【京都・六条河原の一角】
先の大戦、関ヶ原での合戦に敗れた俺はすぐさま捕らえられ、この京都・六条河原にて処刑される事になった。
「三成殿、覚悟は出来ておいでか?」
俺の耳に、人生の最後を宣告する言葉が投げ込まれた。
その言葉に対し、俺は何も反応も示さない。いや、示した所で結果は同じ、不を示しめそうが、可を示そうが、意味も無し。故に俺は、ただじっと、目を瞑る。
そして、思う。今までの事を。
始まりから、終わりまでを。発端から、全てまでを、ただ単に思う。
一人の男に拾われ、一人の男に殿と呼ばれ、二人の男に親友と呼ばれた事を。
ある者達から横柄者と、不器用と、生き難いと言われた事を。
またある者達からは、感謝の言葉を言われた事を。
またある者達からは、軽蔑の言葉を言われた事を。
人に忌み嫌われてきた俺を、支えてくれた者達を。
「万民が一人のため、一人が万民のために尽くせば太平の世が訪れる。」
その言葉と共に、大切な事を教えてくれた者達を。
「大一、大万、大吉か・・・」
ふと昔の事を思い出していると、自然に口から、そう言葉が漏れていた。
それに対し、近くに居た介錯人が「それは何か?」と聞いてくる。
俺は鼻を小さく鳴らすと、冥土の土産として教えてやった。
「万民が一人のため、一人が万人のために尽くせば、太平の世が訪れると言う意味だ。貴様には分からんだろうな。今までもこれからも・・・」
ただ、人の笑顔が見たいと言うだけで天下を統一した男。
しかし、それを権力としか見なかった狸には、俺の言葉は分からないだろう。
そういう意味で言ったが、成程、この介錯人は勘違いをしたのか、はたまた、俺の言い方が不味かったのか、刀を抜くと、天高く突きかざした。
どうやら、俺の人生もいよいよこれで終わりらしい。
今、改めて思い返すと、実に幸せな人生だったかもしれない。
確かに、かつての主君の遺言は守れなかったけど、こんな形で人生を終える事になったけど。
あの男に仕えれて、あの男の殿になれて、あの男達と誓いを交わせて・・・
幸せだった。実に幸せだった。
寺の坊主として働いていた頃は、こんな所まで来るなんて思いもよらなかったけど。
歴史に、この日本の歴史に。俺は名前を残せたんだ、それはとても幸せな事じゃないか。
そこまで思い返すと、俺は自然と叫んでいた。
その声は、今までの俺とは、思えれない程に。ただ、叫んでいた。叫べずに死ねるか、そう思いながら、こう叫んでやった。
「実に良い人生だった!!石田治部少輔三成では無く!ただの三成として!この人生は、実に良かったぞ!!俺は!俺は!俺は!この上なく幸せ者だぁあああああ!!」
叫び終えた、その直後、俺は満面の笑みを浮べる。
今までの人生を、今までの気持ちを全て、ただ一言に言い表せれた事に対して。
喜びと感動を言い表せれた事に対して。そして、これからの時代に対して。
そして、その満面の笑みを、俺の最期の意志として受け取ったのか、ポカンと口を空けていた介錯人が、我に帰ると、顔を引き締め、小く息を吐いた、そして・・・。
俺の首元へ白刃を振り降ろした・・・・・・・。
石田治部少輔三成。享年41歳。
首は三条河原に晒された後、生前親交のあった春屋宗園・沢庵宗彭に引き取られ京都大徳寺の三玄院に葬られた。
「筑摩江や 芦間に灯す かがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり」
三成、辞世の句。
◆◆◆
【米沢城・城内】
奥州の米沢城。
それは、奥州の大名、伊達家の居城である。
輪郭式に本丸から外側へ二ノ丸、三ノ丸を構え、10基の櫓と17棟の門が開かれており。技術の乏しさ故、石垣や天守は構えられず、土塁を築き本丸に2基の三階櫓を建てて天守の代用としている。
そんな米沢城の城内にて事件が起こった。
時刻は黎明。
外では、明け方にも関わらず、様々な動物達が一斉に活動を始めていた。
あともう少しで、動物達の鳴き声が、一日の始まりを告げるであろう、その時。
一人の女中が、驚愕の表情をしつつ、城内の廊下を必死に走っていた。
その女中の様子は、明け方故であろうか、髪はきちんと整えられておらず。服装も少し乱れている。
そんな状態のまま、女中は、目的地である、城のとある一室の前まで来ると、すぐさま両膝を付いた。そして深呼吸をすると、大声で叫んだ。
「景綱様!景綱様!大事にござりまする!大事にござりまする!」
その叫びに、すぐさま部屋の戸が勢い良く開かれる。
そして、中から巫女の様な格好をした一人の女性が現れる。こちらも寝起き故か、髪に少し寝癖が見られる。
そんな状態の彼女に、女中はすぐに深深と頭を下げる。
それを見た巫女は、目を擦りながら右手で制し、用件を問う。
「どうしたんだ?こんな夜明けに、見るからに只事では無さそうだが、・・・まさか?どこかが攻めて来たとでも言うのか?」
その言葉に女中は首を一生懸命、横に振って否定した。
その様子に巫女は胸を撫で下ろす。
「じゃあ何なんだ?私は昨日、遅くまで書き物をしていたから眠たいんだ。用件が無いなら戻るぞ?」
そう言って戻ろうとした巫女を、女中は必死に止めると、用件を大声で言った。
「中庭に!天から!天から若者が降って参りました!!」
その言葉を聞いた途端。戻ろうとしていた巫女は、動くのを止め、ゆっくりと女中を見た。
まさか、と言う表情をしたまま、じっと女中を見つめる。
それに対し、女中は、もう一押しと言わんばかりに言葉を続けた。
「今、中庭にて兵士が取り囲み、警戒しております。どうか、どうか!すぐに中庭に参られますように!」
その言葉に嘘偽りの無いと判断した巫女の格好をした女性――――片倉景綱は、驚愕の表情を浮べた。そして、すぐに行動の沙汰を下す。
「分かった。お前は先に行って様子を見ておけ、もしかすると敵国の調略かもしれない、私は成実と政宗を起こしに行ってくる!」
その沙汰に、女中は短く答えると、急いで中庭に向かった。
それを見届けた景綱は、愛刀を刀掛けから取ると、腰に差す。
それから、すぐに部屋を出ると、主君である伊達政宗の寝室がある場所へ一気に駆け出した。
続く。