「解散やめ!」ピンク・レディーが再結成 年内ニューアルバム&来年復活コンサート
オリコン 9月1日(水)15時18分配信
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「ペッパー警部」のポーズを決めるピンク・レディー(左からミイ、ケイ) (C)ORICON DD inc. |
【写真】30年経った今も美貌健在! ミニスカ&美脚を披露した2人の全身ショット
報道陣からの「おかえりなさい!」という声がけに「ただいま!」と快く答えた2人は、現役当時をにおわせるきらびやかな衣装で登場。「発表の場なので、こういうパーッとした衣装のほうがやる気を見てもらえるんじゃないか」と笑顔で語ったミイは「今回はどなたからの要望でもなく、私たちの意思のもとに決めました」と“解散取り消し”までの経緯を説明。今後は未唯mie、増田惠子としてのソロ活動と並行して、ピンク・レディーとして“継続的に”活動していく。
ピンク・レディーを創り上げた当時のプロデューサーや、作詞家・阿久悠さんらの相次ぐ訃報に、ケイは「2人がいることは当たり前じゃないんだと、ドキッとした」と復活話をミイに持ちかけ、ミイも同時期、同い年であるマイケル・ジャクソンさんの急死を受け「いつまでピンク・レディーができるかと現実的に考えたときに、このままじゃいけないと思いました」と、3年以上の時間をかけ今回の発表に至った。
完全復活にミイは「景気がとても低迷している中、私たちが当時の曲を歌って踊ったら、みなさんが元気になって頑張ってくれないかな」と願いを込め、今後の復活コンサートに向け、体力づくりに励むと力強く報告。元祖国民的アイドルとして、AKB48は「ライバルとは思っていません」と落ち着いた表情で語るも「もし同じ歌番組とか出て『ピンク・レディー vs AKB48』とかされたら燃えちゃうかも」と静かに闘争心を燃やしていた。
完全復活を果たしたピンク・レディーは、12月1日にこれまでのヒット曲を再録音した2枚組ベストアルバムを発売。1976年〜81年の代表曲及び自ら選曲した26曲程度を収録し、この日、新生ピンク・レディーとして同所で初レコーディングに臨んだ。また解散コンサートからちょうど30年後の来年3月31日に、都内某所でプレミアムライブを開催し、ファンの前で完全復活をアピールする。
ピンク・レディーは1976年に「ペッパー警部」でデビュー。「S.O.S」や「渚のシンドバット」など数々の名曲を世に送り出し、解散宣言の翌1981年3月31日、東京・後楽園球場で解散コンサートを行った。
■ピンク・レディー オリコン歴代記録(2010/9/6付現在)
シングル通算1位獲得週数 歴代1位 63週
シングル通算1位獲得数 女性グループ部門 歴代2位 9作
シングルミリオン獲得数 女性部門 歴代1位タイ 5作 (他:安室奈美恵・宇多田ヒカル・浜崎あゆみ)
シングル総売上枚数 女性グループ部門 歴代2位 1103.7万枚
シングル1位獲得連続年数 女性グループ部門 歴代2位タイ 3年 (※オリコン年度による)(他:プリンセス・プリンセス)
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最終更新:9月1日(水)18時31分
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