| 第四話 すくいきれないもの |
先日、エヴァのパイロットである碇シンジと洞木ヒカリの前に姿を現した少女、霧島マナ。 彼女はネルフの調査によりその正体が戦略自衛隊の少年兵であり、エヴァの技術を盗もうとしていたスパイだとばれてしまっていた。 ネルフは戦略自衛隊に対してこれは背信行為だと抗議したところ、戦略自衛隊の言い分は一部の将校の暴走行為だと言い逃れをした。 戦略自衛隊は霧島マナに命令をした上司を処刑し、さらに実行犯である霧島マナや同じ兵器開発チームに所属する者たちを処刑しようとした。 霧島マナも檻のトレーラーで戦略自衛隊に移送されることになった。 しかし、兵器開発チーム「トライデント」のパイロットの浅利ケイタとムサシ・リー・ストラスバーグは辛くも開発中のロボットに乗り込み脱出に成功した。 そして、マナを移送中のトレーラーを補足することに成功し、ロボットはマナをトレーラーごとつかむとさらに逃走を開始した。
ネルフでのシンクロテスト中にその事を知ったミサトはゲンドウにエヴァを出撃させてロボットを食い止めるように進言したが、ゲンドウは聞き入れなかった。
「しかし、司令!これ以上ロボットが暴れれば街の被害は拡大するんですよ!」 「黙れ、エヴァは使徒以外の事象には出撃をしないと言っているだろう」
ミサトとゲンドウの言い争いは依然として続いている。 ネルフのスタッフたちも戸惑いの表情を浮かべて見守っている。 不審に思ったシンジがリツコに問い質した。
「リツコさん、いったい何があったんですか?」 「シンジ君には関係ない事なの」
リツコはそう答えてモニターに目を戻すと、驚いた表情をして後ずさった。 シンジのシンクロ率が跳ね上がっていた。シンジの怒気に触れたリツコは白状した。
「霧島マナを奪ったロボット兵器が現在逃走中なのよ。ミサトがエヴァを出撃させようと主張しているけど、司令は拒否しているの」
それを聞いたシンジとヒカリは驚いて目を見開いた。
「リツコさんの方から父さんにエヴァを出撃させるように言ってくれませんか」
シンジの怒った表情を見たリツコは背中に冷汗を流しながら頷いた。 ミサトとゲンドウの言い争いはひとまず小休止したようだ。実験棟内には沈黙が戻っていた。 リツコは深呼吸をしてから発言を始めた。
「今回は参号機の戦闘演習代わりに出撃させてはいかがでしょう?」 「なあ、碇。このまま放って置くわけにもいかんだろう?」
副司令の冬月コウゾウもゲンドウをたしなめる。ゲンドウは面倒くさそうに組んでいた手を解き、また組み直した。
「あまり時間をかけるな、さっさとやれ」
その言葉にミサトはエヴァ初号機と参号機の出撃を命じた。 二機が地表に射出された時には既にロボットたちはかなり遠くまで逃走していた。
「外輪山を越えられたらアウトだわ。二人ともよろしくね」
ミサトからの通信にシンジとヒカリは強くうなづいた。 シンジはマナに騙されてしまったとは言え、やはりマナの事を嫌う事はできなかった。 ヒカリも学校で短い間だったが親友とも言えるほどに心を通わせていた。 二人は何としてでもマナを救いたかった。 初号機は射出直後から全力で駆けだそうとした。しかし、参号機の動きは鈍かった。
「シンジ君、敵ロボットは複数いるのよ!単独行動は危険よ!」
シンジは一機でもロボットを止められる自信はあった。 しかし、つまづきながらも必死に前に進もうとする参号機の姿を見て、捨ててはおけなかった。 初号機で必死にもがく参号機を抱き上げてロボットの逃げた方向へ向かっていく。
「何で、足手まといになるのに出撃させたんですか、ミサトさん!」 「それは……彼女がそう望んだから」
ミサトは自分の判断ミスを認めようか、悩むような顔をしながら答えた。 これによりシンジはかなり時間を食ってしまった。 シンジは遅れを取り戻すために参号機を抱えたまま駆けだした。 しかし、駆けているシンジの目の前では投下されたN2爆弾が光を放っていた。
「……そんな、まさか」
ぼう然とするシンジにミサトからの通信が入る。 ミサトの声は辛そうに震えていた。
「戦略自衛隊は最初からN2爆弾でロボットを焼き尽くすつもりで爆撃機を出撃させていたみたい……」
爆弾による光は収まり、偵察機が初号機の目の前を飛んで行く。 そして、ミサトから再度報告が入る。
「爆心地には溶けた金属の塊しかなかったそうよ……おそらく生存者はゼロね」
ミサトの言葉を聞いたシンジはショックを受け、初号機が抱き上げていた参号機を取りこぼす。 支えを失った参号機はそのまま地面に叩きつけられた。
「そうだよ、きっと脱出カプセルかなんかあってマナはそれに乗っているんだ!」 「シンジ君。認めたくない気持ちはわかるけど……」 「きっとどこかで助けを求めているよ!探しに行こうよ、委員長」
そう呼びかけるシンジを発令所のスタッフたちは奇妙なものでも見るような目で見られていた。 ついに頭がおかしくなったのかと言いだすものも少なからず居た。
「くだらないロボット騒ぎのおかげでとんだ時間をくわされたな」 「碇、お前はこの事を知っていたのか?」 「戦自の連中が考えそうな事ですよ。結局面子を保ちたいんでしょう」
ミサトも初号機と参号機に帰還を命じた。 ミサトはエントリープラグ内のヒカリの表情が堅く無口なのはショックを受けたためと考えていた。
「きゃああああああああ!」
ヒカリの叫び声が響き渡り、モニターが不能になったのを見て発令所は大騒ぎになった。
「委員長!どうしたの委員長!返事をしてよ!」
全く動かない参号機にシンジは必死に声をかける。
「まさか、参号機が出撃した時から神経パルスに異常が見られたのは……」
リツコがそうつぶやいて顔を青ざめると、オペレーターのマヤが声を張り上げる。
「参号機からパターン青の反応!」 「まさか、使徒!?」
参号機の目が赤く光る。そして初号機の首をつかみ締め上げた。 初号機は参号機の両腕を振り払った。
「やっぱり……使徒が居たのか。委員長、今度は助けるからね」
その頃ネルフから射出信号が送られたのか、参号機のエントリープラグが使徒に阻まれながらも顔を出していた。 シンジはそのエントリープラグを引き抜こうと必死に手を伸ばす。 しかし、参号機は必死にそれを阻む。初号機と参号機の戦いは拮抗していた。 参号機を抑え込む事の出来ない現実にシンジは驚愕した。
「まさか……もう僕の力が弱まっているのか!?」
その後も初号機は参号機の動きを抑え込む事はなかなかできなかった。
「ここで力を出さないと!僕はみんなを助けたいんだよ!」
初号機は参号機を思いっきり押し、押された参号機は数百メートルほど後ずさりした。 さらにバランスを崩した参号機はゆっくりと背中から倒れこんで行く。 非常に運が悪い事に、エヴァンゲリオン同士の戦いで参号機のATフィールドはかなり弱まっていた。 そして、参号機が倒れ込んだ地点には先ほどのロボット兵器を確実に殲滅させるため戦略自衛隊の地雷が仕掛けてあった。 参号機が倒れ込んだ衝撃で地雷は爆発し……それは参号機の胴体を破壊するのに十分な威力だった。
「うわっ!」
シンジが目の前で起こった爆風に一瞬目を瞑る。 次に目を開いた瞬間、そこには参号機の肉片しか残っていなかった。 言うまでも無く、エントリープラグは……わずかに破片のみが……。
「そ、そんな……うわあああああああ!」
シンジの叫び声がモニターを通して発令所に響き渡った。 発令所に居るネルフのスタッフたちも一緒に悲鳴を上げたい衝撃に駆られた。 ミサトはぐっとこらえてシンジにネルフへの帰還命令を下した。
エントリープラグから出たシンジは駆けつけたミサトに思わず抱きついてしまった。 ミサトは驚いたが、シンジを振り払おうとせずに抱きしめた。
「僕はみんなを救うために戻って来たのに……」
シンジは悔しそうな声を出した。
「シンジ君、戻って来たってどういう意味?」
ミサトの問いにシンジは慌てて体を離して口を押さえた。
「いえ、今のは何でも無いんです」 「そう……」
ミサトは悲しそうな眼をして話すシンジを見詰めることしかできなかった。
「シンジ君、言えないことを無理して言わなくてもいいわ。でも、あたしは貴方のシンジ君の味方よ」 「ありがとうございます」
シンジは再びミサトに抱きついて涙を流した。 この姿はネルフのスタッフたちに目撃されていたが、彼らも人間だ。 割って入るようなことはしなかった。 ただ、拾った音をチェックしたリツコだけは腕組みをして考え込んでいた。
コンフォート17に戻ったシンジはまた暗い思考に落ち込んでいた。 今日も二人の大事な友だちの命を救えなかった。 重たい心と体を自分の部屋のベッドに横たえるしかなかった。 ミサトが帰宅したのはかなり早かった。 シンジが出迎えないのを見てため息をつくと、そっとシンジの部屋のドアを開けた。
「シンジ君、やっぱり疲れているのね……」 「すいません、ミサトさん。夕食の用意もしないで」 「いいのよシンジ君。あたしが夕食を作るから」
ミサトの言葉を聞いてシンジは勢いよく体を起こした。 コンビニ弁当で無いものを食べたら命にかかわるからだ。
「僕が作ります!」
そう言ってミサトの横をすり抜けキッチンへと向かった。 シンジはいつの間にか体の重さも消え、普通に料理をしている自分に気がついた。 シンジはミサトの気遣いに感謝した。
「ねえ、シンジ君。これからはしばらくレイと二人だけで戦う事になってしまうらしいの」 「新しいエヴァのパイロットは来ないんですか?」 「司令の話によるとね、ドイツ支部がセカンドチルドレンをこちらに送るのを渋っているらしいのよ」 「支部が渋っているんですか」 「……」
落ち込んだシンジを見て、ミサトは顔を曇らせた。
「ごめんね、あたしが変なことを言ったせいで」 「ミサトさんのせいじゃないですよ、多分」
その後シンジとレイはエヴァのパイロットとして共にネルフで戦闘待機を行う事になり、顔を合わせる機会も増えた。 シンジはなるべくレイと話そうとするが、レイの方は無表情を崩さずにポツリポツリと受け答えするだけ。 傍目にはほとんど関係が変わっていないように見えた。 そんなある日、レイの方からシンジに話しかけた。
「司令は碇君の事を悪く言って近づかないように命令されたけど、私は碇君が悪い人じゃない気がする」 「やっぱり、父さんは僕の事をそう思っていたんだ……」
自分の父親をはじめ、ミサト以外のネルフのスタッフたちはまだ最初の頃の自分の強さに恐れを抱いてるように感じた。 リツコも、いつも顔を合わせるオペレーターの三人もシンジが声をかけると表情を堅くするのだ。 しかし、シンジは自分が彼女らの命の恩人だと言うことで大きな態度を取るつもりはなかった。 それなのに……だ。ネルフのスタッフの中にはシンジに気軽に声をかけてくれる人は居なかった。 『逆行前の世界』とは違う遠く離れた心の距離をシンジは悲しんだ。 自分を弟のように可愛がってくれたみなといつか話せるようになると信じる自分と諦めている自分が居た。 ある日ミサトはシンジとレイをラーメン屋の屋台に誘った。 訓練に励んでいるパイロットを労おうとしての事だった。 ミサトはファミレスに二人を連れていこうとしたが、シンジがラーメンを食べたいという口実で屋台を主張した。 ミサトとシンジは味噌ラーメン、レイは初めての屋台に何を頼もうか悩んでいた。
「ニンニクラーメンチャーシュー抜きがいいと思うよ」 「……それ、おいしいの?」 「うん、きっと気に入ると思うよ」 「シンジ君、なんでレイが肉が嫌いだって事知っているの?」 「あ、いや……何となくそう思っただけで」
ミサトはシンジが悪い事を企んでいるとは思えなかったが、ただただ不思議だった。 リツコはシンジの気弱そうな態度を演技だと疑っているが、ミサトの女の勘はそれは違うと告げていた。 もっとも、使徒に対する復讐のためこの二人を利用しているという負い目は感じながらもパイロットを辞めろとは言えない自分が居た。 レイがラーメンを食べると、ミサトにとってまた信じられないことが起こった。レイが目から涙を零していたのだ。 ラーメン屋の店主も味付けが悪かったのかと慌ててしまったが、レイはニッコリと笑った。
「碇君、ありがとう。……ありがとう。感謝の言葉。初めてしゃべる言葉なのに初めてじゃない気がする」 「綾波……」
その時ミサトの携帯がけたたましく鳴った。 どうやら使徒が出現したようだ。非常事態宣言が街中に鳴り響く。 ラーメン屋の店主はシンジたちを応援してシェルターへと避難して行った。
レイと共に黒い球体の使徒と向き合ったシンジは思い悩んでいた。 あの使徒には見覚えがある。確か通常の攻撃方法では倒せないはずだ。 やはり自分から黒い影に飛び込むしかないのか。 シンジが思案をしていると、突然零号機が初号機のアンビリカルケーブルを引っ張った。 地面に倒れこんでしまう初号機。ケーブルが運悪く足に絡まってなかなか立ち上がれない。 慌てるシンジに零号機のレイから通信が入った。
「あなたは死なないわ。私が倒すもの」
零号機はもがく初号機を通り過ぎ、使徒レリエルの影へ飛び込んで潜っていく。 初号機が起き上がり、零号機の後を追って影に飛び込もうとした時、空中に浮かぶ黒い球体が光に包まれた。 そして黒い球体は砕け散り、地面の黒い影も消滅した。
「綾波ーー!」 「もしかして、自爆したの!?」
発令所に居るミサトもレイの突然の特攻に思わず固まってしまった。 しかし、シンジとミサトたちはレイの自爆を悲しんでいる暇は無かった。
「大変です!衛星軌道上にまた新たな使徒が出現しました!」
オペレーターのマヤの報告に、発令所にまた緊張が走った。 さらに悪い事に使徒は重力を武器に落下攻撃を開始したと言う。
「シンジ君一人ではとても受け止めきれないわ!総員退避!」
使徒のあまりの巨体に迎撃は無理だと諦めたミサトは退却を指示する。
「ダメです!今から逃げても間に合いません」
マヤの報告に発令所から悲鳴が上がった。
「シンジ、ターミナルドグマに降りて槍を使え」 「ターミナルドグマ?」 「シンジ君、道案内は私がするわ。時間が無いの、急いで!」
シンジはリツコのナビに従ってターミナルドグマまで降下した。 そこは巨大な十字架にはりつけにされた白い巨人が存在する不気味な空間だった。
「シンジ君、時間が無いわ。早くそこから槍を引き抜いて!」
確かに今のシンジにはこの場所について考え込む時間は無かった。 シンジはロンギヌスの槍を引き抜いてまた来た道を急いで引き返した。 シンジが地上に戻ると、使徒の巨体は目前に迫っていた。 シンジがロンギヌスの槍を使徒のコアに向かって投げつけると、ロンギヌスの槍は使徒のコアを貫いて宇宙へと飛翔して行った。 しかし、シンジは使徒を倒したとはいえ少しタイミングが遅かった。 コアを貫かれた使徒の巨体は風船のように破裂した。 爆風はシェルターを破壊するまでには至らなかったものの、第三新東京市の建物をなぎ払い、がれきの山へと変えてしまった。 シェルターから出た第三新東京市の住民は帰るところも無く、ネルフの職員を残してほとんどの人々が他の街へと移って行った。
「みんな……住む家を失ってしまって疎開してしまった……ケンスケも、トウジも」
シンジは落胆してそう呟くことしかできなかった。
ネルフの司令室ではゲンドウとコウゾウと呼びだされたリツコが顔を合わせていた。
「では、三人目のレイは私の方で用意します」 「頼んだ、赤木博士」
リツコが一礼をして司令室を出ていくと、コウゾウは苦々しい顔をしてゲンドウに話しかけた。
「それにしても、今回の被害は甚大なものだったな」 「初号機とレイが無事ならそれでいい」
ゲンドウは姿勢を崩さずに答えた。
「しかし、ドイツ支部は一体どういうつもりだ。まさか初号機だけで使徒に立ち向かえと言うつもりなのかね」
ドイツ支部はセカンドチルドレンは体調不良により入院中と言う名目で日本への召還を拒んでいた。 また、シンジの初の使徒戦のデータを持ち出して今のままで十分使徒に対抗できるのではないかとまで言って憚らなかった。
「ドイツ支部め……我々を裏切る気か」
ゲンドウは組んでいた腕を組みかえて低い声でそう呟いた。
シンジは以前ミサトに連れられた第三新東京市が見渡せる高台に一人で来ていた。 今目の前に見えるのはすっかり崩れ落ちてしまったビルのなれの果てだった。 ゴーストタウン。そんな言葉が似合う風景だった。
「僕が本当に守りたいものは、こうして手からこぼれ落ちていく……すくいきれないものなのか」
シンジは自分の右腕を握りしめ、悔しさに涙をまた流した。 そんな彼の姿を唯一目撃したのは、心配になってシンジを探しに来たミサトだけだった。 テーマ:二次創作:小説 - ジャンル:小説・文学
|
|
|
|