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[21322] 【チラ裏から】とある転生者の麻帆良訪問(ネギま!×とある魔術の禁書目録 オリ主憑依)
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/25 11:27
はじめまして、カラーゼというSS投稿初の素人です。

これは『とある魔術の禁書目録』に登場する一方通行にオリ主が憑依し、わけもわからず『ネギま!』の世界へぶっ飛ぶという初っ端から非常にややこしい作品です。

舞台が『ネギま!』となるため一方通行に関しては『とある魔術の禁書目録』を知らないとわからないかもしれません。

ちなみに一方通行ですが、一般人が憑依しているため異様に丸いです。

こんなの一方通行じゃねえ!?と思うかもしれませんが、そこらへんは憑依してる一般人のせいということで。

また、憑依してる一般人は原作知識持ちで、原作はそれほど崩壊しない予定です。

少なくとも大筋は変わらないはずです。

カップリングは原作キャラと一人か二人くらいを予定しています。

一方通行は打ち止め以外受け付けませんってミサカはミサカは(ryの方はご注意を。

なお、フラグは立てますがハーレムにはなりません。

また、注意として一般人が憑依した一方通行がSEKKYOUたれます。

何チョーシこいてんだコイツ、と思われるかもしれませんが、生暖かい目で見てくれれば助かります。

SEKKYOU注意!!

感想、よろしくお願いします。

8/23
赤松板へ移動しました。
これからもよろしくお願いします。

8/25
アクセラレータの説教についての追加事項を第8話のあとがきで説明しました。



[21322] 第1話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/20 22:32
トラックに轢かれたら転生した。
二次小説の世界にだけある者だと思っていたら本当にあるんだな。
……いや、何故こんなにも冷静なんだ俺。
流れ的に言ったら普通取り乱す所だろう。
……とりあえず、現状を確認しておこう。
周りを見まわす。

木と、木と、木と、木。

森である。
林なのかもしれないが、些細な違いだ。
上空を除き、前後左右が森だった。
遠くに文明の明かりが見えるのでどうやら遠い山の中とかではないようだが、それにしても転生して山の中とは、俺は捨て子なのか?

ばぶー。

……いかん、俺の脳はかなり限界を向かえているらしい。
どうやら自分でも気付かない内にパニックに陥っていたようだ。
つまり、最高にハイって奴だ。
脳内でボケると痛烈な寒さを感じるので一旦何も考えずに呆然と寝転んだまま空を見上げる事にする。

空は綺麗だ。

雲一つないが、文明の明かりに邪魔されて星が全く見えない。
十八年間都会の中で生きてきて見なれた夜空だ。
むしろ、こちらの方が綺麗に見える。
山に囲まれたおかげでマイナスイオンでも発生しているのだろうか。
思考が全く関係ない方向に傾き、最終的に『昨日、隣の佐々木さん家ってカレーだったんだよな』という思考に辿り着き、ようやく冷静になったと判断した。

何で判断できたのかは秘密だ。

さて、転生したばっかりなので動かせるはずもない体を動かしてみよう。
なんとかして這ってでも文明の明かりに辿りつかなければ。
そう思い、俺はずるずると赤ん坊なりに這おうとするが、ここでとんでもない事に気付く。
自分の身体は幼児ではなくフツーに高校生か中学生くらいの体つきだったのだ。
気付くの遅くね?と思うかもしれないが、これは実際に転生した奴にしかわからない感覚だろう。
だいたい一瞬前までトラックと全面衝突してたんだぞ。
それから一気にこの場面になったんだから、混乱していても仕方ないのだ。
そう納得しなければ虚しくなる。
それはともかく、俺は自分の身体を動かして見る事にした。

体つきはかなり細い。

そっとズボンの中に手を突っ込んで確認してみると男だったので安心する。
TSは見てて滑稽かもしれないが、実際になったほうからすればかなり切実な問題だからだ。

……前より小さいか。

あまり自己主張をしない息子を放っておいて、次は自分の手を見て驚いた。
白い。
驚くほど白い。
どこぞのコマーシャルの美肌宣伝に出れるほどだ。
ボー○ドとか。
……アレは漂白剤だったか。
ダメだ、非現実的な美肌を自分が持っていることにまた脳が混乱しているらしい。
着ている服は、まあ普通の長袖長ズボン。
ちょっとイカした模様が入っているのが特徴だ。
長ズボンは真っ黒であるが。
俺はあまり着飾る性格ではないので、そこらへんは楽に許容する事ができた。
なんだかこの服をどこかで見たような気がするが、どこだったか。
ぼんやりと思い浮かぶんだが、どうにも先から出てこない。
どこぞの10万3000冊とは違うのだ。
あそこまで俺の脳は良くできていない。
まぁ、思い出せないものは仕方がない。
別に、服ごときどうでもいい。
とりあえずどうしたもんだか。
都市に下りて警察の助けを請うのが一番だろうが、転生した上に更に他の人物に憑依している場合、十中八九厄介事のど真ん中に出現するのがセオリーだ。

正直に言うと、戦いは御免だ。

どこぞのヒーローっぽく恋人やら親やら友達を護るのならともかく、厄介事に首を突っ込むつもりはさらさらない。
だからそういう現場に遭遇したら逃げる。
まず心の鉄則その一だ。
逃げれなかったらおそらくオーバーキルであります軍曹殿。
いきなり転生して殺されるのは勘弁だ。
俺の身体が何やら超能力や宇宙の不思議パワーが目覚めているとしても、その自覚もないままに操れるものとは到底思えない。
ウルトラ○ンも変身しなければただの人であるからして。
ま、近くで爆音でも響かない限り大丈夫だろう。


ドォオオン!!


……着ました。
いや違う、来ました。
そちらの方に目をやってみると、木々が舞っていた。
いや、ホントね、空気読みなさいよね。
慌ててそこから飛び退くと、一瞬前まで寝転んでいた所に木が激突した。
墓標のように突き立つその木を見て、俺は違和感を感じた。
突き刺さっている個所が、まるで鋭利な刃物に切り裂かれたような滑らかな切り口をしているのである。
何かに切り飛ばされた感じ。
で、俺が後ろを振り向くと何かいる、と。


「おお、なんやまた人間がおったで」


ビンゴーッ!?
俺の後ろには身長2メートルを超える筋骨隆々な方々がいた。
ていうか、関西弁!?
その筋骨隆々な方々は見るからに人間ではない顔つきをしている。
額に角があり、あるいは一つ目の者もいる。

化物。

鬼だ。
俺がその怪物の群れに呆然としていると、彼等はどこか見た目に反してフレンドリーな仕草で会話を始めた。
「えらい派手な見た目しとる坊主やな」
「魔力も気も感じられへんな……ただの雑魚か、つまらんなぁ」
「ま、ワシらを見たからには生かしておけんのや。悪いが兄ちゃん、死んでもらうで」
死亡フラグを通り越してまんま死亡直結フラグキターーーーッ!?
目の前で一つ目の鬼が巨大な棍棒を振り上げる。
ここに来て何故か震えない立派な足を総動員してそこから退避しようと走り出す。
だが、鬼の身体能力は凄まじい。
俺より更に速い速度で一瞬にして間を詰めると、既に振り上げていた棍棒を振り下ろした。
俺はそれをどこか冷めた感じで、『二度目の人生って短かったなあ……』と感慨にふけながら見るのであった。






私、桜咲刹那は師匠である葛葉刀子さんと共に陰陽術師が召喚した鬼達と戦っていた。

「斬岩剣!!」

いつ見ても我が師匠、刀子さんの剣は強力の一言に尽きる。
このごろの悩みは出張が多いせいで恋人ができないということらしいが、彼女は同性の私から見ても美しいと思える外見をしている。
私の美的感覚が一般人と違うのなら刀子さんはモテないのだろうが、一応彼女の評判は良い。
影ながらファンクラブまで設立されているとの話だ。
……今ここで話す事ではないだろうが。

「百烈桜華斬!!」

私も負けじと奥義を使い、鬼達を吹き飛ばす。
この鬼達、情報で聞いていたよりも数が非常に少ない。
刀子さんが出てくるまでもなく、私だけでやれる仕事だった。
最後の一体を片付けると、辺りを警戒しつつ、私と刀子さんは言葉を交わした。
「終わったようですね」
「はい。残党は……どうやらいないようですね」
辺りに荒ぶる鬼の気配はなかった。
私はそれに安堵しながら夕凪を鞘に収めようとすると―――突如背後に殺気が膨れ上がる。
「ッ!?」
ゴッ!!と迫って来る棍棒を、瞬時に刹那の横に出現した刀子の刀が横に弾き飛ばす。
出現したのは鬼。
その後ろから、ぞろぞろと他の鬼達がやって来る。
「新手か……!?」
「いえ、違います」
私の疑問を刀子さんは短く否定した。
「そこのねーちゃんは察しが良いみたいやな」
現れた鬼はそれぞれ身体に張りつけていた札を剥がした。
すると、それまで遮断されていた鬼の気配が溢れ出す。
「ワシらの主がくれたもんでな。気配を遮断しちまう優れもんや」
「奇襲は失敗してもうたが、ただじゃやられへんで」
同時に襲いかかって来る鬼ども。
私達はそれを真正面から迎え撃つ。
神鳴流はいわゆる剛の構えだ。
相手が化物で在る事を前提とした一撃必殺の剣こそが神鳴流の境地。
真正面で衝突し、力ずくでねじ伏せる。
それの原初こそが、この剣。

「「斬岩剣!!」」

化物相手に一歩も引かぬ、化物を超えるために手にした超人の奥義。
それこそが斬岩剣だ。
私の斬岩剣では鬼を一体しか断ち切ることができないが、刀子さんは一撃で二体もの鬼を軽々と葬る威力を出す。
いつか私も刀子さんのような強い剣士になりたいと思う。
今の彼女は剣よりも色気らしいが。
それにしても、今回の鬼は少々手ごわい。
鬼以外にも烏族がいる事が大きいだろう。
鬼と同等の腕力を持ちながら、彼等を上回る瞬発力を持つ烏族。
彼等は独自の高度な剣術を持っており、熟練の烏族は刀子さんクラスの実力を誇る。

烏族が三体に鬼が十二体。

なかなかに厳しい布陣だ。
早速刀子さんがかかってきた二人の烏族の内一人を切り伏せた。
私はもう一人の烏族を相手にしている。
「そらそら、どうした神鳴流のお嬢ちゃん!!」
そしてこの私が相手にしている烏族、なかなかの実力者だ。
叩きつけられる剣の重みは凄まじく、更に速い。
神鳴流は奥義を出す隙が大きいことにあり、はずれた時のリスクも非常に大きいのが弱点である。
烏族のような動きの速いうえに人外の腕力を持つ彼等は神鳴流とは相性が悪い相手だ。

だが、それがどうした。

相性が悪かろうが、たたっ切るのが神鳴流剣士だ。
刹那は気で強化した足を使い、剣を振り下ろした烏族の横に回ると、驚愕(しているのかどうかは顔ではわからない)の表情をした烏族を、
「百烈桜華斬!!」
背後にいた鬼もろとも切り刻む。
ボッ!!という風切り音と共にカマイタチが発生し、まさしく百回切りつけられたかのように細切れにされた烏族と鬼が消え去っていく。
「ぐわあああああ!?」
その頃には刀子さんは既にもう一人の烏族を倒し、鬼の殲滅にかかっていた。
流石だ。
私も慌ててそれに加わった。
しばらくすると、烏族を先に倒した事もあり、簡単に殲滅作戦は終了した。
一息つく私達だったが、他にどんな奇襲が待っているかわかったものではない。
今度は気を抜かずに刀子さんに話しかける。
「まだいると思いますか?」
刀子さんも警戒を怠らずに辺りを見まわした。
「おそらくいるでしょう……高度な気配の隠蔽の札をあれほど作る術者です。あの程度の烏族たちが親玉とは思えません」
あの程度、と軽く言う刀子さんだが、アレは結構強かったと思う。
アレで親玉ではないというのだから、親玉は私が相手できるものではないだろう。
「増援を頼みますか?」
「高畑先生が近くにいるはずですから、一応連絡しておきましょう。もしかしたら取りこぼした鬼たちがいるかもしれませんからね」
あえて戦力増加ではなく、取りこぼした鬼達の撃破に向かわせる、か。
そういう組織的対応術は私も学んだ方が良いのかもしれない。
私は高畑先生に連絡した後、油断せず前を睨みつけて歩く刀子さんの後ろを歩きながらそう思っていると……私の人外としての鋭敏な感覚が鬼気を捉えた。
「刀子さん!向こうに鬼がいます!」
私が飛び出すと、刀子さんも私の跡を追って来る。
私の人外に対する察知能力は自慢じゃないが刀子さん以上。
察知するだけなら高畑先生や学園長以外の魔法使いに負ける気はしないほど自信がある。
それがわかっているから刀子さんも私の後ろについてきてくれるのだ。
私達が全速力で鬼達のほうに向かうと、驚いた事にその近くに人間の気配が感じられた。
微弱だ。
鬼を前にしているというのに、魔力も気も感じられない。
一般人!?
「何故、こんな所に……!?」
「刹那、私は先にいきますよ!!」
私なんかよりも遥かに速い速度を出す事ができる刀子さんが先導して先に進む。
刀子さんも人間の気配を捕らえたらしい。
しかも、酷く無防備な。
私の目に見えてきた光景は、巨大な鬼が棍棒を振りかぶり、逃げようとしている青年を今まさにその棍棒で押し潰す所だった。
「やめ―――!!」

ゴゴン!!という轟音が聞こえた。

私はその光景に絶句した。
私は今まで人が死んだ光景と言う物を目にしたことがなかった。
しかし、今、目の前で鬼が棍棒で一般人を押し潰した。
絶対に死んでいる。
言うまでもなく、即死だ。
「あ、……」
私の口から何故かそんな情けない声が漏れた。
目の前で一般人が鬼に殺された。
それが、何故かひどく私の心を揺るがせたのだ。
昔、お嬢様を助けられなかった私の姿と、今の私の姿が被る。
やはり、私は人を守る事ができないのか?
危機が迫っていた一般人を助ける事もできない私が、どうしてお嬢様を護れるんだ?
刀子さんは既にギリリと音がなるほど歯を食いしばり、鬼達へ殺気を向けている。
人の死と向き合うのが一度や二度じゃないからだろう。
私も刀子さんのその覇気を見て、気合を入れなおした。
弔い合戦だ。
私が夕凪に気を込め、一般人を殺した鬼に向けて斬岩剣を放とうとしたその時。

グシャア、という硬い物を握りつぶすような音が聞こえた。

「なっ……!?」
私と刀子さん、おそらくその場にいた鬼までもが驚愕する。
その音は、振り下ろされた棍棒から響いていた。
鬼が慌てて身を引くと、その手には根元から折れている棍棒があった。
おそらく今の音は遅まきながら叩きつけられた衝撃に負けて棍棒が折れた音なのだろう。
私はそう思ったが、どうやら違ったらしい。

「そうか……そうだよなァ」

どこかダルげなくぐもった口調が聞こえた。
「どっかで見た服装だと思ってたンだ。まさかチート設定満載の身体とはよォ」
ドガン!!と陥没していた地面にめり込んでいた超重量の棍棒が吹き飛んだ。
人間には到底弾き飛ばせないそれが、まるで気の棒のようにくるくると回転して飛んでいく。
陥没した地面から起きあがったのは、白。
真っ白な、銀髪というよりは色素が抜け落ちた無気味な白色の髪。
美白というよりは病的なまでの白さを持つ肌。
そして、ギョロリと鬼達を睨みつける赤い瞳。
ひょろっとしたその身体のどこから棍棒を跳ね飛ばすほどの力が出るのか……いや、そもそもどうして今の攻撃をまともにくらって無傷でいられるのか。
だいたい、彼は見た事もない人間だ。
これほど印象的な容姿で鬼の一撃を真っ向から受けとめられる人物を、私が知らないはずがないのだが……魔法生徒なのだろうか。
白い彼は、私達の驚愕も露知らずに立ち上がった。
挑戦的に鬼達を睨みつけながら、その口元に鬼達に勝るとも劣らない邪悪な笑みを浮かべる。

「来いよ、三下」

その兆発に上等だとばかりに吼えた鬼達は、それぞれの得物を振りかぶって青年に殺到した。






攻撃が直撃した俺は、俺自身に何の衝撃も痛みもない事に気付いた。
ダイビングするように伏せて、それでも食らった、という事実はわかっている。
なのに、全くダメージがない。
目を恐々と開けてみると、そこにはヒビが入ってボロボロな鬼の棍棒が見えた。
俺はハッとして自分の髪を抜いた。
そこには色素が抜け落ちたかのような不健康そうな白い髪があった。
これを見て、確信する。
「そうか……そうだよなァ」
そのまま俺は自覚する事によって得た能力を発動し、俺の上に乗っかっていた鉄の固まりを吹き飛ばす。
夜空の上でヒュンヒュン回っている棍棒の残骸が見えた。
そこまで吹き飛ぶもんなんだな、と思いつつ、俺はむっくりと起きあがった。
前方には己の得物を砕かれたからか呆然とする鬼と、そのほかにもまともにあの一撃を食らって生きているとは思っていなかった鬼達が呆けた顔をしていた。
くっく、と俺は笑う。
「どっかで見た服装だと思ってたンだ。まさかチート設定満載の身体とはよォ」
俺はそのまま、パンッ、という軽い音と共に、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。
どうにも奇妙な感じだが、これであの能力が使えることは証明された。
こいつ等程度なら楽勝で倒す事ができる。
俺の顔には知らず知らずの内に笑みが浮かんでいた。
「来いよ、三下」
前方の鬼達が咆哮する。
この程度の小坊主に、と怒り狂っているのだろう。
怒りに吼える鬼たちが怖くないといえば嘘になる。

だが、足は震えなかった。

どうせ一度死んだ身だ。
もう一つの生がすぐに終わっても未練は無い。
ドコォン!!と俺の背後にさっきの棍棒の残骸が突き刺さるのを合図とするように、鬼達は我先にと俺に殺到してきた。
俺は圧倒的な鬼気を巻き散らす鬼達に向かってノーアクションで立ち尽くす。
ビビったわけではない。
まさか、チビって動けないわけでもない。
俺の能力を信頼しての賭けだ。
鬼達は何のアクションも起こしてこない俺に疑問を持ったようだが、怒り狂った彼等の何人かはそのまま俺に得物を振り下ろしてきた。
斬撃。打撃。衝撃。
俺に大剣や棍棒などが叩きつけられた。
だが、俺は生きている。
それどころか、鬼達の腕や得物から粉砕音が聞こえた。
痛みと意味不明な反撃による混乱からか、鬼達は悲鳴のような咆哮をあげる。
眼前で無防備に腕を抑える鬼達は俺にとって格好の獲物である訳で。
そのまま俺は、無造作に右腕を振りぬいた。






私と刀子さんはありえない光景を眺めていた。
それは一方的な虐殺だった。
最初に白髪の青年に武器を叩きつけた鬼達が、逆に自分を傷つけ、更に獲物が粉砕した後に青年の反撃が始まった。
どうして自分を傷つけたのか、獲物を粉砕したのかはわけがわからなかったが、青年は更に素人のような構えで拳を振りぬいた。


ドゴンッ!!


全く威力が乗っていないはずの喧嘩拳が、ミサイルの如き威力を発揮する。
霞んで見えなかった青年の拳は鬼に直撃し、思いっきり肋骨を圧砕した。
殴られて吹き飛ばされた鬼は後ろにいる鬼も巻きこんで倒れ、空気の解けるようにして消えていく。
青年は追撃を行った。
隙だらけとしか思えない跳躍を行うと、消え行く鬼ごとその下敷きにされている鬼達を拳でぶち抜いた。


ゴゴンッ!!


なんの気も魔力も込められていないその一撃で、地面が割れた。
鬼の上に着地した青年を狙って鬼が四方から武器を振り下ろすが、それは青年に当たると砕け散り、鬼達は自身の手首を圧し折って苦痛にうめく。
「おォおおおおおおッ!!」
青年が吼える。
両手を上に掲げると、いきなりそこに風の渦が生まれた。
西洋魔法……ではない、かと言って陰陽術でもない!
だいたい魔力も気も使われていない。
無防備になった彼に向けて鬼達が拳を放つ。
もしかしたら武器に対してだけ絶対の防御力を持つと考えたのだろうが、青年は全ての物理攻撃を無効化するどころか、鬼達の拳そのものを粉砕した。
蹲る鬼達に、青年は容赦しない。
青年が両手を掲げた上空には、何か鉄の溶接作業を思い浮かべるような眩い白光が生まれる。
最初は一メートルほどだったそれは、ギュゴッ!!と空気が渦巻いたと思うと一気に直径十メートルに膨れ上がる。
それは上空に存在しているはずなのに、こちらにもビリビリと肌を焦がすような痛みを植え付けて来る。

あれは、なんだ?

「刹那!!」
呆けている私を叱責し、その手を掴んでこの場を離れようとする刀子さん。
あれがなんなのか、わかったのだろうか。
十メートルのそれは更に二十メートルの巨大な火球と化した。
青年が何事か叫んだ気がした。
それと共に、その火球が地面に急降下した。


ズッ ゴォオオオオオオオオオンッ!!


獣の咆哮のような生々しい轟音が聞こえた。
私は思わず後ろを振りかえると、そこはまさしく炎の渦だった。
巨大火球が落下したそこは、獄炎地獄と化していた。
為す術もなく範囲内にいた鬼はすべて焼け死に―――いや、焼ける以前に吹き飛び、跡形も残さずに消滅した。
木々はバラバラに吹き飛び、散弾のようになって破片が飛んで来るが、私がそれを迎撃した。
もはや巨大な爆弾としか思えないその威力。
詠唱などを必要としない上にたった五秒程度立ち止まるだけで爆弾が作られる。
しかも、それを自分に向けて直撃させるなんて正気の沙汰ではない。
その爆弾の衝撃波が収まると、私達は青年の存在を確かめに向かった。
気配を殺しながらそっと彼を覗いてみると、

何故か『ぜーはー』と苦しそうに息をする彼がいた。

「…………」
「…………」
明らかに青いあの顔はどう考えても酸素不足。
酸欠である。
あの火球をモロに食らって火傷一つ……というか塵一つついていないその体にはもはや何も言えない。
爆撃された地に花瓶が無傷で残っているような、そんな違和感を感じさせる。
何せ、焼け焦げた大地に真っ白な青年がいるのである。
これで違和感を感じなかったらどんな感性なのか疑う所であった。
「(……刀子さん、どうしましょうか……)」
「(鬼の一撃をまともに受けても平然としている人です、我々では太刀打ちできません。おそらく特殊な障壁なのでしょうが……鬼の得物を粉砕するなど奇妙な点が多過ぎます)」
「(放っておくのですか!?)」
「(そうは言っていないでしょう?……あなたはここにいなさい。私が彼の前に出ます。もうすぐ高畑先生も来るでしょうから、その時に指示を仰ぎなさい)」
そう言い残し、刀子さんは気配を現して立ちあがり、茂みから青年の前に進み出ていった。






ミスったーーーッ!!
いやぁ、ここまで見てくれた君ならわかるだろうが、俺の能力はぶっちゃけ一方通行(アクセラレータ)だ。
知らない人はググれ。
知らないだろうから、お母さんには聞いちゃダメだ。
まあ、つまりその能力―――自分の肌に触れたベクトルを全て操作するという能力を使い、早速件の不幸少年とビリビリ少女を死の縁に追いやった技を再現してみたのであるが、まさか酸素が全て持っていかれて窒息寸前になるとは。
そういえば粉塵爆発のど真ん中にいた一方通行さんは死ぬかと思ったと言ってたし、咄嗟に口閉じてなかったら危なかったかもしれない。
調子に乗った罰だという事か。
焼け焦げた大地の上で酸素を求めて息をしていた俺だったが、その前にとある人が現れた。

美人だ。

流れるような長髪だが、残念ながら黒ではないので大和撫子ではない。
しかしそのキツめの顔やかなり良いと言えるスタイルは問答無用で美人と断言できるそれであり、腰にはそんな凛とした美人に何故かマッチする長大な刀があった。
あるぇー、もしかして聖人さんですか?
天草式の聖人さんですか?

イメチェンしたな。

そう思っていた俺だったが、いくらなんでも例の堕天使エロメイドの聖人さんではないことに気付いた。
七天七刀はもっと長いように見えたからだ。
それに、いつものエロい格好じゃないし。

ぶっちゃけ、全然エロくないし。

論点はそこなのか、という突っ込みは認めない。
なんとか息を整えて立ちあがり、俺はその美人さんを見た。
美人さんは何故かめちゃくちゃ緊張したように顔をこわばらせ、こちらに敵意のようなものをバリバリ向けながらこう尋ねてきた。
「……あなたは何者ですか?」
漠然としすぎてるのだが。
ていうかどうしよう。
転生者と言っても信じてくれるかくれないかではまちがいなくNOだ。
言ったが最後、間違いなく頭の病院に連行されるからだ。
ならばどうするか。
敵対したくないのだが、そのためには何と言えば一番良いのか……。
俺はじっと悩んだ。
悩んで悩んで……名案を思いついた。
「何者かって、俺が聞きてェくらいだ。俺ァ誰なんだ?」
記憶喪失を装う、だった。
「は?」
案の定、向こうは呆然としている。
俺はいかにも周りの状況がわかんねえですよー、とばかりに頭を掻いて辺りを見まわす。
「つーか、さっきのデケェ化物はなんだったんだ?思わず迎撃しちまったが、倒して良かったのか?」
これは本音だ。
もしも今倒した鬼達がこの世界に置いての天然記念物とかだったらヤバいからだ。
まあ、ここは転生体である一方通行が存在するとある魔術の禁書目録の世界に間違いない。
いくらなんでも、こんなファンタジックな存在がいるわけないだろう。
よってこれは何らかの実験と見た。
一方通行に最新の生体兵器を向かわせ、迎撃させたという所だろう。
そして目の前の美女はおそらく連絡員だ。
学園都市にいるはずなのになんででっけー刀を持ってるのかはわからんが。
「は……はい、あれは倒して良い物でした。それにしても……あなたは自分が誰なのか、全くわからないのですか?」
そう疑問に思うのも当然だ。

何しろ俺は一方通行。

いきなり記憶喪失になっちまった、なんておフザけとして見られる可能性があるからな。
「あァ、ちっとは思い出せるけどな、あンまり詳しい事ァわかんねェわ。とりあえず責任者のトコに連れてけ。いるだろ、ここにも責任者みてェな奴が」
「…………」
美女がどうにも困った表情をしていた。
ありゃ、流石にアレイスターはないと思っていたが、まさか責任者がアレイスターってことはないよな?
やだよあんな逆さ人間とあうのは。
そう思っていると、草むらから更に二人、誰かがやってきた。
「あ、高畑先生……」
安堵したように、その美女はその名前を呟いた。
ナニ?
タカハタ?
まさか、高畑・T・タカミチ?
いやいやいやいや、まさかそんな。
だって俺ってば一方通行だぜ?
まさかオリキャラ来訪ではなく別世界からの来訪モノだと……!?
しかも、とある魔術の禁書目録からネギまに!?
そんな御都合展開が、あるわけ―――。

「彼がこれをやってのけたのか?」

渋いオッサンキターーーーーーッ!?
メガネをかけてポケットに手を突っ込んでるところが更にダンディさを増してるぜ、タカミチ!
ポケットに手を突っ込んでいる事から彼は臨戦体制と思っていていいだろう。
ということは、こいつは本物のタカミチだと!?
しかもその横には何やら百合疑惑がある翼がある神鳴流剣士が!?
ってことは、この野太刀……目の前の女は葛葉刀子か!?
うはぁ、いきなり原作キャラに出会っちゃったよ。

……まぁ、いいですけどね、原作。

どうせ、数ある二次小説と同じ展開になるんだろうから。
「ええ、そうです。それで……どうやら彼は記憶を失っているようなんです。本人が言っているだけですからまだ確証はありませんが」
「記憶を?それなのに、こんな破壊を生み出したのか?」
「私も信じられないのですが、実際にこの目で見てしまっては信じるしかないのです」
まあ、信じろというのが大体怪し過ぎる。
記憶もなしに森の一角を吹き飛ばす大破壊をやってのけたというのだから、怪しいにも程がある。
だが、この世界での知識がない、と言う意味ならそれは真実なのだ。
「頭ン中で今の状況を整理したから、言っていいか?」
「……どうぞ」
俺は自分の頭を人差し指でトントン叩く。
それだけで向こうは身体を強張らせるのだから、困ったものだ。
「俺にスッポリ抜け落ちてンのは思い出だけだ。金の使い方とか、日本語はどうだとか、能力の使い方ってのは覚えてンだよ。もし仲間だったら悪ィが、テメェ達は俺の仲間だったのか?」
そう聞かれると、やはりタカミチも混乱したようだった。
難しい顔をしていたが、やがてタカミチは携帯電話を取り出して応対し、しばらくしてこちらに顔を向けた。
かけたのは、おそらく学園長の携帯だろう。
「僕達も君の事は全く知らないんだ。悪いけど、君の事を調べさせてもらうよ。名前は?」
「あァー、ナマエ。名前ねェ……よく思い出せねェが、一方通行って呼ばれてた気がする」
「……アクセラレータ?偽名なのか?」
「さァな。どこぞの研究所の番号名じゃねェのか?」
つまらなそうに言った俺の言葉に、研究所?と小さく呟いてから、タカミチは電話の相手に何事か言い、ポケットに携帯をしまった。
「ついてきてくれないか?ここの事を話そうと思う」
「あァ、願ってもねェことだ。よろしく頼むぜ」
タカミチを先導、後ろに俺、その後ろに刀子、刹那と続く。
何やら刀子はともかく刹那の殺気がバンバン背中に直撃しているのだが……その辺りは気にしない方向でスルーすれば良いのだろうか。
刀子も気付いているだろうに、何気に悪い奴だな。
一応反射は展開させておく事にして、俺はタカミチの後についていくことにした。






~あとがき~

とまあ、こんな調子で進めていきます。
1話ごとの長さはこれくらいがちょうどいいんですかね?
個人的にはこれの半分くらいでもいいんじゃないかと考えてるんですが。
誤字、脱字などがあれば遠慮なく報告してください。



[21322] 第2話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/21 08:58
SIDE 一方通行

そこからタカミチに先導されて、俺は暗い街中を通り、漫画などで見覚えがある中学校へ向かう階段を上っていた。
後ろからの視線と殺気が痛い。
ポケットの中を探り、何故か入っていたガムを取り出す時は非常に緊迫した空気になったことを覚えている。
いくらなんでも警戒し過ぎだと思うのだが。
特に、今にも夕凪を抜こうとしているそこのサイドテール。
いくらこのちゃんが大好きだからといって何もかも排除するのはやめなさい。

ていうか、今気付いたんだが、俺がこうやって思っていることと俺の肉体の喋り方が全く違う事に疑問を持った。

勝手に脳内変換されているのだろうか。
これはこれで便利だが、一方通行って敬語とか使うのか?
初対面の相手にいきなりタメ口はまずかった。
おそらくあそこでオドオドして見せればこんな対応は取られなかったんだろうが―――いや、鬼を吹き飛ばした段階で既に言い訳は不可能か。
実際に、この三人もそれを警戒しているんだろうし。
タカミチも笑顔を見せてはいるが、その両手は油断なくポケットに突っ込まれているのがその証拠だろう。

……なんだかなぁ。

そんでもって、知らず知らずの内にこの状況に笑みを浮かべている自分がいる。
どうやら、まだ色濃く以前の一方通行の表情や感情などが残っているようだ。
だから鬼を殺すのも躊躇しなかったのだろう。
殺すという行動自体は俺はした事がなかったが、一方通行は腐るほどある。
人とは違う異形であるが、その異形を躊躇なく葬り去った自分の容赦のなさに、少しだけ恐怖した。
もしかしたら今考えているこの考えも、一方通行と交じり合っているのかもしれない。

今の自分が自分ではない気がした。

だが、その考えは学園長室の前に来ると心の中にしまった。
今考えるべきはあの学園長対策だ。
あのぬらりひょんは言葉巧みにこちらを向こうの都合の良いような思惑に乗せようとしてくる。
断るべきことはしっかり断らなければならない。
もちろん、一方通行がこちらに戸籍なんてないのだから、その辺は学園長に頼らなければならない。
警備員になるくらいなら良いだろう。
住居はできるだけ森の近くが良い。
のんびりできるからだ。
そんな事を思っていると、タカミチがドアをノックして扉を開いた。
「失礼します、学園長。先ほど連絡した彼をお連れしました」
その中に入ると……いるわいるわ、見覚えのある魔法先生や魔法生徒がずらり。

まず正面に座るのは言わずと知れたぬらりひょん、近衛近右衛門。

麻帆良最強の魔法使いらしい。
魔法を使ったところは一回も見た事がないが。

その右手にいるあの黒人タラコ唇はガンドルフィーニだろう。

その隣にいるのは高音・D・グッドマンと佐倉愛衣。

他にも原作では見た事がない人達もいた。
皆、俺を警戒した目で見ている。
特にガンドルフィーニや高音の視線は刹那に匹敵する鋭さを持っていた。
タカミチと刀子が学園長の左手につき、後ろでは刹那が扉を閉めた。
四方を囲まれる形になる。
このまま脱出するには学園長、ガンドルフィーニ、タカミチという三大防壁がある目の前の窓からは無理だし、後ろから行くとしても何か行動を起こしたらタカミチの居合拳が飛んで来る。
怯んだ瞬間を刹那やガンドルフィーニが見逃すはずがない。
まあ、もちろん正面突破は可能だし、その気になればさっきのプラズマをここに召喚して阿鼻叫喚の地獄絵図を再現してやってもいいが。
……待て、今の思考はかなり一方通行よりだったぞ。
やっぱり混ざってんのかなあ……。
そんな事を思っていると、学園長がバル○ン笑いをして話しかけてきた。
「早速じゃが、ワシはこの麻帆良の学園長を務めておる近衛近右衛門じゃ。気軽に学園長と呼んでくれい」
それに俺は辺りを見回しながら、
「……気軽に発言できる状況じゃねェな。いくらなンでも雁首揃えすぎてンじゃねェのか?」
実際、タカミチやガンドルフィーニはともかく刀子や刹那、高音までいるのは異常としかいいようがない。
タカミチ、ガンドルフィーニの二人がかりならば俺のようにひょろっとした青年などイチコロだろうに。
それほど俺の実力を買っているという事か。
俺の発言に学園長はフォフォと苦笑する。
「それもそうじゃな。じゃが、怪しむ理由くらいはわかっておるんじゃろう?」
「まァ、化物を倒しておいて記憶喪失だなんて都合が良いにもほどがあるからな。……で、本当にここはどこなんだ?麻帆良ってのは地名か?」
というわけで、俺は学園長からこの世界の常識などを教えられた。
まず、ここは麻帆良という学園都市だという事。
日本でも最大規模の学園都市で、その裏は関東魔法協会と呼ばれる魔法組織の総本山でもある。
ここにいる人物は全て魔法関係者であるが、魔法は秘匿される情報なので我々が魔法使いである事は極秘である事。
あの化物については、関東魔法協会と昔から仲が悪い関西呪術協会から送られてくる刺客で、この麻帆良のどこからでも見える世界樹と呼ばれる大きな木の情報を知るため、あるいは関東魔法協会の戦力を削ぐために鬼や悪魔を使役して襲撃をしてくるらしい。
今回はそれの迎撃をしていたのだが、そこに突然俺が現れたという事。
そして、一般人にはとてもではないが倒せない鬼を無傷で倒すなど常識では考えられないので俺をここに呼んだ、とのことだ。
「で、ワシにも聞きたい事があるんじゃが、いいかの?」
「あァ」
「君は鬼の一撃を食らっても平然としていた……それに、呪文詠唱を行なわずにアレほどの破壊を巻き起こしてのけた。一体どうやったのじゃ?」
それについては、俺は白を通すことにしていた。
「さァ?」
その瞬間、俺の横から怒声が響いた。

「ッ、私達をおちょくってるんですか、あなた!?」

噛みついたのは高音だった。
まあ、そろそろ誰かが噛みついて来る頃だと思ってたがな。
俺はそっちにジロリと目を向けた。
「俺は学園長と話してンだ。口出すンじゃねェよ」
「ぐっ、だからって―――」
「よすんだ、高音君。彼の言っている事は正しい」
横にいるガンドルフィーニの言葉によって、高音はこちらを睨みつけながらも引き下がったようだ。
そう、それが賢明って奴さ。
俺は視線を学園長に戻す。
「アンタ達魔法使いってのは、魔法を使うときにムニャムニャ呪文を唱えなきゃならねェのか?」
「その通りじゃ。佐倉君、少し見せてやりなさい」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
いきなりのご指名に佐倉はびっくりしたようだった。
その狙いも何もない純真ないじめられっこ体質の佐倉を見て、思わず俺は笑ってしまった。
それに釣られてか、タカミチからも苦笑が漏れる。
もちろん、ガンドルフィーニや高音は良い顔をしなかったが。
「ぷ、プラクテ・ビギ・ナル。火よ灯れ」
佐倉が掲げた小さな杖から、ポッ、と小さな火が出た。
それを見て俺はふーんと呟いた。

「百円ライターの方が速ェんじゃねェの?」

「身も蓋もないのう、お主……」
この『プラクテ・ピギ・ナル。火よ灯れ』は初心者が魔法を使うために行うものであり、これを行うにもそれなりの練習がいる。
それを百円ライターで済むんじゃね?といわれれば、学園長としても頬を引きつらせる事しかできなかった。
まあ、一般人の感覚なんてこんなもんだ、と思って欲しい。
「他にもいろいろと呪文のバリエーションはあるんじゃ。使う者によっては山も軽々と吹き飛ばす呪文を唱えられる者もおる」
「山を?すっげェな」
実際、漫画ではナギの雷の暴風が山を吹き飛ばしていた。
千の雷辺りを使えばものすごい事になっていただろう。
俺が正直に感心したので、ライター発言に不機嫌な顔をしていた高音の顔が少し緩んだ。
緩んだとは言ってもまだ厳しい表情をしていたが。
「……話を戻すけどよ、呪文詠唱がどうのこうのなンざ、俺ァ知らねェ。アレは風を操っただけだ」
「風を?どうやったんじゃ?」
「なんつーんだ、あァー……こう、ぐるっ、て感じ?そんな感じでやったらできたンだよ」 
呪文を必要とせず、ただイメージするだけで風を操れる、と学園長達は思っただろう。
本来は頭で膨大な演算をしているのだが、別にそこは明かすべき事柄ではない。
「刀子君。彼は魔力や気を使ってなかったと言うが、本当かね?」
「はい。彼は一切魔力や気を使っていませんでした。これは私の考えですが、我々とは違う系統の魔法使いなのかと思われます」
「ふむ、我々も認知できない未知の力による魔法か……」
まあ、そう捉えてもらって構わないだろう。
どうして超能力が発動するのか、明確な原理そのものはとある魔術の禁書目録の作中では明記されなかった事だし。
AIM拡散力場が関係しているのかもしれないが、あれはそもそも能力者が作り出す力場だ。

脳内にある幻想を現実に呼び起こす。

それこそが能力の発動原理だと俺は思っているが、それなら一方通行は常時脳内に自分の周りのベクトルを反射するように意識しているというのだろうか。
しかも、無意識に。
意識しているのに無意識とは、これまた意味不明な事だ。
……まあ、考えても無駄なことだ。
ネギま!でも詠唱して魔力を込めるという行為自体自己暗示のようなものだろうし……とある炎の魔術師、ステイル・マグヌスは詠唱や殺し名を名乗るようにしていた。
あれも自己暗示だとすれば、究極的には能力者と同じような考えにいきつく。
出鱈目だろうが、脳内の妄想を現実に引きずり出す、と言う認識でいいだろう。
こんな自論を今ここで発表する事もないので、俺は黙っておく事にした。
「鬼の攻撃に耐えられたっていうのは、俺もよくわかんねェ。夢中だったし、俺のこの風を操る力が無意識に発動したのかもしれねェ」
「君は記憶がないと言っていたね?どうしてその風を操る力とやらがわかったんだ?」
ガンドルフィーニが話しかけてきた。
あァ、とダルげに答えながら、俺はガンドルフィーニに説明してやる事にした。
「アンタ、脳医学ってのは習ったコトあるか?」
「脳医学?いや、私はあまり詳しくないが・・・」
「人の頭ってのァ便利にできててな。頭が混乱したり、パンクしねェようにいくつか担当する記憶が別れてンだよ。言葉や知識を司る意味記憶。運動の慣れを司る手続記憶。そして思い出を司るエピソード記憶って感じにな。記憶喪失ってのァよく本とかに出てくる話だが、ソイツがいきなり言葉を忘れたり、鉛筆の持ち方がわからなくなったりすることはねェだろ?俺はその内、エピソード記憶を忘れちまったみてェだから、知識として俺の能力の扱い方は覚えてンだよ。経験は全くねェけどな」
その流暢な説明に、その場の全員が驚いたようだった。
「……ンだよ。気味悪ィぞ」
「君、歳はいくつなんだ?そんな知識は普通の学校では習わないはずだが……」
「知るか。記憶喪失だっつってンだろ?」

自分でもびっくりだ。

この身体、流石に学園都市最高の優等生だけあってブレインの方はかなり優秀らしい。
すらすらと言葉が出てきた。
自分で言っててなんだが、自分が気味悪い。
平凡かつ平凡かつ平凡の俺は説明するのに向いていないし、頭もあまり良くはなかった。
やはりここはチート肉体に感謝しなければならないだろう。
「で、結局俺って何者なんだ?」
まずはそこだ。
自分が何者か、それを確立しなければ話にならない。
一応事情を聞くにしても俺が何者なのかはっきりしないと進展も望めないのだ。
「まあ待ちなさい。既に魔法で君の顔写真のようなものを作って調べさせておるよ」
「慣れてンだな?」
「記憶喪失というケースも麻帆良じゃ少なくないからの。対応にも慣れるというもんじゃよ……おっ、噂をすれば」 
ドンピシャ。
プルル、と鳴る受話器を取り、学園長が何事か話し、受話器を置いた。
こんなに近くにいるというのに、俺には全くその内容がわからなかった。
声そのものは聞こえるのだが、内容がわからない。
今思いだそうとしても無理なのだから、いくらなんでもおかしい。
これも魔法と言う奴なのだろうか。
そう思っていると、学園長が済まなさそうに言ってきた。
「……ちょっと困った事になったのじゃが」
「俺の住所がわからねェのか?」
「言いにくいが、その通りじゃ」
学園長が言うには、俺のようなケースの……自分の名前を知らない人間でも個人情報はきちんと存在するので元いた所にちゃんと戻せるようだが、いかんせん俺は異世界人だ。
この世界に戸籍が存在している事がおかしい。
「ってことは、彼は正体不明の人間と言うことになりますね……」
タカミチが言うと、周りの警戒心は一気に高まった。
バラバラにはされないが、このままでは戦闘になりかねない。
そうなれば原作はパーだし、戦闘は極力避けたいし、人殺しなんてしたくない。

プラズマに吹き飛ばされたスプラッタ死体なんざ見たくもない。

「まあ待ちなさい。彼が正体不明の人間であろうとなかろうと、敵でない事は明らかじゃろうて」
「どうしてそう言えるんですか、学園長!?」
ガンドルフィーニが叫ぶが、重みのある声で学園長は言った。
「彼がその気になれば、我々など瞬く間に殺されてしまうからじゃ」
「……誤解を招く言い方はやめて欲しいンだが」
こいつは思考を読めるのか、と冷や汗を流した。
「一応、俺はアンタらと敵対する気はねェ。戸籍もねェ、金もねェじゃ生きていけねェからな」
そう言うと、学園長は悩んだようだった。
どうやら、こちらの意図に気付いたらしい。
戸籍がないんなら、学園長が作れば良い。
金がないんなら、学園長が働き手を見つければ良い。
俺は現在戦力不足であるあの仕事にはうってつけの実力を持っている。
そして、俺に恩を売っておけば後々頼み事も……とか思っているんだろうが、俺はそこまでお人よしじゃない。
好きに動かされると思うなよ。
そう思っていると、学園長は諦めたようなため息をついて呟いた。
「……わかった。君の戸籍を作り、雇い先として君を警備員として雇おう」
「学園長!?」
俺が学園長の言葉にしてやったりとばかりに笑みを浮かべると、ガンドルフィーニが過剰に反応した。
やはり、彼は正体不明な存在、悪と定義される存在に排他的だった。
ガンドルフィーニが納得しきれないと思ったのか、学園長は『ただし』と一つだけ条件を付け加えた。
「君を一ヶ月間、監視させてもらう」
「あァ?」
俺が不満げな声を上げるが、こればかりは譲れないと学園長は強い目でこちらを見やった。
おそらく、それが学園長の最大限の譲歩なのだろう。
それが学園長が俺を信頼してくれた証拠なのかはわからないが、学園長がこちらに敵意を抱いているのではないと言う事が確信できた。
……いや、こちらが見抜けないほどの演技なのかもしれないが。
しかし、ここで断れば麻帆良に俺の居場所はない。
戸籍もない状態で日本で生きて行けるわけがないので、俺はこの提案を了承するしかなかった。
「シャワールームとか覗くんじゃねェぞ?」
それは事実上、了承の言葉だった。
「無論じゃ。ただ、部屋の中は覗かせてもらうぞい?」
「構わねェ。別に、俺は寝てるだけだと思うしよォ」
とりあえず首輪のような物がついたことにホッとしたのか、学園長がこう問い掛けてきた。
「で、君の名前はどうするんじゃ?田中太郎にでもしておくかの?」
「ブッ殺すぞ」
そう言って少し殺気を放ってやる。
すると、魔法先生たちの顔色が変わった。
ガンドルフィーニは即座にナイフを取りだし、刀子は刀を抜き、タカミチは重圧のこもった目でこちらを睨んでいた。
正直に言うとチビりそうに怖い。
俺がもし元の姿なら、この場で土下座して『調子こいてマジすんませんしたーッ!!』と謝っていることだろう。
だが、俺は一方通行。
俺の肉体は恐ろしい事にこれくらいの殺気ではびくともしないようだった。
それどころか、彼等の動きを捉えて感想まで述べる余裕があった。
「反応が遅ェぞ。もォ少し速く行動できねェのか?」
高音や佐倉に至っては俺の殺気に当てられて動けないようだ。

あれほどうるさかった奴が顔を真っ青にして黙ると言うのは思いがけないほど爽快だった。

俺の言葉に周りは更に緊張した空気に陥るが、頃合を見て俺は肩を竦める仕草をした。
「ジョーダンだよ、ジョーダン」
くくっ、と笑いながら告げる。
これで彼等の警戒指数は上がっただろうが、しょうがない。
思わずぶっ殺すと言ったこの身体が悪いのだ。
どうやら、アクセラレータに冗談は通じないらしい。
内心でため息をつきながら、俺は少し虚空を見つめた。

名前のことを考える必要があったからだ。

生前の名前でもいいが、魂だけの存在に名は不用だろう。
ならば、この肉体の主の名前を借りるべきだと思う。
「俺の名前は一方通行だ」
「アクセラレータ?」
「あァ。ポッと頭に思い浮かんで来やがった。もしかしたら、俺はそんな風に呼ばれてたのかもしれねェと思ってな」
「・・・しかし、戸籍にそんな名前を書くわけにはいかんの」
「なら、漢字で一方通行(ひとかた みちゆき)って書いてくれねェか?日本人っぽい名前にはなるだろ」
これで、俺の名前は一方通行に決まった。
みちゆきでもひとかたでもいいが、できればアクセラレータと呼んで欲しい。
多分、この一方通行の肉体がアクセラレータ以外の呼び名を拒絶するだろうから。






SIDE 近衛近右衛門

いや、あのような目をする若者と言うのは実に久しぶりじゃのう。
そう思いながら、ワシは彼の細い背中を見送っていた。
刀子君、そして付き添いとして刹那君の案内によってとある開き部屋へ案内される事になっておる。
流石に野宿はかわいそうじゃからの。
刀子君、刹那君、そして彼が学園長室から去ると、ガンドルフィーニ君が険しい表情でワシを睨んできた。
「あんな未知数な者を麻帆良の中に招き入れるとは、どういうことですか、学園長」
「どうもこうも、これ以外に方法はなかったじゃろうて」
彼のオーラというべき気配は、裏の匂いしかしなかった。
時折表の気配も混ざるが、おそらくそれは記憶喪失しているからなのだろう。
彼の背後に見える大きな闇。
彼の抱えるそれがどれほど大きいのか、それがわかっているのはおそらくワシとタカミチ君以外におらんじゃろう。
ガンドルフィーニ君もそれをわかっていない大多数のものに入る。
どうも、ガンドルフィーニ君は頭が硬いのじゃよ。
「彼……アクセラレータ君を今外に放ってしまうのはあまりにも危険じゃ。下手をすればあの能力を使われて強盗や殺人まがいの事を起こすかもしれん。魔力や気を察知できん力を使うのじゃから、全世界に飛びまわられたら厄介じゃ。それを防ぐためにも麻帆良に閉じ込め、彼が生きることができる環境を整えてやらなければならないのじゃよ。そうすれば、少なくとも麻帆良を攻撃する事はあるまいて」
「……しかし、彼は危険です」
その深刻そうな表情を見て、ガンドルフィーニ君は彼なりの感覚でアクセラレータ君の闇を捉えたようじゃった。
ただ、どうやらその大きさを掴んでいるようではなさそうじゃな。

彼の闇そのものを捉えられたのなら、手元において監視した方が良いとわかるじゃろうに。

「あれほどの殺気、常人が放てるものとは思えません。おそらく相当数の修羅場を潜って来た者かと思われます。あの見た目では驚きですが……それにしても、中学生や高校生レベルの年齢の者ができる真似ではありません。もしかしたら彼も『闇の福音』のように見た目では判断ができない年齢なのかもしれません。そして人外ならば、魔力でも気でもない力を使う魔法の行使も可能かと思われます」
「それらは全て推測に過ぎんのじゃよ、ガンドルフィーニ君」
そう、全ては推測じゃ。
ガンドルフィーニ君が言っている事は、確かにもっともな事じゃろう。
彼は危険じゃ。
それに間違いはない。
だが、だからと言ってこの麻帆良から追い出すというのは限りない下策だ。
「彼を恐れるのはわかる。彼が何かしでかさんと言う保証もない。じゃが……彼は何か我々にとって重大な事件を起こしたりするとは思えんのじゃよ」
「根拠はあるのですか?」
「カンじゃ」
ワシは取り繕ったりせず、スッパリサッパリそう言った。
そう、彼を疑ったりせん理由は他の何でもない。

カン。

それだけじゃ。
「ワシの長年のカンは彼が危険じゃないと訴えおるんじゃよ。大きな力は確かに正義と悪に二分されやすい。悪の力は確かに我々魔法使いが討滅すべき存在なのかもしれん。じゃが、彼が扱うのは莫大な力その物であって、決して悪ではないと思うのじゃよ。莫大な力はそれだけでは決して危険ではない。彼も口調は悪いようじゃったが、頭の中はどうやら利口な青年のようじゃからな。この一年間で一切問題を起こさなかったら、ワシは彼を危険視する事はやめるつもりじゃ」
「僕も同意見ですね」
今までずっと黙っていたタカミチ君がワシに同意した。
やはり、タカミチ君はわかっとるようじゃな。
「彼の殺気は、僕は意識的ではなく無自覚にやったものだと思うんです。あれがただムカついただけで放たれる殺気なら、明確な殺すという意志で放たれた殺気は凄まじい物になりますが……彼はそういう『裏の力』と言うべき純粋な能力ではない力の制御ができないのではないかと思います。だからさっきはあのような状況になってしまったのだと思います。おそらく、記憶を失う前は裏社会を幼い頃からくぐり抜けてきたのでしょう。それに……彼の目には理性がありました。彼の事を良く知らないのに否定するのはよくないことですしね」
「……なら、この麻帆良に突如として出現した理由はどう説明されるのですか?」
「それは僕にも……」
「ワシにもわからん。転移魔法か何かで麻帆良にやってきたと考えるのが妥当じゃろうが、それが彼の意志なのかどうかは誰にもわからん」
ワシらがイマイチ彼を信用できない理由、それがどうしてあそこに彼がいたのかわからないからじゃ。
ワシの見立てによるとおそらく彼は何らかの事故に巻きこまれ、転移魔法を食らってしまった。
その過程で記憶を消失してしまい、転移魔法で結界を突き破って麻帆良へやってきた。
どうして麻帆良なのか、というのは偶然の一言で片付けられるレベルの事柄である。
まあ、それもこれも彼が記憶を取り戻してからの話になりそうじゃわい。
兎にも角にも、いざとなればワシが全ての責任を負って決着をつける。
彼が良からぬことを企む輩であるのならば、
このかや生徒達を危険な目にあわす悪党なのだとしたら、
迷わず、私の杖で貫いてやる。






SIDE 一方通行

刀子に案内された場所は小さなアパートだった。
事情を聞くと、何やら事情のある子たちや寮の人間になじめない子たちがこういう所に住んでいるらしい。
クラスに一人くらいは不登校の奴がいると思っていたが、この麻帆良でも例外じゃないみたいだな。
その中には、俺のようなわけありの人物もいるらしい。
まあ、別に係わり合いになる訳じゃないからわりとどーでも良い話ではあるが。
「ここがあなたに割り当てられた部屋です」
どこか作業的な声で刀子が言う。
おそらく、殺気を放ったり未知の力を使う俺を恐れているのだろう。
あるいは、敵とみなしているのだろうか。
どちらでも良い。

来る敵は拒まずに叩き潰すまでだ。

そう思っていると、刀子から携帯が投げ渡された。
「この携帯で、明日学園長から呼び出しがかかると思います。十時ごろといっていましたから、それまでに起きていてください」
「わァーったよ。それにしてもホントに用意がいいな」
「これだけ大きい学園都市だと、それだけ問題が起こるんです」
「……それにゃ同意するな」
実際、一方通行のいた学園都市なんてひっくり返せば血と肉の渦のようなもんだったからな。
麻帆良はまだ平和なのか、それとも学園都市が異常なのか。
……またどうでもいい話だ。
「で、俺ァもう寝てもいいのか?」
その言葉に刀子は少し面食らったような顔をした。
「別に何をしようがあなたの勝手ですが……まだ七時ですけど」
「……なンか眠くてたまんねェんだよ。別にいいだろ俺の就寝時間が速くてもよォ」
そう言いつつ、俺はその部屋のドアノブに手をかけた。
そこで、何かを思い出したかのように振り向く。
「あァ、悪ィな、案内させちまって。じゃあな、オヤスミ」
ひらひらと手を振って、俺はドアを閉めた。
ドアの隙間から見えた彼女達の表情は、実に滑稽だった。
刹那もそうだが、刀子のぽかんと呆けた顔というのはレアだ。
やはり、生真面目な人間ほどからかうのは面白いらしい。
あの二人はどうやら俺が礼を言うなんて思わなかったようだ。
俺はそう思ってこみ上げて来る笑いを噛み殺しながら、靴を脱ぎ、真っ直ぐ廊下を歩いてそのままベッドに寝そべる。
しかし、改めてこういう場所に隔離されると、俺がこの世界に一人で取り残されたのだと実感してしまう。
クラスでは友達もおらず、極平凡の成績で標準的な生活を送ることで目立たなかったおかげで話せる相手はほとんどいなかったが、それでも失って初めてわかる我が家の大切さと言う物を実感する事ができた。

今からは一人で生きていかなければならない。

俺の武器は最強のチート肉体と負けず嫌いな根性だけだ。
この武器を持って、これから現実に戦いを挑まなければならなくなる。
俺の頭脳は原作知識を元に凄まじい勢いで大雑把なこれからの計画を立てていく。
たいていの人物像は掴んでいるので、明日は麻帆良を探索するという計画となった。
あのジジイのせいで狂うかもしれないが。
今回わかった事だが、あのジジイは基本的に善人だ。
お気楽でもないが、お人よしだ。
巨大な麻帆良という組織をまとめるのなら、ガンドルフィーニの方が適任だと俺は思う。
だが、ジジイが学園長でやりやすいのは確かだ。
せいぜい足掻かせてもらうよ。
俺はずるずると硬い枕を抱くように移動し、そのまま寝入った。
この世界に出現した最強の超能力者の最初の一日の終わりだった。






SIDE 桜咲刹那

私が同行を申し出たのは、決して刀子さんの腕を侮っているわけではない。
私は私でこの男を見極めたかったのだ。
おそらく、見た目からして年上の、一方通行と名乗るこの男。
こいつがお嬢様を狙う刺客じゃないと言う保証はないからだ。

私もバカじゃない。

……いや、確かに学校の成績はちょっと悪いが、そんな意味ではなく。
直にお嬢様を狙う刺客かと聞けば早いだろうが、もしイエスだったら学園長のやった取引などはパーになる、ということだ。
学園長達は良い顔をしないだろう。
それに、彼の実力は未知数だ。
鬼の腕力を持って振り下ろされる棍棒の一撃は、私でも容易に受け止める事はできない。
それを身じろぎもせずに受けとめ、反撃さえしてのける。
私より細いんじゃないか、と錯覚させるほどひょろっとした細い腕や脚からは想像もできない威力で鬼達を殴り飛ばし、蹴り飛ばす。
おそらく、私だけでは敵わないだろう。
だが、この男が張っているのはおそらく障壁。
私の雷鳴剣と刀子さんの雷鳴剣は地形を変える威力を持つ。
まともに食らえば彼とて無事ではすまないだろう。
……まともに食らえば、と言う話ではあるのだが。
さて、私達は夜の道を歩いているわけだが、この男、緊張感の欠片もなく欠伸などをしている。 
しかも御丁寧に『ふぁーあ、眠いなァ、オイ』というおまけ付きだ。

斬ってやりたかった。

刀子さんや私がどのような気持ちで歩いているのかなんて全く知らないし、わからないのだろう。
彼の言う事を信じるとすれば、彼は記憶喪失。
人の感情を察する『エピソード記憶』が不足しているのなら、空気が読めなくなったと思ってもらっても良いだろう。
それであの殺気を放つのだから、冗談ではない。
裏の者独特の匂いもするし、記憶喪失が演技なのか、それとも本当なのかは曖昧なのだ。
学園長の気持ちがわからなくもないが、それでもこの男を麻帆良にとどめておくのが危険とは思わないのだろうか。
あの学園長の事だから、何か考えがあるのかもしれないが。
そう思っていると、アパートの前についた。
私も何回か訪れた事があるが、相変わらずボロい、古びたアパートだ。
何か幽霊でも出そうな感じだ。
とあるドアを指差した刀子さんは携帯を取り出して彼に渡し、明日に呼び出しがある事を告げた。
彼は用意がいい様子に呆れていたが、私だってそう思う。
いつの間にあの携帯電話を渡したんだろう、学園長は。
無駄なところで強者スキルを発揮したりするから困ったものだ。
そう思っていると、彼はぽつりと言った。
「で、俺ァもう寝てもいいのか?」

はぁ?

何故そんな事を許可する必要があるのだろうか。
私の困惑は刀子さんも同じだったらしく、少々戸惑いながらも答えた。
「別に何をしようがあなたの勝手ですが……まだ七時ですけど」
「……なンか眠くてたまんねェんだよ。別にいいだろ俺の就寝時間が速くてもよォ」
そう言いつつ、彼は再びその部屋のドアノブに手をかけた。
そこで、何かを思い出したかのように振り向く。
「あァ、悪ィな、案内させちまって。じゃあな、オヤスミ」
私達は思わず呆気に取られて彼を見つめてしまった。
失礼かもしれないが、とても彼は礼を言うような人間には見えなかったからだ。
粗暴な言動、不良を思わせる三白眼、身体から滲ませる『近寄るな』と警告するようなオーラ。
経験上、そんな人物はまともな奴ではないので、そんな雰囲気を漂わせている彼が素直に礼を言うなんて思えなかったのだ。
そして最後。
ドアが閉まる直前に見えた、彼の背中。
見た目にも頼りないその背中は震えていた。
笑いか、それとも悲しみか、それは私にはわからない。
だが、その姿はとても哀愁を漂わせていた。
まるで、過去の私のように。






~あとがき~

ようやく書けた……いや、書きすぎか?
ていうか、改めて見直したらぬらりひょんがカッコイイwww
なんで俺こんなにカッコよくしたんだろ?
その場のテンションって、怖いっす。



[21322] 第3話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/21 12:48
SIDE一方通行

覚醒して鏡を見ても、俺は一方通行のままだった。
何故か身体がもっと寝ろ!!今すぐ寝ろ!!さあ寝ろ!!というダルさを脳に向けて発信してくるが、俺はそれを拒絶するために冷水で顔を洗った。

……冷た過ぎるだろ!?

顔を洗ってから数秒硬直し、俺は慌てて顔を拭いた。
心臓に悪いな、こりゃ。
寝覚めが悪い体というのはどうも馴染まない。
一方通行は低血圧なのだろうか。
ちなみに『俺』は毎朝七時に起きる優良な学生だった。
あの時は楽に起きることができたのに、この身体はこう言う時だけは不便だ。
体に纏わりつくダルさを振り払いながら、俺はベッドに腰を下ろし、テレビをつけた。
チャンネルは僅かしか通っていない。
他の番組はくだらなかったので、結局ニュースを見ることになった。
意味もなくそれを流し見ていると、腹が鳴った。

ダルくても腹は減る。

なんとも一人暮らしには不便な身体だろうか。
俺はそう思いながら、冷蔵庫の中を見ると、中は空っぽだった。
せいぜい、ペットボトル1本の水が置かれているくらいだ。

どないせーっちゅうねん。

俺は二リットルペットボトルを片手で持ちながら呆然としていると、傍にある食器棚に目をやった。
その下はタンスになっており、その中もくまなく漁ってみると、カップ麺がいくつかある事が判明した。
賞味期限は切れてないようだ。
何故か新品同然だったヤカンを取りだし、それにペットボトルの中の水をどぼどぼと適当に注ぎながら火をつける。
電気ではなく、ガスだ。
俺の中の一方通行の知識はガス式は今時珍しいと言っているが、今は刹那が麻帆良にいて行動している事からおそらく二〇〇一年から二〇〇三年だと思われるので、珍しいのではなくこちらではこれが当然なのだ。
おそらく、と推測しているのは、今が何年何月の何日なのか、昨日聞くのを忘れたのだ。
学園長達と対面していた時ならともかく、刹那や刀子と一緒にいた時なら間違いなく聞けただろうに。

我ながら間抜けである。

ニュースで確認してみるか、とニュース番組に視線を移してみると、今は二〇〇一年の十一月九日。
肌寒くなる頃だ。
俺は長袖一枚とトランクス、そして長ズボンという十一月前半にしては軽装気味なスタイルだ。
これはまず学園長から金でも借りて服を買い揃えなければならないだろう。
警備員として雇うとか言っていたから、前借りで。
ピョー、という想像していたよりも腑抜けた音でヤカンが沸騰を知らせてきた。
俺はそのヤカンを手に取り、カップ麺に注ぐ。
御丁寧に割り箸や取り皿もあったので、それらで蓋をした。
三分はニュース番組の時計を見て計った。
寒くなりつつあるこの季節で暖かいカップ麺は何故か心に染みた。
単身赴任のサラリーマンってこんな感じなんだろうな、と思う。
まさかこの歳でサラリーマンの気持ちを理解するとは思わなかったので、なかなかに切ない気分になる。
ハァ、とため息を一つ付き、俺はズルズルとカップ麺をすすった。
早くも望郷の念が押し寄せて来るが、数あるネギまSSのようにどーせ帰る事はできないだろう。
しかも帰れたとしてもおそらくそこはとある魔術の禁書目録の世界。
どちらかというとネギまの方がマシだ。
猟犬部隊やら『ヒューズ・カザキリ』やら『ドラゴン』やら……アレイスターの計画には関わりたくないし、この世界で一方通行の反射を無効化できる奴というのはそういないだろうからだ。

神楽坂明日菜の魔法無効化能力は通じるのか、少々試してみたい感じはするが。

どうせ帰れないのならせいぜい楽しもうと思うが、学園長などにあれほど警戒されていては楽しむ事なんざできやしない。
それに、既に監視も動いているようだ。
窓の外……いや、窓の傍から視線を感じる。
スナイパーで俺が知っているのは龍宮真名だが、彼女はこんな面倒くさい長期任務を請け負うとは思えない。
魔法か何かでの長距離監視だろう。
ふと、視線が時計に移る。
現在時刻、午前九時六分。
十二時間以上も寝てたのかよ、と俺の睡眠量に呆れていると、突然電子音が携帯から響いてきた。
なんだなんだと思うと、メールの着信であった。

学園長だ。

内容は、俺のいるアパートからじゃ場所はわからんだろうから地図を送るとのこと。下を見れば確かに簡略的な地図が載っていた。
メールを返すのは面倒なので、俺は学園長室で挨拶する事に決め、後三十分ほどはゆらりと過ごそうと思い、淡々と流れていくニュース番組を眺めていた。






SIDE どこぞの魔法先生

「こちらアルファ。目標、起床しました」
『こちらベータ。了解、引き続き監視せよ―――ってやめねえかこの口調?』
監視魔法によりアクセラレータと名乗る奇妙な男を監視して報告する。
それが私の任務だ。
それ以上でも以下でもない。
ただやることを行うだけだ。
通信相手が何か言っている気がするが、聞こえない。
報告する時にこの口調は普通だろう。

まさかそれ以外になにかあるというのか!?

「……むっ」
心の中で叫びながら監視を続けていると、低血圧なのかフラフラと洗面所へ行き、『のわァ!?冷水じゃねェか畜生ォ!!』という怒声が聞こえてきたのでおそらくお湯ではなく水で顔を洗ってしまったのだろうと思う。
だろう、というのは洗面所辺りまでは私も監視できないからだ。
しかしこの時期に水で顔を洗うとは……ショック死するぞ。
更に監視を続けていたが、やがてアクセラレータはソファーに寝転び、何やらニュースを見始めた。
……こっちは寒い早朝でさっさと起きて監視なんていうクソ暇な任務についたってのに良いゴミブンですね。

グシャア!!と嫉妬と共に眠気覚ましの缶コーヒーを握り潰した。

血のように滴るコーヒーを手を振って飛ばしながら監視を続けていると、向こうはカップラーメンを食べ始めた。
何やら残業で疲れた親父みたいな雰囲気を発しているが、どういうことなのだろう。
……ああ、そういえば怒りに我を忘れていたが学園長に連絡を取らなければならない。
何やら学園長がアクセラレータにメールをするとか。
そういえば私も久しく友人たちにメールを送っていないことに気づく。
高速で携帯をいじりながら、
「こちらアルファ。現在メール送信中です、どうぞ」
『こちらベータ。いい加減そのフレーズが気にいってんのは認めてやるからいちいち報告すんのは―――ブホァ!?テメェなんてもん送りつけてきやがる!?っつか何時撮ったんだコレ!?どうぞ!!』
「こちらアルファ。黙秘権を行使します、どうぞ」
『こちらチャーリー。詳しく事情を聞きたいでゴザル、どうぞ』
「こちらアルファ。具体的には教師のくせに女子生徒と喫茶店でデート中な映像でゴザル、どうぞ」
『ふざけてんじゃねーッ!!ありゃあ向こうから誘われて仕方なくだな―――っつか誰だチャーリーって!?なんで自然と念話に入り込んできてるわけ!?誰だ念話傍受してるクソ野郎は!?』
『こちらチャーリー。むしろ画像をいただきたく候、どうぞ』
「こちらアルファ。だいたいその口調で誰か読めましたがとりあえず送っちゃったりしてみます、どうぞ」
『……こちらチャーリー。あまりのリアルな画像に失神寸前です、どうぞ』
『あァああああああああああああッ!?』
少しからかいすぎたか。
まあいい、別にいつものことだしな。
余計な時間を食ってしまったなあ、とくつくつ笑いながら、私は絶叫するベータの声をBGMに学園長へメールを送った。






SIDE 一方通行

十時ちょっと前。
徒歩で辿りついたのは良いものの、女子中学校に入るのは抵抗がある。
と思っていたのだが、案外すんなりと入れた。
授業中だったことが幸いし、誰もいなかった事が大きいだろう。
それにしても女子中学校校舎に学園長室を作るとか、あのぬらりひょんは何を考えてるんだか。
まあ……大方孫がかわいいとか言っておきながら超や明日菜、エヴァンジェリンの監視をやりやすくするためだろう。
麻帆良祭のあの件は、何やら学園長は訳知り顔だったし……だいたい、学園長の目をかいくぐって超や葉加瀬達が地下の鬼神などに手を出せるとは考えづらい。
おそらく、学園長も心の中では変革を望んでいたのではないだろうか。
本気で変革を望んでいないのなら、交渉事ならば超と比べ物にならないキャリアを持つ学園長だ、容易に超の思惑を無視することはあるまい。
言葉で聞かないのなら大多数による武力で制圧してしまう事だろう。

いくら超の内に存在するスプリングフィールドの魔力が強大だと言っても、一人ではできる事に限りがある。

茶々丸、葉加瀬、龍宮の力を借りても無理だ。
なにせ、こちらには学園長とタカミチがいるのだ。
茶々丸と葉加瀬は問題外。
超はタカミチが潰し、一番厄介な龍宮を学園長などが追いつめるだろう。
麻帆良祭でなければあの『最強の弾丸』も使えないことだし。
現在でも超の計画が進行している以上、学園長が超の計画を知っている事は明らかである。
明日菜に至っては言うまでもなく、彼女は魔法使いの天敵である魔法無効化能力者であり、更には『黄昏の姫巫女』でもある。
彼女を傷つける事はタカミチが絶対に許さないだろう。

ガトウに彼女を任された男として。

もちろん、その感情は決してLOVEではないが。
LOVEなのだったら、どんな光源氏計画だ、それは。
そんなくだらない事を思っていると、学園長室の前についた。
携帯の画面に映っている地図では学園長室を示す場所を『秘密の花園♪』と書かれている。

殺してェ。

思わず一方通行モードで扉をブチ殴って侵入しようかと思ったが、なんとか思いとどまって普通にノックした。
誰だと聞かれるまでもなく許可された。
そういえば、監視がついてるんだったな。
そう思いながらドアを開けると、そこには学園長一人だけがいた。
「よう来てくれたの、アクセラレータ君」
「あァ」
俺はダルげに答えを返しながら、視線だけでぐるりと周りを見まわす。
「昨日のうっとォしィのは来てねェみてェだが、どうかしたのか?」
「……ガンドルフィーニ君は授業、高音君は生徒じゃ。この時間はそれぞれ一般人と変わらない事をやっておる」
鬱陶しいのと言われて誰かわかるか。
流石学園長だ。
別に誉めてないが。
「そォいえばここは学校だったな……で、用件は?」
「うむ。君がこれから働く場所について。それと、面倒じゃから色々と質問も受け付ける。なんなりと聞きなさい」
学園長が話したのは、これからの俺のことだった。
麻帆良は重要な霊的拠点なので妖怪などの魑魅魍魎が発生しやすい。
その上、関西呪術協会の連中も攻め入って来るので非常に麻帆良の防衛範囲が広くなる。
それに何やら魔法使いたちには以前に第二次世界大戦とは異なる大きな戦があったらしく、それにより魔法先生の数は少ないので、魔法生徒まで動員することになっており、今回俺という強力な戦力が手に入ったのは実に助かるとのこと。

基本的に警備員は複数で行動し、主に魔法生徒と魔法先生の混合のグループで行動する。

それは三人であったり、四人であったりするが、優れた実力を持つ魔法生徒ならば魔法生徒だけで迎撃に出たりする事もあるらしい。
ま、NAR○TOで言うスリーマンセルである。
ちなみに、その優れた実力をうんたらというのは刹那と龍宮だ。
俺は魔法先生ではなく歳から魔法生徒に該当するらしいが、それはどーでもいい。
問題は、俺をどこのグループにくみこむか、らしい。
素性が知れない俺は他のグループに組み込まれると言うのを強く反対している一派がいるらしく、単独戦力として運用すれば良いという見方が強いらしい。
だがそれでは俺を野放しにする事になる。
それも危険だ、とのことで俺はガンドルフィーニ、刀子が受け持つグループに編入されることになった。
「おいおい、ガンドルフィーニってあの面倒臭ェ奴だろ?良くアイツ等が俺と同行する気になったな?」
「君を抑えこむにはそれ相応の戦力がいる、とのことでな。タカミチ君、刀子君、ガンドルフィーニ君のグループは我々の中でも最強クラスの戦力じゃ。タカミチ君は単独戦力じゃから二つのグループに編入させるしかなかったんじゃよ」
「俺をここに馴染ませようってェわけか?」
「ま、君もそんなに悪い青年には見えないしの。麻帆良は未知の力を使う者に対して非常に排他的な者が多いから、馴染むのは難しいと思うのじゃが……」
「構わねェよ、しばらくは俺も俺のことで精一杯だろうからな」
今日の朝、望郷の念がまた膨れ上がったのだ。

そんなに簡単に切り捨てられる事ではない。

俺の真剣な雰囲気に気づいたのか、学園長は話を変える事にしたようだ。
「どうじゃ?一晩たって何か思い出した事でもあったかの?」
「さっぱりだ」
おそらく、学園長は嘘発見器のような正直な事しか言えないような魔法も使っているのだろうが、それは別に問題ない。
記憶を失っているというのは嘘だが一晩たって何か思い出すにしても、記憶を失っているわけではないので思い出す事は何もないのだ。
だから嘘ではないのである。
屁理屈だが、通っているようなのでこれでよしとする。
もしかしたら、外部からの魔法を無意識的に反射しているのかもしれないが。
「アンタ達がどう思ってンのか知らねェが、俺ァ多分まともな人間じゃねェ。アンタ達が俺の正体を知るために俺の記憶の復活を願っているのはよくわかってる。だがな、俺は記憶が復活したら何しでかすかわかんねェぜ?アンタ達にとっては俺の正体を知るほうが重要なのかもしれねェが、俺は怖ェんだ。俺じゃねェ俺がこの身体を乗っ取るかもしれねェからな」
あながち、これは嘘ではない。
一方通行の思考がたまに混じる事から、おそらく一方通行の意識とやらは存在していると思う。
一つの身体に意識が二つある場合、普通は殴り合いなどといった喧嘩を起こす。
……と、俺は半端な漫画知識で推測している。
その時に俺の意識が負けてしまうと、俺という存在は消えてしまうのではないか、と言う錯覚が俺を襲うのだ。

転生し、身体がチート肉体で、転生先が漫画の世界。

味方はほとんどおらず、孤独な状態。

更に魂の危機という状況にまで陥ったら流石に俺も不安になると言う物だ。
もしかしたら考え過ぎなのかもしれないが、想定しておく事は悪い事ではない。
いざとなれば異常事態に対して冷静に対処できるからだ。
俺のそんな思惑も知らず、学園長は深刻そうに唸っていた。
「そォ気にすンなよ。いざとなりゃ、アンタが俺を殺せば良い」
「……君はそれでいいのかの?」
「いざとなりゃァ、な。俺は自殺志願者じゃねェ。ま、バカなことしねェように自重はしてやンよ」
それは本音だ。
一方通行の人格が目覚めてしまうと、彼が暴走する危険もある。
一方通行に首輪型のチョーカーがついてない時点で打ち止めと出会う前だということがわかる。

つまり、打ち止めというリミッターがないのだ。

反射の能力を持つ一方通行は、初見の人間に対しては絶大な優位性を持つ。
おそらく、『紅き翼』の連中を相手にしたら何らかの打開策を打ち出される可能性が高いので粉砕されるだろう。
理知的な感性のない……例えばリョウメンスクナとかであれば一方通行は無敵なのだが。
だから、一方通行が暴走すればこの世界で止められる人物はほとんどいないのである。
原作を見るに、彼は他人を傷つけるのが嫌であえて他人を遠ざけている節があったので、よっぽどの事がない限りそれはないだろうが、垣根帝督などの件もある。
あの黒い翼がでないという可能性を否定しきれない以上、一方通行が暴走するのだけは避けなければならない。
どうしても暴走するのなら、反射を解除して自刃でもしてやる。
介錯は刹那にやってもらおう。
そんな事を思い始めると、学園長はため息をついた。
「自分の事はわからんというのに、どうしてそんなことばかりに頭が回るかのう」
「元は優秀な頭脳だったんだろォよ」
こればっかりはそうと言わざるを得ない。
「ンで、今日は誰と行動すりゃいいんだ?っつか、集合時間は?」
「まあまあ、慌てるでない。まだワシの話は続いておるんじゃ」
どうでもいいが髭を撫でるな。

ウゼェ。

内心で思いっきりため息をついたが、それを知らない学園長はまだまだ語る。
「君を広域指導員に任命しようと思っての」
「……何だ?俺に教師になれってか?」
「そうじゃないんじゃ。言うなれば見まわりという生温いのよりもよからぬ輩などを鎮圧する部隊なんじゃよ」
「ハァ?そんなもンは警察にでもまかせりゃいいだろうがよ」
「麻帆良には警察は少ないんじゃ。公安に所属しとる魔法使いは少なくての、隠蔽工作が大変なんじゃ」
ああ、そういうことか。
原作を読んでいて全く警察が出てこず、広域指導員が輩を退治しまくっている理由がやっとわかった。
考えて見れば魔法は秘匿なのだから、公安の末端といえど一般の警察官を麻帆良に招き寄せるのはいささか抵抗があるのだろう。
公安というのは場合によっては学園長も逮捕する事ができるのだから、学園長の権力が絶対である麻帆良ではそれは不都合以外の何者でもない。
だからこそ、この広域指導員という治外法権がまかり通っているのだろう。
……ていうか、まともな警察があればネギが麻帆良に教師としてやって来るのは違法だと通報されてしまう。
麻帆良の結界とやらでゆるく対応される事になっているが、流石に警察官をごまかす事はできないだろう。

ネギは再来年の二月に麻帆良にやって来る。

おそらく、向こうの魔法学校の校長とも連絡を取り合っているのだろう。
あの校長と学園長は気が合いそうに見えるし。
「おそらく君の場合説得は無理そうじゃから、拳で黙らせるといい。それなりに体術も使えるんじゃろ?あと、君の風の力は使ってはいかんぞ。相手は一般人じゃからな」
「あァ、魔法は秘匿だったな。……緊急事態には?」
「構わん。迅速に対応してくれ。後の処理はワシらがやる。……ま、そんな事は滅多にないじゃろうから安心してくれ」
後の処理、というのは記憶の消去だろう。
毎回思うのだが、この麻帆良の魔法に関わる者たちは記憶を消去する事を何とも思っていないのだろうか。

普段正義正義と語っておいて、いざとなれば魔法使いとしての秘匿を優先し、他人の記憶を改ざんする。

これが『仕方がない』とか『決まりだから』とかほざきつつ『立派な魔法使い』を目指している連中が多いのだから、ホントにため息が出る。
ちなみに、こう言う連中は学園都市では真っ先に死んでいくタイプだ。
だがいざそうなってみれば向こうで適応していくのが人間なのだから、不思議な物だ。
「……あのよォ、一つ言っておくが、俺ァ体術なんざできねェぞ?誰だそんなデマ流しやがった奴は」
「ふぉ?刀子君と刹那君じゃが。見た目素人の拳なのに鬼をぶっ飛ばしたらしいの?合気道か何かかと思ったんじゃが」
「まァ、こんな体つきじゃそう思われても仕方ねェよな」
俺の身体は見た目病弱にも貧弱にも見える。
筋肉なんざ必要最低限しかなく、贅肉もほとんどない。
腕はガリガリ。
足もガリガリだった。
まあ、最弱状態のエヴァでも合気道はできたのだから、あまり見た目の腕力とかは関係ない武術らしいが。
「多分だが、そりゃ俺が無意識的に拳に風を纏わせたんじゃねェか?」
「ふむ?それなら刀子君達も感知するはずじゃが……」
「俺の風には魔力とか気ってのがねェんだろ?魔法とかじゃねェんだから感知できなくても仕方ねェことだろ」
「ふぉ?……そういえばそうじゃったの」
今更ながら学園長は気付いたらしかった。
比較的頭は柔らかい(むしろ長い)学園長だが、どっぷりと魔法使いの世界に浸かってしまっているので、魔法や気を使わない超常現象が理解できないのだろう。

真相はベクトルを操作してありったけのベクトルを殴ることに使ったからぶっ飛ばせたわけだが。

地球の自転もベクトル操作で力に変換できるチート能力がある一方通行なら、風のベクトルなどを全て集め、収束することができると考えたのだ。
どうやったのかよく説明できないが、そういうことだ。
わかりやすく言えば元○玉に近い。

みんな、オラにベクトルを分けてくれ!みたいな。

「俺がただ机を叩いた程度じゃせいぜい小さな音を出す事しかできねェよ」
実際に叩いて見ると、ドン、という音がしただけだった。
タカミチなら余裕でぶち抜いてみせるだろう。
「ま、最初は手加減が難しいから、救急車の手配はしとけよ」
「善処はしてみるぞい」
二回目からはそんな事はないだろうが、人を殴る事になれていない俺は確実に最初加減を間違うだろう。
……できるだけ急所は狙わない方向で。






昼間は散歩して麻帆良を回ることにした。
学園都市よりは小さいとはいえ、麻帆良はかなり広い。
とてもではないが一日で回りきれる量ではなかったので、とりあえず家の周辺を探索してみた。

この白い頭は目立つのでパーカーを深めに被って隠しておきながら。

俺は男か女かわからない体形をしているから女子中等部の方に向かっても多少違和感があるくらいで済むだろうが、あっちには刹那がいる。
数あるSSでは『このかお嬢様の敵か?』と尋ねて来るのが定石なので、できる限りそっちには近づかない事にする。
遭遇率が下がるからだ。
他人に嫌われるのが嫌、なんて可愛らしい事は口にしないが、それでも敵対視されるのは良い気分ではない。
それに、背後から感じられる視線が鬱陶しくてしょうがない。
暇な魔法先生の尾行だろう。
お勤めご苦労様。
そんな事を思いながら、俺は麻帆良を練り歩いた。
改めて麻帆良という土地を見ると、実に綺麗な土地だった。
路地裏は流石に汚いが、表通りにガムが吐き捨てられている事はなかったし、ゴミが無造作に散らかっている事もなかった。
おそらく、お節介な誰かがゴミを捨てると注意するからだろう。
バカ正直な正義感を抱く誰かとか。
高音の顔を思い浮かべて肩を竦めながら、俺は小腹が空いたのでチェーン店っぽいところに入って適当にカロリーの高いものを注文した。

……腹が減るんだ、この身体。

そういえば原作では一方通行はステーキを日常的に食ってたりしたな。
それでこの体形だから、たいしたもんだ。
もしかしたら膨大な演算を行うのに過剰なエネルギーを使っているのかもしれない。
俺のその予想が当たっているのなら、反射をあまり使わなくなったのでこの身体も鍛えなおせるかもしれない。
おそらく15,6程度の肉体だ、今から鍛えなおしても間に合うはず。
エヴァンジェリンの別荘が使えれば良いのだが、流石に十五、六歳で修行しまくると外見まですぐに変わって来るのでむやみに使うことはできない。
ネギが来るまで大きな事件もあるまい。
のんびりと鍛えていけばいいさ。
そう思いながら運ばれてきた注文―――ラーメンとチャーハン、餃子と唐揚げを見た。
ぐー、と正直な身体は匂いだけで耐えられないらしかった。
かぶりつかん勢いで料理を捕食する……まさに生還した遭難者のようなその姿にウェイトレスのねーちゃんもドン引きだ。

しかし美味い。

麻帆良祭の時期には是非超包子に行きたいと思う。
超や古菲、茶々丸などといったトンデモ連中がいるが、その時はその時で対処するしかない。
俺程度の人物が超相手に何ができるのか、と言う感じではあるが。
正直『最強の銃弾』でも俺を仕留めることはできないと思うが、それならそれで超は改良を加えるだろう。
銃弾そのものを時限爆弾のように改造し、何百メートル進んだら炸裂する、とか。
龍宮とかなら余裕でやりそうだから困る。
改造する期間は一年半近くもあるのだから、超と葉加瀬であれば十分可能だと俺は考えている。。
物理魔法攻撃に対してほぼ無敵の俺を封じるためならありとあらゆる手を使うはずだろうし。

もっとも、反射の事実を知っているのは俺一人。

ネギが来ていろいろと起こるまで、俺はこの事実を隠しておくつもりだ。
能力が発覚したら『いろいろと実験してたらわかった』とか言い訳しておけば良い。
それで向こうが文句を言って来たら監視でもしてたのかとか言って脅せば良い。
向こうは正義を主張する魔法使いだ、姑息な真似を嫌うだろう。
十分、監視も姑息な真似ではあるのだが。
そう思っていると、突如目の前に誰かが座った。
席はいくらでも相手いるというのに、わざわざ目の前に座るというと、俺に用がある人物としか思えない。
俺はラーメンの汁を飲み干すと、口元を拭ってからソイツを見た。
「そんなに一生懸命な姿を見てたら声をかけられなくてね。勝手に座らせてもらったよ」
「……アンタか、オッサン」
まさしく『オッサン』という概念を捏ねて型にいれて焼いたらこんな感じになるんだろうという人物、タカミチ・T・高畑がそこにいた。
タカミチはいきなりオッサン呼ばわりされた事にちょっと傷ついたのか、がっくりと肩を落とす。

怒らないところが大人だ。

「いきなりオッサンかい?」
「名前も知らねェオッサンはオッサンで十分だ」
ようやく自分が名乗っていない事に気付いたタカミチは一本取られた、とばかりに頭を掻いた。
「そういえば名乗ってなかったね。僕はタカミチ・T・高畑。君と同じで麻帆良の広域指導員をやっている」
「あァ……で、そのタカミチさんが何の用なンだ?」
「これを渡しに来たんだ」
タカミチは懐からカードのようなものを取り出す。
「君の麻帆良での身分証明書みたいなものだよ。ここのマークが広域指導員の証。君が騒ぎを鎮圧した時、被害者達にこれを見せれば安心してくれるよ」
「ま、鷹を追い払った鷲が敵だった、って事実は良くあるモンだからな。このくらいは当然だろォよ」
俺はそう言うと、から揚げを頬張りながらカードをポケットに突っ込む。
いつの間に撮ったのか俺の顔写真まで張ってあった。
後でこの事を詳しく学園長に問い詰めてやる必要がありそうだ。
どーせ、また魔法か何かなんだろうが。
「どうだい、麻帆良は?」

かなり突然だった。

そのせいか、ぴたり、と思わず俺の箸が止まる。
「……悪くねェ所だ。ただ、あんま落ちつかねェ場所だ」
「どうしてかな?かなり住み心地良い場所だけどね?」
「だからこそだ」
俺は淡々とした調子で言う。
「なんとなく、こう言う仲良しこよしみてェな空気は好きじゃねェ。平和が一番ってェのはわかってンだが、なんとなく慣れねェんだよ。俺は記憶がなくなる以前はとんだ廃れた生活を送っていたらしい」
それは俺も、一方通行も同じ気持ちだ。

平和が一番。

もちろん、一方通行もそれがわかっていないはずはない。
だが、どうにも落ちつかないのだ。
監視されているから、と言うのもあるかもしれない。
しかし、おそらくそれとは関係なく俺は麻帆良に漂う空気その物が嫌なのだろう。
生温く、のほほんとしていて、急激な変化が感じられないのだ。
麻帆良には変化を嫌う魔法使いがいるのだからそれも当然なのだろうし、麻帆良大結界が認識を適当にさせる効果を持っているのだから生徒の反応もお気楽で非常に緩い。
十五年も正気でいられるエヴァンジェリンや常識的観点を持つ長谷川千雨がこの空気に耐えて来た事は賞賛に値する。
エヴァンジェリンのような廃れた生活を送っていた者からすれば、この麻帆良は地獄の牢獄でしかないし、千雨のような者からすればクラスから浮くことになる。
漫画の中の出来事だった彼女達の気持ちの一端が、ようやくわかった気がしていた。
「…………」
タカミチはタカミチで何か思い当たる事でもあるのか、どこか厳しい表情をしている。
彼は麻帆良にいる魔法使いとは違い、全世界を飛びまわり、紛争地帯などに行ってNGO活動をしてきた常識人だ。
理想と現実は違うということを理解しているからこそ、俺の言う事が多少はわかるのかもしれない。
「じゃァな」
俺はタカミチにそれだけ言い残すと、代金をレジにおしつけてその場から去っていった。
もうちっと周りを探って見るか、と思いながら。






SIDE タカミチ・T・高畑

僕はコーヒーを注文していたが、ハッと我にかえるとすっかり冷めてしまっていた。
どうやら、考えこんでしまっていたらしい。
彼が別れの言葉を告げた辺りまでは覚えているんだが……集中しだしたら周りが見えなくなる癖は直したほうがいいな。

咸卦法の弊害って奴かな。

それにしても、彼と一緒の椅子に座った直後に頼んでいたから、それほど時間は経っていなかったと思うんだが……冷たい。
僕は冷めてしまった苦いコーヒーをちびちびと啜りながら、ガラス張りの大きな窓の外を見た。
今は一時少し前。
学生達は勉強の最中なので人通りはほとんどない。
がらんとしている商店街はとても寂しく思える。

だが、彼はこれでも麻帆良の穏やかな空気に慣れないという。

彼にしか感じられない麻帆良の空気と言うものがあるのだろうか。
僕も裏では結構長い経験をつんできた方なので、それなりに世界の汚い所も見て来たつもりだ。
学園長には経験では遠く及ばないが、それでも麻帆良で二番目の実力者として、魔法世界で英雄と呼ばれている『紅き翼』の一員として、地球上の大きな闇はあらかた見て来たと、そう思っていた。

だが、それは彼が来た事で夢想だと悟った。

彼の目を見ればわかる。
あれは地獄以上の光景を見て来た目だ。
彼の場合わかりづらいが、アルビノ独特の赤い瞳は非常に綺麗だった。
あの目は人間としては何なのか、確立している目だ。
自己というものが確立しているから他者に惑わされない自分の答えをはじき出す事ができる。
そんな真っ直ぐな目をしていて、纏っている空気は濃密な深淵の闇そのもの。
はっきり言うと、彼は異質そのものだ。
あの歳で地獄という光景を見て来た物はすべからく目は濁っている。

そして、堕ちる。

犯罪者に手を染め、生きる事なら何でもやり、生き残るためなら他者の命を奪う事も躊躇しない。
そんな人間になってしまう。
僕はそんな醜い人間の感情を目の当りにしてきた。
だが、彼は堕ちた人間では決してない。
堕ちて、這いあがってきた人間でもない。

ドン底にまで堕ちた人間なのだという事を悟った。

深くに堕ちた人間と言うのは、ああいう物なのだという事を僕ははじめて知ったんだ。
記憶喪失であのように素直になれるのなら、多分彼は本質は善人なのだろう。
もしも本質が悪人なのだったら、あんな綺麗な目をしていないはずだ。
ガンドルフィーニ先生は警戒しているが、僕達が具体的な敵対行動を起こさない限り、彼は僕達に攻撃してくる事はないと思う。
言い切れないのは、彼の態度や見た目のせいなのだろう。
あれのせいで、彼の内面は非常にわかりづらい。
昨日の彼の殺気には思わず反応してしまったしね。

……それにしても、一方通行、アクセラレータか。

彼の感情は確かに一方通行なのかもしれない。
「難儀なもんだな、彼も……」
この僕でさえ彼と話して見て、ようやく彼への疑心が晴れてきた所だ。
常人なら、彼の表向きの面のみを見て彼という存在を判断してしまうだろう。
僕から見れば、あれはどこか演技しているようにも思えるんだ。
敢えて人に嫌われようとしているような……そんな感じがする。
何が彼をそう言う態度にさせたのか、それは誰も知らない。
彼自身も知らないのだろう。
しかし、それで彼が損をするのは素直に悲しいと思う。
「誰かさんと少しにてるかもな」
素直になれないが故に十三年も現在進行形で罰を与えられている吸血鬼を思い出し、僕は静かに笑った。






~あとがき~

一方通行という規格外が麻帆良の人間に信用されるには一年くらいの時がかかると思ったので、彼がやってきたのはこの時期にしました。
ネギが来るまで一年以上……自分でやっておいて何だが、それまでちゃんと書けるだろうか。
感想も随分頂いたし、頑張らなきゃな、と思います。
次回は多分、話はあんまり進まない予定です。
~そして一年が過ぎた~なんてことはありませんので。



[21322] 第4話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/21 20:35
SIDE 一方通行

俺はその後、いろいろと各地を巡ることにした。
超包子の路面電車を見たときは思わず開店時間を覗こうと思ったが、なんと開店期間は麻帆良祭だけだという。

絶望した。

俺の半端な原作知識に絶望した。
絶望して疲れてしまったので、必要最低限の買い物を済ませる。
とりあえず生活必需品を中心に。
今日の夕食がラーメンとか、惨め過ぎる。
俺は真っ先に炊飯器を購入した。
そして替えの服や動きやすい靴などを買い、最後に食料を確保。

これでも俺は自炊派だ!

このかには敵わないがな!

虚しい叫び声を上げつつそれらを購入し、俺はマイホームへと帰還した。
買ってきた物を整理し、それぞれクローゼットに閉まったり台所においてきたリ冷蔵庫に入れたりして保存する。
家電製品などは送ってもらう事にした。
主に炊飯器とか。
どうして自炊にこだわるのかというと、この一言に尽きる。

外食は金がかかり過ぎる。

……俺が食い過ぎるだけだが。
俺はその整理を終えると疲れたので、一旦寝ることにした。
ぐっすり。
軽く3時間も眠ってしまった。
昼寝にしては長すぎるだろう。
やはり、俺の身体は無駄にエネルギー消費が激しいのだろうか。
よくわからんが、大きな力にもやはりデメリットは存在するんだと思った。
デメリットだとしたら、凶悪なメリットのわりには地味に困るデメリットだと思った。
それから、俺はまたもや外に繰り出した。
周辺の地理は理解したので今度は世界樹方面の探索に向かうことにした。
もっとも、漫画で世界樹を見たときにやってみたいと思った事をやるためだが。

歩いて十分ほど。

世界樹公園前広場にて、その全景を拝める事ができた。
俺は目の前にあるバカみたいにでかい大木を見上げる。

ト○ロか。

思わずポツリと呟いてしまうほどデカかった。
広場は特筆すべき点は見当たらなかったので、俺はそのまま世界樹の上で一服する事にした。

ベクトル変換。

足先で軽く地面を蹴るだけで、俺は十何メートルもジャンプする。
もはや飛翔と言ったほうが良いかもしれない。
一回の跳躍で世界樹の中間辺りまでやって来ると、手ごろな太い枝に捕まり、その上に着地する。
一つ一つが巨大な丸太のような枝なので、異常なまでの安定感を感じた。
どれだけ揺らしても枝一本折れないような頑強さが感じられる。
流石、麻帆良の地下深くまで根を生やしているだけはある。
そう思いながら俺は上へ上へと登っていった。
どうやら監視を振りきってしまったらしく、視線が感じられない。
俺にとってはどうでもいいが。
登るのは空を飛んだほうが早いのだが、他の一般人に見られるとまずいのでジャンプして枝に飛び移りながら登っていく。
そして、頂上にやってきた。
買った安物の腕時計を見ると、今は五時半頃。
世界樹の頂上から見下ろすと、小さな人の群れがいくつも見える。

ふはははは!人がまるでアリの……いや、やめておこう、そんなキャラじゃないし。

相当な高さだな、と思うことにしつつ、俺は自分の横顔を照らす赤い光に目を向けた。
見事な夕日だった。
それがゆっくりと山の向こうに沈んでいく。
良く晴れた日だったので、真っ赤になった夕日がじりじりと静かに地平線の向こうに消えていく。
一日の昼と夜との一瞬の隙間。
少ししか見れないから綺麗というのは、まさにその通りだと思う。
ホタルと一緒に東京タワーの上というのもいいが、世界樹の上で見る夕日もなかなか良い。
無意識的な反射で紫外線などをすべて跳ね除けつつ、だが日の光によるジリジリとした温度だけは受けつつ、俺は夕日を見てポツリと呟いた。
「……綺麗だ」
俺がロマンチストなのか、一方通行がロマンチストなのか……それはわからない。
おそらく俺だろう。
一方通行はリアリストの気がするから。
だから、そう素直に言えたのかもしれない。
この世界に来て初めて言えた心の底からの本音が誰かに聞かれていると気づいたのは、この三秒後の事だった。






SIDE 桜咲刹那

昨日が濃い一日だったせいか、私はいつもより疲労していた。
アクセラレータという謎のイレギュラーの出現によって、このかお嬢様がさらわれたりしないだろうかと言う気苦労が増えたから、と言うのもあるだろう。
寝るのが遅かったから、と言う単純な理由が一番だろうが。
そんな私は、今日もお嬢様の身辺警護をしている。
もちろん、気づかれないように、だが。
こう言う時は麻帆良大結界は重宝している。
何故かというと、この結界はどんな人でもおおらかにしてしまう効果を持つらしいので、些細な事など気にもとめない状況を作り上げてしまうのだ。
こうやって私がお嬢様を尾行していても、私に怪しいと注意しないのは気配を消しているというだけではないのだ。

決して私の影が薄いからというわけではない。

もう日が沈んできたのでお嬢様が寮に入ると、私は木刀で素振りをするために世界樹の周辺にある公園に向かった。
都会で日が沈む夕暮れの公園というのは女子中学生が向かうところではないが、ここは学生の街。
もちろん大学生や高校生、はたまた中学生でも変な考えを持つ者はいるが、私はこれでも剣道部最強の実力を持つ。
古さんや龍宮ほどの実力者でなければ負ける気はない。
ジャージ姿に着替えて、私は体をほぐすために軽く走りながら公園に向かった。
寮で同室である龍宮には既に周知の事実。
気軽に留守にできる家というのは良い物だ。
そう思っていると、私は公園に辿りつく。
いつも通り夕凪を地面に置き、素振りを始めようとする。
だが、一振りした瞬間、念話が私の頭に飛び込んできた。
『桜咲刹那君かい?』
「は……その声はガンドルフィーニ先生、ですか?」
私は魔法生徒ではあるが、西洋魔法のことには疎い……というか興味がないので、担任である高畑先生以外の魔法先生のことはよく知らない。
だが、この声はガンドルフィーニ先生のものに間違いはなかった。
しかし、どうして特に接点もない私に念話を掻けて来るんだろうか。

異常事態か?

『そうだ。実は情けない事に、君のいる周囲でアクセラレータを見失ってしまったんだ』
「!」
私の考えを読んだかのようにガンドルフィーニ先生が言った。
アクセラレータ……例の白髪の青年だ。
『世界樹の方にいたのはわかっているんだが……私の部下が周辺を捜索するから、君は世界樹の上の方を頼みたい。いいかい?』
「はい、わかりました」
夕凪を持ち、全速力で世界樹の方に向かった。
ものの数秒で辿りつくが、辺りの気配を捜索しても確かに見つからない。

ここにはいないのか。

得体の知れない彼の事だから、もしかしたらどこかに隠れて私達を狙い撃つつもりなのだろうか。
彼の使う風の無詠唱魔法のようなものなら捕縛する事も容易だろう。

変な気配があったら夕凪で叩き切ってやる。

私はその決意を固めながら、抜身の夕凪をもち、上に目をやった。
この巨大な世界樹の中を探すのは骨が折れるが……その内見つかるだろう。
ネコとなんとかは高い所が好きというから、とりあえず一番上まで行ってみて、そこから虱潰しに探そう。
カヒュ!と風を切って私はそこから飛びあがる。
気で強化された私の体は古さんのそれを遥かに凌ぐ。
長瀬さんには流石に負けるが。
なにしろ、あれは生粋の忍者だ。
本人は否定しているが、全然忍んでないしモロわかりだ。
……関係ない話になってしまった。

とにかく、今はアクセラレータの捜索だ。

緊張で汗ばむ手をグッと握り締め、辺りを警戒する。
アクセラレータは正体不明の風の魔法を使う。
それも、かなり強力な。
それにまだ鬼の一撃をまともに受けて無事だった原理もよくわかっていないらしい。
彼の記憶がないからのようだが、本当なのだろうか。
かなり胡散臭い。
彼の態度や見た目は言葉使いもそれに拍車をかけている。
鬼と戦ったのは関西呪術協会の敵だと誤認させて、本当は世界樹やこのかお嬢様の情報を探りに来た間諜なのかもしれない。
それがすんなり通るほど麻帆良も甘くはないが。
学園長が許しても、私は許さないからだ。
決意を固めつつ、私は更に先を急いでいると……。

止まった。

気配が感じられたからだ。
世界樹の、頂上。
天辺に一般人ほどの小さな気配が感じられる。
だが、ただの一般人がそこまで登れるはずがない。
魔力も気も一般人並みの者でここまで登れる者。

アクセラレータだ。

一体何をやっているのだろうか。
私は好奇心にかられ、彼の動きを観察する事にした。
もちろん、よからぬことをやっていれば即座に拘束できるように夕凪を握り締めながら。
見てみると、どうやら彼は手ごろな枝の上で幹を背にして空を見上げているようだ。
不可解な行動だが、何をしているのだろうか。
私は更に近づく。
近づく。
近づく。
「……綺麗だ」
は!?
不意打ちだったが故に、私は思わず動揺してしまった。
き、き、綺麗!?
わ、私が!?
いやいやいや、ありえないありえない。
何を自惚れてるんだ、そそそ、そんなわけないだろう。
その動揺が命取りになり、私は木の葉をがさりと鳴らしてしまった。
「誰だ?」
心臓が止まるかと思った。






SIDE 一方通行

心臓が止まったかと思った。
まさか、斜め後ろ十メートルそこそこの位置に刹那がいるとは思わなかった。
いつの間に接近されたのか、全く見当がつかない。
気配とか消されたらここまで近づく事ができるというわけか。

今度、誰かに教えてもらおうかな。

そんな事を思いながら、俺は刹那を一瞥して前を向いた。
「テメェか。何か用か?」
内心のビビりを押し隠しているが、一方通行の体は豪胆だった。
余裕や見栄を張るときの仕草が普通過ぎる。
刹那は俺の余裕の仕草に何か感じたのか、それとも舐められているとでも思ったのか多少硬い声で聞いてきた。
「あなたこそ、何をしてるんですか?監視を振りきって世界樹の中に消えたと聞いて、探しに来たんです」
「あァ、そりゃあ悪かった」
監視はウザかったが、それにより刹那に迷惑がかかってしまったのは申し訳なかった。
しかしあの程度の速度、タカミチや刹那とか楓とかならすぐに出せると思うのだが……それを追って来れない人間が監視についてどうするんだ。

監視は監視するからこそ監視なのだ。

できないのなら、それはただの役立たずだ。
こうやって生徒にも迷惑かけるんだしな。
俺の事は棚に上げながら、俺はえらそうに心の中でそう思った。
「こっち来いよ。いいモンが見れるぜ」
俺が手招きしても、刹那は最初動く気配を見せなかった。
ま、当然か。
俺は正体不明の魔法使いという位置付けなんだし、警戒されてて当然だ。
少し寂しい気持ちになっていると、刹那がそろそろとこちらに動いて来ていた。
ゆっくり動いて辺りを警戒しながらこちらに向かってきている様子。

別に警戒するならこっちに来なくてもいいんだが。

たっぷり三十秒くらい経ってから、十メートルの距離を刹那はほぼ一メートル前後までに縮めた。
「いいものとはなんですか?」
「あっちだ」
俺が葉と葉の隙間を指差すと、そこからは地平線の彼方に沈む真っ赤な夕日が見えていた。
既に半分沈んでいるが、この光景が誰もが簡単に想像する『夕日』だろう。
ゆらゆらと山の境界線を陽炎のようにゆらめかせ、目に見える速度でゆっくりと沈んでいく。

実に美しい光景だ。

夜桜を一人で眺めながら静かに酒を飲むのが密かな夢である俺にとって、こういう感性は必然らしい。
そういえば最後にこんな高いところで夕日を眺めたのは小学校の時に東京タワーの展望台に上ったとき以来だったか。
学生の街であるから、暗くなりつつある現在の時刻はそれほど街はうるさくない。
無音、とはいえないが、それなりに静かな場所で夕日を眺めるというのは俺の感性に深く響く物だった。
大自然の儚さ、偉大さを象徴している……といったら言い過ぎか。
だが、俺はそう思える。
ロマンチストだろうと何とでも言え。
この光景を美しく思わないのは感性がイカれているとしか思えない。
俺の感性がまともなのかどうかは定かではないのだが。
そんな事を思っているうちに、夕日は沈んでしまった。
目の中に残る夕日の残滓を脳内に焼きつけていると、隣にいる刹那が尋ねてきた。
「これを見るために、わざわざここに?」
「悪ィか?」
「監視を振り切った事は悪い事です」
「……違ェねェな」
俺は軽くため息をつくと、じっと夕日の赤みを眺めた。
刹那に怒られてしまったが、必要経費として諦めよう。
それにしても、どうしてわざわざ刹那なのか。
監視を振り切った事は知っているそうだから……もしかして刹那が監視だったのか?

このかはどうした?

「オイ、テメェが俺の監視って訳じゃねェよな?」
「違います。私は近くで素振りをしていたところを協力要請が入ってあなたを探しに来たまでです」
「律儀だな。与えられた役割でもねェのに?」
「麻帆良に協力することになっていますから。頼まれれば断れません」
「生真面目なこった」
やがて赤みがなくなると、俺はベクトルを操作してはね起きた。
日常的にこれを使うと癖になりそうだ。

楽だし。

刹那は俺を見て目を見開いている。
まあ、足を伸ばして座っていたのにケツが跳ねあがって立ち上がったように見えるからな。
不自然といえば不自然だろう。
「さて、俺も帰って飯にすっかァ」
「……本当に夕日を見に来ただけだったんですね」
「他にナンだと思ってたンだよ」
俺はまだ疑っている刹那にため息をつきながら、そこからバッと飛び降りた。
「なっ!?」
刹那が驚いている。
無理も無い。
魔力も気も使えない一般人並みの力しか持たない俺がこんな高さから飛び降りたらどうなるか、わからない彼女ではないからだ。
だが俺はことごとく常識を覆す。

風を操作する。

下から見える太い枝を避けるように、横に風を吹き出してブースト代わりにする。
もちろん肌に当たる葉は全て反射。
太い枝をいくつか避けると、ものの数秒で密林のような空域を抜けた。
そのまま、一秒と経たずに地面に着地する……のではなく、下へ風を爆風のようにして吹き降ろし、俺の体を一瞬浮き上げる。
そして、着地。
そのまま俺が歩き去ろうとすると、遅れて刹那が木から飛び出してきた。
俺の横に着地する。
「い、いきなり飛び降りないでください!びっくりするじゃないですか!」
「あァ?俺からすれば鬼が出て来た時の方がよっぽどびっくりしたがな」
「そう言う問題じゃありません!しかもなんで傷一つなく無事なんですか!?」
「そりゃァなンかこう……壁みてェなのを張ってだな」
「なんで感覚的にそんな事ができるのか謎過ぎるんですが!?」
彼女達魔法使いや神鳴流剣士などといった存在からすれば、魔力も気も使わないのに魔法のような現象を起こす俺は異常な存在なのだろう。
まあ、超能力者も能力を使いすぎると疲労するから、精神力でも使ってんのかな?
あれ?
そうなると俺も魔力を使ってるんじゃないのか?
精神力は魔力ってネギまでも説明されてなかったっけ?
……まあ、いいや。
別に能力を無限に使えるわけじゃないって覚えておけばそれでいい。
俺には他人とは別の魔力があるっていうことだ。
その方が認識が楽で済む。
俺はギャーギャー喚く刹那の声を反射で遮断し、手をひらひらと振ってその場から立ち去っていった。






SIDE 桜咲刹那

しまった、と思ったが既に遅い。
アクセラレータはこちらに気付いて顔を向けていた。
その赤い目の中には密かな動揺が覗えたが、すぐにそれも覆い隠され、いつも通りどこか尊大な口調で告げる。
「テメェか。何か用か?」
なんだかそれが威圧感を持っている気がして、私はその場から動けなかった。
エヴァンジェリンさんの尊大な口調とは違う……あっちの口調が形式的な物だとしたらこっちは実践的なものだ。

……やはりよく説明しきれない。

こちらの方が重みがある、と言ったほうが良いのだろう。
その重みに負けないように、私は緊張で声を硬くしながら言った。
「あなたこそ、何をしてるんですか?監視を振りきって世界樹の中に消えたと聞いて、探しに来たんです」
「あァ、そりゃあ悪かった」
拍子抜けした。
前々から思っていたが、アクセラレータという男は非常に思考が本人の纏っている空気とはそぐわない。
こうやって素直に謝ってくるのが良い例だ。
だからこちらはペースが乱される。
まさかそれを狙っていないだろうな、と思うが。
「こっち来いよ。いいモンが見れるぜ」
アクセラレータは手招きをした。
彼は得体のしれない風の魔法を使うので、まさか罠に誘っているのかと勘ぐってしまった。
緊張を最大限にし、暫く様子を覗うが……彼はこれ以上行動する気はないらしい。
ずっとこちらを気配でうかがっていたようだが……やがて彼は別の方向に興味を向けたようだった。
何故か気の幹からはみ出している彼の半身がやけに寂しそうに見えた。
あのドアが閉まる時に一瞬見えた哀愁を漂わせた背中は嘘ではなかったのだ。
しかし、彼ほどの人物がどうして寂しさを覚えるのだろう。
俺に近づくな、みたいな雰囲気を纏っているから話しかけられないのだろうに。
もしかして気付いていないのだろうか。

流石にそれはないと思うが。

私は彼が私に対して興味を失ったと判断し、そろそろと罠を警戒しながら彼に近づいた。
彼とは一メートルほどの距離に来ると、彼に尋ねる。
「いいものとはなんですか?」
「あっちだ」
彼が葉と葉の隙間を指差すと、そこからは地平線の彼方に沈む真っ赤な夕日が見えていた。
既に半分沈んでいるが……何故だろう。
夕暮れの空に浮かぶ夕日よりも、地平線に落ちこんでいる夕日の方が夕日っぽく見える。
ゆらゆらと山の境界線を陽炎のようにゆらめかせ、目に見える速度でゆっくりと沈んでいく。
さきほどの『綺麗だ』という言葉はこれを見ていて言っていたのか。
まったく、私は何を勘違いしていたんだか。
警戒をある程度までといて、私は彼と同じく夕日をじっと見つめる。
暖かい陽射しが私の肌をジリジリと照りつける。
肌寒い季節なので、これくらいが丁度良い。

しかし、見事な夕日だ。

この辺りには同じ高さの建物が多いから、地平線に沈む夕日なんてくっきりと見えることはないだろう。
私も、これほど見事な夕日を見るのは初めてだった。
横目で彼を見た。
彼はじっと、変わらずに夕日を眺めている。
記憶喪失だと言っていたが、夕日に何か感じるものがあるのだろうか。
早く思い出して欲しい、と思う。
そうすれば彼が敵か味方かはっきりするというのに。
そんな事を思っているうちに夕日は沈んでしまった。
私はどこか残念そうにしている彼に尋ねる。
「これを見るために、わざわざここに?」
「悪ィか?」
開き直るな。
「監視を振り切った事は悪い事です」
「……違ェねェな」
認めた?
……素直なんだか素直じゃないんだか、はっきりしてくれ。
対応に困る。
ため息をついていると言う事は、悪い事をしたと反省しているのだろうか。

ますますわからない。

混乱していると、彼は思いついたかのように私に聞いてきた。
「オイ、テメェが俺の監視って訳じゃねェよな?」
「違います。私は近くで素振りをしていたところを協力要請が入ってあなたを探しに来たまでです」
「律儀だな。与えられた役割でもねェのに?」
「麻帆良に協力することになっていますから。頼まれれば断れません」
「生真面目なこった」
と言われても、しょうがない。
私のような禁忌の存在は魔法使いや、同じ異端の種族にも忌み嫌われる存在である。
そんな私を一般生徒としてここに置いてくれている学園長には本当に感謝しているし、麻帆良の空気も嫌いではない。
彼等の願いなら、できる限り聞いてあげたいのだ。
そんな事で多大な恩を返せるとは思っていないが……。
こう思うのは私が生真面目なのだからだろうが、生まれつきだ。

しょうがない。

やがて空に赤みがなくなると、彼ははね起きた。
……馬鹿な。
なんだ今のは?
足を伸ばして座っていたのに、下から跳ね上げられるようにして立ちあがったのだ。
物理的に……いや、常識的に考えて不可能だ。
これが彼の能力の一端なのだろうか。
無詠唱だから尚更良くわからない。

……こんな事に魔法を使う自体、おかしいのだが。

そう思っていると、彼は暢気にも間延びした声で言った。
「さて、俺も帰って飯にすっかァ」
「……本当に夕日を見に来ただけだったんですね」
「他にナンだと思ってたンだよ」
不機嫌そうに彼はそう呟くと、いきなり枝から飛び降りた。
「なっ!?」
私は驚愕する。
彼には一切魔力も気も纏っていなかった。
重力に逆らわずに猛スピードで落下していく彼を慌てて追いかける。
すると、彼は太い枝にぶつかりそうになると空中で横にすべるようにして回避しているのがわかった。
はっきり言おう。

出鱈目だ。

しょーもないことばっかりに魔法のような能力を使う。
マギステル・マギとやらを目指す魔法使いからすれば考えられないことだ。
私は遅れて世界樹から飛び出すと、彼の隣に着地した。
私は思ったより動揺していたらしい。
思わず彼に詰め寄った。
「い、いきなり飛び降りないでください!びっくりするじゃないですか!」
「あァ?俺からすれば鬼が出て来た時の方がよっぽどびっくりしたがな」
「そう言う問題じゃありません!しかもなんで傷一つなく無事なんですか!?」
「そりゃァなンかこう……壁みてェなのを張ってだな」
「なんで感覚的にそんな事ができるのか謎過ぎるんですが!?」
本当に理解できない。
前に鬼と戦闘していた時も『ぐるっ』とかいうふざけた表現をしていたが……彼の能力は非常に感覚的なものなのだろうか。
魔法や私達神鳴流剣士も呪文や技名を唱える事で一種の自己暗示をかけ、特定の技を繰り出すことができる。
無詠唱魔法は自己暗示をかけなくてもできる簡単な魔法しかできないらしい。

よく知らないが。

私が一通り不満を吐き出していると、彼はまるで私の言葉が聞こえていないかのように背中を向けると、ひらひらと片手を振って立ち去ろうとした。
「ま、待ちなさい!」
しかし、彼は止まらなかった。
そのまま広場の方に消えていく彼を見送って、私はため息をついた。
「……あんな訳がわからない人なんて、初めてだ」
訳がわからないといえば学園長の頭だが、それよりも遥かにややこしくてわかりづらい人格を持っているようだった。
本音が分かりづらいのか、それとも他人に興味がないのか。

まったく、いろんな意味で厄介な人だ。

私は疲れてため息をつくと、今日の鍛練はサボることにして、念話でガンドルフィーニ先生に報告を行う事にした。






~あとがき~

見づらいかもしれませんが、一つの場面でアクセラレータと刹那の心情をそれぞれ描写してみました。
二つに分ける方が二人の気持ちが良く描写できると考えたからです。
混乱しないように注意してください。



[21322] 第5話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/24 09:29
SIDE 高音・D・グッドマン

今現在の時刻は午後十時二十二分。
私とガンドルフィーニ先生、そして愛衣は、いつも通りチームを組んで麻帆良に侵入しようとする悪党を蹴散らすために巡廻を行っていた。

それにしても、肌寒くなると夜回りもキツくなる。

隣の愛衣なんてセーターの上に更にジャンパーを着込んでいる。
更に貼るカイロまで服の中にしこんであったかそうな顔をしていた。
くっ……私も見栄を張らないで貼れば良かった。
ちょっとガンドルフィーニ先生も羨ましそうな顔をしていた。
色々と外国に飛んでいるガンドルフィーニ先生は寒さに強いと思っていたのだが……。
やはり、日本の気候に慣れてしまったのだろうか。
その適応能力は各地を飛び回る魔法使い故だと思うが、適応し過ぎて寒さに弱くなるのはどうかと思う。

まあ、飛びまわっていない私がそんな偉そうなことを言うのもおかしいんですけど。

それはともかく、今日の巡廻は一味違うものになるとの事。
昨日森の中で鬼と交戦している所を見つかった謎の人物、アクセラレータとかいう奴が同行するらしい。

彼は危険過ぎる。

ガンドルフィーニ先生も言っていたが、彼の纏うオーラのような物が尋常ではないらしい。
ある程度の実力者になれば雰囲気とか気配とかで相手の実力をかなり正確に測れるようになるのだが、実戦経験が少ない私や愛衣はそんなことはできない。
せいぜい、強いと弱いと判別できるほど。
しかも、大方見た目に頼って。
この辺りは外に出て実戦経験を積むしかないのですが……そんな私でも、彼の雰囲気や殺気には度肝を抜かれました。
あれが戦場の殺気……本気の殺気と言う奴なのだと、初めて知った。
鬼や悪魔が向けて来るのも確かに殺気。
だがそれは強引に術者に制御されているがゆえに、しょうがなくとか、戦いが楽しいからとかそういう理由で向けてくる事が多かった。

しかし彼の殺気は違う。

あれは『殺す』という一念をそのままぶつけてきていた。
それも、あれは学園長に向けられていたもので、私への殺気はその余波に過ぎない。
それでも、私は思わず影に攻撃命令を出しそうになった。
腕を掴んでプルプル震える愛衣の存在がなければ、私は取り返しのつかない事をしていたかもしれない。
彼女が頭をブンブンと横に振っていたから踏みとどまることができたのだ。

私は良い相棒を持ったと思う。

まだ少し手がかかるが。

それにしても、あの殺気をまともに受けて椅子から動かない学園長の肝の強さにも驚いた。
いつもおどけているから麻帆良最強の魔法使いがどれほどの実力なのか想像もできなかったが、やはり今の私には遠く及ばないような実力者なのだと思う。
素直に、あの時は尊敬したものだ。
それもあの時だけだった。
アクセラレータと今夜一緒に仕事をしろ、と言うのだ。
本当に何を考えているんだか、あの学園長は。
学園長に対しての評価が急降下した瞬間だった。
ガンドルフィーニ先生、私、愛衣は集合場所に十分前には必ず来るようにしている。
自分でも少し早いとは思うが、これは魔法使いとしてうんぬんではなくマナーの問題でもある。
待ち合わせ時間に遅れるなどもっての外だ。

それにしても寒い。

「ねえ、愛衣。ジャンパー貸してくれない?」
「えへへー、嫌です。むふふー」
ぽふぽふとジャンパーの温かそうな胸元を叩いている愛衣が羨ましくて、ちょっと恨んだ。

まあ、叩かれているそこは平原だが。

私達はその場で五分ほど待っていると、ようやく街灯に照らされる暗い夜道を歩いて来る白い影が目に入った。
彼のような粗暴そうな人物がきっちりと時間を守るのは意外だった。
「時間をきっちり守るとは、意外と律儀なんだな、君は」
「うるせェよ、ガンドルフィーニ。……にしても、テメェ等と組むとはな。まァ、あそこにいたからそれなりの実力者とは思ってたンだが」
アクセラレータがこちらを見る。
思わず体が強張るが、こちらを見る目つきには敵意や殺気が全くなかった。
あるのはピリッとしたような緊張感だけ。

あれ、こんな人だったかしら。

案外話し方が粗暴なだけの普通の人のように感じられた。
アクセラレータは私を見た後に愛衣を見ると、鼻を鳴らした。
「ハッ、ンな顔しなくても何もしねェよ」
愛衣を見下ろすと、彼女はまだまだ警戒した……というよりは怯えた目でアクセラレータを見ていた。

無理もない。

度胸はそれなりにあると自負している私が体を強張らせたのだ。
ビビりの愛衣はアクセラレータのような人物とはまったく初対面でもあるし、元々人見知りもするのだから、怯えるのも当然だ。
私が愛衣をかばうように前に出ると、アクセラレータは興味をなくしたように視線を愛衣から逸らし、ガンドルフィーニ先生を見やった。
「俺ァよくわかんねェからテメェ等についていく。先導してくれ」
「ああ、わかった。高音君、佐倉君、行くぞ」
私達が歩き出すと、アクセラレータが後ろからついて来る。
彼に背後を任せるのは非常に落ちつかないのだが、彼の手前、そんな本音が言えるわけもない。
どこか気まずい雰囲気で沈黙したまま歩いていくと、突然アクセラレータが口を開いた。
「オイ、お前。高音とか言ったか」
「……高音・D・グッドマンですわ。なにか?」
いきなりお前とはなんだと思ったが、こちらは自己紹介をしていないのだ。
咎めるのもなんだか違うと思い、ムカッときた感情を心の奥に押し込めて答えた。
アクセラレータは怪訝な表情をして私を見る。
「寒ィのか?やけに震えてンじゃねェか」
そんなに震えていたのだろうか。
愛衣に目線で訪ねてみると、彼女はコクコク頷いていた。
震えていたのかどうかはともかく、寒いのは事実だ。

私は正直に頷いた。

すると、そんな私の頭に何かがバサリとかかった。
思わず手にとって見ると、それはアクセラレータが着ていた黒い大きめのコートだった。
「使え」
後ろを振り向く。
そこには昨日の格好……つまり、白を基調にした薄手の長袖に長ズボンをはいたアクセラレータの姿があった。
真っ白な彼の色のせいかもしれないが、どう見ても寒い格好だ。
私はアクセラレータにコートをつき返した。
「私だけ暖かくなって、あなたが寒くなるのはよくありません。お返しします」
「テメェが震えてるとコッチも寒くなンだよ。さっさと着ろ」
それを拒否し、彼はズボンの中に手を突っ込んだ。

どうあっても受け取らないつもりらしい。

基本白一色の彼の格好は……彼の言葉ではないが、見てるこっちが寒くなる格好だ。
親切心としてなのか自分の寒さを抑えるためなのかはわからないが……こういう申し出の無下に断るのもいけないと思う事にし、私はそれを着ることにした。
さっき断っておいてなんだが、暖かい。

受けとって良かった、と素直に思った。

「ありがとうございます」
「……帰るときには返せよ」
つまりは彼と別れるまでずっと着ていて良いといわれ、私は頷いた。
なんだか、合流してたった一分のやりとりで随分と彼の印象が変わった。

見た目は怖い。

髪を白に染めている生徒もいるにはいるが、目も赤い生粋のアルビノのせいでもあるだろう。
纏っている雰囲気も、三白眼も怖い要素だ。
だが、喋っている口調とは裏腹になんだかとても優しい物を感じることができた。
「……ンだよ」
何時の間にか彼を見ていたらしく、彼は不機嫌そうな声でジロリとこちらを見た。
普通ならビビるその視線も照れ隠しの裏返しかと思えば、あまり怖くなかった。
「いえ、なんでもありません」
第一印象って大事なのね、と思いながら、私はガンドルフィーニ先生の後についていった。






SIDE ガンドルフィーニ

意外だった。
彼に後ろを任せたのは、ここで攻撃して来る事があれば敵として排除するためだったのだが、まさか高音君にコートを着せると言う紳士行為をやってのけるとは。

悪いが、似合わない。

だが、彼の印象を大きく変えることができた。
もちろんまだ警戒は解いていない。
むしろ、あれがカモフラージュではないかという疑惑も沸いてきている。
仲間の信頼を得ている人物が裏切ると、精神的ダメージも与える事ができるからだ。
彼なら平然とやってのけるだろう……と思っていたのだが、どうもさっきの紳士行為が演技なのか心からの親切なのか判断がつかないのだ。
まだ会って一日、実際に彼を視界に収めているのは一時間にも満たないというのに、警戒し過ぎるのは浅はかだったか。
まあ、それでも警戒を怠る事はないが。
私はアクセラレータに向けていた警戒を多少外に向ける。
たいてい結界を破って入って来るのは関西呪術協会の陰陽師が扱う鬼達や、我々麻帆良の魔法使いに良い気持ちを持たない西洋魔術師が召喚した悪魔や邪精霊達だ。
これらはまだ良い。
探知ができるからだ。
だが、極稀に麻帆良の敷地内に妖怪が姿を現す事がある。
一昔前にはぬらりひょんも現れたとか。

学園長と見間違えたのでは―――げふんげふん。

過去最強の敷地内で確認された妖怪は鵺の一種。
複数の生物を融合させた姿を持っている強力な雷獣だ。
この前の世界樹の大発光の時期に現れたらしく、学園長も鎮圧に出たとか。
次が確か、巨大ながしゃどくろだったか。
それは私も参加していたのだが、何よりも戦闘後の隠蔽に苦労した。
何しろ森の木々など優に越す巨躯なのだ、葛葉先生も神鳴流の決戦奥義を使うし、神多羅木先生も雷の暴風を撃つしで大変だったのだ。
その翌日は瀬流彦君をつき合わせて飲んでしまった。
あまり強くないのに。

……愚痴はともかく。

そんな妖怪達を早期発見するのも、我々広域指導員の役割でもあるのだ。
今の所一般人に被害がでたことはないが、食われでもしたら大変なことになるからだ。

と、そんな事を思っていると携帯がなった。

とある古い日本のアニメの音楽を着メロにしている。
妻も私のその趣味はよくわからないと賛成の意を示してくれない。
北斗百○拳はカッコ良いと思うのだが。
娘も幼い頃は喜んでくれたのだが、今ではその趣味については距離を取られているのが実情だ。
明石教授はわかってくれるのだが……非常に寂しい。
電話に出ると、学園長の声がした。
『ガンドルフィーニ君かの?S12地区で陰陽師の襲撃が始まったそうじゃ。数は四十前後。すぐに鎮圧に向かってくれ』
「はい、わかりました」
ちなみに、学園長は宇宙戦艦ヤ○トを始めとしたSFアニメには目がなかったりする。

この数字と英語をあわせた地区指定も完全な趣味らしい。

私達としては昔は西の方とか東の方とかアバウトな指示だったから、案外役にたってはいるのだが。
「どうしたのですか?」
「陰陽師の襲撃だ。すぐに鎮圧に向かおう」
私の言葉に高音君と佐倉君の顔が引き締まった。
だが、どうにも後ろのアクセラレータの顔が締まらない。
というか、いつも通りだ。
緊張感のない……いや、彼の場合はいつも緊張しているのか?

どうにもそんな風には見えないのだが。

兎にも角にも、私達は鎮圧のために森の中へ向かった。
慣れている私達ならともかく、アクセラレータがついて来れるのかと思ったが、それは杞憂に終わった。
涼しい顔で木々を避けて余裕でついて来る彼を見て、運動能力はさほど悪くないのだと思った。
どう見てもまともに筋肉がついているとは思えないのだが。
これも風の力と言う奴なのだろうか。

全く出鱈目だ。

「もうじき目的地に到着する。準備はいいな?」
「「はい」」
「あァ」
真面目な声にダルげな声が混じる。
それに文句を言う前に、目の前に鬼の気配が出現した。

数は六。

私は正面にいる鬼に銃を撃った。
……弾き返したか。
やるな。
私が突っ込むと、後方から高音君の影の使い魔が飛来して来る。
彼女の技は大多数を相手にするとき、とても有効だ。
有効なのだが……。
今回は少し相性が悪かったようだ。
この鬼、質が良い。

「なんやこんなひょろいのは!?まともな奴はおらんのか!?」

そう言いながら棍棒を振りまわし、高音君の影達を紙のようにふっ飛ばしていく鬼達。
最近では影達でも鬼や悪魔達に十分通用していたから、それは彼女にとっての油断となった。
彼女は一旦動揺すると動揺が収まるまで戦闘力がかなり落ちるという欠点があるのだ。
何故かこの欠点は昔から変わらない。
慌てて『黒衣の夜想曲』を展開しようとするが、その前に高音君にクナイが飛来する。

―――避けきれない!?

背中に冷たい物が走った気がして、私は銃を向けて迎撃しようとするが、数は八つ。
多すぎる。
愛衣君が唱えていた魔法の射手を迎撃に出そうとするが、その前にせまっていたクナイを爆風が吹き飛ばした。

「締まらねェ戦いしてンじゃねェよ。出し惜しみってなァ格下相手にやるもンだぜ?」

アクセラレータだった。
私は目の前の鬼の棍棒を裂け、頭に銃弾を叩きこんでいると、その横を白い疾風がつき抜けていく。

速い。

空間に解けるように消えていく鬼の背後で、肉を打つ鈍い音とと鬼のうめき声が同時に聞こえた。
「まとめてぶっ飛ばしてやンよ」
その声に、私は高音君と佐倉君に後退命令を出す。
彼の言葉を証明するように、風が彼の周りに収束を始めたからだ。
普段なら後退命令を渋々ながら聞く二人もアクセラレータがいることで不吉な何かを感じたのか、そのまま後退する。

数秒後、ギュゴッ!!という空気が渦巻く音がして、目の前に巨大な竜巻が出現した。

その回転数は凄まじいものになりつつあるらしく、私達が後退していなければ確実に吸い込まれていた規模の物だ。
退避しきれなかった鬼達……いや、おそらくアクセラレータが全員巻きこむような位置に竜巻を出現させたのだろう、鬼達は全て巻きこまれ、体のあちこちを折れ曲がらせながら上空に吹き飛んだ。
地面に叩きつけられて戦闘不能になった鬼達はそれぞれ消えていく。
竜巻によって木などがへし折れた空間の中央に、アクセラレータは立っていた。
破壊され尽くした自然の闇の中、まるでその空間から拒絶されたかのように不自然な白。
あの竜巻の中央にいたはずなのに、砂一つついていない。
風の使い手だとしても異常過ぎる。
おそらく、神多羅木先生もこんな真似はできないだろう。
そう思っていると、彼は私達に向き直った。
「ボサっとしてンじゃねェ。次が来るぞ」
あんな事をしてのけた後に息一つ乱れず、さっきと同じ調子で彼は告げる。
こんなことも、彼にとっては造作もない事なのか。
私は彼の力に恐怖と共に頼もしさを感じながら、迫って来る数十の鬼の気配に向かって突撃した。






SIDE 佐倉愛衣

す、スゴイです……。
私が見た感じ、アクセラレータさんは全く呪文を詠唱していませんでした。
学園長から聞いたとおり、彼は無詠唱の強力な風の力を使うようです。
お姉様も多少は風の魔法を使うことができますけど、アクセラレータさんの使う風に比べればそよ風みたいなものです。
大きな竜巻を起こしたアクセラレータさんは突っ込んでいったガンドルフィーニ先生を援護するように小さな風の砲弾を撃っているようです。
彼が空気を押し出すように手を振るうと、その先にいる鬼達が怯むからです。
気弾に少し似ていますね。

……うう、魔力でも気でもない能力なんて目じゃ確認できません。

能力で見ればアクセラレータさんは神多羅木先生と同じような感じだと思います。
無詠唱の魔法の実力が段違いですけど。
あ、ちなみに私は後方から魔法の射手で援護しています。
私は肉弾戦なんてできないので、こうやって後方支援するのが一番なのです。
お姉様の最強の操影術、『黒衣の夜想曲』を起動したお姉様はたいてい敵の中に突っ込んで鬼達を吹き飛ばしていくので、これが相性は良い、と思っています。

本音を言うと、今でも怖いんですけど。

ええ、わかってますよ?
魔法世界じゃ本物のドラゴンが出たり、キメラドラゴンに滅ぼされた村なんていくつもあるってお姉様が言ってましたから、外に出る事になったら今とは比べ物にならないほど怖い目にあうことくらいは。
でも、敵の前で怯えてなんかいられません。
私は『黒衣の夜想曲』の鞭で追い込まれた鬼達をまとめて焼き尽くすために詠唱します。
「メイプル・ネイプル・アラモード!ものみな焼き尽くす浄化の炎、破壊の主にして再生の徴よ!」
私が使える中ではかなり強い方の魔法。
最強と言っても過言ではありません。 
雷の暴風?燃える天空?
あんなものと一緒にされては困ります!
「話が手に宿りて敵を食らえ!」
それはともかく、いきます!

「紅き焔!!」

ドカン!!と私の魔法が一箇所に集められた鬼達を包みます。
その爆風と爆炎に飲まれ、四体の鬼が消えました。
「いいわよ、愛衣!その調子!」
お姉様からもお褒めの言葉を戴きます。

ちょっと嬉しいです。

ちらっとガンドルフィーニ先生のほうを向いてみると、まあ、なんというか、地味な戦いでした。
派手さを求めるのは戦闘では間違いだと思うのですが……アクセラレータさんが撃ち出した風弾が直撃して怯んだ鬼の首をガンドルフィーニ先生が刎ね飛ばすのを延々と繰り替えしています。
ガンドルフィーニ先生は身体能力もハンパないので、たまに瞬動も使います。
もちろん通常移動速度や攻撃速度もかなり速いです。
接近戦において最強はナイフ、というのを理論ではなく実戦でいくタイプの人ですよね。
速度と威力に特化されたナイフの攻撃は鋭く、速く、怯んだ敵の首を切り落とします。
アクセラレータさんの風弾は不可視でなんの反応もないので、向こうも避けられないようです。
風を肌で感じられる人はなんとか避けられるかもしれませんが、そんな超人は葛葉先生くらいで十分です。
そんなことを思っていると、アクセラレータさんが風弾と平行して近づいてきた敵を吹き飛ばしてました。
こう、掌を突き出した状態なのに横の敵を吹き飛ばしてるんです。
もしかして、あれも風弾?
掌を突き出してるのはもしかしてカモフラージュなんでしょうか?
私は魔法の射手で迫り来る鬼達を倒し、その二つの無詠唱魔法を平行して扱うアクセラレータさんの異常性に呆けていると、

「油断は禁物やで、嬢ちゃん」

「ハッ!?」
お姉様の鞭の渦を抜けてきた巨躯の鬼が私に向かって棍棒を振り上げていました。

―――いつもならこんな失敗なんてしないのに!

慌てて待機状態にしてあった魔法の射手を放ちますが、鬼は振り上げていた棍棒を横薙ぎに振り払って魔法の射手を撃ち落します。
振り払う衝撃波が私に襲いかかってきて、私は吹き飛ばされました。
「きゃあ!?」
「愛衣!?」
お姉様の声も、私の耳には入ってきませんでした。
衝撃波で頭を揺らされたようで、立てません。
呪文詠唱をしようにも時間がありません。
視界の端でお姉様が『黒衣の夜想曲』で鬼達の侵攻を食い止めながら、他の影達を出して私を援護しようとしてくれますが、私の前にいるこの鬼はどうやらリーダークラスの実力者のようで、見てもいないのに後ろを棍棒で振り薙いで吹き飛ばします。
「嬢ちゃん、こっちも命令があるんや、悪く思わんといてな」
振り薙いだ勢いを利用して、さっきよりも更に高く棍棒を振りかぶる鬼。
戦う者として、ここは最後まで敵を睨み付けて果てるのが普通なのかもしれませんが……私は目に涙を溜めて怯える事しかできませんでした。
と、銃声が聞こえました。
鬼がしゃがんでガンドルフィーニ先生の弾丸を避けます。
しかし、しゃがむ勢いのまま棍棒は振り下ろされ、私は棍棒に押し潰されて―――。


ゴォン!!


―――え?
「ったく、ガキのお守りは趣味じゃねェっての」
目を硬く閉じていた私の目の前にいたのは白い影。
アクセラレータさんでした。
葛葉先生の報告にあった通り、鬼の一撃を片手で受けとめて平然としています。
それどころか、鉄でできているはずの棍棒が砕け散っていました。
目の前にいる鬼は踏みこむアクセラレータさんが左腕を薙ぐ事で簡単に吹き飛ばされました。
「なんやとぉおおおぉぉぉ!?」
吹き飛ばされてドップラー効果を出しながら木に叩きつけられる鬼。
それを無視し、アクセラレータさんは砕けた棍棒の破片―――とは言っても大きい石くらいはある鉄塊を掴みます。
「どけェ、高音!!」

そのまま、投擲しました。

まるでそれは、砲弾のようでした。
爆発はしないから鉄鋼弾でしょうか。
しかし、ものすごい勢いで着弾したそれはソニックブームで鬼をまとめて三体くらい吹き飛ばしました。
あれは爆発したと思っても不思議ではないでしょう。
お姉様が避けていなければ同じように衝撃波に巻き込まれていましたけど。
そのトンデモない威力と彼の細い体がどうにも一致しなくて、というよりも事態の推移についていけなくて私が呆然としていると、アクセラレータさんに肩の辺りを蹴られました。
「えうっ!?」
結構痛かったです。
アクセラレータさんは私を見下ろしました。
私も思わずアクセラレータさんを見上げます。
思えば、アクセラレータさんをまともに正面から見たのはこれが初めてでした。
月明かりが色素が抜けたかのような不健康な白髪を輝く銀髪のように照らしています。
いつもは怖いその顔も、今ではどこか優しげに見えました。

カッコいい、と思ってしまいました。

ときめく私の心を無視し、アクセラレータさんは言い放ちます。
「手間かけさせんじゃねェよ。立て。腰が抜けて立てねェのか?」
お姉様が取り逃した鬼を爆風で吹き飛ばしながら、アクセラレータさんは挑発するような言い方で言いました。
ムカッと来ました。
私は立ちあがると、箒を構えます。
「それでいィんだよ」
アクセラレータさんはそう言い残すと、砂煙を残して掻き消えました。

―――瞬動術!?

お姉様を先頭にして、アクセラレータさんはお姉様が取り逃した敵を滅茶苦茶な速度で叩き潰しにかかりました。
私は武術をやってないからわかりませんけど、振るわれる拳はなんだか素人くさい感じがします。
でも、まるで隕石にも匹敵するかのような威力を持っています。
地面を踏みしめるたびに砂煙が上がり、次の瞬間には鬼の懐で拳を突き出し、続けてくるりとその場で回転して踵落としを決めます。
肩の辺りに直撃した踵落としは、鬼の足元に放射状のヒビを入れるくらいの威力でした。

さっきの後衛としての仕事ぶりはどこにいったのでしょう?

その身のこなしや速度は神鳴流剣士の葛葉先生と比べても遜色ないものです。
私は目で追うこともできませんでした。
ガンドルフィーニ先生やお姉様は私と同じように驚愕した面持ちでアクセラレータさんを見ていましたが、思い出したかのように鬼達へ攻撃を開始します。
私も負けてはいられません。
前衛の三人を援護するために、私は魔力を漲らせました。
「……メイプル・ネイプル・アラモード!!」






SIDE 一方通行

一言言わせてもらおう。


俺TUEEEEEEE!!


踏みこみんで殴り飛ばして蹴り降ろすだけでここまでの威力が出るのかよ一方通行!?
古菲のトンデモ身体能力と比べても遜色ない。
もちろん、俺は意識的にベクトル操作をやっているわけではない。
演算とかそんなややこしいのは無意識的に俺のスーパーコンピュータ並みの頭脳がやってくれている。
原作じゃ演算式をちゃんと一方通行は認識していたようだが、俺は認識してもそんなんはわからない。
頭の中に数字の羅列がどんどんどんどん流れていくだけだ。
それよりも大切なのはイメージだ。

前に進む。

それをひたすら意識すると、一瞬で7メートルもの距離を詰める事ができた。

投げて、吹き飛ばす。

それをひたすら意識すると、鉄隗は隕石のような威力の砲弾と化した。
体内電流を加速させ、俺の認知速度を上げる。
筋肉に指令を伝達させる速度を向上させるのだ。
後は殴る、蹴る、殴るの繰り返し。
もちろん反射はできるので、攻撃されても全くの無傷。
自分でも思うが、チート過ぎるだろ。
空間を何とかされる魔法(例えば空間断絶魔法とか空間消滅魔法とか万華鏡写○眼とか)を使われると反射は役にたたないが、鬼達相手ではなんともない。

物理系の攻撃には無敵だ。

よくわからんのがタカミチの居合拳とか雷の暴風や闇の吹雪に代表される魔法だが……炎を跳ね返せるんだから大丈夫だよな?
そう思いながら俺は拳を鬼に向けて振り下ろす。
どうやらこれが最後だったらしく、『ぬかったわぁあああ!!』と消えていく鬼に駄目押しの蹴りを加えて閉めとなった。
俺達は辺りを警戒するが、鬼の大部隊はこれ以上こないようで、ホッと一息つけるようだった。
「オイ、これで終わりか?」
「そうみたいだ。……それにしても、君は肉弾戦も強いんだな。葛葉先生や高畑先生と真正面からやりあえるんじゃないか?」
「さァな」
つまらなそうに俺は言う。
どうも、徐々に口調や対応が一方通行に似てきている気がする。
それでいて行動は俺の意志だ。
だからどうにもツンデレっぽい口調が抜けないのだ。
体に思考が釣られているのだろう。
残虐性のない一方通行か……。

……都合良過ぎね?

「あ、あの……」
「あァ?」
そう思っていると、どこかオドオドした様子の口調で話しかけて来る者がいた。
佐倉愛衣である。
「さっきは、その、危ない所を助けていただいてありがとうございました」
そういえばあまりにも見てられなかったから助けたんだったか。
ヤバい、更に思考が一方通行よりになってきている。

言い訳っぽい感じになってるし、これは完全にツンデレの方向だ。

「あァー、別に気にしなくていい。危ねェ目にあってる味方を助けるのは当然だろ?こっちの頭数減らされりゃァ困ンのは俺だしよォ……だからそンなキラキラした目でコッチ見ンじゃねェ!テメェさっきまでの目つきとかはどォしたンだ!?」
「やはり、こう言う場合は謙虚に言うのがヒーローって奴なんですね!あ、でもアクセラレータさんはどっちかって言うとダークヒーローって感じですよね?色は白ですけど」
「人の話無視すンじゃねェ!何でそンなポジティブに考えられンだよ!?っつーか俺の言葉のどこをどう解釈したらヒーローって結末に辿りつくンだかキチンと説明しろ!!」
「こう、危機に陥っている所を颯爽と助けに来るなんてもうホントヒーローじゃないですか!私そんなヒーローに憧れてたんです!ホントにカッコよかったですよ!私も一生に一度くらいあんな登場の仕方をやってみたいです!」
「高音ェえええええええッ!!この暴走してやがるクソガキをどうにかしろ!!手におえねェ!!」
「い、いえ、私もこんな愛衣は初めて見るので……頑張ってください」
「ガンドルフィーニ、テメェ教師だろ!?生徒くらい制御して見せろ!!」
「Good luck!」
「流暢な英語とクソ爽やかな笑顔で親指立てて喋ってンじゃねェええええええええええッ!!」
キラキラした『そんけーします!』みたいな純真な少女の笑顔と生暖かい二つの視線に挟まれて、俺は生きた心地がしなかった。
この無限地獄から開放されたのは、俺の叫び声を聞いたタカミチが様子を見に来る十分後の事だった。
ちなみに俺は知らないが、この騒ぎの件で俺の警戒度がかなり下がったらしい。
……不名誉な事この上ないが。






おまけ
俺は疲れた体を癒すために自室のバスルームに入ってシャワーを浴びようとした。
キュッ、と蛇口を捻ってシャワーを浴びようとした瞬間、反射で全て跳ね返されてちょっと鬱になった。
反射を切り忘れたのである。
ビシャビシャになった壁を雑巾で拭く一方通行。
シュールな光景にも程があった。






~あとがき~

いつも感想をくださる方、本当にありがとうございます。
深夜まで書いてて結局投稿できなかった第5話をお届けします。
一般人憑依一方通行が初めて鬼と遭遇した時以来の戦闘シーンですが、いかがでしたか?
満足してもらえると嬉しいです。
次の更新は早ければ夜、遅ければ明日になりそうです。
明日の朝はちょっと早いので。
次回の予告をしますと、待ちに待ったあの方が出てきます。
あの方をフルボッコしてしまおうか否か……悩みます。



[21322] 第6話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/22 22:07
SIDE 一方通行

ありがちな表現だが、俺が麻帆良にやってきて……または一方通行の体に転生して一ヶ月という時が過ぎた。
この一ヶ月はいわゆる調整期間のようなものだ、と俺は思っていた。

実際その通りだった。

学園長は俺を麻帆良に慣れさせ、俺を警戒している教員達に俺という存在がどんなのか見極めさせるのが目的だったらしいが、それは見事に成功した。
まず、最初はギスギスしていた魔法先生からの視線がほとんどなくなった。
俺が初仕事の時などに魔法生徒を助けたのが受けが良かったらしい。
それに、俺と愛衣の騒ぎの噂まで流れているらしく、危険な魔法使いから小生意気なガキというようにランクアップだかランクダウンだかわからん評価の変動が起こっていた。

ちなみに、ガンドルフィーニやタカミチとは仲が良くなっていることも大きい。

この二人はかなりの実力者なのでそれに影響される事も大きいのだ。
ガンドルフィーニは初仕事の一件で俺を信頼してくれるようになったらしい。
なんでも、『一緒に戦った戦友は信頼するものだ』という理論らしいが、本当は北○の拳のネタがわかったからというのが本音のようだ。
タカミチは言うまでもなく、とある友人と俺が非常に似ているから付き合いやすい、とのことだ。
まあ、たいてい想像はつくのだが。
この前ピザマンの人とかシャツがだらしない人とかに会ったが、反応は結構友好的だった。
一部、刀子のような警戒心がある人物の受けは悪いようだが、贅沢は言っていられない。
エヴァのような孤軍にはなりたくないのだ。
そういえば俺はまだ幼女吸血鬼と会ってないな。
いずれ出会うと思っていたが、あんなビッグネームとこれまで出会ってないとは……意図的にエヴァと出会わせることを避けているように思える。
確かに、俺とエヴァが出会えばどうなるか俺にもわかる。

どーせ、喧嘩になるだろう。

客観的に見ても主観的に見てもそれは明らかだ。
茶々丸は止めないだろうし。
んでもって決闘でも挑まれたら目も当てられない。
彼女の魔法では俺を倒す事はできないからだ。
『おわるせかい』などといったリョウメンスクナを一撃で倒すような強力な呪文を使えるのは停電の時のみ。
停電の時にできるかどうかも少し怪しいが。
更に、既に二回目の停電は終わっているため、次は春を待たなければならない。
もしかしたら幻想空間なんて場所で戦うかもしれないが。
ちなみに、『おわるせかい』などの放出系の魔法は俺には効かないし、体術なんて物理法則を無視する俺には通用しない。

俺の反射には限度がない。

例え闇の魔法を使われたとしても負けるとは思わない。
結果としてコテンパンに倒すことになるだろうが……面倒だ。
真祖の吸血鬼としての力を発揮しているのならどれだけフルボッコにしても死なないだろうが、万が一死なれてもらっては困る。
ネギを誰が鍛えるんだ。
ご都合主義的なオリキャラが出てくるんじゃないだろうな。

―――まさかクウネルか?

十分にありえるが、ネギが小型クウネルのようになってもらっては困る。
クウネルのようなタイプは俺が絶対に苦手だろうからだ。
舌戦でネギに負けるなど、想像もしたくない。
まあ、そんなエヴァとの戦いはマイナスしか生まないのであわさずにいるだけなのだろう。
やけに取り繕った笑みを浮かべている魔法先生が強引に俺の歩く道を変更した事も何度かあったし。
後変わった事は、高音や愛衣、そして龍宮とある程度仲良くなった事だ。

女性ばかり?

文句言うな。
俺が会う人間なんて魔法関係者でしかもガンドルフィーニ、刀子の管理下にある生徒なんだぞ?
四人しかいねェじゃねェか。
高音は言うまでもなく初任務の時から仲が良い。
ただ、よく自分の正義の理想を語るのはやめて欲しい。
論破する事もできるが、面倒なのでやらない。
そして愛衣だが、彼女はこう、なんというか、やりづらい。
純真で圧倒的な表向きの世界の住人の思考だからだろうか。
アクセラレータもラストオーダーを心の支えにしてたしな。
あんな純真なタイプに弱いのかもしれない。
次に龍宮。
彼女とは以前、俺と刹那を交えて戦い方の討論をした事がある。
その時に意見が一致したので、それから気があってしまったのだ。
麻帆良四天王の龍宮、刹那と知り合っているので、古菲や長瀬楓も時間の問題だと思ってきている。
さて、それでいてどうして刹那と仲良くなっていないのか。

その理由はズバリお嬢様である。

彼女は何よりもまずこのかを重視する。
どうやら俺を悪人とは思っていないようだが、まだ警戒している。
この辺りは刀子に似ている。
一緒に仕事をするときにギスギスしていては空気が悪いので改善しようと思っているが、何しろ一緒にいるのは刀子、刹那、龍宮と来たもんだ。

どないせーっちゅうねん。

三人とも仕事だから、と割り切るところがある為になんとか助かっているが、それぞれ個人の技量が高すぎる上に団体行動に向かない攻撃力を持っているので愛衣のようなイベントが起こる事もない。

……困ったものだ。

とある彗星の台詞を吐きながら、俺は早朝にランニングをしていた。
そう、俺は体を鍛え始めたのである。
なにしろアクセラレータの体は貧弱にも程がある。
せめて素で殴り合ってカミジョー君に勝てるくらいにはなりたい。
そして気を使えるようになりたい。
何故かって?
おま、素で斬岩剣を使って更にベクトル操作してみ?
斬岩剣が決戦奥義並みの威力になるのだ。
もちろんたった一年で斬岩剣を使えるようになるとは思わないが、ある程度気を使えるようになりたいのだ。
そのためにはどーしても刀子か刹那の協力が要るのだが……。

「無理だな」

ぼそりと断言する。
少なくとも、今の状況では。
というわけで、健全な体作りから始めました。
おそらくこの体は十五歳か十六歳。
この頃の体でひょろくてもまだまだ急激に成長する事もある。
肉体的にみれば数ヶ月で常人の体を作り上げる事も可能だ。
大人とガチで殴り合って勝ちたい。

とりあえずはそれを目標に。

ネットで学んだランニング走法でリズミカルに走っていると、後ろから声がかかった。
「おはよーございます」
俊足で横に並んで新聞を手渡して来る。
オッドアイに鈴の飾りをつけたツインテール。

神楽坂明日菜だ。

何故か俺は彼女とも気が会うらしい。
毎朝早朝ランニングをしていたら、お互いの名前も知らずに愚痴やらなんやらを言い会える仲になってしまった。
ちなみに、俺はフードを被って更にバイザーをつけているので素顔を見られたことはない、はず。
容姿に突っ込まれた事はないから。
俺は手渡された新聞を背中のリュックに放りこむ。
「おゥ。いつもより遅ェんじゃねェのか?」
「実は今日ちょっと寝坊しちゃって。おかげでちょっと息が切れちゃってるのよ」
ちなみに俺がナチュラルにタメ口だからか、こいつは最初は敬語だったが次に会った時はタメ口だった。
この馴れ馴れしさは賞賛に値する。

嫌ではないが。

愚痴をいえると言うのは、存外楽なモンだ。
ちなみにガンドルフィーニの格闘漫画オタクっぷりは既にバラしてある。
あれの論議に長々と付き合わされた翌日だったからな。
思いっきり不満をぶちまけてやった。
すると、数日後に例のパパラッチの耳に入ったらしく、ガンドルフィーニの格闘漫画オタクが麻帆良中に発覚した。
ガンドルフィーニは怒るのかと思えば、それの愛好家達に話しかけられ、現在は非常に充実しているとか。

悔しい。

こないだなんて『なあアクセラレータ君!ペガ○ス流星拳と北斗百○拳のどちらが強いか論議してるんだが、君も加わらんかね!?』とハァハァ言いながら迫ってきた。
問答無用で殴り飛ばしてやった。
ちょっとは気分が晴れた。
アスナは昨日珍しくこのかの新作料理が失敗したらしく、どんな料理だったか、味はこんなんだったと事細かに説明してくれていた。
このかは和風だけではなく中華もやるのだと知った。
「俺ァ和洋中のどれがいいかって言われたら洋だな。ボリュームが欲しい」
「そうなの?……前から思ってたんだけど、走り込んでるのって痩せた体を鍛えたいからなの?」
「そォだよ。太るのは御免だが、痩せたまんまってのもやなんだよな。アバラなんて浮き出てンだぜ?」
「うは。そりゃあまずいわね」
鍛え始めて現在二週間目。
ようやく筋肉がつき始めたと実感できた。
毎日続けたかいがあったと思っている。
ちなみにタカミチに筋トレの仕方を教えてもらっているので体を壊したりはしない……はず。
まあ、一方通行がどれだけ肉体に対して惰眠を貪っていたのかわかる二週間だった。
体内電流を操作できる一方通行はその気になれば色々と成長に関して干渉できるっぽいのだが、なんだか筋肉の寿命とかが縮まる気がしてそれはやめることにした。

無意識的にやっているかもしれないが。

そのせいか、俺の筋肉のつき方は常人に比べて速いらしい。
タカミチの指導が良い、といったら笑って照れていた。
そういえばアスナはタカミチに惚れてたな。
今度ブロマイドでも作って売ってやろうか。
「あ、じゃあ私こっちの道だから。さよならー」
「あァ、じゃあな」
手を振ってアスナと別れる。
それから俺は広場に向かい、いろいろと筋トレを行う。
この体、運動は嫌いではないらしく、一人だけで黙々と鍛えていてもそれなりに楽しかった。
まあ、生前の俺が運動が好きだったのもある。
黙々とトレーニングをしていると、辺りが騒がしくなってきた。
もう登校時間か……知らぬ間に二時間近くやっていたようだ。
俺の体もびっしょりと汗で濡れている。
そろそろ帰るか、と思い、俺は立ちあがろうとすると……。
「…………!」
後ろを振り向き、視線を固定してじっと視線の先を凝視する。

教室の屋上。

一番高い給水器の傍。

そこから誰かが俺のことをじっと見ている。
流石の俺も何キロも離れている建物の上にいる人影が誰か判別する事はできないが・・・その人影が小さい事はわかった。
その建物を見て、俺はポツリと呟く。
「……エヴァンジェリンじゃねェだろォな……」
その建物は良く見たことがある女子中等部の校舎だった。
こんな早くから登校する優等生だったか、彼女は?
他に超人的な目をしているのは茶々丸か龍宮くらいしか知らない。
俺はパーカーを着て素顔を隠しながら、そこからランニングモードになって走り去る。
ちらりと校舎の方を見て、もうそこには人影がいないことに気付いた。
まさか、俺の存在を伝えてないとは言わせねェぞ、学園長。






SIDE エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

暇だった、と言うのもある。
たまたま今日は早く起きれた、と言うのもあった。
理由はただそれだけなのだが、今日は私は早めに登校しようと思った。
家にいてもやることなんてないしな。
登校地獄の呪いのおかげでかれこれ十三年も麻帆良に閉じ込められると、登校するのにも違和感はなくなった。

一つ変わった事といえば、最近私の従者になった絡繰茶々丸の存在だ。

麻帆良工学部が作り上げた機械人形らしい。
科学というのはどうもわからんが、ここまで人間に似ている精巧な人形を作ると言うのは素直に感心した。
今日も茶々丸は私の後ろをついて来る。
なかなか世話を焼いてくれるので私としては楽なことこの上ない。
良い買い物をした物だ。
戦闘についてはそれほど問題ない。
茶々丸の製作者の超鈴音と葉加瀬聡美が共同開発したおかげであらかたの武器の使用方法はインプットされており、超の体術をプログラム化したデータを積んでいる。
茶々丸は機械人形だから機械人形独特の戦い方もできるだろうから、そういう体術は後々教えようと思っている。
最初はロケットアームや目から光線なんていう馬鹿げた装備を見たときは呆れた物だが、あれはあれで便利だしな。
私達が教室につくと、通称本屋と呼ばれている宮崎のどか、理屈っぽい話し方をする綾瀬夕映などといった真面目な面々がそれぞれ談笑していた。

くだらん。

私はいつも通りサボタージュすることにし、鞄を机にかけるとそのまま教室から出ていった。
向かうのはいつも通り屋上。
屋上から外を眺めて見ると、まばらに人が学校に登校して来るのが見えた。
いつもは見れない光景だが、私にとっては興味がない事だ。
太陽とは逆の西の空をぼーっと見やっていると、私の視線に妙な物が映った。

あれは、誰だ?

世界樹の近くにあるここから数キロ離れた開けた広場。
そこでひたすら腹筋をしている者がいる。
学校をサボタージュして体を鍛えている筋肉馬鹿かと思うが、どうやらそうではないらしい。
かなり遠い距離にいるが、その目つきは裏の者特有のギラついている目つきだった。
よくよく観察して見ると、奴は気も魔力も一般人並みで、裏の者とはとても思えない。

体つきも貧弱そのもの。

喧嘩に慣れた男子高校生と戦えば負けてしまうほど貧弱だ。
なのに、何なのか、あの目つきは。
あれは何度も死線をくぐり抜けた目だ。
私にはわかる。
正義正義と温い麻帆良の空気を拒絶されたような存在が、私のほかにもいたとはな。

面白い。

特徴はアルビノだったな。
それに、あんな雰囲気を放つ生徒なぞそういない。
ジジイなら何か知っているだろう。
私はそう思って奴を視線から外そうとすると、強引に戻された。

奴が、こちらを見たのだ。

間違いない。
今もじっとこちらを見ている。
そんな馬鹿な。
ただの人間がこの距離で私を確認できるというのか?
視線を合わせていたのはほんの数秒だった。
奴はパーカーを羽織ると頭を覆い隠し、その場から軽やかなランニングスタイルで走り去って行った。
偶然じゃない。
奴は私の視線を感じて、私を見たのだ。
正直に言うと、そんな事ができる奴はジジイかタカミチ、そして龍宮真名くらいしかいないだろう。
それ相応の実力者と言う事か?
魔力や気を必要以上に抑えているという事か?

……くく、尚更面白い。

学校にも通っていないようだから、呼び出させてやる。
私はもはやいつ浮かべたか忘れた凶悪な笑みを顔に貼りつけながら、ジジイの部屋へと向かった。






SIDE 一方通行

来たというか、やっぱりか。
俺が自宅でシャワーを浴び終わった後、携帯電話を確認してみると学園長とタカミチからの着信記録があった。
いつもの長ズボンをはきながら、俺は首と肩で携帯を挟み、学園長に電話をかけた。
今の時刻は八時三十五分。
タカミチはショートホームの時間か、授業中だろうと思ったのだ。
ワンコールですぐに出た。
「なンだよ、学園長。朝っぱらから鬼でも出たか?」
『アクセラレータ君、魔法使いのルールは教えたと思うんじゃが』
律儀に答えやがる学園長。
こっちは冗談のつもりなのにマジに捉える。
律儀だ。
「冗談に決まってンだろ?で、用件は?」
『うむ。いますぐ学園長室に来て欲しいんじゃ。五分くらいでつくじゃろ?』
ほら、呼び出しだ。
ってか、この距離を五分?
いけないことはないが、能力発動してたら一般人のバレると思うんだが。
大方、エヴァに急かされているのだろう。
待つのは得意な吸血鬼の癖して。
「あァ、ダラダラ行くから二十分くらいはかかると思うしヨロシク」
『ふぉ!?いやいや、それはちょっと困―――』
ブチッ。
切ってやった。
せいぜい困れクソジジイ。
俺の朝の安眠を妨害しやがった罰だ。






SIDE 近衛近右衛門

切りおった。
困るのう、今目の前にはマジでうずうずしている吸血幼女がいるんじゃが……。
「おい、今とても失礼な事を考えなかったか?」
「はて、何のことかのう」
とぼけ、ワシは内心でため息をついた。
どうしようどうしようと迷いに迷ったツケがここで来よったか。
早めにカチ合わせてしまうとガンドルフィーニ君達が文句を言うため、一度彼らが沈静化してからアクセラレータ君を紹介しようと思っていたのじゃが、最悪のタイミングでバレてしまった。
彼も彼で不機嫌なようじゃったし、まさかここで殺しあうことはないじゃろうが……困る。
既にタカミチ君という道連れの用意はできておるから、ちょっとは気が楽なんじゃが……気が重いのう。
「で、奴は五分でくるのか?」
「二十分はかかると言っておった……言っておくが、ワシのせいじゃないからの。ワシはちゃんと五分って言ったんじゃ!」
「……く、くくく……そうか、私を二十分も待たせるのか。これは相応な出迎えの仕方をしてやらねばな」
にやぁ、と不吉な笑みを浮かべるエヴァちん。
ワシ、もー知らねっと。






SIDE 一方通行

結果的には十分くらいで校舎にはついた。
ま、流石に二十分っていうのは寄り道に寄り道を重ねないと時間が稼げないので、眠い俺はさっさと用件を終わらせるためにやって来たというわけだ。

それにしても、エヴァはどうするか。

たいていのSSじゃエヴァは転生者にとって安全圏ということは知っている。
最初に生命の危機にさらされるのもたいていエヴァだが。
麻帆良でも1,2を争う実力者であるエヴァと敵対しても百害あって一利なし。
と俺の明晰な頭脳は判断しているのだが、あのエヴァの性格と俺の性格がマッチするとはとてもではないが思えない。
一方通行と俺の性格がいい具合に混ざっているのだが、そのせいで一方通行と俺の欠点も浮き彫りにしているのだ。

まず、一方通行は学園都市最強というプライドがある。

反射は健在。

故に、彼は例え600年も生きている吸血鬼が相手でも馬鹿にされたら間違いなくキレる。
今のエヴァは一般人並みの力しかない。
アクセラレータがキレれば彼女を一瞬にしてひき肉にする事も可能だ。
なにしろ、エヴァを初めとする魔法使いは俺のような魔力も気も使えない一般人を舐めてかかる節がある。
600年も生きてきた最強の魔法使いを自称するエヴァなら尚更だ。

だから、彼女は油断している。

アクセラレータは容赦なくそこを突くだろう。
俺も自制してはいるのだが、どうしてもキレやすくなっているし、性格がアクセラレータに似てきているのも自覚している。
波乱が起きそうだ。
自分で言うのもなんだが。
汗くさいパーカーは洗濯機にぶちこんできたので、今の俺の服は麻帆良にやってきたナチュラルな一方通行スタイルだ。

モノクロが好きらしい。

女子中学校の中を私服で歩く男子高校生というのは非常にアレだが、場合が場合なので仕方がない。
まぁ、何度か入った事はあるのでもう緊張感の欠片もないが。
俺は校舎の中を歩いて行き、学園長室の手前にやって来る。
なんだか扉が禍禍しい気配を醸し出している。
エヴァがいるのは間違いないだろう。
ハァ、とため息をついてから、俺はドアをノックせずに扉を空けた。
「何の用だ、学園長……あァ?」
早速だ。
早速、俺の体が糸により拘束された。
なるほど、武道会で刹那が受けたのはこれか。
確かにまともな力技では脱出できない、か。
「糸……魔法使いならもうちっとファンタジーな拘束の仕方をしろよ」

「悪いが私は魔法は使えなくてな」

俺が声がした方に視線を向けると、そこには腕を組んで仁王立ちしている幼女の姿があった。
なんだか間近で見てみるとそれは子供が背伸びしているようにしか見えないので、思わず吹き出してしまった。
「き、貴様、何がおかしい!」
「いィや、なンでもねェよ。オイ学園長、このクソガキは誰だ?なんで中学校に小学生がいンだよ」
ぬがッ……!?と言葉に詰まるエヴァ。
それを見た学園長と傍にいたタカミチは顔を引きつらせた。

まあ、そりゃそうだろう。

エヴァにまともに初対面でこんな事を言えるのは俺かナギ、ラカン、アルビレオ・イマくらいしかいないだろうからな。
しかし俺もスラスラと良くこんな事が言えるな。
良くも悪くも一方通行の身体に馴染んできた、と言うことか。
学園長はため息をつきつつ言った。
「彼女はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルというこの学校の一年生じゃよ。中学生じゃ」
「もっと言うと、彼女は600年生きている真祖の吸血鬼だ。……エヴァ、そろそろ彼を開放してやってくれないか?彼、そうとう頭に来てると思うんだが……」
「ふん、私を待たせたんだ。これくらい当然だろうが」
おお、流石タカミチ、察しが良い。
実を言うと、今にもこの糸をブチ切って飛び出しそうだ。
俺なら糸が肌に食い込んで来るベクトルを反射して糸を強引に引き千切る事も可能だからな。
さて、俺は当然の疑問をこいつ等にぶつけることにする。
「吸血鬼ィ?なんで吸血鬼が昼間動いてンだよ?っつか、なんで吸血鬼が中学一年生なンだ?」
「彼女は吸血鬼の真祖……つまり始まりの吸血鬼じゃ。ハイデイライトウォーカーと呼ばれる彼女は昼間、太陽の光を浴びても平気なのじゃよ。まあ、夜に比べれば力は劣るがの。後者については色々と事情があるのじゃ」
「色々ねェ……」
登校地獄の呪い、か。
不便なもんだな。
「で、そのエヴァンゲリン・A・K・マクスウェルが何の用だ?」
「ワザとだな貴様!?」
「ワザとだが、それがどうしたンだ?」
開き直ったかのように俺が言うと、エヴァはますます不機嫌そうな顔で俺を睨みつけてきた。
「貴様、今の状況がわかってないのか?その気になれば貴様の首の一本くらい、すぐに刎ねてやれるのだぞ?」
「やれるもンならやってみやがれ、クソガキ。ま、俺を殺したらテメェの末路がどうなるか、わかんねェ筈ねェだろ?」

「……死にたいらしいな」

エヴァの空気が硬化する。
こんなになめられた事は彼女の過去の中でも全くなかったのだろう。
しかも、俺は魔力も気も使えないただの人間(と、エヴァは思っている)。
本気でキレるとは思っていなかったが、かなり頭にきているようだ。
まあ、それと同じくらい俺も頭にきているわけで。

「クソガキが何言っても戯言にしか聞こえねェよ」

キュッ、と糸が狭まってきた。
流石にそこまでするとは思っていなかったのか、学園長とタカミチが目に見えて焦り始める。
短気な上司を持つと部下は苦労するな。
俺もここまでされて大人しくしているタマではないが。
「がッ!?」

ドン!!とエヴァの背後で爆発が起こった。

それは瞬時に凝縮させた空気を解き放ち、爆風を作り出したのだ。
当然、エヴァはこちらを向いているのでこちらに吹き飛ばされる。
俺は反射を使い、エヴァの糸をブチブチと引き千切るとその首を掴み上げた。
「ぐ、がッ……!?」
エヴァは何か喋ろうとしているらしいが、苦しくて何も言えないようだ。
俺はエヴァを睨みつけながら、ハッ、と鼻を鳴らした。
「真祖の吸血鬼だかなンだか知らねェが、自惚れてんじゃねェぞクソガキ。ほれ、謎の吸血鬼パワーでなンとかしてみろよ。それともやっぱり昼間は人間なのか?人間じゃァ俺にも勝てねェのか?あァ?」
「や、やめるんだ、アクセラレータ!」
流石にタカミチが止めに入り、俺の腕を掴むが……その程度では俺の腕を動かす事はできない。
俺は依然としてエヴァの視線を受けとめながら、告げる。
「虚勢張って何が楽しい?威張って何が嬉しい?他人の上に立って喜んでンのか?それでテメェは自己を形成してンのか?」
「…………!!」
「テメェがここで中学生してるのも何か理由があンだろうが、600年も生きてりゃ少しは聡明にもなってるもンじゃねェのか?こんなことして俺を脅して、力で屈服させて従える。でなけりゃ排除すンだったら、テメェはただワガママなクソガキに過ぎねェよ」
エヴァは糸を使って俺の腕を切断しようとしたようだが、その糸は俺の腕を締めつけようとして千切れる。
「600年も生きてきて得た答えが今のテメェか?クソガキとして生きていくのがテメェの道か?テメェみてェな強者なら、それ相応の王道があンだろォがよ。光なら光。闇なら闇。貫きとおせる道は一つしかねェ。交わる事は決してねェ、ってな」
そう言って、俺は腕を振ってタカミチごとエヴァを投げ飛ばす。
タカミチはエヴァを受けとめ、窓に激突した。
うっすらと激突した場所には魔法陣のような物が浮かんでいた。
学園長室は魔法による防弾処理がしてあるようだった。
エヴァは受けとめてくれたタカミチを押しのけて立ちあがる。
彼女は憤怒と困惑をゴチャゴチャに混ぜた顔をしていた。
「貴様に……貴様に私の何がわかる!?」
「テメェも俺と同類だ。だからわかる。闇に生きて、光に出会い、光を守るために闇の底に堕ち、それでもまだ光を諦めきれねェ。そうだろ吸血鬼」
俺はピクリとも笑わずに言った。

「テメェみてェな闇の象徴が光に憧れたことがないたァ言わせねェぞ」

そう言って、俺はエヴァを睨みつけた。
キレている俺が言うのもなんだが、彼女にはキツい言葉だと思う。
エヴァは600年生きてきているが、基本思考は十歳の女の子なのだ。
それでいて彼女は訳もわからぬうちに追われる身となったのだから、流されるままに生きてきた。
次第に彼女は時代に抗う力を失っていったのだ。

何もかもが嫌になって。

闇の中で沈んでいた彼女は、ある時光を見つけた。
それがサウザンドマスターだった。
だが、光は散々自分を照らした後にどこぞに去り、二度と自分を照らす事はなかった。
約束を破り捨てて。
その時彼女は疑心暗鬼になっただろう。
だが、今は持ち直している。
俺が見たところ、彼女は『闇の福音』としてのプライド、そして強さを心の支えにしている。
それが叩き折られたらどうなるか。
まあ、この程度で潰れる女とは思っていないが。

「つまンねェな」

その一言に、エヴァはびくりと震えた。
俺はエヴァから視線を外し、学園長を見やる。
「……学園長、俺ァ放課後にもう一度ここに来るぜ。今のままじゃ、ここにあるモン全部ブッ壊したくなっちまうからな」
それは嘘ではない。
まったくもってイライラする。
やはり、俺とエヴァは会うべきじゃなかった。
闇に染まった似たもの同士が出会うとこうなるのか。
後学のために覚えておこう。
俺はそう思いながら、騒然とする学園長室を出ていった。






~あとがき~

第6話を投稿しました。
エヴァとの出会いは、まあこんな感じです。
どうしてもアクセラレータとエヴァを争わせたくて、こういう展開になりました。
無理矢理感が溢れてますwww
ちなみにアンチエヴァではないのでご安心ください。


皆さまのコメントを見て考えた結果、ネギま板に移動することを決定いたしました。
次回の第7話を投稿した時にネギま板へ移動させます。
これからも応援、よろしくお願いします。



[21322] 第7話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/23 18:00
SIDE 近衛近右衛門

最悪じゃ。
ワシはさきほどの光景を思い出しながら、本気で頭を抱えていた。
冗談やそんな類ではなく、真剣に頭を抱えていた。
隣にはタカミチ君がおる。
エヴァはあの後、どこかに走って出ていってしまった。
エヴァはワシが言った事をあまり本気にしていないと思っていたが、彼の危険性はうまく伝わっていなかったようじゃった。
薄々、本当に薄々じゃが感じてはいた。
彼は実はもう記憶を取り戻しているんじゃないか、というよりも、記憶喪失というのが嘘なのではないだろうか、と。
でなければ、エヴァとの同類発言が噛み合わん。
「……どう思うかね、タカミチ君」
「時期尚早、というよりは相性の問題でしょうね。まさかアクセラレータがあそこまでエヴァを糾弾するとは思いませんでした。たまたま彼の虫の居所が悪いというのも考えられますが、それにしてはあの迫力は異常でした。まるでエヴァの過去を知っているかのようでしたよ」
「うむ。闇と光、か……彼の言わんとしている事はわかるんじゃが、今のエヴァにはキツい言葉じゃのう」
「ええ」
何しろ、光に生きるか闇に生きるか、麻帆良にいてはどちらの道一本にも絞れないのだ。
吸血鬼であることを捨てる事はできない。
かといって、闇に染まる事もできない。

まさにジレンマの地獄。

エヴァがどっちつかずになるのも頷けると言う物じゃ。
「でも、人である以上光か闇の一方に絞るというのは不可能です。陰陽があるからこそ人は人でいられると僕は思っています」
「……アクセラレータ君は自分とエヴァは同類と言っておった。彼もエヴァと同じように迷っているのではないのか?」
「でしょうね。でなければ、彼は彼自身の嫌う偽善者となるわけですから」
ややこしい事になってしまったのう……。
麻帆良での危険人物の二人が情緒不安定になってしまっては先生たちもざわめくじゃろうし。
ガンドルフィーニ君はアクセラレータ君のことがお気に入りのようじゃから心配するじゃろうし。
この場合は無礼な出迎え方をしてアクセラレータ君を煽ったエヴァが謝りに行くのが順当じゃろうが、あのエヴァが謝りに行くかのう?
「まさか殺し合うことはないじゃろうな」

「ありえます」

タカミチ君は即座に断言した。
「どちらもおそらく強烈な闇に揉まれてきた存在です。お互いの主張がこじれ合えば、力でねじ伏せようとする可能性は否めません。それに、エヴァはともかくアクセラレータはまだ力を隠している素振りも見うけられます。もしかしたらこう言う時が来るための予防対策だったのかもしれません」
「対策を取られんための対策、か。頭の回る彼らしい考えじゃの」
もしかして二人が正面激突するのなら、ワシらで周りをフォローするしかないかのう。
できればそんな事にはならんで欲しいのじゃが。
「もしも激突したとして、どちらかがどちらかを殺そうとするのなら、ワシらは全力を持ってそれを阻止せねばならんな」
「はい。もちろんです」
緊急集会を開かねばならんな。
ワシは授業のチャイムが鳴り響くのを待ちながら、麻帆良有力実力者達のピックアップを始めていた。






SIDE ガンドルフィーニ

学園長の真剣な声での呼び出しを食らったときは、何が起こったのだと身構えていたが、私の予想外な自体だったために目を見開いてしまった。

「『闇の福音』とアクセラレータが衝突する可能性がある、ですと!?」

はっきり言って、現在の麻帆良では考えられる最悪の事態だ。
アクセラレータの実力はこの一ヶ月で誰もが知るところとなっている。
見た目にはそぐわないほどの優れた身体能力を持ち、魔力も気も感じない非常に厄介な無詠唱風魔法を使う。
更に、何故か物理攻撃が全く通用しないという鉄壁の防御力を誇っている。
よって、アクセラレータは肉弾戦では最強クラスの実力を持つ。
そして、エヴァンジェリンの実力も、『闇の福音』として恐れられる事からその実力を知らぬ者はいない。
今では弱体化しているが、それでも一対一でなら高畑先生と互角以上に渡り合えるといわれている。
魔法の技術ならば学園長以上といわれている吸血鬼だ。

その二人が真正面から衝突すれば、どうなるか想像がつかない。

そしてこの事態を招いたのが、目の前の学園長だと言うのだ。
ことこういう事に関してはミスを起こさない学園長が、こんな所でしてはならないミスを犯すなど珍しい事だ。
学園長は深々と頭を下げる。
「本当に面目ない。本当ならワシが全て決着をつけるべきなんじゃが……ワシの力だけではあの二人を抑える事はできんのじゃ」
「特に、エヴァは力が戻る満月の時期を狙ってアクセラレータに勝負を挑むでしょう。流石に麻帆良市街では戦闘は行わないでしょうが、あの二人のことです、もしかしたらそれで攻撃を躊躇すると計算に入れて市街地で戦闘を行う可能性もあります」
「賛成です。どちらも効率的でなるべく勝率を高める戦闘をしますから」
私を含め、他の先生たちも刀子先生の言葉に頷く。
エヴァンジェリンの戦いはどうか知らないが、アクセラレータは非常に実戦的な考え方をする。
勝つためならどんな事でもやるというのは、いかにも彼に似合う言葉だ。
「しかし、どうしてそんな事に……?」

エヴァンジェリンとアクセラレータ。

二人はどちらもああ見えてかなり聡明で、初対面でいきなり激突なんて事態は起こり得ないと思うのだ。
すると、学園長は言いにくそうに言う。
「実はどちらも色々と譲らなくてのう……次第に引っ込みがつかんようになったんじゃ」
「どちらが悪いのかというと、どっちも悪いんですが……客観的に見たらエヴァの方が強引でした。あまり言えませんが、僕から言わせれば個人と個人の考え方のぶつかり合いです。こればっかりは本人達で解決するしかありません」
「思想か……厄介だな」
神多羅木先生もぼそりと呟いた。

争いごとにおいて、それぞれの意識の根底にある主軸たる思想の争い事は特に厄介だ。

客観的にどちらが間違っているとは明確に言えないので介入する事もやりづらいのだ。
「君達にはあの二人が戦いあった時、片方を殺そうとしたら止めて欲しいのじゃよ。殺されそうな相手がエヴァであれ、アクセラレータ君であれ」
エヴァンジェリンはあまり救いたくないが……彼女も戦力不足の麻帆良では重要な戦力だ。
失うのは惜しい。
アクセラレータに至っては私の友だ。

見捨てるわけにはいかない。

「もしも二人が戦った場合、被害は全てワシが責任を取る。今回の事の発端は軽率な行動をしたワシに責任があるんじゃ。君達を巻きこむ事になって本当に申し訳ない」
「私は友を守るためにやるだけです」
「流石に私としても喧嘩で街が破壊されるのは勘弁して欲しい所ですね」
「隠蔽工作は明石教授と弐集院に頼むか?」
「あの人達は情報操作がうまいですからね、そうしましょう」
エヴァンジェリンとアクセラレータがぶつかり合うという事は、核弾頭と核弾頭をぶつけるようなものだ。
それが私を含めて全員わかっているのだろう。
誰もが彼等の激突について真剣な顔をしていた。






SIDE 一方通行

俺は世界樹の傍に腰を下ろして寝そべり、目を閉じていた。
放課後になるまでこうしているつもりだ。
流石に少し言い過ぎたかと思うが、エヴァも俺を拘束するのだ。
見ず知らずの人間を拘束して自分には何も危害が来ないと思ってもらっては困る。
ポジティブに、彼女にとっては良い教訓になっただろうと思っておく。

……思っておくだけだ。

それにしても、自分よりも600歳も上の幼女に説教するなんて思ってもみなかった。
だが話してみれば彼女は人間の思考を持つ不老不死の人間としか思えない。

だいたい、人間の定理とはなんだ?

たかが寿命が長寿で魔力が多い人間というのが吸血鬼なら、俺は彼女を人間としか見れない。
一方通行の記憶の中には彼女よりも闇に飲まれている人間が何人もいるから。
「……軽率過ぎたか」
過去の事まで持ち出してしまうとは、俺もよほど頭に血が上ってしまっていたらしい。
これまでに説明してこなかったが、俺の頭の中には一方通行と俺の両方の記憶が存在する。
何の不自由もなく淡々と暮らしてきた俺の記憶。
人間の闇の渦に巻きこまれながら育ってきた一方通行の記憶。
その内、俺の平穏な記憶は薄れつつあり、一方通行の記憶がはっきりしつつある。
やはり平坦な記憶と言う物は忘れやすく、壮絶かつ痛烈な記憶は頭に残りやすいのだろう。
俺は一方通行の記憶を思い起こしながら顔をしかめる。

悲鳴と絶叫。
血肉と臓物。
愉悦と憤怒。
暴走と快楽。
奈落と深淵。

ホント、よく人格を形成して来れたもんだと思う。
俺みたいな弱い普通の人格だったら、とっくに狂っている。
この記憶を覗いても俺が狂わずに平然としていられるのは、俺が一方通行だからなのだろう。
ややこしいが。
「さて……キレちまったのはしょーがねェ。問題はこの後の対応か」

エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。

十歳の見た目にして600年もの年月を生き、600万ドルの元賞金首にして真祖の吸血鬼。

その力は強大。
名乗るは最強。
頼るのは自分。
そんな生き方をしてきた彼女にとって、自己を形成するというのは大変な事だっただろう。
いっそのこと堕ちてしまったほうが楽だったのかもしれない。
だが彼女は砕けてしまった世界を必死に構築し、己の人格を作り上げた。

『闇の福音』としての自分を。

それは今でも変わらない。
だから、『闇の福音』としての彼女自身を否定される事は死ぬよりも怖い事なのだろう。
俺はその傷を見事に抉った。
それはもう、思いっきり。
まあ、俺が言い過ぎたうんぬんの前にあの幼女は俺を拘束して来やがったからな。
自分を待たせたのがどうのこうのと言っていたが、あのわがままで常人には脱出不可能の糸で拘束するのは本当にどうかと思う。
ネギが来る前はかなりスレていたようだし、馴れ合いも嫌いらしいからああいうのがエヴァにとってのある種の『歓迎』なのかもな。
自分の力を見せ付ける事で優位に立ちたがるのもあると思うし。
っていうか、一旦冷静になるととことん冷静になるんだな、俺って。
「くァ……あー、眠ィ。ちっと昼寝でもすっかァ」
思考をフル稼働させたせいだろうか、俺の体はちょうど火照った感じになっていた。
心地良い暖かさが体を包む。
ひやりと頬を撫でる木枯らしが寒過ぎて、俺は思わず風を反射した。
するとちょうどいい感じに涼しくなる。
体感的に、であるが。
チートボディに久々に感謝しながら、俺はそのまま世界樹の幹に寄りかかって眠りにつくことにした。






SIDE ガンドルフィーニ

私は今、高畑先生と共にアクセラレータを捜索している。
何故こうしてわざわざ歩いて探しているのかと言うと、魔法を飛ばして彼を刺激するのはまずいと考えたからだ。
アクセラレータを探している理由は、彼の今後を聞くためだ。
エヴァンジェリンと戦う気があるのなら私達も相応の準備をしなければならないし、どう足掻いても戦闘はしないというのなら前者ほどの心配をする必要はなくなるからだ。

ちなみにエヴァンジェリンはさっき確認したところ屋上にいるとの事。

登校地獄の呪いがある以上、学校が終わるまでは校舎から離れられないのである。
ただ、纏う雰囲気が壮絶を極める重いものだったので、接触する事は流石の高畑先生もやめたようだった。
ああ言う時は一人にした方が良い、と思う。
さて、アクセラレータが行きそうな所をぐるぐると回っていたのだが、最後に辿りついたのがここだ。

世界樹。

何故か、アクセラレータはこの世界樹の傍で昼寝をしたり夕日を見たりする事が好きらしい。
案外ロマンチストなんだな、と言う彼の人間チックな面も見られた。
流石に今の季節は寒いので一緒することはなかったが。
私と高畑先生は並んで世界樹近辺の広場を捜索していると……いた。
彼を見つけると、私は肩を竦め、高畑先生は苦笑していた。
彼は幹に寄りかかって寝ていたのだ。
おそらく彼の事だからエヴァンジェリンと衝突して色々と考えこんでいる内に眠ってしまったのだろう。

彼らしいと思える。

いつも凶悪そうな彼の顔が、寝ている時だけは普通の好青年に見えて、余計に笑いを誘う。
あれが素顔なら誤解を招く事もないんだろうと思うが……あれで爽やかに笑う顔を見せて欲しいものだ。
と、二人で見ていると、かなり距離は離れているというのに彼は目を覚まし、こちらに目を向けてきた。

いつも通り、驚くべき察知能力だ。

人間は生き残るためにあらゆる能力を身につけると言うが、彼が身につけた能力がこれなのだろう。
おそらく、殺気を放てば何キロ離れていようが彼は感知してしまうだろう。
つまり、そんな生活を送ってきたと言う事だ。
まあ、どんな生活を送ってきていようが彼は高音君とあまり変わらない年齢の青年であり、素直じゃないが内面は人格者でもあるので、私には関係がない事だが。
高畑先生が親しげに手を振ると、向こうはダルげに片手を上げた。
やれやれ、それにしてもどんな視力をしてるんだか。






SIDE タカミチ・T・高畑

僕とガンドルフィーニ先生がアクセラレータの元に辿りつくと、彼は足を組んで寝転んでいた。
何故だろうか、さっきはアルビノという神秘的な外見もあり、元々整った顔つきだから綺麗だという印象があったのだが、いざ起きて見ると路上のゴロツキのような粗雑な仕草でそれをだいなしにしてしまっている。
もったいないと思うが、彼は大衆というのに溶けこまなければならない立場だったんじゃないだろうか。

彼の過去を知らない僕は何もわからないけど。

彼は僕達の気配を察したのか、話しかけてきた。
「何の用だっつってもわかってンだけどな。あのクソガキの事だろ?」
何の反省の色もなく、またもやエヴァをクソガキ呼ばわりした。
流石に『闇の福音』という存在を知りながらもぞんざいに扱えるアクセラレータにガンドルフィーニ先生の顔が引きつっていた。
「まあ、それもあるんだけどね。あれから昼休みになったことだし、落ちついたかと思って様子を見に来たんだよ」
「そいつァどうも。俺は別になんともねェよ……で、なんでガンドルフィーニまでいるンだ?」
「いや、実はね」
僕は学園長の下した決断を話した。
おそらくアクセラレータとエヴァは激突するだろうから、その被害を最小限に抑えるためにガンドルフィーニ先生たちに事情を説明した、と。
それを聞いた彼は納得したように頷いた。
「なるほどな。まァ、正直言うともう一線超えてたらマジでクソガキを殺してたところだからな。学園長の言う事もまんざら間違いじゃねェ」
「ってことは、エヴァンジェリンと戦う気なのか!?」
焦ったようにガンドルフィーニ先生が尋ねた。

彼が焦る理由はわかる。

ガンドルフィーニ先生はエヴァを麻帆良にとっての危険分子とみなしている。
つまり、エヴァは危険とみなすほどの力があると思っているのだ。
実際僕やガンドルフィーニ先生では手も足も出ずにやられてしまうだろう。
あの糸がある上に茶々丸君、満月の時にはチャチャゼロという強力な従者まで存在するし、いかに最弱状態のエヴァであろうとこの麻帆良での戦闘力は最強クラスなのは否めない。
アクセラレータが強いのは知っているが、まともにエヴァとぶつかり合ったら無事ではすまないとガンドルフィーニ先生は予想したのだろう。
彼の心配を余所に、アクセラレータはにやりと笑う。
「向こうが決闘を申し込んで来ンなら、受ける。ンでもって潰す。それだけだ」
「君はエヴァンジェリンの恐ろしさをわかっていない!例え君がいくら強くても、彼女には絡繰茶々丸やチャチャゼロという強力な味方がいる。君は最初彼女を殺しかけた事で舐めているのかもしれないが、戦闘モードのエヴァンジェリンは麻帆良でも随一の戦闘力があるんだぞ!?」

「それがどォしたよ」

ガンドルフィーニ先生の忠告を、アクセラレータは一刀両断した。
「間違ってンなら間違ってると言い聞かせるのが年上の役割だろォがよ。確かに俺も言い過ぎたかも知れねェが、俺は謝らねェぜ。間違ってるのはクソガキの方だからな。クソガキが謝りに来たんなら、間違いを正す必要はねェ。だがクソガキが実力で潰しに来たんなら、俺はそれに応じるまでだ」
「君は―――」
「まあ待ってくださいよ、ガンドルフィーニ先生」
「しかし……相手は真祖の吸血鬼ですよ!?」
その声も制し、タカミチはアクセラレータを見つめる。
「何か、策があるのかい?」
「ねェ」
「それとも、まともに勝負する気がないのか?」
「真正面から勝負しなきゃ間違いを正す事にはなンねェだろ」
「……勝てるかい?」
「楽勝だ。俺を誰だと思ってやがる」
そう言うと、アクセラレータは立ちあがった。
戦闘者としての笑みを浮かべながら、大空を見上げる。
「俺の血が疼きやがる。吸血鬼ってなァ粉々に消滅させねェと死なねェんだろ?思いっきりやれる。そう、この俺が思いっきりやれるンだ」
その横顔に浮かべられた笑みは、僕でもゾッとするほどの何かがあった。
本能に訴えかけるような……殺気ではなく、ただ漠然とした感情の渦。
それが僕が感じた何かなのだろう。
その感情が憎しみなのか喜びなのか僕にはわからないが。
アクセラレータは僕の方を向いた。
「あァ、放課後学園長室に来いよ。話してェ事あるから」
それだけ言い残すと、彼はひらひらと手を振って広場の向こうへと消えていった。
呆けていた僕とガンドルフィーニ先生が追うも、結局放課後までに彼は見つからなかった。






SIDE 近衛近右衛門

ワシが紅茶を飲んでおると、ドアを開けてタカミチ君が入ってきた。
はて、別に呼び出した覚えはないんじゃがのう。
「どうしたんじゃ、タカミチ君」
「いえ……アクセラレータが学園長室に来る、と言っていたので」
「ここに?」
「はい。なんでも、話したい事があると」
話したい事。
わざわざタカミチと二人で話すのではなく、ここを選ぶと言う事はワシにも話すと言う事じゃろう。
そういえば、彼がこの部屋を去る時に放課後になったら学園長室に来ると言っていたの。

すっかり忘れておったわい。

「さて……その問題の彼が来たようじゃぞ」
決して外から覗きこめないようになっている学園長室の窓の向こうで、この後者の前から歩いてきているアクセラレータがこちらを見ているように見えた。
おそらく見えていないんじゃろうが、それにしても三白眼で睨むように見ないでも良いじゃろう。
おおー、怖い怖い、とおどけながら、ワシはタカミチ君に尋ねる事にする。
「で、彼は何を話すと思うかの?」
「さあ……記憶を思い出したんですかね?」
「そうかもしれん」
「彼はホントに読めませんからね……」

まったくじゃ、と思う。

あれほどいろいろとややこしくてわかりづらい人間はエヴァ以来じゃ。
何故か読心系の魔法も通じんし、裏の仕事では未だに傷一つ負ったことはないしの。
その謎が解き明かされるなら良いんじゃが、彼の場合それが冗談で実はしょーもない事を話すなんていう事もありえるからのう……。
そう思いながら待っていても、なかなかアクセラレータ君は来なかった。
五分経ってこりゃおかしいと思い始めた頃、ドアが乱雑に開いた。
アクセラレータ君じゃった。

何故か彼は疲れた顔をしており、見事なまでに不機嫌そのものだった。

ビキビキと青筋が額に走っている彼を見て、慌てたようにタカミチ君が尋ねる。
「い、いったいどうしたんだい、アクセラレータ?」
「……玄関でツインテールの鈴の髪飾りをつけたオッドアイのクソガキにいちゃもんつけられたンだよ。人を不審者扱いしやがって」
あまりにも聞き覚えがある特徴にタカミチ君は『あは、あはは……』とかわいた笑いを漏らしながら口元をひくつかせていた。
「ゴホン。で、一体何を話してくれるのかの?」
アクセラレータ君はそれを聞いてとにかく今さっきのことは忘れることにしたらしく、不機嫌そうな顔から真剣な顔にシフトした。
彼がそんな顔をするのは珍しいので、こちらも真剣な顔に切り替えた。

タカミチ君は若干顔の引きつりが治っておらんかったがの。

アクセラレータ君は周囲を軽く確認してから、ワシに話し出した。
「俺ァ冷静になって思い出して見たら、クソガキを怒鳴りつけた時に余計な事まで言っちまってたよな?過去がどうのとかくだらねェことをな」
「……記憶を思い出したのかの?」
「薄々気付いてンじゃねェのか?麻帆良でもトップ3に入る実力者のテメェ等ならとっくに気づいてだと思ってたンだがな」
にや、と笑みを浮かべるアクセラレータ君。
やはり、これは……。

「記憶うんぬんは嘘だった、と言うことか」

「その通り」
アクセラレータ君は不敵な笑みを顔に張りつけたまま答えた。
タカミチ君がポケットに手を突っ込みつつ尋ねる。
「何か、目的でもあるのか?」
「別に。最初に見知らぬ奴等に会った場合、そして見知らぬ場所に放り出された場合は情報収集するに限る。ンで、俺の現在位置などなどを確認した後、俺を取り巻く環境を調べ上げる。それが、この一ヶ月ちょっとの俺の生活のほとんどだったな。まァ、俺の回りを調べ上げるのが一番苦労したがな」
「……僕や他の魔法先生のことを知りたがったのはそう言う事か?」
「もちろんだ。で、魔法世界のことやサウザンドマスターのことを知って、俺は俺という存在を明かしても良いと考えた。ま、テメェ等やあのクソガキみてェな上層部だけだろうが」
じゃねェと、また面倒な事になるからな、とアクセラレータ君はどこか寂しげに言った。
「で、君という存在は一体何なのかの?」
1番知りたかったこと。

彼が味方か、敵なのか。

彼は暫し沈黙を守った。
その沈黙がタカミチ君の精神を削っていったらしく、彼の頬には一筋脂汗が垂れていた。
たっぷり一分ほどしてから、彼は肩を竦めながら言った。
「安心しろ。ここまで調べ上げて、テメェ等は俺の味方だと判断した。どォも、ジジイは人を利用しているように見えて根っこは善人なんだろ?タカミチに至っては言うまでもない。そういう奴等は裏切らない。だから俺はテメェ等に話せるんだ」
「待ってくれ、ならガンドルフィーニ先生やエヴァはどうなんだ?」
「ガンドルフィーニはダメだ。ありゃァ頭が固すぎる。真実を教えて俺に敵対してこの世から消えるくらいなら、何も知らずに俺の友人を続けた方が良い。少なくとも、今の状況じゃアイツは間違いなく俺の敵に回る。で、クソガキに話しても良いっていう奴だがな、この麻帆良じゃアイツの発言による影響力はまるで皆無だ。この麻帆良で『魔法はある』とトチ狂った主張を掲げるよォにな。俺が敵だと言っても、クソガキより俺のほうが人望がある。何言ってンだとばかりに人の波に飲まれるに違いねェ」
「……なるほど。しかしこの世から消える、か。君が消すのかな?」
「違ェよ。アイツが自滅するだけだ」
やはり、少し寂しそうにアクセラレータ君は言った。

自滅する。

その言葉に何か思い出が在るのだろうか。
「これから俺の言う事は全て真実だ。テメェ等にはすべて包み隠さず教えるが、それを信じるも信じないもテメェ等次第だ。そしてその情報を判断して俺を殺しに来るならそれでもいい。まとめて返り討ちにしてやるからよ」
くく、とアクセラレータ君は笑った。
最初は邪悪に見えたその笑みが、どこか弱々しい物に見えるのは何故だろうか。
その笑みのまま、アクセラレータ君は語り始めた。
「まず、俺はこの世界の人間じゃねェ」
「……どういうことかの?」
「文字通りの意味だ。俺のいた世界は東京らへんだったが、麻帆良なんて言う土地はなかった。この麻帆良よりも巨大な学園都市っつー超巨大都市はあったがな」
それからアクセラレータ君が語り始めた事は、にわかには信じられん話じゃった。
まず、彼が住んでいた場所、いや世界はこの麻帆良とそう変わらない場所にある約180万人もの学生を保有する巨大な学園都市だったという。

名前はそのまま学園都市。

安直なネーミングじゃ、と思う。
学園都市は周囲を高い壁に囲まれており、外部との交流はほとんどないらしい。
そのせいで、学園都市内部の技術は外部のものよりも三十年以上先に行っているものを保持している。
原子力ではなく風力を利用した発電がほとんど、と聞いた時は思わず耳を疑ったもんじゃ。
道には小さなドラム缶のような警備ロボと掃除ロボまでおるという近未来っぷりじゃ。

まあ、麻帆良工学部が似たような物を作れるかもしれんが。

そして表向きは優秀な学生を育成する学園都市でありながら、その裏は薬や暗示による超能力を開発する秘密機関だという。
薬や暗示、というのにタカミチ君は反応した。
ヤバい想像をしたのだろう。
それを感じ取ったアクセラレータ君はこう言った。
「本当にヤバい薬に手を出してンのは少数だ。大部分の奴等はそんな深刻にも思ってないしよ。アレがあそこでの常識だからな」
学園都市での常識。
それは能力の優劣によって学業成績に差がつくと言う物じゃった。

無能力者(レベル0)。

彼等はどうやっても能力が発言しなかったいわゆる『オチコボレ』と呼ばれる連中らしく、イジメなどを受けたりしている迫害対象だと言った。
タカミチ君がそれに憤りを覚えたらしいが、学園都市では無能を無能と言ってなにが悪いという風潮だったらしいから、その意識も仕方ないことだ、と言っておった。
次々と、低能力者(レベル1)、異能力者(レベル2)、強能力者(レベル3)、大能力者(レベル4)とそれぞれ薬や暗示により発現した能力によってランク分けがされておるらしい。
大雑把な成績表のような物じゃろう。
そして彼は、最後の能力ランク、超能力者(レベル5)を語った。
「超能力者ってのは、大能力者とは格が違う。180万人いる学生の中、ただ七人しかいない超能力者。それは異常とも言える能力とか、独特で解析不能な能力とか、基本能力だが異常なまでに攻撃力が高いとか、そんな奴等が集まるランクだ。正直、ソイツら一人だけでこの麻帆良の連中を殺し尽くせるくらいの戦闘力はある。メンタル面でそれができねェ奴等はいるが、ソイツ等は少数派だ」
「僕達でも勝てない、と?」
「テメェ等の扱う……瞬動って奴やら大範囲魔法攻撃とかはマズいかもしれねェが、たいていの魔法使いなら瞬殺できる。いくら刺されても死なねェ奴とかいたしな」
ま、そォいう奴等は稀だがな、とアクセラレータ君は言った。
と、ここでワシはふと疑問が沸いた。
「で、アクセラレータ君のレベルはいくつかの?見ると、レベル4か5くらいはありそうじゃが」
「確かに、あの風の能力は強力ですよね」
うんうんとタカミチ君が頷いておったが、アクセラレータ君は甘いと指を振った。

「俺ァ学園都市の超能力者の第一位。学園都市最強の能力者だ」

思わず驚いてしまうと同時に、どこか納得してしまう自分がおったのも否めない。
なるほど、180万人いる能力者の中で頂点に立てるというのなら、あれだけの気迫や気配も当然と言う事か。
「が、学園都市最強か……確かに貫禄はある」
「好きでなったわけじゃねェんだがな。もちろん、あの風の能力は副次的な物に過ぎねェ。あんなモン、大能力者でも起こせる」
「じゃあ君の能力というのは何なのかね?」
もったいぶらずに、とワシは少々はやる気持ちを抑えぬままに尋ねた。
魔法ではなく、未知の能力の最強と呼ばれる存在がどんな能力なのか、知的好奇心が沸いたのだ。
「俺の能力は『肌に触れたあらゆるものの向きを自在に操る能力』だ。運動量、熱量、電気量も問わねェ。便利だろ?」
あらゆるものの向きを自在に操る?

ベクトル操作、と言う奴かね。

なるほど、最強になれるわけじゃ。
「それでどうして学園都市最強になれるんだい?」
タカミチ君はまだわかっておらんようじゃのう。
仕方ない、ワシが説明してやるとするか。
「タカミチ君、全てのものの向きを操作する。運動量、熱量、電気量も問わないのなら、あらゆる攻撃の向きを自分の外側に操作してしまえば相手の攻撃を全て跳ね返す事も可能なんじゃ。アクセラレータ君は理論上では物理的に攻撃して傷をつけるのは不可能じゃな」
「な……なるほど。たしかにそれなら……というか、無敵じゃないか、そんな能力!?」
「無敵じゃねェ。最強だ」
何故か、そこだけ強くアクセラレータ君は言った。
「俺の能力はまだ無敵に届いちゃいねェ。もうその無敵の実現は無理になっちまったがな。……それに、俺は一回とある無能力者に負けた。無敵ってのァ一度も負けた事がねェくらい強ェ奴の事だ。負けちまった俺は無敵の資格はねェよ」

負けた?

学園都市最強と呼ばれているアクセラレータ君が、負けたと?
是非教えて欲しいもんじゃの。
「負けた相手はどんな相手だったんじゃ?」
「『神様の軌跡だろうがなんだろうが、異能の力なら全て打ち消す右手』を持つ無能力者だった。俺の攻撃を跳ね返す『反射』のフィールドを物理的にブチ破るには俺の能力を無効化するしかねェ。その時俺は調子に乗ってたンでな、肉弾戦に弱かった弱点を突かれて負けちまった」
「肉弾戦に弱い?君は十分強いじゃないか」
「だァら、調子に乗ってたっつっただろ?俺はただ反射してるだけで敵には勝てた。だから、反射する以外の方法で戦ったことなんてなかったンだよ。ベクトルを操作して身体能力を底上げすることなンて最近考えついたことだしよォ」
ま、そのおかげで今なら絶対にあの野郎に勝てるけどな、とアクセラレータ君は言った。

なるほど、魔法無効化能力者の右手版、と言った所か。

どうやら意識した物ではなく常時発動する上に問答無用で打ち消す能力らしいから、使い勝手は悪そうじゃな。
「ま、俺の能力についてはこれくらいでいィか?とりあえず反射とベクトル操作がわかってくれりゃ良かったんだけどな」
「……しかし、その話が本当なら君が記憶喪失と嘘をついたのも納得じゃな。そんな力があると知れればガンドルフィーニ君も黙っておらんかったじゃろうし……このまま秘密にしてくれてても良かったんじゃぞ?」
「ばァか、世話になってンだ、いずれ教えるつもりだったさ」
ふぅ、と疲れたのかアクセラレータ君は一息ついた。
あれだけ話したんじゃ、疲れて当然じゃろう。
「で、次は俺の過去とやらを話してやる。テメェ等も気になるだろうからな」
そして、ワシ等はそれを聞く事になった。
まず話されたのは、それだけ巨大な上に薬や暗示など非合法なことを行う学園都市には公共機関がなく、それの代わりになるものが先生による警備員と呼ばれる武装ボランティア団体や、能力者による警備部隊として風紀委員があるという。

つまり、その二つの上位クラスの人間から情報を操作されても気付けない立場にいるのが学園都市の公安をやっている。

学園都市にはさまざまな非合法的、非人道的な研究所があり、元は先生という立場から警備員はそれを取り締まれず、実際放置状態に成り果てているらしい。
学園都市の闇は存外に広く、全貌を把握してるのは理事長で、その下にいる連中ですら全貌を把握する事はできねェ、とアクセラレータ君は言った。
「俺は小せェ頃からこのベクトル操作能力が発現して、能力を暴走させた時があった。その時に何人も人を殺しちまって、俺は特別な学校という名の非合法研究所へ送られる事になった。代表的なのは特力研だな。人の命ってなァ案外軽いもんだとそこで教わったよ」
そこでは多重能力と呼ばれる二つの能力を同時に扱う実験をしていたところもあったようじゃ。
しかし多重能力は実現不可能であり、『置き去り』と呼ばれる身寄りのない数々の子供たちが脳を精神的に、物理的に破壊されて処分されていった。

「正式名称は特例能力者多重調整技術研究所。俺が九歳まで放りこまれてた学校で、敷地内に死体処分場があるって噂されてた地獄だな」

「し、死体処分場!?学校にそんなモノがあるのか!?」
「あァ、そうさ。つまりはどういう場所かわかるな?死体がよく発生する場所でもあるってことだ」
ハッ、とそこでアクセラレータは鼻を鳴らした。
「実際は噂以上の場所だった。死体処分場なんてモンじゃねェよ。生きた人間を処分するための掃き溜めさ。おっと、それが一つや二つなんて思っちゃいけねェぜ?俺が知ってる代表格では『プロデュース』『暗闇の五月計画』『暴走能力の法則解析用誘爆実験』。学園都市の内部でも認められてねェ計画の名前だ」

ワシは絶句する。

ワシもこの世界の裏のことは良く知っておるつもりじゃった。
汚い事、目を背けたくなる事はたくさんあることも知っておるし、実際に目の当りにしてきた。
じゃが、彼の言っていることが本当なら、それはどんな地獄なのか。
アクセラレータ君は今度は自重したように笑った。
「わかるか?その地獄の特力研でも、俺の能力は手におえなかった。あの地獄の特力研でも、俺の力は度し難かった。あの悪魔みてェな白衣の連中でさえ、この俺に恐怖した。つまり俺はそォいう種類の怪物なンだよ」
そうじゃ。
学園都市第一位ということは、人の上に立つと言う事は汚い所も目にしなければならないことを意味するのじゃろう。

それこそ、ワシ等の陳腐な想像力では計り知れないほどの地獄を。

しかし彼は、望んでそこに行ったわけじゃないのだろう。
でなければ、こんな自嘲したような顔はすまい。
「その後も同じだよ。くだらねェ。虚数研、叡智研、霧ヶ丘付属……特力研に劣らねェ地獄の施設だった。だが、反応は全部同じだった。同じ場所に二ヶ月持ったことはなかったぜ?その度に俺は自分の怪物性を再認識していったワケだ。連中が悪魔的であれば悪魔的であるほど、ソイツらにすら恐怖される自分は一体何なンだろうってなァ」
まだ、続きがある。
コレ以上、彼には何があるのだろうか。

「ンでもって、俺ァ裏にかかわる最後の計画に手をつけた。それが『絶対能力進化計画』。神の領域の能力と称されるまさしく無敵の力を俺に宿すための計画だ。俺はその計画に関わって……一万人の人間を殺しちまった」

最初はその言葉が理解できなかった。
一人で一万人もの人間を殺すなんて、正常な精神ではいられないはずだ。
なのに、どうしてアクセラレータ君はこうも平然としていられる?
「もう終わった計画だ、詳しく話さなくても良いだろ。で、結果的に俺は例の『神様の軌跡を打ち消す右手』を持つ無能力者に実験を止められたわけだ。だから、『絶対能力進化計画』の理論は結局証明できなかった」
ったく、とアクセラレータ君はぼやいた。

「なんで一万人も殺したのか、意味わかンねェよ」

そこから、アクセラレータ君は押し黙った。
なるほど……ワシ等二人に話すわけじゃ、誰かに聞かれておったりしたら大変じゃしの。
それにしても、このままでは彼は大量殺戮者で終わってしまうが、どうにも彼がそんな殺人狂とは思えん。
その『絶対能力進化』と呼ばれる計画に参加したのも、彼なりの目的や動機があったからなのかもしれない。
「……殺したくて、殺したわけじゃないんだろう?」
「殺したっつー事実は変わりねェ。世界が変わってもそれは同じだ」
タカミチ君の言葉には断固として答える。
その言葉には芯があった。
彼の中には、何か強い芯のような物がある。
だから狂わずにいられるのだろうか。
それとも、最初から彼は壊れてしまっているのだろうか。
どちらにせよ、彼が一万人を殺した大量殺戮者であることには変わりない。
ワシは学園長としての決断を迫られる、と言うことじゃ。
「……ここまで話してくれたんじゃ、君の話を信じないわけにもいかん」
アクセラレータ君は、ゆっくりと顔を上げる。

「話を聞いておいてなんじゃが、ワシは大量殺人者を麻帆良に置いておくつもりはない」

「学園長!?」
タカミチが驚愕した目でワシを見るが、ワシはそれを無視する。
アクセラレータ君は、それでも真っ直ぐな赤い瞳でワシの目を射抜くように見つめてきた。
ワシはその意志に応えるように、アクセラレータ君の赤い瞳を見つめる。
「……じゃが、君ならワシは信じられると思うんじゃ。例え一万人の人間を殺していたとしても、君がまた同じ過ちをするとは思えん」
「いいのかよ?ここを滅ぼすかもしれねェぜ?」
「その時はその時じゃ。実際、ワシじゃ君には勝てんしの。止める事も追い出すこともできん。ならば、君の自由意志に任せるのが賢明というものじゃ」
「お人良しだな……後悔すンじゃねェぞ」
「誤解を招く言い方はやめてくれんかの?」
ふぉふぉ、とワシはいつもの調子で笑うと、アクセラレータ君も目を閉じて、開いたときにはいつもの素行が悪そうな青年の姿に戻っていた。
ワシ等のシフトについていけんのか、タカミチ君は『え?』と呆けた顔をしていた。
その顔がおかしかったのじゃろう、アクセラレータ君はくっくと笑った。
「じゃァな、学園長。案外話が分かるジジイなんだな」
「一言余計じゃ!」
そのワシの怒鳴り声を背にして、彼は学園長質の扉を閉めた。
それからしばらく学園長室には静寂が漂ったが、やがてタカミチ君が口を開く。
「……どうも、僕は一生二人には敵いそうにないですね」
「ふぉふぉ、そうかの?」
努力次第でどうにでもなるもんじゃぞ?
人生というのは何がどうなるかわからんというのに。






~あとがき~

はい、アクセラレータとエヴァが激突するかもしれないという事実に焦りまくる教師陣でした。
また、アクセラレータが異世界人であることを学園長、タカミチに明かしました。
流石にあれだけ暴露した以上、アクセラレータも話さずにはいられないでしょう。
ただ、憑依したという事実を話す事はありませんでしたけど。
ちなみに、アクセラレータが語った事は、『一方通行』の本心です。
一般人が知ったかをして話しているのではありません。

実はもう第8話については書けてます。
というのも、第7話がメモ帳で40キロバイト以上になってしまい、急遽二つに切る事にしました。
次で決着がつきます。
また、意外な人物も登場させます。
投稿の時刻は夜の10時辺りにしようと考えてます。
それまでお待ちください。



[21322] 第8話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/25 11:23
SIDE 一方通行

なるべく人の目に付かないようにサッと外に出てサッと女子中学校の領域から離れる事にした。
俺は少しホッとしながら、さっきの事を思い出す。
―――にしても、まさか神楽坂アスナに捕まるとは。
広域警備員の証は見せたものの、まだ胡散臭い顔をしていた。
俺の顔ってどう考えても社会人に見えないしなあ。
広域警備員を装った男子校生徒かもしれないのだ。

今度からスーツでも着て行こうかね。

きっと似合わないと思うが。
そう思いながら俺はボロいアパートにある我が家に帰還する。
なんだかもう自分の家のような慣れ親しんだ感がある。
もうここに永住でもいいかな、という馬鹿げた考えが浮かぶほどだ。
この階は俺以外誰も住んでいないらしいので、平日休日構わずしんみりと静まりかえっている。
今は昼間だというのに、子供の喧騒も聞こえないというのは寂しいものだ。
俺はそう思いながら、今日は疲れたしずっとゴロ寝しようと心に誓っていた、の、だが……。
「……なンでテメェ等がここにいンだよ」
「そ、外で待っていたら寒かったんでな。ちょっと邪魔させてもらってるぞ」
「勝手に上がってしまって申し訳ありません」
俺の部屋にいたのは毛布に包まっている金髪幼女と、勝手に台所でココアを作っている機械人形だった。






知る人が見たら凄まじい構図だといえるだろう。
この狭い部屋にいるのは魔法に関わる者ならまず知っているくらい有名な『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと、麻帆良最強の魔法使いである学園長すら勝てないと言わしめたこの俺、アクセラレータが対面に座っているというのだ。
魔法先生たちがこの状況を見ているのだとすれば、既に戦々恐々としていることだろう。
何も関係はないが、丁寧に茶々丸に『絡繰茶々丸と申します』と自己紹介された時は反射的に『アクセラレータだ』と応えてしまったのが実に悔やまれる。
もう少し茶々丸を弄っても良かった。
俺は茶々丸が淹れた暖かいココアを飲んでいる。
流石に美味しいお茶を淹れるお茶汲みロボットをイメージされただけあり、飲食に関してはとんでもない技術を持っているようだ。
一家に一体茶々丸が欲しい。
とまあ、そんな現実逃避的な思考は置き、俺はちゃぶ台を挟んで向こう側にいるエヴァを見た。
ありえないことに、朝はあんな生意気な口を利いたクソガキであるエヴァが、なんとも大人しくなってしまっている。

変な薬でも飲んでしまったのか?

何やら漫画やSSでの妙な尊大っぷりが一切感じられない。
なんだこの消沈した空気は?
というより、こっち見んな。
チラチラと何を物欲しげに見てんだ?
ハッ、まさか。

「柿ピーならやンねェぞ」

「誰がそんなモンもらいたいと言った!?」
俺がテーブルの上にある柿ピーの所有権を主張するが、エヴァはどうやら柿ピーが欲しいわけではないらしい。
まあ、食べ物が欲しいんだったらもっとギラギラした目つきで見てくるよな。
「じゃァなンで俺ン家に来てンだよ?」
「そ、それは、その……」
何故そこで言い澱む。
視線を逸らしてもじもじしている様は『萌え!』と叫びそうなほどかわいらしいのだろうが、何故か何も感じない上にムカツクのは何故だろうか。
アクセラレータよ、君はラストオーダーにロックオンしたのではなかったのか。
クソ生意気なクソガキが好きなんじゃなかったのか?
俺はもじもじしているエヴァから視線を外し、茶々丸の方に向く。
「それに、鍵は閉めておいたはずなンだが」
「ピッキングで開けました。電子ロックもされていないので開けるのは簡単でした」

言っとくけど犯罪だからねそれ。

いくらなんでも犯罪と犯罪じゃない手法の区別くらいつけて欲しい。
全く悪びれてないこの二人は俺の想像以上に図太いようだ。
イラつく上にため息が出る。
まだキレて叩き出してない自分を大いに賞賛したい気分だ。
とは言ってもこのまま茶を啜る音と柿ピーを噛み砕く音しかしないのではあまりにも気まずいので、不本意であるが話を切り出すことにした。
「何が目的なンだ?それ話して俺が温厚な内にサッサと帰れ」
それに何かを不満げに言おうとしたエヴァだったが、口を開こうとしてすぐに閉じた。
一体何をそんなに躊躇しているのか。
さっぱりわからない。

だからこそムカつく。

「何をイジイジしてやがる。また潰されてェのか」
脅しをこめて俺はエヴァを睨みつけた。
茶々丸がその言葉に対して身構えているようだが、今の装備で格闘しか能がない茶々丸がこの状況でできる事はエヴァの盾になるくらいしかない。
問題外だ。
殴りかかってきても、茶々丸の腕が潰れるだけだし。
茶々丸の視線を無視しながら、俺はずっとエヴァを睨んでいると、彼女はいきなり、

“頭を下げた”。

「……悪かった」
その事実を、最初俺は許容できなかった。
「………………はァ?」
「だから、悪かったと言っているだろうが!!」
なんだか恥ずかしげに顔を真っ赤にしながら叫んでいるが、俺からすれば意味不明な音波に過ぎない。
あの『闇の福音』のエヴァンジェリンが謝った。
おそらく、午前中のあの対面の時の態度に関して。
ありえるのか、こんな事が?
俺のフリーズしている思考をよそに、エヴァはべらべらと喋り始める。
「あの時の態度は初対面の者にするべき態度ではなかった。貴様の行動には確かに腹立つ所もあったが、だからと言ってああいう行動に移すべきではなかった。だから謝った。何か問題でもあるのか?」
「……っつか、問題うんぬんよりもテメェが素直に謝った事が信じられねェんだが」
礼を言うのですら言い澱むくらい素直じゃないエヴァがこんなに素直になるなんて、一体何があったのだろうか。

……まさかとは思うが。

俺が一つの結論に達したとき、頭が冷えたためか外からの視線に気がついた。
窓越しでしかも建物の影からこちらを覗っているため、全く気付かなかった。
魔法でもなかったしな。
俺は舌打ちすると、窓越しにそいつに向けて腕を振るった。
ゴンッ!という鈍器を頭に打ち付けたような音があいつの頭の中に響いて吹き飛んだはずだ。
それにしても、俺も空気の操作には慣れちまったもんだな。
俺の行動が意味不明だったためか身体を強張らせていたエヴァだったが、その行動が何に結びついたのか気づいたようだ。
「監視か?」
「プライバシーの侵害って奴だ」
つまりその通りだと肯定しておいて、俺はさっき思いついた一つの結論の真偽をエヴァに尋ねる事にした。

「それよりもテメェ、学園長室での話を聞いていやがったな?」

その言葉に、エヴァは何の悪びれもしてない態度で……いや、元の態度に戻って逆に問い返して来た。
「どうしてそう思う?」
「テメェの態度の変化が早すぎる。それに、ここの連中は揃って頭が硬ェ。テメェも例外じゃねェ。なのにいきなり自分の意見を取って返して俺の家まで押しかけて謝りに来るってのァどォ考えてもおかしい。……部屋ン中でテメェが妙な態度だったってのも理由の一つだがな」
そう、明らかにエヴァの態度は変だった。
それが謝るための心の準備の時間とは……素直じゃない吸血鬼も大変だ、と思う。

同情はしないが。

「……まあ、大方その通りだ」
隠すつもりもなかったのだろうが、エヴァはその説明を聞いて納得したように肯定した。
俺はエヴァの前で問い掛けてやった。
「俺に同情でもしたのか?」
「しなかったと言えば嘘になる。だが、同情したから謝りに来たわけではない」
「ハッ、ガキにツンデられても嬉しくねェよ」
モノホンのツンデレでも嬉しくはないが。
「タカミチや学園長は俺達が殺りあうのを心配してたみてェだが、テメェはどうする?別に俺はいいぜ?吸血鬼ならどれだけグチャグチャにしても再生するだろうしな」
「その気はないな。全ての物理攻撃を反射する貴様とまともに戦っても私が負けるだけだし、貴様をどうにかするにはその反射とやらを断ち切るような空間魔法でしか対処できん。それは面倒だし、貴様もそういう魔法に対しての対策は考えているんだろう?」
「よくわかってンじゃねェか」
俺がクックッと笑うと、エヴァは立ち上がった。
これ以上話す事はない、と言うことだろう。
賛成だ、俺も眠くなってきた所だしな。
「行くぞ、茶々丸。もうここに用はない」
なんだかカッコつけて立ち去ろうとするエヴァを見てムカついた俺はからかってやることにした。
「さっきまでもじもじしてた奴たァ思えねェ発言だな」
「う、うるさい!貴様、そんな物言いしかできんのか!?」
「あァ?じゃァどンな物言いをすりゃいいンだ?俺が丁寧に敬語でも使えば良いのか?」
「……う、想像して鳥肌が」
「そこまで俺の敬語はキメェのか!?」
「貴様が言い出した事だろうが!!」
ギリギリと睨み合った後、俺はニヤリと笑った。
「表にでろ。グチャグチャにしてやンよ」
「ほほう上等だ。空間を凍りつかせる魔法なら貴様を閉じ込めるのも可能なはずだな?」
不敵な笑みを浮かべつつゴリゴリと睨み合う俺達を見て、茶々丸がぽつり。
「……お二人とも、楽しそうですね」
「「どこがだ!!」」
俺とエヴァはこれ以上ないと言うくらいピッタリと同じ発音をしてしまった。
これ、漫画とかにしかないもんだと思ってたよ。
激しく鬱な午後が過ぎ去っていった。






それから一ヶ月後。
何故かエヴァに夕食に誘われるとこれが癖になった。

仕方ないだろ、茶々丸の料理が美味いんだから。

三日に一回はエヴァの家に夕食をたかりに行く。
おかげで、何故か俺とエヴァの間には妙な親近感のような物が生まれていた。
なにしろ俺とエヴァを比較すると性格が良く似ているのだ。
意地を張るところもそうだし、素直にならないところもそうだし。
何よりも、最強の力を持った故に孤独になった境遇も同じだ。
エヴァが孤島の城に引きこもったのに対し、俺は引きこもる事ができずにいろいろとやってしまったのが違うところだが。
そのせいか、最初は殺し合いになりかけた仲だというのに今ではすっかり改善されてタカミチと並ぶほど話せる相手となっていた。
タカミチと違ってエヴァはからかいがいがあるからストレス解消にもなるしな。
それと、言い合いになるたびにオロオロとする茶々丸に不覚にも萌えてしまった。
いつかエヴァのように無造作にネジを巻いてみたいものだ。
さて、今日も俺は寒い中、黒いコートを羽織りながら街中を歩いていると、いきなり声をかけられた。

「お兄さん、ちょっといいカ?」

来たか。
いつか来ると思っていたが、ようやくとは。
振り向いて見ると、そこには肉まんを片手にニコニコとしている超鈴音の姿があった。
「んだよ。ナンパならお断りだ」
だが、超はニコニコしたまま言った。
「最近話題のアクセラレータさんとお見受けしたネ。ちょっとお話したいことがあるヨ」
やはり、俺の情報は調査済みか。
だが、流石に俺の過去の事は知られてないだろう。
学園長やタカミチ、エヴァもそうそう人に広めたりしないだろうしな。
俺は超の言葉ににやりと笑うと、超の方に向き直った。
「関係者か?」
「正確には違うケド、まあそんな所ネ」
実に曖昧な答え方をする超。
なるほど、彼女の状況としては実に適切な応え方だ。
「あァ、いいぜ。テメェの話とやらに付き合ってやンよ。それとその饅頭寄越せ。見てたら腹減った」
「噂通り強引な人ネ」
そう言いながらも、超は肉まんとそれが後2つ入っている袋も渡してくれた。

『超包子』と袋にはプリントされている。

交渉と同時に宣伝までするか、ちゃっかりした奴だ。
道中冗談じゃねェほど美味かった肉まんを俺にしては珍しく正直に誉めたり、それに対して超が年齢相応に照れるのを少し驚いた気持ちで見ていたりしたが、それは余談となる。
超の案内についていくと、とある喫茶店にやってきた。
やけにカップルが目立つおしゃれな喫茶店である。
これなら俺と超が一緒にいても不自然ではない。

事情を知っている奴等が見たら余りにも不自然だろうが。

結構混んでいたが座れる席はあったようで、俺と超は対面になるようにして座った。
女性客を刺激しないためかこの手の喫茶店にしては地味な制服のウェイトレスが水とおしぼりを置いていくと、俺は話を切り出した。
「ンで、何の話だ?」
すると、超は鞄の中から拳大くらいの機械を取り出すと、それのスイッチを入れた。
途端に回りの音が遮断され、騒がしいはずの喫茶店が急に静かになる。

……一定範囲の音波遮断装置か。

俺はどこかのんびりした思考の中で、ふとそう思った。
「流石に肝の座り方が違うネ。普通これを起動したら驚くものなのだが」
「ハッ、そこらの小物と一緒にすンじゃねェよ」
実際、俺からすれば驚くほどの物でもない、と言うのが本音だ。
こんな事に驚いていたら第三位の超電磁砲を見たら度肝を抜かす事だろう。

コインを音速の三倍で撃ち出すと言う事実に平然としていられるのに、なんで今更音が消えたくらいで驚かなければならないのか、と言うものだ。

超は俺の様子を興味深そうに見た後に、水を一口飲んでから話し始めた。
「私の名前は超鈴音。話とは、ぶっちゃけるとアナタに頼みがある」
「内容を聞いてから考えてやンよ」
俺は即座に答えた。

この超鈴音は麻帆良随一の最強頭脳。

言霊を取られるとどんな条件をつけられるかわかったものではない。
俺は真剣になると相手を威圧してしまうようなので、少し砕けた感じで言ってやったのだが、どうやら真剣に取られてないと思ったらしく、超は少し声を硬くした。
「頼み事はただ一つ。私の計画の邪魔をしないで欲しい。それだけヨ」
「計画、たァ良い響きじゃねェな?何やらかすンだ?」
「それを詳細に説明するにはアナタが頼みごとを了承する必要がある。でなければ、高畑先生たちに潰されてしまうからネ」
そのタカミチと仲が良い俺にこの話をもちかけてきたと言う事は、彼女の仲で俺は相当危険視されているのだろう。
実際、超の言葉には氷の鋭さはなくても氷の温度がある。
何を言われても激昂して計画を崩さないように、敢えて無感情になっているのだろう。
この歳でそこまでできる人物はそういない。
学園都市の中でもだ。
まだ若いせいか危うい所があるが、彼女はローラ・スチュアートやアレイスター・クロウリーのような陰謀家の性質がある。
まあ、この俺に交渉事をしかけて来る時点でその二人には劣るが。

だがそれが面白い。

俺の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「わァーった。その邪魔ってはタカミチやガンドルフィーニに話さないことも含めてだな?」
「その通りネ」
そう言うと超は計画の内容を話そうと口を開くが、俺はそれを遮った。
「いいのかよ、そんな簡単に信用して?裏切るかもしれねェぜ?」
「その時はその時ヨ。どの道、アナタがこの計画について無視を決め込まなければこの計画は成功しない。アナタとの交渉材料を握ろうにもアナタの情報は全くなかった。だから私としても部の悪い賭けにでなければならなかったネ」
つまりは、彼女にとってこれは大きなギャンブル。
彼女の声が硬いのはそれによる緊張もあるだろう。
「面白ェ。部の悪い賭けに出る奴は馬鹿だが嫌いじゃねェ。話せ」

「……私の計画は全世界に魔法使いの存在を公表する事ダ」

俺は敢えて意外そうな顔をしてやった。
流石にここで驚かなければ不自然である。
「なンでそんな事をすンだよ?魔法使いってのは秘匿事項じゃなかったのか?」
「そうだが、キチンと理由はある」
おそらく、『おまたせしました』と言ってウェイトレスが置いたホットコーヒーを手に取り、俺は超の続きを聞いた。
「アナタは、このまま魔法が永遠と秘匿されることが有り得ると思うカ?」
「可能性としては限りなく低いがあるな。何事にも可能性はある」
「限りなく低い可能性は不可能というヨ。つまり、いつまでも魔法が秘匿されるわけではない。いつかその存在が世界にバレるネ。その時、世界はどうなる?」
俺は肩を竦めつつ応えた。
「ま、混乱するな」
「その通り。アナタは知らないかもしれないが、世界に散らばる魔法使いの人数は東京圏の人口の約二倍。全世界の華僑の人口よりも多い。しかも彼等は我々の世界とは僅かに位相を異にする異界と呼ばれる場所に幾つかの国まで持っている」
魔法世界の事だ。
「それだけの人数がいることが、そして魔法の有用性、攻撃性の高さが全世界にバレたら、まずこの世界の国々が競って魔法世界と交流を持とうとするだろう」
「当然だな。得体の知れねェもんを軍事利用されて国の軍備を強化されたら相手国にしてみりゃたまったもんじゃねェ」
「そう。そして魔法使いはおそらく彼等に魔法の情報をリークするだろう。魔法世界の上層部が止めても、最下層の人間達を全て見張る事はできないネ。金、名声、女……人間の欲望を少し突つけば簡単に魔法使用方法はバレるヨ」
そこで女が出て来る所を見ると、彼女も世界が腐った所をいくつも見て来たのだろう。

俺もそう言うのには虫唾が走る。

「……その結末は読めた。在り来たりな話、この世界と魔法世界の戦争だろ?人間ってのは平和に暮らせる生物じゃねェ。互いの技術を奪い合う戦争に発展するのは間違いねェな」
原作じゃあ超が来たのは魔法世界が滅亡するとかどうとかいう理由だったらしいが、それ以前に戦争が起こったと言う事だろうか。
超は俺の思考をよそに、ニヤリと笑う。
「アナタは頭が良いと情報にはあったが、その通りみたいネ。僅かな情報だけでそこまで判断できるのは賞賛に値するヨ」
「世辞はムカつくだけだ」
そこで一旦言葉を切り、俺は少し呆れたように話した。
「ンで?この世界と魔法世界がドロドロの戦争状態に突入して世界は終わると、そう言う事を言うためだけに俺を呼んだのか?」
「違う。その荒んだ未来を回避する。それが私の使命ダ」
使命か。
そういうマジメな所はネギ譲りだな、超鈴音。
「なンだ?テメェの言い分からするとその未来を実際に体験して来たように感じるンだが……」
俺が探るように聞いた所、超は少し驚いた顔をした後に不敵な笑みを浮かべ、あっさりとばらした。
「その通りヨ。私は未来人。今言った荒んだ過去を経験してきた者ヨ」
「どこぞの耳がねェ青色のネコ型ロボットが未来を変えに来たってトコか?御苦労さんなこった」
「これは世界規模の話ネ。どこぞの一家の運命とは違うヨ」
馬鹿にされたと思ったのか、超の口調に多少怒りが混じる。

この程度で怒りを混ぜるというのは、交渉人としては半人前だな。

「……それにしても、随分と飲みこみが良い。未来人なんて信じないと思っていたのだが」
「俺と常識人の感性と比較してもらっちゃ困る。俺にはテメェが未来人だろうが過去人だろうが変わらねェ。テメェは超鈴音という個。ただちょっとだけ物知りなだけの存在だろ?」
「未来人をただ物知りなだけの存在と言い切るとは……ふふ、アナタに興味が沸いてきたヨ」
「ハッ、笑えねェ冗談だな」
俺はちびちびと飲んでいたコーヒーを飲み干すと、少々乱雑に机の上に置いた。
さて、俺はどうするか。
このまま超を邪魔せずともネギが止めてくれるし……だいたい俺には超の計画を邪魔する理由がない。
超の危惧する未来の悲劇は少なくとも俺が生きている時代じゃないと思うし、俺には関係ない話だ。
超のやり方も考えも間違っていると思うが、止めてくれる人間が未来にいる以上、俺が止めるわけにはいかない。

だが、少し文句を言っておこうと思う。

漫画では断固たる頑固者だった彼女がこれでどう揺らぐか、想像しただけでも面白い。
だんだんと原作知識を利用して苛めるのが趣味になってきている気がしないでもないが、それは気にしない方向で。
「結局、テメェは未来人で悲惨な未来を変えるためにここに来た。漫画的で世にも珍しい有り得ねェ設定だが、そこは許容してやる。だがな、テメェの行動自体は許容する事ができねェ」
それを聞いた超の顔が忌々しげに歪んだ。
「……私の計画を聞いた上で裏切るつもりカ」
「タカミチ達には黙ってやる。ただ、俺はそれに協力もできねェし付き合う気もねェ。これはテメェに対しての俺の愚痴だ」
とりあえず自分の計画に支障はない事がわかったのか、超の怒気が多少収まる。
完全に収まらないのは、自分の行動が許容できないと言った事だろう。
「まず、テメェが回避しようとしているのはこの世界にもありふれた悲劇に過ぎねェ。確かにその規模はとてつもないものになる。過去、人類がなしてきたあらゆる悲劇に勝る悲劇になるのは間違いねェ。だがな、そんな悲劇なら以前にも起こったじゃねェか。例えば、前世紀」
「……第二次世界大戦カ」
「そ。今の所二十世紀は人類史上人がもっとも大量に死んだ悲劇の世紀。だが、それ以前にも悲劇はあった。十字軍やら異民族による現住民族の殺戮、差別。で、テメェは悲劇を救いに過去に来たんなら、まずはその過去を防げば良いじゃねェか。その過去をなかったことにする。それが正しいと言えるのか、超鈴音?」
「…………」
「嬉しい事、悲しい事、受け入れ難い現実があろうがな、起こってしまった事は起こってしまった事だ。過去は全て受け入れざるを得ない現実だ。現実を否定して生きていく事はできねェ。だからこそ、人はその上に立って真っ直ぐ地面を踏んで歩いていくしかねェんだよ」
超の瞳に宿る怒気が増す。
それを知りつつも、俺は淡々と語った。
「テメェにはどんな悲劇があったのか、俺は知らねェ。だが、それがテメェの悲劇である以上、世界を変える理由にはならねェ。戦争ってのは得する人間がいるからやるンだよ。損するのにわざわざ戦争なんざ起こすはずねェだろうが。テメェのいた世界の戦争だって得する人間がいたから起こった。それをテメェが未来を変える事で邪魔するのなら、それはテメェのエゴ。テメェの理想を主軸とする主観的なワガママに過ぎねェ」

「だからと言って、アナタは見過ごす事ができるのカ!?」

ゴンッ!!と超は机を叩いた。
幸いにも音は遮断してあるので、超の行動は誰にも気付かれていないようだ。
超は憤怒に顔を歪め、俺に向かって言葉を吐き出していく。
「知らぬ所で何千何万の人が死んでいく……そんな未来を回避するためなら、私が悪役になっても構わない!私はこの目で見て来た!いくつもの凄惨な戦場を……アナタはタイムマシンがあり、身近にそんな存在がいたとしても過去を変えようとは思わないのカ!?」

「自惚れるんじゃねェ、三下が」

俺は超を睨み付ける事で威圧した。
学園長やタカミチすらみじろぎさせたその気迫を受け、二の句が告げなくなった超に対し、俺は続ける。
「それでも俺ァ過去を変えようとは思わねェよ。くだらねェ」
「なっ……!?」
「テメェ、本気で世界を救えるとでも思ってンのか?この世界に魔法をばらして、ンでそこからの対応を変えることで未来とは違う結末を作ろうと思ってンだろうが……片腹痛ェぞ。まさかそこで『私はうまくやる』とか言わねェだろうな?そこでうまくやれなかった場合、テメェは間違いなく自分の犯した罪に潰れる。責任をどう取るって話だ。そうだよなァ、目の前の現実が認められずに過去にやってきた臆病モンが」
超は瞳を怒りで燃え上がらせながらも、反論する事ができない。
したら認める事になるからだ。

己が臆病者であり、だからこそ現実を受け止められないから現実を変えるために過去にやってきたと。

「過去は過去だ。それが自分に起きた悲劇でない以上、俺は変える気は起こらねェ。人間一人じゃ全てを救えねェからだ」
「だとしても、一握りの人達を救おうとは思わないのカ?」
「思わねェよ。だからテメェは三下なンだ。例え一握りの人間を救っても、二握りのほかの人間を救えなければそれまでじゃねェか。それとも何だ?自分に関係ねェ人間は救わなくても良いってか?」
「ッ……!?」
「そこで良いと答えない時点でテメェは俺とは違う」
俺は歯を食いしばって何も言えない超を鼻で笑った。
「テメェは俺ほどの地獄を見て来てねェ、ただの小悪党だ。悪役?ふざけンな。役者不足なンだよ。悪党には悪党なりのルールがある。テメェは悪役と言っておきながら偽善を働く。なら自分が悪になる覚悟くらい持つべきだぜ?」
「……アナタは記憶を失っているんじゃなかったのカ?」
「俺が黙ってる代わりにテメェも黙ってろ。これで商談成立だ」

これで良い。

俺は傍観者で、超の邪魔をしない。
超は実行者で、俺を妨害しない。
互いに不可侵の関係を築く事で、この交渉、俺としては最高の出来だ。
慣れ合いは俺のガラじゃねェ。
「なァ、超鈴音。テメェがどんな地獄を見て来たのか俺は知らねェ。だが、テメェがその程度の覚悟なら、俺の闇を見た瞬間テメェは壊れるぜ?」
俺は更に強めに超を威圧した。
いや、これは軽い殺気と言っても良い。
その俺の殺気に、超は顔を青ざめて身体を強張らせた。

なんだ、やっぱりこの程度か。

「世の中にはテメェが見た悲劇よりも遥かに勝る悲劇がいくらでもある。世界を救うとされる行動の中でその悲劇を起こす可能性を内包している以上、テメェ程度の悪役じゃたかが知れてる。俺は何もしねェけどな、断言してやる。その計画は必ず失敗する」
「わ、たしが……失敗するというのカ!?」
ほう、反撃したか。
見所はあるが、ダメだな。
「あァ、そうだ。まァ、テメェ程度の器が何しようが知れた事。それ以上もがけばテメェが壊れるだけだ。俺としちゃァどっちだろうと構わねェが、病院に運ばれてタカミチに心配されたりすンなよ?」
俺はもう話は終わったとばかりに立ちあがる。
俺の威圧から解放された超は何か文句を言おうとしたのか『待て!』と叫ぶが、
「ッ!?」
パンッ!と超の顎が軽い打撃音と共に上に跳ねあがった。
風を上に突き上げてやったのだ。
口を抑える超を見て、俺は狂気に歪んだ笑いを見せてやった。

「なァ、肝臓と腸を一緒に握りつぶす時の感触って、知ってっか?」

それが日常的に言えることこそが、俺と超の闇の違い。
超は所詮被害妄想に浸っている井の中の蛙に過ぎない。
彼女はそれを本能的に理解したのかわからないが、俺の顔を見て顔を真っ青にした後に、椅子にへたり込んだ。
彼女もそれなりの狂気と闇を見て来たのだろうが、学園都市の闇じゃ生きていけないな。

正義感が強すぎる。

俺は見えてもいないだろう超に軽く手を振ると、帰り際に出入口近くにある一つのテーブルの前で立ち止まった。
そこには顔を真っ青にしてガタガタ震える一人の少女の姿があった。
「ハッ、そんなに怖がらなくても何もしねェよ。テメェを怖がらせるつもりはなかったし、今の話は記憶から消せ。まァ、世の中が綺麗な事だけじゃねェってことくらいは覚えとけよ」
そう言って、俺はメガネの少女……葉加瀬聡美の目の前に小さな盗聴機を置いて、俺はその喫茶店から出ていった。
……ったく。
エヴァと言い超と言い、この世界には現実を知らない奴等が多すぎる。






SIDE 超鈴音

アクセラレータが店の外に去ってからきっかり一分間、私は身動き一つ出来なかった。
ようやく身動きができると、私は大きく息をついた。
私は世界と言うものをそれなりに知っていると思っていたが、甘かったネ。

なんなんだ、アレは?

おそらく彼が意識的に向けられる殺気や威圧の中でも最小限のものでさえ、私は足が竦んで動けなくなる。
その狂気に当てられて思考すら停止する。
私はやはりその程度の小物なのカ。
「いや……アクセラレータが凄すぎるだけ、カ」
あの狂気は誰にも真似できるようなものではないネ。
おそらく、私とは別次元の壮絶な地獄を見て来たのだろう。
だというのに、彼は平然と日常生活に溶け込んでいる。

狂う事もなく、ただ平然と。

それがどれだけ難しい事か、私にはわからないヨ。
だから私は三下なのかもしれないネ。
「……それにしても、嫌な予言を聞いたネ」

私の計画は失敗する。

彼の言う事が本当になる確率は高いのかもしれないヨ。
失敗に終わらせる気はないが、やはり私のご先祖様が止めに来るのだろうカ。
もっと計画を練る必要があるネ。
「ハカセ、帰るヨ」
盗聴を頼んでいた友に携帯を模した無線で呼びかけるが、応答は無い。
「……ハカセ?」
疑問に思ったが……そこで私は気付いた。
闇の一端を垣間見ている私ならともかく、精神的に間違いなく一般人のハカセがあの会話を聞いていたとしたら……!
私はそれに気付いた瞬間、ハカセのいるテーブルに向かった。
回りがどう見ようが、気にしない。
そのテーブルに向かうと、ハカセは俯きながら震えていた。
過呼吸のような息を繰り返している。

ショック症状だ。

あの人は盗聴機越しの人間でさえ恐怖に陥れるほどの気迫を放てるのか。
……やはり私は三下ネ。
「ハカセ、大丈夫ヨ。もう帰るネ。こんな事につき合わせてしまってすまない」
まだ震えているハカセを立ちあがらせ、私はレジで心配そうな顔をしているお人よしの店員に軽く手を振ってから外に出た。
もちろん、金は払ったヨ?
って、結局私は彼に奢らされた形になるネ。
まあ、ホットコーヒーの一つくらい、別にいいケド。
それよりも、アクセラレータか。
「え、えっとー……超さん?なんか顔赤くないですかー?」
横にいるハカセのそんな声にも気づかず、私は彼の言葉を思い出していた。

『三下』、カ。

むふふ、この天才の私を三下と呼ぶ人間がいたなんて驚きヨ。
本当の意味で彼に興味が沸いてきたかもしれないネ。
「ちゃ、超さん!?なんかまだ顔赤いんですけど!?っていうかこんな街中でトリップしないでくださいーっ!?」
「むふふ……三下カ……」
「むふふじゃなくてーっ!?」
ハカセが半泣きになっても、私はニヤけ顔が止まらなかった。






~あとがき~

立った、フラグが立った!
……すみません、なんでもないです。


お待たせしました、第8話をお届けします。
再びアクセラレータさんのSEKKYOUタイム。
このごろ説教ばっかりですねwww
というわけで、エヴァとはそれなりに親密になりました。
ガチンコの戦闘ではなく(それではアクセラレータさんが勝ってしまうので)、穏便な和解という形をとりました。
お互いぶつかってもデメリットしかないということに気づいてOHANASIで解決したオトナな二人です。
コメントで散々戦闘についての考察をいただきましたが、こうさせていただきました。
意外でしたか?
楽しんでいただければ嬉しいです。
ちなみに、アクセラレータは餌付けされましたwww
エヴァよりも茶々丸を守ります。
超についてですが、ちょっと凄惨になるように過去を改変させました。
魔法世界が崩壊するという危機の前に世界大戦が起きた、という設定です。
筆を進めてたらいつの間にか世界大戦が起こっていた……。
コーフンして設定とはいえ世界大戦起こすなんて、俺の脳内どうなってんだろ。
後、今回は殺伐としていたので、次はのほほんといきたいと思います。

アクセラレータがのほほん―――違和感しかねえwww


追伸
感想の方でご意見をいただきまして、ちょっと追加事項を。
この作品の憑依アクセラレータは『一般人』と『一方通行』の精神が混在している状態です。
エヴァや超に限った事ではありませんが、アクセラレータの感情が高ぶったり、何か決定的に『一方通行』がキレる原因になることが起こった場合、普段は表に出ている『一般人』の精神を『一方通行』が乗っ取ります。
アクセラレータが説教するのはあくまでその『一方通行』が説教しているのであり、闇?なにそれとばかりに平凡な生活を送ってきた『一般人』が言っている事ではありません。
一般人が何知ったかしてんだよ、テメェの記憶じゃねえだろうが、と思われることもあるでしょうが、説教する理由としてはそういうことです。
わかりづらいようでしたら、今度から『一般人』と『一方通行』が切り替わる描写を追加しようと考えています。
不快に思われた方が多いようで、お詫びいたします。



[21322] 第9話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/24 20:46
SIDE 一方通行

寒い。
このクソ寒い一月二月三月をどうにかできないのか。
我が反射を使っても外気を反射できるだけで気温はどうにもならないのだ。
つまり、冷たい木枯らしは反射できるが気温はそのままということだ。
だから朝のジョギングと昼間の筋トレをそれぞれ終わらせたらこうやって湯たんぽを腹の上に乗せて寝転がっているというわけだ。
何故湯たんぽだって?

湯たんぽ舐めんな。

湯たんぽはこの寒さを打ち消してくれる凄まじいシロモノ……兵器と言っても良い。
一人だけ温まるのならば湯たんぽで十分だ。
そう、一月の頃は思っていたのだが……二月になってもっと寒くなって来ると足の先が凍傷になるかと思うくらい寒くなってきた。
しょうがないから湯たんぽを二つ買ったが、なんか足先に湯たんぽを置いておくのは落ちつかない。
この寒い時期を電気代も安く暖房機を使わずに乗り越えるにはどうすれば良いのか。

俺は600年の知恵袋を頼ることにした。

携帯で尋ねられたエヴァは何故か嬉しそうに、
「そうか、私を頼るとはな!!ふはははははは、お前でも頼ると言う事があるのだな!?」
「うるせェ、耳元で高笑いすンじゃねェ。とにかくさみーんだよ。……テメェは快適そうだな?」
やけに上機嫌でテンションが高いエヴァ。
詰まる所、彼女の部屋は快適その物と言う事だ。
くっ、こちとら俺の膨大な食費に削られて結構貧乏暮らししてるというのに……夜の襲撃も減ってきてるから特別ボーナスもないし。
だというのに、エヴァのあの待遇はなんなんだ!?
一軒家の上に地下室まであり、更には茶々丸もいるから掃除洗濯炊事の必要もない。

ホントに一家に一体茶々丸がほしい……ッ!!

俺が切ない気持ちでそう思っていると、エヴァがふぅむと悩みながら言ってきた。
「そうだな……私の家は一年中快適な空間だからそんな事は考えた事もなかったぞ」
「潰されてェのかテメェ」
「事実だ。暖房はダメだったんだな?ホットカーペットとかどうだ?」
「ありゃ毛布も買わねェと意味ねェ」
「贅沢な奴だな……」
悪いか。
こっちはそっちみたいなセレブじゃないんだよ。
選べるんならなるべく選ぶさ。
「……やっぱ炬燵買うしかねェか」
「コタツ?なんだ、コタツとは?」
「はァ?日本に十四年も暮らしてきて炬燵知らねェのか?」
驚きである。
確かに彼女の家はログ風だから似合わないかもしれないが、それにしても炬燵を知らんとは。
どんなセレブ生活送ってきたらこうなるんだ。
「しょォがねェ。実物見たほうが速ェだろ。テメェ、俺の炬燵買うのに付き合え。今からスーパー行くぞ」
それを聞いたエヴァは何故かちょっとだけ潜めた声で言った。
「……二人で、か?」
「ん?あァ、茶々丸が行きてェってンなら三人で行くが」
「あ……ああ、茶々丸が行きたいと言うのならな!!そ、そうだな、茶々丸にも話しておこう!!」
「……いきなりテンション上がるのが気になるンだが……」
「気にするな。とにかく気にするな」
何故向こうがそんな事を言うのか果てしなく意味不明だ。
まあ、それはとにかく気にするなと言うのだから気にしないでおこう。
深く突っ込んで墓穴掘ったらまずい。
「じゃ、今からそっちに行くからな。―――四十秒で支度しろ」
「はァあああああ!?無茶な―――」

ブチッ。

たまには困れ、エヴァよ。
俺は着替えてコートを羽織ると、風が寒い冬の麻帆良に足を踏み出した。
それにしても寒い。
いや、夜の寒さはもっと尋常じゃないのだが。
このごろ侵入者も激減しているのはきっと皆寒いからだろう。
氷河期が来たら平和になるんじゃないかと思う。

人類は衰退するかもしれないが。

そんな馬鹿な事を思いながらたっぷり二十分ほどかけエヴァの家に向かった。
俺はドアの前にある呼び鈴を鳴らした。
ちりん、と綺麗な音がなる。
しばらくして出てきたのは茶々丸だった。
「アクセラレータさん、いらっしゃいませ」
「おォ。エヴァは?」
「四十秒で来なかったので拗ねておられます」
「誰が拗ねとるかーっ!!」
向こうからクッション的なものが飛んできたが、俺はそれを反射で跳ね返す。
むぶふ!?というくぐもった声が向こうから聞こえるが、俺は無視した。
「もしかしてアレがネタだってことを知らねェのか?」
「どうやらそのようで……マスターは学園長の影響を受けて古いSFモノしか嗜んでおられないのです」
「古いのにも良作はあるンだがな……スパロボとか見ねェってのが悔やまれる。茶々丸にロケットパンチを搭載した超とハカセには拍手を贈るが」
「ああ、そうですか。二人も喜びます」
「貴様等……とことん私を舐めくさっとるな」
物理攻撃で反撃できないのが悔しいのだろう、ぐぐぐ、と言いながらこっちをにらみつけてくるが、俺はスルー。
「じゃ、行くぞ。茶々丸は来るのか?」
「はい。コタツは私のデータにはありますが、実際どんな物か触れてみるのには興味があります」
「こらーっ!私を無視するんじゃない!!」
こういう感じで俺達の買い物はスタートした。
あまりにもナチュラルな感じでエヴァを無視したためエヴァはむくれていたが、それも俺と話している内に機嫌が直ってきたようだ。

流石金髪幼女、機嫌が悪くなるのも速いが直るのも速い。

十分ほど歩くと、俺達は商店街にやってきた。
ここは狭いように見えてかなり生活用具が充実しており、生活必需品は完全に揃っている。
少し前に家電製品についてお世話になった電気屋を尋ねた。
電子レンジがイッちまった時があったんだが、その時修理してもらったのだ。

タダで。

何と言っても無料と言う事が大きい。
それ以来、ここは贔屓にさせてもらっている。
ヴーン、という学園都市に比べればうるさいと思えるくらい古臭い自動ドアが開くと、中からは暖かい風が舞い込んで来る。
店と言うのは客を引き込むために気温を適温にしてくれているから良い。
少し暑い気もするが、エヴァはこれで丁度いいみたいな顔をしているし、茶々丸に至っては寒いと言う感覚もない。
感覚に関しては個人の自由だろう。
俺はこんなに寒いのに坊主で頭に捻り鉢巻きをしている爽やかなオヤジに尋ねた。
「オヤジ、炬燵ってここにあるか?」

「お、アクセラレータさんか。もちろん、電気を使う製品でウチに置いてないもんはないぜ!」

キラン☆と歯をきらめかせて親指を突き出すオヤジ。
ちなみに、俺はこういう馬鹿は嫌いじゃない。
エヴァは疲れそうだが。
さて、そのオヤジが案内してくれた場所に炬燵はあった。
その炬燵の造形を見たエヴァが眉間に皺を寄せながらそれを見つめる。
「これが、コタツか……見た目はかなり変だが」
「上にミカンが乗ってるのは仕様ですか?」
「よくわかってんじゃねえかお嬢ちゃん」
このごろ茶々丸がちょっと変わって来たように思えるが、俺は別に悪くない。

良い方向だ。

俺は自分で見まわさずにオヤジに尋ねる。
「できるだけデカくて燃費が良い奴。値段は問わねェ」
「じゃあ、コイツだな。最近麻帆良工学部の連中が遊び半分に作った調低燃費炬燵。値段は張るが性能は確かだ」
「……工学部のお遊びってのが気に食わねェな」
「そう言うな。外の企業さんが必死こいて作り上げたのよりも工学部の学生が作り上げた小遣い稼ぎの方がはるかに性能がいいんだからよ」
オヤジの顔は哀愁に塗れていた。
どうやら、過去に麻帆良工学部に敗れ去った企業の一員らしい。
「で、どうする?買うかい?」
「あァ。じゃァコイツで。テイクアウトするから組み立てる前の奴を出せ」
「へいへい」
愛想の良いオヤジによって運ばれてきた巨大な箱を持った俺は、そのままその店を出た。

俺の担いでいる箱は大通りではかなり目立つ。

だが元々目立つ一団なので特に気にしてはいない。
エヴァ危険派と呼ばれる派閥に属しているガンドルフィーニは俺がエヴァと良い感じに付き合っているのには良い顔をしなかったが、今では慣れたもんである。
最初の頃、麻帆良の最大の危険分子である俺と真祖の吸血鬼が仲良さげに喋っているという光景は彼等の度肝を抜かれたらしい。
大通りではギョッとする連中が毎日十人はいたものだ。

ガンドルフィーニも、もちろんタカミチもだ。

たまに、ホントにたまにだが、俺とタカミチ、そしてエヴァで食事をする時だってある。
話題は主に1-Aや学園長と忙しい仕事への不満、そして酒に酔ったエヴァのナギに対しての愚痴である。
え?俺は主に聞き手だって?
しょうがないだろ、この二人に通じそうな話題なんてないんだから。
雪がパラパラと降りそうな空の下、しばらく歩いていると、エヴァが尋ねて来た。
「……やけに汗臭いオヤジだったな」
「俺は嫌いじゃねェが」
「いや、だからと言って冬であんな豪快さはないだろう。見てるこっちが暑くなって来る」
「冬だからいいのではないのですか?」
「そう言う意味ではなくてだな、こう、暑苦しいのだ。ああいうのは」
そういうもんかね。
ま、よく娘は親父を嫌うというし、エヴァにとっちゃ正常な反応なのかもしれないな。
俺はどうでもいいんだが。






さて、ようやく我が家についた。
筋トレと思い筋力強化を使わなかったツケが一気にきた。
ここに来た当初よりも筋肉がついてきたと思っていたが、それは一般人の範疇でしかなかった。
流石にこのクソ重い炬燵を十分間楽勝で運べると言うわけではなかったらしい。
非常に疲れた。

自業自得とも言う。

エヴァは疲れたという俺をいやに物珍しそうな顔で見て来た。
「貴様が疲れると言う事もあるんだな。私は貴様の体力は無尽蔵だと思っていたぞ」
「……反射ってのァいろいろと便利なンだよ」
例えば、俺が地面を蹴る時の反動すら俺は反射できる。
その時の負担は僅かな物だが、長時間の戦闘において僅かな負担の軽減は非常に大きなものとなる。
地面が固ければ硬いほど歩き疲れるのは地面が固くて作用反作用の効果が柔らかい地面より大きいからだ。
それを無効化できるのだから、俺の負担は相当軽くなる。
普段ジョギングをしている俺にとって、この反射による負担の軽減を行えばかなりの距離を汗一つかかずに歩くことができる。
戦闘でも滅多にスタミナ切れを起こすことがないので、エヴァにそう思われていても仕方がないのかもしれない。
「っ、せ。あァ、疲れた」
家の前で鍵を開けるために両手に持っていた荷物を降ろすと、俺は一息ついた。
汗は余りかいていないが、身体はかなり温まっている。
炬燵いらないんじゃね?と思うほどだ。
だが寒い道をただ歩いて来ただけのエヴァはそうはいかずに。

「寒い。早く開けろ」

というもんだから、俺はさっさと開けることにした。
まあ、中と外の違いと言っても風があるかどうかくらいしかないんだがな。
実際、中に入ったエヴァの驚きは凄まじく、『なんでこんな冷蔵庫みたいな所に住めるんだ!?』と俺を驚愕の視線で見つめて来ていた。
よっぽど快適な生活になれていたのだろう。

こいつ、もう麻帆良を離れちゃ生きていけないんじゃないか?

俺はそう思いながら炬燵を組み立て始める。
組み立ててみると、案外デカい。
一辺が俺とエヴァと茶々丸が入れそうなくらいデカい。
こりゃちゃぶ台を片付けなければならないな。
茶々丸にちゃぶ台を畳んで押入れに片付けてくれるように頼み、俺は炬燵の組み立てを続行した。
とは言っても、もう布団を取り付けるだけであるが。
ばさりと布団をかけて、俺はお待ちかねとばかりにコンセントを刺しこむ。
炬燵は起動して数分間までの間は何故か外にいるより寒い感じがするので決して入らない。
エヴァがそれを知らずに入って寒いと言っていた。

いいから我慢しろ。

「おい、これは本当に暖かくなるんだろうな?」
「暖房機と同じだ。ちょっと待てば暖かくなるンだよ」
なにやら半信半疑そうなエヴァだったが、どうやら次第に暖かくなってきたらしく、『おお!』と驚きの声をあげる。
ようやく温まって来たようだ。
毛布に包まっていた俺も炬燵に入る。
茶々丸は必要ないだろうが、東洋の神秘に触れるために入ってきた。

しばらくしてエヴァがタレてきた。

具体的に言うと、顔を緩ませてぐてーっと机の上に伸びている。
もっとすると溶けるんじゃないかと思っていたが、残念ながら溶けなかった。
つまらねー。
茶々丸はというと、炬燵の感想そっちのけでエヴァの顔をガン見で録画していた。
真正面にいるのに気付かないエヴァも凄い。
完全にぽかぽかと温まって来ると、エヴァがポツリと呟いた。
「これは暖かいな……ウチも買うか」
「賛成です、マスター」
「あの夏みてェに暖かい家に必要なのかは疑問だがな」
ちなみに、この後炬燵の外が寒いとなかなかエヴァが外に出なかったのは余談となる。






翌日、というか翌朝。
しかも早朝。
寒いにもほどがあるというほど寒い外では、俺とガンドルフィーニチームの朝の見まわりが行われていた。
必要ないと思うんだが、こんなクソ寒くてもマッパで走るオヤジがいるんだから困る。
死にたいのか、と慌てて止めたが『我が生涯に一片の悔いなし』的な顔をして爽やかに笑っていたので殴り殺しかけた。
その時は高音に止められた。
何故かガンドルフィーニは止めなかった。

男にしかわからないムカつきらしい。

さて、今日の朝も見るからに重装備のガンドルフィーニチームとそれより少し薄着の俺という四人で見まわっていた。
何故薄着なのかというと、この後ジョギングに移行するからだ。
アスナの新聞配達より早く起きて見回りとか、どんだけー。
「そう不満そうな顔をするなアクセラレータ。私も同じ気分だ」
「できれば高音と愛衣の二人にやってほしいンだが」
俺がちらりと二人を見ると、二人はブンブンとものすごい勢いで手を振った。

「確かにマギステル・マギを目指すためにはこういう慈善事業もしなければならないというのはわかりますけど、真っ裸の変質者を担いで帰ると言うのはやはり少し抵抗感が……」

「お姉様……それ自分で言ってて悲しくならないんですか?」
「それは言わない約束よ愛衣ッ!!」
脱げ女こと高音に真っ裸の変質者を悪く言う資格はない。
下に何か着ろといつも言っているのだが、反省しないのか結局下には何も着てこない。
多分これで負けられないと自分を追い詰めているのかもしれないが、負けた場合のことを考えとけよ。
そんな事を思っていると、目の前に自動販売機が見えてきた。
キュピーンッ!!と俺の目が輝く。

「オゴれ」

「嫌です」

「なんでテメェが速攻で反応すンだよ」
「もう六回目じゃないですか!?」
そう、いつも同じルートを見まわっているために、俺は毎回高音に自動販売機でコーヒーを奢らせていた。
「ケチな奴だな。毎回貼るカイロ貼ってきてるとは思えねェなァ」
「そ、それとこれとは話が違います!」
「じゃ、じゃあ私が―――」
「騙されちゃだめよ愛衣!アクセラレータは言葉巧みに私達の財布から小銭を抜き取っていくのよ!」
「どンな認識されてンだ俺は」
「日頃の行いが悪いせいだと思うが」
ガンドルフィーニが呆れたように呟いた。
「じゃあ交換条件だ」
ほほうなんですかと高音が食いついて来る。
俺が交換条件を言うのは珍しいからだろう。
「今日の帰りは俺ン家で炬燵に入っても良し」
「なっ……コタツ!?日本の暖房器具のコタツですか!?」
何故か高音が飛び抜けるように反応した。
エヴァとはまた違う反応だなと思っていると、ガンドルフィーニが少し驚いた表情のまま話しかけて来る。
「今じゃ学生寮は狭いから誰もコタツなんて買わないからな……そういえば君の家はスペースが余ってたな」
「何もねェからな。で、どうする?コーヒー一つで炬燵に入れるんだぜ?もちろんタダじゃ絶対に入らせねェけどな」
まさに悪魔の契約とばかりに顔を歪ませる高音。
愛衣も期待している顔をしていた。
「炬燵なんて久しぶりです!私おばあちゃん家に里帰りした時しか入った事ないんですよ!あれあったかいですよね!」
「あァその通りだ愛衣。……フッ」
俺はそこで高音を見ながらにやりと笑みを浮かべた。
何やら嫌な予感がした高音はグッと身構えるが、別に高音に直接何かするわけではなかった。
「よォし愛衣、そんなテメェはタダで招待してやンよ。ガンドルフィーニもどォだ?仕事まで一時間くらいあるだろ?」
「ええ!?ホントですか!?」
愛衣は素直にはしゃぐ。

いやぁ、なんつーかこういう素直なのは良いね。

茶々丸とは違う意味で癒される。
アクセラレータの周りにはいなかったタイプだ。
ガンドルフィーニは苦笑しながら手を振った。
「それは今度の休日に行かせてもらおう。ちょっと今月は忙しくてね」
「公務員も楽じゃねェな」
肩を竦めていると、横から高音の高い声が轟いた。
「ちょ……ちょっと待ってください!なんで愛衣はタダなんですか!?」
「この間カイロ分けてくれたし、今もコーヒー奢ってくれようとしたしな。これくらいは当然だろ?」
「私は五回もコーヒーを奢って差し上げたじゃないですか!」
「テメェは親切を金で買えると思ってンのか?とンだマギステル・マギだな」
「ぐぁ……う、うう、いいですどうせ私は脱げ女です……」
いじけ始めた高音。
愛衣はそれを見てあわあわしているが、俺は高笑いである。
いやいや、人をいじるというのは本当に面白い。
いじられると頭に来るが。
俺は高音がいじけるさまをみてひとしきり楽しむと、強引に肩を組んだ。
「ひゃっ!?」
驚いたのか『びくぅ!!』と肩を竦ませる高音。
「間に受けンじゃねェよ、愛衣とセットのテメェを招待しねェわけにはいかねェからな。炬燵に蜜柑くらいは楽しませてやンよ」
「じょ、冗談でしたか……それよりもセクハラですよ」
確かにいきなり異性と肩を組むのはセクハラである。

「関係ねェよ。俺は女だぜ?」

その言葉に0度に近い温度が絶対零度となった。
マイナス273度である。
何故か愛衣だけではなくガンドルフィーニまで凍りついている。
俺以外の三人は俺を見て、驚愕に塗れた声で叫んだ。
「「「…………嘘ォ!?」」」

「嘘だ」

即答してやった。
原作でも言われていたとおり、外部刺激が少ないおかげでホルモンバランスが崩れ、男か女かわかんねェ中性的な体つきと顔つきをしていた俺の身体だが、いかに筋肉がついてきたとはいえ中性的な顔が男らしくなるわけではない。
女だといえば女に見えなくもないのだ。
信じるのも無理はない、といった所だろう。
もちろん高音はサルのように叫んだ。
「むっきぃいいいいい!!」
「ああ!?お姉様帰ってきてくださ―――ってこんなところで『黒衣の夜想曲』!?ま、まさか暴走ですか!?ガンドルフィーニ先生、助けてくださいーッ!!」
「アクセラレータ……心臓に悪い冗談はやめてくれ」
「無理」
こういう感じで俺の寒い朝の見まわりは過ぎ去っていく。
からかうってのがこんなに楽しいというのを覚えたのはこの見回りからだった。
その後、俺は自腹でコーヒーを買ったが高音に蜜柑を食わせて『あ、それ一個百円な』と言った時の高音の表情といったらなかった。

ちなみに愛衣はタレ愛衣と化していた。

エヴァよりも溶けそうになっていたのは秘密だ。






そして、俺は早朝の走り込みに出る。
朝は冷えるが、もう慣れた。
朝の見回りのおかげで目も覚めるし、無茶苦茶眠いことを除けばそれほどの苦行ではない。
ちょいと高音と愛衣を炬燵にブチこんでいたおかげで時間を食ってしまったのである。
別に時間がないわけではないが、ペースを崩したくなかったのは確かだ。

俺は若干いつもより早いペースで走っていく。

見るからに筋肉がついている―――というわけではないが、運動を行うための最低限の筋肉はついてきているはずだ。
将来的に『気』を使おうと考えている俺にとって、まず基礎的な体力はつけなければならない問題であった。
だって、自力で瞬動ができるアクセラレータとか最強じゃね?
そこに更にベクトル操作を加えたら瞬動が縮地になりかねない。
いやむしろ無限瞬動とか可能になるかも知れない。
その場合は反射神経も強化しなきゃな……。
虚空瞬動やらネギまにはトンデモ技術ばかりなので、是非習得してベクトル操作で改造してみたい。
目標はその改造だが、さて、どれくらい先になるやら……。
道のりは長そうだが、地味にやっておくことは無駄じゃないだろう。
基礎ってのは何事も大事だからな。
そう思って走っていると、目の前に見覚えがあるツインテールが見えた。

その場で足踏みしているのは神楽坂アスナだった。

何してやがる、と思うが、何やら俺の方を見て軽く手を振っているので、そちらに近づく。
「おはようございまーす!」
「……あァ」
何でコイツ朝からこんなテンション高いんだと高血圧を羨ましく思いながら、俺はため息交じりに応じた。
冬になったってのにこの元気の良さはあり得ないだろう。
着こんでいる俺が馬鹿みたいに思える。
寒ィンだよ畜生。
「今日は遅いわね。昨日遅くにでも寝たの?」
「用事があってな。シャカイジンってのは大変なモンなンだよ」
「こんな朝から?」
「ダチが部屋ン中でハシャいでたンだよ。外が寒ィから出たくねェって言いだして大変だったンだぜ?」
それはしょうがない、とばかりに神楽坂は苦笑しながら肩をすくめる。
「この時期の朝は冷えるからしょうがないわよ。あたしだって部屋でぬくぬくしたいわ」

ジョギングしている俺の横で、神速とも言える速度で郵便受けに新聞紙をブチ込んでいく神楽坂。

脚の速さと言い、その速度と言い、裏を知ってる連中なら何か疑問に思われて当然な能力のような気がするが……王家の血ってのは凄いんだな、としか言いようがない。
くそう、その身体能力が欲しい。
「あ、それよりちょっと聞いてよ。ここ最近誰かにつけられてる気がするのよ」
「冬にストーカーは普通出ねェンだがな」
裸で道路を突っ走る狂ったオッサンならいたが。
「……心配なら、警察にでも行って相談すりゃいいンじゃねェの?」
「違うの違うの、このかっていう私の友達なんだけど、あの子と一緒にいるといつも絶対誰かにつけられてる気がするの。この頃特に」
……オイ、刹那。

神楽坂にバレるとかテメェ末期だぞ。

内心で焦りながら、俺は顔と声は普段通りにして応じる。
「テメェのその瞬速の脚で逃げきれねェのか?」
「このか背負って走るわけにはいかないでしょうに……でもねー、なんていうか気持ち悪くないのよね。ただ気になるだけで」
……王家ってのはカンというモンに特化してんのか?
「気持ち悪くねェストーカーなンざいンのかよ」
「いるんじゃない?世の中って広いし」
そこでいると考えるテメェが凄いよ。
呆れつつ、そういうお人よしな所が神楽坂アスナたりえる柱なのかもしれないと思う。
なにせ、エヴァは悪くないと断言した奴だからな。
信用しすぎもどうかと思うが、こういうのは人間の美徳だと思う。

俺からすれば眩しすぎるが。

「インチキな宗教勧誘には気をつけろよ。テメェみてェなのが一番騙されやすい」
「なぁに?そういうのに引っ掛かった事あんの?」
「俺はそう言う連中を見てきたんだ。ったく、無駄な散財にしかなンねェよ」
これは一方通行ではなく『俺』の経験になるが。
そういうのにのめり込んでいき、明らかにインチキなモンでも購入している奴がいた。
まあ、ソイツはソイツの金だから自由に使えば良いんだが、まったく散財としか思えなかった。
なまじ純粋な奴ほどそういうのにはのめり込みやすい。
神楽坂には近衛このかがいるから大丈夫だとは思うが。
「ふーん、そうなんだ……まあ、私はともかくウチにはこのかがいるから大丈夫よ」

それには全く同感だな。

近衛このかはあのままいけば本当に良い奥さんになりそうだ。
黒化さえしなければ。
是非良い旦那さんを持ってほしい。
俺は横を走っている神楽坂をチラリと見やる。
「まぁコイツに関してはなァ……時が解決してくれるかどうか」
「ん?何か言った?」
「別にィ」
こういう何げない感じで、俺たちの会話は終わる。
炬燵騒ぎがなければ、これが俺のいつもの朝だ。
……予想以上に食費がかかるのは運動してるのもあるが、もしかしてこうして会話してカロリー消費してるのもあるのだろうか。
これは今日も茶々丸に御馳走になるしかないか。
エヴァ?あんな幼女は知らん。
パーカーにより熱気がこもる中、いつもは感謝するはずの朝日がかなり鬱陶しくなる。
その朝日を見て、俺はいつもこう思うのだ。
―――あー、腹減った。






~あとがき~

アクセラレータの日常編、朝をお送りしました。
この後、アクセラレータは飯食って寝て飯食って麻帆良をブラついてエヴァん家にたかりに行ってコンビニでコーヒー買って寝ます。
こういうぬるいのがアクセラレータの日常ですwww
今まで殺伐としていた状況ばかりだったので、こういうのは書いてて和みました。
いいですねぇ、日常って。
とか言いつつも、次回はおそらく戦闘モノになります。
舞台は四月になりますが、あのイベントが起こるので。
何度も書いてるように、アクセラレータTUEEEE!!だけを展開するつもりはありません。
でも、TUEEEE!!はしますwww


感想で熱や冷気などのベクトルは操作できるという感想をいただきました。
作者がアホでした、すみません……。
次回からは気をつけます。
そういえばアクセラレータが寒がったりする描写ってないですよね。
ベクトルって、難しいですね。



[21322] 第10話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/25 21:09
SIDE 一方通行

更に数ヶ月の時が過ぎた。
あまりにも平坦な数ヶ月だったので特筆すべき事はない。
暖かくなってきたから不審者や襲撃犯が出没しやすくなった、と言った所か。
やっぱ寒いのは嫌だ。

暑いのも嫌だが。

自分でワガママだなと思いながら、俺は麻帆良の商店街を歩いていく。
そんな俺の姿は、客観的に引き締まった体つきになって来ていた。
流石に女装していたら間違われるかもしれないが、普段の状態で女だと思われることはまずなくなった。
最初の頃は初対面の人間に男か女かわからないと言われた事があったが、もうそんなことはない。

見よこの腕の筋肉を。

運動部を一年やった人くらいのささやかな筋肉だが。
だが、それでもやってきた当初と比べれば見違えるほどの体格にはなった。
運動を続け、食生活もそれなりに整えた結果、俺の身長は結構伸びた。
どうやらアクセラレータの成長期だったらしい。
168cmという身長は既に170に達し、まだ伸び続けているようだった。
180くらいまで伸びればいいな、と楽に考えている。

習得しようと思っていた気だが、これはタカミチに基礎理論や知識を頂戴する事で僅かながら掴めるようになって来ていた。
漠然とした力みたいなモンだ。
刹那の斬岩剣とかとんでもない。
あんなもん自然と出力できる連中の技量が信じられん。
実は最初はエヴァに教わろうかと思ったのだが、どうせ、

『そうか、私の知識が必要なのだな!?はははははははは!!アクセラレータもようやく私のありがたさがわかってきたようだな!!ならば対価として―――』

とか言い出しかねない。
普段夕飯たかってるし、対価なしはあり得ないだろう。
それに、癪だし。
タカミチから色々と教えてもらったおかげで知識の方は既に万全だ。
後は経験だけなのだが、この気を掴むと言う事がどうにもうまくできない。
タカミチも相当な苦労をして咸卦法ができるようになったんだと痛感する。
じゃあ神楽坂はどうなんだと言いたくなるが、あれはネギの最強のパートナーになる予定のバケモノだ、どうにもならん。

ちなみに、まだ神楽坂との交流は続いている。

顔は見せていないのであの時突っかかった白髪の男だということはバレていない。
ただ、名前は一方とだけ明かした。
ミチユキと呼ばれるのはなんというか、寒気がする。
下の名前教えてくれと言われたが、俺は頑なとして教えなかった。
ぶーぶーという顔をしていたが、別にいいだろう、何やら不快なのだから。
「じゃあ一方さんって呼ぶわ。なんかさん付けはしなきゃなんない気がするし」
じゃあ敬語使えよと思った。
お互いに自己紹介したので、俺は神楽坂の事は名字で呼ぶことにしていた。
なんというか、下の名前で呼ぶのは気が引ける。
そう言うのは俺のガラじゃないと思うのだ。
向こうは不満そうだが、知ったことか。
なんか、コイツはアスナと呼ぶよりも神楽坂と読んだ方がしっくりくる。
俺の主観的な考えではあるが。
……ちなみに、この関係がいつまで続くかエヴァと超が賭けていた。
その超はというと、あの時あれだけ脅してやったというのに俺を一切怖がらずに何故か友好的に接してくるようになった。

肉まんの美味さは尋常じゃないので俺も良しとしているが、なんだか奇妙だ。

ハカセも超の影響か多少ビクビクしながらも接してくれるようにはなったし。
超の考えている事はわかっているつもりだったが、こういう方面になるとホントにわからなくなって来る。
ささやかな友情をつくって泣き落としみたいな手に乗り出すつもりなら三下以下だが、どうもそんなつもりでもないらしい。
超の目にはどういう計略ぶった色はなく、ホントに純粋に好意的になってくれているように思える。

正直に言って、気味が悪い。

俺の実力不足かもしれないが、それほど超の感情偽装がうまいとは思わないので、おそらく彼女に計略的な思いはないのだろう。
だとすると最終局面で俺に邪魔されないように恩を売る、と言う所だろうか。
実際何度も肉まんを奢らせてるしな。
さて、そんな事を考えているうちに俺は目的地へと到着した。
というのも森の中であるが。

本日はかの有名な停電の日。

つまりは、襲撃者や麻帆良内部での妖怪が出現しやすくなる日でもある。
俺はとにかく手加減とかするのはスッキリしなくて嫌なので、都市を破壊されては困るからと森のほうの警備に回された。
高音、愛衣は都市部。
刹那、龍宮は森。
ガンドルフィーニ、タカミチは遊撃隊員。
俺はタカミチ達と同じく遊撃隊員となる。

ちなみにエヴァ、茶々丸は俺がいるからおそらく出番はないと家でゲームをしている。

仕事しろ。

この時、彼女は自分の魔力を抑えこんでいるのが結界ではなく呪だと信じているので、俺は余計な事を言わずにいることにした。
藪をつついてキングコブラが出たら怖いしな。
学園長は総指揮を執っているため、例年どおり出張る気はないようだ。
ただ、今年度の襲撃は誰かさんの噂のおかげで多くなりそうだ、と言う事は言ってきた。
誰かさんって誰かって?

もちろん俺の事だ。

俺も家にいてはただヒマなだけなのでトレーニングをしたり、それがかったるい時は広域指導員の仕事をやっている。
タカミチは広域指導員でも最強と言われ、麻帆良の生徒たちの間では『デスメガネ』の異名を持っている。 
最初はタカミチも嫌がっていたものの、今ではすっかり定着してしまっていてもう苦笑するしかないとのこと。
まあ、その『デスメガネ』の名が広まったおかげでタカミチが商店街などを歩いている時は抑制力となり、滅多にタカミチの前では問題は起こらなかった。
だとしても治安は多少良くなった程度でしかなくて。
タカミチは海外での仕事が忙しくしょっちゅう出張にでかけることは麻帆良では有名な話だ。
実際は『悠久の風』の仕事だが、それに属しているというのはあまり広まっていないらしい。

タカミチが自慢したがらないのが一番の理由だろう。

彼が忙しいので、実際に麻帆良を見まわるのは一週間の内でも一度や二度、それも短時間の間なので、その間だけ身を潜めれば良いというのが麻帆良でも少数派の、いわゆる古典的な『不良』の考えだった。
実際にはタカミチ以外にもガンドルフィーニや刀子、ヒゲグラなどといったトンデモ身体能力をもった連中もいるのだが、タカミチに比べれば霞むのも仕方がないだろう。
それに、その方々と言えどもやはり仕事が忙しいので見まわるのは短時間だ。
だから不良達はつけあがり、商店街で誰かが絡まれると言う事件は毎日起こり、商店街の人間にとっては珍しい事ではなかった。

だが、そこに俺が現れた。

知っての通り、俺はブチのめして良いと許可された人間に対してはあまり容赦をしない性格だ。
骨を折ったりしたことも一度や二度ではない。
更に、俺の見回る時間は非常に不規則だ。
長時間商店街に居座った日もあれば、サボった日だってある。
予測がつかないのだ。
いつ俺が来るのかわからないうえに見つかればフルボッコにされるという恐怖が不良達に押し寄せ、フルボッコされる覚悟のないチャラい連中は大方姿を消した。
恐怖政治と言うなかれ、これこそが一番効果的な不良対策である。
まあ、それでも根性のある奴等は俺がいようがタカミチがいようが構わず問題を起こすんだがな。
んでもって、そんなことをしてるもんだから俺にも『デスメガネ』と同じく二つ名がついた。

『ホワイトデビル』

……連邦の白い奴か?
多少ネタに走っているソイツをとっちめたくなったが、残念ながら噂の発信源は全くわからなかった。
2-Aが発信源じゃねェだろうなと疑いつつ。
まあ、そんなあだ名がつく上に襲撃者達に対しても俺の地名度は上がっていった。
曰く、『無詠唱でバカでかい竜巻を起こす』
曰く、『素人の殴り方で鬼をまとめて吹き飛ばす』
曰く、『どんな物理攻撃だろうと跳ね返す強固な障壁を備えている』
曰く、『それら全ての現象を気も魔力も使わずに起こす』
という滅茶苦茶な存在が『ホワイトデビル』だという。

大方間違ってないけどな。

それなりに有名になっちまった俺のおかげで、この停電に対して送り込まれて来る戦力が増強してしまったらしい。
だから働けコノヤロウということで俺はお助けキャラではなく最初から出陣しているわけだ。
かったりィからさっさと終わらせて大河ドラマ見てェ、と思っていた。
森に黙って立つ事一分後、少し遠くに鬼の気配を感じた。
数は五十くらいか。

「さァーて、お片付けの時間だ。三分以内に終わらせてやンよ」

向こうは運が良ければ俺を倒せるくらいにしか思っていないに違いない。
となれば、最速で終わらせるのが一番。
俺を引きつけるということは、他で大規模な進軍が起こるという事。
その辺りはタカミチと学園長に任せるか。
走る俺の前には鬼の姿。
既に見慣れた巨体に向けて、俺は認識不能の速度で拳を繰り出した。






SIDE 桜咲刹那

私は東の方へ向かっていた。
というのも、停電になると陰陽師達関西呪術協会の連中の大規模な襲撃が始まるので、それの侵攻を食い止めるために出撃したのだ。
この規模で攻めてくる事は滅多にないので、本来今日警備の予定ではない私達もいかなければならなくなった。

私の横にいるのは龍宮真名。

どうやら世界中を回った事があり、裏では相当な実力者として名を知られているらしい。
実際、神鳴流の鍛練を受けている私の移動速度について来れるのだからかなりの腕と言う事がわかる。
彼女は金があれば以来を請け負うとのことで、学園長から一度の出撃につき給料をがっぽりとせしめているらしい。
がっぽり、とは言っても学園長の懐はかなり大きそうなので、痛くも痒くもないのだろうが。
ちなみに私は長からお嬢様の護衛として少しばかり給料をもらっている。
本来なら断る所だが、金がなくては何もできない。

長には頭があがる事はないな。

それはともかく、私は召喚された鬼達へ突撃するために夕凪を握る。
前回は深入りし過ぎて龍宮に助けられてしまったが、今回はそんな失態を犯すことはできない。
ここを突破されたら、お嬢様が……。
私の夕凪を握る力が自然と強くなる。
私が戦意を高めていると、龍宮のトランシーバーから報告が入った。
『こちら第一陣!悪い、突破された!』
「問題ない。撃ちこぼしは私達に任せてくれ」
『すまない!』
その声は私にも届いた。
私達の前に到着していた魔法生徒たちが突破されたようだ。
私は横の繋がりは持っていないので彼等がどの程度の実力なのかは知らないが、それでも第一陣を任されるのだからそれなりの実力だったのだろう。
それを鬼達は乗り越えた。
これは、心してかからなければならない。
「私が突っ込む。龍宮は後方援護を頼む」
「前みたいにでしゃばるなよ、刹那」
鬼気を感じる。

近い。

私は龍宮の軽口に答えず、夕凪をよりいっそう強く握り締め、刀身に気を漲らせる。
身体にも気を纏わせて身体能力を上げ、ちらりと見えた赤鬼に向けて突撃した。
向こうも先に魔法生徒と戦ってきたせいか、闘気が身体中を纏い、異形の迫力を私に叩き付けてくる。
私を見つけたらしい。
ギロリとその恐ろしい目で睨まれるが、これで物怖じしていては神鳴流の恥さらしだ。
睨み返し、真っ向から突っ込んでいく。
既に龍宮は私の隣にいない。
彼女は敵に見つからずにスナイパーとして援護してくれる。
彼女曰く『私に苦手な距離はないが、遠距離から一方的に攻撃するのは楽だ』とのこと。
拘りがあったんじゃなかったんだ、と心の中で呟いたものだ。

そんな事を思っているヒマもなく、私は鬼と激突した。

大剣と夕凪が激突する甲高い音が響く。
このまま弾き飛ばして―――そう思ったが、弾き飛ばされたのは私のほうだった。
「くっ……ッ!!」
やはり、鬼にまともに立ち向かう物ではない。
よく刀子さんが言っていた。
神鳴流は剛の剣だが、鬼相手に剛が通じるのはよっぽどの実力差がなければ無理。
だから、かかるときは柔でかかりなさい、と。
久しぶりだから忘れていた。
「西洋魔術師やのうて今度は神鳴流かいな!?」
「麻帆良って所はなんでもおるんやのう」
やけに緊張感が削がれる関西弁、あるいは京都弁の鬼達に向けて、私は再び突撃する。
戦闘にいた鬼は私の一撃を受けとめるための構えを見せた。
その左右には得物を構えた鬼の姿。

―――挟み撃ちにするつもりか?

「残念だが、そんな浅知恵は通用せんぞ」
ゴギュギュギュ!!と地面に足を強引に押し付けて減速する。
その地面に押し付けた足に気を込め、それよりも更に腕と夕凪に気を込めて、私は夕凪を振りまわした。

「百烈桜華斬ッ!!」

ドッ!!と切り刻まれながら吹き飛ぶ鬼。
刀子さんに比べればまだまだ未熟だが、それでも鬼三体を吹き飛ばすくらいの力はある。
空間に溶けて消えていく鬼達の上から、百烈桜華斬の衝撃を切り裂いて一体の鬼が落下してきた。
その手には巨大な棍棒。
私を押し潰すつもりらしいが、甘いな。
鬼達の敵は私一人ではない。
「ごっ!?」
落ちてくる鬼の頭を銃弾が貫く。

龍宮だ。

「狙撃か!?」
「ぐおーっ!?ぬかったわァあああああああッ!!」
龍宮の狙撃により消滅していく鬼達。
私も負けていられない。
気を集中させるのは刃のみ。
夕凪を大上段に振り上げ、私は狙撃を警戒してこちらを警戒するのを怠った鬼に向けて夕凪を振り下ろした。
「斬岩剣!!」

ゾンッ!!と大気が切れる。

悲鳴をあげる事もなく、また一体鬼が還っていった。
神鳴流の剣は技の前後に隙が大きいのが特徴だが、その隙を狙って攻撃してくる鬼達の攻撃から身を守る鍛練も積んでいる。 
振り下ろしてきた棍棒を受け流し、私はその鬼に向けて突撃し、腕を切り払い、呆けた鬼の首を切り飛ばす。
そのまま重心を保ちながら回転、そのまま相手の横薙ぎの一撃をしゃがんで避け、相手の両足を切り飛ばして転倒させる。
転んだ鬼の頭を切り飛ばし、私を追って振り回して来る槍を避けて一端距離を取った。

夕凪に気を漲らせる。

ミシリ、と私の足元が歪んだ。

「な、なんやこの嬢ちゃん!?」
「ちょ、最近の子供ってマジパネェっす」
弱音をほざく鬼。
それにしても、いつから鬼はこんなフレンドリーな感じになったのだろうか。
そう思いながら、私は居合の形になった夕凪を抜刀するようにして前方に振るう。
「斬空閃!!」
倒れた鬼共々弱音を吐いた鬼を吹き飛ばし、瞬動で近づくと倒れた鬼達を横薙ぎに切り払って瞬時に二体を消滅させる。
今さっき狙撃された敵を含め、数は後四体。
よし、いける!

そう思った矢先、私は何かが飛来して来るのを感じ、思わず顔を逸らした。

しかし、避けきれなかったのか私の額に一筋の紅い筋が出現する。
後ろを確認すると、そこには五十cmもの長さがある巨大なクナイがあった。
いや、既にそれはクナイではなく柄がない両刃の剣のようだった。
それにしても、私が反応しても避けきれない攻撃とは……何者だ!?
私の疑問に答えるように、木陰からのっそりとそれは姿を現した。
「おお、親分!」
「すまねえ親分、もう半分以上還されちまいやした!」
鬼達に親分と呼ばれたそれは、異様な形相をしていた。
まず、鬼と言う事には間違いない。
額には三本の角。
下あごから突き出した巨大な二本の牙。
それだけなら普通の鬼といえるだろうが、この鬼の大きさが異常だ。
鬼は普通、2,3メートルの体格をしている。
一昔長とサウザンドマスターが封じこめた大鬼は見上げて首が疲れるほどの大きさだったらしいが、そんな鬼は極稀にしかいない。
なのに、この鬼は一回りも二回りも大きく、5メートル……いや、6,7メートルくらいあるかもしれない。
その圧迫感は目にしたものにしかわからないだろう。
回りの鬼とは桁が違う、と言うことがわかった。

「おぉ、さっきの西洋魔術師が手ごわくてな。大出力魔法にゃもう慣れちまったわい」

低い声で笑う鬼の身体には重厚な武者鎧がある。
生半可な攻撃では傷一つつかないような、強固なものだ。
斬岩剣で斬れるか……!?
分が悪い賭けだと思っていると、龍宮から通信が入った。
『刹那、聞こえるか?』
「ああ……なんだ?」
『その鬼は規格外だ、増援に任せよう』
「高畑先生は?」
『北の方から攻め寄せた馬鹿みたいな数の鬼を退治してる。まだ時間がかかるらしい』
「わかった。増援が来るまで時間を稼ぐ」
『私も援護してみる。だが期待はするなよ』
龍宮が連絡を取るといったら、先生たちだろう。
刀子さんや神多羅木先生が来たら、もう大丈夫だ。
あの二人は麻帆良でも指折りの実力者だから、この鬼に対しても負けたりはしないだろう。

問題は、それまでの時間をどう稼ぐか、だ。

闇雲に攻めても返り討ちにあうだけだ。
だが、攻めなければ時間稼ぎにもならない。
弱点といえば唯一防具に覆われていない顔くらいだが、あんなところまでジャンプしたら蝿を叩き落すように迎撃されてしまうだろう。
どうするか……。
私が悩んでいると、突然目の前の巨大な鬼が動いた。
と言っても頭を傾がせただけだ。
私がそれに疑問を覚えた瞬間、カン、という乾いた音。
どうやら兜で龍宮の銃弾を弾き返したらしい。
……龍宮が期待するなといった理由がわかるな。

「小賢しいわ」

ズドン!!と大地が爆発する。
地面が鳴動する。
巨大な鬼が走って進んでくるというのは凄まじい迫力だったが、私はそれに立ち向かった。
奴が止まらなければ、このまま麻帆良に一直線だ。
なんとしても、止めなければならない。
「斬岩剣ッ!!」
身体強化の気も使い、片足に向けて全力の斬岩剣を放つ。
だが、巨大な鬼はその図体にしてはなんとも身軽に私の決死の一撃をひらりと避けて見せた。
敏捷なその動きに驚きを隠せないでいると、巨大な鬼は地面を削り、木を叩き折りながら方向転換し、私に向けて突っ込んできた。

まずい。

フルパワーの斬岩剣を放ってしまった今、気を練り上げるのにはまだ時間がかかる。
龍宮も狙撃しているようだが、巨大な鬼は篭手で銃弾を弾いてしまう。
ズン、と鬼は私の眼前に足を踏み降ろし、地面を粉砕して私を吹き飛ばした。
腹に大きな石の塊が激突する。
かは、と息が詰まる。
無様に私は地面を転がり、木に激突してやっと止まった。
まるでダンプに激突されたかのような激痛と衝撃に思わずうめくと、遥か頭上から低い声が降ってきた。
「嬢ちゃん、抵抗せえへんならワシかて命は奪わん。しかしなあ、抵抗すんならワシにも考えがあるで」

迫り来る、鬼気。

ハッとして私が回避に移るが、遅い。
目の前に迫るのは5メートルもの鬼の巨体。
あんなものをまともに食らえば私の貧弱な身体など押し潰されてしまう。
咄嗟に私は足に気を集中させ、全力で横に飛び退いた。
私の進行線上にあった木を夕凪で切り裂き、私は地面の上になんとか着地した。
ハッとして目の前を見ると、木を吹き飛ばしてバランスを崩し、倒れている鬼の姿があった。

チャンスだが、私の役目は時間稼ぎ。

ここで功を焦って斬岩剣でも繰り出して外してみろ、反撃を食らって潰されるのがオチだ。
油断なく大鬼を見ていると、案外すんなりと大鬼は立ちあがった。
やはり、あれは演技だったらしい。
「神鳴流言うんは猪武者と聞いとったんやけどな。案外冷静やな。その歳でたいしたもんや」
そりゃ、こんなデカい鬼相手では慎重にもなるというものだ。
幸いにも、奴は私を狙っているようだ。
このまま一気に市街地まで驀進されては私には止める術がない。
これは好都合だ、私はもっと逃げ回る事に徹しよう。
追撃して来る鬼の一撃を避け、時に放って来る巨大クナイを避け、たまに反撃して鬼の注意を引く。
その間に、私はいくつもの生傷を負う羽目になった。
主に避けきれなかったクナイの傷だが、幸いにも致命傷となる一撃はもらっていない。
とは言っても、この鬼相手に一瞬でも油断したら致命傷になることはわかっている。
この鬼と相対してそろそろ二分。
私の集中力も切れてくる頃だ。

増援はまだなのか?

焦っている私の心を読んだのか、大鬼がその口元を歪ませた。
「なんや、気にかかることでもあるんか?」
その優位に立っている者独特の愉悦の笑みに、私は嫌な予感を覚えた。
私は無言を貫きとおしていると、大鬼はその笑みを浮かべたまま続ける。
「お嬢ちゃんの考えは既にわかっとる。ここに来る増援を待っとるんやろ?やけどそれは諦めた方が良いで」
「……どういう意味だ」
「そのまんまの意味や。さっきから、どうしてお嬢ちゃんの味方の狙撃手が撃ってこんと思っとるんや?ワシに牽制すること自体が有効ってことくらいわかっとるやろうに」
そういえば、こうやって喋っている間にも龍宮の銃弾は大鬼を襲わない。
こんな隙を見逃す奴じゃないはずなのに。

「ワシに与えられた任務は全力を出しても潰せないが負けもしない相手を引きつける事。さっきの西洋魔術師は潰せたが、お嬢ちゃんはちと守りが硬い。さて、お嬢ちゃんの防衛範囲からここまでどれほど離れとるんやろうなァ?」

……まさか。
龍宮は一人で鬼の軍勢を抑えている、と言うことか!?
「おお、見えるで。お嬢ちゃんの抜けた穴からぞろぞろと鬼が入り込んでいく光景が。狙撃手も頑張っとるみたいやけど、善戦とは言い難いようやな。そうそう、今戻っても無駄や。もう第二防衛ラインは突破させてもろたで」
ゴッ!!と言葉が終わるまでもなく大鬼の得物の巨大な棍棒が私に迫ってきた。
私は舌打ちしながらその一撃を避けるが、大地を割った棍棒の一撃はいくつもの散弾のような石塊を作りだし、私に向けて殺到して来る。
「ぐうっ!?」

その内の一発が私の膝に当たった。

着地のバランスが崩れて、そのまま無様に転がった。
木にぶつかってようやく止まった私の目の前に、棍棒が突き立てられる。
「そろそろ追いかけっこも終わりにしよか。なあに、足の一本折るだけや、命まで奪う気はないで」
確かに、これだけ現場と離れてしまえば足を一本折るだけで私の戦闘参加は不可能になってしまう。
「……鬼を召喚する大規模術式が北に現れたのは囮か?東が本命だったのか?」
「ああ、その通りや。本当なら北から攻める予定やったんやけど、向こうには滅法強い神鳴流剣士がおってな。急遽北に変更したんや」
おそらく、その神鳴流剣士は刀子さんのことだろう。
北の方が防備が薄いと即座に主力を投入してくるのは凄いな。
まあ、これだけの数を召喚し、更にはこんな大鬼を召喚して来るのだから並大抵の術者ではないと思っていたが……どうやらキレ者でもあるらしい。
「それが大当たりしたということか……」
「最近は『ほわいとでびる』っつーバケモノが出没しとるらしいけど、それらしい奴は西におるっちゅう情報や。転移魔法でも使わん限り到着するまで時間がかかる。それまでに目的は果たさせてもらうで」
「目的は……このかお嬢様か」
「その通りや」
もう冥土の土産はない、とばかりに大鬼は私の足を折るために手を振りかざした。
私はもう諦めて目を瞑る―――と見せかけて、

振り下ろして来る拳に対して渾身の力を込めて最大の気を纏った夕凪を振るう。

「ぬおぅ!?」
大鬼は私がそんな力を隠していた事に驚いたようだが、振り下ろされた拳は止まらない。
「斬岩剣ッ!!」
そこに、私の夕凪が激突した。
岩を斬る斬撃は大鬼の右腕を容易く切り裂き、その余波によりさらに深く切り裂かれる。
二枚におろされたように大鬼の右腕は縦に真っ二つになった。
大鬼が睨みつけてきたので、私は不敵な笑みで応じる。
「窮鼠猫を噛むという言葉を知っているか?」
「油断大敵という奴やな……ハッ、ワシもまだまだ甘いみたいやな」
私が夕凪を構えて立ちあがるが、実の所今ので打ち止めだ。

カクカクと膝が震える。

あの力を解放すればまだやれるが、誰かが見ているかもしれないのにあれを出すわけには……だが、すぐにでもコイツを倒して鬼の軍団を倒さなければお嬢様が危ない。
お嬢様を取るか、正体がバレる可能性を取るか。
問うまでもない。

私はお嬢様のもとを去ることになろうとも、お嬢様を守るために全力を尽くす!!

私は烏族との混血で白色の翼を持つ禁忌の存在。
だから普段は隠しているが、普段から抑えつけられている烏族の力を解放すれば、その力は並みの烏族の力を軽く上回る。
ブワッ、と私の背中から現れる白い翼。
それを見た大鬼は驚いたように言った。
「禁忌の白い翼……お嬢ちゃん、烏族との混血か?」
答える必要はない。
私は烏族の力を解放したことで飛躍的に上がった身体能力と抑えつけられていた気を爆発させ、最大の一撃を放つために夕凪に気を乗せる。

熱い。

私の操れる気の量を遥かに超えた一撃を繰り出すためには身体に負担がかかるのはわかっていたが、キツい。
だが、これを制御しなければ目の前の敵には勝てない。
振り下ろしてきた棍棒の一撃を空を飛ぶ事で避ける。
「やるやないか、混血のお嬢ちゃん!!」
しかし、大鬼は咆哮すると無理矢理力ずくで棍棒の起動を捻じ曲げ、私を叩き落そうとさっきとはまったく違う速度で振り回してくる。
やはり本気ではなかったのだ。

だが、大鬼の本気の一撃すら今の私では遅い。

私は棍棒から逃げ回りながら気を練り上げていく。
膨大な気を、刃に乗せる。
「―――神鳴流、奥義」
心臓の鼓動が聞こえる。
気の脈動が重なる。
長が過去に放ったものを見よう見真似で会得した我流の神鳴流奥義。
現段階での私の最高の一撃を見よ。


「―――極大雷鳴剣ッ!!」


ゴドォン!!という雷が落ちたような音が聞こえた。
更には地面には圧倒的な地震のような衝撃がはしる。
砂煙と土くれが巻きあがり、いくつも木が吹き飛んだ。
私は荒い息をつきながら羽ばたき、砂煙が舞っている地面に着地する。
辺りは夜闇の上に砂煙のせいでほとんど視界が利かないが、私のあの一撃を食らった大鬼が生きている事はないだろう。
私は限界以上の気を使ったため身体の節々が痛むがその痛みを抑え、龍宮の元へ向かうことにした。

「待てや」

ゾッとするような低い声。
それが先ほどの大鬼のものだと判断する前に、私は横殴りの衝撃に襲われて吹き飛ばされた。
木に叩きつけられ、息が詰まる。
なんとか頭を打つ事は避けられたので意識を保つ事ができた。
ふらふらする思考の中、私はようやく大鬼に吹き飛ばされたのだと実感した。
「なかなか強い一撃やったな。ワシの両腕を吹き飛ばすか」
砂煙が晴れると、そこに立っていたのは両腕をなくした大鬼の姿だった。
胴体の武者鎧も半壊していたが、肉体に斬激が届くまで至っていない。
顔面は両腕を犠牲にする事で防いだらしく、傷一つなかった。
私は驚愕した。
いくらなんでも、分厚い鎧を着こんでいたとしても私の極大雷鳴剣をあれだけの被害で収めるなんて不可能だ。
そこで、私は一つの仮説に思い至った。

「……防御符か!!」

「そうや。実はワシ、以前神鳴流剣士に退治されたことがあったんやけどな。人間のくせに馬鹿げた攻撃力を持っとるさかい、どないしたらええんやと無い頭捻って考えたんやけど、やっぱし防御力を高める以外に手はない思うたんや。ま、今回はそれで正解やったみたいやけどな。召喚主には感謝せなあかんわ」
両腕の無い大鬼が迫って来る。
今の私は気を限界まで使っているため動けない。
翼を使うなんてもっての外。
翼も肉体と同じで動かそうとすると激痛が走るからだ。
その状態でまともに大鬼の頭突きでもくらったら、私の体は潰される。

文字通りだ。

「足だけにしといたる!感謝せえや!!」
グアッ、と振り上げられる巨大な足。
終わりか。
やけにすんなりとその言葉は私の胸の中を通り過ぎていった。
そしてその大鎚のような足が私に振り下ろされようとしたその時、大鬼がいきなりあらぬ方向を向き、足を止めた。
「……なんや、滅茶苦茶速いで?人間かアイツ」
そのまま私から足を離し、その方向に向き直る。
どうやら、大鬼は私よりも脅威になる何かを感じたようだ。
刀子さんか?高畑先生か?
やがて私にも気配が感じられるようになるが……速い。
大鬼が言うように滅茶苦茶速い。
私が速いと認識した時、既にそれはこちらに向かって突っ込んできたのだから。
「おごぉおおおおおおおおおッ!?」

横っ腹にそれが突っ込んだ。

それに身体をくの字にして吹き飛ばされる大鬼。
大鬼が回避行動を取らなかったのは、残り一キロ辺りの時点でいきなりそれが加速したからだろう。
明らかに音速を超える速度。
大気摩擦で燃えてもおかしくない速度。
だというのに、私の目の前にいる人は傷一つ無い。
さっきまで私の前にいた大鬼は遥か向こうに横たわり、今目の前にいるのはこの麻帆良の魔法関係者では知らぬ者はいない存在。
月光を受けて輝くのは銀髪ではなく色素が抜け落ちたかのような白。
同じく病的なまでの白さを持つアルビノの肌。
その口元には獰猛な笑みが浮かび、紅い目はがっちりと大鬼を捕らえていた。

「死ね、デカブツが」

たった一言。
彼がそう言い残して地面を爆砕するようにして蹴り、掻き消えた後、彼は大鬼の剥き出しになった腹を殴りつけた。
それだけで鬼は全身から血を迸らせ、この世界での最期を迎えて消え去った。
何故拳を打ちこむだけで全身から血が噴出したのか意味不明だったが、彼に常識を問うのは無意味だと知っている。
きっと、どんな常識だろうと『知るか』の一言で押し通すだろうから。
眼前で思いっきり血飛沫を浴びているのに、何故かそれさえも拒絶したかのように真っ白の彼は、私を見てにやりと笑った。
「お勤め御苦労サマ。後は俺がやっとくから、テメェは寝てろ」
その不敵な笑みに、私は口を開くこともできずに。
ただ安心したように笑って、意識を闇の中に沈めた。






SIDE 一方通行

危なかった。
まさかあんなバカでかい鬼が刹那とタイマンで勝負してたとは。
龍宮の連絡がなかったら絶対に遅れてたな。
目の前で気絶して白い翼を消した刹那を見ながら、俺は内心ではなく思いっきりホッとため息をついた。
東は俺とタカミチ、ガンドルフィーニで鎮圧し終わり、既に西の殲滅は終わりつつあり、主力は北に集中しつつある。
次第に第三防衛ラインが自動結成され、鬼どもは消滅するだろう。
龍宮の安否が気になるが、鬼に囲まれた程度で死ぬ奴じゃないことは知っている。
タカミチ達が救出するだろう。
……それにしても、と俺は鬼を絶命させた右手を見やる。

『血液逆流』

滅茶苦茶凶悪な上に超強い。
体表面の毛細血管から静脈の血の流れまで全て操れるとか、改めて俺の身体のチート具合を確信した。
遠距離からの攻撃も反射により不可能。
接近したら即死。
……チートだ。
とにかく、俺は一番近くにいる魔法生徒に声をかけることにした。
「……オイ、高音」
『なんですか!?ちょっと私忙しいんですけど!』
「そこから離脱してN31の2ポイント辺りに来い。魔法生徒が気絶してて動けそうにねェ。テメェが回収しろ」
『はあ!?ちょ、横暴ですよ!くっ、私はまだ戦えます!』
「テメェの所にはタカミチが向かってる。後は俺とタカミチ、ガンドルフィーニに任せて引け」
『ですが!』
「テメェらに無理はさせられねェ。さっさと引け!」
俺は強い口調で言った。
広範囲の攻撃を得意とし、物理攻撃もほとんど無効化する高音の操影術であるが、流石に数の暴力には逆らえない。
高音はともかく愛衣が心配である。
アイツは弱いからな。
高音はため息をついた後、
『……わかりましたわ。愛衣も離脱させますが、よろしいですね?』
「あァ、任せとけ」
携帯の通話を切り、俺は肩をぐるぐる回した。
タカミチとガンドルフィーニ、刀子にヒゲグラがいるとはいえ、鬼はまだまだいる。
取りこぼしがねェようにぶっ潰しておかねェとな。






~あとがき~

第10話をお届けしました。
今回はアクセラレータの報告、そして刹那の巨鬼との戦闘でした。
アクセラレータが有名になればなるほど、関西呪術協会にも情報が伝わり、その戦力を強化してくるだろうと考え、こういう展開になりました。
この後鬼たちはかわいそうなくらいにフルボッコされます。
アクセラレータ、タカミチといれば当然ですね。
この10話、またまたメモ帳で40キロバイトくらいになってしまい、急遽二つに切ったモノです。
第11話は今日中に投稿できるか不明ですが、もう仕上げの段階に入っていると報告しておきます。
次回、後日談です。



[21322] 第11話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/25 23:45
SIDE 桜咲刹那

ここは……病室?
私が目を覚ましたそこは、見慣れた病室だった。
見慣れた、というのは私が何度も無茶をしてここまで運びこまれたからだ。
今回も無茶をしたのか……と私は寝起きのぼんやりとした頭で思った。
確かこんな状況に言うべき名言があったはずだが……ぼんやりとしているせいで思い出せない。
そのまま体感的に十分ほどぼーっと虚空を見つめていた私だったが、何があったのか思い出してガバッと起き上がる―――。
「ぐっ……!?」
その時、激しい痛みが体を襲い、私は思わず体を強張らせてベッドに倒れた。

気を消費した反動が来ているのだ。

普段人間としての気を使っている私が、いきなり烏族の力を使うには少々無茶だったようだ。
あの時はやったこともない全力の極大雷鳴剣も放ってしまったし。
私の身体の内部はボロボロになっていることだろう。
それよりも、私は体の痛みより気にかかることがあった。

あの時大鬼を吹き飛ばして私を助けに来てくれた、アクセラレータのことだ。

私が翼をしまった記憶はない。
もしかしたら彼に翼を見られていたら、まずいことになる。
私が混血だと知っているのは関西呪術協会の連中、そして一部の上層部の人間だけだ。
混血とは忌み嫌われる存在。
彼が私の翼のことを誰かに尋ねているのなら、私が隠してきた翼が明るみに出る事になる。
覚悟はしていた。
だが、いざとなると不安になる。
今まで良くしてくれていた先生方に拒絶されるのが怖いのだ。
やはり、私は麻帆良を去らなければならないのだろうか。
重い気分になっていると、シャッ、と私の前にあるカーテンが開かれた。

「ああ、気がついたのね。具合はどう?」

その人は私がここに運ばれた時に応対してくれる看護師の女性だった。
名前も知らないが、魔法関係の人だ。
いつもながら私の外傷は見当たらないので、彼女が治してくれたんだろうと思う。
「身体のあちこちが痛いです。おそらく気を使いすぎたからだと思います」
「ええ、空っぽだったものねえ……限界以上の気を使ったでしょ?若い子にはよくあることなのよ」
そう、麻帆良に来る前は私もよくやった。
斬岩剣の練習をしているとき、気を大量に込めすぎて暴発してしまった時がある。
その後は一週間近く動けなくなり、師範には酷く叱られたものだ。
それの特大版、という所だろう。
「高畑先生たちも心配してたわよ?」
「……あの、アクセラレータさんは……?」
女性は首を傾げた。
「ここにあなたを運びこんできたのは高音さんだったし、それから来た人達の中にアクセラレータさんはいなかったわね。白い髪の人でしょ?」
女性の問いに頷きながら、その高音さんという人には改めて礼を言っておこうと思った。
「今の時刻はいつでしょうか?」
「ええと……朝の九時よ。学校はお休みになってるから、今日一日はきっちりと休みなさい。明日になったら身体の痛みもほとんど引いてると思うから」

本当にそうなら、この人はかなり医療術の使い手ということになる。

気を使いすぎた激痛を癒すにはそれ相応の知識と技術がいるからだ。
「……ありがとうございます」
「いいのよ、戦うのがあなたたちの仕事なら、私は治すのが仕事だから」
それもそうだと思い、私は少し硬い枕に頭を沈めた。
私の身体はよほど睡眠を欲していたのだろう、カーテンが閉まる音を聞いた直後に意識が落ちた。






次に目覚めた時、私はいきなり度肝を抜かれる事になった。

「おォ、起きたかよ」

「ッ!?」
びくぅ!!とその声に驚いてしまい、激痛に苛まれてしまう体にうめく。
私が痛みを堪えながら声がした方を向くと、そこにはパイプ椅子に腰掛けてにやにやと笑っている白い男。
アクセラレータがいた。
「なっ、な、なんでここに……!?」
「どォでもいいだろ、ンな事。あァ、そう身構えンな。テメェにちょっと聞きてェ事があるだけだ」
寝起きで混乱する頭の中で、何故か最後の言葉だけはするりと頭の中に通った。

聞きたいこと。

おそらく、あの事に違いない。
私が喋る前に、アクセラレータは掌の上にある拳大の機械を見せてきた。
「こいつはとある発明家が発明した音波遮断装置でな。ある一定範囲の音を外に漏らさない機械だ。俺とテメェの話は一切外には漏れねェから気にすンな」
まるで、私が話す事がわかっているような口ぶりだ。
もしかしたらもう学園長に聞いてしまったのだろうか。
私は気持ちを落ちつけるために一度深呼吸をして、アクセラレータを見つめた。
私が落ちついたのがわかったのだろう、彼もいつもより幾分か真剣な声で尋ねてきた。

「あの白い翼はなンだ?」

やはり、見られていたか。
当たり前か。
最後の会話を思い出して見ると、あの時アクセラレータはばっちりこちらを見ていた。
その時はまだ翼をしまっていなかったのだから、当然だ。
「……あなたは人以外の種族を知らないかもしれませんが……私は烏族と呼ばれる人外と人間との混血です」
それ自体には全く驚きを示さなかったアクセラレータは、疑問そうに眉を寄せた。
「ウゾク……烏?カラスか?カラスだったらなンで翼が白いんだよ?普通カラスは黒いモンだろ?」
その質問は正直答えるのが躊躇われる。
だが、答えなければこの人は絶対に納得しないだろう。
私は彼の視線に観念する事にした。
私の顔は自然に俯く。
「突然変異なんです。もしかしたら混血だからかもしれませんが……百年に一度くらい、白い翼の烏族が生まれるそうです」
「ほォ……なるほど。アルビノと同じってことか」
「はい」
で?と彼は膝に頬杖をついて追求して来る。
「そのアルビノの烏族と人間の混血が、どォしてこんな所にいンだよ?俺だったらそんな貴重な存在をわざわざ人里に手放そうとは思わねェけどな」
やはりそこに踏み込んで来るか。
彼はやはり頭の回転が速い。

隠し通す事はできなさそうだ。

「……白い翼は、烏族にとっては禁忌なんです。それに、私は人間との混血だったから……里を追い出されて路頭に迷っている所を拾われて、今はここにいます」
かなり端折ったが、私の生涯を短く言えばこんなものだろう。
迫害されて里を追い出され、拾われたのが長だった。
流石に、このかお嬢様のことまでは言う気にはなれないが。
私が俯いた顔を上げると、そこにはまさしく『ふーん』という言葉が似合いそうな表情をしているアクセラレータの姿があった。
あまりにも無関心そうなその顔を見て、逆に私が戸惑ってしまった。
「あ、あの、なんとも思わないんですか?私はあなた達のような人間とは違うバケモノなんですよ?怖いとか思ったりしないんですか?」
「……はァ?」
アクセラレータは心底理解できないみたいな声を上げると、

いきなり立ち上がって私の両頬を掴んでむにむにと引っ張り始めた。

いきなりの意味不明な行動に目を見開いていた私だったが、やがて襲ってきた痛みに悲鳴を上げる。
地味に痛いのだ。
というより、身体が、身体がァッ!?
「ひ、ひひゃいへふ!ひゃ、ひゃめふぇー!」
振り払おうとしても激痛が走るのでペシペシとアクセラレータの身体を叩く事しかできない。
しばらくむにむにとした後に、彼は私の額をチョップで叩いた。
「はうっ!?」
何故彼のしょーもない攻撃はこんなに痛いんだろう。
とにかく抗議の篭った瞳で私はアクセラレータを睨むが、そこにいたアクセラレータは呆れたような顔をして私を見下ろしていた。
「あのな、バケモノは『ひひゃいへふー』とか、『はうっ』とか言わねェンだよ。バケモノってのは際限なく破壊を生み出す存在やらいくら殺しても死なねェとかそういう奴等を指すンだよ。たかが翼が生えたくらいで何バケモノ気取ってやがる。空を飛ぶ事くらい魔法使いにだってできるだろうが」
「た、たかが翼って……」

愕然とした。

今まで私の翼の存在を認めてくれたのは長や一部の人のみ。
それ以外の人や烏族は私の翼を禁忌として、汚れた者として侮蔑の視線を送って来ていた。
翼の事を言われたのも少なくない。
だというのに、この人は翼が生えたくらいなんだ、と言っている。
翼が生えるのと空を飛ぶ魔法使いを同列に見ている。
記憶喪失をしているからこその価値観かもしれないが……私はそんな横暴な考えに触れた事がなかった。
私がいまだ呆然としていると、彼は私の頬を両手でバチン!と挟んだ。
「ふぁうっ!?」
「それになァ、バケモンはテメェの目の前にいるだろうが。どんな物理攻撃も効かない、無詠唱でとんでもねェ魔法を使う、気も魔法も使わずにその現象を起こす、7メートル近くある大鬼を一撃で殺す俺のどこが普通の人間だ?」

……確かに。

なんだかよくわからないから放置していたが、確かに彼の力のほうがよっぽどバケモノに近いかもしれない。
「……そこで納得するってのァテメェが図太いって証拠だな」
そう言って彼は私の頬から両手を離した。
何時の間にか表情に出ていたらしい。
慌てて謝るが、彼は気にするなと手を振った。
「言い出したのは俺だからな。とっくに自分がバケモノだってくらい自覚してるンだよ。お前がそう思ってたようにな」
彼はにやっと笑みを浮かべた。
それは私が気絶する直前に見たあの悪魔的な笑みではなく、どこか人を安心させるような笑みだった。
はたから見ればとても区別はつかないが、なんとなく私にはわかった。
「テメェのバケモノの定義がどんなモンか知らねェが、テメェの台詞は本物のバケモノを知らない奴の台詞だ。本物のバケモノはただ翼が生えてるどころじゃねェ。見た瞬間に恐怖するモンをバケモノってンだよ。人間でもバケモノみてェに強ェ奴はいるし、バケモノみてェな姿に変えられちまう奴だっている。テメェは恵まれてンだぜ?」
そこで何故か、彼は寂しげな表情を浮かべた。
いつか見た、世界樹の上でのあの表情だ。
「断言してやる。ただ翼が白いとか混血とかだけでバケモノになるんじゃねェ。翼が白くなくて純血だとしても百人千人殺してる奴の方がよっぽどバケモノだ。そこまでテメェは堕ちちゃいねェだろ?」
そう言うと、彼は立ちあがった。
若干その顔が赤いのを見ると、照れているのだろうか?

「テメェの翼をバケモノ呼ばわりする奴がいたら俺の前に連れて来い。そこで本物のバケモノって奴をみせてやるからよ」

彼は私が何も言えないまま、機械のスイッチを切るとカーテンを開けて外に出ていった。
「あら、もういいの?まだ彼女起きてなかったと思うけど?」
「いいンだよ、言いてェことは今度言うさ」
どうやら本当に会話は聞こえていなかったらしい。
女性にそう言い残し、アクセラレータは病室から出ていった。
今思うと、ここは病室ではなく保健室なのかもしれない。
カーテンの向こう側にあの女性もいるし。
ようやく思考が始まってくるのを感じると、私は彼の言葉を思い出す。

本物のバケモノ、か。

あなたはどれだけの人を殺して来たんですか、アクセラレータさん。






SIDE 一方通行

少し迷ったが、俺は刹那の所に行くことにした。
なんと言っても翼を見てしまったし、動くのもキツいそうだから俺のところに来させるのもなんだかアレだし。
だから俺は高音に聞いて刹那の病室にやってきたのだが、コイツ寝てやがる。
疲労してるから当然と女性の治療術師が言っていたが、せっかく尋ねてきてやったのにこれはないだろうと俺の自己中心的理論が爆発した。
寝ている間に落書きでもしてやろうと思ってマジックを取り出したのだが、その直前に瞼がピクリと動いた。

チッ。

俺は舌打ちすると、目を薄く開いた彼女に問い掛けた。
「おォ、起きたかよ」
「ッ!?」
何故か刹那はそれに過剰に反応し、びくぅ!!と竦み上がった。
何がそんなにビビったのかね。
しかも痛むのかうぐぐと唸りながら震えている。
痛みを抑えながら、とでも言うのだろうか。
そーっと、という言葉がピッタリな動きで刹那はこちらの方を向いた。
彼女の顔は動揺の一色で染まっていた。
「なっ、な、なんでここに……!?」
「どォでもいいだろ、ンな事。あァ、そう身構えンな。テメェにちょっと聞きてェ事があるだけだ」
そう言って、俺は掌の上にある拳大の機械を見せた。
「こいつはとある発明家が発明した音波遮断装置でな。ある一定範囲の音を外に漏らさない機械だ。俺とテメェの話は一切外には漏れねェから気にすンな」
実を言うと、今日の朝にハカセから借りてきたのだ。
ふふ、持つべきものは友だ。

ちなみに彼女が尊敬する人はアキハ○ラアトムと早乙○博士らしい。

一番にアキハ○ラの名前が出て来る所は流石と言わざるを得ない。
この名前を知らない人はググってみよう。
お母さんに聞いても知らないだろうから聞いたらだめだぞ。

……それはともかく。

俺はようやく俺がいるという状況を受け入れたのか落ちついてきた刹那の様子を見てから、シリアスな顔で尋ねた。
「あの白い翼はなンだ?」
すると、刹那は納得したような表情をした。
やっぱり、という感じだ。
少し悩むような葛藤を見せたが、この俺相手に隠し事は不可能だと考えたらしい、ぽつぽつと話し始めた。
「……あなたは人以外の種族を知らないかもしれませんが……私は烏族と呼ばれる人外と人間との混血です」
「ウゾク……烏?カラスか?カラスだったらなンで翼が白いんだよ?普通カラスは黒いモンだろ?」
それは彼女の内に踏み込む言葉である。
それを知っていて、俺はそう言った。
卑怯かもしれない。
だが、彼女が彼女自身を認めてくれる人間がいる事くらい知って欲しい。

アクセラレータのぶっきらぼうな言葉でも。

俺が真剣な目で彼女を見つめていると、刹那は観念したように俯いて、ぼそぼそと話し始めた。
「突然変異なんです。もしかしたら混血だからかもしれませんが……百年に一度くらい、白い翼の烏族が生まれるそうです」
「ほォ……なるほど。アルビノと同じってことか」
「はい」
そこは新事実だ。
混血だから生まれるかもしれない突然変異か。

純血の烏族とは違う人間の血が混ざるから変異が起こりやすいのかね。

……解析はともかく。
で?と俺は膝に頬杖をついて追求した。
「そのアルビノの烏族と人間の混血が、どォしてこんな所にいンだよ?俺だったらそんな貴重な存在をわざわざ人里に手放そうとは思わねェけどな」
すると、刹那はつらそうな顔をした。
これは彼女の過去をえぐる言葉だ。
知っていて言うんだから、俺もあくどいよな。
「……白い翼は、烏族にとっては禁忌なんです。それに、私は人間との混血だったから……里を追い出されて路頭に迷っている所を拾われて、今はここにいます」
傍から見れば非常に涙ぐましいエピソードであるが、俺にとっては涙を流すどころか『ふーん』と無関心に流すくらいの出来事でしかない。

なにせ、そんな子供の末路にしては今の刹那の待遇は奇跡のように良いものだから。

そんな事を思っていると、刹那は戸惑ったように俺に聞いてきた。
「あ、あの、なんとも思わないんですか?私はあなた達のような人間とは違うバケモノなんですよ?怖いとか思ったりしないんですか?」
「……はァ?」
やっぱそう思ってんのかコイツは。
しょーがない。
俺は立ちあがると、いきなり刹那のほっぺたを摘んでむにむにしてやった。
「ひ、ひひゃいへふ!ひゃ、ひゃめふぇー!」
振り払おうとしても激痛が走るのでペシペシと俺の身体を叩く事しかできない。
お、なんか楽しい。
ていうか涙目の刹那ってなんかこう、クルものがあるな。

やべえ、もっといじめたくなってくる。

俺もアクセラレータもSのせいか非常にこういうイジメはハマる。
エヴァや高音をいじってる時なんて至福の一時だ。
まあ、こういうのもやりすぎては嫌われるため、俺は仕上げとばかりにチョップをかましてやった。
「はうっ!?」
刹那は頭を抑えた後、抗議の篭った瞳で俺を睨んでくる。
予想通り、と俺は刹那を見下ろしてから、言ってやった。
「あのな、バケモノは『ひひゃいへふー』とか、『はうっ』とか言わねェンだよ。バケモノってのは際限なく破壊を生み出す存在やらいくら殺しても死なねェとかそういう奴等を指すンだよ。たかが翼が生えたくらいで何バケモノ気取ってやがる。空を飛ぶ事くらい魔法使いにだってできるだろうが」
「た、たかが翼って……」
刹那は驚いているようだが、一般人……いや、元一般人の俺からして見れば翼くらいなんだと言いたい。
垣根帝督に比べれば刹那の方が何倍も良い人だ。
それに、翼を展開して身体能力が上がる程度ならかわいいものだ。
あっちは『未元物質』なんて意味不能力を使ってくるからな……あっちの翼の殺傷能力に比べれば刹那の翼はまさしく天使そのものだろう。
俺の言う事が信じられないのか刹那はまだ呆然としていたので、俺は喝をいれるためにその両頬をバシンと挟んだ。
お、いい音。
「ふぁうっ!?」
「それになァ、バケモンはテメェの目の前にいるだろうが。どんな物理攻撃も効かない、無詠唱でとんでもねェ魔法を使う、気も魔法も使わずにその現象を起こす、7メートル近くある大鬼を一撃で殺す俺のどこが常識人だ?」
俺が言った後、何故か刹那はうんうんと頷こうとした。
「……そこで納得するってのァテメェが図太いって証拠だな」
そう言って俺が手を離すと、刹那がペコペコと謝ってきた。
俺は気にするなと手を振った。
「言い出したのは俺だからな。とっくに自分がバケモノだってくらい自覚してるンだよ。お前がそう思ってたようにな」
俺はにやっと笑みを浮かべた。
そう、俺の方こそバケモノだ。
最早鬼を叩き潰すことに罪悪感や嫌悪感すらわかない。
生死についての感覚が曖昧になってきているのがわかる。
アクセラレータが内包する闇ってもんは、どうやら一般人を侵食してきてしまうものらしい。
日々、それに恐怖を覚える。
力を得るためにはリスクが必要だとわかってはいたが、いつ『自分』というものが消えてしまうか、恐ろしい。
ガチン、と何やら“聞こえない音”がする。
この自分が自分でなくなるような感覚。

来たか、『一方通行』。

何か言いたい事があるみたいだ、と思い、俺はその虚脱感に身を委ねた。
俺の口が勝手に滑り出す。
「テメェのバケモノの定義がどんなモンか知らねェが、テメェの台詞は本物のバケモノを知らない奴の台詞だ。本物のバケモノはただ翼が生えてるどころじゃねェ。見た瞬間に恐怖するモンをバケモノってンだよ。人間でもバケモノみてェに強ェ奴はいるし、バケモノみてェな姿に変えられちまう奴だっている。テメェは恵まれてンだぜ?」
俺の記憶……正確には一方通行の記憶だが、その中には人体実験ってのは腐るほどあった。
それこそファンタジーに出てくる典型的な『人外』に改造された人間だっていた。
泣き叫びながら死んでいく奴だっていた。
生きている。
何の不自由もなく生きている。

“それだけの事実がどれだけ得難い幸福か、コイツは知らない”。

「断言してやる。ただ翼が白いとか混血とかだけでバケモノになるんじゃねェ。翼が白くなくて純血だとしても百人千人殺してる奴の方がよっぽどバケモノだ。そこまでテメェは堕ちちゃいねェだろ?」
その通りだ。
刹那は人を切ったことがないはず。

ならば、一万人以上殺してきている一方通行の方がバケモノなのには違いない。

一息ついた後、俺は自分の体を確かめるように拳を握った。
彼も刹那に何かを感じたのだろうか。
俺がここにやってきたのはそれが理由なのか?
一方通行が何か言いたくなったからなのだろうか?
自分の行動が時折わからなくなる。
これが憑依の弊害って奴なのか?
そんな事を思っていると、今言った台詞が無性に恥ずかしくなり、俺は踵を返す。

だが、とりあえず最後にこれだけは言わせてくれ。

「テメェの翼をバケモノ呼ばわりする奴がいたら俺の前に連れて来い。そこで本物のバケモノって奴を見せてやるからよ」
そんな差別をする奴は俺は許しておけない。
一般人のケツの青い正義感だということはわかっている。
だが、どうも一方通行も俺と同じようなそれを持っているようだ。
ならば、彼と共に怒るべきだろう。
そう俺は自己中心的思考に貶められながら、機械のスイッチを切ってカーテンの外に出る。
そこには女性の医療術師がいた。
「あら、もういいの?まだ彼女起きてなかったと思うけど?」
「いいンだよ、言いてェことは今度言うさ」
適当な事を言って、俺は保健室の外に出る。
保健室のドアを閉めて歩き出そうとすると、そこにはエヴァが立っていた。
まだ授業サボタージュしやがったな。
彼女は仁王立ちになりながら、何故か不満そうに俺に尋ねて来る。
「……何をしていた?」
「こンな所に来るンだ、昨日の事も考えれば目的は一つしかねェだろ?」
「わからんから聞いている。……貴様、桜咲刹那に助言していたな?」
何故エヴァにそれを問われなければならないんだ?
俺はエヴァの不可解な行動に内心で首を捻りながら、正直に答える。
「まァ、助言だな。それとテメェは知ってるだろうアレうんぬんの話だ」
「アレか。それにしても、貴様が助言するなんて珍しいじゃないか。惚れたのか?」
「くだらねェ」
惚れた?
だから助言する?
くっだらねェ。
惚れたんならもっと具体的に助言するし、もう少しマシな応対の仕方をする。
それに、相手が弱っている所につけこむみたいで、俺は嫌だ。

もっとピュアな恋愛が良い。

……アクセラレータには無理な話かも知れないが。
俺が照れ隠しではなく本気で不機嫌になったのを察したのか、エヴァはそれ以上問い詰めずに踵を返して階段を上がっていった。
本当になにがしたかったんだろうな、エヴァは。
胸クソ悪ィ。
俺はそう呟くと、手身近にあったゴミ箱を蹴っ飛ばした。






SIDE エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル

私は屋上から奴が校舎の中に入って来るのが見えた。
こんな昼間から……ジジイにでも呼び出されたのか?
私のその内心の考えは覆され、奴は保健室に向かった。

保健室?

風邪でもひいたんなら病院に行けば良いのに。
そう単純に思った私だったが、保健室に入っている奴に覚えがあった。
昨日の停電騒ぎだ。
過去最高とも言える戦力で攻めこんできた関西呪術協会の過激派は、後一歩の所でアクセラレータを始めとする最強クラスの面々にボコボコにされて帰っていった。
まあ、アクセラレータとタカミチが同時にいる時に攻めこんではダメだな。
せめてタカミチがいない時に攻めれば良いのに。
アクセラレータはここに住みついて離れないしな。
まあ、停電というのは確かに学園結界がなくなって良いが、あれは妖怪の出現を抑えるのが主な機能で、他には探知系の術式くらいしか込められていない。

よって、召喚される鬼の数や力などには全く影響しないのだ。

探知されにくいという利点もアクセラレータの尋常ならざる探知能力でバレるのは必死。
面白そうだからジジイの所で戦闘を見物させてもらったが、奴の戦闘は出鱈目が実体化して歩いているようなものだった。
ベクトルの向きを操作すると言う能力がここまで強いとは。
どんなベクトルを操作しているのか知らないが、奴は近接戦闘中は凄まじい速度で動く。
連続瞬動ならず無限瞬動だ。
あれが奴の通常移動速度なのだから笑えない。
そしてこのごろ筋力が上がり、タカミチに体術を習うようになってきたせいかパンチの威力がかなり上がってきている。
普通に殴っても鬼の上半身を丸ごと吹き飛ばすような威力だったしな。
それに、奴の表情を見るとあの掃討戦も近接戦闘の実験みたいな感覚だったように思えた。
そして龍宮真名からの情報を受け取った後。

アレは凄かった。

タダでさえ速い速度がもはやズームアウトしなければ視認もできないくらいに速くなった。
お遊びはここまでだ、とばかりに速度を増したアクセラレータは誰にも止められるようなものではなかった。
あらかた駆逐すると後はタカミチに任せ、奴は一気にその場を離脱する。
その速度も音速を遥かに超えた動きを見せていた。
一瞬だけだが、桜咲刹那を追い詰めていたあの大鬼に到達する1キロ手前から音速の三倍以上の速度が出ていたとジジイが言っていた。
どんなベクトルをどう使ったらそんな動きができるのか、今度じっくり確認する必要がありそうだな。
そして、最後に今度は殴りつけるだけで大鬼の身体を不自然に爆砕させた。
と言っても肉体が内部から膨れ上がった感じだったので、炎属性による爆発ではなさそうだ。
あれもベクトルを操作したのだろうか。

まったく、なんでああいうことばかり応用を思いつくのだろうな、奴の脳は。

ま、そんな所を見ていたおかげで、私はこの中等部の保健室に桜咲刹那が運び込まれた事を知っている。
そこに奴が向かったのだから、刹那の翼の話に違いない。
ジジイは既に詠春の奴から話を聞いているようだった。
でなければ判断にも困る場合があるだろうからな。
私は刹那とアクセラレータが話をしている光景を見て、どうにも面白くない感覚を抱いた。

あの桜咲刹那には未だに近衛このかに隠し事をしている負い目と自分の生まれによる差別から自分に自信が持てないでいる。

それから来る研ぎ澄まされた刀のような気配に、私は共感を覚えていた。
それが、奴によって崩されるのではないのか。
奴によって、何か特別な価値観がもたらされるのではないか。
奴には全ての常識や感性が通用しない。

それ以上に、無意識だ。

奴は自分の言葉が他人に与える影響を全く考慮していない。
だから、結果的に私は奴が桜咲刹那を救ってしまうのではないか、と思っていた。
それは面白くない。
なんだか、非常に面白くない。
そんな事を思っていると、私は何時の間にか保健室の前に立っていた。
そして、アクセラレータが眼前にいた。
考え事が自然と行動に移っていたか……私らしくないな。
私は内心のイライラを隠そうともせずに、アクセラレータに尋ねた。
「……何をしていた?」
すると、コイツはとぼけたように答えた。
「こンな所に来るンだ、昨日の事も考えれば目的は一つしかねェだろ?」
「わからんから聞いている。……貴様、桜咲刹那に助言していたな?」
それしかない。
私は確信していた。
奴は図星なんだろうが、それ以上に私がそんな事を聞いて来るのが疑問だったのだろう、少し眉根を寄せていたが、正直に答えたようだった。
「まァ、助言だな。それとテメェは知ってるだろうアレうんぬんの話だ」

アレ。

つまりは、桜咲刹那の翼の事だろう。
「アレか。それにしても、貴様が助言するなんて珍しいじゃないか」
ここで、私は私自身も思わぬ事を口にする。
「惚れたのか?」
「くだらねェ」
即答だった。
というか、今私はなんでこんな事を聞いた?
目の前のアクセラレータから闇のオーラのようなものが徐々に漏れ始めているのがわかる。

このままいるとまずい。

私でも、コイツの陰湿な闇には敵わないのは百も承知だ。
600年生きてきたが、コイツの種類の闇は初めて見る。
底が見えず、どこまでも深淵。
それが恐ろしくなって、私の体は少し強張った。
私はそのままその場の雰囲気に耐え切れず、逃げるようにその場を去った。
私は混乱していた。
どうして、私はあんな事を聞いたのか。

何故だろう。

わけがわからなかった。
私は腹いせに、屋上の扉を思いっきり蹴り飛ばした。
跳ね返って来たので、今度は回し蹴りで蹴り飛ばしてやった。






~あとがき~

できる限り更新します、作者です。
自分でも思いますが、今日の執筆速度は異常ですねwww
やはり刹那が私のキーポイントですね。
明日更新できないかもしれませんので、これで勘弁してください。

えー、あれだけ説教自重とかぬかしておきながらまた説教っぽいことになってしまいました、すみません。
刹那って頑固ですからあれくらい言わないとダメかと思いまして。
なんとか『一般人』と『一方通行』の区別をしたうえで、人格を乗っ取られる『一般人』の心境を書いたつもりです。
実は彼も内心でオドオドしてたりします。
エヴァはアクセラレータと自分が似ている事を肯定しているため、そんな存在が人を救うということができるという事実を否定し、それをしようとしているアクセラレータに嫉妬してます。
同族であるが故に気になりますが、同時に少し違うので嫌悪する……そんな複雑な関係です。

次回から麻帆良祭編です。
プロットがもの凄い事に……一応、これまで出てきたすべてのキャラを出すつもりになっています。
応援、よろしくお願いします。



[21322] 第12話
Name: カラーゼ◆68f6dca0 ID:11f779aa
Date: 2010/08/26 23:16
SIDE 一方通行

さて、停電騒ぎからしばらくが経過したある日。
それはなんと麻帆良祭の前日であった。
あれから数ヶ月。

またもや俺は進化していた。

俺の身長は更に伸び、現在174cm。
体格もそれなりに男らしいものになってきており、半年前の枯れ枝のような俺とは思えない身体だ。
いやぁ、地道な努力って大事だな。
俺は今日の朝も地道にジョギングしアスナと雑談と交わし(驚くべき事にまだ俺が白髪の男だという事がばれていない。もはやここまで来れば奇跡)、筋トレをしてタカミチ直伝の気の操作方法を行った結果、気についてはなんとなく掴めてきていた。

ただ、とんでもないなんとなくである。

難しい文庫をちらっと読んでその人物の人格を把握しろ、というくらいなんとなくである。
実際、ほとんど掴めていない。
まだそれで身体能力を強化するとかはできないが、もともと反射があるのでそれは心配していない。
無論、気でできることはベクトル操作でもできるし、そう焦る事はないと考えている。
瞬動はベクトル操作による突撃で何とかなる。
虚空瞬動も、やはり風をベクトル操作し、竜巻を翼のように出力して空中を自由に移動できるようにすることで解消した。
重力を軽減するのも考えたのだが、こっちの方が使い勝手が良いためだ。

ベクトル操作、マジパネェ。

ただ、そのために演算範囲を削られてしまうため、空中移動中は攻撃し辛いというのが現状だ。
できる限り俺は地上にいるのが一番良いらしい。
更に、タカミチからちょっと武術などを齧り、体術についての訓練も行うことで奇妙な動きをする中国拳法に対抗する術としている。

まだ素人であるが。

ついでにベクトル操作で体内電気を操作し、反射神経も人間の限界、神速のインパルスを完全に超える事が可能になった。
現状、タカミチの居合拳も避けられるようになっている。
見えない拳なら拳圧が来る前の風圧を反射した時点でその位置を特定し、避けるという超絶な絶対回避方法を学んだのだ。
もっとも、反射があるためあまり必要な技能ではないが。
その反射神経向上のおかげで俺の格闘能力は更に上昇し、タカミチ以上のガチンコパワーファイターとして認識されるようになった。
見違えるよ、とタカミチやガンドルフィーニにも言われた。

自分でも見違えるんだから、間違いない。

つーか、アクセラレータって中性的だから黙ってればイケメンなんだよな。
そう、黙ってればの話だ。
試しに鏡の前で笑ってみたが、どう足掻いても悪魔の笑みにしか見えなかった。
くそう、黙っていてもダメじゃねえか。
別にナンパをするわけでもないのに、俺はそんな事で落ちこんだりもしていた。
さて、麻帆良祭の時期になるとお祭り騒ぎになるため馬鹿げたことをしでかす奴らも多くなる。
ここぞとばかりに悪質なナンパをする連中もいるので、広域指導員の出番でもある。
このところ俺のおかげで治安が良くなったとタカミチや新田が言っていた。

鬼の新田、存外話せるいい先生だった。

やはり厳しくするのは生徒のためなんだな、と少し感動していたりもした。
甘酒を飲まされそうになったのは良い思い出である。
飲んだが。
麻帆良祭では前夜祭ですらハイテンションでお祭り騒ぎなので我々指導員も大変なのだ。
準備期間ですら補導される連中が後を立たないというのに、祭りが始まったらどうなる事か。
これからの忙しさにナーバスになりながらも、俺は街を当ても無くスタスタと歩いていた。

大覇星祭と比べるのは間違っていると思うが、それに比べれば小規模だ。

だが、工学部とかが惜しげも無くトンデモ技術を披露するので派手さではこちらの方が上かもしれない。
……いや、規模が違うから向こうが上か。
軍事演習とかもやってるっぽいしな。
さて、原作では告白がどうのという奴があったが、あれは22年に一度の現象であり、今回は見回りをする事くらいしか仕事が無いため、タカミチや高音達も結構のんびりと麻帆良祭を楽しめるとのこと。
俺的にはさっさとアトラクション制覇して世界樹の上でまったりと昼寝なんかしたいんだが。
こういう祭りは大勢で騒ぐからこそ楽しいのであり、あまり大勢友達がいないし騒ぐ性格でもない俺としてはあろうがなかろうがどちらでもよろしい企画なのだ。

暗くなりつつある夜空を照らすのは学生達が灯す光。

高音、愛衣、刹那、龍宮などもそれぞれ準備に忙しいらしい。
これから徹夜する所も少なくない、とのことだ。
ちなみにエヴァはサボっている。
彼女の事だ、どうでもいいと思っているのだろう。
代わりに茶々丸が2-Aに付き合っているらしいが。
前夜祭とか言ってられない忙しさらしいので、学生達の間で過労死が……起きた事はない。
麻帆良と言う所は不思議だ。
夜空に花を咲かせるのは打ち上げ花火。
それより夕日の方が綺麗だな、と思いつつ、俺は自分のルートの見まわりを続けるのだった。






前夜祭が終わった。
バカ騒ぎして裸になった野郎どもを数人鎮圧した。
羽目を外し過ぎないように厳重注意するだけにしておいたのには感謝されるべきだと思う。
俺が介入する事で空気がぶち壊しになるし、彼等のとっての不幸中の幸いといった奴だろう。

ま、恨まれるんなら叩き潰すまでだが。

爆音が聞こえたので見上げると、麻帆良航空部のレトロな感じの飛行機が青い雲一つない空を煙で彩っていくのが見えた。
『只今より第77回麻帆良祭を開催します!!』
「ハイハイ、ご苦労サマ」
なんとなく答えたい気分だった。
目の前を見ると、仮装パレードが行われているのが見えた。
巨大な実物大ティラノサウルスが歩いているのを見ると、流石に顔が引きつってしまう。
しかも原作じゃあんなもんが暴走するんだから何が起こるかわからない。
普通死者がでてもおかしくないんだが、ご都合主義こそがこの麻帆良の代名詞。
死者どころか怪我人もでない。

いろんな意味で卑怯である。

さて、そんな俺はとある場所に向かっていた。
世界樹前広場である。
何故にそこに向かう必要があったのか、それは目の前にいる二人のせいだった。
「あーっ、アクセラレータさん、こっちですよ!」
「……約束は破らないっていうのは本当でしたね」

そう、愛衣と高音である。

ぶっちゃけ二人と一緒に学際を回らないかと誘われたのだ。
俺としては広域指導員の仕事なんざ暇つぶしに過ぎないので、本当はこの時間は見まわる時間なのだが俺はサボることにして彼女らと回ることにしたのだ。
愛衣は無邪気で元気な彼女らしい活発な格好だ。
赤色系統の服を好むらしく、ピンクのロゴ入りのシャツに赤を基調としたミニスカートをはいていた。
……しかしスカートが短過ぎるだろ。
対して高音は黒色が好みのようで、落ちついた感じの大人っぽいロングスカートをはいていた。
普段の制服と余り変わらない気がするが、突っ込まない方向で。
俺は普段通り、モノクロを基調としたシステマチックな服装だ。
白い頭にはやっぱりモノクロが合う。
俺は軽く手を振りながら、二人に合流した。
「どォも。しっかし麻帆良祭ってなァ派手だな?人が多くて目が回っちまう」
「この程度で目が回ってたら最終日には気絶してしまいますよ?最終日にはこの世界樹が光り輝いてそれはもう最高の盛りあがりをみせるのですから」
高音が目の前にある世界樹を指差した。

確かに、光り輝く世界樹ってのは見てみたいな。

「俺は初めてだから、案内頼むぜ」
「はーい!お姉様、予定だとあそこでしたよね?」
「ばっ、愛衣!予定を組んでるなんてバレたら誤解されるでしょ!?」
しっかり聞こえてるんだが。
ま、生真面目な高音のことだ、親切心が沸いて俺に麻帆良の全部のアトラクションを紹介する気なのだろう。
途中で抜けるわけにはいかんので、ちょっと覚悟を決めなければならないようだ。
俺はまず見えてきたアトラクション、『ギャラクシーウォー』を見て、ちょっと湧き立つ心を抑えながらため息をつくのだった。






SIDE 佐倉愛衣

ほ、本当にアクセラレータさんが来ちゃいました。
ガンドルフィーニ先生から『彼は約束はキチンと守るから』と言われたので昨日の内に今日の十時から麻帆良祭を一緒に回りませんかと彼に訪ねたところ、二つ返事でOKでした。
普段戦闘でお世話になってる……というのもなんだかおかしいかもしれませんが、とにかくお世話になっているアクセラレータさんにはこう言う形でお詫びをしなければならないのです。

他意などないのです。……です。

お姉様はしきりにそう言いながらやけに楽しそうにナツメグちゃんから麻帆良祭にある主なアトラクションのデータをもらいながら予定を組んでいたのをよく覚えています。
実際、私もいつもアクセラレータさんの足手まといばかりなので、何かお返しができればなあと思っています。
それが、いつもつまらなそうにしているアクセラレータさんを楽しませると言う事でした。
お姉様が予定を組んで場所に案内し、私が場所について紹介する。
二人で一つの恩返しです。

他意はないのです。

そう思ってると、アクセラレータさんが軽く手を振って挨拶してきました。
「あーっ、アクセラレータさん、こっちですよ!」
「……約束は破らないっていうのは本当でしたね」
呟かないでくださいお姉様!

私だって本当はそう思ってますけど口に出さないんですから!

アクセラレータさんはその台詞には気にした様子がなく、それよりも周りの人の多さの方が気になるようでした。
「どォも。しっかし麻帆良祭ってなァ派手だな?人が多くて目が回っちまう」
確かに、アクセラレータさんは余り人気のない昼間とか、夜間とかを警備したりしてましたから人の多い麻帆良というのはあまり馴染みがないのかも知れませんね。
「この程度で目が回ってたら最終日には気絶してしまいますよ?最終日にはこの世界樹が光り輝いてそれはもう最高の盛りあがりをみせるのですから」
それはそうです!
ホントに世界樹が光り輝く景色は幻想的の一言に尽きます!
それにあの達成感と開放感といったらもう、病みつきになっちゃいそうなんです!
逝ってる?

それを言ったらお終いですよ!

お祭りの雰囲気に当てられたのか私の気分が高潮していくのを感じていると、辺りを見回していたアクセラレータさんがこっちを向きました。
「俺は初めてだから、案内頼むぜ」
お安い御用です。
「はーい!お姉様、予定だとあそこでしたよね?」
「ばっ、愛衣!予定を組んでるなんてバレたら誤解されるでしょ!?」
誤解?
どんな誤解なんでしょう?
それになんだかアクセラレータさんが苦笑いしてますけど、なんなんでしょう?
と、とにかく案内です、案内。
私は一番近くにあるアトラクション、『ギャラクシーウォー』を指差して、そっちに進もうとしますが……。
「ちょーっとお待ちなさい!」
お姉様に襟元を掴まれて引き戻されてしまいました。

なんですか、お姉様!

「この麻帆良祭での特徴はとんでもない技術のアトラクションだけにあらず、ですわ。辺りの人達を御覧なさい」
「あァ?」
アクセラレータさんが辺りを見まわしてみると、なんだか嫌そうな顔をしてお姉様に尋ねました。

「……コスプレ、か?」

「その通りです!コスプレなくして麻帆良祭を回る事などできません!さあ参りましょうアクセラレータさん!」
お姉様はアクセラレータさんの手を強引に握って引きずっていきます。
それに大人しく引きずられながら、アクセラレータさんはポツリと呟きました。
「なンなンだコイツのハイテンションぶりはよ」
「昨日からアクセラレータさんのコスプレが楽しみだったんですよ?どんなコスプレをするのか楽しみだって」
「……ウゼェ」
ぼそりと呟きながらも、抵抗しないのはやっぱり本当は嫌がってないんですよね?
このごろわかるようになってきたアクセラレータさんの内心にウフフと笑いながら、私達は貸衣装屋に向かうことにしました。
そういえばお姉様、私達はどんな仮装をするんですか?






SIDE 一方通行

そういえばネギや刹那も一年後にやるんだよな、コレ。
俺はそう思いながら、どのコスプレをしようか選ぶことにする。
ネタかどうか知らないが『着たら三倍速くなるブースター内臓!!』と工学部の実験品が並んでいた。

それらすべてが赤かったのは、まあどうでもいいことだろう。

俺はもちろんそんな工学部のヤバいシロモノに手を出すつもりはない。
無難にウサギで行こうかと思ったが、なんとなく笑われるのは目に見えている。
ていうかウサギ、タヌキ、キツネと来て次が亀○流の道着っていうのが気に食わん。
どんなセンスをしてるんだ。
……俺にセンスがどうのこうのと言われるのもかわいそうだな。
いや、むしろ良いのか?
そう思いながら、俺はとある一着の服を手にとった。
結構身体にフィットするタイプの黒いライダースーツだ。
その傍にはおあつらえとばかりにアレがある。
色も黒で俺好みだし、この組み合わせは良いかもしれない。
ま、俺らしいといえばらしいがな。

笑われるよりも引かれる方がマシだ。

俺は怪しい笑いをしながらそれを被った。






SIDE 高音・D・グッドマン

私達が着替えたのはウサギさんスーツでした。
私はきぐるみタイプです。
愛衣には敢えて露出度が高いのを着せて見ましたが、素材が良いと服装が映えます。
同性の私ですら思わず抱きしめてしまいそうなこのかわいさはなんでしょうか。

アクセラレータが愛衣を見た時の反応が見物です!!

「お、お姉様の目が燃えてる……というか、この服で行かなきゃダメなんですか?」
「ダメですッ!!」
「はひっ!?」
待っていなさいアクセラレータ。
この露出度高めウサギさんスーツ愛衣を見た顔を写真に収め、これまでからかわれた鬱憤を晴らして差し上げますッ!!
「お、お姉様、声が漏れてます。それに鬱憤を晴らすためだけに私を使うのはやめてくれませんか?」
「これは姉弟子としての命令ですッ!!」
「は、はひっ!!」
こうやってビクビクしながらも自分の服装に照れる愛衣のなんとかわいらしいことでしょう。
コレになびかぬ男はおらぬはずです!

さあ欲情しなさいアクセラレータッ!!

そのいやらしい顔を私のシャッターテクで捕らえて見せますッ!!
鞄の中に手を刺しこみながら私が今か今かとアクセラレータを待っていると、突然肩に手を置かれました。
「来ましたわ、ねっ!?」
後ろにいたのは頭を全部覆うタイプの猫耳バイクヘルメットを被ったライダースーツの方でした。
え、こんな怪しげな方に知り合いはいないのですけど。

私が硬直したその瞬間、ぱしゃりとフラッシュが瞬いた。

「きゃっ!?」
そのバイクヘルメットの方の手には、カメラがありました。
何をするんですかと怒鳴ろうとした時、その方はヘルメットをとりました。

「考えてる事は同じとは嬉しいなァ高音・D・グッドマンさんよォ。だが俺のやらしい顔はそうやすやすと撮らせたりしねェぜ」

そこにあったのは不敵な顔をしているアクセラレータの顔でした。
「な、なァあああああああッ!?まさかヘルメットで偽装して近づいて来るとは……くっ、私の完敗ですわ……ッ」
「ハッ、俺に絡め技で挑んでくるなンて十年早いンだよ。あァ、テメェのアホ面は後でバラ巻いてやる。覚悟しろよ」
やはり、俄仕込みでは読まれてしまうと言う事ですか……やはり私ではあなたのような人には敵わないようですね。
私が悟りの境地を開こうとしていると、愛衣が私の裾を引っ張ってきました。
「どうしたの、愛衣?」
そっちを向くと、愛衣が私にゴニョゴニョと恥ずかしそうに呟いた。
「……やっぱり、胸がないからアクセラレータさんはやらしい目で私を見ないんですか?」
「いきなりなんて発言を!?」
「で、でもでも、こんな服を着たんならちょっとはそんな目で見てもらわないと私の女性としての威厳というものが―――」

女性としてというより、愛衣には威厳なんてアビリティが存在したかしら。

私達の会話そっちのけでアクセラレータは『ギャラクシーウォー』を指差しました。
「コスプレしたんならさっさと行こうぜ。列が少なくなって来やがった」
「あ、ちょっと待ってくださいアクセラレータさん!!」
「ああもう、結局私達の思い通りにはいかない方なのですね!!」
ダッシュするアクセラレータを追いかけて、私と愛衣は予定通りにはならないものだと痛感しながら走っていった。






SIDE 一方通行

思った通り俺は射撃系のゲームはかなりうまいらしい。
原作でのネギの点数はどうだったか忘れたが、俺の『ギャラクシーウォー』での点数は508.32点だった。
他二人は300点台だったため俺の敵では無い。
「な、なんでそんな点数が取れるんですかー!?」
「テメェ等凡人と天才の違いって奴だ」
「くっ……いくら遠距離攻撃魔法が私の得意分野ではないとしてもここまでボロ負けすると自信が……」
更に、ジョーズやらジェットコースターやら垂直落下するコースターやら観覧車やら……それから俺達は休憩を挟みながらもかなりの数のアトラクションを回った。
それにしてもこの遊園地もどき、いちいち建設してるとしたら凄まじい手間だな。
もしかしたら年中ここで遊園地をやってるのかもしれない.
実際面白いから売上は相当なものだろう。

別に来たくはないが。

アトラクションをあらかた回り終えると、次に手をつけるのはもちろん学校の出し物である。
とてもではないが今日中に回りきれる量ではないので、事前に高音達がピックアップしておいたクラスに行く事にする。

―――だが、敢えてそれを断る。

俺が聖ウルスラ女子高校の方に行こうとすると高音が慌てて止めてきた。
「ちょ、どこに行こうとしてるんですか?」
「何って、テメェの母校を覗こうと思ってな」
「え」
高音は頬を引きつらせると何故か作り笑いを浮かべた.
「いえいえ、私のクラスの出し物なんてそれほど凄いものではありませんし、覗いたって別に―――」
「愛衣も見るよなァ?」
俺がにやにやと笑いながら愛衣を見ると、彼女は迷うように俺と高音を見比べていた。

……俺と高音で比べるとは良い度胸だ。

「見るよな?」
今度は少し強めに言ってみた。
実際、俺が高音のクラスの出し物を見るのにはなんら問題は無い。
むしろクラスとしては儲かるので勧められるべきだ。
愛衣が反対する理由はない。
「あー……は、はい」
その愛衣の台詞に『裏切者ッ!!』とばかりに高音が振り向くがもう遅い。
民主主義(笑)に乗っ取った多数決によりウルスラ行きが決定。
何度か校舎の前を通った事はあるが、ウルスラに入るのは初めてだ。
俺はどこか恨めしそうに見てくる高音の視線をクククと笑い飛ばしながら中に入る。
すると、やはり聖ウルスラというだけあり内部には大聖堂もあり、装飾品も豪華そうなものが並んでいた。
「へェ……ミッション系の高校でも本格的じゃねェか、こりゃ?」
「まあ、そうですわ。麻帆良でも一二を争う大聖堂ですもの」
俺は生前もアクセラレータの時もこんな大聖堂を見た事がなかったので、キョロキョロとまるで子供のように見まわしてしまった。
その様子が意外だったのか、高音が吹き出す。
「そんなに珍しいものですか?」
「まァな。俺みてェな奴がこンなところに入れるのは今日みてェな祭りだけだしよ」

こういう大聖堂で思い出すのはシスター・シャークティだ。

彼女にはまだ会っていないが、俺みたいな奴は彼女のような聖職者と相容れることはないだろう。
ああいう面倒なのは嫌いだ。
大聖堂を見た後に廊下を通ると、やけに人が集まっている場所があった。
「あァ?なんかやけに好評な所があるじゃねェか」
「あーっ!そこはダメです!ほかの所へ行きましょう!ねっ、ねっ!」
と言われたら行きたくなるのが人間でありまして。
俺はニヤァと悪魔的な笑みを浮かべると引きとめる高音をズルズルと引きずりながらそこにやってきた。
そこは……ぶっちゃけカフェだった。

始めに『シスターさん』とつくが。

「……おいおい、神への冒涜じゃねェのか?」
女性客よりも圧倒的に男性客が多いし、スカートの丈がかなり短い。
明らかに狙っているとしか思えない。
よく許可が出たな。
「お、お姉様、もしかしなくてもここが……」
「ええそうですわよこれが私のクラスの出し物ですよ!ああッ、なんで私が風邪を引いたときにこれが決定されてしまったんでしょう!?今でも本気で後悔しますわ!!」
わっ!!と泣き崩れる高音の声を聞いたのか、少し能天気な感じの声がかかってきた。

「ありゃ、高音ちゃんじゃん」

それはミニスカシスターの一人……つまりは、高音のクラスメイトだった。
決して美少女ではないが、そばかすがどこか健康的な少女である。
彼女はひょいっと扉の奥から顔を出していた。
「この企画に一番反対してたくせにぃ。でもウルスラで一番繁盛してるよん」
「繁盛とかそういう問題ではありませんっ!なんでそんなにスカート丈が短いんですか!?」
「だってこの方が客寄せになるし?」
「なるし?じゃありませぇええええんっ!!」
あっはっはー、と高音の知り合いらしきそばかす少女はお気楽に笑っていた。
ていうか高音はいつもこんな感じなのかよ、とため息をついていると、高音が叫び疲れてため息をついた隙を狙ってそばかす少女が愛衣のほうを向いた。
「あ、愛衣ちゃん。ちわーっ。いつも高音ちゃんがお世話になってます」
「なんで私が世話になってることになってるんですか!?普通逆でしょう!?愛衣はまだ中一ですよ中一!」
今わかった。

このそばかす少女、2-A気味の少女だ。

周りの迷惑を考えずにハッチャけるタイプだ。
コイツがいたから高音はここに来たがらなかったのかもしれない。
なにせ、高音をいじる最良の材料がここにいるのだから。
案の定、そばかす少女は俺をロックオンすると目を見開いて、俺と高音を見比べた。
展開が読めたので、愛衣の耳を塞ぐと俺は音を反射した。

「あーーーーっ!!高音ちゃんが彼氏連れてきてるゥ!!」

どこぞの戦艦の艦長バリの超音波が俺を襲った。
間近にいる高音はたまった物ではない。
俺は反射していたから良いものの、耳を塞いでいたはずの愛衣もくらっときているようだ。
俺は彼女の大声が収まったと判断すると反射を解除する。
すると、何やら震動音が聞こえて来た。
「え、なになに!?」
「高音ちゃんが彼氏!?」
「永遠の一人身グッドマンさんの噂の彼氏を!?」
ゾゾゾゾゾ、と出てくるミニスカシスターの群れ。
あのな、高音が彼氏連れて来るのがそんなにショッキングなのか?

ていうか永遠の一人身って。

あ、そこのスカートの中盗撮してる奴、後でブタバコ行きな。
ミニスカシスターの群れは俺を見ると、何故か黄色い声を上げた。
「うわ、結構美形じゃん!」
「高音ちゃんはウチじゃ一番の美少女だからお似合いかも……」
「っていうか出会いのきっかけはなんだったんですか!?」
「私にも出会いがほしいーっ!!」
……さっきの言葉を訂正する。

麻帆良ってのは、どいつもこいつも同じ思考を持つ能天気な奴等が多いらしい。






「ひ、酷い目にあいましたわ……」
「パワフルなシスターだったな」
俺は手に四つのデジカメを持ちながらそう言った。
俺が見る限り盗撮犯が四人もいたのである。
広域指導員の俺がそう言うのを見逃すわけがなく、そいつらはお縄となった。

しかしこいつ等かなり手馴れてやがる、とデジカメの画像を覗きながら思う。

アングルといい距離といい、絶妙に顔がわからない位置で盗撮するのはかなり難しい手法だと思うのだが。
俺がパンチラ画像を見てるのがバレたのか、愛衣が頬を膨らませてそれを取り上げた。
「アクセラレータさん、フケツです!」
「あァそォだよ男ってのァ半分フケツなホンノーでできてンのさ」
「ひ、開き直らないでください!」
愛衣が画像を消去していくのを惜しい気持ちで見ながら、俺はげんなりとしている高音に目をやった。
「最後にゃ冗談っつってやったじゃねェか。何が不満だ?」
「あそこでノリであなたが私の彼氏だとか言うから事態がややこしくなったんでしょうが!!」
そう、俺はあの場のノリで高音の彼氏だーっ!!と嘘暴露してしまい、タダで紅茶をせしめた挙句、『あ、さっきの冗談だから』と言い残してダッシュで逃げて来た。

やったことは学際のノリにつけこんだただの食い逃げである。

高音に怒られて料金は高音に支払う羽目になったが。
ていうか高音の彼氏ならタダとか、どんなだよ。
「じゃ、次は愛衣のクラスに突貫するか」
「へうっ!?」
愛衣は首がゴキリと言いそうなほどの急速度でこちらに振り向いた。
さっきの高音の悲劇を思い出したのだろう。
「あ、ああああのあの、お姉様みたいなことにならないようにお願いしますね?」
そのお姉様は俺の背後で暗くなってブツブツ呟いている。

『いや別に嫌だとかそういうことじゃないんですよただ場合と状況とかそういうのを考えてだいたいなんであんな冗談めかしてあんなことが言えるんですかアクセラレータの性格がどれだけ捻じ曲がってるか良くわかりますねはい』

やりすぎたか。
まあ、これから一週間くらいクラスメイトに俺とのことでからかわれるだろう。
愛衣もそれが心配なのだろう。
俺はフッと笑って愛衣の頭を安心させるように撫でた。
愛衣はホッとしたような笑みを浮かべて―――。

「反省はしてねェ。もっとやるぜ」

「ふぇえええ!?だだだダメですってばぁ!!」
安心からドン底に突き落とされてテンパった。
袖を握ってブンブン振って来る愛衣。
涙目で慌てる彼女を口笛を吹いて無視しながら、俺は何度か入った事があり、何故か神楽坂との因縁がある麻帆良学園本校女子中等学校へ向かおうとした。
向かおうとして、何故か前方に地球外生命体を確認した。
「テメェ、なんでこんな所にいやがる」

「ふぉふぉ、ワシがどこにいようが関係ないじゃろ?」

バル○ン星人だった。
まさに俺を待っていたかのように女子中等部の校舎に立ち塞がるようにして立っているんだから、俺が不審に思うのも仕方がないといえよう。
学園長はフォフォと笑いながらヒゲを撫でた。
「実は頼みがあっての。学園最終日の麻帆良際全体競技の『鬼ごっこ』に参加して欲しいんじゃが」
「……あのな、俺がそんな面倒くせェことやると思ってンのか?俺ァ発光してる世界樹の上に登って是非寝たいんだが」
本当にそう思う。
アクセラレータが丸くなって来たとでも思ってんのか?
確かに当初よりは丸くなってきたが、まだかなり尖ってるぞ。
しかしジジイは『そんな枯れた意見をするもんじゃないぞい』と言ってたこ焼きを差出してきた。
せっかくなのでもらうことにする。
「お、うめェな」
「水泳部の毎年恒例のたこ焼きじゃ。何やら十年受け継がれる伝統の味らしいぞい」

「……たこ焼き部にすりゃいいンじゃねェか?」

あまり腹は減っていないので四つ食ったら残り半分を後ろに放り投げた。
それを『うひゃあああ!?』と言いながら危なげなくキャッチする愛衣。
流石に戦闘魔法オールAの実力者だけある。
反射神経は良いようだ。
「なっ、お、落としたらどうするんですかーっ!!」
「スーパーマジックとかMP消費で復活とかできねェのか?」
「できませーん!!」
ま、もしも落としそうになった風を起こすつもりだったがな。
俺は頭の中の演算式を霧散させると、学園長の方に意識を向けた。
「で、その鬼ごっこってのは?」
「ほ?やる気になったのかの?」
「拒否権がねェンならやる気もクソもねェよ」
学園長が俺に持ちかけて来る時点で既にそれは決定事項だ。
拒否ることもできるが、昼寝をして過ごすよりはヒマが潰せそうだ。
「なるほど、伊達に半年麻帆良にいるわけじゃないの。よくわかっとるじゃないか」
「ぬかせクソジジイ」
本人はどうせ全く気にしてないんだろう。
フォフォと笑いながら、鬼ごっこについて説明を始める。
「例年通り大会の主催は雪広コンツェルンという財閥なんじゃがの。そこの総裁が派手好きでの。最終日には毎年この麻帆良で派手な企画を持ちこんで来るんじゃ」
「……ンで鬼ごっこか?ネタ切れじゃねェのか?」
「去年はかくれんぼだったんじゃ。それよりマシじゃろう」
なんだか学園長にしては珍しく投げやりな口調だ。
主催者に逆らうわけには行かないんだろう。
「来年は生徒にどんな事をするか応募して見るつもりじゃ。来年は今年よりしょぼくはならんじゃろう」
それを実現するのも面白いかもな。
「で、その鬼ごっこの内容はどうなンだ?」
「最終日の前日……つまり明日じゃな。明日にチラシと同時に雪広製の特殊センサーつきゼッケンを配るのじゃ。参加者にはそのゼッケンをつけてもらい、鬼がそのゼッケンにタッチすると色が代わり、青から赤になる。そうなればその物は失格となる。復活アリじゃったらいつまで経っても終わらんからの」
「それを学祭参加人数でやるってか。なるほど、たかが鬼ごっこってわけじゃねェンだな。で、わざわざ俺にそれを伝えるってのはどういうワケだ?」
「実はの。鬼を何十人も増やしてしまってはだまし討ちも容易になってしまって非常につまんないんじゃよ。そういう不満をなくすために、ひっじょーに腕の立つ魔法先生や魔法生徒二名に鬼をやってもらうことにしたのじゃよ」
「……オイ」
読めた。
読めちまった。
つまり、このジジイは……。

「ぶっちゃけ、タカミチ君とアクセラレータ君に鬼をやってもらおう!ということになったのじゃ」

「ふざけンなコラ。断る。やめる。世界樹の上で寝る」
「ほほう、これが見えぬというか!」
バッ!!と学園長が取り出したのは、ぴらりとした一枚の紙。
小切手だ。
いち、じゅう、ひゃく、せん…………


―――200万円!?


「ばっ、なンでそンな金もってンだよ!?」
「君とタカミチ君が鬼をやり、もしも参加者全てを鬼にすることができたのなら賞金としてこれをやろう。雪広コンツェルンも君の噂は知っているらしくての。金でないと動かないと言ったらひらりとこれを手渡してきてくれたわい。それに、地獄の冬場の節約生活から抜けてきたとはいえ、これからもまた厳しくなってくるぞい?」
フォフォフォ、と言いながら小切手を懐にしまうバルタン星人。
「ひ、人の足元見やがってクソジジイ……ッ!!」
「フォフォ、さあどうするんじゃ?また寒い思いをするか?それともちょっとは懐が温かい生活を送るのか?負けても君が損するのは君の体力のみ。これほど破格の条件はないと思うがの」
愛衣が『そんなに厳しいんなら頼ってくれても……』と呟いているが、アクセラレータの余計なプライドがそれを許さないのだ。
親切心はあり難いが、少女に物乞いするアクセラレータなんて俺自身が耐えられそうにない。
例え愛衣が善意のみでやってくれているとしてもだ。

もっともエヴァの家で夕食を食べる事で結構助かってはいるんだがな。

受けなくてもやっていけるが、まあ、勝負しておいて損はないだろう。
「……わぁーったよ。やってやンよ。やりゃァいいんだろ?」
「フォフォ、そう来なくてはの」
ま、やるからには徹底的にだ。
ジジイ。
能力を使うなとは一言も聞いてねェからな。






~あとがき~

部活でテンション上がった後歯医者でドン底まで落とされ、気分転換に書いてたらなんか物凄い分量になってしましました、作者です。
今、物凄く達成感を感じています。
これだから毎日投稿はやめられませんwww

今回から麻帆良祭が始まります。
5,6話と少し長くなることが予想されます。
何しろ全キャラ出すので。
この一年間でだいぶ高音と愛衣とは親しくなっている、ということをこの回では書きたかったです。
そして高音は決してアクセラレータには勝てません(あらゆる意味で)。
これは覆す事ができない世界の理ですwww
ちなみに、アクセラレータはそこそこの給料をもらっていますが、ほとんど全て食費に消えており、財産に余裕がない状態です。
200万でも飛び付きます。
冬の場合、熱操作で暖まるにしても腹が減るので結局金はかかり、更に厳しくなります。
ホント、学園都市じゃあ裕福だったのにねえ、アクセラレータ。


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