最終更新日 2005年10月23日 23:02
ゆりかもめ延伸計画を追いかける!!
<ゆりかもめの車両(ゆりかもめのホームページより)>
新橋から有明までの12.0kmをつなぐ、新交通システム「ゆりかもめ」。お台場での交通手段のカナメとなり、週末は多くの人をお台場に送り出していく「ゆりかもめ」。
この平成18年3月に、有明から豊洲まで延伸することになり、江東区方面からお台場に向かうのが格段に便利になり、開業をたいへん待ち望んでいます。幸い会社の本社が豊洲にあり、ビルからゆりかもめの工事を見続けてきました。何もなかったところから、徐々に足場が組まれ、高架の基礎が組まれ…どんどん高架橋が組まれてきて、あの水色の塗装が塗られて、駅舎ができて…。わくわくしながら見ていたとき、ふと、「おや?」と思うことが出てきました。
確か、豊洲まで延伸するということなのに、
「なぜ、豊洲の交差点で、晴海方面に向かってちょっとだけ高架橋が曲がっているの!?」
そうなんです。曲がっているんです。こちらの写真は、ゆりかもめのホームページにある写真なのですが、ご覧のように、高架橋が晴海通りの晴海側に曲がっているのです。
<豊洲駅の外観(ゆりかもめのホームページより)>
ゆりかもめの開業当時は、有明から豊洲まで延びる点線があったのですが、東京都の都市博が中止になった前後でしょうか、その点線が一時期シールが貼られて見えなくなったこともありました。(ゆりかもめに乗られた方なら、どこか記憶に残っていると思います。)しかし、こうやって豊洲まで延伸することが明らかになり、ゆりかもめのホームページでも、豊洲までの延伸計画の図が掲載されており、豊洲まで延伸して事業が終わると思っておりました。(ちょっと豊洲駅から線が出ているのが気になりますが。(笑))
<「ゆりかもめ」延伸事業概要図(ゆりかもめホームページより)>
この疑問がどうしても解けず、豊洲の交差点でゆりかもめの高架橋を見ては、悶々とする日々が断続的に続いておりました。(決して眠れないというわけではないのですが、高架橋を見るたびに、どうしてなんだろう…と気になってしまっておりました。)
ゆりかもめ | http://www.yurikamome.co.jp/ |
そんな中、あるゼネコン会社に勤めている方と、豊洲再開発の話をしていたときのことでした。
「そういえば、ゆりかもめが豊洲まで伸びてきましたが、豊洲の交差点で、くいっと晴海側に曲がっているんですよ。なんでなんでしょう?」
「あ、あれは、ゆりかもめが晴海まで延びる計画だったんで曲がってるんですよ。その計画はつぶれちゃったみたいですけどね。」
ええ!!晴海まで延伸する計画があったんだ!
しかし計画はつぶれてしまった…。それは残念なのですが、では、それはどんな計画だったのか?計画の図を見てみたい!
…と思いつつ、いつかは調べてみようと、ただただ月日が流れていき、しかし、豊洲交差点に行くたびに、「そうだ、調べないと!」と思っては忘れ…を繰り返していたのですが、最近始めたブログに豊洲のことを書いたら、うれしいコメントをいただくことができました。そのコメントは、有楽町線の支線延伸の話だったのですが、そのいただいたコメントをきっかけに、「よっし!じゃ、調べてみよう!」と、サイトを探しまくりました!
そしたら、ついにありました!
<ウォーターフロント計画の図(江戸前擬似餌倶楽部のホームページより)>
この図をご覧下さい。これは、1980年代に、当時の鈴木俊一東京都知事が提唱した「東京フロンティア計画」の頃に出てきた計画でしょうか。掲載されているホームページによれば、これは「ウォーターフロント計画」で出された図のようで、この図では、有明から豊洲まで、更には晴海経由で勝どきまで延伸すると明確に書かれています。残念ながら、この図の出所はまだわかりませんが、りんかい 線が東京テレポートまでしかつながっていないことと、「大江戸線」と書かれておらず、「地下鉄12号線」と書かれていることから、平成12年12月以前に書かれたものでしょう。
この「ウォーターフロント計画」が書かれているページはこちらです。
江戸前擬似餌倶楽部 | http://bosper.at.infoseek.co.jp/PEGE6.htm |
ちなみに、東京フロンティア計画は、前述のとおり当時の鈴木俊一東京都知事の時代に提唱されたもので、1990年(平成2年)4月に発表されたものです。その翌年1991年(平成3年)に新宿に新しい都庁がオープンとなり、まさにバブル絶頂の頃でした。しかし、その3年後の1995年(平成7年)4月に青島幸雄都知事が就任後、翌月5月に「世界都市博覧会」中止を宣言、お台場の開発は一旦ストップ状態になったことがありました。当時この「東京フロンティア計画」を企画・推進していた東京都の組織であった「東京フロンティア推進本部」も組織変更により現在は存在しない組織となっています。
前述のような歴史が書かれている東京都の年表のページはこちらです。
東京都年表 | http://www.metro.tokyo.jp/PROFILE/nenpyo.htm |
ということで、やっぱり出所が明確な図がないか…。と思ったら、ありました!
<臨海副都心有明北地区埋立事業での臨海副都心の交通アクセス(東京都港湾局ホームページより)>
この図では、豊洲〜勝どき延伸部分は「整備時期検討路線(新交通)」とされております。あった!ありました!そうです!これなんです!やっと謎が解けました!整備時期検討路線ということで、いつ開業になるかはわからないところですが、せっかくのあの豊洲交差点の「曲がり」は、ぜひ勝どきまで延伸されることを願っています!私が生きている頃までに延伸できればいいのですが…。
有明北地区埋立事業 | http://www.kouwan.metro.tokyo.jp/jigyo/ariakekita/index.html |
また、 東京都港湾局のホームページにある「まつづくり推進計画」の中の「第6部 事業推進方策 <2>開発スケジュール」の表に、公共交通機関の「臨海新交通ゆりかもめ延伸計画(有明〜豊洲)」の備考欄に、「豊洲〜勝どき間は整備時期検討」と、ここでも書かれています。
この「まちづくり推進計画」が書かれているページはこちらです。
東京都港湾局 | http://www.kouwan.metro.tokyo.jp/data/rinkai-plan/6-2.html |
と、調べていると、また同じような図を発見しました!この図は大きいですよ。
<「東京ベイエリア21」東京臨海地域における用途地域の指定状況(東京都港湾局ホームページより)>
この図は私の興味を思いっきりひきつけてしまう、とっても物凄い図であったのです!平成13年に東京都にて「東京ベイエリア21」を策定した際に出された資料です。
この図では、ゆりかもめの延伸図がしっかり描かれているとともに、以下のたいへん興味深い計画が書かれています!
☆地下鉄8号線(東京メトロ・有楽町線)の「北上ルート」
豊洲から北上ルートが北に伸び、半蔵門線につながっているではありませんか!これで豊洲駅のホーム、住吉駅のホームの構造の理由がわかりました!
☆東海道貨物支線の旅客化
もうひとつ私がとっても気になっていたのは、りんかい線で東京テレポートから天王洲アイルまでの間に東京港をくぐるのですが、トンネルが途中で分岐されているんです!この分岐された後はどうなっているのだろう…とたいへん気になっておりました。ある鉄道に詳しい人の話では、「あ、あのトンネルは羽田空港の下をくぐって川崎の方に抜けるんですよ。」という話。
え〜〜!羽田空港の地下にトンネルがあるんだ!
確か、貨物用トンネルがあって、川崎方面に抜けると聞いておりましたが、この図を見たら、さくらの形をした記号が、東京テレポートから天王洲アイル近くで南に下りて、(1)羽田空港方面に抜けるルート、(2)川崎方面に抜けるルート、さらに、(3)品川に抜けるルート、と、3つのルートの計画があるんですね!おお〜〜〜〜〜!びっくり!
そして、この図の中に、たいへん興味を引く言葉が!
「運輸省政策審議会答申第18号」
いったいこれは何なんだ!!
将来の鉄道整備に関するなんらかの答申なのか…。
このまま書き続けてしまうと、止まらなくなってしまいますので、まずはゆりかもめの謎が解けたところで、この巻は終わりとします。
この続きはまた掲載します!ありがとうございました!
東京ベイエリア21全文 | http://www.metro.tokyo.jp/INET/KEIKAKU/SHOUSAI/70B32200.HTM |
最終更新日 2005年10月23日 23:02