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[8576] 東方天晶花 ~とうほうてんしょうか~ (東方project+オリ主)
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/06/23 00:05
<初投稿:2009/05/08>



このSSには、以下の様な要素が含まれております。


 ・オリ主最強(?)系
 ・ラブコメっぽい(?)要素あり
 ・二次創作の設定を採用している場合あり
 ・設定の独自解釈あり
 ・東方シリーズを大まか知ってる前提(話が進むにつれて、原作設定の盛り込み具合が増えていきます。


 以上の点が受け付けられない方はお戻りください。



また、このSSは以下のような設定を前提にしております。本編では語られないので、気になった場合は参考にしてください。


 ・第一話段階で「東方花映塚」までの異変が終わっています。主人公は、「東方風神録」が始まる少し前の幻想郷へ訪れました。
 ・異変は基本的に某紅白巫女が解決している事になっています。某黒白魔法使いは、活躍してはいますがいつもおいしい所を取られています。
 ・旧作キャラ、旧作設定が出てきます。
 ・原作設定遵守ですが、二次設定や温い補正を多々入れています。
 ・星蓮船以前の設定で話を構築しているため、ダブルスポイラー以降の設定は適用されない場合があります。








[8576] 巻の起「はじまり はじまり」 ~Welcome the beginner of the fantasy~
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:52



 全ての物事には「はじまり」が存在します。

 命の芽吹き、自我の芽生え、意志の根付き―――そして、夢の開花。

 流動するモノには、必ず存在する「はじまり」。

 ゆえに人々は、流転する定めにある物語の最初に、必ずこう紡ぐのです。







東方天晶花 ~Welcome the beginner of the fantasy~ 巻の起「はじまり はじまり」







 さて、物語のはじまりには、主役たる人物のはじまりを語るのが常道と言うもの。

 わたくしも語り手の心得に倣い、まずは彼の「はじまり」から語っていく事に致しましょう。



 

 ――――時は、この物語の発端より遡ること十年前。





 未だ科学が自然を駆逐しきれずにいた、とある村落に少年は住んでおりました。

 いえ、正確には―――住む事になってしまった。と言うべきでしょう。

 少年の両親は僅か六歳足らずの少年を残し、二人で天へと旅立ってしまったのですから。

 彼は、唯一の身寄りである祖父の家で暮らすことになりました。

 失意の底に居ながら、それでもなお新しい環境で生きていこうとする少年。

 心優しい老人は、そんな少年にあるお伽噺を聞かせるのです。



 「幻想郷」

 
 
 それは、とても不思議な世界の話。

 妖怪が生を歌い、妖精が空に舞い、人間ですら幻想の力を扱うという、非常識に満ちた里。

 祖父の語る幻想の話。少年はあっという間に虜になりました。

 こうして、少年は幻想郷の存在を知ることになるのです。










 これがこの物語の「はじまり」の「はじまり」です。

 疑問はつきないかと思われます。

 なにひとつ理解できない方もいることでしょう。

 ―――ただこれだけで、全てを知った聡い方もいるのかもしれません。

 ですが、この話は「はじまり」なのです。

 全てを知ろうとも、全てを理解できずとも、「はじまり」が答えを示す事はありません。

 今はまだ、多くの事実が物語の中に埋まっております。

 それらは話が進む中で、あるものは掘り出され、あるものは朽ち果てていくことでしょう。

 さて、いったい幾つの事実が明らかになることでしょうか。

 答えは、遠い「今」の向こうにある、この非常識で滑稽なお伽噺の最後でお見つけください。

 ――――ですが、そうですね。

 このまま幕を開けて「はじまり」を終えてしまうのは、少々物足りないと思う方もいらっしゃることでしょう。

 何を隠そう語り手たるこの私も、そんな我儘な思いを抱く一人です。

 ふふふ…………ですから、ここで少しだけ物語の中身をお見せいたしましょう。

 これが、幻想郷を舞台にはじまるお伽話の一節でございます。










 幻想郷の物語は、常に唐突に。

「ふふーん!! 思い知った!? あたいってばサイキョーなのよ!!」

「分かってるよ! さんざん聞いたよ!! だからもう勘弁してよぉぉぉ!!!」

「えへへー。さいきょーだぁ」

「―――な、なぜ笑顔」





 時に不条理に、時に奇跡的に、万人に降りかかる。

「あやや、凄いのか凄くないのか全然わからない能力ですねぇ」

「悪かったね! どーせ他人のふんどしで相撲を取ってるだけですよ!!」

「相撲!?」

「あ、そこに食いつくんだ。変なところで河童だなぁ……」





 非常識の中に生まれた非常識、幻想郷の中におけるさらなる幻想。

「期待させてもらうわよ? 久々に「弾幕ごっこ」でない喧嘩をするんですから」

「いや、弾幕ごっこですから。ガチ喧嘩とかふつーに死にますから」

「あらら、男の子が女の子の遊びに興じるのかしら?」

「外の世界ではすでに男女平等が基本になってるんでマジ勘弁してください!」





 『異変』――――それは、全てを受け入れる幻想郷がただ一種受け入れない事象。

「うわぁ、可哀想な人がいますぅ……」

「うるさいよ!? これから戦う人に本気の同情されたくないから!!」

「……貴方からは私とおんなじ匂いがするんですよ」

「……いや、本気の共感されても」





 これは、誰も気づかないほど小さい、ある『異変』の顛末を綴った物語。

 








 ―――東方天晶花 










 演者は人間、久遠 晶(くおん あきら)

 語り手はわたくし、『神隠しの主犯』八雲 紫でお送りいたします。

 もっとも―――しばらくは演者達の目を通して、物語を進めていく事になると思いますが。

 では、改めて………





 はじまり はじまり。
 




[8576] 東方天晶花 巻の一「百聞は一見に如かず」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:51
巻の一「百聞は一見に如かず」




 人の手が一切入っていない、自然の力だけで構成された原生林。
 その奔放な美しさに、色んな感想を抱かないこともないけど……はっきりいってそれどころじゃないです。

「まぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

「誰が待つかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 どうもこんにちは。僕、久遠 晶。
 幻想郷に憧れ、幻想郷を旅する事を夢見て、ついに幻想郷まで辿り着いた学者志望の一般人です。
 では、さようなら。

「たぁすぅけぇてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 なに? 唐突過ぎる? 狙い過ぎだ?
 ――――うるさい、僕は今人生最大の危機を迎えてるの!
 野次や茶々なら他のヤツ相手に入れてくださいこの野郎。

「止まらないなら……こうだっ!!!」

 ―――――――――――――――――――――――――――――氷符「アイシクルフォール」

「わひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!?」

 後方から迫ってくる、青い洋服を着る〝氷の羽を生やした〝少女が何かを叫んだ。
 次の瞬間、無数の氷柱がまるで散弾のようにばら撒かれる。
 あるものは森の木々を突き破り、あるものは僕の脇腹の少し隣を通過し、その威力の高さと殺傷性を誇示してきた。
 ……凄い。これが、幻想郷の住人達が持っているという「能力」なのだろうか。
 命の危機にあるというのに、初めて間近でみる他人の能力に僕は目を奪われ―――

「あたれぇ!!」

 頬を掠めた氷の弾丸のおかげで、奪われた目を取り戻せました。
 つーか、ごめんごめんごめん、ウソウソウソウソ!!
 冷静に見物している暇なんて全然ないから。
 氷弾の命中率が低いのがせめてもの救いだけど、なんかジワジワといたぶられているだけって気もする。
 こう、猫がネズミを弄り殺す、的な。

「ふふーん!! 思い知った!? あたいってばさいきょーなのよ!!」

「分かってるよ! さんざん聞いたよ!! だからもう勘弁してよぉぉぉ!!!」

 まったくもって分からない。どうして僕は彼女に追い回されているのだろう。
 別に彼女の気に障る発言をしたってわけじゃないはず。
 そもそも幻想郷に来たばかりの僕が、初めて遭遇した彼女の機嫌をどうやって損ねるっていうんだ。
 初顔合わせ後、僅か数分で相手を激怒させるほど反社会的な生き方なんてしてないってば。

「えへへー。さいきょーだぁ」

「―――な、なぜ笑顔」

 幸せそうなのは結構ですが、その呼称を最初に口にしたのはあなたですよね?

「ううっ、何でこんな事に……」

 彼女―――『氷の妖精』チルノは、何でも「幻想郷最強の妖精」なんだそーな。
 本人の自称だったけど、彼女の驚異的な能力――【冷気を操る程度の能力】――は、その言葉を信じさせるには充分すぎるほどの説得力を持っていたわけで。
 幻想郷を訪れて早々、最強クラスの人物(?)に会えた事で、僕のテンションは一気に最高潮に。
 そのまま、幻想郷調査の一環としてチルノに話を聞き続け―――
 なんでか、チルノと「弾幕ごっこ」をするはめになった、というわけだ。

「……何もかもがさっぱり理解できない」

 実を言うと、チルノが口にした「弾幕ごっこ」という遊びも良く分からない。
 何でも「スぺルカード」を使って撃ったり撃たれたりするゲーム、ということなんだけど……。
 えらく抽象的かついい加減なチルノの説明では、なーんにも分かりませんでしたともさ。
 恐らくは僕が仕入れた情報以降に出来た、幻想郷独自のルールではないかと――――

「スキ焼きぃぃぃぃぃぃ!!」

「それを言うなら隙ありだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 悪寒を感じて咄嗟に飛び上がると、さっきまで僕がいた地点にぶっとい氷の塊が。
 ……ほどよいスピードといい、透けて見えるほど透明な氷の純度といい、やる気満々な一品ですね。
 つーか、いつの間にヘブン状態から復帰したんですか、チルノさん。
 せめて蘊蓄シーンぐらいは最後まで喋らせてくださいな。

「さいきょーのあたいの弾幕を避けきるなんて……アンタもやるわね!!」

「いや、運よく外れてるだけだから。そろそろ勘弁してくれない? チルノの最強っぷりはよーく分かったってば」

「…………さいきょー……へへへー」

 おいコラ、なにがそんなに嬉しいのさアンタ。
 爺ちゃん………幻想郷は、話に聞いてた以上のカオスだったよ。

「こんな事で、僕の夢が叶えられるのかなぁ……」

 思い返す。僕が幻想郷に憧れるようになった、その切欠を。





 すべての「はじまり」は、祖父から聞かされたあるお伽噺だった―――





「ススキノハラー!!」

「最早わざといってるとしか思えないよソレ!!?」

 そして、回想シーン中の人間に攻撃を仕掛けてくるとは、何と言う外道。
 これから祖父による幻想郷語りとか、僕が幻想郷を目指すきっかけとなる最大の事件とかがあったりするんだけどなぁ……。
 最強の妖精さんは、僕の過去話なんて心底どうでもいいらしい。
 つーか、そろそろ僕死ぬよ? 何かしらの要因で確実に死ぬよ?

「そ、そろそろ本気で許してよ! もう充分だから! とにかくやめようじゃないか!!」

「何言ってるのよ、あたいのさいきょーっぷりはまだまだこれからよ!! 辛いんだったらアンタも反撃すればいいんだわ!」

 ―――ああなるほど、生かして返す気はないんですね。
 僕はいったい、彼女にどんな無礼を働いてしまったのだろうか。
 やたらと興奮して、「すごい! 最強マジすごい!」とか言いながら子供みたいにはしゃいだのがいけなかった?
 それとも、チルノの能力を思いつく限りの言葉でべた褒めしたから?
 本人ずっと喜んでたから、ありきたりな美辞麗句を並べても問題はないと思ったのになぁ。

「さぁ、いっくよー!」

 ―――――――――――――――――――――――――――――雪符「ダイアモンドブリザード」


「む、無理無理無理無理ー!?!?」

 ああ、終わった。さよなら僕の人生――――

「い、いや、諦めるのはまだ早い! 反撃許可は貰ったんだ。とにかく、出来うる限り相手の攻撃を相殺してやればいい!」

 こんなところで死んだら、爺ちゃんと「あの人」に申し訳が立たない。        
 初めて使う能力だけど……相手が使うところは何度も見たんだ!・・・・・・・・・・・・・・・・ 問題無い!!

「ええと確かぁ………………ひょ、氷符!」

  ―――――――――――――――――――――――――――――模倣「アイシクルフォール(Easy)」

「へ――?」

 まさかの反撃でチルノの反応が遅れた。―――いける!
 先ほど僕を襲ったのとまったく同じ氷弾が、今度はチルノ自身に向かって放たれる。
 幻想郷を目指そうと決めた時に、『あの人』が教えてくれた僕の能力。

 【相手の力を写し取る程度の能力】

 ……使うのに面倒くさい条件が幾つもある上に、外の世界じゃまず使えない力だったから出来るか不安だったけど、どうやら問題無く発動できたようだ。
 よし、これで何とか――――

「…………………………あ、れ?」

「……? 何それ」

 放たれた氷弾達は、綺麗に真正面のチルノを避けてあさっての方向へ飛んでいきました。

 ――――――――あるぇ~?

 おかしい。確かに彼女の【冷気を操る程度の能力】はコピーしたはずだ。
 攻撃手段も彼女から借りたモノだから問題ないはずなのに。
 ……やっぱり、「スペルカード」の存在を分かってなかったのはまずかったか。
 僕の能力は写し取る対象の能力を、僕自身きちんと理解していないと使えないからなぁ。
 うう、ぶっつけ本番で使うのはさすがに無理があったかも。
 次からは気をつけないと――――

「なんだかわからないけど、氷の扱いがまだまだね!!」

 ――――そういえば、ここでミスったら次が無いんでした。
 チルノの「ダイアモンドブリザード」は、放たれるのを今か今かと待ちわびている。
 断言してもいい。僕があれを避けるの不可能だろう。
 ……だって、待機状態ですでに皮膚が引きつるほどに気温が下がってるんだもん。
 絶対さっきの「アイシクルフォール」よりヤバい技だって! そんなの対抗できるわけないじゃん!!



 ざんねん わたしのぼうけんは おわってしまった!



 とか言ってる場合じゃねー!?

「さぁ、あたいの氷お裁きを見て、存分に反省するといいわ!!!」

「         (声にならない悲鳴)」


 動けない身体。恐怖から、とっさに目をつぶる。


 走馬灯の方はダイジェスト版でお送りしております。


 放たれる氷の散弾。迫る冷気が頬を撫でる。


 氷の塊にドつかれて死んでも凍死にはならないんだよなぁ。


 巻き起こる疾風。凄まじい加速度が体を襲う。


 知ってるか。冷気はある一定の温度を下回ると、暑くて痛くなるんだぜ。





 ………ははは、死ぬ間際にまで余計な事を考え続けている僕は、死んでいいと思うよ。
「まぁ、今から死ぬんだけどさ」
 それでも自虐ネタしか出てこない自分に思わず溜息が出る。
 こんな僕がよくもまぁ、あの「幻想郷」にまでやってこれたもんだよ。
 最後の最後で諦観の境地に至った僕は、目を閉じたまま幻想郷を訪れた時の事を思い返していた。





 僕が幻想郷に憧れるようになったのは、十年くらい前の事。
 けど、幻想郷が「実在」することを知ったのは、ほんの数年前の話だ。
 経緯は省くけど、そこから僕は幻想郷を探し出すためにそれはもう東奔西走、情報を求めて動き回った。
 結果、かなり有力な幻想郷の話を仕入れた僕は、「博麗神社」に向かい―――
 その途中で、ついに幻想郷へと足を踏み入れたのだった。
 ………あーうん。重要な部分が吹っ飛んでいることくらいは僕もわかっているから。
 でも実はここらへんあたりの記憶、結構あいまいで上手く思い出すのが難しくなっているんだよ。
 はっきりしているのは、気づいたら幻想郷に足を踏み込んでいた。ということだけ。
 さすが幻想郷、入る方法も謎に包まれている。
 や、そんなワクワクしているほど呑気な状況でもないんだけどさ。
 何しろこの世界、幻想郷でいうところの「外の世界」から隔離された場所に存在しているようなのだ。
 その理屈や理由は今のところ不明だけど、現状僕は元の世界に戻れなくなってしまっている。
 ――――そりゃ、文献を元に探しても見つからないはずだよ。
 別の世界に存在しているなんて、例え想像はしても本気にする人間はいないだろう。 
 そういう意味では、僕は幸運な人間だったのかもしれない。
 あのまま「博麗神社」に向かったとしても、きっと綺麗に空振りしてがっくり肩を落としながらお家に帰ってただけだったろうしなぁ。
 そろそろ財布の中身もヤバかったし。
 ――――そしてまぁ、現在ここが幻想郷だと確信した要因の手によって始末されそうになっているわけなんですが。


 


 ああ、せめてもう少し幻想郷の事を知りたかった。
 妖精以外にも、妖怪とか幽霊とかの話を是非―――――
 ……んー、それにしてもずいぶんと着弾に時間がかかってない?
 三十分アニメとかだと、振り返るだけで時間使いきるような回想シーンだったのに………引き伸ばし展開前提だけど。
 いつのまにか冷気もどっかに行ってるし。
 なんか、足下もおぼつかないし。
 ―――これはつまるところ、すでにゲームオーバー済だと考えていいのでしょうか。

「さすが幻想郷最強。息の根を止める時も一瞬とは……」

「何を言ってるんですか、あなた」

「うぅ、じいちゃん、おねーさま。先立つ不孝をお許しください。……あ、じいちゃんは死んでたっけ」

「もしもーし? いつまでも現実逃避してないでこっちを見てくださーい」

 あれ? ひょっとして僕、生きてる?

「あやややや、さっきの弾幕ならもうとっくに振り切りましたよ。ですからいい加減こっちを向いてください」

 そういえば最後の一瞬、何かに連れていかれるような感覚があったよーな。
 だ、大丈夫カナ?
 僕は恐る恐る目を開ける。すると、目の前には絵に描いたような美少女が。
 ただし、背中に翼付き。………あれ?

「ええっと、貴方は」

「あやややや、どうもはじめまして。清く正しい射命丸です。幻想郷ではブン屋を営んでおります」

「ど、どうもご丁寧に。クールでイナセな久遠くんです。幻想郷の外から来た、学者志望の学生です」

「…………意外と余裕ありますね。妖精に弾幕浴びせられていた時には、あんだけ大慌てしていたというのに」

「はい。なんか驚き度が規定値を超えたみたいで、逆に冷静になれました」

 具体的に言うと射命丸さんとやらの姿を目視で確認したあたりからなんだけど、それを言うのは凄く失礼な気がするので黙っておく。
 今ここでうっかりそれを口にしたら手を離されそうだ。

「久遠さん、何か変な事考えませんでした?」

「い、いえいえ! 単に空を飛ぶ感覚ってこんななのかぁーと思ってただけでして」

「……まぁ、そういう事にしておきましょう」

「ほっ……」

 良かったぁ。見逃してもらえたようだ。
 安堵からほっと一息ついて、僕はちらりと下を向く。
 ……うん、やっぱりしっかり空を飛んでますね。
 誤魔化すつもりでうっかり逃避していた別の事実と向き合ってしまったお間抜けな僕。ああ、足もとがすーすーします。
 しかもけっこー高い。視界の向こう側に見える高いお山とタメ張れる高度だ。
 さっきから感じていたこのおぼつかなさは、射命丸さんに吊られてたからだったんだね。
 ―――良かった、驚き度が規定値超えてて。
 おかげで射命丸さんが呆れるほどに取り乱さなくてすんだよ。

「で、久遠さん。さっきから手が震えまくっているんですが、怖いんですか?」

「あはははははは、武者震いです」

「そうですか。何に対してかは聞かないであげますよ」

 それはありがたい。答えようがないからね。
 どんだけ落ち着こうとしても、手の震えは一切止まらない。
 ……まぁ、恐怖度の規定値にはまだまだ余裕があるってことだね! あはははは。

「――――ふぅ」

「あやややや……つかれた中年のような溜息具合です」

「うん。だいぶ疲れました」

 おねーさま、貴方の言うことは正しかった。
 幻想郷では僕なんかの常識なんて通用しそうにありません。
 射命丸さんに吊らされたまま、僕は半泣きでそんな現実を受け入れるのだった。

「……つーか射命丸さん。僕がチルノに攻撃されてた事知ってるんですか?」

「はい。弾幕ごっこはじめたあたりから、ずーっと見ていましたから」

 ――ほんと、憧れの幻想郷は思いのほかハードです。





[8576] 東方天晶花 巻の零点五「口は災いの元」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:51
 ※この話は、『巻の一』の少し前起きたことです。
  ぶっちゃけ言うと、晶くんが幻想郷にきた直後のことだと思ってください。







巻の零点五「口は災いの元」



チルノ「あれ? あんた誰?」

晶「誰って―――え? まさか、よ、妖精!? だとすると、ここは幻想郷!!?」

チルノ「何当たり前のこと言ってるのよ、変なの」

晶「これたんだ……幻想郷に。やったぁ! やったぁぁぁぁぁあああ!!」

チルノ「……馬鹿?」

晶「ね、ね! ちょっと話を聞かせてもらっていい!? 是非とも君の話を聞きたいんだ!」

チルノ「へ? あたいの?」

晶「そう、君の話。何でもいいよ、出来れば武勇伝的なものがいいけど!」

チルノ「ぶゆうでん? 良く分からないけど、サイキョーのあたいの話が聞きたいんなら聞かせてあげる!!」

晶「最強って……き、君が?」

チルノ「そう! あたいの名前は氷の妖精チルノ!! あたいの【冷気を操る程度の能力】は幻想郷サイキョーなのよ!」

晶「【冷気を操る程度の能力】!? どんなの!? 見せて!!」

チルノ「へへ……良いわよ、ほら!」

 ―――――氷符「アイシクルフォール」

晶「す……凄い! 最強マジ凄い!! 超凄い!! 激凄い!!!」

チルノ「え、えへへへ。そ、そう?」

晶「うん、感動した! ……ところで、さっきの氷符ってなに? すごい綺麗な氷の雨みたいなの」

チルノ「なによあんた、スペルカードも知らないの?」

晶「すぺるかぁど?」

チルノ「弾幕ごっこに使う、得意技のことよ!」

晶「だんまくごっこ?」

チルノ「そうよ。ダンマクをウチアウコウショウなアソビだって、霊夢が言ってた!!」

晶「???」

チルノ「分かんないの? 馬鹿だなぁアンタは。しょうがないから、あたいが分かりやすく教えてあげるわ!!」

晶「あ、うん。それは助かる」

チルノ「それじゃあ、いっくっよー!!」

晶「へ? 何で手をこちらに向けるんですか? なんか冷気が集まってすごく寒いんですが。っていうか、その氷の塊は何!?」

 ―――――雹符「ヘイルストーム」

晶「うそぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!? な、なんでぇぇええええええええ!?」

チルノ「あ、逃げた!? なによ、弾幕ごっこの事教えてほしいって言ったのに!! 待ちなさぁーい!」

晶「追ってきた!? ほんとに何で!?」

チルノ「ううぅ。あいつめぇ、あたいがさいきょーだって信じてないんだなぁ。じょーとーじゃない、あたいのさいきょーっぷりをその身に……ええと……」

晶「あ、止まった」

チルノ「……とにかく覚悟ー!!」

 ―――――凍符「パーフェクトフリーズ」

晶「またぁ!? しかもなんだか激しくなってるしぃぃぃいいいいい!?」


<巻の一に続く>



















―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

蛇足的な自己質問系のあとがき(スルー推奨

Q1.

 なんでこの話、最初に入れなかったんですか

A1.

 テンポを重視したいと思ったため入れませんでした。
 ですが書き終わって見返して今は、入れた方が良かったなぁと思っています。



Q2.

 何で巻の一に入れなおさないんですか

A2.

 初投稿時に勝手がわからず何度も修正したからです。
 あと、描写含めて追記すると巻の一の容量が二倍くらいになるからです。
 ぶっちゃけ、それほど大した会話でもな(強制沈黙



Q3.

 もう少しまともなあとがきを書け

A3.

 ひねくれててごめんなさい。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



[8576] 東方天晶花 巻の二「女心と秋の空」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:51

巻の二「女心と秋の空」



「ここまでくれば、もう大丈夫―――でしょうか?」

「妖精はそこまで執念深くありませんよ。今頃はもう、貴方の事も忘れているんじゃないですかね」

「だといいんですけど……」

 現在僕は射命丸さんに抱えられたまま、森の上をゆっくりと飛行してもらっている。
 森の上、と言っても大した高さがあるわけじゃない。
 具体的な数字は出せないけど、そうだなぁ……ビルの二階部分くらいの高さかな?
 少なくとも、最初の時みたいなそこにいるだけで震えが来るような高さでない事は確かだ。

「それで、高度の方はもう大丈夫ですか? くすくす、だいぶ高さは抑えましたけど」

「うぐぅ。も、もう平気でございます」

 ええ、そうですよ。僕がお願いしたんですよ。
 つーか空も飛べない人間にあの高さは厳しすぎますって。
 だからチキンとか言わないで。

「それじゃあ、このまま人里の方まで運んでいきますね」

 へぇ……人里―――人間が住む集まりが、幻想郷にもあるんだ。
 ちょうどいい。行く当てもないし、まずはそこで今までの事を整理しようか。

「わざわざすいません。お願いできますか?」

「いえいえ遠慮はいりませんよ。ただちょっと、人里についた後で取材させていただければ」

 悪戯を企む子供のような声色で言う射命丸さん。
 ……そういえば、自己紹介の時に自分は幻想郷のブン屋だ、とか言ってたっけね。
 なるほど。僕を助けてくれたのは、僕の事を記事にするためだったのか。
 いや、出処不明の善意で優しくしてくれるよりは、よっぽど分かりやすくて良いんだけど……。
 僕の事なんかで、射命丸さんの望むような記事が書けるのだろうか?

「射命丸さん。一応言っておきますけど、僕は普通の人間ですよ?」

「ええ、知ってますよ? だから取材するんじゃないですか」

「……そうなんですか?」

「そうなんです。能力持ちの人間は珍しいですからね、取り上げるだけでもそれなりの記事になるんですよ。もちろん、私ほどの記者が書けばそれなりではすみませんが」

「へぇ……」

 知らなかった。能力がある人間って幻想郷でも稀だったのか。
 しかし幻想郷と言う世界の成り立ちを考えると、その言葉も納得出来る。
 妖怪という明確な幻想が存在する以上、人間はより『無能』である必要があるんだろうね。
 うーむ、早くも一つの事実を知ってしまった。後でメモっとこう。

「そんな事より久遠さん。私の事は呼び捨てで構いませんよ? 喋り方も、そんなに畏まらなくても結構ですし」

「へ? そう言われましても、命の恩人相手に砕けた喋り方をするのはちょっと……」

「その命の恩人からのお願いなんですって。久遠さんもそういう話し方得意じゃないんでしょう? 雰囲気でわかりますよ」

「確かにそうですけど……」

 射命丸さんに助けてもらえなかったら、僕は間違いなく死んでいたんだ。
 たとえ彼女が取材目的で僕を救ったのだとしても、その事実は変わらないのだからやっぱり抵抗はある。
 それに―――

「射命丸さんって、天狗ですよね」

「あやややや? 良く分かりましたね。そのとおりです」

 ああ、やっぱりそうだったか。
 修験者の頭巾に、一枚歯の下駄っぽい靴と、それらしい要素が細部に見られたからもしやとは思っていたんだ。
 だけど、彼女の服装がなぜか現代風の白いワイシャツと黒いプリーツスカートだったから、あんまり自信はなかったんだよなぁ。
 けど彼女が天狗だというなら、やっぱり僕は今の態度を貫くべきなんだと思う。

「天狗って個人差はありますけど、わりと上下関係とかシビアに定めますよね」

「あはは、もっとはっきり『強い相手にへつらい、弱い相手を見下す』と言ってくれて構いませんよ?」 

「…ゴホン。わりと上下関係とかシビアに定めますよね!」

「……意外と気を使うタイプなんですか。はい、そうですよ」

「僕は人間で、射命丸さんよりも力の無い存在です。そのうえ命を救ってやった恩もあるというのに対等な態度をとられたら、射命丸さんも不愉快でしょう?」

 昔から幻想郷に憧れていたせいか、僕はわりと幻想に対する考え方が古臭い。
 妖怪たちに対して好奇心や探究心を持ち合わせてはいるけど、彼らの領分を侵すつもりは毛頭ないのだ。
 ……その、そうしないとこちらの命も危ないわけだし。

「へぇ……」

 射命丸さんが、背後から興味深そうな目で僕の顔を覗き込んでくる。
 って、顔が近いよちょっと!?
 そりゃあ、相手が天狗様なら相応の慎み深い態度をとるけどさ。別に、男としての本能を捨てたわけじゃないんだよ?
 ああああああ。顔が近づいたせいで、流れるような髪の毛の匂いまでしてきましたよ。
 正直たまんないです、ちくしょう。

「久遠さん、変わってますねぇ」

「そ、そうですか?」

「ええ。最近は妖怪に対する恐怖や警戒も薄れてきましたけど。普通の人間はやっぱり、恐怖や畏敬の念で私たちに接してきますからね」

「僕もその普通だと思うんですが……」

「いえ、そうでもないですよ。私を立てる態度はとっていますけど、久遠さんからはあんまり恐怖とか畏敬とかの念を感じられません」

「……敬ってなくてすいません」

「あやややや、責めているわけじゃないんですよ。貴方のその隣人と接するような態度が珍しいなと思っただけなんです」

 うーん、僕は外から来た人間だからなぁ。
 幻想郷が妖怪と人間の関係を残したままの世界である以上、世界の住人達が妖怪を恐れることは必然であり必要なことなんだろう、きっと。
 そんな彼らと、妖怪がいない世界の住人だった僕の態度が異なることは、至極当然なことなんだけど……。
 今後は、接し方一つにも気をつかうようにしとこうか。
 射命丸さんは本当に気にしていないみたいだけど、相手によっては下手な挑発よりも効果的な喧嘩の押し売りになってしまいそうだ。

「その……育ちが少々特殊でして」

「あやや、そこらへんの話も後で詳しく聞かせていただきたいですね。けどその前に、少し話を戻す事にしましょうか」

「えーっと、なんでしたっけ」

「もっとフランクな程度で接してください、って話ですよ。貴方の主張も理解できますが、私にも新聞記者としての誇りってものがあるんです」

「誇り……ですか?」

「はい。伝統の幻想ブン屋、清く正しい射命丸が、取材相手に気をつかわせたとあっては恥もいいところです! 正しい記事は正しい取材から。自然体の久遠さんから話を聞いて、初めて私は久遠さんを取材したと言えるんですよ」

「な、何だか大袈裟な気がします」

「そんな事ありません。情報はブン屋の命です、なら、命を与えてくれる取材相手に敬意を払うのは当然じゃないですか!」

 未だ抱えられた姿勢のため、僕の方から射命丸さんの表情を窺う事はできない。
 だけどきっと、声の調子と同じくらい自信に溢れた笑顔をしているんだろう。
 その態度はとても眩しくて―――うん、すごく羨ましいな。

「……分かった。命の恩人がそう言うなら従う事にするよ、射命丸さん」

「ですから、呼び捨てで構いませんって」

「しょうがないよ。さん付する事に慣れちゃったんだから」

「あやや、慣れてしまったのなら仕方ないですね」

「うん。仕方ない」

 どちらから言い出すでもなく笑い合う、僕と射命丸さん。
 こんな事言うと、射命丸さんは笑って否定しそうだけど……いい人だよなぁ。
 善人ってわけじゃなくて。自分のやりたいよう自由気ままに動くんだけど、だからこそ憎めないと言うか。



 ―――そう、何だか風みたいな人なんだ。



 誰にも縛られず、一陣の風のように動き回る自由人か。
 射命丸さんを表現するのに、これほど的確な表現はないだろう。
 ……うん、ようやくはっきりとした形で実感できた。
 ここは間違いなく、僕が憧れた妖怪たちの住まう楽園、幻想郷なんだと。

「……まぁ、射命丸さんは人じゃなくて妖怪なんだけどさ」

「あやややや? 人がどうかしましたか?」

 なんだか自分の考えが無性に恥ずかしくなって、誤魔化すように小声で自分にツッコミを入れた。
 しかし、そんな僕の呟きはしっかりと射命丸さんに届いていたようで、再び興味深そうに顔を近づけられる。
 いや、だから正直たまらんので顔を近づけるのは勘弁してくださいって。
 妖怪にとって人間の雄雌の違いはあまり重要じゃないんだろうか。今度是非とも聞いてみたいもんだ。
 だけど、今重要視すべきなのはさっきの言葉を誤魔化す事だ。もしバレたら僕は死んでしまう、恥ずかしくて死ぬと書いて恥死してしまう。

「あはは、そのー……これから向かう人里ってどんなところかなーって思ってさ」

 で、おまえは何を言ってるんだ久遠晶。それで誤魔化したつもりなのか。
 いくら射命丸さんに聞こえた単語が「人」だったからって、そんな言い訳をするな。
 真実を追求するブン屋である射命丸さんに、そんな嘘が通用するわけ……。

「なるほど、そうでしたか」

 通じましたよ、おい。
 射命丸さんって結構……いやいや、これはきっと彼女なりの気遣いなんだ、そう思っておこう。うん。

「それにしてもおかしなことを気にしますねぇ? 人里なんて、久遠さんにとっては見慣れたものでしょう?」

 なんかこー、色々と失礼なことを考えていた僕は、危うくそのセリフを聞き逃すところだった。
 あれ? なんか、おかしいぞ?
 今、僕と射命丸さんの間にとんでもない認識の齟齬が見つかった気がする。

「……あのー、射命丸さん?」

「あやや、なんでしょうか」

「何で、僕にとって人里が見慣れたものだとか思ったの?」

「へ? 何でって……人間が人里以外のどこに住むって言うんですか」

「ほら、外の世界とか」

「あはは、外の世界の人間が幻想郷に入れるわけないじゃないですか。入れたとしても、外の世界の人間に能力持ちなんていませんよ」

「いやぁ……それは偏見だって」

「偏見って、何でそんなことが―――――」

 そこまで言って、射命丸さんが突然停止した。
 その急激な減速についていけず、僕の体が逆さまの前屈みたいな姿勢になったのだが、彼女は気づいていないようだ。

「……あ、あの、久遠さん? 一つ訊ねてよろしいですか?」

「答えられる範囲でなら」

「久遠さんって……『外来人』、なんですか?」

「うん」
 
 ―――唐突な沈黙。
 はっきり言って超気まずい。
 これはひょっとして、とんでもない事を言ってしまったんじゃなかろうか。
 いや、外来人が珍しいのは知ってたんだよ? そこらへんは事前に調べていたからね。
 だけどまさかここまでの反応が返ってくるとは思わなかった。
 せいぜい来歴とか備考欄あたりに、「出身:外の世界」とか書かれるぐらいのものかと―――

「久遠さん」

「は、はい。なんでせう!?」

 突然射命丸さんに抑揚の無い声で問いかけられました。凄い怖い。
 そりゃ、畏まった言い方にも戻るってもんですよ。泣いていいですか。

「……こちらに来られたのは、神隠しに遭われたからですか?」

「えーっと、原因は僕にも分かりません。ごめんなさい」

「いつ頃からこちらの方に?」

「さっきです」

「…………………そのわりには、幻想郷の事にお詳しいですね。すでにだいぶ馴染んでいますし」

 そうでもないです。なんだか早くも地雷を踏んでいるみたいですし。
 後、返答するまでの異様に長い間は何なんですか。

「えーっとその、話せば長くなるんですが」

「手短にお願いします」

「幻想郷に行くために色々と調べてました、能力もその時の経緯で目覚めたものですごめんなさい許してください」

 だから、両手をプルプルと震わすのは止めてもらえませんか。
 移動している時より、止まっている時の方が引力を感じて怖くなるんです。
 つーか今確信した。人はビル二階から飛び降りても死ねる。絶対死ねる。

「だ……だ……だい」

「Die!?」

 え、死ぬの? 僕死んじゃうの?

「大スクープですよぉぉぉぉぉぉぉおぉぉ!!」

「……え?」

 いきなり大声で、射命丸さんが叫び出した。
 えーっと、大スクープって……ひょっとしなくても、僕のことなのかなぁ。

「神隠しにあわず幻想郷に足を踏み入れた外来人! それも能力持ち!! 氷精を退け、目指すは幻想郷最強か!?」

「いやだから、幻想郷にどうやって入れたのかは分かんないんだってば。それに後半、事実が一つも含まれてないよ? チルノから助けてくれたの射命丸さんじゃん」

「文々。新聞は話題の人物との独占インタビューに成功! その詳しい内容は裏面にて記載しております!!」

 ダメだ。全然聞こえてない。
 これから書くのであろう記事の内容を垂れ流す、伝統の幻想ブン屋。
 で、その内容の半分以上に、僕も初耳の事実が含まれているのは何故でしょうか。
 そこらのゴシップ紙よりタチ悪いぞ、君の記事。
 さっきの感動を返せ射命丸。もうさん付けなんてしてやらん。

「こんなオイシイ人間、人里に持っていくわけにはいけませんね。妖怪の山……はさすがに問題が……あ、でもにとりのいる所くらいなら」

「おいちょっと待て、清く正しい射命丸」

 最後の親切心までかなぐり捨てようとしてないか、この天狗。
 一応取材に協力しようとはしてるんだから、それぐらいの約束は守ろうよ。
 命を与えてくれる取材相手にその対応は正しいのですか。

「正しいジャーナリズムの前には、親切心も良心の呵責も意味をなさないのです!!」

「堂々とサイテーな事を言うな!! あと人の心を勝手に読まないで!」

「問答無用です! 進路変更、全速力で飛ばしますよ!!」

「え、全速力ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーー!?」

 それはもう、比喩ではなく本当に風となりましたよ。
 今まで彼女がどれだけ優しく飛んでいたのか、文字通りこの身で体感しました。
 ―――問題があるとするなら、その速さが人間に耐えられるモノでなかったという事でしょうか。
 
「いぃぃぃぃぃやぁぁぁあああああああああああ!! たぁすぅけぇてぇぇぇぇええええええええええ!!!」

 その叫びを最後に、僕は生身でブラックアウト現象による気絶を経験することと相成ったのでした。
 ―――ええ、幻想郷が、ちょっと嫌いになりました。

 

 

 



[8576] 東方天晶花 巻の三「人の振り見て我が振り直せ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:51

巻の三「人の振り見て我が振り直せ」




「あ、あははははは、いいかげん機嫌を直してくださいよぉ」

「……別に、機嫌は悪くないよ。ちょっと自分の人を見る目を疑ってるだけで」

「その、疑うきっかけは私ですか?」

「そこで他に原因を押しつけていたら、疑問は確信に変わってたね」

「…………あやややや」

 相変わらず、僕は射命丸さん―――結局さん付けは止められなかった。慣れって怖い―――に抱えられながら幻想郷の空を飛行中だ。
 さっきまでと違うのは、目的地が変わったことと―――冷静になった射命丸さんが、速度を落としてくれたことだろう。
 それでも人里に向かおうとしないのは、さすがだとしておく。

「すみません。思いがけず大スクープが転がり込んできたせいで、冷静さが失われまして」

「そうだね。もし冷静だったら、もっとさりげなく僕を拉致してたろうさ」

「……久遠さん、随分とやさぐれましたね」

「違うの?」

「…………あやややや」

 否定はしない、と。
 ほんっとーに自分の欲求に素直な妖怪だなぁ。
 まぁ、僕の皮肉に苦笑で答える程度の愛嬌―――愛嬌? うん、一応愛嬌だろう―――はあるみたいだけど。
 下手したら、幻想郷にきてそっこーで妖怪不信に陥ってたぞ、僕。

「そりゃ、僕は幻想郷を旅出来れば問題ないから、目的地がどこでも構わないんだけどさ」

「旅―――ですか?」

「そう、旅。僕の目的は、幻想郷の全てをこの目で確かめ記録することだから」

 そしてそれこそが、僕の夢でもある。
 最終的に、その過程と結果で一冊の本を綴る事ができればさらに満足なんだけど。

「えらく、酔狂な事を考えているんですねぇ」

「否定はしないよ。もうすでに幻想郷の事を記している人間もいるっていうのにね」

「……あやや、そんな事まで知っているんですか」

「一応僕も持ってるからね、『幻想郷縁起』」

 もっともそれは、初代稗田が書いた第一版の写しの写しのそのまた写しの一部という、お世辞にも使えそうにないシロモノだったりするんだけど。
 それでもその情報の大半が、僕の知識の片翼を担っていることは確かなんだ。
 ……あまりこういう事は認めない方がいいのかもしれないけど、きっと僕の書く本は、幻想郷縁起の足元にも及ばない出来になると思う。
 それでも、僕は。

「――――それでも僕は、幻想郷の全てを見たいんだ」

「………そうですか」

「………うん」

「久遠さんは、意固地な生き方しかできなくて人生損するタイプですね」

「そうでもないよ? 他人の目にはそう映るかもしれないけど、僕自身はそんな人生も楽しんで生きるからね」

「ポジティブですねぇ。では、そんな久遠さんに朗報です」

「朗報?」
 
 射命丸さんが、また僕の顔を覗き込んでくる。
 まぁ、さすがに三度目な上に彼女の本性も分かったから、緊張する事はないけど。

「ええ、朗報です」

 ごめん。無理、やっぱり緊張する。
 そんな可愛らしく微笑まれるとどうしていいものか分からなくなります。
 マジでダメな男、略してマダオでごめんなさい。

「旅をしたいという久遠さんの夢―――お手伝いさせてください」

「え? お手伝いって……」

「はい。幻想郷は危険の多い場所です。そこを旅するのに、幻想郷最速の天狗はお役に立つと思いますよ?」

「それはまぁ、確かに」

 射命丸さんの早さはすでに証明済みだ。
 いくら僕が呆けていたからって、こっちが認識するよりも早くあれだけの距離を稼げるなんて普通なら考えられない。
 今後、他の妖怪に襲われた時でも、彼女がいれば速やかにその場を去る事ができるだろう。
 だけど……正直その提案は、いくら何でもこっちに都合が良すぎる。

「射命丸さん。僕が怒ってないって言ったのは本当の事だよ? 助けてもらったのはまぎれもない事実だし」

「あやや。私としても、ご機嫌窺いのつもりで言ったわけではないんですが。……久遠さんって、善意の言葉ほど疑いますよね?」

「…………ま、人間だからね」

「なるほど。それなら仕方ないですね。―――ですが、安心してください。これは純然たる取引ですよ」

「取引?」

「はい。今更下心を隠す気はありませんから、はっきり申し上げます。私は、貴方という存在を取材したいんです」

「それは……別にかまわないって言うか、僕も初めからそのつもりなんだけど」

「あやややや、違いますよ。一度だけの取材ではなく、もっと長期的に、いろんな観点から貴方の記事を書きたいと思っているんです」

 ……それって、なんかプロポーズの言葉っぽいなぁ。
 いや、多分彼女的には、連載コラム「外来人からみた幻想郷」みたいなノリを書きたいってだけなんだろうけど。
 ヨコシマな想像をする人間でごめんなさい。

「私は新聞記者です。貴方のためでなくても、幻想郷中を飛びまわりネタを探しています」

「だから、僕一人ぐらいをネタ探しのお供にしたって全然問題ないと」

「はい。久遠さんも、変な気を回してもらわない方が都合いいでしょう?」

 その通りだ。正当な取引である以上、彼女の提案を僕が断る理由はない。
 だけど、ひとつだけ引っかかる事がある。
 
「―――なんで、急にそんな事を?」

 そう、彼女の提案は、あまりにも突然過ぎる。
 ……いや、僕が目的を話したのはついさっきだったから、そう考えると自然な流れなのかもしれないけど。
 それほど彼女に不利益な目的ってわけでも無いし。
 だけどやっぱり腑に落ちないと言うか。
 付き合いのほとんど無い僕でもわかるほど自己利益優先するタイプの、彼女らしからぬ提案だと言うか。

「……深くを語らずとも、その態度だけで言いたい事は大まか分かります」

「う、うぐぅ」

 モロバレですかそうですか。捻くれ者のくせに、顔に出やすい素直なタイプの人間でマジすいません。

「ふふふっ、そうですねぇ。鴉天狗の気まぐれ―――じゃあ納得しないでしょうから、ここは素直に言っておきましょうか。貴方の、その考え方が好ましいからですよ」 

「僕の考え?」

「はい。自らの目で見、確かめた事実を自分の言葉で綴る。私も新聞記者として、その意味と重要性は理解しているつもりです」

「……射命丸さん」

「恥ずかしながらこの射命丸。そんな久遠さんのお手伝いをしたいと思いました。ですから――この提案は、本当のところただのお節介なんですよ」

 今度はゆっくりと速度を落とし、射命丸さんは姿勢を変えて僕と正対する。
 まっすぐ、僕の眼を見ながら言い切る彼女の姿に僕は―――

「――――で、オチは何なの?」

 警戒しまくりで身体を硬くし、次なるセリフに身構えた。

「……今更ながら、自分のした事が相手の信頼を裏切るひどい行為だったんだなぁ、と実感いたしました」

「何それ。誤魔化してるの? 誤魔化してるんだね!? 誤魔化してるんでしょう!?!?」

 騙されるもんか騙されるもんか騙されるもんか騙されるもんか。
 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
 
「あ、あやややや。ごめんなさい、ほんっとーにごめんなさい。もう二度と貴方の意思を無視しませんから、虚ろな目でブツブツ言いださないでください」

「クケケケケケ。引っかからない引っかからない引っかからない。クケケケケケ」

「ううっ、すいません久遠さん。――――――えい」

「けぇわん!?」

 な、なに? 何が起こったの?
 何でうなじの部分が痛いの?
 あと、射命丸さんが同情的な目で僕を見ているのは何で!?

「く、久遠さん。大丈夫ですか?」

「えーっと、何だかびみょーに記憶があやふやになってる部分が少し」

「………不肖、この射命丸。久遠さんの夢を全力で補佐させていただきます」

「え? あ、うん。お願いします」

 あーそっか、射命丸さんが僕の旅の手伝いをしてくれるって話だったっけ。
 ……あれ? それだけだったかな?
 まぁいいや。僕にとって渡りに船な提案だ、断る理由は無い。
 …………なんだかとても忌まわしい事を忘れている気もするけど。

「ええ、任せてください。―――と、言ったところで到着しました」

「…………へ?」

「ですから、目的地に到着したと言ってるんですよ」

 そう言いつつ、射命丸さんはゆっくりと降下していく。
 綺麗な川が流れている、さっきまでの森とはまた違う雰囲気のある場所だけど……何も無いよ?

「ここが何なの?」

「すぐにわかりますよ。おーい、にーとーりぃー」

 僕を近くの大きな石に降ろし、彼女はなぜか川に向かって話しかけた。
 ……ひょっとして、天狗って川とも会話できるのかな。
 いや、なんかそれとはまた違う雰囲気だ。
 それに「にとり」って―――
 などと考えていると、川の方に異変が。

「あれ? 今、川が歪んだ?」

「おやおや、そこにいたんですか。えーっと、『高額明細』でしたっけ? 邪魔ですから取っ払ってくださいよ」

「……なにそれ、大企業の社長の給料詳細でも書かれてんの?」

「それこそ何なんですか? そうでなくて、こう、姿が見えなくなる……」

「ああなんだ、光学迷彩のことか。――――って、ええぇぇぇぇえええええええええっ!?」

 こ、光学迷彩!? それって、あの?
 僕の世界でも実験的にしか成功していない、あの!?
 つーか何で幻想の世界にそんなもんがあるのさ。

「あやややや。久遠さん、この発明品を知っているんですか」

「うん。外の世界にもこれと似たようなものがあるからね。……その、これよりずっとショボいけど」

「外の世界だってぇ!!」

「うわっ!?」

 突然、歪んでいた空間から女の子が現れる。
 薄水色のツーピースに、緑色の野球帽を被ったツインテールの少女だ。
 背負った緑色のリュックから色々な道具が見え隠れしているが、凄い剣幕で近づかれている現状じゃあ、中身を気にしている余裕なんてない。
 え? 誰? 誰なの?
 誰だかわかんないけれど、僕の襟首をつかむパワーが尋常じゃないんですけど。

「ちょっと! 君のこともう少し詳しく聞かせてくれないかい!! 特に外の世界の話を!」

「え? え? え? ええ?」

「ちょっとにとり、落ち着きなさいって」

 合間に射命丸さんが入った事で、ようやく目の前にいる少女が落ち着いたようだ。
 よかった。あのまま放置されていたら、脳みそがグチャグチャになるほどの勢いで首を揺らされていた気がする。
 そんな事になったら、僕はきっと死ぬ。たぶん死ぬ。

「―――そうだった、申し訳ない。外の世界の人間と聞いてつい興奮してしまったよ」

「でしょうね。人見知りする貴方が、久遠さんの首根っこを掴んで離さないくらいなんだから相当よ?」

「これはこれは、ますます申し訳ない事をした。盟友に食って掛かるなんて河童の恥だ」

 恥ずかしそうに両手を離して、彼女が遠ざかる。
 射命丸さんといい、彼女といい、外の世界って言葉はどれだけ幻想郷の妖怪を惑わせるんだろうか。
 このネタ、僕の本の題材として使えそうだね。
 ……あれ? 妖怪?

「えーっと河童さん――なんですか、あなた?」

「うん。河城にとり、気安く「にとり」って呼んでくれていいよ、親愛なる盟友」

「あ、どうも。僕は久遠晶、呼び方は好きに……」

「じゃあ、アキラって呼ばせてもらうね! よろしくアキラ!!」

「う、うん」

 やたら人懐っこい笑顔で、彼女――河城にとりはそう言った。
 射命丸さんもそうだったけど、幻想郷の妖怪って妖怪と気づかなければイマイチ種族が分かりにくいよね。
 いや、単に僕の情報が遅れているだけなのかな?
 河童と人間がそこまで友好的な関係にあったなんて事も、今日初めて知ったわけだし。
 第一版幻想郷縁起だと、人間に無理やり相撲を挑んで負けたら尻子玉を抜くとか、害悪じゃないけど悪質な妖怪だって書かれていたからなぁ。
 
「……盟友だなんて思っているのは、あんたぐらいよ。にとり」

「ん? 射命丸さん、何か言った?」

「あやや、なんでもないですよ。ええ、なんでもないです」

「………あんたも大概口が悪いねぇ、文」

「………なんのことやら、わかりかねます」

 やれやれとため息を吐く河童に、ニヤリと笑う鴉天狗。
 なんだろう、このハブられ感。
 寂しい気はするんだけど、巻き込んでも欲しくないと言うか。

「えっと。とにかく射命丸さんは、僕ににとりを紹介するためここに来た……って考えていいのかな?」

「いえ、違いますよ?」

「へっ?」

「なんだい違うのかい、わざわざそっちから私を呼びつけたくせに」

「こっそりこっちの様子を窺われたくなかっただけよ、単に」

 ―――なんて直球な。呼んでおいてこの言い草は無いだろう。
 にとりも、これはさすがに怒るのでは。

「そんだけのスクープが、この人間にあるっていうのかい?」

「ええ、まぁそういうこと」

 ……僕が思っている以上に、天狗と河童は分かり合えているらしい。
 いや、この二人限定かも知れないけど。
 もしくは、むやみやたらに河童の懐が広いのか。
 謎は尽きない。いや、こんな謎まで解明する気は無いんだけど。

「本当は私の家でじっくり話を聞かせてもらいたいんだけど、さすがにそれは天狗として問題だしね」

「なるほど。だから妖怪の山の麓、顔見知りの私の領域で話を聞かせてもらおうと」

「そういう事よ。構わないでしょ?」

「いいけど、私も一枚かませてくれないかな。外の世界の話、すごく興味ある」

「文々。新聞に掲載予定です」

「河童は自分の手で確認した事でないと信じられないの」

 へぇー、射命丸さんって河童相手だとあんな口調になるんだー。
 というより、これが彼女の素の喋りってことなのかな?
 まぁ、どっちでもいいか。
 どっちにせよ、僕の存在がスルーされている事には変わりないんだしね! ちくしょう。

「―――こうしましょう? あくまで取材するのは私。にとりはコメンテーターとして彼や私の意見を補足するの」

「あくまでも基本は聞き役ってわけか。……なら、質問内容を幾つか決めさせてよ。それなら問題ないから」

「いいわよ。一つね」

「少なすぎだって、八つは欲しい」

「三つ」

「彼がさっきから背負っているリュック、外の世界の機械が詰まってるわ。便利な機械が多そうだけど、外来人側からの説明だけじゃ用途はわかんないでしょ」

「………五つ」

「たぶん、文が今使っている写真機より高性能な奴も入ってるね」

「―――根拠は?」

「河童はね、自分の好物を見逃す事はないの。そういう嗅覚は天狗よりも優秀なのさ」

 ……それにしても、なんかにとりは接しやすいせいか、呼び捨てがデフォになっちゃったなぁ。
 射命丸さんはさん付けなのに。
 や、本人は気にしてないみたいだけどさ。

「事前に決められる質問は五つ。だけど、私も聞きたいと思った疑問があったなら、プラスアルファで質問を増やしてあげる」

「……質問する前にあんたを通さなきゃダメかい?」

「そうでなきゃ意味がないでしょ」

「なら、事前に決められる質問は私が直接聞きたい。内容もアンタを通さない」

「……七つ、プラスアルファ。だいぶ勉強したわよ」

「あとで文の新聞も見せて。私の意見が捻じ曲げられていないか確認したいし。……推敲するのに、料金は取らないよね」

「しっかりしてるわね。いいわ、今回話を持ってきたのは私だし、そこらへんは折れてあげる」

 当人置いてけぼりで進められていた交渉に、ようやく決着がついたようだ。 
 いつのまにか僕が背負っているリュックの中身にまで話が移っていたみたいだけど、僕の許可はとってないよね二人とも。
 とりあえず、超好意的に判断して、好奇心から視野が狭まっているのだと思っておくことにしよう。
 で、僕はそろそろ口を挟んでいいのかな?

「じゃあ次、質問の内容決めるわよ」

「そうだね。そこはきちんと決めておかないと」

 ……そうですか、まだですか。

「二人ともー。時間がかかるんなら、僕ちょっと辺りを散歩してくるよー」

「あやや、それはちょっと……」

「何言ってんだい。アンタだって最初からその事を聞くつもりだったんだろ?」

「だからこそ、その質問は私の意思で聞きたいのよ」

「私だってそうさ」

「……行ってきまーす」

 これはもう、ちょっとやそっとの時間で片が付きそうに無い。
 そう結論付けた僕は、白熱した議論を交わす二人から離れていく。



 ―――同じ知識の探究者として、ああはなるまい。



 目の色が変わっちゃってる二人を遠くに置き、僕はひとり静かに決心を固めるのであった。

 



[8576] 東方天晶花 巻の四「袖振り合うも多生の縁」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:51

巻の四「袖振り合うも多生の縁」



 どうもこんにちわ、毎度おなじみ久遠晶です。
 鴉天狗と河童の本人置いてけぼりな駆け引きに愛想をつかせ、散歩に出かけました。

 

 ――――もう二度と出かけるもんか。
 


『待て待てごはーん』

「まぁてぇるぅかぁぁぁぁああああ!!」

 何にも見えない闇の中を、ダッシュで駆け抜けていく僕。
 とってもデジャヴな光景だ。なんつーか、ほんの数時間前に経験した覚えがあるような……。
 僕には、反省と学習の二つが必要なのかもしれない。
 今後は気をつける事にしよう。

『そこかなー』

 うん、生き残れたらね。

「のわぁぁぁぁああああああああ!! たぁすぅけぇてぇええええええ!!!」

 さてさて、どうして僕がこんな目にあったのか。
 とりあえず、ダイジェスト版で振り返ってみよう。
 




「あー、いい天気だなぁ。風景は綺麗だし、空気はおいしいし、幻想郷に来て良かったー」

「そーなのかー」

「うん。そうなのだー……って、あれ?」

「わはー、こんにちはー」

「あ、どうも、こんにちは」

「ねぇねぇ」

「ん、なに?」

「あなたは、食べていい人間?」

 ――――逃げました。それはもう、全力で。

 




 以上で回想シーンは終了です。
 うん、全然ダイジェストじゃなかったね。短いけど完全再現でしたね。
 ……幻想郷は問答無用っぷりに定評があると思います。

「つーかここどこ!? 森は!? 空は!?」

 必死に走っていると、いつのまにやら周囲に何も見えなくなっていた。
 逃げているうちに夜になったのかとも思ったけれど、なんか違う。
 
『私の作った闇の中だよー。逃げられないからまてー』

「ご説明ありがとうございます! でも待ちませんから!!」

 なるほど、この闇は相手の能力で作ったものなのか。
 さしずめ能力名は、【闇を操る程度の能力】ってところだろうか?
 ……まぁ、分かった所でどうしようもないんだけど。
 とにかく今は逃げよう。何か、妙な違和感を感じないでもないけれど、考えるのは後でもいい。
 視界の利かない中、それでも僕はがむしゃらに駆け抜けていく。

「―――あっ」

 いきなり、闇が途切れた。
 さっきまで見ていた森と空が、再び視界に広がる。

「そ、外だ! 助かったぁー」

 ……闇からは出られないんじゃないのか、なんて事も考えていたんだけど。
 ひょっとしてあの闇、ただそこにあるだけなのかな?
 だとしたら、拍子抜けと言うか何というか。

「……はぁ、今日は本当についてないわね」

 ―――あれ?

「……あの、お姉さんどなた?」

 闇の方にばかり気を取られたせいで、目の前にいる女性に気がつかなかった。
 赤いチェックのスカートとベスト、白いワイシャツと首元の黄色いリボンが清楚にまとまっている、緑髪の女性。
 白い日傘が嫌味なくらいに似合っている彼女は、物憂げな目でこちらを見つめてきた。
 ……うおぅ、すっごい美人じゃないか。
 なんで気づかなかったのか、と言いたくなるくらいに綺麗な人だ。

「あらあら、人に名前を尋ねる時はまず自分から、と教わらなかったのかしら?」

「うぐっ」

 ううっ、さっきまでの気だるそうな雰囲気がウソみたいだ。
 にこやかな笑みで僕の礼儀を指摘する彼女。
 そのクスクス笑いは大変似合っておりますが、なんだかとってもいじめっ子っぽいです。
 でも確かに、いきなり目の前に現われて「どなた?」はないよね。
 
「す、すいません。気が動転していたもので」

「ふふっ、レディを前にして『気が動転していた』だなんて、随分と失礼な話ね」

 うわぁい、まったくもってその通りでございます。
 もうなんというか、返す言葉もございません。
 自分でもわかるぐらいに顔を真っ赤にして、そっぽを向くしかない礼儀知らずな僕。
 いやでも、こっちにものっぴきならない事情があったと申しますか……。

「って、あああああ! 忘れてたぁ!?」

「あら? どうしたのかしら」

 背後にはばっちりと闇が広がっている。
 しまった。こんなところでにこやかに雑談してる場合じゃなかったんだっけ。

「お、お姉さん。失礼な態度は謝りますから、今すぐ逃げましょう!」

「……逃げる、ねぇ」

「ええ。今、すぐそこまで妖怪が迫っているんですよ。それもわりと凶悪なのが!」

 何しろ最初に、「僕が食べられるかどうか」を聞いてくる奴だ。
 妖怪の食べられない基準がどこにあるのか、人間の僕にはまったくわからないというのに。
 ……って、それいう問題じゃ無いよ、僕。
 
「ふぅーん」

 で、お姉さんは何故そんなに機嫌が悪そうなんですか?
 なんかこー、フザケタコトヌカストブチコロスゾ的なオーラがガンガン伝わってくるんですが。

「ねぇ、貴方……」

 お姉さんの下がっていく声色に、自然と体が強張っていく。
 怖いです。お姉さんマジ怖いです。
 問いかけを口にする前から、答え如何ではただじゃおかないみたいな笑顔するのは止めてもらえませんか。

『みーっつけたぁー、ごはんだー』

「おおっ、助かっ―――ってないよ!? 来たぁー!!」

「……ちっ、タイミングの悪い」

 状況的には悪化しているはずなんだけど、なんでか救われた気がした。
 や、実際には助かったワケじゃなくて、絶体絶命大ピンチに陥っただけなんですけどね。
 妖怪の声に合わせて、背後の闇がこちらに迫ってくる。
 やばいっ。あの闇、思ったよりも動きが早い!

「お姉さん、こっち!」

『誰かいるのー? どっちにしろ逃がさないけどー』

 再び、闇が僕らを包み込む。
 咄嗟にお姉さんの手は取れた出来たけど、逃げ出す事までは出来なかったか。
 ううっ、結局また闇の中かぁ。
 ―――あれ? 今また、妙な違和感があったような。なんだろうかコレは。

「と、とりあえず、お姉さんは大丈夫?」

「……ええ、大丈夫よ」

 いや、今はそんな事を考えている状況じゃない。
 この闇はあの妖怪の捕食場になっているんだ。
 早く逃げ出さないと、捕まって食べられ……あれ?

『ほーらほら、いい加減観念して食べられなさいー』

 あの妖怪の声と共に、複数の破砕音が闇に響き渡る。
 おそらくはあの妖怪の攻撃だろう。
 思わず身構えるが、破砕音はこちらに近づく事なく止んでしまった。

「――――外れた?」

「みたいね。運がよかったわ」

 今の、僕らを怯えさせようとしてワザと外した、って感じじゃなかった。
 これってやっぱり―――

「……僕らが見えてない、のか?」

 呟くと同時に、さっきまでの違和感が全て綺麗に繋がった。
 自分のテリトリーに誘い込んだのに、声だけかけて一向に襲いかかってこなかった事。
 目の前にいたというのに、お姉さんの存在に気が付いていなかった事。
 そして、見当違いの方向にむけて攻撃を放った事。
 それら全ての原因が、闇の中で視界が利いていなかったからだとしたら。

「だとしたら、何とかなるかもしれない」

 闇による不利が、こちらの武器になるかも。
 具体的な方法があるのかと言われると―――その、全く無いんだけどね。
 ……期待はずれでごめんなさい。
 でも一般人には無理だから、そんなバトル漫画の主人公みたいな閃きは。

「あら、現状を打開できるアイディアがあるのね。それは是非聞かせてほしいわ」

「ほぇ?」

 僕の呟きをしっかり聞いていたのか、お姉さんが興味深そうに尋ねてきました。
 しまった。この人の事忘れてた。
 まさかその場の勢いで言った台詞を本気にされるとは。
 とりあえず、さっきのは間違いだと説明して。



 ………説明してどうする気だ、久遠晶。
 


 彼女だって、僕と同じ状況にいるんだ。
 いつ妖怪に襲われるのか、不安でしょうがないはずなのに。
 僕は、そんな彼女の希望を断ち切るのか?

「ふふふっ、どんな考えがあるのかしらねぇ」

 えーっと……不安、なんですよね。
 だからそうやって笑って誤魔化そうとしているんでしょう?
 うん、そうだよ。そう思っておこう。
 本人に聞く事が出来ないヘタレだとか言うな。

「……よしっ」

 空いている方の手で、軽く頬を叩く。
 うん。ちょっと話題が逸れちゃったけど、覚悟決まった。
 
「お姉さん」

「はい?」

「ごめん。あの妖怪に襲われたのは僕のせいだ」

「……こんなこと、幻想郷では日常茶飯事よ。今更そんなこと気にしてないわ」

「それでも、謝っておきたいんだ」

 自分の責任にしておかないと、途中で折れてしまいそうなんだ。
 だから、僕は自分を追い詰める。
 『戦う』という選択肢から、逃げないために。
 
「約束する。お姉さんは、僕が絶対に守るよ」

 その言葉に息をのんだのは、僕か、彼女か。
 簡単な判断もつかなくなるほど、心臓の鼓動が早まっていく。
 これで僕は、惨めに逃げるという選択を失った。
 自分の意思で『戦う』んだ。自分の能力で、この、幻想郷で。

「守る、ねぇ」

 お姉さんが、平坦な声でそう呟いた。
 彼女の声色には、不相応な僕の言動を咎めるような、呆れるような、そんな意志が含まれている気がする。
 いや、実際含まれているんだろう。僕だって本当は、自分にそんな大層な真似ができると思ってるわけじゃない。
 それでも、覚悟を決めた以上はやりとげなくちゃいけないんだ。

「相手も闇で視界が利かないなら、ただ逃げてしまえばいい。違う?」

 試すような彼女の言葉。
 それは、アイツの弱点に気づいた時、チラリと僕も思った事だ。
 だけどそれは―――

「難しいと思う。あの妖怪は、僕らが見つけられないわけじゃないから」

 そう、すでに僕は一度アイツに見つかっている。
 おそらくは、聴覚か嗅覚でこちらの事を探られた結果なんだろう。
 あっちとこっちが同じ状況にある以上、闇が相手の他の感覚を封じている可能性はないはずだ。
 そうなると、お互い条件は五分。
 基本性能が高い妖怪から、僕らが逃げ切れる可能性は低い。

「ふぅん……だから戦うの? あの妖怪と」

「うん、『戦う』よ。お姉さんが思っているのとは違う方法で」

「――――どういう事かしら」

 人が戦うのは、勝利した後に得るモノがあるからだ。
 それは、妖怪だってきっと変わらない。
 僕とアイツ、それぞれに勝って得たいモノがあるからこそ戦うんだ。
 そしてこの場合、僕が戦ってでも得なくちゃいけないモノは一つだけ。
 お姉さんを、『確実に逃がす』こと。
 なら、僕の戦いは―――

「足止めする。あの妖怪を」

「……足止め?」

「うん。戦闘経験ゼロのド素人が、妖怪相手にまともにやりあえるなんて思っちゃないよ」

 妖怪の持つ脅威は、幻想郷に入る前から知っているつもりだ。
 能力があるだけで容易に倒せる相手だなんて、これっぽっちも思っちゃいない。

「だけど足止めなら――お姉さんを無事逃がすことなら、僕にだって出来るさ」

「……ふふっ、頼もしいわねぇ」

 闇の向こうから、お姉さんの笑い声が聞こえる。
 その表情は窺えないけれど……とりあえず、提案を受け入れてくれたと判断していいのかな?

「よっぽど、さっきのアイディアに自信があるのかしら」

「え? あー……う、うん! もちろん!!」

 ごめんなさい。本当はアイディアなんて欠片も湧いてません。
 そもそも威勢のいい事を言ってはおりましたが、自信の方だって欠片も持ち合わせていないワケですし。
 ううっ、こんな僕に足止め……出来るのかなぁ。
 僕の手札は、一度しか使った事のない【冷気を扱う程度の能力】だけ。
 しかし、こんな闇の中で氷弾をばら撒いても、まず相手には当たらないよね。
 ……そういう意味では、今視界をふさいでいる「闇」も手札には入るのかもしれない。
 相手は視界が利かないから、不意打ちにはピッタリだしね!
 ―――だから、こっちも利いてないなら意味はないんだっつーの。
 どうにかして僕だけが相手の位置を把握できれば、何とかできるんだろうけど……。

「ん……?」

 待てよ。相手の位置を把握する?
 ……あの妖怪、視覚が利かないくせに闇の中に居続けているんだよね。
 おそらくは、何かしらの理由があるんだろうけど。
 日に当たると死ぬとか? つまり相手は吸血鬼……マテマテ、話題がズレてる。
 危ない、推論モードに入ったまま、仮説を立て続けて死ぬトコロだった。
 今重要なのは、あいつが闇の中から出ないってとこだ。
 それが、もし本当なのだとしたら。

「……試してみる価値はあるね」

 少なくとも、この闇だらけの現状は何とか出来るはずだ。
 その……それが、吉と出るか凶と出るかは分かんないんだけど。
 ええい! 男は度胸。やってみるサ!!
 なんだかヤケに背筋の寒くなる気合いを入れつつ、僕は両の手のひらを叩き合わせた。

「――――ありゃ?」

「……あら。手、離しちゃったの?」

「うわ、いけない。お姉さん、手、手」

 お姉さんの場所が分からないと、これからやろうとする事に支障が起きる。
 下手すると、こっちが行動を起こす前に妖怪に捕まっちゃったり……。

「と、とにかく僕のどこかにつかまって。できるだけ近づいてくれないと困るんだ」

「そうなの。分かったわ」

「へ?」

 はて、何だろうかこの感触は。
 背中に当たるむにょんとかぷにっとか言ってるソレとかさ。
 体全体を包み込む暖かくて柔らかくていい匂いのするはにゃーんふにゃーんぽてちてぬ。
 
「お、おおお、おねぇしゃん?」

「あら。どうしたのかしら」

「あのそのあのその、それは近づくのではなく密着すると言うのでは……」

「怖いのを誤魔化しているのよ。アナタ、恐怖に怯える女性を突き放す気なの?」

「…………………いえ、好きにしてください」

 うん。怖いならしょうがないよね。しょうがない。
 自分を色々と誤魔化しながら、僕は水飲み鳥のように頷き続ける。
 ―――あれ? そういえばお姉さん、闇の中なのにあっさりと僕につかまってきたような。

「うふふ……もうちょっと近づいていいかしら?」

「は、はわわわわわわわわ」

 あーもうどうでもいいや。
 壊れたテープレコーダーみたいな返事をしながら、僕は浮かんだ疑問を綺麗に放り投げたのだった。






[8576] 東方天晶花 巻の五「芸は身を助く」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:51

巻の五「芸は身を助く」




「それで、どんなアイディアがあるのかしら」

 お姉さん、それは身体を押しつけながら聞くことなんでしょうか?
 答える気はあるんですが、ぶっちゃけ口が上手く回りません。 

「ねぇ。私の話、聞いてる?」

「はうあっ!? き、聞いてます聞いてます」

 だから、耳元に息を吹きかけるのは止めてください!
 今、非常事態なんですよね?
 これから僕は、命をかけて戦う予定じゃないんですか?

「ふふふっ、なら教えてもらえるかしら。何を考えているのか……」

『んー? そこなのかー?』

 うん。まぁあんな声出していれば、さすがに見つかりますよね。
 今までも大声出した直後に見つかってたワケなんだし。

「あらあら」

 あれ? お姉さん、見つかったわりには随分と楽しそうなんですが。
 ひょっとして狙ってたの? まさか、ワザと僕に大声を?
 いやいや、まさかねぇ。

『どこなのかー』

 妖怪の声は、近づいたと思ったら少し遠ざかった。
 相変わらずどこにいるのか分からないけれど、これは……。

「完全に見つかったワケじゃないですね」

「そうね、見つかるのは時間の問題でしょうけど」

 お姉さん。最高にイイ笑顔してます、みたいな声を出さないでくださいよ。
 それじゃまるで、こういう状況になるって予想済みの上で行動したみたいに聞こえるじゃないですか。
 ……あははー、んなわけないかー。

「あーもう! こうなったらブッツケ本番、やるだけやってやる」

 出来ればもうちょっと考えが固まってから始めたかったんだけど、この際贅沢は言ってられない。
 お姉さんが背中につかまっている事を確認し、僕は両腕を虚空に突き出した。

『そこかー?』

 再び破砕音。おそらくは、あの妖怪の攻撃だろう。
 すぐ近くで木々がへし折れたらしい、破片が少し顔に当たる。
 ……今の叫び声で結構近づかれたか。注意しないと。

「―――広がれ」

 相手に気づかれないよう、小さく呟いた。
 場所を気取られる危険性を知りながらあえて声に出したのは、『これから起こる事を確かな形にする』ためだ。
 幻想を操る際に必要なのは、明確なイメージ。
 僕はソレを―――正確には能力の扱い方ではなかったんだけど―――「おねーさま」から教わった。
 その時は……と言うか幻想郷を訪れるまでは、意味の分からないアドバイスだとしか思わなかったんだけど。
 今は、少しだけあの人に言われた事が分かった気がする。
 これも幻想の力だ。きっと、同じ基本で操れる! …………………その、たぶん。
 ううっ、そこは自信持てよ自分。確固たるイメージが必要なんだから、そういうネガティブな事は考えないの。
 とにかく集中、集中!

「………これは」

 相変わらず抱きついたままのお姉さんが、周囲の異変に気づいたようだ。
 出来るだけ僕らの周りには集まらないよう注意したんだけど……やっぱり上手く操りきれてないのかな。
 いやいや、慣れてないだけ、慣れてないだけ!
 ネガティブ厳禁。やるなら最後まで自信を持って!!

「はい。冷気を闇の中に広げているんです」

 僕に使える、今のところただ一つの能力。


 【冷気を操る程度の能力】


 チルノは自分の能力を、氷弾の生成に使っていたみたいだけど。
 『冷たい空気』を操る能力なんだから、こういう扱い方だって可能なんじゃないのか、とは思っていたんだ。

「まさか、アイツを闇ごと氷漬けにする気なの?」

「い、いや、そんな大層な真似僕にはできませんから。それに実を言うと、広げるのに『冷気』である必要性は、あんまり無いんです」

「どういうこと?」

「『何かを操る』能力を使用している者が、ソレをどういう風に認識しているのか。結構、賭けだったんですけどね」

「……賭け? 何を言っているの?」

「えへへー。知ってますかお姉さん。冷たい空気って、ただそこにあるだけじゃ見えないんですよ」

 氷やドライアイスから出ている白い冷気は、温度差による水分の移動が原因となって出来たものだ。
 空気がただ冷えただけで色が変わってしまうのなら、ロシアあたりは不可視の世界になってしまうだろう。
 ……そんな自慢げに言う事でもないか。家庭の科学レベルの話だし。
 もちろん闇に包まれた今、空気の色なんて見えるはずがないんだろうけど。
 問題なのは、そこじゃあない。

「なら、その能力を使ってる僕は、どうやって冷気の広まりを認識しているんでしょうね」

 つまり、そういうこと。
 それがどんな能力だったとしても、使用者である自身はその力を何らかの形で認識していないといけないはずだ。
 目の前の妖怪は、闇の広がりを視覚でとらえている。
 なら、僕の冷気はどうなるのか。
 決まっている。目に見えないのなら、他の感覚でその広がりを捉えているのだ。
 どこまで広がっているのか、何か障害物にぶつかってはいないか。
 それをはっきりと認識することができれば、僕はこの闇の中を視覚に頼らず把握することができる。
 ……いやその、単に冷気をソナーに代わりにしているだけだろと言われてしまえればそれだけなんですけどね。

「ふぅん。面白いことを考えるわねぇ」

「あれ? 考えてた事、口から洩れてました?」

「いいえ。でも、あなたの言ってた事だけでだいたい理解できたわ。冷気を使って相手の居場所を特定するんでしょ?」

「……おっしゃる通りでございます」

 断片的な情報だけであっさり答えに行きつくとか、マジ何者なんですかお姉さん。
 それとも、僕の浅知恵くらいなら即座に見破れるほど幻想郷の就学率は高かったりするんですか?
 
「けど、そう上手くいくのかしら」

「へ?」

「居場所を特定するのに使うのなら、冷気の扱い方が雑過ぎるわよ」

「う、うぐぅ」

 や、やっぱりそうなんですかね?
 実は、さっきから嫌な予感はしていたんだ。
 冷気を広げる事は出来るんだけど、満遍なくやろうとすると上手くいかない。
 はっきり言ってムラだらけ。
 細かい部分が分かるほど冷気が集まっている所と、触れている事しか分からないほど冷気が集まっていない所が、はっきりとした形で出来上がってしまっている。
 あの妖怪も、冷気の薄い部分ばかりを選んで移動しているみたいだし。
 まぁ、おかげで少し遠ざかってくれたようだけど………移動している物体がアイツだけだから、中途半端に位置も分かるので全然安心できない。
 相手の位置をきちんと把握できないことには、次の行動も考えられないしなぁ。

「まるで借り物みたいに不器用な能力の使い方ね。氷の妖精だって、もう少し可憐に冷気を操るわよ?」

「……ごめんなさい。おっしゃる通り借り物なんです」

「あら、どういうこと?」

「僕の能力は【相手の力を写し取る程度の能力】なんです」

「――――――へぇ」

 あれ? ちょっと冷気を撒き散らし過ぎた?
 お姉さんが呟いた瞬間、背中に凄い寒気が走ったよーな。
 
「じゃあ、貴方の力は氷精から奪ったものなのね」

「いえ、そこまで強力な力じゃないですよ。相手の能力を劣化させて覚えるので精一杯です」

「なるほど、だから力の使い方が雑なのね」

「そ、それは、能力を一度しか経験していないからだと思うんですが……」

「一度? 見たのが? 使ったのが?」

「………………両方です」

「…………」

 僕の答えに、お姉さんが沈黙する。
 やっぱ無謀ですよねー。それだけの経験でこんな真似するのは。
 お、怒ってるかな?

「うふふふふ……あなた、最高ね」

 あー、むしろご機嫌なんですか、そうですか。
 今までで一番楽しそうな笑い声を上げて、お姉さんは僕の頭を抱え込む。
 ううっ、集中しろー。
 ここで色香に迷って冷気を動かすことさえできなくなったら、僕は本物の馬鹿だぞ。
 あうう~、む、胸が顔にぃ。

「けどそれなら、『冷気』を選ぶべきではなかったわね。貴方が相手を探ろうと冷気を集めれば、その分そこが冷えてしまうわよ」

「ほ、他の能力はまだ覚えてないんですよ。けど、冷気が集まる事に問題があるんですか?」

「あの妖怪、特別寒さに強いわけじゃないのよ?」

「……あ、そうか。なら、冷気が集まれば逃げちゃいますよね。寒いんだし」

 ましてや、他に温かい部分があるのならなおさらだ。
 あの妖怪が冷気の薄い場所を選びながら動いていたのは、そのためだったのか。
 ううっ、相手の事を把握しようとすればするほど、相手の位置が分からなくなるなんて思いもしなかった。
 …………ん? まてよ。

「だとしたら―――」

 ふと思いついた事を試すため。僕は抱えられたまま、冷気の広げ方を変えていく。
 難解な操作をするわけじゃない。
 ただ、すでにできているムラをより明確化するだけだ。
 冷気の空白地帯が幾つもできるほど荒く。
 闇の中に、『穴』を作りだす。

「……本当に、色々と考えるのね」

「人間は、知恵を絞って生き抜く生き物ですから」

 神経を冷気に集中させる。
 妖怪はまだ、冷気の中にいた。
 ムラを広げたおかげで、より具体的に相手の動きが伝わってくるのがありがたい。
 温かさを求めてゆっくりと移動する妖怪。
 ……まだ、早い。
 だんだんと手ごたえが薄れていく。
 まだ、まだ。
 やがてゆっくりと。本当にゆっくりと。妖怪の気配が―――――――――――――消えた。

「今だ―――――――!!!」

 叫び声とともに、最後の締めに入る。
 逆転の発想……と言うほどのモノでもない、お粗末な策。
 あの妖怪は闇の中を出ないという推論と、暖かいところに行こうとする傾向を利用した罠だ。
 幾つか作った空白地帯からは、冷気を完全に取り除いてある。
 選んだ場所はムラになっていた冷気の薄い部分なので、そこらへんの操作は満遍なく広げるより簡単だった。
 そこは、僕の広げた『目』の及ばない場所だ。
 なら―――僕があの妖怪を『見失った』場合、アイツは空白地帯のどこかにいると言う事になる。アイツが、闇の中から出ていかない限り。
 後は簡単だ。今まで塞き止めていた空白地帯周辺の冷気を、一気に流し込んでやればいい。
 冷たい空気は暖かい空気よりも重い。
 一度放たれた冷気は、あっという間に空白地帯を覆い尽くすだろう。
 そうなれば―――

「……お見事」

 闇が、晴れていく。
 鬱葱とした森と、広大な空が視界に広がる。
 その中で、森の木々に紛れて直立しているモノがあった。
 ―――大小様々な、数本の氷柱達だ。
 
「僕の、『勝ち』だ」

 ひときわ大きい氷柱には、黒いワンピースの少女が閉じ込められている。
 おそらく彼女が僕らを襲ってきた妖怪だろう。
 ………なんか、幻想郷の妖怪って少女の姿ばっかしてるなぁ。

「まだ、生きてるよね?」

「妖怪はこの程度じゃ死なないわ。貴方の言ったとおり、足止めぐらいにしかならないでしょうね」

「やっぱそうか………でも、助かったぁ~」

 へなへなと腰から崩れ落ちそうになった。
 腰砕けにならなかったのは、お姉さんが頭を抱えたままだったからだ。
 なんだか久しぶりな気がする彼女の顔には、向日葵の様な満面の笑みが浮かんでいる。
 ……お、落ちつけ僕。気を抜くのは早いぞ。まだ足止めしただけなんだからね!
 だからドキドキするのはやめいっ! 僕の心臓!!

「うふふ、お疲れ様。―――と、言いたいけど」

「はい?」

「最後の弾幕は頂けないわね。スペルカードは、使用前に宣誓するのがルールよ?」

 また出てきたよ。すぺるかぁど。
 お姉さんの唐突な忠告に、僕は首を傾げるしかない。

「……あなた、スペルカードを知らないの?」

「えーっと、弾幕ごっこに使うんですよね? それだけしか分かってないです。そもそも、弾幕ごっこの事も知りませんし」

「ふふっ、知らないで宵闇の妖怪と弾幕ごっこしたの? ほんと、貴方って面白いわねぇ」

「う、うぐぅ」

 ううっ、こんな事なら射命丸さんに弾幕ごっこの事を聞いておくんだった。
 やっぱり幻想郷だと常識なのかなぁ。
 つーかこれ、弾幕ごっこだったんですかね?

「良いわ。この私が弾幕ごっこに関して説明してあげる。特別よ?」

「お姉さんが、ですか?」

「ええ。面白いモノを見せてもらったご褒美よ。……ふふっ、こんな幸運、普通ならありえないわ」

 それは確かにありがたい。ありがたいけど……。
 何だろう、お姉さんのその言い方は。
 まるで自分が誰かにモノを教える事が、すごい珍しいと言っているみたいだ。
 実はこの人、すごい学者さんだったりするのかな?
 三顧の礼的なモノを済ませないと何も教えてくれない、弟子お断りな賢者だったりとか。
 
「その様子だと、随分と頓珍漢な事を考えているみたいね」

「いえ、その―――すいません」

「……そうね。まずは、根本的な部分を教えあう事にしましょう。私もその方が都合良いわ」

「根本的な部分?」

「ええ、あの妖怪に邪魔されて出来なかった、大事な挨拶よ」

 お姉さんは僕の頭を離して、傾きかけた太陽を背に数歩だけ下がっていく。
 白い日傘が太陽を遮り、僅かに零れる光が彼女を美しく彩る。
 まるで絵画の様な光景の中。お姉さんは空いた方の手でスカートを軽くつまみ、優雅に一礼した。

「はじめまして。私の名前は風見幽香、あそこで氷漬けになっている三流と同じ――――妖怪よ」

 彼女の持つ怪しげな美しさが、その言葉を信じさせるには十分すぎる証拠だ。
 妖怪。お姉さん―――風見幽香さんも。
 しかも彼女は、さっきまで僕らを襲っていた妖怪を三流と称した。
 それだけの実力が、自分にあるのだと告げているんだろう。
 風見さんの、威厳と、自信と、誇りに満ちた自己紹介に僕は―――――

「えっと、どうもご丁寧に。僕の名前は久遠晶、幻想郷初心者の能力持ち人間です」

 とりあえず、ふつーの返事をしておいた。
 あ、風見さん唖然としてる。

「……それだけ?」

「その、もう少し風見さんを敬う態度を見せた方がいいんでしょうか?」

「名前で呼びなさい。あと、敬意なんて見せられても鬱陶しいだけだからいらないわ」

「はぁ、わかりました。……で、幽香さんは何が不満なんですか?」

 やっぱ、こういう普通の対応はマズイのかなぁ。
 けど幽香さん、敬うのは面倒だから止めろって言ってるし。
 どうしよう。まさかタメ口で接して欲しいわけじゃないよね?

「ふ、ふふふ、ふふふふ」

 とか考えていたら、また幽香さんが笑い始めました。
 今度は何がツボに入ったのやら。僕にはさっぱりわからない。

「妖怪に襲われた直後だと言うのに、良くそんな……ふふっ」

「えっと、幽香さん?」

「なんでもないわ『晶』。ふふっ、私があなたの事を、少しだけ気に入っただけよ」

「はぁ、そうですか……」

 

 ――――おねーさま、幻想郷の妖怪は笑いのセンスも謎だらけです。




[8576] 東方天晶花 巻の五点五「知らぬが仏」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:52

巻の五点五「知らぬが仏」




「分かったかしら。これが『弾幕』よ」

「はい! 勉強になりました!!」

 私が放った適当な弾幕を、晶はキラキラした笑顔で見つめている。
 純朴な事ねぇ。
 少しぐらい恐れたり警戒したりしても良いでしょうに。
 ふふっ、そういう人間だからこそ私も気に入ったのだけどね。

「それじゃあ幽香さん。僕はそろそろ帰ります」

「あら、本当に鴉天狗に宿を任せる気なの? 取材の対価として」

「ええまぁ。それくらい頼んでも、バチは当たらないと思いますから」

 問題はソコじゃないんだけど―――今更ね。

「分かったわ、『晶』。また、機会があったら会いましょう」

「はい! また会いましょう幽香さん!!」

 私に向かって激しく手を振りながら、晶は駆け出していく。
 あまりにもその姿が微笑ましかったから、思わず私まで小さく手を振り返していた。
 ……まぁいいか。今日は機嫌がいいのだし、それくらいのサービスはしてあげようじゃない。

「それにしても……」

 あの様子じゃ、分かってないのでしょうねぇ。
 私が晶の名前を覚えた事に、どれだけの意味があるのかなんて。


 ―――名前と言うのはその者の本質を表している。


 それを呼ぶという行為には本来、相手の存在を認めるという意味が含まれているものだ。

「この私が、人間を認める……ねぇ」

 今朝、退屈しのぎに出掛けた時には考えもしなかった。
 そもそも、最初の遭遇がすでに最悪だったしね。
 静謐な森の中を散策していたら、人間の悲鳴で興を殺がれてしまう。
 不愉快なので悲鳴の大本を見に行ったら、宵闇の妖怪がすでに狩りの真っ最中。
 思わず、不機嫌に任せて全てを吹き飛ばすところだったわよ。

「ふふふっ、気まぐれも起こしてみるものね」 

 闇から出てきた晶の反応が面白かったので、暇つぶしにからかっていただけだったのだけれど。
 予想以上に、楽しいものを見せてもらったわ。
 もちろんそれは、宵闇の妖怪相手に見せた晶の能力が―――――では、ない。
 【相手の力を写し取る程度の能力】など、それまで会った相手の強さに依存するだけの惰弱な力に過ぎないのだから。
 もし晶が見せたモノがそれだけだったのなら、私は失望から即座に茶番を終了していただろう。
 止めなかったのは、久遠晶の可能性を見たからだ。
 晶は、他人から写し取った能力を自分なりに「応用」していた。
 そうでなければ、モノを凍らせる事しか考えていない氷精の能力で、あんな真似が出来るはずない。
 
「人間は知恵を絞って生き抜く……ね」

 それは、博麗の巫女や黒白の魔法使いとは違った強さだ。
 この私がはじめて見る人間の力。
 ………自然と笑顔にもなろうものだ。
 ようやく私の感じていた空虚さが、満たされようとしているのだから。
 そう、私が欲しいのは、弾幕ごっこのような遊びではない本物の―――

「だっしゅつー!」

 背後で、氷柱が砕け散る音がした。
 ……そういえば、あの妖怪はまだ閉じ込められていたのよね。
 劣化した上に使い慣れていない能力で、力任せに凍らされたというのに。
 もう少し早く出てきなさいよ。
 まったく、所詮は三流妖怪ってところかしら。

「ううぅ~、あの人間めー。良くもやってくれたなぁ!!」

 どうやら私の事に気がつかないほど憤慨しているらしい。
 誰に氷漬けにされたのか、分かっているから余計腹が立つのでしょう。

「ぜったいふくしゅうしてやるー!」

「あら、それはダメよ」

 だけど、そういう事をされては困るのよねぇ。
 本音を言えばこいつ程度、軽くあしらってほしいのだけど。
 足止めが精いっぱいの今の晶では、それも難しいでしょうね。
 それは見逃せない。
 晶には、もっと強くなってもらわないと。
 そう、この私を楽しませてもらえるくらいに――

「え……う、うそっ」

 宵闇の妖怪が、私の姿を確認して震え出した。
 そう、これが本来の反応よね。
 人間であれ、妖怪であれ、この私に恐れを抱くのは当然のこと。
 晶は恐れるどころか懐いてくるから、イマイチ調子が出なかったけど……。
 ふふっ、ちょうどいいわ。
 いつまでも晶といた時と同じ調子だと、フラワーマスターの名に傷がつくもの。
 今日は機嫌もいいし。―――軽く、遊んであげましょう。

「貴方の鬱憤は私で晴らしなさい。今日ぐらい、付き合ってあげるわ」

「ひ、ひぃぃぃぃいぃいいいい!」

 あら、今頃逃げ出そうとしたってダメよ。
 

 
 ―――私の玩具を奪う気なら、相応の覚悟を決めてもらわないとね。

























おまけ:晶の覚書ノートより抜粋

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

○弾幕ごっこ

 ・妖怪、人間両方が知る決闘方法。
 ・僕の事前に仕入れた情報の古さから判断するに、おそらくつい最近出来たルールだと思われる。
 ・幻想郷で最もポピュラーな揉め事解決法(妖怪側の意見、人間側未確認
 ・弾幕―――能力で生成した弾をばら撒くらしい、美しさ重視で非効率的(某妖怪曰く)
  いやでも正直当たると痛そうって言うか死にますよね人間。
 ・相手を倒す以外の部分にも力を入れるため、娯楽を求める妖怪の間では特に好評。
  あれ? 幻想郷の妖怪って皆そうじゃな
  
○スペルカード

 ・自身の使う得意技を記したもの。
 ・決闘前に使用する枚数を提示しておくらしい。(五枚?
 ・技名をつけるらしい。
  え? 僕もつけなきゃいけないの? マジで?
 ・美しく、そして避けにくく。
  そんなムチャクチャ作りにくそうなの考えないといけないの? マジで?


 スペルカード案
 氷符「エターナルフォースブリザー

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

晶「……これを本にするのか、僕は」

幽香「あら、何書いているの?」

晶「いやその、ちょっとさっき教わった事を纏めていたんですよー! あはははー」

幽香「そうなの。見せてくれない?」

晶「あっ、手が滑って鞄の中に! これではもう見せられない!!」

幽香「…………見せなさい。何もしないから」

晶「は、はわわわ。幽香さんがいじめっ子スマイルに!?」





[8576] 東方天晶花 巻の六「帯に短し襷に長し」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:52

巻の六「帯に短し襷に長し」




 絶賛正座中の久遠晶です。
 小川に戻ったら、怒り最高潮の射命丸さんが現れました。
 なんでやねん。

「怒るに決まっているじゃないですか!」

 僕の目の前で仁王立ちしていた射命丸さんが叫ぶ。
 怒りの理由は良く分からないけど、生まれてきてごめんなさい。

「アキラぁ。いくら何でも、勝手に一人でこの辺を出歩くのはまずいって」

 隣にいるにとりも、怒ってはいないけど射命丸さんの意見には同意するらしい。
 うーん。そこまで危ない場所なのかな、この辺りって。
 そりゃあ、歩いてて数分で妖怪に出くわしたけど。
 食べられそうにも、なったけど。
 ……はい、危険地帯ですね。すいません。
 とりあえず、さっきまでの出来事は黙っておこう。

「森の奥に進めば、宵闇の妖怪とかと出くわしちゃうしね」

「そうです! 久遠さんが最初に会った氷精と同程度の力しかない弱い妖怪ですが、食欲だけは人一倍なんですよ!」

「そうだよ~? 人間のアキラなんて、あっという間に食べられちゃうかもね」

「そ、そうなのかー」

 真摯な態度の射命丸さんと、軽い口調のにとりが揃って同じような忠告を口にする。
 けど、その台詞は数時間ほど前に欲しかったです。いえ、ああなったのは自業自得なんですけどね。
 ……というか今、射命丸さんの口からサラリととんでもない事実を聞かされた気が。
 ううっ、チルノってやっぱり大した事ない妖精だったんだなぁ。
 初版の幻想郷縁起にも、妖精は人間より弱い存在だって書かれていたからおかしいとは思ってたんだ。
 ―――その、射命丸さんに助けられて、冷静になった後に気づいたんだけど。

「まー、無事で良かったけどね。うん、私も一安心さ」

「ははは、まったくですねー。はい」

 こうして人は、どうでもいい秘密を背負っていく事になるのか。
 僅か一日で墓まで持って行く恥を大量に抱え込んだ僕は、にとりの言葉に苦笑を返すしかない。

「―――笑い事じゃないですよ」

 そして、怒り続行中の射命丸さんに再び叱られました。 

「ご、ごめんなさい」

「そう思っているのなら、もう二度とこんな事しないでくださいね」

「はい、もう不用意な行動はとりません。……だから、もう怒らないでほしいんですけど」

「………私は別に怒っていません」

「うぐぅ」

 ではなんだというのですか、貴方のコメカミに浮かぶ四つ角のマークは。
 射命丸さんはソッポを向いたままで、全然こちらに視線を合わせようとしてくれない。
 ううっ、本当に生まれてきてごめんなさい。

「こーら、アキラ!」

「あいたっ!?」

「反省するのはいいけど、落ち込むのはいただけないよ。ほら、背筋伸ばして!」

「いたっ、いたたっ。わ、わかった! わかったから叩かないで!!」

 にとりが僕の背中を叩いて姿勢を変えさせる。
 その、言ってる事はもっともだし、その優しさは大変嬉しいんですが。
 河童の腕力でバシバシ背中を叩くのだけは止めてください。
 最初に肩を掴まれた時にも思ったけど、河童のパワーは思いのほか強いんですヨ?
 痛い痛い。すごく痛い。

「文の事なら気にしなくていいって。アレは怒ってるんじゃなくて、自己嫌悪しているだけだからね」

「へ? 自己嫌悪?」

 それって、自分に対する嫌悪の事だよね? まんまか。
 
「そ、自己嫌悪。文は生真面目だからさ、責任持つって言った相手の面倒見きれなかった自分が許せないんだよ」

 えーっと。それはつまり、射命丸さんはもう怒ってないってことなのでしょうか?
 ……僕には怒っているようにしか見えないんだけど。
 けど、射命丸さんとにとりの付き合いは長いみたいだし、実はそうでも無かったりするのかも。
 
「にとり! 久遠さんに変な事吹き込まないでください!!」

「なによー。私がせっかく、拗ねてるアンタのフォローしてやってるっていうのに」

「拗ねてないわよ!」

 ――いや、単ににとりが恐しいほどポジティブシンキングなだけか。
 うん。僕も射命丸さんと同じ意見だよ、にとり?

「怒っても拗ねてもいないのなら、その辛気臭い顔をとっとと引っ込めたらどうだい」

「むぐっ」

「アキラは反省した。無事にも帰ってきた。それで万事問題無し、だろ?」

「………確かにそうですね。これ以上意固地になっても時間の無駄、ですか」

 そういって、射命丸さんはこちらに顔を向けてきた。
 改めて相対する彼女の表情は確かに、怒っていると言うよりは悔いているように見える。
 ……僕が思っていたよりもずっと、射命丸さんは「約束」を重く捉えていたのかもしれない。
 
「あの、射命丸さん――」

 謝ろう。そう思った僕は、何度目なのか分からない謝罪の言葉を口にしようとする。
 だけどその言葉は、射命丸さんの指に遮られてしまった。

「ごめんなさい。貴方の手伝いをすると言ったのに、約束を守れなくて」

「い、いや、元々僕が勝手に出かけたのが悪いんだから、射命丸さんは謝らなくても……」

「―――ならこれで、この件はおしまいですね」

 人差し指を僕の唇から離して、射命丸さんが意地悪そうに微笑んで見せた。
 そっか、これで「お相子」ってことなんだ。
 なら、僕の返事は決まっている。
 僕も同じように意地悪な笑顔を浮かべて、射命丸さんに答えを返す。

「そうだね。反省も済んだし、全部水に流しちゃおうか」

「はいっ!」

 これでひとまず、この問題は解決ってことかな?
 そんな事を考えながら、僕は射命丸さんと笑い合うのだった。
 ………で、にとり。その、「面倒のかかる奴らだなぁ」みたいな笑顔はなんなのさ。
  









 その後。夜も近いという事で、僕は今日の宿となる場所に案内された。
 川の近くに建てられた簡素な水車小屋は、にとり曰く、普段工房として使っている別荘なんだそうな。
 宿の件は僕から頼もうと思っていた事だけど、彼女らは頼むまでもなくそこらへんの面倒もみてくれるつもりだったらしい。
 ほんと、ありがたい話です。

「ところで久遠さん。今日尋ねておきたいことが一つだけあるんですが」

「はい?」

 夜も更けたため、結局射命丸さんのインタビューは明日へと回す事となった。
 色々あって僕も疲れていたから、その提案はありがたい。
 もっともその結果、取材待ちの射命丸さんやにとりもここで一緒に泊まる事になったわけなんだけど。
 ……いや、どっちにしろ誰かいないと人間の僕は危ないわけだから、インタビュー云々はあんまり関係ないのか。
 とにかくそう決まったため、にとりは今、台所で夕飯の準備を進めてくれている。
 しかし、メニューは鍋のはずなのに材料の八割がキュウリを占めているのは何故なんだい、にとり?

「久遠さん。出来ればこちらを見て話を聞いてほしいんですが」

「あ、ごめん。ちゃんと聞いてるよ」

「では、改めて……貴方の能力の事、改めて教えてもらえませんか」

 あれ? 教えてなかったっけ?
 相対する形で居間の反対側に座っていた射命丸さんは、懐から手帳とペンを取り出してすっかり記者モードに入っている。
 台所にいるにとりも興味が湧いたのか、顔だけをこちらに向け会話に参加してきた。

「へぇ~、アキラは能力持ちだったんだ」

「そういえばにとりは知らなかったっけ、僕の能力の事」

「私は事前に見ているので想像はついているんですがね。やはり、本人の口からきちんと聞いておかないと」

「はははっ、夕飯前の雑談には丁度いい話題だねぇ」

 確かに、そう長引く話題でも無いだろうしね。
 そう思った僕は、軽い気持ちで射命丸さんの質問に答えた。

「僕の力は【相手の力を写し取る程度の能力】だよ」

 ―――けど、二人の態度を見て即座に答えた事を後悔する。
 なんですかその驚きの表情は。
 特に射命丸さん、貴方はある程度想像していたのではないですか。

「あ、あやややや! なんですかそのチートくさい能力は!! 【冷気を操る程度の能力】じゃなかったんですか!?」

「それはチルノの能力を覚えただけだよ?」

「幻想郷ならやりたい放題できるねぇ。そりゃ凄い」

「凄いかなぁ?」

「あやや、いったいどこが凄くないというんですか。是非とも教えてほしいですね」

 あれ? なんか誤解されてる?
 憮然とする射命丸さんに、唖然とするにとり。
 確かに、字面だけで判断すると凄い能力に聞こえるかもしれないけどね。
 ……実は全然大したことない能力なんだよなぁ。

「僕が相手の力を覚えるには、三つの条件をクリアしなきゃいけないんだよ。だから凄くないの」

「……三つの条件、ですか?」

「そう。第一に僕は、’相手が能力を使用した所を見ていなければならない’の」

 例えばチルノなら、冷気を操るところ。
 あの宵闇の妖怪なら……闇を動かすところだろうか。
 どんな形でもいいから相手が力を使うところを「視認」しないと、僕は相手の能力を覚えられないのだ。
 ほら、早速使い勝手悪い。

「あやややや、それは……」

「――第二に僕は、’相手の能力の名称を知っていなければならない’」

 この名称と言うのは、もちろん正しいものでないと駄目だ。
 それも、「何となくこれだろう」では許されない。
 名前と言うのは、そのモノの存在意義を表す重要なモノ。
 僕が能力を扱うためには、名付けられた正しい名前を「確信を持って知る」必要がある。
 うん、だいぶ面倒くさいね。

「………あやや」

「第三に僕は、’相手の能力を理解していなければいけない’」

 これは、簡単そうに見えて実に難しい条件である。
 冷気や炎等の分かりやすい現象を操る能力なら、理解するのは簡単なんだけど。
 例えば【世界を変革できる程度の能力】とかになるともうお手上げだ。
 世界って何を意味してるの? 変革って具体的に何を?
 そういった事をきちんと理解できていないと、僕は相手の力を使えない。
 ……能力持ちの中には、絶対自分の力を把握していない奴だっているはずなのに。理不尽だ。
 
「ついでに言うと、全部の条件満たして僕が相手の能力を覚えても、性能はだいぶ劣化してものになるから」

 劣化の根本的な原因は、僕自身のスペックの低さにあるんだろうけど。
 能力を覚える相手が僕より強い妖怪である以上、覚える能力が弱くなってしまうのはしょうがない事なんだろう。
 ついでに僕は、使用経験不足からくるマイナス補正が最初にかかるからなぁ。
 ――自分で言ってて泣けてきた。なんて使いにくい能力だ。

「あやや、凄いのか凄くないのか全然わからない能力ですねぇ」

 だけど他人にまではっきりと指摘されたくはないぞコンチクショウ。

「悪かったね! どーせ他人のふんどしで相撲を取ってるだけですよ!!」

「相撲!?」

「あ、そこに食いつくんだ。変なところで河童だなぁ……」

 にとりは全然河童らしくなかったから、ちょっとびっくり。
 いや、そこはどうでもいいだろうよ、僕。

「僕も使い慣れてるワケじゃ無いから、今、能力で説明出来るのはこれくらいかな」

「ふむ―――久遠さん。その能力、見せてもらってもかまいませんか?」

「いいけど……誰の力を写し取るの?」

「私で構いませんよ。それより、能力を使う際に試してほしい事があるんですが……」

「はぁ、なんですか?」

 試すって言われても、僕の能力はそんな発展性のあるものじゃないよ?
 ガチガチに条件を定められている上に、「写し取る」っていう限定された使い方しかできない力だからね。

「私の力は【風を操る程度の能力】です。これがどんな力か、理解できますよね?」

「そりゃ、そんな分かりやすい力ならね………で、それが?」

「私は「能力を使ってはいません」が、名称と能力の理解は出来た。という事ですよね」

「そうだけど……あ、なるほど」

 試したいってそういうことか。
 これなら能力を確認するのと合わせて、「条件」の真偽もある程度確かめられる。
 「条件」が本当なら、僕は今の状況じゃ射命丸さんの力を覚える事は出来ないはずだからね。

「なるほど、やってみる価値はあるね」

 実は僕自身、能力の発動条件が正しいのかは分かっていないのだ。
 つーか無理だから。無理ですから。
 基本相手頼みな僕の能力は、外の世界で試す事なんか不可能だって。
 だけど、これで「条件」が本当なのかを確かめる事ができる。
 ……出来れば嘘であって欲しいけどなぁ。使い勝手的な意味で。
 しかし「あの人」が僕に、嘘の条件を教えるとも思えない。ううぅ……どっちなんだろう。

「ええぃ! とにかく、試してみればわかるさっ!!」

「はい。お願いします」

「アキラ頑張れー!」

「よーし……へりゃあ!!」

 両手を胸の間にかざし、精神を集中させる。
 ―――が、もちろん何も起こらない。

「やっぱりダメかぁ……」

「……というか、『へりゃあ』ってなんですか。へりゃあって」

「気の抜ける掛け声だねぇ」

「うるさいなっ! ほっといてよ!!」

 その場のノリで何となく口から出たんだよ、悪かったね!

「はいはい。それじゃあ今度は、全部の条件を満たした上で試してもらえますか?」

「うぐぅ」

 そういった射命丸さんの片手に小さな竜巻ができあがる。
 釈然としないものはあったけど、とにかくこれで全ての条件は満たされた。
 カチリと、頭の中でイメージの歯車が動き出した気がする。
 僕の力が射命丸さんの能力を写し取った。
 今までウンともスンとも言わなかった胸の間に、ゆっくりと風が集まっていく。

「おおっ―――」

「これは……」

「へへぇ」

 あっという間に、僕の両手の間に小型の竜巻が出来上がった。
 射命丸さんの手にある竜巻より荒い風だけど、僕の能力が証明された事には変わりない。
 もちろん「条件」が本物である事も、これで証明されてしまったのだけど。
 ……やっぱり、厳しいよなぁ。
 
「あやや、これは素晴らしいです」

「うん。文の風よりだいぶ大雑把だけど、凄いよアキラ」

「そ、そんなに褒められても困るんだけどね。何度も言うけど、能力は劣化してるんだし」

 それに、力の扱いもやっぱり上手くいかない。
 冷気と違って風には「流れ」があるせいか、気を抜くと―――

「―――あっ」

「あややっ、久遠さんソレは!」

 本家風使いの射命丸さんは気づいたみたいだけど、もう遅い。
 一瞬気を抜いてしまった僕の風は、とたんに制御を失い、暴風となって小屋の中を駆け巡った。
 小さめの竜巻が暴走しただけなので、小屋自体が吹き飛ぶような事はなかったんけど……。

「アぁ~キぃ~ラぁ~」

「は、はわわわわ」

 同じく被害を受けた台所が、壊滅的なダメージを受けてしまいました。
 あはは。いくら鍋が色んなものを煮るからって、調味料全部をぶち込む事はないでしょうに。
 アレ? にとりさん、顔怖いですヨ?

 ―――その後、僕が大激怒したにとりに延々と叱られたのは言うまでもないことだ。

 ……幻想郷に来てから叱られてばっかです、爺ちゃん。

 
 
 




[8576] 東方天晶花 巻の七「暗がりに鬼を繋ぐ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:52
巻の七「暗がりに鬼を繋ぐ」




「お疲れ様。とりあえず、こんなところですかね」

「終わったぁ―――ふぅ」

 私が手帳を片付けると同時に、久遠さんは大きく背伸びをしました。
 うーん、さすがに拘束しすぎだったでしょうか?
 取材を始めたのは、太陽が登り始めていた頃でしたよね。
 ですが太陽は今、もう真上……あやややや。

「いやはや、久遠さんのお話は真に興味深いです。おかげですっかりこんな時間に」

「僕自身の話はほとんどしなかったけどね」

「話の内容は、外の技術のことばっかりだったもんねぇ」

「……久遠さんの自己紹介もソコソコに、バッグの中身を逐一尋ね始めたのは貴方でしょうが、にとり」

 まったく、昨日交わした約束は何だったんですか。
 一応記者としての意地を通して、最後まで私がインタビュアーを務めはしましたけどね?
 実際はほとんどにとりの質問コーナーになっていたじゃないですか。
 おかげで上等なネタが手に入りましたから、結果的には問題ないわけですが。
 やっぱり、釈然としませんよ。

「ん? 何か言ったかい?」

「いいえ、何でもありません」

 ちなみに好奇心を満たした河童は今、私達から少し離れた所で彼のバッグを漁っています。
 ……ほんっとーに好き勝手してるわね、貴方。

「『でじかめ』……『でじかめ』……どれだっけ」

「にとりが今、手に持ってるのだよ」

「ありゃ? じゃあ『ぷりんたぁ』はどれ?」

「ああ、それは……」

 道具の大まかな理屈を知った彼女は、外の世界の製品を複製してみるんだそうです。
 その第一弾が「でじたるかめら」と「こんぱくとぷりんたぁ」なのは――もちろん、私が希望したからなんですけど。
 いやぁ、即座に写真の出来を確かめられ、その場で現像もできるなんて素敵なセット。ブン屋としては絶対に見逃せるはずがありませんからね!
 ……完成直後に、スキマ妖怪が持っていきそうな気もするんですが。

「それで、久遠さん。これからどうしますか?」

「……これから?」

「はい。次の『文々。新聞』のネタは決まりましたから、しばらくは自由に行動できますよ」

 出来れば最初の記事には、本人の紹介を書きたかったんですけど。
 話を聞けば聞くほど、久遠さんの話はネタにし難くなってしまうんですよね。
 ……いえ、彼に記事に出来ないほど悲壮な過去があったというわけではないんですよ。


 ―――むしろ、何も無いんです。


 私も新聞記者として、外来人に取材した経験はそれなりにあります。
 そのほぼ全てがスキマ妖怪に神隠しされてやってきた、幻想郷を知らない人たちだったわけなんですが。

「久遠さんって、そういう人たちとあんまり変わらないんですよねぇ」

 彼に聞こえないように、小さくため息と愚痴を零します。
 能力持ちで、外の世界にいた頃から幻想郷の事に詳しくて、妖怪にも慣れている。
 これだけ普通の人との違いを見せつけられたら、何かあるんじゃないかと期待するのは無理もない事ですよね。
 古き妖怪の末裔だとか、神の加護を受けた神子だとか、月よりの使者だとか、そういう背景情報があってもいいでしょう。
 ……ええ、ありませんでしたよ。これっぽっちも。何一つも。
 強いて言うなら、ちょっと幻想郷……というか人里に近い環境で育ったみたいですけど。
 ははは、それだけでこんな風に育つもんなんですか?

「……納得できるわけないじゃない、そんなの」

「ん? 何か言った?」

「あやややや、何でも無いです。それより、どうするか決まりました?」
 
「うーん……決まったと言えば、決まったかなぁ」

「おっ、積極的ですね。なんですか?」

「能力をね、もうちょっと使いこなせるようになりたいかなぁって」

「なるほど……」 

 久遠さんの言葉に、私も思わず頷きました。 
 幻想郷で安全を確保する最も簡単で確実な方法は、自身の能力を使いこなす事です。
 特に久遠さんは能力の特性上、複数の能力を操ることになりますからね。
 今のうちに力を使いこなせるようになれば、幻想郷で起きるトラブルにも上手く対応できることでしょう。
 ……内心、少しだけホッとしました。
 どうも久遠さんは警戒心が薄いというか――幻想郷を、ひいては妖怪を恐れていない節があります。
 人里あたりで大人しくしているのならそれでも構わないんですが、幻想郷を回りたいというのなら話は変わってきます。
 幻想郷は、人間が無警戒に歩きまわれるほど優しくは出来ていませんから。
 一安心です。どうやら彼も、人並の常識くらいは持ちあわせていたようですね。

「そりゃいいね。アキラの能力は扱い難しいから、慣れていないと弾幕ごっこもできないだろうし」

「え? ……ああ、そういえばそんなものもあったっけ」

 あやや、久遠さん?
 なんですかその、指摘されて今気づきました。みたいな反応は。
 能力を使いこなすのは、弾幕ごっこをはじめとした幻想郷の危険から身を守るためじゃないんですか?
 ―――私の安堵、返しなさいよ。

「……それじゃあ久遠さんは、何で能力を使いこなそうと思ったんですか」

「うん。僕さ、空を飛べるようになりたいんだよ」

「空を飛ぶ?」

 こちらの呆れ具合にも気づかず、キラキラした目で夢を語るように久遠さんは言いました。
 というかこの人飛べなかったんですか?
 確かに久遠さんは、氷精に襲われていた時も必死に走って逃げていましたけれど。
 うふふ、あの時の久遠さんのパニックっぷりは最高に愉快でしたよ―――と、これは今関係の無い話ですね。
 とりあえずこれで、何故あんな効率の悪い逃げ方をしていたのか、という謎は解決しました。
 ですが、そうなってくると新しい疑問が湧きあがります。
 ………空を飛ぶって、そんなに難しい事だったでしょうか?

「アキラは変な事言うねぇ。能力を持ってるなら簡単だろ? 空を飛ぶなんて」

「ですよねぇ。久遠さんなら飛べなくても、どこかで空を飛ぶ能力を覚えてくればいいワケですし」

 幻想郷において『空を飛べるようになる』力は、それほど珍しいものではありません。
 妖怪も人間も、弾幕ごっこをする者のほとんどが飛べているわけですしね。
 しかし、彼は私達の言葉を難しい顔で否定しました。

「とりあえず、改めて覚える必要はないんだ。一応僕も飛ぶ事は出来る’はず’だから」

「はず? どういう意味ですか」

「……うーん。実際に見てもらった方が早いかなぁ」

 そういって、久遠さんは腕組みしながら立ち上がりました。 
 私とにとりが注目する中、彼は小さくジャンプして―――そのまま、ゆっくりと静止します。

「あやや。久遠さん、空飛べるじゃないですか」

「……本当に、そうだと思う?」

「へ?」

 久遠さんはふわふわと宙に浮き続けています。
 だけど何故か、彼は腕を組んで憮然とした姿勢のまま。ソレ以上動こうとはしません。
 ……あれ? もしかして久遠さんって。

「久遠さん、失礼します」

「…………どうぞ」

 私は浮いたままの久遠さんに触れて、そっと彼を押しました。
 すると久遠さんは、私が押した勢いそのままにゆっくりと移動し始めます。
 春を告げる妖精のように、部屋の中を浮いたままふわふわと動いていく久遠さん。
 結局彼は移動進路上にいたにとりが受け止めるまで、一切流れに逆らわず浮遊し続けたのでした。

「……あやややや」

「アキラ、ひょっとしてあんた」

「うん。僕って――――’浮く’事しか出来ないんだよね」

 ああ、やっぱりそういう事なんですか。
 ……確かにそれは、意地でも飛びたくなりますね。
 中途半端に浮く事だけは出来るわけですから、悔しさも尚更なんでしょう。

「能力の使い方を教わった時に、合わせて飛び方も教わったんだけど……どうも力を使いこなせていない僕は上手く飛べないみたいでさ」

「なるほどねぇ。だから、力を使いこなせるようになりたかったのかい」

「うん。それに幻想郷にいる以上、やっぱり自由自在に飛べるようになりたいじゃん。心情的に」

「……そこらへんの感覚は、元々飛べる私らにはちょっと分かんないけど。まぁ、飛びたい理由としては納得かな」

「あはは、分かってもらって良かった」

 移動する過程で逆さまになった久遠さんと、彼の肩を掴んだにとりが顔を合わせて笑い合います。
 良く分からない部分で分かり合えたようですが、何ともシュールな光景です。
 って、気にするポイントはそこじゃないでしょう。

「……今、久遠さんの発言に大分聞き捨てならない部分がありませんでしたか?」

「へ?」

「はい?」

「ああもう……これだから天然は」

 そもそも目的の部分ですでにツッコミどころ満載ですよ。
 なんですか、その夢見がちな乙女みたいな動機は。危機感なんて皆無じゃないですか。
 ……まぁそこは、幻想郷に慣れていないという事で見逃しましょう。
 久遠さんだって幻想郷の実態を知れば、多少は警戒するようになるでしょうしね。

「ですから、あえてそこはスルーするんです。ツッコミ疲れたわけではありませんよ」

「どうしたの射命丸さん? 急にブツブツと呟いて」

「まぁ、文にも色々あるんじゃない?」

 ……もうツッコミは入れないわよ。 

「ですから、久遠さん! 少し尋ねたい事が―――」

「そういやアキラ。アンタの能力とかって、誰かに教わったのかい?」

「そうだよ。そういえばそこらへんの話してなかったっけ……って、射命丸さん!?」

「どうしたのさ、文。いきなりすっ転ぶなんて」

「……この、天然どもめ」

 落ちつきなさい射命丸。ここで暴れるのは清く正しくないわ射命丸。
 私は、叫びだしそうになる激情を必死に押さえこみました。
 その間にも、二人は話を進めていきます。
 ……理不尽です。色々と。

「んで、話を戻すけど……やっぱり誰かに教わったのかい?」

「うん。能力と合わせて、知り合いの妖怪に」

「よ、妖怪ですかぁ!?」

 なんと! これはいい事を聞かせてもらいましたよ!!
 さっきまでの不機嫌具合が一気に吹き飛びます。
 しまっていた手帳を再び取り出し、久遠さんに正対するため私も逆さまに浮かびました。
 
「それはぜひとも詳しく話をお聞かせ願いたいです!!」

「……射命丸さんって、特ダネっぽい話を聞くとわりと見境なくなるよね」

「ま、文だからね」

 何と言われようとも、今の私には効きませんよ!

「その妖怪と言うのは久遠さんの里に住んでいる妖怪なんですか!?」

 少なくとも、これで彼が異様に妖怪を恐れない理由も分かりました。
 何しろ知り合いに妖怪がいるんです。しかも、自分の能力を教えてくれるくらい親しい間柄の。
 そりゃ、警戒心なんて抱きませんよね。……ええ、それが、原因ですよね?

「いや……分かんない。そんなに会った事ないから」

「分からないって、何回ぐらいお会いした事が?」

「両手で数えられるくらいかなぁ。会話は長くて三時間、最短で三十分ほどだったはず」

「……あやや、そんな短い付き合いの妖怪の言う事を信じたわけなんですか?」

「だって、妖怪の言うことだから」

 前言早々に撤回いたします、この人の妖怪無条件信頼は天然でした。
 ああもう、何でこの人はここまで素直に妖怪を信じる事ができるんですか。

「アキラ、アンタが思ってるより妖怪は自分勝手な生き物だよ」

「うん、知ってるよ? だけど約束はちゃんと守るよね」

「それは……そうだけど」

「その人とは約束の上で色々教えてもらったんだ。だからウソじゃないよ」

 ううっ……中途半端に妖怪の性質に詳しいということが、こんなにもタチの悪いモノだったとは。
 久遠さんはニコニコ笑顔で言い切りました。
 彼、頭の方はそれほど悪くないはずなんですけどねぇ。
 どうにも根本的なところがお人好しというか、ずれているというか。
 ほんと、どういう育ち方したんでしょうか。

「久遠さん、約束を守るかどうかは相手の妖怪にもよりますよ」

「そうだよ。アキラの私らに対する信頼は嬉しいけどさ、妖怪にだって不誠実な奴はいるんだよ?」

「確かにそうだけど……やっぱりウソはついてないと思うよ?」

「……これならいっそ、里の人間達みたいに妖怪なんて信じられないと思ってくれた方がマシですね」

 ちなみに、信じられない妖怪の筆頭は天狗だったりするんですが。
 ………いえ、ちゃんと約束を守る天狗もいるんですよ?
 ただ、気まぐれ者でお調子ノリが多いせいか、約束をきちんと果たす天狗も多くないんですよねぇ。
 ま、それは今関係のない事です。私は約束をきちんと守る、清く正しい射命丸ですから。

「ところで、久遠さんに色々吹き込んだ妖怪はどんな方だったんですか?」

「えーっと……なんだったかなぁ。聞いた事ない妖怪だったのは覚えているんだけど」

「知名度の低いな妖怪なのかい?」

「うん。少なくとも、外の妖怪関連の書物には乗ってなかったよ」

 それは……ますます疑わしいです。
 久遠さんが言うような約束を確実に守る妖怪は、低級になればなるほど数が少なくなりますからね。
 横目でにとりと視線を合わせると、彼女も気まずそうな顔で頷きました。
 ……あやや? でも、良く考えると久遠さんの能力は間違っていませんよね?
 うーん、これはどういう事なんでしょうか?

「どんな妖怪だったのか、思い出せませんか?」

「難しいなぁ。……名前なら、覚えているんだけど」

「名前、ですか」

 それだけ分かっても特定は難しいでしょうねぇ。
 その方が高名な妖怪でしたら、マイナーな種族でも何らかの書物に載せられているはずです。
 そうなると、外の世界で幻想郷に関するであろう資料を読み漁っていた久遠さんが見つけていないはずがありません。
 ……知名度が低くてマイナーな妖怪だとしたら、もはや見つかる可能性は絶望的でしょう。
 さすがに私も、幻想郷の外にいる妖怪まではカバーしきれませんしね。

「……とりあえず、名前だけでも教えてもらえませんか」

 まぁ、久遠さんの性格形成に悪影響を与えた戦犯の一人として、片隅ぐらいには覚えておくことにしましょう。
 ……まったく、所在さえわかれば今すぐにでも文句を言いに飛んでいきたい気分ですよ。
 おかげで久遠さんが、見ていて不安になるほどの『のほほんくん』になってしまったではないですか。
 いえ、私が心配する事ではないんですがね。
 ………なんだかほっとけないんですよね、この人って。
 何でこうなってしまったのか分からないまま、私はため息交じりで久遠さんが口にする名前を待ちました。
 


 ―――それが、幻想郷に小さな’異変’をもたらす、始まりだとも気づかずに。



「確か、『八雲 紫』だったかな。紫ねーさまのフルネームは」

「………へ?」

「………は?」

「だから、八雲紫だってば。その妖怪の名前」 

「「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええっ!?」」

 小屋の中に妖怪二人の叫び声が響き渡りました。
 





  ……確かに’マイナーな妖怪’ですよね、スキマ妖怪は。
 



[8576] 東方天晶花 巻の八「鬼が出るか蛇が出るか」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:53

巻の八「鬼が出るか蛇が出るか」




「妖怪の賢者、かぁ」

「はい。幻想郷では知らない者がいないほど有名な妖怪ですよ」

 どうも、清く正しい射命丸です。
 しばらくの間驚愕していた私達は今、久遠さんにその理由を説明しています。
 彼は、どうやらというかやはりというか、幻想郷における彼女の知名度を知らなかったようです。

「そっかぁ……紫ねーさまって、そんなに胡散臭いんだ」

 久遠さんは、相当量オブラートに包んだはずの私達の説明にすら、軽いショックを受けたようでした。
 私としては彼女を、’頼りになって優しい妖怪さん’と評した貴方にビックリなんですけどね。
 まぁ、確かにあのスキマ妖怪も、たまには普通に振舞う事があるのかもしれません。
 ―――やっぱりダメです。軽く想像しただけでも、何かを企んでいるようにしか見えません。

「その、元気出してください。久遠さん」

「そうそう。確かに隙間妖怪は胡散臭い奴だけど、アキラが知っている一面だってウソじゃない……えっと、ウソじゃないよ、ね?」

「わ、私に聞かないでよ!?」

 フォローなんて出来ないわよ、さすがに!
 あやや、久遠さんの顔がどんどん渋くなっていきます。

「……ねーさま、幻想郷で何やってるんですか」

 いえ、むしろ好き勝手やった結果に幻想郷があるワケなんですけど。
 これ以上久遠さんを泣かせるわけにもいかないので、それは黙っている事にしましょう。
 しかしこの様子だと……彼が八雲紫と結託して何かを企んでいるというセンは無さそうですね。
 残念、文々。新聞の独占スクープが――とは、思っていませんよ?
 それにしてあのスキマ妖怪、何を企んで久遠さんに接触したんでしょうか。
 ……何だか、嫌な予感がしますね。

「はははっ、いっそ八雲紫を見つけ出して文句でも言いに行くかい?」

「んー、止めとくよ。幻想郷での姿がどうであれ、僕のねーさまへの評価が変わるわけじゃないし」

「今は幻想郷を見て回る方が大事、ですか?」

「そう言うこと」

 相も変わらず逆さまな久遠さんが、同じく逆さまな私に不器用なウィンクで答えました。
 その発言の深い意味を知っている私は笑顔を返します。
 ――憧れのお姉様よりも大切なのね。自分の夢が。
 その姿はとても微笑ましい。けど、同時に少し危うく見える。
 彼がそこまで執着する、幻想郷という世界。
 そこはけっして、お伽話のように甘い場所ではない。
 だからこそ私は怖くなる。
 いつか彼の理想と現実の幻想郷が、致命的な掛け違いを起こすのではないか、と。
 
「……射命丸さん?」

「あ、あやや、どうしました」

「どうしたってのはこっちのセリフだよ。急にぼーっとしちゃってさ」

「いえいえ、な、何でもありませんよ」

 どうやら少々考え込み過ぎていたようです。
 にとりと久遠さんが、心配そうな表情でこちらを見ています。
 ……こういうのを杞憂と言うのでしょうね。
 私は頭を軽く振って、今の考えを追い出しました。

「それよりも能力を使いこなす練習ですよ、久遠さん。目的が変わらないのなら、最初の予定通り動くべきでしょう」

「ま、そうだね。アキラだって、早く幻想郷を飛び回れるようになりたいだろ?」

「もちろん、そのつもりだよ」

 話を誤魔化すのと合わせて、話題を元に戻します。
 さきほどの不安は、とりあえず私の胸のうちにしまっておく事にしましょう。
 ……やれやれ、私も随分と甘くなったものです。

「しかし、能力を使いこなすねぇ。言うのは簡単だけどどうしたもんかね」

「とりあえず、慣れるまで使ってみるしかないんじゃない?」

「確かにそれしかないでしょうねぇ。そうなると問題は、使う能力ですが」

「――――使う能力、かぁ」

 ’慣れる’という目的のため使うには、彼本来の力は適していません。
 久遠さんの持つ【相手の力を写し取る程度の能力】は、使い所が限定されすぎています。
 目的が限定された力は、方向性が定まっている分制御しやすくなっていますからね。
 実際、久遠さんは二度の模倣に成功しているわけです。
 そういう意味でなら、彼は自身の能力を完全に使いこなせていると言えるでしょう。
 なら、彼が使いこなせていない部分はどこなのかと言えば―――――まぁ、覚えた能力しかないわけですよねぇ。

「普通に考えりゃ、【冷気を操る程度の能力】か【風を操る程度の能力】だろうねぇ」

 にとりも同じ考えに至ったのか、肩をすくめながら言いました。
 まだ風を操っている所しか見ていませんが、なにしろあの雑さです。
 その分成長の幅があるという解釈もできますが、現状未熟であることは誤魔化しようがありません。
 今の彼は、自らの身を守る事さえ出来ないわけですし。
 ………そういえばそこらへんの問題もありましたね、彼には。

「とはいえここに、覚えた力を使える本家がいるワケですからね。扱う能力は決まっているようなものでしょう」

 最悪飛べなかったとしても、私の能力を使って飛べばいいんです。
 私は誇らしげに自分の胸を叩きました。
 しかしそんな私の正当な主張に、何故かにとりは苦笑します。
 なんですか、その嫌な笑顔は。

「……何か言いたい事があるんでしたら、どうぞ」

「いやいや、可愛い弟分が出来たようでなによりだと思ってね」

「それは馬鹿にされていると思っていいの?」

 何やら考え込んでいる久遠さんを軽く押して余所にやりました。
 事と次第によっては、弾幕ごっこに移行するのも辞さない覚悟です。
 にとりもそんな私の剣呑な気配に気づいたのか。冷や汗をたらして後退します。

「あ、あはは。仲よきことは美しきかな、って言ってるだけじゃないか」

「そうね。上から目線でそう言ってるだけよね」

 もちろんそれは、私がそういう態度嫌いなのを知った上でやっているのよね?
 ―――――分かったわ。表出なさい。
 私は爽やかな笑みを浮かべつつ、意志表示としてスペルカードを取り出す。
 ふふふっ、久遠さんには実戦を見る事で力の使い方を学んでもらいましょうか。

「やたっ、できたー!!」

「あやや?」

「おや?」

 にとりが苦笑しながらスペルカードを取り出したところで、居間の端に移動していた久遠さんが声を上げました。
 やけに大人しいと思っていたら久遠さん、何かしていたんですか。
 私達は同時にスペルカードをしまい、彼のいる端の方に顔を向けました。

「どうしました、久遠さん?」

「えへへー。見て見てー、名づけて『踊る蝶々』だよ!」

「なっ――――」

「へぇ……」

 無邪気に両手の間にある『ソレ』を見せつけてくる久遠さん。
 私はそれを見て絶句しました。

「最初は、氷の塊でも回してようかなーって思ったんだけど……やっぱ、遊び心は欲しいじゃん」

「ははは、なかなか面白い事考えるねぇ」

 覗き込むにとりに見せつけるよう、久遠さんは両手のなかにある『氷の蝶』を掲げます。
 稚拙で、左右の対象もとれていない氷像。
 だけどそれは、まるで命を与えられているかのようには羽ばたいています。
 無機物である氷の蝶を操っているのは、周囲を漂っている冷風。
 ……間違い、ない。

「久遠さん―――あなた」

「しゃ、射命丸さんどうしたの? 何だか顔が怖いですヨ?」

「能力を’併用して’使う事ができるんですか……」

「へっ?」

 冷気だけでも、風だけでもない。
 二つの能力を同時に使ったからこそ可能になった、『踊る蝶々』。 
 気づいていない。久遠さんは、自分がやったことの意味に。

「……どうなんですか? 答えてください」

「え? えーっと……で、出来るみたいだね。知らなかったけど」

 ……知らなかった?
 では、彼はどうして出来たというの?
 急激に体が強張っていく。
 警戒している。私が、先ほどまで『自分の身も守れない』と思っていた彼に。

「ちょっと文、睨み過ぎだってば」

「―――――えっ?」

「ごめんなさいごめんなさい、生まれてきてごめんなさい」

 あ、あやや。なんだか久遠さんがすっかり怯えちゃってますね。

「そんなに驚く事かい? アキラの能力なら、十分あり得ることじゃないか」

「……た、確かにそうですね。久遠さんの能力の特性上、想定できることです。すいません」

「はわわ、だ、大丈夫です。はい」

 改めて見てみれば分かります。氷の蝶は、騒ぐほどのものではありません。
 あの氷精でも、【冷気を操る程度の能力】単体で再現できるでしょう。
 あ、あややややや。

「……何で私は、あんなに驚いたんでしょうか」

「いや、知らないよ」

 そもそも元となる久遠さんの力が低いんですよね。
 もちろん、そんな彼が能力を併用したところで、驚くほどの結果なんて出るはずありません。
 非常識な能力だらけの幻想郷以外ででしたら、警戒すべき力かも知れませんけどね。
 ううっ、申し訳ない事をしたものです。
 おかげで久遠さんが、隅っこの方で蝶々遊びに逃避し始めてしまいました。

「でも確かにあの時、私の天狗としての勘に何かが引っかかった気がするんですよねぇ」 

「気のせいじゃない?」

「そうはっきり言われると否定できませんが……」

 まぁ、今は久遠さんの新しい可能性を改めて喜んでおきましょう。
 ……そのためにはまず、彼を隅っこから引っ張り出さないといけませんね。

「久遠さーん。さきほどは本当にすいません。だからいい加減……」

「閃いたっ!!」

「あ、あやや!?」
 
「おおっ!?」

 こ、今度は何なんですか?
 いきなり立ち上がった久遠さんの顔には、悪戯を思いついた子供のような笑みが浮かんでいるのでした。










「やっほー!! ふったりっともー!!!」

「…………」

「…………」

 にこやかに手を振る久遠さんに、私とにとりは呆然と手を振り返します。
 今度は、にとりも絶句しています。
 ですがそれも、当然でしょう。
 ―――軽やかに飛ぶ彼の姿を見れば、二の句をつげる事なんて出来ないはずです。

「驚いたね。あんな蝶々遊びからこんな飛び方を思いつくなんてさ」

「そう、ですね」

 空を舞う彼の背中には、氷でできた翼が生えていました。
 鳥の羽を模した’ソレ’は、久遠さんの起こした風を受け本物のようにはためいています。
 ――それにしても、早い。
 自重が無くなった彼の身体は、風の速さそのままに動く事ができるようです。
 ……まぁ、速過ぎると本人が加速に耐えられないようなので、速度は多少緩めているみたいですが。
 何も考えず最高速を出せば、天狗に匹敵する速さで動けるかもしれませんね。

「さっきの’警戒’の理由は、これかい?」

「……どうでしょう」

 私達の視線の先にいる久遠さんは、今だ呑気に飛び続けています。
 あの浮かれ具合、本人は全然気づいてないのでしょうね。
 彼の生み出した氷翼が、本人の錬度にあわない高度な出来栄えであるという事に。

「―――目的を限定した能力はより使いやすくなる、ね」

 【冷気を操る程度の能力】で生み出された氷の翼は、本物の羽と同じ役割を持たせるため、同能力で自在に形を変えています。
 【風を操る程度の能力】も同様です。久遠さんが飛翔する際の推進力として、また防護幕として機能しています。
 やや、風の方に与えられた役割が多い気もしますが。
 彼が元々持っていた『宙を浮く力』がある以上、飛ぶための力は最低限で済むのでしょう。
 それら全ての役割を組み合わせた結果が、あの氷翼なわけです。

「……だけど、口で説明する以上に扱うのは難しいはずよ。少なくとも、力を使うようになって一日弱の人間が出来るような芸当じゃないわ」

「出来たとしたら、そいつはよっぽどの’天才’ってことかな」

「’天才’ね……」

 確かに、そうかもしれません。
 彼は純粋な才能のみで、あの氷翼を生み出しました。
 それは’警戒’するに足る、確かな力です。
 ですが―――才能という言葉だけで片付けてしまって良いのでしょうか。

「本当に、ただの’天才’なのかしらね」

 おそらく、彼の過去に『八雲紫』が関わっていると聞いてからです。
 それまで無邪気だと感じていた笑顔を、空恐ろしいものだと思うようになってしまったのは。
 ……考えたくない。けど、考えてしまうのです。
 私は、とんでもない相手を助けてしまったのではないか、と。

「どかーん!!」

「あやや!?」
 
 突然、にとりに体当たりされました。
 彼女はぷんすかという擬音が聞こえてきそうなほど頬を膨らませ、私を睨んできます。
 ……軽い態度に見えますが、これは相当怒っていますね。

「文! あんたはそれでも新聞記者かいっ!!」

「――――っ」

「どんな情報だって平等に取り扱うのが、『真実一路』の文々。新聞なんだろ!」

「……いえ、私は裏の取れていない情報を使わないだけで、情報に貴賎はつけますよ? それに枕詞は『清く正しい』です」

「なのに情報を扱う側であるアンタが、偏見の目を持っちゃあおしまいだろ!」

「無視ですか、そうですか」

 ……まったく、好き勝手言ってくれますね。
 情報を全て平等に扱った日には、他の天狗と変わらない嘘だらけの新聞になるじゃないですか。

「いいですか、にとり」

「なんだい? 言いたい事があるなら聞いてやるよ」

「私は’清く正しい’射命丸。興味のある情報は隅の隅まで調べ尽くす、幻想郷一のブン屋ですよ?」

「自称だけどね」

「そんな私が、ただの推論だけで相手を疑ってかかるような失礼な真似、するわけないでしょう!」

「……無視かい」

 胸を張って、はっきりと宣言します。
 そう、私はまだ彼の事をほとんど知らないんです。
 彼の力の由縁も、笑顔の意味も。
 知らないモノを知らないままにして、結論だけを出そうとするなんて……なんとも、愚かな事です。
 ゆえに。

「久遠さんの秘密は、この射命丸文がズバッと解き明かせてみせますよ」

「ふふふっ……そうかい」

 笑顔のにとりから視線を逸らし、苦笑します。
 ……まぁ、今回は素直に感謝しておくことにしましょう。
 例えどんな結果が待っているとしても、私は彼から目を離してはいけないんです。
 それが彼を助け、約束を交わした『射命丸文』の責任なんですから。
 私はくるくると螺旋を描きながら墜落して行く久遠さんを見つめながら、ニヤリと笑いました。
 ……えっ? 墜落?

「あ、あやややや!? 久遠さぁーん!?」

「ア、アキラぁー!?」

 私は風を纏い、超高速で落ちてくる久遠さんを受け止めに飛んでいきます。
 ――――後日知った事なんですが、この時の久遠さんは背後の冷気を垂れ流しにしていたそうです。
 ははは、アホですか貴方は。そりゃ身体も冷えて動けなくなりますって。
 

 ……あやや、これは別の意味でも、目を離せなくなりそうですよ。
 



[8576] 東方天晶花 巻の九「親しき仲にも礼儀あり」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:53
巻の九「親しき仲にも礼儀あり」




 僕が幻想郷に辿りついて、早くも四日が過ぎようとしていた。
 空を飛べるようになってからは……二日か三日かな、正確な時間はさすがに数えていない。
 その間、僕はずっとにとりの工房周辺で飛ぶ練習をしていた。
 ……アイディアは良かったんだけどなぁ。
 我ながら会心の出来だと自負している氷翼は、思わぬ弱点を抱えていたのだった。

「あー、しんどかったぁ」

「ふふふっ、お疲れ様です」

 射命丸さんがお茶を持ってきてくれる。
 肩を叩きながら、僕は暖かな湯気を出す湯呑を受けとった。

「久遠さん、あの翼の『欠点』は修正出来たんですか?」

「うん。一応ね」

「それは良かったです。時間制限付きの移動方法なんて、危なっかしくて使えませんものね」

「ははっ、だよねぇ」

 氷翼の欠点、それは「冷気」だ。
 ただでさえ高度と速度の関係で身体が冷えると言うのに、翼からも冷気を垂れ流されたらそりゃ長時間使えないさ。
 よって僕は冷気を自分以外のところへ排出するよう、氷翼を改良しようとしたんだけど……。
 あまりにはっきりとした形で生み出された幻想の翼は、新たな変化をさせ辛いという思いがけない短所を持っていたのだ。
 まぁ、考えようによってはちょっとやそっとじゃブレない強固な翼であるという長所にもなるんだろうけど。
 冷気の逃がし道を作るのにだいぶ時間がかかったのはやっぱりいただけない。

「とはいえ、まだ改良点はあるんでしょう? 練習あるのみですよ」

「………うぐぅ」

 まったくもってその通りです。
 ああっ、僕の素敵な幻想郷ライフがまた遠ざかって行くぅ。
 また空の上から幻想郷の景色を眺めるだけの日常が始まるんだね。

「まぁ練習する範囲は、もう少し広げてもいいと思いますけどね」

「え?」

「ですから、翼の欠点も治ったことですし、もっと遠くに……」

「射命丸さん愛してる!!」

 仕方ないという感じで微笑む射命丸さんに抱きついた。
 優しい、さすが射命丸さん優しい。

「ちょ!? 久遠さん落ち着いてくださいっ。ああ、そんな頬を擦りつけてこないで」

「もっと遠くへいっける~♪ うっれしいなったらうっれしいなぁ~」

「変な歌を歌わないでくださいよ、夜雀じゃあるまいし! あうっ、顔が近いですよ!?」

「……楽しそうだねぇ」

「そ、そんなわけないじゃないですか! いいから助けてくださいよっ、にとり!!」

「顔真っかだよ?」

「にぃ~とぉ~りぃ~!!!」

 にとりが風呂場から戻ってきたみたいだ。
 この工房には、何と外の世界と同性能の湯沸かし器が置いてある。もちろんにとり作の。
 原理は違うみたいだけど、様々な発明をする工房では意外とこの湯沸かし器は重宝しているらしい。
 いちいち沸かさなくてもお湯が手に入るっていうのは、やっぱり便利な事なんだね。と、外の世界の利便性を再確認したものだ。
 ……む、つまりそれは。

「はいはい、離れた離れた。お風呂沸いたよ」

「……沸いたの?」

「沸いたよ」

 射命丸さんから離れて、にとりと向き合う。
 互いの空気が張り詰めていく。

「さ、アキラ。一緒に入ろう」

「入りません」

「背中の流し合いっこしよっ」

「流しません」

「入ろ」

「やだ」

 満面の笑顔を浮かべあって、僕とにとりは対峙する。
 にとりは友情を深めあうため、一緒のお風呂に入りたいのだという。
 彼女は、男女の違いを大して気にしていないのかもしれない。
 どうも異性に対する恥じらいというヤツが、ちょっと薄いような気がするんだ。
 射命丸さん曰く、人見知りはするけど身内には遠慮がないんだとの事。
 つまり僕は、男である前に身内であると言っているのだ。……嬉しいような、切ないような。
 そういうわけで、僕がここに泊まる事になってからほぼ毎日、このやり取りは続いている。

「入ろ」

「やだ」

「入ろ」
 
「やだ」

 お互いの要求をぶつけていくだけのやり取りが続いていく。
 この三日間、僕とにとりはお互いの倫理観や価値観に基づいて様々な交渉を行った。
 交渉というのはお互いの目的から妥協点を探し出し、双方できる限り得をしようと考える取引の一種だ。
 ……そう考えると、この交渉が最初から成立しない事は明らかだった。

「入ろ」

「やだ」

「入ろ」
 
「やだ」

「入ろ」

「やだ」

 どちらも妥協しないと理解してから、僕たちは理屈で相手をねじ伏せるのを止めた。
 後はもう、意地の張り合いだ。
 どちらが先に折れるか。これは、そういう戦いなのである。
 ……負けるわけにはいかない。
 この戦いには、男の子としての意地がかかっているんだ。
 例え相手がそんな事を気にしないとしても――いや、しないからこそ余計に負けられない。
 なぜなら僕は男の子だからだ。
 例え、以前男のクラスメイトに「お前って……意外と可愛いよな」とか真顔で言われたとしても。
 クラスメイトがいつの間にか学園祭のミスコンに僕の事を応募していた上に、あっさりと予選通過をしていたのだとしても。
 悪ノリで着せられたゴスロリ服でそのミスコンの本選に参加させられ、前回チャンピオンや他の参加者達に二倍近い差をつけて優勝したのだとしても。
 高校進学後の始業式で、教師に「何でお前は男子の制服を着ている」とマジな顔で言われたとしても。
 あくまで僕は男の子なのだ。
 ……男の子なんだもん。

「……どうしたのさ、アキラ」

「なんでもない」

 ちょっと泣けてきた。ちくしょう。

「ならいいや。入ろ」

「いや」

「入ろ」

「やだ」

 ちなみに、ここ三日は全て引き分けという事でお互い別に入っている。
 僕の勝ちではないところがポイントだ。
 流れとしてはこんな感じ。


 言い合う僕とにとり、お互い一歩も引かない。

 ↓
 
 呆れた射命丸さんが先に入る。やっぱり言い合っている僕ら。

 ↓

 お風呂に入っている射命丸さん。意外と長風呂。そして言い合っている僕ら。

 ↓

 出てくる射命丸さん。胸元が軽く開いたシャツから覗いて見える胸元とか濡れた黒髪とかしっとりとしたうなじがエロい。しつこく言い合っている僕ら。

 ↓

 ようやく仲裁に入る射命丸さん。諦めて風呂に行くにとり。僕が後なのはにとり突貫を防ぐため。


 ……いや、やっぱり僕勝ってない?
 にとりの「今日のところは引き分けにしとくよっ」という言葉に何となく納得してしまったけど、これ引き分けじゃないよね? 

「入ろ」

「やだ」

「入ろ」

「やだ」

 まぁいいや。
 とにかく、今日の我慢比べにも負ける気はない。
 男の子の意地と、誇りと、生理現象にかけて。特に生理現象。
 ……あれは、自分の意思で制御できないという意味では邪気眼よりタチが悪いよね。

「入ろ」

「やだ」

 意地の張り合いは続いていく。
 かなり不毛だと思うけど、お互い相手を納得させる絶対の理屈を持っていないのだからしょうがない。
 どうにかならないかな。僕、だんだんと疲れてきたよ。
 いやいや、ここで諦めちゃ相手の思うつぼだ。
 負けるもんか。絶対に負けない。何でこんなに負けたくないのか忘れそうだけど、とにかく負けたくない。

「………ううっ」

「ん?」

「もう我慢の限界だぁーい!!」

 先に根負けしたのはにとりだった。
 四つ角の怒り記号が見えるかのように、彼女はプンスカと怒りだす。
 ……ふっ、今度こそ勝った。

「こうなったら力づくだよっ!」

「あ、あれ?」
 
 彼女の両手が、僕の体を掴む。
 あ、そっちのベクトルにプッツンしちゃったんですか?
 しまった。そうなると僕に対抗手段はない。
 そしてにとりは勢いよく、僕を風呂場に向かってブン投げた。

「は、はわわわわわわわわわっ!!?」

 ちょっ、いくら力づくでも限度ってもんがあるよっ!?
 この勢いで壁面に叩きつけられたら、最悪死ぬて。

「くっ、風よ集まれっ!」

 風を全身に集めて、一気に減速する。
 未だに単体だと上手く扱えない他人の能力だけど、今回は思ったとおりに動かせた。
 脱衣場の扉のギリギリ手前で停止する。

「セ、セーフ……」

「甘いっ!」

「ちょうようかいだんとうっ!?」

 追撃で体当たりをくらい、吹っ飛ぶ僕とにとり。
 もはや手段を選んでないっ!?
 そのまま、扉を破壊して脱衣場へとなだれ込む。
 きょ、強硬手段にもほどがあるっ。

「あぐっ!?」

「ふっふっふ~、覚悟しろー」

 馬乗り状態のにとりが、僕の上で手をワキワキしながら笑っている。
 ……この状態で風呂に入れと言うのですか、貴方は。

「にとり、河童は服を着て風呂に入るの?」

「へ? 何言ってるのさ。そんなわけないだろ」

「だよねぇ」

 だったらどいてもらえると嬉しいんですが。
 このままだと、服も脱げません。
 いや、一緒に入る気はないんだけどさ。

「ほら、だから」

「………なんですか、その手は?」

「さっ、ぬぎぬぎしようねぇ~」

「はわわわわ!?」

 そういって微笑む彼女の手が、僕の服に……って、わー!? わーっ!?
 ぬ、ぬぬぬ、脱がされる!?
 僕は必死に抵抗するが、河童の腕力にはとても対抗しきれない。
 にとりからは邪気みたいなものは感じられないので、変な意味がないことくらい僕も分かっちゃいるんだけど。
 だけど僕自身が無理っ! 邪念満載でごめんなさい!! でも男なら無理だからっ!

「あっ! あっちでウォーカーギャリアーがICBMボムを担いでギャグ走りしてるっ!!」

「何それ!? 超気になるっ」

 僕の指差した方角を、勢いよく振り向いたにとり。
 自分で言っといてなんだけど、何一つ分からないであろう単語に引っ掛かるのはどーよ。
 それとも、河童の本能が僕の単語に含まれたメカ臭に引き付けられたとか?
 どちらにせよ、チャンスである事には変わりない。
 
「いまだっ」

 咄嗟の隙をついて彼女の下から抜け出す。
 そのまま風の力と宙に浮く力を合わせて使い、滑り込むように風呂場に逃げ込んだ。
 扉を閉め、追撃を封鎖して逃走完了。

「ふぅ、何とかなった」

 ……まぁ、力づくで壊されたらおしまいだけど。
 さすがのにとりでも、ここまで逃げ込まれたら諦めるよね。
 僕は流れる汗を拭きとるように額を腕でこする。
 ううっ、風呂が沸いているせいで湯気が凄い事になってるや。

「服着ていると蒸すなぁ。ちょっと冷やそう」

 体の周りに冷気を流すと同時に、周囲を覆っていた湯気が晴れていく。
 曇っていた視界が晴れるとそこには―――――お風呂に肩までつかっている射命丸さんがいた。

「………あれ?」

「…………」

 あれれー? 何でこんなところに天狗様が?
 あっちも僕がいるのは予想外だったのか、同じような顔でこちらを見ている。
 人間は突発的な事態に追い込まれると現実逃避するか思考停止するかの二種類に分かれると聞いていたけど、妖怪も同じだったんだ。
 さしずめ、僕が前者で彼女が後者と言ったところか。
 さて、何でこんな事になったのだろう。ちょっと考察してみようね。
 えーっと、普段の流れ的に考えると……。


 言い合う僕とにとり、お互い一歩も引かない。

 ↓
 
 呆れた射命丸さんが先に入る。やっぱり言い合っている僕ら。

 ↓

 お風呂に入っている射命丸さん。意外と長風呂。そして言い合っている僕ら。 ← 今ここ。


 ああ、納得。そういう事ですか。
 いつものノリで僕らを放置し、射命丸さんはお風呂に入ったのだろう。
 だけど今回は、プッツンしたにとりが強硬手段に出たわけで。
 結果、こうして僕らはハチ遭わせしたという。

「なるほどぉ! あはははははー」

「……何が、おかしいんですか」

「い、いえそのっ」

 僕が笑いだすと同時に、射命丸さんも動き出す。
 顔の下半分まで湯船の中に隠し、ブクブクと泡を立てて抗議する射命丸さん。
 ……お湯は乳白色か。残念。

「………ぶくぶく」

「ごめんなさい」

 今、確実に「ぶくぶく」という擬音に殺意がこもっていたよ。
 発言はしていないけど、全てを察されたっぽい。

「と、とにかく、これはわざとじゃないわけで……」

「ぶくぶく」

 ああ、責めるような視線が「早く出て行ってください」と告げているのが分かる。

「分かりました。それじゃ、僕も出ていきま……」

「どっかーん!!!」

「ぶくぶくっ!?」

「はわわっ!?」

 背後から衝撃が加えられる。
 散らばる木片と一緒に前方に押し出される。
 間違いない、にとりだ。まさか、ここまで力づくにされるとは。
 というか僕まで吹っ飛ばされてるじゃないですか。

「あぶふっ!?」

「ぶくぶ……きゃあ!!!」

「―――おや?」

 思いっきり吹っ飛んだ僕は、頭から湯船に突っ込んだ。
 当然、その先には射命丸さんがいるわけで……。
 ……なんだろう。この視界を覆う肌色は。

「あやややや! 久遠さん何やってるんですか!!」

 何もしているつもりはありません。私は巻き込まれただけです。

「おおっ、仲良いねぇ二人とも。そんなに抱きあって」

「抱き合ってるんじゃなくて、彼が私の胸に顔を突っ込んでいるんです!」

 状況説明ありがとうございます。感触しか分からないのが残ね……もとい、せめてもの救いです。

「久遠さんも、早く立ち上がって……って、湯船が凍ってますよ!?」

 あー、そういえばさっきから、冷やすために能力使いっぱなしにしていたっけ。
 やたらと身体が安定しているのは、湯船が凍って固定されているからか。

「さ、さささ、さむっ!? 寒いですよ久遠さん。後、吐息が胸にあたってます! どいてくださいっ」

「……いいなぁ、文は一緒にお風呂入れて」

「この状況を見て出てくるセリフがそれですかっ!?」

 ちなみに、幸せそうに見える僕の状況ですが、実はだいぶ辛いです。
 氷の拘束具で体がどんどん冷えていくし。そもそも呼吸がしにくいわけですし。
 …………あれ? 僕密かに死ぬピンチ?
 いかんっ! このままだとマジでヤバい!!
 とはいえ冷気を止めても意味は無いし、どうすれば。

「いい加減にぃ……してくださいっ!!!」

 どかーんと破裂音がして、凍っていた湯船が吹っ飛んだ。
 さすが女の子に見えても天狗。氷の塊程度じゃ動きを止める事すら出来ないとは。
 同時に僕も吹っ飛ばされ、風呂場の床に尻もちをつく。
 た、助かったぁ。

「まったく、久遠さんもにとりも、いい加減に」

「あちゃー」

「は、はわわっ」

「へ? どうしまし……た」

 再び硬直する射命丸さん。
 そりゃあ、全裸で仁王立ちなんてした日には固まってしまうでしょうね。
 あ、大丈夫。僕は見てないよ? とっさに視線を逸らしたから。
 ………ごめんなさい、ちょこっとだけ肌色の部分を見てしまいました。いや、はっきりではないよ?

「あ、あ、あああ―――」

 分かる。見てもないのに、真っ赤になっている彼女の顔が容易に。
 しかし下手な事は言えない。
 今の彼女は破裂寸前まで空気をためた風船みたいなものだ。口にする内容次第では……。

「文……もうちょっと恥じらいを持とうよ」

 あ、アウト。
 君にそれを言われちゃあ……。

「う、ううう、うわぁぁぁぁぁぁあああああああああん!!!!!」



 ―――――――塞符「天上天下の照國」



「どひゃああああああああ!?」

「う、うへぇぇえええええ!?」

 射命丸さんのスペルカードで、風呂場ごと僕らは華麗にすっ飛びましたとも。





 ……当然の話だがその後、にとりが一緒にお風呂に入ろうと言う事はなくなった。


 



 





おまけの落書

○フルカラー久遠 晶(服適当、氷翼装備)
( http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/akira.jpg )
○在りし日の晶(ミスコン編)
( http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/arisihi.jpg )



[8576] 東方天晶花 巻の十「身から出た錆」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:53
巻の十「身から出た錆」




「ふんふふん、ふふふふふ~ん、ふふふ~♪」

 空が飛べるようになって調子に乗っている男、久遠晶です。どうもこんにちは。
 現在僕は、歌いながら幻想郷の空を飛び回っております。
 なに、下手くそ? ふふぅん、今日の僕は何を言われても平気なんですよ。
 何故なら――――

「遠出だ、と・お・でっ!!」

 にとりの工房周辺までしか許されていなかった僕の行動範囲が、このたび広がったからです。
 まぁ、あんまし遠くに行きすぎたらダメだと念も押されはしたけどね。
 大丈夫、大丈夫。僕だって反省と学習はするんだから。

「もう、この前の『そうなのかー』みたいなのに追われるのは勘弁だもんねー」

 よって学習した僕は、安全に近くの風景写真を撮る事にしました。
 うん、これなら安心だよね。
 そのために、にとりから一時的にデジカメも返してもらったし。
 持ってきた折りたたみ三脚までつけて、ちょっとしたプロ気分だよ!
 ……我ながら、だいぶテンション高いなぁ。

「やっぱ空を飛べるっていうのは気持ちがいいよねっ!!」

 その原因は何なのかといえば、やはりソレになるのだろう。
 この氷翼が出せる速度は、まさしく驚愕の一言に限る。
 射命丸さんでさえ、「幻想郷でもベスト5に入れる速さかもしれない」と褒めてくれていた。
 そのあとで、僕が使いこなせるという前提があれば、とは言われたけれどね。

「っと、そろそろ降りようかな」

 あんまり飛ばし過ぎて、変な所に辿り着いたらこの前の二の舞だ。
 僕はゆっくりと速度を落としながら下の森へと降りる。
 鬱蒼と茂った森は、数日ぶりだというのにどこか懐かしい感じがする。
 何と言うか、やけに感慨深い気がするような。
 ―――――あれ? ここって。
 
「……妖怪の山周辺の森じゃ、ない?」

 にとりの工房がある妖怪の山周辺の森は、天狗や河童の縄張りが近くにあるせいか他の場所と雰囲気が違っている。
 張り詰めているというか、澄んでいるというか。とにかく、身の引き締まる空気が常に漂っている場所なんだ。
 そしてその空気は、今この場所には無い。

「あらら~、これって」

 調子に乗って飛び過ぎたのかな。
 歩いている時とは移動の感覚が違うから、距離を測り損ねてしまったのかもしれない。

「………………まぁ、いっか」

 大丈夫。まだ「遠く」までは行ってない。
 そう結論づけた僕は、背負ったリュックから三脚とデジカメを取り出そうとして……。
 ―――とんでもない奴と、再会するはめになってしまった。

「あーっ! この間の人間だぁーっ!!」

「ち、チルノー!?」

 僕のトラウマ、『お転婆妖精』チルノさん。
 そうか、道理で覚えがあると思ったら……ここは、彼女と出会った所だったのか。
 つーかチルノ、僕の事忘れてないじゃん。射命丸さんの嘘吐きー!!
 彼女は、嬉しさが零れ出ているような満面の笑顔で近づいてくる。
 僕はそれに対し氷翼を立て――――いつでも逃げられるよう身構えた。
 いや、これはアレだよ? 無駄な戦いを避けようとしているだけだよ?

「なーんだ。アンタがあの時、突然いなくなったのはそういうワケだったの」

「へ? 何が?」

「ごまかしちゃってー。へへへ、あたいに憧れてそんなものまで用意したんだ」

「……憧れて?」

「もうっ! その背中の羽だよっ!! どー考えてもあたいの真似っこじゃん!」

 へ? これっすか?
 いやいや、これは現状持ちうる手札で可能な最高の飛行能力を検討した結果の形であって、チルノとはなんの関係もないんだよ?
 そもそも君のプロペラントタンク六つくっつけたような形した氷の羽の、どこらへんを参考にしたというのさ。
 僕の羽、どうみても鳥類の翼だよ? 氷しか接点ないじゃん。

「分かったわ! アンタの意思がそこまで硬いなら、アンタをあたいの子分にしてあげるっ!!」

「いや、僕はそういうつもりは……」

「その前に、あたいの子分にふさわしいかどうかテストさせてもらうわねっ」

 オゥ、シット。聞く気ナッシングですか。
 彼女が三枚のスペルカードを構える。弾幕ごっこ開始前の宣誓だ。
 ……これは、逃げられそうにない雰囲気だね。

「ええいっ、上等! こうなったらやってやろうじゃないかっ!!」

 観念して、僕もスペルカードを取り出す。
 現在手持ちにあるカードは三枚、それらは全て、この五日間で何とか形にしたものだ。
 そのうち二つは、チルノと射命丸さん、それぞれから覚えた劣化スペルカードなんだけど。
 それはまぁ、しょうがないだろう。むしろ、この五日でオリジナルのスペルカードを一枚考え付いた事を褒めてほしい。
 ……どうせなら、数合わせでもいいから五枚用意しておけばよかったかなぁ。
 スペルカードは使い切っても負けになるしね。

「良い覚悟だわっ! あたいの最強っぷりをその身に……ええと」

「『その身に教えてあげる』……前もつっかえてたよね」

「おおー、その通りよ! さすが子分、ないすふぉろーだわっ!!」

 ……あの、これってその子分になるための試験ですよね。
 少し頭が痛くなってきた。やっぱり妖精はちょっとオツムが弱い。

「もんどーむよう! さぁ行くわよぉー!!」

 確かにチルノの言うとおり、問答してた方がキリがない。
 本人はそんな意図で言ったわけじゃないだろうけど、素直に弾幕ごっこやってた方が百倍マシだ。
 なら、先手必勝。速攻でカタをつけるっ!

「それじゃ、先にこっちから行くよ!」



 ―――――――幻想「ダンシング・フェアリー」



 両手を突き出すとともに、スペルカードが発動する。
 僕の両手に、風が集ま――――らない。

「……あれ?」

 な、なんでウンともスンとも言わないの?
 確かに、構想八時間のうち名称決定に七時間半ほど費やしちゃったワケだけど、内容も一生懸命考えたんだよ?
 あー、そういえば…………。





『久遠さん、絶対に氷翼を出しながら弾幕ごっこをしないでください』

『それは僕に死ねと言っているんですか、射命丸さん。空飛べなきゃ僕なんて良い的なんですが』

『あー、違う違う。そうじゃないんさ、アキラ』

『…………と、いうと?』

『氷翼は、【冷気を操る程度の能力】と【風を操る程度の能力】に、限定的な役割を持たせる事で成り立っているモノです』

『限定させてあるからこそ、アキラの翼は複雑な機構を再現できているんだよね』

『それじゃあ……その状態で二つの能力のどちらかを使ったら』

『いえ、恐らくは’使えません’よ。冷気も風も、翼の維持に回していますからね』

『そ、だからこその注意さ。スペルカードが使えなかったら、そもそも弾幕ごっこにならないだろう?』

『……了解。肝に銘じておく』


 


「――――――――――――――――――――――あちゃあ」

 やっちゃった☆
 と、とにかく、氷翼を解除してっ。

「スキャパレリー!」

「だから意味わからんて!?」



 ―――――――凍符「マイナスK」



「ぎゃぼーーーーーーーーっ!?」

 氷の弾幕が全てヒットする。
 ……これが、僕の初撃墜の瞬間でした。










『飛べる、飛べる、僕は飛べる……』
 
 あれ? 何だこれ。
 どこかで見たようなちびっ子が、やっぱりどこかで見たような家の屋根でブツブツと何か言っている。
 危ないよ、君。落ちたら死ぬって。

『……こわい』

 ほら、そうでしょ?

『やっぱりこわくないっ』

 どっちやねん。
 男の子はぶるぶる震えながら気丈に空を睨みつける。
  
『げんそーきょーでは、皆飛べるのが当たり前なんだっ』

 そういって彼は………ってあれ、誰かと思ったら僕じゃないか。
 何故か客観的な視点になっていたため分からなかったけど、屋根の上にいる少年は間違いない、八年前の僕だ。
 ……という事は、これって回想シーン?
 そういえば、昔幻想郷への憧れが最高潮だった時にしたよなぁ、こんなこと。
 結果、アバラを三本折ったわけですが。

『で、でも、飛ぶのは難しそうだから、まずは浮くことから』

 どういう妥協の仕方だ、それは。
 幼い頃の黒歴史が蘇ってくる。
 屋根から飛び降りようとしている時点で相当難易度が高い事に、何で当時の僕は気づかなかったのだろうか。

『浮ける、浮ける、僕は浮ける』

 痛い痛い、結果が分かっているだけに余計痛々しい。

『と、とりゃあー!』

 良く分からない覚悟を決めた僕は、屋根から飛び降りた。
 そしてこのまま地面に叩きつけられて、爺ちゃんを泣かせる事になるのだ。
 ああ、正直この先は見たくないです。飛ばしてもらえませんか?

『や、やったー!!』

 ――――――え?
 何故か、記憶と回想がズレ始める。
 記憶の中の僕は、無様に地面に落ちていたはずなのに。
 目の前の僕は、ふわふわと宙を浮いている。
 ……どういうこと?
 僕が浮けるようになったのは、紫ねーさまと出会った中学生頃の話だ。
 それまでの僕は幻想郷があることすらも知らなかった、ただの幻想好きな男の子だったはず。
 なのに、何で。

『……あれ? ど、どうやって降りるの、これ?』

 僕の戸惑いもお構いなしで、回想は事実を変えたまま進んでいく。
 宙を浮いたまま降りられなくなった僕は、パニックに陥ってしまったようだ。
 それを聞きつけた爺ちゃんも家の中から出てくるが、どうしていいか分からず呆然としてしまっている。

『うぅ………うわぁぁぁあああああん』

 ああ、ついに泣き出してしまった。
 だけど確かにこれは泣くよ。屋根の上と同じ高さに浮いているんだもん。
 手の届かない所で泣きだした幼い僕を見て、爺ちゃんも慌て出す。
 どうなってるんだろう? 自分の過去であるはずなのに、これから先の事が全然分からない。

『……ふふふっ、泣くのはおよしなさい』

『ふぇ?』

 泣いている僕の真横に、空間に線を引いたような裂け目が生まれる。
 生き物の口にも見えるその裂け目は、割り込むようにその隙間を広げていく。
 やがて、空間に不自然な間が出来あがると同時に、今度は怪しげな魅力を纏った美しい女性が現れた。
 僕は知っている、その人を。
 紫色のドレス、白い日傘、特徴的な帽子。
 僕が’数年後に初めて出会う’はずの妖怪。――――八雲紫。

『泣かないの。男の子でしょう?』

『……あぅ? お姉さん、誰?』

『ふふふ、そうねぇ』

 彼女は幼い僕を抱きしめて、優しくあやす。
 知らない。こんな過去、僕は知らない。
 いったい僕は、何を見ているんだ。

「……少し、ここに来るのは早かったわね」

 突然、八年前の僕を抱きかかえていた紫ねーさまの顔がこちらを向く。
 その妖艶な笑みは、しっかりといないはずの僕を見据えている。
 
「紫ねーさま。ここはどこなんですか?」

 彼女が僕という「意識」を見つけたせいだろうか。見ているだけだった僕の口から、言葉が漏れるようになった。

「どこでしょうね」

「……ここは、僕の過去なんですか?」

「どうでしょうね」

 どうしよう。さっぱり要領を得ない。
 ねーさまはあやふやな、答えとも言えない返事しかしてくれない。

「分からなくていいのよ。今は、ね」

 彼女の手が、見えない僕の頬をなぞる。
 自分とそれ以外の境界がぼやけていくような、不思議な感覚。
 何が起こっているのか分からない。
 ただ、もう僕がここにいられない事だけは何となく理解できた。
 
「それじゃあ、’またね’」

「……はい、’また会いましょう’」

 最後に紫ねーさまと挨拶を交わして、僕の意識は一気に薄れていった。
 そして彼女もまた、過去の映像に戻っていく。

『私はね………』

 続いていく知らない回想を遠くに眺めつつ、ついに僕の意識は完全に途切れるのだった。










「―――んっ」

 意識が晴れると、そこには見知らぬ天井が広がっていた。
 ……天井? 屋外にいたのに?

「どこだ、ここ?」

 上半身を起こして周囲を確認する。
 どうやら僕は、誰かの家のベッドに寝かされていたらしい。
 全てがアンティークだと言われても信じてしまいそうな、この洋風の部屋に見覚えはない。
 ……何がどうなっているんだろう。

「うぐっ、あ、頭が痛い」

 寝覚めが悪かったせいか、締め付けるような頭痛が無秩序に襲いかかってくる。
 まぁ、仕方のない話だよね。あんな夢を見せらたら。

「なんか脇腹も痛くなってきた気がするっす……」

 恐るべし過去のトラウマ。
 よりにもよって、アバラを三本も折るはめになったあの事件の夢を見るなんて。
 爺ちゃんを心配させた以上の事は’何も無かった’というのに、未だに僕の脳みそはこの黒歴史を忘れようとは思わないらしい。
 自分の記憶力に軽い殺意を覚えるね。

「あら、気がついたの」

「ん?」

 部屋の奥の方から、金髪の少女がティーセットを’連れて’現れた。
 青いワンピースに白いケープを羽織った彼女は、射命丸さんやにとりとは違い、西洋風の意匠で全体を統一している。
 一言で表現するなら、「西洋人形」といったところだろうか。
 幻想郷は、欧州系の住人も平気で受け入れているらしい。
 分かっていたけど、節操無いよね幻想郷。
 
「はい。蜂蜜入りの紅茶よ、甘いものは平気かしら?」

「えーと、甘いものは大好物だけど」

「そう、良かったわ。身体を温めるには丁度良いから、遠慮せずに飲んで」

 ティーポットから紅茶が注がれる。
 蜂蜜特有の甘い匂いが部屋の中に広がっていく。
 そういえば僕はチルノに氷漬けにされたわけだから、身体もそこそこ冷えているはずなんだよね。
 なのに全然元気なのは、やっぱり僕の持つ【冷気を操る程度の能力】のおかげなのだろうか。
 ま、助かったからどうでもいいか。
 ……それよりも気になるモノが、今目の前を飛んでいるわけだしね。
 
「シャンハーイ」

「あ、どうもありがとう」

 わざわざティーカップを持ってきてくれた’人形’に礼を言って、カップを受け取る。
 先ほどからティーセットを運んだり、紅茶をいれたりしてくれたのも彼女(?)だ。
 金髪の女性は先ほどから当たり前のように人形を行使しているため、ツッコミを入れる事は出来なかったけれど。
 これって、明らかにおかしいよね。

「ねぇ、ちょっといいかな」

「何かしら」

「その、ここまでもてなされて今更こんな事を聞くのもアレなんだけど……君、何者?」

「……そういえば、名乗っていなかったわね」

 僕の失礼な質問にも、彼女は怒った様子を見せない。
 むしろ当然だと言わんばかりの態度で、軽く一礼して彼女は僕に名乗った。

「私は『七色の人形遣い』アリス・マーガトロイド、世間一般的な言い方に倣えば―――魔法使い、という事になるわね。よろしくお願いするわ」

「はぁ、どうも。久遠晶です」

 よろしくと言う割にはあまり親愛の情を感じない彼女の挨拶に、僕は気の抜けた返事で答えた。



 ……相手が魔法使いだってくらいじゃすでに内心で驚く事もなくなったようだ。まったく、慣れって怖いよね。





[8576] 東方天晶花 巻の十点五「親の心子知らず」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:53

巻の十点五「親の心子知らず」





※注意! この閑話では、射命丸の世話焼きお姉さんっぷりを意図的に強く表現しています。
       そういった表現が不快な人は回れ右して戻ってください。















にとり「さてさて、この『こんぱくとぷりんたぁ』はどんな構造しているのかなぁ」

文「ただいま戻りました! 清く正しい射命丸ですっ!!」

にとり「おや、おかえ」

文「久遠さんは!?」

にとり「………まだ帰ってきてないけど?」

文「なっ、なにをのんびりしてるの!? にとり!」

にとり「何がさ」

文「今すぐ、久遠さんを探しに行かないと!」

にとり「いやいや、何でそうなるのさ。少し落ちつきなって、文」

文「私は冷静よ!!」

にとり「どこが冷静なんだか。まだ日も落ちてない内からアキラの心配をしてどーするのさ」

文「そんな事はないわ。久遠さんは、僅かな話し合いの最中に行方不明になれるほどのうっかり屋さんなのよ」

にとり「……確かに、アレはたまげたけど。さすがにアキラも学習したって」

文「いいえ、してないわ。彼はそういう顔をしてたもの」

にとり「どんな顔なのよ、それ?」

文「宝物を前にした黒白みたいな顔」

にとり「……何?」

文「あれ、にとりはあの魔法使いのこと知らないの? 今の巫女と一緒に結構な異変を解決してるんだけど……」

にとり「そういう話に興味はないねぇ」

文「文々。新聞にも掲載したのよ? まったく、ちょっとは読みなさいよ」

にとり「気が向いたらね。だけど、文の言いたい事は分かった。つまりアキラは、私らの忠告を右から左へと聞き流したって言いたいんだろ?」

文「……さすがにそこまでは言ってないわよ。まぁ、似たようなモノだとは思っているけどね」

にとり「似たようなもの?」

文「なんて言うかね。私達と彼の『危険』の認識が、思いっきりズレている気がするのよ」

にとり「あー、なるほど」

文「あの人はもう、本当に警戒心ってものが無いんだから」

にとり「確かにそうだね。……だけど、そこらへんも踏まえた上で遠出の許可を出したんだろう?」

文「うぐっ」

にとり「ま、今のアキラなら大丈夫じゃないの? 全力を出せないとはいえ、あの速さに追いつける妖怪なんてそうそういないでしょう」

文「………………そう、なんですけど」

にとり「何さ」

文「久遠さんの事だから、うっかり弾幕ごっこに応じちゃうとかありそうじゃない」

にとり「えーっと……あはははは」

文「そのまま、うっかり氷翼出しっぱなしにした状態でスペカ使おうとして、発動せずにピチュられるとかもありそうでしょ」

にとり「そ、ソンナコトナイトオモウヨ?」

文「……ちょっと私久遠さん探してくるっ!」

にとり「ストップ文! ありえないと否定できなかった私が言うのもあれだけど、ちょっと過保護すぎだって!!」

文「――――か、過保護? 私が?」

にとり「そうだよ。アキラだって全て承知で幻想郷を旅しているんだ。あくまで協力者の私らがアレコレ言い過ぎるのも良くないだろ」

文「確かににとりの言うとおりだけど……」

にとり「文の心配する気持ちもわかるけどさ。とりあえず日が落ちるまではここで待ってようよ」

文「………そうですね。そうしましょう」

にとり「ところで、取材はどうだった?」

文「ま、おおむね好調ですよ。今回はいい新聞が書けそうです」

にとり「へぇ~(……前も聞いたなぁ、おんなじセリフ)」

文「ふふっ、コメンテーターとして参加したにとりの注目も、これでぐぐーんとアップですっ!」

にとり「ほほぉ~(目立つのは嫌だけど、多分何も変わらないだろうからほっとこう)」

文「気のせいかしら。感嘆の声の裏側に何か黒いものが」

にとり「気のせい気のせい」

文「ならいいけど。……そうね、今のうちに新聞の記事でもまとめておきましょうか」

にとり「じゃ、私は『こんぱくとぷりんたぁ』の解析を続けるよ」

文「……うーん」

にとり「(カチャカチャ)」

文「…………(そわそわ)」

にとり「(カチャカチャ)」

文「………………(すくっ)」

にとりう「(カチャカチャ)」

文「……………………(うろうろ)」

にとり「(カチャカチャ)」

文「…………………………(うろうろ)」

にとり「(カチャカチャ)」

文「――――やっぱり久遠さん探してきますっ!」

にとり「いきなり心変わり!? なんでっ!?」

文「良く分からないけどね、彼が厄介事に巻き込まれた気がするのよ」

にとり「それは間違いなく気のせいだから。もしくは心配のし過ぎ」

文「ううっ、だけどぉ~」

にとり「今度は何が不安なのさ」

文「……久遠さんのあの気質は、より強力な妖怪になればなるほど好まれるでしょう」

にとり「まぁ、そうかもね。意外とああいうタイプは幻想郷にいないし」

文「そうなると、久遠さんがそういった妖怪に気に入られてお持ち帰りされる危険性がっ!!」

にとり「ないない」

文「いいえ、きっとそうです! 私、久遠さんを助けに行ってきます!!」

にとり「ストップ! ストーップ!! もうどこからツッコミを入れればいいか分からないよ!?」

文「まずは永遠亭でしょう! あの薬師なら、久遠さんを拉致監禁してそうです!!」

にとり「意味が違うから! それに失礼にもほどがあるって!!」

文「は~な~し~て~っ!! 私は久遠さんを探しに行かなきゃいけないんですぅ~!!!」

にとり「ああもう。アキラぁ~、早く帰って来てよー!!」








[8576] 東方天晶花 巻の十一 「縁は異なもの味なもの」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:53

巻の十一「縁は異なもの味なもの」




「ところで、晶って外の人間よね」

「ぶふっ!?」

 そんな事を言われたのは、自己紹介も終わり、改めて出された紅茶を飲もうとした直後の話だった。
 思わず、意味もなく空いた手でアリスの視線を遮ってしまう。

「何よ、汚いわね」

「ご、ごめん。つい驚いてっ」

「ふーん」

 本人に深い意図はなかったらしく、アリスは人形に指示して汚れてしまったシーツを取り換えさせている。
 あれ、おかしいな?
 今までのパターンからして、最低でも詰め寄られるぐらいの反応は覚悟していたんだけど……彼女は、至って冷静だった。

「えーっと、確かに僕は外来人だけど、どうしてそれが?」

「それ、貴方のでしょう?」

「あ、僕のリュック」

 アリスは、ベッドの横に置いてあった僕のリュックを指差した。
 なるほどそれでか。確かに、持ち歩いていた道具を見れば一目瞭然だ。
 幻想郷でも最先端の技術力を誇る河童のにとりでさえ、興味を惹くような代物が詰まっているわけだし。
 ……ところで、僕はチルノの弾幕をモロ受けたんだよね。
 中身、無事なのかなぁ。

「晶の来ている服の素材も、外来人がよく使ってるモノでしょう? それで分からない方がおかしいわよ」

「へぇー、そうなんだ」

 少なくとも、某新聞記者は分かってませんでしたよ?
 あ、すいません想像の中の射命丸さん。
 馬鹿にしたわけじゃないので、その蔑みの目は止めてもらえませんか。

「という事は、外来人って幻想郷にも結構いるの?」

「数はその時のスキマ妖怪の気分次第だけどね。最近は……わりと少なめじゃないかしら」

「な、なるほどぅ」

 紫ねーさま、アンタ何やってるんですか本当に。

「少なくとも特別珍しい存在ってわけじゃないから、そんな露骨に緊張しなくてもいいわよ」

「は、はははっ。ご忠告どーも」

 アリスの言葉に、僕は苦笑を返す事しかできない。
 どうも散々レアもの扱いされてきたせいか、僕の中に変な条件反射が生まれてしまったようだ。

「……身体の方は、問題ないみたいね」

「へ? 身体?」

「貴方の身体、ほぼ半分凍ってたのよ。普通の人間なら軽く死んでるくらいの重症だったわね」

「…………………マジ?」

「マジよ。運が良かったじゃない、ラッキー」

 欠片も感情を挟まない、抑揚のない声でそんな事言われても。
 しかもあさっての方向見ながら。
 興味が無いなら無理に相槌打たないでいいですよ。
 それにしても、無事だった原因が分かっていたとしても、体半分凍っていたとか言われるとぞっとするなぁ。
 ありがとう【冷気を操る程度の能力】、原因もお前なんだけどね【冷気を操る程度の能力】。

「それじゃ、本題に入るわ」

「―――本題?」

「ええ、私は慈善で貴方を助けたわけじゃないから」

「それは……そうだろうねぇ」

 妖怪――魔法使いもそうだったよね?――が人間を助けるパターンは大きく分けて二つになる。
 ひとつめは、その人間自体に興味がある場合。
 興味の種類は妖怪によって違うけど、大体は変わった能力とか性格とかに興味を示す……らしい。情報源は射命丸さんなので、はっきり断言はできないけど。
 いやいや、信じてないとかそういうわけじゃなくて、自分で確認してないから言い切れないというだけなんですよ?
 当然、アリスはこのケースに含まれない。
 何しろこれだけ会話していて、僕と目を合わせた回数が二度ほどしかないわけだし。
 ちなみに、一回目が最初に出てきた時で、二回目がお茶を吹いた時。それ以外はずっとあさっての方向と目で会話してました。
 ………興味がないにもほどがある。

「分かっているなら話が早いわ。率直に言わせてもらうけど……それ、もらえないかしら」

「それ?」

 アリスが指さしたのは、僕のリュック。
 やっぱこれは、もう一つのパターンなのか。
 射命丸さんが教えてくれたふたつめのパターンは、相手が対価を求めている場合だ。
 基本的に妖怪は、人間相手に対価を求める事はしないらしい。
 まぁ、幻想郷における力関係を考えれば、それほど不思議な事でもないだろう。
 例えて言うなら、大人が子供に対して「それちょーだい」と言ってるようなものだ。
 さすがに極端すぎる例えだとは思うけど、それくらい妖怪が人間のものを欲しがるという事態は発生しにくいのだろう。
 
「まぁ、例外として何の理由もない気まぐれってパターンもあるけど」

「何ブツブツ言ってるのよ」

「いや、その……」

 いけないいけない、つい現実逃避してしまった。
 さて、どうしたもんかなぁ。
 アリスは恩人だから、欲しいと言った物をお礼にあげたい気持ちはあるんだけど。

「―――持ちモノ全部は、ちょっと」

「なっ!? そ、そんな追剥みたいな要求はしてないわよっ!」

 あ、慌ててる。さっきまでずっとクールな態度を貫いていたから、ちょっとビックリ。

「私が欲しいのは、これよっ!」

「それって……」

 アリスがリュックから引き抜いた物は、撮影用に持ってきた三脚だった。
 その三脚は、外の世界で『博麗神社』を調査するためにデジカメやプリンタと一緒に購入したものである。
 僕が形から入る性分だったため、かなりお高い値段のヤツを買ってしまったわけだけど……。
 なんで、三脚?

「えーっと、写真撮影がご趣味なんですか?」

「いいえ、違うわ。……これって、写真を撮るのに使うのかしら?」

「うん、補助器具としてね」

「そうなの。けど、正しい使い方はどうでもいいのよ」

「ほへ?」

「私が欲しいのは、この素材よ」

 そう言って、彼女は三脚の足を軽く叩いて見せた。
 えーっと、確かその部分は……。

「そのカーボンが欲しいの?」

「ふーん。カーボンって言うのね、これ」

 アリスは興味深そうに三脚を眺めている。
 そっか、幻想郷には炭素繊維なんて存在しないのか。
 そういえば、にとりもコンパクトカメラの軽さに驚いていたっけ。
 どうやら生成技術に関しては、外の世界の技術が幻想郷を上回っているようだ。

「って、名前も分かってない物が欲しいの?」

 それはいくら何でも変だ。
 にとりあたりなら、見たこともない素材を解析したがるかもしれないけど。
 どうみても、アリスはにとりと同じタイプには見えない。

「……悪かったわね。私も少し煮詰まってるのよ」

「煮詰まってる?」

「私の研究で少し、ね。だから気分転換の一環で、新しい素材の人形を作ろうと思ったわけよ」

「そのためにカーボンを?」

「そう。羽毛みたいに軽いのに、骨みたいに堅いんだもの。人形の関節とかに使えそうじゃない」

 確かに、炭素繊維は硬くて軽いのが特徴だけど……。
 人形の関節に、使えるかなぁ?
 そもそもカーボンって、加工するのが凄く難しかったはず。
 いくら何でも切羽詰まり過ぎじゃ無い?

「……何よ」

「いえ、何でも無いです」

「一応言っとくけど、形を変えるのが難しい事は私も分かっているわよ? 加工の手間も含めて、の話よ」

「あ、そうなんだ」

 普通なら、カーボンの加工なんて一般家庭じゃできないんだろうけど。
 何しろ相手は魔法使いだ。僕なんかじゃ想像もつかないような加工方法の心当たりがあるんだろう。

「そういう事なら、どうぞ」

「ええ、ありがとう」

 彼女は、別の人形を呼んで受けとった三脚を運ばせた。
 ……さっきから気になってはいたんだけど、いろんな作業を人形任せにしているのは何故なんだろう。
 やっぱ、『七色の人形遣い』を謳っている以上、何をするにも人形を使わないといけない制約でもあるのか。
 魔法使いもなんだかんだで謎が多いなぁ。

「ところで、煮詰まってる研究ってなんなの?」

 話も一区切りついたようなので、軽い気持ちで疑問をぶつけてみた。
 ……のだけど、アリスの眉間にしわが寄ったのを見て、何も考えずに質問した事を即座に後悔する。

「貴方ね。魔法使いに研究内容を尋ねるとか、どれだけ命知らずなのよ」

「い、命知らずときましたか」

「外の世界にだって研究者はいるでしょ。なら、自分がどんな愚行を犯したのか、少しは分かるんじゃないの?」

 いえ、うちの世界の科学者達は結構オープンに研究内容を公表しているんですが。
 だけどまぁ、彼女の言いたい事は分かる。
 魔法は隠匿されるものだ。この基本は、魔女狩りが始まるだいぶ前から変わっていない。
 おそらくそれは、魔法が毒と同じ危険物だからこそ生まれた習慣なんだろう。
 無暗に毒を広げないため。そして、解毒薬を作らせないために。魔法使いは己の術を、知識を隠匿したのだ。
 そういえば、その魔法使いの工房に今僕はいるんだよね。

「何で笑ってるのよ」

「いやいや。何でも無いよ、何でも」

「ならいいけど……ちゃんと言いたいこと、分かった?」

 それはまぁ、充分理解したけど。
 魔法使いの工房で、魔法使いの研究が行われているワケだよね。
 ……見たいなぁ。知りたいなぁ。

「な、なによ。そのやたらキラキラした眼は」

「研究内容は教えられなくても、工房ぐらいなら見てもいいよね? 僕魔法使いじゃないし」

「そういう問題じゃなくてね」

「絶対口外しないよ?」

「……だ、だから」

「じーっ」

「ぎ、擬音を口に出さないでよっ」

「じーーーーーっ」

「そもそも私の工房は全然魔法使いらしくないのよ」

「じーーーーーーーーーーーーっ」

「…………………………はぁ、少しだけだからね」

 アリスの中の何かが折れる音と共に、僕はぐっと拳を握り締めた。
 七色の人形遣いは、意外と押しに弱いらしい。










「わぁー! わぁー! すごーい!!」

「貴重な人形もあるから、無暗に触らないでよ」

「そんな事しないから大丈夫だって。うわー、うわー」

 了承を貰って案内されたアリスの工房は、人形博物館と評するに相応しい内装をしていた。
 古今東西の人形が、ところ狭しと飾られいる。
 すごい、なんかテンションあがってきた。

「……人形を作っているだけの工房で、よくそこまで喜べるわね」

 他人に工房を見られるのが気恥ずかしいのか、顔を真っ赤にしたアリスがそっぽを向きながら呟く。
 本来なら彼女に気を使って工房から離れるのが礼儀なんだろうけど、今はあえて無視する。

「何か変かな?」

「……魔法使いの工房が見たかったんじゃないの?」

「うん。だから見学させてもらってるよ?」

「そ、そうなの。それならいいわ」

 はて、なにを当たり前の事を言ってるんだろうか彼女は。こんなにも魔法使いの工房してる部屋はないと思うんだけどなぁ。
 僕の答えに、何故か彼女は満足そうに頷いた。さっぱりワケが分からない。
 ……まぁいいや、続き続き。
 お、これは製作途中の人形かぁ。うーむ、さっぱり構造は分からないけど、とにかく凄い構造だって事は伝わってくるね。
 たまーに魔法陣とか魔道書っぽいものが無造作においてあるのも『らしくて』いいなぁ。
 えーっと、タイトルは『ソロモン……っとと、いけないいけない。

「グリモワールのタイトルや記述は読まない方がいいよね」

「そうね。片付けておくわ」

「あれ? この人形のローブの模様、文字になってない? えーっと……」

「そ、それも読んじゃダメよっ!」

「これは同じ色の糸で、裏側に魔法陣を刺繍をしているのかな。ん? この真ん中に縫い付けてある宝石は」

「覗かないの! 目がつぶれるわ!!」

「あ、隠し扉みっけ」

「嘘!? 魔理沙にだってバレなかったのにっ」

「ブードゥー人形まであるんだぁ……このシンボルは、確か火と鉄の神格オグンだったっけ」

「そ、それは拾ったものだから、私も詳細は知らないよっ」

「んーと、これは……」

「あーもう! 見学はおしまい!! はい、出ていきなさいっ!」

「えーっ」

 アリスに押されるまま、工房から締め出されてしまった。
 あうぅ、まだ見たいものがたくさんあったのに。

「もうちょっと見せてくれても……」

「ダメよっ! ―――というか、貴方も危ないと思わないの?」

「何が?」

「……晶は工房立ち入り禁止ね」

「は、はわわ」

 何故か出入り禁止にまでされました。
 よほど相手の機嫌を損ねる真似をしてしまったのでしょうか、僕は。
 ……謎だ。

「そ、そんな目で見てもダメよ。貴方はある意味、そこらへんの魔法使いよりも厄介なんだから」

「厄介って……」

「まったく、外の人間ってそんなに魔法に詳しいの?」

「いや、僕は色々あって、そういう類の知識を調べていた事があっただけだよ」

 子供の頃は、それこそ妖怪と悪魔の違いも分かってなかったからなぁ。
 オカルト雑誌などを種類選ばず読み漁っているうちに、自然とそっち系の知識が蓄えられたもんである。
 おまけに外だと西洋の魔道はわりと廃れているから、よっぽどグロい代物でもない限り比較的簡単に手に入るわけだし。

「はぁ……タチ悪いわねぇ」

 やっぱり魔法に関わる者としては、一般人にホイホイそういう知識を知ってもらいたくないのかな。
 アリスは憮然とした表情で、小さく一つ溜息を吐いた。

「ううっ、もう工房には入れないのかぁ」

「そういう事、悪いけど諦め……」

「じゃあ、今度は人形が見たい」

「………えっ?」

「工房に入れないなら、アリスの作った人形が見たいっ」

 さっきの作りかけの人形は、人形に詳しくない僕の目から見ても分かるほど出来のいいものだった。
 彼女が研究の一環として人形を作っているなら、きっと同じように素晴らしい人形を幾つも持っているのだろう。
 それは見たい。是非とも見たい。

「ほ、ほとんど普通の人形よ? 魔法的効果を付与した人形は少ないわ」

「アリスが作った人形が見たいだけだから、魔法のあるなしは気にしないよ。あった方が嬉しいけど」

「そ、そんなに私が作った人形が見たいの?」

「見たいっ! ついでに、写真も撮らせてくれると嬉しいな」

「……しょ、しょうがないわね。まぁ、工房をもう一度見せろと言うよりはマシだから、特別に見せてあげるわね」

 どうみても口の端が緩んでいるのだけど、まぁ本人がそういうのならそういう事にしておこう。
 こうして僕は、『七色の人形遣い』謹製の人形達を本人の解説付きで見せてもらうという、実に有意義な時間を過ごしたのだった。
 その間にまたひと悶着あったりもしたのだけど、それはまた別のお話。 





 ところで、水車小屋に帰ってみるとにとりと射命丸さんが弾幕ごっこしてた上に、何故か僕が原因だと両方から怒られました。
 ちゃんと門限ギリギリに帰って来ても怒られるのは、ちょっと理不尽だと思いませんか。





―――――――――――――――――――――――

おまけ 巻の十一 白黒落書漫画(雑)
(http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/tensyouka11.jpg)



[8576] 東方天晶花 巻の十二「玉磨かざれば器を成さず」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:53

巻の十二「玉磨かざれば器を成さず」




「久遠さん! 取材に行きますよ!!」

「へ? 取材?」

 完成した新聞を配りに行った射命丸さんが、文字通り旋風の様な勢いで戻ってきた。
 で、その第一声がコレ。
 当然、僕もにとりも呆然とする他なかった。

「文、もうちょい噛み砕いて説明してくんないかい? いきなりすぎてワケがわかんないよ」

「おっとそうでした。……あれは私が文々。新聞の配達に出かけた直後の事です」

「そりゃ、さっき出かけたばっかなんだから必然的にそうなるよ」

「アキラの言うとおりさ。もっと簡潔に教えてくれない?」

「そんな事言わなくてもいいじゃないですかぁ」

 いや、そんな可愛らしく拗ねられても。
 なんだかやけにテンション高いなぁ、今日の射命丸さんは。

「まぁ、簡潔に説明すると、文々。新聞の取材希望者が現れたわけなんですよっ」

「へぇー、そうなんだ」

「ええっ!? そんなバカなっ」

「……にとりさん、貴方の発言の旨を教えていただきたいのですが」

「あはははは、良かったじゃないか文!」

 ……にとりが驚くって事は、よっぽど無いんだろうなぁ、取材希望者。
 そう考えると、射命丸さんのテンションの高さも納得できる。
 で、何で僕も一緒なの?

「射命丸さん、僕を連れて取材に行くのはもう少し後だって言ってなかった?」

「うっ」

「だよねぇ。心配性な文は、いつもそう言ってアキラを置いてったじゃないかい」

「そ、それは……久遠さんがうっかりしてるから」

「返す言葉もございません」

 何しろ、ほんの数日前に身体半分凍らされたワケだし。
 もちろんその事は言ってないけど。
 いや、ほら、終わった事で心配かけてもしょうがないじゃん。
 ま、間違っても恥の上塗りを報告したくないわけじゃないんだからねっ!!

「じゃあ、何でアキラを取材に連れて行くんだい?」

「それが……取材相手の希望なんですよ」

「ほへ? そうなの?」

「はい、是非ともこの記事の『外来人』に会ってみたい、と」

「なるほど、文の記事じゃ無く本人の口から内容を確認したいわけだ」

「……にとり?」

「い、いやっ、今のは知識の探求者として当然の欲求を語っただけの事だよ?」

 そのわりには慌てているけど……まぁ、あえて指摘はすまい。
 射命丸さんと一緒に取材に出かけられるいいチャンスでもあるし、今は成り行きを見守ろう。

「それで結局、取材の際に久遠さんを連れて行くという事で話がついたわけなんですが」

「……それって、アキラ連れて行く報酬に取材の許可をもらったって」

「取材は、あくまでも相手側からの希望なんですっ!!」

「分かった分かった。そういう事にしとくよ」

「それは「弾幕ごっこしようぜ!」という、私へのメッセージと考えてよろしいのですね」

 ダメだ。見守ってたら脱線する。

「そ、それで、取材する相手って誰なの?」

 スペルカードを持ち出しそうな雰囲気の射命丸さんと、苦笑しているにとりの間に割り込んで質問する。
 射命丸さんは、よっぽど取材を依頼された事が嬉しかったのだろう。
 僕の質問に、あっさりと怒り顔を引っこめた。

「ふふふー、なんと幻想郷最強とまで言われている妖怪からの希望なんですよ」

「さ、最強!?」

 いきなりでてきた枕詞に、思わず身体を強張らせる。
 その原因が最強という単語自体にあるのか、チルノを思い出したからなのかは分からない。

「それって、最初にアキラを連れて行く相手にしては、ちょっと難易度高くないかい?」

「確かに私もそれは考えましたけど……強力な妖怪の方が、逆に安全だと思いませんかね」

「まぁ、それもそうか」

 高位の妖怪というと、前に会った幽香さんとかそうだよね。
 射命丸さんの言うとおり、確かに強い妖怪は無闇に力を振るわない傾向にあるのかもしれない。
 いや、僕の知ってる強い妖怪って全然数少ないんだけど。

「久遠さんだって、そういった妖怪に会ってみたいんでしょう?」

「もちろん!」

「……能天気な返事だね」

 正直に自分の気持ちを表現しただけです。
 だから呆れないでよにとり。それから、そういう返事を想定していたはずの射命丸さんも。

「ま、いざとなったら私が守りますから安心してください」

「うわぁい、心強いなぁ」

「あはは、そりゃそうか。文がいるなら安心だねぇ」

「もちろんですとも。例え幻想郷最強の一角が相手だろうとも、最速の私がいれば安全は保障されたようなものです」

 そういって、自慢げに胸を張る射命丸さん。
 裏付けされた実力からくる言葉なのは、重々承知しているけど。
 ……男の子としてはちょっと複雑ですね。

「で、結局相手は誰なんだい? スキマ?」

「さすがに彼女からの依頼は受けませんよ、胡散臭いから。相手は太陽の畑の主、フラワーマスターです」

「ああ、あの妖怪かぁ。確か――アルティメットサディスティッククリーチャーとか呼ばれてたっけ。意味は分かんないけど」

「そうそう、その妖怪ですよ。意味は分かりませんが」

 え、なにそれこわい。
 まるで常識にように恐ろしい別称を述べるにとりと、頷く射命丸さん。
 ………マジで究極加虐生物なんですか、その妖怪さん。
 二人の言葉で、さっきまでの期待が一気に不安に塗り替えられたのは言うまでも無いことだった。










 その圧倒的な光景に、僕の眼は釘付けにされた。
 視界を覆う、向日葵の海。
 なるほど、確かにこれは「太陽の畑」だ。

「……凄い」

「ええ、住んでいる妖怪が強すぎてあまり人は寄り付きませんけど、美しさは幻想郷でも一、二を争う場所ですからね」

 その妖怪の住み家は、予想とは違った意味で驚くべき場所だった。
 うーむ、とりあえず写真にとっておこう。

「フラワーマスターはいないようですね……じゃあ、とりあえず彼女の説明を」

「い、いや遠慮しとくよっ! 変な印象を抱かないよう、最初は僕の目で人となりを判断したいしね!!」

「……貴方の妖怪を見る目は斬新過ぎて当てにならないと思いますが」

「あはは、そんな事ないよぉ」

 ついでに言うと、今回に限っては方便なんです。
 すでにもう変な印象抱きまくりっす。
 いや、だってアルティメットサディスティッククリーチャーだよ?
 いくら能天気が服を着ているとまで言われた僕だって、さすがに警戒しますとも。

「それにしても、これだけ向日葵に囲まれていると誰がいるのか分からないよね」

「そうですね。相手はフラワーマスター、花の親玉みたいな相手です。あまり花に近づくと彼女の怒りを買うかもしれませんよ」

「そ、そういう警告は早めにお願いしますっ!」

 至近距離で向日葵を覗き込もうとした僕は、射命丸さんの言葉で回れ右をした。
 怖い、マジ怖い。迂闊に花の鑑賞もできやしないよ。

「うふふ、冗談ですよ。いくら彼女でもそこまで狭量じゃ……」

「ええ、そんな心の狭い奴だと思われるのは心外だわ」

「ほへ?」

 背後から、どこかで聞いたような声がかけられる。
 と、同時に僕の体が何者かにギュッと抱きしめられた。
 何事!? そして、背中に当たる柔らかくてドキドキする感触はいったい!?

「あ、あやややややや!? 久遠さん!?」

「ふふふっ、久しぶりね。『晶』」

「その声……幽香さん?」

 ガッチリ抱かれて動けないため、頭だけを後方に向ける。
 ちらりと見える緑のウェーブがかかった髪、暖かい向日葵のような良い匂い。
 間違いない。幻想郷を訪れた僕が初めて経験した『戦い』を、最後まで見届けてくれた妖怪――風見幽香さんだ。
 なぜ僕を抱きしめているのか、そもそも何でここにいるのか等、疑問は尽きないけど……こうして再会できたことは素直に嬉しい。

「ええ、覚えていてくれて光栄だわ」

「い、いやいや、それは僕の言うべきセリフじゃないかと」

「うふふ、私があなたの事を忘れるわけないじゃない」

「きょ、恐縮です」

 だ、だからあの、そう言いながらほっぺをプニプニするのは止めてください。
 その適度過ぎる力加減が意味も無く心臓の鼓動を早くさせるんです。

「………楽しそうですね」

「は、はわわ!?」

「あらあら」

 うわっ、何だかよく分からないけど、射命丸さんの機嫌が最悪にっ!?
 にっこり笑顔をしてはいるけど、周囲の風が攻撃的なぐらいに渦巻いている。
 っていうか引きつってますよ笑顔、怖いよ笑顔、なにがそんなに不愉快なんですかっ。

「久遠さん」

「は、はいっ!!」

「事情の説明を希望します」

「イエッサー! 実は以前散歩に出かけた時に、お友達になったのでありますっ!!」

「あら、私と貴方はお友達だったのね。ふふっ………もっと、深い間柄だと思っていたわ」

「―――どういう事かしら?」

「はわわっ、どういう事と言われても。はわわわわわっ」

「………冗談よ。そんなに脅えさせなくても良いでしょう? みっともないわよ」

「これは、私と久遠さんの問題です。部外者は引っ込んでいてください」

「そういうわけにもいかないのよねぇ。私と晶は『お友達』だから」

「そうですか」

「そうよ?」

 あ、あれれ、何かどんどん剣呑な雰囲気に。
 どっちも笑顔だけど、全然笑ってないですよっ!?

「それにしても……久遠さんが説明不要だと言った理由はコレだったんですね。ふんっ、納得です」

「ほへ? な、なにが?」

「しらばっくれなくてもいいですよ。フラワーマスターとお知り合いなら、そう言ってくれればいいじゃないですか」

「…………何の事?」

 僕がアルティメットサディスティッククリーチャーと知り合い?
 いや、もしそうだったらあんなにビビってませんって。
 それにしても射命丸さんは、なんでまだ会ってもいない妖怪と知り合いだなんて思……。

「……あのー、幽香さん?」

「何かしら」

「ひょっとして、幽香さんの二つ名って『フラワーマスター』なんですか?」

「そうよ? 言ってなかったかしら」

 ええ、初耳です。
 でもそうだよねー。いくら幻想郷が非常識な場所だって、幽香さんみたいな人がそこらへんにゴロゴロしてるわけないよね。

「う、うぇえええええええええええっ!? そうなのぉぉぉおおおおおおおお!?」

「あらあら、面白い顔ね」

「……久遠さん、貴方のそのうっかりは何かの呪いじゃないんですか」

 うん、僕もそう思う。










「えー、それじゃあこれから取材を始めたいと思います」

 うわぁ、テンション低いなー射命丸さん。
 不機嫌の原因が何となくわかるから、なにも言えないけど。
 僕が幽香さんから解放される間にも色々あったからねぇ。……か、解放されて残念だとかは思ってないよ!?

「いえ、その前にやる事があるわ」

「やる事?」

「今度はなんですか……」

 ああ、射命丸さんの機嫌がさらに急降下。
 出来ればあんま刺激しないで欲しいんですが幽香さん。無理ですか。無理だよなぁ。

「ええ、出来れば早めに’手を打つ’必要がありそうだからね」

 そういって、幽香さんはまっすぐ僕を見つめる。
 彼女の雰囲気が、今までとまるで違う大妖怪の纏うソレに変わっていく。
 息を呑んだ。
 そのあまりの迫力にではない。高位の妖怪が持つ、神々しさすら感じるその威厳に、僕は呑まれてしまったのだ。

「久遠晶、私は貴方に決闘を申し込むわ」

「――――――ほへ?」

「あ、あやや?」

 だから最初、彼女が何を言っているのか理解するのにだいぶ時間を有した。
 結党? 血糖? 血統?
 二転三転変換された言葉は、最後にようやく正しい単語に行き当たる。

「け、決闘って」

「――――――どういう、つもりですか」

 僕が問いかけを言いきるよりも先に、剣呑な雰囲気の射命丸さんが幽香さんを睨みつけた。
 彼女もまた、高位の妖怪に相応しい威厳のある雰囲気を纏っている。
 忘れそうになるけど、僕の周りって凄い妖怪が多いんだよねぇ。再確認したよ。
 などと、ちょっと現実逃避。

「あら、なにがかしら?」

「誤魔化さないでください。貴方ほどの妖怪がただの人間を相手にするなんて、正気の沙汰とは思えません」

「決めつけは良くないわ、幻想郷のブン屋さん。何事にも例外はあるものよ」

「ですから、その例外の理由を尋ねているんです」

「貴方に話す理由がないわ」

「そういうわけにはいきません。私には久遠さんを守るという約束があるのですから」

 僕と幽香さんの間に割り込むように、射命丸さんが移動する。
 いつ弾幕ごっこが始まってもおかしくない、警戒を露わにした態度。
 なのに幽香さんは、あくまで泰然とした姿勢を崩さない。
 視界を遮る彼女を邪魔だと思っているだけで、それ以上の興味を持っていないようにすら見える。

「勘違いしないで鴉天狗。私は決闘を’申し込んだ’のよ。受ける権利も、断る権利も貴方には無いわ」

「……久遠さんが受けるとでも?」

「それを決めるのも、貴方じゃないわ」

 幽香さんの言葉に射命丸さんの警戒がやや軽くなる。
 それでもまだ、僕なんかはいるだけでもお腹が痛くなってくるほど場が緊迫しているワケなんですが。
 互いに交わす会話も無くなったのか、二人の視線は一旦僕に向けられた。
 ……へ? 僕?

「あー、そのー」

「もう一度言わせてもらうわね、晶。私は、貴方に決闘を申し込むわ」

 そういって、相変わらず彼女は僕をじっと見つめている。
 射命丸さんが文句を言ってきた時もそうだった。返答はするけど、あくまで視線は僕に向いているんだ。
 本気、なんだ。

「決闘には、互いにかけるモノがあるはずです。だけど僕には、そういったものはありません」

「ええ、私にも無いわね」

「……ないんですか」

「無いわ。今回は……どちらかというと『様子見』なのよ。だから勝ち負けはあまり重要じゃないわ」

「よ、様子見ですか」

 僕のどんな様子を見るのか、分からないけど。
 この人、ウソは言わないんだよなぁ。良い意味でも悪い意味でも。

「フラワーマスター、それじゃあ決闘する意味がないでしょう」

「そうね。なら、勝敗に価値をつけましょうか。晶が勝ったら、私は晶の願いを何でも一つ叶えてあげるわ」

「……僕が負けたら?」

「晶が私のペットになる」

「メチャクチャな条件吹っかけないでくださいっ! 結局久遠さんにメリットは無いじゃないですか!!」

 ですよねー。勝ち目がない以上、勝ったご褒美に意味なんて無いもん。
 うん、やっぱ断っちゃおう。
 いくら何でも幻想郷最強の妖怪相手に戦うのは無茶だもんね?

「メリットは無いでしょうね。少なくともこの決闘に、損得なんて俗物的な概念は存在しないもの」

「あやや、まるで損得以上のモノがあるみたいな言い方ですね」

「ええ、あるわよ。この幻想郷で晶が晶らしくあるために、知らなきゃいけない事がね」

「…………知らなきゃ、いけない事?」

「そう、貴方が知っておかなければいけない事。―――それを、幻想郷の先輩として教えてあげるわ」

 幽香さんが、そういって優しく笑う。
 いつものいじめっ子のような笑顔でも、先ほど見せた妖怪としての笑顔でもない、温かい笑み。
 その笑みに含まれた意味は、何なんだろうか。
 彼女の言う『知らなきゃいけない事』とは、何なんだろうか。
 分からない、なにひとつ分からないけど。

「久遠さん、受ける必要はありませんよ。仮に風見幽香の言葉が真実だとしても、デメリットの部分が大きすぎます」

「射命丸さん」

「………久遠、さん?」

「下がっててください。結構、派手な勝負になると思いますんで」

 ―――この決闘を受けないで、幻想郷にいる事は出来ない気がした。
 
「ふふっ、男の子ねぇ」

「はい、男の子です。だから……そこまで言われたら、その決闘を受けないわけにはいきません」

 僕は多分、すごい馬鹿な真似をしているんだと思う。
 自分でもよく分からない意地と感情で、自らを死地に追い込んでいるのだから。
 でも、ひとつだけはっきりしている事がある。
 彼女はやっぱり、ウソをつかないんだ。いい意味でも、悪い意味でも。

「そういってもらえると、思ったわよ」

 彼女が日傘を杖に見立て悠然と構える。
 すでに賽は投げられた、もうなるようにしかならない。
 ……大丈夫、何とかなるさ。
 
「期待させてもらうわよ? 久々に「弾幕ごっこ」でない喧嘩をするんですから」

「いや、弾幕ごっこですから。ガチ喧嘩とかふつーに死にますから」

「あらら、男の子が女の子の遊びに興じるのかしら?」

「外の世界ではすでに男女平等が基本になってるんでマジ勘弁してください!」

「しょうがないわねぇ。そこは妥協してあげるわ」

「……っていうか、ガチの決闘するつもりだったんですか」

「うふふふふっ、どうかしらねぇ?」

「あ、あはははは、どうなんでしょうねぇ!」

「―――だから、受ける必要はないって言ったじゃないですか」

 な、何とかなるよ、ねぇ?





[8576] 東方天晶花 巻の十三「藪を突突いて蛇を出す」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:53

巻の十三「藪を突突いて蛇を出す」




 互いに、スペルカードを提示する。
 僕は五枚。幽香さんは三枚。
 この二枚の差が、明確な実力の差を表していた。

「先手は譲るわ。どうぞ」

「それは、どうもご丁寧に」

 彼女の態度は変わらない。
 泰然としたまま、僕の出方を窺っている。
 サービスのつもりなんだろう。
 確かに、こういった勝負では先制の方が有利だ。
 ただし残念ながら、今回のハンデは何のアドバンテージにもならないのだけれど。
 何しろ、僕のスペルカードは一枚を除いて全てコピーなのだ。
 オリジナルの「ダンシング・フェアリー」ですら効くかどうか怪しいというのに、他の劣化した弾幕が通用するとも思えない。
 せめて相手が油断しているのなら、付け入る点もあるんだろうけど。

「ふふっ、隙を窺っても無駄よ?」

「そうとも言い切れないですよ。どんな強い妖怪だって多少の隙は……」

「それを、素人の貴方が見切れるのかしら」

「………無理です」

 ただの人間相手でも、幽香さんは舐めてかかるような真似はしないようです。
 笑顔で佇んではいるけど、その瞳の奥に輝く光は冷静にこちらを見据えている。
 下手な弾幕は、無用な怒りを誘い貴重なチャンスを潰す。
 つまり、選択肢は一つしかないわけだ。
 こっちの持つ最大攻撃力を誇るスペルカードによる、先制攻撃。
 不意を打つ事も、油断を誘う事もしない、速攻という名の『フェイント』をかけるのだ。
 だけどそれって外した瞬間に勝敗が決定するって事でもありますよね。
 相手も、それくらいの浅知恵は予想しているだろうし。
 ……やっぱり、「アイシクルフォール」とかで様子を見た方がいいのかなぁ。ううっ。

「久遠さーん、今すぐにでも貴方を確保して逃げましょうかー」

「だ、大丈夫ですっ!!」

 しぶしぶながらも距離をとってくれた射命丸さんからの言葉で思い直した。
 意地で受けた決闘で、逃げに走ってどうするんだ。

「行きますっ!」

「ええ、かかっていらっしゃい」



 ―――――――幻想「ダンシング・フェアリー」



 起動するスペルカード。前回は発動しそこねたけれど、今度は氷翼を出してないから問題ない。
 風が僕の両手に集まって、気流の渦を作り出す。
 爆発しそうなほど圧縮された荒れ狂う風を、僕は幽香さんめがけて放った。

「―――なるほどね」

 幽香さんが、杖代わりにしていた傘を水平に掲げる。
 乱気流と化した風は相手を吹き飛ばさんと猛威を揮うが、泰然とたたずむ彼女を動かしはしない。
 予測はしていたから、驚きは無かった。
 元々、この風は攻撃用に生み出したものではない。
 僕自身にすら予測できない軌道を持つ乱気流は、これから放たれる氷弾の通り道となるのだ。
 無秩序に踊る氷の塊と、相手の動きを阻害する強風を組み合わせた弾幕。
 これが、幻想『ダンシング・フェアリー』の概要だ。

「らしいスペルカードね。だけど……」

 巻き起こる風に乗って、無数の氷弾が放たれる。
 だがそれらは幽香さんに届く前に、全て吹き飛ばされてしまった。
 彼女が日傘を振るって起こした風によって。
 
「私相手に使うには、少し貧弱じゃないかしら」

「うぐぅ……」

 なんつー力任せな。僕の起こした風を、傘を振った衝撃で散らしてしまうとは。
 しかし、合理的で的確な対処方法である事は間違いない。
 乱気流にその軌道を委ねている氷弾は、風の流れを読めなければかわす事が難しい。
 いや、風の流れがぶつかりあい、ランダムに軌道が変化する乱気流相手では、読めたとしても対応するのは困難なはずだ。
 だが逆に言ってしまえば、その風を何とかすれば対処が容易なのである。このスペルカードは。
 まさかそれを一目で見破られるとは……。

「ふふっ、弾幕ごっこらしく避けても良かったんだけどね。……あまり冷気に’慣れる’と、宵闇の妖怪の二の舞になりそうだしね」

「な、何の事ですやら」

「あら? 考えすぎだったかしら」

 ……次点で用意していた策も、不発に終わりそうです。
 策と言っても、やる事は以前戦った闇の妖怪の時と一緒。
 氷弾をばら撒いて冷気を蔓延させたところで、一気に広がった冷気を纏めて相手を氷漬けにするってだけの話なんだけど。
 そんな稚拙な罠すら設置する事を認めてくれないわけですか、貴方は。
 ぶっちゃけ、もう手札切れたよ?
 …………いや、まだ一つ残っているか。
 僕の持つ全能力の根底。【相手の力を写し取る程度の能力】が。
 幽香さんの持つ能力さえわかれば、ひょっとしたら勝機が見えてくるかも――

「それじゃあ今度は私の番ね。さぁ、避けてごらんなさい」

「ほへ?」

 再び幽香さんの傘が振るわれる。
 そこから放たれた弾は―――――は、花!?

「ひょ、氷翼!!」

 背筋に走る悪寒から、攻撃方法を失う氷の翼を展開し空に逃げた。
 舞い散る花びらの弾幕は、先ほどまで僕がいた大地を軽く撫ぜ―――大きく、地面を抉らせる。
 何それ! 何ですかそれ!!

「ふふふっ、素敵な翼ね。速さも申し分ないわ」

「あはははは! どうもありがとうございますよコンチクショウ!!」

 幽香さんは僕の翼を褒めてくれたけれど、ぶっちゃけ嫌味にしか聞こえないです。
 ……実際、嫌味なのかもしれない。ひょっとすると。
 彼女が事前にスペルカードの名称を口にしなかったという事は、あれは幽香さんの通常攻撃だという事になる。
 どう考えても、『アイシクルフォール』並の威力と範囲があるアレが、だ。
 それに対して僕は避ける事しかできないんだから、そりゃ皮肉の一つも言いたくなるってもんだろう。

「ううっ、さすが最強の妖怪。凄いパワーだ」

「ありがとう。褒めてもらって光栄よ」

 褒めてません、愚痴っているだけです。
 いくら何でも規格外すぎる。地力の差がここまで大きいとは思わなかった。
 だけど、この能力を覚える事が出来ればっ!

「言っておくけど、私の能力を覚えようとしても無駄よ」

「へ? 何でですか?」

「久遠さん……正直に「能力を覚える気でした」と白状してどうするんですか」

 いや、ついうっかり。
 ――って問題はそこじゃなくてさ。

「た、確かに僕が覚える能力は劣化するけど、無駄って言い方は……」

「そうじゃないわよ? むしろ、私の能力なら貴方も劣化せずに覚えられるでしょうね」

「……ほへ?」

「これが、私の【花を操る程度の能力】よ」

 そういうと同時に、全ての向日葵が一斉にこちらを向いた。
 おー、花を自在に操る事ができるのか。
 ……………で?

「あの、それだけなんですか?」

「それだけよ」

「さっき、派手に花の弾幕をばら撒いておりましたけど」

「能力はほとんど関係ないわ」

「……関係ないんですか」

「ないわ」

 にこやかに言い切る幽香さん。嘘だと思いたい。
 だけど彼女がウソを言わないって事は、先ほどから嫌というほど理解しているワケで。

「彼女の言う事は本当です。風見幽香が最強と呼ばれる由縁は、強力な妖力と身体能力にあります」

「そ、それじゃあ、幽香さんの能力は……」

「おまけみたいなモノです」

 それって、僕にとっては最悪の事実じゃないかっ!?
 今度こそ本当にネタ切れだ。
 僕が持っている手札じゃ、どう逆立ちしたって勝てっこない。
 本当なら、ここで素直に降参した方がいいんだろうけど。

「それじゃあ、分かったところで続きを始めましょう。私はまだ、貴方に何も教えていないもの」

 ……幽香さんにそう言われたら、そんな弱音は引っ込めるしかないよねぇ。

「―――ええいっ! ガンガンいこうぜっ!!」

「ふふっ、良い覚悟だわ」

 半ばヤケクソなだけです、はい。
 そして再びばら撒かれる花の弾幕――って、多い多い多い!?
 さっきの倍以上の数、弾丸が放たれる。
 それを、氷翼を操って必死に避けようとするけれど……。
 は、早くても小回りが利かないから避けにくい!?
 そりゃそうか、あくまでも氷翼の移動に使っているのは風なんだから、流れは急に曲げられないよねー。

「うにゃー! 避けきれないー!?」

 と、ととと、とにかく距離をとらなきゃ死んでしまう!!
 氷翼を広げ風を受け、僕は可能な限りの最高速で幽香さんから離れた。

「はぁ、はぁ……」

「あらあら、逃げられちゃったわね」

 だいぶ離れたおかげで、弾幕は回避しやすくなったけど……この距離だと僕も何一つ出来ないからなぁ。
 ううっ、なのに幽香さんは随分と余裕そうですね。
 笑顔のまま立っているだけで、距離を詰めようとする様子すら無いじゃないですか。
 ………ひょっとして窺っているのかな、僕がどうするのか。

「そもそも、氷翼展開した僕は弾幕を使えないしなぁ」

 いっそ体当たりでも仕掛けようか。
 速度だけはあるわけなんだし、氷と風でドリルみたいな鎧を作ってさ。
 ―――あれ? なんかいけそうだソレ。

「よし! 思い立ったら吉日!!」

 幽香さんに向かって真っ直ぐ突っ込めるよう、翼の位置を調整する。
 ……結構距離はあるけど、速度出し過ぎて気絶とかはないよね?
 それはいくら何でも間抜けすぎるもんね。
 怖くない。怖くない。

「あー、ジェットコースターの発車直前って良くこんな気持ちになるっけ」

「久遠さん! 意地張ってないで降参してくださいよー!!」

「スペルカード発動しますっ!」

 嗚呼、悲しきかな意地っぱり。
 どうしてこう、素直に射命丸さんの思いやりを受け取れないのか。
 まぁ、それが出来たらこんなところにいないもんねっ! くそぅ!!



 ―――――――幻想「ペネトレイション・サーペント」



 即興でスペルカード名を決め、半泣きで加速しながら飛び蹴りの姿勢をとる。
 氷の翼が、螺旋を描きながら身体を守る鎧になった。
 風が氷の鎧に沿うよう捻り集まり、小さな竜巻と化していく。
 おおっ、思いのほか上手くいってる!?
 
「色々と思いつくじゃない。面白いわね」

 幽香さんが傘を構える。
 それだけで、何とかされてしまいそうだと思えてしまうんだから恐ろしい。

「だけど、これだけの勢いでぶつかれば―――!」

「はぁっ!!」

「ふぎゃん!?」

 あっさり負けたー!?
 彼女の傘の一閃で、僕はあっさりと吹っ飛ばされた。
 三角錐状の物体がスーパーボールのように跳ねながら転がっていく様は、きっと傍から見る分には面白いに違いない。
 まぁ、中の僕はそれどころじゃないけどねっ!

「く、久遠さぁーん!?」

「あべしっ!?」

 最終的に氷の鎧が度重なる衝撃に耐えかね砕け散り、僕は何とか停止できた。無事ではないけど。
 っていうか脆い! 全然身体守れてない!!
 ただの氷だから当然だけど、気づくのちょっと遅かった!
 そのわりには幽香さんの一撃は防げたのが不思議だけど……そもそも、当たった時の感触もおかしかった気が。
 ……ひょっとしてこのスペルカード、思いのほか穴だらけ?

「何やってるんですか! 貴方の飛び方で体当たりなんて、無謀もいいところじゃないですかっ!!」

「―――あ゛っ」

「もうっ、うっかりにもほどがありますよ!!」
  
 この飛行方法の起点となっているのは、あくまで僕自身の『浮く力』だ。
 僕の力は、身体を大地に縛りつけている重力から解放させる、言わば無重力状態になる力なのである。
 中途半端なのは、その状態から移動する力がないという点。
 それを補うために氷翼があるんだけど……。
 風と同等のスピードが出る時点で、ちらっとは考えていたんだよねぇ。
 それってつまり、僕自身にかかるあらゆる抵抗がほとんど無い状態なんじゃないかと。
 どういう事か分かりやすく説明すると。

 「ペネトレイション・サーペント」 ≒ エアホッケーのパック

 ……ちょっとは痛いかもしれないけど、絶対弾幕ばら撒いていた方が強いよねぇ。
 せめて、自分の意思で踏んばったり、加速したりできれば真っ当なスペルカードになるんだろうけどさ。
 
「貴方は私を馬鹿にしているのかしら?」

 今の時点ではただの挑発ですよね! うっかり!!

「あ、あははははー」

「笑ってる場合ですか……久遠さん」

「うぐぅ」

 まったくもってその通りです。
 だけどもう笑うしかないよねこれは。あははー。
 ……むしろ泣けてきた。

「晶」

「イエッサー!」

「私ね。貴方にはだいぶ期待しているのよ? あまりガッカリさせないでほしいわ」

「は、はわわわわ……」

 そういって微笑む幽香さんの顔がだいぶ怖いです。
 うん。これは間違いなく地雷踏んじゃったね。
 彼女はニヤリと笑って、傘の先端をこちらに向ける。
 ……えっと、なにをする気なんでしょうか?
 先ほどぶっ飛ばされたおかげで相当距離があるわけなんですが……もしかして伸びるの、ソレ?

「『晶』―――私は、貴方の名を呼んでいる。それが、どういう意味を持っているのか分かるかしら?」

「名前、ですか」

「重要な事よ。名前は、全てのモノに意義と意味を与えるわ」

 淡々と、彼女は語っていく。
 それと同時に、僕の中で大きく警鐘が鳴り始める。
 ――ヤバい。全ての感覚が、そう僕に警告している気がした。

「私も、かつては名前が与える影響を軽視していたわね。意義も意味も与えず、力をただ力として振るっていた」

 ゆっくりと、傘の先端に光が集束していく。
 それは、ありえないほど強力な’力’の顕現。

「私が名付けなかった「技」は、あるコソ泥に名前を付けられ意義と意味を得たわ。その瞬間から、その「技」は私のものではなくなったのよ」

「――――まさか、その技は」

「あら、さすが情報通の鴉天狗。気付くのが早いわね」

「いけない久遠さん、避けてくださいっ! アレは危険です!!」

 分かってる。対峙しているからこそ、痛いほど。
 傘に集まる光は、最早幽香さんを隠すほどの量まで膨張している。
 ……っていうかソレは洒落になってないと思うんですが。

「皮肉なものよね。私は自分のモノだった「技」を、他人のスペルカードとして使わなければいけないのよ」

 最後に、光が拳大に圧縮された。

「『名前』にはそれだけの重さがある。それを自覚なさい、この一撃で」



 ――――――――起源「マスタースパーク」



 放たれる光の奔流が、一瞬にして視界を占める。
 暴力的なその流れに巻き込まれ、僕の意識は途切れたのだった。
 







[8576] 東方天晶花 巻の十四「精神一到何事か成らざらん」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:54

巻の十四「精神一到何事か成らざらん」




 キリキリ、キリキリと頭の中で歯車が廻る。
 幻想を具現化するための強固なイメージ。巨大な幻の機械が生み出す、確固たる力。
 その源となる歯車が、大きな音を立てて廻り続けている。
 ギリギリ、ギリギリと歯車が異音を鳴らす。
 力を使えば使うほど、幻想が強くなれば強くなるほど。
 噛み合わなくなる。歯車の廻る速度に、繋がれた機械が追いつかない。
 キリキリ、ギリギリ、キリキリ、ギリギリ。
 歯車は止まらない。
 廻れば廻るほど、違和感が強くなっていく。
 それが何を意味するのか。今の僕には、何も分からなかった。









 意識を失っていたのは、ほんの数分だったようだ。
 視界が開けていく。身体の節々が痛い。
 ……直撃を避けられたのは、本当に偶然だった。
 氷翼の速さが無ければ、咄嗟の動きだけでは回避しきれなかっただろう。
 それでも、余波には巻き込まれてしまったようだけど。
 目の前の惨状を見れば、それがどれほど軽い被害だったのかがよく分かる。
 えぐれた地面は、あまりの高熱に変質しかかっている。
 空気は焦げ、風景を歪めて映している。
 それどころか、世界が丸ごとひっくり返ったみたいにナナメに――――
 そこまで把握して、僕はようやく自分が倒れているのだと気づいた。
 体が動かない。立ち上がろうとする気力すら湧かない。

「……ここまで、かしらね」

 陽炎の向こう側に、幽香さんの姿が見える。
 その視線に込められた感情は、落胆。
 僕は、彼女の期待にこたえられなかったのか。

「なんて事を……風見、幽香!!」

 僕と彼女の間に、射命丸さんが立ちふさがった。
 背後から表情を窺う事は出来ないが、明確な怒りが彼女の背中からも伝わってくる。

「あら、いきなり失礼ね。全て同意の上での出来事よ」

「弾幕ごっこにもルールはあります。これは明らかにやり過ぎです!」

 幽香さんの視線が、初めて射命丸さんに向いた。
 剣呑な雰囲気が流れる中、幽香さんは射命丸さんに対し微笑を浮かべる。
 その笑顔には、明確な嘲りの色が含まれていた。

「ヌルいわねぇ鴉天狗。その人間に感化されて、フ抜けたのかしら?」

「なっ!」

「確かに『弾幕ごっこ』には、人と妖怪が対等に戦うためのルールがあるわ。だけど、それは両者の安全を確保したルールではないはずよ」

 彼女の視線が一瞬だけこちらを向く。
 未だ立つことすらできない僕に対して、幽香さんは何かを伝えようとしている。

「結局のところ、人間と妖怪が対等である事など出来ない。貴方も、それはわかっているのでしょう?」

「……ええ、人間は生も短く力も弱い。そんな相手と対等である事は、わたしも難しいと思います。ですが」

「対等であろうとする事は出来る、と?」

「少なくとも、私はそう思っています」

「そうね。私も、貴方ならそう難しい事じゃないと思うわ。力さえ振るわなければ、貴方は人間と同じ位置でいられるでしょうね」

「随分、あっさりと認めるんですね」

「私も似たようなものだからよ。こちらの領分を侵さないなら、相手の背伸びくらい目をつぶってあげられるわ」

 彼女達の認識が、おそらくほとんどの妖怪が持つ人間への見解なんだろう。
 それだけの差が人間と妖怪の間にはある。
 僕もそれは知っている―――知っていたのだと、ずっと思っていた。
 だけど今、僕は認識の甘さを痛感させられている。
 思っていた以上の差が、人と妖怪の間にはあったのだ。

「だけどね。妖怪にとっての’お遊び’が、人間を死に追いやる事はあるのよ。どう気をつけてもね」

「例え「弾幕ごっこ」のルールがあっても……そう、言いたいんですか」

「人は脆いわ。妖怪側の’情け’だけで、対等を気取り続ける事はできない」

「それは……」

「それでもなお、妖怪と対等にありたいと思うのなら……どうするべきだと思う? 晶」

 はっきりと、彼女が僕の名を呼ぶ。
 いつまで倒れた振りをしているんだと、咎めるように。
 ―――ふつふつと、折れかけた心の奥から何かが湧き出してきた。
 自分に対する怒りが、怠けていた心に活を入れる。
 軋む身体を無理やりに動かして、僕は何とか立ち上がった。
 どうするかなんて、決まっているじゃないか。

「強く、なればいい。人間だとか妖怪だとか関係ないくらい、強く!」

 幽香さんが最初に言っていた「知らなきゃいけない事」の意味が、ようやく分かった。
 これからも妖怪と対等に接するというのなら、僕はそう出来る力を手に入れなくちゃいけないんだ。
 いつまでも、『無知な外来人』という理由が通用するはずないんだから。

「久遠さんっ……」

「射命丸さん、下がって。まだ、弾幕ごっこは終わってないから」

「もう止めてください! 立っているだけで精一杯の貴方に、何ができるって言うんですか!」

「だけど倒れていないのなら、決闘は続けられるわ」

「風見幽香っ!」

「どきなさい鴉天狗、これは晶自身の意志よ」

 ここで折れたら、僕はもう今まで通りの自分でいられない。
 なんだかんだと理由をつけて、きっと妖怪を、幻想を避けるようになってしまう。
 それだけは、認められないんだ。
 たとえ死ぬような目にあうのだとしても、夢から目を背ける真似だけはしたくない。

「射命丸さん、お願い」

「久遠、さん」

「ごめん。前に不用意な行動をとらないって約束をしたけど……無理だったみたいだよ」

「…………そんなの、だいぶ前からそうじゃないですか」

「ごめん」

 僕の言葉に、射命丸さんは苦笑する。
 少し泣きそうになっているのは、今は気づかないフリ。
 本当にごめん。後で、山ほど怒っていいから。

「死なないでくださいよ、久遠さん。私はまだ、貴方の記事を全然書けていないんですから」

「うん、頑張ってみる」

「そこはもう少し、力強く答えてくださいって」

 とはいっても、勝ち目がない事には変わりないからね。
 もう氷翼を展開して飛ぶことも難しそうだし。
 あれ? これってリンチフラグ?
 ―――ど、どうしよう。

「そういう小芝居はいいから、さっさとどきなさいって」

「こ、小芝居扱いしないでください! もういっそ私とやりあいますかっ!?」

「うざったいだけだから遠慮しておくわ」

「……喧嘩売ってるなら買うわよ」

「売る気はないからどきなさい」

 射命丸さんが離れた時に、弾幕ごっこが再開される。
 それまでに考えなければいけない。
 でも、何をすれば?
 僕に残された手段なんて、何もないというのに。

「いや、違う」

 気づけば、僕は自分の考えを否定していた。
 何かが、頭の中に引っかかっている。
 そう、何か根本的な部分を思い違いしているような、そんな違和感が。
 ……もう一度、考え直してみよう。
 僕の持つ力は【相手の力を写し取る程度の能力】だ。
 それは、相手の『能力』を覚える力で―――
  

 ガキンと、頭の中で何かが外れる音がした。


 気付いた。僕の「思い違い」に。
 イメージの歯車が別の幻想に繋がる。
 廻る、さらに速く。新しい幻想が、新しいイメージが、固まっていく。

「……っ! …………、………」

「……、……………」

 二人の声が遠くなる。
 意識が、力の顕現に集中しているんだ。
 身体の痛みも、いつのまにか忘れていた。

「………………っ」

 射命丸さんが、最後に幽香さんに何かを告げて離れていく。
 二人の表情から判断するに、さっきの口論の続きだろう。まだ続いてたのか。
 ……そりゃ、明確な実力差があるんだから、彼女らに余裕があるのは当然だと思うけどさ。
 こっちはシリアスに頑張ってるんだから、その緩い遣り取りは勘弁して欲しんですが。
 何か真面目に頑張ってる僕、すごい馬鹿っぽくない?

「さて、それじゃあ続きを始めましょうか」

 あれ? 声が聞こえて……わー!? 集中、集中しないと!!
 車のギア入れ替えみたいに、一度止まったら最初からやり直しとかだったらおしまいだっ。
 集中して……して……えーっと、何をする気なんだったっけ?
 

 ガキンと、頭の中で何かが外れ―――

 
「わー、なしなし! 思い出したからナシ! 今の無しで!!」

「……続けないの?」

「あ、いえ。続けます」

 チクショウ結局台無しかこのヤロウ。
 もーいいさ、どーせ僕にシリアスバトルキャラなんてできませんよ。
 そもそも格好つけられる状況じゃ無いしね!
 迂闊に勿体ぶって、不発に終わったら最高にカッコ悪いからこれでいいですよ、ふんだっ。
 な、泣いてなんかいないもんねっ。

「というわけで、悪あがき一発お見舞いするんで動かないでください!」

「いいわよ」

「ありがとうございますっ!」

 さすがに余裕あるなぁ。幽香さんは。
 けど、その油断が命取りになるのだっ!
 ……いやいや、それはちょっと悪役過ぎない? しかも小悪党系。

「久遠さん。調子が出てきたのはいいんですが、だいぶ情けないです」

「と、とにかく! スペルカード発動!!」

 まさしくその通りな射命丸さんのツッコミをスルーして、三枚目のスペルカードを宣言する。

 ―――「思い違い」の正体は、幽香さんとの弾幕ごっこの中にあった。

 それまで僕は、己の能力を「相手の能力をコピーする」ものだと思っていた。
 幻想郷で出会った妖怪達の全てが、能力を基点に弾幕を行使していたためだろう。
 だから、気付かなかった。


 僕が写し取るモノは、能力ではなく‘力‘なのだと言う事に。


 突き出した両手の先に、光が集束する。
 この弾幕ごっこで、唯一三つの条件を満たした’力’。

「あ、あれはっ!?」

「いっくぞぉぉぉおおおおおおお!」
 
 

 ―――――――転写「マスタースパーク」



 両の手から放たれる光の奔流。
 これが、僕の能力のもう一つの使い方だ。
 名前を知り、技を知り、概念を知ったスペルカードを自分のものとする。
 能力の模倣は【スキルコピー】、スペルカードの転写は【スペルコピー】と名付けておけば分かりやすいだろう。

「……彼の力は、スペルカードのコピーまで可能なんですか」

 射命丸さんが驚愕している。
 当然だ。僕自身ですら、こんな能力の使い方があったなんて知らなかったんだから。
 驚かなかったのは、たった一人だけ。

「遅かったわね。もう少しで、この決闘に飽きてしまうところだったわよ」

 この場でただ一人、能力の詳細を’知らない’妖怪。
 だからこそ、僕より先にもう一つの使い方に気づいていた女性。
  
 

 ―――――――起源「マスタースパーク」



 幽香さんが、二枚目のスペルカード使用を宣言する。

「……何となく、そんな気はしてたんです」

「あら、何がかしら?」

 激突する二つの光。
 そうなると不利になるのは、やはり模倣である僕のスペルカード。
 少しずつだけど、ゆっくりと僕のマスタースパークは彼女のマスタースパークに呑まれ始めた。

「幽香さんは、最初からこういう展開に持ち込むつもりだったんでしょう? だから、あんな弄るような戦い方をしていたんですよね」

「ふふふっ、勉強になったでしょう?」

「はい。それはもう、色んな事を教わりました」

 先に発動した優勢は、とっくにひっくり返っている。
 これが地力の違い。人間と妖怪の間にある、埋めきれない実力の差。
 一度は絶望しかけた。対等でいられない大きな理由。
 だけど、今なら分かる。
 この差は、ここが幻想郷だとしても――ここが幻想郷だからこそ、決して覆せないものじゃ、ないんだ!
 
「感謝してます。だからこそ礼として、貴方の期待に応えてみせますよ! 幽香さん!!」

「嬉しい事を言ってくれるじゃない。いったい、何を見せてくれるというのかしら?」

「――――人間の、底力ってヤツですよ」

 廻る、幻想の歯車が。
 今までよりずっと速く、噛み違える事も無く。
 新しい力が、構築されていく。
 
「四枚目、発動します!」
 
 

 ―――――――幻想「フリーズ・ワイバーン」



 放たれる光の奔流が、変化していく。
 青い光が僕の放った光を上書きし、幽香さんのマスタースパークと拮抗した。
 予想した通りだ。どうやら【スペルコピー】で覚えた技も、他の力と組み合わせる事が出来るようである。
 これは【冷気を操る程度の能力】を加えた、氷属性のマスタースパーク。
 氷翼の時に学んだ『複合技』の特性を生かし通常以上の威力を出す事に成功した、現時点で最高の威力を持つスペルカードなのだ。
 ……だけどこの技には、思わぬ誤算が二つあった。
 この「フリーズ・ワイバーン」を使うと、凄く疲れるという点がまず一つ。
 歯を食いしばってないと気絶しそうなんですが、いくらなんでも代償大きすぎやしませんか。
 そしてもう一つが。

「それで、これからどう逆転するというの?」

「あ、あははははー」

 ……今の僕が出せる最高威力の必殺技が、幽香さんのマスタースパークと互角でしかなかったという点だ。
 相手が本気でないから、いろいろプラス要素マイナス要素合わせて何とか勝てると踏んだんですが。
 これがあれか、獲らぬ狸の皮算用というヤツか。

「……どうしよう」

「ど、どうしていちいちオチをつけるんですか! 貴方は!!」

「好きで落としたワケじゃないやいっ!」

 いや本当にどうしよう、コレ。
 少なくとも持久戦に持ち込んだら負ける。確実に負ける。むしろ勝てる要素がない。

「何かないんですか! 作戦とか、策とか!」

「無いですっ! 何も仕込んでません!!」

「あれだけやられたい放題されたんですから、そんな大技使う前に小細工ぐらいしておいてくださいよぉ」

「そ、それは違うよ、射命丸さん!」

 そう、違うんだ。
 最初は僕も、勝つために色々と小細工を画策していたけど。
 そもそも最初に幽香さんが言ってじゃないか。
 この決闘には、勝って得られる損得なんてないんだって。

「戦いには、策を弄するべき戦いと、策を弄しちゃいけない戦いがあるんだ。そしてこの決闘は―――後者なんだよ」

「あら、言うじゃないの」

「……かっこつけるなら、せめてちょっとくらいは勝ち目を見せてください」

「……頑張りますっ!」

 ですよねー。
 ううっ、こうなったら、倒れるまで力を注いでやる!
 どうせこのスペルカードが破られたら、もう打つ手はなくなるんだ。

「はぁぁぁぁぁああああああああああああっ!!!」

 力を注ぎこみ続ける。
 少しずつ、青い光が勢いを強くしていく。
 いつのまにか、両腕が凍っていた。
 あまりに強すぎる冷気の光が、余波で周囲を凍結させているのだ。
 凍っていく。大地が、花が、空気が。
 威力が強まると共に視界が狭まり、意識が遠のいていく。
 また、何かが凍る。
 もうそれを確認する余力も無いけど、二人の驚愕だけは伝わってきた。
 よし、ここで一気に押し切る!!

「これで、ラストぉ!!」

 全力で意思をつぎ込むと、青い光がさらに肥大化する。
 同時に、一気に意識が闇に沈んでいく。
 ……どうやら、僕の意地が生み出した結果を見る事は出来ないようだ。
 だけど、最後の最後で一矢報いる事は出来たかな?
 すでに何も確認できなくなった目を閉じて、僕はゆっくりと倒れていった。










 そんな僕が、あの時点で互いのスペルカードが一枚ずつになっていた事に気づいたのは、目を覚ました後の話だった。
 そういえばスペルカードって、相手が使い切っても勝ちになるんだったよね。
 なら、とりあえずあそこで仕切り直して戦っていたら結末は変わったんじゃ……。
 い、いや、あの時は正面から戦う事に意義があったんだから、ほら、えーっと、特に問題はないけど問題じゃん、それは。
 それに、身体の方もだいぶギリギリだったはずだし! 普通にそこそこ動けてたけど! たぶん!!
 ……ううっ、結局最後も締まらないオチになるんだよなぁ、僕って。
 
 
 



[8576] 東方天晶花 巻の十五「竹馬の友」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:54

巻の十五「竹馬の友」




 さて、ここで問題です。
 幻想郷最強の妖怪『風見幽香』を相手にした決闘で、僕はどうやって勝つのでしょうか。

 答え①ハンサムな晶くんは突如反撃のアイディアをひらめく。
 答え②射命丸さんがきて助けてくれる。
 答え③ペットになる。現実は非情である。

 うん、もうオチは分かってるよね?



 
 
 ―――紫ねーさま、このたび僕は幽香さんのペットになりました。
 人間の尊厳ってわりと簡単に無くせるもんなんですね、びっくりです。

「と、いうわけで……今までお世話になりました」

「いやいやいや、ちょっと待ちなって。丸一日連絡せず急に帰って来て、いきなりそれじゃあワケわかんないよ」

 ちょっと話を端折り過ぎたようだ。
 目の前のにとりは、僕の急な言葉についていけず軽く混乱している。
 水車小屋に辿り着くまでの間で、頭の中を整理していたつもりだったけど……まだだいぶ混乱してるみたいだ。

「とりあえず、中に入って詳しく話を聞かせてよ」

「だね。そうするよ」

「……ところで、文は?」

「幽香さんのところで取材中です」

 アレを睨みあいととるか取材中ととるかは個人の自由だと思うので、そう表現させてもらった。
 胃袋が痛くなるほど場の空気が引きつっていたのは気のせい。間違いなく気のせい。

「で、何があったの? というかその首の何?」

「首輪です」

「いや、そうじゃなくて」

「皮の首輪です」

「……とりあえず、最初から話してよ」

「分かった」

 うん、ぶっちゃけて言うと幽香さんにつけられたペットの証なんだけどね。
 それを正直に言えるほど器ないです、僕。
 そりゃ、「こんな事もあろうかと、あらかじめ用意していたのよ」と言われても苦笑いしか返せないですよね。
 ……ああいう時ってどうリアクションすれば良かったんだろうか。
 笑えばいいと思うってすでに笑ってるんですよ、見知らぬヘタレっぽい人。

「な、何で泣いてるのさ」

「色々ありまして」

「色々って、だから何があったのさ」

「えーっとね」

 気を取り直して、取材に行ってから起きた事を一から説明していく。
 幽香さんとの再会、挑まれた弾幕ごっこ、新しい能力。
 やがて話が同じスペルカードのぶつかりあいになったところで、それまで黙って聞いていたにとりがボソリと漏らした。

「相変わらず、アキラは生き急いでいるねぇ」

「やっぱそう見えますか」

 つーか「相変わらず」を枕詞につけられるほど無茶してるの? 貴方の中で僕は。

「ま、無事で何よりだけどね。……スペルコピー? だっけ、また言葉の響きだけは便利そうな技を覚えたもんだよ」

「言葉の響きだけは便利そうときましたか」

「どうせまた、しち面倒な条件とかガッカリなオチとかつくんだろ?」

「……その通りでございます」

 河童の理解度の高さは異常。
 でも、当人差し置いてやれやれ言うのは勘弁してください。
 何故か貧乏くじ引かされたはずの本人が申し訳ない気持ちになります。

「今更だからぶっちゃけ言うけど、三つの条件はこっちにもあるみたいなんだよね」

「あ、やっぱそうなんだ。……だけど、スペルカードのコピーならそう難しくもないだろ?」

 確かに、事前に名称を宣誓する必要があるスペルカードなら、技の名前を知る事は容易だ。
 弾幕ごっこに用いられる所は共通だから、用途を知るのもそう難しくはないし。
 強いて言うなら「見る」イコール「スペルカードを食らう」になる点が辛いけど、そこらへんはスキルコピーも変わらないからね。
 ただ、問題が無いかといわれるとやっぱりそうじゃないわけで。

「難しくないけど、僕が使うには面倒な問題があるんだよねー」

「問題?」

「スペルコピーで覚えた技は、’そのスペルカードの形を保っている’必要があるんだよ」

 自分の能力を把握していない愚を、幽香さんとの弾幕ごっこで痛感したからね。
 色々あって足止めくらっていた数時間の間に、「スペルコピー」で覚えた技の実験は相当しましたよ。
 おかげで、「スペルコピー」で覚えた技の利点と欠点はある程度理解する事が出来た……と思う。
 え? 色々あったって何の事だって?
 ヒエラルキー最下層の僕に説明できるわけないじゃないですか、あの睨み合いの一部始終を。
 
「んー、良く分かんないや。つまりどういう事?」

「元の形や力からかけ離れた弾幕にする事は出来ないんだよ。他の力と合わせても」

 この前の弾幕ごっこで覚えたマスタースパークは、直線的な光線以外の形で使う事は出来なかった。
 剣みたいな形の「マスターブレード」なんてスペルカードのアイディアも考えていただけに、受けたショックは地味に大きい。
 調整できたのは、結局威力と数だけだったしね。
 しかも、数を増やすと威力が落ちるため、マスタースパークの特徴が生かせなくなると言うオチ付き。

「それって、ちょっと面倒じゃないかい?」

「ちょっとどころかだいぶ面倒だよ。スペルカードの特性を残さないといけないから、どうやっても亜種っぽくなっちゃうし」

「うーん、複数のスペルカードを合わせる時はどうなっちゃうの?」

「……そこまでは試してないけど、組み合わせが悪かったら『劣化弾幕抱き合わせ商法』になるんじゃないかと」

「泣きたくなるほど世知辛いねぇ」 

「まったくです」

 あの時「フリーズ・ワイバーン」を思いつけた事は、幸運であり奇跡であった。
 【冷気を操る程度の能力】がうまい具合にマスタースパークに付与され、相乗効果として威力が上がったんだから。
 そりゃ、複合技の欠点である「能力を限定して使うため、同能力は使用不可になる」というペナルティはしっかりついてきているけど。
 多分現時点では、アレ以上の組み合わせを見つける事は出来ないんじゃないだろうか。
 単に二つのスペルカードを合わせても、それだけでパワーアップ!なんて安易な事にはならないはず。
 おそらくマスタースパークの数を増やした時みたいに、相対的に威力が下がってガッカリショボンなオチになるだけだろう。
 そもそも、大概の弾幕は能力覚えれば疑似的にでも再現できるからねぇ。

「結局、相手の能力と無関係なスペルカード覚えるぐらいしか用途ないんだよ」

「……そこまで酷いの?」

「酷くはないけど、弄り幅が少ないの」

「だから劣化前提で覚えるアキラには、ちょいと厳しいのか」

「そういう事です」

「なるほどねぇ」

 僕のコピーした能力や技は、オリジナルより劣る――というか’僕自身の地力相応’の結果しか生まないのだ。
 組み合わせる事で、劣化した力同士が相乗効果やら限定特化やらで強化され実力以上のパワーを持つことになるんだけど、それだって全てが上手くいくわけじゃない。
 ブーメランと拳法が両方強いからと言って、ただ組み合わせればいいってワケじゃあないんですよ。
 工夫せずにくっつけた所で、出来あがるのはブーメラン拳法なんつーワケのわからないモノなんだから。
 ………我ながらどういう例えだ、それは。
 
「ところで、だいぶ脱線したけど本筋の話はどこまで進めてたっけ?」

「アキラと花の妖怪が押しあいヘしあいってとこまで聞いたよ」

「ああ、そうだった」

「それでその状態からどうなったんだい?」

「えーっと……ここから先は、射命丸さんと幽香さんから教えてもらった話になるんだけど」

「……何で、他人から自分の決闘の顛末を教わるのさ」

「色々ありまして」

 何せ、その時の僕はいろんな意味でギリギリだったからね。
 「フリーズ・ワイバーン」で互角になったあたりから、僕自身の記憶はだいぶ曖昧な感じになっている。
 だから、これから話す事にも全然実感がなかったりするのだ。

「とりあえずそこらへんの説明を後回しにして要点だけ説明すると、僕は勝負に勝って試合に負けたらしいです」

「……本当に要点だけだね。どういう事だい?」

「劣化してる分負けていた僕は、複合したスペルカードを使ったんだよ。冷気属性を追加したビームって感じのヤツを」

「ビームってのはイマイチ分よくかんないけど………スペルコピーで覚えたスペルカードに、【冷気を操る程度の能力】を組み合わせた技なのかな」

「そういう事。それでも互角が精一杯だったんだけどね。どうもこの複合技、「冷気」の特性が概念として組み込まれてたみたいで」

「あんま小難しい事言われても分かんないから、簡単にお願い」

「このスペルカードは光も凍ります。幽香さんのスペルカードも凍りました。勝った」

「……マジ?」

「マジ、らしいです」

 残念ながら、僕はその時前後不覚に陥っていたので見てはいないんだけどね。
 「フリーズ・ワイバーン」は幽香さんのマスタースパークを凍結させ、粉々に砕いたらしい。
 マスタースパークに組み込まれた事で、冷気の特性がより幻想に近づいたのだろうか。自分で言ってて良く分からない。
 良く分からないけど、結果としてそれが勝利につながった事は確かだ。
 問題があるとするなら……。

「そこでガス欠起こして、結局僕の負けになったけど」

 まぁ、それくらいの事だろう。

「なるほど、要点通りの結果だったわけだ」

「……そういう事です」

 一応、「フリーズ・ワイバーン」は幽香さんに届いたらしい。
 余波で太陽の畑の一部は凍ってしまったらしいし、それなりに威力はあったんだろう。
 が、幽香さん自身はまったくの無傷。
 むしろ、両手凍った僕の方がダメージ大きかったという体たらくだった。
 ……凍傷になるほど酷くはなかったけど、しばらく両手が動かなかったしなぁ。
 
「そして、決闘に負けた僕は幽香さんのぺ――保護下に入る事になりまして」

「荷物を取りに、アキラだけ帰ってきたと」

「……そういう事です」

「なるほどねぇ」

 にとりがじっと僕の眼を見てくる。
 うぐぅ、やっぱり勝手にこういう事決めるのは、にとりに悪かったかな。

「―――ねぇ、アキラ」

「な、なに?」

「フラワーマスターの世話になる理由は、決闘に負けたからだけなのかい?」

「え?」

「付き合いは浅いけど、アキラがなんだかんだで意地っ張りなのは知ってるからね。何か他にも理由があるんじゃないかなーって思ってさ」

 間違ってたらごめんよ。と頬をかきながら苦笑するにとり。
 ……本当に、河童の理解力の高さは異常だ。
 一か月にも満たない短い付き合いで、僕の事をこんなにも分かってくれるんだから。

「えっとさ、幽香さんとの決闘で思い知ったんだよね。ああ、僕は幻想郷の事を何も分かってなかったんだなーって」

「……ん、続けて」

「頭でっかちな知識があるだけで、強さも、覚悟も全然足りなかった。きっと幽香さんが教えてくれなかったら、どこかでうっかり死んでたと思う」

 自分が強いとか、絶対に死なないとか、そういう無意味な自信が僕にも僅かだけどあったんだろう。
 妖怪全てが人間相手に「手加減」できるという変な信頼も、そこから生まれる油断を助長していたに違いない。
 ……だけど一番の問題は、相手の好意に甘えて自分を磨くのを放棄しようとしていた事だ。
 そんな人間に、幻想郷の全てを見たいと言う権利は、きっとない。

「決闘の後、幽香さんのお世話になるって決めた根本の原因はさ。つまるところ、生意気言うなら相応の実力を身につけなきゃいけないと思ったからと言いますか……」

「うん、分かった。なら止めないよ」

「へ―――?」

 僕がグダグダな言い訳を最後まで言い切る前に、にとりはそういって頷いた。
 ……自分で言っててかなり意味不明な説明だったと思うんですが、それで問題なかったのでしょうか?

「い、いいの?」

「いいよ。アキラがそう決めたんならね」

「な、なんかわりとあっさりだね」

「それはアキラが変わってなかったからだよ」

「僕が……?」

「うん。私は、アキラの誰とでも仲良くしようとする所が好きなんだ。誰がなんと言おうと、そこがアキラの長所だと思ってる」

「そ、そこまで褒められるとむず痒いんですが」

「だから、アキラが皆と仲良くなるために頑張るって言うなら止めない。止めるわけがない。だって、友達だもん」

「にとり……」

 彼女の笑顔が眩しい。
 たとえ種族が違うとしても、僕とにとりは友達だとはっきり言ってくれた。
 友達だから、僕のする事を信じると、応援してくれると言ってくれた。
 それが、すごく嬉しい。

「……はは、ありがとう。そんな事、言ってもらえるとは思わなかったよ」

「酷いなぁ。アキラは私の事をなんだと思ってたのさ」

「友達、だよ。幻想郷で出来た、大切な友達」

「なーんだ、私と一緒じゃないか」

「うん、そうだね」

 お互いに笑い合う。
 頑張ろう。彼女が信じてくれた「久遠晶」であり続けるためにも。

「だから遠慮せず行っておいで、アキラ」

「うん。ありがとう、にとり」

「礼はいらないって。……だけどまぁ、アキラとお風呂に入れなくなるのは寂しいかな」

「いや、今までも一緒に入った事はないから。なにその事実捏造」

「花の妖怪の所に行っても、たまには一緒にお風呂入ろうね」

「丁重にお断りします」

 今までの感動を、あっさりぶち壊す発言をするにとり。
 おそらく、これから幽香さんの元に行く僕を励ましてくれてるんだろう、多分。
 最後の言葉を「にとりなりのジョーク」と受けとって、僕は水車小屋を後にした。
 ……せめて、冗談の上だけでも了承してあげれば良かったかな。
 お互いが見えなくなるまで手を振り続けるにとりを見ながら、僕は噛みしめるように彼女との思い出に浸るのであった。










 ―――僕が幽香さんの家に住み始めて、最初の朝を迎えた。
 到着した当初は「ペット」という扱いに戦々恐々としていたワケなんですが、どうやら思いっきり杞憂だったようです。
 三食個室付きの上に自由行動可能門限無しって、優遇されているにも程があるでしょう。
 まぁ、幽香さんの用事を最優先するよう厳命はされたけどさ。そこらへんはむしろ予測の範囲内というか当然の要求というか。
 とにかく、思いのほか優しい扱いに拍子ぬけしたわけなんですが……思いもしなかった問題が、一つ発生しました。
 
「さて、弁明を聞こうか」

「はてさて、何の事だい?」

 なぜか、朝起きたら居間に河童がいました。
 フローリングに座り込んだにとりと、椅子に座って優雅にお茶してる幽香さん。……シュールな絵だ。

「僕の涙と感傷と思い出を返せっ!」

「そこまで言うかい」

「何でココにいるのさ!? 昨日別れたばっかじゃん!? しかもくつろぎすぎっ!!」

「えー? だって、アキラの持ってる「おりじなる」がないと『でじかめ』と『ぷりんた』の調査ができないじゃん」

 屈託のない満面の笑みだ。さては、最初からそのつもりだったなこの河童。
 嬉しいはずなのに釈然としないのは何故だろう。
 救いを求めるように、僕は幽香さんの方に視線を送る。

「私は構わないわ。邪魔になったら’出て行ってもらう’だけよ」

 はて、幽香さんの寛容な態度に、背筋がぞっとするのは何故なんでしょうか。
 とはいえ家主のOKが出たのは間違いない。
 そうなると、ペットの僕に異論を挟む余地はないのだ。……さすがに、そこまでムキになるほど怒ってたわけでもないしね。
 
「すでに一人受け入れているんだから、もう一人ぐらい増えたって何も変わらないわよ」

「へ?」

「どうもー! 清く正しい射命丸ですっ!! 久遠さんの様子を見に来ましたっ!」

「――ああ、なるほど」

 どんなやり取りがあったのかは知らないけど、幽香さんと射命丸さんの対立には一応の決着がついたらしい。
 何故かやたら張り切る射命丸さんと、悪党っぽく笑う幽香さんの態度が気になったけど、まぁそこはスルーで。
 その結果、射命丸さんはこの家にも変わらず顔を出す事になったんだけど……。
 それってつまり、今までとほとんど状況が変わらないって事だよね。

「…………ほんと、嬉しいはずなのに、釈然としないこの気持ちは何だろう」

「人生なんて総じてそんなものよ」

「幻想郷には不条理なんてないんですよ? あるのは誰かが望んだ結果だけです」

「あはは、気にしない気にしない」

 やたら悟ったことを言う三人の妖怪の意見を聞き流しながら、僕は深々と溜息を吐くのだった。
 ―――まぁ、楽しそうだからいいか。





[8576] 東方天晶花 巻の十五点五「呉越同舟」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:54

巻の十五点五「呉越同舟」




文「それでは久遠さんも行ったところで、取材を再会させていただきます」

幽香「あら、取材する気あったのね」

文「(無視)それで、なにを企んでいるんですか。フラワーマスター」

幽香「企むなんて失礼な物言いね。ちょっと考えているだけよ」

文「考えている? 何をですか」

幽香「―――晶と全力で殺し合ったら、きっと楽しいんでしょうねって」

文「……っ。へ、へぇ~、つい昨日その久遠さんを完膚なきまでに叩き潰したというのに、良くそんなセリフが言えますね」

幽香「大したプロ意識ねぇ。でも、頬が引きつってるわよ? 昨日みたいにヒステリックに怒鳴りなさいよ」

文「取材内容は全て記録されます。ご注意を」

幽香「うふふ、私が他人の目を気にするとでも?」

文「……質問の返答をお願いします」

幽香「答えは『今の晶の事じゃない』よ」

文「返答は、明確かつ簡素に出来ませんか」

幽香「あらあら、貴方には少し難しかったかしら?」

文「~~っく」

幽香「ふふっ、良い顔してるわね」

文「……さすがはフラワーマスター、いい性格してますよ」

幽香「失礼な言い草ねぇ。貴方がくだらない事を聞くから悪いんじゃない」

文「くだらない事、ですか」

幽香「ええ、そうよ。分かり切った事をあえて聞き返されるのは、とても不愉快でしょう?」

文「…………」

幽香「今の晶は、生まれたばかりの儚い新芽よ。何かを期待する方が間違っているわ」

文「……そんな可愛いものですかね、あの久遠さんが」

幽香「可愛いじゃないの。私が抱きつくと真っ赤になって慌て出すところなんて、特に」

文「(イラッ)」

幽香「あら、ヤキモチかしら?」

文「関係ない話をされてイラついているだけです。続きをどうぞ」

幽香「せっかちね。……だけど、無関係ってワケでもないわ。そういう所も気に入ったからこそ、手元に置こうと思ったのよ」

文「貴方が久遠さんを気に入っている事ぐらい、私も分かっています。聞きたいのは……」

幽香「晶と’遊びたい’理由――でしょう? ……貴方、もう一度罵って欲しいのかしら?」

文「私の考えと、貴方の考えが合っているとも限りませんから」

幽香「……強情ね。なら言ってあげるわ。晶が、強くなると思ったからよ。それも私と互角に戦えるぐらいにね」

文「……………」

幽香「どんな風に育つか分からない、始めてみる芽があったのなら、どんな花が咲くのか見たくなるのは当たり前の事でしょう?」

文「だから、久遠さんを?」

幽香「『手を打っておく』って言ったじゃない。どうせなら、’育つ’過程から楽しみたいものね」

文「そうやって、自分の思い通りに久遠さんを育てる気ですか」

幽香「いいえ。私は、あまり晶に干渉する気はないわね」

文「……なら、どういうつもりです。言ってる事が矛盾していますよ?」

幽香「してないわよ? もちろん、多少の口出しはするわ。けど、彼が望まない手助けはしないつもりよ。……そのために『様子見』したのだからね」

文「様子見……弾幕ごっこの前にも言っていましたね」

幽香「ええ、知っておきたかったのよ。晶に強くなる意思があるのかをね。そして、彼は私の望んだ答えを示したわ」

文「それは、貴方と戦うと言う答えではなかったはずですが」

幽香「今は強くなりたいと思っただけで良いのよ。力を得た人間は、多かれ少なかれ力に引きずられて好戦的になるもの。’遊ぶ’のは、それからでも遅くないわ」

文「やけに、のんびりとした話ですね」

幽香「それでもたった数十年の話よ。人の命は短いけど、その分成長もはやいわ。きっと、いい暇つぶしになるでしょうね」

文「……随分とあっさり言ってくれますね。私がそれを止めるとは思わないんですか」

幽香「自分で水をやって、自分で栄養を与えたら、知らない花だってどう咲くのか分かってしまうわ。不確定の要素があるからこそ、育つ過程に楽しみが出るのよ」

文「私も、久遠さんを育てる要素の一つにしかならない、と?」

幽香「晶自身が強くあろうと思う限り、貴方の意思を挟むのは難しいでしょう? もちろん、それは私にも言える事だけどね」

文「それでも、やがて自分の望んだ結果が出ると言いたそうですね」

幽香「’出す’のよ。それ以外の結果にはならないわ」

文「……絶対させないわ」

幽香「なら、好きなだけ干渉するばいいじゃない。私は止めないわよ」

文「上等よ。なら、私も貴方のする事に干渉しないわ。せいぜい今の内から、負け惜しみの台詞を考えておきなさいな」

幽香「あら、言うじゃない。’遊ぶ’時には呼んであげるから、せいぜい素敵な記事にしなさいよ?」

文「ふ、ふふふ、ふふふふふふふ」

幽香「ふふふふふ……」

晶「ただいまーーーーーって、何この筆舌しがたい空気!?」






[8576] 東方天晶花 巻の十六「鷺を烏」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:54

巻の十六「鷺を烏」




「チルノちゃーん! チルノちゃーん!」

 友達の名前を呼びながら、私は森の中を飛んでいきます。
 チルノちゃんは危なっかしいところがあるから、私も目を離せません。
 この前もチルノちゃん、湖の近くにある赤い御屋敷に「吸血鬼を退治してくる!」って言いながら突撃していっちゃうし。
 結局、優しい門番さんが親切に追い返してくれたけど……その後門番さんは、たくさんのナイフでハリネズミみたいになってました。

「どこに行ったのかなぁ、チルノちゃん」

 今日も遊ぶ約束したって言うのに、いつまでたっても待ち合わせ場所にこないんです。
 忘れているくらいなら良いんですけど、変な事に巻き込まれていたら……。
 怖くなって、思わず泣きそうになってしまいました。
 私達妖精はやられても自然に復活するせいか、乱暴に扱われる事が多くあります。
 私も、たまたま通りがかっただけで巫女に攻撃された。なんて事がありました。
 ……ほ、本当に大丈夫かな、チルノちゃん。

「ううっ、チルノちゃ~ん!」

「大ちゃーん! 大ちゃーん!」

「チルノちゃん!?」

 チルノちゃんが私を呼ぶ声が聞こえます。
 「大ちゃん」というのは、皆が呼ぶ私のあだ名の事です。
 私が大妖精だから、大ちゃん。可愛いですよね。

「あー、いたいたー!」

 にっこり笑いながら、チルノちゃんがこっちに飛んできます。
 良かったぁ。チルノちゃん、全然元気そうだ。
 無事だと分かると、今までどうしていたのかが気になってきます。
 ちゃんと遊ぶ約束したのに……忘れてたのかなぁ。

「やっほー! 大ちゃーん!!」
 
「もう! チルノちゃん、どうしてこんなところ……に…………」

「えへへー、ゴメンね。子分がうるさくてさぁ」

「………ども」

 チルノちゃんの後ろを、トボトボと人間さんがついてきました。
 えと……何で?

「チ、チルノちゃん? その人、誰?」

「あたいの子分よっ!!!」

「あの、選定試験には落ちたはずなんですが」

「そうやってワケわかんない事言って誤魔化さないの! まったくダメな子分ね、じこしょーかいもできないなんて」

「……久遠晶です。よろしく」

「へー、子分ってそんな名前だったんだー」

「今更!?」

 「くおんあきら」と名乗った人間さんは、チルノちゃんと楽しそうにお喋りしています。
 綺麗な黒い髪に、澄んだ蒼い瞳、そして絹のような肌。まるでお人形さんみたいに可愛い人です――黙っていれば。
 口を開いている今は、その、あんまり……。
 それに服装は普通なんですけど、何故か首におっきな首輪をしているんですよね。
 ひょ、ひょっとして、それってチルノちゃんが?

「えっと……あき、お? だっけ」

「あきら、だよチルノちゃん!」

「そうそう、あきらだったっけ。うん、あきらあきら」

「連呼しないと忘れそうなの? そこまで覚えにくい名前してるの、僕?」

「あきらはね、変な奴だけどいい子分よ。今日だってちゅーせーの証として首輪をつけてきたんだから」

「首輪の事は言い訳不能だけど、変な奴って認識だけは訂正してもらおう!」

「ね? 変でしょ」

「へ、変だねぇ」

 やっぱり、自分で首輪をつけたのかなぁ。
 でも、何のために?
 チルノちゃんの言うとおり、子分だからなんでしょうか。
 だけど人間が妖精の子分になるなんて話、聞いたこと無いです。

「ううっ、散歩に出かけただけで何でこんな目に」

「あきらは文句が多いなぁ、だからいつまでたっても子分なんだよ!」

「僕の記憶には「いつまでたっても」がつくほどの付き合いはなかったはずなんですが、あえてそっちじゃなくて子分の上に何があるのかを聞いてみます」

「友達! だから大ちゃんはあんたより上なのよ!! あ、あが、あが、あがあまめてつりなさいっ!」

「『崇め奉りなさい』」

「それよ! さすが子分!!」

「ねぇ、チルノの中では子分って辞書の別称なの?」

 とりあえず、嫌そうではないですね、うん。
 という事は自分の意思で? なんで?
 そういえば、前にサニーちゃん達と話してた時に……。





『あー、もう気分悪い!!』

『ど、どうしたのサニーちゃん』

『ヘンタイよ! ヘンタイが出たのよ!!』

『ヘ、ヘンタイ!?』

『へんたいって何よ。めいどちょーの事?』

『チルノちゃん、それは何か違うよ』

『すっごい変な奴の事よ。きっと私にイカガワシイコウイをしようとしてたに違いないわ!』

『そう……なの? ルナちゃん、スターちゃん』

『まー、変わった人ではあったかなぁ』

『服は変だったよ。着物でも、洋服でもなかった。あと、触覚みたいな髪が生えてた』

『外見なんてどーでもいいのよ! 行動がヘンタイそのものだったんだから!』

『鼻からチュウセイシンを垂らしてたの?』

『チルノのヘンタイ情報はどこから仕入れてくるのよ……いいわ、おバカなチルノに教えてあげる』

『あたいバカじゃないもん!!』

『チ、チルノちゃん落ちついて……』

『本当の変態は、そういう分かりやすい姿はサラサないものなのよ。シンシを装ってムガイそうに近づいてくるの』

『???』

『ふ、ふぇ~』

『(今のって全部、その「ヘンタイ」さんからの受け売りだよね。私達が全然分かんなかったヤツ)』

『(っていうか、あの人もサニーが持ってた本を欲しがってただけじゃない。サニーってば大袈裟なんだから)』

『ま、世の中には私達にヨクジョウするようなシンセイのヘンタイもいるんだからね、充分気をつけなさいよ』

『(え? サニーそれって……)』

『(あー、どうせ意味分かってないんだから無視していいよ)』

『(偉そうに年上ぶりたいだけだから、言ってること分からなくても相槌打っといて)』

『(う、うん……)』

『だいじょーぶよ! あたいってばサイキョーだもん!!』

『チ、チルノちゃぁん……』





 そうだ、思い出した。
 紳士的に、無害を装って、近づくニンゲン。
 ……へ、ヘンタイだぁ!?
 どうしよう、チルノちゃんにヘンタイさんが近づいてるよぉ!
 こ、このままじゃ、チルノちゃんが、チルノちゃんが。

「……大ちゃん、聞いてる?」

「へ? ど、どうしたのチルノちゃん」

「だぁかぁらぁ、よーかいたいじよ、よーかいたいじ」

「妖怪退治!?」

「最近、あたいの縄張りで好き勝手やってる妖怪がいるのよ! そいつを懲らしめてやるの!!」

「え、ええーっ!?」

 そんな、無茶だよ!?
 いきなりの提案に、私は泣きそうになってしまいました。
 チルノちゃんは確かに強いけど、それは妖精の中での話です。
 妖怪でも、ルーミアちゃんとかが相手ならチルノちゃんも負けないけど、それ以上は……。

「ほら、やっぱり無謀だって」

「あたいはサイキョーだから大丈夫なのよっ!」

 人間さんも私と同じ意見らしいけど、チルノちゃんは聞いてないみたい。
 そもそも、この辺りは別にチルノちゃんの縄張りじゃないよ?
 どうしてチルノちゃん、急にそんな事言いだしたのかな。

「新入りには、ガツンと一発教えておかないといけないのっ!!」

「新入り? えっと、誰の事?」

「やりたい放題やってるお化けムカデの事よっ!」

「お、お化けムカデ!?」

 ムカデって、あの足がいっぱいある虫の事だよね。
 お化けって事は幽霊なのかな。
 つまり……ムカデの幽霊さん?
 そ、そんな怖い虫がこの森にいるの!?
 
「お化けムカデっつーと、変化の一種かな? ……んー、幻想郷に来てから自分の知識が疑問形に」

「へんげ――ですか?」

 人間さんの口から出た聞きなれない言葉に、私は首を傾げます。
 私の言葉に、人間さんは少し驚いたような顔をしましたが、すぐに気を取り直して説明を始めてくれました。

「えっとね。数百年単位で生きた虫や動物や器物は、魂を持って妖怪化すると言われてるんだよ。そういう存在を総じて『変化』って呼称するのさ。幻想郷だとポピュラーなのは妖獣とかかな」

「みすちーとか、るーみあのこと?」

「いや、固有名詞を出されても……あー、でもまぁ、妖怪なら概ねそうなんじゃないのかなぁ」

「へー! そうなんだー!」

「私、初めて知りました」

 という事は、お化けムカデさんもあんまり怖くないんでしょうか。
 ちょっとだけホッとしました。
 人間さんは、すっごくものしりなんですね。

「うん、そう言ってもらえると嬉しいけど、それはそれで複雑な心中になるよね」

「なんでさ?」

「いや、まさか幻想郷の住人に妖怪の解説をする事になるとは思わなかったからさ。……これはアレか、世界童話物語も原作国ではドマイナーみたいなアレか」

「変なあきらー、何言ってるの? やっぱり子分は変わってるね」

「大事なことだから二回言われましたっ!?」

 い、いけない! 相手はヘンタイさんなのに。
 そうやって油断させて、イカガワシイ行為に及ぶんですよね。気をつけなくちゃ。
 それに、チルノちゃんが妖怪とケンカしようとしてる事には変わりありません。
 人間さんの話が本当なら、相手は長い時間を生きてる妖怪です。
 そんな妖怪相手に、チルノちゃんが勝てるのでしょうか。

「あの、人間さん。そのお化けムカデに弱点とかはないんでしょうか」

「うーん、そいつ自体は見た事ないから断言できないけど、ムカデの変化に有効な手法は一応知ってるよ」

「え! そうなんですか!?」

「なにそれ! 教えて!!」
 
 不安から人間さんに疑問をぶつけてみると、意外な答えが返ってきました。
 すごい! この人間さんは何でも知っているんですね。
 ヘンタイさんだけど、いい人かもしれません。

「ムカデの変化は、人間の唾液に弱いんだよ」

 ―――やっぱり気のせいでした。

「やっぱ、あきらは変だよ」

「ヘンタイさんです……」

「え、ドン引き?」

「もう、真面目に聞いて損したじゃない! あきらの馬鹿っ!!」

「別にこれは僕の趣味じゃ無いって!? 平安時代に田原藤太秀郷という武将が、三上山に住む大百足を退治する時に自分の唾を」

「そうやってゴチャゴチャ言って誤魔化さないの!」

 ひどいです。私達は真剣に話を聞いていたのに。
 やっぱり、この人はヘンタイさんで悪い人に違いありません。

「もういいわ! あたいは弱点なんて知らなくっても負けないもん!! 行ってくる!」

「ダ、ダメだよチルノちゃん! 危ないって」

「嫌よ! アイツはボッコボコにしてやるんだからっ」

「そんなぁ、何でそんなに怒ってるの?」

 確かにチルノちゃんは怒りっぽいし、すぐに色んな相手にケンカを吹っかけるけど、今日はちょっと変だよ。
 ……いつもどおりな気もするけど。
 ううん、やっぱりおかしい!

「―――アイツ、笑ってたんだって」

「え?」

「皆の家を壊して、泣いてる皆を見て、笑ってたんだって皆が言ってた」

 ……私達のお家は、森の色んなところにあります。
 妖精を雑に扱う妖怪たちも、私達のお家に意図して乱暴をする事はありません。
 妖怪たちにとっても、私達のお家は大切なものなんです。

「きっと、外の世界から『幻想入り』した妖怪なんだろうね。……今まで外にいて溜まってた鬱憤でも、晴らしたいんじゃないかな」

「そんな―――酷いです」

 外からきた妖怪は自分の力を見せつけたいようで、最初の頃は乱暴に振舞う事が多いみたいです。
 幻想郷に馴染むと、大人しくなったり無暗に暴れたりしなくなるんですが。
 それでも、限度ってものはあると思います。
 人間さんも淡々と話していますが、無表情な顔に少しだけ怒りが混じっているように見えました。

「サイキョーのあたいは、よわっちい他の妖精を護ってやらないといけないのよ!」

「あ、チルノちゃん!」

 すごい勢いで、チルノちゃんが飛んで行きます。
 チルノちゃんが最近よくそういう事を言っているのは知っていました。
 きっと、あの巫女さんの影響なんでしょう。
 紅白の巫女さんと弾幕ごっこをしてから、チルノちゃんはちょっと変わった気がします。
 でも、それでチルノちゃんが危ない目にあったら意味がありません!

「………さすが親分、かっこいいじゃん」

「そんな事言ってる場合じゃないです! 早くチルノちゃんを追っかけないと!!」

「分かってるよ。だから、落ちついて」

「え?」

 人間さんの周りが、急激に冷えていきます。
 やがて冷気は人間さんの背中に集まり、氷の翼を形作りました。
 チルノちゃんの羽とは違う、大きな鳥のような形の翼。

「人間……さん?」

「追っかけるなら早い方がいいでしょう? 移動速度だけなら天狗並な、晶クンにお任せってね」

 そういって、人間さんはニヤリと笑います。
 私は、その笑顔を呆然と眺める事しかできませんでした。










「あ、あわわわわわわ」

「口閉じて! 後、暴れられるとバランス崩れるから大人しくしていてくださいお願いしますっ!」

 人間さんが私をかかえて森の中を飛んでいきます。
 凄い速さです。景色があっという間に流れて行って、酔ってしまいそうです。
 でも、それ以上に――

「あ、あた、あた、当たちゃう、当たっちゃうぅ!」

「大丈夫! 当たらないと思ったら当たらないから! たぶん! そう思いたい!!」

「チルノちゃぁぁああん! たぁすぅけぇてぇ~!!」

 木が、木が迫ってきて怖いよぉ。
 凄い速さで飛ぶと、景色の方が襲いかかってくるように見えるとは思いませんでした。
 ううっ、今にも何かに当たりそうです。
 チルノちゃん、早く出てきてよぉ。

「あ、見つけた!」

「え!? どこですか!?」

「あそこ!!」

 人間さんが示した方向には、確かにチルノちゃんがいました。
 その向こう側には、『お化けムカデ』の姿も。

「す、すすす、凄く……大きいですよぉ!?」

「……3メートルはあるなぁ、アレは」

 しかも、すっごく怖いですぅ!
 みすちーちゃんやリグルちゃんみたいに、人の姿をしているわけじゃありません。
 本当に、ムカデをそのまま大きくさせた姿をしています。

「チ、チルノちゃんを助けないと! 早く、早くっ!!」

「はわわっ、ちょっと待って暴れないで、もう充分早――へぶっ!?」

「え?」

 凄い振動と共に、私は宙に放り出されました。
 縦に回転しながら飛ばされる私の目には、太い枝に顔をぶつけて止まっている人間さんの姿が映ります。

「だから……言ったじゃん」

「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁいっ」
 
 飛ばされた私は、そのまま地面に叩きつけられます。
 思ったより痛みはありませんでしたが、チルノちゃんの注意をひくにはそれで充分過ぎました。
 チルノちゃんが、驚きの表情でこちらに振り返ります。

「だ、大ちゃん!?」

〈―――愚かなりぃ!!〉

「きゃん!?」

 お化けムカデの体当たりで、チルノちゃんが木に叩きつけられました。
 チルノちゃんはその一撃で気を失ったようで、ゆっくりと地面に倒れていきます。

「チ、チルノちゃん!」

〈ぐふふふ……妖精風情が調子に乗りおって〉

 ゆっくりと、お化けムカデが近づいてきました。
 ところどころに刺さった氷の塊は、チルノちゃんの放った弾幕なんでしょうか。
 ギチギチと音を立てながら、お化けムカデは私の顔を覗き込みました。

〈好き顔をしておる。恐怖に彩られた瞳は、いかなる美酒より甘美な酔いを与えるものよ〉

 ガチガチと、縦並びの歯を噛み合わせながらお化けムカデの顔が近づいてきます。
 私は動けません。あまりの恐さに。

「チ、チルノちゃ……」

〈動くことすら叶わぬか、それもまたよし。せいぜい、現れぬ助けを呼び続けよ〉

「あ、あああ、あああああ」

〈さぁ、己が恐怖に凍りついたまま刻まれるがよい!〉

「――――うるさい、オマエが凍ってろ」

 

 ―――――――幻想「フリーズ・ワイバーン」



〈ぬ―――――〉

 爆ぜる青い光が、お化けムカデを包み込ました。
 私の視界を占めるほどの、圧倒的な力の流れ。
 一瞬の輝きはすぐに晴れます。そして光の通過した跡は、全てが綺麗に凍りついていました。
 森の木々も、地面も、そしてお化けムカデも。
 チルノちゃんが使う力をたくさん見てきた私ですら始めてみる、圧倒的な凍結。
 それを放ったのは……。

「に、人間さん」

「ふぅ……何とかなったぁ」

 奔流の始点には、枝の跡を顔に残した人間さんがいました。
 人間さんが、さっきのスペルカードを?
 ゆっくりと尻もちをついた人間さんは、犬のように舌を出して自分を扇ぎ始めます。
 
「大丈夫ー? 大ちゃんもチルノも」

「えっ、あ、は、はいっ!」

「そんな慌てなくても、もうあのムカデは動かないよ。……多分」

 ひらひらとこちらに手を振る人間さん。
 だけど、この人は。
 私はゆっくりと人間さんから遠ざかりました。
 お化けムカデより、得体の知れないこの人間さんの方がずっと怖いじゃないですか。
 これだけ強くて、あれだけ知識があるというのに、何で人間さんは子分なんてやってるんだろう。
 チルノちゃんに近づいて、何をしようとしているんだろう。
 頭の中で怖い考えがグルグルと廻り続けます。思わず、悲鳴を上げて逃げ出したくなりました。
 だけど、足が震えて動きません。

「ん……んんっ」

「あ、チルノちゃん!?」

「………あれ、大ちゃん?」

 チルノちゃんが目を覚ましました。
 良かった、気を失っていただけで大したダメージはなかったみたいです。
 チルノちゃんは身体を起こすと、周囲を見回します。

「うわっ、何これ。カッチンカッチンじゃん!」

「えっとそれは」

 人間さんのスペルカードがやったんだけど……。

「分かった! あたいがムイシキにお化けムカデを凍らせたのね! あたいってばサイキョー!!」

「……へ?」

「あの、チルノさん? それはないと思いますよ?」

「なによ。ムカデを凍らせるなんてあたいにしかできないじゃない! なら、あたいがやったに決まってるわ!!」

「なにその凄い論理展開。僕がやったとか思わないの?」

「親分の手柄を横取りする気なの!?」

「その言葉そのまんま返しますよオイ!?」

 チルノちゃんは、人間さんとどっちが倒したかで口論を始めました。
 すごいや、チルノちゃん……。
 良く分からないけれど感心してしまった私は、口を挟む事も出来ずに呆然と二人のやりとりを眺めていました。

「なら、しょーめいして見せなさい! 弾幕ごっこよ!」

「え!? ちょ、ちょっと待った! 僕、今「フリーズ・ワイバーン」使ったせいでヘロヘロなんだけど!?」

「イイワケはムヨウよっ! 覚悟!!」

 

 ―――――――雪符「ダイアモンドブリザード」



「くろんだいとぉぉぉぉおぉぉおぉぉおぉぉぉ!?」

 不思議な叫び声を上げて、人間さんがカチコチに凍らされました。
 あっという間の決着に何かを言う暇もありません。

「まったく、しょーがない子分ねぇ」

「あの……チルノちゃん?」

「さ、大ちゃん帰ろ!」

「ええっ!? 人間さんはぁ!?」

「いいのよ、あきらはほっとけば勝手に復活してあたいの前に現れるんだから」

「……なんだか妖精みたいな人なんだね」

「ま、そんなところね。何せあたいの子分なんだから!」

「そっかぁ……」
 
 自慢げなチルノちゃんの言葉を聞いて、私はようやく理解します。
 あんなに強かった人間さんがあっさり負けた理由と、チルノちゃんの子分になっていた理由を。
 とっても簡単な事だったんです。

「チルノちゃん凄いね! そんな人間さんを子分にするなんて!!」

 私が思っているよりもずっと、チルノちゃんは強かったんです!
 だから、あんなに強い人間さんも子分に出来たんですよ。

「当たり前じゃない! あたいってばサイキョーよ!!」

 胸を張りながら飛んで行くチルノちゃん。
 私は、チルノちゃんの後を追いかけながら拍手し続けます。
 チルノちゃんが面倒を見てくれている限り、人間さんも怖くないよね。
 今度は、ちゃんと助けてくれたお礼を言おう。
 そんな事を考えながら、私達はその場を去っていきました。



 そのすぐ後に、鴉天狗さんの叫び声が聞こえてきました……なんだったんでしょうね、アレ。




[8576] 東方天晶花 巻の十七「無用の用」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:54

巻の十七「無用の用」




 河城にとり様、河童の川鍋美味しゆうございました。

 河城にとり様、特製河童巻き美味しゆうございました。

 河城にとり様、胡瓜増し増し冷や汁美味しゆうございました。

 ……胡瓜尽くしとはこの事か。
 まぁ、実際美味しかったから良いんだけどね。
 幻想郷で食べた、最後の料理になるかもしれないワケだしさっ!

「で、氷精に負けた言い訳は無いのかしら?」

「……ありません」

 どうも、死亡フラグだらけの地雷原を全力疾走している晶君です。
 現在絶賛正座中……というか強制着座中でございます。
 いやー、知らなかった。
 幽香さんの【花を操る程度の能力】って、こんな使い道も出来たんだね。
 植物の拘束具とか、漫画でしか見たこと無かったよ。
 でもこれ、膝の上に石畳置いたら普通に拷問になりますよね?
 ……手足を蔦で絡める以上の事をしてこないのは、せめてもの情けなのか。

「ほら、現実逃避しないの」

 幽香さんが優しく僕の態度を諌めるのに合わせ、足に絡まっていた蔦の蕾が花開く。
 それ自体は、身じろぎすれば簡単に散ってしまうただの花でしかない。
 だけど、それを本当に散らしてしまった時、僕の命も散る。
 明言されてはいないけど、幽香さんの眼はそう告げている気がした。
 
「あれだけ綺麗に凍らされておきながら、弁解の一つも出てこないのかしら」

「弁解したら、怒るんでしょう?」

「何も言わなくても怒るわよ」

 理不尽だ。いや、一応幽香さんは僕の師匠っぽい立場にいるんだから、理不尽ではないのかな? でも僕としてはやっぱり理不尽だ。
 ムカデの変化を倒した僕は、何故かチルノに凍らされた。
 その後、射命丸さんに発見された僕は、太陽の畑まで輸送、解凍され今の状態に至ったというわけだ。
 射命丸さん? 今僕の後ろで冷やかな視線を送っていますよ。
 あえて視線の意味を翻訳するとしたら、「またこの人は安易に命を危険に晒して……」といった所だろうか。
 ……色々と迂闊でごめんなさい。

「仕方なかったんです。あの時は「フリーズ・ワイバーン」を使ったせいで、弾幕を避ける余力も無くて」

「あんな変化相手に余力無くすくらい苦戦しないでください」

「う、うぐぅ」

 僕の弁解は、あっさり射命丸さんに論破されてしまいました。
 なんでも射命丸さん、そして話を聞いた幽香さん曰く、あのムカデの変化は妖怪としてはむしろ弱い部類に入るようで。
 ……数百年程度の変化って、幻想郷じゃあ「思春期入ったガキンチョ」レベルの扱いでしかないんだそうです。
 見た目コワモテだから、思わず不意打ちで最強必殺技を叩きこんでしまったけど……普通に戦ってればよかったかなぁ。

「そう意地の悪い事を言うものじゃないわよ、文。結果がどうあれ、晶の判断自体は正しかったわ」

「貴方に意地が悪いと言われるのはだいぶ不本意ですが……どうやら、幽香さんの見解は私とは違うようですね」

「そうね。相手は幻想郷のルールも知らない無法者、早めにケリをつけようとした晶の行動自体は間違っていなかったと思っているわ」

「そう言われると……確かに」

「問題なのは、晶のスペルカードよ」

「ぼ、僕の「フリーズ・ワイバーン」が問題なんですか?」

「一発放っただけで戦闘不可能になるようなスペルカードよ? いつかこういう事になるのは目に見えていたわ」

「はわわ……」

 確かに、「フリーズ・ワイバーン」による体力の消費は尋常でない。
 何せまったく疲れていなかった僕が、足腰立たなくなるくらい疲労したんだ。
 幽香さんの言うとおり、こういう事態に陥るのは時間の問題だったのかもしれない。

「氷精に感謝した方がいいわよ? 何しろ貴方のスペルカードの欠点を教えてもらったんだもの」

「そうですねぇ。弾幕ごっこは連戦する事も考えられますから、使えば即座にゲームオーバーになるスペルカードは色々と問題がありますよね」

「一撃必殺というわけでもない所がさらに問題よ。氷結の特性を持っている点は評価できるけど、ね」

「そもそも、最初に使った時点で幽香さんに破られているわけですし。そう考えてみると切り札としての価値も……」

「あの、もう勘弁していただけませんでしょうか」

 二人にそうやって淡々とダメ出しされると、心が折れそうになるんですが。
 喧嘩しなくなった途端、ありえないほど仲良くなってませんか二人とも。
 意外と、相性いいのかなぁこの二人。

「仲は良くないわね」

「むしろ最悪ですよ?」

 揃って心を読まないでください。
 後、それはそれで切ないです。

「そ、それにしても、「フリーズ・ワイバーン」がこんなに使いにくいとは思わなかったですねっ」

「違うわよ? そのスペルカードが使えないんじゃなくて、貴方が使いこなせていないだけよ。あと、その誤魔化し方無理があるわ」

「そうですね。結局、久遠さん自身が貧弱すぎる事が問題なんですから。それと、その話題の振り方はどうかと思います」

「……別に、仲悪くないじゃん」

 泣けてくる。別に悪意があって言ってるわけじゃないのが余計に。

「とりあえず、晶」

「はい?」

「そのスペルカードは使用禁止よ。欠点が克服されるまで使わないこと」

「やっぱそうなりますか……」

「そりゃなるでしょう。これ以上、久遠さんに自爆要素を追加するわけにはいきませんよ」

「え? そんなに言うほど自爆要素多いの、僕?」

「むしろ自爆体質の体現者ですね」

「体現者!?」

 射命丸さんの中で、僕はどういう人間にされているんだろうか。
 ……あながち、否定しきれないのが辛い。

「でも、アレが一番威力のあるスペルカードだからなぁ……禁止されるのはちょっと」

「確かにある意味必殺技ですよね。自分を、と頭に付いてしまう所が問題ですが」

「あはははは―――おっしゃる通りです」

「………そうねぇ。打たれ弱いのも、決定打に欠けるのも問題よね」

 幽香さんが、ボソリと呟いた。
 まるで、悪戯を思いついた子供のような笑顔で。
 いや、子供というには少々……あの、その邪悪な微笑みはなんですか幽香さん。
 彼女は満面のように見えなくもない笑みを浮かべ、僕の首輪を掴む。
 頭の中で警鐘が鳴りまくっているのは、きっと気のせいじゃ無い。

「あの……幽香さん?」

「さ、晶。散歩に行くわよ」

 ―――その散歩とやらは、デスマーチと何が違うのでしょうか。

 








「見えてきたわね」

「久遠さーん、見えてきましたよー」

「…………うぐぅ」

 幽香さんの言う「散歩」は、今のところ本当に普通の散歩だった。
 ただし、僕の扱いを除いての話だけど。
 幽香さん、首輪に縄をつけて引っ張るのは、外の世界じゃペットの散歩でする事です。
 ……ああそうか、だからなのか。

「憔悴しきってますねー」

「そう思うなら、この状況を何とかしてください」

「すいません。その、彼女とは相互不干渉を誓い合ってまして」

「ううっ、これくらい干渉しても罰は当たらないと思うんですが」

「似合ってますよ?」

「それが本音か」

 今分かった。僕に味方はいない。
 二足で移動させる程度の尊厳は残してくれていますが、むしろ中途半端に残ってる分余計恥ずかしいんです。
 いや、一気に尊厳を取り除いてくれと言ってるわけじゃありませんよ?
 ただ縄をつけて引っ張りまわすのを勘弁して欲しいんです。首輪はもう諦めましたから。
 おかげで今の僕には、いちいち周囲を気にしている余裕も無いんですよ。

「ところで、なにが見えてきたの?」

「はぁ……本当に余裕がないんですね。目的地ですよ、目的地」

「え? この散歩って目的地があるの?」

「それはありますよ。歩き回る為に出かけたわけじゃありませんからね」

「それもそうか」

 どうも、思っていた以上に僕は憔悴していたらしい。
 散歩に至る経緯を考えれば、目的地がある事は十分考えられたというのに。
 さて、どこに連れてこられたのだろうか。
 それを確認するために、僕は下げっぱなしだった顔を前に向けた。
 
「うわ! 何アレ!?」

「あー、やっぱりそういう感想になりますよね」

 幻想郷に似つかわしくない整った道の先には、大きな洋館が存在していた。
 それだけなら、外の世界の避暑地みたいな光景だなぁ。と珍しがるだけで終わっていただろう。
 けどそれは、屋敷の外観が普通だった時の話だ。
 
「……真っ赤だ」

 そう、その洋館は屋根から壁にいたるまで全て深紅に染まっていた。
 もう悪趣味とかそういうレベルをとっくに通り越して、芸術の域にまで辿りついている光景だ。
 そしてその芸術は、当然僕には理解できない。
 しかも窓が全然無いし。どういう間取りしてるんだろう、この屋敷。

「ここは『紅魔館』、趣味の悪い吸血鬼の根城よ。この散歩の目的地でもあるわね」

「……すいません。片っぱしから不吉な単語が入りまくっているような気がするんですが」

「その予感は気のせいじゃありませんから、気をつけた方がいいですよ。いろいろと」

 あー、やっぱりそうなんだ。
 とりあえず、幻想郷には吸血鬼さえいる事にビックリしておこう。
 アリスの時にも思ったけど、本気で節操無いよね幻想郷。
 しかも、そんな妖怪の住み家が目的地ってどういうことですか?
 僕が足を踏み入れるだけで死亡フラグになりそうな所に、目的を置いてほしくないんですが。

「話は終わった? なら、先に進むわよ」

「あの……幽香さん。つかぬ事お尋ねしますが、吸血鬼の根城で何をする気なんですかね?」

「あら、私は何もしないわよ」

「あ、そうなんですか」

 良かった。幽香さんの事だから、てっきり何か無茶苦茶な事をするのかと。
 そうだよねぇ。いくら幽香さんでも、いきなり吸血鬼の根城に殴り込むなんて事は。

「貴方が、紅魔館に真正面から突撃をしかけるのよ」

「―――正直、そうじゃないかと思ってました」

 けど、その提案は攻撃的過ぎじゃないでしょうか。
 確かに強くなりたいとは思ってますが、僕の基本姿勢は専守防衛ですよ?
 というか死ぬて。今度こそ間違いなく死にますて。

「すいません幽香さん。出来れば、そういう後々遺恨が残りそうな散歩は勘弁願いたいのですが……」

「ふふっ、そのあたりの問題なら大丈夫よ。あの我儘な吸血鬼はきっと、菓子折を持って挨拶に行くより喜んでくれるわ」

「そ、それはいくらなんでもありえないのでは」

 この人、嘘はつかないけど自分の中の常識で物事を語る時が結構あるんだよなぁ。
 確かに幽香さんはそういう『挨拶』の方が好きなんだろうけど。
 あの屋敷の主である吸血鬼まで、そういう嗜好があるとは限らないんじゃ。
 とりあえず、確認の意味を込めて射命丸さんに視線を向けてみる。
 彼女は僕と目を合わせると、苦笑しながら頷いた。
 ……つまり、マジなんですか。
 幻想郷の妖怪は、強くなればなるほどバトルジャンキーになる傾向があるとかないよね。
 ない、よね?

「少なくとも、何かしらの縁は出来るわよ。良かったじゃない」

「未来の皮算用を喜ぶ前に、今の命を大切にさせて欲しいんですが」
 
「――頑張りなさい」

「イエッサー!」

 直立不動で敬礼し、僕は反論する事を諦めた。
 うん、情けないのは分かっているからヘタレって言うな。
 今の命を大切にした結果がこれなんだよ! 目に冷たい光が宿ってたんだよ!!

「応援する事しかできませんが……頑張ってください、久遠さん」

「うぐぅ、その一言だけで救われます」

 けど、応援の内容は幽香さんとおんなじだよね。などと思ってしまう捻くれた僕。
 自分の死を予期し、心がささくれだっているわけではない。断じてない。

「ほら、入口が見えてきたわよ。いつまでも私の後ろに隠れているんじゃないの」

「ぐぇっ」

 幽香さんに縄を引っ張られ、先頭に押し出される。
 ここからは僕一人で行けという事なんだろう。二人はその場で立ち止まり、幽香さんは僕の縄をほどいてくれた。
 ……覚悟、決めるしかないよなぁ。
 両頬を叩きながら、僕は紅い屋敷と相対する。
 洋館を囲っている鋼鉄の柵の入口が、目と鼻の先に存在していた。
 ここから、堂々と入っていかなきゃいけないんだよね。

「…………あの、度々すいません」

「今度は何かしら?」

「あそこに佇んでいる門番と思しき方とは……」

「当然、戦うのよ」

「ううっ、やっぱりそうですか」

 実は先ほどから門の前にずっと、一人の女性が佇んでいたのだ。
 人民服とチャイナ服を合わせたような中華風の衣装に、艶やかな赤い長髪を持つ長身の美女。
 こちらに見向きもせず悠然と佇んでいる彼女から、僕はこの屋敷の守護神と評するに相応しい威厳を感じとっている。
 はっきり言って超強そう。まだ吸血鬼の顔すら見ていないと言うのに、この絶望感は何なんだろうか。
 
「久遠さーん、何やってるんですかー?」

「ちょ、ちょっと待って! まだ覚悟が決まってなくて」

 今までと違って自発的に喧嘩を売るせいか、どうにも覚悟が決まらない。
 せめて相手が反応してくれれば、その場の勢いでどうにか戦えると思うんですが。
 ……不法侵入の意図を露骨に示しているというのに、ウンともスンとも言わないのはどういうわけなんでしょうか。
 相手にもされてないって事? それはそれでショックだなぁ。
 それとも、僕の背後に控えている幽香さん達を警戒しているのだろうか。

「そうなんですか。なら、覚悟が決まってからで構いませんから、相手を起こしてあげてくださいよ?」
 
「……へ?」

「ふふっ、寝ている相手に右往左往する晶もなかなか面白かったわね」

 二人の言葉を受け、改めて目の前の女性の様子を確かめる。
 穏やかで定期的な呼吸、かすかに前後する頭、あと鼻ちょうちん。
 どう見ても寝てます。本当にありがとうございました。
 こんな油断しまくった姿に脅威を感じていたとは……これが噂に聞く、石橋を叩きまくって壊すというヤツか。

「いえ、ただ久遠さんがビビっていただけでしょう」
 
「臆病と慎重過ぎる事は完全に別物よ?」

 だから、心を読むのと二人がかりでチクチク痛いところを突っつくのは止めてくださいってば。
 そのうち泣きますよ? もう半泣きだけど、さらに全泣きを追加して五割増しの勢いでマジ泣きしちゃいますよ?
 うん、まぁ泣くだけなんですけどね。

「……ごほん」

 軽く咳ばらいして、気を取り直す。
 何はともあれ、相手が寝ていると分かった事は僥倖だ。
 卑怯だと言われようと相手の隙をつくのは勝利の鉄則なのだから、存分にこの優勢を利用させてもらおう。
 僕は悪党ちっくな笑みを浮かべ、幽香さんに問いかけた。
 


「――――作戦タイムを申請しますっ!!」

「却下よ」



 せ、せこいとか言わないでよ!
 こっちも生き残るために必死なんですよっ!!
 



[8576] 東方天晶花 巻の十八「羹に懲りて膾を吹く」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:54

巻の十八「羹に懲りて膾を吹く」




 前回までのあらすじ、紅魔館で僕と握手。
 嘘です。
 紅魔館に突貫する事になった僕は、門番と戦う羽目になりました。
 残念ながら、今度は本当です。
 しかし相手となるはずの門番は、何故か爆睡していました。
 そこで僕はその隙を突くための作戦タイムを提案し、幽香さんにあっさり却下されたワケなんですが。

「……久遠さん、まだ覚悟は決まらないんですか」

「もーちょっとだけ、後少し待って!」

 未だに僕は、門番を起こしてすらいなかったりします。

「往生際が悪いわね」

 そう言われると反論できませんが、僕の葛藤も少しは察してくれませんか。
 幻想郷じゃ弾幕ごっこなんて日常茶飯事なのかもしれませんが、僕にとってはまだ非日常の出来事なんですよ。

「うう、せめてこの隙を有効に活用できれば……」

「寝ている間に攻撃を仕掛けるの? 意外とイイ性格してるじゃない」

「そ、そこまで外道な真似はしません!」

 ただちょーっとだけ先手を打って、効果的なスペルカードの組み方とかを考えたりしておきたいだけですよ。
 ……残念ながら今のところ、そういったアイディアはひとつも出てこないんですがね。
 まぁ、それも当たり前か。
 僕には対抗策を編み出すための情報が、圧倒的に不足しているんだから。

「ちなみに、あの門番ってどんな人なんですかね?」

「相手が寝ている間に戦力分析したいなら、はっきりそう言いなさい」

「……言ってもいいんですか?」

「言うだけなら自由よ。答えないけど」

 ですよねー。
 しかし、前準備なしで挑む愚を散々犯してきた僕としては、何か一つくらい相手の事を知っておきたいワケなんですが。
 出来れば役に立ちそうな情報なんかを。

「なら、私が教えますよ。あの門番の情報ですよね」

「え、いいの!?」

「構いませんよ。私は幽香さんみたいに、久遠さんを追い詰めて喜ぶ性癖はありませんから」

「あら、言ってくれるじゃない」

「あやや? 事実じゃないですか」
 
「うふふ……貴女って記事だけじゃなくて口先まで出鱈目なのね」

「あはは……清く正しい文々。新聞に随分な言い草じゃないですか」

 幽香さんと射命丸さんの間に剣呑な空気が流れる。
 話題を振った僕にこれを言う権利はないのかもしれない。けど、あえて言わせて。
 ―――――余所でやれ。
 あと、これだけ混沌としている状況下で、なお寝ている門番はもう逆に凄いと思う。

「とりあえず、教えてもらえるのかもらえないのかだけはっきりしてくれませんか」

「そうね。鴉天狗が教える事を止める気はないわよ。相互不干渉だもの」

「そういう事です。ですから、遠慮なく聞いてください」

 僕の問いかけに合わせて、あっさりと口喧嘩を止める二人。
 仲が良いのか悪いのかいい加減はっきりしてください。

「……とりあえず、門番の事を教えてもらえますか、射命丸さん」

「はい。彼女の名前は紅美鈴、【気を使う程度の能力】の持ち主です」

「【気を使う程度の能力】ねぇ」

 それってもしかして……。
 いやいや、いくら幻想郷でもそれはさすがに。
 けど、ひょっとしたらひょっとするかもしれない。頭の片隅にでも覚えておこう。

「弾幕ごっこは苦手なようですが、その分近接戦は鬼のように強いです。武術の達人ですから近づくのは自殺行為ですよ」

「なるほど、そうなると僕がとるべき戦法は……」

 遠距離からチクチクやる、ヘタレチキン――もとい、ヒットアンドアウェー戦法が主体になるね。
 相手は門番だから、門から離れて派手に動き回る事もしないだろうし。

「超接近戦ね」

「……へ?」

「弾幕はあまり使わず、出来るだけ相手と距離を離さずに戦いなさい」

 僕がそんなことを考えていると、それまで黙っていた幽香さんから突然死刑宣告された。
 いくら何でも、その命令は無茶過ぎる。
 けれど、幽香さんの眼はその言葉が本気である事を如実に語っていた。

「ど、どうしてそんな事を」

「有利になった分、ハンデはつけないといけないじゃない」

「あの、実力的に劣勢確実な僕に、そんなハンデをつける必要があるんでしょうか」

「あるわ」

 断言された。どうやら、断る事は出来ないようだ。
 ……なるほど、干渉する事は出来なくても後付けする事は出来るんですね。
 そして、幽香さんには僕を有利にする気が一切無い、と。
 これで吸血鬼の事なんて聞いた日には、背中に米俵をしょったまま戦う羽目になるかもしれない。

「……行ってきます」

「くすくす、行ってらっしゃい」

 おかげで覚悟が決まりましたよ。ありがとうございます。
 射命丸さんも、苦虫を噛み潰したような表情で見送ってくれる。
 まぁ、わりと致命的なハンデを付けられたけど、情報を貰った事自体は有益だった。
 おかげで、ひとつ思いつけた事があるしね。
 相手が射命丸さんの言った通りの相手だとしたら、この手はかなり有効な筈だ。

「よしっ、たのもーっ!!」

 決意を込めて開戦の合図を自ら口にする。
 道場破りのような心境で放った、そんな僕の叫びは。

「……………………………ぐぅ」

 しかし、受取人不在で帰ってきてしまった。

「た、たのもーっ!!!」

「ぐぅぐぅ」

「もしもーし!」

「すやすや」

「……起きてくださーい」

「ふへへぇ、そんな褒めないでくださいよ咲夜さぁん」

 ……どうすんのさ、これ。
 もうこのままこの人スルーして、屋敷の中に入っちゃってもいいんじゃない?
 助けを求めるために背後の二人へ視線を向けると、さっと逸らされた。
 僕一人で何とかしろということか、面倒だからこっちに振るなということか。……どっちにしろ切ない。

「揺すったら起きるかな……いやでも、武術の達人は寝ている間にすら敵意を敏感に察するというし」

「くふふふ、特別ボーナスですかお嬢様。いえいえ、遠慮なくいただきますよ。えへへ」

「さて、本当にどうしよう」

 これは不意打ちしても許されるレベルの油断じゃないだろうか。
 射命丸さんと幽香さんがいなかったら、多分僕暗黒舞踏とかして注意を引こうとしていたよ?
 ……いっそもう、本当にやってみようか。

「ふにゃあああ!?」

「うわぁぁああ!?」
 
 突如、それまで沈黙を保っていた――というか寝てた――門番が、叫び声を上げて立ち上がる。
 至近距離でその場面に遭遇した僕は、驚いて後ずさった。
 すると、彼女に何が起こったのかが見えてくる。
 何故か門番の頭には、一本のナイフが突き刺さっていたのだ。
 さすがにそれは目が覚めるね。……ってオイ。

「え? え? 何でナイフ!? どこから飛んできたの!? 僕知らないよっ!?」

「ああ、気にしなくていいですよ久遠さん。紅魔館の名物みたいなものですから」

「そうね。紅魔館に来たら一度は見ておきたい、そんな名物よね」

 え、なにそれこわい。
 僕の目の前で起きた謎のナイフ飛来現象は、紅魔館の名物であるらしい。
 さすが吸血鬼の根城は一味違うね。ただの人間である僕には全く分からない世界がそこにある。

「……すいません、全然納得できません」

「じゃあ、納得させてあげるわ。――ヒントは門の中、よ」

 門の中って、紅魔館の庭に当たる所だよね?
 ヒントって言われても、僕が見た時には何も……。

「――――あれ? 誰?」

「あやや、やっぱりお見通されてましたか」

「あの暇人が、こんな面白そうな事に首を突っ込まないワケないじゃない」

「それもそうですね」

 そこには、いつのまにかメイドさんがいた。
 流れるような銀色の髪に、ガラス細工のような美しい瞳。
 端正な顔つきは人形のように綺麗だけど、同時にその無機質さが得体の知れない恐ろしさを醸し出している。
 清廉で瀟洒な侍従、と評するのが最も相応しい彼女の容姿に僕は息を呑んだ。

「うー、いたた。寝てません、寝てませんよ咲夜さん」

 そして、門番のセリフに呑んだ息を吐いた。
 ……この状況下で、なおそんな言い訳が出るとは。
 もうあれだ、僕の中で門番への評価が尊敬のレベルまで上がったね。絶対、ああはなりたくないけど。

「ふぎゃっ!?」

「うわっ!?」

 再び、ナイフが門番の後頭部に突き刺さる。
 やたら生々しい刺さり具合だけど、そこはさすが妖怪。至って平気そうだ。
 顔からモロに倒れた上に血だまりが出来かかっているみたいだけど、本人的には全然問題ないんだろう。
 うんっ、大丈夫! 誰も気にしてないみたいだから、きっと大丈夫さ!! 大丈夫ったら大丈夫!

「御見苦しいところをお見せしました。申し訳ございません」

「は、はわわわわ!?」

「………『はわわ』?」

 門番に注意が飛んでいたため、メイドさんが目の前に立っていた事に気づかなかった。 
 いや、ちょっと待て? 冷静に考えるとだいぶおかしいぞ?
 メイドさんの居た庭からここまでは、数秒かかる程度の距離がある。
 おまけに屋敷に繋がる鉄の扉は閉まっていたから、ここに来るには扉を開ける必要もあったはずだ。
 つまり彼女は、僕が門番に注視した僅かな数秒で扉を開き、ここまでやってきたという事になる。
 それも音を一つも立てずに、だ。
 …………さっぱりワケが分からない。
 しかもはわわて、いや最初に言ったのは僕だけど、いやだからって復唱するって、いや別にいいんだけど。

「よしよし」

「はひ?」

「………『はひ』」

 パニック状態に陥っていた僕の頭を、なぜかメイドさんが撫でてきた。
 しかも、何度か繰り返すごとにその撫で方が優しくなってくる。

「はふぅ~」

「………『はふぅ』」

 何でこの人、いちいち人の呟きを復唱するんだろうか。
 良く分からないけれど、何となく満足そうな顔をしているからいいか。
 ほら、あれだ。撫でられた猫の反応に一喜一憂する人みたいな顔してるんだよ。かなり分かり辛いけど。
 ……ありゃ? その例えでいくと僕ってネコ?

「何をやっているんですか……貴方達」

「うひゃあ!? ごめんなさい射命丸さん!!」

「………失礼しました」

「あら、もう止めちゃうの? 残念だわ、面白かったのに」
 
 射命丸さんに怒られてしまいました。凄く怒られてしまいました。
 頭を撫でていたメイドさんも、あくまで瀟洒な態度を維持したまま手を引っ込める。

「大変申し訳ございません。こちらの方が混乱なされているようでしたので、宥めさせていただきました」

「……どうだか」

「いいじゃないの、頭を撫でるくらい。それより、私としては貴女がここに来た要件を知りたいわね」

「不甲斐ない門番に変わって、侵入者を排除しに来たってところじゃないですか?」

「なんですと!?」

 思わず後ずさる。射命丸さんの言葉が本当なら、僕はこの人と戦う事になるからだ。
 ………どうしよう、さっぱり勝てる気がしない。
 今までの不可思議な現象を考えれば、彼女が何かしらの能力を持っている事は明らかだ。
 そしてその能力は……おそらく、’僕には認識できない’力だと思われる。
 つまりは、僕と相性最悪な能力パートツー。
 ……逃げ出したいなぁ。

「いえ、違います」

「そうなの、残念ね」

 しかし、その言葉はメイドさん本人に否定された。
 良かった。戦わせる気満々だった幽香さんは残念そうだけど、僕的には良かった。
 けど、そうなると何の用で?

「その前に失礼ながら、貴方のお名前をお教え願えないでしょうか」

「……へ? ぼ、僕?」

「はい」

「えっと、久遠晶です。はい」

「恐れ入ります、久遠様」

「様付け!?」

 メイドさんの丁寧な対応に、先ほどとは違う意味で後ずさった。
 いや、だっていきなり頭下げられて様付けだよ?
 しかも不法侵入予定者に。
 どうやらこの対応は射命丸さんにとっても予想外だったようで、彼女はキョトンとした顔でメイドさんを眺めている。
 幽香さんは……どうだろう、ニコニコしっぱなしで全然分からないや。

「我が主、『永遠に紅い幼き月』レミリア・スカーレット様より、アフタヌーンティーのお誘いに参りました。久遠晶様」
 
「……アフタヌーンティー?」

 確か、英国式のお茶会をそう言ったよね。
 吸血鬼の発祥はイギリスじゃ無かった気がするけど……そこらへんに深い縛りはないのかな、吸血鬼には。

「なるほど、道理で慇懃な態度をとるわけです。最初からお客様待遇だったわけですね」

「アフタヌーンティーにご招待だなんて、相変わらず大袈裟よねぇ、あの吸血鬼」

「……招待されたのは久遠様だけよ。貴方達は特に呼ばれてないから、出来れば帰ってくれるとありがたいわね」

「私はこの子の保護者よ。付き添う事に問題は無いわ」

「なっ、何勝手に保護者を気取ってるんですか! 久遠さんの面倒を見るのは私ですっ!」

「ふふっ、貴方が?」

「――喧嘩売ってるなら、買うわよ」

 ああ、また始まっちゃったよ。
 しかも今度は、そのやりとりを眺めている人がいるから恥ずかしさが半端じゃない。
 メイドさんは特に気にしていないと言うか、そのやり取りもガン無視しているみたいだけど。
 何だか身内の恥を晒しているような気がして、僕自身としては生きた心地がしないです。

「……えっと、どっちも保護者みたいなものなので、出来れば同行を許可してください」

「久遠様がそうおっしゃるのでしたら」

 結局僕が喧嘩の大本をなくすまで、二人はにらみ合いを続けるのだった。
 それにしても、吸血鬼のお茶会なんて受けて良かったのかな?
 まさか、「今日のお茶会で飲むお茶は、お前の血だぁ!」とか言われないよね?
 ……今更ながら、軽率な真似をしたんじゃないかという気になってきた。
 うう、いっそ普通に弾幕ごっこしてた方が良かったかもしれない。

「何なんですかもう……居眠りしてた事は謝りますけど、そこまで怒ることないじゃないですかぁ」

「おはよう美鈴。早速だけどこちらを向きなさい」

「今度は何を――ってうわっ、フラワーマスターに鴉天狗!? いつの間に!?」

「さっきからいましたよ?」

「随分前から、貴方の前でおしゃべりしてたわねぇ」

「あ、あはははは……マジですか」

「マジよ。覚悟はいいわね」

「―――優しくお願いします」

「刺し方は優しいわ」

 ……いや、そうでもないか。
 銀色の逆さハリネズミになった門番を見ながら、僕はしみじみとそう思うのだった。
 あ、門番の身震いが無くなった。





おまけ

なでなでする咲夜さん(雑絵
(http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/tensyouka18.jpg)



[8576] 東方天晶花 巻の十九「上に交わりて諂わず下に交わりて驕らず」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:54

巻の十九「上に交わりて諂わず下に交わりて驕らず」




 吸血鬼からアフタヌーンティーのお誘いを受けた僕らは、紅魔館の裏側へと案内されていた。
 何でもこの館の主は、典型的な吸血鬼らしく日の光が苦手なんだそうだ。
 そのため外でお茶をするためには、日陰に行く必要があるそうなんだけど……ここでその主が注文をつけてきたんだそうな。
 曰く、「陰気臭いところでお茶をするなんて絶対ヤダ」とのこと。
 ……なかなかに無茶を言う妖怪である。それでも条件を満たす場所を見つけたメイドさんは、凄いとしか言いようがない。
 そう言った経緯で出来たお茶会の会場は、当然と言うかなんというか結構な距離がある。
 だからおかげで、紅魔館の庭をゆっくり眺める余裕が出来たと言えば出来たんだけど……。

「ううっ、そりゃ居眠りしていた私も悪かったですけど。忠告よりも前に投擲ってのは乱暴すぎやしませんか、さすがに」

「あーはいそーですねー」

「分かってくれますか、嬉しいですよぉ。パチュリー様もレミリア様も、自業自得だとか言うだけで全然助けてくれないんです」

「あーはいそーですねー」

 シラフなのに酔っ払い状態な門番の相手をさせられているせいで、景色なんて見ていられません。
 一応お客扱いのはずなのに、何故。
 ちなみに門番は、紅魔館の主に職務怠慢を咎めてもらうためついてきているんだそうです。
 客人の前で部下を叱るってどうよとは思いましたが、幽香さんが受け入れたので僕も文句は言いませんでした。
 その際、幽香さんの瞳が怪しく光った気がするのは気のせい。きっと気のせい。

「そうですよね、そうですよねー。いやー、話の分かる妖怪さんですねー」

「いえ、僕は人間です。久遠晶と言います」

「へぇー、そうなんですか。私は紅美鈴、美鈴でいいですよー。よろしくお願いしますね、晶さん」

「よ、よろしく美鈴」

 えらい軽いノリで返されたなぁ。
 門番――美鈴は、先ほどまでリアル黒ヒゲ危機一髪な状況だったにも関わらず、能天気に上司の愚痴を零している。
 現在、彼女の上司が先頭を歩いているのにかかわらず、だ。
 ……凄い人、もとい凄い妖怪だ。やっぱり。

「ところで晶さん、人間なのになんでこんなところにいるんですか? しかもヤバい妖怪を二人も連れて」

「成り行き、としか説明できないけど……ヤバい妖怪って誰の事?」

「……え゛っ!?」

「ほへ?」

 なぜか、何気なく返したはずの言葉で驚かれてしまった。
 ナイフが突き刺さった時でさえ、何だかんだで落ち着いていた彼女が驚くとは。
 ……僕、何か変な事言ったかな?

「えーっと晶さん。聞いていいですか?」

「答えにくい事でなければ……」

「そこの鴉天狗について、どう思っています?」

「射命丸さんは誠実で親切な妖怪だと思ってるよ。色々面倒も見てもらってるし、頼れるお姉さんって感じかな」

「……フラワーマスターは?」

「幽香さんはちょっと厳しいところもあるけど、優しい妖怪だよね。尊敬してるよ」

「うぇぇぇええええええええええっ!?」

 うええってなんだよ、うえええって。
 自分で聞いておきながら、彼女はありえない叫び声を上げて後ずさる。何とも失礼な話だ。
 しかも美鈴はさらに、先頭のメイドさんの肩を揺さぶりながら僕を指さしてくるし。
 失礼の極みだ。これは訴えても許されるレベルじゃないか。

「さ、さささ、咲夜さん! あの人、あの人おかしいですよ!!」

「私もそう思うけど、お客様に失礼でしょう美鈴。少し落ち着きなさい」

「ぎゃふんっ!?」

 まぁ、当然の結果として美鈴はナイフの餌食になった。
 けど「私もそう思う」ってメイドさん……さりげなく酷いですよ。

「門番が失礼しました。礼儀のなっていない輩で……後で躾けておきます」

「あ、いえ、別に気にしていません。大丈夫です」

 と言うより、ナイフが刺さった時点で制裁は終わったと思っていたのですが。
 この上まだ何かするのでしょうか。
 紅魔館恐るべし。でも、身内に対してその恐ろしさを発揮するのは正直どうよ?
 美鈴も怯えてるよ? 半分以上自業自得だけどさ。

「そうね、躾はペットの教育に必要な事だから、十分気をつけなさい」

「その忠告は素直に受け取っておくわ。是非とも貴方には効率的な躾の仕方を教えてもらいたいものよ、フラワーマスター」

「ふふっ、アレは天然者、凄いでしょう? きっと貴女の主にも素敵で素っ頓狂な評価をしてくれるはずよ」

 メイドさんの言葉から何故かペット談義を始める幽香さん。
 そんな二人の視線は僕に。不思議っ!
 ……ああ、そういやペットって僕の事だったっけ。

「…………そうですね。期待させていただきます」
 
 メイドさんは軽く微笑んで、いつの間にか止まっていた歩みを再開させた。
 知ってますか? そういうのを、世間一般では無茶な前フリと言うんですよ?
 自分に良く分からない期待がさらにかけられたのを感じて、僕は小さくため息を吐いた。
 ああ、やっぱりただのお茶会で済みそうにないなぁ。

「頼りになるお姉さんですか。あやや、これは困りましたね」

「……う、ううっ、今日はナイフ飛来率が非常に高いです。厄日です」

 ところで、何故か惚けている射命丸さんと庭を真っ赤に染めんとしている美鈴は、ほっといてもいいんでしょうか?







   


「あちらが会場となっております」

「え、あそこ?」

「そうですけど……何か問題が?」

「い、いえ、何も」

 色々言いたい事はあるけど、あの矛盾した条件を満たす方法はこれしかなかったんだろう。
 僕は、思わず出かかった言葉を何とか引っ込める。
 確かに、‘ソレ’は日除けや雨宿りの目的を持って使われる代物だ。
 茶会に相応しい場所に立ててしまえばあっという間に吸血鬼専用の会場が出来上がるのだから、‘ソレ’見つけてきたメイドさんの根性は素直に賞賛するべきだと思う。
 だけど……。

「あれは何です? 鋼の骨で家を組み立て、布で屋根を作るだなんて」

「『スワローテント』というものらしいわ。贔屓にしている道具屋で買ったのよ」

 運動会とかで使うテントの下でアフタヌーンティーって……シュールにもほどがあるだろうに。
 どうやら幻想郷には、簡易テントというものが存在しないらしい。
 いや、テント自体はあるだろうけど、それが外の世界でどう使われているのかまでは知られていないようだ。

「道具屋? ああ、あの魔法の森にある……」

「大きすぎて扱いに困っていたみたいだから、格安で手に入ったわよ。布に書いてある文字が気になりはしたけどね」

「結構掠れてますね。読み取れるのは『小学校』の部分だけでしょうか。……小学校?」

「店主も意味は分かってなかったみたい。色々考察はしていたみたいだけど、興味無かったから覚えてないわ」

 ……あえてツッコミはすまい。
 ここで正直に言葉の意味と使用の意図を説明したら、きっと色んな角が立つ。
 幻想郷に来て磨かれつつある僕の直感が、そう訴えている気がした。
 射命丸さんとメイドさんのズレたやりとりは黙って聞き流そう、幻想郷で常識に囚われていたらやっていけない。
 僕は他の二人に倣い、黙ってメイドさんについていった。
 大した距離はなかったので、あっという間にテントの前に到着する。

「レミリアお嬢様、客人――久遠晶様と付き添い二名を連れてまいりました」

「ご苦労。下がって紅茶の準備を」

「畏まりました」

 メイドさんが移動する事で、テーブルに座った少女の姿が明らかになった。
 レミリア・スカーレット―――紅魔館の主にして『永遠に紅い幼き月』と呼ばれる吸血鬼。
 その容姿は、僕が考えていたよりも遥かに幼く。しかし、僕が考えていた以上の威厳に満ち溢れていた。
 病的なほど白い肌と宝石のような赤い瞳が、人形のような美しい顔立ちの彼女に人ならざる者としての魅力を与えている。
 しかしそれよりも目につくのは、薄い紅色で統一された服の背後から生えている蝙蝠の翼。
 なるほど、何とも分かりやすく吸血鬼しているじゃないか。
 少なくとも、要素ゼロで河童と主張する某N・Kや、何の妖怪かも判別付かない某Y・Kさんよりは親切な外見をしていると思う。
 あ、ごめんなさい幽香さん。何かを察してこちらに笑いかけるのは止めてください。ごめんなさい。

「ようこそ紅魔館へ。私はこの館の主、レミリア・スカーレットだ。突然の招きに応じてくれたお前に、まずは感謝の言葉を送らせてもらおう」

 レミリアさんは、そう言って妖しげに微笑む。
 紅魔館の主に相応しい威厳ある態度に、緩んでいた気分が引き締まった。
 彼女は思っていたよりもずっと、上流階級的な立ち振る舞いをする妖怪だ。
 いつも通りの態度を通せば、それだけで無礼者になってしまう。
 僕は佇まいを直し、招かれた人間に相応しい挨拶を返すことにした。

「こちらこそ、お招き感謝しています。私は外の世界よりこの地に訪れた人間、名を久遠晶と申す者です。以後、お見知り置きを」

「ふふっ、幻想郷で会った人間の中では一番社交的な態度だな。だが、そのように畏まった物言いではせっかくの紅茶の味も分からないだろう? 遠慮せず、お前本来の態度で振舞うと良い」

「自らを不相応な立場に持ち上げる気はありません。招待された身として、畏まる事は当然かと存じ上げます」

「そこに畏怖が混じっていれば、私もお前の態度を是としたろう。しかし恐れも敬いもしない者に畏まられても、私に不快以外の感情は生まれないよ」

「……えっと、一応僕なりに敬意とかそういうのを込めたつもりだったんですが」

「欠片も感じなかったな」

 無礼者ごめんなさい。
 思わず平伏しそうになる気持ちを抑え、苦笑だけをレミリアさんに返しておく。
 素直に謝罪しても、根本的な原因となった部分を理解していなければ誠意ある対応にならないだろう。
 にしても、畏怖も敬意も無いときますか。僕としては、どっちもある程度は入っていると思ってたんだけどなぁ……。

「晶ですものね」

「久遠さんですからね」

 いつのまにか席についていた二人が、ため息交じりに同じような意味合いのセリフを呟いた。
 何それ、僕であるってだけで不敬の理由になるの?
 それからほぼ初対面の美鈴さんや、僕の後ろで「なるほどなるほど」とか言って頷くのは止めてもらえませんか。

「この世界は、「在るがまま」を好む。あらゆる幻想を受け入れるためだな。おかげで、礼儀を弁えん輩が多くて困るよ」

「誰の事かしらねぇ」

「あやや、誰の事でしょうか」

「……猫かぶりの得意な妖怪は多いようだがな。だがそれもまた幻想郷の美しさだよ。無礼者ばかりでも、決して不愉快ではないね」

「この前、魔理沙さんに侵入された時には不愉快だってあぶっ!?」

「心のままに振舞え、それが幻想郷における最大限の礼儀だ。くくっ、簡単だろう?」

「はぁ……そうですね」

 なんだろう、すごい良い事を言っているはずなのにこの違和感。
 射命丸さんに「天狗になっちゃダメですよ」と忠告された時と同じ、お前が言うな的な気持ちが……。
 き、気のせいか。気のせいだね。気のせいという事にしておきますはい。
 だからメイドさん、密かに背後をとるのは止めてください。

「分かればいい。ならばお前も座り――」

「なんだ、まだ始まってなかったの」

「はぐっ!?」

「…………はぐ?」

 今、紅魔館の主らしからぬ鳴き声が聞こえてこなかった?

「ご、ごほん! 気にするな。気のせいだ」

「気のせい? でも……」

「気のせいだって言ってるでしょ! 流しなさいよっ!!」

「は、はひっ!? 分かりました気のせいですゴメンナサイ!」

「……ぷっ、くくっ」

「文、笑うのは二人に失礼よ。ふふふっ」

 そういう幽香さんはいつもより楽しそうですね。
 ここまで来ると、僕も何となく違和感の正体がつかめてくる。
 なるほど、猫かぶってたのは僕らだけじゃ無かったと言う事かぁ。
 ま、まぁ紅魔館の主という立場ある人間――もとい妖怪なら、そういう態度をとってしまうのも当然だよね。
 年齢相応の顔立ちになったレミリアさんを見ながら、僕はそんな事を考える。
 
「―――っ!」

 そしてそれは、しっかり彼女に伝わってしまったようだ。
 説教した手前僕には怒鳴れないのか、悔しそうな彼女は威厳を粉砕する原因となった彼女を睨みつける。
 薄紫の長髪と水晶のような瞳が特徴的な少女は、しかしレミリアさんの殺意ある視線を受けてなお飄々とした態度を崩さない。
 むしろそんな紅魔館の主を観察するように、淡々とした表情で彼女の眼を覗き込んでいた。

「……また、いつものカリスマごっこ?」
 
「カリスマごっこ!? 違うな、私は紅魔館の主として相応しい態度を――」

「その言葉づかい、変よ」

「パチェ、少しは私の話を聞きなさいよ! 今私は、こいつらに舐められないよう威厳をもって」

「はいはい、カリスマカリスマ」

「パーチェー!! もー! いいかげんにしなさいよぉー!!」

 わぁ、かわいー。
 すでにカリスマも威厳もへったくれもない様子の彼女に、出せる感想はこれしかなかった。
 射命丸さんは机に突っ伏して笑うのに夢中で、呼吸出来ているかも怪しそうだ。
 幽香さんも幽香さんで、この世の春と言わんばかりに満面の笑みを浮かべているだけで動こうともしないし。
 何とカオスなお茶会だろう。これが本当に、幻想郷における最大限の礼儀なのか。
 ……幻想郷は、まだまだ不思議で一杯なんだなぁ。

「ねぇ、貴方」

「ほへ?」

 現実逃避していると、カリスマブレイクの原因である少女が話しかけてきた。
 ちなみに、未だ憤ったままの吸血鬼はガン無視だ。

「貴方がレミィの招待した人間?」

「あ、はい。くお」

「名前はいいわ。特別仲良くする気も無いから、イエスかノーで答えて」

「……イエスです」

 流れをぶった切って要点だけを聞き出す少女。
 きっと彼女の辞書には、社交辞令という言葉が存在していないのだろう。
 ……なんかこのノリ、どっかの七色の人形遣いを思い出す。
 あっちはまだ取っ掛かりがあったけど、それでも全体的な雰囲気というか話題の切り出し方が何となく似ているような。

「『七曜の魔法使い』パチュリー・ノーレッジ。紅魔館の大図書館を管理する貴女が、なぜこんなところに?」

 射命丸さんの言葉で疑問が氷解した。
 なるほど似ているわけだ。彼女も魔法使いだったんだ。
 ……合理的で科学者気質な行動をとるのは、やっぱ魔法使い特有の傾向なのか。

「説明的ね、鴉天狗。いつからそんな親切になったのかしら」

「あ、あやや……」

「どう考えても影響はあの子でしょうね、ふふっ」

「……ふぅん」

 パチュリーさんが、こちらを探るように見つめ回してきた。
 彼女の、まるで心の奥底まで覗くような視線に何となく恥ずかしくなって一歩下がる。
 ……そういえば、主賓なのに僕だけ座らせてもらってないぞ。
 他二人の要領がいいだけなんだろうけど、何だか少し切なくなった。

「ま、そこらへんの事も試してみれば分かるわね」

「―――――はい?」

「まずは様子見。コレぐらい避けなさいよ?」

 

 ―――――――火符「アグニシャイン」



 一瞬で、僕の視界全てが赤色に染まる。
 理不尽な展開に疑問符をつける間も与えられないまま、巨大な炎が僕を包み込むのだった。
 
 





[8576] 東方天晶花 巻の二十「用心は勇気の大半なり」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:55
巻の二十「用心は勇気の大半なり」




 炎が、収縮していく。
 七曜の魔法使いが放ったスペルカードは、僕が立っていた場所を焼き尽くさんと渦巻いている。
 その様子を、ただ呆然と眺めていた。
 ―――これは、下手したら死んでましたね。

「ふっ、危ないところだったぜ」

「混乱しているのは分かりますが、その状態でニヒルに決められても間抜けなだけですよ」

「ですよねー」

 今、僕は射命丸さんにお姫様だっこの姿勢で抱えられている。
 さすがは幻想郷最速、あの一瞬で僕を抱えてここまで移動できるとは。
 けどこの体勢以外の選択肢は無かったんですかね? 正直、死ぬほど恥ずかしいんですが。

「……あの程度の攻撃に、反応する事も出来ないなんてね」

 そんな間抜けな姿の僕を見て、七曜の魔法使い――パチュリー・ノーレッジはあからさまな失望を口にした。
 いや、魔法使いさん。それは無茶な期待ってもんですぜ。
 一般的に、人間のリアクションは0.1秒を切る事ができないと言われている。
 つまり見てから反応する以上、その行動には必ずタイムラグが発生してしまうと言う事だ。
 しかも、0.1秒というのはあくまで「反応速度」なのである。
 そこからさらに行動しようとすれば、その分さらに時間を重ねてしまう事は明白なのだ。
 そもそも、最高峰の反応速度を持っている人間代表のスポーツ選手だって、0.2秒の壁を越えれば一流選手レベルになるというのに。
 不意打ちに近い形の攻撃、呆然としている間の硬直時間、トラブル慣れしてない僕自身の悪条件を全て加えれば、そもそも反応する事自体が不可能に近いと言うか。
 どう考えても言い訳ですね。不甲斐なくてごめんなさい。

「客人を襲撃しておいて、出てきた台詞がそれですか」

 僕が脳内で体のいい言い訳を考え込んでいると、射命丸さんが怒りを多量に含んだ声で抗議した。
 ああそうか、ここは怒るべき場面だったのか。
 自分自身の不甲斐無さが一番に顔を出したためか、「怒る」という選択肢を思いつけなかった。
 や、気づいた所で怒りが湧き出すわけでもないんですがね。

「レミィ、本当にこの毛玉を人間にしたような盆暗が、貴女の見た‘あの運命を持つ人間’なの?」

「スルーですか―――って、え!?」

 毛玉って、時折ふわふわやってきて弾幕ばらまいてくるアレのことですか。
 それってどういう意味かな。弱いって事? のほほんしてるって事? ……どれも当てはまってるじゃないかコンチクショウ。
 というか、「あの運命を持つ人間」って何さ。運命を解き放つRPG?

「そう。貴女が出張ってきたのは、それを確かめたかったからなのね」

「……あながち、他人事ってわけでもないもの」

「どういう事ですレミリアさん。貴女の見た、運命と言うのは」

「―――身内事よ、気にしなくていいわ」

 え、スルー? というか、全員当り前のように受け入れてる?
 やっぱり幻想郷では、「運命」という概念も当たり前のものなのかな。
 けど、運命を見たってどういう事なんだろうか。
 もしかして、レミリアさんって……。

「占い、好きなんですか?」

「久遠さんはちょっと黙っていてください」

「……ごめんなさい」

 あれ? 話題の中心にいたのって僕のはずだよね?
 なのに僕が黙っていて、それで何とかなるもんなんですか?
 あ、むしろ黙っていないと話が進まないと。……生まれてきてゴメンナサイ。

「私も少し、自信がなくなってきたわ」

「む、むきゅー」

「それは、七曜の魔法使いの口癖です」

「……『むきゅー』」

「咲夜、言いたい事があるなら聞くわよ」

「滅相もありません、パチュリー様」

 ああもう、一向に場が纏まらないなぁ。
 結局、僕は何が問題で、あの魔法使いさんは何を探ろうとしたのさ?
 せめて、その部分だけははっきりとさせてくださいよ。
 あと射命丸さん、いつまで僕を抱えてる気ですか。

「おかしな事を尋ねるわね、鴉天狗。思惑も無しにこの吸血鬼がただの人間を招待すると思っていたの?」

 そんな中、一人だけ優雅に紅茶を楽しんでいた幽香さんが射命丸さんを嘲笑う。
 ……確かに、不法侵入予定者を歓迎するなんて、何かしらの目的が無くちゃありえないか。

「今の魔法使いの行動で、むしろ合点がいったわよ、私は。勝手に弾幕ごっこを始められたら、晶の力を確かめる事が出来ないわよね?」

「―――ふっ、ご察しの通りさ」

 幽香さんの問いかけに、レミリアさんは苦笑した。
 彼女の態度は、すでに紅魔館の主としてのソレに戻っている。
 何だかんだで威厳は兼ね備えているんだよね、この人も。単にそれが持続しないだけで。

「別段誤魔化す気はなかったのだがな。確かに、主題をぼかした態度であったことは認めよう。済まなかった」

「素直で結構。何事もそういう素直な態度が一番よね」

「……何故そこでこちらを見るんですか。私は十分素直ですよ」

「あー、僕はちょっと捻くれてるかもしれないから、僕の事かも」

「それはないですね」

「それはないわ」

「それはないだろう」

「ロクに自己分析もできないのね」

「あははっ。何のギャグですかソレ」

「久遠様は素直で可愛い方ですよ。はい、可愛い方です」

 全否定入りましたー。
 幽香さんや射命丸さんだけならともかく、付き合いほぼ皆無な紅魔館の方々にまで否定されるとは。
 ……僕って、そんなに分かりやすいのかな。
 それからメイドさん、何で可愛いって二回言ったんですか?

「ま、貴女の意図は良く分かったわ。私としても都合がいい展開ね、それは」

 そういって、幽香さんは‘僕’に微笑みかけてくる。
 彼女のその笑みを、僕は以前に見た事があった。
 かつて彼女の弾幕ごっこをする際、僕が決意を固める要因となった笑顔。

「ねぇ、レミリア。要望に応えてもいいけど……‘対戦相手’の指定ぐらいは、出来るんでしょうね?」

 ――――結局、時間の問題だったかぁ。

「射命丸さん、悪いけど降ろしてもらえないかな?」

「………まったく、久遠さんの付き合いの良さには辟易します」

「僕もそう思う」

 ま、僕としても舐められっぱなしはさすがに悔しいからね。
 ちょっとは、期待する程度の価値がある所を見せておきたいじゃない。

「……わざわざこちらの意図に乗るというのか? どういうつもりだ」

「潔癖な環境で育った花より、ある程度刺激がある環境で育った花の方が強く美しくなるものよ」

「ある程度……か」

「ふふっ、ある程度よ」

 地面に降りて、僕は軽いストレッチを始める。
 その間も幽香さんはレミリアさんと何か話しているようだが、今の僕の耳には入ってこない。
 誰とやり合う事になるとしても、僕が不利である事に変わりはない。
 なら出来る限り早く気持ちを切り替えておかないと、ただでさえ少ない勝ち目がもっと少なくなってしまう。
 ……僕もだいぶ、弾幕ごっこ慣れしてきたかな。

「分かった、好きな相手を選ぶと良い。ただし‘この場にいる相手’に限定させてもらうがな」

「そうね。‘ここにいない相手’を選ぶと、お互い損する事になりそうだものね」

 うん? 何か今、変なやり取りがなかった?
 紅魔館には他にも誰か住んでいるのかな。まぁ、これだけ大きい館だからそれも当然の話……。
 おっと、今は弾幕ごっこに備えて集中しないとね。
 縁があったら、‘この場にいない相手’とも顔を合わす事になるでしょ。

「じゃあ当初の予定通り、そこの門番と戦わせてもらおうかしら」

「へ? 私ですか!?」

「ご指名だぞ、美鈴。さっきの失態を返上するいいチャンスじゃないか」

「……それは拒否するなって事ですかね、お嬢様」

「無様な真似をしでかしたらタダじゃすまさん、という意味もあるな」

「そ、そんなぁー」

 どうやら、相手は美鈴に決まりそうだ。
 能力は分かっているし対抗策も一応考えてはいるから、この中では一番まともに戦える相手だろう。
 ……とはいえ油断は禁物だ。相手の能力と戦法が分かれば勝てるほど、妖怪は甘い相手じゃないもんね。
 
「ううっ、すいません晶さん。出来るだけ痛くしないように終わらせますから」

「はは、お手柔らかにお願いします」 
 
 美鈴は人間である僕と積極的に戦う気が起きないのか、申し訳なさそうに構えた。
 今までの言動から予想は出来ていたけど、やはり彼女は優しい妖怪なんだろう。
 ただの人間である僕と戦う事を、心苦しいと思っていてくれているようだ。
 ……そんな優しさに全力で付け込もうと色々考えている自分が、少し恥ずかしい。
 とはいえ、ここで迂闊に判断の誤りを訂正したらその分僕の勝機が遠ざかってしまう。
 ここは涙を呑んで、全力で隙に付け込ませてもらおうじゃないか。

「ああ、大丈夫よ。晶はスペルカード使えるから」

「ぶべほっ!?」

「あ、そうなんですか?」

 幽香さんの言葉で、美鈴の構えに力が入った。
 人間が相手でも、戦う力を持っている場合はやっぱり変わってくるらしい。
 あはははは、悪い事ってできないねっ!
 
「ふふっ、ズルしちゃダメじゃない」

「……いえっさー」

 バレバレですかそうですか。
 僕の安易な目論見は、幽香さんの手によってあっさり砕かれた。
 いやまぁ、多分そうなるだろうとは思ってたんだけどね。
 期待なんかしてなかったよ? 本当だよ?

「あと、晶。制限時間は一分よ」

「……何の話でしょうか」

「さっき門で話したでしょ? その門番とは‘接近戦’で戦いなさいって」

「はい、言ってましたね。で、制限時間と言うのは?」

「合計して一分まで、距離をとる事を許すわ」

「―――ほへ?」

 その条件を遵守したら、僕は弾幕ごっこ中ずっと相手と密着してなきゃいけなくなるんですが。
 あ、接近戦してろって言ってるんだから、それでいいんですねゴメンナサイ。

「ってマジですか!?」

「マジよ」

 幽香さんの笑顔は、有無を言わさない迫力を含んでいた。
 それはもう、言外から「断ったりしたらブッコロス」というニュアンスをヒシヒシと感じるほどに。
 そしてそんな笑顔を向けられたら、僕の返事は一種類しかなくなるわけで。

「……いえっさー」

 だからチキンっていうな。

「うわぁ、可哀想な人がいますぅ……」

「うるさいよ!? これから戦う人に本気の同情されたくないから!!」

 確かに、臆病者扱いするなとは言いましたがね?
 そんな売られていく子牛を見るような眼を向けてほしいわけじゃないんですって。
 そもそも美鈴、人にそんな事言える立場じゃないでしょーが。

「ふっ、それはまた随分と厳しい条件を付けたモノだな」

「ある程度の刺激よ、これも」

「なるほど。だが人間相手にハンデを付けられるというのも、妖怪の沽券にかかわる話ではないか」

「えっ? お、お嬢様?」

「美鈴、人間が貴様の得意分野で戦おうと言っているのだ。それで貴様が何の責も負わないというのは、少々ムシのいい話ではないか?」

「そ、それはどういう意味でしょうか」

「決めたぞ。貴様がコイツから攻撃を貰う度に、与える罰を重くする事にしよう」

「え、えーっ!?」

 ほら見ろ、美鈴だって僕とそう大差ない立場じゃないか。
 自らの主からとんでもないペナルティを受けた彼女は、肩を落としながら苦笑いする。

「……貴方からは私とおんなじ匂いがするんですよ」

「……いや、本気の共感されても」

 世の中ではそれを、傷の舐め合いと言うのだと思われますよ?

「いいから早く始めなさい」

「文句は言わせんぞ。戦え」

「イ、イエッサ―!」

「か、畏まりました!」

「……あやや、世知辛いにもほどがあります」

「見てる方は楽しいけどね」

 主からの合図で、身体が勝手に戦闘態勢をとる僕達二人。
 同情的な射命丸さんの言葉が、切ないほどに身に染みました。

「えぇいっ! 久遠晶行きますっ!!」

 見様見真似で美鈴と同じ構えをとった。
 ただのモノマネに過ぎないけれど、武術の達人を真似したためかかなり動きやすい。
 本気で格闘をやるつもりはないから、これくらい中途半端でいいワケだしね。
 意識を集中する。両腕と両足に冷気の風を巻きつけるイメージを頭の中に浮かべた。

「さぁ、いくよ! 名づけて風神拳!!」
 
 小型の竜巻が両手足に絡みつく。唸るタービンアクションは多分関係ない。
 僕が生み出せる最高威力の接近戦武器に、しかし皆のリアクションは薄かった。
 まぁ、そうだろうねぇ。

「……あのー、そんな素人丸出しな構えと、受けにしか使え無さそうな半端な防御で、本当に戦う気なんですか?」

「うん、他に選択肢もないし」

 やっぱり、武術のエキスパートである美鈴の眼は誤魔化せなかったか。
 彼女の言ったとおり、この風神拳は見かけ倒しである。
 いや、高速回転する冷気の渦は、攻撃にも防御にも有効ではあるんだけどね?
 それを扱う僕が、根本的に武術ド素人なのだからどうしようもない。
 どんな高性能パソコンも、使い方を知らなきゃタダの箱なわけですよ。

「まったく、何を考えているか知りませんけど―――なら、早めに終わらせますね!」

 美鈴の声の後半部分は、背後から聞こえてきた。
 恐らくは彼女の【気を使う程度の能力】による高速移動で、一瞬にして僕の後ろに回ったんだろう。
 ……どうやら、僕の予想はこの時点では間違っていなかったようだ。
 こちらが反応しきれない速度で、美鈴からの攻撃が迫ってくる。

「えっ!?」

 彼女の攻撃が首筋の直前で止まった事を‘感じた’ところで、ようやく僕は反応出来た。
 振り返りながら、僅かばかり後方へと下がる。
 目の前には手刀の形で凍りついた右手を呆然と眺めている美鈴の姿。
 どうしてこうなったのか、理解できていないようだ。
 ポカンとしたまま右手を見つめている彼女に、紅魔館の主が笑みと共に声をかける。
 
「くくっ、やられたな美鈴。貴様は引っかけられたのさ」

「え、え?」

「『風神拳』か、囮らしい大袈裟な名前だな」

「お、おとりぃ!?」

 あー、レミリアさんにはバレバレだったのか。
 彼女の言うとおり、『風神拳』はただのブラフだったりする。
 本当の対抗策は、全体に行きわたらせた冷気の層だ。
 相手の打撃に合わせて自動的に集束し、風の壁と氷結の二つで相手の打撃を無効化する防護壁。
 これこそが、対近接用自動防御―――――特に名前は決めてない。

「……なるほど、引っかかりましたよ」

 美鈴が力を込めると同時に、右手を覆っていた氷が粉々に砕かれる。
 当然の結果だ。この冷風の壁に、相手の部位を一発で使用不可能にするほどの力はない。
 ついでに言ってしまえば、防御としては致命的な欠点が一つある。

「だけどその防護壁、力技に弱いんじゃありませんか」

「うん、勢いを軽減できなかったら、そのまま打撃が届いちゃうからね」

 美鈴の言葉を肯定すると、何だか妙な顔をされてしまった。
 まさか、あっさり認めるとは思ってなかったんだろう。
 ……ここまでは全て想定内の出来事だ。
 この防護壁は、‘相手に気づいてもらえないと意味がない’のだから。

「だから、僕に速いだけの軽い打撃は通用しないよ」

 体が震える。武者震いなどでは断じてない、これから起こることへの恐怖。
 要するに僕はこう言っているのだ。
 全力で僕に打ち込んでこい、と。

「―――――っ」

 美鈴が、息を呑んだ。
 心を探るように、彼女は僕の瞳をじっと見据えてくる。
 怯むわけにはいかない。足を震わせながら、それでもなお僕は気丈に睨み返す。
 やがて、美鈴の様子が変わった。

「謝罪します。私は心のどこかで貴方の事を侮っていました」

 拳を握った右手を左手で包み込む中国武術の礼式、包拳礼。
 それは、対峙するものを‘敵’と認めるという、彼女なりの誠意の証。

「いいでしょう。『華人小娘』紅美鈴、紅魔館の守護者の名にかけて、全力で真正面から貴方にぶつかります!」

 虹色の輝きが美鈴から放たれる。
 先ほどまでの加減した一撃とは違う、紅魔館の門番たる彼女の全力。
 ―――――これで、全ての条件が揃う。
 すでに能力の名称は教わった。
 これから、はっきりとした形で彼女の能力も視認できる。
 後は僕の想像した能力の解釈が正解していれば、彼女の能力をコピーする事が可能だ。

「―――こいっ!」

 両腕をクロスし、相手の一撃に備える。
 けれどこれだけでは、確実に防ぎきれはしないだろう。
 接近戦を行う以上、僕は自身の身体能力を向上しなければいけないのだ。
 ……多分、幽香さんも最初からそのつもりだったんだろうね。

「覇ぁぁぁぁぁああああああっ!!!」

 

 ―――――――華符「破山砲」



 輝く拳が、交差した両腕に向かって放たれる。
 激しい衝撃とともに、自分の体が簡単に吹っ飛んで行くのを感じた。
 地面に何度も叩きつけられる。
 だけど――――

「なんのぉおおおおおおおおおおおっ!!」

 氷翼を展開し、急停止する。
 体は軋むが動けないほどではなかった。
 何より、‘今まで以上に動ける’のだから何も問題無い。
 僕の体から、美鈴と同じ虹色の輝きが発される。
 全員の驚愕の声が聞こえる中、僕は思いのたけを言葉へと変えた。

「読んでて良かったドラゴ○ボール!!」

 いや本当、まさか幻想郷に漫画とおんなじ能力を使う妖怪がいるとは思わなかったよ。
 今度は逆にポカンとする全員の困惑もそっちのけで、僕は一人安堵のため息を漏らすのだった。
 
 



[8576] 東方天晶花 巻の二十一「烏に反哺の孝あり」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:55

巻の二十一「烏に反哺の孝あり」




 久遠晶という人間は、なかなかに厄介な成長の仕方をする。
 彼を育てるのは、生存本能を刺激する危機的状況でもなければ、冷静な思考を生み出す研究の場でもない。
 ただ、成長に必要なピースが揃った時にだけ、久遠晶は次の段階へと成長するのである。
 成長のタイミングなんてあってないようなものだ。
 そこが弾幕入り混じる決闘の場だろうが、心を休ませる睡眠の場だろうが、晶は構いもせず成長への考察に入ってしまうのだから。
 育てる側からすればこれほど厄介な傾向はないだろう。何しろ、具体的な指針が打ち立てられないのだ。
 そういう所も晶の面白い部分なんだけど、現状「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」的な育て方しかできないのはやっぱりつまらないのよね。

「パチェ、ドラゴ○ボールとは何か分かるか?」

「読んでて良かった、という事は書物なんでしょうね。……おそらく、外界で書かれた『気』の扱い方を記した本なのではないかしら」

「外の世界でも【気を使う程度の能力】を持つ人間がいる、という事か」

 ……多分、違うでしょうね。
 あの笑顔は、素っ頓狂な事を考えている時と同じモノだわ。
 大方何かしらの娯楽作品の解釈を、そのまま適用したとかそんなオチでしょう。

「……あの人は、生死がかかった賭けで何してるんですか」

 どうやら鴉天狗も同じ結論に至ったようね。
 心底呆れた顔で、こめかみの部分を押さえこんでいる。

「それにしても、他人の能力を自分の物に出来る能力者とはな。面白い人間を飼っているではないか」

「そう? 私はあまり、その部分を評価してないんだけどね」

「相手の力を盗むような小細工は好まないか。くくっ、私もそういう人間の小賢しさはあまり好きではないがな」

「私は好きよ? それも強さの一つだもの。だけど晶の小賢しさは、能力に起因するものじゃないわ」

「ほほう、フラワーマスターに好まれるような「強さ」が、まだあると言うのか?」

「そこは見てからのお楽しみ、よ」

 私は改めて決闘の推移に目を向ける。
 空中で静止した晶は、何かを確かめるように手を動かしていた。
 おそらくは、獲得したばかりの新しい能力が生み出した「成果」を確かめているのだろう。
 やがて確信に至ったのか、晶は得意満面の笑みを浮かべて門番を指さした。

「ふっふっふっ、めーりん!」

「どうでもいいけど、そこは近接距離じゃないわよ」

「カッコつける暇もありゃしないよっ!!」

「そろそろ三十秒経つわ」

「あーもう!」

 前傾になった晶が、右手を地面につけて両足を広げた体勢になる。
 氷の翼が帆になるような姿勢。
 その意味に気付いたのは、やはり鴉天狗だった。

「久遠さん、まさか全力を――」

「全力?」

「あ、何でも無いです」

「見ていれば分かるわよ。すぐに、ね」

 彼には、人の身であるがゆえの制約があった。
 それは‘速度’だ。脆い身体の晶では、鴉天狗と同様の速さに耐える事が出来ない。
 けれどその欠点は、門番の能力をコピーする事で克服されたはずだ。
 彼はそれを、実践によって確かめようと言うのだろう。

「っはぁぁぁああああああああ!!」

 瞬間、空気が‘爆ぜた’。
 そうとしか表現できないほどの、圧倒的な力の解放。
 そんな濁流のような空気の流れと共に、晶の姿がかき消える。

「――――っ、早いっ!」

 門番が構えようとするが、間に合わない。
 それだけの速さで、晶は門番との距離を詰め―――

「ぎゃふんっ!?」

「……あれ?」

 その後、刹那の時間で明後日の方向にある屋敷の壁にぶつかった。
 派手に崩れる紅魔館の壁。気で肉体を強化してなければ、晶もタダじゃすまなかったでしょうね。
 ふふっ、さすがは晶ね。随分面白い事を考えるじゃないの。

「あの、馬鹿にされてるんでしょうか、私は」

「安心なさい、本人はいたって真面目なはずよ」

「そうなんですか……」

 腑に落ちない表情の門番に、適当な言葉をかけておく。
 まったく納得できていない様子だけど、‘そんな疑問’を抱いている時点で失格なのだから仕方がないわ。
 吸血鬼も不甲斐ない彼女にイラついているようで、不機嫌そうな顔を隠そうともしていない。
 ……どうやら、気づいていないのは門番だけみたいね。
 晶が、‘構えた場所から直角の位置にある’壁に、ぶつかった意味を。

「お、思ったよりも加速が……つぅ~」

「大丈夫ですか、久遠様」

「はい、大丈夫です! ――って、また十秒くらい使っちゃったよ!?」

「残り二十秒ですよー! 久遠さーん!」

「壁壊してごめんなさい後で直します!!」

「いえ、壁はこちらの方で修繕――」

「てりゃりゃーっ!」

 早口で捲し立て、侍従長が答えるよりも早く晶が飛翔する。
 今度は、門番もしっかりと反応していた。

「甘いです! どれだけ速かろうと、来る方向が分かっていれば!」

 拳を握り、左半身に構える。
 放つのは先ほど晶を吹き飛ばした、砲撃のごとき破壊力を持つ拳撃。



 ―――――――華符「破山砲」



 タイミングは完璧だった。高速飛翔する晶を完全に掴んだその一撃は―――

「なっ!?」

 しかし完璧すぎたがゆえに、晶の起こした軌道の変化についていけず空振ってしまった。

「あわわ、お、おっとっとっと」

 門番の‘背後’に着地した晶が軽くよろめいた。
 どうやら、急激な身体の停止に感覚がついていかなかったようね。

「……なるほど、面白いヤツだな」

「ふふっ、そうでしょう?」
 
「む、ムチャクチャです。あんなの、真っ当な飛び方じゃありませんよ」

「でしょうね。風と共に生きる天狗には出来ない発想だわ。あの、流れに逆らう動きは」
 
 スペルカードがヒットする直前、晶は‘真横’に移動してその攻撃を回避した。
 おそらく、小回りの利く動きを考えた結果の移動法だったのだろう。
 【気を遣う程度の能力】という推進力は、彼の動きに新たな変化を与えたようだ。
 あのジグザグな軌道は、回避を容易にし相手を幻惑させる。
 後は、それを使いこなすための「目」が必要となるわけだけど……。

「くっ!」

 門番が後回し蹴りを放った。
 しかし、蹴りが届く頃にはすでに、晶の姿はそこに無い。
 先ほどと同じように、彼は門番の背後をとっていた。

「そんなっ、また避けられた!?」

「は、はわわわわっ!? こける、こけるっ」

「―――くっ、舐めないでください!!」

「と、当方至って真面目です!」

「こんのぉーっ!!」

 手刀、拳、蹴り、肘打ち、次々と放たれる門番の攻撃はことごとく避けられている。
 彼女は、一定の場所に定まらず、自分の周りを移動する晶を捉えあぐねているようだ。

「ふふふっ、思ったより勝負らしい勝負になっているじゃないの」

「……けどおかしいわ。あの人間、美鈴の攻撃を避けられるほど機敏には見えなかったわよ」

「私としては、彼があれほど早く動けている事が不思議でしょうがありません。良く目が追い付きますね」

「あら、鴉天狗も七曜の魔法使いも、意外と察しが悪い様ね」

「む、むきゅー」

「あ、あやや」

 運動が出来ない魔法使いはともかく、風を操る鴉天狗なら気づいてもいいはずなんだけど。
 どうも文は、晶の事になると頭が回らなくなるわね。

「見えているわけがないさ。あれは、攻撃を受けて逃げ出しているだけだよ」

「受けて? 何を言ってるのよレミィ、あの人間は当たる前に避けて……」

「あやや!? そういう事ですかっ」

 ようやく文も、晶の仕込んだカラクリに気がついたようだ。
 ―――かつて宵闇の妖怪との戦いで、晶は冷気を使い周囲の状況を掴んだ。
 今回の事は、その応用だ。
 氷の翼を展開する事で発生する、空気の層。
 それに相手が触れた瞬間、移動する事が出来れば……それだけで絶対回避の出来上がりだ。
 もっとも、相手の攻撃手段が限られているからこそ可能な回避方法だから、絶対とは言い難いものがあるかもしれないけどね。

「五回に一回くらいの割合で見えていたら上出来じゃないかしら。きっと、自分自身の動きも捉えきれてないわよ」

「はぁ……いくら身体の方が追い付いているからって。無茶しますねぇ」

 けれど、正しい判断には違いないわ。
 彼の感覚の方に合わせていたら、いくら肉体を強化していても避ける事は不可能だったでしょう。
 もっとも、あれだけ避けられている根本の原因は他にあるのだけどね。

「だけどやっぱり納得がいかないわ。それだけでアレほど避けられるようになるというの?」

「くくっ、当然ではないか。‘戦う気が無い’相手に攻撃を当てる事ほど、難しいものはないだろう?」

「……なるほど、そういう事ね」

 吸血鬼の言った通り、今の晶には攻撃意思が存在していない。
 ……まぁ、良く考えれば当たり前の話なのよね。
 未熟な上に戦闘ド素人な晶が、攻撃と回避を同時に考えられるワケがない。
 必然的に、彼の動きはどちらかに専念したモノとなる。
 ゆえに‘避ける’事に専念した彼の動きと、‘戦っている’つもりの美鈴が予測する動きとの間には、大きな齟齬が生まれてしまうのだ。
 だからこそ、武術の達人である門番と彼が五分に渡りあえているのだけどね。

「しかし、いつまでも美鈴がやり込められているとは思えません。アレでも、彼女は紅魔館の門番です」

「ああ、お前の言う通りだ咲夜。いつか美鈴は晶を捉える。その時が、晶の敗北する時だ」

「……あの人間も、当然その事には気づいているでしょうね」

 侍従長の指摘は正しい。実際、門番の攻撃は段々と晶に掠り始めてきている。
 やがて直撃に至るのはもはや時間の問題だろう。
 魔法使いの言うとおり、晶もその事には気づいているんでしょうけど。
 さて、どうするつもりかしらね。

「久遠さん……」

「あら、心配なの?」

「心配するに決まってるじゃないですか! ううっ、大丈夫でしょうか……」
 
 まったく、本当にこの天狗は、晶の事となると本格的に頭が回らなくなるわね。
 晶の眼が死んでいない事に少しは気づきなさいよ。
 ほら、さっそく何かやらかそうとしているじゃないの。

「今度こそ当てます!」

「なんのっ!!」

 門番の裏拳に対して、晶が何度目かになる回避を行った。
 バク転のような姿勢で彼女を飛び越える晶。その目に、確かな「攻撃の意思」が宿る。



 ―――――――転写「アグニシャイン」



「えっ!?」

「なっ!?」

「―――ほほう」

 驚愕の声が、門番と魔法使いの二人から洩れる。
 巻き起こる炎が、門番を包み込む。
 へぇ、やるじゃないの。魔法使いのスペルカードもしっかり覚えていたのね。

「いまだっ!」

 相手を炎に巻き込んだ事を確認すると、晶は素早くその場から離れた。
 残り僅かな時間を消費する、おそらくは最後となる遠距離への移動。
 ……だがそれでいい。もとより接近戦に、久遠晶の勝ち目は存在していないのだから。
 彼が勝つためには、大技を使えるよう距離をとる必要があった。
 故に私は、晶に一分の猶予を与えたのだ。
 彼もそれが分かっているから、わざわざ炎を目くらましに使ったのだろう。
 あの門番の足止め。という手段に用いるなら、これほど最適なスペルカードもないでしょうしね。

「氷翼、解除!!」

 氷の翼が砕ける。冷気や風を扱うためとはいえ、五分である為の速度が消えてしまった事には変わりない。
 それだけの不利を被って、彼は何をするつもりなのかしら。
 「フリーズ・ワイバーン」は使用する事を禁止している。
 もしかしたら、【気を使う程度の能力】を覚えた事で大幅に消耗する欠点も無くなっているかもしれないけれど。
 そんな不確定な推測だけで禁止したスペルカード使う様なら……勝っても負けてもお仕置き確定よ?

「構想三十秒、製作たった今のスペルカード、行きます!」

 ……そういう脱力する台詞は、心の中に留めておきなさい。
 半身の姿勢で、晶は右腕を振りかぶった。
 その手には槍の形を模った氷の塊が形成されている。

「くっ! こんのぉーっ!!」

 門番が纏わりつく炎を追い散らした。
 ―――だが、遅い。
 すでに、晶の準備は整っている。
 彼の手に握られているのは、蛇腹状に三つの棒が交わり、一本の刃と化している氷の槍。
 気によって極限にまで強化されたその幻想は、鈍く七色に輝いている。
 自らの防御すら捨てて勝機にかけるというのね。ふふっ、相変わらずいい思いきりをしているわ。
 ……やっぱり、貴方は‘私達’よりの人間よ。

「美鈴!」

「しまっ!?」

「もらったぁぁぁあああっ!!!」
 


 ―――――――魔槍「スピア・ザ・ゲイボルク」



 氷の槍が放たれる。
 風が螺旋のごとく巻きつき、投擲された槍を加速させた。
 彼女は避けようとするけれど……間に合いそうにないわね、アレは。

「――――っ!?」

 門番に直撃し、氷の槍は爆散した。
 ふふっ、なかなかにエゲツない技じゃないの。
 当たる直前、槍が三十ほどの小さな刃になって飛び散っていたわよ。
 あの距離だと全弾当たっていたでしょうねぇ。
 ―――本当に、残念だわ。

「……や、やったのかな?」

「―――――――いいえ、まだですよ」

 放った相手が、彼女で無ければ。
 選んだスペルカードが、魔槍の名を冠していなければ。
 今の一撃で、勝利は決まっていたでしょうに。

「……すいません。紅魔館を護る者として、その技で倒されるわけにはいかないんです」

 門番の身体はすでにボロボロだ。
 おぼつかない足取りで、それでもなお晶に近づいていく。

「う、嘘でしょ!? 今のスペルカード、相当な威力があったはずだよ!?」

「いえ、足りませんね」

「へっ?」

「威力が足りないと言ったんですよ。貴方の一撃は、我が主の放つ神槍に到底及びません。ですから、‘貴方の槍で私は倒せない’んです!!」

「へっ? へっ?」

 晶は気づいていなかったみたいね。
 自分の作ったスペルカードが、この館の主が持つスペルカードと類似していた事を。
 もっとも、彼が吸血鬼のスペルカードを知っているはずがないのだけど。
 偶然って怖いわねぇ。

「ですってよ。慕われているわね、レミィ」

「ま、まぁ、特別に罰は免除してあげようじゃないの」

「お嬢様、顔が緩んでますよ」

 浮かれている紅魔館勢は、ほっときましょうか。
 そんなショートコントをしている間に、門番がついに接敵する。
 だというのに晶は呆然としたまま、自らに近づく彼女の姿を眺めているだけだ。
 あらあら、気迫に呑まれてしまったようね。……これで詰みかしら。

「おかえし、ですよ」

「あっ!?」
 


 ―――――――三華「崩山彩極砲」



 門番の拳が、晶の腹部に叩きこまれた。
 軽く浮いたその身体に、滑り込むようにさらに体当たりが決められる。
 ………気による肉体強化は、ギリギリで間に合ったようね。
 高く宙に浮かされてなお、晶の眼にはまだ諦観の意志が含まれていなかった。
 どうやらこの状況下でもまだ、勝つための方法を探っているらしい。
 ……晶のその強い意志は認めるけど、もう貴方の負けよ。

「目的は達したわ。もう、頑張らなくていいのよ」

「――あやや? 幽香さん?」

 最後に、「破山砲」が放たれる。
 今までで最高の威力を持ったその一撃に吹き飛ばされ、晶は派手に壁面へと叩きつけられた。

「勝負、あったわね」

「そうね――――ゴホン、そうだな。あの人間も善戦したが、美鈴には叶わなかったようだ」

「ふふっ、仕方ないわよ。今の晶の実力を考えれば、善戦しただけでも賞賛に値するもの」

 忘れそうになるが、彼は能力を発現させてから一か月にも満たない素人だ。
 成長の幅は、おそらく私達が考えている以上に広い。
 あの「絶対回避」も、そんな幅が生み出した想像以上の成長の一つに過ぎない。
 まだ、久遠晶の成長は始まったばかりなのだ。

「……幽香さん、初めから‘門番と戦わせるだけ’のつもりで紅魔館に来たでしょう」

「ふふっ、そうよ? けど肉体的な脆さが晶の足を引っ張っていた事は、貴方も認めていたじゃないの」

「そうですけど……まったく、貴女って人は」

 再び鴉天狗が、呆れ混じりに溜息を吐く。
 ――相変わらず過保護ねぇ。
 いい加減晶離れしてもいいと思うけど……まぁ、当分は無理でしょうね。

「ところで、久遠様の首がいい感じに曲がっているのですが、どうなさいましょうか」

「あら?」

 そういえば、さっきから晶がピクリとも動かないわね。
 よっぽど良い具合に決まったみたいじゃない、門番のスペルカード。
 ……ひょっとして死んじゃったのかしら?

「あやややや!? 久遠さぁーん!?」

「さ、咲夜! 早く客室に運んで!! パチェは治療をお願い!」

「畏まりました」

「仕方ないわね。分かったわ」

「あ、あわわ……。ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ」

「謝るのは後でいいから貴女も付き添いなさい! 多少の治癒は出来るんでしょう!」

「わ、分かってはいますけど―――ふぅ」

「今頃になって気絶しないで!」

「……咲夜、小悪魔を連れて来て。いないよりマシだわ」

 侍従長に運ばれて、晶と門番が紅魔館の中へと運ばれて行く。
 ……そうね。確かにちょっとだけ、来るのが早かったかもしれないわね。

「遠い眼をして誤魔化さないでください、幽香さん!!」

 鴉天狗の叫びを流しながら、私は小さくため息を洩らすのだった。


 ――――私だって、たまには失敗する事があるわよ。
 



[8576] 東方天晶花 巻の二十二「子は三界の首枷」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:55

巻の二十二「子は三界の首枷」




「かくして、異邦人たる久遠晶は新たなる可能性を発現し……発現し……はぁ」

 紅魔館の屋根の上で、朝靄のかかった空気を払うように私は大きなため息を吐きだしました。
 手にしているのは文々。新聞のネタを書き込む文花帖。
 何度も継ぎ足しを重ねすっかり分厚くなったその手帳には、今度の新聞の一面を飾るであろう記事の草案が書かれています。
 ですが……。

「―――没、ですね」

 最後まで書ききって、私は愛用の万年筆を仕舞いました。
 ……結局、また記事に出来ませんでしたね。
 文花帖のページを遡り、私はもう一つの没草案に目を通します。

「『花の妖怪が人間をペットに!? 驚きの顛末!』……はははっ、これも記事にし損ねてましたね」

 新聞という形にして、草案はようやく「記事」と呼べるモノとなります。
 だからすでに推敲まで済ませたこの文も、やはり記事ではないのです。
 ―――本来、文々。新聞に「没記事」はありません。
 それは、私の中にブン屋としての確固たる自信と誇りが存在しているからです。
 たとえ三流記事と言われようとも、私が捉えた真実を「記事」にするという、誇りと自信が。
 そんな私が記事にしないと決めている例外事項は「私が関わった事件」だけです。
 ゆえに、この記事も本来は草案すら書かれないはずなんですが……。

「……言い訳がましいですよ、射命丸文。アレで『関わった』と、本気で主張するつもりですか」

 私は、何もしていない。
 風見幽香との弾幕ごっこの時にも、紅魔館へ「散歩」に行った時も。
 ただそこに居ただけ。
 久遠さんの危機を前にしても、何も。

「―――はぁ」

 何度目かになる溜息を吐きだしました。
 きっと、私の幸せは急激に減っているに違いありません。
 
「私は、何がしたいんでしょう」

 彼に付き添っているのは、「約束」のためでした。
 ですが実際のところ、私が久遠さんに出来る事があるのでしょうか?
 ……私は、彼を護るつもりでいました。
 ロクに能力を扱う事も出来ない、呑気で優しく、そして危なっかしい夢追い人の事を。

「……全部、本気だったんですけどね」

 取引を持ちかけた時の言葉に、方便はありませんでした。
 自らの夢を語る彼の姿はそれほど綺麗で―――目をそらしたくなるほど、眩しいモノだったのですから。
 ……幻想郷という世界は、悪い言い方をすれば閉鎖的な場所です。
 ゆえに妖怪も人間も、自然と「自分があるべき形」に納まってしまう傾向にありました。
 もちろん私は、それが悪い事だとは思いませんし、言うつもりもありません。
 幻想郷ではそれが自然な在り方なのですから。
 ですが――いえ、だからこそ、いなかったのかもしれません。
 臆面もなく「自らがありたい形」を語ってしまう、そんな変わった人間が。

「ですけど……」

 私は、何もできていない。
 世界を見せると言う約束も、彼を護るという約束も、何一つ守れていない。
 ……だから、なんでしょうかね。
 約束を守れていない私が、対価である彼の記事を書けないのは。

「あー、情けない。伝統の幻想ブン屋がこの体たらく。普段の強気な私はどこにいったんでしょうか」

「どこにいったのかしらねぇ」

「……うぐっ」

 いつのまにか、背後にはにこやか笑顔のフラワーマスターが。
 最悪です。よりにもよって一番見られたくない妖怪に、体育座りでマジ凹みしてる私を見られてしまいました。

「な、何の用ですか」

「晶の調子が落ち着いたから、ワザワザ教えに来てあげたのよ。感謝なさい?」

「……それはどーも。けど、ワザワザ貴女が教えに来なくても良かったんですがね」

「紅魔館の連中は、主に合わせておねむの時間なのよ」
  
「あー、そうですか」 
 
 一時期は死んだ可能性すら危惧されていた久遠さんでしたが、思いのほか早く復活しました。
 同じく早々に復活した美鈴さん曰く、「おそらく無意識に内功を練って治療を促進したのでは」との事。
 ……さっぱり分かりませんが、【気を使う程度の能力】を持っている方は総じて回復力も高くなるという認識で良さそうです。
 それでもまぁ、パチュリーさんがかけた治癒魔法の結果を含めても重傷患者扱いなんですが。
 フラワーマスターの「気の扱いを覚える良い機会だし、残りは本人に治させましょうか」という無茶ぶりによって、永遠亭行きは阻止されてしまいました。
 微妙に正論な所が腹立たしいです。
 本当に、風見幽香はイジメとしか思えない提案を色々としていますが……全部それが、久遠さんの力になっているんですよね。
 言うまでもなく、かなり無茶ですけど。

「あら、私の顔に何かついているかしら? 役立たずさん」

「…………ふんっ」

 紅魔館の主であるレミリアさんは、久遠さんの治療場所を喜んで提供してくれました。
 おかげで細やかに対応してくれるメイドと、もしもの時の治癒魔法の使い手が常にいる好環境を手に入れる事が出来たのですが……。
 その結果、幻想郷最速の称号を持つ鴉天狗は何の役にも立たない置き物と化してしまったわけです。

「貴女だって、役立たずじゃないですか」

「私は、‘自分が役立たずだ’とは思ってないわ」

「……………っ」

「――反論も出てこない、と」

 心底呆れたように、私を見つめるフラワーマスター。
 同じように久遠さんと関わる彼女が、彼に与えた影響は大きいです。
 それはきっと、彼女が久遠さんにどう関わるかを決めているからなのでしょう。
 私は―――決まっていると、思っていただけでした。
 
「貴女にはガッカリね」

「な、なんですか突然!?」

「何だか落ち込んでいるようだったから、立ち直れないくらい弄ってやろうかと思ったんだけど……その気も失せたわ」

 肩を竦めながら、とんでもない事をぬかす花の妖怪。
 こういう「らしい」ところを見れば、久遠さんへの態度がどれだけ異常か良く分かるというものです。
 それにしても、随分と失礼な事を言ってくれるじゃありませんか。

「私が落ち込んでいるですって? あやや、そんな事あるわけないですよ」

「そう。なら、それでいいわ」

 興味を失ったと言わんばかりに、フラワーマスターは屋根から飛び降ります。
 その目には、中途半端な立場の私を蔑む冷たい意志が宿っていました。

「落ち込んでなんか、いませんよ」

 ただ、自分がここに居ていいのか、分からなくなっているだけです。
 今更私に、見せられるものがあるのでしょうか。
 今更私が、彼を護れるのでしょうか。
 私は………。

「―――――はぁ」

 頭の中で、考えが堂々めぐりを起こしています。
 ……それから、どれくらいの時間悩んだでしょうか。
 気づけば、空では太陽がその姿を堂々と晒すようになっていました。
 そんな中迷いに迷った私は―――

「そうです。久遠さんにドロワーズを履かせれば問題ないんですよ」

 結果、堂々めぐりし過ぎて思考が不可思議な領域に至ってました。
 意味不明過ぎますね、我ながら。
 こんな呟き、久遠さん本人に聞かれたらどんなことになるか。
 
「あの、ドロワーズは勘弁してもらえませんか……」

「あ、あややややー!?」

 本日二度目のしまったー!?
 よりにもよって、一番聞かれたくない妄言を一番聞かれたくない相手にっ。

「ちちち、違いますよ!? 今のはなんて言うか、無意識下の願望が漏れ出ただけでっ」

「何一つフォローされてないよっ!?」

「久遠さんが女装の似合うキャラをしているのが悪いんですよ!」

「挙句逆切れされた!?」
 
 氷の翼でふよふよ浮いている久遠さんが、涙目になって下がりました。
 ……ああもう、何をやってるんですか私は。
 こんなくだらない討論をする前に、確認する事があるでしょう。
 
「す、すいません。ちょっと混乱していまして」

「うん。尋常じゃ無いくらいしてたねっ! ビックリしたよ」

「あはは……それで、久遠さんはどうしてここに?」

 すっかり元気そうになった久遠さんですが、服の下からは包帯や湿布が覗き見えます。
 確か、七曜の魔法使いから絶対安静を言い渡されていたはずですけど……。

「幽香さんから、歩けるんなら動いて治せとご命令を受けまして」

「……断りましょうよ、さすがに」

「いやー、上手い具合に乗せられちゃって」

「なんと言われたら、重傷患者が能力を使ってまでうろつく様になるんですか……」

「あの鴉天狗が屋根の上で柄にもなく泣いてるわ、って」

「……そんな嘘に、乗せられないでくださいよ」

 というかあのフラワーマスターも、なに久遠さんに吹き込んでいるんですか。
 今の私に、興味がないと言ったのは貴方でしょう。
 意外と優しいところもあるんでしょうか?
 ……本当に久遠さんを動かすための方便だった気も、しないでもありませんが。

「まったく、子供じゃないんですから、理由もなく鴉天狗が泣くわけないでしょう」

「あー、うん。僕もまさかとは思ったんだけど……心当たりもあったからさ」

「心当たりですか?」

 はて、何かありましたっけ?
 久遠さんの言う「心当たり」が見つからずキョトンとしていると、彼が突然頭を下げました。
 へ? ど、どういう事ですか?

「ごめんなさい!」

「あ、あやや?」

「何度も注意されたのに、無茶ばっかりして本当に申し訳ないっ!!」

 ……ああ、そういう事ですか。
 確かにそういう約束もしていましたね。
 一度も守られた事がなかったので、私もすっかり忘れてましたよ。
 まぁ、仕方ないですよね。

「……幻想郷では、無茶のうちに入りませんよ。あんな事も」

「ほへ?」

「あの約束は、「普通の人間」だった久遠さんに必要だったモノですから」

「普通じゃないって―――確かに、反論はできないけど」

 ……そう、なんですよね。
 私が交わした「約束」が必要だったのは、会った頃の久遠さんなんです。
 様々な経験を経て成長した今の久遠さんに、私との約束が必要なわけではありません。

「私が居る必要は、ないんですね」

 今、分かりました。
 記事が書けなかった理由は、怖かったからなんです。
 自分の存在意義が無い事を知ってしまうから、書く事が出来なかったんです。
 ……けれど、いい加減認めてしまいましょうか。私がもう、久遠晶に不要な存在であると。
 少し、寂しいですけどね。

「はわわわわ!? ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、本当にゴメンナサイ!」

「ちょ、く、久遠さん!?」

 涙目が号泣に変わりましたよこの人!?
 凄まじい勢いで私に詰め寄ってくる久遠さん、はっきり言って少し怖いです。

「うわぁぁぁぁああん! もう無茶な事しませんからぁぁぁぁ、見捨てないでくださいよぉぉぉおおおおお!!」

「ゆ、揺さぶらないでください。な、ななな、何でそんな話になってるんですかっ!?」

「あうあうあうあうあう、ごめんなさいなのですごめんなさいなのですごめんなさいなのです」

「キャ、キャラが変わってますよ!? 落ち着いてください!」

 というか、何故そこで貴方が慌て出すんですか。

「ううっ、もう幽香さんに命令されて突貫する事もしな……いや、それは置いといて」

「……むしろそこを優先的に直して欲しいんですが、まぁそれよりも」

「はい?」

「何でそこまで、必死になって引き止めるんですか?」

「………………………………………………………………………………………………………………………………へ?」

「いや、ですから―――」

「      」

 今度は無音で泣きだしましたー!?
 ぼろぼろという擬音が似合いそうな大粒の涙を流しながら、久遠さんは棒立ちしています。
 ああ、何だか良く分からないけど罪悪感が!?

「……射命丸さん」

「は、はい」

「今まで大変お世話になりました。もう、あな、あな、貴方の迷惑に、に、に」

「な、泣きながら無理やり話さないでくださいよ!?」

「すいません。ぼ、ぼ、ぼ、僕、射命丸さんが無理に付き添っているなんて、ぜ、ぜ、ぜぜ、ぜ、全然、気づかなくて」

 ハンカチで目じりを押さえながら、つっかえつっかえ語る久遠さん。
 ……えーっと、これはどういう事なんでしょうか。

「いや、その、私は全然嫌だったとか思っていませんよ?」

「じゃあ、じゃあ、そ、その、な、ななな、なんで」

「……約束を、護れそうにないので」

 顔からいろんな水を垂れ流しつつある久遠さんを宥めつつ、正直に告白します。
 ああもう、小さい子供を宥めている気分ですよ。
 成長したとか言った矢先にコレですか。本当にもう、面倒のかかる人ですね。

「そういう事ですから、私は――」

「え゛ぐっ、射命丸さん」

「はい、なんですか?」

「……約束ってなんでしたっけ?」

 わぁい、そうきましたか。
 いや確かに私も忘れていた約束がありましたよ?
 ですけど、私達の関係の根本にある取引の事を完璧に忘れてるってどうなんですか。

「私があなたの記事を書く代わりに、幻想郷を見せるって言う話ですよ」

「……ああ、なるほど」

 マジですか。マジ忘れですか。
 あんまりな展開に、怒りよりも先に呆れが湧き出してきましたよ。

「はぁ、どうしてその事を忘れられるんですか、貴方は」

「あはははは、すいません。いつの間にか射命丸さんが居る事に疑問を抱かなくなってまして」

「………まったく、何ですかそれは」

 こっちが自分の尊厳すら危うくしながら悩んでいたというのに、疑問すら抱かなくなったって。
 その、正直に白状するとかなり嬉しい言葉ですけど。
 真面目に色々考えていた私が馬鹿みたいじゃないですか。

「んー何だろう」

 いつのまにか涙を引っ込めた久遠さんが、眉間にしわを寄せて悩み始めました。
 どうやら、自分で自分の言葉の意味が分かっていなかったようです。
 まったく気の抜ける人ですよ。
 とりあえず、怒るのは次の言葉が出るまで待つ事にしましょうか。

「きっとさ――――僕は射命丸さんの事を、身内みたいに思ってたんだよ」

「……あやや?」

「兄弟とか姉妹とかいなかったけどさ、「姉」がいたら射命丸さんみたいな人なのかなーって」

「な、何を言ってるんですか。久遠さんには紫ねーさまがいるじゃないですか」

「あの人は……どっちかというと憧れの人って感じで、姉って言うほど気安くなかったからさ」

「そう、なんですか」

 ――――まさか、姉と呼ばれてしまうとは。
 確かに私も出来の悪い弟と接している気がしていましたが。
 久遠さんの口からも、そんな言葉を聞かされるとは思いもしませんでしたよ。

「そうですか。姉ですか」

「えっと、射命丸さん? その、やっぱり身内は言い過ぎでしたかね?」

「うふふふふ、なるほどなるほど」

「……あ、あのー?」

 お互い姉弟みたいなものだと思っていたのなら、これはもう本物の姉弟と主張しても問題ありませんね。
 久遠さんが弟ですか……ふふふ。
 いえいえ、待ちなさい、違いますよ射命丸文。
 姉弟がそんな他人行儀な呼び方をするのは正しくありません。ここは姉弟らしく、お互いに正しい名称で呼び合おうじゃありませんか。

「久遠さん―――いえ、晶さん」

「ほ、ほへ?」

「そういう事なら不肖、この射命丸文。貴方の姉となりましょう」

「は、はぁどうも」

「ですから、私の事は是非とも「文お姉ちゃん」と」

「―――へっ?」

「姉弟間なんですから、呼び方もフランクに行きましょう。ですから、「文お姉ちゃん」と」

 私の必然的な主張に困惑する晶さん。
 まったく、恥ずかしがり屋さんなんですから。

「ちょ、ちょっと待ってよ射命丸さん。そりゃ身内みたいなモノだと言ったけど、いきなりお姉ちゃんってのは―――」

「なら「文姉」でもいいですよ? あ、むしろそっちの方が特徴的で良いですね、そっちでいきましょう」

「いやいや、問題はそこじゃなくて」

「りぴーとあふたーみー、「あ・や・ね・ぇ」さんはいっ」

「…………あ、文姉」

 ――――――――その時、私に衝撃走る。
 なんでしょうか、この胸の奥から込み上げる筆舌しがたい衝動は。
 照れくさそうに上目遣いで私を呼ぶ晶さんを見た瞬間、歓喜と幸福と慈愛とその他諸々とが混ざった感情の波が私に襲いかかりました。
 ああ、そうか。私は遂に見つけたんですね、成長した晶さんとの新しい関係を。

「晶さん!」

「わぷっ」

 私は晶さんを抱き締めました。
 胸元でジタバタしている晶さんを見ていると、先ほどまでの感情が倍増される気がします。

「私は決めました! 貴方を、どこに出しても恥じる事のない立派な天狗に育ててみせます!! ええ、お姉ちゃんに任せてください!」

「あ、文姉……苦しい。あと僕は人間なんですけど――」

「今こそ分かりました! 私は貴方の姉となるために出会ったんです!! そうです、そう決めました!!!」

「わか、分かったから、息が、息が」

 まるで天啓を得た賢者の様な気分の私は、晶さんを抱えたままグルグルと喜びを表現するため回り続けました。




 ――――その後、窒息プラス回転によるダメージで晶さんが再び生命の危機に晒されたため、私は色んな人にたっぷりと叱られる事になるのでした。
 
 







おまけ

 無音で泣き出す晶(SD白黒)
(http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/tensyouka22sd.jpg)



[8576] 東方天晶花 巻の二十三「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:55

巻の二十三「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」




※CAUTION!!

  このSSでは、東方のキャラ達が少しおかしくはっちゃけております。
  そこらへん注意して閲覧するかどうかを決めてください。
  後、晶君は基本酷い目に遭う役目です。























 僕が紅魔館で怪我の治療を初めてから、一週間が経過した。
 とは言っても色々あって絶対安静を言い渡されていた僕には、あっという間に時間が過ぎていったという印象しかないんだけどね。
 ……あー、でもそうだなぁ。
 とりあえずもう、「文姉」と言う呼称に照れとか恥じらいとかは無くなったかな。
 あの人、ほぼ毎日居座って世話焼くんだもん。
 まぁ、アレは下の子が出来たばかりの一人っ子特有の一過性な甲斐甲斐しさだと思うから、あえて止めはしなかったけど。
 一過性だよね? これからずっとあんな感じじゃないよね? ね?



 ――――閑話休題。



 とにかく、この一週間治療に専念していた僕は、無事自由行動の許可を貰えるようになったワケです。
 良かった良かった、おしまい。
 ……そこで安寧に終わる事が出来れば、僕の人生もずっと楽になるんだろうけどなぁ。
 あくまで「絶対」が取れただけで、安静には違いないのだ。
 ただ、幽香さんの意向で動き回るようにしているだけの話で。
 もっとも、僕としてもこれ以上引きこもるのは精神衛生上大変よろしくない。
 タダ飯を食らい続けるのも、なにもしないで寝ているのも、小市民な僕には耐えられそうにないのだ。
 と、言うわけで――

「なにか、仕事もらえませんかね」

 僕はメイドさんに、仕事を貰おうとお願いしに行ったわけです。
 あ、紅魔館に泊まるに当たって、彼女とはちゃんと互いに自己紹介をしましたよ。
 十六夜咲夜と名乗った紅魔館のメイド長さんは、驚いた事に普通の人間でした。
 いや、どう考えても妖怪である美鈴より強そうなんですが。さすが、恐るべしは幻想郷の人間というべきか。
 ……って、そうじゃないそうじゃない。今は、やれる仕事を探してるんだった。

「………仕事、ですか」

 僕の言葉に掃除中の咲夜さんが硬直する。
 へ? 硬直?
 何で今の言葉で、咲夜さんが固まったりするのさ。
 ああ、一応客人である僕が、そんな事を言い出したりしたから驚いてるのか。
 ……と言う事は、やっぱり断られるのかなぁ。

「―――なるほど、つまりバイトがしたいと」

「いや、別にお金が欲しいワケじゃ」

 そんなに僕ってがめつく見えるのかな?
 僕がそう答えると、再び咲夜さんが硬直した。
 こ、今度は何だって言うんですか。
 いきなり咲夜さんに黙られると、何か粗相をしたんじゃないかと不安になるじゃないですか。

「そ、その、ただ寝泊まりさせてもらうだけじゃ悪いと思って」

「そのような事を、思ってくださったのですか」

「やっぱり……まずかったですかね?」

「いえ、その心遣いに感激しておりました。感謝の気持ちを表すために頭を撫でて良いでしょうか」

「は、はぁ、どうぞ」

 そしてまた、咲夜さんは僕の頭を撫でてくる。
 これもここに来てからほぼ毎日繰り返されている事柄だ。
 何故かは分からないけれど、彼女は僕の頭を撫でる時幸せそうな雰囲気を纏っているので、僕もされるがままに撫でられている。
 ちなみにこうやって子供扱いされているけれど、彼女と僕の年齢差は一年程度のものだ。
 もちろん、僕が年下で。

「あの、そろそろ話を進めて欲しいんですが」

「………申し訳ありません。しばらくお待ちを」

 今まで頭を撫でていた咲夜さんの姿が消えた。
 この、突然メイドさんが現れたり消えたりする現象にもだいぶ慣れたものだ。
 どういう理屈かは、未だに全然分からないけどね。

「お待たせしました」

「いえいえ、全然待ってないです」

 居なくなった時と同じくらい唐突に、咲夜さんが戻ってきた。
 その手に持っているのは……布?

「これを」

「はぁ」

「この布で、あの壺を磨いてください」

「はぁ」

 言われるがまま、壺を擦る様に布で磨いていく。
 おそらく何かのテストなんだろう。なにしろ、壺はほとんど汚れていないのだ。
 ……けど、もう終わるよコレ? そんなに大きくないしさ。
 これはあれかな。いろいろテストを重ねて適性を見ようとしているのかな。

「えーっと、こんな感じでいいんですかね? 壺の磨き方なんて知らなかったんですが」

「……割れてませんね」

「はぁ、割れてませんが」

 と言うか、布で壺を擦るだけでどう割るって言うのさ。
 僕には軽く力を込めるだけで壺を粉砕できるほどの腕力はないですよ?
 
「―――素晴らしいです」

「………はい?」

「本来ならお客様に仕事を任せるわけにはいかないのですが、久遠様のような有能な方が手伝ってくださるのなら、断るわけには参りません」

「いや、そんな大袈裟な」

 壺を磨いただけでそこまで持ち上げられるとは思わなかった。
 いったい何故、咲夜さんはこんなにも僕を評価しているんだろうか。
 あまりに不自然な賛辞に、僕は思わず身体を堅くする――が。
 彼女の背後を通り過ぎていくメイド服姿の妖精達を見て、賛辞の理由を把握してしまった。

「ああ、確かに有能だよね。言う事ちゃんと聞くし」

「…………お察しいただけましたか」

 紅魔館に勤めるメイドは、咲夜さんを除いて全て妖精である。
 何でも紅魔館の主であるレミリアさんが、幻想郷入りした際大量に雇ったらしい。
 「貴族たるもの、多くの者を傅かせてこそ一流だ」とは彼女の弁だけど……張りぼての石垣に威厳もへったくれも無いと思うのは、僕だけだろうか。
 ちなみにそういった経緯で紅魔館に居る妖精メイド達の実力は、「枯れ木も山のにぎわい」という言葉に真っ向から反抗するものだという事をあえて述べておく。
 ……もちろん、さっき受けたテストをクリア出来るメイドはいない。少なくとも、僕の知る範囲では。

「頑張ります。簡単な仕事しかできませんが」

「いえ、それで充分です。……それより、久遠様」

「な、なんでしょうか」

 あれ? 今、咲夜さんの目が怪しく光ったような。
 き、気のせいだよね。うん。

「仮とは言え紅魔館で働くのなら、紅魔館のルールに従っていただきます」

「う、うん」

「ですので久遠様には、この衣装を着てもらいます」

 また、どこからともなく物を取り出す咲夜さん。
 今度取り出したのは、丁寧に折りたたまれた服だった。
 なるほど、紅魔館で働くためのユニフォームなわけですか。何とか理解できますよ。
 うん、分かる分かる。だけど……。

「あのー、何でスカートとエプロンが僕の衣装に混ぜられているんでしょうかね?」

 畳まれた服からは、黒いプリーツスカートと白いフリフリ付きエプロンが覗いて見える。
 どう考えても男性用の衣装とは思えない。
 後、幾つか用途不明のパーツも見えるんですが。ぶっちゃけ嫌な予感しかしません。

「何故と言われましても……これが、紅魔館で働く正規の衣装だからですが」

「いや、明らかに違いますよね。これ、どう見ても咲夜さんや妖精メイドの衣装と違いますよね」

「気のせいです」

 言いきった! どう見ても違うのに、真顔で言い切った!
 いや、問題はそこだけじゃないしっ! 

「ソレ以前に、僕は男なんですよ!」

「はい、知っていますが」

「承知の上で!?」

「きっと久遠様に似合います。それだけで何の問題もなくなるでしょう?」

「むしろ増えるよ! 色々問題が増えまくりだよ!!」

 どうしよう。そりゃ、無駄飯食らい続けるのは嫌だとは言ったけどさ。
 まさかこんな試練が待ち構えていようとは。
 テストはさっき終了したんじゃないですか咲夜さん。

「そこまでですっ!!!」

「文姉!?」

 これまた突然現れたのは、最近僕の姉となった射命丸文さんだ。
 どこでこの騒ぎを察知したのか、鴉天狗の情報収集能力は本当に侮れない。
 とはいえ、ありがたい助けが現れたのも事実だ。
 とりあえず文姉から、男用衣装を用意してもらえるように口添えしてもらおう。

「あの文姉、実は……」

「ふっ、みなまで言わずとも分かっています」

「え?」

「咲夜さん! この私を抜きにして、『晶さん専用メイド服(Ver1.0)』の試着をしようとは言語道断です!!」

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええっ!?」

 味方だと思ったらそうじゃなかったー!?

「ふふっ、そうね。貴女と共にデザインしたこの衣装。着せる時は二人一緒の時に、という約束だったわね」

「まったく、危うく晶さんのナイスショットを取り逃すところだったではありませんか」

「……焼き増しは」

「お任せくださいっ」

 うわぁ、どう扱えと言うのですかこのやりとり。
 色々衝撃的過ぎて口を挟めないんですが、敵が増えたと把握してよろしいのでしょうか。

「さぁ、そういうワケで早速着替えましょうかね、晶さん」

「え、あ、う?」

「なんとこのメイド服、実はこっそりお揃いなんですよ、お揃い」

 確かに、黒いプリーツスカートと白いワイシャツは彼女の服と同じデザインをしている。
 ワザワザ僕に着せるため、同じものを用意したのだろうか。
 ……泣いていいですか。

「ちなみに、私のお古です」

 その告白を僕にどう扱えと言うんですか。
 顔を赤らめるその姿は大変可愛らしいのですが、内容は色んな意味で笑えません。

「……だけど晶さん、私より腰が細かったんですね。おかげでそのまま着る事ができませんでしたよ」

「ええっ? いつのまに図ったの!?」

「以前、汗を拭くときに軽く図らせていただきました」

 軽く図らせてもらったって、全然そんな素振り見せなかったじゃん咲夜さん!?
 その無駄に凄い能力をなんて事に使ってるのさアナタは。
 ……あと、僕を介抱している時点ですでに出来上がっていたんですか、このオカシナ同盟。

「そういうワケですので、腰はこちらのコルセットで固定してください」

「ううっ、少女としてはちょっと悔しいです」

 僕は、悔しいというより切ないです。
 まさかコルセットまで薦められるとは思いもしなかった。
 生まれて初めての体験ですよ。そして、一生したくなかった経験でもあります。
 ……この上でさらに、メイド服を着るという恥辱を重ねろと言うのですか、二人とも。

「まぁ、それはそれでアリなので涙を呑んで見逃します」

「良かったですね、久遠様。さぁ、着替えましょうか」

 すいません。何が「良かった」なのか、今の僕には何一つ理解できません。
 途方に暮れてしまった僕は、咲夜さんが渡してきた衣装をうっかり受け取ってしまった。
 こうなってしまうと、逃げだす事も難しくなってくる。
 そしてそんな僕に期待の目を向ける文姉と、無表情ながらも楽しそうなオーラを放ちまくっている咲夜さん。



 ――――この時、僕は本能で理解してしまった。



 ああ、僕はもう拒否する事ができないのだと。

「……着替えてきます」

「え、ここで着替えていいんですよ?」

「何ひとつ問題ありません」

 いや、本気で勘弁してください。
 そろそろ僕の中にある大切な何かが、音を立てて砕けそうです。




 





「着替えてきました……」

 近くの部屋に逃げ込み、与えられた服に着替えた僕のテンションは最低でした。
 思った以上に酷い。これは酷い。
 例えばあの用途不明のパーツ。これはなんと、二の腕の部分で固定する追加袖でした。
 ……いや、何の意味も無いでしょうコレ。ただ邪魔になるだけじゃん。
 フリフリエプロンや黒いコルセットと相まって、完全に服の原型消えてるよ。まぁ、残ってても何の救いにもならないけどさ。
 烏帽子も無く、歯のついた靴も編上げブーツに差し替えられたこの服は、もう完全に文姉の服とは別物になっていた。
 改めて呼称するならば、「脇メイド服」とでも言うべきだろうか。……いや、やっぱ止めとこう、名付けるとさらに心が痛い。
 せめてもの情けがあるとすれば、それはスカートの下がドロワーズでなくスパッツになっているという事くらいだ。
 ……情、け? いやうん、情けだ。情けじゃ無いと泣く。
 とにかく、そうやって二人の望み通りの恰好をした僕に対し、当人達の反応はと言うと―――

「うーん、これはこれで良いんですが」

「何か物足りませんね」

 暴れたくなるような冷めたモノだった。
 もう本気で暴れるぞ。そしてトイレでひっそりと泣くぞ、オイ。

「色んな尊厳を失ってまで着たのに……」

「いえ、似合っているんですよ? 似合っているんですが……」

「画竜点睛を欠く、とはこの事を指すのでしょうか」

 この人達は自分らがどれだけ好き勝手な事を言ってるのか、分かっているのだろうか。
 
「ふんっ、情けないな」

「お嬢様!」

「レミリアさん!」

「……また増えたよ」

 唐突に―――もう出現手段とかどうでもいいや、レミリアさんです。
 必要以上にカリスマをばら撒いて現れた紅魔館の主は、もう最初っから頼れそうになかった。

「見せてやろう、貴様らに足りないものを!」

 そういって僕の背後に回ったレミリアさんが、髪の毛を一房握る。
 短めの髪を髪留めで無理やりポニーテールにした瞬間、二人の表情が変わった。
 ……怖いです、主に目が。

「ちょ、ちょんまげポニー!? 短い晶さんの髪を、あえてその結い方にっ」

「しかも、髪留めでもみあげの位置を調節する事でアホ毛まで!?」

「くっくっくっ。服と人、両者を歩み寄らせてこそ調和が取れるというものさ」

「さすがです、お嬢様! サイコーです、おぜうさまっ!!」

「今こそ言いきれます、レミリアさんはカリスマですっ!」

 吸血鬼を称えながら僕の写真を――主に斜め下から――撮りまくる文姉。
 鼻血を垂らしつつ、涙を流しながら主人に拍手を送る咲夜さん。
 そして、胸を張って自らの功績を自慢するレミリアさん。



 ―――ああそうか、ここは現実じゃないのか。



 そんな直視しがたい光景の中で、僕はそんな結論を出したのだった。
 僕の中で崩壊していく色んなモノの音を聞きながら、そうやって遠い世界に思いをはせてみる。
 ……だけど、世の中というヤツはとことん僕に優しく出来ていなかったらしい。
 呆然と留まっていた僕達の前に、この日最強最後の災厄が現れたのでした。



「あら、楽しそうな事をやっているわね」



 今日だけは、彼女をこの名称で呼ばせていただこう。
 ―――アルティメットサディスティッククリーチャーが来ちゃったぁー!?

「ニュー晶さんのお目見え式です!」

「へぇ……そうなの」

 ああっ、とても楽しそうな笑顔が、笑顔が。
 全方位を囲まれて逃げられない僕に、いじめっ子スマイルを固定させた幽香さんが近づいてくる。
 ……もう、鳴らなくていいよ。僕の脳内の災難察知レーダー。
 はっきり分かった。
 今日の僕は、天中殺真っただ中だ。





「―――――なら、これから晶の服はずっとそれでいきましょうか」





 こうして、幻想郷に『脇メイド(♂)』という禁忌の存在が生まれてしまったのでした。
 ……誰か夢だと言ってください。










「青い空に白い雲、とっても綺麗に流れていますねぇー。……今日は、気持ちよく眠れそうです」

「………掃除にきました」

「うひゃひゃうっ!? ね、寝ませんよ! 言ってみただけですよ!」

「………そうですか」

「あれ、咲夜さんじゃない? 貴女、新入りの子ですか?」

「しくしく」

「え゛っ!? ひょ、ひょっとして晶さんですか?」

「しくしくしくしくしくしくしくしく」

「な、何があったんですか?」

「しくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしくしく」

「…………一緒にお茶でも飲みますか」

「………ありがと。美鈴だけだよ、そう言ってくれるのは」

「晶さんも大変ですねぇ……」

「ううっ、しくしく」







おまけ

晶君新規衣装設定画
(http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/akirasinki.jpg)



[8576] 東方天晶花 巻の二十三点五「画竜点睛」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:55

巻の二十三点五「画竜点睛」




※CAUTION!!

  このSSは二十三話の続きなので、やっぱり東方のキャラ達がおかしくはっちゃけております。
  再び注意して閲覧するかどうかを決めてください。
  後、晶君は当然酷い目に遭う役目です。




















美鈴「はぁ……それは災難でしたねぇ」

晶「災難なんて、災難なんてレベルで片付くもんか……」

美鈴「泣かないでくださいよー。大丈夫ですって、耐えられないと思っていた事でも案外我慢し続けられるもんですよ?」

晶「例えばナイフとか、ナイフとか、ナイフとか?」

美鈴「はいっ!」

晶「……涙無しには聞かれない話ですね」

美鈴「いやー、照れますねー」

晶「(本気で言ってるところが凄いよなぁ)」

美鈴「晶さんもそのうち慣れますよ! それまで耐えればいいんですっ」

晶「慣れたくないから泣いてるんだいっ!!」

美鈴「え、何でですか? そう変でもないですよ?」

晶「……ううっ、妖怪「空気読めない子」に愚痴った僕が馬鹿だった」

美鈴「あはははは、私が読めるのは気の流れだけですからねー」

晶「(なるほど、皮肉も読めないワケですか)」

美鈴「で、何が問題なんですか?」

晶「いやだから、男の僕がこの脇メイド服に慣れるのはマズいって話で」

美鈴「あー、それは確かに問題ですねー。―――アレ?」

晶「……今度は何さ」

美鈴「その服、別に脇見えませんよね」

晶「あ、そういえば。袖が別になってたから、ついうっかりそう呼んでたよ」

美鈴「なるほど、紅白と似たような形の袖ですもんね」

晶「………何それ、お正月?」

美鈴「へ?」

晶「いや、今紅白って」

美鈴「別に正月は関係ありませんよ。人名です、人名」

晶「ふーん(……幻想郷の妖怪は個性的な名前が多いよなぁ)」

美鈴「晶さん、紅白に会った事ないんですか?」

晶「うん、幻想郷で赤と白のツートンカラーを持った相手を見た事はないかな」

美鈴「そうなんですかー」

晶「(本当に名称そのまんまな外見してるんだ。凄い分かりやすい妖怪なんだろうね、きっと)」

美鈴「まぁ、今の晶さんみたいな格好している人ですよ。……そういえば、結構似ているかもしれませんね」

晶「に、似てるって、僕がその紅白さんに?」

美鈴「はい。何と言うか、雰囲気が」

晶「……なんだ雰囲気か。てっきり僕は、外見が似ているのかと」

美鈴「服装は全然似てませんよー。袖の部分はそれっぽいですけど、脇が見えてませんもん」

晶「え、脇だけ? そこで判断するのおかしくない?」

美鈴「他の部分は―――あ、そっちも結構似ているかもしれませんねぇ」

晶「止めてー! 安心して緩みきった僕の心をズタズタに引き裂くのは止めてー!!」

美鈴「あはは、ならこの話は止めておきましょうか」

晶「ううっ、そうしてください」

美鈴「……けど晶さん。紅白の事を知らないのに、何故その衣装を脇メイド服と呼んだんです?」

晶「何故って……何でだろうね? 何かの念波を宇宙の果てから受信したのかも」

美鈴「へぇー、そうなんですかー」

晶「(幻想郷ではこういう冗談もネタにならないのか)」

文「そこまでですっ!!」

晶「瞬間移動しているとしか思えないほど唐突に出てきたっ!?」

美鈴「あ、文さんこんにちはー」

晶「また冷静だね君も!?」

文「あ、どうも美鈴さん。こんにちはー」

晶「あれだけ派手に登場したくせに、普通に受け答えした!?」

美鈴「それで、何か御用ですかー?」

文「はい、脇メイド服と聞いて超特急でやってきました」

晶「(ツッコミガン無視された……)あー、文姉? 呼称が間違っていた事は謝りますけど、その……」

文「皆まで言わずとも理解できていますよ。晶さん」

晶「……何が分かっているのか、僕にはまったく分かりませんが?」

文「お姉ちゃんも鬼ではありません。同じデザインでは無くなりますが、この袖なしワイシャツを差し上げようじゃありませんかっ!」

晶「間違った名前の方に衣装を合わせにきたー!?」

美鈴「良かったじゃないですか。これで正しく脇メイド服ですよ」

晶「何一つ良くない!」

文「さぁ晶さん。このワイシャツを着て、晶さん専用メイド服(Ver.1.1)にアップグレードしましょう!」

晶「はやっ! マイナーチェンジはやっ!!」

美鈴「脇メイド……いえ、この場合はむしろ腋メイドになるんですかね?」

晶「そんな僅かなニュアンスまでマイナーチェンジされても!?」

文「まぁ、とりあえず着替えましょうよ。ココで」

晶「ココで!?」

文「上半身だけだから恥ずかしくないもん」

晶「恥ずかしいよっ!? 部位が云々とかより、凝視されながら着替える事が恥ずかしいよ!」

文「むしろ私はそれが見たい!!」

晶「そ、そんなカミングアウトされても……」

美鈴「着替えるならあっちの木陰とかどうです? 上手い具合に隠れられますよ」

晶「空気読めない子ありがとう!!」

文「……ちぇっ」



 ~少女(?)着替中~



晶「……今、大宇宙の意志にまで辱められた気がする」

美鈴「おおー、似合ってますねー」

晶「……死ぬほど嬉しくない」

文「これはこれは、なかなかにセクシーですね。特にこの肩の部分とか」

晶「あ……ゃ……」

文「(ゾクゾクゾクッ)」

晶「や、止めて、くすぐったいよ」

美鈴「へー、晶さんってくすぐったがりなんですか」

晶「そ、そうみたい。肩とか触られるとゾクゾクしてきて」

文「(無言で肩を指でなぞる)」

晶「ゃぁ……っ、ぅ………文、姉っ、やっめぇっ」

文「(――――――――――――――――――ブツン)」

美鈴「あれ? 何か切れましたかね」

文「もう辛抱たまりませんっ!!」

晶「はわわわわわっ!?」

美鈴「ありゃりゃ、文さーん? 晶さんをどこに連れて行くんですかーっ」

文「さぁ晶さん、これからずっと妖怪の山で楽しく愉快に二人っきりで過ごしましょう! お部屋に籠って色々お世話してあげますよっ!!」

晶「文姉、それ外の世界では拉致監禁って言うんだよ!? あと、目が怖い、目が、目がー!」

美鈴「……あーあ、行ってしまいました」



 ―――――――起源「マスタースパーク」



美鈴「あ、撃ち落とされた」





文「何するんですか幽香さんっ! 姉弟の楽しいスキンシップタイムを邪魔しないでください!!」

幽香「どう好意的に見ても獲物を自分の巣に運ぼうとする猛禽類だったわよ、さっきの貴方」

晶「く、黒コゲになるかと思った。一応、安静が必要な怪我人なのに」

咲夜「ご無事ですか久遠様」

晶「あ、大丈夫です、助けてくれてありが……あふっ、さ、咲夜さん、脇を撫でるのは勘弁して―――あぅんっ」

レミリア「―――久遠晶殿、頼みがある」

晶「え? どうしたのレミリアさん、やたら畏まって」

レミリア「血を吸わせろ」

晶「丁寧にとんでもない事言ったーっ!?」

レミリア「その腋はアレか、最近霊夢に会えない私に対する挑戦か、良かろう受けてやるから服を脱げっ!」

晶「いぃやぁー!? たぁすぅけてぇぇぇぇぇぇえええ!!!」

文「服を脱がせると聞いて!!」

幽香「……貴女、そろそろ本気で落ち着きなさいな」





美鈴「……………」

美鈴「いやぁ、紅魔館も随分にぎやかになりましたねー。良かった良かった」

晶「良いわけあるかぁぁぁぁあああああああっ」






[8576] 東方天晶花 巻の二十四「情けは人の為ならず」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:55

巻の二十四「情けは人の為ならず」




 静謐な空気がこの場を支配していた。
 等間隔に並んだ本棚は視界の及ばぬ彼方まで続き、均等であるがゆえに歪んだ光景を映し出す。
 それもまた必然。目の持つ正確さなど、せいぜいその程度のモノだ。
 五感より仕入れた情報は必ず歪む。
 精神が、肉体という異なる感覚よりもたらされた情報を正しく理解できていないが故に。
 それは心に比重を置いている妖怪ですら逃れられない、絶対の法則だ。
 知識の探求者である私ですら、その事実は曲げられない。
 否、私であるからこそ、魔法使いであるからこそ、歪んでいく情報を正す事は出来ないのだ。
 魔法とは、自己の世界より引き出した異なる秩序で構成された力。
 それを操る魔法使いにより無限に分岐する、同じ名称を持ちながら違う力を持つ能力。
 故に私――パチュリー・ノーレッジ――が扱う魔法は、私にしか扱えないのだ。
 そう、本来なら。
 魔理沙のように他人の魔法を‘真似る’事ならまだ出来よう。だが、他人の魔法を‘覚える’事は不可能なはずである。

「……だというのに」

 久遠晶。外より現れた異邦人は、その不可能を可能にした。
 【相手の力を写し取る程度の能力】――その力を、花の妖怪は「惰弱な能力」と称したらしい。
 力のみに主体を置く、あの妖怪らしい考え方だ。
 私は最初に彼の力を聞いた時、自らの浅い考えを死ぬほど後悔したと言うのに。
 ……相手の能力を知った時にはすでに手遅れだった。
 私のスペルカードは、すでにあの人間に覚えられてしまっていたのだ。

「あれ、どうしましたパチュリー様? 苦虫を噛み潰したような顔をして」

「少し忌々しい事を思い出していただけよ」

 先ほども言ったが、魔法は同じ名称を持ちながら個々によって完全に異なる力を顕現させる。
 それは魔法使いがそれぞれ、自らの知識や力を使って独自に術を組むからだ。
 あの色んなものを盗んでいく魔理沙でさえ、そのルールに則って‘術を真似る’のだけれど。
 久遠晶はその概念を、あっさりとひっくり返してくれた。
 生まれつき能力を身につけている鴉天狗や、能力を重要視しない花の妖怪には、この衝撃を理解する事は出来ないだろう。
 私が、多くの時間と研究を重ねて編み出したスペルカードを、ああも簡単に……。

「今思い出しても腹立たしいわ。奥の手で無かった事はせめてもの救いだけど、それでもやっぱり」

 もし私が、美鈴のように能力を丸ごと盗まれたら?
 ……その時は、「七曜の魔法使い」パチュリー・ノーレッジの存在意義全てを賭けて、久遠晶を滅していたはずだ。
 それほどまでにあの能力は恐ろしい。
 レミィの客人でなければ、迷わず追い払っているのだが……。

「そういうワケにもいかないわよね」

「パチュリーさまぁ、そんな飛び飛びに話されても何の事だか」

「独り事よ。いちいち相槌を打たないで」

「ううっ、会話の相手がいるのに独り言ですか」

 少なくとも、レミィが彼を追い払う事は絶対にないと言える。
 奇しくも美鈴との弾幕ごっこで、それははっきりと証明されてしまったのだから。
 ――そう。久遠晶は確かに、彼女の見たあの「運命」を起こす鍵になり得る人物であると。

「まったく、ままならないモノよね」

「せめて少しは私に興味を持ってください……」

 私とて、レミィの見た運命を否定したいとは思わない。
 だが積極的にアレに関わりたいかと言われると、やはり返事は否となる。
 ……まぁ、それでも問題ないかしら。
 あの人間には、花の妖怪や鴉天狗がついている。
 美鈴も咲夜もそれなりにアイツを気に入っているようだし、私が率先して力を貸す必要はきっと無いだろう。
 なら私は遠慮なく、この大図書館に籠らせてもらおうか。
 ちょうど新しい本も幾つか入荷した事だし。しばらくは関わり合いを避け、新たな知識を深めていこう。

「小悪魔」

「は、はいっ! なんでしょうか!」

「早く仕事に戻りなさい。職務怠慢よ」

「……はぁい」

 しょんぼりと肩を落としながら、私の使い魔である小悪魔が去っていく。
 そういえばさっき何か言っていたような気もするが、こういう時あの子は大抵中身のない事を言っているので、特に気にしなくてもいいだろう。
 私は、傍にあった新しい本に手をかけた。

「そうそう、入荷した本の整理もあるから、咲夜か美鈴を呼んできなさい」

「ううっ、分かりましたー」

 小悪魔が陰鬱なオーラを放ちつつ、大図書館の外に向かっていく。
 この大図書館の蔵書量は尋常ではない。当然、一度の入荷量も相当なモノになる。
 彼女は司書として優秀な存在だが、純粋な物量が相手となるとやはり一人では心もとない。
 そのため私は新書等を入荷した時には、二人のうちどちらかを助っ人として呼ぶ事にしている。
 門番やメイド長を長時間拘束する事になるけれど、他の妖精メイドにこの仕事は頼めない。
 役に立たないだけならまだいい。何のための手助けか分かりはしないが、損害も出しはしないのだから。
 問題なのは書の価値を知らない彼女らが、杜撰な取り扱いや低俗な悪戯で本に多大なダメージを与えるという点だ。 
 まったく、だからレミィには、常々咲夜に依存している紅魔館の家事事情を警告しているというのに。
 一向に改善される様子がないのは、主としての意地か、単に面倒だからか。
 ……きっと、両方でしょうね。

「パチュリーさまぁ、助っ人を連れてきましたー」

 数分も経たないうちに小悪魔が戻ってくる。
 思いの外早く帰ってきた事にも驚いたが、それ以上に彼女の台詞に違和感を覚えた。
 いつもなら、小悪魔は連れてきた方の名前を呼ぶ。
 どちらが来たのかを分かりやすく伝えるためだ。
 ……まさか、また妖精メイドを連れてきたのだろうか。
 だとしたら早々に追い返して―――

「どもっ! 助っ人久遠晶、参上しました!!」

 次に聞こえた警戒心ゼロの声に、私は危うく椅子からずり落ちそうになった。
 よりにもよってソイツを連れてきたのか、あの子は。
 魔法使いの意地として目に見える形で慌てはしなかったが、私は内心、かなり動揺していた。

「く、久遠晶、参上したんですけどー」

「その、パチュリー様はご本に集中されているようですので、返事は貰えないかと……」

「あーなるほど、そういうのってあるよねー」

「久遠様もそういった経験がおありなんですか」

「……昔、本を読みふけって女の子との待ち合わせをすっぽかしました」 

「うわぁ……」

 何故かやたらと親しげに会話する小悪魔と久遠晶。
 関わらないと決めた矢先に、まさか本人が現れるとは思ってもみなかった。
 これも、レミィの見た「運命」に繋がる事柄なのだろうか。
 ならばやはり、私が関わらずにいる事は不可能なのかもしれない。
 それもまた仕方ない、か。彼と無関係でいられない事自体は、もっと前から分かっていたのだし。

「ダメですよ? 男性は優しく女性をエスコートしてあげないと」

「うん。優しい子だったけど、さすがに何度も謝って許してもらう必要があったよ」

「あはは、そうなんですか。――で、その後その人とはどんなロマンスが!?」

「ロ、ロマンスって……その子とはただの友達で」

 どうやら、私の背後で小悪魔が鼻息荒く彼に詰め寄っているらしい。
 そういえばあの子、最近仕入れた「ハーレクイン」とかいう娯楽本にハマってたわね。
 幻想郷では、人里にでも行かない限りそう言った話を聞く事が出来ないから、あの子が興奮する気持ちも分かるけど。
 ……貴女、何のためにそいつを呼んだのか覚えていないのかしら?

「小悪魔、仕事に戻りなさい」

「は、ははは、はいっ!」

「……ああ、一応気付いてはいたんだ」

 当り前じゃない。私は貴方ほど間抜けじゃないのよ。
 小悪魔が仕事に戻るのを確認して、私は再び本を読み始める。
 ……が、すぐに本を閉じた。
 失望の溜息を吐きつつ、私は作業を始めようとしている小悪魔を呼びとめる。

「小悪魔」

「はい、なんでしょうか」

「この本もついでに仕舞っておいて」

「あれ? その本、もう読まないんですか?」

「前に読んだ本を意訳した本だったわ。……価値が無いワケじゃないけど、今は違うものが読みたいの」

 新しい解釈を知る事も悪くはないけれど、今はそういう気分ではない。 
 ……仕入れる本が多くなると、こういう事も増えてくる。
 本の鑑定をできる人間が、紅魔館には私と小悪魔しかいないからである。
 まったく、いちいち内容を確かめながら読んでいたら、落ちついて本の世界に浸る事も出来ないと言うのに。

「じゃあ久遠様。私は本の整頓をしますので、久遠様は図書館の掃除をお願いします」

「はーい、わっかりましたー」

 テキパキと久遠晶に指示をして、小悪魔が本の整頓を始める。
 ……しまった。このままでは、何故こいつが来たのかを聞き損ねてしまいそうだ。
 やはり、極力関わり合いを避けるため会話に参加しないようにしていたのは間違いだったか。
 自らの往生際の悪さが招いた事態に、悟られないほど僅かな量の冷や汗を流す。
 まぁ、小悪魔が受け入れているのだから、大きな問題はないのだろうけど。
 やはり図書館の責任者としては、きちんと来た理由も訪ねておかないといけないだろう。

「ちょっと、あなっ―――」

「……あな?」

 そうやって覚悟を決めて振り返った私は、すぐに言葉に詰まってしまった。
 何故なら久遠晶の外見が、私の知っているモノから大きく変わってしまっていたからだ。
 ――腋メイド。強いて彼の恰好を表現するならば、そう言えるだろう。
 どう考えても性別を間違えているとしか思えない服飾を、しかし彼は普通に着こなしていた。
 また、えらく似合っているのが微妙に腹立たしい。

「……何よ、その恰好」

「あはははは―――気にしないでください」

 どうやら、本人にとっても不本意な格好であるらしい。
 苦笑するその姿に、少しだけ安心した。彼に好んでメイド服を着る趣味はさすがにないようだ。
 しかし、そうなると何故好まない服を着ていたのか、と言う事になるのだが……。
 悲しい事に、その原因が私には容易に想像できてしまった。

「レミィの仕業でしょう」

 こんな服装を強制するのは、彼女ぐらいしか考えられない。
 紅白のような雰囲気を持つ彼にこの服を着せる事で、最近巫女に会ってない寂しさを紛らわせようと考えたのだろう。
 ……何とも悲しくなる代償行為だ。
 
「髪型はね。服装は文姉と咲夜さんの共同開発です」

「む、むきゅ!?」

 ……迂闊だったわ。思わぬ答えに動揺したとはいえ、それを態度に出してしまうだなんて。
 しかし、どうやら事態は私が思っていたよりも遥かに面倒な事になっていたようだ。
 確かに咲夜は可愛いものに目が無い所はあったし、あの鴉天狗の執着っぷりも相当なものであったけど。
 それにしたって、これは何か違うでしょうに。

「ま、まぁいいわ。それで、なぜあなたがここにいるの?」

「えーっと、どこから話したものかな」

「とりあえず、咲夜でも美鈴でもなく、アナタが来た理由を教えなさい」

「その咲夜さんから頼まれたんだ、二人とも手が空かないからって。僕自身、世話になりっぱなしなのは我慢できなかったしね」

「ふぅん……」

 なるほど、その精神は評価していい。
 レミィとしては将来的に別の形で返してもらうつもりだろうから、不要な対価ではあるが。
 この紅魔館で真っ当に働ける人間が一人増えた事は、大きな助けとなるだろう。
 しかし、こう言っては何だが……。

「あなた、とても家事ができるようには見えないわよ?」

「……えーっとまぁ、出来ますよ? それなりに」

「『生兵法は怪我のもと』ってことわざ、知ってるかしら」

「何一つ反論できません」

 どうやら本人も、戦力としては「妖精メイドよりマシ」程度のものである自覚はあったらしい。
 私の言葉に、彼は素直に実力不足である事を認めた。
 少なくとも図書での掃除経験は、知識のみと言った具合らしい。

「そんな奴に、この大図書館の掃除を任せろというの?」

「ぼ、僕としても、もっと簡単で力のいる仕事を任せてもらえるのかと」

 確かに能力的な観点から言えば、コイツは美鈴と同じく力仕事を得意とする方になるはずだ。
 しかし、どうもメイド服を着ているせいだろうか。目の前の人物は、一見すると家事の方が上手そうに見えてしまう。
 小悪魔も、だからこそ久遠晶に掃除を依頼したのだろう。
 とはいえ結局のところ安請け合いしたのはコイツなのだから、その責任はやっぱり彼自身にあるはずだ。
 通常なら、己の発言の責任をしっかりとってもらうべき、何だろうが……。
 その場合一番被害を受ける可能性があるのは、私の大図書館なのよね。

「とりあえず、新しく仕入れた本を纏めてなさい。小悪魔が戻ってきたら別の仕事をあげるから」

「ううっ、すいません」

 仕方なく、一番簡単な仕事を指示する事にした。
 その言葉に一応反省の意思を見せながら、とぼとぼと肩を落として本の山に向かう久遠晶。 ……この姿だけ見ると、とてもコイツが警戒に値する相手だとは思えない。
 だがそれは、裏返せば‘実力を見た上でも油断してしまう’という厄介さを持っているとも言えるだろう。
 いや、さすがにそれは考え過ぎか。
 ……私とて、過大にコイツを評価をするつもりはない。
 しかし能力的な相性の悪さから、どうにも必要以上に久遠晶を警戒してしまう。
 今後の事を考えると、お互いのためにある程度親しくなっておくべきなのは分かっているのだが……。

「せめて、きっかけがあればね」

「へ? 何の話?」
 
「こっちの話よ、気にしないで」

「はぁ……?」

 怪訝そうな顔で、久遠晶が新刊の整理を始める。
 思ったよりも手際のいい動きだが、やはり「少々出来る」程度のモノだ。
 そんな彼の手が、何の前触れもなく唐突に止まる。
 手に持っている本は――装丁だけでは、どんな本なのかイマイチ分からない。

「どうしたのよ。その本を睨みつけて」

「いや、何かコレがすごく気になってさ」

「中身を少しぐらい覗き見たって怒りはしないわ。作業を止められる方が面倒だから、気になるなら開けてみなさいよ」

「うーん、捲りたくはないんだよねぇ。やっぱり良く分からないんだけど」

「……どういう事よ? 少し貸してみなさい」
 
 私は彼から本を受けとって、適当なページを開いてみる。
 ―――そして、そこに書かれたモノを見て、思わず絶句した。

「驚いた……これ、巧妙に隠してあるけど魔導書の写本だわ」

「そ、そうなの!?」

「危なかったわね。迂闊に開いていたら発狂していたわよ」

「は、はわわわ」

 本を読み進めながら、私は思わず感嘆のため息を吐く。
 どうやら焚書対策のため、巧妙に魔力を隠ぺいした写本のようだ。
 ただし表記されている内容は相当な狂気度を誇っているため、開いた瞬間耐性の無い相手を狂わしてしまうようだが。
 ……何と言うか、あまり意味の無い隠匿である気がする。

「それにしても良く気がついたわね。私でさえ、開いてみるまで分からなかったのに」

「いや、何となく」

「……何となくって」

 困ったように頭をかく久遠晶は、ウソをついているように見えない。
 しかし、ここまで都合良く「何となく」で分かってしまうモノなのだろうか。
 疑問に思った私は、少しばかり実験してみる事にした。

「久遠晶」

「な、なんですか?」

「ちょっとあの本棚から、適当に何冊か本を取って来てくれない?」

「別にいいけど……」

 不思議そうな顔をして、久遠晶が近くの本棚に向かっていく。
 そこでしばらく目線を上下させた彼は、迷わず貴重な魔導書や危険な魔導書を幾つか選んで戻ってきた。

「はい、どうぞ」

「……ありがとう」

 彼から本を受け取りつつ、私は確信した。
 間違いない。どうやら久遠晶には、楽園の巫女に匹敵するほどの鋭い勘があるようだ。
 そうでなければロクに魔法も扱えない彼が、あそこまで迷いなく‘厄介な魔導書’を選びとる事なんてできはしない。
 ただし厄介なのは、‘本人もその事に気づいていない’と言う事か。
 危機もチャンスも同様に把握してしまうのだから、判断を間違えるととんでもない窮地に陥ってしまうというのに。
 ……まぁ、死なない程度の危機回避能力は持っているみたいだけどね。
 そうでなければ、久遠晶はとっくに死んでいた事でしょう。

「あなた、相当に悪運強いわね」

「……えーっと、良く分からないけどどうもありがとう」

 さて、思わぬ発見をしてしまったわけだけど。
 そんな久遠晶の特性を知って私がどうするのかと言われれば、それはもうひとつしかない。

「じゃあ今度は、そこの新書から適当に書物を見繕ってちょうだい」

 ――もちろん全力で、彼の勘の良さを利用させてもらうのだ。
 彼に任せると危険な本を選んでしまう、というデメリットもあるにはあるが、私には何の問題も無い。
 久遠晶にとっては危険な本でも、私にとっては有益な書物となるからだ。
 実際、本棚に並んだ本の内容を知っている私が選んだとしても、選ぶ魔導書はほとんど変わらなかっただろう。

「見繕うって……パチュリーの読む本を?」

「ふふっ、そういう事よ。もちろんタダとは言わないわ。そのかわり、ここにある本を好きに読ませてあげる」

「やりますとも!!」

 ……やっぱり、興味はあったのね。
 新書に向かって嬉しそうにスキップする彼の姿を眺めながら、私はほくそ笑む。
 どうやら久遠晶と上手く付きあうのは、それほど難しい事では無さそうだ。 
 最初に受け取った本を読みふけりながら、私はレミィの見た「運命」に思いをはせる。



 ―――それは、本来なら当たり前だったはずの普通の光景。


 ―――そして、今まで見る事の叶わなかった泡沫の景色。


 ―――彼女が見たのは、紅魔館の庭で‘家族揃って’お茶会を楽しむ。そんな些細で幸福な未来の姿。

 
 ―――そこで彼は、無邪気に微笑む‘彼女’を膝に乗せ、困ったように笑っていたのだと、紅魔館の主は嬉しそうに話していた。



 さて、そんな未来へと続く「運命」が本当に動き始めたのか。
 ほどほどに関わりながら、確かめていく事にしましょう。










 ちなみにその後、本を読みふけっていた久遠晶が小悪魔に散々怒られた事を、最後に付け加えておくわ。
 まぁ、仕事はサボっちゃだめよね。
 そこまではさすがに、私も面倒見切れないわよ。


 ………………ええそうよ。私も読みふけってただけよ。



[8576] 東方天晶花 巻の二十五「コチョウノユメ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:55






 扉を開けると、そこは一面の花畑だった。
 ……幻想郷に来てから一か月以上経ったけど、自分の部屋の扉が知らない所に繋がっていた事は初めてだ。
 さすが紅魔館! 館の中と外で明らかに総面積が合致していないだけはあるねっ!!
 等と、見当違いな感心をしている場合ではない。
 間抜けにも開けた扉の中に不用心に入ってしまった僕は、花畑の中に取り残されてしまった。
 さて、いったい僕はどこから入ったのだろうか。
 いつのまにか扉さえ行方不明になっていて、前後左右全てが花畑に。

「………どうしよう」

 そういえば似たような状況を、前にも経験した事があったっけ。
 あれは確か、幻想郷に来る前の話で……。

「あー、そういう事か」

 この怪現象の‘原因’に思い当った僕は、僅かに頬を緩ませる。
 以前の僕は混乱するだけで、良いようにあしらわれてしまったけれど。
 幻想郷で得た経験値を持つ進化した晶君は、クールにこの事態に対応してみせるぜっ!

「紫ねーさまっ!! ―――えーっと」

 ……ほら、あるじゃん。
 頭の中で考えていた台詞を言おうとしたら、出た声のテンションが違っていて言葉に詰まる時って。
 今、まさにその状況に陥った僕は、肝心の部分を言えず口をパクパクさせていた。
 ああ情けない。幻想郷で得た経験値はどうした、久遠晶。

「……すいません、出てきてもらえませんかね」

 そして、格好つける事を諦めた僕は素直にお願いするのでした。
 
「そんなに慌てなくても、私ならここいるわよ」

 嘘つき、絶対言われるまでそこにいなかったくせに。
 声のする方向に身体を向けると、そこにはいつのまにか一人の女性が立っていた。
 妖艶に輝く月の光を受け、その金色の髪は蜜のように艶やかに輝いている。
 そんな彼女の、聖女のような清楚さと淫魔のような妖しさを兼ね備えた美貌に浮かぶのは、自らの深淵を覗かせない満面の笑み。
 なるほど、これは幻想郷の妖怪たちに『胡散臭い』と呼称されるのも分かるような気がする。
 そもそも何でこんな夜更けに日傘を差しているのか、扇子で口元を隠しているのは何のつもりなのか、ツッコミどころはキリがない。

「もう、酷いじゃない。「ねーさま」をつかまえて胡散臭いだなんて」

「幻想郷の評価で僕に文句を言われても……」

「あらあら、それなら貴方の評価はまた違っているのかしら?」

「んー、そうですねぇ」

 幻想郷で新たに得た評価を交え、考えてみる。
 僕にとって、彼女がどういう人かと聞かれれば――。

「悪戯好きの困った後見人?」

 やっぱり、そういう評価になるワケで。
 あ、すっごく楽しそう。
 クスクスと上品に笑っている彼女だが、それなりに付き合いのある僕にはわかる。
 アレは、相当ツボにハマった時の笑いだ。実際ちょっと涙目になっているし。

「本当にあなたは……くくっ、面白い子よね」

「そりゃーこの二年間、捻くれた性格の保護者に育てられたワケですし」

「あら、そう言えばすっかり忘れていたわ。たかだが二年程度でも、人間は変わるモノなのよね」

 いけしゃあしゃあと微笑みながら、彼女はそんな事を言った。
 さすがに減らず口じゃ勝てそうにもない。何しろ相手は、僕の軽口の師匠とでもいうべき相手だ。
 おそらくはこの舌戦の意味も、始める前から察せられていたのだろう。
 もはや御馴染となったやりとりを終わらせるため、僕は両手をあげてニヤリと笑ってみせる。
 ちなみに、不敵に笑って見せた意味は特にない。
 強いて言うなら、相変わらず良いようにあしらってくれる相手への最後の抵抗とでもいうべきか。
 ……我ながらだいぶ情けない。

「まぁとりあえず、いつもどおりのねーさまで安心しましたよ」

「うふふっ、私もいつもどおりの貴方で安心したわ」

 口元を隠していた扇子をしまい、彼女は隠されていた顔を露わにした。
 まるで面を外すようなその仕草は、彼女の放つ雰囲気さえも変えてしまう。
 今まで出会った威厳溢れる妖怪たちともまた違った、得体の知れない存在感。
 これが、この世界における彼女の正しい在り方なのだろう。

「さて、ようこそ‘妖怪たちの楽園’幻想郷へ。異邦人、久遠晶殿」

 そういって彼女―――八雲紫は優雅に一礼した。










巻の二十五「コチョウノユメ」










「これはこれはご丁寧にどうも。―――で、突然何ですか」

「あら、こういう演出の方が‘らしく’ていいんじゃないの?」

 確かにその通りだけど、どちらかと言えば、それを今更やられてもなぁ……という気持ちの方が大きい。
 そもそも、ちょっと前までこっち側だと思われていた妖怪にそんな事されても困るんですが。
 いや、だからこそ有効なのかな? どっちにしろ時間経ち過ぎだけど。

「確かに、ねーさまらしいと言えばねーさまらしいですが……」

「もう、失礼しちゃうわね。まるで私が空気読めていないみたいじゃない」

「というか、読んだ上で無視するんでしょーが」

 しかもソレに合わせて、困った癖まで持ち合わせている。
 もう病気と言っても差し支えのない、この人の「突発性イベント開催症候群」はかなり厄介なシロモノだ。
 今回みたいな「気づいたらそこは……」系の悪戯は、もう何度か経験している。
 後見人と言う名目で僕を援助してくれているこの人が、僕の所に顔を出す機会がそもそも少ないにも関わらず、だ。
 だいたい、ほぼ三ヶ月に一回のペースでしか現れない後見人ってどうよ。
 それなんてあしながおじさん? というツッコミも大分前に入れましたとも、ええ。

「そのくせ、どこにいてもきっちり現れるんだよなぁ、何故か」

「それは、私が貴方の後見人だからよ」

 なら、幻想郷に来た直後にでも出てきてくださいよ。
 どうしてこのタイミングで現れたのか、きっちり説明してください。

「さて、何ででしょうか? 少し考えてみなさい」

 さりげなく心を読みつつ、再び保護者モードに戻ったねーさまが扇子を広げつつそう告げた。
 この人が毎度何でもアリな行動をとるのにも、もうだいぶ慣れてきた気がする。
 おかげで、妖怪に対して妙な万能説を抱く様にもなってしまったけれど……いや、これはもっと前からか。

「そうやってすぐに考えが明後日の方向に逸れてしまう所は、貴方の悪い癖ね」

「うぐっ、すいません」

 再会早々ダメ出しされてしまった。
 成長したつもりだったけど、彼女から見れば大して変わっていないのかもしれない。
 いや、落ち込むにはまだ早い! 成長した姿を見せる機会はまだ失われてないじゃないか!!
 ここでスパッと答えを示して、ねーさまに「貴方も成長したわねぇ」とか言わせてやるんだっ!
 さて、彼女が何故僕をこの時期に呼んだのか、それは――。

「……………なんででしょうね?」

 僕には、ちっとも分らなかった。
 わ、悪かったね! どうせ考えても分からないお馬鹿さんですよーだっ。

「くすくす、本当に貴方は変わっていないわね」

「う、うぐぅ……」

 その台詞は、今一番言われたくありませんでしたよ。
 うう、やっぱり紫ねーさまから見れば、僕の成長なんて微々たるものなんだろうか。
 というかそもそも、僕って成長してるのかな? その部分も怪しくなってきたぞ。

「もう、そこまで落ち込むことないじゃない。心配しなくても、貴方はちゃんと成長しているわ」

「そ、そうですかね」

「そうよ。だからこそ私は、貴方に‘ここ’を見せようと思ったの」

「ここって……この、花畑の事ですか?」 

「ええ、幻想郷を訪れた貴方が‘受け止められる’ようになった時、必ずこの場所に案内しようと思っていたわ」

「……受け止められる?」

 言葉を続ける事を止め、彼女は白い花で埋め尽くされた眼前の光景を静かに見つめた。
 過去の記憶に浸るような、優しい瞳。
 この場所に、何か特別な思い出があったのだろうか。
 とりあえず僕も彼女の態度に従って、大人しく花畑を鑑賞する事にした。
 ――――って、あれ? そういえばここの花、どこかで見たような気がする。
 確か、あれは……。

「そうだっ、富貴蘭!」

 所謂「古典園芸植物」と呼ばれる、江戸時代から続く園芸植物の一種だ。
 現代の名称で言うところの「フウラン」がコレにあたる。
 ……等といきなり詳しい風に語り出したが、実を言うと僕も特別園芸に詳しいワケじゃない。
 だけど、この花だけは特別なのだ。何しろこの花は―――

「ここに咲く花は、「天晶」という名で呼ばれているわ」

「天晶……じゃあここが……」

「ええ―――ここが‘貴方の名前の由来となった花’が咲く場所よ」

 紫ねーさまの言葉が、僕の想像を肯定する。
 ……さっきも言いかけた通り、富貴蘭には特別な思い入れがある。
 かつて祖父は、「天晶」と言う種類の蘭を家で育てていた。
 どちらかというと無趣味な祖父が不器用ながらも花を弄る姿は、当時の僕には不思議を通り越して異様に見えたモノだ。
 その積年の謎が解けたのは、祖父が死別してからすぐ後の話だった。
 爺ちゃんの残した遺書に、慎ましやかに書かれていたお願い。
 ‘幻想郷の思い出に浸れる品’を出来れば貰ってほしいという祖父の言葉が、不自然な趣味の真実を浮かび上がらせたのだ。

「ここが爺ちゃんの思い出にあった、富貴蘭畑なんですか」

「そうよ。咲いている花は富貴蘭ではないけどね」

「へ? でも今、「天晶」の花だって……それに、爺ちゃんの話でも富貴蘭畑だって」

 爺ちゃんは、己の経験を「お伽噺」として僕に語ってくれた。
 その中でも特に楽しそうに話してくれたのが、「富貴蘭畑」の話だった。
 思えばここは、僕と違って幻想郷に対する免疫の無かった祖父が、唯一心休まる事の出来た場所だったのだろう。
 だからこそ外の世界に戻ってきた後も、わざわざ花の種類を調べて買ってくるまでに……。

「あ、そういう事なの?」

「ええそうよ。貴方の祖父が思いこんでいただけで、本当に富貴蘭だったワケじゃないのよ」

 苦笑する紫ねーさま。
 なるほど。言われてみると、僕の家にある富貴蘭とは少し違った造形をしている。

「ここに咲いていたのは、誰からも知られずひっそりと幻想の園に流れ着いた無名の花」

「……『幻想入り』」

「そう、良く勉強したわね」

 幻想郷に流れつくのは、なにも妖怪だけではない。
 外の世界で忘れられてしまったもの、失われてしまったものも、幻想としてこの世界に入ってくるのだ。
 これも、その一つなのか。
 誰もが忘れてしまった幻想の花。だからこそ、この花は幻想郷に群生して……。
 ――あれ? ちょっと待った。

「でもさっき紫ねーさま、名前呼んだよね?」

 さすがの僕も、つい数分前の出来事は忘れないぞ。
 園芸として多様な種類が存在している富貴蘭の一種、「天晶」の名を、ねーさまははっきりと呼んだ。

「この花が無名だったのは、貴方の祖父がここに来るまでの話よ」

「ほへ?」

「誰も知らない花に、彼は名前を付けた。花を良く知らない貴方の祖父は「天晶」を花の種類だと思ったのね。それからこの花の名前は、「天晶」になったのよ」

「……そう、なんだ」

 爺ちゃんは、ここに咲く名無しの花達に名前を与えた。
 そしてその花は、僕の名前の由来ともなった。
 ……それを繋がりだと思うのは、僕の都合のいい思いこみなのかもしれない。
 でも、今だけは信じていたい。
 ―――爺ちゃんのくれた繋がりが、僕を幻想郷に導いたのだと。

「ありがとう、紫ねーさま。ここに案内してくれて」

「お礼は必要ないわ。これは私の、個人的な趣味だから」
 
 そう答えた彼女の顔には、どこか陰りがあるような気がした。
 ……ふと、幻想郷で聞いた彼女の評判を思い出す。
 「神隠しの主犯」――八雲紫に付けられた、もうひとつの二つ名。
 それが真実であるとするなら、僕の祖父が幻想郷に至った理由は―――。
 ……いや、追及するのはよそう。
 過去に何があったとしても、僕にとって彼女は「悪戯好きの困った後見人」なのだから。
 遺書で爺ちゃんは、紫ねーさまを頼れと言ってくれた。
 ――その事実があれば、充分だ。

「……本当に、貴方は変わらないわね」

 そういって苦笑する彼女の顔は、扇子に遮られて良く分からない。
 まぁ、考えは読まれっぱなしだから、多分呆れられているんだろうなぁ。
 我ながら、大雑把と言うか、いい加減と言うか。

「それじゃあ晶。自分の由来となった場所に来た感想を、そろそろ聞かせてもらえないかしら?」

「感想……かぁ」

 ねーさまの言葉に、改めて「天晶の花畑」を見渡してみる。
 色々な曰くを聞いた後なので、それなりに感慨深かったりするけど……。
 悪く言ってしまえば、思い出補正だけで成り立ってる場所としか言いようがない。
 いや、綺麗っちゃ綺麗なんですよ?
 けどどうも、花繋がりでどうしても「太陽の畑」と比較してしまって。

「ううぅ~ん」

「特に感想はない、ってところかしら?」

「あ、いえ、そんな事はっ」

「ふふっ、いいのよ。そうだろうと思っていたから」

「へ?」

「貴方は、貴方の祖父とは違う。知識が、心が、存在が――なら、抱く感想が違ってくるのも、至極当然の流れでしょう?」

「そ、それはそうですけど……いいんですか?」

「私は貴方にここを知ってほしかっただけ。心に留めてくれれば嬉しいけど、そういった感情は強制するものじゃないわ」

 いつのまにか真正面に立っていた紫ねーさまが、僕の頬を優しく撫でる。
 慈しむような優しい瞳は、僕の良く知る「後見人」である彼女のモノだった。

「幻想郷には、まだ貴方にも祖父にも見せてない顔がたくさんあるわ。貴方はそれを、全て見たいと言うのでしょう?」

「……はい」

「ならここは、貴方にとっては‘ただの花畑’。それでいいのよ」

「―――はいっ!」

「ふふっ、いい返事ね」

 いつの間にか、間近まで迫っていた距離は元に戻ってた。
 最初とまったく同じ位置は、まるで時間が遡ったような錯覚を僕に与えた。
 ねーさまは再び、扇子を広げ日傘を差す。
 そして現れた時と同じように、意味深な笑みを浮かべながら一礼した。

「さぁ、久遠晶殿。未だ全てを明かさぬ幻想の園、どうか存分にお楽しみください」

 ……最後まで、‘らしい’演出が好きな人である。
 僕はその言葉に少し捻った台詞を返そうとして―――すぐに、思いなおした。

「ありがとうございます。遠慮せず、好き勝手に歩き回らせてもらいます」

 飾り立てる必要のない思ったままの言葉。
 不格好だけど、まぁ、かっこつけ損なうよりはずっといいさ。
 言葉の最後に僕も礼を返す。
 それが、このおかしなイベントの終わりだった。
 顔を上げた時にはすでに、僕は紅魔館の廊下に立っていた。
 ――手に、いつのまにか一輪の花を握りしめ。

「……何が「強制はしない」ですか、ねーさま。バリバリ主張してますよ、コレ」

 本当にあの人は、悪戯好きの困った後見人だよ。

「さて、咲夜さんか幽香さんは起きてるかな」

 富貴蘭と同じように育てられたら楽なんだけどね。
 新しい思い出を右手に、僕は紅魔館の廊下を進むのだった。




















「紫様、こんな所におられましたか」

「……………」

「まったく、いつもいつも、出歩く前に一言くださいと言っているではありませんか」

「……………」

「紫様? どうなされました?」

「風が、吹くわ」

「……風?」

「ええ、二柱の風が、幻想郷に吹き荒れようとしている。困ったものね」

「申し訳ありませんが、私には紫様のお言葉が理解できません」

「気にしないでいいのよ。いつもの戯言だから」

「そうですか、‘戯言になる’のですね。それは良い知らせです。最近の紫様は働き過ぎでしたので、少々心配しておりました」

「あら、今日は随分と優しいじゃない。いつもは働け働けとうるさいのに」

「私が心配しているのは、怠け者の紫様が頻繁に働くほど厄介な「異変」が幻想郷に与える影響です。この前はついに、偽りの月が出てきたじゃないですか」

「いつの話をしているのよ。大分前の異変じゃない、それ。最近は大人しいものよ? 貴方は生真面目過ぎなのよ」

「紫様の式をやっていればそうなります」

「育て方を間違えたかしらねぇ……」

「……とにかく、問題がないようならお戻りください。紫様が散歩するだけで、力の無い妖怪たちはざわめくのですから」

「はいはい、分かったわよ」

「まったく、気まぐれな行動ばかりする主を持つと苦労しますよ」

「……今回の散歩は、気まぐれでもなんでもないんだけどね」

「何かおっしゃいましたか、紫様」

「何でも無いわ。ただ、天晶の花が風に呑まれそうになってる。そう言ったのよ」

「元々、ここの花は環境の変化に弱いですからね。ですが問題ないでしょう。幻想郷に咲く花は、自ずから強くなるものですよ」

「ふふっ、そうね。でも……」

「……?」

「強くなりすぎた花は、以前の花と同じであると言えるのかしら」

「はぁ、今度は植物にでも興味が湧きましたか?」

「そういうわけではないけど……出来れば私は、ずっと最初のままの花でいてほしいわね。そうでないと――辛い選択を、する事になるから」












[8576] 巻の承「それから それから」 ~The world of extending fantasy~
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/21 02:27




 物語が動けば、様々なモノが変わっていきます。

 それは、舞台の仕掛けを露わにする歯車のようなもの。

 今はまだ、平穏な日常を描きながら。

 物語は、新たな転機に向かい動き続けていくのです。







東方天晶花 ~とうほうてんしょうか~
巻の承「それから それから」







 これからの「それから」を語る為、まずはかつての「それから」を語りましょう。



 

 ――――物語の主役が幻想郷の存在を初めて知ってから、八年の歳月が経過しました。





 それは少年を青年へと近づけるには、充分過ぎるほどの時間を有しています。

 少年は、幻想郷への憧れを失わないまま、それでもその想いを摩耗させつつ大人になろうとしていました。

 子供が大人になる時、お伽話への憧れは消えてしまうものです。

 久遠晶の抱いた「憧れ」も、いつかは時の流れに掻き消されてしまうはずでした。





 ――――その時間が、すでに年老いた人間に死をもたらすほどの力を有していなければ。





 人には必ず、いずれかの形で「死」が訪れます。そしてそれは、少年の祖父にも平等に振りかかりました。

 心優しい祖父の死は、少年の心に新たな失意を与えようとしていました。
 
 ――そんな彼を救ったのは、祖父が残した一通の手紙です。
 
 そこに記されていた祖父の独白が少年を失意から立ち直らせ、その憧れを夢へと変化させたのでした。



 「幻想郷は実在する」



 それは、祖父に秘められた過去を綴ったものでした。

 かつて「神隠し」に会った祖父は、幻想郷と呼ばれる異郷を旅し、そこで様々なモノを見てきたというのです。

 しかし、帰還した祖父の言葉を信じる者はおりませんでした。

 嘘つきと笑われ、罵られた少年の祖父は、やがて幻想郷に関する事を話さないようになってしまいました。

 そう、心に大きな傷を負った少年が、彼の元に現れるまでは。



 「幻想郷への道を求めるのなら、彼女はきっとお前の力になってくれるはずだ」



 そんな言葉で締められた祖父の手紙の最後には、後見人の名前と住所が書かれていました。

 身寄りを失った少年は、その後見人の下で新たな生活を始める事となるのです。










 こうして少年は、ひとつの夢を描く様になりました。



 「幻想郷」



 祖父が旅し、自らが憧れたその世界へ行くという夢。

 それを成す為に、少年はより具体的な探索を始めるようになるのですが……。

 その結果を、ここまでこられた皆様に改めて語る必要はないでしょう。

 年に数度しか現れない「自称妖怪」という後見人の、応援とも妨害ともつかない助言を受けながら。

 少年は自分の中に眠る「能力」を知り、幻想郷へと旅立って行くのです。

 それらはすべて、かつての少年が辿った「それから」の物語。

 そして、これからの少年が辿る「それから」の物語へと繋がる破片の一つ。

 新たな破片と交わり、この破片がいかなる変化を起こすかは……「それから」の物語の中でお確かめください。

 物語は、まだまだ始まったばかりなのですから。










 少年は新たな世界を知りました。

「おやおや、どうしました? 自慢の狂気の瞳も、相手を見れなきゃ意味がないようですねぇ」

「う、ウザい。なんてウザいのよコイツ!」

「ふふ、ふふふ、ふふふふふ、晶さんはユーモアのセンスに溢れていますね。お姉ちゃんはビックリです」

「……本人の目の前で、勇気あるなぁアイツ」





 少年は新たな自分を知りました。

「アリス、僕達も行こう!!」

「い、嫌よ! 人里の厄介事に私達が関わる理由がないわ!!」

「そんな不義理な事言わないでさー。顔出ししたくないって言うなら、そこらへんは僕も考慮するよ?」

「やっぱりその手にある‘モノ’は、そういう用途のために持ってきたのね!? だから嫌だって言ってるのよ!」





 それでも彼はスタート地点に立ったばかり。

「あなたたちが、コンティニュー出来ないのさっ!」

「いやー! かえるーっ! おうちかえるのーっ! おうちにかえりたいのーっ!!!」

「諦めましょう晶さん。今朝からナイフが全く飛んでこなかった時点で、私達の運命は決まっていたんですよ」

「……こんな時にあれだけど、そーいう切ない占いは即刻やめた方がいいと思いますよ?」





 幻想郷は未だ知られざる部分を、少年に示します。

「……「あの人は今!」で、激太りした元アイドルを見た世間のお父さんは、皆こんな気分になるのかなぁ」

「や、やっぱり、幻想郷でも変ですかね。今のセリフは」

「むしろ、どこでだとセーフになると思ったのさ」

「その……それを聞きたくて、幻想郷の先輩である晶君のところに来たんですけど」

 



 今はまだ、広がっていく世界を楽しむだけで良いのです。

 








 ―――東方天晶花、第二幕。これより開幕致します。







 





 皆様、新たな物語の進展を、演者の目よりお確かめください。




[8576] 東方天晶花 巻の二十六「その日その日が一年中の最善の日である」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:56

巻の二十六「その日その日が一年中の最善の日である」




 「久遠晶行動調査書 調査者:十六夜咲夜」
 そうとだけ書かれた淡白な表紙で綴られている分厚い書類が、私の目の前に置かれていた。
 これを提出してきた私が最も信頼する侍従長は、いつもどおりの瀟洒な態度で私の傍に佇んでいる。
 ……これは、咲夜流のジョークなのだろうか。
 自らのメイドから回された不可解なフリに、さしもの私もどう反応すべきか言葉に詰まっていた。
 紅魔館の主として表面上は冷静に受け取ってみたが、内心はどういう言葉を返そうかで一杯になっている。
 「何やってるのよ」――咲夜が私にこれを渡してきた以上、そこには何かしらの意味があるはずだわ。頭ごなしに否定すべきではないわね。
 「……そんなに好きなの?」――確かに咲夜は晶を可愛がっていたけれど、ここまでするほどではなかったはずよ。却下ね。
 「御苦労さま」――ね、労うの? このよくわからない報告書を提出したことを?

「お嬢様?」

 咲夜は、一向に反応を示さない私の態度を怪訝に思ったらしい。
 ということは、この案件には私も係わっていたのかしら?
 まったく心当たりはないのだけど……いや、待った。
 一つあった。たった一つ、これに関係していそうな命令を、彼女に下した覚えがあった。

「……咲夜」

「はっ」

「確かに私は、「久遠晶の動向に注目しておきなさい」と言ったわ」

「「面白い所があったら報告なさいよ」ともおっしゃられていましたね」
 
「ええ、そうね。―――だからって、こんな報告書まで作ってくるんじゃないわよっ!!」

 報告書を、置いてあった机ごと一気にひっくり返す。
 軽くとはいえ私の腕力で勢いよく回したため、机は高速で回転しながら天井へと向かっていく。
 が、次の瞬間。机と報告書は何事もなかったかのように最初の位置に戻っていた。
 私のお気に入り紅茶までしっかり用意している、その周到さが今は少しだけ腹立たしいわ、咲夜。

「お嬢様、そのお言葉を口にするのは少々早いかと思われます」

「……どういう事よ」

「報告書をお読みいただければ分かるかと」

 あくまで咲夜は、この報告書が「必要なモノ」だと主張するつもりらしい。
 ……そういうことなら、検めさせてもらおうじゃないか。
 私は意を決して表紙を捲った。
 


AM 7:00「起床」

 吸血鬼との生活習慣の違いや、客人でありながら手伝いでもあるという複雑な立場から、対象の起床時間はある程度指定している。
 対象は朝を苦手としているようで、しばらく布団の中で悶えた後、声ともつかない唸りをあげて上半身だけを起こした。
 その後はしばらく、意味のない「あー」や「うー」等の呟きに合わせ頭を前後させ続ける。
 時折ナイトキャップ(パジャマと合わせて、風見幽香より譲り受けた品であるらしい)のボンボンが顔に当たり表情を歪ませるが、意識の覚醒には至らないようだ。
 ――以上の行動はすべて起床後のお嬢様と同じ行動パターンであり、何かしらの関連性が考えられる。



「ないわよっ!!」

 今度こそ、私は妨害されることなく報告書を床に叩きつけられた。
 咲夜が驚愕の表情でこちらを見ているが、むしろその表情をしたいのは私の方だと言わせてもらいたい。
 いや、むしろ言う。

「私はここまで無様な真似を晒さないわっ!」

「それはまぁ、寝ぼけているのですから当然ではないかと」

「なっ―――」

 確かに寝起きの記憶はアレだけど……で、でも、ここに書かれてるほど酷くはないわよ。きっと!
 いえ、そこじゃないわ。そこも問題だけど、そこだけじゃないわ。

「咲夜……こんなプライベートな部分まで書き連ねているというの?」

「面白い結果でしたので」

 真顔で、本当に心の底から思っているような真剣な表情で、咲夜は頷いた。
 久遠晶には、同情の念を送らざるを得ない。
 この職務に忠実な侍従長は、おそらく本当に生真面目に「面白かった結果」を洗い出して報告書を書いたのだろう。
 ……こういった部分は覗いてやるな、と言い含めるべきだったかしら。
 まさか、寝起きの姿をこうも克明に報告するとは。

「……待て、ということは咲夜。貴様は私の寝起き姿も面白いものだと」

「いえ、お嬢様の寝起きは大変可愛らしいものとなっております、ご安心ください」

 それはそれで不愉快よ、あと鼻血は拭きなさい。

「とはいえ久遠様の寝起きが充分可愛らしいモノだったのも、また事実です。そういった点から報告している箇所も多々あります」

 しれっと言い切る咲夜に、下した命令の意図を問いかけたい衝動に襲われた。
 あれは、彼が本当に「運命」を託すに相応しい相手かを確かめるために言った事なのよ?
 そんな「ペット面白大百科」みたいな話を聞きたくて言ったわけじゃ無いのよ?

「ですが命令の根底までは外しておりませんので、続けて報告書をお読みください」

 再び机の上に戻された報告書を見て、小さく溜息を吐く。
 どうやら彼女は、あくまでもこの書類を成果として提出するつもりらしい。
 ……仕方がないわね。無責任に命令を下したのは私なのだし。
 私の能力が「見るな、ガッカリするぞ」的な警告をしているのを無視し、私は報告書の続きに目を通した。



AM 7:30「着替え」

 対象が完全に意識を覚醒させるのに、結局30分ほどの時間を要した。
 重たそうに体を動かしながら、対象はいつものメイド服に着替え始める。
 初めの頃は、別途の袖を付け忘れたり、髪型を整え損ねたりと、身だしなみの至らない部分があった対象だが、今では、着用前に見せていた躊躇う素振りさえも無くなり、鏡の前で自分の髪型を何度も調整するにまで成長した姿を確認できた。
 余談だが、そうやって髪型を整えた対象は、最後鏡の前で満面の笑みを浮かべる作業を日課としている。
 共に観察していた烏天狗が一撃で沈黙するほどの威力を誇る日課だが、どうやら自身にも効果があるらしく、これを行った対象は顔を伏せたまま長時間沈黙してしまう。
 それでもなお対象が日課を行う理由は不明。追加して調査する必要あり。



「ふっ、なんだ。久遠晶も私が決めた髪型を気に入ってるんじゃないか」

 私が髪型を整えてやった時には、世界の終わりのような顔をしていたというのに。
 カワイイ奴め。今度髪留め用に私とお揃いのリボンでもくれてやるか。

「しかし咲夜、ひとつ聞きたい」

「何でしょうか」

「……ここの、『共に観察していた烏天狗』のことだが」

「射命丸文ですが」

「いや、それはわかっている」

 問題は、なぜソイツがお前と一緒に犯罪ちっくな観察行為を行っているのか、という点なのだが……。
 まぁいいか。元々取材のためには手段を選ばんやつだ。
 きっとその行動も新聞作りの一環なのだろう。そう思う事にしよう。



AM 9:00「訓練」

 一時間程の沈黙と軽い朝食を挟み、対象は表門へと移動する。
 対象は自身の能力をより使いこなすため門番に師事したようで、空いた時間を門番の下で過ごす事が多い。
 現在安静の身である対象は、「気」の効果的な扱いを学習中であるようだ。
 自らの肉体の治癒速度を促進させているため、本来よりも早い回復効果が見込まれる。

 追記:対象の訓練を名目にして、門番が居眠りしているのを確認。罰則、ナイフ二本。



「なるほど、美鈴に能力の使い方を習い始めたか……」

「美鈴も満更ではないようで、気の使い方から身体の動かし方まで丁寧に教えています」

「ふむ、仲が良くて結構な事だな」

 つい先日その二人が殺し合っていた事も、うっかり忘れそうになってしまうわね。
 そりゃ、二人とも本意で戦っていたわけではなかったのだけど。
 片や絶対安静の大怪我、片や能力を写し取られた身だと言うのに、何の遺恨も残さず付き合えるなんて……。
 ――本当に、何で仲がいいのかしら、あの二人。

「相性が良いのではないかと。特に用事が無いときでも、二人で雑談している姿を良く確認できますので」

「そ、そういう他愛ない会話も記録しているのか?」

「いえ、会話まではさすがに。ただ、二人の雑談が長時間に及ぶ場合、美鈴に「忠告」する必要がありますので」

「……あまり締め付けてやるなよ」

「畏まりました」



AM10:00「仕事」

 家事手伝いの一環として、対象に紅魔館の清掃を手伝ってもらった。

 特記事項:無し


 
「……咲夜、むしろこういう公的な内容こそ細やかに記録すべきではないか?」

「特筆する事がありませんでした」

 つくづく思う。もう少し別の言い方をするべきだったと。
 まぁ、要するに「面白くない」真っ当な仕事ぶりを見せたんでしょうね。
 ダメだったらダメと、咲夜ははっきり言うもの。
 とりあえず、妖精メイドよりは使いモノになるという事が分かっただけでも、良しとしておきましょうか。



AM12:00「昼食」

 仕事を中断し、対象と共に食事をとる。
 参加する顔ぶれは毎回変化するが、今回は偶然にもお嬢様を除いたほぼ全員が揃った。
 その後、食事はさしたるトラブルもなく終了。
 
 特記事項:やはり無し。強いて言うなら対象のジョークで花の妖怪が呼吸困難に陥り、パチュリー様が喘息悪化で療養室行きになった程度。
 


「え、何よそれ。何を言ったら、あのしかめっ面の顕現みたいなパチェが喘息悪化させるほどに笑うと言うのよ」

 おまけに、フラワーマスターが呼吸困難?
 そりゃ、あの妖怪はいつもニコニコ笑ってるけど。
 そこまで笑う事態は、稀と言うより最早異変よ?

「ぷふっ、そ、その、私の口から説明すると面白さが半減してしまうので……くくっ、詳細は久遠様から、ふふふっ」

 さ、咲夜が笑いを堪えながら報告している!?
 思い返すだけで笑ってしまうような会心のジョークだったと言うの!?
 気になる。すっごく気になるっ。
 っていうかその部分を特記しなさいよ。この報告書、そういう趣旨じゃなかったの!?

「お嬢様、次の項目へ。この項目に留まられると、色々思いだしてしまって私に危険が。くふふっ」

「ひょっとして貴女、わざとやってない?」

「はぁ、何の事でしょうか」

「……次何かやらかしてくれたら、私の怒りが有頂天に行くわよ」

「肝に銘じておきます」



PM 3:00「読書」

 昼食後しばらく清掃を続けた後、対象は大図書館で休憩をとる。
 なお、夕食の時間になるまで対象が図書館から出てくることはない。
 この日はパチュリー様が不在だったが、在住の場合は互いに薦めた本を読んでいるようだ。
 その間に交わされる言葉は、「それはダメよ」「どうぞ」「はい」「ありがとう」の四つのみ。
 対象とパチュリー様の親交も、順調に進んでいるようだ。



「それは順調と言うの!?」

 確かに、熟年期入った夫婦みたいな会話だけど!
 色々間違ってるでしょう? 夕食まで一緒に居てそれだけなの!?

「ほ、本当に仲が良いのかしら、それは」

「違いないかと。小悪魔からお墨付きも貰いました」

「……あの子は最近、目に変なフィルターがかかってるから駄目だと思うわ」

 知ってる? あの子の中では貴女と美鈴、禁断の関係になってるのよ?
 ちなみに私は、博麗の巫女に懸想しているそうよ。
 一応言っておくけど、「私のモノにしたい」という言葉にそういう意味は無いわ。
 あ、いや、ちょっとはあるかもしれないけど。本当にちょっとだけよ?

「そうかもしれませんね。「魔理沙さんと久遠様の間で揺れるパチュリー様の乙女心……ドキドキする展開です」とか言ってましたし」

「今度パチェに、あの子を再教育するよう言っといて」

「畏まりました」

 娯楽に飢えているのかしらね……。
 パチェと久遠晶の関係改善と合わせて、少し考えておく必要がありそうだわ。



PM 7:00「夕食」

 お嬢様の起床に合わせ、対象の休憩も終了する。
 この時間以降、対象は私と共にお嬢様付きの侍従として、お嬢様の様々な要望に応える事になる。
 対象に与えられた役割は、お嬢様の話し相手。
 意外と豊富にある対象の話に、お嬢様もご満悦していただけたようだ。


 
「ふむ、ここからようやく私も関わってくるのか」

 私の記憶では、ここ最近ずっと久遠晶の顔を見続けている気がしていたのだが。
 こうして客観的に見てみると、それも一日の半分にも満たない僅かな会話でしかないのだな。
 咲夜といい久遠晶といい、人間の勤勉ぶりには毎回驚かされる。
 しかし、そういえば……。

「私は久遠晶から、ジョークの話をされた事はなかったな」

 会話量だけで言えば、紅魔館で私ほど彼と話した奴はいないはずだ。
 久遠晶が話題を出し惜しみしている様子も無かったのに、何故私はそのジョークを知らないんだろうか。

「パチェリー様を療養室送りにした後悔から、久遠様がそのジョークを封印なされたからではないかと」

「なるほど、それなら納得が――――ええええええっ!?」

 な、なによソレ! それじゃあ私がそのジョークを聞ける機会がないじゃない!

「咲夜ぁ! それなのに貴女さっき、久遠晶に聞けって―――」

「はい。ですからお嬢様、是非ともご自身でそのお話を聞きだしてください」

 なるほど、そういう事なのね。
 確かに咲夜の言ってることはもっともだわ。
 ……だけど、ジョークってそんなに苦労して聞き出すものなのかしら。
 断言してもいいわ。そこまで手間をかけた時点で、どんな面白い冗談も白けてしまうでしょうね。

「まったく……」

 私は報告書を閉じて咲夜に投げつけた。
 それを咲夜は、音も立てず受け取ってみせる。
 私が登場した以上、一日を綴ったこの報告書に意味はない。
 これから私が眠るまで、久遠晶はずっと私の傍にいるのだから。

「どうでしたか、お嬢様」

「どうもこうもないわよ。結局命じた事なんて、一つも書かれていないじゃない」

 こんな報告書で、久遠晶が運命を託すに相応しい相手なのかなんて、わかるはずない。
 分かる事は、たった一つ。


 ―――久遠晶は、紅魔館でそれなりに上手くやっている。という事実だけ。

 
 まったく、くだらないわ。
 彼が紅魔館に問題なく馴染める事なんて、私はとっくに分かっていたわよ。

「それでも、退屈しのぎにはなったわね」

「そうですか」

「ええ、思ったよりは楽しめたわ」

 苦笑しながら、未だに温かい湯気を放つ紅茶に手をかける。
 そのまま、朱色の液体を口に含もうとした私は――
 突如目の前に現れた三倍になった報告書に、思わずその動きを静止させた。

「……え?」

「では、次の報告書に目通しを」

「こ、これで終わりじゃ無いの!?」

「お嬢様がご命令を下してから十日間、ご要望に沿えるよう記録を続けて参りました」

 そう告げる咲夜はいつのまにか、人が殺せそうな量の紙束を抱えていた。
 ……そこに何が記されているのかは、最早推測する必要もあるまい。

「も、もういい。貴様の忠義、確かに受け取った」

「そうはいきません。面白いものを見せると言っておきながら、お嬢様を退屈させてしまってはメイドの名折れ」

「ええっ!? 本当にそういう意図で記録してたのっ!?」

 久遠晶がちゃんと紅魔館に馴染めているかを、湾曲的に報告するためのモノじゃなかったの!?
 私の驚愕の言葉に、咲夜の顔色が変わった。
 表情は変わらないけれど、明らかにムッとした事が雰囲気から感じ取れる。
 ……しまった、ついうっかり。

「次は、きっと次は面白いのでご安心ください。さぁ、御嬢様!」

 ―――今度は、運命を覗かないでも分かるわ。
 全部読み切るまで、きっと咲夜は私を解放しない。
 さらに追加される報告書の束を見ながら、私は頭痛を抑えるため紅茶を飲みほした。
 これもまた、主としての勤めなのね。
 最後まで変わらないであろう評価をどうやって咲夜の望むように言いかえるか考えながら、私は次の報告書に手を伸ばすのだった。










おまけ:昼食の一幕


晶「……眠い」

文「どうしたんですか、目の下に凄いクマがありますよ?」

晶「吸血鬼の生活スタイルは、とことん人間に遭わないッス」

幽香「……空いた時間で眠りなさいよ」

晶「僕、明るいとどんだけ眠くても眠れない体質なの」

美鈴「不憫ですねぇ。私なんていつでもどこでも眠れふぎゃっ!?」

晶「(相変わらず学習しないなぁ)ところで咲夜さん、さっきから何書いてるんですか?」

咲夜「お気になさらず。久遠様はいつもどおりに振舞ってください」

パチェリー「……ここまで明け透けにやられたら、もう感心するしかないわね」

小悪魔「そうですねぇ」

晶「……なんの話か分からないけど、なんか泣けてきた。これは何なんだろう」






[8576] 東方天晶花 巻の二十七「真の友愛においては、 私は友を自分のほうにひきつけるよりもむしろ自分を友に与える」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:56
巻の二十七「真の友愛においては、 私は友を自分のほうにひきつけるよりもむしろ自分を友に与える」




 僅かに零れてくる朝の陽射しが、何日目かの徹夜が成立した事を知らせてくれる。
 「魔法使い」を名乗る者は魔力で補えるため、基本的に食事や睡眠を必要としていない。
 よって続けてその二つを取らずとも、私には何の影響も無いはずなんだけど。

「習慣ってのは恐ろしいわね……」

 思わず口から欠伸が漏れ、お腹からは食事を催促する音が鳴った。
 もちろん、眠くはないしお腹も減ってはいないのだが、頭でそう思うだけではこの気だるさは消えそうにないようだ。
 ……気分転換も兼ねて、食事でもとりましょうか。
 私は、ここ数日ずっと睨めっこを続けていた「ソレ」を横目に立ち上がる。
 卓上にある黒い輪っかは、私が手に入れたあるモノの部品を切り取ったものだ。
 持ち主は「カーボン」と呼んでいた、幻想郷には存在しない素材である。

「そういえば、貰った時は気分転換のつもりだったのよね」

 この素材を貰った時の事を思い出す。
 例え外の世界にしかない素材であろうと、自分なら問題なく使いこなせると思っていた頃の話だ。
 驕っていた、と今ならはっきりと言う事ができる。
 外の世界の技術は、私が思っていた以上に進歩していたらしい。
 まさか一ヶ月近く分析に専念したというのに、何一つ分からないなんてね。貰った時には思いもしなかった。

「加工するのが難しい事は分かっていたけど………‘加工の仕方すら分からない’事は、さすがに想定していなかったわ」

 人形に様々なギミックを組み込むため、私も金属や布や木等の加工法をある程度習得している。
 だからこそ、安易にこの素材を貰う事を望めたのだ。
 しかしそんな片手間の知識では、「カーボン」の全容を明かすことすらできなかった。

「はぁ、どうしよう……」

 机の周りには、使い物にならなくなった器材が転がっている。
 台所から包丁まで持ち出している辺り、私がどれだけ混乱していたかが分かると言うモノだ。

「まったく、包丁で何ができると思っていたのよ、私」

 刃の真ん中にぽっかりと大穴を開けた愛用の品を見て、小さくため息を吐きだす。
 ……言うまでも無い事だが、ここまで酷い状況を作ったのも混乱した私自身だ。
 ほとんどの器材は、包丁同様ひび割れたり穴が開けたりして使いモノにならなくなっている。
 三本ある「カーボン」のうち一つを無駄に浪費した結果がコレだ。
 無駄を良しとしない魔法使いにとってそれがどれほどの屈辱を感じるものだったかは、言うまでも無い事だろう。

「……成果無し。この私が一ヶ月分析して、何の成果も無し……」

 改めて口にするとさらに落ち込んでくる。
 しかも良く見れば、数日全てを放置して徹夜した影響が所々に出ているではないか。
 はぁ……とりあえずこれで、気分転換は掃除と買い物に決定したわね。

「しばらく、あの棒っきれは見たくもないわ」

 助けた報酬に「カーボン」なんて貰うべきではなかったか。
 そんな軽い後悔と共に、あの時の事をふと思い出した。

「そういえば、アイツ。あれからどうなったのかしら」

 思い出す。外の世界より幻想郷に訪れた、あの変わった人間の事を。
 魔術への造詣はそれなりにあったし、話題も結構合ったから、多少は印象に残っているが。
 ……あの無防備さを考えると、とても幻想郷で長生きできるとは思えない。

「出来れば、早めに外の世界へ戻って欲しいわね」

 彼が去り際に言っていた「協力者」が誰なのかは分からないけど、外の人間を泊める程度の良識があるなら、ついでに外へも送ってやってほしいものだ。
 それくらい思ってやる程度には、愛嬌のある奴だったから。

「……ま、今はアイツの事より自分の事ね」

 幾つかの人形に簡単な掃除を命令し、私もガラクタになった器材の片付けに取り掛かる。
 このゴミも、どうにか有効活用できればいいんだけど……バラしてどこかに原材料として買い取ってもらうしかないかしら。
 自身の愚行に再び後悔していると―――次の瞬間、爆音と共に凄まじい勢いで地面が揺れた。

「なっ、地震!?」

 いや違う。揺れは一瞬で収まった。
 どちらかというと、これは巨大な何かが落ちてきたような……。

「外!?」
 
 何とか事態を把握した私は、集めていた器材を放りだして駆け出す。
 おそらく、何かがこの近くに落ちたのだろう。
 それを確かめ、場合によっては何かしらの対処をするため、私は外に出る。
 するとそこには―――

「……なによ、これ」

 背中に氷の翼を生やした「腋メイド」としか表現できない物体が、逆さまになって生えていた。
 ……後一日ほど、何も気にならないほどの集中力で研究に専念していられたら良かったのに。
 ジタバタと両足を動かす物体Aを眺めながら、私は大きくため息を吐きだすのだった。









「いやぁ、助かったよー」

 謎の腋メイドは、掘り出す事により「顔見知りの首輪付き腋メイド(男)」に進化した。
 ……何故私はこいつを助けてしまったのだろうか。
 綺麗な思い出だけを抱いて、あのまま永遠にお別れしておいた方がずっと良かった。

「アリス? どうしたのさ」

 あの無遠慮で憎めない微笑みを浮かべ、「カーボン」の提供者――久遠晶が私の顔を覗き込んできた。
 この距離でじっと見つめても、男であると察する事は出来ない。
 事前に顔と声を知っていたからこそ、私も目の前の異様な存在が晶だと分かったわけだし。
 ……本当に、何があったのかしら、コイツ。

「ねぇ、質問していい? それ、貴方の趣味なの?」

「いいえ、逆らえない運命と書いてさだめです」

 どういう奇跡が起これば、首輪付けた腋メイドが生まれるって言うのよ。
 突っ込んで聞いてやろうかとも思ったけれど、諦観しきった晶の表情にその言葉を呑みこんだ。
 どうやら、言葉では言い表せないほど色々あったらしい。

「分かったわ。もうその事は聞かない」

「そうしてくれると泣くほどありがたいです」

「それじゃあ次の質問。何で、私の家の前に生えてたの?」

「生えてたって……まぁ、その通りだけどさ。もうちょっと穏便な言い方は」

「良いから答えなさい」

「あはは、ねぇアリス。いくらでも速く出来るからって停止する時の事も考えず飛ばすから、事故ってのは起こるんだよね!」

「……はぁ?」

「ギプスが外れた後の万能感は異常。真っ当に全身が動くだけなのに、何でもできる気になるんだもん」

「もうちょっと、分かる言葉で喋ってくれない?」

 泣き笑いのような顔をした晶の答えに、謎は深まるばかりだった。

「まぁまぁ、お気になさらず! 今は再会を喜ぼうよ」

「喜ぶほどの付き合いはなかったはずだけど?」

「僕達、友達じゃん!!」

 ……ああ、思いだした。そういえばコイツ、無意味に押しも強かったわね。
 うざったいほどイイ笑顔を浮かべて、親指を立てた握り拳を突き出してくる自称私の友達。

「怪我が無いなら帰ってくれない?」

 そんな彼に、とりあえず本心からの言葉を告げておいた。
 しかしそれでは納得いかないのか、晶は子供みたいに頬を膨らませる。
 外見と相まって凄く可愛らしく見えるのが腹立つ。

「何だよー、せっかく約束通りアリスに会いに来たって言うのにー」

「ああ、そういえばそういう約束をしていたわね」

 半分くらい社交辞令だったけど、確かに晶の帰り際にそういう類の言葉を言ったわ。
 色々迂闊な所があるとはいえ、きちんと言い含めればちゃんと言う事を聞いてくれる、幻想郷では珍しい話の通じる相手だ。
 私の人形に対する理解も深いワケだし、訪問を拒否する理由はないのだけど。

「悪いけど、今日はダメなのよ。色々あって立て込んでてね」

 運が悪かったと言う他無い。
 例え友達である事を認めたとしても、いや、認めるならばこそ、今の状態で家に上げるわけにはいかない。
 常日頃から整理整頓を心がけているから、数日間放置していたとはいえ急な来客ぐらいならまだ受け入れられる余裕がある、だが。
 今、私の部屋には、晶にだけは見せられないモノが存在しているのだ。
 魔法使いのプライドにかけて、「カーボン」相手に四苦八苦した形跡のあるあの部屋を見せるわけにはいかない。

「掃除なら手伝うよ?」

「なっ、な、何で分かったの!?」

「いや、何故って……」

 ちらりと、晶が私の背後に視線を送る。
 合わせて私も振り返ってみると、そこには家の各所で動き回る人形の姿が。
 ……確かに、ここまで分かりやすい答えも無いでしょうね。
 
「最近そういうお仕事やってるから、僕も戦力にはなると思います、はい」

「え、えーっと」

 しまった、どうしよう。
 百パーセント善意の込められた笑顔で、ガッツポーズをとる晶。
 幻想郷の住人にはありえないタイプの反応だ。
 いっそ胡散臭く取引を持ちかけられた方が、まだマシかもしれない。
 とはいえ、この家は魔法使いの工房でもある。
 そこを盾にすれば、穏便に断る事が……。

「あ、僕が掃除する所は、台所とか玄関口とかになるけどね。魔法使いの工房で好き勝手できないし」

 ――ワザと言ってるんじゃないでしょうね、コイツ。
 変な所で空気を読み始めた晶は、私の逃げ道をあっさりと封じてしまった。
 部屋に踏み込まないと確約しているから、許可してもいい気はするけど……いや、やはりダメだ。
 家の中を移動する以上、うっかり見る恐れはなくならない。ここは慎重を期するべきね。
 しょうがない。ちょっと心苦しいけど、普通に断る事にしましょうか。

「あのね、晶。私は――」

「じーっ」

「えっ!?」

「じーーーーーっ」

 こ、このパターンはっ!

「じーーーーーーーーーーーーっ」

 捨てられそうな子供の様な眼で、じっと私を見上げてくる腋メイド。
 その仕草は、明らかに自分の武器を分かっているとしか思えない。……さりげに腹黒いかもね、コイツ。
 しかし、前回はともかく今回までその上目遣いが通用すると思っているあたり、まだまだよ。
 見せても見せなくても問題無かった以前とは、状況が違うのだから。
 あくまで毅然とした態度で、断ってやろうじゃない!

「じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」

「え、っと……」

 だ、だめだ。
 良く分からない眼力があるせいか、真っ直ぐ晶の眼を見る事さえ難しい。
 なんでアナタは私の時だけこんなに押しが強いのよ、というワケの分からないツッコミさえ出てくる始末だ。
 ………あ、そうだっ!

「か、かか、買い物!」

「ほへ?」

「それじゃあ、買い物を頼まれてくれないかしら、人里まで!」

 我ながらナイスアイディアだ。
 順序は変わってしまうが、必要な物はある程度把握している。
 嘘はついてないし、ここから遠ざけられるから、一石二鳥どころか三鳥も落とせる完璧な策のはず。

「……人里」

「その間に掃除も済ませておくから、その後お茶でも飲みましょう?」

「人里かぁ……」

「あ、晶?」

 ううっ、やっぱり不自然な提案だったかしら。
 このままだと、「大口を叩いたのに何もできなかった魔法使い」という不名誉な烙印が私に……。

「人里ってさ、どこにあるの?」

「へっ?」

 晶の口から漏れた言葉は、私の意識を会話に戻すほど意外なものだった。
 私と出会ってからで考えても、彼が幻想郷に来てから一ヶ月程度の時間は経過しているはずだ。
 それなのに晶は、人里の位置すら知らないと言う。
 あそこは、この幻想郷で人間がまともに暮らせる数少ない場所だと言うのに。

「いやその、前に連れてってやるとは言われてたんだけど……結局色々あってその約束は有耶無耶になっててさ」

「それじゃあアナタ。幻想郷に一ヶ月以上居たくせに、一度も人里に行かず生活してたの?」

「うん、そういう事になるかな」

「……信じられない。どんな協力者の世話になったらそんな事になるっていうのよ」

「どんな協力者って……普通の鴉天狗と、普通のフラワーマスターだけど―――あ、最近だと普通の吸血鬼のお世話にもなってるか」

「 (絶句中)」

 あっさりとなんて事言ってるのだろうか、コイツは。
 鴉天狗はともかく、フラワーマスターと吸血鬼の二種に該当する奴は、幻想郷でも合わせて三人しか存在していない。
 当然、そいつらは「普通」なんて範疇に収まるほど生易しい妖怪ではない。
 と言うか今、アンタお世話になってるって言ったの? あの、紅魔館の主に?
 ――「永遠に幼き紅い月」が、晶の面倒を見る。
 何とも想像し難い状況だ。

「………アナタ、正気?」
 
「幻想郷に来てから疑われてばっかですよ、僕の心」

 誰だって疑いたくもなるわよ。
 良くもまぁ普通に振舞っていられるわね、その状況で。
 念のため晶の瞳を覗き込んでみても、そこに狂気の色は感じとれない。
 強いて言うなら、少し凛々しくなったぐらいだろうか。
 晶の眼からは、最初会った時に感じた外来人らしい甘えが無くなっている。
 ……何があったか知らないけど、どうやら以前よりずっと‘幻想郷の人間らしくなった’みたいだ。

「なんだ、頭がおかしくなったワケでもないのね」

「色々失礼な。皆良い人――じゃない、良い妖怪だよ」

「…………洗脳?」

「いい加減訴えるよ? さらに勝つよ?」

 まぁ、冗談だけどね。
 ……おそらく、晶の抱いた「良い妖怪」という印象は間違っていない。
 吸血鬼もフラワーマスターも、誰だか分らないが鴉天狗も、礼節を弁えた態度をとる程度の良識は一応持っている。
 ―――ただし、それは相手を認めた上での話だ。
 認める価値も無い人間に礼を尽くすほど、彼女らは‘間抜け’ではない。

「だとすると、侮っていたのは私の方か」

「ほへ?」

 外から来た人間だからと、真面目に「視て」いなかったから気づかなかった。
 ……こいつ、‘真っ当な人間’じゃない。
 妖怪と拮抗しうる力を持つ、幻想郷のジョーカー的存在。
 半端な魔法使いや規格外の巫女と同じ、幻想郷の理に逆らう幻想郷の人間と同じ匂いが、晶からはする。

「な、何さ。そんなジッと見つめて」

 ある意味凄いわね。頭では分かってるのに、そう見る事が全然出来ないヤツって。
 何と言うか、本人の態度に問題があり過ぎるわ。
 幻想郷には中々いない、‘自分を本来の実力より下に見る’ヤツは。
 それは精神に比重を置く妖怪なんかには致命的な思い込みだ。下手すれば、思いこんだ分だけ力が低下する恐れもある。
 人間の方は、そういう態度を取りそうにない連中ばっかりだしね。
 ……それも言い訳か。自らの節穴具合を誤魔化すための。

「今度は笑った!? 僕そんなに愉快な事したの?」

「ああ、これは違うわ。今更気づいた自分に呆れていただけよ」

「呆れていたって……何の事?」

「アナタが、‘戦える外来人’である事よ。言ってなかったでしょ?」

「あー、そういえば」

 苦笑しながら頬をかく晶。
 この様子だとやはり、実力を尋ねたところでまともな答えは返ってくるまい。

「……そう」

 ――事情が変わった。
 こちらに影響を与えない無力な外来人ならともかく、力ある相手に対し今まで通りの無遠慮な接し方は出来ない。
 相手が‘幻想郷の人間’なら、こちらもそれに対する付き合い方をすべきだ。

「だ、黙ってた事は謝るから、そのニヤリ笑いは止めてくれませんか。正直凄く怖いんですが」

「別に謝る必要はないわ、気付かなかった私が間抜けだったのよ。その事は特に気にしてないの。……その事は」

 掃除に使っていた複数体の人形を手繰り寄せる。
 そんな私の行動の意図に気付いたのか、晶は頬を引きつらせて後退し始めた。
 ……これは少し、困ったわね。
 私は別に、晶を泣かせたいワケじゃ無いんだけど。

「アナタが勘違いをしているようだから、一応言っておく」

「は、はわわわわっ?」

「私が晶に喧嘩を売ろうとしているのは事実だけど。これは別に、アナタが憎いワケじゃないのよ?」

「あははは、そ、それは良かった。それじゃあ僕は人里で、頼まれた買い物を済ませてこようと思いますが」

「それは後でいいわ。どうせなら一緒に行って、お茶でも飲んだ方が楽しいでしょう?」

「逃がす気皆無!?」

 だから違うって言ってるでしょうに。
 貴方の言うとおり、再会を喜べる程度の関係はあったみたいよ、私達。
 だからこそ、次のステップに進まないとね。

「……ねぇ、晶。私の事を‘友達’と呼んだアナタに、いい事を教えてあげるわ」

「ほ、ほへ?」

「幻想郷には‘こういう友情の深め方’もあるのよ」

 距離をとり、人形を構える。
 何も知らない人間だからこそ、話せる事がある。
 認めた相手だからこそ、話せる事もある。
 私と晶の関係は――後者でありたいと、そう思える自分がいた。
 どうやら私は、自分の頭で考えていた以上に、この人間の事を気に入っていたらしい。

「―――そっか」

 泣きそうだった晶の瞳に、光が宿る。
 それは間違いなく、本来あるべき「久遠晶」の姿だった。
 
「そうだった、ここは幻想郷なんだ」

 晶はニヤリと笑い、三枚のスペルカードを示す。
 私もそれに合わせて、同じく三枚のスペルカードを提示する。
 それは、互いに対等の条件で戦う証。
 全力ではないけど、「同じ条件」を背負って戦うと言う無言の誓い。

「人間でも妖怪でも、力を示せば対等でいられる。そんな場所だったんだよね、ここは」

「ええ、そうよ」

 互いに敵意も悪意も無い。そんな戦いを、外の世界では何と言うのだろうか。
 晶につられて「友達」なんて恥ずかしいセリフを吐いてしまったけど。
 それもあながち、間違っている訳では無いでしょうね。

「あ、でも僕リハビリ中だから、ある程度手加減してくれると嬉しいかも」

「その場合、頑張るのはそっちでしょう? 後で人里にも出かけるんだから、悪化しないよう必死に避けなさいよ」

「……それもそうか。それじゃあそっちこそ、油断して大怪我なんてしないようにしてよ?」

「ふふん、私は大丈夫よ。常日頃から相手の力を把握して、そのちょっと上を行くようにしてるもの」

「うっわぁー、性格わるっ」

「アナタのとこの協力者よりは、真っ当な性格しているつもりよ?」

「……強ち否定できないのが困る」

 久しぶりに、楽しい弾幕ごっこになりそうだ。
 双方構えた私と晶は、改めて――いや、‘初めて’対峙する。
 さて、始めようか。



 ――――幻想郷流の、歓迎会というヤツを。



[8576] 東方天晶花 巻の二十八「青春は短い。宝石の如くにしてそれを惜しめ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:57

巻の二十八「青春は短い。宝石の如くにしてそれを惜しめ」




 決闘の始まりを肌で感じると共に、頭の中が急速に冷めていく。
 いつもそうだ。どれだけ動揺していても、弾幕ごっこが始まった瞬間に思考はクリアになる。
 美鈴は、それを‘才能’だと言った。

『雷より速く動ける歩法や、鋼をも砕く剛拳は、時間さえあれば誰にでも修められます。でも、‘その心’を修める拳法は存在しないんですよ』

 どれほど高名な拳師に学ぼうとも、自ずから変わらねば心は正せない。
 戦いにおいて最も必要な「冷静な心」を持っているなら、僕は強くなれる。そう彼女は言ってくれた。

『なーんて、それだけで勝てたら世話ないんですけどねぇー』

 まぁ、最後にそんな「オチ付きかよっ!」的なお言葉を添えてくれたりしてくれやがったワケですが。
 本当にあの人は空気読めないよね。
 だけどそんな軽いノリの中華妖怪さんは、短い時間で色んな事を教えてくれた。
 生憎僕は安静の身で、試せる事は少なかったけれど。
 自分の操り方が少しずつだけど分かってきた気がする。
 ……その初実験が実戦ってのが、大変無鉄砲で僕らしいですな。

「先手、行くよっ」

 バックステップで下がりながら、氷の弾幕をばら撒く。
 視界を覆わない程度の、それでも回避困難な氷の弾丸は。

「甘いっ!!」

 アリスの操る人形が生み出した防御陣によって、全て防がれてしまった。
 ――やっぱり、見たまんまの人形遣いか。
 出来れば人形作りはただの趣味で、戦闘中に使うのは普通の魔法だったりしてくれたら嬉しかったんだけど。
 そんなに世の中、上手くは出来てないよねぇ。

「ほら、今度はこっちの番よっ!」

 人形の一体がこちらに向かって飛んでくる。
 その手にあるのは、鈍く銀光を放つ凶器―――ヤバい!

「……ふぅーっ」

 相変わらずのモノマネ拳法で構え、全身に『気』を伝わらせた。
 氷翼は使わない。あれは僕の攻撃手段を奪い過ぎるからだ。
 強化した身体能力だけで、ギリギリでも捌ききる!

「シニサラセー」

 わりと洒落になっていない事を可愛らしく述べながら、妖精を模した人形がナイフを振り回す。
 思ったよりも射程は長い。けど、思った以上に動きが遅いっ!

「えいやっ!」

「ナンヤトー」

 相手が初撃を振り切るより先に、持ち手の部分に手刀を当てる。
 話に聞いていた通り、肉体強化の影響はかなりのものだ。
 軽く放ったつもりの一撃でも、容易に人形からナイフを叩き落とす。
 そもそも、‘相手の初撃の最中に動ける’時点で、『気』による強化の異常性が分かると言うモノだ。
 ……というか、速すぎて僕もいっぱいいっぱいなんですが。思った以上にしんどいっす、コレ。

「とにかく、これで――あれ?」

 デコピンで人形をふっ飛ばし、アリスに向き直る。
 けれどかつてアリスがいた場所には、一体の人形が浮くのみだった。
 そしてその人形は、両手をこちらに向けている。
 まるで、‘何かを発射する’ような姿勢だ。

「―――って、一難去ってまた一難!?」

「ネライウツゼー」

「はわわっ!?」

 前方と‘真横から’放たれる弾幕。
 ちらりと横目でもう一つの弾幕を追うと、そこにも同じデザインの人形が。
 わあ、設置系のガチな戦い方ですね。潰す気満々ですか。

「ああもう、上っ!!」

 氷で棒を作り出し、地面に突き刺す。
 空を向いた方の先端を掴み、氷棒を伸ばすと同時に地面を蹴って跳ぶ。
 まるで飛ぶような浮遊感と合わせて、一気に身体が真上へと上がっていく。
 戦いの場全てが視界に収まる。鬱蒼とした森に隠れてアリスの姿は見えないが、人形の姿は確認できた。
 ――なら、それで充分だ。
 氷棒のコントロールを捨て、僕は上昇し続ける自らの先に氷の足場を作成し、そこに‘着地’した。
 ここまでは概ね予定通り。問題は、ここから先の行動である。
 ……だ、大丈夫だよね。肉体は強化されてるワケだし、風のクッションも残ってるワケだし、いけるよね。

「タマトッタラー」

「モクヒョウヲクチクスルー」

「あにゃあっ、し、下っ!」

 上空にいる僕へと向けて、人形達の弾幕が放たれる。
 僕は自らの足場を蹴って地面へと‘跳ぶ’事で、向かってくる弾を避けた。
 同時に、地面が急速な勢いで迫ってくる。備えなければ潰れてしまう事は確実だろう。
 どうにかしてぶつかるまでに止まらなければゲームオーバーだ。けど、それを分かっているのは僕だけじゃない。
 アリスも必ず、‘止まった瞬間’を攻撃してくるはずだ。
 だからこそ、僕は風の力だけで止まる必要がある。
 同時に、反撃もこなす為に。

「いっせーの、せっ!」

 巻き起こる風と共に、一瞬宙で停止する。
 同時にこちらを向く二体の人形と、森の奥から感じ取れる‘複数の’敵意。
 さすがに、迂闊に自分の位置を知らせるような真似はしないか。
 だけど残念―――こっちはもう大体の仕込みを終わらせているんだよねっ!!

「ちょいやっ!!」

「きゃあっ!?」

 着地と同時に、地面から複数の氷柱が隆起する。
 それはある一定の地点に固まって生まれ、目的の人物をいぶり出した。

「嘘、バレた? 何でっ」

「いくら居場所を悟らせないためとはいえ、人形を出し過ぎって事だよっ」

「――まさか、逆算!」

 はい、そういう事です。
 とりたて数字に強いワケではない僕だけど、簡単な位置把握ぐらいならできますとも。
 最初の人形を、アリスは確かに「手を動かして」操っていた。
 と言う事は、糸が見えないだけでこの人形達はアリスが操っているはずなんだ。
 後は簡単な話。
 いくら人形に集中していたとはいえ、自分の横をアリスが通過すれば嫌でもわかる。
 だとすると彼女は、「僕とは反対方向に逃げた」事になるはず。
 その事を踏まえ「人形達と大体でも等位置になれる場所」を探せば―――大まかでも、アリスの居場所は予想できるという寸法だ。
 えっ? どう考えても憶測だって? ……当たってたからいいじゃん。

「やるじゃないの。だけど、ツメが甘いわ!」

「へ?」



 ―――――――魔符「アーティフルサクリファイス」



「ひにゃあぁぁぁぁぁぁああああ!?」

 僕を囲っていた二体の人形がこちらに触れ、同時に爆発を起こした。
 え、うそっ、爆発すんのコレ!?
 
「ちょ、ちょっと待てぃ! アンタ人形に対して愛着はないんかいっ!!」

「あるわっ! 道具として常に、その本分を全うできるよう私も色々考えているのよ!!」

「その理屈は悪役のものではありませんか……?」

「愛ゆえよっ!!!」

 言いきったよ、この人形遣い。 
 あ、でも良く見るとちょっと涙目になってる。
 ……そこまで愛着あるなら、もうちょっと穏便な攻撃方法仕込めばいいのに。

「それにしても、至近距離であの一撃食らったわりに元気ね、アナタ」

「強化してますからっ」

 呆れるアリスに対してふんぞり返る僕。身体の節々が痛いのは内緒だ。
 まぁ、痛かった事は痛かったけどね。美鈴の破山砲よりは威力が下だったみたいだし、何より……。

「真横の一人、僕の風に飛ばされてどこか打ち付けたでしょ? ギミックに不備があったみたいで、爆発が半端だったよ」

「……へぇ、良く見てるわね。その状況で」

「そういうの冷静に見れる‘才能’だけは、人一倍あったみたいでして」

 まぁ、自分がダメージ食らう所を冷静に見られても、何の意味も無いんだけどね。
 身体? ええ、当然動きませんでしたよ。
 別に超反応出来るわけじゃないんで、むしろ反応自体は遅めなんで。

「そこまで落ちついていられるなら、何かあるたびに変な鳴き声あげるのも止めなさいよ。正直、気が抜けるわ」

「ほへ? 変な鳴き声って?」

「無自覚なのね……タチ悪い。「ひにゃあ」とか「はわわ」とか「ちょいや」とか言ってるじゃないの」

「はっはっは、そんな事戦闘中に言うヤツいるわけないじゃん」

「――今、かなりイラッときたわ」

 なんでさ。
 急激に膨れ上がるアリスの敵意に、自然と冷や汗が流れる。
 お、落ちつけ僕。とりあえず、目標は目の前にいるんだ。
 何とか勢いで誤魔化――もといせっかくの攻撃のチャンスを逃す理由はない。

「と言うわけで、戦闘再開っ!」

「あ、ズルい!」



 ―――――――幻想「ダンシング・フェアリー」



 巻き起こる氷弾の嵐。
 乱気流に乗って、ランダムに軌道を変化させた攻撃がアリスに迫る。
 僕の持つスペルカードの中で一番「当てる事に特化」した技だ。
 これで、少なくとも相手の体勢を崩す事は出来るはず。
 ……しかし、そんな僕の目論見を見透かすように、アリスは逃げようとしなかった。
 迫りくる氷弾を見据えながら、彼女は‘まっすぐこちらに’向かってくる。

「ええっ!?」

 驚愕する僕に対し、アリスは可憐な笑みを浮かべて見せた。
 氷弾は彼女の目の前まで近づき――次の瞬間には、アリスを通り越し近くの木々を砕いていた。

「なっ―――」

「ふふっ」

 ゆっくりと前進するアリスは、迫る氷弾をすり抜けるように避ける。
 グレイズ――弾幕ごっこにおける高等回避。
 高密度の弾幕を掠れるようなスレスレの距離で避けるという、文姉から聞かされた直後には正気を疑った技術の一つだ。
 それを、目の前のアリスは当たり前のように実行している。

「良い弾幕ね。けど、難易度はせいぜいnormalよ」

 近づけば近づくほど、風の勢いと氷の数は激しくなる。
 それでもなお、アリスのペースは変わらない。
 揺るぎない瞳で、彼女は僕との距離を詰めていく。
 いけない! このままじゃ良い的になるっ!

「ス、スペルブレイク!」

「遅いわっ」

 氷の嵐を収め、バックステップで距離をとる。
 しかし、相手は‘それを想定した間合い’を取っていたようだ。
 どこからともかく、ナイフを持った人形が放たれる。それも、合わせて六体。

「って、多い多い多い多い!?!?」

 一直線にこちらに向かってくる、六体の人形。
 や、さすがに無理。これを捌くのは、僕の腕前では不可能です!

「はひぃぃぃいっ」

 転がるように真横に倒れこみ、人形の攻撃を回避する。
 だが、アリスの追撃は止まらない。
 彼女の真上には、先ほど爆発したのと同じ容姿の人形が。
 ……絨毯爆撃ですかそうですか。

「ヤキハラエー」

「ひょ、氷翼展開っ!」

 さすがにギブアップです。もう一撃ほど弾幕を耐える度胸はありません。
 氷の翼が形成され、同時に人形から弾が放たれる。
 先ほどまでの僕なら確実に‘詰み’だ。降り注ぐ弾の雨も、全て受け止めていた事だろう。
 だけど、それもさっきまでの話。
 倒れた姿勢から四つん這いに立ち上がった僕は、即座にアリスの背後へと移動する。
 その速度は、まさしく刹那。
 具体的にどれくらい速いのかと言うと、僕自身どういう経緯で背後に回ったのか認識できないくらい速い。
 小回りを利かせた短距離特化の移動法だからなぁ……風による自動回避が無ければ、僕とっくに自爆が原因で死んでるよね。
 
「嘘、いつのまに後ろにっ!?」

「サラマンダーヨリハヤーイ」

「……おおっ」

 しまった。呆然としていたせいで、先にアリスに反応されてしまった。
 不意打ちが難しい弾幕ごっことは言え、何かしらの仕込みができないわけじゃない。
 そのチャンスが今、舞い込んできたと言うのに……みすみすその機会を逃してしまうとは。
 何くそ、なら別の駆け引きに持ち込むだけだい!

「氷翼、解除!」

 氷の翼が砕ける。
 それに合わせ、アリスの顔に警戒色が強くなった。

「あら、せっかくの移動手段を捨てていいのかしら?」

「しょうがないよ。氷翼を使ってる間は、強力なスペルカードが使えなくなっちゃうからね」

「ふぅん……上等じゃない」

 こういう時相手の物分かりが良いとありがたい。こちらが一つ情報を提示しただけで、伝えたい事をすぐに理解してくれる。
 僕がスペルカードを提示するのに合わせて、相手も二枚目のスペルカードを示した。
 大技同士の撃ちあいになると、お互いが理解している。
 だからこそ、僕らは迂闊に動く事ができない。
 互いに選んだ必殺の威力を誇る技は、同時に相手へ最高の勝機を与える隙にもなりうるからだ。
 ……同タイプ対戦の典型的硬直パターンだね、これは。

「ファイナルアタックライドー」

 そして僕らの均衡はあっさりと破られた。
 真上に控えていた人形からの弾幕が、僕に迫る。
 回避のための三度目のバックステップ。それは、アリスに攻撃を決断させるには十分すぎる‘隙’だった。



 ―――――――咒符「上海人形」



 一体の人形が掲げられる。
 今までの人形とは一線を画する造形。
 その手から、まるで照準をつけるようにオレンジ色の閃光が一瞬輝く。
 ―――来るっ!

「シャンハーイ」

 放たれる高出力の魔力。
 回避は出来ない。――もとい。
 ‘避けるつもりなんて、元々無いっ’!!

「ひっさぁぁぁぁっ! 掟破りの室外畳返しっ!」

 中国拳法にある「震脚」の要領で、地面を思いっきり踏みつける。
 その瞬間、地面から氷の板が跳ね上がった。

「そんなチャチな氷で、私のスペルカードは破れないわっ」

「―――それが、ただの氷だったらね!!」

「えっ!?」

 こっちが地面の下で、ただコツコツと板を作っていただけだと思われては困る。
 「スピア・ザ・ゲイボルク」を作った時、僕も学習したんだ。
 気のコントロールは、物質の強化も可能にするんだって。

「ふ、防がれた!?」

 閃光が氷壁にぶつかり、数瞬の拮抗の後を見せる。
 ――その隙が、今度は僕のチャンスだ!

「解除、氷翼展開!」

 氷の壁のコントロールを手放した。
 その瞬間、拮抗は破れる。
 砕ける氷の壁――だけどすでに、僕の姿はそこには無い。

「しまった、またどこかに……」

「アッチヨー」

「右っ!?」

 さすがに、二度も呆けはしないよ。



 ―――――――転写「マスタースパーク」



 放たれる魔力の閃光。
 単体だと威力は落ちてしまうけど……氷翼展開状態で使える強力な技はこれしかないもんなぁ。
 それでも、その光が持つ破壊力は相当なものだ。
 ただしそれは、‘当たれば’の話なんだけど。

「甘いわっ!」

 グレイズ――いや、あくまで直撃を避けただけか。
 それでも、咄嗟の回避と人形による防御陣で、僕のスペルカードはほぼ相殺されてしまった。

「へぅあっ!?」

「生憎その技は、不意をつかれても避けれる程度には見慣れてるのよ!」

「うぐぅ。なら、追撃だぁ!!」

「させない!」

 空気が爆ぜる。手にしたカードは、模倣した「破山砲」。
 体勢の崩れたアリスに向かい、一直線で突き進む。
 そしてアリスも、崩れた姿勢のまま構え――

「へりゃあぁぁぁああっ!」

「はぁぁあああああっ!」

 交差する、拳と人形。
 それは互いの眼前まで迫り――そして、停止した。

「……だから、「へりゃあ」って何よ。気が抜けるわねぇ」

「……アリスが何の話をしてるのか、僕にはさっぱり分からないデス」

「実は自覚あるでしょ」

「何のことやら」

 お互いに苦笑して、拳と人形を引っ込める。
 決着はついた。
 まぁ、アリス相手に引き分けられたのは、僕としても上出来だったかな。

「あー疲れた。まったく、意外と芸達者じゃないのアナタ」

「アリスに言われると褒められてる気がしないなぁ」

「褒めてるのよ。氷に、風に……「気」? しまいには、ミニ八卦炉無しでマスタースパークまで撃っちゃうなんてね」

「僕は相手の力を劣化して覚えるから、芸達者になるのは当然だよ。それより、一度にあれだけ人形を扱えるアリスの方が凄いって」

「これくらい、人形遣いの基本よ」

 体の埃を払いながら、アリスが立ち上がる。
 あっさりとそんな事を言われると、本当に何でもないような事だと思えてくる。

「まぁ、今回は特別に引き分けにしといてあげるわ。特別に」

「押すなぁ……」

「本気で私と互角になったと思われたら困るもの。まだまだ、アナタの腕じゃあ私に引き分けるのも難しいわよ」

「うぐっ」

 確かに、僕はわりといっぱいいっぱいだったけどさ。
 これで全力だったと思われるのは、何と言うかちょっと不服だったり。
 ……いや、まぁ全力だったんですけどね。

「それにしても、このままだと人里にいけそうにないわね……服ボロボロ」

「まぁ、そういう気遣いが出来る状況じゃなかったしね」

「なに呑気な事言ってるのよ。そういうアナタだって―――」

 咎めるような視線だったアリスが、僕の服を見てキョトンとした表情になった。
 妥当な反応だろう。何しろ、爆発の直撃を受けた僕の服は‘汚れているだけ’なのだから。

「え? なんで?」

「……特別製なんだよ」

 文姉のお得意様である「動かない古道具屋」が精魂込めて作ったこの服装には、咲夜さんから依頼された「動かない大図書館」が多様な魔法を施している。
 防弾、防火、防刃、防水、対魔法、対物理、汚れない、そして何故か空気洗浄機能付き。
 そんな頭おかしいんじゃないかと言いたいほどの細工が施されたこの服は、当然あのくらいの爆発じゃ傷つくはずもない。
 製作に係わったパチュリーさん曰く、「アナタが粉々になっても服は完全な形で残るわよ」との事。
 ……別に、僕を護ってくれるワケではないらしい。

「これだけゴテゴテしてるのに動きも阻害しないから、外出用の服としては最適なんだよね……デザインはともかく」

 実は、外出するくせにうっかり習慣で着ちゃっただけなんだけど。
 そして着替えようとする前に、幽香さんから「今日はその服着て行くのよね」と笑顔で念押しされ引っ込みつかなくなったワケなんですよ、はい。
 
「……恵まれてるのか、哀れなのか分からない環境ね」

「僕も幸せなのか不幸なのか良く分からないです」

「ドッチヤネーン」

 はっはっは……まさか人形に突っ込まれるとは思わなかった。

「それにしても、特別製ね」

「ほへ? な、なに?」

「……これ、パチュリーの術式ね。あの面倒くさがりが他人のために働くなんて意外だけど」

「咲夜さんから頼まれたらしいからね」

「なるほど、あのメイド長の仕業か。……それに元々の素材もかなり良いわね。何だか霊夢の着てる服に似てる気もするけど」

「えっと、アリス? あんまり見つめられても困るんだけど」

「……晶」

「な、なんでしょうか」

 何か、マジマジと僕の服を見つめるアリスの目が怖いんですが。
 具体的に言うと、スクープを前にした文姉みたいな、目の前に極上の餌を釣られたような―――

「脱ぎなさい」

「―――――はい?」 

 今、凄いオカシイ台詞が聞こえた気がする。
 これはアレかな? 疲れからくる幻聴ってやつかな。
 いやぁ、最近ちょっと働き過ぎたみたいだ。あははははー。

「ほら、早く脱ぎなさいよっ! 脱がないなら私が脱がすわよっ!! むしろ脱がせる!!!」

「は、はわわわわっ!? マジですかっ!?」

「私は冗談なんて言わないわっ!!」

「そこは冗談だと言ってほしかったですっ!」

 アリスが僕のコルセットに手をかける。
 危機感知センサーは最高潮。ただし、危険を告げるだけで何の解決策も教えてはくれなかった。

「い、いやぁぁあああっ! ケダモノぉぉぉっ!!」

「うるさい、黙ってなさい! 空にある雲でも数えていればそのうち終わるわよ!!」

「きゃぁぁあああっ、助けて、たぁすぅけてぇぇぇぇえええっ!!」

「ふんふん、ここの糸の形が防御を司る術の一つになってるわけね、ならこの下は」

「下はや~め~てぇぇぇぇ」

「ココカラサキハアールシテイダー」





 その後あった事は、深く思い出したくない。
 ただ、僕のトラウマに新たな一ページが刻まれたとだけ言っておこう。

 ―――本日の教訓。魔法使いは基本研究熱心だから、迂闊に興味を引くような事を言うのは止めよう。
 



[8576] 東方天晶花 巻の二十九「時というものは、 それぞれの人間によって、 それぞれの速さで走るもの」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:57

巻の二十九「時というものは、 それぞれの人間によって、 それぞれの速さで走るもの」




 幻想郷の人間達が住まう「人里」。
 初めて訪れたその場所の第一印象は、ずばり「不自然」だった。
 失礼過ぎる話だが、外来人である僕の眼から見るとそう思えてしまうのだから仕方がない。
 おそらく幻想郷の成り立ち方が、この不自然さの根底にはあるのだろう。
 ……この一ヶ月近く、僕だって何もしていなかったわけではない。
 出来うる限りの範囲でだが、幻想郷の情報を多種多様に集めていたのだ。
 そして知った。この世界における重要な要素の一つを。

 ―――博麗大結界。

 それは幻想と現実の境を生み出し、幻想郷を「異世界」とした境界の‘一つ’だ。
 これが存在し続けている以上、幻想郷と外の世界が繋がる事はほとんど無い。
 そう、最初に僕が考えた「外の世界とは違う世界にある」という推測は、正解であり不正解であったのだ。
 あくまでも地続きでありながら、この幻想郷は外とは違う場所に存在している。
 ……ここらへんの問題にはさらに紫ねーさまの存在が複雑に関係しているらしいけど、とりあえず今は割愛しておく。
 さて、そんな幻想郷の仕組みと人里の不自然さの因果関係を語る前に、まずは人里の全容を語ろう。
 幻想郷において唯一人間が安寧に住める人里は、実はそれほど大きくない。
 ゆっくり全体を見まわすように外周を歩いたとしても、せいぜい三十分程度で全て回れてしまうだろうか。
 そしてその外観は、博麗大結界が施行された明治時代のそれで完全に停止してしまっている。
 まぁ当然といえば当然の話だろう。隔離されてしまった以上、この里は自らの力で発展しなければいけないのだから。

 ――しかし、そういった発展が必要なのか、と言われると首を傾げざるを得ない。

 推測にしかならないが、外の世界で通用しているモノのほとんどはこの世界では通用しないはずである。
 何しろ周りを取り巻く環境が、外とココでは違い過ぎるのだ。
 例えば、現代社会では必須になった携帯電話。
 遠い場所にいる相手とも容易に連絡が取れるその機械も、閉じた世界である幻想郷ではほとんど無用の長物になるだろう。
 ……とは言え、外の技術全てが不要かと言われるとそうでもない。
 むしろその技術の多くは、人里にとっても大変有意義であると言えるはず。
 だからこそ、「不自然」なのである。
 
 ――明治で止まったこの町並みに、点々と存在している「外の世界の光景」が。

 先ほど、幻想郷と外の世界が繋がる事は「ほとんど」無いと言った。
 つまり言い換えると、「僅かだが」外との接点は失われてないという事になる。
 外の進んだ知識や情報は、多様な経緯を経て人里に入ってくる。この不自然さはそう言って経緯から生まれてしまったのだろう。
 まぁ、住人達にとっては当たり前の光景なんだろうから、深く気にする必要はないんだろうけどね。
 ちなみに、今僕がいる「カフェー」なんかもその「伝わった知識」の一つだ。
 ケーキや紅茶なんかを出す「外では当たり前」のこの店も、やっぱり人里では浮いて見える。
 
 ……あー、でも紅茶とケーキはかなりおいしいな。

 紅魔館で出る咲夜さんお手製のケーキもおいしいっちゃおいしいけど、商品としてのおいしさはまた別物だからね。
 いやー、比喩でなく本当にいくらでも食べられそうだ。
 こんなおいしいケーキを食べながら別の事を考えるのは、ケーキに対して大変失礼だろう。そろそろ食べる事に集中しようか。
 うん、美味美味。

「おかわりー」

「……もうそろそろ食べるの止めたら?」

「『うるさい、黙ってなさい! 空にある雲でも数えていればそのうち終わるわよ!!』」

「こ、紅茶のおかわりもどうかしら?」

「いただきまーす」

 僕の前で、冷や汗を流しながら財布の中身を確認している強姦魔――もとい、七色の魔法使い。
 自業自得なので可哀想だとは思わない。むしろざまあみろと言いたい。

「ううっ、何でこんな事に……」

「人を着せ替え人形みたいに剥いだからに決まってるじゃん」

「そ、それは悪かったって謝ったじゃないの」

 ははは、僕の受けた精神的ダメージは、謝った程度で済むもんじゃないぞぅ。
 僕が無機質な笑顔を返すと、アリスは居心地悪そうに目線を逸らした。
 一応反省している辺り、自分の行いがどれだけ痴女痴女しかったのか自覚はしているのだろう。
 ――まぁ、許さないけどね。

「まったく……もぐもぐ……僕がどれだけ……もぐもぐ……辛かったか……もぐもぐ……おかわり!」

 文字通り襲われた僕と襲ったアリスは今、予定通り訪れた人里のカフェーに居た。
 アリスが謝罪として、お茶を奢ってくれると言ってくれたからだ。
 もちろん、僕にそれを断る理由はなかった。

「お、おかわりをお持ちしました」

「ありがと、そこ置いといて」

 なぜか強張っている給仕のお姉さんからケーキを受けとる。
 はて、何ゆえアナタはそんな物珍しそうな目でこっちを見ているのでしょうか。
 ひょっとして、僕達の格好が気になるのかな?
 人里の人達は基本和服だから、僕たちみたいな洋装はやっぱり異質に見えるんだろう。
 皿の塔のてっ辺に食べ終わった皿を置きながら、僕は自分の立てた仮説に深く納得してみせる。
 ……あれ? でも給仕のお姉さんは洋服だよね?

「それじゃあいったい、何が気になるって言うんだろうか」

「……そんなの、アンタが食いまくってるからに決まってじゃない」

「ほへ?」

 呆れたようなアリスの視線が、僕の食べた皿の山に向かう。
 すでにテーブルの半分を占拠している皿の向こう側は、座っている状態では確認できない。

「えっと、何の話?」

 あ、アリスがずっこけた。
 また随分と芸術的な転び方をするもんだ。
 外の世界なら、名人芸と持て囃された事だろう。

「だから食べすぎだって言ってるのよ! 嫌がらせにしたって異常よ、異常!!」

「失礼な。僕は食べたいだけ食べてるだけだよ」

「……その身体のどこに、この大量のケーキが収まってるのかしら」

 憮然とした顔のアリスが、僕の脇腹を摘まもうと手を伸ばす。
 しかしほとんど脂肪の無い脇腹はあっさりとアリスの指を滑らせ、結果服だけを掴んでしまった彼女をさらに憮然とした表情に変えた。
 そういえば文姉も咲夜さんも、一緒におやつ食べた時にアリスと全く同じ顔をしてたっけ。
 文姉曰く、いくら食べても太らない僕の不思議体質は女の敵であるらしい。
 ……僕としては、食べた分だけガッシリとなりたいんだけどね。男の意地として。

「あーもう、勘弁してよ。私にも私の買い物があるから、財布をスッカラカンにするワケにはいかないんだけど」

「……もぐもぐ……分かった分かった。アリスも反省したみたいだし、そろそろ許してあげるよ」

「そ、そう。やたらと恩着せがましいけど、とにかく助かったわ」

 安堵のため息を漏らすアリス。
 ……さすがにちょっと、食べすぎたかもしれない。
 こっちでのケーキの価格は知らないワケだし、少し自重するべきだったかな?

「ま、これに懲りたら、今後はどこぞの吸血鬼みたいな真似は控える事だね」

「はいはい分かったわよ――って、え? 吸血鬼って、あのレミリア・スカーレットの事?」

「個人情報保護のためお答えできません」

「その時点でもう答えてるようなものじゃない。と言うか何があったのよ、アンタとあの吸血鬼の間に」

「ふっふっふっ、全容は語れないけど、この前は廊下を歩いていたらいきなり後ろから襲われた、とだけは言っておこうか」

「……本当に何があったの?」

「彼女の名誉のためお答えできません」

 ただ、その吸血鬼の脱衣速度がアリスの三倍近く速い事だけは、事実として付け加えておこう。
 これもきっと、日々の修錬の賜物だと思われる。……実験台になっている僕としてはたまったもんじゃ無いけどね。

「最近では、鉄分不足が心配です」

「……それで大体、事情は理解できたわ」

 この服が汚れない仕様じゃなかったら、あっという間に黒ずんでいますよ。
 まぁ、軽い献血みたいなノリで済んでるのがせめてもの救いと言うか。
 ……あ、でも確か献血って、一度やった後は一ヶ月くらい健康のために出来なくなるんだよね。
 うん、僕はそのうち死ぬかもしれない。

「苦労してるわねぇ」

「ははは、むしろ疲労してます」

「でも軽口を叩く余裕はある、と」

 自分でもたまに、余裕ありすぎて怖くなります。
 そんな意味を込めて笑い、最後のケーキを口に収める。
 内容はともかく、空気だけはまったりとしたモノが流れていく。
 すると、そんな僕らに近づいてくる女性が一人。

「おおっ! 誰かと思えば、七色の人形遣いじゃないか!」

「……うわっ、出た」

 前髪に青いメッシュの入った銀髪の女性は、満面の笑みで手を振りながらこちらに近づいてくる。
 それに対してアリスは露骨に眉をしかめてみせた。
 はて、どうしたんだろうか。
 家の様な帽子を被っていたりワイシャツ風のワンピースを着ていたりと、変わった所の多い女性ではあるけどね。
 一見するだけでは、アリスが嫌がる様な人には見えないよ?

「珍しいな、いつ人里に来たんだ? 言ってくれれば茶でも出したのに」

「ついさっきよ。ただの買い物だから、別にそんな特別待遇をしてもらわなくても結構よ」

「いやいや、この前お前が寺子屋でやってくれた人形劇が子供たちに大好評でな。その礼をしたいと思っていたのだ」

「子供は自分の視点でしか物事を語らないから、人形繰りの技術を見せる相手に最適なのよ。謝礼も貰ってるし、必要以上の気遣いはいらないわ」

 ふむ、会話から察するに、この人は人里の学校で教師でもやってるのかな。
 道理で面倒見の良さそうな感じがするわけだ。
 ……そうなるとますます分からない。何でアリスは、こんなにも素っ気ないのだろうか。

「お前は相変わらずだな。もう少し愛想を良くしてもバチは当たらないぞ?」

「私はもともとこんな感じよ」

「ダウト!」

「むっ?」

「な、何がダウトよ! 失礼ねっ」

「だってアリス、いつもはもうちょっと愛想良いじゃん」

「……一応言っとくけど、アンタと初めて会った時も私はだいたいこんな感じだったわよ」

「えー、でももうちょっと親切だったよ?」

「それはアンタと取引する上での社交辞令よ! ついでに言うと、私の態度に関わらず好き勝手やってたアンタに態度云々を言われたくないわっ」

「僕は相手の尊厳を尊重致します」

「ダウト」

「何とも失敬な」

 それじゃまるで僕が、お構いなしで相手に関わろうとするみたいじゃないか。
 僕にだって、嫌だと言われれば引き下がるくらいの礼儀はあるよ?

「ふむ。今まで気づかなかったが、君は……」

「あ、どーも。アリスの友達やってる久遠晶です、今後ともよろしく」

「これはどうもご丁寧に。私は上白沢慧音、人里で寺子屋の教師をやっている者だ」

 こちらに気がついた女性――上白沢先生が、丁寧な態度で挨拶してくれた。
 しかしそうやって頭を下げても、あの独特な形の帽子はずり落ちない。
 うーん、紐で縛ってあるのかな? なんだかそんなところばかり気になってしまう、忙しない僕。

「なんだマーガトロイド、否定はしないのか?」

「言葉通り、晶は私の友人だからね。デリカシーは皆無だけど」

「ほぅ、意外だな。お前が人間に対してそんな事を言うとは」

「弾幕で友情を深めあいましたので」

 そのせいか、わりと評価に遠慮がありませんけどね。
 そんな僕とアリスを、何度も珍しそうに見比べる上白沢先生。
 そうしてただ不思議そうに僕らを眺めていた彼女は、やがて何かに気づいたように、今度はじっと僕を見つめ始めた。
 何だろう? マジマジと見つめられると照れるんですが。

「ふむ、済まないが一つ確認させてくれ。君は里の者ではないな?」

「あ、はい。僕は人里の人間ではなく、外から来た人間です」

「なるほど外来人か。それで私も顔を知らなかったのか」

 納得したように何度も頷く上白沢先生。
 しかしそれも僅かな間の話。
 彼女は、ふと何かに気がついたように再び僕の顔を覗き込んできた。

「な、何か?」

「もう一つ確認しておきたいのだが……君と私は、初対面だよな?」

「はぁ、そうですけど」

 そんな事、わざわざ僕に確認しなくても分かると思うけどなぁ。
 だと言うのに先生は、まだ腑に落ちないのか怪訝そうな顔をしている。
 何かがのど元に引っ掛かっているような、そんな表情で僕の顔を見つめ続ける先生。
 ……だから、そうやって見られると照れるんですってば。

「あ、あの、何か気になる事でもあるんですか?」

「うむ。上手くは言えないが、前にどこかで会ったような気がな……」

「幻想郷には一ヶ月近くいますけど、先生と会ったのは今日が初めてですよ?」

「私からも補足するけど、晶はずっと人里以外の場所で暮らしてたから、間違いなくアナタと面識はないはずよ」

「む、そうなのか。確かに、外で暮らしていたのなら――なにっ?」

「頭おかしいでしょ? 運にも実力にも恵まれていたみたいだけど、一ヶ月近く幻想郷にいながら、人里に顔も出してないのよコイツ」

「それは何と言うか……良く、無事だったな」

「はっはっは、食われそうになったりペットになったり血を吸われたり着せかえられたりしましたが、何とか生きてますヨ」

「……無事なのか?」

「……私に振らないでよ」

 先ほどの疑問はどこへやら、驚愕の表情で僕を見つめる上白沢先生。
 やっぱり、傍から見ると僕の生活はおかしかったりするんでしょうか。
 ちょっと幻想郷に来てからの事を、簡単に振り返ってみよう。
 ――うん。おかしいかどうかは分からないけど、良く生きてたと褒めてやりたくなる事は確かかな。

「まぁ色々ありましたが、それなりにうまくやってますよ」

「それだけ色んな目に会っておきながら、はっきりそう言えるのがアンタの凄いところよね」

 僕の、我ながら呑気な言葉にアリスが苦笑する。
 自分でも良く平気でいられるな、とは思っているから、彼女の言葉には頷かざるを得ない。
 しかし、そんな僕達のやりとりを上白沢先生は別の解釈で受け取ってしまったようだ。
 半分くらい涙目になりながら、先生は僕の両手を包み込むように掴んできた。
 ――え? なにこの急展開。

「すまない久遠、辛い目に合わせたな」

「……はい?」

「良いんだ、もう耐えなくて。この一ヶ月間さぞや辛い思いをした事だろう」

 どうなってるのさ、コレ。
 まるでこの世の不幸を一身に背負ったような顔で、先生が悔恨の嘆きを漏らす。
 や、突然そんな事言われても困るんですけど。
 耐えるって何にですか? 辛い思いは――まぁ、それなりにしたかもしれないけど、そんな涙を誘うほど酷い目にはあっていませんよ?
 いきなり始まってしまった、謎の上白沢先生劇場。
 このままではワケも分からず流されてしまいそうなので、僕は横で傍観を決め込んでいるアリスに救援の視線を送った。

 ――で、なにこれ?

 ――いつもの病気よ、気にしない事ね。 

 ――いや、僕当事者だから、無視できないから。

 ――私が素っ気なかった理由を思い知りなさい。

 しかし救助役のアリスさんは、あっさり救いの手を払ってくださいましたコンチクショウ。
 と言うか、愛想悪かったのってコレのせいなの?

「さぁ、久遠! 困った事があるなら私に言ってくれ、何でも協力するぞっ」

「は、はぁ……強いて言うなら、そう言われた事が困った事です」

「こらこら、遠慮しなくていいんだぞ。こう見えても私は人里の守護者と呼ばれているんだ。荒事だってお手の物なんだからな」

 いや、本当になんでも無いんですって。
 僕も段々と、アリスが彼女を避ける理由を理解し始めてきた。
 ……良い人なんだけど、凄く疲れる。
 昭和の熱血教師みたいな熱いセリフを吐きながら、目を輝かせる上白沢先生。
 どないせーっちゅーねん、この人。

「――って、人里の守護者?」

「ああ、そういえば言ってなかったわね。上白沢慧音は半獣なのよ」

「うむ、妖怪の身ではあるが、人里に住まわせてもらっている」

「えーっと、半獣?」

「ハクタクって言えば分かる? あれとのハーフなの」

「……ああ、ハクタクかぁ」

 ハクタクとは、中国の伝説に登場する聖獣の一種だ。
 麒麟とか鳳凰とかの有名所と同じく、人の世に有益をもたらす存在として神聖視されていたはず。
 ……うん、まぁ説明があやふや過ぎるのは分かってるけど、ちょっと僕の言い訳も聞いて?
 別に中華系の妖怪を調べるのを蔑にしていたと言うわけじゃ無いんだ。
 ただ、ハクタクは僕にとっても思い出深い妖怪だから、どうしても本来の姿を忘れがちになってしまうんだよ。
 爺ちゃんから聞いた、幻想郷を舞台としたお伽噺の一つ。
 その登場人物として出てくる、人間とハクタクのハーフのお話が強烈過ぎて―――
 アレ? ちょーっとマテヨ?

「久遠は博識だな。普通、ハクタクと言われてポンと出てくる人間は中々いないぞ?」

「ま、晶は色々と特殊だからね。……ってどうしたのよ、そんなに呆けて」

「あの、女性に対してこんな事を尋ねるのは失礼だって重々承知してはいるんですが、ひとつ聞いていいですか?」

「ん? なんだ?」

「上白沢先生って……四十年ほど前にも、幻想郷に今と変わらぬお姿で存在していました?」

「まぁ、半分とはいえ妖怪だからな。四十年程度では何も変わりはしないが……それがどうかしたのか?」

 キョトンとした表情の上白沢先生。
 僕の質問の意図する所が分からないのだろう。
 一方の僕は、判明してしまった事実にやはり呆然とする他なかった。

「……もう一つ質問、上白沢先生の他に半獣のハクタクっていますか?」

「いや、私の知る限りでは特にいないが」

「何よさっきから、言いたい事があるならとっとと言いなさい」

 そうですね。丁度確信も持てたので、そろそろ白状しようと思います。

「えっと上白沢先生、やっぱり僕と貴女に面識はありません」

「むぅ、そうか。では私の勘違い……」

「けれど先生。話は変わりますが、僕の目元とか口元とかに見覚えありませんか?」

「……言われてみれば確かに。こうして間近で見てみると、何かを思い出すような気がするな」

 うん、やっぱりそうか。間違いない。
 基本的に僕の容姿は家族の誰にも似てないのだけど、纏う雰囲気とさっき言ったパーツだけは良く似ているといわれるのだ。
 だからこそ、彼女は僕にデジャブを覚えた。
 そう、彼女が知っているのは僕ではなく―――僕の祖父なのだ。

「とりあえず、祖父に代わって言わせて下さい。……その節は、お世話になりました」

 もっともその話は、「他人の体験」として聞いたんだけどね。
 見知らぬ土地で迷子になり、途方に暮れていた人間を助けてくれた心優しいワーハクタクのお話。
 爺ちゃんの真実を知った今なら、それが誰の体験談だったのか良く分かるんだけど。

「―――まさか、君は」

「えっーと、お察しの通りです。多分僕は、先生の知ってる「久遠」の孫です、はい」

「なんと……アイツの」

 驚きの表情から一転、嬉しそうな笑顔へと変わる上白沢先生。
 彼女も、爺ちゃんとの間に色んな思い出があったのかもしれない。
 懐かしむような口調で、彼女は僕に笑いかけた。

「二代に渡って幻想郷を訪れるとは、不思議な縁もあるものだな」

「そうですね。むしろその祖父の縁があったから、僕は幻想郷に来れたのかもしれません」

 僕の言葉に、先生の笑顔が固まる。
 ……察されたのかもしれない、言葉の裏にある事実を。
 一瞬、本当に一瞬だけ、先生の表情が泣きそうなモノに変わる。
 だけどすぐに、その表情は笑顔へと戻った。
 どこか儚げな雰囲気を漂わせながら、それでも上白沢先生は僕に問いかけてくる。

「なぁ久遠。ひとつ聞かせてもらっていいか? もしや、君の祖父は――」

「二年ほど前に、天寿を全う致しました」

「…………そうか」

 先生は、何かを思い出すように遠くを見据えた。
 これもまた、人と妖怪の間にある「不平等」の一つだ。
 どれほど切望しても、この二種が同じ時間を生きる事は出来ない。
 ――けれど、残される方と残す方、果たして本当に辛いのはどちらなのだろうか。
 僕も何れ、同じ問題に行き当たるのかもしれない。
 ……その時僕は、ちゃんと向き合う事が出来るのだろうか。
 
「まったく、つくづく異例なのね。アンタって」

「ん、そうかな?」

「そうよ。二代にわたって神隠しにあった人間なんて、下手すれば初よ、初」

 そう言ってアリスは、しんみりしてしまった空気を入れ替えるように笑った。
 僕も先生も、そんな彼女の笑顔につられるように苦笑する。
 ……気を使ってくれたんだろう。
 僕ら自身が思っていたよりも、受けた衝撃は大きかったのかもしれない。
 
「そうだな。久遠の祖父もそれなりに異例な人間だったから、そういう血筋なのかもしれんな」

「ひ、酷い事言いますね、僕はまともですって」

「ダウト」

「ふふっ、ダウトだな」

「うぐぅ……」

 うん、色々考えるのは後回しにしよう。
 頭で考えるだけじゃ、この問題はきっと解決しないから。
 今はただこの出会いに感謝して。



 ――爺ちゃん。また一つ、爺ちゃんの残したものを見つけたよ。
 



[8576] 東方天晶花 巻の三十「不幸な人間は、いつも自分が不幸であるということを自慢しているものです」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:57

巻の三十「不幸な人間は、いつも自分が不幸であるということを自慢しているものです」




 さて、上白沢先生と爺ちゃんの意外な接点を知った僕達は、彼女の案内である人に会わせてもらう事となった。
 と言っても、彼女が誰と会わせようとしているのかはまだ分からないんだけどね。
 誰と会うのか尋ねても、先生は「会ってからのお楽しみだ」というだけで答えてくれない。
 ただどうも、爺ちゃんに関係する人ではあるらしい。
 ……まぁそれはいいんだけど、先生から漂う「サプライズでビックリさせてやろうオーラ」はどうにかならないものか。
 そういうテンションを取られれば取られるほど、こっちは逆に冷めてきちゃうんですけど。
 いや、楽しみではあるんですけどね?

「運が良かったな。普段は竹林にいるから、人里で会える事は滅多にないんだぞ」

「ふーん、そうなんですか」

「ああなるほど、誰かと思ったらあの……」

「こ、こら! 言うなっ!!」

 どうやら、アリスは誰のことなのか分かったようだ。
 別段、正体を隠す必要性はない気もするけど……学校の先生なんかやってると、こういう事もイベントっぽく演出してみたくなるのかな。
 さすがにいくら感慨深くても、祖父の友人パートツーと相対した時までしんみりしてたらキリがないと思うんですが。
 でもここまで期待されたら、やっぱりこう涙の一つでも見せなきゃって気になっちゃうよね。
 ……今のうちに泣く練習でもしておこうか。

「何やってるのよ、目頭なんて押さえて」

「いやまぁ、予行練習と言うか空気作りと言うか」

「……アンタはそういう空気を読めない人間なんだから、大人しくしてなさい」

 失敬な、アリスはどうして僕を空気読めない子にしようとするのか。
 確かに場の雰囲気を読めてないんじゃないかなぁと思う事は無きにしも非ずだけど、そこまで酷くは……。
 酷くは……ひど……。

「心当たりがあるだけマシね」

「あはははは……でも、なんで普段竹林にいる人と僕の爺ちゃんが知り合いなんですか?」

「ああ、細かい経緯は省くが、当時は今ほど妖怪と人間の関係が良好でなくてな」

「……そういえばそうだったわね。最近は緩くなってたから忘れてたけど、貴方だって本来なら排除の対象なのよね」

「うむ。当時から私を認めてくれた人間達はいたのだが、私の立場は食客に近いモノだった。なので外来人を置いてくれ等と易々頼む事は出来なかったのだ」

「へ? なんで?」

「……まずアンタには、幻想郷の常識を語った方がよさそうね」

 人差し指を教鞭に見立て、アリスは教師のように説明を始める。
 曰く、幻想郷における外来人の扱いの悪さは、僕が思っているよりも遥かに酷いものなんだそうで。
 まず基本が妖怪の餌。と言うか最悪の場合‘そのために’連れてこられる人すらいるらしい。
 次に多いのが野垂れ死に。まぁ、現代人の感覚で幻想郷を生き抜くのは至難の技だから、納得と言えば納得だけど。
 そしてこの二つの死因を抜け出した人間が至るのが、帰還。
 外とココとの明確な‘境目’である博麗神社では、迷い込んだ外来人を追い出す役目も担っているらしい。
 なるほど、道理で外にもココにも同じ神社が存在しているわけだ。
 ちなみに今の説明は原文そのままから引用です。アリスさん、外の人になんか恨みでもあるんですか。

「もちろん、居付く外来人がいないワケじゃないわ。だけど、基本‘人間’で幻想郷に残る人間はほとんどいないの」

「まぁ、人間には住みにくい環境だもんね」

「そういう事。ま、人里に住む事が出来ればほぼ安全は確保されたと思っていいけどね」

「え、そうなの?」

「そうでなきゃ、幻想郷に「人里」なんて出来ないわよ」

「なるほど」

 確かに、食物連鎖の観点からみると幻想郷の生態系は少々歪だ。
 まず最初に誰もが思うのが、捕食される立場である人間の住み家が一部にしかないという点。
 そもそも、人間なんて生き物は増えるのにも育つのにも時間が係る面倒な生き物である。
 それなのにその総数は、下手すると妖怪よりも少ないんじゃないかと言うこの矛盾。
 恐らく人間がレッドデータブックを通り越して絶滅動物記録書に載りそうなこの状況を、何とか保っている仕掛けが幻想郷にはあるんだろう。
 ……多分その一つが、外来人なんだろうけどね。

「幻想は、それを認識できるモノが居て初めてそう呼ばれる、か」

「あら、随分と面白い解釈ね。それが、アンタなりの「人里」がある理由?」

「人間が高度な存在だと驕るつもりはないけどね。妖怪の誕生と維持に、人間が関わっているのも事実でしょう?」

「誕生に、で切らなかった所はさすがね。妖怪は精神に比重を置く者。何らかの形で人間を食さないと、やはり自身を保つ事が出来ないわ」 
 
「「信仰」とか「畏怖」とか、食事方法は多様にあるけどね」

「……スムーズに話が通じるのも、それはそれでつまらないわよ」

「……どうしろって言うのさ」

 幻想と言うのはあやふやなものだ。
 具体的な形にしないからこそ怖いものもあれば、具体的だからこそ恐れるものもある。
 そして妖怪達は、大なり小なりその「あやふやさ」を基点にしている。
 そのあやふやさを支えるのは、恐れ怖がる人間達の想像力だ。
 人がその妖怪に抱くイメージは、逆にその妖怪の存在を侵食する。
 強く思えばより強く、弱く信じればより弱く。
 個体差による違いはあるだろうけど、人がその妖怪の存在を強く信じ続ける影響は決して小さくないはずだ。
 だからこそ、幻想郷は妖怪と人間の在り方を維持しなければいけない。
 人間が信じる事を止めた瞬間、人間と言う「観測者」がいなくなったその時、幻想郷の妖怪たちも緩やかな滅びを迎えてしまうのだから。

「となると、人間側が‘必要以上に増える’事もできないワケか」

「そういう事よ」

 なるほど、バランスとるって大変だね。
 迂闊に外来人を受け入れて人数を増やしてしまえば、人里に悪しき影響を与える恐れがある。
 ましてやその話を持ってきたのが半獣の上白沢先生なのだから、人里の方達が渋るのもまた当然の話なのか。
 ……爺ちゃんも本当、薄氷を踏むような危うい環境を生き抜いていたんだなぁ。

「なぁ、素晴らしく知的な会話を楽しんでいる所悪いが」

「ほへ?」

「なによ?」

「……教師役なら、現役の私が担うべきだろう」

 そしてやたら静かだと思っていたら、先生が裏路地の所で落ち込んでいた。
 どうやら彼女はわりと教えたがりな傾向にあったらしい。
 だけど無視されたからって、そんなハブられた子供みたいなヘコみ方しなくても。
 この人、意外と愉快な性格をしてるよなぁ。

「いいんだいいんだ、このまま是非とも私を無視して全ての謎を解明してくれたまえ」

「うわぁ、厄介な拗ね方するなー」

「とりあえず、幻想郷の常識は教えたワケだし。そろそろコイツの祖父の事情を教えてくれない?」

「……別に私がワザワザ教えなくてもいいだろう」

「いやいや、教えてもらえないと分かりませんって、先生だけが頼りなんですから」

「そ、そうか?」

 あっ、ちょっと復活した。
 なるほど、頼られると乗ってくるのか。

「そうそう! 超聞きたい!! 僕の爺ちゃんってどういう経緯でその人の所に!? ねぇアリス!」

「そ、そうね!! 外来人を受け入れ難い事情があったとはいえ、あいつに頼る理由は分からないモノ! ねぇ、何でかしらっ」

 必死に体育座りした先生を持ち上げる僕とアリス。
 傍から見るとすっごく間抜けに見える。
 それを町中でやっている僕らの苦労、推して知るべし。
 しかしおかげで、上白沢先生のテンションは最初の頃に戻りつつあった。
 よーし、後少し!!

「せんせー! お願いしまぁーす!!」

「よぉーし任せろぉー!」

 ようやく完全復活した上白沢先生。
 自信満々なその頭から角が幻視出来るのは僕だけではあるまい。
 ところで、真横で手間をかけさせてという顔をしているアリスさん。
 お気持ちはよく分かるけど、今は自重して。

「うむ、それでは慧音先生の分かりやすい説明を始めよう!」

「わーわー」

「ぱちぱちー」

 何と言うやる気のない掛声。それでもテンションの落ちない先生は一体どこを見ているのでしょうか。
 なお、紙芝居屋に集まる子供達みたいな陣形を思い浮かべていただければ、現状の間抜けさ具合がよく分かるかと。

「さて、なぜ久遠の祖父を私の友人に預けたかと言うと―――」

「当時の私は、竹林に籠りっきりの暇人だったんでな。‘護衛’を任すには最適の相手だったんだよ」

「―――ぁう?」

「はわ?」

「あら、貴女」

 そして、華麗に始まるはずだった上白沢先生の特別授業をかっさらった謎の声。
 声の主に振り返ると、銀髪赤眼の少女が皮肉げに口の端を歪ませながら両腕を組んで立っていた。
 何と言うか、昭和の女学生みたいな格好をしている。
 お札のついた紅いモンペ? がやたらと様になってるのが凄い。

「よぉ! 戻ってくるのが遅かったから、慧音の様子を見に来たんだが――随分と面白い事になってるじゃないか」

「えーっと、どなたさん?」

「コイツが藤原妹紅よ。上白沢慧音の友人で、恐らく彼女が言ってた「アンタの祖父の友人」ね」

「そういう事、よろしくな」

「あ、よろしくお願いします、藤原さん」

「妹紅でいいよ。名字で呼ばれるのは苦手でね」

 何故か、アリスが紹介してくる「祖父の友人」妹紅さん。
 と言うかこの人、見た目上白沢先生より若いんですが。さすが幻想郷は外見に縛られない人が多い。

「ふぅ~ん」

「な、何か?」 

「お前さんが‘あの’久遠の孫なんだって? 確かに、頭は切れるのに発想がおかしいところなんてアイツそっくりだ」

 じろじろと僕の顔を眺めまわしながら、妹紅さんは愉快そうにそんな事を言った。
 そういう言いまわしで似てると言われたのは、さすがに初めてだ。
 僕が会った頃の爺ちゃんは、わりと普通の気の良い好々爺だったからなぁ。
 ……でもそれ、明らかに褒めてないですよね。
 と言うかソレ以前に―――

「いきなり話題についていけてるって事は、ずっと前から見ていたんですか? 僕らのやり取り」

「ああ、慧音の『運が良かったな。普段は竹林にいるから~』の下りから、ばっちり全部な」

「それは移動直後のお話ですね」

「そんなに早く居たんなら、さっさと出てきなさいよ」

「ははは、何とも出づらい空気だったんでな」

 申し訳なさそうに顔を逸らす妹紅さん。
 どうやら、彼女なりに上白沢先生のサプライズに協力しようと努力はしたらしい。

「ううっ、もこぉお」

「ど、どうしたよ、慧音」

「見ていたのならなぜ、なぜ私の出番を奪ったぁぁぁあああ」

 半泣きで妹紅さんに縋りつく上白沢先生。
 この人は本当に人里の守護者で、寺子屋の教師なのだろうか。
 まるで己の尊厳全てを奪われたような絶望的な泣き顔に、あんまり関係ないはずの僕達まで心が痛くなってくる。

「いや、その、さすがに隠れ続けるのも辛くてさ」

「もこぉぉおお」

「そ、そこまで落ち込むとは思わなかったんだ。軽い冗談のつもりで」

「もこぉぉぉおぉぉぉぉおぉお」

「……ごめん」

 まぁ、謝るよねさすがに。
 それでも、先生の涙は止まらないわけなんですけどね。

「とりあえず、あそこの茶屋に入って落ち着きましょうよ。このままだと偉い目立つわ」

「さ、賛成!」

「い、異議なし!!」

「もこぉおおおおお」

 結局、周囲の目に耐えきれなくなった僕らは、アリスの提案で近くの茶屋に逃げ込む事になったのだった。










「お前さんの祖父は、外来人にしては機転の利く人間だったな」 

「……それは、褒められてるのか貶されてるのか」

「褒めてるんだよ。適応できなきゃ生きていけない世界さ、ここは」

 咄嗟に入った茶屋は、町並みに相応しい和風の作りをしていた。
 僕達四人は、その店に座って軽い雑談に浸る。
 先生はだいぶ落ち着いたらしく、今では恥ずかしそうにお茶を啜っている。
 ……茶屋のおばさんに、すごい心配されてたからなぁ。
 友人である妹紅さんがいなかったら、害のある妖怪として追いまわされていたかもしれない。僕も含めて。
 そもそもの原因は彼女なんですけどね。あえて言及はしないけど。

「だけど、やっぱりアイツは外の世界が良かったみたいでな。まぁ、止める理由も無かったから、私と慧音で送り返してやったというワケさ」

「なるほど……アレ? じゃあ泊まる云々の話は?」

「ああ、すぐに帰れるワケじゃなかったからな、少しの間どこかに泊まる必要があったんだよ」

「それで爺ちゃんは人里に?」

「いや、結局人里に泊める許可は取れなかったんでな、その間お前さんの祖父は私の家に泊めてやったさ」

 なるほど、それじゃあ爺ちゃんも人里には泊まらなかったのか。
 ……そういえば、爺ちゃんの口から人里関係の話を聞いた事はなかったような。
 なんだろう、ウチの家系は人里に関われない呪いとかにでもかかってるの?

「泊めてやったって……貴女の家、迷いの竹林の近くでしょ? 妖怪とかゴロゴロいるんじゃないの?」

「うむ、妹紅がいるから安全面は保障されていたが、精神衛生上の安全は確保されていなかったな。しかし久遠殿は、嫌がりもせずその提案を受け入れてくれたよ」

 アリスが会話に混ざり、だいぶ落ち着いた先生が疑問に答える。
 今さらだけど、妹紅さんがいる竹林は結構な危険地帯であるらしい。
 まぁ、タダモノじゃ無さそうな妹紅さんだから、そういう所にいても不思議ではないけど。
 ……危険地帯と縁深いのは血筋なのかなぁ。

「アイツは図太い奴だったからなぁ。確か慧音が最初に会った時は、蛇の妖に半分くらい食われてたんだろ?」

「ああ、あの時は肝が冷えた。何しろウワバミに呑まれかけていたのだからな」

「良く生きてたわね、それで……」

「消化が遅い上に丸呑みだった事が幸いしたんだよ。しかし助けた直後の第一声には、さすがの私も驚いた」

「お、それは私も初耳だな。なんて言ったんだい?」

「確か……「蛇は食事が遅いものだと聞いていたが、本当だったのだな」だったか」

「あははははははは、言いそうだ! アイツなら言いそうだ!!」

 先生の言葉に腹を抱えて大爆笑する妹紅さん。
 無理もない、他人事なら僕だって笑っていた事だろう。
 うん、他人事だったらね。

「……えっと、僕の聞いた話では「助けられた直後もしばらく恐怖で話せなかった」らしいんですが」

「いや、普通に話してたぞ? むしろ食われた直後とは思えないくらい元気そうだったな」

「アイツが食われた程度で動揺するかよ! あははははっ」

 ああ、崩れる。理知的で優しい祖父のイメージが崩れていってしまう。
 どんだけマイペースだったんですか爺ちゃん。適応力ありすぎじゃないですかお爺様。

「さすがアンタの祖父ね。行動パターンがほとんど変わってないわ」
 
「え? 僕ってそんなにのーてんきなの?」

「……ねぇ晶、アンタってどういう経緯で私と出会ったんだっけ?」

「……氷精にカチンコチンに凍らされたからです」
 
 そうですか、僕も大して変わらないですか。
 というか当時の事情を考えると、僕の方がのーてんきであったような気がする。
 何しろ僕の場合、その前にも同じ目に会ってるんだから。
 ……余計ダメじゃないか、それは。

「カチンコチンって……お前さん、幻想郷でどういう生活してきたんだよ」

「うむ、私も少し気になってきたぞ。人里の外で暮らしているらしいが、本当に大丈夫なんだろうな」

 どうやら今の一言で、変な不安まで煽ってしまったらしい。
 心配そうに僕を見つめる妹紅さんと先生。
 別に、言うほど危ない状況じゃ無いんだけど……やっぱりはっきり言わないと、ダメなのかなぁ。

「あはは、その時はたまたま運が悪かっただけで、今はそれほど辛くないですよ?」

「なんだそうなのか。では今は、どういう状況なのだ?」

「どうって……文姉と幽香さんに面倒見てもらいながら、紅魔館で世話になってるという平穏な」

「こ、紅魔館だぁ!?」

「‘幽香’とは、フラワーマスター風見幽香の事か!?」

「……文姉?」

 はっきり言ったらもっと驚かれました、何故。
 硬直する妹紅さんと先生。 
 アリスも、ブツブツと呟きながら何かを考え込んでいる。
 ……僕はひょっとして、凄い爆弾を投下してしまったのだろうか。

「久遠! 悪い事は言わん!! 今すぐ人里に来い!」

「慧音の言うとおりだ、あの悪魔の館からはとっとと逃げ出した方がいいぞ」

 二人がキツイ表情で詰め寄ってくる。
 だから、僕は平穏に暮らしてるんだってば。
 まったく、何でその事が分からないのかなぁ。

「いやその僕は――」

「洗脳か!? 傀儡とされたか!? おのれ紅の悪魔めっ!」

「いっそ私らで保護するか? 下手に日数をくれてやると何かされる可能性が……」

「そういえば晶には、鴉天狗の知り合いがいるって言ってたわね。ならひょっとしてその「文姉」ってのは」

「ああもう、誰か何とかしてぇぇぇええええっ」

「―――お呼びとあらば即参上!!」

 僕の叫び声と共に、激しい風が巻き起こった。
 この、唐突過ぎる登場方法は……。

「文姉!」

「清く正しい射命丸! 可愛い弟の危機に参上ですっ!!」

 無駄にポーズを決めて現れる、幻想郷最速のお姉ちゃん。
 確かに助けは求めたけど、まさか本当に誰か出てくるとは思わなかった。
 っていうか見てたの? 今までの行動ずっと見てたの?
 
「いえ、たまたま人里へ取材に来ていただけです」

「相変わらずの心を読んだ返答、ありがとうございます」

「そんな水臭い事言わないでください、私と晶さんの仲じゃないですか。晶さんが私を呼べば幻想郷の彼方からでも駆けつけますよ」

 たまたま来ていただけってさっき言ったじゃないですか。それに、別に貴女を呼んだわけではないですよ?
 なぜか顔を赤らめ身をよじる、助っ人のはずの文姉。
 他二人は、そんな謎のやり取りを見ながら硬直し続けていた。
 ……どうしよう。結局何の解決にもなってない。
 むしろ余計な混乱を招いただけだと、僕も薄々ながら感じ始めてきた。
 そんな中一人納得したようなアリスの呟きだけが、茶屋の中に響くのだった。

「なるほど、晶の言ってた世話になってる鴉天狗って、やっぱり射命丸文の事だったのね」





 ―――あの、そこよりも先に気にする事が他にあると思うんですけど。



[8576] 東方天晶花 巻の三十一「食卓は、最初の間は人々が決して退屈することのない唯一の場所である」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:57
巻の三十一「食卓は、最初の間は人々が決して退屈することのない唯一の場所である」




 私の友人、久遠晶のズレまくった証言に混乱しきった場は、鴉天狗の登場でさらなる混迷に陥ろうとしていた。
 場を煽る文、ヒートアップする慧音、見てるだけの妹紅。
 各々が好き勝手に動き完全に収集がつかなくなったこの場は、まさに人外魔境の領域に向かっていく――。
 と、私は思っていたのだけど。

「晶さんの環境は確かに特異ですが、現状問題はありませんよ」

「そ、そうなのか?」

「確かに紅魔館の主やフラワーマスターにも、それぞれ思惑はあるみたいですがね」

「……それは、久遠を害する問題にはならないと?」

「少なくとも当面は安心です。晶さんの姉として、それだけは保障しますよ」

 意外な事に射命丸文の登場により、状況はゆっくりと落ち着きを見せ始めていた。
 普段なら率先して場をかき回す鴉天狗が、こんなに協力的なのは何だか気味が悪いわね。

「ゴメン、文姉。助かった」

「これくらいお安い御用です。まぁ、お姉ちゃんに色々と任せくださいよ」

 文が自慢げに胸を張る。
 私は今、とても珍しいモノを見ているのかもしれない。
 鴉天狗の一人が晶に協力していると聞いてはいたけれど……まさか、ここまでおかしな状況になってるとはね。

「私としては、慧音さんの言うとおり人里に行ってほしいところなんですが……」

「ダメだよ。レミリアさんや幽香さんに失礼じゃん、それ」

「そういうと思っていたから、説得に協力したんですよ」

「むぅ……確かに、不義理なのは良くないな」

 慧音の方もまだ納得していない部分はあるみたいだけど、本人の意思を優先する事にしたみたいだ。
 妥当な引き所でしょうね。晶も意外と頑固だから、一度こうと決めたら意地でも引く事はしないでしょうし。

「話はついたみたいだな。それにしても、天狗と人間の義姉妹とはまた凄い組み合わせだ」

「……まったくね」

 黙って三人のやり取りを聞いていた妹紅が、不思議そうな顔で呟く。
 それと同時にとんでもない誤解に気づいてしまったけど、特に訂正する理由は無さそうなので放っておく事にした。
 ……そういえば、晶の性別に関して言及した事はなかったわ。
 文が出てきた時にちらりと弟だと言ってたけど、それを覚えていられる状況でもなかったワケだしね。
 ま、あんな紛らわしい格好が似合ってる方が悪いのよ。
 
「ところで文姉、人里に取材って言ってたけど」

「ああ、その話ですか。実はそろそろ新聞の締め切りが近くてですね。ネタ探しにとりあえず人里の稗田――」

「なんで僕、置いていかれたの?」

「……へっ?」

「文姉、僕が出かける前に「今日はうだうだする予定ですよー」って言ってたじゃん」

「ええまぁその時は本当にそのつもりだったんですが、美鈴さんに「ところで文々。新聞はいいんですか?」と指摘されまして」

「……僕、結局一度しか取材に連れてってもらってない」

「あ、あはは」

 真顔で文に詰め寄る晶。
 困ったように苦笑しているけど、アレは本気で焦っているんでしょうね。
 やたら感情の希薄な瞳で、晶は文の眼を見つめ続ける。
 普段が普段だけに、その不気味さは計り知れない。

「良く分からんが、久遠は射命丸の取材に付き添う約定を交わしていたのか?」

「そうなんですけどね。色々不具合がありまして、一度しか同行させてないんですよ」

「まぁ、何となく理由は分かるわね」

 連れ回すたびに死ぬような目に遭いそうな奴を同行させたくはないだろう。
 相応の実力はあるはずなのに、不思議と危なっかしく見えるのよね、何故だか。

「ううっ、いくら何でもあんまりだー」

「……んー、そうですねー。では、今度の取材には晶さんも同行させましょうか」

「今度っていつなのさ。そんなお母さんみたいな言い方で誤魔化さないでよ」

「いえ、実は人里でのネタ探しが空振りに終わりましてね。明日は別の所でネタを見つけようと思っていたところなんですよ」

「ほへ? それってつまり、明日にでも取材に行くって事?」

「そういうことになりますね」

 文の言葉を聞いた途端、晶の瞳に輝きが戻った。
 満面の笑みを浮かべた晶は、目をキラキラさせながらぴょんぴょんと跳ね始める。
 ……可愛い仕草だし、似合ってもいるんだけど、アンタそれなりにいい年した男なんでしょうが。
 あと文、鼻血が出てるわ、鼻血が。色々台無しよ。

「本当!? 本当に連れてってくれるの!?」

「もちろんですとも、清く正しい射命丸に嘘はありませんああもう可愛いにゃあ」

「本音が漏れてるわよ」

「うむうむ、良く分からんが姉妹が仲睦まじくしているのは良い事だな」

「……仲睦まじいとは少し違わないか? コレ」

 妹紅のツッコミもその通りだけど、それと同時に私はもう一つ誤解に気づいた。
 そうよね。厳格な慧音先生がこんな恰好をスルーするとか、普通はありえないわよね。
 ……ま、ほっとこう。

「それで、明日はどこに行くの?」

「ええ、永遠亭の方に行ってみようかと」

「えいえんていぃ~?」

 文の言葉に、妹紅が渋柿を丸かじりしたような声を絞り出した。
 色々と因縁がある相手の住処だから、そういう態度を取る理由も分からなくは無い。

「永遠亭って言うと……幻想郷の病院みたいなところだったっけ?」

「いや、外道の巣窟だよ」

「外道の巣窟!?」
 
「こらこら妹紅、知らない人に主観だらけの意見を話すな」

「ど、どういう事なの?」

「あそこの連中とそれなりに因縁があるのよ、妹紅は」 

 永遠亭の主に対する、彼女の恨みはだいぶ深い。
 何しろ千年以上続いている因縁だ。今更引っ込みがつかなくなっている、というのも少しはあるのだろう。
 あそこの奴ら全員を憎んでいるわけではないだろうけど……「坊主憎けりゃ袈裟まで憎し」とはよく言ったものね。
 
「基本的に晶さんの解釈で間違いありませんよ。まぁ、薬師としての仕事は副業みたいなモノですが」

「そうなんだ。じゃあ、主な仕事は何をやってるの?」

「……あー、ちょっと言い方が紛らわしかったですかね。より正確に言うと「片手間」にやっているんですよ」

「片手間?」

「永遠亭は隠れ里のようなものだったのだが、ある一件から人里とも関わりを持つようになってな」

「あいつらの知識と技術って、幻想郷の中でもかなり高いレベルにあるのよ。だから、片手間で作った薬とかでも凄い効き目があってね」

「あの人達もまぁ、収入が無いとシンドイですからね。たまに人里にきて診療と薬売りの真似事をするようになったんですよ」

「……見事な連携による説明、ありがとう。おかげで良く分かりました」

 別に、そう意図していたワケではないんだけどね。
 全員それなりの知識を持っているから、どうしても教えあいになっちゃうわ。
 悪くないんだけど、説明不要でも話が進むのはちょっとつまらない。
 ……私もあまり、あの先生の事を笑えないわね。

「ふむ、永遠亭に行くのなら、あの館に戻るのは少々億劫ではないか?」

「……確かにそうですね。紅魔館からだと、ほとんど幻想郷を横断するような形になってしまいますし」

 幻想郷の範囲を考えると、往復になるのも仕方がない事だとは思うけどね。
 その言葉に慧音は一瞬だけ考え込むと、名案を思いついた表情で文と晶に向き直る。

「そういう事なら久遠も射命丸も、今日は私の家に泊まったらどうだ?」

「ほへ?」

「あやや?」

「これも何かの縁だ。人里に住む事が叶わないというなら、せめて一日くらいゆっくりしていってくれ」

 満面の笑みで、慧音が二人に提案する。
 彼女らしい提案だ。予想できていたのか、妹紅も後ろで苦笑していた。
 それに対し、文と晶の反応は。

「わー、ありがとーございまーす」

「それじゃあ、お世話になりますかね」

 ……予想はできていたけど、本当に遠慮という言葉を知らない姉弟ね。
 あっさりと提案を呑んだ二人に、妹紅も私も苦笑せざるを得ない。
 まぁ、双方納得しているみたいだから、私に関係のない事で口出しする気はないのだけれど。
 礼儀を弁えているというなら、もう少し躊躇したらどうなのよ?

「それでは妹紅。少し大がかりになりそうだから、食事の準備を手伝ってくれ」

「あ、じゃあ僕達も手伝いますよ。ねぇ、アリス」

「……なに?」

「へっ?」

 突然話を振られて、呆然とする私と妹紅。
 いや、ちょっと待ちなさいよ。
 その言い方だと、まるで私達までお泊りのメンツに入っているみたいじゃないの。

「どうしたんだ妹紅? そんなハトに抓まれたような顔をして」

「アリスも、思いもしなかった事実を突き付けられたみたいな顔して、どうしたのさ?」

 ダメだ。この二人、まず私達と前提が違う。
 どうやら「慧音の家に泊まる」と決まった時点で、私達二人の宿泊も自動的に組み込まれていたらしい。
 ……あのね晶、私が何のために人里へ来たのか覚えてる?
 掃除とか備品の購入とか色々とあるのよ?

「ねぇ晶。一応言っておくけど私は」

「じーーーーっ」

「……いい加減そのパターンが通じると」

「じーーーーーーーっ」

「…………いや、あのね。本当に私にも事情が」

「じーーーーーーーーーーーっ」

「………………まぁ、一日くらいなら」

 私は、一生晶に勝てないのかもしれない。
 隣で同じように慧音に説き伏せられている妹紅を横目に、私は諦めのため息を漏らすのだった。










「じゃあ行ってきますね。まぁ、すぐに戻ってきますけど」

「行ってらっしゃい。幽香さんとレミリアさんによろしく言っといてね」

「はいはい、お任せください」

 そんな軽い口を叩きつつ、文が紅魔館に向かって飛んで行く。
 外泊するなら、連絡は入れた方がいいと晶が言いだしたからだ。
 ……一旦戻るのなら、もう慧音の家に泊まる意味はないんじゃないのかと思いはしたけど、今更なので黙っておいた。
 ちなみに、言いだしっぺでなく文が連絡しに行く事になったのは、彼女が自分で言いだしたためだ。
 何でも文曰く、晶一人で紅魔館に戻ると軟禁される恐れがあるとの事。
 どう聞いても穏便でない予測だけど、文に言わせるとそれも気に入られているが故の結果なのであるらしい。
 紅魔館における晶の立場は本当にどうなっているのかしら。

「さて、それでは私達は食事の準備に取り掛かるか」

「はーい」

「……分かったわよ」

「おー、頑張れ頑張れ」

 言うまでも無い事だけど、最後のやる気皆無なのが妹紅。
 一人暮らししているから家事くらい出来るはずだけど、あっさり拒否。
 曰く、「私は食事いらないから、作りもしないんだ」との事。
 ちなみに、横で慧音があからさまに呆れていたから、その発言は間違いなく嘘だ。
 ……三人いれば十分だから、誰も何も言わないけどね。
 そう言うわけなので、私達三人はそれぞれ食事の用意にかかる。

「ところで、二人の炊事の腕前はいかほどのものなんだ?」

「私はそれなりに出来るわ。習慣としての食事は欠かせていないしね」

「僕は……今のところ、一個しかレパートリーがないです」

「なによそれ。アンタそんな‘出来そうな’服着てるくせに、料理ロクに出来ないの?」

「ははは、そのツッコミを受けるのは二回目ですが、何一つ反論は出てきませんね」

 おかしそうにケタケタと笑う晶。
 掃除、手伝わせなくて良かったかもしれないわね。

「で、でもその一種類だけは大得意だよっ!」

「ふぅん。で、その得意な料理って?」

「肉じゃが!!」

 ……それが真っ当に作れれば、他にも色々と作れるでしょうに。

「なら、久遠はそれを作ってくれ。道具の使い方は分かるか?」

「大丈夫ですよー。密かに練習してましたから」

「じゃあ、私は汁物と主菜を担当するわ。人形も使うから数はこなせるわよ」

「そうなると私は飯だな……ふむ、今日は妹紅もいるし多めに炊くか」

 役割分担もわりとスムーズに済み、其々が調理に入った。
 私と晶は隣り合った状態で、テキパキと食材を切っていく。
 ……へぇ、意外とやるじゃないの。

「もっともたつくと思ってたけど、意外と手際は良いのね」

「へへへ~、練習してたからね」

「……それでどうして、一品しか作れないのかしら」

 相変わらず、器用なのか不器用なのかイマイチ分からないヤツね。
 鼻歌交じりにジャガイモの皮をむく晶を見ながら、私は彼の不思議な力量に首を傾げた。
 まぁ、これなら放っておいても大丈夫かもしれないわ。
 こちらの方の作業は人形達が全てやってるし、場合によっては私がフォローに入ろうと思ったけど。
 ……いや、味付けまで油断はできないか。
 晶には悪いけど、一品しか作れない料理人を私は信用できない。
 変なオリジナリティを発揮しようとしたら、悪いけど即座にご退場願うわよ。

「炒めて炒めて、お肉を炒めて~♪」

「夜雀じゃないんだから、即興で変な歌わないでよ」

「ははは、いいじゃないか。黙々と作るより、話しながらの方がずっと楽しいさ」

「そうそう、上白沢先生の言う通り」

「どっちも呑気なんだから……」

 普段、もっと騒がしい子供たちを相手にしている慧音先生にとって、晶のうるささなんて物の数に入らないんでしょうね。
 特別音痴ってわけでもないし、私だって口やかましく否定する理由はないんだけど。
 ――なんだか、嫌な予感がするのよ。
 霊夢や魔理沙と弾幕ごっこした時の話とか、あの永遠に続いた夜の騒動を遥かに超える悪寒が、何故か消えて無くならないのだ。

「味付け味付け、じっくり味付け~♪」

 ついに、私が懸念していた味付けに移行した。
 これまでの手順に問題は無し。むしろ、本当にコレしか作れないのかと言いたくなるほど完璧な調理だった。
 晶は、酒とみりんとしょうゆと砂糖を用意する。
 ちゃんと調味料があっているか、確認する事も怠らない。
 ……おかしい。何一つ問題が無いわ。
 いやいや、これは多分、大量の調味料をドバドバ投下するというオチでは?

「適量適量加えて加えて、おいしくなぁれぇ~♪」

「おー、いい匂いしてきたなぁ」

 私の疑念はあっさりと裏切られた。晶の使った調味料は、全て適量である。
 すでに台所からは、肉じゃがのおいしそうな匂いが漂ってきていた。
 居間から妹紅が顔を出すのも、頷けようモノだ。

「……あれぇ?」

「どうしたんだ、さっきから。様子がおかしいぞマーガトロイド」

「だよね。それでも料理を仕上げてる所は凄いけど」

 おかしいわね。考えすぎだったのかしら。
 目の前で沸々と音を立てて煮込まれている肉じゃがからは、なにひとつ問題が見つからない。
 ……私、疲れているのかしら。
 見当違いな自身の悪寒に、思わずコメカミを抑えていた。
 
「何でも無いわ。それよりこっちも仕上がるから、食事の準備をしましょう」

「おっ、それくらいなら私も手伝うぞ」

「なら妹紅、肉じゃがを入れる器を取ってくれ」

「任せろ! ほら、久遠も手伝え!」

「了解っす!!」

「……まったく、妹紅は調子が良いな」

「まぁ、最後まで手伝わないよりはマシでしょ」

 その後も、問題なく夕飯の準備は終わった。
 結局私の懸念は杞憂だったようだ。徹夜の影響で、精神に悪影響が出ているのかもしれない。
 明日は、久しぶりにゆっくりと休む事にしよう。

「よし、それじゃあ食べるかっ!」

「ええっ!?」

「こら妹紅、まだ射命丸が帰ってきてないぞ」

「いいじゃないか。飯は熱い内に食べた方が上手いんだ。いつ帰ってくるか分からない鴉天狗なんて――」

「清く正しい射命丸! 晶さんの手料理と聞いて帰って参りました!!」

「……図ったようなタイミングで帰ってきたわね」

「文姉って、結構おいしいとこどりするよね」

「そんな褒めないでくださいよぉ」

 褒めてないわよ、気づいているだろうけど。
 いそいそと食卓に座る文。
 二、三視線を巡らせた彼女は、即座に肉じゃがへと顔を向けた。
 どうやら、一瞬にして晶の作った料理を見分けたらしい。
 ……文のヤツ、どういう眼をしてるのよ。

「では、早速晶さんの手料理をいただきましょうか」

「おいコラ、いきなり出てきてずーずーしいぞっ。その肉じゃがは私だって眼をつけてたんだからな」

「どっちもどっちだ。少し落ち着け」

 文と妹紅が睨みあう。確かに晶の肉じゃがは、かなり美味しそうな出来をしている。
 私自身あの肉じゃがに興味はあるから、二人の態度は分からなくもないけど。
 調理する過程を見る限り、無難な味しかしないと思うわよ?

「っと、しまった。茶葉が足りんな……」

「別にもうお茶はあるから、茶葉が無くなっても問題ないんじゃない?」

「いや、この大人数だ。念のため用意しておいた方がいいだろう」

「あ、それなら僕がとってきましょうか?」

「そうか、悪いな。廊下の奥の物置に置いてあるから、ちょっと取って来てくれ」

「了解っすー」

 晶が一人、廊下の奥に向かっていく。
 一気に家の人数が五倍になったんだもの、仕方ないわよね。
 そして、そんなやり取りの中でもじっとお互いを睨みあいながら間合いを窺う子供が二人。
 ……貴女達、ムキになり過ぎよ。

「ほら、晶が帰ってくるまで待つんだぞ。二人とも」

「いえその、私は晶さんの手料理を一番に食べたいだけで、お腹が空いているワケでは」

「――隙ありっ!」

「あーっ!!」

「こ、こら、妹紅!」

 慧音が文に注意している間に、妹紅がジャガイモを摘まんで口に運ぶ。
 まったく、何をやっているんだか。
 悔しそうに歯ぎしりする文を笑いながら、妹紅は勝利の味を噛みしめ―――。

「げふぅっ!?」

 突然、そう吹きだして倒れた。

「………えっ?」

「も、妹紅?」
 
 彼女は顔から地面に落ち込み、そのままピクリとも動かなくなる。
 時間が凍りついた。
 私達三人も、いきなり過ぎる展開に唖然としている。
 やがて、この凍った時間に変化が起きた。
 倒れていた妹紅に動き始めたからだ。
 いや、それは「動いた」というのとは少し違った。そう、むしろアレは……。



 ―――リザレクション



 炎が妹紅を包み込み、彼女を焼き尽くす。
 まるで不死鳥が再誕するために、自らの身を焼くような光景。
 やがて炎が晴れたそこには、完全な姿をした藤原妹紅の姿があった。
 ただし、顔はまるで死人のように青ざめているが。

「……なんだ、コレ」

「も、妹紅さん、どうしたんですか? 急にリザレクションするなんて」

「なぁ、慧音にアリス。晶はあの料理に毒物でも仕込んだのか?」

「そ、それはないわ。私が監視してたもの。手順にも材料にも異常はなかったわ」

「どうしたと言うんだ、妹紅。晶の肉じゃがに何か問題でもあったのか?」

「――分からない。気づいたら意識を刈り取られていた」

 全員の視線が、晶の肉じゃがに向いた。
 美味しそうな匂いを放つ極普通の肉じゃがが、今は何かの兵器に見えてくる。

「で、でも確か、久遠は最後に味見をしていたはずだ。特に問題は――」

「そう思うなら食べてみるか? 死ねるぞ」

 何と言う説得力の在り過ぎるセリフだ。
 実際一度死んでいるのだから、彼女の言葉に嘘偽りはない。
 いや、おかしい。ちょっと待って。不老不死の蓬莱人じゃないと食べられない肉じゃがって何なのよ。

「……妖怪なら大丈夫でしょうか」

「あ、文!? 何考えてるのよ!? 死ぬわよ!!?」

「いえ、でもこれは晶さんの作ったもので、食べなければ晶さんが悲しんで」

 こ、混乱してる!?
 急いで人形を使い、文を捕縛させる。
 下手をすると本気でこの致死性抜群のキラー肉じゃがを食べかねない。
 ……自分で言っててだいぶおかしい表現だと思うけど、事実なのだからしょうがない。

「落ち着きなさいって! そんな安易な考えで食べたら本当に死ぬわよ!!」

「離してください! 姉には命をかけてもやらなきゃいけない事があるんです!!」

「ま、待て待て、いきなり久遠の肉じゃがが悪いと言うのは失礼だろう」

「どう考えてもこの肉じゃがが原因じゃ無いっ」

「落ち着け。何か不具合があっただけで、晶の肉じゃがに罪はないはずだ。ほら、その証拠に私が食べてぐはぁっ!?」

「けぇーねぇー!?」

 牛肉を口に含んだ慧音が、仰向けに倒れた。
 そんな彼女に、妹紅が慌てて近寄り抱きかかえる。 

「けーね、けーねぇ、しっかりしろよっ」

「妹紅。……済まない、私はここまでのようだ」

「嘘だろ!? こんな、こんな別れ方って、アリかよぉおおっ!!」

 慧音の体から力が抜けていく。
 絶望感が広がる中、妹紅の悲しい叫びだけが空しく今に響き渡った。

「……まだ死んでないから、落ちつきなさい」

「やっぱり、妖怪なら多少は耐えられるんですね」

「アンタも止めなさいって!」





 結局その後、意識を取り戻した慧音に「肉じゃがを作った」歴史を食べてもらった。
 さらにあの謎の殺りく兵器を文に捨ててもらったおかげで、私達の平穏な食卓は保たれたのである。

 ―――後日、肉じゃがを捨てた周辺で危険視されていた妖怪が謎の死を遂げた事は、きっとこの一件には何の関係も無い筈だ。



[8576] 東方天晶花 巻の三十二「軽信は大人の弱点であるが、子供にとっては力である」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:57

巻の三十二「軽信は大人の弱点であるが、子供にとっては力である」




「あーあ、なーんか面白いモノでも転がってないかなぁー」

 癖のある黒髪を弄りながら、私は「迷いの竹林」を優雅に散歩する。
 人間にとっては入って数歩で迷ってしまう恐ろしい場所でも、私にしてみればホームグラウンド。
 目隠ししたって望んだ目的地に辿りつけてしまうのだから、優雅に散歩も出来ようモノだ。
 とはいえ最近は竹林の案内人なんつー困った蓬莱人が出てきて、迷いの竹林の恐ろしさも半減しちゃってるんだけどね。
 これも全部、おししょー様達が悪い。
 今までみたいに引きこもっていてくれたら、私が迷ったやつらをカモにでき……げふんげふん。

「ったく、病院なんてつっまんない事始めちゃってさー」

 かつては誰も足を踏み入れなかった危険地帯の一か所も、今ではすっかりただの通り道だ。
 人間も妖怪もバンバン入ってくるから、今までとは別の意味で危なくなってしまった。
 おまけに今まで数人分の面倒で済んでた永遠亭の家庭事情にも、診療所的な要素が色々と追加されてしまったからねー。
 自然と、私に任される役割も増えてしまったワケだし。
 サボったけど。

「……ん、そろそろアイツが出てくる頃か」

 アイツは基本、三十分程度なら私が居なくても探そうとしない。
 何か別の用で席を外しているのかも、と考えて自分の用事に集中するからだ。
 そこから永遠亭内で私を探す過程の時間を含めれば、逃げるための猶予は一時間と言ったところか。
 ただし、これは三度目までの場合だ。
 サボる間隔にもよるけど、ここ最近の私のサボりペースを考えると逃亡に気づく時間はもうちょっと早くなる。
 ウサギたちに頼んだ仕込みも考えると、永遠亭出るまでにかかる時間は三十分くらいかなー。
 ルートは……この前ししょーに怒られて凹んでいたし、朝私に「サボるな」と説教してきたから、一番早く竹林を走破出来る「ろ」のルートだろう。

「はぁ、面白くないなー」

 アイツは頭がガッチガチだから、行動パターンが読みやす過ぎるんだよね。
 というか、そろそろアイツも自分の行動が移動経路に至るまで分析されているという事に、気づいていいと思うんだけどなぁ。
 ぶっちゃけアイツに気づかれないで抜け出す事だって出来るんだけどねー、それはそれでツマンナイし。
 とりあえず、ししょーに頼まれた薬草をウサギが持ってくる二時間後くらいまで、適当にアイツおちょくって遊ぶかー。
 その後は一人だけ仕事すっぽかして師匠に怒られるであろうアイツでも見て、影でこっそりと笑っていよう。
 あーあ、それにしてもつまんない、つまんないなー。

「本当、何か面白いモノでも転がって――――」

 そうやってさきほどと同じ台詞を繰り返そうとした所で、ふと竹林に響き渡る妙な音に気付いた。
 怨嗟の声と聞き間違えそうな、低く長々と続く人の声。
 興味を惹かれた私は、延々と続く声を辿るように竹林を進んでいく。
 そして、ようやく辿り着いた声の大元に居たのは。

「晶です……文姉に「はぐれたり迷子になったりしないでくださいよ」と言われた直後に、はぐれて迷いました……しくしく」

 体育座りでメソメソ泣いている腋メイドだった。
 わぁ、何これ。超面白い。

「空を飛んでも元の場所に戻るとか、聞いてないよぉ……ヘンゼルとグレーテルを見習えば良かった」

 ああ、それは竹林の妖精の仕業だね。
 ただでさえ迷いやすい環境なのに、あいつらは容赦なく悪戯を仕掛けてくるから。
 私はここの元締めみたいなもんだから平気だけどねー。
 いやぁ、久々にこの竹林に迷い込んだ人間らしいリアクションが見れたよ。満足満足。
 
「さて、それじゃあ満足したわけだし、とっととこの場をトンズラするか」

 顔出してからかってやるのも面白いそうだけど、そうすると相手が私の能力の影響を受けちゃうからなぁ。
 まったく、これだから「人間を幸運にする程度の能力」ってのは面倒くさいのよ。
 私のテリトリーで起こる幸せといったら、竹林の脱出しかないじゃない。

「あの人間にはもうちょっとさ迷ってもらいましょうねーっと、抜き足差し足……」

「一応言っておくけど、ばっちし聞こえてるからね」

「しのびあっ!?」

 方向転換した私の背中に、先ほどまで聞こえていた嗚咽と同じ声がかけられる。
 おかしい、ちゃんと聞こえないよう小声で呟いていたはずなのに。
 
「最近教わったんだけど、「気を使う程度の能力」って五感の強化とか相手位置の把握とかにも使えるんだよね」

「……なるほど、こっちの存在がモロバレだった事だけは分かった」

 ヤバい。こいつ人間の中にタマにいる‘出来る’ヤツだ。
 この世界で、人間が妖怪に勝つ事は出来ない。
 そういう原則で成り立っているのが、幻想郷と言う場所だからである。
 だけど、それも絶対では無い。
 たまにいるんだ。人間のくせに異能の力を持つ奴らが。
 そういった‘人外の人間’は、総じてエゲツない力や特性を持っている。
 ……私も妖怪だけど、戦闘能力は低めだからなー。
 よし、降参しよう。

「いやー、ごめんごめん。私妖怪だからさー、人間の手助けするワケにはいかないんだよね」

 出来るだけ軽く、フレンドリーに顔を出した。
 さすがにあの言葉を聞かれた上でぶりっ子するのは難しいけど、これくらいなら許容範囲だろう。
 敵愾心むき出しでかかってきたら、髪に隠したスペルカードを目くらましにして逃げる。
 こっちを利用する気なら、私を追ってきているアイツが来るまでゴマをすりまくって利用させる。もちろん、アイツが来たら私はトンズラ。
 頭の中で相手の行動に対するリアクションを考えながら、頭をかいて苦笑する。
 もちろん‘振り’だ、本気じゃない。さて、それに対して相手はどう出てくるだろうか。

「あ、いや。そう言われるとその通りというか、迷った僕自身が一番悪いというか……」

 おやおや? なんか、思ったのと反応が違うぞ?
 困ったように頭を掻きながら、そっぽを向いて言葉に詰まる腋メイド。
 ぶっちゃけ、今の言葉って「妖怪なら人間を見捨てるのはあったり前だろー」と言ってるようなもんなんだけど。
 ……さてはコイツ、‘おひとよし’ね。
 たまにいるんだ。他人の言い分を丸のみしちゃう、こういう素っ頓狂なおバカさんが。
 そういう頭悪いヤツに限って、何故か無駄に強かったり、バカみたいな特殊能力を持っていたりす……。
 ――これは、もしかするとピンチではなくチャンス!?

「ほんと、スマンね。最近は竹林の案内人なんて奴がここいらを巡回しているもんだから、妖怪の私がうろつき難くなっちゃってさ」

「竹林の案内人? そんな人がいるの?」

「ああ、竹林を迷ったヤツを助けて回ってる、べらぼうに強い人間だよ。私なんて小妖が人間にちょっかいだした日にゃ、あっという間に黒こげにされるんだ」

「なるほど、そういう事か。確かにそれじゃあ迂闊に人に近寄る事も出来ないよね」

「そーいうことそーいうこと」

 うん、まぁ嘘はついてないね。
 依頼されて竹林を案内している凄腕の「竹林の案内人」と、迷った人間を外に誘う「竹林の案内役」を、‘うっかり’混同しただけだ。
 あ、ちなみに後者は私の事なんだけどねー。
 別に親切で助けてるわけじゃなくて、私の能力で幸せになった人間が勝手に助かっているだけなんだけど。
 いやぁ、間違えちゃったなー。些細な違いだから別にいいけどねー。

「だけどまさか気づかれちゃうとはね。こうなった以上、知らんぷりなんかしていられないか」

「え?」

「私は因幡てゐ、兎の妖怪さ。人に幸せをもたらす事から、「幸運の素兎」とも呼ばれているよ」

「あ、どうも。久遠晶です。一応、普通の人間です」

 立ちあがって一礼するネギ背負ったカモ……もとい久遠晶。
 その首に何故か首輪がついていた事を疑問に思いはしたけど、あくまで態度には出さない。
 外見の話題はハイリスクローリターンだから、相手が「触れてほしい」という態度を見せていない限りは触れない事にしている。
 相手の感性も知らずに相手を褒めるなんて、おべっか使ってますと言ってるようなものだしね。

「私の事はてゐでいいよ。竹林を抜ける間だけとはいえ、一緒にいる事になるわけだしね」

「そっか、ありがとうてゐ。僕の事は晶でいいよ。……なんだか、そこまでしてもらうとありがたすぎて困っちゃうね」

「いやいや、別にこれくらい平気だって。タダ同然の恩義で後々色々絞りとれるんだか」

「ほへ?」

「何でも無い。私は人間の事、そんなに嫌いじゃないからね」

 色々絞りとれるし。
 さて、上手い具合に同行する事は出来たけど、これからどうするかね。
 まずはどんだけ強いのか、そこらへんの妖怪で計ってみて――

「てぇ~ゐぃ~!! どこ行ったーっ!!!」

 そこらへんの妖怪きたー!
 間違いない、あの声は私を追っかけてきたアイツ――鈴仙・優曇華院・イナバのモノだ。
 どうやら「性的な意味にエロいトリモチ罠(ただし剥がす時は地味にキツイ)」を受けて、怒り心頭らしい。
 いやー、これは設置したカメラの現像するのが楽しみだ。さぞやえろえろしくもがいてる事だろう。誰が買うかな。
 ……おっと、取らぬ兎の皮算用している場合じゃ無かった。

「ねぇてゐ。今、誰かてゐの事呼ばなかった?」

「うん、そうなんだ。……実は、私追われてるの」

「追われてる!? な、なんで!?」

「細かい事は後で説明するから、今は話を合わせて!」

「う、うんっ」

 よし、まずこっちは言い包めるのに成功。
 さすがはお人よし。「事情は後で、話を合わせて」という怪しいセリフをポンと受け入れる。

「私は今から来るヤツに助けを求めるから、適当な所で逃げ出して! 私もそのタイミングで逃げるから」

「助けを求めるって……出来るの?」

「一応、同じ陣営の仲間だからね。……一応」

 出来うる限り悲観的に、追及しずらいムードを作りながら呟く。
 私だって、こんな浅い嘘を押し通せるとは思っていない。
 要は、鈴仙とコイツをカチ合わせる事が出来ればいいのだ。
 見たいのは晶の力量なんだから、戦う理由なんて何でも構わないのである。
 後は……まぁその後の状況で口八丁手八丁何とかしようじゃないか。

「そっか、うーん……」

「何があったか、気になるかい?」

「いや、後で説明するって言うなら今は聞かないよ。それより」

「それより?」

「彼女の能力と戦法を、簡潔に説明してほしい。即興だけど対策を練るから」

「ん、分かった。それくらいお安い御用さ」

 晶の目つきが変わった。先ほどまでメソメソ泣いていたのが嘘のように、真剣な眼差しで考察を始める。
 こいつ、相当な場数踏んでるみたいだね。
 ここで露骨に動揺するようだったら、「嘘だよー」とか言って誤魔化そうと思ったんだけど。
 ふむ、どうやら要らない気遣いだったみたいだ。
 ……後は実力次第だなぁ、これで使えれば最高なんだけど。

「それにしても、なんか上手い具合に使われてるような気が……」

「気のせい気のせい」

 さて、どうだろうねぇ。










「てゐ、貴方そこに―――っ!!」

「鈴仙助けてーっ!」

 目尻をつり上がらせて現れた鈴仙に抱きつく。
 いきなり助けを求められて、思わず彼女は怒りを引っ込める。
 よし、まずは予定通り。

「な、え?」

「アイツがいきなり私に襲いかかってきたの! 狙いは私達みたいっ!!」

 まともに考える時間を与えずに、一気に大量の情報を提示する。
 生真面目な鈴仙は、私の言葉についていけず、結果的に最後の言葉のみを受け取った。

「私達が狙い!?」

 彼女の視線が私の背後に向く。
 そこには、無言で佇む腋メイドが一人。
 一見すると間抜けな光景だが、鈴仙にとってはそうでもない。
 何しろ、かつて彼女がボコボコにされたとある人間も、同じような格好をしていたからだ。
 鈴仙の身体が露骨にこわばる。
 そこに、晶のスペルカードが放たれた。



 ―――――――模倣「アイシクルフォール(Easy)」



 氷の弾幕が鈴仙と私を襲う……ように見える。
 実際のところ、この弾幕は私達に当たらないんだけどね。
 何しろ、本人がそう断言したのだ。

『こっちのペースで話を進めるなら、とにかく相手を混乱させた方が良いよね。なら、僕が先手を打つよ』

 多少私が軌道を修正したけど、ここまでの展開を組み立てたのは全て晶だ。
 相手の判断力を奪った上で自らの望む状況へ誘導するとは、のほほんとした顔をして大した策士じゃないか。
 ……そこまで頭が回るのに、何で自分が全く同じ事されてるって気づかないんだろう。
 基本的に、自分の内側にいるヤツを疑わないんだろうなぁ。
 うん、私的利用しやすいランキングさらに上方修正。

「なるほど。どうやら今回はてゐの言うとおりみたいね」

「そういう事なんだよ。私じゃ太刀打ちできなくてさ、途方にくれていた所なの」

 これはウソだけど本当。
 まさか、ここまで真っ当にスペルカードを使いこなすとは思いもしなかった。
 氷を操る能力……それはさきほど、私の位置を把握するのに使っていた能力とは明らかに違うモノだ。
 コイツ、いったい幾つ能力を持ってるんだろうか。

「なら、早々とカタをつける! てゐ、横を向いていて!!」

「はいはい。がーんばれー」

「……なんだか随分と気楽そうね」

「気のせい気のせい」

「なら、いいけど……」

 危ない危ない、演技は最後まできっちりと続けないとね。
 了承の意を込めてひらひらと手を振りながら、私は鈴仙に背を向ける。
 彼女が戦う時、迂闊にその「瞳」を見てしまえば、私もタダでは済まないからだ。
 鈴仙・優曇華院・イナバ。私と――まぁ、ちょっと詳細は違うけど、私と同じ兎の妖怪。
 彼女のその赤い瞳は、狂気を従える。



 「狂気を操る程度の能力」



 それが鈴仙の持つ、全てのモノの‘波長’を弄れる強力無比な能力。
 彼女の眼を見たモノは、そこらへんの妖怪が見せる幻覚なんか足もとにも及ばない狂気を見せつけられる。
 ――さぁて、晶はどんな風にこの力を破るのかね。
 事前に説明した時は自信ありげだったから、何かしらの勝算はあるんだろうけど。

「―――さぁ、狂いなさい!!」

「ひにゃー!? 何コレ! 何コレー!?」

「あ、あっさり引っかかってるっ!?」

 ワタワタと右往左往している腋メイド。オイ、さっきの大言どこ行った。
 まったく、一度眼を見たら鈴仙が止めるまで狂いっぱなしだって忠告したのに。
 このままだと、鈴仙の一撃食らってあっという間にゲームオーバーじゃん。
 あーあ、しょうがない。晶にはこのまま、身の程知らずな妖怪ハンターとしてやられてもらおう。
 うん、仕方ない仕方ない。

「……思ったよりもあっけなかったわね」

「だねー。ちゃっちゃとトドメさしちゃっていいよー」

「急に投げやりになったわね?」

「気にしない気にしない」

「まぁいいわ。とにかくこれで……」

 鈴仙の右手が、銃を模した形となる。
 指先に収束する力。
 それが、彼女の意志に呼応するように放たれる。

「―――終わりよっ!!」

「―――甘いっ!」

 放たれた弾丸は、しかしあっさりと避けられた。
 先ほどまで幻覚にやられていた晶は、いつの間にか態勢を立て直し鈴仙と対峙していた。
 あ、あれ? どういう事?
 狂気の瞳による幻覚は、本人の心を構成する感情や思考の‘波長’を弄る事によって生まれる凶悪な代物だ。
 少なくとも、気合や時間なんかで何とかなるチャチな術ではないはず。
 それに、何か違和感がある。
 晶の瞳はあんな、‘兎のように紅い’眼をしていただろうか。

「「狂気を操る程度の能力」、スキルコピー完了!」

「なっ、どういう事!?」

「言い忘れてたね。僕の力は、「相手の力を写し取る程度の能力」なのさ」

「あ、相手の力を」

「写し取る!?」

 何それ、エゲツナサ過ぎるじゃん。
 しかしこれで納得もできた。なるほどね、だからあんなにも自信ありげだったのか。
 確かに、そんな能力があるなら鈴仙の相手をするのは難しくない。
 同じモノが見えていれば、弄るのも防ぐのも容易だろう。
 というか、これはヤバいかもしんない。ちょっと信用するの早まったかな。
 今までの昼行灯っぷりは実はフェイクで、私から情報を引き出す為の演技だとしたら。
 ……とりあえず、鈴仙は見捨てて逃げようか。
 
「にひひ、驚いた?」

「ふん、馬鹿にしないでほしいわね。私の能力、一朝一夕に扱えるモノだと思わない欲しいわ」

「うんうん、そうだよねー」

 実際、鈴仙の能力はだいぶ扱いが難しい。
 自分で言っといてなんだけど、‘波長’が読めた程度じゃどうにもならないと思う。
 そのわりには自信満々なんだよねー。なんでだろう?

「なら、試してみるかい?」

「――調子に乗るなっ!」

 晶の挑発にあっさり引っかかって、逆上した鈴仙がスペルカードを構える。
 その行動に合わせ、晶が地面を思いっきり踏みつけた。

「掟破りの室外畳返しその二!!」

 いきなり地面からせり上がる、氷で出来た分厚い壁。
 晶を覆い隠すように隆起したその壁に、鈴仙の動きが止まる。
 ……どうやら、鈴仙の眼には「ただの氷壁」とは映らなかったらしいね。
 警戒を高めながら、彼女は相手の次の行動を待つ。
 次の行動を……次の……次?

「……あれ?」

「……おやぁ?」

 沈黙。いくら待っても、壁の向こう側に動きはない。
 鈴仙は逆に警戒を深めているが、いくら何でもこれは静かすぎるだろう。
 私は、ゆっくりと壁へ近づいていった。
 鈴仙が何か言ってるが、とりあえず無視しとく。

「ちょっと、てゐ。迂闊に近寄ったら……」

「あらら」

「ど、どうしたの!?」

「いないや」

「……へっ?」

「だから、アイツいないの。影も形も無い」

 無人となった壁の向こう側を見て、ようやく私も一連の流れを理解できた。
 なんというか、見事なまでの「釣り」である。
 今までの一連の流れは――自身の能力による鈴仙の能力のコピーですら――逃げるための振りであったのだ。

「ヤバいねー。アイツ、私達をここに引きつけて永遠亭に向かったのかも」

「ええっ!? そ、それ、まずいじゃないのっ!」

「うん、急いで戻った方がいいね。私はこの辺りを探ってみるから、鈴仙は師匠に連絡を」

「ちょっと、大丈夫なの?」

「竹林の地理を一番把握していて、逃げ足が最も早い兎ちゃんはだーれだっ」

「……気をつけてね。あの人間、タダモノじゃ無いわ」

「私は鈴仙と違って相手を舐めたりしないから大丈夫だって。馬鹿にはするけど」

「まったく、本当に気をつけさないよっ!」

 そう言いながら、その場を後にする鈴仙。
 ししょーにまで話を持って行くと大事になるから、あんまりこの手は使いたくなかったんだけど。
 しょーがないよねぇ。このままだと‘晶が見つかっちゃう’かもしれないんだから。
 鈴仙の姿が完全に見えなくなったのを確認して、私はボソリと呟いた。

「ほら、もう出てきていいよ」

「――あらら、バレバレ?」

「少なくとも私にはね」

 丁度「Lの字」になって氷壁を支えている、床板に当たる氷板の下から晶が出てきた。
 何とも絶妙で、分かってみれば単純なトリックだ。
 まず、あの震脚紛いの足踏みで氷壁を隆起させると共に、地面に穴をあける。
 後はその穴に潜り込んで、支えに見せかけた氷の蓋を作れば完了だ。
 なるほど、下手に逃げるのではなく相手に離れてもらうとは、中々考えたものだね。

「けど、こんな偽装で良く鈴仙の眼を誤魔化せたね? アイツの狂気の瞳は、障害物程度で鈍るモンじゃないはずなのに」

「だろうねぇ。そこらへんは、同じ能力を持っている僕にもわかるよ」

「……やっぱり「相手の能力を写し取る程度の能力」ってのはマジなのかい」

「うん。使うのが僕だから、どうしても性能は劣化しちゃうけどね」

 なるほど、種族的に劣っている以上、完全再現とはいかないワケか。
 しかしそうなるとますます分からない。
 鈴仙の眼は、全ての‘波長’を捉える事が出来る。当然、晶の‘波長’だって把握されていたはずだ。
 それは、姿を隠した程度で誤魔化せるもんじゃないと思うけどなぁ。

「ま、彼女の瞳を誤魔化せたのは、コイツのおかげかな」

「んんっ? 氷の壁?」

 晶がカモフラージュ用の氷壁を撫でる。
 そういえばこいつが出てきた時、鈴仙の表情が強張っていたっけ。

「さっきちらっと言ったけど、僕には「気を使う程度の能力」もあるんだ。その能力が上手い具合にかく乱に使えてね」

「なにそれ? どういう事さ」

「気ってのは人によって違うもので、それぞれに固有の「波長」みたいなモノがあるんだよ。そして僕は、自分のソレを使って物質を強化できる」

「――ああ、なるほど」
 
 つまりこの壁は、二重の意味でフェイクとなっていたワケか。
 同じ波長でより大きな存在が身近にあれば、晶の存在を誤魔化すのは容易だ。
 それに目がまだ赤い。どうやら、劣化しているなりに魔眼による隠匿も試みたらしい。
 抜けてる性格してるワリに、随分用心深く策を練るモノだ。

「後は――てゐのフォローと彼女の油断で何とかなるかなぁーって」

「ふぅん」

 お気楽な意見のようだが、実のところこれはかなり鋭い考察から来る自信だ。
 ああ見えて、鈴仙はわりと自信家――というか、人間と言う存在を見下した節がある。
 そんな彼女にアレだけ挑発をかませば、真っ当な判断など出来なくなるのも当然であるだろう。
 そもそも逃げたという認識をあっさりと信じた時点で、油断している事実がありありと分かるというモノだ。
 割と見るべきところは見えている、という事か。
 ……これは、使えるどころか掘り出し物の気配がしてきた。
 しかし、そうなると懸念するべき事柄が一つある。先ほどの疑念だ。

「ちなみにさっきの挑発、随分とサマになってたけど。晶ってアレが素なの?」

「いえ、知り合いの態度を参考にしただけです。正直ぶっつけ本番でああいうのやるのはもう勘弁っす。狂気を操る程度の能力マジ怖い」

「……ああそう」

 これは演技じゃなくてマジだね、脚がガクガク震えまくってるし。まったく、目的遂行のためとはいえ良くやるよ。
 しかしこれで確信した。こいつは間違いなく使える、超使える。
 頭は回るし、能力も強力。そのくせお人好しで仲間を疑う事はしない。
 イケる! 絞りつくす所か天下さえ取れる気がしてきたっ!!
 まずは師匠に通ってるであろう鈴仙の報告を利用して、こいつを私の共犯にしたてあげる。
 そして一蓮托生になった状態で、上手い具合に下僕にして――

「うふふふふっ。コイツをこき使う事で、明るい未来が見えてきたっ!」

「ほぉうっ、それはまた面白い未来予想図です。詳しく聞かせていただきませんか」

「それはまだ計画段階だから、上手くは話せないと言うか―――アレ?」

「そう言わず、どんな計画かきっちりばっちり聞かせてくださいよ」

 その声は、頭上から響いてくる。
 私が頭をあげると、そこには毎度おなじみの鴉天狗――射命丸文がいた。
 しかし、何だか様子がおかしい。
 スクープを見つけて寄ってきたにしては、随分と楽しくなさそうだ。
 むしろ噴火寸前の活火山というか、導火線に火のついた爆弾というか、そういう爆発寸前の危険さを感じ取れる。

「あ、文姉! 良かったー、探しに来てくれたんだね」

「それはもう当然です。可愛い晶さんの危機に登場するのは、姉として定められた運命のようなモノですから」

「え? え?」

 ちょっと、姉って、え? マジ?
 嬉しそうな晶の笑みに反比例して、こちらの肝が冷えてくる。
 ブン屋はアイツに対して満面の笑顔を向けてはいるが、同時にこちらに向けて凶悪なまでの殺気を放っていた。
 わぁ、こっちの思惑バレバレなのね。死んだかな。

「ところでてうぃさん? ちょっと向こう側でお話しましょうか」

「お手柔らかにお願いしますっ☆」

 最高に爽やかなスマイルで手招きする鴉天狗を見て、私は己の死期を悟ったのだった。
 だよねー。こんだけ強力な変わり者なら、当然誰かがツバつけてるよねー。





[8576] 東方天晶花 巻の三十三「怒りは他人にとって有害であるが、憤怒にかられている当人にとってはもっと有害である」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:57

巻の三十三「怒りは他人にとって有害であるが、憤怒にかられている当人にとってはもっと有害である」




「……だましてごめんなさい」

「いや、別に気にしてないから」

 頭にどでかいたんこぶをこしらえたてゐが、半泣きで僕に謝ってくる。
 背後で文姉が両腕を組みながら、そんな彼女を睨みつけていた。

「まったく、晶さんも迂闊に相手を信用しないでくださいよ。だからこの妖怪兎に騙されるんです」

「うぐっ、め、面目ございません。今後は気をつけます」

「まぁ、永遠亭の兎と出会えたのは僥倖だったかもしれませんがね」

「そうそう、ぎょーこーぎょーこー」

「……見事に懲りてないみたいですね」

 文姉が言うには、てゐとあの兎さんは永遠亭の従業員なんだそうだ。
 もちろん、そこに言うのを躊躇う様な因縁は一切ない。
 追われてたのも、話を聞く限りでは単純な悪戯が原因だったようである。
 いやぁ、見事に騙されちゃったねー。

「それにしても凄いよね。一瞬でそこらへんの事実を、全部自分の都合が良いように作りかえちゃうんだもん。感心しちゃうよ」

「ふっふっふ。そりゃもう、力は無い分頭は回るからね私は」

 自慢げに人差し指でおでこを叩くてゐ。
 その発言に、不機嫌そうな顔の文姉がボソリと呟いた。

「それをあえて自慢しますか。面の皮が冬の妖怪並にふとましいですね」

「そんな事言わなくていいじゃないっ! 文ちゃんひどいっ」

「文姉、そんなに責めなくても……」

 涙目になって顔を伏せるてゐ、間違いなく嘘泣きだ。
 とはいえ、さすがにそこまで目くじら立てるのもどうかと思うので、僕からも軽く注意しておく。
 すると文姉は不快そうに顔を歪ませながら、苦々しく言葉を付け加えた。

「油断しないでくださいね。こう見えて、幻想郷でトップファイブに入るくらい長く生きてますよ、この兎詐欺」

「うぇっ!?」

「うん。ちょっと昔に因幡の白兎とも呼ばれていたかな」

「………あの、日本自体が出来上がるレベルの「ちょっと昔」なんですけど、ソレ」

「あはは、ジョークだよジョーク。だけど千年以上生きてるのはマジかな。永遠亭創設にも関わってるよん」

 あっさり涙を引っ込め、カラカラと年齢を定めさせない笑みを浮かべる千歳超えた妖怪兎。
 ああ、やっぱりウソ泣きだったのか――ではなくて。
 千年以上生きてる時点でかなりの詐欺だと思いますよ? まぁ、僕は特に気にしないけどさ。
 それにしても幻想郷の妖怪って、子供っぽいかカリスマっぽいかの二択しかないような気がするなぁ。
 極端だけど、長く生きるってのはそれだけシンドイ事なのかもしれない。

「まー、長く生きてたってそれが何だって感じだから、特に気にする必要はないよ」

「それに関しては激しく同意です。年功序列は大事ですが、それに括るのは愚か者ですね」

 何だろう。ありがちなセリフでも、この二人が言うとやたらと説得力があるよね。
 文姉もてゐも、うんうんと同じような顔で頷いている。
 ……年功序列で嫌な事でもあったの? 二人とも。

「じゃあそこらへんは深く気にしないけど……結局、このまま永遠亭に向かうの?」

「そのつもりです。だからてゐさんにも同行してもらいますよ? このままだと、ついた途端に弾幕で歓迎されそうですから」

「へーいへい。まー元々フォローはするつもりだったからね。任せてくれて構わないよ」

「レイセンさん? だったっけ、あの人にも悪い事しちゃったしなぁ」

「ああ、ソレは気にしなくてもいいって。いつもの事だし」

「そうですね。比較的いつもの事ですかね」

 いや、いつもの事って二人とも。

「……永遠亭におけるレイセンさんの立場ってどうなってるの?」

「紅魔館における美鈴さんみたいな立場です」

「ああ……」

 って、そこで納得しないの僕!
 ゴメン美鈴、帰ったら僕のとっておきのプリンあげるよ。
 
「……なに? 紅魔館とも関係あるの、コイツ?」

「レミリアさんのお気に入りですよ、この人」

「重ね重ね失礼しました」

「土下座!?」

 いきなり過ぎるてゐの反応に戸惑う事もできないんだけど、いったいどうしたのさ。
 そんな僕に対して、土下座した姿勢のまま恐る恐る顔をあげるてゐ。
 その目は、どこから来るとも分からない報復を恐れているように見えた。

「いやいやいや、あそこにいるならアンタだって知ってるだろ? あの陰険で執念深い吸血鬼の性格」

「……誰のこと?」

「レミリアさんの事です。ちなみに、世間一般の感覚からすると何一つ間違っていません」

「まぁ、感覚ずれまくってる晶には疑問かもねー」

「おやおや、分かってますねてゐさん」

「そういう観察力も含めて、頭脳労働担当だって認識してるからね」

 何これ、土下座されながら貶められるとか、新感覚過ぎてついていけないんですけど。
 とにかく、てゐがレミリアさんの事を警戒していることだけは分かった。
 しかし何でだろうね? レミリアさんってそんなに怖かったっけ?
 確かに、いきなり襲いかかってくるし、幽香さんより気まぐれな命令するし、真夜中に叩き起こしてくる吸血鬼だけど……。

「あーうん、そうだね。土下座したくなる気持ちは分かるよ」

「でしょー? お願いだからあそこらへんの面々に告げ口しないでよ?」
 
「……一応言っておきますが、お二人の認識には妖怪の山より高い隔たりが存在しておりますよ?」

「まぁ、結果が変わらないんならいいんじゃない?」

「そうそう、晶の言うとおり」

 告げ口する気が無いと態度で理解したてゐは、土下座を止めて僕の隣に立ちにこやかに笑った。
 すごい変わり身の早さだ。しかし、真に恐るべきはその仕草に違和感を見つけられないことである。
 これが兎詐欺と呼ばれる由縁か。今さらながら、僕は恐怖に打ち震えた。
 きっと次の瞬間彼女が別の誰かに裏切っていたとしても、僕らはそれを疑う事なく受け入れているのだろう。
 頻繁に裏切っても許される妖怪ってのはすごいなぁ。まるでネズミ男みたいだ。

「ところで晶さん、もう一つよろしいでしょうか」

「ほへ? 何さ」

「何故晶さんの眼は、そんなに真っ赤になっているんです?」

 ……ああそういえば、それは言ってなかったっけ。
 レイセンさんの能力をコピーした僕の眼は、深紅に染まってしまったのだ。
 別段、それで困る事はないんだけどね? 意識すれば元に戻す事も出来るみたいだし。
 だけど迷子になっていた弟の目がいきなり赤くなってたら、さすがの文姉もびっくりするよね。

「ああ、それはウチの鈴仙と同じ「狂気を操る程度の能力」を、晶が覚えたからだよ」

 てゐが僕に先んじて説明する。
 そんな彼女の言葉に、文姉は露骨に眉をひそめて僕を見つめた。

「……晶さん、最近どんどん人間止めてませんか?」

「うぇ!? そ、そんなに止めてるかな」

「まー、少なくとも私より晶の方が妖怪っぽいのは確かだね」

「混じりっ気無しの人間に対して酷い言い様だっ!?」

「この際だから言わせていただきますが、晶さん妖怪として考えても割と愉快な方ですよ?」

「愉快!?」

 そりゃ、ちょっと節操無く色んな能力を取り込み過ぎたかなーとは思っていたけどさ。
 だからって愉快はないでしょう、愉快は。せめて変わり者くらいに抑えてよ。
 でも確かに、ここまで集まると全部使って何かできそうだよね。「フリーズ・ワイバーン」的な意味で。
 ……いや、だけど狂気の魔眼なんてどう組み込めばいいんだろうか。
 相手をかく乱して攻撃? でもそうすると、根本的な威力の方が落ちるからなぁ。
 ――あれ、今何か引っかかったぞ。
 前にスペルコピーを閃かせてもらった時みたいな、思考の掛け違いに気付いたような気分。
 いや、待てよ。ひょっとして……。

「見つけたーっ!!」

 まとまりかけた思考は、知らない誰かの声で粉々に砕け散った。
 ああ、もう少しで形にできそうだったのにっ。

「おっと鈴仙か―――って、あっちゃー」

「……てゐさん。これ、貴女が想定していた事態の中でどれくらい酷いものですか?」

「考えうる限り最悪かなー。ここに来たって事は、師匠が鈴仙の「緊急事態」を重く受け止めたって事だしね」

「あのお姫様はこういう事では動かないでしょうし、そう考えると確かに最悪ですね。……何言ったんでしょうか、鈴仙さん」

「そのまま報告したんじゃない? 晶の能力はうちらにはシンドイわけだし」

「能力が強力な方々にとっては鬼門ですからねぇ、晶さんの能力は」

 まったく、僕っていつもこうなんだよなぁ。集中力はあるのに持続しない、いつも簡単な事で思考を乱される。
 いっそ、狂気の魔眼で自分を弄ってみようか?
 レイセンさんの攻撃はそれで何とかできたワケだし、根源にあるのが‘波長’を操ることなら、プラスに変える事も難しくはな……。
 ―――おおっ、今度こそ完全に閃いたっ!!

「あぁもうっ、私達の事を無視するんじゃないわよっ!!!」

「はにゃっ?」

「あやや?」

「うさ?」

 あ、そういえば誰か来てたんだっけ。
 考え事に夢中になってて、すっかり頭から抜け落ちてたや。
 見れば、二人も同じような表情でポカンとしていた。どうやら失念していたのは僕だけではなかったらしい。良かった。

「というか、何でてゐがソイツと一緒にいるの!? 後、どうしてブン屋が!?」

「……なんとも、聞いていた以上におかしな状況ね」
 
 竹林の奥から現れたのは、二人の異なる姿をした女性たちだった。
 一人は先ほど顔を合わせた、てゐと同じ兎の耳をつけた藤色の髪の女性――レイセンさん。
 会った時から思ってたんだけど、幻想郷に「ブレザー」って似合わないよね。
 そんな彼女は、無視されたせいで頭にだいぶ血が上っているようだ。
 今にも怒りを爆発させそうな雰囲気なんだけど、不思議と全然怖くない。

「あー、ごめん鈴仙。素で忘れてた」

「あはははは、右に同じです」

「ごめん。僕に至ってはそもそも気づかなかったです」

「バカにしてーっ!!」

 ……まぁ、怒るよねぇ。
 今にも「むきーっ」とか言いだしかねない様子のレイセンさん。
 ソレに対しておざなりな謝罪しかしない僕ら。
 ああ、なんかわかる。やっぱりこの人美鈴っぽい感じが……おっとっと。

「落ち着きなさい、うどんげ」

「師匠、ですけど……」

「この場で昂っているのは貴女一人だけよ? 感情に流されすぎて我を忘れるような者に、私の弟子を名乗って欲しくないわね」

 激昂するレイセンさんを、隣にいた女性が宥める。
 諭すような言い方をしているが、内容はかなり辛らつだ。
 レイセンさんも、冷や水をかけられたように顔を青ざめさせて押し黙る。
 赤と青で等分割されたナース服という、幻想郷らしい変わった服を着た銀髪の女性。
 彼女が、てゐの言っていた永遠亭の元締めである「師匠」なんだろう。
 母性的な笑みを浮かべた大人の女性といった風だが、僕のあんまりあてにならない危険感知センサーは最大級の警戒を指示している。
 ……幽香さんや咲夜さんと同じ匂いがする人だ。温和そうな態度がむしろ空恐ろしい。

「とりあえず状況を確認させてもらいましょうか? 私はうどんげから、厄介な輩が永遠亭を狙っていると聞いてきたんだけど」

「いえ? そんな事は一切ありませんよおししょー様」

 言いきった! この兎詐欺、真顔で何も無いと言いきった!!
 いや、まぁ確かに、下手に言い逃れするより白を切った方が上手くいくかもしれないけど。
 ……何の躊躇いもなく、よくもまぁこんな嘘がつけるよね。

「さっき、鴉天狗とその報告の事で話し合っていたみたいだけど?」

「はい、嘘です。誤魔化せないかなーと思ってました」

「ちょっとてゐ!? どういう事!?」

 通じないと判断した途端に撤回するとは……恐るべし、てゐ。
 でも安易に嘘をつくと、さすがに一個一個の発言に信ぴょう性がなくなるんじゃないのかな?
 僕が心配からてゐに視線を送ると、それを受けたてゐがニヤリと笑ってみせる。
 どうやら、ここは任せろと言っているらしい。
 頼もしいはずなのに、不思議と嫌な予感がするのは何でだろうか。

「本当の事は、あまり言いたくなかったんだ。……鈴仙がショックを受けると思ったから」

「な、なによソレ。どういう意味よっ」

「実はアイツはね。ししょーの弟子となるためココにやってきたの」

「あら、私の……?」
 
 あれれ? なんかイキナリ雲行きが怪しくなってきたぞ?
 ちらりと文姉を見てみると、困ったように肩を竦めるだけだった。
 どうやら、文姉もてゐが何をするか把握しているワケではないようだ。
 てゐの独壇場になっているこの場で迂闊に口を挟むわけにはいかないけど……話が確実におかしな方向に向かっている気がする。

「最初に話を聞いた時、私は反対したんだよ。お師匠にはすでに鈴仙という弟子がいる。人間が入る余地はないってね」

「ふんっ、当然でしょう」

「だけどあんまりにも熱心に自分を売り込むものだからね。一つテストをしてやる事にしたのさ」

「……テスト?」

「そ、永遠亭でやっていくための実地試験ってやつさ」

「ちょ、ちょっと待って、もしかしてそれって……」

「―――まさかこんなにもあっさり受かってしまうとは」

「ええぇぇぇぇぇぇええええっ!?」

 目元を抑える仕草をしつつ、百パーセント嘘で構成された事実を捏造するてゐ。
 言うまでもない事だけど、何一つ正しくないです。

「鈴仙を軽くあしらってしまった以上、約束通り私はコイツにししょーを紹介しないといけないんだよねぇ」

「そ、それで私に師匠を呼びに行かせたの!?」

「酷だとは思ったけど、そういう取り決めだったから……」
 
 相変わらず、無駄にこじつけが上手いなぁ。
 でもその嘘が通ったら、僕はあの人の弟子になっちゃうんだよね。
 さすがにそれはボロが出るんじゃないでしょうか。そもそも僕、あの人の名前すら知らないワケだし。
 ああ、まだまだ兎詐欺の会話フェイズは終わっていないワケですか。
 ニヤリと企むような笑みを深めるてゐ、そろそろこの子が一応味方である事を忘れそうです。
 後、一応当事者であるはずなのに沈黙を保ったままの「師匠」が、やっぱり地味に空恐ろしいんですが。

「な、納得いかないわっ! こんな不意打ちみたいな形で、しかも勝手にてゐがやったテストなんかで、師匠の弟子になれるなんて認めないっ!!」

「それじゃあ、改めて師匠の弟子である鈴仙がコイツの実力を図ってみるかい? そうすれば、コイツが弟子に相応しいか分かるだろう?」

「良いわよ! 今度は不意打ちみたいな真似が出来ると思わない事ねっ」

「じゃあ、もう一度弾幕ごっこして鈴仙が勝ったらこの話はなかった事に、コイツが勝ったら師匠に弟子入りって事でいいかい?」

「ええ、それで構わないわっ!!」

 「師匠」に冷静になれと言われたのに、再び頭に血が上ったレイセンさんは脊椎反射でてゐの言葉を受け入れた。
 ……いやぁ、あれだけ結構良いようにあしらわれていたのに、良くもまだてゐの事を信用できるよね、彼女。
 そんな彼女の言葉を聞いたてゐは満足そうに頷きつつ、僕と文姉にだけ聞こえるよう小さく呟いた。

「ほら、これで後は鈴仙と弾幕ごっこするだけで何とかなるよ。良かったね」

「……色々ツッコミどころはあるけど、てゐの詐欺師っぷりは純粋に凄いと思ったよ」

「そう褒めないでよ。照れるじゃん」

「どう聞いても褒めてませんよ。というか、どうして薬師の弟子入り試験が弾幕ごっこなんですか?」

「まぁ、ノリと勢いかな。さっきの行動を説明づける必要があったし、晶の強さも知っておきたかったからね」

「強さを知るって、なんでそうなるのさ?」

「そりゃ後々利用しやす……げふんげふん、何でも無いよ。いいじゃん、この条件を鈴仙が受け入れた時点で問題は解決したようなもんなんだから」

「……なるほど。今の条件なら、負けた場合はもちろん、まかり間違って勝った場合でも損はないですからね。主にてゐさんに」

「あははー」

 そういえば、話が全部ウソに書き換えられていたから気づかなかったけど、今の話だとてゐに過失がないんだね。
 レイセンさんが条件を呑んだ時点で、それまでの嘘話が本当の扱いになってしまうワケだし。
 これなら、勝敗関係なくてゐの一人勝ちが確定してるじゃないか。
 さすが兎詐欺。自分の損になる展開にはしないワケだね。まぁ、別にいいけど。

「とにかくこれで僕が負ければ、レイセンさんのプライドも守れるし弟子入りの話も消えるしで、全てが円満に解決すると思って良いんだよね」

「そういう事ですね。とはいえ露骨に手加減すると相手の神経逆撫でするだけですから、それなりに本気でいかないとダメですよ?」

「鈴仙はボチボチ強いから、晶も本気で行って問題ないと思うよ。……晶が勝ってくれた方が、私としても都合がいいしさ」

 てゐの言葉の端々から黒いものを感じるけど、とりあえず無視。
 何だか妙に面倒くさい事になったけど、僕は全力で戦えば問題ないのかな?
 幻覚をメインに戦う相手とはいえ、直接戦闘能力もそれなりにありそうだしね。

「師匠も、それでよろしいですねっ!!」

「……そうね。アナタがてゐの提案を呑むのなら、それで構わないんじゃない?」

「当り前ですっ! ここまで馬鹿にされて、引っ込むわけにはいきません!!」

「そういう意味じゃ無いんだけどね。……貴女はもう少し客観的に物事を見るべきよ、うどんげ」

「私は冷静ですっ!!」

「……そう、ならいいわ」

 あちらの方でも話がついたようである。「師匠」と呼ばれた人が後方に下がり、レイセンさんが前にでる。
 わぁ、まるで親の仇でも見るような眼で睨みつけてきますね。

「覚悟はいい? 今度は、右往左往するだけじゃ済ませないわよ。徹底的に狂わせてやるっ」

「その言葉に今更ながら怖気づいています。ああ、何で僕がこんな目に」

「ふんっ、真正面からロクに戦う事も出来ない臆病者ね」

 レイセンさんと噛み合っているようで噛み合っていない会話をしつつ、どうしたものかと考え込む。
 ヤル気になっているのはいいけど、ものの見事に空回りそうな予感がするんですがアナタ。
 というかレイセンさんのお師匠さん、ぶっちゃけてゐの嘘に気づいてるっぽいよ?
 なら、今すぐにでも本当の事情を話して、この一連の流れを終わらせた方がいいんじゃないかな。

「絶対に許さないっ。言いたい放題馬鹿にした挙句逃げ出すなんて……この、卑怯者!」

 ああ、これはダメだ。謝って許して貰える雰囲気じゃないや。
 彼女の瞳には、僕に対する怒りの炎が見え隠れしている。
 おかしい。何故ここまで僕は恨まれているんだろうか。この人、そんなに人間が嫌いなの?

「……てゐさん。なんか鈴仙さん、やけに機嫌悪くないですか?」

「あー、そういえばこの前、無縁塚で閻魔に昔の事を説教されたとか言ってたっけ」  

「真面目な子だから、一度悩んじゃうとどんどん考えがネガティブになっちゃうのよね。困ったものよ」

「永琳さんいつのまに……というか、そんな鈴仙さんの事情と今の大激怒にどんな関係が?」

「そりゃ、昔の自分とさっきの晶の行動がダブって見えたんじゃないの?」

「敵前から逃げた、という所が引っかかっているみたいね。おまけにそんな人間が、私の弟子になるかも知れないワケだから……」

「なるほど、晶さんに自分のココロの地雷を激しく踏み荒らした気分という事ですか」

「どう考えても自意識過剰だとは思うけどねー。心に余裕がない時は、どんなことでも自分に繋がってると思っちゃうもんだよ」

 背後から三人のやり取りが聞こえてくる。
 要訳するとそれってつまり、僕は彼女に八つ当たりされてるって事になりますよね。
 ちくしょう、迂闊に流されるといろいろ損するのだと改めて学習しましたよ。
 今後は最低でも一度は反抗の意思を示してやる。
 まぁ、通るかどうかは別問題ですけどねっ!

「そろそろ準備は出来たかしら? 臆病者さん」

「――どっちにしろ、今更逃げられるワケじゃないか」

 知らなかったとはいえ、僕が彼女の逆鱗を触れてしまったのは事実なんだ。
 こうなったら、とことん付き合ってやろうじゃないか。
 どうせ、全力出したって勝てるとは限らないんだ。
 言われた通り勝ち負けなんか気にせず、思いっきり向かっていけばいいじゃないか。
 ……だいたい、僕ってそんなに弾幕ごっこで勝った事ないんだよね。
 いつも負けるか引き分けで、勝ったとしても不意打ちがほとんどと言うか。
 あれ? 僕ってひょっとして自分で思ってるよりも強くない?
 
「な、何でいきなり泣き出してるのよ」

「ううっ、本当に卑怯者で臆病者かもしれないと思うと、自然と涙が」

「……確かに、晶さんって結構勝つために手段選びませんからね」

「あー、わりと無自覚に色々やるよねアイツ。場合によっては私とおんなじくらい何かしてるかも」

「それは相当卑怯ねぇ……」
 
 僕の悲哀を、フォローするでもなくあっさりと肯定する味方のはずの二人。
 いいよいいよ。それなら、存分に卑怯の限りを尽くさせてもらおうじゃないか。
 ―――丁度、試してみたい技も思いついていたワケだしね。
 後、てゐとレイセンさんのお師匠さん? もうそこまで馴染んでるならこの喧嘩止めてください。
 
「さぁ、かかってきなさいっ!」

 ……本人がやる気満々だから、やっぱりさすがにそれは無理かぁ。
 指を銃の形にして、こちらに向けるレイセンさん。
 うん、やるしかないかね。
 こう見えても僕って結構負けず嫌いだから、やると決めたらとことんやるよっ!
 本気でやっても勝率低いですがねっ!!



「行くよ! ―――――天狗面『鴉』!!」



 嘴と烏帽子を合わせた形の面を形成し、装着する。
 背中には翼。右手には葉団扇。全てが氷で作られた偽物の道具。
 だけどそれは、次の手で本物へと成り変わる。

「あの、姿って」

「烏天狗……ですね」
 
 葉団扇に赤い魔眼が映った。
 その瞬間から、狂気が僕を支配する。

「では、風のごとく、速く華麗に参りましょうか」

 自分のモノである口から、自分のモノでない言葉が漏れていく。





 ――――さぁ、弾幕ごっこの始まりですよ。
  



[8576] 東方天晶花 巻の三十四「進歩とは、価値の置換によって生ずる錯覚にほかならない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:58

巻の三十四「進歩とは、価値の置換によって生ずる錯覚にほかならない」




 やっほー☆ みんなのアイドルてゐちゃんだピョン。
 私の力で幸せにして欲しい子は、永遠亭の裏手にあるポストに在るだけお金を振り込んでねっ。
 とまぁ、軽い冗談を挟んだところで話を元に戻そう。
 さてさて、上手い具合に鈴仙を乗せて実現させた、晶対鈴仙の弾幕ごっこなんだけど。
 ……しょっぱなから随分とおかしな事になってきたねー。

「な、なによそれ! 仮装のつもり!? とことん馬鹿にしてっ」

 鈴仙がくってかかるのも、また当然の話だ。
 晶の格好は、今までの腋メイド服に鴉天狗の要素を加えたコスプレみたいな姿になっている。
 氷でできた衣装一式を身につけているとかなり寒いと思うんだけど……晶は、全然平気そうだねー。

「ねぇ、あやや。晶って全力出すとあんな風に戦うの?」

「あややって……まぁいいですけど。とりあえず私の知る限り、晶さんがあんな格好した事はなかったはずです」

 と言う事は、今回初めて見せた姿って事か。
 ふーむ。鈴仙は仮装だ何だと怒っているけど、本当にそうなのかね?
 付き合いなんてほとんど無い間柄だけど、アイツがなんだかんだで無駄な事をやらないのは分かってたつもりなんだけどなー。
 まぁ、結果的に無駄になる事はしそうだけどね。うっかりしてそうだし。
 ひょっとしてあの仮装にも、何かしらの意味があるのかな?

「おやおや、馬鹿にしているとは心外です。わたくし至って真剣に対峙しているつもりですよ?」

「それならそのふざけた喋り方を引っ込めなさいっ」

「これは失礼いたしました。まさかレイセンさんが口調の変化も受け入れられないほど短慮な方でしたとは、この晶ついぞ知りませんでしたので」

「あ、ああいえばこういって……」

 氷の葉団扇――氷団扇? を仰ぎながら、余裕の表情で微笑む晶。
 その口調も態度も、今までの晶とは全然違う。なんか色々とウザくなってる。

「それよりもよろしいのですか?」

「な、何よ」

「いえいえ、「徹底的に狂わせてやる」と勢いこんでいたわりに一向にしかけてきませんので、いかがなされたのかなぁと思いまして」

「―――っ、上等よ。その口、無理やりにでも閉じてもらうわっ」

「おおっ、怖い怖い」

 別人に変わったような晶の挑発的な言葉で、戸惑っていた鈴仙の怒りに再び火が付く。
 指先を銃の形に変え、彼女は悠然と佇んでいる晶に向って先端を突き付けた。
 そして再び、怒りの言葉を口にしようとする鈴仙。
 しかしその言葉を私達が聞く事は叶わなかった。
 いきなり相手を見失った彼女は、怒りではなく驚愕の言葉を漏らしたからだ。

「……えっ?」

「申し訳ありませんが、わたくし痛いのは苦手なんですよ。なのでそこまで言われてしまっては逃げる他ありません」

「う、後ろっ!?」

 鈴仙が振り返っても、そこに晶は存在していない。
 動揺する彼女をあざ笑うかのように、再び晶は鈴仙の背後を取っていた。
 ……速い。鈴仙が振り返るあの一瞬で、あそこまで移動するなんて。

「あんっ♪ その真っ赤なお目目で私を見ないでください。狂わされてしまいます☆」

「い、いい加減ふざけるのを止めなさい! 背後をとったくらいで調子にっ」

「はい残念。今度は真正面です」

「えっ!?」

 完全にペースを握った晶が、からかう様に鈴仙に囁く。
 宣告通り戸惑う彼女の真正面には、今までと同じく気楽な姿勢で佇んでいるアイツがいた。

「こ、このっ! とことん馬鹿にして!!」

「おおっ、怖い怖い」

「くっ、あ、当たらないっ」

 咄嗟に放った鈴仙の弾幕を、晶は最小限の動きで回避していく。
 距離を詰めるでもなく、反撃するでもなくただ避けるだけの晶の姿に、鈴仙の焦りは増していくようだった。
 ……なるほど、態度こそ別人になっているけど、中身はアイツのまんまなのか。
 一見すると挑発に見えるその行動で、私の疑問は氷解した。

「上手いわね、あの子。戦術的な思考ってモノが分かっているわ」

 師匠も同じ結論に達したのか、感嘆の言葉を呟いた。
 鈴仙は……ダメっぽいね。馬鹿にされてるとしか思ってないみたい。
 まったく、言動と行動にすっかり惑わされてるから、相手の挑発が‘挑発でない’事に気づかないんだよ。
 晶のスピードを考えれば分かるだろうに。真正面にいようが背後にいようが、アイツは一瞬あれば別の場所に移動できるんだよ?
 むしろ今の行動で、鈴仙の頭には「いなくなったからといって後ろにいるとは限らない」という疑念が差し挟まれてしまった。
 頭に馬鹿がつくほど正直だからなぁ、鈴仙は。策士タイプに弱いんだよねー。

「……アレは、いや、まさか」

「ん? どしたのあややん」

「いえ、何でも無いです。後、せめて呼称は統一してください」

 晶の謎の変貌に、自称晶の姉である文は色々考えているようだ。
 まー、作戦だと考えてもあのキャラチェンジは異常だよね。
 その事に関して、なーんか引っかかってる気もするんだけどさー。
 なんだったっけ? 私は別に当事者じゃないから、ゆっくり考えても全然問題ないんだけどね。

「―――のっ、ならこれでどう!!」



 ―――――――幻爆「近眼花火(マインドスターマイン)」



 鈴仙のスペルカードが発動する。
 八方に広がる爆風。なるほど、弾幕ごっこらしく数撃って当てに来たか。
 ……だけどそれ、今までの展開から考えると明らかに読まれちゃってるよねー。

「助かりましたよ、‘実弾系’の弾幕で。‘幻覚系’の技だったら避けるしかありませんでしたからね」

 仮面の奥に鋭い光を放つ瞳を湛え、ボソリと晶が呟く。
 あっちゃー、やっぱりそこまで読まれてたのか。



 ―――――――風符「天狗道の開風」



 振るわれた氷団扇から、放たれる竜巻。
 それは、鈴仙を包囲するように風の壁を作りだす。
 ……あれ? 直接攻撃じゃ無い?
 てっきり鈴仙の攻撃を捌きつつ反撃するのかと思ったんだけど、晶の攻撃はそもそも鈴仙に掠ってすらない。
 おっかしいな。私の読み間違いだったかな。

「うどんげ! 下がりなさいっ!!」

「へっ? 師匠、なにを……ってうわっ!?」

 ししょーが叫ぶと同時に、‘鈴仙のスペルカードが鈴仙に襲いかかって’きた。
 逆再生するかのように戻ってくる爆風を、鈴仙は回避しようと試みる。
 だが、それを竜巻が阻止した。周囲を覆う風の壁は、逃げようとする鈴仙の身体を押しとどめる。
 うわっ、そう言う事か。えげつなっ。
 晶が作ったのは、風による通り道と封鎖壁だ。
 鈴仙の弾幕を風で誘導し相手に返しつつ、その風で同時に相手の動きを阻害する。
 ……まさしく攻防一体。っていうかマジで上位の鴉天狗並に風を使いこなしてない? 晶のヤツ。

「天狗のスペルカード――なるほど、見た目だけではないという事ね」

 ししょーが感嘆の言葉を口にする。
 確かに、晶の強さをただのコスプレと断じるのは難しい。
 あまりにも、鴉天狗‘らし過ぎる’のだ。
 晶が人間であるという事を、思わず忘れてしまうくらいに。
 
「ってそうか、狂気の魔眼!」

「てゐ? いきなりどうしたの?」

「あまりにも晶のキャラが変わってたから、おかしいとは思ってたんですよ。だけど、今その理由に思い当りまして」

 いくつか着弾しつつも、鈴仙は己の弾幕で何とか相殺する事に成功した。
 だが、その間にも晶は動きを止めない。
 休ませる時間も与えず戦闘続行か。本来の性格を考えると、信じられないくらいシビアな事するね。

「別人を演じている……という感じじゃないでしょう?」

「確かにそうみたいね。そしてその理由が、狂気の魔眼だと言うのかしら」

「そういう事なんですよ」

「―――そういえば、さっき晶さんが「狂気の魔眼を覚えた」と言ってましたね」

「私もうどんげからその話は聞いているわ。では彼の人格の変貌は……」
 
「そういう事です。アレは狂気の魔眼を使った、別人格の貼り付けなんですよ」

 まさか、‘自分に’魔眼を使うなんてね。本当に発想がぶっ飛んでいるヤツだ。
 だけどこれで、今までの「不自然」に説明がついた。
 波長を弄る事による性格の改変―――いや、違う人格の固着。
 氷で作った小道具も、全ては別の自分になる為の演出だったワケだ。
 ……なるほどねぇ、だからわざわざあんな仮面をつけたのか。
 自分の波長を弄って別の人格を張り付けるなんて技、実際のところ気楽にやれはしない。
 例えそれが「偽物」の人格だったとしても、何度もそれを演じていれば「本物」の人格を侵食してしまうことだってある。
 ましてやアレだけ強烈な個性を持った性格だ。下手すれば一発で「自分」を食われてしまう可能性だって捨て切れない。
 だからこそ、晶は仮面をつけた。
 あれは別人格をよりスムーズに固定させるための道具であると同時に、確実に性格を切り替えるためのスイッチでもあると言う事なのだ。
 まー、そういう工夫をしたとしても、食われる時は食われるけどね。
 ほんとチャレンジャーだよねー。晶って。

「……だけど、それだけじゃないわね」

「へっ? それだけじゃないってどういう事ですか?」

「ただのモノマネじゃない、と言う事よ。あれは、本人のイメージの具現化と言っていいわね」

「イメージの具現化……ですか」

「本人が「鴉天狗」に抱いているイメージ。それを、自分の能力を掛け合わせる事によって現実化してるのよ」

 うーむ、さすがはししょー。
 良くもまぁほんの僅かな情報から、そこまでの事を推測できるもんである。
 確かに、私が確認しただけでも結構な量の能力を持っている晶だ。その力を掛け合わせれば別人になりきる事も可能だろう。
 だけどそれは、そのままならただのモノマネにしかならない。―――そう、そのままなら。
  
「狂気の魔眼による人格修正は、偽物を本物に変える最後の仕上げと言う事ですか」

「そういう事よ。まったく、とんでもない技を思いつく人間がいたものね」

「へ? それはどういう事ですかね、ししょー?」

「分からない? 肉体のポテンシャルとイメージの強さにもよるだろうけど、あの子のモノマネはオリジナルを超える事すら出来るのよ?」

「オリジナルを超える……」

 そうか。確かにししょーの言う通りだ。
 想像と言うのはどれほど現実に近くても、あくまでもその人物の持つ認識でしかない。
 本来の存在以上に捉えていることだってあるだろうし、その逆も然りだ。
 だから晶が相手を実力以上に捉えていれば、想像は現実を凌駕する事になる。
 ……確かに、これはとんでもない技だ。まさか‘過大評価’が武器になるなんて。
 
「晶が、鴉天狗という存在を強く思っていれば思っているほど、あの面をつけた晶は強くなるって事か」

 もちろん元となる存在がある以上、戦法や技などは限定されてしまうだろうけど。
 ここまでの仮定が真実なら、その程度の制限など問題にすらならないはずだ。
 いやー、凄いわ晶ってば。素直に感服するよ。

「おやおや、どうしました? 自慢の狂気の瞳も、相手を見れなきゃ意味がないようですねぇ」

「う、ウザい。なんてウザいのよコイツ!」

 他の「誰か」に成りきった晶が、鈴仙をかく乱し続ける。
 その仕草は、言ってしまえば晶がその「誰か」に抱いているイメージそのものだというわけで。

「ふふ、ふふふ、ふふふふふ、晶さんはユーモアのセンスに溢れていますね。お姉ちゃんはビックリです」

「……本人の目の前で、勇気あるなぁアイツ」

「そうねぇ」

 恐らく、というかほぼ間違いなく‘イメージ元’の、自称晶の姉であるブン屋が暗い笑みを浮かべた。
 ここまで技の概要が分かってしまえば、もはや多くを語る必要はないだろう。
 ……まー、自分のイメージがこんなウザいモノだったりすると、やっぱりショックなんだろうね。私はそっくりだと思ったけど。
 本当に凄いわ、感服する。良くもこんな命知らずな真似ができるもんだ。
 
「さて、テンポを変えますよっ!!」

 自分が姉の地雷を踏んだ事にも気づかずに、鴉天狗になりきった晶が新たな行動に移った。
 相手に気取られないための瞬間的な加速から、相手を惑わす為の目視可能な高速移動へとシフトする。
 緩急のあるかく乱からの急速な変化に、慣れ始めていた鈴仙が再度混乱し始める。
 応用が利かないからなぁ、鈴仙。
 だけど、いつまでもこうして相手をかき回しているだけじゃ限界が来るはずだ。
 すでに何度か致命的な隙を晒しているはずの鈴仙に、何故晶はとどめをささないのだろうか。

「まだかく乱を続けると言う事は、あの姿には確実が決め手がないと考えていいのかしら」

「でしょうね。……癪ですが、アレが私の姿を真似ているのなら得心がいきます」

「そうなの? あややんって攻撃力もそれなりにあったと思うけど」

「私はそうです。ですがその‘それなりにある’攻撃力を、晶さんには見せてないんですよ。元々、戦ってる姿も見せたワケでも無いですしね」

 なるほど。力の源が晶自身のイメージである以上、本人が出来る事でも知らなければ再現できないのか。
 だとすると今の晶には、具体的な決定打が無いという事になる。
 ……さて、どうするのかなー。いくら鈴仙でも、このままやられっぱなしなワケないし。

「―――甘いわね。いくら何でも私を舐め過ぎよ!」

「おおっ!?」

「私と同じ目を持っているなら分かるでしょう? 意外と応用が利くのよ、狂気の魔眼はっ」

 鈴仙の射撃が、晶の氷団扇を吹き飛ばす。
 疲労の色が濃い顔に笑みを湛え、彼女はようやく捉えた晶に弾幕を放った。
 ま、ただ速い程度じゃ、いくら鈴仙だって延々誤魔化されはしないか。
 今のは晶の戦術ミスだね。そしてこの失態は、今の状況では結構辛いハンデになるだろう。
 だけど晶のヤツ、ミスしたわりにはなんかヤケに落ち着いてない?
  
「さぁ、次は貴方の羽を奪うわよ!!」



 ―――――――喪心「喪心創痍(ディスカーダー)」



 放たれるスペルカード。速度を重視した弾幕が晶に向って飛んで行く。
 さっきの弾で軽く体勢を崩している晶に、それを避ける事はできないはずだ。
 弾丸が着弾しようとする、その直前。
 晶が、己の仮面に手をかけた。

「―――――四季面『花』」

「えっ!?」

 晶の仮面が、姿が切り替わる。
 顔半分を隠した面。前面だけを空けた氷のロングスカート。そして、晶自身と同じくらい巨大な氷の傘。
 サディスティックな笑みを浮かべ、晶はまた別の人物へと成り変わった。

「うそっ、一つじゃ無かったの?」

「あれは―――まさか、フラワーマスター!?」

「貧弱な弾幕ね。欠伸がでるわっ!!」

 晶が、氷の傘を振り回す。いや、傘の形を模して入るけど、あれはもう棍棒と言っても差支えないだろう。
 バカみたいにでっかい傘が起こす暴力の様な風の奔流に巻き込まれ、弾幕は軌道を変えた。

「そんな、私のスペルカードが……」

 呆然とする私達をよそに、晶は優雅に着地してみせた。
 傘を肩に引っ掛け、戸惑う鈴仙に対して冷笑を向けている。
 ……お、驚いた。他の面を用意していた事もそうだけど、力任せにスペルカードを破った事にも、私は驚嘆していた。 
 いくらあの花の妖怪を真似したとはいえ、まさかここまでの怪力が晶に宿るなんて。

「いえ、今のは違いますよ」

「へっ? どうしたのさ文っち、急に」

「てゐさんが勘違いしているようなので言っておきますが、アレは傘を振り回した勢いでふっ飛ばしたんじゃないんです」

「それじゃあなんで……」

「「風を操る程度の能力」でしょうね。役柄に入り込むための小細工とはいえ、ここまで巧妙にやると感嘆の声しか出てこないわ」

 あややの解説をししょーが引き継ぐ。
 なるほど、本物に及ばない部分は演出で誤魔化すわけか。
 ……でもそんな半端な再現が、奥の手って言うのはどうかと思うなー。

「もう少し、ぞくぞくする様な攻撃をしてほしいものね」

「ぐっ……なら、お望み通り強力なスペルカードでっ」

「残念、少し遅いわ」

 私達が考察している間にも、戦局は動く。
 新たなスペルカードを鈴仙が使おうとする前に、晶が彼女に接敵した。

「――うそ、はやっ」

 先ほどのような高速飛翔とは違う、ただ駆け出しだだけで鈴仙が相手を見失う程の肉体強化。
 フラワーマスターを真似た事で、晶の身体能力は天狗の面をつけていた時よりも遥かに強くなっていたようだ。
 射程内に近づいた晶は、担いでいた傘を勢いよく振り下ろした。
 鈴仙の顔色が変わる。ほとんど本能的に、彼女は真横へ跳んで逃げ出していた。
 ……そして、その判断は間違っていなかったようである。
 振りおろした傘は、まるでガラス細工を砕く様に地面に大きな亀裂を生みだした。

「へ――?」

「あ、あややっ」

「あらまぁ」

「    (声になってない)」

 ……わぁ、何それ。
 どうやら見誤っていたのは私のようだ。
 まさか、晶がフラワーマスターをここまで強大な存在だと認識していたとは。
 そんだけ馬鹿力を出せれば、もう演出とかいらないでしょうに。

「やるじゃない。じゃ、次行くわよ」

「あ、あわわ、あわあわ」

 鈴仙の顔色がどんどん青ざめていく。そして逆に、晶の顔は喜色に染まっていった。
 凄く楽しそうだ。なるほど、フラワーマスターを倣っているだけの事はある。……ちょっとサディスティック分が強めだけどね。
 しかも今度は一転して、一撃一撃が決定打になったワケだ。また極端な。

「はい」

「きゃぁーっ!?」

「ほら」

「うきゃーっ!?」

「えい」

「ひぃやぁー!?」

 軽そうな声とは裏腹に、一撃喰らえば折りたたまれそうな速度の攻撃が放たれ続ける。
 もはや、鈴仙に攻撃できる暇はなかった。
 あんな分かりやすく痛そうな攻撃を連発されれば、逃げに走るしかないだろう。
 どっかんばっかんと、とても打撃音とは思えない擬音が響き渡る。
 ……さっきのかく乱で疲労した鈴仙が、長い間耐えられるとも思えない。
 死ぬかもねぇ、鈴仙。

「いけない、このままじゃ……とりあえず距離をとって」

 大きく後ろに下がった鈴仙が、そのまま飛んで距離を取ろうとする。
 賢明な判断だ。少なくともあのまま近接戦闘を続けるよりはずっと賢い―――と思うんだけど。
 なんだろう、今の鈴仙の行動が死亡フラグにしか見えないんだけど。

「あれ? ちょっと待ってくださいよ?」

「ん? どしたのさ、あやゴン」

「えーっと、あのお面で晶さんは幽香さんになりきってて、イメージの範囲で能力が強化されてて、スペルカードは手持ちのモノで――あっ」

 文の表情が青ざめていく。
 何かトンデモない事実に気づいてしまったような、そんな表情で。
 彼女は、声を張り上げて叫んだ。
 ―――晶にではなく、大きく逃げた‘鈴仙に’対して。

「に、逃げてください鈴仙さぁーん! それはダメですよぉぉぉっ!!」

「へ?」

「うふふ、もう遅いわ」

 晶がスペルカードを取り出すと同時に、傘の先端を鈴仙につきつける。
 そして収束する光。私にすら分かるほどヤバいエネルギーが、傘の先に集まっていく。
 ……あ、あれ? あれってひょっとして。

「晶さんダメですぅーっ! そんなどこぞの性悪妖怪みたいな真似しちゃ―――」

「さ、頑張って耐えなさいね」

 文の叫びを完全に無視して、晶は満面の笑みと共にスペルカードを発現させた。



 ―――――――魔砲「マスタースパーク」



 光が、鈴仙を包み込む。
 圧倒的な力の流れが、そこにいる全ての者の感覚を一瞬奪い去った。
 それが、この戦いの決着。
 後には黒コゲになって目を回している鈴仙と、仮面を外し素に戻った晶の姿があった。
 しょうがないよねー、これはさすがに。
 見るとししょーも、諦めたように溜息を漏らしている。
 文っちは……なんか、「晶さんがUSCの影響を……影響を」とかブツブツ青い顔で呟いてるけど。
 いや、あやゴンも結構影響を与えていると思うよ? 主に天狗面的な意味で。
 そんな中、勝利者である晶は――何故か氷で作ったナイフを両手に持って構えていた。
 え? ここまでボコっておいてさらに追撃する気なの?

「何やってるのさ、晶」

「いやほら、油断するわけにはいかないじゃん。また起き上がってくるかもしれないし」

「油断って……どんな奇跡を使ったらこの状況で立ち上がれるようになるのさ」

 冷や汗をだらだら垂れ流しながら、素に戻った晶が呟く。
 いくら非常識な幻想郷でも、そこまで無茶な奴はそうそういないって。
 少なくとも鈴仙の場合、死んだふりするより耐えきって不敵に微笑むと思うよ?
 ……ひょっとして今まで容赦なくしてたのって、いつ逆転されるか分からないのが怖かったからなのかね。
 意外とあれでギリギリだったんだなー、晶のヤツ。

「もう決着はついたわ。トドメを指す気が無いなら、その危なっかしいものを仕舞ってもらえないかしら」

「いや、さすがに決着がついたっていうなら、ソレ以上何かする気はないんですけど……えーっと」

「八意永琳、永琳でいいわ。―――てゐ」

「はいはーい、鈴仙回収しまーす」

「さて、それじゃあ永遠亭に行きましょうか。鈴仙の手当てもしたいし、貴方もお休みしたいでしょう?」

「は、はぁ。だけどその……」

「細かい話は後で、ね」

「………はい」

 ししょーが笑顔でそういうと、晶は顔を真っ赤にして頷いた。
 甘い、甘い過ぎるよハニーボーイ。
 一見すると優しくこの場を纏めているように見えるししょーだけど、実際のところは自分の意見をごり押ししているだけだ。
 あーあ、間違いなく何か企んでるねこの人。晶もお可哀想に。
 どうやらさっきの弾幕ごっこは、師匠の琴線にも触れてしまったようだ。
 人の良さそうな考えの読めない笑みを浮かべながら、ししょーはブツブツ言ってるあややんにも視線を向けた。

「さ、貴方も永遠亭に行くんでしょう? いつまでもぼーっとしないで、一緒に行きましょうよ」

「……そうですね。いつまでもぼーっとはしていられませんね。では晶さん」

「はい?」

「―――ちょっと向こうに行きましょうか。いろいろお話があります」

 親指で軽く人気のない方を指さし、最高にイイ笑顔を浮かべる文。
 と言ってもししょーのように得体のしれないモノではない。むしろとっても分かりやすい。
 ああ、笑顔は本来攻撃的なもんだって話、本当なんだね。

「えとあの、そういう話も永遠亭についてからで」

「……いいえ、その話はこっちで済ませた方がよさそうね。私達はうどんげの応急手当をしているから、しばらく話し合ってくれて構わないわよ?」

「ありがとうございます。さぁ、行きましょうか晶さん」

「いや、あれですよ? さっきのはフィクションであって、実在の妖怪とは一切関係なくて」

「その言い訳してる時点で、もう何で呼ばれているのか自分で把握してるじゃないか」

「―――えへっ☆」

「さ、存分に‘話し合い’ましょう?」

「あうぅ……」

 可愛らしく誤魔化そうとした晶の試みも、あっさり失敗した。
 そして首輪を掴まれずるずると竹林の奥に連れていかれる、芸達者なおマヌケさん。
 ……どうやら、戦術眼はあっても戦略眼は持ってなかったようである。
 二人がいなくなった所から聞こえてくる悲鳴を聞き流し、私は一人苦笑するのだった。
 



[8576] 東方天晶花 巻の三十四点五「雨は一人だけに降り注ぐわけではない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:58
巻の三十四点五「雨は一人だけに降り注ぐわけではない」




幽香「…………あら」

レミリア「……………ほぅ」

パチュリー「…………(ぺらっ)」

美鈴「(えっ!? これだけ何かありげに囁いたのにガン無視ですかパチュリー様)」

咲夜「(何をやってるの、美鈴。こういう時のために貴女がいるんでしょう?)」

美鈴「(いえ、私がこのお茶会に参加出来てるのは、お嬢様の気まぐれ以外の何ものでもないんですが)」

咲夜「(……刺すわよ)」

美鈴「お、お二人ともどうしたんですか!?」

幽香「ええ、晶が私を侮辱したのよ。そんな気がしたわ」

美鈴「そ、それはあまりにも言いがかり過ぎるのでは? 晶さんそんな事言わないでしょう」

幽香「くすくすっ、晶も成長したものね。後でご褒美をあげないと」

美鈴「(無視ですか。そしてそのご褒美は、世間の常識に照らしあわせてもご褒美と言えるんですか?)」

美鈴「……えっと、お嬢様の方はどうしたんですかね」

レミリア「なに、つくづく面白い運命を持つ男だと思ってな」

美鈴「それは、晶さんの事……ですよね?」

パチュリー「男の知り合いなんて、後は魔法の森の古道具屋しかいないでしょ?」

美鈴「(そもそも男性であった事を忘れていたんですが……さすがに言わない方がいいでしょうか)」

レミリア「くくっ、僅かでも運命が揺いだ時のために‘アタリ’をつけていたのだが……さすがは晶だ、いい意味で期待を裏切ってくれる」

美鈴「……その、運命にアタリって言う表現がイマイチ良く分からないんですが」

レミリア「運命というのは複雑に絡まった毛玉のようなものだよ。先の事になればなるほど絡まっていて、一目では読み辛くなるのさ」

レミリア「しかもソイツの糸だけでなく、他人の運命の糸まで絡みついているのだから尚更な」

幽香「では、運命に‘アタリ’をつけるというのは、目に見えているその人の糸を掴むようなものなのかしら?」

レミリア「ほとんど相違ないよ。もちろん、手に持った糸を弄る事もできるぞ? それが私の持つ「運命を操る程度の能力」の本領だからな」

幽香「怖いわねぇ。私も掴まれないよう気をつけなくちゃ、ふふっ」

レミリア「安心しろ、貴様のような妖怪の運命はザイルのように図太い。弄るのも面倒だし見るのも面倒だから頼まれたって触れるものか」

幽香「あらあら、言うわねぇ」

美鈴「(ま、また空気が重くなってきた)そ、それで晶さんがどうしたんですか? また何かトラブルにでも?」

レミリア「端的に言うと、死亡フラグを折って立てた」

美鈴「……本当に端的ですね。しかも、折ったのに立てたんですか?」

レミリア「ああ、むしろ折りながら立てた」

美鈴「(晶さん……生きて帰って来てくださいよ)」

パチュリー「――はぁ、なによ。結局いなくなってもアイツの話題しか出てこないんじゃないの」

咲夜「それだけ皆様、久遠様の事を想っているという事ですよ」

レミリア「ふっ、もちろんその中にはお前も入っているんだろう? たった二日で随分寂しそうだぞ」

咲夜「……そうですね。最近は久遠様に対する教練も一日の予定に入っておりましたので、無くなった分調子も狂ってしまったのかもしれません」

美鈴「あ、それは初耳です。晶さんメイド修行もしてたんですか?」

咲夜「いいえ、そちらは実地で覚えてもらっているわ。教えているのはナイフの使い方よ」

美鈴「………な、ないふ?」

咲夜「貴女の能力を覚えてから、久遠様は氷で道具を形成する訓練を始めたのよ」

レミリア「なるほど、以前の魔槍の応用か。確かにアレで自由に武器を構成出来れば、戦い方の幅は大きく広がるからな」

幽香「そしてその足掛かりとして、晶は貴女にナイフ術を教わったわけね」

咲夜「はい。久遠様はとても優秀な生徒でした。実は二つほどスペルカードも習得させております」

レミリア「……それは初耳だな。まさか、奴にお前の能力を教えたのか?」

咲夜「いいえ。本人が能力で「真似た」だけです。結果的に同じであったため、習得したと申し上げましたが」

美鈴「メイド長です……第二のメイド長が生まれようとしています(ガクガクブルブル)」

幽香「……あげないわよ?」

レミリア「なに、今のところは客人で満足さ。なぁ咲夜?」

咲夜「……………………………はい」

パチュリー「(どれだけ手が足りてないのかしら、紅魔館)」

レミリア「しかし、晶もここに来た頃と比べて随分と強くなったものだ」

美鈴「そうですよねぇ。案外、またどっかで強くなってるんじゃないですか?」

レミリア「だとしたら……近いかもしれんな」

美鈴「はい? 何がです?」

レミリア「…………ふん、何でも無いさ」

咲夜「…………」

パチュリー「……………」

幽香「……………」

美鈴「(ど、どうして私だけがハブられてる感じに!?)」

パチュリー「ところで貴女も、いいの? 随分長い間太陽の畑を放置しているようだけど」

幽香「ふふっ、心配しなくても、暇を見つけてちゃんと様子を見に行ってるわ」

パチュリー「別に心配というわけじゃないけどね」

美鈴「(わ、わざとらしい話題の変化に誰もツッコミを入れないんですか)」

幽香「こう見えて、私も結構マメなのよ」

レミリア「ほぉ、それこそ意外だな。己が領域を持たない孤高の妖怪が、自分の家を気にかけるとは」

幽香「そうしないと可哀想な目に遭う河童がいるのだから、しょうがないわ」

美鈴「…………かっぱ?」

幽香「酷いわよね、天狗も晶も。せめて近況ぐらいは言いに行ってあげてもいいのに」

美鈴「(答える気はないんですね。あくまで)」

小悪魔「め、美鈴さぁぁぁああん!」

美鈴「あれ、こぁちゃんどうしたんですか? 私の代わりに門番をしていたんじゃ……」

小悪魔「ききき、来ましたっ! 白黒いのが来ましたっ!! 今、妖精メイド達を逐次投入して何とか凌いでいる所ですが、もう限界ですっ」

美鈴「っ! 最近大人しいと思ったらっ―――お嬢様!」

レミリア「構わん。無作法な侵入者を排除してこい」

美鈴「はい! ってあれ、幽香さん?」

幽香「ふふふっ、面白そうね。私も手伝ってあげるわ」

美鈴「それは助かります。ついてきてくださいっ」

幽香「――あの子には、迷いの竹林での借りを返さないといけないものね。ふふっ」

小悪魔「あ、待って下さいお二人ともっ」

パチュリー「…………」

咲夜「…………」

レミリア「…………」

パチュリー「何故かしら、いやな予感しかしないわね」

咲夜「そうですね。では念のため、私も屋敷の防衛に――」

レミリア「……どうやら、その懸念も早々と手遅れになったようだぞ」

パチュリー「むきゅ?」





???「おおっ、何でお前がここにいるんだ!?」

幽香「あら、どうでもいいことじゃない。些細な問題よ」

???「確かにな。どんな壁も、この私の障害にはならないぜっ!!」

幽香「ふふっ、言うわね。ならどちらが障害なのか、力比べで決めるとしましょうか」

???「上等だ! 私の弾幕は、お前の暴力より乱暴だぜっ」

美鈴「ちょっ、ダメですよそれは!?」

小悪魔「こ、こぁぁぁぁぁああああっ!?」





レミリア「……咲夜、被害を最小限に抑えなさい」

咲夜「善処します」
 
レミリア「最低でも館の形が残っていれば文句は言わないわ」

パチュリー「なによ。結局あの男がいてもいなくても、騒がしいのに変わりはないわけね」

レミリア「くっくっくっ。なに、それもまた幻想郷らしくて良いじゃないか」

パチュリー「……咲夜、図書館にも被害がいかないようにしてね」

咲夜「善処します」

パチュリー「―――あーあ、本当に、騒がしすぎて嫌になるわ」





おまけ

天狗面『鴉』と四季面『花』(らくがき)

(http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/menakira.jpg)



[8576] 東方天晶花 巻の三十五「主よ、助けてくれとは申しません。私の邪魔をしないで下さい」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:58

巻の三十五「主よ、助けてくれとは申しません。私の邪魔をしないで下さい」




「――失礼します。やはり、退屈そうにしておられますね」


「ええ、ご期待に添える報告となりますよ」


「変わった人間です。……ふふっ、そうですね。あの紅白や黒白に近いタイプかもしれません」


「あら、それだけでは興味を惹かれませんか」


「私の意見ですか? そうですね、試す価値はあると思いますよ。―――かの五つの難題に、応える器があるかどうかを」


「ふふっ、では少しお話をしてみます?」


「畏まりました。少々お待ち下さい――――姫様」










「えー、それではお茶を持ってきますので大人しくしてなさい特にそこの人間」

 不機嫌さと敵意を隠そうともしないで、安静にすべきはずのレイセンさんが立ち上がる。
 永琳さんに押されるまま永遠亭に案内されてしまった僕達は、やはり流されるまま座敷の一つへと通された。
 ところが、招待者である永琳さんは早々とどこかへ行ってしまったのだ。
 残されたのは、接客する気が無いてゐと色々言付けされていた彼女だけで。
 必然的にレイセンさんは、怪我した身体で客人である僕達をもてなす羽目になってしまったワケだ。
 ああ、見え隠れする包帯が痛々しい。だけど、ブレザー、ウサ耳、包帯の組み合わせはあざと過ぎるんじゃないだろうか。

「アンタにだけは言われたくないわよっ!!」

「はわわっ!?」

「れ、鈴仙? どしたの?」

「晶さんが何かしましたか?」

「分からないわ……だけど、今何故か「お前が言うな」的な不愉快さが急に」

 ……彼女、クロコゲになった影響で精神不安定になってない?
 目眩を抑えるように頭を押さえ、首を傾げつつその場を後にするレイセンさん。
 残されたのは、僕と文姉と何故かお客様の位置にいるてゐだけだった。
 って、てゐさん? 何故君はそこにいるんでしょうか?

「気にしない気にしない」

「……心を読むのは、幻想郷のデフォルト技能なの?」

「気にしない気にしない」

「…………」

 いや別に、心読まれるのも横に居られるのも全然構わないんだけどさ。
 どうも君が突飛な行動を取るたびに、何かあるんじゃないかと勘ぐってしまうわけなんですよ。
 ここにいるのも半分くらいはてゐの仕業だしなぁ。残り半分は……何も言うまい。

「文姉もゴメンね? なんか、取材どころじゃなくなったみたいで」

「いいんですよ。それよりも私は、晶さんの体の方が心配です」

「心配って……僕は無傷で弾幕ごっこを終えたんですが」

 身体中擦り傷だらけな上に打ち身で全身ギシギシいってる事に加え畳みかけるようにたんこぶも出来てるけど、これ全部やったのは貴方ですよね?
 回避も防御もできない耐久スペルはただの拷問なんだと、おかげでシミジミ理解しましたよ、ええっ。

「ブン屋が心配してるのは、アンタが弾幕ごっこ中にやった『変化』による影響じゃないの?」

「面変化の事? 何か心配するような所があったっけ、アレに」

「ありまくりです! 狂気の魔眼による性格変化に上位の妖怪を真似るという無茶までやっておいて、「心配する所はない」なんて言わないでください!!」

「そ、そうかなぁ……?」

「普通に考えたら、心狂うか体壊すかして人生終わらせてるよねー」

 てゐは気楽そうに言ってるけど、文姉の方は本気でその心配をしているようだった。
 まぁ、言われてみると確かにそうだ。理屈の上で考えれば、僕がこうしてオシオキの痛みにだけ耐えている事は本来ありえない。
 文姉を真似……げふんげふん、鴉天狗を真似た天狗面の方はまだ問題ない。
 元々僕自身の基本戦法はヒットアンドアウェイだ。
 同時にスペルカードを使えるようになりはしたけど、そこまで逸脱した力が備わったというワケでもない。
 問題なのは、幽香さん……げほげほ、四季面の方だろう。
 普段の僕は気の使い方を、「強度」――要するに頑丈さに主眼を置いて強化している。痛いのは嫌だからね。
 ……や、一応「身体能力は強化してもあんまし使わない」という真っ当な理由もあるんですよ?
 けど、結局のところ強度の方を優先している一番の理由はソレだから、無駄にカッコつけてもしょうがなくてね。
 戦法的に要らないだけであって、あればあったで他の使い道が出来るものだし、それは。
 ……言い訳ごめんなさい。そもそも問題ってそこじゃないですよね。

「確かに、あれだけ無茶苦茶な身体強化しておいて、全然平気なのは僕もおかしいと思うけど」

「分かってるんじゃないですか……」

 気で強化している事を考えても、あの身体能力の向上は異常過ぎる。
 普通に考えれば、身体のセーフティ的なものが外れているとしか考えられない。
 後遺症がないのかを文姉が気にしているのも、至極真っ当な事だと言えるだろう。
 ……実を言うと、デメリットがない事に関しては、僕も僕なりに仮説を立ててはいたのだ。
 ただ、あまりにも突飛……と言うか、その、何と言うか、かなりアレなので、口にはしなかったのだけど。

「とりあえず、無事なんだからいいじゃん」

「そういうのを問題の先送りと言うんですよ」

「目先の問題を見なかった事にする天才だよね、晶って」 

「あははははー」

 二人のもっとも過ぎるツッコミに苦笑だけを返す。
 こんな仮説、言えるはずがない。言ったら恥をかくに決まっている。



 そう、‘面による変化で発揮されているモノこそが、僕の能力で出せる本来の力じゃないのか’なんて。



 ……我ながら、自信過剰にも程がある妄想だと思います。
 いや、根拠なら一応ある――というか、前から似たような事を考えてはいたんだけどね。
 能力が劣化するのは、僕が人間だからなのだろうかって。
 人が妖怪に敵う事はない。というのは、未だ変わらぬ僕の根底にある認識だ。
 だけど、幻想郷にはその認識を崩す人間が存在していた。
 十六夜咲夜さん。吸血鬼の最も信頼する侍従で、紅魔館でも屈指の実力者である。
 彼女が人の身でありながら強者の地位を保っていられるのは、強力な能力があるからに他ならない。
 少なくとも、力の無い者に己の傍を許すほどレミリアさんは甘くないのだ。
 彼女を見ていると、「人だから」という理由が能力の劣化に繋がるとはどうしても思えない。

「……だけど、僕自身が‘人は妖怪に勝てない’と思い込んでいたらどうだろう」

 「相手の能力を写し取る程度の能力」という力の特性上、僕には必ずオリジナルという「比較対象」が存在してしまう。
 それが、精神に依存している幻想の力にどう影響を与えるのかは、改めて言う必要もないはずだ。
 劣化させているのが、僕自身の思い込みにあるというのなら。
 それを取り払った面変化の能力が強化されるのは、当然の結果であると言える。
 ……うん、やっぱりこの仮説は都合が良すぎるよね。 
 仮に真実だとしても、素の僕の能力劣化が治らない事に変わりはないんだし。
 
「それに、体力に関しては完全に人間基準なんだよね。僕って」

 この際だから心の内で白状しておきますが、後一発休まずに四季面でマスタースパーク撃てばヘロヘロになります。
 いや、普通に戦う分にはまだ問題ないんですけどね? やっぱりアレ系の技は消費激しいです。

「色々考察しているのは分かるけど、もう少し台詞を漏らしてもいいんじゃない?」

「へっ?」

 気づけば、てゐが僕の口にウサ耳近づけメモを取っていた。
 どこからともなく取り出した手帳には、ミミズののたくったような文字で何かが書かれている。
 下手なのか暗号なのか分からない所がてゐらしい。
 だけど少なくとも、そこに僕の弱みっぽいモノが書かれている事は間違いないはずだ。
 本当に、この妖怪兎は他人の隙を見逃さないね。

「な、何でも無いですって。ただの根拠皆無な仮説ですよ? 弱点とか欠点とかの話でもないよ?」

「追及して欲しくなければ永遠の忠誠を誓え」

「代償でかいなぁっ!?」

「ジョークジョーク」

 可愛らしく舌なんか出して誤魔化したけど、今のが本気だって事くらい分かってるからね?
 ここで冗談交じりに「じゃあソレで」とか答えたら、その瞬間に既成事実をでっちあげて本当に下僕にする気でしょ。
 瞳の奥に、ひっそりと輝く策士の光を見逃すと思わないでほしいね。

「………ちっ」

 本当に怖いですこの兎詐欺、いちいち気が抜けないんですけど。

「晶さんの推測は適当半分思いつき半分ですから、メモする価値はありませんよ」

「……酷いと思うのに否定できない自分に泣きたくなりました」

「自覚あるなら直せばいいのに」

 無理っす。いろいろ理屈は考えるんだけど、最終的に「結果が合っていればいいか!」となるのが僕の悪い所です。
 まぁ文姉の言う事ももっともだし、これ以上思考の翼を広げて明後日の方向に飛んで行くのは止めておこう。

「ちなみに、身体だけでなく心の方も心配してるんですが、そっちはどうなんですか?」

「ああ、そっちは全然大丈夫だよ。たぶん」

「おやおや? こっちは自信がありげだね。最後に弱音ひっ付けたけどさ」

「うん。面変化してる時って、性格は変わってるけど中身は変わんないんだよね。あの感覚は、FPSってジャンルのゲームをやってる感じに近いかも」

「………はい?」

「………あや?」

 うっ、さすがに今の例えは伝わらないか。反省反省。
 一応自分の意思が反映されているのに細かい所で差違が出る部分とか、面特有の‘お喋り’を止められない部分とかは特にゲームっぽいと思うんだけど。
 違うのは、痛みが伴う所と確実な攻略法が無い所くらいか。
 もちろん例えただけであって、本当にゲームと割り切る事はできません。割り切って痛い目に遭うのは僕だしね。

「良く分からない例えですが……まぁ、一応大丈夫という事で納得しておきますよ」

「そうしてください。詳しく説明を求められると答えられそうにありません」

 自分で自分を説明できないというのは、思った以上に辛い。
 けど、幻想を理屈で語りきっちゃうのも、それはそれで間違っている気がする。
 結局感覚で理解するしかないんだよなぁ……今度、理論的に自分の力を語れそうなメンツに話を聞いてみようか。

「随分と話が弾んでいるようね――あら?」

 僕達がそんな、生産的なのか無駄なのか分からない話を重ねていると、座敷の奥から永琳さんが入ってきた。
 彼女はぐるりと部屋の中を見渡し、怪訝そうな顔をてゐに向ける。

「ああ、鈴仙ならお茶を入れに行ったっきり戻ってきませんよ」

「そうなの。……そんなに時間がかかるはずないのにねぇ」

 そういえばレイセンさん、全然戻ってこない。
 すっかり忘れてたけど大丈夫だろうか。廊下の途中で倒れてたりしてないよね。
 しかし、そんな僕の不安なんて考えてもいないのか、永遠亭の二人はあっさりそれでレイセンさんの話題を切り上げた。
 ううっ……ヒエラルキーの最下層って悲惨だよね。

「そうそう。ブン屋さん、貴方取材に来たのよね」

「はぁ、そうですが」

「今、‘許可’を取ってきたから、私達の‘道具’を幾つか見せてあげてもいいわよ?」

「あややっ!? 本当ですかっ」

 永琳さんの言葉に、文姉の顔色が変わる。
 だけど色々おかしくないかな、今のセリフ。
 僕の聞いた話では、永琳さんが永遠亭の元締めだったはずだよね?
 なら、いったい誰から許可を取ったって言うんだろう。
 それに文姉の興奮具合もちょっとおかしい。僕の持ってきた道具を見せられた時のようにハイテンションだ。
 ……良く考えたら僕、永遠亭に関して全然情報を持ってないんだなぁ。

「ええ、てゐが迷惑をかけたお詫びも兼ねてるから、遠慮しなくていいわよ」

「本当ですか! やりましたね晶さん、大スクープの予感ですよっ」

「あ、うん。やったね文姉」

 だから、どこらへんが大スクープなのかを淡々と説明台詞で分かりやすく漏らしてください。
 ……ダメっぽいか。文姉ってば完全にゴシップモード入ってるもんね。
 こうなると彼女からは、倫理観や平常心や姉心が完全に失われてしまうしなぁ。

「ただ、申し訳ないんだけど晶さんは連れていけないの。そういう条件を出されてね」

「晶さんは大人しくしててくださいよっ!!」

「……はーい」

「あー、やっぱブン屋はブン屋かー。ちょっと安心した」

 確かに最近、別の側面が主張しまくってたからね。
 だけど、ここまで来て置いてきぼりくらうのはちょっと寂しいかも。
 どんな道具があるのか、僕も態度には出さなかったけど興味はあったのになぁ。
 あ、永琳さんが申し訳そうにこっちを見てる。

「ごめんなさいね。代わりと言ってはなんだけど―――てゐ」

「はいはい」

「貴女は晶さんの面倒を見てあげなさい。いい、永遠亭の‘隅々’まで案内するのよ? ……分かるわね」

「……なるほど、了解しましたー」

「えっと、端々に陰謀臭を感じさせる言動も含まれてますが、結論としては永遠亭を案内してくれると言う事でいいんですよね」

「ダメですよ晶さん! 変に疑いを持つのは彼女らに失礼ですっ」

「あーそうですねあやねぇのいうとおりです」

 ダメだこの人。完全にスクープに目が眩んじゃってる。
 普段あれだけ口を酸っぱくして言っている忠告すら記事のために投げ出すこの人は、困った事に僕の姉です。

「じゃ、早速行こうか晶。てゐちゃんが無料で案内してあげるよ」

「うわっ、ちょっと!?」

 てゐが僕の腕を掴み、勢いよく引っ張っていく。
 まるで、これ以上話していたら何かに気づかれると言わんばかりだ。
 永琳さんも同じように、文姉を連れてどこかに行こうとしている。
 ……嫌な予感がガンガンするなぁ。
 果たして僕は、生きてここから帰ってこれるんだろうか。










「まったく、てゐの影響かしら……兎の悪戯好きにも困ったものね」


「おかげでお茶をいれるのも一苦労よ」


「お待たせしました。お茶持ってきました――って、あれ?」


「え? 何で誰もいないの? え? え?」










「それにしても、なんだかちぐはぐな所だよね、永遠亭って」

 しばらくてゐに促されるまま永遠亭案内を受けていた僕は、何とはなしに呟いた。
 そんな僕の言葉に、てゐが不思議そうな顔して振り返る。

「およ? なんだい急に」

「いや、なんか紹介されてて思ったんだけど、ここってちょっとおかしくない?」

「どこらへんが?」

「……微妙にだけど、なんか「外国から見た誤った日本」的な感じがするんだよね」

 基本的に、永遠亭は造りも中身も完全な和の屋敷である。
 診療所でもあるため、幾つか現代テイストな部分も見受けられるけど、根本のところは公家屋敷だ。
 周囲の竹林を風景の一部とした庭等、雅さを重視した工夫も随所に見えるあたり、主人のセンスはかなりのモノだと思われる。
 ……あれ? おかしいな、どこにも誤った所が見つからないぞ?

「―――なるほどね。推測は思いつき半分とは、鴉天狗も良く言ったもんだ」

「ほへ?」

「あながち間違ってないって事だよ。日本滞在歴はアンタより高い外国人だけどね」

「えーっと、それってつまり……どういう事?」

「……ここの住人はね、月に住んでたのさ」

「へっ? 月?」

 思わず、屋敷の外を見つめてみる。
 とは言え今の時間では、月どころか夜の空すら見えないワケだけど。
 そんな僕の態度に、てゐは愉快そうに笑いだす。

「その様子だと、永夜異変関連の事は何も知らないみたいだね」

「……永夜異変?」

「困った主人の無茶ぶりを、もっと困った従者が叶えようとしておこしたイザコザの話だよ」

 肩をすくめながら、皮肉げな笑みを浮かべるてゐ。
 話の流れから考えると、永遠亭の人たちが関わっている事件なんだろう。
 むしろてゐの表情からすると、その永遠亭の人たちが起こしたイザコザなのかもしれない。
 ……だとすると、主人が永琳さんで従者がレイセンさん?
 てゐが自分の事を「もっと困った」と言うとは思えないから、妥当な組み合わせだと思うけど。
 被害者ポジション以外の定位置を考えられない彼女が、無茶ぶりとは言えイザコザを起こせるのかなぁ?

「ああ、言っておくけど鈴仙は関係ないよ」

 こちらの考えをあっさりと見透かしたてゐが、意地悪な顔で僕の勘違いを指摘する。
 なんだ、やっぱり違ってたか。
 僕としてもこれはないと思っていたから、否定されても驚きはしなかった。
 と言う事は、やっぱり……。

「居るんだね? 永遠亭には永琳さんの他に、本当の主と言うべき人が」

「居るよ。と言うより、私はししょーが一番偉いなんて言った覚えはないよ」

「……確かに、元締めをやってるからと言って、その人が一番偉いとは限らないけどさ」

「そういう事だよ。まートップってのは、元締め共が足並みを揃えるために祭り上げた奴を指す言葉だしね」

「いや、腹黒キャラの広辞苑から引用した言葉を常識のように語られても」

 そしてその理屈が事実だとすると、永遠亭の主も祭りの御神輿だって事になりませんか。
 ……自分の師匠も「もっと困った従者」扱いしてるし、てゐって永遠亭の一員の割には自由だよなぁ。

「あ、ちなみに私は月の住人じゃないから、永遠亭でもちょっと特殊な立ち位置にいるんだよね」

「へ? そうなの?」

「前に言ったじゃん、私は永遠亭の成立にも関わってるって。いくら時間があると言っても、月の奴らがいきなり地上に拠点は作れないよ」

「てゐは地上に来てからの協力者って事? なら何で永琳さんの事を師匠って……」

「それが取引の結果なんだけど―――これ以上先は、私よりトップに聞いた方が早いかもね」

「……トップ?」

 てゐがぴょんと跳んで後方に下がった。
 真横にある柱の一つに触れ、何故か僕に向かって手をヒラヒラと振るう。
 その仕草に嫌な予感を感じた僕は、慌てて自分の足元を確認した。
 良くある板張りの廊下には、何かが仕掛けられているとは思えない。
 なら上かな?

「勘は鋭いし頭も切れるけど、相変わらず危機感はないねぇ。残念でした、下であってるよ」

 てゐの触れている柱の一部が軽く凹む。
 それに合わせ、僕の立っていた廊下にぽっかりと穴が開いた。
 ……あの、この穴まるで地獄に繋がっていそうなほど深いんですけど、コレいつのまに用意したんですか?

「と、飛んで……」

「良いから落ちんかい」

「ひでぶっ!?」

 おもっ!? そして痛っ!?
 背中に凄い衝撃と重量が加えられる。
 何これ重たい!? 何を乗せられたのっ!?
 上からの衝撃に踏ん張れなくなった僕は、そのまま重しと一緒に穴の中へと落ちていく。

「うわぁぁぁぁぁあああんっ! 覚えてやがれこの兎詐欺ーっ!!」

「やだーっ」

「後でお詫状送るだけでもいいから、ちゃんと謝れーっ!!」

「やだーっ」

「うわぁぁぁぁあああんっ! 泣いてやるぅぅぅぅぅぅううっ!! 生きてても死んでてもてゐの枕元でシクシク泣きじゃくってやるぅぅう!!!」

「………余裕あるなぁ」

「ぎゃふんっ!?」

「あ、落ち切った。……つーか今、かなりヤバい音したね」

 落下の衝撃と上に乗ったモノの重量でサンドイッチプレスを受けた僕の意識は、一気に失われていった。
 やっぱりこの兎詐欺は、安易に信用する事ができないと切に思いましたとも。
 ――文姉、皆。僕は帰れないかもしれません。

「まーいいや。頼まれた仕事はこなしたし、戻って鈴仙で遊んでよーっと」

 遠ざかるてゐの足音だけが、遠のいた意識の中で何故かはっきりと聞こえるのだった。










「ふふっ、良くきたわね。御客人」


「私はこの永遠亭の主―――貴方には、なよ竹のかぐやと名乗った方が分かりやすいかしら」


「……あのね。驚いたのなら驚いたなりに反応ってものがあるでしょう?」


「なによ。この私を無視するなんていい度胸して―――ってきゃぁぁぁああっ!?」


「なんで!? なんでこの子、石を過積載した金ダライに押しつぶされているわけっ!?」


「ちょ、なんか出てる、なんか出てるーっ!?」


「えーりん!? ちょっとえーりん!? 助けてよえーりぃぃぃぃぃぃん!!」




[8576] 東方天晶花 巻の三十六「命と引き換えに金を欲しがるのは強盗であるが、女はその両方とも欲しがる」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:58
巻の三十六「命と引き換えに金を欲しがるのは強盗であるが、女はその両方とも欲しがる」




 目を覚ますと、眼前で謎の儀式が行われていた。
 右に左に移動しながら、同じ言葉を繰り返す不審人物。
 何これ、邪神召喚の儀式か何か?

「えーりん! えーりん! 助けてえーりん!! えーりん! えーりん! 助けてえーりん!!」

 儀式に参加しているのは、少女と呼んでも差支えない年頃の女性一人だけ。
 彼女を一言で表現しろと言われれば、僕は迷わず「お姫様」という呼称を用いるだろう。
 それほどの優雅さと気品が、今の彼女からも感じ取れるのだ。
 いや、本当ですよ? 怪しげな舞踏しているようにしか見えないのに、それでもお姫様っぽいんですよ。
 ……結局の所、怪人物には変わりないんですがね?

「ああもう、なんでこないのよ!? こういう時に来るのが従者の役割でしょ!?」

 途方に暮れた様子で、頭を掻き毟る謎の少女。
 って従者? あ、じゃあ今の、「えーりん」って永琳さんの事か。
 そういえばてゐが僕を落とす前に、トップにどうこうとか言ってたっけ。
 ……ひょっとしてこの人が、永遠亭のトップ?
 なるほど、そうして見ると確かにそれっぽい風格が漂って……漂って? うん、漂っているね?
 いや、おべっかじゃないよ? 本当にカリスマっぽいんですよ?
 例えて言うならレミリアさんみたいな――ああ、いや何かそれは両方共にごめんなさい。

「どうしよう、とりあえず鈴仙でも呼んで……」

 それにしても、どうしてこの人こんなにもパニくっているんだろうか。
 事あるごとに視線がこっちに向くんだけど、僕何かした?

「いや、その前にこのタライを」

 ――――タライ?
 彼女の呟きのおかげで、今僕がどういう状況に陥っているのかを確認できた。
 どうやらうつ伏せになった背中に、何かが乗っているらしい。
 彼女はそれをタライだと言っているけど……こんなに重いタライが存在するのだろうか。
 まぁいいや、とりあえずとっとと抜け出そう。

「よいしょ」

「あら?」

 自分でも驚くほどあっさりと立ち上がる事が出来た。
 以前氷精との戦いで得た教訓から、常に自分の身体を気で強化していたおかげだろう。
 戦闘時ほど強力に強化しているワケでもないというのに、ここまで身を守ってくれるとは……気を使う程度の能力様々だね。
 でも、出来れば罠そのものに引っかからないようになりたいよなぁ。
 ちらりと背後を振り返ると、そこには石が積まれまくったタライが転がっていた。
 てゐの奴め、何と言う手加減無用っぷりか。彼女とはいつか決着をつけないといけないようである。
 身体の調子を確かめるように全身を動かしながら、僕は思いっきり溜息を吐くのだった。

「……ってうわっ、何これ全然痛くない。むしろ休んだおかげでオシオキの痛みまでなくなってるじゃん」

 何と言う治癒能力。これ程の回復力があるなら、美鈴があれだけ頑丈なのも頷ける。
 だけどこれ、微妙なダメージなら避ける気力を無くしちゃうよね。何しろ、受けた直後に治っちゃうんだもん。
 便利だけどあんまり頼れそうにないなぁ……僕の場合は、油断してたらダメージが蓄積しててやられるとか充分ありそうだし。
 
「ふふっ、落ちついたかしら?」

「落ちつ……あれっ?」

 タライを見つめながら思考に浸っていたら、邪教崇拝の少女に話しかけられた。
 しかし、振り返っても彼女の姿はさっきの場所に無い。

「こっちよ、こっち」

 言われるままに、声のもとへと視線を移動させる。
 今まで余裕が無くて気がつかなかったけど、この部屋は御簾で部屋の一部を隠してあるらしい。
 さっきまで右往左往していた彼女は、いつのまにかその中に入って笑っていた。
 ……そういえば平安時代ぐらいの高貴な身分の女性って、人目を避けるのが嗜みだったんだよね。
 求愛する男性側も、ストーカー行為をしなければ顔合わせする事すら出来なかったらしいし。
 ちなみにこの場合の顔合わせは、イコール同衾の事です。
 なるほど、屋敷だけじゃなくて主人の振る舞いも平安時代的なんだね。
 ―――さっきの暗黒舞踏が無ければ、完璧なお姫様登場シーンだったのになぁ。

「ようこそ御客人。私はこの永遠亭の主、蓬莱山輝夜よ」

 あ、なんか普通に続けてる。
 どうやら彼女は、今までの失態を無かったことにするつもりらしい。
 こっちの戸惑いお構いなしに、彼女は優雅な仕草で妖艶に微笑んでみせた――のかな? シルエットだけじゃ良く分かんないや。
 それにしても、かぐや……ねぇ。
 平安貴族のような振る舞いに、竹林の中の屋敷。さらに月から来たというてゐの言葉。
 ここまで揃った上でその名前を聞かされたら、出てくる発想は一つしかない。

「アナタには、なよ竹のかぐやと名乗った方が良いかしら」

 そこに居たのは、かの竹取物語の主人公。
 あらゆる立場の男性から求愛され、当時の帝すら魅了したという絶世の美女――かぐや姫。
 まさしく伝説上の人物が、僕の目の前に存在していた。
 「驚かなかった」と言えば嘘になる。だけど、本音を言えば「繋がった」という感情の方が大きかった。
 ヒントは充分にあったからねぇ……むしろ今まで出てこなかった自分にビックリだ。
 ―――で、どうしよう。
 彼女の精神衛生上の安寧を考えれば、何事も無かったかのように振舞うのがベストな選択である事は間違いない。
 間違いないんだけど、さすがにそこまで切り替え速くないんでそれは無理です。

「…………」

「…………」

 彼女も、自分のフリが急過ぎた事は理解しているようだ。
 こちらの様子を窺うような空気が、 御簾越しからも伝わってくる。
 とりあえず、返事しとこう。

「えっと、僕は久遠晶と申します。あやね……鴉天狗、射命丸文の付き添いとしてお邪魔させてもらってます」

「知ってるわ。そこらへんの話は永琳から聞いてるもの」
 
「そうですか」

「そうよ」

「…………」

「…………」 

 うわぁい、見事に話がブツ切れた。
 今の挨拶で何かしら変化が起きると思ったのに、まさかお見合い状態に逆戻りとは。
 相手もアテを外したようで、随分とバツが悪そうにしている。……多分。
 それもこれも皆てゐのせいだ。彼女が変な罠を仕掛けなければ、こんな気まずい思いをせずに済んだのに。
 やはり、三日徹夜してでもヤツの枕元で泣くしかないか。
 
「あぁぁぁぁあああああ、もぉうっ!!」

 あ、ついに癇癪起こした。
 御簾の向こう側で手足をジタバタさせるかぐや姫。
 文字通り千年の恋も冷める光景だ。シルエットなのがまだ救いか。

「なんでよっ!? なんでノーリアクションなのよっ!!?」

「す、すいません」

「謝るぐらいなら驚きなさいよっ」

「う、うわー、かぐやひめだびっくりー」

「死んでしまえっ!」

 大根役者でスイマセン。
 だけど、僕は思ってもない事を言うのは苦手なんです。
 ……ここらへんのバカ正直さが「僕の態度には敬意が無い」と言われる原因なのかな。
 少なくとも今回は、本当に敬う気持ちゼロだしね。

「あーあ、ひっさびさに姫っぽい事しようと思ったのに、がっかりよー」

「…………そうですか」

「色々言いたい事がありそうね。ならとりあえず、そこの紐弄ってこの御簾引き上げてくれない?」

 可動式なんですかこれ。そして僕の発言権とその行為に何の関係が。
 シルエットの上からでもわかるほど適当な仕草で、手をひらひら振るがっかり姫様。
 いくら何でも無作法過ぎる。これは怒っても許されるレベルのはずだ。

「はい、ありがと」

 ……とか思ってる間に、身体の方は指示に従っていたようだ。
 ううっ、いつのまにか身についていた従者根性が憎い。
 やけに近代的な仕組みの滑車を使って、御簾が軽やかに上がっていく。
 シルエットで覚悟していたとはいえ、テンションだだ下がりで頬杖ついているかぐや姫を見るのはやっぱりショック。
 しかも奥の方にスーパーファミコンが見えるんですけど。今まで会ったどの妖怪より現代的だよ、この人。
 あー、もう怒りもどっかに行ってしまいました。

「えーりんもさぁ、映画の予告編みたいに色々と期待させてくれるわけよ」

「何で幻想郷在住の貴女がそんなに分かりやすい例えを出せるんですか」

「あら、伝わるとは思わなかったわ。外の世界の「あるあるネタ」って結構幻想郷でも需要があるのね」

 上半身だけを捻って、かぐや姫は後ろから一冊の本を取り出す。
 タイトルは、「明日職場で使えるあるあるネタ百選!」――断言してもいいが、明日使えば職場でドン引き間違いなしだと思われる。

「やっぱり百点の評価を取っただけはあるわね。何でか、永琳達にはウケが悪かったけど」

 違うんです。その安っぽい装丁に張り付いたシールは、投げ売り百円の意味なんです。
 そういえば幻想郷って、通貨単位も明治時代基準だったっけ。金銭の単位に百なんて殆ど使わないのか。
 良く見ると、奥のスーパーファミコンにも無理やり解体したような跡が見受けられる。
 しかも、電源やテレビが見当たらないのだ。恐らくは、使い道を模索してバラバラにしてしまったのだろう。
 ―――ああ、本当に暇なんだねこの人。

「でもおかしいのよ。この点数を付けた人、自分の名前を書いてないの」

「……姫様は、このような書物を読まない方がよろしいです」

「あら、アナタも永琳と同じ事を言うのね?」

 何と言うか、最初の印象とは違う意味でお姫様してる人だ。
 頭も良いし好奇心も旺盛なんだけど、知ってる世界が微妙に狭い。
 彼女の言葉通りなら、都合千年以上は生きてるはずなのに……何故こんなにも世間知らずなんだろうか。
 まるで、ずっと長い間引きこもっていたみたいだ。
 あ、そういえば永遠亭って、つい最近までは世間から隔絶した生活を送っていたんだったっけ。
 なら、入ってくる情報に制限があったのはむしろ当然のことなのか。
 ただでさえお姫様なんて世間知らずになりがちなポジションのかぐや姫が、千年以上も情報統制されてたら世界も狭くなるよね。
 なるほど、納得納得。
 
「ところで永琳さんが色々期待させたって、結局どういう事ですか?」

 問題が解決すると、また新たな疑問が湧いてきた。
 ツッコミどころが他にあったからスルーしてしまったけれど、あの人はどうも彼女に何かを吹き込んようだ。
 てゐと策をやり取りするような人の「期待を匂わせる」言葉は、色んな意味で聞き逃せない。

「楽しそうに言ってたわよ。久しぶりに五つの難題を吹っ掛けれそうな男の子が来たって」

「……五つの難題って、竹取物語でかぐや姫が五人の皇子に出したアレですか?」

「そうそう、その獲得難解な五つの宝の事よ。まぁ、この場合の難題はそれを模したスペルカードの事を言うんだけどね」

「そこは、幻想郷のルールに合わせているんですか」

「私、尽くす女だもの」

 当時の帝にすら尽くさせた姫が何を言うか。
 いや、当時の世情を考えるとそこは仕方ないのかな?
 ……どうせ断るから、断るなりに誠意は尽くしたという事だろうか。
 それはまったく上手くないですね。

「で、その五つの難題を吹っかけられそうなのが、僕?」

「ちょっと、少しは反応なさいな」

「で、その五つの難題を吹っかけられそうなのが、僕?」

「……そうよ。まぁ、当てが外れたけど」

「ほへ?」

「最近は同性相手にしか使ってないけど、本来は異性相手に使うべきスペルカードだと思わない? 五つの難題って」

「貴方の「最近」は知りませんけど、確かにそうですね。元々難題は求婚のための条件だったワケですし」

「そうそう、私を連れ出そうとする男に使ってこそ、五つの難題は正しく効果を発揮すると思うのよ!」

「……なるほど」

 暇ならそんな括り捨てればいいのに、という言葉はギリギリ呑み込んだ。
 彼女には彼女なりのこだわりがあるのだろう。
 プライドも高そうだもんなぁ。……いや、良い意味でですよ?

「とりあえず納得しました。かぐや姫さんの仰る通り、僕は貴方を連れて行くつもりはありませんから」

「呼び方は輝夜、敬称は自由でいいわ。後、ソレ以前の問題だって気づきなさいな」

「じゃあ輝夜さんで。……でも輝夜さん、ソレ以前の問題って何の事ですか?」

「……自分の性別を思い返してみなさい」

「……………性別?」

 本当に、何を言ってるんだろうかこの人は。
 思い返すも何も、僕の性別は見ての通り……通り。

「――――すいません、言い忘れてました」

「なによ」

「こう見えて、僕は男です」

「あらそうなの。じゃあ、勘違いしていたのは永琳じゃなくて私だったのね」

「……あれ?」

 うっかり忘れていた衣装の事を思い出し、僕は慌てて彼女の間違いを修正しようと試みた。
 すると輝夜さんは、我ながら説得力の欠片もないその言葉をあっさり受け入れる。
 これは、どういう事なのだろうか。
 説明の手間が省けたのはありがたいけど、何か釈然としないなぁ。

「そんなに僕って女装しそうに見えますか?」

「女装しそうも何も、今女装してるんじゃないの。理由までは知らないけど」

「さようですか……」

 くだらない事を聞くなと言わんばかりに呆れてみせる輝夜さん。
 その態度から、嫌悪や驚愕の感情が伝わってくる事はない。
 ―――そういえば、聞いた事がある。
 昔は、いろんな事情から女装する皇子とかが結構居たらしい。
 そもそも某十字教が入ってくるまで、日本って一夫多妻や、多夫一妻、同性愛すらも上等なお国柄だったはず。
 なら今更、輝夜さんが女装程度で動揺するわけないのか。
 ……こういうのも、ジェネレーションギャップと言うのだろうか。

「それにしても……ふぅーん」

「な、なにか?」

「いやいや、永琳の言ったとおり面白い人間だなぁーと」

「――しまった!? 今僕、回避できる危機を自ら招き寄せたっ!?」

 彼女は僕の眼を覗き込むように顔を近づけ、にんまり笑う。
 そこでようやく、輝夜さんの発言が意味するところに気がついた。
 ―――要するに輝夜さんは、強力なスペルカード吹っ掛ける相手を探していたのだ。
 そして永琳さんが彼女の要望に従い連れてきた相手が僕。
 暇を潰すイコール弾幕ごっこになっているあたり、なよ竹のかぐやもだいぶ幻想郷に馴染んでいるようである。
 ではなくて。

「ややや、止めよう!? それはさすがに止めよう!?」

 勢いに任せて首を左右に振りまくる。
 かなり気安い態度をとっていたが、相手は仮にも永遠亭の主だ。
 最強ではないにしても、確実に強大な力を持っている事は間違いない。
 少なくとも、幻想郷のトンデモ妖怪たちを見続けてきた観察力とあまり当てにならない危険感知センサーは、全力で僕の意見を肯定してくれている。
 そんな彼女にその気になんてなられたら、いったいどんな目にあわされるか。

「……安心なさい。さっきアナタも言ってたけど、難題の主眼はあくまで「私を連れ出す者」よ」

「え? それじゃあ」

「いくら暇だからって、泣いてる子に喧嘩を吹っ掛けはしないわ」

 そういって、軽くウィンクする輝夜さん。
 ううっ、良かった。微妙にズレた所もあるけど、常識的な人で本当に良かった。
 安堵から、思わず至近距離で溜息を吐いてしまう僕。
 いけないいけない、いくら気が抜けたからって失礼を働いていいわけじゃ……。
 ―――あれ? なんか輝夜さん、急に目つきが険しくなってません?

「ご、ごめんなさい。別に嫌がらせしたつもりでは……」

「――――顔、上げなさい」

「へっ?」

「顔上げて私の眼を見なさいって言ってるのよ」

「は、はいっ」

 言われるがままに、輝夜さんと視線を合わせる。
 まるで全てを見透かすような深遠な瞳が、じっと僕の眼を見据えてきた。
 ……どうしたんだろう?

「ねぇ、晶。一つ聞いていいかしら」

「なんでしょう?」





「―――――――アナタ、八雲紫とどんな関係なの?」





「………えっ?」

 彼女の口から、ありえない名前が出てくる。
 永遠亭に来てから、あの人の話をした事などなかった。
 そもそも、僕は他人にねーさまの話を積極的にした事はない。
 なのに何故、彼女は僕の後見人―――紫ねーさまの名前を口にしたんだろうか。

「……ふぅん、‘仕掛けた’のか、‘仕組んだ’のか。どちらにせよ、本人に自覚はないわけね」

 え? 説明する気どころか答えを聞く気すらないの!?
 輝夜さんは僕から目を離し、ブツブツ考え事を呟きながら部屋の中を行ったり来たりし始める。
 あの、思わせぶりな言葉を言うにしても、もう少しヒントを……。

「スキマ妖怪め、今度は何を企んでいるのかしら」

「あのー、輝夜さん?」

「ふふんっ。随分と面白くなってきたじゃない」

「すいません。かぐやさーん?」

「だとすると……鍵となるのはこの子ね」

 あ、あれ? こっちを向いてくれたのは良いけど、やたらと目が怖いよ?
 無邪気なお姫様から、策謀渦巻く世界を生き抜く腹黒い姫様にシフトチェンジしてないですか、ちょっと。 

「ねぇ、晶?」

「……なんでせう」 

「――――ちょっと、五つの難題に挑戦なさい」

 拒否権? お姫様の命令にそんなものありませんよ。










「で、そのまま理由も分からず弾幕ごっこするはめになった、と」

「おっしゃる通りでございます」

 永遠亭の庭に連れ出された僕は、文姉やてゐ達と合流した。
 取材を終えてニコニコ笑顔を振りまいていた彼女は、僕の事情を聞いた途端笑顔を引っ込めて呆れ顔で呟いたのだった。
 ……しょうがないじゃん。
 輝夜さんは僕が何を聞いても、はぐらかすだけでまともに答えてくれなかったのだ。
 あまつさえ、「知りたければ私の難題に応えて見せなさい」とか言ってくるし。

「呆れてものも言えません」

「……僕だって、途方にくれてるんだよ」

 ちなみに元凶たる輝夜さんは今、文姉と一緒に居た永琳さんと雑談している。
 ここからでは、二人が何を話しているのかまではわからない。死んだら実験材料とか聞こえるはずがない。
 あ、今やっぱり一緒に居たレイセンさんから、輝夜さんが謎のエールを受けた。
 同時にあの失礼な人間を地獄に叩き落としてくださいね、なんて雑音も聞こえた気がするけど……まぁ幻聴だろう。

「さすがの晶も、姫様相手じゃ小賢しい知恵も出てこないかー」

「うん。何故かこっち側にいるてゐにツッコミを入れる余裕もないくらいピンチです」

「あらら、マジで余裕無さそうだね。さっきから視線が一定してないよ」

「正直、勝つためのビジョンがまったく浮かんできません」

 今までも勝てそうにない勝負は多々あったけど、一矢報えそうな隙はそれなりにあった。
 だけど、今回は違う。
 何となくだが断言できる。あの姫様は、絶対僕との勝負で手を抜かない。
 笑顔の裏に、僕をボッコボコにしてやるという気概が垣間見えるのだ。理由は分からないけど。
 ……恨まれてはいないんだよね、多分。
 本気を出してくるのは、本人の気質もあるだろうけどそれ以上に――さっきの呟きが関係しているのだろう。
 彼女は、僕の中に何かを見たのだ。
 僕自身ですら知らない、得体のしれないナニカを。
 ううっ、せめてちょっとくらい見たモノの説明をしてくれても、バチは当たらないと思うんだけどなぁ。

「なるほど、今回は本当に被害者なんですね」

「文姉? なにその、いつもは僕にも責任があるみたいな言い方は」

「文面を良く読んだ上で契約書に署名をした人間に、何の責任も無いと?」

「的確過ぎてぐぅの音も出ません」

 言われてみると、今までの弾幕ごっこって僕も最終的にOKを出しちゃってるんだよね。
 僕を庇おうとする文姉が引っ込んできたのも、それが原因だったはずだし……。
 あれ? 今までやられてきたのって、実はかなり自業自得?

「その例えで行くと、今回は侠の人に脅されて無理やり署名されたようなもんか」

「てゐ、自分のトコの偉い人をヤクザ扱いするのはどうかと」

「いや晶さん、ツッコミどころはそこじゃないでしょう」

「余裕なくてもそういう所は変わらないんだね」

「うぐぅ……」

「―――さ、それじゃそろそろ始めましょうか」

 輝夜さんの宣言に合わせ、永琳さんとレイセンさんが離れていく。
 しまった。僕たちの話が脇道に逸れている間に、逃げ道を防がれてしまった。
 相手はすでにヤる気満々、ゲームオーバーの予感がプンプンしてくる。
 ええいっしょうがない、覚悟を決めろ、僕っ。
 とにかく生き残る事を念頭に、相手の弾幕を避けまくるんだ。
 とりあえず、頭と胴体が無事なら生還はできるかなぁ。

「……やれやれ、仕方ないですね」

「無駄な手助けは止めた方がいいよー? 今更ブン屋が何を言っても、姫様は弾幕ごっこ止めたりしないって」

「わかってますよ。だから、提案するのは決闘中止じゃありません」

 覚悟っぽいモノを決めた僕とワクワクしながら構えてる輝夜さんの間に、文姉が立ちふさがる。
 突然の闖入者に、さすがの輝夜さんも怪訝そうな顔をした。

「なによ烏天狗、取材なら後にしてくれない?」

「いえ、私は晶さんの姉として、この決闘に一言物申したいのですよ」

「……姉なの?」

「はい、一応自慢の姉です」

「一応ってなんですか一応って……まぁいいです。それより輝夜さん、幾らなんでもこの弾幕ごっこ一方的過ぎではありませんか?」

「ちゃんと同意はとったわよ? それに彼、鈴仙に勝てる程度の実力はあるそうじゃない」

「妖怪兎に勝つ程度の力しかない相手、の間違いでしょう?」  
 
 ヒドイ言われようだ、事実だけど。
 実際、レイセンさんも悔しそうな顔をしているけど、反論はしてこない。
 そのくらいの実力が、輝夜さんにはあるって事だ。
 からかう様な文姉の言葉に、輝夜さんは不機嫌さを隠そうともしないで言い返す。

「胡乱な物言いは、自称雅な公家共の愛の言葉を思い出すから止めて。結局のところ何が言いたいの?」

「晶さんに、勝つためのハンデをいただきます」

「おおっ、わかりやすいねー」

「分かりやすいけど……図々しいわよ」

 文姉の単刀直入な言葉に、レイセンさんが苦々しく呟いた。
 確かに、強気に言ってるがかなり情けない言い分だ。
 だけど実際文姉の言うとおり、ハンデをもらわないと僕に勝ち目はないんだよね。
 別に正々堂々戦わないと死んでしまう、みたいなプライドは持ち合わせていないから、その提案自体に文句はないけど。
 それで、何とかなるのかなぁ?
 後そこの兎詐欺。安全そうな場所に率先して移動するのはいいけど、少しは申し訳なさそうにして。

「ふふっ、本当に分かりやすい提案ね。でも、私が手を抜いた程度で勝ち目が生まれるのかしら?」

 意地の悪い笑みを浮かべ、輝夜さんは高慢とも思える台詞を口にする。
 ……だけど、それが過信だとは思えない。
 少なくともこの場に居る誰もが、その言葉を真実だと認めていた。

「確かにそれでは無理でしょう。ですから私が提案する「ハンデ」は、晶さん側の戦力を強化するものなんです」

「……戦力を、強化?」

 文姉? なんでそんなに笑顔が黒いんですか。
 ひょっとして無理やりねじ込まれたこの弾幕ごっこに、結構怒ってます?
 表面上はニコヤカに笑ったまま、文姉が「ハンデ」の内容を口にする。
 それは、僕にとっても驚くべき提案だった。

「2対1の変則マッチ、というのはいかがでしょうか。もちろんメインで戦うのは、あくまでも晶さんですけどね」

「へ? それって……」

「はいっ、そういう事です」

 文姉がニヤリと笑い、懐からスペルカードを取り出す。
 反対の手に握られたのは、カメラではなく葉団扇。
 それは、新聞記者から僕の味方へシフトしたという確かな証。
 瞳に宿った闘争心を隠そうともしないで、文姉は葉団扇を輝夜さんに突き付けた。
 その意味を察し、輝夜さんの口が三日月形に歪む。
 圧倒的なプレッシャーの中、それでも文姉は挑戦の言葉を口にするのだった。





「―――貴方ご自慢の五つの難題には、私と晶さんの二人で挑ませていただきます」
 



[8576] 東方天晶花 巻の三十七「苦痛には限度があるが、恐怖には限度がない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:58

巻の三十七「苦痛には限度があるが、恐怖には限度がない」




 これまでのあらすじ。
 秘宝「貴族の竹笛(キングバンブー)」で久遠晶を追い詰める蓬莱山輝夜。
 だが彼には、とっておきの秘策が残っていた。
 「ならダブルスで行くよ!」
 二人に増える射命丸文。
 会場にいる誰もが目を疑う。そこには信じられない光景があった。



 ……すいません、全部ウソです。
 輝夜さんに無理やり弾幕ごっこを挑まされ、文姉とコンビで戦うことになっただけです。
 おうちにかえりたい。

「晶さん、ちょっといいですか」

「なんでしょうか」

「私が増えるという事は……晶さん、天狗面で戦うつもりですか?」

「嘘予告すら読まれるんですね、僕は」

「答えてください」

「……はぁ、まぁそのつもりですが」

 相手の能力は分からないけど、僕のパートナーは文姉だ。
 彼女の速さを生かすために高速戦闘可能な天狗面を使うのは、当たり前だと思ったんだけど……。

「止めてください」

 すっごい険しい顔で、文姉に止められてしまった。
 え? なんで? なんでそんなに苦々しい顔してるんですか?
 ひょっとして、僕が思ってた以上にあの仮面がイヤ?

「勘弁してください。アレと一緒に戦うくらいなら、幽香さんマスクと一緒に戦ったほうがまだマシですっ!」

「四季面です、完全オリジナルと言い張ります」

「どうでもいいです! とにかく止めてください!! いいですねっ」

 ……やっぱり駄目かぁ。
 天狗面の力を基に構築していた脳内作戦表を全て廃棄する。
 相手の戦闘方法が分からない場合、回避主体のアレが一番有効なのになぁ。
 僕の不満そうな表情から、言いたいことを理解したんだろう。
 文姉がコホンとセキを一つついて、「それに」と言葉をつづけた。

「天狗面だと、私と晶さんは同格の存在として戦うことになりますよね?」

「え、うん。アタッカーを絞らせない事も念頭に置いてあるから……」

「それじゃあ困るんですよ、私は手助けをするだけなんですから。メインはあくまで晶さんでないと」

「うぐっ」

「それに―――お姉ちゃんとしては、カッコよく自分の手で勝利を掴む弟君が見たいんですよ」

 まっすぐに僕の目を見て、文姉はとてもずるい事を言った。
 本当にずるい。そんな事を言われたら、頑張るしかないじゃないか。
 彼女の言葉に苦笑しながら、僕は氷で面を作り出す。

「――――四季面『花』!!」

 顔を覆う左半分の仮面。氷のロングスカート、巨大な傘。
 自分であって自分でない僕の口は、サディスティックな笑みを浮かべる。

「分かりましたわ。では、あの高慢ちきなお姫様を泥だらけにしてあげましょう」

 自分でやろうとしても再現できそうにない優雅な笑みを湛え、四季面をつけた僕が文姉に囁く。
 回避能力はそんなに高くない姿だけど、現状素の僕より強いことには違いない。
 だから文姉、できればそっちの姿も見たくなかったなぁみたいな顔は止めてくださいよ。
 ただでさえ勝ち目が無いんだから、できるだけ勝率は上げておきたいんですって。

「ううっ、晶さんがすっかり花の妖怪みたいなお顔になってしまいました。これはこれでやっぱイヤです」

「……はぁ、しっかりなさってもらえませんか? 私の姿がどうであろうと、お姉様の力が必要な事に変わりはないのですよ?」

「――――お姉様、ですか」

「……文お姉様?」

 なんかプルプル震えてる!?
 いや、別にキャラが変わっただけで、嗜好や性格なんかの戦闘に影響ない部分は結構そのまんまなんですよ。
 そもそも僕は幽香さんの嗜好とかあんまり知らないし、あくまで性格も僕のイメージ――――だから完全オリジナルなんですって。
 落ち着いた様子の外見とは裏腹に、文姉の姿に内心動揺しまくっている僕。
 そんな僕の動揺に気づかない文姉は、小さく、本当に小さくそっと呟く。

「―――ベネ、実にベネです」

「な、何故イタリア語」

「貴方とは仲良くできそうですよっ! 花さん!!」

 なんか変な渾名までつけられた。
 目をキラキラさせて、僕こと花さんを見つめてくる文姉。
 輝夜さんも待ちくたびれているワケだし、本人がいいならもう何も言うまい。

「それで、作戦会議は終わったのー?」

「ええ―――もうとっくにねっ!」

 あ、ダメだ。花さん強制イベント発動しちゃった。
 一瞬にして彼女との間合いを詰めた僕は、担いだ傘を勢いよく彼女に振りおろす。
 清々しいまでの不意打ちである。
 レイセンさんが、「この卑怯ものーっ」とか言ってるのも無理ない話だ。
 他の二人? 笑ってますよ、両者の笑顔の意味合いはだいぶ違うようだけど。

「そうなの。よかったわ」

 しかし、振り下ろされた殺意溢れる一撃は、容易に彼女に止められてしまった。
 箸より重いものを持った事が無さそうな輝夜さんのたおやかな腕は、丸太のような氷傘を掴んだまま微動だにしていない。
 う、嘘っ!? 自分で言うのもなんだけど、四季面の攻撃って妖怪すら撲殺できそうな威力があるはずなのに。
 まるで鳥の羽根でも持っているかのような気軽過ぎる態度で、彼女は―――

「―――っ!?」

「こうみえて、‘殺し合い’の経験は豊富なのよ? 力任せの粗野な一撃を流せる程度にはね」

 撥ねるように投げられ、僕の体が数メートルほどの高さまで飛ばされる。
 大して力を込められたワケでもないのに、全然抵抗できない。
 それどころか、回転させられたせいで上手く身体を動かすことすらできそうにない。
 ……あれ? ひょっとして今の状態超ヤバイ?
 こちらを見つめる輝夜さんが、意地悪い表情でニヤリと笑う。
 
「さて、フライングのペナルティも払ってもらったことだし、一つ目の難題を……」



 ―――――――突符「天狗のマクロバースト」



「あらあら?」

「もうっ、早々に突撃しないでくださいっ! 無鉄砲なんですから!!」

 空中で僕を受け止めた文姉が、スペルカードで輝夜さんをけん制する。
 放たれた風の弾丸を、彼女は少し顔を歪めながら避けていく。

「助かりましたわ、文お姉様」

「素直に礼を言われると何だかむず痒いですね。まぁ、結果的に先手は取れましたから、よしとしましょうか」

「先手、ですか?」

「――しまった、この技っ」

 輝夜さんの体を風が掠めるたびに、ガリガリと何かが削れる音が聞こえてくる。
 そうか、あのスペルカード、ただ風圧弾を放っているわけじゃないんだ。
 文姉が生み出したのは、幻想の源となる「霊力」にすら影響を及ぼす妖気の風。
 さすが本職。物質的な風しか操れない僕と違って、多彩な技を持ってるね。
 
「距離をとりますよっ! 幽香さんじゃないんですから、力任せに突っ込まないでください!!」

 手早く離れながら、文姉が呆れ気味に警告する。
 その忠告はもっともだけど、残念ながら頷く事は出来ないんだよね。
 何しろ、この姿で最も有利に戦える状況はインファイトだ。
 必然的に距離を詰める必要があるワケだから、結局のところ突撃するのは時間の問題だったのである。
 一芸特化は、戦法も限られてくるからなぁ。

「残念ながら保証は出来かねますわ」

「やっぱり可愛くないです……」

 いえ、素面でも同じ事言ってましたよ?
 そんな事を言ってる間に、輝夜さんがスペルカードを抜けたようだ。
 ダメージは……全然無さそう。残念。
 とりあえず文姉に下ろしてもらい、彼女の次の行動に備える。

「天狗の風を裁くのは骨が折れたわ……まったく、難題に挑戦しろと言ったのだから、私が何かするまで待ちなさいよ」

「従う義理はありませんね」

「勿体付ける暇があるなら、晶さんみたいに問答無用でかかっていけばいいんですよ」

「……間違いなく姉妹ね、貴方達」

 あえてそこで姉弟と言わないのは、僕が仮面をつけてるからですか。
 小さくため息を吐いて、輝夜さんはスペルカードを取り出す。
 ―――伝わってくる必殺の気配。
 これは、思った以上にマズいかもしれない。
 だけど僕の口からは、僕の想いとは別の言葉が漏れた。

「面白いじゃない。良いわ、大人しく出すのを待ってあげる」

「晶さん、不遜すぎますよ」

 自信過剰とも思える言い方だけど、四季面をつけてたって基本的な考え方まで変わるわけではない。 
 ……なるほど、身体のほうは「今の僕なら裁き切れる」と思ってるって事か。
 良かった。それだけ分かれば遠慮なく‘無茶’ができる。

「さて、一つ目の難題「龍の頸の玉」……貴方に応える事が出来るのかしら」
 


 ―――――――神宝「ブリリアントドラゴンバレッタ」



 それは、龍の力を持った神宝の名に相応しい弾幕。
 牙のような閃光が放射状に放たれ、その合間を縫って輝く宝玉が舞っていく。

「いきなりハードモードとは、本気ですね輝夜さん」

「人が定められた理を破るためには、己が限界を超えた窮地を経験する必要があるのよ」

「……何のことですか?」

「別に分からなくていいわ。私だけが分かればいいの」

「まったく、相変わらず唯我独尊な人ですね。晶さん、とりあえず―――」

「文お姉様は先ほどのように、隙を見つけて攻撃してください」

「ええっ!? また突撃ですかっ!?」

 足に力を込め、再び駆け出す。
 今度はさっきより距離があるため、一瞬で距離を詰める事はできそうにない。
 目の前から、龍の牙と宝玉が迫ってくる。

「まずはお手並み拝見よ。私に近づきたければ、全てを避けてみる事ね!」

「いいえ、避けません」

「……あら?」

 牙が突き刺さり、宝玉が触れ爆散する。
 それでも足を止めはしない。全ての攻撃を喰らいながらも、僕は進み続けた。
 でもちょっと痛い、むしろかなり痛い。四季面で無ければ死んでいたかもしれない。
 だけど――あまりにも力任せなこの対処法こそが、この面の真骨頂だ。
 あらゆる障害をその身に受けながら、弾幕を超えて接近する。
 目の前には、驚愕の色で表情を彩った輝夜さん。
 そんな彼女に向かって、僕は突き付けるように傘の先端を押し出した。
 驚嘆から反応が遅れた輝夜さんは、それでも咄嗟に身体を動かし攻撃を回避する。
 そのあまりの速度に空気が引き裂かれ、まるで悲鳴のような音を上げた。

「残念、当て損ねたわ」

「……顔面狙いとか、エグイ真似しますね」

 あくまで四季面の趣味です。
 不意の一撃をギリギリ避けた輝夜さんの頬に、衝撃波で一文字の切り傷が出来上がる。
 そのまま体勢を崩した彼女に対し、僕は容赦なく追撃をかけた。

「さぁ、潰れたカエルのような声をあげなさいっ!!」

「晶さぁーん! それダメですっ!! その台詞はお姉ちゃん的にアウトですっ」

「――ふん、甘いわね!」

 首の根元を狙った一撃を、彼女は最初と同じように受け止める。
 あの崩れた姿勢でも防ぎきるとは、さすが輝夜さん。
 そのまま彼女は、一気に崩れた体勢を整えた。
 ……それにしても、毎回急所を狙うのはさすがにどうかと。や、自分の事だけどさ。

「まさか、あの不死鳥馬鹿みたいな真似する子がいるとは思わなかったわ。でも、そのくらいで不意をついたと―――」

「輝夜さん、頭の固さに自信はおありですか?」

「……えっ?」

「歯は食いしばらなくてよろしいですよ。後、舌を出してくれるとなお良しです」

 そう言って僕は、傘を掴んだ彼女の頭に向って思いっきり頭突きをお見舞いした。
 一瞬、火花が散った気がする。
 とはいっても、僕のほうは全然痛くない。気で強化した上に四季面でそれをブーストしてあるおかげだろう。
 むしろ大ダメージを受けたのは彼女の方だった。目を白黒させて、輝夜さんはたたらを踏む。
 どうやら彼女が僕の傘を受けられたのは、身体能力によるモノではなかったようである。
 それはそれで凄いけれど、こういう純粋な体での勝負には使えないようだ。

「あ、あぐぅ……」

「うっわぁ、すっごい痛そうだね。頭カチ割れたんじゃない?」

「姫様は基本的に頭脳労働派なのよね。だから、頭も柔らかくて……」

 上手い事言ってる呑気な外野は、とりあえずスルー。
 頭突きを受けた輝夜さんは、頭を押さえながらふらついている。
 それでも僕の武器を離さないのは、さすがだと言えるだろう。
 ――だけどそれは、こっちにとってもありがたい話だ。
 悪いけど、最初に僕の攻撃を防がれた時から、「ソレ」を使った打撃は囮にするって決めてたんだよね。

「さぁ、ガンガン行きましょうか。次はグーですわ」
 
「いつつ……ちょ、ちょっと待ちなさいって! 暴力反対っ、女の子は大切にしましょう?」

「うふふっ、そういえば言っておりませんでしたわね」

「な、何を?」

「実は私、フェミニストではありませんの」

 最高にいい笑顔で言い切る四季面。
 味方であるはずの文姉までもが、「うわぁ、断言しちゃいましたよ」みたいな顔をしていた。
 ちなみに素の僕も別にフェミニストではない。女性を殴らないのは単純に、他人の顔面を殴る機会も理由も無かっただけだ。
 理由と動機があれば、多分四季面の有無関係無しに殴ってると思う。

「でもほら、私か弱いから手を抜いてくれても」

「戦う際に手を抜くのは、ヒドイ侮辱だと思いません?」

「そ、そうかしら、勝ち負けよりも大切なものってあると思うわよ」

「………ところでお姫様、関係無いけどチェーンデスマッチってご存じかしら?」

「拳を固めながら物騒な事を聞かないでっ! しかもソレ、絶対今の状況と関係あるでしょうっ!?」

「タイムアップですわ」

「ちょっと!?」

 僕の拳が、彼女の顔面めがけて放たれる。
 やはりスレスレで回避する輝夜さん。しかし、その顔はすぐに苦痛で歪んでいく。
 彼女の腹部に、僕の膝がめり込んだからだ。
 ……やっぱりそうか。あっさり頭突きを喰らったから、もしやとは思っていたんだ。
 彼女は確かに近接戦闘も強い。強いんだけど、その強さはかなり歪なものになっている。
 まるで、同じ相手と戦い続けたかのような不自然さ。
 断言してもいい、彼女は僕―――いや、四季面のようなパワーファイターとやりあった経験が、ほとんど無い。
 そしてその「未経験」は、この場において致命的なハンデに繋がる。

「ふふふっ、この距離なら対等に戦えそうですわね」

「げ、げほっ、い、いや、これは対等というか軽いイジメ……」

「お姫様。攻撃を‘軽く止められる’のは、意外とイラつきますわよね?」

「………結構根に持つタイプなのね」

 否定はしません。
 ついでに言うと勝つために手段を選ぶつもりも無いです。

「覇っ!!」

「ぐっ」

「たぁっ!」

「がはっ!?」

「てりゃ――と見せかけて捻ってみたり」

「イタイイタイイタイ、腕がねじ切れるっ!?」

 至近距離で続く格闘戦。僕は相手の急所を狙い、肘や膝を当てていく。
 致命打を狙っているわけではない。要は当たればいいのだ。
 何しろ僕の力‘だけ’は、輝夜さんより上なのである。
 掠めるだけでダメージを期待できるのなら、奇麗な当て方にこだわる理由はない。
 それでも微妙に急所を狙っているのは……何度も言うけど四季面の趣味です。

「輝夜様ぁーっ!? その傘もう離して、距離とってください、距離をぉーっ!?」

「くっ、わかってるわよっ!」

「――ふふっ、お姫様?」

「こ、今度は何!?」

「良い事を教えてあげるわ。私くらいパワーがあると、振りかぶらなくても相当痛く叩けるのよ?」

 手が離れた瞬間、振りかぶらず彼女に打撃を叩きこむ。
 ほとんどゼロ距離からの一撃、本来ならダメージを与える事すら難しいシチュエーションだ。
 そう、本来の僕が持つ筋力ならば。
 ありえないほど強化された僕のパワーは、押し出すという行為すら暴力的なものに高め上げたのだった。
 高速で吹っ飛ばされ、地面に何度も叩きつけられながら粉塵を巻き上げ近くにあった庭石にぶつかるかぐや姫。
 そのあまりの衝撃映像に、永遠亭の方々から悲鳴の声が上がる。

「か、輝夜さまぁーっ!?」

「あーあ、鈴仙が余計な事言うから」

「うどんげ……」

「えっ!? わ、私のせいですかぁっ!?」

 訂正、叫んでるのレイセンさんだけだった。
 主が吹っ飛んでるのに呑気だなぁ……自分が無事ならそれでいいてゐはともかく、永琳さんは少しくらい心配してもいいんじゃない?
 いや、それとも―――見抜かれてたのかな、今の攻防を。

「なんですか晶さん、結局私が手助けする必要なんて無かったじゃないですか」

「……やれやれ、文お姉様は呑気ですわね。できれば、私が吹っ飛ばした後に追撃するくらいの気遣いがほしかったですわ」

「やっぱり可愛くないです。だいたい、そんなのいらなかったでしょ……あ、晶さん!?」

 傍観していた文姉が、僕の異常に気がついた。
 傘をふるった僕の腕は、本来あり得ない方向に曲がっている。
 ……迂闊だった。例え至近距離でも、最初に放ったような「力任せな一撃」だったら対処可能なんだね。
 僕は空いた手で曲がった腕を掴み、無理やりに捻る。
 外され方がキレイだったためだろう、腕はゴキンと音を立てあっさり元に戻った。
 ただし、腕が痺れて上手く動かせそうにない。
 マズイね。回復速度に自信はあるけど、この怪我が戦闘中に治りきるかどうかは分からない。
 与えたダメージが相当なものなら、腕を引き換えにした甲斐があるんだけど……。

「まったく……普通こういう時は、圧倒的な力の前に大ピンチになるのが常套でしょう? なんで私が追い詰められるのよ」

 庭石から頭を引っこ抜いた輝夜さんは、むしろ今までのダメージすら帳消しにしたように元気だった。
 あ、あれ? 結構ボコボコにしたっていうか、ギャグっぽく流していたけど片腕捻り折ってたりとかもしてたんですが。
 なんで輝夜さん、そんなに元気なの?
 完全復活している彼女の姿に僕が首を捻っていると、当の本人がちょっと怒り気味の笑顔で睨みつけてくる。
 いや、なんで怒るのさ。腕曲げられてダメージ与えられなくて、損してるのはこっちだけじゃん。

「貴方の後ろに居る八雲紫に括りすぎて、貴方自身を見誤っていたようね。……まさか、あの状態から‘殴り殺される’とは思わなかったわよ」

「―――? 嫌味にしては随分まだるっこしい言い方をしますね。私にはピンピンしているようにしか見えませんわよ?」

「そういえば、晶さんは知りませんでしたね。蓬莱山輝夜に永久の命が有る事を」

「と、永久ですって!?」

「衰えず、死なず、妖怪ですら及ばぬ永劫の時を生きるモノ、それが「蓬莱人」蓬莱山輝夜なんです」

 人が抱く夢の一つ、不老不死。
 輝夜さんは、そんな人類究極の悲願を達成した人でもあったのか。
 そう言えば竹取物語の最後の方で、月の使者が当時の帝に不老不死の薬を渡したとか言う話があったっけ。
 千年以上生きているのは、彼女が妖怪の一種だからだと勝手に思っていたけど。
 蓬莱人か……幻想郷は本当に何でもありだね。

「あんまり持て囃されても困るわ。確かに私は不老不死だけど、痛みは感じるし疲労も溜まるのよ?」

「無傷のくせに、良く言うわ」

「そんな事ないわよ? さっきまではボロボロだったもの」

「………さっきまでは?」

「リザレクション。自らの肉体の限界を超えたダメージを受けた時、自動的に回復する蓬莱人の能力ですよ。どうやら彼女、一回‘死んでいる’ようですね」

「死んだら完全回復で復活ですか。それはまた、意地の悪い能力ですわね」

「ふん、精々誇るといいわ。あんな不安定な姿勢から放った一撃にヤられたなんて、私としても一生モノの恥よ」

 不老不死の一生に残る恥って、どれだけ屈辱的だったんですか。
 いや、問題はそこではない。
 まさか不死身のお姫様だったとは……これは、思ったよりもマズイ事態になったかもしれない。
 僕が格闘戦で早期決着を狙ったのは、ぶっちゃけて言えば彼女にスペルカードを使わせないためだった。
 一つ目の難題で確信したが、彼女の弾幕は強力だ。五枚全部力任せに破る事は絶対にできない。
 だからこそ、多少無茶でも力尽くで戦闘不能に……と思っていたんだけど。
 体力ゼロになると全回復とか反則でしょう。

「だけど、二度も同じ手が通じるほど浅い相手だと思わない事ね。もう貴方を近づかせる事は無いわよ」

「と、言ってるみたいですが……次はどうします?」

「さて、どうしましょうね」

「……晶さん、ここまで来てそれはないですって」

 呆れ気味の文姉に苦笑いを返す。
 しかし、分かってほしい。
 あえて口には出さなかったけれど、実は輝夜さんの特性が明らかになった時点でこの勝負、軽く詰んでいるのだ。
 さっきも言った通り、今の僕の実力では五つの難題に応えきる事は出来ない。
 四季面で耐えきれない事はもちろんだし、天狗面や素の状態でもあれを回避し続けるのも厳しいのだ。
 文姉は大丈夫だろうけど……‘メイン’が僕である以上、やられたら降参するに違いない。
 さて問題です。そんな状態でどうやって逆転すればいいのでしょう。
 正解は僕にもわからないので誰か教えてください。

「……あ、あれ? 実は結構ピンチなんですか?」

「………正直に言えば、かなり厳しいですわね」

 もちろん、何も手が無いわけではない。
 唯一にして確実に効果をあげられるスペルカードが一枚、四季面には存在している。
 ただし、それも使えて一回だ。
 同じ手を許すほど甘い人だと思えないし……何よりあのスペルカードを連発できるほどの体力が、僕には無いのである。

「文お姉様……これからちょっと負担をかけるかもしれませんが、よろしいですね?」

「私が頑張れば、勝ち目を作れそうですか」

「―――――えへっ☆」
 
「無理なら素直に言ってください。今の貴方にそういう振る舞いをされると寒気がします」

「少なくとも、負けは遠ざかりますわ。私の体力が続く限りの話ですが」

「……なんという苦し紛れ」

 まさしくその通りなので、特に反論はありません。
 いやほら、うまい具合に解決策が出てくるかもしれないじゃん。……多分。

「相変わらず作戦会議が長いわね。幾ら私が寛容でも、これ以上チャンスを与えるつもりはないわよ?」

「……とにかく、できうる限りけん制します。それで頑張ってください」

「ええ、お願いしますわお姉様」

 僕たちが構えるのに合わせて、輝夜さんも二枚目のスペルカードを取り出した。
 さて、できれば最初の弾幕が上位のモノであればいいんだけど。
 ……そう上手くいかないよなぁ。好きなものは後でってタイプみたいだし。

「それでは、二つ目の難題「仏の御石の鉢」……今度はスマートに応えてくださいませ?」



 ―――――――神宝「ブディストダイアモンド」



 ああ、やっぱり駄目か。
 気泡のような玉が張り巡らされ、光のような輝きをため込んでいる。
 そして彼女の背後からは、星の形を模した弾丸が軍隊に例えられる程の量迫ってきていた。
 気分はまさしく、彼女に求婚した五人の皇子だ。

 



 なよ竹のかぐやが残酷なほど美しい笑みを浮かべる。残った難題は、あと四つ。




[8576] 東方天晶花 巻の三十八「成功する人は錐のように、ある一点に向かって働く」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:58

巻の三十八「成功する人は錐のように、ある一点に向かって働く」




 迫りくる弾幕。
 あまりに圧倒的なその攻撃の中、僕に許された手段は回避のみだった。

「まったく、冗談じゃありませんわねっ」

 まさかこんなにも早く、「グレイズ」を試す機会が訪れるとはね。
 もっとも、避け損ないが掠っているだけとも言えるけど。
 とりあえずは、直撃じゃ無ければそれでいい。
 
「ふふっ、どうしたの? さっきの気概はどこへ行ったのかしらねぇ」

「……えいっ」

「あぶなっ!?」

 優勢だと分かった途端ニヤリと笑いだした輝夜さんに、とりあえず傘をブン投げてみた。
 鈍器として使ってる氷の傘だけど、使い捨て可能だから投擲にも使えるのだ。
 しかも気で強化してるから、実は劣化版「スピア・ザ・ゲイボルク」と言えるほどの威力があったり。
 ―――まぁ、普通に外れたけどね。
 ついでに言うと投げてる最中にガシガシ攻撃も当たってたりするんですが……意趣返しできたからいいや。

「本当に我が身を省みない子ね。私は不老不死だって言ったでしょ、こんなことしても無駄よ?」

「そうですわね。けれど、気をそらす程度のけん制にはなりましたわよ?」

「っ!? しまった、今のは」

「ご察しの通り、本命はこっちですっ!!」

 こちらが詰まっている間に、スペルカードを抜けた文姉が葉団扇を構える。
 即席コンビと侮ってもらっては困る。単純な連携なら、会話しないで疎通をはかる事くらい可能だ。
 複数の小型の竜巻が、輝夜さんに襲いかかった。

「くっ、この程度の不意打ちで……」

「良いから当たってなさい」

「二発目っ!?」

「はい、サクサク追加しますよー」

「貴方達容赦ないわねっ!?」

 こちらが投擲でけん制し、その隙に文姉が風圧弾をお見舞いする。
 輝夜さんは全てギリギリで回避しているが、やはり避けきるのは無理なようで細かい傷が増えていく。
 とはいえ、あくまでこれは守りのための戦術。
 勝つためというよりは、相手の弾幕を乱すための攻撃という意味合いが強い。
 そもそも、相手の攻撃もこっち―――主に僕―――に届いているんだ。
 彼女が不死である事を考えれば、むしろこっちが損しているといっても過言ではない。
 それに輝夜さんは疲労を「感じる」と言ったが、残るとは言っていなかった。
 霊力も同様だ。確定的ではないが、彼女の不老不死が「不完全」なものであるという期待はしない方がいいだろう。
 まったく、ズルいよリザレクション。
 ……もういっそ、死なない程度に痛めつけて参ったと言わせようか。

「ねぇお姫様、前歯を全部引き抜かれた経験はおありですの?」

「な、何よその怖い問いかけはっ!? 言っておくけど、もう貴方を近づけさせないわよ」

 確かに、彼女は僕の接近を許さなかった。
 弾幕をグレイズしながら近づいても、その分彼女は下がってしまう。
 文姉の事も多少は警戒しているが、あくまでも僕を警戒するおまけのようなものとなっている。
 どうやら、あのパラソルデスマッチは意外と彼女の心に深い傷を与えたようだ。
 
「貴方の得意分野に持ち込まなければ、弾幕ごっこも真っ当にできるみたいだしね」

「ふんっ、それはどうかしら」

「あら、私が‘後ろに下がった’だけで、ここまで追い込まれているじゃない」

「……くっ」

 さすがに見抜かれちゃったか。何しろ僕には、遠距離攻撃がほとんど無いからね。 
 現状、けん制以上の手順を持ってないわけだし……。
 あーもう、本当にどうしようか。

「ふふっ、さぁ晶? ここからどうする気なの?」

「―――とりあえず、さっさとスペルブレイクしてもらいますよっ!」

「っ! また鴉天狗っ!?」
 


 ―――――――「幻想風靡」



 風を全身にまとった文姉が、輝夜さんを跳ね上げる。
 そのまま、輝夜さんをお手玉のようにポンポンと‘轢く’風の塊。
 二つ目の難題は砕け散り、何度も文姉に体当たりを食らった輝夜さんは地面に叩きつけられた。
 ……分かっていた事だけど、強いなぁ。
 そのまま優雅に僕の隣に降り立った文姉を見て、僕は感嘆のため息を漏らした。

「あやや? どうしました晶さん、お姉ちゃんの勇姿に見とれてました?」

「そうですわね。うっとりするほど美しいお姿でしたわよ、お姉様」

「……すいません。自分で聞いといてアレですけど、素直に褒められると何かイヤです」

「私にどうしろとおっしゃるのですか」

 いや、その複雑な気持ちは分からないでもないけどさ。
 いい加減、根っこの部分は僕なんだって事を理解してくださいよ。

「私は別にお姉様の事を嫌ってはおりませんわ。あの状況が続けばタダでは済まなかったでしょうし、感謝の気持ちを偽る理由はありません」

「至極まっとうな事をそのツラで言わないでください! 怖気がきますっ」

「本当にどうしろと」

 この人、どんだけ幽香さんの事嫌いなんだろうか。
 ……まぁいいや。好き嫌いで行動を惜しんでいるワケでもないし。
 危なかった。さすがに二回続けて喰らい続けるのは、四季面でもつらい。
 片腕も相変わらず動かせないままだし、下手するとあのままギブアップしていた可能性は高かった。
 とはいえ、まだ二つしか終わってないんだよなぁ。
 大の字で寝転がってるお姫様を恨めしげに睨みつけつつ、次の手を考える。
 残る三つのスペルカードをこのまま避けきれる自信は、当然持ち合わせていない。

「あーもう! 一回の弾幕ごっこで二回殺されるとは思わなかったわよっ」

「あ、起きましたわね」

「おや、寝てたんじゃなくて死んでたんですか」

「悪かったわね。幾ら私でも弾幕ごっこ中に寝たりはしないわよ」

「なるほど。つまり、死んだふりして馬鹿にしていたと言う事ですわね?」

「……死んだふりって意味合いとしては間違ってないけど、馬鹿にしてたワケじゃなくて単なる復活待ちよ」

「あら、それはつまり、リザレクションには多少のタイムラグがあると判断して良いという事かしら?」

「そういうことよ。復活に時間がかかる、それだけの話だけどね」

 付け入る隙は無いと言わんばかりに、ニヤリと笑ってみせる輝夜さん。
 復活中はリザレクションによる復活にも穴が出来るとか、ちょっと期待していたんだけどなぁ。
 そんな不完全な不死性は、期待するだけ無駄って事か。
 ああ、その誇らしげな顔が少しばかり憎らしい。

「すっごい腹立たしいです……月まで吹っ飛ばして差し上げましょうか」

 文姉の苛立ちも、よくわかるというものだ。
 こっちは――とはいっても僕だけだけど――ボロボロなのに、彼女は死んでしまえば完全復活。
 さっきの連携で与えた分のダメージも、もうとっくに消えてしまっているのだろう。
 この調子じゃ、三つ目の難題にも耐えられるかどうか……。
 ううっ、文姉じゃないけど、本当に月まで吹っ飛ばしたくなってきた。
 ――――ん? ちょっと待てよ。

「さて、それでは三つ目の難題に行きましょうか? もっともこれが、最後の難題になるかもしれないけどね」

「言いたい放題言ってくれますね。……とはいえ確かに、晶さんも限界が近そうです」

「ええ、そうですわね」
 
 もうすでに、初めほど速く動く事も出来なくなっていた。
 ダメージは少しずつ蓄積し、僕の体を縛る重りと化している。
 四季面の支柱である「気を使う程度の能力」も、強化に廻すだけで精一杯なのが現状だ。
 彼女の言うとおり、まともにやればこの難題で僕は脱落する。
 ……迷っている暇はない、か。
 はっきり言って思い付き以外の何物でもないが、少なくとも勝機は見いだせた。
 なら、それに賭けない理由はない!

「すいません、お姉様。少しばかり私の無謀にお付き合い願えませんか?」

「無謀って――なるほど、何か思いついたみたいですね。随分と良い顔をしていますよ」

 文姉が僕の顔を覗き込み、ニヤリと笑った。
 自分では分からないけれど、どうやら僕は相当意地の悪い顔をしているらしい。

「……あまり期待されても困りますがね。では射命丸文殿、返答はいかに?」

「私はパートナーとして、最後まで貴方にお付き合いするつもりです」

「そうですか。色よい返事ありがとうございます」

 本当にありがたい話だ。彼女主体で動けば、もっと楽に勝つ事もできただろうに。
 どういう策を思いついたのか、それを具体的に口にしたわけでもないのに、彼女は僕に全幅の信頼を与えてくれた。
 なら、僕も彼女の信頼に全力で応えようじゃないか。

「私が彼女の三つ目の難題を消し飛ばしますので、お姉様はその隙に、ドでかい一発をお願いしますわ」

「ふふっ、お任せください」

 輝夜さんが、三枚目のスペルカードを取り出す。
 それに対抗するように、僕も空いた腕でスペルカードを示した。
 成否の可能性すら測れない一発勝負。
 だけどまぁ、それもまたいつもの事だよね。

「では、三つ目の難題「火鼠の皮衣」……これが最後にならぬ事を祈っておりますわ」



 ―――――――神宝「サラマンダーシールド」



 盾の名にふさわしく、赤い弾丸の壁が広がっていく。
 身体がすでに告げている。僕の技量で、あれに耐えきる事は出来ないと。
 だけどまぁ、耐えきる必要なんてどこにもない。

「残念ですがこれ以上、お姫様の我儘に付き合う気はありませんわっ!」



 ―――――――魔砲「マスタースパーク」



 閃光が、瞬いた。
 四季面唯一の遠距離射撃。
 飾り気も無く、ただ力ある光をぶつけるだけの、単純でありながら驚異的なスペルカード。
 そんな「力任せ」の象徴である一撃が、なよ竹のかぐやが用意した難題を吹き飛ばす。
 さらに、閃光は彼女をとらえようとその力を伸ばした。
 しかし―――

「貴女が「ソレ」を使えるという話は、すでに鈴仙から聞いているわよ!!」

 スペルブレイクと同時に、輝夜さんが真横に跳んだ。
 暴力的な光の奔流は、彼女を飲み込む事なく直進していった。
 ―――うん。ここまでは予想通り。

「文お姉様っ!」

「お任せくださいっ!!」

 障害となりうるマスタースパークをスペルブレイクし、文姉と輝夜さんの間に道を作る。
 文姉の手には、一枚のスペルカード。



 ―――――――竜巻「天孫降臨の道しるべ」


 
 今までで最も巨大な竜巻が、文姉の周りに巻き起こる。
 それは、輝夜さんを巻きこまんと激しく力を拡大させていく。
 ……鴉天狗の最大級スペルカード。すごいとは思っていたけど、ここまでとはね。
 だが、蓬莱山輝夜はその一撃すら読み切る。
 風に巻き込まれないように、彼女はどんどん後方へと下がっていった。
 やはり、輝夜さんは根本的な部分で戦士ではない。彼女はあくまで僕らを試しているのであって、戦っているわけではないのだ。
 だからこそ彼女は下がる事に抵抗が無い。
 僕らの全力攻撃は、全て空振りに終わってしまった。

「危ない危ない。だけどこれだけの威力があるスペルカードなら、それぞれを難題用にとっておいた方がよかったんじゃないの?」
 
 そういうワケにはいかなかった。
 何しろ僕にはもう、マスタースパークを使う余力が残っていないのだ。
 それぞれが一回ずつ難題を散らしたとしても、最後の一枚を裁き切れず結局は終ってしまう。
 文姉なら、もう一発くらい放つ事は出来るかもしれないけれど……それで得た勝利は、結局僕のモノではないのである。
 そんな勝利を享受できるなら、僕は最初に泣いて頼んで天狗面をつけていたはずだ。
 それに、彼女は一つ大きな勘違いをしている。

「構いませんわ。これで、おしまいですもの」

「えっ―――?」

 そう、‘ここまでも予想通り’だ。
 最大級のスペルカード二枚を囮に使ったのだから、成功してもらわなければ困るのだけれどね。
 文姉の竜巻に気を取られていた彼女は、僕の接近をまんまと許していた。

「いくら貴方でも、三度目の回避は無理でしょう?」

「ま、待ちなさいよ。もう分かってるでしょ? 私に打撃は意味無いワケで――」

「安心して宜しいですわ。……思いっきり痛くしますから」

「わぁ、いい笑顔ぉー」

 涙目で笑っている彼女に、普段の倍は巨大にした氷の傘を叩きつける。
 大地が激しく揺れた。
 以前のように亀裂が入らなかったのは、‘クッション’が間に挟まっていたからだろう。
 ……よし、手ごたえはあった。

「か、かぁぐやぁさまぁー!?」

「あちゃー、今のはモロだったね」

「元々武闘派で無かったとはいえ……これで三度目ね」

 目的を果たし、障害物になった鈍器を投げ捨てる。
 陥没した地面の上で、輝夜さんが原型を残したまま手足を痙攣させていた。
 ……良かった。これでミンチになっていたら一生もののトラウマになっていた事だろう。
 耳を澄ますと聞こえてくる、ミシミシという何かが軋む音。
 すでに、リザレクションは始まっているようだ。
 僕は輝夜さんの首を優しく掴み、宙ぶらりんにする。

「……で、ここまでやってどうするんですか? まさか本当に死なない程度に痛めつけるつもりですか?」

「それで確実に勝てるなら、そうしますけどね」

 まぁ無理だろう。幻想郷の住人は意地っ張りばかりだし。
 それにもっと楽に勝つ方法を、僕は文姉から教えてもらったんだよ?

「う、うぐ……貴方達、難題に応えるっていう事は、私にトドメを刺すってことじゃないのよ?」

「ええ、分かっていますわ。これも作戦の一つですの」

「……こ、今度は何デスマッチなのかしら?」

 無事復活した彼女が、先ほどまでの事を思い出して顔を強張らせる。
 ……いや、確かに得意分野という事で、インファイトで散々好き勝手やったけど。
 そんな露骨に怯えられると、何だか自分がいじめっ子にでもなった気分になるんですが。
 ああ、ほとんど変わらないですかそうですか。
 いいもんいいもん。気にしてないもん。

「ねぇお姫様。最後に一つ、聞いても宜しいかしら」

「な、何よ」

「――――貴女、迷いの竹林をどこまで把握してますの?」

「……ちょっと待って。その質問の意図は、つまり」

 さすが、この一言で全てを察してくれたか。
 分かりやすく顔を青くする輝夜さん。雄弁な返答ありがとうございます。
 得るべき答えを確保した僕は、この勝負にカタをつけるために思いっきり振りかぶった。

「ああ、抵抗したいのならご自由にどうぞ。残りの腕くらいなら道連れして結構ですわ、止めませんけど」

「そ、それはさすがに弾幕ごっことしてどうかと思うわよ。ほら、落ち着いて」

「別に問題ないでしょう? ‘すぐに戻ってくれば’済む話ですわよ」

 照準は、迷いの竹林。
 四季面のパワーをフルに使って、僕は輝夜さんを‘竹林に向って’ブン投げた。

「せーのぉぉぉぉぉぉおっ!!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあっぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 ドップラー効果を上げながら迷いの竹林へ消えていく、なよ竹のかぐや。
 さすが四季面、人間がまるでピンポン玉のようだ。
 ちなみによほど余裕が無かったのか、輝夜さんを投げ飛ばした僕の腕は無事だった。

「……さて、永琳さん」

「はい。何でしょう」

「あのお姫様は、自力で竹林から戻ってこれますか?」

「無理でしょうね。私やてゐやうどんげの案内がなければ、三日三晩は迷うと思いますよ」

「つまりそれは、戦闘続行が不可能である、という事ですわね」

「……相違ありませんわね」

「ちょ、師匠!?」

「なるほど、確かにこれも立派な「戦闘不能」だね」

 てゐが僕の屁理屈に苦笑する。
 まさしく、彼女の言うとおりだった。
 戦闘不能というのは相手が戦えなくなる事を指すのであって、相手を倒す事ではない。
 例え相手が不死の蓬莱人であっても、「戦えなくなる」という状況はきちんと存在しているのだ。
 それを教えてくれたのは、もちろん僕のお姉ちゃんである。

「あー、ひょっとして私の発言がアイディア元ですかね」

「そうですわね。あれはまさしくコロンブスの卵的発想でしたわ。さすがお姉様、頼りになります」

「それは「余計な口出ししやがってこのアマ」という喧嘩の売り文句ですね?」

「……てゐさん? 私おかしなこと申し上げました?」

「いや、おかしくないよ。問題なのは、その礼儀正しい発言がガマクジラの口から発せられた事だと思うけど」

「貴女はシビアなくらい優しく真実を突き付けるのですわね」

 つーかガマクジラって幻想入りしてたの?
 いや、してなかったとしても、てゐなら知っていておかしくない気もするけど。
 ……おっと、話題がずれた。

「とりあえずこれで我々の勝ち――そう思って宜しいのですわね」

「少なくとも私は、姫様が負けたと思っていますわ」

「難題続行不可なんだから、姫の負けでしょ」

「し、師匠!? それにてゐも! 二人はそれでいいんですかっ!」

 レイセンさんがくってかかっているけど、二人の意見は変わらないようだ。
 まぁ、迷いの竹林ぐらいでしか使えない勝ち方だから、彼女が納得できない気持ちもわかるけどね。
 僕としては、負けになっても一本取ってやったから別に問題は無い。
 あのまま戦ってたら確実に負けてたしね。

「しかし鈴仙さんではありませんが、この勝利には釈然としないものがありますね」

「当然でしょう。試合に勝って勝負に負けたのですわ、私たちは」

「あー、やっぱ負けてますかね」

「ボロ負け、と言っても差し支えありませんわよ」

 それに関しては言い訳する気も無い。
 そもそもこの勝ち方は「五つの難題を破れない」事が前提となっている。
 本来求められている勝利条件を初めから放棄している時点で、負けを認めているようなものだ。
 それが分かっているから、僕は「ルール上の勝利」だけでも得るためにあんな無茶な真似をしたのである。

「ほらほら、晶たちもこう言ってるんだから大人しく勝たせてやりなって」

「そうね。せっかく形式だけでも勝利をもぎ取ったんだもの、その努力は認めてあげるべきよ」

 物分かりが良すぎて涙が出てくるなぁ。
 そんな二人を睨みつけ、レイセンさんは僕の顔に指を突き付けた。
 どうでもいいけど、それは失礼な行為に部類されてる仕草です。

「こんな卑怯な手段を使う奴を認めろって言うんですか!?」

「けれど姫様は、その卑怯な手段を見破れなかった。この子を責めるのは筋違いよ」

「………くっ」

 歯を食いしばって黙りこむレイセンさん。
 永琳さんの鶴の一声に、さすがに二の句を告げられないのだろう。
 ……そこまで声高に叫ぶなら、まずは輝夜さんを助けに行けばいいのに。
 そんな事を思いつつ、僕は仮面に手をかける。
 納得してない人もいるみたいだけど、とりあえず決着はついたのだ。元に戻っても問題は無いだろう。
 いつまでも、文姉に変な顔されるのは避けたいしね。

「あ、ダメよ」

「ほへ?」

 しかし、なぜかそれを永琳さんに止められた。
 どうしたんだろう。まさか、四季面を気に入ったとか?
 だとしたらスイマセン。もう外しちゃいました。

「どうしたんですかししょー……って、うぉうっ!?」

「あややややややーっ!?」

「ど、どうしたの二人ともっ!?」

「あたまっ、あたまーっ」

 頭?
 いきなり慌てだしたてゐと文姉が、僕の頭をそろって指差す。
 だからそれは、失礼な行為に部類される仕草ですってば。
 何故かレイセンさんも、びっくりした顔でこっちを見ている。
 どうしたんだろうと思い頭に手を添えてみると、ぴちゃりと音を立てて手が赤い何かに彩られた。

「……あれ?」

「マズイわね……」

「ちょ、ど、どういう事なんですか!? 永琳さんっ」

「分からない? ヒントは、「あの面による身体強化」よ」

「いや、ヒントとかどうでもいいんでとっとと治療してくださいよっ!」

 あ、やっぱりこれ、僕の血だったのか。
 ドクドクと手を赤く染める血液。これって普通に致死量じゃない?

「要するに、あの面で向上していたのは防御力だけじゃなかった、という事よ」

 永琳さんがため息混じりそう言った。
 なるほど、そういう事か。
 四季面は僕の身体能力や防御力を気で向上させている。
 だから僕は輝夜さんの弾幕を耐えきる事が出来た――と思っていたのだが、どうやらそれだけではなかったらしい。
 気を使う程度の能力は、体力の強化も無意識に行っていたようだ。
 僕の元々の体力が百だとするなら、百五十くらいには底上げされていたのかもしれない。
 そして僕は、今回の戦闘で九十程のダメージを受けた。
 四季面をつけている間は、まだ半分程度余裕が残っている値だ。
 だが面を外してしまえば底上げ分は無くなり、自分の元ある体力分だけでダメージに耐えなければいけなくなる。
 当然の話だがダメージの値自体は変わらない。そうなると僕の体力は、九十差っ引いて残り十に―――見事な瀕死の重体の出来上がりである。
 ……丈夫さに任せてガンガン受けるのは止そう、そう決めた直後にこれとは。
 僕のうっかりは、やっぱり致命的なのかもしれない。

「――――あっ」

 気が緩んだ瞬間、何とか保っていた最後の一線も崩れてしまったようだ。
 体中の傷口が開き、疲労が一気に押し寄せる。
 ……これは、本格的にやばくない?

「ぎゃぁーっ!? 晶さんがスプラッター!!?」

「なるほどね、これが本当の人間噴水。座布団一枚」

「こんな時に大喜利やってんじゃないわよっ! し、師匠!」

「うどんげは永遠亭から治療道具を持ってきなさい。私はこの子の応急処置をするわ」

「は、はいっ!!」

「あややややっ、私もお手伝いいたしますっ」

「ししょー、私は?」

「姫を回収してきなさい」

「あいよー」

 てきぱきと指示を飛ばす永琳さんが、僕の額に手を当てた。
 同時に、意識が急激に緩んでいく。

「少し眠っていなさい。その間に手当を済ませておくわ」

「す、すいません」

「お礼は助かってからにしなさい。……大丈夫、死なせはしないわよ」

 最後に聞いたのは、そんな母のような囁き。
 優しい暖かさを感じながら、僕の意識はブラックアウトするのだった。



 ――――あーあ、やっぱり大人しく負けとけば良かったかなぁ。



[8576] 東方天晶花 巻の裏側「教えろ! 山田さんっ!!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:59

巻の裏側「教えろ! 山田さんっ!!」




    ※今回の話は、ネタ発言とメタ発言に溢れたエセQ&Aコーナーです。
     タイトルですでにイヤな予感がした人や、設定とか特に気にしない方はスルーしてください。
     タイガー道場、でピンときた方はそのノリでお願いします。




晶「うーん……うーん……人間噴水……」

???「ほーら起きろ起きろ―(げしげしっ)」

晶「げふぅ!? 和やかな言い方に反して暴力的な起こし方っ!?」

??「早く起きなさい。貴方の覚醒シーンで無駄に時間を消費する暇はないのです」

晶「身も蓋もないなぁ……ってここ、どこ?」

??「あの世一歩手前です」

晶「さらっと衝撃の事実!?」

???「はいはい、オーバーリアクションはいいから、座った座った」

晶「……ノリが軽いなぁ。何なんですか、これ」

??「貴方の悩みを白黒ばっさり、世界の裏側教えます。「教えろ! 山田さんっ!!」のコーナーです。私はメイン進行の山田と申します」

???「あたいは、アシスタントの死神Aだよ」

晶「……本編に登場する予定のキャラを、こんなメタ話でフライング登場させちゃうの?」

山田「私はあくまで山田であり、東方projectに登場する某閻魔とはあんまり関係ありません。テリーマンと二代目グレートぐらい関係ありません」

死神A「あたいも、東方projectに登場する某死神とは全然関係ないよ? カメハメと初代グレートくらい関係ないね」

晶「……左様ですか」

死神A「あんたの言いたい事は分かるよ。幾ら適切な渾名が見つからなかったからって、死神Aはないよなぁ」

晶「―――『きゃん』とか名づけられる寸前だったくせに」

山田「私とセットだからという理由で招集されたアシスタントの呼称問題はどうでもいいんです。説教しますよ?」

晶「それだけで前後編になりそうなので止めてください」

山田「物分かりが良くて結構。そうやってマンボウのごとく話の流れに乗ってください。それが貴方にできる善行です」

晶「言っとくけど、アイツら世間の人たちが思ってるほど流れに流されてるワケじゃないよ?」

死神A「このコーナーは電子の海に漂う数々の疑問をあたいが掬いあげ、山田様が答えていくという……まぁ、ぶっちゃけQ&Aコーナーだね」

晶「ぶっちゃけるの早いよっ!? しかも世界観すら投げ捨てたっ!?」

死神A「200件以上ある感想さかのぼって個人宛の返信に書かれてある設定拾うのは誰だって面倒だろ?」

晶「お願いだから畳みかけないでっ! しかもそれ、気遣ってるようで凄い自分勝手な発言だしっ!!」

山田「では、最初の疑問を。――なお今回の疑問は全て、電子の海より適当に拾い集めたモノです。主に死神Aが」

晶「……もう好きにしてください」



    Q1:晶君って何歳?



山田「これは本人に聞いてみましょう。さぁ主人公、本編中で明言しなかったツケをここで支払うのです」

晶「年齢言わなかっただけで酷い言われようだ……」

死神A「いやでも、複数の人から「晶君は何才ですかー」って聞かれてるよ? 後、年齢わかってる人も「とても○○才に見えない」と……」

晶「十六才ですっ! 一話から十六才設定で頑張ってますっ!!」

死神A「意外と過去設定の時間軸は明確に決められてるんだよなー、アンタ」

山田「六才の頃から祖父の世話になり、それから八年後――十四才の時に祖父が死去、八雲紫が後見人になっている……というのが現在までに明かされている事項ですね」

晶「さすが世界の裏側……人の過去設定をあっさりと」

山田「いえ、今のは「浄玻璃の鏡」で貴方の過去を覗いただけですが」

晶「半端に設定を生かさないでくださいっ!」

山田「では、問題も解決したところでサクサク次に参りましょう」

晶「……これって本当にお悩み解決コーナー?」



    Q2:晶君は、○○の能力を覚えないんですか?



山田「相手の技を覚える主人公になんてなるから……キャラが増えるたんびに言われてますね」

晶「いや、設定にツッコミいれられても」

死神A「宿業だなぁ……で、どうなんだよ。登場キャラの全能力を獲得なんつー無茶はやる気なのかい?」

晶「十徳ナイフって実際のところ、使ってせいぜい二、三徳ぐらいだよね」

死神A「うん、言いたい事は何となくわかった」

山田「徳は増やせばいいというわけではありません。己が身の丈を無視してかき集められた徳は、その者が持つ功徳を引きずり下ろす恐れすらあります」

死神A「はい! もっと噛み砕いて説明して欲しいです!!」

山田「全職業コンプさせた後のドラクエⅥはただの作業ゲーでしょう?」

晶「別人を自称してるからって、何を言っても許されるワケじゃないと思うんですが」

死神A「何言ってるんだい。名前が変わればキャラも変わる、遊戯だって頭に闇がつけば別人みたいになるじゃないか」

晶「それは本当に別人になってるからっ!」

山田「そういうワケですので、彼が覚える能力はその場のノリ取捨選択されます。上記の質問をされても作者はお為ごかしな回答しかできませんのでご注意を」

晶「もう解決コーナーに見せかけた注意書きじゃん、これ」

山田「では、続いての質問です」

晶「……無視される事は分かってたけどね」



    Q3:晶君は、何で狂気の魔眼を自分にしか使わないの?



晶「なんか、急に最近のモノになったね」

山田「昔のモノに遡ると、話の中で答えが出されているものが大多数をしめてしまいますからね。仕方ありません」

晶「……本編中で明らかになるなら、このコーナーいらないじゃん」

山田「このコーナーは、「本編では周知だったり機会が無かったりで描写できない事実」を明らかにする目的のモノですから、一応意義はあります」

死神A「まさか、「その答えは○○件前の感想返答で書いたから戻って探して」とは言えないしね。作者だって無理だし」

晶「そろそろ、貴方達は疑問解決人なのか大宇宙の意思の代弁者なのかをはっきりさせておきたいんだけど」

山田「さて、今回の問題も本人に答えてもらいましょう。はい、白黒はっきりお願いします」

晶「いやその……出来るっちゃ出来るんだけど、今のところ僕って自分にしか使った事ないんだよね、魔眼」

死神A「確かに、自分の波長を戻すために使って以降、面変化にしか使ってないね」

晶「うん、だからまだちょっと慣れてないんだよ、魔眼自体に」

山田「理解した事と使用できる事はまた別、という事ですね。貴方にとっては月の兎の使用法の方が異端である、と」

晶「自分の方を弄る事に慣れちゃった、とも言うかな。他人の波長弄るよりずっと楽だし……」

山田「なるほど、良く分かりました」

死神A「でもこの疑問って、本編でも描写されそうだよね」

山田「…………」

晶「…………」

死神A「じゃ、じゃあ次の疑問行ってみようかっ!」



    Q4:皆、晶君の性別に関してはどう思ってるんですか?



晶「これは僕も聞きたい。すっごく聞きたい」

死神A「外見が外見だもんなー」

山田「まさしく私の出番ですね。お望み通り白黒はっきりつけましょう!」

晶「キャーヤマダサンステキー!!」

山田「―――はぁっ!」


 白(男):幽香、レミリア、にとり、小悪魔、永琳、輝夜、アリス、紫

 黒(女):うどんげ、てゐ、妹紅、慧音

 その他:文、咲夜、美鈴、パチェ、チルノ、大妖精


晶「白黒はっきりされてないっ!?」

山田「その他の部類に含まれている方々は、さらに二種類に分けることが可能です」

晶「聞きたくないけど、どう分かれてるんですか?」

山田「性別を気にしていない方々と、「性別:晶」と認識している方々です」

晶「「性別:晶」って何さっ!? あ、ごめん、やっぱり聞きたくない、内訳も聞きたくない」

山田「前言を翻すのは閻魔的にどうかと思いますが」

晶「地獄に落とされることになっても聞きたくないんです」

死神A「現実逃避に全力出すなよ」

山田「……まぁ良いでしょう。今の私はグレー的な遊び心もある山田ですから、ノリでバッドエンド迎えた主人公の改造手術をやるくらいの余裕はあります」

晶「イヤな余裕だ……」

死神A「まーまー、山田様も今回のノリに合わせようと努力してるんだよ。だから次の疑問を……」

山田「いえ、今ので終わりですよ」

晶「え? もう終わり?」

山田「はい、今回はあくまでサンプルみたいなものです。すでに答えが出ているものをもう一度答えているだけなので、ネタ切れも早いんですよ」

死神A「そもそも、大した疑問があるようなモノでもないしね」

晶「……その場のノリで、話に伏線入れたり引っ込めたり筋を変えたりしてる作品だからなぁ」

山田「それゆえに状況が混沌化する事もあります。そのために「教えろ! 山田さんっ!!」は存在しているのです」

死神A「つまり、Q&Aコーナーであり総集編でもある、アバウトなコーナーだって事さ」

晶「アバウトにも程があるなぁ……」

山田「作者としても、ある程度まとめておかないとうっかり設定を矛盾させかねませんからね。こうしてメモっておけば一安心です」

晶「酷い話だ」

山田「次回予定は未定ですが、○○どうなってるの? 的な質問を多く頂けると、再登場が速くなって山田感激です」

晶「W○RKING!ネタとか何人に伝わると思ってるのさ」

死神A「……小鳥ちゃん?」

晶「泣くよ? マジ泣くよ?」

山田「さて、お約束ネタも挟んだところで、今回の「教えろ! 山田さんっ!!」は終了です」

死神A「じゃあ、そろそろ主人公には生き返ってもらいますかー」

晶「……やっぱり僕って死んでたの?」

死神A「大丈夫、瀕死の重傷だよ。あたいが勤勉だったら死んでたけど」

晶「今後は無茶しないよう心がけます」

山田「閻魔的に嘘はどうかと」

晶「本気の反省を嘘扱いされたっ!?」

死神A「まぁ、ここでの事は泡沫の夢扱いだから、あんまシリアスになるのもどうかと思うよ?」

山田「ぶっちゃけ無駄ですね」

晶「挙句の果てに無駄扱い!?」

死神A「じゃあ山田様、現世に帰れるほどきっつい一撃、お願いしまーす」

山田「ええ、任せてください。魂を歪める程派手にぶったたきます」

晶「え、ちょ、何それ、なんでそんなに暴力的な戻し方を選択するわけ?」

山田「それが世の中の流れです」

死神A「生き返れるんだからガタガタ言うなって」

晶「死んでもそんな流れなのーっ!?」

死神A「だから死んでないって、死にかけ一歩手前だって」

山田「では行きますよ。歯を食いしばってください」

晶「……あ、僕ちょっと用事思い出した」

山田「問答無用! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇええええっ!!」

晶「え、今死ねってへぶぅぅぅうぅうぅぅぅぅぅっ!?」

死神A「じゃーまったねー」





 教えろ! 山田さんっ!! 第一部 完



[8576] 東方天晶花 巻の三十九「事を行うに当って、いつ始めよう等と考えている時には、既に遅れをとっているのだ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 15:59
巻の三十九「事を行うに当って、いつ始めよう等と考えている時には、既に遅れをとっているのだ」





「あ゛ーっ、久々にえらい目にあったわー」

 ウサギたちに体中を揉ませながら、輝夜がしみじみと呟く。
 結局あの後、竹林に迷い込んだ姫を発見するのに半日の時間を消費した。
 対戦相手であった彼の考察は、まさしく正しかったという事か。

「これに懲りたら姫様も、少しくらい永遠亭の地理を把握するよう努めてくださいね」

「やーよ面倒臭い。それと永琳、もう客人はいないんだから、その畏まった話し方止めてくれる?」

「私の意見は聞かない癖に、自分の意見は押し通すのね」

「姫ですもの」

 そう言われるとぐうの音も出ない。
 今の年寄りくさい姿から姫らしさを欠片も見出せなくても、やはり彼女は生粋の姫なのだ。
 まったく、永遠を生きる姫ほど厄介なものはないわね。
 今回の発端も、そんな輝夜の‘我儘’から始まったのである。

「それで、お望み通り連れてきた「退屈しのぎ」は、輝夜の眼鏡に適ったのかしら?」

「あー……ノーコメントね」

 さすがの輝夜も、あれだけ無茶な真似をされて「最高に暇が潰せたわっ」とは言えなかったようである。
 永遠亭が人里と関係を持つようになり、私たちは以前より遥かに忙しくなった。
 ここまで「医院」としての永遠亭が繁盛したというのは、正直に言えば想定外の事である。
 確かに、私たちの医療技術は人里の遥か先にあるといっても過言ではない。
 けれどまさか私達のようなものと関わろうとする人間が、こんなにも居たなんて……。
 何物にも縛られない巫女の影響だろうか、幻想郷の人間たちも随分と人外慣れしてきたものだ。
 そのせいで、医者ではない輝夜は暇を持て余すことになってしまった。
 無論、私とて出来得る限り姫の要望に応えてきた。しかし状況の変化が影響を与えたのは、私たちだけではなかったのだ。
 元々彼女は、興味本位で不老不死になってしまうほど自由奔放な人である。
 輝夜が新たな刺激を求めるようになったのは、むしろ遅すぎたとすら言えるだろう。

「あの子では、貴方の期待に添える事はできなかったかしら」

 それは少し残念な知らせだ。
 あの子ならば、姫の退屈も当分は癒せるだろうと踏んでいたのだけど。

「いいえ。期待という意味では、想像以上の逸材だったわ」

「あら、そうなの?」

「―――ただ「退屈しのぎ」程度で付き合える相手じゃない、そう思ったのよ」

「……そう」

 瞳に真剣な光を湛え、輝夜が目を細める。
 そういえば戦い始める前にも、輝夜は彼と何事か揉めていたようだった。
 知識では私に及ばない彼女だが、その独自の視点は時として私ですら気付かぬ何かを見極める。
 輝夜は彼の中に、何かを見出したというのだろうか。

「ふふん、その様子じゃあ永琳は気付いてないみたいじゃない」

「そうみたいね。私にはそれなりに出来る人間、ぐらいの印象しかなかったわ」

「何よあっさり認めて。そこはもっと悔しがりなさいな」

「私は理屈で考えてしまうから、輝夜のように奔放な視点で物事を語る事ができないのよ」

「えへへー、そうでしょそうでしょー? ……ってあれ? 今のって冷静に考えると褒められてないわよね」

「気のせいよ。それより何を見たのかしら、ぜひ教えてほしいわね」

 少なくとも、それは今までのやり取りで見つからなかった事のはずだ。
 そうでなければ、姫以外の者が誰もソレに気付かないというのはありえない。

「何か腑に落ちないわね。まぁいいけど」

「私は輝夜のそういうサッパリした所が好きよ。それで?」

「―――あの子、スキマに記憶を弄られてるわ」

「なっ!?」

 輝夜の口からは、意外な妖怪の名が出てきた。
 八雲紫、妖怪の賢者にして幻想郷の管理者。
 彼女はかつてある異変の際に、私達の前へと立ちふさがった隙間妖怪だ。
 その存在を一言で語るなら―――ずばり「胡散臭い」。

「あの妖怪が、あの子に?」

「そうみたいね。相変わらず、何を企んでいるのかよくわからないヤツよ」

 記憶操作。なるほど、境界を操る彼女にとっては造作もない事ね。
 ……それを今まで見抜けなかったという事は、見抜けない程巧妙な操作だったのか、もしくは。

「弄られた記憶が馴染んでしまうほど、時間が経過している?」

「少なくとも、弄られた記憶に関してはそうだと思うわ。私があの子に漂う力の残滓に気付けたのも、ほとんど偶然だしね」

「じゃあ、輝夜があの子を難題に挑ませたのは……」

「あの隙間がどれだけ晶を弄ってるか、突いてやれば出てくると思ったのよ。もっとも結果は散々なモノだったけど」

「結局、八雲紫が他に力を使った形跡は出てこなかったのね」

「そうなのよ。てっきり、あの子の能力とかにも手が入ってると思ったんだけどね……なーんにも出てこないとは思わなかったわ」

「そして貴方は、出てこなかったが故に疑っているワケね。あの隙間妖怪がただ記憶を弄っただけで済むはずが無い、と」

「ええ、実際違和感はあるのよ。確かに能力は使ってないんだけど……あのスキマ、絶対あの子に何かしてるわ」

 眉間に皺を寄せ、輝夜は困惑を表すかのように唸り声をあげた。
 彼女が困っているのは、八雲紫に繋がるモノが出てこなかったからだけではないのだろう。
 今回の難題は弾幕ごっことは言い難いものだった。あれで真っ当に相手の事が図れたかというと、やはり否だ。
 しかもそれが、私達の思惑とは全く関係の無い要素から起きたのだからタチが悪い。
 強かなのは分かっていたけど、あそこまで面の皮が厚いとは思わなかったわ。
 
「難題に対してあんな裏技を使ったのも、スキマの影響とか言わないわよね?」

「さすがにそんな言い訳はしないわよ。というかアレは間違いなく本人の素じゃない、素」

「……でしょうねぇ」

 解決困難な輝夜の難題を、その場凌ぎの誤魔化しで何とかしようとする輩は多々いた。
 大抵はその浅知恵をあっさり輝夜に見破られ、手痛いしっぺ返しを受ける羽目になるのだけど。
 まさか、難題そのものを誤魔化そうとするなんてね。

「コロンブスの卵ってああいう事を言うのね。さすがの私もビックリだわ」

「あら意外ね。浅知恵と否定すると思ってたんだけど」

「アレを勝利と言い張るなら鼻で笑っていたわよ。だけどあの子、負けを認めた上で勝ちを取りに来たでしょう? そういう気概は嫌いじゃないの」

「なるほど、ね」

 楽しそうに微笑む輝夜。どうやら、何だかんだであの子の事を気に入ってくれたようだ。
 恐らく最上級と思われる称賛の言葉で、輝夜は晶さんの取った戦法を肯定する。
 私も彼女と同意見だ。先ほどは浅知恵と称したが、間違いなくアレはあの状況で晶さんが打てる最善手だった。
 目的のために躊躇なくプライドや意地を切り捨てられる彼の強さは、私達には無いものである。
 あの子の場合、意地を捨てきれていない部分もあったけれど……あの年でそこまで割り切れというのは、さすがに少し酷だろう。

「貴方も、そんなあの子の考え方を学んでほしかったんでしょう? ここ最近の鈴仙は、生真面目さに拍車がかかっていたものね」

 どうやら、彼を姫の暇つぶし相手に選んだもう一つの理由も読まれていたらしい。
 見透かしてやったぞと言わんばかりに意地悪い表情を作りながら、輝夜が私をじっと見つめてくる。

「はぁ、参ったわ。輝夜はそういう所、見ていないようでしっかり見ているのよね」

「姫ですもの……と言いたいところだけど、鈴仙のアレは分からない方がどうかしているわよ」

 確かに、近頃のうどんげの余裕の無さは目に余るモノがある。
 てゐが言うには、幻想郷の閻魔に昔の罪を説教されてしまった事が原因であるらしい。
 ……まったく、余計な事をしてくれたものだ。まっすぐなうどんげに、まっすぐな閻魔の説法はさぞや響いただろう。
 閻魔の役割は罪を裁く事。故に彼女の説教は、諭すというより晒すと言った方が正しい。
 平たく言えば遠慮が無いのである。相手がその事をどれほど気にしていようが、彼女はお構いなしに触れてくるのだ。
 もっとも、それは本来死後に「罪」として告げられるはずの事である。
 それを生前に教えてくれるのだから、余計なお世話だと文句を言うのは筋違いかもしれない。だが……。

「おかげでうどんげの‘キレイ好き’に、拍車がかかってしまったのよね」

 うどんげは元々、月の軍隊の中でもエリートに位置する者だ。
 ただでさえ選民思想の強い月の民の中でもさらに選ばれた立場にいた彼女は、策謀というものの意義を理解できていない節がある。
 その最たる考え方が「卑怯な事は許せない」だろう。
 何事も正々堂々。と言えば聞こえがいいが、行き過ぎればそれは愚直なまでの突撃思考に繋がってしまう。
 特にうどんげの戦い方は、彼女の言う「卑怯な事」に近いほど力を発揮するものだ。
 あの子程極端になれとは言わないが、せめて清濁併せ飲むくらいの器量を持って欲しいものである。

「月の連中に言わせれば、幻想郷に来た時点で穢れてるって事になるんだけどねー」

「そうね。うどんげもそれは分かってはいるんだろうけど……やっぱり納得は出来ていないんでしょうね」

 元々幻想郷自体何でもありな場所だ。
 うどんげも色んな妖怪や人間に会う事で、自然とそれを理解していくだろうとは思っている。
 彼の存在も、その一つになってくれればいいんだけど……。
 やはり、すぐに理解しろというのは少々難しかったかしらね。

「ま、短い間に悟れって方が無理なのよ。どうせ永琳も、これ一回で終わらせる気はないんでしょう?」

「ふふっ、姫様から許可を頂けるなら「次の事」も考えますわ」

「えーりんのいじわるー、どうせもう私がオッケー出した後の事まで考えてるくせに」

「では、構いませんか?」

「良いわよ。好きにしなさい」

「了解しました。そろそろあの子も目を覚ますでしょうから、挨拶しに行ってきます」

「あー、私がヨロシク言ってたって伝えといてね」

「畏まりました」

 立ち上がり、輝夜に一礼する。
 さすがに姫として、今のだらけた姿を晒すつもりは無いらしい。
 右手をヒラヒラさせる彼女にもう一度礼をして、私は輝夜の部屋を後にした。










 襖をあけると、何故か包帯まみれの晶さんが私に向って土下座していた。
 ――何がどうなっているのかしら。
 唐突すぎる謝罪に困った私は、晶さん達と一緒にいたてゐへと視線を向ける。
 そんなこちらの視線の意図に気付いたてゐは、ため息混じりに居間の状況を説明し始めた。

「昨日晶のヤツ、ムチャクチャやったじゃないですか。姫撲殺したり姫ブン投げたり」

「生まれてきてごめんなさい」

「それを今更反省して、このように謝罪しているワケなんですよ」

「心の底から申し訳ありません」

 なるほど、そういう事ね。
 晶さんはこの世の終わりみたいな顔で土下座し、その姿勢から恐る恐るこちらを覗き込んでくる。
 必要な事だと開き直ってるかと思えば……意外と気にしていたのね。
 ふふっ、少しは可愛いところもあるんじゃない。
 そしてそんな晶さんの後ろには、呆れ顔のブン屋と嫌悪感丸出しのうどんげが居た。
 ……うどんげ。相手は客人なんだから、殺意溢れるその視線は隠しなさい。

「その事なら、もう姫様は気にしてないですよ。顔を上げてください」

 気にしていないどころかむしろご満悦なのだが、そこまで言うと逆に嘘くさいので黙っておく。
 真っ青な顔をしていた晶さんは、そんな私の言葉に目を輝かせて喜んだ。

「良かったぁ。レイセンさんもてゐも怖い事言うから、どんな目にあわされるかと思ったよ」

「貴方達……何を言ったの?」

「不作法者に、その末路を教えてやっただけです」

「んー、幻想郷残酷物語?」

「……晶さんは客人なのだから、それ相応のもてなし方というものがあるでしょう?」

 特にてゐ。相手が許容してくれるからって、面白半分に事実を捏造するのは止めなさい。
 今は意欲を見せていないみたいだけど、貴方の隣には幻想郷最速のゴシップ記者がいるのよ?
 幻想郷のファウスト、なんて不名誉な渾名はさすがに遠慮するわ。

「別に僕は気にしてないですよ。手当してもらえただけで十分満足してますし」

「いやいや、そういうわけにもいかないんだよ。招いた客人を粗雑に扱ったりしたら、永遠亭の品格が疑われちゃうんだから」

「そこまで分かっているのに、どうして幻想郷残酷物語なんて吹き込んだのかしら?」

「てゐちゃんわかんな~い☆」

 本当に困ったものだ。どうやらてゐは、進行役を引き受ける気はないらしい。
 悪戯兎として悪意的にふるまう事で、うどんげだけが孤立する恐れを防いでくれてはいるんだけど。
 本当に防いでいるだけで、それ以上の事をする気が無いのよね。
 まぁ、彼女が傍観を貫いているのなら、二人の関係はそこまで険悪ではないのだろう。
 彼の方は、そもそもうどんげに嫌悪の感情を持っていないようだし。
 ……むしろ一方的だからこそ、うどんげに負の感情が溜まっていくワケね。厄介だわ。
 
「本当に気にしなくていいんですって。何しろあれだけの重傷をたったの一日で治してもらったんですから、これ以上歓迎されたらこっちも困っちゃいますよ」

 なおも晶さんは、てゐを擁護する言葉を口にする。
 人がいいのか本当に気にしていないのか、どちらにせよ被害者の台詞ではないだろう。
 そうやって肯定的な事を言うから、てゐの方も自重しなくなるのにね。
 ―――あら?

「待ちなさい。今のはどういう意味かしら」

「ほへ? ですから、治療してもらった上に賓客扱いまでされたら、胃がストレスでマッハ……」

「貴方、もう‘完治している’というの? あれだけの大怪我が、たったの一日で?」

「は、はぁ。多少身体はギシギシ言ってますけど、今すぐ逆立ちで永遠亭何周か出来る程度には回復しましたよ」

 キョトンとした顔で、トンデモ無い事を告げる晶さん。
 改めて見ると、巻いてある包帯もほとんど形だけのモノだと分かる。
 ……信じられない。何という回復能力だ。
 実は私達が施した治療は、別段特別なものではない。タダモノで無かろうと彼はあくまで人間、いきなり無茶な治療は出来ないのである。
 もちろん、晶さんの回復力が人外の領域に達している事は私も分かっていた。
 それでも私の見立てでは、今日一日中まともに動けないはずだったのに。

「――どういう身体しているのかしら。凄く気になるわ」

「え? あの、なんで僕のコルセットに手をかけるんですか?」

「あら失礼、紐が緩んでましたよ」

「あ、そうですか。ワザワザすいません」

「……上手く避けたなぁ」

 いけないいけない、危ない所だった。学術的興味でお客様を解剖しそうになったわ。
 緩んでいないコルセットの紐を結びなおし、一息つく。
 彼の身体能力や回復力の基となっているのは、確か紅魔館の門番と同じ力だったはずだ。
 彼女とはあまり面識が無いため、彼が本家と比べてどの程度力を使いこなせているのかまでは分からない。
 けれど回復力のみに関して言えば、相当なレベルで「気を使う程度の能力」を使いこなせている事は確かだろう。
 恐らくは、今回のような経験を積み上げてきた結果か。
 タフさ加減だけで言えば、幻想郷でも一、二を争えるかもしれないわね、この子。

「あの、どうしたんですか? 永琳さん」

「本当に完治したのか軽く確認していたのよ。安易な過信が一番危険ですからね」

「なるほど。確かにそうですね」

「……ししょーのあーいうさりげなさは、真似しようと思ってもできないんだよね。羨ましいなー」

「はぁ……晶さんももう少し、疑う事を覚えましょうよ」

「うん、大丈夫みたいね。けれどあまり無茶をしてはダメよ? 気をつけなさい」

「あ、はい」

 もう一度、彼が無傷である事を確認する。
 途中でおかしな茶々が二つほど入ってきたが、甚だしい誤解なので無視しておく。 
 ……これ以上、診察の名目で身体を調べるのは無理があるわね。
 やはり、最初の予定通り話を進めるとしましょうか。

「さて、晶さん。少しお話をしましょうか」

「お話……ですか?」

「ええ、貴方にとっても有意義なお話よ」

 私は床に正座し、彼にも同じような姿勢になるよう促す。
 丁度相対する私達を、残った三人が囲い込むような形になった。
 準備は完了。さて、そろそろ「次の事」へ繋げる話を始めましょうか。
 いきなり話を振られて困惑している晶さんに、私は今まで取っておいたとっておきのカードを切る。

「―――それで、薬師の修業はいつごろから始めましょうか?」

「…………へ?」
 
 私の言葉に、ますます困惑の色を深める晶さん。
 ブン屋やうどんげも、突然の話に呆然としているようだ。

「なるほどね。だから今まであの事に触れようとしなかったのか。……さすがはししょー、抜け目ないね」

 そんな中、事の原因となったてゐの冷静な呟きだけが、静まり返った部屋に響くのだった。




[8576] 東方天晶花 巻の四十「善良な性格は法律よりもさらに信頼ができる」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/03/03 17:16
巻の四十「善良な性格は法律よりもさらに信頼ができる」




 前回までのあらすじ。


 (薬師に)ならないか。


 ……大まか間違ってないから困る。
 永琳さんの突然の提案に、僕は混乱しきっていた。
 いや、話自体はレイセンさんとの弾幕ごっこの直後ぐらいから出ていたワケですが。
 まさかこのタイミングでそれが出てくるとは思わなかった。というか永琳さん、その話は嘘だって気付いてなかったっけ。
 ちなみに僕がこんな状況でそれなりに冷静でいられる理由は、僕以上にテンパっている人が他に居たからです。
 以下、その人と永琳さんの聞いてるだけで事情が分かる質疑応答。

「い、いきなり何を言ってるんですか! 師匠!!」

「あら、だってそういう約束だったでしょう?」

「てゐが勝手に決めた約束じゃないですか! 守る必要はありません!!」

「弟子入りを考慮する理由としては十分よ」

「こ、こいつが弟子に相応しいって言うんですか!?」

「ええ、相応しいわ」

「うぐっ」

 うわぁ、論破はやっ。
 永琳さんの言葉に、早々と二の句が告げられなくなるレイセンさん。
 まぁ確かに、こっちが弟子入り望んでてあっちもそれを認めているなら、弟子入りには何の問題もないよね。
 おまけにレイセンさんは、その弟子入り認定騒動の過程で僕に負けている。
 ……この状況からの反論は難しいだろうなぁ。
 もっとも、弟子入り云々の話はてゐの捏造なんだけどね。
 さて、いつまでも傍観はしていられないワケですが、これから僕はどうすればいいんだろうか。

「ねぇ文姉、どうしよう。話がどんどん僕の手を離れて遥か遠くへと旅立とうとしてるよ」

「……晶さんの好きにしたらいいんじゃないですか」

 おねえちゃんいくらなんでもそっけないです。
 僕が話しかけても、そっぽを向いてまともに答えてくれない文姉。
 すいません、この状況下で相談に乗ってもらえないのはかなり辛いんですけど。

「あーらら、ブン屋はだいぶ機嫌が悪いみたいだね。晶がかなり無茶したから怒ってるんじゃないの?」

「うーん、怒ってるのとはまた違うと思う。むしろ怒ってないからこそタチが悪いというか」

「そうなの?」

「そう。怒ってるというよりは……自己嫌悪中かな?」

 恐らく、僕に無茶させてしまった自分が許せないんだろう。
 僕としては、あの状況で文姉がフォローする事の方が難しかったと思ってるんだけどね。
 何しろ四季面の特性には、僕自身でさえ気づいてなかったんだから。
 でも、文姉は根っこの所が生真面目だもんなぁ。
 頭で理解出来ていようと、自分の中で折り合いをつけなければ次に進む事が出来ないんだろう。

「私には、怒っているようにしか見えないんだけど?」

「いや、拗ねてるんだよ。今謝るとさらに機嫌が悪くなるから、ちょっと時間をおこう」

 あれ? なんかこういうやり取り、かなり前にした気がする。
 その時はてゐの位置に僕が居たような……気のせいかな。

「じゃあ、晶は単体でししょーに挑まねばならんという事か」

「………あ゛っ」

「……見事に忘れていたみたいだね」

 そういえば、元々助けを求めるために話しかけたんでした。
 レイセンさんと永琳さんの話し合いは、永琳さん優勢のまま膠着状態に入っている。
 このまま黙って見ていれば、消極的賛成で弟子入りが認められてしまうだろう。

「ならてゐ、少しでいいから手伝ってくれない?」

「晶が弟子になる事で、私に不利益が出るって言うならね」

 永琳さんを説得するためにさらにてゐを説得しろってか、無茶言うな。
 頼れるのが自分だけだと理解してしまった僕は、思わずため息を吐いた。
 ……まぁ、弟子入り志願が誤解だという事を説明すれば、とりあえず何とかなるだろう。
 援軍を諦めた僕は、自分で問題を解決すべく永琳さんに話しかけた。

「あの永琳さん……」

「だけど、薬師としての修業は後になるでしょうね。晶さんの場合、まずは応急手当を覚えた方が良さそうだもの」

「応急手当、ですか?」

「ええ、自分の怪我を治療できるようになれば、貴方も幾分か弾幕ごっこが楽になるでしょう?」

「……た、確かに」

 自分でもイヤになるくらいナマ傷の絶えない生活を送ってきたからなぁ。
 そう考えると、医療技術の習得は僕の境遇的にかなり役に立ちそうな気がする。

「いや、晶が説得されてどうすんのさ」

「はっ!?」

 しまった! 甘い言葉に釣られそうになった!?
 てゐの言葉に冷静になった僕は、思わず「はい」と言いそうになった口をふさぐ。
 でも、そう考えると僕にとってもプラスな提案なんだよね、弟子入りって。
 って落ち着け僕! レイセンさんの汚物でも見るような目を想い出すんだっ!
 ……うん、泣けてきたけど落ち着けました。

「あの、すいません永琳さん。僕って幽香さんのペ――保護下に入ってる上に紅魔館の客人でもあるので、これ以上肩書きが増えるのはちょっと」

「ちょい待ち、ストップ」

「ほへ?」

「あ、あなたっ、あの悪魔の館の面々や花の妖怪とも関係があるのっ!?」

「さすがに私もビックリなんだけど、アンタ顔広すぎ」

 てゐとレイセンさんが、やたら強張った顔で話を中断させた。
 なんか紅魔館の人達や幽香さんの事を言うと、毎回似たようなリアクションが返ってくるよね。
 畏敬と言うか腫物扱いと言うか、とにかく非好意的な反応しか見たこと無い気がする。
 ……あの人たち、本当に普段は何をしてるんだろうか。
 親しい方々の素行に疑問を抱きつつ、僕は二人へ気になった事を尋ねた。

「二人とも、幽香さんやレミリアさんの事を知ってるの?」

「あいつらは悪魔よ!」

 まぁ、スカーレットデビルですもんね。って意味合いが違うか。
 やたら身体を震わせ半泣きになるレイセンさん。
 意味が分からないので、とりあえずてゐに救助の視線を送ってみる。
 こらそこ、面倒な事をこっちに振るなよみたいな顔しないの。今僕の頼れる相手は君しかいないんだから。

「あいつらを良い人だと思ってる晶には分かんないよ」

 しかも、凄くどうでもいい感じにそんな事言うし。
 幾ら僕でも、そこまで無条件に身内を信じるわけじゃないんですが。

「納得してない顔だね」

「いや、そもそも説明してないのに納得できるわけないじゃん」

「そうだなー。あの二人、実は幻想郷を地獄に変える未曾有の大災害を引き起こしたんだよ――って言ったら信じる?」

「うーん……ごめん、信じられない。レミリアさん当たりなら、自分の住みやすいように幻想郷を作りかえるとかはやりそうだけどね」

「そう来たか。やっぱり晶って、変なとこはしっかり見てるよね」

「そ、そうかな?」

「変なとこだけだけどね。……まー、鈴仙にとっては大災害並みの出来事があったと思っておけばいいよ」

 てゐはため息交じりにそう言った。
 この様子だと、その大災害並みの出来事にはてゐも関わっていたんだろう。珍しく被害者側で。
 そんなてゐの困り顔を見てしまうと、さすがにそれ以上話を追求する事は出来なかった。
 ……一回つつくと五倍くらいになって返ってきそうだしなぁ。
 しかしそうなると必然的に、残された選択肢は弟子入り関連の話に戻る事だけになってしまう。
 僕が視線を横にズラすと、待ってましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべる永琳さん。
 何故か土蜘蛛の話を思い出した。お客様の中に頼光はいらっしゃいませんか。

「えーっと、その、永琳さん? さっきの話に戻るんですが……」

「そうね。なら、時間がとれる範囲で永遠亭に来てくれればいいわ。週に一度も良いから顔を出しなさい」

 勇気を出して話題を戻した矢先に、永琳さんから意外な言葉が出てきた。
 てっきり「おはようからおやすみまで勉強漬けの楽しい弟子生活を送ろう」とか言われると思っていたので、少しビックリ。
 でも、それはそれで楽しそうかも。
 月の知識を一日中学べるのかぁ……はっ!? 危ない危ない、自分の想像にかどわかされる所だった。

「あの、本当にそれでいいんですか?」

「私もやる事が色々あるから、そちらの方が都合がいいのよ。貴方にとっても悪い話ではないでしょう?」

「そうですね。それくらいなら許可も下りそうですし」

 空いた時間でいいなら、他との折り合いもつけやすいもんね。
 あれ? いつの間にか弟子になる前提で話が?
 
「では、これから私の事を『師匠』と呼ぶように。良いわね、『晶』」

「え、でもその」

「――――良いわね?」

「……了解しました、お師匠様」

 嗚呼、浄水器を買わされた人間の気持ちってこんな感じなのかな。
 満面の笑みの裏側にあるカリスマという名のサカラッタラ○○ス的なオーラに押され、頷いてしまったチキンな僕。
 さすがのてゐも、露骨に呆れた目でこっちを見ている。……ううっ、心が痛い。
 あと文姉、拗ねてるだけだったくせに「やっぱりこうなったか」みたいな顔をしないでください。泣きたくなります。
 レイセンさんは……あ、まだトラウマから立ち直って無いのか。震えてるや。

「では、とりあえず今後の予定を軽く決めておきましょうか」

 そんな微妙な空気の中でも、あくまで永琳さん――もといお師匠様はマイペースに話を進める。
 いや違う。あれは間違いなくワザと無視しているんだ。
 必要以上に笑顔の眩しいお師匠様の態度に、僕は確信を抱くのだった。










「天才薬師の弟子、と言う新たな肩書が加わった事に関して一言どうぞ」

「一生恨んでやる」

「私がフォローしてたって、晶さんは弟子になってましたよ。あのノリじゃあ」

「……うぐぅ」

 まさしくその通りなので反論が出来ない。
 自己嫌悪から復活した文姉は、テキパキと僕にツッコミを入れてきた。
 さすが文姉は頼りになる。後は僕の心が再起不能になる前に止めてくれると、文句のつけどころが無くなります。

「すいません。別に責めているわけじゃないんですよ」

「えっ?」

「晶さんはそれで良い。そう言いたかったんです」

 ……それはつまり、流木のように場の状況に流されまくれという事でしょうか。
 思わず泣きそうになった僕の顔を見て、文姉は慌てて言葉を付け加えた。

「べ、別に馬鹿にしているわけでもないんですって!」

「……そうなの?」

「そうですよ。私が良いと言ったのは、流された事ではなく月の頭脳に弟子入りした事なんですから」

「さっきは呆れてたのに?」

「そりゃ呆れますって。終始相手にペースを握られていたじゃないですか」

「うぐぅ」

「ですが、弟子入りそのものには賛成しているんです。そうですね……晶さんは八方美人なくらい丁度いいんですよ、きっと」
 
 いや、どっちにしろ酷い言われようじゃありませんか? 幾らなんでも八方美人は無いでしょう。
 だけど文姉は、まるでそれが褒め言葉だと言わんばかりに笑って見せた。
 笑みの中に何割か、意地悪な感情も込められてるみたいだけど。
 文姉の笑顔には、出かかった文句を引っ込めるくらいの優しさが込められていた。

「ま、お人好しの晶さんには「皆と仲良くできる凄さ」なんて分からないでしょうから、刺されないよう気をつけてもらう以上の事は望みませんよ」

「ええっ、刺され!? どういうことっ!?」

「自分の玩具に手を出されると、烈火の如く怒る方だらけなんですよ。幻想郷は」

 まるで説明になってない事を言って、おしまいとばかりに手を叩く文姉。
 良く分からないけど――つまり今まで通りで良いってことかな?

「はぁ……相変わらず見事に分かっていないみたいですが、まぁいいでしょう。それより」

「はい?」

「お願いですから、帰りはしっかりついてきてくださいよ」

「あ、あはははは」

 そうそう。今僕らは紅魔館へと帰るべく、迷いの竹林を進んでいる。
 お師匠様はもう少し永遠亭に居ても良いと言ってくれたけど、あまり長居はしていられないので遠慮させてもらった。
 何しろ僕が倒れたせいで、日帰りだった永遠亭取材が丸一日伸びてしまったのだ。
 昨日は紅魔館に連絡する暇もなかったから、きっと皆心配してるはずだろう。……はずだよね?
 とにかくそういうわけだから、僕が早急に帰ろうとする事は至極当然の話なのである。
 だから間違ってもレイセンさんの殺意溢れる目が怖かった事は、この急な帰還には何の関係もない。断じてない。

「迷いの竹林に関してはもう大丈夫だよ。道筋は全部‘見えて’いるから」

 とりあえず、未だ心配そうな文姉にそう言って笑みを返す。
 訪れた頃は前後左右すら分からなかった迷いの竹林だが、今はもう迷う気がしない。
 僕のその言葉に、文姉は納得したように感嘆の声を漏らした。

「なるほど、狂気の魔眼ですか」

「そういう事。物の波長を捉えるこの目なら、竹林でも迷うことなく動く事ができるんだ」

「……なんか晶さん、段々何でもありになってきましたね」

「そ、そうですね」

 成長しても結局なんか言われるんですか。
 呆れ顔でそんな事を言われたから、ちょっとしょんぼりな僕。
 まぁ、これで僕が迷わない事は分かってもらえただろう。

「そういうワケだから、安心して進んでもら―――」

「晶さん?」

「くせものっ!」

 氷でナイフを作り出し、竹林の奥へ五つほど無造作に投げ込む。
 以前てゐも言っていたけれど、狂気の魔眼はその特性ゆえに強力な策敵能力を持っている。
 だからこそ僕は、文姉ですら見逃していた相手に気付く事が出来たのだ。
 不意に放たれたナイフに驚いたのか、竹林の奥に居る相手は動きを止めた。
 僕はさらにナイフを構成し、その相手に向って警告をする。

「さぁ、大人しく出てくる事をお勧めするよ。次は当てるっ!」

「ちょっと、ストップストップ! 私だって私!!」

「……あれ?」

「まったく、いきなり攻撃してくるとは思わなかったよ」

「おや、誰かと思えばてゐさんじゃないですか」

 謎の影の正体はてゐだった。
 なるほど、道理で見た事がある波長をしていると。
 ……嘘ですスイマセン。本当は話しかけられるまで全然分かってなかったです。

「どこぞの暴力魔女じゃないんだから、見敵必殺撃つと動くぜとか勘弁してよー」

「ご、ごめん。僕たちを偵察するみたいにこっそりと近づいてくるものだから、てっきり敵意ある相手かと」

「お互い不幸な行き違いがあった! 大切なのは許しあう事さっ!!」

「なんだ、てゐさんの自業自得じゃないですか」

 教育テレビの締めみたいな言葉で誤魔化そうとするてゐに、文姉の冷静なツッコミが入る。
 いやほんと、頼りになる姉ですね。

「……ところで、なんでてゐがこんな所に?」

「そういえばそうですね。何か忘れ物でもあったでしょうか」

 文姉の疑問の言葉に合わせて、僕も首を傾げる。
 永遠亭を出るにあたってきちんと挨拶は済ませているし、今後通う予定も大まかだけど決めたはずだ。
 僕も文姉も大した荷物は持ってきていないから、何かを忘れたって線も薄いだろうし。
 思い当たる範囲では、てゐが僕達を追っかけてくる理由は見つからないのだけど。
 そうやって困惑する僕達に、てゐはヒラヒラ手を振りながら苦笑して見せた。
 
「いやいや、別にそういうワケじゃないんだよ。ここに来たのは個人的な理由でね」

「個人的な理由?」

「うん。まぁぶっちゃけて言うと―――鈴仙に弟子入り関連の嘘がバレました☆」

「……今更?」

「そう、今更。だから逆に鈴仙の怒りに触れちゃったみたいでねぇ」

 そりゃそうだ。
 弟子入り希望の話が嘘だったとしても、僕が弟子になった事まで無効になるワケではない。
 そもそもレイセンさん以外の全員が、その話は嘘であるという前提で弟子入り話を進めていたのだし。
 ……ああ、だから余計に怒っているのか。
 言ってしまえばレイセンさんは、自分の目の前で堂々と話からハブられてしまったのである。
 しかもその理由が、「レイセンさんは反対しようとするから」だ。
 僕なら、間違いなく涙で枕を濡らしていた事だろう。
 
「まったく、あんな嘘つくからそんな事になるんだよ」
 
 だからこそ、僕には自業自得以外の言葉が出てこなかった。
 いや、僕にも責任の一端はあるんだろうけどね。
 ここまで事態が厄介に捻じ曲ったのは、間違いなく永遠亭の方々が好き勝手にやったせいだ。

「へん、良く言うよ。晶だって鈴仙が怖いから永遠亭から逃げ出したんだろー?」

「に、逃げだしたワケじゃないよっ! ただ、紅魔館で待ってる皆を心配させないようにと」

「晶さん、さすがにその言い訳は無理ありすぎです」

「……やっぱり?」

 さすがに、二回続けて自分を騙す事は出来ませんでした。
 思わず苦笑した僕を見つめ、これ見よがしにニヤニヤするてゐ。
 ううっ、やっぱり一回つついたら五倍になって返ってくるし。
 思わぬ反撃に閉口していると、てゐは肩を竦めながら皮肉げに笑い返してきた。

「まー真面目な話、今のアンタと鈴仙に必要なのは‘時間’だと思うよ」

「時間?」

「やたらめったら顔を合わせたら、多分逆効果になるって事さ。今の鈴仙はだいぶ意固地になってるみたいだしね」

「鈴仙さんがあそこまで拒否反応を示す、と言う事はなかなかありませんものね」

「そういう事。とにかく、鈴仙との関係を改善したければ地道に時間をかけた方が良いと思うよ」

「うーん、それでいいのかなぁ?」

 出来ればレイセンさんとは、しっかり話し合って和解したいんだけどね。
 そんなニュアンスを含めて呟くと、呆れた顔の二人からアホの子を見るような目で見られていた。

「晶さん、それは幾らなんでも楽観が過ぎますよ」
 
「あのさー。感情ってもんが、話し合いや素敵イベントの一個や二個で簡単に改善されると本気で思ってんの?」

「えーっと……その」

 思ってたんですけど、まずかったですかね?

「確かに、一気に仲良くなるやり方もあるっちゃあるよ? ただし、だいぶ‘演出’が入ると思うけどね」

「―――ゆっくり和解していきます」

 その‘演出’はきっと、僕かレイセンさんが死ぬような目に会う事なんだろう。
 意地悪な笑みを通り越して悪役笑いになったてゐの言葉に、死の恐怖を感じた僕は素直に引き下がった。
 確かに二人で一緒に極限状態へと陥れば、わだかまりなんてあっという間に解けるに違いない。
 ただし、その後お互い無事でいられるかはまた別問題だ。

「分かれば宜しい。まー私にも責任はあるから、仲直りくらいなら手伝ってあげるさ」

「ありがと……って言うのはちょっと違うか。とにかく、頼りにさせてもらうよ」

 僕の背中に飛び乗り、てゐがニヤニヤと笑いかけてくる。
 ああ、何とも恐れ頼もしい姿だ。傍から見ると子供がジャレついているようにしか見えないけど。

「それにしても……てゐさん、なんかヤケに協力的ですね。いったい何を企んでいるんですか?」

 しかし、そんなてゐの態度が文姉には引っかかったらしい。
 探るようなジト目で、僕の背中に乗ったてゐをじっと睨みつけている。
 ……あと、微妙に羨ましそうな目で僕の事も見ている。
 ごめんなさい。男の子的な理由から、文姉をおんぶするのは遠慮したいです。

「ほら、さっき鈴仙がブチ切れたって言ったじゃん」

「言ってましたね。ですが、それもいつもの事でしょう?」

「いやー、今回のはちょっと根が深いんだよね。やった事がやった事だからさ」

「そ、そんなに酷いの?」 
 
「増毛したハリネズミより刺々しかったね」

 例えは良く分からないけど、尋常でないくらい怒っている事は分かりました。
 なんか、改めてレイセンさんと会うのが怖くなってきたなぁ。
 一応弟子入りしたから門前払いは無いと思うけど、後輩イジメとか始まらないよね?

「おかげで永遠亭に居辛くなっちゃってね。しょうがないからほとぼりが冷めるまで、晶に同行させてもらおうかと思ってさー」

「なるほどねぇ―――ってえぇっ!?」

「はぁ、何とも図々しい事を言い出しますね」

 あ、だから僕達を追っかけてきたのか。
 なるほど納得、ではなくて。

「い、良いの!? てゐも永遠亭で色々仕事があるんでしょ!?」

「ししょーの許可は取ってるから問題ないよ。おかげで色々言いつけられたけどね」

「永琳さんが良く許可を出しましたね。永遠亭、今だいぶ忙しいんでしょう?」

「兎共にはししょーの言う事聞くように言いつけておいたから人手の方は問題ないよ。それにさっきも言ったじゃん、仲直りには時間をかけた方が良いって」 
 
「うっ、なんかゴメン。僕のせいで面倒な事になっているみたいだね」

「そう思ってるなら同行させてくれない? 私、竹林がテリトリーだから余所とのコネがあんまり無いんだよ」

 うーん……まぁ、一人くらいなら大丈夫かな?
 ちらりと文姉の方をうかがうと、僕に任せると言った感じで肩を竦められた。
 ううっ、基本的に僕の立場はペットだから、こういう判断を振ってほしく無いんですが。
 まぁ、てゐは策士だけど悪いヤツでは無いから、ちゃんとお願いすれば大丈夫だろう。……多分。

「えっと、大人しくしてるって言うなら同行しても良いよ。うん」

「ふっふっふ、そこらへんは任せてよ。まるで借りてきたミーアキャットのように大人しくしているから」

「いや、キャットってついてるけどそれ猫じゃないから、マングースの一種だから」

「ちなみにミーアキャットは、その荒い気性から「動物界のギャング」と呼ばれているんだよ☆」

「余計ダメじゃん!?」

「大丈夫ですよ。てゐさんが強い相手に喧嘩を売るわけないじゃないですか。悪戯にさえ注意を払っていれば、基本無害ですって」

「そーそー、私ってばチキンだから。晶に迷惑はかけないよ?」

「兎の味は鶏肉に似ているといいますしね」

「その通り!」

 いや、その通りって……まぁ、本人が問題ないなら良いけど。
 文姉のブラックジョークをあっさり受け流し、てゐは僕の肩に自分の顎を乗せる。
 
「そういうわけだから、よろしく頼むよ。晶」

 ちろりと舌を出し、こちらにウィンクを飛ばすてゐ。
 まったく、頷けばいいだけなのに、無駄にこっちを不安にさせてくれるんだから。
 あくまで自分のペースを崩さないてゐに、僕は苦笑を漏らす。
 まぁ、あからさまに嘘くさく猫かぶられるよりは、ずっと良いと思うけどね。
 
「うん。こちらこそよろしくね、てゐ」

 こうして僕は、新たに因幡てゐという同行者を得た。
 出来るなら、これが新たなトラブルの基のならない事を願いたいんだけど。



 ――――まぁ、無理だよねぇ。
 











 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】

山田「一部の方々お待たせしました、白黒バッサリ「色々教えろっ! 山田さんっ!!」のコーナーです」

死神A「出番はやいなぁ……つーかこれ、本編の後にやるんですか?」

山田「まとめてやるよりこっちの方が効率が良いと作者も気付いたようです。思い付きでやる人間はこれだから」

死神A「あのー山田様? 今回はツッコミ不在なんで、あんま無茶なボケは止めてくださいよ?」

山田「仕方が有りませんね。無駄に容量を消費するのは善行とは言えませんし、早速質問に移りましょうか」


 Q:意識を失っていた晶の回復が、なんで異常に早いの?


死神A「確かにおかしいっすね。能力ってオートで使えましたっけ?」

山田「いえ、違います。正確に言うとこれは、熟練度と隠れ機能の問題なのです」

死神A「山田様、おまけコーナーなんで簡潔にお願いします」

山田「熟練度、というのは「どれだけ能力に慣れているか」と言う事です。慣れていればいるほど能力は強力になります」

死神A「覚えたての「魔眼」と常時使っている「気」では、力のレベルが違うって事ですかね」

山田「そう思って違いありません。特に晶さんはナマ傷が絶えませんから、自己修復能力のレベルが半端でない程高くなっているのです」

死神A「だから丸一日で完治したのかぁ。……で、隠れ機能ってのは?」

山田「実は晶さん、相手の能力を覚える事で自身の力が底上げされるんです。以前にもそういう事があったでしょう?」

死神A「ああ、氷精に氷漬けにされた時の話ですか。確か、冷気に耐性ができていたんですよね」

山田「はい。能力が追加されるごとに、晶さん自身も少しずつ強化されていきます。もちろん、気を使う程度の能力も晶さんの力を底上げしているのです」

死神A「マジで人間離れしていくワケですね。ちなみに、今はどんだけ強化されているんですか?」

山田「では白黒はっきり付けた私が説明しましょう! 晶さんに追加された特性は以下の通りです。

    ○冷気を操る程度の能力 →冷気耐性
    ○風を操る程度の能力  →風耐性、風の流れが読める
    ○気を使う程度の能力  →身体能力やや強化、回復力増強
    ○狂気を操る程度の能力 →幻覚耐性、視力強化
   
   これらは意図した能力の使用とは別に、自動で晶さんを強化します。分かる人には、パッシブスキルだと説明しておきます」

死神A「本当に分かる人にしか分からない説明ですね。……つーか、マジで人外じゃないですかソレ」

山田「普通の人間より遥かに頑丈。という認識は間違ってませんが、幻想郷では大したレベルの話ではありません」

死神A「そうなんですか?」

山田「回復力などは瀕死から即座に立ち直れる程に強化されていますがね。あくまで他は、人よりすごい程度のものですよ」

死神A「あー、単に致死率が下がっているだけ、っつーことですかね」

山田「そういう事です」

死神A「(……不憫だ)」

山田「では、もうひとつ質問をいただいているので、それを最後に今回のコーナーを終りとしましょう」


 Q:晶君の身長ってどれくらい?


死神A「確か、年齢のわりに低めでしたよね」

山田「はい。具体的な数字は不明ですが、私以上、射命丸文未満くらいの体躯となっております」

死神A「ちっこいなぁ……だから女の子扱いされるんだよ」

山田「身長のコンプレックスと言うのは、男女関係なく等しく降りかかるものです」

死神A「ああ、そういや山田様もちっこ……」

山田「(にっこり)」

死神A「あ、次の質問行きましょう次の質問」

山田「これで最後だと言ったはずですよ? さぁ、残りは貴方に対するお説教の時間になりそうですね」

死神A「いやいや、その、今のはちょっとした失言で」

山田「お黙りなさい! 貴方は胸も背も欲張りに増やし過ぎる!! 少しは反省なさいっ!!!」

死神A「幾らなんでも言いがかり過ぎる!?」

山田「いいですか、そもそも女性の胸と言うのは母性の象徴と言われる程神聖なもので」

死神A「と、とにかく、「色々教えろっ! 山田さんっ!!」次回もヨロシクお願いしまーす」

山田「終わらせませんよ!!」

死神A「ひ、ひぇぇぇ」



 とぅーびぃーこんてぃにゅーど





[8576] 東方天晶花 巻の四十一「人間が幸福であるために避けることのできない条件は勤労である」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/06 16:00


巻の四十一「人間が幸福であるために避けることのできない条件は勤労である」




 帰ってきたら、紅魔館が半壊してました。
 ――え、なんで?

「し、知らない間に随分と‘らしい’模様替えをしたみたいじゃん、紅魔館」

「あやや……これは模様替えと言えるのでしょうか。とりあえず一枚撮っておきましょう」

 背中のてゐも、真横の文姉も呆然と穴だらけの紅魔館を見つめている。
 その印象を一言で語るなら、怪獣大決戦その後。
 どう考えても真っ当で無い手法で開けたとしか思えない大穴が、屋敷の至る所に空いていた。

「あーっ! お二人ともお帰りなさーい!!」

「あら、何だか余計な荷物まで増えているみたいね」

「その声は、幽香さんとめいり……ん?」

「……私達の居ない間に、紅魔館ではどんな大革命が起きたと言うんですか?」

「わー、ガテン系だー」

 てゐが口にした感想の通り、二人の頭には工事現場で良く見る黄色のヘルメットが乗っかっていた。
 ただし服装自体はそのまんま、おかげで違和感が凄い事になっている。
 ……だけど、ヘルメット自体は似合ってるんだよね。
 二人とも肉弾戦を得意としているためか、肉体を使う仕事の備品が異常なほど様になっている。
 ちょっと美鈴、木材担ぐの止めてよ。似合いすぎてて逆に切なくなっちゃうから。

「何だかそちらも色々あったみたいですね。心配したんですよ? 変な目にあってないといいなーって」

「そ、そう。ゴメンね、心配かけて」

 そう言われると、その心配を口実にしていた身としては心苦しくなります。
 美鈴は、良い人過ぎてたまに直視するのが辛くなる。

「私達の方は……まぁ、晶さんが色々やらかしましたが、概ねいつも通りでしたよ」

「へー、晶っていつも人間噴水なんだー」

「人間噴水――素敵な響きね」

「勘弁してください。二度と同じ経験したくないです」

「……あの、結局何があったんですか?」

「何というかその、永琳さんの弟子になる事が決まりまして。あ、こっちは同行者として付いてくる事になった因幡てゐさんです」

 背中にくっついたままのてゐを、美鈴と幽香さんに紹介する。
 彼女は背中から飛び降り、二人に対して丁寧に一礼した。
 さすがてゐ、こういう所はソツが無い。

「はじめまして、因幡てゐです。少しの間晶と一緒に行動する事になりました、どうかヨロシクお願いします」

「さすがてゐさん、見事に猫を被りましたね」

「もう、私は兎だよ? ブン屋さんは冗談が上手だなぁ」

「……そこまで徹底されると、こちらとしてもかける言葉が思いつきません」

「ふふっ、相変わらず面白い子ね。良いわ、よろしくしてあげる」

「紅美鈴です、こちらこそよろしくお願いします。……えっと、晶さんにもおめでとうございますって言った方がいいんですかね?」

 いや、尋ねられても困りますって。
 まぁ確かに、僕の身に起きた事だけを述べてみたんだけど、それだけ聞くと何故そうなったのか全然分からないよね。
 色々あったからなぁ……全部説明するとそれこそ丸一日消費しそうだ。
 けどさっぱり伝わらないと言うのなら、長くなっても良いから逐一何があったのかを説明するべきかな。

「うーん、何から説明するべきか」

「ふっ―――――」

「うわっ!?」

 いきなり、幽香さんの日傘が僕の顔を貫かんと突き出された。
 咄嗟に身体を捻って避け、手で傘の進路を逸らす。

「ゆ、ゆゆゆ、幽香さん!? いきなり何をするんですかっ!?」

「……避けたわね」

「避けますよ! 顔に穴が空くじゃないですか!!」

「ふふっ、以前の貴方なら空いていたわよ」

 怖い事言わないでください。自分でも良く避けれたもんだと思っているんですから。
 幽香さんは日傘を担ぎ、僕の頭を優しく撫でる。
 えーっと、これはひょっとして褒められているんでしょうか? でも、何で?

「どうやら無為に過ごしたワケではないみたいね。なら、それ以上の説明は要らないわよ」

「は、はぁ……」

「なるほど、これが拳で語るって事なんだね」

「いや、それはちょっと違いませんか?」

「どっちでもいいですよ。まったく、成長してなかったらどうしていたんですか」

「穴を空けたわ」

「わー、容赦ないなー」

 良かった。反応出来て本当に良かった。
 それにしても……僕って幽香さんに褒められるくらい成長してたのかな。
 魔眼を覚えた事は成長かもしれないけど、さっきの回避にはあんまり関係してないよね。
 ……あれ? そういえば僕、なんで今の一撃を避けられたの?

「それにしても晶さん、以前より体捌きが自然になっていますね」

「自然?」

「ええ、紅魔館に居た時は、『気を使う程度の能力』に引きずられている感じがありましたから」

「引きずられる感じ、ねぇ」

 スイマセン、全然分かりません。
 けど、僕ってそう言われる程度には強くなったのか。
 ひょっとしたら僕自身気付かないうちに、この身体には溢れるほどのパワーが宿っていたのかもしれない。
 だとしたら、僕憧れの男臭いムキムキボディにも少しは近づいている可能性がある。
 そんな期待を抱いた僕は、試しに両腕を曲げて力瘤を作ってみる。
 さぁどうだ? ちょっとは逞しくなってるか!?

「晶何やってんの? いきなり可愛さアピールなんか初めて」

「タイトル「ボク、頑張る」とかそんな感じですかね」

「……何でもないです」

「あっ、晶さん腕は下ろさないでください、写真に撮るので」

「お断りします」

 ああ、やっぱ気のせいだ。
 残念そうな文姉の声を無視して、腕を下ろしがっくりと項垂れる。
 二人に素で突っ込まれ、湧きあがった自信と期待があっさり静まりました。
 ちくしょう、むしろ自分の腕の細さにビックリだ。
 しかも気を使い程度の能力を持った影響か、以前より肌がツルツルしている気がするし。

「ううっ、残念です。――さて、これ以上説明が要らないというのならそちらの話に戻りますよ」

「ブン屋切り替え早いね、ダメな感じに」

「文姉、話題変えるなら鼻血拭いてよ……」

「おっと、失礼しました」

 最近、文姉のはっちゃけっぷりに緩急が付き始めました。油断なりません。
 懐から取り出したハンカチで優雅に鼻血を拭き取り、文姉は真剣な顔で美鈴に問い直す。
 出来ればその表情は、鼻血を出す前に見せてもらいたかった。

「教えてください。私達が外出したほんの数日の間に、紅魔館では何が起きていたというのですか?」

「うっ……それは」

 文姉の疑問に、美鈴は言葉を詰まらせる。
 やはり紅魔館の崩壊には、一概に答えられない事情があるのだろうか。
 そもそもこれだけ外で騒いでいるのに、咲夜さんやレミリアさんが現れないというのも変な話だ。
 僕達の疑問の込められた視線を一身に受けた美鈴は、やがて観念したように口を開いた。

「実は幽香さんが、紅魔館に侵入しようとした泥棒とマスタースパークの撃ち合いを……」

 わぁ、それは普通に地獄絵図ですね。
 彼女の口から語られたのは、予想外だけど順当過ぎる簡潔な事の顛末だった。
 なるほど、紅魔館が穴だらけなのはその余波によるものなのか。
 
「――な、何という事でしょう! 私が永遠亭でウダウダやっている間にそんな大スクープが!?」

「確かにスクープかもしれないけど……私はお目にかかりたいとは思わないなー」

 今度は記者モードに入った文姉が、本気で悔しそうに地団太を踏む。
 ちなみに、僕の意見は概ねてゐと同じです。

「私の技を盗み逃げしたコソ泥が目の前に現れたのよ? しかるべき報いは与えてやるべきでしょう」

「目には目を歯には歯をって思想の相手に、分かりやすい競技方法を提示しないでくださいよぉ」

「私が勝ったのだから問題はないわ。泥棒による被害はゼロよ」

「代わりに、紅魔館創設以来の未曾有の大破壊が行われてしまったワケですがね」

「……なるほど、それでこんな事に」

「そうなんですよ。しかも御嬢様と咲夜さん、屋敷の修理を私に押しつけて余所へ泊まりに行っちゃって」

 屋敷の建築なんてやった事ないです。と木材を支えに泣く、見た目だけなら完璧な土木関係者の中華妖怪。
 レミリアさんって部下に対する信頼が厚過ぎるせいか、難題レベルの無茶を当たり前のように任せちゃうんだよね。
 しかも咲夜さんがその無茶振りにしっかり応えたりするもんだから、レミリアさんの無茶ぶりレベルはどんどん上がっていくわけで。
 ……これが、負のスパイラルという奴か。

「それにしたって、素人が設計から建設までやるのは無茶過ぎじゃない?」

「小屋ぐらいなら結構作ったりするけど、ここまで行くと普通に職人呼ぶレベルだよねー」

「ですが、人間の大工が紅魔館に来るはずないと思いますよ。そもそも建築様式が違いすぎますし」

 あ、そうか。幻想郷には外の世界みたいな建設会社はないんだった。
 上手い具合に話は繋がったけど、僕と皆では「無茶」の度合いが少し違うんだね。

「そこらへんはパチュリー様が建築に関する知識もお持ちだったので、完全にお任せ状態ですけど何とかなってます」

「図書館が無事で良かったわね。そうでなかったら、今頃指針が無くなってたわよ」

 へぇ、パチュリーさんは紅魔館に残っているんだ。
 確かにあの人なら、西洋建築の基礎から応用まで知っていそうだね。
 美鈴も建築関しては素人だけど、器用さと力は妖怪の中でもずば抜けているワケだし。
 そう考えると、実はレミリアさんの命令ってそんなに無茶ぶりでも無いのかな。

「紅魔館の修繕に関しては、私も協力しているから心配はいらないわよ」

「……協力してるって、花の妖怪が?」

「まぁ、騒動の張本人ですから。幽香さん相手だと妖精メイドも言う事を聞かざるを得ないので、実はかなり助かっているんですよ」

「私はただ‘お願い’しているだけなんだけどね」

 そう言って、幽香さんはニコヤカに微笑んだ。
 分かりましたから殺気は消してください。後ろで妖精メイド達が泣いてますよ。

「そういうわけだから、貴方はしばらくどこかに行ってなさい」

「―――ほへ?」

「いきなり何を言い出すんですか、幽香さんは」

「あ、そうです。言い忘れていました。御嬢様より晶さんに言伝を預かっているんです」

「僕に伝言?」

「はい、えーっとですね――『客人である久遠殿に、不自由な思いをさせる事はまかりならん。……次の台詞はなんだったかしら咲夜』」

「後半部分は、彼女の名誉のために言わないでおくべきじゃありませんか?」

「レミリアさん……」

 なんか、その時の光景がいとも簡単に浮かんでしまうんですけど。
 きっと言伝を言いつけるだけなのに、無駄にポーズ決めてカリスマを見せつけようとしたのだろう。
 ……そんな彼女の隣には、カンペを持った咲夜さんが控えていたに違いない。

「話かけないでくださいっ! 言伝の内容を忘れてしまいます!!」

「要するにあの吸血鬼としては、壊れた紅魔館に泊まってほしくないのよ。主の品格が疑われるからね」

「ゆ、幽香さん! 言伝は私が頼まれた事なんですよ!?」

「あれだけ練習に付き合わされたら、イヤでも内容を覚えるわ。ちなみに続きは『不躾な頼みであると十分承知しているが、出来れば』」

「わー! わー! わー!」

 半泣きの美鈴が、幽香さんに纏わりつきながら必死に続きを言わせまいと抵抗している。
 一方幽香さんはそんな美鈴を避けながら、続きの言葉を口にしようとしていた。
 とはいえ、もうすでに内容はほとんど伝わってしまっている。
 幽香さんだってそれは分かっているはずなのに……相変わらず意地悪だなぁ。
 そして美鈴にとっては不幸な事に、今この場にはもう一人意地の悪い妖怪が存在していたのである。

「つまり「現在改装中の紅魔館に晶は泊めるな」って、ワザワザ紅魔館の主本人から御達しを受けたワケだね」
 
「てゐさんまでぇ~」

 ニヤニヤ笑いで美鈴にトドメを刺すてゐ。
 実に容赦が無い。まぁ、てゐが説明しなくても把握してたけど。

「美鈴さんの説明が無くてもレミリアさんが言いたい事は分かりましたから、そんなに張り切らなくてもいいですよ?」

 そして、ここにもドSが一人。
 こっちは素で言ってるからなおさらタチが悪い。
 あ、美鈴さん壁際で体操座り始めちゃった。
 これはフォローした方が良いのだろうか。……でも、上げたらまた三人がかりで沈められそうだからなぁ。
 これ以上傷を負わないためにも、とりあえずそこで落ち込んでいてもらっとこう。ゴメンね美鈴。

「そういう事情から、さっきの「どこかに行ってなさい」に繋がるんですか」

「そうよ。家の修理なんてくだらない事に、貴方の貴重な時間を浪費させたくないもの」

「幽香さん……」

「晶には、空いた時間でたっぷりと色んな事を‘学んで’欲しいのよ」

 聖母のような笑みで優しく僕を気遣ってくれる幽香さん。
 ありがたい話なのに、背筋が寒くなるのは何故だろう。
 てゐと文姉に至っては、ご愁傷様みたいな顔してこっちを見つめてくるし。
 ちょっと美鈴、仲間を増やすよう目で手招きしないでよ。

「紅魔館の修繕が終わったら、一緒にまた出かけましょうね」

「あ―――はい! もちろんです!!」

 いつもとは少し違う幽香さんの茶目っ気のある笑みに、僕も満面の笑みで答える。
 うん、やっぱりさっきの悪寒は気のせいだ。

「楽しくなりそうだわ。色々‘期待している’わよ」

 あははー、幽香さんでも子供みたいな事を言うんだね。
 まったくもう、それならそれで目の奥に輝く剣呑な光を消してもらわないと困りますよー。
 ―――だからこの悪寒は気のせいなんだって!
 
「一見ハッピーエンド風に見えない事もない話が終わったんなら、一つ聞いて良いかな」

「何その後日談では全部台無しになってそうな言い草、僕いつの間にか死んでいそうなんですけど」

「それで結局のところ、私達の今夜の寝床はどこになるのさ?」

「え? うーん、それは――」

 どうなるんだろうか。全然考えてなかった。
 普通に考えれば、幻想郷での保護者に当たる幽香さんの家に泊まるのが順当なんだろうけど……。
 幽香さん、修繕の間はずっと紅魔館に居るみたいだからなぁ。
 幾ら彼女が僕達に友好的だからと言って、主不在の縄張りに堂々と住み込むのはどうだろうか。

「あ、ならいっそ私の家に来ませんか? 歓迎しますよ」

「ブン屋の家? 確か妖怪の山にあるんだったよね」

「はい、私もそれなりの地位にいる天狗ですから、山でならお二人が不自由する事はありませんよ」

 名案を思い付いたという具合に、笑顔で両手を叩く文姉。
 確かに、それはありがたい提案ではあるけど。

「妖怪の山って……部外者立ち入り禁止じゃなかった?」

「私もそう聞いてるけど? だから山の入り口当たりで、哨戒天狗が周囲を警戒しているんだろ?」
 
 てゐの言ったとおり、妖怪の山には紅魔館や永遠亭よりも厳重な警備が敷かれているはずだ。
 幻想郷の中でも最大最古のコミュニティがある山だから、その分縄張り意識も強くなってしまうのだろう。
 おかげで最初の頃は、行動範囲がやたら歪で限定的だった記憶がある。
 とは言え僕は、入るなと言われて入りたくなるような斜に構えた性格をしているワケではない。
 進入禁止の掟破ってまで山に入ろうとする気はさすがになかった。
 ……なかったのだけど、僕にその掟を教えてくれた当の本人はと言うと。

「晶さんは私の弟ですから部外者ではありません! よって妖怪の山に入っても問題無しですっ!!」

 そんな屁理屈以外の何物でもない意見で、その問題を解決させた気になっていた。
 いや、それはない。さすがに。
 てゐも幽香さんも――隅っこに居る美鈴さえもが、僕と同じような顔で文姉を見つめている。
 と言うかそれ、よしんば通ったとしてもてゐは入れないよね?
 思わず僕が、そんなどうでもいい事からツッコミ始めようとしたその時。



「そこまでさっ!!」


 
 誰のものでもない、第三者の叫び声が響き渡った。
 全員の顔が、声のした方向にむけられる。
 何故か紅魔館の内部から返ってきたその声の主は―――

「に、にとり!?」

 緑色の作業服を着た懐かしの河童殿だった。
 派手な声を出したわりに、わりと普通にこちらへ歩いてくるにとり。……シュールだ。

「あやや、何でこんな所に?」

「いや、二人が帰ってくるだいぶ前から居たんだけどね。暇だったから少し修繕の手伝いをしてたんだ」

 なるほど、言われてみれば彼女の手に屋敷のモノと思われる設計図が握られている。
 にとりの専門が建築で無いにしろ、技術的なものであるなら何かしらの手助けはできるという事だろう。

「そういう問題じゃありませんよ。どうして紅魔館にいるんですかって意味です」

「決まってるじゃないか。どこぞの薄情者達が全然帰ってこないから、私の方から出向いてきたんだよ」

「う、うぐぅ」

「あ、あはははは」

 言葉に詰まった僕と文姉の姿に、にとりが呆れたような声で溜息を一つ吐き出す。
 そういうつもりは無かったんだけど、結果的にそうなってしまった……と言うのは言い訳過ぎる。
 ううっ、咎めるようなにとりの視線が心に沁みる。

「まったく、友達甲斐の無い奴らだよ。幽香はちゃんと会いに来てくれたのにさ」

「へ? 幽香さんは覚えていたんですか?」

「覚えていたどころか、ワザワザ私に会いに太陽の畑まで戻ってきてくれたくらいだよ」

「い、意外とマメなんですね。幽香さんって」

「意外とは失礼ね。これでも面倒見は良い方なのよ?」

「そうそう、幽香がこまめに色々教えてくれたおかげで、私もアキラ達の現状をそれなりに把握できてるしね」

「色々って……この恰好の事とか?」

「そう、その恰好の事とか」

 出来ればそれは言って欲しくなかったなぁ、いつか分かってしまう事だったとしても。
 にとりは、何故か僕の姿を真正面からじっと見つめ始める。
 そんなに僕の格好が気になるのだろうか。いや、気になるかそれは、女装だし。
 
「うーん。話には聞いていたけど、アキラは随分と変わったね」

「格好の事は言わないで……」

「確かにそっちも変わった事だけど、私が言いたいのはそこじゃないよ」

「ほへ?」

「アキラ、だいぶ強くなったね。――うん、少しは好い男に近づいたんじゃないのかな」

「こんな格好なのに?」

「心根の強さに、姿形は関係ないよ」

 また褒められた。これは何かの罠なのだろうか。
 にとりが嘘をつくとは思わないけど……心が強くなったねぇ。

「ヘタレ度なら大分上がってると思うけど、心根とかはあんまり変わってないと思うよ? ねぇ」

「いや、私は以前のアンタなんか知らないって。ヘタレ度高いのは同意するけどさ」

 あ、ヘタレなのは同意するんだ。
 何となく振ってみたてゐに自分の意見をあっさり肯定され、僕は改めて自分のヘタレっぷりを自覚する。
 そしてにとりは、そんな僕の姿を見て満足そうに頷くのだった。

「うんうん、そういう所は変わっていない様で、結構結構」

 馬鹿にする意図が無いから尚更痛い。
 ひょっとして忘れられていた事、地味に怒っているのでしょうかにとりさん。

「ご、ごめんにとり。反省してるからそんな怒らないで」

「今のは別に怒ってるワケじゃないんだけど……反省してるって言うならそうしてもらおうかな」

「そうします……」

「そうでした、私の方からも謝罪しないといけませんね。すいません、にとり」

「うん、それで許したげる。さて、アキラの成長も確認したし二人の謝罪も聞いたから、そろそろ本題に入ろうか」

「へ? 本題なんてあったんですか?」

「そりゃあるよ。そうでなきゃ私が紅魔館まで足を運ぶわけ無いじゃん」

 そういえば、にとりって人見知り激しかったっけ。
 僕が知る彼女はかなり人懐っこい性格をしているので、未だにその申告を信じる事は出来ないんだけどね。
 とは言え、河童の彼女がわざわざ紅魔館にまでやってきたんだ。相応の用事があると見るのが当然のことだろう。
 ――何故か心がざわめいた。
 まるで幻想郷自体が新たな変化に戸惑っているような、そんな空気が漂い始めたような気がする。
 ……と言うのは少し言い過ぎか。

「実はね、天魔様から文へ妖怪の山へ戻れと命令が下っているんだ」

「天魔様から!?」

「天狗のトップから? そりゃ穏やかじゃないね」

「ええ、かなり人手が足りてないみたいよ? 河童を伝言役に使っているくらいだもの」

「哨戒天狗さん達も、総動員されてるって話らしいですよー」

 天魔って言うと……まさか第六天魔王?
 そういえば、第六天魔王波旬も天狗の一種だったっけ。
 織田信長で有名な呼称だけど、本来は仏門における悟りを邪魔する悪魔の一種なんだよね、アレ。
 幻想郷には仏教における最高位の魔王まで存在しているんだ。凄いなー。
 この調子だと、拝火教の悪魔とかも探せば見つかりそうだ。絶対会いたくはないけど。

「何でも、妖怪の山のてっぺんに神社が移転してきたらしいんだよ」

「天狗の縄張りに神社って……いや、日本の天狗は呪術的とはいえ山岳信仰の流れも汲んでるから、ある意味妥当なのかな」

「そこらへんの問題は河童の私には分からないけど……揉め事になるのは確実だと思うよ」

「なるほど、場合によっては『異変』にもなり得るから、今のうちに私を呼び戻しておこうという事ですか」

「みたいだね。至急戻って来いって言ってたよ」

「うぅ~ん、面倒なのはゴメンなんですが……そうも言ってられなさそうですね」

 幻想入りしたって事は、外の世界で失われた宗教なのだろうか。
 だけどこれだけ大きな話になっているってことは、それなりに力のある宗教が入ってきたってことだよね。
 幻想郷なら神様とかも姿を見せられそうだし、それこそ天魔と肩を並べるくらいの大物が入って――。
 あ、今何か凄いイヤな予感した。
 無いよね。さすがにそれは無いよね。
 幾ら山岳信仰の大本がアニミズムにあるからって、日本の精霊信仰の一種が幻想入りとか発展しすぎだって。
 妖怪の山も信じられないくらい高いけど、それを八ヶ岳の伝承と混同させてどうするのさ。
 ……その手の知識を詰め込まされ過ぎたかなぁ。ミシャグジ信仰の話なんてソラで話せるようになっちゃってるし。

「晶さん? 聞いてますか?」

「え!? な、なにっ?」

「……大事な話をしているんですから、ぼーっとしないでくださいよ」

「ご、ごめんなさい」

 これ以上、憶測だけで物を考えるのは止めた方が良いようだ。
 いったん考察を諦めた僕は、話しかけてきた文姉の方に向き直る。
 彼女はにとりを抱きかかえながら宙に浮いていた。どうやら、帰還の方向で話は進んでいたようだ。
 
「私とにとりは妖怪の山へ戻ります。先ほどの宿泊の件ですが……すいません、今は事情が事情なので」

「気にしなくていいよ。人間の僕が妖怪の山に入れるとは思ってなかったからさ」

「いえ、その点に関しては必ずや! かなり後になりそうですが、晶さんは絶対に妖怪の山に入れてさしあげますよ!!」

「文なら本気でやれそうだなぁ。……新たな騒動の種にしないでよ?」

「善処します」

 全然当てにならない保障の言葉を真顔で吐き出す文姉。
 にとりは再び溜息を吐く、何というかもうゴメンナサイとしか言いようが無い。

「では、しばしの間離れる事になりますが―――知らない人についていかないでくださいよ」

「僕は子供ですか。さすがにそんな事しませんよ」

「いや、アンタならやりそう」

「確かに、晶さんならありえますね」

「晶、出来ない事は約束しない方がいいわよ?」

「無理したらダメだって、アキラ」

 どうしてこういう時には、皆から全く同じツッコミを受けることになるのだろうか。
 まさかの全員否定に、さすがの僕も口をつぐむしかない。
 今後は、もう少し気をつけた方がいいのかなぁ。
 もう何回目になるのか分からない反省を重ね、僕は額を抑え落ち込むのだった。










 ―――文姉とにとりの二人は、妖怪の山に向かって飛んでいく。
 そんな二人が見えなくなるまで手を振っていると、隣に居たてゐが何気なく訪ねてきた。

「ところで、晶さんや」

「なんでしょうかてゐさんや」

「結局私達の寝床は、どこになるんでしょうかね」

「―――あっ」

 すでに姿を消した二人を目で追いつつ、僕は未だに自分達の宿が決まっていない事実に気付いたのだった。
 

 



[8576] 東方天晶花 巻の四十二「良い判断は無分別な親切に勝る」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/11 15:44


巻の四十二「良い判断は無分別な親切に勝る」




「……出来たわ」

 重くなった瞼を擦りながら、椅子に寄りかかる形で背を伸ばす。
 どうやら、ようやく一息つけるようね。
 幾ら睡眠が習慣だとはいえ、一週間以上徹夜を続けるのは辛かったわ。

「けどそれも、今日でおしまいよ!」

 長かった「カーボン」との戦いにも、ようやく目処を立てる事が出来た。
 難関だった加工法は、糸口を見つけた直後から今までの停滞が嘘のように進んでいったのだ。

「ふ、ふふ、分かってしまえば外の世界の素材も大したものじゃ無かったわね」

「ソンナフウニオモッテイタジキガ、ワタシニモアリマシタ」
 
「……顔洗いたいから水とタオル持ってきなさい」

「アラアラウフフ」

 まったく、どこでああいう軽口を覚えてくるのかしら。今度その経緯を洗い出さないとね。
 命令には忠実な上海が工房から出ていく姿に溜息を吐きつつも、しかし私はあふれ出る喜びを抑える事ができなかった。
 ふふっ、これでもう恐れるものは無くなったわ。
 私の人形の装備に、カーボンが使われる日も近い事だろう。
 そんな素晴らしい未来予想図に想いを馳せながら、私はカーボンで作った装飾品を撫でる。
 この調子なら、本来の研究の方も上手く進むかもしれないわね。
 このまま寝てしまうのも惜しいし、前に魔理沙から聞いた「人形の妖怪」を探してみましょうか。

「オノコシハユルシマヘンデー」

「食べないわよ。――あ、水冷たい」

 何故か私は、そんな当たり前の事に驚いていた。
 どうやら連日の徹夜が、地味ながら精神に影響を与えていたようだ。
 正常なつもりでも、どこかネジが緩んでいたのかもしれない。
 ……そもそも外の素材を一つ加工出来たくらいで、恐れるものが無くなるわけないじゃないの。

「参ったわね。まぁ、加工出来た事には変わりないからいいけ……どぉ?」

 顔を拭いて振り返った私は、机の上に有るモノを見て硬直した。
 いや、確かに覚えている。最初の加工と言う事で、簡単な装飾品にしようと決めたのは間違いなく私だ。
 だけどこれは、幾らなんでも酷過ぎる。
 幾分か冷静になった私は、自らが生み出した作品に驚愕していた。
 恐るべしは眠気か。今の今までこの装飾品の奇抜さに疑問すら抱かなかったなんて。

「センスが無いにも程があるでしょう、これは。デザインする時の私は何を考えていたの?」

「ノーミッソボーン♪」

 こんなもの付けて外出した日には、異変扱い間違い無しだ。
 無駄に細部が凝っている当たり、我ながら酷い嫌がらせだとしか思えない。

「とりあえず、封印しよう……」

 これはもう気の迷いと忘れてしまうのが吉だ。
 ノウハウはちゃんと自分のモノになったのだから、それでも問題は無いだろう。
 こんなもの誰かに見られたら、私の品格が疑われてしまうものね。
 ううっ、近くで見るとさらにドギツイ。しかも浮かれて作ったせいか結構な数があるわ。
 
「まぁ、私の所に来る変わり者なんてそんなに……」

「オキャクサンヨー、オキャクサンヨー」

「――イヤになるわ。これが言霊ってヤツね」

 来客を知らせる人形の声に、思わずため息を漏らす。
 とりあえずコレは机の引き出しにでもしまっておきましょうか、しまう場所もまだ無い事だし。

「オキャクサンヨー、オキャクサンヨー」

「分かってるわよ。まったく、こんな時に誰が来たのかしら」

 文句を口にしつつ、私は玄関の扉を開いた。するとそこには―――
 
「や、やっほーアリス」

「やっほー☆」

「ヤッホー」

 つい先日顔を合わせたばかりの腋メイド、久遠晶が居た。
 しかもその背中には、新しく妖怪兎のオプションまでついている。
 ……どこかへ行くたびに変化を起こさないと死んじゃうのかしらね、コイツは。
 あと上海、オウムじゃないんだから真似しないの。

「はいはいやっほーやっほー。それで貴方達、何しに来たの?」 

「率直に言うと泊めてください」

「泊めてください☆」

「テモテーテモテー」

 本当に率直だ。少しくらい事情を説明しようという気は無いのだろうか。
 しかもタイミングが悪すぎる。狙い澄ましたかのようにこの状況で現れられると、何かしらの悪意を感じてしまう。
 そういえば以前も、晶は一番来て欲しくないタイミングで現れたわね。

「ひょっとして、私に嫌がらせしてるのかしら」

「嫌がらせと判断された!? なんで!?」

「やっぱり『可愛く言って誤魔化せ、アリス家宿泊大作戦』は無理があったんだって」

「いや、当初の予定通り菓子折りを持ってきていれば……」

「晶の中で菓子折りって、どんだけ万能なアイテムとして認識されてるのさ」

「ほら、女の子って糖分を定期補給しないとダメじゃん」

「知らないよ、そんな血糖値高くなりそうな事実」

「あれ、違うの? 知り合いの子はいつもそう言ってケーキを大量に摂取してたんだけど……」

「思い出話は良いから、とりあえず上がって事情を説明してくれないかしら」

 これ以上、玄関先で妙な漫才を見せられても反応に困る。
 自らの甘さに呆れながら、私は二人を家に招き寄せるのだった。



 






「なるほど……紅魔館がね」

「おかげで寝泊まりする場所が無くてさぁ」

「いやー、困った困った」

 妖怪兎を背負ったまま机の上で頬杖をつく晶が、私と別れてからの経緯を説明する。
 永遠亭での二連戦、狂気の魔眼の習得、弟子になりました、紅魔館半壊。
 一時間ほど語られた濃密な数日の流れを聞き終えた私は、紅茶を一口飲み一言晶に告げる。

「馬鹿でしょ」

「断定!?」

 頭が痛い。騒動の真ん中に居ながら、何故コイツはキョトンとできるのだろうか。
 自身の迂闊な行動を一から十まで説明してやろうかとも考えたが、無駄そうなのですぐに止めた。
 
「確かに、悪いか良いかで考えたら間違いなく悪い方だよね、晶の頭って」

「まさかの裏切!?」

「そうね。知識とか知恵とか関係なしで、何かもう根っこの方がダメダメよね」

「マサニダメナオリシュ、リャクシテマダオー」

「つ、追撃……」

「冗談よ。初めの頃はともかく、今はそうでもないわ」

 もっとも地雷を踏みに行く性質は相変わらずみたいだから、てゐの言う通りやっぱり頭は悪いんでしょうね。
 しかし、太陽の畑、紅魔館、永遠亭と足を運んだくせに、少しも幻想郷への恐怖が湧いてこないと言うのはある意味凄い。
 風見幽香も、レミリア・スカーレットも、蓬莱山輝夜も恐れさせる事が出来なかった人間。
 事実だけ書き出してみると、トンデモナイ傑物に見えるから不思議だ。

「まぁ、トラブルに首突っ込むのもほどほどにしときなさいよ? アンタのうっかりは魂レベルにまで刻まれてるんだから」

「トラブルの方がほっとかない場合はどうしたらいいんでしょうか」

「諦めれ」

「アキラメレー」

 てゐと上海の辛辣な物言いに、がっくりと頭を項垂れさせる晶。
 私も彼女らと同じような意見なので、特にフォローはしない。

「さて、恒例の釘刺しも終わった事だし、貴方達が最初に言ってた宿泊の話へ戻りましょうか」

「恒例にされても……」

「そう思うなら少しは改善しなさいよ。聞くだけで肝が冷える武勇伝を聞かされる身にもなりなさい」

 自覚はあるようで、晶は私の言葉に口を噤ませる。
 毎度言われて分かっている事でしょうに、どうしてそれを次に生かせないのかしら。
 まぁ、私としてもこれ以上晶を責め立てる気は無い。多分無駄になるから。

「それで? 泊めてあげるのはいいけど、対価も無しに泊まろうなんて事は思ってないわよね」

「いやいやまさか、私も晶もそれくらいの良識は弁えてるって。ねぇ?」

「うん、対価になりそうなものはそれなりに持ってきたよ」

「以前とラインナップが変わってないじゃない」

「うぐぅ……ゴメン、僕の持ち物ってこれしか無いから」

 晶は、先ほどから手に持っていたリュックを机の上に置いた。
 以前と変わらず、その中身は興味をそそられるモノで溢れかえっている。
 この中の一つを対価に、と言う提案は魅力的なものだ。
 しかし、私はこれを受け取るワケにはいかない。

「責めてるワケじゃないのよ。対価が‘高すぎる’って言ってるの」

「ほへ?」

「晶にとっては「当たり前のモノ」でも、私達にとってはとんでもない貴重品なのよ、そこにあるモノは」

「完全な形で残っている外の世界の道具だもんねー。私だって、どこで手に入れたのか教えてほしいくらいだし」

「そういう事よ。それに、貴方が大切にしているモノもあるんでしょう? はいありがとうと貰うわけにはいかないわ」

「でも、これ以外に僕が払える対価は無いんだけど?」

「モノで払わなくて良いって言ってるのよ。身体で払いなさい、身体で」

 実を言うと、何をしてもらうのかはもう決めているんだけどね。
 私がそう言うと―――晶は何故か身を護るように自分の身体を抱きしめ、おもむろに後ずさった。

「……何やってるのよ?」

「こ、今度は僕に何をする気なのさ」

 何を言ってるのだろうか、コイツは。
 私がそこまで警戒される事を何かしたと―――あっ。
 そういえば前に、晶の服が気になって……。
 
「ち、違うわよっ! そういう変な意味じゃないの!!」

「だって身体でって……」

「労働で返せって意味よっ! 晶の持ってる『狂気の魔眼』の力が必要なのっ!!」

 いい加減、あの時の事は忘れなさいよ!
 本気で怯えた目をしている晶に、思わず怒りが溢れてくる。
 確かに、私も悪かったとは思っている。思っているけど、これはいい加減引きずり過ぎではないだろうか。
 その後ちゃんと、謝罪もしたというのに。……それほどトラウマになってしまったのかしら。
 あとそこの妖怪兎、期待に満ち溢れた顔で聞き耳を立てないの。

「なんだ労働しろって事かぁ。いやー、ビックリした」

 ……こっちはこっちで、あっさり復活するし。
 アンタは一々リアクションが派手なのよ。紛らわしい。
 私は怒声を出すのを我慢しながら、表面上は冷静に話を進める事にした。
 真面目に相手をしても、返ってくるのはきっと疲労だけだと判断したからだ。

「確かあの目は索敵なんかにも使えたはずよね。実はそれで、探して欲しい妖怪がいるの」

「よ、妖怪? なんだか穏やかじゃないね」

「研究の一環でね。ちょっとその妖怪に会ってみたくて」

「会ってみたいって……どんな妖怪なの?」

「メディスン・メランコリー、無名の丘を住処にしている妖怪化した人形よ」

「ああ、あの毒人形かぁ」

 どうやらてゐはその妖怪の事を知っているらしい。
 そういえば、この兎は花の異変に便乗して色々しでかしていたのよね。
 あの時は色んな妖怪や人間が行動していたから特に気にしていなかったけど、面識があると言うのなら彼女も少しは当てに出来そうだ。

「てゐは知ってるんだ。その、メディスン? さんの事」

「知ってるっつーか、襲いかかられたっつーか……そうだね、ここが幻想郷である事を差っ引いても、大分喧嘩っ早い奴だね」

「そ、そんなに喧嘩っ早いの?」

「話しかけた後すぐに攻撃が帰ってきたもん。あ、言っとくけど挑発はしてないからね? 商売は持ちかけたけど」

 ……珍しい事に、嘘をついているわけではないようだ。
 その時の会話を想い出しているようで、てゐは苦々しげに言葉を吐き出し続ける。

「毒使うし思考回路も良く分かんない奴だから、出来れば会いたくないんだけどねー」

「ダメよ。貴女が付いてくれば、晶がその妖怪を見つける確率は上がるんだから」

「やっぱりそうなるよねー。ちぇー、人を幸せにする能力がうらめしーよ」

 無名の丘はそれほど広くないとはいえ、妖怪人形が常に居るとは限らない。
 タイミングを外せば無駄足になってしまうが、晶とてゐがセットになって動けば話は別だ。
 人間限定で幸運を与えるてゐと、強力な策敵能力を持つ人間の晶。
 捜索にはうってつけのメンバーである。これで見つからないという事態は、まず有り得ないだろう。
 懸念する事があるとするなら、それは一つだけだ。
 もっともその懸念事項は見つかった後に関係してくる事なので、今はあまり関係ない。

「さて、どうするの晶? イヤなら別の条件でも良いわよ」

「うーん、それってアリスの研究に関わってくるものなんだよね、だから――えーっとその」

 問いかけの途中で、晶は唐突に口ごもる。
 どうやら以前、私に怒られた事をしっかりと覚えていたらしい。
 そういう礼儀はきちんと守るのよね。律義と言うか馬鹿正直というか……。
 まぁ、あの時とは大分状況が変わったし、何よりこれから協力してもらうワケだから、別に話してもいいでしょう。

「私はね。自立する人形の研究をしてるのよ」

「自立する人形って、こんな風な?」

「ユビサスナヤー」

「あ、ごめん」

「それはただ、覚えた言葉を適当に喋ってるだけの人形よ。自立しているワケじゃないわ」

 自立とは、独自の世界に価値観を起き、自ずからの意思で行動出来る事を言う。
 上海は人形の中でも出来がいい部類に入る子だけど、私の命令を受けなければ動けない時点で自立しているとは言えない。

「自分の意思を持った人形って事? なら、あの毒人形は確かに理想の自立人形だね」

「そういう事よ。もっとも妖怪化は私の考える自立と少し違うから、あくまで参考程度のモノになるでしょうけどね」

 それでも、会うだけの価値はある。
 私がそう答えると、晶は納得したように頷いた。
 しかも目が生き生きとし始めた。魔法使いの研究に関われるのがそんなに嬉しいのだろうか。
 そういえば工房に入れてあげた時も、同じくらい無邪気に喜んでいたわね。
 嫌々やられるよりはこちらとしても気楽だけど……晶が命の危険に晒されてしまう理由が、その反応で何となく分かってしまう。
 まったく、本当に困った性分してるわねアンタって。

「分かった! そういう事なら僕の力、存分に活用してよっ!! ねぇ、てゐ!」

「良いんじゃないの? 私は見てるだけで済みそうだしー」

「交渉成立ね。なら早速だけど、今から無名の丘に出かけるわ。いけるかしら?」

「オッケーですともっ! ガンガン行くからね!!」

「晶がやたら張り切っているのが不安だけど、こっちは問題無いよー」

 ……なんだか、私も不安になってきたわ。
 晶は呑気な様子で「魔法使いのお手伝い~、お手伝い~」等と歌っている。
 恐らくその頭からは、てゐの言ってた『毒人形』という単語は奇麗に除外されてしまっているのだろう。
 相手への注意と危険に対する認識確認を兼ねて、少し晶に聞いてみようか。

「ねぇ、晶。少し聞いて良い?」

「何!? それより早く出かけようよっ!!」

「落ち着きなさい。今からとは言ったけど、別に急を要しているワケではないの」

「りょーかい! じゃあ出かけようかっ!!」

「上海、グーで」

「ザッソウナドトイウクサハナイッ!!」

「カクゴのすすめ!?」

 人形の一撃に吹っ飛ばされる晶、妖怪並にタフなはずなのに変な所で弱い奴だ。
 しかも晶は、即座に置きあがり不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。
 そのくせ復活は早い。どこかの中華妖怪を彷彿とさせるわね。
 ちなみにてゐは、上海が振りかぶった時点で即座に晶の背中から離脱していた。
 こっちはこっちでちゃっかりしている。そもそも何でてゐがコイツの背中に居たのかは分からないけど。

「ううっ、酷いよアリス。いきなり何するだー」

「何で訛るのよ。と言うか晶、例の妖怪人形がどんな奴かちゃんと分かってるの?」

「妖怪の人形で………えーっと、毒?」

 馬鹿だ。少なくとも現時点において、コイツは間違いなく浮かれた馬鹿でしかない。
 強くなって気が抜けたのか、元から危機感が薄いのかで怒り方がだいぶ変わってくるが、とりあえず最初に出る言葉は決まっている。

「―――上海、水」

「ほへ?」

「アキラー、シッカクー」

 晶の真上から、上海が器に溜まった水を落とす。
 ただの水でも意外と冷静になれるのは、先ほど私も経験した事実だ。
 むやみやたらにテンションを上げていた晶も、文字通り火が消えたように大人しくなってしまった。

「……アリス」

「なによ」

「体温下がると、テンションの方も低くなるね」

「冷静になったんなら、脱衣所で身体を拭いてきなさい。その間に私とてゐで妖怪人形の話を纏めておくから」

「……うん、そうするよ」

「上海、晶を脱衣所に案内してあげて」

「ヨンジュウビョウデシタクシナ」

「時間制限付き!?」

「だから覚えた言葉を話しているだけなのよ、良いから行きなさい」

「は、はーい」

 上海に連れられ、びしょ濡れの晶が部屋を後にする。
 濡れてしまった床の始末を他の人形に任せ、私は残ったてゐと相対した。

「そう言うワケだから妖怪人形の情報、教えてもらうわよ」

「ま、そういう約束だからねー。私自身に被害が及ばないためなら、幾らでも力を貸すよ」

「いっそ清々しくなるくらいの利己主義ね」

 もっとも信用できないというワケでもないから、その思考自体には何の問題も無い。
 魔理沙はいつも話を大袈裟にするので、情報源としてはあんまり当てにならないのよね。
 確実な情報を確保出来て、内心私はホッとしていた。
 少し冷静になったとはいえ、アイツが無茶する気質なのに変わりはない。
 そのフォローをするためには、やはりそれなりに相手の事を知っておかないといけないだろう。
 ……はぁ、寺子屋の先生ってこんな感じなのかしら。

「それにしても、アリスって本当に人が良いよねー」

「はぁ? 何よ突然」

 不要なトラブルの素をしょい込んだか。と頭を抱えていると、てゐが急にそんな事を言った。
 やれやれと肩を竦める仕草が、何だかとても腹立たしい。

「だってさ、晶の事を気遣って対価を受け取らなかったでしょ?」

 そう言って、彼女は卓上のリュックに目をやった。
 ……う、バレてたか。
 晶の持ってきた品は確かに貴重だが、対価としてそこまで高いというワケでもない。
 一日二日ならともかく、長期の宿泊なら十分釣り合いが取れた事だろう。
 しかし対価を受け取らなかった理由が、晶を気遣ったからだと言われると口を噤んでしまう。
 私がリュックの中身を貰わなかったのは、もっと必要なものが他にあったからなのだし。

「確かに意図して対価を受け取らなかったけれど……別に晶を気遣ったワケじゃないわよ」

「『目』が必要だから、そっちを求めただけの話って事?」

「そうよ。貴女同様利己主義な考えで動いたのだから、お人よし呼ばわりを受けるのは心外ね」

「けど、トラブル体質な晶を少しでも危険から遠ざけるために、こうして情報の整理までやってるワケだよね」

「と、当然じゃない。仲間である以上、晶も私の戦力になるのよ。出来る限り無駄な消費を避けるのは魔法使いの常で……」

「なるほど、似たもの同士か」

「あのうっかり屋と一括りにしないでよっ!!」

 少なくとも私は、あそこまで身内に甘く無いわ。
 ……な、何よ。その、知らぬは本人ばかりなりって呆れ顔は。

「はいはい、気をつけますよーっと」

「くぅっ、全然分かってない」

 まったくもう、この妖怪兎は。
 先行き不安なメンバーに、私は思わずため息を漏らすのだった。
 ……それにしても、さっきから何か大切な事を忘れている気がするわね。
 何かをし忘れたような……まぁ、想い出せないってことは大したことじゃないんでしょう。
 ふと気になったその事実を、私はそう切り捨ててしまった。
 そしてその決断を、私は後に激しく後悔する事になるのだけど―――それはまた別の話。
 

 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】

山田「指名が入ってテンション急上昇! 教えろ山田さんのコーナーですっ!!」

死神A「いやー、テンション高いっすねー山田様」

山田「今の私はかなり上機嫌です。思わず罪人を極楽行にするくらい機嫌が良いです」

死神A「本職に影響与えるようなハイテンションは勘弁してください。じゃあ、質問行ってみましょう」



 Q:スペルカードには能力、術式、技術、道具に由来したものがありますが、晶君はどこまで覚えれるのでしょうか?



山田「よろしいです。白黒はっきりつけましょう。答えは『全部覚えられるが、個々で習得の条件が変わる』です」

死神A「いつものごとく、簡潔に説明お願いしまーす」

山田「お願いされました。晶君には、スペルコピーとスキルコピーの二種類の模倣方法がある事はご存知ですね」

死神A「えっと、スペルコピーがスペカを覚えるもので、スキルコピーが能力を覚えるものですよね」

山田「その通りです。まず最初の『能力、術式』に由来したものですが、これはスキルコピーで覚える事が出来ます。もちろんスペルコピーでも可能ですがね」

死神A「二つの由来の例として、紅魔館の侍従長の能力やら魔法やらが出てましたが、これも可能なんですか?」

山田「可能です。もちろん前提条件として『概念を理解する』必要がありますが、逆を言えば概念さえ分かれば再現可能であると言えるのです」

死神A「えげつないなぁ……でも山田様? たとえば侍従長の「プライベートスクエア」とかスペルコピーした場合どうなるんですか?」

山田「時は操れませんが、スペルカード使用時には時を止められる。と言う仕様になります」

死神A「また半端な。じゃあ、技術はどうなんです?」

山田「能力を覚える事でその妖怪と同条件に至れますから、練習することで技術によるスペカの習得は可能です」

死神A「……練習っすか。途端に普通になりましたね」

山田「技術とは得てしてそういうものです。積み重ねが全てですから、ある意味では彼が最も習得しがたいスペカなのかもしれませんね」

死神A「とは言え今までのスペカには前例がありますからねー。能力は言わずもがな、魔法はアグニシャイン、技術は破山砲で習得してましたし」

山田「その通りです。問題となるのは最後の一つ、『道具』です。これは少しややこしい事になっています」

死神A「えーっと、どういう事なんですかね」

山田「本来なら『道具は再現できないが、効果は再現可能』という半端なコピーで終わるはずでしたが、晶君は獲得した能力で新しい技能を作り出してしまいました」

死神A「ああ、冷気プラス気による、道具構成能力ですね」

山田「そうです。あれにより、ミニ八卦炉のような特殊なアイテムで無ければ、晶君は問題なく再現できるようになりました」

死神A「河童の道具とかは問題無しかぁ……ちなみに、蓬莱山輝夜の『蓬莱の玉の枝』みたいな特殊系はやっぱり?」

山田「はい、スペルコピー頼みの『道具は再現できないが、効果は再現可能』状態です。今の所は」

死神A「……今の所は?」

山田「先ほど述べた通り、新たに覚えた能力により再現可能となる場合があるのです。例えば、ワーハクタクの『歴史を創る程度の能力』を覚えれば……」

死神A「氷で作った器具に、『歴史』を持たせる事ができる、と?」

山田「一時的なものですがね。そういった応用は十分可能なんですよ。まぁ、あくまで例えに過ぎませんが」

死神A「ようやくチートっぽくなってきたなぁ……ちなみに、別の人の質問ですが、こういうのもありましたよ」



 Q:晶がアリスの能力を覚えたらどうなるの?



死神A「人形遣いの魔法は術式プラス道具の複合型ですけど、こういう場合はどうなるんですかね?」

山田「まず術式の方ですが、こちらはスキルコピーで覚える事が可能です。ただし、人形は付属しません。持ってませんからね」

死神A「人形はどっかから調達しないと無理って事ですか。あ、でも道具構成能力があればいけるんじゃないですか?」

山田「いけるでしょうね。永続的なものは無理でも、一時的なものなら人形遣いの能力をほぼ完全に再現する事が可能です」

死神A「氷人形っすか、無駄に凝ってそうですね」

山田「本人の趣味を考えると、機動兵器やら呪いの人形やらになりそうですがね」

死神A「……確実にセンスは悪いだろうなぁ」

山田「とにかく、個々の再現が可能なので組み合わせるスペルカードも再現出来ます。再現は」

死神A「オチっすね! オチのターンですねっ!!」

山田「……いえ、単に『再現できても基本は劣化』というお決まりの定型句で締めようとしただけなんですが」

死神A「(しょぼーん)」

山田「そこまで落ち込まなくても……」

死神A「あーもうダメっす、オチが付かないとかマジでダメです。やる気無くなっちゃったー」

山田「そんな事言わないでください。私もやる気が無くなってしまいます。むしろ今無くなりました」

死神A「……あれ? ここは私の頭に悔悟の棒を叩きつけるシーンじゃないんですか?」

山田「私は山田なので知ったこっちゃありません。あーやる気ないやる気ない。やる気が無いのでちょっと仕事サボってきます」

死神A「ダメですよ山田様ぁ!? 仕事しましょうよ、仕事ぉー!?」



 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[8576] 東方天晶花 巻の四十三「病気は千もあるが、健康は一つしかない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/16 01:55


巻の四十三「病気は千もあるが、健康は一つしかない」




 さて、魔法使い宅に宿泊のため一仕事する事になったてゐちゃんと愉快な仲間達ですが。

「コンパロ~、コンパロ~」

 無名の丘について早々目標に遭遇しました。
 ……なんという犬も歩けば棒に当たる。
 何だかんだで張り切っていた晶は、水を被った時ですら比較にならないくらい落ち込んでいた。

「何しに来たんだろう、僕」

「その、えっと……貴方とてゐが居たからこその幸運よ、うん」

 隣で七色の人形使いが精一杯のフォローをしている。
 ちなみにその言い方だと私達もうお役御免になってるんだけど、教えた方が良いのかね。
 まー、ここは空気を読んでやるか。
 お通夜状態の二人に、仕方無く本題を振ってやる優しい私。
 私は本来、自他共に認める道化役なんだけどねー。
 
「で、これからどうすんの? 毒人形は見つかったワケだけど」

「贅沢を言えば研究に協力して貰いたいんだけど、そこまでは期待してないわ。最低でも動いてる姿を確認できれば……」

「なんか、動物の生態を観察している人みたいだね」

「ノリはそんなもんよ。話が通じるなら交渉に持ち込んでもいいんだけど」

「無理だろうねー。毒ばらまく事に命かけてるような奴だし」

 花の異変の時なんかは、この鈴蘭畑全体に毒を広げてたもんね。
 ……あれ? そういえばココ、前に来た時と違って空気がやけに澄んでるね。
 以前は、一目見ただけで分かるほど露骨に毒が充満していたのに。

「そうなると、やっぱりここでコッソリ動きを観察していた方が建設的かしら」

「ますます生態観察のノリになってきたなぁ……」

「まずそんな呑気な真似が出来るって事が凄いけどね。さっきから何度も目が会ってるのに全然気付かれて無いし」

「結界作成なんて魔法使いの基礎よ。普段使わない奴だから時間はかかったけどね」

 私達の足元では、幾何学模様の円陣が白い光を放っている。
 これは、上に乗っている物を隠匿する効果のある魔法陣なんだそうな。
 細かい説明は……聞いたけど忘れた。晶は興味深々だったけど、私は関係ない事ではしゃげるほど子供じゃない。
 ちなみに、この結界を設営した後すぐに毒人形が現れた。
 空気読み過ぎてて逆に読んでない。そりゃ晶も体育座りしていじけるわ。

「コンパロ~、コンパロ~」

「コンパロ~、コンパロ~」

「……ねぇアリス、本当にこのままあの子を観察し続けるの?」

 観察開始から数分後、早々と晶が限界を告げた。
 いや、晶の気持ちはわかる。
 さっきからあの毒人形、全然何もしていない。
 動きが無いと言うか、同じ動きを何回も繰り返している感じだ。
 もう妖怪人形を見に来たのか、自動人形を見に来たのか分からなくなってきたね。

「何をしてるのかしら、ここからじゃちょっと分からないわね」

「この面子で唯一面識のあるてゐさん、あの子が何をしてるか分かる?」

「面識あるだけで相手の何もかもが分かるなら、戦争は起きない」

「マモリタイミライガアルンダー」

「……おっしゃる通りで」

 何度も言うが、私とあの毒人形の接点は例の異変時の出会いのみである。
 毒を操るあの能力は大変魅力的だったが、利用するには性格がちょっとめんど――いや、毒は危ないからね、うん。

「話しかけてみるべきかしら……うーん」

「なにか、会話するための材料みたいなものがあればいいんだけど」

 事前に相手が見敵必殺する奴だと分かっているため、晶もアリスも次の行動に移れないでいた。
 根がお人よしな奴らだからねー。平和的な方法ばっか考えてるんだろう。
 しょーがないなー、ここは私が悪役になって上げようか。
 や、別に見るの飽きてきたとか関係ないよ? 全然関係ないからね?

「ねーねー晶、ちょっとそこに立ってー」

「そこって……結界の端に? 何で?」

「良いから良いから」

「凄くイヤな予感がするんですが」

「それでも律義に立つんだね」

 その素直さはある意味尊敬に値するよ。真似する気は無いけど。
 不安げにこちらを向いたまま、結界の端に立った晶。
 私はその晶に近づき、お腹の部分に手を添えた。
 うわっ、コイツってば全然脂肪が無い。ここまで細いと身体が心配になってくるね。
 ……まー、今心配すべき晶のその後なんだろうけど。
 そしてそのまま私は、晶を勢いよく押し出した。

「えっ?」

 突然の事に対応できず、たたらを踏みながら結界から出ていく晶。
 当然、いきなり現れたそいつを見逃すほど毒人形は甘くない。

「あー、人間だーっ!!」

「えっ? えっ?」

 コンパロコンパロ言うのを止め、晶ににじり寄る毒人形。
 当然敵意は満載だ。和やかにお話できる雰囲気は微塵も感じられない。
 一方の晶は、何が起こっているのか分からず混乱しきっていた。
 あ、それは隣に居る人形遣いも同じか。

「ちょ、な、なにやってるのよ!?」

「何って……会話のための材料」

「ッテユーカ、ヒトミゴクウ?」

「会話どころか弾幕ごっこが始まりそうよ! どうする気なの!?」

「弾幕ごっこさせるんだよ。幾ら喧嘩っ早い奴でも、負けた直後に同じ相手へ喧嘩売るはずが無いでしょ?」
 
 極稀にそういう事をするのもいるけど、そういう奴は何度やっても負けるから問題は無い。

「いわゆる『用件は拳で聞く』って奴だよ」

「アクマラシイヤリカタデ、ハナシヲキイテモラウカラー」

「……出来れば、もう少し穏便なやり方にして欲しかったわ」

 アリスは甘いなー。ししょーなら、うどんげ使って八百長仕組むくらいするのに。
 共存できないなら隷属させる。乱暴だけど、一番手っ取り早いやり方だよ。
 まー、何事も早ければ良いってもんじゃないという好例にもなる方法だけどねー、実行しておいてアレだけど。

「どっちにしろ今から軌道変更するのは無理だよ。相手もやる気満々みたいだし」

「スーさん、人間が来たよ。やっつけないとっ!!」

「問答無用にも程がある!?」

「――貴女、ああなると分かっていたから晶を押したでしょ」

「当たり前じゃん」

 毒人形が人間を嫌っているって話は、前にブン屋の新聞で見たからね。
 半信半疑だったけど、あの様子じゃビンゴっぽいなー。

「さぁ、後は晶があの毒人形をボコればオッケー! がんばれ晶ぁー!」

「……さりげなく花の異変での事を根に持ってない?」

 はて、何のことやら。てゐちゃんは公明正大がモットーですよ。
 私達が呑気に話している間にも、晶と毒人形の会話は進んでいく。
 会話って言うか……一方的な喧嘩の押し売り?
 晶も何とか口を挟もうとしているけど、全然相手にしてもらえていない。
 あ、困ったようにこっちを見てる。そうか、この結界にいると会話も聞こえてこないんだ。

「とりあえず、晶にするべき事を伝えた方が良くない?」

「……そうするしかないわね。上海、晶の事をフォローしてきて」

「シカタネーナ」

 アリスの人形が晶の隣へ移動する。
 救いの手を得た晶は安堵の表情を浮かべるけど、上海を通じて聞こえてきたアリスの説明にすぐさま顔色を曇らせた。
 こらこら、半泣きでこっちを見ないの。ちょっと良心が痛むでしょーが。

「や、やっぱり別の方法にした方がいいんじゃないかしら」

「無理だと思うよ? もう始まるみたいだし」

「覚悟しろ人間! 人形解放のための人柱になってもらうわよ!!」

「僕を倒す事と人形を解放する事に何の関係が!?」

「カゼガフケバオケヤガモウカル」

「遠大過ぎて起点の僕が浮かばれないよ!」

 何故やられる前提。晶ってば、地味に負け犬根性が沁みついてない?
 話は終わりだと言わんばかりに、毒人形が大量の弾丸をばら撒き始めた。
 晶は上海を抱え、横っ跳びで弾幕を回避する。
 そして弾丸は、そのまままっすぐこちらに―――

「アリス、一つ確認」

「弾は素通しよ」

「対弾幕防御希望! 対弾幕ぼーぎょー!!」

「これくらいグレイズして避けなさいよ」

 そう言って、最小限の動きで襲いかかる弾幕を避けるアリス。
 出来ない事は無いけど、こっちは基本頭脳労働専門なの! あんま無茶ぶりしないで!!
 ……って、そういえばあっちも頭脳労働寄りだった。
 ちくしょう、これだから文武両道キャラは。
 魔法陣の中で必死に弾幕を避けながら、私は心の中で悪態をつく。
 とりあえず晶、この状況を何とかしてよ!
 
「や、やるしかないのかなぁ」

『ここまで来たらしょうがないわ。叩きのめして協力するように‘お願い’して頂戴』

「上海通じてアリスが言ってるって考えると二重に怖い!」

『ただし、色々話したいから加減はしなさいよ。万が一身体に差し支えるような重大なダメージを与えたら……捻るわ』

「五重に怖い!?」

 そう言いながらも、晶はスペルカードを構える。
 姫の時も思ったけど、晶って無駄に無茶振りに慣れてるよね。
 常時無茶を言う妖怪が傍に居るのだろうか。
 ……該当者多いなー、晶の周り。

「ええいっ、やってやる! ―――模倣「マスタースパ」

『指示して早々何やってんのよ!』

「キミガナクマデナグルノヲヤメナイ!」

「げふぅっ!?」

 発動の直前、抱えた上海に弾幕を喰らい吹っ飛ぶ晶。
 それでも上海を抱えたままなのがシュールだ。
 首が曲がるような勢いで頭から地面に突っ込むその姿に、攻撃していた毒人形もさすがに絶句する。
 ……アイツの視点からだと、いきなり対戦相手が爆発したように見えるんだろうなー。
 
「な、なに? スーさん何かしたの? え、知らない? でも……」

「あー、死ぬかと思った」

「ひゃぁぁぁあっ!? ゾンビぃぃぃぃっ!?」

 復活はやいなー。今の上海の弾幕、下級妖怪なら余裕でピチュる威力があったよ?
 それにしても、人間にビックリする妖怪ってのも随分とおかしな話だ。
 いや、相手が‘アレ’だからしょうがないとは思うけどさ。

「今のはちょっと酷くないですか、アリスさん」

『私のアーティフルサクリファイスに耐えられたんだから、ただの弾幕ぐらい楽勝でしょう?』

「耐えられるのと痛くないのとは別です!」

『相手は痛い上に耐えられないのよ! いきなりマスタースパークなんて大技使わないのっ!!』

「使わないのって……使えるスペルカードに制限まで入るんっすか」

「ジンセイアキラメガカンジン」

「いちいちツッコミが重たいです、上海さん」

 晶が、発動するはずだったスペルカードを懐にしまう。
 さすがにあの止め方は乱暴だったと思うけど、言い分としてはアリスの方に分がある。
 マスタースパークは破壊力を重視したスペルカード。その威力は、幻想郷でも一、二を争うほど強烈だ。
 本人曰く、「面変化」の時よりはダメージが落ちるらしいけどね。
 それでもあの毒人形を倒すのに、十分すぎる程威力があることには変わりない。
 平たく言えばオーバーキル。加減しろって言われたのに何でそんなスペルカード選ぶかね。
 
『ちゃんと相手に合わせて加減しなさい! 言っとくけど、相手はアンタより弱いのよ!』

「格下である事と勝てる事は別物だと思うんだ、僕」

『何で形振り構ってないのよ!?』

 毎回、勝てそうに無い相手とばっかやり合ってきたんだろう。
 全力全開が癖になってるね、こりゃ。
 とは言え、本気で潰しにかかられてもなー。
 さすがにマズイと思ったのか、アリスも苦々しげに言葉を続けた。

『ならせめて、低威力の技でダメージを与え続けるようにしなさいよ。そうすれば、丁度良く攻撃を止められるでしょう?』

「なるほど……うん、分かった!」

『……大丈夫よね』

「ムリナンジャネーノ」

 ほんと、変なとこ頭悪いもんねー。どこまで分かってるやら。
 アリスの言葉に頷いた晶は、仕切りなおすように氷の翼を生み出した。
 それに合わせ、今まで呆けていた毒人形も行動を開始する。

「こ、このゾンビ人間め。次こそは!」

 毒人形が晶に向けて手を構え、弾幕を発射する姿勢に入った。
 しかし、そいつに出来たのはそこまで。
 弾を放とうとする僅かな間で、晶は毒人形との距離をゼロにしていた。
 その手には、一枚のスペルカードが握られている。

「え―――っ!?」

「―――模倣「破山」

『何も分かってないじゃない!』

「ジャジャンケン! グー!」

「こぶしっ!?」

 氷翼にひっついていた上海の拳が、晶の後頭部に決められる。
 かなりの魔力が籠められていたようで、晶の身体が面白くらいにバウンドして跳ね飛んだ。

「ひぎゃんっ!?」

「こ、今度は何? はっ! まさかそこの貴女、私に協力してくれるの!?」

「カンチガイスルナ、オマエヲタオスノハオレノヤクメダ」

「……貴女も貴女で、人形解放のために戦ってるの?」

 再度頭から地面に突っ込んでいった晶をよそに、トンチンカンな会話を続ける人形連中。
 そっか、アリスの姿が見えないから、毒人形の目には上海が独立して動いている人形に見えているんだね。
 意味の無い事を口にする上海と、何とかそれに整合性をつけようとしている毒人形。
 見ていて楽しいけど、それ以上に疲れるやり取りだ。

「ううっ、今のもダメだなんて……幾らなんでも条件がキツ過ぎやしませんか」

 全速力のまま突っ込んだ勢いで殴る事を『加減』と言うのなら、そうだろうねー。
 困ったように頭を抱える晶だけど、あんまり可哀想だとは思わない。
 何度も言うようだけど、全力全開は自重しろっての。

「―――あっ、そうか!! スペルカードを使うからこうなるんだ! 通常弾幕だけで戦えば良いのか!!」

 ……気付くの遅いよ。
 誰もが真っ先に思いつくやり方に、今更思い当たる腋メイド。
 氷翼を解除し氷のナイフを両手いっぱいに用意して、晶は毒人形に相対した。
 ふぅ、良かった。ようやく毒人形置いてけぼりの調教タイムを見る事から解放されるみたいだね。
 
「まだ生きてる。なんて頑丈なのかしら、あの人間」

「オレハフジミダー」

「不死身? そんな人間もいるのね。……困ったわ、死なない人間を殺せる毒はまだ無いのに」

 毒人形と上海のコントはまだ続いている。
 それにしても、少し毒人形の様子がおかしいな。
 以前はもうちょっと負けん気が強かった気がしたんだけど、今はヤケに態度が弱気だ。
 何か懸念事項でもあるのだろうか。
 そういえば、さっきから色々と違和感みたいなものがあるんだよね。
 ひょっとしてあの毒人形……。

「あの子、何だか様子がおかしいわね」

「あ、アリスも気付いてたんだ」

「大袈裟にしてた分を差し引いても、魔理沙の話と今のあの子の姿が噛み合わないのよ。それに……」

「それに?」

「スペルカード。幾らなんでも、この状況で使おうと言う素振りさえ見せないのはおかしいわ」

 なるほど、言われてみれば。
 上海が阻んだとは言え、晶が認識出来ない程の速さで毒人形に接敵した事に違いは無い。
 弾幕ごっこにおいてその速度は、警戒に値する脅威となり得るもののはずだ。
 それが理解できない程、あの毒人形は愚かなのだろうか?

「使えないのか、使わないのか――どっちにしろ、もう少し様子を見るべきだね」

「そうね。晶にはしばらく攻撃を控えてもらって……」

「いや、自分第一のてゐちゃんでも、さすがにそれは酷いと思っちゃうよ?」

 わりと普通にこなせそうな気もするけど、この上でさらに締め付けるのはダメじゃないかな。
 ノーボムノーショットプレイは、ぶっちゃけただの拷問だっての。

「……あれでも?」

 アリスが指差す先にいるのは、ナイフを構える晶の姿が……って、うわー。
 それだけでは無かった。いつの間にやら晶の周辺―――いや、鈴蘭畑全体には、氷のオブジェが乱立している。
 剣、槍、鎌、槌、斧、多種多様な武器を模した氷が、無造作に転がっていた。
 もっともそれだけならそれは、ただの氷にしか過ぎない。そう、‘晶以外’には。

「さて、準備は万端。ちょっと派手に行くよ!」

「――っ!」

 晶が手元のナイフをばら撒く。気で強化されたそれを、毒人形は必死に避けた。
 しかし、晶の追撃は止まらない。
 毒人形の眼前に、体躯と同程度の大きさの斧が迫る。

「く、くぅっ」

 スレスレで回避したのを確認し、晶が近くにあった氷の刃を手に取った。
 ……なんとも、エゲツない攻撃の仕方をするものだ。
 そこらへんに突き刺さった武器は、そのままでは何の役にも立たないただの障害物でしかない。
 しかし、「気」による強化が加われば話は違う。
 アイツが手に持った瞬間、氷で出来た偽物のオブジェは本物の武器へと変わるのだ。
 つまりこの武器の畑ともいうべき光景は、晶にとっては利となり、毒人形にとっては害となる‘仕掛け’なのである。
 実に厭らしい。それも、本人は天然でやっているから尚の事タチが悪い。
 いや、確かにそれは「通常弾幕」の範疇に入るやり方かもしれないけどさ。
 その制限された状況下で常に全力を尽くすという性分は、結局直らないのかい?

「うん、攻撃禁止プレイさせた方がいいみたいだねー」

「そうね。上海、晶に近づいて――」

「あ、やばっ」

 刃を放り投げた晶が、新たに氷で武器を形成する。
 両手で抱えるほど巨大なそれは、モーニングスター状の武器に見える。……遠目だと。
 しかし私達の位置からだと丸見えなんだけど、その武器はなんと『無数のナイフ』で構成されていた。
 なるほど、つまりこれはアレだね。
 投げつけたあの氷球を毒人形が避けたら、炸裂弾みたいにナイフをバラして不意打ちしてやろうと。

「アリスはやくはーやーくー! あの加減を知らない腋メイドに鉄槌をーっ!!」

「分かってるわ。……うん、三度目は気を遣わなくても良いわよね。上海、スペルカード使うわよ」

「キミハイキノコルコトガデキルカー」

 上海が両腕を突き出す。恐らくは圧縮した魔力の塊をぶつける気なんだろう。
 しかしアリスがスペルカードを宣誓するよりも早く、氷の刃を回避した毒人形が動きだした。

「スーさん、コイツ強いよ。お願いだから力を貸して……」

 目に見える程強烈な毒が、彼女の周辺に溢れていく。
 その光景に、私は見覚えがあった。
 あれは、毒人形――メディスン・メランコリーが力を振るうための前準備だ。
 毒が集束し、弾丸を形成していく。
 それを確認した晶は、武器を捨て相手の行動に備えた。
 
「大丈夫……一発くらいなら。そうだよね、スーさん」

 そして、毒人形のスペルカードが発動される。



 ―――――――毒符「神経の毒」



 拡散する毒の弾幕。
 それに対し晶は、氷の壁を隆起させ防御を試みる。

「掟破りの以下略!」

 そっちを省略するんかい。
 せり上がった氷壁は、毒の弾幕を受け止めた。二つの力が我慢比べのような態勢で拮抗する。
 ……ちなみに、当然の事ながら毒人形の弾幕はこちらにもガンガン流れてきた。

「使えたと言う事は、やっぱり手を抜いてたのかしら」

「グレイズしながら考察してないで、とっとと弾幕を防御してよーっ!」

 何で戦闘中の晶より、こっちの方が危険なのさ。
 理不尽な状況に文句を言いつつ、私もしっかりと毒の弾幕を回避していく。
 とはいえ、このまま避け続けるのは辛すぎる。
 早くスペルブレイクするなり攻略するなりしてもらわないと、私が最初の被害者になってしまう。

「あーもう、守りに入ってないでとっととスペルカードでも何でも使ってよ晶ー!」
 
 身も蓋もない事をボヤきながら回避を続ける私。しかし、拮抗した場はまったく動く様子を見せない。
 こりゃ逃げ出した方が早いかなー。等と考え始めたその時、固まっていた場が動き始めた。
 毒人形の弾幕が、いきなり止んでしまったのだ。

「え?」

「はわわ?」

「おや?」

「ス、スーさん」

 弾幕を放ったままの姿勢で、毒人形が顔を青くする。
 その表情は、この世の終わりに瀕したかのような絶望的なものだった。
 ……いや、それだけじゃない。
 毒人形の身体からは、生気が失われつつある気がする。

「―――――っ!」

 はたして、その驚きの言葉は誰のものだったのか。
 顔を真っ青にした毒人形は、文字通り糸の切れた人形のようにゆっくりと倒れてしまったのだった。





 ―――えっと、これってどういう事なの?


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】

山田「本業ほっといて絶賛自宅警備中の山田をよろしくお願いします」

死神A「どこまで他人の定番ネタを奪い取る気ですか。つーか、閻魔がニートにならないでください」

山田「私のやり方にケチをつけると、「拾ってください」と書かれた段ボールに入ってミィミィ鳴いてきますよ」

死神A「そういう需要がありそうなボケは止めてください! ああもう、とっとと質問行きますよ」


 Q:晶は咲夜さんの能力なんかは視認できるんでしょうか?


死神A「そうですねー、時を操ってる所なんて目視出来ないんじゃないですか?」

山田「いえ、そんなに難しく考えなくて良いんですよ。それこそ、彼女が時を止めナイフを停止させている所を目撃しただけでも問題は無いです」

死神A「ありゃ、意外と簡単なんですね」

山田「何も驚くべきことではありません。能力発動の条件が司る意味を考えれば、それはむしろ自然な事と言えるでしょう」

死神A「あの条件に意味なんてあったんっすか?」

山田「ありますとも。三つの条件はそれぞれ、開始、経過、結果の三つを表しています」

山田「能力の名を知ることで、いかなる力が生まれるのかを。概念を理解することで、如何にしてその力が流動するかを」

山田「そして能力を視認することで、変化した力が起こした結果を覚える事が出来るのです」

死神A「つまり三つの条件は、能力を覚えるために必要な最低限の条件を表しているんですか」

山田「その通りです。故に、結果を理解する事が出来るのなら、断片的な情報でも十分条件足りうるのです」

死神A「逆に言うと、どんだけモロな結果でも晶が理解できなけりゃ何の意味もないと」

山田「そういう事です。理解とは、自己満足的な妥協点を探る事でもあります。どれほど真を見極めようと、自己を挟んだ時点でそれは幾分か歪んでしまっているのです」

死神A「……噛み砕いて説明してください」

山田「ようするに ← 要約出来てない」

死神A「それは……違いませんか?」

山田「次行ってみましょう」


 Q:スキルコピーで知識や経験がコピーできないなら、パチュリーのような魔法使いとの相性は悪くないですか?


山田「悪いですね。使いこなすのに一番時間がかかりますよ」

死神A「ありゃあっさり。その割には、七曜の魔法使いは随分晶を警戒してるようですが」

山田「分かっていませんね。そういう問題じゃないんですよ」

死神A「……つーと?」

山田「ゲームで例えるなら、晶君のスキルコピーと言うのはセーブデータをそのまま移植するような行為なのです」

山田「ストーリーの進み具合も、装備品も、覚えた魔法も全部コピーされてしまう」

山田「プレイヤーは変わってしまうので、次にどこの町へ行けばいいのかも、魔法や装備の使い道等も分からなくなってしまいますが」

山田「コピーされたプレイヤーにとっては、「そこまで進めた努力」を全て台無しにされた事が問題となるのです」

死神A「はーなるほどー。じゃあスペルコピーは、さしずめゲームの武器やら魔法の一部を譲渡してもらうノリですかね」

山田「そういう事です。レベル3コラッタとレベル85ゴローニャを交換してもらって、オレTueeeee! するようなものですね」

死神A「……イマイチ分かりにくいっす。つーかレベル3コラッタ提供してる時点でスペルコピーとは違うでしょう」

山田「死神A減給」

死神A「いやー、しょうがないっすよね! そこはシステム上の問題っすから!! よっ! 山田様のたとエンマキング!!」

山田「ボーナス半分カット」

死神A「………今のは自分でもダメだったと思います」


 Q:スキルコピーの条件は、同時に満たす必要があるんですか?


山田「さて、次の質問ですが」

死神A「フォローすら無しっすか」

山田「(無視)答えは是です。スキルコピーをするためには、三つの条件を全て同時に満たさないといけません」

死神A「ま、三つの条件にそれぞれ意味があるんですから、しょうがないですよね」

山田「視認以外の条件は、記憶力の問題ですから維持させる事は可能です。なのでややこしくなりがちですが、あくまでコピーの条件は『同時』となります」

死神A「ちなみに、質問にあった「二つの条件を満たした後で遅れて概念を理解した」場合は、どうなるんですかね?」

山田「もう一度現象を視認してください。としか言えませんね」

死神A「マジで手順踏みなおしなんですねー」

山田「そりゃそうです。本編でも言われてますが、『基本面倒臭い』能力ですから」

死神A「なるほどなるほど」

山田「さて、質問も片付いたので、恒例となったサボりタイムに入りますか。冬眠するので止めないでくださいよ」

死神A「だから他人のネタを取り入れまくるのは止めてくださいって! しかも、時系列的に今は秋っすよ!!」

山田「秋姉妹の事かぁーーーーーっ!!!」

死神A「いや、まぁ、確かに秋姉妹出てきますけど、風神録的な意味ではなくてですね」

山田「メタ発言は止めてください」

死神A「このコーナーそのものに対する反発は止めてくださいよぉーっ!!」



 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[8576] 東方天晶花 巻の四十四「この瞳を、どうしてにごしてよいものか」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/21 02:31


巻の四十四「この瞳を、どうしてにごしてよいものか」




 ゆっくりと、あの子が倒れていく。
 その姿を確認した瞬間、私は全てを忘れ駆け出していた。

「ちょ、アリス!?」

 てゐの静止が聞こえてきても、とてもじゃないが止まる気になれない。
 土台無理な話なのだ。人形遣いアリス・マーガトロイドが、人形の危機を見逃すなんて事は。
 倒れた理由は、近づいてすぐに分かった。
 明らかに乏しい霊力の量。ここまで弱った状況で無理をしてしまえば、倒れてしまうのも道理と言えよう。

「ど、どうしよう。110!? 119!? 117!?」

「ちょっと黙ってて。……人形の部分には問題無いみたいね」

 おかしな数字を羅列させる晶を宥め、私は彼女の身体を簡単に調べてみる。
 妖怪化の影響で変質したかと思われていたその身体は、大型のビスクドールとさして変わらなかった。
 所々手入れの足りない部分も見つけたが、今の不調とはあまり関係無さそうだ。

「そうなると、問題は別の部分?」

 だとしたらお手上げだ。魔法使いとして多様な知識を持っている私でも、妖怪の身体は専門外過ぎる。
 誰か、そう言った事に精通した者がいれば――って、すぐ近くに居るじゃないの!

「てゐ! 今すぐこっちに来てっ!! この子を診て欲しいの!」

「はいはい、そうなるんじゃないかと思ってましたよ」

 ため息交じりに、魔法陣からてゐが現れた。
 その不遜な態度が今は頼もしい。
 彼女は、私の隣に座って診察を始める。
 脈拍を測り、目を覗き込み、心音を図り、てゐは私達に厳かな態度で告げた。

「さっぱり分かりま千円♪」

「――上海、グーで」

「うそうそ冗談だって、だから上海をけしかけないでよ」

「さすがに今のは僕もイラッときた」

「もう、ジョークの通じない連中なんだから」

 肩を竦めるてゐに殺意が湧いたのは、焦っているからだけではあるまい。
 私達の軽い殺意に気がついたのか、冷や汗を垂らしたてゐは佇まいを直した。

「実を言うと、診る前からおおよその見当はついてたんだよね」

「……それならそうと早く言いなさいよ」

「言う前にそっちが怒ったんじゃん。余裕の無い子はてゐちゃん嫌いよ?」

「………」

「………」

「そ、それで、倒れた原因なんですがね」

 今この状況でボケる事がどれだけ危険か、分かってもらえて良かったわ。

「多分、毒だよ」

「……毒?」

「そ、毒。と言っても毒が回ったって意味じゃないよ? 毒が‘足りない’って意味さ」

 確かに毒の妖怪であり人形の身体である彼女に、毒が回ると言う事はありえないだろう。
 しかし、毒が足りないと言うのはどういう事なのだろうか。

「さっきからずーっと気になってたんだよね。ここ、私が以前来た時より鈴蘭の毒が薄くなってたから」

「貴女が無名の丘に来たのは花の異変の時でしょ? 今は鈴蘭が咲く季節でも無いし、毒が薄くなっているのはむしろ当然じゃないの」

「私も最初はそう思ったんだけどねー。なんか違うんだよ。そもそも、この畑自体から生気を感じないと言うか」

「言われてみれば……なら、この子が弱った原因も」

「力の源である毒が手に入らなくなったから、じゃないかな」

 それは充分にあり得る事だ。
 この子が無名の丘を拠点としている理由も、鈴蘭の毒が必要だからだと考えれば納得できる。
 ならあのコンパロは、毒を集めるための儀式なのかしら。……そこらへんは、本人に聞いてみないと分からないわね。

「けど、どうしてそこまで鈴蘭が弱ってしまったのかしら」

「さぁーねー? 少なくとも、晶がトドメ刺した事は確かだけど」

「え!? な、なんで僕?」

「あっち」

 そういっててゐが指差したのは、先ほどまで弾幕ごっこが行われていた場所。
 そこでは使われず放置されていた無数のオブジェが、鈴蘭畑に突き刺さったままとなっている。
 氷で出来ているオブジェは、冷気を容赦なく周囲に撒き散らす。
 当然の話だが、それは植物に耐えられる代物ではない。

「倒れた原因の半分くらいは、晶にあるんじゃないの?」

「にょえわおぁぁぁああ!?」

「あ、晶! 今すぐアレ何とかしなさいっ!! ほら、今すぐ抜いてっ!」
 
「ゴメン。あそこまで広げちゃうと、ここから操るのはちょっと」

「……どうしてアンタは、そう後先考えないのよ!」

「いやもう色々とスイマセン。その、とりあえず氷の武器を回収してきますっ」

 駆け出した晶が、すさまじい速さで氷のオブジェを抜き取っていく。
 同時に冷えた空気も回収しているようだが、それでも鈴蘭達には焼け石に水と言った様子だ。

「まったく晶の奴、いちいちトラブルを呼び込むんだから」

「まーまー。確かに晶は原因の半分を担ってるけどさ、残り半分の原因は間違いなくこの毒人形自身にあると思うよ」

「あら、何か分かったの?」

「いんや。だけど外傷は無いし、何かの影響を受けた様子も見られない。他に理由が考えられないんだよねー」

 確かに私もこの子や鈴蘭からは、魔術的な外因等を感じられない。
 なら衰弱した理由は、彼女自身か鈴蘭にあると考えた方が自然だろう。
 しかしそれはそれで困った事になる。原因を聞こうにも、当の本人は話せない程衰弱しきっているのだから。

「せめて、少しでも話せるようになれればいいんだけど……」

「話せるようにって言ってもねー。なに? 彼女に毒を補給出来るような魔法とか知ってるの?」

「植物操作系の魔法はさすがに専門外よ。鈴蘭を回復させるなら、フラワーマスターに頼むくらいしか方法が無いでしょうね」

「フラワーマスターかぁ……無理っぽいなー」

 妖怪のお手本みたいな奴だものね。そもそも、私達の話を聞いてくれる気があるのやら。
 とは言え、今もっとも頼れる相手が彼女である事に違いは無い。
 多少吹っかけられる事を覚悟してでも、話ぐらいは持ちかけてみましょうか。
 ……しかし、私が全力で飛ばしてもここから紅魔館に辿り着くまで四半刻ほどかかってしまう。
 それだけの時間彼女を放置するわけにはいかない。何より、それだけ時間をかけても助けてもらえる保証は無いのだ。

「さて、どうしたものかしらね」

「―――幽香さんに話をつけるなら、僕がひとっ飛び行ってこようか?」

「へっ?」

「おや」

 いつの間にか、氷の武器を全て回収した晶が背後に立っていた。
 使い捨てなんだから消せばいいのに、オブジェは律義に抱えたままだ。
 いやいや、問題はそこじゃないわ。

「話つけるって、アナタが?」

「うん。この中で一番早いのは僕でしょ? いざって時は能力を覚えてくれば良いし、適任じゃないかなーって」

「そういや、晶はフラワーマスターとも仲良かったもんね」

 ……意外な所に適役が居たわね。
 自信ありげに胸を張り、その結果手持ちの氷をポロポロ落とす腋メイド。
 だからとっとと片づけなさいって、何でわざわざ拾ってるのよ。しかも拾う時に他の落としてるじゃないの。
 そんな間抜けな態度をとり続けられたら、どれだけ信頼してても任せたくなくなるわよ。

「そういう事ならお願いするけど……本当に大丈夫なんでしょうね。移動中にうっかり何かに捕まったりしないでよ?」

「しないしない、大丈夫だって! ―――ただ」

「ただ、なによ」

「僕が生きて帰ってこれなかったら、幻想郷の土になったと思ってください」

「その発言がネタでもマジでも、とりあえずブン殴るわ」

「カワカズ カツエズ ムニカエレ-!」

「れむりあっ!?」

 自分の拳で相手を殴る気になったのは本当に久しぶりだ。
 私は怒りと焦りがないまぜになった勢いで、思いっきり晶にパンチをお見舞いしたのだった。
 ……物凄く痛かった、主に私の手が。










 冷気が無くなった事で、鈴蘭も少しは元気を取り戻したのだろう。
 彼女の容態は、少なくとも多少の楽観視が出来る程度には回復していた。
 
「ところでさ、残った私達に何か出来る事あんの?」

「あるわよ。てゐ、あなた薬を幾つか持ってきたでしょ」

「そりゃ、相手が相手だからね。解毒薬の類は結構持ってきたけど……なに? トドメ刺すの?」

「そうじゃないわよ。言うでしょ? ‘薬も過ぎれば毒となる’って」

「ああ、なるほど」

 薬とは、人間に有益な効果を生み出すよう組み合わされた毒だ。
 量や配合を少しでも間違えれば、薬は即座に本来の姿を取り戻す。
 まさか「間違えた方」が必要になるとは、思いもしなかったけれどね。

「良いアイディアだけど、困った事が一つ」

「……何よ」

「劇物になる薬草って、レア度が高いから値段が張るんだよね。しかも毒生成だと量多く使うからさー」

「代金は私に請求してちょうだい。少しくらい吹っかけても文句は言わないわよ」

「まいどあり~♪」

「イイエガオダナー」

 ほんと、その一貫した態度はいっそ清々しいくらいね。
 携帯していた道具を取り出し、てゐは迷いの無い手つきで毒を調合していく――あら?

「……やけに手慣れてるわね。作ってるのは毒でしょ?」

「え? てゐちゃん何の事だかわかんなーい」

 コイツ、平時から似たような事やってるわね。
 淀みない動きのてゐに、呆れとも尊敬とも言い難い感情が湧いてくる。
 永遠亭の連中、苦労してるんでしょうね……。
 いつもこんな奴を相手にしている彼女らに、少しばかり同情の念が湧いてしまった。

「………うぅっ」

「あら、気が付いたみたいね」

「イノチビロイシタナ-」

「……貴女、誰?」

「この子の使い手をやってる人形遣いよ。アリス・マーガトロイド、アリスで良いわ」

「―――人形、遣いっ!」

 目を見開いた彼女は、身体を起こして私に掴みかかろうとする。
 しかし、意識が戻っても彼女の身体は弱ったまま。
 私の襟首を掴む事は出来ても、そこから次の動きにつなげる事はまだ出来ないみたいだ。

「落ち着きなさい。貴女は弱っている。今ここで私に襲いかかれば、最悪命を落としかねないわよ」

「………」

「今、私の友人が貴女を救うために動いている。襲いかかるのはソイツが帰ってきてからでも遅く無いわ」

「襲いかかってくるのはアリなんだ」

「恩義を押し売りして、この子の心を縛る気は無いわよ。……嫌いなんでしょう? 人間や、私のような人形遣いが」

 彼女の出生理由を考えれば、その嫌悪も納得出来る。
 使い手の傲慢さを象徴するような、一方的な終わりの通告。
 鈴蘭畑に打ち捨てられ、毒を喰らい妖怪化していった彼女がそこで何を思ったのか。
 私には分からないが――それは決して、ポジティブな感情では無かったはずだ。
 そして私は、そんな彼女の想いを否定するつもりは無い。

「殺したいほど私が憎いのなら、気が済むまでその怒りに付き合ってあげるわ。だけど今だけは自分の身体を一番に考えて」

「……どう……して?」

「私が人形遣いで、貴女が人形だからよ」

「……なにそれ、わけわかんない」

「そうね。ワケわからないわね、私」

「ベ、ベツニアンタノタメジャナインダカラネ」

 冷静な「魔法使い」のアリスも、私の行為を偽善だと嘲っている。
 死にかけているコイツを助けた所で、恨まれる事はあっても感謝される事は無いと。
 ―――けど、それがどうした。
 この子を助ける事が偽善だと言うのなら、喜んでそのレッテルを張られてやろう。
 恨まれる? 上等だ、好きなだけ私を恨めばいい。
 弾幕ごっこだろうが殺し合いだろうが、百年でも二百年でも付き合ってやる。
 
「だけど、私は貴女を助けたい、その気持ちだけは分かって。恨んでも嫌っても、憎んでもいいから」
 
「……ばか?」

「ええ、馬鹿よ。そんな馬鹿の言う事は信じられないかしら」

「…………分かんない」

 そう呟いて、彼女は私の襟から手を離した。
 彼女は上半身を起こしたまま、不思議そうな顔で私の目をじっと見つめてくる。
 逸らす理由は無い。私もまっすぐ彼女の目を見つめ返した。
 あ、なんで顔逸らすのよ。顔赤くして恥ずかしがるくらいなら、初めから見るの止めなさいって。

「はいはい。見つめあう余裕があるなら、こっちを向いた向いた」

「……この前の、兎?」

「そーだよ、アンタが毒殺しかけたウサギちゃんです。今はそこの魔法使いさんのお手伝いしてるから、殺さないでよ?」

「………ほんと?」

 さすがてゐ、早々と自分を安寧なポジションに置いたわね。
 とは言え実際手伝ってもらっているようなモノなので、彼女が向ける疑惑の視線には肯定を返しておいた。

「……分かった、殺さない」
 
「それは重畳。じゃあコレ、はい」

「……これって」

 てゐが彼女に白い紙包みを手渡す。
 凄い、匂いだけでも相当な毒だと分かる程の代物だ。
 ……てゐの奴、結構気合い入れて作ったわね。
 これは、請求書の額をある程度覚悟しておいた方が良いかもしれない。

「人間だったらイチコロだけど、アンタにとっては栄養剤でしょ?」

「………くれるの?」

「そういう依頼だからねー。あ、お代はそこの魔法使いさんから貰う予定なんで、涙流してありがたがれや」

「………え」

「勝手に売る予定の無い恩を押しつけるな! 貴女も、気にしなくて良いわ。これは私の個人的な趣味なんだからね」

「………でも」

 彼女は、てゐから渡された包みを困ったように眺めている。
 ああもう! 幾ら私が嫌いだからって、自分の命がかかっている時に変な遠慮しないでよ!

「なら、こうしましょう。それをあげる代わり、貴女は私の友人に手を出さない。悪くない条件だと思うけど?」

「……友達?」

「さっき貴女が弾幕ごっこを仕掛けた人間よ。かなり荒っぽい奴だけど、約束してくれればあっちも貴女に危害は与えないわ」

「…………人間」

 さすがに、ちょっとムシの良い提案だったかしら。
 とは言えこれ以上晶に襲いかかられるのは、ちょっと困るのよね。
 アイツは手加減の‘て’の字も知らないから、出来れば攻撃対象を私だけに絞って欲しいんだけど。
 やっぱり無理かしらね。そうなると、やっぱり晶に頼んで……。

「……えと、ア、ア」

「さっきも言ったけど、アリスで良いわよ」

「……ア、アリス」

「なにかしら?」

「……アリスの友達なら、攻撃しないわ」

「そう、ありがとう」

 良かった。少なくともこれで、晶にコソコソしてもらう理由は無くなった。
 何となく今の彼女の発言に聞き捨てならないものも感じたけど、多分気のせいでしょうね。

「それじゃあ貴女、早速それを……」

「………メディスン・メランコリー、メディスンって呼んで」

「えっと、メディスン。早速それを飲んでちょうだい」

「……うん、分かった」

 気のせいよね。メディスンが私を見る目がおかしかったとか、そんなこと無いわよね?
 ……ちょっとてゐ? 貴女何でそんなに笑ってるのよ。
 しかもご愁傷様とか聞こえてくるんだけど。それ、どういう意味なのかしら。
 私の問い詰める視線をてゐが巧妙に交わしている間に、メディスンは毒を飲み終えていた。
 完全な復活ではないが、それで立ち上がれるくらい元気にはなったらしい。
 そして、元気になった彼女は―――
 
「んー、アリスー!」

 何故か私に抱きついてきた。
 ……え、なんで?

「えへへ~、アリスぅ~」

「メ、メディスン? いきなりチョークスリーパーホールドで不意打ちするのは、弾幕ごっこの美学に反すると思うわ」

「ちょーく……? 私はアリスに抱きついているだけだよ?」

「わー、百合百合し――もとい、微笑ましいなー」

 棒読みで笑うな、そこの兎詐欺。こっちはそれどころじゃないのよ。
 ニコニコと私に絡んでくるメディスン。
 あれ? なんでこんなにこの子、私に懐いているの?

「人形遣いには、アリスみたいに良い人もいるんだね! 知らなかった!!」

「いや、私は別に良い人ってわけじゃ……」

「そうそう、凄い良い人。そんな魔法使いの手伝いやってるてゐちゃんも良い人、オッケー?」

「うん! てゐも良い人!! 私の事を助けてくれた!」

 ちょっと待ちなさいよ、そんなあからさまな詐欺台詞も信じるの!?
 この子、思っていた以上に素直だわ。下手な妖精よりも騙されやすいんじゃないかしら。
 馬鹿正直過ぎる彼女の態度に、思わず私は笑顔を引きつらせる。
 ……メディスンの見敵必殺な考え方は、意外と彼女の身を護っていたのかもしれないわね。
 ちょっとでも話し合う気があったら、この子どれだけ騙されていた事か。
 いえ、顔を合わせてすぐに攻撃していたから、こんなにも無垢になっちゃったのかしら?

「と、とりあえず、話を聞かせてもらってもいいかしら」

「なに? なんでも聞いて?」

「……協力的過ぎて泣きたくなるわね」

 とは言え、ここで忠告しても多分この子には伝わらないでしょうね。
 しょうがないから、倒れた原因の方を探りましょう。
 運良く私に懐いてくれているみたいだし、少しずつ考えを正していけばいいわよね。

「それで、貴女はどうして倒れてしまったの?」

 そんな事を考えながら、私はメディスンに問いかける。
 しかし彼女は私の質問に、何故か困惑して顔を俯かせてしまった。

「どうしたの? なにか、言い辛い事情が?」

「ううん、そうじゃないの。……分かんないんだ。ただ最近、急にスーさんが弱りだして」

「スーさんって、ここの鈴蘭の事?」

「うん。前にスーさん、凄く強くなった事があったんだけど……その後から、急に調子が悪くなっちゃったの」

 どうやら、彼女も不調の原因を測りかねているらしい。
 凄く強くなった。と言うのは、花の異変の事を言っているのだろう。
 しかし、それから調子が悪くなったと言うのはどういう事なのかしら?
 花畑に何かの細工がされて無い事は、先ほどすでに確認済みだ。
 やはり季節柄の問題? ……でも、この子はこの鈴蘭畑を拠点にして何年も過ごしていたのよね。
 今更花が咲かない時期に体調を崩したと言うのは、少しばかり無理がある気がする。

「―――ん? 花の異変の後?」

 同じような事を考えていたのだろう。顎に手を当て考え込んでいたてゐが、何かを思いついたように呟いた。
 彼女はその異変の際にメディスンと会っているから、何かに気付いたのかもしれないわね。

「ねーメディちん、ちょっと聞いて良い?」

「いいよー、なに?」 

「あの異変……つーかスーさんが「凄く強くなった時」さ、メディちんもかなり調子良くなったよね」

「うん! あの時は、ここから移動できるぐらいスーさんが強かったの!!」

「なるほど、ヨソにね……。じゃあその時だけど、他に何かなかった?」

「他に?」

「うん、外に出て誰かに会ったとか、何かしたとか」

「外では色んな人に会ったよ? 後は……そうだ、お花の毒をいっぱい吸ったんだ」

「お花って、鈴蘭の毒―――の事じゃないわよね」

 それなら彼女は「スーさん」と呼ぶだろう。そもそも、ここ以外に鈴蘭畑はないのだし。
 しかし、毒の空気を撒く花……他に群生していたモノがあったかしらね。
 私の知る限り、無名の丘以外で群生している毒の花は―――

「あ、ひょっとして彼岸花?」

「鎌持ってた人はそう言ってたね。そこの毒もたっぷり吸ったよー」

「うげ、やっぱり」

 私もてゐも、思わず顔をしかめる。
 彼岸花―――再思の道に咲き乱れるあの赤い花も、確かに立派な毒花だ。
 多くの忌名を持ち、強烈な毒を内包した、彼岸に咲く地獄の花。
 どうやら彼女は、花の異変をへてその毒も扱えるようになっていたらしい。
 うーん、「小さなスイートポイズン」の看板に偽りは無しか。 
 
「今ので分かった、メディちん衰弱の原因が」

「え? 今ので!? てゐ凄いねっ!」

「いやー、なんつーかね。分かってみると謎でも何でもなかったと言うか。ある意味分かり辛かったと言うか」

「どういう事?」

「ヒント、花の異変の時にメディちんはパワーアップした。スーさんは元に戻った」

 それ、ヒントって言うか事実をそのまま並べただけじゃない。
 だいたいメディスンはともかく、鈴蘭の力が増したのは花の異変の影響なんだから、元に戻って当然――
 えっ? ちょっと待って、鈴蘭‘だけが’元に戻った?

「さすがアリス、気付いたみたいだね」

「……何がヒントよ。ほとんど答えみたいなモノじゃない」

「それを人はヒントと言う」

「そういうアンタのは減らず口ね。勿体ぶらないで自分で解説しようと思わないの?」

「いやいや、道化役が解説役も兼任しちゃったら、アリスの役割無くなっちゃうじゃん」

「アリス、クウキカー?」

 そうやって、人に面倒な役割を押しつける算段でしょうが。
 ただでさえ貴方達のフォローで忙しいのに、変な役割まで押しつけないでくれない?
 とは言え、これ以上てゐは説明を続ける気は無いようだ。
 メディスンは期待の目で私達を見ているし……ここは私が解説役を引き受けるしかないみたいね。
 何だか、晶と会ってからこういう事ばっかりしてるわ、私。

「ねぇアリス、何がスーさんは何で調子が悪くなったの?」

「結論から言えば、鈴蘭……スーさん達の調子が悪くなったわけではないわ」

「そうなの?」

「ええ、原因はむしろ貴女にあるのよ」

 メディスン・メランコリーは、花の異変で最も力を得た妖怪だ。
 花の活性化により増した毒の影響を受けたことで、彼女の力は異常なまでに高まった。
 しかし、花の異変は治まった。異変で活性化していた花達は、当然それで本来のサイクルに戻ってしまう。
 ――ただ一人強くなってしまった、毒の妖怪を残して。

「メディスン。貴女、花の異変が終わった後も‘今までと同じ調子で’毒を集めてたでしょう?」

「……そうだけど?」

 ああ、やっぱりそうか。
 彼女は全然分かっていないんだ、自分が強くなった事に。
 力が増した事を計算に入れず毒を集めれば、今までどおりの力しかない鈴蘭達が弱るのは当然だ。

「つまるところ、貴女が衰弱した原因は」

「ただいま戻りましげぶるふぉっ!?」

「―――アレと同じで、加減を知らなかった事にあるのよ」

 最高速で飛来し、減速できず頭から地面に激突する馬鹿一人。
 以前全く同じうっかりを私の家の前でした事、忘れていないわよ。
 あーあ。本当に晶と会ってから私、溜息ばっかりだわ。
 鈴蘭畑を避けるなんて変な学習はしている腋メイドの姿を眺めながら、私は痛む頭を押さえるのだった。
 
 
 
 ―――はぁ、どうして私の周りにはトラブルを呼び込む奴しかいないのかしら。



[8576] 東方天晶花 巻の四十五「公にされることを望む慈善はもう慈善ではない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/30 18:22


巻の四十五「公にされることを望む慈善はもう慈善ではない」




 お久しぶりです。人生三度目となる顔面着陸を経験した久遠晶です。
 ………ごっつぅいたい。
 急いでいたとは言え、行き帰り併せて同じミスをやらかすと死にたくなりますね。
 いやね、しょうがないんですよ。相変わらず最高速だと上手く止まれなくて。
 自分でも何とか出来ないのかなーと思ってるんですけどね? 急いでいるとどうしようも無くて。
 言い訳ですね、ごめんなさい。

「なにくそこのぉっ!」

 まぁ、以前と違って一人で脱出できるようになったのは、多分成長だろう。
 力任せに地面から頭を引っこ抜き、僕は命の危機に瀕しているであろう彼女の元へ急ごうとした。
 ……あの子が倒れた理由は、僕にあるんだ。
 知らなかったなんて言い訳するつもりは無い。その責任は、きちんと取らないと。
 
「皆、お待たせ!」

「お早いおかえりでー」

「オカエリー」

「おっかえりなさーい」

「……おかえり」

「――――はい?」

 緊急病棟二十四時的な光景が広がっていると思われていた鈴蘭畑には、何故か和やかな空気が流れていました。
 えっ? 何がどうなってるの?
 倒れていたはずのあの子は、やたらアリスに懐いてるし。

「えーっと……すいません、間違えました」

「あってるわよ。そう言いたくなる気持ちは分かるけど」

「マチガエテンジャネーヨ」

「あはは、間違えてんじゃねーよ! あはははは」

「あ、はい。すいません」

 なんであの子、こんなにテンション高いの?
 上海の言葉を繰り返し、ご満悦な死にかけてるはずの妖怪人形さん。
 何だろう、この温度差は。
 必死になってたさっきまでの僕、ちょっと馬鹿みたい。

「その様子だと、フラワーマスターは連れてこれなかったみたいだね」

「あ、うん。でも能力は覚えてきたから大丈夫だよ」

 事情を説明したら、来てほしいと頼む前に能力を覚えさせて貰えました。
 ……何も言わなかったけど、あの笑顔は言外に「尻拭いは自分でしろ」と語っていた気がする。
 まぁ、僕も汚名返上望む所なので、その笑顔に逆らう理由はないんですが。
 
『頑張りなさい。‘気をしっかり’ね』

 幽香さんから最後に貰った忠告が、やたら不吉だったのが気になるんだよね。
 そもそも頑張るって何を。前に弱い能力だって言ってたじゃないですか。
 
「それじゃあ早速だけど鈴蘭の事、頼めるかしら」

「分かった。元気にすればいいんだよね」

「花咲かせるまではしなくていいよ。季節じゃないしね」

 そうか、花が咲くイコール元気になるってワケじゃないのか。
 季節を無視して咲かせたら、むしろ花に変な影響が出てしまうかもしれない。
 危ない危ない、概念を理解してても使い方を間違えていたら元も子も無いよね。

「了解、とりあえずやれるだけやってみる」

 花が咲かないと見た目元気になったのか分かり辛いけど、そこは気を使う能力で何とかフォロー出来るだろう。
 僕は両手を広げ、大きく息を吸いながら「花を操る程度の能力」を使用した。
 ……こういう時は何か言った方がいいのかな。
 無言はさすがに地味――というか分かりにくい気が。
 いやまぁ不要な気遣いかもしれないけど、使用者以外どうなってるのか分からないのは分からなわかわかか?

「おお、倒れた倒れた」

「な、何やってるのよアンタ!?」

「わーっ、まっさおー」

「オラニゲンキヲワケテクレー」

 いえ、むしろ元気を大放出中です。
 まるで見えない掃除機に吸われているかのような勢いで、体力がぐんぐんと減っていく。
 そしてそれに反比例するように、鈴蘭畑に漂う生気はゆっくりと増していった。
 ……なるほど、そういう事ですか。

「あががががっ、ど、どうも、鈴蘭達を元気にするためには、ぼ、ぼぼぼ、僕の体力が必要だったみたいで、ぐふっ」

 それほど難しい理屈ではない。
 花を操る程度の能力があっても、それだけでは鈴蘭を元気にする事は出来ない。
 あくまでこの能力は花を‘操る’もの。花に力を与えるなら、他にも何かしらの代償が必要なのだ。
 ましてやこれだけの規模の鈴蘭畑が相手だ、そりゃ倒れるまで体力を絞り取られるのも当然の話である。
 幽香さんの忠告は、この事を指していたに違いない。
 あの人は体力無尽蔵だから、あんなにもポコポコ花を咲かせる事が出来るんだろうなぁ。
 花を咲かせる指示が無くて良かったよ。自然の摂理に逆らっていたら、今頃僕が干上がってたよ。

「大変! 晶、早く力の供給を止めなさい!!」

「あ、だいじょぶぶぶ、何となく感覚が掴めてててきたかららら、ギリギリまで粘ってみるるるるる」

「……余裕あるなぁ」

「タフさと打たれ強さだけは自身があります、あばばばば」

「ヨッ、ニンゲンサンドバック!」

 上海の的確過ぎる呼称に思わず涙目。
 殴られれば殴られるほど強く硬くなるんですね、うるせぇ余計なお世話だ。
 
「わぁー! スーさんが元気になってるー!」

「あはははは、良かったねあはははは」

 しかし、体力を犠牲にした甲斐はあったようだ。
 彼女が言った通り、鈴蘭達は目に見えて力を取り戻してきた。
 いや、目に見えてるのは僕だけなんですけどね?
 
「目の焦点が合って無いわよ!? そろそろ本当に止めなさいって!!」

「―――そ、そうさせてもらいまままま」

 花へ力を送るのを止めて、僕はさっと身体を起こす。
 鈴蘭達の様子は……問題無い、完全に活力を取り戻したようだ。

「とりあえずこのくらいで―――って、どうしたのさアリス、派手に転んで」

「アンタを心配した私が馬鹿だったわ」

 いや、こう見えても結構身体しんどいんですよ?
 気を抜くと軽くフラつくし、今なら毛玉相手にも負ける自信があります。
 とは言え、一度始めた痩せ我慢は最後まで続けるのが男の子の矜持。
 ここはあくまで笑顔を張りつけたまま、平気な顔を押し通していこうじゃないか。
 
「良かった、スーさん元気になったね。ありがと人間」

「元はと言えば僕が原因だから、お礼はいらないよ。こっちこそゴメンね」

「いいよ、許したげる! それにアリスと約束もしたから、お前は特別に殺さないであげるねっ!」

「……わぁうれしい」

 友好的に見えてさりげ無くシビアな所は、さすが妖怪と言う他ない。
 彼女の譲歩を不服に思うワケでは無いけれど、にこやかに殺る殺らないの話をされるとちと怖いです。
 
「許すのはいいけど、貴方自身も少しは反省なさい。原因の半分はそっちにあるんだから」

「はーい」

「へ? どういう事?」

「そういやあの時晶は話半分だったっけ。しょうがない、てゐちゃんが格安で説明してあげるよ」

「ありがとうてゐ! タダで解説してくれる親友を持って僕は幸せだよ!!」

「……貴方達、漫才を挟まないと死ぬ病気にでもかかっているの?」

 そういう事は、隙在らば儲けようとしているてゐに言ってください。

「それじゃ、ご説明ヨロシク!」

「しかも私に任せるのね……別にいいけど」

 その律義さに救われます。本当に。
 てゐから説明役を丸投げされたアリスは、ため息交じりに事の顛末を教えてくれる。
 そして僕は、彼女が倒れたもう一つの理由を知った。
 
「なるほど、強くなりすぎたと。……ってそれじゃあ、鈴蘭達を元気にしても根本的な解決にならないんじゃない?」

「でしょうね。メディスンが自分の力を把握できてない以上、同じ事はまた起こるわ」

「ど、どうするの?」

「力の制御を覚えさせるしかないわね。毒の蓄積と加減、その両方の塩梅を学ばないと」

「……それ、誰が教えるの?」

「そもそも教えられるものじゃないわ。感覚的なモノだから、こればっかりは自分で覚えてもらわないとダメね」

 確かに、自分でその辺の加減が分からないとどれだけ教えても無意味だもんね。
 けどそんな悠長な事、やってる暇があるのだろうか。
 
「言いたい事は分かるわ。メディスンにその感覚を学ばせる余裕があるのかって話でしょう?」

「うん。どう考えても身体で覚えさせる事になりそうじゃん」

 もちろんエロい意味では無いよ?
 要するに、色々と試して理解するって事です。
 百聞は一見にしかず、されど百見は一考にしかず。
 何事も体験して見るのが一番早いからね。
 だけど、その間にも彼女は毒を過剰に吸いつくしてしまうワケで。

「それなんだけど……実は解決したわ」

「へ? 解決?」

「ええ、毒が山ほど作れそうな所と取引したのよ」

「まいどー! 何でも出来る永遠亭のてゐちゃんですっ!!」

「……てゐが毒を供給するの?」

「いや、私がししょーに頼み込むの。彼女の毒を使う能力を対価に毒を供給してくれって」

「く、薬師に何で毒が要るのさ?」

「変な意味じゃないから安心していいよ。ほら、解毒薬を作るためには元の毒が必要でしょう?」

 ああ、そういう事か。
 毒を作れる彼女がいれば、複数の毒に対する抗体を作る事が出来る。
 彼女は力の素である毒を貰う代わりに、薬の素となる毒を提供する事になるワケだ。

「……いや、なんかそれ微妙に矛盾してない? 毒が欲しいのに毒を作ってどうするのさ?」

「大量に毒が必要な事態は早々無いから、出す方が入る方を上回る事は無いよ」

「そうなの?」

「そこはちゃんと言質を取ったわ。鈴蘭畑からの毒も定期的に補充させる予定だから、貴方が危惧した事にはならないわよ」

「ついでにししょーと付き合ってれば、毒の扱いも覚えるだろうしね。……色んな意味で」

「わぁこわい」

 僕が奔走している間に、色んな事が決まっていたんだなぁ。
 ところで、ここまでの会話に一切あの子が関わってきてないんだけど、いいのアレ?

「人間どうしたの? 私の事見て」

「晶です。君ずっと黙ってるけど、今の流れで良いの?」

「うん。てゐもアリスも良い人だから!」

 てゐを良い人認定するのはどうかと、と言いかけて止めた。
 取引として成立している以上、てゐが約束を反故にする事はありえない。
 そういう意味で考えると、彼女は間違いなく「良い人」だ。
 ……むしろ今までの状況から考えると、この場で一番信用ならないのは僕だよね。
 他人をどうこう言う前に、まずは自分の評価を何とかしないとなぁ。

「それに―――スーさんの事、もう困らせたくないから」

「……そっか」

 俯き気味にそう告げた彼女の瞳には、強い意志が宿っていた。
 加減が出来ない事よりも、そちらの方が彼女にとってずっと問題なんだろう。
 大切なんだ、鈴蘭達が。

「ううっ、そんなスーさん達を弱らせてすいませんでしたーっ!」

「……この人間、何してるの?」

「ドゲーザ、人の間に伝わっている秘伝の技だよ。平服する事で相手を意のままに操るという禁断の」

「出鱈目教えないの。コイツはね、貴方の大事な鈴蘭達を傷つけた事を謝ってるのよ」

「え? でもさっき謝ってもらったよ?」

「謝るのが趣味みたいなものだから気にしなくていいわ。晶も、本人が気にしてない事で何度も謝らないの」

「とは言われても……」

「それよりも貴方は、自分自身の事を心配しなさい。貴方だってメディスンと状況は一緒なのよ?」

「う、うぐぅ」
  
 そう言われるともう何も返せません。
 結局最後まで、僕は「加減」する事が出来なかった。
 おまけに、対戦相手の不調にすら気付かず全力を出すと言う体たらく。
 ……さっきまで忘れてたけど、僕って魔眼による波長の察知と気による力の把握が出来るんだよね。
 それだけ揃っているのなら、真っ先に気付いても良いはずなのに。
 うん、猪突猛進ここに極まりですねっ!

「生まれてきてゴメンナサイ」

「あ、一応客観的に自分を見る能力はあったんだ」

「見る事が出来るだけなら意味無いわよ。とは言え晶の方も原因は経験不足だから、まだ救いようはあるわ」

 経験不足か。そういや僕、戦い始めて二ヶ月ほどしか経って無いんだよね。
 しかも自分より強い相手としか戦った事無いし。
 ……あれ? 僕ひょっとして安寧とは縁遠い位置にいる?

「――もっと経験を積むよう努力致します」

「稽古ぐらいなら付き合ってあげるわよ。自分より弱い奴を探して喧嘩を売る、なんて事されても困るしね」

「いや、さすがにそんな辻斬りみたいな真似はしないんだけど」

 アリスの中では、僕ってそういう事をしそうな人間に見えるんだろうか。
 だとしたら、さすがに僕も憤慨せざるを得ない。
 そりゃ、色んな相手と弾幕ごっこする羽目になっているし、受けてもいるけどさ。
 自分で喧嘩を売った事は……多分無いんですよ? そう、多分ね。

「アンタは存在そのものが喧嘩売ってるのよ」

「さすがに酷いっ!?」

「あー、言い得て妙かも」

「てゐまで酷いっ!」

「ダカラオマエハアホナノダー」

「ダメ押し!?」

 自分でも否定できないけど、他人にはっきり言われるとショックだ。
 ……力の加減、しっかり覚えよう。喧嘩を売られない為にも。

「人間も練習するんだ。じゃあ、私と一緒だね!」

「晶です」

「どっちが先に力を制御できるようになるのか、勝負だよ人間!」

「……だから、晶だってば」
 
 ところでメディスンさん、貴方は僕とどう接してるんですか。
 今後の付き合い方の参考にしたいんで、是非とも教えてください。
 楽しそうに両手を持って跳ねる彼女に対し、僕は苦笑を返すことしかできなかった。
 
 








「あの子、大丈夫かなぁ」

「侵入者を察知する結界は張っておいたわ。メディスンにも戦闘を控えるよう言っておいたから、心配いらないでしょう」

 僕とアリスは、魔法の森のアリス宅へと戻ってきた。
 メディスンは現状、鈴蘭畑から出られないため居残り。
 てゐは、お師匠様に取引の話をするため永遠亭へと向かった。
 ……レイセンさんの件があるから、てゐの帰還はお忍びらしいけど。

「取引が成立したら、永遠亭の連中も動くはずよ。てゐの事だからそこらへんは手早く済ましてくれるわ」

「だけど、それまでに強い妖怪がメディスンに襲いかかったら……」

「ストップ。気持ちは分かるけど、そこまで面倒を見る責任は私達に無いわよ」

「……そこでやられてしまったら、彼女が悪いって事?」

「そうよ。あの子だって新米とは言え妖怪なの、あまり私達に依存されては困るのよ」

 確かにアリスの言う通り、過剰に面倒を見るのは問題だと思う。
 けど、そんな言い方をしなくても良いんじゃないかなぁ。
 そもそも、一番あの子のためにアレコレしてたのはアリスじゃないか。
 せめてもう少し、メディスンのために何かしてあげても良いと思うんだけど。
 例えば……例えば……ダメだ、何も思いつかない。

「とりあえず、今日する事はもう何も無いわ。約束通り泊めてあげるから、部屋に荷物を置いてきなさいよ」

「はい、お世話になりまーす」

「私は工房にいるから、細かい事は上海に聞いてね。上海、晶を案内してあげて」

「チュートリアルヲカイシシマス」

「よろしく……って、アリス何かするの?」

 さっき、今日やる事はもう無いとか言ってたのに。
 僕がそう尋ねると、アリスは肩を竦めて僕の質問に答えた。
 
「メディスンと鈴蘭の結びつきを強くするために、少し細工をね。最終的には鈴蘭が彼女の眷属になるのが理想なんだけど」

「眷属? 吸血鬼が従えてる蝙蝠とか、てゐが従えてる兎とか、そんな感じの?」

「少し違うけどそんな感じよ。あそこの鈴蘭達は妖怪になる気質充分だから、メディスンとの繋がりが強くなれば自然と力が付くでしょうね」

 なるほど。鈴蘭が力をつければ、今のメディスンでも足りる量の毒が手に入ると。
 まぁ、力の制御や毒の供給だけじゃ、根本的な解決とは言い難いもんね。
 けどそうなるとあの場所、かなりの危険地帯になるんじゃない? 妖怪鈴蘭の花畑になるんだし。
 ……いや、それこそ今更か。メディスンのテリトリーって時点ですでに、あそこはかなりの危険地帯なんだよね。
 
「はぁー、色々考えているんだねー」

「背負った以上、最後まで責任は見るわよ。……って、何よそのニヤニヤ笑いは」

「いや、何だかんだ言ってアリスは面倒見いいなーって」

「なっ!?」

「口では厳しい事言ってても、ちゃんとあの子の事心配してるんだね」

「!?!?!?」

 うんうん、それでこそアリスだ。
 魔法使いとして常にクールに振舞っているけど、根は優しい良い人なんだよね。

「か、勘違いしないでよ!? 私はただ、自分の流儀に従っているだけで」

「ツンデレオツ」

「もう、照れちゃってー」

「わ、笑ってないでとっとと休みなさい!! 貴方、鈴蘭に体力分け与えてかなり疲労してるんでしょう!?」

「……あ、ばれてたの?」

「バレバレよ!」

 騙しきれたと思っていたんだけど、どうやら僕の演技は大分前からバレていたようである。
 それでも今まで何も言わなかったのは、僕の意思を汲んでくれたからなんだろう。
 ……ひょっとして、さっきする事が何も無いっていたのは僕に気を使わせないためだったのかな。
 彼女の無言の優しさに気付いた僕は、さらに頬を緩ませた。
 うん、やっぱりアリスは良い人だ。
 
「だからさっさと……ってだからなんで笑ってるのよ!」

「アリスやーっさしーい」

「―――っ!!」

 おおっ、照れてる照れてる。
 顔をトマトみたいに真っ赤にして、アリスは後ずさった。
 正当な評価だと思うんだけどなぁ……彼女は案外、褒められ慣れていないのかもしれない。

「あ、あああ、あああ!!」

「アリスオチツケー」

 僕に指先を突き付けながら、アリスは何度も口をパクパクさせる。
 ……言いたい事があるんだけど言葉が出てこない、と言う所だろう。
 次下手な事を言ったら、大爆発を起こすような気がする。
 ここはひとつ友達として、彼女を落ち着かせるような言葉をかけておこうじゃないか。
 
「アリス」

「な、ななな、なによ」

「僕、アリスと友達になれて良かったと思ってる。本当にありがとう」

「~~~っ!!!!!」

 あれ? かける言葉間違えた?
 僕自身の事でも色々世話になったから、ちょっと真面目にお礼しただけなんだけど。
 予想ではここでシリアスモードに切り替わり、「等価交換よ、お礼は要らないわ」とか言われるはずだったのに。
 どうやら逆効果だったようだ。
 アリスはさらに顔を赤くしながら、六つほど人形を用意し―――えっ?

「い・い・か・げ・ん・に」

「あの、今のは別にからかったワケでは……」

「しなさぁーいっ!!!」



 ―――――――戦符「リトルレギオン」



「よりによってスペルカードぉ!?」

 襲いかかる六つの人形は、照れ隠しとしては凶悪すぎるものでした。
 全部ギリギリで避けられる程度の余裕を持たせてくれなかったら、間違いなく死んでましたね。
 ……手加減出来るってこういう事なのかぁ。
 変な所冷静なアリスに感嘆しつつ、僕はそんな事を思うのだった。 


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】

山田「昔語りは更新のうちに入らないと思います、山田です」

死神A「もうその程度のぶっちゃけでは驚きませんよ。メタ発言上等です」

山田「男の娘キャラで売り出そうと思うんです」

死神A「……どこの層を狙っているのか全然分かりません」

山田「―――では、次の質問です」

死神A「いえ、初の質問ですよ!?」


 Q:晶の腋メイド服って初期のver1.0、袖無しのver1.1まで出てましたがパチュリーが手を入れたの現在のverはいくつなんでしょう?


山田「ver1.0より、すでにぱっちぇさんの手は入っています」

死神A「あれ? でも驚いてましたよ、腋メイド姿に」

山田「それを解説するために、ちょっと制作の際の1シーンを覗いてみましょう。浄瑠璃の鏡カモン!!」

死神A「その鏡は写したものの過去を知る鏡なんですよー!? なんでもあり過ぎませんかーっ!?」



 咲夜「パチュリー様、この十六夜咲夜一生のお願いがあります」

 パチェ「……貴方から『一生のお願い』なんて言葉を聞くとは思わなかったわ。何かしら」

 咲夜「何も言わず、このメイド服を強化してください」

 パチェ「(変わったデザインのメイド服ね? 咲夜の新作メイド服かしら)」

 パチェ「強化ね……それくらいなら別に構わないけど、どんな感じがいいのかしら?」

 咲夜「出来得る限りの範囲で。このメイド服が、いかなる状況にも負けないよう」

 パチェ「………面白いわね。そこまで言うならこのメイド服、トコトン弄らせてもらうわよ?」

 咲夜「デザインに変更が無ければ、如何様にも」

 パチェ「任せなさい。七曜の魔法使いの底力、とくと見せてあげるわ」

 咲夜「感謝の言葉も付きません」

 パチェ「(それにしてもこの服、微妙に鴉天狗の服に似てるわね。……気に入ったのかしら、あの服)」

 咲夜「(これで、久遠様に着せるメイド服の準備が―――っ)」



山田「はい。このような事がありました」

死神A「……なるほど、知らなかったんですか」

山田「まぁ、普通に考えたら本人が着るものだと思いますよね。それを晶君が着てたりするもんだから、ぱっちぇさん超ビックリですよ」

死神A「そりゃビックリするでしょう……」

山田「ちなみに、1.1の方は晶君が装着後細工がなされました。時間軸的には彼女が目撃した後の事です」

死神A「……良く強化する気になりましたねー。着る相手知った後で」

山田「彼女は案外完璧主義者ですからね。アキレスの様な失態は犯したくなかったのでしょう」

死神A「でも、服だけなんですよね。無敵なのは」

山田「服だけです。そういう注文でしたから」

死神A「……この場合、ズレているのは誰になるんでしょうか」

山田「私は山田なので白黒ハッキリさせませんよ?」

死神A「いえ、私も白黒ハッキリ知りたくないです……」



 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[8576] 東方天晶花 巻の四十六「報酬への期待を行動のバネとする人にはなるな」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/12/07 02:57


巻の四十六「報酬への期待を行動のバネとする人にはなるな」




 一枚のスペルカードが宣誓される。
 


 ―――――――悪夢「スカーレットカンパニー」



 巻き起こる炎の弾幕が、私と展開した人形達を包囲した。
 攻撃に見せかけ相手を誘導させるその炎の流れに、私はあえて乗る。
 次の攻撃で仕留める気かしら? ……いえ、今の状況では罠として不十分過ぎるわ。
 相手の性格を考えれば、後一手何か仕掛けてくる事は確実ね。
 私は相手の動きに注意を払いながら――それでも愚直に、相手の掌で踊り続けた。

「『幻符』解凍!」

 掛け声と共に、四方八方から氷の短剣が降り注ぐ。
 なるほど、牽制としてばら撒いていた先ほどの短剣の弾幕、纏わせていた風でその後空間に固定されていたのね。
 さっきの掛け声は、停止させた弾を飛ばすための「呪文」だったと。
 ……方法こそ違うけど、これは間違いなく十六夜咲夜のスペルカードと同じものだ。
 だとすると、私と人形を囲んでいるこの炎は―――動く大図書館の火符、「アグニシャイン」か。
 アイツお得意の、「掛け合わせた」スペルカードね。なら、次に来るのはっ!
 迫りくる短剣の弾幕に合わせ、炎の包囲網が段々と狭まっていく。
 間違いない。二つのスペルカードを混ぜ合わせた弾幕で、一気にカタを付けようとしている。
 ただし、これを「最後への布石」として使って、だ。

「破ぁぁぁぁぁぁああああっ!!」

 真正面から、全速力でアイツが駆けてくる。
 構えられた拳が七色の光を放つ。どうやらこれが、正真正銘最後の‘詰め’であるらしい。
 炎と短剣に誘導され、すでに私達は一ヶ所に纏められている。
 ‘今の私’に、この場を切り抜ける手立ては無い。
 全力で防御を固め、私は最後の一撃に備える事にした。

「貰ったぁ!!」

「―――っ」

 衝撃と共に、浮遊感が私を襲う。
 ‘設定’が効いてるため、完全に威力を相殺出来なかったようだ。
 相手の攻撃で後方に跳ね飛ばされた私は、したたかに背中を地面に打ち付けた。
 ……威力を殺してあるとはいえ、地面に寝転がるのは気分のいいものじゃないわね。
 憮然としている私の前に、対戦相手――久遠晶が得意げな顔で立ちふさがる。
 彼はやたら勿体ぶった様子で胸を張り、私に向かって自慢げに口を開いた。

「今度こそ完璧! ―――今のは、僕と同じくらい強い!!」
 
「……外れ、今のは貴方より弱い‘設定’よ」

「あ、あれぇ?」

 予想を外して、晶はがっくりと肩を竦ませる。
 その間に私は立ち上がり、身体についた土を軽く払った。
 人形達には目立った損害無し。防御に専念していたとはいえ、ほとんど無傷とはね。
 晶も、それなりに加減を覚えてきたという事かしら?
  
「でもそのわりに、成長した様子が見られないのよね」

「うう、進歩無くてスイマセン」

 晶が我が家に泊まるようになってから、私達はほぼ毎朝この「稽古」を行っていた。
 実戦経験を積ませるためには、弾幕ごっこをするのが一番手っ取り早いからだ。
 そして私は、稽古の間一つ晶に義務のようなものを課している。
 条件的にはそれほど難しいモノではない。
 私が戦闘前に定めた「強さ」のレベルを当てる、内容としてはお遊びのようなものだ。
 強いか、弱いか、同じくらいか。三択なのだから、当てずっぽうに言ってても当たる時は当たる事だろう。
 ――もっとも晶の正答率は、狙っているのかと言いたくなるくらい低いんだけどね。
 
「手ごたえが無かったとは思わないの?」

「そんな余裕、全然無かったもんで」

「……あの状況で、どうしてそうなるのか教えて欲しいわね」

 呆れて物も言えないとはこの事か。
 晶の正答率の低さは、間違いなくこの余裕の無さからきているのだろう。

 ―――何度か稽古を重ねて分かった事がある。

 かなりの実力を持っている晶だが、根っこの部分はまだ「素人」だ。
 こういった稽古のような形で冷静に彼を観察してみると、その事が良く分かる。
 発想力は中々だけど、格闘や弾幕はあくまでも「モノマネ」のレベルから脱していない。
 他人の能力をコピーしたからと言うワケではなく、単純に晶の身体が覚えた動きを把握しきれていないのである。
 何度か使ってると言っても所詮は数回、練度が低いのもむしろ当然の話だ。
 むしろ驚きなのは、‘この程度’の実力で今までやれてきた事だろう。
 
「アマイワ、コノバカデシガー」

「ううっ、すいません師匠――って、僕は上海の弟子じゃないよ!?」

 その原因は恐らく、今までの経験から生まれた晶の困った‘習性’にある。
 強者と相対した時のみ発揮される恐ろしいまでの勘と集中力。それが晶の実力を、本来よりも数段上に引き上げていたのだ。
 あの勘と集中力は、一種の能力だと言えなくもない。
 何度も行った稽古の中で、一番肝が冷えたのも私が「晶より強い」時だった。
 ……ただし困った事に、この‘習性’は自分より相手が格下の時には発揮されない。
 結果、「強い時」と同じように動こうとする頭と、本来の実力で動こうとする身体の二つがチグハグになる。
 メディスンとの弾幕ごっこや私との稽古で、あれだけ素っ頓狂な行動を取った原因も多分それだ。
 自分より強い相手の方が余裕を持てる。というのは、羨ましいような羨ましくないような。

「まずはそこを何とかしないと……幾ら経験を積ませても意味無いでしょうね」

 とは言え、説明して理解できるものではないだろう。
 逆にその事を意識してしまうと、‘習性’そのものがダメになりかねない。
 やたら強者に好かれる晶にとっては命綱のようなものだ。出来れば、今の状態を保ったままで加減を覚えて欲しいのだけど。
 ……ならむしろ、その事は除外して考えた方が良いのかもしれないわね。
 晶を‘ただの素人’として考えれば、今の晶に足りないものは。

「はぁ、どうしてこう上手くいかないのかなぁ」

「オマエニタリナイモノ、ソレハ ジョウネツ、シソウ、リネン、ズノウ、キヒン、ユウガサ、キンベンサ ソシテナニヨリモ―」

「―――そうよ、防御!」

「えっ? 速さじゃないの?」

「は? 速さなら充分足りてるじゃないの」

「そうですね、スイマセン」

 感覚が追いつけない程速く飛べるくせに、足りないってなによ。
 良く分からない事を言う晶はとりあえず置いといて、私は自分の考えを纏め始める。
 改めて考えると、晶の防御力は攻撃力に比べるとかなり酷い。
 尋常でないタフさは持っているが、裏返せばそれは「タフさが証明されるほど攻撃を喰らってる」事に繋がるのだ。
 ……本人も、無意識には気付いているんでしょうね。
 あの余裕の無さには、自分の脆さへの焦りも含まれているのかもしれないわ。

「ふむ、考えてみる余地はあるかもしれないわね」

「えーっと、何の事?」

「気にしなくていいわ。こっちの話よ」

 アイディアとしては悪くないから、あと必要なのは準備だけだろう。
 そういえば、丁度いいのが倉庫の中に眠っていたわ。
 私は使わないから持て余していた、‘実家からの贈り物’が。
 そのまま使えるものじゃないから「加工」する必要はあるけど、今の晶には丁度いいかもしれないわね。

「よし、なら早速試してみましょうか」

「だから、何がですか?」

「晶、服脱ぎなさい」

「―――はい?」

 晶の服は、パチュリーの魔法が施された一種の結界だ。
 どうせなら、‘繋げた’方が強固な防御を得る事が出来るだろう。
 あれだけ複数の技術が組み込まれた服に、私の技がどれだけ差し挟めるか興味もあるしね。

「そういうワケだから……って、何してるのよアンタ」

「ケ、ケダモノ!」

 何故かクロスアームブロックの姿勢を取っている晶が、私を見ながら怯えるように答えた。
 どういう意味だろう、私はただ晶の……あっ。

「ち、ちちち、違うわよ! そういう意味じゃなくてね! 貴方の欠点を補う意味で」

「アリスってやっぱり……」

「やっぱりって何よ、やっぱりって! 私はただ服に用があっただけよ!?」

「自分で言うのも何だけど、女装男子が着ていた服を集める趣味ってかなりアレじゃない?」

「アルア……ネーヨ」

「だから違うって言ってるでしょう! 貴方の防御力を上げるから、その服にちょっと細工したいのよ!」

 確かに言葉足らずだった私も悪いけど、変態趣味な人間と断定する程じゃないでしょう!?
 前の時だって、ちゃんと誤解だって説明したじゃない。
 その、言葉足らずだった事は認めるけど。
 ……まぁ、勘違いするわよね。ゴメン。

「細工? このメイド服に?」

「そ、貴方に余裕がない理由の一つは、防御不足にあるんじゃないかと思ってね」

「ははは、人間噴水とかですね。分かります」

「私にその懸念を何とかする心当たりがあったから、その服を貸してって言いたかったのよ」

「アリスってさ、興奮してる時頭の中で考えてる事喋らずに次の台詞言うよね」

「……悪かったわね。紛らわしくて」

 好きで紛らわしい事言ってるワケじゃないわよ。
 
「まぁ、そういう事なら服ぐらい貸してもいいけど。今ここで脱ぐのはちょっと……着替えてきて良い?」

「それなら私の工房で着替えてちょうだい。丁度‘代わり’の服もあるし」

「……代わり?」

「貴方の服の構造を真似て作った、同じデザインの服があるのよ。それを貸すわ」

 人形達の服に使えると思い、前に見た記憶だけを確かに作ってみたんだけど……まさかこんな使い方をする事になるとは。
 まぁ、機能の完全再現は出来なかった服だから、なって精々代用品程度でしょうけどね。
 それでも、普通の服よりは遥かに使えるはず……って、何で落ち込んでるのよ。

「そっかーうれしいなぁー、あるんだめいどふくがー」

「な、何よ。借りてる間の代用品は必要じゃないの」

「それは、腋メイドである必要があるものなんですか?」

「――――あー」

「コンナニカワイイコガ、オンナノコナワケナイジャナイカ」

 いつの間にか疑問を抱かなくなっていたけど、晶の服装は冷静に考えるとおかしいのよね。
 何を今更、と思わなくもないけど。本人としては、メイド服を着ない口実が欲しかったのだろう。
 イヤなら着なければいいのに、と言うのはタブーのようだ。
 そういえば、逆らえない運命だか何だかがあるとか言ってたわね。
 
「……前も言ったけど、そこらへんの事情は深く聞かないわ。聞かないから諦めなさい」

「う、うぐぅ」

 道を歩けば喧嘩を売られるような奴だ。
 最初に会った頃着ていた服では、すぐに使い物にならなくなるのは目に見えている。
 今から新しいデザインの服を用意するわけにもいかないし、そこらへんは妥協してもらうしかない。
 ……今考えいる強化案も、デザインを大幅に変更するわけじゃないのよね。
 晶には悪いけど、それ以上の防具が無い間はずっと腋メイド服で固定じゃないかしら。
 下手すれば一生ものね、ご愁傷様。
 
「ううっ、僕は腋メイドから逃れられない運命なのだろうか」

「案外そうなのかもしれないわね」

「そ、そこはフォローしてよ~」

「何度も言うけど諦めなさい。命は大事でしょう?」

「……そうだね、そうする」

「とりあえず私はここで後片づけをしてるから、工房で着替えてきなさい。信用してあげるから、変なモノに触らないでよ!」

「はーい、りょーかいでーす」

 私の家に向かっていく晶に、軽く忠告をしておく。
 人間的には信頼できる相手なんだけど、晶にはうっかりがあるから油断できない。
 ……まぁ、ワザワザ私が用意する程警戒しなくても良いとは思うんだけどね。
 上海ぐらいは、付けておいた方がいいかしら?

「オキャクサンヨー」

「え? お客?」

 上海の言葉に、思わず首をかしげる。
 晶が入って行った扉の付近には、人影らしきものは何もない。
 おかしいわね。上海の整備は昨日やったばかりだけど、不具合は特に無かったはずよ?

「オキャクサンヨー オキャクサンヨー」

「だから、どこにお客が……」

(ここですよ)

「あら?」

 いつの間にか私の足元に、真っ白い兎が座り込んでいた。
 口を利いたって事は……この子、永遠亭の妖怪兎の一匹かしら。

(てゐさまよりでんごんをあずかってます、このあとのよていのことで)

「そういえば今てゐは、メディスンの所にいるんだったわね」

 メディスンとの一件があってから、一番活発に活動しているのは間違いなくてゐだろう。
 定期的な毒の補給はもちろん、体調管理や私との連絡網の確保等のサポート的な事にも積極的に取り組んでいる。
 正直彼女がいなければ、メディスンの問題はもっと面倒な事になっていただろう。
 そこで堂々と「恩を売るためだよ、もちろん」と言い放つのは、本気なのか優しさなのか。
 とにかく、てゐのおかげでメディスンの方は順調に回復に向かっている。
 私の術式も上手い具合に働いているみたいだし……そろそろあの子が、自由に移動できるようになる日も近いかもしれない。
 
(ためしにめでぃすんさんをつれてすずらんばたけからでてみたい、といってました)

「あら、もうそのくらい回復したの?」

(せんとうはむりでもいどうするだけならおそらくは、と)

「そう……」

 思ったより早かったわね。けど、今後の事を考えるとその方がいいかもしれないわ。
 晶同様メディスンに加減を覚えさせるにしても、具体的な指針は必要だ。
 「月の頭脳」とまで言われた八意永琳なら、毒の扱いに関する取っ掛かりを与える事が出来るだろう。
 そのためにはやはり、外出できるようになっておかないといけないものね。

「分かったわ。それじゃあ、てゐに伝言をお願い出来る?」

(ながいとおぼえられません。みじかくしてください)

「『正午過ぎに人里で合流しましょう、ただし目立たないように』……これで覚えられるかしら」

(しょうごすぎにひとざとでごうりゅう、めだたないように――おぼえました)

「ありがとう、お願いね」

 戦闘が出来ないのなら丁度良い。ついでだからメディスンには、少しばかり人に馴れる事を覚えてもらおう。
 あの子の人間嫌いを直す気は無いが、やり過ぎると霊夢に退治されかねない。
 こちらから仕掛けなければ幻想郷一安全な場所だし、目的地としては最適でしょう。
 後は、早めに人里へ行って人里の守護者に許可を取っておけば問題無しね。
 ……最近は、色々あり過ぎたせいで色んなものが不足してるし。
 晶の服を弄るなら相応の準備がいるから、ついでにいつもの商店で買い足しておかないと。

(では、これにてしつれいします)

「帰り道には気をつけて。最近、低級な妖怪が騒がしいみたいだから」

(にげあしはてゐさまじこみです。ごあんしんを)

 それはまた、何よりも信用できる保証だ。
 妖怪兎の言葉に納得した私は、素直に去っていく彼女(?)を見送った。
 さて、そういう事なら晶にも一言伝えておいた方がいいだろう。
 買う物を頭の中でリストアップしながら、私は後片付けを一旦置いて家へと向かった。



 






 後悔と言うのは、後で悔いるという字を書く。
 今、私はその言葉通りの状況に陥っていた。
 嗚呼、何故私はあの事をすっかり忘れてしまっていたのだろうか。
 工房に入った私の目に映ったのは、例の品を持っている晶の姿だった。

「あっ―――くぅっ」

 思わず激昂しかけた自分を、必死に宥める。
 忘れていたが、私の作ったメイド服は工房の棚にしまったままだった。
 晶は見つからない服を探そうとして、偶然それを見つけてしまったのだろう。
 ……出来れば、探す前に聞いてほしかったけど。
 見て欲しくないものを、分かりやすい所に置いていた私が悪いのだ。

「……あ、あきら」

「ああ、アリス。ゴメンね、服が見つからなくてさ」

「それはもういいわ……それより、それ」

「これ?」

「今すぐ貴方が見た物を忘れなさい」

「……何で?」

 かつて私がカーボンを加工して生み出してしまった悪夢を手に、晶は首を傾げてみせる。
 どうやらあくまでも、私を辱めるつもりでいるらしい。
 ふふっ、上等よ。なら貴方の記憶は、私自身の手で奪ってあげるわっ!

「上海、スペルカードを使うわよっ!」

「オマエハナニヲイッテルンダー」

「えっ? えっ? なに? 何で臨戦態勢?」

 もう何も言わなくていいわ、つまり貴方はそれを見つけるために私の家に泊まったのでしょう。
 と言う事は、私にカーボンを与える所からすでに計算づくだったワケ!?
 そうよ、きっとそうに違いないわ。
 なんて卑劣なのかしら、これは早急に手を打たないといけないわね。

「えーっとアリスさん? 何だか良く分からないけど落ち着いて……」

「死ぃねぇーっ!」

「アリスオチツケー」

「わぁーっ!? な、何だか分からないけど、とりあえず僕の目を見てアリスーっ!」

「目を見ろですって!? それがなによっ!!」

 ただ真っ赤に染まってるだけ……だ……あっ。
 晶の狂気の魔眼を見る事で、私は一気に正気を取り戻した。
 冷静なつもりで、私はかなり動揺していたらしい。
 それにしても意外と汎用性高いわね、あなたの魔眼って。

「ゴメン、ちょっと混乱してたわ。ありがとう」

「別にそれはいいけど……変な使い方ばっかりですよ、僕の魔眼」

 そう、見つかってしまったものはしょうがないわよね。
 もう諦めましょう。さようなら、私の魔法使いとしての誇り。

「ふふふふふっ、何とでも言いなさい。もう覚悟は決まったわよ」

「……もう一回魔眼使う?」

「大丈夫、私は冷静よ。それより手の中にある物に関して、何か言う事があるんじゃない?」

「ああ、これ?」

 晶が手に持っているソレを掲げる。
 何度見ても常軌を逸している一品だ。泣きたい。
 さて、笑われるか慰められるか……どっちにしても辛い時間が始まりそうね。

「カッコイイよねぇ、アリスが作ったの?」

「―――えっ?」

 彼から返ってきたのは、思いもしない評価だった。
 あれ? 聞き間違いかしら? 今なにか、有り得ない言葉が聞こえてこなかった?

「これ顔につけるんでしょ? すっごいよねぇー、いいなぁー」

「………それ、本気?」

「本気って、何が?」

 あっ、本気だこの腋メイド。
 百人中百人が首を傾げそうなこの装飾品のデザインを、晶は本気で格好良いと思っているらしい。
 ……そういえば、晶のオリジナルスペルカード名も結構アレよね。
 晶、意外とセンス悪い?

「はぁ……欲しければあげるわよ」

「ええっ!? い、いいの!?」

「いいわよ。料金は貴方から貰ったようなものだし」

「???」

「深く追求しないで」

「良く分からないけど分かった。とりあえず、貰えるなら遠慮なく頂いときます」

 まぁ、結果的に厄介払いが出来たのだから良しとしておきましょう。
 凄く納得いかないけど、笑われるよりずっとマシよ。……多分。

「よーし、てゐが帰ってきたら自慢してやろー」

「ちょ、それだけは絶対ダメよっ!!!」

 しまった。私にとっては恥でも、晶にとってはただの格好良い装飾品でしか無いんだ。
 あっさり見せびらかせようとする晶に、私は慌ててストップをかけた。
 はぁ、気軽にあげるべきじゃなかったかしら。
 結局その後、怪訝そうな晶に絶対に他言しないと約束させるだけで、かなりの時間を浪費してしまったのだった。
 
 


 ―――そしてこの後、私は晶にソレを与えた事で、さらに後悔を重ねる羽目になる。


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】



 Q:晶君が記憶喪失になってしまった場合、今まで習得した能力はすべて使用不能になってしまいますか?



山田「能力が消えるか、という意味ならノーです! おわりっ!!」

死神A「はやっ!? しかも投げやり! もう少ししっかり解説してくださいよ!」

山田「解説コーナーと言う常識に囚われてはいけないんです! 山田ですっ!」

死神A「未登場キャラのアイデンティティを奪わないであげてください! あ、死神Aです」

山田「いいんですよ。どうせあの巫女は……」

死神A「ネタバレ厳禁! とりあえず細かい解説よろしくおねがいします!!」

山田「記憶を拠り所にしているのはあくまで「習得条件」なので、一度覚えたら問題無しだと言う事です。おわり」

死神A「みじかっ!? もう終わりですかこのコーナー!?」

山田「なら、もう少し出番を確保するために、本編で出てきたスペルカードも解説しておきましょうか」

死神A「むしろそっちの方を狙ってたんじゃ……」

山田「(無視)今回初出のスペルカードは、悪夢「スカーレットカンパニー」です」

死神A「どこかで聞いたようなネーミングセンスですね」

山田「そりゃ、ご本人の命名ですから。命名レミリア・スカーレット、考案久遠晶ですよ?」

死神A「マジっすか」

山田「マジです。ちなみに内容的には「アグニシャイン」→「殺人ドール」→「破山砲」の三つを順に組み合わせた混成スペルカードとなっております」

死神A「アリなんですかね、それって。実質三つのスペカ使ってるようなもんでしょ?」

山田「それぞれ威力は落ちてますから問題ありません。むしろ、三つが合わさって全く別なスペカになったと考えるべきですね」

死神A「なるほどー」

山田「多数の迎撃を主とした、今回のような事態に相応しいスペカです。ちなみに、晶君は「紅魔三重連撃」と名付ける気でした」

死神A「それが御嬢様のきまぐれで「スカーレットカンパニー」ですか」

山田「正確には、御嬢様名付ける→晶君ノリノリで承諾という流れで決まりました」

死神A「……ノリノリですか」

山田「ノリノリです」

死神A「…………ま、また次回~」

山田「ツッコミませんよ?」



 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[8576] 東方天晶花 巻の四十七「言葉で説教するよりも、あなたの生き方そのものがより良い説教となろう」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/12/17 01:52


巻の四十七「言葉で説教するよりも、あなたの生き方そのものがより良い説教となろう」




 最近は、すっかり秋めいてきたようだ。
 速くなった日の移ろいと気温の変化をしっかりと感じ取り、私はしみじみとそんな事を思った。
 ……そろそろ、キノコの旨い季節だな。
 今日あたり、妹紅の家に行って茸鍋でも作ってやるか。
 放っておくと食事すら摂らなくなる無精な友人の事を思いながら、私は歩を進めていく。
 まったく、不死身の蓬莱人でも腹は減るだろうに。どうしてああも食に無頓着になれるのか。

「おっ、上白沢先生! どうだい、今日は野菜が安いぜっ!!」

「……何とも、絶妙なタイミングで声をかけてくるものだな」

 まるで私の思考を呼んでいたかのように、声をかけてくる八百屋の店主殿。
 その手に抱えられた白菜は、密やかながらも確実に茸鍋の素晴らしさを引き上げてくれる事だろう。
 むぅ、出来る事なら今すぐ購入しておきたい所だが、あいにく私は所用の真っ最中。
 白菜片手に動きまわるわけにはいかん以上、この出会いは諦めるしかないか。

「どうしたんだい先生、眉間に皺なんかよせて」

「うむ。実は今、稗田殿に呼び出されていてな。その白菜は是非とも欲しい所なのだが……」

「なんでぇそんな事かい! 先生のためなら白菜の十個や二十個、いつまでも取り置いてやるぜっ!!」

「いつまでも取り置かれては困る。稗田殿の用件も分からんし、また来た時残っていたら売ってくれ」

「おうよ、任せとけ! 美人先生のためなら、かーちゃんに睨まれたって白菜は残してやらぁ!」

「だから取り置かなくていいと……後、先ほどから奥方が店主殿を見ているぞ」

「げぇっ、かーちゃん!?」

 冷やかな目付きの奥方に、店主殿が慌てて弁明を始める。
 いつも通りの見慣れた光景だ。人の良い店主殿だが、彼はいささか口が滑らか過ぎる所があるからな。
 私は店主の奥方に一礼し、再び稗田殿の屋敷にむかって移動を始めた。

「……平和だな」

 私が半獣だと知っていても、彼らは私に普通の態度で接してくれている。
 四十年前には想像することしかできなかった光景が、今の人里では常識にまで変わっていた。
 この光景が当時の人里にあれば、どうなっていただろうか。
 そんな事をふと考えてしまったのはきっと、旧友の孫と出会ったためだろう。
 久遠晶―――かつて幻想郷に迷い込んだ友人の血縁者。
 彼女と出会ってから、当時の事を振り返る機会が増えたように思う。
 それは如何なる感情の成せるものなのか。我が事ながら理解するのは難しい。

「私は、悔いているのか?」

 自らが漏らした呟きが、ひょっとすると最も真実に近い答えなのかもしれない。
 歴史を作る力を持つ私でも、起きた事実は変えられないのだ。
 四十年前、人里は一人の外来人を受け入れなかった。
 それは当時の世情を考えれば仕方のない事だ。
 しかし、そんな薄っぺらな言葉で拒否された当人は納得する事が出来たのだろうか。
 私の知る「歴史」に、個人の感情が載る事は無い。
 故に人でありながら人に歓迎されなかった彼の想いを、私は察することしか出来ないのだ。
 
 ――なに、辛いことなど何一つ無かったよ。私はここで、かけがえの無い友を二人も得たのだから。

 何もしてやれなかったと謝る私に、久遠は笑ってそう返してくれた。
 その最後の言葉を、私は信じていいのだろうか。

「……いや違う。信じねばならんのだ、友が遺してくれたこの最後の言葉を」
 
 そうだ。過去を悔いているだけでは何も変わらないと、私はすでに理解しているではないか。
 久遠は私を友だと言ってくれたのだ。なら私は、友としてその久遠の信頼に応えるべきではないのか。
 今、彼の孫は幻想郷で辛い目に会っている。
 その惨状を彼の友が、悠々と見過ごして良いのか? ――いや、良くない!
 私には友として、人里の守護者として、彼女の窮地を救ってやる義務があるのだっ!!
 
「そうだ上白沢慧音! 今のお前なら、久遠の力になってやる事が出来るだろう!!」

「おぉ、今日も上白沢先生が燃えとりますのー」

「今日は一日快晴でしょうなぁ。えがったえがった」

 先日は鴉天狗の言に納得してしまったが、やはり彼を取り巻く状況は如何ともしがたいモノがある。
 せめて居住だけでも変えるよう、私から進言してやらねばいかん。
 とは言え、どう説得するべきか……彼女の頑固さは祖父に通じるモノがあるからな。

「彼女の居る場所も場所だし、とりあえず妹紅にも相談して―――」

「おーい! 上白沢せんせーっ!!」

「………私は、考えた相手を呼び出す程度の能力でも身に付けたのか?」

 そんな風に考えていると、前方からニコヤカな笑顔で件の人物が現れた。
 まさしく噂をすれば何とやらだ。両手を激しく振りながら、久遠は無邪気な顔でこちらに近寄ってくる。
 その後ろには、コメカミを抑えながら溜息を吐く七色の魔法使いの姿も。
 ふむ、以前にも見た組み合わせだな。
 どうやら二人は友人として、良好な関係を築いているようだ。うむうむ、仲良き事は美しきかな。
 
「みっともないから止めなさいよ、恥ずかしいわね」

「う、うぐぅ」

 ……き、築いているんだよな?
 冷やかな目で久遠を見つめるマーガトロイドの姿を見て、そんな不安が頭をよぎった。
 しかしキツい言い方をする割には、双方から険悪な様子を感じる事は無い。
 だとするとこれは……彼女なりの親愛の証なのだろうか。
 うーむ。これは何と言うか、少しばかり分かりにくい友情の表し方だな。

「マーガトロイド、もう少し素直に好意を表しても良いと思うぞ?」

「人におかしなキャラクター付けをしないで。私は額面通りの意味で言ったのよ」

「無邪気で良い事じゃないか」

「いい年した人間の態度じゃないわよ」
 
 私の忠言にも冷淡な態度を崩さないマーガトロイド。
 むぅ、私は子供らしくて良いと思うのだが……確かに年齢を考えると、少々子供過ぎるかもしれんな。
 しかし少々言い過ぎではないか? 久遠が半泣きになっているぞ?

「ははは、アリスは容赦ないなぁ。ちょっと泣いてきていいですか」

「後にしなさい」

「はい」

 マーガトロイドの言葉に従い、彼女はあっさりと引き下がってしまった。
 その姿を見て項垂れた子犬を連想してしまったのは、身に付けた首輪のせいだけではあるまい。
 ……お前はそれでいいのか、久遠よ。
 何とも情けない状況の彼女を見て、さっきとは違う意味での不安が増してしまった。
 
「それより慧音、話したい事があるから少し時間を貰えない?」

「話か……私も用件があるので、手短に頼みたいのだが」

 マーガトロイドの提案に、私は意図せずして眉を顰めてしまう。
 あまり他人を頼らない彼女の話だ。出来ればじっくり聞いてやりたい所なのだが、稗田殿の呼び出しも疎かにするワケにはいかない。
 結果半端になってしまった私の答えに、彼女は文句も言わず頷いてくれた。

「聞いて貰える以上贅沢は言わないわ。それじゃ、早速だけど本題に入らせてもらうわね」

「うむ、そうしてくれ」
 
「実はね――」

 マーガトロイドの『話』とは、ある妖怪に関する頼み事だった。
 何でも無名の丘に住まう毒の妖怪、メディスン・メランコリーが人里に寄る許可を貰いたいらしい。
 それにしても、彼女の事は噂で聞いていたがまさかそんな事態になっていたとはな。
 人に敵意を持つと言うのは悲しい事だが、頭ごなしに否定出来るモノではない。
 それでも共存を望むなら、確かにマーガトロイドのやり方が最適だろう。
 人里の守護者としても、皆が危険に遭う可能性が減るのは好ましい事だしな。

「分かった。他でもないマーガトロイドからの頼みだ、人に害を与えないと約束するなら来訪を歓迎しよう」

「そこは確約するわ。……まぁ、今のあの子には暴れる元気も無いでしょうしね」

「そうそう。それにいざとなったら揉め事になる前に止めてくれますよ。主にアリスが」

「そのつもりよ。――ああ、安心なさい。貴方は始めから当てにしてないから」

「あはは、アリスは辛辣だなぁ。ちょっと首吊ってきていいですか」

「後にしなさい」

 いや、それは後でもダメだろう。
 マーガトロイドの辛辣な言い方に思わず苦笑する。
 確かに人間の久遠では心許無いかもしれないが、もう少し言い方は柔らかくしてやるべきではないか?
 彼女とて数ヶ月幻想郷に居たのだから、多少の心得は持っているはずだろう。
 そんな風に思いながら二人のやり取りを眺めていた私は、ふとある事に気が付いた。
 ……そういえば、久遠の実力と言うのはいったいどの程度のモノなのだ?
 以前マーガトロイドと弾幕ごっこをしたと言っていたから、最低限身を守る術は持っているに違いないだろう。
 しかし半端な実力では、トラブルの素にしかならないものだ。
 彼女の身を心配する者として、ある程度その力量を確かめておいた方がいいかもしれないな。

「どうしたの先生? 急に考え込んで」

「い、いや、何でもない。気にしないでくれ」
 
 うーむ、とは言え本人にはっきりその事を尋ねるのも、少々不躾な気がする。
 久遠の性格を考えると、正しい実力を聞けない可能性も高いしな。
 ……いっそ、実力を確かめるために私も彼女と弾幕ごっこをするべきか?
 いや、それは本末転倒が過ぎる。
 出来れば穏便に、久遠の力量を測る方法は無いだろうか。

「……私の保証だけじゃ、やっぱり不安かしら」

「む? 何の事だ?」

「メディスン――毒の妖怪の事よ。確かに彼女は友好的な妖怪じゃないから渋る気持ちは分からなくも無いけど……」

 深刻な顔で、何故かマーガトロイドがそんな事を言ってくる。
 はて、私はすでにその事で許可を出したはずだが、何かまずい事があったのだろうか。
 私は首を傾げながら彼女の問いかけに答えた。

「その事なら了承したはずだろう? むしろ私としては、戦えない毒の妖怪の方が不安だぞ」

 確かに、戦う力が無ければ他者に害を与える事は無い。
 しかしそれは同時に、身を守る術も存在しないという事にもなる。
 最近は人里にも強い力を持つ存在が訪れるようになった。
 人里で暴れるわけではないから黙認されているが、彼女らが好戦的な性質である事に変わりは無い。
 元から人里に顔を出す巫女も、妖怪が相手となれば容赦はしないだろう。
 そういう意味では人里も充分な危険地帯だ。幾ら私でも、妖怪の安全まで保障する事は出来ない。

「そっちは大丈夫よ、逃げのプロがついているから。……それより、問題ないなら何でそんなに眉根を寄せてるの?」
 
 なるほど、そう言う事だったのか。
 どうやら久遠の事を考えていたせいで、要らぬ不安を彼女に与えてしまったようだ。
 別の事に気を取られ、目前の相手との会話を疎かにするとは……生徒達の事を叱れたモノではないな、これは。

「すまない、別の考え事をしていた。先ほども言ったが、今の人里に悪意無き訪問を断る理由は無いさ」

「ならいいわ、話を聞いてくれてありがとう。……ただ、あまり手短には出来なかったみたいね。ごめんなさい」

 言われてみれば確かに、少々時間が経ち過ぎてしまったようだ。
 こういった事態も想定して早めに家を出たのだが、あまり意味は無かったかもしれん。

「なに、こういった用向なら仕方無いよ。稗田殿も分かってくれるだろう」

 しかし、それだけの価値がマーガトロイドとの話し合いにはあった。
 開き直るつもりは決して無いが、私は彼女たちとの会話が無駄な時間だったとも思わない。
 ……久遠との話し合いは、また今度になってしまいそうだがな。
 僅かな時間が彼女の心に致命傷を与えない事を祈りつつ、私は二人に向き直る。
 そしてそのまま別れの言葉を口にしようとして―――ようやく私は、久遠の身に起きた異変に気が付いた。
 
「……く、久遠?」

「ちょ、ちょっと晶! 脂汗ダラダラ出てるわよ!?」

 定まらない視点で虚空を見つめ、久遠はガタガタと身体を震わせる。
 豪放磊落を地で行ってそうな彼女がこんな態度を取るとは、私が惚けている間に一体何があったのだろうか。
 
「か、かかか、上白沢せんせ。いまっ、今稗田って言った!?」

「確かに言ったが……それより久遠、身体の方は」

「僕の身体なんぞどーでもえぇわいっ!!」

「うおっ!?」

 震え続ける身体で私の両肩を掴み、久遠は人格を崩壊させたような叫び声を上げた。
 近くで見るとさらに酷い。瞳孔が開きっぱなしな上に、歯の根まで噛み合っていないではないか。
 はて、彼女はここまで動揺を露わにする子だっただろうか。
 マーガトロイドに視線を送ってみても、戸惑った様子で肩を竦ませるだけだ。
 どうやら彼女にとっても初めての状況であるらしい。困った、何がどうしてこんな事に。

「どうしたのよ晶。御阿礼の子と何か因縁みたいなモノでもあるの?」

「そ、それっ! その稗田さんって人は、幻想郷縁起を書いたあの稗田阿礼さんの子孫さんだよねっ!?」

「そうよ。ついでに言うとその子孫は、現在進行形で最新版の幻想郷縁起も書いてるわ。けどそれがどうし――」

「やっぱりそうなの!? 初代の写本しか手元に無かったから半信半疑だったけど、当代の稗田はこの人里に居るんだねっ!!」

「あ、ああ、確かに居るが……」

「うっ」

「……う?」

「うっひゃっほぉーっ☆」

「うっひゃっほぉーっ!?」

 意味不明な雄叫びと共に、久遠が思いっきり跳ねまわる。
 軽業師のような軽快な動きだ。惜しむらくは、それを誇るべき観客がこの場に居ない事か。
 ……これは、お捻りを投げ入れた方が良いのだろうか。
 あまりに奇怪な状況のため、私の頭がそんな場違いな事を考え出す。
 あの行動は如何なる感情が発露したものなのだろうか、等と言うどうでもいい事ばかりが無性に気になってしまう。
 一方、マーガトロイドはまだ幾分か冷静であったようだ。飛び跳ねる久遠に対し、動揺しながらも動きを止めようと近づいて行く。

「お、落ち着きなさいって! 何をそんなに興奮してるのよ!?」

「こーれが落ち着いていられるかぁーっ!!!」

「その上逆切れ!?」

 最終的にマーガトロイドの眼前に着地し、今度は彼女の肩を掴んで揺さぶる久遠。
 最早、何が何だか。
 久遠にとって稗田殿が、これほど過激な感情表現をするほどの相手である事はかろうじて分かるのだが。
 ここまで急激に昂ぶられると、理解できても付いて行く事が出来なくなってしまう。

「アリス、ねぇアリス! 会いに行こう!! 今すぐ稗田さんに会いに行こう!!」

「……貴方ね、私達が何をするために人里へ来たのか覚えてる?」

「忘れたっ!! って言うかここ人里だったっけ!?」

「いっそ清々しい混乱具合ね……」

「はわわ、ご主人様敵が来ちゃいましゅぅ――って誰がご主人様やねんっ!」

「慧音、悪いけどコイツに一発お願いするわ。目が覚めるようなヤツを」

「う、うむ、分かった」

 確かにこれは気つけが必要だ。
 そんな失礼な事を考えつつ、私は右往左往する久遠の身体を抑える。

「はひふほへ? ばいばいきーん?」

「しっかりせんか!」

「あばんぎゃるどっ!?」

 それでも未だ混乱を続ける彼女に対し、私は全力で頭を振り下ろした。
 鈍い激突音と共に、久遠は地面に倒れ込む。
 ……あまりに動揺していたから、少しばかりやり過ぎたかもしれないな。
 伏したまま手足を痙攣させる久遠を見て、罪悪感が湧き出てくる。
 だが即座に立ち上がった彼女の姿に、湧き出た罪悪感はあっさり引っ込んでしまった。

「ああイタい、とってもイタい、ああイタい。それにつけても金の欲しさよ」

「一発受けても目を覚まさないわね……そんなに御阿礼の子に会いたいのかしら」

「が、頑丈なんだな、久遠は」

「難易度easy程度の弾幕なら、タイムラグ無しで復帰できる程度にはタフよ。だからこそタチが悪いんだけどね」

 うーむ、何だか心配していたさっきまでの自分が馬鹿みたいに思えてくるな。
 い、いやいや、それは幾らなんでも失礼過ぎるぞ上白沢慧音!
 例え身体が丈夫だろうと、心までもがそうであるとは……あるとは……。

「分かったこうしよう。代わりに式神を置いて対処すれば」

「それはただの紙ね」

「使えないよ式神なんてっ!!」

「色々言いたい事はあるけど、とりあえず式神主張するなら人型に切りなさいよ」

「切り絵なんぞ『柳の下の幽霊』しか作れんわいっ!」

「なんで貴方の技術は一々極端なのよっ!?」

 ――久遠殿。貴方の孫はほっといても全然大丈夫じゃないのか、と一瞬でも思ってしまった私を許してくれ。
 マーガトロイドと漫才を続ける久遠の姿に、自分の決意は凄い筋違いなモノではないかと言う考えが押し寄せてくる。
 いや、なんだ、ほら、ああみえても久遠は……。
 そのだな……えーっと……スマン、今の私ではこれ以上フォローの言葉が出てこない。

「はぁ、しょうがないわね。……ねぇ慧音。悪いけどこの馬鹿、稗田邸に連れてってくれないかしら」

「むっ?」

「馬鹿だけど十六年間必死に生きてました! ヨロシクお願いします!!」

 目の中でグルグル螺旋が回ってそうな久遠が、今すぐ店でも通用しそうなお辞儀をこちらに向ける。
 まだ混乱しているんだよな? 変な所で話が噛み合っているから、正直分かり辛いぞ?

「そうだな。私としても久遠と話したい事があったし、会わせるくらいなら……」

「マジですか! いいんですかっ!! 生きているんだ友達なんだ!?」

「ならお願い。とりあえず、また馬鹿をやろうとしたらもう二、三発叩きこんでいいから」

「押忍! 面倒おかけしますっ!!」

「はははっ。構わんが、道すがらで少しは落ち着いてくれよ?」

「無理ですっ!!」

 そうか、正直なのは良い事だな。この場合は違うような気がするが。
 元気よく手を上げる混乱中の久遠の姿に、ほんの少しばかり早まったかと言う気持ちが生まれる。
 今の久遠と真っ当に話すのは、妖精に哲学を教える事並に困難かもしれない。
 い、いや、元々話の通じない相手と言うワケでは無いのだ。
 私がゆっくりと落ち着かせてやればいいだけの話ではないか。
 そう、これはチャンスなのだ! 久遠と話し合う最良の!
 だいぶボヤけてきた目標を再確認し、私は静かに握り拳を固めるのだった。

「ところでアリス、僕が居なくなったら待ち合わせはどうなるの?」

「……私が何でついて行かないか。その理由を考えようとは思わないのかしら」

「セーブポイント?」

「聞いた私が馬鹿だったとしても後で覚えてなさい」

 ……チャ、チャンスなんだよな?
 再びボヤけ始めた目標を、確かめようとする勇気はさすがに出てこなかった。


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】

山田「実は上だけ体操服なスク水姿の山田です」

死神A「なんでそうあざとさを主張するんですか? 死神Aです」

山田「萎めばいいのに」

死神A「……いや、好きで膨らんだワケじゃないですって」

山田「今のは山田的に、八寒地獄へたたき落とすレベルの暴言です」

死神A「そんなこと言われても」

山田「妬まし―――」

死神A「すいませぇーん! 山田様が閻魔に有るまじきキャラを演じる前に質問お願いしまーすっ!!」


 Q:花を操る程度の能力による付加効果は何でしょうか?


山田「本日の教えろ山田さんは「何故かゆうかりん特集」となっております」

死神A「なんででしょうねぇ……しかも、花の妖怪自身は直接関係ない質問ばっかですし」

山田「ざまぁみろレギュラーメンバー」

死神A「ちょっとカメラ止めて、いいから、早く」

山田「では白黒はっきり付けましょう」

死神A「カメラ止めてってばぁ~」

山田「主人公に付加された効果は「花から発生するバットステータスを無効にする」です」

死神A「イマイチ分かりにくいんですが、鈴蘭からの毒を無効にするとかですか?」

山田「あれは『毒』のカテゴリに入りますから、軽減する事はあっても無効化する事は無いです」

死神A「なら、具体的にはどんな恩恵があるんですか?」

山田「花粉症になりません」

死神A「……一部の人は土下座してでも欲しがる効果ですが、それだけなんですか?」

山田「各所で言われてますが花の妖怪は能力自体がかなり弱いので、効果自体もこんなものなんです」

死神A「つくづく戦闘に関わらない技能だなぁ……」

山田「では、続いて次の質問です」


 Q:幽香に関する旧作設定(夢幻館や部下達)はどうなってるの? 


山田「七色の人形遣いの旧作設定が確認された事により発生した質問ですね」

死神A「旧作だと館持ちなんですよね、花の妖怪。……ちなみに、実際の所どうなってるんですか?」

山田「一応夢幻館も部下も存在していますが、天晶花には間違いなく出てきません」

死神A「問答無用だなぁ……ちなみに、どういった経緯でそんな事に?」

山田「一言で言うと花の妖怪の気紛れですね。面白い拠点(太陽の畑)を見つけたのでしばらく住んでみる、的な」

死神A「その間、夢幻館は?」

山田「部下に管理を投げっ放しです」

死神A「不憫だなぁ」

山田「まぁ、旧作は設定を使ってもキャラは出す予定ありませんから。それでも出る可能性があるのは、あの怨霊と魔界神ぐらいですね」

死神A「旧作知らないと誰の事やら」

山田「東方メインキャラとの繋がりがある(旧作の中では)メジャーな面子しか出ないと言う事です。まぁ、そんな奴らよりとっとと私らを本編に出せよと言う話で」

死神A「わぁ~っ!? 今度こそカメラ止めてぇーっ!! それでは皆様、ま、また次回ーっ!!」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど

 



[8576] 東方天晶花 巻の四十八「真実には特定の時などない。真実はどんな時代にも真実である」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/12/24 15:51


巻の四十八「真実には特定の時などない。真実はどんな時代にも真実である」




 私と久遠は、稗田殿の屋敷に向かって進んでいく。
 当初は興奮状態にあった彼女も、屋敷に近づくにつれ段々と落ち着いてきたようだ。

「なぁ、久遠」

「……ひゃ、ひゃい」

「同じ側の手足が前に出ているぞ」

「な、なんば歩きですね」

 しかし、落ち着いたのはいいが今度は緊張で頭が回っていないようだ。
 ゼンマイ仕掛けのカラクリのように、久遠はギクシャクと自分の身体を動かし歩いている。
 最早歩くだけで精一杯といった様子だな。
 先ほどは幸運にも真っ当な答えが返ってきたが、この落ち着きの無さでは次も返ってくるとは限らないだろう。
 さりげなく「紅魔館はどうだ?」と聞いてもみたのだが、返ってきた答えは「蜂の巣です」だった―――混乱しすぎにも程がある。

「もうすぐ稗田殿の屋敷に着くが……本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫です。ちょっと動悸、息切れ、目眩、発汗、幻覚等の症状が数々起きているだけですので」

「それは急いで医者に行く事態だ」
 
「全然大丈夫ですよ。胃がキリキリするだけで」

 それが事実なら笑顔で腹を抑えるのは止めてくれ、不安だけが煽られてしまうじゃないか。
 そもそも、その方向にいるのは私では無いぞ?
 猫は返事をしないから、出来ればこちらに顔を向けてくれないか。

「……不安だ」

 稗田殿を一目見た日には、感激のあまりショック死するかもしれん。
 思わずそんな懸念を抱いてしまうほど、今の久遠の姿は不安定に見える。
 参ったな。安易に会わせると約束すべきでは無かったか。
 何となくだが、このままでは双方にとって良くない結果を生み出す事になりそうな気がする。

「しかし、言っても聞かんだろうなぁ……」

「サインありかな、ああでも色紙持ってないや。手に書くんでも良いだろうか。ついでに握手もしたいなぁ」

「それ以前に、話が通じそうにないか」

 久遠がここまで尊敬している相手だ、私だって是非とも会わせてやりたいさ。
 会わせてやりたいが、この浮かれっぷりはなぁ。

「…………」

「とりあえず、手足は縛っておいた方が―――む? どうした久遠」

 いつの間にか、そわそわしていた彼女の動きが治まってた。
 手は何故か顔の高さまで持ち上げられており、顔もやや上を向いたまま微動だにしていない。
 今まで緊張からほんのり赤くなっていた顔色も、心持ち青くなっているような。
 何だろうか、凄いイヤな予感がしてきたぞ。
 私は嵐の前の静けさを感じ取り後退する。それと同時に、久遠は心底辛そうな声で呟いた。

「……吐きそうです」

「な゛っ!?」
 
「戻しそうとも言えます」

「わざわざ言い直さなくても良い! と、とりあえずどこかで厠を借りてっ」

「……胃液が逆流するってこんな感じなんですね。お腹の中で毬栗飼ってる感じがします」

「感想も良いから!!」

 と言うか、この短時間でどうやったらそこまで胃を荒らす事が出来る!
 彼女の背中を摩りながら、私は深く溜息を吐いた。
 ――あぁ、何だか私の胃も痛くなってきた気がするよ。
 
「目がシバシバしてきた」

「……もういっそ、麻袋にでも入っているか?」

 頼まれ事と言うものは、軽率に受けるべきでは無い。
 それを私は、今回の件でしみじみと実感したのだった。










「お忙しい所ご足労頂き感謝しています、上白沢さん」

「御気になさらず結構です。それよりこちらこそ、約束された刻限に間に合わず申し訳ありませんでした」

「いいえ、上白沢さんは間に合いましたよ。ですから謝らないでください」

「むぅ、しかし……」

「刻限の都合をつけたのは私です。ですから、遅刻したかどうかを決めるのも私ですよ」

 そう言って、私より一回り以上幼い外見の少女は、年齢以上の深い落ち着きを含んだ笑みを浮かべた。
 藤色の髪をおかっぱにし、和服と洋装を併せた艶やかな衣装を身に纏った和人形のような少女――稗田阿求。
 幻想郷縁起の著者にして九代目阿礼乙女である彼女は、幼いながらも稗田家当主としてすでに充分な才気を持ち合わせていた。
 いかんな。事情が事情だとは言え、実年齢は私より下である稗田殿に気を遣わせてしまうとは。

「ところで上白沢さん」

「ぬ? どうした?」

「貴女の斜め後ろで正座しているメイドさんはどなたです?」

 ……うむ、やはり触れられてしまったか。
 分かっていた事だが、出来れば無視して欲しかった。
 いや、別に久遠と合わせる事自体に躊躇いは無いのだが――今の彼女には、多大な問題があるのだよ。

「久遠晶と申します。稗田阿求殿に御目通り叶い、感激の極みです」

「そ、そうですか。その……上白沢さんのお知り合いで?」

「ええ、彼女の祖父が私の友人でして……」

「尊敬する御阿礼の子に会えると聞き、無理を言って同行させていただいた次第でございます」

「は、はぁ、そうなんですか」

 久遠の‘形の上では’丁寧な挨拶に、稗田殿は怪訝そうな顔で返礼した。
 無理もない。今の彼女から礼節溢れる言葉を貰っても、額面通りのモノとして受け取る事は難しいだろう。
 まず、目付きが酷い。敵意どころか殺意があるのではないかと言いたくなるほど、久遠の眼は険しく鋭くなっていた。
 次に顔色も悪い。その青白さからは、仇敵と刺し違える覚悟を決めた復讐者の決意が覗き見えるような気さえしてくる。
 最後に雰囲気が暗い。正直、柳の下に居る幽霊の方がまだ明るいと言える程だ。
 これらのネガティブな表情は、精神的疲労を溜め過ぎた結果なのだが……とてもじゃないが、説明して信じられるものでは無いだろう。

「写本の一部ではありますが、初代稗田殿の記した幻想郷縁起、拝見させて頂きました」

「……な、何か問題があったでしょうか」

「いえ、とても素晴らしい書物でした。私の人生に大きな影響を与えたと言っても良いでしょう!」

「うひゃんっ!? ご、ごめんなさいっ!」

「こ、こらこら、少し落ち着けっ! 稗田殿が怯えているではないかっ」

「失礼、少々テンションが上がってしまいました」

「……少々と言うレベルでは無かった気がするがな」

 まったく、興奮する気持ちも分からんではないが、今の状態で目を見開いてにじり寄るのはよせ。
 消耗しきったお前がやると、脅しているようにしか見えんぞ。
 私は身を乗り出している彼女を片手で制し、苦笑いで怯えている稗田殿に事情を説明する。

「申し訳ありません。久遠は今、尋常でない程緊張しておりまして」

「き、緊張しているんですか?」

「はい。本来は愛想の良い好人物なのですが……」

「……愛想の良い、好人物?」

 私の説明に、稗田殿は露骨に首を傾げる。
 当然の反応だろう。正直、説明している私自身信じてもらえるとは思っていない。
 件の人物も、未だに緊張から抜け出せていないようだしな。
 ……微動だにしないまま視線だけ乱す、と言うのはある意味凄い気がするが。
 どう好意的に見ても不審者にしか見えんよな、これは。

「久遠……大丈夫か? 色んな意味で」

「心配無用、それがしは問題無く稼働出来ているで候」

「うん、ダメそうだな」

 とりあえず、久遠にはしばらく大人しくしてもらうか。
 下手に話題を振っても、混乱を助長させるだけのようだ。
 まず先に、稗田殿の用件を聞く事にしよう。

「久遠、悪いが先に私の用件を済ませて構わんか?」

「委細承知」

「では稗田殿。早速、私を呼んだ理由を尋ねたいのですが」

「あ、はい。分かりました」

 さすがは九代目阿礼乙女、早くも平静を取り戻したか。
 稗田殿は乱れていない髪型を整え動揺を抑え込み、私達へと向き直った。

「ここ最近、『幻想入り』した者達の話はご存知ですか?」

「――妖怪の山に出来た、あの神社の事ですか」

 人里でもかなり話題になっていたから、私も良く知っている。 
 その謂れと規模を考えると、過去類を見ない大きさの幻想入りだ。
 なるほど、稗田殿が気にかけるのも頷ける。

「そちらの方も気にかかるんですが……かなり‘張り切っている’みたいなので、訪問は少し落ち着いてからになりそうですね」

「ふむ、博麗の巫女が出ると、稗田殿は睨んでいるのですか?」

「それもありますが。‘忠告’されてしまいましたから、幻想郷の賢者様に」

「ああ、なるほど」
 
 あの八雲紫がワザワザ忠言に現れるとは、珍しい事もあるものだな。
 しかしスキマ妖怪が「動くな」と言っているなら、それに従った方が賢明だろう。
 何を考えているか分からない胡散臭い妖怪ではあるが、幻想郷を愛している事だけははっきりとしている。
 彼女に阿礼乙女を害する理由は無いはずだ。
 ならばその忠告は、純粋な善意からくる言葉であるに違いない。
 ……自分で結論付けて置いて何だが、スキマ妖怪に純粋な善意とは、何とも合わない組み合わせだな。
 
「そういうワケですので、妖怪の山にある神社の事は後回しにしようかな、と。他に気になる噂もありますので」

「気になる噂? 例の神社以外に何かありましたか?」

「ええ、その話に隠れてあまり広まってはいませんが――最近、各所で暴れている外来人がいるらしいんですよ」

「暴れている? それはまた、穏やかではありませんね」

 以前より外来人が訪れやすい環境になったとはいえ、人里以外の危険度はそれほど変わっていない。
 むしろ強大な存在が増えた分、幻想郷の危険さは格段に増していると言えるだろう。
 そんな幻想郷の各所で、わざわざ暴れ回るとは……。
 自殺志願者か? それとも、そんな無茶が出来るほど自分の腕に自信を持っているというのだろうか。

「私も興味を持ってそれなりに情報を集めてみたのですが、結局噂以上の手掛かりを掴む事はできませんでした」

「ふむ。……誰か、その外来人に関して言及した事は?」

「ありません。噂が事実なら、かなりの数の妖怪が件の人物と戦っているはずなのですが」

 それは、ますますもって妙な話だな。
 妖怪相手に立ち回っている外来人が居るのに、誰も何も言わないとは。
 幻想郷の住人達のノリを考えると、少しばかり信じられないものがある。
 いつもなら、そろそろ幻想郷全体を巻き込んだ大事へと発展しているはずではないか?
 稗田殿の様子を見るに、その噂、何の根拠もない代物ではないようだが。
 まさかその外来人、自分の情報を操作をして―――いや、さすがにそれは勘ぐり過ぎか。
 
「うーむ、結論を出すには情報が足りないようですね。大袈裟な話を聞かされそうですが、いっそ射命丸あたりに話を聞いてみますか?」

 あの鴉天狗は事実に基づいた記事を書く。話を聞けば、その外来人の情報も断片程度は手に入るかもしれない。
 どこまで捏造なのか見極める必要はあるが、噂しか聞かない状況では重宝する相手だろう。
 しかし、そんな私の提案を予測していたのか、稗田殿は眉根を抑えて溜息を吐いた。
 その態度は、私の言葉で蘇ってしまった疲労に辟易しているように見える。
 ……あ、まさか。

「ひょっとして稗田殿、すでに?」

「ええ、つい先日話を聞いたばかりです」

「……その様子では、結果を聞くまでも無いようですね」

「実りの無い時間でした」

 その時の事を思い出したのか、ぐったりと疲れた様子で肩を落とす稗田殿。
 射命丸文は、天狗の新聞記者の中では比較的‘まとも’な部類だと聞いているのだが。
 やはり、根本の部分はゴシップ記者なのか。
 
「しかしあの記者さえ知らないと言うのは、逆に妙な気がしますね」

「確かに、人里にさえ噂が届いていると言うのに、外来人の「が」の字も話しませんでしたよ。それに……」

「それに?」

「何だか少し様子がおかしかったような気がします。私がその噂話を振っても、あまり興味を持たなかったようですし」

「それは、確かにおかしいですね」

 彼女の性格を考えれば、即座に食いついてきても良い情報である。
 それが、話題にすらならなかったとはどういう事だろう。
 そういえば、最近彼女はあまり号外を発行していなかったな。
 今は、それほど積極的に新聞を作って無いのだろうか?
 思い返せば人里にもあまり顔を見せていなかったようだし、あったとしてもそれは――

「――あっ」

「上白沢さん? どうしました?」

「そういえば久遠。お前は今、射命丸の庇護下に居るんだったな」

 たった今思い出したが、彼女は紅魔館在住の上に天狗に保護されているという奇特な立場の人間である。
 言い換えれば、この場に居る誰よりも妖怪に近しい人間だ。
 件の外来人についても、ひょっとしたら何か知っているかもしれない。
 
「そうですね。捲土重来ですね」

「いや、そうでなくてな」

「見事に話を聞いていませんね……」

「すいません。完全に舞い上がってしまっているようです」

 最早どこまで聞こえていて、どこまで聞いていないのかすら判別できない。
 分かるのは、今この時この瞬間において、久遠が話相手として何の役にも立たないと言う事実だけだろう。
 
「それは構いませんが――久遠さんは鴉天狗の保護下にあるんですか? まるで牛若丸ですね」

「他にも多数の妖怪と繋がりがあるようですよ。厄介な妖怪ばかりですから、私としましてはかなり不安なのですが」

 そういえば、その問題も残っていたな。
 残っていたと言うかそもそも議題に上がっていないと言うか――まぁ、それは置いておこう。
 とにかく、私が困ったようにそう答えると、何故か稗田殿は眉を顰めた。
 はて、何か妙な事を言っただろうかと私も首を傾げる。
 そんな私に、稗田殿は何故か神妙な顔つきで問いかけてきた。

「上白沢さんは、件の外来人に関してどの程度の事をご存知ですか?」

「いえ、全く存じません。正直に言うと、そのような外来人が居ると言う話も今聞いたくらいです」

「そうですか……」

 ハクタクとしての力を発揮した私は、幻想郷全ての知識を得る事が出来る。
 だが、それも満月の時限定の話。
 人間としての血が濃い平時の私に、立っているだけで全てを知る程度の能力は無い。
 頭にあるのは精々、明日の授業の内容とか、今日の献立をどうするかとか、そんな程度のモノだけだ。
 そういえば、あの白菜はまだ残っているだろうか。
 何だか思考が逸れ始めた私に対し、稗田殿は厳かな態度を崩さぬまま話を続ける。

「実はその外来人に関する噂、数だけなら結構な量が出回っているんですよ」

「そうなんですか?」

「はい。曰く、『太陽の畑にてフラワーマスターと殺し合いに興じた』とか」

「なんと、あのフラワーマスターと」

「『紅魔館に正面から挑み、スカーレットデビルに認められた』とか」

「……紅魔館、ですか」

 自然と、頬から汗を流れ落ちる。
 その組み合わせに関して、心当たりが一つあったからだ。しかも極身近に。
 私の反応を見て、稗田殿も冷や汗を垂らす。
 い、いやいやいや、それはさすがに考え過ぎでしょうと、私は何とかそう告げようとした。
 しかし私が苦笑を浮かべるよりも先に、重苦しい雰囲気の稗田殿がさらに話を続ける。
 
「ちなみに、『鴉天狗に捕まって妖怪の山に突貫していった』という噂もあります」

 まさかのトリプルリーチだ。私は一瞬だけ、畳の目と会話している不審人物に視線を送った。
 あ、毟った。どうやら会話は成立しなかったようである。
 どうでもいいが人様の家の畳を毟るな、行儀が悪いぞ。

「稗田殿。少し、確認してもいいですか?」

「なんでしょう」

「その外来人、永遠亭でも何かやっているなんて事は……」
 
「『永遠亭の主が、件の外来人に難題を吹っかけた』なんて話も最近聞きますね」

「最近ですか」

「最近です」

 クワトロリーチ。いや、もうこれはビンゴでいいかもしれない。
 私は再び視線を久遠に向ける。稗田殿も、同様に彼女の方へ顔を動かした。
 そして視線を向けられた久遠は、何故か明後日の方角に顔を向けていた。
 ……待て、そこでお前にソッポを向かれると話が続かなくなる。
 一瞬ワザと顔を背けたのではないかと考えもしたが、今までの流れからしてそんな判断が出来るほど話を聞いていたとは思えない。
 だとすると素か。有り得ない程図ったようなスルーを素でやってのけたと言うのか。
 久遠……恐ろしい子っ!

「上白沢さん、ひょっとしてこの方……」

「はい。お察しの通り外来人です。今は紅魔館の世話になっていると言っていました」

「永遠亭にも行ったんですか?」

「行きました、最近」
 
 おかしな沈黙が走る。
 驚きでは無く、恐れでも無い、この扱い難い空気を果たしてなんと呼ぶべきか。
 以前にもこんな空気を感じた事があった。呉服屋の旦那が、突然帽子を愛用し始めた時の事だ。
 理由は、馴染みのある者なら容易に察する事が出来た。丁稚達が陰で彼の事を『簾様』と呼んでいた事から詳細は理解出来るだろう。
 その日から彼が簾様と呼ばれる事は無かった。新しい渾名は――彼の名誉のため、言うわけにはいかないが。
 この空気はそんな彼の帽子が、風で偶然吹き飛んでしまった時のソレに良く似ていた。
 本人は何も言わないが、周りはすでに全てを察している。
 故に、その事実が明らかにされても誰も驚かないが、本人のために黙っているしかない。
 他人の秘密に本人以外が気を使う、そんな不思議な緊迫感が今ここでも生まれているようだった。

「……えっと、稗田殿。何か他に噂はありませんか?」

「ほ、他ですか?」

「その外来人が彼岸で閻魔相手に大暴れとか、そんな感じの噂ですよ」

 ああ、これが苦し紛れというヤツなのか。
 私は最後の抵抗を試みた。抵抗と銘打っている時点で手遅れな気がするが、それでも抵抗したかったのだから仕方あるまい。
 そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、稗田殿は己の持つ求聞持の力で必死に噂を洗い直してくれる。
 最初は無言で表情を曇らせていた稗田殿だが、やがて彼女は逆転の切り札を見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべた。

「あった、ありましたよ上白沢さん!」

「おおそうかっ! あったか! ありましたかっ!!」

 思わず礼儀を忘れて騒ぎかけ、必死に軌道修正してまた騒ぐ。
 私と稗田殿は、すでに勝利を得たかのように喜びあった。
 良かった。私の感じた懸念は、気のせいだったのだな。

「それで、どのような噂なのです?」

「はい。何でも『人形遣いの屋敷で、何度も家主である魔法使いと戦っていた』らしいと!」

 まさかのダメ押しだった。喜んだ分ダメージが大きい。
 私が頭を垂れると、その動きで全てを察してしまった稗田殿の眼が驚愕に見開かれる。
 多分、彼女は「外来人繋がりだけど、さすがにこれは無関係か」みたいな噂をチョイスしたのだろう。
 それを無理やりにでも件の外来人の仕業にし、笑って私の懸念を流すつもりだったに違いない。
 しかし結果はまさかの『それも私だ』。心当たりが多すぎて、逆に気のせいだと思えてくるレベルに達してしまった。
 もちろん、気のせいになんて出来るわけ無いのだが。

「その、えーっと……」

 稗田殿が、獅子と同じ檻に放り込まれた兎のような表情を久遠に向ける。
 現在彼女の中で、久遠の危険度は天井知らずに上がっている事だろう。
 それも無理の無い事だ。明らかに不審人物な態度の上、各所で暴れていると言う噂までセットで付いてきているのである。
 私だって、久遠の事を何も知らなければ危険人物としてこの家からの退去を願ったに違いない。
 しかし、知っているからこそはっきり言えるのだ。久遠はそんな事をする人間ではないと。
 そして信じているからこそ、私が稗田殿の誤解を解かなければいけないのだ。

「――なぁ、久遠。幻想郷の各所で暴れている外来人と言うのは、お前の事なのか?」

 聞こえているのかも分からないまま、私は久遠の肩を掴んでその顔を覗き込んだ。
 まずは久遠と対話できるようにならねば意味がない。
 私は覚悟を決めた。彼女の誤解を解くためなら、何度だって意味の無い会話をしてやろう。
 どんな反応が返ってくるか戦々恐々としつつ、私は彼女に問いかける。
 
「いや、暴れているワケでは無いですよ? 確かに行く先々で、色んな相手と弾幕ごっこする羽目にはなっていますけど」

 すると今までの錯乱具合が嘘のように落ち着いた様子で、久遠が私の問いにあっさりと答えた。
 なんだ。暴れまわってたのではなく成り行きで弾幕ごっこする羽目になっていたのか、事実は大分違うじゃないか。

「……待て、何故いきなり平静を取り戻している」

「『心が落ち着かない時は、飛びきりおかしな行動を取ってそんな自分を冷静に分析しなさい』と、かつて後見人に教わった事があります」

 なるほど、一連のおかしな光景は、全て冷静になるための久遠なりの対抗策だったと。
 ――誰が教えたんだ。そんなハタ迷惑な対処法。
 なら稗田宅へ到着した頃から大人しくなっていたのは、どうおかしく行動するかを考えるためだったのか?
 こちらが本気で心の心配をしていたと言うのに、まったく良い御身分だな。
 とりあえず、思いっきり頭突きさせてくれ。

「あはは。実際の所、途中までは本気でパニくってたんですけどね。話なんて全然入ってこなかったし」

「ほう、ではどこらへんからまともに聞き始めたんだ?」

「「なぁ、久遠。お前が~」の所からです。それ以外はほとんど全部話半分ですね」

 結局、今までずっと緊張してたんじゃないか。 
 しかしまぁ、これで稗田殿の誤解も解ける事だろう。私はホッと一息吐く。
 久遠は、今までの愛想の悪さを撤回するような笑みを向け―――ようとして、恐ろしい速さで顔を背ける。

「え? え?」

 危険な噂が否定され少し安心していた稗田殿は、いきなり顔を背けられ呆然としていた。
 その気持ちは私だって同じだ。何故、いきなりそんな真似をするんだ?

「あ、あのー、どうかしました?」

「……すいません。ちょっと、その、今冷静に稗田さんの顔を見れないと言うか」

「はぁ」

「稗田さんの顔を見ると、また緊張してしまうと言うか」

「そ、そうなんですか」

「―――吐きそう」

「またかっ!?」

 結局、緊張から脱せてるワケでは無いのだな。
 稗田殿から厠の場所を聞き、久遠は無駄な早さで駆け抜けていった。
 残されたのは、何とも言えない空気の私達だけだ。

「まぁその、危険人物で無い事は分かって貰えたでしょう?」

「そう言われても、あのやり取りじゃそもそもどんな人物なのかが分かりませんよ」

「うっ、そ、そうですか」

 やはり、そうなってしまうよな。
 稗田殿の呆れた表情に、私は苦笑いを返すしかできない。
 あの久遠の態度で安全だと判断が下せる方がおかしいのだから、稗田殿の台詞は至極もっともだ。
 しかし私としては、もう少し好意的に解釈して貰っても――いや、やはり無理だな。

「久遠さんがどんな人物か、判断するのは保留としておきます。噂にどこまで関わっているのかも分かりませんしね」

「申し訳ない」

 稗田殿としては、これが最大限の譲歩だろう。
 妖怪と人間の在り方が変わりつつあるとは言え、幻想郷縁起に与えられた本質は変わらない。
 もし、久遠が妖怪相手に暴れまわる危険人物であるなら、彼女はそれを己の資料に記録しなければならないのだ。
 ……人間初、危険度高の要注意存在か。笑えんな。
 出来れば、そんな彼岸の向こうまで彼女の祖父に謝りに行かねばならん不名誉な称号を、久遠に付けさせるわけにはいかないのだが。

「……それにしても、行く先々で弾幕ごっこする羽目になる。ですか」

「稗田殿?」

「そんな危険な場所に、あの人はどうして行こうとするのでしょうかね」

「それは――偶然だと思うのですが」

 幻想郷は人にとって危険な場所だ。犬も歩けば棒に当たるではないが、適当にうろついていれば危険な目に遭う事は必然だろう。
 しかし、私の答えに稗田殿は静かに首を振った。
 
「そうでしょうか。私には、あの人が何か目的を持って動いているように思えます」

「目的ですか?」

「ええ、何となくそんな気がするだけですが……それを知る事が、彼の本質を理解する一歩になると思うんです」

 ……目的か。そういえば久遠は、何のために幻想郷へやってきたんだろうか。
 私は、祖父と同じように彼女も「幻想入り」しただけだと思っていたが。
 ひょっとしたらそれは、とんでもない思い違いなのかもしれない。
 久遠の本質。―――私は、それをきちんと理解しているのだろうか。

「慧音、居るっ!?」

「マーガトロイド!?」

 そんな事を考えていると、突如居間に七色の人形遣いが入ってきた。
 その表情は、普段冷静な彼女から考えられないほど焦っているように見える。
 
「人形遣いさん、どうしてここに」

「説明は後、今ちょっとまずい事態になってるのよ」

「なっ、何かあったのか!?」





「妹紅から伝言よ。―――妖怪の一団が、人里に向かってるわ」







[8576] 東方天晶花 巻の四十九「正義は永遠の太陽である。世界はその到達を遅れさせることはできない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/12/31 03:06


巻の四十九「正義は永遠の太陽である。世界はその到達を遅れさせることはできない」




 ※CAUTION!
 
  このSSには、過激なはっちゃけと多分なパロディが含まれています。
  ある程度覚悟を決めて閲覧する事をお勧めいたします。
  酷い目に遭う役? アリスの事ですね分かります。
























「うぅ、口の中が酸っぱいっす」

 どうも、トイレから帰還中の久遠晶です。
 憧れの人に会った緊張から胃が荒れまくりでござる。冗談じゃない。
 ……僕って、こんなにメンタル弱かったかなぁ。
 どうも、あの人の顔を見るとそれだけで胸が物理的に締め付けられると言うか。
 あ、これが心筋梗塞かー。等とボケている場合じゃない。
 さっきまでの僕は完全に怪人物だったから、せめて印象を一般人レベルまで良くしたいもんです。

「そのためには、まず緊張しないようにならないといけないんだけどね」

 さて、どうしたものか。
 いっそ面変化すれば問題無く付き合えそうな気もするけど、それは尊敬する彼女に対して失礼な気がする。
 と言うか僕がヤダ。あの人との話をある意味別の人に任せるような真似、死んでもしたくない。
 
「―――おや?」

 そんな風に悩みながら居間に戻る途中、何かを考え込んでいるアリスを見つけた。
 あれ? アリスって、てゐ達を迎えるために里の入り口付近で待ってるんじゃなかったっけ?
 胡乱になっている自分の記憶から何とかその事実を引っ張り出し、僕は首を傾げる。
 しかも彼女はどこか緊迫した表情だ。普段クールな彼女にしては珍しい。

「やっほーアリス、どうしたのさこんな所で」

「晶! 貴方今までどこに居たのよ!」

「雪隠に居ました。何故かは深く聞かないで」

「この大変な時に……」

 こめかみを抑え、露骨な溜息を吐く人形遣い。
 いや、僕だって好きでトイレに籠っていたワケじゃないんですが。
 だからその緊急時にも呑気な奴だな的な呆れ顔は――って、大変な時?

「えっと、何かあったの?」

「ええ、人里に妖怪の一団が向ってきているのよ」

「妖怪の一団!?」

 思わず僕は彼女の言葉を鸚鵡返しした。
 以前にも考察したが、人里は幻想郷唯一の人間保護区みたいな場所である。
 幻想郷のバランスを保つため、妖怪たちも人里を直接襲う事は無い……はずなんだけど。
 そこに妖怪が、それも群れを成して襲いかかろうとしているなんて。
 
「何がどうしてそんな事に?」

「分からないわ。私も、妹紅が逃がした里の人間から話を聞いただけだから」

「妹紅さんが?」

「どうもその一団、人里に向かう途中で妹紅が護衛していた人達とカチあったらしいのよ」

「なるほど、それで「人里で人肉感謝祭する前の景気付けだシャハー!」みたいな感じになったと」

「……間違ってはいないわ。妹紅はそいつ等を逃がして、今その一団と戦っているみたい」

「現在進行形!? なら、僕らも行かなくちゃ!!」

 そこまで聞いて、僕は駆け出した。
 しかし、何故か首輪が空中で固定され動きがすぐに止まってしまう。
 どうやら、アリスが僕の首輪を掴んでいるようだ。っていうか首! 首が締まるっ!!

「ぐ、ぐげぇ……」

「落ち着きなさい、もう慧音には知らせたわ。これ以上の‘手助け’は無用よ」

「手助けって、そんな他人事みたいに」

「他人事よ」

 きっぱりと、アリスは断言した。
 驚きで目を見開く僕に、アリスは言い含めるように言葉を紡ぐ。

「確かにその妖怪達の行動は不可解だけど、あくまでこれは「人里」の問題よ。魔法使いや外来人の出る余地は無いわ」

「そんな……」

「義理は果たしたわ。後は、あの二人を信じましょう」

 アリスの言いたい事は分かる。
 例え幻想郷に必須な場所であろうと、あくまで人里は人里。
 妖怪が襲う理由は数え切れないほど存在しているし、それを根源的に禁止する事も出来はしないのだ。
 そもそも、魔法使いであるアリスは立派な妖怪カテゴリの存在なのである。
 こうして傍観してくれている時点で、彼女が人里の味方だと思っても間違いではないだろう。
 とはいえ、やっぱり何もしないで見ているって言うのは……。
 
「何か僕達に出来る事、無いのかなぁ」

「そうやって下手に動く時点でダメなのよ。晶だって立場的には妖怪側の人間なんだから、素直に大人しくしていなさい」

 妖怪側の立場って……そりゃ、僕は文姉の弟で幽香さんのペットでその他エトセトラ多様な立場に居るけどさぁ。
 ――って、そういえば僕。こっちでも知り合い自体は多いけど、人間の知り合いはほとんど居ないじゃないか。
 なるほど確かにアリスの言うとおりだ。僕って妖怪側の人間だったんだね。
 さりげなく気付かされた驚愕の事実に戸惑いつつも、僕は本当に何も出来ないのかもう一度考えてみる。
 とりあえず、魔法使いや外来人が人里の問題に首を突っ込むのがNGなんだよね? なら――あっ! ひらめいたっ!!

「アリス、僕達も行こう!!」

「……あのね。私の話、聞いてた?」

「ふふんっ、その問題ならすでに解決済みですよ」

 そう言って、僕は懐から二つの装身具を取り出した。
 何かに使えるかもと持ち歩いていたワケだけど、まさかこんなに早く使う機会が来るとはね。
 しかし、何故か『ソレ』を見てアリスの表情が露骨に歪んだ。

「どうしたのさアリス、急に顔を顰めて。早く人里の危機を救いに行こうよ」

「い、嫌よ! 人里の厄介事に私達が関わる理由がないわ!!」

「そんな不義理な事言わないでさー。顔出ししたくないって言うなら、そこらへんは僕も考慮するよ?」

「やっぱりその手にある‘モノ’は、そういう用途のために持ってきたのね!? だから嫌だって言ってるのよ!」

 アリスがじりじりと下がる。その分僕も彼女ににじり寄る。
 どうやら彼女は、僕のアイディアがあんまりお気に召さないらしい。
 しかし対外的に堂々と助けに行く事が出来ないと言うのなら、やはり残された手段はこれしかないだろう。
 それにアリスだって、何だかんだ言っても人里がなんでしょう? 
 僕はそう言った意味を込めつつ、満面の笑みを浮かべ彼女を見つめた。

「だ、ダメよ。今回ばかりはそれに屈するわけには」

「じーーーーっ」

「いや、ほんと、慧音たちなら大丈夫だから、そこまでしなくても」

「じーーーーーーーっ」

「そりゃ、私だって心配はしてるけど、だからってそれは」

「じーーーーーーーーーーーっ」

「お願いだから止めてーっ!」










<諸事情によりシーンプレイヤーが因幡てゐに切り替わります>










 人生万事塞翁が馬とは良く言ったもんだ。
 メディスンを人里に連れていくだけの簡単な仕事かと思ったら、こんな目に遭っちゃうんだから。
 あーあ、困った困った。

「おいこら永遠亭の兎! 木陰に隠れてないでお前も戦えっ!!」

「てゐちゃん非戦闘員だから無理ー。力弱いもん」

 炎が弾け、数体の妖怪共が吹っ飛ばされる。
 全身が木乃伊のように痩せ細り、腹だけが膨らんだコイツらは、その外見と行動指針から『餓鬼』と呼ばれている。
 仏教用語では強欲な亡者の事を指すらしいが、この小妖自体は六道とは何の関係も無い。
 まー、かなり昔から居るゴキブリみたいな妖怪だから、昔の人間がコイツを見て勘違いしたと言う事もあるかもしれないけど。
 話が逸れた。とにかくこの餓鬼共は、その名に恥じぬ貪欲な食欲と数の多さを売りとした小妖である。
 一匹一匹の力は無いけど、とにかく多い。しかも妖精並みに死を恐れない。そういうワケで倒すのがやたら面倒臭い相手なのだ。
 
「だから頑張れ藤原のお姉さん! 私達はここで応援しているよっ!」

「しているよーっ」

「手伝えやそこの妖怪連中ぅーっ!!」

 再度炎が餓鬼を吹っ飛ばす。
 戦っているのは、うちの姫様と殺し合いする事に定評のある蓬莱人、藤原妹紅。
 どうやら人間共の護衛中に、偶々この一団と居合わせてしまったらしい。ラッキー。
 
「ねぇてゐ、手伝えって言ってるよ?」

「メディは分かって無いねー。押すなって言われたら押さない。だから手伝えって言われたら手伝わないのが世の中の基本なのさ」

「へー、そうなんだ」

「ついでに燃やすぞお前らっ!」

 蓬莱人の抗議を聞き流し、私は背後のメディスンをゆっくりと引き寄せた。
 正直に言えば、私だってあれくらいの小妖を倒す能力は持っている。
 ただ、この毒人形はそういうワケにはいかない。小康状態の彼女を戦わせたら、私が人形遣いにボコられてしまう。
 そういうワケなので、私は傍観しているしかないのである。ああざんねんだなー。

「にしてもこいつら、何やってるんだろうね?」

「人里に向ってるんじゃないの?」

「……あー、やっぱりそうか」

 見たまんまの事実を告げるメディスンの純粋な言葉に、私も逸らしていた現実を見据えさせられる。
 彼女の言うとおり、あいつらの目標は人里と考えて間違いないだろう。
 しかし、ここで疑問が一つ出来る。
 ――あいつら、こんな身の程知らずな真似出来る度胸あったっけかなー?
 餓鬼はかなりの小心者だ。相手が人間だろうと、数で上回らない限り襲う事をしないぐらいチキンである。
 そんな臆病な連中が人里を襲うなんて、よほどの事があったと考えるのが自然だろう。
 そういや、最近小妖共がやたら騒いでるって話もあったよね。
 まさか異変? それにしては、随分と規模が小さいと言うかやってる事がセコいと言うか。

〈ヤロウドモッ、ソイツニカマウナッ! オレタチノモクヒョウハニンゲンダァ!!〉

 リーダー格と思しき餓鬼が叫び声を上げた。
 その声は、藤原の人と戦っている事を差し引いても余裕が無さ過ぎる。
 大体、どう考えても格上な相手と未だにやり合ってる時点で、現状の異常さが良く分かると言うものだ。
 うーん。やっぱ何かあったのかなー。

「さっせるかぁっ!」

〈ヤベェ、オンナガキタッ!?〉

〈キニスンナ、アノオンナハゼンリョクヲダセハシネェ! ムシシロッ!!〉

「くっ……やばいっ、抜かれる!!」
 
 号令に合わせ、餓鬼共は蓬莱人による被害を気にせず駆け抜けていく。
 小物は小物なりに、相手の事を観察していたらしい。
 どうやら、彼女が森を気遣って火力を抑えていた事を悟られてしまったようだ。
 加減した火力で、奴らの本分である数を抑える事は出来ない。
 うわ、これひょっとして地味にヤバい?



 ―――――――国符「三種の神器 玉」



「妹紅! 大丈夫か!!」

「慧音! ナイスタイミングっ!」

 列のような弾幕が、広がりながら薙ぐように餓鬼に降り注ぐ。
 現れたのは人里の守護者と名高い半獣、上白沢慧音だ。

「キャー、けーねせんせーステキーっ!!」
 
「けいねせんせいすてきーっ――で、あの人誰?」
 
「とりあえずノッておく君の性格は嫌いじゃないよ。けど説明は後で」

「はーい」

「……何だ、あの組み合わせは」

「気にするな慧音、それよりとっととあいつ等をぶっ飛ばすぞっ!」

「応っ!」

 新たな乱入者の姿に、餓鬼共が騒ぎだす。
 しかし、こんな状況になっても逃げ出すそぶりを見せないってのはマズいね。
 あの二人が負けるとは思わないけど、何匹か討ち漏らすかもしれない。
 そう思わせるほどに、餓鬼共は切羽詰まっているようだった。
 ……逃げた方が良いかなー、これは。

〈ハラヘッタ……モウヨウカイデモイイ! クウッ!!〉

「うわっ、まさかの飛び火!?」

 参ったなー、こりゃ早々に逃げ出すべきか。
 こちらに向かってくる数体の餓鬼から距離を取りつつ、次の行動に頭を悩ませる。
 背後からほんのり漂ってくるのは毒の香りか。メディスンの奴、殺気に反応してヤる気になってるみたいだね。
 本格的にマズい事態になってきた。さてどうしたものか。





「――――そこまでだっ!!!」





 混迷とし始めた戦場に、燐とした声が響き渡る。
 その場に居る全員が、声のした方向に顔を向けた。
 
「貴様らに敢えて聞こう! 幻想郷の理を破り、何ゆえ人里に害を与えようとするのかっ!!」

 朗々と詠う様に、声の主は全員の注視を受けてもなお怯まず啖呵を切った。
 小高い丘に仁王立ちするその姿は、その語りも相まって戯曲の主人公にすら見える。
 あまりに場違いな存在感の主に、餓鬼のリーダー格が問いかけの声を上げた。

〈ナニモノダァッ! キサマッ!!〉

「正義の使者、水晶華蝶!」

「せ、正義の使者、人形華蝶……」

「華蝶仮面、人里の危機に只今参上!!」

「か、華蝶仮面、人里の危機にごにょごにょ……」

 高らかに名乗りを上げるさっきまでの口上の主と、俯きながら呟くように声を出す一言も喋って無かったもう一人。
 とりあえず、率直に感想だけ言わせてもらおう。


 ―――それで正体を隠せていると本気で思ってんかアンタら。


 両者の顔には、仮名の象徴になったと思われる蝶の仮面が装着されている。
 が、それだけだ。
 個人特定出来まくりの首輪付き腋メイド服とか、傍らに浮いている「シャンハーイ」言いまくってる人形とか。
 そこらへんの誤魔化さなきゃいけない肝心な部分は完全放置である。
 あと最後の決め台詞、徹頭徹尾揃ってないから。

「華蝶仮面? 素っ頓狂な仮面付けやがって、どこのどいつだ!」

「ふっ、そう聞かれて名乗るなら始めから仮面など付けんさ」

「さっぱり正体は分からんが、腋が出ているという事は――まさか紅白巫女!?」

「お願いだから追求しないで……お願いだから」

 ええっ、気付かないの!?
 少なくとも二人共、片方の仮面ヒーローとは面識あるはずでしょーが。
 肝試し以降もそれなりに仲良くしてるって話は嘘だったの?
 
「ねぇねぇ、てゐ」

「なにさメディちゃん。今私はあのボケにどう反応すべきか考えて」

「カッコイイね! あの仮面の人達!!」
 
 ブルータスお前もか。
 明らかに初対面の人へと向ける視線で、メディスンが仮面の人達を見つめる。
 あれか、あのパピヨンマスクには付けるだけで認識を阻害する魔法でもかかってるのか。
 さすがにそれはない。

〈ニンゲンダァ!〉

〈エサダ! クワセロォ!!〉

 いきなり過ぎる登場に一瞬呆然としていた餓鬼共は、その間に正気を取り戻し水晶華蝶へ押し寄せるよう向かっていく。
 そういや、この場で真っ当な人間はアイツだけだっけ。そりゃ蜘蛛の糸に群がる亡者みたいになるわな。
 怒涛の勢いで集まっていく餓鬼、その圧倒的な光景に――水晶華蝶は不敵に微笑んで見せた。

「やれやれ。数で押すのが多勢の強みとは言え、無策で突撃するのは些か無粋ではないか?」

 問答無用で飛びかかった餓鬼の腹に、水晶華蝶の拳が叩きこまれる。
 足に被りつこうとした奴にはカウンターの膝を。さらに打ち出された拳は戻り際、裏拳で背後に回った餓鬼を弾き飛ばす。
 攻撃を喰らった全ての餓鬼は、氷にコーティングされ地面に叩き落とされる。
 ――冷気を纏わせた全身による拳撃か。攻撃手段としてはベタなやり方だけど、数に任せたあいつ等には恐ろしいほど有効な技だね。
 何しろ一撃喰らえばその時点で戦闘不能なのだ。おまけに能力の使用規模が最小限だから、周囲を気遣う必要もない。
 ……あのヒーロー、仮面付けてない時より明らかに強くない? 手加減もきちんと出来てるし。

「しかし、その様な無粋を真っ向から撥ね除けてこそ正義の味方だと言える。だろう? 人形華蝶よ」

「とりあえず私は、貴方のキャラの変わりようについて行けないわ」

 そう言いつつ、人形華蝶は水晶華蝶に群がろうとする餓鬼に弾幕を叩きこむ。
 完全に目の前の餌に釣られていた餓鬼共は、抵抗する暇も無く吹っ飛ばされてしまう。
 その様子を確認し、人形華蝶は小さい――しかし確かな笑みを浮かべ水晶華蝶の問いに答えた。

「だけど、数さえあれば勝てるって思われるのは、確かに面白くないわね」

 さらに放たれる追撃。それは確実に餓鬼の戦力を削っていく。
 ……そこでそのノリに付き合っちゃうから、こんな所で仮面を付ける羽目になるんだよ。
 自分でもその事に気付き落ち込む人形華蝶の姿に、さすがの私も苦笑する他無かった。
 ちなみに余談だけど、ここまでノリノリの水晶華蝶の瞳は奇麗な蒼色をしている。
 つまりこやつ、完全に素だと言う事だ。もう魔眼とか要らないんじゃないかな。

「あの二人、味方……なのか?」

「ふん、面白いじゃないか」

「あ、妹紅!?」

 怪訝そうな半獣をヨソに、蓬莱人は炎を纏い餓鬼の一団へと突っ込んで行く。
 そのまま彼女は一団を蹴散らしながら駆け抜け、水晶華蝶の背後へと舞い降りた。

「――目的は同じと考えていいのかよ、氷使い」

「――最初からそう言っているつもりなのだがな、炎使い」

「足、引っ張るなよ?」

「ふっ、善処するさ」

 ――私の知らない所で、ヒーローごっこが流行ってるのだろうか。
 背中合わせのまま僅かな会話で全てを理解し合った二人は、揃って餓鬼の群れへ飛び込んでいった。
 熱気と冷気を纏わせた双方の拳が、餓鬼達を派手に吹き飛ばしていく。
 人間である水晶華蝶の登場で、状況は一変した。
 今の眼前の餌しか見えていない餓鬼共に対してなら、制限された火力も充分な威力を発揮する事だろう。 
 それでも、本来なら数の違いは如何ともしがたいのだが――。

「妹紅、援護するっ!」

「あきっ――水晶華蝶、少し出過ぎよ!」

 無数にばら撒かれた弾幕が、その数すらも削っていく。
 ほぼ同時に援護射撃を放った事に、人形華蝶は憮然とし人里の守護者は笑みを浮かべた。

「ふふっ。素性がどうあれ、共闘する事に支障は無さそうだな」

「そうみたいね。早く終わるようで何よりよ」
 
「ラッキークッキーヤシロアキー」

「……しかしその人形、どこかで見たような気が」

「―――気のせいよ」

 その台詞は、せめて人形の顔を隠してから言ったら?
 
「むぅ、すまん。知り合いの人形に似ている気がしてな」

 ってあっさり納得しちゃったよ! 先生もう少し考えてみようよ!?
 あまりのツッコミポイントの多さに、途方に暮れるしかない傍観者の私。
 いやいや、ここは逆転の発想をすべきだよてゐちゃん。
 私しか気付いていないって事はつまり、最高の取引材料が手に入るチャンスって事じゃないか。
 だから逆に、他の奴に気付かれたら困ると考える事は出来ないかい?
 ……普段ならともかく、今回の件ではさすがに無理だねー。
 色んな意味で与えるダメージが多すぎる。このネタで‘お願い’なんてした日には、今晩のメニューは兎鍋で決定よ、だ。
 結論、一文の得にもならない。むしろ損する。

「頑張れーっ! 華蝶かめーん!!」

「……キャー!! 謎のヒーローステキー!! てゐちゃん痺れちゃうぅーっ!」

 私は全てを忘れて、無邪気な心で彼女らを応援する事にした。
 えっ、華蝶仮面の正体? てゐちゃん知らないよー。
 
「おい正義の味方、声援が飛んできてるぞ? どうするんだ?」

「ふっ、知れた事――人形華蝶!」

「はいはい、言われなくてもそのつもりよ。そっちも良い?」

「ああ、承知した。妹紅、当たってくれるなよ!」

 私達の声を切っ掛けにして、四人が其々スペルカードを構える。
 えーっと、密集しているのを良い事に集中砲火で叩きのめそうって作戦で良いのかね。
 ……餓鬼の皆々様には、ご愁傷様ですとだけ言っておこう。



 ―――――――時効「月のいはかさの呪い」



 ―――――――模倣「パーフェクトフリーズ」



 ―――――――蒼符「博愛の仏蘭西人形」



 ―――――――産霊「ファーストピラミッド」



 一斉に放たれる‘最低難易度’の弾幕。
 他弾幕との兼ね合いか、森への被害を考慮してか、全員が示し合わせたように威力を調節した弾幕を放っていた。
 しかしどちらにしろ、合わさってしまった時点でそんな加減に意味は無い。
 無秩序に広がる弾幕は、あっという間に餓鬼達を飲み込んでしまうのだった。





 ……ところで華蝶仮面さん達や。スペカ名そのまんまってどういう事さ。
 いや、私は誰の事なのか分かんないんだけどね。




[8576] 東方天晶花 巻の五十「希望に満ちて旅行することは、目的地にたどり着くことより良いことである」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/01/07 20:28


巻の五十「希望に満ちて旅行することは、目的地にたどり着くことより良いことである」




「おーい、みんなーっ!」

 人里の入り口で、僕は皆を出迎えた。
 肩の荷を下ろした様子の上白沢先生は、両側にてゐとメディスンを連れて歩いてくる。
 って三人だけ? 妹紅さんも一緒に居たはずじゃ――いやその、僕はずっと人里に居たんですがね?
 
「なんだ久遠。迎えに来てくれたのか?」

「皆の事が心配で、つい出てきちゃいました。それであの……妹紅さんは?」

「妹紅には人里の周りを警戒して貰っているよ。もう大丈夫だとしても、一応の用心は必要だからな」

「そうですか。良かった」

 どうやら人里の危機は去ったようだ。
 思わずホッと一息ついた僕に、てゐが呆れたような視線をよこす。
 
「なにさてゐ、僕の顔に何かついてる?」

「……晶、私達が一緒に居る事には驚かないんだね」

「うぇっ!? そ、そういえばてゐ達、どうして上白沢さんと一緒に居るのかな、かな!?」

 危ない危ない、うっかりスルーしちゃう所だった。
 いや、アレですよ? 人里のピンチの方に気が向いてて気付かなかったって意味ですよ?
 深い意味はナノミリグラムもありませんから、ええ。
 だからてゐさん、その意味も無く憂いを帯びた瞳を引っ込めてくださいよ。
 
「ねぇ晶、そんな事よりアリスは?」

「えっ、振られて聞いたのにまさかの質問スルー? いや、アリスならそこの路地裏にいるけどさ」

 マイペースなメディスンの問いに答え、僕は家と家の狭間を指差した。
 そこには、陰鬱な空気を放つ七色の人形遣いの姿が。

「……殺して、いっそ私を殺して」

「今の彼女、見ての通りあんな感じだから、話しかけても無駄だと思うよ?」

「わーい、アリスー!」

 またスルーですか。メディスンは本当に自由人やで。
 体育座りして頭を抱え込んでいるアリスを、メディスンは背後から抱きしめる。
 アリスから反応が返ってこない事は気にしていないようだ。
 ……彼女は、アリスの外見をしていれば何でも良いのだろうか。ふとそんな疑問を抱いてしまった。
 そんな異常な光景に、上白沢先生が口の端をひくつかせながら苦笑する。

「久遠、マーガトロイドに一体何があったと言うのだ?」

「さぁ……さっきからずっとああなんですよ」

 さてはて、何があったんだろうね。不思議な話です。
 僕は先生の問いに、首を傾げてそう答える事しか出来ない。
 そんな僕達のやり取りに、てゐが呆れたような声で苦々しげに呟いた。

「……今まで生きてきて、ここまで他人に同情した事は無いよ」

「なにそれ? 良く分からないけど、弱ったアリスに付け込むような事しないでよ?」

「しないよさすがに。私にだって良心はあるんだから」

 アリスを憐憫の目で見つつ、彼女はそう答えた。
 人里に来てから、てゐはやたらミステリアスな空気を漂わせている。何故だろう。
 
「と言うか人里連中、こっちの華蝶とも面識あるのか。……気付けよ先生」

 はて、今何か彼女の口からとても不穏当な発言が為された気がする。
 良く聞こえなかったけれど、その内容を確かめようとするととっても痛い目に遭う様な気がするので迂闊に尋ねられない。
 しょうがないので、僕は無難に会話が出来るであろう上白沢先生に話を振った。
 
「ところで、結局人里に向かっていた一団の目的は何だったんですか?」

「目的自体はシンプルな捕食行動だったよ。……ただ、何故そんな行動をとるに至ったかまでは分からなかったがな」
 
「やっぱり、普通じゃないんですね」

「ああ、私も初めての経験だな。異変、と呼ぶには少々規模が小さい気がするが」

「確かにねー。食うに困った小妖がトチ狂っただけの話だし」

「餓鬼が食うに困る、と言う事態がすでに異常だがな」

 むぅ、僕には幻想郷の妖怪事情が良く分からないけど、ゴキブリが飢え死ぬような感覚なのかな。
 ……なるほど、そう考えると確かに異常だ。

「とは言え、本気でヤバい事態だったら巫女が動くでしょ。怠け者だけど勘だけは鋭いからね」

「ふむ、あの紅白巫女か。確かに実力だけは折紙付きだからな。……性格にやや難はあるが」

 巫女か――多分、色んな所で話だけは聞いてる『博麗の巫女』の事だろう。
 レミリアさんや幽香さんも一目置いている、幻想郷で最強の人間。
 かなり変わった人だと、妖怪側の方達から散々言われていたけど……。
 一応人間側の上白沢先生にさえこの言われようとは。本当にどんな人なんだろうか。

「か、上白沢さん! ご……御無事でしたかっ?」

「稗田殿。わざわざこちらに?」

「え……ええ、人里の……一大事です……から」

 僕が謎の巫女さんに対して考察を進めていると、稗田さんがやってきた。
 やはり文系な人間は運動が苦手なのか、稗田邸からここまで大した距離は無いはずなのにもう息が上がっている。
 とりあえず僕は、そんな稗田さんから隠れるようにてゐの背後へと移動した。

「……一応聞くけど、何やってるの?」

「いやその、ちょっと止むに止まれぬ事情が」

「ならせめてもう少し、隠れる意欲って奴を見せなよ」

「てゐの背中って意外とおっきいね☆」

「その台詞、そこいらのゴミ箱にでも言ってあげれば? きっと喜んで障害物になってくれるよ」

 呆れる気持ちは大変分かりますが、少しはこっちの気持ちも察してください。
 正直、その程度の判断も出来なくなるくらい動揺しているんですよ。
 さっきとは違いあからさまな行動に移す事は無いけど、まだてゐに隠れる程度には混乱しているのだ。
 ……自己分析はここまで出来ているのに、落ち着く事は出来ないんだよね。
 ちなみに僕達が漫才している間に、落ち着いた稗田さんと上白沢さんの会話は進んでいる。
 事の仔細を話し終えた二人は、その後の応対について話し始めた。
 
「なるほど、餓鬼の一団が人里に――ですか。確かにそれは不可解ですね」

「はい。今後同じ事が起きぬよう、原因は探ってみますが……また何かのトラブルかもしれません」

「そうですか。……はぁ、出来れば優雅な余生を過ごしたいのですが、まだまだ縁起の修正に時間を潰しそうです」

「ここ最近の幻想郷の変わり様は、類を見ませんからね。そういえば今日も面白い人物に遭いましたよ」

「面白い人物ですか?」

「華蝶仮面と名乗る、人間と妖怪の二人組です。人里の窮地を救う手伝いをしてもらいました」

「ピンチの時に現れるなんて、まるで正義の味方ですね」

「ええ、本人達もそう名乗っていましたよ。……事が終わってすぐに、どこかへ行ってしまいましたが」

 いやはや、幻想郷にもあのような者達がいるのですな。と楽しそうに語る上白沢さん。
 それはまた、何ともカッコイイ正義の味方ですね!
 ほんとカッコイイ! 有った事は無いけど、きっとカッコイイに違いない!!
 ……いや、他意は無いよ?
 
「ア、アリス? 身体が凄い震えてるよ? 寒いの?」

「もう二度と……二度とあの目に屈するものですか。二度と……」

 華蝶仮面の名前を聞いたアリスがマナーモードの携帯電話みたいに震えているのも、きっと無関係だ。
 ついでに後に居る僕の顔を、てゐがやたら冷めた目で見ているのは――さすがに無関係じゃないか。

「なっ、なんですか、てゐさん」

「今更ツッコミを入れる気はしないから、晶のその得意げな表情を追求する気は無いけど」

「はっはっは、何のことやら」

「いい加減背中から離れてくれない? てゐちゃん、前面に押し出されるの嫌いなのよ」

「ゴメン、もう少し待って……」

「どれくらい?」

「稗田さんがどこか行くまで」

「即刻離れろ」

 自分でも無茶なお願いだと思うので、貴女のコメントに文句はありません。
 文句はありませんから、本当にもう少しくらい待ってください。
 今、彼女を直視したら僕は壊れてしまう危険性があるんです。いや、冗談で無くて。
 
「まったく、普段の傍若無人っぷりはどこに行ったのやら。何かあの人間に弱味でも握られてるの?」

「そういうワケじゃないけど……どうもあの人の顔を見てると、まともに話せなくてさ」

「ならいっそ、目隠しでもしたら?」

「――その手があったかっ!」

 それは盲点だった。確かに、視界に入らなければ緊張する要素は減るかもしれない。
 てゐのナイスアイディアに納得した僕は、手持ちの布で視界を覆った。
 とは言え「気を使う程度の能力」があるから、目隠ししても全員の大まかな位置の把握には困らない。
 なるほど、これが心の眼で見るって事なんですね! 分かりました!!

「納得しちゃったよ! この子どれだけ動揺してるのさ!?」

「いやでも、これ結構落ち着くよ? 前は見えないけど」

「挙句落ち着いちゃったよ! もっと他の方法があったでしょ!?」

「……さっきから、何をやっているんだお前達は」

「いえ、ちょっと緊張を解そうかと思いまして」

「視界を隠す行為には、本来緊張を促す効果があったはずだと記憶しているのだが」

 呆れた声でそう呟きながら、上白沢先生がこちらに近づいてくる。
 隣に小さな気があると言う事は、稗田さんも一緒なのだろう。
 おおっ、やっぱり緊張しないぞ! 目隠し超凄い!!

「それで何か用? まさか、人里襲撃事件の原因探しにでも協力させる気?」

「いや、その問題はこちらで解決するよ。用があるのは稗田殿の方でな」

「そっちの人間?」

「はい。私から、久遠さんに」

「……僕?」

 具体的な仕草までは分からないにしろ、彼女が笑顔になった事は雰囲気から理解出来る。
 その、やけにフレンドリーな態度にやや違和感。
 おかしいな。稗田さんの僕に対する印象は、結構悪かった気がするんだけど。
 今の彼女からは、そういった感情を感じ取る事は何故か出来ない。

「実は、久遠さんに尋ねておきたい事がありまして」

「えっと、何でしょうか?」

「――久遠さん。あなたは、神隠しにあった人間ではありませんね?」

 僕の前に立った稗田さんが、真剣な表情でこちらを見つめる。見えないけど。
 ……そういえば、そこらへんの経緯を一切説明していなかった。
 彼女の問いに僕は何気なく頷こうとして――その雰囲気に、思わず下がりかけた首を止めた。
 違う。彼女が聞いているのは、そんな上辺だけの情報じゃない。
 僕は一旦間をおいて、正しいと思われる返答を口にした。

「はい。僕は‘自分の意思で’幻想郷にやってきた人間です」

 どうやって幻想入りしたのか、もちろんそれは分かってはいない。
 けれど、僕は確かに幻想郷へ行く事を望み、今こうして自分の意思でここにいるのだ。
 そんな僕の答えに、稗田さんは納得したように頷いた。……と思われる。

「何故、と尋ねてもよろしいですか?」

「――――幻想郷の全てを、見るためです」

「全て、ですか」

 二度目の稗田さんの問いには、驚くほどあっさりと答える事が出来た。
 思えば、最初にこの想いを抱いてからどれくらいの時間が経っただろうか。
 それまでに僕は、幻想郷の事を多々学んできた。
 それでもこの想いは、全然変わっていない。
 むしろ表立っていないだけで、想いはどんどん強くなっていたのだ。

「この世界は、馬鹿げてるほど不思議で、呆れるほど騒がしく、怪奇と幻想に満ち溢れています」

 妖怪が生を歌い、妖精が空に舞い、人間ですら幻想の力を扱うという、非常識に満ちた里―――幻想郷。
 そこで僕は、風のように気ままな鴉天狗に、太陽のように明るい花の妖怪に出会えた。
 二人に連れられて、吸血鬼に、かぐや姫に、魔法使いに会う事が出来た。
 それでもまだ、僕はこの不思議な世界の一面しか知らないのだ。
 
「それって凄い事ですよね。決して広くない幻想郷の中には、収めきれない程の幻想が眠っているんですよ?」

 嗚呼、だからこそ僕の想いは変わらない――いや、変わるはずが無いのだ。
 どこか歪で、どこか喜劇じみたこの世界は、こんなにも素晴らしい魅力に満ち溢れているのだから。

「全部見たいんです。だって僕は、この世界が、幻想郷が大好きなんですから」

 実物を知って、初めて分かる事もある。
 外の世界に居た頃の僕は、こんな単純な事実も分かっていなかった。
 ……もちろん今だって、幻想郷で見た事を本にしたいという気持ちはある。
 だけどそれは、あくまで副次的な物なんだ。
 結局僕の根源にあるのは、呆れるくらいシンプルなその想いだけだった。

「……目隠しが無ければ、最高に決まってる台詞なんだけどねー」

「はっはっは、むしろ素面で言えませんよこんな台詞」

 てゐの皮肉には、とりあえず本音で返しておく。
 視界が効かないから、他二人のリアクションが見れないのが超辛い。
 ちょっとアリスの隣に行ってきていいですかね?

「と言うか、晶って外来人だったの? てゐちゃんそっちの方がビックリなんだけど」

「あれ? そこから説明して無かった?」

「うん、超初耳。……まぁ、改めて考えると納得できる話だけどね」

 あのリュックの中身も自前かー、と一人納得するてゐ。
 そういえば、最近の僕はあまり外来人やら何やらと言う説明をしていない気がする。
 特に不便は感じていなかったけど……ひょっとして僕は、とんでも無い過ちを犯しているのではないだろうか。
 いや、そんな深刻なものでも無いと思うんだけど、なんかこーパーソナルデータの勘違い的な意味で。
 
「――久遠、すまない」

「え、何ですか先生? いきなり謝られると凄い不安になるんですけど、僕何かしました?」

「やはり、何も分かっていなかったのは私だったな。お前の中に眠る気高い想いに、気付く事も出来なかったとは」

「……てゐさん、解説希望」

「ぱす、いち」

 何と言うそっけなさ。いや、気持ちは分かるけどね。
 僕達が呆然としていると、上白沢先生が僕の両手を同じく両手で包むように握りしめた。
 思いの外柔らかいその感触に一瞬ドキッとしたけど、その後の激しい上下運動ですぐにトキメキも消え去っていく。
 
「久遠……いや、晶! これからは祖父の旧友ではなく、一人の友人として私を頼ってくれ!!」

「……はぁ、左様ですか」

 それ、今までと何が違うんですか、と聞くのは辛うじて堪えた。
 まぁ確かに、上白沢先生とは近いような遠いような関係だったのは事実だ。
 僕だって、彼女と仲良くする気が無いワケじゃない。
 ただ、急に「友人として頼れ」とか言われても、上手く切り替える事は出来ないんです。
 自分だってさっきまで同じくらい熱く語っていたくせに、そんな冷えた事を考えるわりと酷い僕。
 一応弁解しておきますが、別に悪意があるわけでは無いんですよ?
 
「久遠さん」

「な、何でしょうか、稗田さん」

「私も上白沢さんと同じ意見です。貴女がこの世界を見るお手伝い、是非ともさせてください」

「きょ、恐縮です」

 うわぁ、なんか稗田さんまで手を重ねてきたぁー!?
 まさかの二人目参加に、冷めていた思考は一気に沸騰し始めた。
 いやそのアレです。そんな気合い入れて貰わなくても大丈夫ですよ?
 僕、結構安上がりな人間なんで、道端歩いてぶつかるような不思議でも満足出来てますからね?

「それで久遠さん。せっかくですから、これから私の家でお茶でもいかがですか?」

「えっ、ええっ!? そんな、悪いですよっ!」

 しかも稗田さんから、まさかのお誘いを受けてしまった。
 何これ? どうして彼女はこんなにフレンドリーになってるの?
 そろそろ真っ当に思考が働かなくなってきた。やっぱり、ここは一旦戦略的撤退を……。

「そう遠慮しないで。ついでに稗田家に代々伝わる幻想郷の資料、お見せしますよ?」
 
「ふむ、そういう事なら幻想郷の歴史を知るハクタクとしても、参加しないワケにはいかんな。色々ここだけの話がしてやれるぞ?」

「―――是非とも御教授お願いします」

 やっぱりそこらへんの問題は妥協しちゃダメだよね!
 安上がり? はっ、向上心を捨てた人間は死ねば良いのさ。

「と言うワケでてゐさん、僕ちょっと二人と有意義な時間を過ごしてきます。そっちはどうする?」

「有意義な時間って――目隠ししながら過ごせるの?」

「外すと死ぬからね。主に僕が」

「文献見る時くらいは外しなよ。……まー、私は人里に来る事自体が目的だったから、後はどうとでもなるけど」

「なるけど?」

「あっちのアレは、どうするのさ」

 そう言いつつ、てゐはちらりと路地裏へ視線を送る。
 そこに居るのはもちろん、現在進行形で負のオーラを垂れ流し続ける魔法使い。
 ああ、そういえばすっかり忘れてたよ、彼女の事。

「アリスー? そろそろ動こうよ?」

「忘れたい、今すぐ全てを忘れたい……」

「ダメダコリャー」

 確かに、あれを放置して置くのは人里の平和的に良くない気がする。
 しかし今の彼女に話しかけるのは、かなり勇気が居るような。

「あの、てゐさん? ちょっとお願いが……」

「頑張れ晶☆」

 手伝う気皆無か、コンチクショウ。
 結局稗田さんや上白沢先生に頼めるはずもなく、僕は一人でアリスに話しかける事になったのでした。
 世の中って、上手い具合に役割分担が出来るようなっているんだね。あははー。

「アリスさん? そろそろ移動するんで、出来ればついて来てくれませんかね」

「――上海、襲え」

「エグリコムヨウニウツベシッ!!」

「あべしっ!?」

 華麗に決まった上海のローキックで、僕は地面と強烈な抱擁をする羽目になった。
 ……やっぱり、藪をつついて出てきたのは蛇だったか。
 倒れている僕にさらなる追撃をかける上海を横目に、僕は諦めの溜息を吐きだすのだった。
 ちなみにその後ついて来たアリスさんは、僕に上海をけしかけ続けた事をここに言及しておく。
 良く分からないけど、てゐに言わせると天罰なんだそうです。
 ――今回に限り、不平を言わず甘んじて受けた方が良いと思いました。
  

 







「ところで、稗田さん」

「はい、何ですか?」

「さっきまで、僕の事警戒していませんでした?」

「あはは、そうですね。久遠さんが緊張していた頃は、危険人物じゃないかって疑ってました」

「そうなんですか? なら、何で急に――」

「ふふ、久遠さんが人里の事を気遣ってくれる優しい人だって、知りましたからね」

「ほへっ?」

「――秘密のお話は、人気の無い所でした方がいいですよ。‘正義の味方’さん」

「あ、あははははーっ! な、何の事ですやらっ」




[8576] 東方天晶花 巻の五十一「人間の真の性格は、彼の娯楽によって知られる」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/01/14 13:33


巻の五十一「人間の真の性格は、彼の娯楽によって知られる」




 稗田邸に帰ってきた僕達は、今度は居間へと案内された。
 ゆっくり話すならあの客間は不向きだ、という稗田さんの配慮によるものである。
 確かに、最初に通された客間とは違い生活感のある居間は、ゆっくりするのに適していると思う。
 そんな事を考えながら部屋の中を見渡していると、平静を取り戻したアリスに半眼で睨まれてしまった。

「そういう態度はマナー違反だと思うわよ? 少し自重しなさい」

「うぐぅ……」

 ちなみに、すでに目隠しは「見ていてうざったい」と言うアリスの意見から取り除かれています。
 また緊張しそうで怖い、と主張はしたんだけどね。
 すっごい爽やかな笑みのアリスさんが、ドスの効いた声で仰る台詞が怖かったので素直に従う事にしました。

 ――その時は、私が物理的に緊張を‘捻り取る’から安心なさい。

 あれは本気の眼だった。恐らく、捻り取られるのは間違いなく緊張では無い何かなんだろう。
 さすがの緊張も命の危機には勝てないらしく、おかげで僕は平穏な稗田宅訪問を楽しめるようになったワケです。
 メデタシメデタシ。――そういう事にしといてください。
 尚、ノリノリだった上白沢先生は、残念ながら今この場に居なかったりする。
 何でも人里の外で見回りをしてくれている妹紅さんと合流して、今後の話し合いをしなければいけないのだとか。
 まぁ優先順位を考えれば当然の話だ。後から来るとも言っていたし、変に不安になる必要は無いだろう。

「すいません。今朝から慌ただしくて片付けする暇が……」

「いやいやお構い無く、私達は勝手にくつろがせてもらうからね」

「アンタは遠慮しなさいよ」

 稗田さんからお茶を受け取りつつ、我が物顔で寝転がるてゐ。
 普通なら、彼女の台詞こそが遠慮の定型句として使われるはずの物である。
 それがまさかの言葉通りとは、兎詐欺さんは本当にやりたい放題ですね。

「へぇ~、人間の住処ってこんな感じなんだ」

 そんなてゐの隣で、興味深げにメディスンは居間を見渡している。
 僕とまったく同じ事をしているのに、彼女は何も言われない。なんかズルい。

「……貴方ね、自分とメディスンが同じ扱いになるとでも?」

「あはは、ですよねー」

 子供同然の女の子と十代後半の男の子じゃ、比較対象にもなりませんよね。
 いやでも、僕だって子供のような心を持っているんだし、少しは見逃してくれても良いんじゃないだろうか?
 ――さすがにそれはないね、うん。

「あれ? なにこれ」

 そんなやり取りをしている間もキョロキョロしていたメディスンは、机の上に置いてあったカードの束を拾い上げる。
 黒く染まった背景に簡素な文字の描かれたソレは、外の世界の僕には馴染みのある玩具だった。

「それはウノだね。カードゲームの一種だよ」

「……うの?」

「トランプは知ってる? あれの「ページワン」ってゲームを専門にやるためのカードでね」

「そうなんですか?」

 メディスンにウノの説明をしていると、何故か稗田さんが驚きの声を上げた。
 興味深げにカードの束を覗き込んでいる所を見ると……ひょっとして、使い方知らなかった?
 僕の疑問を含めた視線に、稗田さんは照れた様子で苦笑する。

「実はそれ。貰ったのはいいんですけど、今までどう使って良いのか分からなかったんですよ」

「分からないって……そんなに複雑なルールのゲームじゃないけど?」

「それは、ルールを知ってる貴方だから言える台詞じゃないの。ぱっと見じゃ私だって分からないわよ」

「譲って貰った古道具屋さんに、名前と用途は聞いているんですが……具体的なやり方は全然」

「そうなんだ……」

「よし! ならここらで一発やり方を教えてあげようじゃないか、晶!」

 何故そこで君が偉そうに言うんですか、てゐさん。まぁ別にいいけど。
 ノリノリのてゐの言葉に、メディスンと稗田さんのテンションが目に見えて上がり出す。
 アリスも興味無さそうにしているけど、視線はウノに釘付けだ。
 そんな全員の興味深々な姿勢を確認したてゐは、何度も頷きながらさらに付けたした。

「でさ、ちょっと人里の守護者が来るまで遊んでみない? もちろん罰ゲーム有りで」

 それが目的かお前は。
 ニヤリと笑いつつ、とんでもない提案をする兎詐欺。
 どう考えても後半の方が本音である。
 
「それは面白そうですね。是非やってみたいです」

「わーい! うの、うーのー!」

「ウノウーノー」

 しかし困った事に、てゐの企みは好意的に受け入れられてしまった。
 ……なるほど、馬鹿正直に言っても民主主義で受け入れられると踏んで話したのか。
 さすがのアリスも期待を溢れさせている彼女らを前にして、文句を付けにくそうにしている。
 とは言えさすがに、ほのぼのカードゲームで殺伐としたオチを付けるワケにはいかない。
 とりあえず釘は刺しておこうと、僕は口を開き言葉を紡ごうとして。

「それじゃあ、各自三個ずつ罰ゲームを考える事! こういうのは平等にしなきゃいけないからねっ!!」

 てゐに先手を取られ、出かかった言葉を引っ込める事になってしまった。
 うーん、そういう形式をとられるとさすがに忠告しにくくなるなぁ。
 稗田さんなんか、楽しそうに罰ゲーム書き込み用のメモを持ってきちゃったし。
 あ、アリスも諦めたみたいだ。額に手を当てて苦々しげに呟いた。

「……笑って済ませられる範囲にしておきなさいよ。自分が受ける可能性もあるんだし」

「はっはっは、そんな事考えてギャンブルする奴はいないって」

「違う、ギャンブル違う。これは暢気で愉快な団らん的なカードゲームだから」

「それでどんなゲームなの? 早く教えてよー」

 そういえば罰ゲームする事が先行して決まって、ルールの解説がまだだった。
 全員の視線が僕に集中する。
 その事に少々の照れ臭さを感じながら、僕はウノのやり方を説明し始めた。



 ~少年説明中~



「なるほど、七枚の手札を先に消費しきれば勝ちなんですね」

「勝つって言うか……その時点で持ってる手札の点数が、各自に加算されるんだよ。で、何回かやって点数の少ない人が勝ちになるワケ」

「ふ~ん、本当に簡単なんだね」

 説明はさほど問題無く終わった。
 先ほども言った通り、ウノというカードはシンプルさを売りにしたゲームだ。
 元ネタであるトランプも幻想郷には存在しているため、皆の理解を得るのは思ったよりも簡単だった。
 ただ、問題……と言うか思わぬ難点も発覚してしまったワケで。

「けどさー、点数式じゃ罰ゲームの回数が少なくなっちゃわない?」

 そう。元々早期決着を前提としたこのゲームは、複数回やる事で初めて結果が出る形になっている。
 普通にやるならただそれだけの話なんだけど、罰ゲーム有りきでやると正直どこでゲームを切るべきか分からなくなってしまうのだ。
 
「んー、なら早抜け順で勝者を決める? それなら、最後に残った人が罰ゲームすれば良いし」

「私としては、罰ゲームは少ない方が良いんだけど」

「せっかくたくさん作ったんですから、ここは一杯やるべきですよ、マーガトロイドさん」

「そうそう、そっちの方がより緊迫感が出るしね」 

「……分かったわよ。好きにして」

 そう言いつつ、アリスは咎めるような目でこちらを睨みつけてくる。
 その視線は「余計な事言いやがって」と語っている気がした。
 ……いや、ほらその、どっちにしろヤル気になってる皆なら同じ提案をしたと思いますよ?
 だからそんな怖い目で見ないでくださいよゴメンナサイスイマセン。
  
「それじゃー、『第一回稗田邸うの大会』をはじめまーす」

「イエーイ!!」

 メディスンの高らかな宣言と共に、てゐと稗田さんの拍手が鳴り響く。
 と言うか第一回って何さ。二回目があるんですか?
 当然の事ながら、僕の疑問に答えてくれる人はいなかった。










 ルール把握も兼ねて始めた第一回戦、決着は早々についた。
 僕の隣では、アリスが呆然とした表情で残った手札を見つめている。
 誰が負けたかは……言うまでも無い事だろう。
 ああ、他の三人もそんなに無邪気に喜んじゃダメだって、アリスが可哀想でしょう?
 ……いや、てゐのアレは嫌味かもしれないけど。
 
「まぁとにかくアリス、元気出して」

「その台詞、貴方にだけは言われたくなかったわ。私に何か恨みでもあるの?」

「……ははは、滅相もない」

 ちなみに、彼女が大敗した原因を作ったのは僕だったりする。
 経験者の有利を大人げなく活用した僕は、真っ先に手札を消化し勝ちぬけた。
 ――隣でかつ次の手番のアリスに、大量のカードを押しつけて。
 もちろんルールを覚えたばかりの彼女に巻き返しが出来るはずもなく、アリスはそのまま大量の負債を抱えて負けてしまったのである。
 
「だ、だけどしょうがないじゃん、妨害系のカードは次の手番が対象なんだし」

「へぇ、リバースをリバースで返して流れを変えさせなかった人間がそんな事言うの?」

「た、たまたま手札が充実してただけですよ。ほら、僕結構妨害カード受けてたじゃないですか」

「地方ルールだけどあった方が白熱する、とか言って妨害カードを妨害カードで流せるようにしたのは貴方よね」

「は、はひっ」

「手札調節、とってもお上手でしたわよ。……カードゲームで詰みを経験するとは思わなかったわ」

「あ、あははははっ」

 すいません。僕も罰ゲームを受けるのはイヤなんです。
 弁解を止めて視線を逸らした僕の姿に、アリスが諦めたように溜息を吐き出した。
 ううっ、我が身可愛くて色々ゴメンなさい。

「……まぁいいわよ別に。今のでルールは覚えたし、罰ゲームって言っても致命的なのに当たる確率は五分の一だもの」

 アリスの言葉に、今更ながら僕も‘その事’に気付いた。
 言われてみれば確かにそうだ。てゐが考案したから変に警戒していたが、今回の罰ゲームを考えたのはこの場に居る全員なのである。
 僕は自分が引く事を考えて、無難な罰ゲームしか書いていない。
 そしておそらくそれは、アリスや稗田さんも同じだろう。
 思慮深い彼女達なら、笑って済ませられる程度の簡単な罰ゲームにしているはずだ。
 そう考えると、てゐ以外で怖いのは無邪気なメディスンくらいなものか。
 それだって彼女の性格を考えれば、致命的なモノで無いに違いない。……多分。
 なーんだ。焦って損しちゃったよー。あはははは。

「とりあえず、とっととすませてリベンジするわよ。ふふふっ」

「ははは、お手柔らかに」

「わー、晶ってば顔真っ青だー」
 
 あはははは……本当に損しちゃったよ。どうしようこの状況。
 ウノって、負けたら命を取られるルールとか無かったよね?
 ヤる気満々なアリスの姿に、思わずこのゲームの趣旨を再確認してしまう僕。
 そんな僕を笑顔で威圧しながら、アリスは罰ゲームのメモを入れた紙箱の中から無造作に一枚取り出した。
 そして彼女は気だるげにメモを開き―――呆然とした表情で、そのまま石になる。

「マーガトロイドさん、どうしたんですか?」

「なになに? どんな罰ゲームが出たの?」

 僕とてゐと稗田さんの三人が、アリスの背後からメモを覗き込む。
 するとそこには、やたら達筆な字で簡潔にこう書かれていた。
 

 『バニーガール』 

 
 あえて言わせて貰おう。――なにこれ。

「……てぇうぃちゃん? ナニカシラコレハ?」

 にっこり笑顔のアリスが、迷わずてゐへと顔を向ける。
 まさしく、顔は菩薩で心は修羅だ。他人事なのに今すぐ全力で逃げ出したい気持ちになってくる。
 一方、そんな笑顔を向けられた張本人はと言うと、凄い勢いで顔を真横に振るっていた。

「ちょい待ち! 知らない!! てゐちゃん知らないよ!?」

「え? てゐじゃなかったの?」

「晶まで酷いっ! 私はこんな一銭の得にもならないような罰ゲームはしないよ!!」

 むぅ、確かにそれは説得力のある弁明だ。
 実利主義一直線のてゐが、こんな眼福以上の価値を見いだせない罰ゲームをするとは考えにくい。
 何らかの情報媒体に残す事が出来れば話は別かもしれないけど、てゐは会った時から手ぶらだったしね。
 ……と言うかこの情報でアリスを脅してしまうと、明日のメニューは兎詐欺鍋で決まりよ、な結果が待っている気がする。
 多分彼女も、それは分かっているんじゃないだろうか。
 なら、この罰ゲームは一体誰が?

「――あ、それ私です」

「はわわっ?」

「うさっ?」

「えっ?」

 そんな混迷しきった場の空気を晴らすかのように、にこやかな笑みで稗田さんがまさかの申告をしてきた。
 ……えーっと、冗談ですよね?
 今までで一番ご機嫌であると言っても差し支えない笑みの稗田さんは、僕達のそんな問いかけを含んだ視線にも微動だにしなかった。
 どうしよう、マジだこの人。

「ねぇねぇ、『ばにぃがぁる』って何?」

「バニーガールと言うのは、この服を着た女の人に与えられる称号の事です」

 いや、それは微妙に違うから。
 そう言いかけた口が、稗田さんの次の行動によって塞がれてしまった。
 彼女はおもむろに立ちあがると、隣の部屋に繋がる襖を空ける。
 するとそこには、服市場でもやるんじゃないかと言わんばかりの量の服が大量に飾られていた。
 しかも地味に内容がマニアック。何で幻想郷に客室乗務員の制服があるんですか。

「あの、稗田さん? これは一体」

「……私は阿礼乙女です。その寿命は、常人よりも遥かに短いになっています」

「は、はぁ」

「そんな短い生の中、残せるのが『幻想郷縁起』だけと言うのは、少し寂しいと思いませんか?」

「まぁ、分からない主張じゃないね」

「しかし私の身体は運動向きではありません。食事も楽しめるほど多くは採れませんし、睡眠に耽るのはさすがに問題外過ぎます」

「分かった! それで一杯お洋服を持っているんだね!!」

「はい、そうです! 何一つ満足にできない身なら、せめて外見だけでも着飾ろう。最終的に私はそう結論付けたのです!」

 そう言って、拳を強く握りしめながら高らかに語る阿礼乙女。
 おかしい。今のは確実に、彼女の悲壮な事実とか覚悟とかが明らかになった場面のはずなのに。
 同情よりも先に「ダメだコイツ……」みたいな感情が出てくるのは何故なんだろうか。
 嗚呼、涙が止まんないや。別の意味で。

「で、その『お洒落な服』の中に、何でバニーがあるのよ」

「趣味です」

 あ、壊れた。今なんか僕の中で憧れとか尊敬とかで固められた稗田さん像が壊れた。
 普通のお洒落ならまだ擁護出来ますが、さすがにバニーはアウトです。

「と言うわけでマーガトロイドさん、罰ゲームです。はいどうぞ」

「どうぞって……え? 本当に着るの?」

「罰ゲームなんですから当然ですよ。ほらほら、ちゃんとマーガトロイドさんサイズのバニーもあるんですよー」

「何で個人的趣味な服の中にサイズ違いがあるのよ!?」

 自慢げに罰ゲーム用の衣装を取り出す、以前僕が憧れていた幻想郷縁起の作者様。
 彼女が誇らしげに見せつけたのは、エナメルの光沢が眩しい赤いバニースーツだった。
 御丁寧に小物として襟やら網タイツやら赤い蝶ネクタイまで完備したその一式は、見なかった事にしたくなるほどセクシーだ。
 しかも補足するとこのバニー、切れ込みはかなり鋭いし背中は着るとほぼ丸出しになる。平たく言うと激烈エロい。
 ……どう考えても、誰かに着せる事を前提としているとしか思えないんですが。そこんとこどうなのよ稗田さん。

「な、ななな、何よコレっ! 着れるワケ無いでしょう!?」

「大丈夫ですよ。このバニースーツは『ふりぃさいず』と言って、ある程度のサイズが調整出来るんです」

「論点はそこじゃないわよ! 恥ずかしいって言ってるの!!」

「なら、このバニースーツ用燕尾服も着ます?」

「より卑猥になってるじゃないのっ!!」

 稗田さんが出してきたのは、ノースリーブの赤い燕尾服。
 と言ってもあるのは上着だけなので、アリスの言う通り着ても何の慰めにもならない。
 むしろよりエロい。服の面積が増えた分、確実にエロくなっている。

「マーガトロイドさんならきっと似合いますよ。だから早く着てください」

「お願い口調に見せかけて命令入ってるわよ!?」

「わーい! 罰ゲーム、罰ゲーム!!」

 あ、メディスンがノッた。
 しかし彼女は、どこまで場の流れを分かっているのだろうか。
 ……何だか楽しい事になりそうだ、くらいにしか思っていない気がする。
 そしてこんな愉快な状況を、迷惑うさぎが見逃すはずも無かった。

「よーしっ! レッツ脱衣ターイム!!」

「てゐアンタねぇーっ!」

 恐るべしは民主主義か。アリスはあっという間に少数派となってしまった。
 押しに弱い彼女は三人の罰ゲームコールに、思わず抗議の声を小さくさせてしまう。
 これはマズいね。このままだと、アリスのバニーガール化決定じゃない?
 念のため「気を使う程度の能力」で探ってみても、上白沢先生達の気配は感じられない。
 と言う事は、彼女達の来訪による罰ゲームの中断も望めはしないようだ。
 ふむ、乱入オチも無しときましたか……。

「ちょっと晶! 明後日の方向見てないで助けてなさいよっ!!」

 ついに断る言葉が出てこなくなって、僕に助けを求めるアリス。
 同時に、全員の視線が僕へと集中した。
 一瞬の間が場を支配する。
 そこで僕は―――

「ちょっと厠お借りしますねー」

「はい、どうぞー」

 この場を離れる事で、消極的肯定に一票を投じた。
 ほら、さすがに数の暴力には勝てないじゃないですか。過半数に了承されたら、日和る事しか出来ませんよ。
 だから間違っても、アリスのバニー姿が見たいとかそういう邪な想いに流されたワケじゃないんだよ?

「こ、この裏切ものぉーっ!!!」

 アリスの半泣きの叫びが、稗田邸に響き渡る。
 外に出る僕が最後に見たのは、三人に群がられ倒れていくアリスの姿だった。
 ……さすがにそれ以上は、見ているワケにいかないしね。
 僕はアリスの冥福を祈りながら、トイレに向かって歩き出すのだった。





 ―――あれ? でもこの勝負、まだ一回戦終わっただけなんだよね?


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】

山田「お久しぶりです。皆の逢盗(アイドル)山田です」

死神A「何ですかその不吉な当て字は」

山田「平たく言うと、皆の出逢いを盗む―――」

死神A「あはは、今回の質問行ってみましょーっ」


 Q:狂気の魔眼はレイセンは自分でも完全に抑えているわけではなかったような気がしますが、晶君にはそのような弊害はないのでしょうか?


山田「東方天晶花では、月の兎は狂気の魔眼を完全に操れているという設定になっております。終わり」

死神A「身も蓋も無い!? それでいいんですかっ!?」

山田「幻想郷に居る名前有りキャラは大なり小なりチート、と言うのが天晶花での見解ですから」

死神A「そういや、能力に制約が多いのは晶だけなんですよね」

山田「そういう事です。東方の登場キャラは基本、格闘ゲームで言う所の常にゲージ満タン状態で戦えます」

死神A「主人公さんは?」

山田「ちゃんと三ゲージ溜めてくださいね☆」

死神A「……ちなみに、その制約の多い主人公側に弊害は本当に無いんですか?」

山田「弱体化してますからね。とは言え使い続けたらどうか――というフラグも無いです。安心してください」

死神A「一瞬ドキっとしました」

山田「それは恋ですね。私に惚れたら地獄に落ちますよ?」

死神A「洒落になってないんで止めてくださいよ……それじゃあ、つぎの質問に行きます」


 Q:一切公式記述に存在しない大ちゃんのワープは覚えられますか?


山田「無理です。終わり」

死神A「はい、はーい! いちいち終わりで締めないでちゃんと解説してくださーい!!」

山田「仕方無いですね……メタ発言になりますが構いませんか?」

死神A「どれくらいメタなんですか?」

山田「晶君が覚えられる力は『公式で名前を付けられている力』だけ。くらいメタです」

死神A「確認取る前に解説してますよねっ!?」

山田「ぶっちゃけ、そこで止めとかないとキリが無いんですよ。晶君の条件の一つが「名前を知る事」になった理由もソレですね」

死神A「つまりアレですか。大妖精の能力が『短距離跳躍(ショートジャンプ)』とか名付けられて晶がコピー、とかそんな展開は無しですか」

山田「無しです。晶君が与えた影響により新規スペルカードを作成。くらいはありますが、能力の捏造まではしません」

死神A「なるほどなるほど……」

山田「と言うわけで、今回の教えて山田さんは以上となります。正直質問少な―――」

死神A「はい、はーい! 暗転暗転!! それではみなさんさよーならーっ!!」




 とぅーびぃーこんてぃにゅーど?


山田「まぁ、あんまりたくさん貰ってもどうしようも無いんですがね」

死神A「ついに暗転後にまで顔出すようになった!?」



[8576] 東方天晶花 巻の五十二「恋愛は人を強くすると同時に弱くする。友情は人を強くするばかりである」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/01/21 00:19


巻の五十二「恋愛は人を強くすると同時に弱くする。友情は人を強くするばかりである」




 トイレから帰還すると、そこには一匹の兎さんがおりました。
 もちろんてゐの事では無い。彼女ならその兎さんの隣でニヤニヤしている。
 赤い兎さん――バニーガール姿のアリスは、僕の視線に気付くと自分の身体を抱きしめながら一歩下がった。
 では以下、少し長めの描写で。
 僕の立ち位置でまず最初に注視してしまうのは、大胆に開かれた背中の部分だ。
 腰まで届いていそうな露出のおかげで、彼女のシミ一つない白磁のような肌は大胆に晒されている。
 また、ぴっちりとしたそのスーツは普段の服装と違い、はっきりと彼女の身体のラインを露わにしていた。
 その均整のとれた体つきは、少女の儚い可憐さと女性の艶めいた美しさの両者を感じさせる。
 少々下卑た話になるが、両腕が抑えつける事で強調される胸も中々に刺激的だ。
 元々着やせするタイプだったのか、幽香さんにも劣らない張りのある双丘は適度な力を得て蠱惑的に―――

「上海、目潰し」

「コノコメントハショウリャクサレマシタ、ツツギヲミルニハ『シャンハイカワイイ』トカキコンデクダサイ!」

「ふぎゃん!?」

 アリスの姿に釘付けだった僕は、モロに上海の拳を喰らってしまう。
 サイズ差のせいで、ただの正拳突きが見事な目潰しなるとは。上海恐るべし。
 あと、さすがに台詞が長いと思う。上海読みにくい。
 
「ところでアリス、この行動の意図は分かるけどさすがにやり過ぎだと思う。最悪目が潰れるよ?」

「……そのわりには余裕あるね。晶」

「一応それなりに防ぎましたから。さすがに直撃は洒落にならないし」

「当たれば良かったのに」

 いやその、マジマジと観察してしまった事は謝りますんで、その断罪するような視線は引っ込めてもらえないでしょうか。
 出来るだけアリスを視界から外しながら、僕は大人しく元の位置に着席する。
 それでも微妙に顔がそちらを向いてしまいそうになるのは、男の子の悲しいサガだろう。
 あっ、見てませんよ? すっごく見たいけど見ていませんよ?

「それで、私はいつまでこの卑猥な服を着てなきゃいけないのかしら」

「いつまでって……そりゃ守護者達が来るまででしょ」

「え゛っ? ちょっと、どういう事よ!?」

「わぁ、もっと可愛いアリスが見られるんだね! やったぁ!!」

「そういう問題じゃないわよ!?」

「良いじゃないですか。すぐに脱いだら罰ゲームになりませんよ。……ところで、どう使うんでしたっけコレ」

「カメラは仕舞いなさいよ!?」

「あ、じゃあカード配るね」

「スルー!?」

 だって、ここで僕も同意したら怒るでしょ? ――フォロー? しませんよ、ええ。
 とりあえず、賢者のように悟りを開いた顔で淡々とカードを配る僕。
 他の三人もそれ以上話を続ける気は無いらしく、カードを回収して一喜一憂し始める。
 そうなるとさすがにアリスも諦めるしかないようで、何やらブツブツ言いながら配られたカードを手に取るのだった。

「こうなったら……この恨みをどこかの誰かにぶつけるしかないわね」

 ―――で、その誰かってのは誰の事なんですかね、こっちを見ているアリスさん。
 そんな風にちょっとした寒気を感じさせながら、二回戦は始まった。
 なお、展開は会話によるダイジェストでお送りします。

「早速だけど覚悟しなさい! リバースよ!!」

「じゃあ、ドローツー出すね」

「では私も」

「てゐちゃんも」

「私は出せるの無いからドローフォー! 赤色で!」

「メディスンなら捻りはなさそうね。はい、ドローツー」

「そろそろ洒落にならなくなってきたなぁ……ドローツー」

「流せませんね。十四枚ですか」

 にこにこ笑顔の稗田さんが、手札を一気に増やした所で決着はついた。
 僕の隣ではアリスが、心底悔しそうに僕を睨みつけている。
 ……いや、このゲームで狙って相手を負かすのは相当難しいから。
 二連敗しなかっただけで良しとして欲しいんですが、この人はどれだけ僕に負けて欲しいんだろうか。

「わーい! 罰ゲーム、罰ゲーム!」

「さて、何を引くんでしょうね……おや?」

 稗田さんは、楽しそうな顔で罰ゲームの紙を引く。
 彼女にとってはこれもゲームの楽しさの一つなんだろう。その暢気さが正直羨ましい。

「なになに? 今度は何が出たのさ」

「今度も、また私の書いた罰ゲームみたいですね。ほら」

「二連続か……って、チャイナドレス!?」

 彼女が見せてくれた紙には、バニーの時と同様に簡潔な文字でそう書かれていた。
 まさかのコスプレ二連続である。……この人、自分の罰ゲーム全部コスプレにしてるのかな。
 得心した様子で頷いた稗田さんは、全員に罰ゲームの紙を見せると例の衣装部屋へと入っていった。
 そして、僅か数分で戻ってくる物分かりの良過ぎる阿礼乙女。もはや罰ゲームなのかただ着替えただけなのか判別は出来ない。
 
「じゃーん、どうですか?」

「わー、可愛いねっ!」

 稗田さんが着てきたのは、黄色いチャイナドレスだった。
 美鈴の様なセクシーなデザインではなく、上と下がそれぞれ独立した中華風の衣装となっている。
 下はミニスカートで上もノースリーブと露出自体は高めだが、色気よりも活発さが強調されるのはデザインのシンプルさ故か。
 髪飾りは簪から中華風の花飾りに変わっており、おかっぱ頭が丁度良く衣装にマッチしている。
 うん、普通に似合ってて良いけど……何かアリスの時と凄い格差があるような気が。

「どうでもいいけど、私の時と違って随分デザインが大人しいわね」

「あ、同感。私はてっきり、腰まで切れ目が入ってる激烈セクシーなチャイナドレスを着てくると思ってたんだけど」

「――私の身体の凹凸がもっとはっきりしていれば、そういう選択もあったんですがね」

「………ご、ごめんなさい」

 さすがのてゐも、自分の胸を虚ろな目で見つめる稗田さんの姿に謝らざるを得なかったようだ。
 アリスも、思わぬ自虐にツッコミにくそうにしている。
 メディスンは……全然分かって無さそうだ。不思議そうに首を傾げている。
 え、僕? 僕は黙々とカードの束をシャッフルしてるだけですよ?
 どうフォローしても地獄を見そうな状況で、下手に口を滑らす気は無いからね。

「それじゃあ、またカード配りますよー」

「わーい! 三回戦突入ーっ」

 何も聞かなかった顔で、いけしゃあしゃあと僕は告げる。
 もちろん、何か呪詛の念を漏らしている稗田さんは視界から外して。
 聞こえないよ? 巨乳死ねとかそんな不穏当な発言僕には全く聞こえないデスよ?

「……早く来ないかしら、あの二人」

 当分は来ないと思うから、大人しく諦めてください巨乳代表。
 はい。と言うわけで三回戦目もダイジェストでサクサク行きますね。

「ふふふ……とりあえず、久遠さんをスキップしますね」

「ええっ!? ――山札から一枚引くわ」

「アリス無かったんだー。あ、私は普通に出すよ」

「ほいほい。なら色変えしましょうねーっと、青色ね」

「残念。山札から一枚引きます」

「僕も無いや。ドローフォー出すね」

「それ、チャレンジするわ」

「アリスさんに六枚追加入りましたー」

「……やられた」

 三回戦目は、ちょっと警戒し過ぎたアリスが見事にチャレンジを失敗した事で勝敗が決りました。
 その後も上手い具合に手札を消費出来た僕は、三度目の一抜けで罰ゲームを回避する。
 うん、良い感じに勝負運がこちらへ向いているみたいだね。
 悔しげに罰ゲームの紙を引くアリスを横目に、僕はこっそり安堵の息を吐きだした。
 ……いつものパターンだと、ここらへんで痛い目に遭うのが定番だからなぁ。

「な、なによコレ!?」

「ほへっ?」

 等と考えていたら、アリスが罰ゲームの紙を見て叫んでいた。
 はて、どうしたのだろうか。今度はスケスケネグリジェ着ろとでも書いてあったのかな。

「なになに……『膝枕』ね。簡潔過ぎて意味分からない罰ゲームだなー」

「あ、それ私のだ」

「メディスンさんの罰ゲーム……なんですか?」

「うん! 罰ゲームって良く分からなかったから、やって欲しい事書いたの!!」

 良く分からなかった聞こうよ。まぁ、変な事書かれるよりずっと良いけどさ。
 しかし、この罰ゲームはどう解釈すれば良いんだろうか。
 膝枕をする側は負けたアリスだとしても、される側が明確に決まっていないよ?
 提案者であるメディスンにさせる? でもそれじゃあ、今後メディスンが自分の罰ゲームを引いた時に対処出来ないよなぁ。

「普通に考えたら、される側は一抜けの人だよね」

「同感です。特権は勝者にこそ与えられるべきです」

「ほへ? と言う事は……」

「いいなー。晶が膝枕されるんだー」

「え、ええぇぇぇえぇえっ!?」

 その叫びはどちらの声だったのか。少なくとも、両者とも叫びたい気持ちだった事は間違いない。
 え? っていうか僕が膝枕されるの? バニー姿のアリスに?
 今まで視界から外していたアリスに顔を向ける。
 さっきは描写するのに夢中で特にコメントしなかったが、うっかり間違いを犯してしまいそうなセクシーさだ。
 そんなアリスに膝枕? ああなるほど、つまり死ねって言ってるワケですね。

「いやいやいやいや、無理無理無理無理無理ですって」

「……何でそんなに否定するのよ」

「否定するよ! 僕を殺す気なの!?」

「な、死ぬってなによ! 失礼しちゃうわねっ!!」

 いかん。彼女にはこちらの意図が欠片も伝わっていない。
 今のはオトコノコの切ない事情から来る切実な否定なんですが、アリスはそれを侮辱と捉えてしまったらしい。
 憤慨した様子の彼女は、おもむろに僕の手を取って正座を始める。
 うわぁ、しかもムキになってるし!? ダメだ、これは急いで離脱しないと……。
 
「こ、こら、大人しくしなさいっ!」

「ふにゃっ!?」

 倒れ込んだ僕の頬に柔らかい感触。それが何なのかは察するまでもない。
 ヤバい、本格的にヤバい! 顔の向き的にアリスの身体は視界に入らないから良いけど、他がヤバい!
 具体的に言うと太ももの感触と鼻孔をくすぐる良い匂いがヤバい!
 アリスも、僕が硬直している姿を見て自分のやった事の意味を再認識したのだろう。
 下手に動かないように僕の頭を手で押さえつけ、そのまま身体を硬くしている。

「微笑ましいですねー」

「……なんか、やたら空気がピンク色な気もするけどね」

「いいなー、私もやってほしいなー」
 
 っていうかマジでどう収拾付けるんですか、この罰ゲーム。
 正直僕、動けないですよ? いや、動かないと言った方が正しいですが。
 本音を言うと、明日からこれを枕にして寝させて下さいと土下座してお願いしたいくらいです。
 
「おっ、終わり! もう終わりよっ」

「あいたっ」

「えー、もうちょっと良いじゃん。ニヤニヤさせてよー」

「絶対イヤ!」

 アリスが膝を引き抜いたため、僕は頭をしたたかにぶつける。
 それでも、正直まだ夢見心地な感じだ。
 何と言うハニートラップ、アリスの膝は世界を狙える。
 ううっ、しかも今ので集中が切れてしまった。せっかく良い感じに勝ち抜けてきたのに。

「仕方無いなー。それじゃあ四回戦目、いっくよーっ?」

「えっ!? ちょっ、ちょっと待って! 今それどころじゃ……」

 全然気持ちが切り替えられない僕をヨソに、そんな事を言うてゐさん。
 それに対し思わず抗議の声を上げた僕は―――その行為が失態以外の何物でもない事に遅れて気付いてしまった。

「よし、とっとと始めましょう! 今の晶ならヤれるわっ!」

「いえーいっ! 人の弱みには全力で付け込めー!!」

「やっぱりそうなるよねーっ!?」

 何だかんだで負けず嫌いな彼女らが、そんな僕の致命的な隙を見逃すワケが無いのだ。
 全力で僕を潰す気のアリスとてゐ。特に肯定も否定もしないけど、反対はしない稗田さんとメディスン。
 幻想郷の住人に、武士の情けという単語はあまり無い。
 ――僕がその後の四回戦目で、ダブルスコア以上の差をつけられ惨敗したのは言うまでも無い事だ。

「さぁ、皆の待ってた罰ゲームの時間よ」

「待ってたのはアリスさんですよね、絶対にっ!?」

「何を引くのかなー、わくわく」

「罰ゲーム、罰ゲームっ!!」

「どうぞ久遠さん、いっそ纏めて引いても良いですよ?」

 稗田さん、さりげなく酷いです。
 全員の期待の視線を一身に受けながら、僕は恒例となった罰ゲームの選択を始める。
 ううっ、出来れば心に傷を負わない程度のネタで済んで欲しいなぁ。

「で、何が出たの?」

「……『貴方が見た、他人の失敗談を話せ』だって」

「あー、それ私のだ」

「そうだろうと思ったよ」

 むしろこんな露骨な罰ゲーム、てゐ以外の誰が書くと言うのだろうか。
 しかし何だろう。本来ならあーだのうーだの唸りを上げそうな罰ゲームなのに、ちょっとホッとしてしまったのは。
 多分、今までの罰ゲームを見てきたからだろうね。アリスなんて露骨に悔しそうにしているし。
 けれど……これはこれで面倒な罰だ。
 何しろその他人のミスを、てゐが利用する事は明らかなのである。
 変にレミリアさんや幽香さんのうっかりを話した日にはどうなる事やら。とりあえず、身体の一部とサヨナラする覚悟は必要だろう。
 ……特に某吸血鬼さんは、やたらその手の話に事欠かないからなぁ。
 仕方無い、幻想郷での平穏な生活のためだ。封印していたあの話を使う事にしよう。

「それじゃあ、一発お話させて貰います」

「わーい、ぱちぱちー」

「ほどほどで良いわよ? 貴方の場合、交友関係が洒落にならないからね」

「同感、てゐちゃんも命は惜しいからあんまヤバいのは止めてね」

「僕もそのつもりだから安心して」

 ある意味では、一番ヤバい気もするけどね。
 まぁあの人ならきっと、笑って許してくれるだろう。……多分。
 
「ではでは。―――これは、僕が実際に体験した話です」

「そういう罰ゲームですよね?」

 うーむ。幻想郷ではこの手の怪談語りは通じないのか、残念。
 別に通じなくても問題は無いんだけど、話を始める前に多少空気を暖めておきたかったのも事実だ。
 ……まぁ、大した話じゃないし、それならそれでさっさと終わらせようか。



 あれはそう、丁度去年の今頃の話だったかな?
 その時期、たまたまドリフ――じゃ分からないかな、喜劇の一種なんだけど……あ、コントで通じるんだ。
 まぁ外の世界では国民的なコントに、ちょっと憧れてね。
 その定番ギャグの一つを、自分の身体で体験してみたくなったんだよ。
 あ、ちゃんと真似するに当たってきちんと安全面は確保したよ?
 ……それ以前に、真似しようと考える事自体がおかしいですかそうですか。
 オホン。そういうわけで、僕は部屋にバナナの皮と金ダライを用意したワケなんですよ。
 や、僕の失敗談では無いですよ? ここから話が繋がるんだってば。
 僕には、お世話になっている後見人が居てね。
 普段はいつの間にかそこに居るって言う、かなり神出鬼没な人なんだけど。
 その日は何故か、普通に入口から入ってきてね。
 ――ちょ、メディスン先にオチを言っちゃダメだよ!?
 あーはいそーですよ。そこに丁度良く現れたその人が、バナナの皮で滑って転んでタライの直撃を受けたんです。
 あれは何度思い出しても芸術的な転び方だった……。
 その人のキャラ的に考えると、ワザって可能性もあったんだけどね。うん、そういう人なんだよ。
 頭にドでかいタンコブ作りながらも、何一つその事に触れないその人の姿を見て僕ははっきり確信したんだ。
 嗚呼、この人でもこんなドジやらかすんだなぁ――って。
 ほへっ? 謝りはしなかったのかって? そりゃ当然謝ろうとはしたよ?
 だけどその人、その話に繋がりそうな話題を振るだけで話を逸らすんだもん。謝れやしないよ。
 
 

「なるほど、それは確かに失敗談ですね」

「でしょう?」

「てゐの求めていた内容とは大分意図が違うみたいだけど。……まぁ、落とし所としては最適じゃないの?」

「うう~、てゐちゃんツマンナイ」

 いや、ちゃんと罰ゲームの内容は遵守致しましたよ?
 まぁこれは、皆が知らない人の失敗談は言っちゃダメってルールを設けなかったてゐのミスだね。
 ……ねーさまの知名度を考えると、皆知っていそうな気もするけど。
 後見人の名前は言ってないからセーフだろう。さすがのてゐも、外の世界の人物の事まで追求する気はないみたいだし。
 
「まーいいさ。今のは私の書いた罰ゲームの中でも一番の小物、まだまだ後ろにはもっと凶悪な罰ゲームが控えているのだ」

「何その悪の四天王みたいな捨て台詞」

 相変わらず、腹黒い笑みがあつらえた様に似合ってるんですけどこの兎詐欺。
 やはりこやつも油断ならない。いつもの事だからスルーしていたけど、罰ゲーム内容に躊躇が無い。
 改めて、今回の稗田邸ウノ大会がほのぼのとは違う空気を纏っている事を実感する。

「それじゃあ五回戦目、行ってみましょうか」

「いえーいっ! ―――コンドコソヒカセテヤル」

「はぁ、そろそろこないかしらあの二人。―――ソノマエニアキラガイタイメニアエバイイノニ」

「……ほんと、どんどん空気が重くなっていく気がするよ」

「皆の想いが集まってるからだね!」

 微妙に上手い事言いますねメディスンさん。
 だけどその想いは、ちょっと淀んでると思いませんか? 空気同様に。
 
「それじゃあ、今度は私が配るよー」

 大した問題では無いですかそうですか。
 メディスンはマイペースにカードを配り始める。
 ここらへんが被害者と傍観者の認識の違いか、同じゲームを受けているのにこの余裕の差は何なんだろう。
 僕は溜息を吐きだしつつ、配られたカードを受け取った。
 さて、あと何回、罰ゲームは執行される事になるんだろうかね……。







 


 その後も、稗田邸ウノ大会は一部に災厄をばら撒きながら続行された。
 無事一抜け出来たと思ったら、メディスンの欲望だだ流しな罰ゲームを引いた稗田さんが腰に抱きついてきたり。

 ――幾ら僕が細身で有る事に驚いたからって、服の中に手を差し込むのはやり過ぎだと思いますよ稗田さん。

 アリスの設定した罰ゲームが無難過ぎて、まさかのノーカウントになったり。

 ――まぁ、さすがに普通の早口言葉三回は罰ゲームとしてどうかと思う。
 
 稗田さんの罰ゲームを僕が引いてしまい、何故か腋が空いている紅白の巫女服を着る羽目になったり。

 ――ちなみに、着た感想は「……平時の方がコスプレっぽい」だった。しかも全員同意見。泣いて良いですか。

 とにかく、罰ゲームはこれでもかと言うくらい容赦なく執行され続けた。
 ……コスプレしている三人、限定の話ですがね。
 アリスが僕を集中的に狙っているせいで、僕と左右に居る二人の手札暴発率が尋常じゃない事が原因だろう。
 もちろん、アリスさんの自爆も多かったって意味も含めてね。
 その結果罰ゲームは僕達三人に集中し、僕とアリスの精神はかなりギリギリまで追いつめられてしまったのである。
 稗田さん? 何が出てもノリノリでやってますよ。
 彼女が一番このゲームを満喫していると言っても過言ではないだろう。
 そして第……何回戦目かは忘れたけど、ついさっきの事。
 ボロ負けしたアリスが、僕の「アンパン買ってくる」という罰ゲームを引いた所で、ゲームはストップしている。

「くそーっ、人形遣いめ時間稼ぎしおってからにぃ」

「仕方ありませんよ。あんパンは珍しい食べ物ですから」

 僕は簡単そうな食べ物をチョイスしたつもりだったんだけど、幻想郷ではそうでもなかったらしい。
 まぁ確かに、そもそもパンの流通量自体が少なそうな幻想郷では普通に珍しい品だよね。アンパンって。
 それでも無いワケでは無いので、アリスも素直にアンパンを買いに出かけたワケなんだけど。
 確かに、ちょっと時間がかかり過ぎな気がする。
 ……さてはアリスめ、先生達が来るまで時間を潰す気だな。良いぞもっとやれ。
 あ、ちなみに彼女はもうバニー姿じゃない。
 本人は意地になってその姿で出かける気だったけど、さすがに笑い事にならないので皆で押し留めました。
 
「久遠さん」

「ほへ?」

「……ありがとうございます」

 メディスンとてゐがウノで遊んでいるのを横目に寛いでいたら、何故か隣に座っていた稗田さんからお礼を言われた。
 はて、僕は何か彼女に感謝されるような事をしただろうか。
 
「こんなにも楽しい時間を過ごしたのは、始めてかもしれません」

「た、楽しかったですか? 罰ゲームばっかりやってた記憶があるんですが」

「はい。御阿礼の子である私には、皆遠慮してしまいますから」

「……何と言うかその、遠慮してなくてすいません」

 緊張がほぐれたと思ったらコレだよ。本当に僕は遠慮と礼儀って言葉を知らないんだから。
 僕が自分の態度を軽く反省していると、稗田さんは何故か嬉しそうにはにかんだ。
 むぅ、この笑みは、そういう無礼な態度の方がありがたいって意味なのかな。
 そうやって優しい言葉を掛けられると、僕は調子に乗ってしまうんですが。

「あ、あの、これから凄く恥ずかしい事を言いますから、笑わないでくださいね?」

「はぁ、何を言うのか知りませんが、一応善処はさせてもらいます」

「ありがとうございます。それでですね……えっと」

 そこで言葉を一旦止めると、稗田さんは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
 それでも僕の方をチラチラと見ながら、彼女は絞り出すように言葉を続けた。

「さっき久遠さんは、遠慮していない事を謝りましたが。別に謝る必要は無いんですよ」

「そうですか?」

「そうです。だってその……と、友達の間に遠慮とか、要らないじゃないですか」

「……………ともだち」

「――あぅ」

 本当に恥ずかしそうに、顔を手で覆ってしまう稗田さん。
 一方の僕はと言うと―――そんな稗田さんの言葉が嬉しくて、知らずニヤニヤしてしまっていた。
 友達、かぁ。なるほど、そう考えると彼女がずっと機嫌が良かった理由も頷ける。
 だから僕はその言葉に何度も頷きつつ、あえてメディスンに話を振った。

「ねぇ、メディスン」

「んー? なぁにー?」

「友達同士でワイワイ遊ぶのは、楽しいね」

「うん! アリスも早く帰ってくればいいのにねっ!!」
 
 さすが無邪気っ子。そういう素直な台詞が欲しかったんですよ。
 彼女の言葉に、俯いていた稗田さんは照れくさそうに顔を上げる。
 僕は、そんな稗田さんに心の底からの笑顔を向けた。

「……その、久遠さん。『晶さん』って呼んでも良いですかね?」

「僕も『阿求さん』って呼んでいいなら、良いですよ」

「―――はい! 晶さん!」

 稗田――阿求さんが、僕の言葉に満面の笑みを返してくれる。
 そうだよね。阿礼乙女だって人間なんだ、生きてるうちから偉人扱いされて嬉しいはずがない。
 そんな彼女の苦労が、僕達とのくだらないやり取りで除かれると言うなら、このウノ大会をやる価値もあった……あったのかなぁ?
 さすがにそれは差し引いてマイナスになると思うけど。まぁ、阿求さんが喜んだ事だけはプラスなると思っておこう。
 二人のウノに笑顔で混ざりに行く阿求さんを見て、僕はそう結論づける事にしたのだった。





 ちなみにアンパンを買いに行ったアリスは、結局上白沢先生や妹紅さんと一緒に戻ってきた。
 その際、二人が僕や阿求さんの姿を見て目を点にした事は一応語っておこう。




[8576] 東方天晶花 巻の五十二点五「不思議なものは多い。しかし人間ほど不思議なものはない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/01/24 18:04


巻の五十二点五「不思議なものは多い。しかし人間ほど不思議なものはない」




文「……晶さん分が足りない」

にとり「なにさ、その不可思議な成分は」

文「晶さん分はお姉ちゃんの魂とも言える重要なエネルギー源よ。晶さんをモフモフしたりクンカクンカしたりすると溜まっていくの」

にとり「あー、うん。聞かなければ良かったと後悔してる」

文「そんな事言うと、分けて上げないわよ?」

にとり「遠慮しとくよ。……まったく、以前は一緒に風呂へ入るのも恥ずかしがっていた文が、ここまで変わるとはね」

文「いえ、さすがにそれは今でも恥ずかしいわ」

にとり「――ゴメン。文の基準がさっぱり分からない」

文「男の子を感じさせるスキンシップはダメなのよ。男の娘なら大丈夫なんだけど」

にとり「私には、同じ言葉を言ってる様にしか聞こえなかったよ?」

文「やれやれ、にとりにはこの壮大な違いをしっかり教え込まないといけないみたいね」

にとり「冗談じゃない。私はまだ普通でいたいよ」

文「むむっ、それはどういう意味――」

?「失礼。にとり殿、文様はこちらに?」

にとり「おっ、椛ナイスタイミング。禁断症状出かかってる姉ならここにいるから、遠慮なく持っていって」

文「酷い言い様ね。だけど今日の私はサボりじゃないわよ?」

椛「存じております。私も今日は私用で参りました」

文「私用? 大将棋の相手……なら、私じゃなくてにとりを呼ぶわよね。一体何の用?」

椛「風の噂で文様が姉弟の契りを交わしたと聞きまして。ならば部下として是非、文様に祝いの言葉をと思い駆けつけた次第です」

にとり「椛は相変わらず態度が固いねぇ。文の部下とは思えないよ」

文「どういう意味よソレは。……にしても、もう貴方の耳まで届いているのね、その話」

椛「すでに妖怪の山中で話題になっております。‘あの’射命丸文に弟が出来たと」

文「ちなみに、噂の出所は?」

椛「天魔様です」

文「……あんの衆道天狗。いい年してどれだけ口が軽いのよ」

にとり「天狗だしね」

椛「文様にも、同様の事が言えると思われます」

文「私は良いのよ。清く正しい射命丸だから」

にとり「………はぁ、人の振り見て我が振り直せとはこの事か」

文「本当に酷い言い様ね。ほら、椛からも何か言ってやりなさいよ」

椛「文様の部下として、上司の不利になる発言は出来ません」

文「貴方の忠誠心に涙が止まらないわ」

にとり「はいはい、漫才はそこまで。その様子だと、言いに来たのはそれだけじゃないんでしょ?」

椛「はい。……実は今回の流れを、快く思っていない輩がいるようでして」

文「何かと思えばそんな事? その輩達は、私が何をしようと快くは思わないわよ」

椛「しかし――」

文「派閥だとか一門だとかグチグチと。結局あいつ等は、自分達が大多数で無いと落ち着かないだけなのよ」

にとり「……天狗の縄張り事情は知らないけど、そんなに閉鎖的なのかい?」

椛「その、私からは何とも」

文「右も左もお山の大将だらけよ。天狗としての集まりの中で、各々が勝手に派閥を作っているんだから」

にとり「それはなんというか……大変そうだねぇ」

文「ふんっ、私だって群れる有用性を否定する気は無いわ。だけどあいつ等は、それを他人に強制するから気に食わないのよ」

椛「文様は如何なる派閥にも所属していませんから、風当たりも強いんですよね」

文「それがジャーナリズムってものよ、椛。私はあいつ等みたいに、新聞を権力闘争の道具にする気は一切無いの」

にとり「そういや、他の天狗の新聞は酷いもんだったね……文のも結構アレだけど」

椛「文様の意見は少し極端ですが、天狗の新聞が身内ウケを優先して作られているのは事実です。……中には確かに、ご機嫌伺いになってる新聞もありますね」

文「そういうのは勝手に淘汰されるけどね。偏った目で作られた、偏った新聞は意外としぶとく生き残るのよ」

にとり「おお怖っ、この話題は地雷だったかな」 

椛「いつもの事です、お気になさらず。文様と彼らは文字通りの犬猿の仲ですから」

文「私は別に相手にしてないわよ。無視してもあっちが絡んでくるの、まったく忌々しい」

椛「しかし彼らの気持ちもそれなりに分かります。何しろ文様は、天狗の中でも天魔様に次ぐ実力者です」

にとり「なるほどね。そんなどこかの派閥に所属すれば一発でバランスを崩すような奴に、宙ぶらりんで居て欲しくないって事か」

椛「そうです。しかし自分の所に来られたら、トップの座を取られてしまうから困る。他の人の所に行かれたら、パワーバランスが変わってもっと困る」

文「そして新たに派閥を作られたら、勢力図が入れ替わって一番困る。……ハタ迷惑な話よね。こっちは最初から関わる気なんてないのに」

にとり「あー、つまりそいつ等が今回の流れを快く思ってない理由ってのは」

文「ついに私が派閥を作り始めたんじゃないのかって、お山の大将たちが騒いでいるだけの話よ」

椛「……違うのですか?」

文「違うわよ。私はあくまで新聞記者、今の立ち位置を変える気は無いわ」

椛「それを聞いて安心しました。これで素直に祝いの言葉を口にする事が出来ます」

文「……一応聞いておくけど、私が「この腐った天狗の世界に風穴を空けるわ!」とか言い出したらどうする気だったの?」

椛「部下として、命をかけて文様を止めるつもりでした」

文「貴方の忠誠心に涙が止まらないわ。出来れば、もう少し上司を信じる心も持って欲しかったけどね」

にとり「相手が文じゃあ疑いもするって」

文「いうわね。友人としての言葉がソレだなんて、私はなんて友達思いの河童を持ってるのかしら」

椛「おめでとうございます、文様」

文「そこ、少しくらい空気を読もうとしなさいよ」

椛「ところで文様。少々尋ねたいことがあるのですが」

文「……なによ。部下の制御も出来ない私に教えられる事があるのかしら?」

椛「そう拗ねないでください。私は文様の弟君の事を教えて欲しいだけなのですから」

文「晶さんの事ねぇ……」

椛「人間だと言う話は噂に聞いています。ですが、文様が弟と認める方です。ただの人間では無いのでしょう?」

にとり「結構男前なヤツだよ。努力家でいつも一生懸命だし、何より心根が真っ直ぐな所が良いね」

文「かなり可愛い人よ。天才肌で気まぐれな所はあるけど、愛嬌の良さは一級品ね」

椛「……早速評価が噛み合わないのですが」

にとり「文は姉馬鹿だからね。弟びいきな評価するから、話半分で聞いといた方が良いよ」

文「そういう貴方は友達馬鹿でしょうが。身内びいきな評価するから、にとりの話こそ半分にして聞くべきよ」

椛「結局、正当な評価は誰もしてくれないのですね」

にとり「まぁ……アキラはどうにも説明のし辛い人間だからなぁ」

文「他人の評価では、その人の本質など分からないものですよ」

椛「せめて取っ掛かりくらいは頂きたいのですが――結局、どんな人間なのですか?」

にとり「どんなって……」

文「そりゃ……」

二人「――――うっかり屋?」

椛「……左様ですか」

にとり「左様です」

文「さて、そんなこんな言ってる間に休憩も終わりみたいね。――ああ、また退屈な見回りの時間が始まるわ」

椛「文様は実質待機状態ではないですか。実際に哨戒しているのは、我ら白狼天狗なのですよ?」

文「はいはい。感謝してるわよー」

にとり「そういや、天狗達はまだ警戒中なんだよね。私はあれから工房に籠り切りだったんだけど、今どんな感じなんだい?」

文「山の上の神様とは、お互い妥協し合って何とか境界線を引けたみたいね。あっちも力尽くでどうこうする気はなかったみたいで、とりあえずは一安心よ」

にとり「あの神様は似たようなケースで侵略してるからねぇ。ま、平和的に解決したならそれで良いけどさ」

椛「……そうもいかないかもしれません」

にとり「へ? どういう事だい?」

文「縄張りの問題は一応解決したけど……他がね。あっちも布教する気満々みたいだし、下手すれば異変になるかもしれないわ」

椛「最近、豊穣の神が弾幕ごっこで倒されたという話も聞きます。当分は大将棋に耽る事も出来なさそうです」

にとり「そっか……じゃあ、私もちょっと見回りをしてこようかな」

文「そんなに気を使わなくてもいいわよ? 本格的にヤバくなったら巫女が動くでしょうし」

にとり「なに、山の住人としてじっとしていられないだけさ。私にだって、無関係な人間を山から遠ざける事くらいは出来るだろう?」

文「まったく人が良いんだから……」

椛「そこが、にとり殿の良いところなのだと思いますよ」

にとり「ははは、そう言われると照れるねぇ」

文「それじゃ、今日も一日お勤め頑張りましょうか!」

にとり「おーっ!!!」

椛「はいっ!!」





椛「(―――それにしても、今日はやけに山が騒がしい。何事も無ければ良いのだが)」











[8576] 東方天晶花 巻の五十三「最強者の理屈が、いつも最も良いとされる」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/02/07 06:04

巻の五十三「最強者の理屈が、いつも最も良いとされる」




 どうも、毎度おなじみ久遠晶です。
 現在僕は、当てもなく魔法の森を彷徨っております。
 えっ? どうしてかって?
 ……ついさっき、現在下宿中のアリスさん宅から無残にも追い出されてしまったからですよ。
 一応言っておくけど、何か彼女の逆鱗に触れてしまったワケでは無い。断じて違う。
 ただ、作業の邪魔になるから散歩にでも行ってろと言われただけである。
 メディスンもてゐも同様に追い出されているから、間違っても僕だけが怒られたワケでは無いのですよ。ええ。
 何となく僕だけ追い出し方が荒っぽかった気もするけど、違うからね?
 先日の恨みとか声高に言われた気もするけど、それと上海でぶん殴られた事とは何の関係もありませんよ?

「さて、それにしてもこれからどうしたもんかね」

 メディスンとてゐは、二人で仲良く永遠亭へと向かった。
 僕も付いて行きたかったけど、てゐ曰く「急に顔出したら命の保証が出来ないから止めとけ」との事。
 アポ無しだと顔出す事すら出来ないって、どれだけ危険度が高いのさ永遠亭。
 てゐが色々調整してるらしいから、そのうち行けるようになるそうだけど……行きたくないなぁ、そんな話聞かされると。
 そういうワケで単独行動する羽目になった僕は、カメラ片手に魔法の森の景色でも撮る事にしたのですが……。

「なんか前にも、似たような事をしようとした記憶がある気がするんだよね? デジャブ?」

「あーっ! あきらだぁーっ!!」

 あ、たった今想い出した。僕の馬鹿。
 既視感があるのは当然じゃないか。都合二回、僕は同じ場面を経験しているんだし。
 魔法の森の空気にそぐわない活発な声を上げてこちらに向かってくるのは、自称親分で自称さいきょーの氷精チルノさん。
 僕にたくさんのトラウマを与えてくれた彼女は、天真爛漫さを顕現させたかのような笑みをその顔に浮かべている。
 三歩進めば全部忘れるのが妖精だとか言われてたわりに、数ヶ月経ってても忘れられていないんですけど僕。
 最早パターンと呼べるほど型にハマってしまった出会い方に、僕は苦悶の溜息を吐きだした。

「すごいわっ! またあきら変わってるじゃないの!!」

「……まぁ、衣装的な意味で言うとかなり変わったかもね」

「最初、誰なのか分からなかったわよっ!」

「真っ直ぐな目で言わないで、今まで耐えてた何かが降り切れる」

 やっぱりこの子は苦手だ。
 別に嫌いじゃない……むしろ好感のもてる妖精なんだけど、何かペースが乱されると言うか。
 今もキラキラ輝く瞳で僕の事を見つめている彼女は、おかしな事を色々口走っていた。
 というか、僕が氷漬けになるたびにパワーアップするってなにさ。
 腋メイド姿は親分の中で、強化バリエーションの一種に含まれるのですか――では無くて。

「あのねチルノさん、別に僕は倒される都度強くなる野菜の人みたいな特性は持ってな」

「でも丁度良いわ! アンタも協力しなさいっ!!」

 まぁ、スルーされると思ってたさ。
 さすがに僕も分かってきたよ? 興味無い話は耳に入らないんですよね。
 
「で、何の手伝いをさせる気なんですか親分」

「見回りよ、み・ま・わ・りっ」

「……見回り?」

 チルノは得意げに胸を張る。身長的に見降ろせない為、やや浮いている所が可愛い。
 しかし意味は分からない。魔法の森を見回るってどういう意味なのだろうか。
 子供の言う防衛隊ごっこ的な意味で言ってるのかな? こう、なんちゃら防衛隊ファイヤーみたいな。

「そう、あたいと一緒に魔法の森をぱと、ぱと……」

「パトロール?」

「それよっ! さすが子分ね!!」

「相変わらず僕は便利辞書扱いなんですね。別に気にしてないけど」

「今からあきらは、あたいと一緒に魔法の森をぱとれいばーするのよっ!!」

「間違えてないけど間違えてる。特車二課を幻想入りさせないで」

 何かこのやり取りも、ちょっと懐かしいなぁ。
 あの頃の僕は、空を飛ぶだけで何も出来なくなる貧弱な坊やだったっけ。
 それがゆうかりんズ・ブートキャンプを受けるだけで、こんなにも変われました!
 数キロ先を見通し、拳で岩をも砕き、フォームチェンジすら可能になり、あまつさえ手からビームまで出るようにっ!!
 ――自分で振り返っておいてアレだけど、これ明らかに人類のスペックデータじゃないよね。
 多分仮面ライダーで通じる。サイズ違うけどウルトラマンでもイケそうだ。
 まぁもう一人の鬼教官のおかげで、腋メイド以外の何者でも無くなったわけですけどね。
 じゃあそろそろ現実逃避は止めようかな。うん。

「ところでチルノ、聞きたいんだけど」

「なによ?」

「大ちゃんはどうしたの? 姿が見えないようだけど」

 僕はいつも隣に居るはずの、ちょっと気弱で心優しい妖精さんの姿を探した。
 チルノがパトロールしているのなら、彼女も苦笑いしながら後に続いていそうなものだけどなぁ。
 そんな僕の疑問を受け、チルノは何故か誇らしげに胸を張った。
 
「大ちゃんは置いてきた。ハッキリ言ってこの見回りにはついてこれそうもない」

「天さん!?」

 まさかこんな所で往年の迷台詞を聞く事になろうとは。
 あのコマを見た時、僕を含む読者は皆「お前だってそうだろ……」と思わずつっこんでしまった事だろう。
 ……等と某龍玉の話を広げてもしょうがない。チルノも全然分かってないし。
 むしろ気にするべきなのは、彼女の言った台詞の内容だ。
 
「ねぇチルノ。ついていけないってどういう事?」
 
「だって大ちゃんあんまり強くないもん。連れてきたら危ないじゃん!」

「危ないって……ただの見回りでしょ?」

「はぁ、あきらは馬鹿だなぁ」

 凄く嬉しそうに僕を馬鹿にするチルノ。無駄に幸せそうだ。
 毎回思うんだけど、彼女は馬鹿と言う言葉に何か括りがあるのだろうか?
 そう幸せそうに馬鹿扱いされると、怒られているのか褒められているのか分からなくなるんですが。
 いや、どう考えても褒められてはいないんだろうけど。
 間違いなくチルノは、怒る以外の目的で馬鹿馬鹿言ってるんだろうなぁ。

「それで、馬鹿の僕にも分かるように事情を説明して欲しいんですが」

「しょーがないなぁ、教えてあげるよ。この前のムカデのお化けの事覚えてる?」

「ああ、そんなヤツも居たね」

 傲慢なあの妖怪は、幻想郷では珍しい‘好きじゃない’タイプの妖怪だった。
 あの時は大ちゃんに注視している隙をついて、最強スペカを叩きこみ事無きを得たワケなんだけど。
 そういえばあの後、あの大ムカデはどうなったんだろうか? 

「あいつは、一度叩きのめしたぐらいではんせーするような妖怪じゃないわ。きっとあたいたちにふくしゅーしようと考えてるはずよ」

「……確かに、謙虚さとかとは無縁なヤツだったね」

 妖怪の短所を結集した小物、と言ってもあながち間違いでは無いだろう。
 大なり小なり「幻想郷」という世界を理解している他の妖怪と違い、随分と無作法な態度の目立った輩だった。
 ……恐らくは、幻想入りした直後であるが故の傲慢さだと思いたいのだけど。
 僕にはあのムカデが謙虚になる姿が、ちょっと想像出来なかった。

「ううん、それだけならまだいいわ。ひょっとしたらあいつ、腹いせに妖精たちにやつあたりするかもしれない!」

「だから見回りを?」

「よわっちい皆は、さいきょーのあたいが守ってあげないといけないからねっ!」

「……今までずっと一人で?」

「そうよっ!!」

 えっへんと胸を張るチルノ。一回倒しておしまいだと思っていた自分には、その姿が眩しくて直視出来ない。
 ううっ、今まで気にもかけないでいてゴメンナサイ。
 
「そういうワケだから、今から見回りするわよ! あきらもついてきなさいっ!!」

「うん、そういう事なら付き合うけど……僕はついてきていいの?」

 僕の記憶が確かなら、チルノの中で僕は「よわっちい」部類に入ってると思うんですが。
 いや、別に実際の僕が強い部類に入ってるとは思ってないけどね?
 毎回チルノに凍らされている身としては、そういう評価を受けて良いのかどうかと。

「大ちゃんが言ってたの。あきらは実はすごいやつだって」

「……大ちゃんが?」

「大ちゃんはあたいに嘘つかないもん。だからあんたは連れて行くの! 分かった!?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

 そうか、大ちゃんがそんな事を言ってくれてたんだ。
 「移動速度だけなら天狗並」とか自慢したくせに、障害物も避けれずあっさり木にぶつかった僕を……。
 お化けムカデにビビって、相手の死角に移動して超不意打ちした僕を……。
 その結果体力空っぽになって、あっさりチルノに凍らされた僕を……。
 ――何でフォローしてくれたんだろう。どう考えても過大評価な気がするんですが。

「さぁっ、しゅっぱつよーっ!!」

「お、おーっ!!」

 まぁ、おかげで見回りに同行出来るから良いんだけどね。
 元気よく進んでいくチルノの後に続き、僕は魔法の森のパトロールへと向かう事になったのだった。








 

〈ギィヤァァァッ!!〉

「ひぃっさぁぁっ! アイシクルホームラァァァァァン!!」

 氷製のバットを振りかぶり、襲いかかってきた妖怪を吹っ飛ばした。
 相手はこの前戦った――とせんせーが言ってました――餓鬼。
 魔法の森をパトロールしていた僕を見かけた途端、奴らは有無を言わさず襲いかかってきたのだ。
 ちなみに、後ろの方ではチルノが数体の餓鬼をカチカチに凍らせている。
 やっぱり妖精としては破格の強さだよなぁ、彼女。

「やるじゃないのあきら! それがあんたのスペルカードなの!?」

「いや、ただノリで言っただけ。なんか叫ぶのが癖になっちゃっててさ」

「分かるわ。叫ぶと強くなった気がするのよね!」

「ですよねー」

 どうでもいい事を話しながら、餓鬼達を追い払っていく。
 以前――せんせーから聞いた話ですよ?――の餓鬼達と違い少数のため、脅威と呼べるほど手強い相手では無い。
 結果ものの数分で、僕とチルノは餓鬼達を追い払う事が出来た。

「これで終わりかな?」

「ちょっと待って。……んー、もうこの辺には誰もいないみたい」

 魔眼で周囲を見渡す。こういう時、この眼は本当に重宝する。
 念のため気を探ってみても、餓鬼らしき反応はどこにも見受けられない。どうやら本当に全部追い払ったみたいだ。

「少ないなぁ。餓鬼ってもっと大人数で動くものかと思ってた」

「あたいが知ってるあいつ等は、もっとたくさんで動いてるよ。多分、こいつらは‘我慢できなかった’奴らじゃないかな」

「……我慢できなかった?」

「最近、あいつ等の餌を横取りしてる奴がいるみたいなの」

「―――それって」

「多分あのお化けムカデの仕業だと思う。あいつ等の縄張りは、ムカデと戦った場所のすぐ近くだし」

 むぅ、思わぬ所で思わぬ風に話が繋がったね。
 後で上白沢先生に報告した方が良さそうだ。騒動の原因を見つけましたって。
 ……それに、謝罪も一緒にしとかないと。
 結果的にとは言え、人里での騒動に僕も一枚かんでたみたいだし。
 
「それにしても、餌の横取りねぇ……何だか反省してなさそうな感じだなぁ」

「こんなよわっちい奴らを苛めて喜んでるなんて、さいきょーとは程遠い奴よね! あのお化けムカデっ!!」

「さいきょーの基準は良く分からないけど、器はちっちゃいと思―――」

 周囲を警戒しつつ雑談していると、僕の魔眼に生き物の反応が引っかかった。
 餓鬼とは違う儚げな波長を放っているのは……。

「……妖精?」

「―――っ」

 木の陰からこちらを窺う、数体の可愛らしい妖精たちだった。
 思えば、正規の妖精たちと会うのはこれが初めてかもしれない。
 チルノや大ちゃん、紅魔館の妖精メイド達など、妖精という種族自体とは結構な頻度で顔を会わせているけど。
 あそこらへんの面子は、ちょっとスタンダードとは言い難いモノがあるからね。
 何となく嬉しくなった僕は、思わず彼女らに近づいていく。
 しかしその途中で、僕の歩みは止まってしまった。
 こちらを窺う彼女たちの表情が、恐怖で彩られていたためだ。
 僕を見て、では無い。そうならこちらが近づいた時点で、彼女たちは何らかの反応を示しているはずである。
 彼女達が見ているのは―――チルノだ。
 
「…………」

 彼女は、妖精たちを見ようとしない。 
 だから僕からも、チルノの表情を察する事は出来ない。
 結局チルノは、妖精たちが去っていくまで彼女らに顔を向ける事はなかった。

「ねぇチルノ。今の子達って……」

「あたい、ちょっと前まで悪戯ばっかりしててさ。他の妖精たちからすっごい嫌われてるんだ」

 こちらを見ないまま、チルノは静かに語り始める。
 その内容は、今の彼女しか知らない僕にはとても信じられないものだった。
 確かにチルノは少しばかり短絡的な行動が目立つ子だけど、嫌われるほどの悪人でもない。
 むしろ、彼女の言動は弱きを守り強きを挫く方に傾いている気がするんだけど。

「その時のあたいは、さいきょーってのは何でも出来る事だって思ってた。……だから、他の妖精たちの事なんて何とも思ってなかったの」

 どうも昔のチルノは、ガキ大将的な振る舞いの目立つ子だったらしい。
 まぁ、その気持ちも分からなくは無い。
 優れた力を持つと強気になってしまうのは、どの種族でも変わらない事柄であるらしい。

「誰も寄り付かないって、すっごいつよい事だと思ってた。そしたらさ、れーむが言ったの」

「れーむ?」

「すっごい強いヤツなんだよ! さいきょーのあたいより強いのっ!!」

 声のトーンを上げて、嬉しそうに「れーむ」の凄さを語るチルノ。
 あたいの攻撃が全然当たらなかっただの、スペルカードを使わず倒されただの。
 話半分で聞いたとしても、確かにとんでもない人だ。
 そしてそのとんでもない人が、当時のチルノが変わる影響を与えたのだろう。
 散々れーむの武勇伝を語ったチルノは、再びトーンを落とし話を続けた。

「それでね。れーむが教えてくれたの、『アンタの最強は面倒臭いわね。いちいち聞いて回らないと消えてなくなるの?』って」

「それは……教えてくれたって言うの?」
 
 すいませんが、僕には馬鹿にされたようにしか聞こえなかったんですが。
 しかし、チルノにとっては衝撃的な言葉だったらしい。
 万有引力の法則を発見したニュートンのように、興奮した様子で僕の言葉に反論する。

「そうよっ! だってれーむは、さいきょーのあたいを倒したさいきょーの巫女なんだもん!!」

「なるほ……ど? いや、そうなるのかな?」

「れーむに負けてあたい分かったの、ほんとーのさいきょーは弱い者をイジめる奴じゃない。弱い者を守る奴の事なんだって!」

「そのれーむさんは、そういう事やってる人なの?」

「うんっ! 妖怪退治屋なんだって!! ひとにがいをなすわるいようかいを……えっと」

「まぁ、何となく分かるよ」

 その「れーむさん」って人が、今のチルノを成り立たせているのだろう。
 僕にとっての紫ねーさま……もしくは爺ちゃんみたいな人なのかな。
 
「そう、あきらにもれーむの凄さが分かるのね!」

 ――いつの間にか、チルノの顔はこちらを向いていた。
 俯いていると思われていた彼女の顔は、意外な事に真っ直ぐ僕へと向けられている。
 その瞳に、自らの現状を嘆いている色は無かった。

「だからあたい決めたの。今度こそ本物のさいきょーになるって! あたいの力で、妖精たち皆を守るって!!」 

 嗚呼、この子は凄く強い子だ。
 自分がまだ、彼女たちの信頼を得る事が出来ないと分かっている。
 だけど、チルノはそれを嘆いているワケじゃない。
 自ら行動する事で、彼女は証明しようとしているのだ。
 ―――自分が仲間を守る、‘さいきょー’の妖精である事を。
 
「ねぇ、親分」

「なによ子分!」

「やっぱり親分はカッコイイね」

「ふふんっ! あったりまえじゃないのっ!!」

 胸を張るチルノの姿に思わず苦笑する。
 何だかやたらと湾曲に捉えてしまったけど、本人はもう少しシンプルに考えているのかもしれない。
 氷精チルノは正義の味方! とかね。

「それじゃ、パトロールを続けましょうか親分」

「あ、ちょっと待ちなさいよ! 子分が親分より先に行くなぁーっ!!」

「いやいや、こういうのは早い者勝ちだよ!」

 つい浮かれてしまい、年甲斐も無く駆けだす腋メイド。後で思い出したら発狂するレベルのお茶目である。
 しかしまぁ、それくらいさっきの話で僕のテンションは上がっていたのだ。
 だからこそ僕は、ついうっかり狂気の魔眼を解除するのを忘れてしまい。
 ―――おかげで突然木陰から飛び出してきた一撃を、何とか回避する事が出来たのだ。
 
「なっ……今のはっ!」

 大地を抉るその攻撃を放ったのは、無数の脚のついた巨大な尻尾。
 その持ち主が誰なのか等、察するまでも無い。

〈避けたか。運の良い小童だ〉

「――あ、アンタはっ!」

〈待っておったぞ、貴様らが揃うその時を……〉

 ギチギチとイヤな音を立て、森の奥から黒い巨躯が這い出てくる。
 鋼鉄のような表皮、無数の蠢く脚、鈍く輝く眼球。
 以前とまったく同じ姿で―――あの大ムカデは姿を現した。
 

 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】

山田「『CMのあと、みんなでいっしょに歌を唄おう!』山田です」

死神A「……侍戦隊ネタなんて、次の戦隊が始まったら風化しますよ。死神Aです」

山田「しかし、あの空気の読めてなさっぷりはネタにすべきです」

死神A「確かに凄いですからね。ラスボスが復活しようが殿がアレだったりコレだったりしてようがテロップ出してきますし」

山田「我々も今回は、本編の空気をぶち壊しつつ話を進める立場なので、ちょっとあやかってみました」

死神A「イヤなあやかり方だなぁ……それじゃあ早速質問行きましょうか」


 Q:晶君のスキルコピーでは阿求のような常時展開型はどうなるんでせう?


山田「結論から言うと、常時展開が可能ですね。コピー&ペーストが基本ですから。劣化しますけど」

死神A「そうですかぁ……そうなると、求聞持の能力を持った晶君はやっぱりしっかりものに」

山田「ははははは、無い無い」

死神A「わぁー、良い笑顔だー」

山田「少なくとも天晶花では、記憶する事と引き出す事は別物です。覚えていても肝心な時に出てこなかったら意味無いでしょう?」

死神A「知識と知恵は別のものって奴ですか?」

山田「そういう事です。まぁ、遺伝子レベルのうっかりは能力でもどうしようも無いと言う事ですね」

死神A「うわぁ、真顔で言い切りましたよこの閻魔」

山田「それでは次の質問です」


 Q:あややってそんなに凄い立場に居たんですか?


山田「まぁ、原作でも幻想郷最強クラスとは言われてますが、天晶花ではちょっと補正が入ってますね」

死神A「補正ですか」

山田「自機補正というヤツです。花映塚以外で自機になった方々は、本来より強く設定されます」

死神A「花映塚は……まぁ含めると参加者全員に補正かかりますからね」

山田「しかも基本的に、東方の名前有りのキャラは優遇されていますからね。旧作補正や名前有り補正等で、原作より強くなってるキャラは多々います」

死神A「へぇ、そうなんですか」

山田「七色の人形使い、四季のフラワーマスター、幻想郷最速の鴉天狗なんかが恩恵を受けまくってる方々です」

死神A「さすがレギュラーメンバー。優遇されまくってますね」

山田「萎めばいいのに」

死神A「……もういっそ、それ持ちネタにしますか?」


 Q:晶君のキラー肉じゃがの味はどうなんですか?


山田「こんな事もあろうかと、すでに現物の方を用意しておきました」

死神A「どういう事態を想定してたんですかっ!?」

山田「はい。あーんしてあげますよー」

死神A「しかも押しつけた!!」

山田「あーん」

死神A「言葉とは裏腹に何と言う強制力……これは、むぐっ」

山田「……どうですか?」

死神A「けひょっ」

山田「せめて感想を言ってから倒れてくださいよ」

死神A「無茶……言わ……ないで……」

山田「仕方ありません。ここは唯一食べる事に成功した某妖怪に尋ねましょう」

隙間「呼ばれて飛び出て。ゆかりん十七歳ですっ☆」

山田「どうも、早速ですけどどんな味だったのか教えてください」

隙間「渾身のネタをスルーされて、ゆかりん悲しいわ」

山田「今の私にその手のボケは通じません。山田さん十七歳ですっ☆」

隙間「本当にフリーダムねぇ」

山田「で、味の方はどうなんですか?」

隙間「秘密よ、ひ・み・つ」

山田「そうですか、秘密なら仕方ありませんね。ではまた次回っ!!」

死神A「そうやって……軽く流すなら………私が食べる意味無いじゃないです…………か」


 とぅーびーこんてぃにゅーど






[8576] 東方天晶花 巻の五十四「怒りの結果は、怒りの原因よりはるかに重大である」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/02/07 06:05


巻の五十四「怒りの結果は、怒りの原因よりはるかに重大である」




 キチキチと、大ムカデが笑う。
 その姿が癇に障る。奴の声はまるで、幻想郷の全てを嘲笑っているようだ。

「出たわね、お化けムカデ!」

〈待ちわびたぞ……貴様らを縊り殺すこの瞬間を〉

「ふんっ、その台詞そのまま返すわ! ねぇあきら!! ―――あきら?」

 チルノが、何か僕に話しかけてきた気がする。
 だけどそれも耳に入ってこない。
 まるで氷柱を身体の芯に差し込まれたみたいに、心が急激に冷えて行く。

「そのために、餓鬼や妖精たちを犠牲にしたのか?」

 それは、ほとんどカマかけのようなものだった。
 餓鬼達の事は推測でしか無いし、妖精の事に至ってはただの言いがかりだ。
 しかしそんな僕の言葉に、お化けムカデは嘲笑を持って答えた。
 それは、的外れな僕の答えを笑っていると言う様子では無い。

〈『犠牲』? ……笑わせてくれる。あのような遅鈍な連中、羽虫のように掃いて捨てるのが正しき使い方ではないか〉

「それは、幻想郷の有り方を知った上での言葉か」

〈ぐふふふふ、幻想郷の有り方だと? このような狭き世界の理に、何故我が従わねばならん〉

 ああ、そうだろうよ。 
 この妖怪は何も変わっていない。
 傲慢で、無知で、害悪のみを幻想郷に振りまいている。
 ――分かっているのか、妖怪?
 お前が何故幻想郷にやってきたのか。その意味と価値を。
 お前の言うこの狭き世界が、どれほどの奇跡で成り立っているのかを。

「そうか。なら、これが最後の問いだ妖怪。――お前はこの幻想郷で何を為すつもりだ」

〈下らぬ問いだな。人を狩り、恐怖を喰らい、他の妖怪を滅する。それ以外に妖怪の為すべき事があるか?〉

「幻想郷が全てを受け入れるとしても……限度と言うものは存在している」

〈何度も言わせるな。妖怪の楽園? 逃げ場の間違いであろう。そのような場所がどうなろうと我の知った事か!〉

 大ムカデは嗤う。自分以外の全てを見下しながら。
 何も知らないくせに、この世界の全てを下らないと否定する。
 


 分かった。ならお前は―――――幻想郷の敵だ。



「あきら! ねぇ、あきらっ!!」

「……チルノ、下がって」

 最後に残っていた理性で、何とかそれだけを告げる事が出来た。
 ここに来て、僕はようやく理解する。
 先ほどからずっと感じていた、震えるように冷えていく心の意味。
 どうやら僕は――自分でも気付けなかった程に‘怒っている’らしい。

〈問いはそれだけか? ぐふふふ、最後の最後で酔狂な奴よ。そんな下らぬ事を尋ねるとはな〉

 最早、大ムカデの言葉は耳に入ってこない。
 考えるのは、この下種を一瞬で消すための方法。
 「フリーズ・ワイバーン」ではダメだ。あの技でも、このムカデを消すには至らない。
 ならどうする? あれ以上の技は、今の僕には存在しないと言うのに。
 思考の海に浸った時間は一瞬だった。結論は、あっさりと僕の口から零れ出る。

「あ、あきら?」

「――ああそうか。‘作れば’良いんだ」

 こんな簡単な事に気付かないだなんて、僕は馬鹿だなぁ。
 無いのなら、有る事にしてしまえ。
 扱えない程大きな力を、扱えるほど容易くして。
 持ちえない力を、持ちえる力にして。
 僕は、新たなスペルカードをソウゾウする。
 イメージの中の幻想の機械は、ピクリとも動きはしなかった。



 ――スペルカードの構成を開始します

 ――――構成骨子選択:幻想「フリーズ・ワイバーン」………承認

 ――――難易度変更:HARD → Phantasm………承認

 ――――威力を最大値へ変更………承認

 ――――使用コストを最少値へ変更………承認

 ――――射程、効果範囲を視界全てへ変更………承認

 ――――属性情報『凍結』を極大化………承認

 ――構成終了

 ――スペルカード「幻想世界の静止する日」の情報を確定します



 奴に見せつけるよう、生み出したスペルカードを提示する。
 さぁ覚悟しろ。これで、終わりだ。

「 キ エ ウ セ ―――」

「この馬鹿子分!」

「ロンッ!?」

 スペルカードを発動する直前、僕の頭に何か固くて重い物が打ち付けられる。
 え? ナニコレいたい。
 どうやら僕は、頭に思いっきり氷をぶつけられたようだ。
 あのチルノさん? これ普通の人間なら余裕で死んでる攻撃ですよ?

「い、いきなり何するのさ、親分!」

「何するのさじゃないわよ! この馬鹿!!」

 氷をどかし、チルノに抗議しようとした僕は言葉を詰まらせる。
 怒りが最高潮に達している彼女の眼には、大粒の涙が溜まっていた。

「あたい言ったでしょ! ほんとーのさいきょーは、弱い者を守るヤツの事なんだって!!」

「チ、チルノさん?」

「今のあきらは、そこのお化けムカデと同じじゃない! あたいは親分として情けないわっ!!」

 ほとんど半泣きで、チルノは僕に怒りをぶつける。
 その姿を見て、冷え切っていた感情は急激に解けていった。
 彼女の言う通りだ。僕は、何をしようとした?
 右手に持ったスペルカードへ、改めて視線を移す。
 僕の実力を大きく超えたその弾幕は、放てば容易に大ムカデを消し飛ばすだろう。
 だけどそれは、幻想郷の有り方を否定したアイツと何が違うと言うのか。
 
「こんなよわっちいヤツと同じ事しなくても、あたいとあきらのさいきょーコンビなら勝てるじゃないの! 違うっ!?」

 そういって、チルノは僕を見下ろすように踏ん反りかえる。
 さいきょーコンビ、ときましたか。
 その場のノリで言ってるのだろうけど、僕も随分と認められてしまったものだ。
 だけどまぁ、悪い気はしないね。

「ゴメン、親分。ちょっと頭に血が上っていた」

「まったく、しょーがない子分ね。あたいがいないと何も出来ないんだからっ」

「ははっ、何の反論も出来ませんな」

「よーしっ! それじゃあ、やるわよっ!!」

 チルノが両頬を叩き、気合いを入れ直す。
 僕もそれに合わせ、ゆっくりと体勢を整えムカデに相対した。
 幸運にも、ムカデは何の動きも見せていない。
 ――ほへ? それっておかしくない?
 今までのやり取りはアイツから見ればただの隙、不意打し放題の大チャンスである。
 少なくとも、そこで攻撃を躊躇うようなスポーツマンシップ溢れる奴じゃないはずなんだけど。

「ふむ、チルノさんや」

「な、なによいきなり。そこで止められるとちょーし狂っちゃうじゃないの」

「まぁまぁ、僕に良い考えがあるんですよ」

 やる気満々なチルノに、僕は今思いついた事を耳打ちする。
 流れを遮られ不機嫌そうにしていた彼女は、僕の『良い考え』に顔を綻ばせた。

「ふふん。悪くない作戦じゃない」

「にひひっ、でしょー?」

「よしっ! それじゃあ改めてやるわよっ!!」

「おうっ!!」

 気合いを入れ直し、チルノは大きく飛びあがる。
 残された僕は、未だ動かない大ムカデと相対し直す。
 僕が手に持ったスペルカードを納めると、大ムカデは高らかに笑いだした。

〈ぐふふふふ、最後の語らいは済んだのか?〉

「これはこれは、見逃してくれてたとは思わなかったよ」

〈減らず口を……今すぐその小生意気な顔を恐怖で彩ってやろうぞっ!!〉

 偉そうにしてるけど、‘最後の機会’を二度与えてる時点で今までの沈黙が意図したものじゃない事がバレバレだからね?
 断言しても良い。お前にそんな粋な真似をするカリスマは無い!

「さぁ、行くぞっ!!」

〈むぅっ!?〉

 僕は大きく飛び下がり、スペルカードを用意する。
 ……さっきのスペルカード、徹頭徹尾どうやったのかイマイチ覚えて無いんだけど、覚えて無いなりに参考になった部分もあった。
 今まで、使いこなす自信が無くて放置していた「フリーズ・ワイバーン」。
 けれど別に、アレをそのまま使いこなす必要は無いんだ。
 使いにくければ使いやすくしてやれば良い。デッキの隅で埃を被せるより、そっちの方がずっとマシだ。

「と言うワケで、「フリーズ・ワイバーン」改めっ――」



 ―――――――零符「アブソリュートゼロ」



 放たれる、淡い蒼色の閃光。
 大雑把とは言え、威力とコストを調節して最適の形にしたスペルカードだ。
 威力はほんの少し落ちてしまったが、使っても体力を絞り取られるような感覚が無くなっている。これは大きい。
 いやほんと、ちょっと弄っただけで全然楽になったよコレ。最初からこうしていれば良かった。
 
〈甘いわぁっ!!〉

「うわっ?」

 等と自分の作ったスペルカードを絶賛していたら、あっさりとムカデに避けられてしまった。
 ムカデはそのまま僕を囲い込むように一周し、一気にその身体で僕を締め付ける。

〈ぐふふ、二度も同じ攻撃を喰らう我だと思ったか?〉

「く、くそぅ、まさかよけられるとはぁ」

〈このまま、じわじわと絞め殺してくれるわっ!〉

「うわぁ、どうしようやられちゃうよぉうおうおう」

 ……今のは、さすがにわざとらし過ぎただろうか。
 いや、実際の所コイツの締め付けは中々にキツいのだけど。
 こうなるよう‘誘導した’身としては、このキツさも想定内のレベルでしか無いと言うか……。
 おっと、ダメだダメだ。せめて顔だけでも苦しそうにしておかないと。
 僕はアカデミー賞ものの演技で、苦悶の表情っぽいものを浮かべてみせる。

「こ、このやろうめぇー。その、くらえー」

〈ぐふふ、この私を凍らせようと言うのか? 愚かな奴めが〉

 せめてもの抵抗の振りをして、僕はムカデの身体を冷気で一気に冷やしていく。
 当然、凍る気配は全く訪れないが、元々狙いはそこに無いので問題ない。
 
〈無駄な抵抗だ。所詮、人間が妖怪に敵う事など無いのだ〉

「その意見には概ね同感だけどね。――自分が、その「敵わない妖怪」に含まれるだなんて思わない方が良いと思うよ?」

〈小生意気な小童がっ!!〉

 締め付けの力が強くなっていく。けれどその力は、僕を殺すには至らない。
 結局コイツは、この程度の力しか持っていない小物なのだ。
 幻想郷の敵なんて呼ぶほど大袈裟な相手じゃ無い、ただの我儘な三流妖怪。
 そんな分からず屋には、幻想郷のルールをしっかり叩きこんでやらなければいけないだろう。
 もちろん、幻想郷流のやり方でね。



 ―――――――転写「アグニシャイン」



〈今度は炎だとっ!? しかし、その程度で我の身体が焼けると思うなよっ!!〉

 巻き起こった炎が、ムカデの全身を撫でつけるように炙る。
 奴の言うとおり、この火力で奴を燃やす事はできない。
 けどね、大ムカデ。つい最近まで外の世界に居たお前なら知ってるんじゃないの?
 固い物体程、急激な温度差で脆くなるって事を。

「―――親分! 今だ!!」

「待たせ過ぎよ! 子分!!」



 ―――――――凍符「マイナスK」



 チルノが放った無数の氷塊が、さらに細かな散弾となってムカデに降りかかる。
 その弾幕は、温度差によって脆くなった大ムカデの皮膚をあっさりと打ち砕いた。
 
〈ば、馬鹿なぁぁぁっ!?〉

 大ムカデが驚嘆の声を上げる。
 自分が‘格下の相手’に負ける事が、信じられないのだろう。
 その油断が、決定的な敗因になったと言うのに。
 
「ふふふっ、どうやら「フリーズ・ワイバーン」に括り過ぎたようぷろぱっ!?」

「ちょっとあきらーっ、ちゃんと避けてよー」

「いや、状況的に避けられませんから―――ってイタイイタイイタイ!?」

 しまった。こういう展開は予測していなかった。
 降り注ぐ弾幕を頭に受けながら、僕は自らの詰めの甘さに溜息を漏らすのだった。










「ふっ、辛く苦しい戦いだったぜ」

「ボロボロねー。あきら大丈夫なの?」

「山ほどタンコブは出来てますが、命に別状はありません」

 チルノの弾幕が終わり、その場に残っていたのは僕と林のように乱立した氷の弾丸だけだった。
 さすがは氷の妖精と言ったところか。応用力で負ける気はしないけど、冷気のゴリ押しならやはり彼女に分があるようだ。
 
「しかしまた、コイツも随分とちっちゃくなったもんだね」

「ま、二度もあたい達に負けたんだもん。自信を無くすのも当然よね!!」

 チルノは自慢げに頭大の氷塊を掲げて見せる。
 その中には、数センチほどの大きさの小さなムカデが閉じ込められていた。
 これが先ほどまでは数メートル級の大ムカデだったと言うのだから、妖怪と言うのは中々に奥深い。
 たび重なる敗北で、コイツはほとんど初期の状態まで弱体化してしまったらしい。
 力が精神に起因する妖怪ならではの症状だ。さすがにこうなってしまっては、もう復讐等何だのを企む事は出来ないだろう。

「それにしても、あきらの言う通りだったわね」

「ほへ?」

「このムカデったら、あたいに目もくれないであきらを狙ったじゃん」

「ああ、それか」

 正確に言うと、あのムカデが警戒していたのは僕じゃなくて僕のスペルカードなんだけどね。
 どうも以前氷漬けにされた事が、想像以上に根深いトラウマとなっていたようである。
 その結果、コイツは僕のスペルカードに‘だけ’注目すると言う、笑えるくらい隙だらけな姿を晒してくれたワケだ。
 元々、チルノの事は叩きのめす対象としてしか見てなかった相手だ。
 スペルカードを囮にして注目を向けるのは、チルノに作戦を説明するよりも楽だった。
 後は、チルノの攻撃が通るように援護してやればいいだけだ。
 前はギリギリの所でムカデの硬質な皮を貫けてなかったみたいだったから、アレでいけるかはちょっと不安だったけど。

「さすがは親分、決め時は外さないネ」

「ん? 良く分からないけど、あたいはさいきょーだから当然よ!!」

 あの勢いなら、僕の援護は不要だったかもしれない。
 あれ? そうなると僕、巻き込まれ損?
 ……いやいや、あのアシストは必須でしたともさ。
 僕とチルノが協力したからこその勝利ですよ? うん。

「あきらも良くやったわ。今回のはたらきを認めて、あきらにぐん……ぐん……」

「ぐんぐん?」

「それよ! ――って違う、それじゃないわ。しっかり答えてよ、もー」
 
「いや、孔明じゃないんだから。さすがに前後の繋がらない台詞を先読みするのは無理だって」

 諸葛亮がそんな事出来たのかどうかは知らないけど、演義あたりで性能を誇張されたあの人なら本気で出来そうだ。
 どっちにしろ、本件には一切関係の無い話ですが。
 
「こーめー? 誰よそれ」

「三国志で名軍師としてお馴染な、歴史上の偉人の事さ。まぁ、本当は政治家としての能力の方が抜きんで」

「おお、それよっ! ぐんしっ!!」

「……せめて最後まで説明させて欲しかった」

「親分のあたいが、あきらをぐんしににんめいしてあげるわっ!!」

 なるほど、それが言いたかったのか。
 正直、二人しかいない集まりで‘軍’師はどうよとか思いもするけど、満更でもないので良しとしよう。
 ……まぁその、結構好きです。軍師策謀家キャラ。
 
「これであきらは、あたいの友達のちいにちょっと近づいたわね」

「軍師は友達よりも立場が低いのですか……」

 水魚の交わりって言葉もあるんだから、せめて友達相当の扱いはしてくださいな。
 そんなこちらの切ない想いに気付いているのかいないのか、チルノはさらに言葉を続ける。

「もちろん、ごほーびはそれだけじゃないわっ!」

「ほへ? まだ何かくれるの?」

「友達に近づいたあきらには、特別にあたいのひみつの遊び場を教えてあげるっ!!」

「秘密の遊び場?」

「そうよっ! 今のところ、大ちゃんとあたいしか知らないとっぷ……とっぷ」

「トップシークレット?」

「それよ! 突風時雨等な場所なのよ!!」

 なにその危険地帯。いや、言いたい事は何とか理解できるけど。
 しかしそんな場所を教えてくれると言う事は、軍師の立場もそれほど友達から遠くは無いのかな?
 思わぬチルノの「御褒美」に、少しばかり頬が綻んだ。

「でも、見回りはもう良いの?」

「コイツを倒せたからおしまい! さぁ、あたいについてきなさいっ!!」

 元大ムカデの閉じ込められた氷塊を放り投げて、チルノが勢い良く駆けだす。
 ……まぁ、事の元凶も倒したワケだし、今回の騒動は万事解決問題無しと考えても大丈夫だろう。
 
「残った問題と言えば……精々‘コレ’くらい、か」

 僕は懐から、使わなかった例のスペルカードを取り出す。
 僕の能力を大きく超えた―――いや、そもそも‘僕の能力では作れない’はずの弾幕。
 それを何故作る事が出来たのか。冷静になった今の僕では、想像する事すら出来そうにない。
 ただ、何となく分かる事が一つだけある。
 

 ―――多分、このスペルカードは‘今の僕でも問題無く使う事が出来る’のだ。


 何の代償も払わず、息を吐くような気軽さで。
 このスペルカードは、定められた通りの力を発揮するに違いない。
 ……その事実を素直に喜べる程、僕は楽観的では無かった。

「ほら、あきらぁーっ! はやくついてきなさいよー」

「あ、うん。分かった!!」

 僕は、再びスペルカードを懐にしまう。
 ――この弾幕が意味する所を、深く考えないように。
 
「待ってよチルノーっ!」

 どんどん先に行く親分の後を追って、僕も急いで駆けだした。
 


 

 
 
 
 

「ほら、ここがひみつの遊び場よ!」

「……普通の池に見えるんですが、ここで何して遊ぶんですか?」

「蛙を凍らせるのっ!!」

「子供って残酷だ!?」

「さぁ、今日はどいつを凍らせようかしら……あれ?」

「はわわっ、なんか超でかい蛙が出てきたっ!? 何アレ何アレ!?」

「出たわね大蝦蟇! 今日こそかっちんこっちんに凍らせて―――」 ピチューン

「にゃああああっ!? 親分が食われたぁぁあぁぁぁああっ!?」



 ――追記。
 
 今日、新しいトラウマが出来ました。カエル怖い、超怖い。



[8576] 東方天晶花 巻の五十四点五「自負は常に他人の感嘆によって強化される」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/02/14 09:54


巻の五十四点五「自負は常に他人の感嘆によって強化される」




咲夜「お嬢様、敷地内の清掃完了致しました」

レミリア「御苦労。さて……次は何をやってもらうかな」

咲夜「お言葉ですが御嬢様、もう仕事がありません」

レミリア「―――まだ、掃除しかやらせてないはずだが」

咲夜「はい、掃除しかやる事が無いんです」

レミリア「洗濯は?」

咲夜「あそこに干している分で全てです」

レミリア「……私には、巫女の服が二着あるようにしか見えないぞ」

咲夜「昨日、私とお嬢様が着ていた分だけですから」

レミリア「恐ろしい程に衣服の消費が少ないのだな……では、食事の準備は?」

咲夜「そもそも食べるモノが煎餅しかありません」

レミリア「ちょっと前に、補充しなかったか?」

咲夜「先ほど巫女がやってきて、弁当代わりに全て持って行きました」

レミリア「……確か、霊夢は異変解決に乗り出している最中だったと記憶しているのだが」

咲夜「途中休憩だそうです。あ、それから巫女から伝言も受けております」

レミリア「ほほぉ、この私に言伝か。いったい何用だ?」

咲夜「『戸棚の煎餅に手を出したら退治する』との事です」

レミリア「……咲夜が補充した食料を全て奪っておきながら、自らの煎餅を分け与える気は無いのか」

咲夜「『神社の敷地内にあるモノは全て神社のモノ。そして神社のモノは私のモノ』と言っておりました」

レミリア「神社を間に挟む程度には良識がある、と判断すべきなのだろうか」

咲夜「あの巫女の性格を考えると、そういう結論になるのかもしれません」

レミリア「まぁいい。元々あの菓子は私の口に合わん。やる事が無いなら食料の調達を行うと良い」

咲夜「畏まりました」

レミリア「ふふふ、あの霊夢から神社の留守を託されたのだ。精々恩を売ってやろうではないか」

咲夜「(あれは託されたと言うより、放置されたと言う方が正しいような)」

レミリア「ところで咲夜。異変の件に関してはどうなっている?」

咲夜「さて、あの巫女は多くを語りませんでしたが……どうやら山頂の方で、ゴタゴタが始まっているようです」

レミリア「ふふんっ、面白いではないか。どうせなら私達もその異変に一枚噛んでみるか?」

咲夜「お戯れを。最初から行くつもりはないのでしょう?」

レミリア「当然ではないか。わざわざ異変の端役を貰いに出向くなど、誇り高き吸血鬼のする事ではないさ」

咲夜「(嗚呼、誰もいない時ほどカリスマに溢れるお嬢様。とても素晴らしいです)」

レミリア「では咲夜。早速食料の補充に向かうが良い」

咲夜「は、畏まりました」

レミリア「……行ったか、相変わらず手早いな。くくっ、やはり優れた主には優れた従者が付くモノだ」

レミリア「(あら、今の笑みは中々凄みが効いていたわね)」

レミリア「くっくっくっ――――違うな」

レミリア「(今のは小悪党過ぎるわ。もっと低めを意識して笑うべきかしら)」

レミリア「くきゅ――い、今のはノーカンね」

咲夜「終わりました」

レミリア「うーっ!?」

咲夜「今夜のメニューはボタン鍋です。他にも、とりあえず三日分の食料を補充しておきました」

レミリア「ご、御苦労。所で……いつ帰ってきたのだ?」

咲夜「たった今です、それが何か?」

レミリア「いや、何でもないさ」

咲夜「(時を操る能力万歳ね。仕事をしながらお嬢様の可愛らしい仕草が見放題だわ)」

レミリア「……本当に、今帰ってきたのか?」

咲夜「はい」

レミリア「う、うむ。それなら良いんだ。それなら」

咲夜「(カリスマな笑い方の練習をするお嬢様、ごちそうさまです)」

レミリア「ところで咲夜」

咲夜「はい、何でしょうか」

レミリア「屋敷の方はどうなっている?」

咲夜「概ね順調のようです。恐らく、近いうちには修繕が完了する事でしょう」

レミリア「ふむ、そうか……」

咲夜「紅魔館新築記念パーティの準備を始めさせますか?」

レミリア「――いや、今回の事は内々で片づける」

咲夜「畏まりました」

レミリア「(面倒な事態だと思ったが。この状況、色々と利用できそうだな)」

レミリア「(今、紅魔館に居るのは美鈴とパチェと幽香。少々幽香の存在が厄介だが、この件では味方と捉えて構わんだろう)」

レミリア「(晶も着実に強くなっている。ならば……運命を早めるか?)」

咲夜「お嬢様?」

レミリア「くくっ、そうだ咲夜よ。良い事を考えたぞ」

レミリア「(あ、今凄くカリスマっぽく笑えた)」

咲夜「はぁ、やはりパーティの準備をなさるので?」

レミリア「ああ、そうだな。パーティはするさ。ただし……場所は博麗神社で、内容は異変解決祝いだが」

咲夜「――畏まりました。全てはお嬢様の御心のままに」

レミリア「盛大な宴にするのだぞ? 鬼すら呼び込み、三日三晩続く盛大な宴にな」

レミリア「そう。幻想郷の妖怪達の目が、全てこちらに向く程盛大に、だ」

レミリア「くっくっくっ……ふっふっふっ……あーっはっはっはげふごほげふん」

咲夜「どうぞ、お水ですお嬢様」

レミリア「げほげほ……もーっ! 何でいつも締まらないのよーっ!!」

咲夜「(お嬢様は今日も絶好調ですね! 素敵です!)」

レミリア「と、とりあえず、宴の準備をなさい。――もとい、宴の準備をせよっ!」

咲夜「了解しました。ところでお嬢様」

レミリア「……何だ?」

咲夜「それほどの宴を準備するためには、今後我々の食事を倹約せねばならないと思われます」

レミリア「ふんっ、何かと思えばそんな事か。なに、食事の質さえ維持していれば、私には何の問題も無いさ」

咲夜「そうですか。では今日は美味しい野草サラダで決定ですね」

レミリア「……えっ?」

咲夜「ご安心を。十六夜咲夜の名にかけて、極上のサラダを献上致します」

レミリア「いやその、私、サラダはちょっと……」

咲夜「質は最高のモノをご用意出来ますが?」

レミリア「………………………………………………………………………………………………………………なら、それで」

咲夜「畏まりました。では、失礼します」

レミリア「………咲夜、もう行った?」

レミリア「はぁ……確かに私、質が維持できれば良いって言ったけどね」

レミリア「う、うーっ、お野菜にがてなのにぃ~」

咲夜「(お嬢様……最高です)」






[8576] 東方天晶花 巻の五十五「友情は最初、残酷なほど明確にものを見る」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/02/17 21:50


巻の五十五「友情は最初、残酷なほど明確にものを見る」




「どぉぉぉぉりゃぁぁぁぁあああああっ!!!」

 どうもこんにちは。なんか突然変な設定がついた僕こと久遠晶です。
 今僕は、重りを背負ってランニングという亀仙流ばりの荒行に挑戦しています。
 ちなみにその状態で、かれこれ半日程ぶっ通しで走っているのですけど……。

「ちっとも疲れねぇぇぇぇええええっ!!」

 恐ろしい事に、僕の速度は一向に緩む気配を見せなかった。
 分かっていたつもりだったけど、僕はまだ「気を使う程度の能力」のポテンシャルを侮っていたらしい。
 魔法の森を一周するごとに追加した重りは、すでに加算し過ぎておかしな事になってしまっている。
 むぅ、この状況はさすがに想定外過ぎる。
 そもそも僕がいきなりこんな修業を始めているのには、ちゃんとした理由があるのだ。
 数日前、チルノと一緒に見回りをした際手に入れたスペルカード。
 あれは僕の能力を大きく超えた、出処不明の力だった。
 その時の僕は、あまりの得体の知れなさからそのスペカを見なかった事にしたワケだけど。
 数日ウジウジした結果、やはり不思議の求道者(自称)としてそんな半端な態度ではいけないと思い直したのである。
 
「とは言えっ、迂闊に試し撃ちするわけにはっ、いかないもんねっ!」

 あんな無差別破壊弾幕、さすがにポンスカ撃つわけにはいかない。
 そこで僕は考えた。安全に僕の身に起こった事態を確認する方法は無いか、と。

「その結論がっ、これっ、なんだけどっ! 正直っ、間違えたかなっ!!」

 あのスペルカードを生み出した原因は、恐らく「強い怒り」にあるのだろう。
 だから同じ状況を再現出来れば、また何かしらのスペルカードを生み出せるかもしれない。
 と言う考えの元に、色々試してみようと思ったんだけど……これは初っ端からしくじったかもしれないなぁ。
 いや、別に使えるスペカが欲しいと言うワケでは無いのだけどね? 得体の知れない弾幕に頼る気は最初から無いし。
 ただちょっと、どういう条件が重なれば前回の様な状況になるのかと言う法則性が知りたいのである。
 ……とは言え意図的に激怒すると言うのは中々に難しい。
 正直、今まで生きてきた中であんなに怒った事は無かった気がする。

「だからこそっ、こうやってっ、小細工しているワケっ、ですがっ」

 人間の感情が一番上下しやすくなるのは、何かしらの理由で余裕が無くなっている時だと僕は思っている。
 そこでこうして全力疾走を重ね、体力を極限まで削ってみようとランニングを始めたのだけど。

「ここまでっ、何の成果にもっ、ならないとはっ、思わなかったっ!」

 思惑が無駄になっても、修錬の一環くらいにはなるかなーと考えていたのですが。
 単に、自身のタフネスが尋常でない事が明らかになっただけでした。
 重りを増やす時だって速度は緩めても止まりはしなかったのに、息一つ乱れないとか普通にありえないでしょう。
 しかも、早いのは短距離限定かと思ったら意外と長距離でもスピードが出たし。
 今までのノリだと単にジョギングしている風に聞こえるかもしれないけど、実際の速度は地味に洒落になって無いからね?
 少なくとも、原付並のスピードは出ている気がする。何だこの暴走超特急は。

「あーもう、中止中止ーっ!」

 僕は大声を上げ、同時に足を止める。
 重りを乗せた分止まり難くなっているので、風で自分を減速させる事も忘れない。
 うーん、止まろうとすると自分の乗っけた重りのヤバさが分かるなぁ。
 実際、背後から見たら巨大な気の塊が蠢いているようにしか見えないんじゃないだろうか。
 
「なのに辛いのは止まる事くらいか。ここ最近の身体能力の向上は、そろそろ妖怪の領域に到達しているような気がするよ」

「そう……みたいね……馬鹿みたいに早いわ……貴方」

「うわっ、アリスさん!?」

 声に反応して振り返ると、そこには膝に手をついて息を乱しているアリスの姿があった。
 その手には、何やら紙袋のようなモノが握られている。

「こんな……事なら………家の前で待ってれば……良かった」

「あー、ひょっとして僕の事追っかけてきたの? ごめん、気付かなかった」

「良いわよ………その重りじゃ……さすがに分からないわよね」

「うん、何か色々とゴメン」

 実は背後だろうと視界を遮られようと、僕ならアリスを見つける事は出来るんですが。
 ……まぁ、これは言わない方が良いだろう。
 僕に、火のついてない燃料へ種火を投下する趣味はございません。

「ところでアリス、僕に何の用?」

「ああ……そうだったわね。その前にちょっと……息を整えさせて……」

「ひょっとして、今まで走って追いかけてきたの?」

「貴方の事を……色々と……侮っていたわ。途中からは……もう追うだけで……いっぱいいっぱいだったわよ」

「えっと………御苦労様です」

 飛ぶ余裕すら無かったのだろうか。それとも、単に飛ぶ事を忘れていたのだろうか。
 どっちにしろ、聞けば何かが爆発しそうなので黙っておく。
 
「とりあえず、家に戻りながら話そうか? こういう時はゆっくり歩いた方が落ち着くはずだし」

「そうね……そうしましょうか」
 
 アリスの意思を確認して、僕達は横並びに歩き出した。
 ……と言っても、僕の重りが結構あるせいで結構間は空いてるんだけどね。
 改めて思う、ちょっと乗せ過ぎたと。
 
「それにしても……ここ数日引きこもっていたと思ったら……突然何をやってるのよ」

「自らの可能性を追求する修錬――と言った所でしょうか」

「……まぁ、貴方がそう主張するならそれでいいけど」

 思いっきり淡白に返されてしまった。
 いや、一応嘘はついて無いんですけどね?
 確かに自分でも、自己啓発の手段としては少々歪過ぎると思う。
 実際何の意味も無かったワケだし。
 そうして僕が返しの言葉に困っていると、アリスはさらに言葉を続けた。

「悩みがあるなら……そこいらの置物の代わりぐらいにはなってあげるわよ?」

「……ほへ?」

「そ、そこで聞き返さないでよっ!?」

「えっ? いや、その……」

 今のはひょっとして、「困った事があるなら相談にのるわよ」と言う旨の台詞なのだろうか。
 アリスはソッポを向いてしまっているが、こちらからでも顔の真っ赤さは良く分かる。
 とても恥ずかしそうだ。と言うか、言われた僕も少し恥ずかしい。

「あ、ありがとう」

「べっ、別に聞くだけよ!? 何かしてやれるワケでも無いし……」

「でも聞いてくれるんだよね?」

「………まぁ、その……友達だしね」

 うわぁ、何この恥ずかしむず痒い感じ。
 気持ちはとっても嬉しいしありがたいけど、何となく背中が痒くなってくる。
 しかしここは、こちらも真摯な態度で答えを返すべきだろう。
 僕は気恥しい気持ちを抑え、アリスへの返答を考える。

「……んー。でもまぁ、今はまだ良いや」

「あら、そうなの?」

「とりあえず、自分で試せる事を全部試してから話す事にするよ」

「前向きね」

「えへへー、そんな褒めないでよー」

「……訂正するわ。呆れるくらい暢気なだけね」

「う、うぐぅ」

 ああ、あっという間にいつもの僕らだ。
 僕の緩い笑い声に合わせて、アリスの瞳がどんどん冷やかになっていく。
 いやでも、僕の宣言は少しくらい評価されても良いと思いますよ?
 ……まぁ確かに、必死さ加減は足りないかもしれないけど。
 しばらく歩いて落ち着きを取り戻したのか、アリスは僕の気楽さにコメカミを抑えて溜息を吐きだす。
 ううっ、幾らなんでもそこまで露骨に呆れなくても良いじゃん。これでも色々悩んだ末の結論なんですよ?

「そういう事なら、今の発言は聞かなかった事にしなさい」

「え? まさかの無効扱い!?」

「良いのよそれで! ……まったく、脳に酸素が回ってなかったせいね。うっかりあんな台詞漏らしちゃうなんて」 

 再び顔を真っ赤にして、アリスは僕から視線を逸らす。 
 どうやら先ほどの溜息は、僕にではなく自身の失言へと向けられたモノであったようだ。
 なるほど、僕の持論はあながち間違ってもいなかったのか。
 やはり身体が弱っていると、感情の発露は顕著になってしまうらしい。
 ……怒りやすくなるのとは少し違う気はするけど。

「まぁ、そういう事なら無効扱いで良いけど。一つだけ良いかな?」

「な、何よ」

「ありがとうって言葉は、撤回しないからね」

「……貴方でも、そういう気の効いた台詞は吐けるのね」

 今のは、照れ隠しと判断して良いのだろうか。
 相変わらず羞恥で赤く染まっているアリスの表情から、その意思を把握する事は出来ない。
 
「その格好じゃなければ、少しはドキッとしたかもしれないわ」

 把握する事は出来ないって言ってるでしょ!?
 だからアリスさん、その幽香さんみたいなシニカルな笑みは引っ込めて下さいよっ!
 あと、この格好は何度も言うけど僕の意図したものではありませんから!
 
「ああそうだ、格好で思い出した。はいコレ」

「なにさ、この紙袋は?」

「警戒しなくて良いわよ。ただのプレゼントだから」

「……プレゼント?」

 今までアリスが持っていた紙袋を、唐突に渡される。
 厚めの袋には、思ったよりも中身が詰まっているようだ。
 軽く確かめるように触れてみると、何やら柔らかい感触が返ってきた。
 ……おや、それになんか硬質な手触りもするね。
 布質の感触とはまた違う、円形状の物体が恐らく二つ。
 ドーナッツ? にしてはやたら固い気がする。良く分からないけど、一回りほど大きな塊のようなものがついてるような。

「別にクイズやってるワケじゃないんだから、気になるなら開けてみなさいよ。家も見えてきた事だし」

 はて、アリスの家が見えてきた事と、この袋の中身と何の関係があるのだろうか。
 そう思い袋を開けてみて――開けなきゃよかったと心の底から後悔した。

「感想は着てみてからで良いわよ。間違いなく、着心地は以前よりも良くなってるはずだから」

「ううっ、そりゃ良かった」

 自慢げな様子でそう宣言するアリス。
 恐らく、この服の出来にそれほど自信があるのだろう。
 そういえばこの腋メイド服のオリジナルは、強化改良という名目でアリスの手に渡っていたんだったっけ。
 僕がその事を忘却の彼方へとやっていた間に、アリスはきっちりとこの服を仕上げてきたようである。
 しかし袋口から覗いて見えた様子では、今着ている服との差異はあまり無さそうだ。
 すなわち―――サヨウナラ今の腋メイド服、コンニチハ新しい腋メイド服。
 
「服は前と同じように、工房で着替えてちょうだい」

「……あいあいさー」

「あと、貴方が背負ってる、家が一軒建てられそうな木の束は裏手に置いといてね。何かの役に立つかもしれないし」

「アリスさんのお望み通りに」

 目に見えて落ち込む僕と、そんな僕の態度すら気にならない程上機嫌なアリス。
 とても分かりやすい対比の僕等は、歩みの速さだけは同じくしてアリスの家へと向かうのだった。


 




 



「かなり頑丈に作ったはずだけど……もうボロボロね。やっぱり劣化品じゃ晶の動きについていけないみたい」

「みたいですねー」

「何よ。私の改良したその服に、何か問題でもあるの?」

「いいえ、むしろ前より良いくらいですじょ」

「なら良いじゃないの。……ですじょ?」

 文句は無いけど、どうせなら一緒にデザイン面も変更して欲しかったんですよ。ええっ。
 そんな僕が今着ているのは、改修された腋メイド服だ。
 普段わりと謙虚な彼女が自慢するだけあって、着心地の良さは以前の比では無い。
 僅かにあった過剰装飾が生み出す動きの違和感も、最早完全に消えて無くなっていた。
 服飾全てが身体に溶け込んだみたいだ。と言ってもあながち大袈裟では無いだろう。
 本当に、ここまで徹底して強化するならデザインだって弄れたんじゃないのかって言うぐらい凄いよ。
 
「……言いたい事があるなら聞くわよ?」

「外見は、ほとんど弄らなかったんですね」

「大分弄ってるじゃない。正直、やり過ぎたと思ってるくらいなんだけど」

 それは、ひょっとしてこのヒラヒラの事を言っているのだろうか。
 確かに彼女の言う通り、スカートのみについていたレースは服全体を侵食していた。
 どことなくアリスの服に似ている所を見ると、このヒラヒラは彼女の趣味であるに違いない。
 浸食等とやや失礼な表現をしたが、追加された装飾のセンス自体は大変良いと思われる。
 実用性重視だった前回の腋メイドに比べ、乙女チック度が十パーセントくらい上がったかもしれない。
 だけど僕にとっては色々マイナスなのである。主に男の尊厳的なモノが。
 最早何を言っても無駄だと判断したので、特に文句は言わないけど。
 
「……ある意味、何も変わってないよ」

 やはり女性の本能は、可愛らしいモノを無意識に求めてしまうのか。
 防御力に何の因果性も見出せそうに無いヒラヒラを摘まみつつ、僕は小さく溜息を吐きだした。

「まぁいいわ。そこらへんの装飾はあくまで私の趣味だし」

「ううっ、やっぱり意味は無いんだね」

「それより本題は、貴方の両腕にある‘鎧’よ。つけてみた感想はどう?」

「どうって……特に違和感は無いけど?」

 僕は新生腋メイド服最大の相違点である、袖を固定する腕輪に視線を向けた。
 金色のブレスレットは金属製であるはずなのに、吸いつく様に僕の腕へフィットしている。
 ―――まるで生きているようだ。思わずそんな事を考えてしまうほど、この腕輪には不思議な力が宿っている気がした。
 そしてその迫力の根源は、間違いなくこの小さな青い石にある。
 腕輪に嵌めこまれた青い宝石は、僕の知るどの鉱石とも違う鈍い輝きを自ずから放っていた。
 その光からは、底冷えするような力の胎動を感じる……気がしないでもない。

「ふぅん。だとすると、早々に適合したって事かしら」

「え、何それ。何その不吉なお言葉」

「意外と……と相性が良いのかもしれないわね、コイツ」

「なんて言ったの!? 今、何と相性が良いって言ったの!?」

「別に何でも無いわ。それじゃあ晶、ちょっと氷翼を作る時の要領で鎧のイメージを……」

「何でも無いで流せないよ!?」

 ただでさえ、両側の腕輪からおどろおどろしい気配が漂ってきていると言うのにっ!
 その上でさらに怖い事を言って、そんなに僕を苛めるのが楽しいのですか!?
 僕がにじり寄ろうとすると、アリスは面倒臭そうに上海でそれを防ぐ。
 その表情は「何をそんなにビビってるんだか」と言いたげだが、少なくとも僕は自身の反応がそんなに的外れだとは思わない。

「慌てなくても良いわよ。その腕輪に、私の知らない技術が使われているだけの話だから」

「ええっ!? まさかのブラックボックス付き!?」

 そして、その説明で何を安心させようというのですか貴方は。
 ガタガタ震える僕の姿を見て、さすがに失言だと気付いたのだろう。
 アリスは苦笑しながら、自らの言葉に注釈を加える。

「説明が足りなかったわね。それは、私の‘実家’から送られたマジックアイテムに手を加えたモノなの」

「アリスの実家? 母親からの仕送りみたいなもの?」

「だいたいそんな感じ。……何と言うか、心配性な人でね。要らないって言ってるのに何度も護身用のアイテムを送ってくるのよ」

 要らないと言ってるわりには、どこか嬉しそうな様子でアリスは腕を組む。
 困ったモノだと主張したいのだろうが、その表情は間違いなく家族自慢する親馬鹿のソレだ。

「そんな人でも、実力の方は折紙付きだから。ひょっとしたら予期しない魔法が組み込まれてるかもしれないのよね」

「なるほど、こっそり悪戯を仕込むような困った人だと」

「……そんな人からの贈り物を、躊躇無く友人に渡すような薄情者に見えるワケ? 私は」

「……すいません。さすがに失言でした」

 とりあえず身内繋がりで紫ねーさまのキャラを当てはめてみたんだけど、やっぱりダメだったか。
 まぁさすがにあの人でも、御守りにそんなアヴァンギャルドな真似はしないかな。
 ――いや、どうだろう。意外としそうな気もする。
 肝心な所で悪意的に発動する罠では、もちろん無いだろうけど。
 そんな騒動が過ぎ去った後にさりげなく、かかった本人も含めて笑えるようなネタは仕込みそうである。
 とは言え、アリスの関係者はそういうお茶目な真似をする人では無いようだ。
 心外だとばかりに頬を膨らましながら、アリスは僕の額を軽く突く。
 
「安心なさい。効果は分からなくても、その‘鎧’が貴方を傷つける事は無いわ。七色の人形遣いの名をかけても良いわよ?」

「まぁ、アリスがそう言うなら信じるけど……そんな大切なモノ、僕が貰って良いの?」

 彼女の様子を見れば、その「実家の人」がどれほどアリスにとって大事な人なのか容易に想像がつく。
 そんな人物からの贈り物を、友達とは言え無関係な僕が受け取って良いのだろうか。
 僕の問いに、アリスは苦笑を漏らす。
 どうやらその返しを予測していたらしい。ちょっと困ったような顔で、彼女はさらに言葉を続けた。

「あの人の気持ちはありがたいけど、そもそもコレって魔法使いの装備じゃないのよ。元々私は避けるタイプの人間だしね」

「だけど、僕に渡すのもどうかと思うよ? ほら、僕っていつもトラブルに巻き込まれるじゃん」

「だからこそ貴方に渡すのよ。道具は使ってこその道具でしょう? それに――」

「それに?」

 アリスは、傍らに置いてあった本を手に取る。
 鍵で封じられたその書物は、アリスがいつも持ち歩いている魔導書だ。
 彼女はその本を愛おしげな手つきで撫で、呟いた。

「あの人からは、もう充分貰ってるわよ」

 それ以上、答えは必要なかった。
 僕は肩を竦めながら、とりあえず「子の心、親知らずだね」とだけ言っておく。
 その言葉に彼女は顔を赤らめながら、「知られたら困るわよ。恥ずかしい」とだけ返してきた。
 アリスの気持ちはよく分かる。だから僕は、かなり強引に話題を転換した。

「ところでアリス、一つ聞いて良いかな」

「あら、今度は何かしら」

「何でアリスは、この腕輪の事を‘鎧’って呼ぶの?」

 実は、さっきから微妙に気になっていたのだ。
 僕にはどう見ても腕輪の類にしか見えないんだけど、実際の所は違うのだろうか?

「そう言えば話の途中だったわね。とりあえずさっき言った通り、自分の身を包む鎧をイメージしてみて?」

「イメージ……ね。分かった、やってみる」

 そういえば、氷翼の要領で云々――とか言われてたっけ。
 とりあえず彼女の言葉に従い、僕は静かに意識を集中してみる。
 するとそれに呼応するかのように、腕輪がほんのりと光を放ち出した。

「ほへっ!?」

「良い調子ね。そのままイメージを強く持って」

「う、うん」

 動揺しつつも、アリスに促されるままイメージを保ち続ける。
 その間にも光は僕の身体を包みこみ、やがて僕の全身を綺麗に覆い尽くした。
 見た目的に凄い光景だと思う。しかも派手さの割にこの光は熱くも冷たくも無いのだから、不思議と言うか何と言うか。
 そんな事を考えながら自分の全身を眺めていると、身体を覆っていた光は突然銀色の鎧へとその姿を変質させる。
 僕の両腕が、両足が、身体が、一瞬にして硬質な金属に包まれていた。

「お、おおおぉおぉぉぉっ!? 何これ、超凄いっ!!」

 自分の姿に興奮した僕は、意味も無く両手を上げ下げしてみる。
 しかし腕全体が金属に覆われている現状でも、その行為に何の重さも制限も感じない。
 脚の方も同様だ。見た目以外、感覚的には何ら変わった様子が無いと言うのは、実は相当凄いんじゃないだろうか?
 僕の姿に満足したのか、アリスは何度も頷いて見せる。

「ま、そういう事よ。魔法の鎧――と言う扱いになるのかしらね。今の貴方には丁度良いアイテムでしょう?」

「なるほど、文字通り‘鎧’だったんだね。確かにこれなら、気を使った近接戦闘もだいぶ楽になるかも」

「ふふっ、楽になる所の騒ぎじゃないわよ? 貴方用に調整しているから、きっと手足の延長みたいに扱う事が出来るわね」

 手足の延長か。確かに、このフィット感なら細やかな指の動きすら再現できそうだ。
 僕は一通り身体を動かし、鎧の高性能さを確認する。

「凄いなぁ、本当に思い通りに動くね。……でもさアリス、ちょっと尋ねても良いかな?」

「強度の方なら心配いらないわよ。軽さと柔軟性を重視してはいるけど、それでもそこいらの金属じゃ傷一つ付かない程硬いから」

「いや、そういう事―――もまぁ気にはなるけど。今はそれよりも聞きたい事が他にあるんだって」

「戻したい時も氷翼と一緒。そこらへんは、魔法使えない貴方に合わせて上げたから。感謝しなさいね?」

「うんそれもありがとう。……で、いい加減視線をこちらに向けて欲しいんですが」

 こちらの冷やかな視線を受け、アリスは顔を真横に背けた。
 それは明確な拒否を表わすポーズだけど、同時にやましい事があると認めた証明にもなる仕草だ。
 うん、どうやら一応の自覚はあったようだね。良かった良かった。

「それで? 何故この鎧まで、腋ががら空きな仕様になってるんですかねぇ?」

 僕は満面の笑みを張りつけたまま、両者共に避けていた問題へと焦点を当てた。
 腕鎧が袖の下に隠れているのはまだ良いさ。脚鎧が膝小僧までしか無いのもまぁ許す。
 だけど、肩や腋がそのまんまと言うのは正直どうだろう。
 胴の鎧は身体が一回り大きくなるほど立派なのに、そこがノーガードだとあまり意味が無い気がするのですが。
 僕の視線に耐えかねたのか、真横を向いていたアリスはあからさまに動揺しながら言葉を紡いでいく。

「しょ、しょうがないでしょう!? 最初からそういうデザインだったのよっ!!」

「何故そんな鎧を選んだし」

「一番防御力があったのよ! 強いんだから文句言わないの!!」

 ――うわぁ、開き直ったよこの魔法使い。
 冷静にそんな事を考えながら、僕は改めて自分の姿を確認した。
 まぁ、そんなに悪くは無い。悪くは無いけど、腋メイドの呪縛から逃れられたとも思えない。
 強いて言うなら、腋メイドが腋メイド闘士に変わったくらいだろうか。
 ちなみに、読みはワキメイドファイターである。心底どうでもいい。

「……まぁ、これしかなかったんなら仕方ないよね」

 とは言え、アリスの言うとおり優先すべきは防御力なのだろう。
 魔法のビキニを着るしか選択肢の無かった魔法使いの様な切なさを感じつつ、僕はそう結論付けて自分を宥めるのだった。
 


 ―――あーあ、どうして世間の方々は、こういうネタ装備に強力なスペックを付けようとするんだろうね。
  

 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】


山田「巨乳もげれば良いのに。皆の裁判官山田DEATH☆」

AQN「巨乳融ければ良いのに。皆の求聞持AQNデス☆」

死神A「その不吉な挨拶、流行らせる気なんですか……? アシスタントの死神Aでーす」

山田「今回は特別ゲストとして、巨乳贔屓撲滅委員会副会長AQNさんに来ていただきました」

AQN「後世まで巨乳の愚かさを伝えていきたいと思います。ヨロシク」

死神A「あの、もっとこう和やかに話を進めましょうよ。開始早々何とも言えない仄かな殺意を感じるんですが」

山田「えへへっ、今度地獄でお話しようネ☆」

AQN「うん。もうすぐ行くと思うから、その時はたくさんお話してネ☆」

死神A「口調の軽さに反して内容が重すぎですよっ!?」

山田「我儘な部下を持つと苦労しますね」

AQN「心中お察しいたします」

死神A「えっ? 今の私が悪い事になるんですか?」

山田「さて、それではサクサク今回の質問に移りましょう」


 Q:山田さん、このSSの中の設定での女性キャラの胸のサイズを…それが無理ならせめて、貧乳か巨乳かどうか教えてくれ!!!!


死神A「……なるほど、色々と把握しました」

山田「質問されたら答えなければいけないのが、この「色々教えろっ! 山田さんっ!!」唯一のルールです」

死神A「思った以上に制約少ないんですね」

山田「ですからこの質問にも答えなければいけないのですが、かなり小癪なので特別にゲストを呼んだ次第です」

AQN「その心の痛み、大変良く分かります。ですから存分にやっちゃってください。私が許可します」

死神A「何でアンタが許可を出すんだい? ……と言うか、やっちゃうって何を」

山田「とりあえず、白黒ハッキリつけますよー。字面で分ける東方天晶花ちちくらべの巻、現在登場キャラオンリー編ー」

AQN「ぶーぶーぱふぱふー」

死神A「ああ、本当にやる気が無いんだなぁ……」


巨 死神A
  風見幽香 紅美鈴
  八雲紫 八意永琳  
↑ パチュリー・ノーレッジ
  アリス・マーガトロイド 射命丸文
  上白沢慧音
普 十六夜咲夜 藤原妹紅 鈴仙・優曇華院・因幡
  蓬莱山輝夜
  小悪魔 河城にとり
↓ メディスン・メランコリー
  大妖精 因幡てゐ
  レミリア・スカーレット チルノ ルーミア
貧 稗田阿求 山田

無 久遠晶 上海人形


死神A「その……相変わらず白黒ハッキリついてな――いえ、何でも無いです」

山田「どうしましたか? 現時点で巨乳暫定一位の死神Aさん?」

AQN「もう下には男の娘か無機物しかいない我々に何か?」

死神A「あはは、阿礼乙女は晶君の性別を知らないはずじゃないか。メタな発言はダメだよー」

AQN「私はAQNなので問題ないのです。巨乳蕩けろ」

死神A「あはははは。まぁその、具体的にどれくらい差異があるのか分からないわけだし、そこまで気にする必要は」

山田「でも我々、元無機物のメディスンにも負けてるのは確定なんですよネ」

AQN「しかも幼女幼女してる面々のさらに下って、実はかなり凄いですよネ」

山田「まぁ、AQNさんも年齢的には彼女等と変わりませんし、何より虚弱デスからネー」

AQN「そういう山田さんは、死神Aさんとの対比で下位に置かれたらしいですよ? ついてないDEATHネー」

貧乳二人「アハハハハハハハハハ」

巨乳「………えー、ではお後もよろしいようなので、今回はこのへんでー」

貧乳A「閻魔様、判決を」

貧乳B「死刑で」

巨乳「ちょ、止めてくださいよっ!? あ、待って、本当に、助けてぇぇぇっぇぇええ!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



おまけ

腋メイド闘士晶君【適当ラフ注意】
(http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/yoroiakira.jpg)



[8576] 東方天晶花 巻の五十六「至上の処世術は、妥協することなく適応することである」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/02/24 21:21


巻の五十六「至上の処世術は、妥協することなく適応することである」




 前回に引き続きスーパー説明タイムです。前回って何さ。
 まぁ冗談はさておき。この魔法の鎧、思いのほか高等な技術が使われているらしいのです。
 それに関しては、魔法的観点とか技術面とかで色々語って貰えたんですが。
 とりあえず結論だけ言うと、こんな感じになります。

「つまり、いつも通りのノリで良いって事だよね?」

「……身も蓋もない事をハッキリ言わないでよ」

 いや、鎧ありきで何も変わらなくて良いって言う事が、相当凄いのは分かるんだけどね?
 分かりやすく言うと、どうしてもそういう言い方になっちゃうんですよ。
 
「ま、その通りだから否定はしないけど。……一応、使えそうな機能も追加しているのよ?」

「ほへ? この鎧、まだ何かあるの?」

「何かある――と言うよりも、その何かを補助をする機能があると言った方が正しいかしらね」

 そう言ってニヤリと笑ってみせるアリスさん。
 どうやら余程、その『機能』とやらに自信があるのだろう。
 ……だからと言って、勿体付けられても正直困る。
 自分の命を預ける鎧に不思議機能を過積載されて喜ぶ趣味は、残念ながら僕には無い。

「とりあえず、もうちょっと分かりやすく教えてくれませんか? 僕にはさっぱり意味が分からないんですが」

「貴方、氷による武器作成を得意としてたでしょう?」

「得意なのかどうかは分からないけど……使える幅が広いから、色々と重宝してはいますヨ?」

「その鎧には、その武器作成を補助する機能が備わっているのよ。もっとも、鎧を介していないと意味はないんだけどね」

 武器作成の補助ときましたか、なるほど。
 確かにあの能力は色んなタイミングで使っているから、それはあると助かるかもしれない。
 けど、『鎧を介して』って……どういう事だろう?

「えっと、具体的にはどうするのかな」

「仕込み武器みたいなものよ。それで分からないかしら」

「ああ、つまりこういう事?」

 腕の鎧に、氷の刃を張り付けてみる。
 イメージとしては、漫画の忍者なんかが持ってる仕込み手甲に近い。
 逆手持ちの刃みたいな形のソレは、なるほど確かに通常の武器より遥かに……。
 遥かに………どうだろう? 僕には普通のソレと何か変わったようにはみえないんだけど。
 言われてみると、氷の刃がいつもより澄んでいるような気がしないでもない。
 
「そういう事よ。うんうん、中々良い出来じゃないの」

「そーなのかー」

 生成された氷の刃を見て納得したように頷くアリス。全然ワケがわかりません。
 いや、でも気は通しやすくなってるかもしれない――かなぁ?
 
「どう? 中々に便利な機能でしょう?」

「……そうですね、有効に活用させて行きたい所存であります」

「何よ、その奥歯に物が挟まったような言い方は」

「お気になさらずー」

 ただちょっと、己の目の節穴加減に呆れていただけデス。
 僕は反対の手に氷のナイフを生成して、腕の氷刃と見比べてみる。
 ……うん、サッパリ分からん。
 まだまだ僕は修業が足りないらしい。まぁ、これに関しては足りなくても良い気はしますが。

「それにしても、凄い高性能っぷりだね」

「ふふん、そうでしょう?」

「ここまで優遇されちゃうと、何か裏があるんじゃないかって思っちゃうねー」

「………」

「……アリスさん?」

 あの、そこは「そんなワケ無いじゃない」と笑う所では?
 何でそんな冷や汗ダラダラ流しながら、露骨に顔を逸らそうとするのですか?

「え、なに? 実はこの鎧、やっぱり呪われて……」

「ちっ、違うわよ? それはお詫びって言うか、迷惑料って言うか」

「何その不吉な響きっ!?」

 信用しろって言った直後にソレは、さすがに酷いと思いますよ!?
 戸惑う僕の姿に、アリスは苦笑しながら頬を掻く。
 彼女は少し躊躇いながら、それでも自らの言葉の意味を説明し始めた。

「ほら、貴方の着てるメイド服って、パチュリーが色々細工していたでしょ?」

「そうだけど……それが?」

「つまり貴方の服には、パチュリーの持つ技術が山ほど注ぎ込まれている。ここまでは理解可能?」

「さすがに、それくらいの理解力はあるつもりです」

「それは僥倖。なら迷惑料の意味も、何となく理解出来るんじゃないの?」

 ふむ、迷惑料って言葉はパチュリーと関係していると。
 ……何だろう。実は魔法使い同士でそりが合わないのかな?

「――忘れてたわ。貴方ってこういう問題では勘が働かないのよね」

 呑気に考え込んでいると、呆れ顔のアリスが肩を竦めた。
 とても失礼な事を言われている気がするけど、概ねその通りっぽいので特に反論はしない。
 我ながら、惚れ惚れするほど潔い白旗の上げっぷりである。
 ははは、僕にその手の類の考察は出来やしないんだぞー。

「ちなみに最終的に出た結論は、「パチュリーとアリスは血を分けた姉妹?」でした」

「頭の中に春告精でも住みついてるんじゃないでしょうね」

「うっす! 大人しく聞き役に徹してます!! 答えどーぞっ!」

「……答えは「私はそのメイド服を思う存分弄った」よ」

「ほへ?」

 そりゃこれだけ色々やったんだから、当然メイド服も弄ってるでしょうさ。
 実際、服の着心地自体だいぶ変わってるワケだし。
 ―――んんっ? 待てよ?
 つまりアリスは、「パチュリーの技術が山ほど注ぎ込まれた服」を弄り倒したんだよね。
 魔法使いである彼女が、同じ魔法使いの技術が使われた服を弄る。
 ……それって、地味に問題があるんじゃない?

「ねぇアリスさん。魔法使い代表として一つ聞いて良いですか?」

「どうぞ」

「自分の技術を他の魔法使いに研究されるって、ぶっちゃけどういう気持ちですかね」

「殺意が湧くわね」

「湧かれますか」

「今回のケースだと、弄った私と渡した貴方に湧かれるわね」

「わぁ、やっぱりそうなりますか」

 深く考えずアリスに渡していたけど、冷静に考えるとまずかったのかもしれない。
 確かにそうだよね。魔法使いって言うのは一種の研究職なんだから、自分の研究結果を他の魔法使いに知られたくは無いよねー。
 参った参った。あははははー。

「って、どうするのさそれーっ!? 僕パチュリーに殺されちゃうよっ!?」

「落ち着きなさい。そのためにその鎧をあげたのよ!」

「えっ!? この鎧にパチュリーを宥める効果がっ!?」

「……彼女にとっても貴重なアイテムだから、上手い具合に交渉に使ってね」

「まさかの示談金扱い!?」

 道理で羽振りが良いワケですよ! 肝心な所は僕に丸投げじゃないかっ!!
 せめて、せめて責任の一端を担う者としてもう少し力を貸してくれても良いと思いますよっ!?
 っていうか、あの知識量だけで言えば幻想郷でも一、二を争いそうな七曜の魔法使いと交渉させないでください!
 正直勝てる気が欠片も致しませんよ?

「うわぁぁんっ! こんな鎧なんかで、本当にパチュリーの怒りを止められるのーっ!?」

「そ、それは大丈夫よ、多分。私と彼女の技術が合わさった服は、彼女にとっても良い研究材料になるもの、多分」

「多分二回言ったーっ! チクショウせめて話し合いに参加する意思ぐらいみせろーっ!!」

「確実に揉めるからイヤ」

 ――鬼だ、この魔法使い。
 僕の脳内ではすでに、修羅と化したパチュリーが何やらトンデモない魔法を唱えていた。
 ヤバい死ねる。色んな意味でこのままだと死ねる。
 命の危機を察した僕は、泣き崩れた姿勢のままアリスに縋りつく。
 彼女は顔を真っ赤にして動揺しているようだけど、はっきり言ってそんな事は気にしていられない。

「ちょ、離れなさいよ暑苦しい!」

「いやだーっ! アリスが話し合いに参加するまでずっと粘着してやるーっ!!」

「ああもう鬱陶しい。別に私は、貴方を見捨てたワケじゃないのよ? むしろ私が居る方が話がややこしくなるから、苦肉の策として」

「でも、面倒臭いとも思ってるんでしょう?」

「――貴方、本当にこういう時にはやたら勘が冴えてるわね」

「絶対離してやるもんかっ!!」

 がっしりと彼女の身体をホールドする。
 アリスは何とか引きはがそうとするけれど、純粋な身体能力は僕の方が上なのだ。
 僕は必死に歯を食いしばり、アリスの身体にしがみつき続ける。

「いい加減にしなさい! こんな姿勢、てゐ達が帰ってきたら要らぬ誤解を与える事に――」 
 
「ただいまー、アリス!」

「今帰ったよー」

「……嘘でしょう」

 元気よく扉を空けて現れる、メディスンとてゐのコンビ。
 場の空気が、一瞬にして凍りついた。
 
「わー、とっても楽しそう」

 メディスンののほほんとした言葉で、全員の硬直が解ける。
 急いでアリスから離れる僕と、慌てて言い訳を始めようとするアリス。
 しかしそれよりも早く、全てを悟ったような笑みを浮かべたてゐが動いた。
 達観した表情でメディスンの肩を掴み、彼女は信じられない程優しい口調で僕等に問いを投げかける。

「とりあえず、一時間ほど席を外すね?」

「理解を示さないでよっ!?」

「大丈夫。私結構長生きしてるからさ、そういう恋愛の形も理解はしてるの。受け入れはしないけど」

「何の話ですかっ!?」

「別にコイツとはそういう関係じゃないわよ!」 

 メディスンには毒だ、と言わんばかりに彼女を遠ざけようとする優しいてゐさん。
 何と言う紳士的な心遣いだろうか。少女だけど。
 もっともそんな紳士の心遣いは、アリス大好きなメディスンには通じなかったようだ。
 露骨に不満そうな表情で、彼女は部屋から押し出そうとするてゐに抗った。
 
「私、もう散歩はしたくないんだけど」

「ダメダメ、メディスンはそっちに転ぶ恐れがあるからね。ここに居させるワケにはいかないよ」

「なによそれーっ、私もアリスに抱きつきたい!」

「もう、そんな事言っちゃダメだって。三人同時対戦とかワクワクして来ちゃうじゃん」

 訂正する、紳士じゃなくてオッサンだった。少女だけど。
 と言うかそっちってどっちさ。前から思ってたけど、てゐと僕の間にはわりと致命的な認識の違いがあるような気がする。
 ……残念ながら、その認識の違いを問い詰める事は出来なさそうだけどね。
 下卑た笑みを浮かべながら、態度だけは紳士的なままこの場を後にしようとするてゐ。
 そんなある意味拷問のような振る舞いをされ続けて、誇り高き七色の魔法使いがいつまでも黙っているはずがなかった。
 
「い・い・か・げ・ん・に・し・な・さ・い・よ・て・ゐぃぃぃぃ」

「――うわっちゃ、からかい過ぎたか」

 あ、やっぱりワザとだったんだ。
 何となくそんな気はしていたので、あまり驚きはしない。
 驚きはしないけど……アリス相手にその態度は、さすがに命知らずじゃないだろうか。
 
「油断していたとは言え、鈴仙の時と同じ感覚で煽ってしまうとは。――ふっ、てゐちゃんも老いたモノよのぅ」

 そういって、肩を竦めながらニヒルに微笑む悪戯兎。
 仕草は相当格好良いけど、単に調子に乗り過ぎただけの話ですよね?
 
「確認しておくけど――辞世の句はソレで良いのね?」

「ハラワタヲクライツクシテヤルー」

 もちろんそんな小芝居にアリスが引っかかるはずもなく、彼女はニッコリ笑顔に殺意を籠めててゐににじり寄った。
 台詞の内容はどう考えても穏やかで無いのに、声の調子だけは落ち着いているのが超怖い。
 しかもその背後には、武器を構えた上海プラス人形軍隊。
 僕なら迷わず土下座している光景だ。

「どうもスイマセンでしたーっ!」

「まさかのジャンピングスパイラル土下座!?」

「わー、てゐすごーい」

 ――さすがはてゐだ、容易に僕の上を行ったぜ。主にダメな方向で。
 華麗に飛びあがり、クルクルと横回転しながら土下座の姿勢に移行するてゐ。
 謝るという行為が芸術にまで昇華された瞬間である。馬鹿にされてる気もするけど。
 しかしここまで見事に謝られると、怒りも失せてしまうと言うものだ。
 気勢を削がれたアリスは、不機嫌そうに怒りと人形軍隊を収めた。
 てゐのこういう的確な空気の読み方は、本当に凄いと感心してしまう。読めてるからタチが悪いとも言えますが。

「まったく、謝るくらいなら最初からからかうのを止めなさいよ」

「そこはほら、イタズラ兎のアイデンティティと言うか」

「……そんなアイデンティティ、犬にでも食わせてやりなさい」

 うーむ。自分に被害が来ると分かっていても、悪戯する事を止められないイタズラ兎の悲しき宿命。
 ―――深いね。

「そこの腋メイドも、間の抜けた事考えないの」

「あいてっ」

 アリスが僕の頭を軽く小突く。いやまぁ、確かに本当に深いとは思っていませんでしたが。
 それにしてもどうしてこう、僕の考えは皆に読まれてしまうのだろうか。
 僕が頭を抑えながらそんな事を考えていると、ニヤニヤ顔のてゐがコッソリ僕に耳打ちしてきた。

「見事に尻に敷かれてるみたいだねー」

「……反省したんじゃなかったの?」

「ま、晶はこれくらいじゃ怒らないでしょ?」

 本当に、てゐの空気の読み方は職人芸の域に達してると思うよ。
 僕と言う人間の性格を見事に掴んでいる彼女のプロファイリング能力に、思わず苦笑してしまう。

「ところで晶、ちょっと良いかな?」

「ほへ? 何か御用?」

「ちょっとした連絡があるんだけどさ。良い知らせと悪い知らせ、どっちから先に聞きたい?」

「イヤな前振りだなぁ。……とりあえず、良い方から先に」

「分かった、じゃあ良い知らせから。―――おめでとう、そろそろししょーのドキドキ御勉強会が開催出来そうです」

「お師匠様の?」

 そういえば弟子になってみたものの、未だに何も教えてもらって無いんだよね。
 まぁ、勉強しに行こうにも……レイセンさんが居るからなぁ。
 いや別に、彼女の事が嫌いってワケではないんだけど。
 殺意満載の視線を受けながら勉強しようと思える程、僕は熱心な生徒ではございません。
 けど、そこらへんの事情を知ったてゐが出来るって言うのなら、その問題はどうにかなったって事なのかな?

「ちなみに、悪い知らせって言うのは?」

「時間を置いた事で、鈴仙の対晶感情が最悪になりました」

「お腹痛い。その日のお勉強はお休み致します」

 回れ右して逃げ出そうとする僕の肩を、わりと同情的な顔したてゐが掴んで押し留める。
 僕の気持が分かると言うなら、そこは素直に逃がしてください。

「気持ちはよーく分かるけど、話は最後まで聞きなって」

「いやー! もう狂気の魔眼はイヤーっ!!」

「落ち着けと言うとろうがっ」

「はうあっ!?」

 思いっきり二の腕摘ままれた、これは痛い。
 と言うか、やっぱりこの鎧極一部が守れて無いよっ!?
 僕はてゐから距離を取り、自らの腋を守る様に自分の身体を抱きしめた。

「なーに遊んでるのよ、貴方達」

「遊んでないです。てゐに苛められてるんです」

「ははは、御冗談を。てゐちゃんに苛められるほど繊細な神経してないでしょうに」

「図太いわよね。色んな意味で」

「晶って落ち込むの?」

「……思いの外、酷い認識されてたのですね。僕は」

 アリスとてゐが冷やかに笑い、メディスンがキョトンと首を傾げる。
 どうやら僕は、かなり図太い人物だと思われていたらしい。
 失礼な話だ。僕にだって、ちゃんと繊細な所があると言うのに。
 例えば……………まぁ、特に出てこないけど。あると言えばあるのですよ。

「それで、何の話してたの?」

「永遠亭の話だよ。そろそろ鈴仙の印象が最悪になりそうだから、晶に顔を出して貰おうと思ってね」

「なによそれ? 鈴仙の奴と殺し合いでもさせるの?」

「ううっ、本当にお腹が痛くなってきた。療養のため家に籠って良いですか」

「だから話は最後まで聞けってば、印象が悪いからこそ顔を合わせるべきなんだよ」

「……ほへ? どういう事?」

 僕の問いかけに、てゐはニヤリと笑って見せる。
 うわぁ、超悪い顔してるよこの人。悪だくみする時のてゐは、本当に輝いているなぁ。

「妖怪だって、人間同様時間の推移で記憶があやふやになるもんさ。魔法使いもそうだろう?」

「そうね。求聞時の能力でも持ってない限り、例え妖怪と言えど記憶の変化を抑える事は出来ないでしょうね」

「そう。そして記憶が変われば、その記憶に起因する印象も変わっていく」

「……その理屈で言うと、レイセンさんの中の僕って相当な極悪人になってるんじゃないですかね?」

「あ、私知ってるよ? 前にうどんげちゃんと、晶の事でお話ししたもん」

 今まで黙って聞いていたメディスンが、元気良く手を上げて話に混ざってきた。
 そういえば、メディスンは結構な頻度で永遠亭に行ってたっけ。
 それならレイセンさんと話した事があるのも道理か。レイセンさん、面倒見は良さそうだったしね。

「ちなみに、レイセンさんは僕の事何て言ってたの?」

「最低最悪の卑怯者だって」

「……ねぇ、そろそろ僕の心が折れそうなんだけど、ここからどうやって評価を上方修正させるのさ」

「別にどうもしないよ? いつも通りで居れば良いのさ」

「――どういう事?」

「晶は根っからの悪党ってワケじゃないからね。普通にしてれば、鈴仙の方が勝手に評価を上方修正してくれるよ」

「はぁ、良く分からないのですが」

「なるほどね。鈴仙の持つイメージと本人の、ギャップを利用するワケか」

「その通り! 名付けて『普段悪い奴が良い事をすると必要以上に印象が良くなる』大作戦!!」

「……嗚呼なるほど、劇場版ジャイアンの法則ですね」

 小難しい事を言ってるから、何を企んでいるのかと思っちゃったよ。
 要するに、実際の僕はそんなに悪い奴じゃないとアピールすれば良いと。
 何だ。分かってみれば簡単な事だなぁ。
 ……実行出来るかどうかは、また別の話ですが。

「じゃいあ……?」

「何でも無いっす。お気になさらず」

「……貴方、たまに変な事を口走るわね」

「まー、大まか理解できているなら良いさ。この作戦は、晶に何かさせるワケじゃないからね」

「ういっす! がむばりますっ!!」

 正直、不安はたくさんあるんですが……。
 レイセンさんと仲直りするチャンスだって言うなら、やるしかないよね!
 僕は明後日の方向を見ながら、強く気合い入れるのだった。







「ところでてゐ。貴方の作戦だと、晶はしばらくの間印象最悪な鈴仙と一緒に居る事になるんじゃ――」

「しっ! 本人が気付いてないんだから良いんだよ!!」

「……貴女、結局面白がってるだけでしょう」

 それにしても、何だか背中が寒いなぁ。風邪でも引いたかな?
 

 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】

山田「どうもこんにちは、皆の裁判官山田です」

主人公「どうもこんにちは、皆のヒロイン主人公です。……あの、山田さん?」

山田「なんですか?」

主人公「何で僕がここにいるんですか? まだ死んでませんよ?」

山田「アシスタント不在のため無理やり連れてきました。後で生き返らせます」

主人公「色々衝撃的過ぎる!! いつもの死神さんは?」

山田「療養中です」

主人公「何があったの!?」

山田「説明するのは面倒なので、前回を参照してください」

主人公「前回ってなにさ……」

山田「では、早速今回の質問です」


 Q:山田さん、胸囲よりも身長が知りたいです


山田「まったく、ここの読者は皆ドSですね。死んだ後覚えてろよ」

主人公「山田さんストップ! ストップ! 毒吐き過ぎですって!!」

山田「まぁいいです、白黒ハッキリつけましょう。地獄落とす」

主人公「色々洒落にならないなぁっ!?」


高 死神A 紅美鈴
  八雲紫 八意永琳 風見幽香 
↑ 射命丸文 
  アリス・マーガトロイド パチュリー・ノーレッジ
  上白沢慧音
中 久遠晶 十六夜咲夜 鈴仙・優曇華院・因幡
  蓬莱山輝夜 藤原妹紅 
  小悪魔 河城にとり
↓ メディスン・メランコリー 山田
  大妖精 因幡てゐ
  稗田阿求 レミリア・スカーレット 
低 チルノ ルーミア


主人公「し、身長は僕が基点になるんですね」

山田「些細な差ですがね。ちなみに、前回の乳くらべと見比べると色々悲しくなります」

主人公「山田さん、今回のランキングだと一気に色んな人を追い抜きましたね」

山田「ふ、ふふふふふ……カップサイズと身長の大きさは、必ずしもイコールになるとは限らないんですよ」

主人公「その……今回のランキングで順位が下がってる人は、通常より胸大きめと言う認識で良いのでしょうか?」

山田「それを六人抜きした私に聞きますか。ちなみに私以下の方々は、わりと身長通りの膨らみ具合デスよ?」

主人公「ご、ごめんなさい」

山田「まぁいいです。では、次の質問に参ります」


 Q:というか山田さんが1位になるランキングが見たいです(貧乳除く)


主人公「この場合、身体データと言う扱いになるんですかね?」

山田「それなら、昇順だと確実に上位に入れます」

主人公「悲しくなるような事を言わないでください!」

山田「ふふっ、でも私は完全な幼女キャラでは無いので、一位は取れないのですよ……」

主人公「幼女って言うよりは少女ですからねぇ。山田さんは」

山田「半端な立場と笑うが良いです! 実際作者も色々考えて結局一位を思いつけなかったとい」

主人公「それはメタ過ぎです! アウト! アウトーっ!!」

山田「ふふふ、以上で今回の質問は終了です。何か言い残す事はありますか?」

主人公「涙無しには聞かれないなぁと……最後?」

山田「さぁ、お約束通り還してあげますよっ! 天にっ!!」

主人公「わぁっ、やっぱりそうなるのねーっ!?」

山田「せーのっ、地獄へ落ちろーっ!!」
 
主人公「生き返るのに殺されるーっ!? 助けて死神さぁーんっ!!」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[8576] 東方天晶花 巻の五十七「あまり道徳的になるな。自分を欺いて人生を台無しにしてしまう」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/03/03 17:18


巻の五十七「あまり道徳的になるな。自分を欺いて人生を台無しにしてしまう」




 次の日、早速僕はお師匠様に教えを乞うため永遠亭に向かった。
 すでに迷う要素皆無の迷いの竹林を抜け、永遠亭の門を越えた僕の前に現れたのは――。
 
「良くもまぁ、おめおめと顔を出せたわね」

 両手を腰に当て不敵に微笑む僕の姉弟子、レイセンさんだった。
 こちらが玄関の土間に居るせいで、見下ろされる形になるのが心臓に悪い。
 謎のライバルキャラと邂逅した主人公は、総じてこんな気持ちになるのだろうか。
 どうでもいいけど、その悪役チックな言い回しは現在の状況と合わない気がしますよ?
 内心でそんなツッコミを入れながら、僕は出来る限り元気に姿勢を正した。

「うっす! おめおめと顔を出して知識を学びに来ました!! ヨロシクお願いしますっ!」

「そ、そう……良い心がけね」

 ありゃ、まさかのドン引き?
 むぅ、今のはレイセンさんからのテストだと判断したのですが、違ったのですか。
 永遠亭の門を潜った以上、僕は薬師の弟子として相応しい態度を取らなければいけない。
 そんな僕の心意気を図るため、あえてあんな言い方をしたのだと思ったのだけど……考え過ぎだった?
 いやいや、気を抜いてはダメだぞ久遠晶。ここは永遠亭、どんな知略策謀が張られているのか分かったモノではないのです。
 こう、秘伝的な何かを伝授されるために意味の分からない修業をしたり。
 精神的な何かを高めるために、必要以上に厳しい目にあったり。
 とにかくそういう、凄まじい試練的なモノがあるに違いない。
 おおっ、なんかすっごいワクワクしてきた!

「くっ、落ち着きなさい鈴仙。昨日決めたじゃない、コイツに永遠亭の流儀を骨の髄まで叩きこんでやるって」

「うっす! ご指導お願いします姉弟子っ!!」

「……それにしても調子狂うわね。もう少し反抗したって良いでしょうに」

「何かおっしゃいましたか姉弟子っ!!」

「何でも無いわよ! それより分かっているの? 後輩で有る以上、先輩には」

「うっす! 絶対服従、馬車馬の如く働かせて頂きますっ!!」

 ふっ、こう見えても結構ノリは体育会系なんですぜ?
 脅かすような様子のレイセンさんに、僕は新米海兵隊の様な愚直な態度を返した。
 自分でも驚くほどの下っ端根性っぷりだ。ちょっと泣けてくる。
 ところで姉弟子。その、当てが外れたって顔にはどういう意味があるのでしょうか?

「わ、分かっていればいいのよ。分かっていれば」

「うっす! それで、今日はどんな事をすれば良いのでしょうか!!」

 何だか良く分からないけど、一応レイセンさんは僕を出迎えてくれてるのだろう。
 それなら、今後の方針なり何なりをお師匠様から聞いているかもしれない。
 そんな簡単な気持ちで尋ねてみたのに、何故かレイセンさんは戸惑っているようだった。
 もしかして、今の一連の流れがやりたいがために顔出したの?
 ……そんなはずないか。別に、さっきのやり取りに何かしらの意味があったワケでもないんだし。
 
「ふふっ、そうね」

 突然、戸惑っていたレイセンさんがニヤリと笑った。多分。顔面神経痛を患っていたので無ければ。
 ……ひょっとして姉弟子は、意地の悪いキャラになっているつもりなのだろうか?
 そう考えると、彼女の仕草にも一応の説明が付く。
 彼女の笑顔には「引用元:因幡てゐ」なんて説明文が付けれそうだ。
 と言うか、付けないと正直分からない。
 何をトチ狂ったのか腹黒キャラに転身している様だけど、どう考えてもレイセンさんにそのキャラは向いてないデスヨ?
 ――まぁ、実害があったワケじゃないから良いんですけどね。

「貴女、今日は応急手当を覚えに来たんでしょう?」

「そうなるのかな? 確かに、そういう話を以前された気がします」

「だけどそう言った技術を覚えるには、やっぱり怪我をしてなきゃいけないわよね?」

「怪我して無くても学べる気はしますけど。……まぁ、そっちの方がより分かりやすく覚えられそうですね」

「そうでしょう? だから―――私が弾幕ごっこの練習も兼ねて、耐久スペルに挑ませてあげるわ!」

「うっす! ヨロシクお願いしますっ!!」

「……えっ?」

 やはり僕の予想は間違っていなかった。来て早々こんな試練が待ってるとは。
 話を聞く限りではただのイジメに聞こえるけれど、そこには奥深い意図が隠されているに違いない。
 激流に身を任せ同化し、ワックス掛けてワックスとって、三つのペダルを同時に踏むぜ。
 技の極意とは、案外何気ない日常の一ページに潜んでいるモノなのである。例えは微妙に間違ってる気がするけど。
 
「それじゃあ姉弟子、早速外で弾幕ごっこといきましょうか」

「えっ? えっ?」

 そういうワケで乗り気な僕に、何故かレイセンさんは困っているようだった。
 はて、どうしたのだろう。まるで冗談を本気にされたような顔をしているけど。
 ……ちょっと急ぎ過ぎたかな? さすがに、来て早々弾幕ごっこははしゃぎ過ぎかもしれない。
 
「貴方達、何をやってるの?」

「あっ、お師匠様! おはようございますっ」

「う゛っ、し、師匠……」

 僕達がグダグダやっていると、屋敷の奥からお師匠様――永琳さんが現れた。
 相も変わらず、気品のある仕草とにこやかな笑みが眩しい。

「あらあらうどんげ、先に出迎えをしてくれたのね。ありがとう」

「い、いえっ、姉弟子として当然の事ですよ」

 お師匠様の労いの言葉に、レイセンさんはこっちをチラチラ見ながら苦笑いする。
 どうやら、姉弟子の出迎えを永琳さんは知らなかったらしい。
 と言う事は、さっきの練習も口から出まかせだったのか。道理であんなに困ってたわけだ。
 ……医療を応用した謎の暗殺拳法の伝授は無しかぁ。残念だ。

「でも、いきなり耐久スペルに挑ませるのは酷くないかしら? 医療に携わるモノが、無為に人を傷つけるのは感心しないわよ」
 
「いやその、ちょっと脅かすだけのつもりだったんです。だけどコイツがあっさり信じて……」

「人のせいにしないの」

「……すいません」

 お師匠様に叱られ、レイセンさんのウサミミが垂れた。何とも分かりやすい感情表現だ。
 ――っていうか脅かされていたのか、アレ。
 全然気付かなかった。何しろちゃんと勝負の形になっていたワケだし。 
 回避防御不可とか、手足縛っとけとか、能力使用禁止とか、もうサンドバックで良いじゃんとかの多様なオプションも付いてこないんだよね?
 なーんだ、問題なんかまったく無いじゃん。レイセンさんって意地悪出来ない人なんだね。

「晶も御免なさいね。うどんげが迷惑かけたみたいで」

「いやいや、僕が勝手に早とちりしただけですから。気にしないでくださいよ」

 個人的には、今の発言で殺意を撒き散らすようになったレイセンさんの方がずっと迷惑です。
 狂気の魔眼を持っているせいか、姉弟子に睨まれると凄くゾクゾクしてくるんだよね。
 そういう意味では、さっきみたいに意地悪? されていた方がまだ良かった。優越感のおかげで視線が緩和されるから。

「そう言ってもらえるとありがたいわ。それじゃあ、はいコレ」

「はいどうも――って、何ですかこの筒は?」

「弟子入りする貴方へのプレゼントよ」

 お師匠様から手渡されたのは、三十センチくらいの長さがある銀色の筒だった。
 筒の表面には滑り止め防止の溝が彫られており、ゴツイ外見に反してかなり持ちやすい。
 それに……これは金属製なのだろうか? 見た目に反して凄い軽さだ。
 何だろう、乳棒? サイズ的にはすりこぎっぽいけど、薬師関連のプレゼントなんてそれしかないよね?

「あの、これって何に使うモノ何ですかね? 診察棒?」

「ふふっ、軽く棒を捻ってみなさい。そうすれば分かるわよ」

 捻る? ……あっ、本当だ。筒の中央に切れ目みたいな線が入ってて、そこから捻れるようになってるみたい。
 お師匠様に言われるまま、僕は銀色の筒を軽く捻ってみる。
 すると、筒の両端から勢いよく棒が飛びだしてきた。
 
「ふにゃっ!? 何これ!?」

「棒よ?」

「……いや、それは見れば分かります」

 むしろ聞きたいのは、この棒の用途なんですが。
 二メートル半ほどに伸びた銀の棒は、体積だけが大きくなった分さらに軽くなったような気がする。
 しかし長い。もうすりこぎじゃなくて物干し竿のレベルだ。
 ここまで長い道具を使う医術が、世の中には存在していただろうか?
 はっ!? まさか熱した鉄棒を肌に押し当て、ツボを刺激するとかそんな民間医療が!?
 ……さすがに無いか。あったとしても素直にお灸した方が絶対に安全だよね。

「何って、武器じゃないの?」

 僕がこのアイテムの用途に悩んでいると、姉弟子が呆れ顔であっさりそんな事を言った。
 ふむ、それはまた斬新な解釈をしたものだ。
 確かに広がった棒の部分に装飾は無く、目的のためあえてシンプルな形状にした感じがする。
 しかも、折りたたみ式の割には展開後も意外と強度があるような。
 ――なるほど、これは武器以外の何物でもないですね。

「あの、僕は医術を学びに来たんですが……」

「私もそのつもりだったけど、それだけだと低くなっちゃうのよね」

「な、何がですか?」

「永遠亭の比率」

「姉弟子、僕にはお師匠様の言葉の意味が分からない」

「一生悩んでなさい」

 うわ酷い。自分だって分かってない癖に。
 完全に置いてきぼりになっている僕達を余所に、お師匠様は呑気に話を続けていく。
 
「だから応急手当を教えるついでに、棒術でも教えてあげようかと思って」

「棒術――ですか?」

「ええ、貴方なら上手く活用できるはずよ。その武器も含めて、ね」

「なるほど……」

 確かに、攻め手は多い方が良いよね。
 僕は与えられた銀の棒を眺めつつ、そんな事を考える。
 この武器も、何で出来ているのか分からないけど色々やれそうだ。
 それに何と言うか―――武器は男の浪漫ですもんね!
 冷静に考察を進めながら、それでも内心では与えられた玩具に大はしゃぎする僕。
 そんな僕を優しく見つめながら、お師匠様は同じ長さの木の棒を構えてにこやかに告げてきた。

「それじゃ、早速訓練を始めましょうか」

「……はへ?」

「鉄は熱いうちに打てって言うでしょう? それに怪我した後なら、応急手当の練習もやりやすくなるわよ」

 お師匠様。ソレ、レイセンさんの脅しと同じ発想です。
 いけしゃあしゃあとそんな事を言うお師匠様に、さすがの姉弟子も苦笑いしている。
 この人、意外と天然なんだなぁ……。
 月の頭脳のお茶目な部分を覗き見た僕は、とりあえずさっきレイセンさんに言ったのと全く同じ台詞を返したのだった。

「うっす! ヨロシクお願いしますっ!!」

 さて、果たして『天才』八意永琳の棒術とは、どれほどのモノなんでしょうかね?










 一時間後、僕はメタクソにやられた。
 正直、天才の事舐めてました。月の頭脳マジ何でも出来る。

「馬鹿ねぇ、師匠に勝てるワケ無いじゃない」

「ぐぉぉぉおっ。折れてる、絶対コレ折れてるって!」

「ただの内出血よ。貴女の回復能力ならほっといても治るわ」

 現在は、レイセンさんによる応急手当講義と言う名の治療の真っ最中です。
 つーかコレ。実際この状況になって分かったけど、痛みが酷くて勉強どころじゃないです。
 強いて言うなら、姉弟子の治療が凄く上手いって事がギリギリ分かるレベル。
 これなら、まだ耐久スペルやってた方がマシだったかもしれない。

「それにしても……正直、意外だったわ」

「ほへ? 何がですか?」

「棒術の訓練よ。貴女、ずっと真面目に受けてたじゃない」

「……あのサンドバック状態が‘訓練を受けてた’と言うのなら、そうなりますね」

 いや、アレはアレで、かなり勉強にはなりましたがね?
 戦闘強化状態で思いっきり殴りかかったのに、全部あっさり流されるとは思わなかった。
 装備的にも腕力的にも、明らかに僕の方が優勢だったのに。
 あれが‘技’の真髄なんだろうなぁ。さすがに今の僕には真似できそうにない。
 ただ、得るモノが無かったワケではない。
 訓練と言うだけあって、お師匠様は非常に合理的に僕の動きの欠点を指摘してくれたのだ。
 具体的に言うと、攻撃や防御で隙があったらわりと容赦なく叩かれた。
 今までそういう類の戦闘訓練を受けた事のなかった僕にとって、そんなお師匠様の訓練は中々為になるものだったのである。
 おかげで、かなりボコボコにされましたけどねっ!

「ふんっ、てっきり上手い事ズルして訓練をサボるかと思ってたわ」

「サボるって……何で?」

「あら、この前の事を考えれば自然と分かるでしょう?」

「―――いや、さっぱり分かりませんが」

 この前の事と言うのは、僕が最初に永遠亭を訪れた時の話だろう。
 確かにあの時の僕はかなり無茶苦茶やったけど、サボりに直結するような真似はしてなかったはずだよ?
 僕がそう答えると、何故か姉弟子の表情が険しくなる。良く分からないけど土下座したい。

「良く言うわ。あれだけ卑怯な真似しておいて……」

「余計に意味が分からないんですが。それはむしろ、頑張る理由でしょう?」

「はぁっ!? 何ふざけた事言ってるのよ!」

「いや、至って本気ですよ? だってあの時、卑怯な真似を‘するしかなかった’から、今こうして努力してるワケだし」

「……私には、貴女が何を言っているかイマイチ良く分からないわ」

 はて、僕そんなに難しい事を言ったのかな?
 怪訝そうなレイセンさんの表情を見て、改めて僕は自分の発言を省みる。
 ――うん、やっぱりそんな不思議な事は言ってないよね。
 納得し何度も頷く僕に、レイセンさんは呆れた様子でさらに言葉を重ねた。

「どんな状況でも、卑怯な真似なんてして良いワケないじゃない」

「へっ? なんで?」

 強い確信を持ってそんな事を言うレイセンさんに、僕は思わず首を傾げる。
 彼女の言う事が理解出来ないワケじゃないけど、さすがにその意見は極端すぎる気がした。
 
「なんでじゃないわよ! 卑怯な事はしちゃダメなの! そんなの常識じゃない!!」

「どこの常識かは知らないけど……レイセンさんは負けちゃいけない状況でも、卑怯な手を使うくらいなら正々堂々戦って負けるべきだと思ってるの?」

「そうよ。当たり前の事を聞かないで」

「負けたら、自分の全てが奪われてしまうような状況でも?」

「そ、そういう時にはね。負けないよう、常日頃から努力して――」

「レイセンさんの戦う相手は、努力が形になるまでずっと待っていてくれるの?」

 その問いかけに、レイセンさんは言葉を詰まらせる。
 僕は、今まで戦う努力をしてこなかった人間だ。
 そんな環境に居なかったからしょうがない。と言い訳する事は簡単だけど、僕の状況はそれを許さなかった。
 僕に許されたのは全力を尽くす事。その中には、確かに「卑怯な事」も含まれていたに違いない。
 だけど、それは悪い事だったのだろうか。
 もちろん、今だって強くなる努力は欠かせていない。
 欠かせていないけど――僕はそれだけで、幽香さんやレミリアさんの様な強い妖怪たちに勝てるなんて思っていない。
 むしろ、努力するだけで彼女らに届くと思っている方が、よっぽど酷い侮辱では無いのだろうか。

「戦わなきゃいけない時って、凄く唐突に来ると思うんだ」

 こちらにこちらの都合があるように、相手にも相手の都合がある。
 いつでも自分の全力が出せる状況で戦えるワケじゃないし、頑張れば勝てる相手ばかりが出てくるはずもない。
 そして、それが分かっていても勝たなきゃいけない時って言うのは、案外何度も出てくるモノだ。

「そういう時に使える手札を選り好みしてたら、勝てる勝負も勝てなくなっちゃわない?」

「……だからって、どんな卑怯な手段でも使って良い事にはならないわ」

 それもまぁ、道理だろう。
 僕だって正々堂々戦って勝てるなら、毎回そうやって勝ちたいものだ。
 何しろ、そういった勝利にはケチが付けられない。
 その戦いのルールに則り、全てにおいて相手に勝ったと証明されるからこそ、正々堂々の勝利と言うのは好まれるのである。

「むぅ、僕はそういう真理を語れるほど、人生を悟っちゃいないんだけど……そうだなぁ」

「なによ。言いたい事があるならはっきり言いなさい」

「そうやって変に線引きしちゃうのが、一番ダメなんじゃないかな?」

「―――っ!」

 あ、何かすっごいビックリされた。
 今のはひょっとして、地雷だったりするのだろうか。
 だとしたらマズい。もうちょっとオブラートに包んで説明し直さないと。

「ほ、ほら、青カビってあるじゃないですかっ」

「…………」

「あれだって特定の病気に投与すると薬になるけど、そうでなかったらただの毒でしょう? つまりそういう事ですよ!」
 
 ありゃ? ペニシリンってイコール青カビじゃなかったっけ?
 と言うか幻想郷にその手の知識って普及してるの? 
 いかん、外した気がする。冷静に考えると何故そこでカビをチョイスしたし。
 僕が自らのスベリに気付いて動揺していると、相変わらず怖い顔のままのレイセンさんが俯いたまま口を開いた。

「貴女は……」

「ひゃ、ひゃい!?」

「貴女は、ちゃんと線引きせずに戦えているの?」

「――えーっと、すいません。そもそも考えた事もありません、そんな事」

「……そう」

 ど、どうしたんでしょうかレイセンさんは。やっぱり、深く考えずに思った事を口にしたのがまずかったのかな?
 いやでも、実際戦う時に今からやる事が卑怯かそうでないか何て考えた事無いし。
 ……後で超怒られるんだろうなー、くらいは考えた事あるけどね。
 しかし、自分で偉そうな事を言っといてソレは、さすがにちょっと無責任過ぎただろうか。
 とりあえず、ここは大人しくジャンピングスパイラル土下座でもしておくべき?
 僕は戦々恐々と、俯いているレイセンさんの様子を窺う。
 じっと床を見つめていた彼女は――やがて、ゆっくりとこちらに向けて顔を上げた。
 その表情は、僕の気のせいで無ければどこか晴々としているようだった。

「まったく。お気楽ねぇ、晶は」

 どこか自虐しているような声で、彼女は僕に微笑みかけてくる。
 その言葉の意味は、良く分からないけれど。
 ……少しだけ、彼女が僕の事を認めてくれたような気がした。

「はい、おしまい。これで応急手当は完了よ」

「どうも――ってえぇっ!? 僕まだ何も覚えて無いよ!?」

 彼女の笑顔にぼーっとしている間に、彼女は一連の手当を終えていたらしい。
 僕が唖然としていると、レイセンさんはくすくすと小さく笑う。
 思いの外柔らかいその仕草に、ちょっとドキっとしてしまったのは秘密だ。

「よそ見するからよ。師匠からも言われてたでしょう? ちゃんと身体で覚えるようにって」

「ううっ、スイマセン、もう一回お願いします。出来れば怪我無しで」

「……まぁ、こういうのは何度も見て身に付くモノだしね。教えるくらいなら良いわよ」

 そう言いながら、レイセンさんが再び薬箱から道具を取り出す。
 自慢げな顔をしているけど、その声色には確かに優しいモノが含まれている。
 なるほど、これが本来の彼女の態度なのか。
 今まで殺意をぶつけられ続けた僕には、ちょっとこの優しさが眩し過ぎるね。あははー。

「二人とも、ちょっと良いかしらーっ」

「はーい、何ですか師匠」

「訓練の続きとして、軽く勝負をしてもらいたいのよーっ。出来れば‘何でも’ありでーっ」

 ――でもまぁ、どうやら一瞬の輝きになりそうデスよ?
 お師匠様の提案に、僕は一抹の不安を感じられずにはいられなかった。 

 
 




[8576] 東方天晶花 巻の五十八「慣習とは反対の道を行け。そうすれば常に物事はうまくいく」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/03/10 21:29


巻の五十八「慣習とは反対の道を行け。そうすれば常に物事はうまくいく」




 前回までのあらすじ。
 レイセンさんと仲良くなったと思ったらドつきあいする羽目になった。
 概ね間違ってないから困る。

「それじゃあ二人とも、準備は良いかしら?」

「あ、はい」

「出来れば無期限停止にして欲しいです……」

 訓練自体に文句は無いんだけど、相手がレイセンさんと言うのはちょっと。
 せっかく少しは仲良くなれたと言うのに、また嫌われてしまうのは正直困ります。
 え? 正々堂々戦えば問題ないって?
 ――それで勝てないから、こうして悩んでるんですヨ?
 前に軽くやり合った感触だけで分かるけど、レイセンさんは相当強い。
 狂気の魔眼に注視しがちだけど、総合能力の方もかなり高めである。
 少なくとも、ドつきあったら確実に負ける。
 ……まぁ、負けても良いなら正々堂々戦っても良いんだけど。

「弾幕、スペルカード以外は「何でも」あり。判定は、有効打相当の攻撃を先に当てた方を勝ちとするわ」

「有効打相当で勝ち、ですか?」

「ええ、当てても構わないけれど、‘何度かやりたい’から出来れば寸止めするようにしてね」

「……うぐぅ、了解」

 お師匠様の意図を考えると、そういうワケにもいかないんだよなぁ。
 この模擬戦は、新たな武器を与えられた僕がどう戦うのかを図る為のモノなのだろう。
 後々の指導に関係する事を考えると、さすがに手段を選ぶワケにはいかない。
 だけど、手段を選ばないとレイセンさんの好感度がガタ落ちするのは確定的に明らかなんだよねぇ。

「晶、変な遠慮はいらないわよ」

「姉弟子?」

「私は私の流儀でやるから、貴女は貴女の流儀で戦いなさい」

 ニヤリと笑って、レイセンさんがお師匠様から渡された棒を構える。
 むぅ、気を使われてしまった。まさか姉弟子にそんな事を言ってもらえるなんて……。
 でもそうだよね。遠慮して手段を選ぶのは、別の意味で彼女に失礼だよね、うん。

「よーしっ! 全力で行きますよ、姉弟子!!」

「ええっ、かかってきなさい!」

 僕も銀の棒を、あえて‘展開させないで’構える。
 場の空気が締まっていく中、お師匠様が厳かに訓練の開始を宣言した。

「―――始めっ!」

 その声とほぼ同時に、レイセンさんがこちらに向かって駆けだす。
 なるほど、先手必勝で優位に立つつもりか。そうなると実力的に劣勢な僕は、勢いに押されて負ける可能性が高い。
 だけど……スイマセン。姉弟子の性格上、絶対そう来るだろうなーと思ってました。
 僕は軽く棒を前後させて、相手の動きを見守っている‘フリ’をする。
 そして、彼女がある一定の距離を踏みこんできた瞬間。僕は自らの腕を滑車の軸にして、仕掛けていた罠を釣り上げた。

「どっせぇいっ!!」

「きゃあっ!?」

 踏み出したレイセンさんの右足が、勢いよく空に上がる。
 その脚には、半透明のツタのようなモノが巻きついていた――いや、僕が作って巻きつけたのですがね?
 そのツタは真っ直ぐこちらに伸び、腕を通して棒に繋がっている。
 ……思いの外上手く行ったなぁ。
 氷による鞭。以前は、持ち手の部分の頑丈さと振りまわす部分の柔軟性が両立出来なくて断念したんだけど。
 持ち手の部分を棒で代用したらイケたね。やっぱり意外と使い勝手いいかも、この武器。
 ――おっといけない、トドメをささなくちゃ。

「ブレイク!」

「あわわっ」

「ほぉあちょっ!!」

「しまっ!?」

 捕縛している鞭を思いっきり引っ張り、レイセンさんの体勢をさらに崩しつつ相手を引き寄せる。
 その状態で氷の武器を破壊。そのまま棒を展開し、姉弟子の額に目掛けて一撃を叩きこむ。もちろん寸止めで。
 
「そこまで、晶の勝ちよ」

 同時に、お師匠様が僕の勝利を宣言してくれた。
 ――良かった。今のが有効打に認定されなかったらどうしようかと思ったよ。
 僕は安堵の息を吐き出しながら、伸ばした棒を元の長さに戻す。
 そしてそれと同時に、顔を真っ赤にして掴みかかってくるレイセンさん。
 ああ、やっぱりこういう展開になりましたか。

「いきなり何やってるのよアンタは! 最初くらい、普通に打ち合おうとは思わなかったの!?」

「あはは。その、姉弟子ならそう考えるだろうと思っていたので、僕らしく裏をかいてみましたスイマセン」

「ぐっ……」

 あ、堪えた。
 激昂するかと思いきや、僕の言い訳にレイセンさんは言葉を詰まらせた。
 ああ言った手前、怒る事は出来ないと考えたのだろうか。
 本当に真面目な人だ。色々な意味で汚い自分が情けなくなってくる。
 不意打ちしてゴメンなさい、レイセンさん。
 でも、出来ればもうちょっとヒートアップして頂いて、もっと冷静さを失って貰えると大変ありがたいです。
 
「貴方「何でもあり」になった途端、活き活きとし始めたわね」

「そ、そうですか?」

「師匠の言うとおりよ。……何を企んでいるのか知らないけど、その胡散臭い笑顔は引っ込めなさいな」

「いやその、自分としてはポーカーフェイスを貫いているつもりなんですが」

「あら、なら貴方には策謀の才能があるわね。能面よりずっと相手を混乱させられるわよ、その笑顔」

「……左様でございますか」

 褒められているのだろうか、ソレは。
 自分の頬をむにむに弄りながら、思わぬ後見人の影響に唖然とする僕。
 ひょっとして、以前紫ねーさまと将棋指していた時に色々考えていた僕を、あの人が複雑そうな顔で見ていた理由はコレだったのだろうか。
 今まで良く出なかったなぁ。……今後は少し気をつけよう。

「あ、あははっ、とりあえず次を始めましょうよ」

「そうね。うどんげも準備は良いかしら?」

「ええ、今度は引っかかりません!」

 その警戒心が美味しくてたまりません、とか考える僕はもう手遅れかもしれない。
 いや、ぶっちゃけ警戒して頭を固くしてくれないと、こっちに勝ち目が無いだけなんですけどね。
 再び武器を展開した僕は、こちらの一挙手一挙動も見逃さないと言わんばかりの視線を向けてくる彼女と相対した。

「それでは二本目―――始めっ!」

 お師匠様の合図に合わせて、今度は僕が駆けだす。
 警戒を高めていたレイセンさんは、一瞬だけ反応が遅れてしまったようだ。
 よしっ、予定通り!
 僕は中央の掴みから手を離し、棒の端に氷の取っ手を生み出して、そこを片手で掴み取る。
 反対側には三日月を半分にした形の刃を生成した。平たく言えば大鎌だ。
 僕はその鎌を、相手に向かって思いっきり振りかぶる。

「ふん、今度は射程を変えた武器による奇襲? だとしたら甘いわっ!」

 それなりに不意を突いた攻撃を、レイセンさんはあっさりと受け止める。
 明らかに強度的に劣る木の棒であっさりと、刃に触れないように柄を抑える技術はさすがとしか言いようがない。
 
「片手で、しかも端を持つような不安定な持ち方で、有効打を与えられると思わない事ね」

「あー、やっぱ無理ですか」

「不意を突くにも限度があるわ。奇天烈な行動をとれば良いってものじゃないのよ?」

「まぁ同感ですね。僕も、‘捕縛目的’じゃなければこんな事しませんよ」

「――えっ?」

 僕が苦笑いすると同時に、鎌の刃が根元からへし折れるように曲がり姉弟子の棒を包み込む。
 二人の棒の先端が、丁度十字に交差した状態で固定された。
 レイセンさんの表情が驚愕に染まる。何しろ、抑えられた相手と抑えた相手が綺麗に入れ替わったのだ。
 そしてその動揺が、今この瞬間では致命的な隙に繋がる。
 僕はあえて空けていた片手に、氷製武器を生成した。

「アイシクルゴールデンハンマーっ!」

「くっ!?」

「ふむ……そこまで、晶の勝ちね」

 氷で出来た小さめのハンマーを、レイセンさんの頭の上で止める。
 特にゴールデンである事に意味は無い。ついでに言うとハンマーである意味さえ無い。
 僕は決着の宣言を聞くと同時に、氷製武器とくっつけていた棒の接合部分を解除して距離をとった。
 その理由は……言うまでもないだろう。

「ふ、ふふふ、ふふ―――とことん真っ当に戦う気が無いみたいね。貴女の持ってる武器は飾りか何か?」

「いや、僕の中では大分有効利用してるつもりなんですが」

「どこがよっ! ちょっとは師匠から貰ったその武器を使って、正々堂々戦ってみなさいよっ!!」

「むぅ……分かりました。やってみます」

「…………」

 あ、疑惑の視線。全然信じてない。
 まぁ、信頼されてない理由は分かるし、実際裏をかく気満々なんだけど。
 ……これは、せっかく生まれつつあった絆ぶち壊し確定かなぁ。

「準備は良いみたいね。それじゃあ三本目――始めっ!」

 段々険悪になってきた空気の中、お師匠様のマイペースな合図がかけられる。
 さっきよりもより身構えるようになったレイセンさんに対し、僕は展開した棒を構え―――そのまま、空高く放り投げた。

「……へっ?」

 呆然と、宙をクルクル回る棒を見つめるレイセンさん。
 その隙に「魔法の鎧」を装着し、僕は一気に彼女へ向かって駆けだした。
 相手が呆然としている内に、気で強化した手甲を腹部へと叩きこむ! ……振りをする。
 
「そこまで……晶の勝ちね」

「へっ? へっ?」

 放り投げた棒は、特に何の問題も無く地に刺さる。
 それでようやく何が起きたのか理解出来たレイセンさんは、ついに自分を抑える事を止めた。

「あ・き・らぁぁぁぁぁっ!! 私が言った事、理解できていなかったのっ!?」

「いや、理解してましたよ?」

「どこがよっ!」

「だから、お師匠様から貰った武器を(囮に)使って、正々堂々(拳で)戦いましたが」

「全く別の文章になってるじゃないっ!?」

「……ダメ?」

「ダメに決ってるでしょっ!?」

 ですよねー。
 自分でも今の受け取り方は無理があると思った。思ったけど曲げない、絶対曲げない。
 僕はニコニコ笑いながら、レイセンさんの怒りを受け流す。
 姉弟子はその態度に大分イライラしているようだけど、僕は鋼の意思で表情を固定した。
 今回の手は、正真正銘一発限りの使い捨てネタだ。二回同じ事をしても間違いなく返り討ちに遭うだけだろう。
 しかし、‘僕が二度とこの手を使わない’事をレイセンさんに悟られてもいけない。
 疑惑は片隅にあるだけで足枷になる。張り子の虎でも、中身が張りぼてだと知られなければ相手には脅威となり得るのだ。
 
「上等よ、もう引っかからないわ。何をやってこようと絶対に見破ってやる」

「……良い感じに疑心暗鬼になってるわねぇ」

 全くです。僕のせいですが。
 割れよと砕けよと言わんばかりのレイセンさんの殺意溢れる視線に、この後どうやって永遠亭を逃げ出すか考え始める僕。
 ゴメンなさいてゐさん、いつも通りにしていたら嫌われてしまいました。

「ところで晶。貴方のソレ、何かしら?」

「あ、この前アリスから貰った魔法の鎧です。普通に殴るより効きそうだったんで使ったんですが、ダメでしたか?」

「いえ、鎧自体に問題はないわ。‘何でもあり’だと言ったでしょう?」

「それは良かった。……で、何か?」

「何でも無いわ。ちょっと気になっただけよ」

 そうですか。じゃあ細々と聞こえてくる「やっぱり比率が……」とか「もっと厳しく……」とかも空耳ですね。
 良かった良かった。―――オウチニカエリタイ。
 
「それじゃあ二人とも、四回目行くわよ?」

「……らじゃあ」

「ふふふふふ、お願いします。ふふふふふ」

「では、四回目―――始めっ!」

 お師匠様の合図と共に、レイセンさんがとった選択は待機。
 最早完全に待ちの姿勢である。……勝算があるならともかく、ただの受け身でソレは良いカモですよ?
 僕は放り投げた武器を拾い―――真っ直ぐレイセンさんに向かって‘歩いて’行く。
 戦う気があるのかと言いたくなるほど悠々と歩を進めていく僕に、レイセンさんの警戒はどんどん増していった。
 それでも僕はマイペースに足を動かし続ける。それに合わせて身を固くする姉弟子。
 歩く僕、固まる姉弟子。
 それでも歩く僕、しつこく警戒する姉弟子。
 歩みを緩めも早めもせず進み続ける僕、色んな意味でガチガチになっている姉弟子。
 そのまま僕は射程に入るまで歩みを進めて、何の飾り気も無い一撃を姉弟子へ振り下ろした。何度も言うけど寸止めで。
 
「……あれ?」

「はい。晶の勝ち」

 目の前に突き付けられた棒を、呆然と見つめるレイセンさん。
 まさか今まで散々不意打ちしてきた僕が、普通に攻撃してくるとは思わなかったのだろう。
 だからこそ、このタイミングで‘正々堂々’攻撃をしかけたんだけどね。
 
「ちょ、何よそれ! 何で普通に戦うのよっ!!」

「毎回‘卑怯な戦い方’を選ぶ必要が、特に無いからですが」

「ぐっ……」

 これもまぁ、相手に与える足枷の一つだ。
 馬鹿正直に不意打ちし続けるのは、愚直に真っ直ぐ戦う事と何も変わらない。
 所詮、奇策とは正道あっての有効手なのである。
 とは言え正道上等と言わんばかりに突撃を仕掛けたら、返り討ちに遭うのは目に見えている。
 正々堂々でモノを言うのは普段の努力。それが足りないからこそ、こうやって小細工を色々仕込んでいるのであります。
 あれだけ無警戒に歩いていけば、ある意味不意打ちと変わらない気もするけどね。
 相手が‘普通に戦った’と認識しているなら問題無し。
 これからは巻いた種育てるように、清濁入り混ぜて攻めていけば紙一重の差で勝ち続けていけるはず。多分。
 ……模擬戦って言うより詰め将棋だよなぁ、コレ。

「またその胡散臭い笑い! 今度は何を企んでるのよ!?」

「いや、今のは考え事をしていただけで」

「それは……企んでると言うんじゃないのかしら?」

「う、うぐぅ」

 それにしてもこの模擬戦、勝利難易度の割に実入りが少なすぎる気がするんですが。





 
 



 十分後、僕はそれから四回程行われた模擬戦全てに勝利した。
 ……ある意味、今までで一番キツい戦いだった。
 何しろただ勝つだけでは、数を重ねるうちに相手が調子を取り戻してしまう。
 そうなってしまってはこちらの負けだ。それを防ぐためには、相手の気勢を削いだまま勝つ必要がある。
 つまり――こちらの必須勝利条件、秒殺完封勝ちのみ。
 これなんて無理ゲー? いや、何とかやり切りましたけどね?
 
「ぐぅう……」

 そろそろネタ切れの感が否めない僕の目の前で、レイセンさんが後頭部を抑えて蹲っている。
 八戦目の決め手となった、僕のジャーマン・スープレックスがまだ効いているのだろう。
 さすがにアレは寸止め出来なかった。そんな加減出来ない技をトドメにチョイスするのもどうかと思ったけど、ネタ切れだからしょうがない。

「いやー、今のは派手に決まりましたねー」

「芸術的なブリッジね。往年のカール・ゴッチを思わせる素晴らしいフォールだったわ」

「姫様、適当な本から適当な引用して語るの止めなよ」

「えー? 今回のはそんなに外れてなくない?」

「ふ、二人とも黙っていてくださ――いたた」

 五戦目あたりから観戦を始めたバカ殿――もとい、永遠亭の主が好き勝手な野次を飛ばす。
 輝夜さんは相変わらず、お伽話のイメージを爽快にぶち壊してくれるなぁ。
 お座敷セットまで用意して優雅に観戦と洒落こんでいる彼女に、かつて思いをはせた竹取物語の姫の姿を重ねてブルーになる僕。
 ちなみに、その隣で当たり前のように実況をしているてゐに関してはノーコメントで。あの兎はもう何でもアリな気がする。

「もういっそ、形振り構わず逃げに走ったらどうかしら? 意外と面白いモノが見れるかもしれないわよ?」

「しませんっ!!」

 見ているだけの輝夜さんの無責任な煽りは、レイセンさんの調子を削ぎたい僕にとってこの上ない援護だ。
 だけどたまにこうやって、さりげなく彼女にアドバイスを送るから侮れない。
 かなり湾曲な伝え方だから、真面目なレイセンさんは馬鹿にされてると思ってるみたいだけどね。
 ……実際のところ、逃げに走られると僕はかなり困ります。
 こちらが八戦全て優勢でいられたのは、姉弟子がずっと攻めに逸っていたためだ。
 そういった精神の相手ほど、その勢いを挫いてやれば容易に隙を見せる。
 だけど逃げられるとそうはいかない。何しろこっちは、勝負に時間をかけるワケにはいかないのである。
 必然、そうなると今度はこちらから攻める必要が出てくるんだけど――その状況で余裕が無くなるのは間違いなく僕だろう。
 つまり負け確定である。……敗北条件多いんだから、アドバイスは程々にして下さい輝夜さん。

「さて、今日の所はこれくらいにしておきましょうかね」

「ほへ?」

「っ、師匠! 私はまだ戦えますよ!?」

「勘違いしないのうどんげ。これはあくまで‘晶のための’模擬戦よ?」

「……ううっ」

 ヒートアップするレイセンさんに、お師匠様がクールなお言葉をかける。
 嗚呼、お師匠様の姿が神様に見えますっ!
 思わぬ救いの言葉に、内心で小躍りするネタ切れな僕。
 ちなみにこのまま戦い続けていたら、九戦目で僅差勝ち、十戦目でめでたく詰みとなっておりました。
 いやほんと、絶妙のタイミングでストップかけてくれましたよ。
 まるでその事を読んでいたみたい……みたい?

「ふふふっ」

 ――確実に読まれてましたねコレは。天才マジ怖い。
 僕は改めて、己が師匠の恐ろしさを実感した。
 さらにお師匠様は、ニッコリ笑顔で僕に難題を押し付ける。

「それじゃあ晶、今度は復習としてうどんげの応急手当てをする事。良いわね」

「……え?」

「あら、何かおかしな事を言ったかしら? 薬師の修業も貴方には必要でしょう?」

 いやまぁ、確かにおっしゃる通りですが。
 僕はこっそりと、蹲っているレイセンさんの方に視線を移す。
 寸止め推奨とは言え、戦っている以上不慮の事態は必ず発生してしまう。
 僕は頑丈だし、攻撃されないよう上手くやってきたから体力の消耗だけで済んでいるけど、レイセンさんは違った。
 八戦全てやり込められた彼女は、物の見事にボロボロになっている。

「それほど重症では無いから、今の貴方には丁度良い練習台よ。ふふっ」

 ……まさか、この人ここまでの展開を全部読んでた?
 いや、さすがにそれは無い。幾らなんでも有り得無さ過ぎる。
 それが事実なら、お師匠様は僕が戦う前から僕の戦い方を察していた事になるじゃないか。
 幾らお師匠様だって、さすがにそこまで予知していたなんて事は……。

「そうそう、そんな事あるワケないじゃない」

「……………」

 絶妙なタイミングで合いの手を入れられた。天才ギガンテック怖い。
 いやしかし、お師匠様の言葉自体にはウソが無いはず。確かに練習台として今のレイセンさんは最適だと言える。
 強いて問題があるとするなら、レイセンさんの警戒度がマックスだと言う事だろうか。
 好感度が一度上がってから下がった分、説得するのは難儀しそうだ。
 僕はフォローの言葉を考えつつ、姉弟子へと顔を向ける。
 ……とりあえず、最初は謝罪の土下座から始めた方が良いかな。

「―――はぁ、意地を張ってもしょうがないわね」

「はい?」

「てゐ、薬箱取ってきて。晶はその間に、手順の再確認をしておきなさい」

「あいあいさー」

 深々と溜息を吐いたレイセンさんが、僕の土下座より早く口を開いた。
 あっさりと敵意を引っ込めて、姉弟子はてゐに指示を飛ばす。
 その変わり身の早さに、むしろ僕の方がついていけずポカンとしてしまう。

「……あの、姉弟子?」

「なによ」

「その、良いんですか? 続きをやらなくて?」

 レイセンさんの性格と僕に対する印象を考えると、最悪で試合続行を主張してくると思ったんだけどなぁ。
 ちなみに、最良の展開でも五分くらいはゴネられると思ってました。
 僕のそんな問いかけに、レイセンさんはどこか悟ったような笑みを浮かべる。
 彼女は遠い瞳で虚空を見つめながら、ポツリと呟くように声を漏らした。

「今回の一件で、私は貴女と言う人間を少し理解出来たわ」
 
「はぁ……分かられてしまったのですか」

「ええ、要するに貴女は――てゐと同じスタンスのキャラなのね」

「はぇっ?」

「そんな人間に真正面から挑もうとしていたなんて、私も馬鹿だったわ」

 慈愛すら感じさせる笑顔で、レイセンさんは僕に笑いかける。
 ただしその表情には、微妙に諦観の念が込められている気がしないでもない。

「物腰が柔らかで話が通じるように見えるから、まさか‘そっち系’の人間だとは思わなかったわよ」

「あのー、姉弟子?」

 どこか自分に言い聞かせるような態度で、姉弟子は何度も頷いた。
 何だか良く分からないけど泣けてくる。主に、彼女に対する憐憫と僕の扱いに対する二つで。
 そして変なスイッチが入ったのか、悟りがボヤキに変わっていくレイセンさん。
 そろそろ同情の涙で身体の水分を使い切りそうです。

「ふふ、分かってみれば簡単じゃない。単にトラブルメーカーが増えただけの話よ」

「姉弟子ー、俯かれながらブツブツ言われると超怖いんですがー」

「タイプ違いの悪戯兎が増えた、それだけの事だったのね。ふふっ、ふふふふふ……」

 どんよりと黒いオーラを放ち続けるかつてレイセンさんだったモノ。
 どうして良いか分からなくなった僕は、藁にも縋る思いで相変わらず観戦モードの輝夜さんに話しかけた。

「輝夜さん、これは歩み寄れたと判断すべきなのでしょうか?」

「少なくとも敵よりは近くなったんじゃないの? ある意味、今までより遠くなった気がするけどね」

 どうでも良さそうな輝夜さんの言葉が、心に染みいる模擬戦となりました。
 



 

 ―――ちなみにお師匠様は、笑ったまま一度も助け船を出してはくれませんでした。天才マジェスティック怖い。



[8576] 東方天晶花 巻の五十九「自尊心は美徳ではないとしても、それは多くの美徳の両親である」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/03/30 01:45

巻の五十九「自尊心は美徳ではないとしても、それは多くの美徳の両親である」




 どうも、レイセンさんで応急手当の復習をする事になった晶です。
 輝夜さんの「中で寛ぎたい」というお言葉に従い、僕等は作業の場所を室内に移しました。
 何で無関係な彼女の台詞が優先されてるんだと疑問に思った方、その思いを大切にしてください。
 それは僕らがすでに失ってしまったものです。

「ああもう、違うわよ。私の腕を壊死させるつもり?」

「うぅ、すいません……」

「ふふふ、勉強の一環だからちゃんとやらないとダメよ?」

 そう思うなら僕の背中からどいてください輝夜さん。
 呆れた眼差しを向ける姉弟子に謝りながら、僕は可笑しそうに笑っている彼女へ抗議の視線を送った。
 室内に移動してから、何故か輝夜さんはずっと僕の背中に寄りかかっている。
 ノリだけなら、普段のてゐとそう変わらないんだけど……人が変わるだけで印象もえらく変わるモノだ。
 体型はそう豊かでも無――ゴホン。とにかく、感触的な脅威はあまり無いのだけど。
 けれど、それ以外のモノが凶悪な程に僕を刺激してくる。
 特に匂い。輝夜さんの艶やかな髪からほんのりと漂ってくる香の匂いは、必要以上に心臓の鼓動を速めさせてきた。
 さすが平安の世に謳われた絶世の美女。あの時代は香りの良さが重視されたって言うのは本当だったのか。

「うーん、意外と抱き心地が良いわね貴方。どう? これから私の枕にならない?」

「あ、あぅあぅあぅ、その、あんまりそういうのはちょっと」

「締まってる、締まってるわよ! 腕が千切れる!!」

「あっ!? ごっ、ごめんなさい!」

 しまった。動揺したせいで包帯の締め具合を間違えた。
 危ない危ない。もう少しで、レイセンさんの腕が紫色になる所でした。
 僕は包帯をばらして再び巻きなおす。今度は力まないよう優しく……優しく……。

「――ふぅ」

「あふぅんっ」

「ひぎゃあーっ!?」

 み、耳に息はダメですよーっ!?
 輝夜さんのやってる事だけはお茶目な悪戯で、再度猛威を揮う医療用具。
 なるほど、これが「手当てしてる最中はふざけない」と言う注意の真実なのか。
 確かに危険だ。危うくレイセンさんの腕を包帯で折る所だった。
 良い子の皆も包帯で他人の腕を折っちゃダメだぞ?

「姫様、邪魔をするなら出て行って下さい!」

「あらあら、私は如何なる状況でも動揺しない精神力を鍛えているのよ?」

「そういう事は基礎を覚えてからにするべきです!!」

「鈴仙は頭固いわねぇ、晶はどう思う?」

「……姉弟子の意見に諸手を上げて賛同致します」

「ちぇっ、つまらないわねー」

 面白半分で腕折られたらたまらないでしょうが、しかも他人の。
 子供みたいに頬を膨らませ、ぶーぶーと口で文句を言う「なよたけのかぐや」さん。
 そろそろ全世界の竹取物語ファンを代表して、アニメ絵本かぐやひめによる角強打攻撃を試みた方が良いかもしれない。
 
「まぁいいわよ。私は晶に聞きたい事があっただけで、からかいたかったワケじゃないから」

「なら何であんな事したんですか?」

「ムラムラしてやった。今でも反省はしてない、むしろもう一度やりたい」

「――――四季面」

「やめて、ゴメン。あの暴力と加虐の化身とは二度と会いたくない」

 ……意外とトラウマになってたんだ、あの弾幕ごっこ。
 しかし、それでも僕から離れようとしない所はダメな意味でさすがだ。永遠亭の主の要らん胆力を見た。
 
「と、とにかく、用があるならさっさと終わらせて帰ってください」

「無粋ねぇ。無駄に迂遠なのも問題だけど、飾り気が無さ過ぎるのも少女として問題よ?」

「余計なお世話ですっ!」

「『夕闇は 道たづたづし 月待ちて 行ませ我が背子 その間にも見む』――今の自分の姿を鏡で見る事をお勧めします」

「『月読の 光りに来ませ あしひきの 山きへなりて 遠からなくに』……機知の効いた嫌がらせするわね」

「? ? ?」

「鈴仙は医学書以外の本も読みなさい。今のはそれほど難易度の高いやり取りじゃなかったわよ」

 まぁ、さすがに僕も万葉集は読みこんでないからね。むしろ即興で返せる輝夜さんが凄い。
 彼女はやれやれと肩を竦めた。僕の背中に全体重を預けたまま。
 いい加減オトコノコの尊厳を汚すなと暴れたくなったけど、何かそのまま本題に入りそうなので我慢する。
 ……我慢してるんデスヨ? 喜んでなんかいませんからネ? ホントダヨ?

「それじゃ本題。さっきの模擬戦を見ていて、ちょっと気になった事があるんだけど」

「ほへ? 何ですか?」

「――貴方、自分が『バケモノ』だって自覚。ちゃんとある?」

 僕は馬鹿にされているんですか? と言いかけて止めた。
 彼女の表情から、先ほどまでの意地悪なお転婆姫の笑みが消えていたためである。
 
「えっと、自分の能力が人外じみてきたなーって自覚は一応ありますが」

 とりあえず、出来る限り真面目に答えてみる。
 しかし輝夜さんはその答えが不満なようで、何故か眉をしかめられてしまった。
 ……少なくとも、ネガティブな意味で聞いていると言うワケではないのか。
 けどそれなら、質問の意図は一体何だろう?

「分かってるみたいだけど、一応言っておく。私に貴方を貶める意図は無いわ」

「それは何となく分かりますけど……輝夜さんの言う『バケモノ』って人外とは違うんですか?」

「まぁ、言葉遊びのような違いだけどね。人外だと、人間が含まれなくなっちゃうじゃない」

「『バケモノ』だと、人間も含まれるんですか」

「そうよ。だってここは幻想郷、人であるからバケモノでは無いなんて道理は通じないでしょう?」

「……そうですね」

 奇しくもそれは、以前僕が一笑に付した仮説とほぼ同じ内容だった。
 人である。その事は、幻想郷では何の制約にもならない。
 自分に都合が良いと切って捨てた考えを、幻想郷の住人である彼女は常識のように語った。
 いや、常識なのだろう。人と妖怪の間に境界があろうと、それは‘人が劣る’理由にはなり得ない。
 人であろうと強いモノはいる。妖怪であろうと弱いモノはいる。
 ならば、彼女の言う『バケモノ』とは――。

「いかなる生まれであろうと、何者であろうと、優れたる者は相応の自覚を持つべきよ」

「だから『バケモノ』……なんですか」

「なかなか秀逸な呼び名でしょう? 人にとっても妖怪にとっても規格外。幻想郷には少々居過ぎる気がするけどね」

「その理屈で言うと、輝夜さんもバケモノになっちゃいません?」

「なっ!? 晶、貴女――っ」

「ええ、そうよ?」

「姫様!?」

 そう言って、ニヤリと笑う『バケモノ』。
 ……何の躊躇いも無くそう断言出来るのは、正直凄いと思う。
 いや、これが自覚の有る無しの違いなのかもしれない。
 僕の知る規格外は――幽香さんやレミリアさん、文姉だって――彼女同様、『バケモノ』と言う呼称を笑って受け入れるだろう。
 僕は……無理だなぁ。呼称自体に抵抗は無いけど、そう呼ばれる自分にどうしても違和感が。

「そう、それが問題なのよ」

「姫様? いきなり何の事だか意味が」

「やっぱり、ここら辺の心構えが問題ですか」

「何で通じてるのよ!?」

 強者の自覚かぁ。確かに僕には無いモノだ、ソレは。
 と言うか、僕って強者に部類されるの?

「この私、蓬莱山輝夜が保証してあげる。貴方は確実に『バケモノ』の領域に足を踏み入れているわ。でしょう、鈴仙?」

「まぁ……そこらへんの妖怪よりは強いですよね。間違いなく」

「貴方は、もっと傲慢であるべきよ。それだけの力は持っているのだから、ね」

「でも僕の力って、劣化前提のコピー能力ですよ?」

「幻想郷の住人が出来る事なら、貴方も出来るようになる能力。例え劣化していようが充分強力な力じゃないの」

 そういう言い方をされると、不思議と自分が何でも出来そうになるから困る。
 実際の所、そんなに旨い話ではないと思うんだけどなぁ。使ってる側の意見としては。
 しかしやっぱりそんな僕の態度が不満なのか、輝夜さんは不敵な笑顔から一転、不機嫌そうな顔で頬を膨らませた。

「何でそこで引っかかるのかしらね。貴方くらいの年なら「全ての能力を手に入れて最強だぜヤハーっ!」くらい考えるでしょう?」

「姫様、例えでも言葉遣いが少々……」

「無理です。能力制御しきれず肉塊になる未来しか想像できません」

 不相応な力を手に入れた小物の末路って悲惨だよね?
 そりゃ、強くなるのは嫌じゃないけど、あんまり強過ぎる力は覚えたくないです。色んな意味で後が怖いから。

「別に覚えなくても良いんじゃないですか? 晶は手持ちの札だけで小細工して戦う方が得意みたいですし」

「だから面倒なんじゃない。自分の能力を活用しないで戦うなんて、どうしてそんな遠回りな道を選ぶのよ貴方は」

「それは……性分です、としか言いようが無いっす」

「性分ねぇ。――――さて、それは本当に‘貴方のモノ’なのかしらね」
 
「ほへ? 何の事ですか?」

「何でも無いわ。それより応急手当の練習は良いの?」

 おお、そういえばすっかり忘れてた。
 一応手だけは動かしていたけど、頭は輝夜さんの本題の方に集中していたからなぁ。
 レイセンさんの腕、ボクシンググローブみたいになってない?
 僕は、恐る恐る自らの無意識の結果へと眼を向ける。
 悲惨な結果を想定していた僕の視界に映ったのは――お手本の様に美しく巻かれた包帯の姿だった。

「……アレ?」

「……完璧な出来ね。指摘する部分が何もないわ」

「あら、何か極意でも掴んだの?」

「――そうですね。どうも心を空にすると上手くいくみたいです」

 別名、余計な事しか考えてない状態。
 我ながら、良くそんなやり方で上手くいくものだと感心してしまう。
 欠点は、自分でも何をやったのか分からない事か。
 名状しがたい表情で苦笑いする僕を見て、少し感心していたレイセンさんが呆れたように呟く。

「前々からそんな気がしていたけど……貴女の才能って凄く偏ってない?」

「か、偏ってますか」

「ええ。ある分野の何故か極一部だけが得意、みたいなパターン多くないかしら」

「ああ分かる。アレでしょ、局地戦用ってヤツ」

「局地戦用!?」

「……局地戦用天才型奇襲ユニット?」

「色々酷いっ!?」

 前後の単語のせいで、明らかに天才と言う呼称が褒め言葉で無くなってるし!
 でも反論できないのは何ででしょうか。一瞬、ああそうかもなぁと思った自分自身を絞殺したい。

「ちなみに、今のでちゃんと覚えた?」

「……ぷりぃず、わんすもあ」

「貴女、要領が良いのか悪いのかイマイチ分からないわね……」

 自分でも正直どうにかならないかと思っています。思っているだけですが。
 レイセンさんの視線に憐憫の感情が含まれ始めたような気がするのは、僕の気のせいではあるまい。
 とりあえず、もう一度やり直すようお願いしよう。さすがに毎回無意識に頼って治療するのは色々マズイし。
 そんな事を考えていると、部屋の襖が開き席を外していたてゐが顔を出した。
 
「おーい、晶居るかーい」

「居るけど、何か用?」

「うん、晶にお客さんだよ」

「――僕にお客? 誰が来たの?」

 ここに僕が居るのを知ってるのはアリスくらいだけど。彼女は今日、メディスンと遊ぶので忙しそうだったしなぁ。
 悩んでいる僕の問いに対し、何故かてゐは疲れたような困ったような笑みを浮かべて答えた。

「まぁ、会えば分かるよ。会えば」

 不吉なモノしか感じさせないてゐの言葉にイヤな予感を感じながら、僕はしぶしぶと立ちあがるのだった。










「久しぶりね、晶」

「ほぇ、幽香さん?」

 永遠亭の入り口にはニコニコ笑顔がトレードマークのフラワーマスター、風見幽香さんが居ました。
 どんな時でも維持し続けているその笑顔が少し懐かしい。
 そっかー、お客さんって幽香さんの事だったのかー。

「……てゐちゃん、紛らわしい」

 風雲急を告げるような言い方するから、何事かと思っちゃったじゃん。
 ひょっとしてまた悪戯されたのだろうかと思い、僕は抗議の視線をてゐにぶつける。
 すると彼女は、心外だとばかりに肩をすくめて見せた。
 どうやらてゐ的には、幽香さんの訪問はあんな顔をするレベルの非常事態であるらしい。
 僕についてきたレイセンさんも何か震えてるし。……そういえば、二人とも幽香さんにトラウマ持ってたっけ。
 
「ところで幽香さん、良く僕が永遠亭に居るって分かりましたね?」

「七色の人形遣いに聞いたのよ。相変わらず元気にやっているようで何よりね」

 そう言って、幽香さんは右手を差し出てくる。
 何だか照れくさいけど、僕もそれに応えて手を握り返す。
 ……それにしても、何で急に握手を?
 幽香さんの想像以上に柔らかい手にドキドキしながら、唐突な彼女の行動に首を捻る。
 だけど、僕が幽香さんの行動の真意を尋ねる事は出来なかった。
 何故なら次の瞬間――僕の身体は、凄まじい勢いで宙に舞っていたからだ。

「ほへ?」

 竹林がどんどん近づいてくる。
 何が起きているか、さっぱり理解出来ない。
 しかし、僕の身体は混乱する僕と違ってかなり冷静だった。
 咄嗟に空中で身体の向きを変え、目の前に迫っていた一本の竹に着地した僕の身体。
 竹は大きくしなるけれど、上手い具合に折れる事無く勢いを止めてくれる。
 おおっ、自分の意外な器用さにちょっとビックリだ。まるで拳法家の様では有りませんか。
 ほっと一息ついた僕は、状況確認のために顔を上げようとして。
 ―――襲い来る唐突な悪寒を感じ、ほとんど反射的に右腕を振りまわした。
 腕に残る確かな手応え。同時に、僕の左右を弾丸らしきものが通過していく。
 ……あれ? 今ひょっとして九死に一生を得た?
 僕は呆然としながら、それでも改めて状況確認のため顔を上げる。
 するとそこには、何かを振りかぶった姿勢で少し驚いたような顔をしている幽香さんと、ビックリしている永遠亭の皆々様の姿が。
 えーっと。やっぱり何が起こったのかイマイチ分からないけど、もしかして僕、幽香さんにブン投げられたの?
 しかもその後、追撃として弾幕に使う弾を飛ばされたと。
 なるほどなるほど―――何がどうなってるのさ。

「まぁとりあえず、無事でよかぶべらっ!?」

「あーあ、いつまでも竹にしがみついてるから」

「不意打ちへの対処は完璧だったのにねぇ」

 状況を把握するため呑気に周りを見回していたら、しなりきった竹が戻る際の勢いで地面にキスする羽目になりました。
 昔カートゥーンで見たなぁ、自分を投石機で打ち出そうとしてこんな風になるキャラクター。
 
「……まさか、今の攻撃を防ぐなんてね」

 そして、さらっと明かされる驚愕の事実。
 やっぱり攻撃してきたのは幽香さんでしたか、あの握手は僕をブン投げるためのモノだったんですね。泣きたい。
 と言うか今、まさか防ぐなんてとか言わなかった?
 え、何? 僕これから公開処刑されるの? せめて遺書を書かせる時間はくれませんか?

「どれくらいタフになったのか確かめるつもりだったけど……ふふ、予想外に楽しい物が見られたわね」

「……前もそうだったけど、顔を合わせるたびに晶試すのはデフォなの?」

「ええ、いちいち何をしたのか聞くより手っ取り早いもの」

「今、初めてアイツに同情したわ」

 なるほど、そういう事でしたか。
 幽香さんの意図を聞いて、嬲り殺し展開が無くなりホッとする僕。
 地面との名残惜しくない逢瀬を終えて、僕はゆっくりと立ち上がった。
 そういえば、今更気付いたけどいつの間にか魔法の鎧が展開されている。
 しかも弾幕を切り裂いた右腕には、氷で出来た刃が張り付いていた。
 ……あの時、悪寒から反射的に可能な限り肉体を強化しようとした記憶は確かにある。
 けど、さすがに鎧や氷結武装の展開までは考える余裕が無くて、特に何もしなかったはずなのに。
 どうやらこの魔法の鎧。こっちの防衛意思を読み取り、半自動で展開してくれる機能が付いていたようである。
 おまけにその鎧の補助があるおかげか、氷結武装の形成もメチャクチャ早い。
 特に意識しないでも一丁前の武器が即出来るってのは、こんなにも便利な事だったのか。
 ――馬鹿にしてゴメンなさいアリス様。貴女様のおかげで僕は生き延びられました。

「それでフラワーマスター、わざわざ我が永遠亭に何の用なのかしら?」

「そう目くじらを立てなくても良いわよ、月のお姫様。私は晶を迎えに来ただけだから」
 
「迎え? って事は……紅魔館直ったんですか!?」

「ええ、そういうワケだから戻ってきなさい。七色の人形遣いにはもう話は通してあるわ」

 そう言って、幽香さんは傘と一緒に持っていたリュックを僕に手渡す。
 居場所を聞くついでに持ってきてくれたのか。……幽香さんって意外と細かい所に気が付く人だよなぁ。

「あらどうしたの? 何か不満かしら」

「んー、戻る事自体に不満は無いですけど……一応お礼とか言っておきたいから、僕としては一度アリスの家に戻りたいんですが」

「行っても無駄よ。七色の人形遣いは不在だから」

「ほへ?」

「スカーレットデビルからメッセンジャーの真似事を頼まれてね。居場所を聞くついでに伝えておいたのよ」

「伝えたって……何をですか?」

「博麗神社で、‘異変解決’の大宴会を開くらしいわ。ああ、もちろん貴方達も招待されているわよ」

 幽香さんが永遠亭の皆に視線を送りながら、どこか楽しそうに告げる。
 異変解決って……僕の知らない所で何かが始まって終っていたんですかそうですか。
 ううっ、知っていれば僕も参加して――いや、さすがに無理か。異変って幻想郷を揺るがすレベルの問題って話らしいし。

「おかしな話ね。異変解決の宴会開催の知らせを、吸血鬼が発してフラワーマスターが広める? 何かの冗談としか思えないわ」

「あの巫女の前で小細工が出来るはずないでしょう? ただの馬鹿騒ぎよ、コレはね」

 怪訝そうな顔の輝夜さんに、ニヤリと幽香さんは笑って見せる。
 どう見ても信用ならない類の笑みだ。それを意識してやってるんだからタチが悪い。
 しかし、相手も永遠亭で主をやってる『バケモノ』だ。
 輝夜さんは同じ様に妖しい笑みを浮かべて、真っ向から幽香さんに対抗する。
 そしてその余波で戦々恐々とする普通の神経を持った兎二名。いつの世も報われないのは最下層の人物だ。

「まぁ、メッセージは伝えたから後は好きにしなさい。私達は紅魔館に帰るわ」

「――へ? ‘私達は’?」

「あら、さっき言ったじゃない。紅魔館が直ったから晶を迎えに来たって」

「……それじゃあ、その、僕は宴会には」

「呼ばれて無いのに参加する気?」

「へ、へぅう……」

 まさかの「おめぇの席ねーからっ!」である。泣いて良いですか。
 しかも話の流れから判断するに、修繕完了した紅魔館には主が居ない。
 追い出された理由が「ボロボロの紅魔館に客を泊めるわけにはいかない」だったのに、そういうのは有りなのだろうか。
 レミリアさんも、結構考えの読めない人だよなぁ。

「……ふーん、なるほどね。そういう事か」

「姫様?」

「鈴仙、永琳を呼んできなさい。これから‘全員で’博麗神社に向かうわよ」

「へっ? あ、はい! 分かりました!!」

 レイセンさんが、どたばたと駆けながら永遠亭の中に入っていく。
 それを横目で流しながら、輝夜さんは不敵な笑みを浮かべて幽香さんを睨みつける。

「良いわ。今回は特別に‘乗って’あげる。感謝しなさいよ?」

「それは宴会場で直接吸血鬼に言っておきなさいな。私の立場は貴女と一緒、ただの傍観者よ」

「傍観者……ねぇ。私には刈り取り時期を待つ農婦に見えるけど?」

「そこは花が咲くのを待つ令嬢とでもしておきなさいよ。それに……貴女も似たようなものでしょう?」

「失礼な事を言わないで、貴方みたいな戦闘狂と一緒にして欲しくないわ」

「あらゴメンなさい。引きこもりに私の高尚な趣味が理解出来るワケないものね」

「ふふふ、言うじゃない」

「あらあら、当たり前の事を言っただけよ」

 何故か淀んだ空気を放ちまくりながら、二人は笑顔で対峙し続ける。
 良く分からないけど、二人の仲が大層良くない事だけは理解できましたとも。
 話の内容はイマイチ分かんなかったけど、レミリアさんと輝夜さんと幽香さんに何か共通の話題でもあるのかな?
 三人の意外な接点に、僕は思わず感嘆の息を漏らすのだった。



 

 ―――ところでてゐさん、何故貴女は哀れな実験動物を見る目をこちらに向けてくるんでしょうか。


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】

山田「最近我々の出番が少なくて困る。山田です」

死神A「少なくて良いです……死神Aです」

山田「何ですかその投げやりな態度は、山田憤慨しますよ?」

死神A「死神なのに生死の境を彷徨った私の身にもなってくださいよぉ。で、今回は何するんですか?」

山田「今回は、セルフ山田さんとなっております。本編中で未解説だった事項をここで解説しておこうと思います」

死神A「……本編でやればいいのに」

山田「それが無粋だからこっちでやるのですよ。解説内容は、晶君と月の姫の歌のやり取りです」


 晶 :『夕闇は 道たづたづし 月待ちて 行ませ我が背子 その間にも見む』

 輝夜:『月読の 光りに来ませ あしひきの 山きへなりて 遠からなくに』


山田「本編でもちらりと出てましたが、これらの句は万葉集に記載されている歌です」

死神A「万葉集と言うと……日本で一番古い歌集でしたっけ?」

山田「はい。同時に「竹取物語」に関する歌が載っている歌集でもあります。そこらへんのチョイスに晶君のさりげない悪意が込められています」

死神A「悪意……なんですか」

山田「悪意です。ちなみに歌自体の現代語訳は以下の通り」


 晶 :夕闇は、道が暗くて見にくいですね。月が出るのを待ってからお帰りください、あなた様。それまでの間、あなた様を見ていましょう。

 輝夜:月の光をたよりに来てくださいな。山で隔てて遠いというわけではないですから 


山田「本来は前者が愛情を、後者が友愛を謳っている句なのですが、今回は無視してください」

死神A「無視ですか。ならどういう意味に?」

山田「両者の句に入っている「月」が、輝夜姫に対する暗喩になっています。平たく言うとこんな感じです」


 晶 :あれ? かぐや姫の姿が見えないよ? かぐや姫じゃない女の子の姿は見えるけど。しょうがないからかぐや姫出てくるまで女の子見ていようか。

 輝夜:うふふふふ、私はちゃんとここに居るわよ? 目の前に壁でも出来あがってるんじゃないの?


死神A「な、何と言う皮肉の応酬」

山田「状況が状況なら普通に口説き文句なんですがね。機転はあっても色気が無いのが彼の利点です」

死神A「利点っすか……」

山田「以上、本編の流れ上解説するワケにはいかなかった事の解説でした。ではまた次回」

死神A「うわぁ、投げやりだなぁー」

山田「良いんですよ。所詮、作者にそんな高尚なやり取りできるわけが」

死神A「山田様そのメタ発言はダメですよーっ!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[8576] 東方天晶花 巻の五十九点五「まず事実をつかめ。それから思うままに曲解せよ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/03/23 17:54


巻の五十九点五「まず事実をつかめ。それから思うままに曲解せよ」




美鈴「うふふふふ………そんな、ご褒美なんていいんですよー。紅魔館を守るのも直すのも門番の役割ですし~」

美鈴「まぁ、頂けるというなら是非とも頂きますが――」

?「こら、美鈴!」

美鈴「ふぎゃん!?」

?「また居眠りして……言葉だけじゃ足りなかったみたいだね」

美鈴「ち、違いますこれは寝てたんじゃないんです、さ……くやさ……」

?「ナイフだけでも足りない? なら次は、ジャベリンでも頭に刺してみようか」

美鈴「あの――何をしてるんですか、晶さん?」

晶「不届きな怠け者に鉄槌を下してたんだけど、何か問題が?」

美鈴「問題というか何と言うか……その、それは咲夜さんの役割じゃないですか」

晶「………まだ寝ぼけてる? 美鈴の監視は、副メイド長たる僕が引き継いだじゃん」

美鈴「あぇ?」

晶「こっちは咲夜さんから、他にも紅魔館の仕事を三分の一も任されてるんだからさ。負担を減らす意味でも、しっかりしてよ先輩」

美鈴「え? え? ……副メイド長?」

晶「指をさすとは何と失礼な。喧嘩売ってる?」

美鈴「まったまたぁー、その冗談は面白くないですよー?」

晶「――――時よ止まれ」


 ~しばらくの間、お前に相応しい殺し方をお楽しみください~
 

晶「目、覚めた?」

美鈴「……実は晶さんの皮を被った咲夜さんじゃないですよね」

晶「半径二十メートルアイシクルスプラッシュでもお見舞いしようか」

美鈴「間違いなく晶さんですねっ! 何故かドS成分が増してますけどっ!!」

晶「美鈴、大丈夫? 主に頭が」

美鈴「自分自身、自信が無くなってきました」

晶「やっぱり刺すべきかな……」

美鈴「お願いですから、その殺意溢れる目を引っ込めてくださいよぉ!」

晶「まぁいいや。他に仕事あるし、とっとと用件を片付けちゃおう」

美鈴「あれ、何か御用ですか?」

晶「うん―――ちょっとオシオキを、ね?」

美鈴「(ゾクッ)お、おしおき?」

晶「美鈴、また、あの黒白の侵入を、許しちゃい、ました、ね?」

美鈴「え゛っ? いやその、ちょっとそれは身に覚えが無いと申しますか……」

晶「ほほぉ……つまり、記憶が無いほど深い眠りだったと」

美鈴「そ、それは―――そんな事より、黒白が侵入してきたのなら早く追い出さないとっ!」

晶「もう僕が追い払ったから大丈夫」

美鈴「さ、左様ですか」

美鈴「(そんなあっさりと……この晶さん、ひょっとして超強い?)」

晶「さて、今の誤魔化しも含めると、今回の罰は随分と重たいモノになりそうだね」

美鈴「……へ?」

晶「てめーの敗因はたったひとつだぜ、美鈴。たったひとつのシンプルな答えだ」

美鈴「私が貴方を怒らせたからですか?」

晶「YES,I AM!」

美鈴「…………何かさっきから、キャラの方向性がおかしくありません?」

晶「Exactly(そのとおりでございます)」

美鈴「ええっ!? 最後にダービー弟って――」



 ―――――――魔槍「スピア・ザ・ゲイボルク」



美鈴「ぎゃーっ!? か、勘弁して下さいよ―――って、夢!?」

美鈴「変な夢だったなぁ。……凄いギリギリな発言をしたような気もするし」

小悪魔「美鈴さーん、お茶をお持ちしましたよー」

美鈴「あ、こぁちゃん。ありがとー」

小悪魔「……どうしたんですか美鈴さん、凄い汗じゃないですか?」

美鈴「あはははは、実はちょっと怖い夢を見ちゃってね」

小悪魔「あらら、どんな夢だったんですか?」

美鈴「晶さんが紅魔館で働いてる夢だったんだけど……その中で、下克上されちゃってね(役職的な意味で)」

小悪魔「下克上された!?(BL用語的な意味で)」

美鈴「そうそう、夢なのにトンデモなく生々しい光景で――はぁ、溜まってるのかなぁ(ストレスが)」

小悪魔「た、溜まってるんですか(性的なモノが)」

美鈴「うん。晶さんが来てから、事あるごとに比較されちゃうの。それが結構きつくて……」

小悪魔「確かに……呑気そうに見えますけど、あれで結構仕事の出来る人なんですよね、意外な事に」

美鈴「そうそう、そのへんの焦りとかが、夢になって出てきたのかもしれないなー」

小悪魔「(新米でありながらどんどん手柄を立てて昇進していく晶さん。先輩である美鈴さんは、そんな晶さんに追いつかれまいと必死に頑張るのだけど)」

小悪魔「(相手の方が一枚上手で、何をやっても上手くいかない。それどころか、ミスを盾にされ脅されてしまう羽目に――)」


 妄想晶『ふふふ……美鈴先輩。ついに貴方を手に入れる時が来ました』

 妄想美鈴『や、止めて、ください。こんな事、ダメです』

 妄想晶『今更お預けは無しですよ先輩。僕はこの時を、ずっと待っていたんですから……』


小悪魔「(あきめー、そんなものもあったのか! ――しかし)」

小悪魔「それはいけませんね、美鈴さん」

美鈴「うん。紅魔館も直った事だし、ちょっとお休みでも貰って自分を磨いた方が……」

小悪魔「何を言ってるんですか! そんな弱気な事、言ってはダメですっ!!」

美鈴「へっ?」

小悪魔「確かにそれはそれで素晴らしいですが、晶さんは基本的に受けですっ! 周りに集まる面子を見れば分かりますっ!!」

美鈴「(受け? ……受け身って事かな。言われてみると晶さん、わりと受動的だし)」

小悪魔「美鈴さんのお気持ち(あきめー的展開希望)は大変良く分かりましたが、やはり主導なるのは美鈴さんで無いとっ!」

美鈴「こぁちゃん。――うん、そうだね」

美鈴「(いつのまにか心が狭くなってたのかもしれない。友人が成長したのなら、喜んであげなきゃいけないのに)」

美鈴「(能力の使い方を教えてあげるって約束もしたんだし、面倒は最後まで見てあげないと)」

美鈴「私の気持ち(追い抜かれる展開否定)なんかで、晶さんの未来を狭めちゃダメだよね」

小悪魔「はい。晶さんの(カップリングの)未来は無限大なんですっ!」

美鈴「ありがとう、こぁちゃん。よーしっ、私もがんばっちゃうぞーっ!!」

小悪魔「(ああ、紅魔館の愛憎ドロドロ劇場に新たなる参加者が。早く戻って小説を書きなおさないとっ)」

美鈴「あ、二人とも帰ってきたみたい。……よしっ」

晶「ただいまー。そして久しぶり、美鈴に小悪魔さん」

美鈴「おかえりなさい、お二人とも! そして晶さん、いきなりですが組手やりましょう!!」

晶「……ほへ?」

幽香「あらあら、何だか張り切ってるみたいね。うふふ」

小悪魔「(早速アプローチですかっ! もう美鈴さんの積極さに乙女汁が止まりませんよっ!!)」

美鈴「(だけどそう簡単には追い抜かせませんよ、晶さん! 私にだって意地はあるんです)」

小悪魔「(これはもう眼が離せませんね! じっくりばっちり観察しないとっ)」

晶「……幽香さん。何か、小悪魔さんと美鈴が変です」

幽香「いつもの事よ。無視しなさい」

晶「(良く分からないけど不憫過ぎる……)」





パチュリー「あの子、お茶を届ける事にどれだけ時間かけてるのかしら。私も頂戴って言ったのに……後でオシオキが必要ね」
 

 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】

山田「番外編でも気にせず参上! 皆の裁判官ザナドゥですっ」

死神A「……もうツッコミませんよ。死神Aです」

山田「最近、死神Aの反応が淡白になってきました。山田超ションボリです」

死神A「(誰のせいだと思ってるんですか、この人は)」

山田「ではでは、早速今回の質問に参りましょうか」


 Q:ちなみに化け物のレベルというか度合いは天晶花だとどんな格付けになるのか教えて!山田さん!


山田「強さランキングは、色々揉めるのであまりやりたくは無いのですが……」

死神A「この質問だと、大雑把な仕分け具合が知りたいだけなので問題ないのでは?」

山田「そうですね。では、ニート姫が提案した『バケモノ』という単語を基準に、バケモノ、準バケモノ、普通、ザコの四区分けで格付けしてみましょう」

死神A「……ザコは酷くないですか?」

山田「他に相応しい呼称を思いつかなかったんです。一般人でも良かったんですけど、多少は戦闘能力無いと区分けしにくいので」

死神A「仕方ないですかねぇ……では、天晶花格付けチェック登場してるキャラのみ版、どーぞー」


 ―――バケモノ級―――
 八雲紫 山田 レミリア・スカーレット 風見幽香
 射命丸文 十六夜咲夜 八意永琳 蓬莱山輝夜 藤原妹紅
 アリス・マーガトロイド パチュリー・ノーレッジ
 キモけーね 
 
 ―――準バケモノ級―――
 久遠晶 鈴仙・優曇華院・因幡 紅美鈴 
 上白沢慧音 死神A

 ―――普通級―――
 河城にとり メディスン・メランコリー 
 因幡てゐ チルノ

 ―――ザコ級―――
 小悪魔 大妖精 稗田阿求 


死神A「……バケモノ多いなぁ」

山田「幻想郷だから仕方ありません。ついでに言うと超大雑把な区分けなので、同じ級に居ても実力が違う場合があります」

死神A「まぁ、幾ら名無しボス連中でも、稗田の人と同じ実力ってのはありえませんからねぇ」

山田「あくまで目安です。本編をやってれば誰でも分かる事ですが、弾幕ごっこルールなら普通だろうとバケモノ相手にも勝てますし」

死神A「つーか、さりげなく主人公が準バケモノ級の位置に居るんですが」

山田「あれで普通の位置に居たらおかしいでしょう」

死神A「あたい……いつの間にか並ばれてたのか。怖いなぁ」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[8576] 東方天晶花 巻の六十「活動的な馬鹿より恐ろしいものはない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/03/30 01:46


巻の六十「活動的な馬鹿より恐ろしいものはない」




「ちょいやさーっ!」

「なんのっ!」

 拳が交差する。
 打点のブレた互いの一撃は頬を掠り、虚空へと打ち出された。
 僕は目の前の相手――美鈴と視線を一瞬交わし、大きく距離をとる。

「よもやこれほど腕を上げていたとは……晶さんの成長度合いには本当ビックリです」

「ふっふっふ、自慢じゃないけど『気を使う程度の能力』に頼る頻度は相当数あったからね」

「それ、本当に自慢じゃありませんよね?」

「振り返させないで! 涙が止まらなくなるからっ!!」

「うわぁ、晶さんだぁ……成長しても間違いなく変わって無い晶さんだぁ」

 うるさいやい、余計な御世話だ。
 何故か嬉しそうな美鈴を軽く笑顔で威嚇しつつ、僕は少し前のめりの姿勢になる。
 今度は、両手両足に冷気を含ませた風を纏わせて突撃してやる。
 名付けて風神拳! ――って前もやったじゃんコレ。しかも相手同じで。
 しかし以前のフェイク技と違い、今回の風神拳はきちんと猛威を振るう仕様となっておりますヨ?
 さぁ美鈴! 属性異常攻撃デフォルト持ちの恐ろしさを存分に味わうと良い!!

「厄介な技を持ちだしてきましたね……ですが、それだけで優位に立ったと思わない方が良いですよ!」

「まぁ、‘これだけ’ならね」

「へっ!?」

 さらに、僕は銀の棒を展開させる。
 手に巻きついていた冷気の風は、そのまま棒に纏わりつき武器を強化した。

「どうだ! 名付けて、氷華風装!!」

「何だかちょっと痛々しいネーミングですね」

「う、うぐぅ」

「それはまぁそれとして……何ですか、その武器は?」

 さらりと人の心を抉りつつ、構えを解いて興味深げに棒を覗きこむ美鈴。
 そういや、昨日の組手は動きの確認みたいなものだったから、こういうのは一切使ってなかったんだっけ。
 ―――紅魔館に帰還してから二日目の朝。未だ主の帰らぬ吸血鬼の館で、僕と美鈴は再び組手を行っていた。
 何故か彼女が張り切っているのが謎だけど、この‘おさらい’はとてもありがたいので問題ない。
 
「この前、永遠亭に行った時に貰ったんだ。見た目はわりと普通だけど、これで意外と汎用性は高いんだよ?」

「なるほど……で、何て名前なんですか?」

「はへ?」

「名前ですよ。見た所かなり上等な武器みたいですし、さぞや立派な名前が――」

「あー、そういや棒としか呼んでなかったねー」

「ありゃりゃ、そうなんですか」

 渡された時に名前を聞かなかったから仕方が無いんだけど、見た目通り「棒」と呼び続けるのはちょっと抵抗がある。
 鎧の方も「魔法の鎧」としか呼んでないワケだし、良い機会だから両方共に名前を付けておこうか。
 
「ふむ、「シルバー・クリスタル・ブレスト」と「水晶銀甲坤」ってのはどうだろう」

「いきなり何を言ってるのか分からないんですけど……晶さんがお嬢様と仲の良い理由が何となく分かるネーミングですね」

「いやいや、レミリアさん程のカッコイイセンスは僕にはまだ無いって」

 しかしイマイチでしたか。確かに、ちょっと呼びにくいかなぁとは思っていたんですよ。
 一々「水晶銀甲坤展開!」みたいな事を言って回るのは――イカすとは思うけどさすがに疲れるからね。
 もうちょっと短くて、小粋な呼び方は無いかなぁ……うーん。
 
「……とりあえず、しばらくは『魔法の鎧』と『ロッド』と呼ぶ事にします」
 
「何の事だかさっぱり分かりませんが、シンプルで良いと思いますよ?」

 結局、何も思いつかなかった。肝心な所で何も出てこない自らの浅い知識力が泣ける。
 いーもん! いつかこう、確固たる実力を手に入れた時に、その力に括ったエスプリの効いた名前を付けてやるんだもん!
 それまで待っててね! 僕の頼れる装備品達!!
 ……あれ? 今、心なしかロッドの輝きが鈍くなったような。

「気のせいかな。まぁとりあえず、続きやりましょうか」

「そうですね。それじゃあ、どうぞ遠慮なくかかってきてください」

「ではお言葉に甘えて。―――先制マスタースパァーク!」

「ほ、本当に遠慮が無いですぅ!?」

 ちなみに、組手と名は付いていますが基本的には弾幕ごっこです。
 永遠亭の時とは違い、負けても問題ないので伸び伸びと戦う事が出来るのが嬉しいなぁ。

「そぉーれっ、氷華風装を解除してさらにダイヤモンドリッパーを射出っ! 不意打ち上等でガンスっ!!」

「うわぁ! 避けたと思ったら今度は氷でできたおっきい手裏剣!?」

「追撃で風刃下段撃ち! 足止めしちゃうぜ―っ」

「しかも風で脚が取られた!?」

「どっせい、トドメとばかりに、不安定な姿勢の美鈴へアグニシャインじゃーっ」

「タチ悪っ!? この人夢とは別の方向性で強くなってる!?」

 ええ、伸び伸びと負けても良い気持ちで戦ってますよ? ちゃんと。
 とは言えさすがに相手もベテランの門番。不利な弾幕ごっこで毎回戦ってきただけの事はある。
 美鈴は震脚で足に纏わりついた風を振り払い、そのままの勢いでアグニシャインを蹴散らしながら突貫してきた。
 うわぁ、何と言う強引な突破法を――って、これ僕も四季面でやったっけ。
 やられてみると怖さが分かる。力押しは下手な小細工なんて通用しないからなぁ。

「しかし、遠距離攻撃に力を割き過ぎましたね! 同じ能力しか使えない状況なら、私の方が圧倒的に有利!!」

「―――えい、狂気の魔眼」

「甘いっ! 拳法使いがそんな雑な目線で狂うと思わない事ですっ!!」

「拳法使いすげぇーっ!?」

 しまった。気を使う能力の気と狂気を操る能力の波長は、同じ様なノリで操れるんだった。
 こっちの魔眼はまだまだ未熟な上に、相手は気の扱いに長けた熟練者。さすがに幻覚を仕掛けるのは無理があったか。

「とりゃあ! 必殺、さりげなく狂気の魔眼が使える事にビックリしちゃったよパンチっ!!」

「それは感想ですねげふぅっ!?」

 そのまま、加速した一撃を綺麗に叩きこまれてしまった。
 ううっ、さすがに避け専念してなきゃ美鈴の一撃を裁く事は難しいか。
 僕は三十メートルほど吹っ飛ばされ、地面との懐かしくも土臭い逢瀬を再び重ねるのだった。
 
「ばぶばべーびん、びぼぶびばばべばばべばべんべ」

「えーっと……『さすが美鈴、一筋縄では勝てませんね』ですか?」

「ヴぁい」

「そう言われると照れますねー。でも晶さんも相当強くなってますよ? 追いつかれる日もそう遠くは無いかもしれません」

「べべばぶべー」

「照れなくって良いんですよ、本当の事ですし」

「……貴方達の会話を聞いていると、脳が蕩けてくる気がするわね」

 僕達が通訳必須の会話を交わしていると、聞きなれた声が割って入ってくる。
 若干の呆れを含んだその声の主は、四季のフラワーマスターであり僕のご主人様でもある幽香さんだ。

「幽香さん、お早うございます」

「ぼばぼぶぼばびばぶ」

「とりあえず晶は、いい加減顔を引き上げなさい」

「ヴぁーい」

 顔を上げ、微妙についた土を払う。
 結構派手に一撃を喰らったはずなのに、ダメージの方は思ったよりも少なめだ。
 まぁ、それは美鈴も同様だけど。……気を使う程度の能力持ちは本当にタフになるなぁ。
 
「ところで幽香さん、何か御用ですか? 朝のお仕事ならもう終わりましたけど……」

「暇だから顔を出しただけよ。修繕が終わったら本格的にやる事が無くてね」

「ううっ、すいません。客人ももてなせないダメ門番で」

 ……門番に接客しろって言うのは、ちょっとばかり無理があるんじゃないだろうか。
 内心そう思いながら、僕は美鈴の言葉に苦笑する。
 レミリアさんが宴会に行ってからすでに日を跨いでいるのだが、紅魔館の主が帰宅する様子は一切無い。
 昔の王侯貴族は一週間ぶっ続けで宴会したって話だけど、レミリアさんも実はそういう事するタイプの貴族なのかなぁ。
 神社で? さすがにそれは無いか。

「まぁ、もてなす立場の吸血鬼達が居ないのは」

「ほへ?」

「――事情が事情だから、仕方ないと思うけどね」

「じ、事情ですか」

 それを何故、僕の目を見つめながら言うのでしょうか?
 あと、部外者の方が事情知ってるってんで、美鈴がガチ凹みしてるんですが。
  
「……こちらからも、少し干渉すべきかもしれないわね」

「幽香さん?」

 頬に手を当てて、何やらブツブツ言ってる幽香さん。
 何だろう、不思議とその姿を見ていると背筋が寒くなってくる気がする。
 はは、気のせいだよね。うん。
 その証拠に、顔を上げた幽香さんの顔には満面の笑みが浮かんでいる。
 ええい、気のせいだから止まれよ僕の膝小僧!

「ねぇ美鈴、しばらく私と門番の役目を変わらない?」

「ええっ!? ど、どうしたんですか急に」

「単なる暇つぶしよ。同じのんびりするなら、襲撃される可能性のある門番をやってる方がまだマシじゃない」

「……普通は逆だと思うんですが」

 さすがは幽香さん、戦場の空気のみが己を酔わせてくれるワケですね。とても漢らしいです。
 幽香さんは唖然とした様子の僕等を気にする事も無く、そのまま笑顔で言葉を続けた。

「その間、貴女は晶の面倒を見てあげなさい。晶も、吸血鬼が帰ってくるまで館ですし詰めは辛いでしょう?」

「まだ二日目ですから辛い事は特にありませんけど……そうですね、強いて言うなら」

「強いて言うなら?」

「ちょっと紅魔館の中を探検してみたいですね」

「―――そう」

 前々から気になってたんだよね、この中身が異常に広い館の全容。
 色々と屋敷の仕事も任されてるから、それなりに構造自体は把握してるんだけど。
 逆に、行かない所にはとことん行かないからなぁ。
 不思議大好き晶君としては、そういう攻略済みダンジョンのマップが百パーセントになってないような事態は許容出来ないのですよ。
 あ、不思議大好きと全然関係無い例えでしたね。ゴメンナサイ。
 ……ところで僕の発言後、幽香さんの笑みが最高潮と言わんばかりに輝きだしたのは何故なんでしょうか。

「ほら、晶もこう言ってるわよ」

「むぅ……確かに、幽香さんになら門番を任せても問題は……それに晶さんはお嬢様のお気に入りですし、要望には応えた方が……」

 幽香さんに話を振られ、困ったように唸る美鈴。
 門番の任と僕等へのもてなし、その両方を天秤にかけて迷っているようだ。
 それにしても、美鈴の幽香さんへの信頼度の高さにちょっとビックリ。
 門番任せても良いと思ってるなんて……やっぱ、同じ仕事をやり遂げたって共通点は大きいんだなぁ。

「―――分かりました! 私も紅魔館の一員として、お二人をもてなす覚悟があります!!」

「そんな大袈裟な」

「この紅美鈴。門番の役職を一時的に幽香さんへ譲り、紅魔館の案内役となろうではありませんかっ!」

「……そんな大袈裟なんだ」

「意外とプライドがあるのよ、あれでもね」

 普段居眠りしている姿からは想像もつかないけど、美鈴は確固たる信念を持って仕事に望んでいるのかもしれない。
 ……そのわりには、良くサボってる気がしないでもないですが。
 しかし幽香さんがこう言っているのだ。きっと、そんな腑抜けた態度の裏で血の滲むような努力を――。
 
「それじゃあ早速、門番は幽香さんに任せてゆっくり紅魔館観光と参りましょうか。えへへー、お仕事なら仕方ないですよねー」

 努力、してるの?
 ウキウキしている様にしか見えない美鈴の姿に、僕は頷きかけた首を傾げるのだった。










 紅魔館のロビー。丁度玄関に当たる部分で、僕と美鈴は対峙していた。
 ……自慢げに胸を張るのは良いけど、その行為であるパーツが強調される事をちょっとは気にして欲しい。
 ただでさえ、身長の関係でそっちの方に目が行ってしまうと言うのに。
 いや、別にやましい気持ちとかは――ゴメンナサイ、邪な考えを捨てきれないでゴメンナサイ。

「こーら、ちゃんとお話を聞いてくれないと困りますよー」

「ひゃ、ひゃいっ。わかりましたっ!」

「うんうん、素直なのは良い事です」

 そんなこっちの葛藤にも一切気付かず、美鈴は楽しそうにお姉さんぶっていた。
 彼女の立ち位置を考えると、浮かれる気持ちは分からないでもない。
 分からないでもないけど出来るだけ控えてください。貴女のその仕草は、僕の精神衛生上非常によろしくないです。
 
「じゃあ、後は移動しながら説明しますね。大雑把な部分は晶さんも良く知ってるでしょう?」

「あ、はい。そうしてください」

 移動のため美鈴が背を向けてくれたおかげで、僕はようやく一息つく事が出来た。
 でもまだちょっと心臓に悪いので、出来るだけ彼女の姿は視界の中に収めない様にしておこう。
 
「まぁ、今更晶さんに説明するのもアレですけど、一応注意しておきます」

 それにしても……改めて見直すとシミジミ思う。紅魔館ってやっぱり変な所だよなぁ。
 一目見ただけでも分かるほど、目の前の廊下の長さと外観の長さは明らかに噛み合っていない。
 当然、廊下に面した部屋の数も有り得ない事になっている。
 一部屋六畳計算で考えても、ここ一面だけであっさりと外見面積を越えてしまう事だろう。
 どこの四次元ポケットだここは、と思わず言いたくなる光景である。
 
「まず始めに。紅魔館は危険な所が多い屋敷なので、絶対に私から離れないでください」

 聞いた話だが、この驚異の拡張をやってのけたのは咲夜さんの能力であるらしい。 
 突然消えたり現れたり、さらにはナイフを止めたり出来る上、家の拡張も出来るとか……何でもありにも程があるでしょうメイド長。
 と言うか、あの人の能力って結局どんなものなんだろう。
 かなりトンデモな能力だって事は何となく想像出来るけど、現状分かるのはそれだけだからなぁ。

「あと、残念ながら地下で案内できるのは大図書館だけになります。他は――ちょっと事情があって見せられないんですよ」

 と言うか、上記の共通点って何さ。どれもこれも共通点があるようには見えませんよ?
 強いて言うなら、全部の現象で空間に干渉しているような気は……。
 まさか、空間を操る程度の能力? さすがにそれは勘弁して欲しいっす。反則過ぎます。

「ただ、以上の点を守ってもらえれば他は特に――って、晶さん?」

 やっぱ今度本人に聞いてみるべきかな?
 でも、下手に質問するとナイフで串刺しの刑が待っていそうな気がして怖い。
 どうしてくれようかこのジレンマは。
 ちょっと遠回りして、主であるレミリアさんに尋ねるってのも一つの手だけど……。

「うわぁ、説明してる間に居なくなってる!? 晶さぁーん!?」

「ほへ?」

 おや、そういえばここはどこだろうか。
 考え事しながらウロウロしていたら、いつの間にやら見慣れない所に。
 わりと清潔なイメージのある紅魔館にしては珍しく、ちょっと小汚い上にジメジメした場所だ。
 それに何より、蝋燭の光源が無いと何も見えないくらいに暗い。
 僕は視力が強化されてるから平気だけど、ここってひょっとして地下なのかな?
 同じ地下でも、パチュリーの居る大図書館とはえらい違いだ。

「しかし、いつのまに地下に来たのさ、めいり……」

 あれれー? おかしいな、中国娘さんの姿がどこにも見えないぞー?
 これは所謂迷子って状況なんですかね。
 まったくもう、美鈴さんったらだらしないな――って、迷ったのはどう考えても僕ですよね、はい。
 
「……どうしたもんかなぁ」

 帰ろうにも、そもそもどこから来たのかが分からない。
 遭難時のセオリーを考えると、大人しくしているのが正しい対処法なんだろうけど。
 実を言うと、溢れんばかりの冒険心がわりとウズウズしているんですよ。
 この何かありますよと言わんばかりの素っ気ない廊下――僕何だかワクワクしてきた!
 
『ケケケ、構う事はねぇよ。好き勝手にうろついちまえ!』

「あ、こういう時に有りがちな悪い心の囁き!」

 でも、言う事は僕の欲求に正しくそっているので特に反対する気は無い。
 そうだよねー。元々そういうつもりだったんだし、一人で冒険するのだって有りだよねー。

『えっ、ちょい待てよ。せ、せめて良心の囁きぐらい待ったらどうだ?』

「どうせ悪い心に同意して、「僕の心に良心はいないのかいっ!」ってオチになるから遠慮します」

『言いきるなよ! ちょっとは自分の中の善の心を信じたらどうだっ!?』

「ほら、僕って両親居ないじゃん。だから良心もいない。なーんちゃってー」

『その冗談は重すぎるわっ! とにかく、今はまだ即決をさけてこの場に残ってだな』

「さーて出発!」

『聞けやぁぁぁぁぁああああっ!!』

 悪魔の囁きを無視し、謎の廊下を進む事にした冒険隊。
 はたしてそこに待ちうけるモノは何か!
 BGMは某秘境を旅する探検隊でお願いします!!

「……って、もう行き止まりについちゃった」

 ざんねんわたしのぼうけんは――ってこれは最初の頃にやったなぁ。
 行き止まりの壁には、この廊下に不釣り合いなほど高級な木製の扉がポツンと取りつけられている。
 ううむ、これでもうこの地下迷宮は終わりなのかな。
 だとしたら幾らなんでも早すぎる。せめて、分かれ道の一つや二つ有っても良いんじゃないだろうか。
 後は罠とか。地下なんだから落ちてくる岩とか剣山付き落とし穴とかの、侵入者撃退用トラップがあるべきじゃない?
 ……さすがに無いか。迷宮ならともかく、館の地下じゃ防犯としてイマイチだもんねぇ。

「はぁ、残念」

 落胆の溜息を漏らしつつ、僕は目の前の扉を開く。
 ――あ、そういえば、この先に何があるのか全然調べて無かった。
 今更ながらその事に思い当たり、僕は身体を強張らせる。
 扉の向こう側は、そこが地下である事を忘れてしまうほど煌びやかな部屋だった。
 天井から吊り下げられている豪華なシャンデリア。それが邪魔にならない程広大な規模の部屋。
 その中央に置かれた、僕が六人は寝転がれそうな巨大なベット。
 
「……ナニコレ」

 王侯貴族の部屋、と言われても信じてしまう程の凄い部屋だ。
 強いて言うなら物が少なすぎる気がするけど、過剰な装飾のおかげで全然気にならない。
 そしてその中央には、ポツンと女の子座りしてこちらを見上げる少女の姿が。
 金色の髪を右側だけ結った少女の背中には、何故か天井にあるシャンデリアの様な飾りがぶら下がっていた。

「えーっと、どちらさまで?」

「それ、フランの台詞だと思うんだけど……」

 謎の少女は、僕の問いかけに困ったように首を傾げる。
 その姿はかなり愛らしいのだけど、僕の危機感知センサーは荒れ狂う暴風の如く警報を発していた。

 



 ――――良く分からないけど、どうやらトラブルの匂いがするのは確かみたいだね。

 



[8576] 東方天晶花 巻の六十一「行動するためには、いかに多くの事に無知でなければならぬ事か」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/04/13 09:44

巻の六十一「行動するためには、いかに多くの事に無知でなければならぬ事か」




 目の前に現れた謎の少女。
 彼女は果たして、敵なのか味方なのか。

「だからそれ、私が言う台詞じゃないの?」

「じゃあ譲ろうか、はいどうぞ」

「ありがと。こほん―――貴方はだぁれ?」

「はい! 久遠晶十七歳、通りすがりの迷子ですっ!!」

 改めて口にすると、己のマヌケさ具合が良く分かるなぁ。
 こんな地下深くに偶然迷い込むって、どれくらい有り得ない事なんだろう。
 ひょっとしたら僕、変な神様の加護でも受けているのかもしれない。
 トラブルとかコメディとか、何かそこらへんを司ってる感じの。

「へー、貴方迷子なんだ。私迷子って始めて見た!」

「ふっふっふ、そう褒め称えられると照れちゃうね。なんだったら握手しようか?」

「うんっ!」

 ……ボケたら更なるボケを返された。恥を隠そうとしただけに、凄く反応に困る。
 シャンデリアっぽい何かを背負った少女は、心の底から溢れ出ているかのような笑みを浮かべ手を差し出してきた。
 そのまま、期待するような目でじっとこちらを見上げてくる金髪の少女。
 え? ボケじゃなくてマジなの?
 その視線の威圧に負け、僕は何故か迷子代表として握手する羽目になってしまった。

「ところで、これ何の意味があるの?」

 しかもそれを、握ってから聞いてきますか。
 単に勢いで言っただけなんだけど、そう言われると何か理由を捏造したくなる。
 僕は数瞬考え込み、限りなく嘘っぽい理由を敢えて口にした。

「――君も迷子になれる、とか」

「本当にっ!?」

「いやその、ひょっとしたら、多分」

「……なーんだ、つまんないの」

 お嬢さん、どれだけ迷子に憧れを抱いているのですか。
 本気で残念そうにそんな事を呟く、色んな意味で底の知れない謎の少女。
 容赦なく畳みかけてくる彼女の言動は、最早ボケの不法投棄と言っても過言ではない。
 垂れ流しはほんと勘弁して下さい、マジで。
 握った手を上下させながら、僕はこっそりと溜息を吐く。
 そんな僕の様子にこれっぽっちも気付かない少女は、ご機嫌な笑顔を浮かべたままポツリと呟いた。
 
「じゃあ、もう用は無いから殺しちゃうね?」

 それは本当に何気なく、新しい話題でも提供するかのようにあっさりと少女の口から漏れ出た言葉だった。
 今まで握手に使われていた手はゆっくりと僕の顔に向けられ、そのまま閉じられようと――。

「――アレ、いない?」

「あ、危なかった………」

 手が握られる僅かな合間で、僕は天井のシャンデリアにぶら下がっていた。
 言い方が他人事になってるのは、身体の方が勝手に動いてくれたからだ。
 僕の頭がこのままじゃヤバいと判断を下す前に、身体は反射で動いてくれたらしい。
 ありがたい事だ。あのまま彼女の前に立っていたら――僕は間違いなく死んでいただろう。

「わぁ、すごぉーいっ! こんなに早く動ける人間、始めてかもっ!!」

「は、ははは、意外と何とかなるものデスね」

「ねぇねぇ、そんな所で遊んでないで降りてきてよ! もっと色々お話ししよう?」

 いや、命のかかった遊びをするほど娯楽に飢えてませんから。
 と言うかここに退避したのは、あからさまにヤバい事を始めた貴女のせいなんですよ?
 そんなこちらの無言の抗議も気にせず、テンションを上げてはしゃぎまくる少女。
 え、ボケどころか殺意も垂れ流すだけ垂れ流して無視ですか? 
 さすがに唖然とする他ない。せめて、今の行動に対して何かしらの説明が欲しい所なんですが。
 この際「ムシャクシャしてやった、反省も後悔もしてない」的なモノで良いからさ。

「ほら、早く早くっ!」

 少女はベッドの上に座り、ポンポンと楽しそうに布団部分を叩く。
 ああ、説明するつもりは皆無なワケですね。分かりました。
 何かを諦めた僕は、彼女の誘導に従いベッドの上へと着陸する。
 そんな僕に無邪気な拍手を送る謎の少女。本当に敵なのか味方なのか分からない。

「どんなお話しようかな。うーんと、えーっと」

「お話も良いけど、その前に一つ聞かせて貰って良い?」

「なにっ!?」

 うっ、なんと言う穢れの無い瞳。
 こんな純粋な態度で構えられると、さっきの行動の理由を尋ねにくくなってしまう。
 僕は被害者のはずなのになぁ。世の中って理不尽。

「その……貴女のお名前なんてーの?」

 結局逃げに走ってしまった僕。チキンと罵られても文句は言えない。
 でもしょうがないんです。良く分からないけど、今なんか尋ねる事で変なフラグが立つ気がしたんですよ。
 
「私? 私はフラン、フランドール・スカーレット!」

「へぇー、フランドール・スカーレット。何とも素敵なお名前で―――スカーレット?」

 はて、その吸血鬼っぽい名字はどこかで聞いた事あるなぁ。
 そういえば彼女の格好。被ってる帽子といい、服のデザインといい、どこぞの吸血鬼に通じるモノがあるような気がする。
 と言うか背中のシャンデリアっぽいアレ、実は羽根なんじゃないの?
 
「あのースイマセン。ちょっとお尋ね致しますが、フランドールさんってレミリアさんと如何なるご関係で?」

「私の事はフランで良いよ! 貴方は、お姉様の知り合いなの?」

「知り合いと言うか……紅魔館の客人兼メイド見習いって所ですかね」

 うん、だと思ったよ。
 謎の少女――フランドール・スカーレットは、さらっと重大な事実をぶっちゃけてくれた。
 ……あの人、妹が居たんだ。そんな話聞かなかったから全然知らなかった。
 しかし何でまた、その妹さんがこんな地下深くに居るんだろうか。

「そうなんだ! じゃあ、ええと――あきら? はここに住んでるの?」

「まぁ、色々あってお世話になってます」

 しかもこの様子だと地上、つまり紅魔館の状況は全然知らないと。
 さっきの態度といい、何か複雑な事情がありそうだなぁ。どうしたもんだろう。
 彼女――フランちゃんは僕の言葉に、何度も興味深げに頷いている。
 何がそんなに興味深いのかは良く分からない。この子の思考ルーチンはちょっと難解過ぎて想像出来ないのだ。
 ただ、気のせいか微妙にイヤな予感がする。根拠は全くないけど。

「お姉様、あきらの事すっごく気に入ってるんだね。へぇー」

「うーん……気に入られてるのかな? 玩具扱いされてる気もするけど」

「ねぇ、あきら」

「ん、なに?」

「――綺麗な眼だね。私に頂戴?」

 迷わず壁際に移動しました。マジだ、眼がマジ過ぎる。
 冷や汗を流す僕に、フランちゃんは笑みを浮かべて近づいてくる。
 ただし眼は笑っていない。ヤバい、これはマジで抉られる。
 
「フ、フランちゃん! ちょっと僕の目を見てっ!」

「ふふっ、見てるよ。――ところであきら、壁に寄り添って何してるの?」

「あはははは、強いて言うなら……命がけの説得工作かな」

 ほ、本格的に危なかった。ありがとう狂気の魔眼、こんな使い方ばっかりでゴメンナサイ狂気の魔眼。
 僕の魔眼で波長を弄られた彼女は、無事殺意を引っ込めてくれたようだ。
 ……それにしても妙だなぁ。フランちゃんの波長、派手に乱れていた割に凄い弄りやすかった気がする。
 前に弄ったのがメンタル強そうなアリスだったからかもしれないけど、まるで普段から‘乱れ慣れている’様な……。

「ねぇねぇ、破裂した人間の身体ってザクロに似てるって本当?」

「フランちゃん僕とオメメ見てお話しましょうかっ!!」

 とりあえず、考え事している場合ではないと思いましたっ!
 深い意味が無いとしても、今の台詞は超怖い。
 深い意味があったとしたら尚更怖い。どっちにしろ彼女には、もう少し落ち着いてもらわないと。
 
「お話……でも私、そんなにお話する事無いよ?」

「何をおっしゃいますやら。話の内容なんてものは、その場の空気に合っていれば何でも良いんですともさ」

「どういう事?」

「んー、つまりだねー」

 僕はあくまでフランちゃんの目を見つめながら、そっと彼女の髪を梳いてみせる。
 蜂蜜を糸にしたような透明で艶めいたフランちゃんの髪は、想像以上に抵抗せず指の合間を滑って行った。

「フランちゃんの髪がとっても綺麗だとか、そんな簡単な内容を話すだけでもお話になるってこと」

「……私の髪、綺麗なの?」

「うん、ずっと梳いていたいくらい」

「なら私の髪、好きなだけ触っても良いよ!」

「うん、ありがとう」

 満足そうな顔で微笑み、フランちゃんは僕の手櫛に身体を委ねる。
 何とも心温まるやり取りだけど……これ、お話してるワケじゃないよね。
 いや、当初の目的を考えると成功なのかもしれないけど。
 まぁ良いか、気にしない気にしない。

「あきらの手……気持ち良いね」

「ん、そうかな?」

「良いなぁ。欲しいなぁ、この手」

「……おてては、単体だと動きませんじょ?」

「そっかぁ、残念だね」

「あはははは、残念残念」

 き、気にしない。気にしないようにしないとね。
 僕の目に映る彼女の波長が、かなり頻繁なペースで乱れてるとか気にしたら負けだよ。
 なんだろう、この謎の温度差は。
 彼女の周りの空気はとても和やかなのに、僕の周りの空気はツンドラのように凍えている気がする。
 ……深い意味は無いしやった事もないんだけど、地雷撤去作業って凄く怖いんだね。いや、別にこれからやる予定も無いんですが。

「あきらの髪も、すべすべして綺麗そう。触って良い?」

「うん、じゃあ交代を――キャンセルしてナデナデ続行! もうちょっと触らせて? ねっ?」

「良いけど、ちゃんと代わってね?」

「ははっ、もちろんそのつもりデスよー」

 貴女が殺意を収めてくれたら、の話になりますがね。
 今、さりげなく僕をヤる気だったでしょ。
 君の行動パターンは……まだ分からないけど、波長の乱れるタイミングは分かってきたよ?

「こんなに撫でられたの、初めてかも」

「そうなの? レミリアさんは結構されてたみたいだけど」

 や、一応髪の手入れと言う名目はあったみたいだけどね?
 あの咲夜さんの姿を見て、愛でていると言う感想以外の言葉が出てくるヤツはいないだろう。
 本人がその事に気付いてないのは、幸運なのか不幸なのか。
 ――話がずれた。
 そんな僕の疑問に、フランちゃんの顔色が分かりやすく曇った。
 あちゃー、これひょっとして地雷だったのかな。
 さっきとは違う意味で寒くなる空気、どう考えても「私は……アレだから」フラグです。アレってなんやねん。

「私――」

「よーしそれじゃあ、僕本気でナデナデしちゃうぞコノヤロー!!」

「あっ……」

 よって僕はフランちゃんの切なげな語りをあえて無視し、彼女を思いっきり可愛がる事にした。
 参考資料は文姉と咲夜さん。やり過ぎるとセクハラで訴えられるどころか痴漢扱いされる諸刃の剣である。
 ちなみに僕は訴える事が出来ない。世の中ってほんと理不尽。

「よーしよしよしっ、フランちゃんは良い子だなぁっ!」

「わっ、くすぐったいよー」

 余計なトラウマが含まれたため、天晴れなほどヤケクソな可愛がりになってしまった。
 口まで使い始めたら某動物王国の主レベルの愛でっぷりになる事だろう。ただしその場合、僕は社会的に死ぬ。
 フランちゃんは恥ずかしそうにしながらも、本気で抵抗する気は無いらしく為すがままである。
 この言い方、有らぬ誤解を招きそうなので始めに言っておくけど、エロスは無いよ? 微笑ましさはあるけどね。
 しかしこうして愛でられている姿だけを見てると、さっきまでの波長の乱れが嘘のように思えてくる。
 悪い子では無いと思うんだけどなぁ……接続の甘くなった爆破スイッチをオンオフし続けるような危うさはどうにかならないのだろうか。
 まぁ、こうして狂気の魔眼を使っている間は大丈夫だと思うけどね。
 ……アレ? 今なにかフラグ立った?

「ねぇねぇ、あきら」

「ん? どうかしたの?」

「私達って「トモダチ」なのかなっ」

「ほへ?」

「前にお姉様が言ってたの、トモダチって自分の楽しい事をいっぱいしてくれる人だって」

 とても幸せそうに、ニコニコ笑顔でそういうフランちゃん。
 やや過剰なこの可愛がりを喜んでもらえたようで、僕としては何よりです。
 でもフランさん、その友達の定義は主にイジメっ子が引用するモノだと思いますヨ?
 
「まぁその、僕でよければ友達と呼んでもらって結構ですが」

「本当っ!?」

「う、うん」

「じゃあさ、じゃあさ、一緒に遊ぼう!!」

 アレ、おかしいなぁ? なんで今の会話で寒気が来るんだろう。
 念のため、彼女の波長を確認してみる。うん、乱れてない乱れてない。
 僕の中にある危機感知センサーは――絶好調で鳴りまくってるけどきっと故障だ、無視しよう
 結論、問題なんて一切ないから大丈夫だと言う事にしたいなぁ。
 あはははは、でも話を真面目に聞くために身体は離しておこうかな。話を真面目に聞くためにねっ!!

「いいけど、遊ぶって何して?」

「弾幕ごっこ!」

 ……落ち着け僕、まだ逃げ出すのは早い。
 弾幕ごっこなんてこの世界じゃ挨拶と一緒なんだから、遊びで始めたっておかしくはありませんよ。
 波長は乱れてない。つまり彼女は現在、平静な状態であると言う事だ。
 ならきっと大丈夫! 弾幕ごっこのルールに則って、死なない程度のコミュニケーションが取れるはずですとも!!

「私もあきらに楽しい事してあげるねっ!」

「へ、へぇ、具体的にはどんな?」

「手足をバラバラにして、身体や頭から色んなものを出すの! とっても綺麗で楽しいよっ!!」

 ―――扉を蹴破り、全速力で逃げ出した僕を誰にも責めさせはしない。
 と言うか無理だからっ! そんなスプラッタな遊戯、吸血鬼と蓬莱人と幽香さんしか楽しめないからっ!!
 
「待て待てーっ!」

「きゃぁぁぁぁぁああっ! 壁が粉微塵ーっ!?」

「えへへ、鬼ごっこだぁーっ!!」

「意外とポジティブなんですねお嬢さんっ!?」

 無邪気に逃げ出す僕を追っかけてくる、台詞だけなら可愛らしいフランちゃん。
 だけどその姿は、荒れ狂う暴風の体現と言っても過言ではない。
 部屋を区切っていた分厚い壁は、一瞬で破片となってバラバラになってしまった。
 何アレ。壁が壊れる一瞬前ですら、何の変異も掴めなかったんですけど。
 ひょっとしてそれがフランちゃんの能力? だとしたら―――僕実は超ヤバく無い?
 いやでも、まだ説明すれば何とか……………あ、波長乱れた。

「アハハハハハ! 鬼ごっこオニごっこタノしいナ! アハハハハハハハ!!」

「いやぁぁぁぁあああっ! 目に殺意が込められ始めたーっ!?」

 しかも速っ! こっちも全力で走ってるのに全然引き離せない!?
 恐ろしい。悪い事と言うのは連続して続くモノだ。
 一本道だと思ってたこの地下も、気付かなかっただけで実は意外と入り組んでいたみたいだし。
 ……わぁーい、出口はどこだろー。
 
「さ、最悪だぁぁぁぁあああっ!」

「いいな、いイな、アナたのニゲるスガタはトてモ魅力てキ。アナタのスベテヲワタシニチョウダイィィィィィイィ!!」

「フランちゃん僕のおめめ見てーっ!!」

「――待て待てーっ! きゅっとしてドカーンとしちゃうぞーっ!!」

「何一つ改善されてなーいっ!?」

 ダメだ。波長を収めても全然態度が変わってない。
 むしろ無邪気になった分、一割五分増しで厄介になった気がする。
 ああ、これが所謂進むも地獄引くも地獄? 何か違う。

「わぁぁぁぁぁああん、誰でも良いから助けてぇぇぇぇぇええええっ!!」

「た~べぇ~ちゃ~う~ぞぉぉぉぉぉぉおおっ」

「冗談に聞こえない所がいやぁぁぁぁぁぁあああああっ!」

「晶さぁーん! 大丈夫ですかーっ!!」

 おおっ、まさかのタイミングで救いの女神がっ!
 ニコニコ笑ってこちらに手を振ってくる、頼りになる「中華小娘」紅美鈴。
 今この瞬間だけ、百万の味方を得た気分ですともさっ!
 同じく手を振りながら、僕は目の前の美鈴に向かって駆けよ――。

「って妹様!? うわぁっ!?」

 に、逃げやがったあのアマーっ!?
 僕の背後に迫る赤い高速飛行物体を視認した途端、踵を返して逃げ出す元・頼りになる味方。
 その姿にカッとなった僕は、己の奥底に眠る謎の底力を覚醒した気になって急加速した。
 あっという間に美鈴と横並びになった僕。思い込むだけでも、世の中案外何とかなるもんである。
 そして、そんな僕の姿にギョッとする美鈴。ざまーみろ、これで君も同じ被害者だー。

「ちょ、晶さん!? 何ですかその有り得ない馬力はっ」

「ははははは、命の危機に瀕して眠れる力が目覚めたようデスよ!?」

「それを何で心中に使うんですかっ! 逃げるのに使ってくださいよっ!!」

「……蝋燭は、燃え尽きる前に最も輝くのでございます」

「すでに死期を悟ってらっしゃる!?」

「わーい、めーりんも参加するんだーっ! よーし、私もホンキデヤッチャウゾー!!」

「あ……私も何だか走馬灯みたいなものが見えてきました」

 うん、結局追われる兎が二匹になっただけですね。
 すでに火事場の馬鹿力は失われたらしく、僕の速度は美鈴とそう変わらない。
 残念ながら、自力でこの鬼ごっこから離脱する事は難しいだろう。
 そう考えると、偶然の流れとは言え美鈴と一緒になれたのは僥倖だったのかもしれない。
 この地下迷宮は僕等にだけ不利に働く。現状では、フランちゃんを宥めるのも煙に巻くのも困難だ。
 まずは広い場所に出なければ。――出たところで何とかなるとは限らないけどね。
 とにかく美鈴。紅魔館の門番として、是非とも僕を外に導いてくださいっ!

「ところで晶さん、私達が今どこに居るのか分かりますかね?」

「うわぁぁぁ、想像以上にこの門番役に立たねぇーっ!?」

「しょ、しょうがないじゃないですかっ! 晶さん見つからないし、お屋敷なんて滅多に入らないし、地下の構造把握してないしっ!!」

「地下の構造を把握して無いなら、僕を探す前に地図でも用意すれば良いじゃんっ!?」

「……晶さん、頭良いですねー」

 終わったー! もーダメだ! さすがにこれはどーしようも無いっ!!
 本気で感心している美鈴の姿に、思わず僕は走りながら頭を抱えてしまう。
 最早僕に残された未来は、諦めて殺されるか抵抗して殺されるかの二択しかない。
 うん、どっちにしろ死ぬんですね。分かりたくありません。

「アハハハハハ! 斬ッテ砕イテ磨リ潰ス! 斬ッテ砕イテ磨リ潰ス!」

「フランちゃーん! そろそろ止めよう? 鬼ごっこ終わり! ね?」

 最後の希望を込めて、僕はフランちゃんを説得しようと試みる。
 ほとんど泣いてる状態の僕に、彼女はにっこりと微笑んで返事をしてくれた。

「あなたたちが、コンティニュー出来ないのさっ!」

 うん、説得失敗☆

「いやー! かえるーっ! おうちかえるのーっ! おうちにかえりたいのーっ!!!」

「諦めましょう晶さん。今朝からナイフが全く飛んでこなかった時点で、私達の運命は決まっていたんですよ」

「……こんな時にあれだけど、そーいう切ない占いは即刻やめた方がいいと思いますよ?」

 つーか、咲夜さんが帰ってきてない時点でその占い方法完全に破綻してるじゃん。
 変な諦観の仕方をしてる美鈴と並走しながら、僕は終りの見えない鬼ごっこに興じるのだった。





 ―――文姉、幽香さん。今までお世話になりました。晶はお星様になっちゃいそうです。
 


おまけ 【やや過剰表現】フランちゃんを愛でる晶【ラクガキ】
(http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/akirahuran.jpg)



[8576] 東方天晶花 巻の六十二「勇敢な行為は、決して勝利を欲しない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/04/20 00:01

巻の六十二「勇敢な行為は、決して勝利を欲しない」




 どうも、前回に引き続き命の危機にある久遠晶です。
 暇だからと紅魔館を探検していたら、死亡前提の鬼ごっこをする羽目になりました。何が何やら。
 あれからさらに十分ほど逃げ続けていますが、一向に状況は改善されません。
 ――これはもう死んだかもしれないね。

「わぁぁぁん、何でこんな事にぃぃいぃいいいっ!!」

「本当ですよっ! 何でこんな事になったんですかっ!?」

 さっぱり状況が掴めないまま一緒に逃げていた美鈴が、半泣きで事の原因を尋ねてきた。
 ご尤もです。僕も可能なら、誰かにその答えを教えて欲しいくらいです。
 ……強いて言うのなら、フランちゃんと友達になった事が原因と言えるのかもしれないけれど。

「アハハハハ、マテマテマテーっ!!」

 根本の原因はそれじゃ無いんだろうなぁ。多分。
 波長の乱れもそうだけど、フランちゃんの態度には色々と謎が多い。
 そこら辺をはっきりしない事には、こうなった理由を説明する事は出来ないんだろう。
 ……けど、落ち着いて話せる状況じゃないよねぇ、明らかに。

「と、とりあえず、時間稼ぎしよう、時間稼ぎ!」

「い、異議は無いですけど、どうするんですかっ!?」

「―――どうしよう?」

 氷壁? すぐに壊されるからダメ。
 狂気による幻覚? 自爆スイッチを押すような行為なのでアウト。
 アブソリュートゼロ? やってる間中動けなくなるからかく乱としては悪手過ぎる。
 いっそ立ち向かうってのは……普通に死にますね、はい。
 ヤバい、結局なーんにも思いつかなかった。やっぱりこのままご愁傷様一直線ですか?

「そうだ晶さん、アグニシャイン! アレ使えませんかっ!?」

「おおっ、それだっ!!」

 丁度良く目の前には十字路が広がっている。これなら何とか出来そうだ。
 僕は美鈴に目で逃げる方向を伝えると、自らの真後に向かってスペルカードを発動した。



 ―――――――転写「アグニシャイン」



「わっ!?」

 当てるのではなく視界を塞ぐような炎の広がりに、さすがのフランちゃんも一旦足を止める。
 その隙に、僕と美鈴は十字路の右側へと転がり込むよう移動した。
 さらに壁を塞ぐ形で、僕は氷壁を展開させる。
 普通の場所なら偽装するのに氷の壁は厳しいけれど、光のあまり入らない地下なら細工込みで何とかなるだろう。
 念のため、気を使う能力で冷気を遮断しておく事も忘れない。
 後は……フランちゃんが深く考えずに移動してくれる事を祈るだけだ。
 
「あれ? あきらー? めーりん?」

 ……僕等の名前を呼びながら、フランちゃんは十字路の左へと移動していったようだ。
 よ、良かった、ここで右に曲がられたらアウトだった。たまには自分に有利な事も起こるもんだね。
 とは言え油断は禁物だ。僕は仕草だけで移動する事を美鈴に提案し、静かに奥へと移動した。

「はぁ、一応何とかなりましたねー」

「本当に一応だけどね。今のうちに何とか対策を考えないと、結局フランちゃんに殺されちゃうよ」

「え゛っ? 晶さん、また妹様と会うつもりなんですか?」

「遊ぶって約束しちゃったからねぇ。そういうワケだから、色々話を聞かせて貰えないかな」

 やっぱり、情報不足は如何ともしがたい。
 本人に聞くのは色々と問題があるから、出来れば今のうちにフランちゃんの事を色々知っておきたいんだけど。
 ……美鈴さんは何ゆえ、そんな信じられないような顔でこちらを見つめてくるんですか?
 言いたい事があるなら聞くよ? 罵声は基本的にスルーするけどね。

「ほっ、本当に何があったんですか? きちんと説明して欲しいんですが……」

「別に良いけど、そんな複雑な話でも無いよ?」

 美鈴に促されるまま、僕はフランちゃんとの出会いから遊ぶに至った経緯までを説明した。
 最初は神妙に聞いていた美鈴だったけど、やがてその表情は呆然としたモノに変わり、最終的には唖然とした表情へと変化した。

「そ、それだけなんです? ほとんど成り行きじゃないですか」

「はっはっは。毎度成り行きに身を任せている自分としては、そこらへん特に気になりはしませんネ」

「……晶さんって、変わってるって言われません?」

「地味に何度か」

 ただ、その都度「変」の意味は違っているみたいですけど。
 やっぱアレかな、外の人間の感性は幻想郷の感性と大分違うのかな。
 ……そういう事だよね? 外内無関係に変とかそういう事じゃないよね?

「まぁ、そういう晶さんだから、妹様もあれだけ懐いているのかもしれませんね」

「あ、やっぱアレ一応は懐いてるカテゴリに含まれる反応だったんだ」

「そうじゃないんですかね? あれだけ狂気に満ちた状態でも、晶さんに「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」を使いませんでしたし」

 えっ、なにそれこわい。
 美鈴がさらっと明かしてくれたフランちゃんの能力は、予想していたよりも遥かにチートでした。
 あ、いや、ある意味予想通りかな。どっちにしろ何の救いにもなりはしないけど。
 ……それにしても美鈴、フランちゃんが暴走してる事自体にはわりと冷静な様に見える。
 やっぱり彼女には、なにか複雑な事情があるのだろうか。
 
「ねぇ美鈴、フランちゃんってどうしてこんな地下深くに居たの?」

「それは、その……」

「ここまで巻き込まれたんだから、ちょっとくらい教えてくれても良いんじゃない?」

「んー……そうですね。晶さんは妹様のお友達みたいですから、特別ですよ?」

 あ、思いの外あっさり許可が下りた。僕的には、もう二、三回くらい問答があるかと思ったんだけどなぁ。
 これは美鈴が温いのか、それとも実はそんな大した事ない事情なのか。
 とりあえず、聞いてから判断させて貰おう。……けど、前者は色んな意味で勘弁して欲しいっす。

「妹様――フランドール様は、今まで地下から出た事が無いんです」

「今まで? それって、具体的にはどれくらいの時間?」

「私も聞いた話になりますけど……確か、四百九十五年ほど」

「……それはまた、えらいスケールの出不精ですね」

「で、出不精ではありませんよ! 妹様は……その、少々気がふれているので、お嬢様が表に出ないよう言いつけているのです」

 なるほど、道理で彼女の波長を弄ってもすぐに乱れるワケだ。
 僕の魔眼は狂気を操るためのモノであって、狂気を治療するためのモノでは無い。
 発現した狂気を抑えた所で、根源の部分を正せなければモグラ叩きになるのも必然だろう。
 それでも、何度か弄り続けてやればまともな精神状態に‘慣れ’そうな気はするけど。
 そういやフランちゃん、波長を弄った後も言動におかしなモノがあったよね。
 あの時は、てっきり狂気の魔眼が効かないもんだと思っていたけど、アレはひょっとして……。

「美鈴、フランちゃんは今までずっと地下に居たワケだよね」

「あ、はい。それは間違いありません」

「ちなみにその間、世間に対する勉強とかそういう事はしてきたの?」

「正直、本人が積極的で無い事もありまして、あまり……」

 だろうなぁ。あの世間知らずっぷりだ、本当に全然勉強していなかったに違いない。
 でもこれではっきりした。波長の乱れを修正しても尚、彼女の言動がおかしかった理由は間違いなくソコにある。
 常識とは、言いかえればその人間にとっての‘当たり前’である。
 多くの人間は、他人との触れ合いや自らの体験でその当たり前を修正していく。
 だけどフランちゃんには、前者の経験が圧倒的に不足しているのだろう。
 そうなると彼女は――例え歪んでいたとしても――後者の経験だけで、自身の常識を構築して行かなければならなかったのだ。
 そしてその結果があの地獄遊戯か。……五百年モノの自分ルールってのは、色んな意味でタチが悪いなぁ。

「――晶さん。一つ、お願いしてもよろしいですか」

「ほへ?」

 僕が考察を進めていると、美鈴が真面目な顔で詰め寄ってきた。
 真顔でそんな事言われると思わずドキドキしてしまうけど、どうもそんな色気のある台詞じゃ無さそうだ。

「妹様を、外に出して頂けませんか」

 そして彼女の口から語られる、想像以上にトンデモないお願い。
 一瞬何を言われたのか分からず僕は、ただ呆然と美鈴の顔を見つめていた。
 え、マジで? 何かの冗談とかじゃなくて?

「ええぇぇぇぇえっ!? そ、外に出すって!?」

「私達には、狂気に囚われた妹様を地下に押し留める事しか出来ませんでした。ですが、晶さんなら……」

「ちょ、ちょっと待った。ストップストップ!」

 目を輝かせて有り得ない事を力説しようとする美鈴を、僕は慌てて静止した。
 今、途中で遮ったけど凄い評価が下されようとしてなかった?
 紅魔館の面々を差し置いて、僕なら何とか出来るとか色々突拍子も無さ過ぎじゃありませんか。
 僕はさらに否定の言葉を口にしようとする。
 しかしその前に、やたら神妙な顔の美鈴が遮られた言葉を続けた。

「確かに晶さんはパチュリー様ほど賢く有りませんし、咲夜さんほど仕事が出来るワケでも有りません」

「……美鈴」

 それはアレ? 新手の罵倒と考えて良いの?
 いや、確かにその通りだけどさ。僕多分君の事グーで殴っても許されると思うよ?

「ですが私は信じています。久遠さんの発想力と悪知恵と往生際の悪さなら、私達では思いもしない救済方法を考えついてくれるとっ!」

 ――これって、ブチ切れても良い場面だよね。
 拳を握りしめ断言する美鈴に、さすがの僕もちょっとカチンとくる。
 そもそも、その三つの要素で何とか出来る問題じゃないでしょう。
 確かに彼女の狂気は、疑似モグラ叩き前提になるけど抑える事が出来るし。
 残ったフランちゃんの‘常識’の問題も、案が無いワケじゃないんだけど……アレ、案外何とか出来そう? 
 とは言え、ただ「遊ぶ」のだってキツいのに、外に出れるようアレコレ工面するって言うのは……。



『ねぇねぇ、あきら』


『私達って「トモダチ」なのかなっ』


『本当っ!?』


『じゃあさ、じゃあさ、一緒に遊ぼう!!』



「――ねぇ美鈴。僕からも、一つ聞いて良いかな」

「はい? なんですか?」

「フランちゃんにはさ、友達とか居たの?」

「……少なくとも、私は聞いた事がありません」

「そっか」

 参ったなぁ。ひょっとして僕、フランちゃんの初友達だったりする?
 いや本当に参ったね。――自分がこんなにも情に脆いなんて、思いもしなかったよ。

「さてっと。それじゃあそろそろ、僕の「トモダチ」に会いに行こうかな」

「その、晶さん……」

「……言っておくけど、何とか出来る保障なんて無いからね?」

「あっ、じゃあ!」

「それから、美鈴にも手伝ってもらうよ! 拒否権は無し、いいねっ!!」

「はい! もちろんですっ!!」

 軽く背伸びをする僕に合わせて、美鈴が嬉しそうにガッツポーズをとる。
 心強い事だ。それじゃあ今度こそ、頼りになる味方として力を貸してもらおうかな。
 僕がそう決意すると同時に、今度は前方から何かが砕ける音が聞こえてきた。
 ふむ、フランちゃんは中々空気が読める子みたいだね。

「見ーっつけた! ずるいよ二人とも、勝手にかくれんぼ始めるなんてっ!!」

「あはは、ゴメンゴメン」

 プンスカと怒っているフランちゃん。
 だけど波長に乱れは無い。調子が良いようで何よりで。
 ……これなら、イケるかもしれないね。
 僕は美鈴に目配せして、こちらに会話を任せる旨を伝える。
 彼女が軽く頷くのを確認し、僕は改めてフランちゃんに向き直った。

「じゃあフランちゃん、お詫びってワケじゃないんだけど……僕等と弾幕ごっこしない?」

「え゛えっ!?」

「わー、良いのっ!?」

「もちろん。条件は――そうだね。スペルカード枚数制限無し、時間も無制限でどうだっ!」

「ど、どぇぇええええっ!?」

「わーい、やるやるーっ!」

 僕の提案に、無邪気に喜ぶフランちゃん。いきなり裏切られたような顔をする美鈴。
 まぁ自分でも痛快な自殺行為だと思わないでもない。実際ちょっと手足が震えていたりする。

「ちょ、ど、どういうつもりなんですか晶さん。死ぬ気ですかっ!?」

 フランちゃんに聞こえないようコッソリと、美鈴が僕に耳打ちしてきた。
 その表情はかなり切迫しており、自らの悲惨な未来を実にハッキリとした形で視覚している様だった。
 ……美鈴でも、フランちゃんの相手はさすがにキツイのか。
 とは言えここでこの提案を撤回するワケにはいかない。
 僕も美鈴と同様に、フランちゃんへ聞こえないよう小さく言葉を返した。

「とりあえず、フランちゃんの狂気に関しては、ゆっくりとそうでない状態に慣れて貰うしかないと思うんだよ」

「そうでない状態に慣れる、ですか?」

「そう。僕の狂気の魔眼で平時の状態を維持できれば、多少は狂気を抑えられるようになる―――と良いなぁと考えているワケです」

「最後の一言が完全に余計ですが……なるほど、有効そうな手ですね」

 お遊びで狂人の振りをしていた男が、気付けばいつの間にか本当に狂ってしまっていた。と言う話を昔本で読んだ事がある。
 精神と言うのはそれほど繊細なシロモノである。
 ずっと平静の状態を保っていれば、フランちゃん更生の一端くらいは担ってくれるかもしれない。
 少なくとも、狂気垂れ流しよりは良い結果を生み出す事だろう。

「でもそれとこの弾幕ごっこに、どんな関係があるんですか?」

「平たく言うと――フランちゃんに対するお勉強タイムってところかな」

「へっ?」

 魔眼による治療は、効果があったとしても根本的なモノにならないのは確実だ。
 相手の狂気は五百年近く培ってきた年代モノである。それを治すためには、下手すると同じくらいの時間をかけなければいけないだろう。
 さすがにそれは難しい。それに、この方法だけでは魔眼への依存が強くなってしまう。
 「狂気の魔眼が存在しないとやっぱり危険だ」と言う認識をされてしまうと、外出できるようになっても今と状況はあまり変わらない。
 理想としては、彼女自身が有る程度狂気を抑えられる様になる事が望ましいのだ。

「だけどそのためには、フランちゃんのデンジャラスな‘常識’を何とかしないといけないんだよね」

 何しろ「身体バラバラは綺麗で楽しい」なんて、外の世界では一発アウトの意識を持ってる子だからなぁ。
 狂気に同調するような性格では、狂気の抑制なんて間違いなく不可能だ。

「だったら何で弾幕ごっこなんてするんですか。普通にお勉強とかした方が良いじゃないですか」

「……それをするためにも、僕等はこの試練を乗り切らなきゃいけないんだよ」

「ええ~っ」

 彼女の常識は、狂気同様五百年近く行動の指針となったモノだ。
 それをこちらから無理矢理直させようとしても、招くのは反発だけだろう。
 結局、自分のルールと言うのは自分自身に修正させるしかないのだ。
 しかし――ルールを望む方向に修正させるよう、僕らが‘干渉’する事は出来る。
 そのためには、フランちゃんにとって僕らが「影響を受ける」に足り得る存在となる必要があるのだ。

「えーっと、つまる所どういう事ですか?」

「名実ともに「トモダチ」になるって必要があるって事ですヨ。――仲良くなるには相手のやり方に倣う、基本でしょう?」

「い、言いたい事は分かりますけど、やっぱり無茶ですよっ!?」

「じゃあ、そんな美鈴に外の世界の格言を送ろうか」

「な……なんですか?」

「死ななきゃ安い」

「この人本当にメチャクチャだぁーっ!?」

 そうは言うけどね。今回の目的はあくまでフランちゃんと仲良くなる事だから、勝つ必要は全くないんだよ?
 もちろん勝つ気が無ければ勝負にならないので、そこは真剣にやるけどさ。
 結果として、フランちゃんを楽しませつつ生き残っていれば僕的には万事オーケーなのである。
 と言うか美鈴、さっき「拒否権無しで手伝う」って言葉に頷いたじゃん。約束は守らないとダメだよ。

「ま、覚悟を決める事だね。なーに、フランちゃんが満足した時に五体残っていれば良いだけの話さ。イケるイケる!」

「……晶さんが幻想郷に馴染みまくった理由を、今何となく把握しました」

「二人とも、さっきから何を話してるのー?」

 おっと、さすがに話しこみ過ぎたかな。
 僕は彼女の問いに応えるよう、魔法の鎧を展開する。

「ちょっとした作戦会議……って所かな。‘遊ぶ’んだったら、より楽しい方が良いでしょ?」

「わぁ……凄い、凄いワクワクしてきた!」

 僕はゾクゾクしてきたけどね。死の予感を背中で感じとったおかげで。
 だけど、引かないから。
 わりと淡白に話してるけど――これでも結構、‘友達’のために熱くなってたりするんだよ?

「はぁ、分かりましたよ。こうなったら私も、最後までお付き合い致しますっ!」

「わーっ、めーりんもやる気満々だねっ」

「うう、でも出来れば、無事に終われる保証が欲しいです」

 美鈴さん、往生際が悪すぎますよ。
 いや、まぁ気持ちはよく分かるんですけどね。

「大丈夫。無事に終わるよ」

「……晶さん?」

 そんな半泣きの美鈴に、僕は苦笑しながらそう告げた。
 我ながら信用できない無い保障だけど、今回ばかりは僕にも多少の確信があったりする。
 でも、「終わる」と言うのはちょっと違うかな?



「―――無事に終わらせるよ。美鈴だって、僕にとって大切な友達だからね」
 

  
 ここまでお膳立てされて、ヤル気にならない男の子なんていませんよ。
 それじゃあ、気合いを入れて頑張るとしましょうかね。










「ところで、ここじゃ狭いから移動しない? 出来れば逃げやすくなれるくらい広い場所に」

「うん、いいよー」

「……不安です。とんでもなく不安です」

 いやその、最低限備えておく事も大切だと思うんですよ。



[8576] 東方天晶花 巻の六十三「忍耐とは、肉体的な小心と道徳的勇気の混じり合いである」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/04/20 00:02


巻の六十三「忍耐とは、肉体的な小心と道徳的勇気の混じり合いである」




 どうも、熱い心に不可能は無いと信じている久遠晶です。
 フランちゃんとの、未来と友情と命をかけた弾幕ごっこに挑む事になった僕と美鈴ですが。

「よ、ようやく出られた」

「はぁ……ようやく外だー」

「ううっ、誰ひとりとして外への道順を知らないだなんて思いませんでした」

 ――今の今まで、外への出口が分からず右往左往しておりました。フランちゃんも一緒に。
 いや、しょうがないじゃないですか。そもそも僕等迷子になっていたワケですし。
 フランちゃんが外への道順を知っているはずも無いのだから、こうなるのは言わば必然だったワケなんですよ。
 ……まぁ、それも結局は言い訳なんですけどね。
 長時間迷ったおかげで、全員テンションがダダ下がりですともさ。

「はぁ……とりあえず、広間に移動しましょうか」

「え、家の中でやっちゃって良いの?」

「あまり大丈夫ではないんですが、外には太陽の光がありますからね」

「ああ、なるほど」

 そういや、フランちゃんも吸血鬼だったっけ。
 レミリアさん曰く、日光がダメなんじゃなくてただ苦手なだけらしいけど、どちらにしろ外でやり合うのはあまりよろしくないか。
 
「でも……後片付けは一緒に頑張りましょうね?」

「まぁ別に、それくらいは構わないけど」

 ソレ、後片付け程度で何とかなるのかなぁ……。
 そもそも、そこまで生き残れるかどうかがすでに怪しい気がする。
 何しろフランちゃんと対峙している間、僕は暴走対策として常に狂気の魔眼を使用しておかないといけないのだ。
 と言う事はつまり、魔眼を軸にした技――主に面変化等は使えなくなるわけでして。
 ううっ、こういう時にこそ攻撃の幅が増えて防御能力が上がる四季面と天狗面が必要なのに。
 さっきは根拠も無く大丈夫だなんて言ったけど、段々不安になってきたよ。
 
「よーし、それじゃあ初めよっか!」

「委細承知っ!」

 しかしそんな状況でも、フランちゃんのテンションが戻った瞬間に臨戦態勢へと入ってしまうパブロフの狗な僕。
 どうして、マイボディはこんなにも物分かりが良いのだろうか。
 少しは逃げる素振りを見せても罰は当たらないと思うんだけどなぁ――ま、最終的には諦める事になったでしょうがねっ。
 ……なるほど、僕の身体は僕よりも賢いワケですか。
 
「ところで始めるのは良いんですけど、何か作戦みたいなものは無いんですか?」

「そうだなぁ――作戦は『おのおのかってに』で」

「何だか凄いイヤな予感のする作戦名ですが、具体的にはどんな事をするんですかね」

「個人で戦いつつ、相方がピンチになったら殴ってでも助ける」

「うわぁ、適当だぁ……」

 いや、一応深い考察の元に決めた作戦なんですよ?
 文姉クラスの実力者ならともかく、美鈴や僕の力量じゃ格上相手にお互いを常にフォローするのは難しい。
 アリスと違って攻撃タイプの住み分けも出来てないから、即席のコンビネーションも危険だろうし。
 ……その、器用貧乏な癖に近接寄りの僕が悪いんですけど。
 こればっかりはどうしようも無いので、結局一番互いの実力が発揮できる個人プレーに走るしか無かったのでございます。
 ヘッポコオールマイティキャラでごめんなさい。

「……まだ作戦会議?」

「あ、すいません。初めてください」

「じゃあ、早速行くよーっ!!」

 元気良く右手を掲げたフランちゃんが、スペルカードを宣誓した事でやっと弾幕ごっこが始まった。
 って、しまった!? あっさり彼女に先手を譲っちゃったぁーっ!



 ―――――――禁忌「クランベリートラップ」 



 発動する、彼女のスペルカード。
 紫色の弾幕が、フランちゃんを中心として無秩序に広がっていく。
 さらに合間を縫いながら、こちらを目指して青い弾幕が僕と美鈴それぞれに近づいてくる。
 ランダム弾とホーミング弾を組み合わせた弾幕か、これは厄介だね。

「……でもっ!」

「ちょ、晶さんっ!?」

 僕は真っ直ぐフランちゃんに向けて駆け出した。
 紫の弾は避け、青い弾は強化された手甲と足鎧で全て叩き落とす。
 弾幕ごっこの回避方法としては三流だけど、フランちゃんを楽しませる大道芸としては充分だ。
 手足の痺れを感じつつも前進し、僕は彼女の目の前まで辿り着いた。
 そのまま、勢いよくフランちゃんに向けて拳を打ち出す。
 
「あははっ! 凄いよ晶、カッコイイ!!」

 しかし、その一撃はあっさりと彼女に受け止められてしまった。
 まるで触れるような軽い握られ方なのに、僕の右手はピクリとも動かない。
 恐るべし吸血鬼の腕力。わりと全力で殴ったはずなのに、まさか歯牙にもかけられないとは。

「でも残念、飛んでっちゃえっ!!」

「うにゃぁぁぁあ!?」

 そして、凄まじい勢いで放り投げられた。
 視界が逆さまになり、あっという間にフランちゃんから遠ざかっていく。
 ただし追撃は無い。一応、扱い的にはクランベリートラップの最中となっているためだろう。
 それなら――

「隙在りっ!」

 僕は着地を完全に捨てて、スペルカードを発動させた。



 ―――――――幻想「ダンシング・フェアリー」 



 巻き起こる氷と風の弾幕がフランちゃんを包み、そのダメージが彼女のスペルカードを解除する。
 うーん、この技が真っ当に決まったのは初めてかもしれないね。
 戦闘中でありながら、そんな事に感激してしまう呑気な僕。
 ちなみにその間にも僕の身体は、無防備な姿勢で勢いよく壁へと向かっていた。 
 そろそろ歯を食いしばるべきだろうか。……最低でも、意識くらいは保っていたいなぁ。

「あ、危ないっ!」

「おぶっ!?」
 
 そんな僕を、割って入ってきた美鈴がしっかりと受け止めてくれた。
 ナイスフォローだ。何だかんだで美鈴は本当に頼りになるなぁ。
 受け止める姿勢がお姫様だっこで有る事は気になるけど、とりあえず先にお礼を言う事にしよう。
 
「ありがと美鈴、助かったよ」

「助かったじゃないですよ! いきなり無茶をし過ぎです!!」

「は、はわわ。スイマセン」

 怒られてしまった。いや、気持ちは分かるけどね。
 だけど、僕も無計画に殴りにいったワケじゃないんですよ?
 これでも一応、色々考えた上で行動しているんです。
 いやまぁ、確かに半分くらいは勘と思い付きで動いてるんだけどさ。

「その、聞いてよ美鈴」

「なんですか?」

「確かに無茶だった事は認めるけどさ。スペルカード発動中なら、普通に殴りかかるより実はずっと安全だと思わない?」

「そりゃ、相手が弾幕メインなら近接の方が楽になりますけど……吸血鬼の腕力はそれでも充分脅威じゃないですか」

「うん、それはちょっとびっくりした」

 ある程度覚悟はしていたんだけど、まだまだ甘く見ていたって事だろう。
 僕がそう言うと、美鈴は呆れた様に溜息を吐き出した。

「予測していたのなら、ちょっとは自重してくださいよっ! 怪我したらどうするんですかっ」
 
「その時は、大人しく諦めてたよ」

 呆れきった様子の美鈴に、僕は肩を竦めながらはっきりと断言した。
 そんな返答はさすがに予想外だったらしく、彼女はキョトンとしながら僕の顔を覗き込んでくる。
 少し気恥ずかしいが、今はそういう場合じゃ無い。
 僕はお姫様だっこの姿勢から抜け出すと、苦笑しながら自らの解答に補足を加えた。

「スペルカードを使わないフランちゃん相手にやられる様なら、彼女と遊び続ける事なんて出来やしないよ」

 弾幕ごっことは、人と妖怪が対等に戦うためのルールだ。
 だけどそれにだって限度があると言う事を、僕は以前幽香さんに教えてもらった。
 そう、僕は示さなければいけないのだ。フランちゃんに、自分が彼女と対等に戦える相手であるという事を。
 そうでないと僕は、フランちゃんの友達を名乗る事が出来ない。
 ……確かに、友達だからこそ必要な気遣いというモノはある。
 力が無ければ仲良くなる事が出来ないと言うのは、幾らなんでも悲し過ぎるとも思う。だけど―――

「我慢をするのは、男の子の役割だからね」

「……晶さん」

 僕も、自分が卑怯な人間だって自覚はわりとあるつもりだ。
 必要ならプライドだって投げ売りするし、清廉潔白に括るつもりも全くない。
 ヘタレだとかチキンだとか散々言われたとしても、命さえあれば何も気にしない。
 だから、その呼称自体に文句を言うつもりは全くない。けど。
 意地と覚悟だけは、何を言われようと最後まで貫き通すつもりだ。
 
「はぁ……分かりました、もう無茶をするなとは言いません。けど――私の事も、ちゃんと頼ってくださいよ?」

「保証は出来かねます」

「そ、そこは頷いてくださいって!」

 いやぁ、難しいでしょう。
 ……どうも今ので、フランちゃんのスイッチが完全に入ったみたいだし。

「あはははは、凄いねっ! ならこれはどうかなっ!!」 



 ―――――――禁忌「カゴメカゴメ」 



 氷の山を吹き飛ばしたフランちゃんが、二枚目のスペルカードを使用する。
 緑色した直線状の弾幕が、檻のように僕と美鈴を閉じ込めた。
 出口は――無い。
 
「えっ!? と、閉じ込められた!?」

「落ち着いてください。次の弾幕で包囲が崩れますから、その隙にっ!」

 美鈴がそう言うのとほぼ同時に、巨大な黄色の弾幕が大量にばら撒かれる。
 さらに彼女の言った通り、列を成していた弾幕はゆっくりと無秩序にバラけていった。
 ただし、その大半はこちらを目指して降り注いでくる。
 って、隙じゃなくて攻撃じゃんかコレ!? とりあえず、出来る限り避けて行かないと!

「はぅあっ!? おっと! わっはぁっ!」

 僕はロッドを展開して、避けられそうにない弾を幾つか叩き落とす。
 それでも、回避するのに精一杯で攻撃には移れそうにない。
 ……そういえば、何気に全方向から襲いかかってくる弾幕は初めてだ。
 今までの弾幕はだいたい使用者を中心に全方向へ広がっていくタイプだったから、これはちょっとやり難い。
 やり難いと言うか、正直ヤバい。ロッドで裁く量が増えてきた。
 このままだと、一発当たった瞬間雪崩れ込むように弾幕の山を喰らってしまいそうだ。
 美鈴は――裁くのでいっぱいいっぱいなのは僕と一緒だけど、まだ隙を窺う余裕は持っているみたい。
 あの様子なら、フォローすればイケるかな?

「美鈴!」

「あ、はいっ?」

「僕は無理そうだけど、突破するなら援護するよ! 何する!?」

「えーっと……ではなにか、障害物のようなものを」

「了解!」

 そういう小細工は、はっきり言って得意分野ですともっ!
 僕は思いっきり地面を踏みつけ、無数の氷の柱を隆起させる。

「必殺! 毎度おなじみ氷壁畳み返し応用へぶっ!!」

 その隙に弾を二、三発喰らったのは、まぁその御愛嬌と言うか何と言うか。
 でも弾幕雪崩れ込みは防いだよ! 脇腹が痛くても頑張りますっ!!
 ちなみに、美鈴とフランちゃんは氷柱の方に注目してて僕のドジに気付いてない。セーフ。

「うわぁ、すっごぉい! キラキラしてて綺麗!!」

「ナイス援護です。これならいけますっ!」

 障害物が出来た事で一瞬乱れた弾幕を掻い潜り、美鈴が駆け出した。
 まるでスーパーボールのように、彼女は柱を土台にして縦横無尽に跳ねまわる。
 凄いなぁ。良くあの速さで動きまわって、頭をぶつけたりしないもんだ。
 僕も氷翼展開時には似たような動きをするけど、当たらないようにしてるだけで見えてるワケじゃないからなぁ。
 もっともフランちゃんは、かく乱するような彼女の動きをそもそも気にしていないようである。
 完全に見切っているのかそれとも、始めから見切るつもりが無いのか。
 前者でもまずいけど、後者だとしたら……。

「妹様、御覚悟をっ!」

「ふふふっ、待ってたよめーりん!」

「くっ!?」



 ―――――――禁忌「恋の迷路」 



 先ほどの弾幕のスペルブレイクと同時に、次のスペルカードが宣誓された。 
 螺旋を描くような弾幕が、光のカーテンとなって全体へと広がっていく。

「美鈴!?」

「―――甘いですっ!!」



 ―――――――星気「星脈地転弾」



 しかし弾幕が美鈴へと到達する前に、彼女のスペルカードが発動した。
 膨大な量の「気」が美鈴の手に集まっていき、巨大なエネルギー波として放たれる。
 何とも強大で、恐ろしく発生の速いスペルカードだ。
 さすがは本家本元、気の扱い方が桁違いに上手い。
 ―――しかしそれでも、フランちゃんのスペルカードを破るには至らないらしい。
 二つの弾幕は、ぶつかった所で完全な拮抗状態になってしまっている。
 マズいね。広域技であるフランちゃんの弾幕と、一点突破を主眼に置いた美鈴の技が互角って言うのは。
 
「あ、晶さぁん! 見てないで手伝ってくださいよぉっ!?」

「あっ、ゴメンゴメン」

「援護してくれるんじゃなかったんですかーっ!?」

 そう言えばフランちゃん、さっきスペルブレイクしていたっけ。
 新しいスペルカードを使ってはいるけど、美鈴が拮抗しているおかげでこっちには弾幕があまり来ないし。
 援護し放題じゃないか。確かに、ぼーっと見ている場合じゃ無かった。

「それじゃあフランちゃん、覚悟!」

「わっ、あきらも来るの?」

 美鈴に当たらない場所へ移動し、僕もスペルカードを宣言する。
 とりあえず、一番威力のある弾幕を叩きこもう!



 ―――――――零符「アブソリュートゼロ」



 放たれた蒼い閃光は、余波で床を凍らせながらフランちゃんに直撃した。
 それにしても我ながら凄まじい威力だ。多少減殺されたものの、光は相手の弾幕を見事に凍らしている。
 確か、幻想化した「凍結」の概念が混じってるんだったっけ。
 弾幕すら凍りつかせると言うのは、自賛を抜きにしても相当な威力である気がする。
 気で出来た美鈴の弾幕も、まるで水晶のように美しく固まっていってるし。

「あわわわわっ!? ちょっと晶さん!?」

「……あ、ゴメン。なんか思ったよりも効果範囲が広かったみたい」

「びっ、びっくりしましたよ。さりげなくこちらを巻き込まないでくださいっ!」

 すいません。こんなに強烈だとは思わなかったんです。
 発射口である手が凍る前に何とか離脱した美鈴へ、僕は苦笑いと共に謝罪を送る。
 でもこのスペカ、最初のヤツより大分弱体化してるんですぜ?
 今更だけど、「フリーズ・ワイバーン」ってハードルの高いスペルカードだったんだなぁ。

「ぷはっ、私もビックリしたよ!」

 そしてあっさりと、自身を拘束していた氷を破壊する妹様。
 なるほど、付与された概念は強烈でも威力は大した事無いんですね。生まれつつあった自信が見事に死にました。
 しかもダメージは皆無、相手のテンションだけは急上昇。一瞬回れ右したくなった僕を誰も責められまい。

「あきらもめーりんも強いねー。私一人だと辛いかも」

「いや、当方フランちゃん一人でいっぱいいっぱいなんですが」

「同右です……」

「だから、私も二人に負けないよう‘増える’ね」

 そういって彼女は、ニヤリと笑って二人に……えっ、二人に?
 どうやら僕の目は少しおかしくなってしまったらしい。長時間魔眼を使い過ぎていたせいだろうか。
 軽く目を擦り、改めて僕は目の前の光景を見直す。
 ――今度はなんと四人に増えておりました。何でやねん。

「ほえっ!? ちょ、うぇっ? あれぇ!?」

「お、落ち着いてください晶さん。アレは妹様のスペルカード、「フォーオブアカインド」ですっ!」

「増えるの!? スペルカードを使うと増えちゃうの!?」

 今まで見てきたスペルカードの中で、一番無茶苦茶な技なんですけどソレって。
 そもそも、増殖とフランちゃんの能力には何の関わりも無いっすヨ?
 アレか。自分と言う個体が一つしかないと言う事実を破壊したワケですか。ねーよ。
 
「うふふふふっ、安心して良いよ。他の三つは弾幕を放つ事しか出来ないニセモノだから」

「ぐ、具体的に言うとどの程度の事が出来るニセモノなんですか?」

「弾幕ごっこなら一通り出来るよっ」

「めーりんさん、トイレ行ってきて良いですかね」

「あはは、男の子なら最後まで意地と我慢を貫くべきですよ?」

「ですよねー」

 や、逃げる気はありませんでしたけどね。一応確認しておきたかったんデスよ。
 どこぞの四○の拳なら個々の実力は弱体化するのに……。
 さすがは幻想郷、質量保存の法則なんてクソ喰らえって事ですか。
 そしてフランちゃん×4は、各々の手に巨大な炎の剣を――ってちょっと待ったちょっと待った!?

「い、妹様!? それって「レーヴァテイン」……他のスペカの弾幕じゃないですかっ」

「どぇぇぇええ!? ちょ、フランちゃん。幾ら枚数制限が無くても、スペカの同時発動はダメだよ!?」

「ふふっ、大丈夫だよ。‘コレ’はそういうスペカだから」

「えーっと……それはつまり」

「じゃあ、行くよっ!」
 


 ―――――――禁忌「フォーオブアカインド・ジャックポット」



 本体と思しきフランちゃんが、炎の剣を振り下ろす。
 その一撃は、僕と美鈴を綺麗に分断した。
 そして分身と思しきフランちゃん達が、美鈴の所に二人、僕の所に一人向かってくる。
 数的有利を確保した上で、各個撃破を狙ってくるなんて……フランちゃんってば無邪気な割に意外とクールね。
 比較的僕より技量の高い美鈴に二人行ってるのは、まだ僥倖だと思うけど。
 
「あはは、私も行くよーっ!」

 ――ああ、そういえば本体が残ってましたネ。うっかりうっかり。
 もちろん彼女は、まっすぐこちらを目指している。
 ヤバい。とりあえず一対一の状況の内に、目の前の分身フランちゃんを倒しておかないと!

「と言うワケで分身フランちゃん、かくごふっ!?」

「あ、晶さぁーん!?」

 わーい、分身なのにフランちゃんってば超つよーい。
 そういやさっき近接戦であっさりブン投げられてましたね、忘れてました。
 ましてや今度はスペルカード付き。そりゃあっさりとド突き回されてしまうはずですよ。
 何とかロッドでレーヴァテインを受け止めて致命傷は避けたけど、困った事に手が痺れてまともに動けそうに無い。
 そして、そんなこんなやってるうちに本人がやってきてしまいました。

「わーいっ、隙在りー!」

 声だけは和やかに、勢いは凄まじく炎の剣を振り下ろすフランちゃん。
 一方の僕は、分身の攻撃を受けたせいで反応する事が出来なくなっていた。
 ……あ、ヤバい。これは確実に避けられない。それに多分、この一撃を受けたら僕は―――

「ふっとんじゃえーっ!」

「あ、晶さん!?」

「あっ……」

 炎の剣が当たる直前、僕は思わず目をつぶってしまった。
 近づいてくる轟音と肌を焼く熱風が、死をもたらす攻撃がすぐ近くまで迫っている事を教えてくれている。
 ……もうダメだ。
 この状況を打開する手が、今の僕には存在していない。


 ――ゴメンよフランちゃん、友達になるって約束したのにあっさり死んじゃって。


 ――美鈴もゴメン、面倒な事態を全部押しつける形になっちゃった。


 僕は頭の中で色んな人に謝罪していく。幸か不幸か、文姉や幽香さんやアリス、にとりに親分と謝る相手には事欠かなかった。
 やがて紫ねーさまに謝り、最後に外の世界の友人への謝罪を思い浮かべようとして、さすがに僕も違和感を覚え始める。
 長い。幾らなんでも着弾に時間がかかり過ぎだ。そろそろ、身体中に炎が引火してもおかしくない頃なんだけど。
 ……そういや、前にも似たような事があったっけ。
 あの時は文姉が助けてくれたんだよね。もしかして、今度もまた?
 僕は恐る恐る目を開けてみる。すると―――
 
「ピンチの時は、頼って安心魔界神!」

 灰色に染まった世界で、半透明な謎のお姉さんがぷわぷわ浮かんでいた。
 ええー、何これ。これが噂のバッドエンド後のショートコントって奴ですか?
 赤いと思われるゆったりとしたローブを身に纏い、銀色と思しき髪をサイドポニーにしている謎のお姉さんは、人差し指を両頬に固定したままニコニコしている。
 ……ひょっとして、これツッコミ待ち?

「私が‘再生’されたと言う事は、アリスちゃん、死ぬようなピンチに陥ったと言う事ね」

「アリス? アリスの関係者なんですか?」

「危ない真似ばっかりしているみたいで、ママちょっと悲しいわ」

「ママって――まさかアリスのお母さん!?」

「でも大丈夫! この鎧にこっそり仕込んだ魔法が、アリスちゃんをしっかりと守ってくれるから!!」

「……あのー、すいません。僕の話も聞いてもらえませんかね」

 ガン無視で話を薦めるアリスのママ(仮称)さん。
 僕がストップをかけると、キョトンとした顔でマジマジとこちらを見つめてくる。
 凄く可愛らしい人だ。とてもじゃないけど一児の母だとは思えない。

「あら、アリス……ちゃん?」

「あはは。いやその、大変申し訳ないんですが」

「髪型と髪の色と瞳の色と服と体型と顔の造りと性別変えた?」

「そこまで違ったら別人の線を疑いましょうよっ!?」

 この恰好した僕の性別を当てる所は、素直に凄いと思うけどさぁ!
 そこまでボケ倒されると、逆にツッコミ辛いですよ?

「アリスちゃんは心配性ねぇ。ママだってそういう時はちゃーんと疑うわよ?」

「いや、だから僕はアリスじゃなくてね」

 ……アリスがしっかりしている理由、何となくわかった気がする。
 おでこをつつきながら、可愛らしく僕を叱るアリスのママ(半確定)さん。
 これは、現状を把握するだけでも時間がかかりそうだなぁ。
 あまりに突飛過ぎる状況に、僕は思わずため息を漏らすのだった。





「それにしてもアリスちゃん、細くなったわねぇ。ご飯ちゃんと食べてる?」

「本人聞いたら大激怒しますよソレ」

 ――とりあえず最初に、この変な誤解を解かないとなぁ。
 



[8576] 東方天晶花 巻の六十四「神の存在を立証しようとするあらゆる試みは、すでに神に対する冒涜である」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/04/27 11:07


巻の六十四「神の存在を立証しようとするあらゆる試みは、すでに神に対する冒涜である」




 そこは、とても不思議な空間だった。
 視界に入る光景は全て灰色で、まるでモノトーンの世界に迷い込んだような錯覚を受ける。
 遠くに見えるのは地平線らしきボヤケた線のみで、それも見るたびにブレたり歪んだりして正確に把握する事は出来ない。
 そもそも、前後左右の感覚からしてすでにあやふやだ。
 自分が今どこに居るのかも、ちょっと気を抜いた隙にすぐ分からなくなってしまう。
 何もかもが規格外なこの灰色の世界、そこで僕は。

「うふふ、アリスちゃんってば幻想郷で楽しくやってるみたいね。良かったぁ」

「……まぁその、有意義に暮らしてるとは思いますよ?」
 
 何故か、友達のお母さんと思しき人と呑気に談話しています。
 世の中は不思議でいっぱいですね。本当に、何でこんな事になってるんだろうか。
 この謎の空間に放り込まれ、体内時計でおよそ三十分。
 それだけの時間をかけて僕に出来たのは、自分がアリスじゃないと言う誤解を解く事だけだった。
 
「晶ちゃんみたいな可愛いお友達も居て、ママ一安心だわ」

「……僕、男なんですけど」

「もう、謙遜しなくても良いのよ?」

 勘弁して下さい、色んな意味で。
 さっきから色々話してはいるんだけど、「会話」が成立した回数はとても少ない。
 見て分かるほどの半透明っぷりから薄々感じてはいたけど、どうもこの人は今この場に居るワケでは無いらしい。
 電波状況が悪い。とでも言うのか、所々で会話がかみ合わずチグハグな感じになったりするのだ。
 ……だよね? 素で話を聞いてないって事は無いよね? その場合僕泣くよ?
 と言うかそろそろ、アリスレポート(お笑い変)を報告するのが辛くなってきたんですが。
 せめてお母さんが何者なのかとか、ここはどこなのかとか教えてください。

「―――そういえば貴方。‘ここ’に居るって事は今、命の危機に陥ってるのかしら?」

「ええ、そうですけど……ここってやっぱり、普通とは違う所なんですか?」

「そうよー。鎧の装着主の精神を一時的に切り離して、魔力で構築した仮想空間に召喚したの」

「よ、良く分からないけど、それって相当凄いんじゃあ」

「ゴメンナサイね、居心地の悪い場所で。時間の流れから一時的に外れる必要もあったから、他が手抜きになっちゃって」

 相変わらず微妙に噛み合っていない会話の中で、今さらっとトンデモない話を聞いた気がする。
 アリスが、「実力だけは折り紙つき」と言った理由も良く分かるというモノだ。
 この人、そうは見えないけど実は相当な実力者だと思う。
 ……立ち振る舞いだけなら、どこにでも居そうな普通の母親なんだけどねぇ。
 
「で、この空間にはどんな意味があるんですかね」

「あらあらあら、私ったら何も説明してなかったわね。ゴメンなさい」

「いえ、気にしてません。気にしてませんから続けてください」

 謝罪云々の話まで初めてしまったら、また噛み合わない会話を延々と続ける羽目になってしまう。それは避けたい。
 幾ら時間の流れから切り離されているとは言え、精神衛生上あの状況を放っておくワケにはいかないのだ。
 ……戻ったら戻ったで、大変な事になりそうなんですけどね。
 
「この世界はね、鎧に付けた魔法の効果を説明するためのモノなの」

「魔法の効果――の説明、ですか?」

「そう。本当は渡す時に説明すれば良いんでしょうけど……アリスちゃん、魔法のかかった品物とか受け取ってくれないから」

「そういえばそんな事言ってましたね。自分には必要が無いとか何とか」

「アリスちゃんってば意固地だから、弾幕ごっこにママ達の力を借りたくないみたいなのよ」

「そういう所、アリスは拘るタイプですからねー」

 自分以外の何者かに、最後の一線を委ねる気が無いって事だろう。
 色々と頼りまくっている僕が言うのもアレだけど、そういう彼女の覚悟を理解する事は出来る。
 お母さんもそこらへんの彼女の感情を分かっているからこそ、こんな特殊な形で魔法の鎧の機能を説明する事にしたのだろう。
 このやり方なら、本当の危機に陥るまでアリスはその機能を知らなくて済む。
 ……もっともアリスには、あっさり見抜かれていたみたいだけど。

「何かスイマセンね。その気遣いを僕が台無しにしちゃったみたいで」

「良いのよ。この鎧は‘アリスちゃんの役に立つ’ためのものだから。お友達を助けるのだって手助けの一種でしょう?」

「ママさん……」

「それに機能の説明を聞いておかないと、晶ちゃん死んじゃうわよ?」

 あ、そうでした。
 すっかり忘れてたけど、僕ってレーヴァンテインを喰らう寸前だったんだよね。
 勝利に括るつもりは無いけど、命がかかっているなら話は別だ。
 この空間に居られる内に、何とかあのスペルカードの攻略法を見つけないと。
 ……とは言え、今の僕の手札じゃどーしようも無い。
 やっぱりここは、アリスのママさんが言う‘機能’にかけてみるしか無いかなぁ。

「あのー、不躾な事聞きますけど、その機能って即死系の技喰らう直前でも有効なモノですかね」

「と言うより――喰らってからの方が本番かしら」

「ほへ? どういう事です?」

「魔法の鎧には、装着者を死に至らしめる攻撃を無効化する魔法が付与されているのよ」

「へー……ってそれは凄過ぎじゃありませんか!?」

 実質的に、戦闘で死ぬ事が無くなりますよ!? 何てお得な――もとい危険なアイテムなんだろうか。
 そんな僕の驚愕に対して、アリスのママさんは申し訳なさそうに苦笑した。
 ……やっぱり、そんな都合良く行くワケじゃないか。
 うん、分かってたよ? 不利な条件追加は僕のお約束ですもんね。

「この魔法を発動するためには、ある程度蓄積した魔力が必要になるのよ」

「ええっ!? ぼ、僕、そういう事やってないんですけど」

「それは大丈夫。鎧の方が自動で、装着主から影響の無い程度の魔力を常に集めてくれるから。だけど……」

「……だけど?」

「一気に充填させる事も出来ないの。一度発動したら、再度使用可能になるまでかなり時間がかかるわ」

「それって、出来る出来ないはどう見極めるんですかね」

「両腕にある宝玉の輝きが戻るまで、魔法は発動しないわよ」

 なるほど、この蒼い宝石か。覚えておこう。
 しかし困ったなぁ。あくまで出来るのは攻撃の無効化だけなんですか。
 いや、機能自体はとてもありがたいモノなんですけどね。現状の打開策としてはちょっと……。
 一撃KOだからねー。一回無効化した程度じゃ、延命措置にしかならないっすよ。

「うーん、他に何かありませんかね」

「無効化した攻撃のエネルギーで、一時的に防御力が上がる。って機能もあるけど」

 ……その様子だと、あくまで無効化のオマケ程度のモノなんですね。
 そもそもあの炎の剣が相手じゃ、防御力をちょっと上げた所で焼け石に水だよなぁ。
 あ、今ちょっと上手い事言った? ……どうでも良いですねゴメンナサイ。
 
「むぅ、どうしたもん」

「じーっ」

「かぁーっ!?」

 な、ななな、何ゆえママさんの顔が至近距離に!?
 ビックリした、超ビックリしたっ! これが人妻の実力だと言うのかっ!!
 いや、僕にそっちの嗜好は無いんですけどね。
 マジマジと僕の顔を見つめるママさん。何度も言うけど、この人本当に一児の母なのだろうか。
 有り得ない程若々しいんですが、ああそんな無警戒に近寄らないでくださいよ。

「貴方、気付かなかったけど随分面白い力を持ってるわね」

「力!? あ、ああ、「相手の力を写し取る程度の能力」の事ですか」

「ううん、もっとその奥にある――とっても強い力。ほら」

「えっ―――」

 彼女が手をかざすと、一枚のスペルカードが現れる。
 それは、かつて僕が生み出した、僕の能力を大きく超えた力。
 スペルカード、「幻想世界の静止する日」。
 忘れていた。僕にはたった一つだけ、フランちゃんに対抗し得る力があったんじゃないか。
 でも、ダメだ。この力を使うワケにはいかない。
 こんな、得体の知れない力を――。

「落ち着いて晶ちゃん。そうやって、力を否定してはダメよ」

「マ、ママさん?」

「力ってとても繊細なモノなの。貴方の心が力を拒否してしまえば、その力は本当に別のモノへと変わってしまうわ」

「だけど、この力はとても僕に扱えるものじゃ」

「……そう、怖い事があったのね。自分の力を恐れてしまうような、そんな出来事が」

 アリスのママさんが、僕の両手を包み込むようにして握る。
 それだけで、さっきまで感じていた恐れのようなモノが少し薄れた気がした。
 
「晶ちゃん。今から、私に少しお手伝いをさせてね」

「お、お手伝い?」

「少しだけ、‘お話’をさせてあげる。貴方の中に眠る。貴方の力と」

 そう彼女が言うと同時に、僕の意識はゆっくりと遠ざか――らなかった。
 確かに自分の中に何かが流れ込んでくるような感覚はあるけど、それだって特に痛くもなんともない。
 なんかこう、想像していたのと違うなぁ……。
 こういう時って、不定形の世界に行って不定形の何かと断片的かつ勿体付けた会話をするんじゃないですか?

「あら、貴方今それと似たような世界に居るじゃない」

「……でしたっけ」

 そういや今、精神だけの状態で不定形な世界に居るんですよね。
 普通のノリでいけるから、最初に聞いた時からスルーしちゃってました。

「今の状態なら、貴方の力を上手い具合に導いてあげる事ができるわ。さぁ、ゆっくりと集中して」

「えーっと、集中してどうすれば良いんでしょうか」

「貴方が力を恐れるのは、扱いきれない怖さからなんでしょう? なら、一部だけで良いから扱える様にしましょう」

「ママさんがやってくれるんですか?」

「私は導くだけ、形にするのは貴方。今、自分がもっとも必要としている力……あるはずよ」

 ママさんから流れてくる力が、僕の中から「何か」を引き出し形にしようとしている。
 あの時と同じく、自分の知らない自分の力が目を覚まそうとしていた。
 だけどそれだけだ。目を覚ました「何か」は、ただ出てきただけで一向に落ち着こうとしてくれない。


 ――これに‘理由’を与えるのが、僕の役割って事ですか。


 正直に言うと、やりたくなかった。
 怖い。分からない事もだけど、分かってしまう事が何よりも怖い。
 けどママさんは言った。そうやって否定してしまえば、僕の力は別のモノになってしまうと。
 幸運にも、今僕には理由がある。
 力と向き合うのに、充分過ぎる程の理由が。

「よしっ、やってみるか」

 カラー反転した自分とか、ヒゲでグラサンで黒い衣装纏ったオッサンとかと戦わされる心配は無いんだ。お得お得。
 僕は目を瞑り、言われた通り「力」に新しい形を与える。
 フランちゃんに対抗するための、自分の中に眠る何かに近づくための、新しいスペルカードを。
 力が、僕の意思に応え凝縮されていく。
 やがて目を見開くと、そこにはうっすらと輝く新しいスペルカードが浮かんでいた。
 ……あらら、本当に出来ちゃったよ。

「ほら、出来たでしょう?」

「出来ましたねぇ……」

「ふふっ、これで何とかなるかしらね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 スペルカードの完成を、まるで自分の事のように喜ぶママさん。
 アリスの友達だからとはいえ、初対面の自分に何とも親切にしてくれるものだ。
 ……いつか、もっとちゃんとした形で本人にお礼を言わないとなぁ。

「そろそろ、この空間を維持するのも限界みたいね」

 ママさんが空を見上げた。そういえば、灰色の世界は微妙に揺らぎが増しているような気がする。
 元々、この世界は事情を説明するためのモノだ。長く続く様には出来ていないのだろう。

「お別れの時間ね。結局大事な所しか説明できなかったわ、ゴメンナサイ」

「いえ、こちらこそスイマセン。せっかくのアリスとのお話のチャンスを潰しちゃって」

「ふふっ、晶ちゃんとお話しするのも充分楽しかったわよ。今度は魔界へ遊びにきなさい、アリスちゃんと一緒にね」

「……あの、この空間が消えてなくなる一歩手前にこんなこと聞くのアレなんですけど。――ママさんって何者なんですか?」

「あら、言ってなかったかしら」

 そういって、アリスのママさんは微笑みながら両頬に指を添える。
 ノイズが混じりかけている灰色の世界でやられると大変シュールなんですが、ツッコミは入れちゃダメなんでしょうか。
 と言うかソレ、最初の時もやってましたよね。決めポーズなんですか?

「『魔界神』神綺。アリスちゃんのママやってまーす☆」

 ……色々とツッコミ所はあるけど、とりあえず一つだけ。
 今までの流れから考えて、その名乗り方はおかしいですママさん。そっちはとっくの昔に知ってます。
 最後に壮大なボケを垂れ流す自称魔界神。後半の頼りになってた姿が色々台無し過ぎる。
 そして、空気を読んでツッコミさせる前に崩壊する灰色の世界。
 最後の最後でヤル気激減である、僕は肩の力を抜きながら意識を失うのであった。








 

 そして目を覚ますと同時に、炎の剣に飲み込まれました。

「ぎゃぼーっ!?」

「晶さんっ!」

 来る事は理解してましたが反応は出来ませんでした。って言うか無理だから、絶対無理だから。
 炎はそのまま飲み込むように僕の全身を包み――次の瞬間、綺麗に霧散していった。
 
「――えっ」

「ほ、炎が消えた!?」

「おおぉ……」

 そういうものだと事前に説明を受けていても、やはり実際に見ると驚いてしまうものだ。
 両腕の蒼い宝石は輝きを失い、代わりに銀色の鎧が淡い光を放ち始める。
 これで、攻撃の無効化は出来なくなった。
 ‘オマケ機能’も発動したみたいだけど……それで向上した防御力なんて微々たるモノだろう。
 なら、反撃のチャンスは今しかない。
 彼女が惚けている間に、新しいスペルカードを発動させる!

「セット、スペルカード」

 僕は収納状態のロッドを両手で掴む。
 これは、‘柄’だ。
 フランちゃんに対抗するため、自らの力に歩み寄るため、僕が選んだ力の形。
 それは――神代の器物の名を借りた、一振りの剣。



 ―――――――神剣「天之尾羽張」 



 光の奔流が「柄」の先へと集束する。
 神話は違えど、炎の神を両断した国産みの神の剣だ。
 彼女の「レーヴァテイン」に対抗するのに、これほど相応しい武器は無い。
 全長三メートル程の巨大な光の剣は、まるで生きているかの様に轟々と輝いている。
 相変わらず得体が知れないけど、今はその不思議さ加減が頼もしい。

「チェストォォォォォオオオっ!」

「―――っ!?」

 僕は目の前の分身フランちゃんを、光の剣で斬りつけた。
 不意打ち気味な僕の攻撃に、それでも咄嗟に反応した分身は、炎の剣でその一撃を受け止めようとして。

 
 ―――そのまま、‘受けた剣ごと両断され’消滅した。


 返す刀で、僕はさらに美鈴と戦っていた二体のフランちゃんを攻撃する。
 今の一撃で光の剣の威力は証明された。
 後は、このまま一気に畳みかけるだけだ!

「だから頑張って避けてね、美鈴!」

「どわぁぁ!? ちょ、ちょっと晶さぁぁぁぁあん!?」

「伸びろ、天之尾羽張!!」

「その上伸ばさないでくださいよぉっ!?」

 僕の意思に呼応するように、光の剣は二倍以上の長さへと伸びて行く。
 巨大化してもなお輝きを損ねない神剣で、僕は分身二人を思いっきり薙ぎ払った。

「これで、三人っ!」

「うそ……」

「あっ、危なかった……死ぬかと思いました」

 スペルカード「天之尾羽張」は、分身とは言えレーヴァテインを持ったフランちゃん三人をあっさりと屠った。
 僕は驚異的な威力を誇る神剣を構えながら、残った本体フランちゃんへ不敵な笑みを浮かべて見せる。
 さて、皆様お待たせしました。
 ここからは晶君の、スーパー内面描写と言う名のビビり垂れ流しタイムとなっております。

 
 ―――なぁぁぁぁぁあああんじゃこりゃぁぁぁああああああっ!?!?


 どこの発砲スチロールカッターだよお前さん。スパスパ斬れるったって限度ってモノがあるでしょう!?
 全然手応えが無かったんですけど、レーヴァテインに対抗するってレベルじゃねーぞっ!
 自分の作ったスペルカードがどれだけヤバげなシロモノだったのかを、僕は今はっきりと自覚いたしました。
 こんなもん全域にぶちまけた日には、幻想郷に風穴が空きますヨ?
 つーか、威力に制限かかって無いのでございますかよこのスペルカード。
 おまけにやたら使い心地が良い。伸びるし軽いし疲れない。壊れ性能にも程がある。
 本当になんだコレ、剣になった分さらに扱いが面倒臭くなっただけじゃないか。誰だこんなスペカ考えた馬鹿は! あ、僕か!
 何とか驚愕と呆然と焦りと恐れを抑え込み分身三人を倒す事は出来たけど、これで本体とチャンバラするのはヤバくない?
 そもそも、チャンバラのていを成せるんですか?
 

 ……無理だろうなぁ。色んな意味で。


 結局、範囲が小さくなっても使いづらい事に何の変わりも無いワケだ。
 何で外の世界で核兵器が使われないのか、ちょっとだけ分かったような気がする。
 しかし、この光の剣が今回の勝負で頼らなければならない切り札である事に変わりは無い。
 これを使った上で出来るだけ双方の命の危険が少なく、かつ、フランちゃんを楽しませる方法は……。

「――あっ」

 困った事に、僕はそのアイディアを思いついてしまった。
 恐らくこの方法なら、神剣の威力を気にする事なくフランちゃんを思う存分楽しませられるだろう。
 ただし……僕の体力と精神力が持てば、の話になるけれど。
 ああ、どうして僕はこう、自分の寿命を擦り減らすような戦い方しか思いつかないんだろうか。
 さらにタチが悪いのは――そんな戦い方を僕自身が、すでに享受していると言う事だ。
 
「ねぇ、美鈴」

「こ、今度は何ですか……」

 先ほどの一撃を何とか避けた美鈴が、息を切らせながら聞き返してくる。
 その節は大変申し訳ありません。でもこれから先は、しばらく休めると思うから安心して良いですよ?

「悪いけど、ちょっとの間後ろに控えててくれないかな」

「え、ええっ?」

「ねぇ、フランちゃん。分身もヤラれた事だし、しばらく一対一で遊ばない?」

「あははっ、凄いよあきら!! 良いよ、いっぱい遊ぼう!」

 ようやく衝撃から立ち直れたフランちゃんが、喜色満面の笑顔で炎の剣を構える。
 今の攻撃で、ちょっとは怯んでくれないかなーと期待していた僕涙目だ。
 でもまぁそんなフランちゃんなら、この‘お遊び’も楽しんでくれる事だろう。

「あ、晶さん、何を……?」

「いやなに、そろそろ初期の目的を達成させようと思っただけですよ」

 光の剣を携えながら、笑顔のフランちゃんの前に立ち塞がる。
 内心の動揺を抑え込むように僕も笑い、彼女へ向かって高らかと宣言した。

「さて、我慢比べと参りましょうか。――最後まで、思う存分付き合って差し上げますよ」
 
 ……その前に、遺言を言っておいた方が良いかもしれないけどね。主に僕が。


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】


山田「久しぶりの登場にテンション激熱確変確定山田ですっ!」

死神A「いや、パチンコなんてやった事ないでしょうに。死神Aです」

山田「今回は晶君のスペルカード祭りです。大変おめでたいですが量も多いので、サクサク行きますよ!」

死神A「せめて自分のボケくらいは拾ってくださいよ……」


 Q:ところで、【幻想化した『凍結』の概念】ってナンデスカ!?


山田「良い質問です。有耶無耶な解説ばかりでちゃんと説明しない作者に聞かせてやりたいくらいです」

死神A「ツッコミしにくいボケも止めてください」

山田「これには以前、花の妖怪等が言っていた「凍結の概念を付与」と同じ意味があります」

死神A「言い方を変えただけって事ですか。で、どういう意味なんですか?」

山田「まぁ要するに、「本来は凍らない物すら凍る様になった」と言う事ですね」

山田「炎や「気」の様な本来凍らないモノすら凍らせる。物理法則を完全に無視した「幻想」、それがあのスペルカードの特徴なワケです」

死神A「なるほど、ビームやら弾幕やらすら凍るってワケですか。それは確かに凄いですねぇ」

山田「これとは逆に、科学的な「凍結」の概念を極大化したのが今回の「天之尾羽張」です」

死神A「あれですか。やたらスパスパ切れてた」

山田「物理の概念なので幻想郷在住の私には上手く説明できませんが、物体の凍結には原子の動きや振動などが関わってきています」

死神A「今、微妙に予防線を張りましたね」

山田「晶君の「天之尾羽張」は、そういった凍結における「物体の熱エネルギーを奪う」という概念を極大化しているのです」

死神A「所謂絶対零度って奴ですかね」

山田「はい、しかもそこからさらに派生しています。「天之尾羽張」は、「あらゆるエネルギーを奪い尽くす」と言う特性を持っているのです」

死神A「うわ、ヤバそう」

山田「実際の所かなりヤバいですね。奪うエネルギーは幻想、実存問わずですから。あの吸血鬼の分身が一太刀でやられたのもそれが原因です」

死神A「え? アレは斬られたからじゃないんですか?」

山田「剣の形はしてますが、基本はエネルギーの塊ですよ。分身が消失したのは、あらゆるエネルギーを奪われて身体を維持出来なくなったからです」

死神A「……普通に斬られたよりタチが悪くありません?」

山田「タチ悪いですよ。元がそれを視界内全てに撃ちだす「幻想世界の静止する日」ですし」

死神A「何事も無いかのように言わないでくださいよ……」

山田「まぁでも、私は物理学に詳しくないので説明は間違ってるかもしれませんが。私は物理学に詳しくないので」

死神A「ゴリ押ししないでくださいよ……はぁ、ではではまた次回~」

山田「ツッコミに元気が無い。昇給カット」

死神A「どう転んでも地獄!?」

山田「誰が上手い事を言えと」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[8576] 東方天晶花 巻の六十五「行動はいつも幸せをもたらすものではないが、行動なくしては幸せはない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/05/04 00:51


巻の六十五「行動はいつも幸せをもたらすものではないが、行動なくしては幸せはない」




 フランちゃんが、僕に向かって炎の剣を振り下ろす。
 僕はその一撃に狙いを付け、光の剣で炎を斬り払った。

「あははっ、まだまだぁっ!」



 ―――――――禁忌「レーヴァテイン」
 


 即座に、フランちゃんが魔剣のスペルカードを発動する。
 再度彼女の手に生まれる炎の剣。唸る様に騒ぐ灼熱の塊が、間髪いれず僕に襲いかかってきた。
 僕はそれを、手にした神剣で薙ぎ払う。
 

 炎の剣が構築される。フランちゃんが斬りかかる。炎の剣だけを斬り払う。

 再形成、斬撃、薙ぎ払い。

 斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。斬る、薙ぐ。


「はぁぁああああああっ!」

 相手の攻撃を、愚直なまでに防ぎ続ける。
 攻勢には出ない。狙うのは、彼女の持つ炎の魔剣だけだ。
 さすがにフランちゃんも、レーヴァテインばかりを狙うそんな僕の行動に違和感を覚えたのだろう。
 怪訝そうな顔で、糾弾するような視線を僕に送ってくる。
 
「あきら、どうしたの? なんでその剣で私を攻撃しないの?」

「……ちょっと色々あってね。でも、手加減しているワケじゃないから安心しても良いよ」

 額の汗を拭い、僕は少し弱音の混じった笑みを浮かべた。
 消極的な態度だから、フランちゃんが不機嫌になるのも分かる。
 ここでモチベーションを下げられても困るから、素直に狙いを白状する事にしよう。

「言ったでしょ? 我慢比べだって」

「え?」

「僕はフランちゃんの攻撃を全て捌く。それこそ、フランちゃんの体力が尽きるまでね」

 スペルカードの発動には、何かしらの力を使う。
 それはフランちゃんだって同じ事だ。何度もスペルカードを発動すれば、消耗する事は確実なはず。
 僕の「天之尾羽張」は、発動中にそれほど体力を持っていかれない。
 この条件下なら、消耗戦に持ち込んでも勝算は少なからずある――と良いなぁ。
 問題は、吸血鬼の体力がどれほど続くかと言う事だ。
 体力にはそこそこ自信があるけど、相手はそもそも規格外。
 分は確実に悪いけど……平和的に終わる手をこれしか思いつけなかったんだよねー。

「そっか、だから‘その剣’を使ったんだね」

「……ほへ?」

「惚けるのは止めてよ。その剣、レーヴァテインの炎と一緒に私の魔力を結構持って行ったじゃないの」

「なるほど、相手の力を奪うその剣を使った長期戦狙いと言う事ですか。さすが晶さん!」

「あ、あはははは、そ、そーなんですよぉー! あははははは」

 ……この剣、「斬る」んじゃなくて「奪う」んだ。
 そんな基本的な所からすでに分かって無かったんですが、僕。
 それにしても、当たってないフランちゃんの魔力を持って行くって実は相当凄くない?
 ますます扱いが面倒になった気もするけど、現状の狙いを考えると救世主と言っても過言ではないだろう。

「あはは、面白くなってきたね! でも、あきらの体力は大丈夫?」

「今のところ、僕が唯一自慢できる技能がソレです」

「晶さん、その自慢は芸達者な人の台詞じゃありません」

 ですよねー。
 自分で言ってて、ちょっと泣きそうになりました。
 
「良いよ、我慢比べ! 私が疲れる前に、あきらを黒コゲにしてあげるっ!!」

「丁重にお断りいたします! せめて三分焼き位にしてくださいっ!!」

「人間だと、三割くらいの火傷で致命傷だってパチュリー様が言ってましたが」

「美鈴はちょっと黙ってて!!」

 そういう、リアルに命の危機を感じさせる台詞はちょっと自重してください!
 色んな意味で劣ってるこっちが守勢に走る無茶は、すでに重々承知してるんですからっ!
 おまけに今のやり取りで、落ちかけていた相手のテンションはマックスに。
 ……勝利条件がハッキリするだけでも、モチベーションってのは大分変わってくるからなぁ。
 ああ、とってもピンチの予感。

「いっけぇぇぇえええっ!」



 ―――――――禁忌「レーヴァテイン」
 


 構築される炎の剣。再び、終りの見えないモグラ叩きが始まろうとしていた。
 だが、振り下ろされた魔剣は神剣と交差し、一瞬の間拮抗する。
 
「なっ―――」

「確かに凄い剣だよ、ソレ。だけど対処法が無いワケじゃないね」

「そ、そーなんですかー」

「出力を上げれば、少しは抵抗出来るみたい。力を一瞬で全部奪ってるワケじゃないのかな」

「あ、あはは、それはどーでしょうかねー」

 ヤバい。今まで圧倒的なパワーばかりが目立っていたけど、この子結構頭もキレる。
 能力を完全に把握できてない現状だと、先に対抗策を打たれる可能性もあるかもしれない。
 しかし現状だと、ただ愚直に剣を振りまわすしかない気が……。
 
「どうするの? 今度は、何を始めるのかな?」

 どこか挑発するような笑みで、フランちゃんが僕の出方を窺う。
 ――その姿を見て、乱れかけていた頭が冷えた。
 ちょっと対抗手段を手に入れただけで、危うく五分に戦えると思い込む所だったよ。
 忘れていた。そもそも、こっちの小賢しい知恵が通じる状況じゃないのだ。
 今はただ全力で、何も考えずに剣を振りまわせば良い。だから――

「そういう事は、破られてから考えるっ!!」

「……いっそ清々しい程の無計画っぷりですね」

「そうかな? 後の事を‘あえて考えない’って、意外と英断だと思うよ?」

 チクショウこれも読まれてる! フランちゃんってば、狂気を抑えると頭が回る様になるんですね!!
 狂っててもそうでなくても強いとは……どうやら僕が楽できる機会は早々訪れないようだ。
 しかし、それでこそ覚悟も決まると言うモノだ。
 
「宣言する。ここから先、僕が使うのはこの「天之尾羽張」だけだっ!」

 知られていようが読まれていようが、真正面から受けて立つ。
 これが、今の僕に出来る最善の‘策’だった。

「なら私も、「レーヴァテイン」だけであきらを捻じ伏せてあげるっ!!」

「――上等っ!」

 フランちゃんの炎の剣が、さらに二倍近く膨れ上がる。
 ……狙いは、剣同士が拮抗する時間の延長か。
 炎の剣が長時間維持されていれば、それだけ僕の身体が熱気に晒される事となる。
 持久戦をするに当たって、その状況は些か僕に不利だ。
 どうやら彼女は、本当に真っ向から僕の策を捻じ伏せに来るつもりらしい。
 
「さぁ、いっくよぉぉぉぉおおっ!!」

 振り下ろされる炎の剣。それを僕は何とか受け止め、四散させる。
 すでに何度も繰り返された光景だ。けれど状況は、確実に不利な方へと傾いて行っている。
 

 炎の剣が構築される。フランちゃんが斬りかかる。炎の剣だけを斬り払う。数秒、剣同士がぶつかり合う。

 再形成、斬撃、薙ぎ払い、膠着状態。

 斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。斬る、薙ぐ、拮抗。


 工程の増えた激突は、確実に僕の体力を削っていく。
 炎の照り返しが厳しくなってきた。集中力がゾリゾリと紙やすりで削られていく気がする。
 心の奥から、弱音が漏れてきた。
 それを無理やりに追い出して、僕はフランちゃんと相対し続ける。
 ……よく見ると、彼女の顔にもうっすらと疲労の色が。
 そうか。出力を上げたって事は、それだけ相手も疲れやすくなったって事なのか。
 だとしたら、やっぱり条件は五分だ。

「あはは、もうそろそろ参ったカナ!?」

「いや、まだまだぁっ!」

 その事実に、抜けかけていた気合いが再注入される。
 僅かな疲労を訴える身体に鞭を入れて、光の剣を振りかざす。
 輝く神代の剣は、再び一瞬の間も与えず魔剣を消滅させた。

「―――また、力が強くなった?」

「ふっふっふ、世の中意外と気合と根性で何とかなるものなんですっ!!」

「わぁー、気合と根性って凄いねっ!」

「妹様、その人の言葉は話半分で聞いてください」

 どうでもいいけど、壁の花になってから美鈴のツッコミが味方に厳しいです。
 これが多分、世間で言う所の岡目八目なんでしょう。
 傍から見ると僕の行動はツッコミ所満載と言う事ですね、余計な御世話だ。
 せっかく入った気合が、心持ち減ったような気がしてきたじゃないか。

「あ、なんか光が弱くなった」

「本当に減ってる!? いけない、集中集中!」

 何とか落ちかけたモチベーションを高めて、剣の威力を維持させる。
 どうやらこのスペカ、意外と僕の精神の影響を受けやすいらしい。
 黒王号みたいに暴れはっちゃくな性能してる癖に、そういう所だけ迎合されても正直困るんですけど。
 
「と言うワケで、テンションが下がり切る前に続行お願いしますっ!」

「うんっ、いいよっ!!」

「それではどうぞっ!」

「……戦略上仕方無いとは言え、シュールな光景ですよねー」

 うん、僕もそう思う。
 こっちの神剣の性質上、斬りかかる事が出来ないのは地味に辛いよなぁ。
 
「隙在りーっ!」

「なんのっ!」

 振り下ろされた炎の剣を斬り払う。これで同じ表現を何度繰り返した事だろうか。
 しかし、お互いの疲労を考えるとそろそろ終りも近いかもしれない。
 あくまでポーカーフェイスを維持しながら、僕はさらに気合いを入れて光の剣を振りまわす。


 斬る、薙ぐ。

 再構築、斬る、薙ぐ、拮抗。

 斬る、薙ぐ、拮抗。

 再構築、斬る、薙ぐ、斬る、薙ぐ。

 斬る、拮抗、薙ぐ、拮抗、再構築。

 斬る、再構築、斬る、再構築、斬る、薙ぐ。

 
 幾度となく繰り返される剣撃。
 命がかかっているはずのそのやり取りには、いつしかおかしな空気が混ざり始めていた。
 いつ、必殺の一撃が繰り出されてもおかしくは無いのに。
 心はどこか落ち着き、まるで対話をしているような暖かさすら感じている。
 それは、フランちゃんも同じなのだろう。
 今までの無邪気な笑みとは違う、どこか照れくさそうな笑顔で、彼女は真っ直ぐ僕の顔を見つめている。
 今この瞬間、僕とフランちゃんは確かに通じ合っていた。
 だから僕達は、惜しむようにはにかみながら、ほとんど同時に‘終わり’の言葉を口にする。

「えへへ、もう限界みたいだね」

「うん。でも、フランちゃんもそうでしょう?」

「そうみたい。こんなにヘトヘトになったの、生まれて初めてかも」

「そいつは重畳。きっと今日のご飯は、凄く美味しく感じると思うよ」

「あははっ、それは楽しみだなぁ。……でもその前に、決着を付けないと」

「勝っても負けても、恨みっこ無しだからね」

「うんっ!!」

 神剣が激しく輝き、魔剣が轟々と燃え盛る。
 最後の一撃とするために、僕達は己の剣へと残った全力を注ぎ込んだ。

「それじゃあ、行くよ」

「うん、せーので行こうか」

「了解」


 <―――せーの>


 それが本当に同時だったのか、誰にも分からない。
 けれど双方の剣は、図ったかのように二人の中間点で激突した。
 光は炎を、ゆっくりと侵食していく。
 一方の炎は威力が弱まる都度勢いを増し、均衡を保ち続けている。
 一進一退。互いの体力を少しずつ削っていきながら、幻想の鍔迫り合いは続いていった。
 
「うぐぐぐぐぐぐっ!」

「ぐむむむむむむっ!」

 熱気が辛い。柄を持つ手が汗で滑りそうだ。
 互いに一歩も引かない、壮絶な維持の張り合いの結果は―――

「へぅう~」

「あにゃあぁ~」

 拍子抜けするほどあっさりとした、ガス欠による引き分けだった。
 両者のスペルカードが、ほぼ同時に消滅する。
 ……ううっ、まさかここまで来て引き分けるとは思わなかった。
 コストパフォーマンスとか技の相性とかを考えると、勝てる可能性のある勝負だったからちょっとショック。
 けどまぁ、問題は無いか。

「―――じゃあ、後は任せたよ。美鈴」

「えっ!?」

「やれやれ、こういう火事場泥棒的なやり方は好きじゃないんですが」

 倒れ込もうとしている僕の背後から、今まで事態を静観していた美鈴が飛びだした。
 今まで、彼女に傍観を決め込んでもらった理由の一つがコレだ。
 勝負に括るつもりは無いけど、やっぱり決着は一応、付けなきゃいけないもんね。

「妹様、失礼致しますっ!」



 ―――――――撃符「大鵬拳」
 


 美鈴の拳が、吸い込まれるようにフランちゃんに叩きこまれる。
 それが決め手となり、思いの外短時間で僕等の‘遊戯’は終了したのだった。



 


 
 


「ぶーっ、ズルいよめーりん。あのタイミングで攻撃してくるなんて」

「す、すいません、妹様」

 それから数時間後。何とか息を整えた僕等は、思い思いの格好で休みながら先ほどの弾幕ごっこを振り返っていた。
 フランちゃん的に納得がいかないのか、彼女は先ほどから何度も美鈴の行動を咎めている。
 とは言え、僕としてはむしろあそこで‘動いて貰わない方が困った’ので、ここは何とか彼女に納得して貰わないといけない。
 そう、ある意味僕が一番得意としている、この口先三寸でっ!!
 ……いや、誠実さまで投げ捨てているワケじゃありませんけどね?

「落ち着きなよフランちゃん。あの弾幕ごっこは二対一、美鈴が手を出す事には何の問題も無いんだよ?」

「ぶーっ、でもでもー」

「フランちゃん。後に控えている誰かを信じて捨て身になれる……人をそれは絆の力と言うんだよ」

「……言うんですか?」

 そこ、フォローしてるんだから怪訝そうな顔しないの。
 正直自分でも、言っておいてかなり無茶な理屈だと思ってるんだから。

「凄いね、絆の力かぁ……」

 でも信じるんですね、フランちゃんは。
 頭の回転は良いはずなのに、この高野豆腐の様な受け入れ具合はどうなのだろうか。
 やっぱり、彼女の知識は偏りまくってるのかなぁ。
 あっさり信じられてしまって、何だか得も言えぬ罪悪感がヒシヒシと……。

「私も使いたいなぁ、絆の力」

「今後は、僕や美鈴がいるからフランちゃんにも真似出来るかもね」

「本当!?」

「うんうん、だよね?」

「ええ、もちろんですよ」

 せめてもの償いにと苦笑する僕と、純粋に善意から頷く美鈴。
 正直、フランちゃんが捨て身になって戦う相手と会いたくないと言うのが本音なのですが。
 ……あと、恥ずかしいから絆の力を連呼するのは止めて。僕が悪かったから。

「でも―――楽しかったぁーっ! いっぱい遊べたねっ!!」

「それは良かったよ。遊び足りないとか言われたらどうしようかと」

「うんっ、‘今日はもういいかなっ’!」

 良かった良かった。初めの一歩としては上出来過ぎる結果が出たようだ。
 メデタシメデタシだよね。
 それで終わっておいて良いんだよね。
 え、最後の台詞? フランちゃんってば何か言いましたっけ?
 聞こえなかったデスよ? 僕には何も聞こえなかったですじょ?

「すっごく疲れたから、今日はゆっくり休んで明日また遊ぼうねっ!」

 ……吸血鬼の体力って本当に底なしなんだなぁ。
 安易に遊ぼうと言った過去の自分を、ちょっと蹴り飛ばしたくなりました。
 
「明日も、大変な一日になりそうですね」

「あはははは……そうですねぇ」

「まぁ、今日これからも大変なんですけどね」

「ほへ?」

 うんざりした様子の美鈴が、再び僕にだけ聞こえるような小声で囁いてきた。
 彼女は視線で促すように、僕達がさっきまで弾幕ごっこしていた広間を指し示す。
 たび重なる弾幕で、広間は瓦礫に塗れ水浸しになり所々焦げていると言う酷い有様で……。
 わぁー、有り得ない程大惨事だー。

「さ、一緒に御片付けシマショウカ?」

「………」

 美鈴の、仲間を増やすゾンビみたいな笑顔。
 それがこれからどれほど辛い作業になるのかを、暗に語っておりました。

「フ~ランちゃーん! これから御本でも読みにいきませんかーっ!!」

「わーいっ、読む読むー!」

「ぜったい逃がしませんよっ!」

 フランちゃんを抱きかかえ、僕は急いでこの場からの離脱を試みる。
 後ろからは、割と必死の形相をした後片付け係。
 体力を消耗し切った今の僕には、少々厳し過ぎる相手だ。
 しかし、逃げるだけなら手段は豊富にある!
 僕は氷翼を展開し、全速力で加速した。

「わーい、今度は追いかけっこだー」

「なんて大人げない逃げ方を!? ちょっとは手伝う気力を見せてくださいよ!」

 いやいや、僕にはこれからフランちゃんの御守りと言う大事な役割があるからね?
 自分自身を誤魔化しながら、僕は本日二度目となる鬼ごっこに興じるのだった。





 ――――ちなみにその後、最初のカーブを曲がり切れずあっさり捕まる事になるのですがね。いやぁ、悪い事は出来ないもんです。
 



[8576] 幻想郷うろ覚え童話「モモタロウ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/05/08 00:56

 ※CAUTION!

 このSSには、多分な「おふざけ・パロディ・ブラックジョーク」が含まれております。
 嫌な予感のした人は、速やかに回れ右して撤退してください。
 あと、時間軸的な解釈を投げ捨てたパラレルな設定となっております。
 登場キャラが全員顔見知りでかつ普通に接していますが、深く気にしない様にしてください。
 





























幻想郷うろ覚え童話「モモタロウ」


 むかーしむかしのことでした。
 あるところに、おねーさんとおねーさんが住んでいました。

妹紅「いや、さすがに無理があるだろコレ。そこは老夫婦にしとけよ」

慧音「何を言う。私や妹紅が老夫婦をやるのは少々無理があるだろう。表現は正確にせねばな」

妹紅「(年齢的には何の問題も無いんだがなぁ)」

 慧音さんの言うとおりです。
 お伽話なんてものは、その場のアドリブで変わっていくモノなんですよ。
 だから、細かい事は気にせずガンガン進めて行きましょう。

妹紅「阿礼乙女が言って良い台詞じゃ無いだろ今の……」

 今の私はナレーターですよー。
 はいはい、おねーさんは山へ芝刈りに、おねーさんは川へ洗濯に、とっとと行ってくださいな。

妹紅「どっちがどっちに行くのか分からないぞ!?」

慧音「では、私が川に行って桃を取ってこよう。尽くすタイプだしな、私は」

妹紅「桃を取ってくる言うな」

慧音「桃は……卑猥だったか?」

妹紅「顔を赤らめるなよ! そういう意味じゃないからっ!!」

 そんな事を言ってる間に、桃がお手元に届きました。
 わぁ、とっても大きな桃だねおねーさん。

妹紅「そこは端折るな! 大事なシーンだろ!?」

慧音「それでは早速この桃を食べてみよう。むしゃむしゃ」

妹紅「慧音も端折り過ぎだ! と言うか、食べちまったら桃太郎が……」

 おねーさんが桃を食べるとあら不思議、おねーさんに女同士で子供が作れる機能が付与されました。

妹紅「よりにもよって原典のネタ引っ張ってきやがった! しかも最悪の改変してっ!!」

 すいません。カメラ用意するんで、次のシーンちょっと待って貰えますか?

妹紅「なんのシーンをやらせる気だっ!?」

慧音「……何って……ナニに決ってるじゃないか」

妹紅「オイコラ寺子屋教師! この劇の趣旨分かってるのか!?」

慧音「保健体育ですね、分かります」

妹紅「――ああもうっ! ちょっと出てこい桃太郎!!」

晶「あっ、ちょっと待ってよ。まだ準備が出来てな」

妹紅「ここまでグタグタになった状態で先に進めるか! きび団子と衣装やるからとっとと鬼退治に行って来い!!」

晶「育児放棄も甚だしいヨ!?」

 ……まぁ、アリですね。
 それじゃあ桃太郎と名付けられたアンビバレンツは、基本装備を貰って鬼が島に行く事になりました。

晶「名付けられてないです、何が二律背反やねん、せめて育てるシーンを挟んで下さいっ!」

 はい、ツッコミ御苦労さまです。
 良いからその赤ちゃんオプション(教育番組のパペットに有りがちなアレ)を外して本衣装に着替えてください。
 ついでに場面移動もしますので、おねーさん方は舞台袖でイチャイチャしててくださいね。

妹紅「お、おい待てよ。芝居から退場したら演技する必要はな――」

慧音「うふふふふ、さぁて行こうか妹紅。二人の未来に向かって!!」

妹紅「ちょ、やめ、やめてぇぇえええっ」

晶「………」

 始めのシーン、やり直します?

晶「いえ、このまま始めましょう(キリッ」

 貴方のそういう自分に正直な所、嫌いじゃないですよ。
 
晶「ところで阿きゅ……もといナレーター、ちょっと聞いて良い?」

 なんでしょうか。

晶「なんで桃太郎の衣装が、羽織にサラシだけとか言う桃色ちっくな構成になってるの?」

 趣味です。
 ……もとい、それ以外の衣装を忘れました。

晶「今なんか本音出たよっ!?」

 良いからとっとと着替えてください。
 ただし、スカートと袖は残す事を義務付けます。
 それが桃太郎の正しい姿です。

晶「幾らなんでもアドリブ効き過ぎだーっ!?」

文「そうですっ、桃太郎として清く正しく着替えるべきですっ!!」

晶「って、文姉はまだ出てきちゃダメだよ!」

 それを防ぐためにも、手早く着替えるべきです。
 そもそも、話が進みませんし。

晶「りょ、了解。ぶつぶつ……何で桃太郎が色気を強調しないといけないんだ」

 文句は組織票と能力で投票結果を操作した「主人公軽装主張派閥」に言ってください。 

晶「なにそれこわい」

 そんなこんな言ってる間に着替えは終わり、桃太郎は鬼が島に向かう事となりました。
 元気よく進んでいく桃太郎の前に、にこやかな笑みを浮かべた花の妖怪が立ち塞がります。

幽香「うふふ、貴方が噂の桃太郎ね」

晶「いや、生まれたての僕に噂もクソも無いと思うんですが。あと、お供なら犬か雉か猿なんじゃ?」

 気持ちは分かりますが、私に文句を言わないでください。
 進行役も兼ねてるナレーターですけど、あくまで私は一般人なんですよ?
 なんなら、私の代わりにその文句を言ってみてくださいな。

晶「幽香さん、犬か雉か猿やらないんですか」

幽香「やらないわ。戦力になれば良いでしょう?」

晶「……なるほど」

 ……晶さんは、凄くズレてるけど凄く凄い人ですよね。

晶「はぁ、どうも」

幽香「ともかく、貴方が噂の桃太郎ならやる事は一つよ」

晶「きび団子欲しいんですか? もぐもぐ」

幽香「それは貴方の胃袋にでも収めてなさい。私が欲しいのは――己の渇きを潤す‘戦い’だけ」

晶「……鬼が島に行けばてんこ盛りで御出し出来ますが」

幽香「その前に、前菜を頂こうかしら」

晶「え、それって?」

 花の妖怪が武器を構え、その先端を桃太郎につき付けます。
 それでは、お互いの主従関係をかけて―――レディ、ファイッ!

晶「誰かナレーターのフリーダムっぷりを何とかしてくださいっ!?」

幽香「さぁ、豚の様な悲鳴をあげなさいっ!!」

晶「ぎゃぼー!?」

文「―――そこまでですっ!!」

晶「文姉!?」

文「桃太郎のお供に必要なのは犬雉猿……つまりそれは、天‘狗’で鴉で――人型だから猿で良いですよね――猿な私の事を指すのです!」

晶「何と言う投げやりな当てはめっ! しかもお供属性全部持ちってどれだけ贅沢なっ」

文「そういうワケなので、桃太郎のお供は私だけで良いと思います。バトルマニアはお帰り下さい」

幽香「あら、ジャンクフードはお呼びじゃないわ」

文「舞台裏に行こうぜ……久しぶりにキレちまったよ」

晶「わぁー、ますます話に収拾が!?」

 ……ファイッ!!

晶「戦わすなっ」

アリス「ああもう、いい加減にしなさいよ貴方達!」

晶「あっ、僕等の常識人アリスさん! ……何で犬耳?」

アリス「宛がわれた配役が犬だったのよ。他二人は爽快に無視したみたいだけど」

晶「(それでも律義に犬耳を付けるアリスは真面目だなぁ)」

アリス「細かい変更まで文句を付けるつもりは無いけど、話の流れは守りなさい! ここで妖怪大決戦してどうするのよっ」

 ですよねー。

アリス「貴方も黙ってなさい。ほら、あき……じゃなくて桃太郎、きび団子出してっ」

晶「御馳走さまです」

アリス「上海、いわくだき」

上海「コウカハバツグンダ!」

晶「げふぅっ!?」

 ……………………ふむ。
 こうして桃太郎は三人のお供を得て、鬼が島へと向かう事になりました。
 
アリス「端折るなっ」

晶「もう、端折った方が良い気がしてきた」

幽香「残念ねぇ」

文「私だけで良いのに……」

てゐ「そんな貴方達に大チャーンス!!」

晶「え、何でてゐが居るの?」

 おやおや、背景が竹林に変わっていきますね。
 いつのまにこんなモノを仕込んでいたのでしょうか。
 ……でもまぁ、これも有りですね。
 はいはい、では桃太郎達の前に一匹の兎が現れましたよっと。

アリス「その場のノリで話を継ぎ足さないでよナレーター」

てゐ「良いから良いから、ちょっとこっちおいでー」

晶「あわわ、押さないでよてゐ」

 うわー、移動に合わせて背景がロールしてます。凄い技術ですね。
 おっと失礼。兎に導かれて桃太郎は、立派なお屋敷に辿り着きました。

晶「……ナニコレ。桃太郎にこんなシーンないよね?」

てゐ「姫様ー、連れてきたよー」

輝夜「ふふ、お手柄よてゐ」

アリス「貴方達、何をやってるのよ……」

 竹林の奥深くには、それはそれは美しい(笑)お姫様がおりました。
 お姫様は二人の従者を傅かせ、優雅に(笑)微笑みながら(笑)言いました(大爆笑)。
 失礼。今のは思い出し笑いです。

晶「物凄い悪意のある思い出し笑いですね」

輝夜「私は気にして無いから平気よ。だから桃太郎」

晶「はい?」

輝夜「今から私の言う宝物を持ってきなさい」

晶「いつの間にか「かぐや姫」にシフトしたっ!?」



 ―――――――「幻想風靡」

 

晶「わぁー、また輝夜さんが吹っ飛んだー」

文「きをつけてくださいももたろさん、これはおにのよういしたこうみょうなわなです」

晶「文姉、棒読み棒読み」

アリス「……そうね。罠って事にしておいて良いんじゃないの?」

幽香「面倒だからあと、二、三回くらいヤッときましょうか」

晶「(皆物騒だなぁ……)」

 鬼達の巧妙な罠を無事クリアした桃太郎達は、再び歩みを進めて行きます。
 あ、スイマセン。そこで舞台に突き刺さってる方回収しておいてくれませんかね。

永琳「ええ、分かったわ。――うどんげ、姫様を連れてついてきなさい」

鈴仙「はーい。……姫様、大丈夫ですか?」

輝夜「うう、もうちょっと歓迎してくれても良いじゃないの……」

鈴仙「だからお伽話繋がりで話に割り込むのはよした方が良いって言ったんですよ。はぁ、姫様にも困ったもんです」

てゐ「……これからもっと困った事態になりそうだけどね」

鈴仙「えっ?」

てゐ「あっちでもう一人の蓬莱人が炎出しつつ手招きしてる」

 あらかじめ業務連絡しておきます。舞台裏でやれ。

妹紅「もちろんそのつもりだ」

 ありがとうございます。では、話を続けましょう。
 
晶「火種ばかりが広がっていく……」

てゐ「藤原妹紅なだけに?」

晶「どや顔で言われても。あと、なんでこっちに居るのさてゐ」

てゐ「鬼の罠から解放された事により、おれは しょうきに もどった! つーわけでお供にしてください」

文「要するに、あっちの殺し合いに巻き込まれたくないと」

てゐ「うん」

幽香「したたかねぇ……」

アリス「あ、鈴仙が宙を舞ってる」

 こうして、新たに因幡の白兎を仲間にした桃太郎一行は今度こそ鬼が島を目指します。
 その過程は、とても厳しいモノとなりました。
 途中、自称桃太郎の姉が桃太郎に萌え狂って襲いかかりそうになったり。
 花の妖怪が飽きて桃太郎に勝負を挑みそうになったり。
 そのせいで桃太郎の姉と花の妖怪が衝突寸前までいがみ合ったり。
 因幡の白ウサギが暗躍したり。

晶「全ての困難が身内の仕業だーっ!?」

アリス「しかも、微妙に全部有り得そうなのが問題ね」

文「失敬な」

幽香「否定はしないわ」

てゐ「もうしてます」

晶「僕達、正義の味方なんですよね?」

 そういう事にしておくと幸せなんじゃないですか?
 サクサク行きます。ここは鬼が島。

晶「大事な所が端折られ過ぎてる……」

幽香「良いじゃないの。人間の舞台劇なんてチャンバラしてれば形になるんでしょう?」

アリス「残虐行為手当が付きそうな劇の事じゃないわよ」

文「とりあえず恋愛要素入れておけば問題無しです」

てゐ「‘禁断の’とか付けたいなら、シェイクスピアでもやってれば?」

 それも魅力的ですが、本作品には関係ない趣旨なのでスルーします。
 はーい。鬼の皆さんご登場ーっ。
 皆の待ってた愉快なヒーロー桃太郎とその御一行ですよー。

晶「盛り上げようと言う気は無いワケね」

 あんまり。

レミリア「ふっふっふ、しかしそう言ってられるのもそこまでだっ!!」

咲夜「ようこそ御出でなさりました。哀れな生贄の皆様」

美鈴「お、おににょとうふをみしぇてさしあげまちょうっ」

パチュリー「噛み過ぎよ」

 ……アレ?
 まぁ問題ないですかね。
 では、鬼が島の鬼達がゾロゾロと現れましたよっと。

晶「問題あるよっ! 鬼は鬼でも血を吸う鬼じゃん!!」

咲夜「見事なツッコミです。さすがは晶様」

晶「あ、どうもありがとうございます」

アリス「そこで喜ぶから貴方はボケなのよ」

てゐ「ああ、二つの意味で」

文「最近三つ目が付きそうですけどね」

幽香「付きそうなの?」

アリス「私に聞かないでよ!」

美鈴「あ、あへひふへほはほ」

パチュリー「違う違う。「あ・え・い・う・え・お・あ・お」」

レミリア「―――私を無視するなぁっ!!!」

 鬼が島を根城とした「永遠に紅い幼き月」の叫び声が広がります。
 ちなみに私も貴女がたがここに居る理由を知らないので、声高にそこらへんの事情も語ってくれると実に良し。

レミリア「ふっ、良かろう。説明してやろう」

てゐ「いや、正直どうでもいもがっ」

アリス「いいから気持ち良く喋らせときなさい。色んな意味で楽だから」

レミリア「たとえ古の物語と言えど、頂点に立つのは我々スカーレット一族で無ければならんっ」

アリス「やっぱ止めときましょう。聞いてると頭が痛くなってくるわ」

レミリア「どういう意味よっ!」

 アリスさんが居ると、キビキビツッコミが入るから良いですねー。
 まぁ、立派にボスキャラやってくれるなら問題無いですよ。
 鬼が島の鬼が実は吸血鬼だった! と言う展開は書き手としてちょっとワクワクしてきます。

晶「いい加減さここに極まりって感じですね」

幽香「まぁ良いんじゃないの? 玩具の角を付けた迫力の無い鬼よりはマシでしょう」

文「しかも、相手が私達だと知って相当怯えていましたからねぇ」

アリス「と言うか、「桃太郎一行」が私達で「鬼が島の鬼」が里の人間って言うのは、さすがに無理があったんじゃない?」

 しょーがないじゃないですか。
 晶さんを主役に置いたら、人外の方々が芋蔓式にそっちへ固まっちゃったんですから。

アリス「晶を鬼側に――出来るワケ無いか」

 人里主体の劇なのに、人事権が何故か謎の派閥に握られてますからね。

アリス「……大人げないわよアンタら」

文「何の事でしょう」

咲夜「まったくもって不思議です」

レミリア「え? でも、咲夜が私に頼んでもがっ」

晶「(文姉は事前に咲夜さんと組んでたのに、紅魔館組の乱入は知らなかったんだ)」

 まぁ、配役に関しては私も一枚噛んでいるワケなんですが。

アリス「謎の派閥の一味がここにも……」

幽香「どうでもいいけど、そろそろ始めましょう? せっかくメインディッシュが出てきたのだから」

レミリア「不遜な事だな……食われるのがどちらであるかも知らずに」

幽香「あらあら――殺すわ」

レミリア「かかってこい、雑魚が」

晶「……あの、主役置いてきぼりで話が進んでるんですけど。しかもリアルファイト前提で」

美鈴「あ、じゃあ私達もやりますかね。えっと……」

パチュリー「台詞はもう諦めなさい。貴女、役者の才能無いわよ」

美鈴「……しくしく」

咲夜「文、貴女と戦うのは心苦しいけど……」

文「舞台演出上必要な事です。割り切って戦いましょう」

咲夜「(でもここで文を亡き者にすれば、晶様を私の弟にする事も……)」

文「(けど最近の彼女の挙動を考えると、ここで屠っておいた方が後々……)」

文&咲夜「―――――死ねぇっ!!」

晶「殺すのっ!?」

アリス「はぁ、結局こういう形になるのね」

 ここに、鬼と桃太郎一味の一代決戦の火蓋が切って落とされたのでした。
 はいはい皆さん。危ないから一歩……いや、五十歩くらい下がってくださいねー。

幽香「ケシズミになりなさい。――起源『マスタースパーク』」

レミリア「消えうせるのは貴様だ。――神槍『スピア・ザ・グングニル』」

文「塵も残しませんっ! ――竜巻『天孫降臨の道しるべ』」

咲夜「出来の悪いオブジェになる覚悟は良い? ――傷魂『ソウルスカルプチュア』」

美鈴「えーっとえーっと。――星気『星脈地転弾』」

アリス「貴方達、無駄に被害を広めないでよっ! ――戦操『ドールズウォー』」

パチュリー「ああ面倒臭い。――火水木金土符『賢者の石』」

晶「め、滅茶苦茶だぁーっ!?」

 あー、これは大惨事かもしれませんねー。
 幻想郷の腕利き連中が集結しちゃってますし。
 ……舞台裏の方でも、大変な事になってるみたいですしねぇ。

晶「ほへぇ?」

妹紅「死ぃねぇぇぇぇぇっぇえええええ、輝夜ぁぁあああああっ! ――『パゼストバイフェニックス』」

輝夜「うふふっ、死ぬのは貴女よ、妹紅!! ――神宝『蓬莱の玉の枝 -夢色の郷-』」

鈴仙「ま、待ってください姫様っ」

永琳「あらあら、大変な事になっちゃったわね。――神脳『オモイカネブレイン』」

慧音「くっ、いけしゃあしゃあと! ――国体『三種の神器 郷』」

てゐ「うげっ、あっちの殺し合い面子も来ちゃったか」

 本格的にマズイ事態になってきましたねぇ。
 主人公、何とかしてくださいよ。

晶「で、出来るワケ無いでしょ!? どうするのさっ」

てゐ「知恵と勇気で何とか出来ない?」

晶「僕にある主人公補正は、「何故か生き残ってる」と「やたら注目される」だけだよっ!」

 何とも世知辛い補正ですね。

晶「誰でも良いから何とかしてよぉーっ!」

紫「ふふ、承ったわ(スキマ」

弾幕ごっこ中の面々「「「「「「「「「「「えっ?」」」」」」」」」」」

晶「皆スキマに落っこちたぁーっ!?」

てゐ「おー凄い。さすが隙間妖怪」

 どうも助かりました、賢者殿。
 
紫「良いのよ、あのまま暴れさせるワケには行かなかったものね」

晶「でも、これって被害を別に移しただけですよね? 根本的な解決にはならないんじゃ……」

紫「そこは貴方が何とかしなさい、主人公さん(スキマ」

晶「       (何か言おうとしたが何も出てこなかった」

てゐ「わー、落ちた落ちた。さすが隙間妖怪」

 御苦労さまです。でも、劇の方はどうしましょうか。
 鬼どころか、桃太郎達まで居なくなっちゃったんですが。

紫「そうねぇ……それなら、最後はこう締めておきましょうか」





紫「―――鬼も桃太郎もそのお供も、不思議なモノは全部幻想郷に行って、面白おかしく暮らしましたとさ」



てゐ「何とも、寓話的なオチで締めたもんだね」

紫「けれどきっと、どんなお伽話よりも楽しい未来が待っているわ」

 幻想郷のお伽話としては、充分過ぎる締めですね。

紫「ええ、でも―――終わらせるには、まだまだ時間がかかるみたいよ?」








晶「そう思うなら、手伝ってくださいよぉぉぉぉぉおおっ!」


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】


山田「作者のド阿呆があとがきで答えるつもりになってて、危うく出番が無くなる所でした。山田です」

死神A「このコーナーの趣旨を爽快に忘れてるみたいですねぇ……。死神Aです」

山田「と言うわけで、早速今回の質問に行ってみましょう。はいどうぞ」


 Q:ふと思ったんですが、もこたんの能力(薬による後天性能力)って晶くんコピー出来るんですか


山田「HN山田さんからの質問です。ありがとうございます、山田から山田さんへ心から礼を言わせていただきます」

死神A「ややこしいです、この上なく」

山田「で、質問の答えですが……答えはイエスです。全然問題ありません」

死神A「そもそも、晶君の能力自体が後天的に能力を付与する様なもんですからねぇ」

山田「白黒はっきりさせるとややこしい事になるので断言はしませんが、相手の能力獲得の条件なんかは一切考慮されません。これは確実です」

死神A「とにかく持っていればOK、って事ですね」

山田「そういう事です。では次」


 Q:晶君ってフランちゃんの能力とフォーオブアカインド覚えられるのかな?


山田「覚えられます。ただし、覚えていません」

死神A「ここらへんはいつもの通りですか」

山田「ですね。後は――本人の力量が安定してきたと言うのもあります」

死神A「確かにそうですねぇ。……私、並ばれてますし」

山田「まだ貴女の方が上手ですよ。けれどそのために、初期程がむしゃらに能力を獲得する気が失せてしまったのは確かです」

死神A「十徳ナイフは多すぎてワケ分かんないからダメだって公言する技巧派ですからねぇ」

主人公「はぁ、どうもすいません」

山田「…………」

死神A「…………」

主人公「あはは、どーも」

死神A「一応聞くけど、何でここにいるんだい?」

主人公「仲裁しようとしたら肉の壁になったでござるの巻」

死神A「……山田様、お願いします」

山田「はい。今日も一発派手なの逝きますよー」

主人公「死んでても生きてても、なーんにも変わらないもんだなぁ……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



【ラクガキ】晶君桃太郎衣装版
(http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/momoakira.jpg)
 ↑作者注:設定的に、晶君はコルセットが無いとスカートがずり落ちます。つまりこの結果は自明の理。詰めれば良いじゃんとか言わない様に。



[8576] 東方天晶花 巻の六十六「運命は我々の行為の半分を支配し、他の半分を我々自身にゆだねる」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/05/13 00:16


巻の六十六「運命は我々の行為の半分を支配し、他の半分を我々自身にゆだねる」




「アハハハハハハハハハッ、キエロキエロキエロッ!!」

「ふふふ、良いわっ! もっと私を楽しませなさいっ!!」

 ……のっけからお聞き苦しい会話で申し訳ありません。どうも、久遠晶です。
 フランちゃんとの友好を深めた弾幕ごっこを終えた僕等は、門番をしてくれていた幽香さんに会いに行きました。
 その結果がコレだよっ!!
 どう考えても殺し合っているようにしか見えませんが、二人的には親睦を深めているんだそうです。

「いや、さっき晶さんがやってたのと全く同じ事してるだけですよ」

 そう言われると否定できませんが、それでもアレは何か違うと言わせて欲しい。
 と言うか、アレはそもそも「弾幕ごっこ」の括りに入れて良いのでしょうか。ダメだと思います。
 
「……ところで晶さん、ちょっとお花を摘みに行って良いですかね」

「リバースしたくなる気持ちは分かるけど、一度離脱すると戻ってこれなくなるからダメ」

「一緒に行けば良いじゃないですかぁ……顔真っ青ですよぉ」

 それはここで逃げた方が、後でより酷い目に遭う事を理解しているからです。
 多少の残虐耐性が出来ている僕や美鈴ですら、二人のやり取りには閉口するしかなかった。
 え? 具体的にどれくらい凄いのか描写が無いと全然分からないって?
 出来るかいそんな事。猟奇的な意味で十八禁になるわっ。
 どっちも身体能力と再生力が抜群に高いせいか、ダメージを一切気にせず大暴れしている。
 その結果どうなるかと言うと、その……全然関係無いけど、ヘルシングとかベルセルクとか知ってます?
 あれって凄い描写がグロいですよね。本案件には全然関係ありませんけど。

「仲良き事は美しきかな」

「逃避しないでくださいよぉ~、私を独りにしないでぇ~」

 あんなモノ見せられて素面で居られるか。
 微妙に目の焦点をぼかしながら、僕は虚ろな笑みを浮かべた。
 二人は、今も絶好調で仲良くなっている所だ。
 ちなみに言葉を変えるとこうなる。

「……修羅が二人いる」

 断言しても良いが、あの中に僕か美鈴が入れば五合でミンチになれると思う。
 そんな死闘のレベルに到達した戦いの中でも、二人の表情は笑顔。しかも心の底から出てる満面の笑顔。
 なんかこう、「戦ってるだけでご飯三杯イケますっ!」ってオーラが滲み出ているような気がする。
 当然の話だけど、二人の戦いはそんなのほほんとしたシロモノではない。
 描写はしないけど、身体の節々から白いモノが覗き見えてるし、各処赤黒かったりするし、関節の曲がり方が明らかにおかしかったりしてるし。
 あ、今関節の曲がりが修正された。……その、問題点そのものが無くなったという意味でだけど。
 とにかく、そんな無茶苦茶な状況を二人は心底楽しんでいるのだ。
 さすがにその世界は、僕にはちょっと分からない。

「うぷっ……どちらにせよ、早く決着を付けて欲しいもんだね」

「至極同意です。……決着のついた後、二人が無事ならなお良いんですが」

「そういう不吉な事は言わないでよ。縁起でも無い」
 
 うぎゃあ、ついにフランちゃんの頭が悪魔超人ブラックホールみたいにっ!?
 と思ったら蝙蝠になって再生した、良かったぁ。……けど、ヒットした瞬間をモロに見ちゃったよ。
 わぎゃあ、今度は幽香さんの腕が×××で■■■に――スイマセン。それ以上描写する勇気が僕には有りませんでした。

「おっといけない、精神ロール精神ロール……」

「晶さんしっかり! さっきとは違った意味で焦点が合ってませんよ!?」

 そろそろ、我慢強いとご近所でも評判だった僕の心もポッキリ折れますじょ?
 そんなこっちの隠れたSOSにも気付かず、続いて行く二人の濃厚な絡み合い。もちろん血反吐を吐く的な意味で。
 やがて二人は、どちらともなく動きを止めてニヤリと笑いあった。
 いや、笑いあったって言うか……むしろ、獣が噛みつく前に口を開けたイメージ?

「楽しいわねぇ貴女、気にいったわ」

「あはは、幽香お姉様も素敵! 晶と遊んだ時と同じくらい楽しい!!」

 そこで僕を比較対象に入れないでください。
 あと、いつの間にかフランちゃんの中で幽香さんの立ち位置が急上昇してるんですが。
 これって本当のお姉さん、下手すると泣くんじゃないの?

「そう……晶と遊んだ時も楽しかったのね」

「うん! 晶ってば凄いんだよ、一人なのに色んな事が出来るのっ!!」

「あらあら、そうなの」

 おっと、気のせいで無ければ幽香さんの視線がこっちに向いたぞ?
 ちょっとちょっと美鈴さんも、そそくさとどこに行こうとしてるんですか?

「ねぇ、晶?」

「な、なんでしょう、幽香さん」

 ニコヤカに笑いつつ、幽香さんがこちらに顔を向ける。
 笑顔よりも気になる部分が色々あるはずなのに、他が全く視界に入らないのは何ででしょうね?
 あ、幽香さん。その手招きの仕草には一体何の意味があるんデスか。
 フランちゃんもさ、期待するような目でこっちを見ないでよ。

「――チョット、イッショニアソビマショウ?」

 当然の話だけど、ノーと言える要素を僕は一切持っていなかった。










「ただいま……」

「お、おかえりなさい。その、晶さん」

「謝罪は要らない。ただ、一言だけ労いの言葉が欲しい」

「……お疲れ様です」

 三時間後。何とか生き延びた僕は、門番の役割に逃げた美鈴の元でぐったりしていた。
 嗚呼、死ぬかと思った。本当に。

「よ、良く無事でしたねぇ。あそこに放りこまれて」

「鎧の魔力が、ギリギリで溜まっていたからね。後は……」

 僕は一枚のスペルカードを発動させる。
 その瞬間、僕の真横に同じ様にグッタリした僕が三人ほど現れた。
 言うまでも無い事だが、これはフランちゃんのスペルカード「フォーオブアカインド」をコピーしたものである。

「何とかフランちゃんを言いくるめて、初弾でコレを使ってもらったんだよ」

「なるほど。で、その後はひたすらに分身を生み出しながら回避に徹していたと」

「僕の模倣だと殴られるか一回何かするかですぐに消えちゃうから、そんなに役に立たなかったけどね」

「晶さんは、土壇場になると神懸かり的な回避能力の高さを発揮しますね」

 自分でもたまに変な引き出しが見つかってビックリします。
 ……人間として引き出しが多いのは歓迎すべき事なんだろうけど、僕の場合隠し戸みたいになってるからなぁ。
 おかげで毎回、探すのが大変で大変で。
 閑話休題。
 
「ちなみにお二人は?」

「二人でお茶会してます。とっても元気そうでした」

「……本当に、お疲れ様です」

 二回目は止めて。泣きたくなるから。
 しかしまぁ、二人の相性がかなり良い様で何よりだと思う。
 お茶してる時も心底楽しそうだったし。

「結果的に、フランちゃんの友達? うん、友達が増えたから良しと思う事にしたよ」

「晶さんの良かった探しは聞いてると本当に切なくなりますね。――あ、そうです晶さん。その妹様の事で少しお話が」

「ほへ? 何かあるの?」

「妹様ご自身には、特に何も。ただ……晶さんはこれから、妹様を外に出すつもりなんですよね?」

「そのつもりだけど……何か問題が?」

 と言うか、そもそも「外に出して」ってお願いしたの美鈴じゃん。
 僕も同意したけどさ。今更そこを尋ねられても、僕の答えは特に変わらないよ?

「いえ、その場合、やはりお嬢様にもお話を通しておかないといけないと思うんですが」

「あー……なるほど」

 確かにフランちゃんを外に出すためには、レミリアさんの許可が必須だろう。
 しかし、これまで彼女を閉じ込めるよう指示を出していたのも、そのレミリアさんなのである。
 外に出られるよう説得するためには、当然それを了承させるだけの交渉材料が必要になるはずだ。
 一応、さっきの弾幕ごっこで必要な材料はそれなりに揃えたんだけど……。
 困った事に、実は一番肝心なモノが用意出来て無かったりする。

「説得……するにしても僕らじゃ説得力が無いよなぁ」

「ですよねぇ。私はただの門番ですし」

「僕はただのお客様Aだし」

 待遇は良いけど、家庭内の問題へ口を出すには弱い立ち位置だ。
 美鈴は……問題外だろう。色んな意味で。

「保証人が欲しいなぁ、レミリアさんに対して有効な」

「うーん――あっ」

「どうしたの?」

「そうですよ。パチュリー様が居るじゃないですかっ!!」

「おおっ、そう言えばっ」

 パチュリー・ノーレッジ。紅魔館の知識人でレミリアさんの大親友。
 彼女なら、僕等の訴えに確かな説得力を与えてくれるだろう。
 何しろレミリアさんの親友だし、しかも知識人だし。
 僕のいい加減な理屈も、彼女の保証が入ればそれっぽく聞こえるに違いない。

「晶さん晶さん、笑顔に胡散臭い成分が含まれてますよ」
 
 はっ、いけないいけない。
 今ちょっと考えが邪悪な方に行ってしまった。

「ゴ、ゴホン。じゃあ早速、パチュリーにお願いしに行こうか」

「あうっ、スイマセン。一緒に行きたいのは山々なんですが……」

「あ、そうか。美鈴には門番の役目があるんだよね」

 こればっかりは仕方がない。
 侵入者が絶対的に少ない紅魔館でも、まさか堂々と正門を無人にするワケにはいかないだろう。
 また幽香さんに門番を頼むのも手だけど……その場合、確実にフランちゃんはこっちについてくるよねぇ。
 さすがに、本人の話題を本人連れて頼みに行くのは色々とマズい。
 となるとやっぱり……僕一人で頼みに行くしかないかぁ。

「分かった。僕がバッチリ協力の約束を取り付けてくるよっ!」
 
「お願いしますね、晶さん」

 僕は美鈴に向かって親指を立て、そのまま大図書館へと行く事にした。
 ……しかし、改めて思う。あのパチュリーが素直に僕の頼みを聞いてくれるだろうか。
 そもそも、まず話を聞いてくれるかどうかが怪しい。
 基本的に本の虫だからなぁ、あの人。
 大図書館に通ってた頃も、本を渡す時くらいしか会話が無かった気がする。
 いや、まぁ僕も本に熱中してたからなんですけどね。
 
「うーん、これはひょっとしてレミリアさんを説得するよりも厄介なんじゃ」

 思わぬ難易度の高さに辟易しつつ、大図書館の扉を開ける僕。
 古書を収めた場所特有の心地よいカビ臭さと共に、僕の前に現れたのは――。

「あらいらっしゃい。丁度紅茶を入れる所よ。さ、こっちに来なさい」

「……ほへ?」

 何故か歓待ムードになっている、七曜の魔法使いの姿だった。
 無表情ながらも、彼女の顔色にはどこか朗らかな雰囲気が含まれている気がする。
 パチュリーに促されるまま、僕は普段本置き場になっている机に座らされた。
 
「どうぞ、晶さん」

「あ、どーも」

「その……ゆっくりしていってくださいね」

 こちらも久しぶりになる小悪魔ちゃんが、僕の前に入れたての紅茶を置いてくれる。
 はて、気のせいかな。なんか彼女の笑顔が微妙に引きつっているような。

「さて久遠晶、貴方の用件は概ね理解しているわ」

「えっ!?」

「あの子――フランに関する事で、私に助力を頼みに来たのでしょう?」

「な、何でそれをっ」

「見てたもの。貴方がフラン相手に‘遊んだ’事とかを、ね」

 そう言って不敵に笑う七曜の魔法使い。
 この様子だと、その時の会話の内容すらも丸聞こえだったに違いない。
 誰かが隠れてる様子は無かったから、恐らくは監視カメラの様なモノで覗かれていたのだろう。
 さすがは魔法使い。そつがないというか何と言うか。

「なら話が早いや。パチュリーには、是非ともレミリアさんの説得に協力して欲しいんだけど」

「良いわよ」

 ――うわ、軽っ!
 思いの外あっさりと、パチュリーは僕の言葉に頷いてくれた。
 と言うか、幾らなんでもあっさりし過ぎじゃない? ここに来るまでの僕の苦悩はなんだったのさ。
 フランちゃんの事だけを考えれば、素直に喜ぶべきなんだろうけど。
 釈然としない。良く分からないけど釈然としない。

「安心なさい。貴方のアイディアがお粗末だったら、問答無用で断っていたわよ」

「さ、左様ですか」

「貴方の案。かなり冗長なやり方だけど、あの子の症状を考えると一番現実的な案じゃないかしら。懸念事項は貴方の寿命くらいね」

「あはは。その、フランちゃんならもっと早く独り立ちできると信じてます」

「……まぁ、そのぐらいの楽観なら問題無いでしょう。それに」

「それに?」

「―――もしフランが暴走したとしても、貴方なら問題無く‘対処’出来るワケだしね」

 あくまで無表情のまま、事も無げにパチュリーはそう言った。
 その言葉の意味が分からない程、僕も愚鈍では無い。
 彼女は、暗にこう言っているのだ。
 フランちゃんの狂気が抑えきれなくなったその時は、「あの剣」で彼女を断てと。

「冗談じゃないっ! そんな事、絶対にさせないよっ!!」

 激昂から、僕はパチュリーに詰め寄っていた。
 彼女の言う事は至極当然の話で、非常に論理的でもある。
 だけど、それに納得できるかと言えば答えは否だ。
 少なくとも僕は、そんなつもりで‘あの力’に手を出したワケではない。
 ……そんな僕の怒りは、どうやら表情の方にも出ていたようだ。
 パチュリーの背後に居る小悪魔ちゃんは、無関係なのにオロオロと右往左往している。
 ちなみに、視線を受けているはずの当の本人は至ってクール。呑気に紅茶を口にしていた。

「落ち着きなさい、あくまで‘もしも’の話よ。貴方も分かってるでしょ?」

「むっ……」

「‘させない’と‘起きない’は別の物。あの子の現状を考えれば「絶対に起きない」なんて言葉、甘い期待以外の何物でもないわ」
 
「そ、そこは否定はしないよ。そのために色々と根回ししたワケだし」

「暴走したあの子に「話し合えばわかる」なんて台詞は通用しないし、何の根拠もないその言葉を私も支援するつもりは無い。‘止める’手段の提示は必要よ」

「言いたい事は分かるけど……」

「ま、それは多分、本当に最後で最終の手段だと思うけどね。アレでもあの子、結構色んな人に愛されてるもの」

「……例えばパチュリーとか?」

「否定する程不器用じゃないつもりよ。まぁ要するに、手綱を操りも出来ない人間にフランを任せる気は無いって事ね」

 そういって彼女は無表情を歪め、自嘲的な笑みを浮かべて見せる。
 むぅ、いちいち言う事がもっともだ。
 確かに「妹さんの事は任せてください!」と偉そうに言っておきながら、いざ暴走したら「どうしようも出来ません」なんて言いだす輩は信用に値しないだろう。
 値しないどころか、新手の詐欺で訴えて埋めてしまえるレベルのダメ人間である。
 なるほど、パチュリーがそんな物騒な事を言いだすワケだ。

「ううっ、早とちりしてゴメンなさい」

「気にして無いわ、私の言い方も悪かったし。……それに、何よりも頼りになる証言を聞けたしね」

「ほへ?」

「あの子の事情を理解した上で、それでもハッキリと庇えるなんて中々出来る事じゃないわよ? ふふっ」

「あ、あぅう~」

 いやまぁ、確かに言いましたけどね。
 勘違いだと分かった上でその台詞をピックアップされると、自分のあんまりな空回りっぷりに恥死してしまうではありませんか。
 ちなみに、恥死は「恥ずかしさで死ぬ」って意味。コレ豆知識な。
 
「褒めてるのよ。貴方のその底抜けに間の抜けたお人好しさは、立派な武器と言えるかもしれないわね」

「……小悪魔ちゃん、今のってパチュリー的には褒め言葉に相当するの?」

「むふふっ、こりゃ溜まらんですばい」
 
 僕が尋ねようと顔を向けると、オロオロしていた小悪魔ちゃんがいつの間にか素敵にトリップしてました。
 何が起きたのかさっぱり分からないけど、乙女としてその顔はアウトだと思われますよ?

「……気にしなくていいわ。その子、たまに頭が可哀想になるのよ」

「確かに、残念なオーラが体中から滲み出ててるね」

「とりあえず話を続けるけど――そういうワケだから、レミィの説得くらいならしてあげてもいいわよ」

「へ? いや、軽く助言してくれれば、説得の方は僕でやるけど……」

「あの子の気難しさは知ってるでしょう? 例え正論でも、言葉を間違えれば一発でグズるわよ」

 パチュリーさんは親友にも容赦しないんですね。いや、何となく言いたい事は分か―――りませんよ? ええっ。
 とにかく、そこまで言うのなら彼女に任せてみようじゃないか。
 深い意味は一切無いけどね。いやほんと、パチュリーの自主性に任せてみようと思っただけですよ?
 
「では、説得ヨロシクお願いしますパチュリーさん!」

「……情には厚い癖に、そういう損得勘定はきっちり出来るのね」

「降りかかる火の粉が多いので、自然と避けられる障害は避けるようになりました」

「避けてるの?」

 まぁ、躓きそうな小石を取り除いていたらトラックに轢かれた。みたいな事は良くありますけどね。
 それでも、無駄な抵抗をしたいと思うのが人間なんですよ。

「辛い役目を押し付ける事になるけど、お願いするよパチュリー」

「別に気にしなくて良いわ。……ここまで全部レミィの思惑通りだから、そもそも説得する必要は無いワケだしね」

「うにゃ? 今、なんか言った?」

「何でも無いわよ。で、これで話は終わり?」

「うん、そうだけど……」

「なら今度は、こちらの話ね」

 そう言う彼女の表情は、最初に見せた朗らかな雰囲気の無表情へと戻っていた。
 はて、パチュリーの用事ってなんだろう。
 特に思い当たるモノは無いんだけど、気のせいか背筋がちょっと寒くなったような。
 ってアレ!? なんか、椅子から手足と腰と首を固定する金属が出てきたよ!?

「あ、あの、パチュリーさん!? これは一体なんですかっ!?」

「………フランとの弾幕ごっこ、見たわ」

「はぁ、それはさっき聞きましたけど」

「で、聞きたいんだけど。知らない間に追加されていたあの鎧と明らかに弄られているその服は何なのかしら」

「―――――OOPS」

 しまった、すっかりその事を忘れてた。
 パチュリーの朗らかな雰囲気の内側から、隠されていた殺意が少しずつ滲み出てくる。
 どうやら最初の歓待ムードは、ネズミ取りと同様の意味を持っていたらしい。

「とりあえず、その服のチェックと拷も――尋問を同時に行える画期的な方法を用意しているから、早速試させてもらうわね」

「拒否権は?」

「あると思う?」

 まぁ、ありませんよね。
 彼女の珍しい満面の笑みに覚悟を決めた僕は、上がらない肩を無理矢理竦めて愚痴をこぼした。

「ほら、やっぱり轢かれた」

 その後、僕に新たなトラウマが出来た事は改めて語るまでも無い話である。










 ちなみに余談だけど、以下は帰ってきたレミリアさんと満足したパチュリーさんの会話です。

「レミィ、ちょっと良いかしら」

「なんだパチェ」

「晶がフランを外に出したがっているわよ」

「そうか、好きにすると良い」

「だそうよ。良かったわね」

 だから、その最初から予定されていたみたいなスムーズな流れは何なんですか一体。
 釈然としない。やっぱり何か釈然しない。
 

 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】


山田「作者の大馬鹿が私の舌の根も乾かない内に晶君に「フォーオブアカインド」を覚えさせたので補足説明の時間です。どうも、山田です」

死神A「これだからノリで生きてる輩は…死神Aです」

山田「この件に関して作者は「覚えさせれそうなノリだったから覚えさせた、後悔も反省もしてない」と供述しております」

死神A「見境無いなぁ……そもそも、大分前にこのスペカ覚えさせる事に難色を示していたじゃないですか」

山田「悪夢「スカーレットカンパニー」を吸血鬼姉妹成分も加えた完成版にしたい、と言う衝動を抑えきれなかったそうですよ」

死神A「本当にノリで生きてるなぁ」

山田「なお、今回の解説は以下のモノになります」


 Q:殴られるか一回何かするかですぐに消えちゃうらしいけど、どの程度の事が出来るの?


山田「ちなみに今回、説明はコレだけです。山田超ションボリ」

死神A「いや、あのスチャラカ桃太郎話で質問出てきても困りますけどね。だからさっさと終わらせましょう」

山田「そうですね。とりあえず、「殴られる」の方は本当に簡単な打撃でも消えます。ダミーバルーンの如きモロさ加減だとお思いください」

死神A「少なくとも、以前悪魔の妹がやっていたような「分身が攻撃を受ける」なんて事は」

山田「可能ではありますが。受け止めた瞬間消えます」

死神A「使い捨て防御壁ですね、分かります」

山田「次に「一回何かするか」のレベルですが――こっちは、スペルカード一枚分の行動が出来ると思ってください」

死神A「スペカ一枚分ですか。……面変化は出来るんですか?」

山田「可能ですが、変化した瞬間に終わりますね。ちなみに晶君の所持している高威力スペカも瞬間発動になります」

死神A「発動後すぐ消える、と――意味あるんですかソレ?」

山田「フェイントくらいには使えるんじゃないですかね」

死神A「微妙だなぁ……」

山田「ちなみにこれはフランドールのスペカにも共通する事ですが、分身は基本喋れません。伝書鳩の変わりも無理ですね」

死神A「そもそも、伝書鳩としては贅沢過ぎると思うんですが」

山田「ひとりコントも出来ません」

死神A「なんで使い方がそんな局所的なんですかね」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[8576] 東方天晶花 巻の六十七「王国を統治するよりも、家庭内を治めることのほうが難しい」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/05/20 10:28


巻の六十七「王国を統治するよりも、家庭内を治めることのほうが難しい」




「うふふ、これが私の本気だよ……あきら。貴方に、私は倒せない」

「……それは、どうかな」

「えっ……」

「実は、‘僕がまだ本気を出してない’と言ったらどうする? そう、僕の能力は――遥かに君を凌駕する」

「あきら……ううん、お兄ちゃん。本気なんだね」

「そうだよ。……見るが良い、これが僕の「真打・天之尾羽張」だ!」

「……なら私も、全力でお兄ちゃんを殺すね。くぅぅぅっ!」

「フランちゃん!? な、何を……」

「私の中に眠る、吸血鬼の血を解放させたんだよ。ぐ、ぐふっ」

「血が……」

「本当は使いたくなかった。この力は私の命を縮めるから……でも、お兄ちゃんを殺すためなら……」

「フランちゃん……いや、これ以上その力を使わせるわけにはいかない」

「お兄ちゃんが―――首輪を外したっ!?」

「この首輪は、幽香さんが僕の真の力を封じるために用意した……言わば拘束具なんだよ」

「なん……だと……」

「…………」

「…………」

「はーい、フランちゃんの負けー」

「ちぇー」

 何やら睨みあい面妖なやり取りをしていた二人が、緊迫した表情を崩し笑いあう。
 弾幕ごっこ……では無いと本人達が言っていた。
 確かに二人は派手な仕草ばかりで他に何もしていない、スペルカードを使った決闘とは根本的に別なモノだと考えた方が良いだろう。
 さて、何と言う遊びだったかしらね。

「でも変な遊びだよねー。最初に本気出したって言っても本気じゃないんでしょ?」

「基本、出し惜しみした方が勝つ遊びだからね。負けてても設定があれば逆転出来るから、出来るだけ不敵な顔を維持するのがコツだよ」

「ぶーっ、「覚悟によって過去を断ち切ることで無意識に押さえ込んでいた力を解放した」ってネタも使いたかったんだけどなー」

「残念でした。「なん……だと……」って言った時点でおしまいでーす」

 あ、思い出した。「オサレバトル」よ「オサレバトル」。
 何でも外の世界における、ある戦い方のルールを遊戯化したモノらしい。
 しかし、カッコイイ方が強い。と言うルールには惹かれるモノがあったけど、出し惜しみイコール強いという感性には頷き難いモノがある。
 強者は惜しまぬからこそ強者なのだ。全てを晒して尚、弱者では辿り着かぬ領域に居る者こそが強者と呼ばれるに相応しい。
 ……後でフランにも、忠告しておかなければいけないわね。
 スカーレット家の血族たるもの、出し惜しみ等と言う半端な真似はしないように、と。

「ところで、「お兄ちゃん」って呼称はどこから出てきたのさ」

「えっ? んー……特に理由は無いけど、ダメだった?」

「いやまぁ、照れくさいの二割文姉の気持ちが分かったの八割って感じですけど」

「………それって、別に良いって事?」

「まぁ、そうなりますかね」

「わーいっ! お兄ちゃんだお兄ちゃんだーっ!!」

 フランが晶を支柱にして、グルグルと回転している。
 何とも心温まる光景だ。予め運命として決まっていた予定調和の光景とは言え、実際に見るとやはり感慨深いものがある。
 その立役者である彼には感謝の気持ちも尽きないが………ちょっと気安過ぎでしょアレは、姉の私もやって貰った事無いわよ。
 あっ、頬ずりされてるっ! ズルい!! 私と場所変われ腋メイドッ!!!

「お嬢様、お茶のお代わりをお持ちしました」

「うひゃひゃひゃひゃいっ!?」

 いつの間にか、気配を完全に消した咲夜が私の後ろに立っていた。
 しまった。今の紅魔館の主に有るまじき非カリスマな態度、まさか見られてしまったかしら!?
 
「咲夜、その……」

「お嬢様、私は何も見ておりません」

「そ、そうか。なら問題無い」

 良かった良かった。如何に咲夜が相手と言え、主の威厳は維持せねばな。
 私が安堵を込めて咲夜の入れた紅茶を飲んでいると、同席していたパチェから呆れたような視線が飛んでくる。
 迂闊! 珍しく一緒にお茶していた事をすっかり忘れていた!!
 
「私も、何も見て無いわよ」

「な、なんだ。それなら良いんだ、うん」

「……レミィって幸せよね」

「くくっ、そう褒めてくれるな」 

 こちらも見ていなかったようだ。これで、完全に懸念事項は消えたわね。
 おまけに、あのパチェから称賛の言葉が出てくるとは。
 ふふふ、自分のカリスマが怖いわ。
 そのうち私にも、幻想郷一の策士なんて呼称が付くかもしれないわ。
 いや、参ったなぁ。力を持って全てを制するのがこの私のスタンスなのだが。うふふふふふふ。
 
「この子の考えが手に取る様に分かるわ……」

「ご安心くださいパチュリー様。私にもわかります」

 さて、そろそろ私も姉としてフランと遊んでやらねばな。
 何をしてやろうか……出来れば姉としての威厳を示しつつ、フランが私を尊敬してくれるような遊びが良いのだけど。

「あ、お姉様! お姉様も一緒に遊びましょう!!」

 おやおや、早速あちらからお招きとは。人気者は辛いわね。
 ……ところでフラン、貴方の見ている方向に私はいないわよ。
 そっちに居るのは花の妖怪だけだ。まったく、フランはうっかり屋ねぇ。

「幽香お姉様、はやくー」

「ふふっ、いいわよ。……ただし、私の遊びに寸止めは無いわ」

「お願いですから、温い意味での遊び心を持ちましょうよ」

 ――えっ?
 ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ。
 何でそこで風見幽香が出てくるの? そこは私の出番でしょう?
 あ、フラン、何で風見幽香に抱きついているのよ。しかも凄く楽しそう。
 あああ、幽香もフランの頭を撫でてるんじゃないわよソレは私の役割よコラぁっ!!

「それじゃあ逝きましょうか、ねぇ晶」

「いっぱいアソボウネ、お兄ちゃん」

 どこからともなく聞こえてくる物悲しいBGMに合わせ、晶が二人に引きずられ連れられて行く。
 いや、そこはどうでも良い。消えていったすぐ後、何やら激しい破砕音と晶の悲鳴が聞こえてきたのも些細な問題だ。
 これは……これは……。










「どーなってるのよっ!!」

「知りません」

 久遠晶の部屋を尋ねた私は、呑気な顔した晶に詰め寄っていた。
 紅魔館の主がワザワザ顔を出してやったというのに、目の前の腋メイドの態度は悪い。
 失礼なヤツだ。最初の頃の従順な態度が懐かしい。
 ……いや、別に言うほど大人しかったワケでも無かったか。
 
「くくっ。この私を前にしてそれだけ不遜な態度を取れる人間は、貴様か霊夢くらいだな」

「態度が悪いのは認めますけど、五分ほど前までフランちゃん達と‘遊んで’いた僕の苦労と疲労も察してください」

「それでも、簡単な問答くらいは出来るだろう」

「……レミリアさん。第一声が主語抜け疑問文で、今の答え以外を選べる人間は馬鹿か話聞いて無いかのどっちかだと思います」

「咲夜なら迷わず何か答えている所だが?」

「いや、咲夜さんはその――何でも無いデス」

 ふふんっ、晶も咲夜のような有能な人間が居る事をすっかり失念していたようだな。
 まぁ仕方あるまい。咲夜の行動力は私ですら驚嘆に値するレベルだ。
 あまりにも早過ぎて本当に話を聞いているのか怪しむ事もある程なのだから、晶が口を噤むのも致し方ない。
 
「ざっ、残念ながら僕にはさっぱり分からないので、何を聞いているのか教えて貰えませんか?」

「良いだろう。特別に語ってやるから感謝しろ」

「すっごく腑に落ちないけど、とりあえずアリガトウゴザイマス」

「で、だ。―――何故あのフラワーマスターが姉などと呼ばれフランと仲良くしているんだっ!?」

「……………ああ、なるほど」

 それで合点が言ったとばかりに、肩を竦める晶。
 さすがに物分かりが早い。早過ぎて何だかイラッとしてくるぐらいだ。
 
「レミリアさん、何でそこで不機嫌になるんですか?」

「ちょ、ちょっと察した程度で、この私の深遠な考えを読み切ったと思わぬ事だな! ふんっ!!」

「……君の人物評はとても正しかったよ、パチュリー」

 そこで、何故パチェの名前が出てくるのかしら?
 確かに彼女は魔女という性格上、そういった類の人物観察も得意にしているみたいだけど。
 ――む、待てよ。つまりそういう事か。
 ふふふっ、どうやらパチェの奴からこの私の素晴らしさを散々聞かされたようだな。

「ならば存分に、この私を称えると良い」

「……今の一瞬でどうしてそういう考えに至ったのかは知らないけど、レミリアさんって結構幸せな人だよね」

 くくく、どうやら余程今の私は幸福そうに見えるらしいな。
 まぁ、悪い気はしないが――いや待て、呑気に幸せに浸っている場合か。
 
「いかんな。危うく自らの目的を忘れる所だった」

「えっと、幽香さんとフランちゃんが仲良くしてる理由でしたっけ」

「うむ、そうだ。……まったく、それだけが聞きたいと言うのに、どうして話がズレたり別の話題に変わったりするのか」

「いやそれは――おほん。まぁあの二人が仲良しなのは、一言で言えば相性が良いからでしょうね」

 苦虫を無理矢理噛みつぶして地下深くに封印したような笑いで、何かを言い抑えながら晶が私の問いに答えた。
 しかし、相性が良いだと? それは少々聞き捨てならんな。
 我が最愛の妹と、あの残虐非道なフラワーマスターのどこに接点があると言うのか。

「晶、幾ら客人とは言え発言には気を付ける事だ。根拠の無い証言は無用な怒りを招くぞ」

「………根拠もクソも、一目瞭然じゃないですか」 

 ま、まぁ、そういう見方も有るかもしれんな。
 さすがに自分でも白々しいと思ったので、私は少し目線をズラしながら肩を竦めた。

「それに、仲良くするのは悪い事じゃないと思いますよ? 人付き合いは多い方が人生経験を豊かにしますしね」

「その点に関しては否定せんし、晶にも感謝している。だがな」

「だがな?」

「……その、アレだ。何事にも犯してはならぬ領分と言うモノがあるのではないだろうか」

「ほへ?」

 私のやや遠回しな忠言に、晶はキョトンとして首を傾げた。
 くっ、どうしてそこで物分かりが悪くなるんだお前は。
 まるで分かりません、と言った感じの間抜けな顔した晶を私は睨みつける。
 その視線にさしもの晶も焦ったらしく、慌てた様子で腕組みをし考え込み始めた。
 何を考えているのかいまいち分からない表情で虚空を見つめていた晶は、やがて何かに気付いた様にポンと手を叩く。
 
「えーっと、要するに……自分を差し置いて姉呼ばわりが許せないって事?」

「うぐっ」

 こ、今度は察し過ぎだ。
 もう少しこう、カリスマを維持しつつオブラートに包んだ言い方は出来ないのか。

「まぁ、あの仲睦まじさを見て不安になる気持ちは分かりますけど」

「べ、べべべ、別に不安と言うワケでは無いぞっ!?」

「正直それを僕に言われても困るんですが。出来ればそう言う事は、本人達に言ってくれません?」

「………そ、それはアレだ。お前がフランの世話係だからだよ」

「いつの間にそんな役職に……」

 それなら仕方無いとばかりに溜息を吐く晶。
 私も内心、上手く誤魔化せた事にほっと一息をつく。
 ……フラワーマスターにこんな話をすれば、どんな反応が返ってくるのか目に見えている。
 フランも論外だ。こんな姉としての威厳を放り投げるような問いかけを彼女にするのは、私のプライドが許さない。
 そうなると私が頼れる相手は、目の前の腋メイドしかいなくなるワケだが。
 さすがにそれを正直に言うほど私も無遠慮では無い。
 一応、フランを任せられる程度には頼りになると認めてもいるのだしな。

「分かったか晶? お前には、フランの人間関係の面倒を見る義務が存在しているのだ」

「何だか体よく色んな物を押しつけられた気もしますけど……その場合、僕はどうしたら良いんですかね」

「フランが、真の姉たる私も立てるよう上手い具合に教育しろ」

 うむ。思い付きではあったが、中々悪くない案だ。
 他者の口から語られる風評と言うのは、歪んでいるからこそ明確にその人間を評価する。
 私自身が自分の事を話すより、晶に語らせた方がもっと効果的に私の強大さをフランに知らせる事が出来るはずだ。
 こういう役割に、忠誠心の塊である咲夜は使えない。
 パチュリーはそもそもこういった話に絡もうとしないし、絡んだとしてもヤル気が無いから当てにならない。
 そう考えると、晶にフランの教育係を託した私の判断はこの上なく的確であったと言えるだろう。
 くくっ、さすがは私だ。無意識に最善の選択肢を選びとっていたとは。
 強いて問題を上げるとするなら――その指名した当人が複雑そうな表情をしている事だろうか。
 なんだその目は、文句があるなら聞くぞ。

「どこまで本気なんだろう……本音と見栄とプライドが混ぜこぜになってて、どうしたいのかがイマイチ見えてこないや」

「むっ、何か言ったか?」

「いやいや、何でもないですよ。――まぁ、世話役ならフランちゃん最優先で動けばいっか」

「なんだと? それはどういう……」

「はいはい失礼しますよっと」

「うーっ!?」

 何やらぶつくさ言っていた晶は、唐突に私の身体を持ちあげる。
 所謂お姫様だっこの姿勢だ。話に聞いた事はあったが、自分が経験する羽目になるとは思いもしなかった。
 あまりの事態に、さすがの私も反応する事が出来ずにただ呆然としている。
 その間も、晶は私を連れてズンズンと屋敷の中を進んでいく。

「お、おい待て、いきなり何をしているっ!?」

「フランちゃんの世話係として、レミリアさんの希望を通すにはどうしたらいいかと少し考えたのですが――無理っぽいので諦めました」

「早々と諦めるな! あと、この行為の説明になってないぞっ!?」

「なので、とりあえずレミリアさんとフランちゃんを仲良くさせる所だけ拾う事にします」

 そう言いながらも進み続けていた晶の歩みが唐突に止まる。
 いつの間にか、私達は屋敷の外まで出ていたらしい。
 未だお姫様だっこされたままの私の前には、そんな私を見上げているフランの姿が。

「……お姉様?」

「ええっ!?」

「フランちゃん、お姉さんが一緒に遊びたいって言ってたので連れてきたよっ!」
 
 うわっ。この子、本当にこっちの希望を一切通す気が無いじゃないの!?
 身も蓋もない晶の言葉に、私は激情をぶつけようと口を開く。
 けれど、そんな私の怒りが口に出る事は無かった。
 何故なら晶の言葉を聞いて、フランの表情に満面の喜色が含まれたのだから。

「本当!? 本当なの、お姉様!!」

「え、その……」

「マジです。思いっきり遊んだら良いんじゃないかな」

「ちょっ、晶!?」

「わーいっ! お姉様と遊べるんだ、わーいっ!!」

 戸惑う私を余所に、二人はドンドン話を進めて行く。
 どうしていいか分からなくなった私に、晶がこっそり耳打ちしてきた。

「とりあえずさ。まずは姉の威厳とか何とかより、スキンシップを重ねる事が大事だと思いますよ」

「な、なるほどな。……しかし、私にも紅魔館の主としての体裁がだな」

「――レミリアさん、それは違います」

「なにっ?」

「レミリアさんのカリスマは、気安く接した程度では変わりません。むしろ、近くなった事でより明らかになるのですっ!」

「な、なんだとぉっ!?」

 そう言って晶は訥々と語り始めた。



 普段は妹の願いに何でも応える、優しくてちょっとおっちょこちょいなお姉さん。
 しかし、フランドール・スカーレットは知っていた。
 姉であるレミリア・スカーレットの【紅魔館の主】としての姿を。
 無邪気な遊戯の中で時折見せる、遥か遠い未来を見つめる憂いを帯びた瞳の意味を。
 近いからこそ、遠い。
 自分もいつか知る事が出来るのだろうか。誇り高き吸血鬼たる、姉の居る世界から見える光景を――。



「子が親の背を見て育つように、フランちゃんも姉の背を見る事で悟るのです。自らの姉がどれほど偉大な存在なのかを」

「……お、おおっ」

 それは何と言うか――凄く良い。
 今まで試したカリスマとも、また違ったカリスマが漂っていて凄く良い。
 おまけに、鏡の前で何度練習しても獲得できなかった哀愁までついてきてもう何と言うか文句なしに良い。
 
「そういうワケで……フランちゃんと遊んで貰えないでしょうか、レミリアさん」

「ん、そ、そうだな」

 晶の言葉に頷きながら、私はお姫様だっこの姿勢から脱出する。
 さらに出来る限り動揺が表情に出ない様抑えながら、神妙そうに見えるであろう顔で言葉を続けた。

「貴様の言った事は一切関係ないし、今の妄言も何の参考にもならなかったのだが、ここまで来て遊んでやらない程私も狭量では無い」

「左様で」

「だから良いだろう。フランも外に出始めた事だ、これからは積極的に遊んでやろうではないか」

「ありがとうございます、レミリアさん」

 私の言葉に晶が頷く。うむ、完璧な対応だ。
 ……晶の案は悪くないが、鵜呑みにしてはそれこそ主としての沽券にかかわるからな。
 態度こそ釣れなくしてしまったが、きちんと心の中では評価してやっているぞ。安心すると良い。

「はぁ、この年で詐欺師紛いの真似事をする機会が来るとは思わなかった」

「何か言ったか?」

「い、いえ、何でもないです! それなら早速、レッツプレイ弾幕ごっこと参りましょう!!」

 そう言って、邪魔にならない所へ移動しようとする晶。
 私はそんな晶の腕を掴んで、最高の笑みを彼へと向けてやった。
 うむうむ、お前の気持ちは分かるぞ。姉妹水入らずの時間を楽しんで欲しいのだろう?
 だがな、ここまで協力してくれた人間を蔑にする程、私も鬼では無いぞ。

「あ、あの、レミリアさん?」

「今回は特別だ。私やフランの遊びに、お前も混ぜてやろうじゃないか」

「わーいっ、また晶と遊べるーっ!!」

 我ながら粋な計らいである。
 ほら見ろ、晶も泣いて喜んでいるではないか。

「さぁやるぞフラン、今日は思いっきり遊ぼうではないか!」

「はい、お姉様っ!!」

 それから私達は、夢のように幸せな時間を過ごした。
 幸せすぎて二、三回手元が狂ったりもしたが、それもまたご愛嬌だろう。
 ちなみにその後、晶は半日近く寝込む羽目になったそうだ。
 まったく、はしゃぎ過ぎて寝込むとは、晶も何だかんで子供なのだな。あはははは。










「何だか、今日はやたら紅魔館の中が騒がしいですねぇ」

「……めーりぃん」

「わっ、消しズミ――じゃなくて晶さん!?」

「お願い。ちょっとしばらくここで休ませて……」

「な、何があったんですか!?」

「…………………どう足掻いても地獄」

「晶さん、悪い事言わないからしばらく休んだ方が良いですよ……」


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 死神Aっ!!】


死神A「どうしてこうなった……死神Aです」

山田「まさかのリアル下克上に超ビックリ、‘アシスタント’の山田です」

死神A「山田様ぁ、勘弁してくださいよぉ……」

山田「知った事か。と山田は山田は呆れつつ言ってみたりして」

死神A「まぁ、ある意味キャラ的には有ってますね。こう、体形的な意味で」

山田「死神A減給」

死神A「(アシスタントより立場の弱い先生役って……)」


 Q:フランちゃんがお外で花の妖怪さんと遊んでいるような気がするんですが……広間の修繕をしている間に日が暮れちゃったということでしょうか?


死神A「わざわざ名指しのご指名ありがとうございます。おかげで休みと給料が減りました」

山田「無駄な愚痴こぼして無いでサクサク答えるべきです。それが貴方に出来る善行ですよ?」

死神A「(自分だっていつも脱線してるのに……)えーっと、質問にも有ったように、日が暮れていたというのもあります」

山田「きちんと描写しろよマヌケって感じですね」

死神A「山田様、オブラートオブラート。……そ、それでですね。その、えっと、さらに」

山田「愛の軌跡ですね、分かります」

死神A「ごっちゃにしないでくださいっ! あ、そうだ。そうそう、天晶花内のみでの設定ですけど、吸血鬼は日光が弱点と言うワケではありません」

山田「完全に無視しているのでは無く、あくまでも「日光が苦手」レベルに抑えられてると言う事ですね」

死神A「は、はい。直射日光を浴びたら即蒸発。と言う事はまずありません。……それでも、日傘が無いと大分辛いとは思われますが」

山田「まぁ、これからフランドールやレミリアを連れ回す際の不都合を緩和する処置だと思ってください」

死神A「……そ、そういうワケです」

山田「はい。お疲れ様でしたー」

死神A「あの、なんか後半完全に食われてた気がするんですが」

山田「性的な意味で?」

死神A「……もういいです」

山田「同性愛はいかんぞ、非生産的な」

死神A「うぁーんっ、もう二度とメイン解説役なんてやるもんかぁっ!!」

山田「では、オチもついた所で今回はこのへんでー」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[8576] 東方天晶花 巻の六十八「常識の有無は教育の有無とは関係ない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/05/27 01:01


巻の六十八「常識の有無は教育の有無とは関係ない」




「皆ちゅーもーくっ! 特別臨時講師の晶せんせーだよっ!!」

「……同じく、アリス・マーガトロイドよ。ヨロシク」

「今日は慧音先生に変わって、僕達二人が皆の勉強を見てあげるよーっ!」

 元気を目一杯込めた僕の言葉に、同じく元気いっぱいの返事が返ってくる。
 ここは人里の寺子屋。今、僕達二人はたくさんの生徒の前で教鞭を握っていた。
 
「はぁ、何でこんな事に……」

 僕の隣で、アリスがウンザリとした声を出す。
 教師の真似事をやる事に、まだ納得していないのだろう。
 ここまでの成り行き上必然過ぎるそのボヤキを、残念ながら僕は聞き流すしかなかった。

 
 さて、事の起こりは数時間ほど前に遡る。


 紅魔館で呑気に休んでいた――死にかけていたとも言うけど――僕の所に、申し訳無さそうな顔の慧音さんがやってきた。
 時刻は早朝。レミリアさんが布団に入り、人里の農家の方々が朝食を済ませていたであろう頃の話だ。
 意外過ぎる来訪者の姿に僕が呆然としていると、慧音さんは僕に深々と頭を下げてきた。
 それも真っ先に。訳が分からなくなって、思わず同じ様に頭を下げ返した僕は悪く無いと思う。
 
『スマン。無茶な願いなのは分かっているんだが、他に頼れる人間が居ないんだっ!』

 唖然としたまま頭を下げている僕に構わず、慧音さんは話を続けていた。
 ……今思えば、相当焦っていたのだろう。
 お互い地面と見つめあったまま、彼女は僕に「お願い事」をしてきた。
 
『晶、今日だけ教師になって貰えないかっ!』

『……ほへ?』

 何でも、慧音さんはこれから緊急の用件で里を離れないといけないらしい。
 それだけなら特に問題は無いんだけど、運悪く今日は寺子屋の開催日でもあったとの事。
 慧音さんの寺子屋は人里の保育所も兼ねているので、急に休みを入れるのは難しいんだそーだ。
 そこで、代役として白羽の矢が立ったのが僕だったそうです。

『えーっと、妹紅さんや阿求さんはどうなんですか?』

『妹紅には里の警護を頼んでいるし、稗田殿は……言っては悪いが子供たちを相手に出来る体力がない』

『あー、なるほど』

『外来人は皆、「ぎむきょういく」とやらを受けているのだろう? だから、教師としても晶が最適だと思ったのだが……』

 その時言われて気付いたんだけど、幻想郷にある教育機関って慧音先生の寺子屋だけなんだよね。
 軽く教科書っぽいモノも見せて貰ったんだけど、こっちの小学校高学年で生徒全員の面倒が見れちゃうレベル。
 まぁ、慧音先生曰く日常で使える知識を中心に教えていると言う話だから、四則演算が出来れば微分積分なんていらないんだろうけどさ。
 
『な、簡単だろう? そう言うワケだから、頼むっ!!』

 結果としてその気安さが、僕にイエスと言わせる最大の原因になってしまったのだからにんともかんとも。
 

 以上、回想終わり。


 ちなみにお給料はちゃんと出るそうなので、さりげなく一文無しだった僕大歓喜。
 尚、話に一切絡まなかったアリスがココに居る理由ですが……。
 実は、僕が一つ我儘を言ったせいだったりします。本当に申し訳無い。

「それじゃあ、今日だけ一緒に遊ぶ事になったお友達も紹介しちゃうよーっ! はいどうぞーっ!!」

「えっと、フランドール・スカーレットです。よろしくお願いします」

 そう。僕自身忘れかけていたけど、現在フランちゃんは僕の魔眼で狂気を抑えている状態なのだ。
 当然僕が人里に出かければ、フランちゃんは平常心を維持出来ず……ここから先は言わなくても分かるだろう。
 それはさすがに悪いので、僕はレミリアさんと慧音さん、双方に無理を言って彼女を人里に連れてきた。
 もちろん、ただ面倒を見るためだけに連れてきたわけではない。
 紅魔館に居るだけでは殺伐としてしまうであろうフランちゃんの心を豊かにするため、幻想郷でも比較的‘普通な’人里を次の教育現場に選んだのである。
 ……まぁその、ここまで全部後から思いついた言い訳なんですがね。

「よりにもよって、悪魔の妹の面倒をみる羽目になるなんて……」

 アリスが改めて頭を抱える。
 フランちゃんを連れ込む条件として慧音さんが提示したのが、信頼のおける人物の付き添いだった。
 彼女の危険度を考えると、当然の措置であると言えよう。
 そこで僕は迷わずアリスの名前を上げ、慧音さんもあっさりと承諾したのだった。

「申し訳無い。アリスには常々ご迷惑をおかけします」

「そう思うなら、次からはちょっと自重しなさい。……対応策も含めて」

「いやぁ、さすがに普通の人間の中にフランちゃん一人だけ入るのはマズいと思ってさぁ」

「言いたい事は分かるけどね。これはやり過ぎよ」

 そう言って彼女は、呆れきった視線を目の前の光景に向ける。
 ……やっぱりそうかなぁ。
 僕も思いついた時は妙案だと思ってたけど、実際にやってみると確かに無茶だった気がしてきたよ。

「メディスン・メランコリー。人間は嫌いだけど、アリスが仲良くしろって言うから譲歩はしてあげるわ」

「あたいはチルノ! さいきょーの妖精であきらの親分よっ!!」

「だ、大妖精と言います。皆からは「大ちゃん」って呼ばれています。よ、よよよ、ヨロシクお願いしましゅ」

「因幡てゐでーっす! 今日は出来る限り皆――特に某吸血鬼と――仲良くなっちゃおうと思ってまーすっ!!」

「ウサギジチョウシロー」

 名付けて「木を隠すには森の中、フランちゃん隠すには妖怪の中」大作戦。
 とりあえず知り合いの中で、比較的寺子屋に混じっても違和感の無さそうな面子を選んで呼んでみた次第でございます。
 えっ、レミリアさんが居ないって? さすがに察しの悪い僕でもそれが死亡フラグである事は分かるからね?
 ちなみにアリスを呼んだのは、ある意味フランちゃん以上に厄介なメディスンの保護者だから、と言う理由もあったりする。
 ほ、ほら、やっぱり有る程度フランちゃんに近しい立場の妖怪も欲しいじゃん。
 ……やっぱり無謀だったかなぁ。もう完全に後の祭りだけど、今更ながら焦ってきたヨ。

「とりあえず、問題児二人と腹黒一匹には充分注意するとして……」

「ま、まだ何か?」

「何で妖精まで連れてきてるのよ。トラブルメイカーは少ない方が良いんだけど?」

 そう言って、アリスは親分と大ちゃんを呆れ顔で見つめる。
 むぅ、まさかそこを咎められるとは思わなかった。
 僕はちょっと不敵に、勿体付けてニヤリと笑う。
 ちなみに深い意味は無い。

「ふっふっふ、アリスさんは分かって無いですね。親分の恐るべき力を」

「……あの氷精に言うほど凄い力が有るとは思えないんだけど。あと親分って何よ」

「まぁ、見てれば分かりますよ。ふっふっふ」

「その無駄に余裕な態度がウザったいわ」

 今ちょっと傷ついた。自分でも大分ウザいとは思ってたけど。
 まぁ、それはともかくとして。
 五人が其々自己紹介すると同時に、寺子屋の子供たちがあからさまにザワつき始めた。
 何しろ、全員が妖怪ないし妖精と言うラインナップだ。
 慧音さんと言う半分妖怪みたいな存在に馴れてる子供たちでも、さすがにこの面子といきなり仲良くしろと言うのは厳しそうである。
 しかしそれくらい、すでに予想済みなのですよ。ふっふっふ。
 
「うぅっ、お、お兄ちゃん。皆キュッとした方がいいのかな」

「約束したでしょう? ここでは弾幕ごっこは禁止って。いきなり暴れちゃダメだよ」

「もー、騒がしいわねー。全員口を開く事さえ出来なくしてやろうかしら」

「止めなさい。と言うかお兄ちゃんって何よ……」

「どーでもいいから誰か静かにさせてよ。面倒くさいなー」

 フランちゃんが子供達のリアクションに過剰な反応を示し、メディスンがかなり危険な事を言ってアリスに咎められる。
 あっちもこっちも大混乱な状況で、今まで沈黙を保っていたチルノが、声高に両手を上げて叫んだ。

「黙りなさい! シャ……シャ……」

「――シャラップ?」

「それよ、シャラップ! 静かにしなさいっ!!」

 相変わらず、肝心な所で言葉に詰まる親分さんだ。
 そろそろチルノの補足に関しては、某グーグル先生ばりのあやふや検索が出来るかもしれない。
 ……正直、出来るからそれがどうしたって感じですが。

「アンタらどいつもこいつもきょーちょーせーが無さ過ぎよっ!!」

「それを、悪戯妖精のアンタが言うワケ?」

「いいっ! 例え一日とは言え、あたいの子分になるなら揉め事はげんきんよっ!!」

「チ、チルノちゃん。勝手にそんな事決めちゃダメだよ」

「文句があるなら、構わず言ってきなさいっ! あたいはいつでも受けて立つわっ!!」

 初っ端からチルノ節全開である。
 さすがに子供達も、彼女の発言を流す事は出来なかったらしい。
 一番年長らしい活発そうな女の子が、他の子に促される形で立ちあがった。
 ちなみに妖怪側の反応は、子分が何なのか分かってないのが二名、面白そうなので静観しているのが一名。喜んでいいのか悪いのか。

「あのさ。な、なんで私達が子分なの?」

「決まってるじゃない。アンタ達はあきらのせーとなんでしょう!?」

「う、うん」

「せーとってのは子分みたいなものよ。そして、あたいはそのあきらの親分! なら、アンタ達はあたいの子分って事になるわっ」

 いや、その理屈はおかしい。
 なにその「我が師の師は我が師も同然」みたいな超理論。
 さすがに子供達も納得出来ないのか、どうしたもんかとオロオロしている。
 まぁ、無理もあるまいて。さすがに僕もこの展開は予想出来なかった。
 正直ちょっとまずいかなーと、チラリと横目でフランちゃんの様子を覗いてみる。
 まさか、今のを挑戦と受け取ってドンパチ始めないよね……?

「ねぇねぇ、お兄ちゃん」

「な、なんでせうか?」

「親分さんは、お兄ちゃんの親分さんなんだよね?」

「そ、そうですじょ?」

「なら、私にとっても親分さんになるのかな?」

 ……いや、その理屈もおかしい。
 寺子屋が地獄絵図に変わる! みたいな展開は回避できたみたいだけど、フランちゃんの思考は大分おかしな事になっていた。
 
「そうよっ!」

 そして、そんな彼女の疑問に思いっきり無責任に頷く皆の親分。
 何も考えてないだけなんだろうけど、懐が広い様にも見えるから不思議だ。
 当然、フランちゃんはあっさりとチルノの主張を信じ、輝く瞳で彼女を見つめ始めた。

「そうなんだ……よろしくねっ、親分さんっ!!」

「よろしくしてあげるわっ、ふらんっ!!」

 ……さりげなくコレ、凄い光景なんじゃないだろーか。
 そんな事をおぼろげに考えていると、畳みかけるようにチルノに近づく影が一人。

「そして、晶と親友な私も当然子分の一人になるワケですね! 分かります!!」

「そうよっ!!」

「シクヨロ親分! てゐちゃんは色々役に立つ子だよっ!!」

「かんげーするわっ! ――やったね大ちゃん、子分が増えたわよっ!!」

「おめでとう、チルノちゃん」

「あ、私も私もー」

「どんどん来ると良いわっ! あたいは来る物コバルト無いだもの!」

 拒まないですよ親分。あえて指摘はしないけど。
 それにしても、兎詐欺さんは本当に抜け目がないなぁ……フランちゃんを抱きこんだチルノに早々と迎合するとは。
 メディスンもノリで子分になってるし。
 その行動に文句は無いんだけど、ちょっと妖怪側が纏まり過ぎな気も。
 このままだと、人間側と妖怪側で対立しちゃう可能性が……。

「さぁ、アンタ達はどうするのっ!?」

「え、ええっ、そ、そんな事言われても」

「仕方無いわねぇ……なら、勝負よっ!!」

 子供たちの不満げな反論に、チルノは胸を張って答え―――ってそれはマズいっ!
 チルノだけでも子供全員を氷漬けに出来るのに、超火力のフランちゃん、毒マスターメディスン、腹黒策士のてゐまで居る状態でそれは非常にヤバい!
 
「お、親分。さすがにここで暴れられるのはちょっと」

「安心なさい。あたい、弱い者イジメはしないわ」

「ほへ? それじゃあ一体何を……」

「正々堂々、けーどろでしょーぶよっ!!」

 ビシッと子供達に指を突き付けるチルノさん。
 そっかー、幻想郷にもドロケイあったのかー等と呑気に感心しつつ、僕は事の成り行きを見守る。
 出来れば穏便にすみますよーに、と神様に心中で祈っておく事も忘れない。
 とりあえず、大国主大神様あたりにお願いしておけば大丈夫だろうか。
 ……でもあの神様、やたらめったら色んな神様と統合されてるからイマイチ頼り辛いんだよね。
 そもそも、縁結び自体後付けみたいなものだし……。

「何ぼーっとしてるのよ」

「はっ、久しぶりに考えに没頭していた気がする」

「……別に良いけど、貴方の判断待ちよ」

「判断?」

「これから、あたい達とこいつらでけーどろ勝負するのよ! 負けた方が勝った方の子分になるのっ!!」

「えっと、特殊能力の使用は……」

「とーぜん無しよっ!」

 それなら、厄介な事態にはならなそうかな。
 子分云々の条件は、後々遺恨を残しそうな気もするけど……。
 僕はこっそりと、子供たちの様子を窺ってみた。
 突発的な話とは言え遊べるのはやはり嬉しいのか、皆ワイワイと作戦などを話し合っていた。
 ふむ、この様子だと遊んでるうちにどうでも良くなりそうだね。問題無し問題無し。

「よーしっ! それじゃあ一時間目は、皆でケイドロするって事でっ!!」

「そうこなくっちゃ! さすがあたい軍団のぐんしねっ!!」

「チルノちゃん、軍師のお仕事ってこんな感じなの?」

「良く分からないけどきっとそうよっ!」

「ねぇメディスン、ケイドロって何?」

「知らない。てゐは知ってる?」

「私も知らないから、アリス先生に聞きなよ」

「今、明らかに「面倒だから押しつけとこう」って顔してたわね、アンタ」

 それにしても……纏まりないなぁ、妖怪側の面々。
 個性強いし同じ所属でも無いから必然の流れとは言え、もう少し寺子屋の子供達みたいに協力しあっても良いんじゃないかなぁ。

「あの、スイマセン先生」

「あ、はいはい。何かな?」

「チルノさん達は飛ぶの有りですか? 正直、空高く飛ばれると手だてが……」

「うーん、とりあえず低空飛行くらいは有りにするつもりだけど、さすがにちょっと不利かな?」

「こっちが人数的に有利で、あっちは身体的に有利。つまりこれで1対2で相手有利か……」

「あ、そうなるのか。それじゃあ飛行は無しで―――」

「いえ、ちょっと待ってください。皆と話しあってきます」

 リーダー格の女の子が、ポニーテールを翻して仲間の輪に戻る。
 そして、何やら話を聞いていた他の仲間と一緒にアレコレ話し始めた。
 ……はて、おかしいなぁ。
 和やかな遊びのはずなのに、彼女等の背中に修羅が見えるぞ?

「みぃ、妖怪相手に鬼ごっこはしんどいのですよ」

「でもよ、飛行無しにした所で対して結果は変わらないと思うぜ?」

「そうだよね、妖怪さんは皆動き早いし。……はぅ~、それにしても皆かぁいいよぉ~」

「あの兎さんは少々油断ならない感じが致しますけどね。やっぱり、あえて飛行可能の有利は残すべきだと思いますわ」

「おじさんも同感かな。その代わりに、こっちも追加で何か有利な条件を貰うってのがベターな選択だと思う」

 ―――僕はなーんにも聞いてないからねー。
 慧音さん普段、この子らにどんな教育してるんだろう。
 何だか、違う意味で白熱しそうな感じがするなぁ。

「で? 計画通りに事が運んだ気分はどう?」

 早まったかなぁ。と何度目かの反省をしている僕の隣に、呆れ顔のアリスがやってきた。
 口調こそ責めるような感じだが、その口元には柔らかな笑みが浮かんでいる。
 むぅ、そうやって生温かな対応をされると逆に照れくさい。
 なので僕は、あえてアリスの質問を無視して別の事を尋ねた。

「メ、メディスン達は良いの? ケイドロ知らなかったみたいだけど」

「てゐに押しつけ返したわ。子分同士、親睦を深める良い機会でしょ。……あと、誤魔化せてないわよ」

「う、うぐぅ」

「こうなるの狙ってたんでしょ? 相変わらず、ボケっとしてる癖に策を練るのが上手いわね、貴方」

「とりあえず、褒められていると思っておく事にします」

「そうしなさい。……それにしても意外だったわ、チルノが橋渡し役になるなんてね。無知は時として最強の矛になるって感じかしら」

「んー、まぁアレだよ。親分はアレで結構、カリスマっぽいモノがあったりするワケです」

 少なくとも、慕われる要素は決して少なくないと思う。
 ……さすがに丸投げするのは危険かなー、とも思ったんだけどね。
 こういう子供同士の付き合いって、教師役が介入して良い結果を生み出す事は稀だからなぁ。
 嗚呼、いつの間にか僕もこっち側に来てしまったのね。等とボケるつもりは無いケド。

「それにいざとなったら、てゐにフォローして貰おうと思ってたから」

「……なるほどね。だからか」

「ほへ?」

「てゐから伝言。「貸し一つ」だって」

 そりゃ、読まれてますよね当然。
 最初からそのつもりだったから別に良いけど……やっぱりちょっと早まった気がしてきた。

「まぁ、メディスンにとっても良い経験になると思う。ありがと、あの子に代わってお礼を言っておくわ」

「い、いやいや、僕は単に最善と思われる選択肢を選んだだけですって。それに――」

「それに?」

「実は、自由にやらせ過ぎたかもと後悔してる所です」
 
「……選んで無いじゃない。最善」

 いやだって、まさかガチの勝負になるなんて思っても見なかったんだもの。
 どうして幻想郷の方々は、揃いも揃って勝負事になると目の色を変えるのでしょうか。
 子供達は「どこの特殊部隊だ」と言いたくなるくらい綿密な計画を立ててるし。
 ルールを把握した妖怪の方々も、分かりやすくテンションあがってきてるし。
 何より、双方本気で相手を子分にする気満々なのがどうしたものかと。

「ま、大丈夫よ。案ずるより産むが易し、きっと無難な所に落ち着くわよ」

「そうかなぁ……」

「そうそう、どっしり構えてなさい。せ・ん・せ・い」

 そう言って意地悪く笑いながら、僕の腋を肘で突くアリスさん。
 ……先生って大変なんだなぁ。
 変な所で、教職に就く大変さを学んだ僕なのでした。





 ―――ちなみにその後、わりと白熱したドロケイは、無事勝敗を有耶無耶にして終わったのでした。めでたしめでたし。
 

 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】


山田「あるべき所にあるべきものが戻りました。山田です」

死神A「もう二度と勘弁して欲しいです。死神Aです」

山田「今回は、ちょっと特殊な質問の解答となっております。ではでは早速」


 Q:今回の姉妹+晶君の遊びで能力、カードは増えましたか?


山田「これと同じように、風見幽香と戦った際のスペカ増加もありますか、と言う質問もありました」

死神A「省略された勝負が結構ありましたもんね」

山田「これに関する答えは全て共通です。「一切覚えていない」これに尽きます」

死神A「すっぱりですねぇ」

山田「東方天晶花に置いて、久遠晶のスキルコピーとスペルコピーは必ず本編中に明言される事になります。これは確定です」

山田「ただでさえ、彼は「こんな事もあろうかと」が容易に出来る人間ですから、最低限そこはしっかり締めておかないといけません」

死神A「でも、スペルコピーとスキルコピーだけなんですか」

山田「はい。能力複合技は総じて久遠晶の切り札的な存在になるので、事前提示はさすがに無しです」

山田「ですが。「○○の能力を覚えた」や「○○のスペカを覚えた」と言う結果は、本編中何らかの形で必ず口にされるのでご了承ください」

山田「なお、この制約に「覚えた能力により使用出来るスペカ」は含まれませんのでご注意を」

死神A「それは何でまた?」

山田「……やろうと思えばほぼ全部相手のスペカをコピー出来るからですよ。それもその場で」

死神A「……なるほど」

山田「まぁそういうワケなので、次にその手の質問が来ると作者が凹みます。ご注意を」

死神A「その、良く分からないメタ的脅迫?はなんなんですか……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど





[8576] 東方天晶花 巻の六十九「不正の存在を前にして黙する人は、実は不在の共犯者にほかならない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/06/02 00:17


巻の六十九「不正の存在を前にして黙する人は、実は不在の共犯者にほかならない」




 ※CAUTION!
 
  このSSには、過激なはっちゃけと多分なパロディが含まれています。
  ある程度覚悟を決めて閲覧する事をお勧めいたします。
  ええ、今日もあの人等は絶好調です。
























 どうも、特別講師をする事になった久遠晶です。
 人間と妖怪の和解? は、親分の活躍で思いの外スムーズに終わる事が出来ました。
 今はもう、皆妖怪も人間も無くワイワイと遊んでいる所です。
 良かった良かった。これで心配はいらないだろう。
 強いて問題があるとするなら――

「慧音さんに頼まれたノルマ、どうしよう」

 遊びが盛り上がり過ぎて、完全に授業が二の次になっている事くらいだ。
 九九の暗唱に漢字の書き取り。やらせる事はたくさんあると言うのに、すでに時刻は昼を迎えようとしていた。

「こうなったら、ゆとり世代も三日で東大に行けるねーさま直伝の監獄教育をするしか……」

「良く分からないけど止めておきなさい」

「はぅあっ!?」

 下を向いて不穏な事を考えていると、隣のアリスにポニテを引っ張られて無理矢理上を向かされてしまった。
 さすがはアリスさん。毎度毎度、ツッコミに容赦がありませんネ。
 ……だけど、ポニテを取っ手代わりにするのは止めてください。
 今、首の骨が折れるかと思いましたよ。

「別に全員を学者にするワケじゃないんだから、無理に勉強させなくても良いじゃない」

「えっ? そんなテキトーで良いもんなの?」

「……貴方、どんな授業するつもりだったのよ」

「一日を時間単位で区分けして、各時間帯毎に教科書の内容をカテゴリ別段階別に分けたもの教え――」

「そこまでムキになってさせるモノでも無いでしょ、勉強なんて」

 いや、外の世界ではわりとスタンダードな教え方なんですけどね?
 こういうのもカルチャーショックと言うのだろうか、僕の提案にアリスは呆れた様子で肩を竦めてみせる。
 しかし意外な反応だなぁ、勤勉な彼女なら好意的な反応を返すと思ったんだけど。

「知識は、それを求める者にだけ与えられるべきよ。マニュアル化してまで無理に教えるなんてどうかしてるわ」

「……なるほど、そういう考え方もあるのか」

 むしろ勤勉だからこそ、外の世界の教育法が受け入れられないワケですね。
 確かに、義務教育は言い方を悪くすれば勉強の強制だからなぁ。

「だけどアリス、知らない事を学ぼうとは思えないんじゃない?」

「……知識を望む人間の所には、自然とそういう機会がやってくるものなのよ」

「上海さん、ツッコミどうぞ」

「アリスコッチムケー」

「ありがとうございます」

「人の人形をツッコミ役に使わないで」

 僕も、まさかノッてくれるとは思いませんでした。
 上海さんは本当にはハイスペックだなぁ。と言うか持ち主にツッコミ入れて良いの?
 おかしくなった空気を払う様に、アリスはわざとらしい咳払いを一つ入れた。

「と、とにかく、仲良く遊んでるなら慧音だって文句は言わないわよ。伸び伸びさせてやりなさい」

「うーん、そうは言ってもなぁ」

「そもそも、大人しく勉強してる面子でも無いでしょう?」

「……なるほど」

 そう言われると、もうぐうの音も出ないですね。
 僕は教師としての自覚を放り投げ、大人しくフランちゃんの保護者として皆を見守る事にした。
 丁度子供達は、皆で鬼ごっこを始めようとしている所だ。
 今度は公平性を期すため、妖怪側の面々が均等に別れようとしている。
 うんうん、良きかな良きかな。
 ……っておや? なんかてゐさんがこっちに向かって来ているぞ?

「せんせー、ちょーっとヤバい事になったー」

「え゛っ!? ヤバいって何? まさかフランちゃんが狂気に負けて暴走をっ!?」

「メディスンがキレて毒をばら撒いたとか!?」

「……真っ先にそれが出てくるあたり、保護者だよねぇ。違うけど」

「違うのか……良かった」

「けど、ある意味それよりも厄介かな。ほらあっち、晶の目なら見えるでしょ」

「えっ?」

 てゐに促されるまま、何やら人だかりが出来ている方向を見つめてみる。
 フランちゃんやメディスン、チルノも集まっているそこに居たのは―――あれ? レミリアさん?
 
「ねぇ、てゐ。あれって……」

「やっぱ晶もそう思う? どう見ても吸血鬼だよねアレ」

 何故か顔に仮面舞踏会で使ってそうなマスクを付けているけど、アレはどう見てもレミリアさんだ。
 皆に囲まれて何やら焦っているみたいだけど、一体どうしたんだろうか?
 僕が首を傾げていると、横に居たてゐが呆れたように事の次第を説明してくれた。

「何か、隠れてこっちを窺ってたみたいでさー。よりにもよって妹ちゃんに見つかってあの騒ぎですよ」

「妹が心配だったんでしょうね。気持ちは分かるけど、何であの格好で忍びこんできたのかしら」

「レミリアさん、蝙蝠化とか使いましょうよ……」

 しかし、これはマズイなぁ。
 別にレミリアさんがこっそり様子を窺おうが、僕等は一向に構わないんだけど。
 ……妹に対して常に威厳を保とうとしているレミリアさんが、この事態を軽く見るはずがない。
 公衆の面前で「妹を心配して様子を見に来る姉」のレッテルを張られてしまったら、その印象を拭い去るために彼女はかなりの無茶をするだろう。
 それはもう、カリスマと言う名の包装紙で誤魔化した強硬策を、裏目に出てるのも気付かず実行するに違いないて。
 ――せっかく良好になってきた二人の間柄を、ここでリセットさせるワケにはいかない。
 そのためには、何とかこの場を誤魔化しきらないと……。

「そうだっ、閃いたっ!!」

「あ、突然だけど私用事を思い出し――」

「まちんしゃい、アリスさん。ちょっと協力してもらいまっせ」

「そうなると思ったわよ! アンタの‘閃いた’は私を巻き込まないと気が済まないのっ!?」

「あはは、悪い様にはしないって。ちょっとヒーローに登場して貰うだけだから」

「ぜぇぇぇったいに嫌よ! ちょっとてゐ、貴女も見てないで何とか――って居ない!?」

「さー行きましょうかアリスさん。あ、話は僕に合わせてくれれば良いからね」

「いーやぁぁぁぁっ!」










<諸事情によりシーンプレイヤーが切り替わります。切り替わってる事にしてください>










「お姉様……何やってるの?」

「ち、ちがっ、私はレミリア・スカーレットなどと言う吸血鬼では無いっ」

「えっ? でもあたい、こーまかんでアンタの事見たよ?」

「余計な事を言うな氷精!!」

 ああ、やっぱり面倒な事に。
 すでに素性が半確定していると言うのに、彼女は必死に赤の他人を主張していた。
 しょうがないなぁ。あんまり時間をかけるとボロが出るだろうし、とっとと誤魔化しちゃおう。

「―――待てぃっ!!」

 寺子屋の屋根の上から高らかに声を上げる。
 全員の視線がこちらに向くのを確認して、僕はさらに口上を続けた。

「貴様の野望もそこまでだっ! 『ダークスカーレット・エンパイア』首領、ブラッディレミリア!!」

「……なによ、それ」

 隣で相棒が疲れ切った様子でツッコミを入れるけど、今は無視。
 全員が――もちろんレミリアさん含めて――呆気にとられている間に、何とか情勢を整えないといけないのだ。
 僕は畳みかけるために、さらに啖呵を切って名乗りを上げた。

「正義の使者、水晶華蝶!!」

「………せいぎのししゃ、人形華蝶」

「華蝶仮面、人里の危機に再び参上!!」

 スパッとポーズを決めて、そのまま皆の前に着地する。
 人形華蝶のヤル気の無さは気になるけど、話は合わせてくれるから問題は無いだろう。
 そんな僕等の名乗りに、やっぱり呆然としたままのレミリアさんアンド子供達。
 けれど一人だけ、黄色い声を上げた妖怪が居た。

「わーっ、華蝶仮面だーっ!!」

「うわー……やっぱり来ちゃったか」

「あれ? メディスンとてゐ、かちょーかめんの事知ってるの?」

「前に助けて貰ったの。すっごいカッコイイ正義の味方さんだよっ!」

「そうそう、ちょーカッコイイ正義の味方だねー。カッコよすぎて深く追求したくないくらい」

「へぇー、そうなんだー」

 おお、メディスンが思わぬフォローを。てゐも………フォローしてくれたのかな、アレは?
 とにかく、彼女らのおかげで子供達からの疑惑の念が薄れた気がする。
 これならいけると踏んだ僕は、この茶番劇で最も重要な芝居を始める事にした。

「皆、そいつから離れるんだ!」

「あの、か、華蝶仮面さん。この人は私のお姉様で……」

「いいや違うな、名も知らぬ御嬢さん。そいつは世界を闇に包まんとする悪の秘密結社、ダークスカーレット・エンパイアの首領だ!」

「……むっ?」

 指を突きつけながら、話を合わせるようレミリアさんに目線を送る。
 幸か不幸か、今の彼女は仮面の御蔭で素顔が見えない。
 それを上手い具合に利用させて貰おうと言うワケだ。
 そう、仮面を付けていれば正体はばれない。これはあらゆる世界の根源的なお約束なのだっ!

「人里の子供達を攫い自らの尖兵に改造しようと企む貴様の野望、この華蝶仮面が見逃すと思ってかっ!!」

「―――くっくっく」

 僕の言葉に、唖然としていたレミリアさんが典型的な悪役スマイルで笑いだした。
 彼女は腰に手を当てると、これが悪のお手本だと言わんばかりの態度で胸を張ってみせる。

「良くぞ見抜いた、華蝶仮面! それでこそ、このブラッディレミリアがワザワザ出向いた甲斐があったと言うモノだ!!」

「……まぁ、アンタなら乗るわよね。当然のごとく」

「ハッヒフッヘホー」

 よしっ、話を合わせてくれた! これで何とかなる!!
 レミリアさん――もといブラッディレミリアは、無数の蝙蝠に分かれて即座に誰も居ない場所へと移動した。
 子供達の迷惑になりそうな場所では戦わない……さすがだ。
 自称カリスマだけあって、悪の華と言うモノを大変良く理解している。

「しかし、今ここで貴様が敗れれば結果は同じだ! どうする、正義の味方よ!!」

「決まっている。貴様の野望も、悪意も――全て我が手で打ち砕くっ!」

「か、カッコ良過ぎるわ、かちょーかめん。……よしっ、あたいも手を貸すわよ!」

「私も私も! 今度は毒もたっぷりだし、二人のお役に立つよ!」

「私もやるっ! お姉様に良く似た人が悪い事するなんて、許せない!」

「てゐちゃんは帰りたいよ……何も見なかった事にして」

 ……し、しまった。予想以上に盛り上がってしまった。
 武闘派ちびっ子の方々が、正義の心に目覚めてヤル気になってしまっている。
 さすがにそれはマズい。と言うか、フランちゃんとレミリアさんがやり合っちゃ意味がないじゃん。

「はいはい、気持ちは分かるけど下がってなさい」

 黙って事の成り行きを見ていた人形華蝶が、ウンザリした声で子供達を下がらせる。
 しかし、当然熱血スイッチが入った子供達は納得しない。人形華蝶の言葉に、全員が揃って文句を口にした。

「あーもうっ! 良いから下がってなさい!!」

「なんでよ! あたいだって戦えるのよ!? なんてったってサイキョーなんだからっ!」

「そうじゃなくて……えーっと」

 人形華蝶は頭を抱えつつ、どう言ったものかと頭を悩ませる。
 やがて彼女は何か悲壮な決意を固めたような顔で、ビシッと無駄なポージングを決めた。
 多分咄嗟にやったんだろうけど、それでカッコよく見えるのは間違いなく才能だと思われる。

「貴方達の熱い応援の声が、わ、私や水晶華蝶の力となるのよ!」

「私達の応援がっ!?」

「そう、だから皆は下がって私達の事を応援していてちょうだいっ!!」

「うわー、やっちゃったなー」

「そこの兎妖怪も、黙って下がってなさいっ!」

「はいはーい。そういうワケですってよ、チルノ親分」

「そういう事なら仕方ないわね! 皆でいちがんとなって、かちょーかめん達を応援しましょうっ!!」

「おーっ!」

 絶妙の言葉で全員を納得させ、こちらに戻ってくる人形華蝶。
 ただし、その表情はとてつもなく暗い。

「……早く終わらせましょう。私の精神が保ってる間に」

「あ、ああ、了解した」

 今のポージング、人形華蝶の中の何か大切なモノを大幅に削ったんだろうなぁ。
 僕としては、百点満点をプレゼントしたくなるレベルのヒーローっぷりだったんだけど。
 変な事を言って怒りの導火線に火を付けてもしょうがないから、ここは大人しく言う事を聞いて……。

「くくっ、正義の味方ぶりが板についているじゃないか、人形華蝶」

 ――わぁい、ブラッディレミリアさんってば空気読めてねー☆
 今、僕の耳に聞こえてきた何かがブツリと切れた音は空耳では無いだろう。
 子供達との距離が、充分離れていて良かったとシミジミ思う。
 正直、人形華蝶から聞こえてくる謎の異音が怖くて仕方ありません。

「……ねぇ、水晶華蝶」

「ど、どうした人形華蝶」

「あの悪の権化を叩くために――少し身体を貸してちょうだい」

「……どうぞ」

 キャラが崩壊してる? 仮面の奥に殺意の波動を湛えた彼女に比べればマシですよ。
 と言うか、反射的に頷いたけど身体を貸すってどういう……。
 僕がそんな疑問を口にする前に、人形華蝶の「糸」が僕の身体に纏わりついた。
 ……えーっと、これって人形操るための魔力の糸ですよね。
 これを僕にひっ付けるって事は、つまり。

「ヒーローっぽく、名前は付けた方が良いのよね。スペルカードの要領で良いのかしら」

「は、はぁ、良いのではないでしょうか」

「それじゃあ遠慮なく。名付けて――」



 ―――――――闘操「ワンマンズアーミー」
 


 彼女の宣誓と同時に、僕の身体が凄まじい速さで駆け出した。
 ああ、やっぱりそうなりましたか。
 まさか生身の身体を人形に見立てて操るとは……しかも、本人が操るよりずっと動きが機敏だし。
 しかし、さすがはブラッディレミリアと言うべきだろうか。
 普段の倍は早いであろう僕の動きに、あっさり付いて来て攻撃を受け止める。
 っておおっと、そこで足を使うワケですか人形華蝶。
 うわ、それもあっさりと見切ったぞブラッディレミリア、戦闘センスに関してはフランちゃんより上なんじゃないだろうか。
 
「水晶華蝶! 右腕に氷剣、二秒後に左足踵に同じものをっ!!」

「りょ、了解っ」

「くくっ、面白い! 貴様等の力を見せてみろっ!!」

「頑張って華蝶仮面さん! 絆の力を見せてっ!」

 スイマセン。協力してるように見えて、実質僕何にもしてません。
 それからフランちゃん、絆の力って呼称は忘れるようにって言ったでしょう?
 ……久遠晶って人がそんな事イッテマシタヨー?

「氷剣、七本空中で構築! 位置はランダムで固定、順次使用の際強化!!」

「面白い。次は何をするつもりだっ!?」

 これは……前にメディスン戦でやった氷の障害物カナ?
 なるほど、「殺人ドール」の応用で空中に固定してやれば、空を飛ぶ相手にも有効な手立てになるワケか。
 人形華蝶のやり方は勉強になるなぁ……他にやる事も無いし、今後の参考にさせて貰おう。
 おおっ、氷剣を足場にして高く飛びあがった。そういう使い方も有りなのか。
 そんな風に他人事目線で呑気に操られている僕。正直、思っていた以上にやる事がない。
 恐るべしワンマンズアーミー。確かに一人軍隊だ、もちろん僕の事では無くて。
 
「甘いぞっ、私がその程度でやられると――」

「氷剣八本前面へとランダム構築、さらに両腕に氷結武装、中身は任せる!」

「ら、らじゃっ」

「なんだとぉっ!?」

 促されるままに氷の武装を精製する。
 両腕には取り合えず氷剣。任せると言われても、この状況下で大したアイディアが出てくるはずもない。
 
「この馬鹿の変態的な身体能力を、舐めるんじゃないわよっ!」

 ……酷い言われようだ。強ち間違ってないのがアレだけど。
 操られるままな僕の身体は、新たに精製した八本の剣を土台に縦横無尽に跳ねまわる。
 凄まじい速さでジグザグと曲がっているので、当然僕には何が起こっているのかさっぱり分からない。
 まぁ、そもそも風の予防線張って無理矢理曲がるのが僕のやり方だから、根本的に自分の動きは理解出来てないんだけどね。
 しかしそれを傍目から見て操れるとか、人形華蝶マジ凄い。

「くっ、甘いわぁっ!!」

「のわっ!?」

 ブラッディレミリアが巻き起こした風で、氷の武器が全て吹き飛ぶ。
 うーむ、何と言う強硬策。それで何とか出来るのが彼女の凄い所だと思うけど……。
 どうしたものかと人形華蝶の様子を見ると――彼女は何故か、不敵な笑みをこちらに向けていた。

「今よ、水晶華蝶! 氷の刃で身体を覆って!!」

「こ、こうか?」

「それで良いわ。――ちょっと、目が回るわよっ!」

 彼女がそう言うと同時に、僕の身体が高速回転を……ってえええっ!?
 全身に螺旋状に纏わせた氷の刃は、チェーンソーの様に合わせて一緒に回転している。
 な、なるほど、彼女の狙いが何となくわかった。
 だとすると、次に行われるのは――。

「さぁ、骨も残さず砕け散りなさいっ! ブラッディレミリア!!」



 ―――――――螺旋「水晶掘削機」
 


 やっぱりそうなりますよねぇぇぇぇっ!?
 超高速回転ノコギリとなった僕は、そのままブラッディレミリアに向かって落ちて行く。
 彼女は、氷剣を吹き飛ばした影響で動きが取れないようだ。
 そんな無防備な体勢のブラッディレミリアに向かって、人形華蝶は躊躇い無く‘僕’を叩き落とす。
 地面を削り取るような派手な掘削音と共に、大地に大きなクレーターが出来あがった。

「わぁー、やったわっ! かちょーかめんの勝ちよっ!!」

「すっごーい、やっぱり華蝶仮面は凄いねっ」

「……無茶苦茶するなー、あの人形遣い」

 子供達の無垢な称賛の声が痛い。ついでに身体の節々が痛い。
 辛うじて残った意地で人形華蝶の隣に飛んで移動し、僕はこっそり溜息を漏らした。
 そういえば、ブラッディレミリアはどうなったんだろう?

「―――くっくっく、中々やるではないか、華蝶仮面」

 あ、いつの間にか蝙蝠化して逃げ出していたみたいだ。
 下半身を蝙蝠の群れにしたまま、ブラッディレミリアは空中で腕を組んで踏ん反り返っている。
 うーむ、典型的な悪の幹部の「今日の所は見逃してやる」ポーズを彼女がするとは。
 ……幻想入りしてないよね? 古き良き昔の特撮。

「今日の所は負けを認めてやろう。しかし、これで我が野望を砕いたとは思わない事だ」

「ふんっ、何度来ても返り討ちにしてやるわよ」

「その強がりが、果たしていつまで続くかな。――くっくっく……あーっはっはっはっは!!」

 さらに見事な高笑いを残して、ブラッディレミリアは虚空へと消えて行った。
 正義の味方と言う立場に居なければ、万雷の拍手を送っていた所だ。
 そして、それを確認したと同時に子供達が一斉に僕等の所へ集まってくる。

「凄かったわ、かちょーかめん! さすが正義の味方ねっ」

「あ、ありがとうございます、華蝶仮面さん。とってもカッコ良かったです」

「いいなぁー、私も華蝶仮面になりたいなぁ」

「ねぇお兄ちゃん、華蝶仮面さんって強いね! ……ってアレ? お兄ちゃん?」

「んー、君のお兄ちゃんはちょーっと席を外してるみたいだね。不思議不思議、あははー」

 い、いけない、そろそろ教師の不在に気付き始める人が出てきた。
 人形華蝶も事を終えて冷静になったのか、顔を青くしてこちらに目で訴えかけてくる。
 手早く逃げ出した方が良さそうだなぁ……色んな意味で。
 僕はそれに応える様に頷き、締めのため子供達に向かってポーズを決めた。

「良いかい、みんな。悪い奴らが現れた時には、いつでも僕等を呼んでくれ!」

「そ、そうね。暇があったら助けて上げてもいいわ」

「ツンデレオツ」

「今日の所はこれにてゴメン! では、さらばだっ!!」

「さ、さらばよっ!!」

 大きく飛びあがって立ち去る僕ら二人に、子供達は暖かい声援を送りながら手を振ってくれた。
 僕等はそれに応えながら、どこらへんで隠れて着替えるかじっくりと機会を窺うのだった。



 ……ちなみにその後、子供たちの間では華蝶仮面ごっこが流行る事になる。
 それに関係しているのかは不明だけど、しばらくアリスは家に籠って出てこなかったらしい。
 いや、何でそうなったのか、水晶華蝶である僕にはさっぱり分からないんだけどね?

 








「―――でね、そのブラッディレミリアって人を華蝶仮面さんがやっつけたのっ!」

「ほぉ、それはまた貴重な経験をしたものだな、フラン」

「お姉様も来ればよかったのに。すっごく楽しかったんだよ!」

「くくっ、私はいいさ。正義の味方より悪のカリスマの方が興味深いからな」

「そっかー、残念。今度人里に行く時、二人で華蝶仮面さんを応援しようと思ったのに」

「……そうだな。気が向いたら一緒に行ってやっても良いぞ」

「本当!? わーい、それじゃあ早速お兄ちゃんにも言ってくるねっ!!」

「ははは、嬉しいのは分かるがそうはしゃぐな。毎回その華蝶仮面とやらが出るとは限らんのだしな」

「はーいっ! ねぇねぇお兄ちゃんお兄ちゃーん!!」

「……行ったか。――咲夜」

「はっ」

「美鈴とパチェを呼べ。……悪の帝国には、それに相応しい怪人が必要だからな」

 それからたまに、フランちゃんは僕を連れて人里へと遊びに行く様になった。
 それに合わせてダークスカーレット・エンパイアと華蝶仮面が戦う事になるのだけど、その因果関係は不明のままである。
 

 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】


山田「どうも、ここのところ連続登場で残業代が美味しい山田です」

死神A「出てるんですかっ!? な、何も貰ってない死神Aです」

山田「まぁ、嘘ですけどね」

死神A「何でそんな一銭の得にもならない嘘を……」

山田「三途の川の橋渡しなだけに?」

死神A「いや、六文銭とは何の関係もありませんって。良いから今回の質問に移りましょうよ」


 Q:慧音先生の初登場時の勘違いっぷりから考えて、晶君のことを「妹様を御せる様な人物」と判断するとは思えないのですが


山田「もっともな質問ですね。実際、信頼度合いで言うと結構微妙です」

死神A「そうなんですか?」

山田「ぶっちゃけ、フランドール訪問許可の理由の八割はアリス・マーガトロイドへの信頼感です」

死神A「ああ、そっちなんですか」

山田「永夜異変を解決――とまではいかなくても、良い所まで行ってる腕利き魔法使いですから」

死神A「なるほど、一応キモけーねとも戦ってるらしいですしねぇ」

山田「そういう事です。ただ、二割の信頼を得れる程度には実力があると思われています。具体的には四十七話での評価を参照してください」

死神A「えーっと、どんな感じでしたっけ?」

山田「>彼女とて数ヶ月幻想郷に居たのだから、多少の心得は持っているはずだろう。

   >以前マーガトロイドと弾幕ごっこをしたと言っていたから、最低限身を守る術は持っているに違いないだろう。

   まぁ、あくまで推測ですが、これに四十八話で聞かされた「噂」をプラスしたのが現在の久遠晶への評価となっています」

死神A「……ひょっとして、意外と慧音先生って晶への評価が高かったりします?」

山田「わりと高いですね。本人の戦いぶりを見ていない人物の中では、一番正当に彼を評価出来ているかもしれません」

死神A「あんなに勘違いしてたのにですか?」

山田「あくまで、勘違いは情報不足からくる誤解です。彼女は幻想郷でも聡明な部分に入りますから、情報さえ入れば真っ当な評価を下しますよ」

死神A「……真っ当なんですか?」

山田「――まぁ、ある意味過大評価かもしれませんがね」

死神A「この場合、悪いのは誰になるのかなぁ……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど


山田「ちなみに、所持能力説明等は特にしていないと言う事で。「彼女の狂気を抑える手立てがある」くらいは言っていると思いますが」

死神A「……なんでそれを終わった後に言うんですか?」

山田「話が広がらないからに決まってるでしょう」

死神A「オチ無し話がデフォルトの解説なのに……」



※そんな山田さんラクガキ
(http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/yamadasan.jpg)



[8576] 東方天晶花 巻の七十「馬は死ぬ前に売ってしまうことだ。人生のコツは、損失を次の人に回すこと」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/06/09 00:11


巻の七十「馬は死ぬ前に売ってしまうことだ。人生のコツは、損失を次の人に回すこと」




「うおォン 僕はまるで人間機関車だ!」

「このワザとらしいモノマネ味!」

 紅魔館にてフランちゃんの教育? をするようになってから大体一週間。
 今では、彼女を肩車して紅魔館の庭を駆けまわれるくらい仲良くなれましたっ!
 ……初日から出来ただろ、と言うツッコミは受け付けません。
 
「わはははは、さらに意味無く分身してみたりっ」

「分身してみたりー」

「……あの、想像以上に鬱陶しいので止めてもらえませんか?」

 うん、僕も同じ事を思った。視界内で複数の自分が動きまわるのって凄く邪魔くさい。
 僕等は分身を消し、呆れ顔の美鈴の前で停止した。
 
「門番前~、門番前~、お降りの方は元気よく返事をしてくださーい」

「はーいっ! 機関車って何ですか?」

「そこ今更聞くのっ!? と言うか、その返事は質問するためのモノなの!?」

「動く脚立の事じゃないですかね」

「めーりん、見たまんまで言ったでしょ!?」

「何やってんのよ、貴方達……」

 肩車したままのボケツッコミと言うシュールな状況に、やたら冷静なツッコミが混ざった。
 つっこんだのは、ウサギの耳にミニスカブレザーと言うやたらマニアックな格好をした僕の姉弟子、レイセンさんだ。
 僕は、彼女が何故ここに居るのかと言う疑問を考える前に投げ捨て、出来る限り丁寧な挨拶を彼女に返す。
 上下関係は大切にしないとネ。フランちゃんが乗っかってるのでお辞儀は出来ないけど。
 
「姉弟子こんにちはー」

「こんにちは。……で、揃いも揃って何やってるのよ」

 彼女は腰に両手を当てた姿勢で、馬鹿を見る目をこちらに向けてきている。
 なんと失礼な。僕等のどこら辺がおかしいと――いや、言われてみるとわりと馬鹿っぽい光景かもしれない。
 いけない、このままでは僕等が馬鹿だと思われてしまう。何とかフォローしなければ。
 こうなんか知的な事を……いや、このタイミングでそれだと逆に馬鹿っぽいか。
 そ、そうだ! ここはあえて真面目に対応してみよう!!
 えーっと、紅魔館のメイドとして相応しい対応は……。

「――侵入者は排除する」

「その子乗っけてナイフ構えても間抜けなだけよ?」

「……子連れ狼みたいでカッコよく無い?」

「全然。あと上に乗ってる貴方、頑張ってるのは評価するけど下の真似しない」

「や、やっぱ、ナイフ無いとダメかな?」

「論点はそこじゃないから」

「あっ、そうでした! 勝手に入られては困りますっ!」

「そこでも無いっ! あと、気付くのが遅いっ!!」

 思いっきり外してしまいましたか。やっぱり、普通に応対すれば良かったかなぁ。
 と言うかレイセンさん、あんなにレミリアさんを警戒していたのにフランちゃんはスルー?
 ……あー、ひょっとして。

「ねぇ姉弟子」

「なによ」

「この子の事知ってる?」

「知らないわ。紅魔館のメイド?」

 なるほど、知らないならしょうがないね。
 そういうワケで僕は、何事も無かったかのようにニッコリ微笑んでレイセンさんへ向き直った。
 世の中には、知らなくても良い事が確かに存在していると思う。
 問題の先送りとも言うけど。多分問題は無いだろう。

「にしても貴方、てゐの言った通り呑気にやってるみたいね」

「ほへっ? てゐから話を聞いてたの?」

「ええ。久しぶりに貴方と会ったら、随分面白い事になってたと言ってたわよ」

 そりゃそうだ。同じ永遠亭に住んでるなら、この前の話だって当然レイセンさんの耳に入っているよね。
 けど、それならフランちゃんの事も聞いてそうな気がするんだけど……。
 さてはてゐのヤツ、面白くなりそうだからってそこらへんの部分を喋らなかったな?
 
「ところで優曇華院さん、今日は何用で?」

「そこの門番、せめて名前で――まぁ良いわ。私は単に後輩の様子を見に来ただけよ」

「僕の?」

「そうよ。次はいつ永遠亭に来るのかとか、事前に聞いておかないと困るでしょう。……ほら、授業の準備とか何とかで」

「レイセンさん……」

「ちょ、なに感極まった顔してるのよ!? 私はただ、貴方の悪戯に備える時間が欲しいだけでっ」

「だけど、色々準備してくれるワケですよね」

「……それは、そうだけど」

 やっぱり良い人だなぁ、レイセンさんは。
 てゐとか輝夜さんとかなら、「明日授業やるから永遠亭に来い」と問答無用で言ってる所だろうに。
 わざわざ出向いてくれた上に、こっちの予定に合わせようとしてくれているとか。もう優し過ぎて哀愁を誘うと言うか何と言うか。
 ……うーん、それにしてもお師匠様の授業か。
 受けたい気持ちはあるんだけど、フランちゃん込みで授業を受けさせてくれるのかなぁ?
 と言うか、彼女に付きっきりの状態でそもそも勉強になるの?

「どうしたのよ。難しい顔をして」

「うーん、何と言うかその……」

「あら、随分騒がしいと思ったら、変わった御客人が来てるじゃないの」

「ひぃっ!? フラワーマスター!?」

 僕がどうしたものかと頭を悩ませていると、騒ぎを聞きつけた幽香さんがやってきた。
 と同時に、身体を震わせて思いっきり後ろに下がる姉弟子。
 どうやら未だにトラウマは払拭出来ていないようだ。
 まぁ、簡単に払拭出来ていればPTSDなんて単語は必要無いワケなんだけどね。

「あらあら、別にそんなに怯えなくても良いのよ? ―――痛みは一瞬で消えるから」

「なっ、何する気なのよっ!?」

「さぁて、なにをするのかしらねぇ? うふふふふっ」

 けどその姿は、幽香さんのサディスト魂を刺激するだけだと思われます。
 何だかんだで紅魔館って、幽香さんを怖がる人が少ないから……。
 いや、小悪魔ちゃんとか妖精メイドとか、幽香さんを視界内に収めるだけで震えが止まらない人は結構居るんですけどね?
 幽香さんって、弱い相手にはあんまり興味を示さないんだよ。
 そして興味を示すレベルの相手は、残念ながらあまり幽香さんを恐れない。
 つまり、実力がある上に露骨にビビってくれる姉弟子は、彼女の絶好の遊び道具になってしまうワケで。
 もうほんと何と言うか、ご愁傷様としか言えないなぁ……。

「いいですか妹様、姉弟子と言うのは本当の姉の事では無くてですね」

「幽香お姉様みたいなものなんでしょう? 分かってるよ?」

「いや、それもまたちょっと違っててですね。まず上の方に師匠と言う方が居て」

「親分さんみたいな人?」

「いや、違いますって。そうではなくて……」

 こっちはこっちで、フランちゃんに姉弟子と言う概念を教えようと躍起になっているらしい。
 美鈴の努力は認めないでも無いけど、そこまで丁寧に教える事でも無い気がする。
 等と呑気に考えながら、どっちの会話にも混ざらず空を見上げている僕。
 そんな僕の腹部に、突然衝撃が――って、えっ?

「アキラぁぁぁぁぁああっ!」

「おぶぅうっ!?」

 凄まじいタックルを受け、僕の身体は重力の誘惑に乗った。
 何が起こったのか分からず混乱する中、それでも美鈴にフランちゃんをパス出来た所は評価して欲しい。
 ……残念ながら、その行動のおかげで受け身は取れなかったけどね。

「そどむっ!?」

「うわぁ、晶さぁん!?」

「え、なによ? 何があったのよ?」

「あら、千客万来ねぇ」

 そのまま、僕は地面へと思いっきり叩きつけられた。
 ううっ、力任せにタックルされたせいでお腹と背骨がとっても苦しいっす。
 しかも追撃するかのように、顔目掛けてスパナやレンチが降ってくるのだから溜まったもんじゃない。
 えっ? 何で工具が降ってくるのさ? っていうか危ない、マイナスドライバー危ないっ!?
 迫りくる工具を何とか避け、僕は状況を把握しようと首を上げる。
 するとそこには、良く見た緑色の帽子と口の開いたリュックサックが。
 なるほど、この工具達はリュックから零れたワケですか。

「って、にとり!?」

 とんでもない勢いで突貫してきたのは、超妖怪弾頭と名高い河城にとりさんだった。
 ゴメン、今適当な事言った。名高いかどうかは知らない。
 
「あら珍しい。今日はどうしたのよ」

「こんにちはにとりさん、先日は修繕のお手伝いありがとうございます」

「あ、幽香に美鈴。久しぶりだね」

「最近は太陽の畑にも顔を出してこなかったけど、そんなに忙しかったのかしら?」

「あ、あはは、ちょっと怪我で療養しててさ」

「ちょっと皆ぁ!? この状況で普通に話を進めないでよ!?」

 ああっ、レイセンさんとフランちゃんの無垢な視線が痛いっ!?
 違うんです。別に、女の子に抱きつかれて嬉しいからそのままで居るワケじゃないんです。
 単純に、タックルのダメージが響いている上ににとりが意外と重たくて動けないだけなんですよ。
 あ、訂正。にとりじゃなくてにとりが背負っているであろう何かが重いんです。何持ってきてるのさ、にとりさん。

「おっとそうだ。呑気に話してる場合じゃなかった」

「うん、まずは離れてだね」

「アキラの力を借りたいんだ! 今すぐ妖怪の山に来てくれないかいっ!!」

「離れてはくれないんですね……」

 個人的にはアレコレ言いたいんだけど、にとりの性格上分かってはくれないだろう。
 それに、今は何よりにとりの台詞が気になる。
 まさかこんな急に、関係者以外立ち入り禁止の妖怪の山へ行く機会が出来るなんて――では無くて。
 
「それで、力を借りたいってどういう事?」

「何と言うか……異変で天狗が嫌がらせで文が疲労でSOS?」

「ええっ!? この前の異変の責任を取らされる形で、文姉が天狗の人員不足をフォローさせられているって!?」

「……今、何言ってるか分かりました? 優曇華院さん」

「だから名前――いえ、さっぱり分からなかったわ」

「わぁ、お兄ちゃん凄いねっ!」

「ほんと、変な所で優秀なのよねぇ……」

 異変解決までの経緯で、天狗の縄張りは甚大な被害を受けたらしい。
 死亡者こそ出なかったものの、哨戒天狗の半分は長期間の療養が必要になってしまったそうだ。
 ……ただし、にとりに言わせるとその中の三分の一は「ほとんど仮病」であるとの事。
 天狗の中にも根性の無い輩がそれなりに居るらしい。
 さて、当然哨戒天狗の半数が行動不能になれば、天狗の社会は回らなくなってしまう。
 その責任を取らされてしまったのが――その異変で‘異変解決人’と戦う羽目になってしまった文姉である。
 
「まったく。弾幕勝負に負けたとはいえ、あそこで文が出てなきゃもっと大変な事になってたって言うのにさー」

「そ、そんなにギリギリの状況だったの?」

「ああ、そういえば宴会で鴉天狗がぼやいてたわね。あの巫女はサーチアンドデストロイしかしないのかって」

 ……本当に大変だったんだなぁ。
 唯一異変解決の宴会に参加したレイセンさんが、同情した様子で肩を竦める。
 あえて文姉が突っかかって行ったのは、被害を広げないための苦肉の策だったと言うワケだ。
 しかし、一部の天狗はその行為を快く思わなかったらしい。

「酷い話だよ。文を嫌ってる天狗達は、ここぞとばかりに文へ面倒事を押しつけたんだ」

「敵が多いモノね、あの鴉天狗は」

「それで、文姉は色んな事を押しつけられてヘトヘトに……」

「あ、いや。本人はわりと余裕あると言うか、全然平気なんだけどね」

「確かに、その程度でへたばるヤツじゃないわよねぇ」

 うん。僕も自分で言っといてアレだけど、その程度で参る文姉の姿が全然想像できない。
 むしろ「この程度の嫌がらせしか出来ないなんて、性根同様脳味噌も小さいんですね」って相手を嘲笑ってる姿しか出てこないです。
 しかしそうなると、にとりの最初の焦り様が分からなくなってくる。
 あの突撃具合は、どう考えても緊急事態のソレだった気がするんだけどなぁ。
 と言うか、今も掴んだまま離してくれないんだけど。どういう事なの?

「ならにとりさん、力を借りたいってどういう事なんですか?」

「その、何と言うか――聞きたいかい?」

「いやまぁ……僕としてもそこを聞いておかないと、どう動いて良いモノか分からないワケだし」

「こっちにも都合があるのだから、理由くらいは聞いておきたいわよねぇ」

「私も、今晶さんに居なくなられるととても困るので、是非聞いておきたいです」

「う、うーん。やっぱそうなるかー」

 僕らが頷くと、にとりが困り顔で苦笑する。
 ……どうしてそこでそういうリアクションになるんでしょうか、にとりさん?
 なんだかとっても、イヤな予感がしてきましたヨ?
 
「いやぁ実はさ、文のヤツ『禁断症状が出ましたっ! 晶さんをモフモフ出来ない禁断症状が出ましたっ!!』って騒いでて」

「……聞くんじゃ無かった」
 
「そこの兎、医者だったわよね? 天狗の病気をなんとか出来ないの?」

「その、さすがにそういう類の病気はちょっと」

 確かに、ここ最近文姉の顔をちっとも見てなかったけどさぁ。
 禁断症状って何さ。僕は麻薬か何かですか?

「皆の気持ちも分かるけど、これが結構大変な事態なんだよ」

「とてもそうは思えないけど……何で?」

「文が、ストレスから敵対する天狗達を根絶やしにするかもしれないんだ」

「そっちが大変なの!?」

「と言うか、敵対相手を根絶やしにする理由がソレなんですか……」

「その程度の相手って事でしょう? いっそ根絶やしにしてしまえば良いのじゃないかしら」

「そ、それがマズイからアキラの力を借りたいんだよぉ」

 文姉……どんだけ僕をモフモフしたいんですか。
 そんな、皆の呆れかえった雰囲気を感じ取ったのだろう。
 にとりは手をパタパタさせながら、言い繕う様に言葉を続けた。ただし僕からは離れていない。

「い、いや、他にも人手不足が深刻な所まで来てるとかあるんだよ? アキラ一人参加するだけでも、大分違うくらいには」

「うん。まぁそこは疑ってないけど……それって、僕が手を貸しても大丈夫なものなの?」

「大丈夫。――と言うか、ここぞとばかりに文の奴がその許可を分捕った」

 何でも文姉は、相手の「人手不足? なら噂の弟分を連れてきたらどうだい?」と言う嫌味を言質にして僕の入山許可を貰ったらしい。
 ……むしろ、こうなると予期して嫌味を言わせた気がする。なんか文姉ならやりかねない。

「私も手伝ってるけど、やっぱり手は足りなくてさ。アキラにはしばらく妖怪の山で手を貸して欲しいんだ」

「うーん……」

 にとりの手伝いもしてあげたいし、文姉の顔もみたいんだけど、そうも言ってられない事情があるからなぁ。
 僕は横目で、借りてきた猫のように大人しくしているフランちゃんを見つめる。
 未だに彼女は予断を許さない状況だ。出来れば、彼女も連れて行ってあげたい所なんだけど……。
 侵入者のせいでボロボロになった天狗の縄張りに、全く関係の無い子を呼びこむワケにもいかないよねぇ。
 うーん、どうしたものか。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「ほへ?」

「その人との御話は良く分からなかったんだけど……お兄ちゃんのお姉様が困ってるんだよね」

「――うん、まぁ間違っては無いかな」

「ならさ。私の事は大丈夫だから、行ってあげて」

「フランちゃん……」

「お兄ちゃんが居なくなるのは寂しいけど、私だってお姉様が困っていたら助けてあげたいもん。だから……」

 ううっ。ほんまフランちゃんの優しさは、五臓六腑に沁み渡るでぇ。
 だけど‘そこ’じゃないんだよなぁ、心配してるのは。
 やはりと言うか何と言うか、それなりに社交性を学んだフランちゃんだけど、自身の狂気に関しては認識が甘いみたいだ。
 と言うか多分、狂ってるという感覚そのものを認識してない。
 まぁ、自覚されても困る事だから、それ自体には何の問題も無いんですけどね?
 ……ここでノーと言ったら、確実にその理由を尋ねられるんだろうなぁ。
 それははっきり言ってマズい。しかし、他に狂気を抑えられる人が居るワケじゃ―――って。

「――――あっ」

「ん? な、何よ急にこっち見て」

 そういえば居ました。今ここに、本家本元狂気の魔眼の持ち主が。
 僕はにとりの下から雑技団もビックリな椅子くぐりで抜け出し、素早くレイセンさんの両手を掴んだ。
 もちろん、相手を逃がさないためである。姉弟子が何やら驚いているような気がするが、今は気にしてはいけない。

「ちょ、まっ、待ちなさいよ。私にそういう趣味は無いわよ!?」

「姉弟子……お願いがあります」

「それにこんな人目のある所で――いえ、人目が無かったとしてもダメだけど!」

「お願いします、レイセンさんの狂気の魔眼の力を貸してくださいっ!」

「……はい?」

 フランちゃんに聞こえないよう、僕は声を抑えてレイセンさんへお願いする。
 彼女の持つ事情と、妖怪の山へ行く間への面倒をお願いした所で――何故かそれまで黙って聞いていた姉弟子がブチ切れた。

「紛らわしいのよ、アンタはっ!!」

「はへ?」

「そんな態度を取ってるから、てゐのヤツに変な疑惑を持たれるのよ!」

 どうしよう、姉弟子の言ってる事が徹頭徹尾分からない。
 と言うかてゐさん、アンタ永遠亭で何を言いふらしているんですか。
 なに? まさか、何だかんだ言いながら女装を気に入ってる疑惑とか?
 ………………いや、そんな事は無いですじょ?

「まぁそうね。今のは晶が悪いわね」

「晶さん……さすがに無遠慮過ぎですよ」

 なんか美鈴と幽香さんにも同意されたんですけど、僕はどうすれば良いんでしょう。
 少しの間悩んだ僕は――目的優先のため、何も聞かなかった事にした。
 現実逃避って言い方も出来るかもしれないけど、あくまでコレは戦略的撤退です。ええ、撤退ですとも。

「えっと、それでフランちゃんの面倒を見る話は」

「……まぁ良いわよ。後輩のフォローをしてやるのは先輩の役目だしね」

「本当に!? ありがとう、姉弟子!!」

「か、勘違いしないでよ!? 貴女も一応師匠の弟子だから、半端な治療をされると困るってだけなんだからね!?」

「あはは、手伝って貰えるなら、どういう理由でも嬉しいですよ」

「うっ……そ、それにしても、狂気に侵された紅魔館の妖怪ねぇ。どこかで聞いた事があるような気がするわ」

 ―――あ、そういえば、肝心なソコの部分を説明するの忘れていた。
 僕が慌てて付け足そうとするより先に、幽香さんがレイセンさんの肩を掴む。

「なるほど。つまりしばらくの間、貴女が晶の代わりになるワケね」

「えっ?」

「あ、そういう事なんだ。それじゃあヨロシクね。……えーっと」

「鈴仙・優曇華院・イナバよ、鈴仙で良いわ。それより、何でフラワーマスターが私の肩を……」

「うん、よろしく鈴仙さん。私はフラン、フランドール・スカーレット! レミリアお姉様の妹よ」

「え゛っ? ひょ、ひょっとして貴女、噂の『悪魔の妹』――」

 うん、さすがにここまで条件が揃うと気付くよね。
 フランちゃんのフルネームを聞き、顔を青くする姉弟子。
 しかし、すでに二人はレイセンさんを挟み込むような形で動きを抑えている。
 迂闊だった。後回しにしても大丈夫だと思ってたら、想像以上に大変な事になってしまった。

「それじゃあフラン。私達の親交を深めるために、三人で一緒に遊びましょうか」

「わーい! またお姉様と遊べるんだねっ!」

「えっ、えっ? 何よ、その不穏な会話は。ちょっと晶、どういう事なのか説明を」

「―――さぁ、にとり! 急いで妖怪の山に行こう!」

「あーうん、そうだね。行こうか」
 
「あ、永遠亭への連絡は、私の方からしておきますので安心してください」

「ちょっと待ちなさいよアンタらぁぁぁぁ!?」

 ゴメンナサイ。生贄にささげる様でアレですけど、他に頼れる人が居ないので諦めて協力して下さい。
 僕は背後で起こるであろう惨劇に目を背け、にとりの手を引き紅魔館から脱出した。
 姉弟子なら生き残れると思うけど、後で僕が相当怒られる事は確実だろう。
 いや、フランちゃんのためならそれくらいの代償はなんてことないんですけどネ?
 どうして僕が行動すると、レイセンさんがロクでもない目に遭っちゃうんだろうなぁ。

「アキラ、あれって良いのかい? ほっといて」

「大丈夫だよ。姉弟子なら、きっと」

「………せめて、目線くらいはこっちに向けなよ」

 背後から聞こえてくる爆発音に気付かないフリをしながら、僕はにとりと共に妖怪の山へと向かう。
 無力な僕に出来たのは、ただただ姉弟子の無事を祈る事だけだった。





 ――とりあえず、帰ってきたらレイセンさんにはたっぷりお詫びをしよう。
 



[8576] 東方天晶花 巻の七十一「人間は自分の知っていることなら半分は信じるが、聞いたことは何も信じない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/06/16 23:55

巻の七十一「人間は自分の知っていることなら半分は信じるが、聞いたことは何も信じない」




 妖怪の山の奥深くに、天狗の縄張りは存在していた。
 縄張りと言っても、別に町の様なものがあるワケではない。
 正直、にとりに言われなければここが縄張りだと気付く事は無かっただろう。
 何しろ深い森の中に点々と、隠れ家のような天狗のお家が点在しているだけなのである。
 天狗と言う種族的には自然な事なんだろうけど、やっぱり紛らわしくてしょうがない。
 ……本来は、縄張りに入った時点で哨戒天狗の警告があるらしいんだけどね。
 すでに話が通っているらしい僕等は、ほとんど素通りで文姉の家へと辿り着いたのだった。

「ようこそ妖怪の山へ。このような形での招待となって、大変心苦しく思っています」

「あはは、全然気にしてないから謝らなくても良いよ、文姉」

 むしろ再会早々、僕をモフモフし続けた事を謝ってくれると嬉しいなぁ。
 今はカッコつけてるけど、一時間ほど恍惚とした表情でモフモフしてた貴女の姿は忘れませんヨ?
 
「いえ、謝らせて下さい。全ては私の力不足が招いた事態です」

「文姉……」

「だから、お詫びとして頭も撫でさせてくださいっ!」

「これほど誠意の無い謝罪も珍しいですネ」

 ちなみに文姉の家は、僕が予想していた以上にシンプルな構成となっていました。
 書きかけの原稿が散乱した部屋を想像していたんだけど、実際には紙屑一つ見当たらない。
 やっぱり、意外と几帳面ではあるんだよなぁ。そうは見えないけど。
 ……ゴメン、今ちょっと現実から逃げてた。
 文姉の、隙在らばボディタッチを目論むその姿勢にちょっと引いてたんです。
 なんかこの人、スキンシップが過剰になってません?
 なるほど、これが禁断症状なワケですか。分かりました。

「ほら文、馬鹿な事やってないで本題に入ろうよ」

「私は至って真面目なんですけど……まぁ良いです」

 僕の隣で呆れながら様子を窺っていたにとりのツッコミに、文姉がしぶしぶと言った具合で従う。
 彼女は机の引き出しから頭巾を取り出すと、それを僕に差し出してきた。

「はい、晶さん。とりあえずコレを身につけてください」

「ほへ? なにこれ?」

「天狗の一員である、と言う証明書みたいなものですよ。晶さんは人間ですからね」

「あ、いつもの仮装じゃなかったんだ……」

「失礼な事を言わないでください! 着飾らせるなら、もっと可愛いアイテムをプレゼントしますよっ!!」

 ……や、そんな気合いを入れて力説されても。
 しかしまぁ、とりあえずは納得した。確かに区別は必要だよね。
 天狗の手伝いをしていたら、侵入者として攻撃される羽目になりました。なんて事になったらさすがに笑えないし。
 僕は文姉から頭巾を受け取ると、ポニーテールの邪魔にならないよう取り付けた。
 
「むっ、これはっ!」

「あ、文姉? 何か変な所があった?」

「―――頭巾を付けた晶さん、ありですね」

 まるで真理を見つけた哲学者のような顔で頷く文姉。
 色んな意味で絶好調過ぎる。そして、そのせいで話が一向に進まない。
 さすがにそろそろ看過出来なくなったのかだろう。そこで、相変わらず呆れ顔のにとりが苦言を呈してくれた。

「もう、いい加減にしなよ。話が全然進まないじゃないか」

「うぐっ、スイマセン。晶さん分の不足を補おうと身体が勝手に動いてしまうんです」

「……僕からは、一体どんな物質が放出されているのですか」

「聞きたいですかっ!?」

「言わなくて良いから。で、アキラには哨戒天狗の手伝いをしてもらうんで良いのかい?」

「ええ、そのつもりです」

「哨戒天狗の手伝いかぁ……」

 実を言うと、そこらへん何をするのか具体的には分かってないんですよネ。
 何しろ話に聞いただけで、働く所は見ていなかったから。
 白狼天狗と言う、哨戒に適した天狗がチーム単位で活動している事は以前教えて貰ったんだけどね。
 ……下っ端っぽい役割と白狼って呼称を考えると、多分木の葉天狗の事なんだろうなぁ。
 いや、だからどうしたって言われると答え様は無いんですがね。毎度お馴染無駄な考察って奴ですよ。
 
「それほど難しい仕事じゃありませんよ。決まったルートを巡回してもらうだけです」

「え、それだけで良いの?」

「あくまで仕事は‘哨戒’ですからね。詳しい事は同行した子に説明させますが、無茶な内容では無いはずですよ」

「そもそも、天狗の縄張りに喧嘩を売るやつ自体少ないしねぇ。私も何度か手伝ったけど、侵入者なんて数えるほども居なかったかな」

 そりゃそうか。最大最古の妖怪コミュニティだもんなぁ。
 余程自分の腕に自信が無ければ、真正面から挑んだりはしないだろう。
 そして前回の異変は、その‘余程’の事態だったワケだと。

「それにここだけの話ですが、白狼天狗ってそんなに強くないんですよね」

「そうなんですか?」

「はい。……実の所、前に晶さんが戦った氷精相手でも勝てるかどうか怪しい程度の実力なんですよ」

 文姉の困ったような言葉に、にとりが何度も頷く。
 多分、今のはかなり分かりやすい説明だったのだろう。
 しかし残念ながら、親分に勝った事の無い僕には良く分からない例えだったりする。
 ……つまりは僕と同じくらいのレベル、と考えれば良いのでしょうかね?
 うーん、しかしそんな実力しかないと言う天狗さんを巡回させて、防衛面では大丈夫なのかなぁ?

「ま、心配しなくても大丈夫だよ。ヤバい時には文を呼べば良いワケだし」

「そういう事です。不本意ではありますが、現在私は哨戒天狗達の取り纏め役ですから」

「そっか、別に哨戒天狗が侵入者を倒す必要は無いんだよね」

「まぁ、面子を気にする輩は嫌がるでしょうけど……晶さんに同行させる子はそこそこ頭も切れますから、そこらへんの判断は誤りませんよ」

「と言う事は、やっぱり同行するのは椛なんだ」

 にとりの言葉に、文姉は苦笑しつつ頷いた。
 どうもそのもみじ? と言うのが、同行する天狗さんの名前であるらしい。

「下手に他の排他的な天狗を宛がうより、あの子に任せた方が安心出来るもの」

「と言う事は、私もかい?」

「ええ、戦力的に偏っちゃうのは分かるんだけどね。協調性とかを考慮すると、どうしてもそうなっちゃうのよ」

 肩を竦めつつ、他の天狗に対する愚痴をこぼす文姉。
 どうも、多くの天狗は仕事と割り切って僕等に協力する気がないらしい。
 人間である僕はともかく、にとりもダメなのにはちょっとビックリ。
 別に、天狗と河童が種族的に仲良しなワケでは無いようだ。

「さてと、そろそろその椛が来る時間ね」

「――文様、犬走椛参りました」

「お、ナイスタイミング」

「指定した時間ピッタリか、相変わらず生真面目な。――良いわよ、入ってきなさい」

 文姉の言葉に合わせて、扉がゆっくりと開いた。
 入ってきたのは、修験者風の服を着た犬耳少女だ。
 白い髪に白い犬耳。なるほど、確かに白狼天狗と呼ぶに相応しい外見をしている。
 もっともそれよりも、紅葉がプリントされた盾と大振りな刀の方が目を引くワケだけど。
 うーむ、そういえばここまでゴテゴテに武装した相手は始めてかもしれない。
 一番武装していたであろう咲夜さんですら、どこに仕舞っているのか分からないナイフオンリーだったワケだし。
 ……強いて言うなら、氷結武装を良く使う僕が一番重装備かな。普段は棒しか持ってないけど。

「失礼します。文様の弟君を預かりに参りました」

「はいはい御苦労さま。晶さん、この子が貴方達に同行する予定の白狼天狗ですよ」

「あ、どーも。久遠晶です」

「犬走椛と申します。久遠様のお噂はかねがね」

「あはは、そうですかー」

 ……それ、確実に良い噂じゃないですよね?
 なんか犬走さんの視線に、探るような色が含まれてるんですけど。
 どう反応したものかと僕が視線を彷徨わせていると、難しい顔をした彼女は文姉に向かっておずおずと口を開いた。

「ところで……その、久遠様は‘弟’だと聞いていたのですが」

 ――問題なのは、噂では無く僕の外見でした。腋メイドでスイマセン。
 首を傾げ、探るような目でこちらを見つめてくる犬走さん。
 当然の事ながらそれは、噂の真偽では無く性別を確かめるためのものであるワケでして。
 この人もやっぱ部外者は嫌いなのかな、とか思ってしまった自分が恥ずかしい。色んな意味で。

「弟で合ってます。紛らわしくて申し訳ない」

「えっ? しかしその姿はどう見ても……」

「趣味です。――主に文姉の」
 
「さいっ高に可愛いでしょう!?」

 僕が激凹みしているにも関わらず、心からの笑顔とサムズアップを犬走さんに向ける文姉。
 それだけで全てを悟ったのか、彼女は僕に同情的な笑みを送ってくれた。
 ああ、この人も僕と同じポジションに居るのか。
 互いに理解し合えた僕等は、全く同じ笑顔を交わして相手の苦労をねぎらう。
 とりあえず、犬走さんとは仲良くする事が出来そうだと思いました。めでたくなしめでたくなし。

「それじゃ、早速見回りに出かけようか」

「おや。と言う事は、にとり殿も?」

「厄介者は纏めとけって事らしいよ。椛には迷惑かけるね」

「……いえ、全ては天狗の体制が原因ですから。それに、文様の部下をやってるとこういう事にも慣れてしまうモノです」

「あはは、違いないねぇ」

「…………どういう意味よ、それ」

 犬走さんの皮肉満載な言葉で大笑いするにとりに、文姉は憮然とした顔で文句を言う。
 だけどゴメンナサイ、口には出さないけど僕も納得してしまいました。
 僕らが苦笑していると、一人大笑いしていたにとりが手をヒラヒラさせながら立ち上がった。
 
「おっと、怖い怖い。こりゃ、吹き飛ばされないうちに出かけた方が良さそうだ」

「ではにとり殿、久遠様、参りましょうか」

「あ、はーい。文姉行ってきまーす」

 犬走さんの言葉を切っ掛けにして、座っていた僕も立ち上がる。
 不機嫌そうだった文姉もさすがにいつまでもこの話を引きずるつもりは無かったのか、真面目な顔に戻って僕等を見送ってくれた。

「いってらっしゃい、晶さん! ピンチになったらお姉ちゃんを呼ぶんですよー! あと、その他の皆さんもまぁ適当に頑張ってください」

 ……真面目な顔して言う事がそれですか。
 どこまで本気か分からない文姉の見送りに呆れながら、僕等は文姉の家を後にするのだった。










「それでは巡回を始めましょう。にとり殿、久遠様」

「あ、その前にちょっと良いかな」

 鬱蒼と茂った森の中。先頭に立っている犬走さんに、僕は生徒のノリで手を上げた。
 哨戒を始める前に、一つ言っておきたかった事があったためだ。
 
「なんでしょうか、久遠様」

「それ、その‘久遠様’ってヤツどうにかならないかな」

「はい?」

「一緒に働く相手に、そう言う呼び方とか畏まった態度とかされると凄くやり難いと思うんだ」

 何しろ、哨戒任務はチーム単位で動くのだ。
 おまけに僕の立場は新人で、犬走さんの言う事を聞く立場にある。
 上司の弟だからと言って変な遠慮をされてしまっては、最悪仕事にならないかもしれない。
 紅魔館の手伝いをしてた時は、全然気にならなかったんだけどなぁ。
 ……まぁ、咲夜さんは丁寧な物腰で容赦なくナイフを突き立てる人だから、畏まれようが様付けされようが気にならないってだけですが。

「そうだねぇ。期間限定とはいえ、仲間内で上下関係があるのはマズいかもね」

「に、にとり殿まで」

「ねっ、犬走さん。文姉も僕も、そんな事くらいで文句は言わないからさ」

 僕が両の掌を合わせて頼みこむと、犬走さんはしばしの間思索にふける。
 やはり天狗にとって、上下関係は何よりも重視するモノなのだろう。
 しかし、僕の言葉にも一理あると思ってくれたのか。
 犬走さんはやや困ったように、それでも納得したようにしっかりと頷いてくれた。

「分かりました……いや、分かった。これからは久遠殿の言うとおり、畏まった態度はとらない様にしよう。これで良いだろうか?」

「うん、問題無し。改めてよろしくね、犬走さん」

「椛で良いさ。共に仕事をする仲間に遠慮は無用なんだろう?」

「あはは、そうでした。よろしく、椛」

「こちらこそ、よろしく頼む」

 犬走さん――もとい、椛が差し出してきた手を握り返す。
 この人、素だと随分凛々しい言葉遣いするんだなぁ。

「では、これから哨戒任務に移ろう。他に何か質問はあるか?」

「んー……特に無いけど、強いて言うならこれだけ遮蔽物の多い森をどう見回るのかが気になってるかな」

「ああ、そういや説明してなかったっけ」

「白狼天狗には、「千里先まで見通す程度の能力」や優れた嗅覚があるのでな。多少の障害など、何の問題にもなりはしないのさ」

 千里? 一里が確か大体四キロメートルだから……およそ四千キロ!?
 北海道からフィリピンが覗けちゃうよ、ソレ! そもそも地球の丸みを計算に入れてるのかい!?
 はっ、いけないいけない。驚きのあまり、つい変なケチの付け方をしてしまった。
 それにしても凄いなぁ。千里を見通せる能力だなんて―――

「あれ? でも別に、千里を見通せた所で障害物の有無は変わらないような」

「……「見通す」だから、障害物の有無は関係ないぞ」

 あ、そうなんですか。無知でスイマセン。
 それなら確かに、とんでもなく便利な能力だ。哨戒に関してはほぼ万能だと思っても良いだろう。
 ……だけど、戦闘時に役立つ技能かと言われるとちょっと微妙なラインかなぁ。
 能力持ちがほとんどデフォルトの幻想郷じゃ、如何せんパワー不足な感は否めない気がする。
 ――いや、待てよ。ひょっとして彼女、剣の腕前が足利義輝並に凄かったりするんじゃないかな。
 あれだけゴツい剣を持ってるなら、充分考えられる事だ。
 現に、幽香さんみたいな例も居るわけだし……。
 そんな風に考察をしていると、ちょっと不機嫌そうな椛が頬を膨らませながらこちらを睨んできた。

「それで久遠殿、そういう貴方は何が出来るのだ?」

「ほへ?」

「哨戒する仲間の能力は、きちんと確認しておかないといけないのだろう?」

「そういや、今のアキラに何が出来るのか私も知らないや」

「ふむ、何が出来るのか。ですか」

 ……そういえば僕、何が出来るんだろう。
 えっーと、気と冷気と風と狂気と花を操れて、我流っぽい拳法とか棒とか氷の武器とか使えて、面変化出来て、得体の知れない力もあって。
 アレ? 何だか、自分で自分が良く分からなくなってきたゾ。
 出来る事なら一番優秀な能力を選んで、「これが僕の出来る事です!」って胸を張って言いたいんだけど。


 ――コピー能力者にそんなモノがあるワケねぇよっ!


 しかし、ここは何か言っておかなきゃさすがにマズいだろう。
 とにかく、役に立ちそうな能力を何か一つピックアップしないと。えーっと……。
 身体が丈夫――いや、哨戒任務でそれは役に立つポイントかな。
 逃げ足が速い――相手の不信感を増長する効果はありそうですネ。
 遠くを見れます――ただし、有効範囲は全力を注ぎこんでも白狼天狗のだいたい千分の一。何の自慢にもなりゃしない。
 散々考え抜いた結果、結局何も出てこなかった僕は――。

「色々出来ますっ!」

 恐らく、最もダメダメ過ぎるであろう返答をしてしまったのだった。
 ああ、椛の表情も「こいつ、超役立たずだ」と明確に語っている気がする。

「い、いやいや、これでもアキラは本当に色々出来るんだよ」

「……ほぉ、そうなのですか」

 即座に異常事態を感じ取ったのか、お気遣いの河童が慌ててフォローを入れてくれる。
 しかし、ここで問題が一つ発生した。
 幽香さんから僕の状況をある程度説明されていたらしいにとりだけど、実際に僕の戦う所を見たワケではない。
 能力に関しても、最初期の空を飛ぶ事すら四苦八苦していた頃の僕しか知らないワケで。
 そうなるとどうなるかと言うと。

「例えばだね、えっと。冷気とか風とか扱えるし、空も飛べるし、えっと」

 まぁ、こういうグダグダなフォローになるワケですよ。
 それでもにとりは頑張ったと思う。少なくとも、本人よりは的確に説明できたと思う。うん。

「何より凄いのが、「相手の力を写し取る能力」を持ってる事さっ!」

「基本、劣化コピーだけどねー」

「……それは、本当に凄いのか?」

 しまった。いつものくせでうっかり自虐してしまった。
 自らにとりのフォローを台無しにした、マヌケな僕。
 いよいよ椛さんの目線が、詐欺師でも見る様なモノに変わっていく。
 これは大変マズい。ここは多少嘘をついてでも、彼女に出来る男をアピールしないといけない。

「も、もちろん! チルノに辛うじて勝てる程度には強いよ!」

 そして、それが見事なトドメとなったワケでした。
 完全に諦め顔となった椛は、溜息と一緒に絞り出すような声で辛うじて一言だけ呟いた。

「とりあえず、我々の後ろから離れないでくれ………」

「……りょ、了解しました」

 もちろん散々自己PRに失敗した僕は、大人しく彼女の言葉に頷くしかなかったワケです。
 









 後に椛は、この時の事を振り返り苦々しげに語った。
 ―――久遠殿は、噂で聞いた通りのうっかり屋だったよ。
 どんな噂だと尋ねる前に謝ってました。本当に申し訳ない限りです。



[8576] 東方天晶花 巻の七十二「友人の失敗には目をつぶれ、だが悪口には目をつぶるな」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/06/23 00:06


巻の七十二「友人の失敗には目をつぶれ、だが悪口には目をつぶるな」




 文様の弟君である久遠殿の第一印象を、あえて正直に語るとするなら――ずばり‘期待外れ’の一言に尽きる。
 なまじ、異なる価値観を持つにとり殿と文様の両方から高評価を聞いていただけに、初顔合わせのガッカリ具合は相当なモノだった。
 妖怪の山の危険性をこれっぽっちも理解できていないような、警戒心の欠片もない顔。
 一切のプライドを感じさせない、自虐だらけの言動。
 頭の中は常に春度で満タンですと言わんばかりの、ヘラヘラした態度。
 もし文様の紹介で無ければ、何の嫌がらせだと相手に掴みかかっていた事だろう。


 ――とは言え、私は別に久遠殿が嫌いなワケではない。


 あくまで今のは、彼を「背中を預ける仲間」として見た際の感想である。
 私的な好みだけで評価したのなら――やや呑気な所が気にはなるが――久遠殿は、にとり殿に並ぶ異種族の友人となれた事だろう。
 しかし、あくまでそれは彼との関係を私個人の交友に限定した時の話だ。
 残念ながら現実は無常で、久遠殿に宛がわれた役割は友人では無く同僚なのである。
 
『大丈夫ですよ。晶さんは人間ですが、足手まといにはなりませんから』

 ……文様。久遠殿を呼ぶ際にそう言っておりましたが、残念ながら私にはその言葉、信じられそうにありません。
 私は、こっそりと背後の様子を窺った。
 件の久遠殿は、目に映るモノ全てが興味深いと言わんばかりに視線を彷徨わせている。
 隣にしっかり周囲を警戒しているにとり殿が居るせいか、落ち着きの無さが強調されてまるで子供の様だ。
 にとり殿に言わせると、いきなりフラフラどこかに行かないだけマシなのだそうだが……。
 哨戒任務にだって危険はついてくるのだぞ? こんな気の抜けた態度で、本当に大丈夫なのだろうか。

「ねぇ椛、少し休まないかい?」

「……ふむ、そうだな。哨戒を初めて半刻ほど経った事だし、少し休憩を挟もうか」

「はふぅ、そりゃ助かるよ。椛について行くのはしんどいからね」

「すまない。ペースは合わせているつもりなのだが」

「気にしなくて良いよ。ついてこれないこっちが悪いんだし」

 私の返答に、気を張っていたにとり殿がほっと一息を吐いた。
 やはり、河童の身でも妖怪の山を動き回るのは少々辛いモノがあったのだろう。
 にとり殿の実力は私よりも上だが、私には長年この山で過ごしてきたという経験がある。
 一応、二人に合わせ緩めに動いたつもりだったのだが……慣れぬ地形を進むと言うのは思った以上にキツい様だな。

「久遠殿、そちらは問題無いか?」

「ほぇ?」

「……問題無さそうだな」

 私は、同じく山道に慣れていないはずの久遠殿の方に視線を向けた。
 何が珍しいのか、彼はそこらへんに生えている草花の姿を持っていた手帳に書き写している。
 まったく、さっきからずっとこうだ。少しくらい緊張感と言うモノを持って欲しいと――いや、待て。
 休息のため近くの岩に腰かけているにとり殿は、じっとりと汗をかくほど消耗している。
 なのに同じ様に進んできた久遠殿には、一切の疲労が見えないではないか。はっきり言ってこれは妙だ。
 ……あのおかしな自己紹介のせいで、彼を見る目が曇っていたのかもしれない。
 久遠殿と言う人間、少し見直してみた方が良いかもしれん。

「はぁ、廻ってみると大変なんだよね。妖怪の山ってヤツはさ」

「そうかな? 僕は楽しいからあんまり気にならないけど」

「……アキラはタフだねぇ」

「体力にだけは自信がありますからっ!」

 えっへんと胸を張る彼の姿に、思わず苦笑する。
 高い実力に裏打ちされた、余裕ある態度……には見えない。
 出来る人間なのか、そうでないのか。やはり良く分からないお人だ。

「――むっ」

「あれ?」

「ん、どうしたんだい二人とも」

 休憩中も警戒を緩めなかった私の目に、接近してくる者達の姿が映った。
 正確には先ほどからずっと映っていたのだが、まさかこちらに来るとは思わなかったのである。
 何しろ相手は、警戒するべき対象では無いのだ。
 ……ところで今、久遠殿も反応した様な気がするのだが。気のせいか?

「ふんっ、こんな所に居たのか」

「話に聞いた通りだな。あの射命丸の部下に河童が一匹、それに……人間か」

 真上から、二名の鴉天狗が現れた。
 確か彼らは文様と敵対している――文様は無視しているが――派閥の天狗だったはず。
 天狗としては若い方だが、実力の方はそれなりに高いらしい。
 文様曰く、派閥期待のるーきー。と言うのだそうだ。名前は全く知らないのだが。
 ……それにしても、開口一番我々への侮蔑とはな。
 興味本位で新入りの顔を見に来た。と言うワケでは無さそうだな。

「これはこれは、鴉天狗の御二方がわざわざこのような場所まで。何か御用でしょうか」

「貴様には関係ない。黙っておれ」

「……申し訳ありません」

「なんだよ。いきなり出てきて不躾だなぁ」

 にとり殿が苦々しげに呟くのも無視して、二人は久遠殿へと視線を向ける。
 まるで珍獣でも見る様な目にさすがに文句を言いたくなったが、久遠殿は特に気にしてないのか、人懐こい笑みで挨拶を返した。
 
「あ、どうもこんにちはー。文姉の弟で久遠晶と言います」

「聞いているさ。人間を弟にするなど、射命丸の輩も酔狂な真似をするものだ」

「あはは、こんな事になって申し訳ないです」

 久遠殿も良くもまぁ、あれだけ呑気に言葉を返せるものだ。
 鴉天狗の露骨に嘲りを込めた皮肉にも、久遠殿はのほほんとした姿勢を崩さない。
 純粋に分かっていない……と言う事はさすがに無いか。
 文様の立場を悪くしないよう、久遠殿も気を使ってくれているのだろう。
 
「全くだな。あ奴はいつも妖怪の山の規律を乱す」

 偉そうに言ってはいるが、それを本人へ告げる根性は無いワケだ。
 ……と言う事は、ここには嫌味を言いに来たのか? やれやれ、暇な事だな。
 私が内心呆れている間にも、鴉天狗の片方が久遠殿に対して様々な皮肉を口にする。
 しかし、久遠殿はどんな嫌味ものらりくらりとかわしていた。
 あそこまで言われて良く耐えられるものだ。……案外、相手にしていないのかもしれないな。
 
「き、貴様も、今のうちから逃げ出す文句でも考えたらどうだ? 山の激務にその貧相な肉体では耐えられまい」

「そうかもしれませんねー。まぁ、身体壊してから考える事にしますよ」

「ぐっ……」

 むしろ何を言っても平気そうな顔をしている久遠殿の姿に、罵倒している鴉天狗の方が焦ってきたようだ。
 ふむ、どうやらただ我らを馬鹿にしに来たワケでは無い様だな。
 そうでなければ、久遠殿の反応をアレほど気にする必要は無いはずだ。
 ……さては、挑発か?
 あえて久遠殿を激昂させて、それを口実に彼をいたぶるつもりだったのだろう。
 目論見が外れ、今まで喋っていた鴉天狗が焦り始めると、もう一人の鴉天狗が話に割って入った。
 その顔には、意地の悪い笑みが浮かんでいる。

「ふふ、なら我々が鍛えてやろうではないか。なぁ兄者よ?」

「おおっ! それは良い考えだ、弟者よ」

 何と白々しい。始めからそのつもりだったくせに。
 さすがに抗議しようと私は口を開こうとして――さりげなく、久遠殿に止められてしまった。

「久遠殿?」

「―――その話、お受けします」

「ちょ、アキラ!?」

 不機嫌そうにしていたにとり殿も、久遠殿の言葉に目を丸くする。
 彼女が驚くのも当然の事だ。
 いかに文様に遠く及ばない鴉天狗とは言え、我らにとっては充分な脅威となる。
 相手もソレを理解しているからこそ、強気に押してきているワケだ。
 つまり久遠殿の返答は、遠回しな自殺志願と捉えてもあながち間違いでは無いのである。

「お、落ち着きなよ、アキラ」

 何とか先ほどの発言を撤回させようと、にとり殿が久遠殿を説得しようとしている。
 ――だが、私は見てしまった。笑みを浮かべた彼の瞳に宿っていた光を。
 
「そりゃ、あんだけ言われたい放題されたら腹立つかもしれないけどさ。鴉天狗二人の相手をするのは無茶だよ、止めなって」

「……別に、僕の事はどうでも良いんだ。自分でも散々ヘタレだのチキンだの自虐してきたんだから、他人に言われて怒る方が変でしょう?」

「な、ならなんで受けるなんて」

「だけどね。友達を無視されたり、仲間を怒鳴られたり、自分の姉を馬鹿にされて黙っている程――温厚なタチじゃないんだ」

「――あっちゃー」

 久遠殿の返答に、にとり殿が頭を抱える。
 私としても迂闊だった。落ち着いた受け答えをしていたからてっきり冷静だと思っていたが、そうでは無かったのだ。
 彼は、深く静かに怒っていたのである。

「だけどさぁアキラ、勝算はあるのかい?」

「せめて、一矢報いるくらいは頑張りたいと思います」

「……はぁ」

 あ、これは付き合いの浅い私でも分かる。何も考えてなかった顔だ。
 全く、仲間を侮辱されたとはいえ後先考えずに喧嘩を買うとは。困った人だな。
 しかし――そういう人間は嫌いでは無い。
 私は刀を抜くと、すでに勝利を悟った。と言う顔をしている鴉天狗達の前に立ちふさがった。

「……何のつもりだ? 白狼天狗!」

「おや、‘我々’を鍛えてくれるのでしょう? 何しろ、我々は仲間なのですから」

「確かに。訓練だって言うのなら、三人一緒に相手して貰わないと困るよねぇ」

「――二人とも」

「さっきは散々言ったけど、アキラの気持ちは分かるよ。私だって、盟友を馬鹿にされちゃ黙っていられないさ」

 にとり殿も、不敵な笑みを浮かべ私の横に並んだ。
 どうやら意思統一に関しては、確認するまでもなく足並みが揃っている様である。
 ふふっ、悪くない。
 何とも言えない心地よさを感じながら、口元に笑みを浮かべた。
 さて、とは言え意思が統一されていれば勝てると言うモノでも無いだろう。
 ……この三人で、どこまで鴉天狗二人に対抗できるものか。
 私は再度決意を込めて、持っていた刀を握りなおした。

「ふん、良いだろう。相手になってやろうじゃないか、なぁ兄者」

「くっくっくっ、我らの必殺技を見せる時が来たようだぞ、弟者よ」

 しかし、あの二人に負けるのは何だか癪だな。
 久遠殿ではないが、確かにこれは一矢報いたくなってきたぞ。

「あっちはああ言ってるけど、こっちはどうする?」

「一応、一対一なら勝つ自信はあるね。……二人同時はちょっと厳しいけどさ」

「私は――時間稼ぎが精々と言った所だ。スマン」

「なら、僕と椛で片方を止めてる間に、にとりにもう片方を仕留めて貰うのが最善かぁ。……イケそう?」

「ま、期待には応えるよ」

「問題は無い。いつでも行けるぞ」

 簡潔な作戦会議を済ませ、私達は相対した。
 相手は地面から離れ、鴉天狗の‘速さ’を生かす姿勢に入り。
 私とにとり殿はそれに対抗出来るよう、其々道具を構え体制を整える。
 そして久遠殿は――静かに一歩踏み出し、自らの顔に手を当てた。

「それじゃあ、僕が最初に相手をかく乱するね」

 その宣言と共に、彼の手の中に氷の塊が生まれる。
 それは久遠殿の顔に張り付き、鴉を象った面の形を構築した。

「く、久遠殿?」

「………アキラ?」

「―――――天狗面『鴉』」

 同時に生まれる氷の翼、氷の扇。
 僅か一瞬で久遠殿の姿は、一匹の鴉天狗へと変わっていた。
 ……何だ、あれは。
 私やにとり殿、そして相手の鴉天狗すら呆然とする中で、久遠殿はニヤリと笑みを浮かべ。
 ―――その姿を、瞬く間にかき消した。

「ば、馬鹿な、消えただとっ!?」

「兄者、これはいったい!?」

 鴉天狗達が動揺している。いや、慌てふためいているのはこちらも同じなのだが。
 ただ、私達とあの二人では少々状況が違うのだ。
 私達には見えているが、鴉天狗達には見えていない。
 そう。彼らの背後で扇を構えている、久遠殿の姿が――。

「『烈風扇』!!」

 扇を振りかぶると同時に巻き起こる風弾。それは、鴉天狗二人を巻き上げ空へと吹き飛ばす。
 風を扱う力は、鴉天狗の中では良くある能力だ。
 実際、目の前の二人も同じ能力を有しているはずである。
 ――だが、久遠殿の放った風の弾丸に二人は抗えない。
 それほど明確な力量差が、ただの一振りで明らかになるほど離れた力の差が、久遠殿と二人の間にはあったのだ。

「さらにもう一発!」

「ええっ!? この状況でさらに追撃するのかいっ!?」



 ―――――――突符「天狗のマクロバースト」



 唖然とするにとり殿。私も、声には出さないが同じ気持ちだった。
 いや、最初の一撃ですでに仕留めていた様なものだぞ? その上でスペルカードなんて発動した日には……。
 こちらの懸念した通り、先ほどの倍は強烈になった風の弾丸は、浮かび上がった鴉天狗達を面白いように撥ね飛ばさせる。
 ……この光景、どこかで見た事があるな。
 ああ、思い出した。アレだ。以前文様が見せてくださった『ばすけ』とやらにそっくりなんだ。
 私の見た『ばすけ』と違って前後左右斜めにも飛んだり跳ねたりしているが、対象がされるがままと言う点はまったく同じである。

「うわぁ、これはひどい」

 にとり殿の呟きが、この状況の全てを物語っていた。
 結局二人は全ての弾幕をその身に受け、ボロボロの状態で地面に叩きつけられる。
 相手が戦闘不能になったのを確認した久遠殿は、氷の扇で口元を隠したままポツリと呟いた。

「……アレ、終わっちゃいました?」

「いやいやいや、これだけ派手にやっといてソレは無いでしょ」

「わたくし的には、牽制のつもりだったのですがねぇ」

「まぁ、確かに言ってたけどさぁ」

 微妙に言葉遣いの変わった久遠殿が、困ったように肩を竦める。
 恐らく言っている事に嘘は無いのだろう。彼がそれほど器用でない事は私にも分かる。
 ……しかし、ほぼ一撃で鴉天狗達を倒したあの攻撃がただの牽制か。
 それが事実だとするなら、久遠殿の実力は妖怪の山でもかなり上位に食い込める程の強さだと言う事になる。
 そして何より、久遠殿の操ったあの風の流れは――文様の纏う風に良く似ていた。

「と言うかアキラ、なんかキャラ変わって無い?」

「くふふ、そうですね。この面をつけている時のわたくしは、別人と言っても過言ではありませんよ」

「別人ねぇ……やっぱ天狗の姿をしてるって事は、文を真似してるのかい?」

「いえ、元ネタは無いデスよ? 実在の妖怪にも一切関係無いデス」

「……そうなんだ」

「そうなんデス」

 ああ、やはり間違っていたのは私だったのだ。
 私は心のどこかで、久遠殿の事を「文様が気まぐれで弟にした人間」と馬鹿にしていた。
 だが違った。例え種族が違えども、彼は確かに文様の弟なのだ。
 今の久遠殿の姿を見て、私はそれを確信したのだった。

「ところでにとりさん。この天狗さん達、どうしましょうか」

「あー、そうだね。ほっといて良いんじゃないかな。一応、文の同族なんだし。面子くらいは守らせてやろうさ」

「なるほど。あれだけ偉そうな事言ってボロクソに負けたら、もう無かった事にでもしないと生きていけませんもんねっ!」

「……やっぱ完全に文だよ、今のアキラ」

「何の事ですやら―――さて、そういう事ならとっとと移動しましょうか?」

 そう言ってこちらへ顔を向けてきた彼に、私は膝を折った。
 理解した以上、黙っている事が出来なかったからだ。

「おや、椛さん? 何をしてるんです?」

「すまない、久遠殿。私もそこに居る鴉天狗達と同じだ」

「ほへ?」

「貴方の事を、ただ文様に気に入られただけの人間だと侮り、足手まといだと軽んじていた」

「…………」

「私は――貴方に仲間と呼んで貰える資格すらない」

 頭を垂れ、私は久遠殿の返答を待った。
 そんな私の顔に影が差す。
 いつの間にか面を外した久遠殿が、目の前に座り込んでいたからだ。
 私の顔を覗き込み、彼はいつも通りの朗らかな笑みを浮かべて言った。

「椛は仲間だよ。例え椛自身がどう思っていようと、少なくとも僕は仲間だと思ってる」

「……久遠殿」

「だからさ。ほら、顔をあげてよ」

「―――スマン、感謝する」

 ニッコリと笑う彼に、私も同様の笑みを返した。
 ……本当に、文様の弟は話に聞いた通り、心根が真っ直ぐで愛嬌のある人なんだな。
 頼りになる仲間の姿を見つめながら、私は文様達の言葉を思い返していた。
 
「ところでにとりさん。なんで椛は謝ったのでせうかネ?」

「分かってないのに許したのかい!?」

 ――それにしても、一々上げた評価を自分で下げる人間だな、久遠殿は。
 少し前までの姿が嘘の様な抜けた態度を見て、私は思わず肩を竦めるのだった。










「お、おい、兄者。無事か?」

「ああ、何とか無事だ弟者よ。しかし酷い目にあったな……」

「射命丸め、あのようなバケモノを飼っていたとは。油断ならんヤツだ」

「うむ、人間だと言う触れ込みは我らを誤魔化すための罠だったに違いない。恐ろしい奴だ、射命丸文」

「なるほど、さすが兄者は着眼点が違うなっ! 確かにその通りだ、そうでなければ我らがここまで苦戦するはずがないっ!」

「ああ、我らの底力に恐れて逃げ出したようだが……ここまで我らを追い込む程度には強かったのだ。間違いなく、ヤツは人間ではない!」

「そうだな、そうに違いない! うむ、あのバケモノは人間じゃない!!」

「そうだそうだ、あのバケモノめっ! だが、今度会ったら目にモノ見せてやろうではないか」

「うむ、今度会ったらなっ!」

「あやや、そうなんですか。次があるなら頑張ってくださいね」

「「「あはははははは」」」

「……あ、あは?」

「――――まぁ、次なんて無いワケだけど」

「しゃ、射命丸あやーっ!?」

「はいどうも、油断のならない恐怖お届け人、射命丸文ですよー」

「き、貴様どうしてここにっ」

「ははは、決まってるじゃないですか。私が姉だからですヨ」

「兄者じゃどうしよう、さっぱりワケが分からんぞ!?」

「落ち着け弟者、とにかくここは冷静に……」

「ああ、分からなくて結構です。今から弟と部下と友人の悪口を散々言った報いを受けて貰うだけですから」

「ひぃっ!?」

「あ、あにじゃぁっ!?」

「―――さぁ、 オ シ オ キ ノ ジ カ ン ヨ ? 」

「「ぎゃぁぁあぁあああああああっ!?」」


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】


山田「はいどうも、寄らば大樹の陰。無責任閻魔山田さんです」

死神A「色々おかしくないですかその自己紹介。死神Aです」

山田「最近私の立ち位置がブレてきたので、ちょっと原点回帰してみました」

死神A「えっ、山田様の原点そこで良いんですか!?」

山田「それではサクサク今回の質問に行ってみましょー」

死神A「……問答無用でツッコミをスキップする所は変わらないんですね」


 Q:ダブルスポイラーで明らかになった「白狼天狗と鴉天狗に上下関係は無い」「椛と文は仲が悪い」等の新設定はどうなってますか?


山田「無視してください」

死神A「い、良いんですか?」

山田「と言うか、無視せざるを得ないんです。どうしても」

死神A「えーっと、どういう事です?」

山田「……ぶっちゃけますが、天晶花ではダブルスポイラー発売前に椛が出てきてるんですよ」

死神A「ああ、52.5話ですね」

山田「そこで露骨に上司とか部下とかの表現もしているので、さすがに誤魔化し様がありません」

山田「……これが無かったら、ギリギリで展開を変えられたんですがねぇ」

死神A「公式設定優先じゃなかったんですか?」

山田「そのために、肝心の話を破綻させるのもどうかと思いますから」

山田「と言うワケで、すでに天晶花内で描写された設定や能力に関する事柄で公式新設定が出たとしても、天晶花内では上書きされません。ご了承ください」

死神A「ダブルスポイラー以降の設定は適用されてない場合があるって事ですかね」

山田「そう考えて間違いはありません。まぁ、無視した場合はまたこのコーナーで説明すると思いますよ」

山田「……やれやれ、馴染み過ぎて共通認識になった二次設定は、時としてこういう事態を招くから面倒で困りますね」

死神A「山田様、発言がメタ過ぎです」

山田「『香霖と慧音が幼馴染』設定も、いつ覆されるか怖くてしょうがないです」

死神A「山田様、その二次設定はマイノリティ過ぎます。ついでに言うと、東方香霖堂はもう……」

山田「まだ2010年4月84日なんですよっ!!」

死神A「魂の叫びだ……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[8576] 東方天晶花 巻の七十三「今が最悪の状態と言える間は、まだ最悪の状態ではない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/06/30 10:43


巻の七十三「今が最悪の状態と言える間は、まだ最悪の状態ではない」




 どうも、哨戒天狗見習いの久遠晶です。
 気付けば妖怪の山に来てから、五日もの時間が経っていました。
 最初は慣れない事が多く戸惑ってばかりの僕でしたが、今ではすっかり妖怪の山にも馴染みました。

「ぐ、がはっ……た、たすけっ」

「母さん……母さん……死にたくないよぉ」

「くすくす。あれだけ威勢良く挑んできておきながら、無様ですわねぇ」

 ……おっと失礼、今ちょっと立てこんでまして。
 僕は鴉天狗Aの首を絞めつけている手を離し、鴉天狗Bを踏んでる足を浮かす。
 今まで散々命ごいしていた二人は、弾けるように横たわった姿勢のまま慌てて逃げ出した。
 ああ、ゴメンナサイ。そこまで痛めつけるつもりは無かったんです。
 どうも四季面をつけていると、変な意味で加減が出来るようになっちゃうんだよね。

「お疲れ……と言って良いのか分からないけど、お疲れ様ー」

「あら、お気遣いどうも。別に疲れてはおりませんけど」

 呆れた様な困った様な笑顔のにとりに、僕は内心で苦笑を返す。
 哨戒任務を初めてから今日まで、これと似たような光景が延々と続いていたからだ。
 どうも、初日に鴉天狗二名をボコボコにした事が原因らしい。
 それからと言うモノ、僕を倒すために自称「以前のヤツより強い鴉天狗」達が引っ切り無しに勝負を挑んできたのである。
 正直、凄く鬱陶しいです。仕事させてください。

「すまない、久遠殿には迷惑をかける」

「御気になさらず。時間はかかりますが、大した手間でもありませんから」

「そ、そうか……」

「いやアキラ、気持ちは分かるけどもうちょっと言い方を」

 確かに、片手間で出来るって言い方はちょっと無神経だったかな。
 仲の良くない相手だとしても、同じ天狗の仲間なんだし。
 ……でも、本当に時間しか使わないだよねぇ。
 襲いかかってくるのは血気盛んな若手天狗だけで、実力もだいたい似たり寄ったりの相手しかいない。
 おまけに天狗間で情報を共有していないらしく、戦法も基本ワンパターン。
 唯一、襲いかかってくる人数だけがその時々で変わるんだけど……何か意図があるのか、毎回対処可能な数でしか来ないと言う有様。
 各個撃破されに来るぐらいなら、その人員を全部纏めてかかってきた方が勝算上がると思うんだけどなぁ。
 まぁ、それをやられると僕はエライ目に遭うワケですがねっ!
 
「……だが、久遠殿の言葉は事実だ。現状彼らの行動は、嫌がらせにしかなっていない」

「そうでしょう? まったく、毎度毎度芸が無くて困りますわ」

「だから言い方を――でもそうだねぇ。こんだけ派手に暴れてたら、格上の天狗が出張ってきそうなものだけど」

「いや、それは有り得ないな」

「あらあら?」

 ヤケに確信めいた口調で、椛がにとりの疑問を否定した。
 とりあえず邪魔になりそうな仮面を外し、僕は彼女の次の言葉を待つ。

「何故なら久遠殿には、そこまでする旨みが無い」

「……うまみ?」

「ああ。確かに久遠殿は強い、妖怪の山でも上位に入る程の力量だ。しかし、あくまで久遠殿はただの人間に過ぎないのだよ」

「ただのって……アキラがかい?」

「スマン、言葉が足りなかったな。要するに、多くの天狗は久遠殿を「ただの人間」と認識していると言いたかったんだ」

「なるほどねー。つまり、仮にどこぞの天狗がアキラに勝ったとしても」

「称賛も名誉も与えられはしないだろうな。しかも、負けた場合には「人間風情に負けた天狗」と言う汚名を被る事になる」

 それは確かに旨みが無いなぁ……。
 勝っても得無く負ければ大損、格上の天狗が喧嘩を売ってこないのも納得だ。
 まぁ、勝算が高いなら示威行為の一種として戦うのもありだと思うけどね。
 椛やにとり曰く、僕の実力は格上の天狗とほぼ互角なんだそうで。
 つまり、これだけ面倒臭い相手なのに勝ち目自体も薄いと。
 ……うーむ。ここまで喧嘩売るメリットの無い状況も珍しい。椛が断言する気持ちも良く分かると言うモノだ。

「まぁ、状勢の読めない輩はそれでも攻めてくるだろうが、今より厳しい状況にはならないはずだ」

「それは何と言うか……ありがたいような、そうでないような」

 出来れば割と上位の天狗に出てきてもらって、その人相手にズバッと決着をつける方が好みなんだけどね。
 ――はっ、面をつけてないのに、別の人の影響が出てきちゃってる。
 いけないいけない。そういう豪快な真似が出来るのは、幽香さんとか文姉クラスの実力者だけだと言うのに。
 最近、微妙に持て囃されている気がしたから、ちょっと調子に乗っちゃってたかも。

「ま、どっちにしろ今日はもう新しい挑戦者は出てこないだろうさ。だから、とっとと哨戒に――」

「こんにちは~。くろーさんと愉快な皆さま方~」

「……行けそうにないねぇ、これは」

「あ、雛さん」

 森の奥から現れた、シックなゴスロリ衣装の女の子――鍵山雛さん。
 天狗の縄張り近くに居る以上、当然彼女も普通の人間ではない。
 妖怪の山に住まう厄神様、つまり神の一種だ。
 厄神と言っても厄を振りまく神では無く、むしろ人間に纏わりつく厄をため込んでくれる実にありがたい神様である。
 ちなみに、ため込んだ厄が近づく相手を不幸にするため、雛さんは一定以上の距離を絶対に縮めようとしない。
 そのため先ほどの会話は、キャッチボール出来そうな距離を置いて交わされると言うかなりシュールなものになっている。

「また来たのかい? 普段人と接したがらないアンタにしては珍しいね」

「だって……くろーさんが居ますから~」

 夢見心地な乙女の瞳で、うっとりと語る厄神様。
 彼女とにとりは顔見知りらしく、哨戒任務二日目当たりでにとりが雛さんの事を紹介してくれた。
 それから今日まで四日間、ほぼ毎日雛さんは僕等の所に顔を出している。
 理由は簡単、僕こと「くろーさん」が居るためだ。
 ……あー、先に言っておくけど、色気のある理由じゃありませんヨ?

「今日もくろーさんは凄いですね~。たった一日でこれほどの厄を溜められるなんて~」

「あはは、どーも」

「私も長い間色んな人を見てきましたが、こんなに厄を溜め易い体質の人は初めてですよ~」

「わはははは、さようですか」

 ……まぁ、つまりそういう事です。
 厄の専門家である雛さん曰く、僕はいっそ芸術的なくらい強烈に厄を引き寄せるんだそうで。
 何しろ初対面の第一声が「貴方、良く今まで生きてこられましたね~」だ。
 そう言われる心当たりがあり過ぎて苦笑いしか返せなかった僕の心境、推して知るべし。
 
「雛殿。久遠殿に会うためだけに、天狗の縄張りへ近づかれても困るのですが」

「大丈夫ですよ~、皆さんの迷惑にはなりませんから~」

「いえ、そういう問題では無くてですね」

 ちなみに、彼女が口にする「くろーさん」と言う名前は、九郎判官義経に倣った僕の渾名である。
 名付け親は雛さんでは無く、初日の騒動を聞いた天狗の長――天魔さんだ。
 何でも牛若丸と呼ばれた頃の義経が、かつて鞍馬天狗に育てられた話に起因しているらしい。
 ……別に、僕は文姉に育てられているワケじゃないんだけどなぁ。
 僕等に好意的な天狗はほとんどが僕の事をこう呼ぶので、いつの間にかこの渾名は妖怪の山全体に浸透していたようだ。
 それにしても、最初に聞いた時には誰の事かと思いましたよ。
 分かり難い渾名付けるなぁ、天狗の長さんも。
 ちなみに、そんな天魔さん曰く今回の騒動は「面白いから好きにやれ」だとか。無責任にも程がある。

「とりあえず雛。私達今から見回りに行かなきゃいけないから、アキラで遊ぶのは後にしてくれないかい?」

「遊ばれてるんですか、僕」

「そんな事ありませんよ~? 私はくろーさんの今後を本気で心配して、こうして厄を取りに来ているんですから~」

「……あの、そんなに酷いんですか? 僕に集まる厄って」

「量、質ともに申し分ない厄が集まってますね~。私と同じ能力持ってたりします?」

「あはははは……ちょっと泣いてきますね」

「お、落ち着きなってアキラ! 大丈夫だよ、大丈夫!!」

 にとりは優しいなぁ。でも視線が泳いでますヨ?
 あと椛さん、別にそっちへ話を振るつもりは無いから顔を背けないでください。
 
「まぁ、くろーさんがお忙しいなら後にします~。お仕事頑張って~」

「あ、はい。ありがとうございます」

 にこやかな笑みでそう言うと、こちらに手を振ってくれる雛さん。
 ちょっと言動がぶっ飛んでいると言うか、ずれてる所が気になるけど、基本的には良識な神様なんだよなぁ。
 ちなみにここ妖怪の山は、その名称に反して多くの神々が住んでいる場所でもある。
 雛さんの他にも、ここ数日で僕は二人の神様と知り合いになっていた。
 こっちは偶然出会ったんだけど、どうも行動範囲が微妙に噛み合っているらしく良く出会うので、今度会った時にでも紹介させて貰おう。
 ……それより今は、心の底から同情するような笑みを浮かべている雛さんの方が気になるし。

「本当に頑張って、生きて帰ってきてくださいね~」

「あの雛さん? 何ですかその不吉な物言いは」

「今までの人生で起きた最悪の出来事が、もう一度やってくると思えば乗り越えられますよ~」

「何をっ!? と言うか、僕の背後にどんな厄を見たんですか雛さんっ!?」

「あ~、くろーさんなら二番目か三番目かに悪い出来事でも大丈夫かもしれませんね~」

「それはひょっとしてフォローのつもりだったりするのかなっ!? かなっ!?」

 そこまで酷いなら、せめてちょっとくらいの厄を持ってっても良いじゃないですか。
 今はダメって言われたからって、そんな律義な真似しなくても。

「それでは、おサヨウナラ~」

 クルクル回って去っていく、何故かテンション上がってる厄神様。
 良識があってもやっぱり幻想郷の住人、マイペースな所は変わらないようだ。
 引き留めようにも、雛さんの周りには厄があるからそもそも近づけない。
 ああ、待って欲しいのに見送るしかないこのジレンマ。あっという間に雛さんは山の奥へと消えて行った。

「かむばっく、雛さぁぁぁぁん!」

「お、落ち着きなってアキラ。雛はあれで茶目っ気のあるヤツだから、ただの冗談で言った可能性も―――」
 
「こんなタチの悪い冗談があるのっ!?」

「……いや、ゴメン。気休め言った」

 なんか色々とへし折れそう。オウチニカエリタイ。
 これから僕の身に、何が起きようとしているんだろうか。

「雛殿の位置は把握しているぞ。追いかけるか?」

「……大丈夫。うん、平気だから哨戒任務に移ろう」

「え、良いのかい?」

 椛の気遣いを丁重に断り、僕はそう答えた。
 にとりは心配そうな顔をしているけど、そもそも追いかけて厄を取って貰ってもあまり意味は無いのだ。
 何しろ―――

「どうせ今日の厄を取って貰っても、明日か明後日当たりに同じ厄が来ると思うしねっ!」

「アキラぁ……」

 泣かないでくださいにとりさん、僕も泣きたくなりますから。
 凄く切なそうな顔をする二人から視線を逸らし、僕はわざとらしく明るい声を出した。

「さぁ、楽しく哨戒任務と行きましょうかっ!!」

「そうだね。出来るだけ明るく行こうか」

「ああ、これが最後になるかもしれんしな……」

 だから、そういう今を慈しむような台詞は勘弁してください。
 こう見えて心はガラスの様に繊細なんですよ? 散々否定されてきてますけど。
 とりあえず、遺憾の意を込めて先に進む事にしよう。
 泣いてないよ? まだギリギリで泣いてないからねっ!?

「おっとっと、待ちなよアキラ。なるべく一緒に居た方が良いだろう?」

「ああ、用心は必要だな」

「もうそのフリは良いからっ!」

「そう言いつつも、私達に近づくアキラだったとさ」

 いや、これはアレですよ? 僕が先頭じゃ迷子になるかもしれないからですよ?
 まだまだ勤務日数ちょっとのひよっ子なワケですし、だからそのあのね……ビビりでスイマセン。
 ――しかし、そんな不吉な予言のようなものを受けつつも、哨戒任務は問題無く進んでいった。
 にとりの予想した通り、新しい挑戦者も現れないし、今のところ僕がボロボロになる事態も発生していない。
 世はなべて事も無し。……このまま哨戒任務が終わってくれれば言う事無しなんだけどなぁ。

「そういや、今日はこないね。あの姉妹」

「ああ、秋姉妹? 確かにいつもならもう会ってる時間だよね」

 秋姉妹と言うのは、さっき言っていた「ここ数日で知り合った二人の神様」の事だ。
 それぞれが紅葉と豊穣を司る神々で、秋と言う季節を象徴した姉妹だと言える。
 何しろ豊穣を司る妹さん――秋穣子さんなんかは、人里の収穫祭に毎年呼ばれたりしているんだそうだ。
 ふむ、こういう説明をすると、あの二人がメジャーな神様に聞こえてくるから不思議である。
 いやまぁ、有能な神様ではあるらしいんだけどね? どうもパッとしないと言うか地味というか……。

「もう少し歩いていたら、そのうち会うんじゃないかな? この辺だよね、二人が居るのって」

「そうだな。……まぁ、別段会いたい理由も無いし、会えないのなら会えないで問題は無いだろう」

「そろそろ秋も終わりだしねぇ。冬が来ると途端にテンションの下がる神様だから、いっそ会えなくても良いかもね」

「酷い言い草だなぁ。そりゃ、特別会いたいワケでも無いけどさ」

「久遠殿も、中々酷いと思うぞ?」

 そう言われても、ご近所付き合い以外の会う理由は無いからなぁ。
 雛さんみたいに相手が会いたがってるワケでも無いし、そこまで必死になって会う必要が無いんだよね。
 アレ? じゃあ別に、秋姉妹の話をする必要は無かったような。
 
「……とりあえず、先に進もうか」

「そうだな――むっ!?」

 何だか実りの無い時間を過ごした気がして、僕は疲れた様に話題を変える。
 すると、同意していた椛の表情がある方向で固まった。
 僕らがそちらに視線を向けても、鬱蒼と茂った森の姿しか見えない。
 魔眼の方にも反応は無し。……と言う事は、もっと遠くで何かがあったと言う事かな?
 僕らが椛に注視すると、彼女は緊迫した声色で見えたモノを口にした。

「―――フラワーマスターだ。奴が、この近くで戦っている」

「え、幽香が?」

「幽香さんがっ!?」

「なんだ、二人とも知り合いなのか?」

 ああ、そういえば椛は知らなかったっけ。僕等と幽香さんの関係。
 しかし、あまり外との接点が無いはずの妖怪の山でも有名とは、やっぱ幽香さんは凄いんだなぁ。
 って問題はそこじゃない、幽香さんが戦ってるだって!?

「大変だ! 椛、幽香さんはどこにっ!?」

「大体山の反対あたりだが……って久遠殿、どこに!?」

「幽香さんを止めてくるっ! 天狗の縄張りの近くで暴れられたら大変な事になるし!!」

「そうかな? 確かに幽香に暴れられるのは困るけど、そこまで大変じゃ……」

「今、天狗の縄張りには文姉が居るんだよ!? 下手したら、二人の喧嘩で天狗の縄張りがヤバいっ!!」
 
「――――椛、急ぐよ!」

「あ、ああ、分かった。……何がヤバいのかは、いまいち分からんのだが」

 僕の説明で、今がどれだけ危険な状況か理解して貰えたようだ。にとりの顔に緊張の色が浮かぶ。
 何だかんだでストレスが溜まっている今の文姉と、幽香さんがカチあったりした日には……。
 最悪、天狗の縄張りが二度目の大惨事を経験する羽目になるかもしれないっ!
 自身の想像に冷や汗を流しながら、僕は急いで山の裏側に向かって駆けだした。

「あ、いたいた。おーい九郎くーん」

「まだまだ元気な秋姉妹ですよー……ってはやっ!? あっという間に見えなくなった!?」

 途中、誰かに声をかけられた気がするけどとりあえずスルー。今はそれどころじゃないのだ。
 そのまま、僕は全速力で森の中を駆け抜ける。
 直感だけを頼りに数分ほど真っ直ぐ走っていると、やがて進行方向から派手な破砕音等が聞こえてきた。
 そういや、現在進行形で戦ってるって言ってたっけ。
 誰と戦っているのか聞き損ねたけど、この様子だとただの妖怪って線は薄そうだ。
 
「ねぇ椛、幽香さんが戦ってる相手って誰なの――ってアレ?」

 そうして後ろを振り返っても、二人の姿は見当たらない。
 どうやらいつの間にか、辛うじて魔眼に引っかかる程度の距離まで二人を引き離してしまったようだ。
 ……ううっ、しょうがない。ここは僕一人の力で何とかするしかないか。
 すでに僕の魔眼にも、強烈な力を持った二人の姿とたくさんの弾幕がぼんやり映っている。
 こりゃ、文姉と会うまでもなく大変な事になってるかも。
 僕は覚悟を決めて、戦っているであろう二人の間に飛びだした。

「幽香さん待った! あんまり派手に暴れないで!!」

「――あら、晶じゃない」

「!?」

 ひらけた広場のような場所に、幽香さんともう一人は居た。
 悠然とした姿勢の幽香さんに息を切らせて対峙しているのは、独特の衣装をした巫女さんである。
 青と白で構成され、何故か腋の空いた巫女服。
 緑がかった長い髪に、カエルと蛇を模した髪飾り。―――あれ?
 おかしいな。いきなり僕の目がおかしくなったみたいだぞ?
 僕は自分の頭を叩きながら、改めて目の前に居る巫女さんの姿を確かめてみる。
 宙に浮き、こちらを攻撃的に睨む正体不明であって欲しい巫女さん。
 うん、こっちの記憶を検索して姿を真似る妖怪とかでは無い様ですネ。
 
「また新しい妖怪ですか! 良いでしょう、相手が何人居ようと、守矢の巫女に負けはありません!!」

「さっき、私一人に負けそうになっていたじゃないの」

「あ、あれは様子見ですっ! これから私の本気が始まるんですよっ!!」

「どっちでも良いけど、晶は妖怪じゃないわよ? そんな事も分からないのかしら、山の上の神社の巫女は」

「ぐぅっ――って、人間!?」

 幽香さんの告げる事実に、ビックリして目を見開く巫女さん。
 ちなみに、とっくにビックリしている僕はノーリアクションだ。
 何しろ目の前に居るのは――‘外の世界に居るはずの’馴染みのある人物なのだから。

「……そういう事ですか。ふっふっふ、語るに落ちましたね、花の妖怪さん」

「あまり興味は湧かないけど、一応聞いて上げるわ。なにかしら」

「妖怪の山に人間が居るはずありません! つまり、貴方の発言は私を惑わすための虚言なのでしょう!?」

「それ、優位な立場の私が使う必要のある嘘なのかしら」

 あ、やっぱり幽香さんの方が優勢なんですか。
 いや、乱入した時の状況からそんな気はしてましたけどね。
 名探偵の如く誇らしげに推理を語り、幽香さんへと指を突き付けた巫女さんは、あっさり論破されしょぼんと肩を落とす。
 それでもまだ自分の理屈に未練があるのか、彼女はおずおずと縋る様に上目づかいで幽香さんを見つめた。

「それじゃあ、あの人は誰なんですかぁー」

 心底不思議そうに、今度は僕を指差す巫女さん。
 ここで幽香さんに語らせると面倒な事になりそうなので、僕は自分から答えを語る事にした。
 ただし――自分の立場を言うワケでは無い。
 
「その、何と言うか……久しぶりだね、‘早苗’ちゃん」

「……えっ?」

「あら?」

 時間としてはそう長くない前、外の世界に居た頃の友人――東風谷早苗ちゃん。
 どういう経緯があったのかは知らないけれど、何の因果か僕等はこの幻想郷で再会したのだった。
 そしてそんな友人の言葉に、早苗ちゃんは唖然とした表情のままで一言返す。

「―――その、どちら様ですか?」

 ……そりゃ半年くらい会って無かったけどさ、一緒に下校して噂されるのを断らない程度には仲良かった友達にそれは無いでしょう。





 ちなみに、僕がそう返された原因――腋メイド姿――に思い至るまで、数回の問答を繰り返した事を一応述べておく。
 その間一度もフォローしてくれなかったけど、幽香さんは絶対気付いてて黙っていたと思う。泣きたい。



[8576] 東方天晶花 巻の七十四「学校での成績がよいからといって、社会で認められるとは限らない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/07/07 00:16


巻の七十四「学校での成績がよいからといって、社会で認められるとは限らない」




 それは、僕が紫ねーさまのお世話になり始めた頃の話。
 幻想郷が実在する事を知った僕だけど、その生活は以前と何も変わりはしなかった。
 もちろん住所が変わった以上、転校する必要はあったけど……。
 学業をほっぽり出してまで幻想郷の情報を集めて回る、みたいな真似は結局一度もしなかったのである。
 いや、正確に言うと止められたのだ。僕の後見人である紫ねーさまに。

『今の貴方は、目的地だけを教えられた船乗りの様なものよ』

『船乗り、ですか』

『幾ら冒険したいからって、コンパスも地図も持たないで慌てて海へ飛びだすのは無謀の極みだと思わない?』

『はぁ……』

 かなり迂遠だが、要するに「幻想郷を探し求める風来坊生活なんて始めたら即死ぬぞ、人生舐めんな」と言いたかったのだろう。
 実際、幻想郷を見つけた今だからこそ言える。
 あの時無計画なまま飛び出していたら、僕は間違いなくどこかで野垂死んでたに違いない。
 まぁそれでも、コンパスや地図を手に入れるためにも、昼夜を問わず情報を集めたいと言う気概はあるにはあった。
 しかしその心意気も、ねーさまの至極もっともな言葉にあっさりとへし折られてしまう。

『晶、国民の三大義務を知っているかしら』

『えっと、納税と勤労と……教育を受けさせる義務の三つでしたよね』

『ふふ、正解よ。私は妖怪だけど、同時に貴方の後見人でもある。だから、私もその三つの義務を果たさなければいけないわ』

『してるんですか、納税』

『してるわよ、もちろん勤労も。仕事の内容は秘密だけど』

『怖いので聞きたくないです』

『そう言ってくれると信じていたわ。……さて晶、後私は何をすれば義務を果たした事になるのかしらね?』

 以上、紫ねーさまによる「義務教育はちゃんと受けろ」と言う旨のお説教でした。
 まぁそうですよね。日本国籍を持ってる以上、日本の法律には従わないとダメですよね。
 そういうワケで僕は、特異な目標を掲げながらも割と普通の学園生活を送る事になったワケです。
 ……やっぱり結果論だけど、後の情報の空振りっぷりを考えるとねーさまの忠告は本当に正しかったと思う。
 丸一日、幻想郷の事ばかり考えて当てもなく情報収集していたら、絶対二ヶ月くらいで心を病んでいた。
 で、ここからが本題。その転校した学校には、まぁ何と言うか皆のマドンナ的存在が居たんですよ。


 それが彼女――東風谷早苗ちゃんだ。


 今時マドンナかよ、と言うツッコミは受け付けない。別にアイドルでもヒロインでも良いんだし、要は呼称の問題だ。
 とにかく、学校では知らない者のいない有名人だった彼女だけど、始めから僕と仲が良かったワケでは無い。
 本人非公認だとしてもそこはマドンナ、異性の近づける隙間は中々空かないのです。
 そもそも僕自身、あーそんな人が居るんだなって認識だったし。
 そんな彼女と僕が親しくなった切っ掛けは、意外……なのかどうか今となっては疑問だけど、やはり幻想郷に関わる事だった。
 当時の僕は放課後になると幻想郷の情報を追い求め、図書館から始まり神社仏閣、果てはオカルトショップに至るまで色んな所を巡っていた。
 ……まぁ、ほとんどは外れだったんだけど。
 そしてある日、僕はそんな情報収集の一環として、近所で最も大きな神社――守矢神社に向かったのである。
 

 そこで僕は、守矢の風祝としての早苗ちゃんに出会った。


 守矢神社の話を聞きに来た僕を、彼女は大喜びで迎えてくれた。
 それはもう、予約も無しにやってきた僕を拝殿に上げて、神社の事を一から十まで手ずから教えてくれると言う熱心な歓迎っぷりでしたよ。
 いや、僕の方も珍しく話題の合う相手にテンションが上がって、その説明を丁寧懇切隅々まで聞いたりしたんですがね。
 ……今振りかえると分かるけど、あの当時はお互い同年代で同趣味? の相手に飢えていたんだと思う。
 それからだ。僕等が割と頻繁に話すようになったのは。
 高校は別々になってしまったけど、今でも彼女は一番の友人であると僕は思っている。










 で、そんな一番の友人はと言うと――現在、物凄い不満顔で僕を睨んでいます。
 長い説得の末、ようやく僕が久遠晶当人である事を認めてくれたと言うのに、彼女は何が気に食わないのでしょうか。

「うぅ~、ずるいです!」

「何が!?」

「何でそんなに可愛いんですか! 晶君は男の子なのにっ!!」

「それは僕に聞かれても困りますよ……」

「前もそうでしたよね。いつの間にかミスコンに参加してて、私の二倍近い得票数で優勝を」

「止めて触れないで僕の黒歴史!!」

 ああ、早苗ちゃんだ。このズレた反応は間違いなく早苗ちゃんだ。
 そりゃ確かに一番弄りやすいポイントだけどさ、他にも尋ねるべき所があるでしょう?
 と言うか、ツッコミ入れてる部分も微妙に間違ってない? さりげなく今、僕の女装を肯定したよね。
 こうしてほんの僅かな会話で、僕の美化されつつあった昔の早苗ちゃん像は吹っ飛んだ。
 ……そういや思い出したよ。マドンナなんて呼ばれてた彼女が同性に嫌われなかった理由。
 天然なんだよねぇ。良い意味でも悪い意味でも、浮世離れしていると言うか。

「一向に話が進まないわね」

 隣で傍観を決め込んでいる、幽香さんの冷静なツッコミがとても痛かった。
 いや、話に混ざられてもそれはそれでややこしい事になりそうなんで、是非とも傍観し続けて欲しいんですけどね?
 この人もこの人で、ここに居る理由が謎なんだよなぁ。紅魔館で何かあったんだろうか。

「おーいアキラ、大丈夫かーい」

「ふぅ、やっと追いついた。機動性ですら勝てないと言うのは地味に堪えるな」

 そんなこんなでウダウダしている間に、引き離した二人が追いついてきた。
 ちなみに、二人が来るまでに結構な時間があったけれど、話は何一つ進んでいない。
 僕も幽香さんも早苗ちゃんも、現状を全部把握出来てないんじゃないだろうか。
 つーか、問答していた時も含めて腋メイド服の話しかしてなかった気が。しかも羨望的な意味で。
 
「それにしても……また貴女か、守矢の巫女よ。今度は何をやらかしたんだ」

「失礼な事を言わないでください天狗さん! 私は同じ山に住む者として、妖怪の山に害なす侵入者を迎撃していた所ですっ!!」

「……ああ言ってるけど、実際の所はどうだったんだい?」

「面白そうだから、『害を為す気はなかった』と言っておくわ。喧嘩を売る気もなかったワケだし」

 その言い方から判断するに、売られた喧嘩は漏れなく買って行くつもりだったんですね。
 だとしたら、早苗ちゃんの判断は意外と間違ってなかったのかもしれない。
 天狗の縄張りに入ったら、確実に誰かは警告と言う名の喧嘩を吹っ掛けただろうし。
 しかも、現在の哨戒天狗取りまとめ役は文姉なワケで。
 ……おやぁ? 間違ってないどころか、絶妙な足止めだった気がしてきたぞ?

「まぁまぁ椛。早苗ちゃんも善意でやってくれた事だし、そう頭ごなしに文句を言うのは止めよう?」

「言いたい事は分かるが、何故久遠殿はそんなにも汗を流しているんだ?」

「いや、僕の事はどうでも良いんですよ。それよりもほら、早苗ちゃんにお礼とか言ったら良いんじゃないかな」

「む、それとこれとは話が……ってにとり殿?」

「私も正直、お礼言っといた方が良いと思うよ。悪い事は言わないから」

「何だか良く分かりませんが、理は私にあるみたいですねっ!」

「……分かれとは言わないけど、少しは頭を使いなさい。馬鹿に見えるわよ」

 違います幽香さん、早苗ちゃんは頭を使わないんじゃ無くて空気を読まないんです。
 本人的には、場の流れを最大限に読んだつもりなんですよ。読めてないけど。
 
「ところで、幽香は何で妖怪の山に来たんだい?」

「あら、私がここに来る理由なんて、そうないと思うけれど?」

 そう言って、ニヤリと笑う幽香さん。
 無駄に不安を煽られる様な笑顔だけど、多分煽ってるだけで深い意味は無いんだろう。
 椛とにとりが警戒丸出しで身を固くする中、僕は額に指を当てて彼女の‘理由’を考えてみた。

「んー、僕等に会いに来たんですか?」

「ふふっ、正解よ。でも意外ね、晶なら「まさか天狗の里を壊滅しに!?」なんて言って慌てると思ったのに」

「あ、あははー、僕も日々成長しているんですよー」

 ……言えないよなぁ。天狗の里には、幽香さんが楽しめそうな事は無いだろうなんて考え。
 別に、僕程度に負けるヤツばっかの天狗共なんて相手にしてもつまんねーぜうぷぷー。等と言うつもりは欠片もないですよ?
 ただ何と言うか、若手天狗しか戦ってない僕が言うのもアレなんだけど……天狗の戦いってわりと保守的なんだよね。
 伝統的って言い方も出来るけど、どうしても大半の天狗が文姉の劣化になるからなぁ。
 幽香さんの‘趣味’に合うかと聞かれると……わざわざ出向く必要は。としか言いようがないっす。
 ゴメンね椛、決して馬鹿にしているワケじゃないんですよ?

「けど少し違っていたわね。正しくは「貴方」に会いに来たのよ」

「ほへ? 僕ですか?」

「ええ、フランが貴方の事を心配していてね」

「僕が……心配?」

「私がいなくて寂しくないか。とか、誰かに苛められてないか。とか、まるでどこぞの自称姉みたいだったわよ」

「フランちゃん……」

 いや、嬉しいよ? フランちゃんが心配してくれて。
 今まで自由気ままだった彼女が、誰かを気遣えるようになったのは素直に成長だと思う。
 だけど――何か僕の扱いおかしくありませんか?
 前者はギリギリセーフ……うんまぁセーフだとしても、後者は完全に貧弱なぼーや扱いされてるよね。
 
「まぁ、細かい事はここに書いてあるから、読んで返事してあげなさい」

 頭を抱えている僕に、幽香さんが二通の手紙を差し出してきた。
 便せんに書かれている名前は、フランちゃんと――レイセンさん?

「姉弟子からも何かあるんですか?」

「みたいねぇ。私も手紙を受け取っただけだから、内容は知らないわ」

 ふむ、何の用だろう。ちょっと触りの部分を読んでみようかな。
 僕は幽香さんから手紙を受け取り、姉弟子の送ってきた手紙の中味を確認した。
 便せんの中には、二つ折りにされた手紙が一枚。
 開いてみると、そこにはレイセンさんらしい几帳面な字で簡潔にこう書かれていた。


 いっシょうウラんでヤル

 
 やっぱり読むのは後にしよう。うん、出来れば五十年くらい後。
 僕は無駄に爽やかな笑みを浮かべながら、姉弟子からの手紙を封印した。

「と言うか幽香さん、レイセンさんは大丈夫なんですか?」

「安心なさい。これでも手加減は上手いのよ? ……簡単に死なれるとツマラナイデショウ?」

「あ、姉弟子は結構強いと思いましたが、そ、それでも加減が必要なんですかねっ!?」

「実力はあるんだけど、ね。馬鹿正直に突っ込んでくるのが考えモノだわ」

「幽香さんやフランちゃん相手にソレは、逆に凄いと思いますが……」

「勝算の無い突貫は、ただの自殺と変わらないわよ。それでも、幻術使いとやり合うのは中々面白いけどね。――たまに、手加減を忘れるくらいに」

 ……嗚呼、本当にゴメンナサイ姉弟子。
 もう一生恨まれ続けても良いです。だから、この仕事を終えるまで生きていてください。
 幽香さんの話の節々から零れ出る不吉な響きを聞くたびに、僕は空を仰いで姉弟子の無事を祈った。
 ちなみに、紅魔館関連の事情を知らない椛は、僕等のやり取りに首を傾げている。
 同じく知らないはずの早苗ちゃんは……あ、にとりと何か話してる。何だろ。

「貴女がこの山に住む河童さんですね。ヨロシクお願いします、東風谷早苗ですっ!」

「あ、ああ、知ってるよ、私は河城にとり。今まで話せなくてゴメンね。私――っていうか河童はシャイでね、あんまり積極的に」

「突然ですがにとりさん! 貴女は神を信じますか!!」

「私の話は無視なのかい……」

 っていうか早苗ちゃん、幻想郷には神様売るほど居ますぜ。
 だからその質問、根底からすでに成り立ちませんよ?
 いや、外の世界でもその手の質問は八割がた断られるフラグだったと記憶しているけど。
 ……守矢神社は大きいから、外だと信者勧誘とかしてなかったんだろうなぁ。
 
「ま、紅魔館の方は心配しなくて平気よ。あの子も、弱音を吐けるうちは大丈夫でしょう」

「一応僕の代理なんで、お客様待遇をお願いしたいんですが」

「あら、ゴメンナサイね。あの兎はあの兎で色々有望そうだから、今のうちに‘甘え’を取っておきたくなって」

 レイセンさん本当にゴメーン!!
 僕は虚空に浮かぶ姉弟子の陰へ、無言の敬礼を送った。
 
「さてさて、ついでだからあの鴉天狗の顔も見て行きましょうか。返事も今日の内に受け取りたいしね」

「ま、待ってくれ風見殿。貴公の目的は理解出来たが、部外者である貴公を通すわけには……」

「安心なさい、許可はいらないわ。――力尽くで押し通るから」

「そっ、それは」

「ふふふ……最初は、貴女からかしら?」

 ゾクリと、空気が一気に冷え込んでくる。
 幽香さんと相対している椛の身体が固くなり、にとりや早苗ちゃんの動きも止まった。
 マズい、幽香さんは本気だ。ここで椛がイエスと答えれば、彼女は迷わず弾幕ごっこを始めるだろう。
 僕は慌てて二人の間に割り込み、椛の方へ顔を向けた。

「その、椛! 幽香さんはその……文姉の友達、そう友達だから! 来訪ぐらいは許可取れないかな!! ねぇっ!」

「ゆ、友人……?」

「そうですよね、幽香さん!」

 救いを求めるように、僕は幽香さんを見つめる。
 彼女は僕の問いかけにしばし黙考していたが……やがてどこか困ったように肩を竦めて苦笑した。

「……そうね。荒事せずに会えると言うなら、そっちの方が良いわね」

「ほら! だから椛、お願いだから――」

「わ、分かった、今から許可を取ってくる。それまでここで大人しくしていてくれ」

「ふふっ、構わないわよ」

 しぶしぶといった具合だが、それでもホッとした様子の椛が森の中に消えていく。
 それを見届けて、僕は心の底から絞り出すような安堵の息を漏らした。
 ああ、無事に終わって本当に良かったっす。

「……意外だね」

「あら、何がかしら」

「幽香なら、晶も纏めて吹っ飛ばすと思ってたよ。その、失礼だとは思ったけどさ」

「事実を指摘されて怒るほど、自分を知らないワケじゃないわ。けどそうね、確かに自分でも今の言葉は意外だったかしら」

「おや、そうなのかい?」

「あの子があんまりにも必死になるから、気勢を削がれちゃったのね。……まったく、らしくない」

 珍しく、いつも笑っている幽香さんが遠い目をして空を見上げた。
 そしてすぐに、僕の方を見つめて透明な笑みを浮かべる。
 はて、どうしたんだろう? ……ひょっとして、戦うのを邪魔したの怒ってます?
 はわわっ、スイマセン。でもさすがに友人である椛の公開虐殺ショーはみたくなかったんです。
 とりあえず軽くペコペコと頭を下げる。あ、何か呆れられた?

「意外と、同族嫌悪なのかもしれないわね。あの天狗とは」

 何か呟いた幽香さんの溜息が、やたら印象的だった。
 と、ここで今まで黙っていた早苗ちゃんが、急に驚愕の表情で両手を叩く。

「――そうです、晶君!」

「な、なんですか、早苗ちゃん?」

「どうして晶君が幻想郷に居るんですか!? それもそんなに馴染んじゃって!!」

 それまで自殺だと思っていた事件が実は他殺だったと気付いた名探偵の様な表情で、早苗ちゃんは叫んだ。
 その言葉に、にとりは「えっ、今更!?」と言う表情をし、さすがの幽香さんも呆れ顔でこめかみに手を当てた。
 あー、やっぱり疑問にすら思ってなかったんだ。
 彼女の性格上半ば予想出来た事態に、僕も遅ればせながら頭を抱えた。
 それでも何とか言葉を絞り出せたのは――単純に慣れだろう。慣れって怖いネ。

「僕も同じ事を、早苗ちゃんに聞きたいと思っていたよ……」

 ただし返せた言葉は、何の解決にもならないただの同意だったけど。
 ……悪かったね! 慣れてたって上手く反応出来るってワケじゃないんだよっ!!
 




[8576] 東方天晶花 巻の七十五「神はあらゆる人間のうちに住むが、すべての人間は神のうちに住まず」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/07/21 10:29

巻の七十五「神はあらゆる人間のうちに住むが、すべての人間は神のうちに住まず」




 どうも、最近色んな感覚がマヒしてる久遠晶です。
 今日は文姉のお部屋から、完全生中継でお届けしたいと思います。
 え、何をだって? 決まってるじゃないですか。

「――ふぅん、外の世界に居た時のオトモダチですかぁ」

 修羅場ですよ、修羅場。あーお腹痛い。
 ちくちくを通り越してザクザクと突き刺さる文姉の視線を受けながら、僕は他の人に助けを求める。
 にとりと椛は……ダメだ、目が合う前に顔を逸らされた。
 早苗ちゃんは……何が起きてるのか全然分かって無いようだし、振るだけ無駄だろう。
 幽香さんは……振った時点でエラい事になるので無理。
 結局、これだけ人数がいながら自分で何とかするしかないと言う有様ですよ。困った困った。

「そうです! 私と晶君は、深い絆で結ばれているんですよっ!!」

「…………ほぉう」

 分かってないのに火種をぶち込まないでください、早苗ちゃん。
 いや、言ってる事はとても嬉しいんですがね?
 うんうん、僕の一方的な友情じゃなくて良かったよー。
 でもね。皆の前でそんな言い方をされると、僕とっても困るんデスが。
 
「と、とりあえず早苗ちゃん。僕がここに居る理由とか、馴染んでる理由とか分かってくれた?」

「はいっ! つまり晶君は、成り行きに流され続けていたらこんな事になっていたんですねっ!!」

「間違ってないだけに悲しくなるなぁ……」

 幻想郷に来た理由、来てからの事を僕は大まかに語っていた。
 これは同時に、僕のこれまでの軌跡を振り返る形にもなったんだけど。
 ――やっぱりどうも、僕の経験と言うのは幻想郷に置いても普通のモノじゃないらしい。
 僕の話を聞いていた椛の目が、それを暗に語っていた。
 と言うか、後半当たりの話は事情を知ってるはずのにとりまで引いてた。
 そして文姉に激怒された。どうも、フランちゃん幽香さんレミリアさんとの拷問話――もといお遊び話はお気に召さなかったようだ。
 
「アキラさぁ、私が知ってる時より警戒心が薄れてない?」

「そう? 僕的には、称賛しても良いくらい成長したと思ってるんだけど」

「……どこがさ」

「死ぬラインとギリギリ死なないラインの違いが分かってきた所とか」

「晶さん、無傷で終わるラインは分からないんですか?」

「そういうレアケースには対応しておりません」

「お姉ちゃん、たまに晶さんの事を監禁したくなるパターンが二種類あるんですが、今の答えはそのうちの一つです」

 心配かけてゴメンなさいお姉ちゃん。もう一つのパターンは怖いから聞きたくないよお姉ちゃん。
 自分でも荒んだ成長をしている自覚はあるので、僕は素直に文姉へと謝罪する。
 しかしそんな空気も一切読まず、いきなり話題を変える守矢の巫女が居た。

「ちなみに、私が幻想郷に来た理由はですね」

 いや、確かに聞きたがってたけどさ。それを今言いますか。
 しかも絶妙に話題の変え時だったからタチが悪い。実はさりげなく空気読んでた?
 早苗ちゃんの唐突な話題転換に、文姉は何かしらの皮肉を言おうとして――すぐに諦めた様な表情でその言葉を飲み込んだ。
 あーそっか。この中では文姉と椛が、僕の次に早苗ちゃんと付き合いが深いんだよね。
 こういういきなり過ぎる彼女の言動にも、それなりに慣れちゃってるワケかぁ。

「まったく……外来人は皆、ひと癖かふた癖無いと生きていけないのか?」

「あはは、椛さんはオモシロイコトヲイイマスネ」

 その言い方だと、僕にもひと癖ふた癖あるみたいに聞こえるじゃない。
 ……まぁ、一つ二つで済めば良い方かな。
 ポジティブにそう考え直して、僕は椛の発言をスルーした。
 なお、もう一人の外来人である早苗ちゃんは、最初から気にして無いので構わず話を続けている。

「これは前に、晶君にも言った事なんですが……外の世界では守矢神社への信仰が、年々減っていたんです」

「そういえば言ってたね。だけど、幻想入りしちゃうほど深刻な話じゃ無かったはずだけど?」

「はい! 減ったとはいえそこは守矢神社、信仰の力は充分にありましたとも」

 すでに外の世界は科学万歳、あらゆる事象を科学で解析する時代へと移り変わっている。
 当然、オカルティックな‘神様’なんてモノを信奉する宗教は、徐々に時代の主流から外されてしまっていた。
 紫ねーさまに言わせると、信仰するモノの名前が「科学」になっただけで、宗教その物は形を変え残っているらしいが……あまり関係ないので今は無視する。
 それに、外れたなんて言い方をしたけど、人々の中から神への信仰心が完全に消えうせたワケでは無い。
 熱心な信徒も探せば見つかるだろうし。早苗ちゃんが胸を張って答えた通り、守矢神社はまだそこまで切羽詰まった状況には置かれていなかったはずだ。
 アレ、なら何で守矢神社が幻想入りしているんだろう? 前に聞いた幻想入りした山の上の神社って、結局守矢神社の事だったんだよね?

「しかし、神奈子様は仰いました。そうして残っている信仰の上に胡坐をかき続けていても、我らに未来は無いと」

「神奈子様?」

「おや、晶さん知らないんですか? 山の上の神社で祀ってる神様なのに」

「守矢神社で祀ってる? ……あ、ひょっとして八坂様の事?」

「そうですよー。そういえば、晶君は神奈子様に会った事はありませんでしたね」

 無かった――と言うか、そもそも居る事自体知らなかったというか。
 いや、別に「神様なんて居るはずが無い」みたいな幻想郷全否定な意見を持っていたワケじゃないんですよ?
 ただ外の世界に居た頃は、神様が気さくに挨拶してくるもんだなんて知らなかっただけで。
 ……と言うか、今でもわりと半信半疑ですよ。何で神様がゴスロリ着てるのさ。

「神奈子様の仰る通り、失った信仰を取り戻すためには、もっと根本から問題を解決するような打開策が必要でした」

「それでワザワザ幻想郷へ、新たな信仰を獲得するために神社ごと押し掛けてきたってワケですよね。……何度聞いてもはた迷惑な話です」

「えっへん! そういう事です!!」

「いや、褒めてませんから。これっぽっちも。欠片ほども」

 なるほど、確かに幻想万歳な幻想郷の方が、信仰を集めるには適しているかもしれない。
 何しろ神様をご招待して、収穫祭をやってるくらい神々が身近な所だし。
 強いて問題を言うなら、人の絶対数が少ない事くらいか。まぁ、それも人間以外の対象も含めると相当な数になりそうだけど。

「まだ信仰は弱いですが、守矢神社は確実に幻想郷で受け入れられつつあります。それもこれも全部晶君のおかげです、どうもありがとうございます!」

「いえいえどういたしまして――って、僕なんかしたっけ?」

「いやですねぇ。私達に幻想郷の事を教えてくれたのは、晶君じゃないですか」

 ……ああ、そういえばそうだった。
 早苗ちゃんと話すようになってから、僕も自分の事を幾つか話している。
 その中で特に話していたのが、ご存知僕のライフワーク、幻想郷に関する逸話アレコレだった。
 まぁ、そのほとんどは祖父からの受け売りだったんですけどね?
 なるほど、それで早苗ちゃん達は幻想入りの事も――あれ、と言う事はつまり……。

「あら、つまりこの前の異変の原因は、突き詰めれば晶にあるって事なのね?」

「…………え゛っ?」

 静かに話を聞いていた幽香さんが、やたら嬉しそうな口調でそう言う。
 いや、確かに僕が幻想郷の事を吹き込んだ張本人だけどさ。
 って嗚呼!? 椛の視線がわりと厳しいモノにっ! 

「久遠殿、まさか貴方が異変の元凶だったとは」

「強ち違うとも言い切れないけど、全責任は押しつけないで!」

「そうです! 晶君はあくまで私に教えてくれただけなんですから……犯行示唆と言うべきです!!」

「いや、それ罪状変わって無くない? むしろ凶悪度上がってない?」

 何だか自分が、トンデモ無い事をしでかした気分だ。
 ……実際には無罪だと思って良いんだよね? 僕が悪いワケじゃないんですよネ?

「まったく、フラワーマスターの悪質な冗談に踊らされないでください、貴方達」

「じょ、冗談?」

「うふふ、当然でしょう? 何かを教えただけで事の元凶になるなら、上白沢慧音は幻想郷最悪の黒幕になってしまうわ」

 そりゃそうだ。それを言い出したら、僕に幻想郷の事を教えてくれた爺ちゃんも異変の元凶になってしまう。
 あと、その爺ちゃんを幻想郷に連れてきたであろう紫ねーさまも。
 あ、今の無し。あの人まで行くと全部の元凶と言われても納得できてしまうから無し。
 ゴメンナサイ紫ねーさま。貴女の事を胡散臭く思う気持ちは無いんですが、全ての元凶って呼び方は何か否定出来ないんです。
 
「とにかく、晶君には色々と感謝しているんですよ。それこそ何度もお礼を言いたいくらいに」

「あはは、気にしなくて良いさ。教えたと言っても概要を説明しただけだし、むしろあれだけの情報で幻想郷に行けた早苗ちゃん達にビックリだよ」

「……すいません。幻想郷への行き方が分かった時、晶君にも教えて上げようと思っていたんですが……引っ越し準備で立て込んでて」

「そりゃ、神社丸ごと移転してたら立て込むよね。……そういや、外の世界の守矢神社はどうなってるの?」

「私も深くは知らないんですが、外には外で神社が残っているらしいです。神様はいないみたいですけど」

 ……それ、神社と形容して良いんだろうか。
 しかしこういう話を聞かされると、ニーチェじゃないけど「神は死んだ」と言いたくなるなぁ。
 いや、別に死んではないけど。前に日本のトキが絶滅したニュースを聞いた時の様な、妙な喪失感があると言うか。

「あ、そうだ。晶君、どうせならウチに遊びに来ませんか?」

「ほへ?」

「ここで再会したのも何かの縁です。どうせだから、守矢の神様に会ってみません?」

 おお、それは何と言う魅力的な申し出だろう。
 神話に名を残してるレベルの神様と会って、あまつさえお話しできるなんて。
 守矢に祀られている神様――八坂刀売神だっけ? の話は、早苗ちゃんから散々聞かされてきたし。
 でも……僕まだ哨戒任務中なんだよねー。色々会って中断しちゃったけど、今日の仕事はまだまだ残っている。
 どうしたものかと、僕は椛と文姉へ助けを求める視線を送った。

「如何しましょう、文様」

「うーん、晶さんの姉としては「ふざけんな女狐、一昨日きやがれ!」と言いたい所なんですが……」

「いや、姉としてソレを言っちゃダメでしょ、文」

「哨戒天狗の取り纏め役としては、頑張っている晶さんにお休みくらい出してあげないといけません。悔しいです」

「そっちが? そっちがオッケー出すのかい?」

「ありがとう文姉! 他の所は聞かなかった事にするよっ!!」

「アキラ、すっかり文の扱いにこなれて……」

 泣かないでくださいにとりさん。たまに暴走する事もあるけど、基本的には良い姉なんですこの人。
 よし、とにかくコレで天狗の方は問題無しだ。後は……返事を待ってるであろう幽香さんの方か。

「あのー、幽香さん。そういうワケなんで、手紙の返事はもう少し待っていただけませんかね?」

「構わないわよ。急かして雑な返事をされたら、あの子がヘソを曲げてしまうもの。一日くらいまでなら待ってあげるわ」

「……なら、ここに来てまで待つ必要は無かったんじゃないですか」

「あら、言ってなかったかしら? 私は貴女をからかいに来たのよ? 返事はオマケなの」

 ニヤリと笑って、明らかな挑発をする幽香さん。
 やっぱり、ここに来るまで戦い不足で不完全燃焼なのかな。
 早苗ちゃんとの弾幕ごっこも、有耶無耶のうちに終わってしまったし。
 とは言えそんな露骨な挑発行為で、文姉が釣れるワケが……。

「―――上等じゃない。その喧嘩、買うわよ?」

「―――たまには安売りもするべきかしら。良いわ、相手になるわよ」

 まー、そうなりますよねー。本当に文姉は幽香さんが関わると途端に沸点が低くなるよなぁ。
 一瞬にして出来あがる剣呑な雰囲気。その圧迫感は、場に居るだけで自らの死を予感する程のモノだった。
 
「それじゃ、許可も出た事ですし、早速私達は守矢神社に行きましょうか」

 そんな中でも空気を読まない僕の親友。まったく困ったもんだネ。
 僕は、そんな早苗ちゃんの言葉に苦笑して肩を竦める。
 あはははは、参った参った。

「と言うワケで行ってきますネ、皆さん!」

「正直、アキラなら乗ると思ってた」

「く、久遠どのぉ」

「ゴメン二人とも……だけど早く見回りに戻った方が、身のためだと思うよ!」

 早苗ちゃんの手を引き、戦場となるであろう家から逃げ出すチキンが一人。
 ゴメンなさい天狗の皆さま方! さすがにあの二人が揃うと止めようがありません!!
 結局起きてしまった惨劇から目を背け、僕は守矢神社へと向かうのであった。
 ……山の上だから、こっちで会ってるよね?

「消えなさい。 ―――疾風「風神少女」」

「その言葉、そのまま返すわ。 ―――幻想「花鳥風月、嘯風弄月」」

 聞こえない。背後の手遅れな感じのやり取りは、僕には何にも聞こえない。
 









「はーい、こちらが守矢神社へと続く階段となっておりまーす」

「わぁ、これは! ―――懐かしさに浸れるほど見慣れた風景ですね」

「丸々移転してきましたからね……」

 結局途中で早苗ちゃんに案内してもらいやってきた守矢神社は、もう何と言うか僕の感想通りの場所だった。
 場所こそ森の奥深くに変わっているけど、建築物自体は以前――外の世界にあった頃のままだ。
 多い時には週三、少なくても週一で通っていた場所だけに、初々しさと言うモノを全く感じない。
 いや、これはこれで懐かしくて感慨深いモノがあるのかもしれないけどさ。
 半年ぶりの邂逅だと、遠出したのにマ●ドナルドを食べてる時みたいなお馴染感の方が強い気がする。

「まぁまぁそんな事言わずに、上がって上がって」

「わっ、わっ」

 早苗ちゃんに押され、馴染みの石段を登っていく。
 するとその先には、やっぱり馴染みとなった神社が広がっていた。
 いや、それだけじゃない。神社のすぐ隣には、巨大な湖の姿が見える。
 これって……諏訪湖? まさかこんなものまでセットで幻想入りしていたなんて。
 しかもこの湖は、僕が知る諏訪湖と違い水が澄み切っている。
 ここからでも底が見えてしまえそうな透明度。ひょっとしたらこれが、本来の諏訪湖の姿だったのかもしれない。

「えへへ~、凄いでしょう? 私も始めはビックリしました」

「確かに。ここまで色々起こっちゃうと、驚くポイントには困らないだろうね」

「そうでしょう? けど、これが神奈子様達の見てきた風景なんだと思うと……今までと同じ神社でも、何だか違って見えるんです」

「………そうだね」

 幻想郷の守矢神社には、確かに外の世界の守矢神社とは違う空気が流れていた。
 神社特有の静謐さに加えて、僕の様な信者で無い人間にすら感じとれるほどの神聖な雰囲気が充満している。
 以前は気軽に遊びに来ていたけれども、ここは本来神の住まう社なのだ。今更ながら僕はその事を実感するのだった。

「じゃあ、そろそろ神奈子様と諏訪子様を紹介しますね!」

「あ、うん。よろしく」

 早苗ちゃんの言葉に生返事を返しながら、僕は見慣れたはずの敷地内をキョロキョロと見回す。
 おお、前に見たはずの御柱からも凄いオーラが出ている気がする。
 ……アレ? でもコレは、僕に気や波長を見る能力がついたからじゃない?
 うーん、僕自身も幻想郷に来る前と大分変ったから、相違点がどっちのモノなのか分からないなぁ。
 
「神奈子様ーっ! 諏訪子様ーっ! 晶君が来ましたよーっ!」

 そんな事を考えていると、早苗ちゃんが本殿に向かって友達が来た時の母親みたいな声をかけた。
 ここの神様にとって僕は赤の他人だと思うんだけど、その呼び方で良いんだろうか。
 というか怒られない? 守矢の風祝がそんな態度で神様に怒られない?
 早苗ちゃんのあまりにフランクな態度に絶句する僕。
 そのおかげで、一瞬その台詞に紛れ込んだ違和感に気が付かなかった。
 
「―――スワコ様? 早苗ちゃん、それって」

「あっ! 危ないです晶君!!」

「……ほへ?」

 何かに気付いた早苗ちゃんが慌てて叫ぶと同時に、急に僕の身体が陰に覆われる。
 そして聞こえてくる、何かが急降下してくる音―――って、うわぁっ!?

「あぶなーっ!?」

 慌てて転がる様に逃げ出すと、さっきまで僕の居た場所に巨大な柱が突き刺さった。
 これは……御柱!? 何で空からそんなモノが降ってくるの!?
 僕は倒れたままの格好で、顔を上げて御柱の天辺を見る。
 しめ縄のついた柱の上部には、複数の柱を背負った女性が一人立っていた。
 女性は胸に鏡のようなアクセサリーをつけた紅い服を着て、その紫の髪に紅葉をあしらえた髪飾りをつけている。
 そして何より特徴的なのが、先ほど言った複数の御柱と――絡まり合った蛇の様な巨大なしめ縄だった。

「え、えーっと」

「……貴様が、久遠晶か」

 むやみやたらに重々しい声で、柱の上に居る女性が僕の名を呼んだ。
 その表情は、陰に隠れていて上手く見えない。見えないんだけど……何故か、凄くゾクゾクする。
 
「か、神奈子様! いきなり何をしているんですか!!」

「えっ、神奈子様? この人が?」

「そうだ。私がこの守矢の神――八坂神奈子だ」

 なるほど、確かに装飾からしてそれっぽい。
 この人が話に聞いていた八坂様なのかぁ。聞いてた通り凄い迫力だ。
 ……だけど気のせいだろうか? この迫力は、神様とあんまり関係無い気がするんですが。

「そ、そうなんですか。その、初めまして、僕は……」

「お前が私を知らなくても、私はお前を良く知っているよ。久遠晶」

「ほへ? そうなんですか?」

「そう……とても良く知っているのさ。何しろお前と友達になってから、早苗はずっとお前の話ばかりしていたからな」

「ちょ、ちょっと神奈子様。本人の前で喋らないでくださいよ!」

「いつもいつも……お前と一緒にお弁当食べたとか、お前と初めてカラオケに行ったとか、お前とアドレス交換したとか……」

「えっと、八坂サマ?」

「あまつさえ……我が家に招待されて……あんなに楽しそうに……あのプリンも私が貰う予定だったのに……なのに食べようとしたら早苗あんなに怒って……」

「だから神奈子様、あのプリンは元々晶君のために作ったんです! それを摘み食いしようとしたから怒ったんですよ!!」

 ああ、前に遊びに行った時出てきたアレかぁ。確かにアレは美味しかった。
 それを作る過程でそんなドラマ――日曜六時台のアニメ的展開だけど――があったなんて。
 外でも意外とフランクだったんだなぁ、守矢の神様。
 それにしても、早苗ちゃん家でのやり取りを一部始終見られていたとは。
 ……ついうっかり早苗ちゃんの分の大福を食べちゃった事、バレてなきゃいいけど。

「ともかく、私はこの瞬間を待っていたのだ」

「この瞬間?」

「貴様なら必ず、早苗目当てで幻想郷に来ると思っていたぞ。くっくっく、それが自らの死を呼びこむとも知らずにな」

「あのー、何か微妙に双方の認識がズレている気がするんですが。僕は別に早苗ちゃん目当てで幻想郷に来たワケじゃ……」

「うるさい黙れこの泥棒猫! ここで会ったが百年目!! オンバシラの下敷きにしてくれるわっ!」

 御柱の上に居る八坂様が叫ぶと同時に、大量の御柱が降り注いできた。
 ――とか呑気に眺めている場合じゃない!? あの柱に潰されたら、車に轢かれたカエルみたいになっちゃうよっ!
 
「さ、さささ、早苗ちゃん! 僕ちょっと用事を思い出したのでこれにて失礼しますねっ!!」

「そうなんですか? 残念です、またいつでも遊びに来てくださいね」

「逃がすかぁ! このオンバシラをお前の墓標にしてやるっ!!」

 相手の本気を感じ取った僕は、説得と抵抗を諦め素直に逃げ出す事にした。
 微妙に分かって無い早苗ちゃんへ挨拶しつつ、急いで柱の雨から離脱し守矢神社を後にする。
 ……どうやら、幻想郷では気軽に守矢神社へ遊びに行く事は出来ないようだ。
 









 ――ところで、八坂様はどうしてこんなに僕の事を嫌っていたのでしょうか?



[8576] 東方天晶花 巻の七十六「苦しんで強くなることがいかに崇高なことであるかを知れ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/07/21 10:26


巻の七十六「苦しんで強くなることがいかに崇高なことであるかを知れ」




 前略 フランドール・スカーレット様。

   お手紙ありがとうございます。やたら心配の言葉が目に付きましたが私は元気です。

   妖怪の山は真に衝撃的な所でしたが、フランちゃんが心配する様な危険はどこにもありません。

   一歩進めば沢山の鴉天狗に襲われますが

   山の神様に柱の雨霰をお見舞いさせられましたが

   幽香さんと文姉がガチで喧嘩を始めましたが

   とにかく、私は元気です。もう一度言います、フランちゃんが心配する事は何もありません。

 草々 久遠晶より。


「……いや、これは送っちゃダメだよ」

 とりあえず書いてみたフランちゃんへの手紙を読み返し、僕は自分のあまりの文才に思わずツッコミを入れてしまった。
 どう読んでも不安を煽りまくりである。散々文章を消した跡などは、ある種のSOSに見えなくもない。

「しょうがない。ボツで」

「これで何度目の書き直しですか? 仕事の空いた時間だけとは言え、丸一日も良くやりますよ」

「フランちゃんには、心配を掛けたくありませんから」

「月兎への手紙はすぐ書き終えたのにね」

「姉弟子には、謝り続けるしかありませんから」

 手紙の内容に四苦八苦している僕を、幽香さんと文姉は呆れ顔で見守っている。
 今頃椛とにとりは、思い思いの自由時間を過ごしている所だろう。
 特に急かされてはいないけれど、締め切り間際の漫画家みたいな状況に居る僕には二人の状況がとても羨ましい。
 まさか、手紙の返事を考えると言う行為がこんなにも難しいモノだとは。
 これじゃまるで、僕の妖怪の山での日常が波乱に満ちているみたいじゃないか。あはは、無い無い。

「むむむ、どう書いたものか……」

「事実をありのままに書いたらどうです? きっと悪魔の妹が助けに来てくれますよ」

「はっはっは、文姉は本当に面白い事を言いますね」

 文姉の茶々を軽く流しながら何とか文面を絞り出そうとするも、一向に考えが纏まらない。
 ここは一旦リフレッシュすべきだと思い筆を置くと、ほぼ同じタイミングで玄関口からノックの音が聞こえてきた。
 
「もしもーし、晶君居ますかー」

「あ、早苗ちゃん?」

 ノックの主は昨日再会したばかりの友人、東風谷早苗ちゃんだった。
 その声で露骨に顔をしかめた文姉を軽い仕草で宥めつつ、僕は彼女を出迎えるために扉を開く。
 外の世界の時と同じく腋の出た巫女服を着た彼女は、僕の姿を確認するといきなり奇怪なポーズを取り始めた。

「幻想郷の愛され風祝☆東風谷早苗です! 皆さん、神奈子様を信仰していますか!?」
 
 人差し指と小指を立てた特徴的な形の手をコメカミに添え、可愛らしくウィンクをする愛され風祝。
 ――今、確実に何かの空気が死んだ。

「うわぁ……これは酷い」

「大惨事ね。……何で見てる方が居たたまれなくなってくるのかしら」

 文姉と幽香さんがそう呟くのも無理の無い話だ。
 そりゃあ、アイドルの語源は偶像だし、風祝もある種の偶像崇拝だと言えるけどさ。
 まさかよりにもよって、ソレを選びますか貴女は。
 先ほどは湾曲な表現をしたが、今の早苗ちゃんの行動を擬音にすれば「キラッ☆」となる事は確実である。
 誰もご存じないみたいだからまだ救いがあるけれど、由緒正しい守矢の巫女が超時空シンデレラなんかになった日には、八坂様も大泣き確定だよ?

「……「あの人は今!」で、激太りした元アイドルを見た世間のお父さんは、皆こんな気分になるのかなぁ」
 
 瞳からとめどなく溢れ出てくる涙を拭いもせず、僕は外の世界での彼女の姿を想い出し悲しみに浸る。
 確かにミーハーな所もあったけど、神様に対しては真摯な信仰を捧げる清廉な巫女だったのに。
 恐るべしは幻想郷――なのだろうか。あの早苗ちゃんが、すっかりイロモノキャラになってしまっていた。

「や、やっぱり、幻想郷でも変ですかね。今のセリフは」

「むしろ、どこでだとセーフになると思ったのさ」

「その……それを聞きたくて、幻想郷の先輩である晶君のところに来たんですけど」

 さすがに自由人な早苗ちゃんでも、今のポーズは恥ずかしかったらしい。
 まだ彼女にも僅かな理性が残っていたようで、少しだけ安心した。

「で、聞きたいって何を? 滑らない自己紹介の仕方なら、人里に居る上白沢先生とかに聞いた方が良いと思うよ?」

「いえ、そうじゃないんです。聞きたいのは、その、もっと大切な事で」

「……話を遮るようでアレですけど、自己紹介の問題も結構大切だと思いますよ?」

「珍しく文と意見があったわね。私も早急に何とかすべきだと思うわ」

「しょぼーん……」

 仲の悪さに定評のある二人からすら同意され、頭を垂れる早苗ちゃん。
 どうやら、恥ずかしさを我慢できる程度の自信はあったようだ。
 ……もしくは、この挨拶を教えてくれた人を、よっぽど信頼していたのかな?
 僕の記憶にある早苗ちゃんは、特定のネタを再現できるほどアニメやゲームに詳しくは無かったはずだし。
 しかし、なら一体誰に吹き込まれたんだろうか。あんな奇特な挨拶を。
 
「諏訪子様、全然ウケませんでした……くすん」

「とりあえず早苗ちゃん。その問題は置いといて、先に相談事の方を片付けちゃおうよ」

「はい、そうします」

 扉の前で人差し指同士を絡める様にグルグル回転させている彼女を室内へ招き、僕の対面に座るよう促す。
 ちなみに、幽香さんと文姉はそれぞれ左右に陣取り様子を窺っている。気を利かせて席を外すつもりは無いらしい。
 
「それで、僕に相談って何?」

「はい。実は……幻想郷に馴染むには、どうしたら良いのか聞きたくて来たんです」

「幻想郷に馴染む? 昨日、守矢神社は受け入れられてるとか言ってなかった?」

「守矢神社の方は問題無いんです。どちらかと言うと、私個人の方の問題と言うか……」

 僕の目には、早苗ちゃんの方も充分幻想郷に馴染んでるように見えるけどなぁ。
 どうも本人的には、馴染み切れてない所があるらしい。
 しかし、考えてみれば当然の話か。電気も無い、水道も無い、文明の危機は役立たず。
 現代日本の文明利器に慣れ切った外来人にとって、そう言った技術がほとんど無い幻想郷はさぞ辛かろうて。
 え、僕ですか? 迷い込んだ初日から指南役が居たから、不便な事は全然無かったデスよ?
 ……ごめんなさい。家事は大体にとりや咲夜さんがやってくれてたので、外でも内でもあんまり変わってませんでした。

「今だから言いますけど……私、自分が特別な存在だと思っていたんですよ」

 等と考えていたら、全然関係無い話が始まった。
 あ、さすがに考え過ぎでしたか。スイマセンせっかちな人間で。
 それにしても……特別な存在ねぇ。

「早苗ちゃんは守矢の風祝だから、そう思っても無理は無いと思うけど? と言うか実際特別でしょ?」

「いえ、そうでは無いんです。それも関係しているんですが、肝心なのは私の持っている能力の方なんです」

「……能力?」

「「奇跡を起こす程度の能力」。前に取材したとき、そう言ってましたね、貴女」

「はい。そういえば、ブン屋さんは知ってましたね。私が現人神とも呼ばれる理由を」

 現人神か――その話は、僕も本人から教えて貰った事がある。
 何でも、守矢の風祝には代々伝わる秘術があるらしい。
 そして風の神を祀り秘術を行使する風祝は、いつしか本人自体が神であると周囲の人間に思われるようになっていたそうだ。
 神を支えるのは人々の信仰心。そうなってしまえば、風祝は神と何も変わらない。
 それが現人神、人にして神である存在の始まりなんだそうで。

「と言う事は、早苗ちゃんの能力って守矢の秘術の事になるのかな?」

「あ、はい。そうなります」

「へぇー、さすがは守矢の秘術。能力で言うと派手な名前になるなぁ。……で、何が問題なの?」

「えっとですね。その……」

「その前に、この子の能力がどんなモノなのか説明して欲しいわね。―――私も、少しばかり興味が出てきたわ」

「意外と食指が広いんですね。けどまぁ、大したものではありませんよ。精々雨を降らせたり風を起こしたりする程度の能力です」

「はぅわっ!?」

「……早苗ちゃん?」

「あら、そうなの。大袈裟な名前の割に随分と普通な力なのね」

「ひひゃひゃうっ!?」

 文姉と幽香さんの容赦ない言葉に、早苗ちゃんがどこかで聞いた様な悲鳴を上げて蹲る。
 あー、今ので何となく察した。確かにこれじゃ、幻想郷には上手く馴染めないよね。
 外の世界なら、早苗ちゃんの秘術は神様同然の扱いを受ける強大な能力だけど……不思議一杯の幻想郷ではあまり珍しく無い能力だし。

「ううっ、現人神だなんて言われても所詮こんな扱いですよ……」

「幻想郷では天候操作出来る人、多いからなぁ」

 手間はかかるらしいけど、雨を降らすくらいならパチュリーにも出来るらしいし。
 風のプロフェッショナルならすぐ隣に居るし。
 天候の変化を力尽くで何とか出来そうな人すら隣に居るワケだし。
 早苗ちゃんの能力が普通扱いされても、仕方ないと言えば仕方無いのだろう。

「いっ、言っておきますけどね。私の力は天候を操るだけでは無いんですよ!?」

「そーなんだー」

「だけど特別凄い事が出来るワケでも無い、と」

「そ、外の世界では全部特別凄い事なんです……けど……」

 反論し切れずに、項垂れ言葉を弱くする早苗ちゃん。
 フォローしてあげたいけど、僕も「改めて聞くと本当に幻想郷では有りがちな力だなぁ」とか思っちゃったから無理です。スイマセン。
 
「そりゃ、自分でもさすがに『幻想郷に来て早々真の力を発揮した私が、奇跡の力で大活躍!』ってのは都合の良い夢だと思ってましたけど」

「……そんな事考えてたんだ」

「若い子にありがちな英雄志向ってヤツですね。前世が凄かったから自分も凄い、みたいな」

「たまに居るわよね、そういう人間。やたら力を暴走させるのが趣味なんでしょう?」

「うぐっ!?」

「二人とも、もう止めてあげてくださいっ! 早苗ちゃんが舌を噛んで死にそうな勢いですっ!!」

 浮かれていた時期の自分の姿を重ね合わせてしまったのだろう。二人の言葉に早苗ちゃんが心臓を抑えて唸った。 
 絶対知らないはずなのに、何でそんな的確に厨二病のツボを付けるのだろうか、この人達は。
 ……二人だって厨二設定の塊みたいなモノなんだから、そこまで言わなくても良いでしょうに。
 やっぱり二人とも、凄く仲良いですよね?

「いえ、仲は悪いですよ?」

「むしろ最悪ね」

 心を読まないでください。あと、その事はワザワザ教えてくれなくて良いです。
 そういえば、僕も同じ様な感じでボロクソ言われた事があったっけ。
 その時もこんな風に仲の良さを否定していたけど……未だに仲悪いんですね、お二人とも。

「そう言うワケで私、幻想郷で上手くやっていけるか自信が無いんです」

「言いたい事は分かったけど……うーん、それは僕には答えにくい相談だなぁ」

「晶君酷いですっ! 自分はそんな夢みたいな事考えてないから一緒にするなだなんて!!」

「いや、そこまでは言ってないよ!? そういう被害妄想に陥る気持ちは分かるけどっ」

 いけない。散々心の傷を抉られたせいで、早苗ちゃんのメンタルが色んな意味でヤバくなっている。
 僕は半泣きの彼女の頭を撫で、とりあえず落ち着く様に軽く宥めた。
 何故か、文姉が羨ましそうにしているけどとりあえず無視。
 早苗ちゃんが少し落ち着いたのを確認して、僕は答えにくいと言った理由を話す事にした。

「僕は早苗ちゃんと違って、外の世界では何の能力も持って無かったからね。そういう期待とは始めから無縁だったんだよ」

「そうなんですか? でも晶君言ってましたよね。今は使えないけど、自分にも能力があるって」

「うん、言ったけど……僕の能力は「相手の力を写し取る程度の能力」だからね」

「相手の力を写し取る、ですか。つまり晶君は、自分単体では何も出来ないと言う事になるんですか?」

「そう、それじゃさすがに都合の良い夢は見られないでしょ?」

 幻想の無い外の世界では、覚える能力が無いから普通の人間と変わらない。
 幻想郷に入っても、覚えた能力には常にオリジナルが居るから自信には繋がり難い。
 いやほんと、図ったのかと思いたくなるほど良くできた能力だよね。
 そういえば僕、オカルティックなものに憧れていた割には、厨二病の類は発症して無かったなぁ。
 事前に能力が分かっていたからだけど……それが無かったら僕も、黒歴史ノートとか書いてたのかもしれない。

「まぁ、底辺の人間に自分を疑う余裕は無いって事さっ!」

「……最近、この異常なまでの卑屈さが、晶さんの魅力なのでは無いかと思い始めてきました」

「永遠亭に行ってきなさい。心が病み始めているわよ、貴女」

「あはははは、卑屈ですいませ――」

「それですっ! それですよ晶君!!」

「わひゃうっ!?」

 遠い目をした文姉の言葉にとりあえず謝ろうとした僕の手を、いきなりハイテンションになった早苗ちゃんが掴んだ。
 そのまま嬉しそうに掴んだ手を上下する早苗ちゃん。彼女の喜びが良く分からなくて首を傾げる僕。
 手を掴まれたまま僕が呆然としていると、何かを悟った様な表情の早苗ちゃんは声高らかに語りだした。
 
「例え現人神と言えど、私が幻想郷初心者である事に変わりはない。つまり、その事を忘れず、謙虚さを持つ事が必要と言うワケですねっ!」

「……えーっと、そういう事になるのかなぁ」

「忘れていました。晶君、言ってましたよね。妖怪に対しては畏敬を忘れてはいけないって……今の晶君があるのも、その姿勢を保ってきたからなんですね!」

「う、うん。まぁ尊敬の念は忘れない様にしてたかな」

「ダウト」

「ダウト」

 酷いやっ! 本当に忘れない様にしてるのにっ!!
 ……今まで会ってきた妖怪の方々には、総じて「遠慮の無い所が良い」と言われてきた気もしますけど。
 これでも結構、謙虚で奥ゆかしい人間なんですヨ? 
 あ、ちょっと二人とも、何そのそのはいはいワロスワロスみたいな反応は。

「晶君、ありがとうございます。私、目が覚めました」

「え、いや、その……どうも」

 半泣きで幽香さんと文姉へ抗議の視線を送っていると、一人で結論を出した早苗ちゃんが僕にお礼を言ってきた。
 いや、僕なにもして無いけどねー? まぁ、早苗ちゃんが僕の他愛無い一言で、悩みを解消してくれたのなら僥倖ですが。
 
「こうしては居られません! そうと分かればやらなきゃいけない事がたくさんありますっ!!」

「……何を思いついたのかは知らないけど、あんまりやり過ぎちゃダメだよ? 早苗ちゃんは一度思いこむとトコトン突っ走っちゃう所があるし」

「ねぇ晶さん、その台詞の「早苗ちゃん」の所を自分の名前に変えてみる気はありませんか?」

「類は友を呼ぶって本当だったのね」

 毎度毎度迷惑かけて申し訳ない。でも今は、早苗ちゃんの心配をさせてください。
 彼女は完全に吹っ切れたのか、軽い足取りで出口に向かっていく。
 とりあえず、この様子なら心配は要らないかな? 僕も彼女を見送るため、同じ様に出口へと向かった。

「それじゃあ私はこの辺で。相談に乗っていただいて、本当にありがとうございます!」

「あはは、気にしなくて良いって。良い気分転換にもなったしね」

「……気分転換? あ、ひょっとして、幻想郷に関する本を書いてたんですか?」

「いや、ただの手紙だよ。そっちの方は現在情報収集中……まぁ、僕が生きてるうちに本が出来るかどうかは微妙だけどね」

「もうっ、そんな事言っちゃダメじゃないですか!」

「ほぇ?」

「私、幻想郷の本を書きたいって言う晶君のお話を聞いてから、完成するのをずっと楽しみに待っているんですよ?」

「そ、そうなの!?」

「はい! ですから途中でも、一度くらいはちゃんとした形にしても良いんじゃないですか? それで終わりってワケでも無いんですし」

 むぅ、なるほど。それは考えてもみなかった。
 確かに完璧を求めてグダグダ情報集めを続けていては、色んな物が無駄になってしまう。
 幻想郷の情報も大分集まってきた事だし、ここいらで情報整理もかねて本を作ってみても良いかもしれない。
 えーっと、幻想郷にも印刷施設はあるんだよね? 文姉とか普通に新聞作ってるし。
 そうして僕が本の詳細を考えていると、早苗ちゃんは少し寂しそうな声でポツリと付け加えた。



「―――それに晶君、いつか外の世界に戻ってしまうんでしょう?」



 その呟きは、ずっと目を背けていた事実を曝け出した。
 そう、どれほど幻想郷に馴染んだとしても、僕はあくまで‘異邦人’であるのだと。
 早苗ちゃんは、信仰のために幻想郷へ永住する事を決めた。
 しかし僕は違う。幻想郷へ来たのはあくまで偶然なだけであって、外での生活もしっかり残っているのだ。
 何より、自分自身が認めている。
 ……僕は幻想郷を見回っている‘旅人’であって、住人ではないのだと。

「あはは、まだまだ当分、帰る予定は無いよ」

「そうですか、良かった~」

 僕には目的がある。幻想郷を見て回ると言う目的が。
 だけど、見るべきモノはたくさんあるとどれだけ自分を誤魔化しても、この目的には必ず終わりを迎えてしまう。
 ……全てが終わった後、僕はどうするのだろうか。
 その答えを出す事は、今の僕には出来なかった。









 ―――なお、結局文面を思いつかなかったフランちゃんへの返事は、今度暇を見つけて会いに行くと言う謝罪文で勘弁して貰う事になりました。
 その際、散々幽香さんと文姉に弄られた事を一応語っておく。
 やっぱりあの二人、絶対仲が良いって……。


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【色々教えろっ! 山田さんっ!!】


山田「ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ。皆の死刑執行人山田さんです」

死神A「有り得ない程物騒な挨拶ですね、死神Aです」

庭師「みょん」

山田「はい、彼女は今回の特別ゲスト、二刀流の半人半霊庭師さんです。よろしくしてあげてください」

死神A「なんか新キャラ出てきたーっ!?」

庭師「みょん」

死神A「あの、何かこの子さっきから「みょん」としか言わないんですが」

庭師「みょん」

山田「今回限りの登場なので、変にキャラ付けして本編登場時に悪影響を与えないよう配慮した結果です」

死神A「ある意味最悪のキャラ付けしてませんか!? っていうかその理屈で言うと、あたいら悪影響受けまくりな気が……」

山田「私は大丈夫です。本来と百八十度違うキャラですから。貴女は知りません」

死神A「そこはあたいも保証して下さいよ……って言うか、何で今回この子が来たんですか?」

庭師「みょん」

山田「ああ、彼女は介錯人ですよ。では早速今回の質問に行ってみましょう」


 Q:キャラ達の胸の大きさを最新バージョンで教えてくれ!!! もちろん、切腹する覚悟はある


山田「まったくもって良い覚悟です。どうやら命は惜しくないようですね」

庭師「みょん」

死神A「(色んな意味で本気だっ!?)」

山田「しかしここは疑問に答えるコーナー、質問主の遺言はちゃんと果たされるのでご安心を。あとケロちゃんキボンヌとか言ってたヤツも後で覚えてろよ」

死神A「山田様、山田様落ち着いて! 暴言が過ぎますから!!」

庭師「みょん」

山田「私は冷静です。冷静に殺意に溢れています。では早速逝ってみましょう」


巨 死神A
  風見幽香 紅美鈴 八坂神奈子
  八雲紫 八意永琳  
↑ パチュリー・ノーレッジ 東風谷早苗
  アリス・マーガトロイド 射命丸文
  上白沢慧音 神綺
普 十六夜咲夜 藤原妹紅 鈴仙・優曇華院・因幡
  蓬莱山輝夜 犬走 椛
  小悪魔 河城にとり
↓ メディスン・メランコリー
  大妖精 因幡てゐ
  レミリア・スカーレット チルノ ルーミア フランドール・スカーレット 洩矢諏訪子
貧 稗田阿求 山田

無 久遠晶 上海人形


山田「はい、以上天晶花内乳くらべ最新版でしたー。切腹ヨロシク」

死神A「待った待った待ちましょうよ! とりあえず何か執行猶予を……」

山田「ちなみに、ケロちゃんがブービーの位置にいるのは、対比である八坂神奈子が次点に居るためです」

庭師「みょん」

山田「基本、ここの作者は巨乳貧乳のコンビを、反比例した同じ位置に置く傾向があります。つまり、死神Aがトップ1に居る限り私はずっと貧乳トップなワケです」

庭師「みょん」

山田「そして作者は、「こまっちゃんは幻想郷最大のバストの持ち主、異論はお空と白蓮さんしか認めない」とほざく大馬鹿者です。これも後で切腹させておきます」

庭師「みょん」

山田「うふふふ、そんな死神Aとコンビ扱いされてるおかげで……おかげで……」

死神A「(あ、飛び火した?)」

山田「……死神A、ちょっとこっちに」

死神A「あ、スイマセン! あたい用事思い出しました!! それじゃあこれでっ!!!」

山田「待ちなさい! かかれ、特別ゲスト!!」

死神A「ゲストなのに犬扱い!?」

庭師「腹を切れ」

死神A「しかも「みょん」以外の台詞が超怖いっ!? 誰かたすけてぇーっ!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど





【ラクガキ】晶君とアリスの衣装を交換してみた。
(http://www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/akiariisyou.jpg)



[8576] 東方天晶花 巻の七十六点五「家庭はどこで始まるか? 若い男と若い娘が恋愛に陥ることから始まる」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/07/28 01:23


巻の七十六点五「家庭はどこで始まるか? 若い男と若い娘が恋愛に陥ることから始まる」




神奈子「遅いっ! 早苗はまだかっ!!」

???「……さっき出かけたばかりじゃないか。積もる話もあるんだろうし、しばらくほっといてやりなよ」

神奈子「そんな悠長な事を言っていたら、早苗があの男の毒牙にかかってしまうっ!」

???「あはは、無い無い。あの子がどんな子か、外の世界で私らはずっと見てきただろう? あっちは気付いて無かったけどさ」

神奈子「だから警戒しているんだ! アイツは絶対、早苗目当てで神社に通っていたに違いない!」

???「(それこそ有り得ないと思うけどなぁ……)でもあの子、早苗の話ちゃんと聞いてたじゃないか」

神奈子「早苗の話なんだから、ちゃんと聞いて当然だ!」

???「ウチに来るたびにお賽銭入れて、いっつも私らに挨拶してくれてたのも?」

神奈子「……ま、まぁ、あれは評価してやっても良い。信仰では無かったが、誠意はあった」

???「いつもお世話になってるからって、奉仕活動にも毎回参加してくれてたよね?」

神奈子「アイツの掃除は丁寧だったなぁ……はっ!? だ、騙されないぞ! それがアイツの手口なんだっ!!」

???「往生際が悪いなぁ、神奈子だって何だかんだ言ってあの子の事を気に入ってるんだろう?」

神奈子「な、何を根拠に……」

???「前に、アンタが加護を与えた武将の軍旗を見せさせてやってたじゃないか」

神奈子「あれは早苗がうるさいから、仕方無く許可してやっただけだっ!」

???「(あの後、一日中上機嫌だったくせに)」

神奈子「そ、それに、アイツの人間性はこの際関係無いのだ。早苗に手を出そうとする事自体が問題なのだからな」

???「(それ、あの子の事半ば認めてるよね。と言わないのが私の優しさ)それこそ、別にどうでも良い話じゃないか」

神奈子「なっ、お、お前は良いのか!? 早苗が嫁に行くんだぞ!?」

???「表現は正確にしなよ。あっちが婿に来るんだろう? 風祝の直系は残さないといけないワケだし」

神奈子「どっちにしろ、早苗が他の誰かの者になるなんて許容出来ないっ!」

???「(……結局そこなのか、この神馬鹿は)」

神奈子「早苗は本物の神になって、私達と末永く楽しく暮らすんだ!」

???「あのねぇ、そうなると私らを祀る人間が居なくなるじゃないか。祀る人間のいない神なんて死んだも同然だよ?」

神奈子「適当に信者の中から才能のあるヤツを選んで、宮司でもやらせたらいいだろう。とにかく……」

???「――――神奈子、ちょっとそこ座って」

神奈子「な、なんだ?」

???「ねぇ神奈子。私らが争ったあの日から気の遠くなる様な時間が経って、私の王国もアンタの王国も無くなったワケだけど」

神奈子「うむ、信仰だけは残ったがな。盛者必衰の理とは良く言ったもんだ」

???「アンタが私の血族を取り込んで、ミジャクジの信仰を自分のモノとしたその経緯は……忘れて無いよね?」

神奈子「お、おぅ……」

???「早苗はその‘洩矢’の子孫だ。――それを途絶えさせると言うのなら、私は再びミジャクジの恐怖をアンタらに教えてやらなきゃいけなくなる」

神奈子「そ、そんな今更。私とお前の仲じゃないか」

???「神奈子こそ忘れてないかい? アンタは侵略した大和の神で、私は侵略された土着神だ。あくまで盟約を違えると言うなら―――」

神奈子「うっ、ううぅ~、そんな意地悪言わないでも良いじゃないかぁ~」

???「(……これが、かつて軍神とも恐れられた風の神の姿か)まぁ、全部が本気じゃないけどさ。見知らぬ輩を新しい風祝にするのは止めてよね」

神奈子「じゃ、じゃあどうすればいいと言うのさ!」

???「早苗の子供を風祝の後継者にすれば良いだけの話じゃないか! その後なら、早苗が人を止めても特に文句は言わないよっ!!」

神奈子「結局それかっ! そんなに早苗を嫁に行かせたいのかっ!!」

???「だから婿で……まぁそこは良いか。私だってねぇ、早苗にずっと今のままで居て欲しい気持ちはあるよ?」

神奈子「なら――」

???「話は最後まで聞くっ! だけど、それと同じくらい後継者の問題も大事だと思ってるのさ。自分の代で守矢の血筋が途切れたら、早苗だって悲しむだろう?」

神奈子「うぐっ、そりゃそうだけど……」

???「早苗はいつか良人を迎える。これはもう確定事項だ、覆させはしない。だけどね……良人を‘選ばせる’事は出来るんだよ」

神奈子「……だからって、アイツと早苗がくっつくのを認めるのは」

???「まだ渋るのかい? 分からないヤツだねぇ」

神奈子「だ、だってぇ」

???「知識は豊富で才能もある、人間性も悪くないし、何より早苗が満更でも無い。……これだけの優良物件、百年待っても見つからないと思うけど?」

神奈子「言いたい事は分かるさ。分かるけど―――それでも納得いかないんだ! 幾らなんでも、早苗に結婚は早すぎるっ!!」

???「(いや、さすがに今すぐ結婚はないから)やれやれ。そういう事なら認めなくて良いさ」

神奈子「……へっ?」

???「存分に追い払ってやればいいって言ったんだよ。早苗はあくまでアンタの風祝だからね、決定権は神奈子にある」

神奈子「え、い、いいのか?」

???「そこでへこたれる様なら、神奈子の言うとおりあの子は「早苗目当ての優男」だったって事だろうからね」

神奈子「ふ、ふむ。確かにそういう事になるな」

???「だからアンタは守矢の神として、本気であの子を試してやればいいんだよ」

神奈子「なるほど――よしっ、ではお前の言うとおり、この私自らあの男を試してやろうではないか。うふふふふ……」

???「そうそう、その意気その意気」

???「(ま、さっきはあー言ったけど、実際の所あの二人の間に恋愛感情は無いだろうね)」

???「(早苗は気の合う友達って感覚が先行してるから、相手が異性だって事実は綺麗に抜け落ちてるだろうし)」

???「(あの子はあの子で、どうもまだ恋愛ってものを理解出来て無いみたいだから)」

???「(神奈子の疑惑は、勘違い以外の何物でも無いんだけど……)」

神奈子「はーっはっはっは! 覚悟してろよ久遠晶、この私が貴様の資質を見極めてやろう!!」

???「(男女の友情なんてモノは、ちょっと押してやればころっと恋愛に変わったりするもんさ)」

???「(外堀を埋めるのは失敗したけど、それならそれで作戦を「飴と鞭」に切り替えてやれば良い)」

???「(障害があればあるほど、恋愛ってヤツは燃え盛るもんだからね)」

???「(私があの二人にフォローを入れる必要があるけど……ま、たまには縁結びの神様を気取るのも悪くないか)」

神奈子「よしっ、それじゃあ早速早苗を連れ戻して」

???「それは早苗に悪いからダメ」

神奈子「……そ、そうか」

???「(利用してゴメンね神奈子。でも私、早苗の赤ちゃんを抱っこしたいんだよー)」

???「(早苗が生まれた時は病院だったから、私らは神社で待ってるしか出来なかったけど……幻想郷は産婆に任せるからね)」

???「(へへへー、私が一番に早苗の子を抱きしめてあげるんだー)」

???「あーうー、楽しみだねー。ふふふっ」

神奈子「くっくっく、まったくだな。あーっはっはっは!!」










晶「――おかしいな。暖かいのに妙な寒気が」

文「それはいけません! 私が暖めてあげましょう、主に人肌で!!」

早苗「あ、私体温高いですよ?」

幽香「(……これが私と良い勝負をした巫女と、宿敵と認めている天狗の姿だと思うと、涙が出てくるわね)」





[8576] 東方天晶花 巻の七十七「長いこと考え込んでいるものが、いつも最善のものを選ぶわけではない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/08/04 00:06


巻の七十七「長いこと考え込んでいるものが、いつも最善のものを選ぶわけではない」




「うーん、どーしたもんかなー」

 妖怪の山には、一際高い杉の木がある。
 その天辺に座り込み、僕は虚空を見上げながら頭を抱えていた。
 ちなみに、座ると言っても高い所にある枝に腰かけているワケでは無い。
 文字通り木の一番上に片足を乗せ、しゃがみ込んでいるだけである。
 ……これくらいの真似が意外と余裕で出来る様になるのだから、気を使う能力と言うのはそら恐ろしいモノだ。
 失敬、ちょっと現実から逃避していました。
 どうも僕は、物事を誤魔化すのに肉体的疲労を用いる傾向があるらしい。

「まぁ、ぜーんぜん誤魔化せて無いワケですがね」

 椛から遠見の役割を任されたと言うのに、全然集中できていない。
 どうやら思っていた以上に、僕は先日の早苗ちゃんの一言を引きずっていたようだ。
 

 ―――それに晶君、いつか外の世界に戻ってしまうんでしょう?


 ショックを受けているのは、恐らく図星を指されたからだ。
 考えない様にしていたその事実を、彼女はあっさりと指摘してくれた。
 そう、僕はいつか外へと帰らないといけないのである。それも、出来得る限り早急に。


 そうしないと僕は―――高校入学一年目にして早々、留年してしまうのだ!


 ……あ、今なんだくだらねーとか思ったでしょ。
 いや、でもこれが結構洒落にならない問題なんですよ。
 そもそも高校と言う存在は本来、義務教育の範疇から外れた教育機関だ。
 世間の風潮では「通っていて当たり前」みたいに言われているけど、自由選択である以上小・中学より大きな問題が発生する。
 無駄に言い方が小難しくなってしまったので、簡単に結論だけ言っておこう。
 要するに――高校卒業して大学まで行く気だった僕は、紫ねーさまに頼みこんで結構な進学校に通っていたんですヨ。
 頼みこんだと言っても、学費を工面して貰っただけですけどね?
 せっかく色んな意味で苦労して合格したと言うのに、一年もたたないうちに退学するのはイヤだなぁ。
 と言うか、外での僕の扱いはどうなっているんだろうか。やっぱり行方不明者として捜索願いが出されているのかな。
 このまま神隠し的な意味でめでたく幻想入り――と言うのは、正直勘弁して欲しい。
 
「とは言え、じゃあ今すぐ帰るかと聞かれるとそうはいかないワケで……」

 いや、帰る手段はすでに分かってるんだけどね? 爺ちゃん倣って、こちらの世界の博麗神社に行けば良いだけだし。
 だけど、無責任にハイサヨウナラと出来ない理由が今の僕には多く有り過ぎるのである。
 こうしてウダウダしている間に、外の世界で自分の居場所が無くなっていくと考えると怖いモノがあるけど。
 フランちゃんの事や他の色々な事を放置して、外に戻るってのはさすがに無いよねー。

「結局、半端な現状に甘んじちゃうワケですと」

 抱え込んでる問題は慌てて何とかなるモノでも無いから、出来る事をコツコツやっていくのが最善だと分かってはいるんだけど。
 やっぱりどうも落ち着かないのだ。座りが悪いと言うか何と言うか――いや、木の上に居る事は関係無くてね。
 ……ちなみに、「幻想郷側に永住する」と言う選択肢は今のところ僕には無い。
 例えそれが幻想入りの流れとして自然な事だと分かっていても、「外の世界に居場所が無くなったから幻想郷へ」と言う考えはどうしても享受出来ないのである。
 憧れの幻想郷を、逃げ場所にするワケにはいかないしね。
 
「等と、心の中でカッコつけてみたものの。結局モヤモヤするしかない僕でした、まる」

「――そんな時こそ新聞作りですよっ! 晶さん!!」

「うひゃひゃいっ!?」

 ぼーっと考え込んでいると、背後からいきなりそんな元気の良い声がかけられた。
 思わずバランスを崩し、そのまま倒れ込みそうになる僕。
 それを声の主、文姉が掴んで引っ張り起こした。
 
「大丈夫ですか? 晶さん」

「文姉……次からは場所を考えて脅かしてください」

「脅かす事自体は容認するんですね、では無くてですね。――最初から驚かすつもりはありませんよ、晶さんが気付かなかっただけでしょう?」

「うぐっ、返す言葉もありません」

「そんな状態じゃ、哨戒任務なんてまともに出来やしませんよ。ここらで一発気分転換を図るべきです」

「それで……新聞作りなの?」

「はい! 天狗の一大ムーブメント、一度は経験してみたいと思いませんか?」

 初耳です、文姉。いや、鴉天狗界隈ではそうなのかもしれませんけど、少なくとも椛は興味無かったみたいですよ?
 もちろん彼女の提案――と言うか心遣い自体はとても嬉しいし、ありがたいんですがね。
 新聞作りの経験なんて僕、小学生の頃に作った学級新聞くらいしかありませんよ?
 ちなみに題材は「学校の七不思議」で、読者の評価は「ありきたり過ぎて逆に新鮮」だった。
 ……褒められていたのかどうかは今でも分からないけれど、少なくとも新聞記者としての才能は無かったんだと思われる。

「もちろん、トーシローな晶さんに一人で作れと言うほど私も鬼ではありません」

「トーシローって幻想郷にも伝わってたんだ……」 

「ですから晶さんには、特別に助っ人を呼ぶ事を許可しましょう!」

「というか、普通新聞って複数の人間で作らない?」

「群れるのは甘えです」

 天狗は基本群れるもんでしょうに……。
 しかし、ハッキリとそう言い切る文姉の姿は何と言うか男前だった。
 こういう所、文姉は幽香さんに似ているよね。言ったら怒られるから言わないけど。

「とにかく、晶さんには知り合いがたくさん居るんですから、こういう時こそ頼りまくるべきなんですよ! さぁ、行った行った」

「あぶなっ!? ちょ、ちょっと待ってよ文姉。僕にはまだ仕事が……」

「上司権限でやらせません。後は私がやりますから、晶さんはとっとと新聞を作ってきてくださいっ!」

 不安定な場所にも関わらず、遠慮なくグイグイと押してくる文姉。
 飛べる人にとって、高低差なんてモノはあってないようなモノなのでしょうか。いや、僕も飛べるけどね?
 どっちにしろ、上司権限で暇を出された時点で諦める以外の選択肢は存在しないのである。
 いまいち調子も悪い事だし、ここは文姉の言葉に甘えるとしようか。
 
「それじゃ文姉、言われた通りちょっと行ってきます」

「はいはい。……あ、新聞は後でちゃんと提出してくださいねー」

 氷の翼を展開し、僕は目的地も決めないまま飛びだした。
 ちなみに、どれくらいの規模でどれくらいのモノを書けばいいのかを聞きそびれた事に気付いたのは、新聞を書く直前の話だった。









 さて、それにしてもどうしたものだろうか。
 ゆっくりと空を飛びながら、僕は早速途方に暮れていた。
 助っ人を呼んでも良いと言われたモノの、僕は文姉以外に新聞作りのプロを知らない。
 そもそも、新聞記事って何を書けば良いんだろうか?
 それすら分からない以上、誰にも助けを求められないような気が……。

「そんな時こそ、奇跡の巫女たる私の出番ですよ!」

「うわぁ!?」

 ふわふわ飛んでいた僕の背後から、不意を突く様に話しかけてくる奇跡の巫女。
 何だろうかこのデジャブは。ひょっとして、妖怪の山では僕を驚かすのが密かなブームになっているのでせうか?
 
「い、いきなり何さ、早苗ちゃん」

「ふっふっふ、話は聞かせて頂きましたよ、晶君。新聞を作るそうじゃないですか」

「……どこで聞いたんデスか? その話」

「奇跡の力ですっ!」

「え、そういうキャラの方向性で行くの?」
 
 と言うか、奇跡ってそういう範囲でも適用されるもんなんですか?
 早苗ちゃんなりに、自分の能力の新しい解釈を見出したのかもしれないけど……。
 さすがに守矢の風祝として、その能力の使い方はどうかと思いますヨ?
 あと、そのノリは文姉の専売特許なので正直オススメ出来ません。

「……本当は、お二人が話している時にたまたま通りがかっただけなんですけど。そう言った方が箔がつくかなーって思って」

「そういう箔の付け方は、後々悲劇しか生み出さないと思う」

 確かにその場で感心はされるかもしれないけど、所詮はハッタリ、本当に出来る様になったワケじゃ無い。
 僕も弾幕ごっこの際に、フェイントとしてハッタリっぽいのを良く使うけどさ。
 それを、自分のキャラとして使うのはちょっと……。
 幻想郷の面々とは長い付き合いになるワケだし、後の遺恨にしかならない嘘は正直止めといた方が良いですヨ?
 と言うか居るから。そういう「この人なら何をやってもアリ」みたいなキャラ。幻想郷にはアホみたいに居るから。
 しかもそちらの方々の場合だと、本当にその場に居ないで話を聞けるから尚タチが悪い。

「やっぱりそうですよね。なら、このやり方は止めておく事にします。……ハッタリの内容を考えるのも辛いですから」

「早苗ちゃんは、真顔で嘘をつけるタイプじゃないしね」

「あっ、でも私の出番だって言葉は本気ですよ? 是非とも晶君の新聞作りに協力させてください!」

「……協力か。うーん」

「な、何か問題がありますかね?」

 早苗ちゃんの提案はありがたいけど、一つ大きな問題がある。
 それは――彼女の持つ最大のコネである、守矢神社に関する記事が書けないと言う事だ。
 まぁ、アレですヨ。幾ら懇意にしている相手とは言え、いきなり宗教色満載の記事を乗っけるワケにはいかないって事ですよ。
 もし早苗ちゃん自身が書くとか言いだしたら、新聞じゃ無くて完全に布教冊子になっちゃうしさ。
 
「とりあえず、守矢関連の記事を書かないのなら協力をお願いしたいんですが」

「守矢のお話はダメですか。――あ、なら、「風祝のお手軽献立紹介」とかどうでしょうか」

「ふむ、それは悪く無いかもね」

 幻想郷の新聞は、そういう地方紙みたいな内容の方がいいかもしれない。
 実際土地だけで見ればかなり狭いし、ピンポイントな記事を書いた方が読者も読みやすいと思う。
 そうなると、質より量で攻めた方が良いかもね。

「よし! それじゃあ僕の新聞づくりを、早苗ちゃんにも手伝って貰おうか!!」 

「お任せください! ……で、最初は何をするんですか?」

「ふっふっふ、良い質問だね早苗君」

「光栄であります、晶先生!」

 さすが親友。あっさりこっちのノリについてきてくれるね。
 無意味に自慢げな感じで胸を張る僕に、見よう見まねの敬礼を寄こす早苗ちゃん。
 このツーカー的なやり取りは、今までありそうで無かったモノだなぁ。
 ――相手が本気か冗談なのかは置いといて。
 とにかく、僕はそのまま間違った似非教師口調で話を続けた。
 口元には不敵な笑みが浮かんでいたが……ぶっちゃけ、深い意味は無かったりする。

「まずは助っ人―――いや、仲間集めですよ、早苗君!」










「と言うワケで、やってきました紅魔館!!」

「わー、まっかっかですねー」

 早苗ちゃんを連れて、僕はやや久しぶりになった紅魔館へとやってきた。
 門番をやっているのは、毎度おなじみ紅美鈴……では無く、マイマスター幽香さんだ。
 
「あらあら、面白い組み合わせね」

「お久しぶりです! 花の妖怪さん!!」

「どうも、幽香さん。なんかすっかり門番姿が板についてますね」

「代わってあげる気は無かったのだけどね。……まぁ、ハンデは必要でしょう?」

 僕の言葉に、幽香さんはシニカルな笑みを浮かべて肩を竦めた。
 彼女の視線は、真っ直ぐ屋敷の中へと向けられている。
 ……そういえば、さっきから庭の当たりが何やら騒がしい。
 爆発音と、それにかき消される程度の弱々しい悲鳴が何度も聞こえてきているような。
 僕は半分以上の好奇心に動かされ、恐る恐る屋敷の中を覗き込んだ。

「アハハハハハ! 鬼さんコチラ、手のなる方へっ!!」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと優曇華院さん! 本当に妹様は狂気に侵されていないんですかっ!?」

「何度も言わせないでよ! 魔眼はとっくに使ってるわ、アレがあの子の‘素’なのっ!!」

 するとそこには、四人に分身したフランちゃんに弾幕で弄られている美鈴とレイセンさんの姿がっ!
 何と言う地獄絵図。なのにある意味呑気な様子でヤイヤイ言いあえている二人は、凄いとしか言いようがない。
 ……慣れてるんだろうなぁ。こういう事態に。
 大分切なくなった僕は、とりあえず目の前の光景を見た感想を率直に述べる事にした。

「えっと……どこらへんがハンデ?」

「あら、色々緩くなってるじゃないの」

 猟奇的表現の規制とかですか? と言う問いかけは微妙に洒落にならないので止めた。
 まぁ、幽香さんが不在だし、二対一だし、ハンデがあると言えばあるのだろう。
 どう見てもハンデになってないけど、これ以上の地獄絵図があると思えばまだマシ――うん、マシに違いない。
 
「ところで、今日は何の用なのかしら? フランに会いに来た、と言うだけでは無さそうだけど」

「まぁ、ちょっとフランちゃんに協力……みたいなものをお願いしようかな、と」

「それは面白そうね。―――私も手を貸しましょうか?」

「あ、いや。新聞作りですヨ? 一緒に新聞を作ろうかって誘いに来ただけなんです」

「あら、そうなの。どこぞのブン屋みたいな事をするのね」

 露骨に興味を失った風の幽香さんが、好きにしろと言わんばかりに門番の任に戻る。
 この様子だと、誘っても色よい返事は貰えなさそうだ。
 まぁ、幽香さん好みのネタじゃないよね。新聞の記事作りは。

「それじゃあ晶君、早速スカウトと参りましょうか!」

「……せめて、あの弾幕ごっこが終わるまでは待たない?」

 あの弾幕の嵐に突っ込む勇気は、さすがに持ち合わせておりません。
 そんな僕の言葉に、早苗ちゃんは爽やかなスマイルを返して――そのまま、大混戦の中へ駆け出して行った。

「ちょっと、早苗ちゃぁん!?」

「任せてください。守矢の風祝として、パパパッと騒ぎを片付けてみせますよ!」

「いや、そうされるとむしろトラブルが拡大しちゃうので、出来れば勘弁して欲しいんですがーっ!!」

「東風谷早苗、突貫しまーすっ!!」

「ちょっとは話を聞いてよ!?」

 元気よく進んでいく早苗ちゃんに続いて、僕も大混戦の中に向かっていった。
 彼女の実力は知らないけれど、幾らなんでもあの面子……と言うかフランちゃんの仲裁をするのは少々厳し過ぎるはずだ。
 フランちゃんを何とか出来るほど強ければ、早苗ちゃんが自分の実力不足を痛感するはずは無いのだから。
 おまけに、早苗ちゃんはあの場に居る誰とも面識が無い。
 そんな人間が乱入した日には、どんな大惨事が待っている事か――。

「あ、お兄ちゃんだーっ! わぁーいっ!!」

 等と焦っていたら、弾幕の嵐の発生主があっさりスペルカードを解除して僕に突撃をしかけてきた。
 それも、意識を刈り取る絶妙な位置の超低空タックルだ。そのあまりの的確さに、僕は防御する事も出来ずフランちゃんを受け入れてしまう。
 こ、これっ、僕か美鈴じゃなきゃ、ほぼ百パーセントの確率で酷い事になっていたぞ……。
 
「ひっ、久しぶりだね。フ、フランちゃ……ん」

「えへへー。会いに来てくれたんだね、お兄ちゃんありがとー!」

 無邪気に頭をグリグリと押し付けてくる、ここだけ見ると可愛らしい姿のフランちゃん。
 ただし、僕の肝臓は一撃必殺の頭突きを受けて軽くヤバい事になっている。
 これだけ身体に響くタックル受けて、良く笑顔を維持できたなぁ自分。いや、大分ギリギリだったけどネ?
 気合いだけで何とか踏ん張れるようになるんだから、ほんともう「気を使う程度の能力」様々ですよ。
 ……でも、こうも頻繁に身体の頑丈さを喜ぶ事態が起こるって言うのはどうなんだろう。
 深く考えると絶対へこむので考えないけど。ちょっとフクザツ。
 
「あんなに夢中で遊んでいたのに、晶さんが来たらすぐに止めちゃうなんて……少し寂しいですね」

「私は純粋にホッとしたわ。あんな桁違いな連中と遊ばされるのはもう勘弁よ」

「まぁまぁ、それも新鮮な経験じゃないですかー」

「……どちら様ですか?」

「奇跡の巫女です!」

 おっとっと。大惨事は避けられたみたいだけど、あっちはあっちで問題が起こりそうだ。
 全員と面識のある僕が行かないと、また何かややこしい事になってしまいそうである。
 僕はフランちゃんを小脇に抱えると、噛み合っている様な噛み合っていない様な会話をしている三人の所に向かった。










 こうして僕等の新聞作りは、大分前途多難な感じで始まった。
 未だどんな記事を書くかすら決まっていない、問題だらけの状況だけど。
 

 ――――まだ予定していた助っ人の半分にも声をかけていないと言う事実が、多分一番の問題点なんじゃないかなぁ。




[8576] 東方天晶花 巻の七十八「男に惚れられるような男でなければ、女には惚れられない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/08/11 00:12


巻の七十八「男に惚れられるような男でなければ、女には惚れられない」




 どうも。新聞作りのために紅魔館までやってきた男こと久遠晶です。
 早速ですが、今僕は良く分からない戦いに巻き込まれています。

「ううぅ~」

 対戦相手は、僕の姉弟子であり永遠亭の薬師の一人である姉弟子――レイセンさん。
 両腕を十字に交差して胸の前に掲げた彼女は、こちらの間合いからギリギリ外れるくらいの距離で警戒を露わにしている。
 フランちゃんのお守りを押し付けた後輩に、敵意を剥き出しにしている……と言うのとはちょっと違う。
 むしろ戸惑っていると言うか、怯えていると言うか、とにかくそんな感情の方が強い気がする。

「………ふむ」

「ん? どーしたの、お兄ちゃん」

 ひょっとして、小脇に抱えた状態が無駄に安定しちゃったフランちゃんが原因なのだろうか?
 現在進行形でトラウマを叩きこまれている彼女に怯えているなら、レイセンさんの反応にも説明が付く。

「――とりゃあっ!!」

 確認の意味を込めて、フランちゃんを姉弟子に向けて突き出してみた。
 気分はまさに、印籠を掲げる水戸の光圀公だ。
 ……体勢的には、相手を逆方向に向けた高い高い以外のナニモノでも無いんだけどね。
 あ、ちょっとフランちゃん。そんなニコニコしながら手足をジタバタさせないで、高い高いしているようにしか見えないから。
 しかしどうも、僕の考察は根本からして間違っていたらしい。
 フランちゃんを突きだされた姉弟子は、僕の行動が理解出来ないとばかりに首を傾げている。

「何やってるんですか、晶さん?」

「えーっと……愛と青春のリビドーを表現してみました」

「ロリータコンプレックスの構えって事ですか」

「……スイマセン、本当はてきとーでっち上げました」

 リビドーなんて単語、使わなきゃよかった。
 早苗ちゃんに真顔で突っ込まれて、僕は素直に自分の言葉を引っ込めた。
 確かに、今の台詞とフランちゃんを掲げた状況から導き出せる答えとしては、かなり妥当な所ですけどね?
 性犯罪者扱いされてもおかしく無い構えを、人前でとってると解釈するのは勘弁して貰えませんか。

「ねぇねぇお兄ちゃん、ろりぃたこんぷれっくすって何?」

「コンプレックスが確か劣等感でしたから……ロリータへの劣等感? と言う事では無いでしょうか」

「そうなんだー。で、ろりぃたって?」

 幸運な事に、美鈴とフランちゃんはそもそもロリコンと言う言葉自体を知らなかったようだ。
 不思議そうな顔で首を傾げる二人に視線を向けられた僕は、顔を逸らしながらフランちゃんの疑問に答えた。

「……ウラジーミル・ナボコフの書いた小説のタイトルっす」

「つまりロリータコンプレックスとは、小説への劣等感の事をさす言葉なんですね。……全く意味は分かりませんが」

「げ、芸術だからね」

「芸術とは、難解なモノなのですねぇ」

 いえ、煙に巻いただけです。小説も劣等感も関係ありません。
 早苗ちゃんが突っ込まないのを良い事に、好き勝手な事をほざく我が身の可愛い僕。
 嘘ついてごめんなさい。でも、二人には知らないままで居て欲しいんです。

「……ロリータコンプレックスって、そういう意味だったんですか」

 あ、こっちもこっちで信じてたのか。
 今まで黙っていた早苗ちゃんが、とても深刻な顔でポツリと呟く。
 多分彼女は正しい意味の方を知っていたんだろうけど、僕の虚言にあっさり脳内の辞書を書き換えたようだ。
 何と言う天然の巣窟。ツッコミが追いつかないとはまさしく今の状況をさすに違いない。
 と言うか、そもそも誰もつっこんでないじゃないか。ツッコミ担当はどこに行ったんだろう。
 僕はこの場に居る唯一のツッコミ担当――レイセンさんの様子を窺った。
 彼女はここまでの流れを一切合財無視して、クロスアームブロックを続行している。
 視線は相変わらず険しい状態でこっちに向けられたままだ。本当に、どうしたんだろうこの人。

「姉弟子、どうしたんですか?」

「近寄らないでよ、変態!」

 わぁ、手厳しいご意見だー。
 僕が一歩近づくと、姉弟子は即座に一歩下がった。あからさまに警戒されている。
 仕方が無い事とは言え、さすがに変態扱いは気持ちの良いモノでは無い。
 僕はフランちゃんを小脇に抱え直し、苦笑しながら姉弟子に弁解した。

「一応言っておきますけど、僕にペドフェリアのケはありませんよ?」

「ぺど?」

「そんな事はどうでもいいのよ! ―――この、変態女装男!!」

「………ほへ?」

「フランドールに聞くまで知らなかったわ。貴方が男だったなんてね!」

 汚物を見る様な目で、僕の事を睨みつけるレイセンさん。
 敵意と嫌悪感丸出しな彼女に、僕は恐る恐る言葉をかけてみた。

「えっと、レイセンさん。……今更、何言ってるんですか?」

 僕の言葉に唖然とする姉弟子。だけど、唖然としたいのはこっちも同じだ。
 自慢じゃないけど、ほんっとうに自慢じゃないけど、僕が女装しているのはいつもの事である。
 レイセンさんだって、その事は知ってると―――アレ、知って?
 そういえば僕、姉弟子に自分の性別を話した事あったっけ。

「今更? ふざけないでよ、今まで自分を女だと偽っていたのは貴方じゃないっ!」

「言わなかった事は謝りますけど――女と偽った覚えもありませんヨ?」

「その外見で何を言ってるのよ!」

「まぁ、そう言われると反論は出来ませんが」

 今の今まで、腋メイド服を着ている事をすっかり忘れていたのだから仕方が無い。
 慣れって怖いなぁ。……そういえば最近、自分の姿に疑問を抱く事が無かったような気がする。
 他の誰かから女装を指摘される事自体少なかったワケだし、自分の容姿を忘れてしまうのも無理無い事だよね。
 ――うんうん、しょうがないしょうがない。
 そう自分に言い聞かせながら苦笑いする僕の姿に、レイセンさんは苛立った視線を向ける。
 埒が明かないと判断したのか、姉弟子は同意を求める様に他の三人に話を振った。

「ねぇ、貴方達はどう思う?」

「可愛いからアリだと思いますよ。私としては、巫女服の方が似合うと思うんですが……」

 これは早苗ちゃん、肯定どころか推奨扱いである。勘弁して欲しい。
 もっとも、まだ恥じらいを持っている所が文姉より辛うじてマシだと言えるかもしれないけど。

「……お兄ちゃんの格好って、どこか変なの?」

 こっちはフランちゃん、そもそも疑問にすら思っていなかったらしい。
 これも五百年近い幽閉の影響か。どうやら彼女は、男女で服装に差があると言う基本的な所を知らなかったらしい。
 アレ? と言う事は僕の格好って、さりげなくフランちゃんに悪影響を与えてる?

「晶さんの女装には、紅魔館が大きく関わっているので……とりあえずノーコメントで」

「私が? 私がおかしいの?」

 最後のは美鈴、そういえば腋メイド服になった原因の三分のニは紅魔館の方々にあったんだっけ。
 自分が少数派だと知ったレイセンさんは、悔しそうに歯ぎしりをする。
 その気持ちは良く分かります姉弟子。貴方は、出来れば常識を持ったままでいてください。
 ちなみに、輝夜さんやお師匠様も女装の事実は知っているんだけど……言うとレイセンさんの中の何かが爆発しそうなので黙っておこう。

「ところで晶さん、今日は何のご用で? 天狗のお仕事が終わった――と言った感じには見えませんが」

「ああ、そうだった。実はフランちゃんの力を借りたくてね」

「何か壊すの?」

「解体業的なお手伝いでは無いです。実は、新聞作りのお手伝いをお願いしたくて」

「――新聞作りっ!?」

 小脇に抱えられたままのフランちゃんが、僕の言葉に目を輝かせた。
 懐をゴソゴソ弄ると、一枚の紙切れを取り出して僕に見せる。

「新聞って、コレの事だよね。ね」

「うん、そうだけど……どうしたの、これ?」

「前にパチュリーが持ってきたの! おべんきょーの一環だって言ってたわ」

 彼女の持っている記事は、紅魔異変に関する事が書かれた文姉の新聞の一部だった。
 恐らくは、以前レミリアさんが呟いていた「姉の威厳」を増すための意図もあったのだろう。
 微妙に端が焦げビリビリに破れたその記事の姿が、その時の‘お勉強’の結果を静かに物語っていた。
 しかし、今のフランちゃんの反応を見るにウケの方は良かったようだ。
 キラキラと期待する目で、彼女は僕の事を見上げてきた。

「これ、私も作れるの?」

「そうだよ。内容は……まぁ、まだ考え中だけど、どうせ作るなら皆で楽しくやった方がいいかなーって」

「わーいっ! ここで? ここで作るの?」

「いや、他にも何人か頼みたい人が居るから、また移動するつもりだけど……」

「それじゃあ私、お姉様に外へ出て良いか聞いてくるねっ!」

 小脇から抜け出して、フランちゃんは紅魔館に向け走っていく。
 その姿を僕は、ちょっと感慨深げに眺めていた。
 思いの外スムーズに話が進んだなぁ。もうちょっと揉めるかと思ったけど、フランちゃんも日々成長しているらしい。

「美鈴はどうする? 一緒に来る?」

「すいません、遠慮しておきます。幽香さんが居るからと言って、門番の任を放棄するワケにはいきませんからね」

「そっかぁ……出来れば僕のほかにもう一人、フランちゃんの抑えが欲しかったんだけど」

 ここは、早苗ちゃんや他の助っ人に頼るしかないかなー。
 フランちゃんの扱いに慣れた人が居ると、安心して新聞作りに望めるんだけどね。
 僕が両腕を組んで考え込んでいると、同じ様な事を考えていたのだろう美鈴が意見を求める様に視線を姉弟子に向けた。
 ちなみにレイセンさんは皆を説得するのを諦め、クロスアームブロックの姿勢を続行している。

「優曇華院さん、私の代わりに同行して貰えませんかね」

「ええっ、私がぁっ!?」

「今までの延長だと思って、どうか付き合ってあげてください。ね、晶さん」

「うん、僕からも同行の方をお願いします、姉弟子。ついでに新聞作りの方も協力してください」

「今、いけしゃあしゃあと注文を増やした事は置いとくとして……私に変態の手伝いをしろって言うの?」

「はい。その通りです」

 弁明も無しに僕が一礼をすると、防御態勢に入った姉弟子が少し怯む。
 どうやら、完全に僕の事を拒否しているワケでは無いようだ。
 多分姉弟子は、異性だと分かった僕とどう接して良いか分からなくて戸惑っているのだろう。
 ある意味自然な反応である。最近、自分が男として扱われているかどうかすら怪しかった僕としては感涙モノのリアクションだ。
 どうしたものかと視線を左右していた彼女は、僕の姿を見て抵抗の理由を想い出したのか、若干肩を強張らせて口を開いた。
 
「……見事に開き直ったわね」

「言い訳した方が姉弟子の心証が悪くなる、と判断しただけっす。それに、この外見じゃ否定しても説得力が無いでしょう?」

「そこまで認めるなら、その格好を止めなさいよ!」

「――ねぇ、レイセンさん。貴女はお師匠様に「ニンジャの格好で生活しろ」と言われて、それを拒む事が出来ますか?」

 あ、黙った。あまりにも分かりやすい例えに、さすがの姉弟子も事情を察してしまったようだ。
 実際には半分くらい自由意思で着ているんだけど、選択の余地が無い所は変わらないからこれは別に言わなくても良いだろう。

「……まぁ、変態は言い過ぎだったかもしれないわね。ゴメンなさい。貴方の事情も知らないで」

「いや、僕に悪意が無かった事さえ分かっていただければ。この格好は多分、ずっとこのままでしょうし」

「貴方も苦労しているのね。……まぁ、あの子の面倒を見るくらいなら構わないわよ」

 物凄い同情的な苦笑で、未だかつて無い優しさを姉弟子から受ける僕。
 先ほどの例えは、それほどまでにレイセンさんの共感を得れる代物であったらしい。
 ……お師匠様って自分が凄いせいか、他人にも同程度のハードルを課す事が多いからなぁ。
 レイセンさん、苦労してたんだろうね。
 ホロリと同情の涙を流しながら、僕は姉弟子に仲直りの握手を差し出した。

「えっと、よろしくお願いします」

「――ただし、貴方の女装を認めたワケじゃないから。半径5メートル以内には近づかないでよ」

 ああ、クロスアームブロックは続行するんですね。分かりました。
 やっぱり間合いに入ってこない彼女の姿を見て、僕はションボリと腕を引っ込める。レイセンさんはガードが固いなぁ。
 まぁ、フランちゃんの面倒を見て貰うだけで恩の字なので文句は特に無い。
 苦笑しながら頷いていると、館の方から満面笑顔のフランちゃんが日傘を持って勢い良く帰ってきた。
 その目は、まっすぐ僕を向いて―――マズい。
 即座に中腰に構えた僕は、気を全力で腹部に集中させ衝撃に備える。

「ただいまーっ!!」

 水風船が弾ける様な音と共に、高速飛行物体と化したフランちゃんが突撃してきた。
 しっかりと受け止めたつもりだった僕も、あまりに凄い勢いで飛来した彼女に為すすべも無く吹き飛ばされる。
 と言うか、今なんかフランちゃんが来る前に変な壁みたいなものに当たったよ?
 これ、並の人間が当たったらミンチになるんじゃないのかな。実はさりげなく下半身が吹っ飛んでるとか無いよね?
 僕は恐る恐る、自分の身体を確認する。倒れた僕の下半身には、タックルの勢いでそのまま抱きついたフランちゃんがついてきていた。
 あ、良かった大丈夫だ。僕の下半身は全然元気です。
 でも次までには、フランちゃんに「ゆっくりと抱きつく」と言うやり方を教えるとしよう。命は惜しいし。

「お姉様に許可貰ってきたよー」

「それは良かった。他に何か言われた事は?」

「えっと……「紅魔館の威光を、幻想郷中に知らしめるような記事を書け」って」

「あーうん、それは無視して良いよ」

 人の新聞をプロパガンダに利用しないで欲しい。早苗ちゃんにも釘刺ししたばかりなのに。
 そもそもこれが創刊号である僕の新聞で紅魔館を褒めても、威光には繋がらないと思うけどなぁ。
 ――ちなみに今まで会話に参加して無かった件の早苗ちゃんは、美鈴の腰付近を揉みながら親の敵のように彼女に何かを問い詰めている。
 風に乗って聞こえてくる言葉の端々からは、「ダイエット」とか「特別な食べ物」とかの分かりやすい単語が。
 そういえば、外で一緒に甘味を食べに行った時も似たような反応してたなぁ。
 思春期の女の子は色々複雑なんですね。でもこの状況下で美鈴の腰に着目するのはどうよ。

「なんというまとまりのないぼくら……」

「類は友を呼ぶって事でしょ」

 現状の感想を素直に呟いた僕に、レイセンさんの冷たいツッコミが入るのだった。
 なお、「でもその理屈、姉弟子自身にも適用されますよね?」と言う切り返しをする勇気はさすがに出てこない。
 チキンと呼んでいただいて結構です。これ以上姉弟子と揉めるつもりはありません、怖いし。

「ところで、これからどこに行くの?」

 抱きついたままのフランちゃんが、無邪気な笑顔で僕に尋ねる。
 もっとも、基本行き当たりばったりな今回の行脚に「次の予定」なんてモノは無いんだけどね。
 さて、どうしたもんかなー。
 どうせなら、フランちゃんのお勉強教室も兼ねて親分とかを誘いたい所だけど……新聞作りにチルノを誘うのは、さすがに無謀過ぎだよね。
 なら後は――あ、そういえば。

「それじゃあ、次は魔法の森に行こうか」

「まほうのもり?」

「キノコが一杯生えてる森ですよね、確か」

「……間違ってないけど大雑把な認識ね」

「そうそう、そこにアリスと――多分メディスンが居るから、新聞作りに協力して貰おうかなって」

 協力者としては妥当なメンツだろう。
 全員が初対面だと話が進まなくなる事は、今回のやり取りで重々承知したし。
 ……と言うか正直ツッコミが欲しい。姉弟子はツッコミキャラだけど、自分に無関係な事には絡んでくれないからなぁ。
 とりあえず、頼りになるアリスさんにボケ過多なこの状況を裁いてもらおう。うん、そうしよう!

「さぁ、それではいざ魔法の森へ!」

「おーっ!!」

「何かしら、晶の笑顔がてゐみたいに見えるわ」

 再びフランちゃんを小脇に抱えながら、僕は紅魔館を後にする。
 レイセンさんの冷静な一言は、とりあえず聞こえなかった事にした。










「―――へくちっ」

「アリスどうしたの? 風邪?」

「……良く分からないけど、凄いイヤな予感がしたわ。とにかく今すぐ逃げ出したい感じ」

「むぐむぐ、そりゃー大変だね。むぐむぐ」

「オカワリドデスカー」

「遠慮無くいただきますとも。メディちんも居るかい?」

「はーい」
 
「我が物顔で寛いでるんじゃないわよ、そこの兎詐欺。それにしても何かしらね、この悪寒は……」


 



[8576] 東方天晶花 巻の七十九「二人の女を和合させるより、むしろ全西欧を和合させる事の方が容易であろう」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/08/25 00:02


巻の七十九「二人の女を和合させるより、むしろ全西欧を和合させる事の方が容易であろう」




 ……今朝から、薄々嫌な予感はしていたのだ。
 お気に入りのティーカップは何故か真っ二つに割れ、下ろしたてだったテーブルクロスに紅茶がぶちまけられ。
 この前買ったばかりのヘアバンドも、まだ二回しか付けて無いのにその寿命を全うしてしまった。
 あげくの果てに、悪戯兎まで我が物顔で遊びに来る始末。
 魔法使いである私には幸せを呼びよせないあの子の笑顔は、これから起こる不吉な運命を暗に知らせている気がした。
 ―――そして、その結果がこれである。
 
「どうも、僕です!」

「フランです!」

「早苗です!」

「……え、これ私もやるの?」

 玄関を開けると、そこにはもうすっかり見慣れた腋メイドの姿があった。
 真っ直ぐ伸ばした右手を自分の額に当て、直立不動の形で挨拶をする彼の姿は中々に筆舌しがたいモノがある。
 しかもその小脇には、悪魔の妹ことフランドール・スカーレットを抱えているのだから尚の事シュールだ。
 同じ様に右手を自分の額に当てているのは、何かのジョークなのだろうか。
 そして、腋メイドの右やや後方には謎の腋巫女。緑と青のカラーリングのせいか、霊夢のパチモンみたいな感じがする。
 彼女も同様のポーズをとっており、ここまでくると何かの宗教じゃないのかと疑わしくなってくる。そんな事は無いだろうけど。
 そんな三人を、困ったように見つめているのが永遠亭の薬師見習い、鈴仙・優曇華院・イナバだ。
 こちらは別段ポーズ等はとっていないものの、「自分一人が何もしていない」と言う点に戸惑いを感じているようである。
 どう考えてもそちらが正しいのだから、無視するなり突っ込むなりすれば良いのに。相変わらず難儀な妖怪ね。

「とりあえず上がりなさい、玄関に溜まられると迷惑だわ」

 帰れ。という言葉を無理矢理呑み込んで、おかしな一団にどうにか指示を飛ばした。
 伊達に今まで、久遠晶と言う人間と付き合ってきたワケでは無いのだ。
 ここで拒否した方が面倒な展開になる事は、すでに経験則から理解しているのである。
 ……何の自慢にもならないけどね。ああ、腹立たしい。

「それじゃあ遠慮なく、お邪魔しまーす」

「しまーす」

「どうも初めまして、お邪魔しまーす」

 私の言葉に遠慮無く移動を始める三人、予想通りの展開に思わずため息が漏れる。
 どうやら、唐突に増えた巫女の性格は晶達に近しいようだ。なるほど、またトラブルの種が増えたワケか。
 私は肩を竦めながら、三人の後を追おうとする。

「……ねぇ、七色の人形遣い」

 するとそんな私の背中に、唯一動いていなかった鈴仙が声をかけてきた。
 恐ろしく緊迫した声で、彼女は救いを求める様に私に問いかける。

「何よ、別に貴女だけ入るななんて意地悪は言わないわよ? あ、どうせなら貴女の所の悪戯兎、回収していってくれない?」

「てゐってば、また貴女の家に遊びに来ているのね……ってそうじゃなくて、少し聞きたい事があるのよ」

「聞きたい事?」

「貴女……晶の性別が男だって事、知ってる?」

「――えっ? 貴女、知らなかったの?」

 思わずそう聞き返すと、露骨に鈴仙の顔が曇った。
 どうも彼女は、アイツの正しい性別を知らなかったらしい。
 ……まぁ、あの外見で男だと気付けと言うのは中々に酷な話だろう。
 私も、女装する前の晶を知らなければ勘違いしていたに違いない。
 それでも今更、と言う気はしないでもないけどね。
 この拘りようを見るに、本人は相当ショックだったようだ。
 
「一応聞くけど……良く平気ね、あんな女装男と一緒で」

「まぁ、本人がそれで性的な興奮を得ているワケじゃないからね。外見を気にしなければ全然平気よ」

 むしろ最近、馴染み過ぎてて違和感を覚えなくなってきているわね。
 深くは気にして無かったけど……改めて考えるとちょっと問題かもしれないわ、今後は少し注意しないと。

「それに、アレで結構晶は男らしい所もあるのよ?」

「……そうなの?」

「おかげでたまにドキッとさせられる事が―――ゴホンゴホン、今のは何でも無いの。忘れて」

 迂闊だった。ついうっかり言わなくても良い事を。
 羞恥と照れで紅くなった頬を隠すように、私は鈴仙から視線を逸らした。
 そんな私の肩に、ゆっくりと彼女の手が添えられる。
 てっきり懐疑的な表情を浮かべていると思っていた鈴仙の顔には、何故か同情的かつ自嘲的な笑みが張り付いていた。

「ワカる」

「へ?」

「反則よね、アレは。普段は顔面に湯煎でもかけたのかってくらい間抜けな顔してるくせに、変な所でキリッとしてさ」

「そこはまぁ同感だけど……女だと思ってたのよね?」

「そうよ。同性にときめいたと思って自己嫌悪していたら、相手が異性だと分かってさらにワケが分からなくなった次第よ」

 心中複雑そうな笑みを浮かべて、シニカルに肩を竦めて見せる鈴仙。
 彼女は彼女で、色々と苦労しているらしい。
 私は同じく同情的な笑みを浮かべて、肩に置かれている鈴仙の手をとった。

「有りがちな慰めになるけど、あまり深く考えない方が良いわよ? 一番男とか女とか気にしていないのがアイツ自身だと思うし」

「ああ、なるほどね……」

 すでに室内からは、合流したであろう他の面々らの楽しそうな談笑が漏れてきている。
 恐らく、晶も普通にその中に紛れている事だろう。
 結局お子ちゃまなのよね。男女間のあれこれを気にするよりも、皆でワーワーやってる方が楽しいって所かしら。
 だからこそ、女装姿が容認されてるのかもしれないわ。
 ……どっちにしろトンデモ無く紛らわしいけど。
 
「とりあえず入りましょう。あの面子を放っておくのは危険だし」

「入る……ねぇ。てゐとフランドールと晶が詰まってるのよね、あの中」

「止めなさいよその言い方、私の家は肉まんの皮か何か?」

「ううっ、入りたくないなぁ。身体的にも精神的にもボロボロになりそう」

「……その弱音に、貴女が普段どういう扱いを受けているかが集約されているわね」

 しかし、その問題児を詰め込んでいる家の家主としては、このまま棒立ちされるワケにはいけない。
 私は歩みの鈍い鈴仙を押しながら、自分の家へと入っていく。
 するとそこには――半ば予想通りの姿で、家主不在にも関わらず我が物顔で寛ぐ客人達が居た。

「でね。そのうどんげおねーちゃんって人が凄く面白くて」

「へぇ~、そうなんだー」

 まぁ、寺子屋の一件ですっかり仲良くなった二人は良いとしよう。
 子供にはしゃぐなと言うほど、私の心は狭く無いつもりだ。
 問題なのは、椅子に座りながらてゐの髪を弄っている青緑の巫女の存在である。
 警戒心の強いてゐが、為すがままで癖っ毛の強い髪を触らせている姿はかなり珍しい――が論点はそこじゃ無い。
 ……で、結局誰なんだろうか、この巫女は。
 さっきからフツーに混じっていたけど、私は名前以外何の説明も受けていない。
 と言うか、さっきのアレは自己紹介になるのだろうか。正直、何かのギャグとしか思えないんだけど。
 その巫女の隣でニコニコしている晶の様子から判断するに、それなりに親しい知り合いなんでしょうが。
 見知らぬ人間に堂々と居座られると言うのは、はっきり言って良い気分じゃないわね。

「かわいい~、髪もふわふわでお人形みたい」

「えへっ、もっと触っても良いんだよ☆」

「……てゐちゃん気持ちわるーい」

 私が憮然と謎の巫女を眺めていると、てゐが営業用のスマイルを浮かべて巫女にウィンクを送った。
 これはまた、随分と露骨に媚を売っているモノだ。
 怖気が来るほど空々しい態度の彼女に、思わず私は両肩を抑えて体調の不良を訴える。もちろん、てゐに伝わるはずも無いのだけど。
 
「えらく気前が良いわね。金の匂いでも嗅ぎつけたの?」

「そういうワケじゃないけど、ちょっとねー」

 鈴仙が代弁してくれた私の疑問に、てゐはこっそりと苦笑を返した。
 彼女がこの手の笑みを浮かべている場合、大概は不本意な状況に居ると思って間違いない。
 と言う事は、大人しくせざるを得ない事情があると言うワケか。
 巫女が髪を弄るのに夢中な事を確認すると、てゐは私達にだけ聞こえる程度の声量で理由を話し始めた。

「何だか良く分からないけど、どうも私の姿がこの巫女の‘ツボ’にハマったみたいでねー。さっきからずっとこんな感じなんだよ」

「それで為すがまま? らしくないわね、貴女なら何かしらの形で抵抗すると思ったけど」

「相手は守矢神社の風祝だからねー。点数稼ぎはしといた方がいいかなって。……あそこの神様、どっちもおっかないんだよ」

「――守矢神社?」

 確か、つい最近妖怪の山に出来た神社がそんな名前だった気がする。
 なるほど、彼女はあそこの関係者だったワケか。
 ……晶のヤツ、ついに妖怪の山にまで行動範囲を広げたのね。

「あれ? てゐさん、うちの神様の事知ってるんですか?」

「うげっ、聞かれてたのか」

「えっへん! 自慢じゃないですけど私、ボーっとしながら人の話を聞くの得意なんです!!」

「……早苗ちゃん、それ本当に自慢にならないから」

「えへへ、やっぱりそうですかね?」

 どこかズレた会話をしながら、お互いに笑いあう巫女と晶。
 どうでもいいけど、やたら親しげよねこの二人。
 独特の空気を出してると言うか、互いのノリを分かっていると言うか。
 天然同士、気があったのかもしれないわね。どっちも見て分かるほどポワポワした空気を垂れ流しているし。

「それでてゐさん、神奈子様達との関係なんですけど……」

「そ、そんな事より、ちょっと聞いて良いかな。何か二人ともやたら仲良いよね? 何で?」

「言われてみれば少し気になるわね。貴方達ってどういう関係なの? 紅魔館では女装の事ばっかり気になってて聞きそびれたけど」

「あ、僕と早苗ちゃんは、外の世界に居た頃からの付き合いなんですよ」

「はい! 所謂大親友と言うヤツですっ!!」

 肩を組んで、良く分からない仲良しアピールをする天然二人。
 へー、そうなんだ。外に居た頃からの友達だったワケね。
 道理で私より晶に馴染んでいるはずよ。付き合いの差があるなら仕方が無いわよね。

「……アリス、お顔怖いよ?」

「アリスお姉ちゃん、お腹痛いの?」

「あはは、何でも無いわよ。」

 何故か怯えた様子で話しかけてくるメディスンとフランドールに、正直な気持ちを伝えて笑顔を返す。
 二人はまだ怪訝そうな顔をしていたが、実際特に何でも無いのだから他に答えようが無い。私は話題を変える事にした。

「で、これだけの大所帯でウチに何の用なのかしら?」

「ああ、そうだった、すっかり忘れてた」

「なんだ。友達自慢しに来たワケじゃないんだ」

「てゐさん、どういう意図があればそんな行動をとるというのですか? そうじゃなくてですね……」

「今日は皆さんを、新聞作りのお手伝い仲間として誘いに来たんです!」

「早苗ちゃんソレ僕の台詞ダヨ!?」

 コントの様なやり取りを交えつつ、来訪の用件を語る愉快な一団。
 思ったよりはまともな用件だったけれど、参加するのであろう面子を見ると不安にならざるを得ない。
 何でメンバーの中にフランドールが居るのよ。もう完全に遊ばせる気満々じゃないの。
 まぁ、新聞なんてゴシップの塊、真面目に作ってもたかが知れてるけど。
 ……ここに晶が来た理由は間違いなく、この前寺子屋の教師をやる羽目になった時と同じモノよね。
 
「また私に、問題児共のお目付役をしろって言うのね」

「あ、あはははは、ナンノコトデスカ? 僕はただ、アリスを誘いに来ただけで……」

「そしてそのついでに、色々頼らせて貰おうと」

「わっはっはっは―――お見通しですかそうですか」

 脂汗を垂れ流す晶に、冷やかな目線を送る。
 幸か不幸か、コイツの考え方も大分理解出来る様になってしまった。

「ところでフランちゃん、新聞って何?」

「んーとね、私も難しい所は良く分かって無いんだけど……」

 しかしまぁ、メディスンもヤル気みたいだし、断る理由自体は特に無い。
 特に無いけれど……晶ってば私の事、便利屋か何かと勘違いしてないかしら。
 正直、頼ってもらえるのは少し嬉しいけど、この家が駆け込み寺みたいに思われるのは正直困る。
 今度暇のある時にでも、晶には少し釘を刺しておく事にしよう。
 ……多分、意味は無いと思うけどね。
 はぁ、これでも私、友達いない疑惑をもたれる程度には愛想の悪い都会派魔法使いなんだけどなー。

「えっと、それでアリスさん。新聞作りには協力して頂けるのでしょうか」

「……次に来る時は、手土産の一つでも持ってきなさいよ?」

「それは、つまり?」

「……手伝ってあげるって事よ」

「わぁいっ! だからアリスってば大好きーっ!!」

 我ながらお人好し過ぎる答えを返すと、感極まった晶が元気よく抱きついてきた。
 抵抗しようにも身体能力では勝ち目が無いので、為すがままになってしまう私。
 ああ、異性に抱きつかれているはずなのに全然それを感じない。何て細くて柔らかい身体なんだろうか。
 何とも言えない感覚に私が思わず苦笑していると、何故か青緑巫女の表情が険しくなった。

「……何だかあの二人、凄く仲良しさんですね」

「みたいだねー。まぁこの中じゃ、巫女さんの次くらいに付き合いが長いみたいだから当然じゃないかな」

「ふーん、そうなんですかー」

 何かしらこの感じ。拗ねている彼女を見ていると、ちょっとした優越感のようなモノが。
 ――等と思っていたら、私の身体に更なる重みが加えられた。
 そして晶の背中越しに見える、シャンデリアの様な羽根と球体関節の腕。
 どうやら何かの遊びと判断したちびっ子二人が、晶の背中に飛び乗ってきたようだ。
 あ、何だか徐々に徐々に重量がこっちの方に流れてきた。
 晶のヤツ、このまま流れに逆らわず私に体重をかけていくつもりねっ!?

「ブレイク! ブレイク! 重たいから乗っからないの!!」

 人形を呼びだして、私は晶の背中のフランドールとメディスンを引っぺがした。
 そして、手の空いている上海で晶を思いっきり殴り飛ばす。

「テイオウニトウソウハナイノダ!!」

「げふぅっ!? 僕だけ離し方に愛が無い!?」

 要らないでしょ、アンタは踏んでも蹴っても平気なんだから。
 抱きしめられたせいで微妙に歪んだ服を直しながら、私は晶に距離をとるよう手で指示する。
 ……最初から、人形で実力行使に出ていれば良かったんじゃない。
 まったく、無駄な時間を過ごしたわ。ちょっと晶の図々しさを甘やかし過ぎたかしら。

「さて、そろそろ本題に入りましょうか」

「――本題?」

「新聞作りよ、新聞作り! 何ですでに忘却の彼方なのよっ!!」

「あはは、申し訳無い」

「そういえば、私達も聞いて無いわね。結局私達、どんな記事を書いてどんな新聞にする予定なの?」

 どうやらこの中で、今回の新聞作りを把握している者はいないらしい。
 鈴仙の今更と言えば今更な問いに、晶は不敵に微笑む。――フリをして顔を引きつらせた。

「……晶、貴方全然考えて無かったの?」

「い、いやいや、そんな事無いよ? うん、そんな事無い」

「それじゃあどーすんの? てゐちゃん出来れば簡単な記事が良いなぁ」

 全員の視線を一身に受けた晶は、引きつらせた笑顔に大量の冷や汗を流す。
 間違いなくアレは何も考えていない顔だ。
 ノープランで、人員だけを掻き集めてきたと言う事だろうか。
 とてつも無く晶らしい行動の仕方だけど……巻き込まれた私達には迷惑甚だしい行動だ。
 何となく事情を察し、徐々に冷めて行く一部の視線。
 それを受けた晶は、ほとんど苦し紛れに近い様子で何とか言葉を絞り出した。

「それはアレですっ! 全員集合してから発表する予定ですっ!!」

「……全員集合?」

「そうっ! 僕の新聞を手伝ってくれる人員全員を揃えてからの方が、二度手間にならなくて良いでしょう?」

「あ、そうだったんですか。私てっきり、晶君は新聞の内容を全く決めて無いのだと思っていました」

「あっはっはっは、ソンナコトハゴザイマセンヨ?」

 あからさまに嘘くさい言葉を吐きながら、それでも乾いた笑いをあげる晶。
 その姿が余りにも憐れ過ぎて、さすがに次のツッコミを入れる事は出来なかった。
 まぁ、趣味で作ってるみたいだから、何も決まって無くても特に文句は無いんだけど。
 ―――そうか、まだ全員揃って無いのね。
 むしろ晶の漏らしたその言葉に、私は溜息を吐きだすのだった。

「ちなみに、次はどこに行く予定なんだい?」

「うん、次はいよいよ最後に廻る予定だった場所――人里に行こうと思っております」

 ……次に誰を誘う気か、何となく分かったわ。
 





[8576] 東方天晶花 巻の八十「友情は瞬間が咲かせる花であり、そして時間が実らせる果実である」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/09/01 19:20


巻の八十「友情は瞬間が咲かせる花であり、そして時間が実らせる果実である」




「それで晶さんが、先生の真似事を?」

「ああ、これが意外と好評でな。生徒達からも晶先生は次いつ来るのかと何度も聞かれて……」

 澄み切った空が山の向こう側まで広がる、心地の良い昼下がり。
 寺子屋が休みである事を利用して、私こと上白沢慧音は稗田殿と和やかな会話を交わしていた。
 さすがに二人で教室を使うと、広すぎて少し落ち着かないがな。
 普段の喧騒を忘れた様なこの静けさは、茶を嗜む場として考えれば中々に乙なモノであると思える。

「ふふっ、本当に晶さんは話題に事欠かない人ですね」

「むしろ話題が多過ぎて、こちらの肝が常に冷えっ放しだから困るよ。晶にはもう少し自重して欲しいモノだ」

「無理でしょうね。あの人は真性のトラブルメイカーですから。良い意味でも、悪い意味でも」

「……果たして良い意味があるのか。甚だ疑問だがな」

 肩を竦めつつ、快晴の青空を見つめる。
 今頃、晶はどこで何をしているのだろうか。
 無茶をしてなければ良いのだがなぁ。……期待は出来そうにあるまいて。

「―――あれ? 何でしょう?」

「ん? どうした?」

「いえその、気のせいか、空の向こうから何かが……」

 稗田殿が言い切るよりも早く、高速で飛来してきた物体が寺子屋の庭へ墜落してきた。
 凄まじい振動と共に、砂煙が庭を埋め尽くす。

「な、なんだ!?」

 私は教室の窓から身を乗り出し、何が起きたのかを把握しにかかった。
 もうもうと立ち込めていた煙は少しずつ薄れ、中心にある何かの形を明らかにしてきている。
 大きさは、大体私と同じくらいか?
 しばらくその場で静止していたその「何か」は、振動が収まるのと同時にこちらへと向かってきた。
 思わず身構える私。完全に途切れた砂煙から出てきたのは―――

「どうもこんにちは! 最早全速力で墜落したぐらいでは堪えなくなった、元気の塊晶君です!!」

 我々が先ほどまで話題のタネにしていた、件の人物だった。
 並の人間なら粉々になっていそうな衝撃にも関わらず、砂煙から出てきた晶の姿からは傷一つ見られない
 服も汚れているだけだし……本当に、今墜落してきたのは彼女だったのだろうか。

「あ、晶さん。大丈夫なんですか!?」

「これはこれは阿求さん、どうもお久しぶりです。……ところで、大丈夫って何がですかね?」

「さっきの墜落ですよ、墜落! 今、物凄いスピードで地面に落ちましたよね!?」

「あー、その事ね。全然問題無いですよ? 飛行状態の僕は体重がほぼゼロになっているので、見た目の派手さに対してダメージは低いんですヨ」

「……晶さんが落ちた地面、抉れてるんですが」

「おっと失礼、後で埋めておきます」

「いえ、そうで無くてですね……」

 稗田殿が何を不安に思っているのか、まったく分かっていない顔で笑う晶。
 ……久遠殿、貴方の孫は順調に人外への道を踏み出しているようです。
 
「とりあえずその事は置いとくとして――上白沢先生、ちょっと良いですか?」

「正直置いとかれても困るんだが……挨拶もせずいきなりお願いとは、随分と不躾じゃないか。それほど急ぐ用件か?」

 物をどける様な仕草を交えて、晶はこちらに話を振る。
 その急いた感じがどうにも気になったので、私は出来るだけ嫌味に聞こえない様その事を指摘してみた。
 しかしどうも、結果的に私の指摘は最も効果的な嫌味になってしまったらしい。
 晶は冷や汗を流しながら、慌てた様子で一礼してきた。

「す、すいません! どうもお久しぶりです、上白沢先生」

「いや、急ぎでないならそれで良いんだ。それにしても久しぶりだな、晶。息災か?」
 
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです」

「む、落ち込んだのか?」

「いえ、特には。単なるネタですのでお気になさらず」

「……謝った直後にそういう態度をとるのは、反省してない様に見えるから気をつけろよ?」

 こういう所を見ると、血の繋がりと言うモノを実感せざるを得ない。
 私は晶の‘らしい’冗談に、思わず苦笑を返していた。
 久遠殿も、良くこうして分かり辛い冗談を言って私や妹紅を困惑させたものである。
 
「まぁ良いが。それで結局、今日は何の用なんだ?」

「あ、その前に確認しておきたいんですけど、今日寺子屋はお休みなんですよね?」

「うむ、そうだが……」

「それがどうかしたんですか?」

 寺子屋での授業はほぼ毎日行っているが、週何回かはこうして休みを入れている。
 以前教師をやってもらった晶にも、その旨はきちんと説明していたが……それが彼の用件にどんな関係があると言うのだろうか。

「単刀直入に言います、寺子屋の教室を貸してください!」

「……本当に単刀直入だな。何に使うんだ?」

「新聞作りです」

「新聞作り? 何でいきなりそんな事を始めたんですか?」

「実は僕も分かっていません。強いて言うなら――成り行き?」

 自分の事なのに物凄く不思議そうな顔で、可愛らしく小首を傾げる晶。
 何と言う無意味な愛嬌だろうか。一切の説明を放棄している所がまた無駄さ加減を引き立たせている。
 しかし、何とも晶らしい理由だと思えてしまうのだから困ったモノだ。
 稗田殿も同じ考えに至った様で、くすくすと口を抑えて笑っている。

「相変わらず、晶さんの所は毎日が楽しそうですね」

「微妙に褒められている気がしませんが、どうもありがとうございます。ただし、今回は阿求さんも巻き添えですじょ?」

「えっ、私もですか?」

 自らも騒動に巻き込まれていた事を知り、稗田殿の笑顔が驚愕に変わった。
 それを好機と見た晶は、相手の考えを阻害する様に言葉を重ねていく。
 絶妙に腹黒いな、こういう所は一体誰に似たんだろうか。久遠殿では確実に無いだろうし。

「いえすっ。始めから誘うつもりでしたが、まさか最初から寺子屋にスタンバッて居てくれたとは……これが漁夫の利と言う奴っすね!」

「いや、それは微妙に違うだろう」

「まぁまぁ、細かい事は言いっこ無しですよ先生。それで、教室の方は貸してくれるんですか?」

「別段断る理由も無いので、教室の方は構わんが……」

 私は横目で、こっそりと稗田殿の様子を窺う。
 ……軽く見た程度で分かるほど、戸惑っているようだな。
 仕方あるまい。稗田殿は御阿礼の子として幻想郷縁起を手掛けている、言わば文章を書く名人だ。
 そんな彼女に新聞作りの協力を要請する、晶の気持ちは分からないでもないが……友達に対する態度かと言うと、やはり疑問に思えてしまう。
 ここは教師として、苦言を呈するべきだろうか? しかし私には、晶がそんな事を言う人間だとも思えない。
 未だ晶の真意を測りかねている私は、少し事の成り行きを見守る事にした。
 
「その、晶さん。どうして私を新聞作りに?」

「決まってるじゃないですか! 皆でワイワイ作った方が楽しいからですよっ!!」

「――へっ?」

 晶の発言は、稗田殿が一瞬抱いた想像をあっさりと否定するものだった。
 ニコニコと無邪気に笑いながら、晶はさらに言葉を続ける。

「今、手当たり次第に新聞作りの協力を知り合いに申し込んでいるんですよ。だから、阿求さんも是非と思って! あ、上白沢先生も参加します?」

「……て、手当たり次第ですか」

「知り合いなら誰でも良かった。今も反省はしていない」

「では、稗田殿の実力を見込んでと言うワケでは」

「僕の新聞作りに、今までの経歴や実力が評価されると思ったら大間違いだ! 月の頭脳だろうが氷の妖精だろうが平等にコキ使うよ!!」

「……ふっ、平等に扱いが酷いんだな」

 何と言うか、一周回って逆に凄いな。その考え方は。
 晶にとって稗田殿は尊敬する相手のはずだが、手助けを求める相手にはならないらしい。
 ある意味、大物なのかもしれないな。―――単純に何も考えていないだけなのかもしれないが。
 まぁとにかく、晶に悪意が無いのなら文句を言う必要は無い。
 稗田殿も純粋に友達として誘われただけだと知って、心底ホッとした笑顔で強張った姿勢を崩した。

「ふふっ。私病弱ですから、特別扱いしてくれたら参加しますよ?」

「椅子に座って面白い文章を書くだけの簡単な仕事なので、大丈夫です!」

「……それは、微妙にハードルが高くないか?」

「じゃあ、椅子に座ってそれっぽい文章を書くだけの簡単なお仕事です」

 今度は一気にハードルが低くなったな。と言うか無くなったな。
 新聞作りと聞いて真面目なモノを想像していただけに、やたら温い晶の対応に思わず拍子抜けしてしまう。
 いったい、彼女はどういう新聞を作ろうとしているのだろうか。
 私が首を傾げていると、晶が何かに気付いた様に背後を振り向いた。

「お、来た来た」

 晶が飛んできた方向から、複数の影がやってくる。
 それらは見る間に形を識別出来る程の大きさになり、順々に寺子屋へと降りてきた。

「にっばーん!」

「さ、三番です~。あ、晶君もフランちゃんも早過ぎますよぉ」

「はい到着。……メディスン、大丈夫?」

「あぅ~、毒が足りないよぉ~」

「妖怪よりもバケモノしてる連中と張り合おうとするからそうなるんだよ。ほらほら鈴仙、メディちん専用のお薬用意して」

「ぜぇはぁ……ぜぇはぁ……それでも最初っからコバンザメなアンタよりマシよ……」

 魔法使いに毒人形、永遠亭の兎に吸血鬼、おまけに最近やってきた山の上の巫女まで。
 多種多様と言うよりは無節操と言った方が正しいこの集まりが、どうやら晶の手伝いをする面々らしい。
 噂通り、色んな陣営にちょっかいをかけているようだな。
 その全てと仲良く出来ていると考えれば褒められそうなモノだが、現状を見ていると何故か素直に称賛する気にはなれん。
 むしろ見ていて凄く不安になる。冗談で無く、そのうちうっかり死んでしまいそうだ。

「はーい、皆さん集合ー! 皆さんを待ってる間に、僕が交渉を進めておいてあげたよっ!!」

「待ってる間って……貴方が馬鹿みたいに先行したんでしょうが。おかげでしたくも無いのに競争する羽目になったじゃない」

「あはははは――はしゃいでスイマセン。ちなみに初めての人にご紹介! こちらの二人が人里での協力者である稗田阿求さんと上白沢慧音さんです」

「ど、どうもこんにちは。稗田阿求です」

「上白沢慧音だ。よろしく頼む」

 ほとんどと顔見知りだったが、紹介された以上挨拶は必要なので軽く一礼しておく。
 もっとも顔だけしか知らない輩も結構居るから、自己紹介しておくのが悪い事だとは思わんがな。
 特に、スカーレット姉妹の妹側と山の上の巫女。
 彼女等に関するロクでもない噂は良く耳にするので、今日その真偽を確かめてみるのもいいかもしれない。
 ……人の噂が案外当てにならない事は、以前晶の時に身に沁みて学んだからな。
 ところで晶よ、五体投地しながら人の事を紹介するのは止めて貰えないか。傅かせたみたいで対処に困るんだが。
 
「えっと、私はフランドール・スカーレットです。フランって呼んでください。お二人とも、よろしくお願いします」

 私達の挨拶に、フランドールはとても丁寧な挨拶を返してくれた。
 その後、彼女は「これで良いかな?」と言った様子で晶の表情を窺う。
 うむ、やはり噂と言うのはあまり当てにならんな。
 しっかりとした普通の子ではないか。「悪魔の妹」と言うのは、少々過分な二つ名だな。
 
「てゐちゃんは皆に自己紹介済んでるから、相棒の事を紹介してあげるね! 彼女は鈴仙・優曇華院・イナバ、地上の全てを見下す自称月の高等生物だよっ!」

「勝手に人の名前で喧嘩を売るなっ! さすがにそんな事――も、もう考えていないわよ」

「ほらもう、この子ったら嫌ねぇ。プライドばっかり無駄に強くなっちゃって、いったい誰に似ちゃったのかしら」

「その小馬鹿にした様な笑いと、オカンのフリした悪口を今すぐ引っ込めなさいっ!!」

 少なくとも、あちらの妖怪兎よりは確実に真っ当な性格をしていると言える。
 後ついでに言わせてもらうが、我々は別に鈴仙殿の紹介をして貰わなくても充分彼女の事を知っているんだぞ?
 何しろ彼女、薬の販売などで良く人里に顔を出すからな。
 私の場合はさらに個人的な付き合いもあるし……。
 ああ、だからこそ因幡は好き放題言ったのか。相変わらず問題になるかならないかの見極めが上手いな、あの妖怪兎は。

「それでは次は私の番ですね! 東風谷早苗十七歳、守矢神社で風祝やってます!! どうぞよろしく!」

 二人が名乗った事で、庭はちょっとした自己紹介の場となった。
 その流れに乗って山の上の巫女も、自らの紹介を始める。のだが――

「わざわざ名乗って貰ってこんな事を言うのは恐縮だが、私も稗田殿もすでにまったく同じ挨拶を受けて居るぞ?」

「ええ、この前守矢神社の代表として、我が家にご挨拶に来てくれましたよね?」

 私も稗田殿も実は、すでに彼女とは顔見知りなのである。
 もっとも、彼女と顔を合わせたのはつい最近の事で、挨拶の際も多忙だったようで話も碌にしていなかったりはするのだが。

「はい! あの時出して頂いたお茶、とてもおいしかったです!!」

「それなら何故、二度目の挨拶を?」
 
「ノリですっ!」

 稗田殿の疑問に、まったく意味の無い答えを自慢げに返す東風谷殿。
 こちらは噂通りとても変わった人間であるらしい。いや、変わったと言うよりは、どこかズレていると言うべきか。
 ……そういえば、東風谷殿も晶同様、外の世界の住人だったと聞いている。
 ひょっとしたら外の世界は、知らぬ間に私達の想像もつかないおかしな世界になっているのかもしれない。

「――と言うか、改めて自己紹介する必要は無かったんじゃないの? 完全に初対面なのって、阿求とフランドールくらいでしょう?」

 そんな風にどんどん泥沼化していく全員の自己紹介を、マーガトロイドが呆れ顔であっさりと切り捨てた。
 確かに、フランドールと稗田殿の挨拶が終わった時点で終わっていても良かった気がする。
 等と私が考えていると、今まで沈黙を保っていた晶が不敵に微笑んでマーガトロイドの意見に反論した。

「それは違うよアリス、僕達はこれから一丸となって同じ目的のために邁進していくんだ。そのためにも、きちんとした挨拶をしておくのは基本で」

「貴方がそこまで深く考えてるワケ無いでしょ。大人しく、全員がほぼ顔見知りだった事を知らなかったと認めなさいよ」

「……ここ最近のアリスさんは、僕がツーと言う前にカーと返してくるレベルなんですけど。どう思いますかコレ」

「諦めれ」

「アキラメレー」

「ですかねー」

 ……なんだ、今のは言い訳だったのか。全然気付かなかった。
 晶は意外と弁も立つのだな。こう言う所も、寡黙で口下手だった久遠殿とは大分違うようだ。
 まぁ、あまり感心しない口の使い方ではあるがな。
 マーガトロイドの様にきちんと指摘出来る人物が居るのなら、問題はあるまい。

「まーアレだよ。意図と結果はともかく丁度良い話題転換にはなったからさ、このままちゃっちゃと教室の中に入っちゃおうよ」

「そうですね。それじゃあ皆さん、こちらの方へ」

 結局マーガトロイドの意見が覆される事は無く、因幡の締めで中途半端な自己紹介タイムは終了する事となった。
 稗田殿が誘導を始めると、全員が教室の中へ入るべく歩を進めて行く。
 そんな中、微妙に落ち込んでいた晶は、彼女の言葉に従わず何故か明後日の方角を眺めていた。
 
「どうしました晶さん? 早く行きましょうよ」

 東風谷殿が話しかけても、上の空で虚空を見つめる晶。
 何かの様子を窺う様に視線を左右させ――彼女はおもむろに無数の短剣を放り投げた。

「あ、晶さん!?」

「ちょっと晶、貴方一体何を……」

 晶の投げた短剣は、‘何か’を避ける様に中央を外し、環状に地面へと突き刺さって行く。
 それでも尚警戒を緩めない彼女は、再びその両手に何本もの短剣を生み出す。
 不可解過ぎる彼女の行動。その答えを口にしたのは――意外な事に鈴仙殿だった。 
 
「皆気を付けて! そこに誰か居るわ!!」

「え、ちょっと鈴仙、どういう事さ?」

「私の――そして多分アイツの魔眼にも――さっきから‘何か’が映ってるのよ。姿は見えないけど、確かにあそこに‘何か’が居るわっ!」

「なにっ!?」

 鈴仙殿の言葉に、全員の視線がナイフの環へと集まる。
 一気に空気が冷え込んでいく場。
 それぞれが武器を構え有事に備える中、何も無い中央の空間が揺らいでいく。
 そして―――

「ちょ、ちょっと待ったぁ! 私だよ、私っ!!」

 透明な布の様なモノをはぎ取って、緑色のツナギを来た少女が現れた。
 むぅ、誰だ? どこかで見た様な気がするが。……はて、あれはどこで見たのだったろうか。

「あ、あれぇ、にとりサン?」

「酷いじゃないかアキラ! そりゃ、隠れて近づいた私も悪いけどさ、アキラなら私が誰なのかくらい余裕で分かっただろう!?」

「あらら、誰かと思えば妖怪の山の河童さんじゃないですか。どうしたんですか、こんな所で」

「アキラが新聞を作るって言うから、助っ人に来たんだ。……恥ずかしくって姿を隠しちゃったけどね。だけど、まさかいきなり攻撃を受けるとは思わなかったよ」

「あ、あはははは……ゴメンナサイ」

 なるほど、道理で見た事があるはずだ。まさか河童だったとは。
 最近はあまり見かけなかったが、今の話から判断すると彼女も新聞作りの手助けに現れたらしい。
 本当に、晶は色々と顔が広いのだなぁ。
 未だに河童が文句の言葉を続ける中、私はそんな些細な所に感心するのだった。
 
「つーか晶、私の時も似た様な事やったよね。永遠亭からの帰り際に。その時も誰だか判別しないで攻撃しようとして無かったっけ?」

「い、いやいや、違うんですよ? ちゃんと判別しようと努力はしているんです。ただ、把握するよりも先に手が出てしまうだけで」

「……ダメじゃない。色んな意味で」

 それにしても、晶は順調に幻想郷の人間らしくなっているようだなぁ。
 久遠殿、今度彼岸の時にでも会いに行って良いだろうか? 是非とも土下座させてほしい。
  




[8576] 東方天晶花 キャラ紹介(第六十五話まで
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2010/05/08 00:54






○東方天晶花 キャラ紹介(第六十五話まで


  ※これは、東方天晶花をある程度読み進んでいる前提で書かれているキャラ紹介です。
   括弧内の話数までのネタバレを含んでいます。
   また、東方星蓮船までの設定は全て承知済みという前提でも書いています。ご注意ください。





「チーム天晶花」

 主人公を中心として、何となく出来上がった集まり。
 殺伐としている関係が多いのだが、ノリはかなりヌルい。
 実のところ具体的にチームとして行動しているわけではなく、登場キャラが増えてきているので主役勢を纏めただけある。
 わりと拠点がコロコロ変わる。メンバーもかなり気ままに動く。

 
 名前:久遠 晶(くおん あきら)

 種族:人間

 能力:相手の力を写し取る程度の能力

    ※以下、晶が覚えた能力箇条書き
    
    ○冷気を操る程度の能力
    ○風を操る程度の能力
    ○気を使う程度の能力
    ○狂気を操る程度の能力
    ○花を操る程度の能力

 備考:天晶花の主人公。首輪付きショタ腋メイド闘士という属性過多な存在。もうアイツ一人で良いんじゃないかな。
    イベントフラグも死亡フラグも気にせず立てるため、見ていてとても危なっかしい。
    様々な戦闘を経て凄まじい勢いで成長しているのだが、ツメの甘さは変わらない。
    強者専門で戦ってきたため加減を全く知らない。現在手加減を練習中。
    祖父が幻想郷に滞在した経験があり、その時の経緯から八雲紫が彼の後見人となっている。
    現在の立場は、幽香のペットで文の弟でチルノの子分で紅魔館の客人兼メイドで永琳の弟子。何が何だか。
    周りの年齢が高いためか、精神年齢の低下が著しい。
    劇物肉じゃがだけしか作れない特異な料理の腕前を保持してる。致死量は一口。
    口に含んだ瞬間意識を刈り取るアサシン仕様な肉じゃがであるため、上手いのか不味いのか本人以外には分からない。
    本人すら知らない、謎の力を秘めている。らしい。
    
 主なスペルカード:
    
    転写「マスタースパーク」
    模倣「パーフェクトフリーズ」
    未満「殺人ドール」
    幻想「ダンシング・フェアリー」
    零符「アブソリュートゼロ」
    魔槍「スピア・ザ・ゲイボルク」
    悪夢「スカーレットカンパニー」
    神剣「天之尾羽張」
    「幻想世界の静止する日」

 主な装備:

    腋メイド服……晶君の象徴になってしまった、(彼以外の)趣味と実益の混じった衣装。
           防弾、防火、防刃、防水、対魔法、対物理、汚れない、そして何故か空気洗浄機能付き。
           チートの様な能力だが、頭に「ただしメイド服本体のみ」とつくので便利と言うワケでは無いらしい。
           制作者はアリス、パチュリー、そして本編未登場の動かない古道具屋。

    魔法の鎧………アリスより渡された、魔界製のアーマー。軽くて高強度、さらに腕輪化する機能も有り。
           魔力が充電されてる状態で一度だけ、即死攻撃を無効化し防御力を向上させる能力を持っている。
           また、アリスが説明し忘れた効果として「メイド服の機能を本体にリンクさせる」と言うモノがある。
           これにより、さりげなく鎧展開中の防御力が向上している。もちろん晶は気付かない。

    ロッド…………永琳より与えられた、月の技術で作られた金属棒。何製なのかは気にしたら負け。
           基本的に何の能力も無い棒だが、様々な能力を付与する事が可能。
           これにより、多種多様な使い方が出来る。
           晶君のメインウェポン的な武装だが、本人が手段を選ばないので扱いは悪い。

 天狗面『鴉』:

    狂気の魔眼による人格変化のバリエーションの一つ。
    烏帽子と嘴を合わせた面をつけ、氷の翼と団扇を持った鴉天狗のような外見をしている。
    変化した性格は、やたら軽くとにかくウザい。
    完全オリジナルキャラを主張しているが、某晶の姉を参考にしている事は火を見るよりも明らかだ。
    高速飛翔は鴉天狗の飛行法に近いため急旋回はできないが、スペルカードも同時に使えるため使い勝手は良くなっている。
    ただし文に見せてもらったスペルカードが低威力なものばかりだったので、火力は落ち気味。
    気で肉体を強化しているため、意外と頑丈で身体能力も高め。

 四季面『花』:

    狂気の魔眼による人格変化のバリエーションの一つ。
    顔半分を隠した面をつけ、氷の傘とロングスカートを装備した花の妖怪のような外見をしている。
    変化した性格は、攻撃的でドS。
    やっぱり完全オリジナルキャラを自称しているが、どう考えても某晶のご主人さまが参考元。
    肉体強化を主眼においているため、近接戦闘の強さは上位妖怪クラスまで高まっている。
    さりげなく失われている飛行能力は身体能力で無理やりカヴァー。性格と合わせてかなり脳筋な仕様である。
    実はスペルカードが「マスタースパーク」しかない。ちなみに、起源でなく魔砲となっているのは幽香というオリジナルがいるため。

  
    
 名前:射命丸 文(しゃめいまる あや)

 種族:烏天狗

 能力:風を操る程度の能力

 備考:伝統の幻想ブン屋。晶の姉(両者公認)。
    開き直って、隠す事なく晶に肩入れするようになった鴉天狗。
    最近では、弟に萌える衣装を着せてパパラッチしまくる事を趣味にしている。
    基本は記者モードなので丁寧語、仕事モードや親しい相手には素の喋りに戻る。天晶花ではそういう設定。
    ただし、晶に丁寧語で接しているのは、年上のお姉さんとして振舞うためである。
    幽香とは不倶戴天の間柄だが、なんだかんだで相性は良い。
    晶腋メイド化の原因の一人。紅魔館の十六夜咲夜と淑女同盟を結成している。
    何の前触れもなく登場するという驚異のスキルを身につけている。
    風神録終了後。後処理に追われて動きが取れずにいる。
    
 主なスペルカード:

    「幻想風靡」
    塞符「天上天下の照國」
    突符「天狗のマクロバースト」
    竜巻「天孫降臨の道しるべ」



 演者:風見 幽香(かざみ ゆうか)

 種族:妖怪

 能力:花を操る程度の能力

 備考:四季のフラワーマスター。晶のご主人様。ドS担当。
    晶を育てるためには手段を選ばない。
    死ぬか生きるかスレスレのラインを沿うような、過酷な修行を晶に押し付ける。
    自分のドンブリ勘定っぷりさえ計算に入れたスパルタ特訓に定評がある。
    基本は放任主義。むしろ、自分が楽しむため積極的に放置する節さえあったりする。
    旧作補正がかかっているため、マスタースパークを使用可能。
    公式で非カリスマキャラと言われているのに、天晶花内では一番のカリスマ。
    早めに立ち位置が確定したためか、立場やキャラに歪みが無い。
    最近は文がはっちゃけるようになったため、常識人的なポジションにいる事が多くなった。
    が、やっぱり根っこはUSC。某魔法使いとのマスパ合戦により、紅魔館を半壊させてしまう。
    現在は紅魔館にて門番中。ただ突っ立っているだけなのに誰も近寄れない。

 主なスペルカード:

    起源「マスタースパーク」
    花符「幻想郷の開花」
    幻想「花鳥風月、嘯風弄月」



 名前:河城 にとり(かわしろ にとり)

 種族:河童

 能力:水を操る程度の能力

 備考:超妖怪弾頭。晶の友人で、天晶花ツッコミ担当。
    人見知りするタチだが、晶とは巡りあわせが良かったらしく仲良しに。
    一度友達になったらもう何やっても平気だと言わんばかりにスキンシップを仕掛ける。
    行動範囲に太陽の畑が加わったが、光学迷彩は必須である。
    「でじかめ」と「こんぱくとぷりんた」の解析に夢中。
    得意料理には必ず胡瓜が多量に含まれる。
    妖怪の山で騒動が起きてる事を知り、微力ながらと天狗達に手を貸す。
    無事、霊夢達にボコボコにされました。河童逃げられなかった。

 主なスペルカード:

    光学「オプティカルカモフラージュ」
    洪水「デリューヴィアルメア」
    水符「河童の幻想大瀑布」
 


 名前:アリス・マーガトロイド

 種族:魔法使い

 能力:魔法を扱う程度の能力

 備考:七色の人形遣い。晶の友人その二で、晶に押される担当。
    拳の代わりに弾幕を交わして友情を深めあった。
    弾幕ごっこでは、頭と技を駆使して戦う典型的な技師。
    クールで常識的な性格のため、色んな場面で置いてきぼりを食らいやすい。
    晶に見つめられると、大概の事は断れない。そのせいで最近、トンデモない目に遭う機会が増えてきた。
    手持ちの人形は半自律型で、命令すればそれなりに機転を利かせて動く。が、基本は命令通りにしか動かない。
    何だかんだでお人好しな性分が災いして、やたらと厄介事をしょい込んでいる。
    メイド服を強化したり、戦い方を教えたりと晶を色々と世話している。
    最近はバニースーツまで着せられた。このままヨゴレに移行するんじゃないのかと不安に思っている。

 主なスペルカード:

    魔符「アーティフルサクリファイス」
    咒符「上海人形」
    咒詛「蓬莱人形」


 名前:メディスン・メランコリー

 種族:人形

 能力:毒を操る程度の能力

 備考:小さなスイートポイズン。アリスの友達、コンパロコンパロ。
    鈴蘭畑に放置された人形が毒を浴びて変化した、まだまだ新米の妖怪。
    自らが拠点にしている無名の丘に咲く鈴蘭を「スーさん」と呼んで慕っている。
    以前の花の異変で力を増したのだが、その制御が出来ていない。
    誕生の経緯から人形遣いと人間を憎んでいるが、アリスと一応晶は除外されているようだ。
    性格は純粋無垢。百合は無い。
    人里は見慣れない者が多くて楽しいと思っている。

 主なスペルカード:

    毒符「神経の毒」
    毒符「憂鬱の毒」



「華蝶仮面」

 人里に現れた正体不明の二人組。
 正義を貫き、人里に害をなす妖怪を退治する。
 その正体は不明。誰が何と言おうと不明。

 水晶華蝶:

    近接戦闘を主体とした、謎の首輪付き腋メイド。
    冷気を扱い、多様な戦闘スタイルを持つ技巧派キャラ。華蝶仮面は両方技巧派だが。
    手加減という意味では、どこぞの主人公より遥かに上手。
    やたらキャラが演技がかっている。高い所が好き。

 人形華蝶:

    遠距離戦闘を主体とした、謎の人形遣い。
    どこかで見たような人形を使う、やっぱり技巧派キャラ。弾幕はブレイン。
    戦っている最中でも、自分の人生の意味を考えてしまう哲学家。
    基本、口下手で恥ずかしがり屋。そういう事にしておいてください。



「紅魔館」

 湖の畔に存在している、吸血鬼の住み家である赤い館に住む面々。
 かつて紅霧異変を起こし、博麗の巫女と戦った事もある。
 主人である「レミリア・スカーレット」を中心とした、変わり者揃いのつわもの達が住む幻想郷危険地域の一つ。
 紅魔館の修繕は完了したが、また壊れそうになっている。


 名前:フランドール・スカーレット

 種族:吸血鬼

 能力:ありとあらゆるものを破壊する程度の能力

 備考:悪魔の妹。晶君の友人その四。
    その気性から四百九十五年間幽閉されていたが、紅魔異変後少しずつ外に出るようになった。
    しかし、未だ地下から出ようとしていない所、迷いに迷った晶と出会った。
    命がけの弾幕ごっこの結果、確かな友情で結ばれる。
    性格は純真無垢で世間知らず。ただし、戦闘に関しては天才的な考察を見せる。
    実は、さりげなく魔法少女だったりする。

 主なスペルカード:

    禁忌「レーヴァテイン」
    禁忌「フォーオブアカインド」
    禁忌「カゴメカゴメ」


 名前:レミリア・スカーレット

 種族:吸血鬼

 能力:運命を操る程度の能力

 備考:永遠に幼い紅き月。紅魔館の主であり、齢五百歳になる吸血鬼である。
    威厳ある主人の態度をとり続けようとするが、いつもあっさりと失敗する。かりちゅま。
    その圧倒的なセンスの悪さには定評がある。
    晶腋メイド化に拍車をかけた最後の原因。
    ある「運命」を覗き見たため、その鍵となる晶に注目している。
    晶に抱いている印象は「面白い人間」で、基本は常識人。
    現在は宴会の真っ最中。珍しく何かを色々と企んでいるらしい。

 主なスペルカード:

    紅符「不夜城レッド」
    神槍「スピア・ザ・グングニル」
    魔符「全世界ナイトメア」



 名前:十六夜 咲夜(いざよい さくや)

 種族:人間

 能力:時間を操る程度の能力

 備考:完全で瀟洒な従者。レミリアに忠誠を捧げる紅魔館の侍従長。
    紅魔館の全ての業務を担当する、人間のスペックを遥かに超えた完璧超人。
    晶腋メイド化の原因の一人。晶の姉である射命丸文と淑女同盟を結成している。
    鼻から忠誠心を出す悪癖を持っているが、あくまで可愛いものが好きなだけである。
    そのため、レミリア同様晶の事もそれなりに可愛がっている。
    なお、笑いのツボはかなりズレている。
    
 主なスペルカード:

    奇術「ミスディレクション」
    幻符「殺人ドール」
    傷魂「ソウルスカルプチュア」



 名前:紅 美鈴(ほん めいりん)

 種族:妖怪

 能力:気を使う程度の能力

 備考:華人小娘。紅魔館の門番。
    居眠りばかりしているため軽視されがちだが、接近戦では最強クラスの能力を持つ。
    常識的な人間だが、空気は読めない。
    能力の特性上頑丈なためか、お仕置きとしてナイフを刺されることが多い。
    晶とは、何となく波長があったため仲が良い。
    紅魔館復興後、早速晶と一緒に騒動に巻き込まれてしまった。
    妹様との間柄は、比較的仲の良い方。

 主なスペルカード:

    華符「破山砲」
    虹符「彩虹の風鈴」
    三華「崩山彩極砲」



 名前:パチュリー・ノーレッジ

 種族:魔女

 能力:火+水+木+金+土+日+月を操る程度の能力

 備考:動かない大図書館。紅魔館内にある大図書館で司書を勤める。
    喘息持ちで、身体能力は高くない。
    レミリアとは親交が深く、お互い愛称で呼び合う仲。
    晶の事は特に何とも思っていないが、能力的な相性から敬遠しがち。
    紅魔館で起きてる騒動はスルー。ただし、一応様子は見ているようだ。

 主なスペルカード:

    火符「アグニシャイン」
    水符「プリンセスウンディネ」
    木符「シルフィホルン」
    土符「レイジィトリリトン」
    金符「メタルファティーグ」



 名前:小悪魔

 種族:悪魔

 能力:無し

 備考:パチュリー・ノーレッジの使い魔。大図書館で本の管理を任されている。
    主人からは蔑ろにされがちだが、それも信頼の表れだと思っている。
    最近某恋愛小説にハマった影響からか、知り合いに恋愛感情を当てはめる傾向が強い。
    今一番注目しているのは、大図書館で起きている三角関係(と小悪魔は思っている)らしい。
    
 主なスペルカード:

    無し



「人里」

 幻想郷で唯一人間達が安寧に暮らせる場所。
 明治時代の町並みに様々な建物や風習が加わり、アンバランスな光景を生み出している。
 人間に協力的な妖怪等が、自主的に自警団らしきものを結成している。


 名前:上白沢 慧音(かみしらさわ けいね)

 種族:半人半獣

 能力:歴史を食べる程度の能力

 備考:知識と歴史の半獣。晶の祖父と交友があった、人里の守護者。
    現在は、寺子屋の教師も兼ねている。
    猪突猛進で空廻りする事も多いが、基本は頼りがいのあるワーハクタクである。
    わりと教えたがり。無視されるとグズグズと泣きだす。
    お仕置きとして頭突きを得意としている。ただし、晶にはあまり聞いていなかった様子。
    晶の決意を知り、個人として彼と接する事を心に誓う。ただし態度はあまり変わっていない。
    やっぱり晶の事を女だと思っている。

 主なスペルカード:

    産霊「ファーストピラミッド」
    野符「武烈クライシス」
    未来「高天原」



 名前:藤原 妹紅(ふじわらのもこう)

 種族:人間

 能力:老いる事も死ぬ事も無い程度の能力

 備考:蓬莱の人の形。晶の祖父と交友があった、竹林の案内人。
    上白沢慧音の友人で、普段は人里から離れた場所に住んでいる。
    友人ほど積極的な形で人里に関わりはしないが、依頼されれば護衛任務程度は請け負う。
    やっぱり晶の事を女だと思っている。
    肉じゃがに殺された。生き返ったけど。
    わりと熱血なノリが好きで、華蝶仮面の事も結構嫌いでは無い。
    
 主なスペルカード:

    不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」
    滅罪「正直者の死」
    蓬莱「凱風快晴 -フジヤマヴォルケイノ-」



 名前:稗田阿求

 種族:人間

 能力:見た物を忘れない程度の能力

 備考:九代目阿礼乙女。晶の友人その三。
    人里にて、幻想郷縁起の編纂作業を行っている最中。
    毎年毎年修正事項が増えていくので、少し辟易している。
    実は衣装好き。各所から珍しい衣服を集めて着たりしている。
    華蝶仮面の正体を知る数少ない人物。
    晶の憧れの人でもある。

 主なスペルカード:

    無し



「永遠亭」

 迷いの竹林の奥にある、幻想郷一の薬師が住まう診療所。
 月より訪れた住人たちが住むため、技術や習慣は幻想郷の中でも異端に位置している。
 かつて永夜異変を起こし、巫女たちと戦った事もある。


 名前:因幡 てゐ(いなば てい)

 種族:妖怪兎

 能力:人間を幸運にする程度の能力

 備考:幸運の素兎。晶君の親友ですっ☆ 嘘ウサ。
    幻想郷でも一、二を争う策士家。ただし卑怯専門。
    なんだかんだと波長が合う晶を利用と交流を深めようとしている。
    永遠亭にいる妖怪兎達の親玉でもある。
    幼い外見に反して、かなり長生き。
    アリス宅に宿泊しても、その性分に揺らぎは無い。
    メディスンの面倒を見つつさりげなくツッコミも入れると言う、地味に忙しいポジションに居る。
    華蝶仮面に関してはノーコメント。私は何も知らないって言ってるでしょうが。

 主なスペルカード:

    兎符「開運大紋」
    兎符「因幡の素兎」



 名前:鈴仙・優曇華院・イナバ(れいせん・うどんげいん・いなば)

 種族:月の兎

 能力:狂気を操る程度の能力

 備考:狂気の月の兎。晶の姉弟子。
    生真面目でまっすぐな性格なため、晶とは相性が悪い。
    それなりに晶の事は認めるようになったが、破天荒な行動にはやっぱりついていけない。
    地味にメディスンと仲が良いのか、うどんげと呼ぶ事を許している。単に文句を言えないだけかもしれないが。
    意外と万能キャラ。ただし、やっぱり融通は利かない。
    てゐとは仲直りしたようなしてないような微妙な感じの状況、ある意味いつも通りとも言える。
    とりあえず、晶とてゐは同レベルの扱いで良いと思う様になった。
    晶のやり方には、やっぱりついていけない様子。

 主なスペルカード:

    幻爆「近眼花火(マインドスターマイン)」
    喪心「喪心創痍(ディスカーダー)」
    生薬「国士無双の薬」



 名前:八意 永琳(やごころ えいりん)

 種族:月人

 能力:あらゆる薬を作る程度の能力 天才

 備考:月の頭脳。晶のお師匠様。
    永遠亭の実質的な元締めであり、鈴仙やてゐの師匠でもある。
    久遠晶が永遠亭の面々に与える影響を期待し、(ほとんど強制的に)弟子にする。
    学者肌のため、興味深いものを解剖したくなる悪癖を持っている。
    常識人に見えて常識人でないタチの悪いタイプ。
    晶の永遠亭影響度を上げるため、色々な事を教えようとしている。

 主なスペルカード:

    天丸「壺中の天地」
    蘇活「生命遊戯 -ライフゲーム-」 
    天呪「アポロ13」



 名前:蓬莱山 輝夜(ほうらいざん かぐや)

 種族:月人

 能力:永遠と須臾を操る程度の能力

 備考:永遠と須臾の罪人。なよ竹のかぐや。
    生まれた時からずっとお姫様。ここ数百年は永遠亭に引きこもっていた。
    気まぐれで常にテンション高め、細かい事を気にしない性格。
    ただしそれは、裏を返すと全てのモノに執着しないという事でもある。
    不老不死の蓬莱人であるため、死に関しては鈍感。
    自分をお持ち帰りしようとする相手に、五つの難題を突き付ける。
    晶の事はわりとお気に入り、初心な反応が溜まらないらしい。
    
 主なスペルカード:

    神宝「ブリリアントドラゴンバレッタ」
    神宝「ブディストダイアモンド」
    神宝「サラマンダーシールド」



「チルノ団」

 チルノのチルノによる妖精たちのための自警団。
 久遠晶も団員としてカウントされている。
 活動内容は、チルノの気まぐれでその時々変わる。


 名前:チルノ

 種族:妖精

 能力:冷気を操る程度の能力

 備考:氷の小さな妖精。晶の自称親分。サイキョー。
    自分を構ってくれる晶を気に入って子分に、流されやすい晶はそれを承諾。
    こうして出来上がった上下関係だが、なぜか維持されている。
    晶は、氷漬けになればなるほどパワーアップすると思っている。あながち間違ってない。
    某博麗の巫女の影響で、正義の味方に憧れている。
    宿敵は大ガマ、ただし勝った事は一度もない。

 主なスペルカード:

    氷符「アイシクルフォール」
    凍符「パーフェクトフリーズ」
    雪符「ダイアモンドブリザード」 



 名前:大ちゃん(大妖精)

 種族:妖精

 能力:無し

 備考:正式名称不明の中ボス。チルノの親友。
    晶とは、友達が連れてきた従兄弟みたいな関係。
    相手の事は全然分からないが、チルノを慕っているようなので安心だとは思っているらしい。
    大とついているが別に強いわけではない。

 主なスペルカード:

    無し



「所属不明」

 それすらも明らかにされていない。
 

 名前:八雲 紫(やくも ゆかり)

 種族:妖怪

 能力:境界を操る程度の能力

 備考:神隠しの主犯。晶の後見人であり、祖父とも面識がある。
    まだまだ、多くは語れない。

 主なスペルカード:

    ???




[8576] 天晶花・昔語り①「晶と隙間とお茶会と」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/11/26 19:11


 ※この話は過去のわりとどうでもいい話をだらだら描いたものです。
  過度な期待を抱かれると作者のストレスがマッハ。
  なお今回の話は、巻の二十五のネタバレを多分に含んでおります。
  









天晶花・昔語り①「晶と隙間とお茶会と」



紫「ようこそ、素敵なお茶会に」

晶「……はれ?」

紫「まずはファーストフラッシュの爽やかな香りで春の訪れを感じましょう?」

晶「うぇぇぇええええっ!? なにココ!? どこココ!?」

紫「(にこにこ)」

晶「え? だって今、部屋から出て? うわっ! ドアが無い!?」

紫「(にこにこ)」

晶「というか何で紫ねーさまがここに!? そもそもお茶会って何のこと!?」

紫「(にこにこ)」

晶「……えーっと、その」

紫「(にこにこ)」

晶「………はい、イタダキマス」

紫「良く出来ました。次はもっと小粋な返しを期待させてもらうわ」

晶「次があるんですか……というか正直、何が起こっているのかさっぱり分からないんですけど」

紫「あら、不思議な事なんてあったかしら?」

晶「僕の部屋の扉が絵本に出てきそうな庭に繋がってましたが、これは不思議な事になりませんかね」

紫「扉は場所と場所とを繋げるもの。どこにも繋がってないものを扉とは言わないわ」

晶「ああなるほ……ど?」

紫「晶の部屋の扉は優しいのね。貴方に会いたい私の気持ちを汲んで、こんなサプライズを用意してくれたわ」

晶「驚いているのは僕だけでしたが」

紫「ええ、晶の驚いている姿が堪能出来たわよ?」

晶「部屋の主に対する配慮が足りない扉だ」

紫「扉だって、自分の事を分かってくれる相手に尽くすものよ」

晶「……分かりました、もうその事は良いです。それで紫ねーさまは、僕と会ってどうする気だったんですか?」

紫「(にこにこ)」

晶「トリアエズオカワリモラエマスカ」

紫「あら、私の用意した紅茶はお気に召したようね」

晶「(返答が貰えない状態で、それ以外に何を選択しろと言うんですかねーさま)」

紫「お茶会を楽しみなさい」

晶「……らじゃあ」

紫「それで晶、生活の方はどうかしら? 不自由は無い?」

晶「いきなりこの場に似つかわしくない普通の会話が始まりましたね」

紫「あら、私は貴方の後見人よ? 会う機会は少ないんだから、聞くべき事は聞いておかないと」

晶「この前修学旅行の積立金の話が来た直後に謎の振り込みがありました」

紫「ピッタリだったでしょう?」

晶「保護者面談の日程がいつの間にか決まってた上に、知らない間に終わってました」

紫「なかなか話の分かる先生だったわ」

晶「……僕の事嫌いですか?」

紫「あら、後見人の責任を果たしているだけなのに酷い言われよう」

晶「何故暗躍する必要が」

紫「妖怪は陰に生きる者だから、表の世界にあまり顔を出すわけにはいかないのよ」

晶「普通に顔を出すより悪目立ちしてませんか、ソレ」

紫「妖怪は悪戯好きでもあるの」

晶「何でもありですね、妖怪」

紫「何でもありよ、妖怪」

晶「まぁ、おかげで生活的な不自由は無いですよ。報告する事すら無いのが困りものですが」

紫「貴方自身から聞く事に意味があるのよ」

晶「そう言われると……うーん。報告する事、する事」

紫「そうね。―――なら、教えて貰えないかしら? 『幻想郷』の事、どこまで分かった?」

晶「あはははは、全然分かんないっす。闇雲に図書館で本漁っても、オカルトな知識しか集まらなくて」

紫「ふふっ、それでは不満なの?」

晶「『実録! 妖怪のすべて』なんて子供向け漫画で、妖怪の事が分かるとは思いたくないです」

紫「それが幻想を綴ったものなら、どこかに必ず‘真実’が含まれているものよ。例え人間向けに内容を湾曲された書物でも、ね」

晶「………つまり、‘真実’を知らないと何が正しくて何が間違っているのか分からないと」

紫「(にこにこ)」

晶「やっぱり闇雲に探すのはダメかぁ。なら次は……どうしよう」

紫「(にこにこ)」

晶「紫ねーさま、人の悩みを肴に紅茶を飲まないでください」

紫「妖怪は人を食べるものよ」

晶「やたら上手い事言いますね」

紫「人の不幸は蜜の味」

晶「ダージリンでロシアンティーはどうかと」

紫「それはジャムねぇ」

晶「……精進します」

紫「そうなさい。さて、他に報告する事は?」

晶「今後は、有意義な報告が出来るよう頑張ります」

紫「それは重畳。私も、無理やり絞り出したような途中経過をそう何度も聞きたくはないわ」

晶「うぐぅ……」

紫「あら、もうこんな時間。……今日はこれまでね」

晶「結局何も出来なかった気がしますが」

紫「お茶会は出来たわよ?」

晶「……左様で」

紫「ふふっ、じっくり話すのはまた次の機会に、ね。今度はもっと楽しいサプライズも用意しておくわ」

晶「いえ、次のサプライズは僕が考えときますよ。そうしないと、今度はベッドが気を利かせそうですから」

紫「あらそう? なら期待させてもらうわね」

晶「そうしてください。で、紫ねーさま。………僕はどうやって帰ればいいんでしょうか」

紫「あら、お茶会の終わりは主催者の挨拶と相場が決まっているでしょう?」

晶「なるほど、閉会と同時に送迎までやってくれるんですね。全自動って便利」

紫「ええ、招待も入場も全自動よ。凄いでしょう」

晶「お願いだからそっちは半自動にしてもらえませんか」

紫「(にこにこ)」

晶「……挨拶お願いします」

紫「では、二人っきりの素敵なお茶会。最後までお付き合いくださいありがとうございました」

晶「いえいえ、久しぶりにねーさまの顔を見れて良かったです」

紫「ふふっ。ではまた、次回の開催をどうぞご期待ください」

晶「(……このお茶会は続くんだ)」

紫「それじゃあ、また会いましょうね」

晶「はい、お疲れさ――――あれ? 紫ねーさまぁー?」

晶「……本当に全自動で戻った。どういう仕掛けになってるんだろう」

晶「それにしても、またなにも聞けなかったなぁ。……どうもあの人と話していると、本題から話がそれちゃうんだよね」

晶「まぁ、そこらへんの話はまた今度会う時に聞けばいいか。次の機会にじっくり話そうって言ってたし」

晶「……とりあえず、今は次会った時の「サプライズ」でも考えとこうかな」

晶「そうだ! お茶会のお礼に何か手料理でも振舞ってみよう!!」

晶「料理は……お袋の味、肉じゃがとかでっ!」

晶「よーしっ! 頑張るぞーっ!!」





 続く(?)



[8576] 天晶花・昔語り②「晶と隙間とお袋の味と」
Name: ラリアー◆536635cd ID:9d10842d
Date: 2009/12/17 01:51

 ※この話は過去のわりとどうでもいい話をだらだら描いたものです。
  過度な期待を抱かれると作者のストレスがマッハ。
  なお今回の話は、巻の三十一のネタバレを多分に含んでおります。
  









天晶花・昔語り②「晶と隙間とお袋の味と」



紫「ご相伴を与りに来ました」

晶「うわぁっ! ひゃ、百十番!?」

紫「酷いわ。このマンションの名義は私にあるのに」

晶「あ、すいません。けど僕、今トイレに入ってるんで……」

紫「可愛い貴方の顔が今すぐみたいの」

晶「トイレに入ってる子を愛でるのは変態のする事です!」

紫「大丈夫、トイレ関係なく貴方を愛でたいだけだから。セーフね」

晶「いや、そのりくつはおかしい」

紫「……開けて良い?」

晶「ダメです!! あと、扉の前に立たないでくださいっ!」

紫「妖怪は存在する事すら認められないと言うのね。しくしく」

晶「そういうのを世の中では、拡大解釈と言うんです!」

紫「素敵な言葉よね、拡大解釈って。判別するための境界がブレてる所が特に良いわ」

晶「まさか気にいるとは」

紫「これからは拡大解釈娘と呼んでくれてもいいのよ」

晶「同い年にも使いませんよ、娘なんて呼称」

紫「人は大人になっていくのね」

晶「悲しい事ですが」

紫「なら、今の貴方を愛でられるのも今のうちなんでしょう? 開けて良い?」

晶「貴方は変わりませんね」

紫「妖怪は変われないわ。そういう生き物だから」

晶「悲しい事ですね」

紫「悲しみは生きる上で欠かせないモノよ。人と妖怪では少し種類が違うけれどね」

晶「そんな高尚な話でしたっけ」

紫「賢者は風呂から零れる水すら学問に変えるわ」

晶「ある意味頭悪いですね」

紫「そして愚者は世界の真理すら笑いに変えるの」

晶「普通に頭悪いですね」

紫「開けて良い?」

晶「どうぞ。もう出るモノも出なくなりました」

紫「レディの前でする話ではないわね」

晶「凡人は、トイレでトイレ以外の話が出来ないようになってるんです」

紫「それは真理ね。おめでとう、貴方は今この時から賢者になったわ」

晶「ありがとうございます」

紫「賢者には後世に残るほどの至言が必要よ。何か一言どうぞ」

晶「トイレは住む所じゃない」

紫「本が一冊書けるわね。人間の複雑な内面世界を表しているのかしら」

晶「いい加減トイレから出たいだけです」

紫「解説しちゃダメよ。賢者は常に物事を難しく考えてなければいけないの、本当の答えに関わらずね」

晶「ある意味頭悪いですね」

紫「けれどある意味賢いわ。世界は主観でしか見る事が出来ないと、賢者は知っているのよ」

晶「目に入ったもの全てに名前を付けても、キリが無いと思いますがね」

紫「分かっていても止められないのよ。だって賢いから」

晶「僕、愚か者で良いです」

紫「なら今度は、何も考えない事を考えないといけないわね」

晶「愚者の真理はやけに哲学的ですね」

紫「馬鹿と天才は紙一重なのよ」

晶「どうとでも取れる台詞ですね」

紫「そうね。取り方次第で貴方に付く呼称が変わるだけの台詞よ」

晶「……そろそろトイレから出ます」

紫「おめでとう、貴方の評価は後世の誰かがやってくれるわ」



 ~少年少女移動中~



晶「ところで、紫ねーさまは何しに来たんですか?」

紫「ご相伴を与りに来たのよ」

晶「……バレバレですか」

紫「なんの事かしら」

晶「そんな分かりやすいすっとぼけ方しなくても……」

紫「はっきりとした形にしない限り、未来も物事も確定しないものよ」

晶「確定するよう誘導してるじゃないですか」

紫「それが未来を作ると言う事よ」

晶「えらく壮大ですね」

紫「ワクワクしてこないかしら」

晶「ちょっとしたサプライズから何を始める気ですか」

紫「全ての道はローマに続いているみたいよ。どこから始めてもゴールは一緒みたいね」

晶「まぁ、生きていればやがて死と言う名の目的地に辿り着きますけど。それはちょっと遠大過ぎませんか?」

紫「千里の道も一歩から、コツコツ進めていけばいいわ」

晶「それ、自殺って言いません?」

紫「人はやがて死ぬものよ」

晶「気分で人を惑わすのは止めてくれませんか」

紫「妖怪ですもの」

晶「……出来たての試作品、今から持ってきます」

紫「あら、そんなものがあったのね。びっくりだわ」

晶「どーぞ、サプライズの肉じゃがですよ」

紫「わーびっくり、お上手ね」

晶「練習しましたから! はっきり言って自信作です!!」

紫「では、頂きます」

晶「はいどうぞ」

紫「(ぱくっ)」

晶「(じー)」

紫「(もぐもぐ)」

晶「(ドキドキ)……どうです?」

紫「……………」

晶「ゆ、ゆかりねーさま?」

紫「………要練習、ね」

晶「(しょんぼり)やっぱりそうかぁ」

紫「ふふっ。完成したと思ったら、またご相伴を与りに来るわ」

晶「出来ればこちらが招いてから来て欲しいんですが……」

紫「全ての道はローマに続いているのよ」

晶「過程無視ですか」

紫「成長したわね」

晶「最初からこう返してれば良かったと反省している所です」

紫「それじゃあ、また今度顔を出すわ。ごちそうさま」

晶「はい……って、もういないや。相変わらず神出鬼没だなぁ」

晶「あ、いつの間にか机の上に臨時のお小遣いが」










幻想郷、某所


?「あ、紫様大変です! 藍様が、藍様がーっ!!」

?「……ゆ……かり………さま……式を通じて………何を……送ってきたんですか」

紫「御免なさいね。私にも保護者としてのメンツってものがあるのよ」

?「毒の……一気………飲みでも……頼まれ………ぐふっ!?」

?「らんしゃまっ!? らんしゃまぁーっ!!!?」

?「ちぇ…………私がいなく……ても………元気で……」

紫「それは無理でしょう、貴方の式なんだから」

?「わかりました藍様! 私、私強く生きていきますっ!!」

?「ふふ……それ………で……安心して……逝ける……よ」

紫「……治療はしておくから、気が済んだらお風呂沸かしておきなさい」





 続く(?)



[8576] 天晶花・昔語り③「晶と巫女とカラオケと」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2010/08/18 04:29

 ※この話は過去のわりとどうでもいい話をだらだら描いたものです。
  過度な期待を抱かれると作者のストレスがマッハ。
  なお今回の話は、巻の七十三以降のネタバレを多分に含んでおります。
  









天晶花・昔語り③「晶と巫女とカラオケと」



早苗「晶君、私達ってお友達ですよね」

晶「僕はそのつもりだけど……早苗ちゃんは違ってたの?」

早苗「いいえ、私にとっても晶君は大切なお友達です! そこを否定するつもりはありませんっ!!」

晶「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それじゃあ何でそんな事を聞くのさ」

早苗「……どうも、周囲から見ると私達の関係はそう見えないようなんですよ」

晶「ほへ?」

早苗「実は最近、良く聞かれるんです。私と晶君の関係について」

晶「聞かれるって、誰に?」

早苗「色んな人ですよ。いつも話している皆さんとか、全く知らない人に『貴女、久遠君とどんな関係なの?』って」

晶「……あー」

早苗「その度に『大事な友達です』ってお返事してるんですが、皆全然信じてくれないんですよ」

晶「ねぇ、早苗ちゃん」

早苗「何ですか?」

晶「実は―――僕も全く同じ事を言われたんだよ」

早苗「晶君もですかっ!?」

晶「そう。知り合いとか知らない人とかに会うたんびに、『お前、東風谷さんとどんな関係なんだよ』って」

早苗「う~っ、酷い話です。私達こんなに友達してると言うのに」

晶「傍から見ると、まったく違う風に見えているのかもしれないねぇ」

早苗「う~、う~っ」

晶「まぁまぁ、落ち着いて早苗ちゃん。例え他人からどう見られようと、僕等の友情に変わりは無いわけだし」

早苗「私はイヤなんですっ! 大切なお友達との関係を疑われるなんて!!」

晶「……早苗ちゃん」

早苗「と言うワケで晶君、カラオケに行きましょう!」

晶「カラオケとな」

早苗「実はずっと楽しみにしていたんですよね~、お友達と一緒にカラオケへ行くの」

晶「ん? 他の子と一緒に行った事は無かったの?」

早苗「……人前で歌うのって、凄く恥ずかしいじゃないですか」

晶「なるほど、その気持ち良く分かります。――というか、僕に聞かせるのはアリなの?」

早苗「晶君は良いんです。もう、私の秘密をいっぱい知ってるんですから」

晶「なんか、ちょっと恥ずかしくなる言い方だね」

早苗「そうでしょうか? 事実を言っただけですけど。……それで、どうします?」

晶「う、うん、そういう事なら喜んで付き合うよ」

早苗「あは、やりました! 今日は私のカラオケ記念日です!!」

晶「(………サラダ記念日?)」










早苗「やってきました、カラオケボックス!」

晶「何故か薄暗いね。照明代節約?」

早苗「まずは予め飲み物を頼んでおきましょう。歌ってる最中に来られると困りますから」

晶「はて、何だろうこの機械。リモコンにしては色々とオプション多い気が……わっ、触れたら変わった!?」

早苗「選曲も今のうちにやっておくのが基本らしいです。この日のためにちゃんと予習をしてきましたからね、遅れはとりませんよ」

晶「あ、これ曲の検索とか出来るんだ。じゃあ早速――ってアレ、何で同じ曲名が二つも三つもあるの? 本人映像ってどういう事?」

早苗「…………なんで、晶君の方が理解出来て無いんですか?」

晶「スイマセン。大人しく白状しますが―――当方「からおけ」と言うモノに挑んだ事がございません」

早苗「そうなんですか? お友達と一緒に行った事は……」

晶「あ、あはははは。お小遣いの八割が本とか移動費に使われる僕には、カラオケなんて高嶺の花なんですよ」

早苗「晶君、わりと計画性無いですよね」

晶「付き合いが悪いワケじゃないんだよ!? 出来る限り皆で遊ぶ時には参加するよう努めては居るんだからねっ!? カラオケに参加した事が無いだけで!」

早苗「じゃあ、晶君にとっても初体験なんですね!」

晶「間違っては無いのに異議を唱えたい。この気持ちはなんだろう」

店員「お待たせしましたー。アイスティーにウーロン茶です」

晶「わーい」

早苗「あ、どうもありがとうございます」

店員「失礼しましたー」

早苗「で、異議は申し立てます?」

晶「なんか今ので冷めちゃったや。素直に歌おう、どばどばっと」

早苗「晶君は紅茶にも容赦がありませんねぇ。そんなに砂糖とミルクを入れるなんて、茶葉に何か恨みでも……?」

晶「強いて言うなら、甘くない恨み? ちなみにコーヒーにはこの五倍投入します」

早苗「燃費が悪いんですかね」

晶「いえ、カロリーを求めているワケでは無いです。と言うかいい加減歌おうよ」

早苗「そうですねっ! それでは一番、東風谷早苗歌います!」

晶「わーわーぱちぱちー」



 ~♪~少女歌唱中~♪~



早苗「あは、お粗末様でしたー」

晶「いやいや、凄く上手だったよ! 自信持って良いって!!」

早苗「えへへ~、そう言われると照れちゃいますねぇ。さ、次は晶君の番ですよ」

晶「う゛ぇっ!?」

早苗「……どうしたんですか?」

晶「いやその――早苗ちゃんが歌いなよ。僕ももっと聞いておきたいし」

早苗「ダメですよ。カラオケでは交互に歌うのが暗黙の了解になっているんですから」

晶「うう、やっぱダメかぁ」

早苗「どうしたんですか? さっきまであんなにノリノリだったのに」

晶「うん。何と言うか……笑わない?」

早苗「保証は出来かねますが、真面目に聞く気はあります」

晶「ある意味誠意のある返答ありがとう。実は、ね」

早苗「はい」

晶「僕……わりと音痴な方なの」

早苗「――はい?」

晶「だから、歌が下手なんですよ! だから今までカラオケに行かなかったの!! 悪い!?」

早苗「悪くは無いんですが……それなら何で私の誘いに乗ってくれたんです?」

晶「いや、あんな信頼してます感全開の誘い方されたら、断るわけにはねぇ。それに早苗ちゃんも初めてだって言ってたから……」

早苗「そうです、私も初めてです! 初めて同士上手くいかない事なんて多々あるんですから、気にせず歌ってくださいよ」

晶「(その初めての人の歌が超絶上手過ぎて、気後れしたとはさすがに言えないよなぁ)」

早苗「八坂様は仰いました。歌は心、こぶしは魂、演歌の道は人生の花道だと」

晶「思うんだけど、早苗ちゃんトコの神様ってやけに俗っぽいよね」

早苗「そりゃーまぁ、神様だって今を生きてるワケですから。俗っぽくもなりますよ」

晶「(どうしよう、居間でゆったりしながらテレビを見る神様の映像が……さすがにコレは無いよね、そもそも実体があるワケ――)」

早苗「と言うワケで晶君、どうぞ」

晶「どうぞって言われても……結局何が言いたかったのか、良く分からないんですが」

早苗「要するに歌えば良いんですよ。私は友達を馬鹿にしませんから、一緒に歌って楽しみましょう?」

晶「早苗ちゃん―――分かった。二番手久遠晶、歌います!!」

早苗「ひゅーひゅー、待ってましたーっ!」

晶「では―――――――っ!」



 ―――音波式破壊兵器起動中―――










晶「……申し訳無い」

早苗「そ、そんな事ありませんよ。二曲目が終わる前に追い出されてしまいましたが、カラオケの雰囲気は楽しめました!!」

晶「音痴どころのレベルじゃ無かったね。アレはもう人災の一種だったね」

早苗「そんなに自分を卑下しないでくださいよ。えーっとその……マイクも拾えない高域音波を出せるって凄いじゃないですか!」

晶「死んでやるっ! 死んでジャ○アンリサイタルした過去を無かった事にしてやるっ!!」

早苗「無茶言わないでくださいよ、そんな事出来るわけ無いじゃないですか!」

晶「ハクタクさーん! お客様の中にハクタクさんはおられませんかー! この際ワーハクタクでも可!!」

早苗「お客様ってどこに居るんですかー?」

晶「ふぅ、落ち着いた。まぁ、友達と遊ぶ所は一つじゃないよね。今度は別の所に行こうか」

早苗「……復活早いですね」

晶「それだけが取り柄です。ところで、一つ問題が起きたんですが……」

早苗「あ、それ私もです。多分同じ事だと思うんですけど」

晶「やっぱり早苗ちゃんも?」

早苗「ええっ、何故かは知らないんですけど―――カラオケに行ってから、前より聞かれるようになったんですよ」

晶「うん、僕もそうなんだ。と言うか聞かれ方に殺意が籠ってきた。良く分からないけど怖い」

早苗「何ででしょうね。……カラオケだけじゃ足りないんでしょうか?」

晶「そうかもねー。よし、なら今日は一緒に映画に行ってみようか」

早苗「映画ですか! そういえばここ最近、映画館まで行って映画を見る事はありませんでしたね!」

晶「よーし、それじゃあ今回は昨日迷惑をかけたお詫びに僕が奢っちゃうよーっ!!」

早苗「わーっ、晶君素敵ですっ! よっ、色男!!」

晶「あはは、ついでにお茶も御馳走しようかな――ってアレ、なんだろう。また同じ様な寒気が?」





 続く(?)



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