雛人形
京ことばピックアップ
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よろしゅう
よろしく
おことおぉさんどす
事が多いです
(忙しいですね)
あらはんのやと
おありなのだと
よばれます
いただきます
子供の時分、朝、学校へ行くのに、開店前のまっくらな店内をぬけて、 がらがらぁっとシャッターを上げたら、お雛さんの優しい横顔が、さっ と春のお日さんに照らされてました。あたりは日増しにぬくなってきて、色とりどりの衣装を着たお雛さんが店内を彩るさまは、こころ軽う なる景色でした。
京人形には五月人形や、御所人形や、市松人形や、いろんな種類がありま すけど、なんというても雛人形は、いちばんはんなりした趣がありますなぁ。お客さんのいやはらへんおたなは、人形たちの放つ気が静かに満ちてて、子供心にちょっと怖うて、能面の前やらそそくさと通り過ぎたもんです。せやけど、お雛さんを眺めてんのは大好きでした。
そのお顔はどこまでも柔らかで、幸せそうで、西陣で織られた正絹の十二単はなんとも艶やかに見えました。上品な漆にていねいに蒔絵がほどこされた、ちいさい雛道具を見てますと、平安のむかしの宮中のおままごとが京人形の始まりやてゆう説が、いかにももっともに思えてきます。
京都では、雛人形は向かって右に男雛を飾ります。むかし、宮中では「天子は南面す」ていう中国の思想があって、天子が南を向くとその左は東で、陽の気がみなぎる所として、天子の位置を向かって右と定めておりました。
そうゆうわけで、江戸時代から盛んになった雛祭りも、男雛は向かって右に置かれたんですけど、昭和天皇が即位式で西洋風に並ばはってから、これが逆転したそうです。みなさん新しい風習にならわはったんでしょうねぇ。せやけど、古いしきたりを尊ぶ京都では、今でも男雛を向かって右に飾ります。
雛祭りゆうたら、最近は世間一般にあわせて三月三日にしゃはるお家がほとんどですけど、京都では旧暦でお祝いするお家もまだまだ多ぅて、ちょうど桃や菜の花の咲く、春たけなわの行事です。小そうても、この日ばかりは女の子が主人公。自分専用の小さな、せやけど本格的な朱塗りのお膳が用意されて、おしゃれしてお膳について、ちゃんと一人前に扱うてもらえんのが嬉しい日ぃです。
赤い毛氈を敷いた雛壇にお雛さん飾ってもうて、引千切(ひちぎり※和菓子)を頂くのに、だれが何色にすんのか何回もじゃんけんしたり、白酒呑んで、「よっぱろおたあ!」ゆうて大はしゃぎしたり、厄払いにぎょうさんお友だちを招いて、みんなでわぁわぁお祝いした思い出が、お子たちの大切な宝物になることは、この先もずっとずっと変わらへん気がします。
お供えの菱餅は下から順に、緑、白、桃、ですけど、真ん中の白を雪に見立てたら、桃の花が咲く候、なごり雪の下から緑の若草が萌えだしてる景色が想われますなぁ。お膳には「身しじみ」や「はまぐり」が供せられます。むかしこのころは潮干狩りがおこなわれた事と、蛤が"女の子の貞操の顕れ"とされたことから来てるそうです。
細かい絵細工のほどこされた「貝合わせ」は、どれもよう似た形をしてんのに、ぴったり合うのは一対だけてゆうのは、ロマンティックなお話ですねえ。「身しじみ」の他はつくしと木の芽を散らした、ばら寿司、それから、氷魚ゆうて、白魚にそっくりの鮎の稚魚をよばれます。稚魚は若鮎になる前のほんの一時期しか手に入らへんみたいですなぁ。お菓子は三色の引千切にきなこ餅、それから早蕨(さわらび)ゆう名前のお菓子もありますわ。
岩ばしる
垂水の上の さわらびの
萌えいづる春と なりにけるかも
(志貴皇子)
いにしえの皇子に詠われてこのかた、蕨は日本の春の訪れの象徴です。水音も爽やかな滝の上に、待ちわびてた陽光が蕨を照らしてる様を、素直な喜びで一気に歌い上げてて、わたしの大好きなお歌です。
三月の三日、下鴨神社では、女の子のすこやかな成長を願うて、厄払いの儀式、「流し雛」をしゃはります。「ひとがた」とゆわれて、紙や草でつくった人形を川や海に流す儀式は平安のむかしから、三月最初の巳の日に行われてたそうです。和紙で作られたお雛さんは、舞殿のねきを流れる御手洗川へと流されます。
知らざりし
大海の原に 流れ来て
一方にやは 物は悲しき
(源氏物語 須磨の巻 )
光源氏はんも、須磨の海で旅の陰陽師を雇わはって、「流し雛」の禊いをしゃはったみたいですねぇ。海原に心細うゆれる「ひとがた」に都に帰れへん、ご自身の心境を映したはります。
雛祭りゆうたら、忘れたらあかんのが宝鏡寺さんです。代々の皇女さんが住持としてこのお寺に入らはったそうで、「百々御所」とゆわれてる門跡です。皇女さんゆうても、ほんの幼子ですさかい、慣れ親しんだ宮中が恋しゅうて、さぞ寂しかったことでしょう。なぐさみに与えられはった雛人形は今に伝えられてて、人形の寺として名高い門跡です。御所人形をかたどった人形塚の台座には武者小路実篤はんのお歌が刻まれてます。
人形よ 誰がつくりしか
誰に愛されしか 知らねども
愛された事実こそ
汝が成仏の誠なれ
(武者小路実篤)
そうゆうたら、芥川龍之介の小説に、お家が生活に貧して、明日は雛人形を売らなあかんという前夜に、父親が土蔵でお雛さんを飾ってたゆう悲しいお話がありましたなぁ。
唯人手に渡す前に、
もう一度よく見て置きたい。
内裏雛、五人囃し、左近の桜、
右近の橘、雪洞、屏風、蒔絵の道具、
もう一度この土蔵の中に
さう云ふ物を飾つて見たい。
(芥川龍之介)
雛人形は女の子の初節句を祝う大事な大事な贈りもんです。女の子ひとりにひとつに贈られて、姉妹で共有するもんやあらしまへん。やがて大きならはって他家へ嫁がはる折りにも、おなごはんはご自分のお雛さんを持って行かはります。雛人形はおなごはんの一生にずっと付き添うてることになります。ええお歳にならはって、さすがに飾ることは憚れても、大事にしもてくれたはるお話などお聞きしたときは、しみじみ嬉しなってきます。お雛さんは、やっぱり幸せなお顔が似おてますさかい。。
記:修学院 式
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御手洗川
:土用の丑の日には御手洗祭が行われます。源流は「井上社」。
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百々御所
: どどごしょ。寺院の表通りは「 百々の辻 」 ( どどのつじ ) と呼ばれてます。
■修学院 式
京都香梅会 会主。京都精華大学 非常勤講師。
京人形の老舗「田中彌」で外孫として育ちました。京都大学農学部造園教室にて日本庭園を学び、現在「京都香梅会」会主として、京の伝統をご紹介させてもうてます。西陣の文化サロン「京都粋伝庵」にて、茶の湯に精進の日々です。
京都香梅会
http://www.ko-bai.jp
京都粋伝庵
http://wabisabi.jp/suiden-ann/
田中彌
http://www.kyoto-wel.com/shop/S81010/
写真撮影:星野佑佳 "京都発 地球のうえ"資料写真提供
写真撮影:川崎秀典 "京都観光文化写真集 フォト京都.com"資料写真提供
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