「命をつなぐ薬なので心から待っていました。治療法がほぼ尽きていましたから」。免疫をつかさどるリンパ球が異常増殖する血液のがん「多発性骨髄腫」の患者、東京都の無職、本多良和さん(62)は顔をほころばせた。だが、笑顔は続かず、ため息に変わった。「新しい薬はどんどん高くなるんですよね」
今年6月に厚生労働省に承認された多発性骨髄腫の新薬「レブラミド」。薬の値段は月約93万円もする。本多さんの自己負担(3割)は約28万円。国の高額療養費制度を使えば、上限の4万4400円を超えた分は還付されるが、一時的な立て替えが必要だ。
本多さんは05年、仕事中にものを足の指に落として大量出血。1週間以上たっても出血が止まらず、血液検査の結果、多発性骨髄腫と分かった。自分の造血幹細胞を移植する手術をしたが効果は長続きせず、09年8月ごろから承認薬のサリドマイドを使い始めた。それ以降医療費の支払いが頻繁に月10万円を超えるようになった。
今年に入り、より高い効果が期待される高価な薬「ベルケイド」も併用し始め、支払いはほぼ倍に。その薬も最近は効きが悪くなった。9月から使う新薬レブラミドで支払いはさらに増える。
年金暮らしの本多さんは、月18万円の収入を医療費のほか自宅のローン返済や税金、国民健康保険料の支払いなどに充てる。生活は妻の収入でしのぐが、不安はぬぐえない。
今年6月には毎年首都圏で家1軒が買えるほど高額な承認薬も発売された。血液難病「発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)」の治療薬「ソリリス」。年間の薬代は約4500万円に達する。PNHは血中の赤血球が早く破壊される病気。治療薬がなく、重い貧血などを起こし、発症後5年以内に約3分の1が死亡していた。
製造元のアレクシオンファーマのヘルマン・ストレンガー社長は高額化の理由を「開発費が大きいうえ、製造費や次の新薬開発に向けた費用などが必要。それに対し(国内約440人と)患者が非常に少なく、1人あたりの薬代が高くなる」と説明する。
薬の高額化は、薬価を審議する中央社会保険医療協議会でも「高額な薬剤を一生使い続けるのは、患者も大変な負担だが、(各健康保険組合など)保険者にとっても相当な負担だ」(白川修二・健康保険組合連合会専務理事)と深刻に受け止められている。ソリリスを使う患者は「薬ができたのはありがたい。でも、病気で働けなくなり、収入が減ったときが心配」と語る。
国民の2人に1人がかかるがんや、患者が約100万人に上る関節リウマチなど、治療が難しく、患者数が多い病気でも新薬の高額化が目立っている。
国立がん研究センター中央病院(東京都中央区)の島田安博・消化管内科長は「抗がん剤の改善で生存期間が少しずつ延びてきた」と評価する一方、「完全な治癒が難しいのも現実」と話す。診察の際、薬の延命効果や自己負担などを患者や家族に丁寧に説明する。「治療効果は上がったが患者の経済的負担も増した。患者が延命にどこまで金をかけられるのか」。医師にとっても悩みながら患者と向き合う日々が続く。
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人の命をつなぐ膨大な薬剤費が患者と社会に大きくのしかかる。日進月歩の開発による新薬の登場がその負担をさらに重くする。なぜ薬は高いのか。医療の現場から考える。
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この連載は永山悦子、河内敏康、大場あいが担当します。
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■ことば
国の中央社会保険医療協議会の了承を経て、厚生労働相が決める。国内で類似薬がある場合は、既存の薬の薬価を基本に、その有効性の高さなどに応じて加算される。類似薬がない場合は、製薬企業が提示する原材料費、製造費、営業利益などを積み上げる。いずれの場合も、欧米の平均価格と比較し、違いが大きい場合は調整する。
毎日新聞 2010年8月29日 東京朝刊