ニセ科学とか(その4)
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作成日時 : 2010/08/31 22:24
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ホメオパシーについては、オレもそう深掘りしたいとも思わないけれど、欧米では古くからある伝統医療だから、やっぱり漢方医学に匹敵する複雑で深淵っぽい説明原理の体系はあるのだろう。
こういう説明原理は、何か特別なものを求めている人の心にはフィットする。
実際、日本でホメオパシーにはまる人って、ある程度お金持ち(レメディ高いからね)で、教養レベルも決して低くない人が多いんでないかと思う。ロハスとかそんなかんじだしな。
ホメオパシーはなぜ女性に人気なのか
https://aspara.asahi.com/blog/katarikizuki/entry/qZu7bJBDkd
を読むと、ホメオパシーとかシュタイナー医療みたいな代替医療が好きな人には女性が多いらしい。それに、漢方医療を好むのもほとんどが女性みたい。
これに対して、男性は自分で購入するサプリメント類が好きみたい。
女性は、相談をともなう、人とのつながりがある療法が好きなんだろうね。
一方、男性ってのは、道に迷っても地図見てなんとかしようとか、人に聴くのに心理的抵抗がある人が多いというか、指図されるのが嫌って傾向があって、だから自分一人で調べて納得して使えるサプリメントが好きになりがちなんだろう。
このへんの男女の心理傾向の違いが、代替療法に対する受容か否定かの、態度の違いに関連しているのかも。
ところで、病院での標準療法ではなく、助産院での出産や、助産師の介助のもと自宅出産したいと望む人はそれなりにいて、これがまた、酷い事になってしまうという話もちらほら耳にする。そういう話を聞くと、心が痛むよね。
ただ、標準療法を選ばないということだけをとって、愚かだとか、いい加減で無責任な人とかいう決めつけはできないと思うのね。
むしろ、今回のできごとみたいなのは、助産婦側も彼女の思う最善のサービスを提供しようと信じた結果こうなったんだろうし、お母さんもたぶん、お子さんが亡くなるまでは、良い体験をしていると感じていたんじゃないかな。
標準のプログラムを選ばず、違う事をためそうとする人は、やっぱ何か特別な体験を望んでいるのだろう。
標準医療には、出口をぱっちんってはさみで切っちゃうとか(切らないと裂けてかえって酷い事になりがちだから)なんかイヤンな感じのこともある。
それに、産婦人科医も数が少ないので、必要最小限のことはやるにしても、いろいろ不満を感じることがあるはず。
病院ってのは、基本的にそうで、これやって、はい次これやってみたいな、こちらの人間性が若干無視されるような局面が生じやすい。
標準医療は全ての人に平等に必要最低限の医療を施すものだから、どうしたってマンパワーが不足して、必然的にそうなりがちなんだよね。
ただ、極めて確率の低い問題が起きても、簡単には死に直結させないようなケアは行われる。
一方、標準的でないプログラムには、不安を感じた時すぐそばで受け止めてくれたり、出産の全てのプロセスを味わい深く体験させてくれたりというような配慮は行われるのだろう。
その一方で、低い確率でしか起きないけれど、深刻な事態への対処能力は低い。
人の心は弱いものなので、こういう特別さを求めがちであり、それは懐疑論者だってそうなんだよね。
たとえば、いちはやくiPadを手に入れて見せびらかしたい気持ちと、水中出産とか特別な秘技のもとに我が子を産みたい気持ちは、本質的には同じものだ。汝ら、罪無き者から石を投げよ。
特別な体験には、特有のベネフィットがあるのだから、それを安易に否定することはできないんじゃないかな。
ただ、それにはリスクがともなうことがある。だから、もし知り合いが何か特別なことを試みようとしていたとして、それによって被るかもしれない、既知のリスクを知っているかどうかは聴いてみることはできる。オレならそうする。
でも、そこから先に踏み出すのは、ちょっと余計なお世話なのかも知れないなあとも思うんだよね。
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