【第一問】 現代国語
以下の問いに答えなさい。
「前に学んだことや古いことを研究して、それによって現代のことを知ることを示す四字熟語を答えなさい」
姫路瑞希の答え
「温故知新」
教師のコメント
正解です。この問題は、姫路さんには簡単過ぎたでしょうか?
土屋康太の答え
「体重測定」
教師のコメント
女性にとってはとてもシビアな問題ですが、古いことは研究出来ても、現代のことを知ることはできませんよ。
吉井明久の答え
「自由研究」
教師のコメント
それは夏休みの宿題です。
*
僕らの通う学校である文月学園では、今日は特に行事とかが行われるわけでもないのに、かなり揺れていた。
その原因は……。
「一体何の騒ぎなの?雄二」
「何だお前? 知らないのか?」
僕の悪友でもある、坂本雄二にそう尋ねる。
すると、何言ってんだコイツ的な目で、僕は見られた。
……そんな目で僕を見るな!!
「Aクラスに転入生が来るそうだぞ」
「Aクラスに転入生? こんな時期に?」
珍しいこともあるものだなぁ……あ、でも確か工藤さんも転入生だったっけ?
けど、時期的には結構微妙な時期に来る転入生だと思う。
……というか、自分のクラスの転入生でもないのに、どうしてそこまで騒ぐのだろうか?
「何言ってんだよ明久。その転入生というのが、あの有名なアイドル、『MARNO』だぞ?」
「……『MARNO』?」
聞いたことない名前だ。
少なくとも、ここ十六年間生きてきて、一度も耳にした覚えのない言葉だった。
「知らないの? 今有名な人気アイドルよ?」
ポニーテールを揺らしながら、島田美波さんがこっちにやってきた。
どうやら美波も、『MARNO』のことを知っているらしい。
「うん、聞いた覚えのない名前だね……」
「明久はいつもゲームしかやってないからな。知らなくて当然だな」
「失敬な! マンガや小説だってちゃんと読んでるよ!」
まったく、僕がゲームしかやらない廃人みたいな扱いして!
僕はそこまで堕ちてないって!
「……マンガとゲームという組み合わせは、廃人の一歩手前だぞ、明久」
「雄二、それは言わないで……」
「しかも、お姉さんが帰ってきたおかげで、それもほとんど出来ないんじゃなかったっけ?」
何だか無性に悲しくなってきた。
僕、廃人じゃないのに……。
それと、とある事情があって、僕の家には姉さんが帰ってきていたりする。
……もっとも、今はこの前持ってき忘れた荷物を回収する為に、一旦日本から出てるけど。
「…………転入生、見てきた」
「うわっ! いきなり後ろから声かけないでよ!」
突如として僕の背後より話しかけてきたのは、Fクラスのクラスメイトその3である、土屋康太、通称、寡黙なる性識者(ムッツリーニ)。
右手には、ムッツリーニ愛用のカメラが握られている。
もう片方の手には、写真も握られていた。
さすがはムッツリーニ……何て行動力の早さだ。
「どんな子だったの?」
「…………白」
ムッツリーニは、一体転入生のどの部分を見てきたのだろうか?
「…………一枚三百円」
「買った!」
「買うな!!」
「いだだだだだだだ!!」
買おうとした所で、美波に右腕をへし折られそうになった。
い、痛いから!
腕はそんな方向に曲がらないから!!
だから早く僕の右腕を離して!!
「お主らは相変わらず騒がしいのぅ」
「ひ、秀吉?」
僕達の様子を見てそう言ってきたのは、Fクラスにおける美少女その2である、木下秀吉。
最も、性別上はおと……いや、秀吉は『秀吉』なんだ!
性別とかそんなのは関係ない!
「……明久、さっきからじっと見てきて、何かついておるのか?」
「いや、そんなわけじゃないけど」
いけないいけない。
妄想……もとい考え事に没頭してしまう所だった。
とりあえず、話題を変えよう。
「それじゃあ、みんなでその転入生を見にAクラスに行ってみようよ」
「……頼むから、それだけはやめてくれ」
「え? 何でさ? 雄二も興味あるんじゃないの?」
だってアイドルなんでしょ?
雄二も男なら気になるところじゃないのかな?
「確かに気にはなる。気にはなるがな……Aクラスだぞ?」
「うん、そうだね」
「そうね。Aクラスね」
「……お前ら、実はもう分かってるだろ」
Aクラスといえば、雄二のことが好きな霧島翔子さんがいるクラスだ。
……映画館の時のトラウマでも蘇っているのだろうか?
いや、多分雄二のトラウマはそれだけじゃ留まらないんだろうけど。
「まぁ、とにかくみんなで行ってみようよ! 姫路さんも一緒に」
「わ、私もですか?」
僕の隣の席に座る姫路瑞希さんにそう尋ねる。
姫路さんは、若干考える素振りを見せた後に、
「はい。私も少しだけ興味があります」
「そっか。よしっ、早速今から見に……」
「お前ら! さっさと席に着け!!」
「げっ、鉄……西村先生!」
「吉井。今お前、鉄人って言おうとしただろ?」
「いえいえ、滅相もございません!」
危ない危ない……危うく鉄人と言ってしまう所だった。
たった今僕達の教室に入って来たのは、西村先生、通称、鉄人。
とある一件から、元々担任だった福原先生に代わって、僕達の担任になることとなった。
……以降、鬼の補習の様な毎日が続く羽目に。
「それじゃあ、授業を始めるぞ」
こうして、とりあえず転入生を見に行くのは次の休み時間まで流れることとなった。
*
授業も四時間目まで終わり、今は昼休みだ。
行くとしたら、このタイミングしかないな。
というわけで、僕は真っ先に雄二に声をかけることにした。
「雄二、転入生を見に行こうよ」
「……どうしても見に行かなければ駄目か?」
あからさまに嫌そうな表情を浮かべる雄二。
気持ちは分からなくもないけど、今回ばっかりは譲れない。
「まぁ……クラスの人が一杯行っちゃってるし、遠くから見ていれば、きっと雄二だってバレないよ」
辺りを見回してみれば、既に旅立っているクラスメイト達が何人もいるみたいで、教室の中は僕達を含めて数人しかいない。
残っている人達も、
『もちろん見に行くよな?』
『当たり前だろ!これを機にお友達になるんだ!』
『いや! もうここまで来たら付き合うしかない!』
『きっとMARNOは俺に会いに来てくれたんだ!』
『バカ野郎! 俺に決まってるだろ!!』
『でも俺は、やっぱり姫路さんが好きだ!!』
そんな会話をしながら、彼ら三人は出ていった。
……最後のセリフを言った奴、後で裏来いや!
「けどアキ、MARNOって誰かを知らないんでしょ?」
「……否定はしない。本当に知らないし」
「それじゃあ……顔を見たって分からないんじゃないですか?」
まぁ、多分顔を見た所で、それが誰なのかなどまったく分からないだろう。
けど、やっぱり美少女アイドル転入生は、見たい気がする。
さっきムッツリーニから写真も買ったしね!
「……明久、顔がニヤけておるぞ」
「ハッ!? 僕は一体何を……?」
「妄想でしょ?」
美波が凄くストレートに言ってきた。
うう……少し、心が折れそうだ。
「ほんじゃ、飯を食いに行く前に、ちょっくら見てくるとするか。アイツに見つかるのも嫌だしな。屋上でいいよな」
「うん、いいよ。その頃には人も少なくなってると思うしね」
「やっぱり今行こう、すぐに行こう」
「いきなり意見を変えてきた!?」
あまりに早すぎる方針変更だ!
……そんなに霧島さんに会うのが嫌なのか、雄二は。
折角霧島さんは雄二に好意を抱いているというのに……何て奴だ。
僕だったら迷わずその好意を受け取っているというのに。
「けど坂本。ウチ、お腹空いたんだけど」
「あ……私もです」
美波が手を挙げながらそう告げると、姫路さんも若干恥ずかしがる素振りを見せながら、そう言った。
ああ……なんというか、癒されるなぁ。
そんな感じで僕が姫路さんのことをジッと眺めていると、
「……アキのバカ」
「え?何か言った?美波」
「な、なんでもないわよ」
美波が僕のことを睨んでいるのが分かった。
何か呟いていたような気がするけど……気のせい、だよね。
「さて、とりあえず今から見に……」
「…………昼ごはん」
「そ、そうだったな……」
まさかムッツリーニからそんなセリフが出るとは思っていなかったのか、さすがの雄二も少し動揺しているようだった。
「まぁ教室を出ないことには、話は始まらないからな。とりあえず教室を出るか」
「そうですね。今日も皆さんの為にお弁当を……」
「す、すまないな、姫路。俺はすでに購買でパンを買ってあってだな……」
「ワシも、今日は家から弁当を持ってきておるのだ」
「…………!!(ブンブン)」
「ああ……瑞希のお弁当があるなら、私も家から弁当を持ってこなければ良かったなぁ」
みんな姫路さんの弁当を拒否することの出来る言い訳を持っている。
……となると、僕だけしかいないじゃないか。
「あ、あの……明久君は、どうでしょうか?」
「う、嬉しいなぁ……よかったら、僕が貰うよ」
「本当ですか?嬉しいです」
ああ……この笑顔を見る為だったら、死んでもいいかもしれない。
いつしか僕の体、崩壊するんじゃないかな……。
「さぁて、屋上に行くぞ」
「う、うん」
なんだかいつも以上に爽やかな笑みを浮かべて、雄二はこっちを見てきた。
コイツ……分かっててこんな顔してやがるな。
そうして僕達は、Fクラスの扉を開けて、教室の外に出た。
その時だった。
チリン。
「……ん?」
「どうしたの?アキ」
「いや、今鈴の音が聞こえたような気がして」
確かに今、鈴の音が聞こえた気がしたんだけど……気のせいかな。
しかも、どこかで聞き覚えのある、鈴の音が。
まぁ、今はとりあえず昼食の時間だよね……もうすぐ僕の処刑時間が迫ってきているも同然なのだけれど。
「……あ」
その時。
誰かの声が、僕の耳に聞こえてきたような気がした。
*
そんなわけで、僕達はとりあえず昼食を食べてから転入生であるMARNOを見に行くこととなった。
出来ることならこの場から今すぐ立ち去りたいところだが、姫路さんにああ言ってしまった以上、このまま逃げ出すわけにはいかない。
それに、雄二達が逃げることを許さないと目で語っている為、僕は戦略的撤退をすることが出来なかった。
「いいな……」
何やら美波が物欲しげな目で姫路さんの弁当を眺めている。
そんなに欲しければ素直に食べてみればいいじゃないか!
そして僕達が経験してきた苦しみを一緒に味わうがいい!!
「明久……顔が凄いことになっておるぞ」
秀吉にそう指摘されて、ようやっと僕はそのことを自覚する。
どうやら僕は、あまりにも現実逃避しすぎていた為に凄い表情となっていたようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
ああ、姫路さんが優しく僕に声をかけてくれるよ。
嬉しいはずなのに……その笑顔は無垢なるもののはずなのに。
今の僕には、何故だかあの世へと送る案内人にしか見えないのはどうしてだろうか?
「なぁ、姫路。喉渇いちまったから水買ってきてくれないか?」
ナイス雄二!
我が悪友ながら、よく言ってくれた!!
「お茶でも構いませんか?」
「ああ。これで買ってきてくれ」
ポケットから小銭を取り出して、雄二はそれを姫路さんに向かって投げる。
慌てて姫路さんはそれをキャッチして、そのまま屋上から消え去った。
……さて、後は美波だけだな。
「美波、そこには確かムッツリーニの鼻血が」
「ええ!?」
もちろんそれは嘘なのだが、何故か都合のいいことに美波の制服には謎の汚れがついていた。
本当に、奇跡って怖いね。
「急いで洗ってきた方がいいと思うよ。血はシミになりやすいって言うからね」
「もぅ~! そういうことなら最初から言ってくれればよかったのに!」
泣きごとを言いながら、美波も屋上から出て行った。
……さて、後はこの弁当(ポイズンクッキング)を処理するだけだ。
「…………ナイス明久」
「ありがとう、ムッツリーニ。そして雄二、さりげないフォローをありがとう」
「さすがに姫路の奴を泣かせるわけにもいかねぇからな……それに、島田にもこの現実を見せてはならないと思ってな」
なんだかんだ言って、やっぱりコイツは友達想いのいい奴……。
「あ、明久が苦しむ姿を目の前で見せてやるのもよかったかもしれないな」
前言撤回。
コイツは友達を売る最低な奴だ。
「雄二……そうはいかないぞ。僕は美波達が戻ってくる前に、この弁当(さいしゅうへいき)を処理しきってみせる!」
「あ、明久! 無理はいかんぞ! 身体に毒じゃ!!」
「大丈夫だよ秀吉! 僕の胃は多分鍛えられてるから」
「それは明らかに死亡フラグ宣言じゃ!!」
秀吉も止めようとしているが、構うもんか!
美波達の前で醜態をさらすぐらいだったら、ここで全部食べ切ってしまった方が断然いい!
例え僕の身体が再起不能の状態になったとしても、構いやしないさ!!
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そうして、僕は姫路さんの弁当を食べたのだった。
「…………男の中の男」
最後に聞こえたのは、ムッツリーニのそんな一言だった。
*
そして、昼食後。
さっき食べた姫路さんの弁当が祟ってか、保健室による羽目となってしまった僕。
中に入った時の保健の先生の同情の眼差しは、今でも決して忘れない。
「ふ、ふぅ……」
「大丈夫か? 明久」
「う、うん、何とか生きてる……と思う」
正直言って、あの弁当を食べ切った僕は……胃がイカれてると思う。
と言うか、食べる度に体が震えていたような気がするけど……気のせいだよね。
一瞬意識が飛んだのも、気のせいだよね♪
「ど、どうしたのよアキ? 凄い顔してるわよ?」
「え? そう? ……ああ、これが三途の川って奴か」
「あ、明久!? それを渡っては駄目じゃ! その川を渡ると、お主は死んでしまうぞ!」
ああ……天使の姿をした秀吉が、僕のことを引きとめてくれてるような気がするよ。
秀吉のその姿を見れるだけで、僕は幸せだ……。
安心して天国に……理想郷(アガルタ)に行けそうな気がするよ……。
「バカは放っておいて、さっさとMARNO見に行くぞ~」
「え? ちょ……ひどいよ雄二!」
「あ、戻ってきた」
さすがに放っておかれたら、僕だって気づくって!
いくら僕でも、そこまではバカじゃないから!
「いや、バカだな」
「バカね」
「バカだのう」
「…………バカ」
「みんな……ひどくない?」
しかも、僕は今心の中で呟いた気がするんだけど。
何で僕の心の声が聞こえてるんだ!?
「お前の言いたいことなんて大体分かるっての」
「……あれ、また?」
「だ、大丈夫ですよ明久君!明久君にもいいところは沢山ありますから」
「……ありがとう、姫路さん」
手を握って、姫路さんは僕にそう言ってくれた。
ああ……なんて嬉しい一言なんだろう。
それに、この笑顔さえあれば、僕はもうどうでもよくなりそうだ……さっきの弁当がなければ、尚この笑顔が素敵なものに感じるはずなのに。
「それにしても、あのMARNOがウチの学校に来るなんて……一体どんな事情があるのかしら?」
「フム……それについてはワシも気になるところじゃ。今では日本を代表するアイドルである彼女が、どうしてこの文月学園に来たのか」
「学費が安いから……というわけでもないよな。アイドルなんだから、一応報酬は貰えているわけだし」
「…………この学校に来たのは、勉強の為だと思う」
「勉強の為、か……」
やはりアイドルも勉強する必要があるんだな。
歌が旨かったり、可愛かったりするだけじゃ駄目なのかもしれない……あれ?
なんだか、姫路さんにぴったりじゃないか?
「あ、明久君……そんなに顔をジロジロと見られると、その……照れてしまいます」
「……あ、ゴメンゴメン」
顔を赤くして、姫路さんがそう言ってきた。
慌てて目線を外すと、そこには般若がいた。
「……美波? どうしてそんな表情を浮かべているの?」
「……なんでもないわよ、バカ」
あ、またバカって言われた。
本当に僕って、一体何なのだろう……?
「まぁもっと別な理由もあるかもしれないが……と、話をしている内にAクラスに来たが、何だかもう周りに人がいないな」
「……だね」
さっきまでいた人だかりが、今ではもう散らばっていた。
と言うより、すでに空っぽになってるような気がする。
「あれ、雄二?」
「あ、霧島さん」
その時。
ちょうど教室から出てきた霧島さんに会った。
あからさまに、雄二が嫌そうな顔をしてる。
霧島さん、こんなに美人なのに、どうして雄二は嫌がるのだろうか?
そりゃあ時々ヤバそうな感じもしなくもないけど。
「なぁ翔子、転入生はここにいないのか?」
「……雄二も、興味あるの?」
「まぁ……アイドルの転入生だしな。少しは興味あるな」
「……」
雄二も男だしね。
さすがにそういうことにも興味あるだろうな……と思ったその時だった。
何だか、霧島さんの様子がおかしい……。
「雄二……浮気は、許さない」
「ちょっと待て。これは浮気でもなんでもないからな」
あ、霧島さんのスイッチが入ってしまったようだ。
このままだと……雄二は多分生きて帰ってこれないだろうな。
「……あの、今度の日曜日に雄二を好きなようにしていいから、良かったら転入生の子がどこに行ったのか教えてくれないかな?」
「分かった。吉井は優しい人」
「おい明久! なんで俺を交換条件として差し出すんだよ!」
雄二に恨みがあるとかそういうものではなくて、これも霧島さんの為だ!
決していつもの恨みを晴らそうとかそういうことを考えているわけではない、絶対に!
「……その人なら、教室を出て行って、さっきFクラスに行った」
「あっちゃ~入れ違いか……」
「……ん? どこかおかしくないですか?」
「何が?姫路さん」
姫路さんは、何かがおかしいと言った。
別に入れ違いなんておかしいことでもなんでもないのに、どこが変だと言うのだろうか?
「さすがは明久……この程度のことも理解出来ないとは」
「…………まさしく、バカの結晶」
「あのさ、僕のことをバカって言うの、そろそろやめない?」
今日だけで僕は何回バカって言われたのだろうか?
数えてたわけじゃないけど、もうそろそろ嫌になってきた……。
「何よ、バカにバカって言って、何が悪いの?」
「……すみません。もう何もいいません」
当たり前みたいな表情をされては、もはや僕は何も言い返すことが出来なかった。
「いいか、明久。転入生が来たのは、どこのクラスだ?」
「どこって……間違いなくここ、Aクラスだよね?」
「それで、翔子は今、どこのクラスに転入生は向かったって言った?」
「Fクラス……だね」
「おかしいと思わないのか?」
「え? 何が?」
何処かおかしいところでもあっただろうか?
別にFクラスに行くくらい、普通に……普通に……。
「……あれ?」
「ようやく気付いたのか、明久」
「さすがはアキ。ここまで気づかないとは……」
うん、遠まわしにバカにしてるよね、これ。
みんなして……僕のことを。
「それじゃあ、また入れ違いにならないように、今度はFクラスに行こうよ」
「だな……何だか人だかりもそっちに出来てるみたいだし」
何故Fクラスに来ているのかは知らないけど、とりあえず僕達は方向を変え、自分達の教室であるFクラスに戻る。
その前に、
「……雄二。お昼、一緒に食べよう」
「何だ、まだ食べてなかったのか。俺はさっき、明久達と食べてきたばっかりなんだ。すまないな」
「……お弁当、作ってきてる。だから、一緒に食べよう?」
「いや、だから俺はもう腹いっぱいで……」
「食べよう?」
「……はい」
あ、とうとう折れた。
雄二の心をここまで折らせるなんて、さすがは霧島さん……恐るべし。
「それじゃあ坂本はAクラスに置いてくとして」
「まて、島田。俺も連れてってくれ。コイツと二人きりというのは、何だか居ずらいんだ」
「雄二……お昼ご飯」
「……分かった、食べるから。その左手に持っているスタンガンのスイッチを入れないでくれ」
いつの間にか霧島さんの右手には、スタンガンが握られていた。
……うん、危険だね、霧島さん。
「それでは坂本君。また後で迎えに来ますから」
「行かなくていいでしょ。どうせ時間になったら戻ってくるんだし」
というか姫路さん。
迎えに行くという表現は……正直どうかと思うけど。
「…………早く行こう」
「ムッツリーニの言うとおりじゃな。早くしないと、昼休みが終わってしまう」
「だね。それじゃあ、行ってみよう」
雄二と霧島さんをAクラスに置いていき、僕達は引き続いてアイドルのMARNOに会いに、Fクラスに戻る。
……にしても。
「凄い人だかりですね……中に入れなさそうです」
「本当ね……」
Fクラスに続く人の塊を見て、姫路さんと美波はそう呟いていた。
……この人だかりを見たら、あのセリフを言うしかない!
「見ろ! 人がごみのようだ!!」
「……どうしたのじゃ明久? 悩み事があるなら、相談に乗るが?」
「そうじゃないでしょ、秀吉! 心配してくれるのは嬉しいけど、その心配が逆に傷つくよ!!」
通じなかった!
まさか秀吉がこのネタに突っ込んでくれないとは……恐るべし、ムスカ!
「うん、この際言うけど、アキ、結構痛いわよ?」
「くっ! 目が! 目がああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「だ、大丈夫ですか!? 明久君!?」
ああ、まただ!
今度は姫路さんが心配して僕の顔に手を当ててきた!
……って、この体勢はかなりやばくない!?
「……アキ。最初からそれが狙いだったの?」
「え、ええ?」
そんな僕達の姿を見て、美波が凄い形相でこっちを睨んできていた。
……すごく怒ってる、けど、何で?
僕はただ、ボケていただけなのに、どうしてここまで言われなくてはならないんだ?
ていうか今日の僕、かなり扱いひどくない?
「ち、違うよ美波! これは偶然で……」
「偶然で、瑞希が手をアキの顔に当てるなんてことはないわよねぇ?」
「ま、待って、美波!」
くっ……このままだと、僕は四の地固め(廊下で公開処刑バージョン)を喰らってしまう!
それだけは避けないと……僕の名誉にも関わる問題だから!!
「み、美波……」
「何よ? 遺言があるというの?」
「え? 何? 僕……死ぬの?」
「運が悪ければね」
今回はそっちバージョンでしたか!
もしや、首の骨を折るとか、そういうパターンですか!?
や、ヤバい……美波の目がマジだ。
このままだと、本当に僕は殺される!!
「お……」
「お?」
「女の子は胸がなくてもいきが出来ない程に首が締まってるぅうううううううううううううう!!」
「余計なお世話よ! アキに胸のことをどうこう言われる筋合いはない!!」
「美波、マジで首だけはやめて息が出来ないからぁああああああああああああああああああ!!」
……何でこういう時にこんなセリフが出るんだよ。
どうなってるんだ、僕の判断力。
……ああ、また綺麗な川が見えてきたなぁ。
あの向こうには、一体どんなパラダイスが待ち受けているのだろう?
と、本日二回目の三途の川を眺めていると、
チリン。
「……あ」
「そろそろ解放してやったらどうじゃ?このままじゃ本当に明久が死んでしまうぞ?」
「……そうね。今日はこのくらいで勘弁したげる」
そう言って、美波が僕の首を解放してくれた。
……今、また鈴の音が聞こえたような気がしたんだけど。
「どうかしましたか? 明久君」
「……うん、鈴の音が、聞こえたんだ」
「鈴?」
「…………そう言えば、転入生も鈴の髪飾りをつけてた」
なるほど……転入生も鈴の髪飾りをつけているのか。
つまり、さっき教室を出る前に聞こえたのも、その鈴が鳴ったからか……。
「ということは、近くに転入生……が?」
「……」
僕の言葉が最後まで言い終える前に、僕達の目の前に、女の子が歩み寄ってきた。
……黒くて、後ろの方がお団子みたいになっている髪型。
背は、僕と同じか少し小さいくらい。
……お団子みたいになっている所には、鈴の形をした髪飾りがあった。
……多分あの鈴から音を発しているんだと、僕は思った。
そして次の瞬間、そんな女の子から、こんな驚きの言葉が出てきたのだった。
「……明久君、だよね?」
「「「「「……え?」」」」」
今、この子は僕の名前を言ったのか?
いやいや、まさかそんなことはないだろう。
僕にこんな可愛いアイドルの知り合いはいないはず……。
それに、少し余計なことだけど、どうしてさっきから僕の背後から殺気が感じられるのだろうか?
「……落ち着くのじゃ、二人とも。今のはきっと聞き間違いじゃ。だからどこから持ってきたのか知らぬが、江戸時代の拷問用具を手際よく用意するでない」
後ろから秀吉の声が聞こえる。
というか二人とも、そんなことしてたの!?
え、何?
僕を殺す気!?
「……えっと、君が転入生の」
「『MARNO』……牧野亜美だよ……覚えてない?」
やっぱりこの子が、転入生としてAクラスに転入してきた子か。
……にしても、牧野亜美?
何処かで聞いたことあるような名前なんだけど……何処で聞いたんだろう?
思い出せそうで、思い出せない。
聞き覚えはあるのに……。
「お知り合い……ですか?」
「まさか……人違いでしょ。もし本当に知り合いだったら……殺すわ」
「何で!?」
僕の命というのは、そこまで理不尽な理由で失われてしまうほど儚い命だということなのか!?
ていうか、何故に僕はそんな理由で殺されなければならないの!?
「えっと……ごめん、思い出せないや、牧野さん」
「そっか……忘れちゃったんだね、あの約束も」
「約束?……!!」
ゾクッ!!
二人からだけじゃない。
周りにいる男子からも、謎の殺気を感じる。
や、ヤバい……このままではこの場にいる全員を敵に回しかねない!
唯一僕の味方になってくれそうな秀吉がいたとしても、この状況を収めることは出来ないだろう。
「話が長くなるようなら……屋上で話してみればどうじゃ?」
「ナイスアイデア秀吉! それでこそ僕の嫁!!」
「ワシの場合は婿じゃろ!!」
「ですから……どっちも違うと思います」
赤くなって抗議する秀吉と、ノリノリの状態である僕に、困り果てた表情を見せながら、姫路さんがそう告げた。
「ま、何だかややこしくなりそうだし、屋上行って、真相を確かめるのもいいんじゃないか?」
「それもそうだね……って、雄二。いつの間に帰って来たの?」
ふと横を見ると、何故か汗まみれの雄二の姿があった。
……何があったんだ、一体。
「翔子のやつ、弁当の中に何かよく分からない薬を混ぜてたんだ……目が覚めたら、目の前には顔を赤くした翔子がいて、『責任……とって』って言ってきたんだ。俺はあの後、Aクラスの教室で何をしたんだ!?」
「……いい具合に壊れてるね、雄二」
雄二が、何故か自分の両手をゆっくりと首に近づけている。
もしかして……自分で自分の首を締める気なのかな?
……うん、このままだと自分の世界にのめり込んだまま、人生を終えてしまいそうだね。
本当ならもう少し見たいところだけど、流石に牧野さんを待たせているところだし、そろそろ引き戻すか。
「目を覚ませ……雄二!」
「アガッ!」
斜め45度からのチョップ。
これをすれば、大抵の人は元の世界に帰ってくる。
最近雄二をコッチの世界に引き戻す際に発明したことだ。
「はっ! 俺は何を……」
「自分の手で首を締めようとしていたところまでいってたわよ?」
「俺、知らない内にそんなことしてたのか?」
無自覚のため、そんなことを呟いている雄二。
いつか雄二は、発作にも似たこの症状を引き起こして死んでしまうのではないだろうか?
「…………早くしないと、昼休みが終わる」
「おっと!もうそこまで時間が迫ってたのか……早くしないと授業も始まっちゃうし、話をするためにも屋上に行こうよ」
僕のその提案に対して、反対する人はいなかった。
なので僕達は、少し急ぎ足の状態で、屋上へと向かった。