水無月の誘惑  〜こっちの水は、甘ーいぞ〜


夜、カエルの鳴き声が聞こえてくる季節になりました。
数少ない京都の「かなんとこ」として名高い“ 夏蒸し暑く、冬は底冷えする京都〜夏の章 ”が、いよいよ始まります。
ところで、蛍ってご覧になったことありますか?
実は、蛍を見るなら、こんな「京都っぽい」蒸し暑くて風もない、じとーっとした夜が最適なんです。
京都市内には、哲学の道、上賀茂神社、貴船、清滝など、蛍スポットがいくつかあり、例年6月上旬から中旬あたりの10日間ほど、光の乱舞が楽しめます。
特にベストなのは、雨上がりの夜8時から9時頃。10時を過ぎると、蛍の動きもだんだん鈍くなってきます。 蛍というと、人が寝静まってからも、無音の闇にゆらめいているイメージがあったのですが、意外や意外、真夜中にはあまり飛ばないんですね。
私は蛍を見るのに、哲学の道へよく行きます。
住宅街にあるので、静かに鑑賞しなければなりませんが、交通の便はいいし、所々に街灯があり、見物人もそれなりにいて、安心して蛍を見ることができます。
上賀茂神社も「ならの小川」に蛍が舞う風情が幻想的でお勧めですね。蛍に見惚れて、木の根っこにつまずかないように気をつけて。
下鴨神社の『蛍火の茶会』では、お茶席や王朝舞が催される他、境内の御手洗池に蛍が放流されます。大きな虫籠から放たれた蛍がふわーっと夜空に舞う姿は、美しいながらもどこか儚げです。
蛍が光るのは恋の相手をみつけるため・・・だそうですが、無数の蛍が同調しあってパアーッパアーッと光る様子は、私達にも何かの信号を送っているみたいで、ロマンチックというよりはSFチックな気分になります。 暗闇に浮かぶ緑の光を見つめていると、なんだか自分までフワフワと宙に浮いているような錯覚を覚えることも。
そうそう、蛍が飛ぶ頃には、紫陽花もそろそろ見頃を迎えます。
京都で紫陽花の名所といえば、三室戸寺、藤森神社、三千院、善峯寺、揚谷寺などですね。
藤森神社と揚谷寺は名水処でもあり、美味しいお水が頂けるので、ペットボトル持参でいかが?

蛍や紫陽花を満喫して、いよいよ6月末になると、各神社では半年間の穢れを祓うための「夏越祓」が行われます。そう、お正月からもう半年近くが過ぎているんですね。
夏越祓では茅の輪をくぐって、残り半年の無病息災を願います。茅の輪くぐりの本番は6月30日ですが、早い所では6月中旬から「茅の輪」が作られています。くぐり方にも、ちゃんと作法があり、「水無月の〜」と3番まで続く夏越の歌を唱えながら左右左と8の字に3回くぐります。えっ?難しそう?? いえいえ。和歌を覚えられない私のような不信心者のために、大抵の神社では、和歌や作法が看板に書いてあったり、プリントされた紙を頂けるのでご安心を。
…というわけで、毎年6月末、私は溜まりまくった汚れを清めるべく、撮影がてら、茅の輪巡りをしています。
まず、大急ぎで行ったほうがよいのが北野天満宮。ここの茅の輪は、「京都一(いち)大きい」そうですが、茅の輪が設置された6月25日のお昼頃、私が見たのは、境内にある普通サイズの茅の輪。
「京都一(いち)ってのは昔の話やったんかなぁ」・・・と思いながら、写真を撮ってると、社務所の方から「とらないで下さい!」と大声が。びっくりして顔を上げると、どうやら私が注意されたのではなく、誰かが茅の輪の茅を抜き取ったようです。「撮らないで下さい」ではなく、「(茅の輪の茅を抜き)取らないで下さい」だったんですね
沢山の人達が厄払いにくぐっている茅の輪だから、茅には穢れがついていると思うのですが、毎年、神社側が禁止しても、これを抜き取り「厄除け」として持って帰る人が多いらしいのです。
ハッと思って、参道まで戻ってみると・・・「これが特大サイズの茅の輪やったんや」・・・手が届く高さの茅が、綺麗さっぱりなくなった元・茅の輪が、そこにありました。
大きいといえば、城南宮の車用ジャンボ茅の輪。
これは何故か7月上旬になってから駐車場に設置され、車ごと茅の輪をくぐります。 交通安全にも効きめがありそうです。

さて、茅の輪くぐりの神事も神社によって様々で、何人もの神職や巫女さんが行列でくぐる神社もあれば、ひっそりと神職お一人がくぐる神社もあります。
吉田神社では、神職の方と参拝者の行列が大きな輪になって、茅の輪を3回くぐります。3周も一緒に歩くと、見ず知らずの間柄でも仲間意識が生まれてくるもので、たまたま一緒に歩いていたおばさんが、「これ終わったら、すぐ、あっこへ行かなあかんで」と、社務所を指差して教えてくれました。なんと、神事の後には、早い者勝ちでミニ茅の輪の材料セットが頂けるそうです。(実際は、全員が頂けるよう充分に用意されていたので、慌てなくても大丈夫でした。)
ミニ茅の輪は、大抵の神社で500円ほどで販売されていますが、吉田神社では「自分のうちを守るものだから、自分の手で作ってほしい」と、材料が無料で授与されます。
作り方もちゃんと教えて下さるので大丈夫。頂いた茅を編みこんで、輪っかを作り、白い御幣をつけて出来上がり。かなり不器用な私でも、なんとか形になりました。
これを玄関にかけておくといいそうです。
それにしても茅を編む神職の方の手さばきの見事なこと!あっというまに綺麗な茅の輪の完成です。「すごいですね」とため息をつく私に、「毎年のことですから」とニッコリ。なるほど。
夏越祓では、茅の輪くぐりだけでなく、形代(紙で作った人形(ひとがた)に名前などを書いたもの)を川に流す神社もあります。
貴船神社の神事では、境内の茅の輪をくぐった後、緑艶やかな参道を下り、貴船川まで歩いていき、形代を流しますし、上賀茂神社は昼間の神事の他にも、夜、「ならの小川」にかがり火を焚き、参拝者の形代を流していきます。これがとても幻想的なんです。夏越の夜は、ぜひ上賀茂神社へ行ってみてください。もちろん茅の輪もくぐれます。
もうひとつ、京都の夏越祓に欠かせないのが「水無月」
三角形のういろうに小豆がのった和菓子です。
厄除けには6月30日に食べるのが本当なのですが、6月に入ると早速、和菓子屋さんに水無月が並びます。 この水無月、京都ではスーパーでも売っているほど当たり前の和菓子ですが、以前、東京からのお客様に「6月だから」とお出しして「これ、なんですか?」と質問されました。 「水無月ってご存じないですか?」と聞く私に、「知ってますよ。6月のことでしょう?」
その時初めて、「水無月」が京都のお菓子だと知りました。
水無月の白くて三角っていうのは、暑気払いとして昔は貴重だった「氷」を模っているそうです。だから元々は白だけだった水無月ですが、今は緑色のお抹茶、茶色いニッキや黒砂糖もあります。厄除けには、白い水無月の方がいいのかなって気もしますが、私はどうしても色付の水無月を選んでしまいますね。
美味しい水無月と茅の輪くぐり。これで、京都のあつーい夏と祇園祭に向けて、準備OK!です。

文・写真:星野 佑佳

■星野 佑佳(ほしの ゆか)
京都市生まれ、在住の女性カメラマン。エッセイニスト。
2000年、海外放浪の撮影旅に出、帰国後自然風景や旅風景を求め、日本全国を旅しながら撮影。桜を追いかけて全国を旅する女性カメラマンとして、TBS系のTV番組に出演。2005年頃から再び、地元である京都の風景や行事を中心に撮影、現在に至る。

 2007年度クラレ社の企業カレンダー(B3サイズ14枚)
 JR北海道 2007年春の海峡物語キャンペーンポスター(2007年4月著)      ほか

夢は「今までの旅で撮影した写真をフォトエッセイ集としてシリーズで出版すること」


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