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[20958] 異常たる者の未来模様(めだかボックス二次創作)
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/20 11:34
あまり見たことがない『めだかボックス』の二次創作に挑戦です。
この作品は単行本がまだ5冊しか出てませんから少ないんでしょうが、非常に魅力的な作品ですよね。もうすぐ6冊目も出ますが。
私個人としてはとても大好きです。

こういったまだ話数が少ない作品というものの二次創作というものを書くのは初めてなのでチラシの裏に投稿させていただきます。
チラシの裏での評判が思いのほか良かったのと、今のところスラスラ書けそうなのでそのほか版に移動です。これからもよろしくお願いします。


1話1話は短くなることが多いでしょうが、頑張っていきたいと思います。

・二次創作のため、若干の設定に変更がある(今のところは女子校→普通の中学)。
・『原作』にありがちな『異常』な設定が出る。(『戻す』という説明不可能なものが出てる時点で科学的に説明できない気もしますが)
・オリキャラの主人公と原作キャラがくっつく。(メインヒロインじゃありません。念のため)
・原作が完結していない作品のため、だんだんとスローペースになります。


上記のことはありますがご了承ください。

感想がありましたらどしどし書いてください。ではでは。


追記事項

原作の時期に入ると、原作の進行具合の問題でペースが落ちます。
そこのところはご容赦ください。



[20958] 第零記憶目 「はじまり」
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/09 20:31
自らの異常性に気付いたのはいつの頃だったか。

物心がついてすぐだったか。
それとも、もっと前からか。

いや、私は全て覚えている。
漠然と、自分が物覚えがいいということは理解していた。
私がそれをはっきりと自覚したのは私が5歳の時の夏、8月7日の夜。
とある大学の教授をやっていた父の部屋になんとなく侵入して、その部屋にあった全ての本を『記憶』した。

自分の部屋に戻り、そして私は思いだした。
いや、思い出したのではない。意識しなかったの方が正しい。
自分が母親の胎内にいた時の事。
出生時、外の光を浴びた時の事。
毎日毎日何を食べてきたか。
毎日毎日何を見てきたのか。

何もかもを覚えている事に気がついた。

そして困惑しながら更に深く意識を沈め、もっと恐ろしい事に気付いた。
自分が見た事もない事を知っている。
知っていないはずの事を知っている。

『○月□日。私の目の前で誰かが死ぬ』

『□月△日。私は絶望する』

『×月□日。私は死ぬ』



まず感じたのは恐怖。
そしてその事を必死で忘れようとする。
それでも決して忘れられない恐怖だ。

意識すれば、わかってしまう。
今眺めている窓の外。
あと3秒で小鳥が飛び立つ。
あと5秒で車が通る。
あと8秒で人が通る。

どうしてかわかってしまう。



そして私は完全に自分が異常だと気がついた。

あらゆることを完全に記憶し、自分を観測点とする未来を完全に予知する。

そんな、『異常性』を自分が持っていると。




[20958] 第壱記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/08 04:35

『知る』に繋がる全ての事が、私にとっては無価値でしかない。
それでも知ることを止められないのが、私にとっての異常なのだろう。
『知る』ということは私にとっては無価値だが、私という存在にとっては『全て』だった。
だがしかし。私、天宮熾音の異常は、私に不幸を与え続けていた。

『全て』を覚えている事を自覚することはただただ不幸でしかないのだ。
こんなことならば気付かなければよかったと私が何度思った事か。
正確にはこの一年で1567回思ったんだったか。

そんなこんなで私は退屈な幼稚園生活を過ごし切って小学校に入った。

親との会話、難解な本の読解、そして元より優れた脳を持って日常を過ごしていた私は、精神と肉体の年齢が乖離し始めている事に気づいていた。
幼稚園になど通うことすらも億劫だった。
しかし、私はそこに行くことにしたのだ。
『もしかしたら』不幸を無くす存在がいるのかもしれないと。


『もしかしたら』という言葉を使うのは、私が未来を見ようとするのをやめたからだ。


きっと、やろうと思えば明日自分が誰に会うのかもわかるだろう。
将来自分が何の仕事をしているかもわかるだろう。
だが、そんな事を知っても不幸にしかならない。
だから私は何が起こるともわからない『未来』に希望を持てるのだ。


そう、未来。


本来不確定なものだが、私はそれの過程を見る事をすっ飛ばして終着点を見る事が出来る。
10秒先に何が起こるかも完全に先読みする事もできる。
それは実につまらない。
だから私は未来を見ることをやめたのだ。



現在小学一年生の私の脳の中には恐ろしい程の知識が収納されている。
小学校で使う教科書から大学で使う教科書まで、近くの図書館に何日も何にとも入り浸り、1ページに1秒も掛けずに暗記して全てを知り尽くしていった。
何の意味があるかなど関係ない。
ただ、私の存在が『知る』という事に飢えていた。
それだけのことなのだ。
本来知るべきではないという『未来』を知る事だけは、全力を持って回避する。
それさえも知ってしまえば、私は私の存在の理由である『知る』ということすらも失ってしまうから。

思えば、私が語る全ての事は矛盾している。
だが、それもしかたのないことだ。

全てを知ろうとする異常を持つ私には、初めから全てを知る術が備わっていた。
今から生きる人生のすべてを知れば、私の生きる意味はなくなる。
だがしかし『私』は生きる意味を無くす事の無意味さを知識として知っている。


つまるところ私は、とにかく生きていたいのだった。


だからこそ知ることを求め、だからこそ『未来』を知る事を忌避するのだ。





小学校。
私はただ淡々とそこに通う。
きっと周りにいる子供達とは仲良くなることはないのだろう。
彼らは一様に子供過ぎた。
それが『普通』だ。
私が『異常』なのだ。

私は授業の時間も休み時間も。
私は机に伏せて夢の中に入る。
そこはある意味私にとっての聖域だ。

何にも犯されることのない聖域。
何を想像しても許される世界だ。

頭の中の記憶で形成されるそこは雑多な図書館だ。

私は夢の中の事だって記憶できる。
だからこそ精一杯楽しませてもらう。

テストで満点さえ取っていれば誰も文句を言うことはない。

私は一人、誰にも関わられずに自由だった。



私はその時、それで満足していたのだろうか。




[20958] 第弐記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/08 04:36




それは小学三年生の時だった。
私は予知を再び使い始めるようになった。



私は面倒だったのだ。
小学生というものは、子供というものは残酷だ。
人の事を考えずに平気でひどい事をする事がある。
つまるところはいじめである。
それの対象に、孤立していた私が選ばれることは当然だった。

それ以前に、私の態度が原因だろう。
授業も真面目に受けず、学校に来てもずっと寝ているだけ。
目をつけられるのも当然の事だ。



二度目になるが、私は面倒くさかったのだ。
そして、私に陰湿な攻撃をしかける周りの者は殊更に鬱陶しかった。
だから私は奴らの行動のことごとく先を読んだ。
細かい事を一々抑制するのも面倒になっていたのだろう。

足を引っ掛けようとも通じない。
靴を隠す事など予防していれば問題も無し。
ハブられようとも私は何も感じはしない。
集団リンチもどこで待ち伏せされてるかわかっていれば問題なし。

ならば奴らはどういった行動を取るのか。

「自然、正面から挑むしかなくなるわけだ」

「何言ってやがる!」

「中学生が小学生を相手にするとは大人げなくはないのだろうか。実際に見てみるとこうも馬鹿らしいとは」

余程私の事が気に入らぬのか。
私を嫌うグループのリーダー格が兄を呼んできたのだ。
呼ぶ弟も阿呆だが呼ばれる兄も阿呆なのだな。

戦闘という手段を取っている時点で『私に勝利する』という目的は達成できんだろうに。



私は全てを記憶できる。
重ねて言えば、記憶したとおりに行動する事もできる。
この体のスペックは脳のみに比重を置いているわけではなく、身体能力も優れているからだ。
子供ではありえない程に動く自分の体を見れば簡単に気付けるものだ。



正直言えば少し年上の中学生程度、予知なんぞ無くても楽に勝てる。
多岐にわたる私の知識の中には戦闘技術も入っているのだから。
そして私の身体スペックは中学生程度のモノをとうに上回っているのだから。



結果、私を呼び出した者達全員は地面に這いつくばる事になった。





そしてその年の終わりに殊更大きな出来事があった。

「あの子は異常だ。絶対におかしい――」

「昨日も、私が何も言ってないのに――」

「俺達のやる事をやることなす事全部先読みして――」

「病院に、いやどこかの研究施設にでも連れて――」

自室から出てみれば聞こえてくる親の会話。
ことごとく予知したことが裏目に出たか。
それともこの『結果』を予知していれば変えられたのか。

いや、どうでもいい。
昔から、私が言葉を発した瞬間から私を疎んでいた奴らだ。
ここが潮時という奴だろう。


ここを離れれば『私の望む機会』があると予知できた。
一体どんなモノが待っているかは分からないが、この町を離れるとしよう。


金も戸籍も簡単だ。
それくらいの入手や偽造の知識くらい持っている。




年が明けた時、私はその街を去っていた。




[20958] 第参記憶目 幕間
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/08 07:59
あらゆる物事を記憶できる私にとって、『創造性』とは最も好きなものの一つである。

世界中にある本の全てを記憶し。
国のデータバンクに侵入して過去の遺物を記憶し。
今日起きた世界中の事件を記憶し。

気付けば、私の持つ知識の量は右肩上がりに増えていた。



街の仲をふらふら歩いている私。
未だ子供の体である私に目を向ける者はあまりいない。
きまぐれに本屋へと入った私は、気まぐれに一冊の本を手に取った。

人それぞれが持つ『創造性』
それを形に現した物が本である。
どれだけ人間がいようと、全く同じ内容の本を書く者はいないだろう。
私がいくら記憶しても、きっと『異なる本』が生まれてくる。

ならばそう、私は生きる意味を失うことはないだろう。
そう思えるような気がしたから、私は本が、人の持つ『創造性』が好きなのだ。

本だけではない。
論文も、哲学も、思考の一つ一つも、全てがそれぞれ違う。
それを知ることができるのならば、それはきっと楽しいのではないだろうか。
自分に欠けた一つ一つのパズルのピースを集めていくような感じで。



一人で生きるようになって数ヶ月。
私はとある家に住んでいた。
自分用の巨大なスパコンを設置し、世界中のありとあらゆる本を収集した家だ。
パソコンには世界中の様々な情報が自動で収集されるし、本は自分が読んだ端から地下図書館(倉庫の事だ)に溜まっていく。

戸籍も一応入手はできた。
だが、名前を変えることはない。
変えたとしても絶対に忘れることはできないからだ。
ならば、そのままでいても全く問題はない。
天宮熾音は……天宮シオンとなっただけだ。
裏でも名の通る様になった情報屋のシオンと。



このまま生きていれば、あるいは私は『人間らしさ』を失ったままであっただろう。
その時の私の生き方は、例えるなら情報を集めるだけの機械であった。

『未来』を知ることのできる私にとって『運命』とは理解しがたい言葉だ。
しかしだ。私は『運命』という言葉は嫌いだがあえて言おう。



ああ、中学一年生のその時。
気まぐれに通おうと思った中学校で。



私は運命の女(ヒト)に出会ったのだと。



[20958] 第肆記憶目 「出会い」
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/11 15:31
さて、私は中学一年生として春を迎えることになった。
その時はまだ私は私以外の異常を見つけることはなかった。
別にこちらが見つけようとせずとも、時はいずれ来るものだ。
だから私はいつもどおりに無気力でやる気のない人間を演じた。
……まぁ、なんとなく腹が立つのでテストでは満点を取っていたが。

無論、私がその中学校を選んだ理由はある。
別に何かがあると調べたわけでも予知でわかったわけでもない。



ただ、ランダムに引き当てた中学の名前を選んだだけだ。



『予知』通りに事が進むのなら、私が何もせずとも『私の望む機会』とやらはやってくる。
ならば私はそれを待つだけでいいのだ。
そしてそのまま一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎ、夏休みが終わって二学期になり……私は異常に気付いた。
いや、異常というのは私を囲む環境の事だ。

これだけの時間が経てば、私に対するいじめが多発している頃なのだが、それが全くない。
そういうこともあるのかもしれないが、それはどうなのだろう。

無駄な事を聞いても仕方ないと思って授業中は意識を全面カットしていたのだが、仕方なく情報を集める事にする。



そんなことを初めて数日が経った。
そして初めて私は知った。
どうやら、同じ学年に一人、私以上に『異常』な存在がいて、いじめられているらしい。



……どうなのだろう。
これが『予知』なのだろうか。
結局、私が痺れを切らして見つけたようなことになっているが、これが『予知』した機会なのだろう。
どうやら待つだけとは行かなかったが、『機会』はやってきたのだ。

私はその『異常』がいるというクラスへと向かう。
さて、どのような人物か。

私としては簡単に読めない人物が望ましい。
異常同士仲良くというわけでもないが、同レベルの話相手ができることは素直に嬉しい。
人間としての『異常』が強ければ強い程、楽しい話相手になるのだから。
だから私は足を進め、その『異常』がいるクラスの入り口に立った。

それは廊下にいた他の生徒にはどう見えたのか。
他の生徒に混じり、このクラスの『異常』に対してあまり『異常』に見えなかった私が、そのクラスの入り口に立っている姿は。
その私が、入り口を開いて中の『異常』を目を大きく開いて見つめているのその姿は。
そのような些細な事を全て無視して私はじっくりとその姿を記憶していた。



そこにあったのは『異常』といえば『異常』な光景だった。
休み時間だからか、教室の生徒は全て外に出ていた。
その『異常』である彼女を除いて。

私が辺りに示さなければその巨大すぎる『異常性』が知られないのと違い、彼女はその存在そのものが『異常性』を現していた。
そして彼女の目が教室に入ってきた私の目と合った時。


私は一瞬でその存在の虜となった。


======

あとがき

一番大きい原作との相違点が、『いじめられっ子のメインヒロインが通っていたのが女子校じゃなくなった事』って、ある意味珍しい気がする。



[20958] 第伍記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/08 07:58
私はその女(ヒト)を見て完全に動きを止めていた。
完全にその女(ヒト)に目を奪われていたのだ。

彼女は汚れていたし、彼女の周りも薄汚かった。。
だがしかし、その中で彼女が『異常』であることは一際大きく感じられた。
彼女が据わっているイスと机の周りはゴミで埋め尽くされていたが、意にも介さず彼女は本を読んでいた。
いや、それくらいなら私もするだろう。その場合、面倒だからとっとと出ていくだろうが。

ともかく、彼女の顔は袋をかぶっていたから見ることはできなかった。
しかしその目は見る事が出来た。だからと言って、目に惹かれたのかといえばそうではない。

『全て』だ。
私は彼女の『全て』に惹かれた。
未だ何も知らない相手を前にして何を、と思うかもしれない。
だが、とにかくそう感じたのだ。

私がそこに立ってから周りで様子をうかがう生徒達を見る。
彼らが彼女に対して感じているのは圧倒的な恐怖だ。
自分より優秀で、それでいて『異常』である彼女への恐怖。
『異常』としての存在感がありすぎる彼女への怯えだ。
私が待ち望んでいた物はこういったものなのだ。

とにかく私は彼女へと話しかけることにした。
まずは名前だ。名前が知りたい。
私は一直線に彼女の机に向かって歩いていった。

それに気付いた彼女が本に向けていた目をこちらに向ける。
何も見ていない目だ。俺に向けてはいるが意識はこちらに向けていない。
それは耐えられないな。私は見てもらいたいというのに。

「こんにちは」

「………」

ああ、さすがにこんな唐突に挨拶をしてはいけないらしい。
『予知』を使ってもいいが、なんとなく使いたくないのはなぜだろう。。

「私の名前は天宮シオンだ。名前を教えてくれ」

「……いや、つーかいきなりなんなんだよ」

そうだな。それは疑問だろう。
私も話しかけずにまずは情報を集めようと思っていたのだ。
名前も調べてからでもよかった。
だが、どうしてもまずは正面から話したくなったのだ。
だから私は正直に言う。

「どうしても話しかけたくなった。他に理由はない」

「自分勝手だなーおい」

「自分勝手……ふむ。そうか。確かに私は自分勝手なのかもしれないな」

「勝手に納得してんじゃねーよ。天宮だっけ?」

「そう。天宮シオンだ。君の名前が知りたい」

そう言って彼女の顔で唯一見える部分である目を見つめる。
こちらを探っているような眼だ。
それはそうだろう。確かに私は不審かもしれない。
だが、自身の中から溢れる何かを押さえられなかったのは初めてなのだ。
今回は、それに押し流されてしまいたかった。

「俺は名瀬夭歌だ。ったく自分以外の異常(アブノーマル)がいたとは気付かなかったぜ」

「見ただけで気付いてくれるものなのか。いや、私も名瀬を見てすぐにわかったか」

私の『異常性』は知られない限りわからないもので、目立たないとは思っていたのだが。

「お前、どっかで見た年食った坊さんみたいな目をしてるぜ」

「……目か。確かに色々と他の子供とは違う人生を送ったな。それが目に現れているというわけか。そして君はそれに気づくだけの能力を持っている人間というわけだ」

「というか喋り方まで年寄り臭いのはどうかと思うんだけどなー」

「善処すると答えさせてもらおう」

そんなつまらない事で話相手が減るというのも困るからな。
ともかく、その、あれだ。

「一つ、頼みがあるのだが」

「だっからさー。お前はいきなり話しかけてきといて今更遠慮するのかよ」

「そうだな。では言おう。私の話相手になってくれ」

「……はぁ? それだけかよ?」

「うむ。私はお前が一目で気に入った。だからこれからは共にいてもらいたい」

もしもこの名瀬夭歌という女が私に想像できない程に『異常』を抱えているのならば、私とずっと語り明かしても足りないだろう。
そしてきっと私が見たいモノを見せ続けてくれるに違いない。
ならばそう、共にいればそれはきっと幸福だ。少なくとも不幸ではないだろう。

「……お前はもう少し勉強しろや」

「? 私はなにかおかしなことを言ったのか?」

そもそも君も、私には勉強など必要ないということがわかると思ったのだが。
それとも勉強とは別の何か他の事を表すニュアンスか?

「別にいいけどーちょっと実験に協力してもらうぜ?」

「私の体などいかようにしてくれても構わんよ。私が私として生きられるならばそれで結構だ」

「正直ってそーいうのには興味ね―けど、取引成立ってやつだな」

「うむ? 取引というものではない。これは友誼を結ぶ、もしくは絆の完成でいいのではないか?」

「お前マジでわかんねー。どんな生活してたんだよ」

そういうことはお互い様だと思うが。
しかしそうだな。そういうことはお互いに知る術があるだろう。
とにもかくにも……そうだな。
記憶しつくしたといっても興味のない分野は放っておいたのだ。
一度意識して見るのも面白いかもしれない。


私の気持ちはどういったものなのか。
そもそも心など理解できない私には把握しきれるものではないかもしれないが。
試して見るのも悪くないのではないだろうか。


======

あとがき

主人公は段々とおかしくなります(性的な意味で)。

幼稚園でも小学校でも『道徳』の授業とかをすっ飛ばしてたので仕方ないですね。

ちなみに、探究心旺盛、好奇心旺盛、知識欲旺盛で繋がってます。



ところで、私思うんですが名瀬夭歌(黒神くじら)って、家族愛すらも余分だと感じて家出した割に、普通に友達が大事なんだよね。友情あるし。
禁欲さが記憶と一緒に吹っ飛んだんですかね? 色々と謎が多いキャラです。

でもそれなら別にあれだ。
恋愛レベルまで徐々に底上げしていっても問題ないよな。




[20958] 第陸記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/08 14:23

恋愛とはなんぞや。
曰く、人間が他人に対して抱く情緒的で親密な関係を希求する感情である。
曰く、その感情に基づいた一連の恋慕に満ちた態度や行動を伴うものである。
曰く、耐えがたく抗い難い感情である。
曰く、抑えきれないものである。

「……はて。私は一体なぜこんなモノを調べようと思ったのか」

なぜ?
無から生まれた故に理由なし。
私はそう記憶している。
ただなんとなく調べようと思っただけである。

名瀬夭歌との邂逅は成功だった。
成功というか最高だった。
会えた事を、その機会を予知した自らの異常に初めて感謝した。

そうか、私の感じたモノと関連性のあるモノだからと私は恋について調べたのだ。

だがいまいちわからない。
数多の文学作品も読んだつもりだし、一目惚れというものがあると知ってもいる。
しかし、それは自らに起こりうる事なのか。
私には判断がつかない。


ならば聞いてみればよいのだろう。



そして翌日。

「そういうわけで来たのだが」

「どういうわけだか知らねーけど、俺に聞かなきゃならない事なのかよ」

「うむ。私はお前に一目惚れしたかもしれない。そういった事が私にも起こりうるのだろうか」

「……聞く相手を間違ってるだろ」

そうか?
私にとっては私以外の『異常』であり、私以上にモノを知っている可能性があるのは名瀬くらいだったのだが。

「お前の顔を見ていると動悸が激しくなる。これは恋をしたと思われる現象だ。思えば私はお前を見た瞬間からこの状態だった。これは一目惚れという現象ではないかと思い至ったわけだ」

「………」

「なんだ。そのような馬鹿を見るような眼をして。一応真剣に言っているのだが」

「いやいや、どう考えても馬鹿に見えるぜ」

馬鹿……私は頭が悪いと思われる行動や知識が少ないようなところは見せていないつもりだが……
この判断を名瀬に任せに来てしまった事が馬鹿なのだろうか。
確かに人に聞くということは知識が無いという事を現すのかもしれないが……

「わかった。判断は自分でつける事にする」

「……大丈夫かよ」



翌日

「昨日の判断は一目惚れということで決着した。私はお前に恋をしたらしい」

「頼むからいい加減にしてくれよ」

「何をだ?」

「教室でそんな事言うな」

そうだったのか?
確かに私の記憶にある文学作品中では周りに人がいたパターンは15しかないな。




[20958] 第柒記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/25 02:39
私が名瀬夭歌とあって数日後。
私は彼女を自分の家へと招いていた。


彼女との会話は実に楽しい。
彼女はほとんど自分から話そうとはしない。
だが、知的で独創的な彼女との会話をしている時、私は常に幸せだった。


その会話の中で私は彼女の情報を得た。
ついでに、下校する彼女をこっそりと見つめながらその後を尾行した。
どうやら廃墟のような場所に住んでいる。
戸籍や資金は、まぁ彼女ほど優秀ならば何の問題もないだろう。


これは会話の中で得た情報だが、彼女は理科生物学に置いて実に優れているようだ。
そういった分野の情報も記憶しつくしている私だからの感想だろうが、彼女の話す理論や独自の構想は今まであった既存のモノとは、それこそ規格が違っていた。
彼女の『異常』もおそらくそこに直結するのだろう。
そんな訳で色々と話しあいたいと思って家に招待したわけだ。

「やたらいい家に住んでるじゃねーか」

「そうか? 情報収集用の端末を集め、本を収納しておくにはこれくらいの家が必要だと判断したのだが……」

「それで親もいないってかー。俺と同じだなー」

宝くじの番号を『確実に』一等がとれるように選ぶ方法が私にはあるからな。
金を得るには簡単な事だったので、出来る限り必要なものに回した後は家の方に金を回したのだが。
それは間違いだったのだろうか?
なんにしても、親なんていう下らない事でも彼女と境遇が同じなのは実に嬉しい。

「私は家族に見切りをつけて家を出たが、そちらはどうなのだ?」

「何がだよ」

「実際、親がいければ子は生まれないからな。家を出たのか?」

「ああ、ただ自分の心を弄ってそういう記憶を消しただけ」

「ほう。それは興味深いな。まぁ、その事によって今の君があるのだとしたら私にとって幸福だが」

つまりは、その事が無ければ私は名瀬夭歌という存在に会えなかったのだからな。
そして記憶を失った事によって彼女の人格が形成されたのであれば、その全てがあるからこその彼女なのだと受け止めよう。

「それでー実験動物(サンプル)になってくれるんだろ?」

「うむ。私の身体能力は前も言ったように異常でな。ここのところはそれも顕著になってきている。私という標本がいれば、それは君の利益となるだろう。そして私は、君に何をされても自己を失わない限りは許容しよう」

「おいおい。言ってくれるじゃねーか」

「何度も言っただろう? 私の異常性は脳が、主に私という自己が中心だ。体に何が起きたところで、私が私として思考できるのなら、そこに何の問題はない。ましてやそれが君の役に立てるのならば当然だ。私は君が大好きだからな」

「……あぁもう、んな何度も言わなくてもいいっての。そこまで何度も言われてもお前をぶっ壊そうとは考えてないって」

「そうか、君がそう言うのならば安心だな」

私は地下にある研究室兼手術室に彼女をいざなった。
ここは、私が記憶の中の技術を模倣するために作ったものだ。
結果は『可能』ということで落ち着いたが、特に研究するような事もないし、興味もないので放置していたのだ。
思えば、『いつか役に立つ』とはこのことか。良かった良かった。

「さぁ! 私の体を隅々まで弄ってくれ!」

「お前……いや、面白いからいいか」

こうなる事は本望さ!
私は衣服を着替えて手術台の上に登る。
ありとあらゆる設備は整っている。さぁ、思う存分研究してくれ!

======

あとがき

ガンガン壊れる主人公。
最終的に、黒神真黒とか江迎怒江レベルの変態にまで育ち?ます。


ちなみに彼女の心情としてはこんな感じです。


名瀬夭歌→記憶がぶっ飛んだところに現れた謎過ぎる男に戸惑う。

名瀬夭歌→ストレートすぎるのかアホ過ぎるのかわからない告白を何度も受ける。

名瀬夭歌→まぁ面白いから付き合ってやるかと思う。




[20958] 第捌記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/08 15:28



「つまりだ。記憶が蓄積するごとに脳と体全体がバージョンアップすると?」

「脳ってのはコンピューターみたいなもんだしな。演算能力(ソフト)の機能上昇と記憶による内容量の増大に合わせて身体(ハード)の機能が上昇ってとこか」

「まぁ普通ならそう言う事自体も起きないんだろうな。だが、私も自分が異常だとは理解している。『そういうもの』なんだろう」

服を着替えて居間に戻って検査の結果を聞いた。
どうやら私はとことん異常であるようだ。
しかし私はそんな事よりもきになることがあった。

「それよりも、私は君の役に立てたのか?」

「生のデータってのは貴重だからなー。随分いいもんが取れたぜ?」

「そうか。ならばいいんだ。あぁ、一応後でそのデータを一目見せてくれ。記憶しておく」

「お前のデータなんだから許可取る必要はねーよ」

まぁ、そうかもしれないな。
しかしデータを取ったのは名瀬なのだから許可はいるのではなかろうか。
でも、彼女がいいと言っているのだからそれでいいか。
筋肉がどうとか神経がどうとか言ってるけど、そんな彼女も素晴らしい。

しかし、未だに彼女の素顔を見れないというのは辛い。
いや、別に見えないからといって嫌いになるわけなど勿論ないのだが、彼女の全てを知りたいと思ってしまうのは仕方ないだろう。
彼女が見せたくないと思っているのならば、私は見る気など全くないからだ。
……見せてもらうために努力と懇願は惜しまないつもりだが。

うむ、彼女の素顔を想像するのもいいかもしれない。
おそらく知性的な素晴らしい顔をしているのだろう。
まぁ、彼女の容姿がいかなるものであろうと愛し続ける自信が私にはあるが。
いつか自らの記憶の大部分を彼女で埋め尽くしてしまいたいものだ。

「おい、不気味な笑顔はやめてくれよ」

「ん? 私はそんな顔をしていたか?」

だとすればそれはまさに愛ゆえに……なぜ不気味?

名瀬に視線を向けるも、既に彼女は手元のデータに目を落としていた。
さっきは話しかけてくれたのに、また熱中してしまっている。



さて、彼女の素顔のことを考えていたのだったか。
彼女の素顔を見せてもらえるようになったら、私は彼女に言わねばならない事がある
私の異常である『完全記憶』は既に彼女に教えてある。
しかし『予知』の方はまだ教えていない。
彼女に言わねばならないのはそのことだ。

『未来』を知るということは、他者に恐れられる事だ。
無論、彼女に対してそれを使った事はない。
だが、私は彼女に恐れられる事が恐い。

彼女がその程度の事を気にするような人間ではないと信じてはいる。
だがそれでも恐いのだ。
だから、彼女が顔を見せてくれて、私を信頼するという感情を見せてくれた時、私の『最大の異常』を彼女に教えようと思う。
それならば、きっと恐がられる事などないのだから。

「やっぱり、私は君に会えてよかったよ」

「……なんだよいきなり」

「いや、なんでもないことだ。私の独り言だからな」

早く、彼女の素顔を見せてもらいたいものだな。


======

あとがき

書いていると、熾音君がすぐ暴走しちまうのは何故なんでしょう。

やっぱりあれですかね。愛ですかね。

ちなみに、もしもめだかが『完全』で『記憶能力』を複写した場合、過負荷として『知識欲求』がついてきます。
まぁ意志の力が強い彼女なら『知りたがり』レベルで収まるでしょうがね。

主人公である熾音君の異常性については今回でもう少し出てきました。

書いてたらチートすぎないかと思ったけど、『めだかだって十分チートすぎるからいいや』となった。



[20958] 第玖記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/08 16:47


私は名瀬の事をもっと深く知りたかった。
だから彼女と多くの事を話し、語り合った。
彼女の得意な理科生物学に置いても、私は十分な知識を持っていたので、彼女の助けとなる事が出来た。

彼女はだんだんとバイオテクノロジーの世界的権威として名を知られはじめた。
無論、それはまだまだ裏の世界での一部の話である。
世間一般で騒がれるような有名人となったわけではない。
彼女のいじめはなくなるわけではないのだ。

正直、私はそれを見ていると腹が立ったのだが、彼女がそれを無視している以上は私が気にしても仕方ないだろう。
どこかそれを肯定している雰囲気さえあったくらいだ。
ただそれでも、私には彼女が一人でいる事が耐えられなかった。
だからいつでもどこでも彼女を見れば必ず話しかけるのだ。

「名瀬! 会いたかったぞ! 8時間と15分36秒ぶりだな!」

「お前ここが教室だってこと考えろよなー」

「世間一般の常識なぞどうでもいい。私には君が全てなのだ」

「うーわ。駄目だこいつ」

教室であろうが他の生徒が見ていようが私までいじめられようが知った事ではない。
彼女が私のそばにいるのならそれだけで私は満足だ。



私は彼女の事を多く知るにつれて少し気付いた事がある。



日本屈指の名家である黒神家。
最近ではその企業グループの業績が『異常』に伸び始めているため、日本有数の企業グループから世界有数の企業グループへと変貌を遂げつつある。
まぁ企業グループの事についてはおいておこう
問題は、そう言った黒神家の情報のどんな細かい事でも私が記憶として収集しているという事だ。
有名であるということは、それだけ情報の量も膨大であるという事だ。

その長男である黒神真黒は現在私より一つ上の中学2年。
その妹の黒神めだかは私より一つ下で小学六年生。
彼らはその家の生まれである事もあってか非常に有名だ。

しかし、ほとんど知られていない事ではあるが、黒神家にはもう一人の子供がいるはずなのだ。
黒神くじらという『現在中学一年生』であるはずの長女が。
ほとんど知られていないのは、彼女の情報がほとんど外に出てこない事にある。
しかし、過去の情報を探ればその存在は明らかだ。

黒神家には確かに『黒神くじら』が生まれていることは確かなのだから。



そしてその『黒神くじら』という存在の情報は現在全く聞く事が無い。



さて、そこで私の頭に浮かんだのはは名瀬の事だ。
2年前から情報が途切れるようになった『黒神くじら』の情報。
元々情報が少ないモノがぷっつりと途絶える。それが何を示すのか。
そして情報を収集すればわかる黒神家の子供たちの異常性。
何故か素顔を見せようとしない名瀬。
名瀬と『黒神くじら』の年齢の一致。


これらの情報から推測すると、ある可能性が見え隠れする。


だが、考えるだけ無駄な事か。
そもそも私は彼女の事を知りたくて推測をしてみただけだ。
彼女の過去がどういったもので、彼女の正体が誰なのかわかろうがそれには意味が無い。
記憶を失った彼女には関係が無い事だろうし、私は今の彼女に惹かれたのだ。


推測は推測のままでおいておく事にしよう。

======

あとがき

主人公はとんでもない知りたがりなのでストーキングだって大得意です。

今まで記憶してきた事を劣化無しに覚えていられる主人公だからこその推測です。

彼にとってはそのような事はどうでもいい事だが。

原作見てて思ったが、拳銃一丁とナイフ一本持った宗像先輩が裸になったらクソ強いんじゃなかろうか。

超スピードで動いて銃撃ってナイフで突けばそれで人なんかそれで殺せると思うんだが。


というか、暗器をたくさん持って逆に戦闘力下がるならそんなもん教えてもしかたなかったんじゃ。



[20958] 第拾記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/08 16:47

私は名瀬夭歌の事が大好きだ。
それはもう大好きで大好きでしかたが無い。
顔を隠してようが皆に嫌われてようが好きなもんは好きである。

ということで本から得た知識をもとに、私はある計画を実行に移すことにした。

時期は冬。
年の終わりである大晦日。
家に名瀬を呼んで年越し蕎麦を食うのである。

どうしてこんな事を考えたかといえば、彼女と過ごす記憶を作りたかったからである。
ついでに、こう言った事を体験したことが無さそうな名瀬と共に私も年越しそばを初体験というわけだ。
なんとなく素晴らしいような気がする。ならば実行に移すのみである。

「で、俺を呼んだのは『一緒に年越しをしたかった』からだっつーのか?」

「ああそうだ! 名瀬も体験したこと無いだろう?」

呆れたような眼で炬燵に入ってこっちを見る名瀬。
そんな視線もイイ! もっと私を見てくれ名瀬!

「ただ単に談笑しながら蕎麦を食べて除夜の鐘を聞くという、一見無価値で無意味な行為だ。しかし、そういう事をやってみるのもたまにはいいんじゃないか? ちなみに私は名瀬が一緒にいてくれるなら何であろうと無問題だ」

「相変わらずお前もおっかしいよなー。俺なんかのどこがいいんだ?」

「当然『全て』だ! 記憶の中の言葉を使わせてもらうのならば……そう、『好きになるのに理由はいらない!』私は全くその通りだと思うね。いい言葉だと思わないか?」

「知らねーよ。というか興味ないっつーの」

……まぁそんな答えは予想してたが、いつしか彼女にも『好きだ』とかなんとか言わせて見たい。
そして私はそれを言われてみたい。
ふふふ。努力、努力だな。

「さて、蕎麦の準備ができたぞ。私の記憶の中の全ての料理知識を総動員して作った一品だ。存分に期待してくれ」

「おーう。便利でいいなー」

「ふふふ。名瀬に喜んでもらえるのなら頑張った甲斐があるというものだ」

私は笑顔を浮かべながら名瀬の正面になるように炬燵に入る。
ホントのところは『いただきます』も一緒にやってみたかったが、彼女は既に箸を手にとって食事を始めている。まぁそれは今度でいいか。いきなりたくさんの事を求めるのももったいないだろう。
……袋を被りながら蕎麦を食う彼女の姿はなんとなく可愛い。

「結構美味いな。こんな特技があるとは驚きだぜ」

「特技というかね。ただ単に失敗しないようにしたら自然とこうなるんだよ。名瀬が褒めてくれて本当に嬉しい」

「……すげー笑顔だな。俺が少し褒めたくらいでそんな顔すんのかよ」

「当然さ!」

私はどんな料理であろうと美味しく作る事が出来る自信がある。
ちなみにこの蕎麦は手打ちだ。
愛情を込めるために一から作ったのだ。
それを美味しいと言われて嬉しくないはずがない!

「ところでだ」

「なんだよ」

「私はいつになったら君に名前で呼んでもらえるのだろうか」

「はぁ?」

「だって私は名瀬と呼んでいるじゃないか。というか私は名前で呼ばれたい!」

「本音はそっちじゃねーか」

どっちだっていいだろう。
私は名瀬に名前を呼んでほしいのだ!
いつまでも『お前』では他人みたいな感じがするので嫌だ!

「駄目だろうか。いや、駄目だというのなら諦めるが……」

「あーもうめんどくせー。そんな顔してんじゃねーよ、いっつも笑ってる癖しやがってよ」

「……そんなにいつも笑っているか? 私は」

「うざったいくらいに笑顔だなー」

「そうか……」

「……ケッ! 呼んでやればいいんだろ! 熾音くん! これでいいかよ」

「愛してるよ名瀬ちゃん! 大好きだ!」

そんな、ちょっと仲良くなれたような気がする大晦日の夜だった。

======

あとがき

最後のあれは主人公の『天然泣き落とし戦法』です。

泣くまではいってなくとも、いつも笑顔の主人公の哀しげな顔にキュンと来たわけですね。



[20958] 第拾壱記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/09 06:09

今日の天気は晴れ。
私は鏡を見て身だしなみを整える。
長い黒髪をポニーテールにまとめ、中学校の制服に着替える。
……よし。準備はできた。

「名瀬ちゃん! 朝ご飯だよ!」

「朝から騒ぐのやめてくれよなー。まだ5時だぜ?」

「そいつはすまなかった! でも大丈夫だ! 愛情たっぷりのご飯とみそ汁が君を待っている!」

「眠いって言ってるだろーが」

でも名瀬ちゃん、炬燵で寝ると風邪をひくぞ。
いちいち研究室を利用するのに私の所に来るのが面倒だからって、私の家に泊まってくれるのは嬉しい。
でも、それで名瀬ちゃんが風邪をひいてしまったら本末転倒だ!
無論その場合はつきっきりで看病するけど。
……むしろ看病はしてみたいけど、それで彼女が風邪をひいてしまっては嫌だからな。

「ほら、できたてだから美味いぞ!」

「眠いって言ってるのによ……」

「そんな名瀬ちゃんも可愛いさ!」

「自分勝手だなー熾音くん。飯作ってくれるのはありがたいけど」

俺が名瀬ちゃんのために飯を作るのは当然だろ?
というか私はどんなものであろうと君に捧げる覚悟はできているさ。
自分勝手なのはまぁ、『異常』な人間はどこかしら自分勝手なんだと思うよ?

「いただきます!」

「いただきまーすっと」

そんなめんどくさそうに言わんでもいいだろうに……
だがそれでこそ名瀬ちゃん。気だるげな感じがなんともいいね。
ふふふ、朝から名瀬ちゃんの姿を見れて一緒にご飯を作れた。
今日も最高の一日だな。

「ところでよー」

「なんだ?」

「あれは何だよ? あれ」

名瀬ちゃんが指差した方向を見ればそこには棚。
……ついでに私の作である名瀬ちゃん人形が3つほど。

「何って……名瀬ちゃん人形だぞ?」

「昨日はなかったじゃねーか」

「昨日の晩に作り始めたらついつい熱中してしまってな。一気に三つも作ってしまったんだ」

「裁縫もできたのかよ」

「勿論だ。私の名瀬ちゃんへの愛情があれば記憶の中の技術をマスターするなど簡単な事!」

デフォルメされた名瀬ちゃん人形を3つ作ることなど、簡単な事だ!
名瀬ちゃんが炬燵に突っ伏して寝ている間、私はそれを見ながらずっと人形を作っていたんだからな。
ついでに下校する名瀬ちゃんを尾行した時の記憶や、初めて会った時の記憶を元にして人形を作っていたんだ。
作っているだけで天にも昇る幸福感だった。

ちなみに、棚に置いてある本は全て名瀬ちゃんのアルバムだ。
私は記憶すればそれで終わりなので、本などは一度読めば置いておく必要はない。
しかし、もうすぐ6冊目に入る名瀬ちゃんのアルバムは居間に置いてある。
記憶の中ではなく写真で直接楽しみたいからだ。
最新の超高性能カメラをネットでオーダーメイドしてもらった甲斐があったというものだ。

「ご飯は食べ終わったかい? それじゃあ一緒に学校に行こう」

「そんなに引っ張るんじゃねーよ」

「ああ、ごめん。でも名瀬ちゃんと学校に行くのは楽しいからね」

ついつい手を引っ張ってしまったので慌てて離す。
無理矢理に引っ張って嫌われたりしたら大変だ。

「俺も面白いからいいけどさー。ま、熾音くんも他人からの評価は気にしないみたいだしな」

「私は名瀬ちゃんからの評価が良好ならばそれでいい」

「……かっこいーこと言ってくれるぜ」

「私はいつだって真面目にかっこいい事を言ってみせるさ。ただし名瀬ちゃん限定でね」

さて、それじゃあ学校に行くか名瀬ちゃん。
私は名瀬ちゃんがいつもの調子に持ったのを見計らって、もう一度手を握るのだった。


======


あとがき


早いとこ名瀬ちゃんの素顔を見せてあげたいが……
どうやって納得できる展開にするかな。


熾音君にもしっかり弱点はあります。
そして未だ完成に至れない理由もあります。

ヒントは『たくさんの事を知り過ぎて答えは全てそこから探し出している事』


ちなみに古賀ちゃんの出番もしっかりありますよ。



>>PALUSさん

原作の方がそんなに進んでないからなるべく引き延ばしたいですね。
現在の過去編で原作のキャラに接触するかどうかですが……接触します。





[20958] 第拾弐記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/24 16:10
「それじゃあちょっとお出かけしてくるね名瀬ちゃん! ご飯は用意しといたから温めて食べてね!」

「熾音くんは俺のお母さんかよ」

「いや、それを言うならお父さんだろう? そして名瀬ちゃんはお母さんだ!」

「さっさと行くなら行けよ」

今日亜は私がちょっと遠出するから名瀬ちゃん成分を吸収してから出かけたいのに……
つれないな。名瀬ちゃんは。

「それじゃあ『行ってらっしゃい』くらいは言ってくれないか? 離れるのは非常につらいんだ」

「わあったよ。……いってらっしゃい」

「ありがとう名瀬ちゃん! しかたなく言う名瀬ちゃんも可愛いよ! いってきます!」



さて、時はすでに春半ば過ぎ。
私と名瀬ちゃんは中学二年生となった。
学校全体が名瀬ちゃんを嫌っているのは変わらないが、変わったのは私もそれに含まれるようになったことだろう。
四六時中名瀬ちゃんにひっついて、『愛ゆえになせる行動』を取り過ぎたせいだろう。
あとは名瀬ちゃんといつも一緒にいる事で、見えにくかった私の異常が見えやすくなったからだろう。


まぁそんなことはどうでもいい。


一日の半分以上を名瀬ちゃんに費やし、4分の1を知識の収集に費やすタイムスケジュールに変わってかなりの時間が経つ。
それ自体には何の不平不満も問題もないのだが。
そんな情報収集の時間の中で、とある情報に私は目を止めた。


『黒神めだか』の情報だ。
ジュグラ―定理を難なく解いて莫大な報奨金が贈られたとか。


そういった、過去にない新しい物や方法を作り出す才能は私には無いものだ。
名瀬ちゃんだって新しい独自の理論や人体改造の立案もこなしてしまえるが、そういった才能は私にはない。
せいぜい私にできる事は、既存の知識を組み合わせることくらいだろう。
そういった才能があれば私は名瀬ちゃんの役にもっとたつ事が出来る、そう思うとそういった才能を持つ人間が羨ましくなるな。

さて、『黒神めだか』の話に戻るか。
現在中学一年生であろう彼女の逸話は小学生のころからあるが、これでまた有名になったわけだ。
逸話を知れば知るほどに彼女が『異常』であることが窺える。
一時期、名瀬ちゃんの事でかなり意識していた黒神家の『異常』な子供の一人だ。
私は多少興味がわいたので調査を行うことにした。

本当は名瀬ちゃんの傍から離れてまでやる事ではない。
しかし相手が『異常』であるならば、私は実際に目で見た方がわかりやすいと思っている。
前に名瀬ちゃんも言っていた、『実際に取った生のデータ』の方が優れているわけだ。
……それにもしかしたら、名瀬ちゃんの過去に関係があって、『未来』で名瀬ちゃんと共に関わる存在となるかもしれない。
そうだとするのなら、その『異常』についてできるだけの事を知っておいた方がいだろう。
私の『予知』とて万能であるわけではないのだから。



そんなわけで少し遠出をしてみたわけだ。



まぁ、遠くから見るだけなのだがな。
一目でわかるのは確実に『異常』であるということか。
目にこもる力も、溢れる存在感も、常人とはかけ離れている。
無論、名瀬ちゃんほどに私を魅了することはなかったが。

異常である物が普通に過ごしている。
いや、異常を普通として感じながら過ごす事で異常が普通に見えるのか。
とにもかくにも、近くの建物から望遠鏡を使って盗撮するのはやめようか。
そろそろ飽きてきたし。
というかなんで私が名瀬ちゃん以外の女をじっくり観察しなきゃいけないんだ。
……自分で来たんだったか。

ともかく、『黒神めだか』は異常だ。
今日も見ているだけで何回も人助けをしている光景を見た。
そして結果的に『異常』であるにもかかわらず皆に好かれている。
私や名瀬ちゃんとは違う……な。


しかし、それもまた『黒神めだか』の生き方なんであろう。


私は私の生き方である名瀬ちゃん至上主義を貫くだけだ。
ま、もしかしたら正面から顔を合わす事があるのかもしれない。
その時の私の態度はお互いの立場によるであろう。


まぁ今はさっさと帰って名瀬ちゃんに会いたい。
できればハグしたい。抱きしめたい。
うむ、1日会えなかったという事で許してもらおう。





======

あとがき

黒神めだかと接触……と見せかけて本当に見てただけ~。
だって接触したら確実にややこしい事になりますからね。
ヘタすれば球磨川に目を付けられますよ。
そしたら主人公の場合、確実に球磨川を殺しにかかりますからね。『名瀬ちゃんに危険が迫る未来を排除する』的な感じで。
だから今回は見てただけ―です。

ある意味伏線です。
……ハグ的な意味で。

雲仙冥利とのバトルでめだかが乱神モードになったのは中学1年の夏休み以来。
つまり球磨川とのバトルはその時か、それより前かということになります。

そしてめだかが球磨川とバトル?したらしいときの彼女の髪型はポニーテール。
その後にはほどけてストレートにしています。
そんでジュグラー定理を解いたのがポニーテールの時。
そして阿久根にボコされてたのはツインテールの時。

時期順としては、ツイン→ポニテ→ストレートなのでしょう。
だから主人公が訪ねてきた時のめだかは、阿久根が会心した後、球磨川との対立前となります。

若干強引だけどいいんだよ!
深いところまで関わるつもりじゃないイベントなんだからさぁ!

そして今回わかった熾音の弱点は『想像力』『発想力』が極端に欠けている事。
モナ・リザをそのままそっくり書くことはできても、新しく何かを書けと言われたらできないのです(風景画とか人の絵とかは既存の技術使って書けますけどね)。
既存のハイパーな技術は使えても、アイディア商品は作れない。そういうわけです。

ちなみに、名瀬ちゃん人形は目の前にいる名瀬ちゃんを見ながら裁縫でアニメ調に作ったらできましたとさ。
まさしく愛の力としか言いようがないね。頭がイッちゃってたから作れたんでしょう。

>>アストラさん
  熾音が佐山・御言と被る。

新庄運切は古賀ちゃんですねわかります。

駄目だよ!だって熾音は最終的にマジモンの変態になるんだから!
被ってるとか言われたらもうすでにマジで変態じゃないか!

>>rasetu

そう言われてみれば、原作を知らない人でも十分楽しめる作品になってますね。
主人公視点だからでしょうか。



[20958] 第拾参記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/09 06:26

「名瀬ちゃあああああああああああん!」

「いきなり抱きつくんじゃねえよ」

ドスッ

「首に注射器刺さってる! でも私の血液採取ならいつだってさせてあげるさ!」

「残念だけど睡眠薬だぜ? しばらく寝てな」

「眠い……でも腕の中の感触が素晴らしい……」

フフ……いい夢が見れそうだ……
名瀬ちゃん曰くめんどくさいから付けないノーブラの胸の感触だって大好きさ!
というわけでおやすみ。





「学校で抱きついたのは悪かったと思ってる。でも後悔はしていない。まさしく夢見心地だった」

「んなことはいいんだけどよ。どこいってたんだ?」

「なんだい? 私がどこに行っていたのかを気にしてくれるのかい? 嬉しいなぁ」

「……ちげーよ。言う気が無いなら言わなくていいっつーの」

「そうかい。ならば言わないでおくよ」

もしかしたら『黒神めだか』の観察に行っていたと知って嫉妬とかしてくれたら嬉しいけど。
いや、そんなことをする名瀬ちゃんは名瀬ちゃんじゃないね。
少なくとももっとラブラブになるまではそういう展開はないだろう。
もっとラブラブ……早くなりたいな。

「というわけでお弁当作ってみました!」

「中身はまともなんだろーな?」

「一応、ハートマークは自重しておいた」

「……ま、別に食えればいいけどよ」

食えればいいと言って前はバランス栄養食品ばっかり食ってたじゃないか!
私のお弁当はちゃんと栄養も見た目も味も全てが名瀬ちゃんのために考慮されているぞ。
脳の働きを促進するために噛みごたえのある物もあるし、ビタミンも十分に摂取できるようにな。
名瀬ちゃんの健康はこの私が守る!

現在、教室にいるのは私と名瀬ちゃんの二人だけだ。
中学二年になってもこの対応とは嫌われたものである。
無論私は名瀬ちゃんがいればそれでいいが、彼女自身はどう思っているのだろう。
だが、私くらいじゃ彼女の心の底など見極めることはできん。
まぁ美味しそうにお弁当を食べてくれているからそれで満足しておこう。

「さて、今日の実験はどうするんだい名瀬ちゃん? 私の体は調べつくしただろう?」

「あぁ。熾音くんのおかげで随分とはかどってるからな。動物実験でテストといこうぜ」

「そうか。それじゃあ適当に準備しておくよ。大型肉食獣あたりでいいかな?」

「準備できるのかよ」

「愛の力は偉大なのだよ」

実際は予知で当てた宝くじの資金が元手なんだけどね。
現在はもっぱら株で稼いでるし。
どれが上がるかわかってれば絶対に金が手に入る方法だよ。
違法輸入の動物でも仕入れればいいだろう。





名瀬ちゃんは最近ではだいたいこうやって動物での実験を行っている。
私の体から得たデータのおかげで、人間の『異常』な肉体スペックのデータが取れたらしいのだ。
人間での実験はまだ行えていないが、現在はそれを動物を使ってテストし続けているわけだ。
もちろん私はその実験台になろうとしたのだが、私の体は元から『異常』であるので、改造しても結果が出ないという事だ。
その時の役立たず宣告には正直落ち込んだ。

まぁ、私の体は名瀬ちゃんのデータ取りに大きく貢献している。
筋肉や骨組や神経、果ては内臓器官の至るところまでデータを提供済みだ。
それが名瀬ちゃんの研究に役に立っているのだから感激である。
実験台にはなれないが、データの提供で貢献したという事で落ち着こう。

さて、そんな事を考えていたら授業が終わって放課後だ。
私はすぐさま名瀬ちゃんの元へと向かった。

「名瀬ちゃん! 一緒に帰ろう!」

「そんなに急がなくてもわかってるっつーの」

私は彼女の手を握って、私たちの家へと帰る。
帰ったら研究室で彼女の助手役だ。


校舎を出て家へと向かう道すがら、私は興奮を抑えきれずに終始笑顔だった。


======


あとがき


だんだんと口調が人間臭くなってきてる主人公。
しかし、冷静モードでは未だに年寄り臭い口調ですよ。
あれです。名瀬ちゃんが近付くとカリスマブレイクするんです。


ところで、日之影空洞さんが一人で軍隊潰せるそうですね。
それでいて存在感が空気で認識させないようにできるって……
H×Hのメレオロンと、バキのオーガを合わせたようなもんですか?
日之影さんマジパネェっす。


>>あか

名瀬ちゃんはマジ可愛い。
異論は認めない。
正直めだかとかどうでもいいから名瀬ちゃんがもっと見たい。
だからこんな二次創作が生まれたのさ。



チラ裏で掲載始める必要がなかったんじゃと思うくらいに指がキーボード上を走るんだが。

古賀ちゃんが出始めるだろう拾伍記憶目~拾捌記憶目あたりか、原作はまだわからんので箱庭学園入学くらい(おそらく弐拾伍記憶目の前後)でその他版に移そうと思うんですがどう思いますか?

この作品、面白いですかね?




[20958] 第拾肆記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/09 20:55




そう、それは未来を知る術のある私にとっても、本当に唐突にやってきた幸せだった。
いくらか不本意な形になってしまったとはいえ、それは確かに幸せな事だ。
思えば、こうも長くの時を名瀬ちゃんと一緒に過ごしていれば、気付かれないという事の方が難しい。
だって名瀬ちゃんも私に負けず劣らずの『異常』であるのだ。
いつまでも気付かれないと思う方がどうかしていた。

いや、『予知』の一切を使わなければよかったのかもしれないが、私にとってそれはできない選択だった。
なぜなら私が名瀬ちゃんをサポートするに当たって、『予知』を使わずに、すなわち私の能力を全て出さずに手を抜いてサポートすることなどできないからだ。
私は彼女を助けるためなら常に全力全開だ。
彼女に恐れられる可能性のある『予知』であろうと、彼女をサポートするためならば惜しげもなく使おう。
そんな矛盾した考えも終わりの時が来たのだ。


私が言う前に、彼女が私の『異常』に気付いた。気付いてくれた。


そのような言い回しになるのは、私が彼女に隠し事をし続けるのが辛かったからか。
それとも全てをさらけ出せずにいたままで愛を叫ぶのが辛かったのか。
彼女と『秘密』を語り合う機会を与えてくれたからなのか。
おそらくそれらは全て正解なのだろう。






「熾音くんさー、なんか隠し事してるだろ?」

「っ! ……なんのことかな?」

「普段ならそこで笑って返すとこじゃねーか」

「そう……だったね」

それは居間でご飯を食べ終わった後の事だった。
珍しくも名瀬ちゃんの方から話しかけてきたのだ。
そしてそれは、私にとっての一番の問題となっているところだった。
なぜなら私にとって、彼女に隠している事などたった一つしかないのだから。

「それで、私が何を隠していると思ったのかな?」

「普段から俺に隠し事しないーつってる熾音くんだしな~。というか、細かい動作の一つ一つ見てればわかるんだよな」

「すると?」

「たま~に先読みしてるよな。熾音くん?」

先読み。そこまでなら問題ないが。
心を読むとでも思われたら余計に嫌だな。
というか、未来がわかるのと同じくらい恐怖されないだろうか、その場合。

「俺がビーカー落としたら急に振りかえって受け止めた事もあったろ?」

「………」

そういえばあったな。そんなこと。
思えば、その時私はデータ整理で書類をまとめていて背を向けてたんだから気付けるはずがない。

「まぁおんなじよーな事はまだたくさんあるんだけどよ」

「……名瀬ちゃんなら気付かれてもしかたないね。それだけ長く一緒にいたって事だし、名瀬ちゃんはすごいからね」

「そりゃあ一年以上も一緒にいるわけだしな~」

「まぁ、名瀬ちゃんの予想通りだと思うよ」

私がそう言うと名瀬ちゃんの目が細められた。
どんな顔をしているかまではわからないが、それは疑問だろうか。
それとも、私が恐れている感情を現しているのか。

「一応聞いとくけどさ~。なんで隠してた? 隠してたって言うより言わなかっただけかもしれね―けどさ」

「……いや、隠してたんだよ。できることなら名瀬ちゃんに知られたくなかったけど、もしかしたらその異常も含めた私の全てを知ってもらいたかったのかもしれないね」

「言ってる事おかしくねえか?」

「まぁいいじゃないか。私が名瀬ちゃんに隠してた理由だろう? それは名瀬ちゃんに嫌われるのが怖かったからさ」

「……確かに異常だけど、別に嫌ったりはしねーよ」

「本当かい?」

「そんなもん今更じゃねーか」

私の悩みとは名瀬ちゃんにとっては取るに足りないものであったか。
いや、私も初めはそんな気はしていただろう?
『予知』して嫌われる事がないとわかっていればすぐに教えてていたはずだ。
それでも『予知』を使わなかったのは、彼女を信じていたからで、それでも恐怖していたからだろう?
とどのつまり、私自身が臆病だっただけなのだろう。

「今更といえば今更だけどね。もっと感動的なセリフを言ってくれてもいいじゃないか。名瀬ちゃんには似合わないけど」

「そんなめんどくせーことできるかよ」

「まぁ名瀬ちゃんがいつも通りに私の事を想っていてくれる事がわかってよかったよ」

「漢字間違ってねえか?」

「合ってるよ。それじゃあ……私の以上について詳しい説明はいるかい?」

「『予知』みたいなもんだろ? 直観的なもんかマジな予知かは知らないけどよ」

「どっちでも変わりはしないと思うけどね」

それじゃあ勇気が出たところでお願いしてみる事にしよう。
私は名瀬ちゃんの方を向いてその目を見ながら言う。

「一つお願いをしてもいいかな?」

「黙ってろってことだろ? わかってるよ」

「ああ、それはそうなんだけど、名瀬ちゃんの素顔の事だよ」

「唐突だな。いきなりすぎるぜ」

「もう負い目はないからね。これで私も何でも言えるというわけだよ」

だからずっと見たかった名瀬ちゃんの素顔を見てみたいんだよ。
隠すことなんて何もないんだからね。

「名瀬ちゃんがその顔を隠す事にどういった意味があるのかは知らない。でも、私はきっと変わらぬ反応をし続けるよ。私にとって名瀬ちゃんは全てだ。顔を見せてくれたらとても嬉しい。だから私に君の顔を見せてくれ」

「強引だな~熾音くんは」

「たまには強引に頼み込むのもいいと思ったのさ。それに名瀬ちゃんだって私の全てを受け止めてくれたんだから不公平だろう?」

「……はぁ。わかったよ。見せればいいんだろ見せれば」

案外あっさり名瀬ちゃんはお願いを聞いてくれた。
それだけ私と名瀬ちゃんの仲が親密になっているということなのだろうか。
そうであるならば嬉しいな。

初めて見た彼女の顔はとても綺麗だった。
思わずほうと息が漏れてしまうくらいに。
そしてもう一度私は心の中で思った。彼女と一緒にいてよかったと。
顔の造形が綺麗だからそう思ったのではない。
彼女の全体像を見て、彼女の存在全てを感じて、そう思ったのだ。

「綺麗な顔だよ名瀬ちゃん。顔を見せてくれてありがとう。でもどうして隠してたんだい?」

「……この顔を見た連中、こぞって態度を変えやがるし、女を見る目で見てきやがる。それに、目立って目立って仕方ないんだよ」

「恥ずかしがり屋なんだね名瀬ちゃん」

「うっせえよ」

今日は記念日だ。
私はこの日を決して忘れることはないだろう。


他の数多の記憶の中でも、特に色濃く残るに違いない。


======


あとがき


シリアス(笑)。
(笑)はいりませんよね。きっと。

こうでもしないとバレることが無いと思いますしね。
というか実際、一年近くもサポートで使ってたら名瀬ちゃんじゃなくても優秀な人なら気付くと思いますし。

主人公にとっての大きな問題は名瀬ちゃんにとってはそんなに大きな問題ではないわけです。
だいたい、そんなもん知ってどうすんだ的な感じですかね。
主人公が口に出さなければ知らないのと同じなわけですし。

そして名瀬ちゃんの素顔。
隠す理由が微妙なんですよね。
本人は記憶がないわけだから、案外本当に照れ屋さんだったりしてな。
目立つのが嫌だから隠してたらしいし。




皆が名瀬ちゃんを好きになってくれて嬉しい。
だが! 名瀬ちゃんは私の嫁だ!





[20958] 第拾伍記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:0630978a
Date: 2010/08/09 23:26



「――私の異常はそんな『予知』だよ、不完全ではあるが、確実ではある」

「記憶能力からいっても知りたがりってわかってたけどさ、それにしてもすげーな」

「でも、未来を知るなんてつまらないからね。厄介事に巻き込まれた時と、名瀬ちゃんのために頑張る時以外は使ってないよ。私は名瀬ちゃんが『今』見せてくれる笑顔が見たいんだ。だから『予知』でそれがわかってたら嫌じゃないか」

「俺のことばっかだな~」

「名瀬ちゃん至上主義だからね」

私が名瀬ちゃんに『予知』のできること出来ない事を詳細に語った後。
現在は名瀬ちゃんは袋を顔にかぶっていない。
とりあえず今日だけは外しておいてくれと私が頼んだのだ。
……十分に記憶しておかなければ。写真も撮って、人形も作ろう。

そういえば現在夏休みだけど、近くでお祭りがあったっけな。
その近くで花火大会も同時開催だったな。よし。

「ねえ名瀬ちゃん」

「なんだ?」

「顔を隠せてれば袋じゃなくても問題ないよね?」

「……はぁ?」

お祭りでラブラブ大作戦……始動だ!



「祭りなんてきてもしょうがねえと思うんだけどな」

「こういうのは誰かと来るのが楽しいんだよ」

私にとってはその誰かは今のところ名瀬ちゃんしかいませんけどね!
名瀬ちゃんだけで十分ですけどね!

そんなこんなで名瀬ちゃんを説得し、やってきました夏祭り。

そしてお祭りならではの、顔を隠しても問題ないという手段が存在する!
それが……これだっ!

「ったく、お面なんかつけさせやがって」

「袋かぶってこんなところきたら注目の的だよ? それでもいいのかな? それに私の選んできた浴衣にもそっちの方がズバリ似合っている!」

「は。今日だけだからな」

「わかってるよ!」

段々と顔を隠す面積を少なくさせるのに慣れさせなきゃね。
ふふふ。そうして目立たない恰好になれば彼女と一緒にもっと色々なところに行ける。
淡い紫の生地に鮮やかな黄色い花が咲いている。
そして彼女自身が袋を被らずに狐だか犬だかの中間みたいな感じのお面をかぶっている。
なんて可愛らしい! もう死んでもいい。

しかし、一緒にいる私はそれにふさわしい姿をしているだろうか。
私は長い黒髪はいつも通りにポニーテールで後ろにまとめ、藍色の浴衣を着ている。
背は中学生男子の一般的な平均身長よりは高いはずだし、私自身の容姿は決して悪い方ではないはずだ。
もし名瀬ちゃんから見て悪いのならば、後で服飾店の店員に報復に行くとしよう。

「ほら、手を繋ごうよ」

「はいはい」

彼女と私はお願いすれば手を繋いでくれるレベルまでには仲がいい。
私は名瀬ちゃんの手を引いて、彼女に祭りを楽しんでもらうべくエスコートをするのだった。



彼女の知識は十分に多いが、娯楽というものに関してはそう多いものではない。
それは彼女がそれらをシャットアウトしてきたからなのだろうが、これからはそんなことはないように全力で名瀬ちゃんと付き合っていこうと思う。

「ほら、名瀬ちゃんはわたがしとかりんご飴とか食べたことないだろう? たくさんあるよ」

「どれが美味いのかとかわからないんだけど」

「私も祭りは初めてだから知らないけど、きっと美味しいよ」

「推測なのかよ」

ただ、問題は私自身も祭りなど初めてであるということか。
名瀬ちゃんに会うまではそういうものには興味なかったんだから仕方ない。
でも、事前に知識の収集をしておいたから大丈夫さ!

「とりあえず食べてみようよ。ね?」

「熾音くんは言っても聞かないだろーしな。奢ってくれるんだろ?」

「もちろん! 女の子に奢るのは……いや、名瀬ちゃんに奢るのは私にとっては当然の事さ!」

「じゃありんご飴でも食べるか。熾音くんも一緒にな」

名瀬ちゃんが一緒にって言ってくれるなんて!
すごく報われた気分だ……よし。

「おじさん! りんご飴二つくださいな!」

「はいよ!」

私は満開の笑顔でりんご飴を注文した。
その注文を受けたおじさんがちょっとたじろいでたのは気にしない事にしよう。


======


あとがき




ていうか俺さ。
今頃になって気付いたんだけど……主な登場人物って全員血液型がAB型なんだよな。
ある意味不気味だ。いやまぁ、AB型には天才タイプが多いとは聞くけどさ。やりすぎだろ。
学園長から生徒会全員から何から何までAB型だぞ。
おかしいだろ。
まさかAB型の生徒だけを全国から集めたとかないよな?



ところで、次回の更新あたりでその他版に移そうと思います。
次の次あたり、一気に飛んでそろそろ古賀ちゃんの出番ですよ。



>>huntfieldさん

そうか・・・オーガじゃなくてガイアかってどうでもいいわ!
古賀ちゃんとは親友ポジションですかね。






[20958] 第拾陸記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/10 06:18


「どうだい名瀬ちゃん。お祭りだって楽しいだろう? というか美味しいだろう?」

「熾音くんの飯の方が美味いな」

「それは嬉しい……けど、そこは素直に楽しいって言ってくれよ」

「でも、食ってばっかりじゃねーか」

「いや、名瀬ちゃんが食べたがってたよね?」

祭りに来てしばらく。
名瀬ちゃんは思いのほか楽しんでいた。
というか、物珍しさでキョロキョロといろんなモノを見ていたのだが。
そんな、いつもは見せない雰囲気の名瀬ちゃんは本当に可愛かった。

「次は射的でもやろうか。名瀬ちゃんもやる?」

「熾音くん。俺の運動神経が全くないってことわかって言ってるだろ?」

「私だって射的なんて初めてさ。それに、知識や運動神経があっても成功するわけじゃないだろ?」

「……はぁ。わかったよ」

後で気付いたんだけど、お面かぶりながら射的ってやりにくくないかな。
でも、普段袋から片目だけ出して生活してる名瀬ちゃんなら慣れてるよね?



「結局二人とも全部はずすなんて……私達の射撃のセンスが0だったなんて……」

「俺はこうなるって思ってたけどな」

「私は男としてカッコイイ所を見せられなかったから非常に悲しいんだけどね!」

「……気にしてないから顔を上げろよ」

射的をかなり不満な結果で終わらせた後。
現在は河原で花火大会の見物準備。
片手にかき氷なんかもって土手に座っているわけである。
近くのビルの屋上とかに侵入してもよかったんだけど、時間をかけたらかき氷が解けるしね。

「かき氷美味しい?」

「おう」

「私のはイチゴ味で名瀬ちゃんのはメロン味だ」

「だからなんだよ」

「食べさせっこしよう」

そう言って私は名瀬ちゃんの方へとスプーンを差し出す。
名瀬ちゃんと違う味のかき氷を購入してから、ずっと私はこれを狙っていた。
違う味だからこそできる食べさせ合い。1か月前に読んだ本の登場人物のような失敗を私はしない。
なぜならば、その失敗を完全に記憶して気をつけておくことができるからな。

「はい、あ~ん」

「……熾音くん、狙ってやってるだろ」

「何の事かわからないよ名瀬ちゃん。さあ、お面を少し上にずらして口を開けるんだ」

私がニコニコと笑顔で言うと、名瀬ちゃんはため息をつきながらお面を少し上にずらした。
ちょうど口が見えるくらいまでずらして、その口を開いた。

「あ~んっと」

「むぐ」

お面を上にずらしているので視界が遮られているようなので、ちゃんと声に出して合図をおく手あげた。
それに合わせてしっかりと名瀬ちゃんは口を閉じる。
関節キスか。いいなこれ。何か感激する。
よし、ならば次は私の番だな。

「はい、次は名瀬ちゃんのを食べさせてくれる番だよ」

「……めんどくせ~」

「私は名瀬ちゃんに一口あげたよ?」

「そりゃ熾音くんが勝手にやったんだろう」

「駄目かな……?」

「……ったく。しゃあねーな。口あけろよ」

名瀬ちゃんは案外ジッと見つめると弱い。
それは一年以上も密接な付き合いをしてきた私だからこそわかる事だ。
名瀬ちゃんが大人しくなってスプーンを差し出してきたのでこちらも口を開ける。

「ん」

「あ~んとか言ってくれないのかグボッ!?」

喉に! 喉にスプーンが突きだされた! むしろ刺さった!

「自業自得だろ。バーカ」

「ゲッホゲホッ! 無理言ってごめん名瀬ちゃん。でもやってみたかったんだよ」

「……また今度な」

くっ……今の私にはまだ難易度が高かったのか。
だが来年こそは。来年こそはっ!

ヒュ~~~~~ドーン!

「お?」

「ん?」

花火が打ち上げはじめられたようだ。
直接には初めて見るが、綺麗なものなのだな。
美しく空で咲く花火を見ながら、私は名瀬ちゃんへと話しかける。

「なぁ名瀬ちゃん」

「なんだよ」

「来年も来よう。絶対」

「……あぁ」

私は名瀬ちゃんと一緒にかき氷を食べながら、その花火の打ち上げが終わるまで、その場で空を眺め続けた。




======


あとがき


熾音くんは名瀬ちゃんのためなら才能の無駄遣いもかなりします。
それは一概に『愛による暴走』なのです。



その他版に移ってきましたが、これからもがんばりたいです。
めだかボックスはまだまだ話数が少ないので、だんだんと更新速度は遅くなると思いますが、まだまだ大丈夫です。

ただ、伏線とかがな~

次回、ついに仮面ライダー少女の古賀ちゃんが登場!




[20958] 第拾柒記憶目 「ともだち」
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/10 14:28

迎えた中学三年性の春。
相も変わらず名瀬ちゃんは迫害されていて、相も変わらずそれを気にしようともしなかった。
そして勿論私は、それら全てを無視し続ける彼女のために愛を叫び続けている。
今年もそんな感じで一年が過ぎゆくだろうと、私は『予知』を使わなくともそう確信していた。
そしてそんな確信は簡単に打ち砕かれる。


彼女は突然やってきた。


取るに足りない一般生徒その一であり、それに捕捉で転校生と付けるだけで済むはずの彼女。
『異常』など欠片も見当たらないはずの、『古賀いたみ』という名の彼女。
休み時間、私が名瀬ちゃんの隣の席で、本を読む名瀬ちゃんをじっと見つめている時に彼女は突然やってきた。



私と名瀬ちゃんしかいない教室の入り口。
普段からそこには数人の生徒がいて私達を見ているのだが、今日はそれとは違う状況だった。
本に没頭している名瀬ちゃんは気付いていないが、一人の女子生徒が教室の中に入って、まっすぐにこちらへ向かって歩いてくる。
一体何の用なのだろうかと思う。
入口の方ではその女子生徒の友達らしい生徒が止めようと手を伸ばしているが……さて?

その女子生徒はそのまま教室を進んできて、名瀬ちゃんの席の前に立った。
そして名瀬ちゃんの机に手をついて、名瀬ちゃんも本に向けていた視線をその女子生徒へと移す。
そのまま女子生徒は名瀬ちゃんに言った。

「お願い。私を実験動物(めちゃくちゃ)にして」

その女子生徒が名瀬ちゃんを見て何を感じたのかは分からない。
でもきっと、名瀬ちゃんが『異常』だという事はわかったのだろう。だが、それは名瀬ちゃんをいじめている生徒達全員が知っている事だ。その『異常』があるからこそいじめるのだから。
それに、名瀬ちゃんに対して実験動物にしてという発言ができる理由がわからない。
彼女の『異常』が『人体改造』にあることなんて、普通の生徒が知るはずがない。
だとすれば、この女子生徒の発言はまさしく直感というものなのだろう。
だから私はそんな彼女に声をかける事にした。

「実験動物になるって、意味がわかって言っているのか?」

「……え~っと天宮熾音君だよね?」

「おや、もしかして私は有名かな?」

「学校一の変た……じゃなくて変人だって噂に聞きました」

名瀬ちゃんと一緒にいるから苛められるんだと思ってたら私にもそんな噂があったのか。
まぁ他人からの評価なんて欠片も気にしちゃいないけどね。

「まぁいいや、実験動物になるのを希望なんだろう? 意味を理解して……いや、私としてはそんなことを言った理由が効きたいね。名瀬ちゃんもそう思わないか?」

「……俺はどっちでもいいけどよ」

「だそうだよ。だから理由を頼む」

名瀬ちゃんがいつもと少し調子がおかしいのは戸惑っているからだろう。
私が初めて話しかけた時と同じだ。
彼女に対して敵意を持たずに話しかけられる人間は本当に少ない。
それも、同年代の子供達には私以外いないと言っていいだろう。
そして今この女子生徒が、理由はどうあれ敵意を持たずに話しかけてくるということ。
それは名瀬ちゃんにとっていい事なんだと私は思う。

「じゃあ、言います」

「どうぞ」

「世界には普通の事しか起こらないって思ってた。そんな中に『異常』な貴方達が現れて、そんな私の普通の世界を壊しちゃった。だから貴方達なら、私を『普通』じゃなくしてくれる気がしたの」

「『普通』よりも『異常』がお好みってやつだね。名瀬ちゃん、お誂え向きじゃないか?」

「そうだなー。そろそろ人間相手にしないと」

「へ?」

女子生徒の言葉を軽く受け流して名瀬ちゃんに声をかける。
どうやら名瀬ちゃんも賛成のようだ。
そしてその女子生徒は呆気にとられた顔をしている。

「え~っと……?」

「とりあえず名前を教えてくれないか?」

「あ、古賀、古賀いたみだよ!」

「じゃあ古賀ちゃんか。名瀬ちゃんもいい加減本を置いてあげなよ」

「はいはい。じゃあ古賀ちゃん、これからよろしく」

「あ……うん、よろしく!」

古賀ちゃん……彼女が名瀬ちゃんと友達になれるといいな。
やっぱり、名瀬ちゃんは人とのかかわりが少なすぎるからね。
そうすれば自然に顔を出しても大丈夫になってくれるかもしれないし。
私は名瀬ちゃんの恋人で古賀ちゃんは名瀬ちゃんの親友。
うむ、最高の未来予想図だ。

「天宮君はさっきから何で笑ってるの?」

「あ、それは気にしねー方がいいぞ」

「へ~。そうなんだ~」

とりあえず今日は家で名瀬ちゃんの研究の補助だな。
これから忙しくなるぞー。


======


あとがき


古賀ちゃん登場!
そしてあっさり流す主人公!
主人公は名瀬ちゃん至上主義だし、名瀬ちゃんは名瀬ちゃんであんまりしゃべらない。
しばらく経たないと古賀ちゃんもこのノリについていけないでしょう。

次回からは改造計画です。





[20958] 第拾捌記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/10 19:48



「古賀ちゃん改造計画の発足です。被験者の古賀ちゃんは何か意見ある?」

「そーいうのはわかんないんだけど……」

「おいおい熾音くん、『普通』な古賀ちゃんに言っても仕方ねえよ」

「……そうだね。まぁ名瀬ちゃんに任せておけば安心だよ古賀ちゃん。名瀬ちゃんは本当にすごいんだ。君の『普通』だって『異常』にしてくれるよ」

「うん、お願いね!」

「それじゃーそこの台にでも座ってくれ」

名瀬ちゃんが指示を出し、古賀ちゃんを手術台の上に腰かけさせる。
私はといえば、名瀬ちゃんの後ろで器材の準備中だ。
今日は電気信号の転換ではなく肉体の方の改造から行うらしい。
体の『普通』な電気信号を『異常』に換える前に、素体(ベース)となる肉体の方を改造するのだとか。

いくら知識を持っている私でも、名瀬ちゃんの独自の改造理論は『異常』なので専門外だ。
名瀬ちゃんの言うとおりにサポートに徹しよう。

「じゃあ熾音くん、これ」

「? なんで目隠し?」

いやまぁ予知を使えば名瀬ちゃんが言う前に器具を準備して渡せるし、眼なんか見えなくても器具の場所は記憶してるから名瀬ちゃんに渡すくらいはできるけど。

「古賀ちゃんの服を脱がせるからに決まってるだろーが」

「あ」

「……うぅ」

思えば、制服着たままの古賀ちゃんを連れてここまで来たんだから、そのままの格好で改造手術ができるわけがない。
こんな失敗をするとは……不覚だ。
名瀬ちゃんはいつも通りの雰囲気でこっちを見ているが、古賀ちゃんは何やら涙目でこっち見てるしって私が悪いのか!?

「くっ! 違うぞ名瀬ちゃん! 私がみたいのは古賀ちゃんの裸よりも名瀬ちゃんの裸だ! もしも古賀ちゃんの裸を見たとしても私の名瀬ちゃんへの愛は絶対に変わらない!」

「なんでもいいから早く目隠ししてよー!」

「熾音くん」

「わかりました!」

こんなところで嫌われるわけにはいかない。
それに、名瀬ちゃんの新しい『友達』兼『実験動物』になるであろう古賀ちゃんとも仲良くしたい。
大人しく目隠ししよう。
うん、どうせ直接的に作業するわけじゃないんだから。
私が大人しく目隠しをしたところで名瀬ちゃんが古賀ちゃんに声をかける。

「これでいいだろ。服を脱いで横になってくれ」

「う、うん。わかった」

何か言われたら嫌だし黙っておこう。
古賀ちゃんが服を脱ぐ衣擦れの音がして、名瀬ちゃんが手元の器具をカチャカチャと動かす音がする。
どこに何があるかは記憶してあるので、目隠し状態の私の助手役の準備も完了だ。
これより古賀いたみの改造手術を開始する。



先に運動神経などを強化してしまえば、内臓器官の能力が足りずに不全を起こすだろう。
逆に内臓器官を先に強化すれば、パワーが有り余り過ぎるだろう。
そして神経を強化しなければ、体は追いついてこないだろう。
骨格を強化しなければ、過度の運動に耐えられないだろう。
ならば、それらの不全を防ぐためには一度の改造で全てを同時に強化していく必要がある。

一度に強化する割合は少なくなるだろうが、何度も繰り返せばいいだけだ。
そしてその何度も繰り返す間にも、名瀬ちゃんは自らの技術をアップデートして、更なる改造を古賀ちゃんに施すだろう。
私にできる事は本当に補助程度だ。
データバンクや補助、あとはありとあらゆる知識からの情報提供をする事。
直接的に名瀬ちゃんの改造をはかどらせてあげたり、古賀ちゃんを『異常』にしてあげたりすることはできない。
それだけ関われていれば十分だと思うべきなのか、もっと関わりたいと欲を出すべきなのか、正直わからないな。






「それで、手術は成功したんだよね?」

「まーな。まだまだ改造し足りないけど」

「時間はいくらでもあるよ、名瀬ちゃん」

「……そうだな」

改造手術が終わった後。
眠りについている古賀ちゃんをベッドまで運んで(勿論私が)居間に来た私と名瀬ちゃん。
お茶を入れてから名瀬ちゃんに手術の結果を聞いた。
成功したようだけど物足りなさそうだ。
おそらく、試したい事とかやりたい事とか色々あるんだろう。

「私としては名瀬ちゃんに新しい友達ができそうな事が嬉しいけどね」

「どういう意味だよ」

「そのままだよ。女の子同士の友達だって欲しいだろう?」

「………」

(ああ、シャイな名瀬ちゃんすごく可愛い)

あ、名瀬ちゃんのコップが空になってる。
お茶のお代わりを持ってきてあげよう。


======


あとがき


良く考えたら、古賀ちゃんの両親(母親は知らんけど父親は)健在なんだよな。
……どうやって説得とかしたんだろう。
古賀ちゃんにとっては『普通』から『異常』にしてくれた名瀬ちゃんの方が大事だったってことなんだろうか。

まぁ原作では何とも言ってないから全く分からんけどね。







[20958] 第拾玖記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/12 00:28


「何も変わった気がしないんだけど……」

改造手術の翌日。
皆分の朝食を作ってあげた後。
いただきますと言うところで古賀ちゃんがそんな事を言った。

「実感がわかないのか。名瀬ちゃん、まだ電気信号を変えたりしてないからかな?」

「そりゃーあれだな。実験してないからだろ。記憶とかには手を加えてないんだし」

「それなら……はい古賀ちゃん」

私は古賀ちゃんにあるものを手渡した。
後で皮をむいて皆で食べようと思っていた物だ。

「りんご?」

「それを片手で握ってみればわかると思うよ」

「……やってみるね」

たぶん、片手でつかんでちょっと力を入れれば簡単に……

バキャッ!

「……割れちゃった」

「まぁそれくらいは簡単だろーな」

唖然とする古賀ちゃんに、当然だという風に朝ごはんの焼き魚に箸を伸ばす名瀬ちゃん。
たぶん、唖然としてるのはほとんど力を入れてないのに簡単に割れちゃったからだろう。
今は力が制御できないから危険かも知れないけど、まだまだ私の方が身体能力は高いし、すぐに名瀬ちゃんの手術で『異常』の電気信号を取りつけるから、その危険も取り払えるだろう。

「それじゃあ古賀ちゃんも『異常』を実感できたことだし、いただきます」

「あ……うん。いただきます」

「もういただいてるぜ」

名瀬ちゃん、言わなくてもわかってるよ。
空気を読まない名瀬ちゃん……それが基本だよな。ふふふ。



その後、コップを持って罅が入った事に古賀ちゃんが慌てたり、古賀ちゃんが箸を持って何度か折ってしまったりもしてたけど、概ね無事に三人での朝食が終了した。

「どうだい? 料理の腕には自信があるんだけど」

「うん、美味しかったよ。今度お料理教えてくれる?」

「もちろん。古賀ちゃんが名瀬ちゃんとも仲良くしてくれるんならね。まぁそこは心配してないけど」

「名瀬ちゃんは私のお願いを聞いてくれた人だもん。当然だよ」

古賀ちゃんはとてもいい人間のようで話しやすいし。
良く喋る性格のようなのできっと名瀬ちゃんとも仲良くなれるだろう。

「というわけで名瀬ちゃん」

「なんだよ」

「古賀ちゃんの電気信号関連の改造手術が終わったら、今度みんなで遊びに行こうね」

「……理由を教えろよ」

「そんな理由が必要な事でもないと思うよ。皆で仲良くなりたいじゃないか」

私は笑顔で名瀬ちゃんに言う。
私は古賀ちゃんとも仲良くしたい。古賀ちゃんだってきっと私達と仲良くなりたいと思っているだろう。それが私たちが『異常』だからなのか、理由なく友達になりたいのかは古賀ちゃんしか知らないけど。
そして名瀬ちゃんだってシャイだから言わないだけで仲良くしたいと思ってくれているはずだ。
唐突に関わってきた私や古賀ちゃんという他人を、なんだかんだで受け入れてくれているのだから。

「そして名瀬ちゃんと私が恋人に。古賀ちゃんとは共通の親友としてさらに親密に……」



「古賀ちゃん」

「え、何?」

「熾音くんを思いっきり殴っていいぞ」

「駄目だよ! さすがに怪我しちゃうと思うよ?」

「それくらいじゃ死なねえよ」

「わ……わかった」



「そうそう。しばらくすればまた夏祭りがあるからその時には皆で浴衣でも買って――」

「えいっ!」

ドゴッ! バキッ!

「おぶはっ!?」

「すごい音した……でも、私こんなに強くなったんだ……」

私は古賀ちゃんに殴られて思い切り吹き飛んで机にめり込んだ。
人を殴っておいて全く平気な顔をするなんて……古賀ちゃんも『異常』になってきたじゃないか。
ふふふ……駄目だ。気絶しよう。


======


あとがき


名瀬ちゃんを愛でる会
会長:『天宮熾音(作者)』
副会長:『古賀いたみ』

実際に本編中で作ってしまいそうで怖い。

そして執筆中。
『古賀いたみ』と『弓塚さつき』が被るなぁとなんども思った件について。

作者「怪力キャラ……いや、なんでもない」

なんか陽気な性格のさっちんみたいな気がしてしょうがない。
声優さんは同じ人がいいなぁ。しまじろうの人だっけ?



とあるをパロって作った名台詞。


名瀬「地獄の底まで付いてきてくれるか?」

天宮「もちろん。地獄だろうがどこだろうが、名瀬ちゃんのいる場所が私の居場所だ」

古賀「名瀬ちゃんも天宮君も私を忘れないでよねー! 私もどこだってついてくよ!」

もしも名瀬ちゃんがインなんとかさんみたいな台詞を言ったら確実にこうなります。
感想をどうぞ。





[20958] 第弐拾記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/12 00:29


「にゃはは~すごいすご~い! 体が軽いよ~!」

「……人間変われば変わるもんだなぁ」

「俺は熾音くんが一番変わったと思うけどな。初めて会った時と比べて」

「そんなことないさ。私はいつだって名瀬ちゃんラブだよ」

「ほらほら~見て二人とも~」

古賀ちゃんが声をかけてみたのでそちらを見る。
ちょうど古賀ちゃんが16ポンドのボーリングの玉を両手で押しつぶしたところだった。
……私だって頑張ればできるさ。やらなかっただけで。

「とりあえず実験は終了だね。力加減もできるみたいだし」

「そーだな。あとはアップデートを繰り返せばいいか」

「もっと反応してよ~」

頬を膨らませて言う古賀ちゃん。
さっきまでぴょんぴょん跳びはねて喜んでただろうに。感情の起伏が激しいね。興奮してるからだろうけど。
今は電気信号の変換のための改造も済んで、古賀ちゃんがそれを確かめるための実験をしていた所だ。
結果は良好。古賀ちゃんも自分の『異常』をコントロールできているようだ。
今も、天井に両手を使ってぶら下がっている。
最終的には足だけでぶら下がれるようになるって名瀬ちゃんが言ってたけど、どんな原理なんだろうね。さすがの私にも知識がない。あとで改造予定のデータを見せてもらわないと。
……あ、ついでに確認しておくか。

「古賀ちゃーん」

「何~? 天宮く~ん!」

「名瀬ちゃん可愛いよね~!」

「可愛い名瀬ちゃん最高だよ~!」

よし。

「熾音くん、古賀ちゃんに何言ったんだ?」

「いや、特に何も言ってないよ?」

ちょっと名瀬ちゃんがデータまとめてる間にお話ししただけだよ。
私の溢れる愛を語ってアルバムを見せただけだよ。
特にお祭りの時の奴を。

「まぁいいや。熾音くん、飯の準備してくれ」

「はいはい。今から準備するね。古賀ちゃんも手伝ってくれるかい?」

「やるやる~」

それじゃあ今日は中華料理メインで行きましょうか。
恋は情熱。情熱は中華ですよ。本場中国の知識をもって最高級の料理を再現して見せよう。
名瀬ちゃんに美味しい食べ物を用意するのが私の役目なのだ。
古賀ちゃんという助手もいるからどんどん作るぞー!



「あれ、古賀ちゃん。熾音くんの手伝いはどうしたんだ?」

「天宮君は一人で燃えあがってるよ~。お料理の腕は完全に負けちゃったな~。名瀬ちゃんは何してるの? ……DVD?」

「熾音くんが持ってきてくれたんだけど、結構面白いなーこれ」

「仮面ライダー? 私も見た事あるよ~」



私が厨房で料理を終えて出てくると、二人が仲良くテレビを見ていた。
仮面ライダー。昔からある特撮番組で有名だったし、改造人間が出てくるからという理由で全シリーズ揃えてみたんだが、お気に召したようでなによりだ。
古賀ちゃんがやたらと目を輝かせてるのが気になるけど。

「準備できたぞ。古賀ちゃん、お皿用意してくれるかい?」

「は~い!」

ソファに名瀬ちゃんと並んで座っていた古賀ちゃんが、ひとっ飛びでこちらまでやってくる。
運動神経やらなにやらアップしたおかげで、本当に軽快な動きをするようになったな。
『普通』から『異常』に変われた高揚感みたいなものもあるんだろうけど。

「はい古賀ちゃん、こぼさないようにね」

「大丈夫だよ~ん。私に任しといてよ!」

料理をよそった皿を一度に大量に渡しても、両手どころか片足にまで皿を乗せて運んでいく。
さすがのバランス感覚。これからどんどんすごくなるんだろうな。
ところで、名瀬ちゃんと古賀ちゃんの女の子二人と私という男一人しかいないのに大量の料理を作ったのには理由がある。
それは古賀ちゃんの燃費の悪さが原因だ。
元々が『普通』であるためか、全力で『異常性』を発揮できる時間が非常に短いのだ。
まぁ、巨大なパワーがある分だけ使うエネルギーも巨大だと言う事だ。
そのエネルギーを得るための薬も名瀬ちゃんが作ってあるのだが、普段からそんな物を利用する必要はない。
食事を大量にとる事で代替が可能なのだ。


そのおかげで太る事もないだろうから古賀ちゃんには結構好評であった。
『異常』が制限されるはずなのに、寛容で助かったというところだ。


ちなみに名瀬ちゃんは、私が美味しい食事をとることの良さを教えてあげたおかげか、一般の女の子並には食事をとる。
ただ、未だに食事の時に顔を隠したままなのは悩みどころだ。
もう顔は見せてくれたのだから家の中でくらいは袋を取ってほしい。

古賀ちゃんだってきっと大絶賛するだろうにな……

とりあえず、今は皆で食事をとれることの素晴らしさを喜ぼう。

「名瀬ちゃん、準備も終わったからこっちにおいでよ!」



======



あとがき


古賀ちゃん洗脳される、の巻。
という事はありません。


「13組の13人」についてはしっかり考えてますので大丈夫です。

一話一話が短い事については、原作に入っていないという事でお見逃しを……
オリジナルの話を作らなきゃいけないとなると、こういった短いものを連続で作った方がやりやすいんです。

というか、早いところ原作、『箱庭学園』まで進めたいんです。
でも100行以上は書くようにしてますので……


実はこの主人公、誰とからませても面白い結果が望めそうだから困る。

風紀委員相手にも一悶着起こしそうだし。
97代生徒会長さんの存在を「記憶」しておけるし。
その『異常』があるからには、データバンクとして学園長に利用されるだろうし、その過程で不知火とも知り合いになりそう。

一番の山場は真黒お兄さんでしょうけどね。
どちらの愛が大きいのか的な意味で。





[20958] 第弐拾壱記憶目 「忘れない」
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/11 19:39

名瀬ちゃんは『異常』だ。
そんなことはわかりきったことである。
だから私は彼女が『異常』であることも含めてすべてを受け止めるのだ。

「私で実験……か? もうそれは済んだんじゃなかったかな?」

「古賀ちゃんの事があったから後回しにしてたんだよ」

そういえば最近はそっちばっかりだったしね。調整とか何やらで。
まだまだアップデートの余地があるとかで自室にこもりっぱなしだったし。

「それで、何の実験だい?」

「熾音くんの『異常』の根源は脳だろ? そこのデータを取る」

「別に根源ってわけでもないと思うけどね」

「拒否とかはしねーんだな。頭を開くって言ってんのに」

「名瀬ちゃんがする事なら、私は何でも肯定するさ」

だから私の体が研究の役に立つのなら、いくらでも弄ってくれて構わない。

「それじゃあもう一つの方もやってくれるよな?」

「なにかな?」

「記憶の制御薬の実験台だ」

名瀬ちゃんはそう言って液体の入った注射器を差し出してくる。
……なるほど。

「つまり、『完全記憶能力』がある私が『記憶制御薬』を飲んだらどうなるかというデータかい?」

「わかってるじゃねえか。ついでに、俺が使った時と同じ薬だ。どれくらい効果があるのか、どうすればもっとヤバい効果の薬を作れるかのデータも取れる」

「ああ、一石何鳥にもなるわけだ」

「その通り。ほら、早くそれを射ってくれよ」

「ああ、もちろんだ」

名瀬ちゃんが促してきたのですぐに腕へと注射器を指して薬を注入する。
……袋から見える名瀬ちゃんの目が初めて話しかけた時のような眼に変わっている。驚き混じりの冷たい目。

思えばおかしな話だ。色々なものを切り捨てた名瀬ちゃんが私を近くに置く理由。
名瀬ちゃんが望むのはデータバンクで、それ以上ではなかった。だが、私はそれでは満足できない。
古賀ちゃんは自らを犠牲にして『実験動物』と『親友』の立場を得る権利を得た。
ならば私も犠牲を払わなければならない。
名瀬ちゃんの近くに身を置くのなら、名瀬ちゃんが単純な利益の面でも必要とする立場も得なければならない。そうでなければ、名瀬ちゃんは自分で自分を許さないだろう。

激しい頭痛が私を襲うが、意識を失うほどではない。
薬の効果は……ちょっと記憶が霞むといったところか。虫食いの本を読んでいる気分だ。
だが、おそらくはそのうち思い出すだろう。存在が希薄になっただけで完全には消えていないのだから。

「……私の記憶はほとんど消えていないね。改良が必要なようだよ。名瀬ちゃん」

「あ、あぁ……そうかよ」

いつも通りの笑顔で話しかけると、名瀬ちゃんが目に困惑を浮かべている。。
名瀬ちゃんがこういった目に見える動揺を見せてくれるのは初めてだ。

「名瀬ちゃんはどう思ってるのかは知らないけどね」

「なんだよいきなり」

「いいから聞いてよ。私はどんなことがあっても名瀬ちゃんを忘れないし、名瀬ちゃんを好きだってことも忘れない。それは忘れないで記憶していられる『異常』とは関係ない。私が『異常』を失っても、名瀬ちゃんがそこにいてくれるなら、たとえ地獄へだってついていく。それが今の私なんだ」

「だからなんだってんだよ」

「薬なんかで忘れるような甘い覚悟を持ったつもりはないってことだよ。名瀬ちゃんは私をいくら利用してくれてもいい。私を不幸に突き落としてしまってもいい。たとえそれでも、私が名瀬ちゃんを好きだってことは変わらないのさ」

「………」

私の記憶のうちにある百万言の愛の言葉を費やしても、私の名瀬ちゃんへの思いは表現することはできないだろう。
でもそれでも、私が私である限り、変わることなく確かにある思いだ。
だから決して忘れない。どんな事が起ころうとも。

「だから、これからもよろしく」

「……この手はなんだよ?」

「握手ってやつだよ名瀬ちゃん。今更だけどね」

「さんざん抱きついてきやがったりしてる癖にな」

「これからも抱きつくよ。目に見える愛だって大事だろう?」

「知らねえよ」

そう言って名瀬ちゃんが手を差し出してくる。
わかってるさ。シャイな名瀬ちゃんだからね。ここまで本心をさらけ出さないと、手を差し出すくらいの事もしてくれないのさ。

「……ま、よろしくな」

「うん。よろしく」

私はその手を優しく握り返した。



====



あとがき


まさかのシリアス。
ここでいきなりシリアスにしたのには理由があるのです。
彼……主人公の天宮熾音の立ち位置を完全なものにしないといけなかったのともうひとつ。
私の観点からすれば、こうまでしないと名瀬ちゃんも完全には心を開かないだろうし、納得できないからだと言う事です。

正直、このタイミングでこのアイディアが出てくるとは思わなかった……

いくら『記憶』を消しても、『異常』を消したわけではないので『記憶』が蘇ったという設定です。
もしも原作のめだかのように『ノーマライズリキッド』で『異常』まで消した場合、一体どうなるのか。
『異常』が消えても、『異常』によって強化された脳と体はそのままなので、超巨大なスポンジみたいなもんですかね。吸収力がヤバイ的な意味で。記憶能力は『普通』にまで下がるだろうけど。

フアハハハアアアア! さあ、次回からは素晴らしき友情or愛情空間のお時間だ!
ときめいて死ね!



ところで、無性に速さにこだわる奴を出したくなった。
くそ……スクライドで兄貴を見過ぎたせいだ。他の作品でやるかな。
この作品でやるとしたら、原作を追い越してオリジナルルートに入ったら出すんでしょうね。

まぁ、追い越す前にペースを落とすんでしょうけど。




[20958] 第弐拾弐記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/17 22:55


記憶制御薬の注射を行ってからしばらく経った。
その間は頭の中の知識に靄がかかったようになっていたのだが、その靄もだんだんと消えてきた頃。
私達は三人で夏祭りに来ていた。
一年前の約束を果たしにきたわけである。
今度は古賀ちゃんも入れて三人なので、きっともっと楽しいだろう。

古賀ちゃんは淡い桃色の浴衣を着用し、名瀬ちゃんは去年に着たものとよく似た浴衣を着用している。
そして名瀬ちゃんは去年のようにお面をかぶっている。
古賀ちゃんはそんな名瀬ちゃんを見た時、大きな声でこう言った。

「可愛いよ名瀬ちゃん! 似合ってるよ!」

「ありがとよ」

名瀬ちゃんも古賀ちゃんに褒められてまんざらでもないようだ。
もちろん、私は既に何度も言って抱きついたさ。

「ところで天宮君はなんでそんな恰好してるの?」

「似合うと言われたので買ったのだが……変か?」

「ううん、似合ってるけど(お祭りで着るはどうなんだろう……)」

呉服屋の店員に勧められた、鮮やかなの銀の刺繍が施された藍色の陣羽織。
私はさらにその下には浴衣ではなく着物を着ている。
去年は地味だったかもしれないと思って、名瀬ちゃんに気にいってもらおうと思ったんだが。
古賀ちゃんも似合っていると言っているし、大丈夫だろう。

「どう、名瀬ちゃん。似合ってるかな?」

「お~、似合ってるぞ(昨日古賀ちゃんと見た時代劇で見たな)」





三人で並んで、お好み焼きや焼き鳥や焼そばを買い込んでいく。
主に食べるのは古賀ちゃんだ。名瀬ちゃんも、食べた事ないものを興味を持ってたまに食べる。
古賀ちゃんはこういう夏祭りには何回も来た事があるんだとか。
それも当然か。
古賀ちゃんは私達に会う前は普通の日常を送っていたのだから。

「遊ぶんなら金魚すくいとか射的とか~。後は美味しいものならたこ焼きとかりんご飴とかー。とにかくいろんなお店があるよ~」

「古賀ちゃん、ちなみにおすすめは?」

「りんご飴? 名瀬ちゃんも食べてくれるよね?」

「珍しそうな顔で食べるに違いない」

お祭りの楽しみ方なら、私よりも古賀ちゃんの方が詳しそうだな。
そこは任せるとしよう。
名瀬ちゃんにも楽しんでもらわないといけないしな。

「それじゃあ行こう名瀬ちゃん。古賀ちゃんがおすすめの屋台に案内してくれるってさ」

「ふっふっふ。お祭りならこの私にお任せだよ名瀬ちゃん!」

「あ、ああ。頼むぜ」

いい感じに古賀ちゃんもハイテンションだ。
名瀬ちゃんもまだ古賀ちゃんの初対面の時との変わりっぷりに慣れていないので引いてるけど、そのうち慣れるだろう。
私はもちろん、古賀ちゃんだって名瀬ちゃんの事が大好きなんだから。
……一番名瀬ちゃんを愛しているのは私だ。そこは誰にも譲らない。
射的にリベンジでもしてみるかな。
古賀ちゃんが百発百中で景品ゲットしているのを見ていたらやりたくなってきた。
よし。去年の汚名を返上してやる。



「やっぱ射撃にはセンスがなかった。名瀬ちゃん、その部分だけ改造できないか? 名瀬ちゃんにかっこいい所を見せたかったのだが、さすがにこのままだと……」

「初めから期待してねえよ」

「そんな……」

「いちいち落ち込むなよ。熾音くんは他の事でがんばりゃいいだろーが」

名瀬ちゃんが慰めてくれるなんて珍しい。
それだけでパワーが溢れてくるよ。

「で、古賀ちゃん」

「何?」

「それ全部景品?」

「にゃはは~。ついついやりすぎちゃった」

大きな袋を片手で持っている古賀ちゃん。
祭りを回って景品を取りまくってきたらしい。
その店にとっては不幸なことだろう。古賀ちゃんが笑顔だから私としてはどうでもいいが。

「花火ももうすぐ打ち上げ始めるみたいだよ~」

「そうか。じゃあかき氷でも買って河原にでも行くか」

「去年のとこか?」

「そう! 思い出の場所さ!」

「私もいるんだから二人の世界に入んないでよ~!」

「いや、入ったつもりないけどな」

「とにかく行こうよ二人とも」

私は二人の手をひいて、まずかき氷の屋台へと向かって歩き始めた。



私達は無事にかき氷を買って河原へ到着した。
そして三人並んで土手に座る。名瀬ちゃんを古賀ちゃんと私で挟む形だ。
かき氷を食べながら話していると、花火の打ち上げが始まった。

「綺麗だね~」

「ああ、綺麗だな」

「……そうだな」

古賀ちゃんが感想を言い、それに私と名瀬ちゃんが続く。
夜空に色とりどりの花火が咲き誇る様は、素直に綺麗と評価するだけはあるだろう。
それも、好きな人と親友が一緒なら当然だ。

と、そこで古賀ちゃんが口を開いた。



「ねえ。名瀬ちゃん、天宮君。私達、これからもずっと一緒だよね?」

「もちろん。私達はこれからもずっと一緒だ。強い絆で結ばれてる友達だ。そうだろ? 名瀬ちゃん」

「……ああ。俺の友達は、古賀ちゃんと熾音くんだけだからな」

「うん! 私達親友だもんね!」

「私の事は恋人って言ってくれよ、名瀬ちゃん?」

「……さぁな」


やっぱり、夏祭りに来て正解だった。
お互いに知り合って、もっと親しくなれた気がする。名瀬ちゃんが少し感情を表に現してくれた気がする。
これからもこんな幸せな関係を続けていられたますように。
たまたま見えた流れ星には、そんな事を願うとしよう。



======



あとがき


お祭り編。
一個にまとめてみました。
主人公の格好が変なのは仕様です。気合いを入れると変な方向に行く子だからです。

主人公の普段の格好もなんとか特殊性を持たせたいんですけどね……
古賀ちゃんのエロい格好しかり。
名瀬ちゃんの全身タイツしかり。
主人公は……どうしようかな。いっその事、裸コートとか、お侍さん姿とか、全身真っ黒コートとか、上半身がYシャツ一枚ではだけてるとか。

ご意見をどうかお願いします。

ところで、いい加減バトル入れろ~って意見はありますか?
原作がバトルものになってるから違和感を持たれている方がいるかも……どうですか?





[20958] 第弐拾参記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/25 02:41
「箱庭学園? 天宮君はわかる?」

「当然だよ古賀ちゃん、そういう知識なら私はごまんと持ってるさ。箱庭学園は創立百年を誇る高校でね。全国から大量の生徒を集めた、いわゆるマンモス校というやつだよ。優れた人間や特別な人間……そして、『異常』な人間が集まるところさ」

「へ~。それで名瀬ちゃん、それがどうかしたの?」

「俺達はそこへ行くぞ」

おやおや、唐突に箱庭学園の名前を出したかと思えばいきなりだなぁ名瀬ちゃんは。
まぁそれでも、私と古賀ちゃんの答えは決まり切っているだろうけどね。

「私は名瀬ちゃんが行きたいところにならどこへでも行くさ」

「当然! 私もだよ~!」

私達がそう言うと、名瀬ちゃんは軽く首を頷かせる。
古賀ちゃんとも知り合ってもう半年以上だからね。
もう最近では私達が当然することには軽い返事しか返さなくなった。
信頼されてるのがわかるけど、名瀬ちゃんの声が聞けないのは辛いな。

「それで、名瀬ちゃん?」

「なんだ?」

「箱庭学園に入る理由は、他の『異常』を持つ者が目的だろう?」

「まぁな」

「うぅ……名瀬ちゃんが他の男に興味持ったらどうしよう」

「大丈夫だよ天宮君! 私も応援してるから!」

「ありがとう古賀ちゃん!」

すこしショック状態だったけど古賀ちゃんのおかげで立ち直った。
さすが我が親友だ。そのまま応援しててくれ。

「あとは『異常』じゃなくて、『特別(スペシャル)』の方も見ときたいんだよ」

「それって『普通』に毛が生えたくらいじゃないの~?」

「違うよ古賀ちゃん、『特別』っていうのは大抵が努力をしてそこまで上がったものなんだ。それ故に、その過程で身に付く技術も多い。箱庭学園には全国の『特別』な生徒が集まるんだ。そこの体育科の生徒のデータでも集めれば、古賀ちゃんのアップデートにもつながるはずだよ」

「熾音くんの言うとおりだな。古賀ちゃんの『異常』ももさらに上がる見込みがあるぜ」

「本当? わ~、すごい楽しみ!」

そう言って古賀ちゃんが鼻歌を歌い始める。
まぁ、入学してすぐにデータを集め終わるわけがないから、相当先の事になるんだろうけど。
古賀ちゃんが楽しそうだから言わないでおこう。

「私の役目は名瀬ちゃんのデータバンクで恋人だからね。あっちにいったら名瀬ちゃんのために箱庭学園の研究資料を全部記憶できるように努めるよ」

「………」

「おや、否定しないってことは恋人認定かい?」

「誰もそんな事言ってねえよ」

「それは残念だ」

まぁ、愛を囁いても簡単に首を縦に振ってくれないのが名瀬ちゃんだし、それも魅力だ。
箱庭学園に行ったら私も頑張らなきゃいけないな。名瀬ちゃんから褒めてもらうためにも。

箱庭学園はその創立100年にも昇る歴史と、『特別』や『異常』の数多く集まる場所であるがために、かなりのデータが保存されている。実際に生徒になってしまえば、そこにある蔵書を記憶しつくす事も、一般生徒には公開されていないデータの記憶も可能のはずだ。
その資料はきっと名瀬ちゃんの役に立つ。
私のやるべきことはまずそれだろう。

「まぁ、これでこの居心地の悪い中学校ともお別れだね。思えば色々と思い出があった……」

「そうなの? 天宮君」

「そりゃそうさ。名瀬ちゃんと会ったのもここでだし、古賀ちゃんともここで会えただろう? 私は名瀬ちゃんという運命の女(ヒト)に会う事が出来たし、古賀ちゃんのおかげで中学三年になってからは皆で色々と遊べただろう?」

「ま、俺も熾音くんや古賀ちゃんと会えたのは大きかったしな」

「にゃはは。どういたしまして~」

「古賀ちゃんだって『普通』から『異常』へ変わることができたのはこの学校に来たからだろ?」

「そうだね~」

「そういう意味では、本当に色々な思い出があるってことさ」

私にとっては、欠けていた人間性ってやつを二人が与えてくれたようなものだしね。
今思えば、それまでの私は本当につまらない生活を送っていたと思う。
既に遠い昔の事だが。

「あ、それと一つ言っておく事があるんけどな」

「何~?」

「なんだい?」

「俺はお前らと違うクラスになるぞ」

……なんだと!?

「それどーいうことなの名瀬ちゃん!」

「どういうことだ名瀬ちゃん! 理由があるんだろう!?」

「いや、落ち着けよ二人とも」

名瀬ちゃんが抑えるようにと言い、しかたなく声を出すのをやめる。
そうだ。名瀬ちゃんが何の意味もなくそんな決断をするわけないよな。

「俺は箱庭学園の11組……特別体育科に入るんだよ。データ集めのためにな」

「……それはまぁ予想してたが、私達がそこに入れない理由は?」

「わかってんだろ熾音くん? さすがに古賀ちゃんや熾音くんの身体能力がヤバ過ぎて目立ちまくりだって―のがよ」

「うぅ……確かに『普通』な奴らなんかとは比べ物になんないけど~」

「ま、一年の間だけだから我慢してくれよ」

「……仕方ない、か」

私達は名瀬ちゃんの指示には従うからな。
おそらく私と古賀ちゃんは箱庭学園の13組に入るのだろう。
あそこは13組生にはかなりの自由が与えられて、登校する義務すらも免除されていたはずだ(私はデータ集めもやらなきゃいけないから登校するつもりがだが)。名瀬ちゃんも1年生の間は11組にいるだろうが、2年生になったら確実に時間がたくさんとれる13組へ移るだろう。それまでの我慢だ。
名瀬ちゃんの運動神経は一般人レベルでしかないが、そこは名瀬ちゃんの事だ。上手に交渉して11組に入れるように交渉したのだろうな。
だいたい、名瀬ちゃんも私や古賀ちゃんが一緒にいたら目立ってしまってデータ集めもできないだろう。
……袋かぶったままでも十分目立つと思うけど。

「古賀ちゃん、いいこと思いついたんだけど……ヒソヒソ」

「え? ……うんうん。高校デビューってやつだね」

それはちょっと違うかもしれないけど。
おおむね間違ってはいないかな。

「「名瀬ちゃん」」

「なんだよ二人揃って」

「「やっぱり袋を被ったままじゃ、いくら私達がいなくなっても目立つと思うんだ~」」

「……言いたいことはわかるけどよ」

「もうちょっといいものに代えようね。せめて口を出すようにしなきゃ」

「私も天宮君も一緒に恰好を代えるから!」

「おい、離せよ」

古賀ちゃんと私とで腕を掴んで奥の部屋へとひっぱて行く。
いつか名瀬ちゃんがオープンになる様に古賀ちゃんと話し合って、千差万別な服を買ってため込んでおいたのさ。
さすがに顔を見る隙を与えてくれなかったが、もっと顔を見せるよう、せめて口を出すようにきつく言ってから着替えさせ……
そして決定。

「名瀬ちゃん、口を出すようになったからってなんで全身タイツなの?」

「悪いのかよ」

「そんなことないよ! 似合ってるよ名瀬ちゃん!」

全身黒タイツの上から制服を着て、腕を組んだ名瀬ちゃん。
顔を包帯でぐるぐる巻きにして隠して、何故かナイフで止めている。
腕をノーブラの胸の下で組んでなにやら不満そうな顔だ。

「おら、俺が代えたんだからお前らも代えろよ」

「わかってるよ~ん」

古賀ちゃんはニット帽にホットパンツ、ついでに上半身もやたらと露出した格好に着替えて出てきた。
私も下はジーパンに上は裸の上から青のロングコートという格好に着替える。
これは名瀬ちゃんにもっと露出してもらおうかなと思ってした格好だ。
私達のような名瀬ちゃんに親しい者が、名瀬ちゃんと正反対に露出を高めにしてしまえば、名瀬ちゃんだってシャイな性格が少しは治せるだろう。

でも、今の格好の名瀬ちゃんを見る限りじゃまだまだ道は遠いな。
箱庭学園は生徒の自主性を重んじる学校だ。この恰好のままで過ごしていることもできるだろうから、少しずつでも名瀬ちゃんの露出を増やしていこう。



======

あとがき

そろそろ原作キャラが登場してきます。
箱庭学園に入学しますからね。ハジケますよ。
風紀委員ではあっても委員長ではない雲仙冥利とか、クラスメイトですからね。
前回のあとがきに書いた、熾音の服装。それ次第によって風紀委員に嫌われますからね。

13組に入って2年に移ればフラスコ計画からお呼びがかかるぞ……
早くそこまで行きたいなぁ……真黒さんが退学するから1年の途中で名瀬ちゃんが入るんだよな……複雑だ。
原作の最後、球磨川が改心して副会長になりそうで怖い。
……さすがに無いよな?



[20958] えくすとらな記憶その壱
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/13 19:05
これはふっと思いついたある作品とのクロスオーバーです。






みなさんこんにちは。
今日は不思議な事が起こったので報告したいと思います。

目を覚ますと僕はあたり一面が黒いラクガキで埋め尽くされた部屋の中にいました。

全く持ってわけがわかりません。
僕は確か昨日の夜、『殺すしたら死ぬか確かめたくなったから』人間を殺してから家を出たはずなのに。

その後の記憶はすっかりないけど、どうしてここにいるんだろう。

周りを見る限り、黒いラクガキがある事を除けば普通の病室のようだ。
僕は怪我をしたんだろうか。

そう考えていると、横から人の声がしたのでそちらを振り返ってみます。

「はじめまして。遠野 志貴くん。回復おめでとう」

そこには眼鏡をかけた白衣の医者に、笑顔の看護師の女の人がいた。
その二人は親しげに笑顔を浮かべて僕に話しかけてくる。

二人とも体に黒いラクガキがある。

でもどうしてだろう。
僕はそのラクガキが異常に気になった。


ああ、どうしてこんなにも簡単に殺せそうに見えるのだろう。


ああ、なんでこんなにも簡単に死んでしまいそうなか弱くはかない生き物なんだろう。


頭を砕く必要も、首を絞める必要も、胸を刺す必要も、腹を抉る必要もない。

人間なんて、ただその線をなぞっただけで簡単に死んでしまうだろう生き物だ。

なんだこれ?

こんなの、殺さないでいる方がずっと難しいよ。

「君は、道を歩いている時に自動車の交通事故に巻き込まれたんだ。その時に胸にガラスの破片が突き刺さってね。下手をすれば助からないような傷を負ったんだよ」

へぇ。そうなのか。

それはよかったね。

一応礼を言っておくよ。

「ありがとうございました」

「いや、気にしなくていいよ。医者はそれが仕事だからね」

なら礼はいらなかったかな。

そんなことよりも僕の目の前からいなくなってくれると助かるのにな。

さっきからラクガキが見ていると、簡単に死んでしまいそうで、殺したくて殺したくてたまらなくなるんだ。

「一つずつでいいから答えてくれるかい?」

「かまわないですよ」

それで僕の目の前から消えてくれるんならね。

「君の名前は?」

「僕の名前は――」



……何だっけ?





問診の結果、僕は記憶喪失だと言う事で落ち着いたのだとか。
たしかに、自分の名前が思い出せない僕は記憶喪失だろう。

無性に人を殺したくて殺してくてしかたないのは元からの僕の性質なんだろうけど。

名前は遠野 志貴。9歳の子供なんだそうだ。

最近は病室で過ごす事になって退屈だけど、新しい暇つぶしを見つけた。
気付いたら、僕は人だけじゃなくて物だって殺せるようになっていた。
だから、部屋の中にあるいらないものをかたっぱしから殺していくことで暇を潰している。

たまに来る看護師の人を見ても殺さずに済むのはそのおかげかもしれない。

本能としては人を殺したくて仕方ないけど、僕はそこまで人を殺したいわけじゃない。
だから部屋の中を見て僕を怖がって避ける人がいるのはとてもいいことだ。

ラクガキのことは誰にも言っていない。


今のところ人を殺すための最高の手段であるそれを人に教える利点はないし、教えても仕方ないとは思っているからだ。


ただそのラクガキを見ていると無性に殺してたくて殺したくて仕方が無くなるので、僕はたまに病院を抜け出してラクガキが見えないところに行くのです。

そこはとある丘でした。

周りにあまり木々は無く、背の低い草が生えているだけの丘。

それでもそこに横たわって空を見ていれば、ラクガキが見える事もない。

「ふぅ。到着」

子供の体でその場所に来るまでには多少疲れてしまったが、ここでは横たわって休憩するだけだから大丈夫だろう。

僕の体は人を簡単に殺せるけど、同時に僕も簡単に死ぬ体らしい。疲れてしまうのも無理はない。

黒いラクガキが見えない空。

ここにいれば、僕は何も殺さなくて済む。

殺したくて殺したくて仕方ないという程ではなく、我慢できるレベルまでその衝動を抑え込む事が出来る。

それに、綺麗な空を見ながら涼しい風に吹かれるのはどこか気分がいい。


「君、そんな所に寝転がってると危ないわよ」


不意にそんな声が聞こえてきた。

簡単に死んでしまう人間の声だ。ここなら殺そうという気持ちが強くならないと思ったのにな。

周りに誰もいないから、我慢できなくなったら大変だ。

「僕に何か用ですか?」

「用があるわけじゃないわよ。君がただでさえちっこいのに寝転がってるから、危うく蹴り飛ばしちゃうところだったんだから」

寝転がったままそちらを見上げる。
TシャツにGパンというラフな格好の赤い髪の女の人がいた。
……気のせいか、ラクガキが少ないような気がする。

「まぁいっか。君、私の話相手になってくれない? 何かの縁って事で。私は蒼崎青子っていうんだけど、君の名前は?」

そう言ってその女の人は手を差し伸べてくる。

ラクガキが薄いのは簡単に死なないってことだろう。

なら、少しくらいは話相手になっても大丈夫だろう。僕がこの人を殺してしまおうという気持ちが我慢できなくならなければ。


その女の人の話は面白かった。

僕は記憶が無いのでとくに話す事もないし、覚えている事といったら人を殺すことばっかりだ。

だからその女の人が話してくれる事は娯楽となった。

僕は病院では恐れられるようになっていたから、僕を恐れない人は新鮮だった。


「あぁ、もうこんな時間。悪いわね、志貴。私ちょっと用事があるから、お話はここまでにしましょう。」

女の人は立ち去っていく。

またあの簡単に殺せる人がたくさんいる場所に戻ると思うと少し気分が陰った。

「それじゃ、また明日ここで待っているからね。君も大人しく病室へ帰って、医者の言いつけを守るんだよ。」

「……わかった」

女の人はそれが当たり前のように立ち去っていった。
また明日、話ができるようだ。
それがとても嬉しく感じられて、初めて『ヒトゴロシ』ではなく『ニンゲン』らしい感情を手に入れた気分だった。


その博識と、僕が殺せない人間であることから、僕はその女の人を『先生』と呼ぶことにした。


そんな先生と会ってからしばらくが経ち、友達ができたと思った僕は、ラクガキの事を教えることにした。
たくさんのことを言っている先生ならなんとか出来ると思ったのかもしれない。

「ほら、見てよ先生。これのおかげで僕は簡単に何でも殺せるんだ」

病院から持ち出した果物ナイフで、草原に生えている樹を根元からラクガキをなぞってあっさりと殺した。

「これは僕にしかできないんだよ。ラクガキが見えて、それをなぞると何でも殺す事が出来るんだ。だから簡単に殺せてしまう人間を見ていると――」

「志貴……!」

ぱん、と頬を叩かれた。

「……先生?」

「……君は今、とても軽率な事をしたわ」

先生はとても真面目な顔で僕を見つめている。

軽率、そうかもしれない。でも、抑えることなんか難しいよ。

どうしたことだろう。意識はしっかりしているのに、視界がぼやけてくる。

「何であろうと、こんなに簡単に死んでしまうんじゃ、殺さずにいる方が大変だよ。先生」

「……いけない事なのはわかってるんでしょ? それは、志貴が悪いわけじゃないわ」

どうなんだろう。
僕は、こんなにも人を殺したくなってしまうのに、悪くないなんてことありえるのかな?

僕が考えていると、先生が僕を抱きしめてくれた。

「志貴、あなたは悪くない。でも、今あなたをしかっておかないと、きっと取り返しのつかない事になる。だから私は謝らないわ。だから志貴、あなたは私を嫌ってもいいわ」

いいえ先生。

僕はあなたを嫌いにはなりません。

いとも簡単に散ってしまう人間の命。自分の事だけを考えて生きるのもつらいのに、僕の話相手になってくれた先生を嫌うはずがありません。





僕から答えを聞いて、先生はラクガキについて詳しく聞いてきた。
僕がラクガキについて詳しく話すと、先生はいっそう強く抱き締める腕に力を込めた。

「…志貴、君が見ているモノは、本来見えてはいけないモノなの。モノにはね、壊れやすい部分があるのよ。私達はいつか壊れるから、完全じゃない。君はそう言ったモノの末路。言い換えればモノの未来が見えているのよ。」

「……未来? だから簡単に死んでしまいそうに見えるの?」

「そうよ。貴方の眼にはモノの壊れる『死』が視えている。……今はそれ以上の事は知る必要はないわ」

「よく、わからないな。僕には」

「えぇ、まだわかっちゃダメ。ただ、一つ知っていて欲しいのは、決してその線をいたずらに切っちゃダメよ。君はモノの『命』を軽くしすぎてしまう。」

ただでさえ軽い命が、僕によってもっと簡単に失われるものに変わってしまうのか。

「…わかった、先生が言うならしないよ。それに、僕もなんだか胸が痛いんだ。」

「…よかった。志貴、今の気持ちを絶対に忘れないで。」

そうして、先生は僕から離れた。



「…どうやら私がここに来た理由が分かったわ。志貴、明日はとっておきのプレゼントを用意してあげるわ。」






次の日。
先生に会って七日目の野原で、先生は大きなトランクを片手にさげてやってきた。

「はい。とりあえずこれをかければラクガキは見えなくなるわよ。」

先生はメガネを取り出して、強引に僕にかけさせた。

途端。

僕の視界の中から全てのラクガキが消え去った。

「……すごい。ラクガキが全く見えなくなった」

「あったりまえよ。わざわざ姉貴の所の魔眼殺しを奪ってまで作った蒼崎青子渾身の逸品なんだから。粗末に扱ったらたたじゃおかないからね」

「……うん。大事にする。まるで魔法みたいだ」

これがあれば、僕はいたずらに殺し尽くすことを、人を殺したくなる衝動を、抑え込む事が出来るかもしれない。



「それも当然。だって私魔法使いだもん」

先生はニンマリと笑って、地面にトランクを置いた。

「でもね、その線は消えたわけじゃないの。ただ見えなくしただけ。こればっかりはどうしようもないわ。君はなんとかその目と折り合いをつけて生活しなきゃいけないの」

「…嫌だ。こんな目はいらない。また線が見えたら先生との約束を破って僕はきっと……」

「あぁ、約束って二度としないっていうやつか。あんなの簡単に破っちゃってもいいわよ」

「…でも、あれはやってはいけない事なんでしょ?」


「えぇ、いけない事よ。でもそれは君の力なの。その力を君がどんな風に使っても、君以外の誰も君を責める事はできないわ。君は個人が保有する能力の中でも、ひどく特別な能力を保有してしまった。けど、その力が君に有るという事は、未来の君になにかしら必要な意味があると思うの。神様は何の意味もなく力を分けない。君の未来にその力が必要な時が来るから、君に直死の魔眼があるとも言える。だから、志貴の全てを否定する訳にはいかないわ。」

先生はしゃがんで僕に目をあわせてそう言った。

このような眼が僕にあっても、ただ人を殺すのに役立つだけじゃないか。

最高の武器を手に入れて嬉しい? そうかもしれないけど違う。僕が簡単に人を殺してしまえるようになっただけだ


「でも、忘れないで。君はとってもまっすぐな心をしている。その心がある限り、君の目は決して間違った結果を生まないでしょう。聖人になんて言わないわ。いけないっていう事を素直に受け止められて、ごめんなさいと言える君なら、十年後には素敵な子になっているわ」


先生はそう言って、トランクを持って立ち上がった。

「でも、よっぽどの事がない限り、その目を使っちゃダメだからね。特別な力は特別な力を呼ぶわ。志貴自身が、よく考えてその目を使いなさい。その力自身は決して悪いものじゃない。結果をいいものにするか悪いものにするかは君自身なんだから。あくまで志貴、君の判断次第よ」

――先生は何も言わないが、ここでお別れなのだと僕は気付いていた。

「無理だよ先生。僕は人殺しにしかなれない。こんな力を手に入れたんなら尚更だよ。こんなメガネがあっても、僕の本質が変わるわけないじゃないか……!」

「志貴、心にもない事は言わない事。自分自身も騙せない嘘は、聞いている方を不快にさせるわ」

先生は眉を八の字に曲げて、ボクの額をピンと指で弾いた。

「わかってるはずよ。あなたはたしかに『殺す事』に異常になのかもしれない。でも、貴方の本質は違うはずよ。だから、そんなつまらない事を言って、折角掴んだ自分を手放してはいけないわ」

そう言って先生はくるりと背を向ける。

「それじゃあお別れね。志貴、人生っていうのは落とし穴だらけなのよ。君は人よりそれをなんとかできる力があるんだからもっとシャンとしなさい」

先生は行ってしまう。
とても寂しく感じるけれど、先生は僕の友達だ。
だからシャンとして見送ろう。

「――――うん。さよなら、先生」

「よし、上出来よ志貴。その意気でいつまでも元気でね。いい? ピンチの時はまず落ち着いて、その後によくものを考えるコト。大丈夫、君なら一人でもちゃんとやっていけるわ」

先生は嬉しそうに笑う。
ざあ、と風が吹いた。
草むらが一斉に揺らいだ後先生の姿はもうなかった。



もうあの人には会えないんだろう、とは思う。

だが、それでも問題ないだろう。

僕は殺したがりではあるが、楔となる物を打ち込んでもらった気がする。

だから大丈夫だ。

僕の退院はそれからすぐだった。
退院したあと、僕は遠野という肉親のもとではなく、親戚の家に預けられることになった。
けど、大丈夫。
僕は、ちゃんとやっていける。
新しい生活を、新しい家族と過ごす。
決して、全てを殺してなかった事になどしない。
衝動を我慢してでも、まともな日常をすごすのだ。


僕の九歳の不思議な夏はこうしておわりました。
僕はこの時、本当の意味で変わったのだと思う。






続くと思っているのか?


======

あとがき


短編集として執筆した者の一つをご紹介。

誰が中に入ったのかは言わずもがなですね。

『めだかボックス』の作品の中におまけとして出す時点で限られてますもんね。

インストールしたのは子供時代のあの人ですけど。

あの人なら本能で『眼』の使い道を理解しそうですからこうなりました。

狂気レベルが若干低いのは、子供だからなのと先生補正です。


続きが読みたい方は『宗像さんマジパネエッス』などの宗像さんを称える言葉をコメントしてください。



コメント返し

>>リゼルグさん
確かに戦闘面ではかなり有利です。
ただ、一応弱点……というか、他の奴らが熾音くんと渡り合える理由が存在しますので。
験体名は……一応決めてあります。安直過ぎるネームですので訂正を考えてますけどね。


>>bearさん
『知られざる英雄』を意識できるか……それについての話も書く予定です。
入学した時に、ちゃんと生徒会長の選挙をやってるはずですからね。
まぁ皆はそれで誰が『生徒会長』になったのかを忘れちゃったわけですけど。




[20958] 第弐拾肆記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/14 00:23



四月。春真っ盛り。
私達三人は無事に箱庭学園へ入学を果たしていた。。
正直言って名瀬ちゃんと同じクラスじゃないなら学校に来たくないし、十三組である以上は登校する義務もない。
古賀ちゃんもたぶんそこらへんをぶらぶらしてるんだろう。『暇だから学校見物して回ってるよ~』と言っていたな。私もついていけばよかった。
学校の見取り図は記憶したから迷うことはないだろうが、やっぱり実際に見ておく事も必要だろう。
それに、親友と一緒に過ごす時間の方がずっと楽しいだろう。

それでも私が学校に来ているのは、この学校にある知識の全てを吸収しつくすためだ。
それが、私の大好きな名瀬ちゃんのためになるのである。



そんなわけで、私は箱庭学園の図書室へ来ていた。
表現するならば、そこは魔窟だった。ありとあらゆる本が詰まった大きな本棚が無数に立ち並ぶ魔窟。
とりあえず図書室を一通り見て回る。
本棚にある本のタイトルには見た事のないものが相当数ある。
本当ならここ以外にあるはずの書庫の方も見てみたかったのだが、そちらは見れないそうな。
十三組として強行突破してやってもいいんだが、正直面倒だ。

生徒会や風紀委員会は情報以上に厄介な組織らしい。面倒を起こすのは得策ではないだろう。
他の新入生同士の会話をさりげなく聞いていると、そう言った情報も入ってくるものだ。
『生徒会長選挙はつい最近の出来事のはずなのに、誰が生徒会長なのか誰も覚えていない事』
『一年十三組の中でも、飛び級で入ってきた小さい奴が風紀委員会に入って暴れ始めた事』
こういった情報がどんどん入ってくるのだ。



さて、私達が所属する十三組には登校する義務はないが、別に登校する分には何の問題もない。
だから普通に委員会にも入れるわけだ。
私の記憶する限り、今年の生徒会長は『日之影空洞』という名前の十三組生だった気がするが……曖昧なのはなんでだろうな。こんなことは今まで一度もなかったのに……。
とにかく、十三組の新入生でも風紀委員として学校に来ている者がいるのだ。
ならば私も、その委員会から得られる利益を得るために委員会に入ろうと思う。


勿論、図書委員会である。


どうせ、図書室にずっといなければならないのだ。
授業も免除されているのだから、それこそ入り浸っていていいのだし。
ついでに閉鎖されている書庫の方も正当な理由で入り放題だ。
十三組という事で文句を言ってくる奴もいないしで万々歳である。

「まぁ、名瀬ちゃんに会えないのは本当に本当につらいけど、一応充実はしているよ。好きなだけ色々な本を読めるからね」

「天宮君、今度遊びに行くね~」

「古賀ちゃんならいつだって歓迎するよ」

「……ってか熾音くん、もう委員会を掌握したのかよ」

家から箱庭学園へと登校する途中、私が委員会の事を話すと、名瀬ちゃんが若干驚いた風に聞いてくる。
私は名瀬ちゃんのパートナーだからね。それくらい掌握できるくらいの能力はないとさ。
だからとりあえず私の愛の告白に答えてくれると嬉しいんだけどもなぁ。

「当然だね。元々が数人の『普通(ノーマル)』だけで構成されてたんだ。私にだって人を従えるだけの能力はあるんだよ?」

「どこがだよ」

「物知りなところとか? 内容はまだだけど、どの本がどこにあるかを全部記憶したら委員長に推薦されたよ。結局、私くらいしかそんな事できる奴はいないわけだからね」

「天宮君すごーい!」

「熾音くん、やりすぎだぜ? あんまり目立たないでくれって」

名瀬ちゃん、心配する必要は全くないよ。
図書委員なんてもの、ほとんど無きに等しいんだからさ。
あれだけの書籍があると、それを管理できる人間も限られてくるからね。
面倒な仕事だし、別にクラスごとに何人か決まってならなきゃならないわけでも無し。
委員というか、自主的な集まりに近いからいつもは教員が管理していたようだったし。
まぁ、今は私がいるからという理由で教員は追い出したけど。

「まぁまぁ名瀬ちゃん、図書室だって私って言う存在がいて万々歳だと思うよ?」

「ま、そうなった方が熾音くんもやりやすいのはわかるけどな。あんまりやり過ぎないようにしろよ」

「わかってるって」

名瀬ちゃんが直接関わらない限りは『無理』はしないよ。
私の『日常』で過ごし切るのみさ。

「ところで、名瀬ちゃんの方はどうなんだい?」

「何がだ?」

「過ごしやすい環境なのかい? 私達がいなくて孤立してるんだろうとは思うけど」

「ま、熾音くんの予想通り。目立っちまってしかたないぜ」

……まぁ、包帯で顔を隠していれば目立つだろうけど。
それ以上に、名瀬ちゃんの身体能力が並以下なのが目立つんだろうなぁ……
最初からわかってはいたけど、やっぱり名瀬ちゃんを一人にさせるべきじゃなかったかもしれない。

「名瀬ちゃん、大丈夫? なんか変なことされてないよね?」

「そんな心配することねーよ古賀ちゃん。こっちはすぐ傍からデータを取れて満足してるくらいだぜ」

「……ま、名瀬ちゃんがそう言うなら大丈夫だよな」

「熾音くん、何か言ったか?」

「いいや、何も」

私の心配は大抵が杞憂に終わるからね。
今回もそうだったから安心したところだよ。

「ま、とりあえず今日は書庫で生物学関連を優先して漁る事にするよ。この学校なら在校生が残した研究書くらいあってもおかしくないからね」

「ま、その辺は熾音くんに任せるぜ。俺は十一組の観察で忙しいからな」

「しっかり任されたよ名瀬ちゃん。そっちもがんばってね。古賀ちゃんは……まぁ、心配いらないね」

「地味に酷いよ!?」

だって古賀ちゃんはもう俺より身体能力は上じゃないか。
今日もがんばって学校見物に励んでくれ。運動部あたり見て回って技術を取り込むといい。
ついでに名瀬ちゃんの護衛あたりしてくれたらもっといい。

「それじゃあまたあとで」

「ん。俺の研究に使えそうな本があったら持ってこいよー」

「わかってるって」

校門あたりで名瀬ちゃん古賀ちゃんと別れてまっすぐ図書室へ。
今日はいい加減、番号A―1の棚の本を全て記憶しとかないとな。
時間があるからってのんびりし過ぎた。

「しっかし今日はいやに気分が落ち着かないな」

なんか嫌な予感がすると言うかなんというか。
ガチャリと図書室へと続くドアを開け、今日記憶する予定の本を持っていつもどおりにカウンターの内側の椅子に座る。
いつもどおりに本を開いて読み始めるが……やはり落ち着かない。

私の予知は元々コントロールする類のものではなく、自然とわかる類の予知だ。
私はそんな物耐えられないのでコントロールできるようにしたが、それでも本能の部分では自然とわかる物が残っている。
だから『予知』程ではないが、『何かがある』というものをかなり直感的に感じ取る感覚を私は持っている。
明確な『予知』の方は自分からやろうと思わなければならないが……今、こうも嫌な予感がするのはたいていこの後『何か嫌な事が起こる』前触れだ。

「いったいが起こるって……」

ぶつくさ言いながら席から立ち上がり、私は『予知』を発動する。
――そして、『だいたい』を理解した。
なんでそんな事が起こるかは知らないが、一応『避けて』おこう。

ドゴシャッ!

一呼吸で前に飛び出すと同時、自分が今までいたところにあった椅子が潰れた。

「へぇ。一年の癖にはやるじゃねーか」

「……あ~。日之影生徒会長? 私に何か用かな?」

「見ただけでわかんのか。しかも名前も覚えてるのかよ。面白いじゃねーかこの野郎!」

見上げるほどの巨体が、潰れた椅子の前でこちらを見ながら立っていた。
現在、この学園のほとんどの生徒が覚えていないだろう生徒会長。
日之影空洞がそこにいた。





次回 日之影空洞現る、の巻。


======


あとがき(Q:今回は少し描写が崩壊した気がする。A:眠かったんデス)


しゅじんこうは としょいいんに じょぶちぇんじした!

「裸の上にそのまま改造制服を着てる図書委員って……」

「黙れぇ! 貴様にはわからないのかぁ!」

としょいいんちょうになったら せいとかいちょうが おそってきた?


オリジナル展開が来ましたよ。
魔窟図書館。箱庭学園ならきっとあり得るさ。
全国から生徒を集めているのなら、全国から知識(本)を集めているという事だ。(たぶん)
原作で出たらどうするかって? 知ったこっちゃねえや。
『図書館の地下には過去全てのデータが眠っている……』とかも、フラスコ計画の実験場が地下にある時点で無くなったしな。

イメージ的には「『ネギま』の図書館島」「『リリなの』の無限書庫」「『東方Project』の紅魔館地下の大図書館」な感じです。


オリジナルが許されるかわからないので、感想をお待ちしております。


コメント返し


>>はきさん

一応、スパコンはないと困りますよ。
熾音が全部記憶してても、そこから引き出すのに時間がかかりますからね(口頭ですし)
予備のデータバンクってとこですね。
そんな立ち位置も一応利用するんですけど。


>>坂本好きさん、ぜろぜろわんさん、bearさん、グランドウォーカーさん、烏天狗さん


反応はええよ!?
宗像さんどんだけ好きなんだ皆。
このネタは私が宗像さんを見た時に、ふっと思いついてプロットを携帯に保存していたネタです。

>>anohiさん

殺しても死なないからと言って殺し合いの果てに愛が生まれるんですね。
そして割り込んで来たネロさんをぶっ殺すんですねわかります。

>>穐さん

身体能力自体は志貴くんですから。
七夜+暗器ですね。そこら辺から拾ってきたナイフを無数に投げるんでしょう。


結構人気ですね。
続きもそのうち書きます。


まずは本編だがなぁ!



[20958] 第弐拾伍記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/14 17:49



とりあえず、私はぺしゃんこになった椅子の前に立っている……いや、今カウンターに座った。
カウンターに座っている日之影生徒会長に話しかけることにした。

「えっと、日之影生徒会長ですよね? なんの用でしょう? そんな盛大に椅子なんか破壊しちゃって」

「わかんねーか? 少しくらいは自覚があるんじゃねえのか?」

「いやいや、特にはありませんよ?」

図書委員会とか元から無いも同然だからもらっちゃっただけだし。
というか貴方の『異常』の方がよほど気になるんだけどね。
いくらなんでも攻撃の瞬間まで何も悟らせないとか、私に直感と予知が無かったら直撃だったぞ?
椅子を見るに、かなり強い攻撃だったみたいだし。

「一年生の奴が一つの委員会の委員長やってるのはおかしいんだよ。まぁ十三組だから少しは大目に見てやってもだ。他の奴らを追い出すってのは駄目だろうが」

「別に、彼らを追い出したつもりとかないんだけども」

「まぁ結果的にそうなってるってことだから来てみたわけだ。三年生の……誰かさんが置き手紙までしてったからな」

……まぁ、大抵そういうのは一年生が偉い立場にいて気に食わない奴ですよ。
でも私が委員会をほぼ独占状態なのは確かだから仕方ないのか。事実ではあるわけだし。
それにしても……

「いきなり攻撃するのはひどくないですか?」

「大抵はあれで気絶させて案件解決してお終いだからな。つっても荒事鎮圧の時だが。お前の場合は十三組だから一応みたいな?」

「十三組の中にも頭脳労働専門なのはいるんですから気を付けてくださいよ」

「お前は違うみたいだけどな? そうだろ? 現図書委員長の天宮熾音?」

「名前知ってるんなら『お前』はやめてください」

でも名前を気安く呼ばれるのもアレだな。
まぁ、反抗するとヤバそうな人だから我慢しとこう。生徒会長だし。名瀬ちゃんに文句言われちゃうかもしれないし。

「一年の十三組なら風紀委員にも来てるのがいるでしょ?」

「ありゃあまだ委員長にはなってねえからな。少々過激派みてーだけど大丈夫だろ」

過激派の時点で危ない気もするんだが。
過激な風紀委員っていうと、変な格好してたりすると来るんだろうな。変な格好であるとはいえ名瀬ちゃんは十一組で大人しくしてるし、その風紀委員も古賀ちゃんには勝てるわけないからほっとこう。

「つーかお前の『異常』はなんなんだ? 俺は本気で学校の生徒から『認識できない』ようにしてたはずなんだけどな。俺の姿を知ってるってことは選挙の時見たんだろ? そこんとこ教えてもらおうじゃねーか」

「それはまぁあれですよ。『記憶しておくのは』少々得意でして」

「はっは。なるほどな」

笑い声を上げて日之影生徒会長が頷き、カウンターから腰を上げる。

「ま、十三組だしな。そういう『異常』があってもおかしくねえだろ。今回はまともな奴だからほっとくけど、俺の事を覚えてられるんならやり過ぎないように注意しろよ? 一年生の間はな」

「了解しました」

「じゃあな」

そう一声言うと、あの『異常』な生徒会長は消え去っていた。
……消え去るってのはたぶん『認識できないように』ってやつのせいだろうな。
それなら誰も生徒会長の事を覚えてないのも頷ける。
姿を見た事もないってやつも頷ける。
おそらくは姿を消して動いて、姿を現して問題解決したあとに記憶を認識できなくさせるってとこだろう。

私が記憶できているのも『異常』があるからだろう。
姿を消されて見えなくなるのは、意識できなくされては『記憶』してもしょうがないからだろう。

「まさに台風のような人だった……生徒会長ってのはそういうもんなのか?」

というかあの人、何しに来たんだろう。
自分が覚えられてるって事を察知して、どういう奴か見に来たんじゃないだろうな。
本当に置き手紙があったんなら、何もしてないで帰っちゃったのはいいんだろうか。それともただの素行確認だったのか。

「わかんないなぁ……」

何が目的であったとしても、特に問題はないんだろうけど……

「とりあえず、潰れた椅子を交換してくるかな」

新しい椅子を補充して本の続きを読む事にしよう。
今日読むべき本はまだまだあるんだから。






そんなこんなで放課後。
古賀ちゃんがやってきた。

「天宮く~ん。遊びに来たよ~」

「おお古賀ちゃん。名瀬ちゃんは?」

「運動部を見て回るって言ってた」

それは体験入学とかじゃなくて本当にただ見てるだけなんだろうな……
うん。腕を組んで壁に寄りかかりながらただ見てるだけなんだろう。
名瀬ちゃん自身にはスポーツやろうとか言う気持ちは欠片もないからな。

「すごい本の量だね~」

「書庫に行けばもっとたくさんの本があるぞ」

「へ~」

古賀ちゃんはウロウロと図書室を歩きまわる。
私はそれを後ろで見ながら片手で本を読み進めていく。

「古賀ちゃんは何か読みたい本があるのか? あるのなら探しておくけど」

「ううん? 特にはないよ? たまには本でも読もうかな~って思っただけだから」

「そうか、それならいいけど」

「……ところで私思ったんだけど」

なんだ? 古賀ちゃんにしては珍しい。
一体何を思いついたって言うんだ?

「名瀬ちゃんって普通の文学作品読むのかな?」

「……いや、見たことはないけど読むと思うぞ? 漫画だって普通に読むことあるし、古賀ちゃん前に仮面ライダーを名瀬ちゃんと一緒に全部見たって言わなかったっけ?」

「あ、そっか。そうだよね~」

実を言うと、恋愛物の文学作品なんか読ませて反応を見てみたいと言う願望はあるが。
古賀ちゃんに言ったら絶対にからかわれる気がするのでやめておこう。
案外、面白そうだからやってみようとなるかもしれないが。

「それじゃあそろそろ名瀬ちゃんを迎えにいかない? 今日は柔道部の方にいるって」

「わかった。今日のノルマはこれで終わりだから3分ほど待ってくれ」

私は名瀬ちゃんのところに行くために、急いで本のページをめくり始めた。




次回のヒント、『柔道部』もう言わない。


======


あとがき


日之影さんの能力はあれです。
ドラえもんの『石ころボーシ』みたいなもんだと思ってます。

つまり。

『見る』→『意識する/記憶する』→『石ころボーシ/日之影パワー』→『認識できない』→『意識できない/記憶できない』

認識できないけど、眼には見えているわけです。
だから、カメラ越しには残るという設定です。
まぁ……原作でカメラにも映らないってなったら覆すけどね。
リアルタイムのビデオカメラなどでは、それを録っている人間が認識できないから、記録に残ったものでしか確認できませんが。

だから主人公の場合、『記憶はしておけるけど、認識できなくなる』で、見えなくなるわけです。

ただ、『知識』として『記憶』してはおけるわけです。『こんな人物がいる』という事を。
それが主人公の『異常』である故に。


やっつけだろうって? いいでしょう別に。あの人たち『異常』なんだから!
あ、今うまい事言った。


これからのコメント返しは感想版にて行います。あとがきが長くなりますからね。OK?
OKなら感想版を見てくれ。





[20958] 第弐拾陸記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/16 03:32

「さて古賀ちゃん、部活を見ている名瀬ちゃんを迎えに行くのはいいけど一つ問題があります。なんだと思う?」

「え? そんなのあるの?」

「そりゃあるさ。名瀬ちゃんは『今は』十一組なんだ。明らかに十三組な私達が話しかけたら困るでしょ?」

「あ、そうだね。目立っちゃうから観察しずらくなっちゃうもんね」

「ということで変装します」

「なんか楽しそーだね!」

まぁ普通科の制服着るだけなんだけどね。

というわけで簡単に着替えてみたんだけど……なんだろう。
なんか涼しくて風通しのいい格好に慣れてるから暑苦しいな。
まぁ、名瀬ちゃんに迷惑をかける可能性を考慮すれば、これくらいなんでもないさ。

「古賀ちゃん、普通の制服も似合ってるよ」

「ありがとう! 天宮君も似合ってるよ!」

「名瀬ちゃんも普通の格好してればさぞやモテるんだろうけどな……」

「確かにそうだね~」

「まぁ、モテたとしても私がいる限り無駄だろうがな!」

「やっぱり。なんとなく言うと思ったよ~」

古賀ちゃんも私の考える事がわかってきたな。
まぁいいや。着替えも終わったから名瀬ちゃんのところに行こう。



柔道場に着くと、入口で中を見てる名瀬ちゃんを発見した。

「名瀬ちゃーん!」

「熾音くんと古賀ちゃんか。……どうしたんだその恰好」

「天宮君が変装だって」

「へ~」

名瀬ちゃんに声をかけ、柔道場の中を覗き込む。
柔道部の連中が、新部員も合わして稽古をしている。
周りで見ているのはまだ柔道部に入ると決めてない体験入部か見学か。

「で、どうなの? 名瀬ちゃん」

「何がだよ」

「ほら、この部活の中で一際『特別』に優れている人間はいたのかいって聞いてるのさ」

「いたぞ~。あそこの高貴くんとか」

「……『くん』? それも名前呼び?」

「天宮君落ち着いて! ただの観察対象の名前だから! 天宮君の心配してるようなことはないから!」

「ハッ!」

古賀ちゃんに肩を揺すられて正気に戻る。
おっと危ない。
いやいや大丈夫だよ古賀ちゃん。いくらなんでも私はそんな事で怒ったりはしないから。
いや本当に。

「俺と同じクラスで、フルネームは阿久根高貴。柔道の経験はまだ短いけど、ガンガン実力を身につけてきてるんだと」

「へぇ、名瀬ちゃんと同じクラスか。すごい羨ましい」

「うん、そうだね天宮君、でも他にないの?」

「いや、特には無いよ。彼も『特別(スペシャル)』なんだからこれくらいは当然じゃないかな?」

まだ技術もそこまでじゃないだろうしね。
ほら、今も新入部員の一年生の中でも一際目立ってはいるけどそれだけだ。

「私は情報が確かならあっちの新しい部長さんの方が注目だね」

「なんで?」

「反則が大得意だそうだよ。まぁ、純粋な身体能力が見たい名瀬ちゃんならあっちの阿久根とかいうのの方が観察対象にはなるだろうけどね」

「そんなもんまで調べてくれたのか?」

「私は名瀬ちゃんのデータバンクだからね。色々と調べていればわかるさ。まぁ、言わなくても名瀬ちゃんならわかってたかもしれないけどね」

全国大会に行ったことのある生徒とか、そうでなくても有名な選手なら、情報くらい家のパソコンで十分集まる。
阿久根高貴についてもそうだ。
中学時代はかなりの不良で恐れられていたとあった。
何があって変わったのかまでは情報が伝わってこなかったが、中学二年の半ばからはすでに不良ではなくなっていたとか。

……まぁ、不良のままだったらとっくに排除してるんだけどね。
危険な人と同じクラスにさせとくわけにもいかんし。
でも、不良のままだったらこの学校に来てるわけないか。

阿久根高貴は元から凶暴で、なにより『強い』不良として知られていたようだし、それをスポーツに向ければ『特別(スペシャル)』にもなれるだろう。
だが、ただ力があるだけならば全く問題ない。古賀ちゃんはそう言ったものを全て無視して圧倒できるだろう。現在は際立った技術が無いから特に。
そういった意味では、奴が私達の敵になったとしても全く問題ない。
無論、敵というのは『名瀬ちゃんを害する者』という意味だ。その場合は私と古賀ちゃんが全力で叩き潰す。

敵にするという意味では、身体能力よりも技術で優れた者やフェイントや騙しが得意な者の方が古賀ちゃんにとってはよほど厄介だ。
たとえば、今も柔道場の中でふざけた笑顔をしながら部員を叩きつけた部長の鍋島猫美とか。
柔道界での反則王など言われているが、しっかりと実力もあるからこそ有名なのだ。
そういった意味では古賀ちゃんも辛いだろう。
持久戦に持ち込まれるとエネルギー切れになるし。

……何より古賀ちゃん、結構騙されやすいしね。
そういう相手なら私がやれば問題ないのだ。先が読めれば『騙し』は関係なくなるのだから。
ただ、私以上に身体能力が高く、『予知』の弱点を見破る相手なら……私でもきついのかもしれない。
そうはならないように……もっと強くなりたいものだ。

ま、敵対することなんて考えるだけ無駄なんだろうけど。

「ところで名瀬ちゃん」

「なんだよ」

「私達は名瀬ちゃんを迎えに来たんだよ。だから、一緒に帰ろう?」

「そうそう名瀬ちゃん! この間新しくできた喫茶店見つけたから一緒に行こうよ!」

……古賀ちゃん、それ、この前に私が見つけた店じゃなかろうな。
できればデートとかに……いや、名瀬ちゃんが首を縦に振るわけないな。諦めよう。

「そうだな。十分見たし、今日は帰ってもいいかー。熾音くんもその喫茶店に来るんだろ?」

「え? そりゃあね。もちろんいくさ。甘いものは好きな方だよ」

「そっか」

「(さりげなく喫茶店に名瀬ちゃんを誘ってあげたんだから天宮君も感謝してよね~!)」

なんか色々と聞こえた気がするけど気にしない。
とりあえず、そのお店とやらによって帰るとしよう。




======

あとがき

第一記憶目から読み返して見ると、主人公の変貌に驚く。
私自身驚いた。作者なのに。

書いた後で考えたら、名瀬ちゃん自身相当目立つんだから主人公達が着替える必要は欠片もないよね。

鍋島さんは二年の初期では部長になったばっかり……それはいい。
阿久根くん、君は現在新入生だから……どうなるんだ。



[20958] 第弐拾柒記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/17 09:14


さて、入学してからもう随分時間が経った。
もう図書室の本も棚を6つ分は読み終えたところか。
まだまだ書庫の本もあるだろうから時間がかかりそうだ。

本を読んで、放課後に古賀ちゃんが来て、一緒に名瀬ちゃんを迎えに行く。

今では日課となっていることだ。
それが今の私にとって一番幸せに感じられる事だ。

そして今日、図書室にとある人間が訪ねてきた。



「え~と、本の貸し出しですかね?」

「いいや、僕がここに来たのは図書室に用があるんじゃないからね」

「それじゃあ何の用があって?」

「君だよ、君。結構前は情報屋みたいな事をしてたんだよね?」

そりゃあ名瀬ちゃんに会うより前の事だよ。
名瀬ちゃんにあってからは行動理念が一新されたからやめちゃったけどさ。

「とりあえず、興味はないけど話は聞きますよ。黒神真黒さん」

「いやー助かるよ天宮君」

うさんくさい笑顔の男だ。
だが、特徴がわかりやすいので誰であるのかはすぐにわかった。

二年十三組の黒神真黒。
一時期調べていたからだいたい知ってる。
その後も結構有名だったから情報は入っている。
やはりというかなんというか、この人も『異常』だったのでこの学園に入学していたのだ。
そりゃあこの人が中学に入っていくらも経たないうちに会社が成長を始めたら怪しい物である。

「ちょっと探し人をしてて十三組の生徒を探っていたら君の名前を見つけてね。何か知ってるんじゃないかと思ったんだよ」

「そりゃあ色々知ってますけど、別に誰にだって教えるわけじゃないですよ」

私が快くというよりむしろ自分から教えてあげる相手は……
名瀬ちゃんとか、名瀬ちゃんとか、名瀬ちゃんとか、古賀ちゃんとか。
というかキチンと信用を置いてる人間と好きな人間はあの二人だけだし。

「というかあんたなら私に聞かなくても情報なんていくらでも集まるでしょう」

「あはは。確かにそうだ。でも僕の『異常』は情報を集める事が得意ではあってもそれに特化しているわけじゃあない。でも、君は違うだろう?」

「そうかもしれませんねぇ」

「……なんだか機嫌が悪そうだね」

「そうですねぇ。悪いですよ。すごく」

何故かあんたを見てると無性にいらいらしてくるのだよ。
なんでだろうか。直感的な何かが……

「先輩だから一応聞いて上げますけど、探し人って誰ですか?」

「妹さ」

「そうですか。そういえばいましたね、もう一人行方不明の人が」

「なぜ知ってるかは聞かないよ。色々と知ってるらしいからね」

「そりゃあどうも」

色々知ると大変だけどもね。
それが名瀬ちゃんの利となるのなら私は躊躇わないよ。
やっぱり好きな子の役に立ちたいのは当たり前なわけだし。
この学園が長年やってる事とか。学校に入ると余計に情報が入ってくるようになるし。
名瀬ちゃんはすごく興味持ちそうだから絶対に協力するけどね。

「それでどうかな? 髪の色とか眼とかそのあたり僕にそっくりでとっても可愛い妹なんだけど」

「言い方がキモい……まぁ気にはしないが。私はあんたの希望には答えられそうにないな」

「そうなのかい? それは残念だ。僕らの事を知っていて情報をいたるところから集めている君なら知っていると思ったんだけどね」
そう言って黒神真黒はすぐに図書室を出ていこうとする。
私は思わず声をかけた。

「随分と諦めるのが早いな」

「元から君に多くの期待をしているわけじゃあないからね。それに『異常』な記憶力をもっているなら、今までに調べた事くらいは自分の脳に入っているんだろう?」

「なんだ。知ってたのか」

「図書室の本と書庫の本。本に割り振られた全部のナンバーを全て暗記して、誰に貸し出したのかまで暗記する。そんな離れ業をして図書委員の業務をパソコン一台も使用せずにこなしていれば噂は広がるよ。あとは僕の『分析』した結果かな」

「そうか。ならばさっさと帰るんだな」

目元に髪の色ね。
……色々と思い当たることはあるが、確定したわけじゃあない。
写真でも見せてきそうだったら……いや、何が起ころうと変わるまい。
初めから私は奴が嫌いだった。それでいいだろう。

本来、私自身もそこまで情報を『集める』事が得意なわけではないし。
あちらが集めた情報を『分析』することなら、こちらは『記憶』することなのだから。
そこもわかっていたのなら、思わせぶりな事を言っただけなのかもしれないし。

そもそもだ。
私の環境と黒神真黒の環境を比べれば天と地ほどに差があるのだ。
こちらは金を調達できるとはいえ個人、あちらは大金持ちでいくらでも人を使える。場所だって器材だって良い物を用意できるのだ。
そう考えれば、こちらに期待をしないのも当然だろう。





そしていつも通り家に帰る。
……はずだったのだが。

「名瀬ちゃん遅いね~」

「………」

「あの、大丈夫だよ天宮君。絶対なんともないから」

「ああ古賀ちゃん、何にも心配いらないから」

「そ、そう……ならいいんだよ」

校門の外に古賀ちゃんと一緒に立ち、腕組みをして名瀬ちゃんを待つ。
いつまでたっても来ない。とっくに時間は過ぎてるのに……
古賀ちゃんに心配されたのはさっきからずっと指でトントンと腕を叩いてるからだ。
いわゆる貧乏ゆすりというヤツである。

時間を過ぎてさらに30分後。

「よぉ。遅くなって悪かったな」

「遅いよ名瀬ちゃん一体何があったのかと――」

「名瀬ちゃん! 本当に心配したんだよ! 一体何があったの!? 頼むから教えてくれ! もう不安で不安で!」

古賀ちゃんの話す声に割り込んで名瀬ちゃんに近寄る。
不安で不安で仕方ない。
昼間にした会話が頭に引っ掻かっているから余計にだ。

「話すから落ち着けって。古賀ちゃんもそれでいいだろ?」

「うん。名瀬ちゃんが話してくれるなら……」

「ほら、熾音くんも落ち着けよ。俺を信用してるんだろ?」

「もちろん信じてるさ! ……そうだね、とりあえず家に帰ろうか。ご飯の支度もあるし」

それから私たちはまっすぐに家に帰ることにした。
帰り道、名瀬ちゃんの雰囲気が微妙に楽しそうだったのは気のせいだろうか。



「二人とも、『フラスコ計画』と『十三組の十三人(サーティーン・パーティ)』って知ってるか?」

「……私は知らないけど、天宮君は?」

名瀬ちゃんが言い、古賀ちゃんが答えられなくて私の方を向く。
十三組で参加していない奴の中にも数人は知っている者がいるが、大抵は二年以上の奴だし、古賀ちゃんはそういう話や噂を聞こうとはしないしな。

「もちろん……知ってるさ。『フラスコ計画』のために選抜されたメンバーが『十三組の十三人』だろう? そして『フラスコ計画』は人為的に天才を作り出す計画だ。例とするなら……古賀ちゃんみたいにさ」

「わ、私?」

「まぁ、確かに古賀ちゃんみたいな『異常』を人為的に作ることではあるかもな」

「私みたいに『普通』を『異常』に……ふ~ん」

まぁ、古賀ちゃんは例にするには特殊過ぎるけどな。
本来、元からある肉体を変化させて強くしていくのはかなりのストレスや痛みを伴うのだし。
それらを全部克服した古賀ちゃんはある意味『異常』だ。
初めて会ったときにまっすぐ私達に話しかけてきたところも。

「それで、その『フラスコ計画』と『十三組の十三人』がどうかしたのか?」

「……うん、それがどうしたの?」

「『フラスコ計画』の今期統括をやってた黒神真黒ってのが『十三組の十三人』から抜けたんだと」

「……それで?」

「俺が来年から統括しないか、だとさ。ついでに抜ける分の『十三組の十三人』の補充で、二人にもお呼びがかかってるぜ」

やっぱり、そう来るのか。
元々、名瀬ちゃんに向いてる仕事だしね。その計画は。
あちらは知ってるかどうか知らないけど、古賀ちゃんという実績もある。
ああ、それに、十一組にわざわざ配置してもらった理由も知られてるんだ。仕方ないか。

「それで?」

「さっきからそればっかだな熾音くん」

「いいじゃないか。それで名瀬ちゃんはどうするんだい? 古賀ちゃんは?」

……答えはわかってるけどね。

「私はやるよ。だって、結局は私が『普通』から『異常』になれたのと同じ事でしょ?」

「そりゃあそうかもしれないけどね」

「それに、私がもっと『異常(アブノーマル)』になれるんでしょ? だったらやらなきゃ。それに……」

「おっと、そこから先は私が言おう」

私は口を開いて古賀ちゃんの言おうとしていた言葉を遮る。
たぶん、言おうとしていたことは同じだ

「名瀬ちゃんはもちろん参加するんだろう?」

「当たり前だろ? 多くを犠牲にするような面白い計画、参加しねーわけないだろ?」

「ならば答えはそれで十分なのさ。私も、もちろん古賀ちゃんもね」

「どういう意味だよ」

「やれやれ。何度目になるのかな。そう思わないか古賀ちゃん?」

「にゃはは。名瀬ちゃんは照れ屋さんだから~」

「そうだね、それじゃあ気付いてないフリということにしておこう」

「おい」

そんなに睨んでくれるなよ名瀬ちゃん。
ちょっとしたジョークさ。

「私も古賀ちゃんも、名瀬ちゃんがやる事に一々反対なんかしない。黙って協力する。古賀ちゃんは名瀬ちゃんの親友で、私は名瀬ちゃんの恋人だろう?」

「……恋人にした覚えはないぞ」

「おやおや、つれないね」

……でもそこがいい。
そんな風に小さく呟いて、私は名瀬ちゃんの方を向く。

「それじゃあ二人は『十三組の十三人』に参加だね」

「二人はじゃねーだろ熾音くん」

「いや、それであってるさ」

一度調子を整えて、真面目な顔で私は言う。

「私は名瀬ちゃんの下以外で働く気はないね。だから私は名瀬ちゃんの助手で十分さ。私みたいに生きたデータバンクになれる存在なら学園側も喜ぶだろうし、それで無理矢理通らせてみせるよ」

「熾音くん、あのな……」

「おっと、何も言わないでくれよ。男にはかっこつけたい時があって、私にとってはこれも一種のプライドなのさ。名瀬ちゃん以外には傅かないということこそがね」

私の価値観で、上にあるのは名瀬ちゃんだけで、平等にあるのは古賀ちゃんだけだ。
それ以外は全部下で事足りる。
なればこそ、名瀬ちゃんではなく学校が私の上につくと言うのは我慢ならない。
たとえ名瀬ちゃんが学校の下にあったとしても、そんな物は関係ない。
私が従うべきなのは名瀬ちゃんただ一人なのだから。

「まぁそういう事で頼むよ」

「天宮君、頑固だね~」

「名瀬ちゃん一筋なんだと言ってくれよ」

ともかく、明日からはまた忙しくなるな。



======


あとがき


黒神さんが13組を調べているんなら、昔は情報屋モドキな事をやってた主人公に近づいてもおかしくない。
無論、主人公は当たり障りな反応しか返しませんが。
そして名瀬ちゃん激ラブな熾音と、妹激ラブな真黒では、本能の部分で互いに気に入らない。

後半は微妙にやっつけです。


え? 人気投票の時、作者がどのキャラに投票したかって?
オイィ? お前誰にそんな事言っちゃってるわけ?
そんなの……

名瀬ちゃんにきまってるだろぉがぁああああああああああ!



[20958] 第弐拾捌記憶目 「フラスコ」
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/19 16:21


「ようこそ来てくれましたね、天宮くん」

「いえいえ。『一応』は上司ですからね」

「まぁとりあえず、先に伝えてあったようにこの実験をやってくれますか?」

「いいですよ。サイコロを投げるだけのことだ」

フラスコ計画。
「天才がなぜ天才なのか」を解明し人為的に天才を創り出す計画。
それ故に必要な『異常』を持つ生徒たちが学園には集められ、その中でも特に『異常』である『十三組の十三人』が選抜され、フラスコ計画に参加することになる。
始動したのは数百年前、学園がまだ私塾だった頃でその当時は「試験管計画」と呼ばれていた。
数百年もの昔から続く計画であり、不知火を代表とする数十の財団から国家軍部に至るまでが出資者となり、戦時中からバブル最盛期にもその研究は絶え間なく続けられており、現在では箱庭学園の地下に広がる研究施設で続けられている。
最終段階は、「学園生徒全てを実験台として計画を完成させる」というものだ。

正直、何も知らないで犠牲になる生徒達にとってはいい迷惑なのだろう。
だがしかしだ。
名瀬ちゃんがそれを行うことに躊躇いが無いというのなら、私はそれを肯定するだけだ。

「ふむ、サイコロが角で立つとはね。まさしく『異常』だ」

「まぁそんなのはいいんですよ不知火理事長。今日、私は名瀬ちゃんの下にしか付かないってことを言っておくために来たんですから。だから名瀬ちゃんの『助手』ってことでお願いしますよ」

「ははは。構いませんよ。それで君が大人しく協力してくれるのならね。だからこそ『フラスコ計画』の概要も教えたのですから」

「まぁそれくらいは名瀬ちゃん達が教えてくれたでしょうしね」

「そうですな。きっとそうでしょう」

目の前にいる好々爺然とした不知火理事長と笑いあう。
間に挟んだ机には、八つのサイコロが全て『角』を下にして立っている。
まぁ古賀ちゃんと会ったばっかりの頃に人生ゲームでサイコロ振った時もそうなったし、予感はしていたが。

「君は素晴らしいを超えた『異常』な記憶力を持っていると聞きますが、確かですかな? この学園の図書室の本を全て記憶したと聞きますが」

「それはデマだな。実質は覚えたのは番号と本の名前だけだ。内容は2割くらいだよ。残りは在学中に覚えるつもりだけどね」

「それを聞いて安心しましたよ。君の記憶力はまさに生きたバックアップとなりえますからね」

「データをくれるなら願ったりかなったりだ。それはいずれ名瀬ちゃんの役に立つからね」

いかに膨大な量のデータであろうと、私の能力なら全て記憶できる。
それなら生きたバックアップという立場は実にいい。

「ところで、名瀬ちゃんの詳しい役割は?」

「名瀬さんには前の統括が行っていた『十三組の十三人』の『異常』をさらに完成された形で仕上げる仕事についてもらいますよ」

「名瀬ちゃんにぴったりだ。人を変えるのは名瀬ちゃんの得意技だからな」

「君には先程も言ったバックアップの仕事についてもらうために、これから地下の研究施設に行ってもらいます」

ああ、時計塔にあるという扉はそれの入り口か。
なるほど。合点がいった。

「地下の研究施設に研究データがまとめられているので? 何百年分ものデータが?」

「そこの最深部である地下十三階にある13万1313台のスパコンで、常に異常者の解析を行うための計算が行われていましてね。君には定期的にそのデータの記憶をお願いしたい」

「それは記憶する意味があるのか? 計算途中のデータでは……」

「いえいえ、万が一ということもあるでしょう。バックアップを取っておくのは大切なことなのですよ。それも、膨大な量のデータをたった一人の人間が記憶できるということは、秘匿性や安全性も抜群ですからね」

確かに、誰かに盗まれたり絶対に失ってしまわない部分ではそうかもしれないな。
私なら絶対に記憶できるし、私の中に全てのデータが入っているなど誰も思うまい。

「それでは時計塔の入り口から入ってエレベーターに向かってください。エレベーターのパスワードも一度見せれば十分でしょう?」
「当たり前だ」

「それではまた会いましょう。天宮くん。もう部屋を出ても結構ですよ」

「それじゃあ失礼しました」

不知火理事長、思った以上に食えない人のようだ。
さすがに色々と経験がある人はすごいな。私のように知識とはりぼての経験で飾っただけのものとは違う。
……ともかく、これでちゃんとした立場も手に入れた。
理事長の部屋を出たところで一人つぶやく。

「……早いとこ名瀬ちゃんに会いたい」

一刻も早く地下施設へと向かう事にする。



「偉大なる俺がお前に質問をしてくれよう。何の用があってここに来た?」

「そりゃあここのデータのバックアップを取る様に私が任されたからだよ」

エレベーターを通って13階へ。
直通ならそう言ってくれればいいのに。これじゃあ名瀬ちゃんに会えないじゃないか。
あとで名瀬ちゃんが何階にいるか聞いとかないとな。
そんなことより今は目の前の金髪男だ。
やたら偉そうだけど、こいつも『十三組の十三人』の一員なんだろう。

「ふむ。お前が理事長の言っていた男か。まぁよい。それよりもお前はいつまで俺の前で立っているつもりだ?」

「立ってるから……なんだって言うんだ?」

非常に嫌な予感がする。
これは『予知』をして身構えていた方が……

「【跪け】」

「……っ!?」

体が強制的に目の前の男にひざまずく姿勢を……っ!?
ふざけるな。私が会って間もない男などに、というか名瀬ちゃん以外に跪いてたまるか!

「ほう? 俺の圧政(言葉)にはむかうとは面白い。では少し本気で行くぞ」

「……はぁ。まだあるのか」

「それでは言くぞ……【平伏せ】」

「ぬっ……ぐ……」

私には問題ない……問題ないはずなんだ……名瀬ちゃん以外に頭を下げるわけにはいかない。
平伏す事などもってのほかだ。
自分の体を制御することほど私が得意な物はないだろう?
外部からの制御など受け付けるな。
予知を無理矢理制御した時と同じだ。自分の体を自分の思い通りに動かすだけだ。

「ふはっ! 面白い。確かに、この計画に参加するだけの能力はあるようだな。光栄に思えよ。王(おれ)が自ら試験してやったのだからな」

「……そりゃどうも」

「データならそこのパソコンで見るがいい。王の邪魔をするなよ?」

「はいはい」

やたらと尊大な男は一台のパソコンを指さして去っていった。
……たぶん、あれが都城王土だろう。
理事長もなんであんなのに試験させたりとかするんだ。これで私が頭を下げる結末になっていたら抜けていた所だぞ。
無理矢理相手の体を動かせるとは『異常』な力だ。
まぁ、だから『十三組の十三人』に選抜されたんだろう。
危うく名瀬ちゃん以外の人間に頭を下げるところだった。

『自分の体を思い通りに動かす事』について考えていた事があってよかった。
『能力の制御』の実験の時に色々やったからな。そのおかげだろう。

「でも、もう邪魔しないらしいしな。さっそくデータの記憶でも始めよう」

フラッシュでコンマ一秒ずつ画面に映し出していけば一週間以内に終わるだろう。
やれやれ、名瀬ちゃんにお弁当でも作ってもらわないと割に合わないな。

「ま、がんばりますか」

私は一度背を伸ばしてから、パソコンの前の椅子に腰かけた。



======


あとがき



王土君のあれを防げた理由の裏設定として記憶=電気信号×膨大な量というのがあったり……
まぁ気にしない方向で。

ずばりいうなら『愛の力』ですから。


誰か熾音くんの絵を描いてくれる人がいないか切実に募集中。
……俺に絵心があればな。今までの自分の作品全部の主人公の姿絵を描いてやるのに。
マジ半端無く落ち込みます。

験体名も一応募集。
考えてはあったりするけど微妙なので。

それではみなさんがこの作品で『名瀬ちゃんを愛する会』に入会する事を願って!
ちなみに会長は私だがね!



[20958] 第弐拾玖記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/23 03:11
※作者に限界がきました。



さて、名瀬ちゃんと古賀ちゃんが『十三組の十三人』に入り、私がその助手になったと言っても、私が図書室で本を読み続けている事は変わっていない。
名瀬ちゃんは基本的に自分一人で全部やるし、構想部分では私の及ぶところではないからだ。
私が名瀬ちゃんを手伝う時は、彼女が私を呼んで知識面での補助を頼む時だけでいい。
あとは実際の『改造手術』をする際の助手だろうか。
地下三階には今まで改造してきた動物達を集めてあるケージもまとめてあるし、これからもたぶん定期的に行うだろう。

だから私は、名瀬ちゃんからのお呼びがかかるまでは放課後まで図書室で本を記憶し続けるのだ。



そんなこんなでもうすぐ学園の一年目も終わる。
まぁ、名瀬ちゃん達が『十三組の十三人』に入ってからはまだ半年くらいしか経ってはいないんだが。
今日で図書室の本も7割読み終えたので、古賀ちゃんと一緒に地下四階にある名瀬ちゃんの研究室を訪れていた。

「一休みしたらどうだい名瀬ちゃん」

「キリのいいところまでやらせろよ。どうせ時間はあるんだ」

「まぁそう言うなら止めないけどね」

コンピューターで私にも理解できない事をやってる名瀬ちゃんにそう答える。
そのまま横のベッドに寝っ転がってる古賀ちゃんに視線を移す。

「どうだろう古賀ちゃん」

「え、何が?」

「この一年、ちっとも進展が無かったんだけど、名瀬ちゃんがデレる日は来るんだろうか」

「そんなの私に聞かれてもね〜」

「……そうだな」

でも結構真面目に聞いたんだから漫画を読みながら答えないでくれよな。
……うむ。暇だから私も寝よう。ベッドはたくさんあるし。

「名瀬ちゃん、私を起こす時は感動的な起こし方で頼む」

「………」

無視か。集中してるんだろう。
仕方ないよな。
寝よう。





起きるとそこは真っ暗な部屋でした。

「おい!? さすがに酷くない名瀬ちゃん!?」

まさかあの時起こしてっていったのが聞こえなかったとか!?
それとも無視したのか!?
感動的な起こし方を頼んだのが悪かったのか!?(たぶんこれ)

ま、まぁ問題はない。
前にもあった事だ。これくらいで動揺はしないぞ。

……動揺なんかしてないったら。

ともかく家に……あれ?
横にベッドが連結されて、誰かが寝てる?
この感覚は……名瀬ちゃんか!

あれ? 古賀ちゃんはなんでいないんだ?
名瀬ちゃんを置いて帰るわけが無いはずだが……そうか。
今日は古賀ちゃんが食事当番だったな。

食材も切れてたはずだから買い物するために先に帰ったんだろう。

気がきいてるじゃないか。ふはは。

ここで名瀬ちゃんが包帯をしてなかったらじっくり寝顔が見れるんだけどな。
いや、包帯をしてても問題ないな。名瀬ちゃんが寝てる姿は十分可愛い。

『フラスコ計画』に参加し、『十三組の十三人』に入って半年。
今まで以上に過酷なスケジュールだ。疲れもたまっているだろう。

ただでさえ女の子なのだ。
いくら頭がよくて、素晴らしい才能を持っていて、『異常』な存在であったとしても。
名瀬ちゃんが女の子である事に変わりはない。

こうやって『普通』に寝顔を見せている名瀬ちゃんも十分魅力的だ。

とりあえず名瀬ちゃんを起こして……いや。
ここはあれだ。やっぱり起こさないように運んであげるのが男じゃないだろうか。

ただでさえあまり眠ろうとしない名瀬ちゃんだ。
健康のためにも、そうしてあげるべきだろう。
よし。決めた。



「ん……熾音くん?」

「あ、おはよう名瀬ちゃん」

「おはよう。つーかなんで熾音くんが俺をおぶってるんだ?」

「気持ち良さそうに寝てたから、起こすのも忍びないと思ったんだ」

耳元にかかる寝息とかがじつにラブリーだったよ。
機会があればこれからもお願いしたいくらいだ。

「もういいよ熾音くん、降ろしてくれ」

「ここまで来たんだからこのままでもいいだろう? 胸の当たる感触もすごい幸福な感触だし、それくらい役得じゃないかな?」

「おい」

「あっはっは。まぁ、私は名瀬ちゃん一筋だからってことで見逃してくれないか?」

「……はぁ、別にいいっての、それくらい」

「『くらい』ってモノじゃないよ。僕にとってはこれまでの人生でもトップレベルのシチュエーションだよ」

「たまに熾音くんってわけわかんねー事言うよな」

そりゃあ色々な本を読んだり、毎日ネットで情報収集してるからね。
たまに名瀬ちゃんが知らないような事も言うかもしれない。

「今日は古賀ちゃんが先に帰って料理を作ってるからね。名瀬ちゃんも楽しみでしょ?」

「ま、古賀ちゃんの飯は美味いからな」

「だから名瀬ちゃんは家に帰るまで寝てていいよ。そしたら起こしてあげるからさ」

「でもな……」

「最近は眼の下にクマができ始めてるからね。健康管理は大事だよ」

包帯巻いてようがなんだろうが名瀬ちゃんの事ならだいたいわかるからね〜。
好物から毎日履く下着の色、高校に入ってからドンドン大きくなって現在私の背中で圧倒的な存在感を持つ胸のサイズとか。
名瀬ちゃんが体調を崩しかけてるのなんかすぐにわかるさ。

「わかったから、とっとと家に向かってくれよ」

「了解」

あんまり古賀ちゃんを待たせても悪いからね。
ちょっと足を速めるとしましょうか。



======



あとがき

Q:この話、アホなネタ詰めただけじゃね?
A:あ、バレた?

あのさ、30話もオリジナルで引っ張るだけ俺は頑張ったと思うんだ。
単行本5巻までしか出てないんだぜ? ぶっちゃけネタが出てこない。
もう、ゴール(原作入り)してもいいよね?


自動書庫 オートバンク

知識の匣 パンドラ

記憶書庫 メモリーズ

万能司書 ラプラス

やっぱり、験体名ってんだから名瀬ちゃんの名前入れたりするのはまずいよね。
結果、色々考えて絞ったらこうなった。

……笑いたければ笑え。俺のネーミングセンスの無さにな。
全部図書館とか関係なのはアレだ。それっぽいからだよ!

既に過去編が終了してる「ネギま」の二次創作もあるんだけど完成した部分までこっちに乗せようか迷う。


それぞれに意見がもらえたらものすごく嬉しいです。



[20958] 第参拾記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/23 12:33

――約三か月前、
大晦日とお正月での出来事。

「年越し蕎麦一丁上がり!」

「待ってました~」

「ん、できたか」

去年と同じく二人に蕎麦を二人のために用意する。
前に名瀬ちゃんのために用意したものに比べて味も上がっているだろう。
古賀ちゃんと交代で毎日料理してるおかげで、料理の腕はドンドンあがっているからね。
今度、名瀬ちゃんの料理も食べてみたいもんだ。
……え? 名瀬ちゃんが料理できないなんてはずがないだろう?
そのうちお弁当とか作ってもらおう。

「明日はみんなで初詣行こうね~」

「さすがは古賀ちゃん、いい案だ。もちろん二人とも着物だろう?」

「熾音くん、そんなもんいつ用意するんだよ」

「そうだよ~さすがに今からじゃ間に合わないでしょ?」

甘いな古賀ちゃん。
私を誰だと思ってるんだ。
名瀬ちゃんの恋人(予定)で最高の助手だぞ?

「もちろん二人の着物は用意してある!」

「……ねぇ熾音君、サイズとかどうしたの?」

「もちろん二人とも把握済みだともって熱い!? 熱いよ二人とも!」

お茶の入った湯呑みを投げつけないで!
私は何も悪いことしたつもりはないぞ!
むしろ着物を事前に用意しておいたんだから喜ばれるはずでは!?

「……熾音くん、たまには自重しろよな」

「熾音君、なんでサイズ知ってるのかすごく気になるけど、着物用意してくれたのは嬉しいから許してあげる」

「ああ。うん。どういたしまして?」

「……言っとくけど褒めたわけじゃねーぞ?」

何っ!? そうなのか!?

「はぁ、じゃあ熾音君」

「なんだい古賀ちゃん」

「その着物、あとで着てみるから用意しておいてね」

「了解」

明日のために試着するんだね。
ちゃんと用意しておくから心配いらないよ。
……よし。私も明日のために用意しておくか。祭りの時に来た着物でいいな。



「とっても似合ってるよ二人とも!」

「えへへ。似合ってるって、名瀬ちゃん」

「おう……ありがとよ」

ああ、素敵だ名瀬ちゃん。
古賀ちゃんもよく似合ってる。
私の選んだ着物はズバリ間違っていなかったな。

二人とも祭りの時の浴衣に似たデザインだから似合うのも当たり前か。

「私は神様なんか信じないけど、やっぱり目標みたいなものは決めたいしね」

「俺もだ。神様なんか信じちゃいねーよ。……二人が言わなきゃ来なかったし」

「私はどっちでもいいかな~。二人と一緒にいられればそれでいいしね」

賽銭箱に100円玉を投げ込みながらそんな会話をする。
ちょっと入れ過ぎかもしれないが、まぁいいだろう。
神様なんか信じちゃいないが、願った事を実行するための暗示みたいなものだと思えばいいだろう。

今年こそ。
名瀬ちゃんを振り向かせてみせよう。

横では着物姿の二人も目をつぶって何かを願っているようだが、一体何を願っているのだろう。
……まぁ、願うと言っても神ではなく自分自身とかそういうものに対してなんだろうが。

しかし、それを知ろうとするのは野暮というものだろう。

今年、『フラスコ計画』も他の『十三組の十三人』のメンバーのおかげで佳境を迎える。
このまま『フラスコ計画』が終わればいいが、もし……

もし、このまますんなりと終わってくれないとしたら。

そして、私の大事な二人に危険が降りかかるとしたら。

命を賭けてでも守りきってみせよう。
横にいる二人をみて、私は改めてそう誓った。



運命が、残酷な結末を用意していても、その未来を知っていたとしても、覆してみせよう。
いつか私に訪れる死が、私と名瀬ちゃんを別つまでは、どんなことが会っても愛し続けるだけだ。

――運命が私の道を、未来を決めるのではない。私が歩むと決めた道が、私の未来を作るのだ。


======


あとがき

非常にわかりにくいですが、未来予知を教えてあるのは名瀬ちゃんと古賀ちゃんの二人だけという設定です。
学園長には教えてませんからね。それに、学園長も記憶力の事しか把握していなかったでしょう?
ということで、験体名は記憶力に関する事のみになります。もちろん、統括者の名瀬ちゃんが知ってるからそちらの意味も若干含められますが……
ということで、験体名は『知識の匣(パンドラ)』で決定しました。

まぁ、『初恋(ラヴ)』とかあるしさ。いいじゃないか。




[20958] 第参拾壱記憶目 取引成立
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/23 22:32


箱庭学園二年目、四月。
私は不知火理事長に呼び出されていた。
正直、私は非常に不機嫌だ。
これから名瀬ちゃんとラブラ……もとい、研究室にでも向かおうと思ってたのに。

イライラしながら理事長室に入って、ソファに座って向かい合う。

「それで?」

「そんなに怒らないでくださいよ、天宮くん」

「用件だけをさっさと言ってくれ。妙なこと言ったら怒るぞ」

「いえいえ、簡単な事ですよ」

理事長みたいな胡散くさそうな爺が簡単な事を言うはずが無い。
というか去年も頼みごとをされてるんだからもうわかりきってるんだが。

「……はぁ、もういい。わかった。その代わり、廃棄された実験資料や閲覧禁止の過去資料も見せてくれ」

「いいですよ。許可しましょう」

100年以上も蓄積されたデータを記憶したが、そのデータを得るための実験に使用されたはずの資料。
それらは廃棄扱いで地下の廃棄部屋に置いてあり、閲覧禁止になっていると聞いた。
前に理事長にデータについて聞いたところ、そう言った答えが返ってきたのだ。
理事長だって初めからそのカードを使うつもりだったろうから自分から出しただけだ。問題はない。

「それで、内容は? 簡単な事じゃないと引き受けないぞ」

「簡単ですよ。『黒神めだか』さんを知っていますか?」

「……前の統括の黒神真黒の妹だろう」

「そうですよ。その通りです」

なんか猛烈に嫌な予感がしてきたが、まだ大丈夫だ。
またあの女を見張れとか言われたらどうしよう。中学の頃に一度見たけど、私は名瀬ちゃんにしか興味はないぞ!

「彼女を調べて欲しいんですよ」

「自分でやってくれ。それくらい」

「あなたなら黒神さんに関する過去の情報も持っているでしょう? そういった過去の情報を持っている君がすることに意味があるんですよ」

「……はぁ、続けてくれ」

一応、最後まで聞いてみよう。
データ(資料)の提供を断るにはまだ早い。

「黒神さんは明らかに『異常』です。こちらが知りうる限りでもね」

「そりゃそうでしょう」

「この『普通』から『異常』まで、多彩な人間が集まっている箱庭学園で彼女がする事を記録してもらいたいんですよ」

「だから、それくらい自分で」

「一定以上能力がある人間で、黒神さんと同じく『異常』で、こうしてしっかりと取引すれば話を聞いてくれる生徒、君しかいないんですよ」

「……まぁ、確かに」

王様野郎にその従者、殺したがりにやりすぎ風紀委員長、ついでに言うと私の愛する名瀬ちゃんは研究熱心だし、古賀ちゃんの場合は真面目に取り組むはずが無い。
私の場合、理事長から情報を入手し終えるまでは取引という形で言う事聞くし。
理事長がそう考えるのもしかたないか。

「一定以上能力がある人間っというのは?」

「そのままですよ。情報収集能力も、いざという時の対応力も。あった事を全て記憶できる能力も。全てです」

「それに私が当てはまったと?」

「ええ、そうですよ」

理事長なんかに認められても嬉しくない。
名瀬ちゃんに認めてもらいたい。いや、もう認められてるはずだけど。
顔だって見せてもらった事あるし。……キスとかはまだだが。

「私はまだ書庫の本も読み終わってない。取引が成立したのなら地下の本も読まなきゃいけない」

「そちらは続けてくださって結構ですよ。放課後に少し働いてもらえれば」

「放課後全部とか言ったら拒否するが」

「いえいえ、そこまでやらなくてもよろしいです」

……なら、別にいいか?
これで資料を読む事が出来るのなら、楽な仕事だろう。
黒神めだかを観察し、なにか『異常』なことをやらかしたらそれをそのまま名瀬ちゃんに教えて研究の促進になるかもしれない。

「あと一つあります」

「まだあるのか……」

「そう大した事でもありません。定期的に報告が欲しい事と、黒神さんが今後何かイベントを起こす時は私から連絡しますので、それを観察してほしい事です」

「……なんでイベントを起こすってわかるんだ?」

「いえいえ、例えですよ」

怪し過ぎる。
怪し過ぎるが……情報は惜しい。
名瀬ちゃんのためだ。耐えるべきか。
しかし、名瀬ちゃんとの時間が削られるのは痛いな。
さて、どうするべきか……悩みどころだ。

データを入手するためには理事長の協力がいるだろう。
なら、ここはやはり取引に応じるほかないな。
名瀬ちゃんのためだ。我慢しよう。

「わかった、引き受ける」

「おお、そうですか。ありがたい」

「でもな、言われた事以外はやらないぞ。私はあんたを上司としているわけじゃないからな」

「それで結構ですよ」

なんかこの爺の顔を見ていると腹が立つな。
やはり断るべきだったのかも。だが、データのためだ。
私は理事長室から出るためにソファから立ち上がった。

「それではまた会いましょう。天宮くん」







翌日、私は黒神めだかが生徒会長選挙に出ていた事を知る。

「ハメられた、か?」

まぁ、放課後働くだけなら問題ないだろ。
当選確実らしいが、生徒会長か。そういえばあの日之影ってのはどうしたのかな。
やれやれ。まぁいい。地下の本は後で書庫の方まで引っ張り出してもらうか。
そうすれば上で読めるからな。
なんだかんだで図書室とは読むのに適した場所だし。

さて、名瀬ちゃんに会って爺のせいで痛んだ心を癒してもらおう。


======

あとがき

まぁ、理事長だって『黒神めだか』が異常な行動してること知るには調査員的なものがいるわけで。
それに当てはめちまおうというわけです。
……もう、これしかからませ方が思いつかなかったんだ勘弁してくれ。
次回からもオリジナルな展開になるぞ。(嘘?
てか、熾音くんが風紀委員に襲われそうな気がする。服装的な意味で。

どっちかというと、原作に入ってからの方がアレになりますね。
『オリジナルの展開』ではなく、『オリジナルの設定』が多くなるかもしれません。
無論、結果として『オリジナルの展開』が多くなるかもしれませんが。

他の『十三組の十三人』は、順次出していきます。

過去編で出さなかったのは、熾音くんが他の奴らに関わる気も何もなかったからです。
ただ、面識はあります。
原作で、名瀬ちゃんが『現在の十三組の十三人』を仕上げた、とありますので。
そう言う時は常に目を光らせてます。
たぶん、そんなシーンもいずれ出ます。




[20958] 第参拾弐記憶目
Name: ウルフガイ◆c9ed3bb2 ID:d3737cc5
Date: 2010/08/25 23:46



4月のある日、私はのんびりと図書室で本を読んでいた。
何度も何度もため息をつきながら。
というのも、アレだ。
黒神めだかがさっそくやらかしたのである。
私は生徒会長の選挙になど興味がないから図書室にいた。
もちろん、外で生徒会長選挙がなんだかんだと生徒達が言っている間もだ。
そしたらあの理事長、黒神めだかが生徒会長に就任した時の、演説を行ってる映像を送りつけてきたのだ。

「全く、理事長がイベントとか監視とか言っていたのはこういうわけか」

98%の支持率で生徒会長に就任するとか冗談じゃない。
さすがに理事長があんな取引を持ちかけてくるだけの事はある。
前に私は黒神めだかが『異常』の中でも抜きんでている事は確認していたが、ここまでとは思わなかった。

……いくら支持率を集めるような行動をしていたとしても、98%などという賛成票が集まることなど『普通』ではあり得ないのだ。
まぁ、生徒会長に着任早々で何かをすることはないだろう。
事務も忙しいはずだ。目安箱を設置したとも聞いたが……知ったこっちゃない。
名瀬ちゃんは地下にこもってるし、関わろうともしないから大丈夫だろう。

……ところで。

「図書室はモノを食う場所ではないぞ。一応図書委員だから注意させてもらおう」

「あひゃひゃ☆ そんな細かいこと気にしないでくださいって図書委員長」

「細かい事か。そうだな。だが、なんでいつまでもここにいる?」

「え? そんなの人がいないからにきまってるじゃん」

私を勘定に入れないつもりか?
本を読んでいる私の前で、図書室の机に菓子が詰まった袋を置いてそれを食べまくる生徒。理事長の孫で不知火半袖という名前の一年生……どう見ても子供にしか見えない。
理事長から映像入りのディスクを私へと持ってきてから、ここに居続けている。
あの風紀委員長もそうだが、なぜこんなチビが高校生なんだ。あっちは正真正銘『異常』な十歳の子供だが、こちらは……ただの生徒相手のデータなんかないから何とも言えないか。

変わった雰囲気を持っているのは確かだが……まぁあの理事長の孫だ、怪しい事に変わりはない。

「私がいるだろう」

「図書委員長は数に加えてないも~ん♪」

「……好きにしろ。ゴミは片付けろよ」

「あひゃ☆ モチロンですよ~」

まぁ、私に迷惑をかけないのなら放っておいても問題ないだろう。
そう思って書庫から引っ張り出した本に目を通していると、今度は不知火の方から話しかけてきた。

「ところで~♪」

「なんだ」

「おじいちゃんから聞いたんだけど~」

「だからなんだと聞いている」

「図書委員長、あのお嬢様の事を調べてるんだってね」

お嬢様というのは……私が理事長に言われて調べている黒神めだかのことなんだろうな。あの理事長、自分の孫に少し甘いんじゃないだろうか。
それともこいつが伝言係だから教えただけなのか。
どっちでもいいか。

「黒神めだかと知り合いか。なら私が調べている事を教えたりするのか?」

「そんなことしないよーん☆ だってあたし、あのお嬢様のことキライだもん」

「……ならなんでその話を私に振ってきた。情報収集の手伝いでもしてくれるというのか?」

「あひゃひゃ☆ そんなめんどくさい事したくないけど~、アドバイスならしてあげてもいいですよ?」

「……言ってみろ」

実際に対面した事がある者なら、そういうこともできるだろう。
無論、こんなチビっ子に期待はしていないが。

「直接話してみるんですね☆」

「アドバイスになってないぞ」

「あ、バレました?」

バレるもなにも無いと思うが。
古賀ちゃんならもっと面白いボケ方をするぞ。……たぶん。
名瀬ちゃんならスルーだな。絶対に。

「図書委員長も目安箱に投書すればいいんだよ。適当な問題をでっちあげてさ~」

「……それ、理事長から言われたとかじゃあないだろうな」

「違う違う。あたしが考えたんだって」

「……話してどうなるものではないと思うがな」

私が魅了されるのは名瀬ちゃんだけだし、友情を感じるのは古賀ちゃんだけだ。
え? 名瀬ちゃん? 名瀬ちゃんは愛情だよ勿論。友情より上ですから。
その私が黒神めだかと話したからといって、何かしらの良評価を得られるわけじゃあない。
むしろ、評価が下がる事ならいくらでもありそうだが。

「あ、無くなっちゃった」

「さっきまで大量にあったものを……もう食いつくしたのか!?」

やっぱりこいつは『異常』だ。
エネルギー枯渇寸前の古賀ちゃんを大食いチャレンジの店に連れて行った時よりも食糧が消えるのが早いぞ。

「無くなったら補充しないとね~♪ それじゃあね図書委員長。おじいちゃんの仕事も真面目にやらないと怒られちゃうかもよ~☆」

「……あれは、やっぱり忠告に来たのか?」

黒神めだかを調べろと言われても特に何もしなかったのが問題だろうか。
調べている立場なのに、黒神めだかが生徒会長になってすぐの演説を聞かなかったのがまずかったのか?
なかなかに刺激的な内容を言っていたな。『悩み事があれば迷わず目安箱に』とか『誰からの相談も受け付ける』とか。

これは実際の経験ではなく私の持つ知識からの結論だが、『普通』の人間はそういう相談をすることこそを、難しいと感じると思うのだ。

そもそも、人間そうなんでも他人に相談できたら戦争など起きないだろう。

例えば私が持つ名瀬ちゃんへの愛情を相談するとしよう。
はっきり言って理解できまい。
これは私が持つ私だけの愛情だ。
『天宮熾音が名瀬夭歌を愛している』という感情は、それを抱いた私にしか理解できない。

これは他の『普通』な人間にとっても同じ事だ。
物理的な問題ならいざ知らず、精神面での問題は難しい。
何かを超えたいという思い。何かを得たいという思い。
その思いはその個人だからこそ持ち得るものだ。

それも恋愛という個人個人の感情の交差は、その個人にしか理解できない事だ。



……ふむ。黒神めだか、か。
ほんの少しだけ興味がわいてきたぞ。無論、悪い方向にだが。

大言を吐いたその存在がいかほどのモノか、記憶し尽くして名瀬ちゃんのためのデータとなってもらおう。



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あとがき

不知火半袖の喋り方、これでいいんでしょうか。
正直不安ですが……許してくれよ?
半袖、出番が多いのか少ないのかわからんというか、喋り方をどう区切ればいいのかとか、考える事が多すぎる。

ともかく、熾音くんは今のところめだかに良い感情は持ってません。
ただ、生徒会の図書館訪問というフラグは立てておきます。


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