日韓併合100年:韓国を重要視した中曽根元首相

韓日強制併合100年、あすを語る

 中曽根康弘元首相は1983年1月、日本の首相として戦後初めて韓国にやって来た。米国よりも先に韓国を訪問した日本の首相は、同氏が初めてだ。

 中曽根元首相は23日に行われたインタビューで、「非常に険悪な雰囲気だった韓日関係を収拾しなければ、米国に行くことはできないと判断していた」と語った。当時韓国は、日本に経済協力借款を要請していたが、これに対して当時の園田外相が、「韓国にはきらいな相手から金を借りて技術を学ぼうとする習慣があるのか」と発言し、韓国側が強く反発していた。中曽根元首相は「険悪な状況を打開できなければ、米国に行くことはできない」と考え、韓国訪問を自身にとって最初の仕事にしたという。

 中曽根元首相は「大統領府で行われた公式の夕食会で韓国語であいさつし、出席者たちを驚かせた」「そのあいさつは“全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領閣下”という言葉から始まったが、会場は一瞬静かになり、誰もが驚いた表情だった。中にはハンカチで目頭を押さえる閣僚夫人もいた」と当時を振り返った。

 全斗煥大統領と中曽根首相は夕食会の後、「安家」に席を移し、酒を酌み交わしながら歌も歌った。中曽根首相は韓国語で「黄色いシャツの男」を歌ったという。この場に備えるため、中曽根首相は日本経済新聞の元韓国特派員から韓国語の個人レッスンを受けていたという。中曽根首相はその後も韓国との関係を非常に重要視し、韓日関係の改善に取り組んだ首相として名を残した。

東京=辛貞録(シン・ジョンロク)特派員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

このページのトップに戻る