Astandなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
年金受給者が亡くなっているのに、家族らが年金を不正に受け取ってはいないかどうか。その実態を把握しようと、厚生労働省が実施した調査の結果がまとまった。年金記録上の住所が住[記事全文]
法律家の卵である司法修習生の待遇をめぐって、日本弁護士連合会が全国で運動を繰り広げている。修習生には国庫から給与や手当が支払われてきたが、厳しい財政事情などを踏まえこの[記事全文]
年金受給者が亡くなっているのに、家族らが年金を不正に受け取ってはいないかどうか。その実態を把握しようと、厚生労働省が実施した調査の結果がまとまった。
年金記録上の住所が住民基本台帳ネットワーク情報と異なる85歳以上の約2万7千人のうち770人を調べた。うち1人は11年前に死亡したのに、年金は払われ続けていた。22人は行方不明などで安否確認ができなかった。いずれも年金受給に必要な「現況届」にウソを書いて遺族らが不正に年金を受け取っていた疑いがある。
住基ネットと年金記録上の住所が一致している人は生存が確認できているものとみなし、調べていない。しかし、いま問題になっている「住民登録上の住所から、たくさんの高齢者が消えている」という事態を考えれば、もっときちんと調べる必要があることははっきりしている。
制度上、死亡や行方不明を遺族や家族が届け出ない限り、年金の支給は続く。住基ネット上で生存とされていても実際は行方不明という例が続出している以上、住民登録だけを頼りにする支給の信頼性は揺らいでいる。
かつて、受給者は年に1回、現況届を出す義務を課せられていた。不正受給をするためには、遺族らがウソをつく必要があった。
だが、2006年末から住基ネットで生存確認できない人だけ現況届を出すようになった。
つまり現況届にウソを書かなければ不正受給ができなかったころに比べ、心理的なハードルは下がったのではないか。実際、最近になって各地で行方不明とわかった年金受給権者46人について厚労省が調べたところ、25人は年金の支給が続いていた。
貧しい人が、親の年金に依存してしまう。不況や就職難の長期化でそんな家庭が増えれば、不正受給がさらに多くなるかも知れない。
「住基ネットの情報は正確」という前提が崩れた背景にあるのは、「死亡や行方不明は遺族や家族が届け出る」という常識が通用しなくなってきた社会の変化だ。
厚労省は75歳以上が入る高齢者医療制度の情報を使い、医療サービスを1年以上受けていない人を抽出して安否を確認する方針を決めた。
所在が確認できなければ、事故や事件の犠牲になった可能性もある。年金支給を停止するだけでなく、自治体や警察を含めて情報を共有するシステムを検討すべきではないか。
白骨化した遺体が見つかった東京都足立区の事例では、遺族年金を不正に受け取ったとして家族が逮捕された。
年金の不正受給は、制度への信頼を傷つける。そのことを考えても、現状を放置することはできない。
法律家の卵である司法修習生の待遇をめぐって、日本弁護士連合会が全国で運動を繰り広げている。
修習生には国庫から給与や手当が支払われてきたが、厳しい財政事情などを踏まえこの秋で打ち切られる。かわりに、申請すればほぼ同じ金額が「無利息・5年据え置き・10年返済」の条件で貸与される。
これに対し日弁連は給費制維持の旗を掲げ、修習生の地位などを定めた裁判所法を、秋の臨時国会で改正するよう訴えている。
はたしてこの主張は、幅広い国民が納得できるものだろうか。
修習生は現在約2千人で修習期間は1年。1人当たり月額25万円としても年間60億円の支出になる。経済状況も進路も様々な修習生を一律に手厚く遇する必要があるのか、疑問だ。
それだけのお金を使うのなら、貧しい人が裁判を起こす際に国が支援する法律扶助の予算や刑事事件の国選弁護報酬の増額など、司法サービスの充実にもっと役に立つ道があるのではないか。それらの国費はめぐりめぐって、弁護士の業務と生活の基盤を強めることにもつながる。
日弁連の主張はこうだ。法律家になるには法科大学院を卒業しなければならず、ローンを抱える学生も少なくない。司法試験に合格して修習生になっても、給与がなければ借金を重ねることになる。結局、経済的に余裕のある者しか法曹界へ進めない――。
門戸は広く開かれているべきだ。しかし、それは給費制に直結しない。国民が負担を引き続き受け入れるとすれば、法律家がそれに見合う働きを目に見える形でする場合ではないか。
弁護士が足りない地域で一定年限以上働き、住民の生活を支える。国選弁護や法律扶助事件に地道に取り組む。高い報酬は期待できないが、こうして公のためになる仕事をした人については、貸与されたお金の一部または全部の返還を免除する。そんな支援制度であれば、多くの国民も納得するだろう。公益を進んで担う法律家を育てる効果も期待できる。
6年前に貸与制への移行が決まった際も同様の議論があった。だが、公益活動の線引きが難しいなどの理由で一律廃止に落ち着いた。知恵を集めじっくり考えておくべきだったが、まだ遅くはない。返還を減免する要件や手続き、裁判官や検察官になった者の扱い、修習生に課せられている修習専念義務の緩和などについて、改めて検討する意義はある。
政府の審議会が司法制度改革のデザインを示して9年が過ぎた。社会の変化を踏まえ、見直しが必要な点もある。あくまでも利用者であり納税者である国民の視点から、司法の全体像を見すえた論議をすることが必要だ。