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[21262] 【ゼロ魔習作】ヴィリエ・サーガ【転生・中二病】
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 07:42
はじめまして、空乃無志(あきのなし)と申します。

皆さま方のゼロの使い魔のSSが面白くておもわず書いてしまいました。

なにぶん、始めてですので、御指導、御指摘、よろしくおねがいします。


内容の注意として

0.原作レイプです。

1.原作知識ありの原作キャラ転生・オリ主最強

2.オリキャラてんこもり。嘘設定てんこもり。

3.バトルものを目指します。

4.一章は転生主中心。原作部の二章は才人中心。三章以降は未定

5.一章の一部のみTRPG調。

6.結構性格変わってるキャラ多いです。

7.途中入る魔法解説は電波です。



[21262] プロローグ
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/18 03:31

人生何が起こるか分からない。普通の人生を普通なりに生きてきたらあっさり死んでしまって(交通事故でした…)終わるはずの人生でした。
ところがどうも人生の最後の最後で大どんでん返し。
時空を超えてどこぞの誰かに転生したぽいです。自分で言ってて超頭痛い…。

転生した原因…不明です。
何で前世の記憶持っているの…分かりません。
誰でも良いから説明プリーズ。

転生先はハルケギニアのヴィリエ・ド・ロレーヌさん。どこぞの咬ませ犬じゃん!


しばらく途方にくれたが、考えてみればこれは汚名返上、名誉挽回のビックチャンス。今までの冴えない人生(オタク・非リア充・童貞)よ、おさらば、こんにちはファンタジー!
どうせ前世では死んでしまった身、新しい世界を楽しもう!

という訳で始まりますは僕の混沌無形、荒唐無稽の物語、楽しんで戴けたら是幸いかな?





[21262] 第一章第一話 ただひたすら一人語り
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/26 02:07
どうも、僕、ヴィリエ・ド・ロレーヌと申します。

何の因果かゼロの使い魔世界に転生してしまった名も無い一小市民です。

僕はこのゼロ魔世界(ハルケギニア)においてはド・ロレーヌ家と言う名門貴族の家に生まれました。

ロレーヌ家はハルケギニアにおける序列では侯爵に位置しています。

領地はトリステイン西部の海岸沿いに位置する辺境、彼の有名なダングルテール。

私の両親は4年前の『ダングルテールの虐殺』で焼かれた後に自治政府を監視する(と言ってもほぼ絶滅状態でしたが…)監査官として名目上派遣されたのち領地として正式に拝したようです。

だから本家は別地にあるようですが我が家はアルビオン方面警備隊を独自編成しているに上に名目上の自治政府監査官を兼任している為か分家ながら本家と同じ高い爵位を拝しているようです。

広大な領地は最初はただひたすらに焼野原という悲惨なものでしたが優秀な風メイジである父が風の探知魔法を駆使して調べたところ多くの風石の鉱脈が眠っている事が分かり、開発を進めた結果、領地内にいくつもの風石が採れる鉱山を抱える非常に裕福な家庭になった(というよりなる予定?)そうです。

家柄なのか代々優れた風術師を多数輩出しており、両親ともに風のスクウェア。
父の名はクリオ・ド・ロレーヌ、かつては『天空の大鷲』と呼ばれ伝説的な風竜乗りとして首都警護竜騎士連隊の大隊長を務めたのち自治政府監視官を拝し、その後ド・ロレーヌ侯を拝命した立志伝の人です。

中央ではリッシュモンと折り合いが悪く有名無実の閑職+辺境に追いやられたようですが転んでもただじゃ起きない性格らしくコネを使って正式に領地拝命を受けた上にマザリーニに対してアルビオンに対する国境警備の重要性を説き、方面警備隊の設置を認めさせた上、首都警護竜騎士連隊や軍にいた自分の信望者を大量に引っこ抜いてきたらしいです。

それが今日における首都警護竜騎士連隊の急激な弱体化につながったらしいです。

このころから『天空の大鷲』から呼び名が変わり『不屈』のクリオ、アイアン・クリオと呼ばれるようになり中央では今でも相当に恐れられているらしいです。

母はエミリア・ド・ロレーヌ。

父の従妹であり、本家出身。父に惚れ込み嫁いだらしいです。

母もまた女性の身でありながら一時、首都警護竜騎士連隊に所属しておりこっちは天才というより天災、悪魔的な風竜乗りとして恐怖の対象だったそうです。

詳しい話は知りませんが何なんでしょうね、この両親は…。

とまぁ、まさに風メイジの名門中の名門と言った感じの家庭に生まれました。

しかも風石=石油なのでそれの大規模鉱脈を掘り当てたってことはまさにアブラモヴィッチ。

最初、かませ犬はどうかな~と思ったんですが金持ちのボンボンに転生しちゃうなんて実にラッキーな話です。

少なくとも環境面で不自由は何一つ無いようです。

しかも原作でも風のラインメイジでした。僕自身、相当な才能があるみたいだしこれは楽しみが多そうです。

さっそく色々行動したいところですが残念ながらまだ生まれたての赤ん坊の身の上です。

しばし雌伏の時間となりそうです。


2歳になりました。


もう言語・文字はだいたいに覚えました。

小さい子供だと体もろくに動かないし、する事ないから聞き耳を立てて観察することぐらいしかできません。

暇を持て余しているうちに自然と会話を盗んで覚えてしまいました。

文字は本から覚えました。

父から僕の世話係を仰せつかっているメイド長のシーニャに本を読んでもらいながらひたすら単語の意味を聞いて覚えたのです。

生前、頭が良いことは決してなかったんだけれど、意外にすらすら覚えていきました。

はてさて、子供の脳の学習能力が優れているのかヴィリエ君の基本性能が良いのか?どっちなんでしょうね?

まぁ、海外の言語も必要に迫られると普通に覚えられると聞きますし生存本能的な作用も働いたのかもしれません。

あ、この国の言葉はやはりフランス語に近いみたいです。文化レベルは中世程度。
わりかし何でもありな魔術がある割には意外に文明が進んでいないのは不思議です。

考えてみるとやはり産業革命的な発展を迎えていないのは大きそうです。

すくなくとも競争原理主義社会ではないみたいです。貴族による完全な管理社会的な印象ですね。

貴族のアドバンテージはやはり魔法ですし、この世界における価値観の原点は魔法である以上、それを超える力の研究がされないのは意味のあることに思えます。

この世界がブリミル以来およそ6000年、文化レベルが衰弱も盛況もせず管理されている状況は僕のような外世界の価値観を持つ人間から見れば異様と言えるでしょう。

しかし魔法による管理という目的のために文化レベルが調整されているとしたら?
魔法が一つのキーとなり支配体系が非常に盤石である印象です。

支配と被支配による文化の成熟。

ヒューマニズム的観点からは問題ありそうですが文化、社会体系としての完成度は異様に高いです。

この世界における秘密警察、管理者はおそらくロマリアでしょう。

異端審問はおそらく支配の杖たる魔法という装置の有効性を担保し続けるための機構です。

実際これだけ外世界からの干渉が大きい世界において文明が全然成熟しないのですから。

この世界にニホンジンがいたらどんな精密機械も再現してしまいますよ?
少し文献を見れば所謂オーパーツ、場違いな工芸品に関して研究する事は明確に異端審問に触れます。

実はコルべール先生とか普通に危ないです。
異邦人、場違いな工芸品、その多くがロマリアから一種の排斥を受けていると見て間違いないです。

徹底した管理主義の徹底。

競争原理主義の排斥。

閉じた世界。

およそこの社会機構は6000年続いたのですから、江戸時代の比ではないです。

この世界を作ったブリミルはただ偉大な聖人や偉人ではなくとてつもなく優秀な施政者であったと言えるでしょう。

彼がなぜそこまで世界を閉ざす必要があったのか?

考えてみれば説明は簡単につきそうです。

その理由が大陸大隆起による大厄災にあるとすればこの機構の最大の意味はブリミルの血族の保存でしょう。

6000年後の大厄災の再来にむけて虚無を保存する。

そのためには世界が戦乱に揺れてはならない。

ブリミルは一説には預言者とも呼ばれていたらしいです。

どこまでが彼のカレンダー通りなのでしょうか?

この世界の管理社会的価値観から見て野蛮と称されるゲルマニアのような歪な私生
児を出してしまったあたり、ロマリアによる秘密管理機構も汚職と腐敗による終焉を迎えてしまっているようにも見えます。

しかし決定的破綻を迎えることなく6000年の長きを越えて虚無の秘儀を世界に残しきったようです。

もしかするとロマリアという機構自体も時節を迎えその役目を終えてきている?
解放の時期が来ている?

いずれにしろ

6000年の長きに渡っての静寂を打ち破り。

戦乱と闘争。

ブリミル・カレンダー、最後の一ページがやってくることになるわけです。

こういう時代の節目に生まれたことをむしろ光栄に思わないといけないかもしれない。

まぁ、2歳児が考える内容では無い気がしますが…。

それはさておいて最近、周りから天才、神童とよばれチヤホヤされるいます。

僕自身こういうのは初めての経験です。

こういった期待感が一過性のものだとしてもこうなって来ると人間、俄然やる気にもなりますよね?

今日もシーニャに本を取って来て貰います。


3歳になりました。


もう家にある本は父の書斎にある魔法書以外は全て読んでしまいました。そろそろ魔法の習得に取り掛かりたいです。

そうです!なんと言っても魔法ですよ!

せっかくファンタジー世界に来たのだから魔法、見たい!聞きたい!使いたい!です。

父に「僕、将来はお父さんみたいな凄い魔法使いになりたい!」と何度もおべっか使ってたら杖を造ってくれました。

こ、これで僕もファンタジーな魔法が使える言うのですね!!スパシーバ!

何といっても生前はカメハメ波世代。モノは違えどすげー憧れていた不思議パワーです。

さっそくコモンスペルの練習です。早く使えるようになりたいです。

僕がさっそく魔法の研究と修練に取り掛かったそんな頃、ひとつ大きな出来事がありました。

メイド長のシーニャが可愛い女の子を産んだのです。僕の母であるエミリアの好意でシーニャは屋敷の中で子供を出産しました。

僕にとって生命の誕生に立ち会うのは初めての出来事です。どきどきします。

シーニャの旦那さんが大量の出血を見て具合が悪くなるなか、食い入るように出産の様子を見ている僕に母が「ヴィリエは変わってるわね」と変な関心をしていました。

シーニャは立派な女の子を無事に出産しました。

女の子の名前はシルティ。

僕も見せて貰いましたがほっぺがぷにぷで可愛いです。

僕も三歳児なので抱っこなんてできませんがまるで本当の妹ができたみたいで嬉しいです。

ちなみに僕は上に兄が二人います。

一番上の兄の名はカイト・ド・ロレーヌ、二番目の兄の名はシーン・ド・ロレーヌと言います。

年齢は一番上の兄とは8歳、二番目の兄とは7歳、離れています。

一番上のカイト兄さんはちょっと変わりもので冒険家志望です。

父は家長を継がせたいらしく色々教え込んでいるようですが、どこ吹く風のマイペース行動家。

気がつくとどこにでも一人で行ってしまって良く行方不明になります。

二番目のジーン兄さんは好奇心旺盛で女好き。

たぶんろくな大人にならないと思います。

両方、ちょっと年が離れているので僕自身は一人っ子みたいな感じです。

ほんとうに妹ができたみたいで嬉しいです。

ちなみにシーニャは産後も順調ですぐ仕事に復帰しました。

シーニャが仕事中には赤ん坊は手空きのメイド隊が代わりばんこに面倒を見るみたいです。


4歳になりました。


気合いをいれて取りかかった魔法ですが最初の数か月は魔法のまの字もでてきませんでした。

そこでいくつか本を読んで分かったことは集中力(コンセントレート)が一番大事、ってことです。

より正確に記するなら魔術が弱く不安定な子供が結果のある魔法を使うには継続した魔力抽出行為が必要だという事です。

魔力の小さい未発達な子供の身で魔法を具現化するならかなり時間をかけて魔力を集めないといけません。

空き缶にむかってひたすら集中。初めて「浮遊」(レビテーション)に成功した時には一時間もかかりました。

ちなみに僕は長時間集中しすぎて目を閉じていたのでシーニャが気づいて教えてくれるまで缶が浮いていることに気づきませんでした。

今では5分ぐらいで効果の発現までいけるようになりましたが、使えるコモンスペルは「浮遊」と「光」(ライト)のみです。

しかし、この世界におけるコモンスペルの扱いも特殊だと思います。

コモンスペルに大きく体系付けると四大系統(いわゆる火・水・風・土)のゼロ系統(系統を追加しない)スペルと純粋魔力系統(いわゆる念動力系)スペルの二つに分かれるんです。

四大系統のゼロ系統スペルはまぁ良いとして、念動力系の扱いが特殊過ぎます。

これって虚無系統のコモンスペルなんじゃないのか?

もともと虚無はより小さい事象の因子に干渉するだとか自然現象に属する・反する事象・事由系に直接的に干渉力を及ぼす魔法です。

特徴として原因と結果における自然現象的な”原因”を作ることで結果を導きだす四大系統魔法に対して、原因のプロセスをショートカットして魔力によって一気に結果を発生させる虚無系統の違いがあります。

あくまで原因による結果というプロセスに束縛される分四大体系の方が直接的な虚

無より性能面で劣るのは仕方無いかも知れません。

この世界における魔法体系は大きく分けて三つ

ブリミルが始祖の虚無魔法、理を超える・無視する魔法

マギ族が始祖の四大系統魔法、理を変更する魔法

精霊種が始祖の精霊魔法、理を維持・促成する魔法

こんな感じだと思われます。


5歳です。


何とドットスペルを習得しました。

属性は案の定、風です。まぁ当然ですよね。

しかし風は何気に強いです。

特にスクウェアスペルの「偏在」(ユビキタス)は反則級の強さですから。

今のところ覚えたドットスペルは1つのみです。

どんどん使える魔法を増やしていきたいです。

最近は父に頼みこんで書斎の魔法書を読みまくっています。

このころから魔法・魔力の扱いに関していくつか理解できるようになりました。

この世界で一般的に魔力と称されるものの正体は分かりませんがそれが強く「意識」「認識」と結び付いているのは間違いありません。

気合で魔力が高まる、成長するのはどうやら事実のようです。

またこの世界において意識が宿る物体は一定の魔力値(抵抗値)を宿します。

つまり物質の化学的変化、酸化などの劣化に影響を及ぼす固定化を生体にかけても普通は効果がでないのです。

生体にも効く極めて強力な固定化魔法の派生にスクウェアスペルの即死魔法である「致死」(デス)がありますがこれも精神修練を積んだ優秀なメイジがしっかり魔法抵抗をすれば成功するケースはほとんどないです。

ただ固定化をかける対象が意識を持たないとその効果は一方的なようです。

周囲の空間に固定化をかけて酸素の効力を奪う窒息魔法「窒息」(デス・ミスト)はトライアングルスペルながら土系魔法の必殺スペルの一つとなっているようです。

魔法は死体や物体に対しては非常に有効と言う事です。

そのため、生体に対して影響力を及ぼす水系統の治癒魔法は非常に大量の魔力判定を必要とします。

なぜ治癒魔法だけ補助のポーションが必要なのが理解できると思えます。

実は回復補助ポーションにも二通りあります。

一つが一般的な水魔法の触媒となる強化のポーション。

これは単純に発生する水魔法の効力を底上げするためのものです。

もう一つが禁呪・禁制扱いの精神系ポーション。

これは前記と違い、相手の「意識」「認識」を奪う、弱くするために用いられます。(逆のアップ系もありますが)

効力を上げるのではなく抵抗する力を弱くすることで効力を発現しやすくする。

実はあの反則無比の水魔法「契約」(ギアス)も相手の思考能力(抵抗値)を下げるポーションを併用するから効果があるのであって単純な解毒の魔法をかけるだけでも解除出来てしまいます。

原作でもカサンドラが解毒・気付けの雨で簡単に「契約」(ギアス)を解除してしまったのもよく分かります。

この世界の魔法の面白いところは逆も成立することです。

魔力が付加させた物質は意識を持つ。

つまりこの世界において意識が宿る物体は一定の魔力値(抵抗値)を宿し、逆に一定の魔力を宿す物質には意識が宿る。

その象徴たるスペルが「人形」(クリエイト・ガーゴイル)でしょう。

ガーゴイルは高度なスペルになるほど思考が上がっていきます。

デルブルンガーに象徴される高度な魔法知性は人間とそう大差のない知的レベルにまで達します。

最もあそこまで高度な感情を持った物は今のところ精霊魔法で無いと実現は難しいと思われます。

地下水もデル坊も精霊魔法で作られたものでしょう。たぶん。

しかし魔法は上手く使えないのに知識ばかり肥大していくのは何でしょう?

耳年増的な虚しさもぬぐえません。


8歳です。


ラインスペルに到達しました。

ようやく原作に追いつきました。

現状、年がら年中魔法使って魔力尽きたら魔法書読んでって言う生活です。

超インドア派です。世界変わってもヒッキーやってます。

最近、シルティがとっても可愛いです。ええ、ほんとに。

「にいたん、にいたん」て寄って来るんです。

最近はシルティに絵本読んであげるのが日課になってます。

ちなみにラインになり追加できるようになった属性は土でした。

調べてみたところ使えるのは風・風と風・土のラインスペルと風と土のドットスペルみたいです。土にも便利魔法が多いですし楽しみです。

今回は錬金についていくつか分かったことを説明したいです。

まず偽金はあくまで偽金であるということです。

原作にもあったエピソードですが元素兄弟が錬金で作った火薬を虚無が解除魔法で元の土に戻した。また市場で天然品を誇張する商人がいる。

これらはどういう事かと言うと錬金はあくまで物質が別物質に擬装するだけで内在する元素量・形質情報そのものに改ざんが施させて完璧に別物質に成り替わるのではないという事です。

実際、偽金はディティクト・マジックをかけると淡く光るのです。

いまのところ市場取引で必ずディティクト・マジックをかける習慣もないうえ取り決めもないため、偽金も金も扱い自体は変わらないです。

と言うか偽金なんてまず流通していないのです。それはなぜか?

作中で述べられている通り金はスクウェアクラスでないと錬金できないためです。

それはなぜか?

ここでも重要になるのが「意識」「認識」です。

「認識」は「価値観」でもある訳で、金を神聖な物質だと思う「意識」「認識」が目標値を上げてしまうのです。

そのため、金という物質に付随する要素が障害となって成功率が下がってしまうのです。

逆にいえば金なんてただの物質と思う「認識」の人間なら簡単に金を作れるでしょう。たぶん。

はっきり言って錬金自体はAと言う元情報体の形質その他の情報を全く違う物質であるBに上書きする。

ディスクを劣化コピーするのと変わらないのです。

なぜありきたりな物質しかコピーできないのか?

物質を構成する条件付けは人間が空想で処理できるものではないため、現実に存在する物質を元にコピーすることしかできないのです。

そのためこの世界には空想物質のミスリルやオリハルコンは存在しないのです。
(存在するかもしれないが通常レベルの錬金の所業では無いです。)

つまり錬金金属も一種の意思付加物質なのです。

その物質に付加された(魔力)意思力が必死に別の物質を演じる訳です。

「錬金」は偽装「錬金」の他にも物質の構成成分に働きかけて成分そのものを抽出する精製「錬金」も存在します。

なんでまったく同じ「錬金」という表記なのか大いに謎ですが、その根底にはこの世界に住民の自然科学に対する根本的無知・無理解があるのは間違いないです。

とにかくこの世界で市場に出回る鉄などの金属はほとんどが擬装「錬金」ではなく精製「錬金」の作用によるものです。

精製「錬金」は偽装「錬金」に比べてはるかに難易度が低い。

レベルの低いメイジが使う「錬金」は精製「錬金」の可能性が非常に高いです。
精製「錬金」はあくまで物質を抽出・精製しているだけなので鉄鉱石から鉄だけを取り出す工程を得た末に出来る物質はもちろん本物です。

おそらく、ディスペルマジックでも元の鉱石に戻すような芸当はできないはずです。

なお、精製「錬金」に不純物が混じるのは避けられない問題らしいです。

スクウェアクラスの土メイジが精製を何十回にわたってかけた研究結果を本で見たがそれでも鉄の純度は99.9パーセント台より上に行かないそうです。


12歳です。


遂にトライアングルになりました。

さすがに魔法一択で来ただけあって早かったですね~。

もっとも弱冠12歳でスクウェアに達したシャルル公やおよそ15歳で同じくスクウェアに達する事になるその娘の例もありますから常識の範囲内の成長と言えなくもないと思います。

追加属性は水。

これで回復魔法を使えるようになってかなりバランスが良くなりました。

それに水が加わったことで風の攻撃術が相当強化させました。

風・水で雷系統、水・風で氷系統の魔法を使うことができるようになったのです。

大分魔法も覚えてきたので、ここいらでさらに詳しく魔法について説明しとこうと思います。

まずは使用回数について。

この世界の魔法使用回数はキャパシティ(内容量)とレート(効率)の関係で説明できるのは良く知られているところです。

原作中にルイズが説明したところの8がどうのこうのという奴ですね。

僕の場合、キャパシティ=16

現在のレート=8

なので16×8=128つまり僕はMP128であると言えるのです。

ちなみに各魔法の消費ポイントは

スクエア   128
トライアングル 64
ライン     32
ドット     16
コモン      4

また各クラスにおけるレート(魔法効率)

スクエア    16
トライアングル  8
ライン      4
ドット      2
コモン      1

キャパシティが8・16・24…となる毎に自分の使える最上位魔法の回数が1回・2回・3回と増えていきます。

レートはクラスがアップするごとに2倍になっていきます。

キャパシティの成長は不明な点も多いのですが一応記録をつけ始めてから12→16まで成長しているので成長しない訳では無いですが劇的に成長するものでもないようですね。

最上位魔法を2回使用できる魔法使いも世間ではほとんどいないらしいのでキャパシティ16は相当高い方だと思われます。

まぁワルドあたりはスクエアスペルである「偏在」に加えて強力な魔法をバンバン撃っていましたのでキャパ20以上あるんじゃないかと思われます。

魔法にはもう一つ回復力という要素が加わってきます。

実は魔力は一日休んだくらいじゃキャパに対して全てを回復できるわけでは無いみたいです。

ここいらの要素がルイズの言うところの最上位魔法が一週間に一回、一か月に一回の話に繋がってくるみたいです。

たとえばキャパシティ8レート16(MP128)回復力3レート16(回復MP48)のスクエアメイジが消費128のスクエアスペルを一回使うと次にスクエアが使えるようになるために単純に何も魔法を使わないで3日、毎日ラインスペルを一回使ったとすると48-32で一日当たりにして16しか回復しませんから8日かかる訳です。

こう考えると毎日何かしらの魔法を使う必要がある回復力の弱いメイジならフルチャージに一か月以上かかってもおかしくありません。

ちなみに僕の場合は回復力は多少誤差はありますが概ね6です。

データ上、今のところ回復力は全く成長しないように見えます。

いずれにしても基本スペック的には相当優秀ですね。

気持ちひとつで全回復してしまう虚無使いとか、どう考えてもキャパシティ20以上、回復力8以上のスタメン組に比べると見劣りの感もありますけど…。

まぁキャパシティはまだまだ成長の余地は十分ありますし気にするほどではないでしょうね。

ついでに各属性の扱いついても説明します。

属性は第一属性(主属性)から第四属性まであります。

一番最初に使えるようになった属性が第一属性でメイジとして成長するごとに増えていき、第二、第三、第四と新しい属性が使えるようになります。

第一属性以外は使用したり組み合わせたりするために追加で消費ポイントを支払う必要があります。

風のメイジであるタバサが単独水系統を使うと余計疲れてしまうなどの説明がある部分です。

以下、追加消費ポイント一覧です。
     スクウェア トライアングル ライン ドット
第一属性   0      0     0   0
第二属性   4      8    16   ―
第三属性   8     16     ―   ―
第四属性  16      ―     ―   ―

つまりもっとも苦手とする系統のドットスペルには16+16で32もMPを消費してしまう訳ですね。

また組み合わせた属性の総数にもコストがかかります。

以下、組み合わせ消費ポイント一覧です。
単属性    0
2属性    8
3属性   16
4属性   32

たとえばタバサがスクウェアスペル、アイス・ストームを水・水・風・風で放ったとすると消費MPは128+4(第二属性コスト)+4(第二属性コスト)+8(組み合わせコスト二種類)で144になるわけです。

スペルの組み合わせにもルールがあります。

一つのスペルに組み込める属性の数に制限があるのです。また含む属性によって使えるスペルのランクが決まります。

仮に第一属性=風、第二属性=土、第三属性=水、第四属性=火のスクウェアメイジが使える魔法について書き出すと

スクウェアスペル
    
(風)・(風or土)・(風or土or水)・(風or土or水or火)※以下組み合わせに関して全て順不同

トライアングルスペル

(風or土)・(風or土or水)・(風or土or水or火)

ラインスペル

(風or土or水)・(風or土or水or火)

ドットスペル

(風or土or水or火)

僕の現状の場合(第一属性=風、第二属性=土、第三属性=水、トライアングルメイジ)

トライアングルスペル

(風)・(風or土)・(風or土or水)

ラインスペル

(風or土)・(風or土or水)

ドットスペル

(風or土or水)

この組み合わせでスペルが使える訳です。

なお、頭に持ってくる属性がその魔法の属性になります。

だから組み合わせ限定(水・風・風あるいは水・土・風)で風使いの僕でも第三属性の水のトライアングルスペルを唱えることができます。



13歳です。

突然、僕に父からお呼び出しがかかったようです。

 何でしょうか?



[21262] ステータスシート1
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/19 22:55
名前  :ヴィリエ・ド・ロレーヌ
性別  :男
年齢  :13歳
クラス :トライアングルメイジ
ジョブ :無職
魔力容量:16
魔法効率: 8
魔力回復: 6
最大MP:128
(スキル)
風感覚:3

名前  :クゼ・メイエイ
性別  :男
年齢  :21歳
クラス :ラインメイジ、ソードファイター
ジョブ :従者
魔力容量:14
魔法効率: 4
魔力回復: 8
最大MP:56
(スキル)
風感覚:2
(装備)
無銘刀:固定化LV1、硬化LV1



[21262] 第一章第二話 旅立ち
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 05:42
 ダングルテール地方の地方都市の一つであるレイザンリプールはこの地方を代表する都市であり領主であるド・ロレーヌ侯爵家の住まう都市である。

中央に貴重な水源であるスーレア湖を抱え、白石を切り出した質実なしかし美しい建物が整然と立ち並ぶ街並みはこの都市がトリステインでも有数の美都である事を示していた。

この町でも最大の大きさであるド・ロレーヌ侯邸宅の一番奥にある部屋でこの屋敷の主である一人の男が座っていた。

アイアン・クリフこと、クリフ・ド・ロレーヌ、御歳45歳になる偉丈夫である。

身長約1メイル80サントの屈強な肉体には精力が漲り、その精悍な顔は彼が未だ「不屈」の二つ名を冠するに相応しい戦士であることを物語っていた。

アイアン・クリフは即断の男であり、その行動は疾風怒濤のように激しく早いと称される。しかしそれほどの男が今は珍しく迷っている様子であった。

息子のことである。

アイアン・クリフの第三の息子である所のヴィリエ・ド・ロレーヌはわずか若干12歳にもかかわらず風のトライアングルメイジに到達した天才である。

生半可な才能では無い。

クリフの見立てで息子はこの世代のメイジを代表するような超一流の才能を秘めているはずである。

自分も風のスクウェアメイジであり、一流を自認してはいるがその実力が彼の有名な「緋炎」のレグルス・バーンズや「烈風」カリーヌ・デジレや天才シャルル・エレーヌ・オルレアン公といった真の傑物には到底及ぶものではないことは十分自覚している。

クリフはその両雄のことを有名である以上によく知っていた。同じ世代、時代を時には敵対し、時には肩を並べて戦ってきたのであるからその認識が間違いないことを確信している。

そして息子にはその真の傑物たちと同じ様な雰囲気を感じるのだ。

どんな難しい魔法書も難なく読み解き、若干13歳にしてその知識量は深淵広大だ。

常人とは一線を画す「何か」を感じる。

それを確かに感じているのだが

しかし

同時に言いようのない線の細さを感じてもいた。

一年前に謀殺されたシャルル公のこともある。

あれほどの天才であったシャルル公が結局大成しえなかったことのようなことがわが息子におこるのではないのか懸念を抱く。

体も鍛えられておらず、特に行動力のなさには本当に我が息子か?と疑問を持つほどだ。

この行動力の無さではその才能は埋もれ行くだけではないのか?そう感じるのだ。

(やはり、一つ手を打つか)

彼は呼び鈴を鳴らし、訪れた使用人に二人の人物を呼んでくるよう命じた。


◇◇◇◇

 呼び出された一人目の人物であるところのヴィリエ・ド・ロレーヌは少々戸惑っていた。

こんな早い時間帯から父の呼び出しを受けることなど今までなかったからである。

そんな風に扉の前で思案中のヴィリエの容姿に注目してみる。

顔はまぁそこそこ整っていると言えるだろう。

背は150センチメートル前後、やや痩せ気味。

色のやや薄い金髪に深い紺碧の瞳。

どこか覇気とかやる気を忘れてきたような印象で瞼も重く眠そうな気だるそう雰囲気を連れている。

全体的に見て突飛なところは無くハルケギニアにならどこにでもいそうな少年である。

そんなしゃっきりしない様子の息子であるヴィリエから見た父の印象は「なんだか忙しそうな人」だ。

ダングルテールが曰くつきの土地であり父が様々な出来事に悪戦苦闘の日々を過ごしているのは想像するに容易なことだったがその苦労を分かち合いたいなどと殊勝な気持ちはこれっぽちも持っていなかった。

ので特にワーカーホリック気味の父に自分から接触することはなかったヴィリエだ。

呼び出しの要件について想像もつかない。

しかし突飛なところがある父だ、何を言われるかわからないぞ、と密かに覚悟はしていた。

目の前に作りの良い扉が見えてきた。父のいる執行官室だ。


こんこん…。扉をたたく音が響く。

「はいりたまえ。」

「失礼します。」

「ヴィリエが先か、まあ良いそこに座れ。」

クリフが椅子を示し座るように促す。

(先に?ほかにも誰か呼んだのかな?)

「はい」

疑問は持ったがあまり深く考えずに椅子に座る。

ヴィリエは少々呆けたところがある、というより興味がない、面倒なことはさぼる癖がある。

これまで魔法の研究しかやってこなかったのもそれ以外興味がない、面倒だったからという次第である。

しかし、一度そのままボケっとしていたところを父に見られて説教を受けたことがあり、父の前では少々緩い本性を出さないようには心掛けていた。

面倒なことは嫌いだが、説教はもっと大嫌いなヴィリエなのだ。

「父上、用件は何でしょうか?」

ヴィリエは面倒事は早々に終わらせる主義なのだった。

ある意味立派といえる心がけである。

ただし面倒事に早々に立ち向かう主義で無いのが玉に瑕ではある。

「単刀直入に言う一年間、旅をしろ。」

「えっ?」

「諸国を見てこい。幸いどの国も今は情勢が安定している。一年間は家に帰ってくるな。」

単刀直入というか長刀でバッサリ切られた感じだ。とヴァリエは思った。

まぁ、この父のことである。いまさら何を言っても無駄なのだろう。

「旅の費用は?」

「100エキューくれてやろう、それで旅をしてくるが良い。」

そう断言するクリフの顔をヴィリエはまじまじと見返した。


破格である。


破格の安さである。物価が一定でないので一概には言えないが100エキューといえばおおよそ300万円ぐらいにしかならないだろう。

この国の平民の年間の平均所得が120エキューぐらいだから貴族が一年間、旅を続けていくには心もとなすぎる。

何が悲しくて名門貴族に生まれていながら貧乏旅行をしなければならないのだろうか。

(これはようは無茶ぶりか…)

つまりは苦労してこい、とクリフは言いたいのだろう。

クリフとしては父親として何か思うところがあっての判断だろうがヴィリエとしては非常にいい迷惑である。

しかし、上の二人の兄にはこんな酷い仕打ちはなかったはずだ。

もっとも一の兄は進んで自らどこでも行ってしまう気性の人間だったし二の兄は逆に手元に置いておかないとまずい事になるタイプの人間だったが…。

上の変人二人に比べれば地味ながら優等生然としたヴィリエは身内の受けも良かったはずだが…。

父は僕が嫌いなのだろうか?

疑問は尽きないし、了承はしかねるがこの口調、説明する気はなさそうだ。

仕方無い。

諦観の気持ちで話を進める。

「分かりました。旅の出発は?」

「3日後だ。」

(たった三日かよ!くそ親父!)

ヴィリエの内心は腸が煮えくり返るようであったが表には出さず、むしろ深刻な事態にはあまり気づいていない風を装った。

一つ馬鹿な子供を演じてみることにした。

「父上、ひとつお願いがあるんですけど…」

「なんだ?」

「旅の準備なんですけどシーニャに手伝ってもらって良いですか。」

「ならん、自分で用意しろ。」

「えっと、自分で自由に用意しろと?」

あえて自由にを強調して聞き返す。

「ああ、俺が許可する。」

「はぁ…。」

ヴィリエは残念そうな顔とは逆に内心で笑みを浮かべていた。

自由に準備が出来、父の許可がある状況ならかなり細工がきくはずだ。

もとより100エキュー程度の額で旅立つ気など毛頭無い。

石橋は叩いて壊すぐらい用意周到なのがヴィリエの主義だ。

いくつか計画を頭の中に浮かべて思案する。

結論からいって今一番重要なことは時間がないという事だ。

早々に行動を起こさなければならない。

そして行動しながら計画を詰める。

当ては幾つかある。

「では準備します」

「まて、紹介したい男がいる。入れ」

「失礼します」

一人の男が部屋の中に入ってくる。

今のは傍から見れば不自然なやり取りだ。

察するしかないがおそらく風のスクウェアメイジであるクリフは部屋に控えていた男の気配に気がついたのだろう。

高レベルの土メイジが物の性質や構造をふれて理解できるように、高レベルの火メイジが生物の出す熱量を察知して気配を探れるように、高レベルの水メイジが遠く離れた水気を察知して水源を探ったり、人の中を流れる血流の動きから体の悪いところを見つけたりするようなのと同様に高レベルの風使いはわずかな音や空気の振動で人の気配や壁向こうの物の配置構造を感知する超感覚が備わるのだ。

一般にこの感覚のことを風メイジたちは”風に知る”と呼んでいる。

ヴィリエの方もなんとなくは誰かが扉の外にいることは気づいていたが…。

この部屋の扉は重厚な造りになってはいたが完全に防音できているとは思えない。

まぁ、風メイジであるクリフなら聞かれたくない話なら「消音」(サイレント)を唱えるだろうし防音は必要ないのかもしれないが。

話声は扉の外に当然漏れていただろうから男は話が落ち着くまで部屋の外に控えていたのだろう。 

入ってきた男は優男風の整った顔に黒髪、長身で細身では比較的しっかりとした筋肉質の体付きをしていた。

顔の印象に騙されると気づかないかもしれないが鍛え上げた戦士の体つきだ。

「彼の名前はクゼ・メイエイだ。彼はこう見えて歴戦の猛者でありクラスは風のラインメイジ、祖先に異邦人がいて代々直伝の特殊な剣術を使うのだ。」

といって彼の腰に差されている刀を指差した。

(聞いた名だな。たしか父の懐刀と呼ばれている…。)

「彼にはお前の旅の従者をやってもらう。旅の間、ついでに彼に稽古をつけてもらえ」

よけいなお世話だ。と言わざるをえない。

只でさえ極貧な旅が始まるというのに旅の合間に稽古までやれ、なんて実に人を馬鹿にした要求である。

そんな余裕のある旅になるとは到底思えない。

「よろしくお願いします。」

優男が手を差し出してきたがよろしくお願いしたくないので無視した。

「では準備がありますので」

時間が足りないのださっさと準備に取り掛かろう。

「待て、折角だ。少し手合わせしていけ。」

まてまて何の折角だ?

そんな折角はこの世にないとヴィリエは思った。

「外に出るぞ」

有無を言わせないつもりらしい。

ああ、なるほど、これがアイアン・クリフか。

噂に違わぬ相当に傍迷惑な男だ。

ヴィリエは諦観した。



[21262] 第一章第三話 ヴィリエVSクゼ
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 05:50
魔法使いにとって距離は武器の一つだ。

魔法使いは詠唱というプロセスを省略化する事は出来ないからだ。

魔法とはコンピューター上で起動するプログラムに似ている。

魔法使いはルーンと呼ばれる魔法言語を使い命令文をつくり、魔力と言う燃料を使ってそれを起動させるのだ。

魔法言語を使って出来た命令文=スペルだ。

この世界の魔法、オカルトにおいて

ルーンとは原典の想起を強力に補助するものだ。

四大系統スペルとは火・水・風・土を表すルーンを主語として述語等を組み合わせた命令文の事である。

ルーン言語をイメージする時は高度なコンピューター言語を考えてもらえば良い。

高度な魔法程、命令文が長くなり強力かつ特殊な魔法が発動するのだ。

声を発するとは意思を発することであり、ルーンを対象に入力する行為である。

契約を施した杖を構える行為は対象にパスを繋ぐ行為であり、術者というコンピューターと対象を繋ぐUSB端末のようなものだと考えたもらって良い。

つまりコネクター(接続器)。レセプター(増幅器)ではない。

杖を振ることが入力の終了と命令文の開始を意味しており、起動スイッチを押すこと、魔法を発動させる行為である。

この三つの行為はブリミル式の魔法儀式の作法であり礼法である。

こんなものはコックリさんのやり方みたいなものでありブリミルが簡単簡素合理的に接続・想起・命令・発動を整理した方法論の一つに過ぎない。

と言っても非常に高度で強力な魔法方式である。

これ以上に術式を省略化、簡略化する事は今のヴィリエには難しい。

ヴィリエの詠唱は極めて速い方だとしても作法に従う以上、魔法の発動速度には限界がある。

魔法の一振りが剣の一振りの速度に追従出来る訳はないのだ。

高度な魔法ほど詠唱に時間がかかるのも避けられない。

故に距離、間合いは魔法戦における最重要ファクターである。

両者の距離は200メイル。

ヴィリエにとって相手が近接戦闘士であることを考えるといささか心もとない距離と言える。

ラインメイジというクリフの弁を信じるなら純粋な術者としての実力ならヴィリエがクゼを圧倒できるはずだ。

しかもこと詠唱速度ということに関してだけ言えば、ヴィリエはスクウェア級にも決して引けをとらない。

逆に距離が詰まれば所詮13歳にすぎないヴィリエがクゼに勝つ可能性はない。

となればクゼの動きを予想するのは容易だ。

こちらの攻勢を上手く魔法で防御しながら一気に距離を詰めてくるはずだ。

ヴィリエが押し切るか、クゼが凌いで反撃しきるか、そういう単純な戦いになりそうだ。

「はじめ!」

クリフが号令をかける

はじかれたようにクゼが動く。強烈な加速。

(早い!)

ヴィリエが最初に唱えた魔法はコモンスペルだった。

――「飛行」(フライ)(残りMP124。)

ヴィリエは正対を維持しながら後方上空へと身を投げ出す。

対するクゼも瞬時に「飛行」を選択。自身の加速にうまく乗せてさらにスピードが上がる。

翔――!

ヴィリエの飛行よりクゼの飛行の方が加速がついている。

追いつかれる。

しかしヴィリエは次の詠唱を終えていた。

――「風」(ウィンド)(残りMP108)

初歩のドットスペルである「風」(ウィンド)が発動する。

発動位置は両者の真ん中、選択した風には上下の縦回転を加えてある。

旋回する風が弾けヴィリエを斜め上方に、クゼを斜め後方に弾き飛ばす。

(上手い!距離が広がった。)

クリフは幼い息子が見せる意外な巧みさに驚いた。

「風撃」(ウィンド・ブレイク)ならダメージは与えられても距離や位置を稼げはしないだろう。

ここでは次に向けた布石としての手を打ったのだ。

上手く風を追い風にしてさらに後方に加速したヴィリエに対して突然の突風に体勢が崩れたクゼ。

両者の距離は広がりしかもヴィリエは有利な上方を制している。

ヴィリエの次の魔法が発動する。

――「錬金」(ケミストリー)(残りMP88)

クゼの頭上に「錬金」をかけ無数の石群を生み出した。

石は重力加速を得て下に自由落下する。

「飛行」(フライ)は「浮遊」(レビテーション)に比べて極めて早く移動できるがその反面、一度コントロールを失えば、瞬時にコントロールを取り戻すことが難しい術である。

仕方なくクゼはフライをレビテーションに変えて体勢を整えざる得なかった。

その一瞬、瞬間を狙っての早撃ちである。

クゼが気づいた時には大量の土砂のカーテンが直近まで迫っている。

使った魔法は「錬金」だったが効果としては土・土である土の二乗ラインスペルの「土流」(ロックフォール)と遜色ない。

クゼに対し大量の土砂が降り注ぐ。

クゼはとっさに上空に対して「念力」(サイコキネシス)を放つ。

不可視の力場が傘のように頭上に広がり土砂の大半を防いだがクゼ自身は力場ごとさらに下方に押し流される。

クゼはしばし迫りくる質量の暴力から身を守るしか術が無くその時間はそのままヴィリエのアドバンテージとなった。

――「嵐」(ストーム)(残りMP56)

風・風――。風の二乗ラインスペルである猛烈な嵐が土砂ごとクゼを包み込む。

しかし先ず生み出された土石を一緒に巻き上げて発動した嵐の破壊力は風・風・土のトライアングルスペルである「石嵐」(ロックストーム)と同等である。

(さっきから使っているあの技は分割式か…。)

クリフは息子が魔法戦闘の技術をすでに体得している事に驚いていた。

分割式とは魔法使用を分けて使うことで省エネ化したり高度化したりする高度魔法戦闘技術の一つだ。

この手の魔法式の他にも自然物を利用して省略化したり効果を付与したりする自然式などがあり、この二つは魔法騎士の学ぶ戦闘技術の基本であり奥義である。

さすがに全方位から飛来する石から身を守ることはかなわない。

クゼの全身を無数の石が撃ちダメージを与える。

石嵐が止むと同時にクゼが撃ち落とされた。

(勝負あったか?)

クゼには良いところはなかったが息子の秘めた魔法センスを見ることができた。

まぁ良いだろう。

(いや、これは――)



ヴィリエは一回の飛行による限界飛行時間を迎えて地に足をつけた。

コモンスペルとは言え魔法制御を維持しながらの連続魔法使用は少々堪える。

付き合いとしてはこのくらいで十分だろう。

ヴィリエはさっさとこの場を立ち去ろうと歩き始めた。

瞬間クゼが飛び起きた。

(死んだふり!?否、殺してはいないけど!)

加減をしたことが仇になったようである。

したたかな!

クゼは全身を打たれる間、急所要所に土のドットスペルである「硬化」(ハードフォーム)をかけて身を守ったのだ。

全身が打撲による内出血を負っているが要所をしっかり守り切ったため意外にダメージが少ない。

クゼの動きが落ちていない。

神速の縮地、一歩ごとに飛行による加速を上乗せして低空を滑空している!

そういえばシャアはバーニアの加速に足場をける力を乗せて通常よりはるかに早く動くことができたという。

まさかこのクゼは通常の三倍速いと言うのか!!

すでに二歩を許した、加速の差は絶望的である。

捉えられる!

――「石壁」(ロック・ウォール)(残りMP36)

ヴィリエは絶妙なタイミングで土のドットスペルを放った。

あのスピードで壁にぶち当たれば大けがは必至。

が、クゼの勢いがそれを突き抜ける!

「はぁぁぁ――」

閃――ついにクゼの刀が鞘から解き放たれ壁に無数の斬撃を放つ。

目にも止まらぬ瞬間の抜刀だ!

しかしここでもヴィリエの策が先手を打った。

瓦解――。

ヴィリエの作った「石壁」(ロック・ウォール)は石でなく砂で出来ていた。

簡単な衝撃で壁は自壊を始め、一転、土煙と化した砂のカーテンがクゼを襲う。

(小賢しい!!視界を潰しに来たか!)

しかしクゼは優秀な剣士であると同時に風のラインメイジだ。

視界を奪われたとて感覚を研ぐ澄ませば状況はわかる。

クゼは眼を閉じて、なお加速した。

ヴィリエに動きはない。

(いける!)

――「消音」(サイレント)(残りMP20)

瞬間、音が消えた。

風の感覚がヴィリエの存在を完全に見失う。

しかしすでに砂幕は突破した!目を開く。

「なっ」

いない!どこに消えた?

クゼは呆然と周りを見渡した。

傍からこの状況を見ていたクリフには分かっていた。

風のドットスペル「消音」(サイレント)に続けて、同じく風のドットスペル「隠蔽」(スクリーンアウト)を唱えたのだ。

「隠蔽」の詠唱音は「消音」の効果で打ち消されているため目を閉じたクゼにはヴィリエの行動を察する事は不可能であった。

それにしても驚くべき高速詠唱だ。

ヴィリエはクゼがロックウォールに当たる瞬間に合わせて上手く気配を殺して直線上から退避していた。

絡めてのドットスペルのコンボだ。

クゼは警戒して意識を集中しているが風のスクウェアメイジであるクリフの感覚はヴィリエが既にこの場所を去ったことを諒解していた。

文字通り煙に巻いたらしい。

「そこまで――。」

ヴィリエの残りMP4。

ヴィリエにとっての人生初の仕合は引き分けに終わった。



◇◇◇◇



ヴィリエは完全に場所を離れて術を解いた。

クゼは予想よりもずっと素早く、しかも強かな相手だった。

(途中、手加減をしたのは失敗だったかな?)

途中で放った「嵐」(ストーム)をトライアングル級で撃ちこんでおけば風・風・土の「石嵐」(ロックストーム)が風・風・風・土の「烈嵐」(ストーム・ブリンガー)に変化していたはずである。

ただ「斬嵐」(カッター・トルネード)と同クラスのこの術をあのタイミングで撃ち込んでしまえばクゼはどう足掻いても超高速で旋回する礫弾に全身を打ち抜かれ蜂の巣になっていただろうし、ヴァリエとしてもあんなしょうも無い手合わせで人殺しは御免であるから加減せざるえなかったのだが…。

勝ちに拘らなかったとはいえあそこまで先手、先手を打って詰め切れなかったのは反省すべきところだ。後で検討しておこう。


さて、旅の準備を始めるにあたってまずヴィリエがむかった先は母であるエミリアの居室である。

エミリアは役に立たない父と違って風メイジの大家であるド・ヴァンファレイ本家の出身である。

ヴィリエは旅の最初は母のコネを頼って適当な人物にあたってみようと考えていた。

母は息子たちを溺愛しているから理由を話せば必ず協力してくれるはずである。

ヴァリエが母に状況を説明すると何通か思いつく相手に紹介状を書いてくれることになった。

しかし、ここでヴィリエの話を聞いたエミリアの眼は決して笑ってはいなかった。

どうやらクリフは母には何の説明も無しに今回の事を決定したらしい。

エミリアはクリフに対して「今晩話す」としか言わずヴァリエと別れた。

次にヴィリエが向かったのは風石の発掘・管理の責任者であるロッジという男の元であった。

彼とは何度か接触したことがあり純度の低い屑風石を研究用として貰い受けたことが幾度かあったのだ。

「やぁヴィリエ坊、今日はどうしたんだい。」

「ロッジさん、実はしばらく、とあるトリステインの貴族のところに遊びに行くんです。それでできれば純度の高い風石を手みあげに持って行きたいのですけど分けてもらえませんか?」

「うーん、ヴィリエ坊の頼みなら聞いてあげたいけどいつもあげてる屑石ならともかく高純度の風石は帳簿に載せて管理してるからそう簡単にはあげられないな~」

「では帳簿に載る前の石なら頂けますか?」

「ん?ああ鉱山に直接言って貰う分には帳簿には載ってないのがあるか。よし取りに行くなら分けて貰えるよう話をつけておこう」

「あのロッジさんできればこのことは…」

「親方には言わないよ。というかばれると俺も怒られる」

「ありがとう、ロッジさん。いずれ、お礼させて下さい」

「良いよ、良いよ。楽しんでおいで」

これで風石をいくらか分けてもらえる算段がついた。

ヴィリエはロッジに別れを告げると早々に鉱山に行って風石を分けてもらった。

こんなもの持っていても仕方ないので旅に出ればすぐに売ってしまう気でいたが額にして100エキュー分くらいの量は十分ありそうだ。

しかし、ロッジにはもちろん感謝しているが管理が杜撰過ぎないか?

この管理体制じゃ横領し放題だろうけど…。

その夜、ド・ロレーヌでは壮絶な夫婦喧嘩が行われ、キレたエミリアの放ったカッター・トルネードで巨大な屋敷の半分が吹き飛び、翌朝、半死半生のていの家長である男が玄関先に吊るされているのを出勤してきたメイドが発見した。

さすがの不屈もこのときばかりは二日寝込んだ。

逆にいえば、たった二日で復活した。

エミリアがそれだけ抵抗したにも関わらずクリフは意思を曲げず、結局エミリアはヴィリエは旅に出ることを了解したようだ。

しかし母の思わぬアシストが入ったお陰で残り二日間、父に邪魔されず十分な準備ができた。

数は少ないが知り合いにも別れを告げることもできた。

小さなシルティに一年間会えないことを教えると泣いてしまった。

シーニャも心から心配してくれているようだった。



[21262] 第一章第四話 出発
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 06:17
「それでは行ってきます」

三日後、旅支度を終えた僕はあらかじめ手配した馬車に手荷物を持って向かおうとしていた。

レイザンリプールの馬車の停留所にはヴィリエを見送る面々が集合していた。

「まて」

全身包帯男が静止をかけた――クリフである。

「クゼ、持ち物を確認しろ」

「はい」

クゼが僕の持ち物をひっくり返して確かめる。

乱暴な男である。

「調べるのは構いませんがきちんと折りたたんできれいに戻してくださいね…。」

もうここまで徹底していると怒りや呆れを通り越して無表情である。

ヴィリエは淡々とその様子を眺めていた。

しかし、父の横に立ったエミリアからは見えるような明確な殺気が放たれる。

「貴方達、あんまりふざけるとコ・ロ・ス・わ・よ」

「だ、大丈夫そうです。」

「そ、そうか、ではきちんとしわを伸ばして入れなおせ。」

母は絶対零度に達しているようだ。

その母が僕を抱きしめる。

「ヴィリエ」

「お母様」

「ヴィリエ、旅が辛くなったらいつでも私に会いに来なさい」

「おい、エミリア」

クリフが文句を言いたげに声を上げた。

それに返事を返すエミリアの声はどこまでも冷たい。

「心配しなくても貴方の言いつけは守りますわ、クリフ。この子がこの後、一年間この家に帰ってくることはないでしょうね」

「そうか、では――」

クリフが納得したように話を進めようとしたがエミリアは次の言葉を被せた。

「私もこの家から一年間出て行きます。ヴィリエ、私は本家に戻りますからいつでも会いに来ていいのよ」

父の動きが止まっている。

包帯で表情が窺い知れないのが少々残念である。

「ありがとう、お母様。でも僕もいい機会なので世界を少し見てこようと思います」

「そう分かったわ、頑張ってらしゃい、私のヴィリエ。風の加護があらん事を。」

「風の幸があらん事を、お母様。」

それぞれに別れの言葉をかけてヴィリエは町を出た。

しかし一年か…、ずいぶんと長い旅になりそうだ。



  ◇◇◇◇◇


ヴィリエたちは最初の町であるヨークハイムに着いた。

ヨークハイムはダングルテール地方の首都トリスタニア方面への窓口となっている交易都市で比較的立派な建物が多い町である。

馬車や行きかう人の出も多い。

ヴィリエは町に着くなりクゼに言った。

「クゼ、100エキューを僕に渡してくれないか?」

「これは私が管理するように親方様に言いつけられています。」

クゼはかるく首を振ってヴィリエの要求を拒否した。

「残念なことに僕はそんなことは一言も聞かされていないよ。これがなんだかわかるかい?」

ヴィリエは一枚の念書を示した。

「これは出発前にクリフにわざわざ書かせた直筆の念書だ。奴はなんでこんなものを息子が要求してきたか理解できていなかったようだが、ここには旅の資金として僕に100エキュー渡す旨が書かれている」

「はぁ…、それがどうしました?」

ヴィリエの発言の真意を測りかねてクゼは聞き返す。

「いい?つまり君に渡された100エキューはすべて僕の所有にあるんだ。僕は君に1ドニエも与える気は無いよ」

「へっ?」

「君が歩く財布をやりたいなら無給でやるのはかまわないよ。でもその金に少しでも手を出したら君は横領罪に問われる、分かるよね?」

「はぁ…、いや、しかし…」

「分かったかい?では、100エキューを渡してくれないか。クゼ」

ヴィリエは手をクゼの前に差し出した。

「うっ…」

しぶしぶ、クゼがお金を渡す。

どうやらクゼは顔と人は良さそうだが頭はそうでもないらしかった。

「僕はこの先の大通りにある宿に泊まるから」

そういってヴィリエは歩きだした。

その後ろをクゼがついていく。

「では私も、一緒に良いですか?」

「ご勝手に」

「よろしくお願いします」

…はっ?

「……もしかして未だ気づいていないのかい、クゼ君」

「何がです?」

「何度も言っているだろうが!ここから先、君は自分の分の旅費、経費は自分で出す。僕の分の旅費、経費はこの100エキューを含めた僕のお金で僕が出す。そういうルールだ!分かったかっ!」

「ち、ちょっと、待って下さい!私、手持ちはほとんどないですよ!?」

「知らないよ」

こんなのが父の懐刀なのか?

順応そうで使いやすそうではあるがおつむが弱すぎるだろう…。

クゼはしばらくとぼとぼとヴィリエの後を付いてきていたが宿が予想以上に豪華なのを見るや安宿を探しに去っていった。

(やれやれ、僕から離れて従者の仕事になるのかい?)

別に煙に巻く気はないが出発に際していなければ待たないし、旅費が足りなくて船やらに乗れなくても無視して行くつもりだ。

クゼの雇い主は父であるクリフなのだから俸給・経費は父から貰うべきであり、その部分はヴィリエにとって関与すべき問題では無い。

「おや、ヴィリエ様。お帰りなさい。部屋の鍵をどうぞ」

「ありがとう」

「ご宿泊は明日までのご予定でしたね。ご要望通り、シーツの交換、掃除等は行っていません。よろしかったですね?」

「ええ」

「ではごゆっくりお過ごしください。」

察しの良い方はこの会話でお気づきかと思うがヴィリエがこの宿を借りたのは今日のことでは無い。

昨日から三日間の予定で借りていた。

彼は自分の部屋に行くとまずは錠前にかけた魔法の鍵を解いた。

次に部屋の鍵を開けて中に入る。

(どうやら無事のようだな)

ベッドの上にはこの三日で集めた旅の資金が乗っていた。

普段貯めていた小遣いに加えてさっさと金に換えてしまった風石の他にも父が大事にしていたドン・マイセン朝の陶磁器やらいろいろと売り払って資金を作ったのだ。

幸いにして屋敷が倒壊してしまったのでこの件に関して足が着く危険性も無くなっていた。

図らずも成った完全犯罪である。

金貨は持ち運びに不便なのですでにダイヤ等の宝石に変えている。

先ほどクゼから奪った100エキューも持ち運びを考えれば一部は宝石化すべきだろう。

すべての宝石を現金に帰れば500エキューくらいにはなりそうだ。

物の価値が違うので一概には言えないがおおよそ1500万円近いわけだからこれだけあればまぁなんとかなるだろう。

さてやるべきことを考えるか。

今の僕にとって一番の懸案事項は原作知識の欠如、不備だろう。

前世がおたくだっただけにゼロの使い魔に関しても知識としてはかなり正確に持ってはいる。

しかし残念なことに僕がこの世界に来る前にはその物語自体は完結していなかった。

僕には内容にして当時既刊であった巻数相当分までの知識しかないのだ。

つまり何かが理由で風の力の暴走による大隆起が起こるかも知れないことなどかなりの部分で未解決要素、謎が残っている。

そもそもゼロの使い魔が人気作である以上その世界で起こるクライシスが大隆起だけで終わらない可能性もある。

ブリミルに関する謎もほとんど分かっていない。

この部分について探りを入れることができればその分だけ後々のエピソードにおいての優位性は高まる訳で旅と称して情報を集めるのは悪くない。

できれば母のつてを端緒にして芋蔓式に本命である全てを知るであろうロマリアの中核に辿り着くこと。

それがひとまず当初の目的となる。



[21262] 第一章第五話 王都
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 07:08
あまりお金は気にせず馬車を走らせた結果、数日後には王都であるトリスタニアについた。

兵は巧遅よりも拙速を尊ぶだ。

ヴィリエはたどり着いたトリスタニアの街並みを眺めた。

目に付く建物の規模は違えど故郷であるレイザンリプールと似た白石造りの建物が並ぶ美しい町である。

一番の違いは人出と街道の広さである。

人が街道を埋め尽している。

細かい町のつくりからしてもレイザンリプールがここをモデルにしているのは間違いない。

ヴィリエはまずは母のつてを便りにこのトリステインにおいて最大の実力者と呼べる男のもとを訪ねるつもりであった。

彼の有名なマザリーニ枢機卿である。

母とマザリーニ枢機卿が知り合いなのは驚いたがまぁ名家のお嬢様なら不思議はないのだろう。

マザリーニ卿ならロマリアとのパイプも太いはずである。

しかしマザリーニは公務での勤めが忙しく、私宅にいることは殆ど無いと聞いていた。

必然的に王宮に出向くしかなく、対面は難航すると思われた。

しかし、ヴィリエが衛士に言伝を頼むとあっさりと面談は叶ってしまった。

何か仕掛けがあるのだろうか?

「失礼します。」

衛士に連れられてやってきた執務室は持ち主に似て質素で簡素な佇まいであった。

その部屋の奥の椅子にこの部屋の主が座っていた。

「良く来ましたな。私がマザリーニですぞ」

トリステイン一の実力者、枢機卿マザリーニである。

若っ!

ヴィリエとしてはそれ以外に感想も出てこないくらいにマザリーニが若いことにびっくりした。

「はじめまして、僕はヴィリエ・ド・ロレーヌと申します。」

ヴィリエはマザリーニ卿に敬礼をした。

「ふふ、あの粗忽者のクリフの息子にしてはずいぶんと礼儀正しい…。小(しょう)エミリアは良く育てたようですな。」

昔を懐かしむような口調でマザリーニ卿はヴィリエにそう述べた。

母とは相当親しい関係なのだろうか?

ヴィリエはマザリーニ卿に尋ねた。

「あの、両親とはどういったご関係ですか?」

「あぁ、小エミリアの実家は熱心な聖教徒でしてな、まだ今ほど忙しくなかった時期に良く家に招かれ、請われて説教を説いたものです。貴方の母の事は小さい頃からよく知っておりますぞ。逆にクリフの方は中央勤務の時に何度が別の意味での説教をよくしたものですな…。」

あれ?うちの母親っていくつだっけ?

一番上の兄はいくつで生んだんだ??

なんか犯罪のにおいがしてきた。ロリコンだったのかうちの父は!

心中複雑な気持ちになりながらヴィリエは懐から母の親書を取り出した。

「あの、母からの手紙です」

「あぁ、しかし君がどういう経緯で旅に出たのかはすでに承知してますよ、小エミリアから早文が届いていたので」

なるほどずいぶん話が早いなと思ったらこういうことか…。

難航すると思われた謁見があっさり適った理由はこれらしかった。

母の行動力には感動するばかりである。

13歳になったばかりの子供の身を案ずる親としてはもしかすると当たり前なのかもしれないが深い親愛と感謝の念を抱かざをおえない。

「こちらの手紙も後で拝見させていただきましょう、王都にはしばらく滞在するのかな?」

「はい、そのつもりです。あの、マザリーニ卿。」

「何かな?」

「僕できればロマリアにも一度行ってみたいのですが、知り合いを紹介して頂けませんか?」

「うむ…、あそこは少々込み入った国ですからのう、お勧めは出来かねますぞ?」

嫌そうな顔をしてマザリーニ卿はヴィリエにそう述べた。

「お願いします」

「うーむ、そうですな。残念ですがその件に関してはしばらく考えさせて貰いましょう」

「そうですか…」

なかなかすんなりには行かないようである。

「ところで滞在中はどこに住まれるつもりですかな?」

「はい、メインストリートにある宿をとろうかと…」

「ふむ、これから旅をなさるならお金は使わないに越したことはありますまい。私の私邸でよければいつでも好きに使ってもらって構わないですぞ。メイドたちには話を通しておきましょう」

「いえ、そんな、悪いですし…。」

お金ならありますし…とは言わないでおこう。

「はは、子供がそんなに遠慮するものではないですぞ。それに私のメイドたちにも少しは仕事を与えてあげないとかわいそうですからな」

「ありがとうございます」

図らずもトリスタニア滞在中の活動拠点ができてしまった。

ロマリアの件はあまり色良い返事を期待できそうもなさそうだが、マザリーニ卿の来歴を考えればヴィリエが考えるより難しい問題なのかもしれない。

マザリーニ卿はやはり忙しいらしく、この日はこれでお開きとなった。

私宅の方には日が暮れてから向かうとして、浮いた分の経費でないか買おうかな?

ヴィリエはマザリーニ卿に再度感謝を述べると執務室を後にした。


 ◇◇◇◇◇


王都のメインストリートであるブルドンネ街には本格的な魔法店も多数ある。

マジックアイテムは高すぎるが魔法書の写本、古本なら十分小遣いの範囲である。

ヴィリエはそれらをいくつか仕入れてから通りに出ると、やたらボロボロの身なりの冒険者が歩いているのが遠目に見えた。

この王都の天下の往来を良くあんなみすぼらしい格好で歩けるものだとヴィリエはむしろ感心して見ていた。

あれ?どこかで見たような…

「い、いた」

「なんだ、クゼか。どこの浮浪者かとおもったよ」

なんで数日でそんなにボロボロのていになるのだろうか?

「置いていくなんてひ、ひどすぎます」

そういって泣き始めたクゼ。

おいおい、大の大人が子供に対して泣くなよ。

僕が悪いことしたみたいじゃないか…。

ヴィリエはクゼとはヨークハイムで一度別れている。

ヴィリエが馬車に乗って王都に向かう際、金がなくて徒歩移動を選択せざる得なかったのはクゼ個人の問題である。

「動きの鈍い奴は捨てていくのが僕の道なんでね」

「どこの覇道を歩いてらっしゃるんですか!?とにかくもう絶対巻かれませんからね!」

「えぇ、巻く?僕の方は君のことを特に気にとめたことはないんだけど…」

心外な物言いに僕は本気で驚いた。

「あんたは鬼か!」

「まぁ、クリフの子供なのは間違いないよ。ところでクゼ、君はこのトリスタニアのどこに泊まる気なんだい?」

「貴方と同じ所です!」

「へー、金は大丈夫かい?」

もしかして一度レイザンリプールに戻ってお金の工面でもしてきたのかな?

「ありません!」

いっそ清々しい程のたわけぶりである。

13歳になったばかりの子供にたかる気満々なようです。

「残念ながら、僕はしばらくマザリーニ卿の私宅に滞在させてもらうことになったんだ。君のような得体のしれん風体の男はマザリーニ卿の私宅には入れないと思うよ」

「そんな!?」

当てがなくなったクゼが絶望した声を上げた。

その様子に呆れたヴィリエは一つの提案をした。

「分かった。金は貸してあげるから、好きな所に泊まると良いよ」

「あ、あれ?優しい?」

「利息はといちでいいよね」

にこにこヴィリエローンである。

「鬼だ、真性の鬼がいる!!」

「いちいち、うるさいなぁ。お金は別のところでも貸してもらえるからね。クゼの好きなところで借りればいいと思うよ」

ヴィリエはその風体で無担保貸ししてくれる所を見つけるのは大変だろうなと思いつつ提案した。

「お願いします。貸して下さい。すいません。調子に乗りました。御免なさい」

クゼは突然その場に正座をすると頭を地面にくっつけるまで下げた。

THE・土下座。

まぁ、見事なものである。

ヴィリエはそんな文化がこの国にあるとは知らなかった。

いや、でも大の大人が子供に対してそこまで卑屈にならなくても…。

なんだか哀れになってきたヴィリエは申し訳なさそうに呟いた。

「…………。いや、僕も”大人”気がなかったね。いくら借りたいんだい?」

「ではこれだけ」

クゼは手で10を作った。

「10ドニエか、意外に安いな」

倹約家なのかな?もっと借りればいいのに。

「10エキューです!!10エキュー!」

10エキュー、日本円に換算すると30万円。

土下座一つで借りられる額として妥当かどうかはさて置いてここまできて貸さないのも大人気ない話である。

「ん、まぁ、いいよ。ちゃんと返済しなよ。いいかい、借金している奴は真人間じゃないんだ、完済して真人間にもどるため努力するんだ!お兄さんとの約束だよ?」

「酷い!といちとかで人に平気でお金を貸す、闇金悪徳業少年に真人間じゃないとまで言われた!酷すぎる!」

「なんだ、結局借りないのかい?まぁ、その方がお互い後腐れがなくて良いよね。僕も君の存在をいちいち気に留めなくてすむし…」

「すこしはクゼ・メイエイのことも考えてください。お願いします!あと、貸してください」

「はい」

投げて渡す。

「ちゃんと手渡ししてくださいよ。」

「嫌だよ。貧乏がうつったら大変だろ?」

「なんで、そういうところだけ子供なんですか!」

「一応言っておくと僕はどこぞの極貧金貸し黒魔術士ほどやさしくないからね」

「どんな悪逆非道の限りを尽くすつもりですか!?」

なんというか、クゼがなんで魔術士○ーフェンのネタふりを理解できるんだろう。

まぁ、いいか。

「まぁ、いいや。バイトにでも励んで完済人を目指しなよ。クゼ君」

そして、僕に稽古をつけるという本来のお役目を忘れていてください。

「う、うっ、なんやちゅーねん」

その関西人じゃないからね?あれ?意外に余裕があるな…。

「ああ、そうだ。最後に一言だけいっとくけど」

「なんですか」

力なくうなだれたクゼはヴィリエに顔だけ向けて聞いてきた。

「正直僕には君が歩く貯金箱に見えます」

「ぶっちゃけやがった―――!!」



[21262] 第一章第六話 手紙
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 07:41
マザリーニ卿の私宅での滞在生活は快適そのものである。

マザリーニの私宅のメイドも普段ろくに帰ってこない主人のせいで暇を持て余しているらしく小さな子供の来客に嬉しそうに甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

しかし、暇だ。

そして早くも手詰まりな感がありありとする。

一応、他の伝手もあるにはあるがマザリーニ卿が現状接触可能な人物の中で断トツのVIPであるのは間違いなく、いまは動かないのが最善手のような気がするのだが…。

仕方なくヴィリエは新しい魔法知識と魔法の開発に暇を当てて過ごしているとマザリーニ卿から夜会への参加の打診があった。

サロンかぁ、子供が一人でいっても場違いだろうが、有名人がわらわら釣れるだろうなぁ。

閉塞感を打ち破るきっかけになるかもしれない。

それに只飯は大好きである。



タダより高いものは無い、昔のひとは上手い事言ったものだ。



もちろん褒めてなどいない。

思えば色々マザリーニ卿には色々恩を買ってしまった。

子供だから踏み倒せると安易に考えていたがそう上手くいかないのが人生らしい。


 ◇◇◇◇◇


「お願いできません?」

…。

状況を説明しよう。

呼ばれてホイホイついてきた馬鹿な子供であるところのヴィリエはちょっと尋常じゃないほど豪華な夜会に驚きつつ、この豪華な料理に舌鼓を打っていた。

このときヴィリエは間抜けにもマザリーニ卿に感謝などしていたのだった。

何人かに話を聞くとこのサロンの主催は先日、お誕生日を迎えたばかりのマリアンヌ大后らしい、そりゃ豪華なわけである。

そんな感じヴィリエは一人食べ歩きしていると使用人を通してマザリーニ卿に呼び出された。

別室で特別な話があるらしい。

ヴィリエは何人もの衛士が守る豪奢な扉の付いた部屋に通された。

そこには光り輝く美しい少女がいた。

アンリエッタ・ド・トリステインである。

そういえばこの子、同い年だっけ。

王族のオーラに関心しつつその場に跪き最敬礼をした。

まぁ、僕の配役がジョージ・ド・ヴァリエだとしたら彼女を好きになってもおかしくない訳だ。

全然そんな気湧か無いけど…。

「あら?」

何も聞かずに最敬礼を見せたヴィリエにアンリエッタが驚いたことを挙げた。

「ほう、高名な方だと良く気づきましたな。このお方はわが国の姫、アンリエッタ・ド・トリステインであります。実は姫自ら直々にヴィリエ殿にお願いがあるそうなのです」

なにそれ、最悪のネタフリじゃない。姫のお願いって…。

「お願いします、これをウェールズに届けてください!」

「はぁ…」

そういって一通の手紙を示した。

かわいらしい文字でアンリエッタの名が…。

…どう考えても恋文です。本当にありがとうございました。

いや、どうしたものか~、だってこれパシリじゃん。

興味無いとか関係なしにいやだな、こんなの…。

「私からもお願いできませんかな、ヴィリエ。その代りといってはなんですがアルビオンには国賓として迎えるように打診しておきますし、行っておられる間に例の件も話を進めておきますぞ」

うーん、さて、しかしどういうことなのか?

内容を考えると一応凄いスキャンダルなのか?

確かにこの手紙が各国の諜報部に渡るのは危険。

そう考えるといちばん安全(ノーマーク)かつ手すきな僕が運ぶべきなのか?

よーく考えてみると、これって原作第二巻の「例の手紙」かもしれないな。

これ届けないと二巻のフラグがぼっきり折れることになるのか…。

「わかりました。我がド・ロレーヌの名誉にかけて必ずウェールズ様まで届けましょう。」

「ありがとうございます。」

「アルビオン行きの船はこちらで手配しましょう。」

「はい、よろしくお願いします。」

やれやれ、期せずしてアルビオン行きが決まってしまった。

頭が痛い案件を抱え込んでしまった…。



 ◇◇◇◇◇


ブルドンネ街の少し外れにあるちょっとお洒落なレストランで僕は昼ごはんをつつきながらひとりのウェイターと話していた。

「というわけで僕はアルビオンに行ってくることになったから。君はここでバイトに精を出してていいよ」

「ちょっと、待ってください!突然過ぎませんか!?私ここのバイトもきまったばかりですし、宿も今月一杯分、取ってしまいましたよ!」

悪いが無茶ぶりしてきたのは向こうのほうだ。

僕だって被害者なんだぜ?

「だからここに残れば良いって。心配しなくても僕がアルビオンに行っている間の返済は猶予してあげるから」

どうせ、姫のラブレター届けるパシリである。

「ついていきます!あたりまえでしょう。」

「でも僕の分の船代はマザリーニ卿持ちなんだけど、君はどうやってアルビオンに行く気だい?」

話を聞いた感じじゃお金足りないだろう。

「う、くぅぅ~う…。」

クゼが真剣に悩み出したのを見てヴィリエは助け舟を出してあげた。

「やれやれ、情けないなぁ、安心しなよ。そんな君のために前後の過酷な荷物運びと旅中延々と荷物番をするだけの簡単なお仕事を見つけてきてあげたよ。何とただでアルビオンに行けるうえにすずめの涙程度の日当まででるらしい。良かったね」

「全然嬉しくない!」

クゼは断言した。

「なんだよ、折角の話だったのに残念ながらキャンセルしとくかぁ」

ヴィリエはつまらなそうに呟いた。

「ストップ!わかりました。もうそれで良いですから…。」

がっくりとうなだれたクゼがヴィリエの案を飲んだ。

「そうかい、出発は明日の朝だからしっかり準備しておきたまえ。クゼ君」

「うう、もう嫌だよ…。」

何やら一人の男が人生という名のジェットコースターは滑り落ち始めたようだが何、気にする事はない。

会計を済ませ、店を出ると嫌な視線を感じた。

(…!?なんだ?)

気のせいか?

しかし、風メイジの勘というものは決して無視できるものではない。

立ち止まらず、一定のスピードを保ち、マザリーニ卿の私宅を目指す。

すると一定の間隔を保ちついてくる気配を感じた。

(プロだな)

人通りの多い雑踏をこちら見失うことなく一定の距離感を常に保って並走してくる奴が何者でもないはずはない。

ヴィリエはあえて、裏道に入った。

見失わせるためでなく、人通りの少ない場所で相手に仕掛けさせるために。

しばらくすると後ろを向く。

正面には黒衣をまとった男がいた。

「姫から手紙を受けたな?」

(ほう)

どうやら情報が漏れているらしい。

最悪じゃないか…。マザリーニ卿は何をしているんだ。

ひとまず探りを入れるしかないなぁ…。

ここは子供である事を利用して何も知らない風を装うかな?

「なんのことだい?」

「とぼけるな、悪い事は言わん手紙をよこせ。」

「ん?あぁ、あの手紙ならさっきの男に渡したよ?」

「なに!!」

男は明らかな動揺を見せる。

チャーンス。

僕はひそかに用意していた術を発動させた。

――「追風」(スピード)(残りMP112)

「嘘だよ」

「!」

相手が気づいたときには目の前にまで僕の姿は接近している。

風のドット、高速移動の魔法式だ。

そのままのスピードで蹴りを一閃する。

相手が狭い路地で壁に叩きつけられる。

「くっ」

「反応が遅い」

――「風衝」(エア・プレッシャー)(残りMP80)

―「硬化」

相手はとっさに硬化を唱えたようだが残念ながら部位の耐久値を上げる程度の魔法などこの魔法の前に意味はない。

「風衝」(エア・プレッシャー)

風の二乗(ライン)スペルである。

対象を見えない空気の壁で抑え込み圧殺する術である。

こういう狭い路地でもなければ有効打となりにくい術式だが一度相手を捕えて挟み込んでしまえば圧倒的な破壊力を誇る。

相手は完全に背後の白石の壁と前面の空気の壁とに身を挟まられ身動きが取れない。

一応、硬化の効果は発動しているが硬化の範囲に漏れた場所すべての肉体が軋みをあげている。

「変な動きをすれば殺す、詠唱したら殺す、僕の質問に答えなければ即座に殺す」

「あ、がぁ…」

「誰に雇われた?」

「誰が小僧などに…!」

「やれやれ、指はいらないかい?」

ぐきっ!指の一本がありえない方向に曲がる。

「うがぁぁ…!?」

「この程度の術ならこのくらいの制御はできるよ、僕は。ちょっと君の指と相談してみたらどうだい?次は誰がいいかって?」

「私はガリアに雇われたんだ!本当だ!ちょっと子供を脅して手紙を奪えば大金をよこすと!だから!」

「ガリアの誰だい?」

「しらん!本当だ!許してくれ…。」

その必死な様子からヴィリエは相手が本当に知らない事を悟った。

「手紙の引き渡しは?どこで何時行われる?」

「あ、明日、グリュート亭という酒場で午後二時だ…」

「最後に聞く、お前、メイジのクラスは」

「ひ、火のトライアングル。」

「残念すぎるわ、逝け。」

どん!エア・プレッシャーが一瞬緩み、再度爆発するように男を突き上げた。

衝撃で相手の意識が飛んだのわかる。

相手は三下だったが良いことを聞けた。

こいつはさっさとマザリーニ卿に引き渡すと同時にこの状況を上手く囮につかって間者の現場を押さえる&アルビオンへの移動を図ってしまおう。

上手く仕掛けが機能すればヴィリエはマークを外せるはずである。



 ◇◇◇◇◇



翌日、町のいたるところでまだ幼い貴族の少年が何者かに襲われて大けがを負ったらしいとの噂が流れた。

それを聞いたガリアの間者は作戦が成功したと思い込んだ。

そしてまんまとマザリーニが忍ばせた衛兵のいる酒場に出向き捕らわれたのだ。

マザリーニはこれを端緒に一気にガリアの間者たちのアジトを突き止めを一網打尽にしたらしい。

らしいというのもこのどさくさにまぎれて僕はさっさとアルビオンに旅立ってしまったから伝え聞くところでしかないのだ。

しかし今回の一件でさらにマザリーニの名声は強まったようだ。

今回の一件はどう考えてもヴィリエの方の貸し超過である。

帰ったら色々返してもらうとヴィリエは心に決めてアルビオンへと向かっていった…。



[21262] 第一章第七話 鳥の骨
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 07:48
「いやはや、彼がまさかあんなに強いとは思いませんでしたぞ」

マザリーニはトリステインの王宮でアンリエッタと共に今回の件の報告を受けていた。

「すいません、私用で、彼にこんな危険な目に合わせてしまいました」

「いやいや、あの場を設定したのは私です。責任は私に」

一応、小エミリアの手紙に風のトライアングルメイジである旨が書かれていたがあそこまで卓越したメイジだとは思わなかった。

報告によれば彼が苦もなく捕らえた間者は火のトライアングラーだと言う。

一般的には相当な実力者と言えるだろう。

「マザリーニさま、エミリア・ド・ロレーヌ様が面会をしたいと」

「そ、そうか」

ずいぶんと早い。

さて久し振りの再会になるが許してもらえるだろうか?

しらを切るのも手かも知れないが此処まで噂が上がっているとどうにも…。

「どうしました?枢機卿?ずいぶんと顔色が悪いけど?」

「い、いえ、しかし、小エミリアも人の親になったのですから少しは落ち着いているはずです」

「はぁ、それで?」

「いえ、確かにヴィリエ君をこちらのミスで命の危険に晒されてしまいましたが、手紙は無事に届くでしょうし、ヴィリエ君も無傷でした、この件を上手くぼかして彼はアルビオンに元気に旅行に行っている旨、伝えれば…」

「手紙ですか?」

「はは、何を言っておしゃいますぞ。姫のラブレターの話ではないですか!」

そういってマザリーニ卿は横向いた。

すぷぃー、幸せそうな寝息を立てて姫はいつの間には眠っている。

そしてその横には妙齢の貴婦人がいた。

その貴婦人は言った。

アンリエッタの声で

「どうしました?枢機卿?ずいぶんと顔色が悪いけど?」

――「変声」(ボイス・チェンジ)

風のドットスペルである。

「あら?姫様のことですか?大丈夫、「眠雲」(スリーピング・クラウド)で眠っているだけですから。危害なんて加えないわ。あなたにとってアンリエッタがどれほど大事な方なのかよく分かります」

「そ、そうですか分かっ…」

「ええ、だってわたしも同じようにあの子が大事だから」

だから平行線よね、ざんねんだわ――

声音が変わった、魔法を切ったらしい。

そういえば、エミリアの二つ名はなんだったか?そう、たしか

――「轟天」

どぉぉぉぉぉん!!

マザリーニ卿は吹き飛ばされ、意識が遠のく中でその名を思い出していた…。



 ◇◇◇◇◇
 


それから一か月間、非常に珍しい事にマザリーニ卿が私宅で長期の休養をとった。

国民、貴族の多くが「あの」マザリーニ卿が休むと聞いて驚いた。

非常な激務の中でマザリーニ卿が倒れたとか、倒れることを恐れた大后が先手を打って暇を与えた、ガリアのスパイを捕らえた褒美で休養が与えた、実は死の病で床に伏せているなどさまざまな憶測がおよそ一ヶ月間、飛び交う事となった。

トリステインの実質トップの長期休養という事態は各国の間者も本来であれば政変等々仕掛け時であっただろうがガリア陣営が壊滅的打撃を受けた一件を受けて各国工作員が一時水面下に逃げ、有効な工作活動ができなくなっていたため結局何も起こらなかった。

噂はマザリーニ卿が一か月後、何食わぬ顔で復帰したことで下火となった。

真相は闇だが一部の人間の間には「鳥の骨」が折れたという謎の言葉が囁かれていた…。



[21262] 第一章第八話 風の聖域
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 08:17
ヴィリエたちはアルビオン王国の王都ロンディニウムまで速効でやってきた。

本来予定していた定期便ではなく王室のチャーター便で来たのである。

本来であれば空を回遊しているアルビオンの位置を考えて出港するところを風石の消費を考えず飛び出していったのでもの凄く早い。

どうやら本国でヴィリエがやってきた工作も奏功したらしく平和な船の旅になった。

目立った追手も来ず何の苦も無く辿り着いたのは良いことである。

ただ、少し残念なのは本来予定していた「クゼ君のドキドキアルバイト24時~ポロリ(石材とかが)もあるよ」と言う一大イベントが行われなくなってしまったのである。

まさに痛恨の極みであると言えよう。

遺憾の意を素直にクゼに表明したところ、クゼから「あんたどんだけ悪魔なんですか!」と言われた。

くそ、クゼなんて置いてくれば良かったかも。

というか別にクゼは命狙われてないんだから後から一人でバイトさせて来させればよかったんじゃないのか?

今更ながらにそのことに思い至る。

つくづく痛恨の極みである。

さすがに国賓級の扱いというのは嘘ではなかったらしい。

ハヴィランド宮殿に着き門番に親書の印を見せると王子との謁見はすぐに叶った。

僕は謁見の間にむかい入れられ、王そして王子が並ぶ王座まで進んでいく。

ドラクエの最初の町みたいなお約束展開だな。

おお、よく来たな、勇者よ。

とか

おお〇〇よ、死んでしまうとは何事だ。

とか言ってくれないかな。

そういえば何で王様は毎回、勇者を目の前で復活させるんだ?

「良く来たね、君の事はマザリーニ卿から国賓として迎えるように言われているよ」

「ありがとうございます。ウェールズ様、これを。」

ウェールズに手紙を差し出す。

ウェールズはそれを受け取るや愛おしそうに見つめた。

「ありがとう。こんなものがなくても僕たちには大丈夫、でもうれしいな。」

「これ、若いの近う寄れ、朕に顔をみせて見よ。」

「え、はぁ…」

ヴィリエが近づいていくとジェームズ一世はその顔をまじまじと見た。

「ふむ、これがあのエミリアの息子か。よう似とるわい。」

「え!母をご存じで?」

ヴィリエが驚いて聞き返した

その問にはジェームズ一世ではなく、ウェールズが答えた。

「君の両親はこの国では有名だよ。特に君の母は伝説だね。ぼくは直接見た事はないのだけれど」

「はあ…。何かしたのですか?」

あの母だと何やってもそんな驚かないけど…。

「ぼくの国のアルビオン竜騎士団と君の国の首都警護竜騎士連隊は両国家の交友の証として毎年の夏に模擬戦をしているんだ。」

「うむ、両国の竜騎士の名誉を賭けた戦いじゃ。」

そんな伝統行事があったんだ。

「君の母親はそこで引退までの10年間無敗を誇ったんだ。よく優れた魔法使いは自然の力を味方につけるだろう?」

「はい、それは分かります」

ヴィリエが調べた文献にも良くシャーマン的存在が出て来ていた。

有名どころだと山一つぶっ飛ばしたとか言われている烈火将レグルスとかである。

「君の母親は雷雲をどこからともなく引きつれてきて常に雷光を味方につけて戦ったそうだよ。空ではうちのスクウェアクラスの風竜乗りのエースたちが束になっても歯が立たなかったらしいよ。これで「轟天」の二つ名がつけられたんだ。」

「はぁ…」

なんだ、それは。事実ならゼロ戦乗った才人でもきびしいんじゃないのか?

つーか、うちの母親はこの世界における某白い悪魔様かなにかなのか?

化け物すぎる…。

「はは、懐かしいのう、たしかクリフの奴がエミリア嬢に産気づけさせたと聞いた時には拍手半分、溜息半分じゃったわい。当時、お主の母に憧れておらん風竜乗りはおらんかったからのう。」

「そうなんですか…。」

で、そのとき母はいくつなの?

「そうじゃ、ウェールズ、あの場所にこの将来有望そうな若者を連れていってやるが良い。」

「はい、分かりました。」

「?」

どこに連れていかれるんだろう?



 ◇◇◇◇◇



「ここです。」

そこはハヴィランド宮殿の地下にある巨大な大空洞であった。

壁に無数の風石の結晶が煌めいている。

神秘的な雰囲気が漂い、複雑に変化する風が蠢いている。

「風の大空洞と呼ばれています。かつてこの大陸が空を飛んだ際に始まりの風が生まれた場所だとされています。」

穏やかな、しかし強烈な風の力を感じる。

世界中の風の力が集まっているようだ。

始まりの風?大隆起?

そうだ、そうなんだ!

大隆起について調べるならロマリアより先にアルビオンを訪ねるべきだったのだ。

かつて大隆起が起こった大陸!

ここが全ての始りに違いない!

ヴィリエは感動して周りを見渡した。

「どうですか?」

「ありがとうございます。とても感動しています。言葉にならないくらい」

僕は素直な感謝の意をウェールズに述べた。

「そうですか、よかった。本来は王族以外立ち入り禁止なのですがいつでも訪れて良いですよ。あなたは我々の大事な客人ですから」

「ありがとうございます」

なぜだろう。

この地には魂を引きつけられるような感触がある。

ここには何かがあるのだ。

きっととんでもないなにかだ。

ヴィリエは名残惜しそうにその場を後にし謁見の間に戻った



 ◇◇◇◇◇



再び謁見の間にいった際、ジェームズ一世にアルビオンにしばしの間の滞在の許可を願い出た。

ジェームズ一世はこれを快諾すると共に王立図書館への立ち入りも許可してくれた。

さらにウェールズが耳もとで何事か囁くと風の聖域への立ち入りを王名によって改めて許可された。

さらにジェームズ一世はロンディニウムの郊外にある空き家を貸し与えてくれることになったのだ。

なんか行く先々で宿を借りているなぁとヴィリエは一人呟いた。

二つ名がやどかりのヴィリエとかになったら嫌だな…。根無し草も不可。

しかし何だろう、この王様、凄く良い人ぽいんだけど…。

本当にプリンス・オブ・モードを殺した人物と同一人なのか?



[21262] 第一章第九話 風の精
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 08:49
それから、貸屋と王立図書館と風の大空洞を梯子する日々がつづいた。

王立図書館では大隆起に関する文献と魔法書を読み漁った。

大隆起についてはピンとくるものは未だ無いがさすが風のアルビオンである。

風スペルに関する造詣が非常に深い。

ここに滞在することで日々、風メイジとしての見解が広がっていくのが分かる。

風の大空洞には毎日のように訪れて瞑想をしている。

ここにある複雑な風の力の流れを感じて日々を過ごした。

ヴィリエ自身でも風の感覚が研ぎ澄ませれて行くのがはっきりとわかった。

毎日訪れてはただじっと瞑想しては去っていく。

そんな僕をウェールズは不思議そうに眺めていた。

そんな日々がおよそ一か月たったころだった。

それは突然、僕の心に語りかけてきたのだ――。



 ◇◇◇◇◇



『こんにちは』

「!?」

ヴィリエは突然心の中に響いてきた声を聞いて驚いた。

『怖がらないで、平常を保たないと私の声は聞こえないよ』

「貴方は?」

『私はシルフ、風と共にある存在だよ』

「か、風の精?ラグドリアン湖にいる水の精と同じような存在ですか!?」

『うん、彼らとは良く似ているね。』

おそらく僕が感じた何かは彼のことだったのだろう。

水以外の精がいるなんてすごい発見だ。

『おやおや、驚くのは良いけど私の事は秘密にしておいて欲しい』

「どうしてです?」

『風は強い力だけど人が集まると乱れる、私は静寂が好きなんだ』

「すいません、長居してしまいました。」

『いや、君は良いよ。君の風は心地良い』

彼になら聞いても良いだろう。

ヴィリエは風精に対しずっと知りたかったことを訪ねる。

「風精よ、かつてこの大陸に起ったことが再び起きようとしているのではないですか?」

『驚いた、人間にも気づくものがいるとは…』

「やはり起こるのですか?」

『うん、風の異常は感じている』

「原因は分かりますか?」

ヴィリエは尋ねた。原因が分かれば早急に対処のしようもあるだろうし。

『すまない。私が分かる風の範囲はそう広くはないんだ』

「そうですか」

まぁ、風精だから風の精霊力のすべてが分かる訳ではないらしい。

『風は伝うものだから異常には大分前から気づいていたがそれの原因までは伝わってこない』

残念だが仕方のないことだ。

それからヴィリエはしばらく風の精霊との会話を楽しんでいた。

ずいぶんと長いこと話こんでしまったようである。

空気が冷え始め、ヴィリエは感覚でもう夜が来ようとしている事を知った。

「あの」

『なんだい?』

「また話相手になってもらえますか?」

『いいよ、ここに来たらいつでも話相手になってあげるよ』

こうして、ヴィリエと風の精とのファーストコンタクトは為された。

貸家についてふと思い立って魔法を使ってみるといつもよりはるかに軽く早く唱えることができた。

(これは、まさか)

系統を調べると新たに火の力が加わっていた。

どうやら風精霊との邂逅は僕の力を一つ上の、最後の高みへと押し上げたらしい。

ヴィリエ・ド・ロレーヌ、13歳。

ついにスクウェアメイジとして開眼す――。


 ◇◇◇◇◇


いくらか調べて見た結果、どうやら、アルビオンには大陸隆起以前の情報はないらしい。

それは王国の成立が隆起以後なのだから仕方無いのかもしれない。

しかし、まだこの地で僕にはやることがある。

それからの僕はほとんどの時間を大空洞での瞑想と精霊との語らいと開眼したスクウェアスペルの習得に費やした。

ここで一気に風使いとして完成を目指す。

そのためにどうしても完成させたい魔法があったのだ。

構想自体は以前から持っていったのだ。

『面白いと思うよ』

「可能だと思いますか?」

『普通のメイジなら叶わない。いや、そもそも想像もつかない方法だろうね。でも君ならきっとできる』

「ありがとうございます」

『それに少なからず、ここの風気の流れは役に立つはずだ。ここは風のレイスポットだからね』

そして更に2か月が過ぎた――。


 ◇◇◇◇◇


『完成だね。できるとは言ったけどこんなに早く完成するとはね』

「ありがとうございます」

まだ完全に完成とは言えないが新しい魔法は一応の形になった。

『これで君は人間の四大系統のメイジの領域を超えた存在になったわけだ、どうだい?いまや君はあの伝説のブリミルや精霊魔法の使い手たちとも比肩するかもしれない力を手にした訳だよ?』

「いや、まだまだですよ。正直このスペルが完成すれば、ここがまた一つのスタートラインですから」

虚無は反則的な強さである訳だしそこまでとは思えない。

『うん、そうだね。よし、僕から記念にプレゼントをあげよう。意識を集中してごらん』

言われた通り意識を集中すると温かい力の流れが体に入ってきた…。

これは!?

『私の力の一部を託そう、人の子よ』

「いいのですか?」

『うん、ほんの僅かだからね。これからどうするんだい』

「はい、ひとまずトリステインに帰って」

『帰って?』

「水の精に会ってみようかと」

精霊をめぐってみればいつか正解に辿りつけるかもしれない。

ヴィリエは最近ではロマリアに向うのは後でも良いと思い始めていた。

確かにロマリアには世界の秘密が隠されているかもしれないがあそこはとにかく一筋縄では行かない。

ロマリアにむかうのは非常にリスキーな事なのだ。

もっと力をつけてから挑戦すべきかもしれない。

『うん、実に良い考えかもね。そうだ折角ならウンディーネだけでなくイフリートやノームにも逢いに行くと良いよ』

「え、他にも精霊が?」

ヴィリエは驚きの声をあげた。

『うん、アルビオンの大空洞に私が、トリステインのラグドリアン湖にはウンディーネが、ガリアとロマリアの狭間、火竜山脈の霊峰グランホーンの火口にはイフリートが、ゲルマニアの果てサハラの中心、グレートバニアにはノームがいる。』

「分かりました。訪ねてみようと思います。」

『うん、私から風の便りを出しておくよ』

「ありがとうございます」

『良いよ、もう行くのかい?』

「色々お世話になりました。」

ヴィリエはそう言って頭を下げた。

『いや私もずいぶん有意義な時間だったよ』

ではまた――



◇◇◇◇◇



精霊に別れを告げたあとジェームズ一世、そしてウェールズに感謝の意を示し、別れを告げた。

こうしてヴィリエの三か月の長きにわたるアルビオン滞在の日々は終わりを告げた。



[21262] ステータスシート2
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/19 23:41
名前  :ヴィリエ・ド・ロレーヌ
性別  :男
年齢  :13歳
クラス :スクウェアメイジ
ジョブ :無職
魔力容量:16→20(22) NEW
魔法効率:8→16 NEW
魔力回復:6(7)
最大MP:128→320(352)NEW
(スキル)
風感覚:3→4(5) NEW
(レアスキル)
風精の加護:風感覚+1、魔力容量+2、魔力回復+1

今回の成長履歴:
・初めての実戦を経験しました。 魔力容量+1
・スクウェアメイジに成長しました。 魔法効率2倍、魔力容量+1
・風の精霊に出逢いました。 魔力容量+1
・風の聖地で修業しました。 魔力容量+1
・風の精霊から力を得ました。 レアスキル、風精の加護を獲得

名前  :クゼ・メイエイ
性別  :男
年齢  :21歳
クラス :ラインメイジ、ソードファイター
ジョブ :従者
魔力容量:14
魔法効率: 4
魔力回復: 8
最大MP:56
(スキル)
風感覚:2
(装備)
無銘刀:固定化LV1、硬化LV1



[21262] 第一章第十話 水の精
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 13:13
すっかり影の薄くなったクゼはアルビオンに居た3ヶ月間ずっとバイトをしていた。

おかげでヴィリエに対し借金を返して、しかも多少余録ができたようだ。

まあヴィリエにとっては完全に知ったことではなかったが…。

さてさて三か月が過ぎたトリステインではマザリーニ卿がちょっと引くぐらい熱烈に出迎えてくれた。

「いや、待っていましたぞ!本当に!本当にぃ!」

なにかあったのだろうか?

なんか一気に老けこんでるし…。

ヴィリエはマザリーニ卿に水の精霊と接触したいと願い出てみる。

するとマザリーニ卿は来月に水精との定期交信会があることを教えてくれた。

ヴィリエはそこに参加させてもらえる事になった。

交信会が開かれるまで少し期間が開くのでヴィリエはまたしばらくマザリーニ卿の私宅にお世話になった。

ヴィリエは例の魔法を使った研究を行っていたところで一か月はすぐに過ぎてしまった。


 ◇◇◇◇◇


交信会当日、ラグドリアン湖のほとりには何人もの水メイジが集まっていた。

開けた平地に会場が作られ、そのまわりにはかなりの数の出店も見える。

かなり人の出も多い。

要はお祭りなんだよね?これって?

ヴィリエはというと祈祷が始まるまでの間に天幕に陣取っているマザリーニ卿やマリアンヌ大后に挨拶をしていた。

「マザリーニ卿。この交信会では必ず精霊と接触できるものなのですか?」

「姿を見せることもあれば見せないこともありますぞ。まぁ、例の開拓の失敗以来ほとんど見せていないそうですが。」

「え、そうなんですか。」

あのモンモラシーの父親の失敗話以降か。

「交信会の目的は過ぎた一年間、トリステインに恵みを与えてくれた母なるラグドリアン湖と水精に感謝の意を示すことと来る一年の治水を願って祈祷するためのものですからの。つまり一種の感謝祭ですな、厳密には水精に会うこと自体が目的ではないのです。しかし水精に会える可能性は本来、かなり高いはずですが…」

原作で簡単に会えてた印象があったので大丈夫だろうとタカをくくっていたのだが…。

すると、天幕の外で大きな声が上がった。

「精霊だ!水精が現れたぞ。」

「な、なに?もう祈祷が始まったのか!?」

予定されたものにしては混乱が大きい気がする。

外の音が大きくざわついている。

「様子が変です。マザリーニ卿、見に行きましょう。」



◇◇◇◇◇
 


準備が完全に終わっていない会場に突然、水精は現れたらしい。

ヴィリエたちが駆け付けた時には水精は水メイジたちにしきりに何かを訴えており、水メイジは困惑している様子であった。

「何があった?」

「はぁ…、水精が言うには種を盗まれた、と」

「種?」

マザリーニ卿が困惑した声を出した。

ヴィリエにも種と聞いて思い出すような知識はない。

「僕が水精に話かけても構いませんか?」

「構いませんよ、もちろん。」

ヴィリエは水精に近づく。

水精もヴィリエに気づいたようでこっちに完全に向いた。

『風の契約せし、単なる者よ、我は貴様の事は聞いている』

「僕も貴方の事はシルフに聞いています。ウンディーネ」

『風に連なる者よ、我の話を聞いてほしい。』

「ええ、もちろん。何がありました?」

『種が奪われた、昨晩のことだ』

「種?」

まさか、種とはアンドバリの指輪か?しかし全然時期が合わない…。

『我に繋がる種だ。我は数を増やすことはない。しかしこの身は水、量は何もしなければ減る。』

「なるほど」

『量を増やすのに使うのが種だ。それの一つが奪われた』

『種は作るのに途方もない時間がかかる。種が減れば量を増やすのに苦労する』

『種に水を与えれば、種からは我が生まれる。少しづつ、しかし永遠にだ。我の知
性は量に宿る。本体である我から離れている少量の我ではほとんど知性はない』

『それは何も分からぬ哀れな私生児のようなもの。不敬の者によって搾取され続けていくだけだ』

「それはひどい。誰が種を盗んだのです?」

『分からない。ただ種の位置は大体感じている。しかし、我はこの湖を離れてそう早く動けない』

「場所さえ教えて戴ければ私が取り返してきますよ」

『良いのか?』

「お困りなのでしょう?お互い様です」

『これを』

水精が手を差し出すとそこには中に針のようなものが浮いた不思議な球があった。

『我が一部で作った。これの示すところに我の種がある』

「分かりました。ではすぐに出発します。」

昨晩なら賊の位置もまだ遠くないだろう。

すぐにここから立てば追いつける公算は高くなる。

「マザリーニ卿」

ヴィリエは横でおとなしく話を聞いていた枢機卿にお願いした。

「なんですかな?」

「足の速い馬を一頭貸して下さい」

「良かろう。君、馬を一頭こっちに回してくれ」

マザリーニが部下に馬を手配させている。

部下が走るのと入れ違いで僕の方に一人の男が近づいてきた。

ヴィリエについてきていた、従者のクゼである。

「あれ、若、どこか行くんですか?」

「僕は野暮用だから、君は出店でもみているが良い」

「酷いな、馬に乗ってどこ行くんです?マザリーニ卿、私にも馬を貸してもらえませんか?」

「誰だ、彼は?」

そういえば、ついぞクゼの事をマザリーニに紹介したことはなかった。

「一応、僕の従者です」

「そうか、馬はもう一頭用意できるか?」

「はい、大丈夫です」

マザリーニ卿はクゼにも馬を出す気らしい。

僕自身はクゼの助勢を特に必要としていない。

それに今回は何か嫌な予感がする。

正直、クゼにはここにいてもらった方が良い気がするのだが…。

「クゼ」

「なんですか」

「内容は道中説明する。悪いが今回はふざけは無しだ。ついて来るからには気を引き締めていけ」

「?何かあるのですか?」



[21262] 第一章第十一話 北花壇騎士
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 13:31
ラグドリアン湖から数十リーグ離れた何も無い荒野を歩く二つの人影があった。

黒衣をまとった細見の男と派手なドレスをまとったグラマラス女。

明らかに一緒にいるのが不自然な組み合わせだが不思議と違和感がない。

お互いに纏っている空気の異質さ、違和感が同じなのだ。

「ふふ、ガリア王には良い手みあげができたわ」

「くだらん、そんなモノのためにこの「闇風」の風を使うとは…」

男は女に向い呆れた声を上げた。

「やーね、風使いのあんたにはコイツの素晴らしさが理解できないだけでしょ?いい、これがひとつあれば素晴らしい水の秘薬が無限に作りだせるのよ」

「ふむ、シェフィールドあたりなら喜びそうだな」

女は方は男の言い分に心外とばかりに強くかぶりを振った。

「やめてよ、あんな乙女。道具を使い減らす事しかできないお馬鹿さんじゃない。あんなのならオタメガネの方がまだましよ」

「仮にも神の知識をつかまえて馬鹿とは不遜な物言いだと思うがな」

しかもシェフィールドは彼らにとって直接の上司に当たるのだが。

「あーら、与えられた能力と本来の力量が一致しない、無能の典型じゃない」

これ以上藪を突いても毒蛇しか出てこないだろう。

男は話題を変えることにした。

「しかし、今回の件、どう思う?」

「んー、あぁ、王の言った彼のこと?別にただのトライアングルの餓鬼じゃない」

女はつまらなそうにそういった。

「しかし、我らがガリアの間者を手玉にとった手腕は見事ではないか?しかもそのどさくさにまぎれて本来の任務を遂行した」

「マザリーニの鳥の骨の入れ知恵でしょ?」

あの鳥の骨はトリステインを存続させている唯一の生命線だ。

王がいない王国というこの間抜けな国を良く守っているものだと感心する。

「我が王は…」

男はやや言葉に詰まりながら呟きはじめた。

「?何よ」

「我が王ジョゼフは渇いておられる。シャルル公の崩御以来、自分に見合う好敵手が存在しないことへの嘆き、無力を感じているのだ」

「ふーん、確かに今の彼は無能王というよりは無気力王だけれど」

「優れた指し手がより高みを目指すためには実力を互とする相手が必要だ。今、ジョゼフ王にはそれがいない」

男は断言した。

「やめてよね、さっきから。特製の毒矢を作って王様に渡したのは私なのよ?当てつけ?」

「王は何かを彼に感じたのかもしれないな」

ただ耳に少し入ってきただけの少年の活躍を?

この男、以外にロマンチストなのかもしれないわね。

女は少々呆れた口調で言った。

「なにそれ、第六感?あの王様が化物じみているのは知っているけど、あの子まで同レベルだって言うの?冗談でしょ?」

「我々がこんな事をしている事からして、すでに冗談ではない。だろ四位」

「たしかに、まぁ、こんなくだらない調査に北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールバルテル)の二位であるあんたと四位の私が派遣されるなんて、本当に悪い冗談みたいな話だわ」

自分たちはもっと派手に立ち回る方が性に合っている。

自分たちは大々的な破壊工作を担当する北花壇騎士の中でも特殊な存在しない戦闘部隊なのだ。

本来、各構成員同士、任務どころか名前すら知らされない北花壇騎士において組織力、チームプレイを使う異例のスペシャルチームなのだ。

「いずれにしろ我らの任務はこのヴィリエ・ド・ロレーヌに関する報告書をわが王に届ける事だ」



◇◇◇◇◇



「どうです?」

馬を止め、意識を集中させている僕にクゼが問いかける。

僕の感覚ははるか遠くの対象をとらえていた。

「以外に近いな。この水球の示す先にある人の気配は二人。距離だと35リーグ前後かな?」

「え、そんな遠くの事が分かるんですか?」

風が運ぶ情報を捌く術はさんざん風の聖域で修業した。

遠くの対象を調べるくらいは朝飯前だ。

「うん、風が教えてくれる。幸い向こうの足は徒歩だ。明日の日中には追いつくぞ」



 ◇◇◇◇◇



翌日、早朝。闇風と呼ばれた男は風の違和感に気づいた。

「何かが追ってきている」

「あら、もう気づいたの?」

男の連れの女の方はすでに何かを察していたらしい。

「気づいていたのか?」

「ちょっと前からおかしな水の気がこちらをトレースしてきてるのよね。たぶん水精の放った追手ね」

さすがにあれだけの水の気があれば気づく。

どんな追手なのかしら?

「ああ、おそらく人間が二人、馬に乗って移動している。」

流石、察知の系統の専門家たる風の使い手は違う。

感覚の範囲に入りさえすればそこまで分かるらしい。

「へー、人間なの。あの水精、妙に尊大で友達いなさそうなのに」

「おまえと同じか」

「もう、失礼しちゃうわね。」

私は尊大じゃなく毒舌なの。

まぁ、友達はいないけどね。

「どうする?」

思案するような様子で男が女に聞いた。

「良いんじゃない、このままで?こっちは気づいているんだから相手が奇襲をかけてきたところを逆に返り討ちにしてあげましょう。」



 ◇◇◇◇◇



「いたぞ」

「あれが賊ですか」

昼ごろに僕とクゼの二人組の男女に追いついていた。

すこし離れた物陰で様子を窺う。

「どうします?奇襲をかけるなら夜の方が」

「いや、夜に相手しない方が良さそうだ。たぶん本物だ。血のにおいが染み付きすぎてる」

夜の闇が武器になるのは向こうの方だろう。

「本物?本物の暗殺者?たしかに雰囲気ありますね…」

クゼが嫌そうな顔をする。

クゼもあの二人から厄介な雰囲気を感じているようだ。

「かもしれないね。実力も相当にありそうだ。どっちもスクウェアクラスだと考えた方が良い」

「なんだか、いろいろ良く分かりますね」

ヴィリエは笑いながら鼻を鳴らす仕草をした。

「風が運ぶのは音ばかりじゃないのさ。匂いは過去の残滓と言って良い。匂いの経験は上手くやってもごまかしきれない」

特に連中には血の匂いが染みつき過ぎている。

「はぁ」

まぁ、勘半分だけどね。

しかし、さすがにこの相手には例の魔法が必要になってきそうだ。

「3分間だ」

「はい?」

何のことか分からずクゼが僕に聞き返した。

「僕があの二人を圧倒できる時間期限(リミット)。それを過ぎたら撤退する」

「速攻というわけですか」

「そうだ、がクゼあまり前に出るなよ、お前が相当な腕なのは分かるがあの相手にはヤバそうだ」

「無理はしませんよ」

ヴィリエは意識を集中した。

風の力が集まり、ヴィリエの精神の内在領域に革新が起こる



――「相似」(シンクロ二ティ)、残りMP224



風・風・風・風―。

それは風の四乗スペルが生み出す力の一つの極地である。

人間の魔法使いがスクウェアを超えるスペルを使うには方法は一つしかない。

魔法を掛け合わせる、これしかない。

ヴィリエは当初「偏在」(ユビキタス)で術を合わせられないか模索していた。

結果は不可能。

魔法の開発に協力してくれたシルフが言うには『「偏在」(ユビキタス)は異なる自分を複数作り出す術だろう?距離と行動を分けるために本体とは異なる変数を風の虚体に盛り込んでいるからその術で共鳴(ユニゾン)を生み出すことは無理だよ』

との事であった。

ならいっそ距離をゼロにして自分の精神の内在領域にもう一つのパーソナリーデータ、限りなく同じもう一つの「偏在」を生み出せれば…。

しかし、自分の中にもう一人の自分を生み出す行為がどれ程危険なことなのか。

術の制御を一歩でも踏み誤れば即、精神崩壊である。

自分の中にもう一人の力ある自分を生み出す。

そんなを最緻最小の究極を極める魔法の開発はシルフが見守る中、延々と続けられた。

続けられる限界の中でヴィリエの風使いとしての感覚、魔法のセンスは常人のそれをはるかに超えていったがそれでもなお、新魔法が一応の形をえるのに二か月を要したのだ。

今のヴィリエでもこの魔法を安全に運用できる限界時間は3分前後である。

それを過ぎれば各段に精神崩壊のリスクが格段に跳ね上がる。

「一気に攻めるぞ」

「はい」



 ◇◇◇◇◇


男は顔を上げた。

ちょっと前からスピードを落として様子を見るようだった追手の動きが変わったのだ。

「どうやら仕掛けてきそうだ。気配が変わった」

「あら、そう?」

さすがにこれだけ近ければ水メイジでもかなりの事が分かる。

何か攻撃の詠唱をしているのかしら?

一応、防御魔法でも準備して…。

――「斬嵐」(カッター・トルネード)残りMP160

「「なっ!?」」

突然放たれたスクウェアスペルに驚きを隠せない。

詠唱速度が通常の半分以下だ。冗談じゃない!

―「風膜」(エア・プロテクション)

―「水膜」(ウォーター・プロテクション)

凄まじいあまりにも強烈な烈風が吹き荒れる。

両者は互いにそれぞれ水と風の膜壁を作りあげた。

ライン相当の壁の二重掛けだが防ぎきれない。

全身を真空が切り裂く。

「ちっ、相手は魔力切れお構いなしのバカたれみたいね!」

烈風の切れ目に乗ってクゼが飛ぶ。

かん―!

固いものがぶつかり合う硬質な音が響く。

クゼの神速の抜き打ちに反応するものがいた。

黒衣の男、闇風の方だ。

「ほう、やるな」

「ふむ、貴方もなかなか」

「初手が奇襲で申し訳ないが名乗り口上を上げさせてもらう。「旋刀」クゼ・メイエイ、参る!」

「北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールバルテル)がニ位「闇風」アガン、受けて立つ!!」

両者の間に剣撃が閃く!

どうやら向こうは本格的に始まったらしい。

女の方がヴィリエの前に立った。

その動きには多少のダメージがあるようだが、まだまだ余裕な様子が見える。

「やだわ、ドレスがボロボロじゃない。坊や激しいのね。」

「これは、失礼」

「んー、頭悪そうだけど、私も名前を名乗ろうかしら?どう思います?」

「僕の名前はヴィリエ・ド・ロレーヌだよ。お嬢さん」

(あら、この子。例の…。いつスクウェアになったのかしら?)

さっきの「斬嵐」は威力も申し分ないスクウェアスペルだった。

もし本当にスクウェアメイジにこの歳でなったのだとしたら、確かに恐ろしいほどの才能と言える。

しかし、所詮は子供。

成り立てのスクウェアメイジがそうそうスクウェアスペルを連発できる訳がない。

先の無駄撃ちで魔力はあまり残っていないはずだ。

メイジのセオリーから行っても大技を連発したがるこの相手は子供で素人。

スキュラは長年の経験からそう確信していた。

「あら、お上手ね。良いわ。教えてあげる。「壺毒」のスキュラよ」

―「痺雲」(パラライズ・クラウド)

神経を麻痺させる毒を含んだ濃霧が視界を襲う。

――「風」(ウィンド)残りMP144

瞬間、ヴィリエの風が濃霧を凪払う。



―「水弩」(ウォーター・バルカン)

濃霧を弾膜代りにして不可視の弾丸が襲いくる。

完璧な二段攻撃。

「!」

さすがのヴィリエも反応が遅れたと見えてまともに弾丸をくらった。

「あら?子供相手にやりすぎたかしら。」

「くっ」

ヴィリエはゆっくり体を起こす。

スキュラはその様子を愉快そうに見つめていた。

「あら、まだ動けるの?でも無理しない方がいいわよ。ふふ」

「あいにく急所は外しているんでね」

「あら?元気ね。でもそうね…。こんな話を知ってるかしら?シャルル公が暗殺されたとき、彼を毒矢で射った暗殺者は結局見つからなかったの。」

「?」

ヴィリエはなぜこんな時にそんな話をするのだろうと疑問に思った。

つまり、何が言いたいんだ?

「なぜかしら?彼を射ったはずの矢はどこにも無かったのよ。不思議ね。」

まさか―!?

「そろそろ、毒がまわるかしら?私の水撃にはすべて死にいたる毒が配合されているのよ?」

「くぅ…。――なんてね」

――「避矢」(ミサイル・プロテクション)残りMP128

残念ながらスキュラの矢は当たっていない。

あらかじめ張ってあった乱気流の見えざる渦が水の弾丸を弾いていたのだ。

「!?」

――「斬風」(スライス・カッター)残りMP80

有無を言わせない完璧な強襲だ。

強力なトライアングルスペルがスキュラを真空の刃で切り刻む。



◇◇◇◇◇



時同じく、クゼとアガンは強烈な剣戟の応酬を続けていた。

剣の腕では完全な互角だ。

「これほどの相手に出会えるとは…」

「私もうれしいですよ。正面から行ってこれだけ打ちあえる相手はそういないですからね!」

「ああ、だから残念だ。ここで殺してしまうのが」

―「神速」(ハイアクセル)

アガンがぶれる。

風の四乗。

究極の加速を生む恐るべきスクウェアスペルが放たれたのだ。

「な!?」

後ろ?

瞬間の判断で体を流しながら振り向きの一撃を加える。

そこにアガンはいた、が

斬撃は空を斬った―!?

(残像?)

あまりにも高速で緩急をつけ動くアガンの姿が虚構の残滓を生み出しているのだ。

偏在とは違う完全なる虚幻、しかしそれが生み出されることの意味する恐怖は偏在をはるかにしのぐ。

アガンの残像が無数に増えていく!!


「十二我天刹」


一閃――。

わずか一瞬の間に12連からなる殺戮の剣舞が舞った。

それは常人には見ることすら叶わない究極の美技である。

絶命必至の技。

しかし――

「ほう」

斬り終えたアガンの脇腹にわずかな痛みが走る。

最後の一閃の瞬間、クゼの鞘が僅かにアガンを打ったのだ。

あれだけの猛撃に身を晒されながら、クゼはアガンの斬撃を追いかけていたのだ。

奇跡とも呼べる微かな反撃が奏功し、最後の斬撃が浅く入った。

結果、クゼはわずかに息があった。

「!」

同時、近くで風が強烈に凪ぐ音がする。

勝ったと見えたスキュラが逆に血塗れで倒れている。

(なんだと!?)

ありえない。

彼はさっきから規格外なほど連続で大魔法を連発している。

常人ならとっくに魔力が切れているはず。

魔力の底が見えない。

アガテも魔力は限界が近い。

早期決着のため「神速」を放ったことが裏目に出たか――!

スキュラが僅かに動いた。

まだ息があるらしい。

アガテは判断した。

撤退する!

―「追風」(スピード)

ドットスペルの加速魔法が一気にアガテをトップスピードに乗せる。

しかしヴィリエは強襲に反応している!

――「瞬発」(アクセレート)残りMP48

ラインスペルに相当する「追風」の上位スペルが放たれる。

その加速差は歴然でさして鍛えていないヴィリエの一撃を歴戦のアガテが受けてしまう。

しかしアガテは一撃をくらいながらも横を抜けた。

脇腹が熱い。

隠し持った短剣で脇を切られたのだと知った。

しかし浅い。

瞬時にスキュラを抱えると逃走のためのスペルを放った。

―「飛翔」(ハイ・フライト)

コモンスペルのフライに風の加速を追加。

風・風――

風の2乗分の加速をのせたラインスペルの高速飛行魔法だ。

「ちっ」

どうやら逃げの一手をとったことに気づかれたらしい。

ヴィリエが追走の魔法の詠唱に入る、瞬間――

―「氷壁」(アイス・ウォール)

ヴィリエとアガテの間に氷壁が生まれる。

意識を朦朧とさせながらもスキュラが術を完成させたらしい。

どうやら逃げられそうだ。

アガテは一気に加速を強めた。

ふとスキュラを見ると彼女の小物入れが彼女自身同様切られている。

「やれやれ、どうやら種は奪還されたらしいな」


 ◇◇◇◇◇


逃がした。

正直クゼの犠牲がなければ負けていた、完敗だ。

「相似」の真骨頂であるペンタゴンクラス以上のスペルも連戦になる状況では消費を抑えるため撃つに撃てなかった。

それにしても恐るべき使い手たちだ。

冷汗が今更ながら出てくる。

「と本来の目的を果たさないと」

スキュラが落していった、種を回収した。

うん、相手を倒したらアイテムゲットってRPGぽいな。

「わ、若…」

クゼが今にも死にそうな声を上げる。

ヤバイな、たぶんこのままだと死ぬ。

――「治癒」(ヒーリング)残りMP0

水・水―。

ライン相当の水スペルが発動する。

残り魔力をすべて込めて救命する、大きな傷口は一応塞いだ。

これでたぶん多少は持つはずだ。

逆にいえば一時的な救命処置にしかならないが…。

しかし体が重い。

「相似」初の実戦運用に加えて魔力を使いきった。

精神疲労でヴィリエは今にも倒れそうだったがクゼを引きずって乗せると待機させていた馬に帰路を走らせた。

ヴィリエは馬をまっすぐ走らせようとするが集中できない。

(あっ、意識、飛びそう…)



[21262] 第一章第十二話 巡礼者
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 14:05
気づいた時には見知らぬ天井だった…。

って、僕はシンジくんじゃないぞ…。

どこかの家のベッドの上にヴィリエはいた。

「意識は戻られましたか?」

傍らにマザリーニ卿がいる。

救出されたのか。

天国でなくて良かった。

これは本当にベタ過ぎる感想だけど、心からそう思う。

「ここは?」

「会場から近い町の宿ですぞ。私たちもあの後すぐにメンバーを揃えて追いかけたのです。」

つまり、追いかけてきていたからすぐに回収できた。

といったところかな?

僕らも案外運が良い。

「クゼは」

「一命は。幸い高名な水メイジが揃っておりましたから、しかしさすがに復帰には時間がかかりますぞ?」

だろうね。

ヴィリエの見立てでもクゼには結構深い傷が多かった。

「マザリーニ卿、手間ですけど、彼を頼みます。それと体調が整ったらダングルテールに帰してください」

もうクゼを連れて旅を続けるのは無理だろうから。

ヴィリエはクゼの事をマザリーニ卿に頼んだ。

「一人で旅を続けられる気ですか?」

「うん」

ヴィリエは即答した。

「もう、帰られたらどうです?家に帰れないならエミリアの実家に身を寄せても良い」

「いやです。始まりこそ、父に言いつけられた旅だけど、今はもう僕自身の旅です。行きたいところもありますから」

ほう、マザリーニは眼を細めた。

まだ初めて訪ねてきたときはかなり大人びているとは言え、年相応の子供らしい部分も感じていた。

しかし、アルビオンから帰ってからの彼はしっかりと一本の芯が通った印象がある。

男子三日会わざれば刮目して見よ、か。

「よろしい、覚悟がある者に何も言いますまい、ただし」

――今回の状況は説明して貰いますぞ。

マザリーニ卿は僕の眼を正面から見つめて言った。



 ◇◇◇◇◇



「北花壇騎士(シュヴァリエ・ド・ノールバルテル)!?」

「ご存じですか?」

マザリーニに大体の状況を説明した。

水精に頼まれて「種」というもの奪った賊から「種」を取り返しに行き、そこで出会った賊こと北花壇騎士の二位と四位と交戦し逃がした、と端折って説明した。

「…、裏の世界では相当に有名ですぞ。ガリア王が飼っている諜報、暗殺のエキスパート、中でも序列付きは化物揃いだと」

「序列付き?」

そういえば彼らは四位だとか2位だとか聞きなれない名乗り口上をあげていたが。

「ガリアの騎士団でも北花壇騎士は完全な実力主義…。一位から十位までは実力で序列が付けられているそうですぞ」

「なるほど」

もしかするとタバサの7号も本当は7位という意味かもしれない。

単純にあの時点でのタバサより実力が上の術者が6人はいるかもしれないのか…。

「厄介な相手ですぞ、非公式とは言え北花壇騎士は並みいる正規の騎士団を押さえて最強最悪とよばれていますからな」

なんだか、存在しない連中の割に相当有名そうだな…。

有名無実の逆パターン?

無名有実?

しっくりくるのは無名有害だな。

あれだけ派手に動いているところを見ると連中の扱いは北花壇騎士の中でもさらに特殊なのだろう。

「肝に免じます。僕からちょっかい出すつもりはないです」

「うむ、今回は見逃してもらえたようですが気をつけられよ」

あれ?

僕はマザリーニ卿にちゃんと交戦して「逃げられた」と言ったのだけど…。

「逃げた」事になってる?

まぁ、別に良いけど。

引き分けを拾ったのは事実だし。

「マザリーニ卿、また足を用意してくれますか?ラグドリアン湖にいきますので」

「ふむ、水精に失敗したことを報告しに行くのですな」

…説明を端折り過ぎた。

マザリーニ卿に上手く話が伝わっていなかった。

まぁ、いいか。

「すぐ向かいます。お願いします」



 ◇◇◇◇◇



僕がラグドリアン湖に訪れると水の精がすぐに姿を見せた。

彼は僕の小物入れを示し促すしぐさをとった。

どうやら種を奪還してきたことについては説明不要のようだ。

『風に連なる者よ感謝する』

「私だけの力ではありません」

『では共にあったすべての単なる者に感謝する』

僕は種を取りだす。

種は水を固めた不思議な質感の結晶であった。

僕はそれを水精に手渡す。

種は水の精の中に消えてなくなった

ようやく本題に入れそうだ。

「私はあなたに聞きたいことがあります」

『風から知らせをもらっている。我は大隆起について何も知らない』

ばっさりだ、ばっさりだよ!

ただのくたびれ儲けか…。

クゼの方はやられ損。

徒労感で頭痛くなってきた、いやはや…。

『我が思うにおそらく土や火も何もしらない。』

うわ、僕の旅、以上終了か。

厳しい。

マザリーニ卿にカッコよく啖呵切ってきたのに…。

『しかしサハラのエルフたちなら我らが知らないことも知っているかもしれない』

「エ、エルフですか…」

あの人間限定ATフィールド(心の壁)全開の連中とあってまともに話なんてできるのか?

あ、もしかして反射(カウンター)ってアレなのか?

『土はエルフに守られている、先ず火に会い、サハラの地を目指すが良い』

『心配はない。エルフは巡礼者を拒みはしない』

「巡礼?」

『そうだ、元は風の気まぐれとはいえ、お前には資格がある。精霊の巡礼者(パルミエーレ)となるが良い』

「えーと、あー、それは、何をする人です?」

だめだ。展開に頭がついていっていない。

我ながら間抜けな受け答えをしているなぁ…。

『本来は遥か古代のハイエルフの王の成人の儀式だ、各聖域を訪れて精霊と契約をしてまわり四大を統べる者、精霊王となるためのもの』

「精霊王!?僕が」

設定ぶっ飛んでないか?いくらなんでも。超強そう。

精霊王に俺はなる!

『心配せずとも単なる者は精霊王になどなれん、精霊魔法の行使者でない汝らがいくら我々と契約したところで大した力は得られない』

あ、残念。

これで精霊魔法デビュー、テラチート!

とか少し思ったのに…。

「でも、面白そうですね」

『しかし契約を得るには精霊の試練を超えなければならない。我は今回の件で良いが他の火や土が無茶を要求するかもしれん』

試練ってお約束ですね。

「ん、無理ならあきらめます。その場合は力を返すのですか?」

『その必要はない、よかろう。シルフ、ウンディーネの両精霊の意思により汝、ヴィリエをパルミエーレと認定する』

――我が力を受けるが良い。

水の精がその手を僕に向かいかざした。

不思議な感覚が生まれる、これは?

僕は僕の中にもう一つの感覚が呼びさまされたのを感じた。

風とは別の気配を感じられる。

水の気?水メイジの感覚を得たのか!?

『では、さらばだ』

水の精は去っていった。

しかし、巡礼者かー。

聖職者ぽい名称は正体が俗な分、柄じゃないかもしれないね。

では次に目指すは火竜山脈だ――。



[21262] 相似の扱いについて
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 14:07
今回は「相似」とペンタゴン以上スペルの仕様について説明します。


「内包するエネルギー量」

この世界の魔法についてその威力・エネルギーは基本的には使用した魔力に比例します。

つまり
  ・
  ・
  ・
オクタゴン 2048
ヘプタゴン 1024   
ヘキサゴン  512   (虚無・先住系統500~)
ペンタゴン  256
スクエア   128
トライアングル 64
ライン     32
ドット     16
コモン      4

というのがこの世界における魔法の威力の基準値になります。

単純に考えてオクタゴンはコモンの512倍の威力・エネルギーを内包しているわけです。



「共鳴効果について」

このゼロ魔世界には共鳴効果(ユニゾン)が存在します。

共鳴効果が起こる条件は非常に近い存在であること。

特に高純度のブリミルの血族(王族)は共鳴効果を起こしやすいとされています。

高純度のブリミルの血族でなくても一卵性双生児のような極めて存在が近いものの一部にも共鳴効果を発動できるものがいます。

共鳴効果は二種類のスペルを組み合わせることができます。

四大系統の魔法は共鳴によってその効力は何倍にも膨れ上がるのです。

その威力は絶大でトライアングルにトライアングルを組み合わせることでヘキサゴンスペルを発動できるのです。

つまり

  ・
  ・
  ・             威力/総消費
スクエ+スクエ=オクタゴン 2048/256
スクエ+トライ=ヘプタゴン 1024/192
トライ+トライ=ヘキサゴン  512/128
トライ+ライン=ペンタゴン  256/96
ライン+ライン=スクエア   128/64
ドット+ライン=トライアングル 64/48
ドット+ドット=ライン     32/32
ドット             16/16
コモン              4/4

つまり、共鳴効果であればスクウェアスペルはトライアングルスペル程度の消費MP、ヘキサゴンスペルはスクウェアスペル程度の消費MPで発動できてしまう訳です。(ローコスト、ハイパワー)

なお、ブリミルの血が薄くても合唱といったシンパシーの強い方法を利用して低レベルの共鳴効果を引き出す方法(賛美歌詠唱)がありますがその魔法効率は本来の共鳴効果にけっして及ぶものではないです。

「相似について」

相似とは自分の内在領域にもう一人の自分を作り出す風のスクウェアスペルです。

イメージ的に言うとパソコンにおけるCPUのデュアルコア、並列回路だと考えてもらって良いです。

本編で述べたように偏在では自分の分身に変数が組み込まれているため共鳴効果を発揮することは出来なかった(ただし賛美歌詠唱は可能であった)ために開発されたヴィリエの新スペルです。

内面(パーソナリーデータの書き換え)の変化のみであるためその魔法を見破ることは容易ではないです。

ただし術のコントロールは非常にデリケートであり、失敗は即精神崩壊なので非常にリスキーな術でもあります。

相似によって生み出されたもう一人の自分と本来の自分は共鳴効果を発動できます。

また一応、並列処理も可能です。

つまり共鳴効果を使用しなければスクウェア以下の魔法を連続使用できます。

つまり「れんぞくま」と「がったいまほう」が使えるわけです。



[21262] ステータスシート3
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/20 00:53
名前  :ヴィリエ・ド・ロレーヌ
性別  :男
年齢  :13歳
クラス :スクウェアメイジ
ジョブ :巡礼者(パルミエーレ)
魔力容量:20→22(26) NEW
魔法効率:16 
魔力回復:6(8)
最大MP:320→352(416)NEW
(スキル)
風感覚:4(5) 
水感覚:2(3)
(契約スキル)
風精の加護:風感覚+1、魔力容量+2、魔力回復+1
水精の加護:水感覚+1、魔力容量+2、魔力回復+1、水感覚発現、水コストカット
今回の成長履歴:
・水の精霊に出逢いました。 魔力容量+1
・強敵と死闘を繰り広げました。 魔力容量+1
・水の精霊から力を得ました。 契約スキル、水精の加護を獲得


名前  :クゼ・メイエイ
性別  :男
年齢  :21歳
クラス :ラインメイジ、ソードファイター
ジョブ :従者
魔力容量:14→16
魔法効率: 4
魔力回復: 8
最大MP:56→64
(スキル)
風感覚:2
(装備)
無銘刀:固定化LV1、硬化LV1



[21262] 第一章第十三話 彼女たちの始まり
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/18 09:47
はじめて見た空は白だ。


深々と降りつもる雪が体温を奪っていく…。


忌子――王家ゆかりの貴族の庶子として、しかも不吉の象徴たる双子の子として生を受けた彼女たちは当然のように捨てられた。

すぐに白い死神たちは彼女たちの世界を埋め尽くすだろう――ところが。

「おや、赤ん坊が落ちている」

「どうされました?ジョゼフさま」

「双子の捨て子か、面白い。たしかシャルルの奴の子供も双子だったな」

一人の男が彼女たちを値踏みしていた。

男は軽薄そうな笑みで笑う。

「おい、これを飼うぞ」

彼女たちは白い死神に命を奪われる前に青い死神に拾われた。

それが幸せなことだったのか、更なる不幸の始まりだったのか、未だ判断はつかない…。



[21262] 第一章第十四話 悪逆たちの午後
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 14:15
その日、ガリアの首都リュティスの郊外、壮麗なるヴェルサルテイル宮殿の北側、プチ・トロワに程近いガリア北花壇警護騎士団の詰所にスキュラはいた。

年中脳内間欠泉の我らが騎士団長様のいる桃色天国なプチ・トロワと比べると場違いなほど陰気臭く暗い陽光を拒絶するような詰所である。

(まぁ、負け犬にはお似合いかしら?)

そんな自虐的な午後を過ごすスキュラに近づいてくる女が一人いた。

ガリア王ジョゼフの側近にして頭脳、神の頭脳の異名を持つ才女――シェフィールドである。

「どういう事か説明してもらえるわよね?」

「なに?シェフィールド、私疲れてるんだけど」

「貴方は私に報告をすべきでしょう?スキュラ?」

あーあ、狂犬につかまちゃったわね。

スキュラは詰まらなそうに呟いた。

「報告なら闇風が書いて寄こしたじゃない」

「あんな報告を信じろというの?」

シェフィールドはいらつく心情を隠そうとはせずに口調に乗せてスキュラに噛みついてきた。

その様子に呆れてスキュラは言った

「べつにー、信じたくなければそれで良いんじゃない」

「13歳の子供が貴方達、二人を相手に圧倒した。もしかするとその子供はジョゼフ様に比肩する力を持つかも知れない?」

ここでシェフィールドは腹に力を入れた。

あ、怒鳴られそうね。

スキュラは素早く手を置いて耳に栓をした。

「馬鹿にするんじゃないわよ!!」

「…うっさいのよ、シェフィールド。少なくともあの闇風が大真面目で書いた報告書でしょ?私に当たんないでよね」

「…。だから、貴方の口から聞きたいのよ」

なら、怒鳴らきゃ良いじゃないの。

本当にこの娘は生真面目で――――無能ね。

スキュラは澄ました顔で言った。

「わたしならそうね、もっとオブラートに包んでウェットな表現を心がけるわよ?」

でも、根底にある事実を変えることはできないだろうけど…。

やれやれ、疲れる娘だ。

そもそも、この娘にとってジョゼフ王は絶対の存在なのだろう。

この娘のジョゼフに対する思い、それは――盲信、神への信仰に近い、狂気すら感じるものだ。

だから、彼女にとってこの報告書が許しがたいものなのは想像がつく。

たかが、13歳の少年しかも風属性のメイジが伝説の虚無の体現者たる王と同格かもしれない?

まぁ、たしかに闇風の報告書も脚色が過ぎるというかロマンチック過ぎるものではあるけれども嘘は書いていない。

嘘報告で失敗をごまかそうとしているとでも思っているらしい。

馬鹿ね、どう考えたって13歳の少年にコテンパンだった方が隠したい恥ずかしい事実でしょうが…。

ほんと、困ったちゃん。

この娘はもとがメイジでない上に東方の出身なせいか四系統のメイジを馬鹿にしている節がある。

本気で私たちをただの無能だと思っているらしかった。

すこしでも魔法の心得があれば、私たちがどれ程、畏怖すべき使い手か分かるだろうに…。

「…いい加減にしたら?私も無能な部下はいらないの?」

私も無能な上司はいらないわよ。

まして、たかが虚無の使い魔なんてそれこそいくらでも、どれだけでも変わりがいるのだ。

ルーンが刻まれれば誰だってそこそこ同じ性能なのだから。

この娘が死ねば別の者が神の知識の座に座る。

それだけ。

この娘はただ虎の威を借りてきゃん、きゃん吠えている子犬なのだ。

正直、スキュラにとってのこの娘の存在価値は、王様への窓口という一点だけだ。

今の状況を見る限り窓口としても有益かどうかも疑問だが。

(ここは私が折れてあげるのが大人かしらん?)

「いいわよ、私たちがマザリーニに間抜けにも嵌められて凄腕のメイジに囲まれて命からがら逃げ帰ってきたって報告書を書くわね」

「…それが本当なんでしょ?」

彼女は捨て台詞を吐いて去っていった。

虚勢ってむなしいわね。

まあ、いいか。

時間はたくさんある。

ざっと見積もって、体が完治して魔力が戻るまで10日以上かかりそうである。

―「再生」(リジェネーション)

本来であればまだベッドに貼り付けでおかしくないほどの大怪我を負っていた彼女なのだ。

しかし、強力な水の行使者である彼女は継続して治癒力を高める魔法を施すことによって信じられない回復を示していた。

ただ、さすがのスキュラも魔力が空になっている上に魔力の回復分も当分はすべて「再生」(リジェネーション)の維持に当てられてしまう状況である。

水魔法の達人も魔力尽きればただの人であった。

どうせ、重病人の自分はしばらく任務につけない。

きっと、良い暇つぶしになるだろう。

「適当な報告書を書く気か?」

「あら、「闇風」。あんた居たの?何よ、あんたはもう完治しているんだから適当に仕事しなさいよね?」

「留守番なのだ、他が出払ってしまっている」

「え?一位も三位も五位も六位も?」

三位はともかく、奥の手の一位と反則の手の五・六位コンビが動いているとは大事である。

「そうだ」

「一位は知らんが王直々の特命だそうだ。三位の「叡智」と五位、六位「白雪」は火竜山脈だ」



[21262] 第一章第十五話 火竜山に降る雪
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 14:22
ヴィリエは馬を走らせ、火竜山脈を目指していた。

道中使いきった魔力を回復させながら進んでいったため、魔法が一切使えなかったのは少々不安であった。

ヴィリエはいずれはマジックアイテムの研究にも着手しないといけないと感じていた。

魔力の尽きたメイジは裸も同じだ。優秀な武装は多いほど良い。

この世界の魔法は確かに便利で優秀だが使用回数の制限が厳しすぎる。

落ち着いたところで付加魔法の研究をする必要がありそうだ。

しかし気ままな一人旅だと意外といろいろ考える。

無駄口叩いてばかりのあんな奴でも居なければ寂しいものなのかもしれないな。

考えてみれば、この道中、ウェールズ、マザリーニや精霊とは仲良くなったが、友の一人も作っていない。

いくら変わったといっても転生前とあまり変わらない部分もあるのかな?

「やれやれ、センチは僕に似合わないね」

だけど、母さん、シーニャ、シルティに逢いたい。

一人になって、ようやく自分の弱さと思いに気づけた気がした。

所詮13歳か。

一人の夜は長いぜ。

数日後、ヴィリエは火竜山脈に辿りついた。

そしてそこでヴィリエは信じがたいものをみた。

「これは?」

火竜山脈は6千メイル級の山々が連なるこのハルケギニア最大の山脈群である。

そこは火の力の満ちる大地であり、それほどの高さを誇りながら一切雪が降らない山脈である。

はずである。

しかし―――


その霊峰群はいまや真白な雪化粧に覆われているのだった…。


唖然としたヴィリエだったがすぐに気を取り直した。

しかし思案は止まらない。

あの様子だと本当に火の精霊がいるかも疑問だぞ。

引っ越したりしていないか?

そもそも熱いと思っていたところにこの大雪は普通に想定外である。

地元の人間も防寒着なんて持っている人いるんだろうか?

装備を整える暇も無い。

異常気象?

謎だ。

くそっ。

ひとまず、山間の町で情報を集めるしかないか…。

ヴィリエは泣く泣く元来た道を戻った。



 ◇◇◇◇◇



雪山と化した山脈に一人の男と二人の少女が歩いていた。

小さな少女たちはとてもよく似た容姿をしていた。

まだほんの子供。ヴィリエと比べても小さな子供である。

肩の長さまで伸びた銀髪によく似た小さな背格好、色素が存在しないかのような透ける肌。

二人はほとんど、否、全く一緒に見えた。

唯一の例外はその瞳だろう。

その大きな瞳は片方が青、片方が赤であった。

男の方はどこか胡散臭い印象があった。

中肉中背。

かなり独特の改造を施したローブ姿に端整な顔立ち、そしてモノグラスをかけている。

しかしその顔に張り付いた笑みは皮肉気で邪悪。

「いやはや、とんでもない力技ですね。これが人の業とは思えません。」

「うるさい・かな・なの」

無表情で少女たちは囁いた。

小さい声である。

耳を澄まさないと聞き取れないだろう。

男はやれやれと首を竦めると少女たちに従って黙った。

すると、轟と爆発的な羽音を響かせて彼女らの前に1頭の巨竜が現れた。

その大きさは25メイルにも及ぶ。

男はあまりにも圧倒的な巨漢に感心して見た。

『貴様らここで何をしている!?』

驚いた、火竜がしゃべるとは。

奴らはさして知性は高くないはずである。

それがしゃべると個体なると…。

古代種、エルダードラゴンが一種、火韻竜ということになる。

まさに――伝説。

ブラボーぉぉ!

男は感動のあまり小躍りしたい気持ちをぐっとこらえていた。

一応、空気を読んでいるらしかった。

しかしにやにや顔を抑えきれない。

『我は問うているのだぞ!答えよ!!理を知らぬ愚か者ども!!』

「ゆきをふらせている・かな・なの」

あついのは嫌い。

少女たちは呟く。

『ふざけるな!!この山にどれほどの我が同胞が住んでいると思っているんだ!!!』

轟!

激怒が爆音と化して3人を襲う!

まさに憤怒の化身。

火竜の王の怒りは天を衝くほどだ。

こ、こわいですね…。

男の方はようやくとんでもない相手を前に危機的状況であることに気がついた。

謝ったら許してもらえますかね?

「あついの嫌い。でも――」

うるさい人はもっと嫌い・なの・かな。

少女たちは杖を構えた。

火竜はキレた。

『なんの道理も聞かぬか!蛮族共め!!』

火韻竜が口を開ける。

鉄の塊すら溶かす火韻竜のブレス!

少女たちの方の詠唱もほぼ同時。

男は思った。

力勝負か――。

「愚かですね…」



―「氷詰」(アイス・コフィン)



水・水・水・風・風――。

人の限界を超えし、超常たるペンタゴン。

カチィィィーン…。

元の静寂が訪れた。

「いくの」

少女たちは、さっさと歩いていってしまう。

やれやれ、伝説も型なしか…。

火竜の王の氷像を眺めて思った。

ガリアの王族には双子を忌避する風習があるがそれも良く分かる光景だ。

高い純度のブリミルの血を誇る王家でも魔法を合わせる芸当ができるものは歴上でもそう多くはいない。

しかしこと双子ともなればここまで合わせられる。

しかも彼女たちの出生を考えれば王家の血がそこまで濃いとは言えないはずである。

二つの杖がどうとかいう話は造話にすぎないかもしれない。

ガリア王家は代々放蕩で知られており、他国に比べてガリア貴族の中には純度の高いブリミルの血が流れている。

そこで双子が生まれればどうなるか?

状況はこれを見れば明らかであった。

これだけの力だ、王権を揺るがしかねない、真に忌避すべきなのは何だったのかが良くわかる…。



[21262] 第一章第十六話 火の精
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 14:30
「いーや、あの山に雪がつもるなんてはじめだべ」

だべ、ってあんた。

いや、しかし本当に無駄足になってしまった。

防寒着も無い。当然か…。

よし、もういくしかないか!

温度くらい風の防護魔法をかけながら進めばなんとかなる。

魔力切れに気をつけてじっくり攻めましょう。

一応、住んでいる山は分かっているのだからなんとかなるだろう。

霊峰グランホーン。

火竜山の中心に位置するひと際高い山だ。

そう考えてヴィリエは村をでて山の方へ進路をきった。

しばらく進むと登山道と見える道が見えてきた。

火の力の強い火竜山は山火事も多いので禿山に近い岩山なのだが平場には多少の植生も見える。

密林や森と呼べる密度には程遠い感じだが草原よりは少しましな湿地を越えてここまできた。

奇妙なことに雪の発生は山限定で平地に雪はまったく降っていない。

寒さに堪えかねた一部の動物は下に降りてきているようだ。

まぁ、ここも結構寒いけどね。

山道に差しかかったヴィリエの方に何かが近づいてくる。

ん?

あれは火竜?

凄い寒そうに震えながらこっちに寄って来た。

大きさは15メイルくらいかな。

一般的な火竜のサイズだ。

戦うのは本意ではないが火竜には話の通じる知性もない。

無視や逃げてくれるなら何もする気はないが徹底抗戦を崩さなければどうしようか。

場合によっては苦しまないように仕留めてあげるのがせめてもの優しさか?

杖は構えず出しておく。

火竜が声をあげる。

『ヴィリエと言うのははお前か?』

「え、そうですが…」

なんだ、こいつしゃべるぞ!?

『まったく、遅いじゃないか、こっちは首をこんなに長くして待っていたというのにさぁ、ほら!』

そういって自分の首を示す。

いや確かに長い首なのは分かるけど。

どうリアクションしたものやら…。

ヴィリエが黙っているのを見ると、どうやら火竜の方は自分が滑ったことに気がついたらしい。

羽を使って器用に頭を掻くような仕草をして話かけてくる。

ずいぶん人間くさい竜だな…。

『いや、ともかく俺らの王がお前を待っているんだ。一緒に来てもらうぞ』



◇◇◇◇◇



『良く来たな。わしとしては歓迎したいところだが状況はそうもいかん』

しゃべる火竜に連れられてやってきた洞窟の奥には溶岩の泉が湧いていた。

そこから溶岩人間が出てきて僕に話かけてきた。

展開的にはたぶんイフリートだろうが…。

周りにはしゃべる火竜が結構な数いる。

わいわいやっているが、まさか、こいつらみんな、伝説の火韻竜なのか?

威厳ねー。

所詮、竜なんてトカゲの一種、変温動物だから寒いのは嫌いって所だろう。

他にやることもないのか、身を寄せ合っておしくらまんじゅうしてやがる。

新種発見、二ートドラゴン。

ヒッキードラゴンでも可。

しかし、いくら火の精霊だからって溶岩溢れる火口なんかに住まないでほしい。

お約束といえばお約束なんだけどさ…。

お陰で僕自身は外は寒いわ、中は熱いわで大変な目にあっている。

一応「空調」(エア・コンディション)の魔法をかけて凌いでいるが出力を上げるとガス欠がこわいので自重している。

くそ、現代っ子なめんなよ。

やる気なくなるわ!

「試練はなんですか?この状況を打開すればいいんでしょうか?」

面倒はさっさ終わらせたい。

いや、はっきり言おう。

もう帰りたい…。

『話が早いな、この山脈に奇妙な3人組が入りこんで来ている。その者たちが今回のこの異常な状況を作っているようなのだ』

「場所はつかんでいますか」

要はそいつらを山から追い返せばオッケーってことだ。

場所が分かっているならすぐにでも始めてさっさと終わらせたい。

『もちろんだ。この状況は迷惑だ、手段はどうでも良い。話し合いでも喧嘩でも良いから、早々にこの山から退場させてほしい』

「わかりました。案内を誰か頼めますか?」

何度も繰り返すが面倒事はさっさと終わらせる主義なのだ。

そしてこの灼熱地獄からも早く退場したい。

『よし、俺がいこう。ここまで連れてきたのも俺だからな!』

「よろしくお願いします…」



 ◇◇◇◇◇



僕は竜の背に乗って山の中腹に位置する洞窟に辿りついた。

「このなかですか?」

『おう、間違いないぜ!』

意識を集中する。

僕の風の感覚が中で蠢く複数の気配を感じた。

「確かに人の気配がしますね」

『分かるのかよ、すげぇな!俺には何にもわからんぞ』

分かんないなら、間違いないとか言うんじゃない!

「いや、まぁ…精霊魔法が使えればこのぐらい分かるだろう?」

『そうなのか?まぁ、正直、今回の件で俺らはびっくりしまくりさ!いつから人間ってのはこんなに強くなったんだってよ』

「別に人間自体はそんなに強くなって無いんじゃないのかな…」

何事に例外はある訳で…。

『そんなことねぇよ、実は説教臭いのが売りの親父が連中に喧嘩売りに行ってよう。そしたらカッチンコよ。あの馬鹿おやじ、速効で氷漬けにされちまいやがったんだよ!チョーうけるぜ!』

「はぁ」

いや、今のどこがおもしろかった??

『ここからがさらに笑えるんだけどよ。俺らが回収しにいってさぁ。さて、氷をどうやって溶かすかって話になったんだ、俺は溶岩にぶち込んでやればいいんじゃね?って言ったらよ、仲間の一人がさすがに骨までとけるんじゃね?ぇって言い返してきたのよ。だからみんなで集まってブレスで氷をちまちまと溶かそうとしてたんだけど、火力間違えて親父の体がほんのりミディアムになっちまいやがったぜ!まぁ、ウェルダムじゃなかったのが不幸中の幸いだったてわけよ!』

なんだそれは…。

壮絶過ぎて笑えん。

親父さんに合掌だな。

「僕は中に行くから、お前はここで待っていてくれ」

『おいよ、頑張ってくれよ!』

「ああ」

ヴィリエはいささか疲れた面持ちで洞窟の中に入っていった…。



[21262] 第一章第十七話 邪悪な男
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 14:41
ヴィリエが洞窟を進んでいくと開けた場所に出た。

そこに一人の男が居た。

見るからに胡散臭い男だ。

かなりの伊達男だが纏っている雰囲気が人間離れし過ぎている。

ちりちりと風が痛い。

なんだろう、この感覚は初めてだ。

「こんにちは、こんなところに何か用ですかな?」

「君がこの騒動の黒幕?」

「まさか。私はただの雇われ労働者ですよ。しかし今回の作戦の発案したのは私です」

「何がしたいんだ?」

僕の問いに男は如何にも面白そうに、とっておきの悪戯がばれて嬉しくて仕方がない悪童のように微笑む。

「戦争です」

「何?」

この山に雪が降ると戦争になるのか?

要領を得ない男の答えにヴィリエは戸惑った。

「ガリアとロマリアの戦争です。まぁ、あのロマリアごときに我々が負けるはずありませんから実際に起こるのは、一方的な破壊と略奪でしょうけどね」

「パワーバランス的にそこまで圧倒的な差は両国にないはずだ」

ピンでみればロマリアの国力は確かにガリアに及ばないかもしれないがあの国は仮にも聖ブリミル教の総主国である。

実動出来る戦力は相当なものだぞ?

「しかし、この山脈が突然通行可能になればどうです?」

「!?」

まさか…。

「そうです、ロマリアの首都の背面を強襲し一撃で仕留めることができるのです!よろしいかな?あの堅牢で周到なロマリアにも想定していない、唯一の攻撃経路が存在するのですよ!」

男は愉快そうに続けた。

「火竜山脈は本来、破壊の化身たる火竜の守る山脈、彼らの強力なブレスと機動力にかかれば巨大なだけの空挺団などただの的。この空は彼ら火竜の支配する空!故に歴史上この山脈を越えて侵攻するルートは存在しないのです」

くくっと男は嗤う。

嗤いながら話しつづける――悪魔のシナリオを。

「人は見たいものしか見ない。特にありもしない偶像に支配されるあの国は!火竜山脈の盟主は永遠に火竜だと!ありもしない幻想を信じ続けているのです!ああ!なんて愚かしい!」

「お前は…」

男はもはや僕に話しかけてなどいない、謳っているのだ!

高らかに!

一人で!

「ならその幻想を砕いてあげましょう!そして彼らの信じる神を殺してさしあげましょう!最後に彼ら自身を殺して差し上げましょう!!」

ああ――

「なんと楽しくも愉快な――」

「お前は邪悪だ」

異質――。

悪意が人間の皮を被って存在しているかのようだ。

どうやら、僕は生まれて初めて本当の化物に出会ってしまったらしい。

この男を野放しにすれば途方もない数の人間が死ぬ。

それは事実。

「なるほど、では僕はお前を倒す。それでこの計画はお仕舞いだ」

「ほう、これは面白いですね!どうやってこの私!北花壇警護騎士団が第三位!「叡智」の錬金術師パラケルススに打ち勝つと!?」

こいつも北花壇騎士か!

つくづく連中とは縁があるらしい。

それにしても酷い偽名だ!こいつは自尊心の塊らしいな!



――「相似」(シンクロ二ティ)残りMP288



一気に勝負を決める!

ぱちぃ…

パラケルススが指を鳴らす。

どん!!

「!?」

瞬間的に体を弾かせ退避する

大地から突如、巨大な土の手が現れる!

何!?

「土像」(クリエイト・ゴーレム)か!?

しかし、魔法を使った様子も無く、しかも遠隔発動!?

パラケルススはさらに指を鳴らす!

さらに腕が増える!

2つ、3つ、4つ…

避けれるか!鋼のおちびみたいな技使いやがって!

――「浮遊」(レビテーション)残りMP284

「もらいました!」

「!」

上空から巨大な手が僕を掴むため出現する。

しまった!

ここは洞窟!

360度すべてが奴の支配領域だ!

――「風撃」(ウィンド・ブレイク)残りMP268

とっさに腕を撃ち破壊する!

「ほう、とんでもない詠唱速度ですね!」

その瞬間!

ヴィリエの風の感覚がある音を拾った。

土の中を蠢く気配!?

そうか!奴のからくりが読めたぞ!

「お前のその技!「侵触」(シャドー)か!」

「ほう、土最強のラインスペルをご存じでしたか」

「侵触」(シャドー)は土のラインスペルだ。

対象物質の結合力に作用して液状化させるのだ。

個体を液体に変える錬金の一種である。

錬金同様、意思ある生体を液状化することはできないが恐ろしく強力で汎用性の高いスペルである。

「私のゴーレムには「侵触」(シャドー)が「付加」(エンチャント)されているのです。」

したり顔で説明してくる。

「つまり、大地の中を自由自在に動き、潜伏し、攻撃できるのです」

「自慢のマジックもタネが分かったら怖くないね!」

――「集音」(ボイス・キャッチ)残りMP252

本来は分厚い壁向こうの会話を探るための風のドットスペルである。

今回はそれをアレンジして土の中のゴーレムを位置を探知した。

即席ソナーだ。

土メイジの感覚があれば必要ない魔法かもしれないが。

「面白い!」

ゴーレムが撃ってくるタイミングが手に取るように分かる!

次は3体が同時に撃ってくる!

瞬時に攻撃をたたきこむ!

――「風槌」(エア・ハンマー)残りMP218

モグラたたきだ!!

頭出せや!!

風の槌がゴーレムをまとめて叩きつぶす。

「ふふ、やりますね。ですがもう十分楽しみました」

終りにしましょう――。

パラケルススは大袈裟な動きで杖を取り出し振るった。

―「錬金」(ケミストリー)

ヴィリエは瞬間に動いた!

悪いが読んだ!!

「相似」のモードを同調から並列に変更!

並列詠唱!!

――「風」(ウィンド)―「風衝」(エア・プレッシャー)―「発火」(ファイア)――残りMP166


怒涛の三連続詠唱!!

「なっ!?」



閃光――――!



猛烈な爆発を圧縮空気の壁が押し戻す!!

「爆炎」(ブレビー・ボム)。

恐るべき錬金火炎複合スペルだ。

現代においても貧者の核兵器と称される大量虐殺兵器。

燃焼とともに酸素を奪い、一酸化炭素中毒と合わせて窒息死させるスペルだ。

パラケルススはあえて強力な錬金を先に使って気体燃料の散布を洞窟全体に広げ、分割式による超「爆炎」を狙ったらしい。

風の異常を瞬間に察知した僕に逆手を取られた形になったが、この密閉空間においては最強無比の技に違いない。

一酸化炭素中毒は土自慢の「硬化」(ハードフォーム)のような小細工では防ぎようがない。

(死んだか?)

ヴィリエの前方はまさに地獄絵図である。

生存が可能な状況とも思えないが…。

否――!!

反射的に前に身をなげる。

さっきまでいた場所に「刃」(ブレイド)の乗った杖と男の手が突き出している!

「おや、仕留め損ないましたね」

続いて土の中から男の顔が現れる。

「いやはや、御慧眼ですね。粉塵爆発の原理はご存じでしたか。しかし確かにこの方法、殺傷能力は高いのですが爆発そのものにはあまり破壊力がないのは難点だと思いませんか?」

あれ?

正確には自由空間蒸気雲爆発とかなんとかじゃなかったっけ?

原理はしらんが。

「どういう意味だ?」

「いや、私のように土の中に潜れる人間相手には通用しないでしょ?改良の余地がありますねぇ」

土の中に潜るなんてまともな神経のメイジならしないだろう。

無傷。

あれだけのスペルの威力ですらこの男の用意周到さを越えられない。

薄々気づいていたが

(なるほど、僕に似ている…)

なら、この男を倒す方法は一つだろう。

「相似」のモードを並列から同調へ…

――「神速」(ハイアクセル)残りMP108

結果は音より早く訪れた。

パラケルススは詠唱を耳にしたときには既に串刺しにされていた!

ばかな!

くそ!

ヴィリエの一撃は致命傷に達しなかった。

すでにパラケルススの体には「硬化」(ハードフォーム)がかけられていたのだ。

心臓に刃が達しない。

判断ミス。

瞬間ヴィリエは短刀と別手に構えた杖に念を送る。

――「刃」(ブレイド)残りMP104

男の体が土に沈み始める――

しかし加速を得たヴィリエの感覚にはスローモーションに移る。

加速世界――。

滅多切りだ!

一閃、二閃、三閃、四閃、五閃、六閃、七閃――!!

限界まで男を切り刻んだ、が…。

(仕留め切れない!!)

くそ!これがアガンやクゼなら最初の一撃であいつを討てていた!

パラケルススはすでに地中深くまで退避してしまった。

戦いは終わった…。

ヴィリエは呆然としていた。

勝つべきときに勝てない、僕の戦い方はいつも甘いな…。

魔力も相当に消耗してしまった。

あの男の高笑いが耳について消えない。

しかし、僕の戦いはまだ終われない。

悔しさを噛み締める暇も今はない。

幸い、水精から力を受けた一件以来、「相似」継続時間は飛躍的に伸びており、まだかなり余裕がある。

進もう。

僕にはそれしかない。



 ◇◇◇◇◇



「はぁ、はぁ…」

この私が命からがら逃げてきたというのですか…。

傷のいくつかは相当な深さであり、至急の処置が必要だ。

まさに半死半生の体だ。

パラケルススにとって生まれてはじめての経験だ。

あの少年はそれほど驚嘆すべき魔法使いであった。

パラケルススはその体が僅かに震えているのを感じた。

「すばらしい!これが恐怖か!今の私はまるで恥じらう乙女のようではないか!!」

こんな愉快な気分は今まで無かった!

感謝しよう!少年!

んっ?

「し、しまった!名前を聞いていないではないか!」



[21262] 第一章第十八話 テンペスト
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 15:09
「凄い、なんだこれは…」

洞窟の奥に進んだ。

そこは天井が無く開けた空間になっていた。

クリスタル?

氷の結晶がこんなに大きく!

ヴィリエが呆然と見渡したそこはまるで氷のお城だった。

あきれるぐらいに美しく、そしてその美しさは生命の存在を完全に拒絶する静謐そのものだ。

この中心、王座と呼べる場所に小さい少女たちは横たわっていた。

!?

様子がおかしい?

ヴィリエは急いで少女たちに近づく。

少女たちの周りには大量の瓶がある。

まさかこれだけ大量の魔力増強剤を飲んだのか!?

魔力増強剤とは以前説明したポーションの一種だ。

禁呪・禁制扱いの精神系ポーションのことである。

相手の意識や認識の力を奪う系統の麻薬をダウン系、相手の精神や感情を高める系統の麻薬をアップ系という。

詩の蜜酒といってもよい。

幾らなんでも多すぎる!

体も心もボロボロになる上にかなり強烈な中毒症状が出てくるはずだ!

確かにこれだけの状況を人の身で実現するには――、否、それでも無理だろう。

少女たちを見る。

驚くべき程、互いが似ている。

そうか、僕と同じ相似の魔法使いなのか…!

少女たちはヴィリエに気づいて随分と緩やかにこっちを向いた。

「お迎え・なの・かな?」

「何の迎えだい?」

ヴィリエは少女に近づき問うた。

「白い死神…」

「死にたいのか!?」

ヴィリエは少女たちの物言いに慌てて聞き返した。

「分からないの」

「この状況を作ったのは君かい?」

これだけの大魔法を実現するのはヴィリエにも骨だろう。

「そう」

「君はこの状況の先に待つ、破壊を知っているのかい?」

ヴィリエは鋭く追及した。ロマリアとガリアの全面戦争が起こるぞと。

「知っている」

「なぜ…、こんな事に加担できる…」

「分からないの…」

ヴィリエの問に少女たちはボソボソと小さく鳴くように話はじめる。

残りの命を吐き出すように、緩やかに…

「私たちは」

「生まれたときから」

「忌避されてきたの」

「生まれてすぐに」

「捨てられた」

「そしていらない王様に拾われた」

「命じられるまま」

「生きてきたの」

「他の生き方は」

「知らない」



「誰かを不幸にする事に疑問はないのか?」

「分からない、私たちは呼吸をするように…ただ生きていくだけで…人を不幸にしてきたから…」

でも、もう終わりなの・かな。

少女たちは目を閉じる。

静かにここで息絶えるつもりらしい。

より、数多くの不幸を生んで――。


「ふざけるな!!!!」


なんだ、この世界は!


馬鹿にしやがって!


せっかく転生してきたのに!


新しい世界はバラ色じゃなかったのかよ!!


こんな不幸な境遇の少女がより不幸になって死んでいくのがこの世界の真実かよ!!


むちゃくちゃ腹立つわ!馬鹿にしやがって!


こんな世界!俺が変えてやるよ!!!!!


「おい、糞餓鬼共!勝負だ!!」

「なになの・かな?」

「僕がこの一帯すべての吹雪を吹き飛ばしたら、僕の言う通りの真人間に更生しろ!!」

しかし、少女たちは諦観し切った表情でつぶやいた。

「無理なの・かな」

「うるさい!無理も道理も引っ込ませてやる!僕と勝負だ!!!」

少女たちはヴィリエの剣幕に少しだけ驚いたような顔をしつつ静かに呟いた。

「…分かった」

「よし!忘れるんじゃないぞ!!いいな!」

「…どうせ無理なの・かな…」

僕は少女たちの傍らにあったまだ封がある小瓶をとった。

開けて一気に飲み干す。

「焼け石に水なの…」

全身が焼けるように熱い。

魂が燃え上がり魔力が湧き上がってくる。

これで魔力は十分。

さて――



始めようか。



さすがにこれだけの規模の風雪を一気に吹き飛ばすなら相当な魔力を行使する必要がある。

だったらスペルは単純な方が良いな。

「風」(ウィンド)をイメージする。

今ヴィリエの中にはかつてないほどの気持ちの高ぶりが存在する。

この感情は薬のせいばかりではあるまい。

――「風」(ウィンド)残りMP???


風・風・風・風・風・風・風・風!!!!

前人未踏のオクタゴンスペルが発動する!

強烈な爆風が吹き荒れてすべてを吹き飛ばす!

まだだ!

激情は力だ!

もっと怒れ!!

もっと熱くなれ!!!



魂を奮わせろぉぉぉ!!!!



ヴィリエの集中はさらに高まる!

単純な「風」(ウィンド)はやがてより強力に高まり変化を始めた!




――「台風」(タイフーン)!!




気象を操作するほどの強烈なオクタゴンスペルがついには姿を現した!

その圧倒的な力はまさに空の覇王にふさわしい!

やがて――。



 ◇◇◇◇◇



少女たちはあきれるほど透いた空を見た。

周りはまだ、すさまじい風の暴虐にされされていたが此処だけ切り取ったような静寂が訪れていた。

掃天。

台風の目。

あれほど深く重々しかった雲の空があっという間に吹き飛ばされてしまった…。

強烈な陽光が銀嶺に弾かれ、眩い光の中に世界が包まれる。

輝ける世界。

眩しすぎて目が痛い。

少女たちは思った、この人は私たちの不幸も吹き飛ばしてしまうかもしれない…。

自分たちに背を向け巨大な魔法を制御し続ける少年に対し少女たちは呟いた。

「完敗なの・かな」

「そうか、君たち名は」

「…私がルルナなの」「…私がレレナかな」

赤目がルルナ、青目がレレナか。

「僕はヴィエリ・ド・ロレーヌだ。今後は覚悟しておけよ」

「そう」

彼女たちが目を閉じる。

今後があればいいのだけれど…。

呼吸が今にも消えそうなほど弱々しい。

少女たちは自分たちの限界が近いことを感じていた。

ヴィリエはその様子を見ると別の魔法に意識を集中した。

最後の余力を振りしぼる!


――「快癒」(リザレクション)


水・水・水・土・土・土。

ヘキサゴン級スペルの超強力な回復魔法だ。

彼女たちの呼吸が僅かに力を戻した。

しかし、そのスペルは彼女たちを死の淵から救えはしたものの、完治するには程遠い。

魔力増強剤は一種の麻薬だ。

あんな物を大量に摂取したのだから、当分は相当苦しいリハビリを余儀なくされるだろう。

ようやく一息つけそうだ。

意識が朦朧としたきた。

さすがに今回は頑張り過ぎた気がする。

すこし休ませてくれ…。

意識が暗転する寸前、暗闇の向こうで翼が羽ばたく音がした…。



 ◇◇◇◇◇



目を覚ますと知らないて…。

いやそのネタはもうやったし…。

なんだ、毎回落ちてるな、処理落ちの激しい欠陥パソコンみたいだ。

『よくやってくれた。たいしたものだな…。あれほどの力、初代の虚無使いか精霊魔法の偉大な行使者、精霊王に匹敵するほどのものだったぞ』

「ん?」

目の前に溶岩人間がいる。

火の精霊だ。

「あの子たちは?」

もし気を失っているときに回収されたのだとしたら危険だ。

この山の住む者たちは少女たちに相当恨みがあるだろうから酷い事になっているかもしれない。

場合によっては許さない。

『心配するな、一緒に回収してきたが何も危害は加えておらん』

「ならいいんだ」

『ふふ、面白い男だな。風が肩入れするのも分かる』

「?」

『よし、力を授けよう!火の精霊の力だ』

そう言って火精は僕に向け、力を流す。

熱い、燃えるような熱さだ!

同時に世界に別の色が見えるようになる!

なるほど、今度の感覚は熱感知か…。

『突然で悪いがまたお前の力が借りたい』

「?」

試練はこれで終わりではないのだろうか?

『土の奴がかなり困窮している、急いでほしいのだ』

「何があったのです?」

今回も随分と大変だったが精霊自体が困窮するとなると次はよっぽど大事なのかな?

『エルフの内部抗争に別の勢力が介入して相当な犠牲が出ている』

エ、エルフの内部抗争!?

『そのお前程の力、あるいは精霊王と同格の四大を制すものであるその性質がなければ騒ぎを収集できないかもしれない』

「はぁ…」

なんか話がずいぶんと大きいな。

『ノームと契約を済ませてしまえば、精霊種でお前の意見を無視できる存在はいなくなる』

おいおい、四大契約は水戸黄門の印籠か?

『お前をここまで連れてきたあの火竜に乗ってア―ハンブラ城に飛ぶが良い』

「分かりました。では早々に向かいましょう」

次はエルフの里か。少々厄介そうだ。



 ◇◇◇◇◇



『またしばらく、お前さんを連れて旅だな』

「ねむねむなの・かな」

「まだ寝てろ」

「ふみぃー」

少女たちを竜の背中にのせてに寝かせつける。

体は相当堪えているのだろう、日中はほとんどの時間眠り続けている。

眠り姫、白雪姫か…。

『あは、すげぇ鳥肌だぜぇ!頼むから唐揚げにして食べないでくれよ!』

「人間相手にビビり過ぎだ」

『コエヨー、コエヨー』

「しっかりしてくれ…」

なんかトラウマスイッチ入ってないか?

『おうよ、冗談はこれくらいにしてもうア―ハンブラ城まで飛んで良いかい?』

「冗談?君の感性は理解できないな、別にかまわけどがその前に寄り道できないか」

相変わらずツッコミにくいジョークの使い手だな…。

『いいけど、どこだい?』

「僕の母の実家に」



[21262] 第一章第十九話 暖かい手
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 15:13
ヴィリエの母、エミリアは暇を持て余していた。

せっかくクリフのわからんちんから暇をもらって実家にきたのに愛しのヴィリエはちっとも逢いに来てくれないのだ。

エミリア、つまんない…。

家から出てやったことと言えば鳥の骨をかる~く搾ったくらいだ。

あとは戦友のカリンちゃんの家に遊びにいったぐらいである。

しかし、ルイズちゃんはとんでも可愛かったわね~。

私もあのくらいの娘がいたら毎日着せ替え人形にして楽しむのになぁ…。

シルティも相当に可愛いのだけどシーニャの手前、猫っ可愛がりできないし…。

あー、娘欲しい、チョー欲しい、ルイズちゃん、頂戴!

ってカリンに言ったら、ヴィリエと交換ならいいわよって言われた。

残念です。

はい。

あー、もしかするとカリンはカリンで男の子、欲しかったのかしら?

まぁ、あれほどの大家に嫁いで世継ぎを産めない苦しみは想像もできないけど…。

名家の姑とか怖すぎでしょ!?

私は逆パターンだから相手の方が委縮してたんだけど…。

婿養子を取るしかないが一番上の姉は婚約者に片っ端から逃げられており、二番目の姉は病弱。

頼みの綱のルイズちゃんは今のところフィアンセのワイド卿と良好な関係らしい。

ルイズちゃん頑張って!

女は色気より気合よ!

あら?

なんか外が騒々しいわね?

「姫さま!たいへんです!」

「何よ!その呼び方いい加減やめてよ!」

「り、竜です!竜が現れました!」

「竜なんて見慣れてるでしょ?」

「巨大なんです!巨大な火竜です!巨竜が現れました!!」

「うそ!面白そうね!」

私はメイドをどけて外にむかう。

「ひ、避難してください~!姫さま~ぁぁ」

あー聞こえない、聞こえない。

中庭に出ると火竜が丸くなってのんびりしていた。

空の皇帝は日向ぼっこを楽しんでいる感じで悠々自適である。

まるで猫みたい。

傍らに一人の少年が佇んでいる、あれは――

「お母様」

「あら、ヴィリエじゃない!なんでこんなところにいるのよ?」

「実は頼みたいことがあります」

「?」

「この子たちを教育してほしいのです。」

ヴィリエが示す先には雪の華の妖精たちがいた。

ベリーキュート!

「なにこれ!可愛い!!私がもらって良いの!?」

「え、いやそういう訳では…」

ヴィリエはテンションが変な母に圧倒されている。

気を取り直す。

「お話があります」

彼は私に彼女たちの事情を説明した。

「なるほど、つまりこの子たちがあんまりにも可愛くてキューティクルだから拉致ってきたのね」

「不憫だから連れてきたんです。話聞いて下さい…」

「良いわよ。この子たちを人間にすればいいのね!」

「出来ますか?」

「私を何児の母だと思っているのよ。大丈夫よ!」

豪語する私に、逆に心配そうな表情を息子は浮かべている。

「男を手玉に取って捨てるような悪女にしてあげるわ!」

「しないで下さい」

私を前に深いため息をついて少年は話を続けた。

「僕は次に行く場所がありますので」

「また来るのよ?」

「はい」

私にそう言って少年は竜に乗り去っていった。

大きくなっていたわね。息子の成長が見れて母として嬉しくなっていた。



 ◇◇◇◇◇



なぜだろう、暖かい…。

少女たちは目を覚ました。

優しい手が少女たちを撫でていた。

「だれなの・かな?」

「あら、起しちゃった?こんにちは、かわいいお嬢さんたち」

この優しい手の人は愛おしげに少女たちを撫でていた。

「私はエミリア。これから私は貴方たちの母になることにしました、よろしくね。」

「お母さん?」

そんな人はいままで少女たちにはいなかった。

それは何なのだろう?

「だから、ここにいて良いの。もう頑張らなくて」

――いいのよ。

その人はまた私たちを撫でた。

なぜ?

なぜ撫でるの?


「それは貴方たちが泣いているから」

涙?

少女たちは不思議がった、今まで泣いた事などない。

気づけば視界がぼやけている。

泣いているの…?

「泣いてもいいからね」

その人は少女たちをそっと抱きしめた。


暖かい。


少女たちは思った、きっとこの涙は私たちの心だ。

この暖かい人は私たちの凍った心を溶かしているのだ。

涙が止まらない。

隠していた本当が曝け出されていく。

こわい―。

い、いやだ…。

少女たちはその人を強く抱きしめた。

そして――


号泣。


止まらなかった、止めどなかった、色々な思いがよぎってぐちゃぐちゃだった。


本当は怖かった。



本当は嫌だった。



本当はしたくなかった。



何も感じないなんて嘘。



何もいらないなんて



―――嘘。



やがて少女たちは泣き疲れて眠りに就いた。

それは生まれて初めての安らかなものだった。


安らかに眠る少女たちはその晩ずっと感じていた。


いつまでも、いつまでも少女たちを撫でる、暖かい手の温もりを――。


春が来れば雪は解ける。


少女たちはようやく、漸くあの寒い空の下から解放されたのだった…。



[21262] ステータスシート4
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/20 01:28
名前  :ヴィリエ・ド・ロレーヌ
性別  :男
年齢  :13歳
クラス :スクウェアメイジ
ジョブ :巡礼者(パルミエーレ)
魔力容量:22→24(30) NEW
魔法効率:16 
魔力回復:6(9)
最大MP:352→384(480)NEW
(スキル)
風感覚:4(5) 
水感覚:2(3)
火感覚:1(2)
(契約スキル)
風精の加護:風感覚+1、魔力容量+2、魔力回復+1
水精の加護:水感覚+1、魔力容量+2、魔力回復+1、水感覚発現、水コストカット
火精の加護:火感覚+1、魔力容量+2、魔力回復+1、火感覚発現、火コストカット
今回の成長履歴:
・火の精霊に出逢いました。 魔力容量+1
・強敵と死闘を繰り広げました。 魔力容量+1
・火の精霊から力を得ました。 契約スキル、火精の加護を獲得


名前  :クゼ・メイエイ
性別  :男
年齢  :21歳
クラス :ラインメイジ、ソードファイター
ジョブ :従者
魔力容量:16
魔法効率: 4
魔力回復: 8
最大MP:64
(スキル)
風感覚:2
(装備)
無銘刀:固定化LV1、硬化LV1


名前  :レレナ
性別  :女
年齢  :11歳
クラス :トライアングルメイジ
ジョブ :元北花壇騎士
魔力容量:20
魔法効率:10
魔力回復:10
最大MP:160
(スキル)
水感覚:3
共鳴感覚:ルルナ限定


名前  :ルルナ
性別  :女
年齢  :11歳
クラス :トライアングルメイジ
ジョブ :元北花壇騎士
魔力容量:20
魔法効率:10
魔力回復:10
最大MP:160
(スキル)
風感覚:3
共鳴感覚:レレナ限定



[21262] 第一章第二十話 大地の子
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 15:15
「やめ――」

師師の号令で試合が終了した。

私は相手に一礼し、戦いを終える。

「シーシ、私また強くなったよ!」

私は自慢げな顔を師師に見せて笑った。

「ふむ、大したものだ。いまやエルシャーナの腕前はこの道場、一番かもしれんな」

「ねぇ、シーシ」

「ん?なんだ」

「聖人さまの話を聞かせてよ」


幼い私は師師の語る聖人”アヌビス”の話が好きであった。

師師が語る聖人さまはその大昔一人の人間と旅をして世界を破滅の危機から救ったとされていた。


アヌビスは謎の多い聖人だ。

およそ6000年も前の聖人ではある。

長寿で人の倍、ゆうに200年は生きるエルフにとっても150世代近く昔の偉人になる。

エルフの勢力が激減した時代もあってその話のほとんどが今や失伝していた。

エルシャーナの住む集落に伝わる伝承も残る数少ない物語の一つであるが異端、偽伝とされていた。

エルフには人間を蛮族と呼び、好ましく思わない習慣があったのだ。

しかし、この道場はかつて光る左腕を持って大厄災から世界を救ったアヌビスが旅の最後に作ったものであり、彼が編み出した秘術を今に伝える道場である。

その里に残る伝承が偽物だとは思えない。

少なくとも私たちの部族は伝承を信じている。



仙錬術――



武器での戦いを極めし、彼女が最後に辿り着いた無手の境地である。


その舞闘は、礼に始まり、礼に終わる。


人を打ち、己を打ち、お互いを高め合う。


その型は武道でありながら礼道であり、仙道である。


自然の力、精霊の力を集めて己が一つとなる。



克己―


ただ守るための力である精霊魔法の力を打ち克つための力へと昇華する戦闘精霊術でもある。



仙錬術の師師たるオーヌは言う。


――無手では無く、その手に触れる全ての自然が己の武器となるのだと…。



 ◇◇◇◇◇



目が覚める。

昔を夢に見たようだ。

そうか、あれからもう10年も経っているいるのだ…。

あの優しかった師師ももういない。

長寿のエルフにあっておよそ人間でいう15歳くらいを迎えた少女は思った。

ここはア―ハンブラ城の城下町、かつてエルフが築き、今は人が支配する町である。

深くローブを被り、人にまぎれてエルシャーナは精霊の導きのままに一人の人間を待っていた。

その男の人は、かつての伝説のように私たちと手を取り戦ってくれるのかな?



[21262] 第一章第二十一話 ア―ハンブラの妖精
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 15:38
『じゃ、ここまでだな』

「ありがとう、大分無理をいってすまなかった」

ヴィリエはここまで背に乗せてくれた火韻竜に礼を述べた。

『いやー、山の外の世界もなかなかさ!でも人間が、すんげぇいっぱいでビビりまくったけどよ!』

「相手は相手でお前にビビってたと思うぜ」

むしろ自分が竜だと少しは自覚してほしいところである。

『んじゃ、また会えたらな!』

「ああ」

火韻竜と別れてア―ハンブラの城下町にむかう。

そこにある小さな酒場が合流場所だった。

そこでエルフの使者と会う事になっていた。


「ヨーゼフ親父の砂漠の扉」亭。


原作においてタバサ救出に際して登場した場所だ。

ヴィリエが店に入ると中は以外にこじんまりしたセンスの良い作りになっていた。

ヴィリエは店内を見渡すと一人のローブを被った少女を見つけた。

ヴィリエの研ぐ澄まされた感覚が普通の人ではないなと告げている。

ヴィリエはその少女の前の席に座る。

少女が不思議そうにローブの中からヴィリエを見た。

「君が里の使者?」

「えっ?そう、あれ?君が巡礼者なの?うそ、子供じゃない!」

ローブの少女は驚いたような声をあげた。

「えー、まぁ、そうだね。僕はヴィリエ。君は?」

「…」

少女は突然黙ってしまった。

ヴィリエからは少女の表情はローブに隠れて覗えないが迷っている様子である。

「どうしたの?」

「だめ!子供を巻きこめないわ。これは私たちの問題だもの!」

そう来たか、今までろくに13歳の子供として扱われなかったので逆に新鮮である。

ただ子供として扱われると話が進まない。

「君たちの里が大変なんでしょう?」

「そう、だけど、だめ!」

彼女は意外に頑なな態度を示した。

「火の精は僕じゃないと解決できない問題なのかもしれないと言っていたよ。彼がそう言うのだからきっと僕の力は助けになるはずだよ」

「…だけど」

ローブの少女はヴィリエの話を聞いてもまだ抵抗をしめした。

でももう少しかな?

「話してくれないと僕も困る。僕も僕の事情でノームに会いたいんだ」

「…分かったわ。私は里の使いだもの、ここで君を返したら里のみんなに顔向けできないもの…。」

ローブの少女は意を決してヴィリエに答えた。

「私はエルシャーナ。大地の里の戦士よ」



 ◇◇◇◇◇



少女は町を離れるとローブを脱いだ。

ヴィリエは下から現れたその素顔に驚愕してしまった。

う、美しい…。

エルフを良く美の化身と称すが良く分かる。

まぁ、永遠の恋人ディードリットといい美人のエルフ娘はファンタジーのお約束だよなぁ。

艶やかでしっとりとした金髪の髪を豊かに伸ばし、透ける白い肌の肌理の細やかさはシルクのようだ。

スタイルも良く、足はすらりと伸びて美しい。

胸は大きくはないがはっきりと形が良く、腰は細い。

顔の造形もさすがであり美しい色合いの蒼碧色の澄んだ大きな瞳には星が浮かんできらきら輝いている。

可愛いと綺麗の黄金比率だ。

まるで光の粒子が飛んでくるかのようなオーラを感じる。

いやはや、眼福である。

「…。じろじろ見ないでよ」

エルシャーナは長い髪を後ろ手に束ねた。

ポニーテールか。

「これは失礼、あんまりにも綺麗だったもので」

「え、な!ふ、普通よ、別に」

君たちの普通はレベルが高すぎる。

モード公が死んでもエルフへの愛を貫いた理由もよく分かる。

「まぁ、さておいて。詳しい情報をくれないか?何でエルフ同士で争っているんだ?」

「近いうちに風の異常が起こるの、大隆起といってこのハルケギニアの多くの大陸が風石の異常発生が原因で浮かびあがり壊れてしまうかもしれない」

のっけからその話題か!そういう情報が欲しかったんだ。

「…!!それで!?」

「私たちの一族は人と協力してこの問題に対処すべきだとネフテスの議会で主張したの!私たちがお守りしているノームさまは風の大隆起は世界の終末の始まりに過ぎないと警告しているわ。」

「世界の終末?」

初めて聞く単語である。

「今のゲーレイダー統領は評議長になるために人間嫌いの里の票を固めて地位を手にした経緯があるわ。支持層の声は無視できない。エルフの里は今回の件に関して調査はするものの人間の手助けはしないと決定した」

あれ?

統領の名前が違う?

たしか選挙は数年に一度だからこの時点では違うエルフの可能性もある訳か…。

「そうか…」

「でもこれが本当に終末に繋がるものなら、運命の子を導かないといけないわ」

「そうなのか?」

たしか風の大隆起は即世界滅亡と言うほどの現象では無かった気もする。

「ええ、出来なければ世界は滅びるわ」

それは大事だ。頭が痛い展開が想像できてしまう。

「なるほど、でも多少の言い争いだけで大きな争いが起るとは思えないんだが、何があった?」

彼女は悔しそうに顔をして呟き始めた。

「…大地の精霊は代替わりをするの精霊種なの、今のノームさまはかなりの高齢でほとんど眠っているの。だから私たちの大地の守人がノームの言葉を謀って悪魔をシャイターンに導こうとしていると人間排斥派の有力部族たちが騒ぎはじめたの!」

「なるほどね」

しかしエルフの人間嫌いも年季が入っている。

まぁ、ブリミルのしたことを考えると当然かも知れない。

「人間排斥派はエルフの中の最大多数よ。対する大地の守人は少数部族、私たちは異端審議にかけられ大地の守人の任を下されたの!」

「そんなことができるのか?」

聞けばエルシャーナの部族とシャイターンの門の部族は部族も考え方も全然違う様に思える。

寄り合い所帯で一方的に排斥とか馬鹿らしい話である。

「無理よ!馬鹿にしてるのあいつらは!私たちの使命は評議会の不毛な権威によるものではないわ!」

「それから何が起こった?」

展開的にはだいたい想像はつきそうだが…。

「私たちは警告に対し無視を決め込んでいたの!そしたらあいつらは騎士団、ファーリスを派遣して武力による制圧を決定したのよ!」

「なるほど大体諒解したよ、それが君たちの争いか」

衆愚政治に、マジョリティによるマイノリティの排斥、選民思想、他民族排斥、まさに民主政治の巨悪を凝縮したような話だ。

はっきり言ってエルフの行っている古代ローマレベルの数の暴力に頼るだけの幼稚な原始民主主義は多少なりとも完成された王権政治に比べれば格段に劣っているように思えた。

そんな政治にでも希望を持てるのはドMのヤン・ウェンリーぐらいだろうさ。

エルフは成熟した民だと自分たちを考えているようだがはっきり言って熟しすぎてもはや腐っているだけのようだ。

「それだけじゃないの。確かに私たちの部族は少数かもしれないけど武官(レフォース)の一族、騎士(ファーリス)なんて大した敵じゃなかったの。でも…」

「でも?」

騎士以外のも問題があるのだろうか?

「あいつら親人間派の私たちを逆なでするために二人組の人間の傭兵を雇ったのよ!恐ろしいほどの力の使い手たち…。あんな人間がいるなんて…」

実力的にエルフの争いに干渉できるメイジなんてほんの数人だろう。

相当な実力者が戦争に介入し激化させていると…。

なんともやっかいそうな話だ。

「なるほど、エルフの抗争に人間が介入か…。わかった、僕がその二人組を倒そう」

「!?できるの?」

「餅は餅屋だよ、人間のメイジ相手は人間が適任さ」



[21262] 第一章第二十二話 カジャール・ロメル
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 17:04
サハラの中心部に近い大地と火の気が満ちる渓谷グレートバニア。

この地域は大地をそのまま切り出したかの様な絶景が連なり一種、異界のような様相を見せている。

そしてその眼下にあってその地に住まう聖獣の守人たちの町カジャール・ロメルを円で囲うように騎士団が駐屯していた。

全軍の約半数5000人が集結している正面部隊に程近い場所に本陣があり、そこに一人の男がつまらなそうに座っていた。

北花壇騎士の第一位「煉獄」のアッシュである。

壮年を迎えた鋼の肉体は屈強で心技体すべてが戦闘の為、最高に磨かれた戦闘芸術品を思わせた。

かつては戦乱期のゲルマニアにおいて大軍を指揮し、烈火の獅子将軍と言われた男でありその才能を疎まれて自らの主、アルブレヒトに殺されかけていたところを北花壇騎士に拾われた身の上の男であった。

ゲルマニアの発表ではすでに死んだ事となっている。

その能力は判断力、決断力、決戦能力、戦闘能力、大軍指揮能力、知謀、経験、すべてにおいて群を抜いており、かつてはゲルマニアどころかこのハルケギニア全土においてさえ「最強」と称された存在の一人であった。

しかし、当の本人はかつての戦いで燃え尽きたらしく「彼の煉獄において灰になった男の残りカス」と自らを称し、生きる路銀をただ稼ぐ傭兵に身を落としていた。


「砂漠とは火の気の満ちる良い場所だな。そう思わぬか弱き者」

アッシュは愉快そうに傍らにいる若い騎士に呟いた。

「蛮族に弱い者呼ばわりされる筋合いはない」

見るからにプライドの高そうなエルフの騎士がアッシュにそう言い返した

「弱いだろ、貴様らの価値観は数の権威らしいが我々の方がはるかに多いぞ」

アッシュは彼らの政治手法を皮肉りそう言った。

「貴様らが蛮族が何人集まろうと価値などない!!」

暗に自分たちの議会を馬鹿にされていると気づき怒りをあらわにし若い騎士は吠えた。

顔が真っ赤である。

「ふふ、では俺と死合ってみるか?何人連れて来ても良いぞ」

アッシュが楽しそうにそう言った。

「…」

騎士は今度は逆に顔面を蒼白にさせて黙った。

「どうした?若い騎士どの?顔色が悪いが…」

若いエルフの騎士は真剣に考えた、この男は危険すぎる。

間近でもみたこの男の戦いぶりは鬼神と呼ぶにふさわしいものであった。

もともと、野蛮な争い事が嫌いなエルフは戦闘技術者が少ない。

民族的な少数を考えて兵役があり、ほとんどの者が訓練は受けるが騎士を目指すものより文官になるものが多いのは替えがたい事実だ。

民族間も争いは少ない。

実戦を十分に得たものはほんの少数だ。

議会の文官どもは甘く見ていたが大地の守人の武官たちは極めて精強な精霊騎士であり、選りすぐりの騎士でも一対一では全く歯が立たない。

その武官を何人も焼き殺している男だ。

勝てるはずがない。

「誰か、来てくれ。騎士殿の腹の弱虫が治まらんようなのでな」

「くっ、貴様」

くやしそうに若い騎士は呟いた、いい加減我慢できない。

「やめて下さい。「煉獄」のアッシュ殿」

「なんだ、ビダ―シャル、お前がこいつの代わりに戦うか?」

アッシュは止めに入ったエルフの文官に言った。

「やめてください、何をそんなに怒っているのです?」

「さっきの戦い、すべてを俺に任せてこいつらは何もしなかった。なぜ、戦う意思のないモノが戦場にいる」

アッシュは不愉快そうに言った。

「事実かい?」

「し、しかし我々が手を下すまでも無く」

ビダ―シャルはその物言いでアッシュの言動の意味を理解した。

「…はぁ。やめだやめ、軽く灸をすえてやろうと思ったが、そこまでする義理はない。俺が指揮する軍でもないしな。しばらく、俺は手を出さん。坊ちゃん共を守ってやるためにここに来たんではないのでな」

「アッシュ殿」

くだらん、ここのエルフ共は反吐が出るような弱虫カス共ばかりだ。

あれだけ挑発しても、なんだかんだと理由をつけて戦いを避ける。

正直、恐れず立ち向かってくる敵の武官の方がはるかに好感が持てた。

「ビダ―シャルさま!敵の一派と思われるものががこっちに来ます!」

別の騎士が報告のためにビダ―シャルの元に訪れてきた。

報告を受けたビダ―シャルは思案した。

敵の数はわずかに二人。

見過ごすのも可笑しな話なので捉えて捕虜にするか…。

「まずは「反射」(カウンター)を使い様子を見ろ。続けて砂を固めて「矢」(アーチャー)と成し敵を討つのだ」

「はっ」

ビダ―シャルの指示を受けた騎士が伝令となって指示を伝えるため本隊から出て行った。

「アッシュ殿」

「なんだ?」

「状況が動いたら協力願います」

ふん…。

どうせ悪い方にしか動かないだろうがな…。

まぁ、お手並み拝見と行くかな…。



◇◇◇◇◇



「ちょっとぉ!!」

「なんだい?エルシャーナ?」

ヴィリエたちはカジャール・ロメルを目指して砂漠を走っていた。

さっきからエルシャーナはヴィリエに文句を言い放しであった。

「どういうつもりよ!こっちは敵の本陣よ」

「でもこっちが町の正門だろう?だから堂々と通ろうと思ってね」

至極当然だと言わないばかりにヴィリエはエルシャーナに告げた。

「何言っているか分かんないわよ!!」

「裏口から入るの趣味じゃないんだよ、どうせあの包囲網を超えないと町に入れないじゃないか」

ヴィリエたちの前にはエルフの大軍が見える。

「だから私が合図を出したら武官たちが包囲網の薄い一部を破ってくれる手筈になっているの!そこから入れば良いじゃない!」

「馬鹿、僕が何のためにきたのか忘れてるな?」

ヴィリエは呆れて呟いた。

僕はお客様じゃないんだぜ?

「貴様!武官長の娘エルシャーナだな!」

どうやらあっさり発見されたようである。

しかしヴィリエは別にかまわない。

すでに「相似」は発動済みだ。

一応、警告はしておこう。

「エルシャーナ、その長い耳を塞いでおけ」

「え、え?」

――「大声」(スピーカー)残りMP336

ヴィリエは拡張された音声を砂漠中に飛ばした。

『僕はヴィリエ・ド・ロレーヌ!!巡礼者として精霊の意思を伝える!直ちにこの不毛な戦いをやめよ!』

ヴィリエは続ける。

『戦いを続けるのであれば僕は精霊の契約者の盟約に従い汝らの敵となるであろう!』

さて、どう反応するかな?

「貴様の事などしらん!蛮族風情が契約者を語るな!」

精霊魔法の光が見える。

止まる気は無しか。

「いやぁ!もう!どうすんのよ!」

「こうするさ!」

――「嵐」(ストーム)残りMP86

風・風・風・風+風・風・風・風――。

エルフの持つ反射にも限界がある。

さすがに通常のスクウェアスペルの16倍の魔力が籠められているオクタゴンスペルを「反射」できる訳がない。

大量虐殺は気が引けるのでわざわざ殺傷能力を押さえた魔法選択とはいえ足場ごと吹き飛ばされれば「反射」ではどうしようもないだろう。

恐ろしい魔力量を含んだ大嵐は精霊魔力の行使者たちのかけた「反射」ごと、まとめて吹き飛ばし荒れ狂った!

砂を撒き散らし爆風が吹き荒れる!

砂上のドームが作り出され、エルフの大軍が瓦解する。

うわぁ、エルフが反射で固めた空間ごと塵のように舞上がってるな…。

あの高さまで飛ばされても大丈夫かな…?

まぁ、良いか。少々派手なのはデモンストレーションという事である。

ヴィリエが只者でないと分かれば警戒して戦局は硬直する。

そうなればヴィリエにとっては狙い通りである。



 ◇◇◇◇◇



本陣は混乱していた。

さすがのアッシュも突然、現れた超巨大な砂嵐には驚いていた。

「なに…!?」

「ビダ―シャル様!」

「状況は!」

正直ここからだと巨大な砂漠のカーテンしか見えない。

「し、正面部隊の全てが吹き飛ばされました…!事前にかけていた「反射」のおかげで今のところかろうじて死者はでていませんが被害甚大です!」

「馬鹿な!全軍の半分、5000人近い騎士が一撃で!」

どうやら、想定した最悪の斜め上を行く事態らしいな。

あきれるやらなんやら…、まぁ、面白くなってきたようだ。

「どうやらこの俺の出番か、しかし、いくら俺でもあんな爆風の中には入って行けん」

しかし、死者ゼロだと?

何人かぶっ飛ばして「反射」の強度限界を熟知している俺から言わせてもらえば、あの規模と魔力圧でそれこそ「斬嵐」(カッター・トルネード)でも放てば数秒であっさり「反射」の耐久限度を越えて正面のエルフ共をほぼ絶滅させられるはずだ。

エルフの大軍相手に目に見えて手加減してやがるな。

は、とんでもない野郎だ。

「良かったな、相手は甘ちゃんみたいだぞ?」

「なんの話です?」

「手加減されてんだよ。良かったな、5000人が生きててよ?」

「!!」

ビダ―シャルはその事実に思い至り、息を飲んだ。

「言っておくがああいう手合いと戦うなら大軍は無駄だぞ。少数精鋭をぶつけないとな」

少数精鋭の暗殺部隊をな…。

「そうかもしれません…。」

呆然と目の前の光景を見るビダ―シャル。

精霊魔法の行使者からして化け物としか思えない相手があそこにはいるのだ。

その様子を呆れた表情で見ていたアッシュは呟いた。

「しょうがない。お前らに使える戦士はいないから俺とシェフィールドでいくか」

「よろしいですか?」

「ああ」

思わぬ大仕事をアッシュが自ら進んで引き受けると言ったことに驚き、ビダ―シャルは彼をまじまじと見た。

しかし彼なら…。

「できますか?」

「成功すると思ってんなら馬鹿だろ?はっきり言って俺でも分が悪い。」

そうかもしれない。

しかし、男の実力を見てきたビダ―シャルからすると案外良い勝負になるだろうとも思う。

「なるほど。分かりました」

「ヘイト」

ビダ―シャルは部下の騎士を読んだ。

「はい!」

「私は一度カスバの議会まで、戦局の報告に行く。契約者を名乗るものが現れたのも気になりますからね。場合によっては精霊の名を謀ったという罪状が消えるかもしれん。私が帰るまでの間、包囲網を崩さず保つように」

「はい!分かりました」

その様子を傍から眺めていたアッシュが尋ねてきた。

「おい、ひとつ聞きたいんだが、精霊の名を謀った事が事実じゃなかった場合の落とし前はどうつけるんだ?」

「その場合は逆に今回の戦争を言い出したものが精霊の意思を謀ったことになる。現統領とその里は退場することになるだろう」

ふーん、精霊の名を謀るって言うのは相当な大罪らしいな。

「俺たちは勝手にやるぜ、あんたの次の敵かもしれないその統領が俺らの雇い主だからな。」

「ええ、構いません」

ふん、精霊がどうとか、知ったことでは無い。

しかし、連中の誰彼構わず噛み付くそのさまはまるで狂犬だな。

金さえ払えば誰にでも尻尾を振る傭兵の方がよっぽど御しやすいだろうさ。

勝てば官軍、勝った方が歴史に色つけりゃいいじゃねーかよ?

正義だとか悪だとか、そんなもんはただの主義主張の差異に過ぎない。

ちょっとしたディテールの差だ。

そんなものにこだわるのはただの間抜けだな。

俺のもとに一人の女が近付いてくる。

「あれはなんだい」

「さぁ?メイジの方はヴィリエとか名乗ってなかったか?」

「その名は…!まさか!」

その女―シェフィールドが珍しく動揺している。

本心は表に出さないタイプなのにな。

「どうした?」

「…スキュラたちの報告は真実だったの」

「あん?そういや、スキュラとアガンが誰かにやられたんだっけ?」

なんか、ここに来るちょっと前にくそつまらない任務で失敗した同僚の話を聞いたっけ?

「…「叡智」も「白雪」の双子も名前の分からない少年にやられたそうよ」

白雪の双子に至っては行方知らずになっている。

「なんじゃ、そりゃ。北花壇警護騎士団の名付きで負けてないのは副団長で一位のこのアッシュとあんた、それと元素の兄弟くらいか。」

「私は北花壇騎士じゃないわよ!」

シェフィールドが心外と吠えた。

「あんたはイザベラ団長の代わりだろ?6号以上はアンタが仕切ってるんだからしっかりしてくれよ。そうそう、あそこには後で俺とあんたで侵入してそのヴィリエ君を倒すことになったからな」

「な、なんでよ!?」

なんでだろうな?

人生上手くいっていないのはお互い様じゃね?



 ◇◇◇◇◇



「君、むちゃくちゃ過ぎよ!」

「でも人死にも時間の無駄も省けたじゃないか」

僕とエルシャーナは町の正門を堂々と通ってカジャール・ロメルに入った。

カジャール・ロメルはオアシスを中心に建てられた緑豊かな町であった。

風石と水石を使って作られた魔法装置で町全体が快適な温度で保たれたいる。

町の建造物は白い良く分からん鉱石でできている。

エルシャーナに聞くと白いのは塗料で建材自体は精霊力に固めらてた砂らしい。

この世界お得意の魔法建材の一種だ。

なんだか少しだけ故郷を思い出す。

もうレイザンリプールを出て随分とたったなぁ…。

シルティとか元気してるかな…。

「ちょっと、何、黄昏てるのよ!話は終わってないんだから!」

「もう、いいよ…」

「だめ!君が強いのは分かったけど、あんなに無茶してたらいつか大変な目に会うよ!」

まぁ、独断先行がモットーなもので…。

「でもこれでしばらくは敵の眼は僕に引きつけられるし、下手に手を出せなくなる。時間が稼げるんじゃないのか?」

「そうかもしれないけど…」

エルシャーナは納得いっていないようだが僕はこれで良いと思っていた。

エルフは寿命が長い代わりに個体数が少ない。

生殖能力が弱いのだ。

その代りエルフはどの個体も生まれながらにして優秀な精霊魔法の行使者であるが数の少なさは無視できる問題ではない。

この町を囲む1万の軍勢はサハラにおいて用意できる全戦力の何分の一だろうか?

いずれにせよ。

戦争を好まない、それ以上に個体数を減らすことを気にする種族である以上、消耗戦になれば引く目算が十分に考えられる。

反面、気が長い分持久戦には滅法強いが…。

「エルシャーナ、この町にはどのくらいの住民がいて、どのくらい備蓄があるんだい?」

「詳しい話はパパに聞いてよ、私はよく知らないから」

「パパぁ~」

ヴィリエはエルシャーナの外見に似合わず子供っぽい父親への愛称に反応した。

「なにその顔!馬鹿にしてるの!じゃあ、君はパパの事なんていうのよ!」

「くそ親父」

「嘘付くな!」

まぁ、嘘だけど、内心ではいつもそう呼んでおります。

しかし、エルシャーナはさっきの兵士が武官長がどうとか言っていたし、結構いい所のお嬢様のようだな。

「君のお父さんの所に連れて行ってよ、お嬢さん?」



 ◇◇◇◇◇

 

カジャール・ロメルの中心部にある白亜の屋敷に通された。

奥の机に厳格そうなエルフの男が座っている。

「私が武官長にしてこの町選出の元評議会員のレグゼです」

前の椅子に促される。

座れってことだよな?

「貴方がエルシャーナのパパのレグゼさんですか、僕はヴィリエと申します。」

部屋の隅っこのほうで物凄い真っ赤な顔でエルシャーナが睨んでる。

正直、あんまり怖くないね。むしろ可愛い。

「ぱ…、いや、まぁ、エルシャーナは私の娘ですが…」

「聞きたいことがいくつか、町にはどの程度にエルフが住んでいますか?」

「2000人ですね」

意外と大人数である。

「戦力となる兵士は?」

「内、戦力となるのは500人に満たないですね。武官に限れば100人ぐらいです」

守るのに少々厳しいか。

「兵糧はどの程度?」

「収穫期は過ぎたので一応備蓄は一年くらいは持つはずです」

「投降する気は?」

ヴィリエはレグゼにそう問うた。

「ふむ…」

「ちょっと、なんで投降?」

エルシャーナが横やりを入れてくる。

「戦えば、たくさん死ぬぞ?僕は御免だね。で、質問です。投降したとして一族はどうなります」

「私や一部の有力者は処刑、あとは他のみんなはほかの里に吸収されて一応無事でしょう」

「なら僕が有力者の逃亡を手助けしましょう。僕の故郷に身を隠せる場所を用意します。貴方達が住民を見捨てて逃げた事にすれば住民はむしろ被害者になる。すべての泥を被って貰う事になりますが残った住民にむしろ他のエルフは同情的になるはず」

「…一つの手ではあるな」

悪いが正面切って戦って勝てる相手とも思えない。

長期戦になるとしてもこの街にそこまでの体力があるか…。

「考えて頂けますか?」

「しかし、土の精霊様のことはどうするのです?私たちも自分たちのことだけ考えれば、正直こんな状況に追い込まれる前にもっと上手く立ち回れました」

なるほど、しかしノームはそんなに手のかかる精霊なのか?

「土の精霊は移動できませんか?」

「無理です。精霊様はこの地に居ることが意味があるのです。それに今の大地の精霊様は丁度代替わりの時期に来ています。代替わりしてもしばらくの間は、我々、大地の守人の知識が経験が必要です。はっきり言って何の経験も知識もないシャイターンの守人共に幼い精霊様の世話を任せることは不可能です。」

「そうなのですか?」

他の精霊とはえらく毛並みの違う精霊である。

「はい、万が一。精霊様が朽ちるようなことがあれば世界は再び終末の時を迎えることになるでしょうね」

「終末?どういうことです?」

エルシャーナも言っていた単語だがどういう意味だ?

エルシャーナは良く知らないと言っていたが…。

「レグゼさま」

「なんだ」

「ノームさまがお目覚めに…巡礼者を連れて来てほしいと…」

「そうか、すまないが話の続きは後だ」

精霊の呼び出しであれば行かない訳にはいかない。

ヴィリエも席を立った。

「分かりました。向かいましょう」



[21262] 第一章第二十三話 地の精/運命の宣告
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/28 18:09
大地の精霊の御所。

そこは渓谷グレートバニアにある巨大な洞窟の奥にあった。

鍾乳洞がただひたすら続く中をヴィリエたちは歩き続けた。

洞窟は感覚的に下へと向かっている。

しばらく進むと開けた場所に出る。

そこにノームはいた。

巨大な獣である。

今まで見てきた精霊種とは明らかに違う印象である。

外見はひたすら巨大なカピバラ?

まさかガレットの親戚かなんかなのかな?

言っておくが僕はゲームは未プレイだ。

『よくきた。少年。私が今代のノームをしているものだ…』

「僕はヴィリエです」

ヴィリエはそう挨拶を返した。

しかし今代?どういう意味だ?

『君は私に聞きたいことがある。そうであろう?』

「風の大隆起について、それと大厄災について…」

そう問われたのでヴィリエはひとまず聞いてみることにした。

他の精霊種の物言いではノームであってもおそらく知らないのだろうけども。

『他のものは知らんと答えたのであろう?』

「はい」

『それは嘘だ。これから話す真実は決して多くのものに知られてはならんものなのじゃ、我ら四聖霊が判断し資格あるものでなければ話すことはない』

何!?

「私たちが聞いてもよろしいのですか?」

そういえば、ここにはエルシャーナとそのパパがいるな。

『良い、最後にその理由も話す』

「はい」

『風の大隆起とは世界の終焉、終末の所詮ほんの序章に過ぎない、まず大地が荒れ狂う風の力で浮かび上がる、次に土の力が暴走し浮かびあがった大地を引きよせ降ってくる、大地には無数の流星が降り注ぎ流星は炎を生み出す。荒れ狂う業火はすべてを焼きを尽くし、世界のすべては三日三晩炎にまみれる。そしてついには極地の氷が解ける。最後に水が全てを流す。洪水にまみれてすべてが海に帰る…。あとには何も残らぬ』

「そんな事が…?」

ヴィリエは呆れて呟いた。ただの大陸隆起が大きく出たものだ…。

『起こるのだ、否、すでに起こった。預言者たるブリミルはかつて終末から世界を救おうとして失敗した』

「!?」

ブリミルの時代なら6000年前と言う事か。

しかし、今僕らは生きているのに失敗とはどういう事なのだろう?

『完全な失敗ではない、彼らは一応の終末を阻止したがそれは一時の猶予を得たという事に過ぎない。一部の大地は浮かび、一部の地域は火にのまれ砂漠と化した。そして延命の時は尽きた、今まさに世界の終りの刻限が迫っているのだ』

「そんな事が起ったのですか」

たしかにこの一帯は大規模な砂漠地帯である。

この地方は少なくともかつて精霊力の暴走に巻き込まれたようである。

『そうだ。かつてブリミルは虚無の力のみに頼り終末を回避しようとしたがその試みは完全なものでは無かった。しかしそれでもブリミルはその刻限を先延ばしすること自体には成功していた。ブリミルは我ら四の精霊を四つの聖地に安置し、精霊力の流れを正常なものとして制御しようとした。その計画は奏功しおよそ6000年の長きに渡って世界は延命できた。しかし…』

「しかし、何が??」

何らかの理由で世界の終末が訪れると?

『他の精霊とは違い、私たちには寿命がある。本来の土の精霊の従者だった霊長がその任を受けたのが私たちだ。本来の土の精霊はこの地がサハラ、死の大地となったとき、滅んでしまった。残念ながら私の寿命とともに土の制御力が弱まり対を成す風の狂気が復活しようとしている。私が代替わりをしたとてしばらくはわが子が土の制御力を得るまでかなりの時間を有する』

子供?

良く見ればノームのそばには小さなカピバラの子供がいる。

『我らは幻獣だ。つがいはおらず、成せる子も一人だけ。つまりブリミルもこの滅びが避けられぬ事を知っていた』

「そうなのですか…」

『我もまた精霊力を司る者として生きるうちに知った。この世界は閉ざされた破壊と再生の輪廻の環の中にある。生命がうまれ、文明が生まれ、そして滅びる。あるときはオークの世であった。あるときはエルフの世であった。あるときは竜の世であった。いまは人の世。そして、それもじき終わる。ブリミルはたった一度、大いなる運命に抗っただけだ。虚無ではその理、真理の閉じた環を破ることは叶わんだった。しかし、やつは虚無を使い遠い未来を予見した。奴は四人の運命の子らが約束の地に集いしとき、その真理を打ち破る可能性があると言っていた』

「四人、虚無の使い手を四人そろえるのですか?四の四とか言う…」

『おそらく違う。お前は大厄災についてはどれほど知っている?』

残念ながら原作程度の知識しかない。

大厄災でエルフの半分が死滅したとか。

「…?世界の終末と大厄災は別物なのですか?」

『世界の終末とは精霊力の暴走による世界の崩壊である。大厄災とは虚無による世界の再構築である』

「世界の再構築!?」

これまた随分と大きく出たものである。

『すまないが我も大厄災とそれを引き起こす虚無の秘儀に関しては多くを知らないのだ。我らはあくまで精霊力の暴走を抑え、管理するために選ばれた存在。彼が何と戦い、何の末死んだのかまでは知らないのだ。少なくともブリミルは最後の使い魔リーヴスラシルを用いて何らかの恐るべき魔法を試み、そして失敗し命を落とした。ブリミルを討ったのは聖人アヌビス。ブリミルのガンダールヴだった少女だ。彼女はエルフの運命を守るためにブリミルを討たざる得なかった。彼女がブリミルを討つことでエルフは存続することができたがその半数はブリミルの引き起こした大厄災によって死滅している』

「リーヴスラシル?最後の使い魔?」

リーヴとリーヴスラシルは北欧神話におけるノアとその妻じゃなかったけ?

ラグナロクを生き残るたった二人の存在。

リーヴ(生命)とリーヴスラシル(生命を維持するもの)、ホッドミミル(約束の地)そしてラグナロク(世界の終末)か。

ノアとその妻、ノアの方舟、大洪水。

そういえばノアの箱舟には600歳のノアとその三人の息子、そしてその妻が乗る。つまり4の4か…。

ノアの息子、セム、ハム、ヤペテがガリア、アルビオン、トリステイン?

もしかしてネフィリムがエルフとか?

『最後の魔法についてブリミルの秘儀を受け継いだのは第一の弟子であったフォルサテだ。彼が”使命”を受け継いだ。フォルサテとその子孫は秘儀を秘匿しその使命を6000年間守り続けている。彼らがこの世界を裏から管理しその”使命”を果たそうとしているのは間違いない』

「ロマリアのやろうとしている事は阻止しないといけないのですか?」

場合によっては連中は敵になるのだろうか?

『分からない。そもそもブリミルが魔法に失敗したのかも疑問だ』

「え?」

『ブリミルの命が魔法発動の鍵になった可能性も否定できない』

「…!」

なるほど確かにその可能性もあるな。

ブリミル程の術者が最後の詰めを怠るとも思えないし。

『少なくとも6000年と同じ条件で事に臨めば同じ悲劇を繰り返すことになるだろう。ならばこそ預言の真を成授を果たさなければならない』

「運命の子を四人そろえる…」

なんだがとんでもない話に巻き込まれていないか?

『そうだ。四人の運命の子、おそらくブリミルもそのすべてを予見できなかったのだろう。しかし我には少なくともその内3つの可能性を知っている。ひとつがいずれ訪れる虚無の使い手。もう一つが四大の魔法の練達なる使い手。最後が――』

「精霊王」

ヴィリエは思案する。あと一人の運命の子…。

『そう精霊力の絶大なる行使者。あと一つは分からぬ。それを貴方に見つけ出し、導いてほしいのだ。ヴィリエ』

「ノーム?」

『頼む、この世界を救ってくれ。この世界にはお前の力が必要なのだ』

精霊が僕に頭を下げているのか?

本来、僕はこの世界の住民では無いのに…

『知っている。ならばこそお前はこの世界の理にあがらえるのだ』

何?どういう事だ?まさか…

ぴんときた。

世界の、理の外から直接来る人間。

あの少年がまさか最後の――。

可能性はある。

さらに思案するヴィリエ。

…。

分の悪い戦いだろう。

相手はこの世界の真理だ。

しかし、ここで立たなきゃ男がすたる!

やってやるぞ!





「良いだろう。この世界は僕、ヴィリエ・ド・ロレーヌが救ってやる!」




『ありがとう、これで心おきなく逝くことができる。エルシャーナもこっちに来なさい』

「えっ?は、はい!」

なぜか、僕を見て呆けた様子のエルシャーナが突然ノームに呼ばれてびっくりしている。

エルシャーナがノームに駆け寄る。

『エルシャーナ、よく聞きなさい』

「はい」

『私は最後の力を使い、この地を中心に半径20リーグに決して誰も立ち入れない結界を張るつもりだ』

「えっ、それじゃ、でも…」

なぜか、僕の方を見るエルシャーナ。

なんださっきから?

『今回の一件で痛感した。理と共にあるべきエルフにも道理の通じぬものが増えてきた。今、この幼いノームが死ぬことは世界の終末を意味する。幼いノームを守るには仕方ないことなのだ。私の守人たちにはすまないが私の子のそばに残ってもらう』

レグゼがそれを聞いて諒解した。

「分かりました。私はもとより覚悟の上です。この地を去る者もいるかもしれませんが私ができるかぎり説得してみましょう」

エルシャーナは複雑そうな思案顔をしている。

『エルシャーナ、お前には別の使命を与えます。お前はこの里を出て、彼についていくのです。そして――精霊王になりなさい』

「!?」

ヴィリエは驚いた。

エルシャーナを精霊王に…?

そうか、結界が完成すれば精霊王は生まれなくなるんだ。

「へ!?ど、どうして私なのですか?」

『お前がこの里で一番サーシャに似ています。姿形ではなくその魂が、私はお前が適任だと考えます』

「でも、それだと私、里のみんなと、わ、わたしは」

エルシャーナがひどく混乱している様子が見える。まずいな。

「ノーム、結界はいつ発動するんだ?」

『明日にでも始めようかと思っている』

足りないな。

エルシャーナがノームの要請に従うにしろ従わないにしろ、整える時間が必要だ。

「3日まてくれないか?僕にはともかく、彼女には別れを言う時間が必要だ」

彼女がビクッと震えたのが分かった。余計なひと言だったか?

『分かった。では三日後にここに再び来てほしい』

ノームに別れを告げて出口を目指す。



 ◇◇◇◇◇



空気が重い。

エルシャーナの様子は今にも爆発しそうだ。

出口ではついにエルシャーナが泣き崩れた。

「う、えぐぅ、ぱぁぱ…」

「エルシャーナ!」

「わ、わたし、そんな、」

「大丈夫だ、お前ならできる」

「でも、み、みんなと、わ」

少女と父親の会話は続いているがヴィリエはその場を去ることにした。

残念ながらこういう事に聞き耳を立てる趣味はヴィリエにはないのだ。



[21262] 第一章第二十四話 星の夜空
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/18 11:04
その日、残りをエルシャーナは自室に籠った。

といっても部屋は開いているようだったし多くの友や親類が訪れて、別れないし、励ましを告げて去っていった。

レグゼは忙しい一日だったようだ。

僕からすると意外だったが結界に関してこの里、すべてのエルフが賛成していた。

エルフは長命だが個体数がほとんど増えないし、気が長い。

案外こういう隠居には向いているのだろう。

僕はと言うとノームと約束した手前、この3日間は絶対にエルフ軍の侵攻を阻止しなければならない。

武官の待機所で軍の動向を見張っていた。

「動きがないな」

「貴方の一発が効いているみたいですね」

「でも奴らには凄腕の傭兵がいるんだろ?どんな奴なんだ?」

「火のメイジですね。反射の限界を超えるような爆発で何人もの武官がやられました」

「なるほど、火のメイジには爆炎もあるし厄介な相手だな…」

僕の見立てだと条件付きでエルフの防御力を突破できそうな系統は火と土だ。

「そういえば2日後の晩にパーティをするそうです」

「僕はここにいるよ、夜会には嫌な思い出しかないしね」

行っても場違いだろうし。

「そういう訳にもいかないでしょう。貴方も主賓ですからね」



 ◇◇◇◇◇


 
あっさりと2日が過ぎて晩餐。

僕は旅衣装を替えさえしなかったがもう一人の主賓はかなり着飾っているようだな。

こうして見るとエルフの中にあってもエルシャーナの美貌が抜きんでているな。

心なしかエルシャーナの周りには男衆が輪を作っている。

「楽しんでいますか?」

あ、えーと、たしか武官の詰所で一緒だった?

「リシュシュです」

「ヴィリエです」

「はは、知ってますよ。どうです」

「まぁ、そこそこ食事は美味しいですし…」

味はいいけど精進料理っぽいのが…ね。

「エルシャーナは人気ですね」

「みたいですね」

「知ってます?あの娘は男衆からものすごい人気がありまして、いままで気持ちを伝えられなかった男衆は最後の一晩を彼女と過ごそうと必死なのですよ」

――最悪だ。

さすが雄。

下半身でしか物を考えられないだけの事はあるな。

ここでお別れ確定なのに最後の悪あがきか…。

まぁ、気持は分からんでもない。ガンガレ。

「逆に女衆は最大の敵がいなくなって内心ほっとしているという話です」

エルフに突然、近親感湧いてくるな。

エルシャーナに別れを告げに来てた娘の中には内心ライバルが減ってしめしめと思っていた子もいるわけだ。

男は馬鹿だが、女は怖え…。

「良い話をありがとう。リシュシュこそ楽しんだ方が良い。交易ができなくなれば手に入らないものが増えるだろう?」

「ありがとう。まぁ、私は果実酒があればあとは気にしないのですがね」
僕はそんな喧騒のパーティから抜け出して夜風を涼みにきた。

うーん、さすが砂漠の空だけあって星が凄いな。

正直、エルシャーナの里を出る気持は分からん。

僕も故郷を出てこんな遠くに一人で来たが帰ろうと思えばいつでも帰れる。

まして、エルシャーナは里を出て一人で人間世界に出る事になる。

エルシャーナが誰と最後の晩を過ごそうが知ったことではないが悔いの残らない夜を過ごせばいいと思う。

僕はどうかな?

この世界はともかく、向こうの世界の故郷は気になる?

んー、ためしに行ってみたい気はするがどうなんだろう?

そもそもこっちと繋がってる地球は別の地球だろうし…。

僕は案外この世界に染まってしまったからな。

この世界が好きかもね。

そうでなければあんなにすんなり啖呵も切れまい。

ボケーと夜空を眺めているとしばらくして声をかけられた。

「何また黄昏てるのよ」

「なんだい、パーティはどうしたの?」

「終ったわよ、締めになって君がいないからパパ困ってたじゃないの!」

「ふーん」

何よ、変な奴。エルシャーナが呟いている。

「横いい?」

「駄目だ、お前は折角の最後の夜なんだし良い男、掴まえてニャンニャンしてこいよ」

「は、にゃんにゃん?」

最初、何のことか分からなかったようだががさすがに気づいたようでみるみる顔が赤らんでいく。

「ば、馬鹿!人間と違って私たちはそういう事は婚姻前にしないの!大いなる意志がお許しにならないの!」

「その割に男衆はやる気まんまんだったぜ?」

「うそうそ、そんなわけないじゃない」

「やたらデートに誘われなかった?」

「え、あっ、うっ…」

「好きな男の所に行って来いよ、こういう時は神様だってお目こぼしをしてくれるものだぜ?」

「もう、そんな好い人いません」

なんだ?

せっかく人が柄にもなく気を回してあげたのに空振りか。

やれやれだ。

まぁ夢破れた男衆に合掌。

「君もさ、人が落ち込んでるのに慰めにも来ないのね」

彼女は幾分か拗ねた様子で僕を見ている。

それ暗に慰めろって言ってないか?

「僕とはこれからいくらでも顔を合わせるんだから必要ないだろ?」

「はぁ、男って…」

なんだ?

なんで呆れられてるの?

つうか、このお嬢さん元気良いな。

「案外落ち込んでないな」

「まぁ、今生の別れって訳でもないもの、なんか精霊王になったら結界ぐらい簡単に飛び越えられそうじゃない?」

「なるほど、全てが終わってそのときには僕も手伝うよ」

そのくらいポジティブならもう心配ないだろう。

たしかに世の中、案外なんとかなるもんだからな。

「ありがとう」

「お礼はそのときで良いよ」

「違うって、あの時ノームさまに時間が必要だって言ってくれたじゃない」

「さすがにあの後すぐだとレグゼさんも困るだろ?」

「でも、私の為に言ってくれたんでしょ?」

あれ、なんか雲行き怪しくないか?

いつのまにやら彼女と僕の距離が近い

肩が触れ合うくらいだ。

心なしか彼女の瞳が熱っぽい。

えっ、ちょ

エルシャーナさん顔が近いですよ?

「だから、これはその時のお礼」





…。あー




どういうこと?えーと?



はぁ、つまり、そのまぁ…。



前世含めてファーストキスだったわけで。


つーか、いきなりまうすとぅまうすとは…。


大胆過ぎません?エルシャーナさん


「……。何かコメントをどうぞ」

「僕に何を語れと」

「なんかあるでしょ。えーと、何か」

気まずくなってんじゃん。

こっちの顔、見てみろ。エルシャーナ。

呆れ顔でエルシャーナを見つめる僕から顔を逸らし続ける彼女。

「うー。見ないでよ。なんで私こんな事…」

「なんで後悔してんだよ!」

「いけるんじゃないかと…でもなんか違うし…」

意味わからん。

「そういえば、エルシャーナっていくつ」

「やめてよ!言いません」

外見年齢を2倍すれば良いから30才前後だな。

「僕は13だぞ」

「うっ、そうなの…?」

「お前、ショタ?」

「君、凄く失礼なこと言ってないかな?」

まぁ、外見年齢はすぐに追いついてしまうけどね…。

「はいはい!白状します。初めてでした」

「あー僕も」

「へー、そうなんだぁー♪」

なんか、うれしそうだな、おい。

さっきから変なテンションだし。お酒でも飲んでるのか?

ん。

「おい、痴女」

「今のは分かる!酷いよね!!」

「悪いがパーティはお仕舞いだ、武官を呼んで来てくれ!」

「へぇ?」

「敵が来るぞ、ほら行け!」

「もう!今の発言の落とし前は後できっちりつけるからね!」

エルシャーナが駆けていく。

僕が暗闇に目を向けるとそこには男と女の二人組が居た。

どっちも初見ではあるが女の方は知っている。

――シェフィールドだ。

男の方は見た目からして歴戦の戦士だと分かる。

オーラが匂ってきそうなほどだ。

「ちょっと、気づかれたじゃない!」

「おいおい、俺には別に奇襲をかける気はないぞ?」

「何でよ!」

趣味じゃないんだよ。

屈強な肉体をもつ壮年の男は不適に笑みを浮かべこちらに近づいてくる。

「おや?もしかしてお邪魔だったか?」

「どうだろうね」

目の前にいる偉丈夫から不思議なくらいの落ち着きを感じる。

誰だ?

まぁ、原作キャラではないだろうが、物腰からして相当な実力者だろう。

「俺は君を知っているが君は俺を知らんだろう?君ほどの戦士に名乗らないのも失礼だ。俺はアッシュ。煉獄のアッシュだ。ヴィリエ君、悪いが此処で死んでもらう」

「御免だね」

「君の実力は見させてもらったよ。だから全力でやらせてもらう」

アッシュが杖を構える。早い!

僕は瞬時にその場を離れる。

アッシュの手から火弾が放たれる!



着弾した炎が消えない!!

―「延炎」(パナーム)

「次はもっと大量にいくぞ!!」

アッシュが構える杖の先に無数の火弾が現れる。

―「炎弩」(フレイム・バレット)

――「避矢」(ミサイル・プロテクション)残りMP464

僕はとっさに気流を操作して火弾を逸らす。

「なに!」

その火弾にも延炎が付加されている!

一瞬で僕の周りは火の海だ!

「優れた術者は魔術に周りにある全ての存在を利用する」

「だから?」

「俺は戦場では最強だった。俺は戦場にあるすべての炎を操れたからだ」

アッシュは全ての炎を徴収(テイクオーバー)し新たなスペルを練り上げる

―「炎庭」(ムスペルヘイム)

火火火火火火―。

それは本来のアッシュの能力をはるかに超えるスペルとして具現化した。

「何!?」

周りの炎が膨れ上がり、僕は巨大な炎の繭に閉じ込められてしまった。

「ここが俺の煉獄だ。このすべてが我が力」




ようこそ、俺の戦場へ!




――「相似」(シンクロ二ティ)残りMP336


僕に呆けている暇などない。

聞いたことがある。

人間の術者の中には精霊に愛されているとしか思えないほど強大な力を呼び寄せるシャーマン的存在がいると!


たとえば風が謳う乙女、「疾風」のカリン。


雷雲を呼ぶ竜姫、「轟天」のエミリア。


そして、僕の目の前にいる――

「お前は火炎纏う覇将!「緋炎」のレグルスか!!」

「ほう、俺の古き名を知っているのか!」

世界とんでもメイジ列伝の中の一人じゃないか!

超ビックネーム!

つーか、あんた死んだはずだろう!!

―「竜舞」(ドラゴンロンド)

炎の繭から一部を徴収(テイクオーバー)。

火火火火火―。

凄まじい豪炎の竜が塒を巻き襲いかかる!!

――「風槌」(エア・ハンマー)残りMP248

風風風風風―。

強力な炎の竜を威力を倍加した風の槌で打ち砕く!

「無駄だ」

しかし、砕かれた炎は「炎庭」へと吸収される。

そしてさらにその大きさを広げる。

「俺の「炎庭」は周囲の炎や可燃物質を吸収しながらより強く燃え上がり、巨大になり続け、俺に炎の力を供給し続ける」

なんじゃ、そりゃ!

時間が経つほど強くなるのか!?

――「斬嵐」(カッター・トルネード)残りMP184

僕が放った強烈な真空の刃を乗せた嵐がアッシュを襲う。

「無駄だ」

―「灼鎧」(フレイムメイル)

火火火火火―。

アッシュの周りで無数の爆発が起こり真空の刃を弾き飛ばす。

反応装甲!?

アッシュの奴、無傷だけど、どういう原理だよ!

やべぇ、全然、勝てる気がしない。

減っていく魔力が僕の命のリミットなのか!?



[21262] 第一章第二十五話 武官
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/18 11:12
「何よ、あれ!」

エルシャーナは遠くに見える炎の塊の驚愕していた

さすがにヴィリエが強くてもあんなものに呑まれて無事な訳が無い!!

助けに行かなきゃ!

「悪いけど」

「!?」

「貴方の相手は私よ、小娘」

さっきの男についてた女!

いつの間に近くに!?

「なにおばさん?」

「おば!?どう考えても私の方が若いでしょ!?」

「なによ!人の事、小娘呼ばわりしておいて自分の方が若い?もうろくしないでよ!おばさん!」

「ふざけんじゃないよ!ぶっ殺す!」

いささか、冷静さを欠いた女がふところから魔法人形(アルヴィー)を取り出す。

「はは、エルフの魔法は便利だね!」

精霊魔法――「変身」(フォームチェンジ)解除

とたん、魔法人形が本来の姿を取り戻す。

現れたガーゴイルは5体。

しかし

「武官の師範代(レフォースマスター)をなめないでね!」

発氣――。

レフォースの戦い方は単純だ。

全身に張り巡らせたカウンターの力場を使いあらゆる力を受け流し集め放つ。

その業と型は合気道に似ている。

凄まじい勢いで飛び出してきたガーゴイルがエルシャーナに激突―


鏡―――


一方的にガーゴイルが大地に叩きつけられ、その顔面が破壊される。

そのままの勢いを反射されさらにエルシャーナの投げの型によって体重・運動エネルギーまで加算された空気投げがガーゴイルに炸裂した。

エルシャーナは一歩も体を動かさない。

不動の構え。

次々と襲い来るすべてのガーゴイルが千切っては投げられ、千切っては投げられ破壊される。

何の見せ場もないまま、ガーゴイル5体が破壊されてしまった。

「な、なんだい。あんたも化物かい!」

「私はエルフだって」

シェフィールドが次のガーゴイルを懐からだした。

「しかし、こいつは特別製だよ。あんたでも無理だね!」

「変身」(フォームチェンジ)解除

次のガーゴイルがその姿を表す。

大きさは5メイル程度だが表面が鋼鉄の鎧で覆われている。

「ヨルムンガンド零式だよ」

零式が加速を始める――早い!


鏡――


空気投げが炸裂した、しかし

「くっ!」

エルシャーナは瞬時に体を弾き、その場を離れる。

ガーゴイルは投げをものともせずに打ちつけられながら攻撃してきたのだ!

エルシャーナの細腕に薄い切り傷が生まれ血が流れた。

「こいつには鋼鉄に硬化に加えて反射がかかっているのさ!」

なるほど、反射投げの威力が半減させられたらしい。

反射同士はぶつけあうと性質上無効化し合うのである。

反射がかけられた鋼鉄のガーゴイルはレフォース泣かせと言えなくもない。

「まぁ、怖くないけど」

「強がるんじゃないよ!」

錬氣―舞闘!

今度はエルシャーナが弾丸のように飛びかかった!

神速!



烈火の陣。



蹴り足、慣性、重力加速、空気抵抗、位置エネルギー、熱…あらゆるベクトルがレフォースマスターの神業的反射によって操作、変更されその速度は加速し続ける。

ベクトル支配、それがレフォースマスターの極意なのだ。

零式はあまりの速さについていけていない。

「なんだ!なんだい!!」

シェフィールドはその動きに全くついていっていなかったため、エルシャーナの腕に起きている変化に気がつかなかった。

「とどめ!」

その瞬間、変化は劇的だった!

神貫一突!!

エルシャーナの持つ全てのエネルギーが光輝の螺旋を描きその右腕に収束されて結集した!

神速が不動にかわりその変化の全エネルギーがエルシャーナの掌に乗った。

反射が反射を無効化し残った全エネルギーがさえぎるモノなくガーゴイルに流れこむ。



「旋氣絶衝」



瞬間、零式が爆砕した。

一撃必殺。

「私たちは反射使い同士の戦いのエキスパートなんだから、あんまり舐めないでね!」

「くっ…」

騎士の連中が武官を恐れていた理由がよく分かる。

連中はジュダイの騎士か量産型一方通行といった次元の戦士たちなのだ。

強すぎる。

こいつらに勝てるアッシュも頭がおかしい。

「撤退だね」

エルフにもらったマジックアイテムが発動する。

「はぁ?まて、おばさん!」

閃光!光に包まれてシェフィールドが消えていなくなった。

「もう!おばさんに邪魔された!!」

急いで炎の繭にむかう。ヴィリエを助けなければ!



 ◇◇◇◇◇



「時間稼ぎは見苦しいぞ、小僧」

「だったら遠慮せず、攻めきってみろ」

僕とレグルスの激闘は続いている。

――残りMP120

思いっきり省エネ・時間稼ぎモードに入った僕に対してレグルスは烈火のごとき攻めを見せる。

今のところ一応の均衡とはいえ敗戦濃厚。

ここまで負け戦も初めての経験だ。

くそ、いくらオクタゴンクラスといっても僕は経験が無さ過ぎてペンタゴンスペル以上の専用上級スペルをほとんど知らない。

いままでは下位のスペルに系統を足して底上げしたものを誤魔化しながら使っていたが僕自身、オクタゴン級の本来の力を全く使いきれていない。

レグルスはどこで覚えたか編み出したのか、明らかに規格外のスペルを次々と発動させてくる上に純粋に試合巧者すぎる。

「ではとどめだ」

「やってみろ!くそ!!」

爆発!

炎の繭の一部が弾ける!

そこから一人の少女が飛び込んできた。エルシャーナだ。

そういえば彼女も武官だったな。

今の一撃を発したのが彼女なら大した実力だ!

「ヴィリエ!大丈夫!?」

「エルシャーナ!」

「ちっ、援軍か!」

エルシャーナは僕の横にむかう。

「良かった。無事そうね」

「まぁ、一応。他のみんなは?」

「知らない。これだけ騒げばすぐ来るでしょ」

「おいおい」

嘘でもすぐそこに大軍でいますと言って欲しいぜ!

その言を聞き付けアッシュが笑う。

「どうやら、まだゲームオーバーではないようだな!」

レグルスはにやりとほほ笑むと中断していたスペルを発動させるべく杖を構えた。

「エルシャーナ、さっきのあれでここの床を壊せないか?」

「出来るわよ」

「じゃ、頼む」

「よし、いくよ!」

轟!

人間の部位の中で最大の力を生み出すのは足である。

反射と全体重を乗せた震脚によって反射がかかった床が中和・破壊される。

地震のような衝撃が響き、姿勢が崩れる。

「どういうつもりだ!」

「こういう事だよ」

――「固定化」(キープ)残りMP100

――「風」(ウィンド)残りMP36

反射が破壊され砂に戻った床材が錬金によって変化した上で強烈な風に舞った。

砂嵐!

「この程度!無駄だ!!」

「こいつはあんたを狙ってないぜ!」

「なに!?」

炎の繭がその炎を一瞬消される。

「無駄だ!延焼が付加されているのを忘れるな!我が炎はすぐに蘇る!」

「分かっているさ!だからただの砂や風じゃないんだよ!」

「なに!?」

僕によって耐火の固定化がかかった消化の砂が大地の延焼面を遮断して新たな炎の発生を防いだ。

「ほう、わが炎を消し去るか!」

「さて、形勢逆転かな?」

「ふむ」

複数の足音が聞こえてくる。正真正銘の援軍だな。

「仕方なし、勝負は預けよう!」

「あいつも逃げる気よ!」

閃光。

何かの力が発動する!?

「さらばだ」

「ちっ!」

どうやら逃げられたらしい。

転移かなにかの魔術装置を発動したようだ。

「大丈夫ですか!」

武官たちが駆け寄ってくる。

僕はその場に座り込む。

「はー、死ぬかと思った…」

さすがに今回はしんどかったです。はい…。

「ねぇ、ヴィリエ」

エルシャーナがにっこりとほほ笑んで僕に話かけてくる。

「何、エルシャーナ?」

「君はまず正座すべきよね?」

「…」

もの凄い怖い笑顔でエルシャーナが僕に正座を強要してくる。

ちょっと、待て。

僕は今、死にそうな所だったんだぞ!

「反省すべきよね、ヴィリエ」

「すみませんでした…」

「だいたい君は!」

その晩は夜明けまで、状況が掴めず途方に暮れる武官を前に夜通し説教し続けるエルシャーナと正座をしてうなだれる僕の姿がありました…。



[21262] 第一章第二十六話 芽吹く大地
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/18 11:15
『ではお前たちに力を授ける』

年老いたノームはその最後の力の一部を僕らに託した。

儀式は厳かにつつがなく進んでいる。

『ここに土の精霊使いと四大の契約者が誕生した。新たに巡礼を始めるものと長き旅を終えたものに祝意を』

「ありがとうございます」

『願わくばこの世界に未来を。レグゼよ』

「はい」

『私はこれより最後の儀式に入る。結界の完成には3刻ほどかかるであろう』

「分かりました」

「僕たちは外に出るよ。ついでに外にいる連中に警告を出してこないとね」

「うん、いこう。ヴィリエ」

「エルシャーナ!」

レグゼが娘を呼びとめる。振り返るエルシャーナ。

「何、パパ?」

「いってらしゃい」

「いってきます」



 ◇◇◇◇◇



町からは風竜に乗って出る手筈になっていた。

僕は風竜の背に跨ってエルシャーナが来るのを待っている。

彼女は最後の別れを集まったみんなに告げていた。

ここから彼女にとって長く険しい孤独な旅が始まるのだ。

全てが上手くいかない可能性の方が高いだろう。

僕としては彼女がもしここに残りたいのであればそれでも構わない。

別の可能性を探せばいい。

刻限まであと2刻。

――彼女は定時通りにここに来た。

「もういいの?」

「うん、平気」

「ほんとに?」

「うん」

そう言って彼女は僕の後ろに座った。

背中に腕を回す。

「少し背中を貸してね」

そう言うと彼女は僕の背中に顔を押しあてた。

今、僕の小さな背中では小さな雨が降っているようだ。

「なぁ、エルシャーナ」

「何?」

「外の世界も結構楽しいぜ。僕が保証する」

「ちゃんとエスコートしてよね?」

「まかせろ」

「よし!いこう!ヴィリエ!」

「ああ!」

グレートバニアの高台を風竜が飛び出していく。

すぐ町の外、眼下には無数の駐在軍が見える。

僕は「大声」(スピーカー)を使ってエルフの大軍に知らせる。

『僕は四大の契約者ヴィリエ・ド・ロレーヌだ!これよりノームの最後の意思を伝える!これよりこの地から20リーグは結界に覆われる!巻き込まれたくないのであればこの地を去るが良い!結界の完成まであと2刻だ!家族のある者!恋人のいる者!守るべき者はこの地に残ってはならない!繰り返す!』

僕の宣言は駐在軍に告げられた。

しかし駐在軍の反応は鈍い。

馬鹿野郎ども時間切れになるぞ!

「ヴィリエ!あれを見て!」

「何?」

変化は突然起こった。

グレートバニアから一本の巨大な芽が飛び出してきたのだ。

「もしかしてノーム様の言っていた結界ってイグドラシル!?」

「イグドラシル?世界樹が結界になるのか?」

次々と大地を斬り裂き新しい生命の息吹が生まれていく。

「イグドラシルは霊樹(トレント)系の最古代種よ。見たのは初めてだけどかつてはエルフの森の守護者だった」

「意思を持っているのか?」

「えぇ、そして強大な精霊魔法の行使者でもあるわ」

死の大地であるはずのサハラに強大な大地の力が氾濫し一気に熟成し始める。

「イグドラシルの結界が完成すればもうエルフにこの領域を犯すことはできない」

「良かったな」

「えっ」

「意思のある木が相手ならいつでも帰れるだろ?」

「うー、でも使命を果たすまで帰れないわよ」

「気は楽になった?」

「うん、ありがとう」

しかし、イグドラシル結界だなんて某魔術士ぽいなぁ。

こっちはダイレクトに森だけど。

さすがの変化にようやく撤退を始めた軍隊。

否、遁走である。

逃げ纏うエルフを森が包んでいく。

しばらくすると世界樹の枝から追い立てられて弾き飛ばされながら次々とエルフが転がされていく。

あれなら逃げ遅れてもエルフはすべて森の外に帰れるだろう。

そのエスコートは少々荒っぽいが。

森は確実に広がりその面積を広げていく。

ノームの言葉が真実なら完成まであと1刻か。

「どうする?最後まで見ていく?」

「ううん、もう大丈夫だよ」

「じゃ、行こうか」

「うん」

僕らは風竜を動かし、最後の聖地を後にした。



[21262] 第一章第二十七話 盟約
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/18 11:18
ネフテスでは大きな騒ぎになっていた。

ゲーレイダー統領一門が失脚し、粛清されたのだ。

エルフ界最高の権力者があっさりと処刑されてしまったのだ。

精霊の名を語ること、それがどれ程の禁忌であり、エルフにとって厳罰に処されるか象徴する結果となった。

しかし、ゲーレイダーを扇動し邪魔な大地の守人を排除しようとしたのは保守派、人間嫌いで知られる部族たちである。

その者たちの動揺は凄まじいがあった。

権威さえ掴めば道理を曲げることができる。

そんな強硬姿勢の失敗にようやく気がついたのだ。

精霊の意を読み間違えた事がどれ程の汚点か。

すでに一部の部族たちは異端者、落伍者の烙印を押され、その汚名を雪ぐことは永遠に叶わないだろう。

同門の中にさえ明確な糾弾者、離反者が出るようになり、最大派閥を誇った部族は空中分解を起こしていた。

大地の加護がエルフの元を去った。

今回の悲劇が過度な親人間派と反人間派の対立であったことは間違いなくその反省から中立派の統領が誕生した。

テュリューク統領である。

そんな混乱の中にあってアッシュとシェフィールドは新統領のもとを訪れていた。

彼らは前統領とある密約を交わしていたのだ。

その二人を対応したのはビダ―シャルであった。

「という訳で今回の件に関する報酬は正式に議会から出させていただきます。」

「構わん。どうせ、金が欲しくて加担した訳では無いんでな。例の件に関する返事は?」

「協力の件ですが統領閣下は今後は人間界とも関係を密にするお考えのようです」

「ほう、話がわかるじゃないか。我らが主にも良い報告が出来そうだ。ところで」

「何でしょう」

「お前たちはどう考えているんだ?今回の土の精霊の主張が真実だとしたら世界の終末?だっけか?起るんだろ?」

「起こるかもしれません」

「随分冷静だな。起こったら世界は滅びるんだぜ?」

「ですがそれが大いなる意志の導く正しい世界の結果であるならば仕方のないことです」

「それはエルフ全体の意思?な訳ないか…」

「どうしてそう思うのです?」

「だって世界の終末で滅んで構わない連中が虚無の大厄災を恐れるはずがないだろ?お前たちにだって生きる意思はあるんだろ?見苦しいほどに」

「どうでしょう?大厄災による滅びは大いなる意思に反するものです。そんな滅びは到底受け入れられるものではありません。しかし世界の終末は違います。もし、大いなる意思に反してまで限りある生に執着する同族なら私は見苦しいと思っています」

「なんだそりゃ、大いなる意思ってのはそんなに大事なのか?」

「貴方達にとっての神と同じ存在です」

「なるほど、それは不幸なことで」

「不幸?どうしてそう思うのです?」

「俺たちの神様なんて都合のいいものだからな。いいか、俺達の神様は望みもすべて叶えてくれて、無償で勇気と自信をくれる」

「すべてを叶える?そんな力があるのですか?」

「願いがかなったら神様のお陰、かなわなかったらそれは神さまのせいじゃなくて自分せいなのさ。俺達の神様はどんなに祈りを捧げたってこうしろだとかこうあるべきなんていわないし、いつだって俺達の味方さ。でもあんた達の大いなる意思は違う。明確な意思をもってあんた達を導き、操り、滅ぼす」

「そうかもしれません」

「俺には……まぁいいか、それこそ余計なお世話だな。聞きたいことはそれだけだ」

アッシュは突然かぶりをふると話をきった。

不思議そうにビダ―シャルがアッシュを見つめているがアッシュがもう話す気が無いのを知ると会話を締めた。

「では今後ともよろしくお願いします。アッシュ殿」

「こちらこそよろしく頼むよ。ビダ―シャル」

両者は軽く握手を交わす。

しかしアッシュは内心こいつらは信用できないと思っていた。

大いなる意思という親への忠誠に生への執着すら捨てた狂信者。

あるいは親に導かれないと生きる術を持たない幼稚な子供。

あるいは親に捨てられそれに気づかないふぬけた間抜け。

こいつは一見まともに見えるだけですでに壊れている。

そういう存在だ。

俺の部下にも一人似たのがいるがあいつの方が人間味があって分かりやすいし、御せる。

こいつは無理だ。

だから同盟しても信頼すべきでない。

いずれにせよ。契約はなった。

前統領との密約は聖地を守るための協力をガリアがする代わりに技術提供をエルフから受ける内容であった。

その契約は新統領との間にも結ばれ正式に成立することとなったのだ。

こうしてこの日、ガリアとエルフが手を結ぶこととなった。



[21262] ステータスシート5
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/18 05:19
名前  :ヴァリエ・ド・ロレーヌ
性別  :男
年齢  :14歳
クラス :スクウェアメイジ
ジョブ :四大契約者(エレメントマスター)
魔力容量:24→25(33) NEW
魔法効率:16 
魔力回復:6(10)
最大MP:384→400(524)NEW
(スキル)
風感覚:4(5)
土感覚:3(4) 
水感覚:2(3)
火感覚:1(2)
(契約スキル)
風精の加護:風感覚+1、魔力容量+2、魔力回復+1
土精の加護:土感覚+1、魔力容量+2、魔力回復+1、土感覚発現、土コストカット
水精の加護:水感覚+1、魔力容量+2、魔力回復+1、水感覚発現、水コストカット
火精の加護:火感覚+1、魔力容量+2、魔力回復+1、火感覚発現、火コストカット
今回の成長履歴:
・強敵と死闘を繰り広げました。 魔力容量+1
・魔力容量が限界値(25)を達成しました。
・土の精霊から力を得ました。 契約スキル、土精の加護を獲得


名前  :エルシャーナ
性別  :女
年齢  :15歳(?)
クラス :土の精霊使い、レフォースマスター
ジョブ :無
(スキル)
四精霊魔法:4
四属性感覚:4
精霊力支配:土
反射操作


名前  :クゼ・メイエイ
性別  :男
年齢  :22歳
クラス :ラインメイジ、ソードファイター
ジョブ :従者
魔力容量:16
魔法効率: 4
魔力回復: 8
最大MP:64
(スキル)
風感覚:2
(装備)
無銘刀:固定化LV1、硬化LV1


名前  :レレナ
性別  :女
年齢  :12歳
クラス :トライアングルメイジ
ジョブ :元北花壇騎士
魔力容量:21
魔法効率: 8
魔力回復:10
最大MP:168
(スキル)
水感覚:3
共鳴感覚、ルルナ限定


名前  :ルルナ
性別  :女
年齢  :12歳
クラス :トライアングルメイジ
ジョブ :元北花壇騎士
魔力容量:21
魔法効率: 8
魔力回復:10
最大MP:168
(スキル)
風感覚:3
共鳴感覚、レレナ限定



[21262] 第一章第二十八話 ティタン
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/18 11:23
僕が故郷を出てちょうど一年――。

僕は懐かしい我が家に帰ってきた。

こうして見ると感慨深いものだ。

事前の予想よりずいぶんと波乱に満ちた旅だった。

「ここが君の家なの?へー、凄いね」

僕の横には興味深々な顔のエルフっ娘がいた。

エルフといっても今のところ本人はひたすら物凄い美人という以外は外見上人間に見える。

彼女は精霊魔法の変身(風韻竜の使う例の魔法)を特徴的な耳にのみにかけて偽装しているのだ。

質量まで変化してしまう、かのチート魔法なら見破られることはまずない。

それでも僕は彼女の姿は大衆の目を引きすぎるから、深くローブを被ってもらっていた。

僕が四六時中発動している精霊魔法について、さすがに疲れない?と話をふってみたところ、彼女曰く、「耳だけなら余裕。寝るときは解除しているし」とのことだった。

大地の精霊の行使者の全権限持ちなのだから大したことではないのだろう。

僕が家の門に近づくとそこの父の姿が見えた。

クゼも横に控えている。

「良く戻ったな。息子」

久し振りにみる父親である。

こいつのせいで…とは思わないでもないが結果的に多くの出会いを得て成長できたのも事実だ。

これからの僕の計画のためにもこいつには働いてもらわなければならない。

「さっそくですが、一つお願いがあります」

「なんだ?帰った挨拶も無しか。まぁ、いいだろう。今日ぐらいは聞いてやる」

「言い間違えました。取引をしましょう。僕はダングルテール侯であるクリフ・ド・ロレーヌと取引がしたいです」

僕の不遜な言い回しに父は一瞬眉をひそめる仕草をした。

しかし、すぐに不適な笑みを浮かべ言い返した。

「面白い。アイアン・クリフに用なら加減はないぞ」

「僕は研究所がほしい。その費用を得るために貴方にいくつかの技術を提供してあげましょう。その一つがこれです」

そう言って僕は懐からとある物質を取り出した。

僕は取り出した鋼鉄に良く似た白銀の物質を父に渡す。

「すでにフィールドワークは済ませてきました。ダングルテール領内の鉱石の分布から言っても問題なくこいつを精製できるでしょう」

「なんだ?こいつは?」

「ティタン。鋼よりはるかに固く、はるかに軽い。錬金術師の鉄です」

そう、僕が取り出した金属は現代においてさえ貴重なチタンである。

「これは超高温だと性質が変化してしまう物質です。通常の方法では精製できない。鉱石から取り出すのも、整形もすべて土メイジの手がかかるでしょう。だが鉱石自体は広く分布しているから材料の鉱石に困ることはないはずです」

「随分と軽いな。これで鉄より固いと」

「精製しかしていないから「探知」(ディティクト・マジック)をかけたところで反応はないですよ。性能については……試してみますか。返してください」

父からティタンを受け取ると意識を集中――。

――「錬金」(ケミストリー)

かけた魔法によってティタンがその形を刀の刀身に変えた。

――「錬金」(ケミストリー)

続けてかけた錬金で適当な柄を作る。

僕は、物珍しそうな様子のクゼに渡す。

「クゼ、試し切りしてみろ。」

「はい、何を斬りますか?」

「俺が用意しよう」

クリフが素早く杖を取り出し錬金を唱える。

クゼの前に二本の石柱が生み出された。

僕はクゼに注文をつける。

「クゼ、連続で5回は切れ」

「はい!」

閃――!クゼの刀が瞬時に煌き、石柱はバラバラになった。

「…!」

クゼは僕の作ったチタン刀をまじまじと見つめている。

「クゼ、次はいつもの刀で同じように切ってみろ」

「え、は、はい!」

閃――!同じようにクゼの刀が煌めくが――

かっ!五閃目が石柱に刺さっている。

「だめです」

「どういうことだ?クゼの刀には硬化もかかっているはずだが」

「刃こぼれです」

クゼは刀を仕舞う。若干恨めしそうな様子なのは自慢の愛刀が駄目になったからだろう。

「ティタンは固くしなやかですから、金属疲労も少ないです」

父はクゼからチタン刀を受けると感心した様子で見つめていた。

「ふむ、確かにこれなら貴族共に高く売れるぞ。さまざまな武器転用も可能。良いだろう。話に乗ってやる」

「ありがとうございます」

「ところでそこのローブの娘さんは何だ?」

父は僕の同行者に目を向けた。

「彼女は僕の護衛をやってもらっています。相当な腕ききですよ。すいませんが彼女の部屋を用意してもらえませんか」

「構わんが、ローブはとったらどうだ?」

困惑した様子の彼女が僕に呟く。

「どうするの?」

「外してくれ、問題はない」

「んー、分かった」

彼女がローブを外す。

現れた容姿の美しさにクリフは若干驚愕している。

「お前が女を連れ込むとはな!」

おい、そっちの意味の驚愕かよ…。

「そういえば、お前はエミリアのところにも双子を連れ込んでいたな。案外、手が早い」

こら、おかしな事、言うんじゃない!

エルフっ娘はピンと来ていない様子であるが地雷になりそうなネタふりはやめてほしい。

「随分立ち話が長くなったな。家に入るがよい」



 ◇◇◇◇◇



「兄さま、お帰りなの・かな」

「ちょっと、兄さんは貴方達の兄さんじゃないです!」

家の中に入ると双子とシルティが忙しく迎えてくれた。

そういえば年齢が同じな三人組が並ぶとお人形さんが並んでいるみたいで可愛らしい。

「きゃ!やだ、君の妹さんたち?めちゃ可愛いわ!ねぇねぇ、はぐしても良い?」

エルシャーナが目を爛々に輝かせて聞いてくる。

僕に許可が出せる訳ないだろ。

彼女はハイになりすぎて僕をどつき始める。

テンション上がりすぎだ!人を叩くな!

「兄さま、女連れてきたなの」

「ほんとだ!兄さん、その女はなんですか!」

三人組は先までの甘え声から若干怒気をはらんだ声に変ってきた。

怒ってっても微笑ましい三人組ではあるが一つ疑問。

なぜ、怒る?

「彼女はエルシャーナ、僕の客人だ。エルシャーナ、あの双子は僕がとある事情で保護した子供で、そっちの子は僕の家のメイド長の娘だ、お互い仲良くな」

「うん、うん。仲良くしましょうね」

「むー、仕方なしなの・かな」

「ま、兄さんがそういうなら…」

ふう、なんとかなりそうだ。

しかし、続くエルシャーナの発言は爆弾だった。

「私の事はお義姉さんって呼んでね!」

「この女ずーずーしいかな・なの!!」

「兄さん!この女、危険です!」

「やん、怒っても可愛い!」

「「「にゃぁぁ」」」

エルシャーナに三人まとめてはぐられる。

あー、三人とも完全にエルシャーナに弄ばれているな…。

外見年齢15歳くらい(実年齢…)のエルシャーナともうすぐ12歳児の三人のチビッ子では勝負になっていない。

愛らしくも微笑ましい光景ではあるが…。

「あら、随分綺麗なお姉さん連れてきたのね、ヴィリエ」

母であるエミリアがこっちに歩いてきていた。

「帰っていましたか、お母様」

「もう、手が早いところだけは父親譲りなのね」

「そういうつもりは全くありません」

「でも自覚してるでしょ、貴方」

うー、ここまであからさまで気づかないのは無理でしょ。

上条さんレベルのスルースキルか、才人レベルのエロ心がほしい。

僕じゃ、せいぜい某銀河の魔術師並におろおろするだけだろうな。

恋愛スキルゼロだ。

こういう状況を楽しめも歓迎もできやしない。

まぁ、気にしなければすぐ冷めるだろう。

こういうのは一時的な風邪のようなものらしいし…。

「はぁ、釣った魚に餌やりしないところまで似なくてもねぇ…」

うっ…、その言葉、痛すぎです。お母様。



[21262] 第一章第二十九話 変わりゆく世界(改訂)
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/21 12:04
僕の予想よりもクリフの行動は遥か早かった。

あきれるほどに。

もともとド・ロレーヌ家はトリステイン家でも有数の名家であり、金の生る木の風石炭坑を十複数個抱える、どちらかと言えばお金の使い道に困るレベルの風石商のトリステイン最大大手である。

まぁ、風の大隆起前提でいえばハルケギニアはある程度の深さまで掘ればどこでも風石が獲れるのだが、クリフはその鉱脈が頭を出している場所を見つけるのが異様に上手かったようである。

風石はこの世界における石油。

ド・ロレーヌ家は石油にあたった馬鹿成金、クリフはアラブの大石油王と言っても過言ではない。

ということもあって僕としてはティタン精製は研究資金欲しさの少々の小遣い稼ぎのつもりでしかなかった。

クリフはコネと伝手をフル活用し、手始めに20名ほどの土メイジを集め、ティタンの精製に着手した。

急場で作られた工場で僕の指導のもと、15名のドット級のメイジが鉱石からティタンを抽出する作業を行った。

僕らがある程度の数量のティタンの精製に成功したところでクリフは装飾整形の第一人者であるアスバー・ティトリを高額なオファーを出して連れてきた。

有能なデザイナーの指揮のもとティタンの整形が行われ、最後にドット以上のメイジによって固定化と硬化の魔法が付与された。

1号の剣が完成したのが1ヵ月後である。

完成された剣は2000エキュー。鎧は胴のみで5000エキュー、全身鎧なら1万5千エキュー以上という超高額で販売された。

これが飛ぶように売れた。

羽根のように軽く鉄より硬い神秘の武具は好事家の目に止まり、特に美しく軽く強固なその鎧はのちに一代ブームとなり、さまざまなモデルの鎧が作られた。

各々が意匠をこらした鎧を夜会に持ち込み自慢しあうのがのちのちの流行となったのだ。

売上が出た最初の月で50万エキューを売りあげるメガヒットとなった。

これに見て目を光らせたクリフは同時に政府国家向けの大砲や船部品の開発にも乗り出す。

元々この世界の飛空船が木材前提なのは軽いからである。

軽ければ軽いほど燃料の風石の使用を控えさせることができる。

ティタン製の対艦砲の需要は絶対にある。

開発にこそ多少時間を取られたが開発した新型砲はバカ売れした。

ハルケギニア中の列強国がこぞって買い求めたのだ。

さらに土メイジが大量採用され、生産ラインがした。

元々風石商の最大大手であるロレーヌ家、炭鉱マンには事欠かない。

ティタン鉱脈の開発も同時に行われている。

鉱石を発掘、粉砕、選別、抽出、精錬、整形、付加…。

ダングルテールの大成功は多くの経済基盤の弱い働くメイジを失業させた。

そうしたメイジがダングルテールに仕事をするため訪れるようになった。

ダングルテールでは2000人を軽く超える数のメイジが働くようになった。

そしてその数はいまでも増え続けている…。

そんななか僕は優秀なメイジをヘッドハンティングし早々に研究所を立ち上げている。

僕は個人的な魔術の開発研究のほかに、いくつかの技術の開発に着手した。

研究室では従来の付加魔法では最大でラインスペルまでしか付加できなかった所をオクタゴンスペルの登場によってスクウェアクラスのスペルすら付加できるようになった。


――土土土土・・・・「神造」(アーティファクト)


という付加スペルを開発したのだ。

しかしオクタ級を使えるのが僕だけのため性質上、スクウェアスペルは風系統に限定されてしまった。

さらに強力な補助魔法の付加は出力が大幅に弱くなるため、効力がいまいちだったり効果自体発動しないモノもあった。

そこでそのスペルにあった風石を埋め込み、それを消費しブーストする方法に成功しほとんどのスペルの発現に成功した。

僕は二種のブレスレットを重ねたものに風石を埋め込んだ補助具を作った。

ブレスレットには「偏在」・「相似」の風スペルが封されており、風石を消耗することでそれぞれのいずれかの能力を選択発動できるようになっていた。

これ一つでバランス破壊級の神器である。

そのため、僕は自分用の一つのみ作った。

さらに別に「神速」・「感知」を付加したブレスレットも開発していた。

他にもさまざまな分野の研究を行いはじめていた。



その一つが動く歯車である。



ガーゴイルの技術を応用し、勝手に動き続ける歯車をつくったのだ。

ガーゴイルはある程度定期的に魔術師によって起動用魔力を込める必要があるが魔力量に比べて非常に効率の良い稼働時間を誇っていた。

また、ガーゴイルの歯車は動きこそやや遅いが馬力、トルクは素晴らしいものであった。

僕は歯車を組み合わせ、ギア比を変えることで十分な動力減を得ることができた。

結果一つの完成形として開発に成功できたものがある

大陸鉄道――魔導列車である。

魔導列車には先頭に動く歯車を利用したギアボックスが取り付けられた。

さらに十分な回転数を得るための加速の付加魔法を維持する為の風石機関を設けた。

開発に目途が立ったところで、一部の土メイジを大規模工事に回すことでレールの敷設工事が急ピッチで進んでいた。

物流を制すものは世界を制すである。



◇◇◇◇◇



「なぁ、単純作業ばかりも結構疲れるよな。そう思わないかケビル」

鉄道の敷設をする担当する魔法労働者のビスコは同僚に愚痴った。

「そう言うなビスコ。お金はたんまり、ビールもうまいいい事ばかりじゃねぇか」

鉄道の敷設作業自体は非常に単純だ。

地図班が指定した建設計画の方向を指定する。

土台班が次に周りを掘って土を盛り重量ローラーを使って固めながら平地。測量班が高さを計測する機材で土台の高さを測る。そして基準の高さに合うまで繰り返す。

土質とか全く気にしないで土台を作っていく。

ここまでが十人からなる平民労働者の仕事だ。

ケビルとビスコともう一人の魔法労働者は錬金を使いこの土の土台を石に変えていく作業を請け負っていた。

ケビルとビスコが土台を石に変えると再び平民班が別の仕事を始める。

土台の上に鉄製の型枠を設置するのだ。さらに鉄枠の中に土を埋め固める。

この作業はすぐ終わり、鉄道班の魔法使い2人が枠の中の土を鉄に変える作業を行う。

枠の形通りにできた鉄は型枠を外される。

枠は常に一定に組まれるため誤差は少ない。

型には直線だけでなく若干カーブしたものもあって地図班の指定で使う枠が決まるのだ。

大体、この15人チームで平地であれば平均一日500メイルは敷設できる。

材料は土のみ。

魔法労働者で考えると1人当たり100メイルである。

1200人近い魔法労働者を3ローテーションで回しているため一日の稼働人員はおよそ400人。

100×400で40リーグ前後を毎日敷設している。

ハルケギニアの一年に換算するとだいたい40×300日だから12000リーグは敷設できるわけだ。

土地の買収に多額のお金がかかるにしても材料費の安さは馬鹿に出来ない。

なお魔法労働者に支払われる年金はおおよそ平均1000エキューであり平民労働者には500エキューが支払われる。

ちなみにこの額は下級貴族からすると2倍。平民からすると5倍の俸給となる。

平民労働者は残念ながら2ローテーションで回しているためおよそ1600人がこの事業に成就している。

つまり魔法労働者は1日働くと2日休み。平民労働者も2日に1日の労働量である。

1200×1000エキューで貴族に120万エキュー、1600×500エキューで平民に80万エキュー。

あわせてわずか200万エキューで年間12000リーグ敷設できる訳だ。

今は鉄道はまだ儲けの見込める買収が進んでいる盛況区間だけを行ったり来たりしているだけの場所がほとんどだがかなりの売上を計上している地域も多くあるのと聞いていた。

ケビルとビスコは終了時間になってそわそわしていた。

「なあ、今日はどれくらい進んだんだ」

「待てよ、測量班が図ってる」

記録係が今回の仕事の上がりを記帳している。

魔法労働者は上がり区間の伸びが歩合として給料に乗るのだ。

もう一人の土台班のウェスラーが紙を持ってきた。

「結果でたぞ。今日は720メイルオーバーだ!」

「よっしゃ!新記録!」

「やったな。ケビル、最近、魔法力上がっただろ!」

「この調子なら今年は年金1300エキューは行きそうだろ?」

「よし!今日は飲みだ、飲み!」

定時になって迎えに来たガーゴイル車に三人は飛び乗った。



 ◇◇◇◇◇



「実は俺、ラインメイジになったんだ」

ウェスラーが酒を置いて話した。

ケビルとビスコは驚いた顔をして同僚を見た。

「まじかよ。すげぇな」

「いつ気づいたんだ」

「昨日、最近定時になっても魔力に余裕があるからおかしいと思って計り直したんだ」

ケビルは笑っていった。

「すげぇ!でどこ行くんだ?」

ウェスラーは悲しい口調で言った。

「行っていいのか?」

ビスコも続けていった。

「当たり前だ。お前、前からティタン造形の方に移りたいって言ってただろ?」

「そうだぜ、いつまでも土いじりばっかやってたら土メイジの名折れだぜ」

「でもよう…」

ウェスラーは泣きそうな顔で呟いた。このチームが好きだと。

ビスコは笑ってウェスラーの肩を叩いた。

「別に新しい奴が見つかるまで鉄班に移れば良いだけだからな」

「こりゃ、今日はウェスラーの新しい門出の祝杯を上げないとな」

そう言ってケビルは高らかに杯を上げた。

それにビスコも続き、杯を上げる。

そして

「みんな、すまねぇなぁ!」

ウェスラーの杯が上がってお互いの杯を叩きあった。

乾杯!



 ◇◇◇◇◇



そんな感じで着々と鉄道が敷設されつつある、ある日のことである。

僕はクリフから呼び出しを受けていた。

「ヴィリエ、領地内に列車を通すのは一向に構わないがレイザンリプールには収束させるな」

「どうしてです?」

僕としては当然レイザンリプールに全ての路線を最終的に繋げる気でいた。

「あそこは古都だ、用地も限られているし集積を捌くのに適さん」

「なるほど」

言われてみれば確かにあの町では今後限界が来る。

「人も集めってきている、違う街を作るべきだろう。レイザンリプールの近くにかつてのアルビオン自治政府の町があった、今は荒野だがそっちを復活させる」

「その名前は」

「ニューロンディ、アルビオン移民たちの言葉で新しき我らが都の意だ」



[21262] 第一章第三十話 神に挑みし塔(改訂)
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:81cde923
Date: 2010/08/21 13:47
ニューロンディの再開発は急ピッチで進められていた。

目玉は新領地機関並びに僕の研究所、その他さまざまな機関が入る予定の超高層ビルだろう。

完成予定250メイル、55階立てのタワー構造の超巨大ビルである。

タワー構造ではあるが縦にも横にも巨大である。

基礎工事から建設までとにかく土メイジのマンパワー全開の代物である。

まず基礎のために固定化と硬化がかけられた100メイルに及ぶ巨大なティタン製の杭が大量のメイジによる念動力によって何本も大地に打ち込まれた。

その後、周りの地盤に対して徹底的に錬金と固定化、硬化がかけられて杭と繋ぐ形で柱が作られていった。

柱には同じ太さのティタンが溶接され、周りにティタン製の鉄筋を張り巡らせ、中に土が盛られ、その土にその都度錬金をかけて白い石に変える。

それにさらに硬化と固定化がかけられて、次の階に移る。

途中幾度も糸の先の錘をつけたものを垂らして曲りを調整しながら突貫でビルが完成した。

土メイジを相当数動員しても基礎半年、建築1年の大工事であった。

ただ出来たのは入れ物だけ、内装、外装は未だ未完成部分が多い。

いくつかのデザインチームが何年もかけて気長に弄っていくようだ。


このニューロンディのランドマークとなるタワービルの名前はバベルになった。


柔構造などの応力計算ができなかったのでこれでもかと硬化をかけて作った耐震建造物だが大隆起によって倒れる可能性は未知数。

まぁ、基礎部分の地盤はかなり深くまでほぼ土では無く石になるほど錬金と硬化で固めまくったのでたぶん大丈夫だろう。

若干先細りのフォルムの45階までは中心が空洞になっている。

空洞の四方にはエレベーターが4つ設置されてある。

一つのエレベーターがレビテーションを使って浮かぶ方式の高速エレベーターで昇降装置には高レベルのガーゴイル知能が使われており風石の残り稼働時間と各階への移動の管理を行っていた。

残り三つが動く歯車を利用した巻き上げ式のエレベーターになっていた。

他にも中空には昇降のための階段と各メイジがフライで飛ぶための飛び場が設けられている。

このバベルの建設で経験値を積んだ建設土メイジの面々はニューロンディの周りにどんどん大中さまざまな大きなのビルを立てており、しっかり区画分けされた整然とした近代的な都市が完成しつつあった。



 ◇◇◇◇◇



タワーの完成から半年、都市を訪れた一団があった。

「これは凄い乗り物ですね」

「そうですな…」

時速100リーグ強という馬の何倍もの速さで進む鋼鉄の馬車に乗ってマザリーニとアンリエッタがニューロンディに到着した。

「なんて大きな建物なの!」

「これがバベル・タワービルですか、いやはや大きい」

見上げるほどの巨大な建造物にアンリエッタが感動の声を上げる。

道路は非常に広く都市は整然と並んでおり、速度の緩やかな路面列車と人が絶えず動いている。

「凄い町ね、皆、活気に満ちているわ」

「いずれここが世界の中心になるかもしれません」

ニューロンディの町は大きく12番街に分れている。

すでにかなりの数の施設や店が稼働しているがそれでもまだまだほとんどの建物が建築途中である。

しかし全世界の商人や金持ち企業家がこぞって用地を買って建設を推し進めている為急速に完成に向かっている。


1番街が政府区画。バベルタワーがあり、中に領地館や大使館、裁判所、貿易取引所、公共機関、その他政府組織、また一部が高級官用のホテルになっている。


2番街が問屋区画。最も人通りの多い区画である。最も物流の集まる都市で全世界の商人が買い付けや販売を行っている。


3番街が商業区画。デパートや量販店が立ち並ぶ区画である。まだ開発中の店が多いがいずれは2番街を超える人の出が予想される世界最大級の繁華街だ。


4番街が芸術区画。画家やデザイナーの会社兼店舗が立ち並び、サロン御用達の最新流行モデルが勢ぞろいしている。


5番街が娯楽区画。競馬場、カジノ等の様々な娯楽施設に自然公園が並んでいる。


6番街が食糧・宿泊区間。さまざまなホテルにレストラン、食品市場が並んでいる。


7・8・9番街が住宅街。公営の団地が作られて多くの商人や従業員が住んでいる。


10番街が教育区画。通常の教育学校や魔法学修錬所がある。


11番街が学術・研究区画。魔法や科学技術の大規模研究施設がある。


12番街が工場区画。鍛冶屋街や鉄や鉱物を扱う工場が立ち並ぶ。


「しかし、この地方が次々とインフレ整備を進めていくことによって失業者がほとんどいないのは驚きですな」

「人が集まって、その力を次々と利用するですか」

「これからトリステインも見習うべきことが多いでしょう」

二番街の駅ビルを降り立つとアンリエッタは物珍しそうに周りを見渡した。

「まるで町が輝いて見えるわね。ねぇ、マザリーニ。あとで4番街に立ち寄ってもいいかしら?」

「すべて話が済みましたら、まぁ良いでしょう」

マザリーニは個人的にも街を見て回るつもりだった。

そこに一台の路面列車が訪れる。

他の列車に比べて豪華な装飾が施されている。

中から一人の男が出てきて優雅な挨拶をした。

「ようこそ、アンリエッタ姫、マザリーニ卿。御向いに上がりました」

「これに乗っていくの?」

「そのようですね」

「お荷物はこちらに」

男が荷物を受取、荷台にのせる。

「貴方はクゼ殿でしたな」

「はい、クゼ・メイエイと申します。私が責任を持って主の元にご招待させていただきます」

二人は早速、列車に乗る。

マザリーニは列車の外壁に違和感を感じた。

列車が発進するとマザリーニはクゼに聞いてみた。

「この列車はあの列車と違う材質ではないですかな?」

「よく分かりますね。たしか一部アルミニウムという金属がつかわれているはずです」

「ティタンではないのですか?」

「物や人とぶつかった時の事を考えて柔らかく作ってあるそうです。ティタンは作れる量がそう多くないのとより軽い金属を本体に使ってレールの摩耗と動力の負担を軽減するためだそうです」

「この動力にも風石が?」

「いえ、ガーゴイルの歯車だけですよ?」

それでこの速度が出せるのか。

時速で30リーグは出ている。

コストがほとんどかからずに人や物が運べる。

夢のような技術だ。王都にもほしい。

「ヴィエリ殿はあの塔に?」

「あの方は今外に出ていますよ。調査団を引き連れてタルブの村に伝説の竜を見に行っています」

「タルブ?」

「なんでもエンジンがどうとか揚力を生み出す羽の構造がなんだとか、超々ジュラルミンがどうとか言っていましたが…」

「はぁ…」

マザリーニには何の話かさっぱり分からなかった。

しかし、ヴィリエの才智もさることながらクリフの商才には舌を巻くばかりだ。

あの男はティタン製の武器のブランド化をどんどん進め、希少価値を高めている。

あの男は貴族に高値で売り付けるのにプラスして買い取りオプションの保証書をつけたのだ。

クリフは保証書からの年数に応じて買い取りをすると言って、武器を売っている。

買ったその日なら全額、返ってくるのだ。

貴族が高い防具で身を崩しても数か月で売り戻すばかなりの額が返ってくるのだ。

安心して買う事が出来る点は多いに評価された。

もともと固定化と硬化のかかった武器は劣化などしない。

まして貴族の武器には使用による摩耗もほとんど出ない。

クリフは買い取ったティタン製品に幾分か利息をつけて新しい保証書ともに中古販売をしている。

中古でも欲しがる貴族は大勢いた。

むしろ価格が安い分中古の方が人気があるくらいだ。

保証書は契約者の名義でないと使えないため他の中古武器商は市場に参戦しずらくなっていた。

また実用品も多数そろえており武器や防具が壊れると安値で修理も行っていて愛用家が増えつつある。

モデルチェンジと称して最新モデルの実物をもって顧客のもとを商人がまわり、買取オプションの差額で次の武器を売っていくのだ。

一時はかなりの量のティタンが流通していたが最近はむしろ減少傾向にあり希少化が進んでいる。

その一方で軍需に対するティタン製の兵器の輸出を強化している。

ティタンの武装の最大の魅力はその重量である。

砲数を増やせるだけでなく積める弾数や砲長も長くすることができる。

しかもロレーヌは独自の研究施設を持っているような節があり、技術を小出しにしながらモデルチェンジを行っている為一定以上の需要が常に保たれている。

クリフは独占的にティタン市場を操作し始めている。そしてそれ以外の金融や貿易でも最大大手となりつつある。

なかでも鉄道会社はその安全性、利便性から大きな注目を浴びて来ており今後、さらに大きな利益をロレーヌ家にもたらすはずである。

もはや、クリフをどうこうできるほど力はトリステインにはあるまい。

思案にふけるマザリーニの横でアンリエッタは呑気そうな様子で外を眺めていた。

「四番エレベーターまでお進みください」

バベルタワーの下に着くとかなり豪勢なロビーに通される。

一階はエントランスと広場になっているようだ。

ここは主に3階までは商談用の個室や待合室があり、3~5階には宿泊施設があるようだ。階層が上がるほど機密性が高くなっていくらしい。

エレベーターは意外と空いているようだ。

メイジたちは独力で飛んで目的地の階まで進んでしまうため案外使われないようだ。

上を見上げると多くの人間が飛んで移動しているのが見えてある種の壮大さを感じる。

「にしても意外と使われていないのね」

「不便なんですよ。巻き上げ式の一機が1~10階ごとに四つに分れていまして、二機が1~20階までと21階~45階まで、三機・四機が45階までになっています。縦に進む列車と考えて下さい。一機は各階に必ず止まります、二機が5階ごと、三機が10階毎と45階に止まります。ここの平民の社員にはレビテーションリングが配られているのでそっちを使う人が圧倒的に多いですし」

「レビテーションリング?」

「簡単な浮遊が使えるようになるエンチャントリングです。平民でも使えるよう小さな風石が埋め込まれています」

「これは平民の社員にはただで?」

「予定では一年ごとの支給です。風石を使いきったものはエレベーターなり階段なり利用して貰います」

「早くエレベーターに乗りましょう、面白そう」

アンリエッタはエレベーターに興味深深である。

「これはレビテーションで浮くのですかね」

「はい、四番機のみVIP専用です。風石を消耗するタイプです」

「では普段は私たちのような立場の人間しかしようできないのにですか」

「いえ、出勤時とお昼時、退社の時間帯は皆、自由に使用できます」

「なるほど、合理的ですな」

二人とその取り巻きの一団は一端45階に着くとセキュリティーロックのかかった強固な扉の前まで進んだ。

そこには見るからに美しいメイドの娘が立っていった。

まるで妖精のように美しい。完璧な美しさだ。

「ここから先に通れる方はマザリーニ様とアンリエッタ姫だけになります」

「なに!?」

護衛団のリーダーであるド・オーメンが文句を言うべくメイドに詰め寄る。

「まぁまぁ、私もここから先には行けないんです」

クゼがそれを宥めるがリーダーはなおも詰め寄った。

それを見てメイドは冷静な声を発した。

「でしたら、クリフ様が下の階にある執務室にむかいますのでそちらで方でお待ちください。」

その言を聞いて思案したものがいる。マザリーニ卿だ。

「なるほど、この先にはよっぽど秘密にしておきたいものがあるらしいですな」

「じゃ、私たちだけで入りましょうよ、マザリーニ」

「オーメン隊長、ここで待つように」

マザリーニが護衛団に待機を命じた。

「し、しかし」

「大丈夫ですよ。ここで何かあったら向こうの方が都合が悪い」

「ではこちらに」

姿勢正しく一ミリの無駄も無い動きでメイドが二人を堅牢な扉の向こうに誘った。

狭く暗い不思議な材質の回廊を抜け二人は46階にある領地官室に誘導された。

部屋は機能的ではあるがこれだけの富を誇るロレーヌの象徴としてはいささか質素であった。

そこにはこの城の主の姿が見えた。クリフである。

「よくぞ、参られた。少々無礼があったことを侘びよう」

「いや、良いです。しかし例の件に関しては御配慮戴きたいですぞ。クリフ殿」

「ふむ、立ち話もなんだ。まずはお座りください」

進められソファに座ると、非常に座り心地の良いソファであった。

「素敵、これ欲しいわ」

「下に同じものが売ってある。あとで貴族用の一番格調高いものを王家に献上させよう」

「ありがとう。クリフおじさま」

「さて、先ほどの話ですが…」

「うむ、できればクリフ殿には更なる国家への貢献を…」

「ならんな。私たちは知っての通りただの侯爵家、王家への忠誠はもちろんだがすでに侯爵家が王家に支払うべき徴税の軽く5倍は納めている。責務にたいして権力が小さすぎる。これ以上は納得できかねるぞ?」

「しかし、貴方はもうけ過ぎている。そうは思いませんか?」

「損をしているのはゲルマニア、ガリアやロマリアなどの諸外国だ。むしろトリステインは中間取引で財政難が急速に回復していると聞くが?」

「しかし、貴方一人が勝ち続ける状況は健全ではないのですぞ」

「では私めに労力に見合うだけの対価を貰えるかな?今の倍は欲しいのであれば大公位を貰おうか。すでに我々の納めている税額が彼のクルデンホルフ大公国が納める額をも凌いでいることを御承知でないのかな?」

「それはならん!階級を金で売るなど彼のゲルマニアのごとき蛮行!伝統のトリステインでは決して認められませんぞ!」

「ふむ、正論だな。神権国家において伝統が覆ることはまかりならん。私たちも出過ぎた税を納め過ぎた。私もこれからは今までの慣習にならった額を納めさせて貰おう」

「い、いや。それでは困る…」

「やれやれ、強欲なお方だ。まぁ、税金はいままでの2倍納めよう。しかし例の計画には賛成戴きたい」

「列車をこの領地を越えて走らせる計画か」

「ええ、私共の公社の主導でこの国に鉄道を走らせていただきたい」

「ふむ、費用はお前さんが持つのであれば…」

鉄道事業はトリステインにとって決して悪い話ではない。

「ありがとうございます。王家のお墨付きなら大いに調整が捗る。鉄道の敷設は国家の発展にも大きく寄与だろうな」

「そうか」

たしかにあの鉄道がトリステイン全土に走れば一歩、トリステインの国力と格が他の列強国から抜きんでる程の効果があるだろう。

「レール敷設には土地を買い取りながら進めているので理解がないと頓挫してしまうからな」

クリフは用意周到にレール並びに建設予定の駅周辺の土地の権利を買い占めて計画を進めているのである。

この世界にはそもそも駅という概念が無いためその周囲の土地に対する権益に無知なのである。

クリフは計画の初めにヴィリエに終着駅効果等の細かい駅の持つ経済効力についてレクチャーを受けていたため、すべてを察して行動できていたのだ。

壮大な土地インサイダー取引である。

周りの貴族は通常の何倍もの価格でわずかな土地を買い取り列車を走らせる様子を面白そうに眺めていた。

無償で便利な鉄道を立てている。

確かに用地は売ったがそこで生まれる経済活動に対する税金・献金は当然領主の懐にも入ってくる。

貴族の中にはなんら経済活動に寄与していない土地を余らせている人間は非常に多い。

鉄道が走った地域の貴族は土地を売り儲かり、鉄道が走り儲かっている。

領地に鉄道を走らせるとなんだか儲かるらしい。

この噂は瞬く間に貴族の間に流れた。

そのため中には鉄道が走っていない土地の領主が自ら土地を売りにクリフの元を訪れるケースすらある。

周りの多くの貴族からするとクリフがいくら儲けているのか知らないが勝手に金の生る木を植えてくれているようなものだ。

故に金持ちの道楽に見えているのだ。

始皇帝が万里の長城を立てたような一種の道楽事業に写るらしい。

それに鉄道の敷設は大量の土メイジを抱えるロレーヌ財閥にとって必要なインフラ事業としての一面もある。

「ああ、そういえば二番目の息子のジーンをゲルマニアに出家させました」

「はぁ?それはどういう事ですぞ?」

「あの国は金さえ積めば貴族になり、領地が取れるからな。彼にはこの国、同様に彼の国で鉄道の敷設に尽力してもらっている」

正直、列車が走ってしまえばその利権の大きさに気づくのは早いだろう。

今のところ列車関連の技術を独占しているのはロレーヌだけとはいえ強力な対抗馬が出てくる前に商取引に関して比較的自由なあの国にも基礎を作ってしまうのは非常に有意義なことだ。

ジーンがそれなりの額を皇帝に納めたことは儲け過ぎたクリフに対するゲルマニアの悪感情を和らげたし、進んで配下に入り鉄道をもたらしてくれることに好意的ですらあった。

いま、ジーンの領地にはニューロンディほどでは無いが大規模な工事をして新たな街を興しており、ジーンはトリステインにある本社に借金という形でお金を借りて貴族から鉄道用の土地の買い占めを着実に進めて進めていっている。

ジーンの社交的で交渉向きの性格や遊び人気質は情熱の国ゲルマニアでの任務に良くあっているらしい。

「いや、それではあの国にもいずれ鉄道が走ってしまうではないですか!」

「良いではないか、両国にとって素晴らしいことだ。一本の列車でトリステインでもゲルマニアでも好きな所に行けるようになる。もちろん関所は設けるしトリステインの方が先に就航できる見込みだ。まぁ、貴族との調整次第だがな」

「できるだけこの国で早く完成できるように王家からこの件に関してしっかりとした書面を出そう」

「ありがとう」

「ところであの路面列車をわが方にも頂けませんかな?あれをトリステインにも走らせてみたい」

「いいだろう。いくつか献上しよう」

即答し、しかしクリフは諒解はしたもののトリステインの首都の道の狭さを考えれば敷設は難しいだろうと考えていた。

「鉄道の技術は頂けますかな?」

「ん?構わんよ。しかし手間と実働できる土メイジの労働者の数を考えれば私の会社のものでなければ設置は難しいだろうな」

そしてどうせ、トリステインお抱えのアカデミーの研究家ではそうそう復元はできまい。

とクリフは内心に思った。

「その点については構わん。トリステインにおけるすべての鉄道事業に関する工事権限を王家が保証する書面を作ってやる」

「ならば心おきなくお渡しできる。エリス、こっちに」

「はい」

先ほどのメイドがクリフのもとに紙をもってきた。

紙には細かい図や説明が入っている。

「これを持ち帰ると良い。あと現物の列車のミニチュアを贈らせていただく」

「ほう、これが…」

「それと別の特別な贈り物をしよう。きっと満足していただける。エリス、ラティアを呼んでくれ」

「はい」

メイドが静かにその場を去っていく。

「ところでクリフ殿、あの娘の口は堅いのですかな?ここで話したすべてを聞いていたが?」

「ああ、それこそ鋼より固いだろう。文字通りの意味で」

「?」

「クリフ様!ラティア参りました!」

呼ばれてきたのはまだほんの小さな少女のメイドであった。

まるでお人形さんのような愛くるしい顔に豊かな表情を乗せている。

大きな瞳は美しい紫色で髪の色は明るいピンク色でツインテールになっている。

とてとてと歩いてくる姿まで微笑ましい。

まるで可愛らしさをそのまま具現化したな少女である。

「この娘を貴方に託そう」

「なに?どういうことですぞ?ただの給仕が贈り物?彼女は何か特別なのですか?」

「何がとは面白い!すべてが特別なのだ!」

クリフが可笑しな事を言うと笑った。

「どういう意味ですか、クリフおじさま?」

アンリエッタが不思議そうにクリフに尋ねた。

「ふむ、ではアンリエッタ姫に免じてお教えしよう。あの子は人間ではない。自動人形。オートマタなのだ」

「人形!?この人間にしか見えない少女が!?」

「あぁ、わが方の抱える指折りの錬金術師たちが小型の動く歯車とヴィリエが編み出した先住の「意思」魔法すら超える極めて高度なガーゴイル知性を組み合わせて作りあげた奇跡の機械仕掛け人形」

「普通のガーゴイルとどう違いのかしら?」

「歯車の組み合わせで発現する強大な出力、行動の優雅さと正確さ、感情を表現するために命令に従って豊かな表情パターンを引き出せる顔パーツ」

「きゃ」

突然何もない床でラティアが転んだ。

それを横目にクリフが一言訂正を加えた。

「ふむ、どうやら行動の優雅さ、正確さには個体差があるようだ。しかし極めて高度な一品であることには変わりない」

「まさか、先ほどのエリスというメイドもオートマタですか!?」

「察しの通りだ。この機密階層にはほん一部の人間とオートマタしか出入りできん」

「なんと…」

「はぅ…ラティア、いらない子ですか…」

会話を聞き、オートマタっ子はどこかしょんぼりした様子になっていた。

「大丈夫よ、うちに来なさい。ラティアちゃん」

アンリエッタがラティアの頭を撫でながら宥めていた。

「なんというか…」

「まぁ、ラティアは戦闘用に作られたオートマタだからエリスに比べると調整が難しいのだ」

「戦闘用?」

「貴方のご自慢の騎士団と帰ったら仕合わせてみると良い。面白いことになるぞ」

「はぁ…」

「ではエリス、こちらの方々を下まで安全に送り届けよ」

「はい、ではこちらにどうぞ」

姫とマザリーニはメイドの先導で下の階へと降りて行った。



 ◇◇◇◇◇



姫たちはその後、街を見物してまわっていた。

中心地はかなり完成していたがそれでもまだ半分以上の区画が完成せず未開発地域となっていた。

しかし、政局が不安定なアルビオンや貧窮が激しかったトリステインの下級貴族が大量の労働者としてこの地に流れついている。

多くの雇用を生む町だ。ロレーヌにいけば仕事に困ることはないと多くの民が知っている。

雑多な活気にあふれる不思議な町だ。

伝統のトリステインにおいてここまで貴族と平民を区別しない町も珍しい。

異端と言えるかもしれない。

「いままでここまで急速に大きな発展を遂げた町は私、見たことありませんわ。ゲルマニアでもここまでではなかったもの」

「そうですな。しかしそれは今まで文明の成長を抑圧してきたロマリアがいたからでしょうな」

「なぜ、ロマリアは機能していないのでしょう?」

姫が当然の疑問をマザリーニに投げかける。

今のところこのニューロンディに異端審問官が来たことは一度も無いのだ。

王家に対しその打診があったことすら一度も無い。

確かにこの地域には新教徒は公然とは存在しないため干渉の大義名分は存在しない。

がそれでも文明の断罪者、ジャッジメントたるロマリアの動向は静かすぎる。

連中の物事に対するこじつけの恐ろしさは貴族であれば誰でも知っている。

「姫、ロレーヌだけではありません。ハルケギニア全土において異端審問自体、まったく行われていないのですぞ」

「そうなのですか?どうしてです?」

姫は驚いてマザリーニに訪ねた。

「ガリアですじゃ」

「はい?」

「いまやロマリアにとって最大の敵はガリアなのです。そしてガリアにとっても最大の敵はロマリアなのです。私も最近知ったのですがガリアはロマリア強襲を計画していました。ロマリアは一時ガリアの動向にくびったけで他に目がいかなかった。おかげでロレーヌの台頭に気がつくのが遅すぎたのです」

「なるほど、聖域奪還を最大の悲願とするロマリアにとってガリアの動向は史上最大級の懸案事項でしょうから…」

「ええ、しかもロレーヌの成長速度はロマリアの想像をはるかに超えるものでした。今やのロレーヌの力はロマリアにとっても簡単につぶせる相手とはいかないでしょう。ダングルテールとガリア・ロマリアの緊張関係は意外につり合いが取れています。このような状況ではロマリアも動けはしないでしょう」

マザリーニは遠い目をして呟いた。

ロマリアにとってダングルテール領の台頭は時期的に最悪だったのだ。

そもそもガリアのロマリア強襲計画は壮大なデコイ、囮計画であった。

真の目的はガリアと聖域勢力との同盟の締結にあり、意図的にリークされていたロマリア強襲計画の対応に追われてロマリアは必至に軍備を整えていたのだ。

計画がブラフに終わり、ロマリアが哀れなピエロとしてガリアとサハラの正式な同盟締結を知ったときロマリアの元老院は戦慄した。

ハルケギニアにおける最高権威国のロマリアと最大実力国のガリアはこの一件を期に静かな冷戦状態へと突入したのだ。

この状況ではダングルテールごとき一地域の事にほとんど状況を知らないまま流されているだけのロマリアが関心を持つのは難しかった。

しかもダングルテールはかつて過度の粛清によって多くの批判を生んだ大地だ。

これからガリアへの対抗のため聖戦発動を視野に入れ始めたロマリアにとって国際社会の批判を浴びる行動は避けざるおえなかったのだ。

ダングルテールは未だにロマリアの審問官にとって触れずらい場所である。

マザリーニは深く考えた。

トリステインの要石として今必要なことは何かそれを思案していた。

やがて決意を胸に姫に告げた。

「姫、このロレーヌの勢いを利用しましょう。それで我らがトリステインはきっと息を吹き返しましょう」

「ええ、私もそう思いますわ。マザリーニ卿」



[21262] 第一章第三十一話 ラティアちゃん、頑張る!
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/20 22:46
回転数の上がらない低速域での高級車ほど間抜けなものはない。

ラティアもその例にもれず、普段はどんくさい子供にしか見えない。

しかしその回転数を上げるとどうなるのだろうか?

その真価を発揮した戦闘用オートマタ。

結果は圧倒的であった。



悲惨な程に…。



「ラティアちゃん、頑張って~」

「あい!姫さま!がんばるですぅ!」

立会人のアンリエッタが手を振るとそれに答えるラティア。

最近の彼女はすっかり姫様のマスコット扱いだ。

ラティアの相手を遣わされたスクウェアメイジの隊長格は3人。

ワルドとド・ゼッサール、それにヒポグリフ隊隊長のド・オーメンである。

「栄えある隊長格の我々が姫の玩具のお相手とはな」

「では早々に終わらせるとしようか」

「ふむ」

試合はマザリーニが号令をかける事になっていた。

周りにはアカデミーの技師の姿も見える。

マザリーニは思案していた。

正直、いまだクリフの言は信用ならなかった。

あのチビッ子が人間でないのはまぁ認めるとしてもスクウェアメイジよりも強い?

そんな事がこの世界において許されるのだろうか?

各隊長にはこんな試合に付き合わせてしまって申し訳ないがこの3人を指定したのはクリフである。

マザリーニは心情的には隊長を応援していた。

ここで彼らが負けることはあの都市の力にトリステインはまったく歯が立たないことの証明になるからだ。

「では始め」

マザリーニが号令をかけ、戦いが始まる。

3人の隊長は余裕の表情でどうしようかと顔を見合わせた。

お互いやる気があるようにも見えない。

「では一番槍は頂きますぞ!」

一番若い(下っ端)のワルドが一気にラティアに飛ぶ!早い!

しかし

「よーし!いくよ」

どん!

踏み込んだ地面が弾けるように爆ぜる!!

ばん!

続けて音速を超えた影響で空気が弾ける!!!

「はぃ?」

間抜けな声を出してワルドが明後日の方向に吹き飛ぶ。

ラティアが何かした訳でなく不安定な飛行状態であるが故にソニックウェーブに弾き飛ばされたのだ。

「まず一人~」

「俺!?」


ドッゴーンンン!!


冗談みたいなコミカルさでド・オーメンが飛ばされた。

見れば綺麗な蹴りあげが顎に決まって白目を剥いている。

哀れド・オーメンの顎は完全に砕けている。

「もらった!」


―「石弩」(ロック・バルカン)


ド・ゼッサールが攻撃時の静止、その一瞬の隙を逃さない。

同僚が瞬殺されても冷静な一手を出せるとはさすが隊長格。

見事だ。

マザリーニが関心する。

まぁ、タイミング的に完璧にド・オーメンも術に巻き込まれることになるが…。

石槍が列挙して少女たちに殺到する。


「えい☆」


どんどんどん…!!


それを丁寧に一つ、一つ叩き落していく少女。

「あほな!?」

「行くよ二人目!」

瞬間、その元気の良い可愛らしい声がマザリーニの耳に届くのと同時にド・ゼッサールが吹き飛んだ。


状況が音速を超えている。


ド・ゼッサールは鳩尾を撃たれたらしい。

当然、内臓破裂しかねない衝撃だが、硬化の魔法が間に合ったらしい。

苦悶の表情でド・ゼッサールが崩れる。

まずい、普通に死人が出そうである。

マザリーニは戦慄した。

ユビキタス・デル・ウィンデ…!



―「偏在」(ユビキタス)



最初の衝撃で吹き飛ばしたワルドが復活し強力な偏在を唱えたのはド・ゼッサールが崩れるのとほぼ同時であった。

一気に四人のワルドが新たに現れる。

よし!がんばれ、ワルド!!

お前だけが頼りだ!!!

マザリーニはワルドに心からのエールを送った。

このままトリステインの最強の騎士たちが負けていい訳がないのだ、絶対に。

「あれ?増えた??」

ラティアは不思議そうに5人のワルドを見ていた。

「良くも僕を無様に吹き飛ばしたな!小娘が!!」

若干キレぎみのワルドが次の魔法を唱える。


―「風針」(エア・ニードル)


強力な回転力が掛った杖を構える!

「八つ裂きだ!!」

いやいや、切れすぎだろ、ワルドしっかりしろ!

「ほぇ?」

ワルドたちの一挙攻勢である、防御不可の攻撃の乱舞がラティアを襲う。

訳もなく

「はい」

まず一人目のワルドの杖が弾かれる。

ラティアの拳の一発の方が「風針」を乗せた杖の一撃よりはるかに強烈らしい。

ワルドの杖は「風針」(エア・ニードル)ごと持って行かれる。

「馬鹿な!」

「ほいさ。えいさ、うんしょ」

ラティアが軽い感じでワルドを掴むと投げて・回して・両足を掴んだ。


バットを構えるポーズ。






ラティアがワルドを装備した!!





「は?」

マザリーニの目が点になった。

何を…。

「うりゃぁー」


バコ―ン!どごーぉぉん!ばかーん!!


えー…と。

状況を説明しよう。


ラティアはワルドでワルドを殴ってる。


「は?」

マザリーニは呆然とした。

何…これ。

「ぐわぁあ、おかぁあちゃぁぁん!??」

……。

「いやあぁぁぁぁああああああ!!!」

……。

「うぎゃ!グごっ!ぎゃあぁぁああああぁああ!!!」

……。

…悪夢である。

何をされても消えないところを見ると武器ワルド君はオリジナルらしい。

必死になって硬化をかけているが自慢の美髯がぼろぼろである。

いや、髭どころか髪の毛もはげ初めている。

酷い、酷い試合だ。

人間の尊厳が存在しない戦いだ。

「えい☆」

ついにラティアが最後のワルドをぶっ飛ばした。

同時に不要になったバットを投げ捨てる。

ゴミのように捨てられたバット(ワルド)。小刻みに痙攣している。

「そこまで!!」

「ほぇ・?」

ラティアが不思議そうにマザリーニを見つめる。

ラティアは半死状態の隊長たちを指差し。

「まだ完全に壊れてませんよ?」

デストロイ宣言。

「「「ひぃぃぃぃ!??」」」

隊長格が全員恐怖で悲鳴を上げる。

使用済み人間バットのワルド君に至っては泣きだしている。

男泣きである。

「いや、壊してはダメだから!」

ラティアは既に別の何かを完全に壊している。

人間の尊厳とかそういうものをだ。

「そうなのですか?難しいですぅ…」

「こら、ラティアちゃん」

アンリエッタがいたずらをした子供をしかるような顔でラティアに近づいていく。

「ふぇ!姫さま!なんですか!?」

「もう、人間を武器にしてはいけません!」

「えぇ、ダメなのですか?!ラティア、また間違えましたか?す、すみません、御免なさい姫さま!」

「もう…。次から気を付けるのよ」

「はぁい!次からは人間を使いません!」

「良し、良い子ね。ラティアちゃん」

「えへへ、姫さまぁ」

アンリエッタ姫がラティアの頭を撫でている。

さっきまでの惨劇が嘘のような微笑ましい光景である。

しかし、当然といえば当然の誓いを立てるラティア。

基本良い子なのでたぶん誓いは守るだろうがそれにしても…。

この光景を呆然と見続けていたアカデミー職員のエレオノールに疲れた顔のマザリーニは声をかけた。

「どうです。あれの技術の研究・解析をアカデミーでして貰う事になりますが…」

「い、いや、こ、怖い」

「はい?」

マザリーニは驚いた。

全体的に厳しい印象で鋼鉄の女と称されるエレオノールがなぜか予想外の声を出したからだ。

「え?あ、いえ、その、だだ、だ大丈夫よ!慎重に慎重を重ねてち、ちゃんとしらべますわよ!おほほほほ!!」

「はぁ…」

実は母親譲りのビビり屋のエレオノールは目の前の惨劇にもう家に帰りたい気分だったがなんとか強気に振る舞った。

しかし、内心。

(アカデミーやめようかしら…)

これから訪れる苦難を考えると頭が痛いエレオノールであった。



[21262] 第一章第三十二話 大怪盗の受難
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/20 23:42
大怪盗フーケ現る。


この日の我がロレーヌ・タイムズ新聞の発表によるとあの大怪盗フーケがロレーヌ財団に対し犯行声明を出した。


大怪盗曰く「近々貴方が最も大事にしているお宝をいただきに参上する」とのこと。

ニューロンディの警備部門主任のブールド氏は「ただのいたずらに過ぎない。我々はいつも万全の警備をしている。テロリストには屈しない」と発表。

しかし、ニューロンディ市内ではこの発表による若干の混乱が生じているようだ。

フーケは時間、手段を選ばない強盗として知られ、無差別テロの危険性もあることから市街では警備隊が注意を呼び掛けている。



「何この新聞記事!誰がテロリストよ!」

フーケことマチルダは嘆きの声を上げた。

そもそもロレーヌ社が一般向けに発行しているこの新聞という奴は何なのだ?

試しに買ってみたが驚くほど良く世界の最新の情勢が書かれている。


衝撃!ガリアがサハラと同盟か?ガリアは否定もロマリア高官が不快感。

アルビオンに忍び寄る影。アルビオン情勢の危機的状況。


ってこんな話一般に出さないでよ。

識字率がさほど高くないこの世界において貴族商人向けの娯楽と言う事になるのだろうか…?


「ん」


その時、フーケの事を紹介した小さなコラムが目にとまる。


追跡、大怪盗。

フーケと呼ばれる怪盗が今まで犯した窃盗並びに強盗及び殺人事件は全部で21件にのぼる。

盗まれた美術品の総額は5万エキュー程度だが人的被害や建造物の破壊等の被害を含めた場合の被害総額は20万エキューにのぼる。

仮にそのすべての事件でフーケが立件されると禁固350年あるいは死刑に処される可能性が高い。

特に最近の傾向としてフーケのような高レベルのメイジの場合は禁固刑に処すことが困難なことからみて死刑の可能性が非常に高いらしい。

今回、怪盗関連の事件に詳しい有識者R氏によると発生事件の若い順から見ていくとフーケの出生はアルビオンに近いらしい。

さらにR氏によれば21件より前、フーケがフーケを名乗る前に起こしたと思われる類似する事件の被害者からプリンセス・オブ・モード公の縁者筋の人物像が浮かびあがってくるそうだ。

R氏によるとプリンセス・オブ・モード公の縁者筋となれば土メイジの犯罪魔術師としてマチルダ・オブ・サウスゴータ嬢を上げない訳にはいかないだろうと言う事だ。

実はアルビオン司法局の発表だとマチルダ・オブ・サウスゴータ嬢に窃盗を含むいくつかの罪状で逮捕状が出ているらしい。

現在のところ彼女をフーケに結び付ける十分な証拠はないようだがR氏によれば確率は非常に高いとのこと。

現在行方不明になっているマチルダ・オブ・サウスゴータ嬢だが彼女が泥棒稼業に身を崩しているのだとしたら本誌記者も同情をせざるおえない。


「…」

Rって誰だよ。

何で私の正体ばれてるの?

まぁ、もうマチルダに戻る気はないけど…。

死刑ってまじ?

私つかまったら殺されるんだぁ、へー…。

総額20万って何よ。

そんなに稼いでたかしら?

「…」

ニューロンディは魔界。

そう噂を聞いていたが事実かもしれない。

しかし、まぁ盗みに入ると決めた以上やるしかない。

ここでけつまくって逃げるような大怪盗フーケさまではないのだ。



 ◇◇◇◇◇



フーケも事前にいくつか下調べをしたがこの町のランドマーク、バベルタワービルの機密ブロックの警戒レベルはとんでもないのもだった。

あそこにはものすごいお宝があるに違いない。

試しに社員の何人かに(誘惑して)話を聞いてみたが誰も中に入った事はないらしい。

中に入るにはロレーヌ家に相当近い人物でないと無理らしい。

噂だと金銀財宝にあふれているだとか世界を揺るがすもの凄い技術書があるだとか、ブリミル所縁の奇跡の品があるだとか…。

結局、事前の調査では中を覗き見ることすらできなかった。

しかし、その割には他のフロアには簡単に立ち入れるのだ。

しっかりした服を着ていけば白昼堂々どこでも調べられる。

このオープンさは不気味すぎる。

大体あのビルは昼間は人が多すぎる。

ブルドンネ街だってもっと人は少ない。

それに意外に多く平民が働いているのだ。

平民でも貰うやつは相当良い金もらっているみたいだ。

ロレーヌ社の稼ぎ頭のセールスマンはほとんどが平民で基本給+歩合制でむちゃくちゃ稼ぐらしい。

プライドが服着て歩いているような貴族連中にセールスが出来る訳がないが…。

平民相手には仕事しないポリシーのフーケだから昼間は動けない。

深夜帯、人が掃けてから動くか。

フーケは金持ちは嫌いだ。

ただ、まぁ慈善事業家なら許す。自分も随分な偽善家だからだ。

ロレーヌ家は大金持ちだが慈善事業家ではない。

確かに各地に無料の学校を作ったり計画している様だが…。

しかしクリフに慈善事業のつもりは毛頭ないようだ。

トリステインやガリアの各地に建設中の学校は平民から優秀な人間を拾ってくるための吸い上げポンプで小学校は無料に近い形で週3回給食付きで簡単な文字などが教えてもらえる。簡単な魔法教育もあるらしい。

ここで優秀な頭脳や隠された魔法の才能が認められると俸給を貰いながら高度な教育機関に移され将来的にロレーヌを支える優秀な人材として育てあげられる予定らしい。

ロレーヌ財閥に有益な人材を育てるための機関なのだ。

この話を社員から聞かされた時は驚いた。

頭が良い人間とはいるものだと関心もした。

慈善事業では無いが庶民は歓迎するだろうしロレーヌ社に好感を持つであろう。

将来的にロレーヌ社に勤められるとなれば高給が約束される。平民にとって出世の道ができるのだ。

ロレーヌのやっている事は将来的にはどっちにとってもメリットのある良い話なのだろう。

しかしだ、現実は明日のパンに困ってる子供もいるのだ。

そういう子供達のために、ついでに恵まれない私の為に少しぐらい分けてもらおうじゃないか。

フーケは楽しそうに呟きながら



◇◇◇◇◇



「このマチルダと言う娘。すこしかわいそうですね」

「どうしてそう思うんだい?ブールド」

そう言ってクリフはつまらなそうに手に持った写真を机に投げた。

「紙に無理やり魔法で像を焼きつけただけだが意外に良く映るな。カメラはまだできないの?」

「一応写像機は完成はしました。ですが持ち運べる大きさの物は当分作れませんよ」

「ふん」

「さっきの話ですがさすがに今回は喧嘩をする相手を間違えたと言わざるおえませんな。まるでピエロですよ。彼女」

「そうか?」

「さっき下で彼女を見ました。こっちに完全にマークされているとも知らずにのこのこ下見ですか…」

「彼女は殺人者だ。盗みのために人を殺すのは戦争のために人を殺すのと訳が違うんだ。この女は盗みのためには手段を選ばない、道化だからといって手心を加えてやるつもりはない」

バベルタワーの機密ブロックの一室、最大最高機密を扱う諜報部・秘密工作部。
どこまでも黒く広い部屋にわずかな光が灯る。

ここにはクリフとヴィリエと一部の工作員だけが出入りできる。

ここで扱う情報は多岐にわたる。

あらゆる違法な方法(主に魔法)を使った収集によって世界中の情報が集まってくる。

それこそゲルマニアの放蕩娘が誰誰と寝ているだとかの下世話なスキャンダルからガリアが開発中の最新兵器やロマリアの異端審問官の動向まで全てが集まってくる。

一番厄介なのはロマリアの教皇の動向だろう。

クリフとヴィリエは教皇をロレーヌ最大の敵と断言している。

教皇に教団の敵と名指しされればハルケギニア世界のすべてを敵に回す状況に陥りかねない。

状況によってはあらゆる手段をもって教皇を排除する事になるだろう。

フーケをかわいそうと称したブルードは背中が寒くなって震えた。

世界のすべてを敵に回しても勝ちそうなほどの男。

クリフに比べれば教皇など小物に過ぎない。

今やこの世界を真に動かしているのは目の前にいる彼だ。

「そう、そうでしたな…」

「いずれにしてもワザワザ盗みに来てくれるんだ。歓迎してやろう」

どうやらフーケはわざわざこの悪趣味なセキュリティー機構の実験に付き合わされることになるようだ。



そう悪趣味な…。



 ◇◇◇◇◇



夜の闇に静まりかえったバベルタワーは不気味そのものだ。

神に挑みし不遜の塔。

あるいは悪魔の塔。

犯行予告を出したにも関わらずこの警備の緩さはなんだ?

フーケはむしろ警戒心を高めていた。

フーケは一階のエレベーターホールに辿りつくと思案した。

どうする?

ここでレビテーションを使えば簡単に機密階層の入口のある45階まで上がれるが…。

しかし外縁部の階段を使って45階まで進むのは気が引ける。

大体、大胆がモットーのフーケ様がちまちまやるのも格好がつかないというものだ。

フーケは決断しレビテーションを唱えた。

45階にも人の気配は存在しない。

警備員すらいない。

どういう事だ?

「はん、ロレーヌってのは相当な間抜けなんだね」

そういってフーケは機密階への入り口を目指した。

入口に立って気づいた。

「なっ」

セキュリティーロックが掛っていない。

否、それ以前に扉そのものが半開きだ。

誘われている?罠か!?

「…ちっ、考えるだけ無駄か」

中に入ると警備員の大軍かもしれない。

モンスターハウスってやつだ。

まぁ、良いか。逃げる自信はある。

こうして彼女は入ってしまった。






虚空の大穴に…。







第1日目


「おいおい、どこまで続いているんだい」

フーケはつまらなそうに呟いた。すでに1時間は歩いている。

随分細かいブロックに分れているようだあっちこっちに曲がって分岐している。

「ちっ面倒だね」

確かに長い時間歩いているがここまで分岐していればこの広さのビルなら1時間ぐらいの長さの迷宮を作るぐらいできそうだが…。

フーケは最初からずーと左手を壁に添えて歩いていた。こうするとどうしても回るのに時間がかかってしまう。

それにしても不気味な所だ。

明かりは存在せず。材質の分からないひたすら黒い壁が続いている。

既にフーケの土の感覚はマヒしている。反響すら存在しない静寂の世界。方向感覚も存在しない。

「…まさか」

フーケはローブの中から方位磁石を出した。

「はぁ…?」

方位磁石はフーケの手の中でクルクルと回っている。

クルクルと…。

「嘘だろ。おいおい」

恐怖がフーケを包んだ。

まずい!これはまずい気がする!

悠長に忍び足なんてしている場合じゃない気がする。

フーケは土くれの本領を発揮する事にした。

「土になっちまいな!」

フーケは壁に対し「錬金」をかけた。

しかし

「嘘だろ!」

床に、天井に場所をかえてかけまくった。

しかし

「スクウェア級?いや下手したらそれ以上のレベルの固定化…?」

呆然とするこれでは壁や床を材料にゴーレムも呼ぶこともできない。

「ちっ、音が出るが仕方無いか」

フーケは懐から奥の手を出す。

フーケの錬金の粋を集結した超強力な爆薬。

それを設置しその場を離れるフーケ。

曲り角に隠れて点火する。

猛烈な爆音がする!

しかし

「壁が震えない…、どうして…」

爆発のあたりは焦げる匂いと煙が充満している。

たまらず「風」を唱えて流す。

爆心に近づくが…。

…。

「はは、傷一つ無いじゃないか!どうするよ、おい!」

フーケは仕方なく左手を壁に付き歩きだした。

大丈夫、方向性は失っていないもともと歩いていたルートに戻る。

仕方無い。

どうせ、永遠に道が続くはずはないのだ。気長に行くさ。





第3日目


一体どれだけ歩いた?

時間の感覚が分からない。懐中時計を出す。

10時…。もう2日過ぎたのか!

くそ、おかしい。

左手の法則はどうした。ゴールに辿りつかないじゃないか!

眠い。たぶん寝ないと死ぬ。

でも寝たら全て終わりだ。

しかし

仮眠なら…。

くそ、くそ。もう駄目だ…。

フーケは観念して目を閉じた。



◇◇◇◇◇


結局、豪快に寝始めた怪盗の姿を見つめる一つの目があった。

「覗き見など…悪趣味が過ぎますな」

しかし、これがブールドの仕事だ。

モニタールーム。風の転写魔法が付加された箇所からの情報が絶えず送られてくる。

送られてくる情報は静止画像だが絶えず送られてくる事でコマ送りに見える。

ブールドはここから各警備員と警備用の戦闘用オートマタ「G・ヴァナルガンド」を指揮し効率よく配置する。

主力はもちろん警備隊員だが、しかし個体数に限りがあるといえ戦闘用オートマタ「G・ヴァナルガンド」の殲滅能力は異常であり、高度なメイジ相手なら頼らざる負えないだろう。

それはさておいて当然フーケの様子もモニターされていた。

犯罪者とはいえ美しい女性をいたぶるのは好きになれませんね。

しかし、上司にはこの迷宮の有効性についてレポートを出せと言われているし、どうしたものか…。

今の彼女の様子を克明に記すれば良いのか?

それこそ悪趣味なレポートになりそうだ。




第5日目

「無視かよ、くそ、くそ…」

いまだフーケは歩き続けていた。

「そうだ、そうだ、どうして思いつかなかったんだよ!私は馬鹿か!!」

そう言うとフーケは服を破り「錬金」を唱えた。

服はその姿を細い糸に変えていた。

「こいつを使えば同じ道にはいかなくて済むだろうさ」

入口から使えばすんなり帰れたのに!のに!!

「ひひ」

フーケは糸を垂らしながら進んだ。

しかし、しばらくすると…。

「あん、糸があるじゃねぇか!」

壁と壁の間に糸が挟まって切れていた。

…。

「壁が動いているのかよ!!そう言う事かよ!って私も気付けよ!簡単じゃねぇか!」

ガーゴイル迷宮。

動くガーゴイルの壁によって永久に変化する迷宮…。

それがフーケのいる通路の正体だった。

「くそ」

「錬金」、手の中の糸をチョーク様に変える。

糸じゃ意味ねぇ。

無駄と思いつつもチョークで壁に印をつける。

その場で座り、壁を睨みつける。

動くはずもない。

「くそ!くそ!!」

進むしかない。

チェック、進む。

チェック、進む。

チェック、チェック、進む、進む!

そして

「なんでぇ!いくら進んでも戻ってもチョークのあとが出てこないじゃない!わざわざ消されてる?」

そこまでするかぁ…!

「もういい加減捕まえてくれよ…」

いっそ殺してくれ…



第7日目

「ひひ」

既に絶望しきってしまった女の姿があった。

尿便すら生きるために「錬金」をかけて啜って生きている。

彼女は下着姿であった。

食糧に得るために下着を残し全てを「錬金」で喰ってしまった。

「ひひ」

もう明かりをかける魔法すら使っていない。

暗黒に潜む狂気の女。

「ひひ」



 ◇◇◇◇◇



「いい加減にしませんか?」

「俺のせいか?あの女が勝手にのこのこ入ってきたんだろう。」

クリフはさして面白くもなさそうにレポートに目を通す。

正直、フーケのことだけにかまっていられる立場にクリフはない。

レポートを見るまでフーケがいたことすら忘れていた。

「しかし目的も無い、手段も無い拷問なんて見るに堪えません」

女性が獣になっていくさまなんて見ていて気持ちの良いものではない。

「やれやれ、君も随分優しいな。俺はああいう快楽犯罪者は嫌いだ。しかし、まぁ、灸は十分据えたかな?」

クリフはフーケが孤児院らしきものを経営している事も承知している。

しかし彼女が盗みだしてきた宝石や魔法具の儲けは4、5万エキューにのぼる。
この女は金の使い方が粗すぎる。

100エキューもあれば平民の一家が1年間そこそこ養える時代にそれだけの大泥棒をやってきたのだ。

その全てが孤児院の運営に当てられているなら後500年は食っていけるはずだ。

もちろんそんな訳がない。

彼女は夜越しの金は持たないと豪語する大馬鹿者なのだ。

しかも悪漢好きで餓鬼みたいな性格の男に死ぬほど貢いでは捨てられる。

それだけの盗みを働いた女が慰めに雀の涙ほどの儲けを孤児院に落としているからどうだというのだ?

つまらん、偽善だ。

そもそも何の解決にもならないしな。

しかしこの娘が死ねば孤児は悲しむだろう。

それは俺としても忍びないことだ。

運が良かったな。フーケ。

孤児がお前にとっての蜘蛛の糸だ。

「では」

「かまわん。解放したまえ」



第8日目

「ひ!」

光が曲り角から近づいてくる。

「お、おお」

「フーケ様ですね」

角を曲がって出てきたのは明かりを持ったメイドの女であった。

「あ、あははは」

ああ、お、美味しそう女だね!

フーケは野獣の動きでメイドの喉を一撃した。

そのまま締め上げる!

「ひひ!私を出しな!出せ!!出さないならあんたを喰っちまうよ!!」

「カニバリズムの趣味が?私は食べれませんよ?」

「は?なんでしゃべれ・」

がしっ!

フーケが万力に振り回されて、逆に中ずりにされる。強烈な力で首が閉まる。

ミシミシと首の骨が軋む。杖を思わず落とす。

メイドはにっこりと微笑んだ。

「お返しです」

「あ、あっあ」

「私ですか?私はレイミ。破壊の杖、G・ヴァナルガンドの部隊の隊長格をさせてもらっているオートマタです」

「あう、あ」

「はい、人形です。人間ではありません。ところでフーケ様、私どもとしましては貴方様個人には圧倒的に興味がございません」

「あ、あ」

「ですのでもう御帰りになっていただきます」

「あう、う」

「ではもうここには迷いこまないで下さいね?迷惑ですから」

そう言ってメイドは片手でフーケを吊るしながら進んでいく。

突然壁が切れる。

壁どころか床も無い。

虚空。

「ではごきげんよう」

ぽいと捨てられるフーケ。

あ、ああ!

すぐ下はエレベーターホール!

フーケは中空に投げ出された。

「ひゅう、う!」

喉が潰されている!


杖も無い!


呪文が詠唱できない!


死ぬ!死ぬぅぅうううう!!


45階に高さから落とされた絶望が全身に広がる。


それだけでショック死を起こしそうになる。でも死なない。





そして





突然フーケの体が浮き上がる。

「あ、ああ」

ゆっくりと着地するフーケ。

全身に脱力感がある。

なんだよ。

ちくしょうめ、最後まで虚仮にしやがって。

周りの人間がざわざわと蠢く。

エレベーターホールには既にかなりの人がいた。

突然現れた下着の美女に驚いている。

フーケはゆっくりと立ち上がった。

立ちくらみ。そして

くそ、失禁してやがる。

何日も風呂にも入っていない。

匂いも凄いし糞まみれ、最悪だ。

まぁ、死ななかっただけ、マシか。

杖も無いんじゃどうしようも無いな。

ひとまず色仕掛けした社員のところにいこう。

風呂に入って飯食って喉を直してしばらく休む。

そしてテファのところに身を隠そう。

そうだ、しばらく盗みは無しだ。

とん。

何かがふわりと上から降ってきた。

メイドの女!!

「忘れ物ですよ。マチルダ様」

カラン

取りだしたものを捨てるようにフーケの足元に転がす

「…っ!!」

フーケの杖だ。フーケは素早くそれを掴む。

「もしもし、そんな下品な恰好でニューロンディを歩かないでくださいますか?」

そう言ってローブのようなものを投げてくる。

皮肉にもそれはフーケが仕事着にしている黒いローブと同じ形をしていた。

「ポケットにきつい香水が入っておりますわ。貴方、ドブネズミの匂いがしますわ」

それでは――。ごきげんよう。

そう言ってメイドは去っていった。

…。

フーケはローブを被ると歩きだした。

ついでに香水を頭から被る。

くそ!くそ!

ロレーヌめ!虚仮にしやがって!くそ!!

でも…。

今の私にゃロレーヌ家に復讐なんて無理だよ…。

勝てる気がしない…。

こうしてフーケはニューロンディを去っていった。身も心もボロボロにして…。



[21262] 第一章第三十三話 入学
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/20 22:48
僕がトリステイン魔法学院に入学すると言ったときクリフは反対した。

僕はクリフとこの件に関してバベルの最上階、機密室で会談していた。

「どういうつもりだ?トリステイン魔法学院はたしかに名門だが今のお前にとってあそこに学ぶことなどもうあるまい」

「事情がありまして」

「事情?」

「例の件です」

「世界の終末についてか?」

世界の終末についてはクリフやエミリアたちには話してある。

この大都市の裏には世界を救うという冗談のような目的で動いている人間がたくさんいたりするのだ。

「学園に何がある?」

「今回入学する事になっている生徒の中に虚無の使い手がいる可能性があります」

「何?」

「虚無は世界存亡の鍵です。僕はその人物を特定し導く使命があります」

「その情報は確かなのか?」

「えぇ、虚無の出現はノームが予言したことです。僕には具体的な人物まで当たりがついています」

まぁ、嘘ではないだろう。

ノームも虚無の出現自体は知っていたようだし。

「ふむ、良いだろう。だったら入学するのは構わんが退屈な初等レベルの魔術の授業など受けるのは無駄だろう、多少、有意義に変わるように顔を聞かせておこう」

「どうするつもりです」

「オスマンとは面識はないから、マザリーニに口利きを頼んでおこう」

「お願いしておきます」

静かにしておきたい気もするが今のロレーヌの状況はどう考えたって悪目立ちする。

逆に扱いに困るぐらいの人物になってしまおうかな?

「エルシャーナたちはどうする?」

「そうですね…。特に考えていないです」

「まぁ、お前の好きにしろ。とうにお前は俺から自立した人間だからな」


こうして僕はトリステイン魔法学園に入学する運びとなった。

入学式は4月10日。

この世界風にいえばフェオの月の第二週、ヘイムダルの週の第三日という事になる。

式はアルヴィーズの食堂で行われた。

こうして式を眺めてみるとまんまハリポタ世界である。

僕はオスマンが織りなす壮大なコントを失笑混じりに見ていた。

オスマンは二階から飛び降りてテーブルに冗談にならない勢いで激突して痙攣していた。

慌てた教師にすぐさま回収されると、次の瞬間には何喰わぬ顔で復活し壇上に上がった。

その面の厚さには感心する。

「諸君ら!ハルケギニアの次代を担う誇り高き貴族たれ!」

オスマンは堂々と宣言した。

僕はあきれ顔で拍手を送りながら周りを見渡した。

キュルケが隣に座ったタバサの本を取り上げた事を端にキュルケとルイズの喧嘩が始っている。

周囲の目を気にせず喧嘩を始める二人。

入学早々なにしているんだか…。

そう言えば、僕は役割的にキュルケとタバサの善き仲人と成らなければならないと行けない訳だがどうしたものか。

ふたりの喧嘩はタバサまで混じって混沌としてきたが騒ぎを聞きつけた先生の一喝でおとなしくなったようだ。

こうして入学式は恙なく消化された。

一学年は三つのクラスに分かれる。

グリフォン○ール・レイブン…ではなくソーン・イル・シゲルの三つのクラスである。

僕はルイズと同じイルのクラスに所属することになった。

クラス名は勇者の名を冠しているらしい。

イルとはおそらくイーヴァルディのことだろう。

他の勇者は良く分からないがイーヴァルディ=ガンダルーフだという事を考えるとルイズがこのクラスなのは運命的なものなのかもしれない。

授業はクラス合同で行われるらしい。

僕は父の口利きの成果もあって授業は好きな時に受けなくて良い、図書館や宝物庫など好きに見ていい。

各先生の研究資料に目を通せるといった特権が認められていた。

お陰で教師の一部は僕の事を良く思っていないらしい。

まぁ、当然の反応ではある。

この特権に関して公言はされていないため生徒間で僕にちょっかいを出してくる連中は今のところ出ていないがいずれはどう転ぶか分からないなぁ。

貴族なんて見栄と嫉妬しかない生き物だから…。


「今年の新入生は不作揃いだ!おまけに親の七光で入学した者までいる!最悪だ!」

ミスタ・ギトーは開口一番、冷たい口調で言った。

「はっきり言って今の君たちには何も期待していない。これから真摯に私の授業を受けるなら一門の魔術師にはなれるだろう!落ちこぼれるかは君たち次第だ」

さっきからやたら敵愾心を僕の方に向けてくるのは勘弁してほしい。

機嫌の悪さが目に見えるミスタ・ギトーのオーラにただでさえ初めての授業で緊張気味の面々はさらに委縮しているようだ。

このなかで平然としているのは僕のほかに数名だけだ。

「ではさっそく今のお前たちの実力を見てやる」

ギト―はフライのテストを始めた。

僕もこうして一般の魔術師見習いの技量を目の当たりにするのは初めてだが正直言おう。

残念だ。

やっている授業のレベルも低い。正直飽きてきた。僕の番が近づいてきた。

クリフにはああ言ったが、確かにこのレベルの授業に一年、御つきあいするのは無理にもほどがある。

「ではヴィリエ君、君の番だ」

「パス」

「は?」

「先生が代りに飛んだらどうです?僕はこんな見世物のような真似をするのは好きではありませんし」

「ふざけているか!君は!」

「かもしれません。先生、僕みたいなのは気にせず次に進んで下さい」

「君は父親が少し成功したからといって良い気になっているな!」

「良い気分で結構。とにかく僕は飛びませんから」

「くっ」

ギトーは苦虫を噛んだような顔で引き下がった。

ギトーもマザリーニ経由のオスマン校長の命令がなければ僕にもっと喰ってかかって来ただろう。

「ふん、やる気の無い者は仕方無い。せいぜい落ちぶれるが良い。次、タバサ」

「はい」

僕の次に指定されたのはタバサだった。

彼女は見事なフライを飛び喝采を浴びていた。

僕はその様子を斜め見ながら図書館から借りてきた本を読んでいた。



[21262] 第一章第三十四話 舞踏会事件
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/20 22:48
学園生活が始まって一か月。

良くも悪くも注目が集まる人物が出て来た。

一番の注目株はキュルケだろう。

ともかく派手に男子を引っ掛けては女子の嫉妬を受けまくっている。

二番目はルイズ。

最初のころは容姿の可愛らしさと確かな家柄から人気があったが魔法を毎度のように暴走させ怪我人を出している上、高飛車な性格もあって一気に不人気株に。

色々な意味で注目されている。

三番目はタバサ。

ほとんどの授業でダントツの成績を出しているため男女問わず嫉妬されている。

四番目は僕だ。

授業にも参加したりしなかったりサボりの常習犯である。

魔法も一切使ったところを見せないため、金持ちだけど無能なのだと思われている。

悪目立ちしてきました。

まぁ、半分わざとですが…。

「まったく君が無能な訳ないのに!」

「そうです。兄さん!抗議すべきです!」

「なんで君たちが怒っているんだい。エルシャーナ?シルティ?」

僕の寮の部屋にはメイド姿のエルシャーナとシルティがいた。

この二人は僕の知らない間にトリステイン魔法学園の給仕係に納まっていた。

僕より数か月早く給仕係になったエルシャーナの学園における人気っぷりは異常で既にファンクラブがあるらしい。

彼女が平民(仮の身分として)という事で公然と愛人になってくれと懇願した学生もいたらしいがエルシャーナは楚々と微笑みながら

「心に決めた方がいますので」

と断ったらしい。

給仕の際、エルシャーナのお尻を触ろうとする不届きな学生が結構な数いるらしいが練達の武芸者である彼女のお尻を触るのは至難の技だろう。

とにかく、彼女はセイント・テールだとかトリステインの妖精だとか言われている。

女子から向けられる嫉妬はキュルケ以上かもしれない。

考えてみればエルフにすら嫉妬されていた少女である。

これが彼女の宿命なのかもしれない。

貴族慣れしているシルティも相当人気があるらしい。

実は双子も僕の同級生になろうと画策していたのだが彼女たちはまだ治療が終わっていないため入学をエミリアが許可しなかった。

「みんな、居なくなったら私、ヴィリエを恨むから!!」

とエミリアが発言していたのは双子には内緒である。

「とにかくしばらく静かにしていてくれ」

「「はーい」」

返事だけはいつでも良いよな…。



結局、色々問題は起こった。

エルシャーナとシルティが僕に世話を焼きすぎるのだ。

必要ないのに甲斐甲斐しく食事を持ってく来たりやたら水を替えたり…僕としては男衆から送られてくる嫉妬のオーラが凄まじくめんどくさい。

「あ、お弁当付いてるよ。ヴィリエ」

エルシャーナが何気ないしぐさで僕のほっぺの食事かすを指で掬う。

するとそのまま口に含んだ。おい。

嫉妬のオーラが殺気に変わりつつある。

勘弁してくれ。



 ◇◇◇◇◇



新入生歓迎の舞踏会が行われたのはウルの月の事である。

僕は原作通りに進める気も起きずこの日を迎えていた。

舞踏会の注目はやはりキュルケであった。

彼女の大胆なドレス姿は会場の紳士の注目を一気にさらっていた。

僕は会場の隅で暇そうにしているとメイド服姿のエルシャーナがニコニコ顔で寄ってきた。

「暇そうね」

「こういうのは苦手でね。君も知っているだろう?」

「じゃ、私と一曲踊らない?」

「おいおい、君はその格好で踊る気かい?」

「でも、さっきから踊らないって誘われるわよ?」

「あんまり目立つなよ。頼むから…」

「ビィッフェだとメイドも暇よね。貴族って小食が多いし」

「だからってあんまりサボっているとマルトーさんに怒られるぞ?」

「むー意地悪」

ざわざわ。なにやら騒ぎが起きている。

「うわっ」

「どうした、エルシャーナ?何が」

「きみは見ちゃ、ダメ!」

エルシャーナが騒ぎの方を向いた僕の目に目隠しをする。

この対応から見るにキュルケの例の事件が起きたらしい。

「見なくても別にかまわんが説明してくれ」

「えーと、キュルケさんの服がとんでもない事に…」

「なるほど」

やれやれ、どうやら僕が動かなくてもこの事態は起った訳だ。



やれやれだわ。

キュルケはあまり困ってない感じで呟いた。

何者かがキュルケのドレスを破った。

風の魔法らしい。

せっかくのドレスが台無しじゃない。

詰まらなそうにソファに座っているとローブがかけられる。

あら、だれかしら?

「災難でしたね」

さっきまでキュルケをエスコートしていたペリッソンであった。

「別に気にしないわ」

「実は犯人に心当たりがあるんだ」

「誰よ?」

「あそこにいる、彼だ」

ペリッソンの指は正確にヴィエリの方を向いている。

「ヴィリエ?あのやる気の無い男が犯人だっていうの?」

「彼は傍若無人だろ?たいした力も無いくせに金で人を操っていい気になってる最低な奴なんだ」

「ふーん」

なぜか暗い熱のこもった口調でペリッソンがキュルケに断言した。

「今日僕と君がこの舞踏会で主役になったのが気に入らないのさ」

「なるほど、でも彼、魔法は使えないんじゃない」

「そうだから魔法を使ったのは別の誰かだと思う。けどその誰かを操ったのは彼だよ」

キュルケは考えた。

そんな事ってあるのかしら。

確かに舞踏会があってその主役を張るのは自分でないと嫌だという気持ちは自分にはある。

同じような自尊心を彼が持っていてそのために自分を罠に掛けた?

ありえない話では無い。

キュルケが顔を向けるとヴィリエは愉快そうな顔をしていた。

この結果に満足そうな顔である。

「そう彼が黒幕ね。で実行犯に心当たりはない?」

「え?実行犯はちょっと分からないな」

「そう、じゃ。直接聞いて見るわ」

キュルケはヴィリエのもとに悠然と歩きはじめた。



僕は少し離れたところでペリッソンの話を聞いていた。

本人たちはひそひそ話のつもりかもしれないが風のスクウェアである僕にはお見通し。

まるっとお見通しだ!

しかし面白い。

僕はあえて誤解させるため挑戦的な笑みを浮かべてキュルケを見ていた。

観衆の注目を受けたキュルケがこっちにやってくる。

「やってくれたわね?」

「なんの話だい?」

「ふーん、そういう態度なのね」

「もしかして君のその裸踊りと関係がある話かい?」

「裸踊りですって!」

「僕は彼女のせいで見れなかったけど眼福だったそうだね。良かったね。君は間違いなくこの喜劇の主役だよ」

暗に道化師呼ばわりされて眉を顰めるキュルケ。

「…。貴方は誰が私の服を破ったかご存じかしら?」



ああ、そうか、僕は魔法が使えない設定なのか。

僕はにやりと笑った。良いこと思いついた。

「さぁ?でも君の事が嫌いな風術師に心当たりがあるな」

「誰?」

「タバサっているだろう?彼女の名前を君は馬鹿にしていたようだけど、それが許せなかったようだよ」

「どうして?」

「さぁ、僕は知らないな」

「そう、もういいわ」

キュルケは怒りを露わにヴィリエのもとを去っていった。

キュルケは踊るのは得意で好きだが他人に踊らされるのは不愉快で大嫌いだ。

もし、本当にヴィリエが犯人ならキュルケの炎で身の程を分からせてやるべきだろう。


そう、炎の中で踊らせてやる。



 ◇◇◇◇◇



翌日、キュルケはタバサの本をまた奪って声を掛けた。

「随分、粋な復讐ね」

タバサは相変わらず感情の浮かばない表情でキュルケを見返した。

「ヴィリエにはなんていって雇われたの?」

「?」

タバサは首を傾げる。

「トボケないでちょうだい。貴方がヴィリエに雇われて私を襲ったのでしょう?」

「…私じゃない」

「まだとぼける気?良いわよ。そのうちあんたにもあいつにも誰に喧嘩を売ったかを思い知らせてあげるから」

その様子を教室の隅でこっそり聞いている少女があった。

その少女、トネー・シャラントは誰にも気づかれないよう小さく笑った。



 ◇◇◇◇◇



「なぁ、エルシャーナ。ペリッソンってどう思う?」

「へ?普通」

「うーん、やっぱ、エルフ基準だとその程度か」

「なに?なんの話?」

僕は集めた資料に目を通した。大した情報は無い。

しかしこの下らない劇の主役は見えてきた。

「彼が君にフォーリンラブ」

「え?やだ、勘弁してよ。私、貴族嫌い」

「僕も貴族だけど?」

「ヴィリエは大好き」

「…」

最近、こういうセリフを恥ずかしがらずに口にするようになってきたなエルシャーナ。

「そういえば、ペリッソンが普通面なら僕は何になるの、ブサ面?」

「ヴィリエは超イケ面だと思う」

「事実を捏造するな」

「私基準だから良いでしょ?」

恋は盲目…ってことか?

こういうやりとり、エルシャーナは恥ずかしくないみたいだが僕は恥ずかしい。

「脚本トネー・シャラント。主演男優ペリッソンか…」

「何の話?」

「今度の劇の話だよ」

しかし、残念ながら演出はこのヴィリエ・ド・ロレーヌがやらせてもらう。



 ◇◇◇◇◇



タバサが寮の部屋に帰ってくるとそこは惨状を呈していた。

タバサの大切な本が無残にも燃やされ灰になっていたのだ。

焼け残った本を無残に横たわっている。

しばし呆然とした彼女の眼にベットの上で光るものが入った。

髪の毛である。

赤く長い髪。

タバサの脳裏に今朝の出来事が蘇る。

ゆっくりとした動きでタバサは起き上がる。

顔を上げたその瞳には確かな決意があった。



「タバサとキュルケが決闘?」

僕が寮に戻るとシルティが門の前で待ち構えていた。

二人から言伝を受けていたらしい。

「はい、兄さんに立ち会えとの話です」

「へー、面白い。良いだろう。場所は」

「ヴェストリ広場です。って行くんですか?」

「うん、面白そうだしね」

「こう言ってはなんですがキュルケさんの狙いは兄さんです。別に兄さんの実力なら全然心配はないんでしょうけど、はっきり言って今回のこれはただの子供喧嘩です。子供の喧嘩に兄さん程の術者が出ていくのはどうかと思いますよ?」

「しかし、せっかくのレディーの誘いをお断りするのは紳士のする事ではないだろう?」

「その発言、エルシャーナさんにも教えますからね?」

「やめろ!冗談じゃない!いや、冗談だから!」

あの説教好きの長い耳にだけは入れてくれるな!

僕が今までどんな目にあって来たことか!

「はぁ…、兄さん。別に止めませんけどほどほどにして下さいね」

「分かったよ」



 ◇◇◇◇◇



月明かりの見守るヴェストリ広場に僕が訪れるとふたりの少女が対峙していた。

「遅かったじゃない」

「待った」

不機嫌を露わにする二人組。

「それは失礼。でなんで僕が立会人?」

「この後ぶちのめす手間が省けるから」

「私が誤解を受けたのは君のせい」

「左様で」

別にどっちが相手でも構わないが。

無論、両方でも。

「では始め」



 ◇◇◇◇◇



対決は初手を打ちあって終わってしまった。

「違う」

「どういう事」

「なんだ。もうお仕舞いかい?」

硬直状態に達した二人につまらなそうに僕は呟いた。

二人は初手でお互いの真の実力を見極めていた。

優れた魔術師としての感覚が一連の事件の犯人ではないことを教えてくれたのだ。

「どういう事!あなたがタバサを雇ったんじゃないの?」

「おいおい、誰がそんな事を言った?」

キュルケが物凄い顔で僕を睨む。美人が台無しだな。

「キュルケは私の本棚を燃やした犯人じゃない」

「なにそれ、私そんな事してないわよ」

どうやらお互いに見当違いをしていた様だ。

僕は愉快そうに笑った。

「良い、もう十分だ。君たちは犯人じゃない」

「じゃ、誰が犯人なのよ」

「トネー・シャラント。ペリッソン、それに風魔法を使ったのは二年のシンバだな。炎を使ったのはメイリーンだろうね」

遠くの物陰が揺れているどうやら連中も見物に来ているらしい。

いきなりメンバーを当てられて動揺しているようだ。

「無関係?」

タバサは僕を指さす。

「直接の関係はないが状況を少し利用させてもらった」

僕は進んで今回の決闘の仕掛け人である事を名乗った。

「どういう事?」

「おそらく連中のシナリオだとキュルケに僕を直接ぶつけようとしていたみたいだけど、僕が直接風魔法でキュルケを攻撃した可能性が低かったことからね。別の風術師の実行犯を宛がう必要が出てきた。そんな時、僕がタバサの名前を出したから相手はそれを利用した」

「つまりワザと私の名前を出した」

「そう」

「どういうつもり?あなたになんの得があるのよ」

「君たちの実力に興味があった。だから戦わせて見たかったんだけど…」

「けど」

二人の様子を見る僕。もうひと押しかな?

「残念、見るべきところも特に無かったみたいだね」

「な!今のを見て冗談でしょう!」

キュルケはヴィリエの正気を疑った。

彼女たちほどの術師でなくても力の程は理解できる対決だったはずだ。

タバサもキュルケも僕を睨む。

「ここまで虚仮にされて黙って帰れないわね」

「同じく」

「なるほど、仕方無いな」

僕は肩をすくめながら続けて言った。

どうやらこっちの考えた展開の乗ってきたようだ。

「良い機会だ。本当の魔術をレクチャーしてあげよう」

僕は二人に対峙するように杖を構えた。

「二人同時にかかって来たまえ!」



[21262] 第一章第三十五話 ヴェストリの決闘
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/20 22:49
僕は軽く付けている腕輪に触れた。

中に封印された付加魔法が起動する。


――「相似」(シンクロ二ティ)


さてどっちから仕掛けてくる?

悠々と構える僕に対し先に仕掛けてきたのはキュルケだった。

「いまさら謝ったって聞かないわよ!」

―「炎球」(フレイム・ボール)

「炎球」(ファイヤー・ボール)の上位スペルであるラインスペルである。

僕は軽く風の一凪で対応した。

――「風撃」(ウィンド・ブレイク)

込められた風は三乗。

キュルケの渾身の炎球を弾き飛ばしながら暴虐的な風が進む。

「嘘!」

―「風撃」(ウィンド・ブレイク)

タバサも同レベルの風を集めてぶつける!

良く防いだもんだ。

しかしこれでタバサはトライアングルスペルを一回使用した。

キュルケも魔力がそう残っているはずはない。

僕は杖を振るって次のスペルを発動した。

――「斬嵐」(カッター・トルネード)

「ちょっと!あれ何よ!」

「…!!スクウェアスペル!」

「ちょっと、大変だが防いでみたまえ」

―「風膜」(エア・プロテクション)

―「火膜」(ファイアー・プロテクション)

お互いに渾身の防御魔法を重ねがけする。

が足りない。

両者ともにあっさり風の刃に晒されて切り刻まれる。

「終わりかい?」

「まだ」

タバサがゆっくりと立ち上がる。

キュルケも続けて起き上がる。

「手加減したとはいえ丈夫なものだな。しかしもう魔力が残っていないのでは?」

「貴方もいい加減魔力切れでしょ。さっきからとんでもない大魔法ばっかりじゃない」

ここから先は泥試合だと言わんばかりに杖を構えるキュルケとタバサ。

普通に考えてここから先は魔法で勝負するような試合展開は無いだろう。

普通は。

「魔力切れ?冗談」

――「氷嵐」(アイス・ストーム)

込められた魔力は水水風風風。

先ほどよりはるかに威力を増したペンタゴン級の魔法の具現化に両者衝撃を受けている。

「な、なに、あれ、あれもスクウェアスペル!?」

「分からない。それ以上に見える」

「さぁ、防いでみたまえ」

「「無理!!」」

泣きごとは聞かない。

氷雪の大嵐が二人を徹底的に攻め立て覆い尽くした。

勝負というには一方的な虐殺である。

全てが終わった後、ヴェストリ広場は季節外れの大雪がつもっていた。



◇◇◇◇◇



「っ!」

タバサが目を覚ますと目の前には青年がいた。

ヴィリエである。

「勝負は僕の勝ちだから謝らないよ、いいよね?」

タバサは体を確かめる。

所々服が破れてはいるが傷がふさがっていた。

「あぁ、君のほうは死にそうだったから傷を癒しておいたよ」

造作も無いことのように告げてくる。

もし事実なら風使いのように思える彼はその上高レベルな水の治癒魔法まで使えるという事だ。

「!」

タバサは傍らにキュルケが横たわっているのに気づいた。

傷は塞がっていない。

触れると寒さに体が負け低温症になりかかっている。

既に凍傷も見える。

酷いありさまだ。彼女にも当然治療が必要だ。

「癒して」

「君が癒したまえ。時間がかかるかもしれないが罰ゲームだ」

「っ、私には無理」

「できるよ。ただここまでひどいと地力の底上げは必要か」

彼はポケットから液体を取り出すとタバサに投げた。

「ポーションだ。足しにしたまえ」

「…どうして」

「さぁ?そうだ、キュルケが目を覚ましたら言っておきたまえ」

「何」

「君たち二人の再戦をいつでも受けると」

その言葉を聞いてタバサの瞳に微かな闘志が宿る。

「分かった」

「良い返事だ」

彼は満足そうに呟くと悠然と寮の方に歩いて行った。



[21262] 第一章第三十六話 青と赤の誓約
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/20 22:50
キュルケが辛うじて意識を取り戻したのは次の日の昼ごろだ。

私の部屋では無いな…。

キュルケが首を振ると焼けた本棚が見える。

それを見てキュルケはここの部屋の主を察した。

体が動かない。

全身を走る激しい痛みに自分が相当な深手を負っている事を理解した。

「目覚めた」

横から声が聞こえてくる。タバサだ。

「えぇ。そうみたいね」

「良かった」

「あら、喜んでくれるの?」

「人を治すのは初めて」

首をタバサの方に向ける。

少女は憔悴しきっているが体に目立った外傷はない。

「貴方は無事みたいね。勝ったの?」

「完敗」

彼女は斬れた服を指さして

「情け」

ぷっ、何それジェスチャーゲーム?

全然意味分かんないだけど。

「もっと話してよ」

「彼に情けをかけられた。私は癒やしたけどキュルケは私に治せと」

「やだ、私も治せばいいのにケチね」

「伝言」

「ん?何」

「君たち二人の再戦をいつでも受ける」

「もうごめんよ。いくら何でも力の差は分かったわ」

炎の女王たる自分が恐怖で最後は何もできなかった。

決定的な力の差を感じた。

まさに完敗である。

「私は」

「?」

「もう一度戦いたい」

キュルケは少女の顔をまじまじと見つめた。

あの場においてヴィリエの見せた魔術の切れは想像を絶するものであった。

あの圧倒的な恐怖の前に破れたあとも戦う意思を持ち続けられるとは。

キュルケは深く感心する。

こんなに小さな少女なのに内に秘めた強さは私以上だ。

「良いわよ、その時は私もあなたに協力する。二人、力を合わせればいつか倒せるわよ」

「うん」

うなずいた少女は机から小さな瓶をとった。

それをわずかに傷に垂らす。

キュルケの感覚がそれが強力な癒しの水だと気がついた。

タバサが意識を集中している。

まさか

「ちょっといくら何でも魔法使い過ぎよ!」

「平気」

―「治癒」(ヒーリング)

タバサは休憩しながら魔力が回復すればキュルケに対してすぐに回復魔法を唱えているのだ。

タバサの疲労感がグンとました。

もう限界が近いがそれでも気力で持ちこたえている。

「もう良いわ。大丈夫だから休みなさい」

タバサはかぶりをふった。

キュルケはまだ危険域を完全には脱していない。

それにここで中途半端にやめれば最終的には回復はしても傷が体に残るかもしれない。

キュルケのきれいな体に傷を残すのは忍びない。

タバサは自然にそう思った。

結局、タバサの治療行為は深夜遅くまで行われ、その次の日も継続して回復魔法による治療を受けた。

キュルケはその献身的な介護のおかげで驚異的な回復を見せ、三日で授業に復帰することができた。

キュルケはタバサに手を差し出した。

「共同戦線よね」

「諒解」

こうして二人は戦友になった。



 ◇◇◇◇◇



正直言って少々やり過ぎた感はあったが、まぁこういうエピソードがあった方が強く結び付くものだ。

「今回は悪役ね」

「今回に限らずしばらくは悪役が続くさ」

指し手が正義を気取れるはずも無く。

僕は自嘲気味に呟く。

「彼女たちが僕への敵愾心で育ってくれればそれも良しだな」

「ふーん、随分肩入れするのね?」

なんとなくつまらなそうにエルシャーナが呟く。

あの二人はギーシュやモンモランシーよりは戦力として計算できる。

埋もれさせるには惜しい逸材だ。

少々スパルタに鍛えてやるさ。

ちなみにトネー・シャラント一味はどうなったかと言うと御咎め無しであった。

しかし彼女たちの顔色は一様に芳しくなかった。

季節外れの大雪が積もったヴェストリ広場の真実を知る彼女らはその惨劇が自分たちに降りかかるのがいつになるのか恐怖に震えていたのだ。

キュルケやタバサがあそこまでの術師であることは想像していなかった。

いやそれ以上にヴィリエの存在は想定外である。

あの二人が歯牙も無くあしらわれてしまう程の超常たる魔術師。

しかも明らかに全治何か月かという大けがを負ったタバサをポーションも使わずに回復させてしまった。

本当に人間か?

しかもヴィリエの家柄は今となってはこのトリステインはおろかハルケギニアにおいても最高の出世一家だ。

家族もろとも潰されかねない。

彼が動けば自分たちは風前のともし火…。

ばれなければ良いと思ったがばれてしまった時のことまで考えが及んでいなかった。

彼女たちは常に審判を待っているような神妙な心持ちで死刑が下る日を待っていた。




たった一人を除いて…。



[21262] 第一章第三十七話 愛ゆえに哀
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/20 22:51
「ヴィリエ、勝負よ!」

「またか、いい加減にしてくれ」

僕は小さく溜息をついた。

呼んでいた本に栞を挟んでしまい込む。

「問答無用」

「そうよ!いくわよ!」

確かに彼女たちに再戦を許可したけどもこんなに頻繁に喧嘩を振ってくるとは想定していなかった。

―「炎弩」(フレイム・バレット)

初手からトライアングルスペルか。

炎の弾丸の乱舞が僕に迫る。

――「避矢」(ミサイル・プロテクション)

対する僕はドットの防御スペルである。

こんな魔法、上手く逸らしてしまえば怖くない。

「まだ」

―「氷弩」(ウィンディ・アイシクル)

反対から正逆の氷結魔法が飛ぶ。

挟み打ち。

しかし僕はすでに発動した「避矢」の制御だけでこれも逸らした。

単純な力押しで僕に勝てると思われては困る。

火弾に氷弾がぶつかり、爆発が起こる。

「ほう」

「「もらった!!」」

飛んできた礫はただの氷の結晶ではないらしい。

何か燃焼性の物質を氷と化したものだ。

次々と僕の周りで氷弾が誘爆を起こし大爆発が起った!

爆発に塗れて僕の姿は視認できなくなる。

「さすがにこのタイミングなら」

「なるほど悪くはない」

僕の声はキュルケの後ろから聞こえてきた。

――「神速」(ハイアクセル)

「嘘!!」

「良い手ではあるけれども風使いを捕まえるなら機動力をまず奪わないとね」

キュルケが杖を振るうがそれより先に僕の一撃がみぞおちを打つ。

彼女の意識が遠のくのが分かる。

「まだ!」

タバサが次の魔法を狙って杖を構える。が

「遅い」

神速を掛けた僕が彼女を打つ方が先を取った。

しかし、体術であれば類稀なるセンスを持つタバサだ。

一瞬遅れて発動したスウェーバックが奏功し僕の一撃に耐える。

タバサが術を発動させる。

―「瞬発」(アクセレート)

僕の発動させている加速魔法に劣るが体術の力量なら彼女は自信があるのだろう。

真っ向勝負か。

この展開は初めてだ。面白い。

タバサが高速で杖による一撃を繰り出してくる。

加速で勝る僕がそれを余裕で受け流す。

タバサの初撃はフェイントだ。

打ち込みは変化して薙ぎ払いに変わった。

縦から横への急激な変化だがそれもお見通し。

薙ぎ払いはしかし旋回の際の打ちが浅い。杖の半身を残した状態で半回転、半身の状態から強烈な突きを繰り出す。

棒術の真骨頂。

ある程度攻撃面が限定させる剣術に比べてまさに変幻自在と言える攻めだ。

しかし

「甘い」

「っ!」

半回転に合わせて背の方向に体を入れている。

最後の一撃は虚しく空を撃つ。三段構えの攻撃は僕に届かない。

僕の絶妙なタイミングで放たれた足払いが彼女を掬う。

まぁ、よけれはしないだろうね。

体幹と重心を見てこの方向からの攻撃が決まる可能性は100パーセントだ。

今回、僕は戦いに際してある付加魔法を発動させていた。

――「感知」(フィーリング)

この補助魔法は感覚拡張といういかにも地味な効果だが僕のように四属性全ての感覚を持った人間にとってその恩恵は絶大だ。

ほとんど先読みで相手の次の魔法が読める。

さっきの攻防中、術によって拡張された風の感覚は完璧な制御を持って只のドットスペルでトライアングルスペル二撃を弾き、さらに拡張された土の超感覚は氷撃の正体まで明かしていた。

だからさっきの不意打ちも関心はしたが驚きはしなかった。

超感覚は重心の方向や筋肉の軋み攻撃の有効範囲まで克明に僕に知らせてくる。

本来ならこれだけの情報を捌くのは一苦労だが僕にはすでに人間二人分の情報量ですら余裕で捌けるだけのパーソナリーキャパシティが存在している。

僕の戦術センスは一部予知の領域に達している。

エルシャーナのベクトル制御だって読み切った僕にこの程度の攻防は造作も無い。

倒れる彼女にいくつかの運動エネルギーを追加。

足払いからの絶妙な投げ技が決まって完璧な一本。

柔道で世界が狙えるかもね。

タバサの体が硬い床に叩きつけられて弾む。

意識が完全に飛んでいるようだ。

「やれやれ」

僕は最後に杖を振るうと彼女たちの怪我を回復させた。

まぁ、今回は良い線だったと思う。

この調子で頑張ってほしいものだ。

「いや。今回は見ごたえあったね」

「結構頑張ってたよね」

周りのギャラリーが無責任な声を発しながら集まってきた。

てきぱきと机を並び直す者、一応タバサとキュルケを保健室に連れていく保険委員(モンモランシー)。

爆発で傷ついた壁や床を錬金で補強している者までいる。

最初の頃は超魔法バトルにビビっていたが最近は完全に慣れっこになっている。

逞しすぎるクラスメイトを見て僕は溜息をついた。

「はー、みんなバイタリティーがあるよね」

他人事の様に僕が呟く。

「毎日やってれば嫌でもなれるでしょう」

ルイズが横目で僕を睨んでくる。

「そういうものなのかい?知らなかったよ…」

相良軍曹に馴れた高校生クラスみたいなものか。

もっとも僕はあそこまで非常識では無いぞ。

たぶん。

「はい、では授業を始めます」

止めにも入らなかった教師が授業の開始を宣言した。

今年の一年生は不作ではなく凶作。

教師面々からはそう呼ばれているらしかった。



 ◇◇◇◇◇

ペリッソンは不機嫌だった。

原因は眼の前に起っている不遜な青年と女神の会話であった。

今日も麗しい我が女神は甲斐甲斐しく青年の世話を焼いているが青年はどこかそれを煙たがっている。

許されざる行為だ。それは神聖の冒瀆に等しい。

ペリッソンは青年を許す訳にはいかない。

最初は彼に賛同し青年と対決しようと言う有志もいたが今は誰一人いなくなった。

曰く

ヴィリエ強すぎ!返り討ちに逢うだけだ!

しかしペリッソンはかぶりを振った。

愛があれば多少の困難も乗り切れるはずだ!

曰く

ヴィリエの家大きすぎ!ちょっかい出したら路頭に迷う事になるぜ!

しかしペリッソンはかぶりを振った。

愛があれば貧乏なんて困難のうちに入るまい!

曰く

ヴィリエ愛されすぎ!入り込む余地無いって!

しかしペリッソンはかぶりを振った。

彼女は今はただ真実の愛に気づいていないだけだ!

少し強くてお金持ちの男の持つステータスにただ心動かされているだけだ。

そう言うのは愛とは言わない!


そう真実の愛のみが彼女を救えるのだ!


「俺が動くしかないか」

ペリッソンはゆっくりとその腰をあげて彼らのもとに向かった。



「ねぇ、ねぇ、ヴィリエ。このサラダ、私がつくったのよ」

「兄さん、この料理下手はただ野菜をちぎっただけです。あしからず」

「何よ。すぐに料理ぐらい覚えるんだから!」

「いい加減、毒見ぐらい覚えてください。兄さんに毎回毒見させないでください」

「ちょっと毒見って味見でしょ!言い間違えないでよ!」

「むしろ正鵠を得ている表現です。貴方の料理は毒以外の何者でもありません」

「失礼ね。ちょっと愛っていうスパイスが効きすぎてるだけなんだから!」

「そんな者で人を殺さないでください」

「まだ殺してないわよ!」

まだってあんた…。

おいおい、たぶんその栄えある第一号は僕になるんだろうな…。

まぁ、サラダなら大丈夫。




「エルシャーナ。もしかしてドレッシング自作した?」

「え、う、うん」

僕の口から泡が漏れる。

怪奇、シャボン玉人間が現れた!!

「この馬鹿!!油と洗剤間違いましたわね!!」

「えーうそー!?」

「なんで毒見しなかったのですか!」

「普通、サラダは毒見しないわよ!」

エルシャーナ、毒見って認めてるし…。

以前食べた塩クッキーぐらいなら可愛らしかったのになー。

あれは塩味が効きすぎて甘さゼロだったなぁ…。

僕は口の中を水で洗い流しながら思案していた。

味音痴って訳ではないみたいだしどうにかならないかね…。

「彼女の手料理が食べられないというのかね!」

がたん!!机が突然叩かれる!

やたらイケメンな男が現れた。

えーと、たしかこの男はたしかペリッソン?

自信ないな…。

そのペリッソン様の男が突然僕につかかってきた。

「なんだよ!君は」

「所詮、君の愛なんて偽りだという事が証明された!!」

「は?」

「貸して見たまえ!!」

彼は僕からサラダ(様のもの)の取り上げると一気に食べた!

危ないって!!

「愛がバブリシャすぅぷ!!???」

一撃に致死量に達したらしい。

口から泡を吹き鼻からも泡が漏れる。

「あぶぶごごれぶぶ(愛さえあればこのくらい)」

分かったお前の意気は察したから誰か早くこの馬鹿を保険室まで行ってやってくれ…。

「ごっふっっ!」

ペリッソンは無理やりしゃべったがために気管にまで泡が達したらしい。

白目を剥いてその場に倒れ込んだ。

「死んだわ!死んだじゃない、この殺人者!兄さんこいつ人殺しです!」

「うそ!私のせいなの!ええ!??」

「うるさい。とにかく保健室だ!」



 ◇◇◇◇◇



「今日のは自信作です!」

そういってエルシャーナは僕の前に黒い塊を差し出した。

「何これ」

「焼き魚のムニエルです!」

この名状しがたき発癌性物質様のものがそんな名前のはずがない!

いい加減その料理界の大陸冒険主義を改めろ!

頼む!

僕の身が持ちません…。

「ごめんなさい」

「ちょっとまったぁぁ!!!」

愛戦士再び!

いや、ねるとんかよ…。

「貴様はペリッソン!」

生きていたのか!

僕は奇跡の生還を果たした男の登場に胸躍る!

「はは!この程度!前回に比べれば造作もない!!我が愛を見せつけてくれる!!」

バリ、ガリ!ボキ!

明らかにおかしな擬音が食堂に木霊する。


…。


……え、何が起こったの??

そんな中、一人の少女は駆け足で食堂に入ってきた。

「エルシャーナ!!」

激怒したようすのシルティ。

エルシャーナの首根っこを掴まえて怒鳴る。

「あんた小麦粉と研磨剤間違えたわね!!」

「へ?」

ぶっふっつつ!!

凄まじい勢いでペリッソンが吐血した。

焼き固められた研磨剤の塊で口とか舌とか色々切ったらしい。

「ぺ、ペリッソン!!!」

「あべべぶぶごご(愛さえあればこのくらい)」

しかしすぐに暴虐の塊はすぐさま彼の食道に達しその内部をズタズタに切り裂いた。

ペリッソンが血の泡を吐き、痙攣を起こしながら倒れ込んだ。

その痙攣の間隔が次第に弱くなり…。

「ペリーッソ――ン!!」

愛でもどうにもならないものはある。

その真実を彼は身をもって僕たちに教えてくれたのだ。

ありがとう、ペリッソン。

さようなら、ペリッソン。

君の事は永遠に忘れない…。

「なに黄昏てるんですか!兄さん!これ、本気で死にますよ!!」

「やだ!どうしてこんな事に!大丈夫!ねぇねぇ!」

エルシャーナが血を吐き虫の息のペリッソンの肩を揺さぶる。

傷が開くから止めなさい。

「兄さん、早く直して下さい!」

「えー、嫌だよ。めんどくさい」

「だめです!死にますから!これ!」

「はー、だりぃ…」

野郎相手に回復魔法を使うのは本気でめんどくさいがこのままだとエルシャーナが真・殺人料理人の称号を得てしまう。

ちなみに真がつかない方はすでに獲得済みだ。

仕方無いがその前に。

「エルシャーナ、ここに正座しなさい」

「うー、はい」

「君が僕の為に料理を作ってくれるのは嬉しいけど、君はおチョコチョイだ」

「うー、はい…」

「君は残念ながらいまの段階で人の食用に耐えられる料理が作れない。いいね?」

「うー、うー、…はい…」

「そうなれば君はどうすべきだと思う」

「…当分料理は控えます」

「よろしい」

「ちょっと!!兄さん!早く!!そっちの馬鹿は一先ず置いといてこっちの馬鹿をどうにかしてください!!」

えー馬鹿が多すぎて僕、迷ちゃう…。

「いい加減にせんかーい!この馬鹿!!」

シルティの馬鹿認定戴きました。

その後、ペリッソンは奇跡的に一命を取り留めた。



◇◇◇◇◇



「はい、あーん」

「いや、エルシャーナ?」

「何?ヴィリエ?あーん」

その日の食堂には僕に対して匙を向けて食事をさせようとしているエルシャーナの姿があった。

断っておくと別にいきなり60年たって要介護者になった僕にエルフっ子が世話を焼いている後景という訳ではない。

「…いや自分で食べれるからさ」

「えー、食べさせてあげたいの!料理は駄目なんだからこれくらい!」

本来の仕事をサボってヴィリエと遊ぼうとするエルシャーナのもとに仕事人(苦労人)のシルティがやってくる。

「ダメに決まってます!この色呆けトンマ!兄さん!甘やかさないでください!」

「うわーん!!ヴィリエといちゃいちゃしたい!!」

おいおい、願望だだ漏れだな…。

かつての凛々しいエルシャーナさんはどこに行ったの?

「どういう駄々っ子ですか!いい加減にして下さい!!真面目に仕事しろ!!」

最近どんどん天然化してくるエルシャーナ。

賢さが年々下がっていくようだ。

このまま行けば鍵っ子になっちまう。

無邪気というか天真爛漫というかトラブルメーカーというか…。

たぶん、変化自体は僕が成長してエルシャーナの背を追い越したのも理由の一つかも。

前はどっちかというお姉さんぶっていた事が多かった彼女も最近は甘えてくることの方が多くなってきた。

本々こっちが素なんだろうとは思う。

泣き虫だし。父親にパパだし。

しかし、シルティとの夫婦漫才も完成の域に達してきたな…。

いっそ、二人でくっついたらどうだい?

YOUたち、結婚しちゃえYO!

言ったら説教なので口には出しません。はい。

「ふふ」

「うわ!貴様は」

「どうやら薄汚れた貴様には純粋無垢な彼女の愛を正面から受ける事などできないようだな!!」

「まだ生きてたのか…」

まるでゾンビのような男だ。

説明は必要ないかもしれないが一応説明しておくと突然湧いたこの男の名は帰還者(リターナー)のペリッソン。

愛のミッションインポッシブルに挑戦しつづける驚嘆すべき男だ。

既に二度の死地から帰還を果たしている。

「さぁ姫!私に愛の一匙を与えてください!!」

「…えーっと、君誰?」

……。

空気の硬直が冷たい。

「はい?」

「ごめんなさい。私、あんまり「人」の顔覚えるのまだあんまり得意じゃなくて、その特徴が掴み難いというか、あの…。」

「そうなの、エルシャーナ?お前、相貌失認症なの?」

「なんなの!その訳分かんない病気名。違うの!なんか特徴掴むのに時間がかかるの!君だって犬とか猫とか個体を判別するの時間かかるでしょ?普通に同郷なら見分けつくもん、すぐに覚えるんだから!」

あー、確かにエルフと人間じゃかなり人種(?)違うもんな…。

しかし事実なら人間社会で生活する上で相当に難儀な問題だぞ?

こいつも結構苦労しているんだな。

しかし

「でも暫定犬猫レベルの認識対象に良く好きとか言えるな…。」

「そういう意味じゃないって!もう!ヴィリエの顔は分かります!!」

どっちにして変わり者なのは間違いないぞ。

うん。

「だいたい私は別にヴィリエの顔を好きになった訳じゃないもん!」

「それはだいたい分かるけどな。じゃ、なんで好きになったんだよ?」

「えー、その、それは、うー」

「考えてみれば確かに変な話です。お二人の出会いの話はお聞きしましたが、エルが兄さんを好きになる理由はピンときませんでした」

シルティも話に乗ってくる。エルシャーナは耳まで真っ赤だ。

「その、ノームさまと話した時、啖呵を切ったヴィリエが凄くかっこ良くて…」

「で?」

シルティが先を促す。

「それに里えお出る事になったとき凄く気を使ってくれて優しかったし…」

そうか?

思い返して見ても別に優しくして無い気がするが…?

「で」

「え、それだけだけど…」

「安っ」

「ひどっ!じゃ、シルティはどうなのよ!?」

「私は生まれてこれまでずっーと付き合いがありますので、特別な話はありませんよ?惚れっぽいだけのおこちゃまとは違いますから」

「ずるい!その発言は卑怯だよ!!」

「だいたい、料理洗濯掃除どれもまともにできない者に人を好きになる資格はございません」

「配膳と皿洗いはできるでしょ」

「人生の雑用係にでも納まってください」

「ひどい!ヴィリエ!シルティがめちゃくちゃひどいよ!!」

「しらん。好きにしてくれ」

僕が話の展開的に恥ずかしくなりそっぽを向くとすっかり影の薄くなった灰のような男が一人ひっそりと寂しく自分の席に帰っていくのが見えた。

さすがに今回のは堪えたようだ。

三度の目の死地、「貴方は誰ですか」地獄の前に愛戦士は無残に散り、哀戦士と成り下がった。

合掌。

もう生き返るんじゃないぞ。




こうして僕たちの一年間は過ぎていった。

そしていよいよ、彼がこの世界に登場する。

そう、この世界の真の主人公が…。



[21262] ロレーヌ年鑑1
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/21 18:24
〈ヴィリエ0歳時~13歳時〉第0部冒頭部

?    クリフ、ダングルテール領主になる。(侯爵位獲得)

 (財政値10万)
 (影響力E)地方領主

?    クリフ、領地内の風石鉱脈を掘り当てる。(+100万)

?    クリフ、独自軍アルビオン方面警備隊を組織(-100万、影響力+1)

0    ヴィリエ生まれる。

1~13 風の大隆起の影響によりダングルテール地方で次々風石鉱脈発見、風石ゴールドラッシュ(+1500万、影響力+1)

13   ヴィリエ旅に出る。

 (財政値1510万)
 (影響力D)石油王、成金貴族と呼ばれる程度



〈ヴィリエ14歳時~16歳入学時〉第一部巡礼編

14   ヴィリエ帰還

14   クリフ貴族向けティタンブランドの開発(-100万)
    
14   ティタンブランド売上好調(+200万) 

14   ヴィリエ研究所を作る。

14   軍需向けティタン兵器の開発(-200万)

14   各国が兵器を一次買い付け(+500万)

14   ヴィリエ、動く歯車を開発。

14   トリステイン鉄道事業を一部開始(-500万、影響力+1)

15   新都開発(-500万、影響力+1)

15   ゲルマニアにジーン進出、ティタンブランド売り込み(+500万、影響力+1)

15   ゲルマニア鉄道事業を一部開始(-500万、影響力+1)

15   新型兵器発表二次買い付け(+500万)

15   ティタンブランド化進む(+100万)   

15   ヴィリエ、オートマタ開発。

15   トリステイン鉄道事業一次収益(+500万)

15   新都経営一次収益(+200万)

 (財政値2210万) 
 (影響力C)鉄道王、ロマリアも手を出しにくい程度

16   ヴィリエ入学

16   マザリーニ卿によるトリステイン復興計画発動、ロレーヌ、計画の中心に(影響力+1)

16   トリステイン鉄道事業本格営業(+1000万、影響力+1)

16   ヴィリエ、ジェットエンジン開発

16   鉄道特需によるトリステインバブルが発生

16   一次インフレーションが起こる。一部貴族が経営難。

16   ゲルマニア鉄道事業が本格営業(+2000万、影響力+1)

16   クリフ、一部富豪向け、リゾート産業を計画。

16   ラ・ロシェールを皮切りにリゾート開発相次ぐ(-1000万)

16   好景気、リゾート関連業績好調(+1000万)

16   ブランド事業業績好調(+500万)

16   新都の収益増大(+1000万)

16   クリフ、大規模農業開発に着手(-500万、影響力+1)

 (財政値6210万)※ただしインフレの影響有
 (影響力B)事業王、小国と争える程度



[21262] 第二章第一話 伝説の始まり
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 20:08
「あんた誰?」

少年が目を開けるとまず青い空が飛び込んできた。見たことのないほどの透ける青さだ。

少年がいつも見上げていた東京の空と透明さが全然違う。ここどこ?

「ねぇ、何か言いなさいよ?」

次に目に入ったのは一人の少女。桃色の髪の可愛らしい女の子である。

髪の色すげぇ、なんのパンクだろう?とにかくお目に掛ったことがないような美少女だ。

ただ

「カッコが変」

「はぁ?変なのはあんたでしょ?名前は」

「俺?俺は平賀才人」

「どこの平民」

平民?親父は平リーマンだけど…。まわりを見渡す。中世のようなセット?

まさか

「し、失礼しました」

「はぁ?」

「いや、映画のロケとは思わず。俺、全然俳優とか子役とかじゃ全然ないんで!」

「へ?何言ってるの?」

どうやら映画のロケ中に紛れ込んでしまったらしい。

見ればわかる。こんな美少女、映画俳優に決まってる。

しかも発言からしてスーパーセレブなんだろう。

父親はサーの称号を持つナイトさまにちがいない。

やべぇ!怖い人が出てきて怒られる前に退散しなければ!!

「ほんと失礼しました!!」

「ちょっと、待ちなさい!平民!!」

退散。才人は少女が止める間もなく去っていった。

「うそ!なんでよ!!」

少女が地団駄を踏んで悔しがる。

「おいおい、ルイズのやつ!ようやく召喚に成功したと思ったら呼びつけたのは平民でしかも逃げられたぞ!」

どっとクラスの一同から笑いがおこる。

「く、ミスタ・コルベール!この場合どうなの!」

ルイズと呼ばれた少女が近くにいた教師らしき男に訪ねた。

「い、いや。使い魔に逃げられるなんて前例のないことだ。しかしこの儀式は神聖なものだからやり直しがきかない。ミス・ヴァリエールは彼を捕まえて使い魔にするしかないのではないかな?」

「うそ!」

「うそではないよ。それに使い魔がいなければ専門課程には進めない。つまり彼を捕まえられなければ進級はできないきまりだ。このままでは留年という事になりますよ?ミス・ヴァリエール」

「うそ!私が留年…ありえない!!筆記じゃだいたい二位なのに!」

「実技はゼロ点じゃないか」

また笑いが起こる。

「うるさい!!あの平民どこ行った!?」

「あっち」

きっ、と才人の去った方向を見定めるルイズ!

「待ちなさい!私の進級!!」



 ◇◇◇◇◇



「うわー、大掛かりなセットだな。どこにいったら終わるんだ?」

セットの終りを探して才人は本ばかりが並ぶ部屋に迷い込んでしまった。

「終わりなどないさ」

びっくと才人が肩を震わせる。

悪戯が見つかってしまったようなバツの悪い顔で声の主に顔を向ける。

その先には金髪紺碧の比較的整った容姿の青年がいた。

身長は170センチくらい。体つきは細いが鍛えているような鋭い印象を持っている。

外の人間と同じような物語の中の魔術師が被るようなローブを着ている。

彼は興味深そうな目線を才人に向けていた。

「ご、ごめんなさい。別に不法侵入とかではないんです」

「心配しなくてもここに誰が居てもそれだけで罰せられることなんてないさ」

「そうなのか?」

「まぁ、本来は学生以外が立ち入ったらまずいんだろうけどね。僕の本家の蔵書に比べれば大したものはここには無いし」

才人は周りを見渡す。見渡す限り本・本・本。凄まじい量の本の山である。

「すげぇ、ここより多いのか?」

「うん、十倍くらいはあるね。それにここのはほとんど読んでしまったし」

「それもすげぇな…」

「僕はヴィリエ・ド・ロレーヌ。君の名前は?」

「才人、平賀才人だ」

ヴィエリは才人の容姿を眺め、頷いた。

「サイト君か、君に一つ教授しておこうか」

「何?」

「ここは君のいた世界とは別の世界だ」

「はい?」

「ようこそ、異邦人。ハルケギニアへ」



[21262] 第二章第二話 契約のキス
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 20:15
ヴィリエはしばらく才人にこの世界と彼の世界に対する違いを説明した。

「なんだよ、それ。本当なのか」

才人の前には無数の本を浮いている。ヴィリエが杖の一振りで浮かせたものであった。

「これが手品の類に見えるかい?」

「う、見えないけど」

「君みたいなケースは結構良くあるんだ。異邦人がこの世界に紛れ込むのは別に不思議な事じゃない。君たちの言葉で神隠しって言うんだけ?」

「魔のバミューダ海域みたいなもんか?」

「あれはメタンハイドレードが原因じゃないのかな?まぁ、君たちの世界にある有象無象の神隠し伝承の一部はこの世界に繋がっているんだよ」

「まじかよ。にしてもお前、色々やたら詳しいな」

「僕はあんまり知らないことが無くてね」

「はー、ヴィリエさんは何でも知ってますね」

「そうかい?ありがとう」

「あーやっぱ、これはさすがに通用しないか」

そう言うとなぜか残念そうな表情を才人は見せた。

そこに

「いたぁー!!」

息も絶え絶えの状態のルイズが才人の前に現れた。

「わ、私のし、進級!!」

「ここは図書館だよ。静かにできないのかい?ミス・ヴァリエール」

「げぇ!ヴィリエ!」

なぜか後ずさるヴァリエールと呼ばれた少女。

「何のようだい?」

「あんたになんて用は無いわよ!こいつよ!こいつが私の進級なのよ!!」

「…意味分かんねぇ」

「さすがに僕でも分からないな。事情を説明したらどうだい?ミス・ヴァリエール」

「いやよ!とにかくこいつと契約しないと私の進級が!お母さまになんていえば!!」

「落ち着きたまえ。彼は別に逃げないよ。彼の事情は聞いて把握している。次は君の番だ、ミス・ヴァリエール」

「別に説明するほどの事なんてない!」

「ミス・ヴァリエール」

「うっ」

ヴィリエが強烈な力を籠めた目でルイズを見つめてくる。

有無を言わせぬ圧力。

だからこいつは苦手なのよ…。

ルイズはしぶしぶ事情を語り始めた。

「つまり、ミス・ヴァリエールの使った「召喚」(サモン・サーヴァント)が原因で彼がこの世界にやってきたと」

「ひでぇ、こいつのせいじゃんか!」

才人は召喚の門を自ら潜ったのを棚に上げてルイズに文句を言った。

「何よ!私だって異邦人なんていらないわよ!今日の今日まで聞いたことも無かったんだから!とにかくリコールよ!リコール!」

「やれやれ、どうやら彼を家に帰す事に関して一定の責任はミス・ヴァリエールにもありそうだな」

「うそ!なに!この不良債権男!私、帰す方法なんて知らないわよ!!」

「うわ!ひでぇ、このピンク髪のせいで俺一生ここにいる羽目になるのかよ!」

「誰がピンクよ!!私にはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールっていうちゃんとした名前があるんだから!」

「なげぇ!ピンクで良いだろ!ピンク・ド・ショックに改名しろ!」

「ふざけるんじゃないわよ!それ絶対馬鹿にしてるでしょ!!」

「いいかげんにしたまえ。特にミス・ヴァリエール。君には自覚は無くても過失はある訳だよ?彼の面倒は君が見るべきだ。分かるね?」

「そうだ!お前が責任をもって帰せよ!」

「うっ、どうすればいいのよ!」

悩ましげな声を挙げるルイズ。

異世界に帰す方法、帰す方法…。

そんなもの考えたって分かるはずがない。

「あんたなんか無いの?こいつが帰る方法」

「伝説の虚無でもあれば帰れるじゃないのかい?」

「なにそれ、あんなのただのお伽話じゃない!」

「虚無なんだ?それ?」

「伝説の魔法だよ。失伝しているけどね」

「あんたじゃ、俺のこと帰せないの?」

才人はどこか期待感のこもった瞳でヴィリエを見た。

「いずれはできるかもしれないけど、現状不可能に近いな」

「変な言い方だな」

「時空転送なんて超高度魔法、生体相手に実験する気にはならないさ。一応らしきものも使えるがそれで成功しても失敗しても責任は取りきれん。果たして五体満足で空間を超えられるかどうか…」

「あんた、どういう次元の魔術師なのよ!本気で言ってるの?」

「僕は真面目に言ってるつもりだよ?」

頭を抱えるルイズ。

ヴィリエの化物ぶりは今更驚くことではないが今の発言を真実と捉えるのは怖すぎる。

ヴィリエの発言が凄いのか凄くないのか判断ができない才人はその様子を不思議そうに見つめていた。

「とにかく、今のところあんたはこの世界に大人しくいるしかないの!いい?」
「良くねぇよ。しかないけどよくはない!」

「じゃ。「契約」(コントラクト・サーヴァント)するわよ!」

「やだ!」

「え」

「なんでお前のパシリしなきゃいけないんだよ!俺はごめんだぜ!」

「使い魔はパシリじゃないわよ!大事なパートナーよ!大切にするわよ!」

そう言ってルイズは少し顔を紅潮させる。

なんかプロポーズみたいなセリフになってしまって恥ずかしかったのだ。

しかし対する才人のテンションは真逆であった。

「はー?」

ジーとルイズをみつめる才人。結論はすぐに出た。

「いや、たぶん、この女は俺の事を扱き使うね!そういう性格に見えるもん!」

「しないわよ!とにかくあんたと契約しないと私の進級が!!」

「進級?留年すれば良いだろう。俺の知ったことじゃないぜ?」

「うきぃぃ!!」

ルイズがヒステリーを起こし始めている。

黙ってその様子を見ていたヴィリエが肩をすくめて話に入ってきた。

「才人、そうは言っても現状、彼女の庇護に入るのは悪いことではないぞ。彼女はこの国を代表する貴族の出身だ」

「なんかあんたに言われると癪だけど…」

「へー、そうなのか?」

「あぁ、どうせ行くあてもあるまい。帰るあてができるまで彼女に保護してもらえ」

「帰るあてって…」

内心途方に暮れるルイズ。

異世界に帰す当てなんてないわよ。

「良いじゃないか、お互いに条件を出し合った方が契約の名に相応しいだろ。汝、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは平賀才人の帰郷を助け、ここでの生活のためのサポートをする。汝、平賀才人はルイズの使い魔としてルイズと行動を共にする」

「…しょうがねぇな」

「仕方ないわね。その条件でも良いわよ」

「よし、なら「契約」(コントラクト・サーヴァント)したまえ」

すると目に見えてルイズの態度が変わった。

動揺している。

「わ、わかったわよ!え、こ、ここでするの?」

ヴィリエの様子を窺うような仕草のルイズ。

ヴィリエはなにか問題でも?という仕草を返した。

「先生を呼んでくるかい?あるいは中庭に戻るかい?」

「いや、呼ばなくていいわよ。あ、あの、ヴィリエ」

まだそわそわしているルイズ。

緊張しているようだ。

「なんだい?」

「こ、この場合。つまり相手が人間の場合ってどこに誓約のキスをすればいいのかしら」

「そうだな、形式上相互契約な訳だし、普通にするのがベストじゃないのか?」

「ふ、普通!?ふ、ふつうってどこよ」

「なに、契約ってキスなの?」

「うん、キスだね」

「まじ!よし!きたー!!」

「あんた、何で喜んでるのよ!おかしいんじゃないの!」

「え、でもあんた結構可愛いし」

「うっ」

みるみる顔が赤らんでいくルイズ。

原作と違い完全に意識してしまっているようだ。

ルイズはちらちらと才人さらにヴィリエの様子を窺っている。

決心がつかない。

ど、どうしてよりにもよってこいつの前で…。

「あ、あんたからしなさいよ」

消えるようなか細い声でルイズが才人に言う。

「そ、相互契約って言うんならあんたからしたっていいんでしょ?」

「え、良いの?」

「う、うん、ほんとはダメだけど、し、しかたないから」

「よし、やってみるか」

才人がルイズを抱き寄せる。才人がまるでルイズに覆いかぶさるようだ。

才人もさして上背がある方ではないがそれでも小柄なルイズは才人に抱きつかれるとすっぽり納まってしまう。

「ちょっと!わっ、たんまぁ…」

そのまま一気に口づけした。

大胆

にしても

長い





「きゃ!ばかぁあああ!うあわぁぁ!!」

突然ルイズが才人を弾き飛ばす。

完全に顔を真っ赤にしたルイズは涙をその大きな瞳に溜めながら走り去っていった。

随分様子が変だが?

「何をした?」

「いやちょっと舌を」

「君はそこまでやるか?普通?」

「へへ、だって、あいつあんまり抵抗しないし、う、」

「どうした?」

「いや、体が熱くて、くっ…」

ヴィリエは才人の体を見ると関心したように言った。

「使い魔のルーンが君の体に適合しているんだ。珍しい現象だが問題はあるまい」

「問題なくないって!熱い!うー」

「すぐに良くなる」

「えー。あ、あれ。ほんとだ…」

「ルーンを見せてみろ」

「へ?何それ」

「体が一番熱かった部分は?」

「左手の甲」

ヴィリエは才人の手の甲を見る。そこには見たこともない模様が刻まれていた。

「なんだよ、これ!タトゥーか!?」

「使い魔のルーンだ。一般的なルーンは感覚共有のルーンなんだが」

「何だが?」

ヴィリエは興味深そうにルーンをながめると才人に言った。

「これは少々特殊なルーンの形だね。…ふむ、こいつはガンダールヴのルーンだな」

「なにそれ?」

「古代の戦士のルーンだ」

そう言って彼は図書館の本を一冊、念動力で手元に引き寄せた。

「この本に書いてあるね。ガンダールヴ、虚無の使い魔の一つだ。ここに書いてあることが本当なら君はどんな武器でも自在に操れるみたいだね」

「へー、それって凄い事なのか?」

「うん。でも所詮はルーンも道具だから使い手次第ではあるけど」

「もしかして俺って召喚ヒーロー?すげぇ!!」

そういって才人は手のルーンをまじまじと見る。

「あれ?そういえば虚無ってさっき言ってた伝説の魔法がどうとか…」

「ふむ、君が本当にガンダールヴならミス・ヴァリエールは伝説の魔法の使い手と言う事になるな」

「あのピンク髪が?伝説の魔法使い?」

「可能性は高い。もし彼女が虚無の使い手なら君が帰れるかどうかは彼女次第だな」

「あのピンク、確かにやたら偉そうだったけど、実は凄い魔術師なのか?」

「ミス・ヴァリエール?一般的には落ちこぼれと言う分類に入るんじゃないのか?」

「え、そうなの?伝説の使い手なのに?」

「あぁ、まぁ、仕方ないんじゃないのか?もし彼女が虚無使いなら誰も彼女に魔法を教えられないからね」

「そうか…。あいつも苦労しているんだな」

「ところで、君はいつまでここにいるつもりだい?」

「へ?」

ヴィリエの突然の発言にその真意を理解できない様子の才人が抜けた声を発した。

「君は一応彼女の使い魔になった訳だから彼女と行動を共にするのが筋だろ?」

「そうなのか?」

「そうだ、それにさっさっといって、さっきの件も彼女に謝りたまえ」

「あー、分かったよ。なぁ」

「なんだい?」

「また聞きたいことがあったら聞いてもいい?」

「別に構わないよ。僕も虚無には興味があるからね。学園にいる時なら僕は大体ここにいる」

「よし!ヴィリエ、またな!」

「ああ、ちょっと待ちたまえ」

そう言ってヴィリエは近くにあった脚立に杖を向けた。

バチンと弾けるような音がして脚立が砕け木材が剣のような形に切り出される。

ヴィリエが杖をもう一振りすると木の剣が金属質に生まれ変わる。

彼はさらに残りの木材にたいしてもう一振りするとそこから簡素な拵えの鞘ができた。

まさに魔法のような光景だ。

ヴィリエは剣を鞘に納めて才人に差し出す。

「偽剣だが持って行きたまえ。無いよりましだろう」

「すげぇ!木が金属に変わったのか!?」

「偽物だよ。木に意思力が働いて見せかけの性質を誤魔化しているだけだ。錬金を用いて作られた偽材(フェイクマテリアル)には既に強力な意思力の付加がかかっているから別の魔法は乗せにくいんだ。面倒だし硬化や固定化はかかっていないからこれは剣の形をしたただの鉄の塊だ」

「は?意味分かんない」

「要はもっと良いものをミス・ヴァリエールに買ってもらえと言う事だ、あと一点忠告しておくと君が異邦人だという事と君のその左手のルーンについては他の人間にはあまり口外しない方が良い」

「へ?なんで?」

「ついでに言えば、ミス・ヴァリエールが虚無だというのも口外すべきでないな。この世界にはロマリアという宗教組織がある。黒い噂の絶えない不気味な連中だ。その噂の中に彼らが異邦人を監禁・幽閉していると言うものがある」

「まじ!?」

「ああ、彼らが君たちをどういう風に扱うのかは知らないけれど、親切で家まで帰してくれるような連中ではない」

「うわっ、なんで拉致されてきた世界でさらに拉致被害にあわなきゃなんないんだよ!」

「虚無に至ってはネフテス等複数の機関が関心を抱いている。いずれにしてもあまり目立つ行動はひかえるべきだな」

「おう、よく分んないけど、分かったよ。じゃな!」

「ああ」

ヴィリエに別れを告げて才人は図書館を出て行った。



[21262] 第二章第三話 ガンダールヴ
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 20:19
才人が儀式の行われた広場に戻ると才人は立会人のコンべール先生から正式にルイズの使い魔として認められた。

コルベールはルーンを見て驚いていた。

才人はもしかしてヴィリエのように才人のルーンの正体に気づいたのかもしれないと思った。

これは見る人が見れば凄さが分かるルーンらしい。

やっぱ俺、凄いんじゃん。

才人は自分がヒーローとして活躍する様を想像して楽しくなった。

今日の授業はそれでおしまいだったのでルイズは才人を連れて自室に戻った。

寮の部屋はそんなには広くは無いが床に雑魚寝ぐらいは出来そうだ。

見た目上は女の子らしい小物がある普通の部屋だ。少々殺風景だが…。

この間、才人とルイズは一言もしゃべらなかった。

(やべぇ、相当怒ってる?)

さっきから顔を合わせようとすらしない。

無視である。

さすがに舌入れはやり過ぎだったらしい。

当然といえば当然の事を今更後悔し始めていた。

「なぁ、さっきの事は悪かったよ。ごめん」

「…何の話?」

「は?さっきのキスで怒っていたんじゃないのか?」

「あれは儀式だからキスとしてはカウントしないから良いの。それより」

「それより」

じと目のルイズは才人に告げた。

「あんた、これからどうするの?一応、私の使い魔になった訳だけど」

「ふーん、使い魔ってなにするの?」

実はそれをずっと考えていたルイズであった。

さっきの事を考えたくなかったという事もある。

「さぁ?使い魔なんて言っても自由奔放だし、印象からするとちょっと便利なペットって感じかしら」

「さすがにペット扱いは御免だ」

「分かってるわよ。私も人間をペットに飼う趣味はないわ」

「それはありがたいね」

「で、あんた何ができるの?」

「俺?普通の人間ができる程度のことならだいたいできると思うけど」

「…それが何の役に立つのよ」

ルイズが頭を抱える。

この男は私にとってほんとに不良債権なんじゃないのか…。

使えない…。

「あぁ!そういえばヴィリエのやつがルーンがどうとか言ってたな!」

「ルーン?そういえばあんたどんなルーンが刻まれたの?」

「へへ、聞いて驚け!俺のはガンダールヴのルーンだ!」

自慢げにルーンを見せる才人にルイズは不思議そうな顔を見せた。

「何それ?ガンダァルブ?聞いたことない」

「このルーンにかかれば俺最強らしいぜ。どんな武器でも使いこなせる最強の戦士だ!」

最強うんぬんは才人の適当な判断である。

ヴィリエはそんな事は一言も言っていなかった。

「そんなルーンがあるわけなでしょ!だいたい武器が使えたって意味ないじゃない。何と戦うのよ!」

「へ?悪の組織とか邪悪なモンスターとかないの?あ!ロマリアとか」

「馬鹿!ロマリアの教王といえばこのハルケギニアでもっとも尊まれる存在なのよ!なんで私がロマリアと戦うのよ」

「えぇ!でもヴィリエが」

ルイズはまたも頭を抱えた。

そうあの男が変な横やりを入れなければ…。

「あいつ、そうあいつよ!あんな男、信用しない方がいいわ!」

「ん?お前、そういえばヴィリエの事、苦手そうだな」

「あの男が得意な奴なんていないわよ!2~3年まえから突然湧いて出てきて急成長、今では世界の半分くらいの経済を牛耳っているといわれているロレーヌカンパニーの御曹司にして、本人はトリステイン最強、最高の魔術師とか言われてる化物よ!」

「なにそれ、すげぇ…」

「あいつと言えばとにかく尊大で横柄!自分にかかればどんなことでも思い通りに行くと思ってる嫌味な奴なの!悔しいけどその通りだしね!」

「え、そんな風に見えなかったけど?」

ヴィリエに関して才人はなぜか親しみ安いとまで感じていたのだが。

ルイズは才人の勘違いを指摘した。

「とにかくからかわれたの!あんたが異邦人で一般常識がないからって適当な事を吹きこまれたのよ!」

そうなのか?

そう言われると自信が無くなる才人である。

ガンダールヴのくだりも嘘なのか?

ためしにヴィリエにもらった剣を抜いて見る才人。

すると

「っ!」

「なに!?なんで剣なんて抜くのよ!」

左手のルーンが光り出す。

そして才人はこの武器をどう扱うの正しいのかを瞬時に理解していた。

自分は真剣なんて握ったのはこれが初めてだ。

しかし妙な確信がある。

俺はこれを使いこなせる。

どう使えばいいか知っている!

剣も体も異様に軽い。

軽い高揚感もある。

そして才人は確信した。

俺はガンダールヴだ!

その様子をぱかーんと見ていたルイズだったがすぐに文句を言った。

「女性の部屋で刃物を抜くなんて何様よ!それ貸しなさい!鞘ごと!」

「え、しょうがないな」

剣を鞘にしまい、才人はルイズに剣を手渡す。

剣が手を離れると妙な高揚感は消えていた。

ルーンも光らなくなった。

武器を持つことがルーンの発動条件らしい。

ルイズは剣を眺めるとつまらなそうに言った

「なによ。ちゃちぃ剣ね。とにかく、これは没収」

「おい!」

「だって馬鹿が刃物持っていたら危ないじゃない!それと決めたわ」

「何を?」

「ひとまずあんたを召使いとして雇うわ」

「はぁ?」

「だって、あんた何もできないじゃない!もしかして何の労働も無しに私から養って貰おうとか思ってないでしょうね。ひも」

「ひも!?俺がひも!あんたのひも!冗談じゃねぇ」

「じゃ、ちゃんと労働力で貢献しなさいよ。掃除、洗濯、その他雑用」

「…ちぇ、すこしだけなら手伝ってやるよ」

「ふふん、そうよね!労働しなければただのひもだもんね!ひも男」

腹に据えかねた才人はポカンと軽くルイズの頭を殴る。

「いたぁ」

「次言ったら殴るからな」

「いま殴ったじゃない!!」

「こんなのは殴ったうちにはいらねぇよ。さっきのキスと同じだ」

するとその発言を聞いたルイズの頬が真っ赤になる。

「そ、そうよ!ノーカウント!あれはキスなんかじゃないんだから!!」

突然必死になるルイズに才人は可笑しな人を見る目になった。

「どうした?頭大丈夫?」

「なんでもないわよ!とにかくまずはこの洗濯ものを仕舞いなさい!」

そう言って部屋の入口に無造作に置かれた洗濯物籠を示した。

貴族の洗濯物は入口の籠にいれて置くと寮のメイドが回収して洗濯して返してくれる仕組みになっているのだ。

そういうやたら大雑把な仕組みのため、時々、他人の洗濯が紛れ込んだり自分の洗濯ものが無くなったりすることがある。

特にパンツ。

なぜか、考えたくはないが女子はみんなよくなくなるのだ。

そういう些細な事でメイドをしかりつけると心の狭い貴族だと馬鹿にされるので皆ぐっとこらえるが嫌な思いをしたことは一度二度ではない。

せっかく召使いができたのでこいつには洗濯もして貰おう。

「めんどくせ…しょうがないか…」

なんでいきなり主夫?

ガッカリした気分でタンスに洗濯物を持っていく。

「なんだこりゃ!」

タンスの中を見た才人が愕然とした声を上げる。

ルイズはその様子を不思議そうに見た。

「なによタンスでしょ?見たこと無いの」

「違う!なんて入れ方してやがる!適当に入れやがって洗濯ものが皺にだらけじゃないか!こっち来い!ちゃんとした畳み方を教えてやる!」

「えー、そんなの覚える必要ないわ。どうせ家に戻ればメイドや執事がやってくれるもの!」

「はー、お前、女かよ」

女の子ってもっと丁寧で小奇麗で清潔感にあふれるものだと思っていた。

自分の中の幻想が音を立てて崩れていく。

もともと期待はしていなかったが残念すぎる。

才人には寮生活の経験があったので自炊以外なら大体の事は出来る。

しかしルイズはダメだ。

もう徹底して駄目だ。

一昼夜、生活を共にして分かったがルイズには徹底的に生活能力が無い。

気分は介護士か保育士である。

才人は聞き分けのない幼子を相手にしている気分を味わっていた。



[21262] 第二章第四話 秘めた思い
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 20:25
「なんで、ヴィリエは儀式をしていないのよ!」

発端の声を発したのはルイズだった。

クラスの全員が一時騒然となるがすぐに静まり返った。

クラス一同静かにある人物の動向に注目している。

この日は珍しく教室にヴィリエの姿があった。

発言者のルイズは鼻を鳴らして得意げだが小刻みに震え冷たい汗をかいている。

才人は席から立ち発言したルイズを隣の席から見上げた。

傍から見れば遂に言ってやったみたいな、どや顔だが内心ものすごくビビっていることが横の席の才人にはよく分かった。

なんでそんな意味不明な事で必至なのか。

才人は考えた。

おそらく前の授業でやらかした失態の件を挽回したいのだろう。

ルイズは「錬金」を学ぶ授業で教室を爆破したのだ。

もちろん「錬金」が爆発するような危険な魔法な訳はないのだがルイズは魔法に失敗して多くの犠牲者を出した。

才人はヴィリエからルイズが普通の魔法は使えないことを聞いていたのでむしろその結果には納得していたがルイズはまったくもって納得できないらしかった。

虚無云々の下りはルイズには説明していない。

どうせ情報源がヴィリエでは言うだけ無駄だ。

信じる訳がない。

どうしてヴィリエに対してルイズが一方的な敵愾心を持っているのか周囲の人間に話を聞いて才人は既に知っていた。

彼女は誉れ高き公爵家の三女であり、ヴィリエはそれより階級的に劣る侯爵家の三男に過ぎない。

それなのに一般的にヴィリエのほうが上に見られているのが癇に障るのだ。

しかも彼女は魔法に関して相当にだめだ。

対するヴィリエは当代最強、この世代を代表する魔術師の一人に数えられている。

実技がダメなら学科だけでも!

そういって猛勉強をしたルイズだが、しかし、いくつかの論文が学会で認めらてた博士号まで持っているヴィリエをどうしても上回ることができなかった。

テストでも大体一位は断トツでヴィリエ、ルイズはタバサという書呆子の文学少女と2位3位を分けあうのが精いっぱいである。

そのため、ルイズはヴィリエに対して圧倒的な劣等感を抱いているらしかった。

あるいはその逆の…

教壇に立つコルべール教師は困惑した声を発した。

「し、しかし、彼は博士号をもった優秀な魔術師であるからして…」

「私にあれだけ意地悪な事を言っておいて彼だけ例外なの?!納得いかないわ!進級できない決まりなんでしょ!!」

「なるほど、一理ありますね。彼女の方が正しそうだ。ミスタ・コルベール。僕の進級は取り下げてもらっても構わないよ」

ヴィリエが特に気にした風もなくそう言った。

席を立とうと腰をあげる。

「そ、そういう訳には」

トリステイン魔法学院にとってヴィリエという伝説確定の超逸材に3年間で卒業してもらうのは規定事項なのだ。

何事も無くただ卒業して貰えればそれだけで良い。

それだけで将来的にはあの伝説の魔術師が在籍した唯一の魔法学院として箔がつくのだ。

逆にいえば大人しく3年で卒業してもらいたいというのがオスマン学校長を含む教師陣の切なる願いなのだ。

「そ、そうだ!ミスタ・ヴィリエ、今日、召喚の儀式を行いなさい!」

「今日ですか?」

「そうです!あの日、貴方は授業に出席していなかった。それでは儀式をしていなくても仕方がありません。春の使い魔召喚から日付はずれましたが今日、儀式をします」

「良いでしょう。では」

そう言ってヴィリエは杖を地面にむかい振った。

軽く呪文を唱える。

教室全体の床が発光している

「何を」

地面に対し「錬金」がかけられた。

一瞬で教室に魔法陣が描かれる。

「今から広場に行っては授業の進行に差支えるでしょう。この場で召喚します」

そう言って音吐朗々と「召喚」(サモン・サーヴァント)の呪文を謳うヴィリエ。

さっきまで竹を打ったように静かであった教室は一気に騒然とした。

狂乱と呼ぶに近い騒ぎである。

「な、何が出るの!?」

「やばい、やばいよ!!」

「恐怖の大王とか出てこないよね!?」

「死にたくない…、助けて…!」

「ゼロのせいで!こんな事に!!」

「「「そうだよ!!ゼロの馬鹿!!あほ!!!!」」」

今度はルイズがクラス全体から非難を浴びていた。

一点集中砲火である。

皆、ヴィリエが怖くて仕方がないのだ。

「なんで!私が悪いのよ!!」

そう反論しながら才人の影に隠れるルイズ。

俺を盾にするなよ!

「召喚」(サモン・サーヴァント)

呪文の完成が宣言される。

教室が溢れんばかりの光に包まれる。

皆一様に目を閉じる。

しばらくして目を開くとそこには――

「ドラゴン!」

「伝説の魔獣だ!で、でかい」

その大きさは20メイルはあろうか。

見た目は風竜が近いが大きさがだんちである。

こんな大きさの風竜は存在しない。

教室の屋根はぶっ飛んでいる。

みな教室の隅に退避していたためその巨漢の下敷きになったものはいないが危ない所であった。

「申し訳ないなミスタ・コルベール。ずいぶんとでかいのが出てきたね。これは教室で召喚を試したのは失敗だったか」

反省の弁を述べるヴィリエ。

すると巨竜が口を上げた。

「なんじゃお前がわしを呼んだのか?」

「そう言う事になる。君は風韻竜かい?」

「高貴なる風の精霊竜のフィルルじゃ、そんな風情のない呼び方もつまらん」

「僕の名前はヴィリエ・ド・ロレーヌだ。よろしく」

「ふむ、よろしくじゃ、ヴィリエ」

竜はそういうと教室を見渡す。

周りの生徒は恐々と喋る非常識な竜を見上げていた。

巨竜はかっかっと体を震わせて笑った。

「なんじゃ、皆、わしのこの姿にびびっとるようじゃのう」

「どうする?君が嫌なら「契約」(コントラクト・サーヴァント)はしないで帰すけど」

「何でそんな面白そうなことわしが嫌がるんじゃ?そうじゃ、ちょっと、まっとれ」

竜は口の中で何かを呟く。

すると見る見るうちにその巨漢が縮んでいく。

呆気に取られる一同の前で巨竜はひとの姿に変わった。

「うわ、すげぇ、リオレイアがロリババアにかわったぜ」

才人があんまりにあんまりな感想を述べたがそれは正鵠を得た表現だった。

その容姿は少女としても幼い可愛らしい姿であった。

綺麗な青い色の髪を不思議な形にカールさせていてその顔は驚くべき程愛らしい。

ただ第二次性徴をぎりぎり迎える前の本当の少女の姿に変化したらしく、その肢体は見事なまでにつんつるてんである。

なぜ、そんなことまでわかるのか。

それは少女が糸一本身にまとっていない生まれたままの姿だからであった。

「なんで前傾姿勢なのよ!!」

「言わないでくれ」

才人の背中に隠れたまま抗議の声をあげたルイズにたいして才人は情けない声を返した。

本来はいけないことだがセクシャルシンボルに乏しいがきめ細やかで真っ白で無垢な妖精のように美しい少女の躯を眺めているとそういう気持ちになってしまう。

才人にロリコンの趣味は無い。

でもあの少女には本能が反応するような魔性の魅力があるのだ。

考えてみればルイズだってそう大差ない体付きである。

そう言い聞かせるが背徳感が先に来るのは否めない。

しかし目も離せられず見つめてしまう。

見ればかなりの人数の男子がが同じような姿勢に追い込まれている。

「かっかっ、なんじゃ雄共がおち○ちんをおっ立ててこっちを食い入るように見ておるぞ!」

「やれやれ、君は服を着なさい」

そういって少女に注意するヴィリエ。

竜が変じた少女はヴィリエの一点を見つめた。

「何じゃお前は立てないのか?そう言う趣味じゃないのかのう、つまらんなぁ」

なにがどうして残念なのかさっぱりだがとにかく残念そうに少女が呟いた。

「どうして、そのような容姿に変化したのです?」

「だってキューティクルでプリティーじゃろ?わしめっちゃ可愛ゆい!わしは大体この容姿で日々をすごしておるぞ?」

「龍族の誇りはどこにあるのですか?」

あきれた様子のヴィリエが呟く。

「わしはあの姿は嫌いじゃ、可愛のうない。げーともこの姿で潜りたかったんだが途中で魔法が解けおったわい」

「そうですか」

「それより、ほれ。さっさっと儀式の続きをせんか、折角容姿まで変えてやったんだからのう」

「そうですね」

きた!

あのヴィリエがいたいけな少女にキスをする。

そうなったら幼女趣味!変態って罵ってやる!

なぜかすこし胸がもやもやするけど関係ない!

関係ないのだ!!

ルイズがその瞬間を見逃すまいと食い入るように見る。

しかし

ヴィリエは少女の前に跪くとその手の甲にキスをした。

騎士が姫に誓約のキスを交わすかのような光景である。

「何じゃ、手抜きじゃのう、つまらん」

「これで十分でしょう、契約完了です」

見ればキスをした手の甲にルーンが刻まれている。

契約完了。

無駄のない手際の良さだ。


「ばかな!!!騙された!!!」


発狂したような勢いで叫ぶルイズ!

ビビった才人が驚いた声を上げた。

「おい、どうしたルイズ!?」

「だれよ!「契約」(コントラクト・サーヴァント)が口と口でするもんだって言ったのは!ひ、酷いじゃない!初めてだったのに!!!」

「あれは君がひとの話をちゃんと聞かなかったんだろう?僕は普通にすればいいとしか言っていないぞ?」

「し、信じられない、ひ、ひどい。ば、ばかにして!だいたいあんたはいつもいつも!!う、うわぁああ~ん」

ルイズが顔を真っ赤にして泣きながら教室を飛び出した。

その様子に肩を竦める仕草をみせるヴィリエ。

呆然とその様子をながめる才人。

「なんじゃ?どうして怒ったんじゃあの娘?お前のこいびとか?」

「違うよ。まぁいろいろあるんだろ」

そういって少女の体にヴィリエはローブをかけた。

その後、教室はヴィリエの錬金によってあっさり元の形に戻った。

ヴィリエは少女に服を着せるため寮の自室に戻っていった。

才人はルイズを追わず憮然とした態度で聞いても分からない授業を受けてからルイズの部屋に戻った。

ルイズの部屋には鍵がかかっており中には入れなかった。

耳を澄ませると少女のすすり泣く声が聞こえたきた。

それを聞いて乱暴に開けさせる気分でも無くなってしまった。

途方に暮れる才人。

なんだがこっちにきて初めて一人ぼっちになってしまった気分だ。

やっぱりあのキスはまずかったかも。

なんとなく昼の遣り取りで分かったことがある。

ルイズはヴィリエに惚れている。

ちょっと違うかもしれないが少なくとも憧れに近い感情を抱いているらしかった。

仕方なく才人は一人で食堂に向かった。



[21262] 第二章第五話 妖精の食堂
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 20:49
才人は平民扱いながら学籍を許されていた。

ヴィリエが裏で手を回してくれたらしい。

そのため、他の学生同様に授業を受け、食堂で食事する事も出来た。

学費はルイズが払っているのだが彼女の家にとって学費を二重に払うぐらい大した苦ではないらしい。

残念ながら寮の手配に関しては満員なのと基本使い魔が御主人と共に生活する事は当然のことなので却下されてしまった。

男女が一緒に寝泊まりする倫理感より魔法使いの伝統を優先する価値観は変だ。

食堂では座っていればメイドが食事を配膳してくれる。

恐縮だがそういうシステムな以上才人が自分で食事を取りに行くわけにもいくまい。

いつもはルイズの横にすわるのだが今日は一人だ。

この中には親しい友達もいない。

今日は一人で食事するしかない。

「あれ、君、ルイズちゃんの使い魔でしょ?」

「え、そうです」

才人は突然声を掛けられて振り返ると。

にっこりと微笑む絶世のメイド美少女が目の前にいた。

やべ!超絶可愛い。

才人のストライクゾーンのど真ん中に160キロ級の超豪速球が投げ込まれた。

一球で完全ノックアウトである。

そういえば食堂には美の妖精が住んでいるとか話をしている生徒を聞いていた。

一年前は主に配膳係をしていたが最近は料理を覚えて調理手伝いをしているため姿が見えなくなったらしい。

この食堂では彼女の姿を見ることができると一日最高に幸せらしい。

何を、と思っていたが確かに騒ぐだけの事はある。

ルイズも相当に可愛いがこの少女には綺麗さと健康的な色気が更に備わっている。

「あの、お姉さん、お、お名前は」

ぜひ、お近づきにならなくては!

名前だけでも教えてもらうんだ!

才人は意気込んだ。

「あれ?ヴィリエから聞いてないの?私、ヴィリエの恋人のエルシャーナっていうの」

「こら、嘘をおしえるな」

こん、と少女を軽く叩く音がする。

少女が頭を軽く抑える。

「えー、うそじゃないでしょ。もう意地悪」

エルシャーナと呼ばれた少女は甘えた声で彼女を叩いた少年の方に向き返る。

その瞳がキラキラ輝いている。

さっきまでの可愛いが愛おしいに変わってメーター振り切れる。

彼女が可愛すぎて死にそうだ。

くそ!!

「くそ!またヴィリエかよ!くそ!!リア充爆発しろ!!バルス!!クルーシオ!!」

なぜかキレた才人の様子を怪訝な顔でヴィリエは見つめた。

「どうした?ミス・ヴァリエールとは一緒じゃないのか?」

「俺のご主人さまはお前のせいでハートブレイクだよ」

失恋を意味する慣用表現に眉を顰めるヴィリエ。

「その言い回しは適切でないだろ…。うーん、そんなに落ち込んでいるなら謝りにいこうか?」

「やめてくれ、逆効果だから…」

「?そうなのか」

ヴィリエはルイズの事は何とも思っていない様子だ。

確かにこんな美人で性格も良さそうな恋人がいればいかにも痩せぽっちのルイズなんて目にはいらないだろう。

でもあいつにもいい所あるだろう。

たぶん。

なんか、どっと疲れた。

ヴィリエは適当な席に座る。才人もその隣の席に座ろうする。すると

「兄さまの隣は私たちの指定席なの」

「そうかな、どいてくださいかな」

才人の服を引っ張る少女たちがいた。

可愛い。

愛くるしさ満点の双子の少女だ。

フタコイ・オルタナティブじゃねぇか!?

またも理解不明の呟きを才人は発した。

「なにこの子、お前、兄さまって」

「妹だよ。養子だから義妹だけど、赤目がルルナ、青目がレレナだ」

「みゃあ、一応よろしくですかな・なの」

「え、あー、よろしく、俺は平賀才人」

「ひゅらがー・さいとぉ?変ななまえなの・かな」

二人は両隣りに座った。すると

「何じゃ、わしの席は小僧の膝の上か…仕方ないの~」

そういって現れた竜の少女フィルルがヴィリエの膝の上のちょこんと乗っかかる。

「にぁああぁ!!また変な女が増えやがったのですなの・かな!!」

「おー、双子じゃ!おもしろいのう、動きがシンクロしておるのう♪」

興味深深な様子で双子をからかうフィルル。

「きゃ!なにこの子可愛い!!ヴィリエはぐしていい」

「はっ?なんじゃ?」

「いいぞ、エルシャーナ。ほどほどにな」

「うん、うん」

「こら!おいお前!耳長!やめんかい!こら!止めぇい!ヴィリエ!」

「可愛い~~」

エルシャーナは可愛いものに目がないのだ。

突然の熱い抱擁に戸惑うフィルル。

「やれやれ」

「また、ですか無自覚に女に手を出すのやめたらどうです?兄さん」

別のメイドがヴィリエのところにやってきた。

この子も可愛い。

普通に可愛い子だ。安心して見ていられる可愛らしさ。

「シルティ、こいつは竜だって。使い魔のフィルルだって説明しただろう?」

「じゃ、何、こいつ兄さんと感覚がつながっているの?」

「かっかっ、そうじゃ感覚共有は使い魔の基本じゃぞ。小僧がナニするとわしまでナニな気分になるんじゃぞ!うらやましいか!」


「え?何って何??」

エルシャーナが理解できず、聞き返すが双子は理解したらしい真っ赤な顔で言い返す。

「うらやましすぎるのですなの・かな!!」

シルティと呼ばれたメイドの少女は深いため息をついた。

「はー、随分と下品な使い魔ですね。兄さんまで下品になったらどうしましょう」

そういってヴィリエを見やる。

「兄さんの場合、良い薬かもしれません」

「それはどういう意味だよ!」

才人は一人呆然としていた。

美少女いっぱい、特盛り。

みんなヴィリエの恋人かよ!?

この国ってまさか一夫多妻制とか??

ひとまず。

「リア充爆発しろぉぉぉぉおお!!!」

「なんでだよ!」



[21262] 第二章第六話 ゼロの使い魔
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 20:58
ルイズは次の日には復活していた。

才人は結局一晩廊下で過ごした。

そっとしておいてやりたかったのだ。

「大丈夫なのか?」

「なにが?私別にどこも悪くないわよ」

カラ元気が痛々しいほどだ。

目も少し赤い。

才人はルイズの事が不憫で仕方無かった。

可愛そうなルイズ。

「とにかく、授業をうけるわよ!今日こそあいつに勝ってやる!」

「おう!がんばれ!」

「へ?なに?あんたはあいつの味方じゃないの?」

「俺はお前の味方だよ。だってお前の使い魔なんだからな!」



ヴィリエは今日はお休みらしい。

実家に帰っているような話を聞いたから学院自体にすらいないようだ。

拍子抜けした様子のルイズと才人が昼食を食べているとき事件は起こった。

「なぁ、ギーシュ、お前、今どの子と付き合ってるんだよ」

「やめてくれ。僕に特定の娘がいる訳ないだろ?僕は耽美で甘い薔薇の華なんだ。可愛い蜜蜂たちは僕の蜜を集めに自然に集まってきてしまうさ!」

なんだあいつ。

あいつもリア充かよ!頼むから死んでくれ!

ギーシュとそのお友達の集団はげんなりするような馬鹿会話をしていた。

いつもなら気にならないような会話だがあいにく才人もルイズも虫の居所が悪かった。

「あんた、いい加減にしたら?あんたが好きな蜜蜂はみんな毒針を持っているんだからね!刺されるわよ」

「ふ、薔薇を刺すハニーなどいないよ」

どうやら、ギーシュは相当なナルシらしかった。

聞いていて頭が痛くなる。

ほっとけよ。

才人はそう目配りをしたがルイズは止まらなかった。

「あんたと付き合うなんてモンモランシーも趣味が悪いわね!大した力も無いくせにいばちゃってさ!」

「口が過ぎるぞ!ゼロのくせに!」

「ギーシュさま、ミス・モンモランシーと付き合っているのですか?」

ギーシュのところに可愛らしい少女が寄ってくる。

ローブの色からして後輩の少女らしい。

「ケティ!違うんだ!僕は彼女では無く君と…」

「私とじゃなく彼女となんですって?」

そこに冷たい目線をぶつける見事な金髪巻き毛の少女が現れた。

ミス・モンモランシーである。

「ぁあ、違う、違う。そのつまり僕たちはみな良い友達なんだ。みんな兄弟姉妹。らぶ&ぴーす」

「「最低!!」」

ダブルビンタ!

両方の頬を同時に叩かれている奴なんて初めて見た。

二人ともズカズカと歩いて去っていく。

「なんだ、ざまぁないわね」

「くっ!」

ギーシュはキレた。

すべてルイズが悪い!

ゼロのくせに良くも人の恋路を邪魔しやがって!!

二股をかけていた自分の事を棚に上げて本気でそう思った。

ギーシュは付けていた白手袋を脱ぎルイズに叩きつけた。

「決闘だ!!」

「なぁ!?」

「おい!見苦しいにもほどがあるだろ!」

「うるさい!貴族が虚仮にされて黙っていられるか!貴様も貴族なら勝負を受けろ!」

「常等よ!あんたになんか負けないんだから!」

こんな奴に負けてたらあいつには一生届かない!

絶対に逃げないんだから!

まいった。

才人は天を仰いだ。

今のルイズに負ける貴族なんている訳がないんだ。

才人はある決意をした。



 ◇◇◇◇◇



決闘はヴェストリの広場である。

ここはかつて戦った生徒が一夜にして季節外れの大雪を積もらせたことから別名、氷血の決闘場と呼ばれている。

二人は食堂から出てまっすぐここにやってきたのだ。

観客はたくさんいた。食堂での一件は騒ぎになっていたのだ。

「ヴィリエがいないのに大変な事になっちゃったね?」

エルシャーナが双子に声をかけていた。

「むー、兄さまの話が本当なら、まだミス・ヴァリエールは虚無に目覚めていないのですなの」

「いざとなったら私たちが止めた方がいいのかな?」

どうしようか迷っている双子にフィルルが答えた。

「ん、まっとれ。ふむ、小僧は止めなくて良いと言っておるぞ」

「えー!もしかしてテレパスで会話できるの?フィルルずるい!わたしも毎日ヴィリエとずーとおしゃべりしたい!」

エルシャーナが心底羨ましそうに声を上げた。

「ずるいのですなの・かな!」

「ふふ、役得じゃ、悪いのう」

「ふん、ギャラリーが多くてうるさいが仕方がないな。まぁ薔薇は人に見られてこそより美しく咲き誇るものだ!」

そういって薔薇を構えるギーシュ。どうやらあの薔薇はギーシュの杖らしい。

「あんたの泣き顔をみんなに拝んで貰いなさいよ」

杖を構えるルイズ、本気らしい。

「フン、これを見ても吠えられるかゼロのルイズ!」

ギーシュが杖を振るうすると…。

大地から突然青銅の甲冑が現れた。

「これが僕の美しき力の化身、ワルキューレだ!」

「ちょっと自分で戦いなさいよ!」

「魔術師が魔法で戦うのは当然の事だろう!君も魔法で華麗に戦いたまえ!」

しょうがねぇな。

才人はゆっくりと前に出た。

「邪魔する気か!」
「ちげぇよ。魔術師が魔法を使うのが当たり前なら魔術師が使い魔を使うのだって当然のことだろ?まずは俺が相手だ!」

「ちょっと!あんた大丈夫なの!?」

「ルイズ、ヴィリエにもらった剣あるだろ、それ取ってきてくれ」

「え、でも決闘」

「良いから、早く頼む」

決意が溢れた目つきをしている才人はなぜか凄く頼もしかった。

「もう!負けてないでよ!!」

「どうにかがんばるよ」

ルイズが弾けるように広場を去った。

「まてぇ!逃げる気か!!」

「違うよ。まぁ、覚えとけ。あいつが戻るまでがあんたの余生だから」

「ちっ、お前が代りに相手になってくれるんだろ!僕の気が済むまで殴ってやる!」

「こいよ!ナル男!爆発させてやる!!」

どちらからともなく決闘の火ぶたは切って落とされた。




剣!剣・剣!!

あいつが才人に渡した剣。

きっと凄い力があるんだ。ただの剣に見えるがきっとすごいのだ。

悔しい。

悔しくて涙が出そうだ。

ギーシュが魔法で戦士のゴーレムを出したとき怖くて震えそうだった。

いつも強がっているのはただの虚勢だ。

ほんとは凄く壊れやすい自分を必死で守っているだけなのだ。

才人が代りに戦ってくれるといって心底、安堵している自分に気がついた。

弱虫、いくじなし!

結局、彼に本当の気持ちを伝えられないのだって私がうじうじしているからだ!

力がほしい。

魔法がほしい。

勇気がほしい。

ルイズはやがて寮の自室に辿りついた

乱暴にタンスを開けて中を探す。

「あった!」

剣だ。

これを才人に届ける。

速く!早く!




「やれやれ、まだ続けるのかい」

「ぁぁあ、くそ、まだかよ、ルイズ」

何発殴られた?

正直数えるのは苦痛で覚えていない。

「あの子なら逃げたんだろ?たかが平民のために貴族が走るかよ。あのゼロは弱くてしょぼいくせに気位ばかり高くて良くない。プライドばかり高そうだから負けると分かって戻ってくるはず無いね。見た目はまぁまぁだと思うけどああいう女性は僕の趣味ではないな!」

「お前に何が分かる…」

「は?何が?」

「お前にあいつの何が分かる!!いい加減な事いいやがって!女のことなんてお前は何にも分かってないんだな!!!!」

凄まじい気迫だ。

まだ何もされていないはずのギーシュが一歩下がる。

「くっ、まだやれるじゃないか!」

こいつ、折れない!

「才人ぉおお!!」

息を切らしたルイズが広場にやってくる。

剣を才人に投げて渡す。

才人はそれを受け取る。

長かった。

しかし反撃の時だ。

「なんだ、散々待たせておいて持ってきたのはただの剣か。そんなものでなにができる!」

「ただの剣じゃないわよ!ヴィリエの剣なんだから!」

「なに!あいつの剣か!ずるいぞ!あいつに頼るなんて!!」

「違うよ」

言いあう両者に才人は静かに告げる。

「こいつはただの鉄でできた剣だ。それだけだ」

「えっ、そんな、だって」

「ふん、どうやら見当違いだったようだな!」

「ちげぇよ、ばぁーか」

才人は嗤う。

壮絶な笑みだ。

「むしろ、良かったじゃねぇか。こいつがただの剣で!こいつはただの剣なんだ!!」

剣を構える。

その姿が堂に入っている。

剣気とでも言うのだろうか凄まじいオーラが匂い立つ。

ギーシュでも分かる。

こいつはとんでもなく強いと!

ギーシュは杖を振るとさらに青銅の戦乙女を呼び出した。

その数全部で7体。

感情はガンダールヴの力の源。

ならば今の才人の力やいかに――。

「だからこれから見せる俺の力はお前の力だ!ルイズ!目ん玉かっぽじってお前の使い魔の力みやがれ!!」






俺がゼロの使い魔だ!!!





少年の咆哮が天に響く。

そこからの少年は圧倒的だった。

少年が剣を一振りするごとにワルキューレは真っ二つになった。

その姿はまるで疾風の化身であった。

激風が吹き荒れる!

ほんの一瞬で七体、全ての戦乙女が斬り伏せられる。

その光景を目の当たりにして少女は泣いていた。

信じられなかった。

ただの少年にこんな力があるなんて。

この世に不可能なんて無いんだ。

諦めなきゃいけないことなんて何もないんだ。

少年の勇気が少女の心の氷を溶かしてくれているようだ。

少しだけ素直になれそうな、少しだけ自分に自信が持てそうな気がしてきた。


その時、異変が起きた。


全てを斬り伏せても少年の動きは止まらなかったのだ。

「え」

どうやら、戦いの最中、激しい動きによって傷口が開き意識を飛ばしてしまったらしい。

今の彼は強大な意思の力で無理やり戦い続ける狂戦士と化していた。

「ま、参った!僕の負けだ」

しかし、少年は止まらない。



袈裟切り一閃。



ギーシュの杖が真っ二つになった。

ギーシュ自身は間一髪、体を投げ出して真っ二つにはされなかったがもう後は無い。

「ひ、ひぃぃいいい」

ギーシュが恐怖で後ずさる。少年は狙いを定めて剣を上に振りかぶる。

「まずいのですなの・かな!」

一瞬の遅くギャラリーも異変に気がついたが間に合わない!!



少年の神速の切り落としが放たれる!


「そこまでだ!」

少年とギーシュの間に突如立つ男がいた。

ヴィリエだ。

広場がどよめく。

冗談でなくヴィリエは突然現れたのだ。

彼はブレイドを走らせた杖で完全に才人の剣を受け止めていた。

あの剛剣を苦もなく受け止めたらしい。

さっきまでの光景が目に焼き付けているだけにギャラリーが再びどよめく。

「やれやれ、僕が帰郷していればこの騒ぎ。どういうつもりだギーシュ」

「ぼ、ぼぼくは悪くない!ル、ル、ルイズが!」

「いい加減にしろ、そんな事は聞いていないんだよ!ここには僕の使い魔が残っていたんだ!事情ぐらい全て分かる!この騒ぎの責任について聞いているんだ!」

「ひっ」

「僕は悪くないだと!?反省の色が見えない様だから僕とも決闘するか?ミスタ・ギーシュ!!」

ギーシュに対し杖を向けるヴィリエ。


威圧。


見物していたクラスメイトは彼が怒っているその光景を始めて目の当たりにした。

風が彼の怒りに合わせて轟々と蠢く。

ただ一人の少年に杖を向けられているだけなのに世界の全てを敵に回したかの様な恐怖があった。

圧倒的な王者のオーラがギーシュを襲う。

それだけでギーシュは白眼を向いた。

あまりの恐怖に意識がシャットダウンしたらしい。

「ちっ、都合のいい奴め」

ヴィリエはつまらない男から杖を外すと才人に向き合った。

瞬間、彼は崩れ落ちた。

「サイト!!」

ルイズが大慌てで近づいてくる。

見ただけで分かる大怪我だ。

正直生きているのが不思議なくらいだ。

彼がここまで大きな怪我をするとは思っていなかった。

ヴィリエは状況を知って慌てて帰還の魔法を使いここまで跳躍(と)んできたのだ。

「ミス・ヴァリエール。心配はいらない。彼は僕が治す」

ルイズはきゅとサイトを一回抱きしめた。

そして彼を丁寧に地面に寝かせるとヴィリエに向い合った。

まっすぐにヴィリエを見据えている。

そして

「お願いします。彼を助けて下さい!」

「…!!」

彼女が素直に頭を下げた。

あれほど意地っ張りで必至だった彼女が…。

「大丈夫。このくらい僕なら簡単だよ」

ヴィリエはルイズの成長を好ましく思った。

そして

やっぱりお前は大した男だよ。才人。

穏やかに少年を見、杖を振るった。



 ◇◇◇◇◇



その晩、才人はふかふかのベットで目を覚ました。

いつも寝ている何年床布団ではない。

「やっと起きた。心配したんだから」

「あれ、傷無いけど、全然痛みないけど、え、夢オチ!?」

「何言ってるの、あんたあのギーシュに勝ったのよ!」

「そうか、良かったな」

「へ、どうして?」

「だってお前の名誉は守られただろ?」

「う、うん。ありがとう」

嬉しそうにルイズはほほ笑んだ。

「あれ、素直」

「へ、そ、そう?」

笑ったルイズを見て才人は一つの事実を再確認していた。

「うん、お前ってさ、笑うと物凄く可愛いよな」

驚いたぜ、そう言って才人も笑った。

「もうあんたの目曇り過ぎ、私が可愛いなんて当然でしょ」

そう言って笑うルイズ。

あんまりにも笑顔が素敵ですこし眩しい。

「わたしね。決めたの」

「ん、何を」

「このままじゃ前に進めないから」

「…」

「私告白します」



[21262] 第二章第七話 彼氏彼女の事情
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 21:07
「貴方のことがずっと好きでした」

告白を受けた少年は呆然と少女を見た。

信じられないようなものを見た様な顔をしていたが少女が真剣な事に気がついたのだろう。

すぐに真剣な顔をしたのち、答えた。

「ありがとう。でも君とは付き合えない」

すぐに答えられた。

用意されたものでは無かったが自然と答えは出ていた。

「うん、分かってた。なんとなく」

「そう」

「ごめん、つきあわせちゃった。でも」

ありがとう。


大切な気持ちだったから


こうして彼と彼女は別れた。



 ◇◇◇◇◇



その晩、才人は悶々として一人で部屋で寝ていた。

ルイズは帰ってこない。

どうなったんだろうか?

正直、ルイズとヴィリエが付き合う事はたぶん無い。

ヴィリエがルイズをなぜかそういう対象として全く見ていないことは分かった。

どちらかと言うと庇護する対象?

父親的というかなんというか…

良く分からないがやはり恋人同士という関係にはなりそうもない。

正直、ヴィリエはエルシャーナや双子の妹たちといるときの方が自然に笑っていた。

付き合うならあの中の誰かだろう。

でも

もし

ヴィリエとルイズが付き合うことになったら

俺は祝福できるだろうか

「無理だな」

悔しいけど今の俺はルイズに惹かれてる。

ルイズとヴィリエが上手くいけば良いなんてちっとも思っていない。

祝福なんて無理だぜ。

くそ、なんで帰ってこないんだルイズ!!

たぶん今晩は寝れそうにない。

いや、たぶんというか絶対。

無理。



◇◇◇◇◇



次の日結局一睡もしまいまま、才人は扉を開けると何か物にぶつかった。

「ル、ルイズ」

「…サイト。おはよう」

「あの、だ大丈夫か?」

「平気よ、平気だもん」

「ルイズ」

「そりゃ分かってわよ。分かってたけどでも、でも」

ルイズの目が真っ赤だ。

ずっと泣いていたのだろう。

「泣いたとこ見せたくないから。泣き枯れるまで帰ら無いつもりでいたのに」

「ルイズ」

「どうしてだろう。一晩中泣いたのにまで出てくるんだ。おかしいなぁ…」

そう言って彼女は涙を一筋流した。

瞬間、才人の中の思いが爆発した。

悔しい。

悔しい!

才人は思った。

こいつはこんなにあいつの事が好きなんだ!

悔しい!

何で!あいつは答えてやれないんだ!

こんなにこいつは好きなのに!!くそ!!

そりゃ確かに振られれば良いなんて思った!

思ったけどこいつがこんなにかわいそうなのは我慢できない!

俺じゃこいつの涙を止めてやることができないんだ!くそ!!

「ルイズ」

「あう、な、なに?」

「ちょっと顔洗ってくる」

あいつに文句を言ってやる!

絶対に泣かせてやる!

才人は部屋を飛び出した。



 ◇◇◇◇◇



朝食を取る学生でにぎわうアルビィーの食堂で難しい顔をした少年がいた。

ヴィリエである。

「乙女心と秋の空か。到底、理解できるものでは無いようだな」

乙女心ほど難解な数式を見た事は無い。

「どうしたの?ヴィリエ」

今日もニコニコ顔のエルシャーナがヴィリエのもとにやってきた。

「昨晩、ミス・ヴァリエールに告白された」

「へ…。うそ」

「あぁ、まったく想定外だ。僕は彼女には嫌われているとばかり…」

「ど、どう返事したのよ!!」

「僕と彼女が付き合う訳ないだろ?」

「そっか、そうよね。良かった」

エルシャーナがほっとした様子でうんうんと頷いている。

「ねぇ、ヴィリエ」

「なんだい?エルシャーナ」

「大好き!愛してる!」

「ありがとう、エル」

「うん!…じゃなくて返事!」

「うーん、どうしようかな…」

「ちょっと、もう!!意地悪!」

エルシャーナはまたはぐらかされたと知って怒っていたが本気で怒っているわけではなさそうだ。

恒例のやり取りを彼女としているとヴィリエの前に一人の少年が現れた。

「ヴィリエ!!」

「才人か」

ゆっくりと目を閉じたヴィリエ。

大体予想はついたがやはり来たか、熱い男だ。

「てめぇ、よくも俺のご主人さまを振ったな」

「都合のいい時だけ使い魔ぶるなよ」

「なにぃ!?」

「今のお前の行動が本当に彼女のためになるのか考えてみたらどうだ」

「ふざけんな!俺は俺がてめぇを殴りたいから来ただけだ!!」

「短絡な、こういう時は一人の男として彼女を支えてやれ」

「そんな狡い真似できるかよ!!」

「そういう風に考えているうちは自分本位だぞ。才人」

「うるせぇ!なんでも分かった風に装いやがって!てめぇが本当に弁えているならこんなことにはならなかったんじゃねぇか!!」

「そうかな?まぁ一理あるかもしれないが」

そう言って思案に耽るヴィリエ。

どうしてこうなった?

「おいおい!!俺はお前と議論しに来たんじゃねぇぞ!!喧嘩売りに来たんだ!!」

「まったく。良いだろう。弁えるべきがどっちか教えてやるよ」

そういって傍らの少女の対して杖と全てのブレスレットを外し手渡す。

「え、ちょっと外しちゃうの!?」

「問題ない」

「くそ、余裕ぶりやがって!俺には魔法はいらないってか!!」

「あぁ、今のお前は弱い」

「上等だ!!」

才人が弾けたように動き出す。

殴り合いの喧嘩だ!

しかし、才人の拳はヴィリエには届かない。

完璧なタイミングでの空気投げ。

合気道の技だ。

「ぐはっ」

「こんなものか才人!」

痛ってぇ!

才人が激しい痛みを全身に感じた。

少し間合いを取る。

「逃げるな」

今度はヴィリエが動く。

才人はカウンターを合わせてヴィリエに当てにいく。

しかし

逆に打った手を決められて投げられた。

どうしてそんな技が使えるのか!?

理解できないまま投げ飛ばされる。

起き上がる才人は愕然とした。

決め投げされた左腕が全く動かなくなっていたのだ。

折られた。

すぐに違いに気がついた。

こいつ、目が良すぎる。

それ以外にも何だが凄いことを当たり前に感じ取って動いている。

駄目だ。

こいつ強すぎる。

勇気が鈍る。

このままじゃ絶対こいつに勝てない!

くそ!!

才人は腰に差した剣に手をやった。

「ふん、ルーンに頼るか」

「うるせぇ!」

右手で剣を抜き出す。

動かない左手の甲が輝く。

勇気が溢れだしてくる。

いける!勝てる!絶対に負けない!

「うぉぉおお!!」

才人が突進する。

疾風迅雷!

超高速の一撃だ!

しかし

バン!!!

すさまじい音が弾けた。

「ちっ頑丈な奴め!!」

「うげぇ、う、嘘だろ」

ヴィリエは完璧なタイミングでカウンターを打っていた。

才人は人間では本来出せない神速の突進と斬撃を見切られた挙句その自らのスピードを逆手に取られた一撃を顔面に受けた。

顔面陥没骨折かそれに近いダメージ。

少なくとも鼻の骨は粉々に砕け、口の中には濃厚な血の味がひろがる。

しかしダメージが顔面に綺麗に入ったおかげで脳震盪が無い。

おまけにカウンターの反動でヴィリエの右腕の拳は砕けたようだ。

ヴィリエに対してダメージはわずかでも与えた事の意味は大きい。

どこか麻痺した感覚の中で一気に勇気が膨れ上がる。

まだいける!!

「うおぉぉおお!!」

「狂犬が!吠えるな!!」

もう一度神速の一撃!

今度はさっきよりもはるかに速度が増していた!

その上がり幅はヴィリエの予想をも超えていた!

一撃が通る――「か!!」

ぎりぎりのタイミングで避け切ったヴィリエ。

しかしこのスピード、タイミングの良さで合わせるだけでは処理しきれない!

これ以上の加速にはもうついていけない!

交差の瞬間ヴィリエは才人の足元を狙ってカウンター気味の蹴り打ちを叩きこんだ。

しかし、ヴィリエも完全に才人の動きを取られきれてはいない!

ヴィリエの足への一撃は才人の右足を完全に破壊したが代償としてヴィリエも足に大きなダメージを負った。

「ちぃ、痛めたか!」

「くそぉおお」

才人は倒れる衝撃で剣を落としてしまった。

手が届く範囲よりもずっと外だ。

もうルーンは使えない。

しかし、痛みの感覚はとっくに麻痺している。

確かにむちゃくちゃ痛いし顔も足も腕も折れてる砕けてる。

でも

まだあいつをこの手で殴って無い!!

まだ戦える!!

「いい加減にしたらどうだ!ルイズが憧れの感情だけで僕と付き合ってなんになる!劣等感に一生苛まれるだけだ!!そんな事が君の望みか!!」

「そんな事はどうだっていいんだよ!いちいち理屈こねくり回しやがって!俺はお前を殴りたいわけ!あいつを泣かせたお前を殴りたいだけだ!!」

「自分の感情をどう整理したらいいか分からないだけだろ!お子様!!」

「うるせい!!」

その時、食堂に騒ぎを聞きつけ駆けつけてくる少女がいた。

ルイズである。

「ちょっと!!なにしてるのよ。才人!ヴィリエ!」

「お前は黙ってろ!!」

才人は体を必死に動かしヴィリエを捕える。

ヴィリエはむしろ迎え撃ってくる。

まずは顔面!

どん!
強烈な一撃はヴィリエの方だ!

ダメージははるかに向こうの方が少ない。

それでも才人は拳を固める。

どん!

今度は才人の拳がヴィリエに入った。

軽く頬が赤くなる。

くそ、力が足りねぇ!

どん!

今度はヴィリエが!

どん!

それを才人が返す!

どん!

どん!

「もうやめてぇ!!」

「うるさい!今いい所なんだよ!」

あと少し、あと少しであいつに…。

どん!

ヴィリエの強烈な一撃、脳裏が真っ白になる。

くそっ!

こんなところで!

畜生!

おれよわいじゃん…。

バタンと少年が倒れた。

勝ったのはヴィリエだった。

「エルシャーナ、杖とブレスレットを」

「う、うん、どうぞ」

彼がブレスレットをはめ、何事か呟き、杖を振るうとその傷は一瞬で完治してしまう。

「今回だけだ、こんな泥試合は」

そう言ってヴィリエは才人の方に杖を向ける。

それだけだ。

場合によっては後遺症が残っておかしくない相当なダメージだったがそれだけでたった一瞬で回復してします。

「ミス・ヴァリエール、彼の事は頼んだぞ」

「分かったわ」

彼女はヴィリエの方は向かずに才人だけを見つめて頷いた。

男の子なんだなぁ。と思った。

意地っ張りで頑固。

正直悲しい気持は吹き飛んでしまった。

ありがとう。才人。

あんた最高の使い魔だわ。



[21262] 裏話その1 魔王の使い魔
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/20 23:02
###  ヴィリエサイド 第二章第四話終了直後 ####


「ほう、異世界の魂がのう。魂だけ呼ばれるとはのう」

……。

「ほうほう、こんなものか、ふむ、なかなか。ひゃは、これは愉快じゃのう」

……。

おい、こいつ、まさか勝手に僕の記憶を読んでないか?

現世の記憶込みで。

「読んどるぞ」

「んな、あほな!やめろ!トカゲ娘」

どうやったらそんな真似ができるんだよ!おい!!

「何じゃ、けちけちするんじゃないぞ、減るもんじゃなし」

なんだこの使い魔。

才人レベルじゃねぇ。

もしかしてやばい?やばいの引いた?僕ピンチ?

油汗が止まりません。

「ぷっ」

「なんだよ」

「おぬし、意外とむっつりじゃのう」

「表でろや!ごら!トカゲ!成敗してやる!!」

フィルルは腹を掲げて笑った。

「面白い、面白いのう。外の文明がそんな事のなっておったとはのう。このフィルルにも知らぬ世界があるとはのう」

くそ、風韻竜ってのがこんなに規格外だとは思わなかったぞ。

「まぁ、お前さんにはかなわなそうじゃがわし等もなかなかのものじゃぞ」

くそ、引き剥がしてやる。

ルーンに意識を集中する。

内在領域の制御。

こいつの僕はスペシャリストだ。なめるなよ。

壁を作るイメージ…。

「あ、なんじゃ折角繋がっておったのに」

僕は漸く一息ついた。

なんか既にかなり手遅れだが…。

いかん、脱力感が…。

「とんでもない使い魔だな、お前」

「気にするな。お前さんほど変でもないぞ。心配せんでもお前に従ってやろう。面白そうじゃしな」

フィルルはずっといい笑顔だ。

心の底から楽しくて仕方無いらしい。

「面白いことを考えておるみたいだし協力してやろう。一人じゃそうそう動けまい?」

「……。しょうがないか」

確かに四大魔法だけでは消化しきれないアイデアもかなりある。

エルシャーナに協力を頼むつもりはないし多少手詰まり感があったからな。

フィルルが相当な精霊魔法の使い手なのはよく分かる。

逆にチャンスと見るべきか?

いずれにしても頭が痛い案件がまた一つ増えたな。



[21262] 第二章第八話 勇者/加熱する氷(アイス・ヒート)
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 21:12
魔王が地に伏せた。

その事実は衝撃を持って学院を揺るがした。

あのヴィリエがあの才人とかいう平民に負けこそしなかったがいい所まで行ったらしい。

ヴィリエと言えば天才魔術師のコンビが二人掛り・一年掛りで挑戦してそれでもなお一回も傷一つ負わなかった男である。

二つ名を彼が名乗ったことはないが彼の事を多くの生徒はこう呼んでいた。

「魔王」ヴィリエと。



 ◇◇◇◇◇



「その時、彼の剣が煌めき僕のワルキューレを討った。紙一重で僕の負けだったのさ」

そういってギーシュは自らの武勇伝を語っていた。

「こうして「勇者」ヒラガー・サイトと「聖銅」のギーシュの戦いは終わった」

どうやら「魔王」討伐の一件以来、才人には「勇者」の二つ名がついたようだ。

ギーシュはこれ幸いと魔王閣下と互角だった勇者と互角だった俺凄いという話をでっちあげていたのだ。

転んでもただでは起きないナルシ、それがギーシュであった。

そんな感じで例の一件が皆の間で消化せれている中、頭を抱える男がいた。

「勇者」こと平賀才人である。

「参ったなぁ…」

「どうしたの?サイト?」

「いやその…」

ルイズの手前話題にも出せない。

才人にとって家に帰るなら最大級の情報源はヴィリエだ。

結局、彼が言っていることはことごとく正しい訳だから彼と仲違いをしたのは手痛い失点だ。

こっちの都合で一方的に殴りに行ってしまった。

正直、関係を修繕したいが許してもらえるかな…。

いや、やはりルイズの手前素直に謝る訳にはいかない。

謝らずに関係が回復することなんてできるかな?

否、そんな都合のいいことばかり考えていてはだめだ。

でもそうは言っても……。

どうしよう。

人知れず途方に暮れる才人であった。



 ◇◇◇◇◇



「世の中には凄い平民がいるもんね~」

「大した平民」

「はぁ…」

才人はその日二人の少女の訪問を受けていた。

「だれ、彼女たち」

才人がルイズに訪ねる。

「さぁ?」

「あら?私の事をご存じないの、ミス・ヴァリエール?そう、この学園に帰ってくるのも3年ぶりだものね…」

「実際は3ヵ月」

「なんなのよ!その緩いコント!」

「誰かしら?怖い人がいるわよ。30年も経つと人間変わるわね、更年期障害かしら?」

「人心一新」

「さっき、私の名前を呼んだでしょうが!キュルケ!タバサ!」

「あら、ミス・ヴァリエール。ごきげんよう」

「御機嫌良」

「全然、御機嫌じゃないわよ!」

しれっとした態度の二人に憤慨するルイズ。

「あら、ミス・ヴァリエール。ふきげんよう」

「御機嫌不良」

「あんたたち…」

1年前はこんな性格だったかしら…。

「サイトだったかしら?私は「緋姫」のキュルケよ。相棒が「蒼姫」のタバサ」

「タバサ」

そういって、才人と軽く挨拶を交わす。

「あんたたち、三か月も学院ほったらかして何やっていたのよ?」

ルイズが白い目を二人に送る。

「あら、修行でしょ?山籠り。熊さんとダンスの練習をしてきたのよ」

「山で引篭り」

「あの滝は冷たかったわね~。丸太とか降ってくるし」

「本がしわくちゃ」

「まぁ、山には3日で飽きたからそのあとはぶらぶらしてきたんだけど」

「諸国漫遊」

話を聞いて頭が痛くなってきたルイズ。

「ずいぶんと良い御身分ね…」

「当り前じゃない、だって私たち貴族なんですもの」

「浪費上等」

「あーそうですね。勝手にすれば…?」

「最近、娘が私に冷たくて…」

「発育不良」

「発育はいらないでしょ!!ってあんなにそんな事言われる筋合い無いわ!!」

たしかにタバサはルイズよりも小さい。

もっともタバサは単純に年齢的に幼いだけだが…。

「最近、娘が私に暴力を…」

「下剋上」

「だー!いい加減にやめなさいよ!意味分かんないのよ!訳分かんない!」

「やーねぇ、そんな風に話について行けない事を喧伝されても…」

「浅学無知」

「むきっー!!!」

ついにルイズが切れた。

まぁまぁと彼女の気を静める才人。

「しかし、サイトに先を越されなくて良かったわ」

「油断大敵」

「へ、何を?」

「「魔王退治」」

青赤コンビ、加熱する氷(アイス・ヒート)さまざまな異名を持つ学院最強コンビの帰還を聞き付け、多くの生徒が彼女たちの動向に注目していた。

彼女たちと魔王ことヴィリエとの戦いはこの学院にとってまさに名史と呼べる戦いの連続であった。

あるいは暗黒史。

いずれにしてもこれほど卓越した実力を持つ魔術師が同時期に在籍した例は長いトリステイン魔法学院においても始めてのことであった。

魔術師も戦闘民族なのか、回復魔法まで堪能なヴィリエに安心して限界ぎりぎりまで悪あがきし続けた二人は半年ほどでスクウェアクラスにまで実力を伸ばした。

その後も戦いは続いたが最近はヴィリエの方が面倒がって逃げるようになり、試合の回数は激減していた。

キュルケとタバサもこのままでは勝てないと悟り、修行の旅に出てしまったので最近は大きな喧嘩は無かったのだ。

それゆえに才人という新風の登場は新鮮であった。

前記の三人のバトルがマンネリ化してきたこともあって才人の登場で新たな局面を迎えた事に興味深深なのだ。

本来であれば気品と優雅さこそ尊まれる学院の歴史にあってこの世代は違う価値観を持っていた。

ぶっちゃけ、殴り合って最後に立ってたやつが一番凄い。

ハルケギニア新人類。

いまや、学院魔術バトルは生徒たち最大の娯楽である。



 ◇◇◇◇◇



「何?あいつ、また図書館に籠ってるの?」

「卑怯」

ヴィリエが図書館にいる事を知って、何故か憤慨する青赤コンビ。

「ヴィリエが図書館にいると何かまずい訳?」

ルイズが疑問の声を上げる。

「図書館じゃ、戦えないのよ!特にタバサが」

「本は友達」

書呆子のタバサが真剣な顔で頷く。

図書館では戦えないどころか大量の本にうっとりしてしまいヴィリエの存在すら目に入らなくなるらしい。

「やだ、一番の親友は私よね?タバサ?」

「キュルケは二番」

「やん、妬いちゃうわ!だったら私も自史伝を書こうかしら。タイトル、貴婦人キュルケ午後の放蕩」

発売されればバタフライ伯爵夫人の優雅な一日に匹敵する迷作となるだろう。

「興味津々!」

「発禁ものでしょうが!!」

「ねぇ、サイトくん、ヴィリエを図書館から引きずりだしてきてくれない。お礼はするから」

キュルケが才人に依頼を出す。

図らずも謝るチャンスだ。

「や、やってみる」

決意をして図書館に入る才人。

図書館の扉を開けて中に進む。

本の迷宮を抜け、奥に奥に進む。

奥にはこの図書館の主が鎮座していた。

「才人、外の二人の使い走りか?」

開口一番、用件を告げられる。

「あ、その」

「やれやれ、この世界に来てまでパシリをすることもあるまいに…。いいだろう」

「あ、おい」

読んでいた本を適当に放りヴィリエはゆっくりと立ち上がった。

こういう風を見るにこの男を書呆子だとか本の虫だとかは呼べない。

たぶん呼んだ本の量自体はヴィリエは外にいるタバサよりはるかに上だ。

しかし本を愛している愛読家のタバサに対して知識の蒐集目的以外に本を嗜まないヴィリエでは本質的に違う。

「久々に相手をしてやろう、ん、どうした才人?」

「…いや、何でもない」

前から薄々気づいてはいたがこのヴィリエという男は本当にどこまでも自分本位の性格らしい。

人の話を聞かない。

正しい自分勝手って性質が悪い。

まぁヴィリエは一人称こそ僕だが俺様キャラだから…。

無敵系キャラの典型的性格なのだろう。

独断先行唯我独尊。

さっきの話だがタバサは本を愛しているがヴィリエは知識を愛している。

フィロス(愛し求める)・ソフィア(知識)。

つまり愛識、哲学。

一種の哲学者なのだ。我が強いのも当然か。

「才人。君も来たまえ。君がこれから戦うかもしれない。魔術師の真価を見せてやろう」

「あ、あぁ」

どうやら謝る必要はなさそうだ。

あの喧嘩についても何も思うところが無いらしい。

魔術師バトルか…すげぇ見ものだな。

このときまで才人は魔術師を甘く見ていた。

魔術師の真骨頂。

それがどれ程驚嘆すべきものなのか。

その事実を才人はまざまざと見せつけられることになる。



[21262] 第二章第九話 魔術師の戦い
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 21:19
毎度おなじみのヴェストリの広場。

広場に感情がある訳がないがもはや度重なる決闘で広場と言うより荒地と化してしまったその身を彼は嘆くだろうか?

それとも誇るだろうか?

いずれにしても今日もヴェストリの広場に魔術の雨、嵐が吹き荒れる。

「ふふ、漸くこのときがきたのね」

「大願成就」

やたらと気合いの入った青赤コンビがヴィリエを睨む。

風に柳と飄々とそれを返すヴィリエ。

「なんの時が来たんだい?」

「決まってるでしょ!あんたが負ける時よ!」

「盛者必衰」

まず動いたのはキュルケだ。

「ほう」

このコンビはいつもであれば威力が低い代わりに機動力の高いタバサが先ず動き、攻撃力の高いキュルケの一発にかける戦い方なのだが。

―「炎球」(フレイム・ボール)

生み出された炎球はまっすぐにヴィリエに向かっていく。

その軌道が突然落ちる。

ナックルボールだ。

ヴィリエとぶつかる寸前に軌道を下へと変化させた火の玉は大地を焼く。

炎の弾丸は延焼が付加されており炎が大地に走る。

―「炎幕」(ファイアベール)

ファイアウォールの変化系。

幾つもの薄い炎のカーテンがヴィリエとキュルケの間に展開される。

「どういうつもりだ?囲い込み?否」

時間稼ぎか!

タバサが朗々とスペルを詠み上げる!

ユビキタス・デル・ウィンデ…!



―「偏在」(ユビキタス)



「ずいぶんと高度なスクウェアスペルを習得したじゃないか!」

「偏在」は知名度も高いが数多のスペルの中でも最高難易度の魔法だ。

新たに現れたタバサの数は5人。

「すげぇ!分身の術か!!」

始めてみる大魔術、その奇跡の業に驚く才人。

「このぐらいでおどろかないでね」

キュルケが笑う。

タバサも頷く。

「さぁ、次はどうするんだい?」

次の瞬間、一人のタバサが弾けたように動き出す。

―「神速」(ハイアクセル)

「討つ!」

「迎え撃とうか!」

――「神速」(ハイアクセル)

神速の打撃戦。

技量はほぼ互角。

しかし先読みがある分ヴィリエの方が数段有利に進めていく。

「強くなった!」

「お褒めに預かり光栄の至りだ。タバサ」

勝負自体はヴィリエが有利に進めているがその顔は厳しい。

仕掛けてきたタバサは一人。残りは―


―「輝嵐」(ダイアモンド・ストーム)×2


水風風土。

鋭利な氷結晶に錬金をかけた強力無比の竜巻である。

それをタバサ二号、三号が重ねがけしている。

「ふん、もろともか!」

タバサ一号ごとヴィリエの姿が竜巻の中に消える。

続けて4号5号が詠唱を終える。

―「石壁」(ロックウォール)

―「錬金」(ケミストリー)

ヴィリエを巨大な石のドームが囲い込む!

「いよいよ!私の出番ね!」

キュルケがそう言って舌舐めずりをした。


―「竜砲」(ドラゴン・ブレス)


風・風・火・火!

光熱系と呼ばれる風火系のスクウェアスペルがキュルケから放たれた!

恐るべき熱炎の轟砲がドームの中のヴィリエに放たれる!

同時にドームが完全にふさがれる。

熱波は錬金によって鏡面となったドームの内部を乱反射しさらに収束拡散を繰り返す。

おまけに錬金がかかった氷結は熱波に触れると高温で燃え上がった!

地獄の超高温の溶鉱炉にヴィリエを封殺したのだ。





煉獄大釜(ヘルシング・メルトダウナー)




強力無比の青赤コンボだ。

しかし

「なかなかやるじゃないか」

溶鉱炉が爆発する。

中からは無傷のヴィリエが登場する。

タバサ一号の姿は見えないので消滅したのだろう。

「く!今のをどうやって防ぐのよ!」

「理解不能」

「もう終わりか?」

「冗談!!」

キュルケの杖が振るう!

タバサたちがそれに続く。

怒涛の魔術ラッシュ!

―「炎膜」(ファイア・プロテクション)

巨大な炎の膜がヴィリエを覆う。

「どういうつもりだ?」

キュルケは炎熱の移動を遮断する炎の守護をヴィリエにかけた。

―「錬金」(ケミストリー)×2

タバサ2号3号によって炎膜の中の空気に大量の錬金がかけられ空気成分が可燃性のものに書き換えられる。

可燃性の空気は瞬時に炎の膜に触れ爆発的に燃焼する!

と同時にタバサ4号5号6号が動く



―「空縮」(ゲイル・バニッシュ)×3



風・風・風・風。

「風衝」(エア・プレッシャー)の上位強化版である。全方向からの超圧縮の三重掛けによって炎の膜空間が急激に縮小される。

大量の熱量が圧縮されて超超高温の空間を作り、全ての物質を蒸発させる。

中心温度はさっきの合体魔法をも超える。






超圧滅界(ブレイズネル・スフィア)





青赤コンビ最強の合体魔法である。

さすがにこれなら―。

「たいしたものだ。ここまで成長するとはね」

「なんで生きてるのよ!」

「化物!」

「失礼な。さすがにあれはくらったら危ないだろ?」



――「転移」(テレポテーション)



風風風風風風。

風の六重奏。空間そのものに意思力を付加して跳躍したのだ。

「そろそろ、功守交代だな…」

ヴィリエがブレスレットを一撫ですると瞬時に神速の付加がかかる。

だん!

一瞬でタバサ3号がぶっ飛ぶ。

どのタバサにも、もう神速をかける魔力残量は無いだろう。

圧倒的なスピード差に一瞬で蹂躙される。

「ちょ!」

キュルケが慌てて他のタバサを援護をしようとするがー。

「きゅう」

タバサ3号が意識を失うと同時に他のタバサが消える。

3号がオリジナルだったのだ。

「なんで本体分かるのよ!」

7対1の状況がたったの一撃で1対1になってしまった。

「この野郎!燃え尽きろ!!」


―「爆破」(ニトロ・バースト)


火火土土。

周囲の空気を爆薬と化して爆発させる非常に強力なスペルだ。

しかし、キュルケの生み出した爆炎はヴィリエの魔法に阻まれ届かない。


――「結界」(バリア)


風風風風風。

空間に意思力を通して位相をずらし事象の連続性を断絶させる最強クラスの防御魔法である。

ヴィリエは先ほどの煉獄大釜もこの技で防ぎきった。

「なにが起こってるのよ!」

キュルケが唸る。

ヴィリエが二人に対し空間制御系の魔法を見せるのは初めてだ。

ヴィリエにとっては奥義の一つだ。

これを引き出したことを光栄と思うか不幸と思うか。

――「稲妻」(ライトニング)

空間制御を解くと同時にヴィリエが放った電撃がキュルケを撃つ。

「うきゃぁ!?」

キュルケがそのショックであっさり気絶した。

試合終了。

「そろそろ本気で面倒になってきたな…」

ヴィリエが面倒そうに呟いた。

二人とも一歩間違えなくても即死系の魔法をガンガン仕掛けてくるようになったからだ。

感知のかかっている状態のヴィリエなら超感覚を頼りに意思力の作用を解析できる。

いうなればカードゲームで相手だけ手札をオープンにして戦って状態だ。

そうそう下手な手も打たないが万が一があったら死んでしまう。

そもそもこのコンビと来たら何を間違えているのか大艦巨砲主義と言うか問答無用でぶっつぶすという優雅さの欠片も無い戦い方に特化している。

「育て方間違えたな」

ヴィリエは溜息を吐きながらその場を去った。

「はー、今日のは派手だったね」

「この二人も大概化物じみてきたな。ヴィリエは相変わらずだけど」

物影や建材の影からぞろぞろと大量のギャラリーが出てきてキュルケとタバサを回収し、広場の修理を始める。

「次はいつかな?」

「頻度減ってるもんなー」

「お、勇者様じゃん、次期待してるぜ!」

「敵情視察?やるねぇー」

呆然と勝負を見守っていた才人の肩をぽんぽんと叩いていくクラスメイト。

「えーと、魔術師ってみんなこんなに強いの?」

「こいつらが例外に決まってるでしょ!大体がギーシュレベルよ!」

「ふっ、ミス・ヴァリエール、その発言、僕を馬鹿にしていないかい?」

すげぇー、で、どうしよう。

才人としてはルイズの事を男(一流の魔術師)にしてやりたい。

才人自身の力で。

でもこんな連中の戦いを見た後でガンダールヴのちょっと刃物が上手に扱えますよ的スキルだけでルイズを男にしてやれるだろうか…。

こうなったら!

才人は新たな決意を胸に秘めた。



[21262] 第二章第十話 勇者の修行
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 21:26
「先生、俺強くなりたいです」

「…どういう風の吹きまわしだ。才人?」

その日も図書館出勤を果たしたヴィリエを捕まえて才人は言った。

「だってルイズのために強くないたいんだよ!こういうの頼める奴ってヴィリエだけじゃん」

「別に僕は何とも思っていないが、あれだけの騒動の後で僕が君を弟子にとったなんて状況は全然宜しくないな」

せっかく才人に対する周囲の状況は良くなっているのだ。

しかし

「修行か、それ自体は悪くない考えだ。だったらお前に教師をつけてやる」

「本当か、よし!」

「明日には手配してやる、覚悟しておけ」

そう言ってヴィリエは図書館と別方向に歩き出した。



 ◇◇◇◇◇



「あんたが修行?どういう風の吹きまわし?」

「なんで反応がヴィリエと同じなんだよ!別にいいだろ」

ルイズは才人をまじまじと見た。

「なぁ、お前帰れよ。こんなの見ても面白くないって!」

「なんで私が使い魔の命令聞かなきゃいけないのよ。一応ご主人さまなんだから見ておかないといけないでしょ」

なんでだよ…。

才人にしてみればルイズに特訓を見られるのは嫌だ。

才人が突然強くなってルイズがそれに惚れなおすという計画なのだ。

それなのに地味な特訓からルイズがいたのでは意味がない。

「貴方がサイト君ですね。私が貴方の剣術指南を仰せつかったクゼ・メイエイと申します」

「あら、いい男じゃない」

「くそ!なぜにイケメン!?」

黒髪の麗人が目の前に現れた。

彼が才人の教師らしい。

「ではさっそく手合わせしてみますか」

「いいぜ!逆にやる気になった!」

イケメンなんてクーリングオフだ!

才人の左手のルーンが輝いた。




俺を誰だと思ってやがる!



結論――完敗。

無様に転がされた才人にルイズが心配そうな声をかけた。

「大丈夫、サイト?」

「あ、あぁ」

「ふむ、やはり、聞いた通りですね」

「何が?」

憮然とした声を才人が発した。

好きな女に良いところ見せるどころか恥ずかしいところ見せちまった。

「いえ、サイト君は体の動きと型のキレ自体には問題がありませんが剣士として見ると技のキレと含蓄に致命的な欠陥があります」

「は?どういう意味?」

「素直にただまっすぐ剣を振っているだけなのです。邪剣を教える気はありませんがそれにしても素直すぎます」

「そうなの?」

才人はだたルーンが教えてくれる通りに剣を振っているだけなんだが…。

「所詮ルーンが教えてくれる剣術では基本に忠実、型通りになってしまうのでしょうね。相手の事を考えて剣を振るわないと何時まで経っても強くはなりません」

「マジで」

クゼは懐から何かを出した。

黒い手袋?

「これはめて剣を持ってください」

「いいけど。あれ?」

手袋をはめて剣を持つと急に剣が重くなった。

ルーンが光ってない!?

「どうやら、ヴィリエ様の推察通りでしたか。ひとまずその状態で訓練を始めます」

「マジで!?くそ!」

剣の素振り一つにしてもなっていない。

「これは時間がかかりそうですね」

気長にいきますか。

クゼはそう呟いた。



 ◇◇◇◇◇



才人が授業に参加しなくなった。

修行漬けなのでしかたないのは分かる。

そもそも魔法学の授業なんて才人には必要無いものなのだから。

才人と寮でも喋らなくなった。

才人がいつも疲れてすぐ眠ってしまうのだ。

そりゃ、修行が大変なのは分かるけど…。

使い魔がご主人さまとほとんどしゃべらないなんていいのかしら?

要するにルイズは寂しくなっていた。

その日は休日で授業も無いのでぼんやりと使い魔の修行風景を眺めていた。

「その剣どうにかなりませんか?」

「へ?」

クゼが才人の剣を見つめていった。

「いや、どうにも良いものではないですし」

才人は剣を眺める。

すでに相当傷が入って刃も潰れている。

「でも師匠、こいつはヴィリエが作ってくれたものだぜ?良いものなんじゃないのか?」

「ヴィリエ様が?うーん、しかしこれは適当に作ったんじゃないでしょうか?頑丈そうではありますが」

「え、そうなの。結構愛着あるんだけどな…」

すると詰まらなそうに練習を眺めていたルイズが反応した。

「じゃ、私が新しい剣を買ってあげるわよ!」

「え、悪いから良いよ。これでも十分だし」

「何よ!私が買ってあげるって言ってるのに口答えする訳!?」

「はぁ?」

何でルイズの奴こんなに絡んでくるんだ??

「良い話ではないですか?練習用はこれでも構いませんが実戦用はもっと実用性の高い剣を持つべきです」

「武器ってそんなに差が出る?」

「試しに私の刀を持ってみますか?」

「いいの」

才人はクゼの刀を受け取った。

「軽い!」

「チタン合金製の刃体にスクウェア級の硬化と固定化がかけられていますからね」

高かったんですよ。と苦笑いのクゼ。

チタン製の武具もかなり安くなってきたとはいえロレーヌ商会で売られている中でもこのクラスのチタンブレードの大業物は軽く3000エキューはするはずである。

「ぜんぜん違うじゃん!ずる!師匠ずるい!」

「だから、あんたも買いに行けば良いじゃない!いくわよ!」

「そうですね。せっかく休日ですから練習もここまでにしておきましょう」

「え、待てよ!ルイズ!無理に引っ張るな!」

クゼの話など聞くまでも無く才人を引きずっていくルイズ。




「で、どこ行く」

学園の入口に辿り着いたところでようやく才人は解放されたので聞いてみる。

「そうね、トリスタニアか、ニューロンディでしょうけど。でも私ニューロンディには行ったこと無いし…」

「近い方にしようぜ。時間も無いし」

「列車に乗ればどっちも大した距離じゃないけど、高いのよね…」

まだまだ、庶民の足とは言い難い鉄道。

別に普段なら利用するのは問題ないが今回は高い買い物が待っているわけだし…。

「あら、ミス・ヴァリエールじゃない」

「はろー」

キュルケとタバサの二人組が声をかけてきた。

「なんだ、二人も出かけるのか?」

「そうよ、補修も終わったし。試運転を兼ねてね。トリスタニアまで高跳びするの」

「試運転?何の?」

「こいつ」

タバサが手を振ると幼竜と見られる竜がやってきた。

「きゅい、お姉さま呼んだ?きゅい」

「あ、風韻竜?凄いの引いたわね。補修って使い魔召喚だったの?」

「そうなのよ!せっかくヴィリエより良い使い魔を引こうと思ったのに被るなんてねぇ…」

「外れ」

そう言ってタバサが幼竜を杖で軽く刺した。

「きゅい!痛い!酷い!きゅい!」

「躾。どっちが上か分からせる。基本」

ぶす、ぶす、ぶす。

「ちょっと、ペットの飼い方じゃないんだからそれは無いでしょ」

「そう」

そう言うとタバサは幼竜を刺すのをやめた。

「ひどい、お姉さま、鬼畜なのね」

「あんた達、どこまで行くの?乗せてってあげようか?」

「え、でも四人は無理じゃないの」

「いける」

「無理!無理きゅい!!」

「余裕」

ぶす。

「ぎゃー!急に行ける気がしてきたのね!きゅい!!」

「躾。完了」

「ちょっとかわいそうよ。タバサ。私のにも分けて乗れば良いじゃない」

タバサにそう言うとキュルケは口笛を吹いた。

すると間もなく巨大な火竜が現れた。

「おう、別嬪のお嬢、俺を呼んだかい?」

「か、火韻竜!?」

「そうよ、しかも成体よ、なかなかレアな使い魔でしょう!」

「…外れ」

「ひどい!お姉さま酷いのね!きゅい!きゃー!ごめんなさい!!」

タバサが杖を構えただけで幼竜はあやまるようになった。

「パブロフの犬」

「はは、チビッ子は苦労しそうだな、おもしれー」

「名前決まった」

「きゅ、きゅい?」

「犬」

「きゅいいいい!!!」

「感激?」

「そんな訳ないのね!きゅい!きゅ、ご、ごめんなさい!」

杖を構えるタバサ。ガクブルに震え上がる幼竜。

「冗談、本当は…」

「きゅ、きゅい」

「ポチ」

「きゅいいいいいいいい!!!」

「大喜び」

「違うのね!!!」

「で、どこ行くの?」

「じゃ、トリスタニアまで」



[21262] 第二章第十一話 勇者の聖剣
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/21 01:52
トリスタニアにつくとキュルケは行きつけの香水屋、タバサは古本屋巡りの旅に出た。

あの二人は気ままに買い物に興じるだろうから帰りは馬車か列車を使うしかない。

「あんたはこっち。きなさい」

「へいへい」

最初の店はブルドンネ街の一等地に巨大な店を構えていた。

随分と小奇麗な店だ。

綺麗なデザイン文字で表札がかかっている。

ロレーヌ武器商会トリスタニア支店。

「支店?王都なのに支店なんだ。ってロレーヌってヴィリエの?」

「そうよ。まずはここからにしましょう」

二人がドアの前に立つと扉が自動で開いた。

ルイズがビクとして扉の前で固まる。

「どうした?入ろうぜ?」

「え、だって誰か出てくるでしょ?」

「何言ってんだよ。自動ドアだろ。これ」

「え、自動。そう、そうよね!当然じゃない!」

「?」

何よ、こんなの紛らわしい!

そういえば最近ロレーヌ商会の店舗では動く歯車を使った動く階段や動くドア、動く歩道があるらしいと聞いていた。

魔法をこんな事に使うなんてブリミルに対する冒涜にならないのかしら?

「すげぇ、ポスターがいっぱいある」

「これ、写像の魔法で紙に転写されているのね。へー凝ってるわね」

写真の中ではモデルが見事な着こなしでロレーヌ商会の武具を装備してナイスポーズを決めている。

モデルの中にはウェールズやアンリエッタの姿もある。

何やってるのこいつら?

「いっらしゃいませ。おや、貴方様はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール公爵令嬢様ではございませんか」

品の良い老コンシエルジュがルイズの前に現れた。

ルイズは突然名前を呼ばれてびっくりした。

「え、あ、まさかヴィリエから何か聞いたの?」

「いえいえ、私ども商売柄、貴族様のお名前と御尊顔はよく存じ上げております。ヴァリエール様」

「はぁ」

「失礼、お連れの方は御見かけしない方ですがボーイフレンドで?」

「ち、違うわよ!こいつは召使い!そう召使いのサイト!!」

真っ赤な顔で否定するルイズ。

横で聞いていた才人はガッカリした。

否定するだけならまだしも召使いってなんだよ。

「これは度々失礼しました。ではヴァリエール様、今回はどんな品を御所望でしょう」

「えーと、彼が剣を欲しがってるの何か良いのない?」

「はいでは最新のものをお持ちしましょう」

「なんかすげぇ、ブランドショップみたいじゃねぇ」

「ブランドショップだもん。これもバックみたいなものでしょ」

「高くない?大丈夫?」

「高かったら買えない。しょうがないじゃない」

「予算いくら?」

「えーと、300エキューくらいかしら」

「それって凄いの?」

「たぶん下級貴族の年給くらいよ」

それってすげぇじゃん!

「お待たせしました。まずはこちらからどうでしょう?」

そう言って品の良い惚れ惚れするようなデザインの剣を差し出した。

剣の刃体が水鏡のように磨きあげられており、装飾には細かい宝石も見える。

「すげぇ、持っても良い」

「もちろんです」

才人は剣を握った。

軽いだけでなく握りやすい。異常に手になじむ。

「ちょっと振るぜ」

軽く振ってみる。おまけに振りやすい。

「どういう剣なの」

「はい、最高品質のティタンにいくつのも希少金属をまぜて作った合金を稀代のソードマイスターのアスマン・オースが造形した刃体に今期のデザインベストイヤーを獲得したミルザ工房のクルツキ・カナデが作った柄を合わせました。さらに当社のスクウェアクラスのメイジによる固定化と硬化がかかった完全限定生産のデザイナーズソードになります」

「そう、でおいくら?」

「1万エキューになります」

「高!」

才人はびっくりして思わず剣を落としそうになる。

「ちょっと、召使いの剣なのよ?もっと安いのでいいわよ」

「そうですか。ふむ、ですとこちらなどどうです?」

そう言って細見の剣を持ってくる。

女性用のレイピアらしい。

握りの形が才人のは合わない。

握りは調整できるようだが実戦向きのものでもなかったので辞退させてもらった。

「それでいくら?」

「こちらだと600エキューですね。これより安いモデルは当店では扱いがありません」

「そう、まぁ、召使いが持つには身分不相応よね」

「そうかもしれません。ここの商品はどれもサロン用の装飾がかかっていますから」

「残念だけど、今度の機会にさせてもらうわ」

「はい、いつでもお待ちしております。ヴァリエール様」

店を出て開口一発ルイズは吠えた。

「高すぎるわよ!無理でしょ!何なのよ!!」

「いや、そのツッコミは分からんでもないけど」

「仕方ないわね。こっちにボロイ店があるから行ってみましょう」

「おう、そうだな」



◇◇◇◇◇



「らっしゃい、なんだ、貴族さんかい?悪いがうちにはティタン製の武具なんておいてないぜ」

変わって品の良くなさそうな店主が迎えてくれた。

「この際、それには拘らないわよ。何かないの?」

「うち、見ての通りだぜ」

50・100エキューセールと銘打ったのぼりが見える。

「全部100エキュー?」

「おう、今どきの町の武器商なんて悲惨なもんだぜ。貴族向けのブランド商品の市場は軒並みロレーヌ商会に牛時られているからな。チタン製の武具以外の価値の下落も手伝ってうちらは庶民向けを細々と売るだけだ。」

「というわけだから何でも良いわよ」

「マジかよ。ワゴンセールって」

「真剣に探せば掘り出しものもあるでしょ?」

適当なルイズ。

しかし、こういうワゴンセールは半分くらいはバッタモンと相場が決まっている。

「う、逆に悩むな」

「おいおい、悩む事か。おでれーた!そんなもやしっ子の体でどんな剣を振るってんだ。そこらの棒っきれでも振ってろや!」

「くそ、デル公、商売の邪魔ばっかしやがって!!」

才人は声を主を手に取った。

随分とボロボロでみすぼらしい剣だ。

「すげぇ、剣がしゃべった!すげぇ!」

「インテリジェンスソード?珍しいわね」

「おでれーた、てめぇ。使い手か!?なんで手袋なんてつけてやがる!わかんねぇだろが!」

「え、俺がガンダールヴだって分かるのか?」

「おうよ、俺もかつては使い手に使われてたからな」

才人はピンときた。

かつては勇者とまで言われた伝説のガンダールヴの使っていた剣だって?

名剣に決まってる!

「おっさん、これくれ」

「え、こんな口の悪いのいらないわよ。しゃべる剣なんて無駄だわ」

「これが良いんだよ!きっと凄い剣だぜ!」

愛想の悪い店主はその様子をつまらなそうに眺めた。

「そうかい。じゃ50エキューだ」

「安、もうしょうがないわね…」

しかし、なんだかんだと文句を言いながらルイズの内心は安くすんでほっとしていた。

剣がこんなに値が張るなんて知らなかった。

「さんきゅ、ルイズ」

「な、何よ。別にあんたの為とかじゃなくて、仕方なく、そう仕方なくでしょ!ちゃんとした武具を与えるのはご主人さまの義務なんだから!」

そういってツンデってるルイズを気にした風もなく剣を抱え込む才人。

良い買い物ができたとホクホク顔であった。



 ◇◇◇◇◇



「貴族1枚、平民1枚」

「大人二枚ですね。トリステイン学園行きだと4エキューになります」

ルイズがそれを聞いてぶうたれた。

係員の娘に文句を言う。

「何、平民と一緒に座るの?高級車両なのに?」

金さえ払えばお客様を区別しないのがロレーヌカンパニーのモットーである。

「ご利用客はほとんど貴族の方ですよ。不満でしたらビジネスクラスもご用意できますよ?」

「そっちはいくら?」

「16エキューになります」

「なら良いわよ、普通の方で」

「では出発は10分後ですので御乗りになってお待ちください」

ルイズはもの珍しそうに列車を眺めた。

才人の方は落ち着いたもので少しレトロな列車だなとか思っているだけだ。

「やっぱ、金持ちとかって列車には乗らないのか?」

「へ?なんで逆でしょ?」

「いや自家用ジェットとかさ」

「なにそれ、知らないわよ」

さすが首都発の列車である。

利用客はかなり多い。

反対ホームに比べるとなぜか空いてはいるがそれでもこっちのホームだけでも500人は下らない。

その利用客のほとんどは貴族だが一部商人なども混じっている。

「く、靴は脱ぐのかしら?」

「なんでそんなに緊張してるんだよ…」

見れば靴を脱いで上がっている貴族が多い。

まじで?

鎖国解放したての明治みたいだな…。

「右に倣えだな」

「よね」

中に入ると下には絨毯が引いてある。

ふわふわ過ぎて少し歩きづらい。

席番号まで行くと靴を仕舞うスペースがあった。

スペースも広く取ってあり才人の知っている電車とは少し違うらしい。

ソファもふんわりしていて高級そうだ。

「みんなこんな作りなの?」

「あ、えーと高級列車は30分に一本。15分に一本の割合で大衆列車が走っているみたい」

「これは高級列車?」

「そうよ。大衆列車は100スゥもあれば乗れるけど、いつでもすし詰め状態らしいじゃない。痴漢もでるらしいし、嫌よ」

その気持ちは分からないでもないが、どこの世界にでも変態はいるもんだな…。

高級列車は20倍の価格設定らしい。

まぁこの世界の貴族様の優雅な暮らしを考えればそのくらいの差は出そうだ。

「おでれーた!いつ間にこんな凄い乗り物ができたんだよ!」

「へ?列車って一般的じゃないの?」

こっちに来て日の浅い才人には列車が普通なのかそうでないのか判断できない。

「ここだって完成して2年くらいよ。学院前駅に至っては整備されたのは数か月前なんだから」

「そうなの?この鉄道ってどこまで続いてるの?」

「ゲルマニアとトリステインなら大体いけるわよ。他の国には無理ね」

ガリアとは交渉が相当難航しているらしい。

ロレーヌ商会にとってガリアは鬼門らしい。

横に座るルイズが才人の手を握ってくる。

「わ、私乗るの初めてなんだけど…」

「そうなの?」

以外そうにルイズを見る。

「ば、爆発しないかしら」

「ルイズの魔法じゃないんだから大丈夫だろ」

ぎゅう!!

「いてぇ!ルイズ!たんま!たんま!」

「もう!」

「でも何で乗ったことないんだ?」

「だって、お父様が大のロレーヌ嫌いで領地にゲルマニア方面への列車を走らせることを嫌ったから。おかげで別ルートの列車が走ることになって…」

「大のロレーヌ嫌いって…」

その娘がその御曹司を好きになってどうする。

「今じゃ、ラ・ヴァリエールなんてど田舎よ。列車の一本も走っていないんですもの」

自嘲気味に呟くルイズ。

なぜかその物思いに沈む雰囲気が儚げで綺麗だ。

「田舎も良いもんだろ?」

「ありがとう。でもなんでお父様はあんなに嫌うのかしら?ド・ヴァンファレイ家の姫様とは親交も深いのにね」

実はルイズの父は宮殿勤めの頃にクリフから世継ぎが産まれない事を散々バカにされてきたのだ。

なんせ、中の悪い二人だった。

ルイズの父は高潔な血族でありながら才気に溢れ、前国王フィリップ三世の覚えも確かな人物であった。

一時は参謀に加えるという話も出るほどの買われようだ。

一方のクリフはのちに首都警護竜騎士連隊の大隊長にまで上りつめるとはいえ雑草の人であり、いかにもエリート然とした線の細い優柔不断なルイズの父が大嫌いだったのだろうし、やっかみもあったのだろう。

自分に男の子が生まれ、ルイズの父に男の子が生まれないとその度に「やい、この種なし」と言って本気で喧嘩していたのだ。

あんまりにも頭に来ていたのだろう。

クリフが都落ちした時、ルイズの父はしたり顔で「お前のような蛮族にはもうトリスタニアの敷居はまたがせないぞ」と言えば「リッシュモンのあほがやったことを笠に着て話すとは恥ずかしい奴め!貴様のあほ面が見えなくなってせいせいするわ!」と言ってまた喧嘩したらしい。

禍根は残りまくったらしく、クリフはロレーヌ財閥での事業展開でラ・ヴァリエール領を無視しまくっている。

ラ・ヴァリエール領の作物を最大大手のロレーヌ家の商人が買い付けに行くことも無く両者の間では物流もストップしている。

ロレーヌ財閥が動く歯車を使って作ったトラクターを利用した企業型大規模農業に乗り出したことも豪農家のラ・ヴァリエール家を追い詰めている。

農産物関連の物価が安く安定し出したのだ。

しかもその反面、トリステイン国自体が異例の好景気もあって多少の価格騰貴が起こっている。

好景気を得る前のトリステインに一人取り残されてしまったのだ。

ロレーヌ財閥は親派の貴族には嗜好品生産への切り替えや農業のノウハウを提供したりしてケアをするが外様には結構冷たい。

実際のところロレーヌ財閥の力を恐れて外様はそんなに多くはいないのだがその筆頭と思われているのがラ・ヴァリエール家である。

ラ・ヴァリエール家は個人資産はたくさんあるので没落こそしていないがルイズの家の家計は相当に厳しい状況にあったのだ。

誉れ高きラ・ヴァリエール領が最近ではど田舎村呼ばわりされている。

都市部に比べて土地は価値がないのでひたすら安い。

反面、商人の出入りも少なく広大なラ・ヴァリエール領に物品をいきわたらせるため列車で運ばれてくる物品を一度馬車に乗せ替えなくてはならないため二重の手間賃がかかり物価が高い上とにかく安定しないし届かない。

とにかく住み難い町なのだ。

特に最近の「仕事に困ったらロレーヌへ」の風潮も拍車をかけている。

領民もどんどん離れて行っており、商店街も閑古鳥が鳴く店がほとんどだ。

名ばかり公爵家。

ルイズが馬鹿にされる最大の理由かもしれない。

しかしこの件に関してクリフばかりが悪いとも言えない。

エミリアが意固地な夫に意地悪をやめろと言った時、クリフはつまらそうにラ・ヴァリエール領に列車を通せたら仕事しやすくなるのは当然だと答えた。

実は事業の初めに交渉自体はしたが破談したのだ。

当初予定ではゲルマニアとの物流に対しラ・ヴァリエール領とツェルプストー領を繋ぐラインを想定していたのだ。

既に別ルートが確保された以上このルート自体、今更、重要性も低い。

今となっては時間はかかるがラ・ヴァリエール領が没落してから交渉を始めた方が賢明なのは誰の目にも明らかだった。

クリフは頭の一つでも下げれば交渉を再開してもいいとのたまったのでエミリアはその旨、カリンに一筆書いている。

しかしカリンは手紙の内容を主人に伝えることは無かった。

結局、ヴァリエール公がクリフに馬鹿にされる最大級の汚点は世継を産めなかった自分なのだ。

自分がヴァリエール家に嫁がなければヴァリエール家が没落する事は無かった。

カリンは深い慙愧の念を抱かずにおえないのだ、その思いは必要以上に彼女を貞淑な妻にかえていたし、その妻を深く愛するルイズの父はその妻を馬鹿にしているクリフを許す訳にはいかなかったのだ。

そんな状況であるから余裕がまるでない訳ではないがカリンは娘たちに強く倹約を求めている。

いずれにしてもここら辺の微妙な関係が若干ルイズに悪影響を及ぼしている。

ちょっと芋娘なのだ。

そして世間知らず。

「そろそろ、出発だな」

「う、緊張してきた」

ぎゅ、ルイズが才人の腕にしがみつく。

本来ならパイタッチとか色々胸躍るイベントだが。

胸躍らねぇ、て言うか胸がねえ。

まぁ、小動物的な反応を見せるルイズはむちゃくちゃ可愛いけど…。

「お、動いた」

「そ、そう」

…。

「意外に普通ね」

「そりゃ、そうだろ。窓見てみる?」

「う、うん」

窓に近づいてみる。

ちょうど夕日に差しかかっている二つの月が上がっていく姿が水平線上の首都と掛って見えて正に絶景だ。

「きれい!凄い!すごい!」

「なんでか列車に乗ると外見るよなぁ」

もうルイズははしゃいでいる。

なんとなく才人もうれしい。

予定だと1時間もしないで学院についてしまう。

この手もそうなれば離さないといけない訳だ。

ちょっと残念だな。

「また乗ろうぜ」

「うん」

そう言って満面の笑みがこぼれる。

あ、こういう時使うんだけ。

恥ずかしすぎて口に出して言えやしないけど。



君の方が綺麗だぜ。ルイズ。



[21262] 第二章第十二話 聖剣の秘密
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 21:59
才人は早速手に入れた剣を何でも鑑定士ことヴィリエのもとに持ち込んだ。

「ほう、面白い剣だな」

「誰だ、こいつ。やたら無駄に偉そうだな」

ヴィリエを初見したデルフリンガ―はこう称した。

「デルフリンガーか。名前からすると一見、ストームブリンガーぽいけど、こいつの自称が本当ならその本質は憑依剣、グリランドリーに近いな」

「へ?グリランドリーってなに」

サガフロで出てきた剣だっけ?

「有名な魔剣だよ。持ち主に寄生し、あらゆる魔法を食らう。そして膨大な力の代償として一年と一日で持ち主を死に至らしめる」

「おいおい、おでれーた!俺はそんなに物騒じゃねぇぞ!ってなんか一部そんな風な力がある気がする…」

「マジかよ!怖え!!」

「まぁ、こいつの場合は様々な武器に寄生して、魔法を食らい、時に使い手の体を操り、そして嘆きの運命ののちに守るべきものを手にかける。多少マシだろ?」

「全然マシじゃねぇ!!」

なんだよ。

その呪われたアイテムは!!

「ドラマがなければ魔剣とは言えないとは誰の弁だったかな?そういう意味じゃこいつはこの世界における最高の魔剣さ」

「あ、いや、おめぇ、なに知ってるんだ?」

本気で驚いたデルフリンガ―が戸惑った声を上げる。

「まぁ、いろいろさ。冗談はさておいてこいつは面白い武器だぞ。初代の頃はこいつは長槍の姿だったのに今は剣の姿になっている。あの頃はさしずめロンギヌスの槍だったんだろうが今は違うんだな」

「槍の姿の話はやめてくれ!あの姿の俺は慙愧の念に駆られた娘っ子に折られてしまったんだ。軽いトラウマだぜ!」

「そうか?ん、どうした才人?」

「いや、これ捨ててくる!」

「おいおい、冗談だと言っただろう。こいつの正体は精霊魔法の意思剣だよ。色々曰くは憑いているが本性は善良なもんさ」

ヴィリエは愉快そうに眼を細めた。

「インテリジェンスソードにもいくつか種類があってその一つが精霊魔法の意思剣を付加された次々と対象を変えて憑依する剣、フェアリーソードだ。中には完全に使い手を操ってしまう地下水なんて名前の妖刀もある。デルフリンガ―は武器の方に憑依する意思剣だな。人間のメイジが作る意思剣はデスティニーソードとダンシングソードの大体二種類だ。伝承剣は使い手に剣の記憶をもたらす効果がある。限定的なガンダールヴだな。達人の剣術の奥義を伝えるためのものだ。舞踏剣は勝手に動く剣だな。リビングソードと言い直しても良い。剣の形をしたガーゴイルだ」

才人の理解を置いてけぼりにして説明し出すヴィリエ。

刀身を軽く弾くとその質感と造りに文句を言った

「にしても折角の魔剣もこれだけの駄剣に納まると威厳がないな」

「言いやがってちくしょう!」

「なんだったら僕の方でボディを用意してやる。乗せ換えないと見るに堪えん」

「くっ」

「そもそもクゼに習っているのに未だ直剣ばかり使い続けてどういうつもりだ?刀を用意しろ」

「え、いやでも刀なんて一般に出回ってないぜ!一応ルイズと探したけど」

刀が一般的に出回っていないのだから仕方無い。

「そう言われてみればそうか。まぁ良い。こいつに相応しい器は僕のほうで用意しよう」

そう言ってヴィリエはデルフリンガ―を鞘に納めて才人に返した。

「明日には用意しておいてやる。その剣はルイズにもらったんだろ?彼女も連れて来たまえ」

「いいのかよ?」

「何が?」

「いや、別に…」

その様子を眺めたヴィリエが言った。

「なぁ、才人、お前ルイズの事好きか?」

「は?な、なんの話だよ!」

からかうなよ!

そう思って才人はヴィリエを見た。

しかしヴィリエの眼は真剣だった。

「もう一度聞くぞ。お前ルイズの事が本当に好きなのか?」

「あぁ、好きだ」

そう断言する才人。

それを聞き、ヴィリエは眼を閉じた。珍しく迷っている。

しかし結局、彼は言った。

「お前、ルイズをどうするつもりだ?」

「え、どうって?」

「お前がもといた世界に帰るとしてだ。捨てて行くのか?連れていくのか?それともこの世界で共に暮らして行く気か?」

「え、その」

「はっきり言ってやる。恋愛なんて一過性のものだ。始まりがあれば終わりがある。永遠なんてないんだ。結婚すれば愛がとうに冷めったて関係性を続けていかなきゃいけないんだ」

「ロマンがねぇ」

ヴィリエのこういう冷めた価値観は時々驚くほどだ。

「ルイズを連れて元の世界に戻ればお前は彼女の一生、そのすべてを抱え込むぞ。逆にこの世界に残る決断をしてみろ、ルイズはお前の一生を抱え込むことになる」

「うっ」

「僕の見立てだから外れているかもしれんがな。ルイズは分別のある大人の恋愛ができるタイプじゃないぞ。走りだしたら全てお前のものになる。良く言えば一途、悪く言えば依存するタイプだ。だからこそ今しかない。考えろ。お前の決断を」

「…」

才人は真っ青な顔になっていた…。

頭の中を鈍器で殴られたような衝撃があった。

どうするって…?

ルイズの一生をみる?

ただの恋愛がそんなに重いのかよ!

くそっ!!

確かに俺は考えなしにルイズを好きになっちゃだめだ!

俺はいずれ別の世界に帰るんだから!!



◇◇◇◇◇



「そう、ヴィリエが」

「なぁ、良いのか。これお前からのプレゼントな訳だし」

簡単に乗り換えて良いものか?

「え、別に良いわよ。大事なのはその意思剣の方なんでしょ?私はその、結局ちゃんとした剣は買ってあげられなかったから…」

そういう意味では少し悔しいがヴィリエがきちんとした物を用意するのであればそれに越したこともあるまい。

年々額が減ってきているルイズの小遣いでは10年かかっても才人の腕に見合う剣は用意できないだろうと思う。

「あの、ヴィリエに会うの平気か?」

「そっちはもう全然平気」

いつもと変わらない様子のルイズである。

才人からするとお互い特に気にした風がなくて拍子抜けしてしまう。

こんなに簡単に整理できるものなのだろうか?

「明日、どうするの?」

「えーと、放課後にヴェストリの広場に集合で」



 ◇◇◇◇◇



「精霊魔法の良い所は四大魔法の場合が意思力を持たないものにしか有効でないのとは逆に精霊魔法は意思力があるものにこそ有効という事だ」

「はぁ」

ルイズと才人はそろって生返事を返した。

ヴェストリの広場についたとたん理解できない激論が始まっていた。

相変わらずヴィリエの説明魔、解説魔な所にはついて行けない。

「精霊魔法は自然にある意志力や関係性を引き出して使わないと強力な効果を発揮できない。だから受動的な防御魔法は強力でも攻撃魔法が弱くてチープなんだ」

「そうなの?」

ルイズの認識だと精霊魔法はとにかく凄い、下手すると虚無に匹敵する力があると思っていた。

「ああ、はっきり言って精霊魔法の攻撃魔法なんて大したことないね。本来攻撃意思を持たない剣や木の枝に無理やり意思剣を付与して意思力を持たせて攻撃しているだけに過ぎないんだ。本来、意思剣は邪法だ、大いなる意思に反する」

「まぁ、小僧の言っている事はある意味、正解じゃ。エルフの使う意思剣はどう考えても不自然じゃからな。不自然と言う事は理に反するということじゃ」

ヴィリエの使い魔のフィルルがヴィリエの説を肯定する。

「エルフや精霊魔法の使い手の使う魔法の打ち最強のものは「反射」(カウンター)じゃ。あれはあらゆる存在の持つ性質を保とうとする意思力を具現化した魔法じゃ。故に干渉を及ぼす外力を全て弾き返すのじゃ。理に叶っているが故に意思剣よりはるかに強く優先される」

「そう、エルフが外交的な性格なのも仕方のないことだ。意思剣の矢では「反射」(カウンター)が崩せない。エルフ同士の喧嘩は千日手になるのか常だ。話し合いで済ませようと思うのも仕方のないことだ。大体、精霊魔法の最大奥儀、契約も所詮意思剣、意識付与の一種だろ?」

「そうじゃのう。その場におけるすべての自然現象に意思化をかける事で自分にとっての都合のいい意思を具現化するのじゃ。それが契約と呼ばれる魔法の正体じゃ。全ての自然物が自分の意思に則している状態なら精霊魔法は非常に強力だ」

「なるほど、つまり精霊魔法は重ねがけするごとに強くなるわけだ」

「意思の程度が上がるだけじゃ。威力の上がり幅は有限じゃ。水が水で炎が炎でなくなるわけではないからな。まぁ、そうは言っても契約がかかった場所でエルフと戦うのは大変なことじゃぞ。あれは一種のブービートラップじゃからな」

「逆にいえばアウェーのエルフは大した相手ではないわけだ」

「そうじゃ、しかし主よ。お前さんの考える大いなる意思は少々ズレとるぞ。あれはこの世界における自然意思の塊などでは無い」

「じゃ、その正体はなんだ?」

「大いなる意思とは超強力な意思剣であり契約じゃ。その古き名をセフィロトという」

「!大いなる意思が魔法だとすれば正体は察しがつくな。おおかた、エルフを含める全精霊使いの偶像崇拝を集めたな」

「ふむ、理解が早くて助かるのう。ただ、集めたのは偶像崇拝よりも原始的な意識じゃ。大いなる意思とはいわゆる超自我の集合体じゃ。集合的無意識の結晶と言ってもよい。近い所で抑止力、神とも呼べるかもしれん」

「なるほど全ての精霊種の集合的無意識をつなげて発動体とすれば確かにその世界そのものに対して意思剣をかけることも可能だろう」

「セフィロトを得るものは世界の王となる資格があるのじゃ。世界との契約、文字通り世界を意のままにできるのだからな」

「セフィロトの暴走が世界の終末の原因なのか?」

「分からんがありえない話ではないぞ。もともとセフィロトはイグドラシルを媒体として世界に具現化しておったのじゃ。それを終末の戦い(ラグナロク)においてわし等古き知恵の龍族ミッドガルズオルムが破壊したのだ」

「なぜ?」

「簡単じゃ、その当時この世界は支配させておった。セフィロトを手にした神族を名乗る愚かなハイエルフによってな。エルフの連中が未だに自分たちを世界の管理者などど称すのはその名残じゃ。この物語はブリミルが生まれるはるか昔、神話のさらに彼方の話だ。そして運命の歯車が壊れた」

「まさか、ブリミルはエルフを滅ぼしてセフィロトを封じようとした?」

「わからん。しかしあやつが何かの意図をもって古代神話のルーンを持つ四人の使い魔を呼び出したのは事実じゃ。その中でもお前のいうガンダールヴは特別じゃ」

「ほう、なぜガンダールヴが特別なのだ?たしか虚無の使い魔のうち3つ、ガンダールヴ、ヴィンダールヴ、ミョズニトニルンは巫女の預言の一節に出てくるドワーフ(小人)の名前のはずでは?ガンダールヴがガンド(杖、魔法)アルフ(妖精、エルフ)の意で「杖のエルフ」あるいは「魔法を操る小人」、ヴィンダールヴがヴィンド(風、風のように速い)アルフ(妖精、エルフ)の意で「風のエルフ」あるいは「風のように速き小人」、ミョズニトニルンは「蜜酒の狼」のことで蜜酒が詩の蜜酒あるいはミーミルの泉を指し、その意は「賢き狼」あるいは「賢さをもたらす小人」といったところだろ?」

「わしらはあれをガンダールヴとはよばん。イルダ―ナフ、あるいはルー。何者でもあり、何者でもない、全知全能。光の男にして神の左手」

「…では初代のデルフリンガ―が槍なのはブリューナクだったと?あるいは」

「グング二ールじゃ。くく、分かるか、ルーの印とはルーンの開祖にしてかつて世界の全てを手にしたハイエルフの覇王オーディンがその左手に自ら施した究極のルーンじゃ。そもそもルーンとはルー(全知全能)に繋がるものの意なのじゃ」

「セフィロトが武器の形をとりイルダ―ナフのルーンを持つ者がそれを持てば、世界を正しき姿に調節できる?」

「可能性はあるじゃろ。神器を模した長槍(ロング・ギヌス)のデルフリンガ―はそのために作られたのかもしれんぞ」

「そう言えばオーディンは打倒される存在だがルーはヌァザ(古き王)にかわって王座に着く後継者だったな」

「あやしい話じゃ。初代のルー、聖人アムビスはエルフじゃろ?神話の継承、それをブリミルがエルフの娘でやろうとしているとしたらそれは正しきことではない。失敗して良かったと言えるじゃろ、なぁ、我らとともに立ち上がり戦ったエルフの奴隷、蛮族の末裔、鎖砕くアギトの獣、ヴァナルガンド、フェンリルよ」

「もしセフィロトの召喚が必要になるとして神器はなんだ?曲刀ならアンサラー?」

「馬鹿もん。ここで貫き丸なんて小物で勝負するか!使うならヌァザの光剣クラウソラスつまり王位継承の聖剣エクスカリバーじゃ」

「ブリミルがブリテンになっちまいやがった、まぁ、符合はするな…」

「選別する運命の意思リア・ファイルことデルフリンガ―はすでに我らの手にあるのじゃ、残すはエクスカリバーじゃ」

「戴冠石の意思が石ってなんのジョークだよ。しかしデルフリンガ―の魔力吸収がセフィロトの封印の為にあるのだとしたらあながち…。エクスカリバーなんて何で模する?精霊石の純粋結晶でも刀身にするか?」

「そうじゃのう、強度や性能より意味が符合する事が重要なのでは無いか?」

「ますます分からん」

「俺らはさらにわかんねぇ。何の話」

「もう帰ろうよ、サイト」

「ん、いたのか?」

「「…」」

フィルルとヴィリエの話にひと段落ついたらしい。

にしても長い上に一つも理解できなかった。

「最初の方、明らかに私たちとも会話してたよね」

「すまない。重要な話をしていて気が飛んでいた」

ヴィリエがかぶりを振った。

持っていた袋から一本の刀を出した。

黒い刀身を持つ刀。

「刀は持ってきた。最初は別の名前だったんだが折角だ。アンサラーと名付けよう」

「へー、何か強そうだな」

「で、俺はどうなるわけだ?おー?」

「さっさとこいつに憑依しろ」

「おでれーた。で?どうやって?俺もやり方分かんねぇよ」

デルフリンガ―がぼやいた。

物忘れの激しい魔剣。

とても世界の器に足るとは思えない。

「じゃ、わしが意思を移してついでに繋げてやる、何、余裕じゃ」

「おでれーた!世の中にはすげぇ幼女がいるんだな!おでれーた!」

「うるさい、意思剣じゃ、これだからエルフが作る剣は品がないのう。しゃべられんように繋げてやろうか?」

「…」

フィルルが剣と刀を重ねると精霊魔法による転写を行う。

一瞬光り、そして…

「楽勝じゃな、終わったぞ」

「え、もう終わり?」

何の変化も無かった。

拍子抜けしてルイズがフィルルに訪ねる。

「当り前じゃ、そもそもこのバカたれ意思剣が自分の機能を忘れとらんなら簡単に接続できるんじゃ、こんなもん猿でもできるわい」

「おでれーた!本気で入れ替わった!」

声は刀の方から響いてきたどうやら本当に入れ替わったらしい。

「どんな力が籠められているだ?」

「別に大した刀じゃないよ。チタン合金を本体にオクタ級の硬化と固定化をかけておいた。付加魔法で加速強化と感覚強化をつけておいたが、風石は付けていないから発現する効果は気休め程度だろう」

「心配するな。何のためのデルフリンガ―じゃ。感覚をつなげておいたぞ。魔力吸収をして貯め込んだ魔力をエネルギー源にすれば強力な加護をえられるはずじゃ」

「だそうだ。思ったより強そうな刀になりそうだな」

フィルルも芸が細かい。

一芸屋のエルシャーナに比べても精霊魔法の扱いに関しては格上だ。

「それだけではあるまい。デルフリンガ―お前さんどうやって使い手の体を操る?直接憑依する訳ではあるまい」

「へ、俺がどうやって?さぁ?」

「本気でボケじゃな!こいつは貯め込んだ魔力を念動力に加工して使うことができるはずじゃ。おそらく虚無の付加魔法じゃ。念動力系は虚無の基本(コモン)じゃからな」

「つまり念動力を操れる剣?」

ヴィリエは首をひねった。

ラムダドライブでも使えるのか?

まぁ念動力なんてこの世界ではコモンスペルだけど…。

「そうじゃ、というかそのくらいできんで何が伝説の武器じゃ!」

「すげぇのお前?」

「おでれーた。俺凄い。おでれーた」

ヴィリエが話は終わりだとばかりに立ちあがって歩き出した。

フィルルもそれについていく。

「やれやれ、話が二転三転し過ぎだ。何が真実だ?」

「もっとシンプルに考えたらどうじゃ?わしはわしの立場の意見を言っているだけじゃ、つまり…」

二人とも言いたいことだけ言って帰ってしまった。

あとには呆然とした様子の二人と一本だけが残った。



[21262] 第二章第十三話 平民の剣
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 22:02
「もう少し上手くできねぇ?」

「おいおい、俺だって刀なりに頑張ってるぜ」

うまく念動力を飛ばせない。

才人は特訓の合間にクゼに頼み魔力をチャージして貰い、能力を組み合わせた必殺技を作ろうとしていた。

「神速」や「感性」は問題なく発動できたが「念動」は上手に使いこなせないのだ。

「内出系は上手く使えるのになぁ、外出系が上手くいかねぇ」

そう言うと才人は大きな岩の前に立ち意識を集中する。

「はぁあああ!」

ガンダールヴの「加速」に乗せて「神速」の加護が乗る、さらに――
身体操作、「念動」のパワーアシストを乗せた三重の超超超加速!!

バン!!

一瞬で岩が粉々に砕け散る。

「おでれーた、18回か、さっきより3回も増えたぞ」

「いくら斬撃が早くなってもやっぱリーチが伸びてこないと厳しくないか?」

「んー気長にいこうぜ。相棒」



 ◇◇◇◇◇



その日珍しく一人で食事をしていた才人のもとにデザートのサービスが入った。

「え、良いの」

「はい!料理長のマルト―さんが持って行けって」

にこにこと微笑んでくる黒髪の少女。

野花のような素朴な愛らしさがある少女だ。

「私!サイトさんは凄いと思います!」

「はぁ…そうかな?」

その黒髪のメイドの少女が才人を絶賛してくる。

「はい!素晴らしいです!あの偉ぶった貴族の塊みたいなヴィリエさんをやっつけちゃたんですから!」

ヴィリエ酷い言われようだな。

思わず食事をしている手が止まる。

「みんな才人さんの事を絶賛していました!あのヴィリエに立ち向かうなんてとんでもない命知らずの恩知らずだって!」

「あーそれ、褒めてないよね?」

「サイトさん、マルト―さんが是非会いたいって、食事のあと厨房まで一緒に来れませんか?」

「え、別に良いけど」

「やったぁ!みんな喜びます!」

「はぁ…」

そう言う訳で食事を終えた才人は厨房に招待された。

「良く来たな!我らが剣!勇者サイト!」

恰幅のやたらいい四十過ぎのおっさんが迎えてくれた。

彼がおそらく料理長のマルト―だろう。

「てめぇは最高だ!最高の剣士だ!平民なのにすげぇよ!おい」

「はぁ」

物凄い熱烈歓迎だ。

ちょっと引く位に。

「俺はよ、お前が出てきたとき電撃が走ったんだ!そうだよ!お前なら魔王を倒せる!」

「そうです!サイトさんならできます」

「は?」

別のコックが出てきて才人に話しかけてくる。

「いやさぁ、決闘が始まると俺らと貴族の連中といっしょになって、どっちが勝つかで賭けをするんだ。料理長はいつも青赤コンビに賭けて負けてるからヴィリエが大嫌いなのさ、アンチヴィリエ党なの。シエスタは親方のシンパだから影響受けちゃってって」

「…」

「でも親方、ギーシュとサイトの決闘の時、ギーシュに賭けてたじゃん。なぁ」

「てめぇ!余計な事言うんじゃねぇ!なぁ、サイト、サインくれ。サイン」

あの決闘も賭けの対象だったのかよ。

ってマルトーさんギーシュに賭けたって、おいおい…。

「え、サイン?いいけど」

「まじぃ、俺も頂戴!」

「皆さん!並んでください!サイトさんが困っています!」

なぜか行列が出来ていた。

適当にサインすると勇者も入れてくれ!と要望が入る。

リングネームかよ。

プロレスラーにでもなった気分だ。

なぜか日本語で書いてるつもりなのに別の言葉でサインしているし。

ルーンが輝いているところを見ると勝手に訳されてる?

言葉も最初から分かったしそういうものなのか??

才人が大いに困っている後ろのほうでは頭を抱えるシルティと憤慨しているエルシャーナがいた。

「ねぇ、エル。なんで男って馬鹿ばっかなの?」

「ヴィリエは魔王じゃなくて王子さまだもん!みんなひどい!」

「あんたもあのあほたちと張り合おうとしない…」

しかしその声を聞いて男共が吠えた!

「「「頼むぞサイト!!!あの魔王から俺達の姫を救い出せるのはおめぇしかいないんだ!!」」」

「そっちのやっかみもあるのかよ、勘弁してくれ…」

頭いてぇ…。



[21262] 第二章第十四話 土くれのフーケ
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 22:14
大怪盗フーケことマチルダ・オブ・サウスゴータは現在、ミス・ロングビルと言う偽名でトリステイン学院に勤めていた。

もちろん盗みのためである。

学院に眠る破壊の杖と言う秘宝に興味があった。

ヴァナルガンド(破壊の杖)と名乗ったあのくそ人形!

あれと同じ名前の宝具があると聞いていてもたってもいられなくなったのだ。

同じ轍は踏まない。

今度はじっくりと入念に下調べをして確実に手に入れる。

しかし、学院に上手く入り込んで問題が発生した。

あのロレーヌ家の御曹司がいるらしい。

まさか計画がばれた!?

連中には私の顔はもろばれしている。

ヴィリエ・ド・ロレーヌ。

その名前を聞いたとき、あの恐怖が眼下に浮かび軽いパニック症候群になった。

治療のために学院をしばらく休みもした。

しかし注意深くヴィリエのことを観察していたフーケは気づいた。

ヴィリエはフーケの事を知らされていない。

考えてみれば当然である。

ロレーヌ家の御曹司だからと言って全てを知る訳ではないのだ。

そうに決まっている。

しかし、ロレーヌの息子が何も知らないとしても障害は多々あった。

まず純粋に強力な魔術師が多すぎる…。

フーケの見立てでは障害になりそうな人物のまず一人目は

ミスタ・ギトー。

すこし間抜けなところもあるが正真正銘のスクウェアクラスの風使いだ。

正面切って戦えば勝てるかどうか微妙な相手だ。

風系統は感知にも優れている。

彼が当直の日にはまず仕掛けるべきでは無い。

2人目は

ヴィリエ・ド・ロレーヌ。

結構学院に留守にするためそこまでの脅威では無いがいれば即死級の相手だ。

フーケがいままで見た中でもダントツで最強の魔術師。

おまけにロレーヌ家の人間だ。

彼が学院を離れたと確証が持てる日以外は仕掛けるべきでない。

3人目、4人目は

タバサとキュルケ。

この二人にもフーケは勝てる気が全くしない。

闇の世界も大概見てきたフーケだがそれと比較しても悪夢のような使い手たちだ。

せっかく学院を離れていたのにフーケが下調べをもたもたしている間に帰ってきてしまった。

より慎重になったことが逆に仇になったのだ。

一人目はともかく2~4人目は戦えば即負けという危険な相手だ。

どうしようもない。

しかし焦りまくったフーケにも好機が訪れた。

その日の学院はフリッグの舞踏会の前日と言うことで学院全体がそわそわしているような、浮足立っているかのような様子であった。

タバサは何かの理由で定期的にいなくなる日であり、キュルケは明日着るドレスを買い付けにニューロンディに行っているらしい。

ヴィリエも同じく今日はニューロンディの方に帰っている。

おまけに今日の学院の当直はあのうっかりミセス・シュヴルーズだ。

寝付きの良い彼女なら何があってもぐうぐう寝ている事だろう。

まさに絶好のチャンス。

フーケは今晩盗みを敢行する事にした。



 ◇◇◇◇◇



その晩、遅くまで才人は刀を振っていた。

いま素振りをしているには土と水の塔の間にある中庭だ。

ブン、ブン。

「精がでるな相棒。しかしよ。なんで手袋してるんだ?」

「ルーン使ったちゃ修行になんねぇだろ。集中してるんだ。話かけんな」

「ちぇ」

ブン、ブン

「しかしよ。いいのか」

ブン、ブン

「娘っ子、寂しいんじゃないのか?」

ブン、ブン

「相棒、背中で語る男なんて古くせぇぜ」

ブン、ブン

「俺から言わせりゃ恋ってのは花の蕾に水を与えるように」

ブン、ブン

「大切に手間暇かけて育ててよう、愛って花を咲かせなきゃいけないのさ」

ブン、ブン

「…」

ブン、ブン

「きけぇええええよぉおおおおお!!いいことぉおおいってんだっろおおお!!」

「うるせぇえええ!!この駄剣!!!ボケぇえええ!!!じゃまぁすんじゃねぇええええ!!!」

はぁはぁ、肩で息を切らせる才人。

「あのさ、駄剣」

「なんだよ、相棒」

「いろいろ考えたけど、俺が強くなってそれであいつ守って、それが理由で好きで終わりってそれでいいのか?」

「はぁ?どういう意味だ?」

「ヴィリエが言ってただろ、ルイズはただ憧れて羨ましくってそういうのが好きになってるだけだって」

「はぁ?世の中にはそういう恋ばっかりだろ?」

「あいつはコンプレックスの塊だよ」

どこか悔しそうに才人は呟いた。

「あれじゃ幸せになれねぇよ。絶対なれねぇよ」

「は?」

「自分に自信がなきゃ、だめだ。俺はそう思う。最初は俺が強くなればルイズは凄い魔術師として認められるのかななんて思ってたけど」

「けど」

「ダメだな。ルイズ、ゼロのままじゃん」

「まぁ、そうだな」

「なぁ、虚無ってどうやったら使えるようになるんだ?」

才人は神妙な面持ちでデルフリンガ―に訪ねる。

「すまん、わかんね」

「そうか…」

そういうと才人は素振りを再開した。

ブン、ブン

「なぁ、相棒、この世の中にはよう。不幸な愛や恋はたくさんあるぜ」

ブン、ブン

「別に寄りかかる愛でもいいんじゃねぇ?」

ブン、ブン

「なぁ…」

「そうか、お前知らないんだっけ」

「あん」

「俺、この世界の人間じゃないんだ。いつか別の所に帰んなきゃいけないんだ」

「え、おい、まじ??」

「だからあいつには俺抜きで幸せになってほしいんだ。強くなってほしいんだ」



 ◇◇◇◇◇



サイトの馬鹿。

今日も御主人様を一人にして!

ち、ちょっとだけ寂しいじゃない!

ルイズは土の塔の三階の物陰からこっそりと才人の様子を眺めていた。

才人はデルフリンガ―となにか話してる。

会話の内容は分からない。

ずるい、デルフリンガ―ずるい!

サイトひどい!

私とももっと話すべきだわ!

私は親愛なるご主人さまなんだから!

もっとかまいなさいよ!

今日こそ言ってやる!

言ってやるんだから!

でもでも、サイトが私の為に強くなろうと修行しているのを止めてなんて言えないわ。

そうよ!どんだけ私わがままなのよ!

私の馬鹿!

でも寂しいし…。

別にサイトは他の女の子と話してる訳じゃないのに…。

駄剣にまで嫉妬するなんて…。

うー

ルイズがそんな風に一人、悶々としているとき、事件は起きた。

どぉおおん!!

「きゃぁ!」

大きな爆音がして才人は音の方を向いた。

「爆発!?」

「相棒!ルイズだ」

ルイズが三階部分から落ちてきている。

死ぬような高さでもないが運動音痴のルイズじゃどうなるか?

空を飛べる魔術師が転落死なんて間抜けすぎる!

才人はわずかに手袋をずらすと刀の柄を握る。

ルーンが輝き加速が生まれる!

「届け!!」

どん!

辛うじて才人の手が間に合う!

ルーンが一層の高まりを見せて衝撃を逃がすための受け身を取りながら中庭のわずかな隙間を転がる。

「きゃあ!」

「大丈夫か!ルイズ」

「ふぇええん!しゃ、しゃいとが悪い!しゃいとの馬鹿ぁ!!」

「何でだよ」

才人の腕の中でルイズが泣いていた。

才人はルイズは一先ず置いといて塔の方を見た。

ルイズの上の方の階の壁が爆破されている。

「あそこは5階の宝物庫!?」

「しゃいとがぁわたしぉみないの!むししゅぅるぅの!!」

ルイズがぎゅうとしがみついてくる。

もの凄い勢いでわんわんルイズが泣いている。

なぜか本泣きになってきた。

「分かったから、無視しないから…」

頭いてぇ…。

しっかりしてほしいぜ、ご主人さま。

「ほ、本当?」

「うん」

「おい、相棒!誰か出てきたぜ!」

煙の中からローブの人物が出てきた。

「ちぃ、中庭に人が…。まぁ良いか」

―「土像」(クリエイト・ゴーレム)

フーケが杖を振るうと高さ30メイルまで土が盛り上がり、ゴーレムと化す。

フーケが破壊の杖を肩に抱えながらそのゴーレムに飛び乗る。

「なんだあれ!ロケットランチャーを手に持ってるぞ!!」

フーケは中庭の少年の驚愕の声を聞いた。ロケ…?

まぁどうでも良いか。

しかし最高の気分だ。

久し振りの開放感、これだから盗みは止められないね!

フーケは気分が良かったので下の事は気にせずゴーレムを操作した。

「くそ!あれ盗人だろ!捕まえるぞ!ルイズ!」

「うぐ。うぐぅ、う、しゃいとぉ…」

ルイズがしがみついて離れない。

余程怖かったらしい。

まぁ、可愛いけど。

「離れろ!ルイズ」

「いやぁああ」

ぎゅゅゅゅうぅぅ。

「だぁああ!てめぇは子泣き爺か!」

「しゃいとがるいずをじじいっていった!うわぁああんん!!」

「くそ!どうにもならん!」

ついに才人が匙を投げた。泣く子には勝てねぇ!

「おいおい、逃げちまうぜ」

ゴーレムは悠々と敷地を出て去っていた。



 ◇◇◇◇◇



「つまり、黒ローブの人物を見たと」

「ああ、間違いないぜ、そいつがそのえーと破壊の杖だっけ?を持っていたぜ」

「そうか、分かった。下がってよい」

オスマンに下がるように言われて才人は校長室を去った。

教師連中は朝から酷い騒ぎだ。

生徒の中にも多少余波が起きているが大した混乱はない。

30メイルのゴーレム?

案外、普通じゃね?

だそうだ…。

オスマンは教師だけで問題の解決に当たりたい考えだが臆病風に吹かれた教師陣からは青赤コンビの応援を乞う声が圧倒的に多い。

キュルケとタバサが朝から呼ばれているところを見ると討伐隊に抜擢されるのは確実だろう。

蚊帳の外かよ。

別に功を焦る気持ちなんてこれぽっちも無いがちょっと面白くないのも事実だ。

俺しか犯人見ていないのに…平民の手は借りたくないってことだろ?

「サイト。昨日はそ、その悪かったわよ、私もちょっとどうかしてたの…」

どこかしゅんとした印象のルイズがいた。

「別に気にしてないよ」

それにしても魔王の不在がここまで響くとは。

ヴィリエの奴がいればこんな事態、起こりもしないのだろう。

「あいつ、何やってんだよ」

無駄と分かりつつ悪態を吐く才人。

その様子をルイズは悲しそうに見ていた。

「あなた、ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」

「あん?」

見ればオスマンの秘書が才人に声をかけてきた。

たしか名を――

「ロングビルよ。ねぇ、貴方、今回盗まれた杖について何かしらない?」

「別に」

才人は素っ気ない。

できればもう寮に帰りたい。

「嘘ね!実はねぇ、あの場に居合わせた生徒は君たち以外にもいたのよ。そしてその子が言うには貴方、盗人を見て何か呟いたって。えーとロケ…」

「ロケットランチャー?名称ぐらいしか知らないし」

だいたい才人の知識では本当にあれをロケットランチャーと断言して良いかも疑問だ。

映画で見たことがあるだけだし。

「そう、そう言う名前なの!貴方あれ使える?」

なんでそんなこと聞いてくるんだ?

このおばさん。

怪しく思いながらも素直に答えた。

「使えるんじゃない、たぶん」

この左手のルーンがあれば。

「そう!所でそこの娘さんは貴方の恋人」

「こ、こいびと?」

ルイズが顔を真っ赤にしている。

微妙に緊張した面持ちで才人の答えを待っている。

「違う。こいつは俺のご主人さま。あんた、俺のこと知らないの?」

「あー、そうきみがあの勇者さま?へー、ふーん」

にやり。

残念そうに気落ちしたルイズの様子を見てロングビルは笑った。

才人は前を向いて歩きだしていたのでその笑みを見逃した。

残念な事に。



 ◇◇◇◇◇



「なぁ、相棒。娘っ子を許してやったらどうだ」

ブン、ブンと素振りをする。

最近は素振りが趣味になってきた。

無心になれるのが最高だ、最近、雑念が多すぎる。

「別に怒ってねぇ」

「あの娘っ子だって、精一杯の勇気を持ってあそこに居たんだろ?普段なら寮に大人しくいるだろ」

「はぁ?何でだよ」

「相棒は知らねえかもしれねえが今日は本当ならフリッグの舞踏会がある日なんだぜ?」

「舞踏会?それがどうした」

「フリッグの舞踏会って、いやぁよ、相棒。一緒に踊ったカップルが結ばれるって伝説があるらしいぜ」

「なんでそんなことお前が知ってんだよ」

この前まで誇りの代わりに埃をかぶってた骨董品のくせに。

「いや小耳に挟んでさ、つまり娘っ子はちょっと前から必死に相棒を誘おうとやきもきしてた訳だ」

「…」

「それを相棒は修行にかまけて無視しまくってた訳だよ。娘っ子がかわいそうだぜ」

「…ちぇ、分かったよ。その舞踏会は俺の方から誘う」

「おー良く分かってんじゃんか!相棒」

女の子を舞踏会に誘うなんて少し前だと想像もしなかったな。

そう言って皮肉っぽい笑みを浮かべた才人の前に走り出してくる人間がいた。

ギーシュ?

ナルシが俺に何の用だ?

「大変だ!!ミス・ヴァリエールが攫われた!!」

「なんだって!!」



◇◇◇◇◇



フーケは才人に手紙を出していた。ギーシュ達の居る教室に石と一緒に投げ込まれたのだ。

手紙にはこうある。

才人という使い魔の少年。

あんたの大事なご主人さまはフーケが預かった。

もし返して欲しければ指定した場所に一人で来ること。

教師にこの事を知らせた場合ルイズ嬢の命は保証しない。

場所は――

郊外の小屋だ

「さ、サイト??」

ギーシュが横でビビっている。

才人の本気の怒りの表情に。

「ギーシュ、この地図の場所分かるか?」

「え、ああ」

「教えてくれ」

「一人で行く気か!相手は教師が恐れるような凄腕なんだろ?ヴィリエか青赤を待ったほうが…」

「平気だ。一人で十分だ」

刀、アンサラーに手を触れる。

「こいつがありゃ並の魔術師になら負けない」



[21262] 第二章第十五話 勇者の怪盗退治
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 22:24
才人は指定場所に来た。

すでに刀は抜き放っている。

ここに来る前にクラスメイトに頼んでデルフリンガ―のチャージはある程度済ませている。

小屋の中のルイズの様子を確認する。

一人?

もし魔術師がいれば対峙した瞬間に一撃で気絶させるつもりだった。

才人の本気の三段加速による一撃のスピードは一部の超一流級の魔術師以外の詠唱の速度にならたぶん勝てる。

具体的にはヴィリエ以外ならたぶん勝てる。

まぁ、チャージが切れて「神速」と「念動」の効果が十分に載らない時はそれほどのスピードは勿論出せないが…。

フーケという怪盗は所詮トライアングルだという話だ。

ロケットランチャーは多少警戒しないといけないが…。

才人は刀に意識を集中した。

チャージされた魔力が解放され「感性」の付加魔法が完成する。

才人の中に本来のガンダールヴの持つ感覚を超える感覚が生まれる。

ほんとに一人だな。

変な魔法もかかっていない。

それを判断すると才人はすぐに消費の激しい「感性」を切る。

「いくぜ、デルフリンガ―」

「おうよ!相棒!」

才人は扉を開いた。

鍵がかかっていないのも分かっていた。

「ん、んー」

そこには猿ぐつわをされたルイズがいた。

なぜか傍らには破壊の杖が置いてある。

「どういう事だ?」

「そんな事より娘っ子助けろよ。相棒」

「ああ、そうだな」

「はーはー、苦しかった。怖かった。サイトぉ」

ルイズはじわっと来た。

「泣くのは後だ。さっさ出るぞ」

才人はルイズの後ろ手に拘束されている紐もほどいてあげた。

「馬鹿!馬鹿!サイトの馬鹿!あんた私の使い魔でしょ!ちゃんと私の傍にいてよ!ちゃんと守ってよ!私を一人にしないでよ!!」

非難轟々だ。

才人をルイズがぽかぽか殴ってくる。

「分かったよ。もう極力一人にしない。心底懲りたよ」

「そ、そう、ならいいけど…」

「ああ、すげぇ心配した。無事で本当に良かった」

「そ、そう、心配したの!なら良いけど…」

なんか珍しくサイトが優しい。

それだけでルイズはドキドキしてしまう。

「相棒!外の様子がおかしい!」

「なに?」

小屋が揺れる。

「ルイズ破壊の杖を持てくれ」

「う、うん、わ、分かった」

小屋の外に出ると

「おでれーた!あの盗人のゴーレムじゃねぇか!」

「なんだ。あの時の土くれかよ」

30メイル級の大きさの巨大ゴーレムである。

ゴーレムはこっちに向い動き出した。

「きゃ」

「ルイズ、抱えるぞ」

刀を握ったまま、器用にルイズを抱きかかえると才人は走りだした。

才人はルイズを抱えて距離を取る。

おせぇ。

簡単に逃げ切れちまうだろ。

どうする?

盗人を無視して逃げても良いんだけど…。

しかし才人は正直、頭に来ていた。

俺のご主人さまに酷い事しやがってゆるさねぇ!

足を止める。

隠れているなら一芝居打ってでもあぶり出してやる。

「どうする、相棒。刀でちまちま切るか?」

たぶんそれでも勝てるだろうけど。

「めんどくせぇ、要はこれを使えってことだろ?こそ泥さんよ!」

「はぁ?どういう事だ、おい!」

そう言って刀を仕舞う。

「え!仕舞っちゃうの??」

才人は抱えたルイズを降ろしながら言った。

「ルイズ、破壊の杖を貸してくれ」

「え、ど、どうするの?」

「こうするんだよ」

握った瞬間に使い方をルーンが教えてくれる。

確かにこりゃ便利なルーンだな。

おい!

セフティーを解除して発射準備を整える。

外れる気がしねぇな!

発射!

ロケット弾がゴーレムにぶつかり爆発を起こした!

爆音が響き、周囲が揺れる。

才人はルイズを抱え込んで地に伏せていた。

「やった!サイト!すごい!すごい!何あれ?あんたこんな凄い事ができたの?」

「そうだな」

で状況はどう動く?

「あ、あれ、ギーシュじゃない?」

はぁ?

ナルシ?

おいおい、まさかあいつが犯人?

ばかな…

「い、今のは何の爆発だい?フーケか!フーケの仕業なのか!?」

そういってビビりまくってる。

違う、こいつじゃない。

「実はそのミスロングビルにあの後相談して…。ほら彼女、教師じゃないから」

大丈夫だと思って。

しかしギーシュは二の口を継げなかった。

ギーシュに刃物が付き付けられる。

「そいつをこっちに寄こしな!」

ミス・ロングビルがギーシュに刃物を突き付けていた。

「あんたが盗人か」

「そうだよ、ほら、早くそれをこっちに寄こしな!こいつが死んでもいいのかい?」

まぁ、仕方無い。

ギーシュといえど人の命に変えられるような代物ではないだろう。

どうせもう使えないものだしね。

「ほらよ」

破壊の杖を投げて寄こす。

「ふん、素直じゃないか!」

「ギーシュ放せよ。それは両手じゃないと使えないぜ?」

「なんだい!わかってるさ!」

そう言ってギーシュをこっちに投げて寄こす。

「ひぃいい!サイトぉ!!」

「お前がしがみついてくるな!!」

才人はしがみつこうとしたギーシュを投げた。

こういうのはルイズ一人で定員オーバーだ!

馬鹿野郎!

「ずいぶん余裕があるじゃないか!」

そう言ってこっちに破壊の杖の発射口を向けて来る。

「あんたが勇者ねぇ…、勇気があると言うよりただ無謀だけじゃないのかい?こいつの威力はお前の方が良く知っているだろうに!!」

「はん、やってみろや」

そう言って刀を構える才人。

柄に手を当てるとルーンが発動する。

神速の抜刀術、見せてやるよ。

「はん!どんだけだい!」

フーケの手がさっきの手順を再現しようと動く。

おせぇ

どん!!

柄に入ったまま「神速」を発動させる!

そして抜きはじめと同時にデルフリンガ―の意思が復活し「念動力」が刀身から溢れ、鞘の中を爆発的な勢いで荒れ狂う!

まるで薬莢の中で爆薬を爆発させたかのような圧倒的な「念動」の暴発で刀身が鞘の中を弾け飛ぶ。

制御できないなら荒れ狂わせれば良い!!




神威銃火抜刀剣!!





才人が生み出した技中最速の斬撃速を誇る秘剣だ。

一撃が完全に通る。

本来であれば人体どころか鋼鉄の塊でも簡単に寸断する秘剣だ。

アンサラー、貫き丸の名に正にふさわしい技だ。

しかしフーケは生きていた。

生かされていた。

峰打ち。

「てめぇ、みたいな雑魚を斬る剣は持ち合わせてねぇ!」

才人は刀を納めた。



[21262] 第二章第十六話 勇者の勲章/フーケの嘆き
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 22:29
「と言う訳で今回の一件で特別に功労があったとしてルイズにシュヴァリエ称号の申請をし、タバサ・キュルケ・ギーシュにそれに準ずる功労を認めて精霊勲章の授与を申請しておいた」

ルイズは眼を見開いた。

「サイトには何もないのですか?」

「しかしのう彼は貴族ではない訳だし、使い魔の功績はその主の功績として賞されるのが通例じゃ」

「よかったじゃん、ルイズ」

そう言って横の才人はルイズの騎士号授与を喜んだ。

しかしルイズは拒否した。

「全部サイトが解決したことだったのに!だったらシュヴァリエ称号なんていらないわ!!」

「そう言われてものう」

オスマンが困った声を上げた。

見かねた才人が助け船を出す。

「ルイズ。俺の代わりにお前が受け取ってくれよ」

「サイト!あんた必要ないの!」

「うん、ルイズが俺の功績を誇ってくれればそれが何よりの名誉だぜ」

そうしれっとした顔でルイズに話した。

興味がないのは事実だ。

どうせこの世界からいずれ去る才人に必要のないものだ。

でもルイズには自信を得るために必要な功績かもな。

「う、うー、なんであんたそんなに口が上手いのよ…」

「そんな事ねぇよ」

ほんとにさ。

「では、今夜は予定通りにフリッグの舞踏会を行うお前さんたちは今日の主役じゃよろしく頼むぞ」

それを聞いてびくと痙攣したような反応をルイズが示した。

才人はそう言えばデルフリンガ―に約束したんだったよなと思いだした。

「ルイズ、後で話があるんだけど」

「そ、そう、わ、私もそのサイトに話したいことがあるのよ」

そう言って二人は校長室を去っていた。

「しかし、のうコンべール」

オスマンは傍らに立つ教師を呼んだ。

「はい、オスマン」

「あの娘が本当に虚無の使い手になるのか?」

「おそらく」

伝説の虚無それが蘇る。

何のために?

それはなにかとても良くないことが起こる前触れではないのか?

「火のない所に煙は立たない。虚無など平穏な世には必要ないものじゃ、虚無が蘇る。つまり乱世が来るのか」

そう言って賢者は眼を細めた。

運命ならば仕方無いのかもしれない…。



 ◇◇◇◇◇



「舞踏会が今日あるだろ?」

「う、うん、あるわね」

もしかして才人から誘ってくれるの?

う、うれしいかも。

ようやくご主人さまの深い愛情が使い魔にも伝わったのね!

きっとそうよ!

「俺踊れないんだ」

「は、はい?」

思わずずっこけてしまうルイズ。

何それ!?

「だからさ、ダンスなんてしたこと無いんだって」

そう言って適当にステップを踏む才人。

全然なっていない。

「そう、まぁ、平民なら仕方ないんじゃないの」

「だから、お前教えてくれよ」

「え、もちろん!当然よ!あんたは私の使い魔で私と一緒に舞踏会の主役なんだから!恥かかせらんないわよ!」

「おー頼むぜ、ルイズ先生」

これってカップルで踊らないと意味ないんだっけ?

なんか全然ロマンチックじゃないし…。

でも才人と踊れるなら良いか。

「まず、基本のステップがこう」

「こう?」

「そうそう!でね…」



 ◇◇◇◇◇



「今は舞踏会中じゃないのかしら?」

「僕は舞踏会とはとことん相性が悪くてね、小さい頃はパシリにされた挙句暗殺者に命を狙われたりしたし、最近でも誤解で関係のない事件の犯人にされたりしたしね」

「でもこんな薄暗い独房で薄汚い盗人とわざわざ話すことも無いんじゃない?」

「まぁ僕も少しは参加しないとエルとかシルティとか怖いんだよね。では一言だけ」

「なに?私ロレーヌの人間は大嫌いなんだけど?」

「君はこのまま行くと確実に極刑だろ?だからテファ達の事は僕に任せてもらってかまわない」

「…!!」

唖然と彼女は彼を見た。

いまなんて…。

どうして…。

「君がロレーヌの一件で仕事ができなくなっていたからね。ロレーヌ財閥からあの子の孤児院に寄付をさせてもらっていたんだよ」

「…そういえばテファが私の仕送りが無くなってしまってもしばらく持つから大丈夫って…」

大丈夫なはずがないのだ二年近く送金できなかったのだから。

確かにかつてはまとまった金をいつも入れていたとはいえそんな大した額を常に入れてきたわけでもないのだ。

貯金があるにしても二年も持つ訳ないのだ、絶対に。

彼女は自分が不甲斐なくてテファにどうやってお金を作っているか聞けなかった。

「そう言う訳だからそっちはあんまり気にしなくてもいいよ」

「あはは、あんた酷い男だね。あたしの最後の執着まで奪うのかい。くそ、死んでも良い気分になっちまう」

「そんなつもりはないさ。今回の件だって君がミス・ロングビルとして真っ当に働いて第二の人生を生きようって言うんなら手出し、口出しをする気はなかったんだ」

続けて彼はすこし不思議な事を話した。

「君がほんとうにあの子たちの未来を考えているなら、次はよく考えると良い」

次?

次があるのかね?

この状況で?

「考えたまえ」

フーケはもう返事をしなかった。

呆然と虚空を眺めている。

あたしなんてもう誰にも必要とされないのかね。

ロレーヌに復讐する訳にもいかなくなったしあの子たちの為に生きようって気もなくなった。

なんだい。なにも残らないじゃないか…。

空っぽな女だね、私は。

死んでもいい気分じゃなくて死んでしまいたい気分になってきた。

ヴィリエは最後は何も言わずフーケのもとを去っていった。



[21262] 裏話その2 魔王の弾丸(魔弾改訂)
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/21 04:40
###  ヴィリエサイド  第二章第十一話同時期  ###



その日、僕は武器開発部の研究室に呼ばれていた。

研究所にはブカブカの白衣を着た竜娘ことフィルルが待ち構えていた。

子供先生ですか?

べッキー?

「きたか、待っておったぞ」

「なんか凄いのが出来たって?」

フィルルはにやりとした。

「まぁ、見てのお楽しみじゃ」

何でそんなに自信満々なのか…。

フィルルの横にいた研究員が手にした品を僕に渡す。

「完成品はこちらです、ヴィリエ博士」

「これがリフレクトガン?」

僕は新型兵器の新機軸となるカウンターを利用した回転弾倉式銃の試射に訪れていた。

僕は渡された試作銃の眺めた。

異様に軽い。

ジェラルミンかなにか相当な軽量素材を使っているようだ。

若干小さめのライフル銃のような形をしており、銃身はやや長いがどこかチープな印象を受ける。

ジェラルミンは腐食と強度低下の問題を固定化が解決してしまったので異様なハイスペック素材となったが銃に使うとなると反動による内部応力で壊れないか?

表面は硬化で固められても内部まで衝撃が伝達するとアッサリ壊れるケースがあるようだし…。

「理論はどうなの」

「薬莢の構造は従来通りですが底に銃用雷管が存在しません」

「へー、どうやって火薬を起爆するの?」

「トリガーを引くと火薬内に直接、微弱なコモンスペルの発火(フラッシュ)が発動する機構を搭載しました」

「発火の形式の変更の理由は?」

「薬莢の内部面に反射をかけました、その中に火薬を詰め込み弾で蓋をしてあります」

「薬莢内部に?」

「はい、薬莢に反射面を作ったことで非常にハイコストになりましたが薬莢自体は繰り返し半永久的に使用できます」

続けて研究員は説明する。

「メリットはそれだけではありません。銃身内部と弾倉内部の一部にも反射がかけられています。その性能は実際に撃って戴ければお分かりになるかと」

「よし、試してみよう」

僕は的のほうに銃を持って歩いていく。

「耳栓をしてください。鼓膜がやぶれますよ」

「必要ないよ、音を消すから」

――「消音」(サイレント)

僕は消音の膜で銃の発射方向の音を遮断した

「よし、撃つぞ」

僕がトリガーを引くと火薬による発射光が銃身から弾けた。

弾が猛烈な加速で的めがけて飛び鋼鉄製の的が弾け飛ぶ。

「は…い??」

僕は驚きの表情で銃を見つめる。

「どうじゃ、凄いだろう?」

フィルルがしてやったりの顔をしている。

僕は驚愕を声に出した。

「そうか!反射がかかっているからエネルギーが一切銃本体に影響を与えないんだ!」

反動が反射された訳だ。

研究員が淡々と説明を続ける。

「ええ、銃にはストレスがかかっていないので面倒なメンテナンスも必要ありません」

「初速も異様に速かったけど?」

「2000~3000m/sは越えていますね」

「おいおい、火薬の膨張速度越えてるだろ、どういう夢の理論だよ!」

「まず単純に火薬の量が多いです。次に薬莢の内部に発生した膨張圧が薬莢表面の反射によって反転、圧縮圧が変じます。膨張と圧縮の影響で加速方向以外逃げ場を失った超圧ガスが指向性を持って弾の尻を叩くのです。ガス圧に指向性が強いのでエネルギー伝動率が異様に高いのも特徴です」

「回転弾倉なのに弾倉と銃身に反動が生じないのは?」

「そこはかなり苦労しましたが限界までメタルタッチさせた上にわずかな断面にも反射を施しています。反射面の反射角の調整で断層を作って完全にカヴァーさせています。まぁもともとガス圧自体が薬莢内ですでにかなりの指向性を持っていますから、少々のノイズ、抵抗、負荷はあるかもしれませんが影響は無視できる誤差範囲かと」

「もしかしなくても反動がないならハンドガンでも大口径、大火薬、軽量銃が作れるな」

だから異様に軽いのか。

本体の耐久性なんてどうでも良い話だもんな。

しかしおもちゃみたいだ、ジュークアイテムのレベルだぞ

まぁ、反射の耐久限界との兼ね合いもあるだろうがデモリッション・ガン、165ミリ砲も生身で撃てそうだな。

酷い技術だ。これだからファンタジーは…。

フィルルはにやにやしながら続けた。

「ふふ、実は次弾が更にスペシャルな仕様になっておる、試してみるが良い」

「まだ、なんか作ったのか。お前」

もう十分驚いたよ。

「的としてあちらを用意しました」

そう言って研究員が鉄の壁が設置されている方を示した。

「用意できる中で最強の金属防壁であるティタン合金板です。厚さは50ミリ、硬化がもちろんかかっています。なお的までの距離は1キロです」

マテリア研の連中が開発したチタン64合金である。

「あれは無理だろう、距離もあるし」

「撃てば分かる。あ、的は外すなよ。大変な事になるからのう」

なめるなよ。

こっちは仮にも四大メイジの超感覚持ちなのだ。

集中すると土メイジの感覚で銃と一体となり、風の感覚が教えた先ほどの発射の感触から落下軌道を予測し、銃を構える。

「着弾の予測をさげるのじゃ。ほぼ直線で構わん」

?直線?

同じ弾速ではないらしい。

予想でど真ん中を狙った軌道を修正してかなり下にさげる。

――「消音」(サイレント)

「行くぞ」

「どうぞ!」

僕がトリガーを引くと再び火薬による発射光が銃身から弾けた。



速さは変わらないぞ?

超感覚が辛うじて弾の速度を認識していた。

あれ?

減速していない?

何かの力が空気を弾き、弾丸が強烈なソニックムーブを生みながら大地をえぐって進んでいる!

弾が猛烈な初速そのままの勢いで的めがけて飛び、凄まじい爆発が起こった。

「なに!!」

ティタン合金製の的がクレーター上にくぼみ、完全に破壊されている。

「なんだ?何の弾だ!おかしかったぞ!」

「反射面表皮弾、リフレクト・ブレッドじゃ」

「おいおい、反射で弾丸の表皮を覆ったのか」

「ふむ、弾丸の進行方向に張った反射が空気抵抗を問答無用で弾くからのう、弾丸が減速しないんじゃ」

空気抵抗無視とか、レールガン作ったら大変な事になりそうだな…。

「それだけであんな威力はでないな、何かあるだろう」

その説明は研究員がしてくれた。

「弾頭が柔らかく比重の重たい鉛なんです。反射には応力限界がありますから。空気の層では無い、固い面とぶつかると自身の持つ運動エネルギーによる応力限界に達して自壊されます。すると柔らかい鉛が一気に弾けて全エネルギーを対象に伝えるのです」

「ダムダム弾じゃないか!」

条約違反も甚だしい!

「人間くらいの固さだと貫通してしまうのがネックじゃのう」

「何を想定しているんだよ!むしろ周りにできた空気層のせいでちょっとかすっただけでズタズタになっちまうんじゃないのか!」

「なるほどのう!衝撃波発生に特化させて作れば大量虐殺兵器が作れそうじゃ」

フィルルが面白そうに言った。

「作るなよ!馬鹿野郎!」

「しかし、これだけの威力があれば例の計画も上手く行くじゃろう」

たしかにそうだが…。

「しかし、お前さんも面白い事を考えるのう。まぁ面白そうだから協力してやるのじゃが」

「あんまりやりすぎるなよ。血を流すことが目的じゃないんだ」



[21262] 第二章第十七話 凡人サイト
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 22:34
「なぁ、俺にも稽古つけてくれよ。ヴィリエ」

「はぁ?」

その日も暇そうに退屈そうに本を読んでいるヴィリエのところにサイトは遊びに来ていた。

「だってお前、暇そうじゃん」

才人がそう断言するとヴィリエは嫌そうに呟いた。

「面倒だな。才人、あまりいい気分になるなよ。君が強くなったと言っても武器の性能分だけだ」

まぁ、そうなんだけど…。

けど青赤コンビばかりがヴィリエの胸を借りられてずるいぞ。

「別に気分よくなってないぜ、でも最近、師匠だけじゃ役不足でさ」

クゼとの試合だと何も無しでは完敗。

ガンダールヴの加護のみだと互角。

デルフリンガ―+アンサラーの加護ありだと完勝。って感じになる。

全力で戦える相手がいない。

それが才人には不満なのだ。

「念動力は飛ばせるようになったか?」

「1メイルくらいなら…」

念動力を外向きに打ち出す修行は上手く行っていない。

だからこそ才人はヴィリエに稽古をつけて貰いたかった。

「ダメだな。そっちがそこそこできるようにならんとお前一生魔術師には勝てんぞ」

「おいおい、フーケには余裕だったぜ」

「あんな三下に勝ったぐらいで誇るな」

「じゃ、一流とやるとどうなるか教えてくれよ」

随分な挑発だな。

ばちんとヴィリエは音を立てて本を閉じた。

「まぁ、良いだろう」



 ◇◇◇◇◇



今日もヴェストリの広場に血の雨が降るかどうかは分からないがもはや生徒専用決闘場と化した広場にヴィリエと才人はいた。

正確にはどこで話を聞きつけたのか分からないギャラリーもわらわらいる。

今、授業中のはずなのに…。

マルト―のおっさんも見える。

まさか賭けなんてしてないよな…?

「じゃ、行くぜ」

「さっさとこい。こっちの準備は終わったぞ」

そういうヴィリエは杖を地面に向けたまま構えてすらいない。

「もう少しぐらいやる気だせよ」

「お前が出させて見ろ」

言うねぇ!

才人は刀を抜き出し、一気に加速する。

「はぁぁああ!!」

凄まじい疾走!

一陣の風が大地を駆ける!



ずぽっ。

なぜか間抜けな音がして足が沈む。

「へ!?」

「相棒!地面だ!!」

――「侵触」(シャドー)

ヴィリエは一帯の地面を液状化していたのだ。

杖を下に向けたのはこのため!?

「うわぁ!!」

軽いパニックに陥る!

比重の重い土の沼地は足に纏わりつき、もの凄く重い!!

「才人、足はつく深さだぞ」

「お、おう!」

ヴィリエが律儀に助け船を出す。

パニックに陥った場合、足がつく場所でも人間は溺死する場合がある。

泥で溺れるのはさぞ苦しかろうて…。

才人は必死に背筋を伸ばす。

確かに足の付くぎりぎりの深さで地面は固くなっていた。

「よし、十分だ」

そう言いヴィリエは杖を振るう。

たちどころに地面が元の姿を戻す。

「…」

「…」

才人がヴィリエを見上げる。

才人は首から下が地面に埋まっている。

「助けて」

「良い機会だ。念動力を使って自力で脱出してみろ」

そりゃ、ウルトラCだぜ!

「じゃ、僕は帰る」

そう言ってヴィリエは帰っていった。

扱いが適当すぎるぜ!!

はずれ券が紙吹雪になる。

あいつら!やっぱり賭け事していやがったのか!

しかし宙に舞うはずれ券の量を見るにフーケの一件があって才人に賭ける人間もかなり多かったようだ。

「なんじゃ、才人なんぞ呼ばれておってから実は盆栽じゃったのか?」

「なんだよ!意味分かんねぇ」

自由人を気取って勝手気ままな使い魔のフィルルが才人をからかって遊び始めた。

「つまり、盆栽と凡才をかけて見た訳じゃ、凡人」

「才人だ!凡人じゃねぇ!!」

「あら、勇者さま瞬殺?ヴィリエも容赦ないわね」

「なんでサイトが埋まってるの!?」

どうやら一年も授業が終わったらしい。

話を聞き駆け付けたが時すでに遅しだ。

「ぷっ」

タバサが才人を見た瞬間、ツボに入ったらしく噴き出した。

「少年何故」

腹を抱えて笑いを堪え震えるタバサ。

「もう、サイトのせいでタバサ苦しそうじゃない」

「抱腹絶倒」

「笑いたきゃ!笑え、くそぉ!!」

とその時雨が降ってきた。

「あら、これは雨宿りしないとね、平民バイバイ」

「少年バイバイ」

とあっさり二人組は帰って行った。

って助けて!!超薄情!

「あー、今日は昼抜きだぁ…」

「なんか、あんまりおもしろくなかったね」

「凡戦だったな」

他の生徒も帰っていく。

みんなも薄情過ぎ…。

「これはいかんの!少年が風邪になるぞ!おい桃色娘」

「は?わ、私?なによ、トカゲ」

「こう、こう、スカートを広げて凡人の傘になってやるが良い。その間にわしが傘を持って来てやろう」

そういってフィルルが学び舎の方に歩いて行ってしまった。

「え、え、ち、ちょっと!もうしょうがないな」

しょうがなくねぇ!

フィルルの言を真に受けてルイズがスカートを平げて才人の上に立つ。

うわぁ、絶景。

「ちょっと!う、上見たら容赦しないわよ!」

最初の頃は平気で下着姿見せていたくせに最近ガードが堅いルイズ。

いやぁ、久々に下着みたな…。

今日は水玉か…。

「見たでしょ!今見た!!」

と言うかずっと見てますよ。

ルイズ視点だとスカートの傘に隠れて才人の顔がどこ向いているか見えない。

才人からもルイズのパンティしか見えない。

もうルイズのパンツに首ったけだ。

首だけに。

「そんなに上手い事言えてないし…」

ルイズは才人の様子が見えないから余計恥ずかしい、顔が物凄く真っ赤だ。

「もう!早く!トカゲ!!馬鹿!」

「かっか、なんじゃ!本気でパンツ見せとる!桃色はピュアピュアじゃのう」

そう言ってフィルルは傘をルイズに差し出す。

ルイズはフィルルから傘を奪い取ると傘を広げた。

「しょうがないじゃない!サイトが雨に濡れちゃうじゃない!!」

「かか、そんな事言って本当は凡人の事を誘惑しておったのじゃろ?ピンクは淫乱だからのう」

「意味分かんないわよ!」

「かっか、そのご自慢のマントで凡人の顔を覆えば良かったところをわざわざスカートを広げて雨から守るとはのう!可愛いのう!エロエロじゃのう!」

「な!!」

ていうか言われたことを素直に聞きすぎだろルイズ…。

さんざん悪戯をして満足したらしくフィルルも去っていった。

「嘘!ひど!!サイトも教えてよ!もう!!」

結局、その後は放課後になっても出れない才人をルイズがシャベルで救いだそうとしているのを見かねたヴィリエに出してもらった。



[21262] 第二章第十八話 革命の影
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 22:36
捕まったフーケは堅牢さではトリステイン一と恐れられるチュルノボーグ監獄に収容されていた。

ここに入り、フーケはしみじみ自分が極悪人になっていたのだと感じていた。

平民や貴族の恵まれない子供のためなんてくだらない言い訳さ。

くだらない盗みのために貴族とはいえ少女をそして貴族の使い魔とはいえ平民の少年を何の感慨も無く始末しようとできるくらいには真っ黒な人間に堕ちていたのだ。

何人も貴族を殺めた。

打ち首は当然の報いか…。

「はぁ、打ち首はいつだい?」

別にいつでもいいけどさぁ、早くしてくれよ。

すると、つかつかと歩いてくる音がする。

処刑人かい待っていたよ。

「マチルダ・オブ・サウスゴータだな」

「その名前で裁かれるのかい?ごめんだね!フーケにしてくれよ」

薄汚れた犯罪者の名で家名を汚される訳にはいかない。

もう無い家とはいえだ。

あの世の家族に申し訳が立たないからね。

まぁ、天国で一緒になるわけじゃないがね。

私は地獄の方があっているさ。

「?どういうことだ?」

「はぁ?あんた、処刑人だろ?」

扉の向こうの男の声は一瞬言い淀んだ。

その男は白い仮面をかぶっていてその表情は読み取れないが戸惑っている様子であった。

「まぁいい、ここを出たくないかい?」

「条件によるね」

間抜けな盗人に何のようだい?

「我々に協力するならここから出そう。ともにアルビオン王家を打倒しないか?」

「アルビオン王家?そりゃ愉快そうだが…」

フーケは噂の革命軍を思い出した。

この男はそのエージェントらしい。

あの組織、たしか貴族連合による世界統一を目指す会かなにかだったはず。

「お前はアルビオン王家に深い恨みがあるそうではないか?」

「いまはただの貴族嫌いだよ。否ただの犯罪者か、そうだねぇ、まぁ、いいか」

「なに?」

フーケはあっさり男の誘いに乗った。

「良いよ、協力してやる。なんかここで死ぬのもあれだしね。死に場所は自分で探すさ」

「そうか、ではついてこい」

「ところであんた達名前は?」

「レコン・キスタ」



[21262] 第二章第十九話 姫の憂鬱/禿鷹の憂鬱
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 22:44
トリステイン魔法学院にアンリエッタ姫殿下が行幸する。

その事実は衝撃を持って学院を走った。

一部の学生から姫殿下のための御前試合をセットしようだとか訳の分からない方向に暴走する発言が相次いで飛び出し、教師連中から向こう1週間のすべての決闘を禁じるという異例の御触れが出るなど若干の混乱が生じているようだ。



 ◇◇◇◇◇



「列車って素敵よね。ゲルマニアへの行程が5分の一じゃない」

王家の貸し切り列車にはアンリエッタ姫とマザリーニとラティアの姿がある。

ラティアはぐうぐう可愛い音を立てて寝ている。

戦闘用オートマタは消費エネルギーを抑えるため必要のない場合は寝ることもできるのだ。

「今回のゲルマニアとの鉄道連結協定式は有意義なものになりました」

マザリーニはアンリエッタ姫に向けそう述懐した。

「そうね、規定事項とはいえよくできました」

すでに両国に鉄道は走っていたのだが国境関係の関税などの調整でそのままでの乗り入れが今まではできかったのだ。

「アルビオンはどうなるかしら」

「貴族革命が成功するのではないですか?」

アンリエッタは悲しそうに呟いた。

「そうなれば、彼らの次は標的は私たちの国なのに我々は貴族様方はずいぶんと気楽なものね」

「いま、トリステインの国庫は非常に安定しています。アルビオン革命軍などさして脅威として感じていないのでしょうな」

革命が成立したとてアルビオン王国の国庫は空に近い。

トリステインの経済的閉鎖、制裁が行われれば何も無いに等しい。

何の後ろ盾もない革命軍はどう足掻いても確実に困窮する。

痩せた羊を口にしたとて子犬が肥えるはずもないのだ。

「むしろ逆に貧窮した新革命軍にトリステインを攻めさせてアルビオンを頂く気なんでしょう。リッシュモンの顔にはそう描いてあったわ」

いまやトリステインはロレーヌ特需のお陰で周辺諸国で最も安定した財政状況にある。

以前の貧乏所帯が嘘のように回復しているのだ。

ゲルマニアも似た状況にあるが逆に痛手を負ったガリア・ロマリア・アルビオン各国はかなり苦労しているようだ。

アルビオンに至っては国力的に弱っていたところに不況が祟り、貴族革命勢力が台頭する結果となった。

一方、日増しに対決色を強めるロマリアとガリアは軍需を強化しており赤字経営に拍車をかけるがともにかつてはこのハルケギニアのナンバー1、ナンバー2の実力国らしくまだまだ持ちそうだ。

そういう訳でアルビオン危機において動けそうな国はトリステインとゲルマニアの両国だけなのだ。

ゲルマニアは立地的にトリステインを無視してアルビオンに軍事介入する事は出来ないがトリステインがアルビオンに夢中になっているときに背中から襲われたのでは敵わない。

そこらへんのお願いも兼ねて本来は永久中立国(名目上のみ)であるロマリアでやるべき調印式を今回はわざわざトリステインサイドがゲルマニアの首都にまで出向いたのだ。

あの好色なゲルマニア皇帝は大層ご満悦な様子だった。

「ウェールズさまに亡命の打診をしようと思うの、個人的に」

「よろしいのではないですか?議会を通すと反対が出るでしょうから」

トリステインがアルビオンを吸収する算段を考えればアルビオン王族の亡命は障害となる可能性が高い。

今回のアルビオン危機はトリステインにとって最大級のチャンスなのだ。

うまくアルビオン地方の支配権を確立できればトリステインはガリア・ロマリア・ゲルマニアに対して絶対的優位に立てる。

議会はむしろ今回の政乱を歓迎している。

アンリエッタとしては早期にアルビオンに対して介入し事態を鎮静化したかったし状況が決定的になってからはウェールズに亡命の使者を送るべく涙ながらに訴え奮闘したがその奮闘虚しく議会に案件を認めさせることはできなかった。

アンリエッタは未だ女王の座に座っていなかった。

もっと早く戴冠を進めていれば!

自らの見通しの甘さを痛感した。

「人選だけど、ヴィリエさまなんてどうかしら?彼なら多少の困難はものにしないし、ウェールズさまとは懇意だから」

彼女はロレーヌ財閥の御曹司の名前を挙げた。

ハルケギニア最強の魔術師と称される彼ならミッションインポッシブルなど存在しないかもしれない。

「それには反対です。今後おそらく行われるアルビオン戦役において、貴族議会はロレーヌの勢力を排斥しようと思っているはずです。ロレーヌを動かすお願いを姫が直接されるのは議会に敵を作るだけです」

戦争による権益からロレーヌを外したい。

それは議会最大多数のリッシュモン派の願いだろう。

「私が女王になれば多少の反対勢力は潰せるわよ?」

というか私が女王になったら最初の仕事はリッシュモンの始末だと思うのだけど…。

声には出さずアンリエッタ姫は呟いた。

「アンリエッタ姫、今動いてはアルビオンの二の舞になりますぞ。なぜわざわざアンリエッタ姫御身が自らゲルマニアにまで出向いたのかお忘れになりましたか?」

「貴族院へのおべっかでしょ?私以外に直系がいないこの状況でどうして女王になるために貴族院の顔色を窺わなければならないのよ!すべてあの馬鹿親のせいじゃない!」

本気で母親に対し腹を立てるアンリエッタ。

いくら世襲制だからといって空座が長引けば王権が有名無実化するのを避けられないのは自明の理だ。

「今は我慢の時ですぞ。ウェールズ様にしても極々内密、秘密裏に確保せざる負えません」

「生きていることすら議会には秘密ってことね。ウルトラCね」

「しかし、状況はこちらとしての良い面はあります。アンリエッタ姫の戴冠に対し否定的であったリッシュモンなど一部勢力の中にも貴族支配を謳う貴族連合への対抗馬として民衆人気の高いアンリエッタ姫を擁立して正式に王権国家に復帰しよう動きが出てきました」

「何が好機だか何がまずいんだか…」

事態が大きく動き戦局が目まぐるしく動く。

この状況どう動くのが正しいのか?

一番のキーマンであろうアイアンクリフは未だ沈黙を守っている。

戴冠という流れは出来て来ているのだ。

いまは表だって動けないが、しかし―

「ウェールズ様の件、私の魔法衛士隊から人選を出すしかないわね。でも大人数を動かすと気取られる…」

姫の懐刀、魔法衛士隊から人を出すしかないが人選が難しい。

親リッシュモン派でない人物は誰だろう。

「今から行く魔法学院の生徒などどうでしょう?アンリエッタ姫、信頼できそうな人物はいませんか」

マザリーニが思いついたように話した。

生徒ならリッシュモンとの影響は少ないに違いない。

「魔法学院?あ、ルイズ!今、学院にはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールがいるわ!」

アンリエッタは親友の名前を思い出していた。

ルイズになら安心して任せられる。

「ラ・ヴァリエール公爵の御息女でございますか。悪くありませんね。聞けば彼女はあのフーケを捕まえたそうではないですか。ラ・ヴァリエール公は現在のリッシュモン派とは距離を置いていますから、実力、家柄ともに悪くないかと…」

「魔法衛士隊の人選は任せて良いかしら?」

「それですがグリフォン隊、隊長のワルド子爵はどうでしょう?彼はたしかルイズ嬢の婚約者ですぞ」

マザリーニからしてもワルド自体はよく分からないところのある自尊心の高い、野心家の男だ。

が、あの男の野心的な部分はこの場合、評価できる。

おそらく自分の野心には必ず従うはずだ。

つまりワルドが公爵家の地位を狙っているならルイズ嬢は安全装置になる。

ラ・ヴァリエール公に背く事はしないはずだ。

「あぁ、あの禿鷹のワルド子爵!」

「いや、あの、姫、それは俗称でして閃光が正式な二つ名です」

「あれ、そうだったの!」

ラティアの一件で彼の頭頂部が大変な事になった際についた不名誉なあだ名が未だワルドを苦しめていた。

「むにゃ、姫さまぁ」

その原因であるところの少女は姫の横ですやすやと眠っていた。



 ◇◇◇◇◇



へっくっしゅん!

ワルドは壮大にくしゃみをした。

「誰かが噂している…気がする」

ワルドは周囲を鋭い目線で見渡す。

「風邪ですか…ワルド隊長、大丈夫ですか?」

部下のホリンズが心配そうにワルドを見つめる。

どうやら上司の体調に気を使っているらしかった。

「ああ」

そういってワルドは部下のホリンズに軽く返事をした。

しかし、その時、ワルドは気がついた。

ホリンズがワルドの羽帽子に注目している事に!!

「き!貴様!!なぜ僕の頭頂を見ているのだ!!!」

「ち、違います!立派な羽帽子だと思いまして…」

くそっ!!

馬鹿にしやがって!!

ワルドは子爵ながら若くして誉れ高きグリフォン隊の隊長にまで出世した出世頭、超エリートである。

そういう訳だからいままでワルドは嫉妬もやっかみも相当に受けてきた。

齢の割には少し老け顔のワルドは以前は若爺とか若年寄りとか揶揄されていたがラティアの一件以来、別のあだ名がついた。


禿鷹のワルド


あの一件でダメージを負った頭頂になかなか毛が生えなかったのだ。

それまでどんな中傷、誹謗も風に柳と返してきたワルドだったがこのときばかりは怒りに震えた。

男なら誰でも怒るだろう。

誰が若禿げやねん!!

冷静なワルドが珍しく憤慨しているのを見て面白がってからかってくる同期や上司がいた。

その中でも調子にのってワルドに「詩」を送ってきた自称吟遊詩人のジュール・ド・モット卿や「俳句」とかいう意味の分からんものを詠った同隊長格の趣味人ド・オーメン卿の話はワルドに殺意を抱かせるほどのものであった。





ジュール・ド・モット卿の詩――



おお、雄雄しき大鷲に乗りし 天空の貴公子よ 風の申し子 光の子よ

その威風堂々たる姿 大山のごとし 

おお 閃光の君 やがて全身を普く光が満ちて 大山の頭頂に至らん

その輝きより一層と高まりて 我らを勝利に導く閃光とならん





ド・オーメン卿の俳句――



ワルド卿 派手な帽子に 禿隠し



これだけの仕打ちを受けながらしかし、ワルドは堪えていた。

結局のところグリフォン隊の隊長などと言っても子爵に過ぎないワルド卿には文句を言う事すらできないのだ。

最近はストレスからくる円形脱毛症に悩まされている。

彼の苦悩の日々は続く…。

ますます帽子が手放せないワルドであった。



[21262] 第二章第二十話 姫の親友
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 22:57
アンリエッタ姫がトリステイン学院前駅から出来てくると沿道に沿う形で整列した学生は食い入るように姫のお姿を目で追いかけた。

アンリエッタが沿道に手を振ると生徒の間から喝采が生まれた。

才人とルイズは列に並んで遠巻きに姫様の姿を眺めていた。

「へー、この国のお姫様は美人だな」

「そう?ふ、普通でしょ!あのくらい!」

才人の感想をルイズがむきになって否定する。

「そうか?まぁ、確かにこの世界には美人が多いし…」

「あ」

ルイズが一点を見つめる。

「う、嘘。何で彼が」

その様子が随分と不自然だったので才人もルイズの視線の先に目を向けた。

視線の先には見事な羽帽子をかぶった美男がいた。

「お、良い男じゃん。ああいうのが好み?」

「ち、違うわよ!わ、私はもっとこう普通というかその…」

「あー、ヴィリエみたいなのがタイプなんだっけ?」

「今は違うわよ!」

なんで分かんないのよ!

そうルイズは呟いた。

才人はその様子に気がつかないふりをしていた。

才人の心中は複雑だった。

たぶんルイズは俺に惹かれてる。

そっちは完全な確証はないけどはっきりしている事もある。

俺はルイズが好きだ。

なぜか分からないけどはっきりと惹かれている。

でも俺はいつ帰れるかなんて分からないけど、いつかは別世界に帰る人間なんだ。

結局のところ、明日終わるかもしれない関係を恋愛に発展させたくない気持ちが強い。

お互い傷つくだけだ。

それをヴィリエに指摘されて、俺もそう感じている。

それに…。

ルイズはだた憧れて好きなっちゃう奴だ。

しかもルイズは好きになった奴に依存するタイプだと思う。

百歩譲って今のままのルイズで良いとしても、だったらずっと一緒にいてやれる奴とルイズは恋愛すべきだ。

俺の事はただの使い魔と思ってもらった方がいいんだ。

でも

あいつの泣きそうな顔見ると嫌われようと冷たくも出来なくなちゃうんだよな…。

内心、頭を抱える才人であった。



 ◇◇◇◇◇



その夜。ルイズは思案していた。

才人は鈍感だ、酷い朴念仁だ。

普通これだけあからさまなら気づいて良いと思う。

否、気づくべきだ。

ルイズはもう寝てしまった才人の横でぶつぶつと愚痴っていた。

こんこん、こんこんこん。

その時部屋のドアが規則正しく叩かれた。

「きゃ!、誰!?こんな遅くに?」

ルイズは驚いて才人を揺すり起こそうとした。

才人は眠そうな眼を開くと呟いた

「何?トイレ?」

「違うわよ!と、トイレぐらい一人で行けるもん!」

そうは言ってもいつもついて行ってあげてるぞ?

こんなに臆病で前は夜のトイレはどうしてたんだろう?

きっと寝る前は水を飲むのは控えて…。

こんこん、こんこんこん。

また規則正しく扉が叩かれる。

「じゃ、何?夜這いでもしたいのか?」

「よ、よばい!?そんな訳ないでしょ!」

で、でも、まぁ、あんたがどうしてもっていうなら、その…。

何事かルイズは呟いて真っ赤になってしまった。

「「…」」

お互いの間に非常に微妙な雰囲気が流れる。

こんこん、こんこんこん…。

「はは、馬鹿だな、ルイズ!冗談だよ」

「そ、そうよね!冗談!私も冗談!あはは!」

なぜか大きな声で笑う才人にルイズ。

すると


ごっ!!


もの凄い音で扉が叩かれた。

「…」

「…」

しーん。

こんこん、こんこんこん。

また何も無かったかのように規則正しく扉が叩かれ始める。

「才人出て!」

ルイズは少し涙目になっている。

「分かったよ、たっく、誰だ?」

才人は刀を取ると腰構えにしたまま扉の鍵を開き無造作に開けた。

ガンダールヴが発動すればなんとなく分かる。

扉の外は女か男が一人だ。

「誰だ」

「誰だって、言われてもね」

外の人物は深くローブを被っていたがその声で女性だと分かった。

ルイズがその声を聞いて驚いた表情を浮かべた。

「お邪魔しますわよ」

「おい」

謎の女性はズカズカと中に入っていく。

「ドアを閉めてもらえるかしら」

「いいのかよ?」

「サイト!し、閉めなさい!」

「はいはい」

そう言って才人はドアを閉めた。

「鍵も」

ガチャ、そう言われて鍵を閉める。

するとローブの女は杖を出し何かを呟いた。

魔法!?

「いいから!サイト!」

才人が緊張して刀を構えるがそれをルイズが制す。

神秘的な光の粒子が空に舞い、周囲を充満した。

光の粒子が才人の刀に触れるとより一層光る。

「何?」

「その曲剣、魔法の品ですわね。何がかかっているのです?」

「加速と感知の魔法かな」

あとボケた意思剣がかかっているけど。

「ふーん、そう」

そう言うとローブの女は周りを見渡す。

壁や床などを入念に見る。他に光っているところは無い。

「大丈夫そうね」

そう言うとローブの女はそのローブのフードを外した。

現れた顔は昼間見たあの――

「ひ、姫さま!」

「ル~イ~ズ!!貴方、私の合図を無視しましたわね!!」

アンリエッタ姫はルイズのほっぺを掴むと引き延ばした。

おお、良く伸びるもんだ。

才人はどうでも良い事に感心した。

「ひ、ひたい、ひめひま!ひたいぃ!」

「小さい頃はあんなに仲良しだったのに!無視しましたね!!」

「ひぃいいい!!」

「おいおい、姫さま。それ以上伸ばしたらルイズが口裂け女に成っちまう」

どうやら、ルイズとアンリエッタ姫はお友達らしい。

「あら、そうね。ちょっと気持ち良くて夢中になってしまったわ」

「ひどい、姫様がひどい」

アンリエッタが手を離すとルイズは震えながら才人の影に隠れた。

ガクブルとルイズは怯えまくっている。

友達というのは誤解で仲良しでは無いのかも…。

「ルイズ、貴方に秘密の頼み事があります」

「ひ、秘密の??」

「なんだ?俺、席外すぞ」

そう言って才人は刀を持って扉の方に向かって行った。

女の子同士の会話でもあるのだろう。

「?そう言えばルイズ、こちらの殿方は誰ですの?」

「サイトは私の使い魔です」

「使い魔?はぁ…」

姫様は物珍しそうに才人を見る。

「人間?ですわよね?」

「そうですわよ?」

才人は姫の口調を真似て返した。

「ルイズって前から変だったけどますます…」

「姫さま!私、変じゃありません!それにサイトだって凄い使い魔なんだから!」

「そう、なら貴方も聞いてもらって構いません」

「そうなのか?でも他の奴は聞いたら不味いんだな?」

「え、もちろんです」

「なら待っていろ」

才人が扉に近づく。

「さ、サイト?」

アンリエッタ姫とルイズがその様子を不思議そうに見つめる。

鍵を開けると扉を開いた。

「そこにいるの誰だ?」

目にも止まらぬ抜刀で才人は刀を引き抜き扉の前の人物に突きつけた!

「ひぃひぃいいいい!!」



「何やってんのナルシ?」

扉の向こうにいたのはナルシだった。

「僕の名前はナルシではない!!ギーシュ・ド・グラモンだ!!」

「おいおい、モブキャラに市民権を与える余裕はないんだ、ナルシ。で何やっちゃってんの?」

「えーあーその」

ナルシは目線を左右に泳がせて口ごもった。

「ついに国家反逆罪か…。死刑だな」

才人はナルシの事になると容赦がない。

刀を冗談ではなく上段に構えた。

「死~!!!???」

「おう、好きな所から切り離してやる!どうせ全部離れるがな!」

「まてぇ!僕はただ美しい姫が一人で夜に出歩くで歩くのは危険だから!ついてきただけで!」

「おう、お前みたいなのがいるからと~ても危険だもんな!!!」

「ひっ、ひめ~たすけて~」

完全に泣きが入ったギーシュがアンリエッタ姫に助けを求める。

「まぁまぁ、サイト様。ギーシュ様も悪気がないみたいですし、中に入ってください」

「ひめさまぁ…!」

ギーシュが感動して姫を見つめている。

ついでにどかどかルイズの部屋に入ってくる。

あとでぼころう。

才人は心に決めた。

部屋の鍵を閉めると王女は杖を振るった。

―「消音」(サイレント)

音を遮断する風の結界が張られた。

「これでひとまず大丈夫ですね。ギーシュ・ド・グラモンさま」

「はい!」

「貴方はグラモン元帥の息子ですか?」

「はい!グラモン元帥は父です」

「そう」

アンリエッタは思案した。

グラモン元帥もリッシュモンとは仲良くないはず。

リスクを考えればそう多くの人間に協力は依頼できないが…。

ちょっと動きを見ただけでも才人は相当な剣士のような気がする。

動きが堂に入っているというか達人のそれに近い気がする。

しかしルイズは昔と比べても頼りなくなってしまった気がする。

この二人だけだと不安かも…。

「ギーシュ・ド・グラモンさまも私のお願いを聞いて頂けますか」

「ももも、もちろんです!このギーシュ・ド・グラモン、姫の頼みとあればたとえ火の中、水の中!」

「そう、ではギーシュ様にも一緒に聞いていただきます」

そういうとアンリエッタ姫は悲しそうな声で続けた。

「私の恋人ウェールズ様をアルビオンから亡命させてほしいの」

「こ、恋人!?」

なぜか衝撃の表情で打ちひしがれるギーシュ。

才人はそんな馬鹿に合掌してやった。

「姫様ったら、あのウェールズ様と恋仲だったのですね」

ルイズはそう言うと赤くなった。

「ルイズ、アルビオンの情勢はご存じ?」

「貴族が王様を打倒しようとしている」

「そう、そして残念だけど、もうアルビオン王国軍はそう長くは持ちません」

「そんな…」

ルイズははっとして息を飲む。

アンリエッタ姫の頬に一筋の涙が伝っていた。

「トリステインの貴族議会はウェールズ様を見捨てる気なのです。私にはそれが我慢できません」

「姫さま」

ルイズはその心中を思った。

私にも好きだった人がいて、好きかもしれない人がいる。

「お願いルイズ。ウェールズ様を助けて…」

「もちろんです。このルイズ、必ずウェールズさまをお助けします」

「ありがとう、ルイズ。やっぱり貴方、最高の親友よ!」

美少女二人がひしと抱きあう。

非常に美しい光景だが…。

それやるの俺だろ?

聞けばアルビオン貴族だけでなく最悪トリステインのお偉いさん方も敵に回してまで大立ち回りする必要がありそうだ。

正直、非常に頭がいたいお願いだ。

才人だけでは心もとない。

こういう事にうってつけの無敵キャラの助勢が欲しいところだ。

「ちょっと悪いが姫様。ヴィリエって男を知っているか?」

「もちろんです。彼はこのトリステイン一有名な男ですわ」

「あいつに協力を頼んでもいいか?」

「…それは難しいわ。彼が動くとその動向は否応なしに注目を浴びますから」

「ヴィリエ自身が動かなければ?」

その問には姫は少し悩む仕草をした。

ウェールズの亡命に関してヴィリエ自身の助力を受けられなくても彼の持つ組織の力を得ることができれば―。

それは最高の助勢を得ることを意味する。

「それなら問題ありませんわ、むしろこちらからお願いしたいほどです。ただ」

「ただ?」

才人はオウム返しに聞き返し、先を促した。

「本当に申し訳ないけれど、私から直接ヴィリエさまにお願いに参ることはできないの。今、彼らとは接触できない」

「よし、今の事話していいならあいつは協力してくれると思うぜ」

状況は少しましになったので才人はほっとした。

これからお荷物(ルイズ・ギーシュ)を抱えてアルビオン参りに行く身としてはこのぐらいの助勢は必要なのだ。

「では、ルイズ。この手紙をウェールズ様に届けてください。亡命を進める親書です」

「はい、姫様」

「それとこの金貨袋、それにこの水のルビーを貴方に託します。このルビーは必要であれば売ってもかまいません」

ルイズ、貴方に風と水の加護があらんことを――

そう言って姫はルイズの部屋は後にした。



[21262] 第二章第二十一話 虚無の婚約者
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/21 02:08
ルイズと才人は朝一でヴィリエの部屋に出向いていた。

ヴィリエの部屋はあまり生活感が無かった。

ヴィリエはここではほとんど寝るだけのようだ。

本棚もそう多くの本は入っていない。

ヴィリエはルイズの説明を聞いている間、終始難しい顔をしていた。

「なんだ、随分なピエロ役を仰せつかったな…」

ヴィリエは姫の願いを一蹴した。

協力を依頼しにきたルイズは憤慨した。

「不謹慎よ!人の命がかかっているのに!」

「上手くいくと思う方がどうかしている。いいかい。別に姫様が亡命を薦めなくたって王子にその気があれば亡命する事はできるんだ。むしろそのほうが都合が良い。議会も彼が旗の下に下るなら利用価値を見出し擁護するだろうからね。彼にその意思がないのは明白なのにどうやって亡命させる気だい?」

「うっ」

ヴィリエは明白にこの旅の失敗を予見した。

「本当に亡命させたいのなら有無を言わせず殴って気絶させてでも連れてくるんだな。その場合は拉致と言った方が正しいけどね」

「でもウェールズ皇子とアンリエッタ姫は恋仲だぜ。説得に応じる可能性はあるだろう?」

「否定はしないがウェールズ皇子の心中を考えてみろ。亡命が発覚すればアンリエッタ姫の戴冠に多大な影響がでる。この一件はアンリエッタ姫にとってのアキレス腱になりかねない。そもそもトリステインがアルビオンを制圧した後の統治にもしこりが残る。本当にウェールズ皇子がアンリエッタ姫を愛しているならトリステイン王家には亡命できないだろうね」

そうトリステイン王家には…ね。

才人とルイズはそう言われて黙ってしまった。

正直、二人は今、国家レベルで行われている駆け引きの話などには決して明るくはなかった。

「王子が自ら亡命したとてどうだろうな。今の状況だと革命軍がすぐにトリステインとの全面戦争に打って出る可能性は低いだろう。リッシュモン派の狙いは早期でのアルビオン成敗だ。となればウェールズの亡命は良い寄せ餌になる。ウェールズ皇子にトリステイン内にアルビオン亡命政府を樹立させれば、宣戦布告の口実にもなる」

「ウェールズは戦争の道具かよ」

「亡国の皇子なんてそんなものさ」

ヴィリエは嘆息した。

「しかし、ウェールズは僕の友人だ。助けられるなら助けたい」

「友人?」

ルイズは意外なヴィリエの交友関係に驚いた

「そうだよ。ついでに言えばアンリエッタ姫だって友人さ。僕はむかし彼らの愛のキューピットをしたことがある」

その思い出はむしろ苦々しいものだが…。

「協力はしよう。成功の保証はしかねるが。フィルルを連れて行け。彼女は僕と感覚が繋がっているから僕の方も状況を把握できるし助言できる」

「そんなに難しいものなのか?亡命」

「違う。亡命自体は簡単にできるが状況が最悪なのだ」



 ◇◇◇◇◇



集合の時間にギーシュは遅れてきた。

集合場所は学園前の列車乗り場である。

「僕もいかないとダメかな…」

「なんでやる気なくなってるのよ!」

「だって…」

ギーシュにとって気乗りしない旅になるのは目に見えていた。

姫の恋人を救出しに行く旅なんて…。

「なんだよ、ナルシ。ここでお別れかよ、寂しいな。お前の首もお前の胴体を寂しがるぜ」

かちゃ、そう言って才人は刀を鳴らした。

それを見てギーシュは突然、笑顔で喋り始めた。

「よ~し、なんだかと~てもやる気が出てきたぞ~!あはははは!!」

「やれやれ、なんでわしがこんなおバカトリオと旅せにゃならんのじゃ」

「誰が馬鹿よ!」

フィルルの物言いにルイズが言い返した。

「ところでもう一人お姫さんの手のものが来ることになっているんじゃろ?いつになったら来るんじゃ?」

そういってフィルルは周りを見渡した。

「さっさせんと列車が出発するぞい」

すると派手な羽帽子を被った一人の男が駅の前で人を待つ才人たちに近づいてきた。

あれは昨日の昼見た?

「グリフォンを預けるのに時間がかかってしまった。遅くなってすまない」

「わ、ワルドさま!?」

「やぁ、ルイズ!僕のルイズ!久し振りだね!逢いたかったよ!」

そういってワルドはルイズを抱き上げた。

ルイズは明らかに困惑の表情を浮かべていた。

僕のルイズ?

才人は驚いて隣の竜娘に聞いた。

「なぁ、あの伊達男、ルイズの何?」

「ん?さぁ?んー。ヴィリエに聞いてみるかのう…。ほぅ、ふむふむ、ふふ…」

なにやらにやにやしだしたフィルルを怪訝そうに才人は眺めた。

「で、ヴィリエはなんて?」

「ルイズの婚約者だそうじゃ」

「へー、セレブだなぁ」

納得したように呟く才人を物珍しそうに竜の娘は見た。

「なんじゃ、随分と淡白じゃのう。お前さんのつがいの雌じゃろに…。このままじゃNTRフラグじゃぞ?」

「なんでお前がそういう用語を知っているのかつっこみたいけど突っ込まないからな!!」

「くく、愛い奴じゃのう。そういうのがすでにツッコミじゃろうて」

「く、くそ」

そのやり取りををルイズはワルドの腕の中で眺めていた。

どうしてよ!

助けてよ!

ばかサイト!!

そう念を送って見たが才人は一向に気がつかない。

仕方ないのでルイズは自分からワルド卿に断りを入れた。

「すいません、ワルド卿。放してもらえませんか?わたくし、もう子供ではございませんわ」

「これは失礼した。そういうつもりはないんだ。ルイズ」

ようやく手を放してもらうとルイズは憂いを帯びた悲しい顔をした。

さいとのばか。

「どうでもいいけど、ラ・ロシェール行きの列車きたからな…」

完全に仲間外れのギーシュが悲しそうに呟いた。



[21262] 第二章第二十二話 麗しのラ・ロシェール
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 23:06
港町ラ・ロシェールと言えばかつてはアルビオンとトリステインを繋ぐ玄関口として有名であった。

が、最近は幾つかの理由で貿易港としては寂れていた。

ロレーヌが列車を使った大規模貿易を始めて以来貿易港は大量の集積を捌く機能が必要になった。

ラ・ロシェールは山間にある立地上、積み荷の集積に不便であり、倉庫街が作れなかった。

また列車はどうしても高低差に弱いため大量の物資を港に直接乗り入れできないラ・ロシェールは不便すぎたのだ。

そして、最大の理由とも言えるロレーヌが自領地内でアルビオン行きの集積を捌きたかったという理由から新たにロレーヌ財閥が開発した港町に押されて港町ラ・ロシェールは一時期困窮の極みに達していた。

老朽化のため大規模再固定化工事、補強工事が必要となっていたイグドラシル港は意外に維持・管理費がかかるため、赤字経営を嘆いた領主が領地の売却を宣言すると真っ先に手を挙げたのは意外にもロレーヌ財閥であった。

貿易港として有力とは言えない港町ラ・ロシェールの買い取りに多くの額を提示したロレーヌ財閥の行動に多くの貴族は疑問を持った。

しかしロレーヌ財閥は最初から港町ラ・ロシェールの観光地としてのネームバリューとステータスの高さに目を付けていたのである。

金食い虫だがイグドラシル桟橋は観光のシンボルになり、スクウェアクラスの土メイジの作った高所建造物は一見の価値がある素晴らしい出来栄えだ。

また北の外れのラ・ロシェール地方は避暑地に向く。

一山超えれば手づかずのビーチが数多く点在しており、風光明媚、山あり海あり空あり。

また伝統のアルビオンへのアクセス口としても機能し将来的にはどこからでも貴族が集まって来やすい立地と言えた。

ロレーヌ財閥はレジャー産業という未知の産業に乗り出したのだ。



専用列車に乗って辿りつけばそこは別世界。


海では静かなプライベートビーチで水泳にクルージング。

山では時期によって新緑や紅葉を楽しみ散策をする他、狩猟地域では狩猟を楽しみだり、渓流で魚を釣ってみたり。

空ではチャーター機でライトアップされた夜の遊覧飛行、昼に驚異の空イルカの群れを見に行くも良し。

山から山にはロープウェイが繋がり移動もお手軽。

冬には別の山にスキー場も開設されるため、シーズンオフが存在せず、一年中観光地として機能する。

カジノあり、テニス場あり、ゴルフ場あり、温泉あり、湧き水あり、美術館あり。

最高級ホテルも立て続けに建設され、ニューロンディの超一流レストランの株分けシェフが料理長を務める料理はまさに絶品。

有能な建築デザイナーのチームを組み徹底的に統一感を出した町並みの壮健であり、庭園の美しさも素晴らしく、遊歩道に設置された花壇は春になると満開の花で咲き誇り非常に美しいのだ。

それはここを訪れたガリアの貴族がかの有名なヴェルサルテイル宮殿に比肩する美しさと称すほどのものである。

まさに何でもありあり、で再開発された港町ラ・ロシェールは今や地上の楽園と言われており、ニューロンディを抜いて旅行で行きたい観光地ナンバー1の座に輝いているのだ。

年に四度はここを訪れるという無類のラ・ロシェールマニアとして知られるジュール・ド・モット卿の詩はこう謳う――



春は咲き誇る満開の華のように僕に微笑み

夏には健康的に焼けた肢体が僕を幻惑する

秋には染まった君の頬の赤さが僕の鼓動を速くし

冬に見る白い肌の美しさと輝きは一度見たら忘れられない

まったくラ・ロシェールほど良い女を僕は知らない



 ◇◇◇◇◇



「すげぇ…、ここに泊まるのか」

ホテル・ロシェール・ロイヤル。

周囲の景観に溶け込むように建てられた30階建ての豪勢で美しいホテルに才人は驚いた。

「そうじゃ、わしとルイズと才人は30階のロイヤルスウィートでギーシュとワルドは10階のエコノミークラスじゃな」

「ちょっと、まってよ。なんで僕が髭男爵と一緒の一般部屋なんだ」

「そうだ、僕とルイズは婚約者なんだから一緒にロイヤルスウィートに泊まるべきだろう。ギーシュ君も貴族だから僕らと一緒でも構わないが君と才人君は使い魔なんだから遠慮してほしい」

「なんじゃ、髭と気障は偉そうじゃのう」

呆れた顔で竜娘が呟いた。

「まぁ良い、好きにせい。才人、わしらは、こっちじゃ」

「あ?おう、待てよ…」

そう言うと受付にロレーヌ財閥のブラックカードを見せて何事か話すと才人とフィルルはエレベーターに乗って上に上がった。

「彼らはどこに?」

ワルドが受付嬢に尋ねる。

「はい、フィルル様とそのお連れはロイヤルスウィート室にご宿泊です」

「なんだと!まったく!人の話を聞かない娘だ。では僕たちにも同じ部屋は用意してくれ」

「はい、ありがとうございます。御一人さま300エキューになりますがよろしいですか」

「はぁ??」

ワルドが固まる。

一人300エキュー?

つまり900エキューだと?

ワルドが頭を抱える。

そんなあほな!

さすがにロイヤルが付くだけのことはあるようだ。

ロイヤルスウィートルームは最上階に2室しか設けられていない極上のスウィートルームなのだ。

「いくらなんでも高すぎるだろ!さっきの娘はなぜ泊まれる!」

ワルドが典型的なクレーマー客になって引き下がる。

受付嬢の美しい顔が笑顔の形で固定され事務処理モードに切り替わった。

「フィルル様はヴィリエ様の使い魔でございますのでロレーヌカンパニーにおける利用金額無制限のブラックカードをお持ちです」

ついでにロレーヌ財閥の経営する銀行なら無制限で融資も受けれる。

ロレーヌ・ブラックカード。

それは現状ではこのハルケギニア世界最強のアイテムかもしれない。

「ではそのカードで泊めてくれ、僕たちはさっきの娘の旅の同行人だ」

「申し訳ございません。事情は分かりませんが先程、フィルル様からお客さま方はピンクの髪のご令嬢様を除いてフィルル様とは関係の無い人間なので一般のお客様として扱うようにと申し受けております」

「あ、私は良いの?」

喜色満面の笑みでルイズが呟く。

「なんだよ!僕たちを見捨てる気かよ!ゼロのくせに!」

「だって私はサイトの御主人なんだから使い魔に粗相がないように一緒に居なくちゃいけないでしょ?」

「はぁ、こうなっては仕方がない。さっきの娘を怒らせたのは僕たちだ。君まで巻き込むことも無い。ルイズは楽しんでおいで」

「ええ、ごめんなさい。ワルド卿、またあとで」

そういうとルイズはエレベーターの方に歩いていってしまった。

「では僕たちはエコノミーにでも泊まるか。いくらだい?」

「はい、御一人様10エキューになります」

「く、それも高いが仕方無い」

ワルドとギーシュは姫にもらった旅の資金を使って部屋を取った。





「凄い!なんて豪華なんだ!」

「これは確かに…」

「見てくれ、布団がふかふかだ!こんな布団見たことがない!!」

「ソファの座り心地も素晴らしい」

「部屋も広いし最高じゃないか!」

「…」

「…」

「これでエコノミーなんだぁ…」

豪華で広い部屋には美しい調度品が並び、気が安らかになる香が炊かれていた。

本来であれば少し汗ばむ時期なのに部屋の中はひんやり冷たい。

調度品には大貴族でも見たことがないようなロレーヌ財閥開発の最新ブランド品が使われている。

ちなみにこの部屋の品はすべて買って帰ることができる。

欲しくなったらひとまず買っちゃう貴族の悲しい習性をこれでもかと刺激する品ばかりだ。

案外、僕ら安くないか?

片やロイヤルスウィートに行っているのにこのレベルで喜んで恥ずかしいやら悔しいやら。

「ルイズ、いいなぁ…」





「なぁなぁ、この果物食べていいのかな?」

「良いじゃろ。別に」

「き、緊張するわね。こ、この部屋、300エキューって…」

建築芸術の粋を極めた部屋にはなぜか顔の強張ったルイズと完全にのんびり寛いでいるフィルルとはしゃぎまくる才人の姿があった。

「すげぇ、あっちの部屋、ダーツとビリヤードとかスロットとか色々あるぜ」

「布団は二つじゃからお前たち一緒に寝るんじゃぞ」

「な!」

「心配せんでもあれだけ広い布団だから問題あるまい」

そう言って寝室を覗き見るルイズ。

縦にも横にも2人くらい寝れそうな布団が二つあった。

布団が海みたいだぁ…。

「すげぇ!トイレすげぇ!!ウォシュレット!!水洗トイレってだけでも驚きなのに!!」

この国のトイレは大体ぼっとん便所である。

「なんじゃ、騒ぐな普通じゃろ」

「ここ何日ぐらい泊まるの?」

ルイズが疑問の声をフィルルにぶつける。

「明日にはチェータ―機でアルビオンまで向うから今日だけじゃよ。今日はあと半日暇じゃから観光でもするかのう」

チャーター機って…なんでそんなに豪華な旅になってしまったんだろう?

ルイズは呆然としていた。

「すげぇ!部屋風呂が露天風呂!激景色良い!!」

「ふむ、たしかここにも温泉が引いてあるはずじゃぞ。しかしのう、折角ここまで来て部屋風呂もなかろう。やっぱ大浴場にいかんと」

「ねぇ、そんなに派手に遊んで大丈夫なの?」

一学生がロイヤルスウィートに泊まるとかありえない。

御忍びのはずではないのか?

「逆じゃ、この観光都市で貧乏くさく過ごしたら逆に浮くぞ。大体ピンク髪は公爵令嬢じゃろうが!ロイヤルスウィートぐらいなんじゃ。大した期間じゃないが婚前旅行だと思って楽しめば良い」

「こ、婚前旅行!?ばばば、馬鹿にしないでよ!そそそそんな事しないわよ!!」

ルイズが真っ赤な顔で才人を見る

「あ、ルイズとワルドっておっさんのか?めでてぇな」

「違うわよ!馬鹿ぁ!!!」

座っていたクッションで才人の頭をルイズが叩き始めた。



[21262] 第二章第二十三話 蒼天に舞う
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 23:14
「いやぁ、最高だったな。マルト―さんには悪いけど腕と材料が断違過ぎたぜ」

「んー、ニューロンディスカイレストランのチーフシェフほどの腕ではないがのう」

「ナイトスカイクルージング、最高だった。はぁ…」

ルイズが思い出しうっとりしている。

その三人にギーシュは胡乱な眼を向けた。

「…」

「どうしたんだい?ギーシュくん、朝食のバイキングも良かったではないか」

フィルルに連れられて夜のラ・ロシェールを堪能した才人たちに比べてギーシュたちは逆に貧乏を堪能してしまった。

ルームサービスの値段にぶっとび、仕方無く出た町でも行きついたのは出入り業者向けの大衆居酒屋…。

髭子爵と朝まで、女なんて…!と訳のわからないテンションで盛り上がり飲み明かしてしまった。

結局、豪勢な温泉大浴場も素敵なベッドもキャンセルして得たものは二日酔いと寝不足。

朝のバイキングの異様な豪勢さと美味さに驚きながらもジャンクなフードとジャンクなエールで十分に満たされた胃にそう入る訳も無くワルドと二人まったく箸が進まず…。

「さて、チャーター機はこっちじゃ」

このラ・ロシェールのランドマークであるイグドラシル桟橋を一行はフィルルの先導で歩いていた。

前来た時より断然美しくなったな…。

感心したようにギーシュは桟橋を見上げた。

細部の補強工事が完了し本来の姿に戻ったイグドラシルは実に美しい。

「お前、イグドラシル見ても驚かないのな…」

ギーシュが冷静な才人を見て聞いてみた。

「昨日来たからな。ナイトクルージングに」

「…まぁ、僕はパパに頼めばまた来れるしな!」

悔しくなんかないぞ!

「しかし、なんで階段が自動で動くの」

イグドラシルはまっすぐな道に上下に向かう二台のエスカレーターが設置されていた。

外観に合わせて木のような質感の動くガーゴイル階段である。

「どうせ、わしのあほな主のやったことじゃろ。気にするな、それよりこっちがわし等のドッグじゃ」

途中でエスカレーターからフィルルは降りるとてくてく歩いっていった。

フィルルの向かう先には小柄ながら明らかに速そうなスカイシップが鎮座していた。

おそらくこの船の船長であろう若い男が船の前に敬礼した。

「フィルルさま、御待ちしておりました」

「ふむ、すぐ出発できるか?」

「はい、もちろんです」

「よし、じゃ者ども、乗り込むぞ」

そういってフィルルは中に入って行ってしまう。

「木じゃないのか?なんの金属だ。これ?」

「ジェラルミンですよ。ギーシュ様」

「小さいが速そうな船だな。こういう形の帆船に乗るのは初めてだ。帆はどこにあるのだい?」

「このモデルには無いのですよ。残念ですが」

「…」

才人が翼についている大きな樽のようなものを見て呆然としていた。

「これ、ジョットついてるじゃん」

「なに、それ?」

ルイズが才人が何に驚いているのか分からず聞き返した。

「え、何って…、ま、いっか」

ファンタジーだしこのぐらいあるだろう。

昨日乗った帆船式の船の方が凄いし。

「これ!グズどもさっさ乗らんかい!遅いのあっちだけにしろ!」

フィルルが入口から顔だけ出して吠えた。

「下品なトカゲめ!」

ギーシュが顔を真っ赤にして乗り込む。

「何の話?」

「ルイズは分かんなくていいよ」

「まったくだ」

珍しくワルドと才人の意見があった。


 ◇◇◇◇◇



「悪いが休憩室を教えてくれないか?少し休まないと身が持たない」

「同じく」

船に乗るなりワルドとギーシュは船員に休憩室を聞いていた。

「もう休憩されるのですか?ですが安定――」

「わしが教えてやる。こっちじゃ」

フィルルが何か悪戯を思いついた顔で二人を案内する。

「ここで寝ているがよい。酔いどれども」

「…。ああ、済まない」

もうワルドにもギーシュにも反論する元気がなかった。

二人とも崩れるように仮眠室の二段ベットに横になった。

何かバンドのようなもので固定された布団を外して中に入りこむ。

その様子を見届けたフィルルはホクホク顔で席に戻った。

「よろしいのですか?危険では?」

「知らん、おいルイズ、ちゃんとそのベルトで体を固定せい」

「え、何、どうするの?」

「こうだろ、こうやって」

才人が勝手の分からないルイズにシートベルトをつけてあげている。

「では、出発します」

「ねぇねぇ、どれくらいで着くの?普通だと丸一日ぐらいかかるはずだけど…」

「一時間じゃ」


 ◇◇◇◇◇



「死ぬかと思った」

「同じく」

とにかく普通のハンガーシップとは全く違った軌道を取るジェットシップの慣性に飛ばされてベットから投げ飛ばされた二人は休憩室で体をぶつけまくったらしい。

いたずらを仕掛けたフィルルは澄ました顔であさっての方向を見ていた。

その様子にややイライラしながら窓の外を見たワルドは驚いた。

いつぞやグリフォンの背から見たことがある街並みがはるか眼下に広がっていたのだ。

「なんだ、もうアルビオンについているじゃないか!どれだけ速い船なのだ!」

「そうすぐ。降下ポイントです」

「そうか、仕方ないのう」

「こんなでたらめな船で貴族連合が占領する港に乗り入れする事はできまい。どうする」

ワルドが思案顔でフィルルに聞いてきた。

「なんで港に降りるんじゃ。スカボローからニューカッスルまで包囲網を上手く抜けてなお一日かかるぞ」

「だからそれも含め、困るんじゃないか」

「馬鹿もん、上から落ちれば数分じゃ。わし等はニューカッスル上空から降下するんじゃぞ」

「なんだって!!」

ルイズが青ざめた顔で才人の手を握ってくる。

「降下機材は?」

「ほれ、お前たちにはこの浮遊のブレスレットをやろう。まぁ心配せんでも何かあったらわしが制御してやる」

「僕らの分は?」

「なんでメイジにこんなものが必要なんじゃ!自力で降りんかい!」

「降下ポイント、30秒前です」

もっと早く説明してよ!

「ほれ、ほれ、スカイダイブもなかなか乙なものだぞ。メイジはしっかり杖を持て、行くぞ」

「降下開始して下さい」

「では私から」

ワルドがレビテーションを自身にかけて落下していく。

「こなくそ!!」

気合いを入れてギーシュが続く。

「わしも行くぞ」

さすがに風韻竜。何も使わず飛び降りていく。

「こ、怖い」

「ルイズ」

手を差し出す才人。

「手つないでいくぞ」

「うん」

「急いでください」

「ほら、せーの!」



どっ。



手を繋いだ少年と少女は外に飛び出した。





真っ青な空、白い雲。





やがて腕輪が輝き、緩やかに柔らかに空を降っていく。





無重力世界――パーフェクトワールド






落下速が落ちるとともに世界が緩やかに時が遅くなっていく。




何も無い世界にただあるかのように…。





「う、うー」




ルイズは恐怖で目を閉じたままだ。






「ルイズ、目開けてみろよ!すげぇぞ」





「う、うん。わぁ!」




360度大パノラマ。





眩しいほどの突き抜ける世界だ!!





「すごい!すごい!」


「こりゃ、絶景じゃん!ラピュタ見てぇ」



まるで世界にルイズと才人しかいないみたいだ。



二人して興奮が収まらない。



凄いドキドキする!



俺も俺も!




ずっと、ずぅーとこうして居たいなぁ。




ルイズは才人のはしゃぐ顔を見てそう思った。



ぎゅと手を強く握る。



才人がいれば私、どこへでも、どんな怖い事でも平気で笑って乗り越えていけるんだ!


才人がもう一方の手を伸ばしてくる。



それに応じるルイズ。



二人は両方の手を繋ぎ緩やかに回転しながら青と白のコントラストを越えていく。




その様子を遠目にワルドは見つめていた。

「なんじゃ。焼いておるのか?」

ワルドが首を向けると器用に風を纏わせて落下するフィルルが声をかけた。

「他人の恋路に首突っ込む馬鹿は馬に蹴られるぞ。ルイズの気持は分かるじゃろう」

「…大体予想はついた。僕はお邪魔虫らしいね。しかし、家の事を考えればルイズは僕と結婚すべきだ」

「ヴァリエールの後継ぎ問題か。風姫も心労が深いのう、竜姫は元気そうで何よりじゃ」

「カリン様やエミリア様とは知り合いか」

「一応な、大した知り合いでは無いがのう。カリンはわしの人間の姿は知らんし」

しばらくエミリアの騎竜になったことがあるフィルル。

思い出せば懐かしい話だ。二人は戦友と言える。

「カリンの娘に何かしてみるが良い。お前に終末の魔獣の真の恐ろしさを教えてやるぞ?」

「…きもに免じておこう」

ワルドは落下の速度を速めた。



[21262] 第二章第二十四話 亡国の王子
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/18 23:19
落下地点はニューカッスルの陣の裏にある森の中であった。

「くそ、雰囲気だしやがってバカップルがよー」

レビテーションのコントロールで必至だったギーシュには空の旅を楽しむ余裕はなかったらしい。

しかし遠巻きにはしゃぐ二人の様子が見えたのだろう。

二人に合流するなりそう愚痴った。

「いやぁ、色々経験できるもんだな。楽しいな旅も」

「そうね!一生の思い出になるかも!」

「物見遊山もここまでじゃ、ニューカッスルに向かうぞ」

「まて!何か物音がするぞ」

突然周囲に目を向けるワルド。

すると白い仮面をかぶった男が現れた。

「何ものだ!」

ワルドが問うが白い仮面の男は答える様子がない。

「ほう」

面白そうに目を細めるフィルル。

「才人。あれは人間ではないぞ、好きに斬って構わん」

「え、どういう意味だよ」

才人は腰にしっかり固定されていたアンサラーを抜いた。

「人の気も知らんで!雰囲気だしやがってバカップルめ!!」

「なんで、ギーシュと同じセリフなんだ。デルフリンガ―」

「都合のいい時だけこき使いやがって、畜生め!良い夜景だったぜ、くそ」

その場違いな言葉にギーシュが反応した。

「く!お前もしっかり堪能しているじゃないか!剣のくせに!」

「いままで感想も言えなかった俺っちの嘆きがナルシにわかるかよ!!」

「僕はナルシじゃない!!ギーシュだ!」

「いい加減にしろ!来るぞ!」

ワルドがコントを制す。

待ってくれる相手ではなさそうだ。

仮面の男が動いた。歴戦の戦士の動き!

才人は直感した。

おもしれぇ!

奴は相当な使い手だ!

印を輝かせ一気に加速する。

「はぁ!」

キン!

才人の刀と仮面の男のブレイドがぶつかり乾いた音が響く。

「なんと!」

あっさり先行したワルドを越えて才人が敵と対峙した。

「仮面のおっさん!気抜くなよ!」



神威銃火抜刀剣!!



一瞬で神速を超えた斬撃が仮面の男を襲う。

シュッ

と裂ける音がして仮面の男の杖が真っ二つになる。

「もらった!」

速さで相手を圧倒する才人の刀の柄が深々と相手の鳩尾に突き刺さる。

「なんだ!この感触!?」

柄打ちを受けた相手の像がぶれる。

すると…

「消えた!」

「おでれーた!偏在だぜ!相棒!」

すぐに次の白い仮面の男が現れる!しかも3人!

「忍法・影分身ってか!すげぇ!」

前、タバサが使った奴だよな?

「次、来るぜ」

「次は螺旋丸かな?千鳥かな?」

久々の強い相手にむしろのりのりな才人。

―「雷雲」(ライトニング・クラウド)

仮面の男が放った必殺の電撃!

しかし才人の研ぎ澄まされた強化された感性がそれを捕える!

魔吸!

電光にむかい正確に放たれた斬撃が雷撃の魔力を喰らい取る!

「千鳥戴きました!」

「意味分かんねぇぞ!相棒!」

仮面の男を一撃!

峰打ちだが強烈な衝撃でその姿が消える。

「二人目!」

「後ろだ相棒!!」

―「風針」(エア・ニードル)

消えた仮面の男Bの後ろから強襲をかける仮面C。

風を帯びた杖を才人に向け突き出す。

とっさに刀で弾こうとする才人だが渦巻く風に刀が弾かれ杖の軌道を逸らし損ねる。

「螺旋丸きたぁあ!」

杖の軌道を瞬時に読みきり体だけで軽くかわす。

才人は刀を片手で握ると空いた手で腰にある鞘を取る。

ガンダールヴ・神速・念動――。

加速の三重奏が才人の体を荒れ狂う!




神威多連斬・二双




突撃水平12連撃2段―神速の24連撃で仮面の男を滅多切りにする。

「次は!」

どん!

強烈な爆発音がして才人はそっちの方を向く。

「やれやれ、もう少し周りを見んかい。使い魔はご主人さまをちゃんと守らんとなぁ、のう才人」

ルイズ達の方を見ると上半身のぶっ飛んだ男の半身があった。

それもやがて消えた。

「こ、ここここいつ、今、素手で上半身ぶぶぶ、ぶっ飛ばしたぞ」

腰が抜けた様子のギーシュがビビって声を荒らげた。

「あほ、ただ殴っただけでそんなに騒ぐな」

フィルルの本来の体重を解き放ち小さな拳に乗せて打ったのだ。

文字通りのメガトンパンチ。

フィルルの体重が何トンなのかは不明だが…。

「何者だ!!」

明らかに才人たちの声でない声が響いた。

「なんじゃ、早いのう」

「新手か?」

「馬鹿もん、アルビオン王国軍の兵じゃ」



 ◇◇◇◇◇



「よく来てくれたね。歓迎しよう。と言っても何もできないがね」

兵に連れられてきた一行は親書と証明のための水のルビーをウェールズに見せるよう託した。

兵がこれを持って行くとすぐに皇子と面談できる運びとなった。

「ウェールズ様。親書は」

ルイズが話を切り出す。

「ああ、読ませてもらった。しかし…」

ウェールズは息を吐いた。

その複雑な心中を吐露する。

「私は亡命はできない。私は明日、アルビオンと共に滅びるつもりだ」

「殿下、どうして…!」

「ノブレス・オブリージュかな。笑ってもらっても構わないよ。しかし、私は最後まで戦ってくれる臣下を捨ててまでトリステインに行くことはできない」

「亡命してください!姫さまはそれを望んでおられます!」

ウェールズは首を振った。

「今、アルビオンで起きている戦いは王と貴族の戦いなのだよ。私が国を捨てトリステインに逃げ去ればこの国の民が王を信じることは永遠に無くなる。私の手で王権を死なす訳にはいかないのだ。ミス・ヴァリエール」

「だからなんですか!貴方が討たれればアルビオン地に再び王家の旗を立てることはできなくなります!」

「アルビオン王家にだって結構遠縁はいるさ。アンリエッタ姫も私の従兄妹だ」

「殿下!」

「悪いがアンリエッタ姫の負担にもなりたくない。私は絶対に亡命はしない」

ウェールズはルイズに対しそう宣言した。

「…分かりました。失礼いたしました。殿下」

ルイズは苦い、苦しい思いを押した顔で下がった。

「まってくれ。これを」

「これは」

「彼女からもらった手紙だ。始祖ブルミルに愛を誓った」

それがどういう意味なのか。ルイズははっとした。

始祖に誓う愛は結婚を意味する。

この二人はすでに結婚していたのだ!

手紙はその形、証明となるもの…。

始祖に誓ったはずの愛を返上する。

「これを姫に返すのですか!せめて持って逝ってはもらえないのですか!!」

ルイズは糾弾するようにウェールズに問う。

「そうだ。私は名誉以外は持たずに逝く」

彼女の心まで持っては逝けない。

ウェールズは決意の光る眼でルイズに言った。

「ひ、ひどい」

「ルイズ」

ついには泣き始めたルイズを才人がその肩を抱いて下がらせた。

二人して退室する。

「よいのか?姫の気持ちをつき返す行為じゃぞ」

臣下の礼を取りもしなかったフィルルがつまらなそうにウェールズに訪ねた。

「アンリエッタ姫に重婚の罪を犯させる訳にはいかないからね」

「ウェールズ皇子、実はお願いしたいことがあります」

それまで黙っていたワルドが意を決したように告げた。

「なんだい。決戦まであまり時間もないのだが」

「僕とルイズは婚約者同士なのです。僕はルイズに結婚の申し入れようと思います」

「そうか、めでたい事だな」

「ルイズが受け入れたならば僕たちの結婚式をここで行ってもよろしいですか?貴方に立ち会ってもらいたいのです」

「どうしてだい?」

「もうじき始祖の許へ旅立たれるウェールズ様に僕たちの誓いを届けてもらいたいのです」

それは残酷が過ぎないか?

永遠の愛を返上した男の前で永遠の愛を誓い、しかもその愛を始祖の許まで届けてほしいなどと…。

フィルルとギーシュはあきれた顔でワルドを見た。

本人は良い考えだと思っているらしく自信満々だが…。

「それは良い罪滅ぼしになるかもしれないね。分かった、君たちがもし結婚するのであれば立ち会おう」

ウェールズは苦笑いを浮かべて諒解した。



[21262] 第二章第二十五話 すれ違う想い
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/20 01:15
「僕と結婚してほしい、ルイズ」

「え、え?」

突然のワルドの申し入れに戸惑うルイズ。

正直、ウェールズ殿下の件で頭が一杯だったのでその申し入れは寝耳に水だった。

「良かったじゃん。ルイズ」

横にいる才人がちゃちゃを入れてくる。

ルイズは本気で怒って才人の頭を叩いた。

結構強めに殴ったので本気で才人は痛がった。

「ごめんなさい。私、貴方と結婚する気はないです。婚約はお父様に頼んで破棄してもらいます」

「即答か。そんな気はしていたが」

ワルドは取りつく島もないルイズの態度に一瞬気勢をそがれたがすぐに話を続ける。

「しかし、君の母君は今の話どう思うだろうか。きっと悲しまれる。君のヴァリエール家は名門だが今は落ちぶれつつある。他に養子に入りたいと思う話も少ないだろう。公爵家の世継がいない状況は避けたいのではないか?」

「そ、それは、でも…」

「カリン殿の心労は分かるだろう?君の姉二人はまず結婚できない。母君を楽にしてあげられるのは君だけなんだ」

才人は黙って聞いていたが母親を引き合いに出して結婚の話しをするのはずるいと思った。

ワルドって思っていたよりやな奴かも。

自分はルイズの父親じゃないし何にも言えないけどさ。

ワルドは外れっぽいな。

「でも!お母様だって恋愛結婚なんだから!いいじゃない!」

「そんなに僕ではだめかい?もしも君が僕を愛してくれるなら僕は絶対に君を裏切らない」

真摯な視線を送るワルド。

ルイズは才人を見ていた。

「サイトはどう思う」

なんで俺に振る。

言わせたいのかよ。

「ルイズの好きにすればいいじゃんか」

「ちゃんと答えて」

「俺には関係ない」

「サイトのばか!あほ!ご主人さまの質問に答えなさいよ!」

「俺はお前とずっと一緒に居られる訳じゃないんだ!お前はもっとずっと一緒に居てくれる好きな奴、探せよ!!」

「な!何言ってのよ…ばか!!」

もしかしてそんな事をずっと考えていたの?

だから私を避けて…。

「馬鹿はお前だ!馬鹿!」

「馬鹿!馬鹿!私の気持ち知ってるくせに!!」

ルイズが泣きだした。

ワルドがルイズを抱きしめる。

「身分違いを自覚していたか。ルイズ、サイト君の言う通りだ。彼と君では決して結ばれない」

「放してくださいぃ。あいつ、なぐらなきゃ!ばかだから、なぐんなきゃ!」

少女の華奢な体にどうしてこれほどの力があったのだろう。

ワルドはルイズの体を押さえこむのに必死になっていた。

「何度でも言ってやる!ルイズ!俺は自分の世界に帰る!お前は置いていく!だからお前はお前の幸せを自分で掴むんだ!!」

「そんなの余計な御世話じゃない!!私の幸せぐらい私が決めるもん!!」

「ルイズ、決めるんだ。僕と家族に望まれた結婚をするか、君を置いて行くといった少年との誰も望まない結婚を夢見る続けるか!」

「…っ!!」

ワルドは手の中のルイズの力が弱くなっていくのを感じた。

「サイト君、頼むからルイズとはもう会わないでくれ」

「いや」

「…」

「いや!わたしはさいとのごしゅじんさまなんだから!さいと!!」

「…分かった。ここでルイズとは別れる。もう会わない」

「そうか、済まない」

「うそ…さいとぉ…」

呆然としたルイズが崩れ落ちた。

そして才人は部屋を飛び出した。



 ◇◇◇◇◇



「男っていうのはみんなアホじゃな。まぁ、そういうところが可愛いのじゃがな」

「なんでだよ」

「名誉の為に死ぬウェールズ皇子もアホ、ルイズの為に別れる才人もアホじゃ」

「…」

「ウェールズが死んでアンリエッタ姫が幸せになるかのう?才人に捨てられてルイズはワルドと幸せになれるかのう?」

男と言う生き物はそうやって粋がってかっこつけて生きていく。

フィルルはどこか遠い目をして呟いた。

「…でも俺にルイズを好きになる資格はねぇよ」

「そうでもないだろう。ヴィリエに何を吹きこまれたのか知らんが好いて付き合ってそれで別れれば良いのじゃ。自分の気持ちに嘘をつくのは互いに取って不幸じゃぞ」

「そんな風に割り切れない」

「真剣じゃのう。最後の決断のその時まで一緒にいれば良いのじゃ。その時、出した答えが一番自然じゃ。無理やり別れるのは不幸なことなのじゃ」

どんなに望んでもどんなに愛し合っていても一緒に居られないものたちもいるのに…。

「もういいだろ。あいつはワルドと結婚を決めたんだから」

「ワルドもくそじゃな。傷ついた少女の心に付け入りおった。あいつは信用ならん。そんな奴にルイズを任せていいのか!?」

「…あいつは俺の前で絶対にルイズを裏切らないって誓ったんだ。俺は信じるぜ」

すでに裏切られておる。

しかし、事実を告げる訳にもいかずフィルルは肩をすくめた。



 ◇◇◇◇◇



次の日、才人とギーシュはフィルルに連れられて何もない草原を歩いていた。

「ほれ、こっちじゃ。そろそろじゃのう」

「おいおい、どうするんだ?何もないぞ」

帰るからついてこいと言われてここまで来たのだが本気で何もない。

「まったく!またいたずらか!僕もいい加減堪忍袋の緒が切れるぞ!」

「なんじゃ。お前は?一人で帰るのなら構わんぞ」

ルイズはワルドが責任をもって帰す手筈になっていた。

ワルドから結婚の報告等様々な所用があるので一緒には帰らないと断りをうけたのだ。

まぁ、旅の資金には余裕があるしワルドの実力ならなんとかなるだろう。

「でも、本当に何もないな」

まさか光学迷彩でもかけているのか?

そういう魔法がありそうだから本気で怖い。

「わしとヴィリエは繋がっておるんじゃぞ?わしからヴィリエに対してすでに帰還の打診は取ってある。この遥か上空にレビテーションによる空間静止状態のジェットシップを止めてある。通常のレビテーションや騎竜ではあの高度まで上昇できんがわしとなら単独帰還可能じゃ」

「どこだ、上に船なんて無いぞ」

「ず―――っと上じゃからな。ついでに「隠蔽」(スクリーンアウト)と「消音」(サイレント)がかかっているからのう。あんなもん位置も分からんで発見できるのは我が主くらいなもんじゃ。ほれ、「隠蔽」が解除されたぞ」

才人は刀を握り、ルーンを発動させた。

強化された視野が僅かに空間ににじみこむように出現した小さな点を見つけた。

本気で光学迷彩してやがった。相変わらず謎の技術すぎる。

「さて、帰還といくか。今回はさすがにわしが術を制御してやる」

「また、あの船に乗るのか…。憂鬱だ」

才人は刀から手を放しゆっくりとフィルルに近づいた。

あれ?

なんか違和感が。

「おい、サイト。なんで、何も持っていないのにルーンが光ってるんだ?」

「え」

左手を見る。

ガンダールヴのルーンが眩いばかりに光を放っている。

左目が熱い。

「なんだ…?なにか見えるぞ…??」

結婚式、ワルド、ウェールズ!?

「これ、ルイズが見ている後景なのか…!?」

ほう、と感嘆の声をフィルルが上げた。

「驚いた。視野共有とわな。感覚共有のルーンでもないのにのう。さすが虚無を守護する盾の使い魔だけのことはあるのう、では急がねばなるまい」

「なにを?」

「簡単なことじゃ、ルイズに危機が迫っておることをルーンが知らせておるのじゃ!」



[21262] 第二章第二十六話 真実の愛
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/20 01:13
「では両名前に…」

ルイズは半分自暴自棄になって冷めた気持でここまできてしまった。

すでに式は中ごろまで進んでいる。

才人は来ない。

いつか見た小説のヒーローみたいに私を攫いに来ればいいのに。

ばか。

私がワルドといて幸せになれると思っているのだろうか?

きっと本当の恋を知る前の私ならこんな結婚でも幸せを感じれたのかもしれない。

でも今の私には無理な話。

なんだ、答えはもう出てるじゃないか――

「ウェールズ殿下、ワルド卿」

「ルイズ?どうしたんだい?神聖な式の途中だぞ」

ワルドはルイズを叱責するような声を出した。

「私、ワルド卿とは結婚できません。だって好きな方は別にいますもの」

「ルイズ!?」

ワルドが信じられないという驚愕の顔でルイズを見た。

「ウェールズ殿下、ワルド卿。馬鹿な女と御思いになるかもしれませんが私も姫様と同じ気持ちです」

「どういう事だい?ミス・ヴァリエール?」




「わが身より真実の愛を選びますわ!ウェールズ殿下!」



そう言ってルイズは懐からウェールズが託した手紙を取り出した。

それをびりびりと破り、ちぎり捨てる。


「これでウェールズ殿下へアンリエッタ姫の愛の誓いは大いなる風のもとに旅立ちました。もう姫の誓いを返上する事はできませんわ!ウェールズ殿下!!」


「…私は」


「姫への愛を誓ってください!私は何よりそれをアンリエッタ姫に届けますわ!!」

「ミス・ヴァリエール…」

真摯なルイズの思いがウェールズの心を揺さぶっていた。

アンリエッタが本当に望むもの。

目を閉じる。

それは分かり切っていた。

「パリー、何でも良い、紙とペンを持ってきてくれ」

「でしたらメモがここに」

ウェールズはそれを受け取るといったんは懐に入れ、結婚式の誓いの始祖像に向きあう。

杖を抜き出し、正面に構えると片膝をつき像の前に跪く。


誓約の構え。



「我、ウェールズ・テューダーは始祖に誓う。アンリエッタ・ド・トリステインを永遠に愛すことを!!」



ついにウェールズはアンリエッタへの愛を誓ったのだ。

ウェールズはパリーから受けたメモに何かを書いてルイズに差し出した。

「手紙の返信が随分と遅くなった。姫に詫びてほしい。それとあともう一つ、詫びてほしいことがある」

「何ですか」

「すまない、アンリエッタ姫、君を未亡人にしてしまったと」

憑きものが落ちたような晴れやかな顔でウェールズはルイズに思いを託した。

「…ありがとうございます。ウェールズ殿下」

「いや、君が正しい。きっと私が間違っていたのだ。ワルド卿」

「う、ウェールズ殿下、なんでしょう」

「私も漸く目が覚めた。済まないが私に望まぬもの同士の結婚の立会人は無理だ。式は済まないがここでお開きにさせてもらう」

「なんと」

呆然とした顔でワルドが下を向く。

その肩が小刻みに震えている。

「下らん!」

「なにを?ワルド卿?」

「下らん!下らん!!下らん!!なんだこの茶番は!結婚など契約に過ぎん!!真実の愛などそんなものは存在しない!!」

「何を言っている!ワルド!」

「このあまちゃん共めが!!僕を馬鹿にしたな!いずれ世界を手にする僕を!!」

「何を錯乱している!お前!」

「聖地には世界のすべてがある。僕がそれを手にするためにルイズの力が必要なのだ!虚無の力がな!!」

「なっ!聖地だと!?」

驚愕の顔を見せるウェールズ。

「貴様!レキン・コスタ!」

ルイズをかばうように杖を構えるウェールズ。

しかし――

「邪魔だ!ウェールズ!死にぞこないが!!」

電光石火の突き!

ウェールズの防御も虚しく胸を杖が貫通した。

「馬鹿な…」

ウェールズは力なくその場に崩れ落ちた。

「ウェールズでんっかあああ!!」

臣下で式に唯一立ち会っていたパリーが大いそぎでウェールズに駆け寄る。

その様子に一瞥もくれずにワルドはゆっくりとルイズに歩みよった。

「もう結婚などという甘言はつかわん。僕に従えルイズ!お前の力が必要だ!」

「いやよ!絶対に嫌!死んでも御免だわ!!貴方なんて大嫌い!」

「そうか。新たな虚無の目覚めを探すのは大変だが仕方がない」

ワルドは杖をルイズに向かい構える。

詠唱とともに杖が電荷を帯びていく!


御免ね、才人。


私ここで死んじゃうかも。


「お前も死ね!」

電光!!

ルイズは眼を閉じた。

結局、振られてばかりだったなぁ。

なんか色々思い出しちゃう。

走馬灯ってやつかしら?

でも思い浮かぶのはあいつの顔ばかりなんだね…。

「ルイズ!」

案外痛くないものね。

ああ、幻聴まで聞こえてくるし、さいと…。

「ルイズ!しっかりしろ!おい!」

幻聴?違う!

「サイト!?」

目を開くと電光を纏わせた刀を持った才人がルイズの前に立っていた。

「ど、どどうして!?」

「こいつがお前を守れってさ。しょうがねぇ、じゃん。俺、お前の使い魔だし」

そう言うと才人はワルドと向き合った。

「貴様!約束を違えるつもりか」

ワルドが才人に吠える。

「最初から嘘八百のてめぇが言うかよ。で?どうする?」

「何?」

要領を得ない才人の問にワルドが疑問の声を挙げた。

「俺、いらいらしてるんだけど。どうやって死にたい?」

ばちん!!

刀が纏う電撃が大地を叩く。

なぜ、あの電撃は吸収されることなく刀を纏っているのだ?

「死だと!?それは世界を手にする僕に最も遠い言葉だな!!」

「はん、あんた、何やってもここで死ぬぜ。試してみなよ」

そういって構えを解く才人。明白な挑発だ。

「その余裕を後悔するが良い」


―「偏在」(ユビキタス)


四体のワルドが新たに生み出された。

「なるほど、その魔法、あの時の仮面もてめぇかよ」

呆れた声を上げる才人。

本当に嘘ばっかりのおっさんだぜ。

それを信じた俺もどうしようもない大馬鹿者だな。

「お前の技は見させて貰った。確かにお前は驚嘆すべき剣士であり、その魔剣も恐ろしい力だ!しかしあの時のように簡単に行くと思うなよ!」

「どうだが?今の俺こそあの時の俺じゃねえからな」

「ほざけ!!小僧!!」

一人のワルドが才人に向かい特攻をかける!


―「神速」(ハイアクセル)


強烈な加速がワルドを動きを高める。

「おせぇ!」

―「神速」(ハイアクセル)

別のワルドが神速を重ねる。

神速の二重掛け!!ワルドが限界を超えた動きを見せる。

しかし――



神威電光鳴閃



ワルドが才人に到着するより早く、わずかに間合いを外れた。

タイミング的に早すぎる斬撃が才人の刀から放たれる。

瞬間、閃光が走る!

ばちぃいいい!!

遅れて空気の焼き切れる音が爆ぜ響く。

「なに!!」

刀に封された雷撃という力が刀という形をもって体をなした。

防御不可の電荷の刃にワルドの体が焼き切れた。

「ん、一回使ったらおしまいか」

見れば才人の刀は電荷を失っている。

「ふん、もうそれはおしまいか!」

―「斬嵐」(カッター・トルネード)×2

強烈な鎌鼬の斬撃の嵐が本来の二重の密度を持って才人を襲う!

ワルドにとっては最強威力のこのスクウェアスペルの重ねがけならば!!

しかし、ワルドは気がついた。

風の流れがおかしい。

まるででたらめだ。ワルドの意に全く従っていない??

疑問は確信へと変わった。才人は平然と全てを切り刻む嵐の中に立っていた。

才人がタクトを振るうように刀を振るう――



神威斬風旋陣



強烈な斬風が才人を中心に広がり、一瞬で大地を斬り裂き荒れ狂った。

破壊力が本来の鎌鼬の比ではない。

大地が深く抉れ裂かれおり、今の一撃を持って3体のワルドが切り裂かれ消えてしまった。

「…どういう事だ。貴様の力…」

「気づいたんだよ。魔法も所詮は武器だろ?だったら俺には操れる。デルフリンガ―の魔力吸収は手に相手の魔法を掴ませ、認識させるためのコネクターに過ぎない」

てめぇらの杖とおんなじだ。

「ま、魔法剣だと…!?」

ガンダールヴ。杖の妖精。魔法を含むあらゆる武器を統べるルーの覇印。

その真の力が姿を現したのだ。

「まぁ、こんなに力を使えるのはルイズが死の危険にあったからなんだろうけどなぁ」

「ばかな…。世界を手に入れるのは僕なのに!なんでこんな力が平民に…!?」

「そろそろ、年貢の納め時だぜ?おっさん」

「くそ!!!」

―「雷雲」(ライトニング・クラウド)

ワルドの杖から電撃が走る!

「往生せえいや!!おっさん!!」

才人の斬撃が雷撃を食らいながら斬り進む!

どん!

斬光が煌めきワルドの左手が斬り飛んだ。

「くぁあああ」

「…くそが…」

しかしそれだけだ。

才人は刀を鞘に納めた。

ワルドが激痛の走る片腕の断面を見た。

ご丁寧に傷口が雷撃によって焼塞がっている。

才人はルイズの方に歩いていく。

もうワルドを見ていない。

「なぜぇえだぁああ!!」

なぜ、止めを刺さん!

ワルドは怒りの怒声を上げた。

「悪いが片腕はウェールズの分だ。…俺はお前を斬らん」

「なにを!!僕が憎いだろ!!」

「俺の怒りは俺に向けられているんだよ!!てめぇなんてどうでもいい!いらいらしてるって言ってるんだろが!!見逃してやるっていってんだよ!消えな!!負け犬!!」

「く、くそおおお!!」

ワルドが杖を振るう。

その体が宙に浮くと空の彼方に消えていく。

才人はルイズの前に立つとかぶりを振った。

「ごめん、俺、甘ちゃんだわ。人殺しとか無理…」

「良いわよ。サイトのその手は血で汚さない方がいいと思う」

ルイズは才人に抱きついた。

「お帰り、サイト」

「…。ただいま。ルイズ」

二人はきつく抱き締め合いお互いの存在を確かめ合った。

「本当にごめん。俺、ルイズが死にそうになったとき気がどうにかなってしまいそうだった。全部俺が悪いのに…」

「いいの。私ももっと素直になれば良かったのに、サイトに頼ってばっかりでだから…」

「雰囲気出しておる所悪いがまずい事になったぞ」

「わぁ!」

フィルルが呆れた顔で二人の世界に待ったをかけた。

「遠くに音が聞こえてくるだろう?レキン・コスタの襲撃が始まったぞ。すでに戦闘が始まっておるわい。ここも時期に戦火が及ぶ。引き時じゃ」

「お前、ギーシュと一緒に帰ったんじゃ?」

「お前らだけでどうやって帰る気じゃ?野垂れ死ぬのが落ちじゃぞ?」

そう言ってフィルルは来ていたワンピースを脱いだ。

「あ、おお!!」

「サイト!!!」

ガン!!

フィルルの裸体に色めきだった才人の足を思いっきりルイズが踏みつける。

「ほれ、もっとれ。わしのお気に入りじゃからのう」

「フィルル、どういう―」

フィルルの体が輝く。まさか

閃光が視界を埋める。

「まったく、大サービスじゃぞ?小僧ども」

巨竜。

本来の姿を取り戻したフィルルが翼を広げた。

「背にのれ。船まで飛ぶぞ!!」

「分かったわ」

「おう!」

フィルルが壁に向かいブレスを放つ。

サンダーブレス!

レーザーのような電光が空間を焼きプラズマと化した膨張空気圧が壁を吹き飛ばす。

大穴から天空に羽ばたく!

力強い飛翔。

「飛ばすぞ!歯を食い縛るがよい!」

魔力流が流線となって体に沿って流れその姿を黄金に染め上げる。

風が突然意思を持って竜を猛烈なスピードを押し始める!

空気が爆ぜる音がして一気に弾丸のように加速する。

「これぇええ死ぬううう」

「ふぃるっルうかげんしろおお」

二人の絶叫を連れて竜は天空の彼方に消えて行った。



[21262] 第二章第二十七話 鉄仮面
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:0786d987
Date: 2010/08/20 01:09
パリーはウェールズの亡骸を持ってジェームズ1世に謁見をしていた。

冷たくなった息子の手を握り呟く。

「息子は死んでしまったのか」

このような状況に置かれれば遅かれ早かれ死ぬ運命とはいえ、自分より早く死んでしまった息子の身を嘆いた。

「いえ、少し違います。ジェームズ陛下」

「!その声は!懐かしい声ではないか…たしか」

パリーは杖を振るうとその変装の魔法を解いた。

「ヴィリエです。陛下、お久しぶりです」

「そうか、あのときのエミリアの息子。済まないな、せっかくの客人に何ももてなすことができない。今の朕はこの通り、何も持たない」

「そのお気持ちだけで。陛下。お頼みしたいことがあります。ウェールズ殿下のことです」

「死んだ息子の事か?何がある?」

「魔法で疑似的に死亡状態を作ってあるだけです。彼を死んだことにしなければいけませんかったので私が細工いたしました」

「なに?どういう事だ?」

「彼の傷自体は塞ぎ蘇生させました。しかし、彼が生きたままでは亡命できませんから手を打ったのです」

そういってウェールズの血で染まった胸もとを開いて見せる。

そこには傷一つ無かった。

「なぜ?」

「アルビオンの早期再建のためには可能な限りアンリエッタ姫と親交の深いストロングリーダーが必要です。このまま行けばアルビオンの地は荒れ、民は迷い戦火の傷はより深まります。アルビオンの再建のためウェールズ殿下には生きていただきます」

「しかし、彼はここで死ぬのだろう。王族の名誉を背負って?」

「そうです。ウェールズ殿下にはここで果てていただき、別の人物としてアルビオンを導いてもらいます」

「ほう、たとえば」

「ウェールズ様の双子の弟などどうでしょう?家督争いの混乱を避けるためトリステインの寺院に預けられていた設定で」

「面白い。ありそうな話だ」

そして家族一党を殺された悲劇のプリンスとしてまるでウェールズの生き写しのような王子がアルビオン再建に尽力を尽くす。

民衆の好きそうな話だ。

「信憑性を高めるため、息子であることを証明する証書を作っていただけませんか?ジェームズ閣下」

「その様子だと紙面はすでに用意されておるようじゃな、良いだろう。サインしようではないか」

「ありがとうございます」

ヴィリエは書面を差し出した。

「ふふ、人生の最後にこんなとんでもないいたずらを仕掛けられるとはのう」

そういってジェームズ1世はウェールズの第二の人生の証明となる書面にサインをした。

「ウェールズは大丈夫か?」

「はい、ここでウェールズさまが死んだ事になれば亡命自体のリスクは完全に存在しませんから」

「なるほど、いない人間を探すものもおるまい。考えたな。して新しい名は?」

「チャールズでいいでしょう。フィリップもちょっと捨てがたいですが前王の名前ですし」

「それと王子の証拠として戴きたいものがございます」

「なんだ」

王がそう尋ねるとヴィリエは懐からあるものを取り出した。

王はその品を見て静かに頷いた。

「息子をたのんだぞ。ヴィリエ」

「お任せ下さい。ジェームズ陛下」

最敬礼を解いたヴィリエはウェールズを連れて王のもとを去った。



 ◇◇◇◇◇



「ここは?」

ウェールズは眼を覚ました。

わずかな光源しかないくらい部屋。

目の前に一人の男がいる。

「わがロレーヌ財閥の保持するバベルタワービルの機密エリアだ」

ウェールズはその男に見覚えがあった。小さい頃たった、一度しか会ったことはないが…。

「貴方はクリフ!クリフ・ド・ロレーヌ!!どうして私が生きているのです」

「息子の一策だ。お前にはトリステインの属国となった後のアルビオンの領主に納まって貰わねばならん」

「なんということだ!父は!アルビオンは!!」

「もうない。そしてお前も死んだ」

そう言って一枚の新聞を差し出した。

内容を見て愕然とする。

「これは真実なのですか?」

「嘘をついてどうする?貴族革命はなった。もうアルビオンは無く、お前はワルドに殺された」

「く…。どうしてワルドの件が世間に漏れているのです」

クリフはそんな事にも考えが至らないのかと呆れた。

「連中が意図的に流したに決まっているだろう。あの後死ぬだけであったお前をわざわざ姫の寄こした親衛隊の隊長が暗殺するというスキャンダル。お前を救い出すためにワルドを送ったアンリエッタ姫は良い面汚しとなってしまったな。トリステインの手の者がアルビオン王家の後継者を暗殺したという最悪の事実が露見してしまった。連中の流した話はさらに脚色されていたぞ。まぁ、新聞媒体ではうちが最大大手だ。悲劇の愛というオブラートで情報を包みこみ感情的には姫に同情する声が圧倒的多数だ。しかしこの状況ではトリステインはアルビオンを攻めれん」

ウェールズはそれを聞いて嘆いた。

「どうして、私が生きているのです?」

「だから言っただろう。お前は死んだ。世間的には死んだことになっている。生きていれば問題の多い男だからな、お前は」

「そう意味ではなく」

「ふん、息子に感謝しろ。お前を蘇生させたのは息子だ。脳にダメージがなく死亡直後であればある程度の蘇生は可能だそうだ」

ウェールズは自分の体を確かめてみる。生前となんら変わりはない。

驚くべきヴィリエの魔法の力である。

「アンリエッタは…?」

「心配しなくてもアンリエッタ姫の戴冠は問題なく行われる。ただ今回のおいたのせいでリッシュモン派の貴族から相当の圧力を受けているし、傀儡の王となるのは避けられん。私もマザリーニの馬鹿が辞意を表明したのを撤回させるだけで精一杯だ」

「結局、私はアンリエッタ姫のお荷物となってしまった訳か」

「ああ、ワルド卿に殺されたのは最大級のミスだな。お前はワルドにだけは殺されてはならなかった」

「く、アンリエッタ…」

ウェールズはいまや非常に苦しい状況に追い込まれてしまった最愛の姫の身を思った。

「彼女を助けたいかウェールズ?ならばその仮面を手にするが良い」

クリフが示した先にはチタンで出来た仮面が置かれていた。

「仮面?」

「そうだ、素性を隠し、アンリエッタを守るがよい。お前の手にアルビオンが戻るその時まで」

「…。何と名乗れば?」

「お前の新しい名前はチャールズだ。しかし仮面を付けている間はさらに偽名を名乗るべきだな」

クリフは思案顔で考えていた。

「ファントムとでも名乗るがよい」



[21262] 裏話その3 魔王の鎧(空の竜、大地の獅子 改訂)
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/21 04:47
###  ヴィリエサイド 第十九話同時期  ###


「完成したぞ」

「これがガーゴイル動力を用いたパワードスーツか」

僕はその日、研究所を訪れていた。

かねてより研究段階にあった超兵器の開発に成功したとの知らせを聞いたのだ。

いくつかの問題からお倉入り寸前だったんだが遂に完成したとはなぁ…。

感慨深い。

別に直接来なくても共感覚で伝えてくれればいいのだがフィルルは面白がってだいたい隠すのだ。

本来なら感覚のカットは僕の方からしかできないはずなのに企画外すぎる使い魔だ。

薄暗い倉庫の中には巨大な20メイルの大きさの巨人が十機ほど横たわっていた。

装甲板を重ねて作ったリビングアーマーの一種である戦闘補助兵器である。

中にはさらに一回り大きな巨人も存在する。

「これは複座式なのか?」

「ああ、主の注文通りな」

単座はメイジが一人で乗り込むタイプで複座は専用のライダーと補助にメイジが乗るタイプか。

もう一つ完全に乗り手に魔法に影響しない独立兵器タイプもある。

「魔導機の方は乗り手は機体の意思に認証させることで機体そのものを一種の杖として使う事が出来るようになっておる」

「杖の契約は基本一人一本では無かったけ?」

たしか僕の原作知識にはそういう制約があった気がする。

「分かって無いのう。良いか、杖というのはあくまで接続器(コネクター)っであり霊媒(チャネラー)なのじゃ。それぞれの魔法使いの持つ周波数を制御できば杖などいらん。チャンネルをつなぐ役割をインテリジェンス・インターフェイスが行うのじゃ」

それって別に名称はインテリジェンス・デバイスでも良いじゃないの?

「僕も昔、チャネラーだったんだぜ」

「お前さんのはニートの2がつくチャネラーじゃろが」

馬鹿な!ばれてやがる!

まぁ、今更驚くべきことでもないが…。

「スペックは?」

「装甲・フレームには強力な硬化と固定化と施錠を付加したチタン合金を使用。エンジン及び各部動力源には戦闘用オートマタに使われているリフレクト・タービンのパワーアップモデルに加えて最新のガーゴイルギアをセット。ハイエンドモデルの複座式の二機には様々な付加がかかっている上、装甲板にも反射ておいたぞ」

「面白いなぁ」

「四大の使い手であれば中に搭載されている各石を消耗して魔法を増幅出来るようになっておる。もちろん補助武器として先日開発に成功した高性能爆薬を使った新型銃を付てあるぞ。メイジにとって最強の剣であり鎧であり杖となるじゃろうな」

そして平民にとっても…ね。

「しかしこいつを使いこなすのはかなり大変じゃないのか?」

フィルルはそんな事ないと首を振った。

「何のためのインテリジェンス・インターフェイスじゃ。機体自体は使い手と精神を同調させれば簡単に操るはずじゃ。もっともハイエンド機の方は並の乗り手では使いこなせそうにないがのう」

なるほどね、独自知性が大体動かしてくれる訳か。

戦闘能力は格段に上がっているが基本軸の技術自体はほとんど以前開発した戦闘用オートマタの流用なんだから当然か。

「いいのだよ。ちょっとでたらめなくらいの性能で、どうせガンダールヴがありゃなんでも制御できるんだから」

武器ならサイコミューだってドラグーンだってなんだって操れるだろ。

フィルルは呆れたように言った。

「まぁ、いいがのう。しかしお前さんの専用機も同じくらいあほスペックじゃぞ」

「それも、僕がエルシャーナと一緒に乗るから問題ない。彼女の反射制御の方がガンダールヴのそれより運動性ははるかに上だろうしね」

しかも四大魔法最強と精霊魔法最強のコンビだ。

「お前はそっちよりエルシャーナに乗ってやったらどうだ」

「下品過ぎるだろ、それ…」

呆れてフィルルを見た。

「名前は?」

「量産機の方に個体名は付けとらんが兵器の開発コードはG・ヨルムンガンド(世界の杖)。ハイエンド機の名前は白と青のカラーリングの方がラグナレク。赤と黒の機体のほうがアポカリプスじゃ。」

「ゴッドガンダムとマスターアジアにしようぜ」

「サイトとルイズに何やらせる気じゃ、おぬし…」

フィルルが呆れた口調で言った。

でもどうせそんな展開になりそうじゃない?

ほら例のラブラブて…。

「お前さんがエルシャーナと放つはめになるんじゃないかのう」

断固お断りだ!

「例の機体は?」

「あれは完全にロールアウトし終わったぞ。いつでも使える」

フィルルが僕を手招きした。

「ついでにそっちの報告してやろう」



 ◇◇◇◇◇



「こっちじゃ」

僕はフィルルについて研究所の奥にすすむ。

そこには全長15メートルほどの流線形のフィルムをもった物体があった。

形としてはステルス戦闘機のようなものが近いかも。

「これが竜機(ドラグーン)か…」

「そうじゃ、これも杖の一種でして認証すると中の風石を用いて風魔法を増幅できるほか装甲表面に付加された風力操作魔法が風の抵抗を操って揚力や変化を自在に生み出し空中を泳ぐ事が出来るのじゃ」

「泳ぐ?」

空気の海を泳ぐときたか。ちょっと詩的表現過ぎねぇか?

「そう表現するのが近いだろ。ともかく空中における敏捷性能、反応性能は並の風竜の比では無いぞ」

「加速性能は?」

ただの魔法補助具では箒にまたがるのと変わらないぞ。

「リフレクトジェットエンジンがあるじゃろ」

ジェットエンジンといえば基本は吸引した空気を圧縮、それに燃料を加えて点火したのを噴出して加速力を得る動力機関だ。

うちの研究所ではすでに開発済みのユニットである。

空気を圧縮する事自体は風の付加魔法に風石を組み込めば造作もない。

内部に燃料を加える機構も錬金が自動でかけ一部の圧縮空気を可燃性の物質に変える機構を用れば特に問題がなかった。

ちなみにリフレクトがつくタイプのモデルは内部に反射をかけて圧縮率をさらに高めてある。

「ジェットエンジンだろうとエーテルドライブだろうとなんでもいいけど慣性制御どうするの。Gスーツでも作る?エンジンの加速性能が高すぎて慣性制御が必要になるだろう」

さっきのG・ヴァナルガンドも同様の問題がある。

「さっきのモデルを含め、慣性制御に一応コックピットユニット内部に反射をかけて反動を無くす機構を採用している」

「ああ、反射使えばいいのか。たっく、どんだけチートな魔法なんだよ。確かに反射はGキャンセラーとして使えるな」

でもそれじゃ運転席はたぶん無重力になるな。

実際の正しい表記はGリフレクターか。

「どのくらい早いんだ?」

「どのくらいまで加速できるかはちょっと想像できんのう。とにかくむちゃくちゃ早いのじゃ」

適当だな。

確かにスピード計測をしてみないと分かんないか。

「こいつが本格始動したらどんでもないことになりそうだな」

「そうじゃのう、反動が存在しないリフレクトガンなら相性も良いしのう」

どんなに撃っても姿勢制御崩れないからな…。

巨大カノン砲を二丁付けてルーデル閣下ごっこがお手軽にできるぜ。

「凄まじいな」

「そういえば一部の技術者から完全リフレクト装甲による潜水艦の構想が上がっておったのう。なんでも水の抵抗と水圧をリフレクトでぶっ飛ばしながら進めがテラ速くない?とかなんとか」

「海も制圧する気かよ!できるのか?」

「無理じゃろ。尖頭をリフレクト加工するのは悪くない発想じゃが最初から完全反射体では全ての応力の出力をカットしてしまうから動かすことすらできん。しかし船の船底部をリフレクトで覆えば何もせんでもホバークラフト出来るじゃろうし、魔法で偽装出来るんじゃからそっちのほうが便利じゃろ」

確かにそうだが潜水艦は男のロマンだぜ?

「戦艦は作ってるだっけ?」

「一応な。1隻だけじゃ。さすがにばれるとまずいしのう」

どうやら着々と準備は整って来ているらしい。

「そっちのほうはどうじゃ?」

「まぁ、ぼちぼち。でもこれで大分近づくかな…」



[21262] 第二章第二十八話 姫の決断
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/19 16:41
才人たちはジェットシップでトリスタニアの近くまで訪れるとそのまま二度目の降下を行った。

たしかにその方が早いのは分かるがダストシュートされてる気分になるのはなぜだろう?

気がつけばたった3日の大冒険だったが様々な事があった。良い事も悪い事も。

町に入り夜のブルドンネ街を越えていくと王宮に辿り着いた。

王宮は夜の闇に静まりかえっている。

門の前までやってきたがその門は固く閉じられている。

「ここまで来たけどもうこんな時間じゃ、姫さまに会いにはいけないよなぁ…」

才人がルイズにひそひそと尋ねた。

「そうね。たぶん衛士隊が通してくれないわ…」

「…そうでもなさそうじゃぞ」

フィルルが上を見上げながらそう言った。

「えっ?」

どういう意味かと才人もフィルルの視線の先に目をやった。

一つの光源が空から下に降りて来ている。

ランタンを掲げた衛士を乗せた幻獣が一匹、一同の前に降り立った。

「ルイズ様ですね。姫がお待ちです」



 ◇◇◇◇◇



「話は聞きました」

通された王宮の一室。

そこには憔悴した様子のアンリエッタ姫がいた。

横にはヴィリエの姿が見える。

「ヴィリエが説明を?」

「そうだ。フィルルの目を通して状況は分かっていたからね」

「やれやれ。あっちにこっちに大変な男じゃのう。お前は」

呆れた口調でフィルルが話した。

さっきの出来事からまだ3時間ぐらいしか経っていない。

さすがのフィルルもこのタイミングでここにいることに呆れてしまったのだ。

まぁ、空間を飛べるヴィリエには時間的制約なんてあってないようなものだが…。

ウェールズをクリフに預けたその足で今度は王宮にまで飛んだのか。

「今回の件に関して干渉しないはずだったんだろ?」

「直接表だって動くことはしないと言う意味だ。まぁ、僕にもやるべきことがあったからね」

ルイズがアンリエッタ姫の前に立った。

「姫さま、これを…」

ウェールズが最後に書いたメモ。

アンリエッタはメモを広げると愛おしそうに読み上げた。

「ルイズ。ありがとう、私の思いを届けてくれて…」

「申し訳ございませんでした。私はウェールズ様をお連れ出来ないばかりか…」

「良いのです。ワルドの件に関しては完全に私の落ち度です。貴方に責任はありません」

姫は静かに目を閉じた。

「こうなっては仕方ありません。痛みは伴いますが確かに貴族革命側にイニシアチブを持たれるのは避けるべきでしょうね」

そういって姫は自らの決断をした。

「ヴィリエ様の提案を受けますわ。明日のロレーヌタイムズで今回の件をスクープしてください」

「姫さま!?」

それはつまり今回の一件を二人の愛を晒し者にしても良いと言う決断だ。

「今、この戦いの大義明文をこのままここで失う訳にはいかないもの。トリステインが戦争でアルビオンを領土化したい一心からウェールズ様を亡命をダシに誘き出し謀殺した、しかも首謀者は私。こんな噂が流れれば民衆の心が離れてしまうわ。そして私が女王になるためにはいまここで民衆の人気は絶対に失ってはならない…」

アンリエッタ姫が広告塔としての価値を失えば王位にはつけない。

逆にいえば民衆の人気がある限りアンリエッタ姫には利用価値があり、王位に座ることができる。

「お前、その為にここに来たのか?」

才人が呆然とヴィリエを見た。

「そうだ。今回の件については時間がないからここでどう動くかが肝になる。ついでに言えば信憑性を高めるためそのメモも転写して記事に乗せる」

「なっ」

そこまでしなくてもいいんじゃないのか…?

「文通の事実の為に姫には破れてしまった手紙も書き直してもらう」

「ええ。分かりました。これも偽造になるのかしら」

「姫さま…」

ルイズは心配そうにアンリエッタ姫を見た。

姫の行動は自暴自棄になっているんじゃないかとすら思う。

しかし

「平気よ。今回のことで気づいたわ。強くなければ大切なものを守れない。だから強く…生きるわ」

アンリエッタ姫は確かに憔悴していたがその眼には確かな決意の光があった。

「姫さま…」

ルイズがアンリエッタ姫に抱きついた。

「ありがとう。ルイズ。私の一番の親友…」

アンリエッタ姫は抱擁を返した。

「ルイズ。貴方に渡したいものがあります」

そう言うと姫は机の上の置いていた本を取り、ルイズに差し出した。

「これは…?」

「始祖の祈祷書…。私にはもう必要ないものですわ。でも貴方には必要なものなのね」

「え、こんな大事なものが必要ないもの?どういう意味ですか?」

姫は小さく首を振るとルイズの問いには答えず、話を続けた。

「ヴィリエ様から話を聞きました。ルイズ。貴方は始祖と同じ系統の使い手なのです」

ルイズは驚愕の顔をして姫を見た。

姫は話を続ける。

「水のルビーはまだ持っていますね。始祖の祈祷書と水のルビーは同じく始祖ゆかりの品なのです。きっとこの二つが貴方を導いてくれるはずです」

「私が虚無の使い手…!?」



[21262] 第二章第二十九話 傀儡の皇帝/無能の王者
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/20 00:58
一人の男がベッドから目を覚ました。

男は起きてすぐにあるべきものがないことに気がついた。

「そうか、僕は…」

「なんだい、目をさましたのかい?」

声に気づいて男は傍らを見た。

「フーケか。戦いはどうした?」

「もう終わったよ。あんた薬が効いて2日は寝ていたからね。私はあんたを見なくちゃいけないからね。お留守番だ」

そういって傍らを見れば何度も替えられた包帯がそこにあった。

「すまなかったな。活躍の場を奪ってしまった」

「わたしは戦争にも名誉にも興味ないんでね。かまわないよ」

「子爵、ワルド子爵はいるか?」

そう言って救護室に一人の男が入ってきた。

「閣下?クロムウェル閣下?どうされたのです」

クロムウェル、貴族連合レキン・コスタの総大将である。

否、いまは皇帝の座にあるのか…。

「良かった。ああ、無事であったか!わが友よ。大変な事になった」

「どういう事です」

ワルドは疑問の声を上げた。

ワルドは救護室で深く長い眠りに着く前にクロムウェル自身にウェールズを始末した成果を報告していた。

自分が無事な事など自明のはずだ。

「すまぬ、子爵。余が力が及ばないがばかりに。あのトリステインの小娘めが、子爵の首に賞金をかけおった…」

「何!?」

クロムウェルはそう言って新聞を差し出した。

「あら、随分とリッチになったわね。10万エキューの賞金首だなんて」

「馬鹿な…」

ワルドは呆然と新聞の記事を見つめた。

記事を見れば分かるがワルドはいつの間にか世紀の大犯罪者になっていた。

「すまぬ、ワルド子爵。しばらく、その力が戻るまで身を隠しては貰えないだろうか?余の配下は良くも悪くも血気盛んな連中ばかりだ。わが友が金塊に見えてならないものもおるかもしれないゆえ…」

そう言ってクロムウェルは懐から金貨袋とメモを取り出した。

「このメモは?」

「そこに異国の技師が来る予定だ。偽手の手配はすんでいる。我が新しき力も届く予定だ」

ワルドは驚いたように声を上げた。

「閣下。僕をお見捨てになられないのですか!」

「当然ではないか。ワルド子爵。真の意味で聖地奪還を目指す我が唯一の友よ!余にはまだお前の力が必要なのだ!」

ワルドは体を起こした。

しかし激痛が走り動けなくなった。

「くっ…」

「馬鹿だね。こんな体ですぐ動ける訳ないだろう…」

フーケがその体を支えた。

クロムウェルはワルドの傷に手をやると何かをささやいた。

「閣下?」

不思議な光とともにワルドの腕の痛みが引いていった。

「その力、四大系統には見えないね」

クロムウェルは手を引き静かに目を閉じるとその手にはまった指輪を撫でた。

「ああ、先住の力に近い純粋精霊力の力だ。人の死すらもて遊べるほどの力の結晶…。私はこの力を虚無と偽ろうと思う」

「閣下!?それは…!」

ワルドが苦しそうに言葉をだした。

「よい。よいのだ。ワルド、たとえ嘘であっても我らには絶対に虚無が必要なのだ。聖地を奪回するために我らはブリミルの意思の体現者でなくてはならない」

「申しわけありません。僕がルイズ、真の虚無を手に入れることに失敗したばかりに…。閣下にそのような虚言を!!」

「よいのだ。終末の日(ラグナレク)の炎が迫る中、唯一その滅びから逃れることができる盟約の地、聖地(ホッドミルル)。ならばこそあれは人の手に取り戻さねばならぬ!生き残るために!」





 ◇◇◇◇◇



おもちゃの山に埋もれて一人の男が愉快そうな顔でチェス盤をいじっていた。

余人にはすべて不要に映るようなおもちゃが散乱してはいるが部屋自体は非常に美しい作りである。

異国から流れついたという遊戯盤は勿論一人で楽しむものではないが男の対面には誰も座っていない。

そもそも盤の上に広がる駒自体むちゃくちゃなものである。

「そうかそうか。なるほど、こうきたか!」

感心するそぶりを何度も見せ頷く男の下に一人の女性が歩いてきた。

「ジョゼフさま、ただいま戻りました」

「おお、余のミューズ。御苦労であった」

「申し訳ありません。クロムウェルの手のものに見つからぬように探しましたが風のルビー、始祖のオルゴールともに見つかりませんでした…」

「ああ、心配ない。それについてはもう報告を受けておる。あのヴィリエめが堂々とアルビオン王家から貰い受けおった」

「なっ!」

ジョゼフと呼ばれた男は愉快そうにほほ笑んだ。

「まったく手が早い、抜け目ない男だ!最初からこのタイミングを狙っておったな。動く時はまさに電光石火だ」

ジョゼフは手に香炉のようなものを持ち愛おしそうに撫でた。

「ウェールズの件などアルビオン王家に恩を売り始祖の秘宝を得るための口実に過ぎぬか…。すでに奴の手の内あるいは近きに水のルビー、風のルビー、始祖の祈祷書、始祖のオルゴールがある」

「ジョゼフさま、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか。なぜ始祖の秘宝を集める必要があるのでしょうか?一対あればそれで十分なのではないでしょうか」

その言を聞いてジョゼフはより一層愉快そうに笑った。

「はは、神の知識と言っても知らぬこともあるのだな。よいか、始祖は虚無の力を四つの扉、四つの鍵に分けた。一つの扉に鍵穴が4つ。封印されし16の虚無を呼び起こすには始祖の秘宝は必要不可欠なのだ」

「16の虚無?」

「そう。虚無の真髄だ。確かに一対を揃えれば基礎の虚無、初歩の初歩の初歩ならいくらか覚えられるがより上位の魔法を引き出すには組み合わせが必要になってくる」

そう言うとジョゼフは目を閉じた。

「余はそのすべてがほしいのだ。すべての虚無が」

理想に燃え、されど真実を知らぬものほど動かしやすい駒もない。

そのためにアルビオンの道化師共に王室の肉を食わせてやったのだ。

ロレーヌを叩くためにはまずトリステインだ。

我がガリアはロマリアとの対立の為、表だって動けぬ。

同じく、金と実力はあっても所詮トリステインの一貴族しか過ぎないロレーヌもトリステインの馬鹿な議会に縛られ表だって動けない。

であればアルビオンとトリステインの戦争これはわがガリアとロレーヌの代理戦争になるだろうな。

面白い。実に面白い。


すでにこの地獄の釜に戦乱の火は放たれた。


誰もが踊り、苦しむこのムスペルヘイムで狂った歯車を回すのはどっちか。


狂王ロキ、トリックスターの座をかけて勝負しようではないか。


のう、ヴィリエ…!



[21262] 第二章第三十話 勇者の受難
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/21 00:44
「これが始祖の祈祷書…。……」

ルイズは難しい顔をして姫から貰った本を開き見つめた。

「駄目だわ。いくら睨んでも真っ白」

「そもそも逆に持ってるからな、ルイズ」

「えっ」

才人に指摘され慌てて本を閉まって表装を見るルイズ。

逆だ。

「し、しょうがないでしょう。真っ白なんだから!上下なんて分かんないわよ!」

ルイズはやや赤くなった顔で呟いた。

「そもそも、これどうすれば良いのかしら。水に漬ける?」

「火で炙るとか?」

…。

「なんで僕の顔を窺ってるんだ?」

「教えて、どらえもーん」

ヴィリエが才人を睨む。

「…一つ、教えてやろうか。馬鹿ップル」

「え、ええ!べ、別にカ、カップルじゃないわよ!まだ!」

真っ赤な顔で否定するルイズ。

「馬鹿にされたのにその反応は無いだろ、御主人さま」

ヴィリエは二人に対して杖を構えた。

「図書館は火気・水気厳禁だ。馬鹿ども」

二人は外に強制転移させられた。



 ◇◇◇◇◇



「最近ヴィリエが冷たい」

「というか扱いが適当になってきたよな…」

二人は食堂で愚痴を言い始めた。

さすがに昼飯前のこの時間から食堂を利用する学生もそういないようだ。

せっかく虚無魔法の手がかりが見つかったのに…。

肝心のヴィリエがあの調子では虚無について教えてくれそうもないし…。

……二人とも自分で探す気は皆無な様子であった。

「あら、なに、魔王を倒す算段?手伝うわよ」

キュルケとタバサが二人と同じ机に座った。

「違うよ。実は最近ヴィリエから雑な扱いを受けてる気がするんだ」

なんか上司から冷たくされてるサラリーマンの人生相談みたいになってしまった。

「きっとストレスね。発散すべきだわ。つまりバトルよね!」

「気分爽快!」

そう言ってペコちゃん顔で親指を立てる二人組。

相談する相手、間違えました。

がしっ

「いや、勇者さまが参戦してくれるとはラッキーね」

「ドリームタッグ」

「まて!俺を巻き込むな!おい!!」

万力で掴まれたように引きずられる。

「馬鹿ね~。聞きたいことがあるなら殴ってぼこって吐かせればいいのよ~」

「余裕っす、自分余裕っす」

そして無茶苦茶なことを言い始めた二人組。

「ちょっと、人の使い魔、勝手に持っていかないでよ!」

ああ、女神様!

しかし、キュルケはふっと涼しげに笑う。

厳かに魔法の呪文を唱えた。

「ヴェルター工房の限定クックベリーパイ」

「うっ」

タバサの追撃。

「ブルドンネ・ラビアのクレープアイス」

「うっ、うっ…」

ルイズの激しく目が泳いでいる。


…。


「さいとぉ。がんばってぇ…」


ああ、俺の女神様は腹ぺこでした。


って、おい!!

「ルイズ…。お前…」

白い目で見つめる才人。

すると、よよよと崩れるルイズが悲しい声を上げた。

「だって親がサイトの学費払い始めたらお小遣いが半分になっちゃったんだもん。私もケーキ食べたいもん」



本当に悲しい話でした。



そう言ってのの字を床に描き始めたルイズ。

あれ?俺のせい??

ルイズ、普段ケーキとか食べないんだぁとか思ってたけど、あれ?

ラ・ロシェールのケーキバイキングでハムスターみたいに口いっぱいにケーキ頬張ってたのって、つまり…

「あらあら、これは使い魔として頑張らないとね!大丈夫、栄光のファイトマネーはリングのどっかに落ちてるわよ!」

「一攫千金」

そのまま才人は呆然とルイズを見つめながら引きずられていった。



[21262] 第二章第三十一話 氷の塔
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/21 17:57
「あれ?」

相変わらずパシリにされた才人は図書館の中を探したがヴィリエの姿は見えなかった。

替わりにヴィリエがいつも座っている席にヴィリエの双子の妹が眠っていた。

すぴぃー

幸せそうに眠っています。

さすがに悪いので起こさずに探すか…。

がた

「お、やべぇ」

ばたん

才人の肘が当たってヴィリエが作ったと思われる適当に積まれた本の山が崩れた。

相変わらず適当に本を読む奴だ。

「ふみぃ…。なんですなの」

どうやら双子も起きてしまったようだ。

「ああ、悪いな。起しちまった」

才人が謝ると片割れが焦点のあっていない寝惚けまなこで才人を見ながら言った

「ふぃ、ようかな?」

「いや、ヴィリエを探してたんだけど…」

双子はそろった動きで首をかしげた。

「兄さまに何用なの・かな」

「いや、俺がってか青赤が…」

それだけ聞けば用件は分かったらしい。

双子は迷惑そうな顔で言った。

「けっとおー」

「いいかげんにしてほしいなの」

双子はゆっくりと立ち上がった。

「相手になるの・かな」



 ◇◇◇◇◇



まいどお馴染みのヴェストリの広場。

いつも通りどこから聞きつけてくるのかギャラリーが集まってくる。

ちなみに見物客の前にはセーフティーラインが設けられるがこのライン、青赤コンビの凶悪化によってどんどん後ろに下がって来ている。

見物客の中には自前の双眼鏡を持って来ている者までいた。

なぜか今回は正面にテントが張られている。

そこからロレーヌ社製のマイクで二人の少女が声を出していた。

「遂に電撃参戦したロレーヌ家の秘蔵っ娘、双子の姉妹レレナ・ド・ロレーヌ、ルルナ・ド・ロレーヌ!眠り姫と称される二人の実力は?今回は趣向をかえて司会、解説を付けてみようと思います。司会担当は私、エルシャーナと」

「解説担当はわたし、シルティ。ってやめましょうよ。エル。あんまり勢いだけのアホな子キャラが定着するとこういう端役ばっかりやらされるわよ?」

しかし、エルシャーナは遠い目をして語りだした。

「そうやって役を選んで消えていったアイドルがどれだけいるか…」

「あんたは何を目指しているのよ」

シルティが呆れた口調で尋ねた。

「生き残りに全力投球!」

発言がアイドルグループを卒業したあとのピンアイドルみたいだ。

どうやら最近の出番の無さに相当な危機感を抱いているらしい。

「あんたにおすすめの言葉があるわ。エルエル」

「なになに?シルシル」

にこにこ顔でエルシャーナはシルティに先を促す。

「鳥も鳴かずば撃たれまい」

さすがに笑顔の凍りつくエル。

「…。さぁーて、風の塔側から登場しますはご存じ、青赤コンビと勇者様!まさに夢の競演。最強のトリオがついに誕生です!どうぞー」

そう言って風の塔のサイドを示す。

拍手と声援が巻き起こる。

恥ずかしいやら、ばからしいやら頭をかいて前にでる才人。

目立つの大好きなキュルケはギャラリーの投げキッスとかしている。

タバサは変わらず。

「続きまして、火の塔側から登場しますは寝た子を起こすな!魔王の双子、ルナレナコンビです!どうぞー」

トコトコと双子が歩いてくる。

両者は距離を置いて対峙した。

「それではぁ、れでぃー…ふぁい!」

かーん

エルシャーナの号令にシルティがゴングを鳴らした。



 ◇◇◇◇◇



「さてどう料理してあげようかしら」

「良いのか?相手は一年生でしかも二人組だぞ?」

「情け無用」

そう言って二人は杖を正面に構えた。

才人は正面の少女たちを見た。

大きさ的にもタバサくらいしかない。

「しょうがないか」

刀に手をかける。速攻で俺が終わらせれば怪我も無いだろう。

才人が改めて目を向けると双子が既に詠唱に入っていた。

いくぞ。

才人の刀を抜く。ルーンが輝き、一気に加速する!

ぐんぐんと双子が迫る。

このタイミングなら最初の魔法をデルブリンガーで吸収もしくは徴収して次撃で決められる。

余裕――



――「白嵐」(ホワイト・アウト)



水・水・水・風・風・風。

なっ!

雪で出来た白い瀑布が迫りくるようにして才人を押し戻す。

視界が完全にホワイトアウト。

強烈なブリザードで一気に体温が奪われる。

「相棒!魔法吸収だ!」

「おう」

刀に意識を集中する。
 
凄まじい魔力量だ。完全に吸収できるのか…!?



―「偏在」(ユビキタス)



近くでタバサが詠唱を完成させたようだ。

しかし凄まじい白の乱舞が視界を奪いお互いの位置関係がはっきりしない。

風も音も熱も光すらも蹂躙され感覚が麻痺する。

「サポートするわよ」

キュルケが才人に杖を向ける。

―「火膜」(ファイア・プロテクション)

「助かった」

あのままではすぐに凍死してしまう!

さっきからデルブリンガーは魔法力を食らっているがいっこうに吹雪は弱くなる気配がない。

埒が明かないな…。

しかしこんなに広範囲の魔法だとさすがに今の才人では制御できるかどうか…。

ええい、考える前に行動だ!

どぎゃんかせんといかんとです!

意識を集中する。

捕えろ!!


集中!


「捕らえた!」

才人の感覚が魔法の制御を捕らえる!

よし!

「二種の別魔法を同時に捕えられるかな・なの?」

その瞬間、白いカーテンの向こうから少女達の手が見えた。



――「氷詰」(アイス・コフィン)



ぴき…

才人は氷の中に閉じ込められた。

「くっ!タバサ!!」

キュルケが才人の炎の守護が消えた事を知った。

しまった。

炎の守護魔法が松明みたいに相手に位置を教えてしまうんだわ!

「大丈夫、雪は私の得意分野」

タバサ1号が才人を討った双子の位置に斬りこむ。

「位置を捕らえてしまえばこっちのもの!」


―「神速」(ハイアクセル)


弾丸のように加速したタバサ一号の杖が双子を打つ!

その像が揺れて…?

「偏在!?」

崩れた像はしかし消えずタバサ一号を襲う。

タバサ一号を捕らえた像は氷に塊へと姿を変える。



恋する氷像(ラブモンスター)



――風・風・風・風・水・水。

双子の少女たちが編み出した偏在の亜種強化版魔法。

「くっ、無茶苦茶じゃない!タバサ!合わせて!!」

「了解!」

劣勢を察したキュルケとタバサが大技を仕掛ける!

―「錬金」(ケミストリー)×4

―「錬金」(ケミストリー)×4

―「錬金」(ケミストリー)×4

タバサが2~5号が全員で可能な限りの雪の成分を爆薬に変化させる!

―「炎嵐」(ファイアストーム)

最後にキュルケが広範燃焼魔法をかけた。







超「爆炎」(メガフレア)







もはやまとめて全て焼きはらえである。

原理は単純な合体魔法だがその威力は圧倒的である。

爆心から凄まじい衝撃が流れた。

さすがに見物客にも相当な数の怪我人が…。

「なんじゃ、もう少し加減せんかい」

「はい、仕事しました!」

突然現れた二重の反射(カウンター)が見物客を守っていた。

観客は何が起きたか理解できない。

そして中では…。



―「侵触」(シャドー)



「さすがにこれなら、そこそこ効くでしょ」

「殲滅完了」

辛うじてぎりぎりのタイミングで一人余らせていたタバサ6号(本体)がキュルケと才人(氷像)と一緒に土の中、奥深くまで潜った。

どこか余裕の表情で姿を見せた二人。

しかし、周囲を見渡したときその表情は凍りついた。

「ちょっとなにこれ!!」

「理解不能」

吹雪が去り爆炎が蹂躙した後には少女たちが残っていた。

20人10セットくらい…。

あの白い嵐の中にはまだこれだけの人数が隠れていた訳である…。

「オクタゴンスぺラーの偏在をなめるななの・かな」

そのすべてが一斉に杖をキュルケとタバサに向けた。

「「やば!」」





――「氷詰」(アイス・コフィン)×10






 ◇◇◇◇◇



しばらく前に大きな音がして断続的に地震が起こった。

コルベールは自分の研究室で精密な作業をしていたので大いに困ってしまった。

作業が一段落し研究室を出ると溜息混じりに呟いた。

「やれやれ、また生徒はいつもの決闘騒ぎですか」

コルべールは頭をかいた。

確かに強力な魔法を見ることは勉強になるだろうが…

あんな大魔法を連発しまくればいつか人死にが出る。

なぜ争いにしか魔法が使えないのだろうか

悲しい。

憂鬱そうに外を眺めたコルベールは気づいた。

「なぁああ!!」

突然、外を見て驚愕の表情のまま凍りついた同僚を見つけたミセス・シュヴルーズが心配して声をかけた。

「どうしました?ミスタ・コルベール」

「ミセス。あ、あれは一体」

ミセス・シュヴルーズは外を見るとああと頷くと事情を説明した

「貴方の一年生の受け持ちクラスのロレーヌの双子が魔法で作ったみたいですわ。すごい魔法ねぇ」

外には塔の大きさと同じくらいの巨大な氷柱が出来ていた。

「何故…」

「なんでも決闘の轟音で毎回、安眠を妨げられた恨みで双子ちゃんがやっちゃったそうですわ」

そう、やっちゃいましたか…。

「良いんじゃありません?あの様子じゃ当分ヴェストリの広場は使えないですし」

「そ、そうですな!良い事です!は、ははは」

今後、授業中あの双子を起こすのはやめよう。

コルベールは心にそう誓った。



[21262] 第二章第三十二話 虚無の金貨
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/24 07:59
「へへ、負けた…。最強コンビの私たちが…へへ」

「自失呆然」

呆然とした様子で青赤コンビが椅子に座っていた。

結局まともに役に立たなかった才人も憮然と頭を掻いた。

ロレーヌ姓が付く連中は魔人だらけなのか…。

この様子ではさすがに青赤コンビに奢らせるわけにもいかないからかルイズもしょんぼりしている。

「心配するなよ。ケーキぐらいいつでも食べれるって」

そういって才人がルイズを慰める。

「ちがうの…」

ルイズはかぶりを振った。

そして手に持った紙きれを才人に見せた。

「かけちゃった」



……。



「いくら」




誰にとは聞かない。





「ぜんぶ」




……。



…………。



結論、よい子のみんなは賭けごとはやめようね?

お兄さんとの約束だよ!

って馬鹿な!!!!!!!!!!!!!!!!!!

「うう、ごめんなさい、ばかなごしゅじんさまでごめんなしゃい…」

「なんで全部…」

「だってれーとがやすいからいっぱいかけないともうけがないって…みんなぜったいかつからって」

たしかに今回は外れ券が史上最多らしいが賭けに関して一切関心が無かったので気にもしなかった。

「次の仕送りは?」

「ら、来月」

「なんてこったぁ」

次回、預金ゼロの使い魔…。

笑えねぇ…。



 ◇◇◇◇◇



「一攫千金を夢見て男と女が旅に出る。王道ね~」

「死亡フラグ」

よく晴れた街道を呑気な調子で歩く4人組がいた。

そのうち2人は埋もれた財宝を求めて、そのうち2人は新たな力を求めての道中である。

「でもこの手の話って最後は一番大切なものは君のすぐそばに…て終わりかたよね?」

「ルイズ、それが一番の死亡フラグだから…」

この状況、既に十分詰んでますから…。

もう下手なスイッチ押さないでね、ご主人さま…。

「ひとまず当てはあるの?」

「ぜんぜん、どうしようかしら?」

「これ」

そう言ってタバサは背負ったリュックから地図ようのものを出した。

たくさん。

「宝の地図」

「ぱちものくさくない?これなんて印刷じゃない」

ルイズが胡散臭そうに眺めた。

「笑止千万、うちにやらせはない」

タバサは自信満々であった。

「まぁ、タバサが本物って言ったら本物なんでしょ。行ってみる価値あるわよね!」



ケース1



ガリアとゲルマニアの国境に横たわる巨大な森――黒い森(シュヴァルツヴァルト)

その深奥は多くの先住種の住む人類未踏の地であり未だ秘密のベールに包まれている…。

鬱蒼と茂る密林その奥にひっそりとそびえる遺跡。

かつて活躍したあのハイエルフの英雄の墓所である

遥かな昔より悠久の時を得て今なお荒らされること無くそれはあった。

このときまでは――。



「さっくさっくね」

「余裕」

罰あたりな乱入者コンビは英雄の墓所の深奥にまであっさり辿りついた。

並みいる魔獣を見つけた傍からぶっ飛ばし、壁があってはぶっ壊し進んできたのである。

もう墓荒らしと言うより墓壊しと言った所業である。

その活躍を紹介できないのは残念だがスライムにべギラゴンを唱えまくるような破壊活動ぶりに才人たちもあきれてしまった。

「もう虚無がどうとかそういう展開ですらないのね…」

「俺たち空気だよな…」

どこかしょんぼりした様子で呟く才人とルイズ。

「あった」

タバサが杖で指した先には一本の剣が刺さっていた。

「おお、勇者の剣っぽい演出!」

才人が興味津々な様子で言った。

「えーとこれ、なんだっけ」

「魔剣グラム」


魔剣グラム――

その名の意味は怒り。

かつてオーディンがシグムンド王に与え、一度は折れたがレギンによって鍛え直され、その息子シグルドへと伝わった魔剣である。

伝説は謳う

おお、偉大なる剣よ、ファーヴニルを殺せし魔剣よ。お前を握りし戦士は知るだろう。お前に勝る剣をただ一度として握ったためしのないことを!

「すげぇ、なんかすげぇ!」

すると才人の持った刀も呟いた。

「おでれーた!そんなすげぇ剣なのか!うらやましいぜ」

俺っちはいつまでも駄剣呼ばわりだからよー…。

鬱鬱とぼやき始めた刀を一同は無視した。

「さっそく抜きましょうよ。そうね、せっかくだしサイトが抜くべきよね」

「少年抜いて」

キュルケとタバサが才人に言った。

「お、おう、なんか恥ずかしいな…」

「なんか凄くエッチな事考えたでしょ!サイトぉ??」

照れて頭を掻く才人にルイズが睨んで釘を刺す。

才人は刀をその場に刺すと伝説の剣に近づいた。

でかい。デルフリンガ―の最初の大きさと同じかそれ以上にでかい。

「い、いくぜ」

ごくっ

思わず息を飲んで状況を見守る一同。

ぎゅうう。

「ぬ、抜けん!」

「サイト!抜いて!」

「もう少し!そう!そのまま抜くのよ!」

「少年抜け」

「相棒、なんか嬉しそうだな」

力んでるからなのか恥ずかしいからなのか分からないが顔を真っ赤にさせて才人は踏ん張った。

感情がルーンを強く光らせる。

しかし…

「だ、だめだ…」

才人は疲れた声で力尽きた。

「あら、もう終わり」

「少年不能」

残念そうな声でキュルケとタバサが言った。

「サイトは頑張ったわよ!人の使い魔を不能呼ばわりしないで!」

ルイズが才人を必死に庇う。

その様子にますます肩が落ちる才人。

「相棒、そのまま体重で剣を押しこめ」

見かねたデルフリンガ―が才人に指示を出した。

「あ?こうか?」

そう言って才人は剣の柄と鍔を持って剣を押し始めた。

「あれが何になるの?」

ルイズが刺さった刀に問う。

「ふふ、剣は剣を知るさ。相棒。そろそろ抜いちまいな!」

「お、おう!」

ズポ

…。

「おお、抜けた!すげぇ!なんで??」

「やるじゃない才人!」

「少年立派」

「さすが、私の使い魔ね」

「えー!!なんでだれも俺を褒めねぇの…??」

デルフリンガ―が悲しそうな声を上げた。

「でどうなの?駄剣はリストラ?凄いの?」

ルイズが目を爛爛と輝かせて聞いてくる。

「こりゃすげぇ!すげぇ剣だぜ!見てろ」

才人は試しに近くの柱を切って見た。

スン

流れるような金属音が僅かに響き、柱がバラバラになる。

思わずため息が漏れるほどの切れ味である。

「斬った面が鏡面みたいじゃない!凄い切れ味ね!」

「なかなか」

キュルケとタバサがその切れ味を絶賛した。

「すごいのね!ねぇ、他にはないの?」

ルイズが嬉しそうに才人に聞いた。

「へ?」

「え、だからほかにも凄い能力があるんでしょう?だって伝説の魔剣なんだもん」

才人は頭を掻いた。

ルーンがその剣の力を才人に囁いてくる。

「…もの凄くよく切れる――」


「うんうん」


「―――以上」


「へっ?」

…。

タバサが才人を手まねきした。

「貸してミー」

才人はタバサに剣を渡した。

「重っ」

華奢なタバサでは持ち上げることすらできない。

剣を地面に引きずりながら見る。

「どうタバサ?どうなの?」

タバサが剣を眺めた。

瞬間その眼が光る!

「50エキュー」

「安!!」

伝説の剣に酷い値がついた。

タバサが続けて根拠を述べる。

「でかい・ダサい・重い・くさい」

タバサは眼を閉じた。

「ニーズに合わない」

ばっさりである。

確かにあれだけ軽くて綺麗で切れ味のいい剣が出回ってる中だと厳しいかも知れない。

「あらら、出てきたのがせめてオートクレールだったらよかったのにね。あれなら柄が金で刀身が水晶よね?」

キュルケがあんまりな言い草で感想を述べた。

「おでれーた!てめぇらすでに俺ら魔剣をグラムいくらかで計ってるじゃねぇか!!ちきしょおおお!!」

「魔剣グラム」

ぷっとタバサが笑った。

その様子を見てさらに悔しそうにデルフリンガーが震えた。

「あー、たしかに良く切れるだけじゃなぁ…。俺もいらねぇや」

そう言って才人は剣を元の位置に刺し直した。

刀を手に取ると墓に向けて手を合わせる。

「外れね!次に行きましょう」



ケース2



霊峰グレートホーン。

ガリアとロマリアの国境線に連なる火竜山脈にあって一際大きなハルケギニア最大級の山である。

そこは火竜種を含む強大な野生魔獣の宝庫であり、人間が入る余地のない弱肉強食の世界である。

特に霊峰グレートホーンには荒れ狂う火の神が住むと言われ地元の人間では絶対に近寄ることはない。

そんな山のとある洞窟。

「いやーこういうのも里帰りっていうのかね?やっぱここは怖い人間もいないし田舎で落ち着くぜ~」

キュルケの使い魔である火韻竜がその巨漢でのっしのっし歩いて行く。

それに続く一同。

ちょっとシュールな絵面である。

「なぁに、あんた人間になって歩きなさいよ」

その様子に呆れてキュルケが使い魔に指示をだした。

「俺?人間になんてなれねぇよ」

…。

「あんた、先住魔法は?」

「え?俺?使えねぇよ?」

キュルケが呆然と火韻竜を見上げた。

成体だからとついつい浮かれていたが、つまり…

「あたしも外れくじぃいいい!??」

「仲間」

嬉しそうにタバサがキュルケの肩を叩いた。

その様子を不思議そうに見ていたルイズが呟いた。

「なんで今日の今日まで分からなかったのかしら?」

「あの二人が使い魔の力を借りる機会なんてほとんどないからじゃないのか?」

実際、アッシー以外の仕事を果たしたことのない両名の使い魔たち。

ここには逆に全部使い魔任せのお嬢様もいるわけだが…。

「フィルルを見ていると韻竜ってもの凄い精霊魔法の使い手のように見えるのだけどあれが特別なのかしら?」

「あいつは色んな意味で特別だと思うぜ」

才人がどこか嫌そうに呟いた。

真面目に考えれば考えるほど頭が痛くなるヴィリエの使い魔である。

その会話を聞いて目を光らせる者がいた。

タバサである。

「少年」

「なんだ?」

「そのフィルル何某は先住魔法が使える?」

どこかいつもふざけているタバサにしては真剣な声音である。

才人はタバサに答えた。

「ああ、すげぇ使い手だぜ」

「そう…ありがとう」

「?」

タバサが才人から離れていく。

会話はもう終わりなのだろう。

何かを思案するように遠くを見つめるタバサ。

なんだ?

「おーついたぜ。ここがイフリートの旦那の家だ」



 ◇◇◇◇◇



『火精霊の血液?』

溶岩人間が不思議そうに呟く。

「そうよ。なんでもそれを使えば火のメイジの力を何倍にもしてくれるらしいわ!」

『わしは知らんぞ?そもそも血なんて流れていないしな…。血液、血液…。おお、あれのことか』

何かに思い到ったらしい溶岩人間は呟いた。

『そう言えば以前わしの肉体の一部を欲しがった人間が訪ねてきたことがあるな』

「そうそれよ!それをくださらないかしら?炎のおじさま?」

『少しならかまわんぞ。ほれ、出してみろ入れてやる』

そう言って火の精霊は握りこぶしを作った右手を差し出した。

キュルケはそれを受けるべくそのこぶしの下に両手を広げた。

その様子にタバサが目を光らせる。

火精霊が手を開く

と同時にタバサがその自慢の愛杖でキュルケの魔法使いのローブを引っ掛け思いっきり引く。

「きゃ」

たまらずキュルケが尻もちを付く。

同時に――

にゅるん

火精霊が落した雫が大地を溶かし、穴を穿つ。

メルトダウン?

『なんだ?せっかくやったのにいらんのか?』

どこか呆れた口調で火精霊が呟いた。

「な!なーー!こんなの手で受けれる訳ないわよ!!」

おそらく大やけどでは済まない。

骨まで溶けてしまってもおかしくない。

キュルケは戦慄した。

『受けれないのに手を出したのか?』

またも呆れた口調で呟く火精霊。

タバサが首を振った。

「手では無理」

「そうね…。じゃ、どうやって持って帰ろうかしら?」

さっきまで戦慄していた割に懲りない様子のキュルケが呟いた。

「冷やしてみたらどうかしら」

ルイズが提案してみた。

「だめ、火精霊の血液はそのたぎる血潮が火の力を高めてくれるとある」

タバサが地図の説明書きを眺めて呟いた。

熱いままでないと用途に足りないらしい。

「入れ物については何か書いてないの?」

タバサは首を振った。

「文がかすれて判別できない。これだから粗雑な印刷ものは…」

印刷された宝の地図って…。

しばらく一同は悩んだが良い案は見つからなかった。

「駄目ね。ちょっと思いつかないわ」

「お手上げ」

『ん、帰るのか。お土産もやれんですまなかったな。今後も坊主を頼んだぞ』

なんだが律儀な溶岩人間が火韻竜の事をキュルケに頼んでいた。

「おう、帰りか。じゃあな、イフリートの旦那」

「またはずれ…」

一同は暗い面持ちで来た道を帰った…。

一攫千金どころか一文にもなってないじゃん…。


「次はどこ?」


道中、キュルケは次の目的地をタバサに尋ねた。



「タルブ。竜の羽衣」





[21262] 第二章第三十三話 姫の戴冠
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/25 03:04
アンリエッタ姫は用意された部屋で一人静かに新聞を読んでいた。

戴冠までの間いかなる外出も禁止されている。

軟禁状態と言っても良い。

戴冠まであと数日。

もうすぐこの国においてもっとも尊い存在となる自分が実際は籠の中の鳥である。

「皮肉なものね」

アンリエッタは新聞を優雅に広げて見ていた。

大丈夫、今の情勢はむしろ自分に味方している。

民はアンリエッタ姫の戴冠を熱狂的に支持している。

悲しみにくれる美しき姫を守るためには男とは誰もが騎士になるのである。

特に伊達と誇りを信条とする貴族という生き物はそうである。

永遠の誓いを立てた夫ウェールズを謀略によって殺された未亡人アンリエッタの悲劇は多くの民の同情を得ていた。

さっそくその悲哀を題材にした劇まで公開されている。

もっともその熱狂ぶりは少々タガが外れすぎている向きもあるが…。

もともと人気の高かったアンリエッタ姫ではあるがいまやその人気は頂点を極めていた。

逆にアルビオン新政府に対してトリステイン国民は極めて否定的である。

今トリステインは開戦ムードが異常な高まりを見せている。

おそらく異例の好景気が拍車をかけているのだろう。

こんこん

「お入りなさい」

「失礼します」

姫の控える部屋にマザリーニ卿が入ってきた。

「姫さま、戴冠式の来賓が決まりました。あのアルビオンのアホ共も大使を送るとのこと。タルブ上空にて大使を引き継いでほしいとの事です」

「タルブ?ラ・ロシェールか、ワールヴィントでよろしいのではなくて?」

ワールヴィントとはアルビオンへの航空交易を行う港町の中で最大級を誇るロレーヌ財閥が開発した町である。

当然、ロレーヌ領地内にある。

「連中も薄々気づいているのでしょう。下手に手を出さなければロレーヌが今回の戦争に参戦できない事に」

「リッシュモンの思惑がリークされている?となると大使の引き継ぎはデコイ?」

しかし、いつからトリステインはロレーヌとロレーヌ以外に別れたのだろう。

国家として健全な状態とはいえない。

「姫が戴冠するより早く戦争状態に突入したいのでしょう」

「ずいぶんと分かりやすい仕掛けですわね。彼らは随分と窮しているようね…」

ここまでトリステインの状況が開戦ムードに転ぶとは踏んでいなかったのだろう。

開戦が遅れればアルビオンの方が状況は遥かに厳しい。

逆にすぐに戦いを始めれば戦勝ムードが残る議会連合は勢いに乗れるしトリステインは即位に関するドタバタがあってすぐに一枚岩になれない。

もしかすると開戦が先になれば即位は戦争のあとと言う話になるかもしれないと期待しているのかもしれない。

どうやら早々にアルビオンとの全面戦争という運びになりそうだ。

アンリエッタは眼を閉じると思案しそしてマザリーニに指示した。

「いざとなればすぐに戴冠出来る手筈をとれないかしら?万が一、連中が仕掛けてきたら女王位の襲名と開戦の宣言を同時に行います」

本来は各国の来賓の前でブルミルより授かりし神聖なる王権の授与者であることを宣言すべきであるが…。

「それがベストでしょう。姫が何の為に女王になったのかも明確になる。リッシュモンも嫌とは言えないはずです」

マザリーニはあっさりと正解に辿り着いた少女を頼もしく思った。

「ではそのようにお願いします」

「了解しました。そのように話を進めましょう」

戴冠を前にして姫はすでに王としての器を備えているようであった。

姫には必要な知識と教育は与えてきた。

後はどう使うかだ。

より強く、より美しくなられましたな…。

憂いを帯びてより儚げで美しくなったアンリエッタ姫の姿を見てマザリーニは一人呟いた。



[21262] 裏話その4 魔王の地図
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/26 02:27
「ここはこれでいい」

「よろしいのですか?」

「ああ、ここはレベルC、比較的安全ね」

その日ヴィリエの姿はゲルマニアにあるとある山脈にあった。

ヴィリエ地質研究調査団。

トリステインとゲルマニアをただひたすら調べまくってる謎の調査部隊である。

ヴィリエが参加している場合は何も使わず歩くだけで調査は終了。

ヴィリエが不参加の場合は調査班は爆発物を使って軽い衝撃波を地面に流し、集音機材で音の変化を測る必要があった。

ヴィリエは手に持った地図にアカ点をいくつか追加した。

「これで調査は大体終了か。まぁ、多少時間はかかったけどこればかりは直接調べないと分からないからね」

別の研究員がその地図を眺めて呟いた。

「これがこの世界で今起こっている事ですが…。目眩がしてきます」

「僕は意外に少ないと思ってほっとしているよ」

研究員はどこか余裕のある研究室長に訪ねた。

「室長はどうするおつもりですか?この結果を?」

ヴィリエはその問に愉快そうに答えた。

「君は巨大な風船がパンパンに膨れ上がってもう爆発しそうだってなったらどうする?」

研究員は即答した。

「逃げます」

「正解。それが今回の戦争の本質だと言ってもいい。しかし」

ヴィリエは続けた。

「刺す針があるなら中の空気を抜いても良いはずだ。こう、プッスと刺してね」

ヴィリエの手に持った地質調査マップ――通称、ヴィリエマップ。

のちの世にそれは様々な嘘本当の逸話を残してこう呼ばれる。――混沌の地図と。



 ◇◇◇◇◇



豪勢な造りの一室でヴィリエはその家の主を待っていた。

そこに鈴を鳴らしたような美声が響いた。

「待たせたね。ヴィリエ。私の妖精がなかなか離してくれなくてね」

「また女遊びですか。いい加減刺されて下さい」

ヴィリエに声をかけてきた人物に嫌そうな声を上げた。

「私は君ほど女の子を囲ってはいないよ。ヴィリエくん」

ちょっとおどけた口調とチャーミングな仕草で男は答えた。

現れた男は美しい、そうとしか言えない男である。

とにかく人に好感しか与えない完璧な着こなしのセンス。

そしてその身のこなしも優雅で洗練されている。

そんななりでもその実態はどんな商談も失敗したことがないハルケギニア最強のネゴシエイター。

社交界の申し子、ジーン・ド・ロレーヌ

「これが最終レポートです」

「もう結果が出たのかい。早いね。うん。少しは休んだらどうだい?君の彼女たちと」

ジーンは涼しい顔でレポートを広げた。

「僕は僕でやることが山積みですよ。この後は郊外演習場に行って私設軍の教練です。本業が疎かになるぐらいに忙しいです」

「君の学生の身分は仮のものだろう。でも、まぁ確かに学生時代というものは貴重なものさ。青春は心の泉の原泉だ。私から言わせると君の人生は最大級の大損をしているね」

「かもしれませんね」

ヴィリエは曖昧な顔でそう答えた。

「このレポート以外の用地の買い占めは済んだよ。私の方はいつでも始められる」

「速いですね。さすがです。兄さん」

関心した声を上げるヴィリエ。

兄の活躍がなければゲルマニアにおいてロレーヌ財閥がこんなに早く開発を進めることはできなかった。

「良い事を教えてあげるよ。ヴィリエ。自分のできること以外はやらない。それが余暇を作る最大の秘訣さ」

「僕にはおよそできない事がないのです。兄さん」

ヴィリエは皮肉交じりに言った。この皮肉の対象は自分自身だな。

「それは最大の不幸だね。ヴィリエ。どんな世界だって一番仕事ができる奴が一番苦労するんだ」

そうかもしれない、思案にふけるヴィリエにジーンは言った。

「しかし、本気でやるのかい?」

「はい。地下風石採掘はコスト的にも技術的にも何の問題もありません」

ジーンはその涼しげな眼を細めて言った。

「違うよ。君も気付いているだろ。これは経済テロだ。これだけの規模の風石採掘場が稼働しこれだけの量の風石が突然市場に流れ込めば間違いなく経済的な混乱が起こる。以前も鉄道産業の急速的な発達で同じ事があったじゃないか」

ヴィリエは以前動く歯車と風石の使用方法に関する研究論文をトリステインアカデミーに提出している。

それが認められて博士号を取った経緯があるのだが一部技術の開発に各国も成功しているはずである。

動く歯車を強化するために風系の補助魔法が使われる。

また動く歯車自体の起動エネルギーに風石を当てる技術も開発されている。

風石自体の需要価値は最近極端な上昇傾向にあり、風石関連は一般的に儲かると言われている。

そんな極端な需要過多状態の風石市場が極端な供給過多状態に移行するとなると…。

ヴィリエはかぶりを振って答えた。

「むしろそれが狙いです。兄さん」

ジーンはヴィリエを見つめた。

「本気で貴族社会を壊す気かい?」

「可能であれば。いずれにしても風石の地下採掘事業は世界を救うために必要な事の一つです。そこにただほんのすこし自分好みのベクトルを付加するだけですから」

するとジーンは思慮深い目をしてヴィリエに問うた。

「君が秘密裏に用意しているあの私設軍の狙いもそれかい?主戦闘員が平民だと聞いている。杖による武力支配とパンによる経済支配の両方に打撃を与えるための」

ヴィリエは眼を閉じた。

「僕から言わせれば6000年もこんな社会が続いている事は異常です。いい加減たまった宿題を提出するべきです」

ジーンは頭を掻いた。まったく大それたことを考える弟だ。

「では私は私のできる事をしようか。悪いが計画が始める段階になったら我が親愛なる皇帝に風石の異常発掘とそれで得をするための魔法の呪文を渡すよ。この国で今後活動していくためには皇帝の逆鱗に触れる訳にはいかないからね」

「ご迷惑かけます」

ヴィリエは素直に頭を下げた。

「良いよ。交渉はまず美しい花を選ぶ所から始めるのが常等だからね。これは覚えておくと良い」



[21262] 第二章第三十四話 始祖の血
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/26 03:30
ラ・ロシェールから数リーグ。

若干都心から離れた場所にタルブの町がある。

タルブの町は良質のブドウが採れ、それを使ったワインが名産である。

最近は金羽振りの良い上客のラ・ロシェールにワインを納品しているため、だんだん裕福になりつつあった。

シエスタの両親も今年、新しい木をたくさん植えていた。

これが実を付ける頃にはタルブの町はまたさらに活気づくだろう。

そんな順風満帆な故郷にシエスタは帰ってきていた。

実家の葡萄の収穫時期にあって学院からお休みをいただき、実家の手伝いに帰ってきていたのだ。

「外の様子は随分変ったわよ。お母さん。でもここは何も変わらないのね…」

白ブドウの収穫でへろへろになりながらシエスタはぼやいた。

「あんたはもうへばったのかい。だらしないねぇ。都会に行って随分もやしっ子になったじゃないか」

太く頑丈そうな二の腕を見せてシエスタの母は言った。

むしろああはなりたくないわ、とシエスタは嘆いた。

白ブドウは今の分でおおかたの収穫を終えたが赤ブドウの収穫はほとんど残っている。

今日も作業は当分終わらないだろう。

シエスタは泣きそうになった。

「どこも人手がたりないねぇ。若い子は重労働を嫌がって外に出ていくし。全く赤ワインはブリミルの血だよ?それを作る仕事がどれ程誉れ高い事か!」

赤ワインがブリミルの血なんて件は所詮聖職者がワインをたくさん飲みたいから出来た世俗的な説教である。

ロマリアにも生臭坊主は結構いるようだ。

「私は帰って来ているでしょ?親孝行ものでしょ?」

シエスタが恩を着せようと呟いた。

「本当の親孝行者はねぇ、早く働き者の良い旦那様を見つけてくるもんさ!ローツさんところのレティはもうすぐ一児の母になるんだからね!」

「うそっ…。あの子まだ14歳じゃない…」

愕然としてシエスタは呟いた。

田舎は色々早い。生む子供の量も多い。子は宝である。

他にすることもないし…。

しかし、この手の話題はシエスタにとって相当に分が悪い。別の話題を探してシエスタの目が泳いだ。

何か別の話題は…。

あれ?何かしら?

「お母さん。あれ、何?」

母もシエスタの示す方を見た。黒い点が一つ羽ばたいている。

「さあ?貴族様の騎竜じゃないかしらねぇ、最近じゃ、帆船なんかは良く飛んでるけど…」

「ドラゴン??あーこっちに来る!!」

「なんだって!」



 ◇◇◇◇◇



「到着」

「きゅい、長旅なのね。へとへとなのね。最悪なのね」

風韻竜が愚痴った。どうせ何を言っても聞いてくれる主ではない。

ちなみに火韻竜はもうしばらく火竜山に残るらしい。

ちょっとした里帰りである。まぁ、キュルケが呼べば飛んでくるのだろうが…。

「ポチ、変化」

「きゅい」

すると風韻竜は子犬ぐらいの大きさに縮んだ。

その姿はぬいぐるみみたいで非常に愛らしい。

その様子に頷いたタバサは懐から何かを取り出した。ビーフジャーキー。

それをポチに与える。

「この一本の為に生きているのね。きゅい」

乾し肉をしみじみと噛み締めてポチは呟いた。

それはちょっと安すぎないか…。

「なんでちっこい竜になったんだ?人型は?」

才人がタバサに尋ねる。

「禁止した」

「なんで?」

「調子にのってボン・キュ・バンに変化しやがったから」

タバサは底冷えのする声音でそう答えた。

「それは死刑ね」

ルイズもなぜか頷いた。乙女にとって大事なことらしい。

「御主人さまが洗濯板なのはイルククゥのせいじゃ…ってぎゃーーー」

ぷす

タバサが無表情でポチことイルククゥを刺した。

止せばいいのに余計なひと言の多い使い魔である。

才人はその様子を呆れて眺めていた。

するとそこに

「サイトさん?みなさんまでどうしたんですか?」

目を丸くしたシエスタが現れた。



 ◇◇◇◇◇



テロワールといえば葡萄の気候風土である。

古来より酒の神バッカスは丘を好むといわれている。

タルブの葡萄園は平地では無くアルビオンとの海を望む斜面の段々畑に出来ているのだ。海からの厳しい照り返しが葡萄を甘くするのである。

タルブは世界遺産ラヴォーの風土に似ている非常に美しい町である。最近では貴族がラ・ロシェールから降りてきてワインセラーを巡って楽しむケースも増えている。

しかし、反面、葡萄に適すると言う事は痩せた土壌を意味し、斜面を超えると草原が広がっているがおおよそどんな食物の栽培にも適さず、そのほとんどがかつては荒れ野原であった。

そのため、タルブは一部漁業、一部遊牧が為されてはいたものの食の調達の多くを交易に頼ってきた。

そのため、かつては飢饉などが起こると真っ先に影響を受けていた地方でもある。

「私の生まれるずーと昔は結構飢餓に苦しむ時期もあったそうです。でも私のひいおじいちゃんが村に芋をもたらしてくれたお陰で飢餓のたびに人死にが出る状況を防げるようになったんです」

ひいおじいちゃんは村の英雄なんですよ。

そう言ってえっへんと胸を張るシエスタ。

「竜の羽衣はひいおじいちゃんのものなんです。飢餓から村を救った英雄の御神像として大切に祀られています」

「へー」

相当霊験あらたかな品らしい。

しかしそんな大事なものを持って行くわけにもいかないか…。

「こりゃ、また外れね。でもちょっとおもしろそうよね。どんな羽衣なのかしら」

「以前、ヴィリエさんが調査団を引き連れてここを見に来たんですよ。彼が言うには」

ヴィリエが?あいつ何しにここを訪れたのだろうか…?

「こんな馬鹿げた代物が飛ぶ訳ないって…!」

シエスタはムカムカした口調で言った。

どうやらシエスタのヴィリエ嫌い宣言の根幹はここにあるらしい。

「それ、あんたの勘違いでしょ?ヴィリエさんとこにはラ・ロシェールの件やなんやらお世話になってるじゃない」

呆れた口調でシエスタの母が言ったが娘は聞く耳持たない。

「その竜の羽衣は見れるの?」

「いつもならすぐお見せできるのですけど、今は三日後に控えた収穫祭に向けて商工会のみんなが飾り付けと磨きあげをしているからちょっと…」

申し訳なさそうにシエスタは言った。

「収穫祭?あー、葡萄の収穫期だものねぇ」

「お祭りになれば広場で見れますけど」

「お祭りかぁ、面白そうだな」

才人が興味深そうにいった。

その様子にシエスタは恥ずかしさそうに言った。

「やめてください。田舎のお祭りですよ。やるのは芋やら山菜の炊きだしと焚き火くらいですから」

「何言ってんだい。あんた聞いてないのかい。今年の祭りはロレーヌが後援になってラ・ロシェールから貴族のツアー客連れて来るから出店もあるし花火も上がるんだよ」

娘の呆れた物言いに頭が痛そうな仕草を見せるシエスタの母親。

「え、えぇええ!?なんでそんな事に…」

「それで男衆が祭りにうつつをぬかしているから収穫が大幅に遅れているんだろうさ。知らなかったのかい!」

村の男衆は外貨獲得のチャンスとばかりに息を巻いているらしい。

後援のロレーヌ財閥は商工会に対し祭りが成功するようなら来年以降もツアーを続けると約束していた。

収穫祭の為に収穫が遅れるのはどう考えても本末転倒であるが…。

「ぜんぜん知らなかった…。道理でお父さん帰りが遅いし姿が見えないと…」

あんまりにも当たり前の話だったので逆にシエスタの耳に入ってこなかったようである。

「大体、手紙で祭りの巫女役をお願いしたのに返事返さなかったじゃないか」

「私、踊りも暗記も大の苦手だから…」

シエスタが目を逸らした。なんでこう居心地の悪い話題が続くのだろうか…。

「とにかく巫女役はジェシカに頼んだから、あたしらは収穫の続きだよ!ほら、きりきり働きなダメ娘!」

「う、うぅ…。と言う訳ですので、みなさんごきげんよう~」

その様子を眺めながらルイズはキュルケに訪ねた。

「これからどうする?」

「そうねぇ。せっかくだしお祭り見て行きましょうよ。三日もあればうちの竜も帰ってくるでしょうし」

「ポチも休養が必要」

「当然なのね!きゅい」

キュルケとタバサ(と一匹)はどうやら居座る気満々らしい。

「そ、そんなに学校休んで大丈夫かしら?」

基本真面目なルイズが呟いた。連休を使って宝探しに出かけたが三日だとさすがに授業が再開される。

「いいじゃん。どうせタバサとキュルケが帰らなきゃ俺ら帰れないんだから」

実は才人もタルブのお祭りに興味津々である。

「しょうがないわね。じゃ、シエスタ親子を追いかけましょ」

何かを諦めた口調でルイズは呟いた。



 ◇◇◇◇◇



「タルブのワインは乙女のお御足で甘くなるのさ」

巫女の稽古を終えてワイン作りの手伝いに来ていたジェシカと言う少女が樽一杯の葡萄の上でステップを踏んだ。

葡萄踏みはワイン作りの伝統技法である。

「こう?こうで良いの?」

ルイズも見よう見まねで葡萄を潰す。

「そうそう、葡萄も男もこうやって踏んであげると喜んで声をあげるのさ、ほれ」

きゃぷきゃぷとつびれた葡萄が音を立てる。

「あら~、男を踏ませたらこのキュルケ様の右に出る者はいないわよ?任せなさい!」

そういってキュルケが見事なステップを踏む。

「おお、こりゃ上手いね!」

「もう!私も踏むのは大得意なんだから!」

原作なら才人(駄犬)を毎回踏んでいたルイズ嬢も対抗心を燃やしてステップを踏む。

「やだ、こっちに飛んだわよ。ルイズ」

「そっちこそもう!キュルケ!」

乙女たちがきゃきゃと笑顔で跳ねながら舞っていた頃、他方では―――



 ◇◇◇◇◇



「葡萄踏みでなくて良かったのか?」

才人が横にいたタバサに声をかけた。

「適材適所」

それはどういう意味だろう?

タバサが葡萄摘みに向くとも思えないが…。

一行はなぜかシエスタの実家に泊まらせて貰う代わりにシエスタの家の手伝いをする事になっていた。

才人が貴族が平民の仕事を手伝う事に抵抗はないのだろうかと訪ねてみるとキュルケとタバサは旅すれば良くあることと言っていた。

旅慣れした二人らしい意見かもしれない。郷に入らば郷に従えである。

田舎育ちのルイズも特に抵抗はないらしい。まぁギーシュあたりがついて来ていたらめんどうな抵抗をしただろうが…。

「それじゃ、この鋏を使って葡萄を切ってください。籠はこれです」

そう言えば鋏って武器になるんだろうか?どう考えてもただの道具だし。

才人が鋏を握るとルーンが輝いた。

まじかよ…。これじゃ俺はシザーマンか零崎双識かなにかになっちまうじゃん…。

まぁ、力が使えればそれはそれで便利だけどさぁ…。

才人は謎すぎるルーンを見て呟いた。

ちなみに食事用ナイフやフォークやスプーンでも反応する。

まぁ、フォークで某主婦は邪神群を討伐したし、スプーンで目ん玉抉るグリコとかいるしね!

もしかするとルーンの主人が武器になると判断したら何でも武器にしてしまうのかもしれない。

でも食事の度に、邪神群にフォークをいかに使えばクリティカルヒットさせられるかだとかスプーンで効率良く対象の目ん玉抉る方法を囁くのはやめてもらいたい。

そんなこと考えて食事したら普通にサイコ野郎である

そのせいで最近、才人は手袋を着けて食事している。

「じゃ、さっくさっく終わらせようぜ」

「少年、私に勝てるかな?」

タバサが挑発的なことを言ってきた。

「へぇ、こういっちゃなんだが俺がお前に負けるとは思えないぜ?勝負するか?」

「ふ、笑止。相手になる」

タバサが余裕そうに呟いた。

「じゃ、いくぜ」

そう言って才人は葡萄を手なれた手付きで葡萄を収穫し始めた。

その作業は極めてスムーズで極めて速い。

「凄いです!サイトさん!教えられてもいないのにそんなに早く収穫できるなんて!」

「大した男だね!こりゃ良いわ」

シエスタもその母もその様子を感心して見ていた。

ただのチートなんだけど。

その様子を無表情で眺めていたタバサが動きだした。

タバサは杖を振るった。

――「偏在」(ユビキタス)

タバサが6人になった。

「ちょ、それ卑怯!!!」

「獅子は兎を狩るにも全力を尽くす」

さらにタバサは杖を振るう

――「瞬発」(アクセレート)

タバサズの動きが倍速になった。

「まて!!卑怯者!!」

「雑魚が吠えても無駄」

二人の戦いはデッドヒートし始めた。



[21262] 第二章第三十五話 勇者の故郷
Name: 空乃無志◆90014c13 ID:f3a3c0e1
Date: 2010/08/28 05:31
「まさか1日で全部収穫してしまうなんて…。魔法ってのは凄いもんだね」

呆れてシエスタの母は呟いた。

学園でのとんでもバトルを見てきたシエスタとしては苦笑いを浮かべるしかないが…。

「ふ、負け犬」

「く、くそぉ…」

結果はタバサの完勝。

最初しばらくは才人もそれなりに追従して来ていたがタバサの要領がよくなってからはタバサの完全な独走状態に入った。

終わってみればタバサが才人に3倍強の差をつけて勝利した。

まぁ、才人も無茶な相手に健闘した方ではある。

才人がうな垂れて座り込んだ。

そこに

「た、大変よ!!ジェシカが!」

慌てた様子のルイズが駆けこんできた。



 ◇◇◇◇◇



「肉離れ…ってあんた巫女役どうするのよ」

困った口調でシエスタ母が呟いた。

一同は葡萄潰しの作業をしていたワイン蔵に集合していた。

「はは、代役を立てるしかないんじゃないなぁ。じゃ、シエスタよろしく」

ジェシカは手を上げてシエスタにごめんねのサインを送った。

「無理です!あと三日で踊りも口上もなんて絶対無理です!!」

「そんなことはないさ、いけるいける」

タバサがジェシカの足の様子を見ていたが首を振った。

「秘薬でもないと完治は無理」

そう言って杖を患部に当てた。

ジェシカは足の痛みが和らいで楽になるのを感じた。

「となると本格的に代役考えないとね」

「私無理です!不可能です!×です!」

「そんなことないさ!シエスタはできるって!」

本気で嫌がるシエスタを褒めて宥めてその気にさせようとするジェシカ。

しかしシエスタは頑なに固辞する。

なにか踊りか暗記に嫌な思い出でもあるのだろうか…??

その様子を見かねた才人が言った。

「なぁ、ルイズはどうだ?」

「ふぇ、わ、わたし??なんで??」

一同の目がルイズに集中する。

「だって暗記得意だろ?踊りも上手いじゃんか」

ルイズはフリッグの舞踏会でも素晴らしいダンスを見せていた。

「いいかもねぇ。うちのどんくさいシエスタより百倍ましかも」

「えぇ!わたしそういう目立つのはあんまり」

ルイズは乗り気では無いようだった。

仕方無いので才人はキュルケに振ってみた。

「キュルケは?」

「あたし?いいわよ。目立つの大好きだし、でもそうねぇ…」

何かを思案する仕草を見せるキュルケ。

「これって報酬貰えるかしら?」

「そうね。お願いする以上はもちろん。最低でも50エキューは出すわよ」

最近はインフレの影響で額面的な価値は変わって来ているがそれでも地方の祭りの踊り子の報酬としては破格と言えるかもしれない。

「あら、即金でそれだけ貰えればいいんじゃないの?ルイズ、やりなさい」

キュルケがルイズにそう命じた。

「えー。あの剣と同じ額じゃない!それならあれを取ってきて売ればいいじゃない」

「あれは墓荒らし、こっちは人助け。同じじゃないわ」

ルイズは思案した後サイトを見た。

「…。サイトは私の踊りみたい?」

「ああ、すげぇ見たい」

ルイズはそれを聞いて仕方なさそうにポツリと言った。

「使い魔が見たいっていったからしょうがないんでやります」



 ◇◇◇◇◇



「すげぇ!和食だ!!こりゃすげぇ!!」

才人が感極まった声を上げた。

下手すると今までで一番喜んでいるかもしれない、その様子にルイズはびっくりしていた。

シエスタの家の夕食には白いご飯、肉じゃが、焼き魚、豆腐の味噌汁、山菜のお浸しと純和風なメニューが勢ぞろいしていた。

シエスタの家は平民の家にしては非常にしっかりとした造りのレンガ積みの家でこの一帯は一番大きな名家であった。

「めずらしい料理が多いのね」

キュルケは初めての味に面白そうな顔をした。

「うちは普段、芋食べるからね。大豆とか魚を取らないと栄養が偏るのよ。醤油と味噌と豆腐と納豆はおじいちゃんが作り方を村に伝えてねぇ」

大豆はさすがに村では作っていないらしい。

「あ、このご飯っておいしい。これも交易で?」

「はい、少量ですけど東方から買ってくるんです。普段はあんまり食べませんよ」

さすがにワイン蔵は貴族商売だから意外に金持ちらしい。

普段ならちょっとした贅沢をする余裕があるようだ。

「なぁ、ひい祖父ちゃんは日本人なのか?」

「日本!サイトさん、ご存じですか!そうなんです!ひいおじいちゃんは日本から来たって言ってました!」

「俺も日本出身なんだ」

やっぱ、この世界にも探せば同郷の友も結構いるのかもしれない。

そう思って才人は嬉しくなっていた。

「サイト、そういう名前の国から来たの?」

ルイズが初めて知ったとばかりに才人を見た。

「ああ、言わなかったけ?」

「言ってない」

そう言うとルイズはむくれた顔でそっぽを向いた。

考えてみたら才人は自分の事をルイズに全然教えてくれていない。

私はかなり色々話したのに…サイトずるい。

「あら、ルイズへそ曲げちゃったじゃない。しっかりしなさいな、勇者さま」

「納豆うめ」

タバサは納豆に執心していた。

「でもうちは収穫が大分遅れてたから本当に助かったよ。おかげで出店の準備に入れるわ」

「何を出すんだ?」

才人が興味津々でシエスタ母に聞いてきた。

「うちはいくらか鳥を仕入れて焼き鳥やろうと思ってね。でも爺さんの味がなかなか出なくてさ~」

才人は思わず涎が湧き上がってくるのを自覚した。焼き鳥すげぇ良いなぁ…。

「あたしも手伝うよ。ルイズに稽古付けた後で良ければ、仕込みくらいはできるわよ」

ジェシカがそう請け合った。

「あ!俺、手伝う!手伝います!何かすること無い?」

無邪気に喜ぶ才人を見てますますルイズはむくれていた。

かまってのサインが見えないのかしら?

「良いのかい?だったら出店の土台組みを手伝ってやってくれないか。ほんとは馬鹿スカロンが手伝いに来る予定だったのに店が忙しくて来れないなんて言いやがって」

「パパはそれなりに忙しいのよ。巫女の衣装はパパが作ってくれる予定でしょ」

会話中のスカロンと言うのがジェシカという少女の父らしかった。

「考えてみたらサイズ変更の知らせを書いて送らないとまずいね。ルイズちゃんサイズ測らせてね」

「はぁ…」

ルイズのスプーンの手が止まった。

せっかくのおいしい料理もこの後に身体測定が待っているのでは腹いっぱい食べる訳にもいかない。

乙女的に。

ルイズは横目で才人の様子を見た。

才人はご主人さまの不機嫌にも気づかずシエスタと同郷のひいおじいちゃんの話で盛り上がっているようだ。

メイドなんかと楽しそうに話して…サイトの馬鹿。

嬉しくてしょうがない様子の才人に対してルイズは全然面白くなくなっていた…。


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