Part 2

2010年08月29日 19:13
経済

効率より公平

Reinhardtが、経済学者のいう「効率性」の概念は、彼らが信じているほど価値中立的なものではないと論じている。効率性は、理論的には所得分配の公平と別の概念だが、実際には両者は分離できない。効率性を最大化する分配が所得分配を悪化させるとき、それを正当化することは不平等な分配を支持する結果になる。

学生のとき経済学のトレーニングを受けた人とそうでない人の感覚的な違いは、このへんにあると思う。経済学部の学生は、価格は資源の効率的な配分を実現するパラメータだと教わる。所与の所得分配のもとで効率を最大化するパレート効率的な資源配分は理論的に決まるが、どの所得分配が公正かは「価値判断」だとされる。これは重要ではないことを意味しないのだが、なんとなく所得分配は曖昧でつまらない問題だと思われ、その研究者は非常に少ない。

他方、政治家や官僚は逆に、分配の公平を圧倒的に重視する。たとえば周波数オークションについて経済学者が議論するのは、周波数オークションのメカニズムデザインだが、電波官僚はこういう文献はまったく読まない。彼らが気にするのは「金のある大企業が買い占める」とか「過去に無料で免許を取った企業と不公平になる」といった公平性だ。こういうのは理論的にはつまらない問題だが、こういう感情論をクリアしないと政策として実現しない。

行動経済学が明らかにしたように、公平性についての意識は効率性よりはるかに強い。効率性は進化の過程で利己心として強力に実装されているので意識する必要がないが、公平性は個体群を維持するために重要な感情として子供のころから訓練されるためだ。市場志向の政策をワイドショーの解説者が「強欲資本主義」として非難するのも、借地借家法や貸金業法などの市場をゆがめる規制を日弁連などが推進するのも、こうした部族感情に迎合する戦術としては正解である。

oecd08

その結果、日本の所得再分配では特異な現象が起きている。上の図のように、子供のいる世帯では再分配後の所得のほうが不平等になっているのだ。これは社会保障がアドホックに行なわれて高齢者に片寄り、農業補助金のように高所得者に再分配するケースが多いためである。さらに世代間の再分配を考えると、年金は巨額の不平等を作り出している。

このように行政が所得分配の歪みを作り出しているときは、まず公平性の問題を考えたほうがいい。それは生産的な世代から非生産的な世代に所得を移転することによって大きな非効率性をもたらしているが、「成長戦略」などという抽象的な議論より「世代間の不公平」という問題のほうがはるかにわかりやすい。経済学者は、行動経済学の成果を自分の成果発表にも生かしたほうがいいのではないか。

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コメント一覧

  1. 1.
    • jij999
    • 2010年08月30日 01:40

    経済学者が、このようなアドホックなバラマキ&マスによるバラマキといった、不透明&認識困難性が内在する税・財政システムの是正を喚起しなかったため、一般人がお手軽な「小さな政府」「大きな政府」の二分法に拘泥して抜け出せなくなったのが安倍政権以降の世相です。マクロ動学だのミクロ計量経済学だの契約理論だの振りかざすまえに、足元見たほうがいいですね、とくに税金で趣味やってる「経済学者さん」達は。

  2. 2.
    • heromichi
    • 2010年08月30日 09:47

    僕が学部生の時には、「余剰を最大にする政策を繰り返せば、ある政策で損した人も、別の政策で得をするから、最終的にはみんな得する可能性が高い」(ヒックスの楽観主義)と教わったものです。
    今でもそれなりに説得力を感じているのですが、これは経済学を学んだもの特有の感覚なんでしょうか。
    僕が知らないだけかもしれませんが、ネットや新聞等で、ヒックスの楽観主義で効率を擁護する方はあまりいないように感じます。
    これで、納得してくれる人も多いと思うんですけどね。

  3. 3.
    • jestemneko
    • 2010年08月30日 18:19

    jij999さん、バラマキとなると、わけがわからなくなるのですが、貨幣法制説と貨幣商品説があって、いわゆるリフレ派は貨幣法制説の信奉者たちではないかと知人の経済学者が教えてくれました。また、経営学だとか他の分野を専攻して、にもかかわらす経済について語る人たちは、自分で気づくことなく、貨幣法制説の信奉者になっているかもしれないとも言っていました。高橋さんがそうでしょうし、勝間さんや三橋さんなどは、貨幣法制説と貨幣商品説を区別できない、そういう基礎的な勉強をしたことがないのかもしれません。私は、そんな気がします。
    私は、経済素人ですが、若い頃、国富論と資本論は読みました。貨幣法制説と貨幣商品説のちがいはだいたい分かっているつもりでいて、現実の経済は、貨幣商品説で考えるのが当たり前ではないかと思っていました。しかし、そうでない人たちがかなりいるみたいですね。政界や官界にも多いと思います。最近の私は、他人をフィルター越しに見るようになっていて、よくないなと思ってはいるのですが、jij999さんはどう思われますか。

  4. 4.
    • katrina1015
    • 2010年08月30日 19:22

    これってトラップですよね。えっと~
    子どものある世帯の貧困率(2000)
    =等価可処分所得120万円未満(?)の子どものいる世帯の割合(???)。
    間違いかもしれませんが、とっても想像できないwただ、可処分所得ですから、再分配後の割合が怪しい感じもします。
    で資産は含まれていませんので、莫大な資産を管理会社に税金対策させてこの貧困層に入ることができるか?ただ単に莫大な預金で生計を立てている場合はどうでしょう?利子は所得でしょうな。
    絶対的貧困率でいえば日本はそれほどでもないです(略)。個人的には相対的貧困率を持ち出す時点でトラップとしか思えない。
    公平な社会=不公平

  5. 5.
    • jij999
    • 2010年08月31日 01:37

    貨幣法制説(的なもの)が先天的に刷り込まれている・・のかもしれないですけれども、それよりも、リフレ派はMV=PTの世界しか知らないのかもしれません。あと、GDP至上主義的(軍隊・マッチョイズム的)なところでしょうか。

    >私は、経済素人ですが

    経済学はそれを専門としない人々のための社会科学だと思うので、信頼できる人の意見を聞くだけでいいのではないでしょうか。不景気になっても、健康体と友人と最低限の社会保障があれば、マクロ政策なんてマネーゲームにしか思えません。世の中には経済学以外に大切なこと、面白いことはたくさんあるのですし。小泉さんは文学以外は興味なかったみたいですし、民主党に自称経済通一年生議員いっぱいいるけどブログ見てたら恥ずかしくなってしまいます。

    政治家の役目は、説得して合意形成を得る、将来に対する不確実性を削減する、ことだとすればマスで引っ掻き回す金融政策のような暴力的なものより、追加的な合意を得られやすい制度改革をしたほうがいいと思います。

  6. 6.
    • yamachan54
    • 2010年08月31日 12:50

    目から鱗でした。
    行動経済学的には絶対的豊かさよりも相対的豊かさの方がより強く幸福度と相関すると言われていますが、効率より公平性を重視する政治家の視点は極めて合理的なのだ、ということが理解できました!
    問題は、日本において自殺者が年間3万人も出ているということは幸福度が高いとは言えない、とすると、あるいは日本における公平性というのはあまり高くないのかもしれない、ということです。
    相関があると一言で言っても、r=0.95の相関とr=0.5の相関は比べ物にならないので、そのあたりにも秘密があるかもしれません。
    池田先生が子育て世帯の貧困率を出しておられましたが、年金生活世帯でどんなデータになっているのか、興味がわきました。

  7. 7.
    • jestemneko
    • 2010年08月31日 20:42

    jij999さん、多くの国民が不況で苦しんでいるというのに、総理が「増税すれば景気が良くなる」などと発言し、幹事長が「金利を上げれば景気が良くなる」などと発言する民主党は、気がふれているとしか言いようがないですよ。そういう常識外れのバカが政権を担っているのは問題です。早めに衆院を解散しないといけないでしょう。
    それはそれとして、国家の立場では、金融や財政を貨幣法制説で考えるほうが楽です。そのため、政府がそのような経済の専門家やエセ専門家を尊重してしまうということもあるでしょう。総裁が三橋さんのような人をスカウトして公認してしまう自民党も、気をつけないといけないでしょう。しかし、そこらへんを厳しく指摘する経済の専門家も、あまりいないように思うのです。これはなぜでしょうか。私は、変動相場制の下では、貨幣商品説が当たり前じゃないかと思っていますけど、現実はちがいますからねえ、、、

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