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[21270] バカとアイドルと日常風景
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/08/18 18:07
(当小説は、『小説家になろう』でも投稿している作品ですが、多少の加筆等をしてこちらにも載せることに致しました。こんな小説ですが、読んでくださると嬉しいです)。

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「ねぇ、どうして泣いているの?」
「……お母さんにもらった髪飾り、どこかに落としちゃって……」
「……それは、とっても大切な物なの?」
「うん。誕生日の日にもらった、大切な髪飾り……」
「なら、僕でよかったら、一緒に探そうか?」
「え? いいの?」
「もちろんだよ。このくらい、当然のことだよ」
「……ありがとう」
「君、名前は?」
「わ、私は……牧野亜美」
「僕の名前は……」



[21270] 第一問
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/08/18 18:04
【第一問】 現代国語

以下の問いに答えなさい。

「前に学んだことや古いことを研究して、それによって現代のことを知ることを示す四字熟語を答えなさい」

姫路瑞希の答え
「温故知新」

教師のコメント
正解です。この問題は、姫路さんには簡単過ぎたでしょうか?

土屋康太の答え
「体重測定」

教師のコメント
女性にとってはとてもシビアな問題ですが、古いことは研究出来ても、現代のことを知ることはできませんよ。

吉井明久の答え
「自由研究」

教師のコメント
それは夏休みの宿題です。



僕らの通う学校である文月学園では、今日は特に行事とかが行われるわけでもないのに、かなり揺れていた。
その原因は……。

「一体何の騒ぎなの?雄二」
「何だお前? 知らないのか?」

僕の悪友でもある、坂本雄二にそう尋ねる。
すると、何言ってんだコイツ的な目で、僕は見られた。
……そんな目で僕を見るな!!

「Aクラスに転入生が来るそうだぞ」
「Aクラスに転入生? こんな時期に?」

珍しいこともあるものだなぁ……あ、でも確か工藤さんも転入生だったっけ?
けど、時期的には結構微妙な時期に来る転入生だと思う。
……というか、自分のクラスの転入生でもないのに、どうしてそこまで騒ぐのだろうか?

「何言ってんだよ明久。その転入生というのが、あの有名なアイドル、『MARNO』だぞ?」
「……『MARNO』?」

聞いたことない名前だ。
少なくとも、ここ十六年間生きてきて、一度も耳にした覚えのない言葉だった。

「知らないの? 今有名な人気アイドルよ?」

ポニーテールを揺らしながら、島田美波さんがこっちにやってきた。
どうやら美波も、『MARNO』のことを知っているらしい。

「うん、聞いた覚えのない名前だね……」
「明久はいつもゲームしかやってないからな。知らなくて当然だな」
「失敬な! マンガや小説だってちゃんと読んでるよ!」

まったく、僕がゲームしかやらない廃人みたいな扱いして!
僕はそこまで堕ちてないって!

「……マンガとゲームという組み合わせは、廃人の一歩手前だぞ、明久」
「雄二、それは言わないで……」
「しかも、お姉さんが帰ってきたおかげで、それもほとんど出来ないんじゃなかったっけ?」

何だか無性に悲しくなってきた。
僕、廃人じゃないのに……。
それと、とある事情があって、僕の家には姉さんが帰ってきていたりする。
……もっとも、今はこの前持ってき忘れた荷物を回収する為に、一旦日本から出てるけど。

「…………転入生、見てきた」
「うわっ! いきなり後ろから声かけないでよ!」

突如として僕の背後より話しかけてきたのは、Fクラスのクラスメイトその3である、土屋康太、通称、寡黙なる性識者(ムッツリーニ)。
右手には、ムッツリーニ愛用のカメラが握られている。
もう片方の手には、写真も握られていた。
さすがはムッツリーニ……何て行動力の早さだ。

「どんな子だったの?」
「…………白」

ムッツリーニは、一体転入生のどの部分を見てきたのだろうか?

「…………一枚三百円」
「買った!」
「買うな!!」
「いだだだだだだだ!!」

買おうとした所で、美波に右腕をへし折られそうになった。
い、痛いから!
腕はそんな方向に曲がらないから!!
だから早く僕の右腕を離して!!

「お主らは相変わらず騒がしいのぅ」
「ひ、秀吉?」

僕達の様子を見てそう言ってきたのは、Fクラスにおける美少女その2である、木下秀吉。
最も、性別上はおと……いや、秀吉は『秀吉』なんだ!
性別とかそんなのは関係ない!

「……明久、さっきからじっと見てきて、何かついておるのか?」
「いや、そんなわけじゃないけど」

いけないいけない。
妄想……もとい考え事に没頭してしまう所だった。
とりあえず、話題を変えよう。

「それじゃあ、みんなでその転入生を見にAクラスに行ってみようよ」
「……頼むから、それだけはやめてくれ」
「え? 何でさ? 雄二も興味あるんじゃないの?」

だってアイドルなんでしょ?
雄二も男なら気になるところじゃないのかな?

「確かに気にはなる。気にはなるがな……Aクラスだぞ?」
「うん、そうだね」
「そうね。Aクラスね」
「……お前ら、実はもう分かってるだろ」

Aクラスといえば、雄二のことが好きな霧島翔子さんがいるクラスだ。
……映画館の時のトラウマでも蘇っているのだろうか?
いや、多分雄二のトラウマはそれだけじゃ留まらないんだろうけど。

「まぁ、とにかくみんなで行ってみようよ! 姫路さんも一緒に」
「わ、私もですか?」

僕の隣の席に座る姫路瑞希さんにそう尋ねる。
姫路さんは、若干考える素振りを見せた後に、

「はい。私も少しだけ興味があります」
「そっか。よしっ、早速今から見に……」
「お前ら! さっさと席に着け!!」
「げっ、鉄……西村先生!」
「吉井。今お前、鉄人って言おうとしただろ?」
「いえいえ、滅相もございません!」

危ない危ない……危うく鉄人と言ってしまう所だった。
たった今僕達の教室に入って来たのは、西村先生、通称、鉄人。
とある一件から、元々担任だった福原先生に代わって、僕達の担任になることとなった。
……以降、鬼の補習の様な毎日が続く羽目に。

「それじゃあ、授業を始めるぞ」

こうして、とりあえず転入生を見に行くのは次の休み時間まで流れることとなった。



授業も四時間目まで終わり、今は昼休みだ。
行くとしたら、このタイミングしかないな。
というわけで、僕は真っ先に雄二に声をかけることにした。

「雄二、転入生を見に行こうよ」
「……どうしても見に行かなければ駄目か?」

あからさまに嫌そうな表情を浮かべる雄二。
気持ちは分からなくもないけど、今回ばっかりは譲れない。

「まぁ……クラスの人が一杯行っちゃってるし、遠くから見ていれば、きっと雄二だってバレないよ」

辺りを見回してみれば、既に旅立っているクラスメイト達が何人もいるみたいで、教室の中は僕達を含めて数人しかいない。
残っている人達も、

『もちろん見に行くよな?』
『当たり前だろ!これを機にお友達になるんだ!』
『いや! もうここまで来たら付き合うしかない!』
『きっとMARNOは俺に会いに来てくれたんだ!』
『バカ野郎! 俺に決まってるだろ!!』
『でも俺は、やっぱり姫路さんが好きだ!!』

そんな会話をしながら、彼ら三人は出ていった。
……最後のセリフを言った奴、後で裏来いや!

「けどアキ、MARNOって誰かを知らないんでしょ?」
「……否定はしない。本当に知らないし」
「それじゃあ……顔を見たって分からないんじゃないですか?」

まぁ、多分顔を見た所で、それが誰なのかなどまったく分からないだろう。
けど、やっぱり美少女アイドル転入生は、見たい気がする。
さっきムッツリーニから写真も買ったしね!

「……明久、顔がニヤけておるぞ」
「ハッ!? 僕は一体何を……?」
「妄想でしょ?」

美波が凄くストレートに言ってきた。
うう……少し、心が折れそうだ。

「ほんじゃ、飯を食いに行く前に、ちょっくら見てくるとするか。アイツに見つかるのも嫌だしな。屋上でいいよな」
「うん、いいよ。その頃には人も少なくなってると思うしね」
「やっぱり今行こう、すぐに行こう」
「いきなり意見を変えてきた!?」

あまりに早すぎる方針変更だ!
……そんなに霧島さんに会うのが嫌なのか、雄二は。
折角霧島さんは雄二に好意を抱いているというのに……何て奴だ。
僕だったら迷わずその好意を受け取っているというのに。

「けど坂本。ウチ、お腹空いたんだけど」
「あ……私もです」

美波が手を挙げながらそう告げると、姫路さんも若干恥ずかしがる素振りを見せながら、そう言った。
ああ……なんというか、癒されるなぁ。
そんな感じで僕が姫路さんのことをジッと眺めていると、

「……アキのバカ」
「え?何か言った?美波」
「な、なんでもないわよ」

美波が僕のことを睨んでいるのが分かった。
何か呟いていたような気がするけど……気のせい、だよね。

「さて、とりあえず今から見に……」
「…………昼ごはん」
「そ、そうだったな……」

まさかムッツリーニからそんなセリフが出るとは思っていなかったのか、さすがの雄二も少し動揺しているようだった。

「まぁ教室を出ないことには、話は始まらないからな。とりあえず教室を出るか」
「そうですね。今日も皆さんの為にお弁当を……」
「す、すまないな、姫路。俺はすでに購買でパンを買ってあってだな……」
「ワシも、今日は家から弁当を持ってきておるのだ」
「…………!!(ブンブン)」
「ああ……瑞希のお弁当があるなら、私も家から弁当を持ってこなければ良かったなぁ」

みんな姫路さんの弁当を拒否することの出来る言い訳を持っている。
……となると、僕だけしかいないじゃないか。

「あ、あの……明久君は、どうでしょうか?」
「う、嬉しいなぁ……よかったら、僕が貰うよ」
「本当ですか?嬉しいです」

ああ……この笑顔を見る為だったら、死んでもいいかもしれない。
いつしか僕の体、崩壊するんじゃないかな……。

「さぁて、屋上に行くぞ」
「う、うん」

なんだかいつも以上に爽やかな笑みを浮かべて、雄二はこっちを見てきた。
コイツ……分かっててこんな顔してやがるな。
そうして僕達は、Fクラスの扉を開けて、教室の外に出た。
その時だった。

チリン。

「……ん?」
「どうしたの?アキ」
「いや、今鈴の音が聞こえたような気がして」

確かに今、鈴の音が聞こえた気がしたんだけど……気のせいかな。
しかも、どこかで聞き覚えのある、鈴の音が。
まぁ、今はとりあえず昼食の時間だよね……もうすぐ僕の処刑時間が迫ってきているも同然なのだけれど。

「……あ」

その時。
誰かの声が、僕の耳に聞こえてきたような気がした。



そんなわけで、僕達はとりあえず昼食を食べてから転入生であるMARNOを見に行くこととなった。
出来ることならこの場から今すぐ立ち去りたいところだが、姫路さんにああ言ってしまった以上、このまま逃げ出すわけにはいかない。
それに、雄二達が逃げることを許さないと目で語っている為、僕は戦略的撤退をすることが出来なかった。

「いいな……」

何やら美波が物欲しげな目で姫路さんの弁当を眺めている。
そんなに欲しければ素直に食べてみればいいじゃないか!
そして僕達が経験してきた苦しみを一緒に味わうがいい!!

「明久……顔が凄いことになっておるぞ」

秀吉にそう指摘されて、ようやっと僕はそのことを自覚する。
どうやら僕は、あまりにも現実逃避しすぎていた為に凄い表情となっていたようだ。

「だ、大丈夫ですか?」

ああ、姫路さんが優しく僕に声をかけてくれるよ。
嬉しいはずなのに……その笑顔は無垢なるもののはずなのに。
今の僕には、何故だかあの世へと送る案内人にしか見えないのはどうしてだろうか?

「なぁ、姫路。喉渇いちまったから水買ってきてくれないか?」

ナイス雄二!
我が悪友ながら、よく言ってくれた!!

「お茶でも構いませんか?」
「ああ。これで買ってきてくれ」

ポケットから小銭を取り出して、雄二はそれを姫路さんに向かって投げる。
慌てて姫路さんはそれをキャッチして、そのまま屋上から消え去った。
……さて、後は美波だけだな。

「美波、そこには確かムッツリーニの鼻血が」
「ええ!?」

もちろんそれは嘘なのだが、何故か都合のいいことに美波の制服には謎の汚れがついていた。
本当に、奇跡って怖いね。

「急いで洗ってきた方がいいと思うよ。血はシミになりやすいって言うからね」
「もぅ~! そういうことなら最初から言ってくれればよかったのに!」

泣きごとを言いながら、美波も屋上から出て行った。
……さて、後はこの弁当(ポイズンクッキング)を処理するだけだ。

「…………ナイス明久」
「ありがとう、ムッツリーニ。そして雄二、さりげないフォローをありがとう」
「さすがに姫路の奴を泣かせるわけにもいかねぇからな……それに、島田にもこの現実を見せてはならないと思ってな」

なんだかんだ言って、やっぱりコイツは友達想いのいい奴……。

「あ、明久が苦しむ姿を目の前で見せてやるのもよかったかもしれないな」

前言撤回。
コイツは友達を売る最低な奴だ。

「雄二……そうはいかないぞ。僕は美波達が戻ってくる前に、この弁当(さいしゅうへいき)を処理しきってみせる!」
「あ、明久! 無理はいかんぞ! 身体に毒じゃ!!」
「大丈夫だよ秀吉! 僕の胃は多分鍛えられてるから」
「それは明らかに死亡フラグ宣言じゃ!!」

秀吉も止めようとしているが、構うもんか!
美波達の前で醜態をさらすぐらいだったら、ここで全部食べ切ってしまった方が断然いい!
例え僕の身体が再起不能の状態になったとしても、構いやしないさ!!

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

そうして、僕は姫路さんの弁当を食べたのだった。

「…………男の中の男」

最後に聞こえたのは、ムッツリーニのそんな一言だった。



そして、昼食後。
さっき食べた姫路さんの弁当が祟ってか、保健室による羽目となってしまった僕。
中に入った時の保健の先生の同情の眼差しは、今でも決して忘れない。

「ふ、ふぅ……」
「大丈夫か? 明久」
「う、うん、何とか生きてる……と思う」

正直言って、あの弁当を食べ切った僕は……胃がイカれてると思う。
と言うか、食べる度に体が震えていたような気がするけど……気のせいだよね。
一瞬意識が飛んだのも、気のせいだよね♪

「ど、どうしたのよアキ? 凄い顔してるわよ?」
「え? そう? ……ああ、これが三途の川って奴か」
「あ、明久!? それを渡っては駄目じゃ! その川を渡ると、お主は死んでしまうぞ!」

ああ……天使の姿をした秀吉が、僕のことを引きとめてくれてるような気がするよ。
秀吉のその姿を見れるだけで、僕は幸せだ……。
安心して天国に……理想郷(アガルタ)に行けそうな気がするよ……。

「バカは放っておいて、さっさとMARNO見に行くぞ~」
「え? ちょ……ひどいよ雄二!」
「あ、戻ってきた」

さすがに放っておかれたら、僕だって気づくって!
いくら僕でも、そこまではバカじゃないから!

「いや、バカだな」
「バカね」
「バカだのう」
「…………バカ」
「みんな……ひどくない?」

しかも、僕は今心の中で呟いた気がするんだけど。
何で僕の心の声が聞こえてるんだ!?

「お前の言いたいことなんて大体分かるっての」
「……あれ、また?」
「だ、大丈夫ですよ明久君!明久君にもいいところは沢山ありますから」
「……ありがとう、姫路さん」

手を握って、姫路さんは僕にそう言ってくれた。
ああ……なんて嬉しい一言なんだろう。
それに、この笑顔さえあれば、僕はもうどうでもよくなりそうだ……さっきの弁当がなければ、尚この笑顔が素敵なものに感じるはずなのに。

「それにしても、あのMARNOがウチの学校に来るなんて……一体どんな事情があるのかしら?」
「フム……それについてはワシも気になるところじゃ。今では日本を代表するアイドルである彼女が、どうしてこの文月学園に来たのか」
「学費が安いから……というわけでもないよな。アイドルなんだから、一応報酬は貰えているわけだし」
「…………この学校に来たのは、勉強の為だと思う」
「勉強の為、か……」

やはりアイドルも勉強する必要があるんだな。
歌が旨かったり、可愛かったりするだけじゃ駄目なのかもしれない……あれ?
なんだか、姫路さんにぴったりじゃないか?

「あ、明久君……そんなに顔をジロジロと見られると、その……照れてしまいます」
「……あ、ゴメンゴメン」

顔を赤くして、姫路さんがそう言ってきた。
慌てて目線を外すと、そこには般若がいた。

「……美波? どうしてそんな表情を浮かべているの?」
「……なんでもないわよ、バカ」

あ、またバカって言われた。
本当に僕って、一体何なのだろう……?

「まぁもっと別な理由もあるかもしれないが……と、話をしている内にAクラスに来たが、何だかもう周りに人がいないな」
「……だね」

さっきまでいた人だかりが、今ではもう散らばっていた。
と言うより、すでに空っぽになってるような気がする。

「あれ、雄二?」
「あ、霧島さん」

その時。
ちょうど教室から出てきた霧島さんに会った。
あからさまに、雄二が嫌そうな顔をしてる。
霧島さん、こんなに美人なのに、どうして雄二は嫌がるのだろうか?
そりゃあ時々ヤバそうな感じもしなくもないけど。

「なぁ翔子、転入生はここにいないのか?」
「……雄二も、興味あるの?」
「まぁ……アイドルの転入生だしな。少しは興味あるな」
「……」

雄二も男だしね。
さすがにそういうことにも興味あるだろうな……と思ったその時だった。
何だか、霧島さんの様子がおかしい……。

「雄二……浮気は、許さない」
「ちょっと待て。これは浮気でもなんでもないからな」

あ、霧島さんのスイッチが入ってしまったようだ。
このままだと……雄二は多分生きて帰ってこれないだろうな。

「……あの、今度の日曜日に雄二を好きなようにしていいから、良かったら転入生の子がどこに行ったのか教えてくれないかな?」
「分かった。吉井は優しい人」
「おい明久! なんで俺を交換条件として差し出すんだよ!」

雄二に恨みがあるとかそういうものではなくて、これも霧島さんの為だ!
決していつもの恨みを晴らそうとかそういうことを考えているわけではない、絶対に!

「……その人なら、教室を出て行って、さっきFクラスに行った」
「あっちゃ~入れ違いか……」
「……ん? どこかおかしくないですか?」
「何が?姫路さん」

姫路さんは、何かがおかしいと言った。
別に入れ違いなんておかしいことでもなんでもないのに、どこが変だと言うのだろうか?

「さすがは明久……この程度のことも理解出来ないとは」
「…………まさしく、バカの結晶」
「あのさ、僕のことをバカって言うの、そろそろやめない?」

今日だけで僕は何回バカって言われたのだろうか?
数えてたわけじゃないけど、もうそろそろ嫌になってきた……。

「何よ、バカにバカって言って、何が悪いの?」
「……すみません。もう何もいいません」

当たり前みたいな表情をされては、もはや僕は何も言い返すことが出来なかった。

「いいか、明久。転入生が来たのは、どこのクラスだ?」
「どこって……間違いなくここ、Aクラスだよね?」
「それで、翔子は今、どこのクラスに転入生は向かったって言った?」
「Fクラス……だね」
「おかしいと思わないのか?」
「え? 何が?」

何処かおかしいところでもあっただろうか?
別にFクラスに行くくらい、普通に……普通に……。

「……あれ?」
「ようやく気付いたのか、明久」
「さすがはアキ。ここまで気づかないとは……」

うん、遠まわしにバカにしてるよね、これ。
みんなして……僕のことを。

「それじゃあ、また入れ違いにならないように、今度はFクラスに行こうよ」
「だな……何だか人だかりもそっちに出来てるみたいだし」

何故Fクラスに来ているのかは知らないけど、とりあえず僕達は方向を変え、自分達の教室であるFクラスに戻る。
その前に、

「……雄二。お昼、一緒に食べよう」
「何だ、まだ食べてなかったのか。俺はさっき、明久達と食べてきたばっかりなんだ。すまないな」
「……お弁当、作ってきてる。だから、一緒に食べよう?」
「いや、だから俺はもう腹いっぱいで……」
「食べよう?」
「……はい」

あ、とうとう折れた。
雄二の心をここまで折らせるなんて、さすがは霧島さん……恐るべし。

「それじゃあ坂本はAクラスに置いてくとして」
「まて、島田。俺も連れてってくれ。コイツと二人きりというのは、何だか居ずらいんだ」
「雄二……お昼ご飯」
「……分かった、食べるから。その左手に持っているスタンガンのスイッチを入れないでくれ」

いつの間にか霧島さんの右手には、スタンガンが握られていた。
……うん、危険だね、霧島さん。

「それでは坂本君。また後で迎えに来ますから」
「行かなくていいでしょ。どうせ時間になったら戻ってくるんだし」

というか姫路さん。
迎えに行くという表現は……正直どうかと思うけど。

「…………早く行こう」
「ムッツリーニの言うとおりじゃな。早くしないと、昼休みが終わってしまう」
「だね。それじゃあ、行ってみよう」

雄二と霧島さんをAクラスに置いていき、僕達は引き続いてアイドルのMARNOに会いに、Fクラスに戻る。
……にしても。

「凄い人だかりですね……中に入れなさそうです」
「本当ね……」

Fクラスに続く人の塊を見て、姫路さんと美波はそう呟いていた。
……この人だかりを見たら、あのセリフを言うしかない!

「見ろ! 人がごみのようだ!!」
「……どうしたのじゃ明久? 悩み事があるなら、相談に乗るが?」
「そうじゃないでしょ、秀吉! 心配してくれるのは嬉しいけど、その心配が逆に傷つくよ!!」

通じなかった!
まさか秀吉がこのネタに突っ込んでくれないとは……恐るべし、ムスカ!

「うん、この際言うけど、アキ、結構痛いわよ?」
「くっ! 目が! 目がああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「だ、大丈夫ですか!? 明久君!?」

ああ、まただ!
今度は姫路さんが心配して僕の顔に手を当ててきた!
……って、この体勢はかなりやばくない!?

「……アキ。最初からそれが狙いだったの?」
「え、ええ?」

そんな僕達の姿を見て、美波が凄い形相でこっちを睨んできていた。
……すごく怒ってる、けど、何で?
僕はただ、ボケていただけなのに、どうしてここまで言われなくてはならないんだ?
ていうか今日の僕、かなり扱いひどくない?

「ち、違うよ美波! これは偶然で……」
「偶然で、瑞希が手をアキの顔に当てるなんてことはないわよねぇ?」
「ま、待って、美波!」

くっ……このままだと、僕は四の地固め(廊下で公開処刑バージョン)を喰らってしまう!
それだけは避けないと……僕の名誉にも関わる問題だから!!

「み、美波……」
「何よ? 遺言があるというの?」
「え? 何? 僕……死ぬの?」
「運が悪ければね」

今回はそっちバージョンでしたか!
もしや、首の骨を折るとか、そういうパターンですか!?
や、ヤバい……美波の目がマジだ。
このままだと、本当に僕は殺される!!

「お……」
「お?」
「女の子は胸がなくてもいきが出来ない程に首が締まってるぅうううううううううううううう!!」
「余計なお世話よ! アキに胸のことをどうこう言われる筋合いはない!!」
「美波、マジで首だけはやめて息が出来ないからぁああああああああああああああああああ!!」

……何でこういう時にこんなセリフが出るんだよ。
どうなってるんだ、僕の判断力。
……ああ、また綺麗な川が見えてきたなぁ。
あの向こうには、一体どんなパラダイスが待ち受けているのだろう?
と、本日二回目の三途の川を眺めていると、

チリン。

「……あ」
「そろそろ解放してやったらどうじゃ?このままじゃ本当に明久が死んでしまうぞ?」
「……そうね。今日はこのくらいで勘弁したげる」

そう言って、美波が僕の首を解放してくれた。
……今、また鈴の音が聞こえたような気がしたんだけど。

「どうかしましたか? 明久君」
「……うん、鈴の音が、聞こえたんだ」
「鈴?」
「…………そう言えば、転入生も鈴の髪飾りをつけてた」

なるほど……転入生も鈴の髪飾りをつけているのか。
つまり、さっき教室を出る前に聞こえたのも、その鈴が鳴ったからか……。

「ということは、近くに転入生……が?」
「……」

僕の言葉が最後まで言い終える前に、僕達の目の前に、女の子が歩み寄ってきた。
……黒くて、後ろの方がお団子みたいになっている髪型。
背は、僕と同じか少し小さいくらい。
……お団子みたいになっている所には、鈴の形をした髪飾りがあった。
……多分あの鈴から音を発しているんだと、僕は思った。
そして次の瞬間、そんな女の子から、こんな驚きの言葉が出てきたのだった。

「……明久君、だよね?」
「「「「「……え?」」」」」

今、この子は僕の名前を言ったのか?
いやいや、まさかそんなことはないだろう。
僕にこんな可愛いアイドルの知り合いはいないはず……。
それに、少し余計なことだけど、どうしてさっきから僕の背後から殺気が感じられるのだろうか?

「……落ち着くのじゃ、二人とも。今のはきっと聞き間違いじゃ。だからどこから持ってきたのか知らぬが、江戸時代の拷問用具を手際よく用意するでない」

後ろから秀吉の声が聞こえる。
というか二人とも、そんなことしてたの!?
え、何?
僕を殺す気!?

「……えっと、君が転入生の」
「『MARNO』……牧野亜美だよ……覚えてない?」

やっぱりこの子が、転入生としてAクラスに転入してきた子か。
……にしても、牧野亜美?
何処かで聞いたことあるような名前なんだけど……何処で聞いたんだろう?
思い出せそうで、思い出せない。
聞き覚えはあるのに……。

「お知り合い……ですか?」
「まさか……人違いでしょ。もし本当に知り合いだったら……殺すわ」
「何で!?」

僕の命というのは、そこまで理不尽な理由で失われてしまうほど儚い命だということなのか!?
ていうか、何故に僕はそんな理由で殺されなければならないの!?

「えっと……ごめん、思い出せないや、牧野さん」
「そっか……忘れちゃったんだね、あの約束も」
「約束?……!!」

ゾクッ!!

二人からだけじゃない。
周りにいる男子からも、謎の殺気を感じる。
や、ヤバい……このままではこの場にいる全員を敵に回しかねない!
唯一僕の味方になってくれそうな秀吉がいたとしても、この状況を収めることは出来ないだろう。

「話が長くなるようなら……屋上で話してみればどうじゃ?」
「ナイスアイデア秀吉! それでこそ僕の嫁!!」
「ワシの場合は婿じゃろ!!」
「ですから……どっちも違うと思います」

赤くなって抗議する秀吉と、ノリノリの状態である僕に、困り果てた表情を見せながら、姫路さんがそう告げた。

「ま、何だかややこしくなりそうだし、屋上行って、真相を確かめるのもいいんじゃないか?」
「それもそうだね……って、雄二。いつの間に帰って来たの?」

ふと横を見ると、何故か汗まみれの雄二の姿があった。
……何があったんだ、一体。

「翔子のやつ、弁当の中に何かよく分からない薬を混ぜてたんだ……目が覚めたら、目の前には顔を赤くした翔子がいて、『責任……とって』って言ってきたんだ。俺はあの後、Aクラスの教室で何をしたんだ!?」
「……いい具合に壊れてるね、雄二」

雄二が、何故か自分の両手をゆっくりと首に近づけている。
もしかして……自分で自分の首を締める気なのかな?
……うん、このままだと自分の世界にのめり込んだまま、人生を終えてしまいそうだね。
本当ならもう少し見たいところだけど、流石に牧野さんを待たせているところだし、そろそろ引き戻すか。

「目を覚ませ……雄二!」
「アガッ!」

斜め45度からのチョップ。
これをすれば、大抵の人は元の世界に帰ってくる。
最近雄二をコッチの世界に引き戻す際に発明したことだ。

「はっ! 俺は何を……」
「自分の手で首を締めようとしていたところまでいってたわよ?」
「俺、知らない内にそんなことしてたのか?」

無自覚のため、そんなことを呟いている雄二。
いつか雄二は、発作にも似たこの症状を引き起こして死んでしまうのではないだろうか?

「…………早くしないと、昼休みが終わる」
「おっと!もうそこまで時間が迫ってたのか……早くしないと授業も始まっちゃうし、話をするためにも屋上に行こうよ」

僕のその提案に対して、反対する人はいなかった。
なので僕達は、少し急ぎ足の状態で、屋上へと向かった。




[21270] 第二問
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/08/19 07:59
【第二問】 日本史

以下の問いに答えなさい。
「紫式部が著者である、光源氏やその息子の薫の君を主人公とした平安時代の長編小説を答えなさい」

姫路瑞希の答え
「源氏物語」

教師のコメント
正解です。他にも、『紫式部日記』などを紫式部は書いていますね。合わせて覚えてしまいましょう

吉井明久の答え
「Tales of Genzi」

教師のコメント
格好いいですが、何かのゲームを連想させるような英語でごまかしても無駄です。

島田美波の答え
「ガラスの十代」

教師のコメント
それは光GENJIです。というか、どこからその知識を得たのですか?



「……で、どういうことなのよ、アキ?」
「それは僕に聞かれても……一体何が何やらよくわからないし」

僕達は今、屋上に来ている。
そして、何故か僕を取り囲むように、雄二・秀吉・美波・姫路さん・ムッツリーニは並んでいた。
端っこの方には、須川君達が何やら準備をしている。
……僕、これからどうなるんだろう?

「あの……明久君とはどこで会ったのですか?」

姫路さんが牧野さんに尋ねる。
すると、牧野さんは、

「道端だよ。私が泣いてる所に、偶然ながら明久君が通りかかってくれたんだ」

道端で泣いていた?
……あれ、何だか少しずつ思い出してきたような気もするぞ。

「どうして泣いてたりしたんだ? それに……それはいつの話だ?」

次から次へと、雄二は質問を繰り出す。
雄二め……牧野さんを困らせてそんなに楽しいか。
けど、当の本人である牧野さんは、ちっとも困ったような雰囲気を見せていない。
どころか、その質問が来ることが分かっていたかのように、答えた。

「小学校の時、この鈴の髪飾りを何処かに落としちゃった時があって、途方に暮れて道端で泣いてたら、明久君が一緒に探してくれるって言ってくれたんだよ」

小学校の時……鈴の髪飾り……道端……。
僕の頭の中で、それらの言葉が反響する。
その言葉を組み合わせて思い出される記憶は……。
……ああ!

「思い出した! あの時、お母さんからもらった大事な髪飾りを探していた『亜美』か! まさか牧野さんが『亜美』だったなんて……」
「ようやっと思い出してくれたんだね? 明久君……」

すると、牧野さんは突然目から涙をこぼしていた。

「え、ええ? どうしたの? 牧野さん……って、うわっ!」

ドンッ!

一瞬そんな衝突音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には、牧野さんが僕に抱きついてきていた。
……って、牧野さん!?
その格好はヤバいって!
その……ぼ、僕の体に当たる、謎の柔らかい感触、が……。

「…………羨ましい」

ムッツリーニ、君はこの状況でもそんなこと言ってるんだね。
あ、鼻血を出してムッツリーニが倒れた!?

「…………感無量」
「ムッツリーニ!?」

もはやもう何もかもをやりきった表情を浮かべているムッツリーニ。
……何だろう、状況がさらに混沌としてきたような気がする。

「ま、牧野さん……」
「……亜美って呼んで、明久君」
「う、うん……ま、じゃなかった……亜美」
「……嬉しい、明久君。完全に忘れてなくて、よかった……」

感動の再会。
……うん、僕はこの時、ものすごく幸せだなぁって思っていた。
なんて言ったって、アイドルに抱きつかれて、しかもそのアイドルが僕と面識があったのだ。
このことを幸せだと思わないで、いつ幸せを感じる?
……けど、その幸せも、

「……アキ?」
「……明久君?」
「……え?」

わずか3秒で崩れ去ることとなったのだった。

「さっきウチが言ったこと……覚えてるわよね?」
「え、えっと……何でしょう? 記憶にございません、が……」

危険を察知した僕は、とりあえず亜美を一旦どかして、安全な場所に行かせる。
その時亜美が残念そうな表情を見せていたのはなぜだろうか?

「もし『MARNO』と知り合いだったら……殺すって言ったわよね?」
「そ、そうでしたっけ? 僕の記憶にはそんなこと言われたことなんて残されていないのですが……」
「それで……明久君は、牧野さんに抱きつかれて、そんなに嬉しそうに笑っているのは何故ですか?」
「それは単純に再会を嬉しく思っているだけで関節が妙な方向に曲がって悲鳴をあげているぅううううううううううううううううううううううう!!」

痛い痛い痛い!
関節はそんな方向には曲がらないよ、美波!
さり気なく人類の限界に挑戦中だよ、僕の体!!

「……相変わらず明久は、明久だのう」
「だな」
「…………(コクリ)」
「納得しないで助けてよ、三人ともぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

くっそー三人共他人事だからって明らかに無視しやがって!
秀吉は可愛いから許すけど、ムッツリーニと雄二は……許さん!!

「ところでよ、明久。牧野とはどこで出会ったのかとかの話を聞かせてくれないか?」
「え? べ、別にいいけど……その前に美波達を何とかしてぇえええええええええええ!!」
「……島田・姫路。制裁は後にして、今はとりあえず明久の話を聞こうぜ」

雄二が二人にそう言う。
すると二人とも、渋々ながら僕の体を離してくれた。

「後で覚悟しておきなさいよ……アキ?」
「う……」

どうやら制裁は、あれだけでは済まないようだ。

「んで、明久。話を聞かせてもらえないか?」
「……うん」

僕は、雄二に言われて、みんなに向かって話し始めた。
僕と亜美との、昔にあった話を。



数年前。
僕達がまだ小学生だった頃の話だ。
日曜日という休日。
僕は、一人で街に繰り出したのだった。
理由は特になかったけど、強いて言うなら、退屈だったからだ。
別に僕の両親が死んでいなかってしまったわけでもないし、姉弟がいないわけでもない。
この日は偶然、両親は親戚の家に出掛けてしまって、家を留守にしていた。
そして姉さんは、勉強中。
……たまにコッチに顔を出して捕まるのもなんか嫌だった。
だから僕は、書き置きをしておいて、コッソリと家を出たのであった。

「……ふぅ。これで危険は回避出来た」

捕まったら最後。
僕はひょっとしたら、生きて帰ってくることが出来ないかもしれない……無論、精神面で。

「やっぱり、見に行くとしたらゲームショップかな。いや、本屋に行って漫画を見るのもいいかもな」

と、街を歩きながら、今日の計画をたてていた。
その時だった。

「……グスン、グスン」

道端で、一人で泣いている女の子を見つけた。
周りに人はいない……お母さんとはぐれちゃったとかかな?
年は多分僕と同じくらいだと思う。
白いワンピースを着た、小さな女の子がそこにいた。

「……どうしたの?どうして、泣いているの?」

思わず僕は声をかけていた。
すると女の子は、涙を流した顔のままで、こっちを向いてきた。
そして、僕にこう言ったのだ。

「お母さんからもらった大切な髪飾り……何処かに落としちゃって」

成る程、状況は掴めた。
するとこの子は、お母さんからのプレゼントを大切に持っていたけど、ふとした瞬間に何処かに落としてしまったということか。
……言い直しているだけじゃないかって?
気にしないで欲しい。

「もしよければ……僕が一緒に探してあげるよ」
「……え?」

思わぬ言葉だったらしい。
女の子は、驚いたように目を見開き、そして不安そうな表情をして、

「……本当に、いいの?」

と、聞いてきた。
僕は、曇りのない顔をして(僕の後付け設定だが)答えた。

「いいっていいって。このくらいどうってことないさ」

僕がそう言うと、女の子の表情が和らぎ、ちょっとだけ笑顔になる。
……いつの間にか涙も止まっている様子であった。

「……ありがとう」
「どう致しまして。ところで君、名前は?」

いきなりそんなことを聞くのは少し失礼だと思ったけれど、僕はそう尋ねてみた。
すると、女の子は少し戸惑いながらも、

「……牧野亜美」

と、答えてくれた。
答えてくれたからには、僕の方も自分の名前を言わなければならない。
だから僕は、

「僕の名前は吉井明久。よろしくね」

そう言って、僕は右手を差し出す。
女の子―――亜美は、その手を躊躇いながらも握ってくれた。
これで僕達は、一緒に髪飾りを探すこととなったのだ。

「それで、どの辺りに落としたとかは分かるの?」
「……それが、何処に落としちゃったのか分からなくて」

う~ん、困ったなぁ。
何処で落としたのか分からないんじゃあ、探しようがないじゃないか。

「困ったな……とりあえず、どういう髪飾りなの?」

形を聞かないことには、探しようがない。
そんなわけで、僕はその髪飾りの形を尋ねたのだ。
亜美は答える。

「鈴の、髪飾り……」

さっきも言った通り、涙は流していない。
けれど、少しだけ笑顔だったのが、不安そうな顔になっていた。

「鈴の髪飾りか……よしっ。君の家は何処だい?」
「え?」

今度はキョトンとされた。
……まぁ、無理もないよね。
髪飾りとは関係のない質問のようにも聞こえるし……実際に関係はあまりないんだけど。

「……コッチの方だけど……そっか!来た道を戻れば、何処かに落ちてるかもしれないもんね!」
「へ?……あ、うん、その通りだよ」

今でも思う。
僕はとてつもなくバカな男だ……自分に言うのもなんだか嫌だけど。

「それじゃあ、行こっか?」
「……うん!」

そう答えた亜美の顔は、さっきと違って笑顔だった。
そうして僕達は亜美が来た道を辿って行ったわけだけど……。

「……ないね、髪飾り」
「……うん」

至る所を探し回った。
塀の上、溝の中、草の中……けれど、それらの中から、髪飾りが出てくることはなかった。

「……家に置いてあるとかは?」
「それはない……家の中にいるときは、いつも髪飾りしてるもん」
「じゃあ、今だけは髪飾りを外していたってこと?」
「……今日は習い事があったから、鈴を鳴らさないようにって外してたんだ」

「習い事って?」
「ピアノだよ。大好きだったから、お母さんにお願いして、ピアノ教室に通わせてもらってるんだ」

成る程……確かに演奏中に鈴の髪飾りをつけていて、その鈴が鳴っちゃったら、ちょっと邪魔だよね。
ピアノの音に書き消されて他の人達には聞こえないかもしれないけど、何より自分の耳に届いてしまうのが一番の欠点とも言えるだろう。

「それでポケットの中に入れてたら、何処かに落としちゃって……」
「で、今に至ると……」
「……うん」

再び泣きそうな顔になる亜美。
困ったなぁ……見つけてあげたいけど、時間だけが過ぎていく。
特徴も分かってて、こうして亜美の家までの道のりを歩いてみても、見つからなかった。

「そうだ!そのピアノ教室まで行ってみれば……」
「それはさっき探したよ……結局見つからなかった」
「……」

もう他に手はないのだろうか。
このまま、亜美の大切な髪飾りが見つからないまま、終わってしまうのだろうか?

「……お母さんにもらった大切な髪飾りなのに。なのに、私は落としちゃったりして……」
「亜美……」

亜美の涙を止める方法は、僕にはなかった。
そして、僕達が途方に暮れていた時だった。

「うわっ!」
「キャッ!」

突然強い風が吹いた。
思わず僕と亜美は、目を閉じてしまったくらいだ。
そして、僕達は聞いた。

チリン。

「……今のは、鈴の音?」
「多分、そうだと思う……いや、そうだよ!」

はっきりと僕の耳にも聞こえた、鈴の音。
それは、周りの音なんか気にせずに、音を発していた。
まるで僕達を誘い込むように……自らの居場所を伝えるように。

「……けど、何処に」

肝心の場所が、分からない。
音だけでは、どうしようもなかったのだ。
せめて、もう一回鳴ってくれるとか、ないかな……そう思っていた時だった。

ピカッ。

今度は光が反射したようなものを感じた。
……慌てて辺りを見回す……あった!

「あの木の上だ、亜美!!」
「……あっ!」

そして僕達はようやっと見つけた。
鈴の髪飾りは……木の上に引っ掛かっていたのだ。

「けれど、どうしてあんなところに……」
「……カラスが、持って行っちゃってたのかな?」
「……カラス?」

亜美の口から発せられたのは、聞き慣れた単語でありながら、この場において意味を成すのかどうか判別出来ないものだった。
鈴の髪飾りとカラスに、どういう関連性が……まさか。

「そのカラスが、鈴の髪飾りを偉く気に入っていて、自分につけようとした……?」
「……それは違うよ、明久君」

あれ、若干僕のことを生暖かい目で見てない?
まさか亜美に限ってそんなことはないよね……。

「カラスって言うのは、光るものが好みなんだって。だから、そういうものを見ると、自分の巣に持って帰ってしまう傾向があるんだって」
「へぇ……詳しいんだね」
「お父さんが教えてくれたんだ。お父さんは何でも知ってるんだよ!」

笑顔で僕にそう言った亜美。
……本当に、楽しそうだな。

「けど、あんな上に引っ掛かってるんじゃ、取りにいけないよ……どうしよう」

そうして、僕達はもう一度木を見る。
……太い幹の木の上には、生い茂った葉がたくさんついているのが見える。
その木の上の方に……鈴の髪飾りがあった。

「僕に任せてよ……」
「え?……危ないよ?」
「大丈夫だよ、このくらいなら。それに、亜美の大切な髪飾りなんでしょ?」
「……うん」

……よし、少し痛いかもしれないけど、この方法でいこう。
僕は少し後ろに下がり、

「うらぁ!」

勢いよく木に体当たりした。

「いった……」

うん、落ちるわけないよね。
これだけ太い幹の木なんだもの。
小学生の僕が体当たりしたところでびくともしないのは当然のことじゃないか。

「……明久君、せめて木を登るとかの考えは思い浮かばなかったの?」
「……あ」

そうか、その手があったか。
この木なら、登るのは割りと簡単そうだしな……どうして最初から考えなかったんだろう?

「……明久君ってさ、普段みんなから『バカ』とか言われてない?」
「え?亜美ってエスパーだったの!?」
「……やっぱり」

呆れたような表情を見せる亜美。
……あれ、セリフの選択を間違えた?

「と、とにかく、今度は登って取りに行くよ」
「……うん、けど、気を付けてね?」

心配そうな表情をして、僕にそう言ってくる亜美。
……ここは男として、キチンと言っておくべきところだろう。
ここで僕が言うべきセリフ、それは……。

「任せてよ、亜美!僕の想いを木にぶつけるように登ってみせるよ!」
「……え?」
「……あれ?」

何だろう。
僕は今、猛烈に言葉の選択を間違えた気がする。
気にしてると、何だか心が折れてしまいそうだ……だから、そんな考えを払拭するかのように、僕は素早い動きで木を登った。
程なくして、僕は鈴がある位置まで辿り着くことが出来た。
……僕にかかればこのくらい、大したことがない……ようにも見えるけど。

「明久君、気を付けてね……」
「大丈夫だって。このくらいなら……よっと」

よしっ、何とか髪飾りを取り返すことは出来た。
後はこれを持って下まで降りれば……って、

「おわっ!?」
「!?」

あ、危ない……危うく落ちちゃうところだったよ。

「……ふんぬ!」
「だ、大丈夫……?」
「うん、この程度なら……よっと」

腕に力を込めて、懸垂をするように体を元の位置まで戻す。

「ふぅ……危なかった」
「よ、良かった……」

傍目では、ほぅっと溜め息をつく亜美の姿があった。
……流石に今回はヤバかった。
もう少し判断が遅かったら、落ちていたかもしれない……。
そのまま鈴を右手で持ち、スルスルと木を降りて、

「……はい、これ」
「……ありがとう」

そっと、亜美の手に髪飾りを置く。
すると、チリンと音を鳴らして、手のひらの上に置かれた。

「これで解決。良かったね……亜美」
「うん……けど、どうして?」
「え?」
「どうして……見ず知らずの私の悩みを、聞いてくれたの?」

亜美は、不思議そうな表情を浮かべて、僕の方を見る。
……ふむ、どうしてなのかは僕にもよく分からない。
けど、亜美が困ってる所を見たら、泣いている所を見たら……。

「何となく、助けたくなっただけだよ。亜美が困ってる所を見たらね」
「……たったそれだけの理由で、私のことを助けてくれたの?」
「うん、そうだけど」

すると、今度は意外そうな表情をされた。
……そんなに変だったかな、今の僕の返事は。

「なんというか……明久君らしいね」
「え?そうかな?」
「うん……どこまでもお人好しと言うか……」

最後の方に何を言っていたのかよく分からなかったが、僕は敢えて聞かないことにした。
なんとなく、聞かない方がいいと思ったからだ。

「……ねぇ明久君。一つ、約束をしようよ」
「約束?」
「うん……とっても大切な、約束」

顔を赤くして、亜美はそう言ってくる。
……今思えば、この約束こそが、今後の僕の生活を大変なものにしてしまったのかもしれない。

「大きくなって……もしももう一回会うことが出来たら……その時は……私と……結婚して!」
「え!?……うん、いいよ!」

亜美が笑顔で言ったものだから、僕も笑顔でそう答えた。
……そう、これこそが僕と亜美が交わした約束。
そして、今後の大騒動を、引き起こす引き金となった言葉。
この年になって思う……どうしてあの時の僕は、何も考えずにあんな言葉を言ってしまったのだろうか?



「……ハッ!!」

話終えた後で、僕は普段よりも数倍は早い動きで体を動かしていた。
見ると、先程まで僕がいた場所には、大量のカッターナイフが突き刺さっている。
……おかしい、ここは屋上だぞ?
一体、どこから……な、何!?

「「「「異端者には死を!!」」」」
「って、須川君達!?」

さっきまでの須川君達は、この為に準備をしていたと言うのか!?
……目元が怪しく光っていて、正直怖い。

「こ、これはどういうことだ!?」
「みんな!やっぱり吉井明久を死刑にするべきだとは思わないか!?」
「「「「当たり前だ!!!!」」」」
「モテる男は憎くないか!!」
「「「「憎いに決まってる!!!!」」」」
「……というわけで、覚悟は出来ているか?」
「ちょっと待って!僕にも弁護させてよ!!」

ま、まずい。
このままだと、僕の命は確実に取られる。
東京湾に沈される―――!!

「……仕方ない。五秒だけ時間をやる。カッターナイフで刺されて死ぬか、ガソリンでこんがり焼かれるか、ここから特別なバンジージャンプをやるか、選べ」
「どれも全部死に直結するよ!!」

コイツらの目はマジだ。
早くどうにかしないと、本当に僕は殺されてしまう。
こんな時はどうすれば……そうだ!!
優しい姫路さんなら、どうにかしてくれるかもしれない!!
そんな期待の眼差しで、僕は姫路さんを見たけれど、

「そんな……明久君が、そんな約束をしてたなんて」
「なんかデジャブを感じるんだけど!?」

駄目だ。
美波との一件の時と同じような反応を繰り広げてる。
……次は、美波……は気にしないでおこう。
決して、振り向こうとしたところで殺気を感じたから頼るのをやめたわけじゃない、うん。

「くっ……ならば雄二!!」

雄二なら、何かをしてくれそうな気がする!
そう思って目を合わせようとしたら……。

「……全員、まとめて明久を殺れ!!」

目も合わせずに、みんなに命令を出していた。
死んじゃえばいいのに。

「こうなったら秀吉……ってあれ、いない!?」
「…………そうくると思って、さっき教室に帰しといた」

くっ、ムッツリーニめ。
親友を裏切るというのか!?

「…………裏切り者には、死を」
「……僕の命も、ここまでなのか」

策は尽きた。
もはや僕に出来ることは何もない。
……悔しいけれど、僕の人生は、ここで終わりを迎えてしまうのか。
屋上から出ようにも、入り口は須川君達に完璧に確保されている。
柵から降りることは不可能。
……周りに味方は、いない。
……さよなら、僕の人生。

「ま、待って!!」
「「「「!?MARNOちゃん!?」」」」

その時、僕の前に立った一人の少女がいた。
……こんな奴らに勇敢にも立ち向かったのは、亜美だ。

「あ、亜美?」
「やめてよ、みんな。明久君が困ってるじゃない!」

どうやら亜美は僕の味方でいてくれるようだ。
よかった……少なくとも僕の命は救われた……。

「明久君は……私のお婿さんになるんだから傷つけちゃダメなの!!」

爆弾を落としただけだった。

「吉井!殺す!」
「ちょ……みんな、落ち着いてってば!!」

暴徒と化したクラスメイトから逃げる為に、僕は何とか策を練る。
……けど、どう考えても状況は悪くなっていくだけだ。
……ああ、僕はこのまま死ぬのか。
短い人生だったな……。
結局、この騒動は、鉄人が屋上に来るまで続いていたのだった。




[21270] 第三問
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/08/19 13:12
【第三問】 生物

以下の問いに答えなさい。
「体の構造等の情報が記録されているDNAと呼ばれる物質は、細胞のどの器官に含まれているかを答えなさい。
また、DNAはどのような構造をしているのかも答えなさい」

姫路瑞希の答え
「含まれている器官……核
 構造……二重らせん構造」

教師のコメント
正解です。簡単な問題ながら、意外にもDNA自身がどのような構造をしているのかを間違えてしまうことも少なくはないので、
今後とも気をつけてください。

吉井明久の答え
「含まれている器官……トーマス」

教師のコメント
『機関』ではありません。『器官』です。

坂本雄二の答え
「構造……ねじれ国会のようにねじれている構造」

教師のコメント
言葉で誤魔化した所で、間違いは間違いです。



「ふぅ……酷い目に遭ったなぁ」

学校から家に帰ってきて、僕は何となく公園に行きたくなった為に外に出ていた。
家の中でゲームをしていてもよかったんだけど、なんだか少し乗り気でもなかったから……美波にあんたこと言われた後だし。

「とりあえず、あそこのベンチに座ってようかな……」

僕は、公園に設置されているベンチに腰を下ろす。
そして、僕らしくもなく空を見上げた。
……夕日が僕の目に容赦なく突き刺さる。
……やめよう、なんだか目が痛くなってきたし。

「けど、まさか亜美が文月学園に転入してきたのにはびっくりしたな……」

不本意ながら、あんな約束を結んでしまっていたし。
ああ……今でも怒った美波の表情が目に浮かぶ。
姫路さんはショックを受けていたし、クラスのみんなは……。

「……考えるのはやめよう。何だか恐怖しか感じないし」

うん、それがいい。
2-Fのことを考えると、何だか明日学校に行く気をなくしてしまいそうだ。
けれど、サボってしまうと鉄人からの愛の(地獄の)鉄拳制裁が待っている。
命の危険を感じたからなんて理由は、鉄人には通用しないだろう。

「……しかし、これから大変な毎日が待ち受けているんだろうなぁ」

まずは、亜美との約束はなかったことにしよう。
あんな小さな頃の約束を今でも覚えていた亜美は、正直言って凄いと思うけど。
僕は、亜美一人を選ぶことなんて出来ないのだから……姫路さんや美波もいるというのに、亜美一人だけを選ぶなんてこと、僕には出来ないよ。
それに……悔しいけど、僕は相応しい人間だとは思っていないしね。
もっと頭がよくて、顔もよくて、性格もよくて……。

「僕と、正反対の人なんだと思う」

彼女達に合っているだろう理想像に、僕は何一つ当てはまってはいない。
そういった意味でも、僕は亜美とのこの約束を、結んだままでいるのはよくないのだ。
……もっとも、三人共僕なんかに好意を寄せているとは少し考え難いけど。

「そうと決まれば、僕が明日学校に行ってやるべきことを考えなくちゃね」

雄二程ではないが、僕だって一応は考える頭は持っている……つもりだ。
少し不安が残るが、そこは仕方ないとしよう。
何をするにも、不安は付き物だし。
それにしても……。

「最近の僕は、美波を怒らせてばかりだなぁ」

何でかは分からないけど、無自覚の内に僕は美波を怒らせていることが多い。
もう少し発言は考えた方がいいのだろうか……これでも、ない頭をフルに使って考えているつもり何だけどな……。
と、一人悩みに悩んでいる時だった。

「あ!バカなお兄ちゃんです!」
「……ん?」

聞き覚えのある、小さな女の子のような声。
この声は、確か……。

「こんな公園に来て、一人で何してるんですか?」
「やっぱり……葉月ちゃんだね」

美波の妹である、島田葉月ちゃんが、僕の目の前に来ていた。

「どうしたの葉月ちゃん?こんな所に来て」
「お兄ちゃんこそどうして公園のベンチで夕日を眺めてたりしてたんですか?」

暇だからと言えば、信じてもらえるだろうか?

「暇だから?」
「多分暇な様子ではなかったと思います」

やっぱり駄目か……。
それなら、次なる手を使おう。

「Why don’t you do your best!」
「ああ、取り乱しましたね」

何故バレた!?
完璧なる証拠隠滅だったはずだ。
……さすがは美波の妹、恐るべし。

「ところでバカなお兄ちゃん。ひとつ気になることがあったんですけど」
「ん?気になること?」

葉月ちゃんの言う気になることって何だろう?
気になって僕は話しを聞いてみると、

「今日お姉ちゃんが家に帰ってきた時、何やらものすごく怒っているような感じだったんですけど……何か心当たりとかありませんか?」

心当たりは大ありです。

「さ、さぁ……僕は何も知らないけど」
「そうですか?家に帰ってきた時に、『アキめ……明日学校に来た時、詳しく話しを聞き出すんだから(怒)』とか言ってましたけど」
「激しく心当たりがあります」

さすがにそこまで言われてしまうと、僕としても隠し通せる自信がない。
というか、もとより隠す理由もない。
そんなわけで、僕は葉月ちゃんに理由を話してみる。
あまり意味はないかなとか思いながら。

「そうだったんですか……あの『MARNO』が転入してきたんですか」
「うん。そんなわけで僕の周りはさらにカオスになるばかりで……」

最も、そんな話をしたところで無駄だと思うけど。

「それで、バカなお兄ちゃんはその子と『結婚』の約束を結んでしまった、と……」
「……まぁ、そんな所」
「お兄ちゃん、それじゃあ私との約束は遊びだったんですか?」
「い、いやそうじゃないよ!」

小学生の女の子が、なんて言葉を覚えているんだ!
最近の小学生は、本当に進んでいるのか!?

「……なんて、冗談です」
「へ?冗談?」
「だって、バカなお兄ちゃんは、将来私のお婿さんになるんですから」
「……それは、まぁ」

もし本当にそんなことがあったとしたら。
美波は間違いなく僕のことをブチ殺しに来ると思う。

「それじゃあ、お姉ちゃんとの誤解を解かないといけないわけですね?」
「結果的にはそうなるかな……あ、このことは美波には言わないでくれる?明日、僕の口からちゃんと言いたいから」
「分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら、私はお姉ちゃんには何もいいません」

よかった……葉月ちゃんが物分かりのいい子で、本当によかった。

「それじゃあ、私はこの辺で失礼しますね。そろそろ帰らないと、お姉ちゃんも心配しちゃうかもしれないですから」
「あ、うん。またね、葉月ちゃん」
「はい!バカなお兄ちゃん!」

最高級の笑顔を僕に見せ、それから元気に走り去って行った。

「……それにしても、僕はどう謝ればいいんだろう?」

早速僕は、そのことについて悩む必要があった。
……どう謝れば、美波に、そして姫路さんにどう謝ればいいんだろうか?
そして何より、亜美にどう話しを持ちかければいいのだろうか?

「こんな時、雄二に頼るのが一番いいだろうか?」

……悪友の顔が、一瞬思い浮かばれる。
……いや、これは僕の問題だ。
僕自身の力で、僕が解決するべき問題なんだ。
だから、誰の手も借りない。
自分の力で何とかしてみせる。

「……とりあえず、まずは家に帰ろう」

辺りが暗くなってしまう前に、僕は家に帰ることにした。
その道中でも、これからどうするべきなのかを考えていた。



次の日。
ついに一日が経過してしまった。
僕は今、教室の前で一人立っているわけなのだが、中に入る程の勇気を持ち合わせていなかったりする。
何故なら……。

「結局、何もいい言葉が思い浮かばなかった……」

一日悩んだ結果、結局いい案は思い浮かばず仕舞い。
夜遅くまで考えこんでたせいか、今日は少し寝坊してしまい、弁当を作る余裕どころか、朝食すら食べてきていない始末。
ああ……せめて塩と水くらいとってくればよかったかな……。

「中からは強烈な殺気が漂ってくるし……」

隠す気のない殺気が、僕の体にまとわりつく。
きっと、須川君を代表とするFクラス男子生徒全員のものだろう(雄二は除く)。
それにプラスされるかのように、

「アキ……早く入って来なさいよ……!!」
「!!」

美波の怒りのこもったら声が、僕の耳に入ってくる。
……マズイ、これは絶体絶命の大ピンチだ。
このままだと、僕の命は天に召されてしまう―――!!

「……やっぱり、今日は学校、サボろうかな?」

駄目だ。
こんな教室に入ってしまったが最後。
僕は生きてこの文月学園から出られなくなってしまうだろう。
そうなると、僕は……僕は……!!

「……うん、脱走の準備は出来た」

覚悟は決めた。
走る準備もした。
後は下駄箱に向かって走り去って行くだけだ。
大丈夫……今の僕なら、行ける!!
I can fly!!

『そうだよ。早く逃げないとお前の命はなくなるぜ?とっとと逃げちまうのが得策だぜ?』

出た!
ちょっと遅かった気がするけど僕の中の悪魔!
けど、今回ばかりはその策、もらった!

「……みんな、また明日!」

とりあえず、聞こえてはいないだろうけど、僕はFクラスのみんなにそう挨拶の言葉だけは残しておく。
じゃあね、みんな。
また明日―――!


ガシッ ←誰かが僕の襟を掴む音
ズッ ←そのまま地面に引きずり下ろす音
ドシャッ ←僕が地面に叩きつけられた音


「なっ……誰だ!?」

頭を打った為に、少し視界がチカチカする。
時間が少し経ったところで、僕はその人物を確認することに成功した。

「……美波?」
「アキ……おはよう♪」

鬼のような笑顔を浮かべている、美波の姿があった。
その横では、姫路さんも立っていた……謎の金属バットを握りしめて。
心なしか……少し赤黒く変色しているようにも見えた。

「姫路さん……その金属バットは、廊下でなんとなく素振りがしたかったから持ってる……わけじゃないよ、ね」
「うふふ……内緒です♪」

笑顔なのに、目が笑っていない。
どうしよう……地面に倒れている今、僕に勝ち目なんかない。
このままだと、三途の川までの旅-三往復目-を迎え入れてしまう。
もう生死をさ迷うのだけはごめんだ!

「美波、姫路さん……一応聞くけど、許してくれる気とかは……」
「「なんのこと(でしょうか)?」」
「……いえ、何でもないです」

どうやら僕の死刑判決は、既に決定事項らしい。

「……全員、私達がいいというまで待ちなさい」
「「「「「はっ!!!」」」」」
「美波と姫路さんの下に、男子達が全員ついている!?」

ま、マズイ……状況は更に悪化している。
二人ならまだしも、殺気だっているクラスメイト全員が相手になると言ったら、最早僕に勝ち目はない。

「……万策尽きたな、明久」
「雄二まで敵に……」
「なんか楽しそうだったからな。それに、明久にお灸を据えるいいチャンスだしな」

根っからのサディストだ!!
コイツ、やっぱり僕の天敵だ!!

「…………裏切り者には、死を」
「……くっ。ここまでか」
「それでアキ、言い残すことはない?」
「……せめて優しくしてください」

僕のささやかなる願いは、叶えられることはなかった。



「イタタタタ……朝からなんてついてないんだろう」

僕は、痛む体に何とか活を入れて、授業を受けた。
今は昼休み。
いつも通りなら昼ごはんを食べる時間なのだが、

「弁当も何も持ってきてないんだよなぁ……」

もとより昼食を作る金など何処にもあるわけがない。
だから弁当も持ってきていなければ、夕食すらひょっとしたら食べられないような状態になっているかもしれない。
……というのは、僕の前までの生活。
今日は弁当を持ってきていないのは事実だが、ここ最近、姉さんが帰って来た時があったのだが、その一件以来はきちんと食事を取るようにしているのだ。
そんな姉さんもこの間、忘れ物があるからと言って日本を一旦去ったのだが……後数日経てばその姉さんも再び帰って来る。
だから、こんなにぐうたらしている生活も、後数日で終わってしまうということだ。
あんなはずではなかったのに……。
……ああ、そんなことを言ってるけど、やっぱり弁当を持って来なかったのは痛いなぁ。

「お腹空いた……」

そういえば、前にもこんな一件があったっけ。
あの時は確か……美波が弁当を持ってきてくれた時だったっけ。
……いろいろあって、食べれたのは昼時からかなり時間がそれた時だったけど。

「……こんな生活してることを姉さんにバレたら、一発退場だろうな」

とりあえず荷物をまとめている間だけの平穏な日々。
だが、それも後数日で……。

「……そういえば、よく考えてみればヤバいことになりそうな予感がするんだけど」

確かに、この状況は正直言ってヤバい。
転入生である亜美が、久々に出会ったと思ったら、結婚の約束を結んでいたという衝撃的真実。
もし亜美が抱き着いてきたなんてことが姉さんにバレたら……不純異性交遊として姉さんからの罰を受ける羽目に……!!

「……それだけはなんとしても避けないと。その為にも、何とかして亜美を説得する必要があるかな……」

亜美は今どこにいるのだろうか。
多分教室にいると思うけど、何となくAクラスには入りづらい。
……霧島さんとかに会えたならなんとかなるかもしれないけど、僕一人になると入ることすら出来そうにない。
門前払いに決まっている。

「……とりあえずAクラスの前まで行ってみるか」

そう決めた僕は、とりあえず歩き出す。
それと同時に、

「バカなお兄ちゃん~!!」

ドン!
激しい衝突音と共に、僕の背骨は悲鳴をあげた。
は、葉月ちゃんか……って、

「葉月ちゃん……なんで学校に?」

若干苦しみながら、僕は葉月ちゃんにそう尋ねた。
すると葉月ちゃんは、

「お姉ちゃんにお弁当を届けに来たです」
「美波に?……また弁当忘れて行ったの?」
「そうみたいなんです……よかったら、お姉ちゃんに渡しておいてくれませんか?」

……ちょっと今はキツい所だ。
先ほどまで僕は、美波からの愛の(?)制裁を受けてきた所だし。
……美波だけではなく、Fクラスのほぼ全員からの集団リンチに遭ってきたばかりなので、ちょっと教室の中に入りづらかった。

「……ごめん。ちょっと事情があって僕は中に入れないんだ。だから、葉月ちゃん一人で弁当を届けておいてくれないかな?」
「分かったです!教室までの道は覚えてますから、なんとかなると思います!」
「それじゃあ……またね、葉月ちゃん」
「はい!」

最後に僕は、葉月ちゃんの頭を撫でてあげる。
すると葉月ちゃんは、気持ち良さそうにしながらその行為を受け、しばらくすると、学校の中へ走り去って行った。

「……ふぅ」

何故か、溜め息が洩れる。
……さて、これから僕は亜美を探さないといけないわけなのだけど。

「亜美は……どうして昔の約束を覚えていたのだろう?」

例え覚えていたとしても、あんな約束は破棄にしてしまえばよかっただろうに。
僕以外にも亜美にぴったりな人はいるはず……。

「あれ?明久君だ!こんな所で何してるの?」

その時。
背後より亜美の声が聞こえてきた。
本当に亜美なのかを確かめる為に、僕は後ろを振り向く。
するとそこには、笑顔の亜美が、手を振っている姿があった。

「亜美……ちょうどよかった。君に話があるんだ」
「話?話って何?」

首を傾げる亜美。
その仕草は、何とも可愛らしい……って、違う違う!
今はそんなことを思っている場合じゃなかった!

「……亜美、あの約束のことなんだけどさ」
「約束って、あの結婚の約束?嬉しいなぁ~明久君と結婚出来るなんて」
「……なかったことにしてもらうことは、出来ないかな?」
「……え?」

驚くのも無理はないと思う。
勿体無いと思うけど、これが僕に出来る最大限のこと。
本当に亜美のことを想っているなら……今はこの約束はなかったことにしてもらう方がいい。
その方が、亜美にとっても幸せだと思うから。

「な……何で?」
「……僕なんかに好意を抱くなんて、間違ってるよ」
「違うよ!私は明久君だからこそ好意を持ったんだよ!」

あくまでもそう言い張る亜美。
……いや、そんなはずはないんだ。
亜美に似合いそうな条件の内、何一つ合うものがないのに。
どうして亜美は僕に好意を持っているのだろう?

「もしそうであったとしても、この約束だけは、なかったことにして欲しいんだ」
「そんな……私、ずっと待ってたのに。明久君に会える日を、心から待ってたのに……」

酷く悲しい表情を見せる亜美。
……どうして泣くのだろう?
どうして僕に会える日を、心から待っていてくれていたのだろう?
分からないことが多すぎて、頭が混乱してしまう。
……考えれば考えるだけ、分からなくなっていく。

「……亜美がどれだけ僕のことを待っていてくれていたのかは、僕には分からない。けど、それだけ誰かのことを待っていられるのなら、僕以外の誰かが来るのを、きっと待っていられるから」
「……明久君は、私のことが嫌いなの?」
「え?」

そんなわけない。
むしろ可愛い子だなと思っている。
……けど、だからこそ、僕はこの好意を受けとるわけにはいかない。

「……嫌いじゃない。むしろ可愛い子だなって思ってるくらいだよ」
「だったら……!」
「けど、だからこそなんだ。何も僕とはこれで縁を切ろって言ってるわけじゃない。ただ……僕の気持ちが、整理出来ていないだけなんだ」
「気持ちの整理?」
「……うん。僕は今、正直言ってかなり戸惑ってる。亜美がこの学校に転入して、こうして約束を果たそうとしている……けど、僕の方はと言えば、その約束すら忘れていたような、バカな男だ。亜美のことも、亜美と交わした約束のことも忘れていた、バカなんだ」
「……」

自分でも、よくそんなことが言えるなと思った。
自分勝手な意見だとも、言いながら思った。
けど、これは亜美と僕の二人の為でもあるのだ。
亜美が……真剣に僕のことをどこまで想ってくれているのかは分からないけど、だからこそ僕は、こんな中途半端な気持ちで、亜美と接するわけにはいかないんだ。

「……小さい時にあんな約束を、しかも後先考えずに交わした僕がいけなかったんだ。そのせいで、亜美の心をこんなにも傷つけることに……」
「……本当に、明久君は優しすぎるよ」
「え?」

僕が……優しい?
そんなに僕はお人好しなんかじゃないと思うんだけどな……。

「私の為を思って……そんなことを言い出してくるんだもん。断れるわけ、ないじゃない」
「……え?」
「……いいよ。出会ったら結婚するって小さい時の約束は、なかったことにしてあげる」

言いながら、亜美は僕の方へと近付いてくる。
そして……。

「……んん!?」

唇に感じる、柔らかな感触。
そして、かなり至近距離にある、亜美の顔。
これってもしかして……キス?

「……私のファーストキスだよ。約束をなかったことにする変わりに……私のことを好きになってくれるまで、諦めずにアピールするから。いつか、明久君に私の気持ちが完全に伝わるまで……私は諦めないから!」

そう言うと、亜美は顔を赤くして、そのまま走り去ってしまった。
……僕は、声も出せず、体を動かすことも出来ず、しばらくその場に立ち尽くしていた。




[21270] 第四問
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/08/21 17:49
第四問 【英語】

以下の問いに答えなさい。
「I can imagine his astonishment when she asked him to marry her.という英文を日本語訳しなさい」

姫路瑞希の答え
「彼女が彼に結婚して欲しいと言った時の彼の驚きを想像することが出来ます」

教師のコメント
よく出来ました。この英文は時制を気にする必要があるのですが、よく分かりましたね。

土屋康太の答え
「彼女は彼に驚きの想像をすることが出来ます」

教師のコメント
驚きの想像というのはどんなことですか。

吉井明久の答え
「なんのことか分かりませんでした」

教師のコメント
君は時に私達に驚きの表情をさせてくれますね。見ていて飽きないですよ。



次の日。
僕は、普通に目を覚ました。
けれど、心は晴れないままだった。
原因は、昨日の亜美との一件。

「……亜美に、キスされた?」

そう。
僕は、亜美にキスされた。
……今日の僕は、亜美の顔を見ただけで顔を赤くしてしまうだろう。
そんな、学校へ向かう道でのことだった。

「……ああ、うう」

駄目だ。
昨日のことを思い出せといわれたら、亜美とのキスのことしか思い出せないだろう。
……あんなに顔を赤くして、僕に好意を寄せてくれている(らしい)亜美からの、キス。
それが、どれだけ深い意味がこめられているものなのか、僕は分からないでいた。
考えても、分からなかった。

「……こんな状態でFクラスに行ったら、どんな反応とっちゃうか分からないよ」

多分、冷やかされるか殺されるかの二択しかないだろう。
しかも、後者である確率が格段に高い。

「特に美波とか姫路さんとかに……考えただけで少し体が震えてきたな」

思わず身震いしてしまう僕。
……今日は発言には気をつけることにしよう。
そう決意したその時だった。

「おや?体が震えてるみたいだけど……風邪かい?」

この声は……久保君?
……多分だけど。

「えっと……久保君、だよね?」
「如何にも。僕は久保利光だ」

メガネをかけた男子生徒が一人、僕に話しかけてくる。
この人は、2-Aに所属している学年次席の久保利光君だ。
姫路さんがもし普通に試験を受けることが出来ていたとしたら、その座に座ることも出来なかったかもしれないけど、。

「それよりも、風邪でもひいたのかい?体を震わせていたみたいだけど」
「ああ……それはこれから起こる恐怖に対する僕の体の正常なる反応だから、気にしなくていいよ」
「恐怖に対する反応?……おかしな発言をしてしまうほど君の体は熱でおかしくなってしまったのかい?」

まるきり僕の言葉をスルーされた気持ちだ。
心配してくれるのはありがたいんだけど……なんと言うか、別の意味の寒気がしてならない。

「いや、まさにその通りのことなんだけど……後、僕に熱は高くないから、おでこを合わせてこようとするのはやめてくれないかな?」

いくら男同士だからと言っても、こんな往来でそんな行動をやられてしまえば、周りにあらぬ誤解を招くかもしれない。
ただでさえ、その方面での僕の評判は……。

「おっと、すまなかった。では、そろそろ僕は授業の予習をしなくてはならないから、先に学校へ行くことにしよう」
「あ、うん。また……学校でね?」
「!!」

何故か顔を赤くする久保君。
……一体どうしたというのだろうか?
実は久保君こそ風邪をひいているとか……。

「……どうしたの久保君?顔が赤いよ?」
「な、何でもない!別に平気だから!……それじゃあ僕は先を急ぐから!」

逃げるようにその場から立ち去って行った久保君。
……あからさまにおかしなその行動に、僕は少しの寒気を覚えずにはいられなかった。
何でかは分からないけど。

「……それじゃあ僕も学校へ行くとしようかな」

改めて、僕は道を歩く。
……さっきまでの体の震えは、いつの間にか止まっていた。

「これは、僕の気持ちが整理出来たことを意味するのかな……まぁいいや」

そんなことを考えている内に、いつの間にか僕は学校についていた。
玄関へ行き、僕は自分の上履きを取るために下駄箱を開く。
すると、

「……ん?」

中から一通の手紙が出てきた。
綺麗な封筒に入った、一枚の便箋が。

「はっ!?これってまさか……ラブレター!?」

叫んで、思わず僕は周りを確認する。
……よし、周りに敵なし。
どれどれ、じっくり中身を見てみることにしよう。
封筒の封を開き、中身を取り出す。
白い紙に書かれた黒い字を見て、僕は……。

「……え?何これ?」

そんな反応を取った後で、

「え……えええええええええええええええええええええええええええ!?」

大いに驚いてしまった。
原因は、この手紙に書かれていた文字。

『吉井明久!私はお前が憎い!!昼休みに屋上に来たれたし!!!一人で来なさい!!!!絶対来なさい!!!!!来なかったら……泣いてやる!!!!!!』

「これ……明らかに果たし状だよね? ていうか、泣いてやるって……」

けど、どうして僕に果たし状なんかが届いたのだろう?
……分からないけど、とりあえず僕は、この手紙を鞄の中に仕舞い、教室へと向かったのだった。

「ていうか……私?」

そのことに気付いたのは、大分後の話だった。



時間が過ぎること、昼休み。
僕はみんなに適当なことを言って、何とか昼休みを空けておいた。
現在、屋上にいるのは僕一人。
他に人が来る様子は……今のところはなさそうだ。

「……それにしても、一体誰が」

こんな果たし状を送って来たのだろう。
そんなことを呟こうとした、その時であった。
突然屋上に続く扉が勢いよく開かれる。
そこからやってきたのは……。

「……女の子?」
「ゼェハァゼェハァ……」

髪は薄紫色でツインテール。
瞳はパッチリとしていて、色は黒。
息を荒がせていることから……。

「もしかして、君が……僕にあの手紙を?」
「ええそうよ!私の亜美様に彼処まで破廉恥な行動をするなんて……なんてケダモノなの!」
「……私の、亜美様?」

少し意味が分からない。
この子は一体、何者なのだろう。

「えっと……君の名前は?」
「私は2―C綾瀬由菜!亜美様を何処までも愛してる乙女よ!!」

……うん、大体分かった。
この子は多分、清水さんと同種族の人間だ。

「それで、君はどうやって僕に戦いを挑むの?一応、素手でってわけじゃなさそうだし……」
「もちろん、召喚獣を使って戦うわ!」

そんなことだろうとは思っていたが、先生の許可がない限り、召喚獣を出すことは出来ない。
まぁ、一つだけ例外がないこともないんだけど……。

「なら、俺がこの場で立会人となってやろうか?」
「え……」

この声、聞き覚えがある。
いつも僕と同じクラスにいる、さっきまで一緒に話していた僕の悪友……。

「雄二!なんで屋上に来てるのさ?」
「……まぁ、色々事情があってな。今、脅威から逃れてきたところだったんだよ」
「脅威……?」

何だろう、雄二の言う脅威って言うのは……。
ちょっと気になるけど、深く突っ込んではいけないんだろうなぁ……。

「とにかく、立会人になるっていうのはどういうことよ?」
「ああ。それについては説明しなければならなかったな」

そう呟くと、雄二は自分の腕を見せる。
……右腕には、黒い腕輪のようなものがついていた。

「何よそれ?」
「白金の腕輪だ。コイツがあれば、先生じゃなくとも、召喚許可を降ろすことが可能ってことだ」
「雄二……君は僕のことを嫌いなのかい?」
「お前だけ幸せな気分を味わうのが憎いだけだ。これは昨日の延長線上とでも思ってもらえればいい」

雄二が来たことで、召喚獣の戦いは避けられなくなった。
……今からでも霧島さんを……。

「呼ばせないぞ?翔子を呼んだら……島田と姫路、そして全クラスメイトでお前に地獄を見せてやるぞ?」
「お前は僕の友達じゃなかったのかよ!」
「友達だからこそだ。いいからお前はソイツと決闘しろ!」

どうやら僕は、綾瀬さんと決闘するのが絶対条件となってしまったらしい。
すると綾瀬さんは、僕のことを不敵な笑みを浮かべながら見て、

「そう……貴方、そこのバカと一緒に清涼祭で行われた試験召喚大会で勝ったペアの片割れ……坂本雄二だったのね」
「ああ。名前が広まってるみたいで光栄だな」
「元々Fクラスの代表ってことで有名だけどね……まっ、バカの中でもマシってだけだけど」
「本当、その通りだよね」
「……底辺のお前が言うか」

失礼な!
僕だって本気を出せば……多分行けると思う。

「ハァ……とりあえず、さっさと始めるぞ」
「ええ、分かってるわ!」
「やるしかないのか……どうにか逃げる方法は!?」
「ねぇよ。だからとっとと覚悟を決めろ」

ここまで来たら、雄二に従うしかない。
別に何十人もの人を相手にするわけじゃない。
これは一騎討ちなのだ……ひょっとしたら僕にも勝ち目があるかもしれない。

「それじゃあ行くぞ……起動(アウェイクン)!!」

雄二が右腕を空に突き上げて、そう叫ぶ。
すると、雄二を中心として召喚フィールドが広がっていく。
……これで準備はほぼ完了。
後は僕達が召喚獣を出すのみだ。

「それじゃあ……」
「行くぞ!」
「「試獣召喚(サモン)!!」」

叫び声と同時に、僕達の地面には幾何学的な魔法陣が展開する。
程無くして、それぞれの召喚獣が姿を現した。
僕の召喚獣は、改造学ランに、木刀。
あちらは結構軽装備ながら、武器はリボルバー。
……正直、勝てる気がしないんですけど。
それに、極めつけの点数差。


吉井明久 数学 62点

VS

綾瀬由菜 数学 174点


「……明久、お前本当に勉強してんのか?」
「う、うるさい!僕だってこれでも頑張ってるんだよ!」
「ストライカーシグマⅤを使ってか?」
「もちろんだとも!」

正答率が高いあの鉛筆を、僕が使わないわけがない。
これのおかげで何度危機を救われたことか……!!

「……その前に、数学の試験はマーク式じゃないわよね?」
「うぐっ!」

ま、まさか……精神面からいきなり攻撃してくるとは。
流石はCクラス、なかなかやるな。

「お前……どこまでもバカだよな、本当に」
「失礼な!そういう雄二こそバカじゃないか!」
「少なくともお前なんかよりはバカじゃない……というわけで、始めるぞ」

雄二がそう言ったのと、同時。

「「行け!!」」

僕達はほぼ同じタイミングで召喚獣に向かって指示を出した。
……けれど、

「そこよ!」
「うわっと!」

……全然攻撃出来ないんだけど。
僕が前に進もうとすれば、それを止めるように銃を撃つ。
僕が後ろに逃げようとすれば、それを止めるように銃を撃つ。
これの繰り返し。
……駄目だ、無闇に攻め込めないぞ。

「どうしたのかしら?攻撃しないと、点数を減らせないわよ!」
「くっ!」

いくら何でも、銃は洒落にならない。
もしあの銃で撃たれたならば、間違いなく僕の体はもたないだろう。
僕の召喚獣は特別製で、教師達のと同じように、物体に触れることが出来る。
だが、召喚獣が受けたダメージや疲れは、フィードバックして僕にも返ってくるのだ。
……さすがに銃で撃たれたら、僕死んじゃうんじゃないかな。

「ちっ!弾切れね……」
「弾切れ?」

そうか。
リボルバーだから、弾が切れたら補充しなければならない。
さっき僕に向かって撃ってきた弾の数は、合計七発。
すなわち、七発撃ち終わった時こそ、僕の攻め込むタイミングってことか―――!

「いけ!」
「なっ!?」

屋上の為、隠れる場所がない。
つまり、今の綾瀬さんの召喚獣は、丸腰ということだ!

「喰らえ!」
「くっ!」

よしっ!
これで点数を少しでも減らすことが出来た。
綾瀬さんの召喚獣は、それでもなお弾を補充している。
……恐ろしいほどの精神力だ。

「木刀が武器じゃあ、点数もなかなか減らないわね?」
「くっ……せめて日本刀とかなら」

今更ながら、もう少し勉強しておくべきだったと後悔する僕。
けど、そんなのは後で後悔すればいい。
今は目の前にいる綾瀬さんを倒すことに集中するんだ!
……勝っても負けても、あまり状況は変わらないだろうけど。

「よしっ!弾の補充完了!」
「しまった!」

弾の補充が完全に終わってしまった。
今度は、綾瀬さんの攻撃となる。

「させるか!」

だが、撃たれる前に僕の召喚獣は木刀で一閃。
……やはり点数は減りにくい。

「隙だらけよ!」
「ぐはっ!」

一発撃たれた。
それと同時に、僕の胸が、抉り取られるかのような痛みを発する。
……こんな痛み、今まで一度も経験したことのないものだ。

「くそっ!」

右へ左へ。
僕は召喚獣を動かす。
その位置に、綾瀬さんは銃を撃っていく。
……けれど、それこそが狙い。
三、四、五、六、七……!!

「今だ!!」
「え!?」

木刀による連撃を浴びせる。
ひたすら木刀で殴る殴る殴る―――!!
弾を補充させる隙なんて与えない。
一瞬でも隙を与えてしまえば、僕の負けだ……。

「くっ!小賢しいわね!」
「これで、終わりだ!!」

僕の召喚獣は最後に、綾瀬さんの召喚獣の頭上より、思い切り木刀を振り下ろす。
そして……真っ二つに裂く。
さすがに、残り点数が少なくなっていただけあって、すぐに斬ることができた。


吉井明久 数学 21点

VS

綾瀬由菜 数学 0点


「な、なんとか勝った……」

僕は思わず、座り込んでしまった。

「そんな……私の亜美様への愛が、こんなバカに負けるなんて……」

綾瀬さんは、負けたショックがかなり大きかったのか、その場に座りこんでしまっていた。
……何だろう、勝ったのに味わう、この罪悪感は。

「……雄二、ここにいたの」
「ゲッ!翔子!」

そんな時に、霧島さんが屋上に現れた。
……何やら鬼のような形相を浮かべて。

「……どうしたんだ翔子?どうしてそんなに怒ったような表情を浮かべているんだ?」
「……雄二、浮気は許さない」
「は?浮気?何を言ってるんだよ、翔子」

さっきから、会話のキャッチボールが少し出来ていない二人。
戸惑う雄二に、霧島さんが言った。

「……お弁当、食べてくれなかった。前は美味しいって言ってくれたのに」
「お前が変な薬を入れたから、警戒して食べなかったんだぁああああああああああ!目が、目がぁあああああああああ!!!」

翔子さんからの、問答無用の目潰し。
雄二はかなり痛がっている様子で、両目を押さえて悶絶している。
……正直、もう許してあげたいと思わせる程だ。

「……雄二、昼食の続きを」
「嫌だ!また薬を含んだ弁当を食うのは嫌だ!助けてくれ明久!ヘルプミー!!」
「……えっと、お幸せに」
「薄情者!後でこの恨みはきっちり晴らさせてもらうからな!!」

雄二はそんな捨て台詞を残して、霧島さんにズルズルと引きずられながら、屋上から姿を消した。
……残ったのは、今までの状況をうまく把握しきれなかった僕と、

「私の亜美様への愛が……足りなかったとでも言うの?」

相変わらず床に座りこんで、何やら黒いオーラに包まれながら、こんなことを呟いている、綾瀬さんの二人だけとなった。
しかも、こんな状態じゃ会話もすることが出来ないだろう。
……僕はどうするべきなのだろうか。
もうここから立ち去ってしまっていいのだろうか。
けど、綾瀬さんに何も言わずにこの場から消えるのもいかがなものか。
判断に迷うこと、およそ数分。

「……悔しいけど、私の負けは認めてあげるわ」

綾瀬さんは、ゆっくりと立ち上がりながら、僕に向かってそう言ってきた。
……ということは、僕はもうこの場から帰ってもいいということなのだろう。
早く教室に戻らないと、次の授業は鉄人だから、遅刻したら最後だからなぁ。

「えっと……それじゃあ僕はこの辺で」
「……待ちなさい」
「え?」

屋上から中に入ろうとした時。
綾瀬さんに呼び止められた僕は、その場に立ち止まり、綾瀬さんの方を振り向く。
……そこには、僕への敵意を相変わらず剥き出しにした、綾瀬さんの姿があった。

「今回は私の負けよ!けど、このままで済むと思わないでよね!私の亜美様に対する愛は、まだまだこんなものじゃないのだから!」

そう僕に言い捨てると、僕の体を突き飛ばし、さっさと中に入ってしまった。
……多分綾瀬さんなら、亜美と一緒にいられるのなら、Aクラスに入る為に何処までも必死に勉強することだろう。
しかし、肝心なことを聞き逃してしまったなぁ。

「……なんで亜美のことをあそこまで想うようになったんだろう?」

人が誰を好きになろうと、他人には関係ない。
けど、少なくとも亜美は昨日この学校に転入してきたばかりなのだ。
綾瀬さんはきっとこの学校には転入してきたわけではないだろうから、過去に何かあったという可能性がかなり高いわけで。

「……ま、いっか。僕にはあまり関係のない話だし」

気にしたところで仕方ない。
そう思った僕は、それ以上の詮索をしようとはせずに、自分の教室に戻るために屋上から校舎の中へと入った。



「……ふぅ」

自然と溜め息が出た。
今日はいろいろあり過ぎたからな……。
特に昼休みの召喚獣を使っての決闘は体に響いた。
もう全身がダルい……銃で撃たれた所は若干痛みが残っている。
確か……胸の近くだったと思う。
よく僕はショック死をしなかったなと、自分で自分を褒めたいところだ。

「あの……明久君?なんだか体調が優れないようですけど、大丈夫ですか?」
「え?」

カバンを持って帰ろうとした時。
姫路さんが心配そうな表情をして、僕のことをジッと見ているのに気付いた。
……そんなに疲れた顔をしているのだろうか、僕は。

「大丈夫だよ……この位はいつものことだから」
「そんなことないです!昼休みに教室に戻ってきた時なんかは、胸を押さえてました!あれは一体どういうことなんですか!?」
「そ、それは……えっと……」

あの決闘のことは、姫路さんや他の人には言ってもいいのだろうか。
まぁ、もう決着もついちゃってることだし、言っても大丈夫だろう。

「その件なんだけどね。実は……」
「明久は昼休み、屋上で女の子の告白を受けてたんだ。走り去って行った女の子のことを想って、胸を痛めていたというわけだ」
「そうそう……って、全然違う!合ってるのは屋上だけじゃないか!」

僕の発言に被せるように、雄二がそう言葉を付け足す。
あの野郎……去り際に言っていたことを、よりによって今実行するなんて!!

「……明久君?それは一体、どういうことなんですか?」
「いや、だからこれは誤解……」
「隠さなくてもいいのよ?アキ。隠してると……指が全部折れるわよ?」
「いきなり現れて物騒なことを言わないでよ美波!それに姫路さん、さっきまでとは一変したその笑顔は何!?」

ヤバい……二人の目がマジになっている。
このままだと、僕に待ち受けている運命は……死。
さっき助かった命なのに、ここで落とすわけにはいかない―――!!
何としても、この場は切り抜けるんだ!

「だから!さっき雄二が言ったのは誤解なんだって!」
「「何だって?」」
「すいませんなんでもありませんでした僕が悪かったからその腕を離してくれると僕としても嬉しいんだけどぉおおおおおおおおおお!!」

美波が僕の右腕をあり得ない方向に曲げ、姫路さんが左腕をしっかり掴み、これまたあり得ない方向に曲げている。
ヤバい、このままだと、僕の腕は千切れる―――!!

「ムッツリーニ!助けてくれよ!」
「…………今はカメラの手入れで忙しい。だから頑張れ」

僕の両腕の命<ムッツリーニの一眼レフ

「僕の両腕よりもカメラがそんなに大事か!!」
「…………こればかりは、譲れない」
「どうせ盗撮用のカメラだろ!?だったら後でも手入れは出来るよね!?」
「…………!(ブンブン)」

今更ながら、盗撮の件を否定されても、誰も信じるわけがないのに。
つくづくムッツリーニという男は凄いと思う……って、そんな場合じゃなかった!

「離して!離して二人とも!このままだと僕は両腕なしで生活していかなければいけなくなるから!!」
「大丈夫よ。後で手術すれば問題ないから」
「問題大有りだよ!!」

手術さえすれば何とかなるなんて考えを持つこと自体、既に間違っている。
そんな考えが美波達の頭の中にあるのなら、僕の体がいくつあっても足りることはないだろう。

「分かった!今度一日だけ言うこと聞くから!それで許して!!」
「「え?」」

すると、美波も姫路さんも、僕の腕を放してくれた。
……はぁ、よかった。
本当に腕が捥げるかと思った。

「……分かったわよ。その代わり、覚悟しておきなさいよね?」
「明久君、楽しみに待っててくださいね♪」

笑顔で僕を見つめてくる二人。
……あれ、どうしてだろう。
脅威は去ったはずなのに、汗が止まらないよ。

「……明久、お前はつくづく、感心させられる奴だよな」
「本当じゃのう」
「…………さすが」
「三人とも、何でそんな目で僕のことを見つめるのさ?」

僕が、こんなことを言わなければよかったと思い知らされるのは、数日経ってからのことだった……。




[21270] 第五問
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/08/22 12:44
【第五問】 現代国語

以下の問いに答えなさい。
「『冒涜』という漢字の読みと、その例文を答えなさい」

姫路瑞希の答え

「読み……ぼうとく
 例文……彼のその発言は神に対する冒涜だ」

教師のコメント
正解です。ちなみにこの漢字の意味は、神聖なものを冒し汚すことです。覚えてしまいましょう。

吉井明久の答え
「読み……ぼうよみ
 例文……彼は演劇の台本を冒涜した」

教師のコメント
何故でしょう。読みを無視すれば、例文は間違っていないようにも見えるのですが……。

土屋康太の答え

「読み……しょうとく
 例文……冒涜大使は一度に十人以上の話を聞けるらしい」

教師のコメント
君は聖徳太子を何だと思ってるんですか。



「一段と疲れが溜まるなぁ……」

最近色んなことが起きすぎていて、何だか僕の体にガタが来てしまいそうな予感がしなくもない。
にしても……亜美の転入からここまでの騒ぎになるとは思っていなかったなぁ。

「……さてと、今日はどんな一日になるのかな?」

若干テンションを上げて、僕はFクラスの教室の扉を開いた。

『来たぞ!吉井明久だ!』
『捕らえろ!抵抗するようなら手段は問わない!』
『先に話を聞くのが先だ!』
『面倒だ!もう殺してしまえ!』

……殺気だったクラスメイト達が、僕のことをジッと見つめてきた。
い、一体これはどういうことなのだろうか……?

『者共!かかれ!』
『『『『うおおおおおおおおおおおおおお!!!!』』』』
「な、何!?」

僕の周りに群がる、怪しげな頭巾を被った僕のクラスメイト達。
こ、これはまさか……!!

「異端諮問会!ってことは……須川君か!」

異端諮問会。
それの説明については今は省かせて頂く。
何故なら、そんなことをしてる場合じゃないからだ。

「って、何で僕は捕まっているのさ!」
「諦めろ明久……それがお前の運命だ」
「え?」

十字架に張り付けにされている途中で、雄二の声が聞こえてきた。
……まさか。

「この件に、雄二も絡んでるの?」
「まぁ……関わってないと言ったら嘘になるな」

コイツ……やっぱり雄二は、後で僕の手で裁きを下すしかないようだな!!

「まっ、大部分はお前の自業自得でもあるのじゃが」
「秀吉?それって……どういうこと?」

何処にいるのかは分からないけど、秀吉も僕に言葉を伝えてきた。
一体、僕が何をしたというのだろうか?

「きっかけは、昨日のお前の発言だ」
「昨日の僕の発言?……それってもしかして」
「ああ。一日何でも言うことを聞く、という奴だ。それを受けて、姫路と島田、そして牧野の三人が、どうするかを議論してたんだよ」
「ちょっと待って。どうして亜美まで混ざってるの?」

姫路さんと美波とは、確かにそんな約束を結んだ。
しかし、亜美がそこに混ざっているのは良く分からない。

「何でも、お前達の話を聞いた亜美が、姫路達だけじゃずるいなんて言い出したらしくてな……ほれ、そこに三人ともいるぞ」

向けない首を頑張って向ける。
するとそこには、確かに何かを話し合っている様子の三人がいた。

『ですから、私が最初で……』
『一日目は私だってさっきから言ってるじゃないの!』
『じゃあウチは二日目で……』

……断片的にしか聞こえないけど、なにやら『一日目』とかの言葉が聞こえてくる。
これはどういうことなのだろうか?

「……覚悟はいいな?吉井明久」
「ちょっと待って!僕に弁解の余地はないの!?」
「……いいだろう。弁解の余地を与えるとしよう」

よかった……今回の須川君達は、どうやら話が分かるようだ。

「実はあの時……」
「では刑を実行する!」
「待ってみんな!僕はほとんど発言をしていないじゃないか!……ちょっと待って。そのバットはさすがにまずいって!!」

……ああ、僕は今日、生きて帰ることが出来るのだろうか?



僕はあの後、鉄人がHRにくるまで解放されることはなかった。
いつもはただの口うるさい教師だけど、こういうときだけは何とか役にたってくれるらしい。
これでようやっと自由になれると思ったら、

「……アキはここにいて」
「……え?」

いつの間にか僕は、姫路さんと美波、そして亜美の三人に囲まれていた。
何でだろう……三人とも何処か真剣な表情をしているのは。

「あ、あの……ですね」
「うん?」
「今度連休があるじゃない?」
「連休?……確かにあるね」

確かもうすぐ大型連休があったはずだ。
その日に、姫路さんと美波、亜美の三人は何をしようと言うのだろう?

「それで、休みはちょうど三日間あるじゃない?」
「……まさか」
「そう、そのまさかだよ」

亜美が僕の言葉を受けて途端に笑顔になる。
ま、まさかこの状況は……。

「明久君。今度の三連休は、私達と……」
「失礼。吉井君はこの教室にいるかい?」

その時。
扉を開けて、誰かが入ってくるのが見えた。
あれは確か……。

「久保君?僕に何か用?」
「よかった……ここにいたか」

……なんだろう、この嫌な感じは。
僕は今、三人の女の子に迫られているような状況だ。
にも関わらず、どうして久保君は平然とした表情でいられるのだろう。
ある意味久保君は、危険な男なのではないだろうか?

「今度大型連休があるじゃないか……」
「あ、うん……そうだね」

そしてこの話題である。
久保君、君は一体何を考えているんだい?

「その……もしよければ、僕と一緒に図書館にでも行かないかい?」

壮絶なる爆弾を落としてきた。
久保君、君は正気なのかい?

「「「アキ(明久君)は用事があって無理よ(です)」」」

……見事に三人の声が重なった。
ある意味ではこれは偉業とも言えるのではないだろうか?

「そうか……残念だけど、また今度の日曜日に誘うことにするよ」
「あ~……今度の日曜日は無理なんだ。みんなでどこかに行こうってことになってるから」
確かそうだった気がする。
今度の日曜日は、雄二達と一緒に新しく出来たショッピングモールに行くことになっている。
もちろん、姫路さんや美波、そして亜美も一緒だ。
メンバー的には、ちょっと前に開かれた勉強会のメンバーに、葉月ちゃんと亜美が加わった形だったと思う。

「そうか……それは残念だな。それじゃあ、今度の機会にするとしよう」
「……う、うん」

出来ればもう来て欲しくはない。
何だか姫路さん達の目線がかなり痛いし。
勘違いされそうで怖い。

「……ふぅ、何とか脅威は去ったわね」
「……え?今のが脅威?」

久保君の何処が脅威なのだろうか?
……全くどういうことなのだろうか?

「それで、僕は今度の連休は三人の内の誰かと必ず何処かに行くってことになってるんだね?」

姫路さん達の話をまとめると、そんな感じのことになるはずだ。

「ええ、そうよ……それで、三日とも大丈夫よね?」
「う、うん。一応予定は何も入ってないけど……」
「そうですか……それはよかったです」

僕としては出費だけが重なる三日間になりそうだ。

「それで、一日目は誰なの?」

僕は誰がどの日に来るのかを尋ねる。
すると、

「ウチが一日目で、二日目が亜美、三日目が瑞希よ」
「楽しみに待っててね、明久君。どこに行くかは当日まで秘密なんだから」
「う、うん……」

一応楽しみにはしているけど……如何せん僕の財布が三日もってくれるだろうか?
仕送りのお金が入ったばかりで、一応何とか生活は出来てるけど、それでもこの三日間の連続外出はつらいものがある。

「まずは美波からだよね……お手柔らかに頼むよ?」
「覚悟してなさいよね。今度の日曜日はしっかりとウチの言うこと聞いてもらうんだから」

……僕のささやかなる願いは、どうやら美波には届かなかったようだ。



……さて、朝のあんな騒ぎがあって、そして午前中の授業も終わり、今は昼休みだ。
さて、今日はちゃんと弁当も持ってきたし、今日はその弁当を食べることにしよう。

「あ、明久君も今日はお弁当なのですか?」
「え?うん、そうだけど」

僕がちゃぶ台の上に弁当箱を出すと、姫路さんが横から覗いてきた。
いつの間にか美波や雄二達の姿も見受けられた。

「どうせなら教室で食べるより屋上で食べた方がいいんじゃない?その方がみんなで一緒に食べられるし」
「なにより、外はいい天気じゃしのう」

美波や秀吉の言う通りだ。
今日はこんなにも晴れているんだから、教室の中で食べるよりも外とかで食べた方が美味しいに決まってる。

「それじゃあ……今日は屋上で昼食を食べることにしよう……」

弁当箱が包まれている風呂敷を持ち、みんなで屋上に行こうとした。
その時だった。

「再び失礼。吉井君は……あ、いたね」
「あ、久保君……またこの教室に来てどうしたの?」

何だか今日は久保君のことをよく見るような気がする。
心なしか、久保君が教室に来た時の姫路さん達の表情が結構怖いものになっていたけど、ツッコンだら負けなんだろうな、うん。

「その……もしよかったら一緒に昼食でも食べないか?」
「……」

どうしよう。
僕達は一応みんなで昼食をとることになっているわけだから、久保君も一緒に食事に誘った方がいいのかな?
この場合の選択肢は以下の三つだ。

『一緒に食事でもどう?(死亡ルート突入)』
『何なら二人で(久保利光ルート突入)』
『いや、食べる人がもういるから(面白くないから選ぶな)』

いや、最後の選択肢の括弧の中の文章は何さ!?
さては僕の中の悪魔が勝手に発言してるな……。

『ここは二番目の選択肢を選ぶべきだよ』

お前は出てくるな、天使!
大体悪魔曰く、久保君ルート突入って書いてあるじゃないか!
僕は普通に女の子が好きだからね!

『大丈夫だ。お前なら行ける、吉井明久!』

いけねぇよ!
むしろ逝ってしまうよ!

「どうしたんだい?吉井君」
「あ、いや……折角誘ってもらって悪いんだけど、もう一緒に食べる人はいるから……」
「……そうか、それは済まなかった」

眼鏡をクイッと上げて、久保君は言う。
そしてそのまま、僕の方を振り向かずに教室から出て行った。

「……ふぅ。何とかなった」
「アキ……今のはハラハラさせてくれたわね」
「何で!?」

美波の言ってることの意味がよく分からない。
と言うか、時々みんなが変な方向に暴走してしまう時があるから困るんだよな……。

「お主も大変よのう」
「…………モテる男は、辛い」
「ちょっと待ってムッツリーニ。それじゃあまるで久保君が僕に好意があるように聞こえるじゃないか。冗談はよしてよね……って、どうして目線を逸らすのさ、みんな」

誰一人として、僕に目を合わせてくれようっはしない。
たまに目が合うと、憐れみの感情を込めて僕のことを見てくる。
……え、これ、どういう状況?

「……明久。頑張れよ」
「この期に及んで何を頑張ればいいのさ!」

雄二に右肩を叩かれて、何かよく分からない励ましを受けた。
僕は一体、どう言葉を返すべきなのだろうか?

「明久君……やっぱり、男の子だけじゃなくて、女の子にも興味を持つべきです」
「姫路さん、そんな勘違いは決してしないでよね。それに秀吉、なんでそんな悲しそうな表情を浮かべているのさ!」

もうこの教室内の状況を把握しきることが出来ない。
早く屋上に行って、昼食の時間としてしまおう。

「お前ら、早く食べないと昼休みの時間もなくなっちまうし、さっさと昼飯にするぞ」
「そ、そうですね」
「じゃな。では屋上へ参るとしよう」

雄二の言葉もあってか、僕達はようやっと教室から出て、屋上へ向かったのだった。



「みんなでお昼を食べるのって、何だかいいよねぇ」
「そうですね。外も晴れてますし、気分がいいです」

亜美の言葉に、姫路さんが頷く。
屋上に来る途中で、僕達は亜美と霧島さんの二人に会い、二人とも一緒に弁当を食べていた。
それにしても……亜美の弁当、美味しそうだなぁ。

「ところで明久君。明久君って料理とか出来るの?」
「え?うん、出来るよ」
「それじゃあ、お弁当も明久君が?」
「そうだね……それがどうしたの?亜美」
「あ、ううん!何でもないの、何でも!」
「……?」

亜美が不思議と動揺するような素振りを見せる。
僕が料理出来ることがそんなにも驚くことなのだろうか……?

「亜美……気をつけた方がいいわよ。アキの料理を食べたら……自信なくすわよ」
「そんなに料理がうまいの?……一度食べてみたいなぁ、明久君の料理」
「なら、今度家に来て食べてみる?」
「「!!」」

僕が亜美にそう提案すると、何故か姫路さんと美波の二人の顔が一気に驚愕の色に染まる。
……どこか僕はおかしなことを言ったかな?

「この無自覚男が」
「…………さすがとしか言いようがない」
「……雄二?ムッツリーニ?」

この二人は何かを理解したようだけど……僕にはさっぱりだ。
一体僕の言葉のどこがいけなかったというのだろうか?

「……雄二、これ、食べて」
「……玉子焼きか。確かにうまそうだな……うまそうなんだけどな、元々玉子焼きは緑色はしてないぞ?」
「……じゃあ、この唐揚げを」
「……唐揚げは普通みたいだな。どれ……うん、うまい」

雄二と霧島さんも、二人で仲良くご飯を食べているようだ。
途中で聞こえてきた、緑色の玉子焼きが少し気になったけど……深く突っ込まないことにしよう。

「ところで姫路さん。今日は弁当じゃなくてパンなんだね?」
「実は今朝は少し寝坊してしまいまして……お弁当を作ってくる暇がなかったんです」
「「「「(……ほっ)」」」」

僕らは一斉に胸をなでおろした……気がする。
少なくとも、僕と雄二は間違いなくホッとため息をついていた。

「その玉子焼きと私のウインナー、交換しない?」
「別にいいよ……はい」

箸で玉子焼きを掴んで、亜美の弁当箱の中に入れようとするけど……受け取ろうとしない。
亜美からは、タコ型のウインナーを受け取ろうとした……んだけど。

「あの……ウインナーは?」

何だか一向に渡してくれる気配が見受けられない。
亜美は自分の箸で間違いなくウインナーを掴んでいる。
なのに、渡してくれる様子は少しも見受けられないでいた。

「明久君、口を開けて?」
「こう?……むぐっ!」
「「!!」」

亜美は、掴んでいたウインナーを僕の口の中に直接放り込む。
こ、これって所謂……。

「う、羨ましいです……」
「というか亜美!それは卑怯者よ!」

姫路さんがどこか羨ましそうに眺めて、美波がどこか怒っている様子だった。
何でだろう……僕には二人がそんな反応をとる理由を理解することが出来ない。

「今度は明久君の番だよ?明久君の玉子焼きを食べたいな」
「……えっと」

亜美が口を開けて待っている。
……これって、さっき亜美がやったことを、僕もやらなくてはいけないということなのか?

「もうやっちまえよ、明久。牧野が待ってるぞ」
「坂本!アキに変なこと言わないでよ!……アキも普通に渡せばいいじゃない!」
「そうです!そんな……あ、ア~ンなんて羨ま……いいえ、そうじゃなくて、その……」

……僕は一体、どうするべきなのだろう?
少し頭の中で考えた結果、

「……玉子焼きを、この中から取ってくれないかな?」

僕の弁当箱を、亜美に差し出す。
けど亜美は、やはり自分の箸で僕の弁当箱の中から玉子焼きを取ろうとはしない。
どころか、悲しそうな表情で、

「そんな……明久君は、私には食べさせてくれないの?」
「!!」

……これは良心が痛む。
何でだろう、なんかこう、胸が……痛いんだ。

「……じゃあ亜美、口を開けて」
「うん!」

すると亜美は途端に笑顔になる。
……その笑顔を見た僕は、可愛いなって考えていた。
そんなことを考えつつ、僕は弁当箱の中から玉子焼きを取り出す。
周りでは姫路さんや美波からの制止の声が聞こえるけど……状況打破の為だ、仕方がない。

「あ、ア~ン……」
「ア~ン♪」

そして僕は、玉子焼きを亜美の口の中に入れてあげたのだった。

「……なんと恐ろしい演技力。流石に本業の者は格が違うようじゃのう」

秀吉のそんな呟きの声が聞こえたけど、気にしないことにしよう。

「あ、アキ……まさか、本当にやるなんて思ってなかったわ」
「本当です……明久君のこと、信じてたのに……」

……あれ、何で美波と姫路さんの二人は悲しい顔をしてるのだろう?
雄二は一瞬こっちの方を見てにやけていたけど、すぐに霧島さんに捕獲された。
一方でムッツリーニと秀吉の二人は……こっちの方を見て面白そうににやけていた。
このやり取りのどこが面白いのだろうか……。

「仲がいいのう、お主達は」
「秀吉、それはきっと違うと思うよ」

何故この状況を見てそんな発言が出来るのだろうか。
可愛い顔して、秀吉って実は天然が入っているのではないだろうか?
それはそれで……いい。

「アキ?起きなさいアキ!」
「あががががが!背骨の関節に激しい痛みがあああああああ!!」

いつの間にか美波に体をロックされていた。
って、痛いってば美波!
人間の背骨はそんな風に曲がるようには出来てないから!!

「だ、大丈夫?明久君?」

やられている僕の顔を見て、亜美は心配そうな表情と共にそう尋ねてくる。
……亜美だけだよ、そうやって心配してくれるのは。

「う、うん。何とか大丈夫だよ……これ、日常茶飯事だから」
「明久君……この何年間の間に一体どんな生活をしてきたの?」

とても短時間で説明しきれないような生活をしてきたんだよ。
もちろん亜美にそう言っても意味がないことは分かっている。
そして何より、まだ僕は美波の攻撃からは解放されていないのもある。

「痛いってば美波!これ以上曲げられると、僕の背中があり得ない方向に曲がってるぅうううううううううううううううう!!」

僕の寿命は、今日という日だけで三日は縮まったと思う。
……うん、絶対そうだ。

「……まぁ、そろそろ許してあげてもいいかもね」

そう美波が呟くのと同時に、僕はようやっと解放された。
……うう、背中がまだ痛い。

「本当に大丈夫?明久君」
「う、うん……背中に亀裂が入った気がするけど、何とかまだ生きてるから」

ひどい時には生死をさまようことだってある。
だから今回に限って言えば、比較的ましな方とも言えるだろう。

「た、大変なんだね……明久君」
「……まぁね。けど、もう慣れたから」
「慣れる前に、明久君が気をつければいいことだと思うけど……」

元凶が何を言う。
まさか亜美にそんなことを言えるわけもなく、僕は心の中にその言葉をそっとしまっておいた。

「何だかいつも以上に騒がしい昼食だな……って翔子。その玉子焼きを無理やり俺の口の中に放り込もうとするな」
「……ア~ン」
「いや、そうやって箸を使って俺の口の中に入れようとしても駄目だ……だから翔子、早くその玉子焼きを弁当箱に戻し……ぎゃあああああああああああああ!目が、目がああああああああああああ!!」

あ、雄二が霧島さんに眼つぶしされた。
かなり痛いようで、床をごろごろと転がっている。
……霧島さん、さすがに箸で眼つぶしは痛いと思うよ。

「…………いつもより、騒がしい」
「そうじゃのう……けれど、何だかワシらが取り残されてる気がするのじゃが……」
「き、気のせいだよ秀吉。秀吉はそこにいるだけで、僕の心を癒す存在に……」
「「「……アキ(明久君)???」」」
「……何でもないよ、秀吉」

三人分の殺気が、僕に突き刺さる。
……よかった、ここで発言を止めといて。
もしそのまま最後まで言ってしまってたら、僕の命は間違いなくなかっただろうな。

「……そろそろ昼休みも終わる。教室に戻るぞ」
「え?もうそんな時間なんですか?」

どうやら昼休みも終わる時間らしい。
僕としてはもう少し亜美達と話をしたかったけど、時間が来てしまったのでは仕方がない。

「明久君」
「何?亜美」

弁当箱を片づけ、僕達が屋上から立ち去ろうとした時、亜美に呼ばれる。

「ん、何?」
「休日は……楽しみにしてるから!」
「う、ウチも楽しみにしてるからね!」
「わ、私もです!」
「う、うん……」

僕の食費は大丈夫だろうか。
そんな心配をさせられた、一日だった。




[21270] 第六問
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/08/24 18:28
【第六問】 数学

以下の問いに答えなさい。
「第10項が150、第25項が390である等差数列{An}の一般項を求めよ」

姫路瑞希の答え
「An=16n-10」

教師のコメント
おみごとです。最初に初項Aと交差dを、公式「An=A+(n-1)d」を利用して解くことも忘れないようにしましょう。

土屋康太の答え
「An=あえぎ声」

教師のコメント
数学でもなんでもありません。これじゃあただの喘ぎ声です。

吉井明久の答え
「An=携帯会社」

教師のコメント
ここは笑点ではないので、うけを狙う必要はありません。



連休一日目。
本日は晴天なり。
そして……見事なお出かけ日和である。
こんな日は、家の中でゆっくり過ごしたいけど……今日は約束がある為外に出なければならない。
何を隠そう……これから美波と二人きりでお出かけなのだ。

「うう……緊張するなぁ」

さすがに美波と二人でどこかに出かける経験はなかったからなぁ。
何度か二人で行動を共にしたことはあっても、朝から二人だけで行動する機会なんてそうそうあるものじゃないし。
何より……いつも僕が美波と一緒にいると、どこかしらで必ず制裁タイムが待ち受けているし。

「……発言には気をつけないと」

今日は余計なことを言わないようにしないとね。
折角美波と二人で出かけるのに、お互い嫌な雰囲気のままでいるのも何だか嫌だし。

「……さて、そろそろ行くか」

待ち合わせは学校の前だったはずだ。
どんな格好をすればいいのかよく分からないけど、荷物はそんなに持っていく必要はないんだよね……?

「……って、よくよく考えてみれば、この三連休で、僕は三人の女の子と二人きりで出かけるんだよね?」

……女の子とと男の子が二人きりで何処かへ出かけに行く。
これってもしかして……デートなんじゃないだろうか?

「ということは……僕は三日間で三人の女の子とデートすることになるのか?」

……なんてことだ。
そんなことに気づかないなんて、僕はなんて……バカなんだ。
何だ、そういうことなんだ!
それなら今日は、おごらされる心配とかしなくてもいいってことじゃないか!
……まぁ、罰ゲームが重なってるから、結局今日一日は美波の言うことを聞くことになってるんだけどね。
お金はいくら持っていけば足りるかな……。

「うう……さらば僕の英世……」

恐らくは今日一日で消える僕の野口英世達に、とりあえず分かれの言葉を告げておく。
彼らとも、今日でお別れということになるのか……。

「その前に、今日はどこに行くんだろう?」

そう言えば三人とも、『行く場所は当日に発表するから、それまで楽しみに待っていてね』なんて感じのことを言ってたっけ。
う~ん……分からないな。

「何で当日まで行き場所を言わないんだろう?」

特に深い意味はないと思うけど、少しは気になる。
……今ここで考えても仕方がないので、僕はそろそろ家を出ることにした。

「鍵を閉めてと……行ってきま~す」

今は誰もいない空間に、僕はそう告げる。
そして、僕は美波との待ち合わせ場所である学校校門前に向かった。



『いいか。明久と島田にはバレないようにするんだぞ?』
『(…………コク)』
『……お主ら、これを三日間続けるつもりか?』
『無論だ。明久がこれほど面白そうな状況下になっているのに、俺達がその行方を見守らないわけがない』
『いや、これは見守るというよりは……ストーカーになるのではないか?』
『気にするな。これは偵察任務だ』
『…………カメラも完璧』
『いや、そういう問題ではないのじゃが……』
『木下。お前は気にならないのか?アイツらがどんなデートをするのか?』
『……まぁ、気にならなくもないが』
『なら、いいだろ?』
『う~む……今回限りじゃぞ?』
『よしっ。明久を見失わない内に、俺達も後をついてくぞ』
『…………了解した』
『……まったく、どうなることやら』



「まだちょっと早いかな……?」

ポケットの中から携帯電話を取り出して、時間を確認する。
待ち合わせ時間は10時の筈だから……まだ約束の時間よりも30分は早い時間となる。
だというのに……。

「……あれ、美波?まだ9時半だよ……少し早くない?」

まぁ、30分前に来た僕が言えた義理じゃないけど、確かに今日の美波は来るのが早かった。
集合時間厳守とかの問題ではない……いくらなんでもこれは早すぎる。
僕の予想だと……一時間くらい前から来ていたのではないだろうか?

「べ、別にそんなに早くには来てないわよ」
「でも、今はまだ30分前だよ?僕は一応間に合わないといけないから早めに来たんだけど……」

それよりも早く来るなんて。
今日の美波はどれだけ早いんだろうか……。
とりあえず僕は、今日の美波の格好について見てみる。
……赤のTシャツに、白のショートパンツ。
何というか……見ていて、とても、可愛い……。
顔を赤くしているところもまた、いつも見る美波の表情とは違って、何というか、新鮮味も感じる。

「な、何よ……ウチのことをじろじろ見たりして」
「いや、いつもと雰囲気が違うから……思わず見とれちゃってて」
「なっ!?……」

美波の顔も、僕の顔も赤くなる。
……何だか、ものすごく恥ずかしい。
そんな感覚を受けたのだった。

「……そ、そう。ありがとう」
「う、うん……」

やばい。
美波の顔を直視出来ない……今の美波は、あの時見せてくれた表情と同じ。
……やっぱり、いつもとは調子が違う。
僕は、心の中でそう呟いたのだった。

「そ、それはそうと美波。今日はどこに行くのさ?」
「へ?そ、そうね、とりあえず、駅前の喫茶店に入りましょ」
「ラ・ペディスは危険だからやめといた方がいいよ」
「分かってるわよ」

ラ・ペディス。
そこは僕達学生御用達の店なのだが、味はなかなか美味しいと評判の店だ。
しかし、そこには僕達の知り合いの父親が店長を勤めていて、しかもこの父親が……。
しかもその娘もまた、ちょっとした特殊な性癖の持ち主だったりするわけで……。

「と、とにかく。早く行くわよ、アキ」
「わっ!?ちょ、ちょっと美波!手を引っ張らないでよ!」

自然と僕の手を掴み、そのまま前へと引っ張っていく。
……うん、いつもより力は緩めているんだな。
いつもなら手が千切れるのではないかと思うほど強い力で引っ張ってくるのに。

「どこのお店にしようかしら……」
「まだ決めてなかったの?」
「う、うるさいわね!決めてなくて悪いの!?」
「そ、そんなんじゃないよ……時間はたっぷりあるし、ゆっくり選べばいいじゃないか」

そうだ。
今日は時間はたっぷり用意されている。
何せほとんど一日中美波と共に過ごす日となっているわけなのだから。

「……あのお店にしよう、アキ」
「あのお店……うん、いいよ」

美波が指差した店は、なかなかに落ち着いた雰囲気を出している喫茶店だった。
ガラス張りのその店は、外から店内の様子が伺える。
そしてその中に……。

「……ねぇ美波、あれってもしかして……秀吉じゃない?」
「え?……本当ね。姉の方もいるわね」

しかもなにやら秀吉の表情が苦い。
喧嘩でもしているのだろうか?
……あ、秀吉と優子さんがトイレの方に行った。

「……とりあえず、中に入ってみる?」
「……そうね。ちょっと二人の様子も気になるところだし」

僕達は、とりあえず中に入る為と、二人の行方が気になったので、その喫茶店に入ってみることにした。
……それにしても秀吉は、どうして優子さんに捕まってたりしたんだろう?



『まさか秀吉が捕まるとはな』
『…………不可抗力』
『そうだな……明日からは俺達二人で尾行することにするぞ、ムッツリーニ』
『…………問題ない。それより、どうして優子はあそこにいた?』
『さぁな。そればっかりはさすがに俺にも分からねぇよ。それよりも、俺達も中に入るぞ、ムッツリーニ』
『…………御意』



中に入って、僕達は店員に案内されるように窓際の席に座る。
確かその向かい側の席って……。

「木下達がいたテーブルね……まだ本人達は帰って来てないみたいね」
「そうだね……本当にどうしたんだろうね?秀吉」

少し秀吉の心配をしつつ、僕はメニューの方を見る。
うわっ……どれもやっぱり値段張るなぁ。
やっぱりここは、無難に安いメニューを頼んで我慢するしかないか……三日間お金を使うことになるわけだし、少し節約しないとね。

「じゃあここはアキのおごりで」
「……うん、分かってるよ」

これは一応罰ゲーム的要素も組み込まれているのだ。
むしろおごりで済んでるだけありがたい……。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
「季節フルーツ盛り合わせパフェを一つと……」

値段、1500円。
……高い、一気に英世が一人と500円玉一枚消える。
それに僕のコーヒーを合わせると……合計で英世が約二人消えることになる。
多少小銭として帰ってくるも、これじゃあ虚しすぎる。

「み、美波……他のにしない?さすがに僕の財政が……」
「何でも言うこと聞いてくれるとて約束だったじゃない?」
「……それと、コーヒーを下さい」

この瞬間、僕の英世が二人消えることが決定事項となったのだった。

「畏まりました。しばらくお待ち下さい」

店員は僕らにそう告げると、注文を書いた紙を持って、奥に引っ込んでいく。
……さらば、僕の英世。

「あ、帰って来たわね」
「え?……でも、優子さんの方だけみたいだけど……」

僕達が店員とやり取りをしている合間に、優子さんがトイレから帰って来た。
どうやらこっちには気付いていない様子だ……それに秀吉が帰って来ていない。

「木下の奴、どうしたのかしら……?」
「さぁ……けど優子さんの表情、何処か清々してるよね……手にはトマトケチャップが……」

……まさか、優子さんの手についているトマトケチャップって……。
……いやいやまさか、あの時も関節技で留まっていたじゃないか。
それじゃあ、関節技を決められた時に吐いた秀吉の血とか……?

「あら、Fクラスの二人じゃない?」

なにくわぬ顔で、僕達に話しかけてくる優子さん。
……手についているトマトケチャップさえなければ、微笑ましい光景になるかもしれないのに……。

「木下の……お姉さんの方よね?」
「そうよ。木下優子。いつも秀吉が迷惑かけてごめんなさいね」
「いいんだよ、優子さん。秀吉は僕達Fクラスの男子にとって癒しの存在なんだから足の骨が悲鳴をあげている!!」

僕の足が、美波の両足によってとんでもない方向に捻られている。
……やってしまった。
発言には気を付けようと、あれほど気を使ったつもりだったのに……心なしか優子さんのオーラも凄い。

「ウフフフフ……後でお仕置き追加ね」

さらば、僕らの癒しの存在秀吉。
君のことは、死ぬまで忘れないよ。

「ところで二人はどうしてここにいるのかしら?もしかしてデートとか?」
「なっ……そんなんじゃないわよ!!」
「……なるほとね。しっかりエスコートしてあげなさいよ、明久君」
「へ?……あ、うん」

優子さんの言っていることの意味が少し分からないけど、とりあえず美波に迷惑かけないようには頑張ろう。

「お待たせしました。コーヒーと季節フルーツ盛り合わせパフェです」

その時、ちょうど店員がトレイにコーヒーとパフェを乗せてやってきた。
……うわ、デカイ。

「……それじゃあ私はこれで退散するわね。邪魔をするのも悪いし」
「あ、うん。また今度学校で会おうね」
「ええ、会えたらね」

そう言うと優子さんは、自分の席に戻って荷物をまとめた後、潔く店から出ていった。
……秀吉を置いて。

「それにしても美波……このパフェデカイよね。食べきれるの?」
「……ちょっと無理そうね。流石にウチも、ここまで大きいとは考えていなかったわ」

食べながら、美波が言う。
そりゃそうだろう。
誰が自分の身長の三分の一はありそうなくらいの大きさのパフェがやってくるなんて想像をすることが出来ると言うのだろうか?

「それじゃあアキ……味見、してみる?」
「へ?いいの?」

スプーンの上にパフェを掬ってのせて、僕の方に寄せてくる美波。
なんて優しいんだ……さっきは足を捻られたけど。
僕はそのパフェを、若干戸惑いながらもそのまま食べる。
……そして気付いた。

「……美波、これってもしかして、間接キスじゃあ……」
「!?……は、恥ずかしいこと言わないでよ……」
「う……ごめん」

自然と顔が赤くなる僕達。
何だか気まずくなってしまい、美波がパフェを食べ終えるまで、僕達は何も話すことが出来なかった。



『……木下、大丈夫か?』
『うう……何とか大丈夫じゃ……腕の感覚が少しおかしいがのぅ』
『…………安全のため、今日は帰った方がいい』
『……そうじゃな。今日は早めに帰らせてもらうとするか』
『んじゃ、また明日だな……明日また駅前で会うとするか』
『そうじゃのぅ。また明日じゃ……二人とも』
『…………健闘を祈る』



喫茶店を出た後も、僕達はしばらくの間会話をすることが出来なかった。
僕達の顔は、未だに赤いままだった。

「えっと、その……」
「な、何よ……」
「次は……何処に行く?」

あの後僕は、やはり財布の中から二人程英世が消える羽目になった。
今日の為にいれてきたお金が、早くも半分消え去ってしまった。
しまったなぁ……こんなことならもう少しだけ美波のパフェをもらっておくんだったなぁ。
……間接キスになっちゃうけど、それって仕方ないよね。
それよりも凄いことを僕達はしたことあるくらいだし……って、何を言ってるんだ僕は!
これじゃあまるで僕達が変態みたいじゃないか!

「……どうしたのアキ?いきなり自分の頬を叩いたりして」
「い、いや、なんでもないよ、美波……」

まさかさっきのことを思い出していたなんて言えるわけがない。
恥ずかしくて……僕の精神がどうにかなっちゃいそうだから。

「それで美波、次は何処に行くの?」

活を入れたお蔭で、僕は美波に普通に尋ねることが出来た。
美波が答える。

「そうね。次は……あのお店に行ってみようかな?」
「洋服屋か……お金足りるかなぁ」
「大丈夫よ。さすがに洋服は自分のお金で買うから」
「そ、そう?」

どうやらそこまでSでもなかったらしい。
よかった……洋服まで買わされると、僕の財政がとんでもないことになってたからな。

「とりあえず……その前にあの公園で休憩しない?さっきはなんだかんだで休憩出来なかったようなものだし」

歩きながら、僕は公園の方を指差す。
その公園はとてもシンプルな造りとなっていて、ブランコとか滑り台の他には、自動販売機一つと二人用ベンチが二つほど設置されているだけだった。
広さも、まあまあといったところだろうか?
人気もないし、とりあえず休憩するにはちょうどいいところではないだろうか?

「いいけど……それじゃあ何かジュースでも奢ってもらおうかな。なんだか喉が渇いちゃって」
「お安い御用だよ。なんでもいいよね?」
「冷たいのでお願いね」
「分かった」

美波にそう確認をとると、僕は自動販売機の方へと歩く。
ちょっとベンチより遠い位置にあるけど、別に問題があるわけじゃないしね。

「えっと……オレンジジュースでいいかな?」

甘い物を食べた後だし、コーヒーとかの方がいいかなとも考えたけど、冷たい飲み物というリクエストもあったわけだし、オレンジジュースにしよう。
僕はお金を入れて、オレンジジュースを一本購入する。
僕の分は……我慢しよう。
お金を少しでも使わないようにしないと。

『何よアンタ達?』
「……ん?」

美波の声が聞こえてくる。
なんだろう……誰かが美波のそばにいるのかな?

『いやぁ、なかなか可愛い女の子がベンチに一人で座ってるわけだし、声をかけないわけにはいかないっしょ』
『僕ちんもう我慢できへん……ハァハァ』
『……ウチ、連れがいるから、アンタ達とは一緒に行けないわよ』
『連れぇ?どこにもいないじゃないか』
『そんなことより、僕ちん達といいことしようよ……ハァハァ』

……偉く対称的な二人が、美波の周りに立っていた。
一人は僕と同じくらいの身長の男。
もう一人が……物凄く息が荒くて、太っている男だった。
美波の困惑している表情が目に写る。
……このまま放っておくことなんて、出来るわけがない。

『そんなわけで、これからいいことしに行こうぜ?』
『チョッ……痛い!』
「!!」

男が美波の腕を掴んだ時。
不思議と僕の体は、勝手に動き出していた。
そして、

「美波の腕を掴んでるんじゃねえ!!」

ゴキン!

あまり感じたくはない感触を、足で感じる。
コイツら……美波の腕を力任せに掴みやがって。
……許せない!

「な、なんだよお前は!?僕ちん達の邪魔をする気か?」
「邪魔なのはお前らの方だ!美波の腕をそんなに力強く引っ張りやがって……覚悟は出来てるんだろうな!?」
「「し……失礼しました!!」」

男達はそのまま、逃げるように去っていった。
そしてこの場には、美波と僕の二人だけが残った。

「あ、ありがとう……」
「……うん」

やっと僕が返せた言葉は、その一言だけだった。



あの後僕達は、洋服屋に行き美波の服を買って、しばらくいろんな場所を見て周り、そうしている内に夜になった。
月の光が、まるで僕と美波のことを包み込んでいるかのような錯覚に陥る。
僕と美波は、やはりしばらくの間無言の状態が続いてしまっていた。
これでこんな状況になるのは何度目だろうか?
今日は美波に迷惑をかけっぱなしだったような気がする。
優子さんに言われた、『ちゃんとエスコートしなさいよ』という言葉は、ほとんど守られていないようにも思えた。

「あの……美波。今日はゴメンね」
「いきなりどうしたのよアキ?突然謝ったりして……」
「その……今日の僕、美波に迷惑かけてばかりだったよね」
「……」

黙りこんでしまう美波。
……この様子だと、美波は怒っているのだろうか?
だとしたら……僕は一体、どうすればいいのだろうか?
謝るにしろ、どうやって謝ったらいいのだろうか?

「……アキ、別にウチは、迷惑かけられたなんて思ってないわよ」
「……え?」
「むしろ……楽しかったくらいよ。こうしてアキと二人きりで……その……買い物出来て、アキに、助けてもらって……」
「あ……その……」

自然と顔が赤くなる。
これも今日何回目だろうか?
美波のこの表情も、僕の顔が赤くなるのも、なんだか繰り返しているような気がしてならないのだ。

「……ねぇ、アキ」
「な、何?美波……」

ヤバい。
今の美波はとてつもなく可愛い。
肝試し大会の時の美波と同じ位に、可愛い……。

「……その、今日は、本当にありがとうね」
「あ、こちらこそ。その……凄く楽しかったよ」
「そ、そう?ならいいんだけど……」

そしてしばらくの間、無言の状態が続く。

「今日は本当にいろんなことがあったよね」
「……そうね。あの後木下はどうなったのかしら」
「……ああ、そういえば秀吉が」

忘れていた。
秀吉はあの時、喫茶店のトイレに、お姉さんに連れてかれて……帰って来たのは、手にトマトケチャップがついたお姉さんの方だけだったんだよね。
あれは正直言って……危険な香りしかしない。

「今度木下に聞いてみましょ。一体何があったのかを」
「……聞ける状態ならね」

もしかしたら秀吉は、この日のことだけ記憶から抹消されているかもしれない。
自己防衛の為に……思い出したくない過去は、心の奥底に大事にしまってしまうのだろう。

「それじゃあ美波。そろそろ僕達もこれで……」

僕が美波にそう言いかけた。
その時だった。


シュッ←何かが投げられる音

シャッ←その何かが僕の頬を通り過ぎる音

ザクッ←その何かが地面に突き刺さる音

「「……え?」」

まさかと思って恐る恐る地面を見てみる。
……それは元はシャープペンシルだったと思われるものだった。
こんなのを投げてくる人は、僕は一人しか知らない。

「そこのブタ野郎!お姉様と一緒にデートをするなんて……何て無礼な真似を!」

ロール巻きにした髪の毛が揺れる。
彼女こそ、女性なのに美波のことを愛してやまない人物……清水美春さんだった。

「み、美春!どうしてここに?」
「さっき洋服屋で服を選んでいたら、ちょうどお姉様の姿を見かけたので、慌てて尾行を続けていたというわけです!」

清水さん。
ストーカーは立派な犯罪だよ。

「そんなわけで……お姉様をあんなにも危険な目に遭わせたブタ野郎を、私の手で引導を渡してあげます!」
「ちょっと待って!それは僕の責任じゃ……うわっ!いきなりコンパスを投げないでよ!」

手当たり次第に文房具を僕に向かって投げてくる清水さん。
ヤバい……このままだと僕の命は潰えてしまう。

「待ちなさいブタ野郎!!」
「こんな状況で待てるわけないじゃないか!」

結局、清水さんからの攻撃は、夜通しで続く羽目になったのだった。



『……やれやれ。明久の奴もなかなかやると思ったら……最後はこんなオチか』
『…………オチも完璧』
『まぁ、ここまで見事なオチも結構珍しいけどな……にしても清水、どこにいたんだ?』
『…………とにかく、今日の収穫はバッチリ』
『お?あの時の喫茶店での衝撃スクープか……後で見せてくれよな』
『…………なるべく早く現像する』
『そうか、それはありがたい……さて、俺達もそろそろ帰るか』
『…………賛成。それじゃあ俺は、明日の準備をしてくる』
『おう、気をつけろよ、ムッツリーニ』



[21270] 第七問
Name: ransu521◆b11d9695 ID:48018d1f
Date: 2010/08/25 18:17
【第七問】 世界史

以下の問いに答えなさい。
「『太陽王』とも呼ばれる、フロンドの乱にてフランス最後の貴族の反乱を抑えたフランス絶対主義を象徴する皇帝は誰か答えなさい」

姫路瑞希の答え
「ルイ14世」

教師のコメント
正解です。ルイ14世の元にいた宰相をマゼランと言い、ルイ14世自身は『朕は国家なり』などの言葉を残したとも言われています。また、ヴェルサイユ宮殿に住んでいたことも有名ですね。

土屋康太の答え
「山田ルイ53世」

教師のコメント
決してひげ男爵ではありません。

吉井明久の答え
「国王」

教師のコメント
斬新でいいアイデアです。先生はこういう答えは嫌いではありませんよ?



連休二日目。
僕は亜美に言われてとある場所に来ていた。
その場所というのが、

「……なんで、テレビ局?」

さすがは亜美だ。
集合場所の設定に、テレビ局を持ってくるなんて。

「それにしても、僕がここにいてもいいのかな?」

若干不安が残る。
一般人である僕がテレビ局の前にいてもいいのだろうか?
しかも……ここ一般客用の入り口じゃなくて、関係者用の入り口だし。

「明久君~!」
「亜美?」

その時、こっちに向かって走ってくる影が一つ。
お団子のように纏めた髪が、走るたびに揺れる。
そんな姿も、亜美の魅力を一層惹きたてているように思えた。

「ごめん明久君……待った?」
「ううん、全然待ってないよ。それより亜美、どうして今日はテレビ局を集合場所にしたのさ?」

僕は疑問に思っていたことを亜美に言う。
すると亜美は、待ってましたといわんばかりの笑顔を見せて、

「午前中はテレビ局で撮影があるから、明久君にもその様子を見てもらおうと思って」
「え?撮影?」

なるほど……アイドルに休みの日はないというわけか。
けど、仕事あるのなら他の日にするとか方法があっただろうに……。

「昨日は仕事があったし、瑞希ちゃんの予定と合わせると、今日しかなかったんだ……それに、今日はちょっと重大なお話もあるしね」
「重大な話?それって何のこと?」
「まだ内緒だよ。それは向こうに行ってから答えるね」

う~ん、何だろう。
少しだけ納得いかないけど……ま、いっか。

「とりあえずまずは中に入ろうよ」
「え!?……でもここ、関係者用玄関だよ?」
「いいんだよ。明久君のことはテレビ局の人にはもう話してあるから」

す、凄い……。
テレビ局の人に僕のことを伝えてあるなんて。
さすがは亜美……行動力があるなぁ。

「おはようございます。いつもご苦労さまです」
「ああ、おはよう亜美ちゃん……ん?隣の男の子って、もしかして……」

なにやら亜美が、入り口付近にいた40代半ばの男性警備員に話しかけている。
……まさか、僕はここで門前払いとかそういう展開になるのではないだろうか?

「はい!その通りですよ!」
「おおそうか!……君がうわさの吉井明久君かい!」
「ふぇ?あ、はい。そうですけど……」
「いつも亜美ちゃんがお世話になっているね。今日のところもよろしく頼むよ?」
「は、はぁ……」
「君なら大歓迎だよ。遠慮せずに中を見学していくといいさ」

……あっさりと中に入れちゃったよ。
あの警備員の人がフレンドリーな人で助かったような気もするな……もしあそこで厳つい男の人とかが出てきたら、即座に怒鳴られて追い出されていたかもしれない。
更にその人物が鉄人みたいな人だったりしたら……もう最悪だ。

「どうしたの明久君?そんなところで突っ立ってたりして」
「あ、ううん。何でもないよ……それよりも、やっぱり中って広いよね」

話題を変える為にも、僕は亜美にそう言ってみる。
確かにテレビ局の中は広い。
関係者用の入り口から入った為か、普通にテレビ局の中に入ったのでは見ることが出来ないところまで見ることが出来たりもする。
ちょっと得した気分だ。

「そうだね。いつも来てるところだからそうでもないと思ってたけど、改めてみてみると、やっぱりここは広いよねぇ」
「慣れると中身も分からなくなるって、本当のことなんだねぇ」

そんな他愛もない会話を交わしながら、僕達は中を歩いていく。
中をいろいろ見て回って、道行くスタッフに挨拶をして、そうしているうちに、

「ふぅ~着いた」
「ここって……亜美の控え室?」

扉に『MARNO様』と言う文字が書かれている紙が見えた。
恐らくここが、今回のテレビ番組の収録用に用意されていた亜美の控え室なのだろう。
と、言うことは……そろそろ僕はどこかに行った方がいいよね。

「それじゃあ僕はこの辺で……」
「え?どこに行くの明久君?」
「へ?だって亜美が控え室まで来たってことは、僕は一旦ここから出なければならないってことじゃないか」
「だってここ……私だけの控え室ってわけじゃないよ?」
「……え?だってここ亜美の控え室なんじゃ……」

そう言ってから、僕は改めて扉に貼られている紙をじっくりと、よ~く見てみる。
するとそこには……。

『MARNO様・吉井明久様専用控え室』

「……なんで僕の名前が?」

何故か僕の名前まで、しっかりと書かれていた。

「あ、亜美……どうして僕の名前が?」
「さぁ中に入ろう!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!まだ事情が……」

よく分からないうちに、僕は亜美に引きずられるように控え室の中に入る。
そして、抵抗するまもなく、僕は中に入ることとなってしまった。

「……うわぁ」

控え室の中って、こんな感じになってるんだ。
テーブルの上に食事が置かれていたり、衣装が入っていると思われる衣装ケースとかが並んでいる。
片側の壁には鏡が埋め込まれていて、恐らくここで化粧等をチェックするのだろう。

「どうかな?初めて控え室に入った感想は」
「うん……結構広いよね」

本当に、広い。
何せ二人入ったとしてもまだ広々と使える空間なのだ。
いつも芸能人はこんな控え室に入っていると思うと……ちょっと羨ましい。

「それじゃあちゃっちゃと衣装に着替えちゃおうかな。あ、明久君のもあるよ?」
「僕の衣装も?というか何に出る予定なのさ?」
「んっとね……『アイドルの間』っていう番組だよ。明久君はその中の企画で、『アイドルのお友達を紹介』ってコーナーに出てもらう予定になってるよ」
「いつの間にテレビに出演することになっていたなんて……一体いつ話をつけてきたの?」
「ちょっと前だよ。スタッフの人に聞いてみたら、あっさりOK貰ったよ?」

本当にこのテレビ局は……。
僕と亜美が登場したら、スキャンダルだなんて騒がれるのではないだろうか?

「大丈夫だと思うよ。友達紹介のコーナーに出るわけだし」
「それはそうだけど……」
「それに、衣装はこれだしね?」
「……はい?」

亜美が笑顔で僕に見せてきた物。
それは間違いなく僕の学校の制服だ……ただし女子の物だけど。

「それは……亜美が着るんだよね?」
「もちろんだよ。これは私の制服だしね……もし着たければ、明久君が着てもいいよ?」
「いや、その言葉はおかしいよね!?」

まったくもって、僕には女装趣味はない。
だから、制服を持ち出されたとしても着るわけではない。

「そっか……私の制服じゃ物足りないってことなの?」
「そうじゃないよ!僕に女装趣味はないってことだよ!」

天然なのか?
亜美のこの反応は天然なのだろうか?

「冗談だよ、明久君。明久君にそんな趣味はないってことは知ってるから」
「な、何だ……なら良かった……」

た、助かった……。
あの制服を着て全国区に流れた日には、明日からみんなに会わせる顔がない。
それだけはなんとしても全力で避けなければならないと思ってただけに、これは嬉しい報告だ。

「それじゃあ明久君はこれに着替えて?」
「これって……うちの学校の男子用の制服?」

亜美がカバンの中から取り出したのは、間違いなくうちの学校の男子用の制服だ。
けど、何で亜美がそんなものを持っているのだろうか?

「学園長にこのことを言ったら、喜んで貸してくれたよ?後、今日は先生も一緒に来るんだって」
「先生?それって誰先生か知ってる?」
「確か……田中先生だったと思うよ?」

よかった……ここに鉄人が来てたら、理不尽な理由で僕がどこかに連れてかれる所だったよ。
危ない危ない……って、

「何で田中先生まで?」
「学園長の意向で、私がテレビに出る代わりに、この学園のことをアピールしとけって言われて……」
「なる程……テレビの前で模擬戦闘をするわけか」

田中先生ということは、科目は確か……世界史か。
恥じずに済む点数だから、まぁよしとしよう。

「それじゃあそろそろ始まるから。この番組は生放送だから、油断は出来ないよ明久君!」
「ええ!?ちょっとそんなこと聞いてないよ!?」

驚きの連続だよ、亜美……。
果たして僕は、今日一日を乗り越えることが出来るのだろうか?
そんな思いを胸に秘めながら、僕は制服に着替え、亜美と一緒に控え室を出たのだった。



『アイドルの友達のコーナー!!』

控え室から出た僕と亜美だったが、亜美の方が出番が早かった為に、亜美の方が先に出ていた。
僕は舞台裏で待っていたわけだけど……ついに僕の出番がやってきたようだ。

『今回のゲストの「MARNO」こと牧野亜美さんの自慢の友達を紹介するこのコーナーですが、貴女の自慢の友達はどなたでしょうか?』
『えっとですね……』

自慢の友達って……そんなこと言われると何だか照れるな。
けど、赤い顔をして登場したら、司会者の人に何言われるか分からないし……。
あ、制服が着崩れしていないかも確認しないと……。

『私の自慢の友達はですね……私が転入してきた文月学園の同級生なんです』
『同級生ですか?……それって男の子だったりします?』
『へ!?あ、はい、そうですけど……』
『まさか……彼氏とか?』
『そ、そんなんじゃないですよ!』

確かに僕と亜美は彼氏彼女の間柄なんかではない。
親友であることには間違いないと思うけど……さすがに付き合っているとは言えないだろう。
むしろ、亜美と付き合うことになってしまったら、何かいろんな人にボコボコにされそうな気がする。
主にFクラスのメンバーを中心に。

『けど、男の子なんですよね?』
『確かにそうですけど、私の幼馴染なんです!』
『もっと怪しいですね……』

何を言っているのだろう、この司会者は。
実はこの人、この手の話が凄く好きだったりするのだろう。

『それでは、本日のゲスト、MARNOちゃんのお友達は……MARNOちゃんからどうぞ!』
『は、はい!私の自慢の友達は……吉井明久君です!!』

亜美がそう言ったのと同時。
入り口辺りから凄い勢いで煙が噴き出してくる。
しばらくして、その煙は収まったので、僕は歩いてステージの前まで歩いてきた。
そして同時に、

「うわぁ……」

凄い光景だな、と僕は思った。
目の前にはたくさんの人。
カメラマンの人や、恐らくはADだと思われる人、さらにカンペ何かを持った人の姿も見えた。
こんな舞台に、いつも亜美は立っているのか……何だかちょっぴり感心しちゃうな。

「本日はよく来てくれましたね」
「あ、はい……僕も今日、亜美に初めて聞いたもので」
「あれ?私言ってなかったっけ?」
「聞いてなかったよ!」

少なくとも、テレビ出演の話しはこれまで一度も話題にすら上がってなかったよ!

「あらあら、MARNOちゃんも悪い子ですね……吉井君にちゃんと言わなきゃ駄目じゃないですか」
「えへへ……サプライズをしたかったので、何も言わずに来てもらっちゃいました♪」

可愛いけど……その笑顔が少し怖い。

「それではまずは、吉井明久君について簡単に語ってもらいましょう」

司会者のそんな言葉が聞こえる。
……え、僕のことについて?

「明久君は昔、私が髪飾りを落としちゃった時に出会ったんです」
「ほぅ……それで?」
「道端で泣いていた私に、『どうして泣いてるの?』って聞いてくれて……私嬉しかったんです。そうやって聞いてくれる人が、私の周りにはいなかっただけに」
「……え?」

何か引っかかるような物言いだけど、それはどういうことだろうか?
そんな僕の疑問をよそに、亜美の話は続く。

「……明久君と私の出会いは、アイドルになるという私の夢の基礎を作ってくれた出来事でもありました」
「それはどうしてですか?」
「それは……小さい時、その一回切りしか私は明久君と会っていなかったんです」
「何と!」

確かにそれはその通りだ。
僕と亜美は、小さい時に……小学生の時に一回だけ会ったきりだった。
それ以降、僕と亜美は出会う機会がなかった。
何でかは分からないけど……。

「私、実は一回おばあちゃんの家に引き取ってもらったんです……両親が、交通事故で死んでしまって」
「……え?」

両親が、交通事故で死んだ?
……知らなかった。
亜美にそんな過去があったなんて。

「誕生日プレゼントの鈴の髪飾りは……お母さんの形見になってしまいました。お母さんとお父さんが死んでしまったのは、私が明久君に鈴の髪飾りをみつけてもらってから、数日後の話だったんです……」
「そうだったんだ……つらかった?」

司会者は、心配そうな声でそう尋ねる。
亜美は、何も話さずただ首を縦に頷かせただけだった。

「けど、今は寂しくありません。私の心の支えとなってくれる、明久君がいますから……だから、私にとっての自慢の友達は、明久君なんです!」
「友達という輪を超えそうな勢いのお二人ですね」
「そ、それってどういうことでしょう?」

言葉の意味が分からなかった僕は、司会者に思わずそう尋ねる。
だけど、司会者の人は笑顔を見せてきただけだった。

「それで、アイドルになった理由が吉井君とのことだったのですが……それはどういうことなんでしょうか?」
「アイドルとしてテレビに出ていれば……いつかもう一度、明久君と再会出来るのではないか。そう思ったのが最初のきっかけです。それに……お母さんとお父さんと、約束したから……その約束を果たす為に、私はアイドルになったんです」

そう言った時の亜美の表情は、寂しそうだったけど、しかし笑顔だった。



「それでは、本日特別に設置致しましたコーナーに参りたいと思います!題して……『文月学園のここが凄い!』」

今日は文月学園の宣伝をする目的でもこの番組に出ている為、こんなコーナーが設けられたのだ。
もちろん、紹介するのは試験召喚獣のシステムのことだろう。

「ここでゲストとして田中先生に来てもらっています。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

世界史の担当教師である田中先生も、わざわざこの時の為に出てもらった。
……ちょっと不憫な気もするけど、仕方ない。

「それではご説明しましょう。吉井明久君とMARNOちゃんが通っている文月学園では、世界初となるシステムを導入した試験校となっております。何と言っても一番特徴的なのが、試験の点数に応じた召喚獣を使って行われる、試験召喚戦争。学力に応じたクラス分けもされており、Aクラスは最高設備、Fクラスは最低設備となっております」

よく調べたものだねぇ……。
さすがはテレビ局のスタッフ。
そういう細かいところも頑張るんだね。

「今回は田中先生が世界史ということで、世界史の点数に応じた強さの召喚獣が召喚されるわけですね?」
「はい、その通りです」

けれど、確か亜美は召喚獣の使い方は知らないはず。
こんな所でいきなり本番だなんて……大丈夫なのだろうか?

「しかし……学校から離れたこの場所でも、召喚獣を召喚することって可能なんですか?」

あ、それは僕も思った。
ここはテレビ局であって、あくまで学校の敷地内ではない。
だから、召喚獣を召喚することは出来ないのではないだろうか?

「その心配はないですよ……学園長より、試作品ですが、敷地外でも試験召喚獣を召喚できるようなシステムを受け取っていますから」

あ、あのババァ……いつの間にそんなものまで開発していたのか。
恐るべしババァだ。

「さすがは文月学園の学園長ですね……そんなものまで開発しているとは」
「正直、私も驚きです」

そりゃそうだ。
僕だって今日初めて知ったくらいなんだから。

「それでは先生……召喚許可を」

司会者が田中先生にそういうと。

「いいでしょう……召喚、許可します」

右手をわざとらしく振って、そう宣言する。
瞬間、僕らの周りに広がる、召喚フィールド。
これで準備は完璧だ。

「それでは、お二人の召喚獣を見てみましょう!!」
「それじゃあ行くよ、亜美」
「私が召喚獣を召喚するのが始めてだからって、手加減はなしだからね明久君!」

亜美が元気よく僕にそう宣言してくる。
亜美はAクラスだからな……いくら召喚獣の操作に慣れていないと言っても、さすがに点数で差がついてしまうかもしれないな……。
けど、田中先生がいるってことは、科目は世界史なのだ。
僕だって、人前には見せられる点数を取っているし、大丈夫だろう。

「「試獣召喚(サモン)!!」」

僕達の声は、共に重なる。
そして、足元に幾何学的な魔法陣が展開されたかと思うと、僕達の召喚獣は、共に姿を現した。
召喚獣の姿は、自分をデフォルメ化したような形で現れる。
僕の召喚獣は、いつも通りの改造制服に木刀というちょっぴり物足りない姿。
そして、亜美の召喚獣はというと……。

「うわぁ……これが私の召喚獣なんだ」
「す、凄いね……」

現れてきた亜美の召喚獣は、無駄のない格好をしていた。
最低限の部分をきっちりと守っている鎧は、スピード重視の格好をしている。
手にしている武器は、片手剣を二本。
どうやら二刀流らしい。
そして、点数が表示される。


Fクラス 吉井明久 134点

VS

Aクラス 牧野亜美 409点


「……あれ?」

何だろう、この圧倒的なまでの戦力の差は。
折角頑張った僕の成績でさえも、何だか劣って見えるんだけど……。

「ごめんね、明久君。私、世界史は一番の得意科目なんだ」
「そ、そんな……聞いてないよ」

亜美の召喚獣が、僕の召喚獣めがけて突っ込んでくる。
僕は……最早どうすることも出来なかった。



「はぁ……疲れた」
「ご苦労様、明久君」

テレビ局での生中継を無事に終えて、僕達は外に出ていた。
亜美も僕も元の姿に戻り、こうして街の中を歩いている。
しかし……どうにも話しかけずらいんだよな。
まさかあんなことを知ることになるとは思っていなかったし。

「……ねぇ、明久君」
「何?亜美」
「……驚いた?」
「へ?」

いきなり亜美にそう尋ねられて、僕は思わず黙り込んでしまう。
驚いたって、何にだろう……まさか、亜美がアイドルを目指すようになったことの理由に、だろうか?

「その……私がアイドルになった理由を聞いて」
「……うん、正直驚いた」

まさか僕が絡んでいたことだったとは……。
それに……。

「亜美の親と……関係があったこととか、ね」
「私の両親が死んじゃったことは……これまで誰にも話してなかったから。親戚の人しか知らない話だったから……」
「でも……それを生放送の場で言っちゃってもよかったの?」

そんなに大事なことなら、あんな場で言いたくはなかったはず。
僕が同じ立場だったら……絶対に言わないだろう。
というか、言いたくない。
そんな事実を知ってもらったところで、得られるのは同情の眼差ししかないから。

「……もうそろそろ打ち明けるころだと思ったんだ。いつまでも現実から目を逸らさないで、ちゃんと見つめなおさないといけないなって……そう思ったから」
「亜美……」
「それに……こうして踏み切ることが出来たのは、明久君がいてくれたおかげなんだよ?」
「え?僕?」

思わぬ亜美からの言葉に、僕は目を丸くしてしまう。
どうして僕が、亜美にそのようなことを言わせるまでに至ったのだろうか?

「明久君がいてくれたら……明久君が勇気をくれたんだよ。いてくれるだけで、私にとっては凄く頼もしかった」
「……」

答えることが、出来ない。
いや、答えてはいけない。
僕は何となく、そんな感情に襲われていた。

「明久君が何か特別なことをしてくれたとか、そんなんじゃないの……ただいてくれるだけで、安心感がある。ただ隣にいてくれるだけで、私に勇気をくれる。明久君は、そういう人なんだよ」
「そう……なのかな?」
「気づいていないのは、いつも明久君だけだよ。周りの人からも好かれているのに、気づいていないのは明久君ただ一人」
「……それって、どういう」
「もっと周りのことも見てあげなよ。美波ちゃんとか、瑞希ちゃんとか……明久君のことを好きな人なんて、探せば他にもいっぱいいると思うよ」

……亜美の口から、結構予想外の言葉が出てくる。
僕のことが好きな人?
それって友達としてなら分かるけど……。

「……明久君がみんなの感情に気づくのは相当後のことになりそうだね」
「??」

何のことなのだろうか?
亜美の言っていることがさっぱり理解できないような気がするんだけど……。

「さてと。それじゃあ今から行動開始だね、明久君」
「……あ、そっか。まだどこにも出かけていないものね」

そういえばそうだった。
長かった一日を過ごした感覚に陥っていたけど、時間はまだ午後12時を回ったばかりだった。

「これからどこに行こうか?明久君」
「そうだねぇ……お昼でも食べに行こうよ。結局午前中で終わったからお弁当も出なかったわけだし」
「それがいいね♪なら、どこか雰囲気のいい喫茶店に入ろうよ!」
「うん、それがいいね!」

さて、今日は亜美と思いっきり遊ぶとしようかな。
こうして二人で出かけるのも、初めてのことだし。
何より、亜美とこうして二人で出かけるのも……何だか楽しいし。

「ほらほら、速くしないと追いてっちゃうよ~!」
「分かってるよ!今行くって!」

僕は亜美の言葉に応えるように、走って追いつく。
そして僕達は、短いながらの二人きりの一日を過ごしたのだった。



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