▼米国からの財政支援
ウクライナにおけるオトポルの活動を資金面で支えたのは、ジェームズ・ウールジー元ＣＩＡ（米国中央情報局）長官を会長とするフリーダム・ハウスというＮＧＯで、２０００年のセルビアでもすでに大々的に活動していた。フリーダム・ハウスはオトポルとの関係をつまびらかにはしていないが、大統領選挙の第１回投票の折にウクライナを訪れた幹部は次のように語っている。「フリーダム・ハウスがここにいるのは政治体制を変えるためではない。それは市民が実現すべきことだ。自分の一票に意義があること、現政権に対する恐怖心は乗り越えられることを有権者に理解させるために、我々はここに資源を投入しているのだ」
グルジアで間違いなく大きな役割を果たしたソロス財団も同じことを言う。ハンガリー出身の米国人資産家が作ったオープン・ソサエティ研究所は、旧ソ連諸国その他で市民社会を支援し、民主主義の台頭を助ける団体として出発した。しかし、その役割は２００３年のトビリシにおいて、当初の想定を踏み越えるものとなった。当時オープン・ソサエティのグルジア支部長に就いていたカハ・ロマイアが、グルジアでオトポルが行なった研修に強く関与したからだ。
それは長期的な政策だった。フリーダム・ハウスやオトポルだけでなく、南アフリカの反アパルトヘイト運動リーダーの一人だったムフセリ・ジャックなどの年季の入った活動家が、自分たちの経験を伝えるために「教師役を養成する」セミナーを繰り返し開催した。たとえば２００４年３月９日にワシントンで開催されたセミナーには、ジーン・シャープやジャック・デュバルといった非暴力闘争の理論家の姿があった。デュバルは『いかにして独裁者を打ち倒すか』と題したドキュメンタリーの制作者であり、このドキュメンタリーはグルジアで活用された。キューバとイランでも用いられたが、今のところ成果は出ていない。
こうしたネットワークがセルビアとグルジアで功を奏したのはたしかだ。しかし一連の出来事をよく見れば、どんなにうまく組織化されていたにしても、ＮＧＯのネットワークだけで非民主的な政権の転覆を実現したわけではないことが分かる。反ミロシェビッチ活動家からセルビアの副首相（前職）になったチェドミル・ヨバノビッチによれば、２０００年１０月５日のベオグラードの連邦議会占拠は、ある意味では「国家に対する攻撃だった。あれは、反ミロシェビッチ連合が下した政治的な決断だった。政権を掌握したのは、紛れもなく政治家たちだった」のだ。
ＮＧＯの主な貢献は、行動を起こしやすい雰囲気を作り出すことにあった。それゆえ、地元の政治指導者の役割が重要となる。ウクライナではユーシェンコが完璧にその役割を果たした。ユーシェンコは昨年２月、グルジア大統領となっていたサーカシビリから助言を受けたようだ。サーカシビリはユーシェンコの１年
前に、一輪のバラを手に、グルジア議会の奪取に成功した。サーカシビリ自身、２００２年の春にセルビアの反ミロシェビッチ勢力と連絡を取っている。非暴力革命の「新しい波」に最初に乗ったのが、移行期の首相を務めたジンジッチ（２００３年３月１２日にベオグラードで暗殺）をはじめとするセルビア人だった。このセルビア人たちは、ピノチェト将軍が出国する直前のチリで民衆運動や政党が果たした役割を「自己流にアレンジ」したのだった。
こうした一連の組織的な活動を見ると、非暴力革命の段取りには多数の材料が関わり合っていて、綿密な準備が必要であることが明らかになる。セルビア、グルジア、ウクライナでは、準備にほぼ１年を要した。一部の評論家、それに大統領の座を追われたグルジアのシェワルナゼやウクライナのクチマは、これらの革命に外国勢力による直接的な介入があったと見ている。米国がフリーダム・ハウスに資金援助を行なったことは明白であり、ウクライナにはポーランドやＥＵが関与した。
民主主義それ自体の観点からすると、得られた成果が掲げられた目標に見合っているとは必ずしも言えない。「バラ革命」から１年後の現在、グルジアの人権活動家のティナティン・ヒダシェリは、ジャーナリストや政治家の拘束を挙げ、新政権に対して大きく留保をつけた評価を下している（２）。ユーシェンコはクチ
マの対立者となる以前に閣僚を経験しており、反体制派の急先鋒となったチモシェンコも公営企業の民営化に際して私腹を肥やした特権階級の一人だった( href="http://www.diplo.jp/articles05/0501-2.html">ル・モンド・ディプロマティーク2005年1月号の記事参照)。彼らが倫理的、民主的な原則を受け入れる人間に変わったと断言することはできない。
▼国外からの支援には限界、最後の決断は市民の手に
こうした形の「革命」は今後どうなっていくだろうか。米国は活動の場を３つに定めた。第一の標的はカストロ体制である。かねてから米国外交の目の敵であり、近年の歴史を通じて、あらゆる外交的、軍事的手段が陰に陽にと講じられてきた。そのキューバでも、非暴力的な手段の活用が始まった兆しがある(３)。
もう一つ力を入れているのが、旧ソ連圏である。この地域の多数諸国は、グルジアの事態の再現をおそれて予防線を張っている。例えばベラルーシとウクライナの国家保安当局は、ロシアの諜報部門の力を借りて、活動家のブラックリストを作成した。このリストが、昨年７月から１０月にかけて、少なくとも３人の旧
オトポル関係者の入国を防ぐのに役立てられた。
革命が有望視される３つ目の舞台は、ブッシュ大統領の「大中東」構想とともに浮上した。この地域に「民主主義をもたらす」ことを目指した政策だが、現地で中継組織を見つけられる可能性は乏しい。パレスチナやイラクに対する政策のせいで、米国は非常に嫌われているからだ。
現行の出資団体からの後方支援を誰が受けることになるかという問題が、いずれにせよ残る。各国政府に無償の愛他的行為を期待することはできず、すべては出資団体の外交政策に左右されることになるからだ。
抗議活動を先導する組織は、現体制の欠点や時には犯罪を足がかりとし、変化を求める疲れ果てた国民の望みに呼応している。この国民の望みが本物だということに、誰も反論はできない。例えばミロシェビッチやシェワルナゼが国民から猛反発を受けていたことを疑う人はいない。こうした状況下で、米国の外交活動や冷戦時代の東西対立の再現が、たしかに非暴力革命の中に見てとれなくもない。しかし、大規模な抗議活動を国外から持ち込めるなどと考えるのは、とりわけ選挙の不正が明らかになった後では、およそ現実的ではない。結局のところ、政治家たちの後に続いていくかどうかは、市民の決断によりけりだからだ。
(1) Gene Sharp, From Dictatorship to Democracy: A Conceptual Framework for Liberation, Bangkok, 1993 ; Albert Einstein Institution, Boston, 2003.
(2) Tinatin Khidasheli, << The Rose Revolution has wilted >>,
International Herald Tribune, Paris, 8 December 2004.
(3) メディアを用いた集中的なキャンペーン、「市民社会」の動員、国家民主基金（ＮＥＤ）などの機関からの支援といった同じ手法が、ベネズエラでも用いられた。ただし、ベネズエラの場合には、２００２年４月１１日のクーデターと同年１２月から翌年１月にかけての経済不安化工作を正当化するのが目的だった。この国は民主的に機能しており、大統領は国民の過半数から支持されていたため、工作は失敗に終わった。
（翻訳・ 岡林祐子）
原題：Dans l'ombre des << re'volutions spontane'es >>
筆者：レジス・ジャンテ（Re'gis Gente'）、ジャーナリスト、在トビリシ
ローラン・ルーイ（Laurent Rouy）、ジャーナリスト、在ベオグラード
仏語版掲載号：2005年１月
ウクライナにおけるオトポルの活動を資金面で支えたのは、ジェームズ・ウールジー元ＣＩＡ（米国中央情報局）長官を会長とするフリーダム・ハウスというＮＧＯで、２０００年のセルビアでもすでに大々的に活動していた。フリーダム・ハウスはオトポルとの関係をつまびらかにはしていないが、大統領選挙の第１回投票の折にウクライナを訪れた幹部は次のように語っている。「フリーダム・ハウスがここにいるのは政治体制を変えるためではない。それは市民が実現すべきことだ。自分の一票に意義があること、現政権に対する恐怖心は乗り越えられることを有権者に理解させるために、我々はここに資源を投入しているのだ」
グルジアで間違いなく大きな役割を果たしたソロス財団も同じことを言う。ハンガリー出身の米国人資産家が作ったオープン・ソサエティ研究所は、旧ソ連諸国その他で市民社会を支援し、民主主義の台頭を助ける団体として出発した。しかし、その役割は２００３年のトビリシにおいて、当初の想定を踏み越えるものとなった。当時オープン・ソサエティのグルジア支部長に就いていたカハ・ロマイアが、グルジアでオトポルが行なった研修に強く関与したからだ。
それは長期的な政策だった。フリーダム・ハウスやオトポルだけでなく、南アフリカの反アパルトヘイト運動リーダーの一人だったムフセリ・ジャックなどの年季の入った活動家が、自分たちの経験を伝えるために「教師役を養成する」セミナーを繰り返し開催した。たとえば２００４年３月９日にワシントンで開催されたセミナーには、ジーン・シャープやジャック・デュバルといった非暴力闘争の理論家の姿があった。デュバルは『いかにして独裁者を打ち倒すか』と題したドキュメンタリーの制作者であり、このドキュメンタリーはグルジアで活用された。キューバとイランでも用いられたが、今のところ成果は出ていない。
こうしたネットワークがセルビアとグルジアで功を奏したのはたしかだ。しかし一連の出来事をよく見れば、どんなにうまく組織化されていたにしても、ＮＧＯのネットワークだけで非民主的な政権の転覆を実現したわけではないことが分かる。反ミロシェビッチ活動家からセルビアの副首相（前職）になったチェドミル・ヨバノビッチによれば、２０００年１０月５日のベオグラードの連邦議会占拠は、ある意味では「国家に対する攻撃だった。あれは、反ミロシェビッチ連合が下した政治的な決断だった。政権を掌握したのは、紛れもなく政治家たちだった」のだ。
ＮＧＯの主な貢献は、行動を起こしやすい雰囲気を作り出すことにあった。それゆえ、地元の政治指導者の役割が重要となる。ウクライナではユーシェンコが完璧にその役割を果たした。ユーシェンコは昨年２月、グルジア大統領となっていたサーカシビリから助言を受けたようだ。サーカシビリはユーシェンコの１年
前に、一輪のバラを手に、グルジア議会の奪取に成功した。サーカシビリ自身、２００２年の春にセルビアの反ミロシェビッチ勢力と連絡を取っている。非暴力革命の「新しい波」に最初に乗ったのが、移行期の首相を務めたジンジッチ（２００３年３月１２日にベオグラードで暗殺）をはじめとするセルビア人だった。このセルビア人たちは、ピノチェト将軍が出国する直前のチリで民衆運動や政党が果たした役割を「自己流にアレンジ」したのだった。
こうした一連の組織的な活動を見ると、非暴力革命の段取りには多数の材料が関わり合っていて、綿密な準備が必要であることが明らかになる。セルビア、グルジア、ウクライナでは、準備にほぼ１年を要した。一部の評論家、それに大統領の座を追われたグルジアのシェワルナゼやウクライナのクチマは、これらの革命に外国勢力による直接的な介入があったと見ている。米国がフリーダム・ハウスに資金援助を行なったことは明白であり、ウクライナにはポーランドやＥＵが関与した。
民主主義それ自体の観点からすると、得られた成果が掲げられた目標に見合っているとは必ずしも言えない。「バラ革命」から１年後の現在、グルジアの人権活動家のティナティン・ヒダシェリは、ジャーナリストや政治家の拘束を挙げ、新政権に対して大きく留保をつけた評価を下している（２）。ユーシェンコはクチ
マの対立者となる以前に閣僚を経験しており、反体制派の急先鋒となったチモシェンコも公営企業の民営化に際して私腹を肥やした特権階級の一人だった( href="http://www.diplo.jp/articles05/0501-2.html">ル・モンド・ディプロマティーク2005年1月号の記事参照)。彼らが倫理的、民主的な原則を受け入れる人間に変わったと断言することはできない。
▼国外からの支援には限界、最後の決断は市民の手に
こうした形の「革命」は今後どうなっていくだろうか。米国は活動の場を３つに定めた。第一の標的はカストロ体制である。かねてから米国外交の目の敵であり、近年の歴史を通じて、あらゆる外交的、軍事的手段が陰に陽にと講じられてきた。そのキューバでも、非暴力的な手段の活用が始まった兆しがある(３)。
もう一つ力を入れているのが、旧ソ連圏である。この地域の多数諸国は、グルジアの事態の再現をおそれて予防線を張っている。例えばベラルーシとウクライナの国家保安当局は、ロシアの諜報部門の力を借りて、活動家のブラックリストを作成した。このリストが、昨年７月から１０月にかけて、少なくとも３人の旧
オトポル関係者の入国を防ぐのに役立てられた。
革命が有望視される３つ目の舞台は、ブッシュ大統領の「大中東」構想とともに浮上した。この地域に「民主主義をもたらす」ことを目指した政策だが、現地で中継組織を見つけられる可能性は乏しい。パレスチナやイラクに対する政策のせいで、米国は非常に嫌われているからだ。
現行の出資団体からの後方支援を誰が受けることになるかという問題が、いずれにせよ残る。各国政府に無償の愛他的行為を期待することはできず、すべては出資団体の外交政策に左右されることになるからだ。
抗議活動を先導する組織は、現体制の欠点や時には犯罪を足がかりとし、変化を求める疲れ果てた国民の望みに呼応している。この国民の望みが本物だということに、誰も反論はできない。例えばミロシェビッチやシェワルナゼが国民から猛反発を受けていたことを疑う人はいない。こうした状況下で、米国の外交活動や冷戦時代の東西対立の再現が、たしかに非暴力革命の中に見てとれなくもない。しかし、大規模な抗議活動を国外から持ち込めるなどと考えるのは、とりわけ選挙の不正が明らかになった後では、およそ現実的ではない。結局のところ、政治家たちの後に続いていくかどうかは、市民の決断によりけりだからだ。
(1) Gene Sharp, From Dictatorship to Democracy: A Conceptual Framework for Liberation, Bangkok, 1993 ; Albert Einstein Institution, Boston, 2003.
(2) Tinatin Khidasheli, << The Rose Revolution has wilted >>,
International Herald Tribune, Paris, 8 December 2004.
(3) メディアを用いた集中的なキャンペーン、「市民社会」の動員、国家民主基金（ＮＥＤ）などの機関からの支援といった同じ手法が、ベネズエラでも用いられた。ただし、ベネズエラの場合には、２００２年４月１１日のクーデターと同年１２月から翌年１月にかけての経済不安化工作を正当化するのが目的だった。この国は民主的に機能しており、大統領は国民の過半数から支持されていたため、工作は失敗に終わった。
（翻訳・ 岡林祐子）
原題：Dans l'ombre des << re'volutions spontane'es >>
筆者：レジス・ジャンテ（Re'gis Gente'）、ジャーナリスト、在トビリシ
ローラン・ルーイ（Laurent Rouy）、ジャーナリスト、在ベオグラード
仏語版掲載号：2005年１月