ハレ晴れユカイ
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第三話 欺き欺かれて


ネルフの作戦会議室。この場所でシンジとカヲル、レイの三人は対面を果たしていた。
ミサトが立ち会う前で、三人は互いに握手を交わす。

「フィフスチルドレン、渚カヲルです。よろしくお願いするよ」
「サードチルドレン、碇シンジです。改めてよろしくお願いします」
「ファーストチルドレン、綾波レイ……」

お互いに握手を交わす様子を見ていたミサトが口を挟む。

「ごめんね。レイは不器用な子だから、冷たい態度のように見えるけど仲良くしてあげてね」
「ごめんなさい。こういうこと初めてだから、どうしたらいいかわからないの」
「……笑えばいいと思うよ」

シンジはそう言ってレイに笑いかけた。
すると、シンジの笑顔を見て釣られたのかレイもぎこちない動きだが、年相応の可愛い笑顔を見せた。
この事に一番驚いたのはミサトだ。
ミサトはレイの笑顔を一度も見たことが無い。
無表情が服を着て歩いているようなレイに笑顔で話しかけるシンジと言う少年は何者なのか。
突然学校で同じクラスの生徒の腕をへし折った事実と擦り合わせるとますます理解不能だ。
ミサトはこのエキセントリックボーイとこれからも付き合うことになるのかと思うと、ため息が出た。

「ああ、早く使徒を倒して問題児のパイロットたちから解放されたい……」

翌日。ミサトの祈りが通じたのか、使徒が姿を現した。
その使徒は今まで現れた二体の使徒より攻撃的だった。
空中に漂う使徒の目が光ると、十字架の形をした光の柱が巻き起こる。
足止めのために威嚇射撃を行っていた地上部隊は一撃で壊滅した。

「第1装甲板から第18装甲板まで損壊!」

発令所に居たオペレータの日向マコトはぼう然として被害状況を表示するモニターを見ていた。

「そんな……18もある特殊装甲を一瞬で」

彼がそう呟くと同時に発令所のドアが開き、ミサトが姿を現した。

「エヴァの地上迎撃は間に合わないわ。三機をジオフロント内に配置して!」

エヴァ三機はジオフロントへと射出された。
次の瞬間、ジオフロントが大きく揺れた。使徒がさらに攻撃を加えたようだ。
ジオフロントの天井に地上へと通じる大きな穴が口を開けた。
どうやら、今の攻撃で完全に装甲の層に穴が開いてしまったようだ。
使徒がその穴を通ってジオフロントに降下してきた。
運の悪い事に配置された三体のエヴァのうち、一番使徒の降下地点の近くに居たのは零号機だった。
零号機は降下してきた使徒に向かってパレット・ガンを乱射する。
シンジは使徒の紙のように薄い両腕がしなり、一気に伸びて零号機の腕を斬り落とすのを見た。

「綾波っ!!」

シンジの見ている前で零号機はもんどりうって地面に倒れ伏した。

「何て強さなの……」

発令所で戦闘の様子をモニターで眺めていたミサトもぼう然として呟いた。

「僕は……綾波を守れなかった……?」

自失して動きを止めている初号機に対して使徒が光線による攻撃を加える。
反射的にATフィールドを張ってなんとか攻撃を防いだ。

「この!よくも綾波を!」

怒りに燃えたシンジはパレット・ライフルやハンド・バズーカと言った銃器類を手当たり次第拾って乱射した。
凄まじい数の弾頭が使徒に向かって降り注ぐ。しかし、使徒は平然と立っている。

「ATフィールドは中和しているはずなのに、なんで効かないんだよ!」

シンジに弐号機のカヲルから通信が入る。

「ダメだよシンジ君。その使徒には近接攻撃しか効かない。……僕に任せてよ」
「カヲル君!?」
「ゼーレの老人たちをだますのももう限界が来ていたところさ。僕が裏切ったと知ったらやつら速攻僕を消すだろうね」
「何を言っているの!?」
「僕に与えられた自由は死を選ぶ権利だけさ。シンジ君、君は好意に値したよ」

その言葉を最後に弐号機からの通信は途絶えた。

「大変です!弐号機のエントリープラグがイジェクトされています!」

伊吹マヤの報告にネルフの発令所もどよめいた。
シンジも驚いて弐号機の方を振り返る。
すると弐号機から飛び出して空中を使徒に向かって滑るように空を飛ぶ豆粒のようなカヲルの姿が見て取れた。

「カヲル君、いったい何をするつもりなんだ!?」

シンジの目の前で、使徒とカヲルの空中戦が繰り広げられていた。
使徒はその剃刀のように鋭い腕でカヲルを切り裂こうとするが、的が小さいカヲルを捕らえる事は難しい。
使徒が苦戦している間に、カヲルと使徒の距離はドンドン縮まって行き……カヲルの体は使徒の中心に飲み込まれた。

「共に逝こう我が兄弟。僕たちはこの世界に存在してはいけないんだ」

カヲルの体が光に包まれて行く。最後にカヲルが光の中に見えたのは、中学生の制服を着た自分とシンジが通学路を歩いている姿だった。
カヲルは涙を一粒落として使徒と共に消滅した。

「カヲル君……僕は君に本当の気持ちを……伝えていないのに」

まばゆい光が治まった後、使徒の居た場所には何も存在して居なかった。
ジオフロントの、人工の青い空が広がっているだけだった。



******一週間後******



第三新東京市中央病院。
この病院の012号室にはシンジに腕を折られて重傷を負った鈴原トウジが入院していた。
洞木ヒカリと相田ケンスケは毎日のように病室を見舞いに訪れていた。

「トウジ、腕の具合はどうなんだ?痛くないか?」
「ああ……痛くは無いんやけど……ワイの腕は切り落とすことになるかもしれんって医者に言われたわ」

トウジが暗い目をしながら言った衝撃の事実。
ケンスケは石像のように固まり、ヒカリは上げそうになった悲鳴をなんとか呑み込んだ。
シンジはトウジの腕を深く傷つけすぎたのである。
骨だけでなく、毛細血管や細胞の核まで損傷を受けて壊死が始まっていた。
また、使徒の力は人間に回復不能のダメージを与える事をシンジは知らなかった。

「そ、そんな。鈴原の腕はもう治らないってことなの?」

ヒカリが膝を折って倒れ込み顔を両手で抱え込む。
ぶら下げていたカバンが床に落ち、中に入っていた弁当箱が飛び出し叩きつけられた。

「俺の父さんたちを守ってくれたエヴァンゲリオンのパイロットとは言え、ひどいよな」

そうため息をついて発したケンスケのボヤキにヒカリは顔を上げた。

「え?あの碇君って子はエヴァンゲリオンのパイロットなの?」
「ああ、だからあれだけの暴力事件を起こしてもお咎め無しだって話だぜ」
「ワイのおとんもおかんも勤め先がネルフやからなあ。ワイが堪えるしかないやろ」

その事を聞くとヒカリは顔を真っ赤にして拳を突き上げた。

「なんて、卑怯なの碇君は!鈴原に暴力をふるって許されているなんて!」
「おいおい、委員長。碇のやつは学校に来なくなったし、こっちから手を出したら牢屋行きだよ」
「せや。ワイの事でそこまで怒ってくれる気持ちだけで十分嬉しいわ」
「鈴原……」

それからしばらくヒカリは悶々とした生活を送っていた。
確かにネルフに居るシンジには手を出すことはできない。
せめて彼の住居、いや連絡先でもいい。
恨みごとの一つでもぶつけてやりたかった。



そんなヒカリに一大転機が訪れた。
ある日、学校でヒカリは突然校長室に呼び出された。
校長室で待っていたのはスーツ姿の金髪の女性だった。
彼女は胸ポケットから名刺を取り出しながら、感情の読み取れない機械的な声で言った。

「私はネルフ技術部部長、赤木リツコです」

ネルフと言う言葉にヒカリの体はビクッと震えた。
しかし、ここで赤木何某という女性に噛みついてもシンジに痛みが伝わるわけは無い。

「洞木ヒカリです……」

ヒカリはグッとこらえてリツコに自分の名前を名乗った。

「あなたは本日付けでマルドゥック機関によりフォースチルドレンとして登録されました」

突然訳のわからない専門用語を告げられたヒカリは瞬きを繰り返す。

「それって、どういう事ですか……」
「ネルフでエヴァンゲリオンのパイロットとして来てもらうと言う事よ。あなたに拒否権はないの」

先ほどより少し苛立った感情が折り混じった声でリツコは答えた。
ヒカリがフォースチルドレンに選ばれてから数日後、クラスに一人の女子生徒が転校してきた。

「霧島マナです!よろしくお願いします!」

元気一杯に登場した彼女は、転校直後から学校の案内など何かと側に居たクラスの委員長であるヒカリと親しくなった。
放課後、ヒカリとマナは屋上で二人きりで雑談に花を咲かせていた。

「ねえ、ヒカリってエヴァンゲリオンのパイロットなんでしょう?エヴァの事もっと教えてよ」
「私はパイロットになったばかりだし、詳しくはわからないの。何でそんな事を聞くの?」
「ただ……ヒカリの苦労をわかってあげようと思って。ヒカリの事は何でも知りたいのよ」
「……じゃあ私の悩みを聞いてくれるかな?」
「ヒカリの悩みを解決するためなら、どんなことだって協力するよ」



******さかのぼって一週間前******



コンフォート17。カヲルが使徒を特攻により殲滅した直後から気が重かったシンジは自分の部屋で横になっていた。
使徒を倒した当日はパイロットに休息を取ることが許されていた。
レイは零号機の両腕を切り落とされた時のショックによる怪我で入院を余儀なくさせられていた。
夜遅くになってミサトがネルフの仕事を終えて家に帰って来た。
ミサトは静かにシンジの部屋のドアを開けて、寝ているシンジに声をかけた。

「シンジ君、今日は……辛い事があったでしょうけど、そのままでいいから聞いてくれる?」
「はい」
「明日、カヲル君の代わりに新しいチルドレンが来る事になったの」
「そうなんですか!?」

シンジは思わず起き上がってしまった。ミサトは急に元気を取り戻したように見えたシンジに驚いた。

「あ、落ち着いてシンジ君。……そういうことだから、仲良くしてあげてね」
「はい!」

シンジは紅茶色の髪の少女の面影を思い浮かべながら幸せそうに眠りについた。










次の日、ネルフ本部でシンジと対面したのはフォースチルドレンである洞木ヒカリだった。

「参号機のパイロット、フォースチルドレンの洞木ヒカリさんよ」

ヒカリの姿を見ただけで体に震えを起こしていたシンジは、ミサトの言葉を聞いて目の前が真っ白になった。

「どうしたの、シンジ君?」

シンジは気を失って倒れこんでしまった。
次にシンジが目を覚ましたのはネルフの病室だった。
シンジが目を覚ましたとの報告を受けたミサトが部屋に入って来た。

「シンジ君、突然気を失ってしまうから驚いたのよ」
「あの……どうして委員長、いえ、ヒカリさんがフォースチルドレンなんですか」

ミサトはその質問に対して目を泳がせていたが、打ち明ける事に決めたようだ。

「シンジ君が通っていた学校のクラスメートはね、すべてチルドレンの候補生なのよ。あたしも最近知ったんだけどね」
「そんな!じゃあ僕がトウジにした事は……」

シンジは頭を抱えて震えだした。そして驚くミサトの前で暴れ出した。
枕を思いっきり分投げる、壁に頭突きをする、シーツを噛みちぎる。
止めようとしたミサトの腕を強い力で振り払い、シンジは病室を出て行った。

「謝らなくちゃ……僕は委員長の大切な人を無駄に傷つけてしまったんだ……謝らなくちゃ」

シンジはうわ言のように呟きながら、酔っ払いのように左右に体を揺らしながらエヴァのパイロットの部屋へと向かっていた。
途中で何人ものネルフの職員とすれ違ったが、シンジの力と異様な雰囲気を恐れて誰もが避けていた。
運悪く、ヒカリはシンジの視線の前を通りがかってしまった。
シンジは背中を向けて逃げようとするヒカリの両肩をつかんで強引に引きとどめる。

「委員長……ごめん!本当にごめん!……委員長……ごめん」

涙声で謝るシンジの声にヒカリは表情を柔らかなものに変えて振り返った。

「碇君……そんなに泣かないで……私なら許してあげるから」

シンジはヒカリの優しい声に安心したのか、ホッとしたように顔を上げる。
そして少しだけ硬い表情に戻りうつむきながらさらに謝罪を続けた。

「ごめん……トウジを無駄に傷つけてしまって……」

シンジの言葉にヒカリは眉を一瞬だけつりあげたが、また穏やかな笑顔を浮かべて、シンジに向かって手を差し出した。

「これから私たちは仲良くしていかないといけないんだから」
「ありがとう!委員長……いや、ヒカリさん」
「委員長の方が呼びやすいならそっちでもいいわよ」

ヒカリはもう一度シンジに優しく微笑みかけた。シンジも自然と笑顔になる。
そこへミサトが慌てて駆けつけたが、仲の良い二人の様子を見るとほっと胸をなでおろした。
そして、その後のシンクロテストが終わり後は帰宅するのみとなった時にヒカリはシンジに声をかけた。

「あのね、私の友だちにエヴァンゲリオンのパイロットの男の子とデートしたいって子がいるの。今度会ってくれないかな?」
「え、いきなり困るよ……」
「会ってくれるだけでいいの。お願い」
「ミサトさんが許可してくれるなら……」

コンフォート17に帰りシンジがミサトに相談すると、意外にもミサトはOKをだし、さらに応援もしてくれた。

「訓練の支障になるかもしれないのに、なんでデートの時間を取ってくれたんですか?」

キョトンとした表情でミサトに問いかけるシンジに、ミサトは人差し指を左右に振りながら答える。

「チッチッチ。シンジ君、人は守る対象があるからこそ強くなれるもんよ。恋愛の力を甘く見てはいけなーい」
「……そうですか」
「それとも、シンジ君はもう好きな人がいるの?」
「い、いえそんなことは」
「じゃあ明日はデートを楽しんでいらっしゃい」

シンジは自分の部屋に戻りアスカとの買い物の事を思い出していた。

「結局アスカとまともなデートは一回も出来ていなかったな……いつ、アスカに会えるんだろう。もしかしてこのまま……」

シンジは頭を振り払って嫌な考えを吹き飛ばそうとした。
その夜はシンジはなかなか眠りにつけなかった。

次の日。シンジが待ち合わせの場所で待っていると懐かしい少女がやって来た。

「霧島マナ、今日はシンジ君の為にこの洋服を着て参りました!どう、似合う?」
「うん、とっても似合うよマナ」
「きゃあ、いきなりシンジ君に名前で呼んでもらうなんて感激!今日のデート楽しみだね」
「……うん、そうだね」

シンジは特に予定は立てていなかったのだが、マナの喜びそうな場所を選んでデートをすることにした。
芦ノ湖でマナの作ってくれたお弁当を食べて、展望台から第三新東京市にも色濃く残る自然の山々を鑑賞する。
別れ際にはマナから赤いペンダントをプレゼントしてもらった。
シンジにとってはとても楽しい夢のような一日だった。
しかし、次の日になってその夢は破られることになる。

「ちょっと、そのペンダントを検査させてくれる?彼女にスパイ容疑がかけられているの」
「マナのペンダントを?……いいですよ、彼女が潔白だと言う事を証明してもらいましょう」

シンジは自身満々にペンダントを差し出した。
『逆行前の世界』でも同じような事があり、その時もこのペンダントは何の仕掛けも無い普通のペンダントだと証明されている。
今回もマナはシンジにスパイ目的で接近したものではないと信じていたのだが……
ミサトからペンダントに盗聴器が仕掛けられていたと言う事実を聞いてシンジの心はまた悲鳴を上げた。
この世界は自分に対して冷たすぎる。
ミサトに、トウジに、全てを話して楽になりたかった。
頑張っている自分を抱きしめて欲しかった。

「僕は……自分の心にさえ嘘をつき続けなければならないんだろうか。欺き欺かれて」

次の日ネルフでは謎の大型ロボット兵器が第三新東京市周辺に出現したと騒ぎになっていた……。

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