| 第一話 僕にその手を汚せと言うのか |
「出てこなければ、やられなかったのに!」
シンジは初号機のエントリープラグの中で涙を流しながらそう叫んでいた。 初号機の周囲には墜落して焼け焦げた国連軍の戦闘機と踏み潰された戦略自衛隊の戦車が煙の林を上げている。 煙の林に紛れて戦略自衛隊の歩兵部隊がネルフ本部へと突入を試みる。 それを感じ取ったシンジは初号機の右手を前にかざす。
「はああああ!」
シンジの掛け声と同時に針のようなATフィールドが降り注ぐ。死のシャワーだ。 熱い装甲に守られた戦車には効果が薄いが、生身の人間に対しては致命傷を与えられる。 目玉がえぐられ、鼻がもげ、腕が切り落とされ、悲鳴をあげながら命を落として行く。 周囲一帯を一掃するために放つ技であるため、シンジは加減することは出来ない。 悲惨な歩兵部隊の現状を見てもまだ戦車部隊や航空部隊の波状攻撃は続く。 ネルフ本部を爆撃するための爆弾や毒ガス兵器を積んだ爆撃機も、初号機の放つATフィールドに叩き落とされてたどり着くことができなかった。 戦車は無残にも大した活躍も出来ずに踏みつぶされている。一日に及ぶ攻防の末、やっと攻撃が止まった。
「国連軍及び戦略自衛隊から降伏の連絡が入ったわ。ありがとう、シンジ君。私たちを守ってくれて」
シンジは顔を伏せて嗚咽(おえつ)をしながらミサトからの通信を聞いた。対するミサトはシンジに感謝の気持ちを述べたものの、その心境は複雑だった。 虐殺部隊から自分たちを守ってくれたことの感謝。殺人を犯してしまって傷ついたシンジへの同情。シンジ一人に戦いを任せなければならなかったことへの謝罪。 自分たちが戦うことができなかったことへの苛立ち。そして大部隊を全滅させたシンジへの……恐怖。 シンジは帰還命令を受けて、リツコの誘導を受けてネルフ本部のケージへと回収された。 エントリープラグが射出される準備が整うまでの間、シンジは自分がこのような立場に立たされることになった経緯を思い返していた。
******数時間前******
上を見上げると血のような真っ赤な空が広がり、足元には白い砂浜。打ち寄せる波の音しか聞こえない奇妙な世界。 LCLの海には割れた巨大な綾波レイの顔が浮かんでいる。ぼう然と立ち尽くすシンジの側には先ほどまでシンジのほおを優しくなで続けていたアスカが横たわっていた。 シンジがやっと極限状態を抜け出した時には、アスカは全く動かなくなっていた。手のひらにわずかに残る温もりが先ほどまでアスカが生きていた事を示していた。 シンジは自分の身に何が起きたのかよくわからなかった。最後に覚えているのは、アスカの病室から追い出された後、 廊下ですれ違った父さんと歩いている綾波レイがシンジのことを全く知らない他人のような眼差しで見つめて来たことにショックを受けて駆けだしたことぐらいだ。 色々なものにすがって、最後の希望を失ってしまったような気がした後は正気ではいられなかった。ただ大切なアスカが目の前で死んでしまったのは紛れもない事実だ。
「こんなの嘘だ。きっと悪い夢なんだ。助けてよ、父さん、母さん、ミサトさん、綾波ー!」
思い切り叫んだシンジの声に応えるように、聞き覚えのある声がささやくようにシンジの耳に飛び込んできた。
「碇君。ここに居たのね」 「綾波?」
シンジは声の主の姿を探そうと辺りを見回すが、周りには誰一人見当たらなかった。
「碇君。私は肉体を失って精神体になってしまったの」 「じゃあ綾波も死んじゃったの?」 「碇君。アスカや私に生きていてほしい?」 「もちろんだよ。アスカと綾波、みんなにまた生きて会えるなら僕は何でもするよ!」 「本当に何でもする覚悟はあるのね?」
レイの声にシンジは返事をするのにしばらくかかっていたが、冷たくなったアスカの体を抱き寄せると強いまなざしで応えた。
「うん。覚悟は出来てる」 「じゃあ、これから時間を巻き戻すわ。そうすればアスカや私は死んでいないことになるし、サードインパクトも起きなかったことになる」 「そっか、それで今度は上手くやればいいんだね」
シンジは嬉しそうに答えた。
「そう簡単にはいかないの。碇君、これから私は時間を巻き戻してそこに碇君を送ることになる。 そして、私が今持っている残りの力の全てを碇君にあげるわ。」 「綾波の持っている力って?」 「使徒リリスの力。使徒のようにATフィールドを生身の状態で張ることもできるし、エヴァのシンクロ率も自由にできる。」 「そんな力があれば無敵じゃないか!」 「力だけじゃどうにもならない時もあるわ。それに重要な事だけど、この力は永遠じゃないの。だんだん弱まって……最後には碇君は普通の人間になってしまう。エヴァに乗ることもできなくなる」 「どのくらい持つの?」 「だいたい三カ月ぐらいかしら」 「じゃあその間に使徒を全部倒さなくちゃいけないってこと?」 「多分巻き戻した世界ではしばらく碇君一人で戦うことになると思う。それでもいいの?」 「……かまわないよ」 「じゃあ始めるわ」
世界が歪むのをシンジが感じた時、シンジはとあることに気がついて叫んだ。
「綾波!」 「何?」 「巻き戻すってことは、綾波やアスカは僕のこと忘れてしまうってことなのかな?」 「そうなるわね」
さらに世界の歪みは増して行く。シンジは素早くアスカを抱き寄せるとその冷たい唇とキスを交わした。二度目のキスは死の味がした。 でも、シンジは次の瞬間自分の目を疑った。死んだはずのアスカのまぶたから涙がこぼれ出しているように見えたからだ。確かめようとした時にはすでに視界はブラックアウトしていた。
視界が開けた時、シンジは自分が第三新東京市の市街地の一角、父ゲンドウに呼ばれてミサトと待ち合わせをしていた場所に立っている事に気がついた。 非常事態宣言が出されて戦略自衛隊の戦闘機らしきものが空を飛び交っているが、巨大な使徒と戦っている姿は見受けられない。 自分の持っているカバンを探ると、ゲンドウからの手紙、ネルフのIDカード、ミサトのメッセージ付き写真などが入っていた。
「少し早く来れたのかな。使徒はまだ来てないみたいだし。でも、ミサトさんを待っていたら多分来てしまう。ミサトさんには悪いけど、自分の足でネルフに向かおう」
使徒が来て、レイが出撃させられて大怪我をしてからでは遅すぎる。シンジは使徒の力を使って人間とは思えない、ミサトのルノーよりはるかに速いスピードでネルフの正面ゲートにたどり着いた。 そして、ネルフのIDカードを使って中に入り、人の肉眼では確認できないほどの高速移動でエヴァンゲリオン初号機のケージまでたどり着いた。 突然現れたシンジにネルフのスタッフたちは驚いた。監視カメラやセンサー、人の目に全く触れないでどうやってここまで来たのか。遠巻きにして眺めるしかなかった。
「シンジ。なぜお前がここに居る」 「僕は初号機パイロット、碇シンジです!」
シンジがそうゲンドウに向かって叫ぶのはこれで二回目だ。一回目の時はそうとうの覚悟をしてこのセリフをしゃべったが、二回目の今はそれほど緊張しなかった。
「……わかった。シンジ、お前はこれに乗って戦うと言うのだな」 「碇、何を言っている!?」 「レイは先の起動実験で怪我を負っている。予備が予想以上に早く来ただけの話だ。……赤木君、サードチルドレンに操縦方法を教えろ」
呼び出されたリツコはすぐにシンジの側にやって来た。シンジがネルフに到着したとの連絡を車内で受けたミサトは慌てて引き返しているようだ。
「シンジ君。操縦方法を教えるわ。こっちに来て」
シンジはもちろん操縦方法は知っているが、これ以上怪しまれるとまずいと思ったので知らないふりをしてリツコに付いて行った。残されたゲンドウとコウゾウは話を始めた。
「まさか、国際エヴァンゲリオン機関が最後通牒を突きつけた日にサードチルドレンが到着するとはな」 「これで偽の降伏などと言うバカげた策を使わずに済む」 「エヴァ一体で軍隊と戦うと言うのか!その方がバカげているぞ」 「なあに、通常兵器はATフィールドに通用しません」 「起動できるかわからないのにそんな賭けに出ようと言うのか」
話しこんでいる二人の元にリツコから報告が入る。本人も信じられないと言った感じだった。
「シンクロ率199.89%だと!?」 「問題ありません。シナリオ通りです」
ゲンドウたちよりもケージで出撃準備をしているリツコたちの方が大混乱を起こしていた。いつの間にかミサトも戻って来たようだ。
「リツコ、何よこのバカみたいなシンクロ率は!オーナインシステムじゃなかったの?」 「故障はしてないわ。でも、妙な事があるの。」 「どういうこと?」 「シンジ君、LCLを見ても驚きもしなかったの。エヴァに乗った事があるんじゃないかしら」 「そんな話聞いたこと無いけど」 「自分から乗るって言いだした件も含めて怪しいわ。油断しないで」 「……わかったわ」
出撃準備が完了したエントリープラグの中で、シンジはこれから行われる使徒戦やその先の事を考えて、静かに闘志を燃やしていた。
「シンジ。これから国連軍と戦略自衛隊が、エヴァンゲリオンを破壊するために攻め込んでくる。お前は敵のネルフ侵入を防ぐために皆殺しにするのだ」
シンジはゲンドウのその言葉を聞いたとき、空耳だと思った。最初に戦うのは使徒じゃなかったのか?
「父さん。僕に人を殺せって言うの!?」 「出来なければ、ネルフの職員たち全員が皆殺しにされる。やるしかないのだ」
「僕にその手を汚せと言うのか!!」
シンジはゲンドウの命令を受け入れ、エヴァンゲリオン初号機は射出された。シンジは急いで迎撃地点に走る。 シンジの今の力をもってすれば戦車の軍団など軽く倒せるはずだ。しかし、シンジは人間の軍隊と戦った経験が無い。 以前の世界で戦略自衛隊と戦ったのはほとんどアスカだ。シンジはこれから人殺しをすることに恐怖を感じていた。
「僕が逃げたら、父さんも、ミサトさんも、リツコさんも、綾波も殺されてしまう……仕方が無いんだ!」
******数時間後******
エントリープラグが射出され、シンジはエヴァの外へと降り立った。シンジはネルフの命を救った英雄として歓声と共に迎えられる、と言うことは無かった。 作業をしていたネルフの整備スタッフたちが逃げていく。リツコとミサトでさえなかなか近づけないでいた。シンジの強さに恐怖を感じているのだ。
「シ、シンジ君。あなたのおかげでネルフは生き延びられたわ。日本政府も二度とネルフに逆らわないって約束したし、外国の支部も攻められずに済んだみたい」 「ドイツ支部はどうだったんですか?」 「ドイツ支部も攻められることは無くなったみたい。もう大丈夫よ」 「よかった」
ミサトはシンジのその表情が今までで一番喜んでいるように感じた。どうしてそんな遠くの事の方が気になるんだろう。
「あの、葛城さん。ミサトさんって呼んでいいですか?リツコさんも」 「ええ、いいけど?」 「ありがとうございます、ミサトさん、リツコさん!」
ミサトとリツコは顔を見合わせて首をひねった。とてもあの大虐殺をおこなった少年とは思えない。 さらにシンジは色々言い訳をしながらミサトと同居したいとまで言いだした。ミサトはまだ心の底でシンジを恐れていたが、 ゲンドウによる監視の命令を仰せつかって結局同居することに決まってしまった。 リツコはシンジを怪しんでいろいろ調べたかったが、ゲンドウに別に必要ないと言われては引きさがるしかなかった。 シンジは嬉しそうにミサトと一緒にコンフォート17へ帰って行った。ミサトはシンジが親しげに、まるで家族のように接してくるのを不気味に思いながらも心地よく思っていた。
「「ジャンケン、ポン」」 「また僕の勝ちですね。これで20連勝目」 「なんで勝てないのよー」
使徒の力を身に付けたシンジにはミサトの出す手がスローモーションのように丸わかりで、家事当番をジャンケンで決めようと言ったミサトはひどい目にあっていた。
「ミサトさん。ジャンケンで決めないで、家族なんだから助け合って家事をしていきましょう」 「ありがとう〜シンちゃん」
シンジは上機嫌で自分の部屋のベッドで眠りこんだ。アスカやレイ、ミサトや父親などを守ることができた満足感。 しかし、やがて悲惨な光景が頭の中に浮かんでくる。針のようなATフィールドで目玉や舌をくし刺しにされて悲鳴を上げる兵士。 そして死のシャワーを浴びて絶命していく姿。戦車や戦闘機の中で消し炭になって焼焦げた死体。今日シンジが実際に見た光景だ。 シンジは怖くなって鳴き声をあげていた。それはだんだんと大きくなっていく。気がついたミサトが泣きじゃくるシンジを抱きしめた。 それでもシンジは眠れない夜を過ごした。いつまでも死んでいった者の無念の声が聞こえる気がして。 テーマ:二次創作:小説 - ジャンル:小説・文学
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