きょうのコラム「時鐘」 2010年8月30日

 大正から昭和初期に活躍した日本画家の川端龍子(かわばたりゅうし)に奥の細道を題材にした「金沢に於(お)ける蕉翁(しょうおう)」という名作がある

越中から加賀に入った芭蕉は、俳人・小杉一笑(いっしょう)に会うのを楽しみしていた。ところが、金沢に着くなり、一笑は前年冬に亡くなっていたことを知る。そこで「塚も動けわが泣く声は秋の風」と詠んだ。川端画伯は、この時の芭蕉を描いている

芭蕉が倶利伽羅峠を越えたのは、ちょうど今ごろ、夏の終りのころだった。いくら江戸時代とはいえ、前年の訃報なら手紙で連絡があったのではないかとの見方もできるが、金沢で初めて知った衝撃があってこそ「塚も動け」の名句になったに違いない

現在のように、携帯電話持参の旅ではこうは行かない。知人の死は瞬時に届く。「とんぼ釣りきょうはどこまでいったやら」の千代女の作と言われる句も、携帯を持たせた子に「どこにいるの」と聞けば終りだと笑った文芸評論家もいる

芸術表現は時代とともに、暮らしとともに変化する。酷暑の夏、冷房に頼り切ったわれわれに昔の人ほどの感性はない。それでも、秋の風が吹き始めたのは分かる。