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2010年8月30日(月)付

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駅という公の場―ホームと心に安全柵を

「駅のプラットホームは『急流に渡した一本橋』のように、いやそれ以上に危ない場所に見える」早くからそう警鐘を鳴らし、安全対策を訴え続けたのは、新幹線の生みの親の故・島秀雄[記事全文]

スポーツ振興―地域の自発性を生かして

これからの日本のスポーツは、どうあるべきなのか。今後約10年のスポーツ政策の方向性を示す「スポーツ立国戦略」を文部科学省が発表した。その軸は、地域に根ざし、子供から大人[記事全文]

駅という公の場―ホームと心に安全柵を

 「駅のプラットホームは『急流に渡した一本橋』のように、いやそれ以上に危ない場所に見える」

 早くからそう警鐘を鳴らし、安全対策を訴え続けたのは、新幹線の生みの親の故・島秀雄さんだった。遺言はなかなか実現せぬまま、「橋」の犠牲者が続いている。

 先週は帰宅ラッシュの東京・京王線新宿駅で、77歳の大学学長が亡くなった。酔った男が並んでいた人の列にぶつかり、押し出されて到着した電車とホームとの間に挟まれた。痛ましい事故だった。

 国土交通省の調べでは、ホーム上で、あるいは線路に転落して列車に接触した死傷事故は、昨年度は193件。6年前の1.8倍にも増えている。近年は酔客の事故が目立つ。

 駅でとりわけ恐怖を感じているのが高齢者や障害者だ。昨年は東京の私鉄駅で、81歳の車いすの女性が傾斜したホームから転がり落ちる死亡事故も起きた。視覚障害者の事故も絶えない。

 橋には欄干があるように、ホームと線路を切り離すホームドアや、可動式の柵(さく)があれば、事故の多くは防げるはずだ。ところがその対策が、遅々として進まない。3月末時点で可動柵を設けているのは全国の308駅、ホームドアは141駅に過ぎない。

 都市圏では鉄道会社間の相互乗り入れが進む。車両の扉の位置がまちまちで、設計上、ホームドアを設けにくい路線がある。過密ダイヤの中、開閉の時間ロスも無視はできない。何より、一駅あたり数億円以上かかる投資も重荷になるという。

 利便性や速さの追求の陰で、安全が置いてきぼりになってはならない。政府や自治体、鉄道会社で知恵を出し合い、ホームの安全柵を増やす策を工夫するべきだろう。

 ただ、それだけでよいのか。

 学長が亡くなった同じ時刻、新宿駅の同じホームに立ってみた。3列乗車で待つ人々はじっと暑さに耐えている。気づくのは、まっすぐ前を向いている人がほとんどいないということだ。首をうなだれ携帯画面を見ながら、指だけがせわしなく動く。注意放送がひっきりなしに流れるが、多くの耳はイヤホンでふさがれている。

 これでは、他人や自分の危険に気がつくのは、難しいだろう。

 時間が遅くなると、酔客が増えてくる。近頃は、ホームや車内でアルコールの缶を持ち、駅員につっかかるオヤジを見るのも、日常茶飯だ。

 駅という公共空間で、人はこんなにも無防備で、無関心で、無遠慮になっている。確かに安全柵は必要だ。だが一人ひとりの「心の安全柵」の方こそ、もろくなってはいないか。

 駅のプラットホームで、考え込んでしまった。

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スポーツ振興―地域の自発性を生かして

 これからの日本のスポーツは、どうあるべきなのか。今後約10年のスポーツ政策の方向性を示す「スポーツ立国戦略」を文部科学省が発表した。

 その軸は、地域に根ざし、子供から大人までがさまざまなスポーツに親しめる総合型地域スポーツクラブだ。

 引退した選手に指導者として各地のクラブで活躍してもらい、多くの人々がスポーツに親しむ「生涯スポーツ社会」を実現する。一方、五輪の獲得メダル数で夏37個、冬10個の過去最多を超えることを目指している。

 一流選手の強化にとどまらず、暮らしの中にあるスポーツを豊かにはぐくもう、という未来図には賛同したい。

 自公政権下でも「スポーツ立国」は模索されたが、構想の軸足はトップ選手の強化に置かれていた。

 今回は、地域スポーツと競技スポーツを両輪としている。総合型クラブを拠点に、双方の連携で人々がスポーツに親しむ環境を整え、有望選手が育つ土壌にもしよう、との狙いがある。民主党が掲げる「新しい公共」をスポーツでも、との発想だ。

 とはいえ、新戦略を実際に推し進めていくのは容易ではない。

 日本のスポーツは学校と企業が長く下支えしてきた。だが、部活動は少子化や教員の高齢化などで先細りする一方だ。企業のスポーツ部も不況の影響で休廃部が相次いでいる。

 そんな中、新戦略が基盤にしようとしている総合型地域クラブは、10年前に国が策定したスポーツ振興基本計画で今年度までに各市町村に最低限一つ造ることを目指していたものだ。

 実際にクラブを創設済みか準備中のところは全市町村の6割強で、総数は3千弱。資金難や会員不足に悩んでいるところも多い。

 新戦略には、地域スポーツを担う人材を育成し、地元の学校で授業や部活を支える役割も担ってもらう、という案も描かれている。うまく回れば成果を期待できる。ただ、財源の裏付けに乏しく、各地のクラブなどからは「人件費面で国が支えてくれればいいが、絵に描いた餅に終わらないか」と不安の声も聞かれる。

 しかし、発想の転換をすべき時ではないだろうか。草の根のスポーツを育てる仕組みは、もともと政府から与えられるものではないはずだ。スポーツを楽しむ人々の自発性を推進力として生かすことこそが、「新しい公共」の考え方にもかなう。

 国が描く将来像に沿いつつ、学校体育や部活などとの連携も含めた地域スポーツのあり方をまず、住民が議論する。自治体も知恵を出し合う。そんな取り組みが、身近なスポーツと暮らしを豊かにすることにつながる。

 新戦略を、地域のスポーツ文化づくりを考える起点にできるはずだ。

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