誰を助け、誰を助けるべきでないか--。敵と味方を区別しない赤十字活動が近年、最も原理的な問題で頭を悩ませてきた。
「たとえ一般市民でも、軍隊や武装グループの活動に参加した場合は、もはや中立とは見なされず、保護の対象にはならない」
09年8月12日、スイス・ジュネーブの赤十字国際委員会(ICRC)本部。赤十字活動の根拠法・ジュネーブ諸条約(国際人道法)の締結60周年式典で、ケレンバーガー総裁は「戦闘員と非戦闘員の区別に関する新しい解釈指針」を発表した。6年越しの結論だ。
同条約は戦時の民間人保護を規定し、保護の対象を「敵対行為(戦闘)に直接参加していない者」とする。
しかし、国と国の戦争が減って武装集団の紛争が増えるにつれ、民間人も戦闘に加わったり巻き込まれるケースが増えた。市民の顔をした「隠れ戦闘員」や「戦闘組織の協力者」をどこまで保護すべきか、紛争の現場で赤十字職員に困惑が広がっている。
ICRCは、実態に合った条約の解釈を明らかにするため03年から専門家の討議を開始。各国軍、政府、大学、法曹、国際機関、非政府組織の約50人が08年まで5回討議した。
論点は大きく三つ。
(1)紛争地で市民と戦闘員をいかに区別するか(2)市民は何をしたら人道法の保護から外れるか(3)保護の対象でなくなった市民は、戦闘員として殺されても仕方ないのか、そのためのルールは何か。
新解釈で、戦闘員かどうかは「人」ではなく、「行為」によって認定される。
<例1>農民が武装集団のために武器を運んだり情報を集めたら、その任務の間は保護されない。任務の後、農作業に専念している時は保護の対象となる。
<例2>パレスチナ自治区の少年が爆弾を投げている時は、攻撃されてもやむをえない。帰宅すれば攻撃するのは許されない。
<例3>爆弾製造や食料調達などは、戦闘への「間接的行為」で、条約が定める「直接参加」ではない。国内法で裁かれても、国際法の保護は受ける。
「軍人から人権派弁護士まで幅広く招集した。初めから見解が統一できるとは思っていなかった」(ICRC法律顧問メルツァー博士)。案の定、新指針に対し、米英豪カナダの軍事専門家メンバー4人は、専門誌で「実際の紛争で実践は難しい。保護対象範囲が広すぎる」と批判した。
身分は市民でも、行為によっては戦闘員と見なすという意味では、保護の範囲は狭まるが、紛争の当事者から見ると「まだ生ぬるい」と映る。特に<例3>への異論は強く、狙撃兵に食事を運んだ協力者は非戦闘員だが、弾を渡した者は戦闘員になるため、判定は微妙で議論は分かれる。
ICRCの法律顧問らは各国を説明に回った。「米国は独自の理論を持っていて態度はあいまいだが、豪州は肯定的。中国は否定的ではなく、イスラエルは考え方を共有している。内戦が続くコロンビアは早速、軍・警察のマニュアルに追加した」(ICRC法律顧問デガニエ氏)
09年7月にデガニエ氏が新指針の説明のため訪日。今年6月にもメルツァー氏が訪日し、外務・防衛両省幹部らと意見交換した。
指針に法的拘束力はない。各国軍・武装勢力の自主的な判断によって紛争の現場で活用されるうちに、国際社会の慣習として定着させていく息の長いプロセスだ。【ジュネーブ伊藤智永】=つづく
毎日新聞 2010年8月16日 東京朝刊