法務省は27日、東京拘置所(東京都葛飾区)の刑場を報道機関に公開した。刑場はこれまで一部国会議員の視察などに応じたことはあるが、報道機関を対象として撮影も認めた公開は初めてとされる。千葉景子法相が7月28日の同拘置所での死刑執行後の会見で、死刑制度の存廃を含めた国民的議論の契機にしたいとして省内での勉強会の設置を決めるとともに、刑場を公開する考えを表明していた。
公開されたのは、絞首刑が行われる執行室▽執行室の踏み板を開けるボタン室▽拘置所長や検事らが執行を確認する立ち会い室▽宗教者の教誨(きょうかい)を受けられる教誨室▽執行室と隣接し、執行を告げられるとともに、直前にも教誨を受けられる前室など。死刑囚が落下する執行室下段は「生命を絶つ極めて厳粛な場で、死刑囚や家族、刑務官の心情を考慮した」として立ち入りを認めなかった。絞首用のロープは設置されておらず、法務省は「通常の管理状態を公開した」と説明している。
刑法は死刑を「刑事施設内で絞首して執行する」と規定。死刑囚の乗った踏み板が開き落下で首にかかった縄が絞まる方式を定めた明治時代の太政官布告(1873年)を踏襲し、現在の刑場も執行室と同下段の2層構造になっている。
法務省は札幌▽仙台▽東京▽名古屋▽大阪▽広島▽福岡--の全国7拘置所・拘置支所に刑場を設置しているが、現時点で東京拘置所以外の刑場を公開する予定はないとしている。東京拘置所は96年から改築工事が続いており、現在の刑場では06年12月以降、計17人に死刑が執行された。
全国では00~09年に46人に執行され、刑確定から執行までの平均期間は約5年11カ月。近年の厳罰化傾向で死刑囚は増加し、現在107人(うち女性8人、東京拘置所は56人)が収容されている。
千葉法相は20日の会見で、刑場公開の意義について「裁判員裁判で(死刑を)判断いただくこともある。情報を少しでも皆さんにお伝えし、判断や議論の一つの基礎にしてもらうことが大事」と語っていた。【石川淳一】
消極姿勢だった法務省が刑場公開に踏み出す過程には多くの壁があった。拘置所内のどこに刑場があるかは厳重に秘され、多数の収容者が日々出入りする中での公開には警備に多大な人員を割く必要がある。だが、こうした物理的な制約以上に「現場の抵抗」という感情論が大きかった。
拘置所に勤務する刑務官はあくまで「犯罪者の更生」を目指す職業であり、「死刑執行人」ではない。処刑を待つ死刑囚に接すること自体が職務上特殊で、執行に立ち会っても周囲にその事実を伝えない刑務官も多い。究極の刑罰を下す厳粛な現場を報じられることに、複雑な感情を抱くのは当然だろう。
だが、裁判員裁判ではいずれ、市民が死刑の選択を迫られる。実態を想起できなければ、国民の制度への正しい理解にはつながらない。刑場が刑の執行現場である以上、一定の情報提供は必要だ。千葉景子法相はここにこだわって現場の感情論を制した。
その意味で、人数や場所を限定した条件付きではあるが、今回の公開は評価されるべきだ。これを契機に、死刑囚が執行に至るまでの実態や心境、刑務官ら取り巻く人たちの思い、死刑にかかわる現場の声なども公にして、制度改善の議論を進める努力が必要だろう。【石川淳一】
毎日新聞 2010年8月27日 11時04分(最終更新 8月27日 13時59分)