ほぼ即興小説(ベタ打ち。誤字は直します)
タイトルを適当に「デスようかん」と決めて何も考えず書き出してみたらこんなんが出てきた。
「ようかんと美少女」
第一話 新世界の何か
俺の名前は矢上右(やがみレフト)。ああそうだ、いろいろと間違っている。
野球ファンである親父の野郎は「右」という漢字に「レフト」という読みを当てやがった。
そりゃ正面スタンドでホームランボールをキャッチすることを夢見るあんたにはレフトは右側だろう。そこは否定しない。だがいくら教養がないとは言え、レフトの意味が「左」だと知っていて欲しかった。
そもそも字面も悪い。「矢上」の「上」と「右」が並んでいるのだ。そのおかげで名前に意味を求めると「右上を差す矢印」みたくなって訳がわからん。おまけに読みの「レフト」がそこにカオスを与えるサタンの如き役割を果たす。
だがそんな憎い親父はもういない。
この矢上右(レフト)が消したのだ。あるモノを使って……
それは大学からの帰り道でのことだった。駅から自宅までの道を歩いていると、電柱の影に贈答品らしき物が落ちていた。のし紙には高島屋と書いてあった。
――しめた!
俺は迷わず飛びついた。大学では学食で飯を食う友人がいないため、昼食は取っていなかったのだ。図書館マイラブ。しかもその日は一限から夕方までずっと連続で授業だった。大学生であるが俺は授業が終われば当然のように誰とも話さず帰る。つまり、大学から家に帰るまでの時間がもっとも空腹の時間帯なのだ。家に帰ればすぐ何か食えるが、俺は我慢できなかった。
贈答品は小ぶりの箱だったが重く、期待させた。ジュース系ならそこそこカロリーがあり、当分のエネルギー源とすることが出来る。そう言った飲み物であることが今までの経験では最も多かった。しかし、ビールジョッキである可能性もある。可能性は高くないが、ガッカリ度は凄まじい。
俺は恐る恐る開けてみた。ようかんだった。
可もなく不可もなくといったところだ。俺は悩んだ。
――食うべきか、食わざるべきか。それが問題だ。
しかし拾い物を食うことへの抵抗だってほんの少しはある。ようかん程度を拾い食いしているところを数少ない知り合いに見られたら少しプライドに傷が付く。
やはりやめとこう。俺はそう思い、一人暮らしの自宅に帰った。
ところが自宅には食い物がなかった。そうだった昨日は最後の稗(ひえ)を食って、残っていた粟(あわ)も朝に食べてしまったのだ。
そういった生かさず殺さずの食料は全て親から送られてくるが、これでは餓死してしまう!
今晩にでも電話して仕送りは稗と粟でなく現金にしてくれるように頼もう。俺は決めた。
そうなってくると俄然記憶の中のようかんが輝きだした。
一切れ二切れならともかく、かぶりつけばようかんはかなり高カロリー食品なのだ。
ひもじい貧民状態の俺に迷いはなかった。
プライド? そんなもの最初からないさ!
――食わねば!
俺は家を飛び出して走った。来た道を戻り、必死に探した。
向かいのホーム。路地裏の窓。こんなことにあるはずもないのに!
そりゃそうである。さっきと同じ電柱の影にあったのだ。
俺は箱を抱えると、すぐには開けなかった。
その手に伝わる重みが、さっきとは違って感じられた。
「俺、気付いたよ……ようかんのことが大好きなんだ」
俺は無意識のうちにご都合主義の恋愛小説の台詞みたいな言い訳をようかんにしていた。拾わなかったのに罪悪感を感じてしまっていたのだ。
「ぎゅっとして……」
ようかんがそう言った気がした。いや、それはさすがに大袈裟だ。俺の人格が疑われてしまうと困るので、そんな妄想をした、程度の表現にしておこう。
だが俺は間違いなくぎゅっとしてやったさ。それにより、箱と手とのグリップ感が高まり、更なる高速走行を可能にした。かもしれない。
家に着くと、無駄に全力で走ったせいでやたらと疲れていた。水分補給が必要だ。
そこで冷蔵庫の「お~いお茶」あたりを飲むのは初心者の貧民だ。
水道水? それは中級だ。
上級者の俺に迷いはない。すぐさまサンダルを突っかけ外に出て、アパートの大家がたまに掃除する時くらいしか使わない外にある蛇口で水をがぶ飲みした。
「ありがてぇ! ありがてぇ!」
おっと口癖が出てしまった。
室内に戻り気を取り直して俺はようかんの箱と向き合った。
鼓動の高鳴りを感じた。
――ティッシュ、用意しなきゃ。
得体の知れない周到さが働き始める。
――窓、閉めなきゃな。
今日の俺は気が聞くな。
――さて、電気を……
おかしいぞ! ようかんってなんだっけ!
俺はてっきり冷静が故の気配りだと思ったが、完全に錯乱しているではないか。
一体俺は何をしようとしていたのか……
落ち着け、落ち着け俺!
もう一度気を取り直してようかんの箱を開けた。
中には立派な包み紙にくるまれた四角い物体。
尋常じゃないオーラを放っている。っていうかさっき見たのと何か違う。さっきは透明なビニールに包まれたようかんだったが、今は包み紙の中が見えない。
つまり、中にあるのは謎の直方体である。
その包み紙にはこう書いてあった。
――「デスようかん」
「結局ようかんかよ!」
つい突っ込んでしまったが、ようかんとは限らない。
警戒しながら包み紙を開いてみると、やっぱりようかんだった。
黒々としたその姿は密度が高そうで、何とも旨そうだった。
だが包みをよく見ると裏側に何か書いてあった。
――このようかんに名前を書かれると死ぬ。
――ようかんにコマンドを入力するといろいろ出来る。
――説明はその都度コマンドで聞けよクズ!
怪しげなアイテムである。だが私は中学生ではないので「そうか、ならばこれを使って嫌いな奴を殺してやる!」などと素直な反応をすることはない。そんな厨二病はとっくに卒業している。
私は大学生だ。もう大人だ。物語的には冷めた反応だろうが、思うのはこうだ。
「そうか、ならばこれを使ってなんとかして『美少女だけど男性経験がなくてなぜか俺とだけ仲良くなる子』を見つけてイチャイチャ出来ないものか!」
この一択である。
説明文を信じるか信じないかは問題ではない。俺は何にでもすがりつきたいのだ! こんなアホアイテムにも期待しちゃうのだ!
という訳で、本当かどうかを確かめるためにも、真っ先に一番嫌いな奴の名前を書いてみた。
――俺の親父である。
書く、といってもボールペンでかける材質ではなかった。
付属の楊枝で書くしかなかろう。
とりあえず楊枝をようかんに軽く刺してみた。すると、ぶうんといういかにも起動音っぽい音がしてようかんが一瞬光った。
「何なのこれ!」
しかもその後メッセージが浮かび上がった。黒字で。
「見にくっ!」
わざわざ電気の光を反射させながら読むとこう書いてあった。
――ようこそ。ログインしてください。
何だかこのようかんはXPっぽいインターフェースらしい。
よく見るとその下には「指紋」と書いてある正方形の欄があった。恐らくそこに親指を当てると入力できるのだろう。
もうここまで来ると指紋認証では驚かない自分がいた。むしろようかんなら番号入力より指紋認証のほうが合理的だしここに突っ込みどころはないな、と思いかけていた。
指紋を入力するとまたメッセージが現れた。
――こんにちはマスター! 初期設定をしてください。
面倒なのでその下に表示された「スキップ」をタップした。ついiPhoneみたいな使い方をしたが普通にそれで動いた。
感圧式か静電式か気になるところだが、俺にはそれよりもやるべきことがあった。
そう文字色を変えるのだ。
たぶん超高性能なコマンド式だろうから、「もじ」とようかんの表面をなぞった。
するとすぐに文字関連のメニューが出てきたので、白に設定した。これで大部使い勝手のいい、本来のようかんに近づいたはずだ。
そこで俺はようやくこのようかんの力を試すことにした。もはやこのようかんなら人一人殺すくらい出来そうな気もするが、人の命より美少女のほうが大事なので、美少女出現の試みはあらかたチェックしてからである。
俺はコマンドを入力した。たぶんカタカナで「デス」だろうと思ったが、案の定、それでよかった。
「名前」と出てきたので今度はこの俺に矢上右(レフト)という名を付けた親父の名前を入力した。
――「矢上三死朗」
「やがみさんしろう」ではない。「やがみアウトロー」である。祖父も野球が好きでイカレたネーミングセンスなのだ。
「三死」じゃチェンジだとか「アウトロー」が微妙にピッチングコースの意味合いを持ってしまっていることなど突っ込みどころが満載である。
ここまで来ると俺もさらに上を行くシュールな名前を子供に付けなければならないような気もするが、俺とまだ見ぬ美少女との大切な子供にそんな残酷な真似は出来ない。ああ、あと当分は子供作らずにイチャイチャしたい。
親父の名前を入力すると、次に「死因」と表示された。
面倒なので「なんとなく」と入力した。文豪でもないしそんな曖昧な理由で死ぬことはないだろうが、どうなるか試してみたかった。
するとすぐに携帯に電話がかかってきた。母親だった。
話によると親父は昼ごろに自殺していたのを発見されたらしい。遺書には「孫の名前が思いつかないのでなんとなく死ぬ」と書いてあったらしい。
俺はそれを聞いて戦慄した。親父の死は問題じゃない。アル中で先は長くないだろうし、実家暮らしの妹をたまに殴るので常々殺したいと思っていた。最初から躊躇もなかった。
問題はすぐに電話がかかってきたことだ。
――このようかんは近い過去なら変えられる!
この出来事はそんな事実を示しているのだ。
――このようかんなら……
俺は期待せざるを得ない。美少女を……
そうだこの話はコメディーなのだ。しかもラブコメになったらいいなと思う話なのだ。
だが、書き直しはせず、即興的に書くのを目的としているので、親父の死はなかったことにも出来ない。ここまで書き進んでしまったらどうしようもない。
だから読者は忘れて欲しい。親父のことを。
そう、この話は美少女の話になるはずなんだ! ……続く。
読み返してみたら最初に親父を殺すことを俺は言っていたではないか。忘れていた。そうかこれは既定のシナリオだったのか。しかし即興作品なので「忘れて欲しい」などと口走ったことも取り消しは出来ない。なんということだ、ここに来て作品が破綻し始めた!
くそ、眠くて錯乱しているぞ俺は!
次こそは、次こそは美少女との話を紡いで見せるぞ! ……続く!