自転車と歩行者の事故が急増し自転車側への高額賠償判決が相次ぐ中、交通事故の被害者団体の代表が国土交通省設置の懇談会で、自転車を自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)の対象とするよう提言していることが分かった。保険未加入の自転車の事故で被害者が賠償を受けられないケースが生じており、自賠責保険という強制加入制度の導入で救済すべきだとの考えだが、国交省は消極的な姿勢を示している。【北村和巳、馬場直子】
「自賠責保険は被害者救済が目的なのに、自転車は対象外として事故被害者を救おうとしないのは非常におかしい」。6月、国交省が99年から設置する「今後の自動車損害賠償保障制度のあり方に係る懇談会」で、委員を務める「全国交通事故遺族の会」の戸川孝仁副会長(65)が発言した。国が自転車を環境負荷の小さい新たな交通手段として位置づけ、今後も利用が広がることを指摘した上で「(自賠責保険の)制度を変えていく必要がある」と提言した。
遺族の会は交通事故犠牲者の遺族ら約1000人で構成し、政府や国会に交通事故の防止策を提案している。自転車事故の被害者からも相談が寄せられ、自転車利用者が重大事故と認識せずに現場を立ち去り、重傷を負った歩行者がまったく賠償を受けられないケースもあったという。
戸川副会長は「道路交通法では自転車も車と同じ『車両』なのに、自賠責保険への加入義務づけは車とバイクだけ。法の矛盾を改善し、自転車からも保険料を集めれば、被害者救済や事故防止対策の充実にもつながる」と指摘する。自身は93年に車の事故で当時9歳の次女を失った。「無責任に自転車を増やせば、多くの事故を招いた車と同じ状況になる」と訴える。
国交省自動車交通局保障課は「自転車の実際の利用台数が不明で、どの程度の保険料とすればいいのか推計できない。車検のような機会がなく保険料の徴収も困難」と否定的だ。国交省幹部も「論理的には可能だが、国民が受け入れるかどうか。任意保険の加入率アップを目指すべきだ」と慎重な立場を崩していない。
自転車保険の加入義務づけを巡り、全日本交通安全協会が05~06年に学者や愛好家、自転車業者、自治体など51の個人・団体に実施した調査では、「必要」41%、「不要」55%と意見は二分された。学者の多くが支持した不要派には「経済性と手軽さが損なわれる」などの声があった。
交通事故に詳しい弁護士は「自転車は車に比べて事故の被害が軽いと考えられてきたが、時代は変わり、裁判でも自転車側に厳しい判断が示されている。強制加入保険を早急に整備すべきだ」と強調。損害保険会社の関係者は「民間の保険では収支バランスを考えなければならない。普及させるには自賠責の方が望ましい」と指摘する。
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毎日新聞 2010年8月30日 東京朝刊