| 第二話 誰も僕を責めることなんてできない |
ネルフの司令室では、ゲンドウとコウゾウが苦々しい顔をして先ほどのゼーレからの通信について話しあっていた。
「まったくゼーレの古狸どもめ。国際エヴァンゲリオン機関の手引きで国連と戦自が攻めて来た時は日和見を決めおって」 「これで我々ネルフが次の時代を担う組織だと認められたと言うことですよ」 「そしていきなり弐号機と新しいチルドレンの配属か」 「老人たちは我々の手で時計を一つ繰り上げるつもりだ」 「それが上手くいかなくても強すぎるサードチルドレンへの牽制になるか。どっちに転んでもゼーレのシナリオ通りか」
その頃、噂の当人シンジは同居をしているミサトからネルフより中学校に登校するように命令が下っていると言う話を聞いていた。 しかし、その話を聞いたシンジは不機嫌な顔になった。
「ネルフは自分から使徒を探し出して攻撃するとか考えていないんですか?僕も戦闘訓練とかで学校に行っている暇など無いはずですよ」 「でもシンジ君。普通の中学生らしい生活を送らせてあげたいというネルフの大人たちの思いやりもあるのよ」 「じゃあ、さっさと全ての使徒を倒して僕に心配が無いようにさせてください」 「シンジ君、何をそんなに焦っているの?」 「別に何でも無いですよ!」
図星を突かれたシンジは気まずくなって自分の部屋に戻る。ミサトはシンジの怒気に圧されてそれ以上家族としての会話はできなかった。 翌日シンジは渋々ながら学校に向かうことにした。 ミサトは一安心してほっと胸をなでおろしたがそれは一時的なものにすぎないと思い知らされることになる。 シンジは転校生として2−Aに編入したが、暗い雰囲気を漂わせて下を向いて黙り込むシンジにクラスの誰も声をかけようとしなかった。
「僕には人の血の匂いがしみ込んでいるんだ……だから皆が僕を避けるんだ」
シンジは以前も増してネガディブな考えを持つようになっていた。 そんな学校生活が一週間続いたころ、シンジのクラスメイトの相田ケンスケがシンジの正体について怪しんでいた。
「なあトウジ。もしかしてあの転校生のやつ、エヴァのパイロットなんじゃないか?」 「アホか!エヴァのパイロットと言えばゴッツイ人殺しを楽しむ、残虐なやつだって話やないか!」
トウジが驚いた声は、机に突っ伏していたシンジの耳にも届いてしまった。思わず顔をあげてシンジはトウジたちの方を見てしまった。
「トウジのやつが大声をあげるから転校生のやつがこっちを見ているじゃないか……こ、殺される」 「ア、アホ言うな。そないなわけあらへんやろ」
そう言ったトウジの体も震えていた。やはりどこかでシンジがただ者ではないと感じ取っていたのだろうか。 使徒の力の一部をを身に付けたシンジは聴覚も人の何倍も優れている。集中すれば遠くの音も拾い取ることができる。 シンジは聞きたくない事までも聞いてしまった。
「僕は守りたいと思っているみんなにまで怖がられているんだ……これも前の世界でしっかりとしていなかった罰なのかな、綾波」
シンジは暗い思考の海に沈みかけたが、トウジの姿を見ているうちに以前の世界の惨劇を思い出していた。 トウジが乗るエヴァ参号機が使徒に乗っ取られ、初号機がダミープラグの自動操作によりトウジをエントリープラグごと握り殺した事件だ。
「そうだ。ここでトウジに怪我をさせればトウジはエヴァに乗らなくて済む……僕がやらないと……」
シンジはそう呟くとユラユラとゆっくりとトウジに近づいて行く。トウジたちは蛇ににらまれた蛙のように固まってしまい逃げることができない。
「トウジ……ごめん!」
シンジはトウジの左腕をつかむと少しだけ力を込めて折り曲げた。 鈍い音がした後トウジの左手はだらりと垂れ下がり、腕の関節が一つ増えていた。 教室に居たクラスの生徒たちはその光景を見て悲鳴を上げる。教室はたちまち阿鼻叫喚の様を呈した。 かけつけた教師たちによりシンジは校長室に連れていかれた。 その後ろ姿を泣きはらした真っ赤な目でにらみつけていたのは洞木ヒカリだった。
「シンジ君。なんでこんな事をしたの?」
学校からの通報を受けてあわててネルフから駆けつけたのはミサトだった。 校長室のソファに座らされたシンジの前で腕組みをしてにらみつけている。
「理由は……」
シンジは自分の秘密を明かしてしまうわけにはいかないので、そこまで話して黙り込んでしまった。 ミサトは沈黙を続けるシンジを見て、さらに大きなため息をついた。
「シンジ君は理由も無く暴力を振るうことのない、実は優しい子だと思っていたけど、あたしもリツコも危うく騙されそうになったわ!」 「う、うううう……」
シンジはただ泣く事しかできなかった。ミサトは泣くシンジを見て今度こそは騙されるものかと気を引きしめていた。 シンジは即日退学処分となり、ミサトはシンジを連れて帰ったが、二人の間の亀裂は埋まらなかった。
「シンジ君。明日ドイツ支部から新しいチルドレンがやってくるから、あたしと二人で途中まで出迎えにいくわよ」 「そうなんですか!?」
ミサトは事務的な口調でそうシンジに告げたのだが、聞いたシンジの表情は目に見えて明るくなった。 ミサトにはシンジという人間が理解できなくなっていた。落ち込んだり浮かれ上がったりまるで躁鬱病者のように見えたからだ。 リツコに精神安定剤の投与を考えるように言わなければならないのかしら……ミサトは真剣にそんな事を考え出していた。
******翌日******
シンジとミサトは太平洋艦隊、オーバー・ザ・レインボウの旗艦に降り立った。 この艦隊には弐号機とそのパイロットが乗り込んでいると言う話である。シンジは対面の瞬間を今か今かと待ち受けていた。 しかし、そのふくれすぎた期待はすぐに大きな失望へと変わった。シンジの目の前に加持リョウジと共に姿を現したのは銀髪の少年だった。
「フィフスチルドレン、渚カヲルです。よろしくお願いします」 「……こちらこそ」
シンジはカヲルと握手を交わしたが、気が重かった。その表情は目に見えて暗くなってた。 カヲルに会えて嬉しくないわけではない。しかし、カヲルは将来自分の敵として立ちはだかる存在である。それを考えるだけで胸が痛む。 付け加えて言えば、やはり十年来の盟友にあうよりも恋焦がれていた愛しい恋人に会えた方が嬉しいに決まっている。 ミサトがそんなシンジの様子を見て、つい余計な一言を言ってしまう。
「シンジ君。新しいチルドレンが来る時はものすごい喜んでいたのにどうしたの?」 「なんと、そうだったのかいシンジ君。それは好意に値するよ」
シンジはカヲルに抱きつかれて必死に振りほどこうとしたがそれは叶わない。 ミサトとリョウジはやれやれと言った顔をしてその場を立ち去ってしまう。 甲板には二人だけが取り残された。カヲルが唇をシンジの唇に近づけていく。シンジは決死の抵抗をした。 平手打ちの音が響き渡り、カヲルのほおには手のひらの形をした紅葉が刻まれていた。 シンジはきっとアスカが力を貸してくれたのだと感謝していた。 そしてシンジはカヲルに関する評価を少し改めた。カヲルの前では油断してはいけない。 シンジが警戒しながらカヲルと向き合ってしばらくすると、船が大きく揺れた。
「もしかして、使徒?」
シンジは自分の体の中に眠る使徒の力が反応したような気がした。 シンジは先ほどの水中衝撃派が使徒によるものだと確信すると、弐号機の元へ向かって走り出した。 カヲルもあわててシンジの後を追いかける。シンジは手早くエントリープラグをイジェクトし乗り込もうとした。
「シンジ君、もしかしてエヴァに乗って戦うつもりなのかい?」 「ああ、そうだよ」 「じゃあ、僕も一緒に乗せてはくれないか?」 「僕一人でも十分倒せるから、問題無いよ」
シンジがそう言って断ると、カヲルは鼻を鳴らしてささやいた。
「コアの交換無しでエヴァを動かしたとなると、ネルフやゼーレが黙っていないと思うけどね」
痛いところを突かれたシンジは、カヲルと共に弐号機に乗り込んだ。 襲撃してきた使徒は、光のひも状の体を持つ使徒だった。 起動した弐号機に気づくと、一気にその腹部めがけて自分の頭部から思いっきり突っ込んだ。 そのあまりの早さに、シンジもカヲルもATフィールドを張る間も無く使徒の一部と融合させられてしまった。 エントリープラグの中のシンジには、目の前の使徒がまるで母猫にじゃれつく子猫のように感じられた。 自分の事をまるで母親のように慕ってくれるくすぐったいイメージ。 しかし次の瞬間、その子猫の首が自分の腕によってきつく締められ、子猫が息絶えたように感じられた。 はっと気がつくと、使徒のコアにあたる部分を弐号機が握りしめていた。 使徒はしばらく震えると弐号機から分離し、ドロドロに溶けて死滅した。
「この猫、放っておいてもどうせ死んだよ。……僕たちは母猫として守ることも、食べ物を与えることもできない。 飢えて苦しんで徐々に死んでいくんだよ。だから今殺してやった方がいいんだ」
カヲルの言葉にシンジは驚いた。もしかしてカヲル君も自分と同じように以前の世界の記憶があるのだろうか。 しかし、シンジは直接その事をカヲル君に聞く事はできなかった。
「誰が弐号機を動かして使徒を殲滅させたの?」
弐号機の通信モニターからミサトの声が聞こえた。 どうやらこちらのエントリープラグ内の映像はエラーか何かで見られないようだ。
「僕が乗り込んで倒しました」 「フィフスチルドレンのあなたが?」 「シンジ君と二人で協力すれば、使徒など簡単に倒せますよ」 「シンジ君も一緒に乗っていたの?」 「は、はい。でも使徒は倒せたんですから……これから戻りますね」
シンジはそう言ってエヴァのエントリープラグをイジェクトしようとしたが、ミサトの通信を聞いてその動きを止めた。
「実は、使徒はもう一体出現したの。衛星軌道上にね。」
ミサトの言葉通りエヴァの視界を望遠モードまで拡大すると、はるか上空に使徒のような者がいる事がわかった。 確かあの使徒は綾波が槍のようなものを投げて倒したはずだ。アスカの苦しむ姿も同時に思い出されてシンジの胸が少し痛んだ。
「カヲル君。僕に協力してほしいんだ」 「なんだいシンジ君?」 「ATフィールドを収束させて、右手に槍のようなものを握っている事をイメージしてほしいんだ」 「……シンジ君はATフィールドの意味もわかっているんだね。実に興味深いね。わかった協力するよ」
シンジとカヲルが目を閉じて念じると、弐号機の右手に赤い槍のようなものが握られている感覚があった。 目を開けると、右手には赤く光る棒のようなものが握られていた。 いざ投擲体勢に入った時、シンジには使徒が何か歌を歌っているように感じた。 それは子守唄のように穏やかなメロディ。シンジはその心地よい旋律をいつまでも聞いていたい気持ちになった。 しかし、赤く光る棒は自分の意思を持っているかのように長く伸びあがり、ついには宇宙に浮かぶ使徒のコアを貫いていた。
ミサトは弐号機が二体の使徒を次々と倒して行く姿にすっかり腰を抜かしてしまった。
「二人そろってこの戦闘力。ゼーレのやつらが黙っちゃいないと思うぜ」
リョウジもミサトとは別の場所からこの戦闘を眺めていた。持っているカバンの中には大事な『荷物』がしまわれていた。 エントリープラグから出たシンジはパイロットの個室でカヲルと隣り合って腰をおろしていた。
「カヲル君。僕にはさっきの二体の使徒たちが、何か心のようなものを持っているように思ったんだけど」 「今更何を言っているんだいシンジ君。生物は何だって心を持っているなんて当然じゃないか」 「でも、使徒は人間みたいな心を持っているような気がするんだ」 「そうだね、さっきの使徒たちは僕たちに親愛行動ともとれる態度をとって来たね」 「……僕たちは命を奪ってしまったんだよね」 「使徒は人間の敵なんだろう。仕方が無い事じゃないか?」
シンジはカヲルの言葉にぎこちなく頷いた。
「そうさ、全てはみんなを守るためなんだ、トウジを怪我させた事も。誰も僕を責めることなんてできない」 「シンジ君の心はガラスのように繊細だね。そうして自己弁護しないと心が壊れてしまうんだ」
ふふ、僕はとてもシンジ君に興味が湧いたよ。 ネルフ本部に着いたらすぐにでもサードインパクトを起こす気持ちで居たけど、少しだけ生に未練ができた。 ゼーレの老人たちには好機が到来していないとでも言い訳しようか。 カヲルはそんな事を考えてほくそ笑んだ。 テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学
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