<分析>
急激な円高で、日本経済をけん引する自動車や電機などの輸出依存型企業が危機感を募らせている。1ドル=84円前後の円高水準が定着すれば、輸出採算が大幅に悪化し、今後業績の下方修正に追い込まれかねないためだ。対応の鈍さを市場に批判された政府は25日、野田佳彦財務相が前日の発言を修正する形で初めて円売り・ドル買いの為替介入に踏み切る可能性を示唆したが、実施のタイミングなどはなお慎重に探る方針で、どこまで効果があるかも未知数だ。
「予想を超えた勢いで円高が進んでいる。加えて株安。回復基調にあった景気の腰折れが懸念される」
日本経団連の米倉弘昌会長は25日、菅直人首相との会談後、経済界の危機感をそう代弁した。
多くの輸出型企業は11年3月期の想定為替レートを1ドル=90円程度、1ユーロ=125円程度に設定している。大和総研の試算では、それぞれ10円の円高になると、東証1部上場の主要300社の経常利益ベースで10年度に10・2%、11年度で9・6%、利益が減る。
トヨタ自動車の同レートは対ドルで1ドル=90円。1円の円高で300億円の営業減益要因となるため、84円の水準が続けば、年間で1800億円の営業利益が吹き飛ぶ。伊地知隆彦専務は「現地生産の拡大や円高を考慮した価格改定を地道に進めて対応する」と話すが、即効性は乏しい。
ホンダや日産自動車でも1円の円高でそれぞれ150億円以上の営業減益要因となるなど、自動車産業へ及ぼす影響は大きい。国内販売を支えてきたエコカー補助金が9月末で終了した後の反動減も確実な中、業界では「適切かつタイムリーな経済運営を実施してほしい」(日本自動車工業会の志賀俊之会長)と悲鳴が上がる。
円高が進めば輸出依存型企業は、生産拠点の海外移転を加速せざるを得ない。既に日産は主力の小型車「マーチ」の生産をタイに移し、パナソニックは兵庫県のプラズマパネル工場の生産設備の一部を中国・上海に移す計画を発表した。同様の動きが相次げば、産業の空洞化に一段と拍車がかかることになる。
一方、円高は輸入産品や原材料が安くなるメリットもある。海外で家具を製造するニトリは、1円の円高で約9億円の営業増益になり、砂糖の原料約7割以上を輸入する三井製糖も「営業利益の押し上げ要因にはなる」(広報)とする。ただしこうした恩恵を受ける企業も、現在の急激な円高を手放しでは歓迎していない。紙原料を輸入する日本製紙は1円の円高が4億円の営業増益要因になるが、「景気が悪化して紙の需要が落ちることが心配」(同)と指摘している。【宮崎泰宏、井出晋平】
円高けん制を狙った24日の緊急会見が空振りに終わった野田財務相は25日朝、再度記者団の前に立ち、為替介入を示唆した。菅首相と仙谷由人官房長官、野田財務相が3者で対応を協議するなど、あわただしい動きを見せた。日銀も金融緩和策の検討に着手するなど、政府・日銀がようやく具体的な対応に前向きな姿勢を見せ始めた形だ。
財務省は日本単独での介入も視野に、大規模な為替介入を連発した03年度当時の状況の分析などに着手するなど、環境整備に取り組み始めた。課題となるのは、米欧が自国の通貨安を容認する状況で国際的な理解を得られるかどうかだ。円売り介入によって相手国の通貨高を招けば「その国の輸出競争力を下げることになり、国際的な批判にさらされかねない」との懸念があるためだ。
仙谷官房長官は25日の会見で「投機資金が動き出したのかなという気がする」と指摘した。政府には「投機筋による過度で無秩序な動き」と判断できる状況であれば、介入は国際的に容認されるとの思惑もある。
しかし「市場が円買い一色になっている状況で単独介入しても効かない。タイミングを見極める必要がある」(日銀関係者)との指摘は根強い。仙谷官房長官は「資金の流れを分析しないと、どう対処するかはそう簡単な話ではない」と対応の困難さを認める。
一方、日銀は白川方明総裁が26日から、日米欧などの中央銀行総裁がそろうシンポジウムに出席するため米国に出張。米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長や欧州中央銀行(ECB)のトリシェ総裁らと、金融経済情勢や金融政策運営について意見交換する見通しだ。
現在の円高は欧米の景気動向や中央銀行の金融政策に大きな影響を受けているだけに、これらの会談は日銀が検討する追加の金融緩和策に影響を与える可能性がある。日銀は9月6、7日に定例の金融政策決定会合を予定しているが、市場の動向次第では白川総裁が帰国する週明けにも、臨時会合を開く可能性がある。【坂井隆之、清水憲司】
毎日新聞 2010年8月26日 東京朝刊