中国海軍の艦艇10隻が沖縄本島と宮古島の間の公海を南下し、中国のヘリが2回も監視中の海上自衛隊の護衛艦に接近する事態が発生したのは4月のことだ。このとき、日本は中国の脅威をまざまざと見せ付けられた。軍備の近代化や増強を続ける隣国とどう向き合っていくかを考える企画「海をゆく巨龍 転換期の安保2010」(7~8月)の取材で感じたのは、防衛交流などを通じて協力関係構築を模索する余地があるという点だ。政府は安全保障上の危機管理を徹底したうえで、海上事故を防止する連絡体制作りや艦艇の相互訪問など関係構築に努めてもらいたい。
6月、自衛隊も参加した医療支援活動の取材のためカンボジアを訪れた。首都プノンペンの市街を歩くと、中国語で書かれた商店の看板があふれていた。中国が影響力を増す実態を目の当たりにした。
医療支援活動が行われたのは、プノンペンの南西約200キロの港町シアヌークビル。自衛隊医官らは冷房のない病院で噴き出す汗をぬぐいながら、内科、歯科などに分かれて診療。「日本から来たお医者さんは丁寧に診てくれる」と地元住民の評判は上々だった。
これは単なる慈善活動ではない。アジア太平洋地域で米軍主導で展開する「パシフィック・パートナーシップ」に日本が参加したものだ。政府関係者は「米国のしたたかな東南アジア戦略。『中国』を見据えている」と解説した。対中摩擦を避けるため、「医療支援」という名のソフトパワーでアプローチすることで東南アジアに“くさび”を打ち込みたい思惑がある、というのだ。
高い国防費の伸びを背景に軍事力の近代化を図り、活動を活発化させる中国。装備内容や部隊配置を公表しない不透明さもあり、日本政府は警戒感を強め、自衛隊は情報収集や警戒監視を続ける。
そんな中で4月の自衛艦への「接近」が起きた。北沢俊美防衛相は「今までになかった事態」と厳しい表情を見せ、海自トップの赤星慶治・海上幕僚長(当時)も「(中国ヘリ接近は)船のアンテナの一番上ぐらいの高さなので、ひっかけるかもしれない。船の安全航行に影響を及ぼす」と不快感を示した。
中国は今や日本にとって最大の貿易相手国だ。日本経済がリーマン・ショック後の不況から予想以上に早く回復できたのも、中国経済の成長に支えられた面が大きい。経済や人の交流が活発化する中、軍事面で不測の事態が生じれば、取り返しがつかない。では、どう向き合っていけばよいのか。
中国ヘリ接近の直後、ある防衛省幹部が「中国海軍は急速に近代化したため、外国との軍事上のやりとりが十分できていない。挑発行為を自制するような危機管理メカニズムが必要だ」と指摘した。
その具体化として、日中両政府は7月、防衛省で事務レベル協議を開催した。連絡体制の構築が不測の事故防止につながるとの認識で一致、緊急時に使用する船舶無線の周波数の調整や、ホットライン設置などに向け、年内に北京で協議を続けることを申し合わせた。合意への道筋は平たんではないだろうが、不測の事態が起きてからでは遅い。連絡体制作りを急いでもらいたい。
「遠く離れた海」にも、日中の新たな協力関係構築につながるヒントが隠されていた。「ソマリア沖で日中の海賊対策指揮官が初めて洋上会談したらしい」。6月に聞いた情報だ。中国艦隊が沖縄近海を通過して日本側を緊張させた直後だっただけに、にわかに信じがたい思いだったが、会談した南孝宜(たかのぶ)1等海佐に帰国後取材すると、4~5月に相互に艦艇を訪問し、護衛活動や海賊に関して情報交換したことを明かした。
海賊対策は「海の安全確保」という点で各国の利害が一致するため、日中が協力・交流できる絶好の機会だ。ある海自幹部は「会談は2回とも中国側の要請」と明かしつつ、「権益を争う近海は難しくても、遠い海では手を結べる」と語った。中国の外洋への拡大が防ぎようのない中、むしろ中国をこうした機会に取り込み、世界の海軍共通の国際常識を共有すれば、不測の事態を回避できる。
10月には幹部候補生を含む約730人が乗り組んだ海自の練習艦隊が初めて中国山東省青島に寄港し、中国海軍と交流する予定だ。こうした防衛協力・交流を積極的に進めてほしい。信頼関係を増進させることは両国の安全保障だけでなく、地域全体の平和と安定につながるはずだ。
毎日新聞 2010年9月1日 0時03分