日本の台湾統治についてのまとめです。MIXIの大圓さんの日記を転載させていただきました。
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日本の台湾統治【動画あり】http://mao-nature.cocolog-nifty.com/k1/2008/08/post_15b0.htmlそんなときに日本の統治下に入ったことは幸運であったと思う。
日本統治の功績http://www.sakuranohana.jp/book_suteki_d9.html 新領土である台湾を素晴らしい島と思い、日本と同じ、いや、それ以上のものを台湾に作ろうとしたように思えます。
日本の台湾統治と中共のチベット支配 http://www.jiyuu-shikan.org/rekishi156.htmlそして1941年からの大東亜戦争には日本人の一員として進んで義勇兵の募集に応募し、日本兵として戦った。今や最も親日的な国となって、日本統治を評価してくれている。
台湾に尽くした日本人 -八田與一 http://ilovenippon.jugem.jp/?eid=65 もし、日本の台湾統治がなかったら、こんな立派なダムもなく、おそらく台湾は中国の海南島のような貧しい島になっていたであろうということだ。…
アメリカのフィリピン統治が生んだ惨状http://mixi.jp/view_diary.pl?id=844500494&owner_id=783617台湾での農地改革をなしとげて東洋一の穀倉地帯を築いた八田與一氏はフィリピンに
向けて海路向かったが米潜水艦によって撃沈された。
八田與一氏 http://www.a-eda.net/asia/hatta1.html嘉南平野はサトウキビすら育たなかったといわれる。八田與一が建設したダムと1万6000キロにおよぶ網の目のような用水路のおかげで台湾最大の穀倉地に変わった。
台湾二二八の真実 http://vaccine.sblo.jp/article/423727.htmlこの本は涙無しには読めませんでした、共産党と同じく国民党も残虐そのもの、そして事実を長らく隠蔽してきました。
戦後台湾に逃げ込んだ南京中央政府は、ラルフ・タウンゼントによれば、国民党というやくざ集団と呼ばれています。当時の台湾人は国民党よりはるかに高い教育を受け豊かな生活をしていました。
有名な笑い話があります、当時台湾では水道が普及しいつでも蛇口を捻ると水が出ましたが、それを見た国民党の人間が蛇口を手に入れて、壁に穴をあけて取り付けて栓をひねったところ、水が出ないといって怒ったということです。
台湾映画「非情都市」感想記 http://www.ne.jp/asahi/cn/news/text/culture/hizyoutosi.html大陸から来た国民党は台湾人に対し「日本の教育を受けたやつは奴隷教育を受けたのだ」と台湾人を罵ります。それに対し台湾人は「大きなお世話だ。俺たちが好んで受けたわけではない。俺たち台湾人に相談もなく下関条約で日本に売り渡したのは誰だ」と言い返します。
(日清戦争で中国は台湾を日本に割譲、それから50年日本統治となる)
この映画は人物中心にその動きを描くと言うより、時代や風俗を表す絵はがきを並べていくような構成で動的なスリルがあるわけではありません。しかし当時の時代がどんなものだったのかが良くわかります。
私が一番驚いたのは当時の台湾人の生活水準です。これは当時の(今から50年前の日本)と同じような生活、家屋の形、着ているもの、人々の態度です。
これらの文化水準ははっきり言って大陸とはあまりにも違いがあります。もちろん中国大陸が圧倒的に低いのです。大陸では、現在でも家屋の中には家財道具が何もないと言う家が見受けられます。
(この家屋の中に家財道具がほとんど無いというのは、社会主義政権の特徴でしょうか、計画経済の特徴と言うべきでしょうか、1993年のキューバでも同じ風景がありました)
50年前の中国は大変な貧しい状態で新しい国造りがスタートしました。それからの50年近い中国の一般民衆の生活はほとんど改善されて居ないと言うことが、この映画と現在の中国からよく分かります。
台湾も日本が統治する前は(今から100年前)大変な状態であったことはほぼ解っています。たとえば山地先住民が居ました。その中には首刈り族が居ました。平地の生活も熱病があり、人種や種族或いは趣味の違いなどで襲撃しあう、常に戦争状態だったと聞いています。
その島全体を一つに統治したのが日本でした。教育も警察も税金も総て一つの法律で統治しました。これが台湾人にとって差別的なものを含んでいたとは思いますが。
しかし日本の統治の50年で大陸とは比べべものにならないまとまりと文化の高揚を達成したのはこの映画ではっきりと解ります。
それとこの映画にはやくざ風の人も登場しますが、しかし男女ともに対等に話しあっています。大陸はどうでしょうか。
パールバックの「大地」と言う小説の中に、汽車に外国人が乗って来たり”お偉い人”が来たら、中国人はすぐに通路に座り込む、また常に下を向いている態度などが出てきます。この小説には革命でこの奴隷状態を変えたいと青年が言うところがありました。
しかしその状態は中国の農民を考えると現在でもあまり進歩していないのではないでしょうか。
これと比べ50年前に台湾人が頭を上げて話し合っているのを見て驚きました。
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農民をバカにした政治体制(経済政策)は、実質的な国民の経済(:実体)が豊かで無く、一部の資本家(:富を持つ人間)のみを豊かにするだけの、虚構の豊かさでしか、無いと思います。
実体(:国民の経済)の豊かさは、金を持っているか、どうか?とは、違うような気がします。
人(国民)が生きていく上での、「衣食住」が基本とする豊かさ(:必要以上に多くある必要は無く、安定的に、享受出来ること)だと、思うのですが…。
必要以上の金が有っても、実質(衣食住)が伴わないと、「本当の豊かさ」で無い、と思っています。
さっそくリンクさせていただきました♪
これからもよろしくです^^
moharizaさんコメントありがとうございます。
豊かさとは何か・・カネをもっているかどうかだけではない!というご意見には賛成です。安定的に享受できるか、という点も、賛成です。
ただ、一寸の虫にも五分の魂。
どんな相手であれ、対等に話ができるだけの知性と誇りは絶対条件です。
パールバックの「大地」に書かれた、被植民地の民のようにはなりたくない、とも思っています^^
記する時、<「享受」出来る>と云う言葉に悩みましたが、特定の者のみが、「享受」できるだけでは、ダメだと思います。
万民、世界のあまねく人が、平等に「享受」出来なければ、ならないと思っています。
…また、<衣食住>のみで、事足りる訳で無く、人間としての<知性と誇り>が不可欠なのは、もちろんだと思っています。
江戸の武士のように、「武士は食わねど、高楊枝」の誇りは、大事です。
自己の<魂>は、人としての尊厳、と思います。
自己の魂は人としての尊厳。いい言葉です。
同時に、尊厳を持てる自分であり続けたいとも思います。
なかなかなれないのですが(汗)
気持ちだけは・・(大汗)