春が近づく夜


桜月を目前にした弥生3月、青蓮院〜高台寺〜清水寺の東山一帯では「花灯路」が催されます。花灯路の名のとおり、東山界隈の約4.6キロの散策路には露地行灯が2000個あまりも並び、エリア内の10ヵ所では大型花器を使った生け花が展示されるこの行事は、観光オフシーズンの京都に足を運んでもらおうと2003年から始まりました。
花灯路シリーズは冬12月には嵐山でも行われますが、人出の多さでは春の東山花灯路の方が盛況のようで、毎年沢山の観光客で賑わいます。
年々、海外での知名度も上ってきたらしく、日本人の家族連れやカップルはもちろん、今春は外国人観光客(アジア系の方だけでなく、西洋系の方)が多かったのが印象的でした。
この時期、スギ花粉と格闘真っ最中で外へ出るのが辛い私も、魅惑的な灯りに抗えず、いつも終盤になってから慌てて撮影に行き、ロマンチックな夜の東山に派手なクシャミを響かせています。

花灯路の期間中は周辺のお寺でのライトアップをはじめ、キツネの嫁入り行列、高台寺公園の華舞台で行われるミニライブや舞妓さんの踊りなど、様々な行事が楽しめます。

数年前からはじまった「狐の嫁入り行列」には、特別な思い入れがありました。
実は昔、旅の途中に新潟県阿賀町津川のお祭「狐の嫁入り行列」を見に行ったことがあるのですが、ものすごい混みようで肝心の狐の花嫁さんはチラリとしか見えずとても残念な思いをしました。なので、京都で目の前に狐の花嫁さんを見た時は嬉しかったですね。
こちらの「狐の嫁入り行列」は、キツネのお面をかぶった花嫁さんを乗せた人力車が、知恩院三門前から円山公園、ねねの道を通って高台寺まで、ゆっくりと進んでいきます。
ちりんちりん・・・と鈴を鳴らしながら進む人力車の後ろには、いつのまにか見物人が列をなしています。

先導のおじさんが、「見るだけで幸せになる縁起のいい狐の嫁入り行列ですよ〜。良縁をよぶといわれるキツネの花嫁さんです。」と声を張りあげていました。
でもね。狐の嫁入り行列を撮影すること3年目の私・・・いまだに独り身なんですが・・・なんとかしてください(笑)

ところで「どうして東山で狐の嫁入り行列なのか?」というと、昔は高台寺や鳥辺野辺りには無縁仏が多かったため、きっと妖怪も住んでいたのではないか。だから狐の嫁入り行列もあったのでは・・・という発想から生まれたそうです。そういえば、高台寺さんでは怪談の季節・夏には、百鬼夜行をテーマにしたライトアップも催されていましたね。
「きつねの嫁入り」といえば、晴れているのに雨が降っている「おかしな天気」をさしますが、この花嫁行列も、摩訶不思議な空気を醸し出しています。
なかでも狐の花嫁さんが高台寺天満宮にお参りする姿は、幻想的でもあり、奇妙でもあり。キツネといえばお稲荷さんでは?・・・とか、物の怪の類でも神様にお参りするの?・・・とか。
「まあまあ、そう細かいこと言わんと、楽しみましょ」・・・そんな声がどこからか聞こえてきそうです。
とはいえさすがはあやかしの花嫁、白無垢から覗く白い手は、ぞくりとするほどの色香を放ち、あちらの世界に吸い込まれそうになりました。

花灯路の週末には舞妓さんも、同じようなコースを人力車で移動します。
終点の華舞台では、宵空に満月が描かれた舞台で、「祇園恋しや だらりの帯よ」と唄に合わせて舞妓さんの踊りが披露され、観光客は大喜び。無料で舞妓さんの踊を見るチャンスなんて、そうないですもんね。
花灯路とは直接関係ないようですが、ちょうどこの期間の昼間に行われる清水寺門前会の「青龍会(せいりゅうえ)」も見応えがあります。
「青龍会」は2000年、清水寺の御本尊御開帳を機に始まった行事で、春と秋に数回ずつ行われます。
龍衆が10名がかりで操る長さ約18m、8000枚ものウロコを使った精巧な青龍は、清水寺を出発すると、宙を舞い飛びながら、清水坂の店々を一巡します。なんとお店の中にまで入っていくんですよ。大きな体をうねらせた青龍がものすごい勢いで店内を翔けぬける様子は迫力満点。しかも間近で見る青龍の顔には、ビッシリとお経のような文字が書かれていて、度肝を抜かれました。
行道は「プオープオー」という先触れの法螺貝に続いて、青龍の前後に数十名の行列が練り歩くなか、ベネチアの仮面舞踏会みたいなマスクの女性が扮する夜叉神が、器に入った聖水を細い棒で参拝客に降りかけて「八功徳水」の観音加持をしていきます。
一行は最後に清水寺へ戻り、清水の舞台から本堂へ向って神妙に参拝したあと、本堂の奥へと消えてゆきます。


ところで、青龍の巡行経路を質問した時、「石段を降りて、音羽の滝の水を飲む」と教えてもらいました。もともと清水寺には、「音羽の滝に観音様の化身である龍が夜ごと飛来して水を飲む」という言い伝えがあるそうです。
「清水寺の名水を青龍が飲むなんて、けっこう絵になるやん」と思った私は、音羽の滝の近くで、ずっとスタンバイしてました。
やがて石段を降りてきた龍が音羽の滝の前に到着。
お辞儀をするように、少し身をくねらせたかと思うと、くるりときびすを返し、仁王門のほうへ向っていきました。
「また、もどってくるんだろう」
と思い、しばらく待ってみましたが、気配なし。
「ひょっとして、今のが水を飲んだってことですか?」と聞くと、「そうですよ。」
そりゃそうですよね。水を飲むって行っても、まさか本当に口に水を含んだり、頭から水をかぶったりするわけがない。
「そんな当たり前なこと、なんで気付かなかったんだ」と慌てて仁王門へ向かって走りました。
さて、イベント盛り沢山の花灯路ですが、メインはやっぱり、灯りの並んだ散策路。私のお気に入りのコースをいくつかご紹介しましょう。

とにかくお薦めなのが、八坂の塔(法観寺)の眺め。
夜空に浮かび上がる五重の塔と裾を飾る小道の灯りは、古都を美しさを凝縮しています。
八坂の塔をはさんで、坂の上は甘味処「文の助茶屋」の上にある駐車場の辺り。坂の下なら八坂庚申堂の下辺りにベストポイントがあります。
いつも沢山の人が立ち止まって写真を撮っているので、すぐにわかります。
今年は八坂の塔が数日間、無料公開され、きき酒のイベントも行われました。俳優の佐々木蔵之助さんのご実家としても有名な佐々木酒造さんをはじめ、3社の自慢のお酒のふるまいに行列が絶えませんでした。
そうそう、もちろん「石塀小路」もはずせません。
ねねの道から続く石畳の道にも、灯りが点々と続きます。
「あれ、この道、さっき通った道じゃない?」
ちょっとした迷路にも思える小路を、行ったり来たりするのもまた楽し・・・
比較的空いている雨の日は、ぬれた石畳に灯りが反射して、いっそう幻想的です。
清水寺へ向う二年坂、産寧坂、清水坂は、一番賑わう場所ではないでしょうか。
ライトアップ終了の9時半間際まで、両脇に立ち並ぶお店で美味しいものを食べたり、お土産を買ったりする観光客で溢れています。
終点の清水寺も、もちろんライトアップしています。

他にも、生け花のモニュメントが並ぶ円山公園では、小川に蝋燭を灯した竹筒が並んでいるし、知恩院では三門前の石段に、和紙や友禅を使った行灯が並べられていました。繊細な灯りの上方には、ライトアップされた三門が重厚に構えています。

ライトアップは毎晩9時半までで、終了時間になると、あっけないほど一斉にパッと消灯されてしまいます。「もうちょっと撮りたかったのに」・・・と灯りの消えた道をとぼとぼ歩いていると、八坂神社のオレンジ色の提灯が見えてきました。明かりに誘われるまま、正門をくぐると、頭の上に吊るされている提灯が風に揺られてぶつかり合い「カタカタカタ」と鳴っています。ひそやかに響いてくるその音は、まるで「よく来たね」と歓迎してくれているようでした。
ふと見上げると、東山には、まあるいお月様が浮かんでいました。

文・写真:星野 佑佳

■星野 佑佳(ほしの ゆか)
京都市生まれ、在住の女性カメラマン。エッセイニスト。
2000年、海外放浪の撮影旅に出、帰国後自然風景や旅風景を求め、日本全国を旅しながら撮影。桜を追いかけて全国を旅する女性カメラマンとして、TBS系のTV番組に出演。2005年頃から再び、地元である京都の風景や行事を中心に撮影、現在に至る。

 2007年度クラレ社の企業カレンダー(B3サイズ14枚)
 JR北海道 2007年春の海峡物語キャンペーンポスター(2007年4月著)      ほか

夢は「今までの旅で撮影した写真をフォトエッセイ集としてシリーズで出版すること」


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