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第十七話 逃げたお嬢様
<ボース市街 遊撃士協会>

川蝉邸での家族のだんらんの翌朝、エステル達は遊撃士の仕事へと戻る。
導力通信により遊撃士協会ボース支部の受付ルグランから緊急の仕事があると聞いたエステルとヨシュアとアネラスは、川蝉邸から直行した。

「緊急の仕事って、何があったの?」
「おお、来てくれたか」

息を切らせて走って来たエステルを、嬉しそうにルグランが出迎えた。
そして、エステル達はジェニス王立学園の制服を着た少女とスーツを着た若い男性が青い顔をして立っているのに気がついた。

「依頼人のレイナさんじゃ」

ルグランに紹介されて、少女はエステルに向かって頭を下げ、依頼の内容を話し始める。

「レイナと申します。実は当家のフラッセお嬢様が姿を消してしまったのです。街の中のどこを探しても見当たりません」
「ええっ、それって街の外に出たって事!? 魔獣にでも襲われたら、危ないじゃない!」

エステルの言葉にルグランは深く頷いた。

「そこでじゃ、お前さん達にも至急手を貸して欲しいんじゃ。仕事中のアガットとカシウスのやつに連絡が着いたらすぐに応援に向かわせてもらうが……」
「一刻を争う事態ね! さっそく探しに行きましょう!」
「うんっ!」
「待って!」

そう言って飛び出そうとするエステルと、慌ててついて行こうとするアネラスをヨシュアは鋭く呼び止めた。

「やみくもに探しても効率が悪すぎるよ、まずはレイナさんから手掛かりを聞いて捜索する範囲を絞らないと」
「なるほど」
「さすがだね、ヨシュア君」

年上のアネラスまで素直に感心して居るのを見て、ヨシュアは疲れた顔で軽くため息を吐き出す。

「あの、フラッセさんの特徴が分かるものは無いですか?」

ヨシュアに言われて、レイナは頷いて一枚の写真を3人に見えるように差し出した。
そこにはメイド服姿のレイナと笑顔で仲が良さそうに腕を組んでいるドレス姿の少女が写っていた。

「私の隣に写っているのがフラッセお嬢様です。お嬢様は、今は私と同じ制服を着て居ます」
「ジェニス王立学園の制服ってかわいいなあ、私も着てみたい」

ヨシュアの質問に真剣な顔で答えるレイナ。
アネラスはマイペースにそんな事を呟いた。
さすがにヨシュアもその天然ぶりにイラっとしてしまったのか、ちょっとアネラスをにらみつけた。

「アネラスさん、捜索対象のフラッセさんの服装も聞かずに探しに行こうとしてたんですよ」
「ごめんね」

ヨシュアにそう言われて、アネラスは舌をちょこっと出してウィンクしながら謝った。
その顔に毒気をすっかりヨシュアは抜かされてしまったようだった。

「それで、フラッセさんはどうして街の外へ?」
「お嬢様は逃げ出したのです」
「はっ?」

ヨシュアの問いかけに対してのレイナの答えに、エステルはそんな声を出してしまった。

「今日はお嬢様にとって大事な日。さる帝国貴族のご子弟がお見合いのためにわざわざ遠路はるばるお越しくださったのです」
「ええっ、お見合い!?」

レイナの言葉を聞いたアネラスも驚いた声を上げた。

「お嬢様はもう16歳。結婚する相手も決まっていなければ当家の恥ですわ」
「私はお祖父ちゃんに、結婚するのは10年早いって言われているのに……」
「アネラスさん、それは遅すぎると思いますよ」

アネラスの言葉に、ヨシュアはツッコミを入れずにはいられなかった。

「違う、問題は恥とかじゃ無くて、本人の気持ちよ!」
「今回のお見合いの相手は、旦那様もお気に入りのお方。お会いすればお嬢様もきっと気に入るはずです」
「親が結婚相手を決めるなんて、考えが古いわ!」
「……やっぱりカシウスもそれが分かっていたか」

エステルとレイナが言い争うのを聞いて、ルグランはついそうもらしてしまった。
しかし、幸運にもエステル達の耳には届かなかった。

「重要なのはお嬢様が危険な目に会わないうちに連れ戻す事です」
「そうでしたね、すいません」

レイナに言われてヨシュアはそう謝った。

「それで、フラッセさんの逃げた先に心当たりは無いんですか?」
「わかりません」

ヨシュアが聞くとレイナは首を横に振って否定した。

「どんな事でもいいんです、気がついた事はありませんか?」
「そう言えば、お嬢様は事あるごとに『学園へ帰る』とおっしゃっていました。それぐらいしか思いつきません」

ヨシュアがさらに質問すると、レイナはそう答えた。

「ジェニス学園ってルーアンにあるんですよね?」
「そうじゃ」

ヨシュアが顔を向けてそう聞くと、ルグランはそう頷いた。

「じゃあ、まずそっちの方角に行ってみよう」
「うん、そうしましょう」
「わかったよ!」

そう言ってヨシュアとエステルとアネラスは遊撃士協会の建物を飛び出して行った。



<ボース地方 クローネ峠・関所>

ボースの街を出たエステル達は、街道を進み、ラヴェンヌ村へのわかれ道を通り過ぎクローネ山道へと向かい、そしてルーアン地方との境目にある関所までたどり着いた。
道中にフラッセらしい人影の姿は見当たらなかった。

「フラッセさんが学園に戻ろうとしたら絶対ここを通るはずよね」
「ここで足止めされる可能性は高い、きっと間に合うよ」

エステルとヨシュアはそう言い合いながら、アネラスと3人で関所のドアをくぐって中に入った。
そして、その中で見たのはカシウスとジェニス王立学園の制服を着た少女の2人組だった。

「おや、エステルにヨシュアじゃないか」
「何で父さんがここでフラッセさんと一緒に居るの?」
「七耀教会での用事が終わって、街を歩いていたら、このお嬢ちゃんが1人で街の外へ出て行こうとしているのに出くわしてな。ルーアン地方へどうしても行きたいと言うから護衛を引き受けたんだ」

カシウスはエステルの質問に平然とそう答えた。

「なんでギルドに連絡を入れてくれなかったのよ!」
「どうしてって、怪しい男に追いかけられているから内緒にしてくれって……」

怒ってそう言うエステルに、カシウスは困った顔で言い訳をした。

「まったく、上手な言い訳を考えたものね」

エステルがそう言ってため息をつくと、フラッセは青い顔をして下を向いた。

「わ、私を力づくでボースへ連れ戻す気ですか?」

フラッセは怯えた感じでそうエステル達に問いかける。

「そうなりますね、大人しくしてください」

ヨシュアがそう言って近づくと、フラッセは後ろに飛び退いて叫ぶ。

「い、いや、それ以上近づかないでっ!」
「大丈夫よ、何もしないから。ヨシュアもちょっと待ってよ」

エステルはそう言って、優しくフラッセに語りかける。

「ねえ、よく聞いて。あたし達はあなたを守りに来たの。あなたがお見合いがどうしても嫌だって言うなら、断ったっていいのよ」
「私が嫌なのは、お見合いよりもレイナに騙されたと言う事ですわ」
「どういうこと?」
「ボースに来たのはレイナと2人きりで、観光を楽しむためでしたのよ。家ではレイナと私は使用人と主人の関係。ですから、今回の旅行を楽しみにしてましたの」

そこまで話したフラッセは、怒りを顔に浮かばせる。

「それなのに、お見合いだなんて! レイナは最初から私と旅行を楽しむつもりはなかったんですわ!」
「逃げないで、レイナさんに本当の気持ちをぶつけるべきだと思わない?」
「私は、レイナとはもう顔を合わせたくないんですの!」

エステルに説得されても、レイナは怒って後ろを向いてしまった。

「エステル、やっぱりここは僕が……」
「ま、待ってよ、これからが説得の本番だからさ……」

そう言って急かすヨシュアをエステルは押し止めた。

「ねえ、どうしても街には戻ってくれないの?」
「もちろんですわ!」

エステルの問いかけに、フラッセは背中を向けたままそう答えた。

「フラッセさんがここで意地を張っていると、レイナさんと一緒に居られる時間が減っちゃうんだよ?」

エステルがそう言うと、フラッセは驚いた顔で振り返った。

「お見合いは避けて通れないけどさ、その後レイナさんはフラッセさんと旅行を楽しむつもりだったかもしれないじゃない」
「う……」

エステルの言葉に、フラッセはうろたえた。
もうひと押しだとエステルは確信する。

「レイナさんの立場だったら、お見合いの件を頼まれても断れないのは知っているわよね?」
「私、レイナの事をすっかり誤解して居たかも知れません……」

すっかり大人しくなったフラッセに、エステル達はホッと胸をなで下ろした。

「では、帰りの道中の護衛、よろしくお願いいたしますわ」

エステル達はボースの街へと引き返し、遊撃士協会の受付で待っていたレイナにフラッセを無事に送り届けた。

「あたし、フラッセさんにああ言ったけど、レイナさんはフラッセさんの事を友達だと思っているのかしら」

フラッセとレイナがお礼を述べて遊撃士協会から出て行った後、エステルはそんな事を呟いた。

「でも、エステルはレイナさんからそう感じたから、言えたんじゃないかな」
「うん、そうよね……」

ヨシュアの言葉にエステルは穏やかに頷いた。

「見事に説得できたな、エステル」
「そんな、あたしはフラッセさんやレイナさんの気持ちになって考えて見ただけよ」

カシウスに誉められて、エステルは照れ臭そうな顔になった。

「遊撃士は民間人の味方だ。依頼人の意思を尊重する事も大切だぞ」
「……肝に銘じておきます」

ヨシュアはカシウスの言葉に真剣な顔をして頷いた。

「今頃、フラッセさんのお見合いは始まっているのかな~」
「上手く言ったら16歳で結婚相手が決まっちゃうのか、家柄が全てじゃないと思うんだけどな」

アネラスの言葉に、エステルもそう呟いた。

「なあエステル、俺や母さんの事の娘として、重荷に感じた事は無いか? ……特別な目で見られたり、越えられない壁とかだな……」
「そんなの気にしたことないわ」

あっさりと笑顔で自分の質問に即答するエステルを見て、カシウスは嬉しさと困惑が入り混じった顔で視線をヨシュアに向けた。

「エステルの性格はカシウスさんとレナさんの両方の良い所を引き継いだんだと思いますよ」

カシウスが尋ねようとした事は、長年一緒の家で暮らしているヨシュアには丸わかりだったようだ。

「よし、それじゃあ任務も終わったし、みんなで飯でも食いに行くか。レナも街に買い物に来ていて待っているしな」
「もしかして、レストラン《アンテローゼ》ですか?」

アネラスの顔がパッと明るくなった。

「すまん、居酒屋キルシェの方だ」

カシウスは申し訳なさそうにそう言った。

「S級遊撃士だって言うのに、しみったれているわね……」
「レナのやつにアンテローゼで思いっきり飲み食いさせてみろ、ブライト家の財政は破綻だ」
「そ、そうね」

カシウスの言葉にエステルは同意した。

「ルグラン爺さん、後の処理は頼んだ」
「ああ、食事を楽しんでな」

カシウスが呼びかけるとルグランはそう返事をして、外に出て行くカシウス達を見送った。

「今回の一件で、あの2人は随分ブレイサーポイントがたまったようじゃな。そろそろ推薦状を出すべきか……」

1人で遊撃士協会の受付に残ったルグランは、書類を整理しながらそう嬉しそうに、少し寂しそうに呟いた。
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