イヌガラシとの交雑が疑われている植物体の分析結果(途中報告)について
平成22年7月15日
国立環境研究所 生物圏環境研究領域 生態遺伝研究室 中嶋信美
新聞等で「イヌガラシとの交雑が疑われる植物体」が見つかったとの記事が多数報道されていいます。当該個体の分析を私どもの研究室でおこなっており、分析結果についての問い合わせが来ているため、現時点での結果と私の考えをお知らせします。
T.試料の状況:
(1) 平成22年6月22日に市民団体から送付された試料2個体(試料番号@、A)および 平成22年7月4日に市民団体から送付された試料1個体(試料番号B)。
@、A、Bとも乾燥状態で到着。いずれも鞘は形成されているものの、種子は全く形成されていなかった。葉の形状はセイヨウアブラナに似ているものの、やや小さい。
(2)平成22年7月2日に市民団体の案内で、中嶋が現地で採取した試料2個体(試料番号C、D)鞘は形成されているものの、種子は全く形成されていなかった。葉の形状はセイヨウアブラナに似ているものの、やや小さい。試料Cは根がついているので隔離温室内で栽培中。試料D根がほとんどなく栽培は困難と判断した。
U. 除草剤耐性タンパク質の有無:
ラテラルフロー試験紙による除草剤耐性タンパク質の検出結果は以下のとおり
バスタ耐性タンパク質陽性:試料@
ラウンドアップ耐性タンパク質陽性:試料A、B、C、D
V. フローサイトメトリーによるDNA量の測定
乾燥していない試料C、Dの葉を採取し、フローサイトメトリーによって試料の核内DNA量をセイヨウアブラナ(2n=38)、カラシナ(2n=36)、在来アブラナ(2n=20)と比較した。
結果:試料C、Dとも核内DNA量はカラシナよりも多く、セイヨウアブラナのDNA量と違いは認められなかった。なお、試料@、A、Bは乾燥しており分析不可能であった。
考察(現時点での中嶋の考え)
文献によるとイヌガラシの染色体数は2n=32です。従って、セイヨウアブラナとイヌガラシのF1雑種の染色体数は2n=35となり、セイヨウアブラナとは異なるはずです。しかしながら、今回分析した試料C、Dの核内DNA量はセイヨウアブラナと比較しても差は認められませんでした。
イヌガラシとセイヨウアブラナは属が違うこともあり、これまで交雑個体が生育したという報告はありません。また、試料CとDのフローサイトメトリーの結果は、これまでの解析経験から試料がセイヨウアブラナであることを強く示唆しており、少なくともイヌガラシとの交雑個体ではないと思います。
私が採取現場周辺を見た印象では、試料のような形態(鞘のみで種子がない)の植物体は、幹線道路の中央分離帯でのみ生育している傾向があると感じました。フローサイトメトリーの結果とあわせて考えると、
今回分析した植物体は輸入されているGMセイヨウアブラナの種子がこぼれて生育したものであって、生育環境が悪いために種子を形成することができなかったのではないかと考えています。
さらに、採取地周辺を調査している当研究室の植物分類学の専門家の意見によると、採取地周辺にはイヌガラシは生育しておらず、市民団体が「イヌガラシ」と言っている植物は「ハタザオガラシ」という外来種ではないかとのことです。
今後以下の調査・分析をおこなう予定です。
(1)隔離温室で生育させている試料Cの染色体数と、脇芽から新たに発生する花序の稔性を調べる。
(2)除草剤耐性遺伝子のPCRによる増幅と塩基配列を確認する。