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[21212] ミッドチルダUCAT【×終わりのクロニクル・他全てネタ】
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 HOME ID:6801b0d3
Date: 2010/08/16 20:16

この作品はリリカルなのはSTsベースに、設定として終わりのクロニクルをクロスした作品です。
以前別サイトで掲載していましたが、そこを引き払い、移転させていただきました。
掲載分よりも加筆修正及び新規話などを追加していく予定です。
どうかよろしくお願いします。


注意事項:
・名前付きのオリキャラは出ません(オリロボットはでます)
・オリジナル装備及びオリジナルの魔法も何個か登場します。
・あとは全てモブキャラは大量に出ます、モブですので。
・他作品の商業ネタなども大量に出ます。
・原作キャラが何名か人格崩壊しています、ご注意ください。
・シリアスは三分程度しかもちません、ほぼギャグです。
 以上の内容をご承知ください。




[21212] ミッドチルダUCAT
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/16 20:20

 次元世界ミッドチルダ。
 次元世界の治安と平定を目的とする次元管理局発祥の地である魔法技術の発達した世界。
 その首都クラナガンに設置されたのは次元管理局における地上部隊、陸の本部。

 ――地上本部。

 だがしかし、その実態を知るものはその存在に頼もしさを感じることはないだろう。
 ミッドチルダにおいて生まれ育ち、魔法素養の高い魔導師たちは次元管理局の本部へと招集され、次元世界を管理する【海】へと優先的に配属される。
 魅力的な給料、より重要度の高い次元世界の任務、拡大を広げる管理世界に対処する海において高ランク魔導師は常に人手不足。
 その結果残ったのは残りかすのような低ランク魔導師、非魔導師たちの部隊。
 陸における高ランク魔導師はAランクが精々、その保有数すらも制限される現状。
 そして、それを実質的に統治するレジアス・ゲイズ中将もまた海の保有存在に対して抗議する強硬派として認知されていた。

 そう――されていた。

 それは過去形である。
 現在は違う。
 搾りかすのような部隊と陰口を叩くものはもはや存在しない。
 頼りない戦力と大っぴらに認識することは誰も出来ない。
 そして、なによりも。
 ミッドチルダ地上本部という名称は誰も覚えてない。
 今の彼らの名は誰もがこう告げる。



 【ミッドチルダUCAT】 だと。











 一人の少女が走っていた。
 誰もいない路地裏、それを裸足の少女が駆けていく。

「はぁ、はぁ……」

 鮮やかな赤毛をなびかせた幼い少女だった。
 その体にはどこからか引きちぎったのか、カーテンと思しき布を巻きつけ、靴も履かずに駆けている。
 ゴミ屑が落ち、コンクリートの地面に赤く血の付いた足跡がへばりつく。
 足裏に怪我を負い、痛みを耐えるように歯を食いしばりながらも少女は走っていた。
 必死に、追ってくる何かから逃げていた。

『王よ』

 駆ける少女、その耳にどこか濁った声が落ちた。
 降り落ちるような上から響き渡る声。

「――ッ!?」

 少女が一瞬減速し、その顔色を蒼白に染め上げる。
 一つの影が落下し、少女の眼前に着地した。
 舞い降りたのは美しい女。
 それはバイザーに顔を隠した人型。
 その手には刃を、研ぎ澄まされた刀身を握り締めた怜悧な人形の如き冷たい気配。

『何故逃げるのですか、我らが王よ』

 冷ややかな唇から紡がれたのは濁った音声。

『我らが王よ、何故逃走をするのです? 我々に求められた目的を、役目を果たしましょう』

 背筋が凍りつくような声に、少女は被りを振って叫んだ。

「――違う。駄目なの。今の世界はあの世界じゃない! もう私たちは必要ない!!」

 少女の声は切なく響いた。
 その目つきには決意と殉じるべき願いがあった。

「私たちの時代は終わったの! もう戦争のための戦いなんてない。私たちはいらないの、マリアージュ!」

『いえ、必要です。それが私たちの役目――任務です、イクスヴェリア』

 マリアージュと呼ばれた存在。
 それが赤毛の少女に手を伸ばし―、っさに下がろうとした少女の動きよりも速く踏み込んだ。

「あっ……!」

 手を捻り上げられて、少女――イクスヴェリアが苦痛の声をもらした。
 それでもなお力を入れて抜け出そうとするイクスに、無機質にマリアージュは無効化するために手を振り上げようとして。


「少女の折檻、はぁはぁ」



 という微かな声と、ジーという機械音。

『?』

 マリアージュがバイザーを上に向ける。
 そして、そこには――ブラーンとワイヤーに腰ベルトを繋がれ、肩に担ぐサイズのロケカメラを構えた男がいた。
 地上本部標準の茶色いジャケット、制服、帽子を被り、何故か音も立てずに壁に足を接着させ、カメラを向け続ける――陸士。

「あ、僕のことは気にしないでください。勝手に録画してるので」

 ニコッと微笑むカメラ陸士。
 爽やかな笑み。

『――左腕武装化……形態・戦刀』

 チャキッとブレードを出現させるマリアージュ。
 冷たい表情。

「交渉は決裂ですかー!?」

『排除します』

 イクスを一端手放し、マリアージュが上空のカメラ陸士を排除しようとした。
 その瞬間だった。
 ――高速で飛来した一筋の網が、少女の肢体に絡みついたのは。

「ふぇーっ!?」

 旋風のような一閃。
 マリアージュが振り返った瞬間には、赤毛の少女の姿はそこになかった。

『なに!?』

 瞬時に周囲を捜索――斜め上へと向けた視線の先には、二メートルはあるだろう長い棒状の先端に付いた網――巨大な虫取り網を担いだ陸士の姿。
 左手には小さな盾、右腰に西洋風の長剣を携えて、さらに腰に複数のビンを持っていた。

「幼女、ゲットだぜ!」

 キラーンと虫取り網ならぬ幼女取り網でイクスヴェリアを攫い上げた陸士が素敵な笑みを浮かべて、サムズアップ。
 さらには「ひゃっはー!! お持ち帰りだぜー!!」 と踊る虫取り網陸士と 「あ、こら、やめろよぉ!! 大切なょぅじょだぞ!! 一緒に愛でさせてくれよぉ!」とばたばた暴れるカメラ陸士。

「ふぇ? ふぇ? な、なんなんです?」

 虫取り網で捕獲――ぶらぶらと網の中でハンモックの如く揺さぶられながら、赤毛の少女は首を傾げる。
 だが、その数秒後彼女は絶叫を上げた。
 次々と新たに現れた存在に。

『……増援。だが、その程度では――』

 マリアージュが呟くと同時に「ばかめ、それはフラグだ!」 と虫取り網陸士が指を鳴らす。
 乾いた音が鳴り響く。
 そして、彼らは現れた。




「とぉおおおお!!!!」

 怪鳥音を叫びながら、一筋の影がマリアージュの前に着地する。
 それは何故か真っ白なマントに、白い覆面を被り、腰にベルトを付けた陸士。

「科学忍法万歳! 幼女と聞いて見参!」

 シャキーンとポーズを取る忍法陸士。



「幼女と聞いて飛んできました!!」

 続いてバンっとマンホールの蓋が吹き飛び、その中からにょきっと伸びた足が折曲がった地面を叩き、躍り出た。
 そして、クルクルと縦回転しながら変わった形のローラーブーツを履いて、うざったいどや顔をしたドクロマークの刺繍付き陸士ジャケットを着た陸士が着地する。

「俺、参上だぜ!」

 両手を鳥の様に大きく羽ばたかせ、どや顔を浮かべるローラー陸士。




「幼女はいねえがー!!」

 轟音。
 華麗な決めポーズを取っていたローラー陸士の真横、路地ビルのひび割れた壁を粉砕し、現れた影がローラー陸士をぶっ飛ばした。
 トラックに轢かれたように錐揉みする陸士の代わりに現れたのは――眼を疑うような巨漢。
 全長三メートル。
 全身を覆うのは紅く染まった装甲、西洋甲冑にも似て、宇宙服にも似て、だがしかし全て異なる装甲服。
 手には象すらも殴り殺せそうなほどの巨大なガントレット、肘には武器すら応用が利きそうな盾に、その背からはワキワキと何故か蟹の足っぽいのが動いていた。

「そこにいるかにかー!?」

 甲冑陸士――訂正、蟹陸士がギランと口から蒸気を吐き出し、イクスを捕捉。

「うほ、いい幼女!」

 その声と台詞にイクスがぞぞぞっと背筋に寒気を覚えて、全身から鳥肌――かにアレルギーにでもなったようなさぶいぼが噴き出す。



「へ、変態だぁああああああああ!!」



 絶叫だった。
 どばどばと涙と悲鳴が口からこぼれて、イクスが全身全霊で叫ぶ。
 だがしかし、その叫びに陸士たちは一斉にこう返した。

「違います! 例え変態だとしても、俺たちは陸士という名の変態です!!」

「結局変態じゃないですかぁ!!」

 絶叫だった。
 変質者にあった小学生幼女の対応そのままに悲鳴。

『……この時代の戦士は変わったのだな』

 マリアージュもまたどこか遠い目で呟いた。
 が。

『!? ――上か』

 マリアージュが飛び退った瞬間、パリーンと路地ビル四階にあった窓ガラスを粉砕した。
 きらきらと舞い散るガラス片、それを纏いながら十字ポーズのままに飛び出してきた影が大きな地響きと共に着地する。

「華麗に着地!」

 スタッと着地、同時に背中から鳩が飛び立つ。ばさりと舞い散る白い羽毛。
 何故かタキシード服に、胸に蝶ネクタイ、そして右手にはバラの花束。
 そして、顔には何故か目元を隠す紅いマスク。

「ょぅじょの危機に即参上! そして、そこの美しいお嬢さん、私と共にハネムーンにいきませんか?!」

 真っ白い歯を手に持った懐中電灯で輝かせながら、そのタキシード陸士はマリアージュに向かってバラの花束を突き出した。

『……』

 が、次の瞬間振り下ろされた斬撃にバラの花束が散り、「マトリックス!」と叫びながら仰け反ってタキシード陸士は回避。
 同時にバック転で跳び退り、土煙を上げながら靴底でブレーキ。

「フッ、ツンデレか……だがそれもいい!」

 クワッと眼を見開き、タキシード陸士が頷く。

「うんうん、時代はツンデレだよな」

「馬鹿言え、素直クール最高だろ」

「ヤンデレ萌え~、病んだ子に求婚して、幸せな専業主婦やらせたい」

「チッチッチ、世の中には素直ヒートというジャンルもあってだな」

 などとそれぞれに主張をアピールする陸士たち。

「あ、貴方たちは一体誰なんですか!?」

 彼らのマイペースぶりに戸惑いながらも、イクスが尋ねる。
 引きつった顔と理解不能な現状に対する問いかけとして。

『お前たちは――何者だ?』

 マリアージュが問う。
 警告と理解不能な精神構造と格好をした人物たちへの警戒として。




『良くぞ聞いてくれた!』

 その質問に陸士たちが飛び散り、狭い路地の中で手を伸ばす、足を伸ばす。

「ふぁいやー!」

 その瞬間、陸士たちの背後が爆発した。
 持ち込んでいたカラフルな花火の爆発。

「さんだー!」

 手に持っていたスタンバトンを無駄にバチバチ。
 効果音を鳴り響かせながら、意思統一された無駄なき動きで。

『美女とあらば即参上、ミッドチルダUCA~Tッ!!』

 全員一斉にポーズと共に叫んだ。
 地上を護る治安維持組織――ミッドチルダUCATの名を。



「おおー、いいカメラワークだぜ」

 そして、それを相変わらずワイヤーで釣り下がっているカメラ陸士が撮影していた。









 物語はこれより三年前に巻き戻る。
 ミッドチルダUCATの存在が知れ渡るJS事件。
 
 
 全てはこれから始まる。





[21212] 第1回 ガジェット捕縛作戦
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/17 09:39


 ミッドチルダ。
 それは各管理世界における治安機関である管理局の前身、魔法文明の発祥地であることから地上本部が置かれた場所。
 その主要都市はクラナガンであり、その中枢に地上本部は存在していた。
 地上本部とは銘打っているものの、実質的な権限と予算は本局に持ってかれており、戦力は常に枯渇し、予算不足で切り切り舞だった。
 それを解決する手段をとある悪役を任じる青年が告げた。

「ふむ。無いものならば奪えばいいのではないのかね?」

 なんという名案だろう。
 秘書に任命したとてつもなくまロい美少女に膝枕させながら告げた適当な言葉は電撃のように地上本部を駆け巡り、武装隊に行き渡った。
 無いなら奪え。
 どこからどうみても強盗の発想だったが、別に犯罪をする気は無い。
 悪人から奪えば合法なのだ。
 例えば――陸士たちを悩ませるあのにっくき丸々メカとか。


 それはミッドチルダ地上本部がミッドチルダUCATと言う名称になってから数十年後のお話である。














 ――ガジェット反応をクラナガン廃棄都市二番で発見。
 ただちに武装隊は出撃せよ。

 そんな警報が発令した数十秒後、選び抜かれた陸士たちが勢ぞろいしていた。
 そして、声を上げていた。
 絶叫である。
 敬礼をする。
 一糸乱れぬ動きで、陸士たちが血走った目で叫んでいた。

「野郎共! 準備は出来たかぁあああ!!」

「OKぇええだ!!!」

「今日こそ捕縛するぞおおお!」

 数十人にも及ぶ陸士たちが一斉に絶叫を上げる。
 その姿は大変醜い。
 美的センスを持ち合わせ、醜いものを許さない奴ならば「汚物は消毒だぁあああ!」と叫びながら火炎放射器の引き金を引きそうな光景だった。
 持っているものも大変怪しかった。
 一人はドリルを手に持ち、一人は頑丈そうな縄を持ち、一人は何を捕らえる気なのかもわからない巨大な虫取り網を、最後の一人に至ってはテレビカメラの撮影スタッフが持ってそうなカメラを持っていた。

「俺たちの任務はなんだ!?」

「ガジェットの捕獲であります!」

「ガジェットの無力化であります!」

「ガジェットの解体であります!」

「ガジェットの転送であります!」

「美少女の撮影であります!」

「――よろしい!」

 明らかに一人はまったく関係ないことを叫んでいるが、誰も気にしない。むしろGJと指を突き出し、笑う。
 どうでもいいことだが、魔法素養が高い人間には女性が多いことはご存知だろうか?
 それも美少女及び美女が多い。
 去年のミッドチルダUCATの流行語大賞は魔法少女である。その前はスパッツ・フォームだった。
 ちなみにこの数ヶ月、人気なのは海からのにっくき派遣部隊な機動六課のスバルとティアナとキャロの三名である。
 え? 海からの部隊なのに、人気があるのかって?美少女の存在は全て優先するのだ。
 フェイトそん可愛いよ、フェイトそんと叫ぶ陸士も多い。
 魔王様、俺を撃ってくれ。いや、俺こそ撃ってくれ! この興奮の登る頭を冷やしてくれ! と叫ぶ馬鹿も多数である。
 備考だが、半ズボンが輝くエリオにも実は結構な人気がある。エリオきゅん、はぁはぁとクラナガンの町を駆け巡るエリオの姿に鼻血を噴き出す陸士も実はいたりする。
 エリオが男の子か男の娘なのか、3日前に討論会が発生し、Cランク魔導師なのにも関わらずAAAランク魔導師を超える戦闘能力で陸士たちが乱闘をしたのは記憶に新しいだろう。

「よろしい、お前らは立派な戦士だ! というわけで、出撃するぞ!」

「おぉお!」

 士気だけは高く、陸士たちが思い思いにバイクに跨り、車に乗り、一人はクラウチングポーズを取り、一人はローラーシューズを履いた。
 速度もばらばらに阿呆たちが土煙を上がる速度で出撃する。
 廃棄都市二番へと向かって。

 己の給料とボーナスのために。











「ぶるぁああああああああ!!!」

「ぬぉおおおおおおおお!!」

「HA-HAHAHAHAHAHA!!」

 一名ほど直視してはいけない形相で飛行魔法の亜種であるベクトル操作魔法を駆使し、新幹線に迫りそうな速度で駆け抜けていた。
 一名ほど激しく汗を撒き散らしながら、漢臭い笑みで走っていた。
 一名ほど脳内で溢れるアドレナリンによるランナーズハイで、恍惚とした笑みでダッシュしていた。
 とりあえず子供と一般人には見せてはいけないので、事前にフルフェイスヘルメット着用を義務付けていた隊長の読みは正しかった。
 問題は奇声を上げて、道路などを駆け抜けていく陸士たちの姿にクラナガンの一般市民たちの不審度は高まったことだが、今更気にすることではない。元々酷いものだからである。

「よーしっ!」

 がががーといつの間に履いたのか、スケートシューズにも似たエッジをアスファルトの上で滑らせて、火花を散らしながら回転する隊長が到着の声を上げた。

「到っ着!」

「到着!」

 ぶるぉおおんと瓦礫をジャンプ台にして、ウルトラC級のジャンプで着地したバイク乗り陸士が叫び声を上げた。
 同時にその横をベクトル強化及び応用展開した車輪保護用の障壁と、使い捨ての魔力カートリッジによって発生させたウイングロードの車道を通り抜けた車がごがんっとバイクを撥ね飛ばして、停止した。

「ぶべらぁあああっ!」

 舞う、舞う、吹き飛ぶバイクと陸士。
 スタントアクションもかくやという勢いで廃墟の壁に激突し、酷く捻じ曲がった体勢で陸士はヘルメットごと地面に激突し、バイクはくるくるとアスファルトの上を滑りながら壁に激突し、ちゅどむっという音と共に炎上した。

「……」

「……惜しい男を亡くしたな」

 遅れて到着した陸士たちが一斉に合唱。
 彼のことは忘れないだろう。彼の部屋に溜め込んであるエロゲーとグラビア写真集と秘蔵に隠している30年ものワインを飲み干すまでは。

「な、なにするだぁあああ!」

 瞬間、撥ねられた陸士が起き上がった。
 彼はベルカ式魔導師。
 肉体の身体強化を専門とする彼は耐久力のみならばサイボーグ並みだった。

「い、生きていたのか!!」

「ふ、仮面が無ければ即死だったな……」

 ダラダラとひび割れたヘルメットの下から血を流す陸士。
 彼のかっこよさに陸士たちは涙を流した。
 ち、惜しい。こいつが死ねばゲームを奪えたのに、という声はきっと気のせいだ。そうに違いない。

「む! お前ら、そんなことをしている場合ではないぞ!」

「え?」

「あそこを見ろ!」

 陸士の一人が指を突きつける。
 その指先を陸士の一人がジット注視し、残った全員がその先を見た。
 そこにはふよふよと空を飛ぶ複数機のガジェットⅡ型の姿があった。

「が、ガジェットだ!」

「給料だ!」

「ボーナスの元だ!」

「まっとれ、俺の晩飯ぃい!」

 絶叫を上げて、陸士たちが駆け出す。指を突き出した陸士の指先に注目していたやつだけが、え? ああ、まってよーと慌てて追い出した。
 陸士たちは空を飛べない。
 一部変態的に壁を垂直歩行出来る奴はいるが、基本的に徒歩である。
 故に高速で空を滑空するガジェットを走って追いかけるしかないのだ。

「おのれ、カトンボ!」

「捕まえてやるぅう!!」

 とうっと一人の陸士が跳んだ。飛んだではなく、跳んだ。
 前を走る同僚を無断で踏みつけて、高々と跳んだ。

「うりゃぁあああ!!」

 手に持つのは巨大な虫取り網。
 それは見事なフルスイングでガジェットを捕らえて――

「ぁ、ぁああああああああ!!?」

 網で捕らえたのはいいものの推力で負けていたのか、そのまま飛び続けたガジェットに引きずられて、陸士は空を舞った。

「ぉおおおおお!!!?」

 バーニアを吹かし、可愛い女の子が色っぽくいやいやするかのように機首を振り回し、網を持ったままの陸士がぶるんぶるんと振り回される。
 まるでメリーゴーランド。
 ただし加減無しで、お空への旅付きだった。
 そして、すぽっと数十秒ほど耐え続けた彼の手から虫取り網のもち手がすっぽ抜けた。

「あ~」

 ちゅどーんと廃墟の壁に激突し、粉塵が上がる。

「敬礼!」

 見送る陸士たち。
 同僚を助けるという発想はあったけれど、どう見ても階層七階以上だったので後回しにすることにした。
 昇るのはめんどいし。











 そして、残った陸士たちも果敢に襲い掛かった。
 壁を蹴り上げて、ガジェットに飛び乗り縄で縛りつけようとするものの、亀甲縛りに挑んでいるうちにレーザーで焼かれて失敗。
 天元突破ぁああ! と叫びながらドリルを下から飛び上がって叩きつけたものの、完全粉砕しそうだったので、他の陸士が飛び蹴りで中断させたので失敗。
 美少女ま~だ~? とかいいながら、【今年のNG大賞】と書かれたディスクを挿入したカメラで撮影を続ける陸士一名。
 彼らは頑張った。
 けれども駄目でした。

「くっ、手ごわいな、さすがAMF!」

「魔法を全然使ってないような気がするが、気にするな!」

「了解!!」

 不味くて有名なジンギスカンキャラメルを噛みながら、陸士たちはガジェット共を見上げる。
 ジュンジュンと撃ってくるレーザーはうざいので、手で弾きながらだ。ぺしっと。
 え? どうやって手で弾いているかって? そんなのガジェットが出てきてから開発部が「レーザーは反射ぁああああ!」と叫びながら作った鏡面装甲製の手甲でである。
 一名ほど途中で拾ったレリックを持っているせいでガジェットに集中砲火を喰らっているが、ベルカ式魔導師にして毎日千回の正拳突きを日課にしている陸士だったため「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁああああああ!」と叫びながらレーザーを殴り倒し。

「最高にハイって奴だぜええええ!! URYYYYYY!!」

 と叫びながら、デンプシースタイルをしているのであと一週間は平気だろう。

「しかし、どうやって捕まえるかなぁ」

 くいっと首をかしげて、レーザーを避けながら陸士が呟き。

「くそ、あれが美少女だったら俺が全身を使って捕まえるのに!」

 と悔しそうに手でレーザーを叩いて陸士が呟く。

「馬鹿野郎! 美少女だったら、この胸に飛び込んでこいと叫んで、熱いキスを交わすべきだろうが!」

 げしっと先ほどの発言をした陸士を蹴り飛ばし、ついでに飛んできたミサイルにベクトル変換をかけて、後ろへと受け流した陸士が告げる。
 どうでもいいが、こいつらは全てBランク以下の魔導師である。
 空も飛べないとても弱い武装隊だ。
 彼らにはガジェットは捕らえられないのか!

 ――そう諦めようとした時!

「諦めるなぁああああ!!」

 咆哮と共に、ガジェットたちに上からネットが降り注いだ。
 それはとても巨大で、まるで美少女がバインドされたかのようないやらしさでガジェットたちの動きを拘束していく。

「なっ、あれは!」

「お、お前は!」

 廃墟の屋上。
 そこにネットを投げたのは先ほど死んだはずの陸士だった(虫取り網から放り出されて、飛んで逝った彼である)

「諦めたら、そこでゲームは終了なんだぜ!」

「しかし、どこからネットを!?」

「あいつがくれたのさ!! そう、あの方が!」

 そう告げて、屋上の上に立つ陸士が天を指した。
 その先には一台のヘリが。
 その運転席には一人の男が指を立てていた。

「ヴァ、ヴァイス!」

「ヴァイスの兄貴ぃいいい!!」

 ヴァイス・グランセニックが親指を突き出し、微笑んでいた。
 陸士たちの中ではヴァイス・グランセニックはとても有名だった。
 美少女たちが勢ぞろいする機動六課に配属し、つい六年前にうっかり愛しい妹を誤射してしまったが、それのせいでブラコンに磨きがかかった妹(美少女)といちゃいちゃする日々を送り、なおかつフレンドリーな性格と妹誤射事件以来美少女には決して当てず、悪党だけは抹殺する最高の狙撃主として名を馳せる青年。
 しかし、彼は妹にのみ操を立て、よく機動六課の女性陣とコンパを開いてくれるまさしく陸士たちの救世主。
 きゃー抱いてぇええと陸士の薔薇スキーが叫ぶほどのイケメンなのだ!!

「よし、よくやった!」

「やった! やったぞ、捕獲したぞおぉおおお!」

「ボーナスぅううう!!」

 陸士たちがハイタッチする。
 喜びのあまりフラダンスを踊った。

「よし、回収班を呼べ! 解体班! 奴らの完全な無力化を――」

 そう叫んで、まるで美少女に襲い掛かるケダモノのような勢いで陸士たちがガジェットに群がおうとした瞬間だった。




「陸士の皆! そこで止まって!」



 声がしましたよ?

「え?」

「全力全開! ディバインバスターァアアアア!」

 桃色の砲撃が、彼らの前を通過し、ガジェットを消滅させた。

『ゲェ――――!!!!』

 誰しも悲鳴を上げていた。
 ヴァイスでさえも、え~という顔をしていた。
 屋上の陸士はムン○の悲鳴ポーズだった。

「大丈夫? ありがとう、皆さんが足止めしてくれたんですね」

 そういって舞い降りる白い天使。
 高町 なのは。
 機動六課 スターズ隊長 コールサインはスターズ01 いまだ彼氏なし、狙う時は防御魔法を憶えるのが必要不可欠とされる女性だった。

「な、ななななな」

「お、おおおおおお」

「どうしたんですか?」

 ガクガクと陸士たちが揺れる。
 震える。
 貧乏ゆすりが全身を駆け巡っていた。

「何をするだー!」

「う~ううう、あんまりだ・・・HEEEEYYYY あァァァんまりだアァアァAHYYY AHYYY AHY WHOOOOOOOHHHHHHHH!!」

「陸士の夢と希望を打ち砕いた高町なのは、この俺が許さんッ!!」

「月に代わって、お仕置きよ!」

 陸士たちの絶叫が上がり、悪魔のように飢えた陸士たちが絶望の声と共に地面に泣き崩れていった。

「ぇ、ええええええ?」

 なのはが戸惑いの声を上げる中、陸士たちの泣き声はいつまでも止むことはなかった。
 ヴァイスすらもヘリの中で「空気嫁」と呟いた。

「び、美少女? いや、美女はぁはぁ」


 そして、カメラを持った陸士はなのはの周りでシャッターを切り続け、呆然とするなのはの貴重な写真を手に入れた。
 数分後、頭を冷やされたが。


「アッ――!!!」










 第一回ガジェット捕縛作戦……失敗。

 第二十四回ナンバーズ捕獲作戦に移行する。







************************
加筆修正などのペースによりますが、大体一週間か三日感覚程度に投下していきます。



[21212] 第24回 ナンバーズ捕獲作戦
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/17 09:38


 陸士108部隊。
 それは陸の精鋭。
 最新鋭の武装を保持し、優秀なる魔導師が揃い、兵揃いの部隊である。
 そして、彼らの中心人物に甘みも渋味も吸い分けた菩薩のようなゲンヤ・ナカジマ三佐。
 辣腕を奮う、とある陸士の集団から崇められるラッド・カルタス。
 そして、陸士たちのアイドル(一方的に)のギンガ・ナカジマがいた。


 そんな彼らの戦いをちょっと見てみよう。


 これは夢と愛と希望に満ちた名も無き陸士たちによる第二十四回ナンバーズ捕獲作戦である。




『こちらサードアベニュー警邏隊。近隣の武装捜査官応答願います』

『E27地下道に不審な反応を発見しました』

『識別コード、アンノウン。確認処理をお願いします』

 発せられる通報。
 それは非日常への誘い。



 ――状況アラート2 市街地に未確認隊出現

 ――隊長陣及び704出動準備

 ――待機中の隊員は準警戒態勢に入ってください

 ――現在は現場付近のフォワード部隊が確認に向かっています。

 機動六課に鳴り響く警報。



 戦いは始まる。
 そして、動き出す――熱い男たち。

「出撃だ」

 一人の陸士が呟く。
 その手にはカメラがあった。一眼レフカメラ、さらに暗所用に改造した違法品である。

「反応は?」

 もう一人の陸士が告げる。
 その顔には暗視スコープが付いていた。全員が同じように顔を覆う暗視スコープをはめている。
 顔は見えない、しかし不敵な笑み。

「わからん。しかし、可能性は高い」

 ボディスーツを着込みながら、陸士が告げる。
 彼らは戦士だった。
 そして、陸士108部隊のトラックの中で戦士の誇りを告げていた。
 手には手甲を嵌める。場所はレールウェイ。狭い場所での戦い、躱しにくいからの防御力の上昇。

「ガジェットはどうする? 捕獲するのか」

 ガシッと拳を打ち付けて、陸士が告げる。
 荒々しい獣の声。
 鉄すらも砕くベルカ式騎士の本髄。

「ボーナスのためだ。余裕があれば捕らえる、しかし――分かっているな?」

「ああ」

 全員が縄を背負う。
 ワイヤーを肩にかける。
 網をバックに背負う。
 盗撮用カメラを暗視スコープと連動させた。

「ナンバーズがいたら捕獲するぞおおおお!!」

「おぉおおおお!!!」

「メカ美少女萌ぇえ!」

「まだ見ぬ美少女たちよ!」

「はぁはぁはぁ」

 魂の咆哮。
 何かを決めているかのような叫び声が武装隊の輸送トラック内で響いていた。
 幸いというか予想済みなのか、輸送トラック内は完全防音であり、ガタガタと重量の高い面子が暴れても中で音が響くだけだった。
 ガタガタとタップダンスを踊るかのように足で床を踏み鳴らすが、不意に一人の陸士が我に返ったように告げた。

「落ち着け皆。ゆっくりと見かけ次第激写し、視姦し、捕縛し、説得して仲間にしよう」

 訂正。まったくもって我に返っていない。
 いや、元からこんなんである。

「レジアス中将がボーナス約束してくれるしなぁ」

 凶悪犯たるジェイル・スカリエッティの手先である。
 それの情報源として、そして実行犯の逮捕は至上だった。お手柄なのは間違いないだろう。

「っていうか、美少女のゲットは男の義務だな」

「愚問だ」

 問題はそんな理由ではなく、もっと下らない理由で乗り出す彼らだった。

 シリアスな顔つきで陸士たちは呟く。
 戦いの時は近づいていたのだ。

 具体的には十数分後だが。





 現場に到着する。
 一糸も乱れぬコンビネーションで陸士たちがトラックから降りた。
 完全フル武装(?)の陸士たちの姿に、先立って到着していた機動六課のフォワード陣は一瞬呆気に取られたかのように口を広げた。

「これは失礼したね、六課の諸君」

 ばんっと車から降り立った一人のオールバックの男性が、ガタガタとレールウェイの地下道に入り込んでいく武装隊を見つめるフォワード陣に声をかけた。

「っ、あなたは?」

 ティアナが代表として声をかけた。

「ん? ギンガから聞いていないかな?」

「ギンガ、さん?」

「ああ、私はラッド・カルタス。陸士108部隊の捜査主任をやっている」

 そう告げて、ラッドは微笑を浮かべながら、ざっと頭に手を当てた。
 オールバックの髪型を撫でながら、不敵な笑み。

「よろしく、頼むよ。機動六課諸君、不幸にも部隊の皆は君たちよりも魔導師適正が低くてね。頼りにしている」

「え、あ、いやそんな」

 褒められたと考えたのだろう、スバルがぶんぶんと紅くなって手を横に振った。
 他のフォワード陣も頼りにされてまんざらでもないのか、少しだけ恥ずかしそうに微笑む。
 そして、ラッドは周りを見渡しながら、耳元のインカムに手を当てた。

「ん? ああ、了解。αチームを先行させろ、目標を逃がすなよ。βはバックアップ、機材と退路の封鎖に勤めろ。ん? ああ、機動六課が来ている――いや、烈火は来ていない。暴動が起きた? 知るか、若さに目覚めろと伝えろ」

 ちょっと失礼と告げて、ラッドが車の片隅に走る。
 フォワード陣は機密事項でもあるのかしら? と常識的に考えた。
 実際はこうである。

「いいかよく聞け。安易な胸や尻に目覚めるのは男の性だろう。それに飢えるのも男の性だ。大変嘆かわしいが、男の情けだ許してやる。
 例えお前たちが、乳神様だと毎日崇めて、Dカップ以上しか認めない変態だとしても私は許してやる。
 しかし、未来の可能性を否定するのは許さん。お前らには一人でも断言出来るのがいるのか? あの中に一人でもDカップ――いや、もしかしたらFカップに目覚めるものがいるものかもしれない。
 健康的な美少女がFカップ、大変素晴らしいだろう。ツンデレのDカップ、喜ぶべきだ。ロリ巨乳など、もはや戦略兵器だ。
 若さを認めろ、未来に絶望するな。いいか、私たちは日々の未来のために生きている! 陸士の誇りを忘れるな!!」

 変態という名の紳士だった。

『……つまり?』

「ギャップ萌えだ!」

 うぉぉおおおと号泣の声がするイヤホンの先の通信をぶちっと閉じる。
 息つぎもせずにそこまで言い切ると、ラッドは大変爽やかな笑みを浮かべてフォワード陣たちの元まで戻った。

「すまないね、少し部下の教育が悪かったようだ」

「い、いえ、そんなに待ってないですから!」

 ティアナが緊張したように告げる。
 ありがたいね、っとラッドは微笑を浮かべると、不意にスバルに顔を向けた。

「ああ、そうだ。スバル・ナカジマくん」

「は、はい!?」

 名指しで呼ばれたスバルがぴんっと背筋を伸ばした。

「今後は私のことを義兄さんと呼んでくれても構わないよ」

「……へ?」

『――解析結果出ました! 動体反応確認、ガジェットです! Ⅰ型17機! Ⅲ型2機。Ⅲ型は今まで見たことが無い形状です、相対の際には気をつけて!』

 機動六課の面々に、そしてデータリンクされている陸士たち全員に伝わるオペレーターの声。

「やれやれ、大量のお出ましか」

 ニコリと笑う――ラッドの不敵な笑み。
 同時に通常武装した陸士たちが各々の班でレールウェイに侵入していく。

「索敵と包囲はこちらで担当する。六課諸君はこちらからのナビゲートで、侵入してくれたまえ」

「は、はい」

「自由に叩きのめして構わない」

 ばっと手を伸ばし、ラッドは告げる。

「さあ、悪をより残忍に叩き潰そう」





 暗い地下道。
 その中で蠢く大量の影と二人の人影があった。

「な~んか、凄い嫌な予感がする」

「……私もしてくるっす」

 ぶるりと肌を震わせて、青い顔を浮かべているのは独特のカチューシャで髪を止めたナンバーズ6のセイン。
 ライディングボードを抱え、髪を結い上げた少女の名はナンバーズ11のウェンディだった。

「き、機動六課は別にいいんだけど、あの陸士共が出張ってるし……」

 そう呟くセインの顔には過去のトラウマが浮かび上がっているのか、戦闘機人にも関わらず青白い血相だった。
 初めて出撃した時の恐怖を忘れることは出来ない。
 機動六課が出撃してくるよりも早く、とある市街地でレリックを回収しようとした時、セインは陸士たちと遭遇した。
 しかし、あろうことか陸士たちはセインを認識した瞬間、鼻血を吹き出し、奇声を上げながら殺到及びバインドを乱射してきたのだ。
 慌ててディープダイバーでレリックを回収し、逃げ帰ったものの出会うたびに奴らの対処方法は激しくなってくる。
 壁に潜ると理解してからはつるはしを持ち出して壁を破砕し、出ようとした場所で先回りされてカメラを構えた陸士たちに激写され、護衛に付いたノーヴェに至っては殴られながらも胸を揉まれたと一晩中泣いていた。
 一度潜入任務で普通の格好で町を出た時など、たまたま覗いた露店で自分達のフィギュアが売られた時は腰を抜かした。しかも、完全フル稼働で、5種類ほどの衣装違いバージョンがあったほどである(ちなみにセインの場合はナンバーズスーツと独自で作ったらしい夏服姿のフィギアが一番多かった、売れ筋だった)
 陸士○○部隊が愛を込めて作りました♪ とかいう広告文が付いていた時はどう反応すればいいのか真面目に悩んだほどだ。

「……超絶的に帰りたいッス。なんていうか、お嫁にいけなくされそうで」

『ンー、その場合は諦めるべきね』

 モニター画面に写るクアットロが酷く冷たい顔でそう告げた。

「いやー! ッス」

「どうするクア姉~」

『とりあえずⅢのテストは大体終わってるけど、戦闘実験もしたいからぶつけるだけぶつけなさい。あとは遠隔で遊ぶ程度にして撤収ね』

「了解~」

「さっさと終わらせるッス!」

 というわけで、GOと叫んでウェンディの指示でガジェットたちが動き出す。
 同時に多脚型の新型ガジェットⅢも地ならしを上げながら動き出した。

 戦いが始まる。

 多数の人間(主に陸士たち)が望んだ戦いが。





 爆音。
 斬撃。
 打撃。
 粉砕。

「これでラストォ!!」

 マッハキャリバーを振り上げて、大きく足を上げての回し蹴りがガジェットにめり込み――粉砕した。
 爆風が吹き荒れるも、バリアジャケットの耐久性がそれを遮断する。
 精々強い風が吹き荒れて、鉢巻とそのたわわに実った乳房が揺れるだけだった。15歳にしては反則的なバストである。
 まるでマシュマロだと叫ぶものもいるほどである。

「おぉー」

 と告げる陸士たちの目はガジェットの撃破よりも、スバルの胸に注目していることは言うまでも無い。
 ついでとばかりに飛んでくるガジェットの破片をデバイスで払いながら、撮影をしている陸士も居た。片手で塞がって、家庭用ビデオ持ちである。
 相方らしい陸士が【機動六課の健康美少女、スバルちゃんがガジェットを蹴りで撃破する】と書かれた紙をカメラ前に写し、原始的な編集をしていた。

「よし、これで七機撃破したね!」

「ええ! 108部隊の人たちは――」

 そう叫んで、フォワード陣が振り返る。

「我に断てぬモノ無し!!」

 鮮烈とした制服をモチーフにしたバリアジャケットに、大剣型のアームドデバイスでガジェットを両断し。

「衝撃のファーストブリットォオッ!」

 紫色の装甲服型のバリアジャケットを身に纏い、華麗な脚部装着型の足甲デバイスで旋回しながら、ガジェットを粉砕し。

「クールに逝きな――ジャックポット!」

 白髪、赤いコートを翻し、変則型の二挺拳銃デバイスで息する暇もなく蜂の巣にする陸士たちの姿が居た。
 一々ポーズを決めていた。明らかなカメラ目線でだ。ついでにパシャパシャと撮影している陸士も居た。

「全滅したな!?」

「さあ先を急ぐぞ、野郎共!」

「休んでなどいられない! 出撃だ!」

 同時にカメラを構えていた面々もイヤホンに手を付けて、「こちらβ! αチームどうした!? まだ敵は見つからないのか!! ケツの穴を二つに増やされたくなかったらさっさと見つけろ!」と叫んでいる。
 持っていた一眼レフなどを懐に隠した陸士の面子は一糸乱れぬ動きで先導するかのように、フォワード陣たちの横を通り過ぎていった。

「頼もしいわね」

「そうだね!」

「陸士の皆さん……強いです」

「どうして、僕を見て息を荒げてる人がいるんでしょうか?」

 三名の少女達が少しだけ意見を変えて、一人の少年が首を傾げていた。
 エリオきゅん、という声がしたような気がしたけれど、それは多分風がレールウェイを通り抜ける際に聞こえた空耳だということにしておいた。

『っ、ガジェットⅢの一機が近づいているわ! 警戒して、皆!』

「了解!」

 オペレーターのアルトの声が鳴り響く、フォワード陣が構える。
 その後ろで先ほどまでの様子からうって変わって、膝射姿勢で一斉に陸士たちがカメラを構えた。
 後ろからのアングルが撮り放題だった。
 盗撮用のシャッター音が消音されたカメラが凄まじい勢いでフィルムを切り始めた。





「あーもう、1機がぼこられてるッス」

 モニターしていたガジェットⅢの一機の反応がなくなったのと確認し、ウェンディが声を上げる。

「あいつら、フォワード陣はもう単独でAランク魔導師も同然だな。固有スキルならAAくらいか?」

 ガジェットの一機をイス代わりに、足を開いて休んでいたセインが呟く。

「やばいっすねー。別々の特化技能を組み合わせることで総合的に能力も上げてるし。仕留めるなら分断して、個別撃破が正しいッスね」

 そういって、ウェンディがライディングボードを構える。

「ん? どうするつもりだ」

「ちょっとテストッスー」

「しっぽ捕まれたら、ウー姉とトーレ姉が怖いから一発撃ったら終わりにしろよー」

「分かってるッス。これを撃ったら、後はⅢ型ぶつけて撤収ッスね」

 まるで砲台の如く、ウェンディが足を組みなおし、腰を低く、尻を突き上げるような構えで、ボートを構えた。
 その先端からは魔力の光。
 ボード内部に仕込まれた魔力カートリッジを応用したバッテリーから供給される魔力が、内蔵プログラム回路に沿って魔力弾を形成する。

「たまや~」

 カチッと引き金を引いて――弾が射出された。
 瞬間。

 ちゅぼんと爆発した。

「ぶふっ!!」

 自爆風味にウェンディが吹き飛ぶ。

「あー? なにやってるんだ、ウェンディ」

 アホかと暢気に身体を持ち上げて、セインが呟く。

「い、いや、それが――上ッス!」

 自分でも分からない、そう告げようとした瞬間、床に転がっていたウェンディが頭上に気付いた。
 その声は緊迫したものだった。

「は?」

 上を見るセイン。
 そこには――赤い光が無数にあった。
 二つずつ並んだ光が、まるで蝙蝠の群のように並んでいた。

「ウェェエエエエエエエエ!!?!」

 奇怪な叫び声を上げるセイン。
 それだけ目の前の光景はおぞましかった。

『発見!』

『発見!!』

『確保ぉおおお!!!』

 それは人影。
 それは人型。
 それは人間。
 それは――陸士。
 全身黒尽くめで、頭には暗視スコープを付けた、陸士たちがゴキブリのように天井に張り付いていた。
 その数は六!

『見つけたぞ!』

『我がボーナス!』

『俺の嫁!』

『いや、俺の嫁だけどな!』

 ボトボトと天井から六人の人影が落下する。
 それはさながら熟れ過ぎた果実が重力に引かれて落下し、地面で潰れる様のように。
 けれど、彼らは手足を使い床で受身を取り、生まれたての子鹿のような動きで起き上がる。

「変態ダァアアアアアアア!」

 絶叫を上げて、反射的にウェンディがライディングボードの砲口を降り立った陸士たちに向け、即座に引き金を引いた。
 しかし、それを陸士たちは見事な側転で左右に跳び分かれて避ける。
 爆風が、着弾した遥か向こうの通路から響いた。

「逃げるぞ、ウェンディ!!」

 セインが指を鳴らし、残ったガジェット全てを戦闘モードに移行させる。
 レーザーが発射される、さらにⅢ型が軋みを上げながら軽やかな動きで陸士たちに迫るが。

「無駄、無駄、無駄ぁあああ!!」

 陸士たちがレーザーを飛び跳ねて避けると、さらに壁を蹴った。三角跳び。
 跳ねながら、旋回、体のバネを極限までねじ回し――

「ドリルキィック!」

 飛来し、チューブで襲い掛かるガジェットに蹴りを叩き込む。めり込み、さらに捻りを入れた蹴りが内部部品を撒き散らした。

「触手プレイ以外に、メカは要らん!!」

 そう叫んで、残った片足で器用にオーバーヘッドキック。
 遥か後ろに飛んでいったガジェットが床にガコンとぶつかり、爆発。背中から落ちた陸士は受身を取って、さらに後ろにバック転をしながら起き上がる。
 残った五人も踵落としを決めたり、拳でカメラ部分を貫き取得していた魔力変換資質の電気でショートさせたり、二人掛かりで左右から魔力弾でゼロ距離射撃などをして、即座に破壊する。

「雑魚が!」

「味噌汁で首を洗って出直しやがれ!」

「そして、地獄で懺悔しろ!」

「フゥハハハハー!」

 アドレナリン全開状態の興奮し切った声で陸士たちが吼える。
 しかし、そんな彼らの前にガシガシとコンクリートの床に亀裂を入れながら迫るガジェットⅢの巨体があった。

「っ! フォーメーションダブルデルタ!」

『ラジャー!』

 隊長格の陸士の言葉と同時に陸士たちが駆け出す。
 ガジェットⅠ型とは比べ物にならない高出力のレーザーが駆け巡り、咄嗟に回避する陸士たちの裾を掠めて、焦がした。
 けれど、彼らは止まらない。
 撹乱するかのように壁を蹴り、床を蹴り、ベクトル変換の魔法を使用し、天井と壁を駆け回る。
 まるで編隊を組む鳥のようだった。
 一糸乱れぬコンビネーションに、Ⅲ型のAIがレーザーでは捉えきれぬと判断して、前面を開いて作業用兼戦闘用のアームベルトを吐き出す。
 縦横無尽に敵を叩き潰す鋼鉄のベルトが狭い空間に吹き荒れた。
 壁を破砕する、天井が崩れる、床が砕け散る。破壊の嵐だった。
 生身の人間にはひとたまりも無い。
 Bランク程度の魔導師のバリアジャケットでは耐え切れまい。
 防弾繊維と強靭な合金で作り上げられた手甲とアーマーならばなんとか耐えられても、数発程度。
 吹き飛ぶ。
 何名もの陸士が吹き飛んだ。

「ぶっ!」

「がぁっ!!」

 壁に激突し、ゴムのように跳ね飛ぶ。
 中央から打ち込まれ、床の上に転がった。
 けれども、彼らは止まらない。追撃に迫る細いアームチューブの刺突を躱し、床を転がって跳ね起きる。
 ダン、ダン、ダン。
 踊るような破壊の乱舞。
 数分と見たずに、周辺が破壊される。壊れ逝く。

「だが、タイミングは掴めた!」

 隊長格の陸士が叫ぶ。その手には障壁、魔法の力。

「タイミングを合わせろ!!」

『応!!』

 二人が床を蹴る。
 一人が壁を蹴る。
 三人が天井を疾る。
 デバイスと武装を抜き放つ。

「アイン!」

 一人の陸士が飛んだ。真正面からアームベルトに拳を叩きつける。ベクトル操作、方角はそのまま、ただ――加速させる。
 触れた陸士の手甲を削りながら、止まらずに、その矛先のみが突き進み、進みすぎた勢いにガジェットのアームベルトが伸びきり、体勢が崩れた。

「ツヴァイ!」

 そこに天井から落下する陸士。
 その手には短杖形のデバイス。その先端から魔力刃。カートリッジロード、鉄すらも切り裂く刃。
 一刀両断。
 アームベルトが吹き飛ぶ。

「ドライ! フィーア!」

 二人の陸士が床を疾走する。
 ベクトル操作、足に嵌めた足甲に障壁を展開。旋回しながら、ベクトル操作。
 加速――全てを砕く鉄槌と化す。
 足が砕けた。二本の脚部を粉砕する。
 ガジェットⅢの巨大が揺らぐ。同時に防衛機能が働いたのか、AMFの出力を上げる。
 空間が揺らいだ。

「フュンフ!!」

 カートリッジロード。
 発生したAFMにも負けぬ魔力量で、陸士の一人が真正面から砲撃。
 絶叫を迸らせながら、減衰していく砲撃をガジェットⅢの装甲に撃ち込む。装甲が溶解する、反撃のレーザーが陸士を吹き飛ばした。
 悲鳴が上がる、けれどバリアジャケットが、事前に着込んだ装甲服が彼を護る。吹き飛びながら親指を立てる。

「ゼックス!」

 隊長格が走る。
 手には長杖。無骨なデバイスで、天井から飛んだ。狙いは溶解した装甲、魔力刃。AMFの濃度に減少しながらも、ナイフサイズの刃が装甲に食い込む。
 しかし、それではトドメにならない。
 ならば、ならば、仕留めるには――

「くたばれ、鉄くず」

 杖の中心部からカートリッジが排出される。
 増強する光、突き迫るアームチューブに恐れもせずに、叫んだ。

「ぶっとべぇええ!」

 追加魔法発動――砲撃。
 AAAの魔導師ならはいとも容易く障壁で弾ける程度の砲撃。
 けれど、それは装甲を貫かれたガジェットⅢの内部を焼き尽くすには充分過ぎた。

 ――爆散。

 陸士たちを巻き込んで、その通路は燃え上がる紅の炎と風に呑み込まれた。






「はぁはぁはぁ――あー、ビビッた」

「マジで犯されるかと思ったッス」

 クラナガン市外、ディーブダイバーの能力でリニアウェイから脱出したウェンディとセインが荒く息を吐き出した。

「ぅー、ガジェット使い切っちまったし、迎え呼ぶかー?」

「一応ライディングボードがあるから、途中まで飛んでいけるッスよ~」

「でも、少し休憩しようぜ」

「さ、賛成ッス。神経が磨り減った……」

 はぁはぁと夜の闇の中で、発汗機能だけは残してあるのか、喘ぐように二人の美少女が息を吐き出し、胸を揺らめかせた。
 腰を下ろし、両手で地面に触れる。
 ぴったりと体のラインを浮かび上がらせるスーツが艶かしく仰ぐ少女の肢体を映し出していた。
 空を見る。
 クリーンな環境のおかげで、都市内だというのに星がよく見えた。
 静かな空には相応しい光景だった。

 ……ウゥゥン……

「ん? ウェンディ、お前何かいったか?」

「え? なんもいってな――」

 ブルウゥウウン!
 それは唸り声にも似た鋼の咆哮。

「なっ、嘘だろ!?」

「ど、どこか!?」

 セインとウェンディが立ち上がろうとした瞬間、音は――上から降り注いだ。
 空から、正確には周りに建造されたビルの屋上から何かが飛び出す。
 それはバイク。
 フルフェイスのライダーたちが乗り回す、鋼の馬。

「うぇえええええ!!?!」

「ええええええええ!!?」

 唸り声を上げて、バイクたちはビルの壁を滑走する。
 まるで床のように、まるで重力の存在を忘れたかのように、一気に落ちていく。
 ブレーキなどしない。
 アクセルを回し続け、水触媒のエンジンが咆哮を上げて、車輪を回転させる。
 それは陸が誇る特車部隊。
 Cランクまでの魔導師によって作り上げられた、ミッドチルダの交通を護り、犯罪者を追う鋼の騎馬隊だった。
 何故彼らが壁を走れるのか?
 それは飛行魔法が関係している。
 一口に飛行魔法といっても、幾つか種類がある。
 大気などを操作し、飛行するタイプ。
 重力などの慣性を操作し、擬似的に飛ぶタイプ。
 魔力の足場を形成し、それらから跳躍して空を舞うタイプ。
 そして、その中にベクトルを操作し、空を舞う魔法がある。
 実質飛行魔法の習得自体は難しくない。問題は飛行適正――すなわち三次元の機動及び空中での飛行に適応出来る脳力があるか否かである。
 そして、生まれつき飛行適正も持つ者は限られている。後天的な訓練でも習得は可能だが、多大な期間と資金が掛かる。
 そのため空士がエースと呼ばれるのだ。
 肝心なのは飛行魔法の習得自体は難しくないということ――すなわちベクトルの操作は可能ということである。
 繊細な操作技術の習得と血のにじむような修練の果てに、バイクという乗り物に乗りながらのベクトル操作を可能とした部隊なのである。

 そんな彼らが一斉に二人のナンバーズの周りにタイヤを軋ませながら、着地する。

「くっ」

「ウェンディ! ライディングボードで!!」

 そう続けようとした瞬間だった。
 さらにド派手な破壊音を響かせて、工事途中だったらしいバリケードを突き破り、頑強な装甲車がドリフトしながら到着する。
 ガンっと扉を蹴り破り、その中から現れたのは無数の大砲らしきものを構えた装甲服の集団だった。

「援軍か!」

「しかし、なんでこんなに早く!?」

 逃走ルートは念入りに下準備をしたはずだ。
 何故こうも読まれるのか、二人には理解出来なかった。

「ふふん。教えてやろう!」

 そう叫ぶのは最後に現れた全身が黒こげた陸士だった。
 ごふっとススを吐き、不敵な笑みを浮かべる。

「答えは一つ! お前達に発信機を付けたのだ! というわけで、お尻辺りを触ってみろ」

『え?』

 二人が慌てて自分のお尻に手を当てる。瞬間、パシャパシャというフラッシュと音が響いた。激写タイムだった。
 そして、ウェンディが声を上げて、くっ付いていた紅く点滅する発信機を発見する。

「っ、やられた!」

「さあ、観念するがいい!」

「嫌だね! ディープ――」

 セインが地面に手を当てて、ISを発動しようとした瞬間だった。

「構え!」

 ザッと重々しい足音を立てて、砲口が一斉にセインに向いた。

「セイン!」

「――放てぇ!!」

 瞬間、連発した砲撃音が轟き、黒い砲弾が次々とセインに着弾する。
 そして、着弾した砲弾は破裂し――白濁液となってセインに降り注いだ。

「っう! なんだこれ!?」

 粘つく白いジェル。
 もがければもがくほど絡みつく粘着質な白濁色の物体。
 火傷しそうなほどに熱く、全身に絡みつく。
 それはセインの全身を束縛し、拘束し、覆い尽くす。
 その光景に数名の陸士は鼻を押さえ、数名が無言で録画用ビデオの録画ボタンを押したのはいうまでも無い。

「見たか! 開発部特製トリモチ弾だ! 大人しくゲッチュされるがいい!!」

『ゲッチュー!』

 一糸乱れぬ動きで一斉に手を挙げ、奇声を発する陸士たち。

「セインッ!」

「逃げろ、ウェンディ!! アタシはいいから!」

 そういって、セインは指先に仕込んだカッターでスーツの胸元から手首までの部分を引き裂き、僅かに動くことが出来る手で携帯していた閃光弾を掴んだ。
 同時にスーツの剥がれたセインにカメラを向ける陸士多数。
 艶かしい肌を露出させながら、姉妹を逃がすためにセインが絡みつく拘束に抵抗しながら閃光弾を投げ放つ。

 そして、閃光。

 夜闇が白い光に満たされた。

「くっ!!」

『目が、目がぁあああああ!』

 カメラを向けていた陸士全員が目を押さえて悶え苦しむ。
 馬鹿の末路だった。

「ごめん、セイン!!」

 咄嗟に視界をシャットし音声もシャットして、ライディングボードに飛び乗ったウェンディがバーニアを吹かして、空に舞い上がる。
 その目には涙が溢れていた。
 天へと帰る天女のように、光を曳きながらウェンディが空へと飛び出していき――

「逃がすかぁああああ!!」

 バイク部隊の陸士の一人がエンジンを吹かし、己の脚力のみで地面を蹴りつけると、バイクごと跳んだ。
 衝撃音を立てて装甲車の上に飛び乗り、さらに車体をジャンプ台へと変えて、跳ぶ。
 まるで月へと攫われるカグヤ姫を追う、帝のような形相で高々と舞った。

「なっ!?」

 高さにして数十メートルの高みに、迫る声にウェンディが振り向く。
 瞬間、陸士がバイクを踏み台に、さらに跳んだ。
 怪鳥のポーズで、陸士はウェンディの上を取った。取ったのだ。

「だりゃあああ!」

 両手を広げて、ぐわしとウェンディにしがみ付く。むしろ抱きついた。

「なっ、ナナナナナ! 離せぇええッス! 変態! ど変態! Do変態ッス!! どこを掴んでるんすかぁあああ!!」

「放すかボケェエエ!! 俺のボーナスゥウウウ!!!」

 クルクル舞い踊るライディングボード。
 暴走する回転に、乱暴なダンスは美しくも騒々しく空に舞い踊る。
 必死に叩き落そうとするウェンディに、ちょっとだけイケメンの若いバイク乗り陸士はウェンディの大きな胸をわし掴みにし、腰に腕を廻し、必死の形相で捕らえていた。
 まるで美少女に襲い掛かる暴漢のような光景だが、彼は至って真面目にボーナス狙いだった。
 美少女狙いではなく、金の亡者というミッドチルダUCATの中ではマトモな男である。

「よくやった!」

 そして、地上にいる装甲服の陸士が右手を左手で掴み、天へと伸ばした。
 ――シュバンッ!
 音を切り裂く、破裂音。
 同時に天へと滑走する黒い礫が、空を舞い踊り、破廉恥な声を上げる少女と男の足首に絡みついた。

「へ?」

「ぬぉおおおおおお!!」

 ワイヤーアンカー。
 手甲に内蔵された特殊装備であるそれを放った男は、大地に脚をめり込ませながら全身に魔力を込める。

「第97管理外世界の嵐の海でカツオとかいうのを一本釣りした時と比べればナンボのものよー!」

 ふんぬ! と鼻息を発し、彼が大きく体を捻る。
 そして、二人が空をさらに舞った。
 ぁあああああっという声と共に月の綺麗な夜空に二人の人間が放物線を描いて墜落した。

「へい、キャモーン!」

 両手を広げて、満面の笑みを浮かべる陸士。
 ――そこに割り込み。

「どけぇええい! 俺がキャッチする!!」

 飛び蹴りで退かした陸士の場所に、もう一人の陸士が滑り込む。

「いや、俺だ!」

「いや、私だ!」

「僕だ!」

「それも私だ」

 しかし、そこに殺到する陸士共。
 ひゅるひゅると近づいてくる二つの影――そして。


 どごーん。


 大量の陸士を踏み台に、男と少女が無事墜落した。


「ナンバーズ――ゲットだぜ!」



 こうして、ウェンディとセインは逮捕された。
 その後、祭り上げるかのように大量の陸士たちが簀巻きにしたウェンディとセインを踊りながら地上本部に連行したのは言うまでも無い。
 こうして再び市民たちの不信感は上がったが元々最低クラスなので誰も気にしなかった。

 機動六課の面々?
 ああ、ガジェットを掃討して、無事に任務完了です。













 おまけ
 
 

「うぅ、お嫁に行けなくなったッス。責任取れッス」

「えぇええ!?」

 ウェンディと名も無い陸士の間にちょっとしたフラグが立った。



 第24回 ナンバーズ捕獲作戦 成功

 第1回 聖王の器 争奪戦に移行する。






****************
某兄貴復活編まではとりあえず毎日更新で行こうと思います。
それからは断続的にということで。



[21212] 第1回 聖王の器 争奪戦 その1
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/18 01:06

 ミッドチルダUCAT。
 元の名称は時空管理局地上本部。
 しかし、その名称はもはや建造物としての名称であり、組織名はミッドチルダUCATに統一されている。
 何故UCATなのか?
 それは数十年前、彼らが接触したある時空世界の組織による影響を受けたらしいが詳細は不明である。
 ミッドチルダという時空世界を護るための最後の壁でもあり、数百人以上の規模を誇る陸士たちによって構成された地上部隊。
 幾多の問題を起こしながらも、優れた実績と能力により幾多の危険犯罪者及び組織を摘発している地上部隊は極めて優れた組織といえるだろう。
 しかし、彼らを危険視する人間は多い。
 それも陸とは因縁の関係にある海――すなわち本局においてその意見は多かった。
 低資質の魔導師が大部分を占める陸士でありながら、極めて迅速な制圧能力を持つUCAT。
 質量兵器規制などで制限されながらも、日々画期的な武装や機器を作り上げる技術力。
 いずれは本局に反旗を翻すのでは?
 そう考える人間は多かった。
 同じ組織でありながら、他の優れたものを恐れる者は多い。
 それが人の性だ。

 そして、とりわけ採用という形で陸の優れた人材を引き抜き続けた負い目もあって。
 それは間違いないという疑心暗鬼にまで取られていた。

 時空管理局。

 時空の治安を護る組織は内部に孕む鈍痛にも似た爆弾を抱えていた。





 一方その頃、とある日の地上本部。
 第37陸士部隊詰め所で、声が上がっていた。

「おーい、線画出来たか?」

「ああ、ちょっとまってろ」

 机の上で、何やらペンを走らせていた制服姿の陸士がふぅーと息を吐いて、消しゴムのカスを飛ばす。
 そして、机に並べていた無数の写真――ティアナ・ランスターとフェイト・T・ハラオウンの写真(盗撮)を見比べて、満足げに浮かべる。

「出来たぞー、我ながらいい仕事だ」

「おおー、実にGJ!」

 それを見た陸士たちが、パチパチと手を叩く。
 線画に描かれていたティアナとフェイト、それはまさしく彼女達がバリアジャケット装着時に垣間見える裸身だった。

「スキャナーに取り込めー!」

「色塗りだー!!」

 フェイトそん萌えー! ティアナちゃん、実に色っぽいぜ! 百合最高! 実はくっついてんじゃね?
 などという喝采が上がる。

「納期は近いぞ、なにやってんのぉお!!」

 その言葉と共に陸士たちが一斉に作業用デスクの前に戻る。
 カチカチとペンタブを一人の陸士が動かし、或いはキーボードを叩き、もう一人はヘッドホンに耳を当てて音の調節をしていた。
 スキャナーに取り込まれた線画が、ペンタブを動かされるたびに次々と色が塗られていく。赤毛の掛かったブロンドも、黄金を寄り合わせたような金髪も、その実に絶妙な肌色をも陸士が手を振るうごとに魔法のように色付けされ、命が吹き込まれていく。
 そして、ティアナの裸身はもとより、特にフェイトの尻への色付けは実に神掛かっていた。
 彼らの中では尻神様と影で崇拝されるフェイトそん、その尻に関して一切の妥協など許されないのだから。

「BGMとSEの編集はどうした?」

「今やってるー」

「なぁ、ここのシナリオの台詞をさ『フェイトさんには分からない』 じゃなくて、『フェイトさんには、分からないんです!』っていう方がツンデレっぽくない?」

「あーそうだな。俺も修行が足りないぜ。ありがとな」

「か、勘違いしないでよね! 貴方のためにやったんじゃないんだから!」

「お前がツンデレかよ!」

 八人にも及ぶ陸士たち。
 待機中の彼らは詰め所で――エロゲーを作っていた。

 仕事をしろ。






「うっ!?」

 機動六課隊舎、部隊長室でフェイトは突然走った悪寒に身体を抱きしめた。
 それは熱にして39度にも及ぶ風邪を引いた時にもする寒気であり、まるで尻を触られたかのようなおぞ気だった。

「ど、どしたん?」

 フェイトからの報告書を受け取り、目を通していたはやてが少しだけ驚いたように声を上げた。

「いや、ちょっと寒気を感じて」

「体が資本の仕事やからなー、気をつけなあかんよ」

 おかしいな? 昨日は早めに寝たのにと首を傾げるフェイトを置いといて、はやてが再び報告書に目を向ける。
 そこには【逮捕したナンバーズにおける調査内容】という文面だった。
 ミッドチルダUCATによる尋問の結果、大した情報は未だに手に入ってないらしいが、戦闘機人の総数は12人だということが判明したと記述されている。
 他にも細々と文章が書かれていたが、はやては酷く気になるものがあった。

「なあ、フェイトちゃん。一つ聞いてええか?」

「なに?」

「逮捕されたナンバーズの写真なんやけど――なんでチャイナドレスとレースクイーンの衣装?」

 ファイルに送付されていた写真に写っていたウェンディはレースクイーンの水着姿、セインはチャイナドレスだった。
 それも一人に付き5枚もの写真で、それぞれ違う角度とポーズで撮られている。まるでグラビア写真集のような勢い。
 何故かシクシクと泣いているし、その写真の横でスリーサイズが羅列されているのが酷く不気味だった。
 測ったのか? 計ったのかとはやては思った。
 一瞬はやての脳裏に、メジャーを持って襲い掛かる暴漢魔の如き複数の男たちの姿が浮かんだが、真実は違う。
 ただ簀巻きにしたウェンディとセインを輪になった数十人の陸士で囲んで、パイプイスに座りながら、メモ帳とペンを手に競り市のように予想スリーサイズを討論しただけである。
 その反応をうかがいながら一番正解に近い数字を割り出しているというおまけ付きだ。
 むろん指一本触れてなどいない、彼らは紳士だから。

「えっと……報告書を渡してくれた人は『ああ、それですか? その格好は写真を撮るならこの格好じゃないと嫌だ! と是非ともいわれたので、着替えを渡してあげました』って凄い爽やかな笑顔で言ってきたよ?」

 フェイトは気付かない。
 それを言い出したのはナンバーズなんかではなく陸士たちだということに。
 決して嘘はついていないものの、爽やかな笑みと口調でフェイトは騙されていた。

「そ、そうか……」

 とりあえず後でこのウェンディとかいう戦闘機人の写真だけはコピーして、秘蔵アルバムに納めとこうとはやては密かに企んだ。
 おっぱい、おっぱいという単語が一瞬脳裏に浮かんだが、仕事中だということを思い出して軽く頭を振った。

「まあともかく、まさかUCATの皆がナンバーズを逮捕するとは思わんかったわ」

「そうだね」

 自惚れるつもりはないけれど、ナンバーズ――すなわち戦闘機人は極めて優れた戦闘能力とISを保有している。
 本局の高位魔導師クラスの実力はあるのだ。
 基本Bランク以下、陸士の中でも練度の高い陸士108部隊とはいえ、Aのギンガを機動六課に出向させている以上真正面からの相対は危険だと踏んでいたのだが――

 数の暴力はやはり偉大だったようである。

「まあええわ。どちらにしてもこれでぐぐーっと預言を防げる可能性が高まったことやし」

「そうだね」

 どこかじろじろ見られているかのような悪寒に、フェイトが後ろ手でお尻のスカート部分の皺を直した。

「そういえば、フォワード陣はどしたん? 確か今日は休暇のはずやけど」

「あ、あの子たちなら街に出てるはずだけど。ティアナとスバルならヴァイス陸曹からバイクを借りていったみたい」

「そか」

 そう告げてはやては不意に一枚の書類を取り出した。

「まあのびのび楽しんで欲しいわ。まだ子供やし、私らが頑張れええ」

「それは?」

「例の事故の報告書や。今、ギンガに調べにいってもらっとる」

 そう告げて、はやてがぱさりと机の上に書類を置いた。
 その文面には【市外地下トンネルで発生したトラック事故について】と書かれていた。





 そこは暗い場所。
 それは地下トンネル。
 そこにギンガは訪れていた。

「やぁ、ギンガ。七十八時間、三十五分、二十四秒ぶりだね」

 散乱したトラックの部品。
 ゲシゲシと陸士たちに蹴られているガジェットの残骸。
 勘弁してくださいと泣きついているトラックの運転手の首筋を掴み、尋問している陸士。
 パシャパシャと現場証拠のための写真を撮り、効率的に現場現象をしている鑑識班。
 彼らは陸士108部隊。
 ギンガの元の部署であり、ギンガに声をかけたのはその主任でもあるラッド・カルタスだった。

「ついこの間会ったばかりなんですけど、カルタス主任」

「いけないな。物事は全て正確に測るべきだ」

 そうだろう? と当然のように告げるラッドはいつみても見事なオールバックの髪を一撫でして、当然のように告げる。
 ギンガは少しだけ頭痛を堪えるように頭に手を当てた。
 彼女が管理局、それもミッドチルダUCATに所属してから数年。未だに彼女は独特な彼らの雰囲気になれない、なれることを拒絶していた。
 過去には何度もフィギュアを無断に作成され、注意と没収の果てに、泣きながらそれを破砕し、同僚を殴り飛ばした暴行事件などを起こしてしまったこともあったのだが。

「純情少女は実にイイッ!」

「最高だね!」

「君は売れるぜ!」

「俺たちのハートを、キャッチマイハート!」

 などという意味の分からない言葉と共に笑って許された。
 むしろもっと踏んでくれと告げる人間も多数居た。むしろ翌日には陸士たちを殴った時のポーズそのままのフィギュアが大量生産されていた。あまりのおぞましさに、ギンガが布団を被ってしくしくと涙を流したのも十回ではきかない。
 少なくとも父親であるゲンヤに続いて、まだマトモなラッドにギンガは頼ることが多いのだが、独特な会話のテンポに戸惑うことも多い。

「ああ、そうだ。いつものことだが、気軽にラッドと呼んでくれないか?」

「いえ、上司ですし」

「君と私の仲じゃないか」

 ハッハッハと笑って告げるラッドの言葉はきっと彼なりのジョークなのだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
 ギンガは知らない。ラッドは常に本気だということを。

「まあ将来の話はそこまでにして、とりあえず鑑識班の報告を聞くかい? ギンガ」

 しょ、将来?
 と首をかしげながらも、ギンガが頷く。

「どうやらこのトラックは違法品を運んでいたらしくてね、それも――生体物らしい」

「え?」

 そういって、ラッドが首を傾げる。
 トラックの運転手が羽交い絞めにされて、その両脇をくすぐられながら「吐けー! 中に積んでいた幼女はどこだぁああ!!」「し、知らないんだ! 本当なんだ!」
「うるさい黙れ! 幼女だぞ!? ょぅじょなんだぞ! 傷一つ付いてみろ!! お前の罪を五倍に増やして、臭い飯を鼻から食わしてやる!!」「ひぇええええ」という阿鼻叫喚状態だった。

「あ、あの人は何を?」

「先ほど違法物を運んでいたと説明したね? どうやらそれを運んでいる最中に、トラックがガジェットに襲われたらしい。通報を受けて到着した特車部隊がガジェットを撃破したものの、どうやら積荷の幼女が脱走したそうだ」

「よ、幼女ですか?」

 真顔で幼女と告げた上司をマジマジと見るギンガ。
 その視線にラッドは軽く微笑み、視線を違う方向に向けた。
 すなわちトラックに。

「ああ。そのポッドを見てみたまえ」

 そう告げてラッドが指差した遺留品、それは大人ほどの大きさを誇るポッド。
 辺りに緑色の薬品を撒き散らし、事故の衝撃で破砕したのかガラス部分が砕け散っていた。

「どうやら人造人間――或いは改造人間、それも少女らしきものが脱走したようだ」

「なっ!?」

「現在特車部隊及び追跡班が追っているが、ギンガも彼らに合流してくれ。ガジェットが襲撃してきたということはおそらくレリックがらみだ」

「了解です!」

 ラッドが差し出した無線機とイヤホンを受け取り、耳に装着しながらギンガが走り出そうとする。

「ああ、それといつ戦闘になるか分からないからバリアジャケットは装着しておいたほうがいい」

「っ、はい!」

 言葉に甘えて、ギンガがデバイス――待機状態のブリッツキャリバーを握り締め、バリアジャケットを纏う。
 一瞬の閃光にも似た輝き。
 瞬くような瞬間に衣服が分解され、待機状態から起動状態になったリボルバーナックルが左手に、ブリッツキャリバーが両足に、露出していた裸身に光が纏う、それは視認するのも難しい一瞬の装着だった。
 その姿を鑑識班が、運転手を羽交い絞めにしていた陸士が運転手の顔を明後日の方向に向け、全ての陸士が一斉にカメラと血走った目を向けたのはいうまでもない。
 そして、ギンガの装着シーンをもっとも間近で視姦したラッドは短く、「実にいいね」と表情を変えずに告げると、手に持っていた無線機の通話スイッチを押した。

「追跡班、追跡班、そちらの状況はどうだ?」





 闇の中に声が響いた。

「こちら追跡班、チームγ。現在クラナガン地下下水道を探索中です」

 そう告げるのは三人組の陸士の一人。
 手に短い警棒タイプのデバイスを握り締めた隊長格の陸士。

『こちらラッド。引き続き変わったことはないか?』

「こちらチームγ。下水道内を反響して、機械の駆動音らしきものを補足。おそらくガジェットが潜伏している模様」

『了解。そちらのチームにギンガ及び援軍を送る。交戦しても無理はするな、繰り返す無理はするな』

「了解」

 そう告げて、陸士が通話スイッチのボタンから手を離した。

「無理するなだとさ」

「いいね、素敵な上司だ」

「なら、無理せずにいつもどおりに任務を完了させようぜ」

 そう告げると、陸士たちが走り出す。
 ぱしゃぱしゃと下水を踏み締めて、クリーンな世界の裏側に流れるどこか鼻を突く異臭の世界を走り抜けた。
 闇の中を彼らは駆け抜ける。
 まるで猟犬。
 下手すれば見落としてしまいそうな、誰かが流した血痕――おそらくポッドから飛び出した時、そのガラスで切り裂いた血の雫。それを追って、彼らは走る。
 探査魔法を使用し、さらに組み合わせた目元に被ったカメラにより、ルミノール反応を起こす血液はまるで夜闇の中の蛍のようだった。
 無数に下水道に潜り込んだガジェット。その位置を音と注意深い警戒によって、避け、或いは隠れ、彼らは突き進む。
 彼らの目的は戦闘ではない。
 追跡と捕縛。
 それに特化されたチームだった。
 厳しい訓練を潜り抜けた彼らの足取りに迷いは無い。
 暗い足元もなんなく走り、溢れた下水の水も蹴散らし、転がっていたスーツケースも飛び越え、一歩先にいつでるかもしれない敵に恐れもしなかった。

「って、ん?」

「どうした?」

 不意に一人が足を止めた。
 くるりと振り返り、先ほど飛び越えたスーツケースを見る。

「こんなところにスーツケース?」

 陸士が拾い上げる。
 鍵は掛かっていたが、携帯していたデバイスを短く起動させ、発生した魔力場で切断。
 中を開くと――紅い結晶があった。
 売り飛ばすと高く売れそうだなっと一瞬考える。

「……これなんだっけ?」

「レリックだな」

「そーなのかー」

 嫌な予感がした。
 そして、不意にぶぅうんという稼動音がしたので三人は顔を上げた。
 そこには紅い光――カメラの眼光があった。
 彼らは理解する。
 レリックの魔力波を押さえ込むスーツケース。それが開封されたことでガジェットの探査に引っかかったのだと。
 そして、目の前にいるのはまさしくガジェット・ドローンだということを。

「し……失礼しましたーっ!」

 彼らは逃げ出す。
 そして、その背中を追ってレーザーの嵐が吹き荒れた。下水道の壁が焼ききれる、悲鳴を上げて陸士が跳ねた。見るのも可哀想な醜態だった。
 彼らは猟犬。
 彼らの専門は追跡と捕縛。

 すなわち――戦闘には向いていない。






 ――作戦を続行する



[21212] 第1回 聖王の器 争奪戦 その2
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/19 00:42
 ――加速。

 優れた走りを持つものは重力を味方につけるという。
 重心を前に傾け、地面と平行に足を滑らせ、前へと倒れこみながら倒れないように走る。
 すなわち縮地と呼ばれる技法。
 もはや廃れた技法だが、これの概念は遠き異世界にも存在する。
 重力という重みを前に傾ける――すなわち追い風にすれば、それは速さになる。
 空士にはなれない。
 ただ地面を這い回る無様な陸士が編み出した走り。
 二本の脚をもって、走り抜くための術。

 闇の中で三名の陸士が走っていた。
 前かがみに、溺れそうな体勢で、それでも走り続けていた。

 それを追うのは命無き機動兵器。
 バーニアを吹かし、疾走する追撃者。
 閃光が迸る。それを察知し、陸士が跳んだ。ゆるやかに湾曲した壁に着地、流れるようにデバイスを握り締めて、魔法発動。
 デバイスの機構内で凄まじい速度で演算処理が開始され、発動するのはベクトル操作。
 重力の矛先は下ではない。ただ陸士の足元へと向けられる。
 すなわち壁。
 壁こそが床。
 走る、走る、走る。
 一人の陸士は壁を疾走する。
 それにガジェットの一体が速度を速めて、照準を合わせた。
 宿る光。

「っ!」

 他の陸士が声を上げる。
 一人が飛んだ。壁を走る陸士に体当たりし、陸士を庇うかのようにガジェットへと手を突き出す。

「プロ――」

 ――閃光。
 咄嗟に張った障壁を突き破り、陸士のジャケットを炭に変え、肌を焼いた。
 痛みに姿勢制御が取れない、不自然墜落の形で二人共が壁から落下する。
 下水の中に落ちる、水飛沫。爆発したかのように下水が吹き上がった。

「くそっ!!」

 残った一人、隊長格が警棒のような短杖のデバイスを起動。
 官給品のデバイスが唸りを上げて、主の意思に答える。
 バインド。
 迫るガジェットの一体を虚空から発生した光が縛る――しかし、それはすぐさま砕け散る。
 発生したバーニアによる圧力もあるが、それ以上にバインドがすぐさま浸食されたかのように脆くなったのが原因。

「AMFか!」

 相性が最悪だと叫んで、そこに無数の光が降り注いだ。
 それは人を殺す。
 それは人を殺害する。
 障壁を張る、しかしそれでもまだ届かない。
 平凡な己の魔力量だと、命を護れない。

 これまでか。そう陸士が思った瞬間だった。

「だりゃぁああああ!」

 割り込んだ影が一つ。
 それは青い髪の少女。嵐のような勢いで、華麗なる少女が陸士の前に立ち塞がり、鉢巻を揺らめかせ、純白のバリアジャケットを翻し、魅力的なおへそを露出しながら、強い意志を湛えた瞳で立っていた。
 その手に広がるのは強固な障壁。
 レーザーを弾き、逸らし、防ぐ。
 誰かを護るための左手。誰かを救うために伸ばし続ける少女の手。

「機動六課!」

「援護、しますっ!」

 叫んで、スバルが吼えた。
 右手のリボルバーナックルが渦を巻く。高速タービンが風を纏い、同時に振り抜かれた下水に埋もれていた脚が高々と天へと振り上げられた。
 目に焼きつくような健康的な太ももが伸び上がると同時に、蹴圧が下水を吹き飛ばして、弾き上げる。
 大量の水が激流と濃厚な水粒となってレーザーを拡散させる。そして、ダンッと水面下の地面を砕くかのように足を叩き降ろし、乳房を上下に震わせながら右手を振り抜いた。
 世界よ、穿たれよ。
 そう叫ぶかのような一撃。

「ナッコォオオ!!」

 大気が爆散した。
 烈風が狭い下水道内を突き抜ける。衝撃波と呼んでもおかしくない轟風がガジェットたちを震わせ、撹乱する。

「今です、逃げて!!」

「――馬鹿言うな!」

 スバルの叫ぶに、陸士は吼えた。
 ギラリと鋭い笑み。大人の意地がある、男の意地がある。
 そして、何より――

「女子供を置いて逃げられるか。そうだろう!?」

『おうっ!』

 吼える声、答える声が二つ。

「え?」

 影が駆け抜ける。
 スバルが貫き、砕いた水の霧の中で何かが蠢いた。
 ばしゃんという音と共に一本の手が突き出る。噴火したように水煙が発生。
 デバイスを構えた手。魔法の光が煌めき、魔力が形となって顕在化する。
 それは鎖。
 水面から飛び出し、伸び上がる無数の光の鎖がガジェットたちを絡め取る。

「ぉおおお!!」

 もう一つ声がした。
 下水から這い上がったもう一人の陸士。手袋形のデバイス――ブーストデバイス。
 口には魔力カートリッジ。ガキンと噛み砕き、噴出する魔力。
 濡れそぼった髪を振り乱し、それをガジェットへ放り投げた。
 AMFが魔力を分解する。純粋なる魔力の結合ではないため、その効果は薄いが、僅かでもAMFに負担を掛けるには十分すぎる。

「強化されよ、我らが鎖!」

 シンクロブースト。
 同術式を知り、同じ部隊の共通としたデータを持っているが故のシンクロ。
 他者の術式に介入し、己の魔力を供給する。プログラムによる制御故の荒業。
 チェーンバインドの結合を、僅かにAMFに耐え切れる硬度にまで高める。
 二人の陸士が吼えていた。
 バーニアを吹かし、引き千切ろうとするガジェットの抵抗に耐え、水霧に撹乱されているとはいえ打ち込まれるレーザーに怯む事無く睨み付けていた。
 その姿をスバルは綺麗だと思った。
 無様だけれども、かっこいいと思える。
 だから。

「ありがとうございます!」

「気にするなっ!」

 礼を告げるスバルの頭を軽く叩いて、陸士が短杖を構える。
 すぐにでも解放されるかもしれないガジェットに備える。

「他の人員は!?」

「もう、すぐ――来ます!」

 瞬間、ガラスの砕け散るような音と共にバインドが粉砕された。
 陸士が、スバルが飛び出そうとした瞬間。

「馬鹿スバル! お座り!」

「え?」

 彼らの背後から無数の魔力弾が撃ち放たれた。
 多殻弾頭――フィールド系魔法を貫くための鋭き牙。
 それが真っ直ぐにガジェット数体の装甲にめり込み――粉砕。

「っ、これは!」

 そして、スバルが声を上げようとした瞬間、彼らの背後から紅の影が飛び出た。
 それは迅い。目には捉えきれぬほど。
 それは鋭い。目では追いきれぬほど。
 燃え上がるような紅い髪をたなびかせ、純白のバリアジャケットのコートを翻し、手には己の身長を超える長槍――ストラーダを突き出したライトニングの一人。
 エリオ。
 ライトニング03 エリオ・モンディアル。
 狭い通路、その壁をベクトル操作ではなく純粋な速度で落下するよりも速く踏破し、視界を埋める薄霧の中を貫くように突貫した。
 その一撃は鋼鉄をもチーズのように切り裂く。
 己の膂力は大したことがなくても、速度すなわち威力。
 魔力弾を撃ち放ったティアナ・ランスターと一緒にいるキャロ・ル・ルシエのブーストを受けて、彼はまさしく疾風だった。
 音すらも切り裂く刃。

「はぁああああ!」

 剣閃交差。
 振り抜いた後に、斬撃音が高々と響き渡る。
 音速を超えた斬撃――遅れてガジェットが爆砕する。

「大丈夫ですか!?」

 爆風をバリアジャケットの防御力で中和し、エリオが華麗に床に着地する。
 輝かしいフトモモに、健気な表情を浮かべてエリオが振り向く姿に下水の中の陸士(エリオきゅん派)は見えないようにサムズアップした。

「うん、大丈夫だよ」

「助かった。礼を言う」

「い、いえ」

 そういってエリオが安心したかのように息を吐いた瞬間、後ろから響いた声にスバルはびくりと背を震わせた。

「ス~バ~ル~?」

「あ、テ、ティア」

「なんで勝手に先に進むのよ。こっちは徒歩なんだから、アンタのマッハキャリバーには追いつけないわよ」

 そういって、ガンッとスバルの頭に拳を入れる。
 あぅーと頭を押さえて涙を流すスバルに、その石頭にちょっとだけ自分の手も痛かったティアナも自分の手を摩った。
 その後ろで陸士がざぶざぶと下水から這い上がり、ファイトー! イッパーツ! と声を上げながら引き上げているが、誰も見ていない。

「ということは、我々を助けたのは独断専行だったのか?」

「あ、はい……戦闘の音とか、声とかが聞こえたから……気になってしまって、すみません」

 スバルがしょんぼりとうなだれて、その豊かな胸を強調するように前で手を組んだ。
 一瞬その胸を触りたいなと思いつつ、同組織人へのセクハラはいかんだろうと隊長格の陸士は自重した。

「助けられた我々が言うことではないだろうが……君たちはチームなのだろう?」

「はい」

「コンビネーションも信頼も必要だが、もっとも大切なのは仲間に頼ることだ。独断に出たとき、その人間はただの個人に戻る。たた一人の個人にな」

 その言葉には重みがあった。
 長年三人で戦い続け、もはや切れぬほどの絆と信頼、そして連携を持って彼らは戦い続けていたのだ。
 嘘など欠片も無い真実の重み。

「キモに命じておいたほうがいい」

「は、はい」

「けれど、礼は言わせてもらう。君がいなければ、私も、部下も死んでいたからな」

 にっこりと微笑んで、陸士がスバルの頭を撫でた。
 親子ほどに離れた二人の光景。

「あ、ありがとうございます!」

「私が礼を言ったのだがな……おかしなことだ」

「そ、そうですね!」

 慌ててスバルが訂正、陸士が笑う。
 ほがらかな雰囲気。
 ティアナがやれやれと肩を竦ませ、エリオがどこか憧れるような目つきでそれを見て、ようやく追いついたキャロがどうしたんですかと首を捻る? フリードはぱたぱたと飛んでいた。

「すまんが、君が彼女達の指揮官か?」

 笑いを止めた隊長格がティアナに振り返る。

「そうです。殆ど同階級ですから、まとめ役程度ですけど」

「すまんな。君の言葉を奪ってしまったようだ」

「いえ」

 まだ若輩の私が言ったところで、説得力はなかっただろう。
 ティアナはそう続けようとして、その言葉は途中で閉ざされた。

「そうだ、これは君たちに預けておく」

「え?」

 そう告げて差し出されたのは一つのスーツケース。
 レリックの入ったケース。

「我々よりも君たちのほうが優秀だ。護れる可能性は高いからな」

「……謹んで受け取らせてもらいます」

 そういってティアナがスーツケースを受け取る。念のためケースを開ける、中にあるのは紅い結晶。
 そこにあったのは間違いなくレリックだった。
 彼女達が探しに来た目的物に間違いない。

「じゃあ、皆! さっさと他のガジェットに追いつかれる前に脱出するわよ」

『了解!』

 そう叫んで、三人が手を上げた。
 そう、“三人だけが”。


「悪いが、それは難しくなったようだな」


「え?」

 陸士たちが構える。
 瞬間、コツンと音がした。
 ガシャンという金属の甲冑にも似た、それでいてどこか生々しい音が混ざり合う。

「なに、これ?」

「反響音から算出――足音2! 羽音1! 三体だ」

 ブーストデバイスを付けた陸士が叫び、スバルの眼光が暗闇の奥を見据えた。
 そこにいたのは三体の影。

「こ、子供?」

 一人の少女。
 紫色の髪をたなびかせ、大きく肩を露出した短いワンピースにも似た衣装、手には宝玉のついた手袋――ブーストデバイスを付けた美少女。
 その目に光は無い、ただの虚ろな瞳、心がないかのような目つき。

「蟲?」

 一人の異形。
 紅い複眼、黒ずんだ甲殻、長身の人型。明らかな人外、鋭い爪、一目見ただけで震えが走りそうな異常さ。
 それは化け物。

「……ちびっこか」

 翼を生やした小人。
 紅い髪、御伽噺の悪魔のような皮翼状の翼、ビキニの水着にも似た露出の多い衣服を纏い、小人のような身長の少女。
 炎のような少女。

「ちびっこいうな!」

 一人だけ呼ばれた名称に文句があったのか、反論する紅い髪のミニ娘。

「うるせえ、このフィギュア美少女!」

「テメエぇ! 焼き殺――」

「アギト……黙って」

 ミニ娘の言葉を遮るように、紫色の髪をした美少女が告げる。
 渋々と従う紅い髪の少女。異形は動かない。

「レリック、渡して」

『っ!』

 その場の全員が放たれた言葉に警戒を強めた。

「さもないと……殺してしまうかもしれない」

 淡々と告げられた死刑宣告。
 何の感情も含まれていないが故に本気だと分かった。

「なんで、君みたいな子供がレリックを!?」

「それが必要だから」

 エリオの叫び。

「私の心、取り戻す。母さんと父さんのために」

 叫びを一蹴する美少女の返事。

「両親!?」

 放たれた言葉にエリオが一瞬動揺する。僅かな空隙。
 そこに異形が動いた。
 0という停止状態から、一踏みで200キロを超えるような急激な加速。
 十メートルは離れていた間合いが、瞬く間にゼロとなる。

「え?」

 言葉よりも早く、フォワード陣の全員が反応するよりも速く、振り抜かれたカギヅメがエリオの頚動脈を切り裂こうとして――
 停止。
 ギチリと音を響かせて、その速度が一瞬止まる。手に絡みついた光の拘束によって。

「バインド!?」

 エリオが叫びながら瞬時に飛び退く。
 その髪を切り裂いて、瞬く間にバインドを腕力のみで引き千切った異形の手が虚空を押し潰した
 拳圧が風を起こす。唸り声にも似た音が響き渡る、異形の唸り声のようなおぞましさ。
 さらに追撃――そこに無数の魔力弾が打ち込まれ、異形が跳び退く。

「逃げろ、お前たち」

 魔力弾を放ったのは陸士たちだった。
 フォワード陣を護るかのように、三人が並ぶ。

「え?」

「逃がす理由は分かるだろう?」

 ティアナが自分の持つスーツケースを見る。
 彼らはこう告げていた。
 レリックをもって、さっさと行けと。
 足止めをしてやると。

「そんな、僕たちも――」

「ガリュー!」

 美少女の声、異形が動く。
 拳が振り抜かれた。遠く離れた間合い。しかし、それは殺意が込められている。
 二人の陸士が手を伸ばす。障壁発生、それが大きくたわむような轟音。衝撃波だった。

「さっさと行け!!!」

 隊長格がデバイスを構える。アクセル・シューター、二つの魔力弾がガリューへと撃ち込まれる。
 しかし、それはたった片手で弾き落とされて――

「っ!!」

 叩き落された魔力弾が弾けた僅かな光。
 その瞬間、異形は姿を消していた。
 右? 左? 下? 否――
 足音が響く、頭上から。

「上かっ!」

 ガリューが天井を走っていた。足に生えた鋭い爪で天井に突き刺し、加速。
 陸士たちを飛び越えて、一直線にティアナへと迫り――

「くっ!」

 迎撃の魔力弾。
 スバルが跳ぶ。
 しかし、それすらも。

『WiOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 ガリューの全身が唸り声を上げた。
 異形の筋肉が異常なる音を上げて、背中から生やしたキチン質の翅を震わした。
 さらなる加速。

「っ!」

 魔力弾を肘で叩き潰し、迎撃に出たスバルすらも驚愕する速度。ありえない空中での加速。
 スバルの右手が撃ち放たれるよりも早く、ガリューの伸ばされた右手が彼女の顔面を掴んだ。
 爆音。
 地面へとスバルが後頭部から叩きつけられる。

「スバルぅう!」

 ティアナがクロスミラージュを構える。
 しかし、即座にガリューがスバルの身体を盾にした。顔面から上へと引きずり上げて、スバルの体がカーテンとなる。
 ――このまま射撃すればスバルに当たる。

「っ!」

 一瞬の躊躇。
 それが命取りだった。
 目の前に飛び込んできた物体に反応し切れなかったのだから。
 飛んできたのはスバル自身。
 顔を放したガリューが振り抜いた蹴り、なんとかスバルは両腕でガードしたものの威力は絶大。人と異形の比べ物にならないポテンシャルの差。
 声を上げる暇もない。スバルの体が砲弾のように吹き飛ぶ。
 ティアナがそれに叩きつけられて、一緒にもんどりを打って倒れた。

「ティアナさん! スバルさん!」

 キャロが声を上げて、咄嗟に抱き起こそうとする。

「キャロォオ!」

 しかし、エリオは見た。
 その背中に迫るガリューの影を。

「ぇ?」

 エリオが足を踏み出す。
 魔法発動――ソニックムーヴ。
 音速よりも速く、彼女へと辿り着けと叫ぶ思いで走った。
 無茶な速度に両足の筋肉が悲鳴を上げる。構わない。届くなら、間に合うならば。

 そして――

「キャロォオ!!」

 間に合った。
 キャロを押し飛ばすように、エリオがガリューと彼女の間に割り込む。
 加速する感覚の中でキャロは見た。
 凶刃を振り上げるガリューと、その前に立ち塞がるエリオを。

「」

 声など上がる暇も無い。
 一呼吸よりも早く、エリオは死ぬ。切り裂かれる。
 確定的な未来に、キャロは絶望的な悲鳴を上げようとして――
 エリオはその未来に覚悟を決めながら、キャロを庇って両手を広げ――

 鮮血が飛び散った。

 大量の血が溢れた。
 けれど、それはエリオではない。
 ガリューですらない。

「……え?」

 右腕が折れていた。
 鋭いカギヅメに突き刺されて、真っ赤な薔薇のようにずたずたに壊れて、そこから血を溢れさせながら誰かの右手が壊れていた。
 それでも止められていたのは無数の光の束縛。
 自らの右手すらも拘束し、固定するためのバインド。
 そして、展開された障壁。強化された障壁。
 それは僅かに早く、ティアナとキャロの元へと向かい、立っていた隊長格の陸士。

「な、なんで」

 魔力素養なんてエリオ以下。
 この場のフォワードの誰よりも弱いはずなのに、陸士は彼らを庇った。
 普通は逆じゃないのか?
 なんで、なんでと叫びそうになるエリオに、陸士は痛みすらも押さえ込み、ニヤリと笑って見せる。
 こんなのはへっちゃらだと告げるように。
 さらに血が噴き出る。
 下水に混じった紅い水が流れる。
 それでも陸士は怯まない。
 目の前で爪を突き刺す異形を睨み、ガリューは今まで何度も打ち倒した管理局員たちとは違う彼を警戒していた。
 右手が蠢く。
 ガリューの爪を握り締め、痛みに汗すら流し、激痛に涙を流し、鼻水を垂らしながらも陸士は立ち塞がる。

「さっさといけ」

「え?」

 エリオの反応を待たず、陸士はゆっくりと踏み出し、水溜りと血溜まりが音を立てて跳ねた。
 顎をのけぞらし、踏み込む。
 鈍い音と共に吼え猛る陸士の額が、ガリューの顔にめり込んだ。
 頭突き。
 原始的な到底通じるはずがないような打撃手段に、ガリューが怯んだ。ありえない自体に動揺していた。
 爪が抜ける、血が吹き出る、それでも笑う。陸士は雄雄しい背中を見せながら、歯を剥き出しにする。

「ここから先は俺たちの仕事だ」

 それはあまりにもカッコイイ一言だった。
 無様な姿。
 説得力の欠片も無い怪我。
 だけど、エリオはどこか痺れるような気持ちだった。
 その背中に何かを見出していた。
 一瞬諦めかけた生への執着を、誰かを護るための意思を再び立ち上がらせる。

「皆、いくよ!」

 エリオが叫ぶ。
 キャロを抱き上げて、ようやく起き上がり始めたティアナとスバルの手を掴んで走り出す。

 この日、少年は新しい憧れを抱いた。

 誰かを護るための背中というものに。





「ルールー! やばい、あいつら逃げちゃうぞ!?」

 アギトが走り出したフォワード陣を見て、焦ったような声を上げる。

「アギト……協力して」

「え?」

「多分ガリューだけだと、押し切れない」

 そう告げるルーテシアは布陣を組む陸士たちを見ていた。
 その目には誰も彼もぎらついた光が宿っている。
 ルーテシアにはない心の力。一瞬憧れて、それがどこか憎らしい。
 心なんてないはずなのに、何故か嫉妬していた。

「すぐに倒して、追う。それが一番ベスト」

「了、解!」

 アギトが八重歯をむき出しに、両手に火を宿す。
 ガリューが構える。
 同時に陸士も構えた。怪我を負った隊長格でさえも何の痛痒も感じていないかのようにデバイスを構える。

「は、只でさえヤバげな変身ライダーもどきに、ちびっ子か」

「状況は絶望的だな?」

「まあ多分」

 軽口が洩れる。
 見たところ、精々Bランク以下が限界。
 その程度の魔導師ならばガリュー一人でも倒せるはず。なのに、ルーテシアは警戒していた。

「で? どうする?」

「なにが?」

「こいつら倒したら、誰がロリっ子を運ぶか決めとくべきじゃないか?」

 そんな言葉を吐き出した瞬間、空隙を縫うように陸士が動いた。
 散開。
 一人は後ろに、二人は左右に跳ぶ。

「ばらけるつもりか!」

 確固撃破してやる。
 そう考えて、アギトは手に宿らせた炎を迸らせた。狙いは真正面の奴。傷ついた隊長格。
 蛇のように迸る炎が一直線に隊長格の陸士を追撃し、それに彼は真下にデバイスを向けた。

「馬鹿者」

 この場はどこだ?
 下水道だ。
 ならば、傍に流れるものはなんだ?
 下水だ。
 すなわち――水。
 殺傷設定の魔力弾、拙いB未満の魔導師でも十分すぎるほどの水柱を噴出させる。炎に水柱が激突し、削り落とされたかのように炎が弱まる。

「なろぅ!!」

 アギトが飛ぶ。
 羽をはばたかし、追撃に迫る。
 火炎弾を撃つ、撃つ、撃つ。暗がりの中を、照らし出すかのように真紅の焔が瞬いた。
 迎撃の魔力弾。
 二発の魔力弾が飛び、さらに足元に再び水柱。汚水に汚れながらも、陸士が躱す、凌ぐ。
 しかし、距離が縮まる。怪我のせいか、動きが鈍い。他の陸士はガリューが戦っている。むしろいたぶられていた。
 壁を走ろうが、天井に飛び上がろうが、ガリューの加速には追いつけない。圧倒的に弱い。
 精々が失神と即死を避けるために障壁を張り、殴り飛ばされるだけ。
 雑魚は雑魚らしくやられるのみ。
 いつもと変わらない、何回と続けた低級魔導師との戦い。

「黒焦げに」

 右手を振り上げる。
 迫る五メートル、必死に逃げる陸士に笑いながら、炎を燃え上がらせる。

「なりなぁあああ!!」

 瞬間、瞬いたのは下水道を埋め尽くす焔。
 古代ベルカ式、魔導師ランクにして空戦A+の圧倒的な業火。
 それが彼女の前方全てを焼き尽くした瞬間――

「ぇ!?」

 ギチリと彼女の体が拘束された。
 陸士を焼こうと右手を振り抜き、数十センチ進んだ位置。
 僅か数秒前に陸士が立っていた位置――そこを通過した瞬間、バインドが彼女の身体を拘束した。
 ディレイドバインド。
 特定空間に侵入した物体全てを拘束する黄金色の鎖。

「っぅうう、死に際にちょこざいなぁ」

 アギトのサイズに合わせて、補正されたバインドは彼女のフトモモを、胸を、腹を、首を、まるで緊縛するかのように捕らえていた。むき出しの肌に鎖が食い込み、僅かな苦痛。
 捕らわれることは好きじゃない。
 過去を思い出すから。

「くぅう、速攻で解除してやる!」

 喘ぐように声を上げて、バインドを解除すべくアギトが魔力を放出する。
 圧倒的な魔力差に鎖が弾け飛ぶように千切れ、アギトが安堵の声を漏らした。

「さて、一匹は仕留めたし、あとは――」

 ガリューに援護すべくアギトが翻る。
 飛び立とうとした足を――掴むものがいた。

「なっ――」

 水音を立てて、手が伸びた。
 最後まで声を出す余裕も無く、単純な体重と膂力差にアギトが汚水の中に引きずり込まれる。

「アギト!?」

 ルーテシアの焦ったような声だけが最後に聞こえた。
 そして、アギトは見る。
 下水の濁った水の中、紅い水を撒き散らしながら、こちらを睨み付ける人影を――





「ガリュー! 早く、そいつらを始末して! アギトが!!」

 ルーテシアの声に、ガリューが吼えた。
 右足が折れて、左腕も折れた陸士を蹴り飛ばす。両手のデバイスで障壁を張るが、まるで木の葉のように陸士が吹き飛んだ。

「ぶぅつ!!」

 壁に激突し、血を吐き出し、受身も取れずに吹き飛んだ陸士が血を吐き出す。
 肋骨が折れたのか、泡の混じった喀血を吐き出していた。

「大丈夫か!」

 脇腹を抉られ、額の流れる血に顔を染めた長杖の使いの陸士が声を上げる。

「後は貴方だけ。ガリュー!」

 吼える。
 無言で身体を震わせ、翅を振動させながら、ガリューの手が閃いた。
 人を圧殺する不可視の砲撃。
 衝撃波に、陸士は障壁を張って耐える。
 ずるずると一撃ごとに踏ん張る足が血と下水に汚れた地面に滑り、障壁がひび割れるように砕けていく。
 それでも――

「ぉおおお!!!」

 両手を突き出し、耐える、耐える、耐える。
 限界を超えた魔力放射に毛細血管が切れたのか、千切れた裾から見える腕がより活発に血を流しだす。長杖の握り部分が血に染まる。

「人間様を舐めるんじゃえぞ、昆虫野郎!!」

「ガリューは貴方達よりも強い」

 陸士の絶叫、それが無意味だと伝えるようにルーテシアが告げる。

「終わらせてガリュー」

『RUYYYYYYYYYYYYYYYY!!』

 瞬間、ガリューの全身が波打つように震えた。
 そして、消えた。

「なっ!」

 また上かと一瞬視線を上に向けて、その瞬間障壁が破砕された。
 拳が、カギヅメが深々と腹に突き立つ。

「ぶふっ」

 噴出した血がガリューの顔を汚す。
 突き上げられるかのように、祭り上げられるかのように陸士の体が持ち上げられて――捨てられた。
 ばちゃりと音を立てて、もはや語る余裕も無い陸士が転がる。
 血が広がっていく。
 ただ離すことなかったデバイスが地面に落ちて、澄んだ金属音を響かせた。

「これで終わり」

 そう告げて、ルーテシアが激しい水音を立てる水面に指を向けて、ガリューに命じようとした時だった。
 笑い声が響いた。

「ははは……終わりだと?」

 それは血を吐き零す陸士の笑い声。
 湿った苦しげな笑い声。

「なにがおかしいの?」

「おかしいに決まっている」

 いつの間に取り出したのか、手には魔力カートリッジ。それも開封されて、魔力を垂れ流した物体。
 それを剥き出しの胴体に突き刺して、まるで切腹するかのような体勢。

「終わるのはお前らだ」

 ジャララララララララ!
 金属音が鳴り響く。
 それはどこから?
 決まっている――ガリューの足元から。

「なっ!」

「教えてやるよ、データリンクの力を。官給品のいいところをな!!」

 それは数十本にも及ぶ鎖。
 まるで踊るかのように、蛇のようにガリューの脚から、首まで絡まっていく。
 咄嗟に暴れ出すが、ガリューの怪力を持ってしても即座に壊せない強固な縛鎖。
 そして、その発生源は未だに唸りを上げ続ける――長杖形のストレージデバイス。

「遠隔操作も可能なんだよ、おれたちはなぁ!」

 チェ-ンバインド。
 物理的な拘束能力の高いバインド。それがガリューを封じ込めていた。
 命がけで普通ならば出来うるはずもない、魔力カートリッジの発動。それを身体に突き刺し、無理やりリンカーコアで還元する荒業。
 ――入院三ヶ月コース決定。

「そう。そんなに死にたいの?」

 ルーテシアが右手を向ける。
 このバインドは術者が死ぬか、意識を失えば存続は不可能。
 今の瀕死の陸士ならば、簡単な魔力弾一つで死ぬ。
 何の問題も無い。

「さようなら」

 魔力の光が迸り、魔力弾が撃ち出される。



 ――よりも早く、轟音が背後から響いた。


「え!?」

 驚愕の声。
 振り返った視界、そこには砕け散った壁。
 青い髪を靡かせた一人の少女が、そして無数のカメラと縄と網と虫取り網を持った陸士たちがいた。

「ギンガ・ナカジマ! γチームの救助に只今参上!」

「同じくギンガの撮影に同行!」

「美少女と聞いて飛んできた!」

「変身ヒーローと聞いて飛んできました!」

「ちびっ子はどこだぁああああ!!」

 至って真面目な少女が一人、あとはどこまでも駄目な奴らが援軍に訪れた。



 こうして、地下の戦いは閉幕に近づく。

 しかし、戦いは地上でも繰り広げられていた。

 聖王の器を巡る戦いは未だに終わりを見せない。











今週のナンバーズ(捕獲組)

 1.ウィンディとバイク乗り(名無し君)

「なあ、なんで俺を毎回呼び出すんだ? なんか上司から「死ね! お前は豆腐の角に頭をぶつけて死ね! 氏ねじゃなくて、死ね!」って言われるんだけど?」

「うるせーッス。毎日、暇なアタシの愚痴ぐらい聞けーッス。胸もんだくせに、この乙女の敵」

「うるせえ、黙れ俺のボーナス帰せ」

 入るはずだったボーナス。
 しかし、それは入った瞬間、同僚に両腕を捕まれ、無理やり連れて行かれた飲み屋で全て飲まれた。金も払わされて、全て消えうせた。

「今日は非番だし、パチンコで金すったし」

 そう告げて、特車部隊の下っ端とウェンディは面会室で会話を交わしていた。
 ちなみに途中から雑談から、ライディングボードとバイクの差、そしてその魅力を熱く語る内容にシフトしていったのは同じライダーとしての性だろうか。
 金の亡者のはずの陸士。彼は着実に人生の墓場へのフラグを立てていた。







 2.セインと尋問

「はけー! 吐くんだ!」

 セインは日々厳しい尋問を受けていた。
 パイプイスに座らされて、何故か亀甲縛りの縄状態で、数十人の陸士たちから尋問を受けている。
 そこはミッドチルダUCATでも最深部の位置。
 周囲四方の壁全てに常に魔力炉から供給される障壁が張り巡らされて、完全防音の特別拷問室と呼ばれる場所だった。
 泣いても叫んでも誰も助けにこないまさしく監獄。

「嫌だ!」

 拒絶の言葉と共に何かを打つ渇いた音が響く。
 それは鞭。
 ぴしゃんと音速を超えた鞭が放ち、物体を打つ音。

「ひぃつ!」

「嫌なら話せ」

 淡々と言葉が告げられる。

「う……嫌だ!」

 パシーン。
 鞭が閃いた。鋭い空気が爆ぜる音。聞くだけで身が竦みそうな音。

「ひぃいっ! わ、分かった!」

「ん?」

 おびえた声。
 セインがおそるおそる告げる。

「う、ウー姉は男の趣味は知らないけど、姉はど、ドクターが好きだ。ぶっちゃけ出来てる!」

「ガッデム!!」

 絶望の声が上がった。
 数十人の陸士が頭を抱えた。ムンクの悲鳴だった。
 スカリッティ殺してやると叫ぶものもいた。

「よーし、よく喋ったな」

 そういって鞭を持った陸士の一人が、セインの口に飴を入れる。

「あ、甘い……」

「じゃあ、次言ってみるか。ウーノのスリーサイズを上から言え」

「い、嫌だ!!」

 パシーン。
 セインの目の前で鞭が弾かれる。鋭い音にひえええとセインが声を上げた。
 ちなみに鞭は一切セインに当たっていない。
 そこらへんを適当に叩いているだけだったりする。まるで猛獣のような扱い。
 美少女の身体に傷つけるわけがなかった。ただおびえる様をじーと視姦しているだけである。

「い、いいますぅ!」

 涙目でセインがうぐうぐと声を上げて、スリーサイズを話し始めた。
 こうして今日、セインはナンバーズの一番から七番までの全てのスリーサイズと男の趣味を自白させられた。

 それを部屋の隅で顎を撫でながら、見ていたレジアス・ゲイズは呟いた。

「やはり飴と鞭、この二つで堕ちないものはいないな」

 意味が違います。




[21212] 第1回 聖王の器 争奪戦 その3(終わり)
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/20 12:03
 聖王。
 かつて古代ベルカにおいて権威を振るったと言われる古の王。
 信仰の対象となったほどの人物。
 されど、それが何を行ったのか、どのような人物なのか、それは驚くほど民間には知られていない。
 謎がある。
 過去は全て覆い隠されていた。

 そして、その謎は今ここに明かされるのだろう。

 古き王は蘇る。

 一つの預言書の一文通りに……









 海はいつものように蒼く美しかった。

「あおーい海~」

 その上を疾走するボートが一台。
 そして、その先頭にて佇む人物が二人――謎めいたポーズを取っていた。
 一人は後ろで前の腰を支え、一人は前に乗り出すポーズを取っていた。
 一昔前に流行った大作映画のポーズである。

「しろーい波~」

 しかし、悲しいことはそれを“男同士”でやっていることだろうか。
 ダイバースーツにも似たのっぺりとした防護服を身に纏い、頭には色彩模様のバイザーを被った男たち。
 誰が知ろうか、それはミッドチルダが誇る(?)海上防衛部隊である。

「海は美しい~ひゃっほぉう~」

 らららーと歌声を上げていると、ボートの中から同じような格好に耳にイヤホンを嵌めた陸士が一人出てきた。

「おーい、おまえたちー」

「あ?」

「なんか出動だっべさー。海上にガジェットの出現、ダース単位だってよ」

 連絡係の訛りある言葉に舌打ちを洩らし、二人の男がポーズを解除する。

「ガジェット~? それって確か陸と空をぶいぶい言わしている機械じゃなかったか?」

「それがえーとレリックとやら狙いで、海上から出てきたってよ。機動六課とやらの人員が二名ほどこっちにも向かっているらしいが、こっちにも出動が来とるわい」

「めんどくせーな」

 しかし、仕事は仕事である。
 陸士の二人は手袋を嵌めた手を握り締めて、ギリギリと音を立てると、おもむろにバイザーを外した。

「この海を汚すとあらば戦うしかねーな」

 キラーンと歯を日光に輝かせて微笑む陸士。
 しかし、彼は気付いていない。
 ずっとバイザーを付けて直射日光を浴びていたその顔は見事なバイザー焼けをしていたことに。






















 海上の上で戦いが巻き起こっていた。

「どりゃぁああああ!!!」

 紅い衣が翻る。
 一人の少女が虚空を駆け抜け、音速を超えた速度でその身に余る鉄槌を叩きつけていた。
 破砕。
 機械仕掛けの鉄槌を、その身を越える巨大な絡繰兵器を打ち砕く破壊とし、一瞬遅れて発生する爆風をその身に纏う障壁を持って蹴散らしながら、その少女の外見をした戦士は空を舞っていた。
 指を鳴らす。
 瞬時に生み出されるのは塵埃を核とした疑似物質たる鉄球。
 それらを複数生み出し、投げ放つと、同時に手首を返し、スカートを翻し、まさしく踊るようなターンと共に鉄球の尻を打ち弾く。

「シュワルベフリーゲン!!」

 術式起動を発声。
 亜音速の速度を得た鉄球は銃弾をも超える質量を伴い、次々とガジェットのAMFを貫通し、破砕していく。

「けっ、AMFがあろうがこれなら効くだろ」

 生み出したのは純粋魔力ではなく、魔法をもって作り出した疑似物質だ。
 時間を掛ければ分解されてしまうだろうが、ガジェットの張るAMF程度では分解すらも出来ずに直撃する。
 鉄球の速度は銃弾には劣るが、その鉄球自体が持つ質量差を考えれば大口径マグナムの直撃に匹敵する破壊力を持っていた。

「凄いですー!」

 そして、その少女――ヴィータの傍で妖精のように舞い踊るのはリインフォースⅡだった。

「さっさと潰して、他のフォローに回らねえとな!」

「ユニゾンするですか?」

「いや、まだいいと思うが……」

 この程度なら個別で潰したほうが効率がいい。
 そう発言しようとした瞬間、不意に通信が入った。

『スターズ02! そちらに援軍が入ります、彼らと協力して対処してください』

「援軍?」

 ルキノからの通信に、ヴィータが首を捻った瞬間だった。

『ぱらっぱっぱ~ぱ~♪』

「あ?」

 変な音が聞こえた。
 否、音楽が聞こえた。
 しかも、通信から直通である。

「っ、ルキノ! オマエ、なんで音楽なんて流してんだ、馬鹿か!」

『へ? え? 私じゃないですよー!!』

「あ? それなら誰が――」

「俺だぁあああ!!!」

 叫び声と同時に上空から被るシルエット。

「え?」

 見上げた先には一台のジェットスキーがあった。
 ……ジェットスキー?

「うぉおいいいい!!!」

「なんですかー!!」

 現状を確認しよう。
 彼女達の下は海である。
 数十メートルは上空だが、海だ。それならば問題は無い。
 しかし、彼女達がいるのは空である。


 Q.空でジェットスキーは走れるでしょうか?
 A.走れるわけないだろ、JK。


「フッハハハー!!!! 空を舞い跳び、海を支配する陸士海上防衛隊Cーチーム唯今推参!!」

 ぶるおぉおんと音を立てて、ジェットスキーに乗った一人は乗り手、もう一人は後方で縄を括りつけ、車体にしがみ付き奇声を上げるダイバースーツ陸士。
 しかも、車体の横には【海人】と達筆で書かれている始末だった。

「陸はどうなってんだー!!」

 常識を弁えたものならば誰もが上げるだろう、ヴィータの絶叫だった。
 リインにいたってはひきつけを起こし、「ああ、なんだか綺麗なお姉さまが見えるです~、なんかSLBとか防げるダイナマイツボディです~」とデバイスが逝けるか分からない彼岸を見ていた。
 しかし、そんな隙を見逃すはずも無い感情のないガジェットたちが居た。
 レーザーの発射口でもあるアイカメラに光を灯すと、無感情に隙だらけのヴィータたちに目掛けて照準を合わせる。

「ぬっ、あぶなーい!!」

 後方に乗っていた陸士が、腰に備え付けていた複数の銛の一つを握り締めるとトゥッと華麗に空を舞った。
 近代ベルカ式魔導師である彼は己の技術全てを盛り込んだ身体能力増強を施すと、途端にぴっちぴちのダイバースーツに筋肉が浮かび上がる。
 なんという素敵なボディ。
 ビフォー:痩せ男 アフター:アンチェインと言わんばかりの体つき。
 腹筋は盛り上がる筋肉に負けて湿ったTシャツの如くその素敵さを浮かび上がらせ、四肢はまるで大樹のように太く逞しく、肩はわーいパパーと言って抱きついても一寸も揺らぐことはないだろう逞しさ、そしてその笑顔はとても濃かったです……
 まるでボディペイントでダイバースーツを描いたような肉体の浮かび上がり。
 なんというマッチョ、なんという超☆兄貴。
 兄貴ぃー! サムソンー! という声が虚空から聞こえた。
 リインはぶくぶくと泡を吹いていた、刺激が強すぎた。
 ヴィータの目が死んでいた、ハイライトが消えていた。
 そんな彼女達の悲劇も知らず、陸士はクルクルと一秒前とは別人の肉体を翻しながら、ぬぉおおおおお!! という渋味ボイスを撒き散らして、銛を投げた。
 果たしてCランク程度の魔導師である彼が投げた銛はガジェットに突き刺さるのか?
 刺さるのだ。刺さる、AMFをも関係ない力技で投げ込んだ銛はガジェットの装甲を貫けるのだ。
 ザクリとまるでイミテーションのようにアイカメラに突き刺さった銛、それを見て、陸士は落下しながら素敵な笑みでポチッと腰のボタンを押した。

「逝ってまえぇ!」

 ばちぃいとっと銛との間に張られたワイヤーに紫電が迸る、バリバリとガジェットが悲鳴にも似た震えを見せて炎を吹き出した。
 内部部品が過剰電流で焼き切れたのだ。
 機械に大敵は電気である、それを体現した武装。
 さらに、とぅっ! と、足元を不運にも飛んでいたガジェットを水道管工事オヤジのように華麗なジャンプで飛ぶと、日本刀の柄頭の如く太い指でさらに銛を抜き去り、投げる、投げる、投げる。ついでに殴った。
 指弾の如き速度で銛が突き刺さり、流れる電流に次々とガジェットが落ちていく。

「ふぅははははー!! 深海の鯛を串刺しにするよりは簡単よのぉ」

 プラプラと事前に縛っておいた縄に吊り下げられながら、マッチョ陸士は不敵に暑苦しく笑っていた。
 ちなみにジェットスキーの運転手である陸士は「貴様に魂があるならば応えてみろ!」と、吼えながらドライビングテクニックを華麗に魅せていた。

「……あたし帰っていいか?」

 人生全てどうでもいいや、という顔を浮かべていた。
 遠い空に浮かぶ大切な家族をヴィータは見上げていた。
 無論、幻覚である。

「あうあう、マッチョ怖いです~ですーです~……」

 トラウマになり、リインは純真さを失った態度でヴィータにしがみ付き、プルプルと震えていた。

『だ、駄目ですよー!! ヴィータ副隊長、カムバック! マインドカムバック!』

 ヴィータの心はボッキリと折れていた。

 どうやら他のフォローに回る暇はなさそうだ。








 一方その頃、空で激闘を繰り広げている二人の女性がいた。
 廃棄都市の上空、地下水路に潜ったフォワード陣を見送り、出現したガジェットたちの迎撃に出た隊長陣が二人。

「くっ、このぉ!!」

 術式演算、魔力充填、瞬くような速度で複数思考を同時稼働、それら全てで考え抜いた考えを手に持つ紅き宝玉の戦杖に入力する。

「レイジングハート、行けるね!」

『Yes』

「アクセル・シューター!」

 カートリッジロード。
 一つの薬莢がレイジングハートから排出され、誘導制御型の魔力弾が32個放出される。
 自分自身で制御するのはその内の三分の一程度、他は誘導制御プログラムを仕込んで、制御する魔力弾に追走させる。
 如何に彼女、高町なのはの魔法素養が並外れていようとも、32個の弾丸全てを制御するのはマルチタスクを用いても人間の演算能力を凌駕しているし、不可能だ。
 人間の能力を補い、さらなる高みへと上り詰めるのには修練以外に人は道具を用いてきた。
 長年に渡り磨き抜いてきた制御能力に、カスタマイズを繰り返してきたレイジングハートに記録されたプログラムが彼女の能力を人知を超えたものだと錯覚させ、起こりうる結果をエースオブエースの名に恥じないものに変えているのだ。

「いっけぇえ!!」

 そして、未だ成長途上のフォワード陣が作り出す魔力弾とは比べものにならない高圧縮の弾丸が、鳳仙花を描くように舞い散り、次々とガジェットたちに被弾していった。
 出力リミッターはかかっているため、一機体に付き4発の弾丸を必要としているが、それでも恐ろしい速度で撃破を繰り返している。
 そして、そこから打ち洩らした敵を撃破する閃光が一振り。

「なのは、鈍ってない?」

 黒衣のバリアジャケットを翻し、妖艶とさえ言える艶かしい体躯を晒し出しながら、その手に閃光の戦斧を握った金髪の美女。
 虚空を滑るように走り、重力制御とベクトル制御の両方でゼロから数百キロにも達する加速度を持つ閃光の如き死神――フェイト・T・ハラオウン。
 刃を細く、それと裏腹に肉厚に刀身を形成、斬撃の瞬間のみ供給量の魔力を伸ばし、一刀両断にしていく。
 加速、加速、加速。
 ソニックムーブと呼ばれる自身の反射性能を叩き上げ、常人には不可視の速度を約束する加速魔法を使いながら、フェイトはなのはから降り注ぐ弾幕の中を恐怖もなく、手馴れた様子で戦っていた。
 彼女とはかつて戦い合い、和解してから長いコンビを組んでいる。
 互いの呼吸は自身のように理解し、分かり合える。
 まるで双子のように息の合ったコンビネーションで次々とガジェットを撃破していった。

「この分なら!」

 遠からず殲滅も可能だろう。
 そうフェイトが、なのはが考えた瞬間だった。

 ――不意に視界がかすんだ。

「え?」

 瞬くような間に、周囲に敵影が増えていた。
 一瞬前まではいなかった場所に、無数のガジェットの姿が見えていた。

『敵増援を確認、十、二十、いえ五十!?』

「シャーリー、どういうこと!?」

「一体どこから、転送魔法!?」

『分かりません! 魔力反応はゼロ、転移魔法ではないはずです!』

「ということは幻影?」

 どうすればいい。
 なのはとフェイトが焦燥に煽られながら、襲いかかってくるガジェットを迎撃しようと構える――が。

 次の瞬間にはそれらが全て掻き消えた。

『え?』

 目を丸くする二人。

「あ、あれ?」

「敵は?」

『っ、レーダーからも敵反応が消失! っ、付近で新たな反応が複数! これは!?』

「どうしたの!」

『戦闘機人と陸士部隊がエンゲージです!!』






 時間は少々巻き戻る。
 なのはたちよりも離れた場所、雲よりも上の上空。
 そこに一人の少女が浮かんでいた。

「あらあら、ずいぶんと頑張ってくれてますわねぇ」

 メガネを掛け、銀色に輝くコートを羽織った少女――ナンバーズ4 クアットロ。
 大きく結わえた髪を風圧で揺らしながら、その顔に浮かぶのは醜い嘲笑の笑み。
 彼女はおぞましい。
 その心は邪悪に淀んでいるから。
 彼女は恐ろしい。
 その心に一片たりとも優しさなど存在しないから。
 手に浮かぶ空間投影型のモニターで、人知れず頑張り続けるなのはたちの姿を覗き見て、その徒労を嘲笑う。
 なんて愚かしいのだろう。
 正義を、愛を、人の優しさを信じているような純真な人間達。
 吐き気がするほどに馬鹿らしい。

『クアットロ、あまり油断しないほうがいいわよ』

 一人の女性がもう一つのモニターに写っている。
 紫色の髪、整った美貌、それはナンバーズの長女であるウーノ。
 彼女に対し、どこか愛想笑いのような笑みを浮かべてクアットロは答える。

「大丈夫ですわ、少し遊んであげるだけですから」

 指を鳴らし、手を虚空へと掲げ上げる。
 脳内の演算処理機能が唸りを上げて稼働するのが分かる、瞳の中に内蔵されたカメラがギュルギュルと音を立てて周囲の空間の感度率、明度、湿度、あらゆる自然環境の状態を調べ上げて、それらの情報を処理機能にデータとして入力。
 計算せよ、演算せよ、考え抜け、全てを騙すために。
 そう、それこそが己の持つ技能にして唯一己を証明する性能。

「ISシルバーカーテン、発動。回れ、回れ、回り続けろ」

 カッと目を見開き、空間中の光学率を変動。
 目に見えぬ不可視の電磁波をその両手から発した。
 幻影を作り出し、同時にセンサーで捉えているだろう情報網全てに迷彩をかける。
 するとどうだ。

「アハハハハ、楽しいかしら!」

 モニターに浮かび上がる女たちに戸惑いの顔が浮かぶ、自らが作り出した幻影に戸惑っている。
 秒単位で計算と迷彩を書き換えながら、クアットロは笑った。
 ゲタゲタと苦しむであろう彼女達の苦闘と戸惑いを感じて、笑っていた。

『? クアットロ』

 不意にウーノは眉を潜めて、クアットロに訊ねた。

「なんですの?」

 気分を害されたのか、不機嫌な顔が浮かぶクアットロ。
 しかし、それには気にせずウーノは訊ねた。

『傍にガジェットの反応があるけど、出撃させないの?』

「え?」

 ガジェット?
 傍にガジェットなど配置などしていない。
 シルバーカーテンでの偽装も考えて、己一人で上空に待機している筈だ。

「っ!」

 クアットロが下を見る。
 そして、分厚い雲の中から飛び出す黒影があった。
 ガジェットドローンⅠ型と呼ばれる筒型のそれは何故か真正面にドリルを搭載し、一直線にクアットロ目掛けて飛び込んできた。

「なっ!!?」

 重力制御を用いて、咄嗟にクアットロが横に避ける。
 天元突破とばかりにロケットのような速度でガジェットがクアットロのいた位置を貫き、展開していた空間モニターが消失、ガジェットはそのまま上へと舞い上がる。

「っ、UCATに拿捕されたガジェット!!」

 空を見上げて、その正体を看破する。
 単独での戦闘能力に欠けるクアットロはシルバーカーテンの演算は続けたまま、離脱しようとクアットロがコートを翻した時だった。

 パカンとガジェットの装甲が弾け飛んだ。

「え?」

 内部からバンッと弾け割れると、そのまま内部から何かが飛び出す。
 まるで花弁が開き、種が巻かれるような優雅さ。
 しかし、そこから飛び出したのは優雅さなどではなく、脅威。

『トゥッ!!』

 一斉に声が上がり、両手をY字に決めて、回転しながら落ちてくる人影。
 それは逞しい装甲服を身に付けた人型。
 それは背に折り畳んだボートを背負った男。
 そして、彼は装甲に包んだ脚部を突き出し、頭には――仮面を被っていた。

『究極☆ライダーキィイイイック!!』

 ベクトル操作の真髄、重力落下を超える加速、何故か白熱する靴底、竜巻の如く回転する体。
 それらを用いて人影――陸が誇る特車部隊甲部隊がクアットロの顔面に靴底をめり込ませていた。

「ぎゃっ!」

 パリィインと割れるメガネ、ついでに停止する演算処理、ギュルっと捻られて飛び上がる足の勢いにさらにダメージを受ける顔。

「トゥッ!」

 クルクルと上空を跳ぶと、その人影は背中から取り出したボートを空中で組みなおすと、それに足を乗せて起動させる。
 スラスター部分から噴射剤が吹き出し、内部に仕込まれた慣性制御を伴い、空中で浮遊して見せた。

「っ、よくもやりやがりましたね!!」

 靴底の残った顔を押さえつけながら、憤怒に歪んだ顔でその陸士を射殺さんとばかりに睨み付けるクアットロ。

「悪いが、メガネ萌えじゃないんでな。俺の給料とボーナスのために貴様を逮捕する!!」

 ビシッとポーズを決めながら、最近責任を迫ってくる某小娘から奪ったライディングボード(改造版)を乗りこなし、フルフェイス仮面を被った陸士は叫んだ。

「あら、そう」

 ぶちっとこめかみに血管を浮かばせて、クアットロは酷く冷たさを感じさせる笑みを浮かべた。

「ん? 観念したか、メガネ女」

「いえ、そんなんじゃないですわ」

 ニッコリと微笑み、その手を振るわせる。
 次の瞬間、ジャキンという冷たい音がした。

「あのー、なんかすっこく物騒な代物が見えるんですが」

「そうですわね」

 それは薄い鉄板のようにも見えた。
 黒光りする黒い筒、硬く冷たそうな金属部分、取っ手が一つ、トリガーが一つ。
 あえて言おう。
 それは銃器だった。
 しかも、サブマシンガンと呼ばれる類の銃火器。
 つーとヘルメットの中で冷たい汗が流れるのを陸士は感じていた。

「あのぉ、質量兵器違反なんですが?」

「犯罪者がそんなこと気にするかしら?」

「そうですよね~」

 瞬間、陸士はグリップを捻ったと同時に体重を横にかけた。
 そして、その次の瞬間、陸士が元居た位置を貫くように発射音と鉛玉が貫く。

「う、うちやがったぁあああ!!」

 全力回避。
 スラスターを吹かし、巧みに蛇行しながらライディングボートで全速降下する。
 それを追撃するのは怒りを剥き出しにしたクアットロ。

「死ねぇええ!!!」

「死ぬわぁあああ!!」

 障壁も張れない低ランク魔導師である。
 銃弾なんぞ防げないのだ。当たるととても痛いことは保障済みである。

 逃亡する犯罪者に、追撃する捜査官という王道予定が一転して急展開を見せていた。









 走る、走る、走る。
 誰にも気付かれないように、灰色の服を上から下まで纏った男たちが走っていた。
 物陰から物陰へ、都市迷彩のスーツに、魔力と体温の全てを外部に洩らさない隠密専用スーツを纏った一団はハンドサインのみで意思の疎通を繰り返し、廃棄都市の市外を駆け抜けていた。
 音は最小に、露出は最低限に、存在全てを秘匿して移動する。
 そして、彼らは上空で行われている戦闘も見上げることすらせずに、一直線にあるビルを目指して移動していた。

『あそこか』

 外部に音声を洩らさず、指揮官らしきスーツの人物が独り言のように呟く。
 最小限、スーツ内部の空気を揺らしただけだった。
 彼らは呼吸すらも外界に洩らさず、嵌め込み式の酸素ボンベをつけて、徹底的な隠密を行っていた。
 重量にして数十キロにも及ぶ武装にスーツを身に付けているというに、その足取りはまるで重みを感じさせないものだった。

『はい、反応はあそこからです』

 指揮官の首元に手を乗せて、接触回線で部下が言葉を伝えてくる。
 同時に手首に付けたモニターには紅い光点が浮かび上がり、その言葉の正しさを伝えていた。

『分かった。ファースト、右から回り込め。セカンドは俺に続け、気付かれるな。気付かれれば、全てが徒労になるぞ』

 ハンドサインと共に告げると、続いていた全員が一斉に音も立てずに敬礼を返した。
 この世界の歴史には存在しないが、まるでその動きは現代に蘇った忍者のようだった。
 右から回り込めといわれた人員は一切の迷い無くその脳内に叩き込んだ地図に従って、大通りになり露出の危険性が高い道路を避けて、付近の建物内部へと侵入し、ターゲットの死角位置から回り込んでいく。
 指揮官は付近にあった水路の入り口を開くと、腰に付けていたスコープで内部を確認。
 人影や生体反応が無いことを確認すると、迷いも無く飛び込む。
 魔法ではなく、ただ鍛え抜いた身体能力と体術を持って体を痛める事無く着地すると、水路の中を見渡す。
 すでに十数年近く整備もされていない水路の中は濁った空気で満ちているが、外部からの酸素も温度も隔絶されている彼らには関係ない。
 彼らはスーツに備え付けた装置――デバイスそのものであるスーツをキーボードで操作すると、まるで魔法のように彼らのスーツの色が変化する。
 水路に相応しい緑色の混じった漆黒。
 迷彩色も変化させられるどこまでもスニーキングミッションに適応した装備。
 そして、部下の一人が事前に覚えこんでおいた既に使われていない水路のルートに従い、彼らはスムーズな速度と無駄のない動作で移動していく。
 まるで闇と一体化しているかのように、それらの存在を気付けるわけもなく、傍を歩くネズミですら視界に彼らが入ってようやく気付けるほどだった。
 如何なる修練と思いがそれを可能とするのか、想像すらも難しい。
 時間にして五分にも満たぬ僅かな移動。
 やがて、彼らは一つの出口を見つけ出す。
 指揮官、ハンドサインで一人に開けるように指示。それを受け取り、もっとも身の軽い部下がするすると蛇のように水路からの梯子を登ると、慎重にそのマンホールの蓋を開いた。
 音を立てぬように蓋をずらし、部下の一人が目だけ出して周囲の状況を確認。
 人影はなし。
 上を見る、ターゲットの位置からは死角の位置。
 気付かれぬように移動をするべきだと判断、水路の中の全員に分かるようにハンドサインを行い、彼はするりと水路から脱出する。
 ぞくぞくと素早く全員が脱出し、ターゲットの真下である建物に侵入。
 ガラスを踏まぬように細心の注意。
 埃臭いはずの倉庫の中に、複数の男たちが入る、少しせまっ苦しい。
 内部に入ると同時にスーツの迷彩を都市迷彩に戻す。
 同時に酸素容量が少なく、ターゲットの近くということで自然と増える酸素消費量に備えるためにボンベを変更。
 一瞬息を止めて、スーツに嵌め込んだ酸素ボンベを外し、息を止めたまま予備の酸素ボンベを嵌め込む。
 吸音物質で出来た接続部により無音、伝わってくる手ごたえのみが嵌ったことを教えてくれる。
 息を吸う。
 音は聞こえぬはずなのに、ハーハーと荒い息を吐いているような錯覚。
 十秒だけ休憩、荒くなる吐息、緊張と高鳴りで上がる体温、心を落ち着ける必要性がある。
 そして、その間に倉庫の扉の下からするりと白い紙が出てくる。
 それを見て、部隊の一人が警戒しつつも確信した動作で、ドアを開ける。
 そこにいたのは別れていたファースト班。
 ハンドサイン、事前に必要な鍵などを手に入れたというポーズ。
 ナイスだとサムズアップ。
 休憩終了、弾み心を押さえつけて、全員が移動開始。
 ひび割れた建物、老朽化した建造物、その中で慎重に階段を登る、移動する。
 扉の度に油を差す、鍵を開ける、音を立てぬように慎重に息を止める、体重移動などの技術の全てを使う。
 彼らは何を求めて移動しているのか。
 それは全ては一つの目的の為に。
 登る、登る、登る。
 階段を登り、音すらも出さずに、最上階、屋上の真下の部屋に移動した。
 部下の一人、センサーを見ながら慎重の位置を確かめる。
 もう一人、荷を降ろし、粘土のような物質を用意する。
 指揮官、拳銃型のとある道具を取り出す部下達に、ワイヤーなどを渡し、手はずを打ち合わせる。
 位置を確認した。
 ここに間違いないと部下の一人、ハンドサイン。
 粘土のようなものを持った男、音も立てずに踏み台になった男の上に立ち、天井に粘土を張り付けて、雷管を差す、銅線を引いていく。
 他の全員、何故かその位置に合掌のポーズ。
 まるで崇めるかのごとく怪しい動作。
 二人の男、腕まくりをして、硬い鋼の手甲を握り締める。

 準備完了である。







 市外を逃走する一人の陸士、悲鳴すらも感じられそうな必死の様子でライディグボードを操り、瓦礫などを吹き飛ばしながら全力離脱中。
 それを後方から追うクアットロ、ぶちぎれた顔、銃弾を撒き散らし殺そうとしている、しかし、それを巧みに避けられている。
 一秒たりとも同じ軌道にはいない陸士。
 弾丸を吐き散らすにも、その軌道を避けて、スラスターを吹かし、障害物などを盾にしながら逃走していた。
 あの分だと仕留めるにはまだ時間がかかりそうだし、そんな暇もないのだが。

「うーん、クアットロ完全に目的忘れてるな~」

 つなげたままの通信からはあらゆる罵倒の言葉が洩れ出てきて、聞くに堪えない代物だった。
 やれやれとため息を吐くのは廃棄都市にあるビルの一角、その屋上に佇む一人の少女。
 布に包んだ大型の物体を背負い、キュルキュルと目に埋め込んだ高精度のカメラを稼働させて、左目をクアットロに、右眼であるヘリを補足している彼女の名はナンバーズ10 ディエチ。
 助けに行くにしても彼女の能力はそれには向いていないし、それとは別の役割を彼女は帯びていた。

「そろそろ準備しないといけないんだけどなー、補足は出来てるし~」

 ディエチが肩に担いだ物の布を取り払うと、そこから現れたのは長大な砲身だった。
 イノーメスカノン。
 彼女のISを伝達するための媒体、全てを薙ぎ払うための兵器。

「クアットロ、マテリアルが逃げちゃうけど、そろそろ砲撃してもいい?」

 恐る恐る通信を繋げて訊ねるが。

『ああん!?』

 返ってきたのはとてつもなくドスの利いた声だった。
 ううう、ブ千切れてるよ~と内心泣きたいディエチだったが、恐る恐る訊ねる。

「あのー、マテリアルとケースが逃げちゃうんだけど……」

『ならさっさと撃ち落してやりなさい! くそ、ちょこまかとぉ。落ちろ、カトンボ!!』

「……了解~」

 もう諦めようと思い、ディエチはよいしょとイノーメスカノンを肩に担いだ。
 空は晴れており、空気も澄んでいる。
 左目の補足を解除し、両目でJF704式ヘリに狙いを定める。

「ISへヴィバレル、起動」

 体内で稼働を続ける小型魔力炉が唸りを上げて、イノーメスカノンにエネルギーを充填していく。
 灼熱にも似た光が迸り、周囲でジリジリと焦げるような唸るような音が鳴り響く。
 照準設定、起動確認、照準誤差をリアルタイムで修正し続ける。

「悪いね」

 操縦しているだろう人物に、そして乗せられているだろうマテリアル――“聖王の器”に詫びるように呟いて、それすらも言い訳だと自覚しながらディエチはチャージ完了と共に引き金を引こうと身構えた。
 瞬間だった。

 バキッという音が足元から響いたのは。

「え?」

 一瞬照準から目を外し、足元を見た。
 なんか手が生えていた。

「……なに?」

 まるで悪夢のように屋上の床から生えた手はガシリと次の瞬間、ディエチの両足首を掴んだ。
 片方二本の手、計20本の指が絡みつく。

「なっ!?」

 咄嗟に引き剥がすが、足を抜くか動こうとした刹那、さらに奇音。
 ボンッという爆発音と共に彼女の周囲の床が破砕する、丸く円を描くかのように。
 そして、崩落だ。

「わわわっ!」

 飛行機能を持っていない彼女に重力に抗う術はない。
 ただ奈落へと引きずり込むかのように掴んでくる手にも逆らうすべもなく、そのまま落下し――

「い、たたた」

 もやもやと噴き上がる粉塵の中でディエチは下の床に打ち付けた腰を摩りながら、目を見開く。
 何があったんだ。
 敵の襲撃、それとも?

『ようこそ』

「え?」

 しかし、想像は現実を上回る。
 彼女の周囲、粉塵が晴れた先にいたのは顔を隠し、全身を隠し、まるで彼女を迎え入れるかのようにポーズを取った一団。
 気付く、それは罠だったと。
 理解、こんなおぞましい奴らは一つしかいない。

「ミッドチルダUCAT!?」

『正解だ』

 ギラーンと指揮官らしき人物のマスクの内側で、そして全ての人物が目を輝かせた。

『歓迎しよう、新たな美少女よ!! かかれぇええい!!』

 キシャアアァアアアアという奇声すらも感じられるほどにおぞましく、一斉に男たちがディエチに襲い掛かった。


 彼女が捕縛されるまで二分と掛からなかった。












『クアットロ、逃げて!! これは罠! って、どこ触ってる!! ああ、返して、あたしのイノーメスカノン!』

「っ、ディエチちゃん!?」

 姉妹の悲鳴に、怒り狂っていたクアットロは我に返った。

『い、いやー! なに!? それなに!? なんで、ジャンケンなんかしてるの!? 亀甲とか、座禅とか、菱縄ってなに!?』

 絶叫にも似た泣き声の混じった悲鳴。
 それを最後にぷつりと通信が途切れた。

「まずいですわね」

 靴跡の残った顔でクアットロは苦々しい表情を浮かべると、事態を甘く見ていた自分に気付いた。
 屈辱を払すのは後で良い。
 ディエチが捕まった以上、任務は失敗だろう。

「命拾いしましたわね!」

 距離を保ったまま様子を伺っているライディングボート乗りの陸士を睨み付けると、用意しておいたガジェット全てを撃破したらしい隊長陣二人から逃れるためにシルバーカーテンを起動させようとした刹那。
 パリィインと傍のガラス窓が粉砕され、中から飛び出した人影があった。

「っ、二度も通じると――」

 それはライディングボート(コピー品)に跨った同じような装甲服に、少しだけ違うヘルメットを被った影。
 飛び込んできたボートを跳躍するように避けたクアットロ、その眼前に紅く燃え滾った拳を振り翳した男が居た。
 カートリッジロード、使い捨ての小型バッテリーを用いた擬似付与魔法機能の発動。

「必殺! ゴット――」

 フィン、そう叫びながらクアットロの顔面を叩き潰そうとした瞬間、彼はまるで何かに気付いたかのようにその腕を別方角に叩き込んだ。
 ガリィインと金属音が響き合う。
 そして、その瞬間現れたのはつい数秒前には居なかったはずの人物。

「っ!」

「ISライドインパルス。私の速度を認識したか」

 それは凛々しい顔つきを浮かべた女性。
 しなやかな刃物を思わせる四肢に、光の翼か刃と呼ぶべきそれを吹き出し、虚空にて紅く燃える手甲と激突し合う脚部があった。
 硬直は一瞬にも長い時間のようにも思えたが、互いに縛る重力がそれを許さない。
 陸士が呼吸を止める
 螺旋のように旋転、掴んでいて手を反動にしなやかに跳ね上がり、空中を舞うように男の体が弾けるように離れた。
 それを掠める光の襲撃、音速を超えた女性の蹴り足が陸士の前面にめり込む。

(!? なんだ!?)

 蹴り足を振り下ろした女性が、奇妙な違和感に顔を歪めるも肝心の相手は再びビルの中へと吹っ飛んでいく。
 そのまま女性は空を駆けるように傍のクアットロを抱えて跳ねた。

「トーレ姉さま!」

「やれやれ、監視役のつもりだっただが功を奏したな。ミッドチルダUCAT、これほどとはな」

「あ、あのディエチちゃんは」

「助けたいが、セインも居ない以上救出は無理だ。諦めるしかあるまい」

 苦々しい顔を浮かべるトーレ。
 彼女は既に撤退を選択していた。

「逃がすと思ってんのかぁ!」

 仲間の敵討ちといわんばかりに、先ほどまでは距離を保っていた陸士がライディングボードの速度を極限まで高めて、突撃してくる。
 打ち出されてくる砲撃を、トーレはライドインパルスの使用で掻き消えるように躱すと、姿を見失ったトーレを探そうと顔を左右に振る陸士の背後に降り立ち。

「力不足だ」

 彼女はその背を蹴り飛ばした。
 悲鳴を上げて、転げ落ちる陸士。
 そして、ライディングボードは搭乗者を失いながら疾走して。

「――テメエがな」

 その先に飛び出していた一人の陸士。
 その進路を予測していたのか、本来骨肉を砕くはずのトーレの蹴りを受けたはずの陸士が現れ、そのボードの上に着地する。

「なにっ!!」

「よいしょっと」

 ライディングボートを踏み台に跳躍、さらにビル壁に爪先を引っ掛け、駆け上がるように跳躍。
 手足を捻り、トーレへ向かって流れるようなソバットをめり込ませる。
 金属音。
 咄嗟に防御として突き出されたトーレの右手――先ほどの焼き直し。
 だがそこからが違う。

「――止まってろ」

 旋転。
 如何なる身体バランスをしているのか、そこからその陸士は“飛び直す”。

「ぶっ飛ばされるまでな」

 空気のような重さ、空でも歩くような動きと共に体を捻り――流れるように繰り出された二段目の蹴りが彼女のこめかみにめり込んだ。

「っ!」

 衝撃音。
 繰り出された最後の蹴りに、弾き飛ばされるかのようにトーレが背後に跳ぶ。
 同時に担がれていたクアットロが速度さに目を回しそうになるが、戦闘機人としての頑強さが救ってくれた。

「クアットロ、シルバーカーテン!」

「は、はいですわ!」

「不可視に、認識外の速度。貴様は追いつけん」

 咄嗟にライディングボートを操作し、追おうとしていた陸士が止まる。

「名を聞いておこうか、戦士よ!」

 トーレがこめかみを押さえる。
 足場無き空中にもかかわらず響くような一撃、戦闘機人として強化されてなければ脳震盪を起こしていただろう蹴打。
 ――魔力無き人間とは思えない戦闘力。
 それに彼女は闘争心を掻き立てられた。

「名乗る名前はねえよ、単なる組織の下っ端さ」

 だがしかし、それに陸士は冷ややかに肩をすくめる。
 頭に被ったテンガロンハットを指で押さえ、ニヒルを気取った笑みを浮かべる。

「なるほど。ならばまた機会があれば貴様を打ち倒してやろう、その時に名を尋ねる。ライドインパルス!」

 掻き消えるような速度でトーレとクアットロが離脱する。
 そして、さらにシルバーカーテンの機能で彼女達は消え去った。
 陸士が繋げた通信からもセンサーから消失という言葉が聞こえてくる。

「やれやれ、めんどうくせえ」

「せ、先輩……たすけて~」

「うるせえ。幸せボケはそこで死ね、豆腐の角に頭をぶつけて死ね!!」

 ビル内部の壁にめり込み、瓦礫でもがいている陸士に石を投げつけながら、帽子を被った一人の肉体派陸士はため息を吐き出した。
 そんな彼だが。
 遅れてやってきた機動六課の隊長陣、二人に手を振りながら。

(うーむ、いい尻してたなぁ)

 と渋く心の中で呟いていたことは秘密にしておこう。











 戦いは既に終わっていた。
 下水道は原型を留めず、破砕の限りを尽くされ、無事な人間は殆どいなかった。

「っ……何故」

 ゴホッと血を吐き出し、ギンガはその纏っていたバリアジャケットをボロボロに千切れさせながら、下水道の床で倒れこんでいた。
 増援だったはずの陸士たちは殆どが床に沈み、あるいはプカプカと水面に浮かび、或いは壁にめり込み悶絶している。
 本来ならば彼女達が勝っているはずだった。
 数に勝り、戦力に勝り、負ける道理などなかった。

 そう“たった一人の増援が来なければ”。

「何故……貴方が」

 ギンガは見上げる。
 そこに一人の男が居た。
 右手に無骨な槍を携え、左手に覆わんばかりの装甲を纏い、着古したコートを纏った一人の男。
 彼の名前をギンガは知っていた。
 彼の背をギンガは知っていた。
 何故ならば――彼は彼女の母親の――

「ゼスト叔父様! 答えてください!」

「答える道理は無い」

 それは冷たい鋼。
 それは金属で紡ぎ上げられたヒトガタのように、無骨で、雄雄しく、冷たい鋼。
 彼はどこまでも強い。
 かつてミッドチルダUCATにおいて最強を誇った人物。
 曰く、ミッドチルダUCATの秘密にしておきたかった秘密兵器。
 曰く、彼には魔王すらも撲殺される。
 曰く、彼の■■には触れてはならない。
 最強無双。
 強靭無比。
 限定的ならばSSすらも凌駕する最強の矛。

「すまない。だが、貴様らが悪いのだ」

 冷たく、無骨に、その腕に抱いたルーテシアの頭を撫でて、肩に乗せたアギトにぎこちなく微笑みながら告げる。

「俺の家族に手を出すならば誰であろうが許さん」


 曰く、史上最強の家族馬鹿。


 ルーテシアとアギトの危機と聞いて、天井を蹴り破り、出現したUCATの誇る変態の一名である男は貫禄ある背中を見せたまま去っていった。

 ギンガは思う。

「……絶対に、スカリエッティは潰されるわ」

 それはもはや確信だった。
 だって。
 彼の妻であるメガーヌはクイントと共にスカリエッティに殺されたとされているのだから。
 え? ゼストも死んだんじゃないのかって?
 UCATだと誰も信じていませんでした。

「ガクッ」

 そうしてギンガは気絶し、30分後他の部下を蹴り倒して、彼女を搬送したラッドに起こされるまで夢の中に落ちていた。









第一回 聖王争奪戦 成功

第一回 地上本部攻防戦 或いは 帰ってきた馬鹿殲滅戦に続く










今週のナンバーズ(捕獲組)

 1.セインとウェンディの日々



「暇ッスね~」

 留置所とは名ばかりの部屋に転がりながら、ウェンディはパタパタと団扇を仰ぎ、漫画を見ながらだらけていた。
 太腿むき出しのチャイナドレス姿だが、もはや慣れたので気にしない。
 取調べというかセクハラのような日々が過ぎ去り、待っていたのは退屈な待機時間だった。
 一畳一間の美少女専用部屋と書かれた部屋に入れられて、だらだらと過ごす日々。
 唯一の暇潰しはたまに面会に来る陸士ぐらいだろうか?
 そういえば、貸したライディングボードは無事に使ってくれているだろうかと思う。
 今度感想を聞こうかなーと思っていると。

「暇なテメエが羨ましいわ」

「ん? セイン、どうしたんッスか?」

 通信が入った。
 さすがに顔を合わせての部屋は駄目らしく、連絡は通信のみが許されている。

「お前はIS大したことが無いからいいんだろうけどよぉ、こっちは毎日重労働だよ」

「重労働ッスか? ここの人たち、変態という名の紳士だから酷いことはしないと思ってたんすけど」

「いや、何故か知らんけど、ISディーブダイバーとかで埋蔵金掘りをやらされているんだよ」

「え?」

「埋蔵金ー! とか叫んでいる頭のおかしい自称冒険家がたまに来てな。ダウジングとか、古い地図とかで場所を探しては、アタシが潜る羽目に」

 およよといわんばかりに顔を両手で隠すセイン。
 しかし、ウェンディは気になることがあった。

「で、見つかったんッスか?」

「うん」

 コクリとセインが頷く。
 ちなみに彼女は寝ていたのだろう、ネコ模様のパジャマ姿だった。

「マジで!?」

「腰が抜けるかと思ったよ。一割くれるっていったから、貯金積み立てにいれてもらった」

「人生勝ち組じゃないッスか!!」

「まあねー!」

 彼女達は彼女達なりに人生の喜びを見つけているようだった。





 2.ディエチ その護送方法


「うぅうう……」

『えっほ』

『えっほ』

 彼女は見事に捕獲され、口に出しては言えない方法で縛られて、運ばれていた。

「やめてー」

『わっほい』

『わっほい』

 ゆさゆさと彼女が上下に揺れる。
 ぶらぶらと彼女が左右に揺れる。

「なんで、なんで」

『うほほーい』

『うほほーい』

 えぐえぐと泣きながら、彼女は青い空に絶叫を上げた。

「豚の丸焼き風に運ぶのー!!」

 長い廃材に両手両足を括り付けられ、彼女達はまるでどこぞの人食い族の獲物のように運ばれていったのであった。







さらにおまけ


 戦いが終わり、騒乱が去った後の市街地。
 そこに降り立つ二つの影があった。

「合同会議を終わらせ、即座に駆けつけてきたぞ! さあ、敵はどこだ!!」

 燃えるような髪。
 凛々しい美貌を熱い情熱に輝かせ、艶かしい豊かな体躯を惜しげもなく晒した女性。
 その手には烈火に燃える魔剣が握られた彼女は剣士であり、機動六課の副隊長シグナム。

「……いませんね」

 その横に立つのは両手をむき出しに晒した防護服を纏った女性。
 短く切りそろえた髪型、少年を思わせる顔つきだが、その体つきは立派なまでに女を思わせるライン。
 その両手にはトンファーにも似た双剣のデバイスを持つ彼女、聖王教会の騎士シャッハだった。

「遅かったか?」

「みたいですね」

 勢いごんで現れた二人だったが、既に敵の影はなく、見上げれば他のメンバーも居ない。

「帰ります?」

「……ああ。っ、久しぶりの出陣が」

 シグナムはとぼとぼとシャッハは彼女を慰めるように立ち去っていった。


 駄目だこりゃ。






[21212] 帰ってきた馬鹿殲滅戦 前編
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/22 00:29


 青い空、透き通るような風、それらを浴びて彼は立っていた。
 そこはミッドチルダの空港。
 様々な荷物を詰め込んだ旅行カバン――その大半がお土産。
 ボロボロのジャケットを羽織った青年、よく見ればミッドチルダUCATの武装隊の身に付ける専用ジャケット。
 その血走った目を押さえれば女にさえ見える端正な顔立ち、赤毛の青年。
 彼は帰ってきた。
 彼は帰ってきたのだ。
 そう、この世界に。
 六年ぶりの帰還として。


「ミッドチルダよ、俺は帰ってきたぁああああああ!!」


 奇声を上げて、喜びを表現する。
 周囲に居た人々が怪しそうな目で見てくるが、彼は気にしない。だって慣れているから。
 そんな彼の名はティーダ・ランスター。
 首都航空隊に所属していた空戦魔導師である。









 たったかた~♪
 などというスキップを踏みながら、陽気に彼はクラナガンの都市を爆走していた。
 無駄にベクトル操作を行い、加速する。
 されど人にはぶつからずに、全力疾走。めんどうくさいので車道の横を走り、水媒体駆動のスポーツカーを追い抜いてしまったが、些細なことだ。
 スピード違反の測定カメラには顔を隠して、ピースなどを取っていたりなどもするが浮かれているのだからしょうがない。
 そして、ミッドチルダに降り立って一時間と経たずに彼は一軒の家へと辿り着き。

「ティアナぁあああああ!!! ただいまー!!」

 ――扉を蹴破った。
 そして、ゴロゴロと中に転がり入りながら、クルクルシュピーン!
 決めポーズ!

「少しばかり寂しい思いをさせてしまったが帰ってきたよ、マイシスター!! さあお兄ちゃんの胸に飛び込んでおいで!!」

 バッと感激に咽び泣くだろう甘えん坊な妹を迎え入れるために、ティーダがY字ポーズを決める。
 しかし、数秒……数分経っても返事が無い。

「ん?」

 キョロキョロと周りを見てようやく気が付く。
 人気が無い。
 ていうか、生活の香りがしない。
 しばらく見ないうちに模様替えでもしたのか、少し家具の配置が変わっており、ソファーなどには埃避けのビニールが被せてあった。

「あるぇー?」

 唇を尖らし、彼の頭に疑問符が浮かんだ。
 目に入れても痛くないどころか嬉しい可愛い妹はどこへ行ったのだ?

「ティアナ!?!」

 絶叫を上げながら、ティーダは全力で家の中を捜索した。
 ティアナの部屋の扉を開く、タンスを開ける、なんか見覚えないぐらいに大きな衣服に違和感を覚えるが、誰も居ない。
 一応ばれないように掃除し、次へ!
 台所に飛び込む、水の出した形跡はなし、放置されてからしばらく経っていることを確認。
 浴室に入る、浴槽の蓋を開き、誰も居ないことを確認。
 ゴミ箱を開けた、トイレの扉を開いた、ベランダにも出た、自分の部屋のベッドをひっくり返そうと思ったら家具がなくなっていた。

「どこだぁあああ!?」

 探すところが見つからなくなったティーダは近所のご迷惑になりそうな絶叫を上げながら、頭を抱えた。
 考えろ、考えろ、ティーダ・ランスター!
 引越し? いや、俺に黙って消えるような子じゃない!
 男を作って逃げた? 馬鹿な! お兄ちゃんは許しませんよ!
 となれば。

「――誘拐かぁ! くそ、俺の居ない隙にティアナを!!」

 ずどんっと壁に拳をめり込ませて、ギリギリと歯軋りと共に憎悪の涙を流す。
 許さん、許さんぞ、犯人め。

「幾らこの世のあらゆるものよりも可愛く、お持ち帰りー! とか一日86400(二十四時間辺りの秒単位)回叫びたくなる気持ちは分かるが、俺の妹だ! 許さん! 決して許さんぞ!!」

 まかり間違っても妹を泣かしてみろ、貴様の魂を地獄の釜に茹でながら、貴様の■☆を××××(検閲削除)して、×♪××(検閲だってば)に××□×(放送禁止用語です)な目にあわせて、悲鳴を上げさせながら、フォアグラの鳥よりも醜く×△××(禁則事項です)してやる!!
 などと心の中でスラングどころか紳士淑女が聞けば卒倒しそうな罵倒を洩らしながら、ティーダは悲痛に叫ぶ。

「くそ、ティアナ無事で居てくれ!!」

 俺のエンジェル。
 唯一の生きる理由である妹がかすり傷でも負っていたら、ティーダは生きていることが激しく難しくなるのだ。
 胸をわしづかみにし、彼は荒い息を吐き出しながら、ボタボタと壁を貫通した時に傷ついた手から血を流しながら、決意する。

「こうしてはいられない、出撃――いや、捜査だ!」

 加速魔法を使い、疾風のような速度で再び玄関の扉を蹴散らしながら、ティーダは疾走した。
 目指すのはただ一つ。
 己の職場、ミッドチルダUCAT本部である。








 ソニックブームすら撒き散らしながら、その人影は飛び込んできた。

「レッツパリィイイイイ!!!」

 ミッドチルダUCAT、玄関口。
 ガラス張りの入り口を蹴り破り、飛び込んできた影が一つ。
 キラキラと天馬流星拳の如く煌めくガラス片を、顔色一つ変えずに受付嬢の二人は受付に備え付けてある番傘をバッと広げて防いだ。
 その横で書類を持って運んでいた開発班の老人がぎゃー! と叫び声を上げて、ガラス片に串刺しの槍衾状態になっていたが、受付嬢は気にもしない。
 だってよくセクハラをしてくるエロ爺なんだもん。

「え、衛生兵ー! 衛生兵ー!」

「ご用件をどうぞ」

 パラパラとガラス片が防いだ傘から滑り落ちて、床が静かな音を立てる。
 そして、その降ろした傘の向こう側から、まるで悟りを開いたかのようなアルカイックスマイルを浮かべた受付嬢が完璧極まる接客態度で現れた。
 その横で老人を相手に、駆けつけた衛生兵が「傷は浅いぞ、しっかりしろ!」と叫び、白衣の老人が「う、うぅ、こ、この仕事が終わったら孫にゲームをプレゼントするんじゃ……」と呟いて、衛生兵が「馬鹿野郎! 死亡フラグ立てんな!!」と怒鳴りつけていた。

「ふぅ~、ふぅ~、首都航空隊所属のティーダ・ランスター一等空尉だ。隊長を呼び出してくれ」

 獣の一歩手前でギリギリ留まりながらティーダは荒く息を吐き出しながら、そう告げた。
 その後ろで「そう、ワシお手製のエロゲーを孫にやらせるまでは……」と老人が呟き、「死にそうにねえな。おい、薬はいいから救護室にぶちこんでおけ。放置すれば治るだろ」と衛生兵の冷たい診断が下っていた。

「分かりました」

 ピポパポッと受付嬢が通信をかけて、しばらく言葉を交わせた受付嬢の眉間に皺が寄った。

「あの、ティーダ・ランスター一等空尉」

「なんだ?」

「貴方M.I.A.(行方不明及び戦死の意味)になってますよ?」

「へ?」

 受付嬢の言葉に、目を丸くするティーダ。
 その後ろを、「鬼畜ー! 麻酔ぐらい打たんかー! ああ痛たたた! ぬぉおお!! 老人虐待じゃー!」と運ばれる老人と「はいはい、元気エロジジイ乙」運ぶ衛生兵が歩いていったのであった。






「どうなってるんですか、隊長ー!!」

 空中回し蹴りと共に首都航空隊の隊室に飛び込むティーダ。
 ボーンと吹っ飛んできた扉をパシッとお茶を啜る手とは逆の手の指で挟んで止め、ずずぅーとその男――ミッドチルダUCAT首都航空隊隊長は湯飲みから音を立て、注げた。

「おう、久しぶりだな。ティーダ、六年ぶりか?」

「はぁ? 六年? いや、それよりも高々半年ぐらい居ないだけでMIAとはどういうことですか! 俺の給料! 可愛いマイスィートハートのティアナのために貯めた積み立て貯金がぁあ!!」

 どしどしと歩み寄り、バンッと手の平をデスクに叩き付けて、直談判するティーダ。
 しかし、そんな彼の行動に、隊長は再び音を立ててお茶を啜ると、んーと眉を上げて告げた。

「しょうがないだろう。お前行方不明だったし、というかそもそもどこにぶっ飛んでた? 違法魔導師の転送魔法の術式を辿ったが、お前の行方はとんと知れなかったが」

「いや、ちょっとLow_Gとかいう次元世界に飛ばされてましたね。時空移動の魔法もなかったんで、少し現地で概念戦争とやらに参加してましたよ」

「……そうか」

 そういえば別れの挨拶もする暇もなかったが、飛場の奴とか八大竜王の連中無事かね~と遠い目を浮かべるティーダ。
 隊長推測。
 彼の知識によれば概念戦争は六十年前以上昔に終わった事件である。
 じわりと呆れを含んだ汗を流す。

「お前、よく無事だったな?」

「まあ死に掛けましたが、ティアナの笑顔を見るためならば!」

 サムズアップをして、キラーンと歯を輝かせるティーダ。
 隊長呆れ。
 ここまでシスコンの度合いが酷かったかと疑問。
 欲求不満による暴走と判断、隊長は静かにため息を吐き出した。

「まあ生きていたならばいいが、お前の籍は残ってないぞ?」

「そうだ! なんで俺の籍が消されてるんですか!?!」

「いや、さっきも言っただろうが。ティーダ・ランスター、お前はこちらとしても死亡扱いでな。復帰となると手続きが面倒だ」

 ……チッ、死んでればよかったのに。
 そう呟かれたのは気のせいだということにしておこう。

「そこをなんとか!」

「まあいいがな。シグナムもヴァイスの奴も今はいないし、優秀な魔導師の復帰となれば歓迎しよう」

「え? そういえば、二人の姿が見当たらないと思ったら、どこか転属したんですか?」

 キョロキョロと周りを見渡すが、そういえば室内に居るのは見覚えの無い連中ばかりだ。
 ――その大多数がフィギュア作成と同人誌の原稿を書いているのはいつもどおりの光景だが。

「お前はデロリ○ンにでも乗っていたのか?」

「は?」

「だから、さっき言っただろうが。どうやら類まれなる経験をしたようだが、今は“お前が行方不明になってから六年は経っている”」

「え?」

 今更のように事態に気付く。
 ティーダの主観は半年ほど、しかし現地の時間は六年後。

 そう、彼は時を駆ける青年となっていた。


「と、ということはティアナが立派な淑女になっているのか!!」

「驚くのはそこか!?」



 帰ってきた馬鹿殲滅戦 開始

 作戦を続行する つ NEXT





















今日のUCAT

1.レジアスの一日


「うーむ、ここはこうして……」

 カタカタと入力端末を打ち込みながら、レジアス・ゲイズは電子モニターに向かっていた。
 指が踊る、瞳が忙しく揺れ動き、瞬く間に無数の文章が画面の中に踊っていく。
 まるで音楽を奏でる演奏家のようにその動きは優雅に、華麗で、無駄がなかった。

「――中将、失礼します」

 プシュッと空気が抜ける音が響いて、ドアが開く。
 そこにいたのは怜悧な美貌を浮かべた女性。
 レジアスの娘であるオーリス、彼女はレジアスに提出すべき電子ファイルと何枚かの書類を胸に抱き部屋に入ってきたのだが。

「……」

「中将?」

「……むむむ、ここの表現はこうして」

「中将~?」

「それはまるで風が踊るように……いや、もっと詩的にすべきか?」

 ブチッ。
 オーリスのこめかみで何かが切れる音がした。

「父さん!!」

「ん? な、なんだ、オーリスか」

 レジアスがようやく顔を上げて、オーリスを見た。
 そして、デスクに置いた高価な栄養ドリンクの蓋を指で開けると、ゴクリと飲み干す。

「仕事です。確認をお願いします」

「……うーむ、締め切りが迫っているのだが」

 目を逸らし、ぶつぶつと言い訳をするいい年こいた男が居た。

「地上の平和と小説の締め切りどっちが大切なのですか!!」

 ビシャーンとこの日、ミッドチルダUCAT本部を揺るわせる稲妻が落ちた。
 レジアス・ゲイズ。
 ミッドチルダUCATの中将にして、地上治安回復の立役者。


 しかし、その実体は人知れず冒険小説と恋愛小説を書くプロの小説家だった(趣味で、妻を基にした官能小説も書いてるが非公開)。


「く、私に力があればこんなふざけた組織立て直すのに!!」

 その娘、オーリス・ゲイズはマトモな性格のために日々奮闘している模様。
 まあイキロ。


















2.UCATな日々 開発班の華麗極まる日々


「オォオオオオ!! いいぞ、いいぞ! びゅーてぃほぉおおお!!」

 この日も奇声が上がっていた。
 幾人もの白衣の科学者が、解体されているガジェットを見ながら激しい討論を交わしている。
 今度はドリルを! いやいや、ドリルは既にやった。今度は巨大合体ロボットに改良を! いや、その前に変形機能を付けるべきだ! 三種類の装備で、陸海空の全てに対応した傑作を! その前にダンボールの開発はまだか! 注文来てるけど、開発遅れてるよ、なにやってんの!
 などなど、熱い討論が繰り広げれている地獄絵図の如き現場。
 そして、今宵も生贄がやってくる。

「おおーい、タイプゼロシリーズが検診に来たぞー!」

 研究者の一人が、泡を食った態度で扉を叩き開き、前転しながら飛び込んでの一言。

『なんだってー!!?』

 驚愕、歓喜、狂乱、恍惚。
 四つの感情を顔に浮かべて、ワラワラと移動を開始する白衣の怪物共。
 五分と掛からずに十数名近くの科学者が戦闘機人用に調整された検査室へと迫り、そして扉の前で必死に抗う一人の女性に詰め寄っていた。

「な、何度逝(言)ったら分かるんですかー! あ、貴方達の触って良いものじゃないんですよぉ!」

 彼女の名はマリエル・アテンザ。
 管理局本局の第四技術部に籍を置き、現在は機動六課に出向している才気溢れる技術者の一人。
 だがしかし、彼女は現在無数の白衣の男たちに詰め寄られて、涙目だった。

「ああん? 君、本局に所属しているからって調子乗ってるんじゃないの?」

「そもそも戦闘機人タイプゼロファーストっていうか、ギンガ・ナカジマはミッドチルダUCAT所属なんだよ? 何で本局がデータを独占するつもりなんだい?」

「データなら渡しますよー! っていうか、アンタたち正論言いつつも、目的違うことでしょうが!!」

『当たり前じゃないか!』

 言葉は一致に、白衣たちはマリエルを包囲。

「良いかね? 彼女はISがない」

「ならば、それを補うための兵装が必要だ」

「ドリルを付けよう」

「目からビームを」

「いやいや、ロケットパンチを」

「とりあえず根性(G)で動ける永久機関を付けようか」

「人権を護るべきですよー!!」

 マリエルのもっともな反論。
 しかし、そんな正論が通じる世界か? 否、否である。
 既にこの身は科学に魂を売り渡し、楽しさに心を売り渡した修羅たちである。

『馬鹿な。科学者が人道を守ったら終わりだろ JK』

 断言だった。

「とりあえずこやつ技術者としてなってないな」

「少し説教しよう」

「まずはプランAの素晴らしさから教えよう」

「ああ、あとダンボール」

 ガシリとマリエルの両手が掴まれる。
 必死の抵抗もむなしくずるずると引っ張られて、簀巻きにされて、わっほいわっほいと運ばれていく。

「ま、マリエルさーん!!」

 後輩の技術者の声が聞こえる。
 そんな彼女に残したマリエルの最後の言葉とは。

「か、彼女をお願い! わ、私はまた科学の魔道にー! 嗚呼―!! いやー! また科学式を見てご飯三杯楽勝な性格になるのはいやー!!」

「マリエルさーん!!!」


 そして、彼女はしばし席を外し。


 数時間後、帰ってきたときには。

「ギンガ、良い改造案があるんだけど、どうかしら♪」

「正気に戻ってください! ていっ!!」

 恍惚の笑みで改造プランの設計図を見せ付けるマリエルを、殴り飛ばすギンガの苦悩が終わる日は遠い。




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手直しに時間かかりました
後編はまた今日中に投下します



[21212] 帰ってきた馬鹿殲滅戦 後編
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/23 11:32
 戦いはどこまでも続くかと思えた。
 空はなく、地上はなく、概念空間が広がっている。
 その中を一人の青年が駆け抜けていた。
 彼が纏うのは好んで着る彼の故郷である武装隊の制服ではなく、日本UCATが製造した装甲服。
 賢石による母体自弦振動の固定。
 故に彼はこの概念空間のルールに飲み込まれることなく、存在が可能。

「っ、敵は何機だ!!」

『武神五機、機竜を二匹確認。地上には人狼の部隊がいるようです。どうやら接収、及び亡命した軍勢と判断』

 通信機からの通信。
 可愛い妹には負けるが、中々に素敵なボイス。
 痺れるほどに心地いい内容、闘志が湧き立つ。

「っ、結構な戦力じゃねえか!」

 青年が指を鳴らす。
 賢石を起動させる、封じ込まれた概念の開封。
 概念条文追加

・――名は力を与える

 ――記入。

「2nd-Gの概念を追加ぁ! さあ、かかってきやがれ!」

 右手を閃かせる。
 ――【Less】と彫り込まれた拳銃が現れる。否、ハンドガン型のデバイス。
 左手を添える。
 ――【B】と彫り込まれた右手のデバイスと瓜二つのデバイスの参上。
 続けて読めばB・Less。
 すなわちBLESS。

「祝福してやるぜ、ベイビー!!」

 祝福の意のままに、光が宿る、力が増す、祝福とはなんだ? 神の奇跡? NON、NON。
 それは魔法。
 眠り姫に魔女たちが祝福を与えたかのように、それは魔法の力を約束する。

 脅威が迫る。

 強大なる機械の巨人達が飛翔し、迫ってくる。
 概念条文【金属は生きている】による命の付与、軽度の重力軽減。
 それは恐ろしい光景。
 何たる悪夢、機械の甲冑を纏い、鋼鉄の武具を持ち、冷たい金属に加工された破壊を齎す質量兵器を搭載した鉄巨人共――名を武神。
 さらに、さらに、空の上には機械と混じり合うメタルウイングの翼をはばたかせる機竜までいるのだ。
 ぞくぞくする、いたって平和で物騒な武装局員、その彼が戦争に参加している。
 嗚呼、怖い。
 最初は怖気づく、けれども恐怖を乗り越えて、覚悟を決めればにっこり笑えるのさ。

「さあリリカル・マジカルと始めようか!」

 大気中の魔力素を吸収、現地の人間の誰もが気付いていない、概念以外の人間の可能性。
 リンカーコアが駆動、熱い、熱い、魔力に変換していく。
 両手のデバイスが燃え盛る、烈火のごとく、太陽のように。

「魔法に名前を、必殺技の如く力強く!!」

『ClossFire―Shoot』

 クロスファイアシュート/十字砲撃の意。
 名前が力を持つ、ならば元々名前のついている魔法ならばどれだけ本当になる?
 佐山の腐れ悪役がほざいていた、必殺技を信じ込めばそれが現実になると。
 信じるのならば問題ない、それが常識だったから。
 一々詠唱をしなければいけない、どこの小説だと馬鹿笑いされた、とりあえず殴っておいた。そんな記憶も懐かしい。
 彼の能力ならば精々十のスフィアを出現させるのが限界、だがしかし、今の概念化ならばそれは異なる。
 名前の意味が分かる、名前の意味を知る、彼は信じ込む。

 ――この程度では十字砲撃とは呼べないと。

 故に、彼の周りに無数のスフィア、鬼火のように燃え盛る、無数の砲台。
 一人で弾幕張れますか?
 YES! デバイスはパワーアップ、魔法もパワーアップ。

「そして、俺も強くなった!」

 迫る、鋼鉄の巨人。
 怖くない、叩き潰す。

「祝福を与えてやれ。盛大に! B/LESS!!」

 銃声の如く破裂音が鳴り響く。
 スフィアから追撃の魔力弾が吐き散らされる。鳳仙花の勢い、派手な花火のように舞い踊る破壊の嵐。
 武神、ギョッとしたようにスラスターを吹かせて、横に回避。弾頭軌道からの回避。しかし、甘い。

「さあ撃ち落せぇ!」

 デバイスを振るう、プログラムを起動、自動追尾機能ってのが最近の魔法のデフォルト。
 直角に、物理法則を無視して、弾丸が武神の肩に直撃、派手に風穴を開いていく。
 一度当たれば速度が落ちる、次々と命中して、被弾しまくり。火花が散る、絶叫の如く部品が砕け散って、落下していく。

「いっちょあがりー、っ!?」

 爆風の上がった中から、炎を突き破り一体の武神が突撃。
 怒り狂った様子、当たれば人などミンチになりそうな剣を振りかざしてくる。やばい、速い。

「っ!」

 ベクトルを操作、重力を下へと方向修正。
 ガクンと迫る刃から反れるように、“上へと落下していく。”

『なっ! 何の概念だ!!?』

 ははは、概念条文も概念武装なしに空中機動をする生身の人間にびびったのか、外部スピーカーから声が洩れた。
 教えてやろう。

「概念じゃねーよ!!」

 魔力弾を吐き散らしながら、彼は告げる。

「魔法っつうんだよ!」

 飛行魔法をさらに起動、落下速度に、大気抵抗のカットでさらに速度を上げる。
 武神とのダンスゲーム、空への落下しながらの戦い、繰り出される斬撃を回避し、踊るように弾丸を叩き込む。
 落ちながら戦ってる。
 いや、昇りながら戦っているというべきか。
 音速を超えて、衝撃波を撒き散らしながら、撃つ、撃つ、撃つ、弾く。
 プロテクション、補助武装の機銃の一斉射撃、それを展開した障壁で弾く、逸らす、凌ぐ。
 やばい、敵軍は圧倒的な火力じゃないか、こっちは戦闘機、向こうは爆撃機と呼ぶに相応しい戦力バランス。
 しばらく対峙、交戦、プロテクションがきついので回避に専念、調子に乗りやがって!

『死ねぇ!』

 虚空を蹴り飛ばす、方向転換用スラスターが青白い吐息を景気良く吐き出し、重圧な人型機体が恐ろしい速度で旋転。
 回る、刃が閃く、剣速は既に遷音速クラス、音響の壁を突き破る超弩級斬撃。
 やべえ、回避出来るか!?

「っ、無理ぃ!!」

 肉厚の刀身が一直線に閃き、俺を切り裂いた――と見えただろうな。

『なっ!?』

 刃が通り過ぎる、そこにいた俺の姿、まるで水を零したカンパスのように滲んで消失。
 幻影、フェイクシルエット。

「オプティックハイド、解除」

 本物はここ、武神の後ろ。
 シューティングシルエットとフェイクシルエットの同時並行。
 気づけ、撃たれているのに損傷していないことを。
 武神の頭部に乗る。こつんと足音、銃口を突きつける。

『っ!?』

「おせえ!」

 ゼロ距離、砲撃ぶちかます!

「ファントム・ブレイザー!!」

 昔見たアニメ、燃える展開、装甲をぶち抜くにはゼロ距離射撃。
 燃え滾る紅蓮の吐息、頭部から股間まで二つの魔力砲撃が貫通し、飛び上がった俺の足元で爆砕、撃沈、さようなら。

「二丁目上がりぃ!」

 ベクトル変更、空へと舞い上がる。
 良い調子だ。

「このまま今日の撃墜王でも目指すかぁ!」

『馬鹿いってんじゃねえよ、女顔!!』

 独り言に反応して、叫び声。
 轟音、振り返る。
 そこには俺の背後から襲いかかろうとしていた機竜――その頭部をアチョーと蹴り飛ばしている武神【荒人・改】

「っ、飛場ぁ! 遅いじゃねえか!」

『真打は遅れてくるもんだって母親から教わらなかったのか、魔法青年!!』

 飛場竜徹。
 護国課に所属する武神の乗り手、八大竜王の一人、血気盛んな糞男。
 荒人・改が唸り声を上げる。
 中身の乗り手を体現するかのようにその動きは荒々しく、無駄がなく、修羅のよう。
 襲い掛かる武神共、その斬撃を紙一重で躱し、流れるような動きで次々と両断、現代に蘇った武士と誉れ高い戦士。

『サンダーソンの奴もはりきってやがるぜ、さあ気合入れろ!』

「はっ、だろうなぁ!」

 空を見上げる。
 其処には誰よりも速い男が空を支配している。
 恐れることは無い、さあ戦おう。

「いくぜ、高々十二世界、数百の次元世界を護る時空管理局を舐めるなぁああ!!」

 彼は叫ぶ。
 彼は駆ける。

 どこまでも走り抜ける。

 そう、それが時空管理局地上部隊にして、ミッドチルダUCATの首都航空隊ティーダ・ランスターの使命なのだから。








 ミッドチルダUCAT 概念戦争編











「――ということわけなんだよ!」

『ダウト』

 誰も信じてくれませんでした。
 あるぇー?



 ……始まるわけが無いですよねー!!





















 まず一番最初に行われたのは事情聴取だった。
 ティーダ帰還の速報で集まった昔なじみの陸士の連中に今までの武勇譚を聞かせていたのだが、返ってきた返事が嘘だ! だった。

「お前がそんなにかっこいいわけないだろう、常識的に考えて」「っていうか、調子のんな」「テメエは脇役が十分だ、主人公面してんじゃねえよ」

 即答三連発だった。しかも理不尽でした。
 そして、何故か武器を持ち出されて、襲われました。

「な、なにをする、きさまらー!」

「その立場ぁ!」

「ころしてでもうばいとる」

 いつも通りの乱闘だった。
 ドッたんばったんぎこしゃはむはむばきゃぁいや~ん、などという悲鳴と罵声と嬌声と破壊音の撒き散らされる室内。
 そして、そこで一人静かに事情を聞き終えた隊長は思った。

(ミッドチルダUCAT成立の始まりはLow-GのUCATとの接触が発端だ。現地組織には他Gとの異世界存在の認識以外にも、他次元世界の存在と魔法技術の存在を知っていたせいで調査管理局員が発見されたのが理由だったのだが……まさかティーダが原因か?)

 六十年前のLow-Gへのティーダ転移。
 それがなければおそらくかの世界は管理局の組織とこれほどの技術提携を結んではいなかっただろう。
 そうなるとミッドチルダUCAT自体が彼の存在によって成立したことになるのだが……

(まあ本人も気付いていないし、どうでもいいか)

 隊長は深く考えるのをやめた。
 ミッドチルダUCATに所属するティーダが飛ばされたのが始まりだったのか、それともその前の元の地上本部に所属していた別の可能性が始まりだったのか、タイムパラドックスなどが色々と複雑になるのだが、考えると面倒なので放棄。

「い゛えあ゛あ゛あ゛あ゛ー!!!」

 こうして、ティーダは本家UCAT的には重鎮存在になるはずだったのが、スルーされました。








 ティーダ・ランスター奇跡的生還。
 そのニュースは流し素麺の流れるような速度でミッドチルダUCAT内に行き渡った。
 それを聞いた一人はこう語る。

「いや、奴が死んだとは思ってませんでしたよ。だって変態だし」

 そして、他の面子はこう告げている。

「むしろ普通に帰ってきたことに驚いた」

「イベント的には魔王でも倒してくるのかと賭けていたんですが、大穴かよ!」

 賭けチケットを投げ捨てながら、ペッと唾を吐き捨てる始末だった。
 ちなみに大穴当てた奴は嬉し喜びに踊っていたが、数分後に他の陸士に襲われて、尻の毛まで毟られたことを記述しておく。

 そして、その張本人であるティーダはというと。

「ティアナー!!!」

 全力で妹の名前を叫びながら、地上本部の廊下を疾走していた。
 事情説明を終えた後、我に返った(狂ったともいう)ティーダが妹であるティアナがどうしているのか調べたところ、他のラグナたん可愛いよはぁはぁと怪しい言葉を発している陸士が、現在ティアナが機動六課という部隊に所属していることを教えてくれたのだ。
 ついでに他の連中が持っていたティアナのブロマイドを蹴り倒して奪い取った後に、現在のティアナの姿を見た彼が鼻血を吹き出して大量出血で詰め所の床を真っ赤に染め上げたことは語るまでも無い。
 ガリゴリと増血剤の錠剤をかじり、はむはむっ! とほうれん草をポ○イよろしく食べながら、ティーダは機動六課本部隊舎へと向かう。
 本部隊舎のある湾岸地区までかなりの距離があるが、彼にはそんなことは関係なかった。
 直進距離で直進し、途中で松葉杖を突いていた老人を蹴り飛ばし、扉を開いてきゃーと悲鳴を上げる男子更衣室を潜り抜け、窓を開けると、そこは外だった。
 窓枠に足をかけて、飛び上がる。
 飛行許可? なにそれおいしいの?
 都市上空を奇声を上げながら滑走する一人の青年の姿に、都市住民はああまたUCATかと諦めた。













 一方、機動六課のほうで一人の男が稲妻を浴びたかのような衝撃に襲われていた。

「な、なに? ティーダが帰ってきたぁ!? しかも、悪化? マジでか」

『マジマジ、超マジ。今そっちに向かっているようだ』

「っ、やべえな。ありがとよ、今度なんか奢るわ」

『んじゃー、今度ラグナちゃんとの合コンをセット――』

 ガチャンと地上本部直通黒電話を叩き切ると、その男――ヴァイスは珍しく焦ったような顔を浮かべていた。

「やばいな。早く避難させないと!」

 彼は悲壮な決意を浮かべると、踵を返して全力疾走で走り出した。
 数分後、彼はとある部屋の前に辿り着くと、ローリングソバットで扉を蹴破った。

「なのは隊長ー!! たいへんで――あ?」

 飛び込み前転からくるりと見事な動きで起き上がり、ヴァイスは叫ぼうとして。
 ――目の前の光景にすっと目を背けた。

「……失礼しました」

 ヴァイスは何も見なかったことにして、立ち去ろうとした。

「ま、まって! 何で逃げようとするの!」

 がしっとその肩を掴んだのは慌てた様子のなのは。
 彼女は何を慌てているのか、ヴァイスは知らないふりを続けることにした。

「いや俺何も見なかったですから。まさか高町隊長がロリスキーで自分の養女を押し倒そうとする特殊性癖者なんて俺知らないですから安心してください。昔フェイト隊長に欲情していたけど今は育ったから興味ないという噂は本当だったのかーなんて俺納得してないですから(棒読み)」

「違うのー! 違うNOー! ヴィヴィオが、着替えるのを嫌がるから着せ替えていただけなのー!」

 号泣しながら首をぶんぶん横に振るうなのは。

「なのはママ乱暴だった……」

 そして、火を注ぐ純粋無垢なるょぅじょ。

「ああ。ベットでも戦場でも全力全壊なんですね、わかります」

「いやー! これ以上変な噂を立てられるのはいやー!!」









 そんな押し問答中に、マッハを越えた速度で飛び立っていた一人の男が地上に着地していた。

「華麗に着陸!」

 ガリガリとアスファルトの地面を砕き、螺旋を描くように回転しながら襲来した男――ティーダは両手を頭上に上げた。

「俺、参上!!!」

 Yポーズで地面にめり込んだ足をずぼっと引き抜くと、ぐるりとそこらへんにいる一般事務員らしき女性(メガネ、ストレートヘアの女性)が怯えた目で見ていたので尋ねた。

「あ、すみませんが。ここにティアナ・ランスターっています?」

「え? はい。ティアナならもう訓練が終わって戻ってきていると思うけど……」

 ピクリ。
 一瞬ティーダの肩が揺れると、ひっと女性が引きつった顔を浮かべた。

「あ、そうですか。兄のティーダと申します。いつも妹がお世話になっているようで」

 ペコりと一礼すると、何故か拍子抜けたように女性が安堵の息を吐いた。
 何故だろうとティーダは内心首を捻ると、とりあえずティアナを探しに行くことにした。

「あ、一応会いに来たことはそちらの部隊長に連絡が来ているはずですので。ちょっと入らせていただきますね」

 正確には「俺帰る、ティアナ嫁にする、すぐいこう、さあ逝こう」と叫んで、詰め所から飛び出したのだが、あの気配りのいい隊長のことだから事前に連絡は回しているだろうという予測発言だった。
 事実その通りなのだが、確信犯な分性質が悪い。

「え? そ、そうなんですか? それならいいですけど……」

「では」

 さっさかさーと立ち去るティーダ。
 その背後で女性にかけよる男性が、「シャーリー無事か!」と声をかけて「う、うん。あれってどうみてもUCATの……」「あの制服はUCATのだ。油断しないほうがいい、彼らのことだから何かする可能性が高いぞ」とぼそぼそと警戒されているような気がしたが、ティーダは気にしなかった。
 その身に備わるシスターセンスを活用して、素早くティアナの位置を探る。
 そして、数秒と掛からずに進路を決めると、ティーダは一直線に歩き出した。
 妹はそちらにいる、それは確信だった。
 それに間違いなどあるはずがない。
 この身に宿る肉親への愛が、情愛が、執念が、妄執が、妄想が、全てを告げるのだ。
 想像を妄想に、妄想を願望に、願望を現実に置換する。
 彼女と会ってからどうするか、そのシチュエーションを脳内で数千パターン構築し、最終的には肉親の絆を軽くコサックダンスで踏み越えて、結婚ENDまで余裕で妄想していた時だった。

「え?」

 声がした。
 思わず競歩速度だった足を止める。

「嘘……」

 声紋照合、脳内記憶照合、脳内予測ティアナボイスに六年の年月を追加修正し、照合。
 ――全てオールグリーン。
 ドスッ! 全力で振り返ろうとする己をレバーブローしつつ、ティーダはゆっくりと声の方角に振り返った。

「久しぶりだな、ティアナ」

 激痛に顔を歪ませつつもニッコリと微笑んで、振り返った先には目を潤ませた愛しい妹の姿があった。
 六年前の子供の頃とはすっかり変わり、美しくなったティアナがそこにいた。

「に、兄さん……?」

 声が震えていた。
 体も震えていた。
 傍にいるおそらく同僚だろう、それ以上だったらぶち殺す少女二名とあとでヤキいれること決定な少年一名が困惑した目で見ている。

「ティア? あの人ってもしかして」

 青い髪の少女が、ティアナに尋ねるが、彼女はフルフルと必死に首を横にふりたくった。

「嘘。兄さんなわけがない、だって兄さんは死んだ……はずなのに」

 は?
 一瞬呆気に取られる、いや高々行方不明になっていただけなのだが。
 いや、違うな。ティアナのことだ、悲しさのあまりにそう信じてしまったに違いない。MAIだったし。

「馬鹿だな、ティアナ。俺はお前の兄だぞ? そう簡単にくたばらないさ」

 ニッコリと笑み。
 飛び掛ろうとする己を必死に自制しながら、ティーダはゆっくりとティアナに歩み寄ると、ぽんっとその頭を撫でた。
 一瞬ビクリと彼女は肩を震わせたが、その手の感触に目を開いた。
 温かい。
 幻覚じゃなく、夢じゃなく、現実の感触だと実感できる大きな手。

「本当に……にいさんなのぉ?」

 涙声だった。
 見上げる目は潤んで、ぐしゃぐしゃだった。
 今すぐにでも抱き付きたそうな彼女の体は懸命に作り上げた自制心で堪えていたけれど、それがティーダには痩せ我慢だと気付いていた。

「本物に決まっているだろ?」

 安心させるようにティアナの髪を撫でる。
 昔と変わらない髪形のままだった。

「だって……だっていきなりすぎるよ……」

「おいおい、俺が生きたって信じてなかったのか?」

 少し意地悪するように笑いかけながら、ティーダはティアナの涙の雫を親指の腹で拭った。

「だって六年……兄さんが行方不明だって……どこに消えたのかも分からないって六年も……」

 この瞬間に至ってティーダはティアナとの時間差を実感する。
 自分は半年、彼女は六年。
 十二倍もの時間の差、濃密な死を感じさせる戦争を潜り抜けてきたけれど、妹はそれ以上の悲しい時間を経験していたのだ。
 理解、実感、残酷な運命の悪戯に怒りすら覚える。
 もしも神――別世界の神族とか、そういうのは嫌ってほどぶちのめしてきたが、運命を操る存在がいれば今すぐにでも八つ裂きにしたいほどだった。
 六年前ティーダを異世界の彼方にぶっ飛ばしてくれた違法魔導師は、既に他の陸士が逮捕し、生きるのもアッー!という目にあわせたらしく、新たな領域の扉をオープンドア状態で刑務所に入ったらしいので、ぶちのめす機会がないのが残念だった。

「悪い。待たせたみたいだな」

 ごめんよ、とティーダは妹に謝る。
 ううん、とティアナは一生懸命首を横に振るうと泣きじゃくる子供のような笑みを浮かべて。

「兄さんっ!」

 すたっと足を早めて、飛び込んでくる。
 キターッ!! と高鳴る動悸、笑みを浮かべて、ティーダは両手を広げた瞬間。


「あぶなーいっ!!」


 ――バァンッと横から走ってきたバイクに撥ねられた。

「え?」

 錐揉みしながら空中旋回、キラキラと光る唾液と吐血を撒き散らしながら哀れなティーダの体は重力に引かれてぐしゃりと地面に叩きつけられる。
 そして、彼を撥ねた張本人であるバイクの乗り手はふぅーと息を吐きながら、華麗に額の汗を拭った。

「危ないところだった……」

「に、兄さん!? ヴァイス陸曹何するんですかぁ!!」

 うわーんと両手を振り上げて、ヴァイスの胸板をぽかぽかと叩くティアナ。
 しかし、彼は至って真面目な顔でティアナの肩を握り締め、告げた。

「大丈夫か、ティアナ!(性的な意味で)」

「え?」

 ちょびっと気になっている男性に肩を掴まれて、普段は済ませた顔でツンツンしているけど内心初心なティアナは頬を赤らめたのだが、言われた言葉に意味が分からず唖然とした。

「無事か? 襲われていないな!?(性的な意味で)」

「え? あ、あの? どういうことですか?」

「今のティーダはひじょ~に危ない。言うなればスバルの前にスパゲティー、シグナム姐さんの前に強敵、なのはさんの前に新型レイジングハートだ!」

「どういう意味だ、ごるあ゛あ゛あ゛!!」

 驚異的な生命力でティーダ復活。
 ボタボタと血を流し、バイクのタイヤ跡を顔に残しながらも立ち上がる。
 そんな彼の復活にヴァイスは舌打ちをすると、ティアナを後ろに庇い、構えた。

「ちっ! 再生が早いな、せめてリッターバイクにメタルホイールで轢くべきだったか!?」

「さすがにそれは死ぬ……と思うぞ!」

「嘘付け!」

 対峙する二人の男。
 護るは多分ヒロインのティアナ、呆気に取られて付いていけない子供三名を観客にミッドチルダUCATの誇れない変態二名が睨み合う。

「ヴァイス。久しぶりの再会でいきなり人を撥ねるとはいい度胸だな、年下の癖に」

「ティーダ。お前が行方不明になっている間に、俺はすっかりお前の年を越えたよ」

「やーい、オッサン」

「言うな!」

 ちょっとだけ気にしていることを言われて、ヴァイスはこめかみに血管を浮かばせた。
 一種即発、今にも互いのデバイスを抜き放ちかける――というか待機状態のデバイスが、二人の手に魔法のように抜き放たれていた。

「ヴァ、ヴァイスさん!?」

「お、落ち着いて、ティアのお兄さん~!」

「喧嘩は駄目ですー!」

「二人共落ち着いてよ!!」

 羽交い絞め開始。
 ティーダにはスバルとエリオのベルカ組が抱きつき、ヴァイスはキャロとティアナのミッド組二人が押さえ込む。
 その光景にティーダが戦闘機人を越える腕力を発揮したのだが、スバルが全力全開の魔力強化で押さえ込んだ。

「ヴァイスぅうう!!! てめえ、誰の許可を得てうちの妹に粉かけてるんだぁ!?」

「ああ!? そんなわけあるか! 俺は365日ラグナ一筋だ!」

 シスコン二人の醜い罵倒開始だった。
 ちなみにティアナが密かにショックを受けているが、二人共気付いていない。
 両手をふさがれつつも、蹴りが激突しあう。クロスを描くような華麗な蹴りの交差だった。
 そんな争いが数分ほど続いただろうか、押さえ込むほうも暴れるほうも息絶え絶えになった頃

「もうやめてよ!」

 と、泣きが入ったヒロインの叫びがあり、二人共戦闘中止だった。

「そうだな。争いはやめよう」

「そうだな。何気に俺接近戦弱いし」

 ティーダとヴァイスの二人共が大人しくなり、ようやくここでフォワード陣が手を離した。
 そして、流れるような展開の速さに付いていないフォワード陣が訓練の帰りだったことを思い出し、ヴァイスはとりあえずシャワーを浴びて来いと指示。
 涙を流していたことによりティアナの顔は赤かったし、事情説明するにも外でするには長すぎると判断だった。
 しかし、休憩時間はあまり残ってないとエリオが告げると、事情が事情だからなのは隊長には既に話は通しておいたとヴァイスが説明。
 常識的な三人は納得いかない顔をしつつもシャワーを浴びに行き、ティアナは名残惜しそうに何度も振り返ったが、慌ててシャワー室へと向かっていった。
 残る二人は彼女達の姿はいなくなると同時に一秒も躊躇わずに拳を繰り出し、クロスカウンターがめきょりとめり込む。

「ぐっ!」

「い、いいパンチだ……げふ」

 ばたりと倒れる二人。
 空に見える太陽が夕日のように眩く見えた。








 慌てつつも、しっかりと身支度を整えたフォワード陣が、待ち合わせ場所の食堂にやってきた。

「……ふ、二人共どうしたんですか? その痣」

「気にしないでくれ」

「久しぶりの友情を深めていただけさ」

 痛ててと医務室から貰った氷で顔の痣を冷やす二人がそこにいた。

「あれ? シグナム副隊長も……なぜ?」

 そして、そんなヴァイスの横には皺一つ無い制服を身に纏い、凛々しい佇まいで座るシグナムが座っていた。

「なに。ティーダが戻ったと聞いてな。一応私もティーダとは同じ部隊に所属していた身だ」

「そうだったんですか!?」

 今更のように事実を知るティアナ。

「ああ」

 ズズーとお茶を啜るシグナム。
 ヴァイスはコーヒー、ティーダは紅茶と嗜好がバラバラに分かれていた。

「んじゃー、事情説明するんだが。嘘くさいかもしれないが、信じてくれ」

 ティーダが今までどうしていたのかを説明。
 この世界では六年前に違法魔導師を追いかけている最中にティーダは転送魔法を応用したトラップにかかり、別世界に飛ばされたこと。
 そして、自身の体感時間ではそれは精々半年程度前だということを説明すると、ティアナは驚いた。
 飛ばされた世界Low-G(フォワード陣は名前こそ知っているものの実情は知らない世界)でミッドチルダに戻るために努力しつつも、自分を拾ってくれた組織の力となって概念戦争に参加した。
 詳しい説明は機密になるので話せないがそこで我々こそオリジナルだー! とほざいている悪い連中を、知るかボケなす! とぶちのめしたのだが、その世界を滅ぼした時に避難が遅れて自分はさらに異世界に飛ばされたのだが、それが付近の管理世界だったということ。
 そこで現地の武装組織をついでにぶちのめし、金を巻き上げて旅費を稼ぎ、次元航行艦を乗り継いでミッドチルダに帰還した。

「ほへー、凄いんですね」

「凄いです」

 と、そこまで説明した時点でスバルとキャロは感嘆の息を吐いた。
 エリオはどこか憧れの混じった目で「UCATの隊員ってやっぱり凄いんですね」と間違った方向へとフラグを進めていた。

「いや、しかし。まさか六年も経っているとは知らなくてな。家にすっ飛んで帰ったんだが、ティアナがいなくて心配したぞ」

「ごめんね、兄さん」

 素直に謝るティアナ。ツンデレのツンを通り越して、デレ状態だった。
 どうやら長年のトラウマだった兄の死が、帰還してきた兄を見て粉々に砕けたらしい。
 しかし、彼女はさすがに予想していない。
 すっ飛んでという言葉が事実であり、さらには家の扉をぶち破ったままこちらに来ていたということを。

「まあさっきUCATにも顔を出して復隊手続きもしてきたし、俺もまた管理局の一員だな」

 長かったなぁとため息を吐きながら、紅茶を啜るティーダの一言。
 その言葉に、ティアナは少しだけ沈んだ顔を浮かべた。

「兄さん、UCATに復帰するの?」

「ん? ああ」

 てっきり喜んでくれると思っていたティアナが、沈んだ顔を浮かべるのにティーダは首を捻った。

「あの人たち……兄さんのこと馬鹿にしてたんだよ? 葬儀の時だって散々馬鹿にしていて……」

 その顔には怒りが満ちていた。
 憎悪という火がその瞳の奥で燃え盛っていた。轟々と暗く、冥く、へばりつくような痛みを堪えた憎悪。
 彼女は怨んでいた。
 彼女は憎んでいた。
 かつて兄の死――行方不明となり、M.I.A.判定を受けて、上げられた死体のない葬儀。
 思い出す。
 ――馬鹿だな。
 ――必要ないだろ、葬儀なんて。アイツには。
 ――死んでくれたほうが助かるしな。
 その時に浴びせられた言葉が彼女の耳にいつまでも残っていた。
 それこそが彼女を打ち震わせ、彼女の怒りの原動力だったのだが。

『は?』

 その時、ヴァイスとシグナムが同時に首を捻った。

「してたっけ?」

「いいや、記憶に無いが」

 葬儀に参加した二名。
 首を傾げていた。

「お前ら、ちょっと純真無垢なティアナが傷ついているから詳しく説明しろ」

「えっと確か……」






 記憶は六年前に遡る。
 それはティーダ・ランスターが行方不明になり、死亡判定を受けた時だった。
 一応儀礼的に神父を呼び、死体の無い棺が土に埋められていく。
 そして、葬儀にはヴァイスもシグナムも参加していたのだが。

「葬儀なんて必要ないよなぁ(死んでないだろうし)」

「というか、馬鹿だしなぁ(変態的な意味で)」

 という会話が陸士の間であったような気がするし。

「むしろ死んでいるといると助かるなぁ(野望的な意味で)。そうすれば俺が晴れて、あの子の保護者に!」

「馬鹿野郎! それは俺に決まっているだろう、常識的に考えなくても」

「うるさい、黙れ! あの少女は私がめくるめく百合の世界に連れ去るに決まっているでしょうが!」

「馬鹿野郎! 光源氏計画は男の浪漫だー!!」

 という会話の後に、仲裁に入った神父も巻き込んで乱闘があったような記憶しかない。
 確か途中で腐った大人共の世界に穢れないようにティアナに目隠しして、保護した記憶があったようなないような。







「……という葬儀だったような。ん? どうした、ティアナ」

 ORZ というポーズでティアナが床に沈みこんでいた。
 ニュアンス的なものも説明を交えていたのだが、何故か見る見るうちに雰囲気が落ち込んでいったのは何故だろう?

 こうして、ティアナとティーダの再会は無事(?)に終わったのだった。

 その後「ティアナを苛めたのは貴様かー!!」「きょ、教導だったのー!!」 と叫ぶ一応AAのはずのティーダとエクシードモードのなのはの間で、三日間にも渡る個人戦争が幕を開くのは別の話である。



 帰ってきた馬鹿殲滅戦 完了

 第一回 地上本部攻防戦に移行する












今日もUCAT


1.ラッド・カルタスとギンガさんの甘い日々(片方の主張より)






 カタカタ。
 彼は何時ものように詰め所で事務処理を行っていた。
 電子ディスプレイの上を、鍵盤でも弾き鳴らすかのように無駄なく指を動かし、次々と処理を行っていく。

「ふむ。調子が乗らんな」

 彼は不意にデスクの引き出しを開き、その中にあったテープレコーダーを取り出した。
 そして、それと接続していたイヤホンを耳に嵌めると、再生ボタンを押し込む。
 そして、耳元に流れるある女性の声を聞きながら、気分が乗ってきたので指をパチパチと走らせていると。

「カルタス主任。お疲れ様です」

「ん? ギンガかい」

 存在を気付いてはいたものの、気付かないふりを続けたラッドは静かに振り返る。
 すると、そこにはコーヒーカップを持ったギンガがいた。

「どうぞ。少し濃い目ですが」

「いや、その方が嬉しいね。なによりも君が入れてくれたことが嬉しい。そろそろ私と籍を入れないかね?」

「お世辞が相変わらず上手いですね」

 引きつった笑みで答えるギンガ。
 彼女は知らないふりをしている、彼の言葉は全て本気だということを。
 そして、ラッドはギンガに貰ったコーヒーを味わうように飲んでいたが、不意に席に戻ったギンガのデスクのあることに気が付いた。

「ギンガ」

「? なんですか」

「君はコーヒーを飲まないのかね?」

「え? あ、そういえばうっかり忘れてました」

 ドジですね、と苦笑するギンガの微笑を視姦しながら、ラッドは立ち上がる。

「それなら私が入れてこよう」

「え? いいですよ、私が」

 ガタリと立ち上がろうとするギンガの肩をぽんっと叩いて、「たまには部下を労わせてくれ」とラッドは告げた。
 申し訳ないという顔を浮かべるギンガの横を通り過ぎて、廊下に備え付けてあるインスタントカップの自販機にデバイスでのIC支払いで購入を済ませる。

「ミルクはいるかい?」

「あ、お願いします」

 部屋内のギンガに訪ねて、注文通りにコーヒーを設定。
 出てきたカップにぽいっとポケットから取り出した粉末を入れて、コーヒーとミルクが注がれるのを待ち、音が鳴った後に取り出した。

「ギンガ、注文どおりだがこれでいいかね?」

「あ、ありがとうございます」

 何一つ変わらない笑みに、ギンガはまったく警戒する事無くコーヒーカップを手に取った。
 そのまま何事もなかったかのように、ラッドは席に着くと仕事を再開する。
 仕事をしたふりをしながら、ラッドはギンガがコーヒーに口を付けるのを観察していた。

 ゴクリ。

 彼女の細い喉が確かに音を奏でた。
 時間を計測。
 一分、二分、三分……五分。
 コーヒーを飲み終えたギンガが、ばたっとデスクの上に前のめりに倒れた。

「ぐー」

 コーヒーに盛った睡眠薬が効いたようである。

「典型的な寝息だな」

 ラッドは時計を確認。
 入手先曰く30分は寝ているはずなので、時間には余裕がある。
 先ほどから聞いているテープレコーダーのスイッチを止めて、新しいカセットを中に挿入。
 さらにデスクの中からこの時のために用意した【ギンガの寝顔アルバム その37】と書かれたディスクと小型ビデオカメラを取り出し、かつかつとギンガのデスクに歩み寄ると、その寝息と寝顔を録音+録画するためにセットした。
 ビデオカメラのピントを調整し、そのあどけない顔がしっかりと映っていることを確認し、調整完了。
 そして、ラッドはそのまま場所を離れると、詰め所に備え付けのロッカーから仮眠時に使われる毛布を取り出し、ギンガの肩に優しくかけた。

「幾ら戦闘機人とはいえ、君は無茶をしすぎなのだよ」

 ラッドの声音は優しい。
 ラッドの確認する限り、今日で二日は貫徹している彼女を休ませるにはこれぐらいしか手段はなかった。
 そして、警邏任務から戻ってきた他の部下達が詰め所に戻ってきた時に、音を立てないように彼は唇に指を当ててしーと告げた。

 彼女は愛されていた。彼女自身が自覚するよりもずっと深く。


 二十分後、カフェイン効果と戦闘機人故の薬物耐性があることを気付かずに、寝顔をはぁはぁと視姦していた同僚達が涙目の彼女にぶちのめされた。














2.とある潜入工作員の日記


 これはある潜入工作員の脳内データベースに記録された日記である。



 ――ミッドチルダUCAT 潜入1日目




 ドクターからの任務により、本日からミッドチルダUCATにもぐりこむことになった。
 時空管理局地上部隊の本拠地であり、管理局本部からの警戒も厳しい地上部隊の組織への侵入。
 変装自体はISライアーマスクにより心配はないが、かの組織は高ランク魔導師を潤沢に保有する本局をも脅かすほどの力を蓄えているらしい。
 警戒は必須だ。油断してはならない。
 いつかの聖遺物を入手するための聖王教会にもぐりこんだ時よりも過酷な任務になりそうだ。

 しかし、挫けることは許されない。
 まだ開発途中の姉妹たちと無事に再会するために、この任務をやり遂げてみせる!










 ――ミッドチルダUCAT 潜入2日目

 ……ありえない。
 なに、この組織? 本当に時空管理局の部隊なのか?
 どこの連中も仕事中にも掛からずフィギュアとか、漫画とか弄ってるし、もぐりこんだ秘書課により接触した最重要人物と思しきレジアス・ゲイズは……小説なんか書いてましたよ?
 副官にして、娘であるオーリス・ゲイズに叱られていたし、私は本当に上手くやっていけるのだろうか?

 追記:陸士部隊の戦力を調べるために、主戦力と思しき首都航空隊と情報収集の会話をしたのだが、中々にイケている男がいた。
 もう少し渋くて、過去を背負った男になるといいのだが――シスコンだったため、微妙。






 ――ミッドチルダUCAT 潜入3日目

 ドクターに「実家に帰ってもいいですか?」 という懇願メールを送ったのですが、拒否られた。
 大変欝だ。
 クアットロ、ごめんね。
 私途中で自殺するかもしれない。

 こ こ に は 変 態 し か い な い の か。








 ――ミッドチルダUCAT 潜入18日目

 何か色々諦めてきた。
 今日も定時報告。

「異常しかなくて異常無しです」

 そんな報告したら、ドクターに怒られた。
 だって、その通りなんだもん。
 たまに本局にもぐりこんで、脳味噌ガラス共の世話をしているほうが癒しになっているというのはどういうことだろう?
 不愉快な会話をしている干物共だが、常識人なために心が激しく癒される。


 追記:副官のオーリス・ゲイズと屋台でばったり遭遇する、UCATの愚痴を言いながら一晩酒を飲み明かした。
 彼女は常識人だ。きっといい友達になれる、明日も頑張ろう。








 ――ミッドチルダUCAT 潜入78日目

 テロ事件勃発。
 次元世界の一つを範疇に納めるマフィアが、地上本部に飛行機テロを仕掛けてきた。
 危うく私も死ぬところだったが――アリエナーイ。
 特攻してきた旅客機に「てめえ、アニメの放送中に仕掛けてくんじゃねー!」と叫んで、ブちぎれた陸士たちが数百人がかりでバインドした挙句に、空中で停止させ、中にワラワラとドリルを持った装甲服の連中が飛び込んでいった。
 中を占領していたテロリストはアッー! という悲鳴と共に窓から放り投げられて、高度数百メートルの位置から地面すれすれでキャッチされていた。

 その三日後、本局に逮捕状を申請した後、陸士三個師団が出撃し、現地の地上部隊と協力してマフィアを壊滅させたらしい。
 ……なんであいつらの魔導師ランクがB以下なのか、理解しかねる。





 ――ミッドチルダUCAT 潜入128日目


 かゆ……うま……









 ――ミッドチルダUCAT 潜入???日目


 今日もUCATな日々が始まる、頑張ろう。
 そして、思う。

 ドクター、多分ここに入ったら……五分で適応しそうだ。









[21212] 第一回地上本部攻防戦 その1
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/25 13:59

 世界は常に揺れ動いている。

 刻一刻と運命の振り子はふり幅を大きくし、世界を震撼させる運命を紡ぎ出す。

 嗚呼、嗚呼。

 世界は変わり果てる時を待ち望んでいる。

 祈りたまえ。

 嘆きたまえ。

 運命は迫り来る。

 牙を磨いて。

 爪を尖らせ。

 駆け来たるのだ。



 ――9月14日 後の世にJS事件と称される運命が世界に姿を見せる日。


 その発端たる、地上本部襲撃事件。

 それが今目の前まで迫ろうとしていた。















 ……のだが。
 その運命を防ぐべく設立された機動六課の宿舎、そこで一人の少女がペンを走らせていた。

「ふんふふ~ん」

 手に持つのはGペン。
 使い慣れた仕草でスラスラと線を描く、文字を描く、絵を描き出す。
 彼女が描くのは絵であり、文字であり、人物であり、背景であり、建物であり、命そのものだった。
 原稿用紙にさらさらと描き出すそれは覗き込む同僚の視線を釘付けにするほど刺激的。

「う、うわ~……こ、こんなとこまで描いちゃうんですか?」

 さらさらと凄まじい速度で手裏剣のようにインクを飛ばし、目を疑う速度でベタを塗る少女は高らかに告げる。

「もちろんよ。この私、アルト・クラエッタの辞書には自重という言葉は存在しないわ!」

 メラメラと燃える瞳、ボキリト握っていたGペンがへし折れて、きしゃーと声を上げる。

「そう、時代は私の才能を求めているの! 尊敬する作家は言ったわ。【僕は読んでもらうために漫画を描いている! 読んでもらう、ただそれだけのためだ! 単純なただ一つだけの理由だが、それ以外はどうでもいい】と! だから、私は見てもらうために自重はしない、躊躇うことなんてしないの!」

 時代はヴァイス×ティーダなのよぉおお! と叫びながら、同人誌を描き出すアルト。
 彼女の描き出す原稿の中では鬼畜顔のヴァイスが、女顔のティーダをねっとりねちょねちょと押し倒していた。
 それを横目ですごーいと憧れた目で見るルキノ。
 休憩時間とはいえ、いいのだろうか?

 アルト・クラリッタ。
 元ミッドチルダUCAT首都航空隊 運輸部第2班にして、その前身はティーダ、ヴァイス、シグナムと同じ航空武装隊第1039部隊所属。
 すなわち彼女も立派なUCAT隊員としてしっかり腐っていた(腐女子的な意味で)








 そんなことが機動六課の隊舎で行われているとも知らず、機動六課のスターズ&ライトニング分隊(一名除く)はミッドチルダUCAT本部に訪れていた。
 ミッドチルダUCAT意見陳述会。
 警備としての収拾が海からの命令として彼女達に下っていた。

「うわー、凄いですねぇ」

 改めてミッドチルダUCAT本部を見上げたスバルが凄いと声を上げた。
 それはまさしく鋼の城だった。
 UCATの隊服を着込んだ陸士たちがせわしくなく周囲を歩きまわり、何らかの防衛網を設置しようとしているのか、屋上からロープを引いて壁で補修作業らしいものをしている陸士もいた。
 ――その横でアーッ! という叫び声を上げてバンジージャンプをしている人がいたような気がしたが、おそらく気のせいだろう。多分。
 落ちろ、落ちろ、貴様らー! うひゃひゃひゃひゃ! ティアナー、愛してるぞー! などと叫んでいる見覚えのある人物が積極的に蹴り落としているような気もしたが、ティアナも見なかったことにした。
 ロープもついていなかったような気がするのもきっと気のせいだ。

「……本当にこれで敵の襲撃があるんでしょうか?」

 フォワード陣は幻覚から目を背けて、傍らに立っていたなのはに話しかけた。
 彼女達はつい数日前、予言の話を聞いている。



 古い結晶と無限の欲望が集い交わる地。
 死せる王の元、聖地より彼の翼が甦る。
 道化達が踊り、中つ大地の法の心は空しく焼け落ち、
 それを先駈けに数多の海を守る法の秩序は砕け落ちる。




 聖王教会の騎士にして時空管理局少将であるカリム・グラシアのレアスキル【預言者の著書】
 それが全ての発端だった。
 その予言の解釈によれば幾多のガジェット・ドローン、それを裏で操るスカリエッティによって時空管理局が崩壊するという未来が推測された。
 機動六課はその予言を覆すために設立された部隊。
 大規模な予言の内容にフォワード陣は驚いたし、かかるプレッシャーに緊張もしたけれど、自分達の肩に掛かる重みに決意を新たにしていた。

「あると思う。ミッドチルダUCAT、意見陳述会。テロがあるとしたらこの日。時空管理局の本局幹部も来るし、聖王教会の人たちも来る。この日にミッドチルダUCATを潰せば、管理局の面子も潰されるだけじゃない、他時空世界に対する管理局の信頼も壊れてしまうだろうね」

 なのははひどく冷たく、そして冷静な目つきで告げた。

「スバル、皆。気を抜かないでね」

『はい!』

 フォワード陣が声を上げる、スバルの目に、ティアナの目に、エリオの目に、キャロの瞳には力が宿っていた。
 その瞳を見て、なのはが微笑む。
 自分達の選択は間違いではなかったと。
 未来を託せる仲間達だと信じられた。
 フェイトも微笑み、傍に立っていたシグナムも薄く微笑んだ。はやては恥ずかしそうに頭を掻くが、嬉しそうだった。

「しかし、ヴィータの奴も来れればよかったのだがな……」

 シグナムが少し表情を渋くして告げる。
 今ここにいないヴィータ。
 彼女は体調を崩し、機動六課の隊舎にて寝込んでいるのだ。

「……しょうがないよ。なんか凄い状態だったし」

 この間の少女保護の時から、帰還したヴィータは無言で部屋に戻ると、部屋の隅でぶつぶつとうずくまり、「怖い怖い、あたし帰る。おうち帰る」とどこか遠い世界で幼児化していた。
 先日まで必死にはやてが慰め、シャマルがあやし、ザフィーラがもふもふされることによってようやく精神がカムバックしたのだが、何故彼女があのような状態になったのか誰も分からなかった。
 通信していたルキノにも詳細は分からず、ガジェットからの負傷があったわけでもなく、現場で援軍として出ていたUCAT陸士にも聞いたのだが。

「はて? 俺は特になにもやってないのだが、ガジェットを倒しただけだしなぁ」「だな。俺は運転してただけだし」と原因不明。

 同じく何故かひきつけを起こしていたリインは「ふははは! チャージなどさせるものか! 私こそが闇の書の意思だー!」 と喚き散らした後、翌日になったら何も覚えていなかった。
 シャマル曰く「何か憶えていたくない嫌なことでもあったみたい。自我を護るために記憶を封じ込めたのね」 という判断が下されていた。

「……ヴィータ副隊長がいないと、戦力的にちょっと不安ですね」

 実技訓練としてフォワード陣をしっかりと鍛えてくれているヴィータの強さを、ティアナたちの誰もが骨身に染みて理解していた。
 彼女がいないことが少しだけ不安だった。
 けれど、なのはは気丈に笑顔を浮かべてみせる。

「大丈夫だよ。私たちもいるし、それに私だけじゃなく、UCATの人たちも警備しているよ」

 そういって、バッと警備網を引いているそこらへんのUCAT陸士を指差したのだが――

「――うほ、いいモンキー! 剥ぎ取れー!」「ちょ、おま! 俺今、襲われてるんだけど! ゴットモンキーつええ! いやー。爆裂樽、樽寄越せ! 剥いでないで助けろよ!」

 ……携帯ゲーム機でカチカチと遊んでいたし。
 その横では。

「いっけぇ、俺のビガージュ!」「させるが、メラトカゲ!」「ちょ、おマ、進化させずにLV100かよ!? どれだけ愛してるんだよ!」「お前こそ、さっさとサンダーストーン使ってでぶっちょにすればいいじゃないか!」「うるせえ! あれは進化じゃない、メタボですぅ!」

 と、有線式のどでかいゲーム端末にケーブルを繋いで、ピコピコしながら叫び声を上げていた。
 ちなみに携帯しているストレージデバイスは地面に放置である。
 というか、何故かケンケンしながら縄跳びで三重飛びに挑んでいる奴やベーゴマをやっている奴もいた。
 腕に嵌めたどでかいディスクを構えて、立体型映像でカードゲームをしている奴らもいる。

「……」

「……な、なのはさん?」

「とりあえず頑張ろう。私たちが」

 強い決意を手に、ガシリとスバルの肩に手を置くなのはだった。
 そして、シグナムを除く全員が思った。

 ……ミッドチルダの平和は大丈夫なのだろうか? と。


 しかし、彼女達は四時間後に始まる悲劇をまだ知らない。










 カツ、カツ、カツ。

「中将、そろそろ意見陳述会の時間です」

 冷静な声。
 感情を押し殺した声音が響き、ぷしゅーと空気が抜ける音と共に一人の女性がドアを開く。
 オーリス・ゲイズ。
 このミッドチルダUCAT本部を統率する実質的司令官であるレジアス・ゲイズの娘にして副官に当たる人物。
 皺一つ無いぴっちりとしたスーツに身を包み、切れ長の瞳を顔にかけたメガネで隠した才女。
 一切の乱れない歩法で彼女は室内に踏み込むと、胸に抱いた書類を手に取り、伏せていた顔を上げた。

「中将――ん?」

 しかし、顔を上げた先。
 本来ならばレジアスが座っているはずの席にはレジアスはいなかった。
 いや、そこには違う人物がいた。

「おや、私はまだ客分なのだがね。オーリス君、いつの間に中将になったのかな?」

 足を組み、不適な笑み。
 白髪を交えたオールバックの髪型に、どこまでも冷たく冷静沈着な顔を浮かべた少年。

「佐山 御言。何故貴方がそこの席に?」

 かつて全竜交渉部隊の指揮官として活躍した英雄。
 悪役の姓を持ちし少年。
 ミッドチルダUCATの設立に関係した佐山 薫の孫。
 そして、現在ミッドチルダUCATに戦術・技術関連の交流監査役として居座る客分。

「ふむ。そこの質問は的確だ。故に回答は的確に行おう――そこの男が座ってもいいよといったのでね」

「は?」

 ピシッと向けられた指先を見ると、そこに「あ~」という声を上げている男と少女がいた。
 具体的に言えば二つの按摩器に座る連中がいるともいう。

「気持ちいいね~、佐山くん」

 そう告げるのは佐山と同じく派遣されてきた新庄 運切。

「うむ。実に私も心地いい」

「ほえ? そんなにその椅子座り心地いいの?」

 と首を捻る新庄。
 その黒く滑らかに伸びた髪、男性とは思えない滑らかな体のライン、そして按摩器でぶぶぶと小刻みに振動するまロい尻を震わせて、静かに佐山の盗撮用カメラで撮影されていることを新庄は知らない。
 そして、その横で極楽極楽と呟いているヒゲ面に、厳つい顔つきの男がいた。
 レジアス・ゲイズである。

「中将ー! なにやってるんですかぁ!」

「む? 見ての通りだ」

「ふむ、オーリス君はどうやら按摩器の存在を知らない文明人だったらしいね! まさか魔法で肩こりが治るのかね?」

「ふ。魔法で肩こりが治れば鍼灸も按摩もサロン○スも要らぬわ!」

「肩こりはどこでも強敵のようだね」

 同時にニヤリと笑う佐山とレジアス。
 しかし、次の瞬間、唸りを上げたオーリスのハリセンに頭部をひっぱたかれた。

「ほら、さっさと行きますよ! 父さん!」

「ぬぉおお! 耳をを引っ張るなぁ、ちぎれ、千切れる! 遅かりし反抗期か!?」

 ズルズルとオーリスに引きずられるレジアスだった。
 それを眺めながら、佐山が一言。

「ハハハ、いつ見てもここは変態の巣窟だね。悲しい限りだと思わないかい、新庄君?」

「同じUCATだから大差ないよ。色んな意味で」

 そう告げて二人も立ち上がった。
 意見陳述会に、彼ら二人も出席することが決まっているのだから――









 巡る、巡る、世界の螺旋。
 運命は常に辿り寄せて、歴史の変革は間近である。

「ウーノ、準備はどうかね?」

 一人の男がいた。
 一人の狂人がいた。
 嗤う、嗤う、玉座に腰掛けながら厳かに、王者のように、或いは発狂した狂い人のように振舞うヒトガタ。

「イエス、ドクター。準備は万端です」

 主の命に従うは冷徹なる人形。
 美しい造形、神に寵愛されたかのような美貌、その細腕の周りには螺旋を描くような鍵盤がある。
 奏でる、歌う、音の調律を行うようにウーノと呼ばれた人形は操作を開始する。

「クアットロ、奏でる準備は出来た?」

「はい、お姉さま。我が銀色の衣は既にかの組織を蝕み始めていますわ」

 嗤う。
 モニターに映し出されるは邪悪を秘めた人形。
 残酷なまでに清々しい笑顔を浮かべながら、その双眸の奥に秘めたるのは吐き気が込み上げるほどの闇。
 彼女の闇を姉たる彼女は知り尽くし、それでもなお己が主の目的のために放置する。

「トーレ、出撃準備は?」

「問題ない。いつでも行ける、姉妹たちを取り戻すチャンスだ。逃がさん」

 新たに出現したモニター。
 そこに映し出されるのは翼の如き光刃を噴出した人形。
 彼女は凛々しい、彼女は気高い、刀身を削り上げ少女の形を取ったかのように鋭い存在。
 その四肢からは強化手術を受けて、ありあまる出力を手に入れた光の翼にして、輝ける刃たるインパルスブレードを持ち合わせている。
 彼女の機動はまさしく音速を超過。
 人間には太刀打ち出来ない、最強無比の一刀。

「ルーテシアお嬢様、準備はよろしいですか?」

「問題ない……父さんも大丈夫だって」

 三つ目のモニター。
 そこには両手のアスクレピオスに光輝を抱いた少女がいた。
 少女は美しい、まるで美の女神に祝福されたかのよう、紫水晶を溶かしたかのような髪を風になびかせ、夕日の輝きに輝ける姿は黒衣と相まって死神のように背筋立つ。

「では、全ての姉妹たちよ。祈りなさい」

 神に祈るではなく、己の創造主のみが信奉の対象たる人形は歌う、奏でる、紡ぎ出す。

 破壊の旋律を。

 歴史を書き換える一音を。

「さあ開始しようか。歴史の境界線を越える刻を!!」

 狂人は告げる。
 ダンと床を踏み鳴らし、人形がその意のままに手を這わせた。
 淫猥に、絢爛に、偉大に、ポォーンという運命が戸を鳴らす音を奏でる。


 今ここに、ミッドチルダUCAT(ついでに機動六課)とスカリッティとの戦いが始まる。








 なお、三年後のスカリエッティはこの時のことをこう述べている。

「認めたくないものだな。若さゆえの過ちというものを」

 と。



第一回 地上本部攻防戦 開始









今日だってUCAT

 1.スカリエッティの大いなる野望



 スカリエッティ、ラボ。
 今日もその主にして狂科学者、スカリエッティは研究に明け暮れていた。

「ふむふむ、ここはこういう風に改造したのか」

(ドクター……今日もUCATの兵器解析をしているわ)

 UCATに拿捕されたガジェット。
 ドリルを付けられ、何故か追加バーニアに、内部に搭載していたミサイル全てがドリルミサイルに改造されていたそれを回収したのだが、スカリエッティはここ近日その解析に夢中だった。

「ドリル。うむ実にドリル。螺旋の輝きを秘めている、ぬ? こ、これはまさか鉄の城モデルか!?」

 などと、不眠不休で内部をばらし、稼働した時の画像を見てうーむと感嘆の声を上げているのである。
 それを影ながら見ているウーノはスカリエッティの体調を心配しつつも、彼の興味をそれだけ引きつけるUCATに嫉妬の炎を燃やしていた。

(ドクターの技術のほうが素晴らしいのに、何故あんなにも調べるのかしら)

 彼女はしばし悩んだものの、彼女の電子処理機能つきの頭脳でも計算は不可能だった。
 しょうがないとため息を吐き、彼女はそのまま日課の掃除のためにスカリエッティの私室に入った。
 手にはスカリエッティ自作の掃除機を持ち、腰にはホコリ取りを掃き、エプロンを身に付けた姿こそ人妻の完全装備!
 とは、この間妻と夫の関係を熱く語っていたゼストの談である。
 そして、そのメガーヌの後姿はあまりにも綺麗だったのでついムラムラと襲い掛かってしまった――とまで説明したところで、ルーテシアの情操教育に悪いと判断されたガリューにぶっとばされていたのは思い出したくも無い記憶である。

「さて、どこから掃除しようかしら」

 相変わらずスカリエッティの私室は荒れ放題だった。
 研究資料のレポート用紙は床に散乱し、分厚い科学書などは机に山済み、この間お忍びで出かけてきた時に買ってきたナンバーズのフィギュアはケースの中に納められている。
 最初こそ呆れたものの、もはや慣れたウーノはテキパキと書類を集めてファイルに入れて、さらにパタパタと上の方から埃を落とし、掃除機をかけていった。
 ガーガーと溜まった埃を吸い込みながら、「ドクターと結婚したら毎日こうするのかしら?」 と少しだけ頬を染めて、ウーノが腰をくねらせる。
 きゃードクターとバタバタと身もだえして、もじもじと顔を隠すウーノ。
 他の姉妹が見たら幻滅確定の痴態を繰り広げると……ようやく立ち直ったのか、息を吐いた。

「こ、こんな場合じゃないわね。掃除をしないと」

 掃除機による床の吸い取りはほぼ終えている。
 後は雑巾で空拭きでもすればいいだろう。
 一端雑巾などを取ってくるかと踵と返した時、ウーノは不意に気付いた。

「あら? これは何かしら?」

 スカリエッティの机の上に、なにやら沢山の線が描かれた紙切れが一つ。
 手紙などではなく、ただの紙切れのようでウーノはそれを掴み取り、見てみた。
 沢山の縦線に、その途中に幾つもの横線が走っている。
 そして、最後にこの二つの言葉が書いてあった。

【UCATに入って、わはーする】

【頑張って世界を変える】

 ぶっちゃけあみだくじだった。
 どうやらスカリエッティはあみだくじで、選択を選んだらしい。紅いボールペンで線を引き、【頑張って世界を変える】のところに丸が描かれていた。

「……見なかったことにしましょ」

 ビリビリと紙を破ると、ウーノはゴミ箱に入れて部屋から出て行った。


 スカリエッティ一味はギリギリのところで存続させていた。








 2.ガンバレ エリオくん(の保護者達)



 踊る、躍る、疾る。
 手には槍を、脚には速度を、全ての心技体を戦いに傾けろ。

「おぉおおお!!」

 疾る、吼える、貫く。
 音速に触れるか触れないか、それほどの速度で彼は駆け抜ける。
 待ち構えるは歴戦の剣士。
 燃え盛る焔の使い手。

「いい速度だ」

 来たる飛翔の矛先。
 鋼鉄すらも貫くそれ、だがしかし、烈火の将は笑いながらその刃に体を差し出す。

「え!?」

 驚愕に歪む、防御をしない、回避もしない彼女。
 それに驚愕をし――瞬間、大地から空へと舞い上がる一閃があった。

「躊躇うな」

 それは逆手に刃を構えた彼女の一閃。
 何たる神技、迫る細い針の如き矛先を見事に捕らえて上へと弾き上げた。
 剣聖の如き刃の一閃。
 それに幼い槍は逆らう術を知らず、噴き出すスラスターによる補正すらも忘れて手から槍がすっぽ抜ける。

「あ」

「これで終わりか」

 パシンと首元にレーヴァテインの刀身が触れた。
 少年、エリオの敗北だった。

「……負けですか」

 がっくりと頭を落とす。
 クルクルと落ちてくるストラーダ、それに遠隔操作、手元に戻ってくる槍をエリオは見もせずに捕らえた。
 確かに彼は成長している。ストラーダの扱い方に精通し、サードフォームすらも解禁させていた。
 だがしかし、届かない。
 目の前の烈火の将に、他の閃光の戦斧の使い手に、不屈の魂の持ち手に、鉄槌の騎士に、まだ届かない。

「まだ弱いな」

 刃を振るい、もはや体に染み付いた血払いの動作をしながら、シグナムは肩にレーヴァテインの刀身を乗せた。

「とはいえ、本来ならもう及第点はやれるな」

「え?」

「今の年齢から言えば魔力の放出量も、制御技術も、身体能力も十二分なほどに上がっている。後はゆっくりと肉体の成長を待つしかないほどにな」

「……ですが」

 まだ自分は弱いと思う。
 同僚の誰よりも弱い思える。シューティングアーツの使い手には技巧で劣り、若きフォワードリーダーほどにも強かではなく、彼にもっとも近い召喚術士の少女ほどの切り札もない。
 その悩みに気付いたのだろう、シグナムは静かに口元に手を当てて。

「後は、そうだな。その槍術を鍛えるしかない」

「え?」

「見ているのだが、お前は槍を武器としては使っているが、技としては使っていない。エリオ、本局の短期予科訓練校で槍技は学んだか?」

「い、いえ。最低限の持ち方と、使い方を教えられたぐらいで後は魔法を」

「だろうな。私は剣技なら教えられるが、槍は専門外だ」

 やれやれと肩を竦めると、シグナムはしばし考えて。

「そうだな。もしもこれ以上、エリオが強くなるとしたら方法がないわけではない」

「な、なんですか?」

「どうせ死んでないだろうし、いずれ帰ってくるだろう人物が一人いる。そう私よりもおそらくは強い達人が、そいつに師事すれば――」

「だ、誰ですか?」


「ミッドチルダUCAT最強の武人、ゼスト・グランガイツだ」


 こうして、エリオは彼の名前を知ることになる。
 しかし、今の彼は知るはずも無い。


 三年後、彼が師匠にしてエリオの命を狙う最強のラスボスとなることに。


 この時の彼はまだ知らなかったのだ。







「はう!」

「どうしたの、キャロ?」

「い、いえ。何故か今すぐにでもヴォルテールを呼び出して、抹殺しないといけない人が出てくるような予感が」

「はぁ?」






******************************

さあ、ここからが真の地獄の始まりです。
終わりのクロニクル本編はティーダの介入などで多少変わってますが、大筋原作どおりだと思ってください。

次回から今までとは違って自重しない展開だらけです。
ミッドチルダUCAT、本番始まるよー!



[21212] 第一回地上本部攻防戦 その2
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/26 10:54
 ミッドチルダUCAT意見陳述会。
 それは年々削られた予算にも関わらず戦力を拡大し、発言力を強めているUCATに対する監査儀式のようなものだったのかもしれない。
 優れた組織力と治安維持に反して、得体の知れない人材や兵器などにミッドチルダ市民の不信感は高まり、抑え付けていた蓋が外れたようにその実情を人々が知りたがるようになった。
 彼らは敵なのか?
 それとも自分達を護ってくれる存在なのか?
 秘密裏に開発が進み、その持続申請が出された新型拠点防衛用兵器アインヘリヤルなどの存在により、人々の注目は極度の高まりを見せていた。
 そして、その会議が終わりかけた時、事態は波乱の展開を迎えた。

 ――始まりは突然だった。

 爆音が鳴り響き、それと同時に警報が地上本部の室内全てに鳴り響く。
 会議に参加していたものは誰しも目を見張り、戸惑いに声を上げて、窓の外を見た。

「な、なんだ!?」

 それは無数の敵影だった。
 ガジェット・ドローンと呼ばれる機械兵器、それが雲海のように迫っている。
 誰もが驚きに声を上げた。
 迎撃を! いや、避難を! 地上本部の防衛はどうなっている! 口々に叫び声が上がる、その中で会議に参加していたはやてたちは目を合わせて出撃する覚悟を決め、その横で三人の様子を見ていたカリムは祈るように腕を組んだ。

「失礼ながら、私たちはしゅつげ――」

「必要ないな」

 はやてが立ち上がろうとした瞬間、声が掛かった。
 それはオールバックの髪型に一房の白髪が混じった青年。
 レジアス・ゲイズ中将の横で客分として座っている人物、佐山 御言。

「っ、どういう意味ですか!?」

「言葉の意味も理解出来ないのかね? 先ほど告げている通りだ。出撃する必要は無い」

 佐山がチラリと横のレジアスを見ると、彼もこっくりと頷いた。
 ガタリを椅子から立ち上がると、彼は静かに、されど重々しい口調で告げた。

「皆、冷静になってください。それと勝手な判断で移動しないように、あくまでも攻撃対象は私たちUCATのようです」

「っ、勝手なことを! 私たちに被害が出たらどう責任を取るのかね!!」

 口々に騒ぎ立てる本局幹部達。
 それらに佐山はやれやれと息を吐くと、告げた。

「なるほど。責任を取ればいいのだね? よろしい、きみ達にかすり傷一つでも付けばこの男が皺腹を掻っ捌いてくれる!」

 自信満々に告げる佐山。

「……いや、ワシはそこまで言ってないのだが」

「これで満足するのだろう!! なんならばきみ達に介錯をさせてもいいぞ! 分かるかね? ジャパニーズハラキリーだ!」

「ぉーぃ」

 無視されて少し寂しいレジアスだった。
 白熱する陳述会会場。
 音を上げていく爆音。

 そして。

「なっ、あれをみろ!」

 誰かが叫んだ。
 その瞬間、誰もが窓の外を見た。

 大いなる桃色の光線が、空を焼き尽くしたのを。









 ……時は少々遡る。

 四時間前、ミッドチルダUCAT本部内を歩き回ったなのは、フェイト、はやては疲労困憊だった。
 肉体的には負担はない。
 ただし精神は幾つもの刀傷を負い、出血を起こし、今にも壊死しそうだった。
 だって。

「魔王様-! 俺だー! 結婚してくれー!」

「フェイトそーん! 俺だー! 踏んでくれー!」

「はやてー! 別にいいやー! でも、サインくれー!」

 と、喚き散らす陸士たちがワラワラとどこからともなく色紙と使い捨てカメラを持って寄ってきたり。

「見てくれよ? これ……どう思う?」

「……すごく……大きいです」

 と、ベンチに座り込んで、手作りらしい1/10ナンバーズフィギュアを見せ合っている陸士もいたし。

「はいはい、ここが有名な陸士108部隊の部隊室だよー」

「へえー、ここであのギンガ姉ちゃんが寝顔撮られたりしたんだね!」

「すごーい!」

「俺もいつかUCATに入って、可愛い部下とラブラブの職場恋愛になりたーい!」

「じゃあ、私それに横恋慕して、ドロドロ関係になりた~い!」

「じゃあ、僕はそれを最後まで見届けて歯をがたがたするー!」

「あらあら、皆さんおませさんですね。でも、不倫とかは事前に正妻と結託しておくと後々楽なのよ☆」

 などと告げるバスガイドならぬUCATガイドのお姉さんと小学校低学年の子供たちが集団行動などをしていたり。
 他にも、ほかにも……思い出すだけで吐血しそうな光景を沢山見たなのはたちは記憶にフタをするという賢い大人の選択をした。
 意見陳述会なのにも関わらず、警備網が強まっている気がまったくしなかった。
 というか、ここはテーマパークなのだろうか?
 一応何度かここに来ているらしいはやて曰く「……信じられんかもしれんけどな、ここ申請すれば見学いつでもOKなんや」と武装組織にして治安部隊あるまじき状態らしい。
 本当にどうなっているのだろうか?
 つくづくなのはとフェイトはフォワード陣を内部警備に廻さなくてよかったと思う。

「まあええわ。とりあえず大体見て回ったし、上の会場に行こうか」

「そうだね……」

「同意する」

 ガクーと頭を落とし、なのはたちは上の階に上がろうとエレベーターに向かう。
 道は迷わない。
 別段持ち込み禁止にもなっていないデバイスたちにルートマップは記憶しておいてあるし、そこらへんで急造らしき案内板が用意されているからだ。
 まるでお祭り騒ぎのように張られているポスターや立て札に中学時代の文化祭を思い出して微笑ましくなりそうになる三人だったが、それらを用意したのがいい年こいた大人たちだと思うとどこか凹む。
 騒がしく大工道具を持った陸士たちや、エレキギターにドラムなどを持ったパンクな格好をした陸士たち(一名女の子がいたような気がした)などとすれ違い、エレベーター前に辿り着く。
 すると、そこに見覚えのある顔があった。

「あ、カリム!」

「? はやて! それに皆さんも」

 そこには礼服を身に纏い、身だしなみを調えた金髪の女性が立っていた。
 カリム・グラシア。
 聖王教会の騎士にして、時空管理局少将である才女。
 そして、機動六課の後見人の一人でもある女性。
 彼女は美しい、宗教画に描かれる美の女神の如く整えられた美貌、太陽の光を凝縮し糸に紡ぎ上げたかのような金色の髪を滑らかに伸ばし、神聖を帯びた礼服の下に隠し切れない肢体は妖しく禁忌を踏み越えさせるほどに魅力的な肉体。
 彼女は佇むだけで世界を変えるかもしれない美貌の持ち主だった。
 ――ただし、その周りで写真撮影を求められていなければ。

「あ、すみません。こっち向いてくださーい」

「あ、はい」

 振り向き、ニコッと微笑む。
 パシャリ。
 インスタントカメラのフラッシュが瞬き、カメラを撮った人間と一緒に移った無数の陸士たちが喚き散らすように歓喜の声を上げた。

「ひゃっほー! カリムさんと写真撮ったどー!」

「宝物だー! 家宝にします!」

「ありがとう、ありがとう!」

 歓喜の舞を踊る陸士たちの暗黒舞踏。
 それらを引きつった顔で見送り、そしてそれらを目撃したはやては困惑しきった顔と引きつった声で尋ねた。

「か、カリム? なにやっとんの?」

「いえ、写真を求められたので。一緒に写っただけですよ?」

「あかんー!! というか、カリム! あんたのキャラ変わっとるわ! 普通ああいうのは「あら嬉しいですわ。けどごめんなさい、私は聖王に仕える身。淫らに貴方方と触れ合うわけにはいきません」 とか言って断るんとちがうんか!?」

「いえ……一緒に写真を撮ってくれたら、聖王教会に全財産を寄付しに行きますと沢山言われたら、つい」

 フッと顔を背けるカリム。
 どうやら信仰のプライドとかを金で売ったらしい。

「カリムー!!」

 親友の行動に、はやては泣いた。
 真面目に泣いた。

「ごめんね、はやて。聖王教会も色々と苦しいの」

「知りたくなかった事実やわ」

 そんなコント劇場を繰り広げている間に、チンッという音が鳴り響く。
 カリムが押しておいたらしい昇降ボタンが点滅し、エレベーターの重厚な扉が開かれた。

「えっと、はやてたちも会場に行くのよね?」

「そ、そうや」

「乗ろうか、なのは」

「そうだね」

 四人がぞろぞろとエレベーターに乗り込む。
 見晴らしのいいガラス張りのエレベーター。
 はやてがその白い指を動かして、会場のある階層のボタンを押し込むと、鈍い音を立てながらエレベーターが上昇していく。

「ん? そういえばカリム」

「なに、はやて?」

 ニッコリと聖女のような笑みを浮かべるカリム。

「シャッハはどないしたん? いつもなら護衛にいるやろ」

「ああ、シャッハね……彼女なら急用で来れなかったの」

「急用? カリムの護衛以上に優先することなんか?」

 シャッハはカリムに忠誠を誓っている神殿騎士だ。
 その彼女が時空管理局本局の制御を半ば離れた組織――危険極まるミッドチルダUCATに一人で行かせるとは信じられなかった。
 どれほどの用件なのか?

「いえね。毎月のことなんだけど、ちょっと布教活動をしているらしいの」

「ふ、布教?」

「ええ。どうしても悔い改めさせないといけない連中がいると、朝から出かけて行ったわ」

『……』

 ふぅっと悩ましくため息を吐き出すカリムに、なのはたちは沈黙で答えた。
 深く尋ねると危険だと、幾多の戦場を駆け抜けた彼女達の感が叫んでいた。
 そりゃあもう全開で。

 結局、なのはたちは会場に辿り着くまで言葉を発することはなかった。








「そろそろ、意見陳述会が終わる頃かなぁ」

「そうだね」

 ミッドチルダUCAT地上本部の外壁、そこでフォワード陣は定められた警備位置に立っていた。
 フォワード四人組が集まり、さらには周囲にも同じように警備に当てられた陸士たちがいるのだが……どうにもやる気が感じられない。
 ラジオ体操をしたり、他の人間のデバイスを借りてお手玉をしていたり、様々な行動をしている。
 組織としてはふざけているに等しかったが、今まで何度か陸士たちと共同戦線を張ってきたフォワード陣たちはミッドチルダUCATの練度が決して低くないことを知っている。
 彼らなりの緊張感のほぐし方なのだろうと、適応力高く納得し始めていた。
 決して空を舞い上がりながら「うらー! 敵はどこだー! ティアナにいいところを見せるぞー!」とか叫んでいる知り合いを見て、諦めたわけではない。断じて違うのだ。

「あ、そういえばギンガさんはどうしたんですか?」

「ギン姉? そういえばさっきなんか陸士108部隊の人が来て、連れていかれたけど」

 くいっと首を捻り、スバルが答える。
 何故か泣きながらいやいやと首を振るうギンガを、布団に簀巻きにして「わー!!」といいながら攫っていった陸士たちの姿を思い出していた。
 一瞬誘拐かと勘違いしたが、見覚えのある陸士さんたちにラッドさんが「いつものことだから大丈夫さ」と笑って保障してくれたから大丈夫だろう。

「ギンガさんって確か元々は108部隊の人なんですよね? やっぱりあちらとのほうが連携とか上手いんでしょうか」

 短い間だが、同じ部隊として戦ってきたエリオとしては少し寂しかった。
 そんな彼の頭をポンッとスバルが撫でる。

「大丈夫。場所とか所属が違っても、同じ時空管理局で、同じ世界を護ろうとしている仲間だから!」

「そうですね」

 少しだけ安心したように微笑むエリオ。
 それを見てティアナは肩を竦めて、キャロも嬉しそうに口元に手を当てて微笑んだ。

 その時だった。

「ん? なんだ、ありゃぁ?」

 人間ピラミッドの頂点で片足立ちを行い、両手をYの字にアドレナリン全開のイイ表情をしていた陸士が唐突に何かを捉えた。
 空の果てに浮かんだ黒点。
 陸士の声に気付いて振り返ったフォワード陣は数え切れないほどの数を交戦してきた敵を見間違えることなく、叫んだ。

「ガジェット・ドローン!!?」

「予言通り、襲撃が来たわね!」

 それぞれがデバイスを起動させて、構える。
 そして、ガジェットたちはAMFを展開し、次々とレーザーを放つ。まるで光の雨のよう。
 その爆音と閃光にわーと人間ピラミッドをしていた陸士たちが蜘蛛の子を散らすような速度で散開、一番上の奴は誰も受け止めずにアスファルトに墜落していた。
 遠い黒点から発せられる破壊に誰もが殺気立ち、十分もしないうちにこちらへと辿り着いてくるだろうことが分かる。
 出動要請が掛かるのも時間の問題だ、とティアナたちが考えた瞬間だった。

『総員、一時待機! 決して手を出すなよ!!』

「え?」

 拡声マイクから響く声に誰しも手を止めた。
 ――戦闘放棄!? そう考えたのも無理は無い。
 だがしかし、その次の瞬間発せられた言葉に誰もが耳を疑った。

『時空管理局は一方的な弾圧をしない! というわけで、説得要員。彼らに警告をしてあげたまえ!』

「は?」

 その瞬間だった。
 ガラガラガラという轟音と砂埃を上げてやってくる巨大な影に気が付いたのは。

「な、なにあれ?」

 ティアナが呆然と呟く。
 それは形容しがたいものだった。
 まずそれは四つの車輪を持っていた――ただし木製。
 それは車体があった――ただし大きな木製。その全身には細長いバーが備え付けられ、それを無数の陸士たち(何故かハッピ姿)が押していた。
 その全身には金箔が貼られていたり、クリスマスツリーのように豆電球がつけられていたり、さらにはチャラッチャッチャー♪ というメロディが甲高く鳴り響いている。
 そして、その上は丸い台になっていた。
 一言で言うなればステージ、フォワード陣たちは知らないがそれは第97管理外世界においてお立ち台と呼ばれるジュリアナが踊り狂うようなカラフルな台だった。
 そして、そして、その上に……一人の女性が半泣きで立たされていた。
 限りなくキワどい水着姿、豊満な胸を惜しげもなく上から突き出し、さらに下乳もむしゃぶりつきたくなるほどにさらされて、そのサクランボウだろう位置だけが伸縮性のある布地で覆われており、さらにヘソだし、股間の食い込みは凄まじいの一言に限るお色気満載の水着に、片手にはビーチパラソルまで持たされている。
 はっきり言おう。
 ……レースクイーンの格好だった。
 さらに残酷なことを告げると、それは透き通る青空のような美しい髪を翻し、見るもの全てが凛々しく引き付けられるだろう美貌を涙で歪めた哀れなる女性――その名を。

「ぎ、ギン姉!?」

 ギンガ・ナカジマといった。
 実の妹の驚愕の声すらも聞こえないのか、半ばマジ泣きしているギンガ。
 その下で台車を押す連中は凄まじく輝いた笑みでスポーツカーのような速度で駆け抜けると、迫り来るガジェットたちから一番よく見えるまで押し込んでいく。
 運ぶ途中で鼻血を吹き出しながら、ガラガラガラとギンガを連続撮影していた進路上の陸士を一切の躊躇いもなく撥ね飛ばし、彼らはキキーと火花を散らしながら停止した。

『えぐえぐ。やだぁ』

 泣き声が拡声器から洩れ出てくるが、誰も聞いていなかった。
 ただ爽やかな顔で。

「さあギンガさん! 彼らに説得をするんだ!」

「ギンガならやれる!」

「頑張って~!」

 と告げるだけである。
 まるで優しい顔で地獄の針山に送り込む鬼どもを見るような目でギンガは彼らを見たが、誰も気にしなかった。
 というか、少し興奮しているような気がしたので、目をそらした。
 味方はいないと結論付けて、ギンガは気丈にも立ち直り、前を向いた。
 そこには無数のガジェット、そして遠目だがガジェットの上に乗ってこちらへとやってくる少女達――ナンバーズの姿が見えていた。
 そんな彼女達を見て、少しだけギンガは決意を新たにした。

『こちらミッドガルドUCAT、説得要員です! もしもしー聞こえていますかー!』

 拡声器の出力をMAXに訴えかける。
 その声にナンバーズの少女達は気付いたようで、ギンガに目を向けた。
 そのまま声を発し、渡されたカンペ通りに説得を開始。

『貴方達の行為は犯罪行為です! 都市部における公共物破損、違法魔導機械の操作、及びミッドチルダUCATへの破壊工作、他諸々の容疑で逮捕しますよぉ!』

 声を張り上げる。
 その度に揺ら揺らと彼女の一部分が揺れた。
 風は強く、片手に持つビーチパラソルの勢いに堪えるために踏みとどまる彼女の体は深く語らないがバインバインと震える。

「うるせー! そんな説得で引き下がれるわけないだろ、ばーか!!」

 遠めに見える赤い髪の少女が叫び返す。
 当たり前である。ギンガもこんな説得で引き下がるなんて信じていなかった。
 けれど、けれど!
 それでもギンガはやめて欲しかった――彼女達のために。

『やめてー! これ以上進んじゃ駄目ー! 本当に! 本当に戦わなければいけなくなるからー! やめてー!』

 それは絶叫だった。
 叫んでいる最中にギンガは涙が止まらなかった、うっと口元を抑える、涙が下に零れ落ちる。

『?』

 そのギンガの態度にナンバーズの誰もが首を捻った。
 そして、その意味を彼女達は数分後に思い知ることになる。

「まあいい。ガジェット共、タイプゼロを死なない程度にぶっ飛ばせ!」

 紅い髪の少女が叫びを上げて、腕を振り下ろす。
 それと同時にガジェットⅡ型がミサイルを、筒状のⅠ型がレーザーを吐き散らし、ギンガの台車へと集中砲火が叩き込まれる。

「ギン姉!」

「ギンガさん!!」

 呆気に取られていたフォワード陣が慌てて反応するが、時は既に遅し。
 攻撃は次々と撃ち込まれて――炎爆が生み出される。
 ガジェットの攻撃は止む事無く叩き込まれて、その攻撃力の高さをよく知るフォワード陣は顔を青ざめて、スバルは絶叫を上げた。

「ギンね――え?」

 その悲鳴は、途中で途絶えた。
 爆炎が吹き荒れた後、そこにいたのは無数の陸士たち。
 台車には傷一つなく、ハッピと団扇と看板を持った陸士たちがフォーメーションを組んで障壁を張り、胸も張っていた。

「はーははは! 我らがギンガ親衛隊!」

「魂の篭らぬ機械の攻撃など通じん!」

「やらせはせん! やらせはせんぞぉおおお!!」

「ま、また変態かー!?」

 咆哮じみた絶叫。
 同時にガジェットからさらにレーザーが放たれるか、バシンと煌めき輝く手甲を付けた陸士の一人に叩き落され、さらに打ち出されるミサイルは強化合金製団扇と【ギンガ☆ラブ】とかかれた立て札の前に悉く弾き返される。
 なんか真面目にやるのがアホらしくなるほどの鉄壁の防御。
 笑い声を上げているギンガ親衛隊陸士たちの頭上で、シクシクと泣いているギンガが異彩を放っていた。
 そんな時だった。

『……ギンガ。どうやら彼女達は悲しいことに説得は受け入れられないようだ。下がりたまえ』

「ラッドさんの声?」

 聞き覚えのある声が放送マイクから聞こえてきて、スバルたちが首を捻った。
 それと同時にギンガは泣き崩れた。

『ごめんなさい、ごめんなさい、彼らを止められない私の無力を許して……!』

『撤収~!!』

 泣きながら謝るギンガを乗せて、台車と陸士たちは凄まじい速度で後退していった。
 そして、その代わりといってはなんだが地上本部の路上道路の地面がギギギと音を立てて開いていく。

『え?』

 誰かが声を洩らした、誰もが声を洩らした。
 そこから出てきたのはキュラキュラと音を立てて出てくる鋼鉄の獣。
 キャタピラがあった、台座があった、砲台があった、砲身があった。
 ――それは十数台にも及ぶ戦車だった。
 しかも、その装甲にはこうペイントされている【全力全壊☆】と。

『全NANOHA-3、展開せよ!』

 放送マイクから声が轟く。
 どこか楽しげなラッドの声。

 そして、轟くのだ。

 こう。

『ディバイィイイイン・バスター!!!』

 “十数にも渡る桃色の砲撃が大気を貫いた”。











 その砲撃の圧倒的火力を見つめているものたちがいた。
 意見陳述会会場、そこにモニターで映し出された戦線。
 そして、その戦車型魔導砲から飛び出した桃色の砲撃に、フェイトは横の親友に振り向いて。

「……なのは、いつから分身魔法覚えたの?」

「ちがうー! 私じゃないのー!!」

 なのはが否定の叫び声を上げた瞬間、モニターからゾットするような声が聞こえた。

『……少し頭を冷やそうか――もう一度ディバイン・バスター!』

 ちゅどーんという砲撃音と共に聞こえる無数の“女性の声”。
 ジロリとなのはを見つめる視線が増えた。

「私じゃないよ! 本当だよ!? なんで、皆見るの!?!」

「なのは……」

「なのはちゃん……」

「タカマチさん……」

 誰も信じていなかった。

「はにゃー!!」

 猫のような叫び声が上がった。





 二度に渡る一斉砲撃。
 桃色の破壊砲撃はAMFを展開するガジェットたちを蹴散らし、破壊し、汚い花火と成り果てていた。

「ふはははは、圧倒的じゃないか。我が軍は!!」

 それは陸が極秘裏に製作した魔導砲台戦車。
 正式名称【Napalm・Atomic・Now・Out-range・Hyperthermia・Attack-kanon】3式。
 略してNANOHA-3。
 通称なのはさん部隊の指揮官はただ一人腕組みをして、純白と蒼と赤のトリコロールに塗られたNANOHA-3の上で佇んでいた。

「ふざけんなー!!」

 その時声が聞こえた。
 すると、爆炎の煙の中から動きの素早いガジェットⅡにしがみ付いたナンバーズたちが罵声を上げている。

「む? まだ生き残っているか。各自再度砲撃準備を開始!!」

『ラジャー!』

 砲台に光が宿り、戦車内部から声が上がる。

「照準、構え!」

 砲塔がゆっくりと動き出し、照準を合わせる。

「メインバレル冷却開始!」

 砲身から蒸気が噴き出す。

「次弾……装填!」

 巨大な砲弾の薬莢がおもむろに弾き出される、戦車内部で糾弾手が巨大な砲撃型カートリッジを交換する。

「反動ブレーキ、再度固定!」

 ガシンと巨大なバンカーが左右に地面に突き刺さる。
 グングングンとどこか掃除機が空気を吸い込むような音を立てて、桃色の光が砲身に宿る。

『行くぞ、我らが全力全壊!』

『――少し頭冷やそうか?』

 声が響く、無数に響く。
 それはNANOHA-3に搭載された砲撃魔法のオリジナル砲撃魔導師に敬意を称しての音声ボイス(なお、本人に承諾なし)
 さらにいえばオリジナルに敬意を払って態々魔力光の輝きを着色したもの。
 偉大なる人物に敬意を払う兵器とも言える装備。
 だからこそ、皆はこう叫ぶのだ。

『ディバイィイイイン・バスタァアアアー!!』

 桃色の閃光が大空を蹂躙する。
 誰も防げない、誰も逆らえない、魔王の如き光景。
 ゴミクズのようにガジェットたちが蹴散らされた。
 そして、中にいる操縦者も、外にいる指揮官も全員が敬礼して。

「――なのはさんのおかげです!」

 と叫んだ。
 その光景に加えて迂闊にも音声を拾ったせいで、スカートにも関わらず会場でなのはがひっくり返ったことなど彼らは知る由もなかった。
 ちなみに魔法術式及びボイスは本局の教導隊部隊長から快く譲渡されたものである。
 後日、それらの事実を知ったなのはがレイジングハート片手に本局に乗り込んできた時、教導隊部隊長はこう告げた。

「あ? お前、術式プログラムに著作権なんてあるわけないだろ」

 という現実溢れる言葉だったという。






「……ふむ。どうやら無事に終われそうだな」

 色んな意味で呆然としている本局幹部達、聖王教会関係者、記者、さらにいえば機動六課の面々を横目にレジアスが渋く呟いた。
 しかし、それを否定する言葉が隣の佐山から発せられる。

「馬鹿め。フラグを立てたな」

「ぬ?」

 佐山の言葉に首を捻った瞬間、モニターを見つめていた本局幹部達が声を上げた。

「な、あの砲撃群を!?」

 砲撃の吹き荒れた後、何も残らないと思われた空に無数の黒点が浮かんでいた。
 ガジェットだ。
 しかも、小さく映るナンバーズたちも無事である。
 おかしい。どう考えてもあの魔導戦車から撃ち出される砲撃はガジェットが展開するAMFの出力を凌駕していた。映像からの試算だが、リミッター付きのなのはの砲撃と比べても遜色無いほどの威力はあったのだ。
 そして、事実過去二回の砲撃でガジェットが撃沈していったのを見ている。
 なのに、何故?

「それだけやない!!」

 はやては思わず声を上げて、モニターを指差した。
 数が増えている。
 次々とガジェットが虚空から姿を現し、レーザーを放ち、ミサイルを放ち、破壊活動を続けながら飛来してくる。
 NANOHA-3の砲撃が応戦とばかりに繰り出されるも、その瞬間無数のガジェットが一塊になるように連結し、その砲撃を弱体化させた。

「AMFの多重展開やて!?」

 今までのガジェットにない戦法であり、機能だった。
 NANOHA-3の砲撃は引き続き撃ち出されているが、明らかに落としきれていない。
 応じるように陸士たちが応戦を始めるが、圧倒的な数と出力に吹き飛ばされていく。

「くっ! どう見ても陸士だけに手に終える事態やない! レジアス中将、私らは機動六課として自主的に出撃するわ!!」

 見過ごしておけるわけがない。
 戦う力があるというのに、見て見ぬふりなど出来なかった。
 踵を返し、他の呆然とする幹部達を押し退けて、はやてたちが会場を閉ざす扉を開こうとした瞬間。
 ――ガギン。
 扉は開かなかった。

「え?」

 扉がロックされている。
 キッと振り返ると、レジアスと佐山は仏頂面で座っていた。

「レジアス中将! そして、そこの佐山やったか。アンタら、何考えてんの! 扉を開けい!!」

 上司にする言葉使いではなかったが、そんなのに気にしている余裕は無かった。
 ただ外に出なければ、戦わなければ地上本部は、外で戦っているフォワード陣たちはやられてしまうのだ。
 そして、ここが落ちれば今後このミッドチルダの危機を護るのは誰なのだ。
 本局か? いや、海だけでは護りきれるわけが無い。足が遅すぎる、地に足をつけてない海では駆けつけられない。
 はやてはだからこそ期待していた。
 ミッドチルダUCAT、人格と性質はともかく陸の理想を実現する組織だと。
 だけど、それは裏切られた。

 と思った。

「まったく……君は私の話を聞いていたのかね?」

「なんやて?」

「私は告げたはずだぞ。“きみらが出撃する必要は無い”」

 佐山は立ち上がる。
 その手を美しく翻し、手を伸ばした。

「あえてここで告げよう。佐山の姓は悪役を任ずると」

 それは堂々と誇りに満ちた言葉だった。
 何一つしていない。
 ただ発言だけが許される客分でありながら、まるで誰よりも偉そうに、尊く、英雄のように告げた。
 それこそが悪役である証明。

「どこぞのエロジジイと同じ匂いがする駄目男よ。さっさと本気を出したらどうなのかね?」

「だ、駄目だよ、佐山君! せめて大城全部長よりは心持ちマシぐらいに言ってあげないと!!」

 その横でわたわたと手を振り上げる長髪の美しい麗人が悪意無き刃を振るった。

「……」

 しょぼーん。
 レジアスは凹んでいた。

「さらりと言葉の暴力をありがとう、新庄君」

「ほえ?」

「ま、まあいい」

 不屈の根性で立ち上がり、レジアスは見えないように腰をとんとんっと叩くと、懐から一つのレシーバーを取り出した。

「――私だ。総員に通達せよ、対異世界装備の許可を与える」

『本当ですか?』

「返事は違うだろう。正しくUCATとして動きたまえ」

 瞬間、レシーバーの向こうで息を飲む声が聞こえた。
 それは戸惑い、それは喜び、それは歓喜。

『――Tes.(テス)!』

 声が上がる。
 そして、レジアスは静かにレシーバーを置き、机の上のスイッチを操作した。

「私だ。管制室、調子はどうかね?」

『あー! 俺だ! 今なんか変なハッキングされてやがるが、現在必死こいて食い止めてるよ!』

「なるほど。ならば至急どんな手段を取ってでもそれを解決しろ。そして、ミッドチルダUCAT、対異世界装備許可を与えた――概念空間を展開しろ」

『っ! Tes.だ!』

 聞きなれない応答。
 そして、それらに戸惑う全員にレジアスは両手を広げて、告げた。

「時空管理局本局のものよ、聖王教会の重鎮たちよ、そしてこれらを見ているこの世界の住人全てに伝えましょう」

 告げる。
 重々しく誇りを篭めて。

「私たちの名前は時空管理局では無い。地上本部ですらない」

 カメラが向けられる。
 そして、それらを通してミッドチルダの全都市で画像が流される。
 放送されるのはレジアスの顔、声、その全て。

「私たちはミッドチルダUCAT。そして、その目的は“如何なる異世界からも私たちの世界を守り通すことであります”」

「っ! 時空管理局の理念を超えた発言だと!? クーデターでも企む気か!」

「愚かな。彼らは地上部隊だぞ? 世界を護るのが何が悪いのかね」

 幹部の言葉に、佐山が嘲るように、けれども淡々とした口調で告げた。

「私たちは貴方達を護ります。
 例えどの世界が私たちを嫌おうとも、貴方達が私たちを嫌っても護りましょう。
 私たちは見返りを求めない。
 私たちは理解を求めない。
 私たちは如何なる屍をも顧みない。
 私たちは如何なる犠牲をも厭わない。
 私たちはどんなに苦しくても諦めない。
 私たちはどんなに絶望的でも挫けない」

 告げる。
 告げる。
 レジアスは吼える。

「私たちの世界は無限の次元世界の一つです。
 かつて11の異世界と戦った組織がありました。
 かつてどんなに苦しいときでも諦めない組織がありました。
 かつて世界を滅ぼしてでも護ろうとした世界を守り通した組織がありました。
 だからこそ、私たちはもっと強く在らなければならないのです。
 11では利かない、100でも足りない、1000でも少ないかもしれない、もっともっと沢山の世界があります」

 腕を振るう。
 ただ答えるように。
 ただ告げるように。
 レジアスは誰にも理解を求めなくても、ただ叫ぶのだ。

「けれど誓いましょう。
 だから、契約をしましょう。
 私たちは決して敗れないと、くじけないと、守り通してみせると!
 正義ではありません。
 私たちは正義にはなりえません。
 ただの諦めの悪い人間たちの集まりです。
 けれども、私たちはこの胸に誓った覚悟を秘めて叫ぶのです」

 レジアスは手を上げた。
 佐山も手を上げた。
 新庄も手を上げた。
 本部にいる全てのUCATが手を上げた。
 そして、外に戦う誰もが笑って、きっと手を上げたに違いない。

「我、ここに契約す――Tes.(テスタメント)!!

 誰が吼えた。

「Tes.!」

 誰かが手を伸ばした。

「Tes.!」

 誰かが悲鳴と共に叫んだ。

「Tes.!」

 誰かが走りながら言った。

「Tes.!」

 誰かが戦いながら告げた。

「Tes.!」

 誰かが吹き飛ばされながらも誓った。



「ミッドチルダUCAT! 対異世界組織の演習戦闘に入る! 各員、対異世界戦闘準備!!」


『Tes.!』


 ここに契約は成された。

























          今日だってUCAT





 1.バイク乗りと一人の少女


 特車部隊に一人の青年が居た。
 彼は何時ものように慣れた足で本部内を歩いていた。
 特車部隊は機動戦と追跡などに長ける部隊だが、その反面警備任務などには向いておらず、意見陳述会における間本部で待機命令が出ていた。
 とはいえ、待機命令などはこのUCATにおいては直ちに出撃できて、連絡が取れる状態であればどんな形でもいい。
 というのが暗黙のルールだったので、彼はバイク乗りから新しく手に入れたライディングボードの適正を認められ、それ以来着用している装甲スーツにすっぽりとしたフルフェイスヘルメット。
 そして、手には菓子折りを持っていた。
 こんな格好でコンビニ入るだけでも通報されるようなものだが、頭には特車部隊【甲】という張り紙を額に張っているので誰も気にしない。
 というか、この程度の格好で気にする細い神経を持っているのはUCATにはいない。
 そのまま彼はテクテクと歩き、エレベーターに乗り、地下から階段で下った。
 彼が向かうのは留置所だ。
 地上本部で拘束した犯罪者を一時的に置いておき、然るべき裁判などの工程を踏んだ後、別世界の刑務所に入れるか、それとも別の処分を判定するまでの待機所。
 本来ならば普通の陸士が近寄る必要もない場所なのだが――彼は例外だった。

「ん? お前か」

 留置所の前でエロゲーをやっていた監視員は彼の存在に気付いて、軽く手を上げる。

「ああ」

「何時もの子かい? と、こういうとまるでキャバクラの指定みたいだな。やーい、変態」

「その発想が変態じゃねえか」

 ゲラゲラと笑うと、金の亡者なだけでどこかストイックな彼に赤く平べったいカードを渡した。
 番号が書かれている。
 そこに辿り着くためのカード、それ以外には使えないカード。

「まあ暇だろうから適当に相手してやりな」

「まあ俺も暇だからな」

 ガリガリとヘルメット越しに頭を掻くという意味のない工程を果たして、陸士の彼は歩き出した。
 その背を見送る監視員の男は呟いた。

「これ、なんてエロゲ?」





 歩く、歩く、冷たい床。
 響く、響く、硬質な音。
 呼吸すらも漏れでないヘルメットの外には何も届かない。
 拒絶されているような錯覚すら覚える。
 けれども、淡々と歩き続ける。
 そして、目当ての留置室の前に辿り着くと、彼は受け取っていたカードキーを差し込んだ。
 扉が開くと同時に扉の横で小さな扉が開いた。
 そこに菓子折りを入れる。パタンと閉じる。
 そして、彼も扉の中を潜り、背後で扉が閉まった。
 同時に閃光が全身を潜り抜けて、ピーという音が鳴り響く。
 スキャン。刃物などを持っていないかどうか、通信機の類は許可が降りているものであり、ICチップを入れているために問題は無い。
 五秒もせずに前の扉が開く。
 その横でぽとんと菓子折りが出てくる。こちらもスキャン完了。
 扉を潜ると――そこには一人の少女がガラス越しに座っていた。
 紅い髪を短いポニーテールにまとめ、薄青いワンピースを質素に着込んだ姿だった。

「ひさしぶりッス」

「よう」

 手を上げる。
 すると、手を上げ返した。
 彼女の名はウィンディ。
 色々在って彼と知り合った少女――戦闘機人である。

「ほれ、菓子折り」

「おーう、サンキュウッス」

 嬉しそうに菓子折りを受け取るウェンディ。
 彼とウェンディは適当に雑談を開始した。
 五分だろうか、三十分だろうか、一時間ぐらいだろうか。
 話しをして、話しをして、沢山話をして――不意に言葉が途切れた。

「……んで、今日は何の用件ッス?」

「ん? 用件ってお前がいつも言って来るようにただの挨拶――」

「じゃないっすよねぇ?」

「……普段はアホなくせに妙に鋭いよなぁ」

 ため息を吐く彼。
 そして、とんとんと手袋を嵌めた指でデスクを叩くと、言った。

「とりあえずお前らの判決というか処分内容が一ヵ月後には出ることになったから」

「……そうっすか」

「何故か俺が伝えろってさ。まったく、暇じゃねえのによ。特車部隊っていえば結構なエリートなんだぜ? 地上ならな」

 けれど、彼は所詮Cランク以下の魔導師だった。
 このミッドチルダUCAT以外では見向きもされない程度の素養しかない。
 だからこそ彼は金を求めた。
 素質が無くても、金さえあればなんだって出来るから。
 権力だって金を積めば買えることだってある。
 命すらも時には買える、蘇らせることが出来ないだけでだ。
 だけど、そんな彼だがたまには打算抜きで行動だってするのだ。

「ま、安心しろよ」

「え?」

「協力的だからよ、お前ら。ウチの部隊も、どいつもこいつもお前らの助命嘆願を書いて出してるしさ。大したことにはならねえよ」

「……ありがとうッス。他の姉妹の分もお礼を言っておくッスね」

「気にすんな。ただの伝言だからよ」

 そう告げると彼は立ち上がった。
 用件は終わりとばかりに椅子から立つ。

「じゃあな」

「あ」

 手を振って立ち去ろうとする彼に、ウェンディは声を上げた。

「ひ、一つ聞いていいッスか!」

「あ?」

「お、お前も助命嘆願書いてくれたッスかね!?」

 ウェンディはそれだけが知りたかった。
 ただそれだけが気になって、声を張り上げた。
 断じて彼を引き止めたかったわけじゃない。そう、思った。

「……書いてねえよ」

 ガリっと、彼はヘルメットを被っているにも関わらず頭を掻いた。
 それは彼の癖なのだろう。
 ある行為を隠す時にするときに行う無意識の癖だった。
 ウェンディは微笑む。少しだけはにかんだ。

「じゃ、また来るわ」

「おうっす! 今度はフルーツ山盛りで来るッスよ!」

「高けえよ。せめて、パイナップル一個で我慢しろ」

 そう告げて彼は立ち去った。
 静かに、背後で笑う少女の笑みも見ずに彼は立ち去った。



 そして、それを見ていた監視員の男は呟いた。

「……死亡フラグ立てやがった」

 乙 と合掌したのは彼だけの秘密である。
















 2.偉大なるもの。


 嗚呼、嗚呼。
 祈りましょう、祈りましょう。

 嗚呼、嗚呼。
 願いましょう、願いましょう。

 世界が救われることを祈りましょう。
 世界が護られることを祈りましょう。

 誰かが願いました。

 世界を救いたいと。

 それはどこまでも純粋な願いでした。

 平和への願いを叶える願望でした。

 けれども、平和は願うだけではやってきませんでした。

 どこの時代でも、どこの世界でも、平和を阻むものが居たのです。

 それは悪でした。

 けれども、正義でもありました。

 悪役は正義を持って、平和を願うものとぶつかりました。

 平和を願うものも正義をもって戦いました。

 正義とはたくさんあります。

 たくさんの願いがあります。

 けれど、いつだってどっちかが勝ちました。

 力が強いもの。

 運がいいもの。

 願いの強いもの。

 大勢の人が望むものが勝つとは限りませんでした。

 世界はいつだって不条理で動いています。

 だから、だから。

 誰かが願いました。

 誰もが望む平和を作るものを。

 誰もが願う正義を貫くものを。

 信じなさい。

 信じるのです。

 それは剣を手にするものです。

 それは悪を断つものです。

 それは魔を断つものです。

 それは闇を消し去るものです。

 人々の心にあるものこそがそれの力でした。

 誰もが抱いて、忘れて、けれども蘇る輝きでした。

 さあ信じましょう。

 それは今こそ蘇るのです。

 輝けるものを呼び出しましょう。


 さあ――叫びなさい。


 ■■の名を!!








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次回、皆大好き――”彼”が出撃です。




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