2010-08-31
なにかとレッテルを貼りたがる思考から抜け出すために考えるべきこと
私たちは様々な知識、経験、概念、規則の中で生活をしています。言い換えれば、それらのフィルターを通して世界を見ているといえます。戦争や貧困の中で暮らす人達の思考と、豊かな福祉社会で暮らす人達は思考そのものが異なります。それぞれの時代や環境を背景に考え方は大きく左右されるのものなのです。特に、長い間同じ状況下でいれば、そのフィルターは益々厚くなり、視野の狭い判断しかできなくなります。
同じところにいると必ず視野狭窄に陥る。
テレビや漫画ばかり見てるとバカになるとよく言われますが、それは一方的な趣味趣向に走った狭い価値観しか持たなくなるからというのが理由です。テレビも漫画でも違うジャンルのものならば、世界は広がりを持ちますし新しい気づきを与えてくれるものもあります。マスが一方的に語る時代は、技術的にはもうすでに終わりをつげましたが、まだまだ狭い価値観に閉じこもった受身の人が多いのも事実です。それに対抗するように新たな層が数々の議論を新しいメディアで展開するなどの活動も活発化していますので、少しずつは変わってきているのだと思います。
現在は携帯端末の普及により『ツイッター』や『はてなブックマーク』などのソーシャルメディアが拡大してきています。ネットユーザーはタイムリーに様々な情報に触れることができるようになりました。昔は議論の相手を探すのも難しい事でしたが、今では時間と空間を超えて、ソーシャルメディアを入り口にしてブログやチャットでも嫌というほど議論できますし、それらのログも桁違いに膨れあがっています。
ソーシャルメディアでは世代や地域を超えた多彩な視点を取り込める。
やり方しだいで今までの人よりも非常に幅広い知識と深い知見を蓄えることが可能になっています。いわゆる知恵袋もネット沢山に取り込まれていますし、小町などの板でも、いわゆる正論や暴論が多角的に同意や非難されています。ベテラン主婦の思い込みや若い主婦の斬新なアイデアも見ているだけも楽しいものです。そういった様々な立場の人から評論を受けることは、視野の拡大に大いに役立ちます。多角的な議論に参加することで、さまざまな考え方がいるのだという多様性に寛容になることができるからです。
どれだけ経験を積んでも、一人に割り当てられた『時間』『空間』には限りがある。
その限りある時間を有効に活用している人と、そうでない人の差は如実に顕在化します。今後も、様々な言語で様々な分野の知識が蓄積されていくことだとおもいますが、沢山の人の視点や経験などを活用するかしないかは本人次第なのです。フィルターに依存することなく物事を捉えることは難しいですが、狭い世界の知識、経験、概念、規則に埋もれて、それらを鵜呑みにしていては、世界はますます閉じていくばかりです。
フィルターを作ったのは環境によるところが大きいですが、自分で付け換えることはできます。意図的に『誰か』が作ってきたものをそのまま真に受ける理由はどこにもありません。なにかとレッテルを貼り、同じような見方を強要するのはそんな世界に自分も相手も閉じ込めて視界を狭くする行為です。そんな限定された視界では見たくないものを見なくするだけではなく、見えたかもしれないものも見ることができなくなります。そして、見て見ぬふりではなく、そのうち本当に何も見えなくなってしまってしまいます。
フィルターは今からでも付け替えることはできる。
参考文献

- 作者: スティーブン・R.コヴィー,ジェームススキナー,Stephen R. Covey,川西茂
- 出版社/メーカー: キングベアー出版
- 発売日: 1996/12
- メディア: 単行本
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参考記事
何でもある田舎のジャスコと、東京を知る人と知らない人との格差 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
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