声劇用台本 

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■タイトル

  振り返らずの坂 〜七夕〜

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■ジャンル

  シリアス・ヒューマン

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■舞台設定

  振り返らずの坂:この坂には噂があった。この坂で強い後悔の念や
          昔の思い人へ気持ちを巡らせ過ぎると、それが
          現実になってやってくるという。
          だから、”この坂で過去を振り返ってはいけない”
          ということから、この名が付いたらしい。

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■登場人物

  平田 直[ひらた なお ](♀):平田家の次女。

  平田 真[ひらた まこと](♀):平田家の長女。サバサバ、優しい。

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■配役
  
  ナオ (♀)(L36):
  マコト(♀)(L35):
  N  (両)(L16):

  ※L**:セリフ数

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■台本

 N  :7月6日も残り時間わずかとなった夜。外灯の無い坂道。
     そこに、月明かりを頼りに上っていく女性の影があった。

 ナオ :「はぁ・・・。」

 N  :その女性は中ほどまで上ると、一つため息をこぼし大きく見上げた。

 ナオ :「綺麗な星空。」

 N  :外灯が無いことが奏して、夜空には小さな星の輝きまで認める事が出来た。
     綺麗な光景に笑みが浮かべた女性だったが、一呼吸で表情は輝きを失った。

 ナオ :「お姉ちゃん。私、どうしたらいいの?」

 マコト:「ナオ。」

 ナオ :「え? お姉ちゃん!?」

 N  :突然背後から聞こえてきた声。
     その声自体に驚いたのも確かだったが、
     それよりも聞き覚えのある、懐かしい声色への驚きが強かった。

 マコト:「こんな夜中に独りで。若い娘が危ないでしょ。」

 ナオ :「どうして?」

 マコト:「なにが、”どうして”?」

 ナオ :「だって・・・お姉ちゃん・・・。」

 マコト:「ふぅ。そんなこといいじゃない?
      久しぶりに会えたんだし。もっと喜びなさいよ!」

 ナオ :「お姉ちゃん・・・。」


 N  :姉と呼ばれた女性は身振りを交えながら、
     ナオを諭して軽やかに微笑んだ。


 マコト:「こんな時間にどうしたの。何か悩み事でしょ?」


 N  :姉の言葉に、ナオは小さい苦笑いを見せた。


 ナオ :「実は私・・・告白されちゃったんだ。」

 マコト:「よかったじゃない!」

 ナオ :「・・・。」

 マコト:「なーに、そんな暗い顔してぇ。」

 ナオ :「相手、誰だと思う?」


 N  :ナオは、うつむいたまま、まるで
     怯えているような上目遣いで姉を見た。


 マコト:「サトルでしょ。」

 ナオ :「・・・知ってたんだ。」

 マコト:「あんたの顔見れば、なんとなーく分かるわよ。」

 ナオ :「そっか。さすがお姉ちゃんだね。」

 マコト:「・・・私のことを気にしてるんでしょう。」

 ナオ :「・・・そりゃあ。」

 マコト:「告白されたのは、あんたでしょう。」

 ナオ :「そう・・・だけど。」

 
 N  :ナオはくるりと背を向けて、少し姉から遠ざかる。


 マコト:「まったくもう。彼の事、好きなんでしょ?」

 ナオ :「・・・。」

 マコト:「あんたも彼が好きで、彼もあんたの事が好き。
      だったら、何も問題ないじゃないの。」

 ナオ :「お姉ちゃん・・・。」

 マコト:「んもぅ、さっきからお姉ちゃん、お姉ちゃんって。なに?」

 N  :叱咤した姉の言葉に、ナオが振り返る。
     下唇を噛んでいた口が意を決したように開いた。
 

 ナオ :「だって・・・だって、お姉ちゃんの好きな人じゃない!」

 マコト:「そうだったっけ?」

 N  :姉はおどけた口調でそう言いながら
     腕組みをして、人差し指を頬に添える。


 ナオ :「嘘言ったってダメだかんね。知ってるんだから。」

 マコト:「姉に気を遣えるほど、成長したんだねぇ〜。お姉ちゃんは嬉しいよ。」

 ナオ :「もう! はぐらかさないでよ!」

 マコト:「じゃあ、あんたもちゃんと答えなさいよ。好きなんでしょ!?」

 ナオ :「・・・・・・うん。」

 マコト:「じゃあ、それでいいでしょ!」

 ナオ :「でも、どうしてもお姉ちゃんに申し訳ないような、
      なんていうか、後ろめたいっていうか・・・。自分だけが・・・」

 マコト:「彼があんたの事を好きになったのは、あんただからよ。
      私がどうだったとか、あんた達には関係ない。
      それに、私のはただの片思いですから。」

 ナオ :「ごめんね、お姉ちゃん。」

 マコト:「まったく。成長したかと思えば・・・
      まだまだ私の手を焼かせるつもりなのね。」

 ナオ :「もう大丈夫。」

 マコト:「ホント?」

 ナオ :「ほんと。」


 N  :たった三文字で確認しあうだけの、どこにでもある会話。
     でも、二人にとっては懐かしさを覚える二人だけが分かる調子。
     それを肌で感じ感傷的になったのか、二人は黙ってしまった。

     ・・・不意に、その静寂を破ったのは姉だった。


 マコト:「誕生日おめでとう。ナオ。」

 ナオ :「え? あ、日付変わってたんだ。
      お姉ちゃんを追い越しちゃったよ・・・。」

 マコト:「あ、そう? ナオのおばさーん。」

 ナオ :「ひどーい。一つ違うだけでしょぉ〜。」

 マコト:「私は永遠の22歳だもん。」

 ナオ :「・・・。」

 マコト:「ほらもー! すぐに暗い顔しないの。」

 ナオ :「う、うん。」

 マコト:「で。折角の誕生日に、こんなところに居ていいわけ?」

 ナオ :「え?」

 マコト:「気持ちは決まったんでしょ? 
      さっさと彼のところに行っちゃいなさい。」

 ナオ :「お姉ちゃんは?」

 マコト:「ん〜、私はこれから天の川に橋でも掛けてきてあげるわ。」

 ナオ :「え〜、何ソレ? もしかして、彦星に逢いに行けるように?」

 マコト:「そう! あんたドジなんだから転ばないようにね? 
      ボロボロの織姫じゃ、格好付かないじゃない。」

 ナオ :「そうだね。気をつける。」

 マコト:「うん。じゃあね、ナオ。」

 ナオ :「ありがとう。お姉ちゃん・・・」

 N  :ナオは、何かを言いかけたまま、急ぎ足で坂を下っていった。
     その途中、一瞬立ち止まると再びうつむいたまま戻って来る。

 マコト:「ナオ? どうしたの?」

 N  :頭を上げると、ナオの顔は涙でくしゃくしゃになっていた。
     勢い良く姉に抱きつくと溜め込んでいた想いがあふれ出た。

 ナオ :「・・・マコトお姉ちゃん! ずっと、ずっとありがとう!
      本当に大好きだったんだよ!」

 マコト:「・・・ありがとう。そんなこと言ってくれるの初めてで・・・嬉しいよ。
      私もナオの事、大好きだよ。」

 N  :明るく努めている姉の頬にも涙が伝う。
     月明かりが反射して、まるで流れ行く星のようだった。

 ナオ :「ずっと言いたかったけど、言える機会がなくって。
      ・・・ううん。本当は、いつでも言えたんだよ。
      でも、お姉ちゃんの優しさが当たり前になってて、
      でも反抗して、私、わがままばっかりで・・・。
      いつでも言いたい事は、言えるって気がしていて・・・。」

 マコト:「そうだね、いつでも伝えられると思えちゃうのは
      勘違いなんだって、お姉ちゃんもそう思う。」
 
 N  :姉は、眉をひそめて微かに悲しみの表情を見せた。 

 マコト:「さ! 行っておいで! ちゃんと気持ち伝えるんだよ。」

 ナオ :「うん! 結婚式には来てよね!」

 マコト:「気が早いんだから。ふふ。」


 N  :そして、ナオは満面の笑みを浮かべながら坂を下り、
     涙を拭いながら、見慣れた道を急ぐ。

     呼び鈴の音で、姿を現した彦星。
     川を渡り彼の腕に抱かれた織姫。
     そして、笑顔の上をまた一つ星が流れた。
  
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<おしまい>


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(2009-06-25 up)
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