9月6日に終わった今年のイタリア・ベネチア国際映画祭には、日本を代表する監督の作品が3本コンペに名を連ね、最高峰・金獅子賞の期待が高まった。だが受賞はゼロ。五輪のノリで「金」を待望する人々をがっかりさせた。最近カンヌ、ベネチア、ベルリンの3大映画祭で、日本映画が評判を得ながら受賞を逃す例が目立つようだ。日本はなぜ「金」を取れないのか。取るにはどうしたらよいのか。映画祭に精通する内外の識者が明かす必勝法はこれだ!?(石飛徳樹、古賀太)
■発見の欲望を満たせ
ベネチアに参加した「アキレスと亀」の北野武、「崖の上のポニョ」の宮崎駿、「スカイ・クロラ」の押井守の3監督は世界に名前が知られている。北野監督はベネチアで、宮崎監督はベルリンで既に最高賞を獲得している。
しかし、ネームバリューはいつも有利に働くとは限らない。仏カイエ・ドゥ・シネマ誌のジャンミッシェル・フロドン編集長は言う。「映画祭の審査員には二つの欲望があります。一つは、誰も知らない人材を発見したい。もう一つが過小評価されている人を助けたい。日本の3人はどちらも満たさない」
これは、日本映画全般に当てはまるとも言う。「かつてはアジア映画といえば日本映画だった。しかし、新興国の作品が登場し、日本が発見される時代は終わりました。日本映画に賞を出すのはもはや陳腐な選択に映るでしょう」
51年、ベネチアが黒澤明を「発見」した時、欧米映画界の衝撃はいかほどだったか。続いて溝口健二と稲垣浩が「発見」され、日本映画ブームが起きる。日本の時代劇が3大映画祭や米アカデミー賞を席巻した。
今村昌平の土俗性、あるいは北野監督の静けさも欧州では「発見」だったに違いない。宮崎監督の「千と千尋の神隠し」は、まさにアニメが芸術たりうるという「発見」だった。今回の3本に、残念ながら「発見」はなかった。
しかし、今年は黒沢清監督「トウキョウソナタ」や是枝裕和監督「歩いても 歩いても」、橋口亮輔監督「ぐるりのこと。」など中堅の秀作もあった。東京・渋谷の映画館ユーロスペースの社長で、東京芸術大大学院の映像研究科教授の堀越謙三さんは「いずれもコンペで競える水準なのに、どこにも選ばれなかった。ベネチアの無冠よりも衝撃を受けた」と話す。
これら3本はホームドラマだ。家族の機微を繊細に描くが、「発見」に至るインパクトに欠けるかもしれない。そういえば、黒澤や溝口が海外で人気を博したのに対し、小津安二郎や成瀬巳喜男は海外の賞に縁がなかった。
■日本人女優 審査員に
「最初の5分で自分のスタイルを見せて引き付けることが大切」と言うのは、元東京大学長の蓮實重彦さん。「じわじわ良くなって、最後に泣けるという映画は駄目です」
蓮實さんは「3大映画祭の審査員にもっと日本人を送り込まないと」とも言う。審査員団は毎年毎回変わる。「審査員に入りやすいのは女優。中国の女優が各地で審査員をしています。それは彼女たちが英語が出来るから。今の旬は桃井かおり。若手では麻生久美子がいい」
国際映画祭で存在感を増すのが、各国の配給会社に作品を仲介する欧州のセールス会社。90年代から活動が目立ち、セルロイド・ドリームズ(仏)やフォルティシモ・フィルムズ(オランダ)などの大手はアッバス・キアロスタミや王家衛らの監督を紹介してきた。北野監督を世界に売り出したのも彼らだ。
蓮實さんは「セールス会社のつかない作品は3大映画祭に出なくなりましたね。大事なのは企画段階から彼らに売り込むこと。いい映画が出来たから映画祭に出そうと動いても遅いんです」と話す。
長期的に重要なのは、日本の新作に海外の関心を常に持たせること。堀越さんは、外国の批評家らをもっと日本に招き、研究に協力すべきだという。「そうしておけば彼らが勝手に日本映画を持ち上げてくれますよ」
■競争相手見て出品を
最後に、フランス映画社の柴田駿社長から、テオ・アンゲロプロス監督の映画祭へのかかわり方を聞いておこう。
「ユリシーズの瞳」をカンヌに出した時のこと。ライバルのエミール・クストリッツァ監督の「アンダーグラウンド」はベネチアに回るという情報を得て勇躍カンヌに乗り込む。だがフタを開けるとコンペにライバルの名が……。結果は「アンダーグラウンド」が最高賞。「ユリシーズの瞳」は2席に敗れた。
彼は次作「永遠と一日」で雪辱する。そして柴田さんに必勝法を伝授した。「誰が審査員長かを知ってから出品すること。知る前に出品を決めるなんてナイーブすぎるよ」
現代映画の巨人も陰でこんなに努力しているのだ。3大映画祭で「金」を取るのは、やはり並大抵ではない。