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被爆国として日本政府の姿勢が試されている。
インドとの間で6月末から始まった原子力協定の交渉である。ここにきて核兵器開発の歯止めをめぐり、難航が必至の情勢だ。
相手は12年前に核実験を強行した核保有国であることを忘れてはなるまい。核拡散防止条約(NPT)にも加盟していない。万一、日本の技術が軍事転用されるなら手を貸したことになる。
成長著しいインドは電力不足に悩む。少なくとも原発20基の新設が計画され、投資規模は8兆円以上という。米ロ仏などが相次いで原子力協定を結んだ狙いは、巨大市場への参入にほかならない。
協定が結ばれれば、原発関連の設備や技術を輸出する道が開けよう。乗り遅れまいと躍起になっているように見える。
慎重姿勢だった鳩山由紀夫前首相と違い、「交渉入り」を決断したのは菅直人首相だ。海外に日本の優れた技術力を売り込むことは、自らの「新成長戦略」とも一致する。経済界の強い後押しもあったに違いない。
むろん日本企業にとっては大きなビジネスチャンスになる。インド側にも日本の協力を期待する声があるという。
とはいえ核拡散につながりかねない協定を、日本が安易に結んでいいのだろうか。
インドは核実験の凍結を表明。民生用の原発には国際原子力機関(IAEA)の査察も約束している。ところが軍事施設については何の縛りもかかっていない。
広島、長崎両市が協定を「到底容認できない」と反対の意思を鮮明にしたのはうなずける。長崎市は平和宣言の中で「被爆国自らNPT体制を空洞化させる」と厳しく批判した。
岡田克也外相もそうした懸念を感じているのだろう。先週末の外相会談で、再び核実験をした場合は協力を停止する条件を付けた。だがインド側は拒否した。
米国などとの原子力協定では、核実験などの際に協力を見直すかどうかは明記していない。日本との協定にだけ特別な規定を盛り込むのは認められない、というのがインドの言い分のようだ。
だがビジネスの論理だけでインドを「例外扱い」すれば、いずれ核拡散の懸念が連鎖的に広がるのではないか。現にインドと対立する核保有国パキスタンの原発建設に、このところ中国が積極的に協力している。こうした動きに拍車を掛けることになりかねない。
今後の日印交渉は難航が予想されるが、締結を急ぐあまり新たな核兵器開発を許さない姿勢が後退するようでは困る。NPTの枠組みに入るよう説得を続ける必要もある。インドが応じないようなら、締結は断念するくらいの覚悟をもって当然だ。
広島の平和記念式典に出席した菅首相は「核兵器のない世界に向けて先頭に立つ道義的責任」を強調した。インドとの交渉でも、言葉通りにリーダーシップを発揮してもらいたい。
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