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[20752] 涼宮ハルヒの憂鬱 (オリ主 転生?物) 【第一部完】
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/09/01 18:16
 ぴぴんっ、と来たので見切り発車で書いてしまいました。

 あのメンバーに転生者が居ても不思議じゃないかな、と。

 続くかどうかは、モチベ次第っす。



 <更新履歴>

 2010/07/31 一話投稿

 2010/08/01 二話投稿

 2010/08/02 三話投稿 一話、二話について感想での指摘箇所を修正 

 2010/08/03 四話投稿

 2010/08/04 五話投稿 全話の気に入らないところ、一次修正。

 2010/08/09 六話投稿 五話を修正

 2010/08/16 七話投稿 五話を修正

 2010/08/18 八話投稿

 2010/08/20 九話投稿

 2010/08/23 十話投稿

 2010/08/24 十一話投稿

 2010/08/27 十二話投稿

 2010/09/01 十三話投稿



[20752] 一話 というか序章
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/21 00:26
 「国境の長いトンネルを抜けると、雪国であった。」 というのは、雪国という小説を知らない人でも知っているような有名な文だ。

 この名文は、唐突な感じがするかもしれない。だって、トンネルを抜けた先が真っ白な銀世界。さぞかし綺麗な光景であろう。

 トンネルというのは、何かと何かをつなぐ分岐点、境目の役割をもつ。いや、人間が勝手に想像してしまうのだろうか。某ジブリの神隠してきな映画でもトンネルが重要なファクターであったような気がする。

 まぁ、なんだ。こんなトンネル何てものについて長々と語ってしまったが、許してほしい。なぜなら、かく言う自分も、そのトンネルで人生がまるっときっかり180度変わってしまった人間の一人なのだから。














「ついに高校か……」

 これから三年間、通うことになるであろう学校。その学校は長い坂の先にあった。たぶん、というか確実に学内では「地獄坂」と呼ぶであろうその坂は、高級住宅街の間をくねくねと蛇行して続いていた。今、自分の息が上がっているのはコイツのせいにほかならない。

 周りには新しい制服を身にまとった初々しい生徒たちが見える。入学式と書かれた、あのお決まりの看板の前で親らしき人と写真を撮っているひとも見える。

 桜は日本の学校には珍しく、周りには見当たらない。標高が高過ぎるんちゃうんかと、ま、それはないか。

 親は先に行ってるらしいし、さっさとこの退屈なイベントを終わらせよう。そして帰って本でも読もう。そう考えていると、後ろから聞きたくもない声が聞こえてきた。

「おい、林!」

 仕方がなしに、振り返ってみるとそこにはワックスでコテコテの髪をした生徒……、そして自分と同じ制服。つまり、同じ新入生ってことだ。

「……なんだよ、谷口」

「何だとと言われれば、お前の親友、谷口様だろうが。けッ、なんだよ一緒に行こうっていったのによ」

「お前と一緒に行くと、絶対、新入生のランク付けとかやんだろ」

「さっすが、俺の親友! よくわかってんじゃねぇか。今のところだな……」

「はいはい、それは後で聞くから。とりあえずクラスでも見に行こうぜ。こんなとこに突っ立てたら邪魔になっちまう」

「おお、それもそうだな。で、だな……」

 隣で今まで見てきた女子を勝手にランク付けしているバカは谷口。同じ中学で友達をやっていた奴だ。親友ってほどでもない、多分。

 うるさい隣を無視しながら、クラスが展示してある区画に向かう。そこはやっぱり、見に来た生徒たちが集まっていて、人だかりができていた。

「谷口よ」

「であの黒髪の……、なんだよ」

「頑張って見てきてくれないか」

「はぁ、なんでだよ」

「お前の姉ちゃんに拉致らそうになったあの件、それと去年の合コンのセッティングの件、それと」

「わかった、わかった。分かったからもうやめてくれ。あーあ、はいはい、林先生には頭が上がりませんよー」

「分かればよろしい」

 谷口には高校生の時点で、自分に大きな借りがあるのだ。まあ、これもある種の打算と保険なのだが。これについてはおいおい語ることになるかもしれない。

 もう人の壁と言っても過言でない、そんな人だかりに突進していく谷口。

 じつはこのクラス発表は自分の今後決めるといっても過言ではない。いや、普通の人とは違うのである。自分にとっては、このクラス分けは人生を決めるのである。

「はあ、はあ、はあ」

「御苦労。で、どうだったよ?」

「じゃっじゃじゃーん! お前と同じクラスだぜ!」

 その言葉を聞いた自分は唇をギュっと噛んで空を見上げる。心の中で、ああ、多分そうなるだろうとは思っていたが、外れて欲しいという自分の願いはこの世界の神様は聞きいれてくれなかったのだろう。

 空には雲ひとつない快晴。雲量はゼロだ。まったく、自分の心模様とは全くの正反対。

「く……、ちくしょー!!」

「な、なんだなんだ林! そんなに俺と同じなのが嫌なのか!」

 慌てふためく谷口をしり目に思う。自分もついにこんなバカげたお話の登場人物のひとりか、と。











 先ほどの奇行を説明するには、ちょっと過去に戻らなければならない。そう、かれこれ十五年前ほど前の話。

 当時、自分は二十六歳のサラリーマンであった。やっと自分にも部下ができ、仕事が楽しくなってきたころだ。社内恋愛をすることかれこれ四年。社内ではいつ、自分達が結婚するか賭けが行われていたらしいが、まあそれは置いておこう。

 つまり、自分は晴れてその付き合ってた彼女と結婚することになったのだ。

 順風満帆。そう、そんな言葉が似合う、平凡ながらも幸せな人生であった。そう、そうであったはずだ。

 だがしかし、そんな自分に大きな人生の転換期がやってきたのである。そう、結婚なんてもんが霞むほどに。

 あれは、彼女の実家に結婚のあいさつに行く予定で、東北の方に列車で向かっていた時だ。例にもれなく自分はかなり緊張していた。そのせいかあまりその時の事を思い出すことができない。

 挨拶はどうするのか。やっぱり娘さんをくださいというのか。そんな事をつらつらと考えていた気がする。

 変化は突然やってきた。列車がトンネルをくぐっていて車内が真っ暗になった時だ。すごく長いトンネルだな、なんて思っていた自分だが、まず最初に平行感覚がおかしくなった。続いて、今度は聴覚。そして、最後にどこかに放り出されるような感覚。

 自分は雪国を見ることなく、気を失ったのだ。



 そして、次に気づくと、変な感覚とともに強烈な眠気。

 その後、自分は凡人らしく色々悩んだり怒りを覚えたりしたのだが、そこは割愛しよう。思い出したくもないし。

 そっからは混乱のしっぱなしであった。そりゃ、自分がいきなり他の人間、それも赤ちゃんになってんだから。

 似たような小説、話も知識としては知っていたが、聞くのと実際自分の身に降りかかるのは違う。まるっきり違う。

 そして思ったさ。これは何の冗談だ?ってね。

 成長して確認したこと。

 その一。

 ここが、魔法をぶっ放すようなイカレタ世界でも、土器作ってるような大昔でもなく、我らが愛する現代日本であったということ。そして、正確には自分が生まれたのと同じ年。トンネルのあの日の二十六年前ってこと。

 その二。

 自分は自分ではない。

 何を当たり前のことをと思うかもしれないが、ただ単に過去に戻ったのではないか、と期待していた自分はそんなおかしくはないと思う。

 平凡を絵にかいたような顔だったが、それなりに愛着を持っていたのだ。名前が前と違うのはすぐに分かったが、顔は……、いや顔も比較的早期に元の顔とは違うと確信できた。理由はまた後にでも。

 その三。

 この世界がそう、どこかの小説なりどっかのお話の中じゃないかということ。

 この手の小説じゃあ、どこか他の物語に入ってしまうのが王道だからだ。

 これは比較的後期に分かった事だが、その時の自分の衝撃は計り知れないものがあった。

 小学生のころ、地図帳で冬木やら海鳴やら探したが、やっぱりそんなものも載っていなく、うちの家族のちょっと過保護なところがあったが比較的常識人たちだった。魔術なり剣なんか微塵も感じさせない素晴らしく普通な人達であった。

 おかしいと思いだしたのは中学に入ったころ。まず、東中という名前。ちょこっと、そう少しだけ。心に引っかかるものがあったのだ。

 それが確信に変わるのは、彼女の名前を聞いた時であった。そう、あの有名な一度聴いたら忘れないような、そんな名前。

 彼女―――そう、涼宮ハルヒ、その人だった。






 続く、かな……



[20752] 二話
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/05 14:21
 彼女―――涼宮ハルヒ。

 前の世界では、一般人でも名前は聞いたことがあるというそれなりに有名な小説だ。ライトノベルが原作でメディアミックスもされていた。

 自分は、趣味の欄には読書と書くような人間だったから、ライトノベルというカテゴリの本も読んでいた。だから当然、ライトノベル「涼宮ハルヒの憂鬱」も知っていたし、読んでもいた。

 ぶっちゃけると、ファンだった。

 まあでも、いちいちイベントの順序何てもんを暗記している訳でもないし、精々ああこんなこともあったなぁぐらいしか覚えていない。後は登場人物だとか。東中なんて超ミクロなヒントで頭に引っかかりを覚えただけでも、すごいことだと思う。

 そして、その引っかかりはクラス名簿で涼宮ハルヒの名前を見つけることによって、確信に変わっていった。

 そんな名前が片がなで、涼宮なんて言ったら一人しかいない。地球に巨大隕石か当たる確率で、万が一偶然にたまたま同じ名前を付けたのかもしれない。いや、これは涼宮姓の痛いファンが悪乗りしてつけた名前かもしれない、いやそうに決まってる。

 自分のか細いその希望は、涼宮の奇行がうわさになるにつれ、自分を打ちのめしていった。

 
 さて、悪夢が現実になろうとしていた時、自分はふと思いついた。

 同じ中学? いや、そんなの関係ないね。涼宮が神? それこそ、知ったこっちゃない。宇宙人、未来人何でもありなんだからこれ以上、ぽんぽん増やさないでくれ。

 というわけで、彼女とは出来るだけ距離をとったのだ。かなり彼女は有名人だったので、避けるのは簡単だった。というか、クラスの大半が避けてた。うん、現実であんなことやってたら普通引くよね。

 しかし、中学で彼女の噂なんなり聞くうちに自分は次第に怖くなってきた。

 だってそうだろ? あいつは腐っても神なんだ。そして、曹操なみの人材収集癖がある。それも本人は無自覚でだ。そんな奴がこの転生者なんて面白い人材をほっておく訳がない。

 だから、自分は手を打っておいた。

 そう、あの谷口だ。アニメでの印象が強かったせいか、最初見た時はあいつがそうだとは分からなかった。だって、中一の頃、坊主だったんだぜ?

 たしかあいつはキョンと同じクラスになる。同じような奴に国木田なんて奴が居たような気がしたが、そんな名前の奴は東中には居なかった。違う中学にいるんだろう。

 手とは簡単。谷口と友達になっておく。出来れば自分が優位になるような形で。もし、涼宮が自分をそっちに入れようとするなら同じクラスになるだろう。そしたら主人公であるキョンと自然にお近づきになるために谷口を利用させてもらったわけだ。

 あと、あの何も考えてなさそうなキャラに会ってみたかったというのもある。実際、アホの子だったわけだが。

 涼宮を避けながら、谷口とバカ話をしながら、授業中にゆっくりと読書。そうして、二度目の中学生生活は過ぎて行った。

 最後の方になって、ああ、たしか古泉って他のクラスだったような、じゃあ、意味ないじゃん。なんて思ったが、もう後は野となれ山となれだ。少なくとも同じクラスになったらSOS団に入る確率は多少なりとも上がるんだから。自分がどう頑張っても、何も変わらない、変えれない。

 神様に凡人は勝てないのだから。






 と、色々と徒労に終わった中学生活に思いを寄せていると、どうやら各自分のクラスに移動するみたいだ。ぞろぞろと飴に群がる蟻のごとく、校長のありがたい話を聞き終えた新入生たちはそれぞれの教室に向かっている。

 制服は男子がブレザーで女子はセーラー服である。何やらおかしい組み合わせだ。前の世界を知っている自分からすれば、何やらコスプレをしているようで気恥ずかしくなってくる。

 やっぱり、校長がセーラー服好きだからなのかな、なんてことを考えて、生徒の波に乗っていると目的の教室の前にたどり着いた。

 席は最初は名前順。林は「は」なので、比較的後ろ側である。そして、あの涼宮は……、居た。

 
 教室の中央ですでに座っている。顔はかなり不機嫌そうだ。確かにあの校長の長い話を聞けばそうなるのも不思議ではない。

 さて、その前には、我らが主人公。平凡な我らの唯一のみかたである「キョン」君が居るはずなんだが、まだ教室には来てないようだ。

 確認する事も終えて手持無沙汰にしていたみんなだが、先生が入ってくると同時に前を向く。

「みんなに自己紹介をしてもらう」

 来た、いつもの儀式だ。そして、みんなが若干緊張した様子で自己紹介をしていく。席の最初から、無難に。確かに高校の最初の印象がここで決まるわけだから、そうなるのも無理はない。

 ついにキョン君の番である。

 結論から言うと、ホント無難な自己紹介だった。本人も確か、小説の中でそう言っていたが。

 で次が問題だ。

「東中、出身。涼宮ハルヒ」

 ここまでは、問題ない。問題なのは次からだ。

「ただの人間には興味はありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者、その他の不思議な人がいたら私のところに来なさい。以上」

 クラスのみんながいっせいに、彼女の方を振り向く中、自分はボーと黒板を見詰めながら、周りの喧騒を聞き流していた。このセリフを現実に聞く事に……ってちょっと待て。今、こいつはなんていった。

 バッと振り返ると何もなかったのように座る涼宮ハルヒ。周りは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、自分もそのような顔をしていただろう。ただその驚きの対象は全然違うところだったが。自分が記憶していたセリフと微妙に違う。そう、ホント微妙だったけど。でも決定的な違い。

 なに、その他の不思議な人? 自分はその他枠でこんな世界に飛ばされたのか? 

 このやりようのない怒りはどうすればいいのだろう。自分はすでに、自分がこんな事になった原因は彼女だと考えていた。なぜなら、あらゆる小説で起きた不思議な事件の裏側には彼女が居たからだ。

 ざわめきが収まらない教室でも順当に自己紹介は続いて行った。そして、自分の番がやってきた。

 え? 自己紹介はどうだったかって? あんなショッキングな自己紹介の後のやつなんてみんな聞いていない。無難にこなしたさ、趣味は読書って、クラスで何回も聞いた言い回しを用いて、ね。









 そして、かれこれ涼宮クライシス(そう言っても過言でもない衝撃を彼女はクラスに与えたと思う)から一週間がたった。早いもので、もう仲良しグループなんてものが出来てくるころ合いだ。

 自分はクラスの東中出身者の中で、比較的仲の良かった谷口と一緒に弁当を食べるようになった。その近くにいた国木田とキョンも同じく弁当を食べる仲だ。こう、会ったばっかりの距離感の掴めなさが初々しい。

 話題はやはり、このクラスで注目度ナンバーワン、涼宮の話となる。

「そういやお前、この前涼宮に声をかけてたな」

 谷口が、卵焼きを箸で突き刺しながら、トイメンのキョンに話しかける。

「ああ。まあな」

 答えるキョン。

 ああ、このあだ名が妙にしっくりくるのはなぜだろう。何年も前から、呼んでいたように自然に呼べる。

 キョン君は普通に好青年であった。おかしいところなんて何一つない。一般ピープルだ。

「もし狙ってんなら止めとけ。あいつは地雷だ」

 もぐもぐしながら話す谷口。こら、ものを口に入れたまましゃべるな。

「はぁ? 狙ってる?」

 と顔をしかめながらキョンが言う。

「あいつはなぁ、東中では奇人変人の代表格で通ってんだ。なぁ、林先生?」

「ああ。あいつには色々と伝説があるな」

 今日の弁当は、ほとんど冷凍ものだ。手造りは、卵焼きだけ。ん、いや、文句があるわけではないんだ。朝に作る弁当のめんどくささは前世?でよくしっていたから。

「涼宮さんって、あの自己紹介の?」

 国木田が魚を箸で器用に取り分けながら言う。

「ああ、あいつの奇人っぷりは常軌を逸している。んー、たとえば校庭落書き事件とか」

「なんじゃそら?」

「では、解説の方をどーぞ林先生」

 谷口の野郎、好き勝手言いやがって……

「ある日な、うちの学校の校庭におっきな三角やら四角のナスカの地上絵のなりぞこないみたいな奴が突然出現してな」

「あ、それ新聞で見たことある。航空写真がのってたよね、たしか」

「ああ、地方欄でな。で、当然誰が書いたか?ってことになったんだが……」

「……涼宮か」

 キョンが手を額に当てながら言う。そう、あのポーズだ。

「他にもな、『朝のポルターガイスト事件』やら、『キョンシー事件』、あとは『五分後のハルマゲドン事件』とかな」

「なんだその大層な名前は」

「実際は大したことないんだ。ある奴が涼宮に告白したんだな。まぁ、確かに奇行云々に目をつぶれば見た目はいいからな」

「そうそう、確か二年までに……七人だったか?」

 谷口が補足する。なんてどうでもいい情報にだけ脳の容量を割くんだ、お前は。

「で、何故だかは分からんが、彼女は断ることはしないんだな、これが。そのくせ直ぐ振るんだ、その最短時間が五分ってわけ。振られた彼の傷心具合におそれおののいた自分たちはそれを『五分後のハルマゲドン事件』なんて呼び始めたんだよ」

「……下らんな」

「……ああ、くだらない」

 キョン、全くそれついては同意するぜ。

「確かにあいつ、顔だけはいいからな。Aランク以上だな」

 谷口は顔をだらしなく緩ませ、にやにやとしながら言う。

「このクラスでのオススメは……、朝倉涼子だな」

 谷口が箸で示した先には、女子の中で姦しく騒いでいる、朝倉涼子が見える。……うわぁ、マジであんな眉毛なんだ。あの眉毛で普通にかわいく思えるのが逆にすごいわ。

「彼女はランクはどれくらいなの?」

「AAランク+だな。俺の見立てじゃ、学年のトップ3に入ると思うね」

 熱弁をふるう谷口がそこはかとなくうざい。

 朝倉はクラスの中心になりつつあるようだ。確かに、同性にも、もちろん異性にも人気があるし、なにやらカリスマみたいなのを持ってる。……あの眉毛で。

 それにあの鉄壁を誇る涼宮にいまだアタックし続ける猛者だ。最初の頃こそ、周りの女子たちが話しかけていたが、にべもなくその言葉の壁に阻まれて、すごすごと退散していった。

 会話のキャッチボールなんて、彼女はする気がないのであろう。こっちが投げても知らんぷり。やっと投げた思ったら場外へ飛んでいく始末。そう考えると、最初に声をかけ、会話が数回でも続いたキョンってとてつもなくすごいのではなかろうか。まぁ、主人公だしね。

 しかし、すべてを知っている自分としては、少々複雑だ。朝倉が人間じゃないということを。











 さて、その後自分にとって、かなり平凡で、それでいてかつ大切な何もない生活を送っていた。

 キョン、国木田、自分、谷口と何やらいつもつるむメンバーが決まり、たまにバカ話したり、帰って本を読んだり。

 キョンと涼宮はその後もホームルーム中に話したりしているのを見かけた。よしよし、そのままキョン、君は涼宮係にすっぽり収まってくれ、頼む。

 やっぱり、自分が覚えているように、涼宮は曜日ごとに髪型を変えているらしい。というのも、あまりじろじろ見ていると、なんやら難癖付けられそうな雰囲気だったのだ。

 二度目の高校生活も大体中学で予習を済ませておいたので、特にやることもなし、そして文句もつけようもない素晴らしい生活だった。

 これだよ、これ! 自分が望んでいたのは、こんな生活だったんだよ!

 どうやら、本格的にキョンの『涼宮係』の地位が固まりつつあるようで、何か涼宮に用がある時は、キョンを通して伝えることとなった。

 高校生活、青春の舞台になるのは部活となるわけだが、自分の希望は涼宮の居ないクラブだ。ただ条件はそれだけの、この就職氷河期ではめったにお目にかかれないほどの好条件のくせに、それに当てはまるクラブはことごとくない。

 何故かって? ことごとくクラブに涼宮がいんだよ! なんだ、なんか恨みでもあんのか!? 

 個人的には、ゆっくり本などが読める文学部がいいのだが……、うん、そうだよね。虎穴に入らずんば虎児を得ずってレベルじゃないよね。ていうか、魔王のいるラスボスダンジョンだよね。いっそ文学部亡命政府でもつくるか。

 しかし、時は無情に過ぎていく。やっぱり、自分の期待とは裏腹に原作通りに進んでいく。

 授業中にいきなり、奇声を発したかと思えば、さっき国木田は校門でバニーガールを見たらしいし、ついにアレが結成されたらしい。


 しかし、自分はどうやら安心していたようだ。いきなり結成時に引っ張り込まれる事もなかったし、どうやらキョンの友達C ポジションにすっぽり嵌ったとも思ってたからな。


 だがしかし、そんな考えは甘かった。そりゃあもう、吐きそうになるぐらい。

 天災は忘れたころにやってくる。涼宮も忘れたころにやってくる。この場合は人災なんだろうか? いや、彼女による被害の規模を考えるとまさしく『天災』なんじゃないだろうか。


 そして、ついにそれはやってくた。





   ……coming soon 続け!




[20752] 三話
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/05 14:28
 二度目の高校生活が始まって、早一か月が過ぎようとしていた。当初は色々な不安要素が、そりゃあもういっぱい満杯だったので、内心びくびくしてたもんだが、人間の慣れっていうのは怖いね。もうこの通り平然と寝坊をしてしまうほど自分は緩みきっているのであった。

 目の前には、先ほどから自己主張が激しい目覚まし時計。彼が言うには、すでに一限開始時間なんかとっくに過ぎている。自分は彼を親の敵のように睨むが、やっぱり指し示す時間は変わらない。

 しゃあない。二限目から出るか。一限はたしか体育だから、なんとかごまかせるだろう。

 そう考えて、いつものルーチンワークを開始するのであった。








 「京子さん、行ってきまーす!」

 靴ひもを結び終わった後、家をゆっくりとでる。いつもは割とギリギリに出るのでこんなに余裕を持って出ることはない。

 ここから高校へは徒歩15分ほどである。近いって言うには遠すぎて、遠いというには近い距離。ま、今日はゆっくりと行きますかな。


 しばらく歩くと、ふと何やら嫌な予感がする。見られているような、そんな感じ。お風呂で感じるあの感じ。

「ニャー」

 右の方から何やら猫の声が聞こえてきた。右端には塀の上にいる黒い猫。余談であるが自分は犬派である。別に猫が嫌いって訳じゃないが。

 ははーん、こいつがさっきの視線の正体か。時間を見ると、まだ二限には早い。ふむ、ちょっと遊んでいくか。

 そろーりと、電信柱のうらに隠れた奴を追いかける。んー、慣れてないのかな?

 近づいて見ると、ほんと真黒である。毛並みがいいってことは、飼い猫かもしれん。それか、通いネコか。

「みゃー」

 ん?


「みゃー」「みゃー」「みゃー」

 んん?



「みゃー」「みゃー」「ニャー」「みゃー」「みゃー」「みゃー」「みゃー」「ニャー」「ニャー」「みゃー」「みゃー」「みゃー」


 大行進。まさに大行進と呼ぶに値する行進だった。

 いつの間にか増えた黒猫達は、目の前をぞろぞろと、まるでわが子を殺されたオウムのように、自分の前を横断していく。

 正直、見ていて気持ちいいもんじゃなかった。というかキモかった。カマキリの幼虫の孵化を見ている感じである。


 二分もすると、彼らは居なくなってしまった。そこに残されたのはボーとした自分だけ。

「い、今のは何だったんだろう?」

 そう一人でごちてしまうほど、自分は混乱していたのだろう。気を取り戻して、一歩歩こうとすると、

『ブチッ!』

 と、何やら命綱かキレたような音がした。

 音の原因は真下、靴ひもが切れたのである。


 


 そして、今日が自分の命日になることを確信した。














 二限目から授業に参加したが、常に迫りくる悪寒とは裏腹に何事もなく過ぎて行った。自分としては、校門にニクソン・ステイシーが居てバトルぐらいの意気込みでいたのだが。

 本番は放課後からであった。

 最後のチャイムとともに、みんなの雰囲気があの独特の感じに変わる。もう、帰ろう。マッハで GO HOME! と準備している自分に、嫌な声が聞こえてきた。

「おーい! 林!」

 この声は、涼宮の手下と学校に認知されて近しいキョンじゃないか!

「急用だから、帰る! じゃ!」

 急いで帰ろうとする自分の肩を、ぐっと掴むキョン。

「まあ、待て。五分、五分だけでいいんだ。ちょっとついて来てくれよ」

 振り返るな……振り返るな、……飲み込まれるぞ……

「ダメだ! 妹が急病で入院したんだ!」

「お前、一人っ子だろ!?」

「じ、じゃあ、あれだ! 京子さんが跳ねられた!」

「じゃあって何だよ!」

 くそ、やっぱりボスは最後に来るものらしい。せっかく今日はキョンと間とって、休憩時間はトイレに籠ってたのに! 便所飯なんて初めて食ったぞ!

 万力のような力で肩が徐々に引っ張られる。ああ、ダメだ、この展開は……


 その後、およそ十分にもわたる激闘を繰り広げた自分たちだが、ついには折れた。

「ぜー、ぜー、で、なんだ、何しにどこに連れられて行くんだ」

「ぜー、ああ、ちょっと文学部にな」

「おい、キョン! この目を見ろ!」

 全力で目をそらすキョン。


 その時である。二人の攻防を興味深そうに見ていた生徒たちも居なくなった放課後の教室に、大きな扉開く音が響いた。

「キョン! まだなの!? もう、三十分もたつわよ!」

「げげっ!涼宮!?」

 そこには二人を、新しいおもちゃを見つけた子供の様な、まったくもっていい笑顔を浮かべた涼宮が立っていた。












 ドナドナと聞こえそうである。今、文学部の部室の前に居るのだが、何故だか外で待たされている。

 先ほど、涼宮が古泉らしき青年を連れて入ったから、今頃紹介でもしているのであろう。「宇宙人や、未来人、超能力者を探し出して一緒に遊ぶことよ!」なんて声が中から聞こえてくる。

 その後少したってから、入りなさいーと涼宮の声が聞こえた。

 ハハッ、どうしようもないな、こりゃ。

 勢いよく、ドアを開けた。



 部室の中は、思ったよりも広かった。

 中央にはよく体育館にあるような机が二台、横に並べてある。机の奥の方には『団長』と書かれた三角のアレと部屋には不釣り合いに真新しいパソコン。ここには居ないパソ研部長を偲ぶ。

 奥の方に涼宮がふんぞり返って自分の方を見ている。後ろのキョンは無言で目の前に手を合わせ、ごめんなさいをしていた。

 さらにその奥の部屋の隅に、そのウサギの様な眼をめいいっぱい広げてこちらを見つめる長門。この驚愕に満ちた顔を見るのは最初で最後なんだろうなと思う。

 彼女はメガネをかけたままだから、まだあの戦闘前ってことだ。小柄な体で整った小動物の様な顔。確かに、笑えば大抵の男は比護欲にかられてときめいてしまうだろう。

 右手には、これまた驚くメイド姿の……これが朝比奈さんなんだろうな。手を口に当て、まぁ、と驚くその姿もどこか上品だ。

 うん、可愛い。あの谷口が語っていただけの事はある。メイド姿もバッチシだ。

 さて、最後のSOS団団員、古泉。自分より五センチほど高い背の青年だ。顔は切って貼ったような笑顔が崩れてないが、眼はその驚きで少し見開いている。

 うん、皆さん、かなり驚いているよね。

「あのね、私最近思っていたの。SOS団のマスコットをみくるちゃん一人に背おわせるのは、酷だってね」

 いきなり朗々とした語りぐちで語り出す涼宮。未だみんなの硬直はとけていない。

「だからね、もう一人のマスコットが我がSOS団に必要だと思っていたの。こいつはこんなぼったいメガネをつけてるけど……」

 つかつかと涼宮が近寄ってくる。後ずさる自分。徐々に距離が詰まっていく。

『カチャ』

 
 あ……



「ほら」

「ほう」

「まぁ」

 上から、涼宮、古泉、朝比奈さんである。止めてくれ! そんな小さな子犬を見るような目で見ないで!

「ね! 見てよこの子の顔! メガネをとったらこんな可愛い顔なんて、うーん、ベタだわ、いい! すごくいい!」

 そうなのである。この世界の自分は顔が……こう……かわいいのだ。もうね、諦めましたよ。幼稚園の頃まで、いや小学校高学年でもどっちかって言うと、呼び方お嬢ちゃんだったからね。平凡な昔の顔が、懐かしい。

 小さい頃は、やはり周りの子供たちとの話が合う訳もなく、いつも本を読んでいたもんだった。そのせいか、視力がハヤブサのごとく急降下。これ幸いとメガネと伸ばした髪で何とか顔を隠したんだが、まさかこう来るとは。

「もう決定。林! あんたSOS団に入りなさい!」

 後ろを見ると、キョンがもうジャンピング土下座しそうな、そりゃあもう申し訳なさそうな顔。ばらしたのはお前か! キョン相手に目で遺憾の意を示す。

(ちょ、お前何ばらしとんねん!)

(すまん! 林! 不覚にも、パソ研部長と同じ目に……)

(さらに許せん! このユダが! 大きかったか!?)

(やわらか硬かった!)

(……MIKURUフォルダで手を打ってやる)

(……林!)

 男同士の友情を深めている中、涼宮はさらに話を進める。まさに唯我独尊。ブッダ先生も涙目だろう。

「じゃあ、みんな! 自己紹介して」

「ちょ、ちょっと待て。SOS団って、何? 何をするの?」

 実は知ってるけどな!

 基本路線として、転生者なんてもんは隠すこととした。理由とすれば、まず目に見えた証拠がない。そしてめんどくさいからだ。

「さっきも言っんだけど……、うーん、ま、確認のためにも復唱は必要よね。じゃあみんな! 私の後に続いて!」

「宇宙人、未来人、超能力者とかを探しだして、遊ぶ!」

『宇宙人、未来人、超能力者とかを探しだして、遊ぶ!』

 
 新興宗教か。

「じゃあ、自己紹介ね。私は涼宮ハルヒ。泣く子も黙る団長よ!」

 知ってます。

「では、次は僕ですね。九組の古泉一樹です。よろしくお願いします」

 知ってます。

「次は私ですね。えーと二年の朝比奈みくるです。林君でしたっけ? これからもお願いしますね」

 萌え。

「……長門有希」

 一言。

「もうこれで六人も揃ったわね。一人だぶったけどこれで学校も文句なく活動できるわ!」

 その後、ドタバタと、古泉君と学校案内にいってくるわと言って出て行ってしまった。

 残された四人。キョンはやれやれと溜息を洩らし、長門は一ミリも動かない。朝比奈さんはおろおろとしている。

「……なあ、キョン」

「なんだ」

「自分は何でここにいるんだろうな?」

「……」

 き、気まずい。なんだこれ、すっごい疎外感を感じる。下手にみんなの事を知ってるおかげで、話題が出にくい。

「あの~、林君ってキョン君と同じクラスなんですか?」

 ちょんと首をかしげながら、朝比奈さんが聞いてくる。かわいすぎてなんか正面から見れないから不思議なもんだ。

「え、ええ。キョンとはよく昼飯とか一緒に食べてますよ。後、涼宮も同じクラスです」

「へー、そうなんですか」


 会 話 終 了 誰か、だれか助けてくれ!


「そ、そういえば長門さんだっけ? ここ文学部の部室だけど勝手につかっちゃていいのかな?」

 彼女は目線を本から話さずに、

「……大丈夫」

 一言で返された。鋭い、鋭すぎるリターンだぜ。どこかの王子様も真っ青だ。

 

 ああ、この空気が続くなんてどんな罰ゲームだ。

 そうだ、この空気から逃げよう。思い立ったら即決断、カバンを下げて、同じ様な事を思ったキョンと帰る用意をしていると、どうやら長門が何やら彼にわたしているようだった。


 帰り道、まだ始まったばかりの運動クラブの掛け声をBGMにキョンと一緒に帰る。途中まで帰り道は一緒なのだ。『涼宮係』と目されてた頃から、さりげなく一緒に帰るのを避けてたんだが、もう関係ない。そのうち子分2号なんてよばれるんだろう。

「そう言えばさっき、何をもらったの?」

「ん? ああ、長門のか。えーとな……」

 ごそごそとカバンの中をキョンが探って、出てきたのはコテコテのSFハードカバーだった。

「へー、面白そうじゃん」

「お前はそうかも知れんが、俺はこんなの読めねえよ」

「ちょっと貸してみ。……あれ」

 そこには、何やらワープロ染みた文字が書いてある栞が挟まっていた。

『午後7時。光陽園駅前公園にて待つ。二人で来て。』

 と書いてあるのを二人で首をかしげる。

「これは……長門のか?」

「まあ、状況的にそうだろうね。どうする? 自分としてはどっちでもいいんだけど」

 顔ではどうでもよさそうな顔をしていたと思うがが、内心はかなり混乱していた。

 二人? どういうことだ? ここでいきなりの原作乖離に少し戸惑うが、すぐに思い直す。最大のイレギュラーがここにいるじゃないか。

「どうしようかね」

「……晴れて涼宮一味になったわけだが、あの転校生は別として他の二人はどうなんだ?」

 恨みがましくキョンを見つめる。

「うっ、悪かったよ、埋め合わせはちゃんとするから、メガネをつけてくれ! ……朝比奈さんはあれだな。可愛いマスコット。その一言に尽きる。でも、たぶんいい先輩だよ」

「ふーん。それはよかったけど。


 ……でかかったな」

「ああ、お茶を入れる時とかに、胸が……」

「言うな、野暮になる」

「……ああ」


 その後、再び集まる事を約束して自分達は別れたのだった。


 



[20752] 四話
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/05 14:37

 『午後7時。光陽園駅前公園にて待つ。二人で来て。』

 これは長門がキョンに渡した栞に書いてあったものだ。キョンととりあえず待ち合わせ場所に行ってみることを、約束し別れたのが大体三時間前ぐらいだろうか。もうあたりは薄暗いを通り越して暗い。空がどんよりと曇っているからだ。

 こりゃ、雨が降るかもしれないな、と思い傘を持って歩いて行くことにしたので、時間より少し早めに出たのだった。

 光陽園駅前公園はその名の通り、光陽園駅という私鉄の駅の前にある。近くに商店街があったりと割とにぎわっている場所なのだが、今日はこの天気のせいかあまり人はいないようだった。

 街灯に薄明るく照らされた公園に入っていくと長門がぽつんとたたずんでいた。手持ちの携帯を確認してみると六時五十分。ふむ、早く着きすぎたか。目の前には制服姿の長門有希。薄暗く生温かい空気とその陶器のような白い肌が相まって、なにやら猟奇的な雰囲気を感じる。

「よお、長門。キョンはまだ来てないのか?」

 長門は読んでいた、これまた太いブックカバーの本から、目線をこちらに向けた。

「まだ」

「そうか、まぁまだ時間前だしな。じっくり待ちますかね」

 しかし、自分はこの長門の事を『知っている』からなんとも思わないが、このそっけなさを普通の人が見たら気味悪がる前に怒るんじゃないか?

 その前にだ。長門、つまり何だったな、たしかヒューマノイド・インターフェイスだったか。こいつがどこまで知っているのかが問題だ。もしこいつが人の記憶を探ったりできるようなバケモノだった場合、自分の秘密は赤裸々になることとなる。そうなると下手に隠すことは、自分の利益にはならない。

 だからと言って、もし自分が先に「お前はどこまでできるんだ? 未来予知なんかも情報統合思念体なんて奴はできるんかね?」なんて聞いた日には、逸般人扱いされるだろうし。もし長門が自分の事を知らないのだとしたら大やけどだ。

 つまり、今の自分に出来ることは一つ。キョンと一緒に猿芝居を打つしかない。受身しかできない今の状況には歯がゆい気持ちになるが、ここは我慢どころだ。

「おーい、待ったか! すまんすまん、妹が放してくれなくてな……」

 思考に割り振っていた意識を遅れてきたキョンに向ける。自転車を押しながら近づくキョンの息は荒い。どうやら急いできたというのは本当らしい。

「いや、今来たばかりだよ」

「行く」

 そそくさと歩く長門。それを見て顔をうかがうキョンに肩をすくめて見せる。

 制服を着た小柄な女の子とメガネと髪で顔を隠した男、そして自転車を押しながら荒い息をする男と不審さ大爆発なトリオは、長門の家らしいマンションへと急ぐ。

 オートロックのちょっといい感じのマンションに自分達三人組は到着した。結婚をあきらめたOLが買いそうな高級マンションだ。少なくとも女の子一人が暮らすようなところじゃない。

 エレベータに乗っている間も特に会話もなかった。原作ではキョン一人で呼ばれることになるのだが、確かに少しぐらい期待してもいい雰囲気ができるだろう、隣に居るのが長門以外だったらな!

 708号室と書かれた玄関につくと、かちゃという軽快な音とともに長門は扉を開け、中に入っていった。

『お、おじゃましまーす』

 キョンはこれから何が起こるのか、何故呼ばれたか分からないで戸惑った様子だ。当たり前か。

 中に入って見ると、まったくと言っていいほど生活臭がない。3LDほどのなかなか立派な家だが、リビングにはただコタツがぽつんと置いてあるだけだ。他にカーテンすらないその部屋の様子は、見る者になにやら神聖な気持ちを抱かせる。いや、ただの生活感のない部屋なのだが。

「座って」

 長門の言葉におずおずと座るキョン。夜に女の子の部屋に呼ばれる理由を必死に脳内検索しているのか、その様子は挙動不審である。

 思わず正座しているキョンに苦笑しつつ声をかける。自然と声は小さくなった。

「なぁ、自分達は何で呼ばれたんだ」

「さっぱり分からん。こっちが逆に聞きたいぐらいさ」

 そうしてキョンは長門が消えていった台所を見やる。






 しばらくして、長門が今入れたであろうお茶を二つお盆に載せてやってきた。その如才ない動きはどこかからくり人形を思わせる。

 お茶を二人の前に置いた。


 無言。



 なんかしゃべれよ。

「なぁ、長門。今日俺たちが呼ばれた理由を聞いていいか?」

 キョンが真正面に座ることになった長門に声をかける。

「飲んで」

 と見当違いの答え返す。それを聞いたキョンは何やら不満げだったがお茶に口をつけた。自分も目の前のお茶をすする。あ、うまい。

「おいしい?」

「ああ」

 というか、さっきから無視されてないか? キョンの真正面に座ったのも話す相手をキョンに決めたからだろうし、その目はさっきからキョンを見据えている。

 
 ……自分に聞かすつもりがない? いや、それはない。じゃあなぜ?


 自分は聞く必要がないってことか。ということは自分の事をしっている?

 
 思考の海に沈みそうになった自分を掬いだしたのは、長門の妙に通る声だった。

「涼宮ハルヒと私は普通の人間じゃない」

 はっと顔を上げると、困惑顔のキョンと表情の変わらない長門。

「……なんとなく、普通じゃないのは分かるけどさ」

「そうじゃない」

 長門が否定する。

「この銀河を統括する統合情報思念体に造られた、対有機生命体ヒューマノイド・インターフェイス。それが、私」

 一気に言いきった。自分はかすかな感動を覚えていた。有名なセリフを生で聞いたとかじゃない。こんな長門が長いセリフをしゃべったことに対してだ。

「わたしの仕事は涼宮ハルヒを観察して、入手した情報を統合思念体に報告すること」

「情報統合思念体にとって銀河の辺境に位置するこの星系の第3惑星に特別な価値などなかった。でも現有生命体が地球と呼称するこの惑星で進化した二足歩行動物に知性と呼ばれる思索能力が芽生えたことにより、その重要度は増大した。もしかしたら……そして3年前。惑星表面で他では類を見ない異常な情報フレアを観測した……らは有機生命体と直接的にコミュニケートできない。言語を持たないから。人間は言葉を抜きにして概念を伝達する術を持たない。だからわたしのような人間用のインターフェイスを作った。情報統合思念体はわたしを通して人間とコンタクト出来る」

 と何やら、聞いたことあるようなないようなセリフがポンポン飛び出した。次々と長門の歴代セリフ長さ部門の一位が更新されていく。あまりの長さ、そして何より内容にキョンはポカンと鳩がマシンガン食らったような、間抜けな顔を晒していた。

 その後も、怒涛の長門の説明が続くが自分は話半分で聞き流していた。そんな長い説明じゃ分かることも分からなくなる。一行で十分じゃないか。長門有希、職業高校生兼、宇宙人。

「信じて」

 そして、最後はやはり一言で説明は終わりを告げた。

「ま、待ってくれ」

 キョンが顔を左手に当てながら、右手で長門を制する。

「正直に言おう。俺には何がなんやらさっぱり分からない」

 だよな。もし分かったなんてほざいたら、即エンガチョする自信がある。変人と友達なんて御免だ。

「言語では伝えきれないものがある」

 ここで一回切って、長門が自分の方をじっと見た。そのつぶらな瞳で自分をじっと見つめる。

 

 なんだ? 何が言いたい?

 

 そんな自分の混乱をよそに、長門は再びキョンの方に向き直り続きを話しだした。

 その後、大体原作通りに話は進む。キョンが何故俺なのか? など質問を投げかけるが、やはり最後は付き合いきれんと思ったのか帰る用意をし始めた。

「待って」

 その声に自分とキョンの動きが止まる。

「あなたは残って」

 視線の先には、やはり自分がいた。

 


 時間はすでに八時を回っている。家にはカラオケでいつ帰ってくるか分からないと言っておいたから大丈夫だと思うが。

 キョンの方を見ると、何やら複雑そうな顔をしている。気持ちは分かるがあんな話を聞いた後に、そんな雰囲気になるはずないだろ、キョン。

「……じゃあな、林、長門。また明日」

「おう」

 と右手をあげる。十中八九長門について話したいが、時間も時間だし……ということだろう。そうして、この部屋には長門と自分、二人っきりとなった。


「さて」

 自分が今度は長門の正面に移動する。夜、年頃の女の子の部屋で二人っきりというのにムードもへったくれもない。

「長門が話したいことって何だ?」

 ど真ん中ストレート。長門が何を思って自分を残したのか、全く見当がつかない。
 
 自分が真正面から見つめる中、長門が口を開く。

「あなたは、だれ?」

 

















 確かにその時、世界は止まった。

「……どういう意味?」

「言葉そのままの意味。あなたは、だれ?」

 再び同じ質問を繰り返す。そのままの意味だって?

「自分は林祐太。高校一年で性別は男。……これで合ってるか?」

 その答えに応える訳でもなく、長門はじっと自分の顔を見つめる。その表情からは相変わらず何も読みとることはできない、能面のような表情だ。その綺麗で整った顔がひどく不気味に思われた。

「あなたは、だれ?」

 再び機械のように繰り返す。

「ちょっと待ってくれ。長門が何を求めているかも、何を聞いてるのかも自分にはさっぱり分からん。お前は……統合思念体とやらなんだろう? だったら自分の事もよく知ってるはずだよな」

 カマをかけてみる。

「対有機生命体ヒューマノイド・インターフェイス。知っている、すべて」

 
 すべて、ときたか。

 
 その目的語も何もない言葉を聞いただけで、自分は確信した。なら何を聞きたいのかと声に出そうと思った、その直前、

「」

 
 長門が呟いたのは、自分の前世の名前だった。そのただ漢字にすれば四文字。その言葉を聞いただけで、出かかってた言葉が喉に詰まる。

 ―――なつかしい。その名前を他の人の口から聞いたのは何年ぶりだろうか。思わず涙が出そうになるが、そこはぐっとこらえる。男の子には意地があるのだ、たとえ宇宙人相手でも。

 しかし、これで分かった。長門、いや統合思念体は自分が転生者であることを知っている。

 何やら張りつめていた体から、ようやく力が抜けるのを感じる。どうやら自分の知らない間に体は緊張していたらしい。

 だが、おかしい。なら長門の質問の意味はなんなのだ。

「そうか、知っているのならもう隠すことはないか。転生者、つまり前世の記憶を持った人間だよ」

「ちがう」

 

……何だって?


「あなたが仏教でいう転生という意味で使っているのなら、それは違う」

 

 

 どういうことだ。

 自分が転生者じゃないだって? そんなバカな!?

「っちょと待ってくれ! 信じられないのも分かる! けど自分には前世の記憶もあって……」

 と説明している途中に気がついた。こいつは自分の前世の名前を知ってるんだぞ。

 こいつは何を知ってるんだ。


 そんな自分の混乱をよそに、長門は先ほどと同じ様に何の感情もなく説明していく。

 
「今からこの世界の十五年前、統合思念体は惑星表面上で小規模な情報フレアを観測した」


「その情報フレアは極微細だった、だから統合思念体はそれを観測ミスだとした。しかし」

 長門が口をつぐむ。沈黙が場を支配する。

「私が同期出来ない原因が十五年前の情報フレア。そしてその情報フレアの中心に居たのが」

 嫌な予感がする。

「あなた」

 的中。



「十五年前の情報フレアの後、あなたの情報は別の因子で上書きされていた。それが情報フレアの原因。だから」


「あなたは、だれ?」










「……少し情報を整理しよう」

 こくんと長門は肯定の意を示す。

「まず最初に聞いておきたい。長門は過激派の朝倉みたいに殺そうとしたりはしないんだな?」

 朝倉の名前が出てきたのに少し驚いたのか、目を大きく開くがすぐに首を縦にふる。

「ならいいんだ。……まず、最初に長門が同期できないって言ってたよな? それってどういう意味だ?」

「うまく言語化できない。情報に齟齬が……」

「ああ、大丈夫だ。出来るだけいいんだ、説明してくれ」

 肯定。

「まず、世界は複数ある」

 いきなり爆弾を放ってきやがった。

「……それは、多次元解釈ってやつか?」

 昔、どっかで名前だけ聞いたことがある理論を口にだしてみる。

「本質的には違う」

 この後の長門の説明をかみ砕くのは、筆舌に尽くしがたい苦行だった。英語をドイツ語に訳して、それをヘブライ語に訳して日本語にしたような。そんなもんを聞かされる身になって見てくれ。

 つまり、まとめるとこういうことらしい。

 みんな、自分自身の死後の世界を想像できるだろうか? ごく一部の人達を除いて、自分が死んで、葬式が行われ、そしてみんな日常にもどっていく。こんな世界を考え、思うことはできるだろう。

 しかし、考え思う。ただそれだけなのである。

 みんな、小さい頃に、この世界はただ自分のために上演されている劇のようなものなんじゃないだろうか?という疑問を持ったことはないだろうか。自分はただ、たった一人の観客で、周りで起きているの物事は全て演劇である、と。

 しかし、この大人になるにつれて否定されていくこの感覚は正しいかったらしい。統合思念体の間では、だが。しかし、太陽系が出来る前から存在しているような奴らだ、そこそこ正しいのだろう。

 そこまで、理解してふと思う。

「長門、ということは人の数だけ世界があるって言うことか?」

「有機生命体にとっては」

 なるほど。どうやら世界は人の数だけあるらしい。なんとも壮大な話である。

「となると、自分の世界の長門は他の世界。つまり、他の人の世界の長門と同期が出来ない。そういうことだな?」

 肯定。

「しかし、何故だ」

「ずれてる」

 自分の質問に即答する長門。なにやら、説明する長門の顔が嬉しそうなのは自分の勘違いなんだろうか。

「ずれてる? 何が?」

「あなたの世界。あなたの世界は他の世界と比べて、40時間ほど遅れている」

 自分の世界は、実感なぞ出来ないがずれているらしい。それを確かめるすべなんて自分は持ってないが。

「十五年前の情報フレアの後、あなたの情報は別の因子で上書きされていた。それが原因」

 そこだ。その別の因子とやらの正体が分からない。因子なんて大学の物理学やら難しい学問の論文ぐらいでしか使い道はないだろうよ。

「別の因子って?」

「別の世界の情報」

「……別の世界」

「情報といっても色々ある。この場合は『過去』」

「『過去』だって?」

 さらにややこしい話になりそうだ。














 


 <作者米>長くなりそうなので、一回切ります。設定回なので描きにくい



[20752] 五話
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/16 19:32
「『過去』だって?」

 情報である『過去』。これまた、ややこしくなりそうな気配だな。

「十五年前の情報フレアによって、生まれた直後のあなたに他の世界の情報である『過去』が上書きされた」

「その……情報とやらはポンポン上書きできるもんなのか? というか、何でそんな事が起きたんだ?」

「簡単にはできない。原因は涼宮ハルヒ」

 だよな。予想通りの答えに、何やら拍子抜けだ。

 しかし、『過去』というのがよくわからん。そんな自分の顔色をみたのか、長門は『過去』について話し始めた。

「あなたに上書きされた『過去』は異世界の、つまり「」の世界の過去。過去には記憶やクセ、色々な『過ぎ去ったモノ達』の情報が含まれる」

「そして、無理やり上書きされた『過去』の情報によってあなたの世界は不安定」

 その朗々と詰まることなく説明する長門の言葉は、自分自身が長く悩んでいることに直結している。そんな気がした。
 
 
 それは「自分は何者だ?」という疑惑である。


 この十五年間、自分を苦しめ続けてきた疑問は自分にとって遅効性の毒の様なものだった。
 自分には明確なパーソナリティが存在しない。自分自身が『俺』であることに自信が持てないのだ。

 それに気づいたのは、《転生》してすぐだった。

 周りには自分の出産を祝福してくれる大人達。そこには今の保護者達も含まれている訳だが、彼らを自分は両親と認識出来ないのある。
 当たり前だ。自分にとっての唯一無二の両親とは「」の両親である。他の人をそう思うことなんて、できない。そのことを明確に感じたのは彼らを母さんと呼ぶことが難しくなったからだ。別に口に出せないわけじゃない。口を動かし、喉をならせば声という音はでる。しかし、違和感がどうしてもぬぐえないのだ。

 その何とも云えない気持ち悪さによって、彼ら保護者を母、父と呼ぶことができなくなってしまった。ここでそう呼んでしまうともう戻れない気がして。

 感謝はしている。必死に子供を演じていた自分は自分自身でも分かるほど、気持ち悪く歪だったと思うからだ。しかし、いくら親愛の情を持っていたとしても、いくら感謝をしていたとしても、彼はいつまでも自分の中ではただ保護者であろう。

 前の世界で産んでくれた、育ててくれた、怒ってくれた、みんなのところにいつかもどれるんじゃないか、いや戻れるはずだ。

 そう思わないと、いつか自分が本当に林祐太になってしまうような気がして。

 ああ、自分がきっぱり割り切れたら、どんなに楽だっただろうか。どんなにこの世界は輝いて見えるのだろうか。この目にはアニメ調の単調な色遣いにまみれた世界しか映らない。

 その自分の唯一といってもいい希望。それがもと世界、あの理不尽で平凡だった世界に大手を振って帰ること。


 しかし、長門にその方法を聞くことはできない。もうしかしたら一生聞くことはできないのかもしれない。人は矛盾しているようだが、不安にこそ安らぎを覚える。見えないから期待するのだ。

 このパンドラの箱を開けることが自分にとっていいことだろうか。そして許されることだろうか。


「自分は……」

 聞いてはいけない! 頭の中の臆病な自分が叫ぶ。
 これを聞いてしまうと戻れくなる。あの騙し騙し続けてきた十五年間に。

 
 だめだ! だめなんだ。


「自分は、一体だれなんだろうか…… なぁ、長門。自分はいったい何者なんだろうな」


「それは、あなたが決めること、だと私は思う」


「……そうか」

 
 その通りだ。長門の言う通り、他人にしてもらうようなものじゃない。それは自分でしか、本当の意味で出来ないものだ。

 
 「」の『過去』を持った林祐太なのか。それとも「」なのか。

 
 ふと、思いついた疑問を長門に聞いてしまう。

「そういえば、自分の『過去』は上書きされたっていったよな。ということは元の、その、世界の自分は幸せに生き続けてる、ということか」


「……そう」


「はは、そうか」

 
 乾いた笑い声しか出なかった。




 その後の事はあまり覚えていない。気がつけば自分の部屋のベットの上であった。周りがひどくぼやけて見える。

 十五年間、自分は逃げ続けていたんだと思う。それは薄いオブラートで包んだような、そんな世界だったけど、まあ悪くないものだった。

 けど、そんな世界なんか存在してなかったんだ。意図的に自分の視界から嫌のもの、不快なものを外していただけ。これじゃあ、まるで気に入らないからって館癇を爆発させる子供じゃないか。

 明日なんか、もう来なければいい。世界を呪う自分の声はひどく滑稽に聞こえた。















 俺は朝比奈さんとの素敵なデートを終えて、今度は長門と探索に出かけることになっていた。
 最後の方、ハルヒのやつペリカンみたいな顔をしてやがったが何だったんだろうか。いいか、どうせハルヒの事。不思議が発見出来なくて不機嫌なんだろうよ。

 不思議を探すなんていって朝からぶらぶらするなんて、なんて非生産的なんだろおうか。あ、いやでも朝比奈さんとのあの時間だけでも元は取れているかもしれないな。

 隣に並ぶ長門をみる。二日前、衝撃の宇宙人宣言を受けたばかりだ。確かにその驚異的な無口さは宇宙人的なものさえ感じさせるかもしれない。
 先ほど、朝比奈さんも逸般人だって宣言してたからなぁ。もうしかして、もうしかすると本当の事なのかもしれない。

 相談をしたかったが、今日もなんだか林は具合が悪そうだったからな。確かにあんな話されたら、気分を害するのも不思議でない。むしろ向け入れ始めているこの俺にびっくりするね。

 人の多い駅前を避けて、近くの商店街を当てもなく歩く。横を見るとこの前と合いも変わらず無表情の自称宇宙人さんがぴったりと遅れることなくついて来ていた。

「長門、この前の話なんだが」

 この先に話す事を口に出すのは、存外勇気がいるもんだな。

「信じてもいいかもしれん」

「そう」

 むう、会話が続かん。

「休みは何をしているんだ」

「……」

「服は持っているのか。いつも制服みたいだが」

「……」

「あー、どこか行きたい所はあるか」

「図書館」


「えっ!」

 おう、言葉が返ってくるなんて期待していなかったが。

 そうか、図書館か。本が好きだもんな。というか、宇宙人ってみんなこんな無口なのか?

 そう言えば近くに図書館があったはずだ。そこでちょっと涼むことにするか。
 長門に確認してみると、こくっとうなずいた。なら話は早い。暑いこの攻め立てるような気温には辟易していたところなんだ。

 二重の自働ガラスドアをくぐると、図書館独特のあのにおいがした。意外に人が多い。定年後の家に居場所がなくなったおっさんやらが新聞紙を大きく広げて読んでいた。

 やっと空いたソファによっこいしょ、と座り込む。長門はふらふらと夢遊病者のように本棚に向かっていった。

 適当にそこらへんにあった雑誌を読んでみる。

 昔はよく本を読んだもんだけどな、なんて思っていると何で読まなくなったのかと無性に気になった。

 そうだ、この本の中にあるこの世界は存在しない、ただの虚構だと気づいたときからだ。
 その時からその不思議な世界を楽しむ心がしぼんでいったのだ。それはいったいなぜだろうか。

 ……ああ、気づいた。本の中の不思議な普通じゃない生活が羨ましかったのだ。本の中にある世界が決して手の届かないものだと分かった時、それがたまらなく悔しく悲しかったのだ。

 そこまで考えて、ふと今の状況を思う。周りには無口な宇宙人が居て、他にも美人な未来人。古泉も怪しいし超能力者だったりするんじゃないか。

 なんてこった。これは昔から望んでいた状況そのままじゃないか。

 なんて結論に達したあと、ふと笑いがこみ上げてくる。なんだ、ハルヒ。お前の夢はもうかなってるじゃないか。

 
 幸せの青い鳥。そんな寓話が思い浮かんだ。

 
 さて、どんな話だったかな。読んで見ようか。












『ブーンブーン』

「ぬうぉぁ!」

 尻に強烈な振動を感じて、驚くほど大きな声を出してしまった。周りの人たちが、迷惑そうな目で俺を見る。

 いつの間にかぐっすり眠ってしまったようだ。ちょっと待て、今は何時だ。

『ブーンブーン』

 いまだに尻の携帯は震えて自己主張を続けている。とりあえず外に出ないと。
 早く出ろとせかす携帯を片手に外に走る。液晶にはハルヒの文字。やっべ、時間に遅れたか?

 耳に当てると、周りの人が振り返るぐらいの大音量でハルヒのどなり声が響く。俺の右耳の被害が甚大だ。

『キョン! 今何時だと思ってんのよ!』

 怒声のおかげで頭がすっきりした。

「すまん、今起きたばかりなんだ」
『はぁ? このアホンダラ!』

 と死語が飛んできた。

「すまん、すぐ行く」

 そういい終わると怒声が返ってくる前に手早く電話をきる。

 図書館に入ると、長門がホクホク顔で何やら難しい哲学書をタワーにして持っていた。
 
 長門よ。それ全部借りるつもりか?

 貸しカードを作っている間、かかってくる携帯を無視する。
 
 作っている間、嬉しそうにピョンピョンしている長門の頭に耳を幻視してしまったのは仕方がないことだろう。

 借りた後、急いで集合場所に向かうと、ガマガエルみたいに口を真横にむすんで、前より不機嫌そうなハルヒ。

 周りを見て見ると疲れたように微笑む朝比奈さん。外国人のようにオーバーなリアクションの古泉。肩をすくめて、お手上げ状態を示す。何がお手上げなのだろう。林はまだ、気分が悪そうだ。大丈夫だろうか、後で声をかけておこう。

「罰金よ」

 ハルヒが細目で俺をにらむ。

 なんてこったい。また、俺のおごりかよ。







『ジリリリリ! ジリリリリ!』

 いつものようにベットの横に置いてある目覚まし時計が、けたたましい音を叩く。不快な夢を見た。いつもは寝起きのいい自分だが今日は頭が重い。

 原因は分かり切っている。昨日の長門との問答だ。帰り道の記憶がないところを見ると、よほどショックを受けていたようだ。
 じっと自分の掌を見つめる。

 この手は誰のだろう。今まで悩んでいた疑問に対して、決定的でかつ、最も聞きたくない答えを聞いてしまった。

 やはり、自分とは預かり知れないところで、『過去』の自分の人生は続いていっているのだろう。緊張しながら義父に挨拶して、そしてささやかな結婚式をして、上司に怒られて。

 まだ自分の中で折り合いが付けられてない。この、腹にストンと来てない感じは自分自身が納得していないということだ。

 いつもの地獄坂がとても長く感じる。まだ五月だというのに、太陽のあんにゃろうは元気満々だ。

 暑い。けどどこか寒い。

 そんな矛盾した自分の感覚に嫌気がさす。自分は大丈夫だろうか。

 やっとのこさ学校に着いた自分は、のろのろと自分の席に座る。今日もSOS団はあるのだろうか。できれば、今日ぐらいは遠慮したい。
 



 まったく頭に入らなかった午前の授業も終わり、昼休みの時間である。
 今日はキョンに誘われて屋上で弁当を食べる事になっていた。谷口あたりに涼宮のしもべでつるむのかよ、なんて言われたことにはかなりショックだった。もうそんなに広まってるのか。
 あたりには一緒に食べているカップルや、一人でぼんやりパンをかじっている奴もいる。まったくもっていつもと変わらない昼休みだ。

 ベンチに腰を下ろす。さて、どんな展開の話になるんだろうか。

「なぁ、林。昨日、残った後どうだったんだ?」

「どうだったって?」

「いや、どんな話をしたのかなって」

「うーん、キョンに話した事と同じ様なことさ。ほら、あの宇宙人だの統合思念体だの」

「そうか。お前、信じたのか?」

「まさか。人の妄想まで、付き合いきれんよ。大方SF本のよみすぎじゃねえのか」

「……だよな。あまりしゃべらない奴だから、そういうストレスのはけ口が見つからないかもな」

「さあな」

 こころにもない事を、話すのは思いのほか難しいものだった。自然といつもより、口数が少なくなってしまう。


「林、大丈夫か? なんか顔色が悪いぞ」

「あ、ああ。大丈夫だ」

 
 顔に手を当てる。冷たいその顔はかわいい林祐太の顔だ。

 
 揺れる。地面が揺れる。急に地球の真ん中の方に強い、強い重力を感じる。


「おい、本当に大丈夫かよ?」

 キョンのその心配に、元気に答えることは出来なかった。






 放課後は自分の希望も空しく、SOS団のミーティングがあるらしい。というのもキョンから聞いただけだからだ。自分自身は今、保健室で横になっている。どうしても授業に出る気にならなかったからだ。
 そして、キョンにSOS団の何か予定があればまた知らせてくれ、と頼んでおいたのだ。先ほどのメールには、土曜日に何やら不思議探しをするから集合!と書いてあった。

 遠くから野球部の掛け声が聞こえる。時間はすでに、もう午後五時半になろうかという時間だ。保健室の先生からは、出る時に鍵をかけておいてと言われている。

 
 外からガラガラと扉のあく音が聞こえてきた。この時間にめずらしい。
 ベットとベットを隔てているカーテンを開ける。先生に用事があるなら、ここには居ないと伝えないといけない。

 しかし、そこにいたのは自分の予想の斜め上を行く人物であった。

「大丈夫?」

 そんな優しい言葉を、あふれんばかりの笑顔で自分に掛けるのは、情報統合思念体過激派のヒューマノイド・インターフェイス。朝倉その人であった。

















 《作者米》今回は短いのに難産だった…… 皆さん期待の朝倉ルートです。弱っている主人公につけ込む朝倉さん、さすがっす。



[20752] 六話
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/09 12:05


 目の前で天使のような微笑みを浮かべる美少女【眉毛】は、歩く死亡フラグこと、朝倉涼子そのひとである。そんなまったく面会謝絶したい方が、カーテンからこちらを心配そうにうかがっていた。
 逃亡経路は……、だめだ、完全にふさがれている。というか、彼女が本気になれば、何も力を持たない自分がこんなバケモノにかなうはずがない。

 落ち着け、何もいきなりぶっ殺されると決まったわけじゃない。

 自分にとっての朝倉はとりあえず取扱に困る奴であった。
 彼女はつまり、このクラスの中心であり、リーダー。もちろん学級委員長である。みんなに好かれるスター。好感度MAX。

 しかし、真実を知っている身としては、あまりお近づきになりたくない人種であった。

 対有機生命体インターフェイス。つまり、宇宙人。人種に部類するのが正しいのかすら分からない。

 しかも、原作では主人公キョンを死ぬ一歩前まで追い詰めた。途中で、二人めの宇宙人、長門有希が来てくれなければ、この世から消滅させられていただろう。

 さて、そんな危険人物が目の前に現れた。大して親しくない自分へお見舞いに、だ。これで怪しくないと思える奴は、どこか逝ってるにちがいない。

「お、おう、朝倉。どうしたんだ?」

「どうしたのか聞きたいのはこっちの方よ。体は大丈夫なの?」

「ああ、心配ない。ちょっと寝たら治った」

 よかったぁと、嬉しそうにうなずく朝倉を注意深く観察する。女子のよく持っていそうなカバンに、いつものようにピシッと決まった制服。できる優等生を絵にかいたような格好だった。

「で」

 彼女の目を真正面から見つめる。

「何か用事でもあるのか? 何もないなら、このまま帰ろうと思ってたんだが」

 そんな自分の今にも出ていきそうな様子に、へぇと彼女は目を細める。

 
 ほら来た。その目は何か仕掛ける時の目だ。


「長門さんから、何か聞いたの?」

「いいや、彼女の頭がイカレてるってことぐらいしか」

「ふーん」

 とりあえず靴を履こうとベットでかがむ自分の横から、誰かが座る気配がする。隣を見ると、やはり彼女が隣に腰かけていた。

「ま、どうでもいいの。長門さんが君にどう思われてるかなんてね」

「……長門とは、友達なのか」

「うーん、同じマンションに住んでてね。ご近所さん?って感じ。ほら、彼女口数少ないじゃない? だから、色々誤解されちゃうのよねぇ」

 これは……、自分の正体が、朝倉にはバレてない?

 朝倉涼子は統合思念体のヒューマノイド・インターフェイスである。これは、あの長門有希も同じだ。

 しかし、最近ますますぼんやりしてきた原作知識から引っ張り出すに、情報思念体はお互いに反対しあう存在が居るらしい。あれか、内乱みたいなもんか?

 しかし、情報思念体が何なのか? そんなことすら分からない自分には、それらが記憶や情報を共有しているのかなんて皆目見当がつかない。
 人間の場合、相手側に情報をわたすことなんてしないと思うけどなぁ。

 さて、そんな事を考えていても、しょうがない。それよりかは、こいつから離れることだ。近くにいていいことなんか一つもない。

「じゃ、帰るわ。また明日な」

 机に置いておいたカバンに筆記用具などを詰め込む。そして肩にかけ、保健室の扉を開けようと思った時、


「」


 朝倉は『過去』の名前を小さくつぶやいた。

 その普段なら確実に聞き逃したであろうその言葉に、このまだ弱っている体は律儀に反応したのだった。
 
 ゆっくりと、扉に手をかけながら振り返る。

 満面の笑みを浮かべた朝倉の顔はほれぼれするほど、綺麗だった。






「で、何だ、殺すのか?」

 もう慣れない腹の読みあいは御免だと、まず確認すべき事を問う。確認したところで結果は変わらないのだが。

「やだぁ、まだ殺さないわよ」

 まだ、と来たか。いずれは殺すという遠まわしな脅しなのだろうか。

「ちょっと、あなたに耳よりな情報を持って来たのよ」

「耳寄りな情報? 殺人宣言したような危険人物の話なんか自分は聞きたくないね」

「そうでもないわ。あなたは耳を貸さざる得ないわよ」

 そう自信満々に言い切る朝倉。もう明らかに罠だ。相手が何を考えているのかが分からないのは、気持ち悪いがあえて乗ってやる価値もないだろう。

「知りたくない? あなたが元の世界に帰る方法」

 悪魔は常に、人間の痛いところをついてくる。そういう意味では彼女は自分にとってまさしく悪魔そのものだった。

 

「……そんな方法があるのか?」

 内心の動揺を必死に顔に出ないよう抑え込む自分だったが、それが成功しているかどうか分からない。もしそれが成功してたとしても朝倉はそんな自分の心模様を察してほくそ笑むだろう。

「まあ、そんなに警戒しないで。とりあえず話だけでも聞きなさいってば。話を聞くだけじゃ罰は当たんないわよ」

「……」

「あなたが、どんな存在でどのような原因でここに来たかは長門さんにきいたわね」

「……ああ、自分が情報とやらで上書きされた存在だってな。おかげでこちとら気分が悪くて仕方がない」

「ふふ、御免なさいね」

 素敵な笑顔で謝る朝倉には謝意など一ミリもうかがうことは出来ない。

「じゃあ分かっていると思うけど、もう一度説明するわね。十五年前の情報フレアは涼宮さんによるものだったんだけど、そもそも情報フレアってなんだか分かるかな?」

「……分からん」

「んー、言語で伝えれる内容には限度があるんだけれど、そうね、涼宮さんを爆弾に例えると、情報フレアって言うのは爆発時に伝わっていく衝撃波みたいなものかな。この衝撃波っていうのは時空の弛みみたいなもんなの」

「時空の弛み?」

「そう、時空の弛み。普通の人は時空の自分の位置を自覚できないから、どこに飛ばされようと結局自分自身で気づくのは不可能。だから普通の人には関知できないわね」

 朝倉はここでいったん説明を切った。ここまで理解できたかしら、と覚えの悪い教え子を見るような顔をしている。

「世界って無数にあるのは聞いていたかしら?」

「ああ、ある程度はな」

「じゃあ、もし世界を移動したいと思ったら、どうしたらいいと思う?」

「……」

「時間切れ~」

 ケタケタと笑う朝倉はうれしそうであった。その理由はとんと思いつけないが。

「世界っていうのは、主観。つまり劇の観客につき一つあるもの。つまりAさんがBさんの世界に移動した場合……」

 朝倉はこちらをじっと見つめる。

「Aさんはもはや、Aさんじゃない。Bさんとなるの」

 




「でその具体的な方法何だけどね」

 先ほどとは打って変わって、おどけた雰囲気が広がる。

「もう一回、情報フレアを発生させれば、つまり時空の弛みを発生させれば、あなたは元世界に帰れる、かもしれない」

「かもしれない?」

「そう、あくまでもかもしれない。でも可能性はゼロじゃない。時空の弛みはあなたをこの世界に連れてきたように、もういちど送り返すかもしれない」

「……その情報フレアを発生させるには、どうすればいいんだ?」

「涼宮さんに何かアクションを起こす。そうね、彼女を不安定にさせることね。具体的に言うなら、たとえばキョン君を殺す、とか」

「キョンを……殺す……?」

 自分で分かるほど、その声は震えていた。

 分かってた。もう最初の話と朝倉が来た時点で大体の予想はついてたんだ。だってキョンは目の前の彼女に一回殺されそうになっているのだから。

 でも、分かったからってどうしようもない。やりようがない。手段もない。

 そんな自分と反して、まるで週末のデートのことを話しているような軽やかさで朝倉は喋りつづける。

「そう、キョン君は涼宮さんの重要な部分を占めているわ。キョン君が死んだら、まず何か観測出来るはずよ……この三年間観測できなかった規模の何かを。
 全く困るわ、穏健派はこのままほっとけっていうし。まったく有機生命体の寿命の短さを分かってるのかしら! このまま何も起きないかもしれないのに、キョン君と涼宮さんが離れてしまかもしれない! そうなったら手遅れだってあの老人たちは理解しているのかしら! ねぇ!?」

「いや、ねぇと言われても」

「あら、ごめんなさい。ちょっと興奮してしまったわ」

 優雅に微笑む朝倉。先ほどの興奮を微塵も感じさせない変わりっぷりだ。

「でも、いいのか。確か長門は穏健派何じゃなかったか? となるとそんな事、邪魔されるんじゃ……」

「だからよ。あなたに保険としてこの事を話したの」

 ……だから? 前後の文がつながらない。

 そんな不思議そうな顔をプッと吹き出しながら朝倉を答えを話しだした。少しむかつくな。

「いや、邪魔されることぐらい分かってるわよ。そのための保険。もちろん私も、もし長門さんが邪魔しに来ても勝てるようにしておくけど、ほらあの子何考えてるか分からないじゃない?」

 朝倉がシュッシュッとシャドウボクシングをする。どうも長門との戦いってことらしい。

「つまり、朝倉の後に、キョンを殺せってこと、か」

「強制じゃないけどね。それを決めるのはあなた自身」

 そうして、もうこちらは話すことなど無いとでも言うように、朝倉は黙って自分の隣に座っている。

 
 くそ! どうして最後の最後で自分の意思に任せようなんてするんだ!? いつでも自分を殺せるんだから、脅せばそれで済むのに!

 ……待て、自分はなんていった? 自分はキョンを殺そうと、本気でそう思っているのか?


 バカな! そんなことあるはずがない! 仮にも友達やってんだ! そんな奴を殺そうとするほど腐っちゃいない!


「バカバカしい……自分がキョンを殺そうとするはずがないだろ」

「そうっ、か」

「なんだ……口封じに殺すか?」

「じゃ、お詫びとしてデートに付き合って貰おう。うん、そうして貰おう」

「はぁ!?」

 訳が分からなかった。今までの殺伐とした話がどうデートとやらに繋がるのか。頭でもくるったか。

「ひどいなぁ、狂う訳ないじゃない。インターフェイスなんだよ? 私」

 いや、突っ込むところはそこじゃないだろ。

「で、何だ? どういう意図だ?」

「ひどいなー、こんな美少女にデートに誘われといてそんな言い草ってある~?」

 ダメだった。もうさっきの様な殺伐とした空気なんかここには存在しなかった。なんかピンクぽかった。

「はあ」

 キョンの様に頭を抱える。先ほどのシリアスな悩みはなんだったんだ。自分がバカみたいじゃないか。

「で?」

 朝倉が問いかける。今思ったが、朝倉が近い。近すぎる。肩が触れるような距離だ。

 あー、気にするな! 頭を冷やせ! 相手は宇宙人! これを十回唱えろ!

「デートのお誘いの返事は?」

「あー、うー、うん。いいんじゃ、ないで、しょうか?」

「何~、それ~」

 ケタケタと笑う彼女を隣で見ながら、ふと思う。あれ、朝自分は何に悩んでいたんだろうか?

 女の子に、それも殺人者予備軍の彼女デートに誘われただけでこの始末。自分の現金さに溜息をつかざるを得ない。

 男ってバカだな、そう自分は思った。




 <作者コメ>あれー、プロットにない朝倉さんのデートが流れで決まってしまった……どうしよこれ。








[20752] 七話
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/16 19:30
 翌日の土曜日。キョンがメールで知らせてくれたSOS団の、なんだったか。ああ、そうそう「不思議探し」だったか。そして、今回の、ビックリ私は実はこんな人間でしたでショーの主役は、泣く子も黙る未来人、朝比奈さんだったはずだ。

 待ち合わせ場所である北口駅前は、今日が休日であるからか、たくさんの人でごった返している。比較的若い人が多いのは、ここにはある程度若いファッションを扱う店が集まっているからだろうか。

 シャッターの降りた銀行の前に、SOS団の悪い意味でよく目立つ集団が見えた。古泉、涼宮、朝比奈さん、長門の四人だ。つまり、キョン以外の全員が集まっている事となる。腕時計を見ると八時四十五分。待ち合わせ時間より十五分も早いのに、みなさんマメなこった。

「おはようございます」

 乗ってきた自転車を適当なところに止めながら挨拶。実はこのSOS団員に対してはこれが二度目の挨拶である。古泉に関しては一言も挨拶などしていないから、まるっきし初対面である。

 自己紹介もそこそこに古泉と雑談していると、遅れてキョンがやってきた。罰金と涼宮のよく通る声が聞こえる。やった、キョンのおごりだ。貴重な休日をこんな訳分からんことに費やすんだから、それぐらいの得がないとな。

 連れだって近くの喫茶店を目指すSOS団一行。不本意ながらその一団の中に自分も含まれる訳だが。
 改めて自分を囲む団員達を見まわしてみる。隣で造り物くさい笑みを浮かべて、キョンに話しかけている古泉は、黒に近い紺のようなシャツにジーパンと無難にまとめてきている。ちょっと遊びなれた青年って風だ。悔しいが、男から見てもカッコいいとおいう事実に異論はない。

 前には朝比奈さんが涼宮にとっ捕まるような形で前を歩いている。朝比奈さんはうすいピンクのキャミソール、手にはちょこんと小さなバックを持っている。かわいい、うん、文句なく可愛いです朝比奈さん。その絡まれてちょっと困り顔もそそります、朝比奈さん。
 その横には、意外とカジュアルに着こなした涼宮。ホント何もしなければ、可愛い女の子なのに。ソフトがハードをぶち壊しているいい例だ。

 そして、最後に長門はいつもと同じ制服である。逆に新しいわ、それ。何故かその制服姿が”らしく”感じる。その姿以外は考えられない感じ。ほら、想像してみてくれ。長門が無言、無表情でおもいっきしおめかししてきている状況を。そんなものを見たら、まさしくそれが今日の”不思議ナンバーワン”であろうよ。

 外の汗ばむような暑さとは正反対の、涼しさいっぱいの喫茶店に入った自分達は、思い思いの注文をキョンに叩きつけたあと、涼宮の提案を聞いていた。

 涼宮の提案は、くじ引きで別れて、不思議を探索。見つけたら携帯で連絡を取り合うというものだった。こんな駅前に不思議が転がっているだろうか。百円玉じゃあるまいし。
 つまようじで造られた六本のくじを引いた結果、キョンと朝比奈さん。そしてそれ以外とすごく偏った感じになった。ハルヒさんはなんだか不機嫌になった。

「ところで……」

 これまで怪しい微笑をたたえながら、あまりしゃべらなかった古泉が手をあげる。

「不思議……といっても、具体的にどのようなものを探せばいいのでしょうか」

 当たり前といえば当たり前の質問を団長であり発案者の涼宮にぶつける。そう言うところにあまり疑問を持たなかった自分はもう毒されているのかもしれんね。

「よく聞いてくれたわ、古泉君! そうね、未来人とか宇宙人とかと遊ぶことが目的だから…」

「町で、そのような人達の痕跡をみつけろ、と?」

「そうそう! そう言うことよ! さっすが転校生じゃないの! やっるぅ!」

 どこがさすがなのか全く理解できないが、おおむね展開は原作と変わるところはないように見える。って言うか六人になっても四対二で分けるんだな。それだけ、キョンと二人になりたかったてことか。

 ん? まてよ。この願いは何故かなえられないんだろうか。原作でもこの後のチーム替えでキョンは長門とペアになり、涼宮は不機嫌になったはずである。力はどうした?

 ……まあいいか。深く考えても分からんもんは分からん。

 こうして、自分たちは南側と北に別れて、不思議探しを開始したのだった。




 南側は色々な商店街が集まるところだ。近年、騒がれているようなシャッター街という訳ではなく、それなりに客もいるようで賑わっている。商店街の強みとして、色々なものが売ってるがその中に不思議が含まれているとは思えない。

「地球屋とかないかしらねぇ」

 涼宮が呟く。そんな様子を見て、古泉が苦笑する、その様もどこかカッコよく、妬ましい。

 隣には、いつもと全く変わらない長門が居る。こんなに暑いのに汗一つかかないその姿はどこか絵画の様な雰囲気を思わせる。
 気になったことを、前の美男美女カップルに聞こえないように聞いてみた。

「なあ、長門。お前は転生…じゃなかったのか。その不思議を知っている訳なんだが、ほかの奴は知っているのか?」

「……知らない、はず。古泉一樹の組織をもってしてもあなたの異常さを理解することはできない」

「そうか。まぁ、よかったんだろうな。自分が閉鎖空間やらに行ったとして、何かできるとも思えないしな」

 そう、結局は普通の人間なのだ。こんな事になるのだったら長門に頼んで、記憶を消したもらった方が、楽だったんじゃないかと思うことがある。
 しかし、その一歩が踏み出せない。ある程度の未来をしっているという武器を捨てることができない。人間が核を捨てることができないように。

 
 みんなで。核を廃絶して手をつなぎましょう! 平和な世界を築きましょう!

 
 結構なことだと思う。思うが、それだけだ。

 もし、自分が気に入らないからって涼宮にケンカを吹っかけたら? 神人とやらに出会ったら?

 毒を毒と思わず、口に入れる赤ちゃんのように危険に突っ込むかもしれない。無知はそれだけで罪なのだ。

 だから、自分はもろ刃の剣を捨てることはできない。

 結局、どうやら色々な店を回ることとなったようで、路地裏の怪しげな店を回ることとなった。

 マジックショップ、ヘッドショップ、古本屋……

 どれも、まあまあ面白い、お店達だったが団長は気に入らなかったようだ。時間には少し早いが、自分たちは待ち合わせ場所の喫茶店に舞い戻ることとなった。



 お昼をみんなで食べ終え、涼宮は不機嫌そうな顔を隠さずに、宣言する。

「午後の部を始めるわよ!」

 まだやるのかよ。


 先ほど、不思議が見つからなかったのは、数が少なかったのが原因だとのたまった涼宮は、今度は二人ずつの三組で捜索すると発表。もう一度、くじをすることとなった。

 結果、ペアは涼宮と古泉、長門とキョン、そして朝比奈さんと自分ということになった。

 今、自分は朝比奈さんとベンチで一緒に座っている。桜が綺麗な並木の近くだ。ここは確か、朝比奈さんがキョンに正体をばらしたところである。周りにはカップルが多く、えらい居心地が悪い。

「全く、困ったもんですね」

 先ほど、何か買ってくると自動販売機に走っていった朝比奈さんに声をかける。

「こんなことで、休日を振り回されて。家でごろごろしたかったのに」

「でも楽しかったですよ? 私、こんなみんなで一緒にどこかに出かけるという経験があまりないので」

「そうですか? 朝比奈さんなら、黙っていても男から誘ってくると思いますけど」

「ははは、そんなことないですよ」

 自販機から、帰ってきた朝比奈さんの手には、お汁粉があった。お汁粉がまだ売ってるというのに少しびっくりしたが、それをここでチョイスする朝比奈さんのセンスにもビックリせざるを得ない。

「で、どうします。キョンとは何をしてたんです? 自分たちは不思議な店探しをしていましたが」

「そのことなんですが」

 いったん言葉をきり、隣に座っている自分の顔を朝比奈さんが見つめる。綺麗に整った顔を見るのは気恥ずかしい。

「あなたに話したいことがあります」











「なるほど……、未来人、ですか」

 朝比奈さんの説明は原作でキョンにしたようなのと同じだった。つまり、自分は未来人。涼宮さんが原因の三年前の出来事を調査うんぬんの話だ。細かいところははしょるが、まあ原作と同じ様な内容だった。
 技術的な事は分からない。というか、教えてもらえなかった。「禁則事項です」と気になるところがことごとくダメだったのだ。本人も意図的に話そうとしない訳でないところを見ると、何か暗示なんかをかけられているのかもしれない。

「自分で言っててなんですが、驚かないのですか?」

「それが、長門に同じ様な与太話を教えられたばかりなんですよね。二度目ともなれば、人間落ち着きます」

「そうですか……長門さんが……」

 何やら、考え込む朝比奈さん。あなたのこと、生まれる前から知ってましたよ、なんて言えるはずもなく、演技しながら話を合わせていた。

「でもそうなると、古泉やキョンも怪しいですね」

「え? なんでですか?」

「だってそうでしょう? あなた達が普通じゃないとしたら、他の人達が普通なほうが異常ですよ。だって涼宮がすごいってことは、その周りの自分たちも普通からかなり離れたところにいるんでしょうし。しかし、分からないなぁ」

「? なにがです?」

「自分自身はどこかの諜報員でもありませんし、魔法使いでもありません。まったくの一般人です。そんな自分が何故SOS団に呼ばれたのか……」

「なるほど、確かに不思議ですね」

 しらじらしい。自分で言っててもそう感じる。その時、携帯がブルブルと震える。尻ポケットに入れていた携帯だ。

 違和感を感じる。どこかで、同じ様なことしていたような感じ。

 デジャブ。そう呼ばれる違和感を自分はこの世界に来てから、感じる事が多くなっていた。
 それは、自分の勘違いかもしれないし、統計的な何かをとった訳じゃないから、これが普通かどうかなんてことは分からない。ただの自分の被害妄想かもしれないし。というか、前の世界でも感じる事は多々あった。みんなも感じた事あるだろう?

 電話に出ると、涼宮が集合だと言った。そんなに時間がたってたのか。意外と朝比奈さんの話を真剣に聞いていたらしい。

「朝比奈さん、集合らしいですよ」

「え! もう!?」

 あたふたする朝比奈さんはすごく可愛かった。これを見れただけでも、今日参加した価値があるってもんだ。





 集合先には、涼宮と好青年。涼宮は頼んだメロンソーダをぶくぶくと吹いている。小学生か、ほら店員さんが迷惑そうにこちらをみているじゃないか。

「不思議は……見つからなかったか」

 こちらをぎろりと睨みつける涼宮と、アメリカ人ばりのリアクションで盛大に肩をすくめる古泉。どうやら、やっぱり不思議は彼らの前には現れなかったようだ。めったに知覚できないから不思議って言うんだよ、涼宮。

 さらに、涼宮は携帯でずっとキョンにかけ続けている。そうか、たしかあいつらは図書館にいたんだったな。となると、遅れてくるんだったっけか。

 予想道理、彼らは遅れてやってきた。もはや何か黒いオーラが見える涼宮とは正反対の、嬉しそうな長門が印象的であった。何があった、長門。

 話を聞くと、図書館に行っていたそうだ。そして長門が本を借りたらしい。だからか、長門がえさを与えられた動物とかぶって見えたのは。

 そして、今日の不思議探しは解散。各自で不思議を探しとくってことで、みんなは帰って行った。ここで自分を帰りたいのは山々なのだが、この後にも忌々しい予定が入っていた。
 そう、あの眉毛とのデートだ。

 夕食はいらないとメールを家に打つ。時間を見ると、まだ待ち合わせ時間には早いようだ。

 しかし、やることもない。さっきので疲れたし。

 ということで、待ち合わせ場所に行っておこうと、駅の何やら分からん銅像のところに移動する。結構人が居る所を見ると、待ち合わせ場所しては有名なのかもしれない。

 暇つぶしの方法を考えながら、向かったんだが……なんと居た。

 何がって? あいつしかいないだろう?

 時間を新ためて確認するも、やはり集合時間のざっと一時間前ぐらいか。

 近くに寄ると、淡いブルーのさわやかなシャツに、何やらあちこち敗れたジーンズ。ダメージジーンズってやつか。運動しやすそうなナイキのシューズを履いていて、もうボーイッシュな魅力がバンバン出てる。

 可愛いというより、カッコいい。そんな言葉が似合うような、いでたちだった。悔しいが似合う、似合うがそれはデートで着てくる服装じゃないだろうと内心で突っ込む。

 近づいてくるこちらに気づいたのか、こちらに大きく手を振っている。やめれ、恥ずかしいから。

「なんだ、こんなに早くから居るなんて」

 と声をかけると、少し笑いながら、

「ちょっと、緊張しちゃって」

 なんてのたまった。

 くっ、やめてくれ! なんかもう、眩しいから!

「そっちこそ、どうしたの? まだ時間より一時間ほど前だと思うんだけど」

「あ、ああ。さっきまで、SOS団の活動ってやつに駆り出されていたよ」

「ふうん、SOS団のねぇ」

 何やら考え込む朝倉。結果、どんな結論が出たのか知らないが、うんうんとうなずいてくるっとこちらに向きなおした。

「はい」

 手を出す朝倉。

「へ?」

 どこかの別の自分居たらが、ぷぷっと吹き出すような間抜けな声が自分の口から洩れた。

「だから、はい」

 若干のいらだちをはらんだ朝倉の声とともに、その白い綺麗な手が自分の前に出される。

 これを握れと? 待て。待って。落ちつけ。そう、深呼吸。

 もう一度前を見よう。そこには、何やら眉毛を寄せた、先ほど見た事あるような顔をした朝倉の顔。そして、陶磁器の様な……

 じゃない! 直喩してる場合じゃない!

 この手は、つまりだ。そう! 手を、つなげ? ということか。いきなりレベル高過ぎじゃね!?


 この間、僅か一秒。集中すると、時間って引き延ばされるんだね、初めて知ったよ。なんて、関係ない感慨に耽っていると焦れたのか、あーもう! と彼女は自分の手をパシッっと取った。

「ああ、ああああ朝倉さん! 何をしてるんですか?」

「デートでしょ。だったら手をつなぐって花と夢に載ってたわよ」

 だって。そうだった、こいつら三歳だった。こう、クラスで中心張ってるから気づかなかったが、こいつも所どころ常識がないんじゃないだろうか。ほら、こう男女間の距離の取り方とか、そこらへん。

 手をつないだ、その病的なほど綺麗な白い手は、やっぱりというべきか、意外と言うべきか、まぁ、暖かかった。そんな感じがした。








<作者コメ> 繋ぎ回。次回かなり話は動きます。というか、やっぱりデートの描写苦手だー!



[20752] 八話
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/18 21:27
 
 さて、自分は先ほどまでお世話になっていた喫茶店にいる、二人で。

 向かいにニコニコと嬉しそうに座ってこちらを見てくるのは、朝倉涼子。原作ではいきなり主人公キョンをぶっ殺そうとしたド級危険人物である。
 どうしてこうなった。
 このどうしてくれようか、ちっくしょうかわいいなぁおい。目の前には振りきれんばかりにブンブンと尻尾を振る姿が幻視できてしまう。何故、君はそんなにうれしそうなんだい?

「で、どうしましょうか?」

「うん、まかせるわ」

 えー、どうしよう。

「ぶっちゃけると、こういうの初めてなんで、デートプランもくそもありません。ノープランです」

「えー」

 そうなのである。こういう『男の子が頑張っちゃうぞ!』みたいなデートの体験は前世含め、経験がないのである。前の彼女は、驚異的に趣味があったからなぁ…… 正直、行きたいところに行ってたらよかったので、すげぇ楽だった。

「といってもねぇ、この漫画には……」

「なんでも花と夢に頼らないでください。ここは現実です、白馬の王子様なんて居ません」

 ブーブーと文句をたれる彼女をしり目に、自分は考える。よく考えたら、このデートなるものも勝手に設定されたものであるし自分がそう考えることもないんじゃないか?

 そうだ、それが正しい。そもそも勝手に…手を…握ったり……

 かーっと顔に血が上る感覚がする。そうだあんなはしたないことするから、こんなに混乱するんじゃないか。

「そ、そうです。行きたいところ、行きたいところはないんですか?」

「んー、行きたいところねぇ。あるっちゃあるんだけど……」

「じゃあそこに行きましょう!」




 この時、しめた! と彼女の行きたいところとやらに飛びついた自分を殴りたい。そう思ったのは、目的の店についた時だった。

 涼宮たちと廻った店の集まる裏通りに入ったところで、自分は180度ターンすべきだったんだろう。ダイアゴン横町ばりに怪しい店を超えて行ったところに、目的の店はあった。

『ナイフ屋』

 ナイフという現代日本には、あまり需要の見込めない商品を看板に掲げるその意気はよし。なんかこう周りの雰囲気が淀み過ぎて『これが瘴気!』と言いたくなるような佇まいなのも、まあいいだろう。自分は決して近づかないだろうからな。

 しかし、その怪奇蔓延る店をデートスポットとして、指定するその感性にはケチをつけさせて貰おう。まとめると自分たちはその『ナイフ屋』の前に立っているのであった。

「なあ、朝倉」

「何? 林君?」

「ここは……どこ?」

「どこって、私の行きつけのお店」

 もう帰っていいかな……

 そんな自分の必死のメッセージを歯牙にもかけず、悠々と店内に入っていく彼女。この空間に一人で残される方がむしろ怖いので、しかたがなくついて行く。

 店内もカオスだった。

 まず目に入るのがおびただしい数のナイフ。何か大量の虫を思わせるその気持ち悪さは、二度の人生の中でも初めての経験だった。

 奥にはカウンターがあり、そこには不機嫌そうな男。この男が主人ってやつなんだろう、というか銃刀法はだいじょうぶなのか?

「はぁい、ご主人。何かいいの入ったかしら?」

 と気安く朝倉は話かける。やっぱり、常連客なんですよねぇー

 声をかけられた主人は無言で顎を店の右奥の方にしゃくる。え、いいの入っちゃってるの?

 それを見た彼女は、嬉々として右奥の方に駆け寄る。ああ、なんかそこら辺から黒いオーラが…… 好奇心は猫をも殺す、いわんや人間も、だ。頭とは反対に体が吸いつけられるようにして、その奥に動く。

 奥にあったのは、ちょっと小ぶりのナイフである。しかし、そのナイフの纏う雰囲気が尋常じゃない。そこの周りだけ暗い、そんな気がする。
 いや、違う。暗いのでなく重いのである。引き込まれる、それも確実に悪い方向に。ぱっと見ただけでこんなに危機感を持たせるナイフなどロクなもんじゃない。

 近くに、申し訳程度に置いてある名札には『ベンズナイフ』とだけあった。

「うおー、すごいわ、すごいわよこれ! この完成されたフォルム……ある一つの目的のための形がこんなに美しいだなんて! ああ、もう罪づくりだわ! この感動を誰かに伝えないと…… ハッ、情報統合思念体……」

 いやいやいや、情報統合思念体に伝えてもどうしようもないだろ。彼(彼女?)の戸惑った声が聞こえてきそうだ。

「……と思わない、林君!」

 おっと、話を聞いてなかった。だってあまりにも自分に益がなさそうな話だったから。

「お、おう。すごいすごい」

「なら、いいの?」

「あ、ああ」

「じゃ、お願い」

「へぇ?」

 渡されたのは、さっきのナイフ。まがまがしさが手の感触ごしにビンビン伝わってくる。

「さあさあ」

 追い立てるように、カウンターへ移動させられる自分。怖い主人の前まで来ると、主人が小さい声で「11980円」との声が。何か、これを買うのか?

 後ろを振り向くと、それはそれはすんごい笑顔で笑いかける朝倉の姿が。ああ、これは長年居なかった趣味仲間ができて、うれしいって顔だなぁ、逃げ場なしか……
 財布を覗くとデートってことで、かなり奮発しちゃっておろした現金諭吉さんが二枚。あのころの自分に言ってやりたい、デートだからって全額おろしたりするなって。

「……お願いします」

「まいど」






「いやあ、いい買い物したね! ほんとあのナイフってその手の人には、すごい人気なんだから! 288本しかなくてね……」

 後から探り探り聞くに、どうやら朝倉は今持ち合わせのお金がないから、買っておいてほしいとのこと。そして、何故か自分が同好の士と勘違いされていること。

「ははは、朝倉はナイフが好き、なんだね……」

「うん、大好き!」

 その言葉はね、もっと別の場面で使った方がいいと思うよ。

 あふれんばかりの笑顔に胸をえぐられつつ、自分たちは次の場所に向かった。ちなみにナイフを生身で渡してきやがったので、今はハンカチにまいて尻ポケットに入れております。

 次の目的地はデートの王道、映画館。っていうか、これしか思いつかなかった。また彼女に任せて闇のお店なんかに連れて行かれちゃたまんない。

 この駅前には二つの映画館がある。一つはファミリー向けのものを多くやっている。もうひとつは恋人やその手の人が好きそうな、まぁファミリー向け以外の奴をおもにやっているところだ。自分たちはもちろんそっちの映画館に向かっていた。

 着くと、さすが休日の映画館。だいぶ人が多そうだ、席は空いているかな。

「さて、どれにすr……」

 隣を見ると、目の中に輝く星が見える朝倉さん。その目線のさきには、

『イタリアン・チェーンソー』

 との文字が。ああ、スプラッターですね、分かります。どうしてこの子はこういう方向性につっぱしるのだろうか。

「……あれ、見る?」







 いやぁ、グロかった。ストーリーなんてしったこっちゃねぇ! 血と腸さえはみ出ていれば最高さぁ! みたいな映画だった。

「よかったねぇ、スカっとしたわ!」

 とご本人は大変満足の様子。まぁそれならよかったんだけどね。
 大体、朝倉の扱い方を分かってきた気がする。つまり、おっきい子供、そう考えた方が楽だ。映画中もポップコーンこぼしてたし。

「次何したい?」

「アイス食べたい!」

 と、ほら、こんな反応もまんま子供である。

 ……そう考えると、原作のあの暴走もある程度は納得できるところがあるかもしれん。つまり、彼女にとって、自分たちは言葉通り”虫けら”なのである。子供の時、虫の脚をちぎって遊んだり、首をちぎったりして遊んだ記憶はないだろうか?
 そう子供は大人から見て残酷なのである。ただその純粋なるあまりに。その残酷さがどこから来てるとか、そんなものは小児心理学なんて納めてない自分にはわからない。しかし、その残酷さが罪なのかどうか……そんなのは誰にも判断できないんじゃないだろうか。

 さらに深く沈みそうになる自分に、パンフレットを買おうと呼ぶ朝倉の明るい声が聞こえる。

 ま、いっか。罪やら誰が悪いやらは歴史家先生に任せよう。少なくとも今、考えるのは面白くないし、彼女にも失礼だ。

「ああ、今いく。あ? お金が足りないって?」

 こんなのも案外楽しいな、なんて思ったのは何故だろうか? その答えはまだ見つからない。









 


「すまん」

 今まで聞いたこともないほど、真面目な声でそう俺に謝ったあと、谷口はすごい勢いで廊下をかけて行った。

 ああー、ありゃ勘違いしてるなぁ。今の長門との体勢をみたら仕方がない、のか?

 抱き起そうとしたモーションは、逆に押し倒そうとしてるようにも見えるのか。

 「面白い人」と長門が呟く。確かに先ほどの谷口のキョドリ具合は面白いかもしれないが。

 これからの事を思うと、色々と思うことがあり、最近俺は癖になりつつある溜息をつく。溜息をつくと幸せが逃げるらしいが、何とかならんのかね。

「大丈夫。情報操作は得意。朝倉涼子は転校した事とする」

「いや、そうゆうことじゃなくてだな……」

 そっちじゃねー!

 なんて突っ込んでいる場合じゃない。あんな超次元バトルを見せつけられちゃぁ、長門が宇宙人だってことを認めざるを得ない。やれやれ、となると朝比奈さんは確実に未来人だな。

 そいつは困る。俺自身は傍観者が一番いいのだ。宇宙人やら異世界人やらの万国人間ビックリショーなんかに参加すれば、命がいくつあっても足りん。

 先ほどの朝倉の攻撃。俺を殺そうとしてきたあの攻撃は、自分自身が目の前で起きていなければ、CGの一言で済ませてしまうようなものだった。長門があの時、落ちてこなければ俺は強制昇天させられていただろう。

 夕暮れのオレンジ色に染まる放課後の教室は、そこがどこか別の世界のような、そのような感じがした。


 長門は情報の整理がまだあると言っていたので、俺は一足先に家に帰ることとなった。あたりは夕暮れを通り越して、うす暗く他に帰宅途中の学生は見当たらない、なんとも寂しい帰り道である。

 ププッと街灯のともる音がする。虫の音だけの静かな住宅街の中、歩く音がするのでふと前をみると、そこには昨日よりももっと顔色の悪い林がいた。

「よお、林。こんなところで、奇遇だな」

 俺の問いかけに、うつむき加減の林は答えない。おかしい、聞こえてるはずなんだが。

「おい、大丈夫か? この前より顔色がだいぶ悪くなってるぞ。家まで……」

 送ろうかと続く、その言葉を俺は言い切る事が出来なかった。林はこちらに向かって、腰を低くかがめて突進してきたからだ。

 ダンッと衝撃が腹に来る。

「あ、林何す……」

 またもや俺は言葉を紡ぐことができない。今度は、違う理由でだ。

 痛い、すっげえ痛い。

 痛い、いたい。イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ

 腹が強烈に痛い。頭の中は突如そのことでいっぱいになる。あ、腹が痛い。

 半ば反射的に腹を見ると、そこには少し小ぶりなナイフがそりゃ見事に俺の腹に刺さってた。どこか自分の事じゃないみたいな、そうそんな絵を見ているような。他人事のようなきがした。

 しかしそんなことなく、その刺さったナイフを見るに急に痛みがリアルに感じる、紅い。腹はとても赤かった。

 制服が汚れちまうな、なんて明らかに今考えることじゃない考えが頭をよぎる。足に力が入らなくなり、前のめりで倒れそうになるのをとっさに、横向きになるよう体をひねる。

 目線は地面近く、前には黄ばんだ街灯。くそ、腹がめちゃ痛てぇ。手を腹に当てつつ、このくそったれな状況を生み出した野郎を見ようと首を前に向ける。そこには、なにやらボーとした林が突っ立っていた。やはりその顔色は悪そうだ。

 ああ、目が霞んできた。それになんだか眠くもなってきた。くそ、本気でやべぇぞこれ。

 ダメだ、走馬灯を見る暇もありゃしねぇ。そうして俺は突くような腹の痛みと、霞む視界の中ゆっくりと落ちて行った。







「っ!……はぁ、はぁ、はぁ……」


 何だ今のは。周りを見渡すと、いつもと変わらない殺風景な部屋。まごうことなく自分の部屋である。

 そして今寝ているのは、自分のベット。どうやら俺は寝てたらしい。

 ……”俺”? そして、思い出す。おびただしくあふれる紅い染み、硬い肉を切ったような感覚、そしてつんざくような腹の痛み……

 俺は……自分は……、まさか……



 キョンを、刺した……!?



 ガバッと布団を蹴飛ばす。とりあえず、確認しないといけないことがある。寝起きのぼんやりとした頭に叱咤激励しながら、自分は一階の洗面所へ向かった。

 ドタドタと大きな音を出しながら、疾走する自分に京子さんは怪訝な顔を向けるが、そんなことはどうでもいい。今は一刻も早く確認しなければ!

 洗面所には色々なものが散乱していた。髪をとかすためのブラシ、ワックス、そして認めたくないものも、やはりというべきか、そこにはあった。

 軽く濡れたナイフ。そこには何か洗ってふき取ったような後のあるベンズナイフがあった。

 そのまがまがしいオーラを出すナイフを前に自分は手の震えが止まらなかった。そのまがまがしさが自分の手に残っている気がして、勢いよく手を洗う。

 こするこするこする。ほのかに漂う鉄の匂い。それはまさしく紅い、あの赤い血の匂いに違いなかった。

 石鹸でこれでもかというほどこする。こするこする。どんなにこすってもこの赤い匂いは取れない。どうしても取れない。

「あ、あああああああ!!」

 叫びながらも、こするこするこする。血が出ても問題ない。はやくこの赤い匂いを……、この気配を……!

「ゆ、祐太ちゃん!」

 隣から、声が聞こえるが、どうでもいい。はやくこの血を落とさないと! この匂いを落とさないと!

「祐太ちゃん! な、何をやってるの!? 血が出てるじゃない!」

 結局、匂いは取れなかった。後ろで何やら音がしたので、自分は部屋に戻ることを決めた。

 

 部屋につく。部屋もどこか生臭い匂いがする。これは気のせいだろうか? この赤い匂いはどうすればとれるのだろう? まったくもって忌々しい。

 時間を見ると、学校に出る時間まであと少し。五分もない。

 ふっ、学校だって? 殺人者は学校に行っていいのだろうか?

 冷静に考えてみると、ここで学校を休むのはまずい。キョンが倒れておるのは、すぐ発見されるだろうし、翌日休んだとすれば怪しまれるかもしれない。

 カバンに入れっぱなしの教科書のまま、いつもの制服のしわも気にせず学校に向かう。とにかく学校に普通に登校せねば……!

 玄関を出る時、京子さんの声が聞こえた。何を言ってるがここじゃ聞こえないが、どうせいつもと一緒だろう。

「行ってきます!」

 そう、声をかけ、いつもと同じ通学路を歩く。

 途中の地獄坂もいつもと同じ、制服を着た高校生たちが学校へ歩いている。誰か顔見知りに合わなくて本当によかった。

 歩く、ルーチンワークをこなす。ここ一カ月繰り返してきた同じ動作。間違えることもない。
 いつも長いと不満づいていた坂も、短く感じた。玄関で上履きに替えて、教室に。

 クラスに入ると、みんながいっせいに自分の方を向いた。

 
 やめろ! 見るな! こっちを見るな!


 しかし、その一瞬は過ぎる。こっちを見た……、本当に? バレテないのにこっちを見ることがあるか? ということは、バレタ? 俺ガコロシタ

 その時、ポンと肩を叩かれた。ビクッとする。嫌な汗をかく。教室が蒸し暑い。指先が冷たい。


「よう、林。おはよう」
 

 声が聞こえる。いつもと一緒。ゆっくり振り返る。そこには、死んだはずのキョンが立っていた。







[20752] 九話
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/20 22:16

 後ろを振り返るとそこには、しんだはずのキョンが立っていた。腹にでかい穴をあけてる訳でもなく、五体満足で元気そうに。少なくとも、昨日腹を刺された様には全く見えない。

 これは……どうなってる? 自分の目がおかしくなったのか?

 急にうろたえ始める自分を怪訝に思いながら、キョンは横をとうり抜けようとする。このリアルに幽霊なんて認められる訳がない。だとしたら、こいつは誰だ?

 肩を掴むと、すり抜ける訳でもなくしっかりとした感触があった。実体はあるらしい。

「? なんだよ、林」

「お前、何で生きてる?」

「はあ?」

「お前は、腹を刺されたはずじゃないのか?」

「何を言ってるん……」

「黙れ! お前が……キョンが生きてるはずがないんだ!」

 そう叫ぶ自分の言葉を聞きつけた、クラスのみんなが集まってくる。戸惑うそのキョンの顔も……ここにあってはいけないものなんだ!

「ちょっと、なんの騒ぎ!?」

 周りに集まった生徒たちをかき分けて朝倉がこちらに近づいてきた。普段あまり声を荒げない自分の声に、周りの野次馬は増えて行く一方だ。

「あ、朝倉、聞いてくれよ、林がさっきから意味不明な事を」

 自分は混乱の極みにあった。またしても、ここに存在してはいけない奴が現れたのだから。

「あ、朝倉……」

 その眉毛が特徴的な優等生は、昨日キョンを襲い、長門に消されたはずだ。

 ダメだ……この世界はどうなっているんだ…? 居てはいけない人間が平気で存在している……

「朝倉! お前も何でここに……」

「何でって、学生だからよ」

「違う! そういう意味じゃない! くそっ! 何でこんなことに」

 ふと周りを見ると、そこには様々な目。

 胡散臭げな目、好奇心を隠そうとしない目……目、目、目、目。

 見るな……こっちを見るな……自分を見るな!

「クソッ!」

 目の前のキョンらしい男を突き飛ばし、教室の外に出る。他のクラスからも怒声を聞きつけたのか頭を出してこちらをうかかがっている。

 そんな無数の視線に耐えきれず自分は廊下を駆け抜ける。今更、学校なんてどうでもいい。おかしい、すべてがおかしい。そのおかしい場所から一刻も早く離れなければ。

 夢中で階段を下りる。驚いてこちらを振り向く生徒も無視して、ただひたすらに。

 地獄坂を急いで下る自分の背に、一限目開始のベルが響いていた。







 その後の事は、あまり覚えていない。考えるべきことが多すぎる。走って逃げてたどり着いた場所は、いつかの宇宙人と待ち合わせした公園であった。

 公園の近くの駅には、今から会社に向かうのであろう人達であふれていた。よれよれの制服を着た、息の荒い自分を不思議そうに見つめる人もいる。まだ、朝早く通勤・通学ラッシュは続いているのだろう。

 その視線に耐えきれず、公園の奥に進む。公園には申し訳程度のささやかな遊具たち。まだ子供たちは来ていないのか、誰もいない静かな公園であった。
 遊具のなかでも一番人気であろう、うす汚れたブランコに腰をかける。今自分に一番必要なのは冷静になる時間だ。頭の中にはたくさんの疑問が渦巻いていた。

 すこしブランコを揺らしながら考える。あの悪夢のような朝の出来事について。

 まず、生きているはずのない人間が生きている。小説やら映画やらでは、これほどよく使われたネタはないであろう陳腐な状況だが現実となると気持ち悪いどころじゃない。しかも、その人物を自分がころしたとなると、なおさらだ。

 しかも、一人だけでない。あの朝倉も元気に生きていた。あいつが人類にカテゴライズされるかどうかは議論の余地があるとは思うが、ゲームみたいに残機があるわけでもないし、すぐさま復活……するのかなぁ、出来そうだ。しかし、原作だと当分朝倉は登場しなかった。ということは、そう簡単に復活できないということではないか?

 ……ちがう、そうじゃない。今考えるべきはそういうことではない。たぶん、この二人が、つまり存在すべきじゃない人物がいま存在することは、同じ原因があるんじゃないだろうか? そう、まるであの事件がなかったことになっているかのような……

 そこまで考えて、この気持ち悪い現象が起きた原因を考える。こんなとんでもな事を起こす存在には、二人ほど心当たりがある。つまり、涼宮ハルヒと、もう一人は長門有希である。

 涼宮の場合なら、色々と理由は考え付く。つまり、キョンが死んだことにショックを受け、キョンを生き返らせた。つまり、死んだことをなかったことにした、という説だ。

 しかし、これには疑問が二つほどつく。

 一つに、朝倉も何故生き返っているのか、ということである。朝倉も涼宮が生き返らせたというのも考えにくい。彼女はどちらかというと嫌われていたと思うのだが。
 この疑問も簡単な状況を仮定すると、解決する。つまり、時間を戻した、前の状態に戻したというものである。そうすれば、キョンとともに朝倉が復活したのも納得できる。

 しかし、それをもっていしても、二つ目の疑問に応えることはできない。それは、何故自分の記憶はそのままなのか、ということである。彼女が時間を巻き戻したとして自分も一緒に巻き戻されない理由はない。
 でも自分はこの通り記憶をしっかりと保持してる、不思議な事に。

 長門の場合、たいていの事は可能となる。あいつに不可能な事を考える方が難しい。未だにどこまで出来て、何ができないのか分からない。

 しかし、またこの場合でも色々と疑問が浮かぶ。この場合、動機がないのだ。

 キョンが生き返ったのは納得できる。涼宮の知らないうちに処理をしたってことか。だが、朝倉はどうだ。あいつを復活させる理由はないし、逆に復活させないようにするだろう。

 朝倉は長門と対立していたはずだ。そんな敵をわざわざ復活させるような愚を犯すだろうか。

 また長門がさっきと同じように、ただ時間を巻き戻したとすれば、その問題は確かに解決する。朝倉は復活してしまったのだとすると。

 その場合でも、この自分の記憶がネックとなる。どうしたって、この自分を特別扱いする道理はないのである。

 ……思い出した、もう一人こんな変態な事をできる存在はいる。

 きみどり、だったか。もう原作の記憶もおぼろげであるが、確か彼女もインターフェイス、つまり宇宙人。何でもアリだが、同じく自分を特別扱いする理由を思いつけない。大体、会ったこともないのだ。


 一通り、考えたところで、結局この不思議な事態を解決する名案は浮かばなかった。大体、この事態を解決する……、とはどういう意味だろうか?
 
 キョンは死んでいなかった、それはいいことではないのか? 朝倉もまだクラスの委員長をやってる優等生だ。なんだ、自分の理想通りじゃないか。万事OK、悪いところなんか一つもない。 
 ただ一つ、この事態を自分が把握していないということ以外はだが。

 周りで何かが確かに起こっている。それは、自分にとっていいことばかりだ。でも、何が起こっているかは分からない。

 ……気に入らない。この状況すべてが。しかし、今の自分には、その状況を理解することはできないだろう。

 さて、自分はどうすべきなのか。キョンが死んでいないこの状況を喜ぶべきなのだろうか?

 考えているうちに、朝のラッシュが終わったらしく、喧騒のないひっそりとした時間が公園を訪れる。空を見上げると、雲のない青空が広がっていた。



 何もしなくてもお腹はすくもんで、時間を確認するともうお昼を過ぎていた。

 今から学校に帰るなんて、とてもじゃないができない。あの死んだはずのキョンを目の前にして冷静でいられる自信はない。

 目の前のことを全く信頼できない。そんな足元がぐらつくような感覚。現実をリアルとして認識できない。今、自分は虚構と現実の狭間に立っていた。

 荷物も置いたまんまだから、お金もない。しかし、腹はお腹が減ったと必死に訴えかけてくる。それ感覚だけは確かに現実に存在している。

「はぁ、家に帰るか」

 腹がへっては、考えもまとまらない。とりあえず、家にかえろう。そう思い自分はこの薄暗い公園を後にした。

 
 家に帰ると、鍵がかかっていた。そうだった、今日はたしかパートに京子さんは出ていたんだっけ。カギは……、ああ、カバンの中だ。

 と言っても家に入れない訳ではない。こんなこともあろうかと! 植木鉢の下に鍵は隠してあるのだ。

 家で適当に昼飯を食べる。人心地つくと、なんだか眠くなってくる。相当気張ったからなぁ、今日は。色々な事があった。もう一生分驚いた気分だ。もう十分だ。
 瞼が重い。眠い…… そして、自分は深い眠りに落ちて行った。













 何やら音が聞こえる。自分を深い眠りから引き上げたのは、けたたましくなるチャイムの音だった。

 チャイムの音がうるさい。2ビートのチャイムなんぞを人の家で鳴らすバカとお付き合いした記憶は自分にはない。寝起きのまだぼんやりとした頭でそんなことを考えながら、玄関に向かう。時計を見ると、時間はおよそ四時。かなり寝ていたようだ。
 ひっかけを履き、ドアを開ける。

「こんにちわー! 林君の友達の涼宮です!」

 そこには、満面の笑みを浮かべたアイツが居た。ドアを無言で閉める。カチャと鍵をかけるのも忘れない。

『ちょっと、なんで閉めるのよ! こっちは心配して来てるのに!』

 ドア越しにそんな声が聞こえる。そうだった、そうだよな。アイツがこんな面白いネタを見逃すはずがない。涼宮を含めて、SOS団御一行が勢揃いだ。全くこの状況を考えてなかった少し前の自分が恨めしい。

 とりあえず、台所で薬缶を沸かす。どうすべきか、考えなければ。

 ……帰ってもらう?

 どうやって帰ってもらうのか? 涼宮が大人しく帰る様を、どうやっても自分は想像できない。仮病して、帰ってもらうか? いや、あいつなら看病だとかいって強引に入ってくるに決まってる、そうに違いない。

 仕方がない。どうせ、どうやっても明日には顔を合わすに決まってんだ。帰す方法も思いつかないしな。

 薬缶が鳴る。薬缶でお茶を作る。そして、玄関でまだたむろっているSOS団たちに、ドアを開けてこう言った。

「あー、お茶しかないけど、どうぞ」








 我が家のテーブルはそんなに大きくない。四人掛けであるからにして、必然的に二人余るわけだ。そこで、腰かけのない椅子を二つ、テーブルの端に寄せて、お茶を入れるのを手伝おうとしてくれる朝比奈さんを手で制しながら、椅子をすすめる。自分がお茶を用意する間、SOS団の面々は終始無言であった。ただ一人だけ、つまり涼宮だけがとても目が輝いていた。

 お茶を全員の前に配り終える。そして、自分が急ごしらえの椅子に座ると、とりあえず声をかけた。

「どうぞ、粗茶ですが。……で、何の用でしょう?」

 周りを見回すと、涼宮以外に楽しそうな顔は見当たらない。当たり前だが。長門はいつも通り無表情、古泉もいつもの微笑だが、少し警戒の色が見える。
 当たり前だ、なんたって今までただ一般ピープルだと思ってたやつがいきなり気違いみたいな事を叫んだんだから。

 朝比奈さんは居心地が悪そうに、そわそわしている。キョンはあきれたような、どうも読みとりにくい顔だ。まあ、いきなり「死んだはずだ!」なんて言った奴と楽しくおしゃべりってわけにはいかんだろうよ。

 そんな気まずい空気の中、まったく空気読めない奴が一人、そう涼宮だ。

「で、何だったのよ!? 朝のやつ! ああ、もう何でそんな面白そうな事になってるのにその時居なかったのかしら!?」

 ど真ん中、ど直球である。さて、どういいわけしたもんか。全くいい案を思いつけない。

「……まぁ、なんだ。寝ぼけてたってことかな」

 ……苦しい。自分で言ってて、はぁ? ないいわけである。しかし、これ以上のいいわけをこの脳は思いつけなかった。

「はぁ? 寝ぼけてた?」

 涼宮の怪訝な声。

「ああ、最近風邪だかなんだか体の調子が悪くてな。どうやら、寝ぼけていたようだ」

 こう言う以外に言いようがない。本人ですら事情を把握できてないのだから仕方がない。

「……寝ぼけてた、ね。ふうん、まあいいわ」

 と明らかに納得してない顔をする涼宮。……これで、切り抜けただろうか。

「じゃあ、そういうことで。まだ熱が引いてないみたいだから、うつっちゃ悪いし……」

「ああ、分かったわ。大丈夫よ、SOS団は今度の週末まで学校での活動しかないからね」

「そうか。じゃあ、キョン、何かあったらメールをくれ」

 急に声をかけられたキョンはビクッとしていたが、ああと何とか返事をよこした。

「じゃあ、なんだかしんどそうだし、お暇しましょうか」

 団長のその一言で帰る準備をするみんな。玄関に送りにいき、思い出したように自分は声を出す。

「ああ、そう言えば、長門に返す本があったんだ」

 長門はこれまた無表情で、分かったと了解の意を示す。

「……分かったわ、有希。先行ってるわね」

 こうして、SOS団は嵐のように来て嵐のように去って行った。残るは長門と自分だけである。

 さて、コイツには聞きたいことがたくさんある。自分が声を出そうと、口を開きかけたその時、

「あなたに聞きたい事がある」
 
 と長門がいつもの平坦な声が響く。ちょうどいい、こっちも聞きたいことは山ほどあるんだ。



 先ほどと同じ様に、テーブルに座る。話がしやすいように向かい合うように。まず始めに口を開けたのは自分だった。

「まず初めに言っておく。キョンが死んだ。それは現実に起こった事だ。正確に言うと自分が殺した」

 キョンが死んだ、のところでビクッと反応があったが、それ以外には反応はない。

「? 驚かないんだな」

「大体、状況は理解している」

「……ということは、長門がキョンやら朝倉やらを復活させた、ということか?」

 そんな自分の疑問に長門は首を左右に振ることで応える。どうやら、長門のせいではないらしい。

「ということは、涼宮が原因か?」

 この問いにも同じように否定で応える。

「どっちでもない? じゃあ、誰が?」

 長門はその白い手をつきだす。その細い指はこちらを指示していた。

「自分?」

 首を縦に振る。肯定。

「バカな。自分には時間を超えることも、願いを叶える力なんかもない」

 確かに生まれは普通ではないかもしれないが、自分自身は何も力のない一般人である。

「この世界で、時間の逆行も情報フレアも観察されてない」

「つまり、何だ? 何が言いたい?」

 話の方向性が分からなくなってきた。

「時間の逆行も、情報の改変もこの世界では無かった」

「ということは……」

 この後に来るだろう言葉はすでに予想出来ていたものだった。けど、それは自分にとって到底認められるものでもなかった。

「そう。彼が死んだという事実はない」

 自分の足場が崩れている、現在進行形で。

「でも……、けど自分は見てんだ! キョンが死んだところを!」

 そう確かに自分はキョンが死んだのを確認している。しかし、キョンは死んでないという。

 この世界と自分の認識との絶対的な隔絶。それはどういうことを意味するのか。

 もしあなたの昨日が存在しなかったら? というか過去の存在は立証できるのか? その証拠として上がるのは自分自身の記憶しかないだろう。そして、みんなはその過去があるものとして生活している。

 その記憶と過去が食い違ったら? 疑うのは自分の記憶しかないだろう。世界は間違えないだろうから。

 そして、その疑いはどこまで広がるだろうか。最終的に行きつくのは自分の存在、となる。

 結局、キョンは死んでなかった。そう完全に自分は間違いだ。どこまでが間違いなのだろう。この世界にいることが間違いなのではないか、本当の自分はどこにいるのか。

「そう、この世界では彼は死んでいない」

 長門の言葉にちょっとした引っかかりを覚えた。

「ちょっと待て。この世界ではって……」

「言葉そのままの意味。この世界では死んでいない」

 この世界では。その言葉の裏には、多分、

「他の世界……? 他の世界って……あ!」

 思いだした。長門は同じ様な事を前も言ってなかったか? 確か、

『まず、世界は複数ある』

 彼女はそう言ってなかったか? そして、

『人の数だけ世界がある』

 そう、そう言っていたはずだ。

 ……しかし、これとどう関係があるのだろうか? 自分の記憶と現実との食い違い。それの意味するところとは……?

「世界は複数ある。そして、この世界ではキョンは死んでいない。ということは……」

 長門が自分の言葉を引き継ぐ。

「そう。この世界じゃない、他の世界で彼は死んだということ」

 ……なんてこったい。キョンは死んだ、それも他の世界で。それを飲み込むのはすごく難しい、というか理解しがたい。

「? ちょっとまてよ。確か長門は他の世界と同期できないんじゃなかったか? なら何でキョンが他の世界で死んだことを知ってるんだ?」

 長門は少し考え込むような動作をした後、こう言った。

「そう。私は同期できない。だからそれを直接観察したわけではない。すべては推測」

 なるほど。直接観察できないって……まさか、

「……なるほど、つまり自分は他の世界のキョンの死を観測したということ、なんだな長門?」

「だと思う」

 うなずく長門。確かにそう考えると上手くつじつまが合う…のか?

「思い出してみて、彼の死んだ場面を」

 長門が自分の顔を見つめる。

 おびただしくあふれる紅い染み、硬い肉を切ったような感覚、そしてつんざくような腹の痛み…… ダメだ、また気分が悪くなってきた。

 ん? ちょと待てよ。今のおかしくなかったか? 腹の痛みを刺した本人が感じるはずはない。感じるのは刺された本人、つまりキョンただ一人だけだ。

「自分は、キョンの感じたことを感じていた……?」

 そう、確かにあの時腹が痛かった。何も考えれないほど痛かった。痛みで倒れる体、目の前の電灯。これも全部、

「そうだ……、自分はキョンの中からそれを見ていた……」

「そう。その時、あなたは彼そのものだった」

 続けて長門が言う。

「それも当然。他の世界にあなたは移動していたのだから」

 その時、すべてのピースがはまるような音がした。














 ここで少し復習してみよう。長門の言う『人の数だけ世界がある』について。

 ここでいう世界というのは、人の主観そのものだといっていいだろう。つまり人の数だけ主観があるということである、そのこと自体は当たり前のことだ。

 昔、この話を聞いたとき、例として劇を観劇する図を挙げた。この時、たった一人の観客と演じられる劇が、そのまま主観と世界に相当すると説明したと思う。

 どこかで、『世界は自分のレベルに応じた姿でしか見えない』なんて言葉を聞いたことがあるが、全くその通りだ。世界=自分自身なのだ。

 ではその世界を移動する、他の観測するとはどういう意味になるのだろうか?

 具体的な例を出してみよう。

 ここにAさんとBさんがいるとしよう。AさんがBさんの世界を観測するとしたらどうのなるのだろうか?

 AさんはBさんの知覚する感覚、感情をありありと感じることができる。そのうえでAさんはBさんの体を自由に動かすことができる。
 こうなれば、もはやAさんはAさんといえるのだろうか? その時、AさんはBさんとなるのだ!

 つまり、他の世界を観測する、移動するというのは、他人になるということと同義である。


「なるほど……」

 謎がどんどん解けていく。つまり自分はキョンの世界に移動していた、ということにすればすべては上手く行く。長門の言うとおり原因は自分自身であったのである。

「いや、待て。そもそも何で他の世界なんかに移動したんだ?」

 そんな自分の疑問に長門はあくまで推測だが、と前置き持論を述べる。

「それは多分、あなたの不安定さが原因」

「不安定さ?」

「そう。涼宮ハルヒに無理やり上書きされた『過去』の情報によってあなたの世界は不安定」

 ああ、そんなことをいってたなぁと思いだす。他に何か長門は言ってなかったか?

「そして、自分の世界はずれてる、だったか?」

「そう。あなたの世界は他の世界と比べて、40時間ほど遅れている」

 これで全ての謎は解けた。本来、未来である朝倉襲撃後のキョンの死亡。つまり今から40時間未来のことを観測したのはそういう理由があったからであったのだ。
 自分の世界が遅れているというのは、同時期の他の世界より見れば40時間分だけ過去。この世界からみると、他の世界は40時間分未来なのだから。

「はは」

 こんな、ややこしいことになってただなんて。もう乾いた声しかでない。どっと疲れがぶり返してきた。

「つまり、何だ。この世界ではまだ、朝倉襲撃も起きてないし、キョンも死んでない。平和な世界だってことだな」

「そう」

「なんてこったい」

 結局、自分の勝手な独り相撲であった訳である。安心したが、すっげぇ疲れた。

「……? でも待てよ。これじゃあ、朝倉がキョンを襲うのがバレてしまうんじゃ……」

「この世界でそうなるとは限らない。でも念のため、今から殺しに行ってくる」

「いやいやいや、待て待て、ちょっと待て」

 物騒なことを口走る長門に冷や汗をかく。まだひと波乱ありそうだ。








 <作者コメ> 伏線回収回。このネタがやりたかったがためにこのSSを書いたといっても過言でない。
 実は、三人称と思わせといてずっと一人称だったという罠。騙された方いるかなぁ。
 




[20752] 十話
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/29 20:30
 長門のまさかの殺人予告にはビックリしたが、ある程度は予測できたものかもしれない。原作ヒロイン候補の長門さんから「殺す」何て言葉は聞きたくは無かったが。

「まあ、待ってくれよ」

 ここで長門を止めたのは我ながら意外であった。朝倉なんて殺人犯候補筆頭が死のうが死にまいが、自分に関係無いと思っているのだと考えていたのだが。しかし、そんな頭とは裏腹に口はヌルヌルと止まらない。

「まず、キョンが望んでいるのは、この当たり前の普通な日常だ。長門だってキョンの思いを無下にしたくないだろう?」

 長門はそんな自分の問いにコクリと頷いた。

 確か長門はキョンに好意を寄せているんじゃなかったか? もう霞のごとく、ぼんやりしてきた原作知識だが誰がどんな気持ちを抱いていたかぐらいは大体わかる。原作でも、いくらキョンが涼宮にとって大切な存在だったとしても助けすぎだろう、なんてツッコミを入れていたもんだ。

「つまり、だ。強硬派にとってキョンが死んでも涼宮が反応をたいして起こさなかったと思わせれば良いんだろう? なら自分がキョンが死んだ世界を観測した、とかなんなりいえばいいんじゃないか」

「でも、彼女があなたの言葉を信じる確証は無い」

「確かに確証なんかないさ。でもな、可能性はゼロじゃないだろ?」

 その言葉にパソコンの様にフリーズする長門。ここが勝負ところだ。この長門、小説で想像してたよりもなんだか柔らかい気がする、頭的な意味で。
 さらにダメだしの一手を繰り出す。

「それに、情報統合思念体のほうでも対応できないのか?」

「待って。今問い合わせる」

 そのままの体勢でフリーズすること約三分。ようやく、長門は動きだした。

「情報統合思念体の回答は、思念体内部で処理は完了したというもの。しかし、インターフェイスは処理を受けつけない模様」

「ええ、と。つまり、何だ。あとは朝倉のみをどうにかすればいいって事か?」

「大体あってる」

 長門は神妙な顔で頷いた。

 しっかし、簡単に決着がついたな、おい。未来を知るなんていうのは改めて反則気味たもんなんだなと再確認。ふう、近くに未来人やらがいるから感覚が狂ってた。というか、タイムパラドックスとかは解決されているのだろうか? そこら辺案外適当だよな、朝比奈さん。伝家の宝刀【禁則事項です☆】でなんでもスルーしてる気がする。今度聞いてみよう。

「それと」

「ん? 何だ?」

「情報統合思念体から、データが送られてきた。これを参考にして頑張って欲しい」

「? 頑張って欲しい? よー分からんが、そのデータとやらは?」

「これ」

 その言葉のあと、長門は口をむしゃむしゃし始めた。何だ、何が始まるってんだ?

「むしゃむしゃ……」

「……」

 長門口から、何かが姿を表す。それはA4のコピー紙だった。

「むしゃむしゃ……」

「……」

もう、何も云うまい。

 最後に、ペッという擬音とともに吐き出されたそれは、なぜか全くつばもついてない綺麗なコピー紙だった。

「……なあ、長門。その、口から出す意味はあった、のか?」

 長門は無言で自分自身の口を指で指して、

「ユニーク」

 と、のたまった。

「……そうか、ん、ありがとう」

 ヤギさん紙を食べちゃいましたリターンズのコピー用紙を手に取る。そこには、何やらこそばい事が書いてあった。

「……これを渡してどうしろと……」

 そんな自分の呟きに、ファクシミリ長門はうんともすんともしない。
 やっと口を開いたと思ったら、いきなり爆弾を放ってきやがった。

「その資料によると、あなたへの朝倉涼子の友好度はかなり高い。そこで、あなたには彼女と新たな自立進化の可能性について観察してもらいたい」

「自立進化の可能性? なんのこっちゃ」

 当然、疑問に思う。何故そんな漢字四文字がここで出しゃばって来るのか。長門は正面の自分をちょちょいと手招きしている。

「ん? 何だ?」

「耳を貸して」

「何でわざわざ」

「雰囲気」

 ……もう、自分には長門さんが分からなくなってきました。

『ごにょごにょごにょ』

「なっ! そ、そんな事をやれって言ったのか!?」

「でも、これが今のあなたのクラスの立場も考えて、一番妥当」

「……つってもな、ほら、そう言うのは、こう、ね。ご本人の承諾を得ないと」

「大丈夫。明日の朝、みんなの前で取ればいい」

「な、なんですとー!」

「いける。応援してる」

「ま、待って長門さん。何でそんなほほを緩めてるんですか!? ね、ねぇ君って無表情キャラじゃなかったの!?」

『ビシッ!』

「やめてよ! 無言でサムズアップしないでよ! なんかさっきからキャラ違わない!?」

「うん……、分かった。今、統合情報思念体から快く許可が出た」

「親公認キター!」

 

 なんかダメだった。もう、色々とダメだった。完全に外堀を埋められていました。

 はぁ、これって本当にしなきゃいけないのか……、え? しなかったら殺すって? それって朝倉だけだよね!? 自分入ってないよね!?


 そうして長門さんに押切られ、運命の日が、つまり明日になりました。








 今、自分は教室の前に立っている。心臓がはち切れんばかりに仕事をしていて、耳ではその音しか聞こえないほどだ。こんなに緊張したのはいつ以来だろうか? 少なくとも受験よりも緊張していることは確かだ。

 昨日の奇行で入りにくいんじゃない。いや、それなりに入りにくいよ? そらそうさ、あんな事をしておいてみんな気にしない訳がない。

 でもね、そんなの大事の前の小事なんだよ。もっと乗り越えなければならない試練が自分を待っている。そりゃあもう、たっかい壁さ。そう富士山よりも、モンブランよりも高い壁がね。

 ダメだ、ウジウジしている間にもうチャイム三分前だ。しまった! これじゃチケット即完売、観客フル満員じゃないか! こんな事になるんだったら最後まで鏡の前でたむろってるんじゃなくて、朝早く行っとけばよかった!

 ふと、後ろから視線を感じる。振り返るとそこにはガッツポーズした長門さん。何? 頑張れじゃないよ! すっげぇいい笑顔だな、おい……かわいいじゃねえか。

 息を深く吸う。がやがやとうるさい教室がうらめしい。まったくTPOを考えろってんだ。

 心臓がロデオのごとく暴れている。こんなに心臓って存在感ある器官だったか? 静まれー、静まれー

 頭で昨日から呪文のごとく繰り返している言葉をもう一度リピートする。手のひらが尋常でないほど汗をかいている。ベタベタだ。

 顔が熱い。待て、まだ本番前だろ! 早すぎるって!

 顔に手を当てて冷やす。そんな自分に後ろから声がかかった。振り返ると先生がそこにいた。

「あー、林。そろそろホームルーム始めるから教室に入ってくれ」

 よーいどんの合図。もうさじは投げられ、後戻りはできない。

「ちょ、ちょっと待っててくれませんか! あの、そう一分ぐらいで終わると思うので!」

「? ああ、まだチャイム鳴ってないからな。大丈夫だが」

「ありがとうございます! 逝ってきます!」


「あ、ああ」

 不思議そうな声をだす先生なんかもう、気にしてなかった。口が渇く、喉も渇く。……こんなに暑かっただろうか?

 道場破りを決行する挑戦者のごとく、扉を勢いよく開ける。ホームルームが始まると思っていた人達の目が一斉にこちらを向いた。中には昨日の事を聞きたそうにしていた奴もいたがそんなのに頭のリソースを割く余裕はない。

 多数の視線を感じながら、目的の人物を探す。居た、探す手間もかからず見つけることが出来た。なぜなら、彼女は教卓に乗っかるようにして、一番前の机の子としゃっべていたからだ。最悪だよ! 何でそんな目立つところにいるんだよ!

 つかつかとその人物の場所まで歩く。ホームルームの始まる時間になるか、ならなのかの時間帯なので教室のざわめきが収まっていく。

 あと二メートルといったところで、一番の前の子が気づく。続いて、彼女。ドクドクと体の奥で重低音が響く。

「朝倉!」

 しまった、緊張のせいかかなり大きな声が出てしまった。昨日の事があったからか、クラス中の目がこちらを向いている。

 そんな異様な空間のなか、朝倉だけはいつもと同じ様子であった。いつもと変わらない完璧な笑顔で応えを返す。

「ん? なぁに林君?」

 最悪のコンディション。最悪の舞台。いや、これは見方を変えれば最高の舞台なのか?

 息を深く、もう一度吸い込む。目を朝倉に合わせる。


「好きです! 付き合ってください!」

 そんな渾身の言葉の言葉とともに、教室を一陣の風が吹き抜けた気がした。

 世界が止まった。そう勘違いしても、仕方がないぐらいの静寂。クラスのみんなは一人として動かない。自分は朝倉の顔をじっと見つめていた。

 ひどくビックリした顔。そりゃそうだ、こんなの驚かないほうが、ってコイツが驚くの珍しいかもしれないな。

 驚いた顔も、次第に朱がさしてくる。もう真っ赤かだ。大丈夫今自分のほうが赤い自信がある、絶対に。

 目線を自分から外す。ダメか、ダメなのか!? そして、その口から、

「え、え、はい。だい、大丈夫で、す。こちらもよろしくぉねがいします」

 と、了解の返事を尻つぼみで承った。うつむいてしまってその表情は、うかがいしれないが、気分悪いってことはないか。でも、その首まで真っ赤な様子を見るにただ恥ずかしがってるだけのようだ。

 カツンと後ろから歩く音がした。

「おめでとうさん」

 振り返るとにんまりと気持ち悪い笑みを浮かべた先生が立っていた。


『え、ええええー!!!』


 その後、遅れに遅れてクラス中にみんなの叫び声が響き渡った。








 その後はまるで熱湯の中にいるようであった。みんなが口ぐちに何か言ってきたが、女子はミーハーだし、男子からは怨嗟の呪詛ぐらいしか聞こえてこない。SOS団の活動も今日は来なくていいってさ。涼宮が、回さないでいい気をまわしたようだ。『初日ぐらい、いっしょに帰ってあげなさい!』なんて言われたら一緒に帰る以外の道が無いじゃないか。

 高校生じゃ、一緒に登下校なんてかなりのステージとなる。もうそんな事をしているのがばれたら、付き合っていると見られてもしかたがないぐらい。つまり、逆にいえば付き合うとなれば一緒に帰る。これがデフォな訳だ。

 朝の衝撃の告白は先生を介して、職員室を駆け巡ったらしい。クラスに来る先生たちは、若いっていいわねぇ、とか、羨ましいぞこんちくしょう、とか言って、先生にいびられまくり、質問当てられまくりだったのだ。そのせいでボーとしてた時に当てられたのに気付かなくて放課後呼び出される、なんてことになりやがった。
 そいつが羨ましいなんて言った奴だから、回りくどい嫌がらせだったんじゃないかと推測せざるをえない。

 先生の執拗な補習を振り切ると、もう下校時間まじかであった。時間は五時五十分。完全下校時刻は六時なので、もうクラブのみんなも器具を片づけ制服で下校している。まだ春とはいえ五月の夕方はうす暗かった。

 ガラガラっと扉を開ける。窓から少し寂しげな夕日がさしていた。気温もちょっと低く肌寒い。

 そういえば、あの告白の後、朝倉とは話していなかった。なぜなら、クラスの中心的人物である朝倉にみんなの前で告白。しかも成功していきなりクラス公認のカップルが誕生したのである。昼休み、彼女は仲のいい女子たちに囲まれていたし、自分はあのいつもの奴らに囲まれて、いびられていた。昨日の奇行などみんな忘れてしまったのように。いや、事実忘れていたんだろうな、一度も聞かれなかったし。
 谷口が血涙を流して、悔しがっていたのは面白かった。血涙って、リアルで初めて見たわ。あれって誇張表現じゃなかったのかよ。

 そして、放課後になればすぐに先生に拉致されたのだから、仕方がないっちゃ仕方がないのか。

 誰もいない、廊下を歩く。赤色に綺麗に染まった景色の中に自分の足音だけが響く。

 こんな学校って静かなところだったっけ。いつも下校すぐに帰っていたから分からなかった。

 夕暮れの薄青い色と赤い夕陽が綺麗なコントラストを描く。すこし湿っぽい匂いがどこかなつかしい。よく前の高校生の時はクラブが終わった後、こんな匂いをかいだっけなぁ。少しノスタルジィに浸って、目じりに涙が浮かんできたのには驚いた。
 途中で今日、からかわれた奴らと挨拶をする。今日の一件で、今まで話したことのない様な奴らとも、顔見知りになれた。意外といいやつばかりだ、いじる最後に「お幸せにな」って言う程度には。

 まばらな人並みにのって校門に向かう。誰もいないと思っていた校門には、なんだか今日から彼女さんらしい人影がひとつ。

 朝倉は一人で校門に立っていた。待ち始めてからかなりの時間がたっているのか、所在ない感じで植木に座っている。
 こちらを見つけると、すくっと立ちあがった。

 近くにあるいて行くと、最初は赤く少しうつむきながらだったんだが、除々に笑顔に変わっていく、いやまだ顔は赤いけれど。

「今まで待っててくれたのか?」

「うん、まぁ、一応、その林君の彼女だし、ね」

 騙し騙し確認していくように話す朝倉。くっ、か、かわいいっぜ、なんてこったい! 当社比較三倍だ。

「あ、ああ。あ! そういきなりだったけどけどごめんね」

「いや、ぜんぜん大丈夫! 大丈夫、むしろバッチコイって感じだったから! うん!」

 犬の尻尾のようにブンブン首を横に振り回す朝倉に思わずにやけてしまう。今のこの顔を見れば、百人中百人が気持ち悪いと答えるだろう。まぁ、いいけど。

「そうか、よかった。じゃあこれから、よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」

 にこりと笑う朝倉は別人の様に眩しかった。

 こうして、宇宙人との長いコンタクト、もといお付き合いが始まって行くのだ。





「それじゃ、行こうか」

「うん」

 隣に女の子が居て、一緒に帰るというこのシュチエーションに慣れない。隣の人の歩調を気にしながら歩くのは案外簡単だった。

「いや、ホントごめんね? あんなみんなの前でしちゃって。恥ずかしくなかった?」

「ううん、恥ずかしかったけど嬉しかった」

 そして訪れる沈黙。二人の顔は熟れたトマトのように真っ赤なのだろう。今の方があの時よりもっと気恥かしい。

「そうだ、せっかく彼氏ってことになったんだからさ、色々教えてよ」

「ん? 色々って?」

「そうねぇ……、好きな食べ物とかかな」

「そうだな、基本だけどカレーかな」

「ぷっ! カレーってホントみんな好きだよね」

「いいじゃないか、カレー。おいしいし、作りやすいし、何より冷蔵庫の掃除になる」

「あ、なるほどー! それは確かにいいわね」

「朝倉って料理作れたっけ?」

「えー、知らないの―! 一人暮らしだから何でもできるよー」

「あ、そうだな。一人暮らしか」

「うん」

「……得意料理は?」

「鍋」

「っておい! 鍋かよ!」

「りっぱな料理じゃない」

「そうか? 得意料理としてはどうなんだろ。ほら普通に、にくじゃがとか」

「だって普通すぎじゃない? 何もおもしろみが無いわよ」

「いや、王道だって大切だろ。王道あっての邪道だよ」

 地獄坂を下るときにわたる横断歩道に到着。会話の途切れた沈黙が、少し座りがわるい。これが心地よくなる日は訪れるのだろうか?

「……今度、鍋パーティーでも開こうか」

「えっ?」

 朝倉がきょとんとした顔でこちらを見る。

「いや、みんなも呼んでさ」

 そんな言葉にほほを膨らませる朝倉。はて、今の言葉に何か怒らせる要素があっただろうか。

「なんだ、どこか怒るような所あったかよぉ」

「何でもないですよー」

 青になった横断歩道をすたすたと先行するように彼女は歩く。

「怒っているんじゃないかよ」

「怒って、無いですー」

 一足先に横断歩道を渡った朝倉はそこで止まる。ここで彼女とはお別れだ。ここからの道は二人とも正反対の方向である。やっと止まってくれたし、とりあえず謝っておこう。

「御免なさい。とりえず謝ります」

「とりあえずって……、もう」

 溜息を軽く吐き、クルリと回る。必然的に両者が向かい合う形となる。

「じゃあ、また明日ね」

「ああ。また明日」

 そうして別れようとしたのだが、足を出そうとした時「あっ」との声が聞こえた。

「林君! メール後でするね」

「あ、ああ。分かった」

 声を返して歩くこと数十歩。

「林くーん!」

 遠くから声がまた聞こえた。またか、今度は何だと思いながらも振り返ると、大きな夕日をバックに朝倉が大きく手を振っていた。

「これからもー、よろしくねー!」

 大きく大きく手を振る朝倉。そんな少し幼稚な行動に苦笑しつつ、返事を叫ぶ。

「こちらこそー、よろしくー!」

 まさにアニメの様なやり取りを交わした後の帰路で思う。小説みたいな展開でもこんな展開なら悪くないって。











<作者コメ>
一応、初めのプロットらしきものは終わりです。ちょっと暴走しました、いつもより読みにくくなってるかもしれません。正直、初期のプロットだと主人公が朝倉に告白→『ごめん、それ無理!』なんてコンボも考えていたほどなんですが、何とヒロインに昇格というまさかの展開。作者もこんな結果になるとは思いませんでした。
一応、まだ書きたいオリジナル話がいちエピソードあるので、少し書きたいと思いますのでお付き合いくだされば幸いです。

!アンケート! 

この後、普通に原作を沿っていくか、もう朝倉さんとのイチャラブにいてまうか、両方かどちらがいいですかね? もしくは両方?
感想で書いていただけば、嬉しいです。その後、オリジナルエピソードを描きたいと思います。
長文失礼しました。



[20752] 十一話
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/29 20:30
 最近、寝ざめが悪い。それは高校に入ってからの色々な事件が、知らず知らずのうちに自分の心に負担をかけているのからだろうか。

 しかし、今日は珍しく、心地いいまどろみとともにゆっくりと覚醒する。こんな気持ちいい朝を迎えたのはいつ以来だろうか。
 いつもなら強烈な自己アピールで自分を不快にさせる目覚まし時計を見やると、まだ朝食の時間にも早い。

 んー、と背伸びしながら、何故こんなに朝早く目覚めてしまったのかと首をかしげるも、その答えは出てこない。
 近くにあった、メールの着信を伝える携帯を手に取る。青く光るその携帯には、朝倉のメールが一件入っていた。

 ああ、そう言えば昨日はキョンのことや統合情報思念体からの話などをメールでしてたんだっけ。遅くまでメールをやり取りなんて恋人らしい行動に、にやけ顔が止まらない。
 メールの中身は『おはよう! 今日も一日よろしくね♪』という、まぁ、ありふれたとりとめもない内容だったが、内容なんて関係ない。メールが朝一に入っているというこのシュチエーションがいいのだよ、ワトソン君。

 パタリと携帯を閉じ、少しボーとする。窓から入る朝の穏やかな光が気持ちいい。

 恋人になる……そんなことがこの世界でできるなんて全く考えていなかった。
 朝倉をそんな目で見ていた訳じゃないので、というか、アイツの事は、事前情報がどぎつすぎて、あまり直接見ていなかったというのが真相か。だって宇宙人ですよ? 原作で敵ですよ?
 でも、まぁ少し付き合ってみると分かるが、実は結構子供っぽくて、結構へんなことで怒るし、意外と乙女趣味だし……

 そんなことを考えている自分の胸に軽く鈍痛がした気がした。

 恋人、といえば前世にも居たわけで。その人を裏切っている、まさに昨日のことはそういうことなんじゃないか?

 しかし、むこうの世界では、”自分”はそのままで幸せに生きているらしいし、新婚生活も楽しんでいるんだろう。いや、もう子供ができてるかもな、もうあれこれ十数年たっている訳だし。

 はあーと溜息をつきながら、ベットに転がる。

 こっちに来てからも自分を苛み続けるこの問題。自分のパーソナリティ問題。胸の奥で思い出したようにジクリと痛むこの痛みにも、もう慣れた。
 高校になって、自分が実はただの転生したってわけでも無くて、その理由も原因もわかって。
 これで、はいはいと納得できるなら苦労はない。

 他の人間はこんな悩みを抱えているもんなんだろうか? 少なくとも前の世界じゃ考えたこともなかったが。

 林祐太として生きていくべき? それとも『』として?

 こんな他の人間が聞けば、一笑に付してしまうような悩みに悩んでいる自分が悩ましい。

 まだ、心から気持ちいい朝を迎えることは無理そうだった。









「え? 祐太ちゃんの弁当いらないの?」

 カチャカチャと台所で忙しそうにフライパンを動かす京子さんは、不思議そうに返事を返す。

「ふお? そう、彼女ができたから弁当作って来てくれるって」

 そうなのだ。昨日のメールでいいよと辞退する自分を押しのけて、彼女はメールで『愛の手料理』宣言を出していた。夢だったそうだ、どんな夢だ。
 台所から大きな、何やらフライパンやらを落としたような大きな音が聞こえる。うるさい朝だ。

「え! ええええー!?」

「だから、もう作ってくれなくてもいいよ、京子さん」

「え!? ちょっと待って! 初耳よ! そんなの!」

「うん、初めて言ったから。ごちそうさん!」

 勢いよく箸をテーブルに置く。京子さんはこういうことに関して面倒なのだ。それも、もんすごく。どうせいつか耳に入るだろうから先に言っておいたが、失敗だったかもしれん。

「じゃ、行ってくる」

「いや、ちょっと待ってよ! ねぇ、誰? どんな子なの!?」

「行ってきます!」

「待って―!」

 素早く靴を履き、捕まらないよう家をでる。ずいぶんあわただしい朝であった。



 朝は基本的に一人だ。早めに出てしまったが、仕方あるまい。重ねて言うが、あの状態の京子さんはめんどくさいのだ。

 いつものように通学路を歩く。少し違和感を感じるのは、朝早くだからなのか、なんなのか。いや、世界がバラ色に満ちているなんて、そんなことは思わ無いぞ。

 そして、昨日彼女と別れた横断歩道に到着。やはり、いつもより生徒がまばらだ。

 青が赤になりそうだ。走っていくとそこには何やら見覚えのある背中。まさかと思いつつ近づくと、やっぱり朝倉であった。

「よう、おはようさん」

「え? えええ!? 林君!?」

 とアメリカンばりのオーバーリアクションを繰り出す朝倉。そんな驚く所があったか?

「そんなに驚くなよ」

「そんなことはないよ! だっていつも時間ぎりぎりだったじゃない! 今日はまだ時間に余裕があるし」

「へー、よく知ってるな」

「まあね。彼女さんですから」

 えっへんと胸を張る朝倉が、可愛い。二人は寄り添うように歩き始める。

「今日は何で早かったの?」

「ああ、いやな、京子さんに彼女ができたから弁当がいらないって言ったら……」

 と隣を見るとうつむいてもじもじしていた。そのうつむいた顔色はうかがえないが赤く染まっているだろう。なんでやねん。

「おーい、朝倉さーん」

「え? え、ん?何?」

 やっと気づいた朝倉がこちらを見る。やはりその顔は真っ赤であった。

「いや、話きいてるかなーと」

「え? 聞いてる、うん、バッチシ聞いてるよ!」

「そう? ならいいけど……」

「大丈夫! で、いっちゃったの?」

「へ? 何が?」

「だから! その……、お母さんに、ほら、私たちのこと……」

「言ったよ。だって彼女が弁当作ってくれるなら、弁当をもういらないって言っておかないと」

「だー! ダメ! やっぱり『彼女』っていっちゃダメ!」

「え? 何で?」

「何でって、そりゃあ、恥ずかしいから」

 と、昨日も聞いたような尻つぼみの言葉をかろうじて聞きとる。そんなに恥ずかしいことだろうか。

「朝倉って意外と恥ずかしがり屋だよな」

「むー、意外とって何よー」

「だってナイフとか好きだし」

「ナイフは関係ないじゃない!」

「いや、そこは気にしろよ……」

 とまぁ、色々と話していると、これまた珍しい人物を見つけた。前方にこちらを親の敵のごとく睨めつける人物、谷口である。

 目線を自分から一切離さずに手を真っすぐこちらに向ける。そして、親指を一本ピンッと立てる。
 なんだ、何をする気だ? そんな自分の戸惑いを前に、にまーと気持ち悪い顔で笑う。

 ザッと遠くにいる自分達に聞こえるほど早く、その親指を下へ勢いよく振り下ろす。そして、口を動かす

 その動きから読みとるに、『し・ね・☆』 あ、泣いてる。

 笑いながら赤い涙を流すという難しい技を繰り出した谷口は『チクショ―!』と大声で叫びながら、走り出す。砂煙が舞うとこには、残された二人。

「あいつは……何がしたかったんだ?」

「谷口君って変わってるよねー」

 隣で向日葵のように笑う朝倉を見ていると、谷口なんてどうでもよくなった。合掌。






 色々な人にいじられて、やっとクラスに辿りついた。明らかに他のクラスの奴からも言われたことを考えると、どうやら昨日だけで学年中に広まっているようだ。この暇人らめが。
 確かに入学そうそうの色恋沙汰なんて格好のネタ、みんなが逃すはずもなくいち早く自分は学校の有名人に仲間入りしたわけだ。

 いじられている間、顔を真っ赤にした朝倉が可愛かったこともここに付け加えよう。

 さて、そうしてクラスに入るとまだ時間があるというのに、クラスには半分ぐらいの奴が居た。クラスに入ると目線が一気に集中する。
 朝倉に「またね」と声をかけて、自分の席に向かった。

 そこには、憮然とした顔で何やら円陣を組んでいる男子達。何やってんだ?

 近くにいたキョンに声をかける、キョンも何やらわからないけれどすごい熱気を放つこの集団に、呆れている様子だ。

「なあ、キョン」

「ん? ああ、うわさの林先生じゃないですか」

「先生やめい。……で、これは、何?」

 自分の席を中心に、円陣を組み、中では不思議な踊りと称すしかない何かをしている集団を指して言う。

「ああ、これ? いや、昨日のお前の告白に感銘を受けた奴らがお前を恋愛大明神だって祭り上げてな。お前の机を祭ってる所らしいぜ」

「……さいですか」

 なるほど、確かに机を中心に盆踊りとフラメンコをミックスしたような踊りをしているのは、見方を変えれば何か変な新興宗教にも見えなくもない。

 近くでぼんやり見つめていた自分にやっと気付いたのか、変な踊りを披露していた一人が急に動きを止めた。そしてこっちをじっと見つめてくる。

「……来なすった」

 かすれるような声。その声には恐れと畏怖という相反した二つの感情が垣間見れる。その異様な勢いは周りの円陣を組んでいた奴らにも伝播していく。

「おい、きなさったぞ!」

「恋愛大明神様じゃー! 恋愛大明神様が、我々に姿を現しなすったぞ!」

「ありがたや……、ありがたや……」

「ほんの少しでもいいんです! 少しだけ触らしてください……」

 いきなり奇声を上げるもの、どこから出したのか数珠を使って、本格的にこちらに拝むもの、触ろうとしてくるもの……

 あっという間に意味分からん奴らに囲まれる。その間僅か五秒。その無駄に俊敏な動きは気持ち悪いを通り越して、どこかうすら寒いものがあった。

 そんなカオスな状況をもっと混沌とさせようとする存在が一人。クラスの後ろの方の扉をこれまた無駄に勢いよく引いて入ってくる男が一人。
 その男の名は、谷口。更なる混沌をもたらすものである。

「騙されるな!」

 これまた無駄に響く声を張り上げて、谷口はその指で囲まれた自分を指す。もう、嫌な予感しかしない。

「皆の衆、騙されるでないわ! そのものは、この平和なクラスの安定(男子達の相互的な牽制)を脅かした悪魔であるぞ! そいつは……」

 そこで目元から赤い滴が垂れる。無駄に、重ねて言うが無駄にオーラが彼から迸っていた。

「そいつは……、男子の敵じゃあ!」

 そんな言葉とともに、何やらそとから地響きが聞こえてくる。嫌な予感がしつつも何もできない自分をしり目に、その音はだんだんクラスに近づいてきた。

 その何百と言っても過言でない足音はついにクラスの前にまで到着し、谷口の後ろには、おびただしいほどの人数の男子。

『バンッ!』

 そんな音とともに廊下側のガラスが一斉に開く。そこからは廊下に展開した男子がひしめきあってきた。ひいとクラスの女子が軽く悲鳴を上げる。

「これが……、これこそが、我々の同志たちだ!」

 その谷口の言葉におおー!と後ろの男子達が雄たけびを上げる。

「敵は、ただ一人。いや、その周りに群がる裏切り者どもも同罪よ……」

 クククッと悪者チックに笑う谷口。一通り笑って満足したのか、ビシッと腕を上に挙げる。

「敵は彼女持ちだー! みなのもの、かかれー!」

 振り下ろす腕とともに、後ろで待機していた男子達が一斉にこちらに襲いかかる。それと自分を囲んでいた信者たちと勢いよくぶつかり合う。

『大明神様をお守りするのじゃ!』

『黙れ! この裏切り者(リア充)めが!』

 二つの勢力が、互いに勢いよくぶつかり合う。教室内は阿鼻叫喚となった。

 罵詈雑言が飛び交う中、埃舞う教室でただ戸惑うばかりの二人はお互いに顔を合わす。

「この状況は……」

「言うな、頭が痛くなる……」

 右手を頭にあてて痛そうにするキョン。この喧騒はまだまだ収まりそうに無かった。






 激動の朝も過ぎて、四時限目が終わるころにはみんなの頭には、この後の昼食についてが大部分を占めていた。

「よお、林大先生!」

「……谷口か」

 先ほどの事件の首謀者とは思えない軽さで自分に話しかけるの谷口。

「まぁ、話したいこともたくさんあるし、食べながらでも話そうぜ」

 そうして向ける視線の先には、国木田、キョンといつものメンバーが机を囲っていた。

「ああ、スマンが今日は……」

 困ったようにクラスの出口で赤く、縮み困っている朝倉を見やる。そんな自分の行動で察したのか、盛大に鼻をならす。

「そうかいそうかい。わかりましたよ、ルーザーは端で固まってますよ」

 苦笑する国木田と憮然としたキョンに軽く頭を下げ、朝倉の元へ向かう。クラスのみんなの視線が怖くて振り向けなかったのも仕方がないだろう。

「じゃあ、行こっか」

「う、うん」

 どこともなく二人は昼ごはんを食べる場所を探して、歩きだす。朝のこともあってあの魔物が巣くうクラスにはあまり居たくないのが本音であった。

「さて、どこで食べるかね。どこかいい場所知ってる?」

「うーん、あ、そうだ! 屋上とかいいんじゃない?」

「あー、屋上か。でも確か立ち入り禁止じゃなかったっけ?」

「大丈夫でーす」

 そういう朝倉の手には、古ぼけた銀色のカギが握られていた。

「げ! それって屋上の?」

「そう! いやあ、優等生はお得ですねー」

「……結構、朝倉ってはっちゃけてるんだな」

「真面目一辺倒って訳じゃないわよ?」

「ふふ、そうだな」

 話している間に、屋上へと続く階段まで来る。そこはもう奥には何もないからなのか、人の気配のしない、静かな廊下の先にあった。
 どこか埃っぽい階段を上ると、そこにはもう何年も空けたことのないであろう扉があった。

 朝倉がそのカギで扉を開ける。軋むような音とともにその古ぼけた扉が開く。屋上はコンクリートの寒そうな床に、緑色のところどころ禿げたフェンス。なるほど、立ち入り禁止とだけあって、そこには何年も人が訪れなかったのであろう閑散とした光景が広がっていた。

 自分たちは、扉を手早く閉めて、屋上を見渡す。見事になにも無いな、屋上は。

「ホント、何もないわねぇ」

 同じ様な感想を得たのか、同様の感想を彼女が口にする。たしかに何もない屋上は、何やら寂しい印象を与えた。

「じゃあ弁当を食べようぜ、もうお腹ぺこぺこだ」

「そう? じゃ早速頂きましょうか」

 扉のある横の壁に背を預けながら、朝倉は目の前に彼女お手製弁当を広げていく。おせちで見るような、何やら豪華な漆の弁当箱に比べて、中に入っている具は庶民的な卵焼きやら唐揚げやらであった。

『いただきます』

 手を合わせると、腕によりをかけたというお手製弁当を食べる。からあげがすごくおいしかった。

「このからあげうまいなぁ」

「へへ。それ、自信作」

 照れた様に笑う朝倉は、そこに一輪の花が咲いたように可憐であった。見とれるように呆けた自分の顔を不思議そうに見つめる。

「? どうしたの?」

「へ? い、いやいや、何もないよ、うん、何もない」

「そう? あ、この卵焼きも上手く出来たんだよ」

「どれどれ、あ、甘いな」

「普通、卵焼きって甘いものじゃないの?」

「いや、うちじゃ甘い卵焼きなんて出なかったけれど。うん、これもありだな」

「でしょー」

 五月の屋上は風が吹けば、それなりに寒いはずだが、彼女と食べる昼食中はそんなことは全く感じなかった。


「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 お弁当をもちろん残さず完食した自分は、背中のひんやりしたコンクリートの壁を感じながら食後の眠気と戦っていた。

「どうだった?」

「おいしかったよ、百点満点中百点だね」

「ホントにー?」

 となりで元気に疑問の声を上げる彼女はホントに嬉しそうであった。こんなに嬉しそうな顔をされると、こっちも何やら嬉しい気持ちになってしまうのだから人間って不思議だ。

「ありがとう、こんなにおいしいお弁当作ってくれて」

「……うん」

 そして、しばしの間訪れる沈黙。遠くからは、運動部の昼練の声が聞こえる。夢中で弁当を食べたので、昼休みはまだ時間が余っている。
 この沈黙になれる日がくるのだろうか、なんて思っていただどうやら思いつめ過ぎだったようだ。現に今のこの穏やかな昼休みが心地よい。

 ふと、左肩に柔らかいものを感じる。驚いて横を見ると、朝倉が自分の肩に寄りかかっているのだった。
 急に心臓が活発に活動を始める。顔が熱い。体の奥に響く重低音。目線は真っすぐで、隣の彼女に向けるには多大な労力が必要そうであった。

「……寒いから」

「そうか、屋上って寒いからな」

 寒いなら仕方がない。なんて思う自分の体は、すっごく暑いです、ごめんなさい。

 こうして、どこか疲れるけど幸せな昼休みは過ぎて行った。









 そして、放課後。SOS団の活動らしきもので今日は一緒に帰れないことを伝えて、彼女には先に帰ってもらうことにした。昼休みのこともあって、今の自分のほほは常時ゆるみっぱなしだ。

「よお、キョン! 今日は活動あるんだろ?」

「……お前、テンション高いな」

「な事はねえよ。さあ、ぱっぱと行こうぜ!」

「はあ」

 何でか溜息をつくキョンに首をかしげつつ、二人組は文芸部の元部室に向かう。

「そういえばさ、キョン」

「ああ? なんだ?」

 キョンは若干、食い気味に返事を返した。

「いやな、自分にも朝倉さんから相談があってな」

「お前もかよ」

 頭を抱えるキョン。

「? お前もかって、まさか」

「そう、そのまさかだよ。こうなると、あの転校生もなんかあるんじゃないかって気になってくるな」

「ああ、たとえば超能力者だったりしてな」

「はは、まさか」

 そのまさかなんだな、と心の中で呟く。どうやら、自分が転生者らしき人物だってことは宇宙人組から洩れてはいないようだ。

 ガラガラと扉を開くと中には、もはやこの部室の備品の様な扱いになりつつある宇宙人、長門。そして、うわさの転校生、古泉一樹であった。

「おい、お前も何か言いたいことがあるんじゃないか」

 と、もはやケンカ腰でキョンは古泉に詰め寄る。

「おや、お前もということは、もうすでにお二人から何かアプローチを受けたってことですか」

 にこやかに古泉はそう返す。

「そうですね……、ここじゃ涼宮さんに出会うかもしれないので、場所を替えましょうか」

 そういう古泉について行くと、そこは近くに自動販売機が置いてある中庭の休憩スペースであった。
 それぞれ思い思いのドリンクを購入したあと、近くのテーブルに座る。テーブルは横に二人座るには少し狭いようで、窮屈であった。

 最初に口を開いたのは、古泉であった。

「どこまで知っているんです?」

 微笑みながらそう問う古泉。コーヒーをすすりながらも、その仮面のような表情は崩れない。

「ハルヒがただものじゃないというくらいは」

「なるほど、なら話は早い。その通りなんでね」

「お前の正体から聞かせてもらおうか」

 キョンは古泉に詰め寄る、自分は一応、すべてを知っているので表面上は驚いたふりをしながらも二人の会話を静かに聞いていた。

「僕は、そうですね、ちょっと語弊があるかもしれませんが、超能力者って言ったところです」

「なぁっ!」

 目をむくキョン。そしてこちらを向くキョンに肩をすくめて見せる。

「適当にいっても当たるもんだな」

「ほう。林さんは分かっていたんですか?」

「そんな、まさか。未来人、宇宙人ときたら超能力者が居ても不思議じゃないっておもってね」

「なるほど、あなたは適応能力が高いようだ」

「いや、それほどでもないさ」

 お互いの顔を見てフフフと笑う。若干、キョンが引いてるが、気にしない。

 そして、原作と同じ様に彼の説明は進んでいった。『機関』の存在、三年前の事件、涼宮ハルヒの能力……

 ある程度、話終えると、彼は今日は帰ります、長い話をしてすみませんと帰って行った。
 残されたのは、あっけにとられたようにボケっとするキョンと、予定事項を消化しただけで、別段驚いた様子のない自分であった。

「なぁ、林」

「ああ、何だ?」

 どこかピントの合ってないキョンの声に、自分は気の抜けた返事を返す。

「超能力者って本当にいたんだな……」

「ああ、案外近くにいたな」

「ホントだよ。下手すると、結構ポンポン出てくるかもしれないぜ」

「ユリ・ゲラーも真っ青だな」

 そんなやり取りの後、キョンは勢いよく残りのコーヒーを飲み干す。そして、真剣な顔をして体をこちらに向ける。

「なあ、あいつらのこと信じるか?」

 そうか、原作では朝倉の襲撃で信じ始めていた彼だが、まだ信じ切れないのか。ま、当たり前だが。

「どうだろうね、集団妄想って訳ないんだろうしなぁ。結局、古泉のいう『超能力』さえ見れれば信じれるんだけどね」

「そうだよな……」

 遠い目をするキョン。彼の気持ちを測ることはできないが、今すごく葛藤しているんだろう。SOS団のほとんどが妄想持ちって状況は笑えないどころじゃない。

 さて、このお話はどうなっていくのだろうか? 死んだ目をしたキョン(主人公)見て、なんだかせつない気持ちになるのであった。








<作者コメ>
さて、最近プロットが終わったので、暴走気味の作者です。宇宙人組がおかしいのは仕様です。
感想の方読ませていただきました! コメ返しはまたあとでってことになりますが、原作にそいつつ、何故かラブラブでっていう感じですかね。
苦手なラブラブも練習だとおもえば…… こんなシュチエーションが萌える! なんて感想も待ってます!




[20752] 十二話
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/08/29 20:29
 翌日、原作では朝倉襲撃事件が起きるはずだったんだが、もうすでにそのイベントフラグは折ってしまったので起きることはない。

 それよりも、だ。キョンの印象が変わってきていることについての方が問題だ。
 キョンは不思議について疑っているような節がある。さて、これが原作のストーリーに関係があるか否か。

 最後、不機嫌なハルヒに連れられて、結界の中に彼は連れられる。しかし、キョンが元の世界を選んで、キスをすることで世界は元に戻ることができるのだ。

 
 あ、でも古泉の超能力を使うを見るか。ということは、キョンも世界を作り直す時には、すでに不思議を信じてるってことか。なんだ、原作と相違なんか無いんじゃないか。

 つまり、このままほっておけば、世界が作り直されることはない、と。

 ……しかし待てよ、こんな目の前にある情報だけで判断してもいいのだろうか。

 バタフライ・エフェクトという言葉もある。ひと羽ばたきで台風が起きるんだ。いないはずの一人の人間が居たらどうなるか。地球オワタになる可能性だってある。

 原作の方々はそのキスということに関して、かなり婉曲的なヒントしか与えなかった。
 例えば、それが白雪姫だったり、スリーピングビューティーだったりするのだ。何故、直接「キスせぃ!」と言ってやらなかったのか。そのことが不思議でならなかった。

 しかし、この後の来るべき未来のことを一ミリでも知っていれば、即座にこの考えを改めていただろう。

 一言で言うと、後悔したのである。




 翌日の放課後、朝倉が習い事(そんなのをしてるとは初めて知ったが)で一緒に帰れないことを拝んで本当にすまなそうに謝る朝倉がすごく可愛い、うん。

 あー、えー、まぁ、SOS団の活動の後に、キョンと帰ることになった。その帰り道の途中。

「なぁ、林」

「ああ? 何だ?」

「いやな、もしみんなの妄想がホントだったらどうするって話よ」

「妄想? ああ、超能力とかのあれね。え? ホントだったらって、そうだな……面白いと思うよ」

「面白い?」

 キョンが首を傾げる。

「ああ。お前だって小さい頃、怪人が出てきたり、それを倒すヒーローになりたいとか思ったろ?」

「まあな」

「そいつと同じだって」

 自分は前髪をいじりながら、そう答える。これは自分の本心だ。つまり、UFOも幽霊も居たら面白いなと思う程度であり、別に賛成否定どっちでもないという極普通の考え方である。
 日本じゃ圧倒的多数かと思われるこの考えを自分も持っていた。この世界に来るというネッシーにも負けない非日常な出来事も経験したあとの自分でさえ同じような考えを持っている。

「……なるほどな。そういう考えもあるわけか」

「キョンもそうだろ?」

「……そう、かな」

 キョンが心の奥底ではこういう非日常を望んでたことは知っている。というか、ほぼ全員そうじゃないのか。中二病は誰にでも訪れる通過儀礼だと思うのだが。

「もうしかしたら、さ」

「なんだ?」

 今この時を逃せば、自分がキョンにヒントを与えるのが難しくなってしまう。ここでヒントを与えないとと思い、自分は最悪の選択をしてしまう。

「キョン、お前が主人公かもしれないぜ?」

「主人公?」
 
 キョンがすっとボケた声を上げる。

「そう主人公。周りには、未来人、宇宙人、超能力者と話題にはことかかさない豪華なフルメンバーだ。そして、一般ピープルであるキョン。ほら冷静に考えてみろよ、誰が主人公よ」

「……俺か」

「まあ、当たり前だよな。そして自分では気づかないけれど、とんでもない存在の涼宮ハルヒ。こいつはヒロイン役な訳だ」

「……」

 キョンは苦虫をかみつぶした様な顔をしていた。

「そして、物語の終盤。二人に訪れる最大の試練。何があるかどうかは知らんが、どうせ今までのスケール的に『世界がヤバい!』みたいな感じなんだろうよ。
 そして、その解決方法は!」

 ここでためる。いきなりの身振り手振りを交えた自分の壮大な語りにキョンは無関心を装いつつしっかりと聞いているようだ。

「キス、だよ」

「キス!?」

 思わずのけ反るキョン。

「ああそうだ。それもマウス・トゥ・マウスだ。そして、世界に平穏が……」

「訪れるわけあるか!?」

 怒鳴るキョン。やれやれ、ツッコミ役も大変だ。

 これがいじる楽しさなのかと、新しい境地を開拓しつつある自分にキョンが興奮気味に食ってかかる。

「その一般人が主人公っていうなら、お前もそうじゃないか!?」

「ああ、その通りだね」

 苦笑しながら答える。そう、その考えでいくと、自分も主人公の素質を持っていることになる。しかし、自分は本当の意味で一般人ではない。

 けど、どこか今までの話の展開だって物語染みてるし、主人公のような気もしないでもない。しかし、どこかずれたような感覚もある。
 ……やめだやめだ。この考えは思いつめてはいけない気がする。

「ま、ただの戯言だよ」

 まだキョンは何か言いたげな顔だったが、軽く無視して歩き続ける。生徒がまばらな地獄坂からは綺麗な夕日がはっきり見える。

 こんな夕日が見れるような世界が壊れなければいいな、と思いながら帰路を二人で急ぐのであった。




 翌日、いつも通りに学校生活は過ぎて行った。朝倉の襲撃がない所為で涼宮が朝倉のマンションに突撃するイベントも起きず、特に何も起きない普通の日であった。
 キョンが昼休みの後、いつもとは違う、何やら探るような目をしていたが、何があったのだろうか?

 昼休み、ああ、思い出した。大人朝比奈さんに出会ったんだっけな。会いたかった気もしないでもない。

「何ー、何を考えてるのー?」

 隣には朝倉。今日もSOS団の集合は無いようで、無事朝倉と一緒に帰ることができているのであった。

「いや、大人の朝比奈さんに会いたかった……と?」

 最後まで言い切ることができなかったのは、隣の朝倉の顔が急速に無表情になったからだ。

「朝倉さん?」

 問いかけるも、返事もない。ただのしかばねのようだ。

「……大人の朝比奈さんって、朝比奈ミクルの異次元同位体……?」

 この子怖い……無表情で感情もなく問うその姿がどこかのターミネーターを彷彿とさせる。

「は、はい、その通りです……」

「そう……そんなにあの胸がいいのね」

「む、胸!?」

 どこに着地するんだよ!? と突っ込めずに嫌な汗をかく。冷や汗が止まらない。

「……胸部の…情報を……改ざんすれば……」

 ぶつぶつと呟くその言葉に不安を覚えざるを得ない。そんなことに力を使っていいのだろうか。
 この流れを断ち切るために、自分はある提案をすることにした。

「あ、ああ! 朝倉さん! 明日、鍋パーティーをしようよ!」

「…Dに……、ん? 何?」

「鍋パーティー! そうだよ、ちょっとていうかだいぶ季節外れだけどほら、今日明日と京子さんが町内会の旅行で居ないし、夜ご飯どうしようか迷ってたんだよ!」

 その暗く濁っていた目にハイライトが戻り出す。

「鍋パーティー?」

「そうだよ、鍋パ! ははは、楽しみだなぁ、朝倉の得意料理!」

 ようやく普段の朝倉に戻り出した。パアーとその顔が喜色満面になっていく。

「そう!? 鍋パーティーか……、ちょっと食材が足りないかなぁ、買いに行かなくちゃ!」

「楽しみだなぁ! そうそう! ご近所さんの、ほら、長門とかも誘ってさ!」

「長門さん?」

 どこにスイッチがあるのかわからないが、今の言葉はそのスイッチを押したようで、またもやその瞳から光が失われる。

「……実は…貧乳好き?…情報を……改ざんすれば」

「……はあ」

 もう知ったこっちゃねぇ。元に戻すのをあきらめた自分は不気味に呟く朝倉の隣をゆっくりと歩く。

 どうしろっていうんだよ。その日の夕焼けはどこか滲んで見えた、そんな気がした。



 いつもの所で別れた自分は、家の前に黒塗りのいかにも高そうな車が止まっているのを見つけた。

 訝しげにその車に近づくと、その後ろの席の窓が自分を前にして開く。そこには笑みを浮かべた古泉と不機嫌そうなキョンが居た。

「いやあ、ちょうどよかったですよ」

 自分にその黒塗りの車へ乗車を進めながら、古泉は言う。

「何がちょうどいいんだ?」

「あなたの家が留守だったので、いつ帰宅なさるのかわからなかったんです」

「なるほど」

 自分はこの後、晩御飯の買い出しにいかないといけないから時間は大丈夫か、と古泉に聞くと

「大丈夫です。すぐ終わります」

 との返事が返ってきた。

 黒塗りの車はキョンと古泉、そして自分が後ろに乗っても窮屈な思いをしないぐらい、その幅は広かった。
 車はどこかの高速に乗り、窓の景色は後ろ方へすっ飛んでいく。高速の橙色の灯に照らされたキョンがまず、口を開いた。

「超能力を見せるのに、遠出する必要があるのか」 

 と当然の疑問を隣の古泉にぶつけた。

「そうです。我々が能力を発揮するためには、少々特別な空間にいなければなりませんので」

 とにこやかな顔を崩さず古泉はさらりと返す。

「その超能力とやらは、どんなもんなんだ?」

 そんな自分の質問にも

「行けばわかります」

 と取り付くしまもない。

 これは、このまま拉致監禁されそうと思っても仕方がないと思う。自分はこの後の展開を知っているから平然としてられるが、普通は目的地ぐらい知りたがるんじゃないのか。
 そうか、こいつら普通じゃなかったなと、勝手に結論を得た自分の耳にキョンの声が聞こえてて来た。

「まだハルヒを神様だと思っているのか」

「人間原理という言葉はご存知ですか」

「ご存知でない」

 あなたは、という古泉の目がこちらを向く。

「ご存知です」

 そう答えると古泉はカエルを踏みつけたような声を出して笑った。古泉を挟む二人の顔が少し歪む。

「失敬、すみません。人間原理というのは、『宇宙があるべき姿をしているのは、人間が観察したから』という考え方です」

 怪訝そうな顔をするキョン。その顔を満足そうに古泉は眺めたあと、話を続ける。

「短く言うと、我観測する故に宇宙あり、といった感じですかね」

 とここから人間原理を引きあいに出した涼宮ハルヒが神である証明を古泉が行っていく。ところどころキョンが合いの手を入れながらそれは続いて行った。

 そうして、その話がキョンがこのSOS団の原因というところまで話は進み、そろそろ自分の瞼が本格的に重力と戦い出したころ、古泉は話を自分に振ってきた。そのにやにやとした笑みとともに。

「林さん。あなたに聞きたいことがある」

「なんだ?」

 ここで何か原作であったっけ? その拙い記憶を必死に掘り返していると思いがけないところからその質問は襲ってきた。

「あなたは何なのですか?」

「何って……人間?」

 その答えに違いますよと苦笑しながら再びの疑問を投げかける。

「一般的でない部分……、つまり普通で無い所ですよ」

「ああ、それは俺も思っていた」

 向こうのキョンも同意する。

 
「いやいや、自分はホント、どこから見ても、普通もいいところの男子高校生ですよ」

「大丈夫だって。誰にもばらしやしないから」

 うんうんと二人ともうなずく。だから、おれは一般ピープルだって。

「……古泉の、その機関だったか。そいつで調べたんだろ? 結果はどうだったんだよ」

 その言葉に少し考えるようにして、古泉はこう答えた。

「そうですね、林祐太はどこから見ても、おかしいところはありませんでした」

「だろぉ」

 ほら、言った通りじゃねえか。

 ……待てよ、その機関がシロだって判断したなら、それに重ねて自分を疑う理由があるのか? どこかで自分が普通じゃないってことを確信してる?

「……今日の昼」

 おもむろに口を開くキョン。その表情からは何も読みとることはできない。

「未来の朝比奈さんに出会ったんだが」

「おい! そんな大事なことなんで言ってくれなかったんだよ!」

 一応、自分は一般人でまだ不思議には疑いを持っている人物、という設定である。そんな重要なことを隠されていたら怒るに違いない。

「その大人の朝比奈さんが言ってたんだが『林祐太には気をつけろ』だとさ」

 その言葉を聞いた時、この車内の空気が一気に下がった気がした。

 隣の古泉はいつもの仮面をなぐり捨てて、目を向いてこちらを凝視してるし、キョンの顔も不機嫌なままだ。

 自分はというと当然、このイレギュラーに混乱していた。

 何だ、その言葉は。『林祐太には気をつけろ』だぁ? 白雪姫じゃなかったのかよ! そして、平穏とは程遠いその言葉。未来の朝比奈さんを小一時間と言わず問い詰めたい。
 混乱する気持ちを無理やり落ちつけて、とりあえず言葉をつぐむ。

「……未来の朝比奈さんには驚いたが、まあいい。それよりも、その言葉だが全く身に覚えもないし、自分は一般人だ」

「もうしかしたら、機関でも調べきれない何か、とか」

 古泉がここ一番でいらんことをほざく。キョンの胡散臭げなその視線はもうMAXだ。

 その後の車内の空気は最悪だった。そしてそれは目的の場所まで続く。

「……着きました」

 そこは地方都市のいわゆる交差点と呼ばれる場所であった。さすが都会だけあって、その交差点にはたくさんの人が行きかっていた。

 そして始まる古泉の説明。半分説明を聞き流していると、眼を瞑れとの指示が。素直にその指示に従う。

 手を引かれて、進むこと数歩。一歩歩くごとに周りの喧騒の波が引いて行くことを感じながら、何も聞こえなくなると目をあけてもいいとの声がした。
 目を開ける。そこには色調がすべてどんよりと曇った世界が広がっていた。
 
『……』

 あっけにとられる自分たち二人に満足したのか、古泉の演技かかった説明が始まる。その声はこの気持ち悪いほど静かな世界の中でよく響いた。

「ここが閉鎖空間です」

 古泉は歩きながら説明を続ける。

「ここが、ほら。交差点の真ん中がちょうど境界線になっている訳です。ここに入れるのも僕たち超能力者の能力なんですよ」

 恐る恐る突き出した手に、なるほど何やらやわらか硬い感触が伝わる。ある程度は力を入れれば押せるだろうが、いずれ入らなくなるだろう。 

 その後も古泉の説明は続く。歩きながら、その足は近くのビルに向かっているようだ。そのビルの階段は薄暗く、先行する古泉の足さえ見えなくなりそうになる始末だった。
 屋上に到着する。そこからは、この半径五キロにも及ぶ閉鎖空間が一望できそうであった。そして、そこから何やらどでかい人型の怪獣が見えた。

 隣のキョンがその景色に圧倒される気配がする。自分も話で聞くのと実際見るのは違うもんだと目の前に広がる非日常に驚きを隠せずにいた。

 コバルトブルーの巨人。たった一言で済ませられるその光景は、自分の目を疑うには十分なインパクトを持っていた。

「あんな大きさだと、自重に耐えかねて潰れるはずなんですがね。ほら、重力がないようにふるまってます」

 指し示すその先には、今その腕によって壊されていくビルがあった。巨人は元気にその青白く輝く腕を振り回している。
 目を凝らすと、その巨人の周りをコバエのように飛んでいるオレンジ色のなにやら球体が見えた。

「そろそろ私も行かなければ」

 そういうと古泉は先ほど見つけた物体らと同じ様な色を体の周りにまとう。オーラらしきものを纏った彼はこれまた地球の重力にケンカを売るような加速度でひゅんと飛んで行ってしまった。
 残されるのは、唖然とした一般人二人組。あまりのことに声が出ない。

 どうやら戦っているらしいのは遠目から見ててもわかった。どんどん巨人の腕やらが切り離されていく。
 勝ちを収めたらしい彼らはぐるぐるとそれぞれが解散するかのように四方八方に飛び去っていく。もちろん、こちらに帰ってくるオレンジは古泉であった。

「どうでしょうか。私が超能力者だと信じていただけましたでしょうか?」

 そうにこやかに問う彼にうなずくしかない二人であった。





<作者コメ>
今回は難産でした。伏線をはりつつ、次回で一巻は完結です。いつ回収されるやら。
十三話と決まりのいい数字でいったん完結できそうでうれしいです。
感想、まだまだ待ってます。



[20752] 十三話 【第一部完】
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:07b38125
Date: 2010/09/01 18:16
 
 古泉の超能力っぷりをたっぷり見せつけられたあと、自分たちはまたもや黒い車に乗せられ家に帰ったのであった。

 そして、運命の日。つまり、涼宮が世界をぶっ壊しそうとする日だ。

 自分たちはいつもの様に放課後、部室に集まりうだうだしていた。目の前にはあの超能力者古泉。あれから自分の正体を聞くようなことは無かった。どうせ裏で機関とやらがバッチシ動いているのだろう。
 二人して何してるのかというと、オセロ。いつも男二人がやっていたやつだ。

 眼下に広がるは、その四角い枠に興禅寺庭園の如く真っ白なオセロ。所々にポツンと佇む黒はこれはこれで趣きがあるはずない。
 自分は勿論、黒。こいつ、いつも負けてるのわざとだろ。

「なあ、古泉。今日からお前が嫌いになりそうだわ」

「そうですか、残念です」

 と全く残念そうじゃないにこやかな顔で答える古泉。

 ため息を吐きつつ、これでゲームは終わりだと立ち上がって、うんっと背を伸ばす。

「はい、お茶です」

「ありがとうございます」

 花が咲いた様な素敵な笑顔で朝比奈さんがお茶をいれてくれる。最初は違和感しか感じなかったそのメイド姿も、最近は何も感じない。人間って偉大だ。

 しかし、大人朝比奈さんは変な事を言ってたんだよな。

 たいして大きな事件とか起こした記憶もないし、大体は自分の勘違いのせいであるし。

 いや、何を言ってるんだ。未来人が忠告したという事は自分が未来で何かやったって事だ。
 が、よく考えて欲しい。この忠告を自分自身が聞いたことによって自分は当然慎重になるだろう。なのに忠告したようなことを起こすのだろうか?

 ……結局、卵が先かニワトリが先かのような水掛け論になる。ここら辺を朝比奈さんに突っ込んでもどうせ教えてくれないだろうしな。

 どうしようもない問題は頭のすみに追いやって、取り敢えず熱いお茶に口をつける。

 キョンは入った時から、パソコンに向かっている。ホームページでも更新しているのだろうか。更新すること何てない様に思えるが。

 奥にはもはやそこに居るのが当然と、黙々と読書に励む長門。三十秒きっかり経つと一頁ずつ正確にまくる。測ったのは暇だからだ。

 自分も暇だし、なんか読むか。そう思い本棚を物色する。比較的SFが多い。似たようなものに惹かれるのか。
 出来るならハードカバーじゃないのがいいなと探していると、前世でみた様な本が。

【銀河ヒーロー伝】

 その場違いっぶりに内心ツッコミながら、長門にこれを借りれるか聞いてみた。

「これ、借りていい?」

 長門はいつもの様にその澄んだ目でじっとこちらを見つめてくる。少し時間がたって、彼女はゆっくり頷いた。

「感謝の極み」

 一応、礼をいってテーブルに腰をかける。古泉はいつの間にだしたのかナンプレを解いていた。

 誰もが気持ちよく過ごしていた放課後。それを破ったのは意外にも涼宮ではなく、キョンと朝比奈さんであった。

「えー、見せてくださいよぉ」

「ダメです!」

 本の世界に没頭していた自分を現実に引っ張り上げたのは、二人のきゃぁうふふな声であった。

 パソコンの方を向くと、そこにはくんずほぐれつな二人が。どうやらキョンが朝比奈さんから画面を隠しているようだ。
 その大きな胸が当たって、潰れている様をみると胸の奥から何やらどす黒い感情が湧いてくる。妬ましい。

 これが有名な当ててんのよ、だろうかとぼんやり考えていると入り口から大きな音がした。

 その爆発かと聞き間違うような音の原因は不機嫌な涼宮。その眉毛はかなり寄っていて、目はパソコンの二人をにらめつけている。

「何? キョンってメイド萌えだったの?」

 超がつくほど不機嫌らしい彼女の声に、朝比奈さんが小さく悲鳴をあげてキョンから離れる。その顔は青白く決して気分がいいようには見えない。

 ドスドスと足音がこっちまで聞こえてきそうなほど、力強く床に八つ当たりしながら、涼宮は奥に引っ込む。そこからバニーの衣装を引っ張り出す。

「着替えるから、出て行きなさい!」

 そう怒鳴り自分たち男子は外に追い出された。

 古泉はその追い出されたドアを深刻そうな顔でにらみつけていた。キョンは何がなんやら分からない様子だ。

 今日のこれからを思い、ため息を吐く自分の息は部室の中から聞こえるけたたましい声にかき消されていった。

 部室で少し過ごしたあと、涼宮の機嫌は治らないまま解散となった。うさぎの様にビビる朝比奈さんと相変わらず深刻そうな顔をした古泉が印象的であった。

 






 

 今、自分は彼女の家にお呼ばれしている。その薄暗く電灯が照らす夜道を歩く足も心なしか速くなって行く。

 下手すると今から食べる食事が人生最後の食事になるかもしれないが、それが朝倉の手料理なら本望だ。

 宇宙人ズの済むマンションに着く。ナンバーを押すと朝倉の弾む様な声が聞こえてきた。

「はーい! 今開けるわね」

 自動で開く扉に感心しながら、これまた新しいエレベーターに乗り込む。いつの間にか父親のように彼女のマンションのセキュリティをチェックする自分に気づき苦笑する。彼女らの部屋に入った泥棒のほうが不憫だ。どうなるか分かったもんじゃない。

 目的地のドアの前に着く。これから彼女の部屋に上がると思うと手に嫌な汗をかくのを感じた。

 意を決して呼び鈴をならすと、入ってーとの声が聞こえた。
 小さな声でお邪魔しますといいながら家に入る。

 間取りは長門の部屋と同じ様であった。鼻を美味しそうな匂いがくすぐる。ダイニングに入ると、横のキッチンからエプロンを着た朝倉がオタマを持ったまま出てきた。まだ調理中だったのだろうか、その顔は少し上気している。

「ごめん、まだ出来てないの。テーブルで待っててくれる? もうすぐで出来るから」

「分かった。楽しみにしてる」

 その言葉に満面の笑顔を浮かべたあと、お湯の吹く音がして急いでキッチンに戻る。にやける顔を必死で制御しながら、kリビングのテーブルにつこうとすると、既に先客がいた。

「うお!」

 思わず声をあげた自分の先には長門さんがちんまりと座っていた。

 その目は自分をガン無視して、キッチンに固定されている。
 よほど鍋が気になるのか、こっちをみようともしないのを見て彼女の珍しい一面をみたなと思う。一心に食べ物を見つめるその様は子供というか動物的な微笑ましさを感じた。

 部屋はカジュアルにまとまっていて、そこら辺のモデルルームとなんら変わらない。申し訳程度に女性誌やファッション誌がおいてある程度だ。

 朝倉の部屋を見てみたいと思うが、それは全力で拒否される気がする。

 部屋を観察していると、朝倉が鍋掴みで鍋を持ってきた。そして、カセットコンロの上におく。

「今回は……」

 朝倉が口でドラムロール。長門の目はらんらんと輝く。

「キムチ鍋です!」

『おお!』

 蓋を開けると、空きっ腹に響く美味しそうな匂いとともに、湯気が上がる。長門のメガネは曇る。

「おお! 美味しそうだなあ。キムチ鍋とは意外だった」

「えへへ、いつもの水鍋じゃ特別な感じがでないからね」

 特別? と首をかしげると

「ほら、林くんが私の手料理を初めて食べるわけだし」

 恥ずかしそうに顔が赤くなるのは果たして鍋の熱気のせいか。
 言われた自分も恥ずかしいわと目線を下げると、メガネが完全に曇りながらも、鍋を見つめる長門。

 その姿をみた朝倉と顔を見合わせる。そして、二人同時に吹き出した。さて、いただきましょうとお椀にオタマで具を小分けしていく朝倉は黙って自分のお椀を差し出す長門と対照的で、まるでお母さんのようであった。

 長門は無言で鍋をつつく。一心不乱に鍋をつつく長門は親にエサを要求するヒナのようだ。自分と朝倉は、学校の事を話しながら楽しく食事をしていた。
 キムチ鍋も文句なく美味しい。そう言うと、朝倉は本当に嬉しそうだった。自分のこんな一言であんなに嬉しそうにしてくれるなら何度でも言ってやろう。

 楽しい時間はすぐ過ぎていく。美味しい具もすぐなくなっていくということで、長門が集中的にウインナーを攻めたことでウインナーがなくなってしまった。

 捨てられた子犬のような顔に耐えられなかったのか、近くのコンビニで買ってくると朝倉は出かけて行った。

 彼女がウインナーを買いにいって少したった時、今まで食う事に全力を注いでいたはずの長門の動きが止まる。それを不思議に思うと、彼女がぼそりと小さく呟いた。

「消えた涼宮ハルヒが戻ってきた」

「え、何だって!」

 その呟いた内容は到底見逃せるものではなく、詳細を長門に尋ねる。すこし、食事の邪魔をされたことに不満があるのか眉を少し寄せて長門は言う。

「涼宮ハルヒは今から、二時間半前この世界から消失した」

 ということは、だ。これで世界は救われたってことだ。安堵の気持ちを胸に、ほっと息を吐く。
 キョンが上手くやってくれたのか。主人公様様だな、明日何か奢ってやろう。

 もう一度長門を見ると、再び食事を再開していて今度はその魔の手をつくねに伸ばしているところだった。

 まぁ、なにはともあれ世界は救われた。いいことだ。
 頷く自分を帰ってきた朝倉が不思議そうな目で見ていたが、そんなことは気にしない。今日はまずはこの目の前の手作り鍋と幸せをかみしめよう、そう思った。翌日、面倒な事が待っているとは考えずに。









 



 本来ならここからエピローグとまとめに入る予定だったのだが、そうはいかなかった。

 翌日の放課後、いつものように部室へと向かう。そういえば、今日の涼宮はポニーテールだったなと思いながら、なんとなしに扉を開けると先客が四人いた。

「こんにちは、林さん」

「ああ、古泉か」

 テーブルには朝比奈さんと古泉とキョン。奥の方に宇宙人がいるがあれは無視してもかまわんだろう。いつもはメイド姿の朝比奈さんは今日は制服だ。

 制服に違和感を覚えるなんてと自分の感覚を丸洗いしたい気分だったが、テーブルの方々に感じる違和感は正しいものなのだろうか。

 比較的いつも見かけるぶすっとした顔のキョンが椅子に座った自分に声をかけてきた。

「なぁ、林。昨日な不思議な事が起きたんだ」

「……何かな?」

 冷や汗が止まらない。あの軽率なアドバイスのせいだろう、なんたってその解決方法をズバリ言ってしまったんだから。
 にこやかな仮面をかぶった古泉がその内容を説明する。それ流れるような説明はどこかドラマの最後、犯人を追い詰める雰囲気に似ていた。

「昨夜、大きな閉鎖空間が発生しました」

「へぇ、知らなかった」

 自分の頭はいい言い訳を思いつこうと、フル稼働CPU100%だ。しかし、この場をすり抜ける妙案など浮かばない。

「それは、涼宮さんが世界を壊そうとした結果なのですが、それをキョンくんが止めてくれまして」

「……」

「その止めた方法なのですが……」

 そこでいったん話しを古泉は止め、横目でキョンを見た。キョンは軽くうなずく。朝比奈さんは普段じゃ考えられないような真剣な顔をしてこちらの話を聞いていた。

「なんと、涼宮さんにキス、それでこの世界は救われたんですよ」

「……それは、何ともファンタジーだな」

 身振り手振りで話す古泉とは裏腹に、自分の声は覇気がなく低い。

「ええ、そうですね。そんな方法を」

 古泉の目がこちらを見据える。

「何故、あなたが知っていたんですか?」

 この場から音が消える。その痛々しいまでの沈黙の中、長門の本をめくる音だけが響いていた。

「……知ってるはず無いじゃないか。自分は一般人だぞ? たまたま、本か何かで呼んだのをしゃべったんだろうよ」

 その自分でもわかる嘘臭い答えに、誰の返事もない。キョンはその不機嫌そうな表情を崩そうとしないし、古泉にいたってはこちらから目を離そうとしない、何かを見極めているように。朝比奈さんにいたっては、その目にうっすら涙がたまっている。

 はぁ、と溜息を吐く。もうどうしようもない。顔をあげて、正面を見据える。意を決して口を開く。

「自分は、まぁいわゆる普通の人間とは少々違う」

「なっ!」

 驚きの声を上げるキョン。同じく驚いた顔をする朝比奈さん。古泉の顔色だけはよくわからなかった。

「話しだすと長いし、自分自身でもよくわかってないところがあるから、十分に説明できないがそれでもいいか?」

 周りを見渡すと、三人が静かに頷く。

「じゃ、話す。まず自分は林祐太ではない」

 再びキョンが目をむく。そんな反応に苦笑しつつ、どうやって説明するかを改めて整理する。

「ちょっと、語弊があるな。正確には林祐太が生まれる前の人格がある、ってことになるかな」

 自分のその言葉に、古泉が手をアゴにあて考え込む。数秒たってその口から

「それは、前世から転生したってことですか?」

 というもっともな質問が飛び出した。

「いや、そう思うのも無理はないけど、実は違うらしい」

 ちらりと奥の長門を見る。

「自分もよくわからないんだが、詳しくは長門に聞いてくれ。説明を続けると、その元の世界じゃある本が出ていた」

「本?」

 キョンがその一見無関係そうな本という言葉に疑問の声を上げる。古泉はいち早くある可能性にたどり着いたらしく、その顔からは驚愕という感情しか読みとれない。

「そうだ、その本の題名は『涼宮ハルヒの憂鬱』」

 キョン、朝比奈さんとともに絶句していた。古泉は静かに目を閉じたまま沈黙している。重い空気の中、古泉が口を開いた。

「……その本は、完結していたんですか?」

「いや、自分が居た世界では完結してい無かった。もっとも最終巻が待てども待てども出ないという状況だったんだが」

 その言葉に、古泉の顔にいつもの表情がかすかに戻った。

「そうですか。安心していいのか、悔しがればいいのかわかりませんね」

「……どうだろうな。パンドラの箱を開けることになりそうだが」

 自分も苦笑を浮かべる。ある意味、この世界を観察してたという点で神に等しい知識を持っていた訳だが、それでもこの物語の結末を知らないというのは良かったのこ悪かったのか。

「っていうことは、俺らはその本の登場人物だってことかよ!」

「ああ。前の世界じゃキョンだったり古泉だったり朝比奈さんは本の中のキャラクターだったよ」

「なるほど、だから未来のことであれだけ的確にアドバイス出来たんですね」

「そうだ。まあ、しかし自分というイレギュラーが居る時点で、そこらへんの知識はあまり当てにならないけどな」

 大体、こちらの事情を話し終えたところで三人の反応をうかがう。三人も予想外のことだったのかそれぞれ考え込んでいる様子だ。
 
 こちらもここで気になることを話し切った方がいいか。

「それで、自分も気になるところがあるんだ。キョン?」

「何だ?」

「大人の朝比奈さんに、本当に気をつけろと言われたんだな」

「ああ、確かに言われた」

 突然、自分の名前が出てきた朝比奈さんは大変驚いていた。

「ええー! どういうことですか!?」

「自分の知識では、その時に言われるはずだった言葉と違う」

「確かに。イレギュラーのお前に関して言及するはずないもんな」

 頷くキョン。朝比奈さんはうろうろしている。

「……ちなみに、今までの一連の出来事はその本に沿ってるんでしょうか」

 古泉のその問いに軽く不意を突かれた気がした。確かに、そこらへんは気になるところだろう。

「大体は、な。朝比奈さんや朝倉の件はあるが、おおよそ記憶通りだ」

「朝倉?」

「キョン、お前は朝倉に殺されかける筈だったんだぜ。そこを長門に救われることになる」

「こ、殺される!?」

「ちなみに朝倉も宇宙人だ」

「はぁ!?」

 次々と明かされる事実にキョンの驚きの声が追いつかない。

「ここからは私の推論なんですが、朝比奈さんの言っていた『気をつけろ』というのはその知識自体のことなんじゃないでしょうか」

 古泉のその推論は、自分でも十分に納得できるものだった。

「その可能性は高いかもしれない。ということは、知識を他人に、特にSOS団の近くの人には話さないほうがいいということだな」

 古泉は軽く頷く。どうやら正解だったみたいだ。

 これで自分に関しての話は全て洗いざらい話したことになる。溜息をついて、軽く頭をふる。

「……自分がこのことを話さなかったのは、証明するものがこの知識しかなかったからだ、他に他意は無い。アドバイスから追い詰められるとは思わなかったけどね」

 さて、もう言い残したことはない。

「大体のところは分かった、つまり今までと変わらずこのSOS団は続いて行くってことだろ」

 いつも様にキョンが疲れたように、しかしどこか嬉しそうに言う。

「この世界がいつ造られたのか、小説の中なのかどうかはわかりません。しかし、私はこの世界を案外気に行っているようなので、出来るだけ続いて言ってほしいものですね」

 といつもの笑みを浮かべながら古泉。

「え、え? どういうことですかー!?」

 混乱中の朝比奈さん。

「……」

 終始、無言の長門。

 


 SOS団解散の日は、まだまだ遠い。














<作者コメというあとがき>
 最後、打ち切り臭くなりましたが、まだ続きます。
 作者としてはここまでこの作品が続くと思いませんでした。ここまで続いたのも、みなさんの感想のおかげです。ありがとうございました。
 一応、これで原作の一巻分が終了。ってことで伏線を引きつつ一部完となります。
 作品を読めばわかりますが、主人公の設定が明かされる所までしかプロットを作ってなかったこともあり、それ以降の話に多分修正が入ると思います。次からは最後までプロット造ってから肉付けしていかないと。何もない状態で思いつきで書くしんどさを痛感しました。
 特に朝倉関連の描写はどうにかせんとなぁ、と。誰か優しい人、いい具合のラブストーリーを教えてくださいませ。参考にしたいです。
 第二部はオリジナルになるか、原作をなぞるか分かりませんがどうぞ暖かい目でお守りください。では


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