【ワシントン草野和彦】イラク戦争開戦時(03年3月)の米国務長官のコリン・パウエル氏(73)が、毎日新聞の電話でのインタビューに応じた。元長官は「戦争は避けることができた」と述べ、旧フセイン政権の大量破壊兵器(WMD)の存在に関する情報が間違っていたことを「極めて残念だ」と強調した。イラク戦争を巡り、ブッシュ前政権の高官が戦争が回避できたと踏み込んで発言するのは極めて異例だ。パウエル氏は、今月末にイラク駐留米軍が戦闘任務を終了させるのにあわせ、毎日新聞のインタビューに応じた。
国連安保理は02年11月、イラクにWMDの査察受け入れを求める決議を採択。元長官は03年2月に国連安保理で、WMD開発継続などの「新証拠」を提示し、米国は決議違反を根拠に開戦した。だが米情報機関の判断は05年、ほぼ完全に誤りと分かった。
元長官は、事前にWMDがないと判明していれば「個人的な見解として、米国は戦争をしなかっただろう。WMD(の存在)が国連決議の根拠だったからだ」と述べた。ただ当時はブッシュ前大統領や米議会も情報が正しいと信じるだけの根拠があり、開戦は「法的に正当化される」と語った。また開戦に反対する同盟国がある中、支持を表明した日本には「とても感謝している」と述べた。03年7月成立のイラク復興支援特別措置法に基づき、陸上自衛隊はイラク南部サマワで、航空自衛隊はクウェートを拠点に活動。フセイン政権崩壊後の復興支援の重要性を「日本は理解していた」と評価した。
【略歴】コリン・パウエル氏 レーガン政権の国家安全保障問題担当大統領補佐官(87~89年)。父ブッシュ政権の統合参謀本部議長(89~93年)として、91年の湾岸戦争を指揮。ブッシュ政権1期目の国務長官(01~05年)。現在は公職から退いている。
01年の米同時多発テロ以降、ブッシュ前政権内では、脅威に対する先制攻撃理論(ブッシュ・ドクトリン)を掲げ、米単独のイラク攻撃を主張する強硬派が主流だった。だがパウエル元国務長官は「戦争回避を追求すべきだ」との立場で、国連決議や査察を通じた解決を前大統領に進言していた。大量破壊兵器(WMD)に関する情報が後に虚偽と判明し開戦を支持した自らの唯一の根拠が崩れ去ったことが、悔恨の発言につながった。
「私はいつも、WMDに関する主要な演説をした人間とみられる」。元長官は03年2月の国連安保理での演説で衛星写真などを提示。移動式生物兵器製造装置の存在を力説した。
これは、情報機関の「WMDがあるはず」という思い込みに基づく虚偽情報だった。イラクのフセイン元大統領は06年の死刑執行前、WMDがないにもかかわらず、査察を拒んだ理由について「イランに弱さを見せたくなかったから」と告白した。当時は裏があるとは思いも寄らなかった元長官が、開戦を決定づける役回りを演じたのは、運命の皮肉だ。
元長官は05年に米テレビ番組で国連安保理演説を「汚点だ」と表現した。今回も「間違っていたのは情報機関であり、私が情報をでっち上げたのではない」と述べ、改めて無念さをかみしめた。
ベトナム戦争に従軍した元長官は、戦場の厳しさを最もよく知る人間だ。統合参謀本部議長として指揮した91年の湾岸戦争と異なり、国連安保理の開戦容認決議がなく、大規模兵力の集中投入も行われなかったイラク戦争。「米国は勝ったのか」という質問に、「まだ判断することではない」とだけ語った。【ワシントン草野和彦】
毎日新聞 2010年8月28日 12時50分(最終更新 8月28日 13時26分)