ハレ晴れユカイ
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第五話 駆り立てるのは野心と欲望、横たわるのは犬と豚


特務機関ネルフ・ドイツ支部の司令室で太った中年の男が苛立たしくうろうろして居た。

「おのれ、碇ゲンドウめ。大きな顔をしていられるのも今のうちだ」

司令室にネルフの士官が入って来て敬礼のポーズをとった。

「ナグナ司令。セカンドチルドレンの調整が完了しました」
「ふふ、我がドイツ支部が開発したビーストモードがあれば、ゼーレも我々に対する態度を改めるに違いない」

部下の報告にドイツ支部ナグナ司令は高笑いをした。
ネルフドイツ支部はその上部組織ゼーレの膝元として位置することもあり、蜜月関係が続いていたのだが……。
シンジの獅子奮迅の活躍もあってか、ゼーレの予算も本部に注ぎ込まれるようになった。
ドイツのナグナ司令は日本の本部のゲンドウを『ゼーレの犬』と言って憎むようになっていた。
一方、ゲンドウの方もナグナ司令の事を『ドイツの豚』と毛嫌いしていたのだが。
準備がすべて整ったドイツ支部は、ゼーレの議員の一部の者とも密約を交わし、いよいよ本部への侵攻作戦を開始した。



ネルフ本部ではシンジのシンクロテストが行われていた。
リツコとミサトを顔を見合わせてため息をつく。

「シンジ君のシンクロ率、最近落ち込んでいるわね」
「これをシンジ君に伝えるのは辛いわね……」

落ち込む二人の様子から察したのか、シンジが遠慮しがちにエントリープラグの中から声をかける。

「やっぱり、僕のシンクロ率は落ちていますか……」
「シンジ君、でもこれでも十分に起動には問題ない数値よ」

リツコの励ましにもシンジは納得がいかない様子だった。

「普通に戦えるだけじゃ困るんだ……使徒を倒せないと」

一方オペレーター席の方ではコウゾウとシゲルが真剣な眼差しでモニターを眺めていた。

「確認はしているんだな?」
「ええ、一応」

モニターにはコンテナが山積みにされた倉庫の中の様子が映されている。
その中の一つのコンテナが拡大されて映されていた。

「コンテナ内部の温度が微妙に上昇しています。なんですかね?」
「ドイツのヴィルヘルムスハーフェンからの積荷か。確かに中は空だったのだな?」
「はい。検査の時は何も入っていませんでした」
「空のコンテナを送って架空の経費を請求するいつもの手だろう。だが一応は調べておけ。碇がうるさいからな」

コウゾウはそう言ってため息をついてシゲルに指示を出し、その場を立ち去ろうとした。
しかし、直後にネルフ内に警報が鳴り響く。モニターを監視していたシゲルが声をあげる。

「第8倉庫が凄い勢いで発熱しています!」
「汚染区域が壁伝いに広がっているようです!」
「レーザー照射急いで!」

レーザービームが汚染された第8パイプに向かって照射されたが、赤い三角形のフィールドに跳ね返された。

「まさか、使徒?」
「間違いない、パターン青。使徒です!」
「実験中止!この区域は破棄します。全員、退避急いで!」

ミサトの号令の元、ネルフのスタッフたちは慌てて部屋から駆けだして行く。リツコだけが信じられないと言った顔で立ち尽くしていたが、
ミサトはリツコをひっつかんで腕を引いて部屋から脱出した。その直後、部屋のガラスが割れ完全に浸水した。

「リツコ、しっかりしなさい!」
「助かったわ、ミサト」

発令所ではゲンドウがエヴァ全機を射出するように命令を下していた。
シンジも慌ててシンクロテスト用のエントリープラグから脱出してミサトたちと合流した。
ネルフ内に鳴り響いていた警報が突然止まった。誰も警報を止めるような操作はしていない。疑問に思ったオペレータたちが原因を探ると、
コンピュータの一部がハッキングを受けている事に気づく。シゲルはハッキング元を探るべく必死にキーボードを叩く。

「ハッキング元は第8倉庫、使徒です!」
「まさか!」

モニターに映し出された使徒が幾何学模様に変化していく。使徒イロウルはドンドンと進化・増殖を拡大していった。
オペレーターの一人、マヤが端末をたたきながら悲鳴に近い声をあげる。

「先輩!このままではMAGIに侵入されてしまいます!」
「第666プロテクト、急いで!」

リツコとオペレーター三人が必死に端末を叩く様子をミサトとシンジは心配そうに見詰めていた。

「まさか、ドイツ支部が使徒を送り込んでMAGIを破壊しようとしてくるとはな」
「おそらくゼーレの関与もあるだろう。老人たちは我々の手で時計の針を進めさせる気だ」

司令席に陣取るコウゾウとゲンドウは余裕の構えを崩さない。
予期された事態の如く淡々と対策を指示して行く。

「MAGIへのハッキング停止しました。Bダナン型防壁を展開、以後62時間は外部侵攻不可です!」

マヤが声を弾ませて答えた。リツコはほっとしたように一息つくと、改めて顔を引き締めた。

「使徒の侵攻を食い止めただけで、まだ倒してはいないのよ。油断はできないわ」

ネルフの作戦会議室で、使徒の殲滅作戦が話し合われることになった。
エヴァを使って倒せる使徒では無かったので今回はミサトの出る幕は無かった。

「今回の使徒は細菌サイズの電子頭脳のようなものです。そこでこちらも電子頭脳による兵器を使い使徒を倒そうと思います」
「MAGIに新たなるプログラムを送り込むのかね?」
「いえ、さすがに新しいプログラムを開発する時間はありませんし、進化し続ける使徒に対してバージョンアップを繰り返すわけにもいきません」
「わかった、赤木博士。今回の作戦を君に一任する」

ミサトとシンジには訳がわからないまま、作戦会議は解散となった。
作戦会議室を出たところで首をひねっているミサトにリツコが声をかけた。

「ミサト、手を貸してほしいの。来てくれない?」
「でも、あたしはコンピュータはあんまり得意ってほどじゃないけど、それでいいの?」
「ええ。ミサトの力がどうしても必要なのよ」
「あの……僕も着いて行っていいですか?」
「いいけど、邪魔にならないようにね」

リツコ、ミサト、シンジ、マヤの四人は連れ立ってMAGIの機心ルームに来ていた。普段は開けられることのない扉が開けられると、脳みそが水槽に浮かんでいた。
ミサトとシンジはぎょっとした表情を浮かべ、マヤは口元を抑える。

「リツコ、これって……!」
「これがMAGIの正体。ブレインコピーって知ってる?」
「ええ、20世紀末に開発された……人道的にも法律的にも開発が禁じられたコンピュータね」
「MAGIには母さんの脳が使われているの。いわば母さんそのものなのよ」
「そんな、ナオコさんは転落事故で死んだって……!」
「司令は母さんの頭脳が惜しかったみたいね。母さんの脳を移植することに決めたのよ」
「そんな、死んでからも利用されるなんてかわいそうですよ!」
「まったく、司令はとんでもない男だわ」

シンジとミサトとマヤはあまりの事実にゲンドウに対する怒りで頬を膨らませた。
リツコはコードがたくさんついた帽子のようなものを持って来た。
そしてミサトを椅子のようなものに座らせる。

「MAGIは母さんの脳の他に三つのブレインコピーコンピュータで構成されているの」

リツコはミサトに帽子を取りつけながら話し始めた。

「科学者としての母さん。母親としての母さん。そして、女としての母さん」

マヤがコンソールを叩いて、リツコに報告をした。

「先輩、バルタザールとメルキオールは先ほどのハッキングの影響かダメージを受けています」
「そう、じゃあカスパーしかないわね」
「いったいどういう事?いいかげんに説明してくれないかしら?」

訝しがるミサトを宥めるようにリツコが話しだす。

「これからミサトには女性の感情をつかさどるカスパーと脳を直結してもらうわ」
「それで?」
「そ、それでね……ミサトの女の……エロスの精神力で使徒のATフィールドを破って打ち倒してほしいのよ!」

リツコの言葉の後半は早口で叫ぶような口調になってしまった。そして顔を赤くして下に向ける。
マヤとシンジも顔が真っ赤になった。マヤは叫び出しそうになるのを必死にこらえて体が震えている。
ミサトは思わず噴き出してしまった。

「リツコ、あんた、バカァ!?」

ミサトの叫びを受け止めきれなかったリツコはミサトに背を向けて、マヤに防壁の解除を命じた。
再び使徒の浸食が再開された。

「人工知能メルキオールから自律自爆が提起されました……否決、否決」

機械音声がネルフに響いた。
リツコとマヤとシンジはミサトの方を向いて拳を握りしめて急かす。
ミサトはダラダラと冷汗を全身から流すことしかできなかった。

「ミサト、早く……いやらしい事を考えるのよ!」
「ミサトさん、エッチな事を想像してください!」
「葛城一尉、不潔になってください!」
「ちょ、ちょっと待ってよ……」

メルキオールは他の二体、バルタザールとカスパーにハッキングを仕掛ける。また機械音声がネルフに響く。

「人工知能により自律自爆が決議されました。三者一致の後、2秒後に行われます」

バルタザールの浸食が予想以上に速かったようだ。二体は残る一体、カスパーに攻勢を仕掛ける。
リツコのひたいには滝のように汗が流れる。

「ミサト!」
「このおおお!あたしは使徒戦を生き残って!加持と××××するのよ!」

ミサトがそう叫ぶと同時に赤く染まっていたモニターの画像が通常通りの青一色となった。

「人工知能により自爆決議が回避されました」

この機械音声が流れると発令所は歓喜に包まれたが、NAGIの機心室に居た四人の間には重たい空気が流れていた。
しかし、この侵攻はまだ終わってはいなかった。



ドイツ支部で作戦失敗の報告を聞いたナグナ司令は、苛立った表情で舌打ちをした。

「できるだけ穏便に済ませたかったのだが、いたしかたあるまい。こうなったら武力攻撃も止むをえまい」

ナグナ司令は電話を手にとって掛け、通話が終わると満足げに微笑んだ。

「司令かパイロットが殺されれば、ネルフ本部は混乱を起こすだろう。そこを叩けば、さらにダメージを与えられる」

彼の高笑いがまた司令室に木霊した……。



ネルフ本部の数多くある入口の一つである南ターミナル駅。
そこで通信機を持って連絡を取る一人のネルフの戦闘員の姿があった。
肩からライフルのようなものを提げている。

「今日もこちらは異常ありません」

そう報告した彼は背後に一瞬だけ感じた気配の主を探る間もなく首と胴を切り離されていた。

「おい、どうした?」

離れた場所に居た別のネルフの戦闘員が、突然途切れた通信に驚いて呼びかけ続けるが応答が無い。

「何があった?」
「わかりません。南のターミナル駅なんですが……」

不審に思った同僚が部屋から出てきて彼に声をかける。

「うわああああああ!」

彼ら二人も先ほどの戦闘員と同じ運命を辿った。

「台ケ岳トンネルより侵入者あり!ネルフの戦闘員を蹴散らし、西5番搬入路へと向かっています!」

突然の報告により発令所はざわめいた。

「侵入者の規模はどれくらいだ!」

コウゾウの問いに再び通信が入る。

「それが……たった一人なんですが……うわあああ!」

そこで通信が途切れてしまった。

「侵入者の映像を正面モニターに回せ」

ゲンドウがそう命じると、正面モニターの映像が切り替わった。
発令所から大きな驚きの声が上がり、共鳴した。
モニターに映し出されていたのは、返り血を浴びながらハンドアックスを振り回す……
赤いプラグスーツに身を包んだ紅茶色の髪をした少女だった。

「アスカ!?」
「セカンドチルドレンだと!?」

ミサトとコウゾウが真っ先に叫んだ。シンジにはこれが現実では無いように感じた。
何か他人事のような……夢の出来事であるような……防衛本能でそう思い込もうとした。
発令所の人間が唖然としてモニターを見つめる中で、アスカは獣のようなしなやかな動きで攻撃を交わして行く。

「……セカンドチルドレンは現時刻を持って破棄。射殺も許可する」

シンジはゲンドウのこの言葉によって強制的に現実へと引き戻された。

「そんな、父さん!」
「大変です、目標は第158エアーダクトに侵入しました!」
「まさか、ここに直接来る気!?」

ミサトがそう叫んだ直後、発令所の天井を走るエアーダクトに荒々しい足音が響き渡る。
そして、エアーダクトを破り一つの影が床へと飛び降りた。

「アスカ!?」

床に降り立ったアスカは顔をあげ、焦点の定まらない蒼い瞳でシンジを見詰めた。

「シンジ……」
「アスカ!」

シンジは笑顔を浮かべてアスカに駆け寄った。

「シンジ……コロス……」

シンジは辛うじてアスカの斧の一撃を交わした。

「アスカ……どうしちゃったんだよ!」

戸惑うシンジにアスカはさらに襲いかかる。

「シンジ君!アスカは多分もう……薬かなんかで自我を失ってしまっているのよ」

シンジの命を断とうとアスカは斧を振り回す。
そして、なんとかシンジはアスカの手から斧を叩き落とし、正面からアスカを抱き止めた。
なおも暴れるアスカは獣のようなうなり声をあげて、シンジの頬に爪を立てて戒めから逃れようとする。
発令所が騒然とする中、ゲンドウは拳銃を取り出しアスカの方に向けた。

「退くのだシンジ。危険分子はここで処理する」
「処理するって、アスカを!?」
「今のセカンドチルドレンを弐号機に乗せてはとんでもない事になる。利用しようとするやつらも出てくるかもしれん」
「いやだよ、僕はアスカを離さない!」
「災いの根はここで絶つのが正しいのだ、そこをどけ!」

シンジは暴れるアスカをものともせずに、さらきつく抱きしめた。

「アスカは僕にとって大切な、たった一人の女の子なんだ!」

ミサトは懐から拳銃を取り出してゲンドウに向ける。

「何のつもりだ、葛城一尉」
「あんたみたいな悪人を、天に代わって成敗するのよ」

発令所の人間は驚いて唾を飲み込む事も忘れて見詰めていた。
ミサトは発令所の人々に言い聞かせるように大声を張り上げた。

「私たちはシンジ君に命を助けてもらったのよ!それにシンジ君は化物じゃない、ただの中学生の男の子なのよ!
そんなシンジ君の願いを今あたしたちが聞いてあげなくて、どうするのよ!」

「父さん!アスカを撃つなら僕も撃ってよ!僕も大好きなアスカが側に居ないなんて耐えられない!僕はアスカを…愛してる!」

「……すまなかったな、シンジ」

ゲンドウはそう言うと、拳銃を自分のこめかみに押し付けて発砲した。
そして、ゲンドウの大きな体はゆっくりと崩れ落ちた……。誰が見ても即死だった。



それからしばらくたった後。シンジ用の個室にて。
コンフォート17も先の使徒戦で建物の被害こそは爆心地から離れていたため軽微だったが、ライフラインは断たれて住めない状態だった。
ミサトとシンジはネルフの基地内の個室で暮らすことになった。
そして、ミサトがシンジの部屋を訪れていた。

「父さん、どうして自殺するような真似を……」
「あなたのお父さんは、レイを使ってあなたのお母さん……ユイさんと再会する計画を立てていたらしいの」
「それってゼーレが企んでいたって言う人類補完計画とは別の物ですか?」

ミサトは首を縦に振って頷いた。

「三人目のレイには……魂が宿らなかったのよ。だから司令がユイさんに会う事は不可能になったの」
「だから父さんは絶望して……でも僕もアスカがそうなったらしてしまったかもしれません。だから許せたと思います」
「いいえ、シンジ君。やっぱり司令はすぎた野心や欲望のために報いを受けたのよ」

ミサトは通信で、ドイツ支部のナグナ司令も部下に裏切られて暗殺されたことを知った。
権力を求めた男の愚かな末路だった。

「駆り立てるのは野心と欲望、横たわるのは犬と豚……か」

ミサトは暗い目をしてそう呟いた。

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