京の雪


春を目前にした2月、寒さが一番こたえる月でもあります。
今年の京都は雪がたくさん降りました。
2月にはいってからも、雪の積もる日が5回以上もあったのです。
雪景色の京都を撮りたい私としては嬉しい限りですが、早起きしなくちゃならないので大変。ただでさえ朝が弱い私にとって、雪が降るほど寒い朝、あったかいお布団から這い出すまでは葛藤の連続です。

例年なら、夜のうちに降り積もった雪は、日の出とともにどんどん融けてゆき、午前10時頃には撮影終了なのですが、今年の雪は、早朝は積もっていなくても、そのあと本降りになった雪が積もるという変則パターンがあったりして、夜明け頃、窓の外を見て「あ、今日の雪はたいしたことなかったな」と安心して二度寝をしたら、いつのまにか一面銀世界に変わっていて、大慌てて撮影に出かける・・・なんてこともありました。
「雪の朝」は、見るもの全てが絵になります。
重厚な山門の向こうに雪並木が広がる南禅寺境内や、厳かな空気が漂う世界遺産・糺の森、広い敷地のあちこちに樹木苑がある御所などは、早朝から雪景色を楽しめるのでお薦めです。
でも、毎年、京都市内で雪景色を堪能できるのは、せいぜい2〜3回。
お気に入りの場所をおさらいする程度で、冬は去っていきます。
嬉しいことに、雪の日が多かった今年は「未見の雪景色へ挑戦」する余裕ができました。
「今度雪が降ったら、どこに行こう」
そんな計画が楽しみになってきた何度目かの雪の朝、臥雲橋から東福寺通天橋を撮影していた私は、お散歩中の方に声をかけられました。
「雪の写真、撮らはるんやったら、すぐそこの光明院のお庭も綺麗やわ。ずいぶん前に行ったんやけど、そらもう・・・」
大絶賛です。
地元の方の絶賛は、お寺の庭に興味のなかった私を突き動かしました。

そういえば私、今まで「お庭の拝観」は、桜か紅葉の季節、限定だったんです。
同じ拝観料を払うなら、やっぱり華やかなほうがいいですよね。
でも、この冬、私は目覚めました。今までは退屈だと思い込んでいた「お庭」が、雪化粧でこうも魅力的に変身するとは!
目覚めてみると、一見シンプルな「お庭」ほど、光や雲の動きで様々な表情に変化するのに気付きました。
花や紅葉がないのなら「いつ行っても同じ」・・・ではなかったんです。
特に、時間と共に融けていく雪の下から、砂紋が現れ、苔が見えてくる様子は、まるで誰かが目の前で絵を描いているようで、目が離せません。
お庭を作った方は自然が作り出す絶妙な美しさを、ちゃーんと計算されていたのでしょうね。
開眼のきっかけとなった光明院の「波心庭」は、作庭家・故重森三玲氏の作だそうです。
広々したお庭をそのまま眺めるのもいいですが、お部屋から吉野窓や雪見障子を通して眺めた時の幽玄さは、物語の一場面のようです。
吹雪いていた雪がふっとやみ、窓越しにぱあーっと光が差し込んできた瞬間は、あまりの美しさに息を呑みました。

光明院に感動した私は、同じく重森三玲氏により作られたお庭のある大徳寺塔頭、瑞峯院を訪れました。朝一番に乗り込んだ時、お目当ての「独座庭」は積もりすぎた雪に覆いかぶされて平坦な眺めだったのですが、それでも見とれながら過ごすうちに、雪の下から波模様が現れてきました。時おり差し込む光に波は大きくうねり、そうかと思うと、また降り始めた雪が荒海を鎮めてゆきます。変化し続ける雪の海に、時がたつのを忘れてしまいました。
岩倉の妙満寺にはその名も「雪の庭」というお庭があります。
冠雪の比叡山を借景にすることに由来するそうですが、私が訪れた日は吹雪くほどの大雪で比叡の峰は望めませんでした。
でも、室内の赤い毛氈に並べられた円座から眺める白い「雪の庭」は素晴らしく、贅沢な雪見のひと時を味わえました。
ところで、市内中心部ではどうやら積もりそうにない雪の日も、大原まで足をのばせば、たっぷり積もった雪景色が楽しめます。
雪かきされた参道の最初にあるのが三千院。
空に突き抜けるように真っ直ぐ伸びる杉木立が気持ちのいい大原の名刹です。
額縁庭園として有名な宝泉院では、絵の中に収まりきらないほど迫力のある五葉の松が迎えてくれます。温かいお抹茶を頂きながら眺める雪のお庭は格別です。

樹といえば、ある雪の午後、東山へ向う途中、青蓮院の前を通りかかり、大楠が雪をまといながら天と地に枝や根を広げる姿に、吸い込まれそうな引力を感じました。聖域というのでしょうか。そこだけ異空間に繋がっているような光景でした。
そこから円山公園をぬけ、八坂神社、ねねの道を通って、八坂の塔まで辿り着いた時、あたりは薄暗くなっていました。ライトアップされた八坂の塔の屋根には、雪が凍りついたまま残っています。道もバリバリに凍ってツルツル滑ります。
「あぁ、この道を帰るのか・・・」と、私の身も心も冷たくなってきましたが、ぽっと灯った店明かりの温かさに、元気づけられたのを覚えています。

最後に訪れたのは金福寺の雪景色。
丁度、芭蕉庵の修理を終えたばかりだったそうで、グットタイミングでした。
天気の良い日だったので、雪はどんどん融けてゆき、気がつくと白かった木々も茶色い裸木に戻っていました。
慌しい撮影の後、お庭の見える部屋でほっこりしていると、縁側に猫が一匹現れました。
人懐っこそうなおばあさん三毛です。

部屋に入るでもなく、縁側をゆったりと歩き、私の前にちょこんと座ると、いつもと違う雪のお庭を眺めています。

時々「撫でて〜」とねだるようにチラリとこちらを振り返ったりして・・・
ぽかぽかと日向ぼっこをしている猫を眺めながら、春が近づいているのを感じた雪の朝でした。

文・写真:星野 佑佳

■星野 佑佳(ほしの ゆか)
京都市生まれ、在住の女性カメラマン。エッセイニスト。
2000年、海外放浪の撮影旅に出、帰国後自然風景や旅風景を求め、日本全国を旅しながら撮影。桜を追いかけて全国を旅する女性カメラマンとして、TBS系のTV番組に出演。2005年頃から再び、地元である京都の風景や行事を中心に撮影、現在に至る。

 2007年度クラレ社の企業カレンダー(B3サイズ14枚)
 JR北海道 2007年春の海峡物語キャンペーンポスター(2007年4月著)      ほか

夢は「今までの旅で撮影した写真をフォトエッセイ集としてシリーズで出版すること」


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