院選挙から1週間過ぎたが、永田町はまさにこれからが真夏の闘いである。菅首相がどんな手をうってくるのか。
 本来、首相の手足となって動くべき仙谷官房長官、枝野民主党幹事長の顔が見えてこない。知恵の出し方、()かし方が勝負どころであるのに、司令塔、参謀がどこにいるのか伝わってこない。
 ここはまだ余裕があると受け止めるべきか、出たとこ勝負でいくのか判りづらい所である。
 いかなる状況でも天は落ちて来ないと私は楽観論者だが、しかし裏を返せば厳しい参議院の状況であることに変わりはなく、やはり政界一寸先は闇という先人の言葉を頭に入れておく必要がある。

2010年7月18日(日)

鈴 木 宗 男

 朝日新聞1面トップに「4生保、政界62人接待 不払い問題発覚後 第一生命1000万円分購入も」という大見出し記事が出ている。

 生命保険大手6社が、保険金不払い問題発覚後の2006年〜10年に自民、民主両党の国会議員ら計62人の飲食接待費として計約650万円を支出したり、第一生命が07年度に国会議員44人側のパーティー券を計1千万円以上購入したりしていたことが分かった。生保側がこの時期、金融庁の行政処分での有利な取り扱いを議員に働きかけた疑いも判明。生保業界の政界工作疑惑が浮かび上がった。
(7月18日付朝日新聞朝刊1面)

 27面には「4生保、政界工作連携 国会議員に直訴□接待費は分担」と出ている。

保険金不払い問題

 生保業界では2005年2月、明治安田生命で不適切な不払いが大量に発見。その後各社の調査で相次いで不払いが見つかり、問題が拡大した。金融庁は07年2月、生保全38社に対し、05年度まで5年間分の調査と報告を命令。08年7月に10社が業務改善命令の行政処分を受けた。
 計1千億円超の不払い報告額の多くは請求があれば支払えるのに案内しなかった「請求案内漏れ」。「請求がなければ支払わない」という業界の請求主義が批判の対象となった。


保険金不払い問題をめぐる動き

05年 2月明治安田生命で保険金不払いが発覚。金融庁が同社に業務停止命令
10月明治安田生命に金融庁が2度目の業務停止命令
11月金融庁、自動車保険などの支払い漏れで損保26社に業務改善命令
06年 7月第一生命が生命保険協会の会長会社になる(〜07年7月)
07年 2月金融庁、国内の全生保38社に05年度までの5年間の不払い調査を指示
 3月金融庁、第3分野商品での不払いで損保10社に業務改善命令(一部は業務停止)
 4月13日 生保各社が計280億円相当の請求案内漏れなどの調査結果を発表
16日 第一生命役員らが山本明彦衆院議員(当時)と面会。行政処分へ否定的立場を取ることを依頼 =@
 5月衆院財務金融委員会で生保・損保両協会長の参考人質疑
12月衆院財務金融委員会で生保・損保両協会長に対し2度目の参考人質疑
08年 3月第一生命役員らが山本氏と面会し、行政処分の必要性がないことを訴える =A
 7月金融庁、支払い漏れや請求案内漏れで生保10社に業務改善命令

[第一生命役員らと国会議員との面会は生保側内部資料などによる]


■ 第一生命がパーティー券購入時、大臣在任や財金委所属の議員
(敬称略)
尾身 幸次財務相だった時期を含め、計6回で108万円
大野 功統衆院財金委員・同理事当時、計3回で40万円
林  芳正参院財金委員の時期を含め、計2回で40万円
峰崎 直樹参院財金委員長だった時期を含め、計2回で26万円
小沢 鋭仁衆院財金委員当時、計2回で24万円
宮下 一郎衆院財金委員当時、1回で12万円

(主催は資金管理団体や、後援会、派閥など)

(7月18日付朝日新聞27面)


 不払い問題が出てきてから、国会議員にいろんな手でアプローチするやり方を、国民は公平・公正と受け止めるだろうか。
 よく、小沢一郎先生に説明責任を果たせと言っている議員の名前も今日の新聞には出ているが、先ずは「(かい)より(はじ)めよ」で名前の出た政治家は自らしっかり国民に説明責任を果たすべきである。
 よく、正確でない西松建設やゼネコンの献金額が報じられるが、それとはケタ違いの1000億を超える保険金不払い問題である。事の重大性に国民は関心を持って戴きたい。
 讀賣新聞3面スキャナーに「民主大敗 くすぶる責任論、菅代表選挙に壁、小沢氏側主戦論強まる」という大見出し記事に目が留まる。何かと小沢さんの名前が出るが、それだけ存在感がある証拠なのだろう。
 私の見立ては小沢さんは自然体だ。菅さんの出方をじっと見ているだろう。小沢さんから仕掛ける事はないと思う。
 選挙結果をふまえると、今のままでは参議院はたちゆかなくなる。
 当然、問責決議案を野党は出してくるだろうし、議運委員長はじめ参議院国会人事も野党ペースになる。そうした動きに菅首相がどう知恵を使ってくるのか、どんな手が打てるのか、そうした流れをよく見極めてから、小沢さんは頭作りをするものと私は見る。
 小沢さんとしては何も相談もないことに余計な世話を焼くのは失礼だろうと思っているだろう。しばらく静かにしていれと言われたのでその言葉に従っている。今はしっかり充電をしてそれから天下国家の話になるだろう。時が解決していくしかない。
 菅首相サイドに戦略、戦術、絵をかけるプレイヤーがいるかどうかにかかっていると私は見ている。最後は菅首相の判断ではないか。

2010年7月17日(土)

鈴 木 宗 男

 昨日に引き続き、議員会館の書類整理。夕方までにきれいにすることができた。今日で終わりなので、25年間お世話になった部屋に心から感謝してやまない。
 お陰様で初当選から同じ部屋で通すことができた。平成15年10月の選挙の時は、胃ガンのため出馬を断念し、手術を優先した。平成17年9月11日にカムバックするまで、1年10カ月の空白があったが、部屋は待っていてくれ、そのまま224号室を使えることになった。
 波瀾万丈の私の政治生活を支えてくれ、政治家としての行動を見てくれていた事務所である。「何か私に伝えることがあるのではないか」と、後ろ髪を引かれる様な引っ越しである。
 改めて、「第一議員会館224号室、ありがとう」と、心から感謝して部屋を辞する。
 土曜日、東京にいるのは珍しいことだが、午後から今の政治状況について意見交換をする機会があった。
 選挙が終わって一週間、一息ついたところで様々な人の考え、意見を聞かなくてはいけない。
 今日伺ったお話はとても貴重で参考になるものだった。政治もまた生き物である。




「第一議員会館で最後の執務@」



「第一議員会館で最後の執務A」



「第一議員会館最終日 ムネオ日記を書く」

2010年7月16日(金)

鈴 木 宗 男

 昨夜19時から21時まで、TBS(東京放送)の生放送「ニッポンが崩壊する!緊急生放送スペシャル みのもんたvs国会議員ずばッとコロシアムZ」に出演したが、番組の中でビデオが流れ、大変教えられること大であった。
 長野県で認知症のお母さんのお世話する海江田さんが食料品を買い、消費税58円を納める時、消費税が10%になれば116円取られる。「58円更に多く取られると生活が大変だ」と深刻なお顔で話をされていた。
 58円の重みを、我々政治家はしっかり受け止めなくてはいけない。みのもんたさんが「どうか国会議員の皆さん、この声を是非ともわかって下さい」と話されていたが、みのさんに同感である。
 また、青森県深浦町で僻地(へきち)医療に取り組む柳善佑(ぜんすけ)先生は、かつて関西の大病院の部長をしていたが、何の縁もない青森でお年寄りに「神様」と呼ばれている。そのお姿に、目頭が熱くなった。
 みのもんたさんが最後に心を込めて、厳しい生活をしながら一所懸命頑張っている人に、努力している人に対する思いを語っていたが、みのさんの言葉にも、胸に迫るものがあった。
 番組に出演させて戴き、世の中立派に親孝行している人、地域社会に貢献している人の尊さを知り、その姿に感激しながら、政治家がもっともっと働かなくてはと、つくづく思ったものである。
 改めて、みのもんたさんの熱いメッセージを胸に刻んで、頑張って参りたい。
 新しい議員会館に移るため、部屋の整理を一日する。
 昭和58年12月26日から今日まで使わせて戴いた第一議員会館224号室である。色んな想い出の詰まった部屋である。心から感謝しながら、片づけをさせて戴いた。
 私の部屋の引っ越しは19日である。

2010年7月15日(木)

鈴 木 宗 男

 中国の成長率が10.3%と3期二桁成長が続いている。
 日本と比較すると、うらやましく凄いことである。北京オリンピックが終わると、景気の伸びを心配する声があったが、なんのそのである。中国のたくましさ、力強さに、ただただ時の移り変わりを感じるのは、私だけではないだろう。中国の堅調な成長率に、日本も学ぶところがあるのではないか。
 参議院選挙の最中も、全国どこに行っても景気回復、雇用確保の声が一番で、次いで福祉、社会保障だった。いわんや、消費税アップについての話はノーであった。
 国民の生の声、現場の声をしっかり受け止め、現実的対応をしていかないと日本がダメになってしまう。
 小泉政権以後、国民が勝ち組、負け組と分けられ、都会と地方の格差が拡がりすぎ、国民はやる気を失ってしまった。
 ここは政治の責任において、今一度日本人の財産であった勤勉性を取り戻す政策を展開しなくてはいけない。まさに政権与党の果たすべき役割である。
 民主党小沢前幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入に関する事件のうち、2007年の政治資金収支報告書を審査していた東京第1検察審査会が、今日、小沢前幹事長について「不起訴不当」とする議決を公表した。
 検察審査会は、有権者の中から11人がくじで選ばれて審査員となり、不起訴とされた刑事事件について、その判断が妥当か否かを判断する。11人中6人以上8人未満が「不起訴は妥当ではなく、更に捜査すべき」と判断すれば、「不起訴不当」となる。11人中8人以上が「起訴すべき」と判断すると、「起訴相当」となる。
 段々と世論が落ち着き、冷静な判断の方向に行っている証左であろう。国民も納得できる流れではないか。今後とも冷静かつ公正、公平、賢明な方向に動いていくことを願ってやまない。
 夜19時からTBS「ニッポンが崩壊する! 緊急生放送みのもんたVS国会議員ずばッとコロシアムZ」に生出演する。

2010年7月14日(水)

鈴 木 宗 男

 小泉政権で「改革」の旗振りをした竹中平蔵氏のブレーンとして名の通っていた木村剛氏が、日本振興銀行の捜査妨害事件で逮捕されたと、各紙夕刊に出ている。
 竹中氏がもてはやされた小泉政権は、日本に何を残したか。その当時、マスコミの寵児(ちょうじ)となっていた人がこの様な事態になるとは、世の中わからないものである。これも、狙われれば仕方ないことである。
 同時に、小泉政権時代、「改革」をプレアップしていた一部メディアの責任もあるのではないか。「改革」という言葉に酔わされた国民が、今不幸な目に()っている。
 しっかりした指導者かどうか、国民もそれなりの目を養い、見極めなければ、自分の身に降りかかってくるものと、つくづく思うものである。
 中国大使になる丹羽宇一郎さんと、ギリシャ大使になる戸田博史さんが今日挨拶に来られた。二人とも民間からの大使起用だが、戸田さんは私の通っているスポーツジムの役員の方と懇意にされていると聞き、人間関係の妙を感じた。
 丹羽中国大使の話を聞くと、外務省は丹羽大使に正しい情報を上げず、きちんとした説明をしていない様に思えた。外務官僚は、何でも全て経費の節約、削減が必要であるかの様な話を丹羽大使にしているそうだが、私は、必要な経費は使い、国益に適う出費はドンドンした方が良いとお話した。
 私は、外務省在外職員に対して法外な在外勤務手当が支払われていることや、本来外交に使うべきお金を蓄財に回す者がいることなど、国民の税金が無駄に使われていることを指摘してきたのだ。
 自分達のやっていることを隠し、正しいことを民間出身の大使に話さないのはフェアではない。フェアな気持ちなくして良い外交はできない。
 丹羽大使から色々お話を聞きながら、一部心ない外務官僚に、良い外交ができるのかと、ただただ心配になったものである。

2010年7月13日(火)

鈴 木 宗 男

 民主党は昨日の役員会で、執行部の続投を決めた。これに対し、マスコミ、世論には厳しい意見が多い。
 「選挙結果が出た以上、選挙責任者はそれなりの責任を取るべきではないか」という論調である。その考え方も一つだ。
 同時に、菅首相は代表戦のある9月末まで続投と限定しているので、「責任論については9月末には解決しますよ」と言っているものと受け止めて良いだろう。
 民主党内で綱引きが始まっているやのメディアの報じ方だが、興味本位で世論を(あお)るやり方は、公平、公正ではない。冷静に真実だけを国民に知らせて戴ければ良いのだ。
 民主党が今、内輪の戦いにエネルギーを使う余裕はないはずだ。ここは“フォア・ザ・チーム”に徹し、昨年8月の政権交代という歴史的事実を踏まえ、国益、国民本位の政治を行うためにも、挙党態勢が必要である。
 好き、嫌いの判断ではなく、いかにこの難局、特に衆参ねじれの国会にどう対処するのか、またそのために誰の知恵、経験が必要であるのか、大局観に基づく戦術、戦略を持った判断が求められているのだ。この点をしっかり踏まえることが大事である。
 あわせて、少し緊張感のある政治状況の方が、お互い良い意味での切磋琢磨(せっさたくま)に繋がり、そのことがプラスに作用すれば良いのである。

2010年7月12日(月)

鈴 木 宗 男

 第22回参議院選挙は、民主党の惨敗という結果になった。
 選挙中の唐突(とうとつ)な消費税発言により、国民は菅直人首相を「くさかんむり」のとれた“官”直人首相と受け止めた。
 市民活動からスタートし、3度、国政選挙での落選を乗り越えて今日(こんにち)ある叩き上げの菅首相が、官僚の手の平にのった“官”首相になっては、国民はガッカリである。
 鳩山前首相も、普天間問題で官僚のつくった案に乗り、辞任に追い込まれた。菅首相も財務官僚によって大変な痛手を受けた。官僚政治打破を訴えてきた鳩山前首相、菅首相だが、官僚にやられてしまった。
 逆に、徹底的に官僚を叩いた「みんなの党」は躍進した。とてもわかりやすい結果である。
 北海道はお陰様で、新党大地が強力に応援した民主党徳永エリさんが堂々たる当選である。新党大地・鈴木宗男として、それなりの役割を果たせたことに大満足である。
 全国比例代表では、八代英太さんの当選を目指して頑張ったが、残念ながら次点である。八代さんに申し訳ない気持ちで一杯だ。
 新党大地・鈴木宗男は、弱い者、弱い立場に置かれている人の味方である。バッヂがつかなくとも、八代さんには今後社会保障、福祉政策の充実のため、知恵をお借りしたいと思う。
 それにしても、全国比例代表の開票について北海道選管の対応はなっていない。各市町村の開票は終わっているのに、それを公表しない。まさに役人仕事である。
 各市町村の選管が責任を持って開票を終えているのに、それをすぐ公表させない北海道選管の対応は、官僚仕事そのものである。
 北海道選挙管理委員長も、元北海道議会議員からの天下りである。こうした人事が官僚、役人任せとなり、国民不在のやり方となる。
 自民党政権時代の悪しき慣例が今も続いていることは、不幸なことである。自民党政権55年のアカ、ツケの払拭には、それなりの時間がかかるとつくづく思い知らされる。IT・情報化時代に何ということかと、腹立たしい限りであった。
 「日本も二大政党制になるのか?」という話が良く出るが、日本の2000年以上の歴史や地域性、文化から言って、二大政党に収れんすることはない。今回も公明党は現状を維持し、みんなの党は第3極を訴え、それなりの支持を得ている。共産党、社民党も議席を守っている。
 多様な歴史、文化を誇る日本には、二大政党制はなじまない。このことをよく考えていかなくてはならない。
 それにしても、菅首相の不用意な発言により、全く違った結果となってしまった。選挙の実務責任者は幹事長である。司令塔としての枝野幹事長に対して「小沢幹事長が指揮していれば、逆の結果になったのではないか」という声もあると、多くの人から聞かされる。
 選挙とは難しいものである。同時に、結果責任があることを、司司の人は心すべきである。

2010年7月11日(日)

鈴 木 宗 男

 参議院選挙投票日、北海道内は薄日和の天気で、まさに選挙にはうってつけである。
 新聞には主要9党の党首の遊説距離が掲載されている。

●参院選2010 党首走った 地球3周 トップは谷垣総裁 首相は2位

 参院選は10日、17日間の選挙戦の幕を閉じた。
 読売新聞が集計したところ、主要9党の党首の遊説距離は計約12万7000キロに及び、地球3周分を超えた。トップは自民党の谷垣総裁で、約2万1400キロを移動した。菅首相(民主党代表)は1万5600キロで2番目だった。

党 首距 離
 菅首相(民主党代表) 1万5600q(22)
 谷垣総裁(自民) 2万1400q(30)
 山口代表(公明) 9800q(14)
 志位委員長(共産) 1万2500q(15)
 亀井代表(国民) 1万5100q(14)
 舛添代表(改革) 1万1500q(13)
 福島党首(社民) 1万5300q(16)
 平沼代表(たち日本) 1万3200q(13)
 渡辺代表(みんな) 1万3200q(23)

(7月11日読売新聞4面より、カッコ内は訪問した都道府県数)

 今回の参院選で、私は約1万9410qを回った。各党党首に引けを取らない、いや、上回る距離を回ったことになる。私なりの発信をできたことはありがたい限りである。
 いよいよ開票が始まるが、どんな結果になるのか。色々情報が入ってくるが、まだ開票は始まってもいない。特に全国比例は、二日がかりで日を越す。選挙結果については明日のムネオ日記に掲載させて戴くので、ご理解を戴きたい。
 「政府 1円から国の支出公開へ」という見出しの記事に目がとまる。

●政府 1円から国の支出公開へ

 政府は、国の予算支出を1円以上からホームページ上で全面公開する方向で検討に入った。
 1件当たり250万円を超える補助金と契約については昨年から、支出額が多い上位100団体の支出先を公表している。全面公開により予算執行と決算の透明性をさらに高めたい考えだ。
 政府の行政刷新会議が国家公務員などから募集した「職員の声」で寄せられた提案を採用した。
 提案は、全府省が使用している国の会計システムを利用して全支出の一覧表を作り、ホームページに掲載したらどうかというもので、外部の監視などが容易となり、職員側も自発的に経費削減に努めるようになる効果が見込めるという。
(7月11日読売新聞4面)

 記事にはこの様に出ているが、まずは内閣官房機密費の公開をすることが一番ではないのか。国民の税金、しかも「億」単位のお金をどの様につかっているのかを明らかにすることが、国民の理解を得られるもとである。
 民主党は野党の時、機密費の公開を求め、鳩山前首相は勇気を持って公の場で公開を明言した。しかし、当時の平野官房長官が潰してしまった経緯もある。
 かつて主張していたことを一つ一つ実行していくことが、これから民主党が国民の支持、理解を得られる道だと思うのだが。

2010年7月10日(土)

鈴 木 宗 男

 参議院選挙、最終日。7時20分発で青森へ。東京は晴れだったが、青森は雨である。雨の中、私なりに精一杯、波多野(はたの)里奈(りな)候補の遊説車に同乗し声を出す。ここも大激戦で何とか追い越したいと後ろ髪を引かれる思いで青森空港に向かい、千歳に行く。
 北海道も天気予報は雨だったが、私の着いた時は晴れており、ほっとする。
 14時半から八代英太遊説車に乗り込み最後のお願い。札幌市内、札幌ドームでトータル5万人近い人に声をかける事が出来た。
 19時10分から、北海道選挙区「徳永エリ」、全国比例区「八代英太」合同でのすすきの街頭大演説会。松山千春さんも駆けつけてくれる。
 20時、事務所前で打ち上げ。事故も無く無事に終わった事が一番である。
 今次選挙で私は、1都(東京都)1道(北海道)2府(大阪府・京都府)10県(青森県・神奈川県・岐阜県・愛知県・福井県・奈良県・兵庫県・鳥取県・香川県・鹿児島県)を回った。飛行機、列車、車の移動は、19,410kmにもなった。私なりに、精一杯やれたと満足している。後は、明日良い結果を待つのみである。
 北海道選挙区は、徳永エリ。全国比例区は、八代英太と明日投票箱が閉まるまで、手を抜くことなく、事務所をあげて頑張って行く。
 参考までに、私の選挙中の動きを、読者の皆さんにお知らせしたい。

・ 6月24日(木)
 午前中札幌で徳永エリ候補応援。午後から東京で八代英太候補の応援。
 ○ 札幌市内→千歳…約45q
 ○ ANA64千歳13:30→羽田15:05…約821q
 ○ 羽田空港→八代事務所(北区王子)…約30q
 ○ ADO25羽田19:55→千歳21:30…約821q
 飛行機搭乗回数…2回
 移動総距離…約1717q

・ 25日(金)
 北海道石狩管内、空知管内、上川管内で八代英太候補の応援。
 ○ 石狩管内→札幌市内→空知管内→上川管内(旭川市)…約207q
 ○ 旭川市→札幌市…約130q
 飛行機搭乗回数…0回
 移動総距離…約337q

・ 26日(土)
 札幌市で八代英太候補の応援。
 ○ 札幌市内→千歳駐屯地→札幌市内…約90q
 ○ 札幌市内遊説…約45q
 ○ 札幌市内→千歳空港…約45q
 ○ SKY726千歳19:25→羽田21:00…約821q
 ○ ANA3829羽田21:45→関空22:55…約451q
 飛行機搭乗回数…2回
 移動総距離…約1452q

・ 27日(日)
 奈良で奈良県選挙区の前川清成候補、全国比例代表の松岡徹候補、京都で河上満栄候補、大阪で岡部まり候補、熊田篤嗣代議士の関係で尾立源幸候補の応援。
 ○ ホテル日航関西空港→奈良市…約58q
 ○ 奈良市→京都市…約38q
 ○ 京都市→大阪市…約44q
 ○ 大阪市内→関空…約36q
 ○ ANA148関西19:45→羽田21:00…約451q
 飛行機搭乗回数…1回
 移動総距離…約627q

・ 28日(月)
 札幌で選挙活動。
 ○ ANA61羽田11:00→千歳12:35…約821q
 ○ 千歳→札幌市内…約45q
 ○ 札幌市内→南区定山渓→札幌市内…約80q
 ○ 札幌市内→千歳空港…約45q
 ○ ANA4728千歳2120→羽田22:55…約821q
 飛行機搭乗回数…2回
 移動総距離…約1812q

・ 29日(火)
 横浜市、相模原市で八代英太候補の応援。
 ○ 都内→横浜市…約30q
 ○ 横浜市→相模原市…約20q
 ○ 相模原市→都内…約35q
 飛行機搭乗回数…0回
 移動総距離…約85q

・ 30日(水)
 福井でいのべ航太候補の応援。
 ○ JAL1279羽田14:30→小松15:30…約340q
 ○ 小松空港→鯖江市内…約60q
 飛行機搭乗回数…1回
 移動総距離…約400q

・ 7月1日(木)
 鹿児島で柿内弘一郎候補の応援。
 ○ JAL1270小松8:00→羽田9:05…約340q
 ○ ANA3777羽田15:20→鹿児島17:10…約967q
 ○ 鹿児島空港→サンロイヤルホテル…約50q
 飛行機搭乗回数…2回
 移動総距離…約1357q

・ 2日(金)
 岐阜で小宮山幸治候補の応援。
 ○ ANA352鹿児島8:05→中部国際9:20…約661q
 ○ 中部国際空港→可児市(街頭演説)…約67q
 ○ 可児市→岐阜市(グランドホテルで個人演説会)…約26q
 ○ 岐阜市→可児市(児童センターで個人演説会)…約27q
 ○ 可児市→岐阜市(宿泊)…約27q
 飛行機搭乗回数…1回
 移動総距離…約808q

・ 3日(土)
 午前中岐阜で山下八洲夫候補、その後名古屋で斎藤嘉隆候補の応援。
 ○ 岐阜グランドホテル→山下八洲夫大垣事務所→大垣…約22q
 ○ 大垣・安八・海津・岐阜羽島遊説→岐阜羽島駅…約21q
 ○ ひかり514岐阜羽島12:00→名古屋12:21…約14q
 ○ 名古屋市遊説…約20q
 ○ 名古屋市→中部国際空港…約50q
 ○ JAL3117中部国際空港20:15→千歳22:00…約988q
 飛行機搭乗回数…1回
 移動総距離…約1115q

・ 4日(日)
 東京で八代英太候補の応援。
 ○ 札幌市内→石狩市浜益区送毛…約60q
 ○ 送毛→千歳…約110q
 ○ JAL516千歳13:00→羽田14:30…約821q
 ○ 銀座練り歩き・遊説…約2q
 ○ JAL549羽田20:30→千歳22:05…約821q
 ○ 千歳→札幌市内…約45q
 飛行機搭乗回数…2回
 移動総距離…約1859q

・ 5日(月)
 江別市大麻、十勝管内、帯広市で徳永エリ候補の応援。
 ○ 札幌市内→江別市大麻…約18q
 ○ 江別市大麻→札幌駅…約18q
 ○ JR特急スーパーとかち3号札幌駅→清水駅…約186q
 ○ 清水駅→新得→屈足→鹿追→上士幌→士幌→音更本町→音更木野→芽室→帯広→大誉地…約234q
 飛行機搭乗回数…0回
 移動総距離…約456q

・ 6日(火)
 十勝管内で徳永エリ候補の応援、その後香川で岡内須美子候補の応援。
 ○ 大誉地→陸別→足寄→本別→池田→幕別→豊頃→浦幌→帯広空港…約194q
 ○ JAL1154帯広13:45→羽田15:25…約846q
 ○ ANA537羽田16:55→高松18:10…約570q
 飛行機搭乗回数…2回
 移動総距離…約1610q

・ 7日(水)
 朝高松を出発し、北海道根室・網走管内で徳永エリ候補の応援。
 ○ ANA532高松7:35→羽田8:50…約570q
 ○ ANA57羽田9:30→千歳11:05…約821q
 ○ ANA4833千歳11:25→中標津12:20…約286q
 ○ 中標津空港→中標津→標津→(根北峠)→斜里→清里→浜小清水→網走→大空→美幌→津別→北見→留辺蘂→遠軽→女満別空港…約307q
 ○ JAL1190女満別20:25→羽田22:15…約980q
 飛行機搭乗回数…4回
 移動総距離…約2964q

・ 8日(木)
 兵庫県で兵庫選挙区三橋真記候補の応援。
 ○ JAL1435羽田12:25→徳島13:40…約529q
 ○ 徳島→淡路島→神戸…約91q
 ○ 神戸→大阪…約35q
 飛行機搭乗回数…1回
 移動総距離…約655q

・ 9日(金)
 大阪から鳥取に飛び、鳥取選挙区坂野真理候補の応援。その後福井県敦賀市で福井選挙区いのべ航太候補の応援。
 ○ JAC2341大阪8:00→出雲9:00…約245q
 ○ 出雲空港→境港市→米子市→境港市→出雲空港…約80q
 ○ JAC2352出雲15:30→大阪16:25…約245q
 ○ 雷鳥33号京都駅17:40→敦賀駅18:35…約140q
 ○ 敦賀駅→アルプラザ平和堂→米原駅…約42q
 ○ ひかり532号米原駅21:01→東京駅23:10…約446q
 飛行機搭乗回数…2回
 移動総距離…約1198q

・ 10日(土)
 朝から青森に入り、波多野里奈青森選挙区候補の応援。その後札幌へ。
 ○ JAL1201羽田空港7:20→青森空港8:40…約573q
 ○ 青森空港→青森市内…約15q
 ○ 青森市内遊説→青森空港…約20q
 ○ JAL2820青森12:40→千歳13:25…約245q
 ○ 千歳空港→札幌市内…約45q
 ○ 札幌市内遊説…約60q
 飛行機搭乗回数…2回
 移動総距離…約958q

2010年7月9日(金)

鈴 木 宗 男

 横綱白鵬関が報道陣とのやり取りの中で、相撲協会の対応に率直な意見を述べている。

大相撲 野球賭博 白鵬関 物言い 協会 国技を潰す気か 表彰自粛 やりすぎでは

 8日朝、白鵬関はけいこで汗を流した後、サインや写真撮影などファンの求めに気軽に応じた。一段落して報道陣とのやりとり。名古屋入り直後はけいこ場を公開していなかっただけに、言葉を選んで答えていた。
 まず表彰式自粛について「全部(辞退)ですよね。全力士が賜杯をいただくために日々努力している。心から残念に思います」と切り出した。続いて「賜杯の受け渡しまで自粛することで、国技としての地位が揺らいでいると感じるか」と聞かれると、「日本の横綱として」と自らの立場を踏まえた上で「あまりにもやりすぎなのでは、という気持ちはあります」と相撲協会の自粛ムードに戸惑う心境を明かした。

(7月9日付毎日新聞朝刊29面)

日本相撲協会の村山理事長代行は表彰辞退について「現在は改革と再生の第一歩。晴れがましい場で賞をもらうのは自粛した方がいい」と説明した。
(7月9日付産経新聞大阪版1面)

 両者の話を聞いて、私は白鵬関の言い分に分があると思う。
 日々稽古をして土俵に上がる力士の気持ちを、村山理事長代行はどれほど考えているのか。そもそも村山理事長代行は、いつから大相撲と関わりを持ってきたのか。
 「晴れの場」と言うのなら、その舞台をつくったのは村山理事長代行達ではないのか。十分な説明責任も果たさず、上からの押しつけ的、官僚的なやり方に、多くの人から私のところにも不満、批判が届いている。
 他人事(ひとごと)みたいは対応ではなく、「心技体」、協会役員も心を持って、国民に向かって説明責任を果たしてほしいものである。
 朝刊各紙は参議院選挙終盤の情勢分析を載せている。どの社も同じ傾向である。菅首相の消費税発言が相当効いていることは明らかである。
 投票日を入れて残された二日間に、しっかり国民に真意を説明し、理解してもらうしかない。
 明日一日が勝負だ。生活感のある発言をしていくしかない。
 8時伊丹空港発で出雲空港に向かい、出雲から鳥取県に入る。境港市、米子市を歩き、鳥取選挙区は坂野真理候補、全国比例代表は八代英太候補をお願いする。
 15時半出雲空港発で伊丹空港に飛び、大阪駅から列車で福井県敦賀市に入り、福井選挙区いのべ航太候補の決起大会に出席。ここも大激戦である。あと一日、攻めて攻めて、攻めまくるしかない。
 その後車で米原駅に向かい、最終の新幹線で帰京。
 選挙戦最終日の明日は、7時20分羽田で青森に入り、午前中青森選挙区波多野里奈候補の応援。その後12時40分青森空港発の飛行機で千歳空港に飛び、札幌で北海道選挙区徳永エリ候補、全国比例代表八代英太候補の応援で締めくくる予定である。

2010年7月8日(木)

鈴 木 宗 男

 日本相撲協会は名古屋場所の優勝力士に贈られる天皇賜杯、内閣総理大臣賞はじめ全ての表彰を辞退すると発表している。そこまでするのなら、名古屋場所そのものを中止すべきではなかったのか。
 表彰を辞退するにあたって、村山相撲協会理事長代行の意向が強かったと言われているが、村山理事長代行は国民に対し、説明責任を是非とも果たしてほしい。はじめから名古屋場所開催ありきで事が進められ、初日を4日後に控えた力士達がかわいそうである。
 官僚上がりの心のなさがこうした判断につながると思うのは、私だけだろうか。
 多くの国民は相撲が好きで、楽しみにしている。野球賭博に関わった力士を、一山なんぼで、まるで「モノ」扱いするかの様に処分することに、私は違和感を覚える。いくら以上高額に賭けた者と、少ない額を賭けた者に当然差をつけるのが、公平、公正ではないか。この点も何の説明もない。
 国技大相撲を一時(いっとき)でも預かるのなら、きちんとした説明責任を果たして戴きたいものだ。
 昼の便で徳島空港に飛び、車で兵庫県淡路島に入り、兵庫県選挙区民主党公認の三橋まき候補の応援。南あわじ市、洲本市で個人演説会。夕方神戸市に入り、街頭演説会。
 三橋まき候補にあと一歩、もう一押しのご支援を心からお願いする。
 勿論、全国比例代表は、障害者代表、痛みのわかる、誰よりも人の情けを知っている八代英太さんを宜しくとお願いする。
 いよいよ終盤、「3日戦争」に突入した。この3日間で勝敗が決まるところが多数ある。しっかり応援して参りたい。
 昨日、韓国ソウルで開かれた重家俊範駐韓大使の講演会で、韓国人の男が石を投げつける事件が起きた。重家大使は身をかわして何もなかったが、通訳をしていた女性が怪我をしたという。
 重家大使も、女性をかばうぐらいの気持ちがなかったのは寂しい限りだが、大使に石を投げるとは、日本に対して石を投げたことと同じである。
 大使は天皇陛下の信任状を持ち、日本国を代表して任地に赴任しているのである。この点、外務省は厳重に抗議をし、日本国の姿勢を示さなくてはならない。日本外務省の態度を見守って行きたい。
 福井県選出の民主党糸川正晃代議士から連絡があり、明日、福井県に入ることが急遽決まった。福井県選挙区のいのべ航太候補ももう一歩で、明日敦賀で決起大会があるので是非来てほしいとのことである。
 明日は朝鳥取に入り、15時半出雲空港発で大阪に出て、大阪から列車で敦賀に入るという強行軍である。その後米原に出て、新幹線で東京に戻る予定である。
 明後日最終日は、早朝から青森に入り、午前中青森選挙区の波多野里奈候補の応援をし、午後の便で青森から千歳に飛ぶ。最後は北海道選挙区徳永エリ候補と全国比例代表八代英太候補の応援で締めくくりをする予定である。
 残された時間、有効に使っていきたい。

2010年7月7日(水)

鈴 木 宗 男

 NHKが大相撲名古屋場所の生中継を行わないと、福地会長が昨日記者会見している。

 NHK広報局によると、5日正午までに視聴者からNHKに電話やメールで寄せられた意見は約1万2600件で、うち中継反対は約8600件、賛成は約1600件だった。
(7月7日産経新聞1面)

 この数字を元に、中継中止を一つの判断材料にしているのなら、少し驚きだ。この数字の何倍もの人が、当然相撲中継を期待し、待っているのだ。
 中止理由について福地会長は「日本相撲協会の改革の方向性について道筋が立っていない。反社会的勢力である暴力団の関与も指摘され、極めて重大で遺憾」とも言っているが、「改革の方向性」とは何を指しているのか。また、反社会的勢力との関与についても、現段階でどこまで関係していたのか、事実関係は明らかになっていない。
 こうした状況で名古屋場所の中継を中止するなら、当然秋場所も中継しないことである。
 「これから警察が捜査をし、より具体的になってくるであろう。それが明らかになってから、中継すべきか中止すべきかを判断するのが本来の筋ではないか」といった声が、多数私のところに寄せられる。
 今回の野球賭博問題は、警察のリークで進んだと言われている。このことについては、7月7日付北海道新聞夕刊に掲載されている月刊『創』編集長・篠田博之氏のコラムが興味深い。一部を引用したい。

週刊誌を読む 大相撲の野球賭博騒動 発端は警察筋リークか
 野球賭博をめぐる大嶽親方(元関脇貴闘力)のインタビューを「週刊文春」7月8日号が「独占激白」と銘打って載せている。あれだけテレビのインタビューに出まくっているのに、何が独占なの?と思ってしまうが、6ページに及ぶ詳しい記事を読むといろいろなことがわかる。
   保身のためにウソ
 興味深いのは、今回の騒動に火をつけた「週刊新潮」の報道が誰のリークだったかに言及している点だ。琴光喜が野球賭博で元暴力団に恐喝されたというこの事件は、実は琴光喜でなく自分の事件なのだ、というのが大嶽親方の告白だ。
 それがどうして琴光喜の事件になってしまったかというと、恐喝を受けて進退窮まった時に、警視庁の警察官に相談した。その時に保身のために「自分でなく琴光喜の件で」とウソをついたというのだ。大嶽親方はこう言っている。
 「私が相談した方とは別の警察側の誰かが、『琴光喜が賭博で脅されている』と『週刊新潮』にリークしたのでしょう。記事には琴光喜の名前が大きく出ています。これはまずい―そう思いました」
 私も本欄に書いたように、事件の捜査が進むにつれて出てくる情報が、最初の「週刊新潮」の描いた構図とぴたりと合っていたため、同誌の取材力はたいしたものだと思っていたのだが、何のことはない。そもそもリークしたのが警察筋だったというわけだ。
(7月7日付北海道新聞夕刊5面)

 大相撲を楽しみにしている純粋な国民の思いを(あざむ)くようなやり方は、今後の事件の真相解明の進展具合により、新たな問題提起に繋がっていくだろう。
 警察もリーク、検察もリークして、世論操作・誘導するやり方は、公正、公平ではない。「国会が開かれたら鈴木さん、しっかり警察を質して行きましょう」と数人の国会議員の仲間が言ってくる。私もそのつもりである。
 7時35分高松空港発で8時50分羽田着。9時半発で千歳に11時05分に着き、11時25分千歳発で中標津空港に行く。
 12時半から北海道選挙区徳永エリ候補と合流し、根室管内中標津町、標津町、網走管内斜里町、清里町、網走市、大空町、美幌町、北見市、遠軽町を遊説する。
 報道では、徳永エリは強い、優勢であると言われるが、悪魔のささやきである。選挙に絶対はない。あと4日間、攻めて攻めて、攻めまくるしかない。
 各地で全国比例代表は、障害者の代表、痛みのわかる、人の情のわかる八代英太、八代英太とお願いする。
 20時25分女満別空港発で羽田に向かう。
 明日は兵庫県淡路島、神戸市で、兵庫県選挙区民主党公認の三橋真記候補の応援である。




「2010.7.7 中標津での街頭演説」



「2010.7.7 標津での街頭演説」

2010年7月6日(火)

鈴 木 宗 男

 国技大相撲が野球賭博で大きな社会問題を引き起こしたが、11日からの名古屋場所は予定どおり開かれる。
 現役大関を解雇するという厳しい処分だったが、謹慎処分の力士について、日本相撲協会からの説明は何もない。
 野球賭博をしたことはわかったが、いかほどの賭け金か、何年前からやっていたのか、それぞれ差があるだろう。一律謹慎で休場扱いというのは解せない。1000万円賭けたのと1万円賭けたのでは、自ずからそのペナルティーに差をつけるのが公平ではないか。
 琴光喜を除く6人の幕内力士の野球賭博の中身について、日本相撲協会は、国民に説明する義務を果たしてもらいたい。
 この点、監督官庁の文部科学省は何を考えているのか。現政権は「天下りはケシカラン」と言いながら、なぜ理事長代行が官僚出身者なのか。このことについても、是非とも説明責任を果たしてほしい。
 監督官庁の文科省が監督責任を果たしていなかったことも事実である。相撲協会だけに責任を押しつけるのではなく、文科省の担当者も、等しく処分されて然るべきではないか。真の公正、公平の観点からも、文科省も責任を取るべきではないか。
 日本の歴史と伝統を誇る文化である国技大相撲である。お互い緊張感を持って対処することが信頼回復に繋がり、国民の理解も得られると思うのだが。
 8時から徳永エリさんの遊説に同行。生まれ故郷の陸別をスタートし、足寄、本別、池田、幕別、豊頃、浦幌と遊説。陸別、大誉地、足寄、本別と、私の地元中の地元の人たちはいつも優しい。反応が違う。
 昨年8月の衆議院総選挙、昭和58年の最初の選挙が脳裏をよぎる。故郷の皆さんのお陰で今日(こんにち)あることに、今生かされていることに感謝しながらの遊説であった。徳永エリ候補も、感激の面持ちであった。
 至る所で北海道選挙区は徳永エリ、全国比例代表は八代英太と、心からの訴えをする。
 13時45分帯広発で羽田に飛ぶ。羽田を経由して香川県高松に向かい、香川県選挙区岡内須美子候補の応援をする。
 ここも大激戦で、この5日間が天王山、正念場である。「攻めて攻めて下さい」と、心からのお願いをする。
 高松は5月21日に鈴木宗男を囲む会、22日に倫理法人会、香川県民大学での講演で来ており、2ヶ月も過ぎないうちに2回もお伺いできた。この勢いを少しでも選挙に活かしたい。
 岡内須美子候補の最後の頑張りを期待したい。

2010年7月5日(月)

鈴 木 宗 男

 昨日の最後の選挙サンデー、スポーツ新聞各紙は、松山千春さんの全国比例代表 八代英太候補の応援を大きく扱ってくれている。
 スポーツ紙に取り上げられるということは話題性が高いということで、八代英太さんの運動に松山さんは大きな貢献をしてくれた。松山さんが「八代さんは障害者になってもグチも言わず、不安も述べず、ひたすら障害者、弱い人に夢と光を与えようと頑張ってきた」と心からの訴えをした姿に、街頭に来て下さった人、足を止めてくれた人は、心打たれたことだろう。
 松山さんは応援演説の中で「『千春、歌だけ歌っていろ。なぜ鈴木宗男なんかを応援するんだ』とよく言われる。しかし、ちょっと待て。1回きりの人生、宗男さんは俺を信じさせてくれた。皆さん、あなたの人生の中で、どれほど人を信じましたか。愛せましたか。宗男さんは俺を信用させてくれた。だから俺は宗男さんなんだと言うんだ」と話してくれた。
 3月29日の厚生年金会館ファイナルコンサートでも、松山さんはこのことを話してくれたが、千春の「人情」、「心」に感謝の気持ちで一杯だ。
 日本の真ん中東京で、二人で応援演説をすることができたのは感激だった。
 全国比例代表は八代英太と、この一週間、しっかり訴えて参りたい。心ある皆さんのご支援が得られるよう、八代英太さんに成り代わってお願いしていく。
 後半戦に入り、選挙情勢を新聞、テレビがそれぞれ報じている。日に日に混戦模様である。
 一人区で民主、自民どちらが一つでも多く取るか、全国比例代表での数はどうか、激しさを増してくる。競り合えば競り合うほど、頑張った者が、人一倍努力した陣営が勝利するのである。
 私は、他人(ひと)の選挙でも手抜きはせず、「自分の闘いだ」との思いでやってきたし、今週いっぱいやっていく。北海道選挙区は徳永エリ候補、全国比例代表は八代英太候補と、声を張り上げていく。
 7時半から札幌の隣の江別市大麻で徳永エリさんのビラ配りをし、8時から街頭演説。足を運んでくれた人の3分の2は私の後援者であった。
 ここでも、民主党関係者が微妙にバランス感覚を働かせている気がして、徳永さんのことが心配になってくる。攻めて攻めて、攻めまくるしかない。
 「連合」という大組織の応援を受けながら、世論調査で選挙情勢が不利になったら徳永陣営を締め付けてくるやり方に、憤りを感じる。自分達が努力もしないで、動きが悪いのを責任転嫁するのはもっての他である。新党大地・鈴木宗男は、善意で、ボランティアで徳永エリさんを応援しているのである。
 昨年の選挙でも、連合北海道は選挙協力を約束しておきながら、上の方がお茶を濁す程度のリップサービスをするだけで終わり、何も得るものはなかった。しかし、新党大地・鈴木宗男はしっかり約束を守り、民主党が北海道小選挙区で圧勝できる元になった。
 今回も「組織もなく、核がない徳永さんなので、是非とも新党大地・鈴木宗男さん、頼む」と民主党北海道から言われて、私は約束を守っている。連合北海道があまりにも人間的でないやり方をするのなら、公の場で私も発言せざるを得なくなる。
 選挙は今回だけではない。来年は統一地方選挙もある。次の衆議院選挙もある。民主主義は信用が一番だ。
 私はこれまで約束は守ってきた。連合北海道の協力は得られなくとも、新党大地・鈴木宗男は議席を守ってきた。
 私には強い人間関係という大きな財産がある。誰が何と言おうと、私には切れない人間関係がある。松山千春さん然りである。
 敵よりも味方の動向を気にするやり方は生産的ではない。民主党北海道、連合北海道の動きをよく見守って行きたい。
 江別で徳永さんの応援をした後、札幌市で不在者投票をする。勿論、北海道選挙区は徳永エリ、全国比例代表は八代英太と投票する。
 10時20分札幌駅を出発し、十勝管内清水駅で降り、徳永エリさんの車とドッキングし、夜、帯広まで遊説する。明日も徳永さんは午前中は十勝管内、私の生まれ故郷を遊説するので、同行する。
 明日は昼過ぎの帯広発で、羽田経由で香川県高松市に行き、夜は香川県選挙区の岡内須美子候補の応援。
 7日は高松から羽田を経由して北海道網走管内に入り、徳永エリさん、八代英太さんのお願いをする。
 8日は昼、兵庫県に行き、兵庫県選挙区の三橋真記候補。
 9日は一日鳥取に入り、鳥取県選挙区の坂野真理候補の応援である。
 泣いても笑ってもあと6日。全国比例代表は八代英太さんを、各都道府県選挙区は民主党候補の応援をしっかりやり、良い結果を出したい。

2010年7月4日(日)

鈴 木 宗 男

 7月11日の投開票日前の最後の日曜日、テレビ各局は党首討論、各党討論を企画していたが、有権者の受け止めはどうだっただろうか。消費税率のアップについて、菅首相の説明で納得されただろうか。
 自民党の谷垣総裁は「昨年の総選挙での民主党のマニフェストを撤回すべきだ」と述べていたが、良いか悪いかは国民が評価、判断すべきことで、自民党が決めることではない。この点が、野党になったことをまだわかっていないことを示しているのではないか。
 みんなの党の渡辺喜美代表は、「国会議員、国家公務員の削減をし、無駄をなくすべきだ」と言っていたが、選挙目当てのアピールとしか思えない。
 新党大地・鈴木宗男は、平成17年、新党大地を立ち上げた時から、衆・参国会議員の定数削減、国家公務員の無駄の排除、信賞必罰(しんしょうひつばつ)を言ってきた。
 昨年の衆議院総選挙でも、3年前の参議院選挙でも、私は衆議院は300小選挙区を200にし、参議院は人口100万人あたり1人の125人まで減らし、更に、国会議員がもらっている年約500万円のボーナス返上することを訴えてきた。また、約8500億円の国民の税金を使っている国家公務員の4.5カ月分のボーナスを半分の2.25カ月にすれば、約4250億円浮くのである。
 民間会社で赤字経営ならば、ボーナスは出ないのが普通である。860兆円もの国の債務がある時、まずは国会議員、国家公務員の優遇をやめさせることからスタートすべきである。
 国会議員、国家公務員の定数削減、特権・優遇をなくすことを、5年前、3年前から、新党大地は主張してきた。みんなの党が、選挙になってからふって湧いた様にこのことを主張するのは、付け焼き刃である。
 そもそもみんなの党は、二世、官僚出の人が集まって立ち上げられた政党だ。渡辺代表は二世で、江田幹事長は役人・官僚上がりである。真に庶民の代表とは言えない。
 特に、官僚上がりの江田幹事長は、橋本総理時代、総理秘書官として国民の税金である内閣官房機密費を自由に使っていた。当時、橋本総理から「鈴木君、何か必要があったら江田に言ってくれ」とよく言われたものである。勿論私は、江田さんに何もお願いしたことはないが。
 また江田幹事長は、大宅壮一賞作家の佐藤優さんに機密費を渡していたことが明らかであるのに、今となっては「記憶にない」である。こんないい加減な話をする人が、額に汗して頑張る人のことを考えているだろうか、真に弱い立場に置かれている人の気持ちを理解できるのかと言いたい。
 江田さんについては、佐藤優さんが沢山興味深い話を知っているので、今後を待ちたい。
 いずれにせよ、みんなの党は「小泉改革の親戚」みたいなものである。小さな政府を目指し、弱肉強食、市場原理主義の、格差の拡がるやり方である。民主党、自民党、それぞれのエラーで隙間(すきま)を突いている感じがする。
 時が解決すると思うが、くれぐれも有権者は、賢明な判断をして戴きたいと、心からお願いしたい。
 午前中、石狩市浜益区送毛で大和山さんの行事に出席し、13時の千歳発で東京に戻る。
 15時から八代英太さんの応援で、銀座歩行通りを練り歩く。
 16時から松山千春さんの応援を得て、有楽町マリオン前で、松山千春さんと東京で初めてとなる街頭演説。絶妙な千春節に、多くの人が納得したことだろう。
 1500もの人が集まってくれ、心配された雨も降らず、熱気のある街頭演説だった。八代英太さんも残された一週間に向け、勇気と元気をもらったと思う。
 有楽町駅前でも急遽街頭演説をしたが、600人近い人が足を止めてくれた。有難い限りである。
 外での行事は天気が一番だ。八代英太さんに微笑んでくれたこの流れを一週間維持し、必勝の信念で乗り切っていく。
 最終便で羽田から千歳に戻る。




「八代英太候補と銀座練り歩き」



「八代英太候補の応援演説@」



「八代英太候補の応援演説A」



「八代英太候補の応援演説B」



「八代英太候補の応援演説C」



「八代英太候補の応援演説D」



「八代英太候補の応援演説E」



「街頭演説後八代英太候補と遊説へ」

2010年7月3日(土)

鈴 木 宗 男

 29日神奈川、30日福井、1日鹿児島、2日岐阜、3日名古屋と廻ってきたが、街頭演説の際、「唐突(とうとつ)な消費税10%は納得できません」、「昨年の選挙で『4年間消費税は上げない』、『無駄をなくす』と言ったのはどうなったのですか」と迫ってくる人が何人もいた。
 私が「消費税の議論をする前に、国会議員、国家公務員の定数削減、特権の排除を厳しくやり、それから消費税の議論をするのが筋ではないか」と訴えると、一番受ける。選挙中に誤解を与える発言は慎まなければならない。
 いつも言うことだが、民主主義は手続きが一番で、その次に中身である。この二つをクリアーしないで、改革はできない。
 投票日を入れて残り8日間である。明日のテレビでの党首討論は大きな意味を持つ。菅首相は淡々と受け答えすれば良い。
 12年前の橋本首相の様に、守りの姿勢に入らないことである。国民にとっては景気、雇用対策が一番で、次に社会保障、福祉である。特に大激戦の一人区では雇用問題が深刻であり、政治を必要としている。この点、しっかり頭に入れて対応して戴きたい。
 菅首相は、「くさかんむり」のとれた「官」になってはいけない。官僚と相対し、実績を上げた菅首相だ。決して「官」首相ではないことを強調すべきだ。
 官僚の手の平に乗ってはいけない。国会議員、国家公務員に厳しい菅首相の政治姿勢を、しっかり示すことが求められている。
 10時から11時半まで、大垣市で岐阜選挙区の山下八洲夫候補の応援。
 その後羽島から新幹線で名古屋に向かい、13時半から愛知県選挙区の斉藤よしたか候補応援。
 途中17時半から、名古屋の私の後援者が会合を持って下さる。大勢の人が集まって、参議院全国比例代表の八代英太さんの推薦、応援のメッセージを戴く。
 名古屋も人間関係で、「車いす生活37年、人の情、人の痛みがわかる政治家は八代英太であり、障害者に夢と希望を与えるためにも、是非とも全国比例代表には民主党公認の八代英太さんを」と、心からの訴えをする。
 今日はあいにく岐阜も名古屋も雨だったが、夏の雨は苦にならない。
 20時15分中部国際空港発で千歳に向かう。予定どおり日程が消化され、ホッとした次第である。

2010年7月2日(金)

鈴 木 宗 男

 菅直人首相は昨日、テレビ番組に出演した際、今回の参院選で民主党がマニフェストに掲げた「参議院議員の定数40、衆議院比例代表定数80の削減」について、早ければ選挙後に開かれる臨時国会で実現させたい旨述べている。私はこの程度では生ぬるく、甘いと考える。
 衆議院ならば、小選挙区300を200まで減らすべきだ。一票の格差が拡がり、問題視されていることを考えても、衆議院の小選挙区に手をつけ、格差を是正しなくてはならない。また、民主主義という枠組みを見ると、例え一票の差でも負けは負けだ。小選挙区制という制度では負けても、その声は正しく反映されなくてはならない。その負けた側の声を補完しているのが比例代表という制度なのである。この知恵は生かした方が良い。
 また、参議院の定数を40削減するというのは、一体何をもって40なのか。参議院は、人口100万人で1人の計算で125人いれば十分である。これからは、民主党の言う地域主権が進み、日本を幾つかのブロックにわける道州制にするより具体的な話が出てくる。それならばこそ、人口100万人に1人といった、わかりやすい訴えをしなくてはいけない。中途半端な話ではダメだ。
 あわせて、臨時国会に議員定数削減の法案を出す前に、国会議員の歳費を半分、ボーナスをなくすとか、そういった政治家の特権をなくすことが先ではないか。同時に、国家公務員の優遇もなくさなくてはならない。その方が国民の理解を得られるし、すぐやれることだ。
 こうしたことを先にしてこそ、初めて国民の理解を得た上で、消費税の議論に入れると思う。民主主義は手続きであり、その次に中身である。この二つの手順を踏まえなくてはいけない。
 菅首相が草冠のとれた官僚の「官」になってはいけない。国民が菅首相に期待しているのは、叩き上げの、国民目線の政治をしてくれるという点である。このことを忘れてはいけない。
 8時5分鹿児島発の飛行機に乗り、9時20分中部国際空港に到着。岐阜に入り、一日岐阜選挙区の小見山よしはるさんの応援。ここももう一息、もう一歩の戦いであり、小見山候補自身も精力的に動いている。
 途中14時から岐阜市で、岐阜県環境整備事業協同組合の会合で講演。「ムネオの闘い かく検察と闘う」というタイトルで話をして戴きたいとのことなので、40分お話する。その後、岐環協が推薦する全国比例代表前田たけしさん、小見山よしはるさんから、それぞれ決意表明を戴く。
 岐環協の玉川福和理事長は、全国環境整備事業協同組合連合会の会長でもある。さすが玉川会長の地元でもあり、1000人もの人が集まる大集会であった。前田さんも小見山さんも、大きな励みになったことだろう。
 この会合の後、可児市で個人演説会を20時まで行う。
 明日は名古屋に入り、愛知県選挙区の斎藤よしたか候補と全国比例代表の八代英太さんの応援をする予定である。
 7月4日日曜日16時から有楽町マリオンにおける、松山千春さんを迎えての、全国比例代表候補の八代英太さんの街頭演説について、色んなところから事務所に問い合わせがある。関心の高さに、有難い限りだ。
 精いっぱいの「千春&ムネオ」の街頭演説会にしたい。

2010年7月1日(木)

鈴 木 宗 男

 今日の朝刊各紙は、1面のコラムでサッカーワールドカップ岡田ジャパンのことに触れている。

●朝日新聞 「天声人語」
 先の冬季五輪で女子フィギュアを制した金妍児(キムヨナ)選手は、フリーの演技を終えると、泣きながら手を振った。氷のハートを思わせる彼女。演技後の涙は初めてという。重圧のほどを知り、韓国中がもらい泣きしたそうだ▼めったに泣かない人の涙は胸を打つ。W杯のパラグアイ戦を終えた日本代表も、多くが(ほお)をぬらしていた。仲間の泣き顔に、完全燃焼はおれも同じだと涙でこたえる、そんな絵に見えた。こみ上げる思いは、真夜中の列島も湿らせた▼0―0の末のPK戦。選手の髪に、ちぎれた芝がついている。延長戦まで120分を走り、転がり、精根尽きた男たちが、肩を組んで祈った。敗者を作るための儀式は、いつも非情である▼4戦とも、人数をかけて泥臭く守った。体格で劣ろうが、激しく動き回り、少ない決定機を待った。たびたびの円陣と、「このチームでもっと」のコメントが示すように、控えや裏方を含む結束も素晴らしかった▼結束、連帯は、南アフリカ大会のキーワードでもある。出稼ぎで都市に出た黒人にとって、サッカーは横につながる唯一の場だったのに、黒人参加のプロリーグは人種差別につぶされた。苦難の時を経て、W杯開催の誉れを手にした人々だ。わが代表の健闘にも励まされたかと思う▼乾いた日々が続く。結果こそ悔しいが、もらい泣くほどの共感もたまにはいい。国民をやきもきさせ、夢中にし、元気づけた岡田ジャパン。世界を驚かせ、燃え尽きてなお、未知の成果を持ち帰る。もう一つの「はやぶさ」を、熱い拍手で迎えたい。
 
●読売新聞 「編集手帳」
 サッカーのPK戦をめぐる印象深い挿話がある。20年前のW杯イタリア大会、イビチャ・オシム監督率いるユーゴ代表の対アルゼンチン戦である。退場者とゴールキーパーを除く9人の中からPKを()る5人を選ぶとき、7人が監督に申し出たという。「私を外して」◆蹴る5人を決めると、オシム監督はプレーを見ずにロッカールームへ消えた。「(PK戦は)クジ引きみたいなものだから」。そう語ったと、木村元彦氏の著書『オシムの言葉』にある◆おびえるほどの緊張と、運の非情と、それがPK戦らしい。南アフリカ大会の8強入りをかけたパラグアイ戦で女神は日本に微笑(ほほえ)まなかった◆敗退の瞬間、不運にもPKを外した駒野友一選手が泣きじゃくり、その肩をこれも涙の松井大輔選手が抱き、岡田武史監督が抱いた。開幕前は酷評もされた彼らには、寄り添う互いの体温だけを頼りに風の冷たさに耐えた日もあったろう。勝利より深く胸を刺す敗北の情景もある◆戦争にまつわる用語をスポーツに持ち込むのは趣味に反するが、「戦友」という言葉がこれほど似合う集団をほかに知らない。ありがとう。

●毎日新聞 「余録」
 「この大会では二つの可能性がある。私のはげ頭にキスをしてもらえるのか、それともトマトをぶつけられるかだ」。かつてサッカーのイタリア代表監督をつとめたアリゴ・サッキ氏の言葉だ。称賛も非難も一身で引き受けるのが代表監督だ▲「(ゲーム内容を)覚えてないんだよね。いまだにビデオも見ていない。自分の中でトラウマになっているのかもしれない」。岡田武史日本代表監督は、1次リーグ3戦全敗で非難を浴びた98年ワールドカップ(W杯)フランス大会について7年前の対談で明かした▲それに先立つ予選では「負けたら日本にいられなくなる」と夫人に電話したこともあった岡田監督だ。その途方もない代表監督の重圧を知りながらあえて日本代表を率いた2度目のW杯挑戦は、チーム全員のみごとな敢闘をたたえる歓声と拍手のなかで終幕を迎えた▲何しろ今度の南アフリカ大会初戦のカメルーン戦の直前まで「負けなら大会途中でも監督解任すべし」との声すら聞かれた日本代表だ。それが今や「岡ちゃんごめん!」と手のひらを返したような岡田ジャパン礼賛の嵐だから、いやはや代表監督も本当に大変である▲この世評の激変に「これだけ変わるということは、また変わるということ。バッシングされても褒められても自分の道を進むだけ」とはご当人だ。フランス大会以来の毀誉(きよ)褒貶(ほうへん)のジェットコースターは十分に堪能したろう▲どうも縮こまりがちな自己評価でがんじがらめになった今日の日本人だが、「世間の評判」を実力によりひっくり返してみせた岡田ジャパンだった。分け与えてもらった「元気」は大切にしよう。

●日本経済新聞 「春秋」
 枕草子に「すさまじきもの」を並べ立てた段がある。「昼ほゆる犬、春の網代、三、四月の紅梅の衣」と続く有名なくだりだ。古語の「すさまじ」は興ざめする様子のこと。昇進の前祝いをしてアテが外れたとき、という例も出てくる。
▼そういう言葉が今は逆の意味になった。ものすごい、凄絶(せいぜつ)な、といったニュアンスだ。現代版の「すさまじきもの」を探すなら、日本がベスト8進出をかけたサッカーのワールドカップ(W杯)パラグアイ戦はその筆頭格に違いない。死闘120分の末のPK戦。テレビの前で悲鳴をあげた人が無数にいただろう。
▼いつもながら、PK戦とはなんとまあ残酷かと思う。勝者を決めるというより、どちらか不運なほうを振るい落とすための仕掛けというべきか。クロスバーにシュートをはじかれた駒野選手の泣き顔はそれを物語ってあまりあった。まさかの失敗。冷厳な現実。われらの胸をつまらせてサムライジャパンは散った。
▼大会直前の試合では敗北を重ね、それこそ枕草子の「すさまじきもの」に当てはまりそうだった日本代表である。それが南アフリカの地で、目を見張る活躍を見せてくれた。すさまじきものはこのチームと、これはもちろん現代語の意味で大いにたたえよう。サッカーという芸術が、人の心を揺さぶってやまない。

●産経新聞 「産経抄」
 歴史に残るスポーツの名勝負には、必ずといっていいほど、悲劇の主人公の存在がある。高校野球史上、最高の名勝負といわれた昭和54年の夏の甲子園、箕島高校対星稜高校の3回戦の場合は、星稜の加藤一塁手だった。
 ▼延長十六回裏、捕れば星稜の勝利となるファウルフライを、人工芝の切れ目に足を取られて落球してしまう。ホームランで同点にした箕島が、十八回にサヨナラ勝ちした。その後も勝ち進んで、春夏連覇を達成することになる。
 ▼加藤さんがその後の人生で、一時野球を捨てるほど苦しんだと、後で知った。サッカーW杯南アフリカ大会で勝負の女神は、日本の8強入りをまだ望まなかったようだ。パラグアイに敗れた試合で、駒野友一選手を主人公に選んだ。
 ▼まさかのPK失敗は、2000年のシドニー五輪、サッカー男子準々決勝の米国戦で、当時のエース中田英寿選手が外して敗れたシーンを思いだす。駒野選手の耳は、どんな慰めの言葉も今は受けつけまい。それでもあえて、「泣くな、駒野」と言いたい。
 ▼深夜の生中継の平均視聴率は50%を超えた。パラグアイの猛攻を、必死でしのぐ日本代表チームの姿に、多くの人が眠気を忘れて見入ったはずだ。個々の選手の能力では見劣りがしても、チームとしては互角に戦っていた。1足す1が、3になり4になる、日本サッカーの神髄を世界に示してくれた。
 ▼ブラジル出身の闘莉王選手が、「日本人になれたことを誇りに思う」と胸を張った気持ちがよくわかる。試合が終わって、泣き崩れる駒野選手の肩を、ずっと抱いていた松井選手の目からも涙が止まらなかった。悔しさだけではない。チームメートの腕から伝わる温かさもまた、駒野選手は生涯忘れないだろう。
 
 ワールドカップが始まる前は、岡田監督、日本代表選手に対してバッシング、批判が渦巻いていた。しかし予選を突破すると、岡田監督、選手に対して手の平を返した様な礼賛。「この温度差は何だ?」と思った。
 パラグアイ戦での善戦、監督も選手も、いつの時も全力でやってきた。日の丸をつけて、日本代表、アジア地区代表としてしっかりした心構えでやってきたのである。
 チームプレーに徹し、集中力を持って戦った岡田ジャパンである。岡田監督は、北海道のクラブチームであるJ2のコンサドーレ札幌の監督を務め、J1に引き上げたこともある。大した指導者であることを証明した。
 昨日の南アフリカを出発する時のインタビューでの「もう一試合やらせたかった」という岡田監督の言葉に、何とも言い様のない温かさ、思いやりを感じたのは、私だけではないだろう。
 改めて岡田監督、日本代表選手団を心から(たた)えたい。
 8時小松発で東京に戻り、議員会館で打ち合わせ。
 昼過ぎ、安住淳民主党選挙対策委員長と選挙情勢について意見交換。特に一人区についてすりあわせる。
 あと10日間、まさに天王山である。必勝の信念で闘うしかない。
 15時20分発で鹿児島へ。鹿児島選挙区は民主党公認の柿内弘一郎さんを、全国区比例代表は八代英太さんをお願いする。
 昨日の福井でも、鈴木宗男福井後援会が何百人も人を出してくれていたが、鹿児島鈴木宗男後援会もフル稼働である。
 鹿児島選挙区も大接戦の様相で、残された10日間、より頑張った陣営が勝利することになる。鹿児島選挙区は柿内弘一郎さん、全国区比例代表は八代英太さんと、重ねて重ねてお願いさせて戴く。
 鹿児島は久しぶりの晴れということで、皆さん「天気を持ってきてくれた」と喜んで下さる。心配された水害もなく、ホッとした次第である。


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