事件の現場 大阪市北区中津 許永中の原点を訪ねて・・・その1'''
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湖山永中、野村永中、藤田永中その時代によっていろんな名前があるが、本名「許永中」
「闇の帝王」「黒幕」「フィクサー」「怪物」それに"たこ坊主"(これはウソ)
いろんな形容詞があります。それらを並べただけで、この許永中がどんな人物かというのがだいたい想像できますよね。
許永中は大阪市大淀区(現在の北区)中津の出身です。地下鉄、阪急で大阪(梅田)から一駅。電車に乗るより歩いた方が早いんちゃうかと思うぐらいの距離です。許永中の生まれ育ったのは地下鉄ではなく阪急中津の方ですね。梅田からこんなに近くに駅がいるんかいな?と思わせるほど近いですよね。現にここは阪急神戸線と京都線それに宝塚線が十三まで同じラインを走っていますが京都線と宝塚線には中津駅はなく、神戸線にしか駅はありません。宝塚、京都方面から中津へ行くには十三で乗り換えなければなりませんね。もっとも京都、宝塚方面から中津で降りる人がどれだけいるかも疑問ですが。「中津駅なんかなかってもええんちゃうん」なんて乱暴なことを言う人もいますが・・・
阪急中津駅。ちょっと合成・・・阪急にしてはなかなかディープな佇まいです。
そんな中津。よくある下町ですね。昭和の匂いを感じることが出来るいい所です。僕はこんな雰囲気の町が大好きです。商店とかは寂れてしまっている感が否めませんが。やはり昔ながらの商店はどこでも衰退していくんでしょうかね・・・さびしいですね。と、言う僕もあまりそんな店で買い物はしていないんで、偉そうな事は言えないんですが・・・
僕はこの町に、はじめて足を踏み入れたのですが、そんな中津も最近はちょっと変わってきたようです。阪急の高架下にシャレたスペースが出来てます。地元のアーティストが作品を発表できるスペースがあるらしいです。まぁ僕にはあまり興味はありません。あしからず。 中津駅周辺の風景阪急沿いの道路 同じく中津駅周辺の風景阪急沿いの道路
さぁ、そんな中津で許永中の面影を探ろう。許永中の生家(生家跡)を探してみようと思いました。
ザックリと許永中について中津時代を中心に言うと、
昭和22年2月24日生まれ、5人兄弟の真ん中。中津の朝鮮人が多く住む地域に生まれました。父親は当時の在日にしては珍しく学のあった人らしい。そんな父親は独自で漢方薬を調合する漢方の先生だったらしいが、そんなことでは食べてはいけずに母親がどぶろくを密造し軒先で売って生計を立てていた。
親父はグウタラで仕事はロクにせず、それに代わって母親が家計をささえる為に身を粉にして働く。当時の1世によくあるパターンやね、特に済州島出身の人に多いパターンです。従って大阪の1世に多いパターンと言える。この話を聞いて、真っ先に梁石日を思い出した。梁石日の父、俊平と母の英姫もまさしく典型的なそんな形。
まぁ許永中の父親は学があり漢方の先生をしていたのでグウタラとは言えないかもしれないが、稼げんかったら同じことですわ。梁石日の父、俊平は後に儲けるが家には一円たりとも入れなかったのだからこれも同じことですわ。
そんな典型的な朝鮮人家庭で育った許永中。中学の成績はクラスで4〜5番目でまぁまぁ、しかし許永中を知る人物は決まったように"頭が切れる"と言うらしい。学校の勉強というよりまさしく頭が切れたんだろう。東淀川高校へと進み大阪府立大を受験するも失敗。大阪工業大学へと進むもこの頃から「許永中らしさ」を発揮し出し、3年で中退。
そしてフィクサー修行(?)を積み「大淀建設」を手に入れ「本当の許永中」がスタートする。
許永中の母校、東淀川高校。新大阪駅の北西すぐにある
時代は同和対策特別措置法により同和事業、真っ盛り!部落解放同盟大盛況!解同ウハウハ!同和事業バブルだ、ワーイワーイ。糾弾、糾弾、糾弾だ〜〜っ!糾弾祭りだワッショイ、ワッショイ!
同和事業は一般の事業より3割増しほどであり、その受注は実質、同和系建設業者しか受注できない状態。「同和事業は儲かる」と踏んだ許永中。しかし許永中は在日。中津は朝鮮人部落があったものの、部落解放同盟の力が強い場所であった。そこで同和系建設業の肩書きがほしかった許永中は部落解放同盟の幹部と親しくなりその地区の支部長である人物に頼み込み、「支部長付」という肩書きを手に入れる。そこからは次々と同和事業を獲得する(もちろん工事は丸投げ・・・)。
話は少しそれるが「中津」はその後の資料(市同協30年の歩み)によると同和地区に指定はされていません。かつては指定されていたんですが何らかの理由で(解放されたんか?)指定からはずれたんだろう。そんな地区は大阪市内にほかにもあります。
話を戻すが、そこまではええわいな。いや、ええか??? とりあえず、いいとして。
許永中は大淀建設を育て大きくしていこう、ひとつの会社をコツコツと大きくしていこう、という概念はまったくなかったらしい。次から次へと新しい「獲物」を物色し、手に入れ、とことんまで食い尽くす。ということに執念を燃やした。だいたい許永中のやり方ってお決まりなんやけどね。良くも悪くも頭が切れる、壮大な夢を語る、そんな許永中の”魅力”に惹かれた人たちにターゲットを絞ると会社に食い込み、あとは手形乱発。ターゲットにされた人は地獄を見る。ものすごく大雑把に言うとそんな感じか。 許永中の餌食になった人達が口を揃えて言う事には、確かに許永中は良くも悪くも"魅力的"な人物であったらしい。その"魅力"に惹かれた人達は多いらしい。
そういうやり方、それはやはり「在日」ということでの今までの経験から日本社会や日本官憲に対する思いも大きく影響しているみたい。日本社会に対しての復讐という思いもあったんだろう。
あまり許永中の事件史を話し出しても長く、取り留めがないのであとは「KBS京都」「日本レース」「豊国信組」「イトマン」etc。と許永中らしさを発揮していくということです。
さてさて、今回はこの中津で許永中の生家(生家跡)を見つけ出そうと探訪をしてきましたが事前に調べたのだが場所は特定できなかったので、現地で聞き込みをして探そうと思いました。
事前の調べで生家は中津3丁目で焼肉屋をしていたという情報もあったのが、これはおそらくガセであろう、先に書いたように儲かるかどうかは別にして父親は漢方の調合を生業としており、母親はドブロクを軒先で売っていました。3丁目はともかく生家は焼肉屋ではないことは確認できていた。
しかし、この「焼肉屋」というのはまったっくのデタラメと言うことでもない、そういう情報の根拠となる事があった、というのが聞き込みの結果わかりました。
最初におとずれたのは3丁目。やはりこの3丁目が一番雰囲気のあるところです。表通りから入ると入り組んで細い路地があります。「中津商店街」という昔ながらの商店街があります。おそらく儲かってないやろなぁ・・と思わせるたたずまいです。先にも書きましたが僕はこんな雰囲気が好きです。昭和を思い出させる雰囲気が大好きです。昔が妙に懐かしく思うのは、年のせいでしょうか・・・
まず最初に中津で話を聞いたのは、そうね僕らのお母さんぐらいの年齢の人です。昔ながらの商店って感じの文房具屋さんの店先でおばちゃんが井戸端会議をしていたので、その話に入らせてもらいました。昔ながらの商店ですが前にはコンビニ。対照的です。
そのおばちゃんが言うには
「許永中の父親の"てかけさん"(2号さん)がこの裏でホルモン焼屋をやってた。てかけさんに許永中は育てられたようなもんや」 なるほど、それで「3丁目の焼肉屋」とつながったんやろう。 許永中自身も、 「私には"実"のではないが、もう一人母親がいるんです。1世にはそういう複雑なところがあって父親を責められないんですが兄弟でわたしひとりがその人のところへ出入りしていた」と語っている。 なるほどそれが「3丁目で焼肉屋」につながっているんですね。
「1世にはそういう複雑なところがあって父親を責められないんですが・・・」
って、そんなんごっつい都合のいい言い訳やん。1世やから、在日やから許されるんかいな?許永中自身もやりたい放題やったから責められへんだけの話やん!ただエロいだけやん!
このてかけさんの影響を許永中は大きく受けているらしい。この女性は、とある宗教に傾倒しており、許永中について占うかのように話した事がことごとく当たる。許永中に2号さんが居ることも、その家の方角、そしてなによりその2号さんに男の子が出来たことも予言したらしい。ここまで当たると信じざるを得ず、その後は許永中は会社やビルなどにこの宗教がらみの名前を付けていった。許永中のイメージから宗教心なんて想像はし難いがそんな影響をもう一人の母親から受けていたらしい。
許永中の生家の正確な場所はわからなかったが、このおばちゃんとの話のなかで判ったのは「ホルモン屋のてかけさん」の件と許永中の母親が健在で住んでいるマンションを教えてもらった。母親は時々見かけるらしい。公園で散歩したり買い物をしているところは時々見かけると言っていました。許永中の母にしては質素というか、普通の暮らしをしているらしい。実際にそのマンションに行ってみたが特別リッチなマンションということもなく、平均的なサラリーマンが住んでそうなマンションでした。住んでいる階数も聞いたのでその階の住人の名前を郵便受で見てみたが「許」とう名はなく日本名ばかりでした。在日の人がよく使う通名のような名前(先入観かな・・・)があったが許永中が昔使ってた通名の「湖山」はなかった。
雨合羽を着て郵便受けを怪しげに探すおっさんの僕は、きっと不審者と思われていたと思う。管理人室から見えそうなところだったので警察に通報される前に退散しました。
許永中の実母が住むマンション。マンションやからボカシいれんでもええやろ。 マンションの入り口 |