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敗れざる者たち

誰も知らない「本当のはやぶさの奇跡」

もし火薬がダメだったら、カプセルは粉々になっていた


 逆境でも不屈の闘志で復活の技術を生み出す「敗れざる者たち」として、まずは今年夏、国内外で注目された小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトに貢献したIHIグループのIHIエアロスペースの技術者を紹介したい。

 はやぶさは、地球から3億キロも離れた小惑星イトカワから、満身創痍になりながら、戻ってきた。このプロジェクトの総責任者だった宇宙航空研究開発機構(JAXA)の川口淳一郎教授らの執念と知恵で、日本に感動を与える奇跡を演じてみせた。そこでは、IHIエアロスペースの技術者たちの活躍も大きい。

 まずは、はやぶさのカプセルの耐熱素材などを担当したIHIエアロスペースの宇宙機システム室の森田真弥部長に聞いた。森田氏はやぶさのカプセルが豪州南部の砂漠に落ちた時に、自らその回収を担当している。

(聞き手は佐藤紀泰=日経ビジネス編集委員)

 ―― 今年6月13日、森田さんは、豪州南部の砂漠に、はやぶさのカプセルの回収に行かれましたね。

小惑星探査機「はやぶさ」のカプセルの開発に参加したIHIエアロスペースの森田真弥氏(写真:松谷祐増、以下同)

 森田 ええ、私がカプセルの外側の耐熱部分(ヒートシールド)の開発を担当したものですから。中には火薬が残っているかもしれないし、危険もあったからです。

 それにしても、カプセルの回収ができて本当に良かった。実は米航空宇宙局(NASA)の関係者も豪州には撮影のために来ていました。失敗すると思っていました。失敗の映像を撮影しようとしていたのです。NASAだけでなく、多くの専門家がカプセルの回収は難しいというように見ていました。

 ―― それはなぜでしょうか。

 なぜならば、カプセルの中にあった火薬の問題なのです。はやぶさのカプセルは大気圏内にものすごいスピードで再突入します。地上から高度10キロメートルぐらいになると、加速度計でその位置を知り、火薬が爆発します。その結果、パラシュートが開く仕組みです。ですが、その火薬が劣化していたら、パラシュートが開かないのです。はやぶさは、7年という長い宇宙飛行でした。

 私が豪州の砂漠でパラシュートを開いた後、カプセル本体からの電波がキャッチされました。その時は感動しましたね。宇宙空間は極低温です。零下200度ぐらいになっていたでしょう。火薬は零下20度ぐらいで劣化します。

メンバーの執念が奇跡を呼び起こした

 さらに、宇宙では「宇宙ごみ」というのか、素粒子が飛んでくる。放射線もあります。それが火薬を劣化させてしまう。そうならなかったのは非常に運が良かったと言えるかもしれません。ただ、JAXAの川口先生たちメンバーの執念がすごかったし、それがこの奇跡を呼び起こしたのではないでしょうか。火薬がダメならば、カプセルは地表に激突して粉々になっているのですから。

 ―― 森田さんはなぜ、はやぶさに関わることになったのですか。

 私はもともと、1983年に入社しました。それで宇宙部門に配属されました。ロケットの噴射ノズル、エンジンから炎が出てくる部分ですが、その耐熱材料を長く担当しました。それがCFRP(炭素繊維強化プラスチック)だったのです。このCFRPがはやぶさのカプセルの耐熱用のヒートシールド(外殻)の材料になっているのです。1997年からカプセルの耐熱材料を担当しました。

 はやぶさのカプセルでは大気圏再突入において、空気との摩擦熱で、ヒートシールドの表面は3000度近い温度になります。ヒートシールドは表面を溶かしながら、つまり燃やしながら、入ってくる。自らの表面を削るように、その熱に耐えていくのです。ただ、カプセルの内部は40度ぐらいに保たれています。

じゃんけんに勝って、日産の宇宙部門に配属

 ―― 今は日本では子供たちの間で「はやぶさフィーバー」が起きていますね。

東京・丸の内で開かれた「はやぶさ展示会」

 JAXAの施設でのはやぶさ関係の展示会が開かれ、たくさんの方が見学に来られています。非常にうれしいですね。実は私も、子供のころ、1969年7月のアポロ11号の月面着陸を見て、感動しました。それで、宇宙技術者を目指したのです。

 私が日産に入れたのはじゃんけんに勝ったからです。そして、入社後も、ほとんど新卒を入れていなかった日産の宇宙航空事業部では26人もの新人が配属されたのです。私は宇宙への憧れがありました。ものすごく運にも恵まれました。ただ、宇宙の仕事は本当に面白い。一生懸命やってきたから、成果も出せたのではないでしょうか。

 ―― はやぶさのカプセル回収についての収穫は何でしょうか。

 細かくは言えませんが、実は今回のはやぶさの再突入ではヒートシールドが最初の想定よりも燃えていません。これは非常に重要なことです。次回からの惑星探査機のヒートシールドはかなり薄くできるのです。はやぶさでは地表サンプルの回収する部分がコップぐらいの大きさでしたが、次ではもっと大きくしたり、3カ所ぐらい違う場所で採集ができたりするかもしれません。今回得られた耐熱素材の知識は非常に大きなものです。

耐熱素材技術は米国が圧倒的に先行

 ―― 最先端の耐熱材料技術は航空や防衛など幅広い分野で使われる可能性がありますね。

 はっきり言えば、耐熱材料は長距離ミサイルで重要な技術になります。はやぶさで示すことができた耐熱材料技術は世界を驚かせているのではないでしょうか。

 簡単に言いますと、米国からアジアに長距離のミサイルを撃つ場合、大気圏外に飛び出して、再突入してきます。そこでは、ミサイルの表面積1平方メートル当たり190メガワット(MW)の熱に耐える必要があるのです。つまり、1平方メートル当たり100Wの電球が190万本照射されていることを意味します。とてつもない熱です。それができるところが、米国の防衛技術が圧倒的に進んでいるところなのです。スペースシャトルでは同2〜3MWぐらいでしょうか。問題は耐熱性を実現するために、いかに材料を軽くできるのか。その技術では米国が突出しているのです。

 前置きが長くなりましたが、実ははやぶさのヒートシールドはだいたい1平方メートル当たり17MWぐらいです。これは米国を除けば、世界の先頭を走るレベルだと思います。そして、こうした耐熱材の技術があるから、月の内部に、ミサイルのような調査機器を撃ち込むようなことも可能になってきているのです。

 ―― それはどのようなものですか。

 これは文部科学省の宇宙科学研究所(現在は宇宙航空開発研究機構、JAXA)で計画されたプロジェクトです。私も、はやぶさのカプセルの耐熱素材を始めた1997年に、こちらにも加わることになりました。2003年にも実行するはずでしたが、予算の関係で、まだ実現していません。ただ、JAXAの先生方の指導を受けて今も開発が続いています。実用化に向けて技術的には進歩しています。月の地面の中に打ち込むのは「ペネトレーター」と言います。

 ―― 簡単に説明してもらえますか。

月の地面の中に2メートル潜らせる

 だいたい、月の地面から高度25キロメートルのところにある衛星から、小さなミサイルのような形をしたペネトレーターを落とします。月の引力は地球の6分の1です。毎秒330メートルぐらいの速度で落下していきます。そして、月の表面に衝突する時には、1万Gがかかり、月の内部に2メートル潜ることになります。これはすごい衝撃です。ペネトレーターの重量は14kgであり、その1万倍の衝撃がかかるわけですから。

 そして、ペネトレーターの内部には振動センサーなど電子機器が入っています。こうした精密な機械を壊れないように保護する。そこで使われるのは、私が担当し、はやぶさのカプセルの耐熱材料として使われたCFRP(炭素繊維強化プラスチック)などなのです。

小惑星探査機「はやぶさ」など宇宙技術の開発を担当するIHIエアロスペースの技術者たち(右から2人目が森田氏)

 ―― ペネトレーターを月の中に潜らせて、何を調べるのでしょうか。

 簡単に言えば、月の内部構造を知るということです。月がどのようにできたのか。それは内部構造を知る必要があります。そのために、ペネトレーターには振動や熱伝導率などを調べるセンサーとかが入っています。月の内部の熱がどのようになっているのかが分かります。

 月がどのようにして生まれたのかは大きく3つの説があります。「地球からちぎれた」「地球の周りにある巨大な隕石」「地球と同じように微粒子がぶつかって冷えてできた」です。いずれにしても、ペネトレーターを打ち込めば、月の生い立ちの謎に迫れます。

 鉱物資源があるかどうか、など様々なことを明らかにできます。ですから、世界では惑星に打ち込むペネトレーターの研究が必死に続けられてきました。しかし、米国の航空宇宙局(NASA)も、ロシアも成功しませんでした。重要なのは打ち込んだ時の衝撃に、内部の電子機器が耐えられるようにすることです。ここでは日本がかなり先行していると言って良いでしょう。

月だけでなく、火星や木星の資源探査にも利用

 ―― 日本の技術的な強さとは何ですか。

 ペネトレーターで難しいところはまず、衝撃に耐えられる強度です。最も外側にあるのはCFRPです。ただ、内部で電子機器などを保護するのはエポキシなどを使った高分子材料です。CFRPと高分子材料の膨張係数が違う。月の表面では昼は200度、夜は零下200度のような世界ですが、月の内部はだいたい零下20度ぐらいで安定しています。ただ、この零下20度で言えば、CFRPがあまり収縮しないのですが、内部の高分子材料が大きく縮みます。そうすると、振動センサーなどの電子機器が壊れてしまう。

 ただ、今年5月には零下30度での低温試験をやりました。それで、内部が割れない高分子材料もメドがたちました。米国で衝撃試験をクリアできれば、ほぼ実用化に近い段階と言えるでしょう。日本の技術はロシアなど他国からも注目されています。ペネトレーターは月だけでなく、火星や木星とかの資源探査などに利用できますから。

このコラムについて

敗れざる者たち

 日本の産業界では復活どころか、最近の円高の急伸により、再び危機的な状況に追い込まれている。リーマンショック以降は特に顕著だが、日本の世界での存在感が薄れるばかりだ。「技術立国」「モノづくり大国」のような称号すら、忘れ去られつつあるような状況にある。しかし、日本の優秀な技術者たちが持っているイノベーションへの力は全くさびついていない。
 それよりも、その力を生かす経営ができていないのではないか。絶望的な状況に追い込まれても、不屈の闘志で起死回生の技術に挑んで、新しい成長への道を切り開く。そんな「敗れざる者たち」が数えきれないほどいるのが日本という国なのである。
 日経ビジネスオンラインでは、日本を代表する「敗れざる者たち」と、彼らを支える経営者の方々にインタビュー取材した。そこから、技術大国日本の復活について少し考えてみたい。

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